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(再)ブルームーンストーン

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ミューズ( ♀ tolVnb )
22/06/06 12:50(更新日時)

私の勝手でスレを穴だらけにしてしまったものをまた私の勝手であらためて少しずつでも掲載させて頂きたいと思います。

No.3549468 22/05/27 00:30(スレ作成日時)

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No.51 22/05/27 22:14
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「山田さんは一体どういうつもりかしらね。」
30歳パートの沖さんがバックヤードで作業をしていたわたしの横に来て囁く。

「え?何ですか?」
作業の手を止めて聞く私に沖さんは店内の方を顎でしゃくってみせた。

店内に通じるスイングドア越しにそっと店内の様子を伺う。
スイングドアの上部にはマジックミラーが付いており、バックヤードから少し店内の一部を見ることができた。

そっと覗いてみた視線の直線上に納品作業中のユッキーが見える。
その横にしゃがみ込んで嬉しそうに話しかけるユータンの姿があった。

「最近ずっと森崎さんにまとわりついてああなのよね。
森崎さんに気でもあるのかしら。
森崎さんも相手にしなきゃいいのに、見苦しいったらありゃしない。」

はあ。
またか…と私は心の中で呟いた。
沖さんは根っからの悪い人ではないのだが、とにかくいつも自分が正しく、自分が中心でチヤホヤされないと気が済まず、自分以外の人間がチヤホヤされたり、仲良くしたり、誉められたりするのを心良く思わない厄介な人だった。

やれやれ。
ご自分がチヤホヤされる時は店内だろうが何だろうが「見苦しい」なんて言葉使わないのにね。

かくいう私自身もその数日前に
「神谷君と随分対等に話してるのね。歳上の威厳がないのかしら?」
と冗談めかしつつもしっかり嫌味を言われた所だった。

でもまあそれにしても…
と私は店内の様子をもう一度見た。
確かにちょっと目に付くかも。
せっかくユッキーが真面目に仕事してるのにあれじゃユッキーまで仕事そっちのけで私語三昧と誤解されちゃうかも。

ユータンどうしちゃったんだ一体。

私は大ちゃんにその事をそっと相談してみた。
「人の気持ちなんて周りがどうこう言っても仕方がないし、何をやっても嫌味を言う人はいるから2人の事は放っておけばいいんじゃない?」

というのが大ちゃんの答えだった。

それが大人の答えだろうし、
その言葉には大ちゃんなりの考えがあったのだと思う。
でも当時まだまだ若くて人の言葉に込められた思いを読み取る事ができなかった私は「冷たい人だ」という思いを持ち、それが心の奥底に澱のようにへばりついた。

No.52 22/05/27 22:16
ミューズ ( ♀ tolVnb )

大ちゃんは繊細で感受性が強く激しい気性の持ち主だった。

自分が心を開く相手は少ないが、一旦開いた相手には「自分」を出した。

中でも私に対しては日に日にその「.激情」を出すようになっていった。
私が彼に対して「マイナスの感情」を持つと、それはマイナスに、「プラスの感情」を持つと、それはプラスに増大されて私にぶつけられた。
「愛憎」という言葉が彼の感情表現にはピッタリの言葉だったのかもしれない。

ユータンの些細な1件で私が彼への「否定の気持ち」を少し抱いたのをキッカケにそれは一気に発動した。

「俺、何か間違った事言ってる?」
探る様に聞いてくる彼に、
「ううん。当然の事だよね。」
と私は答える。

彼の顔が一気に曇ったかと思うとサッとその場を離れ、その日私に近寄って来ることは一切無かった。

今夜仕事終わってから一緒に食事に行く約束してたんだけど、どうしたもんかな?

ユータンに理由は言わず相談してみる。
「大ちゃんを怒らせちゃったみたいなんだけど…
機嫌直るまで放っておいた方がいいのかな?」

「んっ?普通に話しかければ?」
ユータンは事も無げに答える。

「えっ?怒らせたんだよ?」

「うん。だから普通に話しかければ?」

「それで機嫌直るの?」

「うん 笑」

わからないなぁ。

でもちょうどバックヤード整理で力仕事とかあるし、男の人に手伝ってもらいたかったから頼んでみるか。

店内に行き、黙々と品出しをしている大ちゃんに声をかけてみる。

「神谷さん、すみませんが手が空いたらバックヤード整理を手伝ってもらえませんか?」
店内では敬称、敬語である。

「はいっ!わかりましたっ!すぐに終わらせて行きます!」

「神谷さん」はビックリするほど元気な声で返事をした。

No.53 22/05/27 22:20
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「お先に失礼します!」

早番上がりの私と大ちゃんはスタッフに挨拶をして更衣室に向かった。

「じゃあ、いつものとこで待ってるから。」
大ちゃんがポソッと言う。

いつものとことは私の最寄り駅近くのロータリー横の駐車スペースである。

自転車通勤の私は急いで家に帰り、自転車を置くと駅に向かった。

大ちゃんの車に乗り込み、何とか鍋
を食べに行く。
その何とか鍋はジンギスカンの様な物で、野菜から出る水分で煮焼きしながら頂く料理。
ピリ辛味噌味が絶妙でとても美味しかったのだが、残念ながら数年後には店がなくなり料理名も忘れてしまった。

もう一度食べたいなぁ。
と今でも時々思う二度と食べる事のできない味だ。

食事が済んだ後、夜景でも見に行く?という事になり、有名な夜景のスポットに行ってみたがスポットには車がいっぱいで駐車を断念、ウロウロと走り回り、生い茂った茂みの隙間から辛うじて少し夜景が見えるか見えないかの場所に車を停めた。

流石に他の車は全くいない。

と、思いきや少し離れた場所に1台の車ができるだけ奥に隠れる様に停まっていた。

暗がりのため中はよく見えないが何となく人の気配はする気がする。

「こんな所で車に乗ったまま?何してるんだろう。」

「SEXでしょ。」
大ちゃんは興味無さそうに答える。

げっ?!
げ!げ!げ!

思わず降りかけた車のドアを閉めた。

「.え?降りて夜景見ないの?」

「いやっ!無理!無理!無理!やだよ。無理だよ。降りてウロウロなんかしたら完全に覗きと思われるよ!」

「そう?」
焦る私とは対照的に大ちゃんはのんびりと可笑しそうに笑っていた。

No.54 22/05/27 22:27
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「降りるの嫌だったら中にいる?」
大ちゃんが優しく聞いてきた。

コクコクコク
頷く。

「まあ、いいけど。中で何するの?」

「えっ?何って…話…」

「ふ~ん。話なんかより…俺らもする?」

Noーーーっ!!
大ちゃんの言葉に耳を疑った。

「えっ?車でって?何を?何を?した事あるの?」

「え?車でSEXでしょ?あるよ。」
オーマイガーッ!

「な、何て早熟な。
初体験とか早かったのかな。」

「車と早熟って関係ある? 笑
普通だよ。中2で相手が中1だから。」

目眩がした。

「自分で聞いといて、なに慌ててるの?」
大ちゃんがクスクスと可笑しそうに笑う。

「いやっもうダメだ。
動悸が止まらない。
どっかおかしいのかもしれない。」

大ちゃんからなるべく逃れるように助手席のドアにへばりつきながら私は意味不明な言葉を吐く。

「あはははは!冗談だって!ミューズの反応面白過ぎて調子に乗っちゃった。」
大ちゃんは笑いながら私の頭をクシャクシャとした。

「えっ?冗談なの?」

「うん。聞かれた事は本当だけど、今しよ?って言うのは冗談。
いや、ミューズが良ければ俺はしたいけど。」

?!

「あはは!だからそんなに怯えるのやめてって。」
大ちゃんは楽しそうに笑うと、

「キスは…いいよね?」
と、私の顎をそっと持ち上げて深くキスをしてきた。

前回した軽いキスとは全然違う濃厚なキス。

ねっとりと舌を絡めて吸いそしてまた絡める。

頭の芯が痺れた様にボーッとなる。

「美優、可愛い。美優。」
大ちゃんの声が遠くで響くように聞こえる。

たっぷりと濃厚なキスをされ、ボーッとしている私の耳元で、

「これ以上しちゃうと我慢できる自信無くなるから。」
と大ちゃんが囁き、私の頬に軽くキスをして、

「帰ろ?」
と優しく微笑んだ。

No.55 22/05/27 22:29
ミューズ ( ♀ tolVnb )

7月に入った。

ユータンは相変わらずユッキーの周りをウロウロしていたが、こっそりとユッキーに沖さんの陰口の事を教えると、賢いユッキーが上手く立ち振る舞う様にしたためさほど目立たなくなり、沖さんもいつの間にか何も言わなくなった。

「ユッキーってユータンと遊びに行ったりするの?」
ある日の休憩時、ふと思いついて聞いた私に、

「いや行かないよ。ユータンにも誘われたことないし。」
ユッキーがやや意外な返事をした。


「え?そうなの?仲良しだからご飯くらい行くのかと思ってたよ。」

私の言葉にユッキーはうーんと言った様子で首を傾げ、
「ユータンは見た目も性格も私好みなんだよね、でも何だろう。
同性の友達の感覚が抜けないんだよね。
どうしても男性として見られないというか…だからみんなで遊びに行くとかはいいんだけど特に2人でとか行く意味を感じないというか…」
と考え考え言った。

ユータンが聞いたらショックで寝込むなこれは…

とりあえず聞かなかった事にしておこう。

逆にみんなで遊びに行くのならユッキーはOKなのね?

「あ!そうだ!
ね、ね、7日のシフトどうなってたっけ?」
私はある事を思い出しユッキーにシフトをチェックしてもらった。

「え~と、私と美優ちゃんが早番、大ちゃんが中番、店長が遅番、ユータンは公休だね。」

うん!よしっ!ギリギリ行けるな。

「ねぇ、7日に○○神社ってとこで七夕祭りあるらしいのよ。
夜店の閉店までには何とか間に合うと思うし、良かったらみんなで行かない?」

「うんっ!行く行く!」
ユッキーが文字通り二つ返事で承知してくれたので他の2人にも聞くと、他の2人も異議なし!といった感じで喜んで参加の意を示してくれた。

「その日、用事があるから終わってから現地に直接行くよ。
その神社ってどこにあるの?」
ユータンが聞いてきた。

「えーとね、3on3のコートがある公園の近くなんだけど…」
私がユータンに説明したその公園とは、他でもない大ちゃんと行ったあの3on3のコート横の公園だった。

No.56 22/05/27 22:32
ミューズ ( ♀ tolVnb )

大ちゃんと3on3コートに行った時、隣接する公園の前に立っていた掲示板らしきものに1枚のポスターが貼られていた。

「7月7日 七夕祭り。
17:00~21:00
○○神社境内。
雨天中止。」

へぇ。
七夕祭りなんて行ったことないな。
地元の小さなお祭りなのだろうが、夜店も少しは出たりするのだろう。

行ってみたいな。

みんなで行けたらなおいいな。

そう思いながらそこを通り過ぎたのだが、まさか本当にみんなで行けるとは思ってもおらず、気軽に付き合ってくれる3人に感謝して心がウキウキと楽しくなった。

7月7日。
当日は曇で少し小雨は降ったものの、祭りが中止になるほどの影響は無さそうだった。

早番上がりの私とユッキーは店舗近くの喫茶店で大ちゃんを待ち、大ちゃんの車で現地に向かった。

公園近くの駐車場に入ると既にユータンが待っており合流する。

「お疲れ!お土産持ってきた!」
ユータンが嬉しそうに笑いながら大きなビニール袋を車から降ろす。

「なにそれ?」
中には小型の水鉄砲が2つと、大型の連射式のこれまた水鉄砲が2つ入っていた。

えっ?

