💀ビリケン昭和の短編小説📓
前スレ
🎈手軽に読める短編小説~に引き続き、ビリケン昭和💀の短編小説始まります🎊
笑いあり涙ありシリアスありのテンコ盛り‼貴方も是非📓短編小説の虜になって下さいね💕お便り感想もどしどしお待ちしています💦
さぁて…最初のお話は…👂✨
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>> 100
【②】~金魚姫~
🐠1🐠
『おぃ孝之ッッ、お前祭り来っとマジ祭りの雰囲気壊れっから来んなッ、絶対来んなよッッ!いいかッ?もし来たら…分かってるよなッッ!?』
孝之は同級生で自分より身体が倍ほどある沖野誠に殴られタバコ屋の角の電柱に飛ばされた!
『!ッッ、イッツ…イテテ…』
『どうなんだよッッ!?分かったのかよッッ!分かったら返事しろよッッ!』
沖野の取り巻きの有戸と小倉が情けネェ~の!と孝之を指差して嘲笑った…
『あ、あのさ沖野君…宮田町の夏祭りはぼ、僕…む、昔から毎年楽しみにしてるんだ…だから…』
『だからぁ~?』
次の瞬間沖野の重いパンチが孝之のお腹に食い込んだ!一瞬息が出来なくなった孝之はゲホゲホと咳をしてその場に蹲った…
『やべッッ!おい沖野ッッ、体育のオザケンだッ、こっち来る、逃げようぜッッ!』
見張りをしていた小倉が母校の鬼教師の見回りに気付き沖野に声をかけた…
『いいな孝之ッッ!夏祭に来たら承知しねぇかんなッッ!』
沖野達3人はそう言うと慌てて逃げて行った…
『イテテ…な…何で僕ばっか…B組の牧田だってチビじゃんかよッッ!』
孝之は痛む腹を押さえながらゆっくり立ち上がった…
>> 101
🐠2🐠
町は明日行われる夏祭の準備で慌ただしかった…帰り道すがら孝之は痛むお腹を抱えながらその光景をしばし眺めていた…孝之は2年前にこの宮田町に越して来て以来ずっとこの昔情緒ある宮田ノ森神社の夏祭に心躍らされ魅了されていた…都会育ちでは決して味わう事のない祭の姿がそこにはあったからだ…境内の軒を連ねる提灯、シャツ一枚で汗を拭きながら《ベビーカステラ》と書かれた自分の露店を組み立てる準備をしている茶髪のお兄さん、チンチキチンとはっぴ姿で決して上手いとは言えないが祭囃子の稽古をする地元自治会の幼稚園児達…どれをとっても祭好きの孝之には輝いて見えた…
(夏祭か…いいよな…けど…来てるの沖野にバレたら…ハァ~)
孝之は肩を落としながら名残惜そうに宮田ノ森神社の前を通り過ぎて行った…
『ただいま…』
『孝之ッッ!…これどういう事ッッ!?あなたまさかまた…』
孝之が家に帰ると玄関に孝之の母逸子が真っ黒な教科書片手に立っていた…
『これどういう事ッッ?お母さんに解るように説明してッッ!』
『…誤って泥の水溜まりに落としたんだ…』
『嘘おっしゃい!泥に浸かっただけでこんなに真っ黒になるはずないじゃないッッ!本当の事言いなさいッッ!』
>> 102
🐠3🐠
『お母さんッッ!いい加減僕の事はもう放っておいてよッッ!』
『これが放っておける訳ないじゃないッッ!こっちに越して来て上手くやってくれてるってお母さん今度は安心し…て…たのに…信じてたのに…ウゥ…』
母親の涙はもううんざりだ…孝之は母逸子から真っ黒な教科書を取り上げると何も言わず自分の部屋の襖を閉めた…ハァ~と深いため息をつくと孝之は机に座り頭を抱えた…耳を澄まさなくても孝之の耳には何処からともなくあの祭囃子の軽快なコンチキチンが聞こえてくる…この部屋のこの夏の瞬間が孝之は一番好きだった…しかし今年の夏はそうもいかなかった…クラスの虐めの主犯である沖野誠が虐めの標的、孝之の祭好きなのを知り執拗な嫌がらせをしていたからだ…
(時間をずらせば…イヤイヤ駄目駄目ッッ、沖野の事だからきっと子分達を見張らせて待ち構えてるに違いない…ハァ~…虐めるならもっと他の奴にしろよなッ、何で僕ばっかッッ!)
孝之はバカ、死ね!と落書きされた現国の真っ黒な教科書を思いきり壁にたたき付けた…
(ハァ~…夏祭りのない夏休み…カァ~…)
扇風機の生温い風が孝之の汗まみれの首筋を優しく撫でた…
>> 100
🍵🍘
ゆうママ様💕
バトー様💕
アル様💕
🐯ちゃま💕
そして数少ない全国のビリケンファンの皆様こんにちは💀✌暑中お見舞い申し上げます🎐毎日…
ビリケン㍼💀さん、暑中お見舞い申し上げます🍧
いや~ッ💦
この暑さにもメゲずビリケン💀さんの怒涛のレスラッシュ📱🔥🔥🔥👈💨には驚きです💦
😲ヌオッ
escapeーgame②が最終章までいったので一気に読ませて貰いました😚💦
感想はハラハラドキドキ😨💓の展開が続き、💈の✂👨お客さんをほったらかして📱👀読破しました
グハッ😂🔥👊😠客ナメルナ💢
でも、それくらい目が離せないダイハードみたいな展開は流石はビリケン💀さんハイクオリティ☝😚
あっ、夏バテにウナギを…
ウッ…資金無いけんうちの庭におるカラスヘビで我慢して下さい😚宅配で送っときます🚚💨
草場の陰から応援してるアル🍺より😜
>> 104
🐠4🐠
《金魚の茂兄さん》から孝之に夏祭りの露店を組み立てるのを手伝ってくれないかと電話があったのはその日の夜遅くの事だった…孝之は一瞬沖野の祭りに来るな!の言葉に躊躇したがよくよく考えれば祭り本番は明日だし露店の準備を手伝う事自体は祭りに参加している事にはならないだろうと孝之が勝手に判断し、茂兄さんの準備を手伝う事にした…《金魚の茂兄さん》とは2年前のこの夏祭りの時に知り合いになったテキ屋の優しい片腕の青年だった…昔は鉄工所で働いていたらしいのだが左腕を鉄工の裁断械に挟まれるという大事故に遭い今は金魚掬いの露店で県各地を回り、ちょうど宮田町のこの夏祭りの時期になるとこうして孝之に電話がかかって来るのだ…孝之は母に散歩に行くとだけ告げ駆け足で宮田ノ森神社の境内に向かった…
『よぉ孝之ッッ、久しぶりッッ!』
群上茂樹は真っ黒に日焼けした顔で孝之を迎えてくれた…
『茂兄ッ!お久しぶり~ッッ!』
孝之は満面の笑顔で茂樹に手を振った…
『この棒立ててくれッ、んでから悪いけどトラックから金魚の水槽運び出してくんねぇか?』
挨拶もそこそこに茂樹は孝之にあれこれと露店組み立ての指示を出した…孝之も喜んで手伝った…
>> 105
🐠5🐠
1時間余りで何とか金魚掬いの露店が組み立て終わった…
『悪かったな孝之…ほれ、お駄賃!』
茂樹はいつものように恒例の手伝いのお礼になった焼きトウモロコシを孝之に手渡した…
『ありがとう…』
照れ臭そうに孝之は焼きトウモロコシを受け取ると顔に纏わり付く蚊を払いのけた…
『髪伸ばしたんだね…何かホステスみたい…』
『それを言うならホストだろッッ!どうだ、学校は…?』
『………』
茂樹は孝之の顔色を見ると空に向かって軽くため息をついた…
『…なるほど~…』
茂樹は全てを悟ったようにゆっくり立ち上がると明日の祭り本番で使う大量の金魚をスチロールから取り出した…
『いつも思うんだけど…そんな容器に大量の金魚が入ってて…よく死なないよね…』
『定期的酸素入れてっからな…それに案外生命力あんだぜコイツらって…元々金魚ってのは観賞用に人間が作り出した新種の魚なんだから…』
『へぇ~…知らなかった!そうなんだ…』
境内では明日披露するらしい青年団の祭太鼓のリハーサルが威勢よく行われていた…孝之はそれをまるでまだ見ぬ恋人を見るかのように怨めしそうに眺めていた…
『ア~ア…祭り…参加したいなァ~』
『!ッッ…何だ孝之…祭りに来ねぇのか?』
>> 106
🐠6🐠
『何か去年よりエスカレートしてねっか?虐め…あ、悪りい孝之、そこの蛍光灯の明かり付けてくんない?』
茂樹は酸素ポンプの微調整をしながらうなだれる孝之に言葉をかけた…
『教科書に落書きされたり体操着隠されたりすんのはまだ我慢出来るよッ…けど年に一度のこの宮田ノ森神社の夏祭りに来るなって言われたら…僕に死ねって言ってるようなもんだよッッ!』
『…孝之ッ、お前怒る所違うってそれ…』
茂樹は笑いながら右腕だけで器用に仕事の準備を進めていく…
『けどまぁ安心した…自殺しかねねぇくれぇ落ち込んでたら俺どんな言葉かけてやっていいか解んないもんなッッ…』
