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*君じゃなきゃダメなんだ*

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ジュリ( TSTfi )
10/05/04 23:14(更新日時)

4月。

生暖かい風が肩に少しかかる私の髪を優しく揺らす。
すぅっと息を吸い込むと、肺が爽やかな空気で満たされた。


「うわぁー……」

そして今、真新しい紺色の制服、いわゆるセーラー服に身を包んだ私は、視界いっぱいに広がる桜に見とれている。

例年に比べ寒かった冬のせいで今も鮮やかに咲き誇った淡いピンク色の桜は、見つめていると吸い込まれそうになった。

その華やかさに圧倒されて、私はぼうっと校門の前に立ち尽くす。

アーチ形の豪華な校門の右下に立てられた看板には、『桐谷高校入学式』の文字。

その文字の通り、今日は入学式で、そして私は今日からこの高校の生徒になる。

いよいよ女子高生デビューってわけ。

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No.1162417 09/09/29 16:42(スレ作成日時)

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No.51 09/10/07 16:52
ジュリ ( TSTfi )

「あー……終わった?」

まだ、と首を振る。

「そ。んじゃあもうちょっと寝るか」

そう言ってまた頭を机にのせて目をつむる南津。

もういいや。

しばらくして、
集会が終わった後、背中を叩いて南津を起こす。

「なーつー」

「ん……」

「終わったよ。起きなって」

なかなか体を起こそうとしない南津。

「もう知らないから」

私が南津を揺さぶっている様子を周りで見ている他の女子たちの目に耐え切れなくなった私は、
かばんを持って教室を出た。

下足まで来たとき、
傘を忘れたことに気付く。
外は相変わらず雨模様。

教室まで傘を取りに帰ろうとしたとき。

「朱里ちゃん、だよね?」

いきなり声を掛けられた。
その主は……武村さん、
だと思う。

確かB組の学級代表。

長いストレートの黒髪が似合う、なかなかの美人。

「私、武村夏帆」

やっぱり武村さんだ。

「あのさ……朱里ちゃんって、南津と仲良いよね?」

「南津と?……いや、仲良いって訳でもないけど」

「でもさ、私見たよ?
昨日一緒に電車に乗るところ。宮藤君も一緒だったよね?」

宮藤君って……

あぁ、彰君か。

どうやら見られちゃっていたらしい。

No.52 09/10/07 16:56
ジュリ ( TSTfi )

「あ、あれは、ホームで偶然会っただけだよ?」

一緒に帰ってるところを見られた訳じゃないらしいから、なんとか嘘をつく。

「……そうなの?」

「うん」

「ほんとに?」

「ほんとに」

まだ疑っているような武村さん。

「……まぁいいや。
私から言わせてもらうけど、南津にはあんまり近づかないでね」

そう言い残して武村さんは、ぽかんとしている私の横を通り、去って行った。

……何だったんだろうか、今のは。

まるで漫画のようなこのシーン。

南津と仲良さそうに見える私への嫉妬ってことか。

そんなに南津のことが好きなんだね、あの子は。

No.53 09/10/08 07:58
ジュリ ( TSTfi )

「望月」

またも私を呼ぶ声。

ただし、今度は男の子。

学級委員長の杉本君。

「もしかして……
話し、聞かれちゃった?」

「あぁ。大変だな」

「大変っていうか……
 すごいなぁって思う」

「すごい?」

「南津が好きで、あそこまでできることが」

私の言葉に杉本君は、確かにそうだな、と笑った。

「まぁ、武村はちょっと特別だけどな」

特別?

どういう意味だろう。

「あいつは……
川瀬の元カノなんだよ」

「えぇっ?」

南津の元カノ……。

「武村と川瀬、同じ中学でさ。俺も一緒なんだけど。中三のころに付き合ってたんだ。

半年ぐらい続いたんだけど……川瀬から振ったらしい。理由は知らない」

「……そうなんだ」

「あ……本人のいない所で噂するべきじゃないよな。

じゃあ、俺帰るわ。バスの席と部屋割りよろしくな。川瀬、寝てたみたいだし」

「うん、任せといて。バイバイ」

傘を広げる杉本君の姿を見て、
傘を取りに行かなきゃいけなかったことを思い出す。

階段を駆け上がり、教室の前の傘立てから私の傘を引き抜く。

あれ?

なんでもう一本あるの?

ぽつんと残っているビニール傘。

誰かの忘れ物だろうか。

でも、雨が降ってるのに忘れて帰る人なんている?

No.54 09/10/08 20:25
ジュリ ( TSTfi )

少し考えて、
一つの可能性に気付く。

そして、私が向かった場所はA組の教室。

「……やっぱり」

案の定、そこには机に突っ伏して規則正しい呼吸を繰り返すあいつの背中。

「南津、起きろー」

「んー……」

どうやら目は覚めているらしいが、
体を起こさない南津。

しびれを切らした私は、
イタズラを決行。

こちょこちょっと南津の両脇をくすぐる。

びくっと大きく反応して、やっと南津は顔を上げた。

笑ってしまうほど思いっきり寝起き顔だった。

徐々に状況を理解したのか、目をこすりながら南津は椅子から腰を浮かせ、
私の前に立つ。

「やっと起きた。
私が来なかったら朝まで寝てたんじゃない?」

先生や警備員さんがいるからそんなことはありえないんだけど。

「お前が起こしたのか?」

むすっと不機嫌そうな南津の顔。

どうやら寝起きが悪いらしい。

「人が気持ち良く寝てたのに……」

いきなり上半身をかがめ、ぐっと近づいてきた南津から、
瞬間的に体を反らした私は後ろの机に手をつく。


「起こしてあげたんでしょ?」

No.55 09/10/08 20:32
ジュリ ( TSTfi )

「……なんで起こしに来たの」

「なんでって、あのまま寝てたら風邪ひいちゃうかもしれないでしょ?

後から、お前が起こさなかったせいだ、とか言われたくないし」

「ふーん……」

「なつ?」

「何」

「……この体制、きつい」

腕が痛くなってきた。

なのに南津は上半身をかがめたまま、

すっと目を細め、

悪そうに笑って


「お礼、しないと」

お礼?

