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ミューズ( ♀ tolVnb )
22/06/06 12:50(更新日時)

私の勝手でスレを穴だらけにしてしまったものをまた私の勝手であらためて少しずつでも掲載させて頂きたいと思います。

No.3549468 22/05/27 00:30(スレ作成日時)

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No.1 22/05/27 00:46
ミューズ ( ♀ tolVnb )

1993年春。

短大を出てから地元の会社に勤めていた私は、都会の生活と一人暮らしに憧れて、それまで勤めていた会社をスッパリ辞め1人暮らしを始めると共に、とある販売関係の会社に転職した。

当時、高卒も多く採用されていたその会社の若い「新入社員」達の中で、「中途採用社員」に当たる24歳の私はいささか肩身が狭い思いもしたものの、
周りの若い社員達と同じ様に研修を受け、研修が終わる頃にはほぼ周りとも打ち解け合い仲良くなっていった。
が、唯一その中で1人、他を寄せ付けない雰囲気を放つ男の子がいた。

No.2 22/05/27 00:48
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「神谷君って、見た目カッコイイのに雰囲気怖くないですか?」

研修最終日、仲良くなった女子数人でお昼休憩のランチ時、短大卒20歳のマイちゃんが切り出す。

「わかる!わかるぅ!近寄れないよね(笑)」
他の女の子達も笑いながら頷く。

やはり彼の雰囲気を怖いと思っていたのは私だけじゃなかったんだ…

その場の最年長者として、口には出せないものの心の中で激しく同意する私。

そんな私の心を見透かした様に、
「田村さん。もし神谷君と同じ店舗に配属になったらどうします?」
と、少しイタズラっぽい目をしたマイちゃんが私に問いかけてきた。

No.3 22/05/27 00:50
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「えっ?!えっ?!神谷君って誰なのかな?」
いきなり心を読まれた様で気恥しく、わざと神谷君なる人物が誰なのか知らないフリをするも、そんな白々しい演技が通用するわけもなく、

「田村さん余裕ですね(笑)」
とマイちゃんに笑われてしまった。

神谷大輔。
18歳。

研修の合間の休憩時間には他の社員達が雑談しているのを尻目にいつも1人ウォークマンを聴きながら机に突っ伏して寝ている。
今の様に携帯電話が普及していなかった当時、自分の世界に入り込むのは専らウォークマンなどであった。

そんな彼は研修が終わるとまたウォークマンを聴きながら誰に挨拶することもなくいつの間にかサッと帰ってしまう。
しかもいつ見ても、
よく面接試験うかったね?
と言いたくなる仏頂面。
そんな彼の事は私も正直かなり苦手だったのだが、6歳も下の子に苦手意識を持っているとも言えず、

「いやぁ彼も一緒に仕事して仲良くなったら案外楽しく話してくれるんじゃないかなぁ?」
と強がるのが精一杯。

そんな私に、
「店舗配属の発表緊張しますね。」
と言いながらマイちゃんがまた笑った。

No.4 22/05/27 00:51
ミューズ ( ♀ tolVnb )

新人研修の最終日は研修自体は午前中で終わり、午後からはそれぞれの配属先が発表されて、迎えに来た配属先の各店舗の店長が自店に配属された新人を店舗に連れ帰り簡単なオリエンテーションをするというのが通常の習わしであった。

研修室に戻ると、各店舗の店長達が広い研修室の後ろに立っていて否が応でも緊張が高まる中、いよいよ配属先の発表が始まる。

名前を呼ばれた新人達が緊張した面持ちで自店の長と共に研修室を出ていく。

「次、〇〇店!ここは新店になりますからまだオープン前の店になります!
神谷大輔さん!
田村美優さん!」

……はいっ?

「はいっ!」と返事をする所を、
「はいっ?」と思いっきり疑問符を付けて返事してしまったが人事担当者の方は特に気にもとめる風もなく、
「すみません。こちらの店舗の店長がまだ来ていないのでもう少し待っててもらえますか?」
とニコニコしながら私達にそう告げた。

「あ!はいっ!わかりました!」
必死の作り笑顔でそう答えながらチラリと横目で神谷君を見ると、
相変わらずの仏頂面で、
「わかりました。」
……。
よく面接試験うかったな…

No.5 22/05/27 00:54
ミューズ ( ♀ tolVnb )

20分ほど待った頃、やっと店長が迎えに来てくれた。
うっ?!
若い。
さすがに大学生とまではいかなくても、見た目がかなり若い店長に、
「あの…店長さんですよね?」
と恐る恐る聞いてみる。

「はい。実は僕も店長に成り立ての新人店長です(笑)
22歳だから田村さんと同年代ですよ。」

歳下か…

店舗に到着して、やはり成り立ての副店長さんに挨拶をする。
成り立てメンバーばかりで大丈夫なのだろうかこの店は…

副店長は「山田勇人」
と名乗った。年齢は店長と同じ22歳。

また歳下か…

聞けば、大卒者の一部やベテラン社員は本社に配属される事が多く、現場は必然的に若い世代で構成されるという。
特に新店は20代がメインのパターンになりつつあるらしい。
なるほど。
年長者確定の嫌な予感に苛まれつつも、ここで頑張っていこうと決意を固めて横の神谷君をチラ見する。

相変わらずの仏頂面。

よく接客業やる気になったもんだ…

No.6 22/05/27 13:43
ミューズ ( ♀ tolVnb )

私の色々な不安とは裏腹に、若くして店長、副店長になっただけの事はある2人の上司はかなりのやり手だった様で、最初の頃は仏頂面を通していた神谷君も彼らを尊敬し出すと共に段々と打ち解けた態度を取る様になっていった。

やり手の店長達に加えて、店舗も今でこそ珍しくもないが、当時としては画期的な「郊外型大型店舗」
これが当たって、オープンしてから完全に人手不足の忙しさ。
他店から私と同期の新人の女の子が急遽長期応援者として来る事になった。

森崎有希。
大卒の22歳。

研修で話したことはなかったが、色白で育ちの良さそうな美人である彼女は遠目で見るにも目立っていた。

一見近寄り難い雰囲気だが、いざ話してみると上品でしとやかな外見とは裏腹に気さくで飾らない彼女はスグに溶け込み、中でも副店長、私、神谷君の4人はいつしかプライベートでも遊びに行く仲間になっていた。

No.7 22/05/27 13:46
ミューズ ( ♀ tolVnb )

有希が来てくれてから職場が一気に楽しくなった。

店長は人柄は良いが仕事にはかなり厳しい人だったし、副店長の勇人は今で言うゆるふわ系でちょっと謎な人物だし、神谷大輔に至っては上司2人には心を開いて接するものの、私には相変わらずやや冷たい態度を取りがちで、
「職場は友達作る場所ではないんだけどね。」
と自分に言い聞かせてはみるが、やはり歳の近い気を許して話せる子の存在はありがたいという気持ちに嘘はつけない。

しかも、パートさんの中に30歳の元社員の女性がいたのだがいわゆる御局様的存在の方で、色々と細かく嫌味などを言われ続けて心身共に参りがちだった私にとっては、優しくて面白い有希は天使にすら見えた。

No.8 22/05/27 13:48
ミューズ ( ♀ tolVnb )

私達4人がプライベートで仲良くなる少し前に遡るが…

有希が来て、私以上に喜んでいた人物がいた。
副店長の勇人だ。
勇人はマイペースながらも有希に何くれとなく構い、有希と勇人は急速に仲良くなっていった。

職場恋愛は禁止ではなかったし、実際何組も職場恋愛で結婚したカップルもいたからそれはそれで良かったのだが、有希の勇人に対する愛は恋愛と言うよりも友愛といったものに近く、察しのいい勇人はいち早くそれを感じ取り、職場内での恋愛のゴタゴタを避けるべく痛々しい程自分の気持ちを押し殺していた。

そんなある日、有希が帰りがけに軽い貧血を起こして座り込んでしまった。
幸い少し目眩を起こした程度で、少し休むと顔色も徐々に戻っていったのだが、勇人の心配ぶりが度を越しすぎていて、
「山田君?顔色が悪いけど君も大丈夫?」
と店長に聞かれる程だった。

No.9 22/05/27 13:51
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「田村さん!早番上がりだったよね?申し訳ないけど1人で帰らせるのは心配だから森崎さんをタクシーで送っていってあげてくれないか?」

普段は厳しいけれど、心配性で心根の優しい店長が私に誰にも見られない様にそっと1万円札を握らせながらそう頼んできた。

こういう所も店長らしい。
拒んでも引っ込めてはくれないだろう。
とりあえずお金を受け取り、まだ少し足元がおぼつかない様子の有希を休憩室に座らせると、事務所の電話からタクシーを呼んだ。

受話器を置き、ホッと一息つくとフト店内の有線放送の音楽が耳につく。

あ…
この曲、好きな曲だ…


アーティストの名前も曲名も何も知らなかったが、その頃頻繁に有線で流れていたその曲は、甘く切なく歌っているアーティストの声にとてもマッチしていて、聴いていると胸が締め付けられる様な甘い切ない気持ちになるのが常だった。

何ていう曲かな?
神谷君なら若いし、色々音楽聴いてそうだし知ってるかな?
色々思いを巡らせていると、

「タクシーが来てくれたよ!森崎さんをお願いね。」

と、相変わらず心配そうな顔のままの副店長に声をかけられ、私は慌てて休憩室の有希を呼びに行った。

No.10 22/05/27 13:57
ミューズ ( ♀ tolVnb )

有希はタクシーに乗り込む頃にはすっかり回復していたが、心配する店長の頼みもあるしということで一応有希の家まで同行した。

有希の家に着くと、
「上がってお茶でも飲んでいって。」
という有希の誘いを断りきれず、タクシーを帰すと家に上がらせてもらう。
有希は早速店に電話をかけ店長に丁寧にお礼の言葉を述べた後、冷たい麦茶とお菓子を出してくれた。

思いやりと抜群のユーモアセンスを併せ持つ有希との会話は楽しい。

「有希ってさ、本当にいい子だよね。
みんなすぐに有希のことを好きになるよ。
あの難しい神谷君でさえすぐに有希には打ち解けたし。」
常々そう思っていたことを口にする私に有希は不思議そうに首を傾げた。

「そう…かな?
神谷君が唯一気を許しているのは美優ちゃんだと思うけど?」

No.11 22/05/27 14:00
ミューズ ( ♀ tolVnb )

えっ?