年期の入った白い金魚掬い用の水槽に一斉に綺麗な金魚が放たれた…孝之はいつもこの瞬間が大好きだった…まるで白い布の上に一斉にちりばめられる宝石のように金魚達はその尻尾を元気よくばたつかせ水槽の中を縦横無尽に泳いでいた…
『ん?…これって…』
孝之は水槽の中のある一匹の金魚に目がいった…
『変わった色だろ?それ虹色の出目金…郡山から金魚買い付けた時に紛れ込んでた…』
その出目金の余りの色鮮やかさに孝之は一瞬我を忘れてじっと見とれていた…
>> 107
🐠7🐠
『じゃぁそろそろ僕…』
30分程他愛もない世間話をした後、孝之は茂樹に帰ると告げた…
『明日来いよッッ!祭…』
『……うん』
孝之の心のない頼りない返事が茂樹に返って来た…
『虐めっ子なんて気にすんなよッッ!』
『茂兄やっつけてくれる?』
『自分の事くれぇ自分で解決しなッッ!人を頼ると自分を信じれなくなる…』
茂樹の重みのある言葉が孝之の胸に刺さった…
『ほらッッ…』
『……ん?な、何?』
茂樹は掬い網で金魚を二匹掬いあげると孝之にやると告げた…
『俺にはこんくらいしかしてやれねぇけど…明日来るなら顔見せてくれよッッ、可愛い彼女と待ってっからッッ!』
『い、いないよ彼女なんてッッ!』
予想通りの孝之の返答に茂樹はケラケラと笑った…
『ねぇ茂兄どうせならこの虹色の出目金くんない?何か凄く綺麗で気に入ったんだ…駄目かな?』
暫く考えた後茂樹はいいよと掬い孝之に袋を手渡した…
『ウチのマスコットなんだけど…孝之の頼みとあっちゃぁ断れねぇな…ハハハ、大切にしてやってくれなッッ!あ、それと一つ注意なんだけど…』
茂樹の言葉の結末を最後まで聞かないまま孝之はありがとう!と手を振り家に帰って行った…
『ハァ…ま、いっか!…』
>> 108
🐠8🐠
孝之は家に帰ると玄関先で物置から引っ張り出して来た小さな金魚鉢に汲み置き水を入れるとその虹色の出目金をそっと中に放した…
『ホンット見れば見る程綺麗な色してっなぁ~』
別に特別魚好きで魚の事に詳しい訳ではない孝之だったが誰が見てもおそらく思わず見入る程その出目金はキラキラと七色の光を放っていた…
『けどどうしよ…ウチ、猫飼ってるし…家ん中入れてたらアイツにパクッといかれそうだよな…お母さんも反対するだろし…よしッッ!』
孝之は虹色の出目金が入った金魚鉢を物置の風通しのよい場所に隠すと携帯用の酸素ポンプを入れてそこで内緒でそれを飼う事にした…
『え~と、後は餌なんだけど…金魚の餌なんて家にはないよな…金魚って専用の餌以外に何を食べんだろ…?』
暫く考えた後孝之は昔近所のおやじが飼っていた金魚にパンくずを入れているのを思い出した…
『パンだよな…パンパン…』
孝之は台所にあった食パンの耳を少しちぎると金魚鉢の中にポトンと落とした…フワフワとほぐれてゆくパンの身を待ってましたと言わんばかり虹色の出目金はフラフラと近寄ってきて大きな口を開いてパクッと食べた…
>> 109
🐠9🐠
『孝之起きなッッ、起きなってさッッ!』
夏休みなので目覚まし時計はかけた覚えはなかった…案の定その声の主は孝之の母逸子だった…
『ンダヨォ~!夏休みなんだからこんなに早くに起こさないでよッッ!』
目やにだらけの開かない目を擦りながら孝之は仕方なく布団から起き上がった…
『アンタにお客さんだよッッ!』
『え?…こんな朝早くからぁ?誰ッ?…ま、まさか…沖野ッッ!?』
孝之の脳が一瞬で覚醒した…
『い、居ないって言ってッッ!長い旅に出たってッッ!』
孝之は沖野達が今日の祭りの件でまた来るなよ!と念を押しに来たのだと思い再び布団を被った…
『何馬鹿な事言ってるのッッ!早く出なさいよッ、お客さんは女の子よッッ、』
『…おん…女の子ぉ?へ?』
孝之は布団からヒョコと顔を出し首を傾げた…何故なら元来照れ屋で引っ込み思案でオクテの孝之には親しい女友達等居一人もなかったからだ…とりあえず急いで服に着替え孝之は恐る恐る女の子の客が待つ玄関先に向かった…
『は…はい?ど、どな…』
頼りない声で孝之は玄関の引き戸をゆっくり開いた…
『………何だよ、誰もいないじゃ…』
『ウッワッッッッ!』
突然孝之の真横から女の子が飛び出した!
>> 110
🐠10🐠
孝之は余りの驚きに腰を抜かしてそのまま石畳の通路に尻餅をついた!
『キャハハハ、ビビッた?ビビッたやろ?キャハハハ!』
何が起きたのか孝之にはその時全く理解出来なかった…ただどこの誰だか解らない女の子にいきなり嚇かされて死ぬ程驚いた事だけは理解出来た…
『な、な、何なのいきなりッッ!?ハアッ、ハアッ…だ、だ、誰!?』
孝之は魚のように目を見開いて嚇かされた女の子の方を初めて見た…
『コラッ!アンタな、金魚の飼い方知ってんのんか!?あんな金魚鉢に携帯用酸素ポンプだけやったら全然酸素吸われへんねんッッ!おまけにこぉ~んな朝のきっッッッつい直射日光が当たる物置に置いてからにッ…これじゃ2時間もせんうちに全身干からびるやんかッッ!金魚は繊細なんやでッッ!緑カメと一緒にせんといてやッッ!』
孝之は少女の言葉にただただ圧倒されていた…
『あ…あの…君…誰?』
少女は腰を抜かした孝之の手をそっと握るとゆっくり孝之に手を貸し立たせた…
『…で…誰?…ウチの高校?』
『ハァ~…まだ解らんのッッ?ホレホレ…』
少女は孝之にさす指の先を見ろと言った…その指の先にはあの虹色出目金がいたはずの金魚鉢だけがあった…
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🐠11🐠
『!ッッ、大変ッッ、出目金が…あの虹色の出目金がいないッッッ!』
孝之は驚いて金魚鉢の辺りを探したが出目金の姿はもう何処にもなかった…
『あァ…やられた…猫だ…野良猫にヤラれたんだ…チキショ!きちんと蓋をしとくんだった…』
孝之はせっかく貰った貴重な出目金を失い肩を落とした…
『あのな、なまじ蓋なんかしたってアカンアカン…アイツら図体デカい割に何でも器用やからな、金魚なんて前脚で掬うていとも簡単にパクリ!や…昨日の晩もそれで2回死にそうになった…まぁウチ運動神経いいから助かったけどな…キャハハハ!』
孝之は訳の解らない事を話すその少女の事が気味悪くなりそのまま黙って家の中に入ろうとした…
『ち、ちょっと待ちぃなッッ!人間にしといてそらないやろッッ!無責任なッッ!』
『はぁ?…君さっきから何言ってるの?いきなり見ず知らずの家に押しかけて来て意味の解らない話ばかり…』
少女はクルリと眼の球を空で回すとため息をつきながら空になった金魚鉢を抱えて孝之の目の前に立った…
『君に問題ッッ!今朝金魚鉢の出目金がいなくなった、と同時にハイ、このかわいらしい私が突然現れた!つまりこれどういう事?ハイ答えて!』
『…へ?…な、何?』
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『はい、答えてッッ!』
『…てゆうか自分から可愛いって普通言わ…』
『!ッッ、答えろっちゅうてるやろがッッ!』
少女はコテコテの関西弁で掴みかからん勢いで孝之に迫った…
『あ、ハイハイ…つ、つまり…猫に食べられたんじゃなきゃ考えられるのはただ一つ、君があの虹色の出目金を盗んだとしか考えられない…カナ?』
『ほぉ~なるほどそう来るか?今までの話の流れからそう来たかッッ!?ブゥ~ッッ、不正解ッッ!正解は…ッッ』
『ちょっと孝之ッ、そんな玄関で立ち話してないでウチにでも上がってもらったら?ねェ~グフフ』
満面の笑顔の母逸子がいつの間にか話に割り込んできた…あの笑顔はまさかオクテのウチの息子がガールフレンドなんて!と内心小躍りしている笑いに違いない…孝之にはそう見て取れた…
『じゃあ遠慮なく…』
『あッッ、ち、ちょっとッッ!ンモォ~ッッ、訳解んないよッッ!』
孝之は遠慮のかけらもなく家に上がる少女の後を追うように家の中に入った…
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『美味しいわ~この西瓜ッ!これおそらく熊本産やでッッ!』
少女は孝之の母逸子が切って持って来た西瓜を半分程ペロリと平らげた…
『で…あのぅ…僕に何の用なの?』