「今日さ、俺の地元で七夕祭りやったからそれの準備の手伝い料。」

ユータンはドヤァといった顔で私達を見回す。

何で手伝い料が水鉄砲なんだろう…
よくわからないユータン&ユータン地元。

ユータンを除く3人の顔に同じ疑問が浮かんだのを素早く見てとったユータンは、
「本当はビールとかくれようとしたんだけど、それは要らないからくじ当てを引かせてくれ!って引いた。
それの景品。」
と照れ笑いをしてみせた。

「えっ?何回引いたの?」
とユッキー。

「5回!」
ユータンは鼻をフンっと鳴らして答える。

5回中、4回も水鉄砲引いたのか…

水鉄砲率高くないか?
ユータン地元主催のくじ当て屋…

「後の1回は何を引いたんすか?」
顔が既に爆笑している大ちゃんが肩を震わせながら聞くと、

「これ。」
とユータンが大切そうに出してきたのは小さなカバのキーホルダーだった。

No.57 22/05/27 22:38
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「カバ?!」

3人がじっとそのカバを見つめると、

「違うよ!カバじゃないよ馬だよ!」

と、ユータンがさも心外そうに鼻を鳴らしながらキーホルダーに付いている小さなタグを見せた。

「可愛いポニー君」
と書いてある。

なるほど。
確かに馬だわ。

でもユータンには申し訳ないが、その「可愛いポニー君」の造りのクオリティがあまりにもカバ寄りに高すぎ、どこからどう見てもカバにしか見えなかった。

いや、言われてみればカバにしてはやはり多少はシュッとしてスマートと言えばスマートなので、
純粋なカバと言うよりも、
「スタイリッシュなカバ」
という言葉が相応しいカバだった。

カバだわ…
カバだよな…
カバだよね…

3人の顔にくっきりとカバの文字が刻まれているのをまるで無視したユータンは、

「前にさ、大ちゃんは動物だとドーベルマンって話あったでしょ?
それでいくとユッキーはキレイでスタイル良くて品があるから白馬って感じなんだよね。」

「え?!僕がドーベルマン?」

自分の知らない所で勝手に犬呼ばわりされていた大ちゃんが不思議そうな声を出すも、

「だからさ、何か馬っていいよね。」

とそれを更に無視したユータンはうっとり語り終え、

「.これあげるね。」
とその「.スタイリッシュカバ」改め、茶色の「白馬」をユッキーに渡した。

ユッキーは笑いながらそれを受け取ると、
「ありがとう。何につけようかな?」
と思案した。

「家の鍵は?」

と、以前大ちゃんに貰ったキーホルダーを家の鍵に付けた私が言うと、

「そうだね。そうしようか。」

ユッキーはキーケースを取り出して付いていた家の鍵を外した。
見ると某一流有名ブランドの数万円はする高級キーケースで、それに車のキーと一緒に付けていた様だった。

「あ、ごめん。
それを外しちゃうのは…」

謝りかけた私に、
「ううん。いいの。車に乗らない事も多いからこんなにかさばるキーケースより家の鍵だけスッキリ持てる方がいいし。なかなかこのカバ君は愛嬌あって可愛いし。」

違うよ。
馬だってば。

というツッコミをさせないほど、
嬉しそうにユッキーはニッコリしてそう言うと、
「で、お土産の水鉄砲はどれを貰ってもいいの?」
とイタズラっぽくユータンにそう聞いた。

No.58 22/05/28 14:23
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「おうっ!好きなのもらってくれたらいいよ!」

嬉しさ全開のユータンの言葉に、

「あ~じゃあカバンに入るからこの小型のやつにしとくね。」

ユッキーは笑いながら小型水鉄砲を仕事用カバンにしまう。

「じゃあミューズも同じやつにしとく?」

ユータンが小型の水鉄砲を渡してくれたので有難く頂きカバンにしまう。

「大ちゃんのは大きいけどリュックだからギリギリ入るかな?難しいだろうから入れてやるよ!後ろ向いて!」
ユータンはお兄さんの様な顔で大ちゃんに優しく話しかけた。

「いや、それなら…」
と言いかけた大ちゃんの言葉を制し、

「大ちゃん、遠慮するなよ。ちょっとは甘えろ。」

ユータンは大ちゃんの肩を軽くポンっと叩くと、大型の水鉄砲を苦労しながら大ちゃんのリュックに押し込み四苦八苦しながらも何とかリュックのジッパーを閉め、

「OK!上手く入ったよ!」
と得意そうに言った。

いや…
無理にリュックに押し込まなくても…
大ちゃんの車に積んでおけば良かったんじゃ…ないか…な?

私はそう思いながら、無理やり許容範囲外の大きさの物を詰め込まれ、耐えきれずに「開いてはいけない方向」からパカッと口を開けだしている大ちゃんのリュックのジッパーの無事の回復を静かに願った。

「さて!行くか!しまった!俺、カバン持ってないからこのまま持つのか。」
ユータンが騒ぎ出す。

え?
車に積んでおけば?

という大ちゃんとユッキーの心の声が超能力の様にハッキリと私の中に聞こえてきたが、あまりにもユータンが嬉しそうだったので誰も何も言えず、
それぞれ鞄の中に「.鉄砲」を忍ばせた(1人は直に持ってるが)
謎の暗殺集団の様な一行は兎にも角にも七夕祭りの会場へと出発した。

No.59 22/05/28 14:24
ミューズ ( ♀ tolVnb )

神社の周辺は予想以上に人が多く、夜店も参道の左右にズラリと立ち並びなかなかの賑わいぶりを見せていた。

当初は、恥ずかしいかなと思っていた「水鉄砲を持ち歩く」ユータンの姿も祭りの中では実に自然に溶け込み、ちょっとした「お祭りの風情」さえ醸し出していた。

立ち込めるソースや焼きとうもろこしの醤油の焦げた香ばしい香り、ザラメの甘い香り、ベビーカステラのふんわりとした卵の香り、それらが渾然一体となっている夜店の少し非現実で幻想的な明かりの中で、七夕祭りに相応しい何本もの立派な笹に飾り付けられた沢山の七夕飾りや短冊が風に揺らいでいる。

お祭りって何でいつも少し夢見心地な気がするんだろう。

人々のざわめきの中で、
「君が~いた夏は~遠い夢の中~」
と脳内BGMがかかる。
JITTERIN'JINNの夏祭り。

「夏祭り歌いたくなったな。」
と笑いながら言うと、

「その曲、俺も好き。今度カラオケで歌ってよ。」

と大ちゃんが頷く。

「うん。みんなで?2人で?」
とそっと聞き返すと、

「どっちも。」

と大ちゃんはニッコリした。

祭りの終了時刻が近づき、夜店もボチボチと片付けを始めていた。

慌てて、ベビーカステラ、焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、etc

色々買い込み夕飯代わりに食べる事にする。

「どこか座って食べられる場所ないかな?」

「公園に確かベンチがあったよ。」
この辺に詳しい大ちゃんの言葉に私達は神社を抜けて公園に向かった。

No.60 22/05/28 14:25
ミューズ ( ♀ tolVnb )

公園は縦長に広い公園で、入口付近には祭り帰りの人達がウロウロとしていたが、奥の方まではさすがに人はいないようだった。

「この奥に進むと草野球とかできる空き地があるよ。
その周りにベンチが幾つかあったはず。」

「草野球」という大ちゃんの言葉にグラウンドの様な場所を想像していたら、なんのことは無い本当にそこは単なる空き地で殺風景なものだったが、それでも周りには古びた木のベンチがいくつか置かれていて、私達は喜んでそこに座った。

公園内にポツポツと点在している外灯の灯りで辺りはほの明るいものの、手元などは見えにくい。

「うわっ!やばっ、思いっきりケチャップ手についた。」

「私も~何だか手がベタベタする。」

それぞれが何となく
「手を洗いたいなぁ。」
というムードを色濃く漂わせ始めたのを悟った大ちゃんが、

「確か水道が…」
と空き地の片隅に立っていた用具入れの小屋?らしき建物の横にある手洗い場に案内してくれた。

手を洗って元のベンチに戻った時、

「お!いいこと考えた!」

大ちゃんがいそいそとリュックを手に持つ。

リュックのジッパーは特大水鉄砲に与えられたダメージを受け青息吐息状態の所に、大ちゃんが無理に開け閉めしたため、

「もう…ダメ…パカッ…」

と半分ほど口を開けて逝ってしまっていたが、大ちゃんは構わずその「開いた口」から3分の1ほど飛び出していた水鉄砲を引っ張り出し小脇に抱えて手洗い場の方に走って行った。

「あっ!私もっ!」
しとやかな見た目とは裏腹にイタズラ好きなユッキーも自分の「武器」を素早く取り出して大ちゃんの後を追う。

…なにやってんの?

ポカーンと呆れて2人を見ていた私達の元にしばらくすると大ちゃんが戻ってきた。

No.61 22/05/28 14:27
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「ピューッ!ピュッ!ピューッ!」

「つ、冷たっ!そして痛っ!」

「へっへっ!どーだー!」

小学生の様に大喜びしながら私に
特大連射式の水鉄砲の攻撃を浴びせかける大ちゃん。

特大水鉄砲は連射式で立て続けに水を発射できる。
しかも至近距離で当たるとちょっと痛い。

「仲が良いなぁ。あんまりイチャつくなよ?」
嬉しそうに笑うユータン。

どこがだよっ!!

腹が立ち、反撃しようと私も武器を手に手洗い場に走る。

たっぷり充填して戻ると、ユータンがユッキーの攻撃を受けていた。

「冷たい、冷たいな!もぉっ。」

わぁ…
幸せそう…

そこに調子に乗った大ちゃんがユータンに向けて連射した。

「こらこら!それは洒落にならないぞ!俺びちょ濡れだわ。」

わぁ…
更に幸せそう…

「よし!俺もやる!俺の腕を見せつけてやる!」

ユータンは持っていた水鉄砲をおもむろに大ちゃんに向けて発射した。

スカッ。

あの…まだ水入れてませんよね?

「しまった!水入れてくる。
ミューズ!援護射撃してくれ!」
ユータンボスの命令で私はユータンに付き添い一緒に手洗い場に走った。

幸い2人の暗殺者は手洗い場まで追っては来ない様だ。

ユータンはゆっくりと水鉄砲に水を入れながら、
「ミューズ…楽しいな、楽しいな…」
と少ししんみりした声で話しかけてきた。

No.62 22/05/28 14:28
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「うん?楽しいね。
こんなにバカ騒ぎしたの初めてだし。」

私の言葉にユータンは頷くと、

「大ちゃんもユッキーもここまでこんなに楽しそうにはしゃいでるの初めてだな。
ミューズ…
ずっと…こうやって一緒にバカなことをいつまでやれるんだろうな?」
と下を向いた。

ずっとだよ!

その言葉は何故か直ぐには出てこなかった。

ユータンは顔を上げて、返事をしない私を少し見つめた後、何もかも見透かしたようにフッと笑った。

男っぽいキツイ顔立ちの大ちゃんとは逆の優しい中性的な顔立ちのユータン。
女性だったらさぞかし可愛かったんだろうと思わせる顔立ち。

「ユータンの顔も性格も好みなんだけど…」
ユッキーの言葉を思い出す。
キーホルダーを貰った時のユッキーの嬉しそうな顔を思い出す。
ユッキーは本当にユータンのこと何も思ってないのかな?

何か大事なこと隠してそうで、何か抱えていそうで…
でもなかなかそれを出そうとしなくて…
あ…
ユッキーと大ちゃんって…

「.あの2人は根本的な所がよく似てる。」
ユータンがいきなり言い出す。

えっ?!ビックリした~。
心を読まれたのかと思った。

と、驚いた私の心も読んだかのように、
「ミューズもそう思ってるんじゃない?」
とユータンは可笑しそうに笑った。

ユータンの水鉄砲からは既に水が溢れ出している。

ユータンは水道の蛇口を閉めながら、

「ミューズ、あの2人とずっと仲良くしてあげて。あの2人にはミューズの様なキャラの人間が必要だから。」
と呟いた。

「うん?必要とされてるのは勿論ユータンもじゃない?歳をとってオジサンオバサンになってもこんなバカな事をして笑い合いたいね。」

私のその言葉に、
「ああ、そうだね。
50歳になっても100歳になっても仲良く遊びたいな。」

とユータンは静かに笑った。

No.63 22/05/28 17:36
ミューズ ( ♀ tolVnb )

ユータンと2人戦線復帰すると、ヤンチャな2人組が大喜びで襲ってきた。

「わわっ!」

「キャーッ!」

必死で応戦する。

散々騒いで少し疲れた私は1人ベンチに腰掛けて、楽しそうにはしゃいでいる3人の姿を眺めた。

ホント。

バカな事してるな。

「わあっ!二人がかりでズルイぞ!
こらっ!反撃できないだろ!」

大ちゃんとユッキーの集中攻撃を受けて必死で応戦しているユータンを見て思わず笑ってしまう。

来年の夏祭りもこうやって遊ん
でるんだろうか。

50歳になっても100歳になってもか…
ユータンの言葉を思い出す。

100歳は現実的にはちょっと厳しいとしても、50歳ならまだみんな健在かな?