首を傾げる私。

「風邪ひかなくてすんだお礼」

「そんなのいいから、早くどいてって」

「無理」

「無理じゃないっ。しんどいからどいて」

南津を押そうと伸ばした右手は、
簡単に南津の左手に捕まり
更に頬には南津の右手が添えられる。

「な、南津?」

なんですか、このシチュエーションは。

「お礼の……キス」

「き、キス!?結構です!いらないです!」

叫ぶ私に、どんどん近づく南津の顔。

あまりに近くて、
ぎゅっと目をつぶった。


そして…………



ちゅっ。

No.56 09/10/09 23:39
ジュリ ( TSTfi )

柔らかい感触がしたのは……


おでこ。

「へ?」

間抜けな声が出る。

ぽかんと南津を見つめると

「あれ、口のほうがよかった?」

しれっとそう言って、
せっかく離れた南津がまた近づく。

「口もおでこもイヤ!」

南津をドンッと両手で押しのけ、

痛いぐらいにごしごしと
唇が触れた場所をこする。

「南津のばか!」

耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。

なんでそんなことができんの?

ただのクラスメイトに。

私は、壁に立てていた傘を握って教室を飛び出した。
もう……


起こしになんて
いかなきゃよかった!

No.57 09/10/09 23:43
ジュリ ( TSTfi )

翌日。

「なぁ……怒ってる?」

教壇に立つ南津は、
前を見ながら横の私にしか聞こえない声で囁く。

「えっと、バスの席は、決まったら黒板に書きに来て下さい。

かぶった場合はじゃんけんで決めます」


前を見たまま無視を決め込む私。

只今、仲良し合宿のバスの席決め中。

クラスのみんなが席から立ち上がり、

それぞれの友達の元へと
向かう。

「……怒ってるか。
なぁ、朱里?」

「……」

「朱里ー」

南津の腕が私の肩に触れたとき。

「ね、南津君。バスどこ座るのー?」

教壇の前に、3人の女の子が現れた。

すっと肩から手がはずれる。


「あー……。まだ分かんねぇ。
あ、お前らの横か後ろに
しよっかなぁ」

「ほんとにー?嬉しぃ!」

こっちは昨日のことを思い出すだけでも顔が熱いのに
もう忘れたかのように女の子のお相手をしてる。

盛り上がってる南津たちの横を通って結実の元へ。

「朱里、どこにする?」

「うーん。結実の横ならどこでもいいや」

「そうだね、私も朱里の隣ならいい」

黒板にはすでに多くの名前が記入されている。

No.58 09/10/09 23:47
ジュリ ( TSTfi )

「空いてる所でいい?」

「うん。朱里に任せる」


私は適当に空いてる前の方の席に名前を書いた。

南津の席は後ろ側で隣は男友達だけど、
周りは女子で固められている。

さすがだね。

もめることなくバスの席は決まり、
部屋割りもあっさり決定。

私は4人部屋で、
結実と亜希ちゃんと遥ちゃんと同じ部屋。

亜希ちゃんは活発な感じの子で、

遥ちゃんは優しい雰囲気を漂わせる女の子らしい女の子。

二人は同じ中学だったらしくて、タイプは全然違うのにすごく仲がいい。

私と結実もすぐに二人と打ち解けた。

なんだか、楽しい仲良し合宿になりそうっ。

No.59 09/10/09 23:52
ジュリ ( TSTfi )

「ふぅー……」

胸に手を当てて、
大きく深呼吸する。

落ち着こう。

ケーキ屋さんの前でこんなことしてる私はきっと、
周りから見たらおかしな子だ。

でも、
この行動には訳がある。

私は、今からこのケーキ屋、

『sweet×sweets』

略して『スイスイ』のアルバイト面接を受けるのだ。

初めてだから、
やたらと緊張する。

「あ。お前……」

後ろから聞き覚えのある声が聞こえたのは、
もう一度深く息を吸い込んだときだった。

背後に立っていたのは、



「彰君っ!?」

なんで彰君が
こんなところに……?

一気に高まる鼓動の速度。
「なんでいんの?」

「私、今からここの面接受けるから……」

「え、マジ……?
俺も、なんだけど」

「うそ……」

ミラクル。

なんていう偶然。

彰君が私と同じ店を選んだなんてっ!

まだ働けると決まった訳でもないのに有頂天な私。

そんな私は彰君の言葉で我に返る。

「取りあえず入るか」

「あ……うん」

二人でドアをくぐると、
ショーウインドーの奥の女性店員さんの

「いらっしゃいませー」

に迎えられた。

ちらほらとお客さんがいる。

No.60 09/10/09 23:57
ジュリ ( TSTfi )

「すいません、バイトの面接に来たんですけど……」

私の横で彰君がそう言うと、その声が聞こえたらしく奥から男の人が出てきた。

「こっちこっち」

と手招きをしている。

第一印象は『細長いなぁ』だった。

ひょろりとした体型で
190㌢はあるんじゃないかと思わせる長身。

この店では、余ったケーキを貰うこはできないんじゃないだろうかと思った。

ケーキを食べてて、こんな体型になるわけがない。

歳は見た感じ35ぐらい。

優しそうな笑みを浮かべている。


「店長の室井です」

「よろしくお願いします」

「お願いします」

二人並んでペコッと頭を下げる。

店長に着いて行くと、短い廊下の左右と突き当たりに鉄の扉があった。

面接は奥の部屋で行うらしい。

「一人ずつなんだけど……

どっちから面接する?」


顔を見合わせる私と彰君。

面接への緊張で心臓ドキドキなのに、
間近で目が合ったことで
これでもかってぐらいに鼓動が速まる。

「はい」


すっと手を挙げたのは、彰君。

No.61 09/10/12 00:11
ジュリ ( TSTfi )