客間のテーブルに少女と対面に座ると孝之は頬杖をつきながら言葉を発した…確かに自分で照れもなく公言するはず、その少女は孝之が今までに見た事ないくらいに綺麗な女の子だった…切れ長の瞳に口元のホクロ…可愛いというより少し大人びた雰囲気が正に綺麗という言葉に相応しい…
『あのさ…何処かで会った事ある?』
『言うてもどうせ信じへんのやろ?ならいいッッ!』
少女は机の自分が散らかした西瓜の種をきれいにフキンで拭った…
『イトコかと思ったけど…僕関西に親戚居ないしナァ…何処から来たの?』
『奈良の郡山…』
『あぁ…あの金魚養殖日本一の…』
『そやッさすがよう知ってるやん!私達の聖地やッッ!キャハハハ…』
ハァ~…この子はどうしても金魚に話を繋げたいらしい…孝之は頭をかいた…
『まさか…君があの出目金…ッて訳ないよね…ウン、ないない…ハハハ、有り得ない…ゴメン、つまらない事言っ…』
『………』
部屋に静寂が走った…
『ままままさかッッ…うう嘘だろッッ!?』
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『し、まだ信じられないんだけど…つ、つまり君は元々人間の女の子で2年前のある朝起きると突然何か不思議な力であの虹色の出目金になってしまってた…そう言う事?』
『…そんなうたぐり深い目で見るなら信じてくれんでもええけど…ま、大体そんなとこや!』
孝之は母逸子のにやけ顔を横目に自分の部屋に少女を隠すように入れると半信半疑で少女の話を聞いていた…
『じゃあ今回どういう訳でまた人間の姿になっちゃったのさ?』
『アンタがくれた餌や…ウチ、金魚の餌以外の餌食べたら一時的に人間の姿に戻る事出来るんやッッ!丸一日だけやけどな…』
『丸一日だけって…じゃぁ丸一日経てばまたあの出目金に戻っちゃうの?』
『そや…今日の夜のちょうど午前零時がリミットや!どや?何か白雪姫みたいで神秘的やろッッ?』
『それを言うならシンデレラだろッッ!』
孝之は少女の話を聞いて次第にその話を信じるようになっていた…
『でも元々人間だったんだろ?元に戻る方法あるはずじゃ…』
『色々試したけどアカンかった…どんな事しても必ず丸一日で出目金の姿になってまうんや…ほんま不憫な身体やで…』
少女は俯きがちでその時初めて悲しそうな表情になった…
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『まだ頭ん中こんがらがってよく理解出来ないんだけど…あれだよアレ、ぼ、僕なんかで何か役に立つ事あるなら…そのぅ…』
『サンキュ…今までのご主人さんもそないゆうて必死に助けてくれた人居てたけどやっぱり何しても無理やったから…』
少女は孝之の机に腰掛けながら優しい笑顔を見せた…
(やばい…本当に可愛い…関西弁で派手に喋らなければ!という注釈は付くけど…)
『けど一つだけ…アンタにウチの我が儘聞いて貰おうかな…』
少女は窓の外の蝉の泣き声を聞きながらふと呟いた…
『う、あぁ…僕に出来る事なら何でも…金魚鉢を直射日光に当てたお詫びがてら…ハハハ』
『今日ウチと一緒に宮田ノ森神社の夏祭りに行ってくれへん?』
『……え……』
孝之の顔が一気に曇った…
『今日の夏祭りでウチどうしてもやらなアカン大事な事あるねん…一緒に行ってくれるやんな?』
『わ、悪いけど…それだけは無理…君一人で行ってよ…他の事なら何でも…』
少女は机から降りて孝之を見つめた…
『何で?何でなん?夏祭り位一緒に行ってくれたって…』
『無理だって言ってるだろッッッ!そんなに行きたきゃ一人で行きゃいいだろッッ!』
孝之は少女を一瞬睨みつけ蹲った…
>> 116
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よほど居心地がよかったのか昼前になっても少女は孝之の部屋から動こうとはしなかった…
『お昼は冷し中華でいいわよね?』
冷蔵庫のお茶を飲みに来た孝之に母逸子はエンド豆を剥きながらにやけ顔で孝之を見た…
『ごめんね…ハハハ、何か帰ろうとしなくて…』
『いいのいいのッッ!スッゴイ美人じゃないの、孝之には勿体ない位だよッ!けどまぁお母さんも貴方の母親としてきちんとした対応を…』
『訳解らない事言わないでよッッ、ただの金ぎ…あ、いや友達だよッッ!』
孝之は麦茶のコップをお盆に乗せた…
『まさかあなた…部屋で彼女と……イヤイヤ大丈夫ッッ…ウチの孝之に限ってそんな大胆な事…』
『はぁ?何考えてるのお母さんッッ!?』
逸子の妄想に付き合いきれないとばかりに孝之は白けた顔付きで二階の部屋に上がった…
『ウチのお袋が昼飯食ってかない…か…っ』
部屋に入ると少女が孝之の真っ黒な落書きだらけの教科書を持って立っていた…
『!ッッ、な、何すんだよ人の物にッッ!勝手に触るなよッッ!』
孝之は慌てて教科書を取り上げた!
『アンタ…虐められてんのか…』
少女はまるで獲物を狙う蛇のように俯き加減でじっと孝之の顔を見ていた…
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🐠17🐠
『ハハァ~ン…虐められてる事と夏祭りに行かん事がどっかで繋がってるんやな?そやろ?さしずめ虐めっ子に今日の夏祭りに来たら承知せんぞッッ!…とか言われて怖うてよう行かん…当たりやろ?』
何て勘の鋭い女の子だろう…孝之は心の中を見透かされたようで恥ずかしげに視線を反らした…
『虐めっ子なんか気にせんと堂々と祭りくらい行ったらええねんッ…そうやってウジウジしてるからまた面白がって虐めよるんとちゃうか?』
『き、君には解らないよ…虐められる者の気持ちなんて…』
『全然解らん…ウチ羨ましいがられる事あっても虐められる事なんて今まで一度もなかったな、キャハハハ…何せ金魚界でも押しも押されぬ永遠のアイドルやったから…』
孝之は真っ黒な教科書を恥ずかしそうに引き出しに隠すとゴロッと床に寝転がった…
『アイツらの言う事聞かないと高校生活普通に送れないんだよッッ…』
『オイオイおにいさん、言っとくけど今の状況もかなり普通やないで…アンタが変わらんかったら何も変わらんのとちゃうか?』
虐められた経験もないくせに偉そうな事言うな!孝之は心の中でそう呟くとコップの麦茶を一気に喉にほうり込んだ…
>> 118
🐠18🐠
『せっかく人間に戻れたんだから僕なんかよりカッコイイ男子と行けば?ほら、C組の原田なんてどう?アイツ将来俳優志望で女子から超モテモテ…っうか原田ってハハハ、君知らないか…』
『あのな、ウチはアンタと行きたいねんッッ!アンタと行かなアカン理由があるねん…ところで今更やけどアンタ名前何てゆうの?』
『孝之…栂野孝之…君は?』
『らん…仙道らん…金魚になってる時は皆から《姫》って呼ばれてるッ、ほらウチってメチャ可愛いしどこか高貴な雰囲気あるやろ?』
『ハァ~…高貴ねぇ…』
孝之はいつまで居座る気だろうと少しずつ《らん》の事が迷惑になって来た…
『とにかく君…《らん》さんとは夏祭りは行かないからッ…そろそろ帰ってくれるかな?』
『どうしても?』
『うん…どうしてもッッ!』
『……そッッ!』
仙道らんは孝之の顔を一度見ると悲しそうな目をしてお邪魔しましたと告げ部屋を出て行った…階段でお盆に冷し中華を乗せて孝之の部屋に運ぼうとしていた逸子とすれ違い様軽く一礼すると仙道らんという少女は玄関を出て行った…
『あ…ひ、冷し中華は?…食べないの?』
キョトンとした顔付きの母逸子の言葉を無視するように孝之はそのまま部屋の扉を閉めた…
>> 119
🐠19🐠
日が西に沈み出し、心なしか暑さも和らいで来た…孝之の2階の窓から見える宮田ノ森神社の大楠がザワザワと葉を鳴らした…カランカランと下駄を鳴らし浴衣を着た近所の子供達が待ちに待った夏祭りにはしゃぎながら神社の方に歩いてゆく…
(ハァ~…)
窓のサンに肘を付き孝之は一人ため息をついた…出来る事なら今すぐにでもあの大楠の麓で盛大に行われようとしている夏祭りに馳せ参じて行きたい…でも行けばきっとあの沖野達がでぐすね引いて待ち構えてるに違いない…そう思うと孝之の心は恐怖感に苛まれた…
(行ったらまたどんな酷い虐めを受けるかも解らない…諦めろ孝之ッッ!祭りなんて無い物だと思えッ、思えッッ!)
