My Romance
あなたがいれば
他には何もいらない…
月も
海も
星も…
- 投稿制限
- 参加者締め切り
また免許取得の為彼と会う日が減ってしまった。
覚悟はしていたが、大型の時よりもメールも減ってしまったので毎日寂しくてつまらなくて仕方がない。
出社した時やお昼に会社の搬入口の近くを通ると、駐車してあるトラックに目が行ってしまう。そのたびに彼の事を思い出す。
その日も昼休憩、食堂へ行く前、以前きれいにバックで駐車した人が、今度はフォークリフトで荷物を積みこんでいるのをみた。
(すごい。よくぶつからずに積みこめるなあ。ヒロさんに言ったらまた誰でもできるとか言うんだろうけど私には出来ないわ‥)
そう思って見ていたら、その作業をしていた人は、胸やズボンのポケットを手で何か確認するように叩いていた。
(ひょっとしてボールペンか何か探してるのかしら)
左手には伝票のようなものを挟んである画板を持っている。
(‥どうしよう…私ペン2本持ってるし貸してあげようかな…)
倉庫の影から徐々にその人に近きながら、エプロンのポケットからボールペンを取りだし、そっと話かけてみた。
『あの‥』
『よかったらこれ使って下さい』
その人は一瞬驚いていたが私の差し出したボールペンを見ると表情が和らいだ。
『え、いいんですか?すみません』
ドキドキしながら声をかけたのだが、低姿勢な態度で応対してくれたのでほっとした。
その人は背はあまり高くなく、体格も普通で地味な感じの人だ。
力の要る出荷の仕事ではなく、役所の戸籍係のような雰囲気で真面目な印象をうけた。
たまに見掛ける人だが私は出荷にはあまり行かないのでその人の名前はわからない。
『それそのまま使って下さい、会社のですから』
そうち言った後、ちょっと恥ずかしかったのでその場をすぐに立ち去ろうとした。
『あ、安藤さん』
(え?私の名前…)
『どうもありがとう。助かります』
はにかみながらお礼を言ってくれたその人を見て
(よかった。余計なお世話じゃなかった)
と安心した。
(でも私の名前知ってるんだ話したこともないのに…)
不思議と嫌な感じがしなかっのは、お礼を言われたときのその人の笑顔が好印象だったらかもしれない。
数週間経ち
けん引の免許が取れたから会おうと、ヒロさんから連絡がきた。
嬉しくてたまらない気持ちを約束した日に隠すことは出来なくて、車の助手席に座った時から
『ヒロさん、ヒロさん♪』と、手を握ったりつい甘えてしまった。
お昼ご飯もそこそこに彼は早く二人きりになりたがったし、私も沢山甘えたかった。
お互いの気持ちは同じで
私達はホテルに着くと激しく求め合った。
今まで会えなかった分を取り戻すかのように――
乱れた呼吸が整い、彼の腕の中で 最近考えている事を言ってみた。
『ね、ヒロさん、私フォークリフトの免許取ろうかな』
『何?突然。会社で取れって言われたの?』
『ううん、自分で勝手に欲しいなって思ってるだけだけど…あると便利かなって』
『講習受ければ取れるけど、祥子にはそういう事して欲しくないな』
『どうして?』
『ああゆうのは男の仕事だし』
『でもこないだテレビで女の人も運転してたよ、カッコよかったよ』
『俺はやだな。危ない』
『ヒロさんほど運転上手くないけど今まで無事故無違反だよ』
『…やめとけよ』
彼は横を向きちょっと怒ったような感じだった
『どうしたの?』
『祥子…』
彼は上から覆い被さってきた。
今日は久しぶりに会えたので、
部屋のドアを閉めたらお風呂も入らないでそのまま受け入れてしまった。
そのあとお風呂に入ってからベッドで時間をかけ愛してもらったから
これで3回目になる…
もちろん嫌じゃないけど少し股関節と腰が痛かった。
彼の指が再びそこに触れる
『あ…』
ダメだ…私の負け…
熱い舌が唇から首筋そして胸へ…快楽に身体が痺れ気が遠くなる
『やだ、ちょっと…』
鎖骨のあたりに刺激が走る
『やだ、ヒロさん、跡ついちゃう』
『…』
『やめて、アザ見られたら恥ずかしいよ、お願い』
『いいだろ。あと付いたって。おばさんばっかなんだろ、祥子の仕事場』
『でもやだよ、恥ずかしいからやめて、お願い…』
少し涙声になって懇願したらヒロさんはやっと止めてくれた。
『祥子、他の奴としたら許さない』
(しないのに…)
久しぶりに会えて嬉しかったのに
そんなに信用されてないのかと思うと
髪を撫でる彼の手の優しさよりも
哀しみを感じる方が大きかった。
会社での昼休憩
搬入口を覗き見するのがすっかり日課になってしまった
ヒロさんは反対したけどやっぱりフォークリフトに興味がある。
今日はいつもよりちょっと搬入口に近づいてみる。
『安藤さん?』
お弁当を食べていたあの人が声をかけてた。
『はい、すみません、ちょっと気になるものがあったので…』
『ああ、ボールペンですね。あれ…?』
その人はポケットをくまなく探すが見当たらないようだ。
『ごめんなさい…返そうと思ってポケットに入れたと思ったんだけどな…』
『あ、いいんです、あれは差し上げるつもりでしたしあの…』
首からさげるネームホルダーをみて名前を確認しようとしたが、胸のポケットに入っていて確認出来ない。
『ちょっとフォークリフトに興味があって…』
『ああ、そうなんですか?珍しいですね女性なのに』
『やっぱりダメですか?資格欲しいなって思ってるんですが…』
『いや、全然大丈夫ですよ。女性でも講習受ければとれますよ』
そう聞いて私は嬉しくなった。
『シンさん!ちょおとぉ!』
年配の男性、おそらく出荷担当の人がトラックの向こうからその人を呼んだ。
(シンさんって言ううんだ。)
『すみません、お邪魔しました』
私はお辞儀をしてその場を後にした。
(シンさんか…シン何て名前なんだろう…)
新藤、新川…色々な名前を考えながら食堂へと向かった。
『何?祥子ちゃん、最近食堂来るの遅いじゃない。どうかしたの?』
西垣さんはもうお弁当を食べ終わって紙コップのコーヒーを飲んでいた。
『ちょっと搬入口でフォークリフト見てたんです』
『へーそんなの見て面白いの?』
『資格取ろうかなって思って…』
