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乳~転落~(再)

レス72 HIT数 36165 あ+ あ-

かなかな( ♀ iQ3Eh )
11/12/01 21:28(更新日時)

2年半前に
「乳~転落」というタイトルで書いていました。

実生活にとらわれ、途中で立ち消えてしまった初めての小説

少しずつ書ける精神状態に戻ってきました。

やっとの再筆。
過去スレが古過ぎて、加筆出来ない為、新規スレ立たせて頂きます。すみません。

また、ご感想スレも同時に立ち上げました

感想スレ「乳~転落~(再)」です
タグ
不倫・崩壊・出会い系

どうぞ気長に よろしくお願いします🙇

No.1701938 11/11/09 21:42(スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

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No.1 11/11/09 21:45
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C1


風呂場から 楽しそうな親子の声が聞こえる。


「パパの負けでしょ?」


「そうかぁ?」


大きな水シブキと笑い声


「きゃあ はっはっはっ」


「やったなあ」


きっと、娘がいつものどっちにはいってるかゲームに勝って、夫にお風呂のお湯を顔にでもかけたのだろう。

深夜帰宅の主人が唯一父親らしく感じる瞬間。

何ヶ月ぶりかの幸せな音。

いいえ、音だった。

No.2 11/11/09 21:50
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C2


今は、自分の泣き声が漏れ聞こえないようにすることに集中している。

口を押さえている左手が、オエツを辛うじて、幸せな笑い声を壊さない壁になっている。

その壁が、ブルブルと震えて崩れそうだ。


自宅マンションのトイレ。

小百合は衣服を下ろさず、トイレ蓋の上に座って、右手に握る夫の白い携帯電話に映し出された映像を凝視していた。


その映像とともに、周囲が次第に鈍く濁り、小百合は、自分がいる場所と時間を失っていった。

No.3 11/11/09 21:52
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C3


チュル ジュバ ヂュルッ


マナーモードでなければ、絶対にそんなヒワイな音が聞こえているに違いない。

先に緩かなパーマがかかったロングヘアの女が、時折髪をかきあげ、顔を見せながら、肌色のとがったモノを口に含み上下している。

上目遣いで画面を見上げたその瞳の奥に、何処か小悪魔的な物があるのを小百合の女の直感が伝えた。

No.4 11/11/09 21:56
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C4


初めて見た唾液で光る男性局部、それを口に含む女。

あまりの生々しさに、小百合は急に吐気をもよおし、急いで便座を上げた。

オエッと何度も繰り返した。

ただ、胃液は逆流しているのに、何も出て来なかった。

涙と鼻水が、便器の中に垂れて汚物を受け入れる便器と小百合とを繋いだ。


小百合は、自分が何か汚い部類に属してしまったように感じて、ペーパーで拭う事ができなかった。

No.5 11/11/09 22:02
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C5


自分でも、こんな姿になった事などない、女としても酷い姿だ。

開いた口からは、ヨダレと胃液が垂れ、丸めた背を擦る者はない。

止まらない涙だか鼻水だかわからない流動物も、便器に次から滴り落ち、数珠のように因縁めいて私と繋いで行く。


「ママー、上がりましたー」


突然、聞き慣れた可愛いらしい声が飛び込み、小百合は我にかえった。

No.6 11/11/09 22:04
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C6


「はーい、ちょっと待ってねー」


そう応えながら、夫の携帯の停止ボタンを押し、待受に戻ったのを確認し、そっと閉じた。


母性の反応なのか、顔も心もぐちゃぐちゃなのに、いつもと変わらない明るい元気な返事を冷静にした事に、小百合自身も驚いていた。

No.7 11/11/09 22:14
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C7


顔をペーパーで拭った。

赤くならないように。

でも、見てしまった汚れたものも一緒に拭き取れるように。

完全に涙と鼻水と胃液を拭った。

あの不潔な映像も汚物として流せるような気がした。

何度もトイレのレバーを引いていた。

急がなきゃ、あの子が風邪ひいちゃう。


思考が再び母に切り替わった。

トイレから出ると、汗や脂の跡がつく程強く握っていた、あの映像を抱えた夫の携帯電話を、そっと、玄関横のいつもの定位置に戻した。

急いで用意しておいたバスタオルを胸に、風呂場へ向かう。



いつもは心地良い太陽の匂いを放つバスタオルが、突然胸やけがするドブの匂いに変わったように感じた。

No.8 11/11/09 22:20
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C8


色白でぽっちゃりした3歳の娘の体を拭きながら、小百合は激しく後悔した。

家族を裏切り、あんな行為をしていた夫と、娘を一緒に、しかも二人きりでお風呂に入れてしまっていた。


今まで、娘は変な事をされなかっただろうか。


ビデオの録画日はちょうど1年程前。

何回お風呂で二人きりにしてしまっただろう。

No.9 11/11/09 22:20
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C9


したくない妄想と、先ほどの吐気がする映像と娘の柔らかな白肌が三重にオーバーラップする。


何とかその幻影を振り払おうと、視線を娘の髪に移した。


女なら憧れる、ちょうど良いかかり具合の緩い天然のウェーブ。

天使。

小百合は、娘の濡れて輝く肩までの薄い髪をタオルで挟みこみ、一気に揉むようにタオルドライした。


「痛いよ、ママー」

はっとして、娘の顔を見下ろすと、怒ってヘの字に曲がった得意の眉が、小百合の顔を見た途端、驚きと悲しみが混在する形に横へ滑り落ちた。

No.10 11/11/09 22:22
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C10


「どうしたの?泣いてるの?」

「えっ、、、アクビがね、たくさん出た。宙音(そらね)ちゃん、眠くない?もう9時よ」


「ぜ~んぜんっ」


こんな嘘がまかり通るのも3歳児だからか。

比較的、歩き始めるのも、言葉も早かった宙音(そらね)は、時々、真理をつくような台詞を吐き、周囲を驚かせる事がある。

彼女にだけは悟られないように注意しなきゃ。

No.11 11/11/09 22:25
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C11


いつものようにはしゃぐ娘を追い掛けながらパジャマを着せる。


歯磨き、トイレ、寝る前の仕事を一通りこなしていたが、輝く娘の笑顔の手前に、透けて揺れるスクリーンが現れる。


あの女の目と、吐気のする光景が繰り返し映し出されたまま消えてくれない。

No.12 11/11/09 22:28
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C12


1時間かけて、寝かしつけた娘の頭の下に伸ばした左腕をそぅっと抜く。

体を半回転して、ベッドから音を立てずに滑り降りた。


もう9月が終わる。


フローリングの床が、今日初めて冷たく感じた。

頭では何も考えられないのに、妙に感覚だけが澄まされている。


廊下に出ると、リビングから、テレビの音が聞こえて来た。

No.13 11/11/09 22:45
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C13


まただ。

夫は、私に隠れて必ず日本酒の700mlパックを一つ呑んでから寝る。


夜中にテレビの音に気付いてリビングへ行く度、電気、エアコンはかかったまま、何も掛けずに、ソファで大イビキをかいている。

今夜もまたソファで大イビキ。今日はまだ、お風呂に入っているだけまし。

No.14 11/11/09 22:55
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C14


夫と寝室を別にして何年だろう。

風呂に入らず布団に潜り込む癖のある夫は、他人よりも鼻が効く小百合には、辛かった。


つわり中に、炊飯器をベランダに出したエピソードは笑い話にしていたが、夫の臭いとイビキは、つわりが酷かった小百合に、寝室を別にする以外の選択肢を思い浮かばせなかった。


この臭いが原因で寝室を別にした事が、まさかあんな事に繋がるなんて。

昼メロの中の出来事でしかなかった事が自分に起きるなんて想像さえしなかった。

No.15 11/11/09 23:00
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C15


いつもなら、ソファで寝る夫を見つけると

「起きて!」

「全部つけっぱなしでもったいないわ」

「またお風呂入らないで寝ちゃうの」

「どうして、お風呂入る前にお酒飲んじゃうのよ!」

とヒステリックに叫んでいる。

結婚当初は、優しく声を掛け、身体の大きい夫の汗を蒸しタオルで拭き、パジャマに着替えさせたりもしていたが、さすがに毎日、赤ちゃんが産まれてから、そんな気持ちの余裕も、朝までの電気代を大目に見る金銭的余裕もなくなっていった。

結果、「はい、はい、わかった」と生返事で、そのままソファでもあれば、布団に潜り込む時もあったが……

しかし、今夜だけは、小百合は何も言わず、点いている電気もそのままで、出来る限り音を立てずに注意した。

No.16 11/11/09 23:02
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C16


娘の寝息だけが存在する真っ暗な寝室へ戻り、手探りで、クローゼットの中から、ジーンズとジャケットを引っ張り出した。

暗闇の中で、ベルトを閉めるカチャカチャとした音にさえビクつき気を遣った。


もう一度、リビングを覗き、夫が寝ているのを確かめると、バッグに夫の携帯を忍ばせ、音を立てないよう、いつもより10倍は時間をかけて、玄関のドアを開閉し、外へ出た。

No.17 11/11/09 23:11
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C17


生温かい夜風が全身を包んだ。
夏から秋へ変わろうとする意思さえ感じられる星達。


携帯を開き時間を確認した。

23時20分


都内でも有数の高級住宅街。

日曜日だからなのか、ひっそりと、一つの人影もない。

子供を産んで、こんな時間に外出するなんて初めてじゃないだろうか?

