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自由なパンダさん( 10代 )
21/09/17 17:04(更新日時)

 とても涼しい美術館には出来のいいエアコンのほかに、抽象画や具象画が掛けてあり、ひとはそれらの周りをまわって分かろう分かろうと、少なくとも私よりは努力していたのだった。
 色にこだわったり比喩にこだわったりできるひとびとは幸いである。私としては世界がいかに美しかろうと何の得でもないのだ。私がはじめて習慣から抜け出た日に、タクシードライバーはこのように私を諭した、
 『遺書とかありますか?』
 「いいえ」
 『書いといたほうがいいですよ、死んだあと楽ですから。ほら、コンビニです。一緒に買いに行きましょう、びんせん』
 「降ろしてください」
 『嫌ですよ。』
 「ここで降ります」
 『いけません。』
 その日は結局面倒なのでやめた。自宅前まで送り返すと彼は代金をせびらずに私が家に入るまで私を監視し続けた。彼は彼なりにやさしいのかもしれないがやはりやさしさは私とは別に存在するのだなあという結論しか私は引き出せない。
 美に関しても同様である。調和や端正さを感じているあるいは感じたいひとたちは何をそんなに焦っているのだろうか? 彼らの生きたいという気持ちは美に肩代わりしてもらわねばならないほど膨大なのか。だとしたら自殺などという言葉がこれまで絶滅しなかったのは奇妙なことだ。
 ロビーの自販機でいちご牛乳を買う。
 体は勝手に生きていてくれるのだという人がいて私もそれに賛成である。どうやっても自分の首を絞めることはできないし私がいちご牛乳を飲むこの間にも自然免疫が十全に機能していることは確かだ。体に限らずこの世じゅうの実に多くの物的なものは人間を引き留めるのが非常に上手で人類が「客体」という概念を発明した理由はここにあったかと思いさえする。しかしそういった手招きのかずかずはそれを知覚できるほど明るい感受性の持ち主の前にしか現れないということを多くのひとが失念している。信仰に近い。生きるということを了承してからでなくては生きるべきだという声は聞こえてはこない。そして死を前にして彼らは震えながら自らの教義をより強く確認するのだ。
 明治のいちごオレはおいしいなあ。
 私がいま教徒たちに対して最も憐れんでいるのは彼らが集団として相対主義を受け入れつつあるということだ。賢くなればなるほど誰も何も言うことができなくなるはずである。あるいは私のような人間が続々とあらわれでもしたら彼らはどうするのだろうと思うがそれはわたしを止めるほどのことではない。さようなら。



 

No.3375697 21/09/17 17:04(スレ作成日時)

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