SIDE STORY OF GUNDAM Ζ IF
あらすじ
宇宙世紀八十年
ア・バオア・クーの戦いののち地球連邦軍とジオン軍の間に終戦協定が結ばれた。
皆、突然訪れた平和に歓喜した。
しかし地球に残した戦争の傷痕は大きく地球は病んでいた。
そして得るところの無かった戦争によって国力は衰え一般市民の不満は高まっていた。
地球連邦政府は国民の怒りの方向を戦争を引き起こした旧ジオン共和国に向ける事により国民の統制をはかろうとした。
そして秘密警察によるジオン狩りをはじめた。
その秘密警察を人々は『ティターンズ』と呼んだ。
(オリジナルより抜粋)
ティターンズから監視のもとにあったかつてのニュータイプ・パイロット、アムロ・レイを救出したカミーユたちは宇宙へと脱出を図ろうとしていた。
しかし、クワトロ・バジーナ、ジェリド・メサたちティターンズの追撃はゆるむことはなかった。
そして、月の裏側でΖ(ゼータ)グスタフの性能試験がひそかに続いていた。
※未完に終わった『Ζガンダム』のもうひとつの物語をIF的な解釈や想像を含め進めていきます。
オリジナル作品と異なる点は多々あるかと思いますが、ご了承ください。
16/10/31 18:12 追記
現時点での私の構想はオリジナル作品同様にアムロ、シャアは互いに迷走し苦悩する段階。
カミーユについては『Ζガンダム』とちがい主人公ではない扱いとし月に着いてからΖグスタフ量産型(未定)のパイロット候補のひとり。その前にΖグスタフのパワーを上げるのも考慮。
『0083』よりカリウス、『Ζガンダム』よりエマ、カクリコン、ジャマイカン、ライラのカメオ出演。
展開が遅いのはご了承ください。
17/03/18 15:17 追記
諸事情によりしばらく物語を進めるのは停止いたします。
機会がありましたらいずれ再開をしたいと思います。
楽しみにしてくれた方には心から申し訳ありません(^.^)(-.-)(__)。
いずれまたということでお願い致します。
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「宇宙(そら)に戻るのは不安なのか」
いえ、とまだ若い面影がある少年兵は大人びたアムロの声にわずかに顔をあげた。
「私は君たちエゥーゴの理念や思想はひとりの人間としてわかるつもりだ。だが、私に期待されても……」
「エゥーゴの上層部は貴方に期待しているようです。私は末端の兵士なので詳しくは知らされていません」
そうだろうな、とアムロは思った。かつてのホワイト・ベースも連邦軍にっては本来ならジオンに対しての切り札であったが、サイド7の襲撃で素人同然の自分たちが操艦し補給さえままならなくじゃブローにようよう着いた時に正式に第13独立艦隊として組織に組み込まれた。
だが、その後もジオンやシャアに狙われることも度々あった。
苦い記憶に触れた。
「ですが、上層部は貴方に期待をしています。アムロ・レイ」
「……私はあの宇宙に出ることに怯えがあるんだ」
怯え?、と聞く少年兵から顔を逸らすようにアムロは瞬く星空と元ジオンである彼らが急ピッチで整備しモビルスーツを格納しているシャトルを複雑な表情で見つめた。
しかし、ティターンズの追撃は刻一刻と迫っていた。
夜の闇を光茫が飛んでいた。しかしその光茫は流星ではない。
「奴等、どこから宇宙に飛ぶつもりでしょう」
「焦るな、ジェリド中尉。エゥーゴはアムロをなんとか地上から離したいはず」
黒いサングラスをつけたクワトロ・バージナ、かつての赤い彗星の姿が一年戦争で兵器の在り方を変えた機動兵器、モビルスーツのコクピットの中に彼はいた。
一年戦争後、格段に進化を遂げたモビルスーツのコクピットはリニアシートや三百六十度スクリーンに進歩し、クワトロのまわりは闇と眼下に映る人々の街の光りが見えた。が、その瞳の奥にはアムロ・レイ、そして自らが所属するティターンズに人質に取られたセイラ・マス、本名アルティシア・ソム・ダイクン、妹の姿があったかもしれない。
ティターンズの別動隊がアムロを連れ去った別の部隊を撃破とした、と通信があった。
奴等は地上から一刻も離れたいはず、もし自分が敵の指揮官ならと彼は考え地図を出した。敵に気取られず一刻も早く地上から離れられるポイント。そしてジオン残党、いやエゥーゴを支援する者たちがいる拠点……。
「ヒッコリーだ」
「ヒッコリー?何故です」
「ヒッコリーにはシャトル発着場がある。そして奴等を支援するエゥーゴの者たちがいる」
ジェリドの疑念をかき消すようにクワトロは伝える。別動隊にも伝えるように伝え、クワトロは自らの機体をヒッコリーに向けジェリドも舌打ちしながら後を追った。
「ヒッコリー、あそこは確かに古びた発着場があったが。まさか……」
クワトロとジェリドが乗っている機体かガンダム・MARK3。ガンダムMARK2の後継機ではあるが、まだ一部のパイロットにしか配備されていない機体はベースジャバーに乗り黒い空を飛翔していた。
「アムロ大尉、カミーユ軍曹そろそろシャトルに搭乗よろしいか」
「……俺が宇宙にいかないとならないのか」
少年兵にはアムロが宇宙にいくことに躊躇いがあるのを感じていた。たしかに自分たちの部隊が彼を救出したが、逡巡が見えた。
しかし、上官はわずかに眉を曲げながらゆっくり近づき拳を一年戦争の“英雄”の頬に叩き込んだ!
「失礼を承知であなたに修正をさせてもらった。かつての戦争であなたは私たちの仲間を殺しあなたもまた同じ悲しみを抱いたでしょう……」
「……」
上官は拳を震ったことに拳を震わせながらいたたまれないように語った。だが、その瞳にはジオン軍人としての魂が深く静かに宿っていた。
「今また連邦政府の政策によりティターンズの手により苦しむ者たちは、ジオンや民間を問わず苦しんでいる者たちがいます。我らが戦うのは連邦政府の悪しき政治を行う者、ティターンズに与する者。うまくはいえませんがとりあえずの敵でもあるのです……」
「……だが、俺が宇宙に上がってなんの役に立つ?」
「わかりません。我らは一兵卒でしかありません。ですが、そこにいるカミーユのように両親をティターンズに殺された者を生み出さないために何かをしなくてはなりません。シャトル搭乗まで時間ありません。失礼します」
アムロは上官からの拳から彼がモビルスーツ乗りであることを皮膚感覚と経験から知り、口の中が錆くさい味なことに気づいた。
「大尉……」
「カミーユといったか。救出してくれたことには感謝はする。礼は言っておく。だが、さっきも言ったが俺が役に立てるとはわからない……」
ふたりはしばし星空の下で言葉なく口をつぐんだ。しかし、静寂はいつまでも許されなかった。
シャトルは発射台に合体するかのようにくっつきシャトルパイロットたちが最終点検をした時に夜空をつんざくように警報が響くようになった。
「警報!警報!ティターンズ所属らしいモビルスーツ部隊が基地に接近中!モビルスーツに乗れる者はただちに搭乗、迎撃態勢を取れ!」
瞬間、爆発が基地に置かれている整備クレーン車を襲った。
やはりいたか、とクワトロいやシャアはサングラスの奥の瞳を輝かし機体を操った。
なぜいたのがわかったかというと、経験と勘に従ったわけである。ヒッコリーの近くにはさびれた戦争博物館があり諜報部の情報によると、ジオン残党がいたという。そして平時になりほとんど使われていないシャトル発射場。アムロ邸からは近くもなく遠くもない。それでいて闇に紛れやすい地形。
「大尉はシャトルへ」
「カミーユ、お前もシャトルへ乗れ!迎撃は俺たちがする」
上官であるグラントン大尉の言葉が、カミーユに迷いを生むが軍では上官の命令は絶対だ。
逡巡している様子のアムロの腕を握り旧式のシャトルに向かう。また爆発がしたことに後ろ髪がひかれなくなかった。
「敵は二機だ!あせるな!こちら大尉を宇宙に帰さなくてはならない」
グラントンはコクピットで叫ぶが、こちらは旧式のザクおよび改良型のハイザックである。
「シャトル発射まであと何分だ?」
「五分といったところです。棺桶で死ぬたくないぜ」
「こちらもだ。だが、大尉を宇宙に帰すんだ」
シャトルのパイロットが強がりを言うのを耳にしながら、グラントンは死ぬ覚悟はあった。
だが、敵はベースジャバーに乗り上空からビームを放つガンダムタイプ。性能差は否めない。
「だが!」
「近づけさせないつもりか!」
クワトロはザクがマシンガンを闇に放つのを見て光茫が流れるのを見ながら、一撃必殺のビームを放つが闇の大地を撃つだけだ。
「大尉!」
「ジェリド中尉あせるな!分散するより集中しろ」
「り、了解」
焦りが目に見えてわかった。アムロを宇宙に帰せばそれはティターンズの失態が世間に露になる。アムロ・レイが政治的にも大事なのだ。
「シャトルを守ればいい」
「宇宙へか……」
アムロはまだ宇宙に行くことに躊躇いがあった。だが、事態は考える猶予さえ与えない。
シャトルの中には自分を含めカミーユという少年兵とごくわずかだった。ジオン、いやエゥーゴの人員不足がうかがえた。
また爆発の光が上がりそれがモビルスーツであった。
モビルスーツの爆発の光を見たカミーユは死ぬかもしれない、と思った。が、アムロは声をかけた。
「いまできるのは座って待つか。あるいは……」
「あるいは?」
アムロはシートに座りベルトをしたまま答えなかった。死ぬことが怖くないのだろうか。
今度は、ビームではなくなにか火薬の爆発が付近を襲った。
「シャトルパイロット、あと何分だ!?」
「さ、三分です」
三分、その間に自分たちの生き死にが問われている。アムロは考えた。このシャトルにはカミーユが搭乗した見慣れないドムみたいな大型の機体、そしてザクの改良型とされる機体が格納されている。
どうする、とアムロは自らに問う。
「機体を借りる!」
「大尉、待ってください
どこへいく、と乗組員たちの憤りが混じる声がするなかシャトルの格納庫にアムロははしごを伝い下りた。
「ザクタイプか、慣れないが……」
せめてガンキャノンやジムタイプならと思いながら慣れないリニアシートのコクピットに身を置く。基本はかつて自分が乗ったモビルスーツと同じと言い聞かせる。
「カミーユといったな!君は動くな」
一年戦争の英雄がジオンのザクに乗るという違和感がありながら怯えるように見つめた。ハイザックのモノアイに輝きがあり機体のロックを解いた。手にはビームライフルではなくマシンガン。
あれでは撃破できないぞ、と若き少年兵は思った。
アムロはシャトル内の格納ハッチを開いてマシンガンの安全装置を外した。見えるのはベースジャバーに乗ったガンダムタイプが二機。
ガガガ、と撃つが当たるはずがない。
あたりまえだ。敵は動いていてこちらは動けない。
「大尉!」
ガガガ、とアムロはもう一度マシンガンを斉射した。すると、一機のベースジャバーが爆発しガンダムタイプの機体は落下していった。
「ジェリド中尉!」
アムロか、とシャアの勘が瞬時に告げていた。シャトルを攻撃するためには発射台を包囲しなくてはならず攻撃には旋回し間がある。
アムロと思われるザクタイプは最初の射撃は牽制し、次に放った射撃が本命だった。
ちっ、とクワトロは舌を撃った。地上に落下したジェリド中尉を援護しなくては単独ではシャトルを攻撃できない。
「ジェリド中尉!ちっ」
シャトルから姿を見せたザクタイプがもしアムロなら、接近は容易ではない。なによりジオン、いやエゥーゴはシャトルを打ち上げるために旧式のモビルスーツから機銃となんでも持ち出し攻撃している。
うかつなのだ、ジェリド中尉はと思った。
アムロと思われるザクはシャトルのハッチからギリギリの範囲でジェリド中尉を狙った。旋回し死角となったはずだが、モビルスーツの動きは人間と変わらない。旋回し影に入りかけたところをアムロはマシンガンだけを向け撃ったのだ。
「あと二分!」
「大尉!!」
「じっとしていろ!」
カミーユと呼ばれる少年兵が焦りに顔が緊迫しているのがモニター越しに見えた。彼は柱にくっついている。
「アムロ……。宇宙にはいかせん!なんだ?」
シャアの呟いた瞬間、別の方向からビームの光茫が闇の中に放たれた。高速で移動する物体、モビルアーマー……。
いや可変モビルアーマーと称される機体だった。モビルスーツより一回り大きく火力もある。
「別動隊を撃破した部隊が追いついたか!?」
「大尉!」
可変モビルアーマーは制空圏内に入ると、旧式のモビルスーツや機銃を載せた小型車を動けなくしたり破壊していった。
「ニュータイプ!?いや……」
偶然か故意かわからないが、アムロとシャアは可変モビルアーマーの存在に同じ言葉を発していた。
だが、シャトルの発射が迫っていた。
アムロは、機体をシャトルのハッチから出したい衝動に堪えた。自分のためにジオン、いやエゥーゴの者たちが盾になってくれていたからだ。彼らの気持ちを無駄にできないしたくないと葛藤があるくらいは人並みにはあった。
「火力がちがうが……」
あと一分、と思った。
シャアはサングラスの瞳の奥で、アムロらしいザクの改良型を見つめた。
アムロ……、と胸の中で呟いた。
可変モビルアーマーは高速で旋回しながら戦場を蹂躙しつつあった。流れは変わろうとしていた。
この時クワトロ・バジーナは思った。目に見えるザクのパイロットがハッチから出てきたら自分に撃破できるのか?