『若いうちに取れるものは取っといたほうがいいわよ』
川村さんは二段重ねのお弁当箱をバックにしまう。
『あの、いつも搬入口にいる出荷の人ご存じですか?30代位の人で…』
『ああ、シンさんの事?』
川村さんはシンさんという人を知っているようだ。
『はい…』
『シンさんがどうかしたの?』
『こないだはじめて 喋ったんですけど、トラックとか運転上手で、私の事を知ってるみたいでした』
『そりゃこの倉庫で祥子ちゃんの事を知らない人はいないでしょう笑_若くて可愛い社員の子なんてアンタだけだよ』
西垣さんも笑うと可愛いのですが…
『シンさんはここ長いのよ。高校生の頃バイトで入って,それから15年位経つから。4階に居たこともあるし、ここの倉庫の事は何でも知ってるよ』
『そうだったんですか…』
『何?シンさんの事気になるの?』
『いえ、気になるのは資格を取ろうかどうするかで…』
(ヒロさんに内緒で講習受けちゃおうかな…)
ヒロさんはというと、けん引免許取得後も忙しく、なかなかデート出来ない日が続いた。
その後
やっと会える日が来てちょっと遠くの神社まで車で連れて行ったもらった。
ドライブ帰りの車中、仕事や友達の話を楽しくしていたのだが、彼の様子が少しづつおかしくなっていくのに気がついた。
『…かな?』
『ああ』
『…ヒロさん、話聞いてる?』
『あ、俺こないだのイタリアンの店でいいよ。』
『ご飯の話じゃないよ、もうすぐヒロさんの誕生日だからプレゼント何がいいって聞いたんだよ』
『ごめん…何でもいいよ、祥子が選んだものなら』
『…ヒロさん、何か変…』
『別になんでもないよ。心配性だないつもははっ!』
不自然な笑い…
『…何かあったの?』
『……』
『ちゃんと言ってくれないとわかんないよ』
彼は車をコンビニの駐車場に停める。
『祥子、あのな…俺、独立しようと思うんだ。それで祥子にも力になって欲しい』
(ひょっとしてそれはプロ ポーズ?…)
ドキドキしながら話を聞く。
『少しでいいから協力してくれないか?
たとえ10万円でもいいから…』
(え?)
『祥子の出せる金額でいいんだよ、頼めないかな』
『お金…そう、独立するため資金がいるんだね』
『ああ…』
プライドの高いヒロさんが私に借金を求めるなんて余程独立の夢が大きいのだろう。
『ヒロさん、私,前も言ったと思うけど家を出たいんだ。だからお金出せない。ごめん』
彼女だったらここは協力すべきなのかもしれない。
しかし私ももう母との生活には限界を感じていた。
一人暮らしする為にはお金が必要。
その夢を叶えるために今まで頑張ってきた。
私はヒロさんの彼女失格かもしれないが、それを考えても自分の夢を優先したかった。
『…そっか、そうだよな。いや、女に借金申し込むなんてみっともねーことしてすまん。サラっと忘れてくれゃ笑』
彼はいつもの明るい調子で返事をしてくれたが、どことなく無理してるように思えてた。
(ヒロさん、ごめん…ごめんなさい)
心の中で何度もあやまった。
車は夕暮れの中を再び走りだし、私の住む町へと向かった。
会社にて昼休憩。
ヒロさんとの仲が少し微妙になってしまった今、搬入口にいるシンさんのカッコいい運転技術を見るのが癒しになっていた。
その日はまた大きい10トン車を操っていて、その勇姿に惚れ惚れとしていた。
『安藤さん、こんにちは』
運転席から話しかけてくれた。
(あれれ?今日は銀縁メガネ…モロ戸籍係だ)…
『こんにちは。すごい大きいですね。こんなのよく動かせますね』
下からシンさんを見上げる。
『はは…余程トラックが好きなんですね。乗ってみますか?』
『え?いいんですか?』
『助手席でよければどうぞ』
と言われ、ワクワクしながらステップを昇り10トントラックの助手席に生まれてはじめて座った。
すごい…地上から2mはある今まで見たことのない景色…
見晴らしはよいけど恐怖も感じた。
(ヒロさんいつもこの景色見てるんだ…)
『よくこんな大きいの動かせますね』
『それさっきも言いましたよ 笑』
『す、すみません』
『いや、ま,慣れですよ
フォークリフトは資格とるんですか?』
『ちょっと今考え中なんです…』
必ずしも今要る資格ではないので講習費用を考えると取得に躊躇してしまう。
助手席からトラックが出入する場所の黒い鉄の門を眺めながら、ほんの何十秒か考えてしまっていた。
『そうだお昼いかなきゃ…もう降りますね。ありがとうございました』
助手席のドアを開け、降りようとステップに足をかけた。
『気をつけて下さい、ゆっくりね』
シンさんも車から降りる。
グリップをしっかり握って慎重に最後のステップから足を降ろす。
『気をつけて…』
シンさんが下で待っててくれる。
『あ…』
ほんの少しバランスを崩したのでシンさんの肘を掴んでしまった。
その時、彼のネームホルダーから広田 心という名前が見えた。
『すみません』
『いやいや、大丈夫ですか?』
(シンさんって苗字じゃなくて名前なんだ…心さんかあ…)
『ありがとうございました』
お礼を言って搬入口をあとにした。
心さんに寄りかかった時、ちょっとときめいてしまった…
胸がドクドクしているのがわかる。
私はヒロさんの彼女なのに…
ヒロさんに対して申し訳ない気持ちも感じながら、心さんとももっと話したいと思う自分がいた。
『おっそいなあ~祥子ちゃんまた心さんとこ?』
『すみません、西垣さん。今日はトラックに乗せてもらっちゃいました♪』
食堂のいつもの場所にすわる。
『本当にもの好きだね~何が面白いんだか
祥子ちゃん、心さんに手ぇだしちゃ駄目でしょ、アンタ彼氏もちなんだから笑』
『全然そんなんじゃないですよ、心さん運転うまいから見せてもらってるだけです』
休憩時間があまりないのを気にしながら、コンビニで買ったサンドイッチを口にする。
『祥子ちゃんはそんな子じゃないわよ。で、その彼氏とはそろそろ結婚の話とかしてるの?』
川村さんは見ていた携帯を鞄の中にしまう。
『いえまだ…』
『彼の親には紹介されてるんでしょ』私の左側に座っている川村さん。
『いえ、会ったことないんです』
『付き合ってどのくらいだっけ?』右側に座っている西垣さん。