有希の言葉の意味がよくわからなかった。

先日も、「神谷君って彼女いるの?」
と聞いた私に、
「いますけどそれが田村さんと何か関係あるんですか?」
と冷たく返されて凹んだばかりだったし。

「彼女いるの?って聞いたことが無神経だったみたいで気を悪くさせちゃってね…」
と言う私に、
「あ~…神谷君、最近彼女と別れたらしいよ?
山田さんも知ってたからてっきり美優ちゃんも知ってるものだと…」

有希が言いにくそうにモゴモゴと口を濁す。

そうなんだ…
知らなかったとはいえ無神経なことを言ってしまった…

落ち込む私を慰めるかの様に、
「実は私も美優ちゃんと同じで、この前神谷君に彼女いるの?って聞いちゃったのよ。」
と苦笑しながら有希が言う。

「え?それで神谷君は何て?」

「うん。その時に、実は彼女にフラレちゃいましたぁ!山田さんに散々愚痴を聞いてもらったんですけどね!って笑って返してきたから、ごめんね!って慌てて謝ったんだけど、いやいや~元々お互いに冷めてたから当然の結果なんで、むしろスッキリしましたよ!
って笑ってた。」

えっ…
私の時と随分態度が違う。

複雑な私の顔を見ながら、
「多分…だけど…触れられたくない部分に触れられた神谷君が嫌な顔を見せた相手は美優ちゃんだけだったと思う。
そこがね、美優ちゃんと私達の違いだよ。」

と、有希は何か思わせぶりな笑顔でそう言った。

No.12 22/05/27 19:46
ミューズ ( ♀ tolVnb )

有希と話し込むうちに有希のご両親が帰って来られた。

有希のお父さんは優しそうな方で、丁寧にお礼を言って下さり、有希と共に店まで車で送って下さった。

有希が「店長の優しいお気持ちだけ頂きます。」
とタクシー代を自分で払ってくれたため、店に着くと店長に預かっていた1万円をそのまま返し、駐輪場にとめてある自分の自転車に乗って帰ろうとして唖然とした。

パ、パンクしてる…

店の近くに自転車屋さんがあるにはあったが既に営業時間を過ぎている。

ついてないな…

歩いて帰れない距離でもないし歩こうか。

と、自転車を見ながらため息をついた私の背後から突然声がした。

「何してるんですか?」

えっ?

振り返った私の視線の先には、私服に着替え怪訝そうに私を見つめる神谷君の姿があった。

「えっ?!自転車がバンクしちゃってて…自転車屋さんも閉まっちゃってるし歩いて帰ろうかと…か、神谷君こそ何してるの?」

「僕は中番なので仕事終わってもう帰る所ですけど?」
ニコリともせずに神谷君は冷たく言い放つ。

ううっ気まずい。

「そ、そうなんだね。気をつけて帰ってね、お疲れ様~」

やっぱりこの子は苦手だ…

早くその場を離れたくて
言葉と同時に神谷君に背を向けて歩き出した私の背後からまた声がした。

「僕、車で来てるんで良かったら送りましょうか?」

No.13 22/05/27 19:49
ミューズ ( ♀ tolVnb )

うっ…

はあっ…

ああっ…

……

はあっ…

ああっ…

もう…ダメ…

……

気まずい…
激しくもがきたくなるほど気まずい…

神谷君のせっかくの申し出だからと頑張って車の助手席に乗り込んでみたはいいものの、狭い密室状態の車内は沈黙という気まずい空気が蔓延している。

横目でチラチラと運転席の神谷君に目をやると、相変わらずの仏頂面で真っ直ぐに前方を見据え唇をぎゅっと噛み締めている。
何故、この人はこんなに私のことを嫌い?オーラを全開にするのだろう。

こ、怖い…

信じられない話だが、仕事中の彼はとても元気で愛想が良くお客様のウケも良い。
特に小さな子供さんと年配の方に大好評だ。

子供ちゃんが彼の今のこの顔を見たら絶対一生トラウマレベルな顔つきだよな…

「何ですか?」

いきなり神谷君が前を向いたままそう言ったので心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。

「いやっ、あ、あの、何か食べた?」

「は?仕事してましたから何も食べてませんけど。」

「そ、そうだよね。私も食べてない…」

シーン…

「あのっ、神谷君は実家暮らしなんだよね?家に帰ったら美味しい夕飯が出来てるからいいね。」

「今日は親が旅行行ってていないんで適当に何か食べて帰りますよ。」

「そ、そうなんだ?私も家に帰っても1人だし、適当に何か食べに行こうかな…」

何気なく呟いたわたしの一言に、
「そこのファミレスにでも入りませんか?」
と、前を向いたまま表情一つ変えずに神谷君が聞いてきた。

車の進行方向の少し先に1軒のファミリーレストランが見える。

えっ?
ええええっ?!

驚きながらも思わず
「うん。」
と答えた私の返事を聞いた神谷君の横顔が少し笑ったような気がした

No.14 22/05/27 19:51
ミューズ ( ♀ tolVnb )

ファミレスは少し混んでいたが2組目ということで、入口付近に並べられている雑貨類等を見ながら待つことにした。

「あっ!これ可愛い。」
当時流行っていた「ケンケン」という名の犬のキャラが付いたキーホルダーだ。

「あ~このキャラ僕も好きですよ。」
神谷君も覗き込むようにして嬉しそうにキーホルダーを見つめている。

「可愛いよねぇ。」
私の言葉に神谷君が嬉しそうに頷く。

あ、笑った。
私の言葉で嬉しそうな笑顔を見せてくれる神谷君の姿に心が和む。

思いのほか早くに席に案内され、すぐにそこを離れることになったが、その和やかムードは食事の間も続いた。

「ケンケン好きなんですか?」

「うん。でも神谷君くらいの年齢ならいいけど、さすがに私の歳では恥ずかしいかな?」

「そんなことないですよ。24歳なんてまだまだ若いんじゃないですか?」

「いやぁ。5月〇日で25歳になるし。」

「えっ?そうなんですか?もうすぐじゃないですか。
田村さんくらいの年齢の人でもプレゼントとかまだ欲しいものですか?」

「ちょっと!失礼だよ!いくつになってもプレゼントもらうのは嬉しいものだってば!」

「ふーん。大人の女の人のことはよくわからないです。何かもらえると嬉しいものってあるんですか?」

「そうだなぁ。ピアスとかかな?」

「ふーん。女の人ってそういうの好きですね。」

「はは…」

また気まずくなりかけた。

「そ、そろそろ出ようか?送ってくれたお礼にご馳走させて!」
私は気まずくなりかけた空気を払拭する様に言うと立ち上がった。

「え?ご馳走なんていいですよ。」

「いやいや気持ちなんだからご馳走させてよ。ファミレスだけど。」

「わかりました。じゃあ遠慮なくご馳走になります。僕ちょっとトイレ行ってから出ますから先に出ててもらっていいですか?」

神谷君の言葉に頷き先にお会計を済ませて店を出ると、少し遅れて出てきた神谷君が「はいこれ!」と私の目の前にケンケンのキーホルダーをぶら下げた。

No.15 22/05/27 19:53
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「えっ?これどうしたの?」

「さあ?拾い物だからわかりません。」

嘘だよ。
どう見ても今買ったばかりの物じゃん。

「もらってもいいの?」

「どうぞ~食事のお礼です。」
神谷君は笑いながら、さっどうぞとばかりに助手席のドアを開けてくれる。

「ありがとう。」
車に乗り込んだ私は嬉しくて嬉しくて早速家の鍵をキーホルダーに取り付けた。

帰りの車内、
「神谷君、最近店内の有線でよくかかってる曲があるんだけど知ってるかな?」
と聞いてみた。

「どんな曲ですか?」

「えーとね、わかるかな?
ララーララーララー♪」

うろ覚えの曲をララーで少し歌うと、

「抱き~しめ~たい~。
溢れるほ~ど~の思いがこぼ~れてしまう前に~」
神谷君が歌う。
上手い…

「抱きしめたい。Mr.Childrenの曲です。」
神谷君は少し事務的にそう答えると、

「この曲、いい曲ですね。」と付け加えた。

No.16 22/05/27 19:58
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「送ってくれてありがとう。」
と、車を降りかけた私に、
「いえ、僕の方こそご馳走様でした。」
と神谷君が頭を下げる。

「今日はいい日だった。普段あまり話すことのない神谷君と楽しく話せて良かったよ。」

「そうですね。僕あまり話すのが上手くないから…楽しいと思ってくれたのなら良かったです。
今度は山田さん達ともご飯食べに行きたいですね。」

「うんっ!行こうよ!仕事終わってから山田さんや有希も誘って行こうよ。
私、2人に声かけてみる。」

私の言葉に神谷君は嬉しそうな顔をすると、
「あの2人は本当に良い人達ですよね。あ、田村さんも良い人ですけど。」
と、ちょっと笑い、

「なにそれ?私はついでなの?」

わざと少し怒ったフリをして文句を言う私に、

「いい大人が拗ねないで下さいよ~」

と、神谷君は可笑しそうに更に笑うと、
「じゃあよろしくお願いします。
楽しみにしています。」

と、軽く頭を下げて車を発進させた。

No.17 22/05/27 19:59
ミューズ ( ♀ tolVnb )