わずかな間、自問した。ティターンズ、モビルスーツのパイロットとしてなら撃てている。だが、つい数時間前までかつて一年戦争で敵対しララァというひとりの少女を間に互いに苦悩し葛藤した相手でもあった。ア・バオア・クーで生身で戦った時、アムロという少年の純粋さは理解さえした。
「そこのモビルアーマーのパイロット!邪魔だ!」
瞬時に葛藤から思いを振り払うようにシャトルにライフルを向け放つ。シャトルのそばの地面が爆ぜた。
「大尉!?」
「いかせはせん!!」
「シャアか!?」
アムロは向かってくるベースジャバーの機体から彼の気を感じた。それは数時間前までアルコールを交わした相手であり、一年戦争で戦った相手そのまま。
ただちがうのはかつて戦った時とは機体がそれぞれちがいすぎた。
カミーユが叫んだ。
「大尉!!」
瞬間、シャトルの下から地面を撒き散らすように炎がゆっくりと静かに浮き始めた。カウントダウンが迫りアムロはマシンガンの音を派手に鳴らした。機体の腰にクラッカーと呼ばれる爆薬弾があるのに気づいた。
わずかに迷っていると、シャトルはふわりと上がり一瞬で高速に星空に上昇し、爆煙を地面に向け上がった。
「くっ!」
「ちっ!」
またしてもふたりは互いに舌を鳴らすようにしたのを気づかないままだった。アムロは機体をそのまま片方の膝を上げシャトルのGに任せた。
ふと見ると、カミーユという少年が不安げに見つめていた。
シャアはシャトルが浮き上がった瞬間、ライフルを放ったが遅かった。ひとつのビームさえ掠めなかった。
赤い彗星がみすみす敵を逃すなど、かつての一年戦争で木馬を逃がした時のようだった。
「そこのガンダムタイプ!オレの邪魔をなぜした」
可変モビルアーマーのパイロットらしい女性の声がコクピットに伝わった。シャアは一瞬、クワトロ・バジーナからシャアに戻っていた自分を受け止めることにわずかだが感傷していた。
ヒッコリーでの戦闘は、終わりを告げていた。
宇宙に戻ってきた……。考える間もなく。無重力の感覚は、ひとりの少女を想起させるには充分だった。
「た、大尉……?」
「すまない。勝手なことをした」
コクピットから下り無重力の感覚に身体がふわりと地面に着く。
シャアといきなり相対したことに感慨さえもなく身体はかつての戦いをおぼえていた。
「大尉はニュータイプなんですよね。だから、さっき戦えた……」
「よしてくれ。たまたまだ……。身体がおぼえていたんだ」
「……」
「懲罰があるなら受けるつもりだ。そっとしといてくれ」
ジオン、いやエゥーゴのなかにはティターンズが入手した情報をシャアから聞かされたことを思い出す。『エゥーゴのなかにはもとホワイトベースがいるという』、シャアの錆び付いた声が耳に残っていた。
シャトルの搭乗シートに戻ると、エゥーゴの兵士たちの視線には賞賛と懐疑のふたつが存在していた。彼らも先ほどの戦いを見ていたから当然だった。
「カミーユ、さっきの戦いでグラントン大尉は亡くなったと」
え、とカミーユの表情から驚愕と戸惑いが浮かんだ。
アムロはちらりと見ながら声をかけることはしなかった。またシャトルの窓から見る宇宙の星々から目をそらすようにカバーを下ろした。
星を見ると、ララァを思い出す。宇宙に戻るべきではなかった。
シャトルが何処に向かうかは聞くつもりはなかった。
シャトルはアムロが知らないランデブーポイントに静かに速く向かっていた。
エゥーゴのシャトルが宇宙を静かに航行してる頃、シャアいやクワトロ・バジーナはジェリド中尉と共にアメリカにあるティターンズ本部を訪れていた。
バスク大佐の私室を訪れれると彼の野太い声が伝わった。
「追跡任務、ご苦労だったな大尉」
いえ、とクワトロはサングラスの奥の瞳で深く沈んでいた。任務で失敗をしアムロやエゥーゴを宇宙に行かせてしまった。
「心配するな。この程度で妹をどうにかせん。私が憎いのはジオン、いやエゥーゴの連中どもだ」
バスク大佐は一年戦争の折りジオン軍に捕まり拷問を受けて目は失明寸前下半身は不随になったという。見た目の巨体に似合わず彼は一年戦争の犠牲になりジオンを誰よりも憎んでいる。さらに言葉が重なる。
「アムロ、アムロ・レイ。奴はエゥーゴと共謀している。いい口実になる。エゥーゴの本部を突き止めニュータイプもろとも殲滅すればいい」
「!?」
野太い声の内にエゥーゴに対する憎しみが驚愕させた。アムロがエゥーゴと共謀してる事実はなにもない。
シャイアンの豪邸でアルコールを酌み交わしたアムロに嘘らしい嘘は少なくても自分には感じなかった。殲滅しろだと。
「大尉、ジェリド中尉には宇宙に上がってもらいエゥーゴ殲滅に働いてもらいたい。新たな部下もつける」
バスクの声を背にし私室を出て行くクワトロの背中は重かった。ジェリドはシャアの監視する立場でいたが、先ほどの戦闘で助けられたことがよぎった。
赤い彗星か、とジェリドはひとりごちた。
「中尉、少し休ませてもらうがいいか」
「構いませんが」
「なんだ、言いたいことがあるなら言ってくれ」
「先ほどの戦闘でのことありがとうございました。援護がなければ自分はやられていた」
なんだ、そんなことかとクワトロは思った。
「ジェリド中尉、キミはいいパイロットだ。だから助けた」
失礼する、と敬礼を返しクワトロは自分の部屋に戻った。そこは静寂が支配するシャアの部屋であった。
クワトロ・バジーナ、いやシャアはサングラスを外し思う。
アルティシア……。妹がティターンズのどこか関係してある組織に監禁や幽閉されているはずであった。だが、いまの自分はティターンズの手足そしてジオンの裏切り者。
地に落ちた赤い彗星がいた。
しかし、もとホワイトベースのメンバーがエゥーゴに荷担しているという情報。考えられるのは戦後の混乱の最中だろうか。
時代は平和になりもとホワイトベースの乗組員は一時であれ“英雄”扱いされた。あり得るのはティターンズが連邦に発足しジオンへ迫害が及んだ前後か……。
ティターンズは地上に宇宙にミノフスキー粒子を撒き地上宇宙間の連絡や通信は限定的にさえしている。
わからん、と口の内で呟いたようだった。
気づいた時には朝を迎えていた。
クワトロはシャワーを浴び着替えティターンズの漆黒の制服に着替え、昨夜の報告書を自らに与えられた執務室でまとめていた。だが、自分はいま何をやっているのかと心の内で問いていた。
「なんだ、ジェリド中尉?通せ」
別室のジェリド中尉から連絡が入り、昨夜の戦闘について別動隊の追跡をつとめたクルツ・マイヤーと呼ばれる可変モビルアーマーのパイロットがジェリドと共に入ってきた。
「はじめまして、クルツ・マイヤー中尉」
「フン、これがジオンの赤い彗星か。オレの作戦を邪魔しやがって」
「クルツ中尉!」
ジェリドが場を制しようとするなか、クワトロは手で制した。
「言いたいことはそれだけか」
「あの時、貴様が邪魔をしなければオレがシャトルを落としていた!」
「そう思うならそう思えばいい。実戦は気持ちや感情だけではどうにもならない」
クルツ・マイヤーが女性であるのに気づきながらまるで自分に言い聞かせるように自嘲してることにシャアは気づいた。
「今度は邪魔をするなよ!失礼した」
「クルツ中尉!」
彼女が身を翻し去ろうとするのを、ジェリドは呼び止めるがそのままふたりは去ってしまいクワトロは息を人知れずついた。
クワトロはクルツ・マイヤーの資料をあたってみた。
やはり、強化人間。
パソコンのモニターにはクルツ・マイヤーの出身や所属に経歴、戦歴、搭乗機体などのデータが表示されるが中には詳細に示されていないデータもあった。
強化人間、忌まわしき言葉だな。
ジオン軍のフラナガン機関の悪しき部分しか連邦は接収してなかったということか。
強化人間となる者は、一年戦争当時の孤児などから選ばれ薬物治療、戦闘訓練、催眠暗示など様々な技術が使われている。きなくさいウワサはティターンズ内であったが黙殺されていた。
「邪魔をしなければシャトルを落としていた、か」
シャアは呟いた。そして何か意を決して廊下を走りモビルスーツ格納庫に向かっていた。そこにクルツ・マイヤーと言い合うジェリドたちティターンズスタッフがいた。
「よせ、ジェリド中意!」
「大尉。しかし、こいつは我々の働きを侮辱したも……」
クワトロはジェリドの言葉を手で制した。おおかた強化人間である彼女がジェリドたちを挑発したのは明らかだった。
ならば、自らが示すことはひとつだった。
「クルツ・マイヤー中尉」
「なんだ」
「模擬戦を私とキミでお願いできるか」
その言葉に、彼女はわずかに驚きジェリドたちスタッフもまた驚いた。
「オレと戦いだと。舐めないでもらいたい。オレの機体は通常のモビルスーツとはちがうぞ」
「承知している。帰投する前で申し訳ないが、実戦と同じと思ってもらって構わない」
クワトロのへりくだった物言いに、クルツ・マイヤーはわずかに癇に触れた。自分は舐められていると受け取ったのだ。
「いいだろう。だが、シュツルム・イェーガーのビームに当たれば死ぬぞ」
構わない、とシャアはサングラスの中の瞳を輝かした。それは戦士としての瞳であったかもしれない。
「大尉、危険です!相手は強化人間です。通常のモビルスーツで可変モビルアーマーの相手は……」
ジェリド中尉の若い声がクワトロの耳を打つように伝わる。クワトロは愛機に向かいながらまるで聞いていないようだ。
クワトロが普段、搭乗している機体はガンダムマーク2もしくはガンダムマーク3。
ガンダムマーク2は一部量産化がはかられ、マーク3はまだ一部の指揮官やエースパイロットやエリートのみに配備が許されている。格納デッキにはふたつの機体が兄弟のように並んでいる。
「大尉!」
「なんだ、ジェリド中尉」
「危険です。強化人間を相手に模擬戦をするのは」
シャアはアムロ追撃の折りに使用したガンダムマーク3のコクピットのハッチを開いた。
「危険は承知の上だ。だが、強化人間に実戦というものを知ってもらわねば我々はやられるぞ。エゥーゴにも、連邦にも」
「……お気をつけてください」
ハッチが閉じるなかジェリド中尉の表情がわずかに歪んだのを見なかったことにした。彼はまだ若いのだ。
一年戦争を生き抜いた者でしかあの戦争の苦しさはわからない。ティターンズに一年戦争を生き抜いた者は少ない。
機体のエンジンを入れモニターにクルツ中尉の機体、シュツルム・イェーガーの巨大な機体が見える。
強化人間をつくるなど無粋とわずかに思いながら、マーク3の機体をゆっくり歩ませた。手にはビームライフル、もう片方にはシールド。マーク2より少し滑らかに動いてはいるが、ティターンズの技術陣はモビルスーツをどう思っているのかと思った。
格納デッキの外は、モビルスーツや戦闘機、輸送機などの発着場であり広大な大地と空が広がっていた。
モニターに目をやると、機体の近くにはジェリド中尉たちティターンズのスタッフや整備兵が期待と不安のまま見つめていた。
「赤い彗星か……」
わずかにシャアは呟いた。だが、彼が呟いたことを知る者はいない。
モニターに映るシュルツム・イェーガーのデータをクワトロは見る。
戦後、フラナガン機関をはじめとして連邦はジオンのモビルスーツやニュータイプ開発のほぼすべてを接収したとされる。代表的な例が目の前の可変モビルアーマーと強化人間だ。
「ララァか……」
脳裏にフラナガン機関で出会ったララァとの出会いを思い出す。
クワトロは機体をベースジャバーに乗せながらふわりと浮くのを感じる。
「クワトロ大尉、よろしいか。手加減を俺はしないぞ」
データを読んでいるとクルツ・マイヤーの勝ち気な表情が映り顎を動かし言う。
「了解した」
地球には重力がありあたりまえなことに不便と感じる自分がいた。
宇宙(そら)なれば重力にとらわれず自由なものの、と罵る気持ちがあった。そして宇宙にはララァの魂があるはず、と蒼い空の向こう側を見る思いがした。
瞬間、シュルツム・イェーガーの巨大なスラスターが火を噴いたようになりそのまま飛翔した。一年戦争時のジオンのモビルアーマーを彷彿とさせたが、性能のちがいは瞬時に理解した。
シャアもベースジャバーを操りながら格納デッキから空に出た。
ベースジャバーで飛翔しクルツ中尉の機体を追う。もし許されるならば、このまま宇宙(そら)へ飛んでいきたい気分はあったが、そんなことをすれば妹であるアルティシアへの身に危険が及ぶのは明らかだった。
シュルツム・イェーガーの性能諸元を目にしながらクルツ中尉はいきなりスピードを上げ旋回しながらビームを放ったのが見えた。
「問答無用で模擬戦を開始するとは!?」
ニュータイプ研究所は教育がなっていないな、と思いながらベースジャバーをかわす姿勢にし牽制でバルカンを放った。
もとよりバルカン砲は牽制であって本命ではない。
フッ、とすれ違いざまにクルツ中尉が笑った気配をコクピットや装甲越しに感じた気がした。
空戦の基本は敵機より高度を上げるかバックを取るかだ。クワトロはベースジャバーで上昇できるだけ上昇した。
すると、シュルツム・イェーガーの機体はビームを放ちながら威圧感を持って追撃してきた。先ほどのすれ違いざまにビームサーベルを使えばベースジャバーくらい破壊できただろうに彼女がそれがしなかったのはフェアな気持ちがあったのかニュータイプ研究所の教育だろうか。
「だとしたら甘いな!」
白い雲を眼下にしながらシャアはビームライフルを放った。
高度はこちらにあるが、シュルツム・イェーガーの性能を考えたらすぐさま彼女は高度を取るはずだった。
思った通りだ。
「敵に弱点をさらすとはまだまだだ!」
シュルツム・イェーガーが高速でそれこそ宇宙にでも飛び上がりそうな勢いで雲を割り直線に空に上がっていった。
「性格が正直すぎる……」
死ぬぞ、とクワトロは思った。
「そう!来たかっ!」
さすが!強化人間、とは口に出すのはプライドが許さないし認めるのはララァが悲しくなるからだと思った。
シュルツム・イェーガーの機体は高々度から自由落下の勢いを利用しバインダーからのビーム砲からではなくビームサーベルを持ちベースジャバーごと機体を真っ二つにする気迫があった。
寸前でシャアがかわすことができたのは経験と機体とベースジャバーの相性、また雲の上という見張らしがよかったのをあらかじめ思考に入れていたからだ。
もし雲の中からの攻撃ベースジャバーは破壊されそのまま落下してゆくしかない。
「ムキになればいいというものではない!」
シュツルム・イェーガーの機体は反応速度やパワーなど大半はガンダムマーク3を上回っているのはわかった。
だが、ここで強化人間に負けるとティターンズや連邦のMSパイロットたちの面子がつぶれるかもしれない。
「ちいっ」
牽制のためのバルカンといえど直線的に攻めるクルツには効果的だったようだ。
だが、至近距離でビームを放つとこちらまで被害を被る。ましてや高々度まで上がったのはシャアにすれば失態だったかもしれない。ベースジャバーがやられたら高々度から自由落花するしかない。
「舐めるな!」
「舐めてなどいない!ちい!」
やむなくシャアはビームライフルを放った。予想通りか予想以上かわからないが、ビームはシュツルムイェーガーの左に装備してあるバインダーの装甲に爆発したようだ。
「くっ!?」
可変モビルアーマーの巨体が一瞬でモビルスーツになり、シャアの機体を威圧するように腕を広げて手にビームサーベルを持たせた。
「やれる時にやれないからだ!」
「それがどうした!」
互いのビームサーベルが高々度の空でビームが薄い空気のなかで輝きを放った。
パワーは圧倒的にあちらが上である。ベースジャバーの力をもってしても所詮はサブフライトシステムだ。
「力押し以外を考えろ、女っ!」
「!?」
瞬間、クルツ中尉は上から降り下ろしたビームを左から振った!瞬間かわしたつもりのシャアだが、ベースジャバーの右側が切り落とされちいさな爆発が機体を揺らした。
「しまった!?」
なんとか体勢を立て直したが、ベースジャバーの機体は脆い。ようようと空に浮いているに近い。
瞬間、再び強化人間のプレッシャーが襲った。
ベースジャバーを操りながらなんとか回避を試みようとするが、シュツルム・イェーガーの灰色の機体が迫る。
「しまった!?」
「そんな機体で勝とうというのが間違いなのだ!」
シュツルム・イェーガーの巨大なマニピュレーターに捕まれ機体がきしみベース・ジャバーは空から落ちてゆく。
このままつぶされては赤い彗星、あるいはひとりのパイロットとしてプライドが許さない。死なばもろともというのが頭か心か胸にあった。
瞬間、シャアは機体からもうひとつビームサーベルを抜いた。ビームの刃が、巨体の腕を切り裂きバルカンでシュツルム・イェーガーのモノアイを狙い放った。
再び爆発が起こり、ガンダムの機体は爆風に遭いながら高々度の空から落ちていった。
「なに!?」
機体が落ちてゆくなかシャアはクルツ中尉の叫びを聞いた。実戦で鍛え生き抜いたパイロットと強化人間の違いがあったのだ。
シュツルム・イェーガーの巨体は左腕を切り飛ばされ頭部はモノアイがいくらかダメージがあっただろう。だが、シュツルム・イェーガーの巨体からクルツ・マイヤーの女性らしい面影が見えた気がした。
「このままでは落ちるか……」
シャアはガンダムの機体からスラスターを噴射するが、高々度からの落下は大気圏から落ちるに等しい。スラスターが火を噴くが姿勢を制御さえままならない。
眼下にはアメリカ大陸の都市部の輝きが見えた。
あのなかにアルティシアがいるのかもしれない。シャアは目を閉じた。どの程度の時間が流れたかはわからない。
その時に通信回線から声が入った。
「大尉!」
眼下からベースジャバーに乗ったガンダムマーク2の機体が、クワトロのガンダムに接触を試みようとしていた。
だが、クワトロの機体は落下していた。地上が迫る。
マーク2のマニピュレーターは人間の掌そのままにマーク3の機体に触れマニピュレーター同士がガシッ、と機械の音を立てジェリドは引き寄せた。
ジェリド中尉、と声に出さない思いがシャアにあった。
ゆっくり地面と基地が見えながら空から降りてきたクルツ中尉の機体は満身創痍だった雰囲気がした。
シャアは自分の命が助かったことより、ジェリド中尉があらわれたこととニュータイプ研究所への複雑な思いが絡みあっていた。
宇宙にアムロがいることをこの時は忘れていた。
時間は遡る。
クワトロ大尉たちティターンズがシャトル追撃に失敗した直後、アムロとカミーユたちのシャトルは地球を離れ宇宙の深淵を静かに航行していた。
宇宙(そら)にきてしまった、シャトルの窓から見える星々の輝きとシャトル内が無重力になったことで身体の軽さを感じていた。
「これからどこへいくつもりだ……」
「わかりませんよ」
