My Romance
あなたがいれば
他には何もいらない…
月も
海も
星も…
- 投稿制限
- 参加者締め切り
(私って感じ悪い…)
後悔の気持ちを胸に車へ乗り込み、倉庫へ向かう途中考えた。
心さんは私に興味があって親切にしてくれたワケじゃなくて、橋本さんに頼まれた業務命令として面倒みてくれていたんだ…。
少しでも私に好意がある気持ちから相談に乗ってくれてるのかと、勝手に思っていた。
何という自意識過剰で痛い女なの。
でもって軽く触れただけとはいえ、自分からキスしたりして、勘違いも甚だしいわ。
今までの自分の行為に対して一気に恥ずかしさが込み上げてくる。
これから先どんな顔して心さんに会えばいいの…。
それから数日は
心さんの姿を見ても挨拶程度で、昼休みに搬入口にも寄らなくなってしまった。
そして物件を見にいく前日
心さんからメールが来た。
【祥子さん、明日行けますか?大丈夫ですか?】
来たメールを見ながら考えた。
ここのところの私の態度でおそらく心さんは、自分が距離を置かれているのに気が付いているだろう。
しかし彼の事だから明日私と会ってもいつものように、大人の応対をすると思う。
心さんに聞いてみたい。
橋本さんに言われたから私に親切にしたのか、それとも…。
【はい、行けます。よろしくお願いします。】
メールを返した。
当日
駅前で待っていたら、心さんが来てくれた。
『すみません、ありがとうございます』
助手席に乗ろうとドアを開けて少し驚いた。
『あ、さきちゃん…』
後部座席にシートベルトをつけたさきちゃんが座っていた。
『すみません、叔母が急に用事が出来てしまって、さきちゃんも一緒にお願いします』
『はい、じゃあ後ろの座席に座りますね』
さきちゃんの隣に座り、車は動きだした。
赤いポシェットを手で触っているさきちゃんを
可愛いと思いながらも
心さんと話をするのにちょっと厄介だなと、正直なところ思ってしまった。
『いらっしゃいませ、お待ちしてまた』
地元で大手の不動産屋へ出向いた。
『あの、お客様、1kの部屋をご希望と承っておりますけども…』
中年の女性営業係が私達を見て
不可解な顔で訊ねる。
『ああ、私はただの同行者ですので』
淡々と答える心さんは
さきちゃんと手をつないでいる。
3人を端から見たら、子連れの若夫婦と思われても無理はない。
私は恥ずかしかったけど嬉しい気持ちも否めなかった。
その日は午前中2件回ったのだが、ちょっとピンとこない所もあったので、さきちゃんの事もあり一旦引き上げる事にした。
不動産屋から駅に向かう途中で、昼食がてらイヤンモールに寄る。
キッズスペースでさきちゃんを遊ばせ、私と心さんはそれを見守りながら椅子に腰掛けた。
さきちゃんを見守る優しい表情の心さん…。
『あの…心さん…』
『お兄ちゃん!』
さきちゃんがハンモックの様な遊具から呼びかける。
『少しずつ言葉が出るようになってきたんですよ、さきちゃん』
心さん…凄くうれしそうだ。
そんな顔をする彼に今自分が思っていることを聞くのは、ためらってしまう。
でも…
やっぱり、ハッキリさせたい。
『祥子さん』
あれ、向こうから話しかけてきた。
『んっと…』
彼はしばらく考えてこんでから口を開いた。
『最近忙しいんですか?お昼に搬入口に来ないですし』
『…心さん』
『はい』
『いつも私のことを気にかけてくれて有り難いと思っています。
私のことを心配して色々して下さるのは橋本さんから頼まれたからしているんですか?』
『…』
心さんは何も答えず無言のままだ。
否定…しないんだ…。
時間が経つにつれ
心の中がもやもやし、イライラしてきた。
『忙しいのにお世話かけてすみませんでした。私大丈夫です。子供じゃないですし、不動産屋も今日でだいたい雰囲気わかりましたから、もう自分で行けます。
今までありがとうございました』
