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ため息はつかない!

レス171 HIT数 44183 あ+ あ-

小説大好き
14/12/15 10:55(更新日時)

赤城 沙知 31歳

好きな人がいます

だけど、その人には彼女がいます

残念ながら、略奪する根性は、私にはありません

はぁ

14/10/07 17:34 追記
☆感想スレ☆
よろしくお願いします( ´ ▽ ` )ノ
http://mikle.jp/threadres/2145612/

No.2143875 14/10/02 16:56(スレ作成日時)

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No.171 14/12/15 10:55
小説大好き 

スピンオフ第二弾として、黒田さんが若い頃のお話を始めました。
よろしかったらお付き合いください(^-^)
「黒と白のグラデーション」
http://mikle.jp/threadres/2167443/

No.170 14/12/01 16:20
小説大好き 

短編ですが、藍沢さん主人公でスピンオフ始めました。
ムカつくかもしれませんが(笑)、お暇つぶしによろしかったらお読みください。
「ある日の藍沢みき」
http://mikle.jp/threadres/2163451/

No.169 14/11/29 17:55
小説大好き 

「ため息はつかない!」完結です。
最後までお付き合いくださった方、ありがとうございました。
よろしかったらご感想をお願いします
( ´ ▽ ` )ノ
【感想スレ】
http://mikle.jp/threadres/2145612/

No.168 14/11/29 17:52
小説大好き 

〜7年後〜

「白井さん……あ、もう黒田さんだった、幸せそうだったね」

「会社では旧姓のままでいくらしいよ」

「X機材の歩くカタログだもんね」

「定年まで働くんだって、前から宣言してるからな」

「黒田さん、本当に白井さんちの娘さんたちが成人するまで待ったんだね」

「一途だよな」

「娘さんたちが許してくれてよかったね」

「披露宴やれ、って言ったんだけど、2人とも嫌がってさ。そんで仲間内でパーティーだけでもって、ほとんど無理矢理引っ張り出した」

「それでも、白井さん、幸せそうだったからよかった」

「そうだな」

「慎さん」

「なに?」

「私も幸せだよ」

「………そうだな。俺も幸せだよ」

「今日は邪魔者がいないから、こうやって手も繋げるしね」

「そうだ、奈緒が寂しがってるだろうから早く帰ろう」

「今日はジジババのとこにお泊まりしたいから、迎えにこないでって奈緒が言ってたよ」

「え」

「慎さん、ショックですね」

「3歳にもなると、しっかりしてるんだなぁ」

「たまには2人でゆっくりしよ?」

「そうだな」

「久しぶりに飲みに行こう!」

「そうするか」

「たまにはラブラブで」

「いつもは違うみたいなこと言うなよなー」

「気分だって」

「はいはい、『さっちゃん』」

「あー、それ新鮮!じゃあ私も昔みたいに『青木さん』」

「家で言うなよ。奈緒、すぐ真似するから」

「はい、『青木さん』」

「じゃあ『さっちゃん』駅に着くまでに店決めてね」

「はい、『青木さん』」

☆☆☆了☆☆☆

No.167 14/11/29 13:56
小説大好き 

青木さんは1ヶ月の予定で大阪へいった。

忙しいみたいだけど、毎晩連絡をくれる。

いままでLINEはやらなかった青木さんが、私と連絡を取るためにIDを登録してくれた。

2週目の週末には、仕事で一旦帰ってきて、私も会うことができた。

「ねー赤城さん、青木さん大阪に転勤になったってホント?」

例によってランチに誘ってきた藍沢さんから、ファミレスでそう聞いてきた。

「転勤じゃないけど。来月には帰ってくるって」

取りあえず嘘をついても仕方ないから、そう答えた。

「あ、そうだったの?なぁんだ、転勤になっちゃったんなら、遊びにいこうかなー、って思ってたのに。まだUSJ、いったことないから、連れてってもらおうと思ったのに」

………おいおい。

「あ、そうだ。青木さんから藍沢さんに言付かったものがあるんだ」

「えっ、なになに?」

私は青木さんから預かった袋を藍沢さんに渡した。

「………なにこれ」

藍沢さんが嬉しそうに開けた袋からは、「ちっちゃいおっさん」のぬいぐるみストラップが出てきた。

「青木さんが、藍沢さんによく似てて可愛いから買ってきた、って言ってた」

「えっ、可愛いって?………でも、これ、おっさんなんだけど」

藍沢さんはちっちゃいおっさんの顔をしげしげと見つめながら、珍しく考え込んでしまった。

ホントは青木さんはそんなことは言ってない。
大阪で後輩と飲んだときに、ゲームセンターでUFOキャッチャーをやったら取れたと言ってた。「藍沢さんにでもあげて」と言っていたのはホントだけど。

