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Journey with Day

レス77 HIT数 1015 あ+ あ-

葉月( AmcTnb )
24/04/05 12:10(更新日時)

少年ジョニーは、バイクのデイと共に、旅に出る。
旅の途中で出会う、それぞれの生活を生きる、わけありの人たち。
出会いと別れをくり返し、ジョニーはひたすら、西へと走る。
いちばん大切な何かへと向かって、、




No.3944621 23/12/23 13:25(スレ作成日時)

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No.1 23/12/23 13:35
葉月 ( AmcTnb )

頭の上の空が快晴なので、ディビットは今日も、すこぶる機嫌がいい。こいつがうなると、やかましい小鳥の群れが、一斉に飛び立っていく。
「よし、いくぞ、ディビット!!」
ディは、オレに応えて、忠実にスピードをあげる。
両脚に振動が走る。砂ぼこりにたまらなくなって、オレは、銀色のヘルメットを、あわてて目深(まぶか)にかぶる。
一瞬で、あたり一面、砂漠になったみたいだ。
「ヘイ、ディ! このまままっすぐ行くぜ!」
相棒ディビット、通称ディは、地響きする排気音で、同意してくれた。

No.2 23/12/23 13:44
葉月 ( AmcTnb )

よし、まっすぐだ。あの角に何軒か、小さな家がある。そこまで走ったら、後は何もないはず。
ディ、お前はいつでも、オレの一番の親友だ。オレは、ハンドルをしっかり握りしめた。
「オーケー、ディ、この先、長いんだ、楽しくやっていこーぜ!!」
ディ、オレの愛車のオートバイ。昔、パパとママは、こいつに乗って、ダンスホールへとデートに出かけたんだ。
でも、パパはもう、こいつには乗らない。ピカピカの真っ赤な車を買ってから、そっちのほうに入れこんで、バイクのディには目もくれない。
まあ、ディビットって名前は、オレがつけたんだけどさ。だってこいつは今、オレのものなんだから。

No.3 23/12/26 13:16
葉月 ( AmcTnb )

パパから譲(ゆず)ってもらったディビット。でも、こいつは、パパよりオレとのほうが、相性がいいっていうのがわかるんだ。
ディとオレは、赤茶けた砂ぼこりの道を走りぬけ、草原の横の道を駆け抜ける。
見渡す限りの、緑色だ。
オレの一番好きな道。小さい頃から、長い時間をかけて、仲間たちと一緒に走り回りながら、学校に通った道。
あのころ、やたらと遠く感じたこの道も、バイクのディならひとっ飛びだ。杉の木のすき間から、ダークブラウンの木造校舎の影が、チラチラと見えて、後ろへ遠ざかる。
オレはもう、子供じゃない。パパもママも、友達もいない、長い旅へと出かけるんだから。


最初の夜。夕闇もすっかり暮れて、ディも、なんだか疲れてるみたいだ。アクセルがちょっと調子悪いし。
ふと見ると、小さな小屋がある。
「ディ、ちょっとここで休もうか」

No.4 23/12/28 12:15
葉月 ( AmcTnb )

ディから降りて、小屋のドアを開けると、ふわりと干し草のにおいがする。
中は、外から見るより広くてきれいだ。
牛か馬がいるのかな。昔、おじいちゃんがジョイって馬を飼ってたっけ。馬のひづめには気をつけろっていうのが口ぐせだった。
でも、ここには馬はいない。干し草だらけだ。
金色に光る干し草。まだ新しいみたいだ。よし、今日の寝ぐらは、ここに決定。
オレは、ディを小屋のわきにぴったりと停めて、キィを抜き、ジーンズのポケットにしまい込む。
ふかふかの干し草。クッションみたいにやわらかくて暖かい。
砂ぼこりで汚れた体と、背負っていた茶色いリュックを投げ出すと、干し草のベットは、ふわふわとオレを包んでくれた。
なんだか、すごく懐かしい気持ちになる。ジョイってやつは、走るのが速かったよなぁ、、、、

No.5 23/12/28 12:25
葉月 ( AmcTnb )

うとうとしていたら、ギギギッと音がして、誰かの影が見えた。
月明かりの中に、白く浮かびあがる人影ーー
「だれ?あんた」
オレは、びっくりして飛び起きた。目の前に、ギンガムチェックのワンピースを着た女の子が立っている。
「オレはーー ジョニーだよ」
「ジョニー?」
女の子は、青い目で、オレの顔をじっとにらんでいる。
「見かけない顔ねぇ」
どうしようか。オレは、ここから追い出されるのかな。
ちょっと居心地のいい小屋だったけど、しょうがない。頭についた干し草を払い落とす。
金色の巻き毛の女の子は、ポリスみたいに両手を腰にあてて、オレのまわりを、ゆっくりと歩きまわっている。

No.6 23/12/30 12:54
葉月 ( AmcTnb )

