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俺達の Love Parade In The Novel

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I'key( 10代 ♂ GDnM )
10/07/24 17:16(更新日時)

I'keyと申します。
ミクルでの小説も第三作目になりました。
今回は初挑戦の『恋愛』がテーマです。自分でもいったいどうなるのかわかりませんが、頑張って少しでも楽しい作品にしたいと思っています。
応援や感想、アドバイスなどはもちろん大歓迎です。気になったことはどんどん教えて下さい。

それでは、開幕

No.1158245 08/07/08 22:31(スレ作成日時)

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No.51 08/09/05 21:03
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♠12♠



重かった。ひたすらに重かった。いつになく重い物を持った。
春彦ならひょいひょい運ぶのだろうが、本格的に運動した経験の無い俺にはかなり辛い。
でも、途中で何処かに放り出して帰るわけにもいかない。引き受けたからには、ちゃんとやるのが俺の流儀だ。
階段も簡単には降りられなかった。
まず片足を一つ下に降ろす。箱の横から足元を確認。残った足を降ろした足の隣に移動。
そんなパズルのような手順、いや足順を反復してやっとのことで一階まで降りた。
「駄目だ……一旦休憩」
誰に言うでもなくそう呟くと、俺は箱を下ろして階段に座り込んだ。
少し興味が湧いて一番上の箱を開けてみた。
よく分からない分厚い装丁の本が何冊も入っている。試しに一冊開いてみると、そこには漢字の大海原が広がっていた。
……萎えた。
俺は本を戻して大きく息をつくと、荷物と一緒に出立した。
練習中の運動部の視線を適度に集めつつ校内を進む。
休み休み歩いて旧校舎に辿り着いた。尖塔が夕日に朱に染まり、俺の目もその色に染まる。
俺は校舎に入った。
降りる逆の順序で階段を上る。明日の腕は酷いこと間違い無しだ。

No.52 08/09/05 23:07
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♠13♠



俺は図書室の前に立った。
『第一図書室』と書かれた薄汚れたプレートが扉の上にあった。
扉は、時間に取り残されたかのような雰囲気がある。
鍵穴なんて、今はどこでも見ないような古臭さで……
「……鍵?」
そうだ。鍵を借りてくるのをすっかり忘れていた。
一旦あっちの図書室に戻ろうか。そう思考したところで、俺にはそれがたまらなく面倒で馬鹿らしく思えた。
ああ、俺はどうしてこうも面倒臭がりなんだろう。幼少期の反動と言ってしまえばそれまでだが、何か違うと思いたい。そうじゃなきゃカッコ悪い。
今流行りのアイデンティティ?
『面倒臭がり』が自分の証明だなんてもっとカッコ悪い。
「もう、ここに置いて帰ろうかな」
そう思った瞬間、微かに中から物音がした。
体が反射的に縮こまる。
「もしかして……ユーレイ?」
噂は本当だったのか。いや有り得ん。ナンセンス、非科学的だ。
聞く所に拠ると幽霊が居る時は何故か扉の鍵が開いているという。
恐怖より好奇心が勝っていた。
俺は扉に手を掛ける。ゆっくりと横に引く。本当は途中で引っ掛かって欲しかった。でも、それは滑らかにスライドした。

No.53 08/09/07 01:46
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♠14♠



本当に、幽霊かと思った。
図書室の中は、映画から切り取ったみたいにノスタルジックで、自分がどこか場違いな所に来てしまったような気分にさせた。
窓が開いていて、柔らかなそよ風が陽光と共に吹き込んで、その空間を満たしていた。
一人の髪の長い女子生徒が座って本を読んでいる。そこには彼女しか居ない。
彼女の髪は風と戯れて揺らぎ、繋がり、そよぐ。そこには心地よい、まるで揺りかごの中に居るかのような、そんな錯覚を呼び覚ますリズムがある。
彼女の視線はただ一点に向かっていて、動じることはない。彼女は彫像の如く不動であり、ただ髪だけが受動的に、あるいは双方向的に踊る。
俺は長いこと、ただ呆然と開け放った扉の前に突っ立って、彼女の動くことの無い精緻な姿を見つめていた。
その時俺の中には、何とも言い表し難い感覚があった。それは今までにない感覚で、それでいてどこか懐かしいものだった。
別に俺は彼女が幽霊でもよかった。でも、結果として彼女は幽霊ではなかった。
何故なら、彼女は俺のことを知っていたから。
彼女の顔がふと上向く。
視線の交差。
彼女の声。
「ん……夏目君?」

No.54 08/09/10 00:06
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♠15♠



彼女は確かに『夏目』と発音した。彼女は俺を知っている。
それなのに、俺は彼女を知らない。
「ごめん、俺、君と会ったことあるかな?」と無礼を承知で訊いてみた。
彼女はくすくすと小さい声で笑い「毎日会ってるじゃない」と話す。
彼女は手元にあった眼鏡に手をすると「ほら、これで分かる?」と言って掛けてみせた。
驚いた。顔が全然違う。というか眼鏡を掛けてもすぐには思い出せなかった。それくらい俺と彼女には接点が無かった。俺の中で彼女は微小な存在だった。
彼女は同じクラスだったのだ。
「……もしかして、一ノ瀬さん?」
「そう。私は一ノ瀬舞衣」
「って、ええ!?顔が全然……違う」と俺は思わず声を大きくしてしまう。それくらい顔が違う。
眼鏡を掛けている時は目が小さく見えて、地味な印象が強い。しかし眼鏡を外した途端に彼女の目は大きく、明るく見える。二重まぶたの線が普段は眼鏡の縁に重なってしまっているらしい。顔全体も華やいでバランスが良くなり、長く綺麗な髪がよく似合う。
「そうなの。度が強すぎて顔の印象がだいぶ変わっちゃうみたいなんだけど」と一ノ瀬は眼鏡を取って拭く。

No.55 08/09/11 03:03
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♠16♠



コンタクトにした方がいいよ。
そう言いかけて俺は口を噤んだ。なんだか言わない方が良い気がした。何故だかは分からないけど。
俺が黙っていると、一ノ瀬は眼鏡を掛け直して言った。
「でも、どうでもいいの。外見なんて」
「眼鏡の話?」
「概念の話。外見なんて何でも良いの。ヒトでもサルでもミトコンドリアでも……大事なのは中に何が書いてあるか、装丁が本質を象徴するわけじゃない。それはまた別の話。違う?」
俺は何も答えずに、一ノ瀬の不思議な色を浮かべた瞳を見ていた。その色は無言の時の中で刻々と変化する。
不意に、彼女が音を立てて文庫本を閉じた。
「ねえ、夏目君は本を読む?」
「時々は」と俺は軽い嘘をつく。
「好きな作品はある?」
失策だ。作品名なんて全然覚えてない。
諦めかけた所で、一つの光明が射した。奇跡的に一つだけ頭の隅に残っていたのだ。
「『夏の庭』とか……かな」と俺は恐る恐る口にした。間違ってないか不安だった。中学の時読書感想文に使ったやつだ。
「それって湯本香樹実の?」
「そう、それ!」
良かった。間違ってなかったらしい。俺はほっと胸をなで下ろした。

No.56 08/09/13 19:57
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♠17♠



「人の死が優しい作品は私も好き」
「人の死?」
そう言われて思い出した。『夏の庭』は老人の死を巡る作品だった。
「そう。死は悲しいの。絶対的に悲しい物なの。でもね、人の心は優しい死を創り出せる。人の心から人の心へ優しい死は届けられる。でもそれは空気に触れたら壊れてしまう、プラズマみたいな物質。儚くて強い。だから私は、文字の中に優しい死を閉じ込めたいの……『夏の庭』には、私から見れば優しい死が息づいている」
「……ふうん」
一ノ瀬の言う事の全ては俺には分からない。でもニュアンスは伝わる。つまり、本当は死は優しくないって事は。
一ノ瀬は大切な人を無くした事があるのだろうか。例えば家族とか、親友とか……
恋人とか。
俺は無い。多分無い。
でも、統矢や春彦や朱音が死んでしまったら俺は死という観念を恨むのだろう。
漠然とそんな事を考える。
俺と一ノ瀬の視線が真っ直ぐにぶつかっていた。でもそれは不思議と恥ずかしい感じはしない。
「ねえ、お願いがあるの」
ふと一ノ瀬は口を開いた。
「お願い?」
そして彼女は躊躇うことなくこう言った。
「夏目君、私と付き合って」