ちょっと待って 今までって
どうしてこんな事言ってしまうの?本当はもっと言いたい事があるのに…。
心さんは私の方を見ず ハンモックを揺らす
さきちゃんに視線を向けていた。
『わかりました』
心さんはそう答え、いつもの菩薩の笑みで頷ずく。
いつもは癒される、見慣れた優しい表情が
今日ばかりはとてつもなく哀しく感じられ
もうどうしたらよいかわからない。
私は何も話す事が出来ず、彼と同じようにさきちゃんを見守っていた。
その帰り
駅まで車で送ってもらった。
『ありがとうございました』
お互い軽く会釈をし、車のドアを開けた。
後部座席に座っているさきちゃんは私にバイバイと小さく手を振ってくれる。
『さきちゃん、バイバイ』
この後も心さんと一緒に居られるさきちゃんが心底羨ましかった。
軽い放心状態の私はどこへいくあても無く、夕暮れの街の中
ぷらぷらと彷徨っていた。
カフェへ行っても、洋服を見ても
『わかりました』
と答えた心さんの声が耳に残っていて
気分は晴れることはなく、
ただ家に帰るのを遅くする為にだけ、時間を潰していた。
夜もだいぶ遅い時間になってきた。
そろそろ帰ろうかな…
2軒目のカフェを後にし、車で家に向かった。
市営住宅に着き、車を停めエレベーターに乗る。
家の前の扉まできたら
そこには再び、私にの好きなバラの花束が置いてあった。
(また…ヒロさんだわ…)
今度はヒロさんを探すことはせず、花束を持って家に入った。
母はもう寝息をたてている。
大きめのコップに水道の水を入れ、そこにバラを生けた。
そっと自分の部屋にはいり、電気を点けテーブルの上にバラを置く。
もう、心さんには電話できない…。
ピンクのバラを見つめ、ふと考える。
ヒロさん、元気でいるのかな…。
携帯を取り出し履歴を見る。
お礼だけ、言おうかな…。お花もらったんだし…。
自分に都合の良い言い訳が頭に浮かぶ。
ヒロさんの携帯の番号を押した。
トゥルルルル…
『はい、もしもし』
『…』
『祥子か?』
『うん…』
久しぶりに聞いたヒロさんの声に
なつかしさはあったが、以前のようなトキメキはなかった。
【元気か?】
『うん。ヒロさんは?』
【元気だよ】
『お花ありがとう。でも、もうこんなことしちゃダメだよ。
彼女にわるいじゃん』
【祥子、電話してくれてありがとな。
もうかけて来ないと思ってた】
『お花のお礼言いたかっただけだよ。もう切る』
【待って、話し聞いてくれ】
『…』
【おまえにこんな事いえる立場じゃないのはわかってる。
だけど、やっぱり戻ってきてほしいんだ】
『出来ないよ、そんなこと…』
【あの時はすまなかった…。
俺はどうかしてたんだ…。あれからお前のこと、忘れようとしてもどうしても出来なかった。
彼女とも別れた…】
携帯からの聞こえてくるヒロさんの話を
冷めた思いで耳を傾けていた。
【…祥子…】
【…俺と結婚してくれ】
一瞬耳を疑った。
『え?』
『何言ってるの?冗談言わないで』
【本気だ。祥子が電話してきたのだって、まだ俺に気持ちがあるからじゃないのか?】
『…』
【最初はおまえの事忘れようとした。でも出来ないんだ…。何をしててもおまえの顔が浮んで消えない…。
つまらない…祥子がいない
おまえに会えない毎日は虚しくてたまらない。祥子、俺にはおまえが必要なんだ…。】
『無理だよ…』
【もう二度と裏切ったりしない。おまえを悲しませない。約束する】
どうしてそれを信じられるというの…。心の中で呟く。
【…祥子、信用できないのも無理はないと思う。俺が悪いんだから。だから出来るだけの事をする。おまえの望むことは…なんでもするつもりだ】
『ヒロさん…待って…』
ひとり話をまくし立てるヒロさんにたじろぐ。
【すまない…。焦っちまって…。
いきなり結婚とか、驚くよな…。祥子、前行った○○湖、覚えてるか?】