いきなり、女の子は、ドサッとオレのとなりに腰を下ろした。
干し草が、ヒラヒラと舞い上がる。
「ねえ」
オレは、ちょっとギクリとして、横目で女の子に視線を飛ばす。
「何だよ」
「あんた、おうちでママが心配してるんじゃない?ママが広げてくれたシーツが、恋しくないの?」
ちょっとバカにしたような言い方に、オレは、カチンときた。
「ーーママは、遅くまで農場の片付けしてるから、まだ、今の時間は家にいないよ」
「ふーん」
女の子は、干し草を手に取り、パラパラと細かくちぎって、辺りへと散らした。
「あたしのママもねえ、農場で働いてるわよ。だから、いつも、夜遅く帰って来てる。泥だらけになってね」

No.7 23/12/30 13:10
葉月 ( AmcTnb )

女の子が、急に、オレの顔をのぞき込んで、言った。
「ねえ、あたしって、ヘンな顔してる?」
「はあ?」オレは、まゆをしかめて、女の子の顔をじっと見てみた。
透(す)き通るような青い目。それはいいけど、鼻がちょっと低い。
鼻にかけたような低めで甘ったるい話し方のわりに、つんとした口元。
「べつに。オレの知ってる女の子の中じゃ、まあまあってとこだね」
「へーえ、そう」
女の子は、ふっとため息をついて、干し草を吹き飛ばす。
「あたしのママはね、あたしが朝起きた時の顔を、いっつも『ヘンな顔』って言うのよ。ーー自分だって、ヘンな顔のくせにね。ーーねえ、あんたのママは、農場に、馬に乗って行くの?」
「いや、馬は、もういないんだ。歩いて行くんだ、近いから」
「ふーん。お化粧してる?」
「えっ?」
「あんたのママよ」
「うーんと、村でパーティーがある時は、してるよ。うちのママは美人だから、化粧なんかしなくてもいいんだって、パパは言ってる。ジョークだろうけどね」
「ふーん」

No.8 24/01/01 13:13
葉月 ( AmcTnb )

女の子は、ドサッと背中を投げ出し、干し草にもたれかかって、じっと、小屋の窓から月を眺めてる。
月明かりの中、金色の巻き毛が、ぼんやりと浮かびあがっている。
「あたしねぇ、自分の顔がキライ。お化粧するのもキライ。友達は、みんなボーイフレンドと出かける時、お化粧してるんだ、でも、あたしはしないの。お化粧してる間は、ちょっとは美人になった気持ちがするけど、顔を洗ったとたんに、いつものヘンな顔になっちゃうから。
ーーここはね、昔、馬が住んでたのよ。でも、今は、馬は売られちゃった。
だから、ここは私の小屋。ママに怒られた時は、いつも、ここで月を眺めてるのよ」
そう言ったとたん、女の子は、スヤスヤと眠りだした。

No.9 24/01/01 13:21
葉月 ( AmcTnb )

こげ茶色のまつ毛を静かに閉じていると、なんだか、お人形のようだ。
子どもの頃、ママが読んでいた外国の雑誌の中にいた、フランスのきれいなお人形。
月明かりに照らされた女の子の眠り顔を見ているうちに、なんだか、こっちまで眠くなってきた。思い出した、オレは疲れてるんだよ。
明日、また荒野を走るためにも、今はしっかり眠っておかないと。
干し草は、太陽の匂いを吸い込んでいて、疲れた体を投げ出すと、ふわりと暖かい。

No.10 24/01/03 13:22
葉月 ( AmcTnb )

おやすみ、ディ。おまえも、この月明かりの下、砂ぼこりにまみれて疲れたボディを、休めてるんだな。
小さな星が、キラキラ光って、ガラス窓から見えている。


まぶしい陽射しが差し込んでいる。ーー朝だ。
いつのまにか、朝になってる。なんだか、首すじが痛い。
そっと体を起こしてみると、頭の上から、干し草がヒラヒラ落ちてきた。
パッ、と横を見てみたけど、昨日の女の子はいない。
干し草の上に、小さなくぼみが残ってるだけ。きっと、家に戻ったんだろう。
ーーママは、あたしが朝起きた時の顔を、ヘンな顔っていうのよーー
ほんとに、ヘンな顔なのかな。わりと、かわいかったような気もするけど。

No.11 24/01/03 13:32
葉月 ( AmcTnb )

まあ、いいや。オレは、旅に出ないといけない。女の子なんかに、かまってられないさ。
ディの様子はどうかな。ジーンズのポケットのキィを探す。
その時。
バン!! と、小屋の戸が開いて、サンタクロースみたいなーー いや、サンタほど長くないけど、あごひげを生やしたおじさんが、飛び込んできた。
「てめえ、なんでここにいやがる!?」
グイッと、オレの目の前に、鉄のくまでを突きつける。
びっくりしたオレは、干し草の中へと、後ずさりする。けど、このおじさんは、ジリジリと、オレに向かって、くまでを近づけてきやがる。
誰だ?この小屋の持ち主か? 