No.57 08/09/14 15:30
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

Intermission



Chapter3はここまでです。やっと物語が動き出したという感じでしょうか。
いきなり告白で急展開です。ちょっと無理矢理に見えるかもしれませんが、何の狙いもなくやってるわけではないので是非見捨てずに読んでやって下さい。

今回は作品に登場した本の紹介をしてみようかと思います。
『ノルウェイの森』は言わずと知れた村上春樹の代表作ですね。作中で一ノ瀬と統矢が話すシーンは、だいたい私の感想そのままです。解決しないという作品姿勢が心地よくて、難しい。私なんかは書くとなったら全て解決しないと気が済まない。
『伊豆の踊子』は大学のゼミで扱った作品です。これは凄く綺麗です。人の心も風景も美しい。でも、川端康成は綺麗な中に毒を隠しているんですね。だから美しいだけでなく儚い、逆に言えば儚いからこその美しさがある作品だと思います。
『夏の庭』は小中学生、特に本を読まない人にオススメしたい作品ですね。湯本香樹実の作品です。作品自体は短くて読みやすい、でも携帯小説やライトノベルと違って『面白い』だけじゃない。何かを心に届けてくれる作品です。読書感想文にも最適ですよ。

No.58 08/09/20 17:49
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓1❓



視界の内は動かない。当たり前だ。天井しか見えていないんだから。
もう何十分こうしているか分からないが、俺は部屋のベットに寝っ転がり、ただ天井の一点を見つめていた。
遠い微かな車の音が閉めきった窓から漏れている。それははっきりと捉えられる。

俺はゆっくりと溜め息をついた。
いったい、どこがどうなったらこんな展開になるのか。どう因果を改変したら遠藤の罰から一ノ瀬の告白が生まれるのか。
いくら同級生とは言え俺には一ノ瀬との接点は殆んど存在しない。そんな人物に告白されることが普通あるだろうか?というか初対面に近い状態で告白なんてするだろうか?
でも一ノ瀬は確かに「付き合って」と言った。それは事実だ。
じゃあ何だ?冗談か?
いや、あんな真面目な顔して冗談でしたは有り得ない。
待て待て、こんな話もある。
クラスメイトに呼び出されて告白され、カッコつけて返事をした途端に周囲から他の生徒が出てきて笑いものにされたという……
それと同じ展開か!?
俺騙されてる?
いやいや、どう見ても一ノ瀬はそんな馬鹿な事に参加しそうには無い。
じゃあ……
「やっぱり……本気?」

No.59 08/09/24 02:55
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓2❓



どっちにしても無視するわけにもいかないだろう。何かしら返事はしなくちゃいけない。
となると、また問題が発生する。
そもそも俺は、一ノ瀬が好きなのか、それとも嫌いなのか?
自分の思考に俺は何だか恥ずかしくなった。女が好きか嫌いかを真剣に考えているなんて馬鹿らしいにも程がある。
だけど、それすらも分からないほど、俺と一ノ瀬とは『他人』だということも事実だ。
第一告白の返事って、どんな感じで言えばいいんだ?

中学の時、一年下の女の子と付き合ったことがある。でもその時は、なんか自然と付き合い出して、俺の中学卒業と共にこれまた自然と別れていた。
俺の恋愛経験といったらそれだけだ。だから俺には告白した経験も、告白された経験も無い。
俺は恋愛経験にすれば、ずぶの素人同然だ。
俺はまた大きく溜め息をついた。
明日学校に行ったら、一ノ瀬は俺に話し掛けてくるだろうか。そうしたら、俺はどんな顔で答えればいいんだろうか。俺と一ノ瀬が話すのを、クラスの皆は不審に思うだろうか。
結局俺は、一ノ瀬に何と答えればいいんだろうか。
俺は目を閉じた。とりあえず、寝ることにした。

No.60 08/10/01 01:32
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓3❓



一ノ瀬には、まるで変わったところが無かった。
その日――つまり『告白』と思しき言葉を一ノ瀬から告げられた翌日――俺と一ノ瀬は一言も言葉を交さなかった。
それは昨日までのスタンダードであり、今日もまたスタンダードで在り続けた事実だ。
俺は肩透かしを食ったような気分に落ちた。まるで昨日の出来事は、リアルもリアルに作った夢なんですよ、と誰かに囁かれたような感じだった。
きっと俺は、何かを聞き違ったんだ。彼女の態度はそう思わせた。
別に、それはそれで良いはずだった。俺はどうしていいか困っていたのだ。それがふたを開けてみれば、いつも通りの元通り。
悩みの種が無くなったのだ。喜んだって悪くない。
だけど、何かこう、どうも引っ掛かるような気もする。一ノ瀬に告白されて別段嬉しかったわけじゃないのに(もちろん、嫌なわけでもないけど)何か……何かが物足りないような気もする。
でも、今一ノ瀬に「返事聞かせて」と言われたら「付き合おう」と答えるかというと、やっぱり少し違う。
じゃあ、俺はいったい何に引っ掛かり、何が物足りなくて、何にこんなにももやもやとしているんだろう?

No.61 08/10/05 16:21
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓4❓



放課後、俺の足は自然と第一図書室に向かっていた。
帰るつもりが……なんなんだろうな。
もし今ここに一ノ瀬がいたら、俺は彼女の告白を断ろうと思っていた。
やっぱり、よく知らない相手と付き合うのは違うと思う。ちゃんと親しくなるステップがあると思う。
一夜でカップルが出来るこのご時世、そういうのって古い考え方かもしれない。別に、ただなんとなく付き合うでも良いのかもしれない。俺がヘタレで臆病なだけかもしれない。
でも、怖かった。たった一言で、赤の他人が統矢や朱音を飛び越して一番隣に来るのが怖かった。俺は俺の日々を信じたかった。
俺は友情を大切にしたい程に子供だったのかもしれない。でもそれでもいい。俺は子供で構わない。
だから、俺は彼女とは付き合わない。

この扉に鍵が掛っていたら、どんなにか気が楽だろうと思う。
俺は手を掛けて力を込める。扉はゆっくりと動き出した。止まることを知らずに。
それはつまり中に誰かがいるということで、多分一ノ瀬だろうと思う。
ゆっくりと視界が開けて俺の視線が定まる。水平にそれを動かしてパノラマに室内を視覚に納めた。
誰もいない。

No.62 08/10/11 18:47
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓5❓



誰もいないけれど、窓が開いていた。そこから吹き込む風は虚しく、一つの努力に熱心なように見えた。
俺は図書室の中を一通り見回してから、適当に席に座った。座ってからそこが一ノ瀬が本を読んでいた席だと気付く。
鍵が開いていたということは、たまたま少し外に出ている『誰か』がここに戻ってくるのかもしれない。
そして『誰か』は、もちろん一ノ瀬かもしれないと思う。

だけどその思考の曲線は結果的に全く無意味なものになってしまった。
そもそも、俺がこの部屋に入った時から人はいたんだから。
「誰かな?」
俺はビクッとして声のしたカウンターの方を振り向いた。
「フム、あまり見ない顔だね」と言うその顔は、俺には覚えの無いものだった。
「あの……勝手に入ってしまって」
「いや、君が謝る必要は無いよ。ここは図書室だ。そもそも生徒は勝手に入るべき場所だし、司書である俺はそう生徒が感じられるよう配慮するべきところだ。もし俺がいたことで君にそういうプレッシャーみたいなものを与えてしまったのなら、俺が謝らなくちゃいけない」
「そんなことは……ないです」と俺は恐る恐る口に出した。