湖…..、覚えている。ホテルの窓から見えた、海と星が綺麗だった…
【もし、俺の言った事受けてくれるなら
またそこへ行こう。土曜日に迎えに行くから
それまでに決めて欲しい】
『行かないわ、私』
【待ってるよ、祥子】
そう言って彼は電話を切った。
(遅いよ…ヒロさん…)
通話の切れた携帯を見つめながら思う。
プロポーズの言葉が本心なのかどうかわからない。
ヒロさんは私が必要だと言ってるけどそれだって自分本位だ。
私の気持ちなんて考えてはいない…。
私はもう以前のようにヒロさんを好きにはなれない。
そのことをヒロさんはわかっていない。
私の気持ちは…
多分違う人に向いている。
でも肝心のその人は…
***
数日後
昼休憩
食堂にて川村さんと話していた。
『そういえばアパートは見に行ったの?』
『はい、でもちょっと自分が思ってたのと違ってて、そこは止めました。川村さん、不動産屋さんに知り合いいらっしゃるんでしたよね、紹介してもらいたいんですけど…。お願いします』
『いいけど、心さんと探すんじゃなかったの?』
『…』
『どうかしたの?』
今日は西垣さんは休みだ。
川村さんだけなら話していいかもしれない…。
私は
心さんは橋本さんに頼まれたのが理由で
私の事を面倒みていたのを知って、少しショックだった事と
それを気にして
今までありがとうございました
などと、もう気にかけてもらわなくても良いと受け取られてしまうような言葉を言ってしまった事を
話した。
『そうだったの…。でも橋本さんに言われた【だけ】で祥子ちゃんを面倒見ていたとは限らないと思うわ』
『心さんは、
私が橋本さんに頼まれたからですかと
聞いても否定しませんでした…』
『それはその事も理由だからじゃないの?祥子ちゃん、
心さんとはもう関わりがなくなってもいいの?』
『いえ、そういうわけでは…』
『そんなはずはないわよね(笑)、 このあいだはあんな事をいってしまった
けど、また色々教えて下さいって言えばいいのよ』
『でも、いまさらそんなこと…』
『まあ、祥子ちゃんがそれでいいなら無理とにとは言わないけど』
『…』
『でも変よね』
『え?何がですか?』
『祥子ちゃんの話しからすると、
橋本さんは仕事 というより私生活で
困ったことがあったら心さんに相談しなさい
って言いたかったんだとおもうの』
『はい、私は最初は仕事の事を相談しなさいって意味だと思ってました』
『橋本さんが心さんに祥子ちゃんを託したのは
心さんが事情のある人を支援しているのを知ってたからなんでしょうけど
祥子ちゃんがお母さんとの関係が良くないことを
どうしてわかったのかしら』
『心さんは私は自分に自信がない感じがするからって言ってましたけど
橋本さんもそう感じたのかもしれません』
『それだけ親との関係に疑念を持つかしらね…。
祥子ちゃん、何か家の事情を橋本さんに話した?』
『いいえ、本社でしつこくせまってくる人の事は相談しましたけど…』
私も川村さんも箸が止まっている。
『ん〜余程気をつけて祥子ちゃんを見てて、感じたのかしらね』
『…』
そうとは思えない。
橋本さんはデスクにいない時が多いし、何より上の人との仕事で忙しく、私を注意深く気にかけるなんて出来ないし、する必要もない。
『とにかくちゃんと心さんにまたよろしくお願いしますって言った方がいいわよ。時間が経つほど言いにくくなるから』
川村さんは、話し終えると玉子焼きに箸をつけた。
『はい…』
言いたい気持ちはあるのだけと
最近心さんは、本社に出向くことが多く搬入出庫口にはいない時が多いのだ。
どうしよう
やっぱり電話したほうがいいのかな…。
あれこれと
思いあぐねているあいだに金曜日になってしまった。
土曜日にヒロさんが迎えに来ると電話で話したことが思い出される。
本当に明日来るのかしら…。
着信拒否してるのに、連絡どうするつもりなんだろう…。