私が50歳になるのは後ちょうど25年後か。

2018年。

うわっ、2000年に突入しちゃってるよ。
ノストラダムスの大予言もあるし、無事に2000年を迎えることが出来るのかな?

25年後の未来。

確か「バックトゥーザフューチャー」
という大好きだった映画の
「30年後の未来」は2015年だったよね、それよりも更に後か。

何か便利な物が発明されているのかな?
遠い未来に思いを馳せようとするものの全く想像も付かない。

「ミューズ!帰ろう!」
大ちゃんに声をかけられる。

「あ!うん!」
はっと現実に戻る。

3人がニコニコとしながら私の方を見ている。

ずっと一緒にいられたらいいな。

私はそう思いながら3人の元へ走って行った。

No.64 22/05/28 17:40
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「じゃまた!おやすみ~。」

駐車場で解散。

店の駐車場に車を置いてきたユッキーはユータンに店まで送ってもらうことにする。

徒歩出勤していた私はそのまま大ちゃんに送ってもらうことになった。

ユータンの車を見送ると、大ちゃんは私の服の袖に触れ、
「結構濡れたね。」
と笑った。

「もうっ!ほとんど大ちゃんにやられたんだからね!」
とブツブツ言うと、

「ごめん。ごめん。ちょっと待って。」
大ちゃんはリュックからフェイスタオルを取り出し、

「これ、使って拭きなよ。」
と貸してくれたので、

「ありがとう。」
と濡れた服を拭こうとした途端に、
「ああっ!!ダメだ!!」

といきなり大ちゃんにタオルを奪い取られ驚いた。

「なに?なに?なに?ビックリしたんだけど。」
驚く私に、

「いや、それ1回俺の顔の汗拭いたの忘れてた。
ごめん。汚いから使わないで。」
神経質な大ちゃんらしく焦った様に謝る彼の手から私はタオルを奪い返した。

「1回ちょっと拭いただけでしょ。
気にしないから貸して?」

「でも…気持ち悪くない?」

ウジウジ気にする大ちゃんの相手が面倒臭くなり、

「え?他の人のなら嫌だけど大ちゃんのでしょ?
気持ち悪くなんかないよ。」
と勝手にゴシゴシ拭き始めた私の腕を大ちゃんが急に掴んだ。

うわっ!
無神経な私の態度に呆れて止めに入ったか。
てっきりそうだと思い、おそるおそる大ちゃんの顔を見ると、大ちゃんは目を潤ませ真剣な顔付きで、

「ミューズ、俺の汗汚くない?」

「え?ああ、そうだね。」

更に大ちゃんの目が潤む。

「俺も、俺も、ミューズの汗汚くない!」

言うが早いか大ちゃんがガバーっと抱きついてきた。

うわっ!なになに?
驚く私を抱きしめながら、
「ミューズ、大好き。
嬉しい。」
と大ちゃんが1人で盛り上がっている。

「え、え~と、
そんなに感動される様なこと言ったかな?」

「そりゃさすがにタオルが汗でしっとりしてるとか、全身拭かれとかなら嫌なんだけど~。」

ボソボソ大ちゃんに言ってみるも聞こえていない。

「あのっ、ちょっとっ、体拭きたいんだけど。」

タオルを持った手で大ちゃんの背中をトントン叩くと、

「ああ、ごめん。」
と大ちゃんはやっと離れると、

「タオル貸して?拭いてあげる。」
と優しくわたしの手からタオルを取った。

No.65 22/05/28 17:46
ミューズ ( ♀ tolVnb )

大ちゃんは私の背中を優しく拭きだした。

見た目や仕事中の男っぽさからは想像できない繊細で優しい仕草。

私なんかより余程女らしい。

一緒にご飯を食べに行っても、先ずは必ず私に料理を取り分けてくれる。

焼肉も焼いて食べ頃になったら小皿に入れてくれる。

私、ただ食べるだけ。

19歳の男の子に甲斐甲斐しく面倒見られてる25歳女って…

ある日、さすがに恥ずかしくなり、

「私が分けてあげるね。」

と鉄の串に刺さった2切れの肉の塊を串から外そうと力を込めたはいいが、
力を入れすぎて肉が1つ皿から飛び出しテーブル上に転がった。
私のやることは本当に雑い。

「ああっ!!この肉食べたかったのに!」

ガックリする私に大ちゃんが、

「大丈夫だよ。テーブルの上だから食べられるよ。」

と言う。

「そうだね。捨てるのは勿体無いしね。」

と気を取り直し、転がった肉を皿に乗せている間に大ちゃんが残りの肉を綺麗に串から外して取り皿に乗せ、

「はい。どうぞ。」

と渡してくれた。

「え?私の肉はあるよ?」

とテーブル上に落ちた方の肉を指すと、
「それは俺が食べる。」
と大ちゃんが素早くその肉の皿を自分の手元に置いた。

ああ、いつもそうなんだ。

気の利かない私は彼のしてくれる事の半分も返せない。

彼は私と付き合って何か得られる物があるのかな?
何故そこまで私を好きと思ってくれるんだろう。

「ねぇ?ちょっと聞いていい?
私の何を好きになってくれたの?」

私の言葉に大ちゃんは私を拭く手を止めて、
「何をと言われても直ぐには答えられないけど、キッカケはあるよ。」
と話し出した。

No.66 22/05/28 17:49
ミューズ ( ♀ tolVnb )

新人研修の数日前、全体オリエンテーションという名目の顔合わせみたいなものが行われた。

オリエンテーションもつつがなく終了し、皆が我先にと会場を出て帰って行く中、1人具合が悪そうに机に突っ伏している男の子がいた。
チラリと見える横顔がハッキリとわかるほどに青い。
数人いた人事教育部の担当者の方々は廊下に出て新人達を見送っている。

(大丈夫かな?誰か呼んで来ようかな。)
と近寄ろうとした時に、
その子が急に苦しそうにし出すと机や床に嘔吐してしまった。

?!


まだ会場に残っていた10人ほどの新人達が驚いて固まる。


「.大丈夫?!」

私は咄嗟にその子に駆け寄ると、持っていたポケットティッシュをその子に手渡しながら、

「誰か!ティッシュ持ってたらちょうだい!
それと○○さん呼んできて!」
と人事教育部の主な担当の方の名前を出した。

直ぐに○○さんが駆けつけて来てくれた。

「大丈夫?ちょっとお手洗い行こうか?」
まだ気分が悪そうにしているその子を支える様にして連れ出してくれる。

騒ぎを聞いて他の人事教育部の方も会場に戻ってきた。
私と同年代くらいの若い男性だ。

「すみません、ほうきとちりとりとゴミ袋ありませんか?」
私がそう言うと慌てて頼んだ物を揃えて持ってきてくれた。

幸いティッシュは周りの子達の協力のおかげで有り余るほどある。
ティッシュをたっぷり使えたので早く綺麗に掃除ができた。
掃除をし終えた私に、

「ありがとうございます。
お掃除までさせてしまってすみません。
後の片付けは僕がしますので。」

男性は丁寧にお礼を言ってくれ、私からそれらを受け取ると頭を下げてくれた。

ふぅ、後は大丈夫そうだな。

安心した私はお手洗いで手を洗った後、ちょうど隣の男子トイレから出てきた○○さんと男の子に会釈をして帰った。

No.67 22/05/28 17:54
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「で、その事が何か関係あるの?」
と、私は不思議に思い聞いた。

その体調を崩した男の子は大ちゃんではないので何の関係があるのか分からない。

「あの時、あの場に俺もいたんだよ。
咄嗟のことに俺は何も出来ずにボーッと見てるだけだった。
いや、咄嗟じゃなくてもきっと汚いことなんてやりたくないから、やはり何も出来なかったと思う。」

大ちゃんは私の頭をなでながら私の目を見つめた。

「その日、初めて見た時に、決して美人とは言えないのになんか可愛いと思える気になる子を見つけた。
その子はそうやって人のためにすぐに動いて嫌な事も率先してやる優しい子なんだと思ったら、ますますその子が可愛く見えて仕方なくなった。」

大ちゃんの言葉に恥ずかしくなる。

「いや、それはたまたまそこに私が居合わせただけで、他の人でも同じ事をする人はきっといるよ。当たり前の事をしただけだし大した事してないよ。」

私の言葉に、
「そうかもしれない。
でもこう言われてもそういう返事をするミューズが好きだよ。」

大ちゃんは私の両頬を両手で優しく包むように持ち上げると、
優しくキスをしてきた。

うっとりととろける様なキス。
全身がカーッと熱くなる。

あぁ、大ちゃんは私のそんな所を好きになってくれてたのか…
大ちゃんの言葉がグルグルと頭の中に過ぎる。

ん?
ん?!

「どうしたの?美優。」
大ちゃんがうっとりと優しい目で問いかけてくる。

「.ちょっと待て~!
決して美人とは言えないってどうゆう意味だよっ!!」

「あ、そこ気づいた?」
大ちゃんが可笑しそうに笑う。

「そこは、可愛いなと思える子を見つけた…で良くない?
何故、わざわざそういう余計な前置きつけるかね?
全くもって失礼な奴!」

鼻をフガフガ鳴らしながら怒る私に大ちゃんは笑い転げた。

散々笑った後に大ちゃんは、

「あはは、やっぱり美優のこと大好きだ。」

とまた私にキスをした。

No.68 22/05/28 17:56
ミューズ ( ♀ tolVnb )

大ちゃんのキスは私の全身を熱くさせ頭をボーッとさせる。
まるで何かの媚薬を盛られているようだった。

「美優…美優…」

大ちゃんの息遣いが段々荒くなり、

彼は私の耳たぶを甘噛みすると、
そのまま首筋に舌を這わせた。

「あっ…」

我慢出来ずに声が出る。

私の声を聴くともう我慢出来ないといった様子で大ちゃんが私の胸を触ってきた。

「あっ…やっ…」

と拒む声がかえって欲情をそそるのか、
あっという間もなく、ブラウスのボタンを外され中に手を入れられると、彼は胸を直接愛撫し始めた。

「あっ…ダメ…やっ…」
と彼の腕を必死に押さえて抵抗する。

「そんな…色っぽい声で…嫌がられたって…無理…だよ…」

大ちゃんは抵抗する私の腕の力などものともせずに愛撫を続けた。

男の人の力ってすごい。
まざまざと思い知らされる。

今まで何人か付き合った人達はいたが全員私よりも歳上で、奥手気味な私を気遣い深い関係になったのは半年以上経って私の警戒心がとけてから…
というプロセスを必ず経ていたので、力ずくに来られるという経験をまだしていなかった私は大ちゃんの行動に少し恐怖した。

なのに、怖いはずなのに、
私の恐怖心とは裏腹に大ちゃんの愛撫に身体の芯から感じている自分に気づく。

きもち…いい…

怖いのにきもちいい…

こんなにきもちよくてとろけそうになったのは初めて…

私は…

いつかきっとこの子に身も心も溺れる…

溺れたらどうなるんだろう。

もしも溺れて抜け出せなくなった時に、彼が歳上の私に飽きて若い女の子を好きになったらどうなるんだろう。

「ミューズ?」
大ちゃんの心配そうな声がする。

「え?」
と大ちゃんの顔を見た私に、

「ミューズ、ごめん。調子に乗りすぎたごめん。」
と大ちゃんが叱られた子犬の様にしょげきって私の乱れた胸元を整えてくれた。

「ううん。ごめんなさい。こちらこそ…」
と私が謝ると、大ちゃんは静かに首を横に振り、

「帰ろう。」
それだけ言うと後は無言で車を走らせた。

No.69 22/05/28 17:58
ミューズ ( ♀ tolVnb )

翌日から大ちゃんが素っ気なくなった。

仕事中は今まで通り普通に笑顔すら出して接してくる。

しかし仕事が終わればまともに私の目を見ることもせず丁寧に頭を下げてさっと帰ってしまう。

はぁ。
何となくこうなる予感はしてたんだ。
気まずい別れ方したもんね…

追えば逃げる、逃げれば追う。
か…

追い方を知らない私はそこまで行き着けないな。
と、言うより追う前に逃げられてるから話にならない。

エッチをさせなかったから私に愛想を尽かしたの?

