Missing
大学生五人が廃墟へ行く事になった。老婆の幽霊を撮影するために…
武志
晃
政人
麻子
香奈
この五人に一体何が起こるのか…。
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「チン…」
煙草を口にくわえ、ジッポライターで火を点けようとしながら、晃が言った「ほらな!言った通りだろ」優越感に浸りながら皆を見渡す。
「薄気味悪いなこの建物」政人は眉をひそめて呟いた。
五人は老婆の幽霊が出ると噂される建物の前に居た。入口は何重にも板が打ち付けられ、窓は鉄格子、壁にはツタが這っていて、廻りは草が覆い茂っていた。
「やっぱり止めようよ」麻子は香奈にしがみつきながら、怯えた表情を浮かべている。「大丈夫よお化けなんて居るわけないわ」香奈は強気な発言をしながらも不安げな表情だ。「武志!ビデオカメラ回して!」晃はおどけたように武志の前に立つ。「ん?あぁ」胸騒ぎを覚えた武志だったが、ここまで来て引き返す提案は出来ず、晃の要求に従った。
「さぁ!遂に噂の老婆が出現する幽霊病院に辿りつきました!」
晃はアナウンサーにでもなったかのような口調でカメラに向かって叫ぶ。政人は建物をライトで照らしている。「もうすぐ日が沈んじまうな…」
この建物への道路は無く、森に囲まれている。車を停めて森に入り、1時間ほど獣道を歩き辿り着いた場所だった。
「隔離精神病棟だったって本当かなぁ」政人はビデオカメラで撮影している武志に語りかけた。
「らしいね…噂じゃ患者だった老婆の幽霊が出るって聞いたけどね…」
「もう帰りたいよ」麻子は今にも泣き出しそうに香奈に抱きついている。「老婆の幽霊は果たして本当に存在するのでしょうか!」
軽いノリの晃はカメラに向かってふざけている。政人は入口を捜しに歩きだし、ライトで病院を照らしていた。一旦カメラを止めた武志は政人の後を追った。後の3人も続いて歩き出す。
「しかしなんでこんな場所に病院なんて在るんだろ」
「道路もねぇしさ…」
「幽霊スポットになるわけだよ」呆れた口調で晃が呟く。縮こまり、震える麻子の肩を抱きながら香奈は言う。「あれ?」「今、あそこの窓に誰かいなかった?」
皆が驚きと恐怖の表情を浮かべた。「おまえ適当な事いうなよ」半分笑いながらも晃は呟く。「どこの窓?」武志はカメラで写そうと香奈に問いかける。「あそこの2階の窓…少し開いてるでしょ?」皆に人影があった窓を教えようと、指をさす。
「あれ…カメラが動かない」武志が不思議そうにカメラを見つめる。「バッテリーちゃんと残ってたのか?」政人が眼鏡に手を充て武志に歩みよる「キャー!」
香奈が目を見開き、2階の窓を凝視して叫んだ。「おい!なんだよ!」
「誰か居るよ!今動いた!」香奈の発言に皆が怯み、背筋を凍らせた。
「嘘だろ…」
晃は懐中電灯で問題の鉄格子がついた窓を照らす「少し開いてっけど、人なんて…」
「居るわけねぇじゃん」
武志は引き返した方が最善だと考えを巡らせていた。「やっぱり帰ろう…カメラも駄目だし、撮影は無理だ」「麻子も泣き崩れてるし引き返そう」
皆が引き返す事に同意した時には風が強く吹き始めていた。「まずいな…こりゃ雨降ってくるぜ」「戻るまでビショ濡れになるんじゃない?」
「山の獣道を雨風の中を歩くのか?」
風に木々は揺れ始め、不気味に唸りだした。次第に大粒の雨も混じりだし皆を不安にさせる。
「この建物に一旦非難するしかないんじゃないか?嵐の中の山道は無理だ!」政人が入口となりそうな場所を捜し、見回しながら皆を促した。