ぼんやりと考えながら昼休憩から4階の事務室へと戻ってきた。
RRRR……
電話だ。
『はい、物流4階です』
【もしもし、本社橋本です】
噂をすればなんとやら
一瞬たじろいだ。
【安藤さんね、お疲れ様。一色課長いる?】
『はい、お疲れ様です。課長は会議中で4階には居ないんです。戻り次第折り返し電話するよう伝えますが…』
【そうね、そうしてもらえ
る?携帯のほうにと伝えてね。っと…安藤さん、今事務室あなた1人?】
課長始め社員皆さん会議で、私はフロアの留守番だった。
なので当然事務室でも一人だ。
『はい』
【ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかしら?】
胸がどきりとした。
『はい』
【シロタくんのことなんだけどね】
『え?はい』
【最近ちょっと様子がおかしくてね。
ちゃんと仕事はしてくれてるんだけど、たまに集中力が切れてぼうっとしてるというか、心ここにあらずな感じがする時が多いの。
彼のあんな様子はじめて見たからきになってね。
なにがあったか安藤さん知らないかなって思って】
『…いえ、わかりません、私…』
こないだ不動産屋さんへいった帰りに言った事を気にしてるのかな…。
まさかね、私の事なんか
【そう、前はあなたの事を楽しそうに話す時もあったんだけど、最近はこれっぽっちも言わないから、あなたと何かあったのかなって勝手に思ってたの。ごめんなさいね、変なこと聞いちゃって】
『いえ、あ、あの橋本さん、聞きたい事があるんです、今大丈夫ですか?
社内ではないんですよね』
【出先よ、1人だから少しならいいけど何?手短にお願いできるかしら?】
単刀直入に質問することにした。
『橋本さん、私と母が良い関係ではないのをどうしてわかったんですか?』
【ああ、それが聞きたいの?】
緊張しながら受話器から聞こえる橋本さんの声に
意識を集中させた。
【あくまで私の感覚的なもので確証があったわけじゃないんだけど、入野から迫られた時、家に郵便物が届いたって言ってたわよね】
『はい』
入野課長から迫られた数年前を思い出した。
【その時、あなたはお母さんに怒られたって言ったのよ】
『はい。そう説明したと記憶してます』
【普通は娘がそんな目にあってたら、心配するわ。怒りはあなたに向かない。
贈ってきた人に向くものだから。
あなたのお母さん、ちょっと個性的な人かと思ったのよ】
『…』
【もっともそれだって私の思い過ごしかもしれなかったけど、シロタくんは虐待やDV問題に詳しいから
念の為気にかけてあげてって頼んどいたの。余計なお世話だろうけど
何もなければそれはそれでいい訳だしね】
『私は仕事で困ったことがあった場合に、広田さんに相談しなさいと言われたのだと思ってました』
【仕事は一色さんや川村さんがいるからね。
でも、あなたも心くんなもなんだかお互い遠慮し合ってなんだか歯がゆいわね(笑)
何やってんだか】
『すみません…。私もどうしてこうなってしまったのか、わからなくて』
【仕方ないわ。これは本当は言ってはいけないのだけど、心くんにあなたを託した責任は私にあるのだから…】
『橋本さん、心さんに何かあったんですか?』
不安な気持ちが心を覆った。
【心くんは4月から本社へ異動するのよ】
『えっ、本社へですか』
【その様子じゃやっぱり聞いてなかったのね。
彼にはこちらの仕事も覚えて貰うから】
『…』
突然聞かされた話に驚くばかりで.うまく橋本さんに返事が出来ない。
【そういうことだから。じゃあ、電話きるけど、一色さんに折り返し電話するよう忘れずに伝えておいてね】
『はい』
静かに受話器を置いた。
『祥子ちゃん、ちょっと〜』
『はい』
事務室に入ってきた川村さんの呼ぶ声に
かろうじて反応した。
倉庫で業務をこなしてはいても