『2年になります』
『……』
川村さんと西垣さんは私を挟んで無言で顔を見合せた。
(…やっぱりおかしいのかな。2年も付き合ってて親に紹介されないって…。)
『ま、まあね、今時は晩婚だから焦ることはないものね』
西垣さんは席を立ち、飴を取り出して後ろの席の人に配る。
『だよねぇ、あ、そうだ今日は本社からお偉いさん方が視察にくるんだよね、祥子ちゃん』
川村さんは話題を変えて私に話を向けてきた。
『はい、2時頃来る予定です。新しいブランドのロケーション配置を見たいらしいです』
『じゃあ昼イチで掃除しないとね』
そう言って川村さんは食堂のテレビの上にある時計に目をやる。
時計は12時45分を示していた。
私は3切れ入っているサンドイッチのひと切れしか食べれない。
それは時間が足りないのが理由ではなかった。
倉庫に戻り中礼を終え、本社から偉いさんが来るというので掃除を30分ほどしてから通常のピッキング業務をはじめた。
伝票の3枚分の出庫を終えた頃、社長たちがやってきた。
4Fフロアの責任者一色課長が社長たちを案内している。
視察の4~5人の中に橋本さんがいるのがわかった。
橋本さんは私がいるのがわかると軽く微笑んでくれた。
しかし相変わらずの貫禄…
何を話している訳ではないのにその歩く一歩一歩に雰囲気があり、視察に来た誰よりも小さいのに存在感がある
(…やっぱり橋本さんは素敵だわ)
一通りフロアをチェックした後、社長達一行は事務室に集まり、私も一応社員なので召集された。
しかし重要なことは一色課長がほとんど説明を受けていたので私はその場でおとなしくしていた。
社長らと話混んでいた橋本さんが私に気付き、声を掛けてきてくれた。
『安藤さん、久しぶりね。元気でやってる?』
『はい、ありがとうございます。おかげさまで、元気にやってます』
『白田さんとは何か相談してる?』
『?』
思いがけない質問に戸惑った。
(白田さん?聞き覚えがあるような…)
『ここへ異動する前、困った事があったら白田さんに相談するよう言ったんだけど忘れちゃたかしら?』
思い出した。そう言えばそんなような事を異動する前橋本さんと話をしたんだった。
でも…
『橋本さん、白木さんという方は退職されたようで…』
『え?居るわよ、下に。さっき会ったもの。それに白木じゃなくて白田くんよ』
橋本さんは指で床を指差しながら私に話す。
『でも、私が研修に来る前に辞めたって…』
『いやいや、だって見たわよシンくん、フォークリフトに乗ってたわ』
『シン…くん?広田さんの事ですか?』
『そうよ、シロタ君』
『え?ヒロタさんですよね』
『さっきからそう言ってるじゃない、シロタ君だって』
シロタくんだって
シロタくんだって
シロタ…
橋本さんて…
江戸っ子?…
10月下旬
もうすぐヒロさんの誕生日。
誕生日は水曜日なのでその前の日曜日にデートの約束をした。
プレゼントが入った紙袋を持ち、待ち合わせの駅で待っていた。
デパートで買ったブルーのシャツ。
メンズのコーナーで購入するのは緊張した。ヒロさん喜んでくれるといいんだけど。
『祥子』
『あ,ヒロさん』
彼の顔を見ると心が弾んだ。
腕を組みたいのを我慢して、駅前を少しウィンドウショッピングした。
その後5月に行ったバラ公園とは別の公園に車で出向いた。
そこは前行ったバラ園より小さいが、秋咲きのバラが観賞できるので私のお気に入りの公園なのだった。
色とりどりの美しいバラを観ていると、現実感が無くなり
家での生活が夢に思えてくる。
『祥子は本当にバラが好きだなあ』
『うん、やっぱり憧れの花だもの』
ヒロさんは私を優しく見てくれている。
(いつか庭がある家をもてるようになったらバラを育ててみたいなあ)
その日が来る時
ヒロさんは今みたいに隣に居てくれてるのかな…
充分に目の保養をして私は満足だったが、公園に来た時は元気だったヒロさんが
帰る時はあまり喋らなくなっていた。
車の中でそれとなく話しかけてみる。
『ヒロさん、つまらなかったかな、今日』
『いいや、そんなことないけど。飯どこ行こうか』
高速に乗り、二人とも無言になった。
西向きに走る車
夕日が眩しい。
しばらく走ると小さなサービスエリアに車を停めた。
いつもなら帰りも楽しく話すのに…
こんなの初めてだ…
独立の話しが上手く進んでないのだろうか。
それともお金の事?
私もあれから色々考えてみた。
ヒロさんが恥を忍ん頼んだんだもの。
ほんの少しでも貸した方がいいのかなと思ったり、自分なりに悩んでいた。
『ヒロさん、こないだのお金の事だけど…私少しなら出せるよ。前はいきなり言われたから驚いたけど、私もヒロさんの夢を応援したい。ちょっとだけ協力させてくれるかな?』
『いや、金はいいんだ…もう…祥子あのな…』
ものすごく嫌な予感がする…。
『何?』
彼はハンドルを握ったまま、こちらは見ず前を向き話す。
『2年付き合ってて、祥子の事を好きな気持ちは変わらないんだ。でも、結婚は出来ない』
(やっぱり…)
ショックはショックだったけど、あまり驚かなかった。借金を断ったあたりから何となくそう言われる気がしていた…。
今日ほどではないが、彼は時折黙りこくってしまう時があったからだ。
『俺には夢があるから結婚するけど、祥子の事は一番好きなんだ。だからずっと付き合って欲しい』
『?』
(さっき私とは結婚出来ないって言いませんでしたっけ?)
『ヒロさん?私と結婚しないのに付き合うってどういう事なのかわからないんだけど』
別れを言い出されてショックの上
彼の意味不明な話に何をどう考えればいいのかわからない。
『ヒロさん、私とは結婚するの?』
自分でもどう訊ねていいのかわからないので聞き方がおかしい。
『しない。俺が結婚するのは別の女だお前じゃない』
『じゃあ私とは別れるって事でしょう?他の人と結婚するんだから』
『お前とは別れない』
『?』
ヒロさんの話が理解出来ない私は別れ話しに動揺して自分の頭がおかしくなったのかと思った。
『俺は別の女と結婚するけど、お前とも別れない』
―別の女と結婚する
―私とも別れない
二股?
