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俺達の Love Parade In The Novel

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I'key( 10代 ♂ GDnM )
10/07/24 17:16(更新日時)

I'keyと申します。
ミクルでの小説も第三作目になりました。
今回は初挑戦の『恋愛』がテーマです。自分でもいったいどうなるのかわかりませんが、頑張って少しでも楽しい作品にしたいと思っています。
応援や感想、アドバイスなどはもちろん大歓迎です。気になったことはどんどん教えて下さい。

それでは、開幕

No.1158245 08/07/08 22:31(スレ作成日時)

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No.151 09/09/10 23:53
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐2🎐



「まずは現代文!」
俺と春彦は同時に右手を振り上げ、机に叩き付ける。
「……レン、85点!春彦71点!」
オオオッ!と群衆がどよめく。
「やっぱり春彦じゃ無理か……」
「いや、最高で60台後半の春彦がいきなり70越え……これはひょっとするぞ!」
「頼む!春彦、一勝してくれっ!」
穴に賭けている連中は神頼みだ。
流石にガチンコでは勝負にならないので、一教科でも上回れば春彦の勝ちというルールだ。
「次だ!古典っ!」
ドオオン!
「レン、83点!春彦62点!」
「見ろ!前回赤点ギリギリだった古典すら60を越えたぞ!」
「春彦頑張れ!男を見せろ!」
「続いて数学Ⅱ!ドロー!」
ズバァ!
「レン81点!春彦……76点だあっ!」
群衆が俄然熱狂する。
「数Ⅱで五点差!来るぞ来るぞ!」
春彦がニヤリと笑みを浮かべた。
「今回は本気で勉強したんだ。俺だってやればできるんだよ」
「……まだ勝っちゃいないぜ」
「数学B!召喚!」
スゴオンッ!
「レン、79点!春彦57点!」
群衆から落胆の響き。だが同時に、冷静な分析の声。
「今回の数Bは難度が高かった。ここは捨て駒、まだまだこれからだ」

No.152 09/09/13 21:00
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐3🎐



「風間君……急に成績を伸ばしたのね」
異次元に視線を当てた一ノ瀬は、何気無い口調で隣の葛城優菜に呟いた。
「えっ?ああ……うん。そうだね」
「良かったね」
一ノ瀬はふう、と息をついてからそう言った。
「まあね」



「さあ後半戦だ!リーディングっ!」
仕切り屋も代わる代わる、にわかに春彦に勝機が見え、俄然盛り上がるコロッセオ。
「レン83点!春彦65点!」
「ライティング!……レン81点!春彦67点!」
むう……ヤバイか?
英語はいつも50台前半の春彦が60台……
春彦とはいえ、真面目にやったは伊達では無いということか。
「まだまだ今日の俺は……これからだあぁ!」
春彦の一声に観衆も歓声で応える。もうどっちに賭けているも関係無いテンションだ。
「日本史B……レン81点!春彦……79点だっ!」
「寄せたぞっ!2点差だっ!」
「次は春彦の一番得意な生物だ、これは本当に分からなくなってきたぞ!」
「さあ、いよいよラスト、生物Ⅰ!」
俺と春彦、最後の一枚を右手に掴む。
そして繰り出す。
「レン81点……」
点数の上に乗った春彦の指が、静かに動いた。
「……春彦82点!」

No.153 09/09/16 19:10
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐4🎐



「勝者!風間春彦!」
ウィナーコールと共に、春彦に賭けた勇気あるギャンブラー五人が歓喜の声を上げた。
約40人が参加して、一人500円。勝った側で頭割りだから……配当は4000円。
結構デカイ。
「春彦、お前は勇者だ!」
「いや、賢者だ!」
「俺春彦に負けたけど悔しくないぞ!」
春彦サイドの盛り上がりは凄い。
「あーあ……」
「レン、やってくれるなぁ……」
「一点差って……」
負けじとこっちの盛り下がりも凄い。
たった500円でグダグダ言うな!と35人の白い眼の前で叫ぶ勇気は俺には無い。
「どうだっ!見たかあ!」
「……負けました」
何故か拍手。

「堕ちたな」
後ろで傍観していた統矢がやってきて、一言。
「……春彦が上がったんだろ」
俺は統矢の見下した視線にそう応じた。
「お前が春彦を馬鹿呼ばわり出来る、素晴らしい青春時代は終わりを告げたってことだな」
……一教科負けている以上、反論出来ない。
……無念だ。
「そういうことだ!もう誰も俺を馬鹿とは言わせないぞ!」
「いや、俺はお前に一教科として負けていない。よって今後も馬鹿と呼び続ける。勘違いしちゃ駄目だな」
統矢はしれっと呟いた。

No.154 09/09/21 01:11
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐5🎐



今更ながら、である。
今更ながら俺は後悔をしていた。後悔しながらも歩いていた。
葉擦れの音が俺を笑っているように聞こえるのは多分気のせいで、足取りが重いのは多分気のせいじゃない。

正直、春彦如きに不覚を取るつもりは無かった。毛頭無かった。
だが言い訳も、最早見苦しいだけだろう。
俺は『汚い』という形容詞の象徴、とでも呼んだらいくらか綺麗に見えそうな、それくらい汚れたサッカー部の部室前に立っていた。
「よぉレン、春彦に負けたらしいな?」
早速知り合いのサッカー部員が先制パンチを浴びせてきた。
「気を使え」
俺がそう返すと、奴は少しだけ悩んでからこう言った。
「レン君、ドンマイッ☆」
「……際限無く気持ち悪いぞ、お前」
「レン、これ以上俺にどうしろって言うんだ?」
「どっか行ってくれ」

取り合えず、たった今見聞した冗談にしても気味の悪い裏声・笑顔・ポーズを脳内から葬ると、俺は部室に叫んだ。
「春彦いるかー?、いないなら帰るぞー、いないなー?よし、かえ……」
「いるっ!」
ビダンッ、と半裸の春彦が扉を開けた。
「服を着ろ」
「俺はここにいるっ!」
「……待っててやるから服を着ろ」

No.155 09/09/25 01:58
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐6🎐



「で……何だよ?先に言っとくと、全裸でナントカみたいなノリは無しだぞ」
チームジャージに着替えた春彦に、俺は不本意ながら逃げ腰な一手を打っていた。
「いや、そんなんじゃないんだけど」
春彦はそう言って真面目な顔で首を振った。
敗者は、勝者の命令を一つ、何でも聞かなきゃならない。
俺たちみたいな年頃には、有りがちなペナルティだ。
有りがちなだけに、その暗黙の了解部分が非常に恐い。
勝ってばかりの俺には『何でも』の範囲にちゃんとリミッターが掛っている。だが負けっぱなしの春彦の初勝利となれば、それこそ『何でも』盛大にふっかけてくる可能性がある。大いにある。
高校生の小さなプライドと世界を粉砕してしまうような、容赦無きオペレーションの遂行は避けたい。
もちろん「自分の時だけ逃げてずるい、空気読めない」みたいなのも断じて拒否だ。
「じゃあ半裸か?下はダメだぞ?上だぞ?」
「だから違うって」
春彦は苦笑いしながら答える。
俺はちょっと顔を引いて、春彦を眺めてみた。
……うーん。いつになく真剣。なんか気持ち悪い。
「……じゃあ何だよ?」
「優菜が好きな物とか、欲しい物を調べて欲しいんだ」

No.156 09/09/27 01:39
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐7🎐



……ユウナ?
……ああ、下の名前か。
突然出現した固有名詞の指示先を俺は探した。
「葛城のことか?」
「ああ、うん……そう」
出てきたシーンは、結構昔に思える図書室での心配げな表情だった。そういえば一ノ瀬や文藝部の面々との奇妙な関係の一端は、葛城が握っていたんだな、と今更ながら俺は思い返した。
葛城が俺に荷物を持たせなきゃ、一ノ瀬とあんなことにはならなかった訳だから。
遅刻ギリギリで来なきゃ……というifは受け付けない。
「葛城ねぇ……」
「実は、今回のテストが良かったのって、その、葛城に勉強教えて貰ってたからなんだ」
「別に『優菜』のまんまでいいって……それで?」
流石に俺でも、葛城より優菜の方が自然に口から出てきたことの意味が分からないではない。
「で、その優菜の誕生日が近いから、お礼も兼ねてなんか渡したいなぁ~と」
「ふうん……でも、それなら自分で訊けよ。俺別に葛城と接点無いし」
「レンは分かってないなぁ……」
「何が?」
春彦が落胆して溜め息をついたので、俺は反射的に反駁した。
「だっから、そこは……」
「……そこは?」
「そこは当然……サプライズじゃないかっ!」