No.12 24/01/03 13:39
葉月 ( AmcTnb )

やばい、明らかに、立場が悪い。オレは、不法侵入者だ。
「おい、なんでここにいるのかって聞いてるんだ、てめえ、この耳は、飾りもんか!!」
くまでが、耳をかすめる。ちょっと、冷や汗が出る。
「す、、、すいません、旅の途中なんで、、、、 」
「旅ぃ?」
おじさんは、ジロリとオレをにらむ。くまでが、キラリと朝日に光る。
「旅の途中で、うちのルーシーに、手ぇ出したっていうのか!?」
「ルーシー?」
「ハァイ」
ふと見ると、おじさんの後ろから、昨日の女の子が出てきた。

No.13 24/01/05 13:51
葉月 ( AmcTnb )

髪の毛を、赤いスカーフで結んだポニーテールにして、茶色いワンピースを着てる。
この子、ルーシーっていうんだ、
「おい、おまえ、この小屋が誰のものか、知ってて入ってきたのか!?
ここはなあ、リンカーンが生きてた頃から、俺のじいさんの持ち物なのさ。この小屋1つじゃない。あっちに広がってる小麦畑も、キャベツ畑も、全部、俺達家族が、管理してるんだ。
その向こうの牧場も、ここにいるルーシーもな。可愛い娘に手を出す虫は、生かしちゃおけねえ、え!?ここで、このくまでのえじきになるか、とっとと出ていくか、どっちなんだ、ええ!!」
「出てったほうがいいわよ」
ルーシーが、青い目で、オレを見下ろす。
「うちのパパは、怒るとこわいわよ。さっさと行ったほうが、あんたの身のためよ」
そう言ってルーシーは、ニヤニヤ笑いながら、ドサリと干し草に腰を下ろす。
なんだ、こいつ、
オレは、再び、カチンときた。昨日、フランス人形みたいなんて思ったのは、間違いだ。こいつは、とんでもない意地悪猫だ!

No.14 24/01/05 14:02
葉月 ( AmcTnb )

「、、、、出て行きます」
「ふん」
おじさんは、グサッと、くまでを干し草に突き立てる。
「おまえ、どこまで旅に出るっていうんだ?」
「セント・グレイスまで」
「セント・グレイス?」
おじさんの目の色が変わった。
「ーー遠い所まで行くんだな。バイクで、一人旅か」
「はい」
「ふーん」
ボサボサの、シルバーグレイの髪を振って、おじさんは、開いた戸口に向かっていき、オレのディビットを、じっと見つめた。
「このバイクで走るのか?」
「ええ、そいつとオレは、相棒なんです。そのバイクには、手を出さないで下さい」
おじさんは、ジロッと、オレをにらむ。
ルーシーは、さっきから、干し草の上に座って足を組み、ほっぺたに片手をあてて、ニヤニヤしながら、オレ達のやりとりを聞いている。

No.15 24/01/06 12:57
葉月 ( AmcTnb )

立ち上がったルーシーは、
「ーーーパパ、子牛のティモシーが、おなか、すかせてるんじゃない?あたしもそろそろ行ってくるわ。
じゃあ、ね、坊や。このあたりの男の子は、こわいわよ。あたしに手を出したなんてウワサが流れたら、あんた、タダではすまないわよ。
さっさと、そのバイクで、セント・グレイスとやらに走って行ったほうが、あんたの身のためよ」
と言って、スタスタと、戸口から出ていった。
干し草が、ヒラヒラと、真っ赤なエナメルの靴を追う。
オレは、「坊や」と言われて、頭に血が上るほど、腹が立った。でも、くまでのえじきには、なりたくない。
立ち上がって、髪の毛とジーンズについた干し草を払い落とす。

No.16 24/01/06 13:05
葉月 ( AmcTnb )

「待て」
おじさんが、くまでを垂直に持ち、声をかける。オレは、ギクッとして、歩きかけた足を止める。
「そいつには、オイルは入ってるのか?」  
「フルで入れてきました」
「いくら満タンで入れて来ても、セント・グレイスまでは遠い。来い、今まで走った分だけ、うちのオイルを入れてやる。その後、とっとと走って行っちまえ」
「ありがとう」オレは、思わず、笑顔になった。正直、オイル代が浮くのは、ありがたい。

No.17 24/01/08 13:02
葉月 ( AmcTnb )

シルバーグレイのあごひげのおじさんは、ディに、たっぷりオイルを入れてくれた。おじさんのオーバーオールのジーンズは、オイルと干し草のにおいがする。
それが終わると、おじさんは、緑色のドラム缶に、ドン!と片手をつき、オレに何か放り投げた。
あわてて、キャッチする。リンゴだ。まだ、すっかり赤くなってないリンゴ。
「子牛のティモシーは、リンゴを食えないからな。おまえにくれてやる。腹のたしには、なるだろう。ーーおまえ、学校には、行ってねえのか?」
「もう、卒業したんです」
「ふん、働かずに、バイクで一人旅か。近頃の若いやつらは、好き勝手なことばかりしやがって。ここらのやつらもそうだ。遊んでばかりいるような男には、ルーシーは簡単に渡せねぇぞ、
さあ、もうおまえに用はない、さっさと行っちまいな!!」

No.18 24/01/08 13:14
葉月 ( AmcTnb )

「はいーー すいません、じゃ、お元気で」
「おまえに、お元気でなんて言われる筋合いはねえ!俺は、まだまだ元気だあ!!」
叫んでいるおじさんに軽く手を上げ、オレは、リンゴをリュックに入れて、ディに飛び乗り、エンジンをかけた。
さわやかな風。曲がりくねった道。
バイバイ、ルーシー、そして、ルーシーのパパ。
ルーシー、君は、今夜、あの小屋の中、一人で夜空の月を眺めるのかい?