「じゃあ君からね」

扉の向こうに店長さんと彰君が消える。

誰もいない廊下で一人ぼけっと突っ立っていた。

どんな質問をされるんだろう。

落ちたらどうしよう。

この後、彰君と一緒に帰れるのかな。

色んなことが頭の中に浮かんで、

あれこれ考えているうちにガチャッとドアが開いて
彰君が現れた。

言葉を交わす間もなく中から

「次の人どうぞ」

と声が掛けられる。

私は、ポンポンと軽く胸を叩いて中に入った。

背後で扉の閉まる音がする。

部屋の中に置かれたキャスターつきのテーブルとその両側のパイプ椅子二脚。

一つには店長さんが座っている。

「どうぞ」

店長さんに手で椅子を示され、静かに腰掛ける。

「お名前は?」

「望月朱里です」

「望月さんね。履歴書、持ってきた?」

「はい、持って来ました」

かばんの中から履歴書を取り出し、室井店長に手渡すと
さっと目を通した後、横に置いた。

No.62 09/10/12 00:14
ジュリ ( TSTfi )

その後、5つぐらいの質問をされた。

『この店を希望した理由は?』
『しんどくても頑張れる?』
『希望する曜日は?』

などなど。

一つ一つ丁寧に答えるように心掛けた。

「はい、じゃあ終わりです。結果は、あさってまでに電話するからね」

「はい」

「よし、じゃあ僕も戻らないと」

店長さんに続いて部屋を出ると、そこに立っていた彰君。

二人できちんとお礼を言って、スイスイを出た。

「たぶん、っていうか
ほぼ100%採用だと思うよ」

最後の店長さんの言葉に心の中でガッツポーズした。


駅に向かって彰君と歩く私は緊張しまくり。

私は、今日こそ聞こうと決意していた。

入学式の日、お姉ちゃんのあの木の前にいたその訳を。

なかなか切り出せずに、
しばらく沈黙が続いた後。

No.63 09/10/12 00:20
ジュリ ( TSTfi )

「なぁ」

いきなり声を掛けられ、思わずびくっと肩が震えた。

「……なに?」

「お前さ……名前なんていうの?」


へ……?名前?


「知らないんだけど」

「え、だってこの前一緒に帰ったよね?」

「ん?あぁ……でもあん時、南津はお前のこと水玉としか言わなかったし」

あの日のことを思い出してみる。

う……

確かにそうだったかもしれない。

「なんか、改めて自己紹介するのも変だけど……
望月朱里っていいます」

「え……?
……望月、朱里……?」

私の名前を聞いた途端、
明らかに彰君の表情が凍り付いた。

やっぱりおかしい。

「あのさっ」

彰君って、お姉ちゃんの知り合いだったの?

そう聞こうとしたその時。

ピロリロリ、ピロリロリと携帯の音。

私の携帯じゃない。

「ちょっとゴメン。
もしもし?」

彰君が携帯を耳に押し当てる。

「あ?……あぁ……
分かった」

短い通話だった。電話を切った彰君は

「なんか、親父がけがしたらしい」

No.64 09/10/12 00:23
ジュリ ( TSTfi )

「えっ!!けが!?」

「病院に来いだと」

首をかきながらそう言う姿は、
心配しているようには見えない。

「だから……行かねぇと」

「早く行ったほうがいいよ!」

彰君は来た道を戻って行った。

大丈夫かな、
彰君のお父さん。

せっかく彰君と帰れると思ったけど、そんなこと言ってられない。


……それにしても気になる。

私の名前を聞いた途端の
彰君のあの表情。


一体、
どういうことなんだろう……

No.65 09/10/12 00:38
ジュリ ( TSTfi )

「重っ……」

放課後、先生に頼まれて
プリントの束を
1階の職員室から4階の教室まで持って上がっていた私。

南津に頼めばいいのに、
そんなときに限ってさっさと部活に行ってしまったあいつ。

やっとの思いで3階まで上がってきた。

あとちょっと……!

気を緩めたのが間違いだった。

「ぎゃあーっ!」

足を踏み外し、体が宙に浮いた!

と思ったら次の瞬間にはお尻に強い衝撃。

「痛っ。はぁ……最悪」

辺り一面に散らばったプリントを見て大きなため息をついたとき。

「大丈夫!?」

目の前に突如現れた、
男子生徒。

「どうしたの?」

「あ、落ちちゃって……」

「落ちたって、階段から?」
階段と私を交互に見比べる。

見たことない顔。

何年生だろう。

「はい……」

手をついて立ち上がり、スカートのほこりをはらう。

「けがは?足とか」

「大丈夫です。お尻打っちゃったけど」

「そっか。びっくりしたよ。人が尻餅ついて紙が散らばってるから」

そう言いながらしゃがみ込んでプリントを拾い始める男子生徒。

「すいません!」

慌てて私も拾う。

No.66 09/10/12 00:41
ジュリ ( TSTfi )

「はい、どーぞ。あ、持って上がるの手伝おうか?」

「あ、大丈夫です!ありがとうございました!」

「どういたしまして」

爽やかに笑ってその男子生徒は階段を下りて行った。

……なんか、ドラマみたいな展開。

ここから恋が……

なんてことはありえないけど、かなりドキッとした。

無事に4階まで上がったところで、
私はまたドキッとする。

彰君と鉢合わせしたのだ。

「彰君……」

ケーキ屋での面接の日から、よそよそしい彰君。

もともと仲が良かった訳でもないのだけれど。

そして今日も、

「……よぉ」

の一言だけで、
すっと私の横を通り過ぎていってしまった。

その後ろ姿を見つめていると。

No.67 09/10/12 00:45
ジュリ ( TSTfi )

「うぁっ!」

太股あたりが涼しくなる。

「あら、今日は文字入り」

振り向けば、
犯人はやっぱりコイツ。

「変態ピーナツっ!」

「どーも。
変態ピーナツです!」

ピースを横にして目に当てたポーズをとる体操服姿の南津。

くそぅ!