No.63 08/10/12 16:52
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓6❓



「その声……君、昨日舞衣ちゃんに付き合ってって言われてた……」
「え……?なんで知ってるんですか?……」
怪訝な顔をする俺に、彼は多少の焦りを見せた。
「いや、別に盗み聞きしてたわけじゃないんだけど……たまたま、昨日ここにいたもんだからね……ほら」
そう言って彼はカウンターを指差した。
「えーと……」
俺は彼の名前を思い出せずにまごついた。なんとなく、知ってる気はするんだけど……顔と名前が合致しない。
「ああ、俺の名前?日下部卓弥。司書専門の教諭だからね。図書室に出入りする生徒じゃないと分からなくても無理は無い」
「……すいません」
「いや、構わない。俺も君の名前を知らないからね、お互い様だ」
「俺、夏目廉矢です」
「夏目廉矢君か……じゃあレン君だ。レン君はレン君でいいかい?」
「は、はあ……」
なんか調子の狂う人だ。
「ん?嫌だったかな?夏目君と呼んだほうがいいならそうするけど」
そう言うと日下部は少し悲しそうな顔をした。
「いや、別に大丈夫ですよ。皆、俺のことレンって呼んでるんで気になんないです」
「良かった。堅苦しい呼び方は苦手でね」

No.64 08/10/12 20:01
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓7❓



「ところで……日下部先生はいつもここにいるんですか?」
「なあ、レン君。その日下部先生ってのはなんとかならないかな?」
「はい?」
日下部は頭を掻きながら言った。
「堅苦しいのは苦手なんだよ、さっきも言った通り。もっと、こうフレンドリーな呼称にできないかな」
「例えば?」
日下部は少し悩んでから「そうだな~……クサカっち、とか」なんてことを言い出した。
「クサカっち……ですか?」
「そう。クサカっち」
これはちょっと酷い。
「出来れば勘弁願いたいですね」と俺はきっちり断っておく。
「何で?」
「恥ずかしいし、それにかなり古いですよ、それ」
「古い……か。なるほど」と日下部は納得しているようなしてないような微妙な表情を浮かべている。
「日下部さん、とかでどうですか?」と俺は提案した。
「うん。先生が取れるとだいぶ違うね」と日下部は頷いた。
「それで日下部さんはいつもここにいるんですか?」
「うん。ケッコーいるよ」
「ケッコー……ってどれくらい?」
「ケッコーはケッコーだよ……一週間いつもいる時もあるし、全く来ないこともある。でも均せばケッコーだよ」

No.65 08/10/14 21:36
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓8❓



気付いたことがある。
恐らく幽霊騒動の元凶は日下部さんだ。状況が全て一致している。
鍵が開いていたのは日下部さんが中にいたからだ。誰か生徒が入って来てもカウンターの死角の日下部さんには気付かないだろう。そして突然「誰かな?」と声がしたら……
当然生徒はビビって逃げる。
その生徒の話は雪だるまの如く膨れ上がり、図書室の怪談は完成。
俺は一人納得した。
「ニヤニヤして、どうしたの?」
日下部さんの顔が超接近していることに俺は気付かなかった。わっと声を上げて俺は後ずさる。
「日下部さん……近いです。恐いです」
「人の距離感って難しいよね」と日下部さんは笑っている。
「一ノ瀬さんはここに来ましたか?」と俺は尋ねた。
「いや。今日は来てないよ」
日下部さんはカウンターにもたれながら言った。
「彼女もよく来るんですか?」
「というか、ここは俺と舞衣ちゃんくらいしか来ないよ。まあ、来てもなんにも無いしね」
「ふーん、そうなんですか」
「ああ!そうだ!」
またもや日下部さんが急接近してきた。どうやら癖らしい。
「レン君。君が来たら言おうと思ってたことがあるんだ」

No.66 08/10/16 01:04
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓9❓



「レン君はさ、舞衣ちゃんと特別仲が良いわけじゃないでしょ?」
「というか、正直ほとんど話したことも無いですけど」
「やっぱりね」と日下部はウンウンと頷く。
まあ、昨日の会話を聞いていたならそれは察しのつく事だろう。
「舞衣ちゃんはね、言葉には厳密だよ。レン君が思ってるよりね」
「どういう意味ですか?」
「舞衣ちゃんは『付き合って』って言っただけで、レン君を好きだって言ったわけじゃないってことだよ」
さっぱり分からない。一ノ瀬が俺を好きでないとしたら、付き合う意味なんて無いじゃないか。援助交際でもあるまいし。
「じゃあ、なんで一ノ瀬は俺にそんなこと言ったんですか?ただ、誰でもいいから彼氏が欲しかったとか?」
日下部さんはそれにはきっぱりと首を振った。
「それは無いね。舞衣ちゃんはそういうコじゃない」
俺も同じ印象だ。ちょっと話しただけだけど、そういう軽い感じは全然ない。
「じゃあ、なんで好きでもない俺にあんなことを……」
「いや、好きじゃないかもってだけだよ。舞衣ちゃんはレン君が本当に好きなのかも」
「……どっちですか」
「分かんないよ、そんなの」

No.67 08/10/19 11:44
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓10❓



「要するにね」と言って日下部さんは立ち上がる。
「舞衣ちゃんは、まあ、なんというか……普通と違うところがある。俺たちが考えないようなことを考えてることもある。だからもし、舞衣ちゃんが突拍子も無いようなことをやったとしても、多分、それは彼女なりに理由とか、もっと大きく言えば意味のあるものとしてすることだと思うんだ……レン君分かる?」
「なんとなく」
「つまり、舞衣ちゃんのことに関しては、柔軟に考えて欲しいってことなんだよ」
「何で俺にそんなことを?」
少しの間沈黙が部屋を包みこんだ。俺はその無音の霧が晴れるのを、待った。
「初めてだから」
ふと、静かに声が広がる。
日下部さんは真剣な顔で俺を見た。その視線は強く真っ直ぐで、澄んでいて質の違う、例えば『内側』のようなものに思えた。
「初めて……ですか?」
「舞衣ちゃんがさ、男の子に告白するなんて……初めてだから」
つまり、俺が初告白の相手……ということ。ほとんど話したこともない俺が、人生最初の告白の相手。ファースト。
断固として断るつもりだった俺の心の水面に不意に風が吹いて、小さな波が立つのを感じた。

No.68 08/10/22 18:55
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓11❓



「優菜ちゃん、知ってる?」
優菜、葛城優菜だ。第二図書室にいた彼女の、俺と一ノ瀬に接点を作った彼女の顔を俺は思い出す。
「葛城ですか?図書委員の」
「そう。彼女、舞衣ちゃんと仲良いでしょ」
「そうですね」
日下部はゆっくりと言葉を繋いだ。
「中学時代、優菜ちゃんは舞衣ちゃんの……たった一人の友達だったんだって」
俺は黙っている。そうして、自然に日下部さんを促す。
「舞衣ちゃんさ、他人なんて必要ないって、よく言ってたんだって」
似ている……と思った。一ノ瀬は統矢に似ている。
ということは、一ノ瀬が唯一心を開いた葛城は、統矢における春彦にあたるということか。
「それってどう思う?レン君」
「悲しいと思います」
「なんで?」
「俺の親友が……統矢っていうんですけど、昔そんな感じだったんです。人から離れたって大丈夫な奴は大丈夫なんです。多分、一ノ瀬も統矢も他人なんていなくても平気なんですよ。
だけど……統矢は笑うようになったんです、俺たちとつるむようになってから。友達なんていらないかもしれないけど、誰かが近くにいれば、もっともっと笑えると俺は思うんです」