空音は、夜中によく目を覚ました。

3歳になって、やっと1回には減ったが、それまでは平均5回は夜泣きをした。

だっこやおっぱいで騙し騙し寝かしつけては、気付けば朝という毎日だった。


しかし、一人の時間を満喫する余裕は、今の小百合にはない。

子乗せシートが前についたママチャリをそっと押して、〈起きないでいてね、空音ちゃん〉と心で呟き、真夜中の街に漕ぎ出した。


No.18 11/11/09 23:13
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C18


小百合は、じめっとした夜を自転車で、ひたすら走り続けた。

行き先なんて決めていない。


ただ、見られたくないという心理からか、駅とは反対方向へ、ひたすらペダルを踏んでいた。

重い。


漕げば漕ぐほど、動けば沈む底無し沼のように、ペダルは一足毎に重くなって行く。

知っている道はここだけだ。

娘の幼稚園プレスクールのあるバス通り。

人には見られたくない。

でも、全く人通りのない道は怖い。

小百合は東京へ出てきて18年になっていたが、まだ一人でカフェにも入った事がなかった。


何だか気恥ずかしいのだ。

好奇心旺盛だが、基本、他人の目をかなり気にする臆病で、自信のない田舎者。

小百合は誰にも言わないが、自分をそう分析していた。

No.19 11/11/09 23:34
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C19


どこへ行こう?

この先には大きな公園。


でも、一人にはなれるけれど、夜中に女一人がいるには危険過ぎる場所。


昼間の顔しか知らない。


子供といつも行動を供にしていると、思い付く場所にも限りがあった。


この時間に私が安心していられる場所、、、


あぁっ、この先のビデオレンタル!


あそこなら!


そう思った時、50m程先にぽっかりと空いた暗闇を見つけた。

ここ……

ここがいい……。

No.20 11/11/09 23:36
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C20


ここがいい……。


そう瞬間的に思って、バス通り沿いの店舗駐輪場に自転車を停めた。


高級住宅街の真ん中に、最近出現した100円ショップ。


元々は、主に高級住宅街にしか店舗を置かない高級スーパーだった。


何度も名前は変わっていたが、入れ替わりでブランドスーパーが入っては消えて行った。


しかし、今年になって、対極の安さが売りの100円ショップに生まれ変わったのだ。


閉店した店舗に灯りはなく、ぽっかりとそこにだけ、大きな暗闇を作っていた。


今の自分は、明るい蛍光灯の下なんて不似合い、この暗闇位がしっくりくる、そう感じていた。

No.21 11/11/09 23:39
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C21


とにかく、もう一度、早く携帯の中身を確認しなくちゃ。


目の前のバス通りを走る車からは、顔を確認出来ないだろうという暗さの所まで建物に近付いた。


一層の暗闇に身を置く。


ちょうど駐輪場と歩道を分けるの植え込みのレンガが膝の高さに立ち上がっていた。


時折、広角にした車のヘッドライトが花を囲むレンガをドス黒く浮かび上がらせた物体は、この世に貫ける物などないかのごとく、硬く冷たそうに見えた。

導かれるように、そこへ腰を下ろす。


メール、メール!

メールを確認しなくちゃ。



No.22 11/11/09 23:59
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C22


[受信トレイ]


見つけた!


上から順に開く。


これは……会社の人


これは、レンタルビデオのメルマガ・・・


ん?


アルファベットの羅列メアド


==========
おはようございます。
昨日は寝てしまってました・・・
私が思ってたのが正常位じゃなかったんですか?
正常位はまた違うの?
ちょうどポイントにハマると、とても感度が増す・・・というのはGスポットの事?
これも良く意味がわかりませんが・・・
完全無料XXXで遊ぼ
==========


何これ?


出会い系って事?


何の話?


No.23 11/11/10 00:07
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C23


次……は……


暫く会社絡みの堅いメールが続いた。


やっぱり出会い系から、かなり来てる。


こんなに色んな女と?メールするわけ?


ポイントって何?



次の
nyantomoって?

==========
今着きました✨
母の🏠の猫に餌あげに寄っていました😉
昨日話せて逢う事が出来て良かったです・・・
やっぱり眠いね💦祐一郎も早く寝てまた一週間頑張ってね(*^_^*)
==========


この女!


泊ってる!


絵文字の多いメール、


祐一郎って呼び捨てにして!


小百合の女の直感が、頭に響く鈍い鐘を鳴らせた。


知らずに、いつもの上品な口調も口汚くなっていた。


いつよ?


8月21日って、、、あの日!


事前に主人も顔馴染みにしておいた、私の友人家族が一緒に夏休みをって旅行した日じゃない!


あちらのご主人は、男同志で飲むのを楽しみにしてるから、って伝えてあった。


夫も楽しみにしていた。


何よりお酒が好きなあの人が、急に仕事だからって、東京へ戻って行った。

夫も楽しみにしていた。


子連れの海水浴も、私一人に任せて。


あの日、あの人はこの女と……


そう……そういう理由だったの……



No.24 11/11/10 00:11
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C24


小百合の中で疑惑が確信に変わった。


湯気で曇った鏡を、タオルで拭った時のように、はっきりと視界が・・・焦点が合い始めた。


しかし、見え始めた鏡に映っていたのは、清楚で色白、いつも微笑みをたたえた上品な小百合ではなく、同じ髪型、同じ化粧だが、眉は吊り上がり、鬼のような形相で、鼻に皺を寄せ、涙をいっぱいに溜めた赤黒い顔をした見たことのない女だった。

また


nyantomoからだ

============
はい 待ってるね
==========


待ち合わせ?


どんな女なの?


動画で、夫のモノをクワえていたあの女?


No.26 11/11/10 13:37
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C25


鬼!?

小百合が座る駐輪場前の道路を走る車からは、きっとそう見えたに違いない。


携帯を睨みつけ、凝固している赤黒い鬼。


携帯画面から発する鈍い明かりが、自分の顔にスポットライトを当てているなど思いもよらなかった。


不倫という血生ぐさい証拠を探す鬼の形相。

やっと探した暗闇が、逆に、ハッキリと顔を浮かばせていた。

そんな事まで、今の小百合には気が回らなかった。

必死で、夫の携帯の受信フォルダから、裏切りの証拠を探す。

違う、

違う、

これは?

これは?



2時間前

夫が娘とお風呂に入っている間、畳んだ洗濯物を抱え、軽いハナ唄を歌いながら通った玄関。
今まで気にした事もなかった夫の携帯にふと、目がとまった。
誠実で優しそう

周囲から、口を揃えて言われる夫の印象は、お正月に集まる夫の親戚の中でも、皆がそう思っているのだと肌で感じていた。

夫の親族は、代々、皆、中学教師という家系。


どこか世間とズレているというか、小百合は、初めて夫家族と顔合わせにレストランへ出向いた時に、その違和感に触れた。


No.27 11/11/10 13:39
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C26


「はじめまして。」

その瞬間に、合わないっと感じた。

これから、義理の家族となる人達の放つ空気が、今まで自分が付き合ってきた人間とは異質のものだった。


学校を出て、社会には出ない。
すぐに学校へ戻る。

今度は権力を手にした教師として。

学生が、すぐに先生と呼ばれる事で生じる歪みなんだろうか。
どうしても小百合にはしっくり来なかった。

教職は取ったが、一般社会を知らずに生徒に何を伝えられるんだろうと、元来の反骨精神から、小百合は会社員の道へ進んだ人間だった。



夫は、何故か教師にはならず、教職さえとらなかったらしい。

しかし、そこは世間並の感覚が身につくわと、逆に小百合には好印象になっていた。


No.28 11/11/10 13:42
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C26-2


周囲が揃って、従兄弟までが教員の中、教師にならなかったにも関わらず、夫は、親族トップの厳しい祖母に、特別可愛がられていた。


[優しくてまじめな良い子]だと。


子供が産まれてみて、よくわかった。


とても外ヅラが良いのだ。


特に親族や家族に対して。


しかし、根は悪い事は絶対に出来ない。


妻や家族を裏切る不誠実さとは対極にいる人だと信じきっていた。


そう、ほんの数時間前までは。

だから、携帯も今まで見た事はないし、興味もなかった。

不安なんて想像した事もなかった。


娘から、公園でパパがビデオを撮ったと聞き、その動画が観たくて、夫の携帯を覗いただけだったのだ。


それが、目に飛込んで来たのは、私が観た事も、した事もないような、夫と見知らぬ女が、裸で乱舞する、激しい肉の臭いがしてきそうな、行為中の動く画だった。


No.29 11/11/10 13:50
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C27


==========
お久しぶりですm(__)m連絡ありがとうございます。なんとか、元気にしていますよ☆覚えていてくれたのですかぁ↓連絡なんて思ってもなかったので、メール入ってきたのでびっくりしました。
==========


サイトから?


文末に出会い系と思えるサイト名があった。



次は、また、あのnyantomoからだ。


==========
毎日遅くまで仕事大変だね😣お疲れ様でしたm(__)m
今日は、仕事から帰ってから体調が悪くて寝てたよ💤💦ここずっと風邪気味だから…
21:00からDVDを返しに行きがてら友達と少しだけ茶していまさっき帰宅したばかりよ🏠
メールの事は了解です😉
私もメール出来ない時は出来ないんだから気にしなくていいよ😃
毎日、蒸し暑いけどバテないようにね⚠
==========



この女は、夫に好意を持っている。

女の直感。


同姓だから解る相手を思いやる言い回し。


絵文字やデコメを使った事がない小百合は、この女の自分を可愛く見せようとする文面が大っ嫌いだ。


さっきから負の感情に支配されていた。


しかし、さらに大きな暗闇が小百合を呑み込もうと口を開けて待っている事には、気付くはずもなかった。


No.30 11/11/10 13:53
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C28


また別の女?