いや…
『ヒロさん、私にセフレ…愛人になれって言ってるの?』
『違う、セフレなんかじゃない、お前は…俺は別の人と結婚という形はとるけど、お前に対する気持ちは変わらない』
この訳のわからない事を言っているのは本当にヒロさんなんだろうか。
『…その人の事は好きじゃないの?どうして私の事を好きなのにその人と結婚するの?』
『あいつの…結婚相手の事は嫌いじゃない。得意先の荷受け担当していて、成り行きで独立の話をしたら向こうから支援するって言ってくれたんだ』
『…そう…お金持ちの人なんだね…だからヒロさん…』
『いや、特別金持ちって人じゃない』
『だったらなんで?その人より私の方が好きなんでしょう?なのに何故その人を選んだの?私の何がいけないの?』
『誤解するな祥子は何も悪くない。
結婚する相手は、お前ほど綺麗じゃないし、若くもない。俺より1コ上だしな…』
『…』
『けど、嫌いな女じゃない。落ちついていて、安心できるんだ一緒にいて。それに金持ちじゃないけど、両親が共に公務員で普通の常識ある人だ。独立することも、彼女との事も認めてくれた』
(その人の両親には会ったんだ…)
『うちの親も賛成してくれている。親父もお袋も固い人間だからな…来年は俺も30だし、早く身を固めろって言われてる。幸乃は年上だし、余計な…』
(幸乃さんて言うんだ…)
最初はパニックになってしまい、ヒロさんの言ってることが把握できなかったけど、話を聞いていたら腹立たしく思いながらもだんだんと理解が出来てきた。
ヒロさんは私を結婚相手ではなく、愛人になって欲しいと言っているのだ。
―彼女の両親は公務員で常識のある普通の人―
そう…そうだろう…
私の父はアルコール依存で施設に入所していて
母は娘に暴言吐きまくりの人格障害者
誰だって好んで身内になりたくないだろう
彼の両親からしてみても、どちらに息子に結婚してもらいたいか、私にだってわかる。
けれど、他の人と結婚する人と私は付き合えない。
無茶な要求をするヒロさんに対して、腹の底から嫌悪感が沸いていた。
『ヒロさん、自分がどんなに残酷な事を言ってるのかわかってるの?そんな事受け入れられるわけないじゃない』
泣き叫びたい気持ちを抑え、やっとの思いで気持ちをうったえる。
『俺は独立もしたいし、お前とも別れたくないんだ』
彼はシートベルトを外し、身体を私の方に向ける。
右手を私の頬に当て、唇を指でなぞる。
『潔く別れようとも考えた。でもお前が他の男とキスするのを想像すると、頭がおかしくなるんだ』
(アンタが鬼畜な事を言うからこっちは もう頭おかしくなってるよ!)
罵詈雑言を並べ立ててヒロさんの事を罵りたかった。
だが胸が苦しくて、呼吸をしているのが精一杯だ。
苦しい…
苦しい…
心臓の鼓動がきこえる
言葉が出ない代わりに、涙が溢れてくる。
頬に添えられた手をはね除けた
いつも私の手を繋いでくれた、優しく撫でてくれたヒロさんの手を、汚い虫のよう煩わしく感じた。
『降りる。帰る』
『何言ってんだ、高速だぞここ』
『タクシーで帰る』
助手席から車を出ようとした。
『だめだ、わかったよ、帰ろう』
彼は車を発進させ、サービスエリアを出て高速道路に合流した。
さっきまで夕暮れだったのが、日が沈み暗くなっていた。
『K駅で降ろして』
K駅はここから一番近くの駅。もう一秒もこの車には乗っていたくない。
『家まで送るから』
『やだ!』
『…わかったよ』
インターチェンジを出て一般道路を10分ほど走ったらK駅についた。
私は車を降りようとシートベルトを外した。
『もう会わない』
車が走っている中、あれも言おう、これも言おうと浮かんではきたが、それだけ告げるのがやっとだった。
ヒロさんが私の腕を強く掴む。
『祥子、本当にいいのか俺と別れても…』
『……』
『俺は嫌だね!絶対に諦めない』
『…離して』
『だめだ』
『はなしてぇぇぇ―!!!!』
バンバンバン!
黒の鞄で彼の手を何度も叩いた。
『イテッ!馬鹿止めろ!』
さすがに掴んでいた腕を離された。
素早く助手席から降り、改札まで人をかき分け走っていった。
K駅は大きくはないが、朝は快速も停車するくらいの駅。駅員もいる。人通りもそこそこある。
ICカードで改札を通り、階段を昇りホームへ着いた。
ホームには10人ほどまばらに電車を待っている人がいた。
一番後ろの目立たないベンチに座り、うつむきながら呼吸をととのえた。
『さよなら、ヒロさん…』
携帯の電源を切り鞄にしまう。
プォン
ライトを点けた電車が来るのが、遠くから見えた。
そのあと―
電車に乗ったのは記憶にあるのだが、そのあとどうやって家にたどり着いたのかはほとんど覚えていない。
家に着き
すぐにシャワーを浴び、布団に入った。
家事を何もしない私に母は腹を立て、暴言を浴びせる。
もう、もう嫌だ…
いつもなら布団をかぶって聞き流すのだが、そんな心のゆとりもなく、自暴自棄になってしまった私は久しぶりに母とやり合ってしまった。
(この親のせいで私はヒロさんと別れることになったのに!)
今日起こった哀しみ怒りを母にぶつけた。
これ以上ない酷い暴言、罵り合いの応酬。
口が達つ母にはかないっこないとわかっていたが、言わずにはいられなかった。
だが言い負かすことが出来るわけではなく、放った暴言はその100倍にもなって返ってくる…。
(やっぱり無駄だ… 何もわかってはくれない、この人は…)
諦めて布団を被り、耳をふさぎ身体をくの字にしていつものように心を殺した。
嵐が過ぎさった後も、当然眠れるはずもなく布団の中で、ただゆっくりと時間が過ぎていった。
そして明け方、私は夢を見た。
昼間行ったバラ園でヒロさんがいつものように私を抱きしめて言う。
『馬鹿だな、祥子は。あんなの嘘に決まってるだろ』
と明るく笑う。
一瞬喜んだが
そこですぐ目が覚めてしまった。
さっきのは夢。
泣きながら眠ったのが現実なんだ。
重い身体を起こし、仕事へ行く支度を始めた。
朝6時
ご飯も食べず、メイクもリップだけで、母が寝ているうちに家を出た。
頭痛がするのを我慢しながら車に乗り込み眩しい朝日の中、空いている道路を走る。
まだまだ始業には時間があるのでコンビニの駐車場で車を停め時間を潰していた。
国道沿いのコンビニ
朝早い時間、トラックやダンプなどが沢山駐車場に出入りする。
嫌でもヒロさんを思い出してしまう。
座席のシート45度ほど倒し、目をふせ時間が過ぎるのを待った。
(本当は休みたい。
けど、失恋したから休むなんてみっともないこと出来ない!母のいる家にも居たくない!)意地だけが会社へ行く気力を持たせていた。
いつもの出社する時間になり、会社に着く。
『おはようございます』
数人のパートさんと一緒にエレベーターに乗り従業員、パート皆さん朝礼の為皆事務室に集まってきた。
『祥子ちゃんおはよう』
川村さんと西垣さんが声をかけてくれる
『おはようございます』
『どうしたの?スッピン?』川村さん。
『夕べデートで遅かったんでしょ?だめだよ夜更かしは~美容の敵だよ』西垣さん。
『別れたんです。彼とは』
!?