先ほど橋本さんが言った言葉が頭の中を巡っていた。
いつも私を見守ってくれた心さんがここから居なくなってしまう…。
胸のざわめきを悟られないよう、必死で平常心を保ちながら仕事をする。
もう…やだ…。
これ以上心さんと気持ちも
物理的にも、離れたくない…。
そんな想いが 時間が
経つにつれ大きくなっていく。
定時になるのがいつもの何倍も待ち遠しく、幾度となく時計を見て気持ちばかりが焦っていた。
(伝えなきゃ、自分の気持ちを…。)
やっと仕事が終わり、急いで車の中で心さんの携帯に電話をしたが、
繋がらない。
(まだ、仕事中で手が離せないんだ)
そう思いながら、家に着いてから
再度かけてみた。
やはり電話には出ない…。
どうしたの…心さん…。
私の事、避けてるの…。
時間はもう9時を過ぎている。
もう、これしかない。
私は意を決して、旅行用のキャリーバック押し入れから出し、
引き出しから、ふだん着る服や下着など思い付くままに
必要なものを詰め込んだ。
キャリーバックを手にし、母のいる居間のふすまをあけた。
『お母さん』
こたつに入りテレビを見ている母は返事をせずにチラと振り返る。
『今日限りでこの家を出て行きます。今までお世話になりました』
そう言い放ち、玄関へと向かった
『祥子!』
聞き慣れた怒号。
もういい。どれだけ怒鳴ってくれても。
私は振り向かず、ドアを開ける。
その時、母の口からまったく予想しなかった言葉が出て来た。
シアワセニナルンダヨ
脳が凍りついた。
嘘だ。母はそんな事を言う人間ではない。
私が聞き間違えたんだ。
ドアを閉め、ジャケットの袖を通しながらキャリーバックを引き、エレベーターのボタンを押した。
お母さん…。
さよならお母さん…。
エレベーターから降り
涙をこらえながら駐車場へと歩く。
チラチラ雪が降ってきた。
キャリーバックを載せようと後部座席のドアを開ける。
『祥子!』
駐車場の入り口あたりで車の中から私を呼ぶ声が聞こえた。
『ヒロさん…。どうして…私連絡してないよ…』
私の元まで歩いてきたヒロさん。
『待てなかったんだ。おまえに会いたくて、迎えにきた』
『やめて…。ヒロさんとはもう付き合えないよ。私、行くところあるんだから。帰って』
『祥子、悪かった。許してもらえないのはわかってる。ただどうしても直接謝りたかった』
『…』
『やり直せないのか、俺たち。
もう、本当にダメなのか?』
『…ヒロさん、私、好きな人がいるの』
『その荷物、そいつの所へ行くのか…』
『そうだよ』
『…わかったよ。そこまで思ってる相手なんだな…』
『ありがとう、ヒロさん』
『祥子、どこまで行くんだ?
雪降ってるし、送っててやるから乗れよ』
『え?いいよ、自分で行くから』
『こんなに雪降ってるんだぞ、大丈夫なのか?おまえ、雪道運転したことないんじゃなかったか?雪の日は怖いからいつもバスだって言ってただろ』
『大丈夫だよ、スダッドレス履いてるし、まだ積もってないし、急いでいくから』
『急いだらダメなんだ。遠慮するなよ。もう引き止めないから。最後くらいいい顔させろよ』
『ヒロさん、ありがたいけど自分で行きたいの。彼の所へ行くのに、元彼に送ってもらったなんて事実はつくりたくないんだ』
『固いな、相変わらず』
『ごめんなさい…。
ヒロさん、もう車に戻って、髪に雪が一杯だよ、風邪ひいちゃうよ』
『…祥子、あのな最後だからよく聞いてくれ』
『何?私もう行かないと…』
『俺が言うのも何だが、信用できるヤツなのか?そいつは』
『信用してるよ。彼氏って訳じゃないけど』
ヒロさんは真剣な目で私を見つめる。
『付き合ってないのか?』
『…これから告白しに行くんだよ』
『こんな日に出掛けさせるなんて、おまえの事気にしてないんじゃないのか』
『仕方ないんだよ…。
なかなか連絡つかなくて』
『…そんなヤツで大丈夫なのか?