別の出会い系?

メアドが見た事ないドメイン

===========
13:10には間に合わないかもしれないので、13:30にしてもらえますか?
ワガママでゴメンなさい
m(__)m
あと、少し風邪気味なので咳が出てます。御了承下さいネm(__)m
良かったら直メしませんか?
==========


待ち合わせ?

この女とも会ったの?

次も・・・この女だ

==========
良かった(^^ゞ
八王子駅の南口でいいですか?
出来ればサマーランドでお願いしますm(__)m明日は平日なのでそんなに遅くはなれないので(^^ゞ
==========


もう麻痺して来た。

サマーランドなんて行った事ないよ。

家族でだって出掛けた事ないのに。

結婚してから、遊園地なんて行った事ない・・・・

まともなデートさえ・・・

そんな思考の中、右手の親指だけが、受信トレイの中を探して、せわしなくスクロールして動いていた。

これ以上見るより、夫が、この女達にどんな返事をしたのか。

どんな顔を見せているのか知りたい。

そう思った。


No.31 11/11/11 23:59
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C29



〔送信トレイ〕

どんなメールを


どんな言葉を


あなたは送ってたの?


夫の知らない一面。


向き合う勇気じゃなかった。


さっきからの出来事は真実なんかじゃないの。


そう優しい声で女神が否定してくれるような


ぼやけていても、確かな何かが、そこにあって欲しい。


だから開くのよ。


頭の中のもう1人の自分が言いきかせた。


私や会社とだけのやり取りだけ。

ねぇ、そうでしょ?祐一郎さん?


小さな小さな期待という名の無垢なクリスタル球……

出来たばかりの水晶玉は、小百合の色白で柔らかい手の中で、パリンと軽い音と共に薄く弾けた。


出会い系?

==========
返信が遅くなってごめんなさい!
帰ってきたよ。
今日は夕方に突然、割り込みの仕事が入ってきて、その対応をしていたから全然メール出来なくてごめんね。
夜も暑い。
今日はキンキンにエアコンさんに頑張ってもらうのだ(笑)
肩に脚を掛けるのは屈曲位という体位です。これについてはまたのちほど。
質問の膝を立てて開いた状態では、ということだけど挿入はできますよ。
微妙なニュアンスがわからないけど、この体制だとあまり男性は奥まで挿入しにくいかもね。
正常位みたくすれば、普通にできるとゆかさんはこの体制だと気持ちいいのかな?



No.32 11/11/12 00:02
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C30



さっきの屈曲位だけど、最初はビックリするかもね。そもそも体位というのは、二人が気持ちよく、かつ刺激的になれる形のこと。
だけど相手のことを思いやってしないと、返って苦痛になったり、ぎこちなくなって、せっかく盛り上がっていても、覚めてしまったりするから、普通の体位から始めたほうがいいかもね。屈曲位は正常位と比べても、おち○ち○が、女性のアソコに奥深く入りやすい体制だから、女性も気持ちよくなりやすいはずなんだけど、男性が上手くリードできないと、女性にかかる体重が増すからデリケートにしないといけないんだ。
ちょうどお互いのポイントにはまると、とても感度が増すと思います。ゆかさんには少しきつい体制だったのかもね。
==========



何これ・・・・・気持ち悪い。

私でさえイカせた事のない下手くそな男が、エッチの指導?


上から目線で、わかった口きいて、勘違いな事を偉そうに。


しかも、相手はさっき受信にあったエッチ初心者っぽいGスポットがどうとかって言ってたあの子だ。


ゆかっていうの?


あの子、多分きっと、まだ10代……最低……


No.33 11/11/12 00:34
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C31



また出会い系?

===========
まなみさん、こんばんは
はじめまして、ユウです。
渋谷区に住んでいる35歳171cm66kgです。
IT関係の仕事をしています。
最初なのでサブアドでごめんなさい。でも
冷やかしではないですよ。
まなみさんの書いている通り、仕事と家の往復は時にむなしくなりますよね。
まなみさんとお話してみたいですね。私は日本橋で仕事をしていて、今終わったところです。
楽しくメールしましょう。
お返事楽しみにしています。
==========


馬鹿だ 私って


こんな人を信じてた。


こうやって、毎日女を探してたの?

私が毎晩、ぐずる宙音を朝まで、抱っこして歩き回ったり、あやしたり、おっぱいしたりして必死でいた三年間に……



渋谷区って、私が住んでいた南条家のマンションじゃない。


よく遊びに来てたけど、あなたが住んでいた実家は区じゃなくて西の方のK市でしょ?

一体 何なの?

嘘までついて、自分を良く見せたいの?


そういえば、祐一郎は、住むなら、世田谷区や杉並区、渋谷区だと言って、新居を決める時にこの条件を譲らなかった。


小百合は 東京なら、どこでも一緒じゃない。


実家に近い沿線か、海のそばをリクエストしたが、即却下された。


どこだって 良いのに。

変なの。


東京生まれの人って こだわるのかしら。


その時は、その位にしか思わなかった。


さっきまで希望を抱かせた 冷静な別の小百合が、今考えなくても良い過去へ思考を飛ばし始めた。


No.34 11/11/12 00:41
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C32



違う。


頭を振って、小百合は、握っている夫の白い携帯画面に集中した。

今は薄汚い情事の把握。



次は……プレイ?


また・・別の・・・

出会い系へ

送ってる

==========
私のプレイとは… 例えば…

その1
亀甲縛りにして、その上に白のブラウス、ミニスカで外出。男に視姦してもらいます。男性店員のいる書店でS&Mスナイパーを購入させます。スタバのソファーで股を開きながらS&Mスナイパーを読ませます。部屋に戻って来たら股の具合をチェックします。ロープがイヤラシク濡れていたら、更にお仕置きします。

その2
ホテルの部屋で、目隠ししたままてソファーに放置。TVのアダルトチャンネルで音声だけ聴かせます。その後、女性を目隠ししたまま立たせて、私の手で服を一枚ずつ脱がせます。目隠しを取り、ソファーに座らせ女性の足首と太腿を縛り、M字にさせ、私の見ている前で、強制オナ○ー。イクことは禁じる。

その3
裸の女性の下半身をTバック状に縛り、目隠ししたままベッドに四つん這いにさせ、敏感な部分にローターを挿入し、放置。その後、無理矢理、口に私のモノを咥えさせ…
スパンキングとかローソクは全然興味無いので、例えばこんな感じです。
貴女には物足りないかもしれないけど。
===========



No.35 11/11/14 01:34
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C33



もう・・言葉が・・・吸い取られたように・・・


めくっても めくっても


白紙・・・白紙の・・辞書


知らない言葉


亀甲羅縛り?


S&Mスナイパー?


スパンキング?


でも、文脈から、だいたいは推測出来る。



SM



知らなかった夫の性癖・・・


こんな事がしたかったの?


こういう事に興奮するの?


でも、したいと告げたのは、他の女にだ。


大勢の他の女に。


私だって、昔の彼に、側にあったタオルで目隠しされて、興奮した。


上に乗せられ、手を後ろ手に縛られて、いつもより声があがった。


後ろから突かれたまま、カーテンを開けられて、恥ずかしさに濡れた。


でも、今の夫から、そんな匂いも、感覚も、感じた事がなかった。


いつも、同じパターン。


全然気持ち良くない。


私の反応ばかり気にして。


イク演技ばかり上手くなった。

私が、イケなかった原因は、わかってたけれど・・・


それは言えない。


言ってはいけない。



No.36 11/11/14 01:42
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C34



もう疑いはない。


これ以上見なくても、浮気は確実。


後は、写真・・・


見つけた。


[写真フォルダ]には、愛らしい娘の笑顔の間に、裸の女の局部のアップがあった。


アソコに毛がない。


セミロングの目がパッチリした女の顔のアップ。


そんな写真の間に公園の木の枝に立っている娘。


そして、、、キス写真。


夫と女。



アップでキスしている自分達を撮ったのだろうか。



どこまで、私を。。。



小百合は夫のキスが嫌いだった。


ムードがないというか、唇を尖らせて向かって来る。



そんな夫のダサいキスなのに、うっとりした女の表情(かお)。


満足そうな夫の横顔。


さっきの写真とはまた違う女だ。



何枚もある夫の裸の写真。



アソコを反り立たせている。


くっきりと判別できる横顔なのに、ご丁寧にセピア加工やモノクロで、アートを気取っている。


でも、アレを立たせてる裸の写真。


あぁ、また、気持ちが悪くなって来た。


No.37 11/11/15 20:19
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C35



生臭い気持ち悪さ。


一旦、夫の白い携帯を閉じた。


人生には、一度に色んな事が起こる日がある。



でも、そんなのドラマの中だけで、自分には起こらない事だと信じていた。



出会い系。



エッチ指導。


SM趣味。



撮影


夫が他の女としている衝撃


言葉や伝聞ではなく


直接見てしまった秘密


現実よりもリアル過ぎた


そして、急過ぎた



その場に居合わせ、部屋に溢れる卑猥な臭いをかがされ


途切れ途切れの叫び声と肉のぶつかる音を聞かされ


近くまで連れて行かれ


局部へ無理顔を押し付けられたような目に飛び込んできた動く画



何人と


いつからか


何回に渡るかもしれない浮気。


胃の辺りがギュウっと締め付けられた。


助けて・・・ 助けて・・・



誰か・・・助けて・・・



た す け て



膝をついて、倒れこむように、大きな口をあけながら、声にならない声をあげた。


携帯を両手で抱えて。



同時に、涙が、涙が 大きく流れ落ちた。



助けて 誰か



助けて 神様




携帯の光がなくなり、再び訪れた暗闇に、小さくうずくまり、泣き叫ぶ小百合を、それ以上の暗闇が包み始めた。


No.38 11/11/15 20:23
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C36



このまま独りで抱えていたら、自分は壊れてしまう。



小百合は、心の危うさを震える両腕で感じていた。



23:07


もう寝てるよね・・・


この状態で、心を吐き出せる人


小百合には、母しか思い浮かばなかった。


お願い、ママだけ起きていて。


今日は何かパパ達が観るような映画は、やってたかしら?