カミーユの表情からは宇宙に戻った安堵感が若さのある表情から見てとれた。彼の亡くなった両親の素性を聞いていたアムロは、彼が生まれながらのスペースノイドであるのが肌にようやく伝わった。
「アムロ大尉ですかな」
ああ、とアムロが振り向くとシャトルの客席に座っていたいかにも年配と思われる老兵士の風格がある大人が語りかけた。
「私は地上に潜伏していましたジョウと申します。あなたの情報をジオン、いえエゥーゴ上層部に伝えていた情報員というところです」
「見張られていたのだな」
ジョウと名乗る情報員か老兵士かわからないが彼は逡巡しながらも口を開いた。
「はい、……あなたさまがそこのカミーユの部隊に匿われる前にジオンのもと赤い彗星シャア・アズナブルとともにあなたさまのお宅にいたのを確認しておりました」
「なんですって!?」
カミーユの驚く声が耳にすると共に、ジオンいやエゥーゴは少数な勢力に見えながら潜在的には未知数であるのをうかがわした。
「それよりどこへ向かうのだ」
「それは明かせません。知ってのとおり宇宙は連邦の制空圏です。ですが、あなたさまを必ずやエゥーゴのもとに送り届けます」
どうやら宅配便の気分であるらしい、とアムロは我が身を思った。宇宙に来た以上、地球には戻れないまた戻ったところでティターンズからは逃れないだろう。
「赤い彗星のシャアといたのですか?」
「むかし話をしていたただけだ」
ジョウと呼ばれる老兵士か情報員かは知らないが、背を向けたさまは気配がないようだった。
席について宇宙を見るつもりになれないアムロはカーテンを下ろし我が身とエゥーゴ上層部を思った。
もとホワイトベースの乗組員がエゥーゴにいるというティターンズの情報……、誰なのだという疑問よりはるかに疑問が大きい何かかがあった。
宇宙は連邦の制宙圏である。かつてのサイド3はジオン共和国と名を変えいまはティターンズの圧制下にあるという。
アムロ 「……」
カミーユ 「大尉?」
アムロ 「何でもない。少し静かにしてくれ」
一言しか口にしていないのに、カミーユは大人として複雑な事情や感情があるのがなんとなく感じ黙った。
静寂の宇宙の内、シャトルはかつてのニュータイプ、アムロを乗せたまま流れるように航行していた。
その頃、連邦軍の宇宙基地の中心でありかつてジオンとの戦いで数少ない制宙圏を持ったルナ2のティターンズの部隊にも地球から追撃命令が下っていた。
バスク 「ジオンのシャトルが地球から上がったはずだ!それを追撃するんだ。そして拠点のひとつでも破壊するんだ。わかったなライラ中尉」
黒いティターンズの制服に身を包んだライラ・ミラ・ライラ中尉はティターンズに所属しながらバスク大佐の豪胆な声は苦手だった。モニターに映る上官の目をそらすことはしないまま敬礼を返した。
「了解しました。ただちに追撃に入ります!」
「待て、シャトルにはアムロ・レイがいる。アムロ・レイはエゥーゴと共謀している。シャトルもろとも殲滅しろ」
は、と彼女らしからない返事をした。アムロ・レイは一年戦争の英雄である。それを殺せ、と地球にいる上官が命じたことに彼女らしい理性の戸惑いがあった。
「いま、なんとおっしゃられましたか」
「アムロ・レイ共々エゥーゴのシャトルを殲滅しろ、だ。これ以上の命令はない」
通信は一方的に切れた。
く、かつてジオンに拷問に遭ったからといって勝手を言う。
ジオンあるいはエゥーゴの反乱分子はむしろ地球より宇宙の方が活発なのだ。ルナ2にジオンやエゥーゴの反乱分子はいないが、コロニーにはテロリストのように無数にいるのだ。
ライラ「宇宙を知らない俗物が」
ライラは通信を切った何も映らない闇のモニターを見つめながら、素早く翻すと部下を連れブリーフィングルームに向かった。
追撃命令は果たす、が好きにやらせてもらうとだけ胸の内で呟いた。
戦艦サラミス改三隻がルナ2を発進する。搭載されたモビルスーツはガンダムマーク2の原型とされるガンダムヘイズルシリーズだ。
かつてティターンズ試験部隊が試験し使用した機体をルナ2方面部隊は使っていた。
艦長 「エゥーゴの奴等の拠点はどこだと思うライラ」
ライラ 「月が本命ですが、月の裏側。ですがアムロ大尉を乗せたエゥーゴのシャトルではそう遠くへ行けません。月に行くにはコロニーかどこかのアジトかと」
サラミス改の艦長はかつて一年戦争を経験した戦歴を持つという。ティターンズの漆黒の制服に身を包みながら戦って捕虜にしたエゥーゴの軍人たちには彼は手酷いことはしない人物でありライラもまた信頼を預けていた。
宇宙地図には各サイド、地球、月が映し出されていた。
艦長 「となると暗礁宙域のどこかだな。彼らのシャトルは地球を出たばかり航行するにしても推進剤は限られている」
艦長が示したのは一年戦争の折り、大規模な艦隊戦がありそこでは戦艦や宇宙戦闘機、隕石などの残骸が集まった暗礁宙域と呼ばれる宙域があった。宇宙は無重力だが、何故かひとがつくりし物体や残骸は引き寄せられる重力の磁場らしいものがあるのだ。
ライラ 「暗礁宙域。そこにアムロ大尉がいるかもしれない」
艦長 「バスク・オムに逆らうのは止した方がいい」
艦長が自分の身を案じちいさく優しさを秘めた声と表情で伝えた。
だが、アムロ大尉をエゥーゴもろとも殲滅しろというのはあまりに非人道的ではないか。ライラには地球と宇宙ともに住む人々がわかり合えないかと苦悩するところがあった。
三隻のサラミス改は暗礁宙域の方角へ向かっていた。
その頃、アムロとカミーユを乗せたシャトルは途中のとある宙域でシャトルを乗り換え補給物資をエゥーゴの同志から受領していた。
アムロ、カミーユの乗るシャトルは脱出用のシャトルに比べやや大型で自衛用ながら武装もあった。またカミーユが地球で使用していたアッシマーは簡略的に宇宙仕様の装備が施されアムロがシャトル射出の際に使用したハイザックは修理がされた。そして、エゥーゴの主力量産機であるマラサイが搭載機に加わった。しかし、そのマラサイは従来の赤に近い色ではなくなぜか白やベージュに近くどこかガンダムを思わせるカラーリングだ。
アムロは眉を曇らせた。
俺を乗せるつもりか、と邪推しなくもなかった。
カミーユ 「大尉?」
アムロ 「ジョウと言ったな。キミはどこまで知っている」
シャトルのモビルスーツ格納庫から客室に移るとアムロはジョウと名乗った情報員をわずかに睨みつけた。
ジョウは表情は変えずに事も無げに答えた。
ジョウ 「私が知るのは地球でのあなた樣のことだけです」
アムロ 「だが、組織を動かすのは人間だ。人間がいなくては上から下へ命令が下らないだろう」
ジョウ 「そうかもしれませんが、それが連邦の体質の限界です。私に指示をされた方はどこにいる方かは私は存じません」
いかにも情報員らしい答えにアムロは納得をせざる得なかった。エゥーゴの組織の全容はわからない、がカミーユのような末端の兵士にまで情報が伝わらないのは情報を分けることで共有しパズルのピースを合わせてゆくレジスタンスやゲリラの手法に似ていると感じた。
補給、修理が終わり地球から脱出したアムロたちが乗ったシャトルはむじんの自動操縦のまま宇宙の闇へ消えて行った。
アムロ、カミーユ、ジョウを乗せたシャトルはライラたちが言う暗礁宙域へ飛んでいった。
暗礁宙域、そこは連邦とジオンが戦った古戦場のひとつ。宇宙にはこの暗礁宙域のようにひと、宇宙戦闘機、モビルスーツ、戦艦などの残骸が何処にも行き場もなく漂流する場がいくつか存在する。まるでひとのつくりし罪を宇宙にあらわすかのように……。
ララァ……、とアムロはひと知れず胸の内で呟いた。ララァの魂が残骸とともにあるわけないと思いたいが、いまもララァ・スンを討ったことは昨日の記憶のように頭にも掌にも重みがあるかのように残っていた。
「大尉、どうやらもうすぐ着くはずです」
「……」
「カミーユくん。はしゃぐ気持ちはわかるがいまは黙っていた方がいい」
アムロの代わりにジョウがたしなめるように彼らを見つめた。
アムロたちがそうしてた頃よりわずか前の頃、ライラたち三隻のサラミス改艦隊は暗礁宙域を進むシャトルの光点を見つけていた。
「モビルスーツ隊発進準備!」
「了解」
「アムロ・レイと接触できたらいいな……」
艦長はライラがモビルスーツデッキに向かうなか艦長席からわずかにそう呟いたようだった。
ライラはモビルスーツデッキに向かうとガンダムヘイズルに乗った。漆黒のガンダムはマーク2によく似ている。が、ガンダムの名を冠しているが実際はかつてのジムカスタム、クゥエルの改良型であった。性能そのものは発展し開発されたマーク2に比肩している。
若干、各タイプごとにクセがあるのでルナ2の一部のエースパイロットもしくはそれに近いパイロットにしか与えられてないのだ。
「ライラ・ミラ・ライラ!ヘイズル出る!」
ビームライフル、シールドといった標準装備でライラの機体はカタパルトから出撃したが、他のヘイズルやジムタイプはバズーカなどやや大型の装備であった。
その出撃したいくつかの光点はミノフスキー粒子がある暗礁宙域を進むシャトルにわずかにキャッチされた。
「またティターンズか。せっかくここまで来たのに!」
「カミーユくん」
「大尉は僕が守ります!失礼します」
血気に逸るカミーユだが、いかにも軍人らしい振る舞いをする若者の背中をアムロは見送るしかできなかった。
カミーユのアッシマーともうひとり名も知らぬ兵士が乗ったハイザックがシャトルのハッチから光を連ねて出撃したなが見えた。
戦力差があるのが目に見えてあった。
カミーユのアッシマー、ハイザックに対し敵はガンダムタイプに近い機体が三小隊9機。小隊長機のパイロットは歴戦であることが多い。
シャトルの自衛用ビーム砲、そして暗礁宙域の残骸で防衛することができたがシャトルは揺れていた。
「ティターンズ!」
「カミーユ焦るな、前に出すぎるな」
ハイザックのパイロットからカミーユをたしなめる声が入る。
シャトルからアムロはその戦闘を見ているとジョウの暗い瞳が宇宙を思わせるように見ていた。
「なぜ、大尉は戦ってくれないのですか」
ジョウの声は淀んでいた。まるで闇に引きずり込むかのような深さがあった。
「あの機体は俺のためか」
ハイ、とジョウは深くちいさく答えた。この年配の情報員の人となりの深さでもあるように思えた。そして彼は言う。
「いまの連邦に戻ってもあなたさまには戻るべき場所はありません。ティターンズがある限り」
「そうだが。俺には……」
アムロの内にためらいがあった。戦うことへの拒否はかつてのララァへの思いでもあった。
自分が戦うことでまたララァのようなニュータイプあるいはかつての自分のような若い世代を傷つけるのではと。
戦場で残骸が砕け散る爆光がシャトルを照らした。連邦のモビルスーツがバズーカを放ったのだ。
「シャトルごと爆破するつもりか!あれにはアムロ大尉がいるかもしれないんだぞ」
ライラの誠実な叫びが戦場に響いた。彼女もまたためらいを感じながら機体を操っていた。
アッシマーの腕部脚部に装備されたミサイルポッドからミサイルが射出されてガンダムヘイズルに向かう。
だが、敵は残骸を盾にしうまくかわす。
「くっ」
「カミーユ、シャトルから離れるな」
「わかっています」
カミーユは自らの愛機が大型のアッシマーであるのを少しばかり憎くも思った。だが、通常の機体ならやられている可能性もあるのだ。
迂闊にモビルアーマー形態に変形し敵機を追尾すればシャトルから離れる危険もあるのだ。
大型ビームライフルを放つが当たらない。
「当たらない!」
「まだまだか、エゥーゴは」
ライラは大型のモビルスーツを見ながら呟きライフルを撃つ。大型タイプが可変タイプなのは明らかだが、戦力差があるためか大型タイプはシャトルから離れようとしない。ザクタイプに似た機体は複数のガンダムヘイズルを相手にしながらもシャトルに近づけさせない。宇宙ではエゥーゴに一日の長があった。
ライラはシャトルをなんとか破壊せずにしたいものと思いながら宇宙を駆けた。
「二機とはいえなかなかやる!」
アムロはそんな戦場の叫びをなぜか感知できなかった。あるいは長い間、地球にいたからニュータイプとしての勘が錆びたのか。
アムロはジョウの暗い瞳の色の内を見つめていた。暗い意志のようでもあるが、肉親の愛情をしらない彼にすれば祖父がいればこうなのかと思った。
「地上でも我々の者たちが大尉を助けました。カミーユやグラントン、他にも大勢……、あなたは何も感じませんか」
「……」
アムロとて何も感じないわけではなかった。自分ひとりのためにかつて敵だった者たちがカミーユのように命を懸けている姿に動じないものはいない。
シャトルのパイロットや他の乗員はふたりの会話を聞いているようでもあり耳に流しているようでもあった。額に汗を流しているのは伝わった。
ライラはハイザックと呼ばれるザクタイプのパイロットの方が腕はいいように思われた。
だが、なぜ大型可変タイプに腕がいいパイロットが乗っていないのか疑問に思った。考えられるのはヤツより腕がいいか若いパイロットかと感じたが、いまはその時ではない。
ライラは大型可変タイプにライフルを向けた!
「避けないのはシャトルを守るためか!?」
「ぐわっ」
アッシマーの至近距離をビームが掠めて機体が揺れた。かろうじてシャトルに当たらなかったのはビームの航跡がシャトルに当てる意図がなかったのかと思ったが、カミーユはアッシマーのミサイルを再び射出しようとした時だ。
「カミーユ、ミサイルは使うな。爆煙から敵が来るぞ!」
「り、了解っ!」
やむを得ずビームライフルだけで敵を牽制しなくてはならない。ミサイル自体は当たれば強力だが、爆煙がこちらの目眩ましになるということは敵にとっても同じだ。ましてやシャトルを防衛しなくてはならない自分たちに不利になる状況はあった。
「ぐわっ!」
「中尉!」
「俺に構うな。シャトルを守れ!」
ハイザックのパイロットは複数のガンダムヘイズルに苦戦し脚部をやられていた。
「了解……!」
そのカミーユの悲痛な叫びはわずかにアムロの額を打った感じがした。
地球脱出の際にハイザックに乗りかつての戦場での何かが自分の内で燃えるものがある気がした。
人として踏み外してはいけないなにか。
「大尉。我々はあなたに無理を強いているのは理解しています。しかしあなたよりモビルスーツを扱える者がいますか」
シャア以外は……、と地球でシャアとアルコールを飲んだ記憶が頭によぎった。
「大尉」
ジョウの暗く沈んだような声や瞳がアムロを射ぬくように訴えていた。
残骸がまたもシャトルの側で弾けたようだ。ビームあるいはミサイルのひとつでもあたれば自分やシャトルに乗る者たちすべては宇宙に消えるのだ。
戦っている間は死ぬことは怖いと感じることは少ない。それはあの熾烈な一年戦争を戦ったからだろう、とアムロは思う。
あの頃は無我夢中で生きることに必死だった。ブライトに殴られ時にいじけ悩みながらリュウ・ホセイがを身を挺し犠牲になり敵から大人を学んだ。ララァや赤い彗星シャアとの不孝な出会い。
最後の戦いではシャアと血を流し戦い、別れた。
生きる時をあの時あきらめかけた。だが、いま生きている。
「アムロさまをエゥーゴ本部に届けるためならこの場で我々は死を賭する覚悟があります」
懐から黒く輝く銃を彼は自分の頭に触れさせた。自決という覚悟だ。ジョウの瞳に死の色が見えた。トーヨーの日本人か、と頭のどこかで笑いながら葛藤していた。
引き金を引かせてはならない。理性的な判断からかあるいは目の前で命が喪うことに嫌悪からか声をあげて銃を手に取った。
「よせ」
「!?」
「……ここでは跳弾してシャトルの空気が漏れてしまう」
冗談を言えるようですな、とジョウはわずかに笑った顔をしたようだった。どうやら宇宙に来た以上は逃げることは敵わないようだ。
アルコールはだいぶ抜けきっていて身体はどこか気だるさと軽さの間だった。
中途半端はいなめないが……。
「モビルスーツを借りる」
「ご自由に」
アムロがシャトルの格納庫に向かうのをジョウやエゥーゴの者たちは静かに見つめていた。 またも爆発の輝きがシャトルを照らした。
ザクタイプに乗り今度はグフに似たマラサイに乗る、この皮肉さは何なのか。性能スペックはマニュアルによるとザクやハイザックよりは上なのは理解した。
「アムロ・レイ出る!シャトルは退避するなり隠れるでもしていろ」
アムロはそうシャトルに呼びかけると、シャトルは敵がいないであろう残骸の方へ噴射光を見せていった。
戦わないと生きていけない、それは生きる本能としては正しかった。だが、アムロにカミーユやエゥーゴの連中に何かできるとはまだ思えない。
「ガンダムっ!」
「新手か!」
真っ先にアムロの乗るマラサイに気づいたのはライラ・ミラ・ライラだった。
だが、鋼鉄の機体がふたりの間を遮るように互いにあった。戦場というのはそういうものだった。
マラサイのビームライフルでヘイズルに撃った。が、かわした!
「手練れか」
「いまごろのこのこ現れおって」
「隊長機か」
乾いたアムロの声があり瞳にはガンダムタイプを敵にしてる自分がいるのが内に伝わった。
互いにビームの航跡が交錯するが、アムロは一年戦争のニュータイプ、ライラもまた宇宙で経験を積んだパイロット。ニュータイプやオールドタイプの違いはあったが互いに宇宙に生きる者ではあったが、鋼鉄の機械に搭乗し生死を懸けている。伝わることはない。
「カミーユやザクは?」
「よそ見をするな!」
「しつこい!」
ビームライフルで放ったビーム同士は互いにすれ違った。
この時、ライラは迂闊にもヘイズルの肩に掠め損傷した。アムロの方はマラサイの右肩に装備されたシールドのみがビームでわずかに焼けた。
その間もカミーユのアッシマーや名も知らぬパイロットたちは戦っていた。
ジオン、いやエゥーゴのモビルスーツはパワーがあるように感じたが、繊細な性能は連邦にあるように思えた。
アムロはマラサイという機体のパワーを感じた。ビーム兵器がかつてのガンダム並みに扱いやすいとわかっただけ充分だ。
「だが、勝手がちがう!」
「やらせるか!」
アムロはできるのであれば敵に撤退させたかった。地上でシャアと一瞬でもあいまみえた瞬間が頭にあった。
ライラは敵のパイロットと接触や交信ができればいいが、ティターンズとしての自分は先に仕掛けてしまった。
ライラはヘイズルのバックパックからビームサーベルを抜いた。近接戦闘を仕掛けるのは素人か熟練だけだからだ。
「こんなところで接近戦か!」
とっさにアムロはマラサイの腰にあるビームサーベルを抜いてビームを宇宙に出していた。
ふたつのビームサーベルが交錯し輝いた。
「エゥーゴのパイロット!アムロ・レイはいるのか!」
「なんだと!」
若い女性パイロットの声がビームが交錯し機体同士が近いため通信が混ざったように聞こえアムロの耳を打った。
女性だと!?