ディは、調子がいい。予定より半日早く、湖のほとりに到着できた。
エンジンを切って、ディから降りて、大きな木の幹にもたれかけさせる。まだ熱いボディが、少しずつ冷えていき、砂をかぶったミラーに、湖の水面が、キラキラと反射している。

No.19 24/01/10 11:50
葉月 ( AmcTnb )

ちょっと、ひと休みしよう。ほこりっぽくなった茶色いリュックから、地図を取り出す。ガサガサと広げてみたら、やっぱり、マーキングしていた所よりも、だいぶ遠くまで来ている。
「ディ、おまえのおかげで、予定してたよりだいぶ進んだぞ」
オレの着ているインディゴ・ブルーのシャツが、銀色に輝くディのボディに反射している。
大きな木々に囲まれている湖は、青空を飲み込んだように、深く深く、真っ青(さお)できれいな水面だ。スイッと、魚のような影が、遠くを横切ったような気がする。

No.20 24/01/10 12:02
葉月 ( AmcTnb )

何か、音がした。小鳥の羽ばたき?野良犬の散歩?
そんな音じゃない。何か、呪文のような、、、あやしい響きが、木立(こだち)のすき間から聞こえてくる。
呪文にひきつけられるかのように、オレは、足を進めた。
何か、いる、白いマントをかぶった、、、、へんな男たち、、、、
白魔術?ちょっと違うような気がする。近所のエイミー達がやってたのは、地面に星形の図形を描いて、何か歌を歌うんだ。こいつらは、図形を描いてない。
もっとよく見てみようとして、足を踏み出す。ポキッと、小枝が、割れる音がする。
無言のまま、白マントの1人と、目が合う。オリーブ・グリーンに光る瞳。わりと整った顔た。
こいつ、いくつだ?パパと同じくらいにも見えるけど、、、、

No.21 24/01/12 15:12
葉月 ( AmcTnb )

「おまえは、誰だ?」
鋭い声が響く。白マントの男たちが、一斉にこちらを見る。オレは、背中が凍りつきそうになる。
「、、、、ジョニー。ジョニー・ハドソン」
「この地の者か?」
「いや、ちがいます。イースト・サイドから来たんです」
「おまえは、ここがどこだか、わかっていて足を踏み入れたのか?」
モズの巣のような頭の白マントが、オレをきつくにらむ。
がっしりした体つきなので、なんだかすごい迫力だ。
男たちが、ぞろぞろと、オレに近づき出した。ずんぐりした男、ひょろりと背が高い男、、、、みんな、白マントに身を包んでいるから、なんだか気味が悪い。

No.22 24/01/12 15:22
葉月 ( AmcTnb )

「この地の者ではないだと?」
「では、なぜここに来た」
モズ頭の男が、スッ、と、腕を水平にあげる。「まあ、待て」
「この地を訪れたのも、なんらかの理由があるのだろう。我らは今、神聖な儀式を行っている。この地の者しか、参加できない儀式だ。おまえは、そこから5mほど下がりなさい。それ以上、ここに近づいてはいかん」
「は?」オレは、おそるおそる、3、4歩後ずさる。
「ここで、、、、どんな儀式が、行われるんですか?」
「雨乞いだ」
最初に目が合ったオリーブ・グリーンの瞳の男が、答える。

No.23 24/01/14 11:47
葉月 ( AmcTnb )

「この地には、もう40日以上雨が降っていない。これ以上日照りが続くと、野菜も小麦も、干からびてしまう。そうなると、人々は皆、飢えてしまう。そうならないための、儀式だ」
そういえば、この旅に出発する準備をしてた頃から、イースト・サイドでも、雨は降ってない。雨が降らない日が続くと、パパとママは、ラジオでオールディーズを聴きながら、天気予報をチェックしてたな。
「おまえも、この地のために、一日も早く雨が降るよう祈ってほしい。それが終わったら、すぐに、旅に出発するがいい。まもなく、この地は、雨に包まれるーー 我らの祈りが、天に届いたならば」
「はい」オレは、おそるおそる十字を切る。「早く雨が降りますように、、アーメン」
「待て」

No.24 24/01/14 11:58
葉月 ( AmcTnb )