藍沢さんにはいろいろやられっ放しだから、ちょっとだけ仕返し。

No.166 14/11/29 13:21
小説大好き 

嫌なことがあると、ため息つきながら、やり過ごしてきた。

失恋も、仕事も、そうやってきた。

気がついたらとっくに30歳が過ぎてて、女の子って呼ばれる年齢じゃなくなってた。

それでも、私は青木さんを好きになった。

青木さんも、私を好きだと言ってくれた。

ずっと、幸せになりたかった。

傷ついても、諦めても、誰かを好きになることをやめられなかった。

運命。

そんな言葉を信じることができたのは、夢見がちだった、子どものころだけ。

それでも、いま私は、またそんなことを信じたいと思ってる。

青木さんと出会うために、いままで生きてきた。

いままでがあるから、いまの私がいる。

いままでがある、青木さんが好き。

青木さんが好き。

もう、ため息なんかつかないで、青木さんをもっともっと。

ずっと。

好きでいたい。

青木さんの側にいたい。

No.165 14/11/29 12:46
小説大好き 

「なんか、不思議」

「不思議?」

「陸と……元彼と付き合わなかったら、最初の会社は辞めなかったから、派遣社員になることもなかった。派遣にならなかったら、A商事で働くこともなかったし、黒田さんとも、白井さんとも、青木さんとも会うことはなかったんだよね」

「そうだな」

「私は黒田さんに片思いしてたから、青木さんが白井さんに片思いしてることに気付いたの。他の人から見たら、なんでもないことばかりなのに、私にとっては、とても大事なことばかりだった」

「みんなそうやって生きてるんだよ」

「私、青木さんと会えて、よかった」

「沙知」

「………なんか、照れる」

「やめようか」

「ううん。嬉しい」

「沙知」

「青木さん」

「それ、なんとかならないの?」

「慎ちゃん………とは呼べないなぁ」

「慎一さん、じゃ長いし、他人行儀だしな。呼び捨てでいいよ」

「もっと無理」

「なんかいい呼び方、考えてみてよ」

「うーん、困ったなぁ」

「ゆっくりでいいよ。先は長いんだから」

「………そう、だね」

「ずっと一緒にいてくれるんだろ?」

「うん。一緒にいさせて」

「俺も沙知も、遠回り人生だったんだ。いまさら焦ることもないだろう?」

「うん。私………」

「ん?」

「幸せ」

「まだ早いよ。これから俺が沙知をもっと幸せにするから」

「私も、………青木さんを幸せにしたい」

「側にいてくれるだけで、いいよ」

「うん」

No.164 14/11/29 10:36
小説大好き 

「俺もさ」

青木さんは私の手を握っていた手に少し力を込めた。

「リョウちゃんのことは好きだった。いまでもいい人だと思う。俺だって、さっちゃんからあっちがダメならこっち、みたいに思われそうな気がしてた。でも、さっちゃんとリョウちゃんは違うんだよ」

「白井さんと張り合うつもりなんかないですよ。私から見ても、白井さんは素敵だもん」

「そういうとこが、さっちゃんのいいところだよな。肩肘張らないで、自然に頑張れるんだよ。俺は、そういうさっちゃんと、一緒にいたい」

「私、白井さんのことを好きな青木さんだから、青木さんを好きになったのかもしれない。誰かを好きになるって、いいことだもん」

「それはさっちゃんも同じだよ。黒ちゃんは本当にいい男だからな。さっちゃんは黒ちゃんが好きで、リョウちゃんに憧れて、仕事も頑張ってきたんだから。そういうさっちゃんを俺は好きになったんだ」