プリントを持っていて両手を使えない私は、

自分の足を使って
まだポーズを決めてる南津の足を踏ん付ける。

が、ひょいと交わされてしまう。

悔しさ倍増。

「あなたは私のパンツに一体何を求めているんですか?」

という私の問いに、南津はしばらく考えて

「まぁ、ゆくゆくはTバックを履いてきてくれればいいなと……」

なんて答えやがる。

「……ド変態。それ、私に求めるの間違ってると思うよ」

と教えてあげると

「ま、頑張って。お前なら出来る」

励まされてしまった。

一体どういう会話だよ。

No.68 09/10/12 09:38
ジュリ ( TSTfi )

何て返そうか考えていると、抱えていたプリントを
南津が私の腕から抜き取った。

そして教室に向かって歩き出す南津の後ろを私も着いていく。

「あ、そうだ。彰君のお父さん、けが大丈夫だった?」

「彰の親父がけが?
んなこと聞いてないけど」

「……そっか。なんかこの前……
そうそう、私がケーキ屋のアルバイト面接に行ったとき、彰君も面接に来てたの」

「ケーキ屋って……スイスイ?」

「そう。あれ、知ってたんだ?」

「……知ってたっていうか、俺が彰にそこ行けって言ったから」

南津は誰もいない教室の教卓に、プリントを置き、
そのまま近くの机に座る。

「なんで?」

「ケーキ屋でバイトしたら余ったケーキ貰えるだろ?それをいただこうと思って」

「南津、甘いもの好きなんだ」

「大好き。
アイラブスイーツ」

南津が甘党だったことにもびっくりだけど、

なにより、余ったケーキが貰えるからという、
私と同じ発想をしていたことにびっくり。

要するに、
私の考えは南津レベル……

ショック。

No.69 09/10/12 10:09
ジュリ ( TSTfi )

「で、どうだったんだよ、面接。受かったのか?」

「たぶんね。3日以内に電話かかってくる」

「お前と彰、両方受かれば貰えるケーキも倍だな」

とぉーっても嬉しそうな
南津。

「そんなにケーキが食べたいなら自分がバイトすればいいのに」

「俺にはサッカーがあるから無理……あぁ!」

叫んで南津は、体操服を着た自分の体を見下ろす。

「スパイク取りに来たんだった……ヤバい」

一瞬にして顔を凍りつかせ自分の机の横に掛けてあるスパイク入れを引っつかむと、

じゃあな、と片手を挙げて南津は教室を飛び出して行った。

No.70 09/10/12 10:12
ジュリ ( TSTfi )

校舎を出るとグランドに、走っている結実の姿を見つけた。

陸上部に入った結実を含める1年は、毎日走らされてばかりいるらしい。

心の中で応援していると、もう1人、走っているのを見つけた。

南津だ。

1人きりで走っている所を見ると、たぶんクラブに遅れたからだろう。

人のスカートなんかめくってるからだ。

くすっと笑って、私は学校を後にした。

No.71 09/10/12 12:44
ジュリ ( TSTfi )

次の日、私は再びスイスイに来ていた。

昨日家に帰ると、
スイスイの店長、室井さんから電話がかかってきた。

もしもし……

と出た途端

「朱里ちゃん?おめでとう、採用です」

弾むような声が聞こえた。

そして今日、色々と説明のためにもう一度来てほしいとのこと。

彰君も採用らしいから、また会えるのかな、と期待を抱いていたけど、

彰君の姿は見当たらなかった。

店の中に入ると、店員さん、これから私の先輩となる人に、

「いらっしゃいませ」

ではなく、

「こんにちは」

と声をかけられた。

ペコッと頭を下げる。


顔をあげると店長がいた。

面接を受けたあの部屋へ向かう。

面接の時と同じようにテーブルとパイプ椅子が置かれていた。

「えっと……週4日、日曜以外が希望だったよね?」

「はい」

「一応、今の所朱里ちゃんが入るのは月、水、金、土。他の人との関係で変わることもあるけど」

頷きながら、彰君はいつ入るんだろうと考えていた。

知りたかったけど、恥ずかしくて聞けなかった。

No.72 09/10/13 19:50
ジュリ ( TSTfi )

「それで……早速なんだけど、明日から入れる?」

「明日、ですか?」

「そう、明日」

予定は特にない。

「はい、大丈夫です」

翌日からバイトが決まった私は、詳しい説明を受けた後、帰宅した。



そして翌日。

気合いを入れてお店の裏から出社?した私。

「こんにちは。今日からよろしくお願いします!」

元気よく頭を下げた私に、皆さんあたたかい微笑みを返して下さった。

服を着替えるためにロッカー室のドアを開けたとき、隣のドアが開いて、彰君が出てきた。

しばしの沈黙が続いた後。
「……よぉ」

「う、うん。彰君も今日からだったんだ?」

「まぁ」

「そっか」


………………



なかなか会話が続かない。

No.73 09/10/13 19:53
ジュリ ( TSTfi )

スイスイの店内には、買ったスイーツを食べることができるカフェがある。

そこでの接客が私の仕事内容。

ケーキを作ったりはしない。

今日は初めてということで、先輩に付いて見学するだけだった。

バイト終了後、同じ時間に終わったはずの彰君は先に帰ってしまった。



やっぱり避けられてる、
よね……

No.74 09/10/13 21:36
ジュリ ( TSTfi )

いよいよ仲良し合宿が翌日に迫った日。

学級代表が集まり最終の打ち合わせを済ませた後、
私は急に腹痛に襲われ、トイレに駆け込んだ。

個室の中でうずくまって痛みの波が過ぎるのを待つ。

少し和らぎ、便座にもたれたとき、
トイレに入ってきた二人の会話が聞こえてきた。

「やっぱ南津君かっこいいよね。さっきのシュート見た?」

「えっ、見てない。
見たかったー!
まぁでも、私は彰君派」

入学してから一ヶ月ちょっとで、この学校にはもう南津派と彰君派ができている。

もちろん私は彰君派。


続く会話に耳をそばだてる。

「あ、知ってる?彰君って昔2こ上の人と付き合ってたんだよ。それがここの生徒」

「え、そうなの?」


彰君にそんな過去があったなんて……。

No.75 09/10/13 21:49
ジュリ ( TSTfi )

「それでー……


その子、死んじゃったんだって」

「マジ?知らなかった」



え……?