No.157 09/10/03 17:41
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐8🎐



サプライズか……
ふむ。なんとなく一理ある気もする。
「で、やってくれんの?」
「約束だからな。是非もない」
俺は頷いた。
とは言え……どうするか。
俺と葛城には接点が乏しい。『欲しい物』を自然に訊けるシチュエーションが思い浮かばない。
「どしたの?」
「いや……お前の名前を出さない限り、自然に聞き出す方法が見付からん」
「それはダメだ」
春彦が首を振った。
「じゃあどうするよ?」
「レンが考えてよ」
「お前も考えろよ」
俺が落胆して返すと、春彦は憤慨したように怒鳴った。
「おい!やるって言ったろ?約束なんだから責任持ってくれよ!レンが上手くやんなきゃダメじゃないか!」
「むっ……」
なんか筋が通ってるような気もするのだが……酷く理不尽に感じるのは気のせいか?
俺は仕方なく思案に戻った。
そうだ……そもそも俺が直接訊く必要は無い。
うん。もっと親しい奴に話して、又聞きすればいいんだ。
いや待てよ?
……でも、そこでも春彦の名前は出せないわけで、結果「俺が葛城の好みを聞きたがってる」ということになってしまう。なんかそれも要らぬ誤解を招いて、ちょっと面倒臭い気がしてきた。

No.158 09/10/10 19:17
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐9🎐



その時だった。
まさしく光明と呼ぶべき発想が飛び出したのはその時だった。
なんで思いつかなかったのか、俺は葛城の親友と知り合いであることを、とんと忘れていた。
一ノ瀬がいるじゃないか。
「……ああ。よし、大丈夫……」
……なのか?
待て待て、よく考えると不安になってきたぞ。
理由は良く分からないが一ノ瀬は俺を嫌っているらしい。嫌いまでいかなくても、少なくとも好んじゃいない。
そんな俺の頼みを聞くだろうか?

「やりたければ、勝手に一人でどうぞ」

……冷たい響きが脳内リピートした。エコー付き。
駄目か。そうだな、多分そのまま頼んでも駄目だな。
……だがしかし。
一ノ瀬にも何かしらメリットがあるってことを説明出来れば乗ってくるか?
俺の頭は冴え始める。
一ノ瀬は小説が好きだ。それは言うまでも無い。そして、小説を書くための人間観察を大切にしている。
人間観察、それだ!
俺はキリキリ冴える。
一ノ瀬説得のカードだけでなく、どうやらついでに自分が楽しめるポイントまで発見してしまったらしい。
「いけるぞ!」
「おおっ!」
俺は拳を握る。
「よしっ!お前のサプライズ、俺が引き受けた!」

No.159 09/10/16 20:54
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐10🎐



「……ってわけで、一ノ瀬に協力して欲しい」
と主旨の説明を終えた俺に向けられた視線は、恐ろしい程予想通りの絶対冷度であった。
廊下の隅を爪先でコンコン叩きながら、一ノ瀬は息をついた。
「……何で私がそんな事しなきゃならないの?」
まあ、そうだろう。その反応で正解だ。
「じゃあ、逆に訊くけど何でやってくれないんだよ?」
「する価値が無い」
一ノ瀬は即答して俺に背を向ける。話は終わりのサインらしいが、こっちの本番はこれからだ。
「価値ならある」
俺は断言する。
一ノ瀬が足を止めて振り返る。眼鏡の先の冷えた視線が光る。
試している目だ。
乗ってやるぞ、何せ俺のプランは完璧だ。
「まず一つ目は、春彦は掛け値無しに良い奴だってことだ」
「……だから?」
「もし両想いなら、これが上手く行けば多分くっつくだろ?その先、お前の親友の幸せは俺が保証する」
幸せはちょっと大袈裟だったが、これは俺の本音だ。
「保証って……夏目君、優菜の事ちゃんと知ってる?」
俺は首を振った。
「いや、葛城の事は知らない。けど春彦なら俺はよく知ってる」
「……ふうん」
少し間を空けて一ノ瀬が呟いた。
「で、二つ目……」

No.160 09/10/17 23:25
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐11🎐



「二つ目?」
「……春彦の告白シーン観賞券付き」
「……はぁ?」
一ノ瀬は唖然、というより呆れ返って言葉も無いらしい。
だが、俺の鮮やかな説得劇はここから始まる。
「良い小説を書くためには、良いキャラクターが欠かせない」
と突然言ってみる。
「いきなり何?」
当然のレスポンス。
「そのためには人間観察……だよな?」
そこでこれだ。
「誰かが真面目にコクるシーンなんて、そうそう見れるもんじゃないぜ?」
「……当日、二人の後を付ける、そう言いたいの?」
一ノ瀬が嘆息と共に尋ねてくる。答えは勿論……
「大当たり」
「馬鹿馬鹿しい」
また一ノ瀬が背を向ける。
「馬鹿かな?……今を逃したらもう見れないかもよ?」
「そう……じゃあ」
むっ……ちょっと旗色が悪いか。
一ノ瀬が一歩踏み出す。それを止めようとした俺の口から出た台詞はこれだった。
「それとも、コクられた経験あった?」
「なっ……」
一ノ瀬がビクっと振り向いた。
「どうなんだよ?」
「なっ……無い……けど」
一ノ瀬は、うつ向いて馬鹿正直に答えている。馬鹿はお前だ。
……でも、ちょっとかわいい所もあるんだな、なんて思ったりして、俺は笑った。

No.161 09/10/21 01:35
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐12🎐



「なっ……何っ!?」
俺が笑っていることを咎めているつもりらしいが、言葉尻に覇気が無い。
「いや……そんなマジメに返事すると思わなかったから」
まだ収まりのつかない笑いを俺は堪えた。
一ノ瀬は非常に居心地悪そうな表情を浮かべたまま、俺を見ていた。
「で、どうする?」
「どうするも何も……第一優菜に悪いもの」
「そんなことない。お前が見るのは『春彦』だ。『葛城』じゃない」
「何?その酷い屁理屈は?」
一ノ瀬の冷たいツッコミを無視して、俺は続けた。
「春彦は告白する機会を得るし、葛城は告白される機会を得る。お前は貴重な人間観察の機会を得るし、俺は大切な友情を深める機会を得る。これは全員幸せ、全員納得の最高の選択だ」
俺は最後の一押しとばかりに無理矢理な論理を展開してみる。
「もういい……この議論が面倒臭い」
一ノ瀬は今度こそ背を向けて帰ってしまった。
……失敗か。
「だから待てって!」
俺の制止に、一ノ瀬は振り向いた。
「手伝ってあげる」
……あれ?
俺は予期しない答えに目を丸めた。
「断ったら、延々説得が続くんでしょ?……だったら面倒臭いからやってあげるって言ったの……それじゃ」

No.162 09/10/26 22:42
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐13🎐



「レンブラント」
「……ほう」
話してから二時間後という一ノ瀬の仕事の早さには全くもって脱帽するほか無いわけだが、俺にはそのアンサーの意味する所が分からずにいた。
「レンブラント・ファン・レイン」
……何だよ、長くなったぞ?
「……ホントに分かってる?」
俺はうやうやしく頷き、こう言った。
「いや、全然」
響く溜め息。
「少しは常識って無いのかな……レンブラントは画家。ほら、世界史の教科書の表紙」
世界史……ああ、ちょっと思い出した。
「あの、何かゾロゾロ変な服のおっさんとかが集まってるヤツ?」
「……優菜が聞いたら確実に怒るよ、今の」
「正直な感想だ」
「まあとにかく、あれが『夜警』っていうレンブラントの代表作……分かった?」
「ふうん」
「優菜は絵が好きなの。特にレンブラントがね」
「まさか、絵を買えってのか?」
「風間君が最低数千万程度出せるお金持ちなら、多分それが一番喜ぶと思うけど」
「無理言うなよ」
「だから画集。優菜が欲しがってるのがあるって」
「いくら?」
「絶版だから……四から五万ってところね」
ううむ……微妙なラインだな。
「まあ……それ位は春彦もなんとかするだろ」