瞬く間に雨風は強まり、屋外の五人に襲い掛かった。「とにかく早く入口を捜そう!」武志がビデオカメラを抱え込みながら叫ぶ。
麻子と香奈は二人で体を寄せて、「来なければよかった」と言わんばかりの表情を男性陣に向ける
「あったぞ!」
少し先を探索していた政人が声を張り上げた。
"非常口"誰もがそう認識していた。建物の側面に位置し、板貼りも鉄格子も付いていない鉄製の扉「鍵が掛かってるな」
晃はそう告げると、扉の硝子部分を拳で割った。外から内側のノブまで手を伸ばし、非常口のロックを解除した。
フラッシュバック。香奈はこの建物に入るや否や、見た事も体験した事もない映像が断片的に脳裏を駆けめぐった。
女性の悲鳴、血が飛び散り人が倒れる。断末魔のような声。老婆の曇った醜い笑い声と共に、一瞬にして香奈の意識を占領し、そして気を失わせた「おい!香奈!」
武志が倒れる寸前の香奈を両腕で支える。
「ちょっと!香奈」
麻子は動揺し、武志と共に体を支える。
動揺したのは、晃と政人も同じだった。この時点で、此処へ来た事への後悔と異空間に迷い込んでしまったかの様な感覚を香奈意外の四人は感じていた。
廃墟と化した病院内は電灯が点くはずもなく、暗闇に包まれていた。床には砂や埃が積もり、数年、数十年は人が使用した形跡がない。
「とりあえず休めそうな場所を捜そう」武志がそう言うと、香奈をおぶった。先頭を歩く晃と政人は、懐中電灯を頼りに病室を次々に見て歩く。
ほぼ見てきた病室はもぬけの殻だった。ベット等も無く、天井から電源コードがぶら下がっている。しばらく歩くと、正面口のひらけたホールへ出た。入口は板で頑丈に固定されている。外側で晃と武志が撮影を行った場所の院内側だ。受け付けらしき小部屋に政人が懐中電灯を照らす。「ん!なんか書類が有る」政人は書類を物色する。「カルテっぽいな…」晃も同様に受け付けの小部屋で物色を始める。「このロッカーに下着とかあったりして?」ニヤけた晃に政人は鼻で溜め息をつく。「あれ?」晃は急に真顔になった。
「どうした?」政人が晃に歩みより、何があったのか視線の先を照らす。「茶色の絵の具か?」
晃は不思議がり政人に語りかける。
ロッカーは茶色の絵の具で塗られたかの様に、手の痕が残されていた。
ロッカーの下から床も、茶色の液体が固まったかのような状態だ。
「これ血なんじゃない…か?」
政人の表情が曇る。晃はその言葉と同時にロッカーを開けた。
「うぉぉ!」
晃はロッカーを開けると後ろへのけぞり、息を荒立てた。続いて政人も中身を覗き、すぐさま吐き気が沸き起こった。
「うぅ…」
二人共、言葉にならない悲鳴をあげていた。
ロッカーの中には死体が放置されていた。切断された腕と脚だけ。這うように二人は、武志、香奈、麻子と合流した。
「バ…バラバラの死体」晃は涙目になりながら、恐怖で顔を歪ませる。政人は嘔吐を繰り返していた。
「嫌…」麻子は気がおかしくなりそうな感覚になり、その場にうずくまった。武志は冗談で晃が言っていないと悟り、携帯を取り出した。「警察へ通報しよう」「死体遺棄現場じゃないか!」
香奈は武志の背中で気を失ったままだ。
だが、携帯の電波は無情にも遮断され、外部との連絡手段は絶たれていた。外は暴風雨が勢いを増し、雨が滝のように流れ落ちる音と、窓の隙間から入り込む不気味な風の音が五人を包み込んでいた。
22時13分
武志は腕時計を見て、唇を噛んだ。「夜が明けるまでこの建物に居るしかないのか…」
麻子は震える身体を両腕でキツく抱え、うずくまったままだ。
「まさか殺人鬼がまだこの建物に居る…なんてことないよな?」
晃はひきつった顔で武志に問い掛ける。