徐々に心臓が高鳴っていく。

「しかも!

……これ聞いたらびっくりすると思うよ」

「なになに!?」


続きを聞くのが、恐い……
でも、今ここを出ることもできない。


「その彼女の妹が、この学校の生徒」


「え、だれ?だれ?」


背中に嫌な汗が流れる。


この個室が蒸し暑いからじゃない。


答えを既に、
知っているから……




「望月朱里って知ってる?」

No.76 09/10/13 21:54
ジュリ ( TSTfi )

ブルル……
とバスのエンジンがかかる音と同時に細かい振動が体に伝わる。

「ちゃんとシートベルトしろよー」

最前列に立って、後ろを向いた村上先生が声をあげる。

「高校生になってもワクワクするよね、こういうのって」

窓側に座り満面の笑みを浮かべる結実にそうだね、と返す。

仲良し合宿当日。

昨日まではすっごい楽しみだったのに。

正確には、昨日の放課後、トイレに入るまでは。


『望月朱里って知ってる?』


心のどこかでもしかしたら、と思っていたのかもしれない。

心底驚きはしなかった。

でもやっぱり、すぐには事実を受け止められなくて。

誰の声だか分からない声が、耳に残って離れない。


モヤモヤとした感情を抱えたまま、バスは動き出した。

No.77 09/10/14 16:58
ジュリ ( TSTfi )

休憩所に入り、外の空気を吸うために結実とバスを降りた。

休憩を終えバスに戻ると私の席に女の子が座っている。

「酔ったやつらが数人出てなぁ。悪いけど席変わってくれるか」

「あ……分かりました」


村上先生の頼みを受け、
1列下がった私たち。

席数が調度しかないため、私は補助席に座ることに。
「あかり……」

か細い声に、顔を横に向けると、そこにはぐったりとした南津がいた。

「あら。あんたも酔っちゃったんだ」

苦しそうに顔を歪め、前傾姿勢をとっている。

「吐きそう」

あまりにもその様子が可哀相で、背中をさすってあげてると、やがて南津は寝息をたてはじめる。

あどけない寝顔に、自然と笑みがこぼれた。

No.78 09/10/14 17:08
ジュリ ( TSTfi )

着いてすぐに昼食を済ませた後、一日目のスケジュールは

『お勉強』。


なんで勉強なのよ……。


仲良し合宿なのに、
勉強なんかしてても仲良くなれないよ。

夕方まで、大量のプリントをやらされた私たちはふらふらと自分たちの部屋へ戻った。

夜。

いくら疲れていても、女4人が集まれば会話はつきない。

布団を横一列に並べ、就寝時間をとっくに過ぎた深夜まで、ひそひそ声が部屋に響いていた。

No.79 09/10/14 17:13
ジュリ ( TSTfi )

二日目。

この日はクラスの親睦を深めるためのドッチボール大会が宿舎の前にあるグランドで行われる。

これこそ仲良し合宿。

男女別に行われ、優勝クラスには賞状が送られることになっている。

運よく空は快晴。

予想以上な盛り上がりで、みんなワイワイと楽しそうにコートの中を走り回っている。

私と結実も
もちろん加わっていた。

しかし、3試合目を終えたとき。

「なんか、頭痛がする」

結実が頭をおさえた。

「うそ、大丈夫?」

「軽い熱中症かな」

先生に伝え、休憩室に着いて行くことに。

中に入ると、適度に調節された冷ややかな空気が体を包み込んだ。

頭に氷を当てた結実はソファーに腰掛け、

「ありがと。少し休んどくね」

「うん、じゃあね」

休憩室を出た私も、すぐ前にあるベンチに座って少し休むことに。

日蔭になっているため、涼しい風がかすめる。

No.80 09/10/14 17:17
ジュリ ( TSTfi )

かすかに聞こえる、グランドで盛り上がる音に耳を澄ませていると、
背後から足音がした。

それと共に聞こえた聞き慣れた声。

「ったく……周り見ろよ」

振り返った先にあったのは

「南津……
どーしたのそれ!?」

見慣れない、
鼻血をたらした南津の顔。

「お、朱里。おはよ」

流れる血を押さえることもせず、ほったらかしにしている。

「あ、おはよう……で、どうしたの?その鼻血」

「……ボール投げようとしたやつの肘が直撃」

「そっか……早く手当てしてきなよ」

「あぁ。じゃあな」

南津が休憩室に入り、そろそろ戻ろうと腰を浮かせた瞬間、私はまたすとんと腰掛ける。


「彰君……おはよう」


ぎこちない、と自分でも分かる声。

No.81 09/10/14 17:20
ジュリ ( TSTfi )

「おはよ……
あ……南津、来た?」

「……うん、来た。今中入っていった」

「……そうか」

呟いて、戻って行こうとする彰君の背中に、勇気を出して、声を掛けた。

「待って」

その声が届き、彰君がゆっくりと振り返る。

「……話しが、あるの」

まっすぐに彰君の目を見据え、はっきりとした声で。

しばらく固まっていた彰君の影が、少しずつ私の方へと近付く。

そして、私の隣に腰をおろした。

「あの……」

「待って」

話し出した私の声は彰君に遮られた。

No.82 09/10/15 07:38
ジュリ ( TSTfi )

「お前が聞きたいこと……分かってる。


……俺と、お前の姉ちゃんのことだよな」


それまで伏せられていた瞳が、しっかりと私の目を捕らえる。


そして―




「俺は、香里と付き合ってた」

No.83 09/10/15 16:29
ジュリ ( TSTfi )

「……いつ、知ったの?」

彰君は、前屈みになって、膝の上で両手を組む。

「はっきり分かったのは、昨日。噂してるのをたまたま聞いちゃって。

……なんかあるなって思い始めたのは……入学式」

「入学式?そんなときから?」

「あの木のとこにいたのを見たの」


彰君の目が大きく見開かれた。


「まじかよ」

「うん……」

「……恥ずい……」

苦笑いしながら首を掻く。

「彰君はいつ分かったの?……私がお姉ちゃんの妹だって。
私が名前言ったとき?」


「まぁ、確信したのはそんときだな。

でも……ほんとは、初めて会ったときから、薄々感じてた」

そうか。

私の顔を穴があくほど見てたのは、それでだったんだ。

何か言いたそうなときが何度かあったのも、そのせいかもしれない。

「びっくりしたよ。
疑ってはしてたんだけど、ほんとにそうなんだって思ったらすっげぇ動揺した。だから……逃げた」

「逃げた?」

「……バイトの面接の帰り。電話かかってきて、親父がケガしたっていうの、
あれウソ」


え……ウソ、だったの?