孝之は自分の頭を何度もポカポカと叩いた…
『孝之ぃ~ッッ!お客さん~!』
下から母逸子の声がした…きっと何の事情も知らない孝之のクラスの友達の親しい何人かが祭りの誘いに来たのだと孝之は思った…
『お母さん悪いッ、僕行かないから、信一達にそう言ってッッ!』
階段の手摺りから孝之は母逸子に小声で居留守を使えと指示した…
『信ちゃんじゃないわよッッ、ほら、今朝のあのベッピンさんッッ!』
『!ッッ、な、何だってぇッッ?』
>> 120
🐠20🐠
『ジャァ~ンッッ!似合うぅ?孝ぴ~ッッ!』
孝之が玄関に出ると真っ赤な浴衣を着たあの《仙道らん》が立っていた…
『ジャァ~ン…て…な、何の用?てゆっか何処から手に入れたのさその浴衣ッッ!』
真っ赤な生地に色とりどりの金魚の日本絵画柄の入った浴衣を着た仙道らんは長かった髪の毛を簪でくくりピンクのお洒落なリップを付けていた…
『!ッッ、あッ、今孝ぴ~《ウワァ~ッ…この子浴衣着たらもっと可愛くなるナァ~》なぁ~んて思っとったやろッッ!?な?』
『あのさ…何処まで自信過剰なの君って…ハァ~…』
孝之は肩を落としため息をついた…
『ほな行こか…大丈夫ッッ、心配せんでも身長合わせるようにウチちゃんと丈の低い下駄履いてきてあげたからッッ!』
『んな心配してないってのッッ…さっきも言ったけど僕は夏祭りには行かな…』
次の瞬間仙道らんの腕が孝之の右腕に絡まった!
(あ……ッッ、)
『ほら、男ならグダグダ言わんと女の子をエスコートするッッッ!行くでッッ、フフフ…』
仙道らんは孝之を玄関口から引っ張り出すとそのまま夕暮れの道を神社に向かって強引に歩き出した…
『!ち、ちょっとぉッッ!』
>> 121
🐠21🐠
『ウワァ~、結構賑わってるやんッッ!何かワクワクすんねッッ!』
『…この辺りの夏祭りの中でも規模は大きい方かな…』
『ヘェ~何や孝ぴ~ったら祭りオタクみたいな事ゆうてからにッッ!キャハハハ!』
(な、何なんだよ祭りオタクってッッ!)
神社へ向かう長い石畳の参道には無数の露店や出店が所狭しと軒を連ねていた…
『あ、あの…も、もういいよねッッ?後ここ真っ直ぐ行ったら境内だから…じゃ僕はこれで…』
孝之は腕を振りほどき帰ろうとしたが仙道らんは孝之の右腕にがっつりしがみついて離さなかった…
『ッッ、たく何で僕にそこまで付き纏うのさッッ!祭り行きたきゃ一人で行きなよッッ!』
『ち、ちょっとあのな、こぉぉ~んなにボンキュボンのキュートな彼女に腕組まれて孝ぴ~嬉しないんッ?ほら周りの視線釘付けやんッッ!ゆうとくけどウチかてめったやたらにこんな事せぇへんねんでッッ!』
(てゆっかこんな女の子と腕組んでる所沖野達に見られでもしたらそれこそエライ事になるってッッ!やばいったらッッ!)
辺りをキョロキョロしながら孝之は周りの視線よりもおそらく確実にこの夏祭りに来ているであろう虐めっ子の沖野達の視線の方が何倍も気になっていた…
>> 122
🐠22🐠
考えてみるとこんなハチャメチャな状況であれ孝之がこうして女性とまるで恋人のように腕を組んで歩く事なんて生まれて初めての経験だった…
『なぁ見て見てッッ!ピザの露店なんかあるでッッ!何か夏祭りの露店も様変わりしてきたなぁ…』
『孝ぴ~ミルク煎餅食べへん?当たりが出たら10枚乗せやで10枚乗せッッ!キャハハハ!』
孝之は隣にいる仙道らんの顔を見た…仙道らんはウチワを仰ぎながら満面の笑顔で夏祭りを心から満喫しているようだった…
(てゆーか僕なんかと居て本当に楽しいのかな?…ハァ~)
時折仙道らんの仰ぐウチワから来る爽やかな彼女の香水の香りに孝之はドキッとした…
(普通ならこれが…付き合ってる恋人同士の姿…て事になるのかな?)
孝之は急に今の自分がコッ恥ずかしくなって立ち止まってしまった…
『ん?どうしたん?…境内入ろうなッッ…』
『…どうして!?』
『…何が?』
『どうして今晩零時になったらまた金魚に戻るってのに…どうしてそんなに笑顔でいられるの?』
孝之は仙道らんの腕を振りほどいた…
『……何でって…ウチ…』
『金魚っての嘘なんだろ?誰の差し金?まさか沖野達に頼まれて僕を騙してるとか…』
境内で太鼓の演技が始まった…
>> 123
🐠23🐠
『ち、ちょっと待ってぇな、ウチは…』
『何かおかしいとは思ってたんだ…沖野達が夏祭りに来るなって脅した日に図ったように君が現れてこんな僕に近寄って来て一緒に祭りに行こうって…ねぇ言って?結局僕をどうしたいのさッッ!?二人でいる時に沖野達が現れて僕を嘲笑うつもり?それとも《俺の彼女に何してんだッ!》とか何とか因縁付けて皆で僕を殴りつけるつもりッッ!?随分酷い計画だよねッッ!!』
孝之は思わず声をあらげた!
『な、何訳解らん事ゆうてんのッッ!?ウチが何でそんな事ッッ…孝ぴ~こそそんな酷い事考えてたんッッ!…し、信じられへんッッ、孝ぴ~がそんな事言うなんてウチ…ウチ夢にも思わんかった…酷いッ!結局私の真実何にも、これぽっちも信じてくれてへんかった…そういう事やんなッッ!?』
仙道らんの目から涙が滝のように溢れ出した…突然の言い争いに周りの祭り客達が何だ何だ!と二人の回りに集まって来た…
『大体信じろって方が可笑しいよッッ!金魚のお姫様だって?ハハハ、嘘付くならもっとマシな嘘付きなよッッ!』
『ひ…酷いッッ…酷いわ孝ぴ~…孝ぴ~ならきっと…きっと大丈夫やと思てたのにッッ…!』
仙道らんは顔を覆いながら孝之から去って行った…
>> 124
🐠24🐠
(チキショ、皆で寄ってたかって…チキショ、チキショッッ!ふざけんなッッ!)
怒りが納まらない孝之の足は何故か家路に向かず真っ直ぐ境内の一番外れにあるあの金魚救いの露店に向いていた…
『おおっッッ!孝之ッッ、来たのかッッ待っ…!』
茂樹が次の言葉を発する間もなく孝之が不機嫌そうに茂樹の横にドカッと座った!