NHKとニュース、野球、その位しかテレビを認めない。



時代錯誤な父。



最近やっと映画位は観るようになったと母から聞いていた。



仕事以外では、毎日22時には布団に入る父も、母と映画を観る時は遅くまで起きていた。



厳しい父の元、夜9時以降の電話は相手に失礼だと教えこまれて来た。



例え他人でも、非常識だろう!と電話口で怒鳴る人だった。



不幸にも、たまたま父しかいない時に、21時過ぎにかけて来た男友達は、いきなり怒鳴りつけられ、翌日から、私を避けるようになったほどだ。



きっと、灯りの消えた実家の広い玄関で、電話のベルが鳴っている。



5回。


6回。


きっと怒られる!


「はい、南条でございます。」

少し眠そうな声



「ママ、ゴメンね、寝てた?」


「小百合ちゃん?どうしたの?」


No.39 11/11/16 23:50
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C37



「ママ・・・」



それ以上、言葉が出てこなかった。


涙が声をブロックしてしまう。


「どうしたの?」



「ちょっと、どうしたの?」



鼻をハンカチですすり、やっと絞り出した。



「祐ちゃんがね……」


娘のただならぬ声から察したのか、電話越しに、唾を飲み込む音がした



「浮気してた」



「えっ?」



「携帯にね、泊まってるのがわかるメールがあった。」



「祐一郎さんには確認したの?」


「ううん」



「今、独りで自転車で出てきたから」



「それだけじゃ、」



「違うの、他にも、あるの、写真とか。。。写真てキスしてるのとか。。。裸のも」




「・・・動画がね。。。動画って、ビデオみたいな、携帯で出来る、ビデオ。。。祐ちゃんが他の人として。。た。。」



伝える為とはいえ、恥ずかしかった。



小百合は、母とは買い物もあまりした事もなかった。



かなりのお嬢さんで育って来た割に、さっぱりとした男っぽい性格の母。



女同士の話も、恋の話もしてこなかった。



ましてや、男と女の行為など論外。



言い難い。



恥ずかしい。



「そう。でも、小百合ちゃんにも悪いところがあったんじゃない?」



「え?」



「あなた・・・そんな体型じゃ 男の人もね」



愕然とした



No.40 11/11/16 23:52
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C38



『そう、辛かったわね』




その一言が欲しくてかけた命綱の電話



私のライフライン



すがりついたクモの糸が、
登り始めて、すぐに切れた。



背中から落ちて行く。



深い奈落に・・・



再び・・・


まさか、母に突き落とされるとは思わなかった



祐一郎と結婚して、最初の1年で15㎏太った。


自分でもわかっていた。



男心をくすぐる愛くるしい容姿が崩れきってしまった事。


それは事実。



原因は自分でも、わかっていた。



でも、、、今は 今だけは




心が受け止めきれない衝撃を和らげて欲しい。



それだけだった。



なのに。。。



声にならない泣き声



鼻をすする音だけが携帯の送話口から伝わった。



「もう いいよ!」



これ以上 傷つきたくない。



心が防衛本能で叫んだ。



さすがに まずいと思ったのか、母は急に優しい口調に変わった。



「ショックなのはわかるわよ。とにかく、明日、話しましょう。パパは仕事でいないから。」

こんな時でも、父のタイミング

「もう いいよ!」


「小百合ちゃん」



「もういいっ!」



通話終了ボタンを押していた。


すぐに携帯が鳴った。


No.41 11/11/17 22:02
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C39



この場、この気持ちに不似合いな着信音。



携帯に、はじめから備わっていた聞きなれた穏やかなクラッシック。



元来、流行の音楽やポップスが大好きな小百合は、着信音を既製のクラッシックなんかにしたくなかった。



でも、家計の事を考えて、とにかく余計な娯楽は節約して来た。



余計な楽しみは全て我慢して来た。



着メロのダウンロードなんて出来る訳がない、雑誌も一冊も買った事がない、CD1枚さえ。。。



華やかな独身時代とは、かけ離れた質素な生活だけれど



それが家庭を持ち、生活することだと思った。



もちろん、パケット代がかかるサイトの閲覧なんて論外で、携帯は、ほとんど受け通話専用になっていた。



なのに、あの人は、自由に携帯を使い、出会い系までして、女と遊んでいた!



会社から支給された携帯だから。


代金は小百合の知る所ではなかったが、よくそんなモラルのない事が会社の携帯で出来たものだと、全てがそこに辿り着く思考に支配され始めていた。



不本意なメロディを止める為に、小百合は電話に出た。



無言で



No.42 11/11/17 22:08
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C40


「・・・」


「小百合ちゃん、気持ちはわかったから、そんなに怒らないで。ね?ママが悪かったわ。明日、ママがそっちに行く?」



いつもそう。



悪いのは誰でもない場合でも、その場を収める為に 母は謝る。



『私に免じて許してやってちょうだい』と 両方に頭を下げ、ケンカをしている本人達の矛をとりあえず引っ込めさせ収拾させる。



何の根本的解決をしない。



そのやり方を知っている者からは、最終的になめられ、キレられてまう。



「いいからっ もうっ!明日電話する。携帯のデータチェックするから、もうかけないで」



そう 母に言い放って 携帯を閉じた。



私が悪いの?



浮気って される方が悪いの?



そんな事ない 絶対にない!



自分が災いの源なら、存在そのものを否定されて私は消えてしまう。



違うっ 私じゃない!




悪いのは、悪い事をした人よ!



幼児だってわかる、人間性の基本!



それを証明しなくっちゃ。



泣いてなんかいられない。



小百合は、初めて、鞄からハンカチを取りだし、頬を拭った。


証拠を保存しなくちゃ。



悲しみの池に、怒りと冷静という2つ小石が投げ込まれた。


その轍(わだち)が徐々に広がり始め、2つの輪は、どちらを凌駕することなく小百合という水面で混じりあって行った。



No.43 11/11/18 19:43
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C41



「いらっしゃいませ~」


「何名様ですかぁ?」


明るい声


可愛いエプロン姿の女性が、店の扉が閉まるのを待たずに、もう声をかけて来た。


お決まりの台詞らしいが、小百合には新鮮だった。


高級住宅街にある唯一のファミリーレストラン。


ファミレス自体にあまり縁のない生活をして来た小百合は、ただでさえ、一人で入れない場所に、こんな時間に目を腫らしている自分が恥ずかしかった。


さっき鞄を探った時、帽子が入っているのに気付いた。


いつも、子供をプレスクールからお迎えすると、たまにママ友達から、公園でお弁当を食べながら遊ばない?と誘われるのだ。


いつそう言われても良いように、ツバの広い、折り畳み帽子を入れていた。


深夜には似合わない日除け帽を目深に被って、黙って左手で人差し指を立てた。


一人です。


そう心の中で呟いた。


誰かに見られたら、絶対に変に思われる。


宙音ちゃんの所、何かあったらしいわよ。


そんな噂は、この土地、小さな幼稚園社会では致命的だ。


No.44 11/11/18 19:56
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C42



足取りの軽いウエストレスの3歩後ろを彼女の白い靴下を見て、ビクビクしながら、付いて行った。


禁煙席へ。


案内された手が座席を差し示した。


いつもはレストランでも、買い物でも、この位のタイミングで、誰にでも目を合わせてニッコリと微笑む小百合なのに、今日は、店員からも客からも顔を見られないように、黙ってうつ向きながら席に滑り込んだ。