No.84 09/10/15 23:12
ジュリ ( TSTfi )

「ほんとは、友達からの
どーってことない電話だった。お前の名前聞いたとき、どんな顔すればいいか分からなくなって……ウソついた……。

で、それからも避けてた。わざとってわけじゃなかったんだけど、お前を目の前にしたら、
パニクッて……」



…………そりゃそうだよね。


死んじゃった元カノの妹がいきなり現れたんだもん。

動揺しない方がおかしいよね……。



静寂が続き、再び彰君が口を開きかけた瞬間、
背後から扉が開くガラガラという音が聞こえた。

結実と南津が休憩室から出てくる。

「朱里?」

「あれ、お前まだいたの。しかも彰も。
あ……もしかして、イイとこだった?」

「ちっ、ちが……」

「そんなんじゃねぇよ」


私の言葉を差し置いて、彰君がはっきりと否定した。

「ふーん……まぁいいや。戻ろうぜ、彰」

「……あぁ」

立ち上がった彰君と私の視線がぶつかる。

が、1秒にも満たずに外されてしまった。

去っていく2つの背中。

棒立ち状態の私の肩を結実が叩いた。


「私たちも戻ろ?」

「そう、だね」

No.85 09/10/16 17:09
ジュリ ( TSTfi )

グランドに戻ると、既に試合は終わっていた。

私のクラスは準優勝なのに、みんなと一緒に盛り上がることができなかった。


部屋に戻っても、一人塞ぎ込んでいた私。

そんな私に、結実は黙って傍にいてくれた。

遥ちゃんと亜希ちゃんも私の異変に気付き、
何も聞かずそっとしておいてくれた。

みんなの優しさがありがたい。


深夜、周りが寝静まった後、なかなか眠りにつけない私は何度も寝返りを繰り返す。


……これから私は、どうやって彰君に接すればいいんだろう。


お姉ちゃんの元カレ。


彰君からすれば、死んだ彼女の妹……。


気付いていた、彰君が一度も私を名前で呼んでくれなかったこと。

望月、とさえ口にしてくれなかった。


それはきっと、名前を口にしたらお姉ちゃんをより鮮明に思い出してしまうから。


彰君はお姉ちゃんを思い出すことを恐がっているんだと思う。


そしてそれは、彰君のお姉ちゃんへの思いがそれだけ強かったという証拠。


天井を見上げ、静かに息を吐き出す。


「どうしたらいいの……?」

何度も呟きながら、いつの間にか私は眠りについていた。

No.86 09/10/16 22:16
ジュリ ( TSTfi )

目覚めると、少し気分が晴れていた。

「昨日はごめん。せっかくのお泊りなのに黙り込んじゃって。でも寝たらすっきりしたから。心配かけてごめんね」

合宿最終日の今日は、朝食を食べた後身支度をしてすぐに宿舎を出る。

帰りのバスの中では、結実とのお喋りを楽しんだ。



そして、仲良し合宿が終わった数日後。


私は彰君とのことについて全てを結実に話した。

これから色々と相談にのってもらうこともあるだろうし、結実には話しておくべきだと思ったから。

私が、彰君を好きだということも。

結実は最後までずっと黙って話を聞いてくれた後、

「これからもいつでも相談のるからね」

そう言って優しく笑ってくれた。

No.87 09/10/17 23:24
ジュリ ( TSTfi )

バイト帰り、駅のホームで電車を待つ私。

今日は彰君はバイトには来てなくて、顔を合わせなくてすんだ私はほっとした。

あれから、やっぱり彰君とはぎくしゃくしたまま。

どうしようかと悩み続けている。

そんなとき、

「こんばんは」

俯いた私の前に立ったのは……

 ?

だれ?

「覚えてない、かな」

頭をかくその男をまじまじと見つめる。

「ん?……あぁっ!」

思い出した。この人、私が階段でずっこけた時に助けてくれた人だ。

「あの、この前はどうも」

「いえいえ。ここいい?」

私の隣を指指す。

「どうぞ」

そう答えると、すとんと腰を下ろした。

「バイト帰りなの?」

「はい」

ほとんど話したことないのに親しげに話しかけてくるこの人。

不思議なことに全く嫌だと感じない。

やっぱり1回助けてもらったからだろうか。

No.88 09/10/17 23:30
ジュリ ( TSTfi )

「どこでバイトしてるの?」

「スイスイです」

「あぁ、あそこか。俺もたまに行くよ……あっ!
名前聞き忘れてた、よね?俺は池田陸です。3年」

3年生……

お姉ちゃんと同じ学年。

ためらいながら私は名前を口にした。

「1年の、望月朱里です」

池田さんは少しだけ間をおいた後、

「もしかして、
望月香里の妹?」

さらっと、何のためらいもなくそう聞かれた私は、
瞬時に頷いていた。

「そうだったんだ」

「……お姉ちゃんのこと、知ってますか?」

「そりゃぁ、同期だしね。俺、クラス一緒だったし。それに……可愛かったから」

あはは、と照れて笑う池田さんはあまりにも自然にお姉ちゃんのことを話していた。

私の周りの人がお姉ちゃんのことを話すときに感じる、あからさまな遠慮が全くなくて、それが私には嬉しかった。

「よろしく」

「はい」

ホームに電車が到着した。
私が乗る各駅電車。

「じゃあね、朱里ちゃん。俺は次の快速だから」

ひらひらと手を振る池田さん。

「今度スイスイ行くよ」

私が乗り込み、扉が閉まった後も手を降り続けていた。

No.89 09/10/18 17:08
ジュリ ( TSTfi )