『茂兄ッッ、何か手伝う事ないッッ!?バイト代なんて要らないからッッ!』
『オイオイ…何ヤケッパチになってんだよッッ!落ち着けよ、何があったんだ?お前いいのか?虐めっ子に出会ったら…』
浴衣を着た幼稚園位のウルトラマンのお面をつけたお客さんの男の子達が救い網を片手に持ったまま、どちたの?と心配そうに孝之を見ていた…
『まいいや!後でゆっくり話聞いてやっからちょっと待てッッ!見ての通り今稼ぎ時なんだッ、はいお嬢ちゃん一回ね、300円…はいアリガトね!あ、もうそれ破れてるよッッ!』
孝之はいらっしゃい~!と突然デカイ声を張り上げ客寄せをしだした…
『さぁらっしゃいらっしゃい金魚救いダヨ~安いよ安いヨォ~ッッ!』
『コラ孝之ッッ、スーパーの特売日じゃねぇんだぞッッ!』
茂樹は呆れ顔で苦笑いした…
>> 125
🐠25🐠
『なるほど…で、孝之は腹が立ってその女の子と別れて来たって訳だ…』
お客が途切れ、仕事が一段落した時茂樹は孝之から事の一部始終を聞かされた…
『真に受けて少しでも信じた僕が馬鹿だったよッ、大体あんなモデルみたいな可愛い女子高生がチビで頭の悪い僕なんかに言い寄る事なんて有り得ないんだ…ホント馬鹿だ…』
『けど…その子が孝之の前に現れた時…俺があげたあの金魚はもう居なかったんだろ?』
茂樹は遠くを見つめながら目を細くして煙草を吹かした…
『…その子の言う事…本当なんじゃないのか?』
『……まさか…僕を騙す為にどこかに隠したに決まってるよ…』
『あのな孝之…世の中にゃぁ現代科学じゃ説明つかない事いっぱいあんだぞ!?妖怪とかUFOとか…』
『けど時間が経てば金魚に変わる女の子なんて聞いた事もないし僕には絶対に信じられないよッッ!』
『そっか…信じらんねぇか…だよな…』
茂樹は足で煙草を消しゆっくり立ち上がると片腕で背伸びをした…
『見える物だけしか見ないと終いにゃ何も見えなくなるぞッッ…あ、ちょっとトイレ…店番頼むなッ!』
意味深な言葉を残し茂樹は境内に備わってある簡易トイレに走った…
>> 126
🐠26🐠
神社の特設ステージでは青年団の和太鼓の豪快な演技が終わり《市民のど自慢大会》が始まっていた…
『トイレ長いナァ~茂兄…ウンコかな…』
孝之は途中何人か訪れたお客の相手をしながら茂樹の帰りを待っていた…
(……あッッ!)
お客の救い残したお椀の金魚を水槽に放した瞬間、孝之は思わず声を上げた…孝之の視線の先に居たのはあの沖野達だったからだ!
(や、やっぱり来てたッッ!ま、まずいッッ!)
孝之は咄嗟に水槽の陰に顔を埋めた…
(ん?…何してんだろ…)
孝之は沖野達の雰囲気が気に掛かった…どうやら沖野、有戸、小倉の3人はヘラヘラと笑みを浮かべながら誰かの後を尾行しているようだった…もしかして僕が見つからないので仕方なく他に虐める標的を物色してるんだ!孝之はそう感じた…血眼になって自分を捜してると思っていた孝之にとっては一先ず胸を撫で下ろした…
(!ッッ…え…う、嘘…)
沖野達の視線の先をゆっくり追った時、孝之はまた驚きの余り声が出た!
(あ、あれは…仙道らんッッ!やっぱりグルだったのかッ?)
沖野達の視線の先にはあの真っ赤な浴衣姿の仙道らんの姿があった!孝之は何故か無意識のうちに沖野達を尾行していた…
>> 127
🐠27🐠
露店の外れに差し掛かる時、後をつけていた沖野達が仙道らんに話し掛けた…孝之は木の陰に身を潜めながらじっと沖野達の行動を観察していた…
(ほら見ろッ!やっぱり僕の予想通りだ…僕を誘い出す作戦に失敗して皆で意気消沈反省会議か?ハハハ、ざまあ見ろッッ!)
孝之は舌を出してアカンベーをした…
(……ん?)
暫くその様子を見ていた孝之が思わず不思議に思った…なぜなら仲間のはずのあの仙道らんが沖野達に怒鳴り声を上げて掴まれた腕を必死に振りほどこうとしている…作戦に失敗して沖野が仙道らんに怒っているのか…いや違う!あれは顔見知りの人が見せる顔ではない…それも執拗な拒絶…孝之はその時ハッと感じた!次の瞬間仙道らんの身体は沖野達に持ち上げられそのまま彼女の悲鳴と一緒に横の古いお堂の茂みに強引に吸い込まれて行った!
(た、大変だッッ!彼女は沖野達とは関係なかったんだッッ!どうしよう…アァ、茂兄応援に呼びに行ってる暇なんてないし…どうすればッッ!アァ!)
その時孝之の耳にはっきり仙道らんの声が聞こえた!
『たッ、誰か助けてェッッッ!』
>> 128
🐠28🐠
(どうしようッッ、…アァ、どうすればッッ!)
孝之はその場で迷い犬のようにうろたえた…もし仙道らんが沖野達と全く無関係ならば大変な事になるッ、孝之はふと思った…もしあのまま彼女と二人で居てたら、喧嘩して別れてなきゃ万に一つの確率でも彼女を沖野達から守れたかもしれない…こうなったのはもしかして自分のせいなのではなかろうか…胸一杯の後悔の念と懺悔心が孝之の心を泥臭く支配していた…
(とにかく何とかしなきゃッッ!)
孝之は辺りに祭警備の警察官がいないか見回したが間の悪い事に辺りには孝之以外誰一人として人が居なかった…
(僕が…行く?イヤイヤとんでもない何考えてんだ馬鹿ッッ、僕が助けに出て行ったら沖野達また余計な事するな!って僕に今まで以上にもっと酷い仕打ちをするに違いないッッ…そう、そうだよ…関係ないさ…今日逢ったばかりの女の子の事なんて…そうさ、僕には関係ないッッ!)
孝之は唇を噛み締めながら踵を返しその場から去ろうと歩き出した…
(関係ない…僕には関係ないッッ!)
耳を塞げば塞ぐ程どういう訳か彼女の助けを求める声が聞こえてくるような気がした…
(……ッッ、ち…チキショッッ!どうなっても知らないぞッッ!)
>> 129
🐠29🐠
その時孝之の中で何が起きたのか孝之本人にすら解らなかった…気がつくと孝之は再び踵を返し、さっき仙道らんが沖野達に連れ去られたお堂の方に向かって走り出していた…
(チキショッ、ぼ、僕何してんだよッッ!沖野達に殺されるヨッ!)
それでも孝之の足は真っ直ぐ仙道らんの方に向いていた…彼女の悲しむ顔は見たくないッ、馬鹿言って笑顔を絶やさないあの仙道らんの顔だけが孝之の胸を支配していた…お堂の辺りは人気もなく真っ暗な闇と静寂だけが漂っていた…
(ど、どこだッッ…何処なんだらんちゃんッ!)
孝之は背丈程伸びた草を掻き分けながら必死に仙道らんの姿を捜した…
(!ッッ、い、居たッッッッ!)
その瞬間孝之が見た光景は目を疑うものだった!有戸と小倉が仙道らんの手足を押さえつけ、その上に馬乗りになるようにあの沖野誠が仙道らんに乗りかかっていたのだ!
(!ッ、う…嘘だろッッ!)
孝之は思わず大木の陰に身を潜めて様子を伺っていた…
『やッ、やめろッ、あ、アンタ何しようとしてんのか分かってんのッッ!?』
『おい小倉ッッ、口押さえてろッッ!人が来たらヤバイッッ!』
次の瞬間仙道らんの声が孝之の耳に届かなくなった…
>> 130
🐠30🐠
(た、大変だッッ!このままだと彼女が…沖野達に乱暴されるッッ!)
孝之は再び周りに人を捜したがやはり誰も居なかった…
(やめさせるのは…ぼ、僕しかいないッッ!)
孝之は改めてこの場に来た事を後悔していた…恐怖感で足が小刻みに震え一歩も前に出ない!自分は何も出来ないくせに一体此処に何故居るのだろうか…勇気のかけらすらないこんな自分が、正義感ぶろうと何処か格好を付けている自分が孝之は許せなかった…
『おいお前ッッ、さっきあの腰抜けチビの栂野孝之と一緒に歩いてたろ?』
沖野の言葉に孝之が反応した…
『お前あの間抜けの知り合いか?この辺りじゃ見掛けねぇ面だしなッッ…まさか彼女…な訳ないかッ!ギャハハハ!』
沖野は身動き取れない仙道らんの浴衣の帯をゆっくり解いていった…
(や、やめろッッ!)