翌日、公休で家にいた私に同じく公休の有希から昨日のお礼と、買い物に付き合って欲しいという頼み事の電話がかかってきた。

聞けば、昨日周りに心配をかけたお詫びに明日の出勤時にちょっとした差し入れを持って行きたいのだという。

いかにも有希らしい。

私は快諾し、有希と2人でスイーツの店をウロウロしながらあれやこれやと検討した。

「暑いし、日持ちのするゼリーとかがいいかなぁ?
それにしてもナタデココ入りのゼリー多いね。流行ってるもんねぇ。」

「美優ちゃんはナタデココ食べたことあるの?」

「あるよ~。最近すごくブームじゃない?だからどんなんかなって食べてみた。」

「へぇ!さすが美優ちゃん。で、どんな味?私まだ怖くて食べてないないんだぁ。」

どんな味。

う~ん。

「え、え~とね。甘いイカの刺身みたいな…」

「え~なにそれ笑
でも面白そう!これにしてみようかな。」

有希は面白そうにナタデココ入のゼリーを買い込み店を出ると、近くに美味しいパフェの店があるという有希の言葉に誘われて2人でパフェを食べに行った。

No.18 22/05/27 20:01
ミューズ ( ♀ tolVnb )

パフェは予想以上に美味しくポリュームがあり大満足の逸品だった。

「美味しい!さすが有希のオススメだけあるね!」

「気に入ってくれて良かった。
また食べに来ようよ。」

有希が満足気に頷く。

あ!食べに来ようよで思い出した。

「ねぇ神谷君と言ってたんだけど、1度山田さんも誘って4人で食事にでも行かない?」
昨日の神谷君との話を説明すると、

「うんっ!行く行く!5月のシフト表持ってるからみんなの予定出勤状況確認して日を決めようよ。」

有希はバッグから手帳を取り出すと、中に挟んであった翌月のシフト表を取り出して広げた。
2人でシフト表を覗き込む。

「え~と…
あ!この日どう?
この日は美優ちゃんと神谷君はお休みで、私が早番、山田さんは中番だから遅番よりは良くない?」

確かに。

他の日は誰かしらが遅番になっていたりしていおり、早めに行けそうな日はその日しかないように思えた。

「うん。私はいいよ~。
でも…その日誕生日なんだ…」

「えっ?誰かにお祝いしてもらう予定とかあった?」

「ううん。ないんだけど自分の誕生日にみんなを食事に誘ってるのってちょっと…恥ずかしくない?」

「え~っ!考え過ぎだよ~美優ちゃん!それにね…」

有希は少しこちらに身を乗り出すと、
「美優ちゃんの誕生日をお祝いできそうな楽しみが増えて嬉しい。
絶対この日にしようね。」

と、シフト表のその日にちを指で軽くポンポンと突いた。

No.19 22/05/27 20:04
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「急だけど、明日みんな予定ある?
一応社員は全員出勤になってるし閉店後に軽く親睦会やりたいんだけど。」
店長が言い出した。

その日の早番は神谷君。
有希と山田さんは中番。
私と店長は遅番だった。

とりあえず早番の神谷君と30歳のパートの沖さんとバイトの大学生の子達数人のメンバーで先に始めていてもらって、後はそれぞれ仕事が上がり次第加わる事にする。

ところが閉店間際にちょっとしたトラブルが起こり、私と店長が親睦会の居酒屋に到着したのはかなり遅い時間になってしまった。

「遅くなりました~!」
と言いながら店内に入った私達の目に飛び込んだのはベロベロに酔っ払った神谷君だった。

「えっ?!えっ?!どうしたの?!
神谷君?」

驚く私達に、
「それが…
私と山田さんが来た時には既にかなり酔っ払っちゃってて…」
有希が困った様に呟く。

ほめられた話ではないが、当時は未成年に対する飲酒は今ほど厳しくはなく、高校を卒業し社会人になればお酒を飲む子も何人かいた。

神谷君はそんな私達の様子を無視して不機嫌そうに更にビールを飲もうとする。

「ちょっ、神谷君もう止めとこう?」

慌てて止めに入ると、

「田村さんには関係ないです。放っておいて下さい。」

この酔っ払いめ…

そんな私達の間に割って入る様に、
「神谷!!もう止めとけ。」
店長が少し怒った口調でそう言った。

「すみません…」
神谷君はビールのジョッキから手を離すと、壁にもたれて目を閉じた。

親睦会はその後12時頃まで続き、
皆が帰り支度を始めるまで神谷君はずっと寝ていたままだったが、

「起きろよ。帰るぞ。」
と勇人に起こされると、

「悪酔いしてしまいました。
本当にすみませんでした…」

と、フラフラと立ち上がり店の外に出て行った。

No.20 22/05/27 20:06
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「神谷君!待って!!」
慌てて後を追いかける。

フラフラと歩く神谷君の腕を掴み、
「とりあえず戻ろう。」
と、声をかけるが、

「大丈夫です。ご迷惑かけてすみませんでした。」
と歩きだそうとする。

「ちょっとここで待ってて!私の家も神谷君の家と同じ方向だからタクシーで送るから!」

と神谷君を待たせて店に戻り店長達に事情を話した。

店長は「僕が神谷君を送って行きますよ。」
と言ってくれたが、副店長の勇人の
「店長は他の子の面倒を見てあげて下さい。神谷の事は僕に任せてくれませんか?」
との言葉に、
「山田君の方がいいかもしれないな。
悪いけど頼む。」
とアッサリ引き下がった。

神谷君が本当に尊敬して慕っていたのは勇人なのだと店長も薄々感じ取っていたのかもしれない。

私と勇人が店を出ると、有希も黙って一緒についてきた。

私達が神谷君のいる場所に着いた時には神谷君は多少フラフラしながらもだいぶ正気を取り戻していた。

勇人が神谷君に近寄り声をかけている間に近くのタクシー乗り場の様子を見に行くと、幸いあまり人がおらずタクシーにすぐに乗れそうだった。

戻って神谷君を連れてタクシー乗り場に向かう。

「じゃあ…」
神谷君を先にタクシーの中に押し込みながら言いかけた勇人の言葉を遮る様に、
「美優ちゃん。家が同じ方向でしょ?送っていってあげて?」
有希が優しく言った。

「えっ?」
と勇人も私も同時に聞き返したが、
有希はそっと勇人の腕を掴んで引き戻しながら、

「神谷君が…甘え…美優ちゃ…頼むね」
とボソボソと小声で何か囁いてきた。

「えっ?」
と聞き返そうとした私に、
「お願いします。」
と、有希は優しくそう言うと小さく手を振った。

No.21 22/05/27 20:07
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「神谷君、家まで送るから住所言ってくれる?」
私はタクシーに乗り込むと神谷君にそう聞いた。

「あ~〇〇駅でいいです。」

〇〇駅は私の家の最寄り駅で私の家はそこから近い。
でも神谷君の最寄り駅は確か隣駅では?

「.えっ?神谷君の家は隣の駅の方が近くなかった?」

「大丈夫です。実は酔いをもう少し醒ましてから帰りたいんです。」

「でもそこから歩くの?
タクシーの意味ないよ?」

押し問答している私達に、
「〇〇駅でいいんですか?」
タクシーの運転手さんが少し急かす様に聞いてくる。

「あ、すみません。はいお願いします。」
慌てて返事をして、タクシーは〇〇駅に向かい、私達はそこで降りた。

駅前のロータリーはもう人っ子一人おらず静まり返っていた。

神谷君はロータリーのベンチに腰を下ろしフゥとため息をつき、
「きょうは本当にすみませんでした。」
と謝ってきた。

「未成年がお酒飲むからだよ!反省しなさいよ!」
とたしなめながら横に座ると、
「うん…」
と言いながら神谷君が私の肩にそっともたれかかってきた。

No.22 22/05/27 20:20
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「ど、どうしたの?眠い?」
少し驚いて聞く私に、

「お願い…少し…寝かせて…」
と神谷君がそっと私のひざに頭を乗せてスヤスヤと寝息をたてはじめてしまった。

もうっ!誰か人に見られたら恥ずかしいじゃないの!

