知能と心

レス3 HIT数 427 あ+ あ-


2023/09/15 08:13(更新日時)

知的障害者(重度)の為に物事(利用される、嘲笑される等)が分からず心穏やかでいられるのと、物事が分かる為に人間の狡さ、エゴ、攻撃性に傷付き人間不信になるのではどちらが幸せなのか。

前者は心穏やかでいられたとしても経済自立できないし結婚も難しい。後者は人間関係に苦悩しても経済自立も結婚もできる。

経済自立ができない、結婚ができないという事は親が生きている間は守ってもらえるけれど、親が亡くなった後は露頭に迷う事となる。



『アルジャーノンに花束を』を読んだ事がある人に質問ですが、著者はこの作品で何を訴えたかったのだと思いますか?



重度の知的障害者は本当に物事が分からないのか?自分の事を馬鹿にしている者と誠実に接してくれている者の分別が本当に付いていないと思っているのか?
例えば痴呆症の年寄りは誠意を持って接してくれている介護員と、こちらに対して(ボケてるんだからどうせ分からないだろう)と思って接している介護員の分別が付いていないと思っているのは健常者の傲りなのではないか?


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No.3869268 (スレ作成日時)

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No.1

山田洋次監督の学校IIでも似たような描写がありました。
障害者施設が舞台で重度の障害者と軽度の障害者が出てきます。
軽度の人は健常の人よりも出来ないことが多いけどそのことで馬鹿にされることは解るし劣等感に苛まれて苦しむ
重度の人はもうウンコ垂れ流すわあばれるわで大変なんだけど馬鹿にされてることすら解らずなんだか気楽そう、で軽度の人は
アイツ(重度)はいいよなー、なに言われてもなんとも思わないんだもん
みたいなことを主人公である養護教諭にこぼします。それを訊いた主人公はどう答えるか

という話です
どちらが幸せなのか、まさに主さんがおっしゃる問をこの話では扱ってますから、是非ご覧になってみてください。
余談ですがブレイク前の浜崎あゆみが主人公の娘役で。安室奈美恵が安室奈美恵としてでてきて(接点はないですが)時の二大歌姫が共演してる他、障害者役で小籔千豊が出たりしています。

No.2

> 著者はこの作品で何を訴えたかったのだと思いますか?

私は、「幸せとは?」と伝えたかったんではないかな?と思っています。

チャーリーは知識を得る事で、自分がもっと幸せになると思っていたけど、実際得てみると、今まで知らないことを知るようになり、かえって不幸に感じてしまうんですよね。

私たちが知的障害者などを見て、「不幸だ」と思いがちになりそうですけど、実は私たちが思っているほど、本人たちはそうじゃないかもしれません。

話は少しそれますが、「世界の果てにひろゆき置いてきた」というネット番組で、ひろゆきがマラウイというアフリカのとても貧しい国を訪れるんです。

貧しいのにも関わらず、人々はとっても明るくて、日本人よりもよく笑い、ひろゆき達に金銭関わらずアレコレ親切にしてくれる人もいました。(泊まる宿がなかった時に、家に無償で泊めてくれたりとか)

「貧しい国」と聞くと、どうしても「そこの国に住む人たちは不幸だ」と思いがちですが、その価値観は果たして合っているのでしょうかね?

そんなテーマなように感じました。

No.3

どちらも幸せではないですよ。わからないというのも一種の不幸です。
もちろん軽度の障害で人間関係で苦しみ、結婚しても上手くいかないケースもあれば幸せだとは思えない。

健常者の方が良いに決まってます。

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