孝之は恐怖で声を出す事すら出来ない…
『孝之の間抜け何処捜しても見つからなかったから腹いせだッッ!アイツとどんな関係だか知んねぇが大人しく俺様にヤラれなッッ!』
沖野は仙道らんの浴衣の襟を両手で掴むとそれを一気にバサッと剥いだッッ!
『イヤァッッッッッッ!』
(ど、どうしよッッ、このままじゃ…このままじゃッッ!)
>> 131
🐠31🐠
『しっかしこの女メチャンコ可愛いなッッ、こりゃ犯し甲斐があるってもんだッッ!』
沖野は有戸と小倉に不敵な笑みを浮かべた後、仙道らんの下着の上から隆起した胸元を鷲掴みにすると仙道らんの首筋に勢いよくむしゃぶりついた!
『ンンッ…ヤダ…やめッ、やめてェッッッッ!』
孝之は今少し離れた場所で自分には到底想像もつかない悪夢が繰り広げられている事に底知れぬ恐怖感を感じていた…助けなきゃ、今すぐにでも飛び出して仙道らんを救わなきゃ!けど出来ない…勇気がないッッ、自分はこれほどまでに情けない人間だったのか、孝之は思わず耳を塞いできつく目を閉じた!
『待ってろよ、イヒヒ…今すぐその強張った身体から力抜かせてやっからな、ハアッ、ハアッ…』
沖野の自分のベルトを外す音が孝之には聞こえた…もう駄目だッ、このままだと自分も奴らと同罪の傍観者としての犯罪者に成り下がるッッ!どうしよう、どうしようッッッ!孝之がさらに強く耳を塞いだその時、仙道らんが力いっぱいの悲痛な叫び声を上げた!
『イヤッッ、こんな嫌な思い出持ったまま、ウチ、ウチ金魚に戻りとうないッッッッ!誰かッ、助けてッッッッ!』
(!ッッ、……えッッ!?)
>> 132
🐠32🐠
次の瞬間孝之の身に何が起きたのか自分でも解らなかった!唯一確かな事は身体が無意識のうちに反射的に浮くような感覚でそのまま沖野のいる方向に真っ直ぐに突進している自分がいた!
『!ッッ、はぁ~なぁ~れろォォォォッッ、彼女からッッ、離れろォォォォォォッッッッッ!』
孝之が今まで握った事がない怒りの拳が沖野の頬に面白い位綺麗にヒットした!
『ハガッッ、…』
沖野は下半身パンツの恥ずかしい格好のままそのままスローモーションでも見てるかのように空中に漂った…次の瞬間その重い身体がドサッと地面に落ちた…その後を追うように衝撃で抜けた沖野の前歯がコロンと地面に落ちた…
『あ…アァ…ぼ、僕ッ、ど、どうし…よう…』
思わず振り上げた拳を眺めながら孝之の全身に一気に震えが襲って来た!
『!ッッ、た、孝ぴ~ッッ!』
それを見ていた仙道らんが有戸、小倉を振り払い思わず孝之に抱き着いた!
『ぼぼぼ、僕…い、いったい…アァ…』
頭の中がまだ収拾のつかないまま孝之はただその場で呆然としていた…
『アリガト…助けに来てくれてんな…アリガト、ほんまにアリガト…』
仙道らんは恐怖感から開放され孝之にしがみつきただひたすら泣いていた…
>> 133
🐠33🐠
孝之の背後で沖野がムクッと起き上がった…
『クッ、…おい糞チビッッ、お前今何やったか解ってるんだろなッッえ!?…イテテ、つまり…死にたいって事かっッッッ?』
沖野が鬼のような形相で仙道らんを突き飛ばすとおもむろに孝之の胸倉を掴んだ!
『あ、わわわッッ、ち、ちがッ、今のはつい勢いでッッ!ゴメンなさいッッ!』
鼻血まみれの沖野は右の拳を孝之に振り下ろそうとした!
『あ、お巡りさんこっちですッ、こっちで男が暴れてますッッ!早く早くッッ!』
『グッ…チッ…命拾いしたな糞チビッッ!また学校で待ってっからなッッ!こんな事してただで済むと思うなよッッ!』
仙道らんが警察官を呼ぶフリをすると沖野達は唾を吐きながらその場から去って行った…
『孝ぴ~大丈夫ッッ!?』
心配そうに仙道らんが駆け寄って来た…
『ハアッ、ハアッ…し、し、死ぬッッ、死ぬかと思った…ハアッ、ハアッ…』
沖野達が去った後でも孝之はまだ恐怖に震えていた…
『ハアッ~…お、終わっタァ~』
緊張の糸が解けたのか孝之はそのまま仙道らんの身体へヘナヘナと崩れ落ちた…
『!ッ、てちょっとッ、孝ぴ~大丈夫ッッ?孝ぴ~ッッ!?』
>> 134
🐠34🐠
『アイツらが孝ぴ~を虐めてた奴らやってんなッッ!クソッ、ほら見てこれッッ、アイツらのお陰で浴衣泥だらけになったやんッッ!』
裾についた草や泥を叩きながら仙道らんは境内の石段に腰掛けた…
『大丈夫だった?怪我は?警察に行こうか?』
『大丈夫ッッ!フフフ…そんな事したら孝ぴ~またアイツらに虐められるやんッッ…』
脳震盪から回復した孝之は近くの露店から冷やしタオルを借り頭に乗せていた…
『けど何かさっきのウチを助けに来てくれた孝ぴ~メッチャメッチャ、そらもうメッチャ~格好良かったァ~!これぞ男ッッ!てな感じッ…』
『咄嗟の事だったから…無意識に…気がついたら飛び出して殴っちゃってた…ヘヘヘ、後から何十倍になって返ってくるのにね…』
孝之は俯いた…
『もう大丈夫やよ…孝ぴ~は本当は強くて優しいナイスガイなんやって…こうしてウチの事守ってくれたやん…だからもっと自分に自信持たなッ!』
いつしかのど自慢大会は終了していて係員がステージの撤去作業にあたっていた…
『あのゴメンね…さっきはあんな酷い事言って…』
『え?さっき?…アァ、すっかり忘れてたわそんな事ッッ…』
仙道らんは下駄をカタカタ鳴らして夜空を見ていた…
>> 135
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『君…らんちゃんって本当に不思議な子だよね…』
孝之はタオルを裏返しにしてまた頭を冷やした…
『…そっかな……』
『信じるよ僕…』
『え?……』
『君が金魚の生まれ変わりだって話…』
目の前で小さな男の子が綿菓子を落として泣いている…
『えぇよッッ…無理に信じてくれんでもッッ…フフフ』
仙道らんはいきなり駆け出すとフランクフルトの露店からフランクフルトを二本買って来て孝之にはい!と一本手渡した…孝之はふと腕時計を見た…
『午後11時か…あと1時間余り…』
時計を見る孝之に仙道らんは苦笑いしてフランクフルトを頬張った…
『そういえばらんちゃん…僕とこの夏祭りにどしても来ないといけない大事な用があるんだって…確かそう言ってなかった?』
『……うん、まぁ…』
フランクフルトのケチャップが仙道らんの薄い唇に残っていた…
『もしかして誰かを捜しに来たのかな?』
孝之の言葉に敏感に反応したのか仙道らんは思わずフランクフルトを棒から落っことしそうになった…
『…一緒に捜してあげるよッッ!さっきだってずっと誰かを捜してるみたいだったし…』
『あ…アリガト…でも…』
『いいからいいからッッ、さ、行こッッ?』
孝之は仙道らんの手をとった…
>> 136
🐠36🐠
『えッ?…金魚救いの露店?』