周りを見回してみたが電車の終電時刻も過ぎた駅のロータリーは誰一人通る様子もなく、わずかな外灯と月明かりのみのほの明るい静かな空間になっていた。

下に視線を落とすと私の膝の上に神谷君の頭がある。
やだなもう。
恥ずかしい。

でもこの子…

寝ている神谷君の顔をマジマジと見る。

彫りの深い顔立ち。

クッキリとした綺麗な切れ長の二重。

意志の強そうな口元。

つくづく整った顔立ちをしてるなぁ。

18歳には絶対見えない大人びた容姿。

でも…中身はつくづくお子ちゃまだよなぁ…

と、神谷君が少し動いた。

私は慌てて視線を空に移す。

月が綺麗…

満月の月は少し雲がかかっているためか?やや青味を帯びているように見えた。

No.23 22/05/27 20:25
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「何を見てるの?」

下から声がした。

神谷君が私の膝に頭を乗せたまま私の顔を見上げている。

「月…少し青っぽく見えない?
綺麗…」

「そう?青っぽいというよりグレーっぽくない?笑」

神谷君は少し笑いながら起き上がると、
「今日は本当にごめんね。」
と申し訳なさそうに言った。
神谷君の口調がいつの間にかタメ口になっていたが私は気づかないフリをした。

「いいよ。それより何か嫌な事でもあったの?」

「何もないよ。」

「そうは見えなかったけど…本当に?」

食い下がる私に神谷君は答えず、

「ねえ、田村さんの名前ってなんて読むの?ミユウ?ミユ?」

と、聞いてきた。

「ミユだよ。店外では有希がそう呼んでるでしょ?」

接客業の私達は仕事中の店内では全員姓をさん付けで呼び、店外ではそれぞれの名前やあだ名で呼びあっていた。

「そういえばそうだね。でもユッキーさんが言うとミューに聞こえちゃう笑」

ユキという名が付けられやすいユッキーというあだ名を既に有希は勇人から付けられていた。

「僕も田村さんにあだ名をつけようかな?」

「.いいけど何て?」

「ミューだからミューズ。」

「ミューズ?芸術の神の?」

「ううん。薬用石鹸の。」

……

絶対言うと思った…

「じゃあ私も付けちゃうよ!大輔だから大ちゃんだねっ!」

「単純だなぁ。」

薬用石鹸ミューズには言われたくないわ…

でもそんなくだらないやり取りが何だか楽しかった。

6歳も下の10代の男の子相手なのに心がウキウキしだしていた。

ふっと気づくと大ちゃんが真面目な顔でこちらを見つめていた。
クッキリとした綺麗な二重…
吸い込まれそうな目…
大人びた表情…

何故か急に怖くなり、
「さ、帰ろうか!遅くなりすぎるとお母さんが心配するよ!」
と慌てて視線を逸らす。

「心配?…」
大ちゃんは何か言いかけたが、
「はい。明日お互い早番ですしね。
きょうは本当にお世話になりました。
おやすみなさい。
ありがとうございました。」

と敬語に戻り頭を下げると、自分の家の方向に急ぎ足で帰って行った。

No.24 22/05/27 20:26
ミューズ ( ♀ tolVnb )

それから特に何の変わりもなく日々が過ぎた。
大ちゃんは私のことを以前と同じ様に「田村さん」と呼び、やや淡々とした態度も変わらず、休憩時間も他のスタッフもいるため、何となくみんなで雑談して終わりというパターンだった。

でも、有希が「神谷君、例の食事会は明後日でも大丈夫かな?山田さんも行けるらしいし。」
と伝えた時には、みるみる嬉しそうな顔になり、
「もちろん!よ~っしユッキーの奢りでいっぱい食べよ~!」
と気さくに答え、
「え~?それを言うなら山田さんに言ってよね笑」
と笑う有希と楽しそうにふざけあっていた。

何か…
ちょっと寂しいような…

大人気ないと分かりつつも少し拗ねている自分に気づいてその場をそっと離れ店内に戻る。

店内にいた店長が私に気づき、
「田村さん、ここのディスプレイそろそろ変えたいから必要な装飾物を買ってきてくれるかな?」
と声をかけてきた。

「あ!はい。急ぎますか?急がないなら明後日が休みですから市内の方に遊びにでも行ってついでに買ってきますけど。」

「いいよ。どんな風にするかはお任せするから悪いけど頼むね。」
店長がニコニコと答える。

装飾物はどんなのを買おうかなぁ?
初夏だから緑の葉っぱ系?
花とかなら何なんだろ。
考えるうちに少し楽しくなってきた。

すこしニヤニヤしながらバックヤードに入ると有希と大ちゃんが作業をしており、「美優ちゃん顔がにやけてるよ?」と有希に突っ込まれた。

「やだ。そう?店長に装飾頼まれてね。」
と説明すると、
「そういうの考えるの楽しいよねぇ。」
と有希も頷く。

「それならグリーンをこういう風に使ってこうしたら映えるからとか、予め図を描いておいてそれに合わせて買えばいいんじゃないですか?」

と2人の話を聞いていた大ちゃんが小難しい事を言い出した。

うっ…
何も考えてなかった-

「さっすが神谷君だね。ねぇねぇ神谷君、神谷君もお休みでしょ?美優ちゃんのお買い物について行ってアドバイスしてあげてよ。」

有希が1人でウンウンそうしようとばかりに頷いた。

No.25 22/05/27 20:28
ミューズ ( ♀ tolVnb )

5月〇日。

お昼に、車で行くと言う大ちゃんと私の最寄り駅で待ち合わせ。

時間より10分早く着いたが、駅のロータリー横の駐車スペースには既に大ちゃんの車があり慌てる。

「お待たせしてごめんね。」

「いや大丈夫。少し早く着きすぎただけですから。」
大ちゃんが笑顔でそう答える。
今日は表情が柔らかいな。
良かったぁ。

大ちゃんのアドバイスのおかげで買い物も滞りなく済み、時計を見ると4時だった。

「どうする?1時間くらいで戻れるから中途半端な時間だね?」

と聞く私に、
「少しドライブでもして帰りましょうか。」
と大ちゃんが答え、
車を発進させ着いた先は海だった。

「わぁ、風が気持ちいいね。」

開けた車の窓から気持ちの良い海風が入り込んでくる。

喜んでいるわたしの横で、大ちゃんが後部座席に置いてあった自分のカバンをゴソゴソとしだした。

「これ…」

「え?」

「ほらこれ!」

大ちゃんの顔が赤い。

真っ赤な顔をしながら私に綺麗なリボンの付いたちいさな箱を押し付ける。

「誕生日のお祝い。それといつもお世話になってるし…ありがとう。」

「えっ?えっ?ありがとう。あの…開けてもいい?」

「あ、うん。」

箱を開けてみると、中には小さな宝石の付いたピアス。

パステルカラーの様なホワイトに少しブルーが混ざっている。

「綺麗…
何か不思議な色だね。」

「ブルームーンストーンって言うらしい。売り場の人が教えてくれた。」

「誕生石をもらうと幸せ?何かいいんだって…言って…た…」

買うの恥ずかしかったんだろうなぁ。

大ちゃんの顔は湯気が出そうなほど赤くなっていた。

No.26 22/05/27 20:29
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「ね?つけていい?」

「うん。」

早速付けてみる。

「うん。良かった。似合う。」
ほっとしたように笑う大ちゃんの笑顔にドキドキした。

車内に少し気恥しい空気が流れる。

「そうだ、これ!ちょっと入れてきたから。」
大ちゃんがウォークマンを取り出してイヤホンの片方を私に渡してくれた。

2人でイヤホンを片方ずつ付けるとMr.Childrenの抱きしめたいが流れ出した。

わざわざ入れてきてくれたんだ…

うっとりと聴き入る。

「こういうのいいね。」

「うん。抱きしめられたいって思う事とかある?」
大ちゃんが聞いてくる。

「そうだね。疲れてる時とかに癒されたいとか、でもやっぱり大好きな人に大好きな気持を伝えられたい時、伝えたたい時、抱きしめられたい。抱きしめたいよ。」

「そっか…」
大ちゃんは短く答える。

「男の人は違うの?」

「…同じ…」

大ちゃんは短く答えるとそっと私を抱きしめてきた。

No.27 22/05/27 20:32
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「?!どうしたの?」

私の言葉には答えずに大ちゃんは私を抱きしめる手に更に力を込める。

私の耳にかかる彼の息がだんだんと荒くなる。

「キス…して…いい?…」
少し上ずった切ない声で聞いてくる。

私が黙っていると、彼は私の耳たぶに軽くキスをし、そのまま首筋に軽く唇を押し当てて首筋から鎖骨の辺りにかけてキスをしてきた。

「あっ…」

思わず声が出てしまう。

わたしの声を聞いた彼は更に上ずった声で、
「唇…キス…した…い…」
と切なく熱をもった声で囁きかけてきた。

「あ…それは…」

どうしよう。

付き合ってるわけでもないのに…

6歳も下なのに…

私の気持ちが通じたのか、大ちゃんは急に体を離すと、
「ごめん。少しそこらを散歩してから戻ろうか。」
と私の頭を優しくポンポンとした。



「キャッ」

車を降りると足場が少し悪く高めのヒールを履いていた私はフラフラとした。

うわっ歩きにくい。

「そんな靴を履いてくるからだよ。」
大ちゃんは少し笑い、車の後部座席から昼間の買い物時、店頭で見かけて一目惚れして購入したサンダルを取り出して貸してくれた。

「え?いいよ。汚れちゃうよ。」

「いいから!早く!時間無くなるよ!」

半ば強引にサンダルに履き替えさせられ海岸沿いをペタペタ歩く。

「あははミューズ、ペンギンみたい!」

「ミューズとかペンギンとか言うなっ!サンダル大きくて歩きにく~い。」

「手間がかかるなぁ。オバサンはこれだから笑」

「オバサン言うなっ!大体…」
文句を言いかけた私の手を大ちゃんが取る。

「何かすごく楽しい。朝までここにいようか?」

「なに言ってるの、山田さんに怒られるよ!」

「嘘だよ笑 みんなでミューズのお祝いしなきゃ。少し歩いてから戻ろ。」

大ちゃんは私の手を取るとしっかり繋いで歩き出した。

夕暮れ時の海は風が心地よく、薄い青色を残した夕焼け空は、見上げると心を癒してくれるようだった。

No.28 22/05/27 20:43
ミューズ ( ♀ tolVnb )

有希が予約してくれた店は大きなスペアリブとロブスターを売りにしているアメリカンスタイルのカジュアルレストランであった。

「ロブスターなんて食べたことないねっ」

何となくウキウキとはしゃぐ行きの車内。

「うん。俺スペアリブも食べたい!」
大ちゃんの話し方が完全にタメ口全開だ。
それでも大人びた外見とは逆の子供っぽい大ちゃんを感じられて嫌な気持ちはまるでしなかった。

「ミューズ、ちょっと髪上げて。」
信号待ちで大ちゃんがこちらを向いて言う。

「んっ。こう?」
私はピアスが見えるように髪をかきあげる。

「うん。やっぱり似合う。」
大ちゃんは嬉しそうに私の頬に軽く触れた。

ちょっと恥ずかしい。

「そ、そういえばなんでブルームーンストーンのピアスを買ってくれたの?高かったでしょ?」

「ん?ピアス欲しいって言ってたからあちこち見に行ってみたら店員さんに話しかけられて、誕生石をもらうといいようなこと聞いたし、ミューズもこんなの好きそうかなって思ったし…」

すごく考えてくれたんだ…
胸がキュンとした。

お店の人に聞いたからって、私の幸せを願って誕生石をくれるなんて…
…んっ?!誕生石?
んんっ?!