川村さん、西垣さんあと私の声が聞こえたであろう周りの数人が驚いた表情で私を見る。
『え?突然?』西垣さん。
『はい』
『そうなのね…残念だったわね』川村さん。
『仕方ありません。他に好きな人が出来たそうなんで』
さすがに愛人になれと言われたとは言えなかった。
『そっかあ…』
周りが微妙な空気になったが、同情してもらおうと思ってるわけではない。
これからもまた彼の話が出るだろうから、別れたとはっきり言えばもうその話はふられないだろう。
『ん、祥子ちゃん大変かもしれないけど、気持ち切りかえて仕事頑張ろうね。今日はさ、月曜だから伝票も多いしパートさんも午後休の人が結構いるのよ』
『大丈夫です。頑張ります』
川村さんは軽く微笑みうなずいた。
9時ジャスト
一色課長が来て朝礼が始まった。
昼休憩
川村さんに、お弁当を忘れてしまったので外で食べますと言って、会社の外へ出た。
スーパーで水とウィダーゼリーを購入し、車の中で食べようとしたが、食べられず水だけ飲む。
携帯を見たらヒロさんからメールと着信があった。
着信はすぐ消去したが
メールには
[祥子 会いたい]
とあった。
それもすぐ消去した。
拒否設定すればいいのにどうしても出来ない。
(私のばか…)
携帯をしまい、少し横になって休んでから会社へもどる。
昼休憩が終わり、持ち場で作業の続きを初めた。
朝、川村さんが言ってたとおり、パートさんが数人昼から上がってしまったので人手が少なく、すごく忙しい。
目の回るような忙しさに、本当に目が回ったような感覚になってきた。
動悸がする…
伝票の注文どおりカットソーを一枚棚から取ろうとしたら、目の前視界が細長くなり、周りの音が聞こえない。
(あれ…?)
血の気が引いていくく
手が痺れ立ってられず、私はその場にしゃがみ込んでしまった。
『祥子ちゃん、大丈夫?』
しゃがみ込んだ私に近くで作業していた西垣さんが側に来てくれた。
『事務室行って休んだほうがいいよ、ほら』
『すみません…』
おそらく貧血だろう。意識はあったが目の前がチラチラする。
西垣さんに連れられ事務室で椅子に腰掛けた。
『帰ったほうがいいよ、真っ青だもの』
『……』
帰りたくないが、このまま会社にいてもかえって迷惑がかかる。
しばらく休んでいたら
川村さんが事務室に入ってきた。
『祥子ちゃん、早退した方がいいわよ、駐車場まで歩ける?』
『はい…』
意識はある。呼吸もだんだん整ってきたのでなんとか駐車場まで行けるだろう。
念のため川村さんに台車に乗せられてエレベーターで1階に降りた。
『大丈夫?タクシー呼ぼうか?』
『大丈夫です。帰れます。すみません、忙しい時に』
『いいのよ、無理しちゃだめよ』
『はい…』
外へ出る階段の手前で立ち上がり、重い鉄製の扉を開け駐車場へと向かった。
『どうしたんですか?』
聞き覚えのある声…後ろを振り返る。
やっぱり心さん…
『あら心さん。祥子ちゃん貧血みたいなのよ。悪いけど病院連れていってくれない?』
(ええ?!)
『川村さん、病院なんて大げさですよ、さっき事務室で休んでだら楽になりましたから…』
『私が連れていってあげたいけど、今日は中学の授業参観だから5人昼で上がっちゃったのよ、だから心さん頼むわ。出荷までまだ時間あるでしょ、じゃ、頼んだわよ』
聞いちゃいねーし…。
心さんの意志も確認することなく、川村さんはさっさと倉庫へ戻ってしまった。
『F病院で救急で診てもらいましょう』
川村さんのいきなりな頼みごとにもかかわらず、すごい落ち着いた態度だ。
『大丈夫です。本当に…家に帰って寝れば治りますから…。広田さん、現場戻って下さい』
家に帰るつもりはなかったが、心さんに厄介かけたくなかった。
『え?放っておけませんよ。真っ青じゃないですか』
心さんは私の右腕を掴んだ。その時昨日ヒロさんに腕を掴まれた事の記憶が重なった。
『やめて下さい!放して!!構わないで下さい!!』
心さんに凄い怒声を浴びせてしまった。
掴んだ手を放して彼は言う。
『あ…と,も…申し訳ない。でも足元気をつけないと転びますからゆっくり歩いて下さい、良かったらここに捕まって下さい』
怒鳴られても驚くことなく、怒ることなく冷静に私の事を考えた対応だった。
『ありがとうございます…』
心さんの肘の部分の服をつかみ、自分の車まで歩いた。
『大丈夫ですか?しんどかったら連絡して下さい。すぐにいきますから』
心さんは携帯番号が裏に書いてある名刺をポケットから出し私に渡し、運転席のドアを閉めた。
シートに座った私は大きく深呼吸をする。
目を閉じ心さんが立ち去る足音を聞いていた。
あ…行っちゃった…。
なんて自分勝手なのだろう。構わないでと言ったはずなのに、見放された気持ちになり哀しくなってしまった。
その後
やっぱり病院へ行った方がいいと思い直し、F病院で点滴を打ってもらってから自宅に帰った。
病院を出るころには大分体調も良くなり、食欲も少し出てきた。
回復すると、会社の事が気になってきた。
私的な事情で体調を崩し皆さんに迷惑をかけてしまった事を情けなく感じた。
特に心さんには酷い言い方をしてしまった事が悔やまれる。
恋人に裏切られ、母親とは醜い喧嘩。眠れず食べれず体調最悪。
けれどそんな事、みんなには何も関係がないのに。
(心さんにあんな言い方してしまった…。謝らなきゃ…)
もういい年なのに、感情的になり他人に八つ当たりした自分に嫌気がさした。
翌日
川村さんと西垣さんに心配をかけてしまった事を詫び、今日はあまり走り回らない仕事につかせてもらった。
昼休憩に心さんに謝ろうと、搬入口へ出向いたがいつもお弁当を食べている場所に彼は居なかった。
(あれ?お休み…なのかな?)