シャアの次は女性パイロットなのが宇宙に出た自分への仕打ちなのか、と運命を呪った。
「聞こえるか!そちらシャトルにアムロ、アムロ・レイはいるか!?」
「くっ」
アムロはやむなくバルカンで牽制した。敵のパイロットの意図がわからないからだ。
カミーユや名も知らぬパイロットを援護するためにビームライフルを放った。名も知らぬパイロットのハイザックはカミーユのアッシマーに接近し残骸に身を隠した。シャトルはかろうじてレーダーに映るか映らない微妙な位置にいるようだ。
「女か!」
「黙れ、アムロ・レイはいるか!!」
アムロがビームライフルを撃つ暗礁宙域のなかライラはひとり挑んでいた。理性がありすぎるのかあるいはアムロの身を案じていたかもしれない。
アムロは牽制のためにビームを放った。ガンダムタイプはとっさに回避したことから歴戦のパイロットかそれに近いことは理解した。
アムロ 「カミーユ、無事か!?」
カミーユ 「平気ですが、ハイザックが!」
ハイザックの機体はシールドをはじめいくつかはかなり小破していた。さいわい機体が爆発にまではいたらないが戦闘を続けるにはいささか無理に思えた。
敵のガンダムタイプは牽制しながらもじわりじわりと包囲を敷いている。シャトルの居場所とてすぐにわかるだろう。
ガンダムが敵とは皮肉だ。ヘイズルタイプがもとはジムとしても形や雰囲気がガンダムならさほど複雑な気持ちにかわりなかった。
アムロ 「ハイザックを連れて脱出しろ」
ハイザックのパイロット 「大尉!それは」
アムロ 「敵の狙いはどうやらオレだ。オレが出れば交渉や人質として時間を稼げるかもしれない」
カミーユ 「なにをバカな!相手は連邦ではなくティターンズです」
ハイザック、アッシマー、そしてアムロのマラサイが陣形をかためながらも敵のガンダムは容赦なくビームを放つ。
アムロは敵のガンダムのパイロットの呼びかけに答えていれば時間は稼げると思った。現に敵はビームを放つが、包囲しようとする意思がなんとなく見てとれた。
敵の指揮官は人格者かもしれないが、それは双方にとって命取りにもなる危険はあった。
だが、考えた通りなのか以上か以下かわからないが敵の指揮官から外部音声で声が入った。
ライラ 「エゥーゴに告ぐ!アムロ・レイを引き渡せ。諸君らの身柄は我々が保護し監禁する。悪いようにはしない。繰り返す……」
やはり女性か、アムロは自らの第六感なり勘を忌まわしくも思った。これがニュータイプの感覚ならばまだ自分はオールドタイプであるのだと複雑な自覚もあった。
カミーユ 「大尉、まだ戦えます」
アムロ 「僚機を気にしろ!」
残骸に身を隠したシャトルはかろうじて識別信号はわかったが、うかつな援護はシャトル自身が狙われる危険があった。
だが、敵は九機でこちら三機とはいえ一機はすでに武装がわずかにしかない。シャトルの援護を期待すればやられるのは目に見えていた。
アムロは静かに決断した。
アムロ 「カミーユ、オレが奴等と交渉してる間に逃げろ……」
静かにアムロは機体を進めて外部音声出力を入れた。
アムロ 「アムロ、アムロ・レイだ。ティターンズ、聞こえているか」
ライラ 「大尉!?アムロ大尉……」
目の前のザクに似た機体から何度となく一年戦争の英雄をマスコミを通し聞いたアムロの声を聞いて根が実直なライラは驚いた。驚愕といっていい。
僚機たちも判断に迷ったのか動くが緩やかになった。だが、判断は素早くだ。サラミス改も追いつくのは理解していた。
ライラは外部音声のまま自らの意思を伝えるつもりだった。
ライラ 「アムロ大尉ですか。ルナ2方面軍モビルスーツ隊隊長、ライラ・ミラ・ライラ」
アムロ 「……キミは俺をどうするつもりだ」
アムロはカミーユたちやシャトルの身を案じた。自分の身がティターンズに囚われれば死を意味する。が、こうして外部音声を戦闘中に行うのはよほどだ。
場合や状況によれば利敵行為にもなる。彼女はその危険を犯そうとしている。
ライラ 「大尉の身柄は私が保証します。バスク大佐にもお話しします。撃つな」
アムロ 「……!」
ライラと名乗る指揮官が仲間の機体がライフルを構えるのを制した。
一瞬の静寂……。
アムロとて判断に迷う。一年戦争時に何度となく敵とあいまみえ敵が自分と同じ人間だった時の衝撃があった。
ランバ・ラル、クラウレ・ハモン、シャアにララァ……。
ティターンズの中にも良識を持つ人間がいる、と思った時だった。
瞬間、カミーユやシャトルとは違う方向からいくつかビームが流れてヘイズルの何機かの頭部や腕を光に変えた。
ビームの正体はすぐに知れた。
カミーユ 「カリウス少佐!!」
カミーユの声からエゥーゴの救援と知れた。数は六機か七機の光が見えた。
ライラ 「しまった!?援軍か」
彼女は自らの甘さを思い知った。暗礁宙域がエゥーゴの宙域かもしれないのを失念していた。
カリウス 「カミーユ、無事か」
カミーユ 「なんとか」
ライラ 「引くぞ。無駄な戦いはするな」
ライラは味方に引くことを命じた。
アムロ・レイであるのは確かだった。だが、どうすることもできない無力さと脱力感もあった。
サラミス改の光が見え援護射撃があった。
今度、アムロ・レイとまみえたら交渉などはいってられないと思った。
カリウスと名乗る者が乗っている機体はドムタイプの機体だが、背部にバインダーがみえなぜかガンダムタイプのコンセプトが見て取れた。
カリウス 「シャトルは保護した。カミーユは大尉と仲間の機体を守れ」
カミーユ 「り、了解!」
ライラたちヘイズル部隊は退避を余儀なくされた。双方ともに多大な犠牲がなかったのは嵐の前の静けさにもアムロに思えた。
ティターンズに良識ある人物がいる、がそれは少数派だろう。良識や賢明な人物ほど悪辣な人物がおもてに出て殺されてゆく。連邦の一組織であるティターンズへのタガがゆるんでいる証であり連邦に属してたアムロにはかなしいことだ。
ヘイズル部隊の光は闇へ消えていった。カリウスが乗ったドムタイプに似た機体たちは深追いはしなかった。
暗礁宙域での戦いはスペースノイドでも航行と同じで危険な行為なのだ。
カリウス 「アムロ大尉、ご無事ですか」
アムロ 「ああ……」
だが、次の瞬間にカリウスが乗るドムタイプの機体がマラサイの頭部を修正しわずかに頭部がへこんだ。金属同士の音が宇宙に響いた気がした。
アムロ 「っ!?」
カリウス 「あなたは大事な客人です。実戦に出ることはやむを得ませんが、自ら敵と交渉はあなたにも我々にも命取りです」
アムロ 「……」
カミーユ 「カリウス少佐……」
その後、再びアムロたちの機体を収容したシャトルは、カリウスたちの機体に護衛されながら暗礁宙域の闇に消えていった。
敵……。
アムロは連邦が敵となることにためらいがあった。
カリウスと名乗る者たちに連れられてたのは暗礁宙域にあるエゥーゴの拠点のひとつ“楔の檻”というらしかった。
歴史を語る。
終戦から三年、ジオンいやエゥーゴのなかには連邦に反旗を翻すためにエギーユ・デラーズとアナベル・ガトー率いるデラーズ・フリートが終戦から三年とまだ時期を待たずして大規模な反抗作戦を展開しようとしていた。
だが、皮肉にもその反抗作戦は連邦軍およびティターンズにすでに察知されある暗礁宙域で大規模な戦略が展開された。連邦軍というよりティターンズは大型ミサイルなど殺戮兵器を暗礁宙域にあるエゥーゴの拠点を攻撃し新たな残骸の宙域を生んだ。
エギーユ・デラーズは自害、アナベル・ガトーは戦闘により死亡と歴史にありデラーズ・フリートは瓦解した。
カリウスは数少ない生き残りであり新たに“楔の檻”に基地を設けた。
ただしかつてのデラーズや恩義あるガトーの死を経験した彼はエゥーゴ上層部からアムロ保護の命令を受けていた。だから機体ごとアムロを修正した。
“楔の檻”はありとあらゆる残骸に阻まれたり囲まれた構造をしておりまさに残骸が楔の形状をしており連邦の艦艇が近づくことは少なかった。
だが、この基地はすでに役目を終えたかもしれない……。
カリウスは基地内のデッキに機体を置いてあらためてアムロたちを迎えた。
カリウス 「アムロ大尉、ようこそ楔の檻へ」
アムロ 「……」
ジョウ 「大尉は地球からこちらに疲れていると思われる。休ませてやってくれ」
わかりました、とカリウスは部下に命じアムロを賓客として扱うようにした。
それをカミーユはわずかに反発ある眼差して見つめた。先ほどの戦闘中の行為を好きにさせてしまったことに憤りや葛藤があった。
カリウスはそれに気づきなだめた。
カリウス 「アムロ大尉にはこれからジオン、いやエゥーゴを学んでもらう。それが上層部の考えらしい」
ジョウ 「ならいいのですが、彼はまだ連邦を捨てられないのはあきらかです」
カリウス 「カミーユ、アムロ大尉に期待をしているのは君だけではないが、やさしく接しない方がいい」
カミーユ 「……了解しました」
敬礼をしながらカミーユは若い身体をリフトグリップに流して消えていった。
アムロ、カミーユたちが“楔の檻”にようやく到着した頃、地上ではクワトロ・バジーナ、ジェリド・メサの隊にも新たに加わる隊員、そして宇宙へ向けての発進が整っていた。
複雑な思いをクワトロはまだ抱えていた。宇宙への発進はアメリカ大陸からではなくかつて一年戦争の折りに自らが攻め込んだあのジャブローからだ。
都会の喧騒とは違うジャブローはいまだ緑に鬱蒼としげり一年戦争の傷痕が緑に覆い隠されていた。
よもやかつて攻めた基地から宇宙に出るとはな、とサングラスの奥に隠されたクワトロの複雑な気持ちをジェリドは知らない。
が、監視の役割をしながらもやはり“赤い彗星”からはパイロットとして学ぶべきところはあるのを意識無意識に関係なく認める度量はあった。
アメリカ大陸からジャブローへの旅はほんのわずかだった。
そこでクワトロの隊には新たに加わるパイロットが数名おりジェット機を下り官舎に荷を置きジャブローの司令をたずねるとそこに新たなパイロットたちがいた。
若いな、とクワトロは思った。ジェリドの表情に若者らしい懐かしさを含む表情が見られた。
エマ 「クワトロ・バジーナ大尉、新たに訓練を終えたエマ・シーン中尉であります」
髪をみじかくした女性兵士(ウェーブ)が凛とした声で拝命した。隣にいるのは厳つい顔をしたいかにも軍人らしい表情だ。性格があらわれている。
カクリコン 「カクリコン・カクーラ中尉です」
ふたりか、ティターンズとて軍から予算や人員を割り当てられているが無尽蔵ではない。当面は、と考えた方がよさそうだ。
司令 「このふたりがクワトロ大尉の隊に入ってもらう。クワトロ大尉の任務に期待する」
はっ、とクワトロはわずかに緊張した。自分の任務如何によってはアルティシアの身に危険がおよぶ。
クワトロはジェリドと新たに加わったふたりを伴い司令の私室を出た時にジェリドは歓喜の声を上げた。
ジェリド 「久しぶりだなカクリコン!エマ!」
クワトロ 「?」
クワトロが訝しげな表情をしたのに気づいてジェリドは説明する。
ジェリド 「実はオレ、いや私と訓練学校で同期の者たちです」
クワトロ 「そうか」
カクリコン 「赤い彗星……」
エマ 「ジェリドが赤い彗星のお目付け役は本当だったのね」
対照的な態度をしていた。
ジェリド 「バスク大佐からの任務、特殊任務という扱いだったからな」
カクリコン 「相変わらず変わらないようで安心した」
エマ 「そうね。ジェリドは私たち同期のなかでは優秀だったから」
同期の仲を語らう彼らを見ながらシャアはかつてガルマ・ザビとの交流を思い出し戦争のなか計略に嵌めたことを思い出した。
シャア 「フフフ、ガルマ。キミは良き友人であったがキミの父上がいけないのだよ」
ガルマ 「は、謀ったな!シャア!?じ、ジオン公国に栄光あれ!!」
忌まわしい過去とも思うが、ララァほどではない。たしかにガルマは良き友人ではあったが当時はジオン公国で成り上がるための手段のための友に過ぎなかったのだ。
感傷に浸りやすくなったのか、と自分を思う。
エマ 「だけどこちらが赤い彗星の……」
ジェリド 「いまはクワトロ大尉だ。失礼のないようにな」
はっ、とエマとカクリコンが軍人らしく敬礼をした。エマと呼ばれる女性士官からは女性らしい好奇心な瞳が一瞬、みて取れたがティターンズの軍人らしく真面目さもみて取れた。
クワトロ 「私は休ませてもらうジェリド中尉」
ジェリド 「了解しました」
ジェリドの目には戦場を共に過ごした信頼の色が見えたが、先はどうなるかわからない。
自分は連邦にいてティターンズに所属している。私室にあてがわれた部屋に監視カメラがあるのもいまさらどうしようもない。
私室に入るとカメラがあるらしいところをサングラスの奥にある瞳でわずかに見たが、鞄からアルティシアの写真を見つめ静かに先を考えるようにした。
宇宙に出るのは数日後とされていた。焦る気持ちは妹にあったが任務についてはなかった。
感傷に浸るぶんだけしめっぽいものだ。すでに自らの気持ちは錆びついているのだろう。
窓から見るのはジャブロー地下の岩肌が硬く暗く輝いて見えた。
クワトロ 「ジャブローか……」
自分たちがむかし攻めた基地はこんなものかと思いまたギレンたちザビ家が敵視してた者たちはまさにもぐらだったのか……。
そして自分はそんなもぐらといるのか。
クワトロは私室にあてがわれた部屋を出てどこへともなく歩いた。
ジャブローは自然そのままの南米大陸の地下を基地にしたから岩肌が見える。まるで月のようだな、と宇宙生まれで宇宙育ちのシャアにはそう目に映った。
だが、もぐらなのだ。彼らは……。
シャアが向かったのは自分のモビルスーツがある格納庫だった。
ガンダムマーク2の白い精悍な機体、ガンダムマーク3のバインダーを装備した機体、そして一機だけ黄金に輝く機体百式改である。
他はガンダムマーク2やジム系のなか金色に輝く百式改の機体は異彩を放つ。
整備員たちが各機体の修理や整備に動くなかクワトロは百式改の機体に近づく。すると私室を出た時から背後にいた影が、二、三動くのが格納庫の出入り口に見えた。ジェリドたちだろう。
クワトロ 「やれやれ、困ったものだ」
整備員がシャアのつぶやきに目をしながら百式改のコクピットに「乗りますか?」という。
クワトロ 「いいのか」
整備員 「大尉さえよろしければ」
クワトロは整備員の屈託ない誘いにあえて応じながら百式改のなかにおさまる。
少し息を吐いては吸う。
宇宙をわずかに感じた感じがした。操縦悍を握ると戦闘の場にいる感じが指からした。
アムロと交えないとならないのか。脳裏に一年戦争で幾度と彼と戦いララァを失った記憶がよみがえる。
ララァ 「大佐のしたいことはこんなことなんですか……!!」
ハッ、となりサングラスの奥の瞳が開く。記憶のなかのララァに呼びかけられるとは自分は弱くなったのか。
すまない、と若い整備員に声をかけながらコクピットからおりてジェリドたちを見やる。
スパイ活動を堂々と赤い彗星ができるわけがない、と思うのだが。クワトロはサングラスの奥の瞳から彼らを見た。
ジェリドたちが彼らなりに真っ直ぐなのはわかるが血なまぐさいものになるのを自覚しているのか。
クワトロは先ほどまで乗った百式改を下から見つめた。
ララァか、とつぶやき格納庫をあとにした。ジェリドたちの影が隠れたのがわかった。
ジェリド 「なんでお前たちまでついてくるんだ」
エマ 「ジェリドだけ監視だなんて」
カクリコン 「水くさいぜ」
そんな声がシャアの背中に聞こえた。
数日間、ジャブローに身を置いてわかったのはカクリコン、エマというふたりのパイロットがパイロットとしても軍人としては実直だった。
シミュレーターや直接、機体による模擬戦を通してわかったこと。また彼らふたりにしてもジェリドと似た点があることだ。若者らしい情熱らしさというものか。
かつてジオン、この場合のジオンとは共和国時代からのジオンいやサイド3ということだろう。
あの時代は幼いながらも幼少であった自分、キャスバル・レム・ダイクンにもサイド3には若く明るい未来を切望していた若者がいたように思う。そしてザビ家の支配があっても本来の若者らしさは失われていなかったように思う。
ジェリドたちに見えるのはそんな若者らしさを少し羨ましくまたわずかに複雑に思った。
クワトロたちが所属するのは第1軌道艦隊のサラミス改ミズリィーだ。黒い艦体がいかにもティターンズらしかった。
クワトロ 「宇宙か……」
ジャブローの洞穴からわずかに星々の輝きが見えた。