祥子、俺はわかるんだ。おまえは寂しがりやの甘えん坊だ。それに天然で素直すぎる』
『今更何言ってるの?』
『そんなおまえに俺は酷い要求をしてしまった。心のどこかでおまえを見下していたんだ。
俺の言う事なら何でもきくだろうと…。
こんな日に迎えにもこないで、そいつも俺と同じようにおまえの事を甘くみてるのと違うか』
『ヒロさん…』
『気にしてくれるのはありがたいけどヒロさんが心配することではないわ。
確かに私、甘えん坊かもしれない。でも自分で考えれるし自分で決めれるし、行動できるよ。迎えに来てくれなくったってこっちから行けばいいんだし、大丈夫』
『そうか.…』
ヒロさんはわたしの顔から視線を外す。
『私、ヒロさんを好きになって良かったと思ってる。ヒロさんのおかげでちょっとだけ明るくなれたし
感謝してるよ』
『それは祥子が元々持ってたものだ、俺のおかげじゃない。
わかったよ。もし何かあったら連絡してくれ。必ず行くから』
『ありがとう』
『じゃあな』
ヒロさんは自分の車に戻り、私も自分の車を発進させた。
今度こそ本当にさよなら…
ヒロさん
ありがとう…。
住宅街から大きい道路へ合流する。
心さんのアパートはF病院の近くだと以前聞いた事がある。
【ヤツはおまえの事気にしてないんじゃないのか】
ヒロさんの言葉が胸に突き刺さる。
何度か電話をしても
まだ心さんからなんの連絡もない。
信号待ち。不安な気持ちを打ち消すかのようにかぶりを降り、
電話がかかってくることを祈りながらとりあえずF病院まで行こうと
停車中のクルマの中で考えてた。
信号が青に変わり
雪が少し積もった道路に気を配り
ゆっくりアクセルを踏んだ。
♪♪♪♪♪
『あ』
カバンの中で携帯が鳴ってる。
心さんかもしれない、いやきっとそうだわ、
でも、運転してるし出れない…。
心さん、心さん…。
♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪
着信音は鳴り続けているが、運転を中断することができない。
そのうちに着信音が止んでしまった。
やるせない気持ちのまま、ハンドルを握りながら心さんを想っていた。
真綿のような雪の降りがだんだん激しくなってきた。
ちょっと道路に積もってきたなあ。集中して運転しないと…。
心さんにも電話したいけど
ハンドルが離せないこの状態からはかけられない。
金曜だし、雪だし、道も混んでる…。F病院まで普通ならあと10分くらいなんだけど、こんな状況じゃいつ着くかわからないわ。
車の中から降る雪を見つめ考える。
しばらくすると
大きい橋に差し掛かる。
一段と激しく吹雪いてきた。
ヤバイなあ…。雪道の橋は要注意だって、ヒロさんがよく言ってた。
橋の上は周りに建物とか何もないので
吹雪が車を直撃する。
なにこれ…。真っ白で前が見えないよ…。
前の車のテールランプだけを頼りに車をゆっくり進ませる。
恐怖と緊張の中
なんとか橋を渡りきると前の車が車線変更なのか、右にウインカーを出している。
見えにくいのを目を凝らして覗きこむ。
事故みたいだわ…。
確か左の道からも行けるはず。
事故渋滞を避けるため大きい道路からハンドルを左にきり、脇道に進んだ。
ここら辺りから迂回できると思ったんだけどなあ。
自分の勘のみを頼りに暗い夜の雪の中
知らない道を進んでいく。
あれ?
なんで信号に出ないの?