No.163 09/11/04 22:44
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐14🎐



しかし予想以上に春彦はダメな奴だった。
「五万なんて出るわけないだろ?」
そう言う春彦の顔は根っから真面目で、俺は人間性を疑った。
「おい、感謝の気持ちなんだろ?そんぐらいなんとかしろよ」
「じゃあレン」
「何だよ?」
「貸して」
俺は脊髄反射で拳を放った。
「良いだろっ!?友達なんだから、貸すだけだろ、ケチッ!」
ここまで調べてやった俺をケチ呼ばわりとは、帰り道に雷でも落ちろと思ったが、それとこれとは話が別だ。
ここで話がお流れになっては面白くもなんともない。
「金貸せよぉ~」
酷い言い草だ。もはやカツアゲだ。
「……中学ん時の一万、あれどうなった?」
春彦の口が止まった。
「それ以外にもちっちゃいのはちょこちょこあるし……CDにゲームも借りパクだし……」
「明日辺り返すって」
「明日辺りって、どこの近所だ」
俺は嘆息した。
春彦に貸したら返ってこないというのは、過ちを犯してから気付く苦渋の事実だ。
中学to高校の過程で、一体いくつのアイテムが春彦の財産となったのか、今や本人すら把握出来ていないはずだ。絶対忘れてる。
ということで、金を掛けない方法を捻らなければならない。

No.164 09/11/11 01:00
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐15🎐



そんなこんなで日付は進み、いよいよ葛城の誕生日となった。おあつらえ向きに日曜、朝、快晴。
ずいぶんと早くから駅に立っている春彦は、Tシャツにジーンズという格好でさっきからしきりに時計を気にしている。Tシャツ+ジーンズは春彦の基本スタイルで、それは今日も変わらないらしかった。多分錯覚だとは思うが、春彦は冬でさえ同じ格好をしているような気がする。
それを少し離れて眺める俺はと言えば、ジーンズに黒のサマージャケットという装いだ。何となく変装的なこともやってみた。普段は特にいじらない髪をワックスで散らして、何故か母親が趣味で集めている伊達メガネを掛けてみた。
自分で言うのも何だが、割に知的に見える。
春彦が遅刻せずに、しかも相手より早く待ち合わせ場所に立っているという事実に、俺は驚愕せずにはいられなかった。俺も余裕を持って(今、待ち合わせ15分前)来たつもりだったが、様子を見るに春彦はもっと前から、そわそわしながら立っていたらしい。
それはいきなりの、大当たりの予感であった。つまり俺の苦労は間違いではなかったということだ。
今日の春彦は、かなり面白いことになるに違いない。

No.165 09/11/15 00:05
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐16🎐



それが一ノ瀬だと、目前に来るまで分からなかった。そう言えば俺は私服なんて見たことなかった。
コンバースのスニーカー、デニムのスカート、淡いブルーの薄手のパーカー。
……普段からは想像し難い格好だ。
眼鏡は無し。目深に被ったキャスケットだけが場違いな雰囲気に見えた。それは俺と同じ変装目的であるに違いなかった。
「な……何?」
一ノ瀬の警戒的視線に俺は反射的に答えた。
「いや、何でもない何でもない。似合ってるって」
俺の目は無意識に頭の上に向いてしまった。そして一ノ瀬もその動きを見逃さなかったみたいだった。
「……夏目君の眼鏡は、似合ってないけど」
嘲笑風味の言葉で俺の視線を一ノ瀬は迎撃する。
「お前の眼鏡だって似合ってないけどな」
と再反撃。
「別に好きで掛けてるんじゃない」
「今はしてないじゃんか」
「コンタクト」
一ノ瀬は目前に顔を寄せて、自分の瞳を指差した。
瞬間、心臓が強く打った気がした。
「なっ、なら普段からそうしろよ。眼鏡よりずっとマシだぞ」
何だこの展開は?と視線を反らした途端に、駅に入る葛城と春彦が見えた。
「いつの間にっ!?」
俺は無意識に一ノ瀬の手を引いて走っていた。

No.166 09/11/23 01:35
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐17🎐



ピークを過ぎた電車はまばらな混み具合だった。距離を取って、反対側に並んで座る二人が見える。
葛城の落ち着いた雰囲気は、春彦とくっつけると異様だ。
「……いきなり引っ張るのはどうかと思うんだけど」
隣の一ノ瀬が、ツンとした顔で言った。
「いや、見失ったらマズいから……」
「それを、く・ち・で……言えばいいのに」
子供に言って聞かせるように、一ノ瀬は「口で」を区切って見せた。そして溜め息。
可愛くないヤツだ。
不規則な振動音が、ループするように小さく響いていた。流れる車窓の風景は代わり映えのしない灰色の街並みだ。
俺は春彦と葛城に視線を移した。
とりあえず、笑っていた。良いことなんだろうが、少しむかつく。
「……で、どこに行くの?」と一ノ瀬が小さく訊いた。
俺は今日の春彦のデートコースを把握している。というか、俺が考えた。
「動物園行って、飯食って、美術館……その後は感じ次第」
葛城の動物好きは春彦談。美術館は上手い具合にオランダ展をやっていて、メインはフェルメールとレンブラントだ。プレゼントも用意出来ない春彦にとって活用しない手は無い。
「まあ、悪くないかな」
一ノ瀬はそう呟いた。

No.167 09/11/28 21:39
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐18🎐



夏の日曜日、動物園は家族連れにカップルに堂々の盛況振りである。
「へえ、案外積極的なんだな、葛城って」
園内に入った途端に葛城は子供みたいに活気付いて、春彦を笑顔で引っ張り回している。
春彦と言えば周囲を引っ張るの専門(もっとも、引っ張る先はろくなもんではないが……)という印象だから、俺には何となくおかしな様子に見えた。
でも、楽しそうだからいいか。
俺たちは二人に続いて、一つ遅れで動物を見ていった。一ノ瀬が異常な知識量で繰り出すアニマル雑学を聞き流しながら、俺は二人の様子に目を配った。
「ちょっと夏目君、聞いてる?」
「……おわっ!?」
春彦に向いていた俺の視線に、一ノ瀬が突然後ろから割り込んで来た。
「何だよ、びっくりするだろ」
「私の話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた」
一ノ瀬が嫌な表情を浮かべた。
「じゃあ、さっき話してたこと繰り返してみてよ」
さっき?どれだ?
……って考えても分かるわけがない。聞いてないのだから。
「……あれだろ?ニホンザルの群れ社会は……あっ!?春彦たちが先行ったぞ」
「やっぱり聞いてないじゃない!」
あの二人に比べて、こっちは酷いデコボココンビだ。

No.168 09/12/05 22:20
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐19🎐



「おおっ、トラトラっ!」
虎の檻は上から見下ろすタイプで迫力がある。人気の檻の一つだ。
「俺、トラ好きなんだ」
春彦は子供みたいに手摺から身を乗り出して、ブラブラさせながら言った。
「虎かあ……何で好きなの?」
葛城がそう訊いた。
春彦はクルッと振り向いて口を動かそうとした。それから上手く言葉が出てこないことに気付いて、少し困った表情を浮かべた。
「いや、えっと……別になんとなくなんだけど……カッコいいじゃん、トラ」
葛城はクスクスと笑った。
「なんかさ……小学生みたいだよね、春彦君って」
春彦は何か言い返そうと思った。でも葛城の笑いが全然止まらないから、一緒になって笑ってしまった。
なんか俺、本当に小学生みたいだ。
春彦はそう思った。
「でも、カッコいいかあ」
葛城は檻に視線を移した。
不意に虎が身を反らせ、大きな唸り声を上げた。
「うん、カッコいいカッコいい」
そう言って葛城は、何だか満足そうに頷いている。虎はそれに応えるようにもう一度雄叫びを上げた。
葛城はバッグに手を突っ込むと、小振りのスケッチブックと一揃いの鉛筆を取り出した。
「よし、ちょっと描いてみる」

No.169 09/12/08 00:04
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐20🎐



「おっ?何か出したぞ」
俺と一ノ瀬はカップルの背中を盾に二人を観察していた。葛城がバッグから何やら取り出したところだった。
「デッサン取るんじゃない?」
一ノ瀬がそう言った。
「癖みたいなものなの。描きたくなると止まらないからって、優菜いっつも鉛筆とスケッチブック持ち歩いてる」
どうやらその通りらしかった。視線を忙しく上下に振る様子が後ろからも分かる。
……それにしても、ほぼ同じアクションを取っているにもかかわらず、御厨の戦慄性を全く感じないのは何故だろう?
「うん。絵描きが皆エキセントリックってワケないよな、やっぱり」
「当たり前でしょ?御厨君は病気だから」
「さらっと酷いこと言うな、お前」
一ノ瀬はクイッと首を傾けて、ちょっとだけ笑った。
「でもあれだな。お前の癖と違っていい癖だよな」
「私の?何?」
一ノ瀬が真面目な顔で訊き返すから、俺は驚いた。
「何って……お前しょっちゅう周りの奴ジロジロ見てるだろ」
「えっ!?」
「今更何うろたえてんだよ。全人間からバレバレだろ、あれじゃ」
一ノ瀬は何やら回想に入っている。俺は嘆息した。
「……気付いてなかった?」
「うっ……うるさい」