「………私、いつの間にか青木さんを好きになってた。なにかあると青木さんに会って話したくなってた」

「きっかけとか理由なんて、大抵後付けになるもんだよな。俺だっていつからさっちゃんのことを好きなのかって言われても、説明できない」

「それでいいと思う」

「そうだね」

「俺はそういうさっちゃんが好きだ」

「………私も、そういう青木さんが好き」

「俺さ、さっちゃんが元彼と会ったって聞いて、凄く焦ったんだ」

「私がいま好きなのは、青木さんだから」

「さっちゃんと、ずっと一緒にいたい」

「うん」

No.163 14/11/28 16:24
小説大好き 

「………東北道最後のサービスエリアだ」

青木さんは穏やかな声でそう言うと、ウインカーを出してサービスエリアに入っていった。

建物からは離れた場所に車は停まった。

「………ちょっと話をしていい?」

エンジンを切って青木さんはそう言った。

「私も、青木さんと話したい」

何度か一緒にお酒を飲んだり、連絡を取り合ったりしてきたけど、ちゃんと自分の気持ちを伝えたのは、今日が初めてだから。

「さっちゃん、さっきの言葉、取り消して」

青木さんはそう言ってうなじをさすった。

「迷惑ですか?」

「違うよ。こういうことは、男が先に言うもんだから」

「そんなの、関係ないと思う」

「俺がそうしたいんだよ」

青木さんはうなじから手を離し、私の手を取った。

「俺、さっちゃんのこと好きだよ」

「………私が先に言ったのに」

「だから取り消してって言っただろ」

「取り消さない」

「意地っ張りだなぁ。諦めて『私も青木さんが好きです』って言い直して欲しいんだけどな」

「言わない」

「どうして」

「だって、私、ずっといろいろ悩んだんだもん。この間まで黒田さんのこと好きだって言ってたくせに、青木さんを好きだって言っても、軽いと思われるんじゃないかとか………藍沢さんみたいに思われるんじゃないかとか………」

「だから?」

「それでも、やっぱり青木さんのこと、好きになっちゃったから、悩むのはやめて、自分の気持ちに正直になろうって………」

No.162 14/11/28 11:15
小説大好き 

「………がいい?」

青木さんがなにか話しかけているのも耳に入っていなかった。

「あっ、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃって」

「え、そんなに驚いた?研修と営業所新設の応援なんだけど」

研修と、応援?

転勤じゃ、ないんだ。

うわ。
恥ずかしい。

1人で勝手に走馬灯状態になってた。

「さっちゃん、青くなったり赤くなったり、どうしちゃったの?」

「早とちりして、青木さんが大阪に転勤になるんだと思っちゃった」

「予定では1ヶ月だよ。多少長引くかもしれないけど。こっちの仕事もあるから、行ったり来たりになりそうなんだ。だから大阪土産、なにがいい?って聞いてたんだよ」

「………なにも、いらないです」

「蓬莱の豚まんとか、大阪限定スナックとか、さっちゃんが好きそうな食べ物がたくさんあるよ」

「お土産はいらないから、こっちに戻ってきたときには、またデートして」

「………誘うよ」

「青木さん」

「ん?」

「私、青木さんのこと好きです」

言っちゃった。

勢いで言っちゃった。

でも、ずっとそう言いたかったから、言えてよかった。

No.161 14/11/27 23:14
小説大好き 

東北道を東京方面へ。
青木さんはまたサービスエリアがあると寄ってくれた。

上りと下りではまた違う限定商品があったりして楽しかった。

寄り道しながらなので、埼玉県に入ったころには辺りは暗くなってきていた。

「夕飯は入らないな」

「いろいろ食べちゃったから」

「飲みにでも行く?明日も休みだし」

「でも車は?」

「さっちゃん乗せた駅の辺りのコインパーキングに置いて、近くで飲もうか。あそこからなら俺んちそう遠くないし」

ドライブはとても楽しかったけど、名残惜しい気分だったから、青木さんの提案は嬉しかった。

「あのさ、さっちゃん」

「?」

青木さんの声の調子が変わったような気がした。

「俺さ、来月大阪に行くんだ」

「大阪?旅行かツーリング?」

「違うよ。ウチの大阪支店」

大阪支店。
X機材の、大阪支店。

………。

転勤。

全国に支店や営業所のあるX機材なら、そういうこともあって当然なのに。

予想もしてなかった。

もしかして、青木さんは転勤になるから、私とデートしようって気になったのかも。

どうする、沙知。

またいままでみたいに、諦めるの?

それでいいの?

ここで終わりにしたくなかったら、自分でなにかしなくちゃいけないんじゃないの?