No.69 08/10/26 01:45
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓12❓



言ってから気付いた。今、俺真面目な顔してスゴい恥ずかしいこと言ったって。
俺は急に居心地が悪くなって、なんとなくうつ向いた。
視線外から、日下部さんの控え目な笑い声が聞こえた。
「レン君ってさ、なんかイイやつだよね」
イイやつ……か。
本当にそうなら良いのに、と俺は思う。そしてまた、日下部さんから視線をそらしてしまう。
「今、俺イイやつなんかじゃない、って思ったでしょ?そうゆうところがまたイイんだよね」と言って日下部さんは俺に背を向ける。
「なんかさ、安心したよ俺。レン君なら舞衣ちゃんと上手くやれそうだもん」
「俺、付き合うって決めたわけじゃ……」と俺は少し慌ててしまう。
「付き合うとかじゃなくてさ、舞衣ちゃんの『イイやつ』になって欲しいってことだよ」
日下部さんの手がドアに触れる。
「俺戻るけど、レン君はまだここにいる?」
「もう少しだけ」
「そう。じゃあこれ」
鈍い光を反射して放物線を描くそれを、俺は両手で受けた。
「第二図書室に返してね」
それきり俺は独りになった。
視線を落とす。
手の中の鍵は、今までに無いほどノスタルジックな色を見せた。

No.70 08/10/26 19:05
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓13❓



影がすうっと延びて、傾いて、そしていつの間にか消える。
時間は速くも遅くもなるって言った学者がいるけど、俺はそうは思わない。
時間は、漂っているようなものだと思う。だから速度なんてない。自分の感覚が捕まえた先に、時がある。
俺はふと、窓の外に手を出してみる。
風。空気の流れ。
常に触れていて、そして触れられないもの。
夜空を流れる風は澄みきっていて、少し冷たい。
空気というレンズを通して見た月は、手を伸ばせば届きそうで、絶対に触れられない。
月明かりに照らされた掌は白く、儚く見えた。一ノ瀬の事が俺の頭をよぎる。
風と月は似ていると俺は思う。一ノ瀬と統矢みたいに。
月光と街の光が交差して、空に微かな蒼を引いていた。それをなぞっていくと、途中で途切れてしまう。月は太陽のように強くはない。朧げで、繊細だ。
俺は、多分分かっていた。今日も必ず、一ノ瀬はここに来るって。
だから月を見ていた。
だから風に触れた。
だから、扉は開いたんだ。
無音の空間に、軋む音と長く延びる光、そして彼女の影。
俺は月に向けた視線をゆっくりと移した。
そこに立つ、一ノ瀬舞衣に。

No.71 08/10/29 18:06
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

❓14❓



一ノ瀬はゆっくりとこちらに歩いて来て、俺の隣に座る。本が読める明るさじゃないから、一ノ瀬はただ座っている。
音の無い空間で、一ノ瀬の横顔は月明かりに複雑な陰影を浮かべていた。それとなく横目で見ると、また話しづらくなってしまう。それゆえ無言。
一ノ瀬はこの状況に別段関心が無いように思えた。ただ、そこにいる、別に目的も無く。そんな風に見える。それが俺には余計に気まずい。
暗がりに二人並んで、単に座っている。言葉も交さずに。
身じろぎもせずに数分の時間が過ぎた頃。
「あのさ、一ノ瀬……昨日のことなんだけど」と俺はやっとの思いで声に出した。
首がスッと傾いて、一ノ瀬の視線の向きが変わる。
馬鹿な話だけど、俺はそこから何と話そうとしたか分からない。
だって一ノ瀬の言葉に遮られた瞬間に、この話題に完全にシャッターが降りてしまったんだから。
「ごめん。私、夏目君とは付き合えない」
……ん?
ちょっと待った!
え?なんでそうなる?
俺の記憶によれば、一ノ瀬が俺に付き合って欲しいって言ったんだよ。とすると……
俺は告白された相手から、なぜか振られてしまったらしい。

No.72 08/11/01 02:13
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

Intermission



Chapter4はここまでです。いや、どんどん長くなっちゃって終わりが見えなくなってきてます。

私的な話なんですが、最近マジメに小説を書いてみようかと思いまして新人賞応募用にまとまった作品を書いています。
ミクルで書いている作品群は見切り発車的に書いたものですし、レスに字数制限もあるので表現も極限まで絞っています。ですからストーリーも文章表現も、満足なものは作れていないのが現状なんです。まあ、これは私の力不足ですから仕方ないんですが……
だから新人賞という目標に向けて私自身初めて『今自分にできる最高』に挑戦しています。制限が掛らないぶん、すごく楽しく書けています。
もちろん『Love Parade』も手を抜かずに頑張っていこうと思ってます。読者の皆様、応援よろしくお願いします。

あと、最近感想スレが増えてますね。私も立てようかな、なんて思ってるんですが、もし一つもレスが来なかったら……と思うと恐くて立てられなかったりしてます。良かったら応援レス下さいね。大歓迎ですから。

I'keyでした。(脈絡無くてすいません……)

No.73 08/11/12 23:30
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

Chapter5



「ゴメン」と言いながら、慌てて走り去る夏目君の背中に合わせた視線を私は長い間動かせずにいた。
別にこんなこと言うつもりはなかった、と自分では思う。けど私は今、確かに夏目君に付き合ってほしいと言った。
告白した。
生まれて初めて告白した。しかも無意識に。
どうして?
自問する。自答を求めてみる。
夏目君のことは嫌いじゃないし、むしろ好意を持っている。でも、それは別の意味でのこと。
人として好きなんて感情、そもそも持ったことない。
だから分からないのかもしれない。
自分でもどうして夏目君に告白したのか分からない。

夏目君驚いただろうな、と思う。
私と夏目君は実際には殆んど面識がない。同じクラスではあるけれど、話したことだって数えるくらいだし、彼にしたら意識外の存在だ。
そんな私から告白されるなんて、夏目君だって予想外だろう。
そして私自身も予想外。
窓の外に、赤いグラデーションを描く太陽を私は横目に見た。それはいつもより低く、暗く見える。
少し疲れているのかもしれない。
それとも、もしかしたら、私でも気付かない何かがそこにあったのかもしれない。

No.74 08/11/15 21:48
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦1♦



「おはよう」
突然背後から声がして、私は振り向いた。
「日下部先生……聞いてたんですか?」
体を起こした日下部先生は肩をすくめて「俺は嘘が不得手でね」と言った。
「別に『聞くつもりは無かった』というわけでもない。むしろ興味津々だし……ついでを言えば邪魔もしてないよ」
そう言って得意の、感じのいい微笑を浮かべる。
「そうですね」
「あれ?舞衣ちゃん怒んないの?」
「舞衣ちゃんっていうの、やめてください」
「さすがに嫌われちゃったかと思ったよ」
日下部先生はカウンターに座って機嫌よく言った。
「別に私は日下部先生が『好き』じゃありません。嫌いじゃないだけです」
「厳しいねえ」と日下部先生は余裕の表情で答える。

訊いてみたい。
その瞬間、なぜだかそう思ってしまった。不自然極まり無い。でも仕方ない。
「日下部先生、どう思いますか?」
「どうって……何が?」
「さっきの話です」
「舞衣ちゃんが……ええと」
「夏目君、です」
「その、夏目君に『付き合って』のところ?」
「はい」
「『俺が』どう思うかって?」
「そうです」
「なんで……俺に訊くのかな?」

No.75 08/11/18 23:43
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦2♦



「自分じゃ、よく分からないからです」
多分、というか絶対に、私が納得できる答えを日下部先生は提示できないだろう。
それでも訊いてみたい。それで何かが変わるかもしれないから。
「うん、そうだな……それはすごく難しい質問だ。俺にとってはなおのことね」
「それは分かります」
「どうして?」
「他人の気持ちは、完全には理解できないから」と私は即答する。
「その通り。でも、俺が言ってることは少し違う」
「どういうことですか?」
「自分を含めてね、人は人の気持ちを言葉では表現できないってことだよ」
私は日下部先生の言ったことについて、ひとしきり考えてみる。
人は言葉で思考する。だから人の感情だって全て言葉で表現できる……はずだ。そう、感情だって人の思考過程だ。意識的か無意識的かは別として考えた結果には変わりないんだから。
悩んでいる私に、日下部先生は笑みを見せた。
「分からない?舞衣ちゃんは言葉そのものをよく知ってるからね。他の人よりずっと深く、ずっと広く言葉っていう道具を使いこなせるんだと思うよ。でもだからこそ、言葉は万能だって勘違いしてるんじゃないの?」