生徒に配布するプリントをホッチキスでとめるという仕事をするために
わざわざ残された私と南津。

今日は幸いバイトはない。
南津は隣で「だるい」
を連呼している。

「じゃあ部活行けばいいじゃん」

「行ったらひたすらランニングだからやだ」

「それが青春ってもんだ。走れ!」

「何でいきなり熱血キャラなんだよ」

ぶつくさ文句を言いながらも着々と作業は進む。

半分ほど進んだ頃。

「あ、芯無くなった」

教卓に置かれた芯を取るために席を立つ。

その瞬間

「うぎゃっ!」

机に足をひっかけぶざまに転んだ。

「いった……」

そんな私の頭上から
降ってきた声。

「おっ、
今日は自分からパンツ見せてくれちゃうんだ?
サービス精神旺盛だね」


チーン。


……さいあく……

No.90 09/10/18 17:12
ジュリ ( TSTfi )

「見せたくて見せたんじゃない!見んなバカ!」

「黄色だった」

「っ……!」

「イエロォー」

「うるさいっ……あ」

教室の入口に立つ彰君に気付き、声が漏れた。


視線がぶつかり流れる
気まずい空気。

彰君は、南津と会話することなくそのまま立ち去ってしまった。

「おい、彰?」

拍子抜けした声が背後で聞こえる。

「ったく、なんだよ……
おい、朱里」

「は、はいっ」

「声上ずらせてんじゃねえよ。早く芯取って残りやれ」

「はぁい……」

のっそりと立ち上がって芯を手に取り、作業を再開した。

「なんだよ彰のやつ。あんなことされたら気になるじゃねぇかよ」

南津の怒りが横から伝わる。

まぁ、彰君が帰っちゃったのは私のせいなんだけど。


沈黙が流れる教室でカシャン、カシャンとホッチキスの音がやたらと響いていた。

No.91 09/10/18 18:32
ジュリ ( TSTfi )

帰り道で本屋に寄った私。

参考書のコーナーで本を選んでいると、ふいに肩を叩かれた。

「こんばんは」

「あ、こんばんは」

池田さんだった。

「今日はバイト、ないんだ?」

「月水金土なんです」

「ふーん。じゃあ俺も行くときはその曜日にする」

にかっと笑う池田さんにつられて私もつい

「待ってます」

と返事してしまった。

「池田さんも、参考書買いに来たんですか?」

「まぁね。
一応、受験生だし?」

そう言って目の前の参考書を手に取り、パラパラとめくり始めた。

「あの、池田さん……」

「んー?」

「……えっと、お姉ちゃんのことで……」

池田さんの手の動きが止まった。

本から顔を上げて私を見る。

「どうしたの?何かあった?」

「いや、特に何もないんですけど……

池田さん、お姉ちゃんと同じ学年だし、
お姉ちゃんのこと聞きたいなぁと思って……」

No.92 09/10/20 13:20
ジュリ ( TSTfi )

池田さんと知り合いになってから思っていたこと。

学校でのお姉ちゃんを、
知りたい。

どんな風に高校生活を過ごしていたのかを。

「んー……難しいな」

首を傾けて考え込んでいる池田さん。

「とにかく、いつも笑ってたかな。何してても楽しそうだった」

「……そうですか」

「それと、ちょっと……

天然だったかな」


確かに。

お姉ちゃんはたまに大ボケをかましてきた。

「まぁそこがいいとこだったんだよ。ちょっとぬけてるところが可愛かった。

……なんか、こうゆうの恥ずかしいな」

池田さんの頬が微妙に赤らむ。

あぁ、池田さんって、
お姉ちゃんのこと好きだったのかな。

ふとそう思った。


「こんなのでよかった?」

「はい。
すごく嬉しかったです」

「それはよかった」


ぽん、と池田さんの手が私の頭にのっかった。

No.93 09/10/20 13:25
ジュリ ( TSTfi )

「いつでもなんでも聞いて。答えられる限り答えるから。それと……」

「それと?」

「池田さん、っていうのはなんか違和感がある。せめて、池田君かな。後輩からもそう呼ばれてたし。なんだったら陸君とかでもいいけど?」

「池田君、て呼びます」

「そっか。じゃあ、俺は今日は買わずに帰るよ」

手にしていた参考書を棚に置いて、本屋の出口へと向かっていく。

「池田君」

私の声でくるりと振り返る背中。

「なに?」

「あ……ありがとうございました」

お辞儀をした後、頭を上げると、
池田君は顔一面に柔らかな笑みを浮かべていた。

「どういたしまして。帰り道、気ぃつけて」

この前みたいにひらひらと手を振って、池田君の後ろ姿は遠ざかっていった。

No.94 09/10/20 21:10
ジュリ ( TSTfi )

「うぁ」

いつもと同じようにスイスイで働いていた私は、
もう少しであがりという時間に、開いた自動ドアから入ってきたお客様の姿に驚いた。

「いらっしゃいませ」

働きだして身につけた営業スマイル。

「なんか……不自然」

なんとも失礼な言葉を私に浴びせたこの客。

川瀬南津。

「こちらへどうぞ」

南津の言葉を無視してカウンター席へと案内する。

「せっかく来てやったのに、冷てぇな」

「仕事中なんだからしょうがないでしょ」

周りのお客様に聞こえないように小声で答える。

「今日彰もいるんだよな?」

「うん……あそこ」

彰君のいる方向を目で示す。


「彰はさまになってんだけど、お前はなぁ」


その言葉も無視。

No.95 09/10/20 21:18
ジュリ ( TSTfi )