出来るだけ長くいたい。



しかし、持ち合わせもあまりなかった。



いつものお迎え用バッグで飛び出したからだわ。



小百合は、悲しい事があると、甘いものが食べたくなる。


それは、結婚して、特に顕著になった。


こんな時まで・・・


そう思いながら、デザートのページを眺め、小さなイチゴパフェを注文した。


夫の携帯を開くと、端から自分のPCアドレスへ転送した。


パフェが来た。


赤いシロップが白い肌を流れる血液みたいに、まだアイスの上をゆっくりとねっとりと垂れていった。


生理でもないのに、見た途端、子宮の辺りがぎゅっとした。


イチゴなんだか、チョコなんだか、味なんてわからなかった。

うつ向きながら、ただ、スプーンを口に運んだ。


冷たい物体が、舌から喉を滑り落ちて行く。


200件以上ひとつひとつ転送しては、送信履歴を消していった。


途中から、あまりにヒワイで、怒りがこみあげる内容のメールは、ccで自分の携帯にも送るようにした。


写真も添付した。


キス、下半身や胸のアップ、夫の裸体、



No.45 11/11/19 19:59
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C43



帰宅して、データをそのままPCにバックアップしたかったが、コードもないし。。


そもそも家に一台だけあるパソコンは、会社が主人に貸し出しているもの。


今まで何も隠し事なく生きて来た小百合は、PCを共有しても、何ら不自由さがなかった。


こんな事態は想定していなかった。


もし、コードを見つけて、バックアップしたとしても、何かの拍子に、夫が私が作った隠しフォルダを簡単に見つけてしまう。



社会から離れて4年、小百合も現役時代はシステムに精通していた。


メモリーカードやUSBにデータを落とせば、どうという事はない。


しかし、昼夜を問わない育児というものは、発想自体が浮かばない程、世の中から小百合を遠ざけていた。


そうこうしている内に、夫の携帯のバッテリーが切れてしまった。


もちろん充電器なんて持って来ていない。


コンビニで買おうかとも思った。


自分の携帯で時間を確認する。

1時12分


宙音が泣いているかもしれない。


その時、私がいない事に気付かれたら・・・


今までしなかった、深夜の一人外出、泣き腫らした目


いくら勘の鈍い夫でも、やましい事をしている男にとって、何かまずい事態が判明したと想像するだろう。


そして、即座に証拠隠滅に走るだろう。



それはダメ



まだ全ての証拠を見てもいない。


今日は帰ろう。


そう思って、初めて、周りを見渡した。



No.46 11/11/19 20:05
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C44



深夜の客は、一人が多い事に驚いた。



考え事をしながらペンを走らせる男性。



黙々と料理を口に運ぶ作業着の男性。



遠く離れた喫煙席に、女子高生くらいの子が二人、向かい合って、暇を持て余し気味に携帯をいじりながら、時折談笑していた。



女一人は小百合だけだった。



やっぱり今日は帰ろう。



明日また、宙音が寝た所で出て来れば良い・・・残りは、その時に転送しよう



証拠が残らないように。


今夜、私がここにいた事実を残さない為に。


現金で支払いをした。


クレジット派の小百合には、久しぶりにお札が銀のトレイに乗るのを見た。



お札の偉人が何だか私を睨みつけている瞳に見えた。


自分の方が卑しい事をしているような嫌な気分になった。



No.47 11/11/19 20:08
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C45



そっとマンションのドアを開けると、リビングからの灯りが、仕切りのドアのガラス部分から洩れていた。



まだ夫のイビキも響いている。


良かった。


気付いていない。


宙音は・・・


そっと寝室を覗くと、無意識に私を探したのか、ベッドの端まで来ていたが、起きた形跡はなかった。


ほっと胸をなでおろし、急いでパジャマに着替え直すと、宙音をベッド中央にそっと戻した。


一瞬ムニャムニャと体を動かしたが、直ぐに眠りに戻っていってくれた。


そらねちゃん・・・


こんな可愛い子を裏切って。


宙音の寝顔を見ながら、小百合は母として戦う意思を強くした。


廊下に出て、夫の携帯の充電器を探した。


いつもの廊下に置いた電話台の引き出しにはなかった。


会社の鞄の中かしら?



No.48 11/11/19 20:45
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C46



去年、誕生日にプレゼントした黒のビジネスバッグ。



荷物が多い夫の肩が凝らないよう軽い物を選んだ。



鞄のジッパー音が夫に聞こえないように、そっと洗面所まで鞄を運んで、開いた。



目指す携帯充電用の白いコードはパッと見、見当たらない。



端がくしゃくしゃに丸まった書類と、煙草の空き箱、そのビニールパッケージ、どこで呑んで来るのか、少し残った日本酒の紙パック。


何が必要で何がゴミなのか、わからないグチャグチャさ。



鞄の中は、その人の部屋、性格までわかると誰かが言っていた。



夫が独身時代に住んでいたゴミ部屋そっくりだった。


あの時、あの部屋を見た時に思い留まれば良かった。


生活するうちに直るかと期待した自分が愚かだったのか。



書類の上にクシャクシャの茶色い紙袋が乗っていた。


これもきっとゴミね?



ガサゴソと中を覗いて 息が止まった。



煙草の箱二つ分の大きさの透明なパッケージが出てきた。



そこに入っていた物体。



ブルーのゴム製の物がかぶさっている、人指し指位の長さのずんぐりとした楕円形の物体。



白いコードの先に、ダイヤル式の青いコントローラー。



コントローラーの後ろは電池が2本透けて見えた。


明かりの方へ箱をかざして透かしてみた。


なに。。。コレ。。。??



見た事のないシルエットが小百合の額に影を作った。



No.49 11/11/19 21:07
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C47



バイブ……だ……


きゃっと短い悲鳴を上げて、放り投げた。


カタンと乾いた音がお風呂場の扉に当たって聞こえ、水色の物体は扉に沿って滑り落ちた。


初めて見た。


実物


暫く、ヘビに睨まれたカエルのように、ブルーの物体と小百合は凝固していた


呪文で凝固させられた形をふり払うように、目の前の茶色い紙袋を握る左手を僅かに動かしてみた。


視線を中に落とす。


もう一つの透明な箱……


これは、もう、あからさまに、男のあの型になっていた。


力が抜けた。


袋ごと同じ風呂場の扉に向かって投げつけていた。


小百合は、正座から横に腰がズレ、へたりこんでいた。


放り出された茶色い紙袋からは、最後にビニールに入って束ねてある、真っ白いロープが二袋、顔を出した。


へたり込んだ身体をズルズルとお尻を引きずりながら這い、扉の近くへ近づいた。



もう苦手な虫にでも触るかのように、そっとその袋から引き出すと、裸の女がいやらしく顔を歪め、顎を上げて背中を反らせ、赤いロープが胸に食い込んでいる写真のパッケージが目に飛込んで来た。



【拘束縄】と太字で印刷されていた。



No.50 11/11/20 19:44
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C48



急いで全てを元の紙袋に戻した。


親指大の青い楕円形とコードセットのバイブ、男のモノの形に反り立っている太いバイブ、一束の縄。



ケースや袋に入っていても、透明であるが故、掴む部分に苦慮した。


元あった鞄の上部にしまい込み、鞄のジッパーをジジっ、ジジっと少しずつ閉めた。


そっと音を立てないように廊下を歩いて、目指す玄関に鞄を戻した。


夫のイビキが扉の向こうから聞こえる。


良かった、気付いていない。



そして、再び洗面所へ向かった。


勢い良く吹き出す水に手をかざす。


はぁ。


心地よい冷たさにため息が出た。



手を洗った。


何度も


何度も


何度も


汚い



汚い



キタナイ!



泣きながら、爪で掌を擦りながら 泡を擦りつけた。



無意識に力が強くなっていった。



痛っ



自分の爪で手の甲を削った。



すぅっと流れた血が、石鹸の泡をピンク色に染めた。



綺麗・・・



自然と微笑みが浮かんだ。



あまりに美しく、キタナイ世界に舞い降りた、無垢な妖精がそこにいるような気がした。



今日の出来事は




小百合が耐えられる心の限界を



軽く越えてしまった

ふわりと。。軽く。。。



ふふっ はははっ



流水で、ピンク色の泡を流しながら、笑う自分の姿が洗面鏡の向こうにいた。



しかし、小百合は、まるで他人がそこにいるかのように鏡に微笑み、見つめ合い、時に笑いあっていた。



No.51 11/11/21 18:41
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C49



「ママ~」



ハッっとした。



今……何時?



目が開かない。



声は……左から?



瞼が重い。



感覚を頭で考えている。



考えている。。。



考えているという意識をハッキリと自覚出来るほど、時間をかけてゆっくりと、声の主を探した。



右を下に横向きに寝ていた。


左半身が重い。


背中側から、こちらの肩あたりに、顎を乗せて密着する可愛い小さな顔。



コンタクトをしていなくても、この至近距離なら表情まで読み取れる。



「おはよー」



パッチリとした澄んだ瞳がまっすぐこちらに向いている。



時折、鼻息をかけながら、私の様子を伺って。



いったい昨日は何が起こったんだろう。



娘の方に向き直りながら、小柄な娘を抱き締めた。



嬉しそうに、にやけた表情を隠そうとしながらも、抱き締め返してくる暖かな体温。



左手の甲に鈍い痛みが走った。


その痛みが、少しずつ、記憶を呼び覚ましに小百合の脳へ駆けて行った。



No.52 11/11/21 18:48
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C50



いつ、どうやって布団に入ったのか



全く記憶がなかった。



小百合は、お酒は得意ではないが、酒量を心得ているというか記憶がなくなる程飲んだ事などもなかった。



記憶が無い。



多分、人生で、初めての出来事。



「ママー痛い?」



宙音は、急いでベッドから跳び降りると、電話台の抽き出しあたりを探るゴソゴソという音を出し始めた。



手の傷口を凝視した為に、宙音が気付いたらしい。



どんな物に擦ったら、こんなに腫れて赤くなるんだろう。



小百合の白い小さな左手の甲は、赤いボールペンで何本もランダムに描きなぐった画用紙のようだった。



ミミズ腫れという名は浮かばなかった。



《流星群》



盛り上がった放射線状の赤い線を眺めながら、漆黒の夜空に走る、流星群を思い出した。



確か・・・しし座だったかな?