政人も吐き気が治まり、言葉を発した。
「血は固まって、茶色くなってはいたけど腐敗はしていなかった…」
「まだ血生臭さが残っていたし、殺されてから日は絶ってないんじゃないか?」政人はそう言い終えると、吐き気を抑えようと胸を押さえる。
「まだこの建物に犯人が潜伏している可能性があるってことか…」
武志はしばらくうつむき考え込んだ。
「この建物から脱出しやすい部屋を拠点にして、そこで夜が明けるのを待とう」「男が3人だし殺人鬼が現れても対応できるだろう」
晃と政人もしばらく考え込んだが、武志の提案にのった。
五人は非常口付近の一室に集まり、座り込む。
香奈も目を覚ましたが、受け付けの死体の事は誰も伝えようとはしなかった。あまりの悲惨な出来事に香奈の精神が耐えられないと察したからだ。
大粒の雨が鉄格子と窓に当たる。台風と思われるほどに外は荒れていた。室内では、床に懐中電灯が置かれ、その光を囲むように五人は座り込んでいる。
悲日常的な出来事を体験し、精神的ショックから誰もが悪夢を見ているかのような錯覚に陥っていた。
麻子の心は限界に達していた。一点を見つめ、小刻みに震えている。無理もない、廃墟の病院、しかも死体遺棄現場から数十メートルしか離れていないのだ。そして犯人がこの建物に居ないと言いきれない状況。
武志は着ていたブルゾンを麻子に羽織らせた。政人もジャケットを香奈の肩に掛けて恐怖心を少しでも和らげようとした。「政人ありがと…さっき気を失った時にね…」香奈はポツリと話し出した
「殺される寸前の映像とか、泣き叫ぶ声とか、真っ赤な血や不気味な笑い声なんかが一気に流れ込んできたんだ…」
晃が続けて言った。
「この場所の強い念みたいなものに感化されたってことかもな!」そう言い終えるとジッポの火を口元の煙草に近づけた。「でも大丈夫、お化けやら殺人鬼が出たって俺がブチのめしてやんぜ!」晃は体格もよく、いざとなったら頼もしい存在だ
麻子も震える声で呟きだした。「みんな行方不明…なるわ…学校で噂を…聞いた事あるもの…」
政人が眼鏡を指で直しながら何かを思い出すように語りだした。
「その噂は聞いた事がある…他の学部の数人の生徒が一斉に行方不明になったって」
「警察沙汰で大騒ぎになったらしい」
「いつの話しだ?」
晃が煙を吐きながら、口を挟む。
「そこまでは知らないが…病院かどこかの心霊スポットへ出掛けたまま、帰って来なかったって!」
「ここっぽいな…」
晃は煙草を床で無造作に消す。
「とにかく皆離れな…」武志がそう言った瞬間、遠くでガラスが割れるような音が連続して聞こえた。
「ガシャン…ガシャン…ガシャン…ガシャン…」
皆が黙り込み、同じ方向に顔を向けた。
風によってガラスが割れたとは思えない。一定の感覚を開けて、一枚一枚人為的に割っていったような音だ。全員が五人以外の存在を確実に想像してしまった瞬間だった。「誰…」
「嫌…」
「野郎…」
晃の目付きが変わった。普段は温厚で冗談まじりの会話をする男なのだが死体の発見や隔離されている状況から、普段の彼の行動と違っていた。
晃は懐中電灯を握りしめ室外へと勢いよく飛び出した!「待て!あきら!一人は危険だ!」武志は晃の後を追おうと立ち上がり廊下へ出た。一瞬振り返り、政人に目で合図を送る。「香奈と麻子を…」と心の内で言い放つと暗闇に消えた晃の後を追い、武志は走り出し暗闇に消えた…。
「武志待って!」
麻子は声を張りあげた。武志に二度と会えない気がしたからだ。武志の足音が遠ざかると麻子はうつむき、肩を落とした。政人は武志と晃が危険な状況に足を踏み入れたことを感じていた。もっとも、この建物に居ること自体、危機感を覚えるが暗闇に消えた二人は無傷では戻って来れないだろうと直感した。