出発は明朝05:00。
宇宙にあるルナ2部隊は任務に失敗したとバスクから連絡があった。
バスクを倒すことができれば、と思うがそれは不可能に近かった。
明朝、朝焼けがジャブローを照らした。緑を朝焼けが照らしジャブローからロケットブースターを装着したミズリィーの姿が見えた。
クワトロ 「……」
ジェリド 「大尉……」
ミズリィーの士官室に戻るシャアの背中がジェリドには大きく見えた気がした。カクリコンやエマはちらりとかつての赤い彗星を見た。
ミズリィーはロケットブースターを噴射し噴煙を上げながら宇宙に向かった。
戦いはまだこれからだった……。
宇宙(そら)への射出はGを感じるが、瞬く間だった。
ルナ2部隊は暗礁宙域での戦いは犠牲は少なく報告書によると部隊の一パイロットがアムロと交信を試みようとしたが、失敗に終わったようだ。
「ティターンズのパイロットがか……」
報告書を目にしたクワトロの瞳に複雑な色が浮かんだ。ジェリドならば間違いなくアムロであろうと倒したのではないか。もちろん他のティターンズにしてもだ。
ミズリィーの航路はルナ2に一度向かうはず予定だ。だが宇宙は連邦やティターンズの制宙権で大半は支配しているが、ティターンズの艦というだけでエゥーゴやエゥーゴを支援する者たちに狙われないとは限らない。
「どちらへ?」
「ブリッジだ。艦長に会う」
扉を開けるとジェリドの精悍な顔があった。監視を兼ねているのはいつもだが、以前より情がおもてに出てるようだ。
ブリッジには艦長以下ブリッジスタッフがいた。
「クワトロ大尉、なにか用かね」
艦長の声はややしわがれた声が特徴だった。初めて印象はどこかがいこつのような印象を抱かせた。かまわず言う。
「ルナ2にまっすぐ向かうとエゥーゴに悟られるのでは」
ふむ、とがいこつみたいな顎がわずかに動いた。納得はしまいと思うが、案の定だった。
「だが我々は一刻も早くエゥーゴをつぶさなくてはならない。大尉もその任務を帯びているはずだが」
「ですが、エゥーゴの攻撃をかわさないと我々は、……我々は目的を成し遂げられません」
わずかに言い淀んだ。
宇宙に出たばかりだから気持ちがうかつにも逸ったかもしれない。それはシャアがスペースノイドだったからかもしれない。
だが、ティターンズのスタッフは地球生まれが大半だ。彼らはスペースノイドの気持ちはわからないのが常だった。
「大尉、この艦は私の艦だ。したがってもらおう」
背後でいつの間にかカクリコンとエマがいて彼女は少し驚くような表情をしていた。
「わかりました」
ティターンズは力を振るうことに慣れている集団である。それは権力の暴走である。
だが、世の中は権力の暴走を赦さないだろうとシャアは思っていた。
エゥーゴの者たちはいつでも戦いを仕掛けるのだ。背を向けたシャアの思いは皮肉にもそうなった。
クワトロは百式改のライフルを放つ。するとエゥーゴのザクはあっけなく宇宙に砕けた。
「くっ」
無駄なことをと思いながらも彼等はミズリィーの艦体に向けて攻撃を放つ。がミズリィーもまた砲撃を加える。
ジェリド、エマ、カクリコンのガンダムもまた攻撃をしては撃破してゆく。鋼鉄の戦場は熱いように思われるが、むなしいものだ。
戦闘は30分とかからず終わりエゥーゴの機体の残骸が浮いては流れていた。
やれやれ、とクワトロは機体をミズリィーに戻しながらむなしさが身体を襲っていた。
ミズリィーのモビルスーツデッキにジェリド以下のモビルスーツが順次ならんでいた。
「ごくろうだった」
「任務ですから」
エマの聡明さを感じさせる瞳にシャアは目を背けたい思いがあった。
敵である者を同じ人間わかりあえる存在と知った時にその聡明さが仇にならなければいいが。
「報告書はあとで艦長に出しておく」
「わかりました」
ジェリド以下の若者の声を背中にしながら艦の進路に影響が出た可能性もあるだろう。
ルナ2に真っ直ぐいかせないためにエゥーゴが出てきたとすると、彼等は何か別の目的があるのか。私室に戻ったシャアは思う。
先の戦闘で散ったエゥーゴの者たちは捨て石になる覚悟で臨んだと。
「……」
私室を出るつもりはないが、扉の向こうにジェリドか誰かの気配がある感じがしたが確かめるのもわずらわしかった。
そしてミズリィーの進路に影響が出たとわかるのは翌朝のことだ。
クワトロの予想通りなのかどうかはわからないが、ミズリィーの軌道はルナ2から外れてしまったのが明らかになった。
大型ミサイルなどを用いなくても少数のモビルスーツ隊が奇襲を仕掛ければ戦艦は足止めをくらいやむ無く軌道を変えざるをえない。
宇宙での戦闘は地上での戦闘に似る。目的地にいくのを阻めばそのぶん敵は次の作戦をしかけることができ逆に自分たちは作戦行動に支障をきたす。
ミズリィーの艦長はジャマイカンという骸骨みたいな表情の男だ。苛立ちを見せていた。
ジャマイカン 「エゥーゴめやってくれおったわ」
クワトロ 「……」
クワトロは航路の変更はやむ無しと思った。ルナ2に向かうはずの航路はサイド4に向くようになっていた。
推進剤が昨日の戦闘でわずかに足らなくなったのだ。補給艦の派遣を考えてはいたようだが、それでは陸に上がった魚と同様だ。
不意にジャマイカンは苛立ちながら言う。
ジャマイカン 「スパイがいるのではないか」
クワトロ 「!」
ジェリド 「も、もしもクワトロ大尉のことをおっしゃっているならバスク大佐を通して抗議させていただく!」
声を上ずりながらもジェリドは若い顔を眉間に皺を寄せながらシャアを庇う発言を艦長にした。
ジャマイカン 「い、いや疑うわけではないが」
ジェリド 「我々とて対エゥーゴの作戦を控えている。それは承知のはずだ!」
若い声を震わしながら抗議するジェリドの肩にクワトロは手を置いた。
それ以上はいい、と。
クワトロはサングラスの奥にある瞳で目礼をしながらブリッジを去る。エマやカクリコンは怪訝に見つめるだけだった。
クワトロは思う。
エゥーゴは自分がミズリィーに乗っているのを察知しているのかあるいはティターンズの艦だからだけなのか。
廊下に背を預けるようにしながら考える。
エゥーゴの潜在的な戦力はまだあるのでは、と戦士の勘が告げていた。
サイド4への航路はなにかよからぬものに脳裏に見えていた。
サイド4、通称ムーア。
本来なら戦後、連邦政府は宇宙移民者のために新規のコロニー計画を推進するはずだったがエゥーゴの台東、ティターンズの軍備増強により各サイドの復旧は遅々として進まず各コロニーにおいても貧困化や格差は進むばかりである。
「……」
クワトロは艦の窓から見えるコロニーの光点が少しずつコロニーの存在を露に映していくのを見つめた。
コロニーの中に反乱分子がいないとは限らない、がすでに宇宙植民地たるコロニーは宇宙世紀においては月面都市とおなじく欠かせない存在である。だが、敵の存在をどこかで感じていたが対処のしようはあるのか。
「大尉」
「ジェリド中尉、私を庇うことはないのだぞ。あれでは君が疑われることになる」
しゃべりすぎかと思いながらも錆びた声で咎めた。もちろんジェリドに監視されているのはわかるが、戦いの経験を積むことでパイロットとしての信頼感は口に出さないまでもある気がした。
「私も同感よ、ジェリド」
「そうだぜ。艦長の前で意見するなんて」
あとをついてきたらしいエマとカクリコンは同意しながらもクワトロへの目はわずかに疑いの色はあった。彼らの目の色はシャアには痛く思えた。
「コロニーのなかだからといって油断はしてはならない」
「勘ですか」
「宇宙は地球とはちがう」
先の戦いは小規模ではあったがあのような捨て石になる者たちがジオン、いやエゥーゴにいる。捨て身な者たちにはそれだけの覚悟がいる。
モビルスーツ戦であのような覚悟があるなら生身同士なら平気でテロを起こしかねない過激な分子もいるだろう。
クワトロは背を見せた。
「なんだい、ありゃ」
「大尉……」
「腕は認めるけど。赤い彗星にしては怯えかしら」
ジェリドは仲間たちの言葉を耳にしながら聞こえないように舌打ちをした。彼もまたシャアへの感情が複雑になっているくらいはわかった。
コロニーが回転する姿が舷窓から見えていた。
サイド4にあるひとつのコロニーにミズリィーは問題なく静かに入港していった。
連邦政府下にあるコロニーが大半だからかそれは当然のように思えた。モビルスーツデッキでは整備員が先の戦闘での修理や整備をしながら和気あいあいとしていた。
「……」
シャアはサングラスの奥にある瞳でそれを眺めていた。アムロならば戦士である自分を理解するだろうが、敵対関係に再びなったことに彼はどう思うのか。
「クワトロ大尉、先の戦闘見させてもらいました」
「君は」
「整備員のアレックス・ノーマです」
ジェリドたちより歳が下らしい若い整備員が声をかけた。百式改のコクピットに乗る際にいた整備員だったと気づく。
「なにか?」
「いえ、戦闘で我々を守ってくれたことへの感謝を言いたかっただけです」
「いや、キミらを守ったわけではない。あれは任務だからだ」
理由を端的に告げた方がいまの自分には気持ちが軽く思えた。
そうですか、と若いアレックス・ノーマの表情を冴えなくしてしまった。自分はいつもこうなのか、一年戦争時代からシャアを名乗った時から常に誰とも距離を置いてきた。いまもか。
「半舷休息がもしあるならたのしんでくればいい。失礼した」
「大尉……」
呟く彼の声が聞こえないようにクワトロは去っていた。
その姿を艦長であるジャマイカンは憎々しげにブリッジのモニターを通し見ていた。
「赤い彗星めが。ぬけぬけと……」
その声をブリッジに入ろうとしたジェリドは偶然からか聞いてしまい立ち止まった。
半舷休息が出されたのは数時間後のことである。
この時代のコロニーは格差が一年戦争時より広がっていた。
「赤い彗星めが……」
ブリッジの艦内モニターからクワトロ・バジーナを見ていたジャマイカンは忌々しげにつぶやく。半舷休息を出したもののシャアが動く様子がなかったからだ。
大半の乗組員はコロニーを休息を兼ねながらもパトロールにいく者もいた。
「ジェリド中尉か……」
クワトロ大尉の私室をたずねるジェリドを見てジャマイカンの陰険な瞳が輝いた。
ジェリドはエマやカクリコンがいないのをさいわいと思い監視対象ではあるが、上官をたずねた。
「よろしいですか大尉」
「ジェリド中尉か。かまわない」
監視と戦いを兼ねた関係ながら若いジェリドはクワトロのサングラスや揺れる金髪を見ながら迷いが生じていた。
この人を戦いに引き込んだのはバスク大佐そして自分たちだとわずかに自責に近い念があった気がした。
妹が人質にとられているから、か。
だがクワトロの声はそれを気にさせない戦場に生きる男のそれであった。
「なんだ、コロニーに行かなかったのか」
「自分は任務がありますから……」
「私は動かないよ。あのジャマイカンという艦長は器がちいさいようだ」
声はちいさすぎず大きすぎのトーンだが監視モニターから聞こえジャマイカンはわずかに舌打ちした。だが、クワトロやジェリドには聞こえない。
「大尉、そのような発言は慎んだ方がよろしいかと」
「そうだな。だが戦果を立てられずエゥーゴを潰せないとなると……」
「なると?」
聞かずともジェリドにはシャアの言うことがわかり背中が震えただろう。だがシャアは気づかないまま口にした。
「私は味方から、ティターンズから背中を撃たれるさ」
「……」
思わずその声に自分かあるいはティターンズの誰かがシャアを撃つ、それが生身かモビルスーツ戦かわからないが想像しジェリドはなにかに怯えた自分がいた気がした。
さんざん戦場でエゥーゴの者たちを倒してきた自分だが、クワトロいやシャアにいいようのない複雑な感情が芽生え言葉にさえできなかった。
そこへコロニー公社から艦へ通信が入った。
コロニー内に異常があったという知らせが。
クワトロとジェリドは一瞬、目を合わせ走り出した。
「コロニーでテロだと!?」
ブリッジに上がるとジャマイカンのしわがれた声がふたりに伝わる。
「これは」
「エマとカクリコン、他の者たちは!?」
「通信が取れません!」
通信兵の言葉とブリッジのモニターに映るコロニーの一風景がすべてを語るようだった。
どこかの一ブロックから爆発が上がりコロニーの中心部を目指すように破壊された建物から黒い煙が上がる。
「ええい!モビルスーツを出せ。エゥーゴを皆殺しだ!」
ヒステリックなジャマイカンの声をシャアは遮る。
「待ってください。まだ不穏分子の存在は明らかにされていません!モビルスーツを出すのはコロニーの住民を刺激するだけだ」
「なんだと貴様」
「大尉」
「私とジェリド中尉がコロニーに向かいます。出すのはジェリド中尉の機体だけです」
「それでなにがわかる。なにもわからないなら殲滅してしまえば」
「そうなればティターンズはひとつのコロニーを完全に敵にまわします。よろしいですか」
シャアはサングラスの奥からコロニー市民の怒りを代弁するかのように諭す。エゥーゴとティターンズの戦いはいまだ散発的だが、彼らはアムロを強奪するくらいはやってのけ今度はテロの疑いだ。
わかった、とジャマイカンは忌々しげにつぶやきシャアとジェリドを見送る。
モビルスーツデッキにはジェリドのガンダムマーク2が起動し始めていた。
「大尉。自分が機体を操るよりは」
「このままでいい。奴等の狙いがわたしならモビルスーツよりは被害が少ない」
黒いガンダムマーク2の掌にクワトロを乗せたジェリドは彼の身を案じるかのようだ。
だが、赤い彗星は上官だ。言うことを聞かない。
「わかりました。ガンダム出ます」
「艦長に伝えろ!迂闊に刺激をするな、と」
了解、とジェリドは機体を発進させながらブリッジに伝えた。
仲間の身を案じながらもシャアの身を気にする自分がいる。ジェリドは任務に徹しなければという思いに駈られた。
アレックスという整備員は黒いガンダムを見送り背を見せた。
「ティターンズはコロニーから出ていけ!!」
破壊されたビルの残骸から弾丸が放たれる。テロリストかエゥーゴかはわからない。
エマはカクリコンを庇うように壁に身を隠し銃を構えては一発二発と放つ。が、影は巧みに避ける。
ついさっきまでは飲食店だった建物が一瞬の爆破で荒れた残骸になりカクリコンは頭から赤い血を流しながら意識を保っているようだ。
「俺はいい。エマ逃げろ」
「バカを言わないで。大尉やジェリドは来るわ!」
弾丸が身を隠した壁にあたり死への恐怖を誘う。あたりにはティターンズや軍人とは無関係な民間人が傷だらけになりまた死体となり倒れていた。
自分たちを狙うのはわかるが、民間人まで巻き添えのやり方にエマは女性らしい憤りをおぼえた。
エゥーゴめ……。
だが、このままでカクリコンや街にいる仲間までやられるのは時間の問題だろう。
「……この音は」
「モビルスーツ……か」
銃撃戦のなかモビルスーツの駆動音やスラスターの音が街に伝わりエマやカクリコンは見上げた。黒いガンダム、ガンダムマーク2の機体が救世主に思えた。
「無事か」
「た、大尉!?なぜここに!」
気づくとクワトロの身体がふたりのそばにいるのに驚いた。
実はクワトロは街に入る前にガンダムの掌から降りて彼らのいる地点まで向かったのだ。ガンダムマーク2の黒い機体はテロリストを威圧するように存在感を放った。
「……抵抗はやめるんだ!」
ジェリドはクワトロやエマ、カクリコンの身を案じながら外部音声でテロリストに呼び掛けた。モビルスーツの巨大な機体を見れば彼らとて戦意を喪失するはずだった。
「!?なんだ!?」
対モビルスーツ用の爆裂弾が機体を揺らした。やむなくバルカンを放つが生身の人間相手に当たらない方がいいように思えた。が、何人かは負傷したような悲鳴が聞こえた気がした。
「ティターンズめ!」
「大尉!まだですか」
外部音声を切りクワトロへ指向性の電波で通信を飛ばした。
数秒が数時間に思えたかもしれない。
「ふたりは無事だ。他の者はまだわからん!」
モニターにクワトロたちが映り確認するやいなや機体を彼らの盾にするようにした。
機体が揺れる。生身でモビルスーツとやり合おうというエゥーゴかテロリストかわからない者たちの信念か執念が感じられた。
「くっ……」
「ジェリド中尉、ふたりを連れて港に戻れ」
モニターにはクワトロがエマとカクリコンを機体の背に逃がすように見えた。
「大尉は」
「私はいい。少ししたら戻る」
しかし、と反目しようとしたが駄目だ!と遮られた。機体の掌にふたりを乗せて庇うようにした。