悲しくなった。

前の様な仲に戻るのにはエッチすればいいのかな?

でも…
ご機嫌取りのためにエッチしなきゃいけない関係ならそんな関係は要らない。

相手が去るのなら仕方ない。

幸い大ちゃんも馬鹿ではないからユータンやユッキーの前では極力普通にしようとしてるみたいだし2人にはバレていなさそう。

よし、何事も無かったかの様に自然に普通にしていよう。

さようなら。
大ちゃん。
短い間だったけど楽しい思い出をありがとう…

涙がこぼれ落ちる。
泣いてスッキリし、翌日何事も無かったかの様に出勤した翌日の朝、

「大ちゃん、ここんとこ元気無いけど何かあった?」
と同じ朝番のユータンにいきなり聞かれた。

「えっ?いつもと同じじゃない?
元気ないどころか楽しそうにしてるじゃない。」

驚いて聞き返す私に、

「見た目の話じゃないよ。僕は寂しいです。構って下さいオーラがムンムン出てるじゃない。」

ユータンが笑いながら言う。

私は普段のんびりおっとりのゆるふわ系キャラだとばかり思っていたユータンの観察眼の凄さに舌を巻いた。

No.70 22/05/28 18:02
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「何か凄いねユータン!」

素直に感心する私に、

「いや、ユッキーにもバレてるから。」
ユータンは可笑しそうに笑う。

「えっ?ユッキーにも?」

「うん。ユッキーにも大ちゃん最近変だよね?と聞かれて、どうせミューズと何かあったんだろうから放っといてあげな。と言っといた。」

はぁ。
恐れ入りました。

「うん、まあちょっと意見の相違があって…気まずくなっちゃって…
どうしたらいいと思う?」
さすがにエッチを拒んだからとは恥ずかしくて言えない。

「普通に喋れば?」
ユータンはアッサリ言う。

またそれか。

「でも2人で話そうとすると逃げるようにその場を離れるんだよ?」

「じゃあ追いかければ?」
ユータンが「追えば逃げる」理論に真っ向勝負を挑むような提案をする。

本当にそんなんで上手くいくのかな?

でもどうせ避けられてるのだからこれ以上特に何が悪くなることもないだろう。

今日は大ちゃんは休みで明日は遅番。
遅番社員は閉店後、バイトさん達を返した後に戸締りなどのため15分ほど1人で残る。

決行するならその時だ。

「よしっ!わかった!頑張ってみます!」
ユータンに向かってグッ!と親指を立てて突き出すと、

「はい、GOOD LUCK!」
とユータンも笑いながら親指をグッ!と立ててきた。

翌日、決行前に戦闘服ならぬ勝負服を着る。
ヒラヒラの短めのフレアースカートに可愛いミュール、メイクも可愛い系のピンクでバッチリ。
よしっ。
後は武器だ。

戦闘車=自転車に乗り、武器=差し入れ
を買いに行く。

いざ敵地へ!

駐輪場にはバイトさん達の自転車やバイクは既にない。

私は武器のマクドナルドの袋をぐっと握りしめると開いている裏口からバックヤードへと入った。

No.71 22/05/28 20:23
海坊主 ( ♀ tolVnb )

敵は店内チェックの真っ最中だった。

「お疲れ様!」
と叫ぶと、大ちゃんは一瞬「はっ!」
とした顔をしたがすぐに、

「お疲れ様です。もう戸締りしますから忘れ物なら早く持って出て下さいね。」
と私の視界から更に遠くの方に歩いて行こうとした。

え?
ちょっと待ってよ。
せっかくわざわざマクドナルド買ってきたのに。
その態度はないんじゃない?

何だか無性に腹が立ち、
「ちょっと待てい!!」
と猛ダッシュで大ちゃんを追いかけた。

「.うわっ!なになになに?!」
振り向いた大ちゃんは完全にビビっている。

閉店後の店内で、フレアースカートを翻し、更にはマクドナルドの袋を振り回し、ミュールをカツカツ鳴らして叫びながら自分の方に突進して来られたら当然と言えば当然の反応であろう。

何事かとビビる大ちゃんの目の前にフンっとマクドナルドの袋を突きつける。
「これ!差し入れ。
お腹空いてると思って。」

「あ、あ、ありがとう。
店閉めちゃうからちょっと待ってて。」
私の気迫に気圧されたのか妙に大人しくなった大ちゃんは急いで戸締りをし2人で駐車場に出た。

「これ、コーヒーとハンバーガーとポテトのセット買ってきたから。」
そう言いながら中身を覗いて唖然とした。

振り回しながら走ったためにコーヒーが半分ほどこぼれ、ハンバーガーとポテトがコーヒーまみれのハンバーガーセットならぬコーヒーセットになっている。

ガーン。

「これ…もう食べれない…」

「どれ?」
大ちゃんは私の手から袋を受け取ると、
「うん。美味いよ、お腹に入ったらどうせ一緒くたになるんだし美味い美味い。」
と一気に食べてしまった。

「何か変な物食べさせちゃってごめんね。」
ハンバーガーを台無しにしてしまった事ですっかり戦闘意欲を無くした私はガックリしながら自転車に乗って帰ろうとすると、

「夕飯食べたの?
あの…もし良かったら食べに行かない?」
と大ちゃんが誘ってきた。

No.72 22/05/28 20:37
海坊主 ( ♀ tolVnb )

車は職場近くのファミレスの駐車場に入った。
以前、ケンケンのキーホルダーを大ちゃんに買ってもらった店だ。

「えーとハンバーグにしようかな。
何にする?」
大ちゃんに聞くと、

「.あ、さっきのハンバーガーでお腹いっぱいになったからコーヒーで」
と大ちゃんが答える。

あれ?
じゃあ何でご飯食べに行こうって誘ってきたのかな?
何か話でもしたかったのかな?

私の顔色を素早く読んだのか、
「あのね…俺のこと…嫌になった?」
と大ちゃんが言い出した。

「え?何が?何か嫌になる理由浮かばないけど?」
不思議そうな私の言葉に、

「ならいいけど…
この前、ミューズを怒らせたみたいだったから…」
大ちゃんは言いにくそうにボソボソ言う。

「えっ?何が?」
聞きかけてハッとした。

そうだ。この子、人の顔色や心の変化を異様に敏感に読むんだ。

おそらく私があの時感じた、
「この子に溺れては困る、私はいずれ飽きられるかもしれない。」
という思いを感じ取って「拒否」されたという形で認識したんだ。

私は大ちゃんが「エッチを拒まれた」からよそよそしくなったと思ってたけど、
違う。
「自分を拒まれた」
と思ったから傷が深くなる前に自分から離れようとしたんだ。

でも元来の寂しがり屋さんにはそれが難しかったってわけか。

何て面倒臭いタイプ。

おっと、今の読まれたかな?

私の気持ちを読もうとするのなら読まれる前に先に言ってやる。

「もしかして、いつも人の心を深読みしてたりする?」
私の急な言葉に大ちゃんは少し驚いた様だったが、

「うん。みんなそうじゃないの?」
と答えてきた。

No.73 22/05/28 20:38
海坊主 ( ♀ tolVnb )

え、ごめん。
私そんな面倒臭いことしませんけど…

「ねぇ、人の心をいつも読んでるの?ずっとそうやって生きてるの疲れない?」

「疲れる…でも何となくわかっちゃうから…」

「ふ~ん、何だか面倒臭いね。」

ズケズケと言う私の言葉に怒るかと思いきや、

「うん、確かにそうだね。」

大ちゃんはシンミリと頷く。

この子、きっと生まれつき勘がかなり鋭いんだ。
それに家庭環境の事も加わって…

「ねぇ、人のことを基本的に信用しないって言ってたよね?
じゃあ私の事も信用しきれてないって事だよね?」

「えっ、それは…」
大ちゃんが口ごもる。

やっぱり信用してなかったな、お主。

「まぁいいわ。全体的に信用しなくてもいいから1つだけ信用して。
私は絶対にあなたを嫌わない。もしも何かの事情で2人が離れる事になっても。わかった?」

言いながら自分でも大胆な事を言っているなと思った。
でもこの約束だけは絶対に守り抜きたい。

私の決意が伝わったのか、
「うん、分かったよ。
ありがとうミューズ。」
大ちゃんは少し微笑んだ。

ファミレスを出て帰りの車内、

「私の心もいつも読めるの?」
と聞いてみた。

「ミューズは単純だからあまりその必要はないかな?」
と大ちゃんが笑う。

「ちょっと!失礼な!
どーせ、私は大ちゃんみたいに美形でもないし繊細でもないですよっ!」

決して美人とは言えないが…のくだりをまだ根に持っている私はさりげなくそれも盛り込んで文句を言ってみる。

私の言葉に曖昧な笑顔を浮かべた大ちゃんは、

「.本当は、ミューズみたいなタイプが1番読めないんだ。
何でもストレートでクルクル気が変わって、思考も他の人とちょっとズレてて、翌日にはあらかた前日のこと忘れてる。」

ちょっとまて。
それ完全に馬鹿にしてるよね?

「いや、完全に俺の中では最大級の褒め言葉だよ?」

そう言いながら大ちゃんは私の髪に優しく触れ、

「今日すごく可愛いね。」

と、優しい目をして微笑んだ。

No.74 22/05/28 20:54
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「えっ?そ、そう?」

内心嬉しくてドキドキする。

「うん。服装も可愛いし髪もサラサラしてて綺麗だし、なんか可愛いなって…やっぱりミューズ可愛い…特に今日すごく可愛い…」

大ちゃんがすこし照れた様に言う。

「え~?お風呂上がりにぱぱっとそこらの服着てから髪を適当に乾かして、簡単にメイクしただけだよ~」

と、おとなの余裕を極力醸し出し、何言っちゃってんの?的に返す私に、

「へぇそうなんだ。でもすごくいいよ。」

と大ちゃんが感心したように言う。

嘘だよ。
嘘だよ。
大嘘だよっ。

本当は、服をわざわざ買いに行ったんだよ。
髪もサラサラのロングが好きだって言ってたから丁寧に時間かけてブローしたんだよ。
メイクも雑誌を見てナチュラルで可愛いメイクを時間かけてやったんだよ。

だって、また可愛いって言われたくて、好きだって言われたくて、
私を見て欲しくて、

あ~ダメだ。
ハマりかけてるじゃん。
溺れたら困るって自分を戒めようとしてるのはどこのどなた様でしたっけ?

相手はまだ19歳だよ?
未成年だよ?
この前まで制服着て学校に通ってた子に四捨五入したら30歳の私が…

はぁ、なにやってんの私は。

「ミューズ、俺に会いに来るからオシャレしてきてくれたの?」

1人、頭の中で葛藤中の私にいきなり大ちゃんが鋭い所を突いてくる。

急に直球ど真ん中のストレートをダイレクトにぶつけられた感覚がして、恥ずかしくてクラクラした。

はっ?何言ってるの?
適当な格好で来たって言ったよね?