「香奈!麻子!俺は今から携帯の電波の届く地帯を探しに行こうと思う」「警察に救助要請したらすぐに戻るから、ここで待っててくれないか!」政人にとっては女性二人きりにさせるのは忍びないが、外部と連絡を取らずに朝まで待つリスクは大きいと感じていた。
「二人はこの場でジッとして武志と晃の帰りを待ってて」
香奈と麻子は不安げな表情を浮かべたが、政人に小さく頷いた。
政人は携帯をポケットにしまい込むと懐中電灯を握り、非常口を開け、荒れ狂う暴風雨の中を走り出した。
隔離精神病棟内1F
中央ロビーまで武志は猛スピードで駆け抜け、2階へと続く階段の前で立ち止まった。懐中電灯を持っていなかったため、真っ暗闇である。「まずった…見えねぇ…」階段の段差がうっすらと見えるだけだった。上の階で晃の足音が聞こえたのを確認すると叫んだ。
「晃ぁー!待て!」
何か叫び声と怒声が聞こえ、不安と焦りが心を占領していく。
「くそっ!聞こえてねぇ!」暗闇の階段を感覚で駆け上がる。
息も荒くなり、脈が速まっていく。
二階に上がると、ガラスの破片が一面に広がっていた。廊下側の窓は割れており、強風と雨が容赦なく入り込んでいた。武志は一階の中央ロビーを過ぎたあたりから目眩が起こった。原因は全く解らず、暗闇で三半規菅がイカレたのか…と気にしつつも、晃の声を頼りに階段を這って昇っていく。(晃は犯人を追っているのか?発見したってことか…)
やがて猛々しい声が近づき、四階で晃の姿が目に入った。
犯人…殺人鬼も晃の側に居るはず…。
武志は確認しようと晃の懐中電灯が照らす先を見つめ、驚き、すぐさま晃に叫んだ。
「晃!壁に向かって何やってんだ!」「誰もいねぇじゃねーか!」
武志はそう叫んだつもりだった。しかし意識が途切れそうになり声を出す事が出来なかった。
晃は真っ白の壁に懐中電灯を向け、怒りをあらわにしていた。
「ババア!もう逃がさねーぞ!殺してやる」
晃は狂喜に震えていた。まるで己が殺人鬼の様に。表情からも般若の仮面を被っているかのような形相だった。
(晃…お前…幻覚を見てるぞ…しかも狂人じみて…元のお前に戻れ…)
心で叫ぶが晃に届くはずもない。
武志はやがて、薄れゆく意識の中で晃が幻覚の婆さんを追って、五階…屋上へ…駆け上がる足音と扉が閉まる音を聞いた。(誘導されてる…行くな晃!)武志は意識を取り戻すべく、ジーンズのポケットに入っていた車のキーを右手に握り、左手の甲に突き刺した。
非常口付近の一室。
香奈と麻子は密着して座っていた。少し肌寒く、外の雨風の音が室内を満たしていた。隅にはダンボール箱、板、錆びたベットの脚等が無造作に置かれている。床から何まで埃が積もっていた。
「ねぇ麻子…この病院は不気味だけど、なぜ皆はあんなに焦って動揺しているの?政人は救助要請とか言って嵐の中に飛び出してしまうし、晃は激怒していたし、武志は危機に直面したような顔で走っていくし…」
麻子は香奈の横顔をジッと見つめて語った。
「ロッカーに死体があったのよ!しかもバラバラに切断されていたって。だからこの病院内に犯人が潜んでいるかもしれないの!香奈は気を失っていたから知らないだろうけど」
「え?!」
「晃と政人が見たって」香奈はにわかに信じきれずにいた。しばらく考えた後に麻子を驚かせる一言を発した。
「もう一度確認しに行きましょ?」
「え!?」
麻子は目を丸くした。
「嫌よ!見たくないわ」香奈は軽くため息をついて麻子の肩を叩いた。