2回右折をしたが、もとの道路へ出られる気配がない。
右も左も見覚えのない場所。ここが何処なのか全くわからなくなってしまった。
もしかして迷っちゃったのかしら…。
少し広い道の路肩に車を停め
携帯の着信を確認する。
さっきのはやはり心さんだった。
心さん…出てくれるかな…。
心さんの携帯に発信する。
♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪
【はい、祥子さん?なかなか出られずすみませんでした。】
『心さん、こちらこそ遅くにすみません。あの、私、道に迷ったみたいなんです』
【道?道って外にいるんですか?今どこなんです?】
『雪でよく場所がわからなくて…。△△橋を渡ってそれから道を曲がったんですけど…』
【△△橋?なんだってまたそんな所に…。迎えにいきますよ、ここから近いですから】
『心さん、今どこにいるんですか?』
【家にいますよ、叔母の家ではなくアパートのほうです。橋を渡ってすぐ曲がったんですね、コンビニの辺りですか?】
『いえ、コンビニはないです』
【じゃあ…ラーメン屋さんの近くですか】
『わかりません…普通の家ばかりみたいです。周りがよく見えなくて…』
マップで確認しようと見てみたが、
気が動転してしまい、うまく読めない。
私は筋金入りの方向オンチだったのだ。
【落ち着いて下さい、何か、何か見えませんか】
何かないかと言われても暗いし、雪だし、すぐ横にレオパレス風のアパートと、戸建ての家が並んでて、目印になるようなものが見付けられない。
ええと…。
頭を抱えていたら、後ろから車が通り過ぎた。
あ、そうだ、後ろを見てみよう
車から降り、雪の中を少し歩くと青い柵で囲われた広めの公園が見えた。
『心さん、青い柵の公園が近くにあります…』
【青い柵…。ああわかりました。◯池公園でしょう。
すぐ行きますからそこから動かないで下さいね】
『心さん…すみません』
『良かった見つかって…。どうしたんです?雪まみれじゃないですか』
『さっき、転んでしまって…』
『大丈夫ですか?私の家すぐそこですからとりあえず行きましょう』
先に心さんの車に誘導され、私も後に続いて車を発進させた。
慎重に運転し5分程ですぐに彼の家に着いた。
そこはアパートというより、外観が頑丈そうな、コンクリートの5階建てマンションと言った方がよい造りの建物がだった。
空いている駐車場に私の車を停めさせてもらった。
心さんはキャリーバックを抱えた私を見る。
『祥子さんそのカートは…』
『あの…』
『とりあえず中に入りましょう
あれ?どうしたんです?』
心さんは私が足を引きずっているのに気がついたようだ。
『さっき転んでくじいてしまったようなんです』
『それはいけない。私の肩につかまってください』
心さんはキャリーバックを持ち、私に肩を掴まれたまま、エレベーターまで歩いた。
心さんの部屋に入ったら彼はすぐ私にタオルを渡し、お風呂の準備をしたり、ポットでお湯を沸かしたり、まるでお母さんのように動いた。
『寒かったでしょう、大変でしたね』
そう言っただけで心さんは何も聞かず
ホットミルクをテーブルにおく。
『管理人さんに駐車場の事情を説明しに行ってきますから
その間にお風呂に入ってて下さい。着替えは持ってますね?』
『はい』
心さんは頷き部屋のドアを閉めた。
部屋に一人になり、やはり寒かったので、お風呂に入らせてもらった。
結局また心さんに迷惑かけてしまった…。
そう思うと自己嫌悪で胸が苦しくなってきた。
お風呂から上がり、部屋着のワンピースに着替え心さんが戻るのを待っていた。
さっきは部屋をみる余裕がなかったが、あらためて周りを見ると
今居るリビングと、隣りにもう一つ部屋があり結構広い。
殺風景だけどキチンと整頓されてて綺麗な部屋だわ…。
ガチャ
そんな事を思っていると、
心さんがもどってきた。
『祥子さん、おなか空いてませんか?』
正直空腹だった.。
『ちょっと待ってくださいね』
彼は菩薩の笑顔であれこれと準備をしてくれている。
心さんは、カップにお湯を入れ、スープパスタを持ってきてくれた。
『祥子さん、申し訳なかったです。もっと早くにあなたに電話すれば良かった。
気付いてはいたんですが、色々立て込んでいて後回しにしてしまいました。私がすぐ電話していればあなたはこんな目に遭わずにすんだのに…』
『心さんのせいじゃないです…。私が勝手に出かけたんですから』
『明日叔母の家まで送りますから
今日はあちらの部屋で休んでください。今シーツ替えますから』
何やってるんだ とか
こんな日に出かけるなんて とか
私を責めるような事は一切言わず
ただ温かく接してくれる
心さんは…
私が思っているよりもずっとずっと
広くて大きい人なんだ…。
シーツを替えた心さんが隣りの部屋から戻ってきた。
『心さん、私は叔母様の家には行きません。心さんに会いに来たんですから』
『私に会いに?