5月の私の誕生石は確かエメラルド…だったはず…

「ね、ねぇ?5月の誕生石ってブルームーンストーンあったっけ?

「ううん、6月。
俺の誕生石!」

信号が青に変わり、再び前を向いて車を発進させながら、大ちゃんはものすごく嬉しそうに答えた。

…えっ

誕生石をもらえて幸せになるというのは…
贈られる側の誕生石であって…
贈る側の誕生石では…ない…んだ…けど…

もう、おかしくて仕方がなかった。

笑いをこらえるために切れて血が出るんじゃないかと思うくらい下唇を噛み締めた。

「なに?」

私がずっと無言でいることを不審に思った大ちゃんが聞いてきた。

「うん?本当に嬉しいな!と思ってたんだ。」

私は心からそう言った。

No.29 22/05/27 20:44
ミューズ ( ♀ tolVnb )

レストランに着き、「森崎の名前で予約していると思うのですが…」
と伝えると、奥のテラス席に通された。
周りには広い芝生が広がっており、ライトアップされた噴水がなかなかロマンティックな雰囲気を醸し出している。
さすが有希。

案内されて用意された席に近づくと有希と勇人が既に来ており2人でなにやら楽しそうに笑いあっていた。

「お疲れ様!もう来てたんすか?」
そこに大ちゃんが嬉しそうに急いで近づいていく。

私は遅れて歩きながら有希と勇人の姿を見つめていた。

絵になる2人だなぁ。

改めてしみじみ思う。

有希は色白でいかにも育ちの良さそうな品の良い美人。
勇人は、好みは分かれるだろうがそれなりのイケメンで、今の有名人で言うならば向井理さんに少し似ていた。

そこに大ちゃんか。

はぁ…

私だけ浮いてる…

年齢も最年長。
顔も丸顔、丸目のタヌキ顔。
お客さんに「知り合いの娘さんに似てる」だの、「友達に似てる子がいる」
だのしょっちゅう言われる超平凡顔。

この3人といると嫌でも場違い感が…

「何してるの!ミューズ遅いよ!」

大ちゃんに呼ばれる。

「え?ミューズって誰?」

「おい神谷、歳上の田村さんに偉そうな口をききすぎ 笑」

有希と勇人が口々にそう言いながらウケている。

3人の笑顔を見ていると楽しい。

こんな何の取り柄もない私でも仲間と思っていてくれるようで嬉しかった。

この日を境に私達4人は急速に親しくなり、お互い仕事外ではあだ名で呼び合い、しばしば4人で遊びに行く様になった。

No.30 22/05/27 20:46
ミューズ ( ♀ tolVnb )

私の25回目の誕生日は素敵なものになった。

ユッキーがくれたトートバッグは可愛くて使い勝手も良さそうでウルッときていた所に、
3人からだよ!とサプライズでバースデーケーキが運ばれてきて、もうそれで完全にやられて泣いてしまった。

3人はそんな最年長者をまるで妹を扱う様に優しく笑ってポンポンしてくれた。

二次会はカラオケに行った。

B'zや槇原敬之が流行っていて、大ちゃんがB'zのBLOWIN´、勇人(ユータン)が槇原敬之のどんな時も、ユッキーが今井美樹のPIECE OF MY WISH等を唄う。

「ミューズ!なに唄う?」
ユッキーに聞かれて、

「え~と、Mでも唄おうかな?」
と慌てて答えた。

PRINCESS PRINCESS
「 M」

「Mってミューズと私のイニシャルがMだね 笑」
ユッキーが言う。
確かに森崎と美優だな。

「でもこれ完全に失恋の曲だよ~
しかも自分がMじゃなくて、相手がMじゃないと~」
と、私が言うと、

ユッキーも、
「あっ!ホントだね 笑」

2人で笑っていると、
「飲み物頼むけど何かある?」
とつっけんどんな言い方で大ちゃんが割って入ってきた。

勇人改め、ユータンが微妙な顔つきでこちらを見ている。

えっ?
私?
何かやらかした?

訳がわからなかったが、もしかしたら大ちゃんの別れた彼女のイニシャルがMだったかな?
それならまた申し訳ないことを…と焦り、いつも気配り上手な有希の真似をして、
「ちょうど飲み物欲しかったんだぁ。ありがとう。」
と笑顔で言ってみた。
途端に大ちゃんの表情が緩んだ。
恐るべしユッキーさん流気遣い効果…

No.31 22/05/27 20:48
ミューズ ( ♀ tolVnb )

その後、何だか機嫌の良くなった大ちゃんをお兄さんの様な優しい目で見つめていたユータンは帰りの会計時、
ユッキーと大ちゃんの2人が精算をしに行っている間にそっと私の横に来ると、

「あいつは繊細で天邪鬼で本当に難しいタイプだけど、色々と苦労もしてる子だから。
ミューズ、あいつの事を嫌いにならないでやって?
いい子だから。
あいつはいい子だから。
見捨てないでやって。」

と話しかけてきた。

「嫌いになんかならないよ。
それよりもMの話の時に気を悪くさせちゃったみたいだけど…
もしかして…
別れた彼女さんのイニシャルがM…だったとか?」

「いや、俺はあいつから彼女の話も全部聞いてるけど、彼女のイニシャルはMじゃなかったよ。」

「そう?なら良かった。
じゃあ機嫌悪いと思ったのは気のせいかな?」

途端にユータンはイタズラっぽく笑い出し、
「そういうことにしといてあげて。」
と言ってそれから一切理由を教えてくれなかった。

No.32 22/05/27 20:50
ミューズ ( ♀ tolVnb )

6月に入った。

今度は大ちゃんの誕生日がある。

またみんなで食事にでも行こうか…

ユッキーに相談すると、
「うん!行く行く!」
と喜んでくれたので、ユータンを誘ってみる。

「今月、大ちゃんの誕生日があるから良かったらまたみんなで食事でもどうかな?」

喜んでOKしてくれると思いきや
「え?2人で行けばいいんじゃない?」
と言うユータンの言葉に私は戸惑った。

「ええっ?何で2人で?いやいいよ。
みんなで行く方が大ちゃんも喜ぶし。」

「そうかな?あいつとデートとかしてないの?」
ユータンの中では完全に私と大ちゃんが付き合っている体になっている。

「いやいやいやしてないよ。誘われないし。」

「あれ?そうなの?約束とかしないの?」

「するも何も恋人でもなんでもないから。」

「ふ~ん。付き合わないの?」

「何でそうなるのよっ!年の差ありすぎだよ?
姉弟としたって離れすぎてるよ。」

話を振ってくる割りに私の返事を興味なさげに「ふ~ん。」と聞いていたユータンは、
「まっいいや、じゃあみんなで行こうか。俺、焼肉がいいんだけど?焼肉にしようか。」

と、主役の好みをまるで無視発言をしてニンマリと笑った。

No.33 22/05/27 20:52
ミューズ ( ♀ tolVnb )

焼肉かぁ
焼肉ねぇ。
まぁ焼肉でもいいんだけどね。
行ってみたいお店もあるし。

私は1件の店を思い浮かべた。
少し山の中に入ったその店、というかレストランは広い敷地の中に母屋的な建物があり、周囲にはバンガローを模した個室が何件か建っている。

敷地の階段を降りると小さな川も流れており、まるでちょっとしたキャンプ場の様なレストランだった。

母屋は普通のレストランメニューだが、周囲のバンガローは時間限定の焼肉食べ放題メニュー注文客のみが利用出来るシステムだった。

あそこでいいかな?
個室だから気兼ねなく楽しめるし。

あらかた自分の中で決定してから主役を誘いにいく。

「ねぇ。〇〇日予定ある?」
私は予めシフト表で調べておいた、皆が何とか早めに参加できそうな日を挙げて聞いてみた。

「いや、ないけど?」

「じゃあまたみんなで食事行かない?」

「えっ?ミューズと?」

「?…いや、みんなでだよ?」

「ああ!みんなでね!勿論行く!」

急に嬉しそうにはしゃいだ大ちゃんの顔を見て、「だよね~」と思う。

やっぱり私と2人で行くかもと勘違いした時よりも4人で行くと分かった時の方が嬉しそうだよ?
ユータンてやっぱりどこかズレてるっていうかトボケてる。

でも私は3人が大好きだ。
4人揃って休みが一緒になることはないからゆっくり遊びには行けないけど、こうやってたまに食事に行ったり
する事が楽しいし、みんなも喜んで参加してくれることが何よりも嬉しい。

「じゃあ、焼肉でいいかな?
行きたいお店あるんだけど。」

ユータンを心の中で責めた割には、私もアッサリ主役の好みフル無視発言をしたが、

「はい!お任せします。幹事さん。」

大ちゃんは犬ならきっとちぎれんばかりに尻尾振ってるだろうなと思われるほど喜びを全面に表した。

喜怒哀楽の激しい奴ちゃ…
またおかしくてたまらなかったが、
大ちゃんの笑顔を見るのは嬉しくて癒される思いがした。

帰宅後にレストランに電話をして予約を取った。

さてと…
後は大ちゃんへの誕生日プレゼントなんだけど。
どうしよう…

No.34 22/05/27 20:56
ミューズ ( ♀ tolVnb )