頭の中では色々言葉が渦巻くのに
上手くそれが外に出せない。

少しの沈黙の後に、
やっとの思いで私の口から出た言葉は

「心…読んだの?」

だった。

No.75 22/05/28 20:55
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「いやっ、読んで、ませんっ、」

大ちゃんの言葉が急に途切れ途切れになる。

「本当に?」

「はいっ、全く、わかりませんっ、」

嘘つけ、完全に笑っちゃってるじゃないの!

「いや、もう、こんなに、単純で、わかりやすい人は、初めて、あっ、いやっ、何でも、ない、です、」

おいっ!全部口に出してしまってから誤魔化すんじゃない!

しかも、ミューズみたいなタイプが1番わかりにくいんだ…
と言ってたどの口が言う?

「何よ~!張り切ってオシャレしてきて悪いのかよ~!
3時間かけたってそっちを待たせたわけでもなんでもないだろ~。
それとも私のオシャレがなにか迷惑かけたのかよ~!」

人は図星を指された時ほど腹を立てるというが。
うむ、よくわかった。

恥ずかしさときまりの悪さがピークに達し、ならず者の様な口調になっている私に、

「えっ?3時間もかかったんだ。」

と追い打ちをかける大ちゃん。

…しまった、ドツボ…

引きつる私に、

「でも、さすがに3時間もかけたようには見えな…」

黙れ!!
目で脅す。

そんな私の必殺視線ビームに怯えたのか、
「あ~う~ゴホッゴホッ。」

大ちゃんは変な咳をして誤魔化した後、

「そ、そういや、今日店に変な電話あったみたいでさ。」
と急に話を変えてきた。

「なに誤魔化そうとしてんのよ~」
と、文句を言いかけた私に、

「いや大した話じゃないんだけど、ちょっと気になってたのを思い出したからさ、時間まだ大丈夫そうなら聞いてくれる?」

と、大ちゃんが苦笑いしながら言う。

車はとっくに店の駐車場に着いていた。

あまりそこで長居をするのもためらわれる。

「わかった。マクドナルドに集合しよ。先に行ってて。」

私は自転車に跨りながらそう告げる。


私の言葉に頷いた大ちゃんの車が出ていくのを見送り、私もマクドナルドの方向に自転車を漕ぎ始めた。

No.76 22/05/28 20:57
ミューズ ( ♀ tolVnb )

本日2度目のマクドナルドご来店なり。

自転車をとめ、入口側にまわると大ちゃんが既に待っていた。

店内はガラガラに空いている。

飲み物を注文し、カウンターから一番遠くの奥の席へと向かう。

「で、どうしたの?
変な電話って?」

席に座るのもそこそこに切り出した私に、

「うん。朝の事だから俺が出勤する前の話なんだけど…」
と、大ちゃんが話し出した。





朝、開店してから30分ほど経った頃、
1本の電話がかかってきた。

電話をとったのは沖さん。

電話の相手の年齢はわかりにくかったが、30~40代くらいかと思われる女性の声で、

「そちらに森崎有希さんという方はおられますか?」
と尋ねられた。

ユッキーについてくれている常連のお客様かと思い、

「はい。森崎は本日は中番出勤でございますので、まだこちらの方に出勤は致しておりませんが。」

と答える沖さんに、

「そうですか。
森崎さんってどんな方ですか?」
とその女性は探る様に聞いてくる。

え?
なんなの?
クレームか何かかしら。

沖さんは咄嗟にそう思った。

クレームの電話をかけて来られるお客様の中には、

「そちらの従業員の〇〇さんってどんな方ですか?」
から始まり、
電話を受けた従業員が答える間も無く、
「〇〇さんって愛想のない方ですよね!」
とクレーム本題に入られる方もいらっしゃるからだ。

しかしその女性は特にそんな様子もなく淡々と、しかし探る様に、

「森崎さんはどんな感じの方ですか?
△△にお住まいの森崎さんで間違いないですよね?」

と聞いてくる。

これにはさすがの沖さんも気味が悪くなった。

「あのっ、森崎に御用がおありでしたら、もうそろそろ出勤致しますので、改めて森崎にお電話頂くか、よろしければ森崎からお客様にお電話させて頂きますが…」

沖さんの言葉に、

「いえっ、結構です。
森崎さんには先日大変お世話になりましたので、お店にお礼をと思っただけですので。」

と、相手の女性は少し慌てた様に、
「では失礼します。」
と電話を切った。

何だったんだろう。

沖さんはモヤモヤした気味の悪さに、朝番出勤だった店長に電話の内容を報告をしたが、ちょうどその最中に、

「おはようございます。」
と、ユッキーが出勤してきた。

No.77 22/05/28 20:58
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「.ああ!森崎さんちょうど良かった!
さっき沖さんがお客様からの電話を受けたんだけど。」

店長が沖さんから聞いたばかりの電話の内容をユッキーに伝える。

「森崎さんにお世話になったからとお電話下さったみたいなんだけど心当たりある?」

沖さんの言葉にユッキーは不思議そうに首を傾げた。

「私は最近、納品やバックヤード整理の裏方仕事ばかりで接客はおろかレジにすらほとんど入ってませんでした。
ですからお客様にそこまで感謝して頂く機会は無いはずですが…」

それに…
とユッキーは続けて言った。

「本当に感謝の電話だけなら、何故私が△△に住んでいる事を知っていて、更に確かめる様な事を聞くのでしょう?
最初から、お世話になりましたのでお礼の電話です。
という感じの事を言わず、沖さんに怪しまれたと思ったから、取ってつけた様に言い訳でそんな事を言ったって感じですよね?
私の事を探る様に聞くのもおかしいですよ。」

そんな事はユッキーがわざわざ口に出さなくても店長も沖さんも十分分かっていた。

「まあたまに回りくどい物の言い方をするお客様もいらっしゃるし、それじゃないかな?一応神谷君にも聞いてみるか。」

と、店長が少しでもユッキーの不安を和らげようとかなり無理矢理な結論を出した。




「で、そこに俺が出勤したってわけ。」

大ちゃんは沖さんから事の始終を聞かされたが、

「さあ?店長の言うように単にお礼の電話じゃないんですか?」
としか言えなかったらしい。

「本当にそう思う?」
と聞く私に、

「さあね、ユッキー見合いでもする気なんかな?
で、相手の家が凄い良い家柄で見合い前にユッキーの身辺調査してるとか?」

と、大ちゃんが半分真面目な顔で言う。

何か凄い話になってきた。

「どうなんだろう。
とりあえず私はその場にいなかったし、ユッキーから何か言ってくるまで知らん顔してた方がいいのかな。」

私の言葉に、
「そうだね。
それがいいかも。」

と、大ちゃんが頷く。

店内の時計はもうかなり遅い時間を指していた。

「とりあえずそろそろ帰ろうか。」

と大ちゃんと別れて急いで家に帰る。

部屋に入った私は、家の電話に1件の留守番電話が入っていることに気がついた。

No.78 22/05/28 20:58
ミューズ ( ♀ tolVnb )

急いで電話を再生してみる。

「有希です。
帰ってきたらすみませんが電話を下さい。」

ユッキーからだった。

直ぐに折り返し電話をしたい気分ではあったが、何分時間が時間だ。

家族と暮らしているユッキーに電話をかけるのにはあまりにも非常識な時間帯だった。

個人専用電話があればいいのになぁ。
とつくづく思う。

まさかその数年後には、お金持ちや法人しか持てないと思っていた「携帯電話」というものを気軽に持ち、
直接本人に通話出来る様になるなどとは夢にも思っていなかったが…

気になりつつも一晩明かし、翌日出勤前にユッキーの家に電話をかけてみた。

幸いユッキー本人が出てくれ、早番の私の仕事が終わる頃の時間に職場の近くのファミレスで落ち合い話をする事に決まった。

「大ちゃんも今日は早番だったよね?
何なら大ちゃんも誘って来てよ。」

と、ユッキーが言う。

やはり例の電話の事かな?
とチラッと思ったが、一応何も知らない体になっている私は、

「うん、わかった。
誘ってみるよ。」

と、返事をし電話を切って職場に急いだ。

出勤すると幸いまだ大ちゃんしか出勤していなかったので、ユッキーの事を伝え誘うと、

「.わかった。
じゃあ自転車をここに置きっぱなしにも出来ないだろうし、仕事終わってから一旦自転車を置きに帰りなよ。
いつもの所に迎えに行くよ。」
と快諾してくれた。

いつもの所とは私の言葉に最寄り駅近くの駐車スペースである。

その日、大ちゃんとほぼ当時に仕事を上がった私は急いで家に帰り、いつもの所に向かうと既に大ちゃんが待ってくれており、
私達は大ちゃんの車でユッキーの待つファミレスに向かった。

No.79 22/05/28 20:59
ミューズ ( ♀ tolVnb )

ファミレスの駐車場に入り車を降りると、同じように停めていた車から降りてきた女性がいた。

「ミューズ!大ちゃん!忙しいのにごめんね。」
ユッキーだ。

「大丈夫だよ~。さっお腹すいたし早く入ろっ。」

わざと明るく返して3人で中に入る。
大して待たされることも無く直ぐに席に案内された私達は、それぞれ料理を注文し一息つくと、

「あのね。」
とユッキーが話し出した。



昨日、中番だったユッキーは仕事が終わってから公休のユータンと食事の約束をしていた。

ユータンは呑気でマイペースだが思いやりが深い性格で穏やかでとても優しい。

周りの雰囲気を悪くしたくない思いで、電話の件はもう何も気にしていない様に振舞っていたユッキーだったが、やはり気味が悪いという不安な気持ちは拭えず、ユータンに電話の件を話してみた。

いつも不安な気持ちを話すと、
ユータンは優しく笑って大したことないよ。大丈夫だよ。
という風に簡単で的確なアドバイスをくれる。

仮にアドバイスがない時でも、ユータンの優しく頷きながら聞いてくれるその姿にだけでも心癒された。

「考えすぎだよ。ユッキーは心配性だな。」
とユータンはきっと笑うよね。

ユータンがそうやって笑ってくれたら私もきっと笑い話にする事ができる。

ユータンに話を聞いてもらえるという安心感で、話しながらユッキーはもう電話の件のことは既にあまり気にならなくなりかけていた。

ところが、話しながらユッキーはある異変に気づいた。
話が進むうちにユータンからいつもの優しい微笑みは消え、表情がだんだん強張り険しくなっていく。

ユッキーの話が終わるか終わらない頃にはユータンは拳をぎゅっと握りしめ体が小刻みに震えだしたかと思うと、
ユータンはキッとユッキーの顔を見据え、

「多分…それは…俺の母親の…仕業だと…思う…」
と切れ切れに言葉を吐いた。

No.80 22/05/28 22:58
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「えっ?どういうこと?」
言われている意味が直ぐには理解できなかった。

呆気に取られるユッキーに、

「.俺の母親はそういうタイプなんだよ。
あいつは仕事を言い訳に俺を捨てたくせに、俺が社会人になってからは今度は俺を家に戻して縛りつけようとしやがる。」

と、ユータンは吐き捨てるように言った。

「まさか。そんな。
何かのドラマじゃあるまいし 笑」

ユッキーは笑ってやり過ごそうとしたが、

「それがあるんだよ。
あいつは仕事を理由に子供だった俺をばあちゃんに押し付けた。
俺はずっとばあちゃんの家で育ってきたんだ。
でも、ばあちゃんが死んで、父親も病気で死んであいつが1人になった時、一人っ子の俺を家に呼び戻そうとしやがった。
プライドだけはやたら高い家柄と自分の老後の面倒をみさせるためにな。」

ユータンの顔は怒りで蒼白になっていた。

まさか、そんな、出来の悪いドラマじゃあるまいし。
そんな変な話って本当にあるのかな?