「大尉」
自分の声はシャアには聞こえないようだったがカクリコンの負傷も心配だった。やむなく機体を浮上させるとクワトロやテロリストたちは動きを止めた。
「大尉……」
港に戻りながらジェリドは上官を気にしていた。
クワトロはその場からいつの間にかいなくなっていた。
「ヤツはどこだ」
「ティターンズだろう!みつけしだい殺せ!」
クワトロはその場から離れながら港に戻れるかと考えた。考えるよりも勘に従った方がよいのだ。
生きるためには……。
ジャマイカンは地球にいるバスク大佐と連絡しようとしてたが、不在のようであった。
「地球から見て宇宙の何がわかるんだ……」
整備員のアレックスは黒いガンダムの機体が戻るのを見て誘導した。しかしその掌にはシャアの代わりに女性兵士と負傷した男性がいた。エマとカクリコンだ。
ふたりが降りるやいなや黒いガンダムは動きだした。
「中尉、どこへ!」
「コロニーだ。大尉をひとりにはできない」
「危険よ!ジェリド」
整備員とエマの声にジェリドは躊躇いを背に感じた。判断に迷う自分がいることにジェリドは躊躇を振り切った。
スラスターが機体を宙へ飛ばした。
「ジェリド!」
エマの女性らしい響きがデッキに響いた。
クワトロはコロニー内を走った。エゥーゴかテロリストかわからない者たちがつけている可能性もある。
見上げると爆発した建物の黒煙はコロニー中心部に上がっていた。
瞬間、弾丸が空を切る音がした。壁に弾痕が見えた。
「チィ」
この舌打ちはつけられたことかもしくは無関係なスペースノイドを巻き込んだ彼らへの怒りかはわからないが走った。
どこへ?港へだ。
だがモビルスーツほどの機動力は人間にはない。せめて撹乱して港に向かう以外にない。
「ヤツはこっちだ」
「まわりこむ!」
建物の影に隠れながらエマやカクリコンを襲い建物を爆破した者たちだ。しかも自分はティターンズの制服を来ている。撹乱するにも目立つので制服の上衣だけ手近にあったゴミ箱に放り込みすぐ走った。
街には警報がなっているのか警察くらいは動いているのか。サイレンが見えた気がした。
ジェリドはマーク2でクワトロを探すが見当たらない。焦燥感が襲う。
「大尉」
「ジェリド!」
「エマ、どうして来た!?」
「カクリコンは医務室で治療してるわ。私は傷が浅かったから」
気づくとエマのマーク2が側にいた。だが、コロニー内がざわついているのがコクピット内のモニターを通して伝わるようだ。
「エマ、艦長から伝言。警察と連携してコロニー内を沈静化するのよ。大尉はそれから」
「しかし、……わかった」
シャアを探しにいきたいが明らかにテロ行為に思われた。想像である。
シャアのことだからどこかに逃げている可能性はある。無事ならば、と思い機体を操り先ほどの現場に向かった。
? 「ティターンズめ!コロニー内をちょろちょろしやがって」
? 「ひとり生身のヤツがいた。そいつを捕まえて吐かせろ!」
二機の黒いマーク2を見上げたふたつの影は罵った。
彼らもまた怒っていた。
コロニーの港入口まであと数キロというところか……。
あと少しと思った時だった。コロニーの中心にある円筒が雲間に見え明るい輝きが自らを照らしているだろうと感じた時に背後からサイレントガンの静かな狙撃から彼は意識を失った。
「間違いない、ティターンズだ」
意識を失いかけたクワトロの意識はわずかに男の声を聞いた。
二機のガンダムは爆破された建物付近に立ち警備を警察と共にしていた。
エマはモニターを通しながら地上に降りたジェリドが警官にクワトロ大尉を探すように意見していた。がテロの疑いがあるなか地元警察は受け入れることはむずかしい対応をしていた。
「大尉を、クワトロ大尉を捜索してくれ!」
「いくらあなた方がティターンズであってもいまは鋭意調査中です。それにもしその方がティターンズならば艦に戻っているのではないですか」
警察署長は少し苦い顔を見せながらもジェリドの言葉を遮った。
政治的にはティターンズ寄りではあるがそれは立場によるものであり彼もまたスペースノイドである。複雑な立場がそのような言葉を言わせている、とモニターを通して見ていたエマは思った。
艦にクワトロ大尉はまだ戻っていないという。大通りをゆく車がいくつも行き来しているのが見えた。
そこにクワトロ大尉を拉致した車がいることに気づくことはなかった。
艦のジャマイカンはクワトロ大尉が行方不明なことに憤りがあった。
「これではバスクに俺の顔が立たん。しかも任務前にだぞ!警察と連携を取りクワトロ大尉を捜索せよ。艦長命令だ」
そんな声が医務室で治療を受けていたカクリコンの耳にまで艦内通信を通じて聞いていた。
「あの艦長……」
なに考えている、と傷の痛みが消毒されながら口に出さずに罵った。
必ずしも彼とてシャアを信頼しているわけではないが、ジェリドと共に現場に姿を現しただけ意外であり驚嘆に値した。
「ん……」
声にならない声でクワトロは目覚めた。どこか遠くでパトカーの走る音か遠くに聞こえた。そこ前から感情のない抑揚さえない声がかかる。
「クワトロ・バジーナ大尉。……もとジオンの赤い彗星、シャア・アズナブル。はじめましてというべきか」
「ここは、キミは、キミたちは……」
目の前の男たちが複数であるが、サングラスを外され男が逆光を浴びて影でに映るのがわかる。男の手には自分の黒いサングラスがあった。
「我々はエゥーゴの者だ。先ほどのテロは我々が起こした」
「なんだと!?わかっているのか!キミたちは同じスペースノイドを、宇宙(そら)に生きる者を!ぐっ……」
「あなたのそのしゃべりはなんだ!ティターンズそのもの連邦の役人みたいな口の聞き方は!」
いつの間にそんな口になったのか。見えない相手に言われ初めて気づいてしまった。
ティターンズに所属しかつては仲間あるいは同志だった者たちを捕らえ尋問し彼らが自殺を見るのが当たり前になってからか。
腹にあたった銃の堅さが伝わり唾や胃液が床に散った。
「………」
「今度はだんまりとは利口なものだ。シャア・アズナブル」
「テロを起こすなど」
「言いたいことはわかります。だがティターンズに対抗し意思を示すためには暴力的な手段も必要だ」
「……」
先ほどのテロ現場を思い出した。エマやカクリコン以外にも負傷した一般人、母子の倒れた姿。泣く子どもなどあったようだ。
「聞きたいことはいくつもある」
クワトロは顎を上に上げた。彼らはその気になれば非人道的な尋問をやってのけるがいまはそれはしない。
ただそれだけ。
懐柔させるには飴と鞭の繰り返し。そして心や精神を折ってゆく。
銃で腹に喰らわしたのはいつでも殺れる自信か覚悟はあるだろう。
縛られた椅子に身体が自由に動くのは目と指先がわずかか……。
情報が少ない……。
カクリコンは傷が癒えない身体をおしてブリッジに上がった。だが、そこにいたのは醜態を晒すジャマイカンがいた。
「ええい!警察に圧力をかけても構わん。政治的判断などどうにでもなる!モビルスーツ隊を発進させろ」
しわがれた声が響くブリッジのモニターを通してコロニー内の惨状が映る。いくつかのモニターには黒いマーク2やジムの機体が映る。
あそこにジェリドやエマがいる。肩の傷が痛む。
「いま、コロニーを刺激してはまずいのでは……」
黙れ、とジャマイカンの平手が艦長席から飛びカクリコンの身体は軽く壁に叩きつけられた。
「これというのも赤い彗星が疫病神だからだ。真っ直ぐルナ2に行けたらいいものの!」
どうみても言いがかりのように思えた。宇宙に上がりミズリィーへの襲撃は足止めや方向を変えさせるくらいわかるものだ
。
無能な艦長め。
カクリコンは肩を触れながらブリッジを出てモビルスーツデッキに向かう。が、治療してくれた看護兵士の女性が見つけた。
「中尉、むりです!傷にさわります」
「あんな艦長にまかしておけるか。エマやジェリドだって出ているんだ」
もしクワトロがそばで聞いていたら実直な兵と思うだろう。傷が痛みをひきながらマーク2のコクピットに彼は入った。
「中尉……」
「あぶないから下がっていろ。もしクワトロ大尉が傷ついていたら診てやってくれ」
ガンダムマーク2の瞳が輝き駆動音が伝わりゆっくり動く。
若い整備兵がハッチに誘導する。
「中尉、いけますか」
「ああ……」
カクリコンのマーク2はゆっくりと宙に上がりコロニー内を目指した。
整備兵アレックス・ノーマは静かな瞳で見送っていたのを彼は知らない。
コロニー内はたった一度のテロで混乱していた。
いや、一度だけとは限らない。カクリコンにとってははじめてかもしれないがコロニーの住民にとっては幾度も経験されているかもしれない。
マーク2のコクピットから現場に向かい着陸させると、エマの声が飛んできた。
「傷はだいじょうぶなの!?」
焦りがある声がしたのはたんに現場の被害だけではないのが語っている感じがした。
しかもクワトロ大尉の行方はわからないという。
「オレが負傷したばかりに……」
かつては敵であったという上官ではあったが、ジャブローから宇宙に上がるまでは短い間ではあるがふれあいはあった。
“赤い彗星”は伊達ではない。本来、宇宙への任務にも関わらずジャブローの地形を利用した月面での戦いを想定した訓練をジェリドを含む自分たちに課した。
はじめはバカらしいと思いながらも三機相手にクワトロ大尉は歴戦の腕を見せた。
ジェリドに監視されている負い目などは実戦に関係なくヤツは自分たちの機体にペイント弾を当てていた。
「ジェリド……!」
と呼び掛けた時だった。背後から爆裂弾や対モビルスーツ用バズーカを持ったテロリストが離れたビルから放たれた。
「……なんだと!?」
「カクリコン!?」
瞬間、バックパックの推進剤が爆発によりスラスターから爆煙を上がらせた。
「ちっ」
バルカンポッドでテロリストらしき人物たちを撃った。彼らは鮮血を流し屋上に倒れ木の葉のように建物の上から落ちていったように見えた。
「やった……」
やったのか殺ったのか。
モビルスーツに乗って生身の人間を殺したことでどろどろとした感情や気持ちが胸の内にむかむかさせていた。
「カクリコン!」
「なんともない……」
下のジェリドが見上げるように呼びかけた時だった。
バックパックからの推進剤が爆発しそれが一瞬で近くにいたコクピットのカクリコンを吹き飛ばした。
テロリストの放った数少ない一撃二撃だった。
モビルスーツは巨大機動兵器である。戦車のような大砲を扱い人間のように四肢を使い宇宙で地球で巧みに機動する。
だが、その内部は繊細かつデリケートな電子機器である。バックパックとコクピットを繋げるわずかな配線に彼らは傷を運よくつけた。
それがカクリコンの命を奪った。
カクリコーンッ!!
ジェリドの声は爆発の中にかき消されたように包まれる。
僚機の爆発を目にしながらエマは驚愕の瞳で見ていた。さいわいにもジェリドは警官たちや建物によってマーク2の破片や残骸から守られたが、さらにその瞳は驚いた。
カクリコンの機体は胴体から上がなく爆発四散したらしく黒い脚だけがまるで柱のように立っていた。
…………。
茫然自失となったジェリドは二本の柱になってしまったマーク2が映っているはずだが見えていないようでもあった。
「じ、ジェリド……!ジェリド中尉!」
自分を呼ぶエマの声にも怯えや震えはあったようだが、ジェリドは任務を思い出したように機体に上がりコクピットに入り返事した。
「す、すまない。だが、だ、だいじょうぶだ」
「そ、そう……。エゥーゴがカクリコンを……」
「言うな……!」
感情を振り絞るような声でさっきの目の前の現実を忘れるようにした。
エゥーゴかテロかはわからないが、奴等はコロニーをこちらより把握しているはずだ。地形、場所、政庁や警察などの本部、港などと思い当たる。
考えろ、と自らに言い聞かす。
クワトロ大尉は知らないが、彼に発信機はつけてあるはず。いまごろになって思い出す不甲斐なさに憤る。
「エマ、センサーでもなんでもいい。周波数を………に合わせろ」
「な、なぜ……」
「いいから!」
クワトロ大尉から発信機が外れてさえなければマーク2のセンサーなら突き止めらられレーダーかなにかに反応さえすればいい。
「……これは」
「近いじゃないか!」
ジェリドは警官隊がスラスターの噴射にあてられるのを構わず黒い機体を飛翔させた。あわてエマは追う。
コクピット内に映る光点は10キロと離れていなかった。
警官隊は二機のマーク2が飛び立つの見ながら無惨に破壊された一機は存在しないもののように脚だけが残っていた。
「ティターンズめ」
署長は罵るように呟いた。コロニーには目に見えない思惑があるのをジェリドは知らない。
この爆発は!?モビルスーツ!?
聞き慣れた爆発音にシャアは驚愕の表情を浮かべただろう。
「我々の勢力が貴君らのモビルスーツを破壊したようだな」
「わ、わかっているのか……!どれほどのスペースノイドが犠牲になったか!!」
「あなたにそれを言う資格はない!もとジオン軍人の誇りさえ忘れたか!!」
銃の激鉄で後頭部を殴られ思わず悶絶し声が出ない。だが、シャアの内にティターンズに所属したとはいえスペースノイドあるいはジオン軍人の誇りやプライドは口に出したことで残っていたのは意外でもあった。
「ぐはっ……」
「我々を甘くみないことだ。我々はいつでもどこでもあなたのそばにいるのだから」
「どういう意味だ……」
「愚問だな」
余裕ある悪意を帯びたニヤリとした口角をあげた男の表情には自分に対するプレッシャーをかけるものがあった。
ニュータイプや強化人間ではない。普通の人間、男が持つ凡庸だが深い悪意があった。
瞬間、付近からモビルスーツのスラスター音が二機聞こえた。
「早いな」
「ガンダム……!?」
わずかに建物の格子の隙間から黒い機体が見えた。なぜここに!?と思ったが、発信機と複雑に思った。
ち、とリーダー格の男はたいしたことを聞き出せないことに歯痒く思ったらしい。
時間が短すぎたのだ。
だが、クワトロは脱出できるか!?と思うのか。
案の定、彼らはクワトロの肩を掴み人質にする、と暴力的な手段を用いた。肩や足が痛む。
『クワトロ大尉!聞こえますか』
「しゃべるな」
銃を顔にあてリーダー格の男の顔が見えたと思ったが、彼らは強盗よろしく覆面をしていた。
下品な連中だ。
勘だが、彼らがエゥーゴであるわけないと意識が伝えていた。
建物の前に出ると、黒いマーク2の機体が二機見えた。
『クワトロ大尉を離せ!』
外部音声のジェリド中尉の声はいつになく焦燥感があった。
危険な兆候を感じた。
戦士としての勘か。
『ジェリド、落ち着いて』
「そうだ、落ち着け!赤い彗星が地に倒れる姿を見たくはないだろう!」
彼らの目的は自分を人質にしながら下卑た目的だったことをなんとなく悟っていたかもしれない。
バスクに使われるより情けないな。地に落ちたものだ……。
だが、腕を掴まれているということは足はさっきから自由なことに気づいた。
痛みはあるが動くに支障はない。
が、このままではジェリド中尉は激昂しかねない。エマ中尉がいるからか落ち着きを保とうと理性が働いているからか。
近くに警察車両のサイレンが耳に届く。警察がテロ現場から走っているらしかった。
「いいのか、赤い彗星のあたまが砕け散るのは見たくないだろう!」
リーダー格の男は硬い銃の先端をクワトロのこめかみにつけて他の男たちに囲むようにし男のひとりが通りを走った一般車両からドライバーを脅し奪ったようだ。
「リーダー!」
「よし、とっとと行くぞ!人質がいる限り俺たちは勝つんだ」
車を奪いながら下卑た男たちの匂いに囲まれながら車は彼らの焦燥感のまま走り出した。
焦りがあるカーブでリーダー格の男の肩にあたる。筋肉質でそれなりのはわかるが、モビルスーツ乗りではないらしかった。
どこにいくのだ。
コロニーは人工の空間で構成された大地だ。
スラスターを噴かしながら二機のガンダムは距離を取りながら追跡し後方からサイレンのうるさい音とパトランプが見える。
自分がいるから迂闊にできんか……。
ミズリィーが停泊している港とは反対の港の方に向かうつもりらしい。いきあたりばったりだな。
「港を出て宇宙船があれば隣のコロニーにいける!」
無理だな、とクワトロは思った。
案の定、反対側の港入り口にはティターンズの黒い制服と連邦の真面目な制服が銃を構えていた。構わずシャアは身を伏せた。
死ぬぞ、とリーダー格の男に告げた時だった。連邦軍制式採用されている黒光りの銃から弾丸が無数に放たれた!