「あの男達三人は早とちりが多いのよ。学校でもいい加減な事ばっかりやってるし、授業抜け出すし」
「大丈夫きっと何かの間違いよ…こんな場所で殺人鬼が居るなんて…ありえないわ。なかなか戻って来ないから心配だし、武志と晃を連れ戻して政人の帰りを待ちましょ」
香奈は時間の経過と共に男性陣三人が心配でたまらなくなっていた。じっとして居られなかった。死体を確認し、武志と晃と政人の無事を一刻も早く確認したかったのだ。もしも死体遺棄をこの目で確認したら、男性陣を助けに行こうと心に決めていた。
麻子も渋々頷き、香奈と共に待機場所から離れ、中央ロビー受け付けへと歩き出した。
政人は森の中にいた。ぬかるんだ地面、行く手を阻む草木、雨と風と闇で視界が極端に悪く、走る事は不可能になっていた。
圏外 1:14 3/13(木)
「くそ…まだ圏外か」
携帯をパチンッと閉じる
頭から爪先までずぶ濡れだった。体温も奪われていて武者震いを起こす。(来た道は覚えてる…もうすぐ車を停めた道路に出るはずだ…皆は無事だろうか…)
政人は後ろを心配そうに振り返った。
眼鏡を外し、付着した水滴を払い、懐中電灯を前方へ向けて歩き出した。
隔離精神病棟内4F
左手の甲からドクドクと血が流れ出す。
武志は歯を食いしばり、痛みに耐えていた。
「くぅぉ…」
目眩が完全に治まったとみるや、階段を駆け上がり、屋上の重々しい扉を体当たりする勢いで開けた。
「晃ぁぁー!」
彼は屋上の縁で呆然と立ち、笑っていた。後一歩踏み込めば命は無い。
武志は走った
指先が晃の服に触れた…
紙一重だった…
晃の体は何も無い暗黒へ傾き、武志の手からユラリと離れていった…。
武志は自分の額を左手で鷲掴むと、力無く膝をついた。涙と雨と血が顔一面を濡らしていた。
毎日 更新してくれて、ありがとう🌼
毎日 楽しみに待っています☺(怖いけど😨)
ツクヨミさんの文体は本物の小説を読んでいるみたいな感じで、🏥の内部が頭に浮かびます✨
残る④人はこれからどぉなるんだろぅ😱
香奈と麻子の声が廊下の壁で反響する。
「もう…怖い…後ろに誰か、付いて来てそうな気がする…」
「麻子ぉ…
くっつきすぎよぉ」
麻子は香奈の服を掴み、脇から顔を出すように香奈の背に密着していた。時折、窓に映る自分の顔に驚き、うろたえる。
香奈は前方を懐中電灯で照らし、晃と武志が倒れていたりはしないか、目を凝らしていた。
中央ロビーに差し掛かると香奈は眉を寄せた。
「何かしら…埃が舞っているわ…キラキラしてる…」
空気中に舞う小さな塵が、懐中電灯に反射し光っていた。
「埃アレルギーだから吸い込みたくないなぁ」
麻子はハンカチを口にあてた。中央ロビーの受け付けに到着すると、二人共無言になった。
問題のロッカーは半開きの状態だったが、香奈と麻子の位置からはよく中を確認できない。
無言で近づく…
二人共鼓動が早くなり、顔がひきつる。恐る恐るロッカーを覗いた。
「キャァァーー!!」
「キャーーーー!!」
有ると分かっていたものの度肝を抜かれた。
ロッカーには肘から掌までの腕の一部が二本。
膝からくるぶしまでの足が一本。血まみれの状態で放置されていた。
香奈は後ずさり、麻子は腰を抜かし滑るように後退し、棚に激突、頭上からカルテや書類やらを被ってしまった。
武志は三階の階段を下っていた。倒れまいと壁に背を付け、左手の止血のため、右手で手首を強く握る。
晃の死が頭を駆け巡り、落ちた瞬間が何度も何度も繰り返される。
(落とされた…いや幻覚で狂い、自ら落ちた…?何故幻覚を見た…?あの時の目眩と関連が有るのか…?)