No.170 09/12/14 22:55
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐21🎐



葛城の瞳はその一頭の虎に真っ直ぐに注がれている。動きを追う。葛城は手を動かさない。何だか周囲が静かになった気がする。
春彦は声を出さずにじっとその様子を見ていた。周りの目も気にならない。何となく、その感じが分かると春彦は思った。サッカーをしている時、自分も似たような雰囲気を覚える。
例えばドリブルで仕掛ける時。無意味に動いたりはしない。大事なのは動き出す一瞬、やるべきその瞬間。
葛城はそれを待っているみたいだった。
葛城の視線が落ちた。
不意に右手が走る。迷いの無い軌跡が流れる。しなやかな背の曲線が黒く浮かび上がる。
葛城はもう殆んど虎を見ない。黒鉛がスピードを増して紙の上を駆ける。叩き付けるように切り出していく。跳ねる、吠える、躍動する虎の体躯。
そこには瞬間がある。
春彦は凄いモノを見ている気がした。絵なんて分からないけど、でも、こんなにも強くて、何だか見ているだけでも、こう、グッと握りたくなる。力を込めたくなる。
それは描くことが凄いんじゃない。春彦は思う。きっと、優菜が描くってことが凄いんだ。
知らなかった、知らなかったけど、優菜って凄い。

No.171 09/12/18 20:20
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐22🎐



「うん、まあまあかな?」
鉛筆だけで、しかもこんな短時間で描き上げられたとは思えない、浮き上がるような虎の一瞬があった。
「……凄い」
「えっ?」
「スゴいスゴいっ!」
春彦が興奮してそう叫んだ。周囲の数人は何事かと春彦を見ている。
「俺……なんか感動した」
春彦は周りの視線に気付いて、今度は小声で囁いた。葛城は堪えきれないように笑った。
「そんな大したことじゃないよ。見た通りに描いただけだもん。コツを掴めば春彦君だってすぐ出来るようになるよ、これぐらい」
春彦は首を振った。それから真面目な顔をしてこう言った。
「違う。多分」
葛城は面食らった。春彦がそんな顔をすることは滅多に無い。
「俺、ユウナには何か有るって気がした」
葛城はやはり堪えられなくて、笑った。
「そうかな?」
葛城はスケッチを切り取って春彦に手渡した。
「貰ってよ、それ」
「いいの?」
葛城は笑いながら頷いた。
「将来高くなるよ?」
「俺、額に入れて飾る」
「それはちょっと恥ずかしいけど」
二人は声を合わせて、それこそ周りの目も気にしないで笑った。
「私、春彦君のそういうトコ好きだよ」

No.172 09/12/27 01:06
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐23🎐



昼食も抜かりは無い。
価格は気取りの無いリーズナブル、知る人ぞ知るレベルの知名度、それでいて味はハズレ無し。
こういう情報には存外統矢が詳しい。
「ふうん、こんな店あったんだ。知らなかった」
一ノ瀬はクリームソースのパスタを口に運び、そう呟いた。味は合格、といった雰囲気で。
「まだオープンして一ヶ月ちょっとだからな。そんな有名じゃない」
俺はビーフシチューを食べている。何故かと言えば、統矢が一番旨いと言っていたのを思い出したからだ。高校生目線じゃ多少値は張るが、確かに間違い無いクオリティだ。
「優菜、結構楽しそう」
一ノ瀬は少しだけ笑ってそう言った。
「まあ春彦はもっと楽しそうだけど」
「確かに」
「あいつは考えてることが全部出ちゃうからなあ……」
肉にがっついてる春彦は、今は食しか眼中に無いという感じだ。葛城はその様子を笑いながら眺めている。
……恋人同士って言うよりは、母子みたいだ。
「今なんかメシのことしか見えてないな、確実に」
「でも、そういうトコが面白い」
「おい……葛城から取るつもりかよ?」
「キャラクターという観点で、っていう意味だからね」

No.173 10/01/14 21:12
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐24🎐



美術館のレンブラント・フェルメール展は好況を博していた。今回の特別展はかなり力が入っていて、はっきり言って地方美術館レベルでは借りられないような作品も多く展示されている。
「レンブラントはね、『光の画家』って呼ばれてるの」
葛城は一枚の風景画を指差してそう言った。
「強いハイライトを中心に据えて、明暗のコントラストが画面に緊張感を持たせている」
春彦がそう言うと、葛城はちょっと意地悪い顔で下から覗き込んだ。
「へぇ、どっかに書いてあったことを丸暗記したみたいなコメントだね」
春彦は笑いながら後ろ手に持っていたパンフレットを見せた。
「カンニングしちゃった」
葛城も笑った。
「ホントに春彦君って面白いよね」
「面白くあろうと常に努力してるんだ」
春彦がそう言うと、葛城はまたクスクスと笑った。
「レンブラントの絵もね、美しくあろうと努力してるんだよ」
葛城はそう言った。
「実際の景色はこんな風に見えるわけない。でもレンブラントは光を操って、本物より美しい瞬間を自分で創っちゃう」
「ちゃんと、自分の目で見て描いてるんだ」
「そう。だから好きなんだよね」

No.174 10/01/16 20:10
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐25🎐



絵を見るのも案外悪くない。
春彦たちがじっくりゆっくり見て回るから、俺たちもかれこれ二時間近く美術館に居る。
腰を据えて見ると、何だか違う。
「レンブラントってのは随分自分の顔が好きなんだな」
俺は自画像を見ながらそう呟いた。若い時から晩年まで五枚の自画像が展示されていて、今回の目玉だ。世界中の美術館から借りてきたらしい。
「レンブラントにとって『自分』は生涯のテーマだった。ここには傑作とされる物は無いけれど……年代の違う五作を見較べられる機会は中々無いと思う」
ふうん、と俺は頷いて視線を戻した。
「別に自分の顔が好きだから描いたんじゃないのかな、これって」
俺がそう言うと、一ノ瀬は不思議そうな顔をした。
「……どうしてそう思うの?」
「いや、全部描き方が全然違うからさ。何て言うかな……頑張って色々やってみたって感じだろ?」
一ノ瀬は少しだけ表情を弛めた。
「へえ、結構良い線をいってる」
「良い線って……」
俺は苦笑した。誉められているらしいが酷く上から目線だ。
「自分で自分を表現するのは難しいもの」
一ノ瀬はそう言って前の二人を見た。もう出口だった。

No.175 10/01/24 19:08
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐26🎐



赤と青が混じった空に、花に似た雲が千切れ浮かんでいる。
前を歩く春彦と葛城の距離は朝よりも少しだけ近付いているように見えた。
「何とか上手くいったみたいだな」
一ノ瀬がクスクスと笑いながら俺を見た。
「何だよ」
「夏目君、そんな顔するんだって思って」
帽子の下の瞳が、いつもより柔らかく見えた。
「そんなってどんな顔だよ」
そう言うと、一ノ瀬は一転真面目な顔で考え始めた。今度は俺が笑う番だった。
「……何?」
「いや、やっぱそういう顔するよなって思って……おっ?」
頬に冷たい感覚が走った。俺は上を見上げる。その瞬間、神様がバケツをひっくり返した。
「夕立かよっ!?」
俺は鞄で頭を覆って前を見た。誰もいない。二人を見失ってしまったみたいだ。
「おい、一ノ瀬!」
一ノ瀬は空を見上げてぼおっとしている。大方この景色を描写する言葉でも探しているんだろう。濡れるのも気にせずやってしまうんだろう。
全く変なヤツだ。変だけど、そういうヤツなんだから仕方ない。
俺は一ノ瀬の手を掴んだ。
「……きゃっ!?」
一ノ瀬が不思議そうな顔で俺を見返した。
「ほら走れよ。風邪引くだろ?」