「ぐっ……」
痛めつけられた身体に肩に弾丸が掠めたらしい。車はそのままタイヤが弾け破裂し右か左かわからないが弧をを描くように壁にあたりエンジン音が事切れたように止まった。
「大尉、ご無事ですか!?」
……ああ、とわずかに口から声が出た。リーダー格の男や傷が浅い男たちは仲間の死体を目の当たりにしおびえながら這い出たが、目の前には銃の鈍い輝きがあった。
『大尉!』
『無事のようね。だけど彼らは大尉を使ってどうするつもりだったのかしら』
その通りだった。
クワトロは生身だと自分が意外にだらしないことに気づいていた。
時間は再び遡る。
アムロは暗礁宙域にある“楔の園”にある隠された要塞のなかで賓客として扱われていた。
が、自分の身の振り方に彼はいまだ迷っていた。
「よろしいですか、大尉」
姿を現したのはカリウスだった。彼はエギーユ・デラーズ、アナベル・ガトーらが亡くなった後にここに残された部隊や人員を率い密かにエゥーゴとコンタクトしていた若い軍人のようだが、自分同様に大人としての表情にかげりがあった。
「大尉に申し上げます。我々はこの“楔の園”を即座に捨てるつもりです。ですが、大尉には申し上げにくいのですが我々の仲間、少年兵や女性兵などを守っていただきたいと思います」
「なにをいうんだ!?」
「未確認の情報によりますが、サイド4でテロの動きがあるらしいと我が同志がこちらに伝えてきました。またティターンズ所属ミズリィーが我々の作戦により進路変更し入港。ミズリィーには赤い彗星のシャアが乗っているらしいとの情報が……」
「シャアが!?宇宙に」
カリウスの言葉をアムロは思わず遮った。
あの男が宇宙に上がってきた、その思いは複雑だった。
そしてアムロの目の前にはカリウスの部隊が救援に現れた新型モビルスーツの画像やデータがあった。
新型の名はリック・ディアス。
まだ身の振り方を決めていないにも関わらずカリウスやエゥーゴの者たちは丁重に扱いなおかつ軍事機密なのにこうも容易く機密を明かす。
そこにはかつてニュータイプとして活躍した自分への期待だ、とわかってしまうのはつらかった。
カリウスはアムロを見つめて言う。
「ミズリィーはおそらくルナ2に再度、合流がありまた他サイドからの援軍もあるかも知れません。その前に月に向かっていただければ生き残れます」
「……」
ルナ2や他の部隊、そしてシャアが乗っているミズリィーなる艦が来るのは明白だった。
また戦うのか……。
一年戦争であれだけ戦い得るものがなかった戦争。
「我々は大尉や若い者たちにあとを託す思いです。失礼」
カリウスの足音は重いように見えた。
モニターに映るリック・ディアスのデータにはかつて自分がジオン要塞ア・バオア・クーで脱出の際に射出したガンダム上半身のデータから導き出したデータから作られたと記されてある。
一年戦争の傷痕を自分は残したひとりか。
アムロの側にあるパソコンのモニターに映っていた機体はリック・ディアス。
先の一年戦争でア・バオア・クーで彼がガンダムの上半身を放出し機体にあったデータをもとに数年の時を経てジオン、いやエゥーゴが完成させた新型機体である。
手足が太いのはかつて戦ったドムタイプを彷彿させながらどこかガンダムのようなパワーん感じさせたのはアムロがガンダムに思いがあるからかわからない。
ただカリウスをはじめ彼らが扱う機体は黒と紫でドムタイプに近い色、またステルスに近い機能を持つのか闇に溶け込むようだ。
そこへ自動扉が音もなく開きそこにはカミーユの沈痛とした表情があった。
「大尉……」
「カリウスとかいう人に頼まれた。君たちを守ってくれ、と。だが……」
「それは本当ですか!?」
カミーユの声と表情には驚きと混乱がまじっていた。
しかし、アムロにはまだ迷いがある。
「だが……、俺でいいのか。俺は連邦の人間だ」
アムロには先ほどの戦いで自分に呼びかけた女性の声がよみがえる。
ティターンズのなかにも良識ある軍人や兵士はいる。だが、彼らがティターンズ内で力を握ることはないだろう。
いつの世も力や権力を掌握する者はその自覚がないまま世に力をふるい支配を求め強権を使う。
「大尉……。僕は」
「軍人なら僕なんて言わない方がいい。俺はさっきの戦いで自分に甘えがあるのがわかった……」
カミーユはまだ少年らしい純粋さを持ったまま戦いに身を投じている。
その姿にアムロはかつての自分を見る気がした。
アムロは迷いながらも口にした。
「俺は月にいかなくてはならないようだ……」
ハッとカミーユは俯いた表情をあげた。
だが、それはアムロの運命を動かしたのが自分あるいは自分たちというけとに気づかない。
『楔の園』がティターンズおよび連邦軍から襲撃を受けたのは一週間さえなかった。
モニターに映るリック・ディアスと名乗る機体は無機質なモノアイでアムロとカミーユ、ふたりを見つめていた。
再びサイド4にいるクワトロに物語は移る。
犠牲者はカクリコン・カクーラー以下数名が犠牲になった。
「カクリコン……。この仇は必ず」
「ジェリド……」
横たわるカクリコンたちの死体はすでに生きている者たちではない。生きる者と死する者、ほんの少し些細なすれ違いが生死を分けたのだ。
「これだから、宇宙に巣食う者は生かせんのだ。ジェリド中尉エマ中尉」
くっ、といつの間にか背後にいたジャマイカン艦長の言葉に憎しみの色がこもる。無能な艦長のくせに、と反感なのだ。
「ジャマイカン艦長、彼らの調査は」
「やっている。が、頑として口を割らんつもりはないらしい」
「彼らの調査を私に」
「断る。申し訳ないが大尉は信用に値しないのでな」
慇懃無礼なジャマイカンの言葉は明らかにシャアへの不信を露にするものであった。
背中を向ける艦長の背中はちいさいものにジェリドやエマにも見えたような感じがした。その背中がわずかに振り返る。
「ああ、戦死したカクリコン中尉に代わりに地球から新規の隊長が加わるようだ。仲良くな」
なんだと、まるで物を入れ換えるみたいなあけすけな表現にジェリドの感情は高ぶったがクワトロとエマに制された。
信用がないな、とクワトロはひしひしと感じた。
「コロニーや捕虜の調査は艦長に任せる以外はない。耐えろジェリド中尉……」
くっ、とジェリドは押さえる感情を堪えるようにちいさく肩を震わせそのままコンクリートの壁に拳を無念あるように叩きつけていた。
若いな、と思う以外になく死したカクリコンというジェリドの同僚には惜しいことをしたかもしれないと思うくらいはあった。
だが、コロニーにいつまでも滞在していると襲撃を受ける可能性もまた否定できなかった。
コロニーは人工物だ。水や食料、空気などすべてひとの手により作られる。それゆえ地球よりはるかにひと同士の営みは目に見えず密接だ。
ふと見ると、アレックスら整備士たちも犠牲になったひとたちを見るように沈痛な顔を見せていた。
「エマ中尉、ジェリド中尉を落ち着かせてやってくれ」
「ええ、わかりました」
クワトロはその場にいたたまれない気持ちがあり私室に戻った。
数日後、サイド4に向かうひとつの光茫からちいさな光茫がわかれた。
それはコロニーの港に飛び込むように現れ管制官たちはなんだ!?と慌てた。
ミズリィーにいるジャマイカンは敵襲かと慌てた。その報はクワトロたちにも届いた。
開いてたモビルスーツデッキにそれは姿を見せた。
これは!、とクワトロとジェリドは驚いた。見覚えのある巨大な機体だった。コクピットからパイロットスーツが現し声が伝わる。
「出迎え感謝する。クワトロ大尉、ジェリド中尉だったかな」
「クルツ・マイヤー」
それはかつて地球で訓練と称し戦ったクルツ・マイヤーであり彼女の背後にはシュツルム・イェーガーの機体であった。
なぜ彼女がここにとクワトロとジェリドには疑問しかなかった。あとから姿を見せたエマははじめてみる可変モビルアーマーらしい機体と通常の人間とはどこかちがうクルツにわずかに疑わしい瞳の色があった。
そこへ新たに濃い紫色をしたミズリィーと同型の艦、メッサーが入港し外部音声が港内に伝わる。
「クルツ中尉、なに勝手なことをしてくれる。懲罰ものだぞ」
「懲罰にするならするがいいさ。だが、私を懲罰にしたら任務に差し支えができるぞ」
アッハッハ、とクルツと彼女の上官らしい会話にクワトロたちは訝しい表情を誰もがした。
アレックスたち整備士ははじめてみる可変モビルアーマーの姿に感嘆の声を漏らした。
クルツ・マイヤーが亡くなったカクリコンの代わりの補充パイロットと知ったのは直後だった。
「強化人間が補充のパイロットだと……」
艦長室で報告書を受け取ったジャイカンは憎々しげに吐き捨てるようにつぶやいた。
クワトロ大尉もだが、強化人間をつくるニュータイプ研究所や科学者などは彼にすれば信用に値しないのだ。
バスクの考えることはわからん、とだけつぶやき報告書を目の前に置いた。エゥーゴらしいテロリストの調査はコロニーの者たちにまかせ一刻も早くルナ2の部隊と合流し“楔の園”と呼ばれるエゥーゴの一基地へ向かわなければならなかった。
クワトロやジェリドは困惑していた。
「なぜ、彼女が」
「ティターンズ上層部の考えではないのか」
クワトロの問いにジェリドはちいさく首を振ったようだ。バスク直属の部下である彼には予測がつかないようだった。
ジェリドとて歴戦のパイロットではあるが、彼にはまだ世の中を広く見る視野はいまひとつ身についてないようだった。
エマははじめて見た可変モビルアーマーにもうわさに聞いた強化人間らしい彼女にも目を奪われた。
「ここでいいか」
「けっこうです。なにぶん中尉の機体は大きいので」
アレックスら整備員にクルツ・マイヤーは機体をモビルアーマーに変形させてあらためて格納デッキに着陸しコクピットから姿を見せた。
以前よりはひとにやさしくなった印象がクワトロにはあった。
地球での彼女は戦いに気持ちが逸るばかりだったが、いまは人間的な表情を見せていた。
コクピットから降りた彼女はクワトロたちから事情を聞いていた。
「エゥーゴかテロリストか知らんが殺られたとはひどいものだ」
「お前になにがわかる!」
「すまない。が、宇宙は地球とは事情がちがうことは肝に命じておかなければ殺られるのは自分だぞ」
食堂でクルツはジェリドに冷たいように口にしながらもどこか共感するような女性らしい瞳を宿していた。
強化人間なの、とあまりしゃべらないエマは複雑に目を向け思った。
だが、一目で普通の人間とはちがう何かを感じていた。それがいいことなのか悪いことかはわからない。
エゥーゴとの戦争状況は散発的だが、コロニーの一件で局地的に激しい一面を彼女は生で肌で感じていた。
クワトロはエマを見た。
カクリコン中尉の死からまだ整理はついていない。かつて見たアムロに似た一面があるように思えた。
コロニーを出るまでの間、やむなくだがクワトロ大尉を中心にジェリド、エマ、そしてクルツたちを加えた隊でフォーメーションや模擬戦を繰り返した。
とはいえティターンズがコロニー内ではないといえすぐそばの宙域で訓練んしているのだからコロニーの住民はあまりいい表情はしていない。ティターンズの悪行や横暴な行動こそがスペースノイドの不満のはけ口である。
ミズリィーの艦長ジャマイカンは頭では理解できても感情はそこまで追いつかない人間なのだ。ブリッジからモニターを通しクワトロ大尉たちの訓練を見ながら捕虜にしたテロからの尋問状況を聞いたが情報は芳しいものではなかった。
「テロリストめが粘りおるか」
「クワトロ大尉に尋問をさせてみてはという意見が艦内にもありますが」
エゥーゴの拠点のひとつ“楔の園”をルナ2の部隊と合流し襲撃しなければならない。なによりコロニー出発の日が迫っていた。
だが、ジャマイカンは部下の意見を吐き捨てるように言う。
「ふん、奴が信用できるものか」
モニター内ではクワトロ大尉の百式改やジェリドたちのガンダムマーク2、クルツのシュツルムイェーガーの機体の光茫が流星のように流れては動いていた。
「ジェリド中尉、エマ中尉、宇宙を感じるんだ。クルツのプレッシャーに惑わされるな」
「了解」
「わかりました」
ふたりから小気味よい返事が返るなかクルツの腕やシュツルムイェーガーの性能は向上しているようだった。なにより彼女は僚機であるジムカスタムを時に援護し気を使えるパイロットになっていた。
クルツ自身もシャアの百式改を前にしながらも以前ほどの焦りや勝ち気はなくなっていた。
「焦るな、相手も我々と同じ人間だ。ジムカスタム隊はガンダムを押さえろ」
シュツルムイェーガーの性能が上なのは明らかだが、クワトロの腕が上なのはクルツにも理解していた。
通常のモビルスーツといえども侮ってはならないという思いが彼女にはあった。ビーム砲を当てるために射つのではなく牽制する。
が、もと赤い彗星は数刻先をゆく動きをして避けてはこちらにライフルを向ける。そのたびにビームはイェーガーの装甲を掠めるようだ。
模擬戦のビームとはいえやられれば装甲は焼けるのだ。
やられたら宇宙の闇に残骸になる恐怖がパイロットは内にあった。
クワトロはクルツのシュツルムイェーガーの弱点を知っていた。
通常のモビルスーツより巨大なことは威圧感や迫力は持つが、その反面機体に小回りが利かない。推力が通常の機体より大きいぶん推進剤に限りもあり稼働時間も限られる。
また可変した時にモビルアーマー時に武装がない下面は完全に死角なのだ。そして空戦の基本である“背後を取ること”。モビルスーツ、可変モビルアーマー共に背後と下面は死角であり弱点なのだ。
「ジェリド中大尉、エマ中尉はジムカスタムを押さえろ。クルツは私がおさえる!」
彼女がクワトロとの戦いをのぞむかはわからないが、以前の模擬戦の敗北は内から消えてないだろう。
パイロットならそれに応えるのが礼儀だ。オールドタイプ的な思考がシャアにあったのがふしぎとあった。
百式改の機体をシュツルムイェーガーに向かわせた。
「大尉!」
ジェリドの止めるような声がコクピットに伝わるが構ってはいられない。
「シャア!」
クルツがシャアの名を叫んだ。一瞬、ニュータイプ的なプレッシャーが眉間に突き刺さるようでわずかに動揺した。
瞬間だが懐かしい声がした。それはひととは違う肌を持った少女の声。忘れられない存在。
大佐……。大佐……。
「ララァではないのに!!」
クルツのシュツルムイェーガーにわずかにララァと彼女が乗ったモビルアーマーがかぶったように瞳に映った気がした。
「くっ、やらせるか」
「しまった!」
クワトロははじめは機体をうまく回避させることでクルツを翻弄するはずが、真正面からぶつかったことに憤った。
ララァの幻影に惑わされたかはわからない。
「大尉!?ジェリド!」
「こいつらは手練れなのか」
エマの叫びがジェリドに届くが漆黒の色をしたジムカスタムは歴戦の腕を持つらしいのがわかった。
援護にいきたくてもいけない焦燥感がジェリドとエマにあった。
クワトロはシュツルムイェーガーの巨体を睨んでいたが、その瞳はわずかに見つめるようでもあった。
ララァ……。
感傷に浸るなど!
AMBAC機能を使いクルツの機体からとりあえずは離れることはできた。が、彼女の機体は迫る。
バルカンを放つが彼女はバインダーを使い防いだ。
「以前ならあたまごとやれたものを!」
クルツが腕を上げていたのは明らかだ。彼女の強化人間としての能力が上げられたかは定かではないが、パイロットとしての腕は以前より上がっていた。
ララァに惑わされたか、と思うが模擬戦で醜態を晒すなど赤い彗星にはできない。ビームサーベルを腰から引き抜きシュツルムイエーガーのバインダーを裂いた瞬間に機体の電気系統が闇にスパークし弾けた。
瞬間、シャアは機体を離脱させライフルで牽制した。
チッ、とクルツの舌打ちが聞こえた気がした。
「なんの」
腕ごとやれたとはシャアは思わない。
だが、一年戦争時にシャアはモビルアーマーと本格的に交えたことはほとんどない。
わずかにあるのはララァや木星帰りのシャリア・ブルとわずかに交えただけでしかない。一年戦争時のモビルアーマーエース(MMA)はアムロ・レイしかいないのだ。
「ティターンズに飼われ臆したか、シャア!」
シャアは自らを叱咤させながら可変モビルアーマーの死角を見つけようとするが、シュツルムイエーガーのバインダーは破壊されながらもシールドの機能は保っていた。全方位ではないが、大型の機体を守っていた。
どうする!?