一人、やせた男が、白マントのフードをかぶって、オレの前に立つ。よく見ると、顔にしわが刻まれたおじいさんだ。
「おまえの旅が無事に終わるように、祈りを捧げよう」
そして、やせたおじいさんは、白マントを引きずるようにして歩き、ディビットの前へ来た。
「どこまで行くんだ?」
「セント・グレイスです」
「セント・グレイスか」
おじいさんは、じっとディビットを見つめた後、ハンドルにゆっくりと手をあてて、つぶやくように祈った。
「嵐からも、風雨からも、どうかこの者たちを守りたまえ、、」
砂ぼこりにまみれたディビットは、苔むした木の根元で、じっと、白マントのおじいさんの祈りを受けていた。
「さあ、行くがいい。儀式は、再びやり直しだ。一刻も早く、この地から立ち去れ」
オリーブ・グリーンの瞳の男が、白マントをひるがえして言った。

No.25 24/01/18 11:49
葉月 ( AmcTnb )

なんだかちょっと芝居がかっている気もするけど、白マントの男たちの威圧感に圧倒されて、オレは、「はい、じゃ、どうも、、失礼します」と、後ずさりしながら、ディに近づいた。
ハンドルを持ち、苔にのめり込んだタイヤを引き上げ、ゆっくりとディを揺り起こす。タイヤがなかなか前に進んで行かない。苔まみれの小石と、ぬかるんだ泥をよけながら、やっと、乾いた赤土の所まで来る。
ふり返ると、男たちが、白いフードをかぶって、じっと、こちらを見つめている。
オレは、とりあえず、笑顔をつくり、急いでエンジンをかけて、前へと進む。やっぱり、はやくこの場から立ち去ったほうがよさそうだ。

No.26 24/01/18 11:58
葉月 ( AmcTnb )

背中にじっとりと汗をかきながら、泥がついたディのタイヤに、なるべく赤い土がつかない道を選んで進む。このへんの土は、パサパサ乾いたのと、ドロドロのやつと、ごちゃ混ぜになってる。
途中、何度かよろけそうになりながら、ディのハンドルにつかまり、体をまっすぐに起こす。やれやれ、ついこのあいだ洗いたてだったリーバイスは、もう泥まみれだ。スニーカーの白い部分なんて、あとかたもない。
ほんとに、雨は降るのかな。あの白マントの儀式で?
空を見上げてみる。白いくもり空。これから雨雲がやってくるのかもしれないし、雲の切れ間からお日さまが顔を出すのかもしれない。
どちらともつかない、すっきりしない雲の群れ。

No.27 24/01/21 12:10
葉月 ( AmcTnb )

ささくれだった木が、目の前に生えている。
ディを引きずりながら、ゆっくりと木の幹に近づき、カサカサした葉っぱをかき分ける。
黄緑色の葉っぱのすき間から、何か動物の気配がする。
リスーー 子リスだ。まん丸い目をした子リスは、オレのことを一瞬じっと見つめ、パッと姿を消した。ガサガサッとした葉っぱの音と、大きなしっぽだけが見え隠れする。
リスってやつは、もっと大きくなかったっけ?町はずれのジェィクが飼ってたリスは、芸ができたんだ。

No.28 24/01/21 12:22
葉月 ( AmcTnb )

まあ、芸っていっても、アーモンドをキャッチしたり、ジェィクの肩にのぼったりする程度だったけど。オレなら、空中を一回転くらいさせてみせるのに。でも、野性のリスは、懐(なつ)かないよなぁ、、
そんな事を考えながら、ささくれた木にそっとディをもたれかけさせて、オレも、ディのメタリックなボディにもたれかかる。
ーーそうだ、リンゴがあった。ルーシーのパパからもらったリンゴ。
腹が減っている事を思い出した。ブランチ・タイムだ。リュックの中の地図をかき分けて、リンゴを取り出し、インディゴ・ブルーのシャツのはしで磨きをかける。サクッと丸かじりしたら、まだ少し酸っぱい。
けど、青リンゴよりは、ましだろう。サクサクッと、芯と種以外、全部丸ごとたいらげる。思った以上に、腹が減ってたんだ。

No.29 24/01/24 12:38
葉月 ( AmcTnb )

もう2、3個はいけそうだ。ふっと、近所のマリアンナが作ってたアップルパイを思い出す。焼きたてのアップルパイ。
あーあ、この場にあったらなあ、丸いシートごとペロリとたいらげることだってできそうだ。
両手を乾いた葉っぱでぬぐって、シャツとジーンズについた泥汚れを払い落とす。ディビットの様子はどうだ。メーターを見ると、オイルは半分よりはまだ多い。
イースト・サイドを完全に抜け出るまでは、もってくれるよなあ、ディ。ウエスト・サイドに突入するまで、せめてセンターポイントまでは、雨からも風からも、逃げ切ってやる。

No.30 24/01/24 12:49
葉月 ( AmcTnb )

相棒のディをじっと見つめてみる。あの白マントのおじいさんのお祈りが効いたのか、ミラーもエンジンも、なめらかなシルバーラインのフルメタルボディも、いつもよりなんだか、輝いて見える。
ちょっとうれしい気持ちになって、黒いシートをポン、とたたき、つま先でタイヤについた泥をこすり落とす。とてもじゃないけど、とれない。
ひょいとかがみ込んで、適当な枝を拾い、タイヤの溝のぬかるんだ泥を、こすって落とす。いつのまにか、鼻歌まじりでタイヤ掃除に熱中している自分に気がつく。