孝之は歩きながら仙道らんがこの夏祭りに来ている金魚救いの露店商の知り合いを捜しているという事を聞かされた…
『金魚救いの露店カァ…この祭り規模が結構デカいし金魚救いの露店は一番多いんじゃないかな…20弱はあるよな…』
『孝ぴ~とはぐれてからもウチずっと捜してたんやけど…なかなか見つからへんねん…』
孝之は閃いた…
『何だそうだよッ、茂兄ん所に行けば何か解るんじゃないかな?茂兄も金魚救いの露店商だし…そうだ何でもっと早く気がつかなかったんだろ僕ッッ!』
孝之は仙道らんに自分に金魚救いの露店の知り合いがいる事を話した…
『ほら、あの西門の水呑場の角の露店ッッ!』
『さっきこっち方面には来ぇへんかったわ…』
仙道らんはキョロキョロしながら孝之の後をついて歩いた…茂樹の露店はもう後片付けを始めていた…
『ただいま茂兄ッッ!』
『コンラッ孝之ッッ、お前店番さぼってどこほっつき歩いて…て…ッ…!!ん?』
茂樹は言葉をやめ、孝之の隣に立つ浴衣姿の仙道らんを凝視した…
『…誰?』
『あ…ハハハ、僕のその…知り合いで…茂兄に聞きたい事があって…彼女人を捜してるらしく…て…』
>> 137
🐠37🐠
暫く不思議な沈黙が続いた…
『…え?…もしかして知り合い?』
孝之の言葉にそれまで視線を合わせていた茂樹と仙道らんはただ不自然に視線を反らした…
『てゆッか…き、らんちゃんが捜していたって人…もしかして…』
孝之はただならぬ二人の雰囲気に首を傾げていた…
『お、俺に…用?』
『……あ、その…』
茂樹の言葉にそれまで明るい笑顔で喋り続けていた仙道らんがまるで借りて来た猫のようにおしとやかに変貌した…仙道らんは少しはにかむ素振りで孝之の腕を掴むとその場から少し離れた木の下に孝之を連れ出した…
『ど、どうしたの?…何だよッ、茂兄と知り合いだったなんて先に言ってくれれば…』
『孝ぴ~…ウチの話聞いてくれる?』
仙道らんはいつになく真剣な顔付きで孝之を見つめた…
『孝ぴ~…ウチの事信じてくれるって言ってくれたやんな?』
『あ…う、うん…言った…』
『今の時刻は11時45分、ウチもうすぐまた金魚の姿に戻ると思う…その前に孝ぴ~にきちんとサヨナラ言わなアカン思て…』
『そ、そうだった…もうすぐ…人間じゃなくなっちゃうんだ…よね…』
改めて仙道らんの口から発せられたその言葉に孝之は一気に切なくなった…
>> 138
🐠38🐠
仙道らんは孝之の前で姿勢を正し少し上目遣いで孝之を見つめた…
『…ハハハ、…な、何かこう改まると…恥ずかしいもんやな…』
『らんちゃん…僕達も、もう逢えないの…?ほら、僕がまた金魚の君に餌をあげたらまたこの姿に戻れるとか…だったら僕まッ、』
『悪いけど孝ぴ~…それは無理やねん…何故か助けてもらうご主人は一回て決まってるんや…同時に人間の時の全ての記憶も無くなる…せやから次人間の姿になったとしても孝ぴ~の事は何にも…』
『…そう…なんだ…』
孝之の胸に重い何かが張り付いていた…
『その…余計な事だけど茂兄とはどういう関係なの?』
『フフフ…大事な友達…カナ?向こうはどない思てるか解らんけどな…』
『そっか…人間の姿のうちに沢山話したい事あるもんね…いいよらんちゃん、早く茂兄の所へ行ってあげてッ!』
孝之は仙道らんにゆっくり右手を差し出した…
『一日だけだったけど色々楽しかった…有難う!』
仙道らんは一度指で鼻をかくと下駄をカランと軽く鳴らした…
『ウチも…色々あったけど最後までウチの事信じてくれて嬉しかった…アリガト…孝ぴ~に出会えた事忘れてしまうけど…けど…』
仙道らんは浴衣の袖で伝う涙を拭った…
>> 139
🐠39🐠
『えぇか?孝ぴ~、いや《栂野孝之》は弱虫の糞チビ野郎なんかやないッ、いざとなったら大切な人の事思いやって助けてあげる事が出来る強ぅて心優しい男の子やッ、だからこれからも自分を信じてしっかり生きるんやでッッ?それでもし…もし良かったら時々ウチの事も思い出してなッッ?』
孝之はゆっくり仙道らんの手を握った…虐められた時の悔し涙とはまた違う感覚の涙が孝之の頬を伝った…涙を袖で何度も拭う仙道らんはやっぱりとびきり可愛いかった…
『思い出すとかッ…クッ、もうらんちゃんの事頭からこびりついて離れないよッッ!せっかく仲良しになれたのにッ…本当はお別れしたくないよッッ!』
孝之の素直な気持ちが溢れ出した瞬間だった…
『ウフ…嬉しい、孝之君みたいな人に逢えてめちゃめちゃ嬉しい…あ、アカン…ウチ、こんな涙もろかったかな…アハハ、ズズ…』
ヒュ~ドンドン!その時二人の頭上に夏祭りのクライマックスを告げる花火が上がった!
『…綺麗やな…花火…フフフ』
『…元気でね!…らんちゃん…』
孝之の手から仙道らんの手がスルリと抜けた…仙道らんは満面の笑顔で孝之に手を振ると孝之の視界から消えて行った…
>> 140
🐠40🐠
色鮮やかな花火が宮田ノ森神社を間接的に照らし出した…孝之は片付けを始めている露店の店先を一人歩きながら家に向かって歩いていた…胸の奥に張り付いたえもいわれぬ不思議な感覚は今も孝之から離れようとはしなかった…
(もしかしてこれが…恋…なのかな?)
逢えなくなる事の切なさ、大事な者を失う哀しさ、全ては孝之には初めての経験だった…涙の粒がまるで田舎旅館から湧きだす温泉のように瞳の湯舟からいつまでもいつまでもとめどなく溢れ落ちていた…
(彼女…茂兄の事…)
孝之は二人が対面したあの瞬間から感づいていた…仙道らんはあの茂樹に恋している…自分が今そうであるからこそ解る特別な感覚…おそらく彼女は金魚である時から茂樹の事を水槽の中からずっと見ていたのだと…茂樹の水槽からあの虹色の出目金を見付けた事、そして彼女が茂樹を捜していた事…全てが一本に繋がる…僕はほんの一瞬でも人間である二人の中を取り持つ愛のキューピットになれたのだと…しかしそれは悲しいかな彼女、仙道らんの茂樹に対する一方的な片思いのようだった…
(らんちゃん…茂兄と最後の時を刻めたのかな…)
花火はフィナーレを迎えていた…
さよなら、らんちゃん…
>> 141
🐠41🐠
翌朝孝之は宮田ノ森神社に向かった…足取りは真っ直ぐあの茂樹の金魚掬いの露店に向いていた…別にあの後どうなったとか、彼女が気持ちを伝えたのだとか、そんな事を聴きに向かった訳ではなかった…ただ片腕で不自由な露店の後片付けを手伝う為、ただそれだけの理由だった…そんな事茂樹にいちいち尋ねた所でもう彼女はいないのだから…少なくとも人間の姿では…
(茂兄…承知してくれるかな…)
孝之はもし仙道らんがあの出目金の姿に戻っていたのであるならその出目金を再び譲ってもらい大事に育てようと決意していた…今度は直射日光の当たらない風通しのよい玄関の下駄箱の大きな水槽で…
(!ッッ…あ…あれ?)