ユッキーの疑問がユータンに伝わったらしく、
「だよな。
でも今日ユッキーの事でかかってきた電話はなんでだと思う?
恐らく自分でかけてきたんだろうけど、お粗末な内容だと思わなかった?
そんな変な内容の電話なんて怪しいし、少なくとも社員達には伝わるよね。
俺が電話に出るとまずいから、昨日は休みなのも調べあげて、わざと怪しまれるような電話をかける。

俺に対する嫌がらせだよ。」

ユータンの言葉にユッキーは訳がわからなくなった。

No.81 22/05/28 23:06
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「ちょっとまって!何でわざわざそんな回りくどいことする必要あるの?
何で私の名前を出して電話してきたの?
第一、本当にお母さんからなのかどうかも証拠がないじゃない?」

ユッキーの言葉にユータンは少し寂しそうに笑うと、

「.それは…俺がユッキーの事を本気で好きで好きでたまらないという事をアイツが知ってしまったからだよ…」

とポツリと呟いた。






「ぶはっ!!」
大ちゃんが飲みかけていた水を吹いた。

「ちょっと!やだもうっ!」

おしぼりで慌てて飛び散った水を拭く。

大ちゃんは自分のおしぼりで口を拭きながら、
「.いや、山田さん何気に告ってますね。」
と半分照れながらニヤニヤする。

「もう!とりあえず気にするのはそこじゃないでしょ!」

と言いながら話が中断してしまったユッキーに続きを話すよう頷いて見せた。

「うん。それで。」
とまたユッキーが話し出す。


「あいつは俺の1番の弱点を知っている。
俺のせいでユッキーに嫌な思いをさせたり、職場に不審な思いをさせる事が俺にとって1番辛い事を知っている。
そうやって俺が関わるものに入り込んできて、俺を大好きな人や大好きな場所から引き離そうとするんだ。」

ユータンは忌々しそうに言うと下を向いた

No.82 22/05/28 23:11
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「でもそれっておかしくない?
だってそんなことしたってメリットがない所かデメリットしかないし、現にこうやってバレて?るし。」

ユッキーの言葉にもユータンはもう一切耳を貸そうとはしなかった。

「あいつはね、頭がおかしいんだよ。
常人には理解出来ない。
とにかく二度とこういう事をさせない様にするから。」

ユータンは立ち上がると、
「本当にすみませんでした。」
と深々と頭を下げた。



「で、帰って来ちゃったんだけど…」
ユッキーがため息混じりに言う。

う~ん。
どうなんだろう。

「ユータンのお母さんは事情があって離れて暮らしていたけど、本当はユータンの事が可愛くて仕方なかったとかじゃないのかな?」

私の言葉に大ちゃんとユッキーが
「ん?」
という顔をする。

「え~とね、お父さんが亡くなって1人になって寂しいっていうのはあると思うのね、でユータンと一緒に暮らしたいって思いが強くなって…とか?」

「今さら?」

大ちゃんが少し呆れた様に言う。

「う、うん、まあそうなんだけど、お母さんもがむしゃらに働いていた若いときとはもう違うだろうし…
可愛い一人息子が凄く大好きになった女性の事を知りたくてたまらなくてついあんな電話かけちゃったとか…」

「無理がない?」
と大ちゃんは更に冷めた様に言う。

ま、まあ確かに。

「2人とも今日は本当にごめんね。
普段、見ないユータンの姿を見てちょっとショックだったから話を聞いてもらいたかっただけなの。
おかげでスッキリした。
ありがとうね。」

私達の様子を見て、ユッキーが慌てて取りなすように言った。


ユータンは結局、その後もこの話題には触れなかった。
私達も聞かなかった。
もしかしたらユッキーは何か聞いたのかもしれない。

でも私と大ちゃんはユータンとユッキーの間に踏み込んではいけない物を感じ、この問題は私達2人にとっては永久に謎のままになった。

No.83 22/05/28 23:12
ミューズ ( ♀ tolVnb )

梅雨が明けて、本格的に夏がやってきた。

BBQでもやりたいなあと思う。

例によってシフトをチェックすると、私とユッキーが公休で大ちゃんが朝番、ユータンが中番の日が見つかる。

早速3人を誘ってみると3人とも喜んでOKしてくれた。

「さて、材料なんだけど。」
と私が言いかけると、

「ね!ね!当日に用意した方が良いお肉とかは当日お休みの私達で用意するから、ユータンと大ちゃんはオススメのタレとか何かあったら持ってきてくれない?」

と、ユッキーが言い出した。

「う~ん。
あんまりそういうのわからないけど、俺の好きなタレとかでもいいのかな?」
と大ちゃんが首を捻る。

「うんうん。勿論だよ。
普段自分が食べない食材や調味料に出会えるって楽しいし。」

ユッキーが嬉しそうに言う。

そういうのも面白そうだね。

「俺が1番最後の参加になるけど肉残しといてよ。」
ユータンが嬉しそうに言う。

ユータンが嬉しそうにしている顔を見るとこちらも嬉しくなる。

「うん!お肉残しておくからなるべく早く来てね!」
私の言葉にユータンはニッコリした。

「場所は〇〇でいいな。」
と大ちゃんが職場から車で15分程の距離のBBQスポットを提案する。

ここは小規模ながら泊まり客のためにバンガローやコテージがあり、日帰りのBBQ客には有料のBBQスペースも完備されていた。

私達はもちろんそこで大賛成し、とりあえず私がそこの予約などをとる役目を仰せつかり予約の電話を入れた。

No.84 22/05/29 08:24
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「申し訳ありません。
そのお時間からですと宿泊の予約しか受け付けていないのですが…」

電話の向こうで係の方が申し訳なさそうに言った。

BBQコーナーの利用自体は夜の9時半まで可能なのだが、日帰り利用は夕方の4時までなのだという。

4時に終了して5時までに片付けを終えて日帰り組は撤収。

その後、5時から宿泊組が利用するというシステムらしい。

「あの…宿泊ってバンガローかコテージを借りる事になるんですよね?
朝までチェックアウトも出来ないんでしょうか?」

一応、空きはあるのか、チェックアウトのシステムは?、価格は幾らくらいになるのか聞いておく。

すると、バンガローに空きがあり、事務所には24時間職員が常駐しているためチェックアウトは夜中でもOKだという。
料金はBBQコーナー使用料、炭などの消耗品購入も全部含めて1人頭4000円程の計算になった。

うーん。
これに食材費プラスでしょ?
普通に焼肉食べに行けるよね。

頭を悩ませ、3人に報告すると
「たまにはいいんじゃない?
思い出作れるし!」
と3人とも口を揃えて乗ってきた。

ノリのいい仲間は幹事としては本当に助かる。

「じゃあ、そこに決定ね。
BBQコーナーは屋根があるから雨天決行。
大ちゃんとユータンは各自仕事が終わり次第来て。
ユッキーは当日私と買い物や準備があるから昼過ぎには会いましょ。」

OK?という風に首を傾けてみせると、
「おうっ!」
と3人は嬉しそうに返事をした。

No.85 22/05/29 08:27
ミューズ ( ♀ tolVnb )

当日、朝から蒸し暑く空模様はどんよりと今にも降り出しそうな曇り空だった。

テンションはやや下がったもののユッキーとワイワイやりながらの買い物は楽しく、もうその買い物だけで1日の楽しみを満喫した気分だった。

ユッキーが車を出してくれ、大きなクーラーボックスや保冷剤等を持ってきてくれたので買ったお肉等をそこに詰め車に載せる。

楽しい時間の経つのは早いもので、
現地に着いた時には既に5時前だった。

「早くチェックインしに行かなきゃね。」
と車を降りようとした時に、ゴロゴロゴロ!と雷が鳴り響き、事務所で手続きをしている頃には前も見えない程激しい大雨が降ってきた。

「うっわ最低。どうしよう。」

途方に暮れる私達に、

「夕立ですからね、しばらくしたらマシになりますよ。
少しそこで待っていなさい。」

と、係のおじさんがニコニコして事務所前の広いスペースにパイプ椅子を出して下さった。

私達はお礼を言うと、椅子に腰掛けておしゃべりをしながら全面ガラス張りの事務所前のスペースで、ガラスに叩きつけられる雨を見ながら小降りになるを待った。

「美優ちゃん。」
ユッキーが話しかけてくる。

ユッキーは真面目な話をする時は必ずと言っていいほど、私をミューズではなく美優ちゃんと呼んだ。

No.86 22/05/29 08:30
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「美優ちゃんと大ちゃんってつきあってるの?」

うーん。
どうなんだろう。

直ぐに返事が出来ずに無言の私に、

「大ちゃんね、美優ちゃんの事を本当に大好きだよ。
こんな事を言っては失礼だけど、大ちゃんはお母さんの愛情に飢えてる感じがする。
そんな大ちゃんにとって美優ちゃんは恋人でもあり、お姉さんでもあり、お母さんでもあるんじゃないかなって何となくそう思うんだ。」

ユッキーは外の雨を見ながらポツリポツリ言う。

「お母さんか。
6歳も歳下だしそうなるのかな。」
私が苦笑しながらそう言うと、

「ううん。そういう意味ではないんだけどね。」

ユッキーは相変わらず視線を窓の外に向けたままそう言う。

そういうユッキーの方はどうなの?
ユータンとつきあってるの?
ユータンのこと好きなの?

聞きかけた言葉を何となく飲み込んでしまう。

何故かはわからないが何だか聞いてはいけない気がした。

私は黙ってユッキーと同じ様に外を眺めた。

激しく降っていた雨は少しずつ勢いを弱めていっているようで、いつの間にか激しく荒れていた雨音は優しく静かな雨音へと変わっていった。

No.87 22/05/29 08:33
ミューズ ( ♀ tolVnb )

雨音がしなくなり辺りは薄い霧の様な物で包まれた。

「思ったより早く上がって良かったね。」

職員のおじさんがニコニコしながらバンガローの鍵やBBQの用具を揃えて渡してくれた。

「ありがとうございます。」

お礼を言って外に出ると薄い霧の様な物はサーッと晴れていく。

「すごい湿気だね。」

苦笑いする私の腕を、

「ミューズ!見て!見て!」

と少し興奮した様子のユッキーが掴む。

ユッキーが指さす方向を見ると、遠くの山々の合間に上空の雲の切れ目から差した光の帯が何本も見えた。

「綺麗…」

それ以上の言葉は出ない。

天使の梯子っていう名前だったっけ?

「幻想的だね…」

ユッキーは私の腕を持ったまま感動した様に呟いた。

「美優ちゃん。私たち4人…これからもずっと仲良しでいられるかな?」

ユッキーが私に少し寄り添う様にしながら言う。

その姿は何故か妙に大ちゃんと被って見えた。

そう言えばユータンが大ちゃんとユッキーは似ていると言ってたな。

遠い空の向こうから青空が広がりだし蝉の鳴き声も辺りに広がりだす。

夏だなあ。

暑いけれど大好きな季節の夏。

大好きな夏をこれからも何度も大好きな人達と迎えたい。

「うん。ずっとずっと仲良しだよ。もしも何かの事情で離れちゃう事があったとしても必ず夏には同窓会やろ?絶対にお互い忘れないでいよう。」

私の言葉にユッキーは嬉しそうに頷くと、
「.うん。おじさんおばさんになっても、おじいさんおばあさんになってもこうやって遊べたらいいね。」

と握手をするかの様に私の手を軽く握った。

No.88 22/05/29 12:13
ミューズ ( ♀ tolVnb )

炭火を起こしそろそろいい具合になってきたかと思う頃に、

「.お疲れ様~!」

と大ちゃんがやって来た。

「ちょうどいい時に来たね~
食べよ!」

ユッキーが笑って言う。

「.おうっ!山田さんも少し遅くなるけど、なるべく早く行くようにすると言ってたからゆっくり待ちながら始めてよう。」

大ちゃんがこっそり私に目配せをしながらそう言った。

うん。
了解!

私もこっそり大ちゃんに目で合図をする。

実はこの数日後にユッキーの誕生日があり、例によって皆で集まった時にお祝いしようという計画なのだ。

後から来るユータンがケーキの手配をして持ってきてくれる。

そのケーキが来たら…
大ちゃんに頼んでおいた花火をそれに刺して…

よくオシャレなレストラン等でバースデーケーキを頼んでおくと、パチパチとキレイな光を放つ花火を刺して持ってきてくれるサービスがあった。

そういうのって素敵じゃない?