No.176 10/01/28 23:26
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐27🎐



「おい、大丈夫か?」
「夏目君が引っ張らなかったらね」
俺は小さな屋根の下で溜め息をついた。俺が引かなきゃズブ濡れだろうが。
「雨の予報なんか無かったのになぁ……ゴメン」
「夕立だから仕方ないよ」
この声……何という事だ。
俺は恐る恐る首を左に旋回させた。どうやら隣も対照動作を行っているらしいことは、気配で容易に察知できた。
直角に曲がった所で視線がぶつかった。
「あ、ああーっ!?」
「よ、よう……奇遇だなあ」
「ここに来るの知ってるくせに、きっ、奇遇は無いだろっ!?」
笑うしかない。夢中で走った軒先に春彦たちが居たとは。
「あれ夏目君?……って隣にいるの、舞衣……だよね?」
一ノ瀬は帽子を深く被り直して返事をしない。追及するな、のサインだ。葛城は察したらしく苦笑いを俺に向けた。
「おいレンっ!」
春彦がグイっと顔を寄せてくる。
「な、何だよ?」
「……付けたろ?」
俺はフラフラと視線を逸らした。
「違うから、偶然だから、たまたまだから」
「そうだよ春彦君。ほら、夏目君たちもデートだよね?」
笑って葛城が一ノ瀬を指差した。
「ちっ、違う!」

No.177 10/02/08 23:10
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐28🎐



「誰がこんなのとデートするの!?」
一ノ瀬は俺をビシッと指差して言い放った。
「それは俺のセリフだ」
「二人とも仲いいねえ」
「よくない!」
一ノ瀬は必死な顔でそう言うと、途端にしゅんと頷垂れた。どうやら葛城が一枚上手のようだ。
「雨、上がったね」
葛城は空を見て呟いた。
空から幾条もの光が、雲を割って地上に降り注いでいた。
「あー、久しぶりに見たなこういう空」
「レンブラント光線だ」
春彦がそう言うと葛城も頷いて笑った。
「何だよそれ?」
「レンブラントは風景画の中に好んで光の柱を描き入れた。だからこういう光を俗にレンブラント光線って呼ぶことがある」
「説明かたじけない」
「……無知」
水溜まりが鏡となって夕焼けを照り返している。雨上がりの景色は光に溢れていた。
「今日、春彦君と一緒でよかった」
葛城が嬉しそうに笑っている。それを見る春彦はもっと嬉しそうだ。
俺は一ノ瀬に視線を移した。二人を見る表情は今までで一番柔らかい。
「なっ……何?私の顔ジロジロ見ないでよ」
一ノ瀬は俺の視線に気付いてムスッと言った。
「来てよかっただろ?」
俺はこう言い返してやった。

No.178 10/02/09 21:58
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🎐29🎐



駅を出て見えた空は、雲一つない茜色だった。
「じゃあね、今日は楽しかった」
そう言った葛城に、春彦は呑気に手を振っている。
……馬鹿が。
「おい」
「なんだよレン」
「葛城帰っちゃうぞ」
「俺も帰るけど、レン帰んないの?」
俺は春彦の頭を叩いた。
「お前、葛城に何も言わなくていいのかよ」
「へっ、何を?」
俺は嘆息し天を仰いだ。
「いいか。お前は確かにプレゼントの一つも用意できなかった凡愚だ」
「凡愚って……トウヤみたいなこと言うなよな」
「だからこそ、今ここで言わなきゃお前は終わりだぞ」
俺は春彦の背中を押した。
「ほら行け」
「だから何だよ!?」
「ああったく!好きなら好きって言ってこい!」
しまった。思わず大声になってしまった。笑う一ノ瀬に舌打ちし、俺は問答無用で春彦の背中を押した。
「夏目君……熱血」
「うるせ」
そんなこんなで告白シーン。
「ユウナ……あ、あのさ」
追い付いた春彦は葛城を呼び止める。
「えっ、なに?」
後ろ姿だけで春彦の緊張が分かる。
頑張れ、春彦。
春彦が口を開いた。
「ま、またっ!……誘ってもいいかな?」
俺はもう一度天を仰いだ。

No.179 10/02/10 22:56
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

Intermission



やっとChapter9が終了です。
……大失敗だった😭

本当は春彦の話はちょこっと書いて夏休みをやるつもりだったんですね。でも書き出したら引き返せなくなっちゃいました。
それが悲劇の元凶。
で、問題は視点変更です。この章の後半はほぼ交互に一人称と三人称が入れ替わる形になってるんですが……これがとにかく書きづらい💧
書きづらいってことは読みづらいってことで……読者の皆様にはご迷惑おかけしました🙇

視点変更すると手軽に物語を厚くできるんですが、代わりに酷く読みづらくなるし場合によっては書きづらくなるんですね。安易に手を出す方法じゃないということを今回は身を持って勉強しました😣
新人賞では、視点変更はそれだけで大減点らしいですが……納得ですね。
しかしこの小説は視点変更が前提なので避けては通れません。ということで何とか効果的な視点変更の使い方を見付けて行きたいですね😁
ご意見・ご指導等、よろしければ感想部屋の方にお寄せ頂けると勉強になります🙇


次章では今度こそ文藝部の夏休みをやろうと思います。

「いや、春休みだろ」というツッコミは無しでお願いします……

No.180 10/02/21 18:21
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

Chapter10



「ウジ虫共喜べ!貴様ら最下等のゴミ屑の為に合宿を敢行してやるぞ!」
出来れば俺は、机上を舞台に罵声の限りを尽す橘柑奈らしき人物を、疾風の如き神速で無視したかった。
「何だ軟体動物の糞が!その腐った顔の両側に付いた餃子は飾りか!もう一度言ってやる!ウジ虫ど……」
「聞いてる。聞いてます」
無視を決め込むと悪夢を見そうだと思った俺は仕方なく遮った。
「おい貴様、新兵の分際で口を挟むな!話しているのは私だ!世界最低のカスに発言権は無い!そうだな!?」
「……えっ?」
「訊いたのは私だ、貴様ではないぞ!返答の頭とケツにはサーを付けろ、綿ゴミ野郎にはそれすら難しいか!?」
「さ、サーすいませんサー」
……理不尽である。
「何だ、この醜悪なクオリティのエセ軍人は」
俺は柑奈が気分良く笑っている隙に小声で楠木に尋ねた。
「フルメタルなんとかという映画の軍曹さんがモデルらしいですわ」
「何っ!?」
「御厨、知っていますの?」
「当然だ!最高の戦争映画の最高の軍人だぞ!?放送禁止用語ばっかだけど」
「……最低ですわ」
「楠木テメエ、ハートマン舐めんなよ!」

No.181 10/02/24 23:46
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🍉1🍉



「……ってことでだ」
どういう事かは分からないが柑奈が突然トーンダウンした。
「あら、軍曹さんはもう終わりですの?」
「あー、やってみると案外疲れるわ。あのキャラを通すにはカツ丼三杯分のエネルギーが必要ね」
「おい、何かカツ丼が得体の知れんエネルギーソースになってるぞ。部長にとってのカツ丼って何なんだよ?」
「知るか。フランキーのコーラみたいなモンなんだろ、多分」
実は俺達、こんな会話をしている場合ではなかった。軍曹状態で口走っていた重要情報をきちんと聞いていたのは一ノ瀬だけだった。
「……部長、さっき合宿って言った?」
「さっすが舞衣、よくぞ拾った!」
柑奈は叫ぶとまた机に立ち上がる。
「ってことで、文藝部夏合宿を決行します!不参加は縛り首で火あぶりのオーバーキルだからしっかりきっかり全員参加ね?」
合宿……だと?
俺は絶句した。そして柑奈を除く皆が絶句した。
「運動部でもないのに合宿することに何の意味が……」
「決定事項です」
「私は家の用事が……」
「オーバーキルです」
「……いつから?」
俺と一ノ瀬は同時に訊いた。
「明日からだよん」
答えはコレだ。

No.182 10/02/27 00:12
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🍉2🍉



翌朝、校門前。
「夏目君、疲れてるみたい」
「主に精神面が」
「その調子じゃ帰る頃には廃人だな」
何が入っているのか正体不明の大型ザックを背負った御厨が言った。
「そうかもな」
俺は嘆息した。柑奈の挙動に付いていけるのかは正直不安だ。
「用心しなくてはなりませんね。あの橘部長企画の初合宿、何が起きても不思議ではありませんわ」
「まあ、俺が死ぬことはないな。この通り準備は万全だ」
御厨はザックを叩いた。
「お前は戦場にでも行くつもりか」
「舐めんなよ、たとえ弾幕の下でも漫画を描いてやる準備はあるぜ」
「少し戦争から離れたらいかが?昨日の軍曹の件から意味が分かりませんわ」
自分が言い出しのくせに柑奈は遅刻していた。
「全く、何で責任者が時間を守んないかな……」
「部長はそういう人だもの」
一ノ瀬は特に気にかける様子でもなく答えた。
「お前、来ないと思ってたんだけど」
「私は夏目君が来ないと思ってた」
「いや、無視してすっぽかすつもりだったんだけど、何となく来ちゃったんだよな」
「私も」
「まあ、出発前から来たのを軽く後悔してんだけどさ」
「……私も」