No.76 08/11/22 21:27
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦3♦



少し、引っ掛かる言い方に聞こえた。
言葉は万能じゃない。そんなことは分かっている。でも、日下部先生は言葉を過小評価しているんだと思う。
「確かに言葉は万能じゃないけど……」
それを遮る質問。
「じゃあ、舞衣ちゃんは今の自分の気持ち言葉で表せる?」
そう言われた途端、私は言葉に詰まってしまう。
「……よく分かりません」
「そう。それが言葉の限界だ」
言葉の限界。硬質でつんつんした響きのその言葉を、私は自分の中に取り込む。
「言葉で対象にできるものって、実はごく限られた範囲内にしかない……人の気持ちはそこには含まれないと俺は思ってる」
「でも、嬉しいとか、悲しいとか、それは感情です。感情を表した言葉です」
日下部先生は少し間を置く。何かを考えるフリをするみたいに。
「俺は、感情ってそんなに単純じゃないと思うよ。そんな一言で表した感情なんて、リアルじゃない。自分の気持ちって、他人が作った言葉で伝えられるほど簡単じゃないよ」
日下部先生はゆっくりと歩を進め、ドアに手を掛けた。
「無理に考えるのやめたら?分かんなくたって、分かんないなりに物事は進むんだよ」

No.77 08/11/28 01:53
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦4♦



分からなくても物事は進む。
そんなのは嘘だった。
事実、私の『物事』は目の前でしっかりとその動作を停止していた。
私は30分前から一切進んでいないノートパソコンの液晶画面を睨みつけていた。液晶ってどんな仕組みなんだろうとか、そんな他愛もないことを頭の隅で考えながら。
「珍しいこともあるもんねえ……舞衣が詰まってるなんて」
マグカップを片手で二つ持った母が突然部屋に入ってきた。いつも母はノックをしない。
片方のカップを私の机に置くと、母はベッドに腰を下ろした。
「私だって、書けなくなることもあるよ」
そうは言ったものの、確かに珍しいことではあった。
良いアイデアが出ないことはよくある。でも、私は書き始めてしまえば一気に行けるタイプだ。ゴールを見た上でスタートするのだ。
この作品だって、書き出した瞬間に全てのレールを敷き終えていたはずだった。でも、現に線路はもうどこか遠くでひっそりと息を潜めていて、脱線した私は当てもなく森を彷徨っている。
熱いコーヒーに息を吹きかけると、複雑な波紋が生まれては消える。
何かが、少しだけ、シフトする。
そんな気がする。

No.78 08/12/02 23:06
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦5♦



「お母さんはいいよね、バーって書けて」と私は少し皮肉めいた口調で言った。
「何が?」
「いつも締め切り直前になると凄い勢いで仕上げるでしょ?」
そう言うと、母は笑い出した。
「違う違う!私はギリギリにならないと書けないの!追い詰められないとアイデア出ないのよ」
「本当?知らなかった……」
「言ったことなかったっけ?……ほら、私直前主義者だから」
直前主義ってなんだ?という疑問は置いておく。
「でも、舞衣が書けないのは違うでしょ?」
私は平静を装って「たまたまだよ」と答える。
「いや、何か特別な理由があるはずよ」
「別になんでもないから」
母には気になった事をとことん勘繰るたちの悪い癖があるのだ。前はこの癖が発動して、原稿の催促に来た出版社の編集を手ぶらで追い返してしまった。
「今日学校でなんかあったでしょ?」
「何もない、いつも通り」
「その、そっけない返答がまた怪しい」
「そっけないのも普段通りだし」
今度は部屋の中をグルグル回り出す母。何か考えている時、母は動いていないと気が済まないらしかった。
「おっかしいなー……なんか引っ掛かるなー……」

No.79 08/12/06 16:58
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦6♦



引っ掛かる……とぶつぶつ呟きながら母は室内を回り続けている。本人は気にならないのだろうが、回られる側は邪魔で仕方ない。
「そろそろ出てってよ……続き書くから」と私は少し冷たく言い放ってからパソコンの前に陣取った。そしてまた、不動の文面とのにらめっこに臨む。
「……おっ?」
突然横から顔が飛び出してきた。
「……!?ちょ、ちょっと何、お母さん」
いつの間にか母がぴったり後ろに立っていて、顔をにょきっと伸ばして画面を覗きこんでいる。
どうやら私の書いている文面を目で追っているらしい。
「……おおっ!?」
母がまた変な声を発した。
「だから何?」と私は幾分疲れを込めて言う。
「分かった!」
「だから何?」と私の苛立たしげな声。
「男だ!」
「はぁ!?」
「舞衣が書けない理由、男がらみでしょ!」
軽い戦慄と悪寒を覚えた。
男……とは、全く率直かつ乱暴な表現だとは思ったが、行き詰まった部分を見ただけでその理由を的中させるとは。
母、恐るべし。
「何言ってんの……」
と私は即座に反応した。
母には言いたくない。だって、そういうのは私には不適切な気がするから。

No.80 08/12/09 23:10
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦7♦



「あのね……別に理由はなんでもいいのよ。私だって、深く詮索するつもりはないし……でも、一つだけ言っておきたいの」
私は、形だけパソコンの画面に集中していた。そして母の言葉を待っていた。
すると合図のように母の顔が離れていった。
「いい?舞衣に好きな人がいるって仮定で話すわよ、仮定だからね」
「……なに?」と私は静かにそれに応える。
「そういう問題はね、きっちりけじめを付けないと駄目よ。そうしないと舞衣は駄目なの」
母はそこで躊躇うように言葉を切った。そして「だって、私の子だもの」と不意に呟いた。
フラッシュ。
その瞬間に、あの部屋――書庫のことが頭をよぎった。毎朝本を取りに何気無く開けるあの扉が想起された。
反射的に振り返った私の瞳には、すごく曖昧な笑顔を浮かべた母の姿が映っている。
「だから……だからあの部屋を書庫にしたの?」と私は恐る恐る尋ねた。その声の揺らぎを自分でも感じる。
母の頬の辺りがぴくりと動く。
ふうっと息をついて、それから母の口が開いた。
「そうね……それもあるけど……分かんないわ」
それだけを言い残して、母は部屋を出ていった。

No.81 08/12/10 20:44
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦8♦



物心がついた時にはもう、私の父はいなかった。
それがどうということはない。私にとってはそれが普通だったし、積極的に友達を作るようなこともしなかったから他の子と比べることもなかった。
私は母がいれば満足だった。
けれど……それは一種の逃避、もしくは防衛本能のようなものだったのかもしれない。
父の話をしてしまったら、何かが取り返しのつかない変化をしてしまう。
そんな気がしていた。
恐らく母もそう感じていたのだ。
だから私は生前の父を知らない。全く知らない。性格、職業、趣味……何も知らない。
だけれども、あの『書庫』がもとは父の部屋だったろうということには気付いていた。
あの部屋に入るようになってから何か違和感があった。でもそれは悪い気持ちじゃなくて、不思議な感覚だった。
見えない何かに包まれているような……そんな感じ。
それが遠く隔たった世界にいる顔も知らない父であるということに、私が気付くのには大した時間は必要なかった。
そして今、母と話した時に直感した。
父が死んでその時、母は小説が書けなくなった。
母は小説と父を天秤にかけて……小説を取った。