武志の心は打ちひしがれ、絶望感と虚しさが心を満たし、不可解な幻覚症状に疑問を抱いていた。
…とその時、階下から女性の悲鳴が微かに聞こえ、麻子と香奈の身を案じる気持ちで焦りが湧き起こった。
「麻子ーー!!香奈ーー!!」
声を振り絞り、足を速める。
政人は身体が冷えきっていた。手足の感覚はなくなり、震える手で携帯を開く。
圏外 2:02 3/13(木)
「なんでだよ!」
苛立ちを表わにする。普段は苛立つ事等、滅多に無い。冷静に物事を対処できると自負していたが、今回はその自信が打ち崩されていた。
好転した事といえば、風が弱くなっただけである
しかし、雨は相変わらず途切れる事なく降り続き、草木に当たり騒々しい音をたてる。
(無理かもしれない…もしかしたら、道を間違え、見当違いの場所へ進んでいるかもしれない)
不安が頭をよぎり、孤独な遭難を意識した。
「皆…ごめん」
うなだれ、不甲斐ない自分を責める。
嘲笑うかのように木々が立ちはだかり、闇が政人の不安を煽っていた。
香奈と麻子は、受け付けの小部屋の隅で抱き合うようにして座り込んでしまった。
「麻子!もう出るわよ!気がおかしくなるわ!」
香奈は麻子の顔を見る。麻子は唇をぶるぶると震わせ、ロッカーを指差した。
香奈は指先を辿り、ロッカーを横目で見る。
信じられない光景に驚愕し、全身の毛が逆立つ。
ロッカーにあるはずの腕の一本が床を這って、徐々に自分達の方へ迫っている。指だけでゆっくりと前進していた。
ズル……ズル……ズル…
二人揃って2度目の絶叫である。
政人の唇は青くなり小刻みに震えるた。
ふらふらと前進していた時、木々の間から、光がちらっと視界に入った。
「あ………あ!」
紛れも無く、車のヘッドライトが移動する光だと察しがついた。
そして、携帯の着信音が鳴った。(繋がった!)焦る指で携帯を耳にあてた。
「おい!政人!いったい何処に居んだよ!」
「カズ!」
「部屋にもいねぇし、携帯つながらねぇし」
同じ学部の小林和也だ。聞き慣れた口調ですぐに分かった。
「明日までのレポートの事なんだけどさぁ」
政人は何をどう説明したら良いか、頭の整理に困惑した。
「カズ!大変なことに巻き込まれてるんだ!」
「はぁ?」
「魅来留山の廃病院知ってるだろ!?そこに死体があった!」
「え!?」
「犯人がまだそこに潜伏しているんだ!」
「おぃ…なんだそりゃ」「武志達はまだそこに居るから―」
政人は背後に何者かが立っていることに気がつかなかった。雨の音と闇に気配は紛れ、携帯に気を取られていたからだ。
政人は右手の携帯がフッと抜き取られた事で、ようやく背後の人物二人に気がついた。
振り向くと、黒いレインコートを着た男二人が立っている。
(救助隊?……ではなさそうだ……)
フードを被っているので顎しか見えない。
ガムをクチャクチャと噛む背の高い方が、携帯を隣の男に渡した。
無言で携帯を耳にあてると、すぐに後ろの雑木林に投げ捨て、政人の髪を掴むと顔を近付けてきた
「お前…死体を見たのか?」
歯がボロボロで口臭がひどく、政人は嫌悪感と共に極めてヤバイ状況に陥った事を自覚していた。絶対犯人………だ。
「……………」
政人は無言でその男を凝視した。
「白い粉は見たか?」
「……………」
(白い粉?何の事だ?)
口臭のひどい男は鼻で笑い、政人の脇腹と顔を殴り、ガムの男に顎で合図する。
ガムの男は拳銃をモソモソと取出し、政人の後頭部に向ける。
一秒の躊躇すらない。
ダン!…ダン!
香奈と麻子は、受け付けの小部屋を出てパニックに陥っていた。「手が動いた!!」もう収拾がつかないほど動揺していた
と、同時に香奈は天井に無数のゴキブリが這うのを目の当たりにする。「イヤーッ!」麻子は床や壁がぐにゃぐにゃに歪む映像で吐き気を催す。
武志が落ちた懐中電灯を口にくわえ、香奈と麻子を両手に抱えて引きずるように歩かせた。
(やっぱり二人共幻覚を見ている…中央ロビー付近は何かある!幻覚を引き起こす強力な薬…揮発性の高い薬物か?または少量吸い込むだけで神経に混乱を引き起こす物質か?)武志は息を止めて二人を歩かせる事はできなかった。また目眩が始まる。
そして非常口へ繋がる廊下を見た時、信じられない光景が飛び込んだ。
晃が立っていた。真っ直ぐと武志を見つめ、なにか呟いている。
「た……け……し……」喉の病んだ老人のような声で語りかける。
武志は言葉を発しかけるが、グッとこらえる。
(消えろ!晃が生きているはずはない…幻覚…幻覚だ…幻覚だ!)目をつむり、涙が込み上げ、胸が熱くなる。
もう一度晃を見ると姿は消えていた…。
その後、かろうじて正気を保ち続け、香奈と麻子を3階まで誘導する。
―3F中央階段踊り場―武志は膝を抱え座り込んでいた。香奈と麻子は意識が無くなったように眠っていた。
頭上の窓を見ると、雨が降り続いているのが分かる。
隙間から少量の風が入り込み、亡者のうめき声のように音をたてていた。どこからともなく水滴の落ちる音も聞こえ、時計の振り子のように時を刻む。
武志はぼんやり考えていた。理不尽な死を迎えた人間はその後、どんな未来が待っているのだろうかと…。
歴史の講義の記憶が思考をかすめる。
マルティン・ルターは、死は人生の終末ではない生涯の完成である―
と言った。
(理不尽な死が生涯の完成か…?)