No.183 10/03/01 23:00
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🍉3🍉



しかし後悔する暇を与えるほど柑奈は甘くなかった。
突如、勢い良く校門に飛び込んできたゴツイ車。運転席からはまさかの登場、橘柑奈である。
「おーい皆集まってる?」
ターミネーターみたいなサングラスを外すと柑奈は陽気に言った。
「な、何だあれは」
「ハマーだな、あれは」
「あれを部長が運転して、俺たちを合宿先に誘うということか」
「ポジティブに考えようぜ……頑丈な車で良かったじゃねえか」
「出だしから予想の遥か上を行く衛星軌道ですわ……」
楠木が顔を覆ったその横で、一ノ瀬はクスクスと笑っている。
「何が面白いんだよ」
「いや、逆になんか楽しくなってきたみたい。まさか最初からこんなだとは思わなかったから」
「やっぱ変わってるな、お前」
そんな俺たちを尻目に柑奈はいたってマイペース。まさしく当然、予定通りという満足気な表情だ。
「よし。出発式を始めまーす、まずは部長から出発の挨拶!……ほら、拍手拍手」
パチパチパチと、やらされた感全開の控え目な拍手。柑奈は一転、真剣。
一拍の間。静寂。
刮目せよ。これが橘柑奈の挨拶である。
「だぁぁ~しゅっぱぁーつ!」

No.184 10/03/05 20:09
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🍉4🍉



……こんなこったろうとは思った。
「挨拶終了、出発式終了!」
挨拶しかプログラムが無いなら式にしなければいいのに。
そんな俺の思考は即時に意味を失い怒涛の合宿は幕を開けるのだった。
「荷物を積めい、乗り込めい!」
「朝から元気っすね、部長」
「御厨君、今すぐにその冷静すぎる表情をひっぺがしてやるから覚悟したまえよ」
「いやー、楽しみだなあ」
御厨は心にも無いと言わんばかりの棒読みで頷いている。
「さて、いよいよ出発ですわね。行き先も分からないなんて」
「全く、ワイドショーで話題になった激安ミステリーツアーみたいだな」
「行方不明でも出したらホントのミステリーね」
「だからお前はそういうこと言うなよ……って」
ツンツンと肩を叩く手に俺は振り返る。
「うおっ!」
突然ドデカサングラスだ。俺はのけ反る。
「相変わらずナイスリアクションだよレン君」
柑奈は鼻がぶつかりそうな距離で笑う。
「……その距離感やめてくれません?」
「つまんなくなったらやめるし。それよりレン君はこっち」
柑奈は助手席を指差す。
「何で俺が……」
「一番新人だから、文句はナシだよ」

No.185 10/03/06 22:57
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🍉5🍉



前に座っても後ろに座っても変わりはしない。
「……分かりましたよ。別に良いですよ、俺は助手席で」
そう言って俺が助手席に乗り込むと、柑奈は鼻唄を歌いながらエンジンを掛ける。
「よし、じゃあ出発進行!全速前進!」
ギアがローに入り車がゆっくりと動き始める。
「この車も車ですけど……それにしても部長が運転免許持ってたとは」
俺は純粋に、好奇心と感心で言ったつもりだった。
こんな返事が返ってくるなら言わなかったのに。
「はっ?何それ?」
……えっ?ちょ、えっ?
俺の延髄を悪夢が駆ける。
「今の『はっ?』ってどこへのリアクションですか……まさか、まさかね」
「はて、運転免許んとこですが何か?」
空気が一瞬で凍りついた。
ちょっと待て、真面目に待て。考えろ俺。言葉の真意を全力で考えろ俺。
俺は後部座席の面々と顔を見合わせた。皆同じ顔だ。俺と同じ顔だ。
「あの、アハハ……運転免許の、その、どこにどうリアクションを……」
俺はどこから来たのか分からない半笑いで、多分最後の希望を信じて訊いた。
柑奈は笑って、こっちを見て答えた。
「やだなあ、免許とか無いし」
……終わった。

No.186 10/03/11 19:58
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🍉6🍉



車内が一瞬にカオスの中心と化した。
「だぁっ!止めろ、今すぐ止めろ!」
「なんて言った?いやぁ、後ろもうっさいからよく聞こえないや」
柑奈はヘラヘラ笑ってこっちを見る。
「こっち見んな!前見ろ前!そんで止めろ!」
「止めるって何を?」
「車だよ車!」
「おい、部長だぞ?ちゃんと敬語で話さないとダメだぞ?」
「分かりました!分かりましたから車を止めて下さい!」
「へへん、ヤダよん」
柑奈は何を血迷ったか更に加速、恐ろしすぎるハンドリングで前の車をかわしていく。
「ひゃあ!楽しいなあ~」
「真面目に危ないです!」
キレた声で一ノ瀬が叫ぶが柑奈の聴覚はイッてしまってるらしい。
「あーあ、ホントに頑丈な車で良かったぜ」
「何達観してますの!?何とかなさいな御厨!」
「何とかって言われても、後ろからじゃ何もできねえじゃん」
「死にたくありませんわぁ……」
「ちょっとなぎさ、しっかりして!」
死出の旅はさらに不吉にエキサイティングに加速していく。
「待てよ……」
目の前にはあってはならないETCゲート。
「橘柑奈、高速乗りまーす!」
「まず人の話を聞け!」

No.187 10/03/21 12:53
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🍉7🍉



それから二時間の記憶を俺は忘れたい。
「いやあ、横からハンドル回すの上手いねぇレン君」
「そんな特技は一生気付かずに死にたかった……」
俺は座っていただけなのに何故か荒くなっている息で呟いた。
「わ、私生きてますの?ホントに生きてますの?」
楠木は一ノ瀬にすがりついてマジ泣きだ。いや、全く大袈裟じゃない。高速道路における柑奈のフラフラ走行とそれに伴う車内の振動はまさしく死を予感させるに充分な物だったからだ。
「さっさと降りようぜ。もうケツが痛い」
そんな中御厨だけはいたって平然としている。俺は不思議に思って訊いた。
「何でそんなに普通の顔してられんだよ?」
「俺の度胸は並じゃないぜ」
「いや、度胸とかそういうレベルじゃないし」
俺の言葉に御厨はやれやれという様子で言った。
「あの部長、ホントは免許持ってますよね?しかもかなりの運転テクで」
「ありゃ、バレた?」
柑奈の屈託無い笑い声に俺の思考は今日幾度目かのストップを見せた。
「……はっ?」
「ったく鈍いな。だから、部長はわざと免許無いふりして運転して俺らの反応を楽しんでたってことだよ。そうっすよね?」

No.188 10/03/31 22:08
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

🍉8🍉



「お見逸れするねぇ」
「いや、分かるっしょ?あのギア運びのスムーズさは素人じゃないっすよ」
納得している柑奈と御厨を見る俺たちの目は、それこそ宇宙人と会った時のような驚愕の色を帯びていたに違いない。
「はっ、はあああぁ!?」
初日から一生のトラウマ決定の楠木がもはやお嬢様でも何でもない声で叫ぶ。
「私はもう……もうマジ死ぬかと……ガチで気が気でなかったんですのよ!?」
「おい、マジとかガチとか変なの混じってるぞ。キャラ維持に危険信号だ」
「一人だけ気付いていながら……そこの腐れ御厨は黙りやがれですわ!」
「なぎさ、悪いのは御厨君じゃない。他でもない、この荒廃した現代社会なのよ!」
「一番悪いのは部長!貴様ですわ!」
「ひゃはは、冗談なんだからさ~」
柑奈と楠木の追い掛けっこは放っておいて、俺は目前に広がる光景を精査する。
海に面した草原に立つ瀟洒な邸宅。頻繁に庭師が入っているらしい手入れ完璧の花壇と庭。さりげな涼しさを演出する小噴水。
これはアレだ。平民には無縁のアレだ。皆揃って憧れるアレだ。
「俺の見識に間違いが無ければ、これはいわゆる金持ちの別荘ってヤツか?」

No.189 10/04/11 15:59
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 188 🍉9🍉