翌日もまた昼休みに搬入口へ行ってみたのだが、心さんの姿はなかった。
(どうしたんだろう…まさか私避けられてるんじゃないよね)
不安に思いながら食堂へ向かった。
『あら?今日もいないの心さん』
川村さんは私の座る席にお茶を置いてくれた。
『はい…』
『本社かB倉庫にでも行ってるんだよ』西垣さん。
『そうですかね、やっぱり』
川村さんと西垣さんには心さんにきつい物の言い方をしてしまったことは話してある。
『私、避けられてるんでしょうか…失礼な事言ってしまったし…』
『まさかあ(笑)それくらいの事で怒る人じゃないわよ』川村さんがうさぎ形のりんごをつまようじで刺し私にくれる。
『そうですかね…だといいんですが…』
『ま、そのうち来るんじゃないの。それよりさ、祥子ちゃん、今日は夜ラパンでご飯食べるからね』
ラパンとは西垣さんの知り合いが経営している喫茶と食事ができるお店で、たまにパートさん達とお茶を飲んだりする場合に利用している。
一般には仕事が終わると飲みに居酒屋へ行ったりするのだろうが、主婦の方達が多いここでは退社後お茶かご飯たべるのがせいぜいな付き合いなのである。
『今日ですか?私はいいですけど皆さん忙しいのに悪いですよ。西垣さん、息子さん塾の送り迎えあるんじゃないですか?』
『いーのいーの!1日位休んだって成績変わりゃしないわよ!』
『でも…』
『もう決めたんだからいいの!あと瑠美ちゃんも行くからね、あの子も最近彼氏と別れたんだって。二人まとめて元気つけようと思ってさ』
なんだか噂話のネタにされそうな気もするが、やっぱり気にかけてもらえるのは有難い。
『はい、お願いします』
久しぶりにみんなと楽しく食事が出来るかと思うと嬉しかった。
定時になり、車に乗り合わせてラパンへ向かう。
個人経営のこの店は大きくはないが、オフホワイトの椅子とテーブルで、明るく清潔感のあるお店だ。
お客の入りは半分くらいで、私たちは奥の席に案内された。
座席に座りオーダーをする。
メンバーは私、川村さん西垣さん、CさんNさん、と瑠美ちゃんの6人。
瑠美ちゃんは今年高校卒業して就職したのだが、会社で色々あったらしく8月で辞め、今はフリーターでこの倉庫でアルバイトをしている。
女性が6人集まるとさすがにかしましい。
瑠美ちゃんは失恋したと聞いたけど私と違い元気一杯で運ばれて来た料理をパクパク食べている。
『瑠美ちゃん、ペース早いわよ。それじゃすぐ食べ終わっちゃうじゃない 笑』
川村さんが諌める。
『だってここのハンバーグセット美味しいんですもん。追加でまた何か頼むからいいんです』
『すごいねぇ~、元気つける必要なかったみたい』
『元気ですよ。新しい彼氏も出来ましたから』
『ええ?もう』
『はい、友達に紹介してもらって。済んだことをゴチャゴチャ考えてたってしょうがないですから』
『聞いた?祥子ちゃん、瑠美ちゃんを見習わなきゃダメよぉ』西垣さんは私の背中を叩く。
『はい…』
『祥子さんは美人だからまたすぐ彼氏できますよ。私みたいなスタイルだって出来たんですから』
たしかに瑠美ちゃんはぽっちゃりしてる。しかし明るくてみんなをなごませる雰囲気をもっている。今でも行儀よく、美味しそうにご飯を食べる姿は見てて気持ちがよい。
(私はダメだわ…すぐ暗く考えちゃう…)
5つ,いや6つも年下の子に慰められ、みんなに元気つけられる私って…。
何だか自己嫌悪を感じたが、食事は久しぶりに美味しくたべられたし、皆さんの温かさに触れ、失恋の痛手も大分癒えた。
『時が解決してくれるから』
誰が言ってくれた。そうであればよいなと思った。
食事が終わり解散となり、皆を会社の駐車場で降ろし車の中一人になりふと考えた。
瑠美ちゃんに比べたら私はまだヒロさんに執着している。
それは自分でもわかっていた。
車の中でメールをチェックする
ヒロさんから来てるメール、電話の着信を消去する。
拒否すればいいのにどうしても出来ない
酷い事を言われたのに
私は待っているんだ
彼女と別れた
祥子とやり直したい
ヒロさんからそう言われるのを…。
一方で
結局金曜日まで昼休みに心さんの顔を見ることがなく
週末になってしまった。
エプロンのポケットから渡された名刺を出し
『どうしよう…電話かけようかな…』
悩みながらやっぱり直接謝った方がいいと思い名刺をポケットにしまった。
土曜日
朝 母が喫茶店に行っているうちに家事を済ませ、お昼頃から図書館で過ごしていた。
夕方になり倉庫で使うラバー軍手に穴が開いていたのを思い出し、ホームセンターで購入しようと会社近くのお店に入った。
土曜日なので混んでて駐車場に停めるのも一苦労。
店内は人で一杯だ。
私は目的の場所へ向かう。
(たしかここの列びにあったような…)
軍手売り場へ行こうと作業用品コーナーを曲がると靴を見て選んでいる人がいた。
(心さんだ)
これは神様の計らい?