「流星群、見に行かない?」



祐一郎にメールでそう誘われた。



正直、夜に誘い出す文句にしてはベタだなぁと心では舌を出していた。



漆黒の空に、放射線状に何度も何本も明るい光の線が描かれては消えた夜。



No.53 11/11/21 18:50
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C51



狭いオープンカーの2シーター。



タイプではない祐一郎と、ロマンチックな雰囲気になるのを避けたくて、ひたすら話し続け、ムードを壊し続けた記憶。



でも、流れ星には、ウブな少女のように、たくさん願い事を込めた。



次から次へと現れる流れ星に、節操もなくいくつもいくつも願った。



あの時の願い事は・・・ひとつは叶ったかもしれない。



《結婚》



相手は、祐一郎と特定しなかったけど。。。



《結婚するなら、好きな人より、愛してくれる人の方が幸せになれる》



都市伝説じゃないけれど、どこかで聞いてインプットされてしまっていた。



祐一郎の事は、好きではないが、とにかく私を一番にして、愛してくれる。



誠実で、裏切りからは一番遠い所にいる。



そう確信して結婚した。



昨夜まで、揺るぎようのない信頼だった。



知ってしまった裏切りは、小百合の人生感を完全降伏させ、生まれながらの正義感は、現実という黒い塊に、ひれ伏してしまった。



手の甲を眺めながら、一瞬で回想した思考を閉じると、ベッドから体を起こして端に座った。



No.54 11/11/21 18:57
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C52



ゆっくりと顔をあげた。



カーテンを閉めきったままの薄暗い部屋は、寝息と体温で温まった朝の匂いが充満していた。

いつもすぐに窓を開け、新鮮な空気を入れたがる小百合も、今朝はカーテンを開ける気になれなかった。



部屋の姿見鏡には、薄暗闇に猫背でベッドに腰掛けるシルエットが浮かんでいた。



メガネをかけると、泣き腫らし、むくんだ瞼を張り付けた、憔悴しきった女の顔が黒いシルエットに浮かぶようについていた。



「ママー、はいっ」



一大事でも起こったがごとく、全力で廊下を走って来た娘が、手に絆創膏を握り締めて、すっと私の手を取った。



「血ぃ 痛い?」



「ううん、もう止まってるから大丈夫よ」



「じゃあ 貼ったあげる」



3歳にしては、本当に言葉も上手に話せて、優しい気遣いのある娘に育ってくれた。



そう、3歳になるまで、夜起きてぐずり眠らなかった事以外では、育児で困った事はなかった。



集団にいても、何をしても、抜きん出て出来る自慢の娘。



拙い小さな指で一生懸命絆創膏を貼る娘を眺めて、自然と涙が溢れてしまった。



「ママまだ痛いの?」



「そうね まだズキズキする」



そう答えるのが精一杯で、溢れる涙を堪えきれず、大粒の涙をティッシュで拭った。



そう ズキズキするの



ここがね・・・




胸を押さえて、そう心で囁いた。



心の声が娘に漏れ聞こえないよう、強く唇を噛んだ。




No.55 11/11/22 21:31
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C53



夫の鞄と靴は玄関になかった。


もう会社?


そんな時間?


リビングの時計は8時を回っていた


「なんで起こさないんだよ」


そんな風に私を責める事は今までもない。


逆に、「疲れている時は寝てていいよ」と


夜中にほとんど寝られない宙音をあやす私を気遣う優しさがあった。



無理やり作った笑顔で、宙音との朝ご飯


何を食べても味なんかしない。だが、無性に何かが食べたい。


何でもいい。



まただ。



強いストレスを感じると、食に走ってしまう。



止められない。


口に入るものなら何でも良かった。



1日中、食べ物を探し、1日中、口を動かしていないと狂いそうだ。



食パンを一切れ残らず食べ尽くした所で、昨夜必死に転送したメールが気になった。



会社支給のパソコンを開く。



インターネットは家に引いていない。


会社発信カードを利用して、接続する。


だから、主人が会社にいる間に接続すれば、おかしな事態に陥る。


時計を確認した。


9時。



始業時間をフレックスにしている主人は最近、10時出社が多い。


懸けてみよう。



大丈夫。あと30分



昨夜、必死で転送したメールと同時に夫の会社アドレスのメールソフトを開いた。


受信メールに怪しいものは見当たらなかったが、送信ファイルに、あのnyantomoのアドレスを見つけた。



「へぇ館林に住んでるんだ!?何だか美味しいものがたくさんありそうだね、俺は……」


多分、あの泊まってる不倫相手への付き合う前のメールだろう。



会社アドレスから女にメールなんて、何を考えているのか。


会社名がドメインにバッチリ入っているのに。


もう、嫌になってしまった。



気付くと、わけのわからない大声を出していた。



「どうしたの?」



パソコンをいじっていると、必ず私も~と自分も触りたがる娘。



別室で大好きなビデオをつけ、遠ざけていたのに。



しまった



落ち着いて



落ち着くのよ



「何でもないの」



「ビデオ面白い?」



「うんっ」



忘れてた!という顔で、宙音は急いでビデオのついている部屋へ戻って行った。



とにかく、これも、夫が知らないアドレスへ送って保存しよう。


No.56 11/11/22 21:35
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C54


印刷もしなくちゃ。



昨夜の写真も



印刷しなくちゃ!



プリンターから、少しずつ、夫と女の胸元からジーコッジーコッと機械的な音とともに、小百合の世界を一変した弾頭が姿を現す。



うっとりした夫と知らない女がお互いの首を傾げ、唇を合わせている。



夫の左手が女の頬を包んでいた。



写真サイズになって、肌の色や頬のホクロまでクリアになると、写真が、急にリアルさを増した。



うっ


また吐き気だ。



そのままトイレに駆け込んだ。


トイレから出て来ると、プリンターから出たはずの写真が消えていた。



おそるおそる宙音がいる部屋を覗くと、白い紙を手に持ちひらひらさせて遊んでいた。



「返しなさいっ!」



大声で叫んで、宙音から汚れた写真を奪い取った。



「えーーん」



急に怒鳴られ、玩具を奪われた事に驚き、宙音は泣き始めた。


転んでも、嫌な事があっても、滅多に泣かない娘が泣いていた。


小百合はうろたえて、我にかえった。



「ごめんね」



「これはね、インクが毒で出来ててね・・・」



ごまかす為の嘘を必死に探して、娘を抱きしめると、何故か小百合も一緒になって泣いてしまった。



母娘は、暫く抱き合いながら、わんわんと声を上げて涙を落とした。



あれからまだ半日も経っていない。


だから、夢心地のこの状態が声を上げて泣くことで、悪夢から脱出する扉が出現する鍵に思えたのかもしれない。



幼稚園プレがお休みの日で良かった。



かなり参っている。


いつも身綺麗で、読者モデルをしたり、スカウトに声をかけられるママ達の中に、こんな状態では出られなかった。



きっと、余裕のない酷い顔で宙音から、あの汚物を奪い取ったに違いない。


いつもと違う母親の雰囲気を、子供は敏感に感じ取ったのだ。


しっかりしなきゃ。


この娘を守れるのは私だけ。


例え不倫女が乗り込んで来ても、守る為に戦えるのは私だけ。


でも 今は 心が 泣きなさいと命令する。


あなたが壊れないように。


今は思い切り 泣きなさいと。


No.57 11/11/22 21:47
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C55



「祐ちゃん、何か私に言いたい事ない?」



あれから3日。



宙音は、今日、実家へ連れて行った。



私が寄り添わずに眠るのは、宙音にとって人生初めての出来事。


きっと不安な夜だろう。



電話では平気そうだったが、ちゃんと眠りについたのだろうか。



往復6時間。



1日がかりだった。



落ち着いて話す為、宙音に気が散って、万が一聞かれるのは、避けたかった。



印刷した写真を封筒に入れ、ダイニングチェアのクッション下に滑り込ませてある。



「え?ないけど……何?」



夫がいつものように深夜帰宅した、夕飯を食べ終わった1時半、こう切り出した。



まだ、お風呂に入っていないので、苦手な臭いが鼻をつくが、構っていられない。



このタイミングを逃したら、お酒を飲んで寝てしまう。



ダイニングに隣接した、今は夫の寝室となった和室で、布団に転がろうとした夫の背中に、静かだが、厳しい声で、もう一度質問をぶつけた。



No.58 11/11/23 12:23
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C56



「何か言いたいこと。私に隠してる事……ない?」



「ないけど」



背を向け即答する夫に



「じゃあ、これ、何?」



あのキス写真をテーブルに置き、夫を近くへ呼び寄せた。



顔を見たかった。



どんな顔で写真を目にして、どんな表情で私に視線を移すのか。



刑事が犯人に、動かしようのない証拠を突きつける。



どうかしたら陶酔してまいそうな快感が湧き上がる。



「ちょっと待って、喉渇いたから。」



この期におよんで、何とか時間稼ぎしようとしている。



見苦しい。


コポコポと冷えた麦茶をコップに注ぐ音だけが響く。



沈黙は苦手だが、これからの戦いに備え、夫が飲み干すまで黙って待った。



「ん~?」



何かある事に感付き、ごまかそうとするワザとらしい優しい声色を発しながら、テーブルに近づいて来た。



そうよ・・・見なさい。



甘い悪事の瞬間を。



妻ではない女と唇を合わせている自分を。



「座って」



こちらも優しい声で対応した。


写真の前の椅子を指差す。



人はヤマシイ事があると、視線を絡めない。



夫は、黙ってテーブルの角を挟んで小百合の斜め前に座った。


目の前に居る人間とは対峙の姿勢。



交渉を上手く勧めるには、横か斜めに座る事。



大学の心理学から派生して、何かの本で得た知識。



私は冷静だわ。



大丈夫。



そっと 静かに 口を開いた。



「誰?」



No.59 11/11/23 12:26
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C57



「誰なの?」



困った顔を想像していた。


しかし、夫は怒りを湛えた目で、私をにらみ見返した。



その夫の顔に、さっきまでの冷静さは一気に噴き飛んだ。



「何よ!」



「何も言わないつもり!?」



「誰なのよ!」



夫がこの女とどうなりたいかなんて、今はどうでも良かった。



知りたい。



自分の、女としてのプライドをボロボロにした、薄汚い女の正体を知りたい。



「いつから?」



「1年前くらい」



やっと口を開いた。



まだ私の目を睨み返している。



何て人なの!