80、90年代はバンドブームであった。

仲間でバンドを組んでライブハウス等で演奏するのも流行していて、大ちゃんも例にもれず、高校の時から仲間達とバンドを組みドラムをやっていた。

BOØWYやTHE BLUE HEARTS、ユニコーン等が80年代を中心に活躍し、私は特にBOØWYが好きだったが、大ちゃん達はBUCK-TICKやZIGGYのコピーを演ったり、自分達のオリジナルを演ったりしていた様だった。

そうだ。
ドラム関係のものをプレゼントしよう。
ドラムスティックとか?
思い立ったはいいが、どこにいけば買えるかわからない。
音楽関係の店はピアノやエレクトーン関係、あってもギター関係ばかり。

今の時代なら部屋で座ったままでネットショッピングが出来るのだが、当時はひたすら探す。
当然、当人には内緒なので聞くわけにもいかず、全く何もわからない素人が行き当たりばったりでひたすら歩いて探す。

後で思えばドラムの専門雑誌等で販売店を探せば良かったのだが、全く思いつきもしなかったおバカさんな私は手当り次第に歩いてクタクタになった。

まる1日ウロウロ探し歩いてグッタリした私の目にある雑貨店にディスプレイされていた置物が飛び込んできた。

あっ可愛い…

それはまるで本物を縮小したかの様に細部まで作り込まれた小さなドラムセットの置物だった。

No.35 22/05/27 20:58
ミューズ ( ♀ tolVnb )

食事会の日が来た。

惜しくも大ちゃんの誕生日前日。
翌日の誕生日は私と大ちゃんは公休だったが、有希が中番、ユータンに至っては遅番だったので、全員遅番に当たっていない前日にする事にしたのだ。

少し早めに着くと、まだ前の組が終わったあとの片付けが出来ていないとの事で母屋のレストランのロビーで待たされた。

「これ!みんなで写真撮れるよ?!」
ユッキーが、あるゲーム機の様な物を指さしながら嬉しそうな声をあげる。

それは、ロビー横のちょっとしたゲームコーナーに置かれていて、その機械の前にみんなで立って撮影ボタンを押すと撮影出来るというものだった。

今のプリクラの走りの様な機械と言えば良いだろうか。

当然撮るだけ。
ただ写るだけ。
全く盛れない。
それでも物珍しさにはしゃぎながら撮ったあの頃。

でも、それがどんな仕上がりになったのか見ることは無かった。

何故なら撮った直後に、
「用意が出来ました」とお店のスタッフさんに呼ばれ、慌ててそちらに向かおうとバタバタしている間に出来上がったはずの写真が失くなってしまったから。
それは、食事の後にも戻って探してみたが、どうしても見つける事が出来なかった。

No.36 22/05/27 21:01
ミューズ ( ♀ tolVnb )

さて、バンガローに案内され中に入ると、6畳程の広さの畳敷きに焼肉用のテーブルが置かれ、部屋の片隅にはディスクタイプのカラオケの機械があった。
なるほど。
プチ宴会ができそうだ。
ただし、カラオケの曲はほとんどが演歌で、演歌を唄えない私達には全く無用の長物となってしまったが。

カラオケが使えないので、おしゃべり中心になったがそれが逆に楽しくてとても盛り上がった。

「よ~っし!ゲームしよっ!ジャンケンをして1番先に勝った人の言うことを負けた人がきく!」

ほろ酔いのユータンが言い出した。

思えばこれ、この数年後に流行った王様ゲームのノリだった。
何でも「走り」というものがあるものだ。

「ウェーイ!」
何故かみんな自信満々でジャンケンに挑む。
「ジャーンケーンポン!」
ユータンが勝ち、ユッキーが負けた。

あからさまに嬉しそうな顔になったユータンが、
「ユッキーには俺の質問に答えてもらいます。
キスをするなら俺と大ちゃんどちらを選ぶ?
絶対答えてよ!」
とユッキーに迫る。

うっわ…
なにそれ…

でも、俺にキスしろ!と言わないだけユータンの良心を感じるな。

色々と思いを巡らせている間に、
「え~?そういう下心ありそうな質問する人は怖くて選べませ~ん。
だから消去法でいくと大ちゃんということになっちゃうかな?」
とユッキーは笑いながら即答した。

わぁ…

チラリと大ちゃんを見る。

大ちゃんは笑っていたが気を使ったのか、
「ほら!次やりましょ!」
とさりげなく流し、

「ジャーンケーンポン!」
今度もユータンが勝ち、私が負けた。

「何にしようかな~」
とユータンが悩んでいると、

「あ、俺ちょっとトイレ行ってきます。」
と大ちゃんがバンガローを出ていってしまった。

No.37 22/05/27 21:03
ミューズ ( ♀ tolVnb )

ユータンは出ていく大ちゃんの後ろ姿を見て少しニヤリと笑ったが、特に気に留める風もなく、
「じゃあ、ミューズにも同じ質問っ!どっちを選ぶ?」
と問いかけてきた。

「えっ?!え~と。じゃあ私も大ちゃんで…」
慌ててユッキーの真似をして答える。

「なんだ~2人とも大ちゃんか。
俺、可哀想。」
ユータンはそう言いながらも笑っており、
「だってユータン、エロいよ!
そんなエロい人にはいきませ~ん!」
というユッキーの言葉を皮切りにゲームは自然と終了して、
「私とユッキーでユータン弄り」の雑談に変わっていった。

そこに大ちゃんが戻ってきた。

「罰ゲーム何だったんすか?」
部屋に入りながら聞く大ちゃんに、

「あのね、」
と答えようとした私の言葉を遮り、

「誰とキスしたいかって聞いた。
ミューズは大ちゃんとキスしたいってさ。」

とユータンが笑いながら答えた。

「ええええっ?!
そんな言い方してないよっ!」
焦る私をチラ見して、

「ふ~ん。」

大ちゃんは全く興味無さそうに答え、

「外、出てみません?河原の方に降りられますからちょっと行きませんか?」
とまた外に出ていった。

「あいつ…ホントに可愛いな。」
ユータンが1人フフッと笑う。

「え?何が?」

全く理解出来ずに問う私に、

「大ちゃんは狼に見えるけど、実は犬って事だよ 笑」
???
ますます意味がわからない。

「あ~そうだね!
顔立ちも総合するとドーベルマンってとこかな。」
ユッキーが笑いながら納得している。

えっ…
私だけ意味わかんないんですけど…
2人の会話に入り込めないものを感じた私は、
「とりあえず大ちゃんのとこに行ってくるよ。」
と外に出た。

No.38 22/05/27 21:11
ミューズ ( ♀ tolVnb )

ドーベルマン。

どんな性格なんだ?
当たってるのかなぁ。
ドーベルマンのことあまり知らないけどね。
考えながら河原に降りると、座っている大ちゃんに近づいて横に座った

ぼーっと川を眺めていた大ちゃんはちらっと私の方を向いたがすぐにまた川の方に視線を戻し、
「山田さんたちは?」
と聞いてきた。

「バンガローだよ。」

「そっか。」

大ちゃんは再びこちらを向くと、
「ねぇ。誕生日プレゼントは?くれないの?」
と催促の言葉をかけてくる。



数日前、可愛いドラムセットの置物を見つけた私は大喜びで即購入した。
一点物のそこそこ良い品だったらしく価格が予算よりかなりオーバーしていたが、それでも大ちゃんにあげるプレゼントは他にはもう頭に浮かばなかった。

ところがちょっと誤算が生じた。
早速包装してもらった所、まずは破損と汚れ防止のために大きめのプラスチックケースにそれは入れられた。
次いで、厚紙製のプレゼントボックスに入り、包み紙とリボンでラッピング。
更にそれを持ち運ぶための特大紙袋に入れられて完成!
と、なったのだが。

デカイ。
こんなの持って職場に行けない。
持って行けても置き場所に困るし…

と、いうことでその日早番だった私はプレゼントを家に置いてきてしまっていた。

どうしようかな。
本人もこう言ってる事だし、明日渡せたら明日がいいよねやっぱり。

私は大ちゃんの言葉が聞こえなかったフリをして、
「.あの、明日、空いてる時間帯ってないかな?
ちょっと会いたいんだけど。」
と聞いた。

「んっ?あ~別に朝からでもなんでもいいよ。暇だから 笑」
大ちゃんが即答してくれて助かった。

「あ、じゃあ昼過ぎでもいい?
場所はどうしようかな。」

「俺、車出すからミューズを迎えに行くよ。」

プレゼントが大きいので非常に助かる申し出だ。

「ありがとう!じゃあお願いします。」
何とか無事にプレゼントを渡せそうで
内心ホッとした私に、

「誕生日のお祝い…キス…しよ?」

大ちゃんが少し照れくさそうに言ってきた。

No.39 22/05/27 21:15
ミューズ ( ♀ tolVnb )


「えっ?えっ?何でそうなるのよ?!」

「えっ…だって…俺と…キスしてもいいって山田さんに言ったでしょ?」

「あれは遊びでしょ!」

「えっ?…本当はいや?」

「いや、嫌とかそういうのじゃ…」
言葉に詰まった。

大ちゃんは餌を取り上げられた犬の様な顔をしている。

「あ、うん。
わかった。
軽くね。軽くならいいよ。」
何だか申し訳ない気分になり、軽くならと提案してみる。

私の言葉が終わるや否や、大ちゃんが顔を寄せてきた。
シャンプーの爽やかな香りがフワリと漂う。

あ、いい香り…
この香り好き…

大ちゃんの唇が私の唇にそっと触れた。

柔らかい…
目、目を閉じなきゃ…
何だかどうでもいいような事しか頭にうかばない。

大ちゃんは私の唇を軽く吸うようについばんだかと思うとまた優しく押し当ててくる。

男の子の唇ってこんなに柔らかかったっけ?
大人びたクールな外見とのギャップに戸惑いながらもその柔らかさに心地よくなる。


大ちゃんの唇が離れた。
そしてもう一度軽く触れたかと思うと、大ちゃんはそっと私から離れ、

「ありがとう。
好きだよ。」
と照れた様に微笑んだ。

No.40 22/05/27 21:22
ミューズ ( ♀ tolVnb )

バンガローに戻り、私が先に中に入った途端、
パン!パン!
とクラッカーが鳴り響いた。

「誕生日おめでとう!!」

ユータンとユッキーがクラッカーを持って一斉に叫ぶ。

えっ?なに?
もしかして大ちゃんが帰って来るのをずっとクラッカー握りしめて待ってた?