No.160 14/11/27 22:02
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>> 159 ごめんなさい
よく分かりません
ご意見なら感想スレにお願いします

No.158 14/11/27 13:13
小説大好き 

青木さんが案内マップを見ながらモールの中を歩いていくのに付いていくと、屋外に出た。

「アルパカがいる!」

なぜかアウトレットモールにアルパカやウサギがいた。

「近くの動物園から出張してきてるんだよ」

「うわー、可愛い」

動物園なんて子どもの頃にいったきりだったので、アルパカを見るのは初めてだった。

「俺さ、もふもふした動物好きなんだよな」

「ホント、もふもふー」

連休中ということもあって、子ども達がたくさんいるので、大人の私や青木さんは遠慮がちにはなったけど、アルパカに触らせてもらったり、ウサギを抱いたりした。

「なんか和む~」

私がウサギを抱きながらそう言うと、青木さんは笑った。

「本当はこの辺りまでくれば、近くに那須どうぶつ王国もアルパカ牧場もあるから行ってもよかったんだけど、今日はドライブとサービスエリア巡りがメインだからね。慌しいのもどうかと思って調べたら、ここで出張動物園やってるっていうから」

「調べてくれたんだ。こういうところだと手軽でいいよね」

私は足をバタつかせたウサギを係の人にそっと渡した。

「さっちゃんも最近忙しかったみたいだから、気分転換になるかと思ったけど、動物嫌いじゃなくてよかった」

「うん、楽しい」

そのあと、青木さんと一緒にアウトレットモールの中の店を何件か回り、私は青木さんに頼まれて、ウインドブレーカーを一枚選んだ。

ゆっくりとお茶を飲んでから、また車に乗って、高速道路で東京方面へ向かった。

「上りのサービスエリアも制覇しような」

青木さんが楽しそうにそう言った。

No.157 14/11/26 19:15
小説大好き 

「お邪魔しまーす」

青木さんは車を出すと、一番近いインターから首都高速に入った。

「さて、どこに行くでしょう」

「………東北道?」

「ピンポン。正解」

車は首都高をしばらく走ってから東北道に入った。

首都高と東北道は渋滞はしていなかったけど、そこそこ混んでいた。

出発から1時間と少しかかって羽生パーキングエリアに着いた。

「さっちゃんがサービスエリア巡りって言ってたからね。めぼしい所には寄らないとね」

「楽しい〜」

羽生パーキングエリアで一時間くらいウロウロして、次は佐野サービスエリア。

お昼には早かったけど、2人で佐野ラーメンを食べた。

そのあともサービスエリアに寄りながら、お菓子を買ったり、軽く食べたりしながら走り続け、どこまで行くのかなぁ、と思ったところで、青木さんは黒磯板室インターで降りた。

「どこに行くの?」

「さて、どこでしょう?」

青木さんは楽しそうに車を走らせた。

「………ショッピングモール?」

建物が見えてきたので私がそう言うと、青木さんは頷いた。

「そう。アウトレット。ちょっとお楽しみがあって」

車を駐車場で停めると、青木さんは案内マップをもらってなにかを確かめると「さっちゃん、こっち」と行って歩き出した。

No.156 14/11/26 15:56
小説大好き 

>>7時集合ね

青木さんから来たメールにそう書いてあった。

青木さんとメールで打ち合わせて、私が誘ったデートは、5月の4連休の2日目になった。
私がサービスエリア巡りドライブをしたい、と言ったので、比較的高速道路が空いていそうな日に決めた。

青木さんはコースを考えてくれているらしい。
どこまで行くのか分からないけど、とりあえず朝の7時に出発するっていうことは、けっこう遠くまで行くのかな。

私の働くA商事も、青木さんのX機材も、カレンダーと同じお休みだ。

連休前は結構忙しかった。
なので、4月の終わりの祝日はゆっくり過ごした。
実家からは兄貴たちと一緒にバーベキューをするからおいで、と声がかかったんだけど、用事があるからと嘘をついて断った。
別にそれほど嫌なわけではないんだけど、どうせまた変な気の遣われ方をするんだと思うと、気が重くなったから。

連休の合間の平日はまた仕事。

藍沢さんが何事もなかったかのような顔をしてランチに誘ってきたけど断った。

「ゴメン、銀行に行くから」

なんて言い訳しちゃったけど。

藍沢さんは懲りずに青木さんにメールしてるのかな。

多分、私をランチに誘うのも、青木さん絡みの話をしたいんだろうけど、そんなのは聞きたくないし。

連休後半の初日は1人で池袋に行って買い物をした。
とりあえず、歳相応に可愛いカットソーを見つけて、明日の青木さんとのドライブに着て行くことにした。

そんな自分をなかなか可愛いと思う。

青木さんとの待ち合わせは、私の最寄駅だった。
当日の朝7時5分前に着くように歩いていくと、青木さんが言っていたシルバーメタリックのプリウスが駅前に停まっているのがすぐ分かった。