No.82 08/12/11 02:18
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

♦9♦



父を忘れた、というのは言い過ぎだとは思う。でも母は一つのけじめをつけた。
あの部屋を――父の部屋を書庫にすることで。
「……だめだ」
私はパソコンをスリープした。これ以上粘っても進む気がしない。
おもむろにカーテンを開けると、少し低い位置に半月が輝いている。それは私の意識を表しているようにも思えた。
自分……理解できる部分と、理解できない部分。
半分半分。フィフティ・フィフティ。
私はベットに飛び乗った。ボスンと音を立ててマットレスが沈む。
そしてそのまま横になった。天井に輝く蛍光灯の光は、まるで子供の太陽みたいに見える。
私は電気を消した。
瞬間に窓から月光が鋭く射し込んで、部屋を二分する。闇の軍勢と光の軍勢が、国境線で睨み合っているように。
それは一段と明るくし、同時に一段と暗くする行為だった。
私は朧げに感じていた。私は、母の子なんだということを。
不意に彼の――夏目君のことが想起された。それは微かなニュアンスがある。
僅かな陰影しか感じられない。例えるなら月の暗黒。
夏目君に言ったことは間違ったことだ。
そう認めなきゃ、私は前に進めない。

No.83 08/12/11 20:51
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

Intermission



よし。Chapter5もなんとか終わりました。
イモムシのようにジリジリと、着実かつ鈍重に進んでおります。

小説ですが、次章から登場人物が増える予定です。かなりの大所帯になりますね。しかし……こんなにキャラがいたことがないので、私の乏しい文才で捌ききれるかどうか非常に怪しいところです。
なんとか知恵を総動員して頑張ってみようと思ってます。


話は変わるのですが、さっき私の感想スレを立ててきました。携帯小説板にあります。
やっぱり小説に直接感想を入れるのは気が引ける……という方もいらっしゃると思うので。私は全然気にしないんですけどね。
でも、もしこれでレスが全然来なかったら……
誰も読んでないってことになるんですかね?
それは寂しいです。かなりショックです。衝撃的です。
ですから心ある読者の皆様方、ぜひ感想スレの方に一言お願いしますね。
感想スレには『誰も見ない月』へのリンクも張っていますから、過去ログ探しても見付からないって方もどうぞご活用下さい。……処女作なのでけっこう恥ずかしいですが。

では、今日はここらで。

I'keyでした。

No.84 08/12/17 13:05
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

Chapter6



「なるほどね……」
そう統矢は頷いた。当然二人で話している。
春彦と朱音は口が軽いし、騒ぐばかりでなんら役に立たない。こんな時に頼りになるのは統矢だけだ。
確かに統矢は口は悪いが、真面目に話せば真面目に応えてくれる男だ。そこらへんがやっぱり違う。あいつらとは人格の完成度が違うのだ。
「なんか……あれだな」
「何が?」
「つまらない……もっと驚くと思ったのに」
そう言うと、統矢は少しだけ笑った。
「まあ、普通は驚くよな。自分で告白して自分で振るなんて……でも、一ノ瀬ならやりかねない」
「どうして?」
「彼女は変わってるからな」
「変わってるって……一ノ瀬もお前には言われたくないと思うぞ」
俺がそう皮肉げに言うと、統矢は真面目な顔をして言った。
「いや、一般的からどれだけ離れた位置にいるか、という観点から見れば一ノ瀬は俺とは比較にならないほどの『変わり者』だぜ?」
一ノ瀬が変わり者……
確かにそういう雰囲気は少なからずあったけれども、昔の統矢と比べればそれほどじゃない。
じゃあ、統矢はいったい何を意味して『俺とは比較にならない』と言っているんだ?

No.85 08/12/18 19:21
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖1📖



「どういう意味だよ」
「どこが変わり者なのかってことか?」
「ああ」
統矢はふうっと溜め息をついた。
「レン、お前何も知らないんだな」
少しカチンときた俺は「じゃあ、統矢は何か知ってんのかよ」と言い放った。すると「まあ、人並みにはな」という平坦な反応。
人並み?じゃあ俺は人並みにも一ノ瀬のことを知らないって言うのか?
「レン、一ノ瀬春夏って知ってるか?」
「いや、知らない」
統矢は知らなくて当然だ、という顔で「一ノ瀬の母親の名前、ペンネームだけどな」と言った。
「ペンネーム?」
「小説家だよ。しかもデビュー作で直木賞も受賞してる」
母親が小説家……
全然知らなかった。
統矢が知っている所を見ると隠しているわけではないのだろう。
本を読まない俺でも直木賞という名前くらいは知っている。
その直木賞作家。
俺は少しぽかんとして焦点の合わない視線を統矢の顔に向けていた。
「驚いたか?」
「……ああ」
すると統矢はあからさまに残念そうな表情を浮かべた。
「なんだよ?」
「この程度で驚嘆するとはふがいないな……まだ驚くとこじゃないぞ、本題はここからだ」

No.86 08/12/23 00:19
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖2📖



「本題?」
「今のは母親の話だ」
そう言うと、統矢は雑誌を一冊取り出して俺に見せた。
「なんだよ?……うわっ、字ばっかだな」
「有名な文芸誌だ……ほら、ここ見てみろよ」
統矢の指差した部分に俺は目を走らせた。
「作、一ノ瀬舞衣……って、これ……」
統矢は微笑んで見せ、「これが本題」と呟いた。
「ちょっ、じゃあ一ノ瀬もプロ作家ってことかよ!?」
統矢は少し気だるげな表情を浮かべた。
「それがそういうわけでもない。まあ、プロとはちょっと違うみたいだ」
「雑誌に載せて、金貰って書いてるってことだろ?」
統矢は首を振った。
「いや、原稿料は入ってないらしいな」
「どうして?」
統矢は気だるげな表情を変えずに話を続けた。
「簡単に言うと、小説を食い物にしたくないってことだ」
「よく分からない」と自然に声が出た。
「俺にも分からない」と統矢の声。
一時の沈黙が流れた。
一ノ瀬舞衣……
不思議な奴。
でも、何で統矢はこんなに詳しいんだ?と、俺はふと思う。
そこに「なあ、一つ訊いていいかな」と不意に統矢の声が通った。
俺は頷いた。
「お前、一ノ瀬が好きなのか?」

No.87 08/12/26 18:36
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖3📖



「好きかって……」と俺は苦笑した。
「俺は真面目に訊いてんだよ」
その声には少し、暗い焦燥が含まれている。統矢は俺の態度を、はぐらかしていると取ったらしかった。
そういうわけじゃない。
「分かんねえよ、そんなの。何も知らないんだからさ」
何も知らない。
そんな自分がやけにおかしく見えた、それだけだ。
「……俺が口を挟むことじゃないかもしれないけど、お前そういうのハッキリしろよ」
そんな統矢の言葉に、俺は少し苛立った。
分からないって言ってるのに、ハッキリしろって……
「なんだよ……それ」
俺は自分の感情を隠さずに、冷たく単語を並べた。
「レン……お前気付いてないかもしんないけど……」
言葉が途切れた。
統矢の表情が僅かに曇る。それは後悔の曇り方だった。
「……悪い。俺、変なこと言った。気にすんな」
統矢の顔の奥底に動揺の色があった。
「気にするなって無理だろ?」
「いや……何でもないんだ」
俺は追及するのをやめた。取り返しのつかない所へ行ってしまうような、そんな気がしたから。
「悪い、部活戻らないと」
逃げるような統矢の背中を、俺は追わなかった。

No.88 09/01/02 16:18
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖4📖



言い表し難い気分が渦巻いていた。
何て言うか、しっくりこない感じだ。統矢も一ノ瀬も、俺には理解が出来なくて、それなのに舞台に……台本も無く舞台に立たされている、みたいな。
家に帰る気にはならなくて、どこかで遊ぶ気にもならなくて、かと言って俺には青春を捧げるべき部活も無くて、つまりは行く所が無かった。
俺は舌打ちをした。
部活でもやっておけば無駄な事を考えなくても良かったのに、なんて意味も無く思う。
そして教育熱心な母を少しだけ恨んだ。
人のせいにするわけじゃないけど、俺が何にも打ち込めなくなったのは、やっぱり母の影響なんだと思う。
幼稚園の頃から小学校を卒業するまで、俺は強制的に興味も無い大量の習い事に通わされた。
ピアノや水泳、そろばん、英会話などはもちろんのこと、声楽、バイオリン、テニス、柔道に空手に少林寺、体操、フラッシュ暗算まで……きりが無い。思い出したくもない。
俺は中学に入学して間もない時に、思いっきりキレた。もう勘弁してくれって。やりたくもないことに毎日毎日……これ以上耐えられないって。
俺はある日、そんなことを母に言ったのだった。