でも、ごめん…
私なんだけど…

「あ…」

少し遅れて入ってきた大ちゃんが、
「なにしてるんすか。わざわざこんな物持ってきて。」
と淡々と言う姿に何故か3人ともツボにどハマりして笑いが止まらなくなった。

唖然とする大ちゃんを完全に置いてけぼりにして散々3人でバカ笑いをした後に、

「はい!これ。3人から。」
とユータンが隠していたプレゼントの箱を出した。

「え?あ、ありがとうございます。」
大ちゃんは戸惑いながらも箱を受け取り中身を見た途端、満面の笑顔になった。
中にはコンバースのバッシュ。

その頃はSRAMダンクという漫画等の影響で空前のバスケブームが起こっていて、元々バスケ好きの大ちゃんも友達と3on3を楽しんだりしている事を私達は聞いていた。

「気に入ってくれたかな?」
ユッキーが優しく尋ねる。

「まだ18歳だけど、19歳の誕生日おめでとう!!」
ユータンがわざと茶化した様に言う。

「あ、はい!ありがとうございます。」
満面の笑顔で答えた大ちゃんは大切そうにバッシュを抱きしめて頭を下げた。

No.41 22/05/27 21:25
ミューズ ( ♀ tolVnb )

翌日。
大ちゃんの誕生日当日。

PM12:50
約束の10分前。

待ち合わせ場所である私の最寄り駅のロータリーに着くと、
うっ…
やっぱりもう来てる…

ロータリー横の駐車スペースに大ちゃんの車があった。
そ~っと中を覗き込むと、大ちゃんが文庫本を顔に乗せ、シートを倒して寝ている。

一体いつから来てるんだろう…

コンコン。

運転席の窓を軽くノックすると、気づいた大ちゃんが起き上がってきた。

「お疲れ様~。寝てたみたいだけど疲れてるんじゃない?」

ならば、さっさとプレゼントを渡して早く家に帰してあげねばと私は気を使いながら言った。

「へっ?ほっ?うん!
ダイジョーブ!ダイジョーブ!
ちょっと昨日あんまり寝てないだけだからエヘヘ」

大ちゃんは恥ずかしそうに笑うと、
「さて、どこに行きましょうか?」
とエンジンをかけた。

「えっ?いや、今日はこれを渡すつもりでだったんだけど…」
私は紙袋を大ちゃんに渡した。

「えっ?あ、ありがとう。
じゃあどこも行かないの?」

「えっ?だって昨日寝てないんでしょ??
帰ってゆっくり寝なきゃダメなんじゃない?」

「いやっ!ここに来てから1時間くらい寝たからもう大丈夫!」

え…1時間前から来てたのか…
そんなに早くに来て何をしてたんだ一体。
あ、寝てたのか…

心の中で色々とツッコミながらも、

「わかった。じゃあせっかくだから遊びに行こうか。」
私が言うと、
「うん!遊園地は?」
大ちゃんがメガネをかけながら聞いてきた。

あれ?
メガネ?

「うん。寝てないせいかコンタクトすると目が痛くて…俺、目がすごく悪いからコンタクトないと全然見えないし。メガネ好きじゃないんだけどね。」
大ちゃんがちょっと恥ずかしそうにする。

メガネは大ちゃんにすごく良く似合っていて、ひそかにメガネ男子大好き女子だった私はドキドキした。

この子、本当に美形だ…

でも顔のことばかり言うときっと気を悪くさせると思った私は、
「メガネ、よく似合ってるよ。」
とサラッと伝えた。

No.42 22/05/27 21:33
ミューズ ( ♀ tolVnb )

私達を乗せた車はしばらく走って小さな遊園地に着いた。
有名テーマパークと違い、小規模遊園地は比較的空いている。

ジェットコースターという名のミニコースター、お化け屋敷らしき?ホラー館、グルグル回るブランコ、どれもが地味でショボイ。

でも、とてもとても楽しかった。

散々はしゃいで笑い合う。

「ミューズ!次何に乗る?」

楽しそうに頬を紅潮させて聞く大ちゃんに、
「そうだね。やっぱり観覧車かな?」
と答えると、一瞬大ちゃんの顔がピクっと痙攣したような気がした。

「んっ?観覧車嫌い?静かに回るだけだからつまらないかな?」

「いやそんなことないよ。観覧車乗ろ~!2人きりになれるし。」

大ちゃんは変な冗談を言いながら、早く!早く!とばかりに私の手を引っ張った。

2人きり…

2人きりの空間で夕暮れ時の遊園地を見下ろす。

ドラマのシチュエーションみたいじゃない?

何か素敵。

ワクワクが止まらない。

私達は手を繋ぎながら観覧車の方に走って行った。

人のまばらな遊園地はいつしか夕暮れ時の薄闇に包まれ、あちらこちらで点灯した照明がキラキラと輝きを放っていた

No.43 22/05/27 21:35
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「どうぞ~」
係のお兄さんがニコニコとゴンドラの扉を開けてくれる。

私達が乗り込み向かい合って座ると、
「行ってらっしゃ~い。」
とお兄さんはニコニコと扉を閉めた。

少しずつゆっくり上昇していく。

少しずつゆっくり周りの景色が下に広がっていく。

私は後ろを振り向いて外の景色を見た。

ジェットコースターやお化け屋敷、私達が遊んだアトラクションが真下に見える。
少し視線を遠くにやると遊園地の照明がキラキラと星の様に光って見えた。

「綺麗…」

「……」

んっ?

視線を前に戻すと、大ちゃんが真剣な表情でこちらを見ている。
何故だかメガネも外している。

「うわっなに?どうしたの?」

「ミューズ…横に座ってもいい?」

言うが早いか大ちゃんは私の横に座り、私を抱きしめてきた。

No.44 22/05/27 21:39
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「えっ?ちょっ、やだ、周りから見えるよ。」
焦る私の様子に、
「ごめん…」
と大ちゃんはおずおずと私から離れると、
「あの…その…隣に座ってるのはいい?
目をずっとつぶってるから着いたら教えて…」
と蚊の鳴くような声で言った。

「へ?どういうこと?
まさか…」

「う…ん…実は高所恐怖症で…見えないようにメガネ外してもみたけど…もう…無理…かも…」

いいいいいい??!!

ゴンドラはやっと1番てっぺんに差し掛かろうとした所だった。
またまだ残りはかなりある。

「ちょっとやだ!何で言わないの!
言ってくれたら乗らなかったのに!」
焦る私の言葉に、

「.だって…ミューズ…乗りたそうだったし…ミューズが喜んでくれたら俺、頑張って我慢できるかなって…」

バカだな…もう。

普段の大人びた態度や表情はどこへやら、怯えた子犬の様な目をして俯いている大ちゃんを私はそっと抱きしめた。
?!
大ちゃんは少し驚いたが私のなすがままになっている。

「ほら、こうしてれば少しは落ち着く?」

「うん…」

「目をぎゅっと閉じててね。着いたら教えてあげるから。」

「ミューズ…」
少し落ち着きを取り戻した大ちゃんが言う。
「なに?」
「ずっとこうしててくれる?」
「うん。大丈夫だよ。ずっと横にいるよ。ずっとしててあげるよ。」

「うん…」

大ちゃんを抱きしめながら私はふっと視線を下に落として大ちゃんの足元を見た。

足には真新しいバッシュを履いている。
昨日、私達がプレゼントしたやつだ。

喜んで早速履いてきてくれたんだ…

可愛くて愛おしくて胸が熱くなる。

私は大ちゃんの髪に顔を埋めた。
大ちゃんの髪からは昨日と同じシャンプーの爽やかな香りがした。

No.45 22/05/27 21:56
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「ミューズ…ごめんね…」
観覧車を降り駐車場に向かう途中、
打しおれながら大ちゃんが言う。

「俺…かっこ悪いよね。」

「なんで?私のために苦手な観覧車乗ってくれて嬉しかったよ?」
心からの言葉を言ってみるも、
「うん…でも…」
あまり響いていないようだ。

そうだ!