「ご注文お決まりでしょうか」

「えっとー」

メニューを眺め

「このチョコケーキとアイスコーヒー」

「かしこまりました」


南津の元へ注文の品を運ぶとき、彰君と鉢合わせした。


「南津……来てるよ」

「あぁ、知ってる」


全く合うことのない彰君の目線は斜め下、床を眺めている。

辛くなった私は、早足で彰君の横を通り抜けた。

「お待たせしました。
ザッハトルテとアイスコーヒーです」

「うっわ、うまそぉ」

目を輝かせる南津の顔付きが瞬時に子供っぽくなる。

「ごゆっくりどうぞ」

「あ、ちょっと待って」

呼び止められ、立ち止まる。

「今日バイト、何時まで?」

「8時半までだけど」

「あと30分か。彰もか?」

「うん、一緒」

「ふーん、分かった。
サンキュ」


そこまで言うと、南津はフォークを手にしてゆっくりとケーキをすくいあげた。

もう周りは見えてないって感じ。


私は、幸せそうにケーキをほお張る南津を後にして厨房へと戻った。

No.96 09/10/21 11:14
ジュリ ( TSTfi )

バイトを終えて、
裏口から外に出る。

今日もよく働いた。

駅に向かって足を踏み出したとき、ふいに背後から手首を掴まれた。

「っ!?」

恐怖心で体がこわばる。

「俺だって」

聞き慣れた声に安心して緊張がとけた。

「南津……どうしたの?」

こんな時間にこんな所で

「いや、彰とついでにお前と帰ろうと思ってたんだけど……
彰、すっげぇ早さで帰ってった」

彰君、私を避けて……。


「そ、それじゃあ彰君と帰ればよかったんじゃないの?私と帰らずにさ」

南津は返事をせずに

「なぁ、この前彰と何喋ってたんだよ」

鋭い目線で私を捕らえた。

「……この前って?」

「合宿のとき、休憩室の前でだよ」

「あぁ……あれは……」

お姉ちゃんのことを話したときだ。

「なんかあれからお前ら変だよなぁ?ぎくしゃくしてるって言うかさ。あん時、何喋ってたんだよ」


「……あの時は……」

答えるべきか、答えないべきか。

No.97 09/10/21 11:20
ジュリ ( TSTfi )

迷っていると、南津がしびれを切らして声を荒げた。

「なんだよ、俺には言いたくないわけ。
訳分かんなくて、見ててイライラすんだよ」


その言葉で、一気に頭に血がのぼってしまった私。

「誰にだって言いたくないことぐらいあるでしょ!?触れてほしくないことがあるんだよ!分かってよっ!」

そう一気にまくし立てた。

そしてそのまま南津の顔を見ずに、背を向けて駅へと足早に歩く。

徐々に冷静さを取り戻すのとともに、
込み上げる後悔。


なんであんなに怒鳴っちゃったんだろ。


南津は、彰君と私のこと心配してくれてただけなのに。


最低だ、私……。

No.98 09/10/21 18:45
ジュリ ( TSTfi )

そのことがあってから、南津とは全く会話を交わさなくなってしまった。

たまに目が合ってもすぐに顔ごと反らされてしまう。

彰君だけじゃなく、南津とまでも気まずくなってしまった。

謝らなきゃいけないと分かってるのにそのタイミングがつかめないまま、
ずるずると後悔だけを引きずっている。


そんなある日、
朝学校にやって来た私は、グランドで陸上部員に混じってトラックを走る池田君の姿を見つけた。

池田君って陸上部だったのか。

3年生は引退したはずなのに、どうしてだろう。

と、トラックのコーナーを曲がってきた池田君が私の姿に気付いた。

汗を流しながら満面の笑みで、
周りに気付かれないように小さく手を振ってくれた。

私も同じように小さく手を振り、それに答えた。

No.99 09/10/21 20:28
ジュリ ( TSTfi )

日曜日、ファミレスで生物の提出物を一緒にしようと私から結実に持ち掛けた。

その日部活が休みだった結実は快くそれに応じてくれ、今にいたる。

私は今日、南津と彰君のことについても相談しようと思っていた。

「はぁ、疲れたぁ」

大きく反り返って伸びをした後、コーラを飲む結実。

「あのさぁ、結実」

いよいよ打ち明けようと椅子に座り直したとき。


ピリリリ、ピリリリ……


タイミング悪く、結実の携帯が震えた。

「ごめん、電話だ……
もしもし……え?……うん、分かった、ありがとう。じゃあまた後で」

パタンと音をたてて携帯が閉じられる。

「ごめん朱里!」

「どーしたの?」

「なんか、いきなりクラブやることになったみたいで……行かないといけないんだ」

壁にかけられた時計を気にする結実。

クラブなら仕方ない。

「大変だね。頑張って」

「うん……ほんとごめんね。朱里も、帰る?」

「ううん。私はまだ残ってこれ仕上げる」

「そっかぁ。朱里も頑張って。じゃあまた明日」

「うん、また明日」


相談、できなかった……。

No.100 09/10/22 17:13
ジュリ ( TSTfi )

結実が帰った後、オレンジジュース片手に奮闘するも、全然進まず頭を抱える。

「うーん……」

やばい、このままじゃ日が暮れる……。


知ってる後ろ姿を見つけたのはおかわりのオレンジジュースを入れようとドリンクバーまで行ったときだった。

細身の長身で短い髪。

「池田君?」

ぴくっと小さく反応して、首がくるりとこちらを向く。

やっぱり、池田君。

「お、朱里ちゃん」

「こんにちは」

見ると、池田君はグラスにカルピスを注いでいる。

その可愛さが意外で、見えないように私は笑った。

「一人で来たの?」

「友達と来たんですけど、帰っちゃって」

「そうなんだ……」



グラスを手に席に着戻った数分後のこと。

「ここ座ってもいい?」

顔を上げると先ほどドリンクバーで会った池田君が立っていた。

「あっちにいたんだけど、いいかな」

「いいですよ。どうぞ」

「ありがと。知り合いと待ち合わせしてて、早く来過ぎたからさ。朱里ちゃんは……学校の課題?」

「そうなんです。なかなかはかどらなくて」

苦笑いしながらジュースを口に運ぶ。


「大変だね」

「はい、すごく」

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