No.89 09/01/05 02:24
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖5📖



母にしてみれば結局、それは些末な事だったのだと思う。
母はすぐに、全ての習い事から俺を解放してくれた。要は思い付きレベルの行為だったのだ。
しかしそれは俺の内面に、存外深い影響を残していた。
俺は能動的に、何かをしたいと思えなくなってしまった。全ての物事への興味が低い段階に止まって、そこから高まらなくなってしまった。
つまりは、無気力な今の俺になってしまった。
だから部活にも入らなければ、何か……例えばバンドみたいなことも一切せず、ただ時間を引きずるように過ごしてきた。

俺は自分の思考にシャッターを降ろした。こんなつまらない事はどうでもいい。
俺には行く場所が無かった、その原点に立ち帰る。
それで……
いくら考えてみても、足は勝手に進んでしまうのだ。
第一図書室。一ノ瀬と出会った、言わば俺の混乱の中心地。
その扉の前に来ることになるのだ。
その雰囲気は一瞬にして頭に焼き付いていた。この空間の残滓が、まるで懐かしい記憶を演出するかのようなニュアンスで海馬の片鱗を漂った。
俺は、また鍵を持っていなかった。
でも開いている。なぜかその事は予測できた。

No.90 09/01/11 02:04
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖6📖



「やあ、また来たんだね」
そこにいたのは日下部さんだった。彼はカウンターに腰かけて、ふわりとした風を俺に差し向けた。
「一ノ瀬は?」
俺がそう尋ねると、日下部さんは少し不満げとも言える表情を浮かべた。
「いや、いないよ」
俺はその返事に、心の中に安堵を浮かべた。
「残念かな?」と日下部さんは微笑みかける。
「いや、安心しました」と俺はカウンターに歩み寄って静かに答えた。
「ふーん、そっか……安心したか」
日下部さんは勘繰るように顔を寄せてきた。その悪癖に俺は苦笑で返答する。
「……近いです」
「うん、人の距離感というのは実に難しいよ」
日下部さんは滞り無い動作を持つ自身の癖に満足げな笑みを湛えた。
「じゃあ、レン君はどうしてここに来たのかな?太宰治が読みたくなったわけでもないんでしょ?」
「芥川を読みに」
俺が冗談でそう言うと「夕闇の文学と言うわけだ」と彼は笑った。
「人間は正直が一番だ。損得を考慮しなければの話だけど」
俺は一つ溜め息をついた。それはシグナルか、もしくはスイッチだというように大袈裟に響いた。
「ここしか思い付かなかっただけです」

No.91 09/01/12 01:35
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖7📖



「人にとって居心地の良い場所は、大概そんなふうに生まれるものだよ」
日下部さんは書架をゆっくりと眺めながらそう呟いた。
「俺はね、レン君。読み古された本ばかりが並ぶこの図書室の方が、清潔で明るい第二図書室より好きなんだ」
「そういう気持ち、なんとなく分かります」
俺は窓辺に立ち、恐らく無心で練習に没頭しているであろう野球部の外野の背中に視線を注いでいた。
「……気になるんだ?」
「あのレフト、同じクラスなんです」
シートノックの打球がレフトに一直線の軌跡を描く。際どい。
「舞衣ちゃんのことが」
飛び付いた。グラブに吸い込まれるようにしてボールが姿を消す。
「だからここに来たんでしょ?俺だってそれくらいのことは分かるんだからさ」
ボールがこぼれた。悔しそうにグラブで地面を叩いている。
「俺……一応フラれたんですよ?」
「レン君、一応告白されたんじゃないの?」
いつの間にか日下部さんは隣に立っていた。それは今までで一番、適切な距離と言えそうだった。
「俺……やっぱ帰ります」
そう言った俺の背中に、すかさず声が聞こえた。
「舞衣ちゃんは文藝部にいるよ」

No.92 09/01/17 15:18
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖8📖



「……」
別に来たかったわけじゃない。でも現に、俺は文藝部の部室前に立っている。
来ているのに、俺は扉をノックするのを躊躇っている。
俺はそういう奴だった。
それにしても、何やら嫌な雰囲気だ。
何と無く部室の奥から漂う……形容し難い、禍々しいオーラのようなものが、一層俺の足をすくませるのだ。
やっぱおとなしく帰ろう。そうだ、一ノ瀬なんかどうだって良いじゃないか。もともと赤の他人、同じクラスだった……それだけの関係で、これからもずっとその関係が続くはずだったんだから。
そう思って踵を返した瞬間、盛大な音を立てて超々高速で扉がブチ開けられた。それは本日、いや、近年において最大の物理的不幸だった。
バゴン!!
ドアの近くに立ちすぎていた俺の後頭部はその不幸を一瞬に、そして一手に引き受けざるを得なかった。
首から上だけが前にスライド。まさしく慣性の法則によって俺の体はその場に止まろうとしていて、インパクトした頭は達磨落としの要領で吹っ飛んだ……ように感じた。
「……!?」
俺は目玉が飛び出すかという衝撃に声も出せず、無惨にも頭を抱えて廊下にうずくまった。

No.93 09/01/23 00:22
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖9📖



「おお……扉に超近距離に立ち、絶妙のタイミングでの後頭部痛打を演出するとは……」
意味不明の感心を表すニュアンスが含まれているらしい声が、背に響く。
俺は痛みがまだ形を持って残っている頭をさすりながら、後ろを振り向いた。
目付きが嫌に鋭い男子生徒が立っていた。癖の強い茶髪はあちこちに跳ね回っていて、極度の猫背が忘れがたい印象を見る者に与える。
「……む?」
髪の奥の双眼に妖しげな光が宿るのを俺は見逃さなかった。
「……おお!?」
反応さえ許さない恐るべき速度で詰め寄る男子生徒の動きに、俺は硬直した。
「な……何だよ?」
彼は無遠慮な視線を俺の顔に放った。
悪寒が走る。男の熱視線の持つ精神破壊的側面を、俺は痛烈に実感した。
……気持ち悪い。
「良い!」
いきなり目の前で叫ぶ男子生徒。笑みを湛えているのだが、その背景に危険を感じるのは気のせいだろうか?
「良いぞその顔!……無二の才能を秘めていながら、それを見付けられずにただ日々を浪費しているような……いかにも今から日常が劇的に動き出しそうなその顔!」
そして驚愕の台詞を俺の耳は捉えた。
「好きだ!」

No.94 09/02/01 19:32
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖10📖



好きって……
俺は直感した。
危険だ。危険すぎる。駄目だ、早く逃げなくては。
俺が立ち上がり、後ろに向かって全速前進を図ろうとした瞬間。
「動くな!!」
いきなりの鋭い声に俺は思わず立ち止まってしまった。
「あ……あの、俺そういう趣味無いから」と俺は恐る恐る言う。
「……何言ってんだお前?いいから動くんじゃねえ」
そう言うと男子生徒はどこからかクロッキー帳と鉛筆を取り出し、何やらガリガリと筆を走らせた。
「質問に答えろ」
「……は?」
「だから、質問するからお前答えろ」
「あ、ああ」
「何か得意なスポーツは?」
「……特に無し」
「勉強は?」
「中の上かな」
「部活は?」
「生粋の帰宅部」
「趣味は?」
「特に無いなあ」
「何か凄い特技は?」
「凄いって……例えば?」
「瞬間記憶とか、サイコメトリーとか、忍術とか、錬金術とか、ハッキングの神だったりとか、人型ロボと互角に戦ったりとか、仙氣発勁とか、ギ〇スとか、ニュー〇イプとか、悪魔の実とか、イ〇センス発動!とか、デビ〇バットゴー〇ト!とか、クライムハザードとか、ギガスラッシュとか……」
「………」