お詫びをするチャンスだと心さんに声をかけた。
『広田さん』
『あ、安藤さん。こんにちは』
しゃがんでた心さんは立ち上がり挨拶をした。
『安全靴イカれちゃったんで買いにきたんですよ。安藤さんは?』
心さんは靴を手で持ち上げる。
『私は軍手を…』
『軍手は会社で支給されるでしょう?』
『あれではなくて、お気に入りのメーカーのものがあるんです』
『そうなんですか』
(早く謝らなきゃ)
『広田さんは靴のサイズいくつなんですか?』
なかなか言い出せなく、関係のない質問をしてしまった。
『21㎝です』
『ええっ!』
『冗談に決まってるじゃないですか笑』
『何かそんな話どこかで聞いたことある…心さんって冗談とか言うんだっつか、早く謝らなきゃ』
『あの、この間駐車場まで付いていただいてありがとうございました』頭を下げお礼を言う。
『大丈夫でしたか?気になっていたんですけど電話がなかったから何とかなったのかなと思ってました』
『はい、病院行って点滴射ってもらったら元気になりました』
『そう?』
(あれ?なんか怪訝な表情…)
『この間はすみませんでした。怒鳴ったりして…』
『怒鳴る?』
『貧血起こして駐車場まで付いてて下さったのに、放っておいて下さい!って言ってしまって…』
『そうだったかな?気にしないで下さい。病院行けたんだし良かったです』
『はい、お世話かけました』
『いやいや』
心さんはニコニコと笑いながら答えてくれたのでちょっと安心した。
『じゃあ失礼します』お詫びが出来たのでほっとし、自分の軍手を買おうとその場を去ろうとした。
『あ、安藤さん』
『はい』
『今時間ある?』
『え、はい…』
『ちょっと付き合ってもらいたいんだけど』
安全靴を持ちながらにっこり笑って私に言う。
『え?付き合うって,…どこへ?』
『ちょっと買い物を手伝って欲しいんです』
『ここに無いものなんですか?』
『ええ、嫌じゃなかったら是非』
『…ええ、私でお役に立つなら』
急な申し出に少し戸惑ったが、もともと心さんには好感は持ってたし、すぐ家に戻っても母と顔を合わすのが嫌なので承諾した。
すぐラバー軍手を購入し、心さんと駐車場へ向かった。
『どうぞ』
心さんは助手席のドアを開けてくれた。
『ありがとうございます』
二人を乗せた車は駐車場を出てしばらくすると大きい道路へ入った。
(そうだ、最近搬入口にいない事を聞いてみよう)
『あの、最近お昼見掛けませんけどどちらにいらっしゃるんですか?』
『ああ、本社に行ってたんです』
『やっぱりそうなんですね。お見かけしないんでちょっと心配だったんです』
『そうだったんですか?笑 気にしてくれたんですかね』
照れくさそうに笑う心さんが可愛らしく思えた。
『あの、何を買うんですか?』
『夕食の準備です。イヤンとベロー、どちらのスーパーが良いでしょうか』
(え?私が決めるの?)
『私はベローの方によく行きますけど…』
『じゃあベローにしましょう』
心さんはベローの方角に車を走らた。
(家族に頼まれたけど、何を買っていいのかわからなくて私にアドバイスが欲しいのかしら…)
誘われた理由を自分なりに考えてみた。
スムーズに流れるように走る車。
静かだし、ほとんど揺れない。
いつもヒロさんに乗せてもらって感じたのだが、車種の違いもあるかもしれないが、これだけ丁寧に運転する車に初めて乗った気がする。
『静かですごく運転が丁寧ですね』
あまり乗り心地がよいので思わずそうしゃべりかけてしまった。
『静かなのはハイブリッドだからですよ』
『ハイブリッド…そうですか…』
それだけじゃない。
謙遜してるけど、心さんはまるで社長を乗せて走るプロのドライバーように
隣に座っている私にとても気を遣って運転をしている。
乗っていて加速やカーブ、停車の時、それがわかる。
ベローの駐車場に着き、店内で食料を物色する。
『何をつくるか決まってるんですか?』
『ええ、すき焼きです』
『いいですね何人分なんですか?』
『えと4人ですね』
(4人家族かあ…こんな穏やかで優しい心さんのご両親はきっと素敵な人なんだろうな)
うらやましくて微笑ましくて、なんだかほっこりして、お手伝いできるのが嬉しい。
今日は土曜日なので夕方のこの時間は家族連れの買い物客が沢山いて相当な賑わい。
皆さん幸せそうだな。
失恋して間もない私はうらやましくて少し切なかった。
そう周りを見ながらお肉や野菜などを購入し、車へと戻った。
日はもう沈みかけて、気温も昼間よりずっと低い。
ベージュのパーカーの前ファスナーを締め、食材を車を載せ助手席に座った。
『さて家へ行くとしますか』
心さんはアクセルを踏む。
『ご苦労さまでした』
なかなか楽しい買い物だった。
車は軍手を買ったホームセンターとは違う方へ向かってると気づいた。
『広田さん、ホームセンターはあっちですよ』
『安藤さんも、ご飯食べていって下さい』
『え?』
当然買い物したら終わりだと思っていたので驚いた。
『でも…』
正直、好感をもっている心さんとはいえ、突然家でご馳走になるのは気が引けた。
『休日の一家だんらんの晩ごはんに他人がお邪魔するなんて悪いですよ』
『……』
『誘って下さってありがとうございます。お気持ちだけで十分ですよ。広田さん、私の車の場所まで戻って下さい』
少し名残惜しい気もしたが、やはりここは断るのが妥当だろう。
『ダメです』
『…でも』
『安藤さん、あなた最近ちゃんとご飯食べてないでしょう?さっきホームセンターで声かけられたとき、ちょっとびっくりしたんです』
(う…そんなにやつれて見えたのかしら…確かにここのところ食べない時もあるから少し体重減ったかもしれない…)
『大丈夫ですよ、家に帰ったら沢山食べますから』
『安藤さんに来て欲しいんです』
心さんは運転しているから前を向いたままだったが、真剣な顔をしていた。
いいのかな…甘えてしまっても…。
それに心さんのお家ってちょっと興味ある…。
『いいんですか?お邪魔しちゃいますよ笑』
『はい、どうぞどうぞ笑』
やっと心さんが笑ってくれて私もホッとした。
車は不安と若干の好奇心を胸に抱えた私を乗せ、心さんの家と向かっていた。
『広田さんの家、近いんですか?』
『ええ、5分くらいで着きますよ。Aが丘なんです。まあいわば実家ですね…』
『ん?そこに住んではいないんですか?』
『ええ、今は独り暮らしです』
(そうなんだ。えらいなあ、私もお金貯めて早く母から離れないと…)
『あの広田さん…』
ああ…もう…広田さんって呼ぶたびにヒロさんを思いだしてしまう…
なんで似たような名前なんだろう
そういえばまだ今日はメールも着信もチェックしてないわ
私もいい加減に連絡拒否すればいいのに…
未練がましいのはわかっているのだけどなかなか思いきれない自分が嫌だ。
『なんでしょう?』