No.31 24/01/26 12:47
葉月 ( AmcTnb )

ディの泥を落として、もう少しきれいになったら、次の町で、シャツと食料を買っておこう。
リュックの内側に、たくさんのコインが入ってる。きれいな水が出る所で寝泊まりしたいけど、コインもドルも限りがあるから、シャワーハウスで我慢しよう。
しばらく走れば、ドライバーのハウスがあったはずだから、シャツのままシャワーを浴びて、着替えて、絞(しぼ)れば大丈夫。生乾きでも、風まかせで、そのうち乾くさ、きっと。

No.32 24/01/26 12:57
葉月 ( AmcTnb )

誰かが歌ってたような60's(シックスティーズ)を、鼻歌まじりのオリジナルナンバーに変えながら、とりとめもなくいろいろな事を考える。
タイヤの泥は、なかなか落ちない。



どうやら、雨には降られなかったみたいだ。目が覚めてみると、あたりはもう、すっかり明るい。今日はどうやら快晴だ。
一日かかって走って、だいぶ遠くまで行けそうだ。
あの白マントの男たちには悪いけど、太陽の光を体中に浴びると、ディの走りも、調子がいいような気がする。

No.33 24/01/28 12:37
葉月 ( AmcTnb )

さあ、ディ、行くぜ、レディ、ゴウ!
キイを差し込み、エンジンをかけ、ディに飛び乗る。うなる排気音。
タイヤが、緑の芝生を巻き込み、フル回転で回り出す。
バイバイ、木かげのブランコ、切り株のベンチ。この公園は、寝心地がよかったよ。たぶん5㎞も走った頃には、ここで小さな子どもたちが、やかましく走りまわってるんだ。
このあたりは、なんて名前の土地だっけ?ウエスト・サイドには入ってるかもしれない。ゴールのセント・グレイスまでは、まだ遠いかな。

No.34 24/01/28 12:46
葉月 ( AmcTnb )

でもいいさ、この道は走り心地がいい。まっすぐ行けば、道は続くはず。つきあたったら、引き返せばいい。
まぶしい日射しの中を、ディはつき進む。うなりをあげる2つのタイヤは、絶好調だ。カーブだって、もうお手のもの。ディのいちばん走りやすい角度っていうのが、ハンドルの先から伝わってくる。
小石のつぶてが、でこぼこ岩に当たって、スパークしている。
おっと、スピードをゆるめなきゃ。ディに傷をつけるわけにはいかない。頑丈そうな岩は、えんえんと右手を塞(ふさ)いでいる。いったいどこまで続くんだよ、この岩たちは?

No.35 24/01/30 12:18
葉月 ( AmcTnb )

やっと岩場を抜け出した。前方には野原が見える。
細いまっすぐな一本道のわきに、赤や黄色の点々が散らばっている。
急に、ディが悲鳴をあげる。野犬の遠吠えみたいな声だ。
「どうしたんだ、ディ、、、、、」
ブレーキをかけようとしたオレは、メーターを見る。針が小刻みに揺れる。あとワンカウント、あとツーカウント、、、、
「止まれ!!」
男の声がした。あとワンカウント、もう少し数えないと止まれない。
「止まれ!!」
オレは、やっとブレーキをかけて、ディをストップさせた。

No.36 24/01/30 12:29
葉月 ( AmcTnb )

もうもうと土けむりが舞い上がる。ディについていたほこりやら泥カスやらスモッグやら、そんなのがいっしょくたにふわふわあたりに漂っていき、足元からパチパチパチ、、、、と、砂つぶが弾(はじ)ける音がする。
おそるおそる後ろをふり返る。けむりの中に、人影が見えた。
ゆっくりと姿を現したのは、一人の男だった。
「なぜ、すぐ止まらなかった?」
男は、オレをじっと見つめている。オレは、まだハンドルから手が離せない。
黒真珠のような、男の深い瞳が、まっすぐにオレを見る。
「なぜ、すぐに止まらなかったかと聞いてるんだ」
男は、二度目の質問をする。
「すいません、、、岩場を抜けてきた後だったんで、こいつの、、バイクの調子が、悪くなったんです」

No.37 24/02/01 12:17
葉月 ( AmcTnb )

カラスみたいに真っ黒い髪を揺らして、男は、ディを眺めまわす。
「あともう少しで、あっちの草垣に突っ込む所でしたね、、すいませんでした、これから気をつけていきます。あの、ここは、あなたの農場なんですか?」
あたりを見回すと、あちこちに、たくさんの作物や花が植えられている。
ワイルドベリー、ひとかたまりのミント、背丈ほどのトウモロコシ、ポテトの白い花、クレマチスの紫。
「いや、、、、 農場じゃない。ただの菜園だ」
「へえ、、、 でも、すごいや。きれいな花も咲いてる。これだけ広いのに、手入れが、よく行き届いてますね」
これは、半分おせじだ。なんとかこの男の機嫌をとって、この場に踏み込んだことを許してもらわなきゃいけない。
オレは、ディからゆっくりと降りて、タイヤの跡を見る。
目が覚めるような鮮やかな緑の草地に、くっきりと、ディが走ってきたタイヤの跡が一筋残り、急ブレーキだった証拠を物語っている。オレは、ちょっとブルーな気持ちになった。