No.95 09/02/04 01:17
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖11📖



俺はどう反応していいか決めかね、結局何も反応しないことを選択した。
すると、男子生徒の肩が次第に小刻みに震え始めた。
「お……おい」
仕方なく俺が声をかけた途端、男子生徒は持っていた鉛筆を地面に投げつけ、一喝。
「お前、ふざけるな!!」
……何?
一体俺が何をした?
「俺がいつ、ふざけたんだよ?」
「貴様の存在自体がとんだおふざけだ!」
まさか、こんな所で存在を否定されるとは。
そんな俺の心を完全無視の男子生徒は、熱の入り過ぎた口調をさらに加速し、怒涛の如く言葉を連ねる。
「それだけの主人公フェイスを有していながら、メインキャラらしさの欠片も無い見事なまでのアルティメットノーマルっぷり……何だそれは!何のつもりだ!まさか特徴が無いのが特徴です的な三流サブサブキャラに甘んじる自分に満足する自分っ!……とかか!!何様だ!百年早いぞ!死亡フラグ立たないからっていい気になってんじゃねえぞ!いつの間にか出番無くなるぞ!次出る時は死ぬ時だ!分かったか!分かったらさっさと悪魔の実食ってこい!!」
「……」
意味不明だ。意味不明だが、なんとなく怒られてるらしい。

No.96 09/02/06 21:43
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖12📖



あまりの気迫に、俺が理由も無く謝ろうとした時だった。
「御厨、お前の理想は彼ではなくってよ。他を当たりなさい」
暗い部室の奥から、今度は女子生徒が現れた。
女子生徒の持つ華やいだ雰囲気は、この世俗より数段トーンの低い風景には全く似合わないものだった。
腰まである栗色の髪は光を鏡のように照り返していて、俺は一瞬見とれてしまう。
「と言うよりも御厨、お前の求める人間は現実には存在し得ないものですわよ?」
お嬢様口調だ。現実に存在するとは……
俺は無意味に感心する。
「うるせえな、楠木……いるかもしんねぇだろ?この世に絶対は無えぞ!」
「いったい何処にゴム人間のエクソシストがいるっておっしゃるの?拝見したいものですわね、御厨」
楠木の高笑い。
「笑うなっ!!そして『みくりやぁ?』って鼻に掛けて俺を呼ぶな!!まるでお前の召し使いみたいじゃねえか!!」
「別に雇ってあげてもよろしくってよ?」
御厨が鼻で笑う。
「誰が雇うって?立派な中産階級のお姫様が雇ってくれんのか?」
「なっ!?私の完璧なキャラメイクに御家庭の事情をスローインするなんて……外道ですわ!」

No.97 09/02/09 00:42
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖13📖



「何が外道だ!?係長の娘がお嬢様気取ってる方がよっぽど道を踏み外してるだろうが!」
「失礼なっ!お父様は課長補佐ですわ!!」
「出世したんだ?おめでとう」
「こっ、これはご丁寧にどうも……」
……何という無茶苦茶な会話展開。
この世に無二のタイミングで場が落ち着いた。俺は機を逃さず口を挟む。
「あのさ……ここに一ノ瀬っているかな?」
俺の言葉に、楠木はキョトンとした顔で振り向いた。
「舞衣さん、ですか?」
「そうだけど……何か俺、変なこと言った?」
「いえ、舞衣さんってあんまりと他人と交わらない人ですから……訪ねてくる男子生徒がいる、というのが少し意外で」
「そっか……まあ、そうかもな」
確かに、自分が見ていた限りでは一ノ瀬が男子と親しくしていたシーンは皆無だった。一ノ瀬自体殆んど気に留めてなかったんだけど。
「少しすれば来ると思いますから、良かったら部室でお待ちになって下さい」
そう言って、楠木は入るよう促してくれた。
御厨も俺の背中を押す。
「遠慮すんな。俺ももう少しお前の顔を書いておきたいし……中身はド凡人だが、外見はイイ線いってるからな」

No.98 09/02/11 18:49
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖14📖



「お前、それ俺の顔書いてんのか!?」
俺は首をぐいと伸ばして御厨のクロッキー帳を覗きこんだ。
「へえ……」
俺は思わず感嘆の声を発した。そこには鉛筆一本で書かれたとは思えない、精緻な『俺』が存在していた。なんだか仕掛け鏡を見ているような感じだ。
「あっ!おい、完成前の物を見んじゃねえよ!」
御厨は鷹のような目で俺を睨むと、クロッキー帳をバタンと閉じてしまった。
「でも、何でお前文藝部なんだよ?絵なら美術部じゃないのか?」
その質問には楠木が答える。
「御厨は漫画を書くんですのよ」
「漫画……じゃあ漫画・アニメ部じゃないの?」
その言葉が発声された瞬間、敵の気配を察知した野生動物の如き反射速度で御厨の双眼が見開かれる。
「あんな野郎どもと……あんな野郎どもと俺を一緒にするなっ!!」
「あんな野郎って……別に二回言わなくても」
楠木は軽い溜め息を吐いた。
「御厨は自分がオタクであることを認められないんですわ」
「俺はオタクじゃねえ!『漫画及びアニメを究極的に愛好する者』だ!!」
「歪曲した解釈で自分すらも誤魔化して……不憫ですわ」
「うるせえ!!」

No.99 09/02/12 14:43
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖15📖



「漫画・アニメ部の雑魚どもが書くのは漫画じゃねえ、落書きだ!あんな物と俺を一緒にするな!俺に失礼だ!それ以上に漫画に失礼だぞ、漫画という単語に失礼だっ!!謝れ!!平謝れ!!そして部名をラクガキ部に訂正しろぉぉぉっ!!」
楠木は御厨の叫びを完全に無視し、俺に残念そうな微笑みを向けた。
「見苦しいものをお見せしてしまって……もろもろの二次元的な事情がありましてね、御厨は三次元世界では情緒不安定になってしまいますの」
「そ、そうなんだ……」
シャウトがフェイドアウトすると、御厨は糸の切れた操り人形のように、途端に静かになった。
「よしっ!じゃあ続きを書くとするか」
「……本当に不安定な情緒だな」
「まあ、実害はありませんから目をつぶってあげて下さい」
御厨はさっと部室に入っていった。
「お名前は?」
「俺、夏目廉矢……君は?」
「楠木なぎさです」
「そっか」
「では夏目さんもどうぞ。大したもてなしも出来ない、と言うか下手すると強烈な精神的洗礼が待ってるかもしれませんが……」
「洗礼?」
「はっ!?私何か言いましたかしら?」
楠木の乾いた笑いが響いた。

No.100 09/02/13 17:33
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

📖16📖



暗い……暗いぞ。
部室は異常に暗い。明度や彩度だけでなく、感覚的に暗い。
中央には大きな会議机みたいなのがデンと居座り、その上は『カオス』の体現だ。
左と右は一面本棚になっているが、棚としての役割を果たしていない。則ち『カオス』だ。
何かソファーやらレコードやら換気扇やら洗濯物やらが意味不明に配置され、さらなる立体的カオスを再合成する。
つまりはこの空間は、ジャンクでアンダーグラウンドなカオスの拡大再生産拠点、というような感じだった。
「すいません、蛍光灯が切れていますの」
「光が薄いほうが物の陰影が分かりやすい。だからこれで良いんだよ」
御厨は机の一端に座り、目の前のカオスを盛大に駆逐した。空いた空間にクロッキー帳をセットする。
「よし、そこに座れ」
御厨は机の対岸に椅子を投げるようにセットした。
俺は楠木の表情を窺った。すると彼女は困ったような微笑みを浮かべて答える。
「……悪気はありませんから、出来たら付き合ってあげて下さい」
頷いて俺が座ると、御厨はまた猛烈な勢いで鉛筆を運んだ。
筆を取る彼の目は、よく見るとまるで別人のように輝いていた。

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