ユッキーもきっと喜んでくれるよね。

嬉しそうに笑うユッキーの笑顔を想像しただけでワクワクする。

3人でお肉を食べ楽しく雑談をしているうちに、
「お待たせ~!」
とユータンがやって来た。

ケーキはとりあえずユータンの車に隠している手はずだ。

4人でまずBBQを楽しんで、適当な頃合を見てから大ちゃんが上手くユッキーの気をそらす。

その隙に私とユータンがケーキを出して大ちゃんの車に積んである花火を刺して運んで来ると。

うん。
完璧!

BBQは予定通り楽しく進み、そろそろ終了の時間になる。
ワイワイ言いながら片付けを済まし、もう少しここで話そうと理由をつけてそこに居座る。
周りにいた他の宿泊客さん達が片付けを終えて宿泊場に引き上げ、私達だけが残された頃、大ちゃんが合図を出すかの様にそっと自分の車のキーを私に手渡してきた。


No.89 22/05/29 12:20
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「コーヒー飲みたいな。
近くに販売機ってある?」

大ちゃんがユッキーに聞く。

「え~と、この近くに確かあったよ。
ユータンやミューズもコーヒー飲む?
良かったら私が買って来るよ。」

さすが気配り女王のユッキー。
こちらが労せずとも自分からその場を離れると申し出てくれた。

「4本も持つのは大変だから俺もついてくよ。」
大ちゃんがチラリとこちらを見てユッキーと一緒に暗がりの中に消えていったのを合図に私とユータンは駐車場に走った。

駐車場はポツポツとある外灯以外の明かりがなくかなり暗い。

「.早く!早く!」
と薄暗がりの中でそれぞれ慌ててケーキや花火の袋を車から出す。

箱から出したケーキに花火を刺そうと袋から取り出した花火を見て私は唖然とした。

えっ?
太く…ない?

レストランで出される花火は細い金属の棒の先にうっすらと火薬が付いており見た目にもスマート。

だがしかし。
大ちゃんの買ってきてくれた花火は、赤い木の棒にキンキラキンの飾りが付いた子供の頃によく遊んだあの手持ち花火そのものだった。

…これをケーキに刺せってか?

「ミューズ何やってるの?早く行こうよ!」
ユータンは躊躇している私の手から花火を取り上げると3本程ケーキにぶっ刺しBBQスペースに走って行ってしまった。

「えっ?ちょって!待ってよ!」
慌てて追いかけると、

「あ!やばっ!電気消されてるよ!」
ユータンが叫ぶ。

BBQスペースは終了時刻が過ぎると強制的に消灯になる。

周りのほのかな外灯の光を受けて、暗闇の中に大ちゃんとユッキーらしい2人の影が所在なげにボーッと浮かんで見えた。

「ちょっとどうする?
バンガローに移動しようか?」
と言う私の言葉に、

「.いや、逆に暗闇で都合がいい。
電気を消す手間が省けた。」
ユータンはそう言うと、

「Happy birthdayユッキー!!」
と叫びながらロウソクならぬ花火に火をつけた。


No.90 22/05/29 12:27
ミューズ ( ♀ tolVnb )

キンキラ手持ち花火の威力は凄かった。

シューッ!!
バチバチバチ!!!

ユータンが無駄に手際良く火をつけたため、ほぼ同時に3方向からいっせいに火花が吹き出した。

「あつっ!あつっ!」
火花が飛んできて怯む私に、

「我慢しろ。俺はもっと熱い。」
とユータンは意味不明な我慢を強いる。

盛大にバチバチやっている花火を持ちながら自分の方に向かってくる2人を見て、
「なに?なに?なに?」
とユッキーはビビり、大ちゃんはその場に崩れ落ちる様に笑い転げていた。

あんたの花火のせいだっつーの!!

私達が2人の元にたどり着いた頃には花火はその威力を弱めほぼ消えかかっていた。

ハァハァ…
あ~外で良かった…

とりあえず花火の残骸を引き抜き、
「お誕生日おめでとう。」
とユッキーの前に置く。

「えっ?ケーキ?」
ユッキーの嬉しそうな声がする。

「うん。暗いからバンガローに行ってゆっくり見ようか。」
私の言葉に皆でそれぞれ荷物を持ちバンガローに移動した。

バンガローに入り、部屋の真ん中にある小さなテーブルにケーキを置く。

ケーキはユータンが持って走ったため少し崩れかけてはいたが、いかにもバースデーケーキらしい可愛いケーキだった。

ちゃんとチョコレート製のお誕生日プレートも乗っている。

ん?
んんん?

ユータンを除く私達3人は同時にプレートを覗き込んだ。

プレートには
「ゆうとくん、23才のお誕生日おめでとう。」
と書いてあった。

No.91 22/05/29 13:42
ミューズ ( ♀ tolVnb )

ゆうと君だわ。
ゆうと君だね。
ゆうと君だよ。

3人が無言で「ゆうと君」プレートを見つめていると、

「えっ?!何でゆうと君??
ああっ!あれか!!」

と、「ゆうと君」が1人で納得しながら騒ぐ。

聞くと、休憩時間に店舗の敷地内に設置されてある公衆電話からバースデーケーキの予約をし、
「23才になるのでロウソクは大を2本と小を3本…」
までは良かったのだが、

お店の人が
「(プレートに書く)お名前は?」
に対して何を勘違いしたのか、
「あ、山田です。山田勇人です。」
と堂々と答えて電話を切ったという。

「受け取りの時に、こちらでよろしいですか?と確認で見せてくれなかったの?」

と聞く私に、
「.あ~見せてくれてた…でもレジ横にあったこれが気になっててちゃんと確認してなかった…」

と、そう言いながらユータンは自分の仕事カバンから綺麗な模様の紙袋を取り出して中身を出して見せた。

マシュマロマン?!

それは私が16才の頃に映画を観に行った
「ゴーストバスターズ」という映画のキャラのマシュマロマンにどこか似ているマシュマロ製の人形菓子だった。

マシュマロマンだわ。
マシュマロマンだね。
え?これなに?

残念ながら若い大ちゃんはマシュマロマンを知らなかった…

「山田さ~ん!これモコモコしてて何か不気味っすね!あの「抜いたら呪われる草」にしか見えないっつか。」
遠慮のない大ちゃんが大笑いしながら言う。

確かに言われて見ればその形は引き抜いた時に叫び声をあげると言われる伝説の魔草「マンドラゴラ」に見えなくもない。

「えっ?そうか?可愛くないか?」
と少し怯むユータンに大ちゃんは、

「これってどう見てもマンドリルでしょ!」

おい…それは猿だわ。

それを聞いて大ウケしたユッキーが、
「やだもう大ちゃん!
マンゴラゴラだよっ!」

おい…言えてない、言えてない。

しかし、大ちゃんとユッキーのツッコミにドM体質?のユータンは大喜びし、

「そっか~?マンボラゴラかなぁ?」

う~マンボっ!
って…もはや何が言いたいのかわからない。

「で、ユッキーって色が白くてモチモチしてるからマシュマロってユッキーみたいだなぁって思って…」

ユータンは素早く今までの会話を無かった事にしたかの様にそう言うと、

「これあげるね。」
とそのマシュマロをユッキーに渡した。

No.92 22/05/29 13:45
ミューズ ( ♀ tolVnb )

残念なイケメンという人種がいる。

あ~、ユータン黙ってればカッコイイのになとつくづく思うが、この天然系の憎めないキャラがユータンの1番の魅力なのかもしれない。

私も大ちゃんもそんなユータンの事が好きだった。

ユータンの恋が叶うといいのにな…

チラリとユッキーを見てそう思う。

「ミューズ、コンビニ行きたい。
荷物持ちとしてついてきてよ。」
大ちゃんが急に言い出した。

「えっ?!荷物持ち?!」

何で女の私が!
と文句を言いかける私の腕を、

「ほら!トロトロしない!」
と大ちゃんが強引に引っ張り、私達はバンガローの外に出た。

「コンビニで何買うの?」
理由がわからず聞く私に、

「.二人きりにさせてあげなきゃ。」
と大ちゃんがニヤリとする。

あ~。

納得する私の頬に大ちゃんがいきなり軽くキスをしてきた。

「俺も…キスしたかったし。」
大ちゃんがヘヘッと笑う。

「あ…」

ちょっと恥ずかしくて俯く私の顔を覗き込むように大ちゃんがキスをしてきた。

「んっ。んんっ…」

大ちゃんのキスは気持ちいい。

全身が痺れた様になり頭がボーッとする。

ユータンとユッキーもキスしたりするのかな?

そんなことを考えていると頭が余計にボーッとして真っ直ぐ立っていられなくなり、大ちゃんに寄りかかる形になった。

「ん?大丈夫?」
大ちゃんの大人びた優しい声を聞くと
ますます立っているのが辛くなり座り込みたくなる。

「腰抜けちゃったの?」
大ちゃんが心配というよりもむしろ満足気に聞いてきた。

「大ちゃんの…せいだよ…」

切れ切れに答える私を大ちゃんは強く抱きしめて、

「可愛い…可愛い…」
と耳元で何度も囁く。

と、急に大ちゃんが私から離れた。

「ダメだ…我慢…出来なくなる。」

大ちゃんはそのまま先に立って歩き出した。

大ちゃん…

無理にエッチしようとしたら私が離れていくと思っているのかな?

「しよ!」
って言った方がいいのかな?

いや、今の時点ではあんまりしたいと思ってないんだけど…

だってね~なんかね~
知り合って数ヶ月ですぐにするっていうのもね~

「あの、1人でブツブツ言いながら後ろを歩くのやめてくれるかな?
不気味だから。」

急に後ろを振り向いた大ちゃんが半分笑いながら言う。

No.93 22/05/29 13:53
ミューズ ( ♀ tolVnb )

えっっ?!

声に出てた?!

私の昔からの恥ずかしい癖で、難しい問題を解いていたり、考え込んでいたりすると無意識にブツブツ独り言をつい言ってしまう。

「また1人で喋ってたよ。」

とよく周りにもからかわれたものだ。

カアアアアアア。

うわっ、カッコ悪っ。

「あの…結構…他にも喋ってたりする?」

「あ、うん。」

「うわぁ。あの…どんな時に?」

「え~と。さっきキスしてる時に『気持ちいい』とか。イデーーッ!!」

無意識に大ちゃんの背中を思いっきりバチーンと叩いていた。

もうダメだ。
倒れそう。

「言えって言ったから言ったのに
~。絶対背中に手の形ついたよ。」

大ちゃんがブツブツ言う。

「そ、れ、はっ、言わなくていいんだよっ!!聞こえてても聞こえなかった事にするんだよっ!!」

「そう?でも俺は嬉しかったけど。」

カアアアア。

「ほらっ!早く買物しに行くよっ!!」

大ちゃんの腕をむんずと掴んで引っ張りながら歩き出そうとする私に、

「ちょっと痛いって!暴力女だなぁ。」

と大ちゃんは言葉とは裏腹に、笑いながら私と並んで歩き出した。

No.94 22/05/29 14:13
ミューズ ( ♀ tolVnb )

一応コンビニに行くと言って出てきた手前、車で近くのコンビニに行って飲み物等を買う。

さて、問題はいつ頃バンガローに戻ればいいのかだけど…

「もう40分くらいたってるからそろそろいいかな?」

「う~ん。40分だとイチャつくにはちょっと時間足りないんじゃない?」
大ちゃんが下世話な所に気を回す。

「何言ってんのよ!もう!」
と言いながらも、もし戻って2人の邪魔をしたらと思うとそれも気が引ける。

悩んだ末に戻る事にして、おそるおそるバンガローのドアをノックし少し待ってから開ける。

2人は普通に笑いながら雑談していた。

あ…
何だ普通だ。
でもドアをノックしたから仮に抱き合っててもすぐに離れる事はできるよね。
ダメだ…
大ちゃんの思考がうつった…

2人は私達が色んな妄想を抱きながらバンガローに戻って来たことを知る由もなく、

「遅かったね~」

と呑気に声をかけてきたが、待たされた事を全く苦にもしていない様子から二人きりの時間を楽しく過ごしていたんだなということは容易に見て取れた。

私達が戻り30分程たった頃、

「俺トイレ行ってくるわ。」

ユータンが立ち上がった。

「待って!私も行く!」

私も慌てて立ち上がる。

私達のバンガローはトイレから1番遠い場所にある上にここのトイレは少し不気味で怖かった。

1人で行くのは怖い。

トイレに入る前も、

「待っててよ!絶対待っててよ!」

とユータンに念を押してトイレに入る。

トイレから出ると、ユータンがそこから少し坂道を降りた所にある木のベンチに腰掛けてタバコを吸っているのが見えた。

「お待たせ!」

と声をかけると、

「うん。」

と言いながらもユータンは立ち上がる様子もなく、私は何となくチョコンとユータンの隣に腰掛けた。

No.95 22/05/29 14:16
ミューズ ( ♀ tolVnb )

小さなベンチなので私が座りにくそうに端に座ると、ユータンはさり気なく横にズレて私の座るスペースを確保してくれた。

タバコを静かにふかしながら眼下に流れる川を見つめているユータンの横顔をそっと見る。

大人の男性の表情。

いつもの天然系のほわっとしたユータンとは違う顔つきだ。

「.ミューズ。」

川を眺めながらユータンが静かに言う。

「なに?」

「俺たちいつまでこうやって仲良くしていられるんだろう。」

「えっ?ユッキーと同じこと言うんだね。」

思わずユッキーの名前を出してしまう。
あちゃっ、まずかったかな?