『私の事安藤じゃなくて下の名前で呼んで欲しいんですが』
『下の名前ですか?』
『はい。倉庫では皆さん祥子ちゃんて呼んで下さるので、苗字で呼ばれるとなんとなく違和感があるんです』
信号待ち
心さんは私の方を向いた。
『ちゃん付けはちょっと恥ずかしいですね。祥子さんでいいですか?』
『さんでもいいですよ。ちゃん は恥ずかしいですか?一色課長も祥子ちゃんと呼んでくれるんですよ』
『はあ…まずは 祥子さんからにしてもらえますか?』
心さんは照れくさそうに笑って言う。
『もちろんいいですよ。わたしも心さんと呼んでいいですか?』
『かまいませんよ、全然。許可とる人なんて初めてですよ。律儀なんですね』
『そうですか?ヒロさん…えっと心さんは大先輩だし、慣れ慣れしく呼ぶのは失礼かなって思ってましたから』
(ヤバいわ、ヒロさんて言っちゃった。心さんが広田って苗字で良かった…)
さっきは同じような名前で嫌だと思ったのに全く私ときたらゲンキンなものである。
そうこうしているうちに心さんの実家であろう場所に着いたようだ。
『ここですよ、祥子さん』
『はい、心さん♪』
ちょっとおどけて返事をした。
笑
なんだかおかしくて顔を合わせて笑ってしまった。
車から降り、心さんの家を見た。
住宅街の中、瓦葺きの屋根で二階建てのこじんまりした家。
駐車場も車が一台ギリギリ入るくらいだ。
門扉の前
表札は【中尾】とあった。
心さんはインターホンを押し、お母さんと思われる人と話をしている。
門の合間から控えめに顔を出す萩の花を見ながら、少し考えていた。
ヒロさんと2年付き合ってても家なんて行ったことなかった。
ひょんなことでこうして、まだ話をするようになってから1-2カ月しかたってない心さんの実家に呼ばれる…。
しかも付き合ってもいないのに。
こういうこともあるのだなと、なんだか不思議な気分だった。
インターホンで話を終えた心さんは門扉を開け、玄関の前に来た。私も後をついていく。
(なんかドキドキするなあ…)
ガチャ
茶色のドアが開いた。
『はあい、はじめましてこんばんは ^^』
心さんのお母さんは黒髪を一つにシュシュまとめ、笑顔で出迎えてくれた。
想像してたより若く40代前半に見え、とても明るい印象をうけた。
『あ、こんばんは、安藤と申します。急に来てしまってすみません…』
『いえいえ、どうぞ上がって下さいな』
『祥子さんどうぞ上がって下さい』
心さんに促され玄関の中へ入った。
『お、お邪魔します…』
脱いだ靴を揃え、家に上がらせてもらった。
『あ!』
気づくと小学校低学年位の女の子と柴犬似た雑種であろう薄茶色の毛のワンコが横にいた。
何を隠そう私は犬が大好きなのだ。
そのワンコは吠えもせず、鎌の様なしっぽをゆっくり振ってクンクンと鳴いている。
クリクリの目がすごく可愛い。
『心ちゃんありがとうね』
『うん、安藤さんに買い物手伝ってもらったから助かったよ』
二人は袋から材料を取りだし早速すき焼きの準備にとりかかっていた。
『あの、手伝います』
『お嬢さんはいいのよ、お客さんなんだからゆっくりしててね』
『でも…』
『本当にゆっくりしてて下さい。無理して来てもらったんだから。あとは俺とおばさんでやるんで』心さんはカセットコンロの支度をしている。
(え?おばさん?
お母さんじゃなくて?)
心さんも何か訳がありるのかな?
これでも人並み空気は読めるので疑問に思ったのだか聞かないでおいた。
心さんとおば様…中尾さんは慣れた調子ですき焼きの用意をしていく。
手伝わなくていいのかな…
でも3人もいたら邪魔だし…。
チラチラキッチンの方を見ながらソファーに浅く座っていた。
『祥子さん、さきちゃんとリンと遊んでて下さい』
身の置き場のない私を心さんは察してか、声をかけてくれた。
『さきちゃんて名前なの?よろしくね』
さきちゃんは恥ずかしがりやなのか、うなずいただけで言葉は発しなかった。
でもはにかんだ顔が可愛らしい。
子どもにワンコなんて、癒しのゴールデンコンビだわ。
さきちゃんとリンとタオルやボールで遊んだりしてたらすき焼きが出来てきたようだ。
私とさきちゃんは中尾さんに呼ばれ、席についた。
すき焼きなんで何年ぶりだろう。
家族で食べたのは小さい頃でそれ以来記憶がない。
『安藤さん、お待たせ。たくさん食べて下さいね』
心さんはニコニコしている。
『ありがとうございます。いただきます』
(心さんは私に沢山食べてもらいたくて家に呼んでくれたんだよね…。
元気ださなきゃ
いつまでもメソメソしてられないわ)
心さんや中尾さんの気持ちが有り難く
胸が一杯になった。
ご馳走になりながら、お二人の話を聞かせてもらった。
中尾さんは心さんのお母さんの妹で
ご主人は単身赴任でk県に居るのだそうだ。
心さんは子どもの頃、お母さんが仕事で忙しい時などよく中尾さんに預けられていたらしい。
大人になった今でも心さんは、倉庫から近いこともありよくこちらの家でご飯をいただくのだそうだ。
中尾さんと心さんは親子のようなやりとりで、
冗談を交えながら楽しく話をしてくれる時間を忘れるようだった。
しかし私は車をホームセンターに置きっぱなしにしているので、長居は出来ない。
『すみません、私そろそろ失礼したいのですが…』
『そうですね。駐車場閉められてしまったらいけませからね』
『あらそう?若いお嬢さんと話せて楽しかったわ。また来てね』
『はい』
片付けをしようとしたらそれはいいからと止められ、会釈をして玄関に向かった。
お礼を言うとさきちゃんも ばいばいと手を振ってくれた。
(かわいい…)
心さんの車に乗り、シートベルトを閉めた。
心さんはゆっくり発進する。
『今日は強引に付き合わせてしまってすみませんでした』
『いえ、こちらこそご馳走になっちゃって…。おいしかったです。ありがとうございました』
そう言うと心さんはうんうんと頷いていた。
ハイブリッドの車は静かに道路を走っていた。
『祥子さんのご両親はお元気なんですか』
心さんにそう言われドキっとした。
『はい…まあ…』
うちがどんな状況かなんて言えない。
少し沈黙が続いた。
(どうしよう…なんとなく気マズイ…)
『あの…』
『あの…』
二人同時に言葉を発したのが可笑しく、顔を見合わせた。
『あ、心さんからどうぞ』
『そうですか、じゃあ先に…叔母は私の母が仕事が忙しい時に私を預かっていたと言いましたが、あれちょっとちがうんです』
『そうなんですか。』
『両親は私が3歳の時に離婚し、母にひきとられたんですけど、母は私を置いて男の元へ行ってしまったんです。
それからは叔母さんが引きとって育ててくれたんですよ』
『え、そうだったんですか』
なんともダークな告白を心さんは淡々と話す。
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