怒りにも似た感情が沸き起こる。
(人間の魂は永遠に完成には至らず、カルマを背負い無限に生き死にを繰り返すんじゃないか…)
そんな事を武志はぼんやりと考え、暗い深海に居るような感覚になっていた。
やがて香奈と麻子は目を覚ました。「よかった…武志無事だったんだね」麻子は少し頭が朦朧とする中、武志に微笑んだ。
香奈も目を覚まし、政人が救助を求めて一人で森へ入っていった事を武志に報告する。
「晃が屋上から飛び降りた……」
伏し目がちに武志はそう告げた。
二人はショックを受け、全身の力が抜ける。
香奈は呆然と遠くを見詰めるような視線。
麻子は顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「おそらく、この病院内に殺人犯は居ない。夜が明けたら、この病院で政人が呼んだ救助隊を待とう。晃も置いていかれたら怒るかもしれない…」
武志はそう言い終えると深いため息をついた。
侵入した形跡のある非常口の扉を見るなり、背の高い男はガムを吐き捨てた。
「鼠が入り込んだ」
小太りの男が、扉を蹴り開けて呟く。
「見つけたら殺れ」
二人は黒いレインコートを脱ぎ捨てると、特種な防塵マスクを装着する。「鼠狩りは物を確認してからだ…」
背の高い男はその言葉を聞くや否や、鼻で息を大きく吸い込みブルブルと震えた。
「武志!左手が血だらけじゃない!」
麻子が心配そうに声を張り上げる。
香奈はその左手を見てから、懐中電灯を持ち3階の廊下へ出た。
左右に光を照らし、麻子に声を掛ける。
「麻子!元は病院だったんだから、どこかに応急処置の道具が残ってるかもしれない!探しに行きましょ」
麻子は強く頷くと武志に言った。「武志ここで待っててね」
二人は真剣な面持ちで3階の廊下へと進んで行った。
香奈と麻子は病室を一部屋、一部屋、見て歩いた
闇への恐怖心もあったが何とか堪えていた。
いつの間にか雨がやんでいたので、静寂の暗闇が不気味さを駆り立てる。
どの部屋もガランとしており、棚があっても何も置かれていなかった。
「何も無いわね…」
香奈が肩を落とす。
麻子は身震いを起こしながら、そろそろと部屋の内部をくまなく見る。
「政人は無事かしら?」香奈は辺りを照らしながら不安げに呟く。
「きっと携帯で警察を呼んでくれているわよ」
麻子はそう返すと後方の香奈を返り見る。
「……そうよね」
窓の外を心配そうに見つめた。
武志は階下から、微かに誰かがガラスを踏む音を聞いた。
(ん?誰だ…政人が戻ったのか…それとも救助隊か…?)