水呑場の脇まで来た所で孝之は足を止めた…茂樹の店の後片付けをしていたのは見た事もない白髪の老人だった…
『あ…あのぅ…茂樹さんに頼まれて毎年片付け手伝いに来てる者なんですけど…』
白髪の老人は眼鏡越しに孝之を見上げた…
『……茂樹ぃ?誰じゃそれは?』
『え?…確か昨日の夏祭りもこの場所で金魚掬いの露店を…おじいさんは茂兄の所のテキ屋の従業員さんなんでしょ?』
孝之の言葉に白髪の老人は首を捻った…
>> 142
🐠42🐠
『坊主何を言っとるんじゃ?この場所は昨日の夏祭りずっとワシが金魚掬いの露店を開いておった場所じゃッッ!それに茂樹なんて男も知らんッッ!何かの間違いじゃないのか?』
白髪の老人は腰を叩きながら美味しそうに煙草を吹かした…
『ま、間違いって…嘘だろ、そんな…ここは確かに茂兄が…う、こ、こんな事有り得ないッッ!』
まるで狐か狸にでも化かされたような気分だった…茂樹がいたその場所は夏祭りの最初から別の露店商が店を開いていたというではないか…じゃぁ孝之が会ったあの茂兄は何処に行ったのかッッ!?孝之は余りのショックでその場所で膝を落とした…
(そんな…こんな事って…僕まだ夢を見ているのかな…)
孝之は混乱する頭を抱えた…
『人捜しかえ?力になろうか、坊主?』
白髪の老人が肩を落とす孝之に話しかけた…
『…全てを話したって…信じてもらえる訳ないし…フフフ…ある日突然人間に変わる金魚姫の話なんてねッ…』
立ち上がり歩き出そうとした孝之を白髪の老人が呼び止めた…
『坊主今人間に変わる金魚がどうとか…言わなかったけ?』
老人は杖をつきながら孝之に近付いて来た…
『…お前さんこの神社の別名…知っとるけ?』
『え…別名?』
>> 143
🐠43🐠
『ここは二年前のある事故から別名《出目の神宮》と呼ばれていてな…境内には木彫りの二つの出目金が奉られておるんじゃ…』
『ある事故?』
『二年前の春の神社建立300年記念祭、ここで見知らぬ二人の男女が不運にも落雷に打たれてな…二人共感電して即死…』
『後から聞いた話では男の方はその時金魚掬いの露店を開いていた若者で女の方はその露店でまさにその時金魚掬いをしていた若い女らしかった…亡くなった女の知人の話では女の方はその男にゾッコンで男が祭りに露店を出すと聞けば足蹴く通う一方的な片思いらしかった…』
孝之の喉がゴクリと鳴った…
『余りにも痛ましい事故でな、その事情を知ったここの神主さんが二人の事を丁重に奉りたいと言い出して境内に木彫りの出目金を奉納したのが別名《出目の神宮》の始まりじゃ…』
白髪の老人はゆっくりとまた石垣に腰掛けた…
『まさか…じゃぁ僕が見たあの二人は…ッッ!』
孝之の足がガクガクと震え出した…
『伝説は本当じゃったんじゃな…まさか…ホホ~坊主がッッ?』
『で、伝説?…おじいさん伝説って?』
>> 144
🐠44🐠
『《雷に打たれし者、この世に未練を残し魚の姿にて今なお彼を待つ…》その事故以来この神社に伝わる小さな逸話じゃ…魚の姿になった女は心優しき人間の力を借り数時間だけ人間の姿に変わる事を許される…そして再び魚に変わるまでにその募る想いを意中の者に告げし時、尊き未来を選び出せんと…な』
『つまり…告白出来たなら女の子は人間の姿に戻る事が出来る…幸せになれる、そういう事?』
孝之は白髪の老人を凝視した…
『何も願いが叶うだけが幸せではない…人それぞれ千差万別…人の数だけ異なる幸福がある…』
『けど彼女は昨日告白したはずだッッ!その為にまた人間にッッ!今度こそ本当の幸せを掴んだはずなんだッッ!』
『未来を選ぶのは己自身…きっと二人は最良の幸福を掴んだんじゃなかろうて…フフフ』
(そうだ…もし告白出来たのなら今頃らんちゃんは人間のままで…そうだよな、人間の姿で幸せを掴んでるはず…そうだッッ、)
孝之はフゥ~とため息をつくと白髪の老人に一礼をするとゆっくりと歩き出した…
『のぅ坊主ッッ!悪いが実はワシ腰痛めておってな、その金魚の水槽水流してトラックに運んでくれやせんか?』
白髪の老人は孝之に笑いかけた…
>> 145
🐠最終章🐠
朝の境内はもう昨夜の祭りの余韻もなくまだやり残した露店の解体作業で閑散としていた…
『!ッ、おっと忘れておった…水を流す前に水槽の中に金魚はいないか確認しておくれな~ッッ!』
(何だよ、初対面のくせに人使い荒いなぁ…)
白髪の老人はまた煙草を吹かし始めた…
『あ~ア…おじいさん、まだ金魚が何匹か残ってますけどどうします?移し替えますか?』
『いや、もう夏祭りも過ぎたし…坊主にやるッッ!全部持ってけ!』
白髪の老人はカカカと笑うと後は頼んだよ~と休憩に何処かに行ってしまった…孝之はため息をつくと水槽の中を再び確かめた…
『要らないよ…それに全部ったって…何だよたった二匹しか…い……ッッッ!!』
次の瞬間孝之の目に飛び込んで来たのはあの虹色に光り輝く出目金と尻尾まで真っ黒い出目金だった!
(!ッッ…らんちゃんッッッ!……嘘だろ…て事は…)
孝之は真っ黒の出目金を凝視した!
(こ、こいつ…左ヒレが…ない…まさか…茂兄…ッッ!?)
二匹の出目金は仲よさ気にいつまでも広い水槽の中を泳ぎ回っていた…
🐠金魚姫~完~
>> 148
【③】~チューブウォー~
👄1👄
【皆さんにお話すれば《何ぁ~んだ、そんな事位でッッ!》ときっと嘲笑われるに違いありませんが私、高橋真吉にとってこの事は家族の中の《父親》の威厳を掛けた死活問題でありまして…やはり一家を支える主としましてはいつまでも嫁に蔑まれ一人娘にコ馬鹿にされてばかりいてはいけないと思うのですッッ!こうなりゃどんな些細な事だっていいんですッッ、《うわぁ…お父さんもやる時はやるじゃん!見直したよッッ!》の一言を家族に言わせる為に私、高橋真吉は命をかけて挑みたいッッ!そう…この物語は私、高橋真吉56歳がもはや失われかけつつある父親の威信をかけた家族との壮絶な戦争の記録なのですッッ!】
👄👄👄
今日も表向きは平穏な爽やかな朝が訪れた…高橋真吉は朝食を済ませネクタイを締めるとゆっくりとした足取りで戦場に向かった…
(今度こそ…絶対勝つッッ!)
戦況はまさに佳境に入っていた…昨夜の時点ではもう勝利の女神はどちらに転がっても不思議ではなかったはずだ…高橋真吉はまさにギリギリのラインでこの戦場に立ち向かう事と相成った!高橋真吉は戦場である洗面所に足を踏み入れたッッ!
>> 149
👄2👄
(!ッッ、む…細いッ、昨夜よりまた更に細く丸まっているッッ…こ、これは大変な戦闘になるかもしれない…)
真吉は現在の戦況を目の当たりにすると背中に一筋の変な汗をかいた…
(よ、よし…避けては通れない道だ…やるぞ真吉ッッ!自分を信じて奮い立てッッッ!)
真吉はそれをおもむろに手に取ろうとした瞬間、横からスッと別の手にそれを奪われた!
『!ッッ…ち、千佳ッッ!』
『何ぶつぶつ言ってんのッッ?マジきもいんだけどッッ!ちょっとどいてよッッッ!』
それを奪い取ったのは真吉の一人娘の千佳だった…私立の女子校に通う千佳は父親である真吉にお早う!の一言もなく不躾に戦場である洗面所を支配した…
(クッ…クソッ、親を馬鹿にしよってェ~ッッ!)
親に何て口の聞き方だッッ!とビンタの一つも張れる訳もなく真吉は横で千佳の戦況を固唾を飲んで見守った…
『歯磨くんでしょ?…ホラ先にやればぁ?』
千佳は真吉にそれを放り投げるように手渡した…
『さ、先に?わ、ワシがか…?』
『つぅかさっさとやってよッ、私部活の朝練あんだからさッッ!』
思わぬ事態に真吉は動揺した…ある意味宿敵である娘から先に戦火へ飛び込んで見ろとのこれはまさに挑戦状だ!
- << 151 👄3👄 宿敵からの思わぬ挑戦状だったが待てよ…考え方を変えればこれは《父親の威厳》を娘に見せつけるまたとない絶好のチャンスかも知れないッッ!真吉は一人ほくそ笑んだ… 『ウワ、キモ…何笑ってんの?つぅかマジでキモいから私が髪の毛解かしてる姿横からジロジロ見ないでっつぅのッッ!』 (親にそんな口を叩けるのも今のうち…千佳よッ、私が事を起こした次の瞬間お前は私を父親として心から尊敬し、この高橋家に産まれて来た事に感謝するであろう…フフフ) 真吉は薄ら笑いを浮かべながら棚の奥深くに虐げられていた自分愛用の歯ブラシを用意するとそれの横にそっと置いた… (よし…戦闘開始ッ、ここからが本番だッッ!) 真吉はそれを手に取ると数㍉に細く伸ばされたチューブの腹を丹念に指で押し上げながら微妙に残った隆起をさらに出口へ、出口へと指を滑らせていった… (よし…ここまでは順調だッッ、落ち着け真吉ッ、落ち着けば必ず勝てるッッ!) 『…ハァ?バッカじゃないの?何真剣になってんの?つぅか新しいの出せばいいじゃんッッ、ダサッ!』 (何とでも言えッッ!私は…私は勝つッッ、コイツに必ず勝つんだッッッ!クッ…)
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