サイド4の宙域には皮肉なことにコロニーや戦艦などの残骸はない比較的おだやかな宙域である。手にしたビームサーベルに気づく。
ビームサーベルをそのままシュツルムイエーガーの機体に投げた。
「バカか!?」
「バカはお前だ。クルツっ!!」
瞬間、クワトロはビームサーベルに向けライフルを放ち爆発させた。シュツルムイエーガーの正面を爆発が覆った。
「なんだと!?どこだ」
ここだ、とシャアは下方からビームを放つ。さながら輝きあるビームがシュツルムイエーガーのまわりを華麗に彩るようだが、死へ誘う華麗な輝きでもあった。
機体を防御するバインダーだけでなく脚部にあるスラスターやバーニアを狙いクルツは回避して動くが、脚の一部がやられ破損し機体が揺れた。
「なんだと!?」
「腕を上げたのは認める。が、クルツ中尉、キミは地球で強化されたのか」
「質問をするとはめずらしい。その質問は彼らの模擬戦が終わってからこたえた方がいい」
クルツはコクピットの正面にビームサライフルの輝きが見えながらモニターにはいまだジェリドたちが戦う姿が見えた。
クルツは自ら強化されたと模擬戦後に告白した。うかつなことにクワトロは彼女たちの戦艦のなかにニュータイプ研究所の者が乗っているのを見逃していた。
ナミカー・コーネル、と名乗るいささか陰気な雰囲気を持つ科学者肌の女性だ。模擬戦をモニターしていたとも言う。シュツルムイエーガーをおりた彼女はややフンと鼻を鳴らした。
ナミカー 「クワトロ大尉の察しのとおりクルツは地上であなたとの戦いの後に、強化しました」
ナミカーの言葉にシャアはかつてのララァを見る思いがあった。
戦後、ティターンズとエゥーゴとの戦いはかつての一年戦争の悪しき怨念、ジオンのフラナガン機関の悪い部分が見えていた。
クルツ 「だが強化されたオレ、いや私がクワトロ大尉に勝てないのは何故だ」
ナミカーはその問いに科学者らしい意見をまぜた。
ナミカー 「能力的にはクルツの方が上と思うが、クワトロ大尉は一年戦争の経験があり熟練者と言っていい。なによりニュータイプとしての勘は戦場において発揮される。クルツはそこを人工的に強化したため感情に走り鈍いのかもしれない」
クルツ 「私が鈍いのか」
その意見にクルツは苦い表情を見せていた。
ニュータイプを人工的に作りだそうとするからどこかいびつな存在となる。アムロやララァは自然発生的に生まれたニュータイプだ。
ニュータイプ同士の触れあいは人間が持つ感情や憎しみ、または遠く離れていてもどこかで互いを感じていたらしかった。
クルツの場合は戦場におけるだけの強化をしたたためにそこがいびつなのだ。
ジェリドたちの戦いは彼らの敗北に終わった。指揮官たるシャアがクルツとの戦いにこだわったためにあった結果といえる。漆黒のガンダムにペイント弾の紅色が血のようであった。
クワトロ 「すまないクルツ中尉。彼女に私がこだわったようだ」
ジェリド 「彼らもニュータイプでしょうか」
いや、と言いかけた時にクルツが答えた。
クルツ 「彼らはキミらとおなじふつうの人間だ。気にすることはない」
漆黒のジムカスタムから降りたパイロットは強化人間ではなくふつうの人間という。
ナミカーが答えた。
ナミカー 「強化人間同士は相性が悪い場合がある。だからふつうの人間と組ました方が戦場に有利なのだ」
ニュータイプの能力は本来は他人同士が言葉を使わずとも理解できる能力、と休憩していたエマ中尉はクワトロとジェリドを前にしてそう意見した。
言われなくともと思うが。
仮にもシャアはジオン・ズム・ダイクンの長男なのだから。
エマ中尉が聡明な点は好感なのは認めるが、彼女の意見はニュータイプ研究所に向けられるものであった。
「強化人間は戦闘用につくられた人間だ。ニュータイプではない」
うむ、とジェリドの言葉にクワトロはちいさく顎を動かした。
ティターンズ、地球連邦政府はニュータイプの扱いに厄介をしていた。その例がアムロだ。
飼い殺しにすることでしか連邦政府は対処してなくティターンズにしてみればアムロや自分は忌々しい存在のはわかっていた。だが、隙を突かれアムロをみすみすエゥーゴに奪われたのだ。そしてバスクはアムロを殺せ、と命じた。
自分にできるのか。
「大尉?」
「すまない、休ませてもらう」
シャアの中に葛藤が生まれつつあった。アムロについてわだかまりがないといえば嘘になる。
ララァをめぐった過去はいまも尾を引いていた。私室に入ると、ベッドに腰を下ろした。
どうしたいのだ、私は……。
結局、テロリストについての調べはコロニー側に任せることになりミズリィーはコロニーを出てルナ2に向かうことになった。
この間に“楔の園”に潜伏しているエゥーゴが戦うなり逃走する準備ができていたかもしれないが、知るところではない。
さいわいルナ2に到着するまでは亡くなったカクリコンの間を埋めるようにクルツの部隊との連携プレイは確立しようとしていた。
ルナ2の丸っこい石ころみたいな姿は数日で見えていた。
「連邦は地球から宇宙を監視できるとまだ思っているのか」
展望室から見えるルナ2はかつて一年戦争の折りに自らの部隊が襲撃した時とかわりないように見えたが、周辺の岩が少なく見えちいさく見えた。
入港はなんの難もなくおこなわれた。あたりまえだ。連邦の要塞なのだから。
シャアがルナ2に入港した頃、楔の園ではアムロはリック・ディアスの操縦に比較的慣れるようになっていた。
ジオンのドムタイプにガンダムのデータを一部加えた改良されているが、操縦にはいささか癖があるように思われた。あるいはアムロはジオン系モビルスーツと戦ったことはあるが、一年戦争の折りにランバ・ラル隊と戦った際にザクを捕獲した時くらいしか記憶にない。
「ジオン、いやエゥーゴはここまでの技術があるのだな……」
頭部にある機体のコクピットでシミュレーションとわずかな時間で付近の宙域を飛んだだけだが思った以上の性能を持っているのを理解した。
「大尉」
「すまないな。カミーユ付き合ってもらって」
随伴したカミーユのアッシマーは後から楔の園にあるデッキに入り顔を出した。
自分から連れ出したアムロ・レイがモビルスーツに乗り戦う、という。だが、短い間とはいえアムロという大人がナイーブなのがわかる。
カミーユにも一年戦争の傷痕はある。が、アムロというひとにはそれ以上に内面の複雑さがあるようだった。
その頃、カリウスたち仕官は脱出の算段を話し合っていた。
「コロニーのテロでティターンズの追撃はほんの数日だが、足止めはできた」
「だが、彼らはエゥーゴではないのかもしれんな」
「宇宙には地球に対して不満が噴き出ている」
カリウスはうんざりしていた。ティターンズひいては地球連邦政府が招いた事態とはいえコロニーには連邦への反乱分子が未知数に存在する。
だが、すべてがジオンあるいはエゥーゴ一色というわけではない。
なかにはコンタクトを取ろうとする者たちもいるが、コンタクト後の消息は定かではない。
話し合いの場に映るモニターにはデッキにいるアムロとカミーユの姿が見えていた。
機先を制して言う。
「とにかく“楔の園”は捨てアムロ大尉は月に向かってもらう」
「ここを捨てるのか」
「やむを得まい。ティターンズは少しずつ勢力を拡大して迫っているからな」
カリウスとて長年住んだこの基地を捨てることに躊躇いはあるがエギーユ・デラーズ、アナベル・ガトーといった男たちに報いる時が来たか、と胸中深くに思った。
月では新型機Ζグスタフの試験は進んでいるが、実戦に使えるか否かはわからないらしい。
カリウスは思う。
前撤は踏んではならない。
だが、上層部はどのようにアムロ・レイを扱うのか。彼に連邦という同胞が撃てるのか、など考えても疑問は尽きない。
モビルスーツに乗っている時は考えないことを指揮官の立場になると考え悩んでしまう。もちろん無駄死にという選択はあり得ない。後の時代をよき方向に導くことがカミーユら若き世代に示すだけだ。
カリウスは集まった者たちに言う。
「ここを三日後に捨てる。連邦はルナ2からの部隊が来るのだ。奴等は今度こそここを潰すだろう。可能な限りの人員、物資は運ぶのだ」
皆がジーク・ジオン、と敬礼した。基地にいる何人が生き残れるか、自分は指揮官として最後まで残るつもりだがアムロやカミーユはそれを知らない。知らないでいいのだ……。
皆が去るなかカリウスは亡きデラーズやガトーを思う。
少佐たちもこのような気持ちを抱えていたのか、と肩がまだ気を張っているようだった。
アムロは私室にあてがわれた部屋でパソコンをいじっていた。戦う、と決めたができる限り搭乗する機体については知っておきたかった。
リック・ディアスの三面図、実像画像、バルカンファランクス、ビームピストル、クレイバズーカ、ビームサーベル、トリモチランチャーなど。
アムロの機体は黒ではなくやや青みががった機体はどことなくかつてのガンダムを思わせた。赤い機体はマラサイと呼ばれる機体以外にないようだった。
そこにシャアへの複雑な思いがエゥーゴに参加してるジオン兵の気持ちがあらわれているようでもあった。
そこへ扉かノックされあらわれたのはカリウスだった。
「構いませんか大尉」
拒否をする必要や意味もなく招きいれて愕然とさせられた。
三日後に基地を放棄するというのだ。
「ティターンズはルナ2の部隊を向けて総力戦できます。基地にいる軍属にはすでに離れてもらっています。ですが、兵は月に向かわなければなりません」
「わからない話ではないが、しがない俺が戦力になるのか」
「あなたはリック・ディアスを扱えた。好まない表現を承知で言います。あなたはニュータイプです」
痛いところをつかれアムロは口をつぐんだ。カップから湯気が揺れていた。
ニュータイプ、か。
再びリックディアスで訓練におもむいたアムロの脇をカミーユのアッシマーが飛んでいる。
宇宙は広いが、そこにひとの争いを招いたのはひとそのもの。
かつてジオン・ズム・ダイクンは唱えたようだ。
『人類すべては宇宙に住み!母なる地球の回復を待とうではないか!』
だが、逆にそれらを含めた事態が地球圏に争いをもたらしたのも事実。
ジオン・ダイクン本人がそれを知ることなくジオン公国が旗揚げし敗北しいまに至るが。
「カミーユ、聞こえるか」
はい、とだけカミーユの若い声がノーマルスーツのヘルメットにつけられたヘッドホン越しに聞こえた。
アムロはちいさく吐息を混じり言う。
「カミーユ、キミと戦ってみたい」
「え?大尉、なにを」
「俺が本当に再び実戦に出ていいかを、俺自身が問いたいのだ」
アムロらしからぬ言葉にカミーユや僚機、楔の園のオペレーターたちはいささか驚いた。
カリウスはそれを楔の園の指令室で知るがそばに控えたジョウ同様に語ることはない。
アムロもまた知る由もない。アムロにしたら宇宙にララァの魂や心が在るなら自分やシャアをみているはずという思いがあった。
カリウスは通信機を通して伝えた。
「カミーユ、相手をしてやれ。他の僚機もだ」
アッシマーやマラサイ、ハイザック、ザクの編隊は驚くような挙動があるなかアムロのリックディアスは宇宙高くにスラスターを噴かせた。
瞬間、主武装のひとつクレイバズーカが火を吹いた。
散れ、と僚機からの通信によりカミーユのアッシマーたちは散開した。
カミーユは瞬間的にアッシマーをMA形態に変形させ後を追うが、ミノフスキー粒子が薄いにも関わらずアムロの機体は消えていた。
どこに、と僚機たちはモノアイを動かす。
アムロは楔の園周辺にある残骸に機体を隠していた。
僚機の一機が動体反応に気づいた。モビルスーツの動力炉の熱探知をしていたからだ。
「大尉!」
「ジオンの方がモビルスーツには一日の長がある」
リックディアスとドムの機体が互いに追い追いかける。
カミーユら他の僚機も近づくが、うかつな射撃は互いを巻き添えにするおそれがあり撃てない。
アムロは背後に残骸があるのに気づき足場として着地の間があった。ドムのバズーカが火を吹いた!
AMBAC機能と脚部のバーニアを噴かしてアムロは岩場をジャンプに利用した。ドムのパイロットはアムロの挙動が理解不能なことに驚きを示した。
その間に不覚にも彼のいるコクピットに模擬戦の撃墜信号が表示された。
「早い!?みんな気をつけていけ」
彼が出来るのは僚機への叫びである。
が、宇宙へ適応したニュータイプと思われるアムロのリックディアスの動きには目を見張るものがあったのも事実だ。
モニターのなかでアムロのリックディアス、カミーユのアッシマーや他の僚機が宇宙の闇のなかで光点が舞うようだった。
「なぜ当たらない!」
アムロはリックディアスの機体を巧みに使うが、それとてまだニ、三度でもあるにも関わらずカミーユたちの射撃をかわしていた。
アムロは思う。
戦いたくなくても生物の本能からかあるいはララァに会いたい一心からかわからないが死にたくない思いもあった。
一年戦争のあの頃とは違う自分がいることにビームやマシンガン、バズーカの火線をコクピット越しに見ながら大人になったのかとも複雑だった。
頭部のバルカンファランクスが火を噴いた。
「牽制だ!回避」
背部にあるビームピストルを抜き回避したはずの相手の機体に狙いをつけビーム(やや威力は弱いが)を放つ。
「先読みされてたのか」
先読みしたのかわからないが、ニュータイプの力はこうも戦闘的であることにアムロのまだ残るナイーブさは自分が脆いかましれない意識を感じてもいた。
一機また一機と相手の機体を模擬戦とはいえ倒すことに気持ちや感情とはちがう形にエゥーゴの新型を扱えてしまう自分がいるのもまた複雑だった。
瞬間、カミーユが操る大型の機体アッシマーはここにきて可変し円盤型になった。
「直線的なことに気づいたか。カミーユ!?」
「ふつうの動きやマニュアルにとらわれるからいけないんだ」
僚機がやられたのをみてカミーユが出した結論はそれである。
MS戦にマニュアルは存在する。それが新兵を育てもするが、実戦はマニュアルのようにはいかない。
「そこだ!」
アムロのリックディアスは残骸に身を隠したアッシマーの側の残骸を爆散させた。
しかしカミーユはアムロから見て急降下した。
「なに!?」
アムロはバズーカを放つ。
モビルスーツの弱点は足元や背中である。
アッシマーはなにより可変MAであるため通常のMAよりパワーや推進力は上回る。ただいかんせんアッシマーの主武装は大型ビームライフルに機体に備えつけられたビームサーベル、あとは各部のハードポイントに装備されるミサイルポッドなど。ただミサイルポッドは使い捨てに過ぎない。
撹乱のためにカミーユは脚部につけられたミサイルポッドを放つ。
「迂闊に放ちすぎだ」
アムロはミサイルをできる限り機体の前で爆発するために爆破させ撃つ。ミノフスキー粒子は薄いが機体の前は爆煙となり機体を上に向けた。
しかし驚いた。
アッシマーの巨大な機体がモノアイを輝かせライフルを自らに向けていた。
「ニュータイプか?カミーユは!」
いや、とアムロのどこかは否定していた。カミーユと何度か顔を交わし話をしたが彼にニュータイプらしい素養はなにも感じなかった。
シャアやララァとは違うのだ!
バルカンファランクスを放つがアッシマーの巨大な機体はビームを放ち左手にサーベルを構えた。
まるで悪魔のようにもアムロには不思議と思えた。
「しまった!?」
サーベルを抜こうとした左手をアッシマーのライフルが掠めサーベルが手首から先を破壊し爆散させた。左手は戦闘に使えない。
「うおおおっ!!」
「カミーユなのか」
そこではじめてアッシマーから彼の声が聞こえた。カミーユの気持ちがすべてわかるわけではないが、彼が自分に気持ちをぶつけて無我夢中さが彼の才能を発揮させたのかもしれないと思う。
素人ではないが、カミーユは何度か実戦を経験しているのはわかる。
アムロのリックディアスはスラスターを噴かし後退するが、カミーユは迫る。
憎しみをぶつけるなら、ぶつけてこい!受け止めてやる!
ビームピストルを投げ捨てクレイバズーカを再度放った。しかし煙のなかから巨体がモノアイを輝かせていた。
むかしソロモンで見たMAみたいだ……。
かつてのソロモン戦での戦いがよぎった。
戦後になり知ったがビグ・ザムというMAに最後まで残ったのはドズル・ザビだったらしい。
アムロにザビ家のひとりを倒した感慨はあの時も戦後も不思議となかった。ただ戦いが終わっただけであった。
だが、カミーユをドズル・ザビのようにするわけにはいかない。
憎しみは受け止めてやるが彼を憎しみにとらわせることはできない。
アムロはリックディアスの機体をそのままぶつけることでカミーユを正気に戻させるしかないと思った。
最悪機体は使い物にならない可能性はありエゥーゴの戦力損失はまぬがれないかもしれないが、躊躇いは一瞬だった。
スラスターを噴かせて二体の金属で出来た兵士の身体がぶつかりあった。
「く」
「あ……!?はあ……」
機体が触れ合った瞬間にカミーユの意識が飽和してたのが伝わった。
アムロは頭を軽く振りながらレバーを握りアッシマーの機体に触れた。
「カミーユ、無事か。くっ」
「模擬戦をやめろ。停止だ」
“楔の園”からカリウスの若い声が伝わりアムロへの攻撃が止んだ。
基地から見るとアムロのリックディアスはかつての一年戦争の英雄が扱った機体とは思えないくらいビームや弾丸の破損や傷が見え左手にいたっては飛んでいた。
カリウスはニュータイプらしくないとも思ったが、カミーユに何かしらの才が芽生えたのではないかとも思えたが口に出すことはしない。
アムロのリックディアス、カミーユのアッシマーは僚機に導かれ“楔の園 ”に帰還していった。
しかし敵はすぐそこまで来ているだろう。むしろ遅すぎるかもしれないとも焦燥の念がある。
「脱出はいまより始める!不要なモノは“楔の園”ごと爆破する」
カリウスにとっては慣れ親しんだ基地だが苦渋の決断だ。
軍属はすでにエゥーゴ寄りのコロニーに移動している。あとは軍人だけであった。
必要な者たちだけが月に向かい来るべき時にティターンズに反逆の刃を向ければいいのだ。
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