反省してる、すまない事をした人間の顔じゃない。



「名前は?」



「な・ま・ え!」



「ともこ」



「どういう字?」



「知らない」



ウソだ



智子という女に送ったメールがあったはず。



「ウソつかないで!」



「とも兄さんの智に、子供の子。」



血が沸いた。



薄汚い女の名前を教えるのに、私の大好きな兄の名前を出した。



崇高で清らかな兄の名に、薄汚れた女の絵の具が垂らされた。



「ふざけないで!」



これ以上、汚れた轍が広がらないよう、大声で叫んでいた。



「苗字は?」



「さ、さいとうです。」



いきなりスゴんだ小百合に驚いたのか、祐一郎は弱く言葉を吐いた。



No.60 11/11/25 21:56
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C58



さ い と う と も こ
→斉藤智子



小百合の中で変換した文字が、手にした赤い手帳にすらすらと文字となって現れてきた。



深呼吸する。


再び静かで厳しい口調に戻した。




「どこに住んでるの?」



「群馬県」



祐一郎は観念したのか、聞かれた事に答え始めた。



「群馬のどこ?」



「覚えてない」



「覚えてない訳ないでしょ!」



「館林って所じゃないの?」



ギョッとした夫の顔気味が良かった。



会社メールの送信ファイルにあった。



やっぱりあの女だったんだ。



No.61 11/11/25 21:59
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C59



「知ってるなら、聞かなきゃいいじゃん!」



耳を疑った。



逆ギレ。



よくも……



許さない。



小百合の中で黒い塊が噴き上がった。



「あなた、自分がどんな事をしたか、わかって口を聞いてるのよね?」



「不倫でしょ?」



「不倫てどういう事かわかってるの?」



「あのエッチしてる動画は?」



「動画を撮ってたあの女は誰よ!」



止まらなかった。



言葉も。



涙も。



「ふざけないでよ!」



あの映像が・・・



夫のモノをくわえる女。



生々しい女の秘部のアップ。



黒く光るそこへ少しずつ埋め込まれる尖った肌色の太い棒。



後ろから女の腰を掴み、出し入れする度に揺れる画面。



振り払っても、振り払っても、小百合の脳裏から離れてくれない。



出来るなら、言葉でだけでも、振り払いたかった。



「っざっけんな!って言ってんだよ!」



爆発した。



怒り、悲しみ、プライド、涙、口調、全てが入り混じり津波になって小百合を襲った。


呑み込まれる負の感情波。



兄弟が反抗期に使っていた相手威嚇する口調。



怒りと共に解放された不思議な気分で、祐一郎を罵倒した。




No.62 11/11/25 22:21
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C60



「どこで知り合ったの?」



「サイト」



「どんな風に?」



「相手が載せてたから、メールした。」



「どういうサイトなのよ」



「夫婦関係がなくてっていう掲示板に」



「出会い系って事でしょ?」



「大きく捉えれば、そうなんだけど、スタービ○チって所で……あれ?エ○サイトだったっけそこは出会い系っていうより」


「言い訳はいいの!」



裕一郎を最後までしゃべらせたくなかった。



ごまかしを混ぜた言い訳は聞きたくなかった。



馬鹿にして!



どんな所だろうが、夫婦関係がないって公言するのは、言い換えれば、W不倫しましょうだ。

そんな事もわからないお子ちゃまじゃないだろう?



最近は言葉を綺麗に置き換えて自分を正当化する人間が増えている。



援助交際なんて言っているが、ただの売春。



「夫婦関係がないから、さみしいから、話しましょう?」



「淋しさをまぎらわすって、どういう事になるか、どういう事を目的に募集するか、わかるでしょ?」



「性欲処理なのか、恋なのかなんてどうでもいいけど。」



「不倫でしょ!」



「フ リ ン!」



「他人のせいにするな!」



「どんな言葉が書いてあったって、その裏には《夫とのコミュニケーション力が自分になく、性欲処理に困っています。後腐れがなく秘密も守り易い既婚者同士で、性欲処理しませんか?でも、家族や社会的地位は無くしたくないんです。》でしょ?」




「どんな女なの。」



小百合の圧倒的な言葉の量に観念したのか、今まで見せた事のない態度に恐怖を感じたのか、途中で言葉を遮られたせいなのか。



いつもの無口な裕一郎からは想像が出来ない程、ペラペラと流暢に喋り始めた。




No.63 11/11/26 21:51
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C61



もう、いつもの上品な小百合は消えていた。



「その人、結婚してるんでしょ?」



「今は離婚して、実家で暮らしてる。」



「その人、子供はいるの?」



「二人、小学生」



「何年生?」



「2年生と5年生」


裕一郎は指を折ながら、たどたどしく答える。



「男の子?女の子?」



「男の子だって」


女は……特に子供がいる女は、浮気なんて相当身体も心も鈍感な者しか出来ないはずだ。


それは、身体が拒否するはずだから。


それは母乳を与えて初めて確信した小百合の中の真理だった。


乳首……触られただけで声が上がってしまう敏感で柔らかな突起。


それまでは、《性》の象徴であった箇所が、別の個体を生み落とした瞬間から、その先に小さな穴を開け、個体にくわえさせろと、命令する。



身体の中心から乳首へ向かい、寝ている間も休むことなく、体液を送り続けろと無意識の脳が勝手に命令を下す。


乳首から出してやらなければ、乳房が石のように硬く膨らみ、悲鳴を上げる。


自然に出て行ってなどくれない。

《お前がくわえさせろ、お前が絞れ、母親になれ、母性を鍛えろ》と命令する。



女は、妊娠で身体を変え、出産でまた新たな進化を迎え戸惑う事を、子を授かった喜びで凌駕しようと理性が強引に包み込む。


昆虫は芋虫、サナギ、成虫と形を変える。


変態。


女は、最後の変態を乳首という小さな箇所で起こす。



《性》の場所であった乳首が《生》の場所へ。



男に吸われていた乳首を我が子が、生きる為に吸う。


知覚の混乱。


わかっていても、慣れるまで、頭が混乱する。



そして、乳首の穴から白い生命の液体を噴出し、身体の中心の2つの膨らみは、次の《生》の為の機能だと、全身で納得して母親となる。


故に、我が子が含んだ神聖な《生》の場所を、夫以外の男が含んだ瞬間、母親という存在は、瞬時に赤子であった我が子の温もりをフラッシュバックさせるのだ。



だから、子持ちで不倫する女は、赤子の温もりという母性愛を振り払ってまで、情事に溺れることの出来る自己愛な女か忘れる機能が極めて優れた頭の悪い女だけなのだ。



No.64 11/11/26 21:54
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C62



~乳~人間を堕落させない為に神が与えた白き美しき液体



しかし、この女は、己の欲愛に我が子の温もりを振り払った。


いや、やはり頭が悪いのか。



こういう女は我が子より自分を選ぶ。



何をするかわからない。



知らなければ。



自分の常識から逸脱する人間を。



でなければ、これから、何を起こすかわからない。



小百合の中で、危険だ、近づいてはいけないと感じる人間に対しての恐怖が静かに鳴る。



「何してる人?」



「工場の秘書とか……」



間違いない、やはりあの女だ。


nyantomoのアドレス



夏休みに泊まっていた女。



確かこんなメールがあった。

――――――――――――――
おはよ💕今起きたとこ😉
早寝早起き頑張ってみました✨
仕事は全然わからないけど大丈夫な気がするよ。まずは流れを知る為に一通りやるみたい。
でも営業本部を全部まとめている、社長の弟である専務の秘書っていう事で 長年つとめて来た事務の女の人達と 微妙に立場が違うからか…
ちょっと怖い。あきらかに「へぇーこの子ねぇ~」って目だよ⤵
気に入ってくれて採用されたんだから 私は気にせず明るく頑張るね✨
ありがと☺ ぎゅっと抱きしめて欲しい気持ちです…
――――――――――――




そう、でも、その抱き締めて欲しい人には、妻と当時2才の子供がいて……知っていたよね?小学生の我が子2人を忘れて、乳首を裕一郎に含ませた自己愛女さん。



No.65 11/11/26 22:01
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C63



「何で離婚したの?」



「理由はよくわからないけど、離婚は、その、自分から離婚したみたいだし……慰謝料も、払ったって。」



女が自分から離婚を。慰謝料も払った?



つまり、裕一郎と再婚出来る勝算が立ったからなのか……



「裕福なのね」



「婿養子だったから、旦那にやらせてた実家のレース工場をそのままあげて慰謝料にしたって」



「あなたと一緒になるつもりなの?」



「いや、離婚はするつもりだって言ってたから……こっちが、その、重くなっちゃって、俺から別れたんだよ」




「別れたのに、何でまた会ってるのよ、相手はいつ離婚したの?」



「1月だって」



今年のお正月……



「また会うようになったのは?」


「春……だったかな……」



「そうね、離婚してから、会ってるわよね、8月20日にも!」


日付を確定されて、動揺に拍車がかかったのか、祐一郎は、聞かない事まで話し始めた。



No.66 11/11/29 22:20
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C64



「どれ位会ってたの?」



「月に1~2度。」


何ヶ月か別れていたという話を信じたとしても、単純計算で、月一で12回、月2で24回は会っている。



会った時に1回きりのエッチで済むものか!