…私は祥子さんから避けられていると思ってました。』
『すみません、拗ねてしまってたんです。私の事、橋本さんに言われた義務感で面倒みてくれていたんだと知って…』
『義務感…それは少し違いますよ』
『心さんが本社に異動にすると、聞きました。
それを聞いて、家を出てきました
心さんに会えなくなるなんて私嫌です。
耐えられません』
『祥子さん、会えなくなる訳ではありませんから(笑)本社に異動になっても相談には乗りますよ、安心して下さい』
『そうではないんです。
相談とか…そんなんじゃないんです。』
せつなくて、苦しくて涙目になる。
『嫌いだなんて…。
祥子さん、あなたを…
愛しいと思ってます』
彼は戸惑ってはいたが、はっきりと答えてくれた。
『私をここに…心さんのそばに居させて下さい、お願いします』
『…前にも言いましたが、私は仕事以外の事でも多忙です。
今日だって連絡遅かったですし、このあいだはさきちゃんを連れてきてしまった。
私と付き合うと、そういう事になってしまうのですよ』
『構いません』
『祥子さん…私は大切な人が悲しむところを見たくないんです』
『私が一番悲しいのは心さんに会えなくなる事です』
『他の人達の様に、色んな所へ出かけたり出来ないんですよ』
『いいんです。ここに居ますから。
ここに居れば心さん帰って来てくれますよね』
『イベント楽しんだりとか
出来ないときの方が多いんですよ
女性はそういうの大事でしょう?』
要りません。
心さんがいてくれれば
あなたさえいれば
私はなにもいらないんです
…。
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酉肉威張ってマスク禁止令1レス 127HIT 小説家さん
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今を生きる意味78レス 512HIT 旅人さん
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黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 950HIT 匿名さん
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🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 122HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 126HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 127HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1392HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 512HIT 旅人さん
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🍀語りあかそうの里🍀1️⃣0️⃣
アザーズ🫡 ここは楽しくな〜んでも話せる「憩いの場所🍀」となっており〜ま〜す🤗 日頃の事…
481レス 4502HIT 理沙 (50代 女性 ) 名必 年性必 -
ベビーカーの周りに家族が不在
交通機関のターミナルでの事です。 待合所の座席にほとんどお客が座っている中、通路側の端の席に荷物が…
39レス 946HIT 匿名 ( 女性 ) -
レストランに赤ちゃんを連れてくるな
これってそんなおかしい主張なんでしょうか。 一昨日の夜にレストランに行った時の話です。料理も美味し…
14レス 338HIT 相談したいさん -
ガールズバーって、、、?
わたしには気になる人がいます。その気になる人は、男友達数人と旅行に行ったのですが、なんかガールズバー…
17レス 211HIT 恋愛好きさん (20代 女性 ) -
自分を苦しませる人
数年前に亡くなった彼女が夢に出て、 苦しめてきます。 今、自分に自信が無くなって、 女性と付き…
7レス 239HIT 恋愛好きさん (30代 男性 ) - もっと見る