私が近寄っていくと、運転席のドアが開き、降りてきた青木さんが手を振った。

「おはよう」

「おはようございます」

青木さんは「どうぞ」と言って助手席のドアを開けてくれた。

No.155 14/11/25 10:06
小説大好き 

「うん」

本当は白井さんに「実は私、青木さんのことが好きなの」と言ってしまいたかった。

白井さんはお姉さんみたいで、優しくて、いろんなことを乗り越えてきた強さを持ってて。

その白井さんに洗いざらい相談して、背中を押して欲しかった。
「きっと青木さんは赤城さんのことを好きなんだよ」と言って欲しかった。

だからこそ、私は舌先まで出掛かっていた言葉を無理矢理飲み込んだ。

青木さんのことを好きなのは、私。

青木さんの気持ちを確かめたいのは、私。

白井さんが言う言葉を頼って、青木さんがなにか言ってくれるのを待ってたり、遠回しに私の気持ちを伝えたりするようなやり方は、したくない。

そういう意味じゃ、藍沢さんってスゴイな。

自分に都合の悪いことはすぐに忘れちゃって、思うままに突き進んでて。
周囲はとっても迷惑だけど。

でも、自分の気持ちには素直なんだろうな。

「そういえば、白井さんには強敵がいたね」

「だれ?」

「ダルマインコのゆり子ちゃん。黒田さんとラブラブなんでしょ?」

私がそう言うと、白井さんはムッツリした。

「そう、ゆり子。あいつ、憎たらしいの。私が遊びに行くと、カゴに入って私に背中向けて動かないの。オヤツにフルーツとかあげると、私の方は見ないで足で取るの。あれ、絶対私のことライバルだと思って敵視してるのよ」

白井さんがムキになって言うので、私は笑ってしまった。

「手強いね」

「賢いからね。でもいつか絶対手懐けてやるんだから」

白井さんはそう言って鶏の唐揚げを口に放り込んだ。

No.154 14/11/24 22:03
小説大好き 

「白井さんと黒田さんは昔からの友達だったんだし、白井さんはダンナさんを好きじゃなくなったから離婚したんだし、なんにも悪いことはないでしょ」

白井さんはくすっと笑った。

「私の友達もそう言ってくれた。でも他人からは良く思われないのも現実なのよね。それを思えば、青木さんなんてまっさらな独身なんだから、気にすることなんてなにもないのにね」

………それって、私も同じ、かな。

そういう自分では、青木さんを好きになっちゃいけないような気がしてた。

でももし、白井さんを好きだった青木さんが、私を好きになってくれたら、どう思うかな。

なんか、白井さんと自分を勝手に比べて、1人で落ち込みそうな気がする。

「誰かを好きになるなんて、理屈じゃないから。あんまりごちゃごちゃ考えても仕方ないのよね」

「そうなんだけど。私もごちゃごちゃ考えちゃうタイプかもしれない」

「青木さんと似てるのかもしれないね。赤城さんは、青木さんのことどう思ってるの?」

「えっ。どうって、あの」

「あ。ごめん。ストレート過ぎたね。青木さんと赤城さんが付き合ったらお似合いなのになー、って思ったから」

「あはは」

ここは笑うしかない。

「まぁけしかけるつもりはないけど、青木さんと仲良くしてあげて。ホント、赤城さんのこと話すとき、青木さん楽しそうだから」

No.153 14/11/24 09:14
小説大好き 

「そういうことも、あるのかなぁ」

あるのかもしれないけど。

それは私もまったく同じ。

「もー、そんなこと言ったら、私なんかどうしたらいいのかしら、って話よね」

白井さんはグラスに残っていたビールを飲み干すと、そういって笑った。

「私なんて、離婚してすぐに謙ちゃんと付き合ってるのよ。そりゃ陰口の一つや二つ、あって当たり前だよね」

そうか。
白井さんも同じ、というより、結婚してたんだから、周囲の目はもっとシビアだったんだ。

「そんなの気にしてたら、生きていけないよね。私は悪いことはしてない。別れたダンナと結婚したときは、ダンナのこと本当に好きだった。離婚はしたけど、幸せなこと数えきれないくらいあったし、離婚しないように努力もした。でも結果として限界がきて愛情もなくなって、離婚するしかなかった」