2階は一面割れたガラスで敷き詰められている為、音の主は2階に居ると武志は予想した。
だが…死体の一件もあり、まだ殺人犯の可能性も捨てきれないでいた。
武志はゆっくりと立ち上がり、そっと2階へと足を進めた。
香奈と麻子は3階の一室を覗くと、声を張り上げた。「あ!有りそう!」
6畳ほどの室内には薬品のケースが床に散乱し、棚がずらりと並んでいた。
二人は逸る気持ちで棚を物色する。
Bromperidol
Chlorpromazin
Levomepromazine…
「何の薬か分からない」「読めないわ…」
「包帯とか消毒液があれば良いんだけど…」
棚の引き出しやガラスケースを開け、しらみ潰しに探す…。
「包帯発見!」
麻子は香奈に得意げに見せる。
「麻子ナイス!」
二人の声が3階の廊下まで、こだましていた。
武志は2階中央階段の物陰で、ガラスを踏む音の主を確かめようと顔を覗かせる…。
(二人組……)
二人で話し合っている姿を確認したが、聞き取る事はできなかった。
やがて二人の男は2階廊下へと進む。
武志は耳を澄ます……。
「出てこい鼠!」
ガラスを叩き割る音や、部屋を荒らす音が聞こえた。
武志の全身に電撃が走る
鼓動が速まり、呼吸が乱れる。(まずい…見つかれば殺される)
即座にバラバラ死体遺棄の犯人だと察しがついた
武志は階段を素早く駆け上がり、3階の香奈と麻子を捜した。
懐中電灯の光りで直ぐに発見できた。
全力で駆け寄り、息を整える。
麻子は少しニコりと口を上げ、得意げに包帯を見せた。
「武志!腕みせて」
武志は麻子の口を掌で塞ぐと、逸る口調で二人に告げた。
「これから、絶対にしゃべるな!犯人が2階に居る!」
「見つかれば命は無い」
「俺が3階の隅にできるだけおびき寄せるから、香奈と麻子は4階で待機しろ!」
「隙を見計らって1階に降り、全力でこの病院から脱出しろ!」
「俺は時間を稼いでから脱出する」
「1階に降りたら口を塞ぎ、できるだけ呼吸をせずに走れ!」
「いいな?」
香奈と麻子は目を丸くさせ、武志の真剣な口調に尋常ではない危険が迫っている事を理解した。
香奈と麻子が4階に行ったのを確認すると、武志は3階の中央階段に立ち、そばに落ちているガラスの破片で左手首を切る
ポタポタと床に血を垂らし、階下の気配に全神経を傾ける。
香奈と麻子は4階の壁に身をかがめた。鼓動は早くなり、全身がガタガタと震え出す。麻子は両手を組み、神に祈った…。
武志の足元には血溜りができていた。
人間の血液の量は体重の13分の1。血液を流しすぎて、意識を無くす事を恐れた。
「こんな所で死んでたまるか…」
唇を噛み締める。
血痕を残しながら、3階の廊下へと歩きだす。
夜明けが間近に迫り、ぼんやりと闇が取り払われ始めていた。
左手首からの血の雫が歩いた軌跡となり、武志の後方に続いていた。
左手の全体がジンジンと痛み出す。甲と手首の損傷で思うように動かせない。
廊下の途中で足に消火器がぶつかった。ゴロりと転がった消火器を右手で拾う。
ズシリと重みがあり、未使用だとすぐに察しがついた。
(奴らは拳銃を持っている可能性が高い…できれば戦闘にならずに時間を稼ぎたいが…)
右手の消火器を強く握る
だいぶ中央階段から離れた場所に倉庫らしき部屋を見つけ、中に入ると立ち止まった。
段ボールや汚れた布団等が置かれ、埃っぽく湿った部屋だ。
そこで麻子から受けとった包帯を取出し、止血の手段として左手首に巻き付ける。
じわじわと包帯は真っ赤に染まっていった。
香奈と麻子は犯人の声を聞いた。
(真下に居る!)
(来ないで…!)
二人は4階の階段で、身を最小限に縮こまらせながら震えていた。
「ねずみが血を流しちゃってるぜぇ?」
「どこに居やがる!」
「カチッ」
嘲笑うかのような声と、拳銃の撃鉄を起こす音が壁に反響し響く。
麻子は自分の心臓の音が犯人に聞こえてしまうのではないかと心配する。
香奈は身体を硬直させていたが、震えが止まらない。
犯人二人の声は遠ざかっていった。
香奈と麻子はホッと胸を撫で下ろしたが、恐怖でなかなか足が動かなかった。
犯人二人は武志の血痕を追う。背の高い男は口笛を吹きながら拳銃をいじり、小太りの男は廊下の血痕に注目して、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
やがて倉庫部屋の前に立ち止まる。
武志は犯人のすぐ隣の部屋で息を潜めていた。
(よし…!後はタイミング……)
汗が額から流れ落ち、腕が小刻みに震える。瞬きする事もなく、息を殺した。
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