「ねぇ?私からのプレゼントまだ開けてくれてないでしょ?
車に戻ったらすぐに開けてみてよ!結構苦労して買ったんだからね!」

私の言葉に大ちゃんもアッ!という顔になった。

クルマに戻ると大ちゃんは早速包みを開ける。
「あ~っ!ドラムだ!!」
大ちゃんはプラスチックケースの中に手を入れると嬉しそうにドラムをトントンと指で叩いてみせた。

「喜んでくれて良かった。」
私がホッとして笑うと、

「昨日、皆でってバッシュくれたのにまたこんな高そうなプレゼントくれて…」

「ううん、いいの。
それより、バッシュも今日早速履いてきてくれて、喜んでくれてるのが伝わってきて嬉しいよ。」

私のその言葉に大ちゃんの目が急に輝いた。

「ねぇ、ミューズ。
今から行きたいとこがあるけどいいかな?」

「いいよ。」

私の返事を聞いた大ちゃんはウキウキと小一時間ほど車を走らせ、薄暗い空き地の様な駐車場に車を停めると、

「ここだよ。」
と更に嬉しそうな顔をした。

「えっ?ここって?」

「うん。最近よく来る場所。」

大ちゃんは、そう言いながら先に車を降りる。
慌てて私も降りると、
「駐車場を出て右に曲がったすぐだよ。」
と手を引きながら案内してくれた。

「わあ!」

角を曲がった私の目の前には、隣接する公園の外灯の明かりを受けて夜の闇の中に浮かび上がる3on3のコートが広がっていた。

No.46 22/05/27 21:59
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「へぇー」
私はゴール下に立ち見上げた。
懐かしいな。
高校の球技大会以来だ。

シュートを打つ真似をしてみる。

「やってみる?」
大ちゃんは言うが早いか、駐車場の方に走っていき、バスケボールを抱えて戻ってきた。

「え?どうしたのそれ?」

「うん。友達といる時に、気が向いたら来るからボール車に積んでる。」

言いながらボールを私に渡してくれる。

よしっ!
シュートを打つ。
げっ、ゴールにすら届かない…
テンテンテン…情けない音を出しながら転がっていくボールを笑いながら拾い上げた大ちゃんがシュッとボールを投げる。
スッ。
簡単にゴールが決まった。

はぁ、何でも私より出来るのねぇ。



私は新人研修の時の大ちゃんを思い出した。

「その子」は私のすぐ斜め前に座っていた。
いつも人事教育部の講師さんの話を聞いているのか、聞いていないのか、ボーッとした表情でいつもつまらなさそうに欠伸を噛み殺していた。

「この研修での講義内容から最終日の前日にテストをします。テストは採点をして翌日皆さんにお返ししますが、コピーを各自の配属店の店長にもお渡ししますのでしっかり勉強して下さい。」

講師のその言葉に、
うわっ、しっかり聞かなきゃ。
講師の言葉に焦る思いで必死で講義を聞き、ノートをとる。

他の新人達は私より年下ばかりだ。
悪い点を取ったら恥ずかしい。

家に帰って復習もしてしっかり勉強した。
テスト当日、
「うっ、思っていたより難しい…」
ダメだ。落ち着こう。
焦りながらもふと斜め前を見ると、
「.その子」はつまらなさそうに問題用紙を一瞥したかと思うとサラサラっと何かを書いてすぐに突っ伏して寝てしまった。

No.47 22/05/27 22:01
ミューズ ( ♀ tolVnb )

えっ?なんなの?
例え分からなくても最後まで普通考えない?
テストはいつも時間ギリギリいっぱいまで粘るタイプの私には彼の行動は理解できなかったが、人の事を気にしている余裕はない。
とにかく良い点を取らなきゃと必死でテストに取り組んだ。

真面目に勉強したのと、最後まで粘りきった甲斐があり、
翌日の最終日に返されたテストは周りのほとんどが80点台だった中での95点だった。
ふむ、悪くない。

これで午後から配属店の店長に会っても恥ずかしい思いはしなくてすみそうだ。

午後に迎えに来てくれた店長と共にオープン前の店舗に着いた私達はオープン準備中のスタッフへの挨拶後、休憩室で簡単なオリエンテーションを受けた。

「さてと。」
店長は人事教育部から渡されたテスト結果の封筒を開封し中を覗くと、
「おっ!すごいな。」
とニコニコとした。

「ありがとうございます。」
と答える私に、
「うんうん。95点に100点なんて田村さんと神谷君はなかなか優秀だ。」
と店長は優しくほめてくれた。

ほめてくれた。
ほめて…
えっ?100?!

大ちゃんこと神谷君は全く興味のなさそうな顔をしていたが、
「ありがとうございます。」
と無理矢理な作り笑顔を作ってボソッと頭を下げた。

「ねぇねぇ、すごいね、満点なんてなかなか取れないよ。」

オリエンテーションの合間の休憩時、私は大ちゃんに話しかけた。

「別に。ちょっと要所の話聞いて適当に書いたら取れるでしょ。」

店長に対しての作り笑顔とは裏腹に私には相変わらずぶすっとした顔で答える。

はぁ。

もうやだこの子。

でも頭の回転は早そうだな。

一緒に仕事して慣れればもっと打ち解けてくれるかな。
よしっ!頑張ろう!

基本、ポジティブな私はグッと心の中で気合を入れた。

No.48 22/05/27 22:03
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「ミューズ?」

声をかけられてハッとする。

「ミューズ?疲れちゃった?そろそろ帰ろうか。」
大ちゃんがニコニコしながら立っていた。

「.あ、うん。」
返事をした私と大ちゃんは並んで歩き出した。

あれ?
研修は3月の終わり頃、今は6月の終わり頃。
3ヶ月の間に、あの仏頂面とこうやって仲良く歩く様になってる。

そういえばあんなにぶすっとした態度を取っていた私に対して急に好きだとか言い出して、一体何がこの子の中であったのか?

人を本気で好きになるのにじっくりゆっくりと時間をかけるタイプの私には大ちゃんの言動が正直理解できなかった。

「ミューズ?」
車に乗り込んだ途端、大ちゃんが声をかけてきた。

「えっ?なに?」

「いや、なんか…機嫌悪そうだなと思って。」

大ちゃんの言葉に私は慌てた。

「あっ、ううん。ちょっとね考えてただけ。
研修の時にはあんまり私の事を好きじゃなさそうだったのに、何故急に親しくしてくれる様になったのかな?って。」

「…から…」
大ちゃんがボソボソ声を出す。

「えっ?何て言ったの?」

聞き返した私に、
「研修の時からずっと気になって好きになってたからだよっ!!!」

と大ちゃんが半ばやけくそ気味に叫んだ。

No.49 22/05/27 22:10
ミューズ ( ♀ tolVnb )

「うおっ!」
び、びっくりした。

「え?!気になってたって…何か気になる様なことしたかな?」

「えっ?何かって…」
カアアアア。
大ちゃんの顔が耳まで赤くなる。

えっ、やめて、そんなリアクションやめて、こっちが恥ずかしい。

「だってほら大ちゃん最初の頃は素っ気なかったし。ホント仏頂面で怖かったよ。」
私は気恥しい空気を払いたくてわざと笑いながら茶化した。

「あ~そんなに愛想無かった?
うん、まあ気恥ずかしかったのと…」

大ちゃんはそこでちょっと言いよどむ。

「ん?」

「.いや、気にはなってたけど…
簡単に人を信用なんてできないから警戒してたっていうか…」

…えっ…

「あのさっ、この人を信用出来るなって思ってから普通気になりだしたりしない?」
私はごく当たり前と思われる疑問を口に出した。

「いや、この人気になるなって思っても深く知り合うと違ったってことあるよ。」
大ちゃんはアッサリそう言った。

まあ確かに…

「それに俺、人のことをあまり信用しない様にしてるし。」

へ?

ということは…
私の事もまだ信用してないって事じゃないかな?

急に虚しさと寂しさが私の中に押し寄せてくる。

「何でそうなの?そういうの寂しくない?」
との私の問いには答えず、

「ミューズはすぐに人を信用しそうだね。単純そうだもんね。」
と大ちゃんは笑って私の頭をポンポンした。

この子は一体どういう子なんだろう。

私を好きだと言ってくれてるけれど、本当にそう思っているのだろうか。
と、いうかそれ以前に私の何を好きなのだろう。

色々と考えてみたが答えが出るわけもない。
まっいいか。
そのうちに聞いてみよう。
どうせ今聞いてみたって答えそうにもないしね。

マイペースで面倒臭がりの私の悪い癖である。

多分…
私と大ちゃんの性格って真逆なんだろうなきっと。

「ミューズ?」
大ちゃんが黙り込んだ私に声をかけてくる。

「んっ?ああ、さっ帰ろうか。」
私は笑って答える。

「…」
大ちゃんはそんな私を黙って抱きしめてきた。

No.50 22/05/27 22:13
ミューズ ( ♀ tolVnb )

この子、やっぱりよくわからないな…
何か抱えてる感じはするんだけど…

あいつは繊細で天邪鬼…
と言ったユータンの言葉を思い出す。
天邪鬼。
心で思っていることと逆の事を言ってしまう人…だったっけ?
そうなの?
大ちゃんの本音はどこにあるのかな?

大ちゃんに抱きしめられながら、私はまだ見えてこない大ちゃんの心の内をそっと思った。

「ミューズ…何で簡単に人を信じることができるのかな?」
私を抱きしめながら大ちゃんがポツリという。

「え?わかんないよ。それに信じられないより信じる方が幸せじゃない?」

「ミューズは幸せに育ってそうだね。」

「あ~そだね~。甘やかされ気味で何も出来ない子だったから大人になって苦労してるけどね 笑」

「そか…」
大ちゃんは小さく呟くと、
「俺は早くお金を貯めて家を出たい…
あの家にはいたくない…」
と語気を強めた。

「えっ?」
聞き返す私に大ちゃんはかいつまんで自分の事情を話してくれた。

幼い頃の父親からの暴力。
一人っ子の自分に過干渉するくせに父親の暴力には見て見ぬふりの母親。

「今も…暴力…あるの?」

「ううん。
中2の時に、殴りかかってきたのを逆にやり返してからもう手を出そうとしてこない。」

「そっか…」
良かったねと言うべきかどうか悩んだ。

「父親は暴力以外は特に何もない。
だから母親よりは全然いい。」.

「お母さんと仲よくなれないの?」

「仲良く?」
わたしの言葉に大ちゃんは鼻で笑った。

そうして、
「もし父親が寝たきりになったら多少は面倒みるかもしれない。
でも母親は知らない。
どこでどうなろうと関係ない。」
とゾッとするほど落ち着いた声で淡々と呟いた。

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