No.38 24/02/01 12:28
葉月 ( AmcTnb )

さっきから、男は、黙って佇(たたず)んでいる。白いシャツに、薄いベージュのズボン。シャツも黒い髪も、静かな風の中に、ゆらゆらなびいている。
「、、、、菜園の、お手入れ中だったんですか?
「そうだ」
「あの、オレ、よかったら、手伝いましょうか?」
「手伝う?」
男は、鋭い視線のまま、少し笑った、ように見えた。
「はい、オレの家、農場なんです。トレーラーは運転できないけど、土を耕したり、水をまくのは、得意ですよ。
バイクのタイヤの跡だけでも、、、直しておきましょうか?」
男の表情は、揺るがない。オレは、なんだか、居心地が悪くなってきた。

No.39 24/02/03 13:19
葉月 ( AmcTnb )

風が、少し強くなった。男の黒い前髪が、顔に落ちかかる。
男は、ゆっくりと前髪をかき分けて、黒真珠の瞳を、こちらへ向ける。
「来い」
くるりと背中を向けた男は、スタスタと歩き出した。
オレは、あわてて、その後につづく。
大きな取っ手のジョウロ。まん丸い植木鉢の中に生い茂る小さな野菊。サクランボをつついている小鳥たち。
次々と、そんな風景が目に飛び込む。
まぶしくなった陽ざしを浴びて、菜園の中の色が明るくなっていく。
ふと、男が立ち止まった。オレも、足を止める。
オレの目の前に、男の白い手が伸びる。
「キィを預かる」
「キィ?」

No.40 24/02/03 13:28
葉月 ( AmcTnb )

「バイクのキィだ。私が動かして他の所へ移す。あんな所に置いておくと、邪魔になる」
オレは、ちょっと表情を引きしめる。家族以外にさわらせた事のない、ディのキィ。もしこの男が、菜園を荒らした腹いせに、キィを返してくれなかったら、どうしよう?
男は、じっとオレを見る。オレは、あきらめて、ポケットのキィを探る。
男の白くて細い手に、カチャリと、ディのキィが渡る。
こんな真っ白い手で、農作業をやってるのか?こいつは、ここの、地主なのかな?
男の後についていくと、青いペンキを塗った小屋があった。

No.41 24/02/06 12:36
葉月 ( AmcTnb )

青色の板の所々(ところどころ)がささくれて、中をのぞくと、赤いスコップがひとそろい置いてある。
ぼんやりと目が慣れてくると、小屋の中へ入った男は、もう手ぎわよくプランターを積み重ねていた。オレは、あわてて、足元の小さなプランターを取って、男に渡す。
しっかりしたロープのはしご。学校にあるような、モスグリーンの椅子。そんな物を眺(なが)めていると、男が声をかけてきた。
「おまえは、レンガは、直せるか?」
「レンガ、、、、? タイルなら、張った事があります」
「タイルと同じだ。これを使って、レンガの穴をふさげ」
男は、緑色の小さなバケツと、ヘラを1つ差し出す。

No.42 24/02/06 12:49
葉月 ( AmcTnb )

言われるままに、バケツの取っ手を手に取り、ヘラで中身をかき回す。
砂利(じゃり)石色の、どろりとした固まりが、かき回したヘラの先端をつたって、ループ状に緑色のバケツへと落ちていく。これで、レンガをふさぐのか?
パッと顔を上げると、男はすでに歩き出し、小屋の入口までさしかかっていた。ロープやらスコップやらをよけながら、オレも後をつづく。
「あの、ミスター、、、、」
「ロイだ」
「ミスター・ロイ、どこのレンガをふさぐんですか?」
「こっちだ」
ミスター・ロイは、スタスタと茶色い土の上を歩く。こげ茶色のスニーカーが、土ぼこりをまき散らしていく。オレも、遅れないよう、急いでついていく。

No.43 24/02/10 13:03
葉月 ( AmcTnb )

やがて、石段の上に着いた。くすんだ土色のレンガが周りに広がる。
石の階段の一つ一つを降りていくと、様々な色の野草の群れが、そよ風になびいている。
野草のすき間から、グラジオラス、ラベンダー、シオン、カーネーション、、、、 あと、名前がわからない草花が、赤や紫や白、そんなたくさんの色をつけて、気持ちよさそうに、太陽に照らされている。

No.44 24/02/10 13:12
葉月 ( AmcTnb )

「そこのレンガのすき間、それだ。そこを、ふさいでくれ」
「わかりました。 、、、、ここ、ちょっと表面がでこぼこして、そろってないですけど、、、、 」
「それは、自分で考えろ。とにかく、きれいに直してしまえ。
日没までに終わらないと、このキィは渡さない」
カチャリと、音がした。ディのキィが、ミスター・ロイの腰のベルトに吊り下げられる。他にも、キラリと、何本かのキィが、見え隠れする。
ーーーここには、他にも、倉庫や納屋があるんだろうか。
ぼんやりと考えながら、オレは、緑色のバケツを持って、トン、と、ジャンプして石段を下りる。