わざわざ、小学生の子供をおいて……会っているのだ。


一度に2回なら24回。



二度なら46回。



夫は女と重なった。



妻である私とよりも……遥かに多い……



急に……惨めな気持ちになった。



勢い良く膨らんでいた風船の人形が、穴を見つけ、クネクネとその場に丸まり失速する。



足元からではなく、全体にしわを作り、縮んで行く。



小百合は自分の惨めな夫婦生活を呪った。


そもそも新婚生活らしいものがなかった。


結婚して一週間で転勤。


まだ電機製品も入れる前に。


引っ越しの挨拶をした翌々日に、また引っ越しの挨拶。


今思えば、大掃除だけして、新しいガスレンジ台や給湯器を買って付けただけのリフォーム業者のようだった。



新しい勤務先、ガラッと変わった仕事内容。



ヘトヘトの深夜帰宅。



新婚の夫婦生活は初めから、月1回あれば良い方になってしまった。



あれから5年。


相変わらずの終電帰宅。



夫婦仲は悪くない。



しかし、セックスに関しては。


元々、肌を合わせる事で愛情を計る癖のある小百合には地獄だった。



何度熱く疼く体を自分で慰めた事か……



何の為の結婚なの?


裕一郎が平日の深夜0時過ぎに帰宅して、夕飯を取る間しか話も出来ない。


朝はギリギリまで寝て、バタバタと出て行く。



元々無口な裕一郎ゆえに、拍車がかかった。



セックスレスと淋しさで、新婚半年で、小百合はノイローゼ気味になった。



寂しいと泣いた。



そんな私を求めずに、祐一郎は、他の女との狂宴をビデオに撮る余裕まである程楽しんでいた。



あれほど望んだ体の繋がりを。


No.67 11/11/29 22:30
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C65



「どこで……会ってたの?」



声に弱さが宿った。



「一応、中間地点の・・・」



「どこ?」



「足立区になるのかな」




「車は・・・使った?」



今ある車は、小百合が結婚祝いに兄から貰ったアルファロメオしかない。



ブランド好きな祐一郎が、女に見栄を張る為に使用した可能性は十分ある。



「俺が川越の駅まで行って、そこから向こうの車で。」



「ホテルって事?」



「どこの?」


「……」



「どこの何てホテル?」



「だから、足立区のブルーパレス」


弱い口調で質問し始めていた小百合だったが、裕一郎の逆ギレ口調はいちいち気に障る。


何が、だからだ。と思いながら、小百合は淡々とノートに書き留めて行った。



「そう」



「費用は?」



「ワリカンで」



何だか、サスペンスドラマの刑事のようだと思ったが、この時の小百合はそれ以上塾考出来なかった。



大抵、すらすらと自供する犯人は、答えに重大な嘘を一つ二つ折り混ぜて刑事を混乱させる。


全てを知る神は、耳で捉えられない声で言う。



『小百合、真実に埋もれる嘘が一番厄介なんだぞ』と。


No.68 11/11/29 22:47
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C66



ラブホテルにはあまり縁がない。



学生時代の記憶を辿れば、確か一回7000円位はしたと思う。



交通費、食事、何だかんだで1万円。



月に1回から2回。



最低1、2万円だ。



祐一郎のどこにそんなお金が?


毎月のお小遣いはタバコとお酒に消えている。



クレジットカード?



色々細かい買い物には目をつむって来たが、何万も現金をへそくり出来るレベルではない。



飲んで帰るような友人の名を聞いた事もない。



祐一郎の言葉を信じれば、そんな余裕がある仕事量ではないはず。



普通に考えれば、小遣いでは不倫は出来ない。



それが、小百合が祐一郎を信じきっていた背骨にもなっていた。


軍資金がなければ、悪さも出来る訳がない。



一体、どこからそんなお金が……?


【祐一郎の話には、どこかに嘘がある。】



先ほどの神の声を捉えたのか、小百合に裕一郎の話への疑いの芽が顔を出した。



信じたくはないが、夫の嘘の綻びまでも、不倫相手を探るのと同時にしなくてはならないのか。


既に許容範囲を越えそうな小百合の思考は悲鳴を上げ始めた。



No.69 11/11/29 23:01
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C67



しかし、目の前で、嘘を散りばめながらとはいえ、ペラペラと流暢に裕一郎が喋っている。


新鮮だった。



普段の無口な姿からは想像しがたい。



この人、こんなに話せるんだ。


とりあえず、聞けば何かしら答える。


投げたボールを拾いに走る飼い犬みたい……



今、お手って言えば、するのかしら?



人は究極の状態に追い詰められると、心理的に、どうでも良い事を考え思考の逃避を始める。


いけない、と首を振り、



「どんな事を二人で話してたの」



考える素振りを大袈裟にするジェスチャーなのか、裕一郎は、瞳を斜め上に移し、思い出す仕草を顔で表していた。



「子供が、旦那との子じゃないって事とか」



「旦那の子じゃない?連れっ子って事?」



連れっ子なら判るという訳ではないが、お腹を痛めて産んだ子供を置いて、長い間不倫なんて……酷い母親。



どんな精神構造で、女の顔から母親の顔へ戻るのだろうか。



子供も気付かなかったのか。



「違うって」



「え?違う?じゃあ、自分の連れ子なの?」


裕一郎はハエを顔だけで振り払うかのごとくブンブンと大きく首を横に振った。



「じゃあ、一体、誰の子なの?」



情けないが、単純に相手の家庭に、興味が沸いてしまった。



No.70 11/12/01 21:19
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C68


旦那さんとの子でもなく連れ子でもないという【子供】


誰の子なのか?



その答えは小百合の中には用意出来なかった


「不妊治療だってさ。色々、体外受精とか試したけどダメで、他の男の精子で作ったって」



え???


他の男の精子?




不倫をするだけに、モラルを求められない相手という事はおおよそ感じていた。


旦那さん側の問題での不妊もわかる。


しかし、不倫相手の旦那という他人にその物語を巡らして、小百合は何だか妙な同情心を抱いてしまった。



婿養子になった。


妻の実家のレース工場で義父の下で働く……


排卵日の儀式的セックス。




不妊治療や検査は病院でマスターベーションを強要される。


昼間の個室で精子を絞り取る。


究極の羞恥心と戦い、コップに採取した生温かい白濁の液体を差し出す



看護士の気配を気にしながら、そっと差し出す砕かれた男の誇りと共に。


そして……トドメは


《あんたの遺伝子ダメなのよ》


絶望の宣告



じゃあ、他人の精子で子供を作るわ



妻の子宮に戻される見知らぬ男と細胞分裂を始める受精卵に立ち会い。



日に日に大きくなっていく見知らぬ男との卵を抱いた妻の腹を毎日眺め。



棘(イバラ)の道程を経て、ようやく腕に抱いた子に、何を思ったのか。



血の繋がらない息子達に。



その息子二人と不倫妻の為に、一生妻の実家で働いていく男。


境遇の悲哀さに同情した。



挙げ句の妻からの離婚宣言。


奴隷だ。



不妊治療には詳しくない小百合だが【倫理】人間として、この女は間違っている、人して冷酷だ。



どんな思いで、旦那さんは切り出された離婚に承諾したのだろうか。



待って、子供は体外受精なの?


こういう女なら、私ね、子供が出来なくて可哀想でしょという顔で



「行って来ます」と涙声を作り、子作りの為に、他の男とセックスに出かけたかもしれない。



唇を噛んで他の男に抱かれに行く妻を見送る旦那。



有り得なくもないわ。


No.71 11/12/01 21:23
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C69



異文化の相互理解でさえ、最低のモラルがつきまとう。



この女には、常識や人の痛みは絶対に通用しないのではないか。


小百合の中で、ぼんやりとした確信が曇り空の灰色の雲のように形になっていく。



きっと、何だかんだと理由をつけて、全て自分が可哀想で正当化して、思考が回る女。



一番近い旦那でさえ、奴隷扱いだ。


人の心の痛みには、まるで考えが及ばないであろう。



恐い。



普通じゃない。


普通の生活、普通の顔を持つ人間が連続殺人犯である事が多いように、この女は手ごわい普通の仮面をつけた狂人だ。



ただ、こんな込み入った家庭の秘密話を誰にでもする女なのか。


気を許した上でのピロートークなのか。



祐一郎の腕枕で、事が終わり天井を仰ぎながら、自分の身の上話を、私って可哀想な女なのぅとチラつかせて裸の肌をすり寄せ話す、きっとそんなイヤらしい女だ。



背筋につうっと冷たい汗が下りて行った。



この女がキレたら、会社や家に乗り込み、祐一郎の社会的地位を脅かしかねない。


裕一郎は構わないが、もし、自宅を割り出され、宙音ちゃんに何かあったら!?



最悪の事態を想定し、小百合は静かに考えを巡らせた。



宙音の為に、この女とは、静かに、出来るだけ穏便に別れさせなければ。




No.72 11/12/01 21:28
かなかな ( ♀ iQ3Eh )

C70



自分の心の傷よりも、家族を、とりわけ子供を守ろうという母親の強い意識が、心の傷から流れ続ける鮮やかな赤い血を、一時的にでも止めるダムの役目を果たそうと、血に赤く染まった濁流を母性だけが食い止め始めた。



その一方で、全てを捨てても、相手の女を破滅させてやりたい、というどうしようもない黒い衝動にも駆られていた。



ふと自分の手を握った瞬間、絆創膏に指が触れた。


宙音が拙い指で貼ってくれた、かわいらしいキャラクター付きの絆創膏。



黒と白とを行き交う小百合の心が、絆創膏にシンクロする。



流れ出る血を止める物。



宙音を守らなきゃ。



祐一郎なんて……家族を裏切っていた男なんて、もうどうなっても良いわ。



宙音を、そらねを……守れるのは私だけ


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