しかし私の心配をよそに、

「そっか、ユッキーも同じことを言ってたか。」

とユータンが嬉しそうに笑ったので私は内心ホッとした。

「あのさ、もし何かあって離れる事になっても夏には同窓会するよ。私が幹事やる。
だからずっとお互いに忘れないでいよう?
そしたらずっとずっと仲良しって事じゃない?」

「そかそか。」

ユータンは笑いながら私の言葉にウンウンと頷くと、

「俺の事は忘れてもいいけど、大ちゃんの事だけはずっと大事にしてあげて。」

と私の頭を優しくポンポンとした。

「大ちゃん?」

「うん。
ミューズ、大ちゃんが前に店の親睦会で悪酔いしたこと覚えてる?」

「うん。帰りは私が送って行ったやつだよね。」

「そう。あの時何であんなに荒れてたか聞いた?」

「ううん。」,

「そか。ならいいよ。」

えーっ!
なにそれ!
1番嫌がられるパターンだぞっ!

あ、でも確か後、私が
「お母さんが心配するよ。」
って言ったら急に機嫌悪くなったっけ…

「家の人と何かあったのかな?…」

私の問いに、

「あいつは外見も言うことも妙に大人びてるとこあるけど中身はまだ高校生いや、小さな子供のままなんだ。
更にあいつは人一倍愛情深いから愛情にも飢えやすい。
ミューズ。
あいつの事を本当に頼むね。」

ユータンは答えになるともならないともわからない返事の仕方をした。

No.96 22/05/29 14:32
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「大ちゃんにとってミューズは女の子でありお母さんであり色々な要素が詰まってると思うんだ。」

ユータンは更に続けて言う。

「あ、またユッキーと同じ様なこと言う。」

「そか?また同じ?」

ユータンは面白そうに笑った。

ユータンもユッキーも大ちゃんの事をいつも心配してるのかな。
2人にとって大ちゃんは可愛い弟みたいで色々と気になるんだろうな。

で、肝心のお2人さんの進展具合の方はどうなんだろう。
私はそっちの方が気になるんだけど…

「ユータン。」

「なに?」

「あの…ユータンとユッキーって…」

何となくモゴモゴしてしまう。

ユータンはふっと優しく笑うと、小さな子供にする様に私の頭をクシャクシャっとした。

「俺はあいつの事を愛してるよ。
いずれは結婚したいとも思ってる。」

うわあっ。

人の事なのに物凄くドキドキした。

「あ、あの、あの、もうキ、キスとかしたりして?」
何を聞いてるんだ私は。

「ん?ミューズはどうなの?教えてくれたら教えてあげるよ。」

「え、え、え、そ、そんなのしてないよ…」
嘘をついてしまった。

「そう?じゃあ俺たちもしてないよ。」

ユータンがイタズラっぽくはぐらかす。

確実にしてるなこれは…

「あ~!こんなとこにいた~!
遅いよ~!」

突然後ろの方から響き渡ったユッキーの声にビックリして飛び上がった。

ユッキーと大ちゃんが2人でトイレの前に立っている。

「さて、戻ろうか。今の話は内緒ね。」

ユータンはそっとそう言うと2人の元へ駆け上がっていった。

No.97 22/05/29 14:35
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「あ~私、あと1時間くらいで帰るね。早番だし帰ってシャワー浴びたいし。」

ユッキーが時計を見ながら残念そうに言う。

私も早番だ~。

「ごめん、私も帰る。
ユッキー悪いけど車に乗せてってもらってもいい?」

私の言葉に、
「ミューズも早番だもんね。いいよ~。大ちゃんとユータンはどうする?」

「俺は泊まるよ。今から帰るのもキツイし。」


4人の中では1人だけ圧倒的に家が遠いユータンが言う。

「じゃあ僕は帰ります。」

気を使って残ると言うのかと思いきやアッサリ冷たい大ちゃんの一言で帰宅組と居残り組が決定した。

さて、あと1時間何をして過ごすかな。

「定番だけど肝試しでもする?」

私の何気ない一言に、

「おっ!やろやろー!」

と意外に皆が食いついてきた。

「じゃあ1人は怖いから2人組で~」

と発案者の特権で、これだけは譲れない決まりを予め提示しておく。

「カップルで?い~よ~。」

と男性2人がニヤニヤしたが、見ないふりをした私が、

「皆でジャンケンで決めようか。」

と言うと、

「え?じゃあもし俺と山田さんがペアになったらどうすんの?」

と失礼にも大ちゃんがあからさまに不満そうに言い出した。

「え?いいじゃん。私はユッキーとなら嬉しいし。」

と私が言うとユッキーが、
「私もミューズと行きた~い!」

「だよね~。」

「あっ俺は~大ちゃんとで~全然構わないぞ~」
ユータンが何故か妙に嬉しそうだ。

「じゃあこれで決定…」

言いかけた私の腕をガシッと掴み、

「嫌だ、山田さんと2人で肝試しなんて気持ち悪すぎる。」

大ちゃんはめちゃくちゃ失礼な不満を本人の前で堂々と必死の形相で訴えた。

No.98 22/05/29 14:40
ミューズ ( ♀ tolVnb )

大ちゃんの必死の強い要望により、男同志、女同士でジャンケンをし、勝ち組負け組で組むことにした。

ジャーンケーン!

勝ち組、大ちゃん&ユッキーペア。

負け組、ユータン&私ペア。

うん…
何かこうなる予感はしてたよ。

「うぇ~い!」

勝ち組の2人がハイタッチをしている。

「ミューズ、やっぱり俺たちは負け組だな。フフッ」

負け組の相棒が上目遣いに私を見て笑う。

ちょっ、やめて。
やっぱりとか言うのやめて。

でも何かキャラ的に勝ち組ペア負け組ペアそれぞれ似た者同士くっついた感が抜けないのはどういう事なのだろう。

とにもかくにも時間がないのでサクサクッと肝試しをスタートする事にした。

ルートはここの敷地をぐるりと取り囲む遊歩道。

結構な距離がある上に、昼間は、

「緑に囲まれて自然を感じられて素敵よねっ」

な格好の散策スポットが、夜は、

「鬱蒼とした木々に囲まれて不気味で怖いぜ」

に変貌を遂げ、格好の肝試しスポットに化すという
1粒で2度美味しい昔懐かしアーモンドグリコのキャッチフレーズを思い出させるなかなかに優秀な道であった。

「私達が先に行くから15分くらいしたら後で来てね!」

ユッキーはテンション高くそう言うと大ちゃんと嬉しそうに遊歩道の先へと走っていった。

…絶対脅かす気だな。

あの2人を組ませるんじゃなかったと後悔したが仕方がない。

きっちり15分たった後、

「そろそろ行こうか?」

と私は相棒に声をかけた。

No.99 22/05/29 14:45
ミューズ ( ♀ tolVnb )

ほのかな月明かりのみが照らす遊歩道はそこを歩くのを躊躇わすのに十分な程暗かった。

静まり返った空間の中で、近くを流れる川の音や遠くの道路から聞こえてくる車やバイクの音が妙に恐怖心を掻き立てる。

いつ、あの2人に脅かされるかもしれないというドキドキ感が更に恐怖心を煽る。

脅かされるのも怖いのだが、こんなに真っ暗で不気味な場所で、ただ人を脅かしたいがためにワクワクしながらずっと待っているであろうあの2人の神経が1番怖い。まったくもう。


それにしても暗闇から何か出てきそうな雰囲気が半端ないなココは…

やばい。
本当に怖い。

肝試ししよ!なんて言わなきゃ良かった…

怖いよ~…

私はいつの間にかユータンの腕をしっかり掴んでしがみつくようにユータンに密着していた。

「ミューズ。」

そんな私にユータンが優しく声をかけてきた。

「ミューズ知ってる?何年か前にこうやって肝試しをしていた人が歩いているうちにふと何か柔らかい物を踏んだんだって。
何だろう?と思ってよくよく見たら…それは人の手で…そして…」

ギャアアアア!!

思わずユータンを突き飛ばして走って逃げようとした私に、

「あはは!ごめんごめんウソ。
ミューズがあんまり怖がってるから。」

ユータンは可笑しそうに笑う。

「ちょっと!ひどいじゃない!泣きそうになったんだよ!」

怒る私にユータンはごめんごめんと楽しそうに笑うと私達は再び歩き出した。

少し歩くとユータンがいきなり立ち止まって低い声で

「ミューズ…」

と声をかけてきた。

「え?なに?」

身構える私に、

「俺…何か…踏んだ…」

「何かって…何を?」

平静さを装おうとしながらも、
自分の声が震えているのを私はハッキリと感じ取っていた。

No.100 22/05/29 14:54
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「うん…多分…」

ユータンのテンションはかなり低い。

「多分…犬か何かのウ〇コ的な…それもかなりガッツリ…的な?」

ギャアアアア!

違う意味で激しい恐怖を覚えた。

「ちょっと!川っ!川に行こうよ!」

遊歩道の柵を超えて下の川に降りるとユータンは川にサンダルを履いたまま足を浸して洗った。

「もう!ユータンいちいち脅かさないでよ。
泣きそうだよ。」

文句を言う私にユータンは足を洗いながら、

「大丈夫。俺のほうがもっと泣きたい。」

大丈夫の意味がわからない…

「もう全然来ないと思ったら何してるの?!」

そこに待ちくたびれたユッキーと大ちゃんが戻ってきた。

…やはり脅かそうと待ってたのか…

「いや、何か…ユータンが踏んではいけないウ〇コ的な物をガッツリと…」

ごにょごにょ言う私の言葉を察した2人が大笑いする。

「山田さん!近寄らないで下さいよ~」

大ちゃんが笑いながらからかう。

いじめっ子の小学生か…

「うう。これ〇〇の新しいサンダルだったのに…この飾りの奥に入り込んでるの取れないし…」

ユータンが某有名メーカーの名前を出しながらゲンナリした様子でうなだれる。

ありゃあ…

〇〇のサンダルか~

サンダルの値段にしては結構高いんだよね。

それは凹むわ。

私は大ちゃんとユッキーの顔を交互に見た。

来月の山田さんへの誕生日プレゼントは〇〇のサンダルで!

大ちゃんの目がそう語りかけてきている。

うん。サンダルだね。
もちろんサンダルだよ。

3人の中でユータンへの誕生日プレゼントが決まった。

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