No.45 24/02/11 13:36
葉月 ( AmcTnb )

不ぞろいに並んでいるレンガの一つ一つに、細(こま)かいヒビが入って、土の跡がザラザラしている。
どうふさいだら、もっときれいになるんだろう? とりあえず、ヘラを手に取る。
悩んだってしょうがない。ミスター・ロイに怒られたら、それはそれだ。
日射しが、まぶしくなってくる。クラシックナンバーを口笛で吹く。
インディゴ・ブルーのシャツに、泥がくっ付く。太陽に向けた背中が、ジリジリと暑い。ヒビが、一つ埋まる。今、何時だろう?
熱くて、体から、水蒸気が立ちのぼりそうだ。
あの太陽が傾く前に、このヒビを全部ふさぐんだ。
髪の毛の間から、汗が、ほほをつたって、流れ落ちていく。



「終わったか」
ミスター・ロイに声をかけられ、ふっと気がつくと、オレの周りが、ゆっくりと淡いオレンジ色の夕暮れに差しかかっている。

No.46 24/02/13 13:08
葉月 ( AmcTnb )

「、、、、だいぶ、仕上がりに近づいてます」
ミスター・ロイは、黒いビーチサンダルで石段に近づき、コツンと、レンガをけった。
「まあ、このくらいでいいさ。来い」
キィを、返してくれるのかな。ああ、オレの手は、真っ黒だ。
ジーンズの土ぼこりをはたいて落とし、バケツにヘラを入れて、ロイの後をついていく。

No.47 24/02/13 13:16
葉月 ( AmcTnb )

ミスター・ロイの腰には、もう、キィの束はついてない。
ベージュ色のゆるやかなズボンをなびかせて、スタスタと、前を歩いている。
野草が、ゆらゆらと、風に揺れている。
ミスター・ロイに言われるまま、ホースの水で手を洗い、バケツを小屋に戻し、着いたのは、石造りのバルコニーだった。
薄ぼんやりとしている夕暮れの中で、ロイは、ガタンと、テーブルから椅子をひいた。
「座らないか」
目が夕闇に慣れてきて、ロイの黒い髪が風に揺れるのが見えてくる。

No.48 24/02/17 13:50
葉月 ( AmcTnb )

また、言われるままに、オレは椅子に腰を下ろした。まだあたたかい木目のすき間から、太陽のぬくもりが伝わってくる。
「ペリエをやろう」
「はい」
ロイは、ペリエ水と一緒に、重ねたトーストを持ってきた。
レタスに、ベーコン、トマト、無造作に重ねられた中味が、トーストの間からこぼれ落ちそうだ。
「レンガを直してくれたお礼だ」
そう言ってロイは、テーブルの上のガラスの器に入っている溶けかかったキャンドルを、灰色のバケツの中に放り投げ、新しいキャンドルに火をつけた。
あたりが少しずつ明るくなり、夕闇の暗さの中で、小さな炎が、ゆらゆらと輝きだす。

No.49 24/02/17 13:59
葉月 ( AmcTnb )

ミスター・ロイの瞳が、揺れるキャンドルの炎の中で、少しだけ明るく見えた。
「いただきます」
ミスター・ロイは、しばらく椅子に座って足を組み、じっと、オレがトーストを食べる様子を見ていたが、やがてペリエ水を一口飲み、自分も一緒に食べ始めた。
「この野菜は、私が育てたんだ」
「へえ、うまいですね。うちの農場でも、レタスを作ってますよ。そろそろ出荷の時期です」
ミスター・ロイは、トーストをかじりながら、少し微笑んだように見えた。
「あの、ミスター・ロイ」
「何だ」
「あなたは、ここに一人で住んでるんですか?」
「そうだ」

No.50 24/02/19 12:39
葉月 ( AmcTnb )

「へえ、いいですね。一人で暮らすって、気楽でしょうね。うちは、兄貴と妹がいるから、うるさくって。二人とも、ダンスナンバーが大好きで、ボリュームをガンガン上げて踊るんです。オレは、はやくあのうちを出て、静かに暮らしたいって、いつも思ってるんです」
オレが話しているうちに、ミスター・ロイはトーストを食べ終えて、椅子の背にもたれ、シャツのポケットからタバコを取り出した。
「ここはーー 静かで、いい場所だ。ずっと昔は、開拓民が住んでいたらしい。このバルコニーは、私が修繕した」
涼しい夜風が吹き過ぎていく。キャンドルの炎がゆらりと横に揺れ、また再び炎を燃やし始める。
「ほかの家族は?もともとは、どちらに住んでたんですか?」
「ノース・サイド」
「ノース・サイドかあ。海が見える所ですか?オレ、海が見える所に住むのが、夢なんです」
ミスター・ロイは、ゆっくりと、タバコの煙を吐いた。野草がそよぐ暗い闇の中を、じっと見つめている。

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