「ウチの親ってばわんちゃかうんちゃか会社作っちゃってさあ、起業マニア?別荘なんてあっても全然来ないのにねぇ」
「じゃあ部長って……社長令嬢?」
「ごめん遊ばせ♪」
「……見えん。どの角度から見ても金持ちに見えん」
「人は見掛けによらないものね」
「何て事だ!常軌を逸したキテレツ加減+実は家が大金持ちだった展開+『知らなかった!えぇ!?全然見えなーい!?』だと!?三次元キャラなのに戦闘力が高すぎる!?」
「お前の頭ん中スカウターで見たら確実壊れるな」
驚いていた。俺たち全員驚いていたのは確かだ。
しかし驚きを通り越して何故か心にダメージを負う者が一人。
「ま……負けましたわ。わたしまけましたわ」
「負けたって……いつの間に戦ってたんだ?それにさりげに回文?」
そんな俺の疑問を無視して楠木は柑奈を睨み付ける。
「酷いですわ!あんまりですわ!本当は中流を地で行く根っからの中流っ子である私が、無理に無理を重ねて繕ってきたこのお嬢様キャラを影で笑っていたなんて……」
「ドンマイなぎさ」
楠木は崩れ落ちた。
「これが……これが本物の余裕ですの?」
「……違うだろ」

No.190 10/04/11 21:23
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 189 🍉10🍉



その後、暫くの間現在の状況整理が行われた。その模様を描写するのもそれなりに面白いが、長いしグダグダだし何よりメンドクs……なので要点を整理する。

・柑奈はガチで金持ち。
・「ツマラン」の一言でエスカレーター式お嬢様中学からパンピー私立高校への華麗なる進学、まともな交友関係が皆無であるため富豪の事実を知る者無し。
・謎の心的外傷で楠木がなんか壊れた。

以上、三点を押さえれば以降の話を理解するに支障ない。
別荘に荷物を置き、いよいよ合宿が本格始動する。話はそこから再開する。

「よし!では初日午前のスケジュールを発表するぜ!」
リビングに皆を集めた柑奈はいつもの通りのテンションで叫ぶ。
「今更だけど、文藝部って合宿する意味あんの?」
「十分ある」
一ノ瀬は断言した。
「これだけ静穏で集中できる環境があれば、当然執筆速度、作品の質も違ってくる。それに……」
「海に行こう」
「……それに」
「海に行きますぜ」
「……それに」
「誰が何と言っても海に行くんだZE!」
一ノ瀬は口を止めた。
「何か……残念だったな」
呆れた顔で見る一ノ瀬に俺はそう呟いた。

No.191 10/04/12 23:57
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 190 🍉11🍉



「文藝部として合宿に来たのに、何で海なんですか?」
無駄だとは思うが、という中ば諦めた口調で一ノ瀬は訊いた。
「そこに海があるから!」
これは酷い。どこぞの登山家丸パクリだ。
「私、小説を書きたいんです。書かなきゃいけないんです。ただでさえ進んでないのに……遊んでる暇無いんです」
「無駄だよん」
柑奈は突然そう言った。
「舞衣が書けなくなってるのは、私も知ってるよ」
「だったら」
「書ける理由があるように、書けない理由もあるよ。自分が何で書けないのか、舞衣はちゃんと分かってんの?」
一ノ瀬は言葉に詰まる。なるほど、これは部長に理が有りそうだ。
「ダメダメだね。それじゃいくら書いても『ダアッ!?なんじゃこりゃ!』の繰り返しだよん……ってことで海に行こう!」
ああ……途中までまともだったのに。
「どういう論展開ですかそれ」
「それはだねレン君、母なる海に触れることで自らの根元を今一度見直そうという……言うなれば地球の神秘、中国4000年、俗に言う建国万歳ガイアパワーってヤツだよ!」
「いつどこで誰が俗に言ったんだ……」
やっぱりダメだ。頭蓋骨の内容物が素敵過ぎる。

No.192 10/04/24 22:33
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 191 🍉12🍉



「気にするな、夏目のレン君!海は何だって受け入れてくれるんだぜ!」
はあ……もういいや。夏だし。海なら海で俺はいいや。
「……ってそういや水着持ってきてねえなあ」
一ノ瀬と楠木も頷いた。
「俺はあるぜ」
御厨が突然立ち上がりバッグを開ける。
「うっ……何だそれは」
カスタネットを叩く超絶的に幸せそうな顔の美少女イラストがプリントされたトランクスは、もうまさに超絶的な御厨の魂の具現に違いなかった。
「けい○ん!だよ。かき○らいだよ。うんたんだよ。知らないのかよ?モグリかよ?死んじまえよ」
「うるせえよ。そういうのどこで買うんだよ。どんな顔して買うんだよ」
俺は後半無視して御厨を非難した。
「作った。アニメ第二期スタート記念で」
まさかのサプライズ。
「……あぁ、そっか。じゃ、仕方ないね……ごめん」
「分かればいいんだよ。ふん、俺は弾丸の下でもコイツで海水浴する覚悟があるぜ」
「まだ戦争のくだり生きてたのかよ……」
「よしっ!問題は全て解決したあ!」
部長がここぞとばかりに叫ぶ。
「……だから水着が無いって」
「そんな物は既に用意しているぜ。そら者共出航だぁ!」

No.193 10/04/25 22:21
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 192 🍉13🍉



オオッー!
と叫んだりはしないがそんなこんなで俺たちは別荘前の海に出た。
「プライベートビーチかよ……」
「いや、ウチの土地ってわけじゃないけどさ。まあ立地的に独占みたいなもんってわけさ」
そう言って笑う柑奈の顔……から下に視線が動いてしまうのは男として避けがたい。
「何だい何だい、アタシが欲しくなっちゃったのかい?」
「そういうこと言わなきゃ部長は凄いモテますよ」
俺の言ったのは皮肉でもお世辞でもなくて、思ったままのことだ。
胸は凄いしくびれも完璧。派手なビキニを着た柑奈は撮影に来たアイドルと言っても何もおかしくない。
顔だって個性派だけど綺麗(髪とメイクをちゃんとしてれば)だし、正直黙っていればホイホイ男が寄ってきそうだ。
「なあレン君、海に来たんだから野球拳しようぜ?」
「海関係無いし。あと水着でやったら最初からサドンデスですから」
そう。今までの褒め言葉は「変態じゃないのなら」という大前提があるわけだが。
「ふ……ふふ」
とそんな考察を打ち破る不気味な笑い声が背後から聞こえた。
「楠木!?何でそんな格好を……」
振り向いた俺の目に映ったのは……

No.194 10/04/28 00:46
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 193 🍉14🍉



「な……何でスクール水着?」
楠木が着ていたのは、もう中学夏のプールを地で行く王道紺のスクール水着だった。
「どうだ私のチョイスは?完璧じゃあるまいか、なあ御厨?」
「スク水……道理っすね」
感心納得という表情の御厨に「おいお前の道理はどんな歪み方をしているんだよ」などと突っ込む余裕は無かった。
「そうですわ、ええそうですわ……橘部長、お見事ですわ。この貧乳の私には……庶民級の私にはこれがお似合いと言うわけでしょう!?」
楠木の壊れっぷりがいよいよ限界らしい。
確かに貧……控え目な胸を押さえ、ヤケクソの勢いで叫ぶ楠木。
俺は何と声を掛ければいい?何が正解なんだ?
「何だよ、キレんなよ。ホントに似合ってるじゃんか」
御厨……迂濶な。
「そうでしょうとも!体も心も貧乏臭い私にはベストマッチでしょうとも!」
言わんこっちゃない。楠木のボルテージが更におかしくなってしまった。
どうすればいい?俺はどうすれば……
欠点は裏返せば長所……
無理矢理褒めるしかあるまい。
「楠木はカワイイより凄い綺麗ってタイプだからさ、スレンダーな方が男目線じゃバランス的にポイント高いって!」

No.195 10/04/29 22:30
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 194 🍉15🍉



「そ、そうですか?」
「そうだ!確実にそうだ!」
……行ったか?
「でも結局貧乳だってことに変わりありませんわ!て言うか夏目さんも貧乳だって思ったでしょう!?だからそんなひん曲がった褒め方するんですわ!」
……ダメだ。地雷だ。
楠木はもう泣き出しそうに見える。崖があったら飛び降りそうだ。
お陰で俺の頭もおかしくなってしまったのだろう。
「ひん曲がってない!」
俺は叫ぶ。
「楠木、確かにお前の胸は控え目かもしれない。けどな……男が皆巨乳好きなんてのは幻想だ。むしろ手の平サイズが好みって奴も少数派じゃない!」
……あれ、何言ってるんだ?俺のキャラ、どこ行ったんだ?
何かもう、どうでもいいや。
「そうだろ御厨っ!?」
俺はヒューズの飛んだ頭をブルンと御厨方向に回す。
「良いセンスだぜ。漫画、アニメ、ラノベ等においてメインヒロインのツンデレ貧乳は数え上げればきりが無い。それは今や定番……否、鉄板と化している」
「ほら聞いただろ!?オタクの御厨が言ってんだから確実だぞ。貧乳は人気、貧乳は魅力、貧乳は鉄板。だから楠木は大丈夫だ!」
もう一度問おう。
何言ってんの?俺。

No.196 10/05/04 13:50
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 195 🍉16🍉



「夏目さん」
楠木は少し黙り込んでから、何かを決心したような表情で俺に向き直った。
「何だ……楠木?」
この状況、真面目な訳もないのに何故か真剣な空気が流れる。
「私決めました。あるがままの自分を受け入れ、この世界に求められる私で生きますわ」
「ん?……お、おお。それでいいんじゃねえの?」
何だかよく分からないが振り切ったのか?解決したのか?
「御厨……ちょっとこっちにいらっしゃいな」
さっきまでとはうって変わって満面の笑みで楠木は御厨に手招きする。
「何だよ……ったく」
「……ふんっ!!」
「ぐげばぁ!?」
何を思ったか突然楠木は御厨の腹部に手刀を一閃。
「何してんだ楠木!?」
「おいテメエいきなり何を……」
「チェストぉ!!」
「ガハァ!!」
踵が完璧な弧を描き回し蹴りが飛ぶ。
「ツンデレってこれですわよね!?これですわよね!?確かこんな感じでOKですわよね!?」
「ツンツンじゃねえか!?……ってか威力がシャレにならね……ちょ!?……」
「ツンデレ最高ですわぁ……凄い快感ですわぁ……」
「おいっ!?バックドロップってマジくぉるぶへバアッ!!?」

No.197 10/05/06 23:14
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 196 🍉17🍉



「死んだな……あれは」
「酷い断末魔ね。言葉にできないというやつかしら」
最後に出てきた一ノ瀬がそう冷静にコメントした。
「まあ御厨がイケニエになって一件落着か」
「何が落着なのさ?事件はまだ終わっちゃいないぜ?」
「事件は最初から始まってないですけど」
「レン君さぁ、なぎさのことあんだけいじっといて自分はノータッチで行くつもりかい?」
「チッ……」
「そうだぜ。お前が着てるそのプラグスーツは何なんだよ」
御厨は無理矢理這い出し会話に参加してくる。
「お前は死んだはずだ、喋るんじゃない」
「勝手に殺すな!」
「あら?まだ話せる余力がありましたの?ならもうちょっとやっても大丈夫ですわねぇ」
「お前マジでいい加減にしろよ!?」
「あら、当然ですことよ。もちろん『いい加減』に調節しますわ~」
「いい加減って意味が……おい足首引っ張んな!広い場所に連れてこうとすんな!」
「広くないと威力のある技が出せないじゃありませんか。御厨ったら変ですわねぇ」
「マジでやめて、やめて下さい……」
「すぐに喜ぶ体質に改造してさしあげますわ」
「だ、誰か!?助けてくれぇぇー!」

No.198 10/05/08 16:32
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 197 🍉18🍉



「今度こそ……死んだな。よし、一件らくちゃ……」
「あー!?レン君の水着チョー変わってるぅ?何それぇ?」
柑奈が不自然すぎる口調で言う。俺は溜め息をつく。
「……そんなにこの水着をいじりたいんですか?」
「何言ってんのさ。入手困難なんだぞ!」
「じゃ無理して買うな!」
「競泳用よね、それ」
一ノ瀬に食い付かれてしまい、俺は仕方なく説明する。
「レーザーレーサー」
一ノ瀬はピンとこないという顔。
「スピードって言った方が分かりやすいか?ほら、世界記録をバンバン更新したヤツ」
「ああ、あれ……」
「ほら、楠木のスク水と違って大したリアクション取れないでしょ?」
俺は柑奈に向き直る。
「じゃあそこで泳いで世界記録を出してこい」
「無茶言わないで下さい」
「じゃあなぎさみたいに壊れろ」
「廃人二人抱えるつもりですか?」
「じゃあ脱げ。脱げば許す」
「何がしたいんだよ?」
俺は嘆息して一ノ瀬を見た。
「そういえば、お前は何着てんの?そのパーカーの下」
「えっ!?……わ、私?」
苦し紛れに振ったつもりがあからさまに動揺する一ノ瀬。
柑奈の事だ、一ノ瀬にまで何かしてるな?

No.199 10/05/11 23:33
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 198 🍉19🍉



一ノ瀬の体は白のロングパーカーですっぽり覆い隠されている。
「お前……何か恥ずかしいモン着せられてるだろ?」
言った途端に一ノ瀬の視線が泳ぐ。
「そんなわけないでしょ?仮に用意されてたって着るのは断固拒否するもの」
「でも、俺と楠木がコレでお前だけ普通ってさあ……逆におかしいだろ?」
「別に」
「そうかな~」
俺は一ノ瀬をじっと見た。
……今度は視線を逸らした!
動揺を隠そうとしているのはモロバレだ。俺は思わず笑みをこぼした。
「じゃあ隠す必要ないよな。別に恥ずかしくないんだからさ」
「これは日焼けしたくないから着てるの」
「苦しい言い訳だな」
「……どこが?」
「じゃあ着ててもいいから、前ちょっと開けてみろよ」
一ノ瀬が言葉に詰まった。
勝った……
そう思った矢先、飛び出してきた言葉に俺は戦慄することになる。
「……変態ね」
「……お前、今何て言ったよ?」
「だから、夏目君は変態ですねって」
一ノ瀬が残念そうに言う。
「はぁ!?何でそうなるんだよ!?」
俺は叫ぶ。
「女の子に向かって『服の前を開けろ』なんて言う奴、変態以外の何者でもないじゃない」

No.200 10/05/18 00:10
I'key ( 20代 ♂ GDnM )

>> 199 🍉20🍉



「前後の文脈をカットするな!」
とはいえ、確かに男の俺が手を出すのはかなりツラい。となれば。
「フフフ……これで振り切ったと思ってるなら甘いな。こっちには本物の変態がいるんだぜ?」
俺は振り向いた。
「部長」
「うむ」
「よろしくお願いします」
「君は下がっていたまえ」
話は刹那にまとまった。
柑奈が幹部クラスキャラのオーラでじりじりと一ノ瀬に歩み寄っていく。
「どうしてもこのパーカー、剥ぎ取りたいんですか?」
「無論だぜ。せっかく用意したのにお披露目しないなんて……もったいないもんね!」
柑奈が飛びかかる。伸びた魔の手を一ノ瀬は身をよじって避ける。
「待て待てぇい!ヒャッハッア!」
柑奈はまさしく野生のアクションで追い掛ける。半分四足歩行。これぞ本当の海猿。
「なぎさ!フォーメーションアサルトだ!」
柑奈が叫ぶ。瞬間、楠木は昔御厨だった物体を放り出して走り出した。
「舞衣さんにまで仕込んでいるとは見上げたチャレンジ精神ですわ、部長!」
「当然のことをしたまでさ。己の無念を晴らすがいいぜ!」
挟み撃ち。
……何て汚いコンビネーションなのか。

  • << 201 🍉21🍉 「ちょっ!?……離して下さい!」 「フヒヒ、よいではないかよいではないか」 「そうですわ。減るものじゃありませんもの♪」 酷い悪ノリだ。 俺は、中学時代に公衆の面前で下を全部略奪された同級生を思い出しぞっとした。 急に気分が冷める。 「部長、そんなに嫌がってるならもう勘弁しても……」 「もう遅いっ!」 止めようと駆け寄った俺の目前。取っ払われたパーカーの白が青空の中に鮮やかに舞った。俺の視線は反射的に吸い寄せられ、それから自然に一ノ瀬へと向いた。 何てことはない。普通のビキニの水着。一ノ瀬は下を向いたまま懸命に手で隠していた。 スタイルは良いと思ってたけど……予想以上に胸が…… 「……見ないでよ」 一ノ瀬がちらりと挑戦的な目で見て言う。 「み、見てねえよ」 「そうね。どうせ私には似合わないから、こんなの」 「んなことねえよ……普通に、何て言うか、大丈夫だから気にすんな」 「……うるさい」 一ノ瀬は放心状態の楠木を押し退けてパーカーを拾った。 「そんな……着痩せ……ああ、無情ですわ……」 うわ言のように呟く楠木を見てニヤリと笑う部長。 こっちが狙いだったか。
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