そこで白井さんは追加オーダーを取りにきた店員さんに自分の分と、私の分のビールを頼んだ。

「謙ちゃんとの付き合いに後ろめたいことはなにもない。謙ちゃんは私を好きだって言ってくれたし、私も謙ちゃんが好きだって思った。だから付き合った。だから、他人にどう思われても、受け止めることはできるんだ」

この言葉の陰で、白井さんはどれだけ悩んだんだろう。

「白井さんは強いなぁ」

「強くなんかないわよ。離婚して弱ってたから、支えてくれる謙ちゃんの気持ちが嬉しかったのは本当だもん」

No.152 14/11/24 07:24
小説大好き 

「赤城さんも青木さんにいい感じならいいのになー、なんて勝手に思ってたんだけどね」

白井さんはそう言って「へへへ」と笑った。

あぁ。
白井さんは、青木さんが白井さんのこと好きだなんて、想像もしてないんだろうな。

青木さんのことだから、悟られるような行動はしないんだろう。

白井さんへの思いやりと、黒田さんとの友情と。

「………青木さんには、好きな人がいるんです」

「えー、そうなの?」

軽く驚いて、「残念」って色の浮かんだ目。

ホントに白井さんは気付いてないんだな。

「内緒ですよ?でもね、その相手には恋人がいるみたいで、諦めたみたいなんです」

「ふーん。青木さんは略奪するようなタイプじゃないかもね」

「そうなんです」

白井さんはしばらく頬杖をついて考え込んでいた。

「………赤城さんは、青木さんから好きな人がいることを聞いたんだよね?」

独り言にも聞こえる感じで白井さんはそう言った。

「そう」

私が気付いたっていうか、片思い同士の勘から聞き出したのが正解だけど。

「青木さんのことだから、その人がダメだったから赤城さん、みたいな展開に気が引けてるんじゃないのかな」

「………え」

それは私の方。

「自分に好きな人がいたって赤城さんが知ってたら、なかなか赤城さんには好意を伝えられないでしょ。器用な人ならその状況も上手いこと利用するんだろうけど、青木さんはそういうタイプじゃないし」

No.151 14/11/23 22:28
小説大好き 

>> 150 【入力ミス】
>>「こないだまで『黒田さん黒田さん』ってお騒ぎしてたくせに」


>>「こないだまで『黒田さん黒田さん』って大騒ぎしてたくせに」

No.150 14/11/23 22:16
小説大好き 

「藍沢さんは中身が最悪だから大嫌い」

私は不貞腐れてそう言った。

「まぁまぁ。若くて可愛い子は、たいていワガママなもんだから」

「だからって人に迷惑かけてばかりもどうかと思う」

「恋は盲目って言うし」

「こないだまで『黒田さん黒田さん』ってお騒ぎしてたくせに」

「青木さんは優しいからモテるのよ。それなのになんで独身なんだろ?」

白井さんは青木さんの元カノの話は知らないのかな。
黒田さんは元カノのこと知ってたけど、青木さんの失恋話は白井さんにはしてないんだ。

「優しすぎるからじゃないかな」

そう、青木さんは優しい。
優しいから、白井さんのことを好きだということは、白井さんにも黒田さんにも悟られないようにしてた。

きっといままでも、いいなと思う女の子がいても、相手の気持ちとか考えて、簡単には気持ちを伝えたりしなかったのかもな。

「そうかもね。青木さんはいつも他人のことを気遣ってるようなところがあるから」

白井さんは納得したように頷いた。

「でも、青木さん、赤城さんと仲良くなってから楽しそうよ」

「そうですか?」

「………そうですか、って。えー。赤城さん、青木さんが赤城さんに好意があるって感じないの?」

「えっ。だって」

青木さんは白井さんのことが好きなんです。

とは言えない。

「そりゃ、けっこう仲良くしてもらってるけど、そういう感じじゃない、ような、気がする、んだけど」

No.149 14/11/23 08:39
小説大好き 

「赤城さん、最近仕事はどうだった?忙しそうだったけど」

ぎく。
青木さんを避けてたとき、X機材の電話、ほとんど取らなかったから、白井さんとも話す機会があんまりなかったんだ。

「あー、まぁ、そこそこ忙しかったかな」

「例の彼女、大変?」

「………なにか聞いてます?」

藍沢さんのことを言ってるんだろうけど、青木さんがどこまで白井さんに話してるか分からないから、迂闊になにか言うとボロが出そう。

「青木さんが、『若い子はなに考えてるのかわかんねーな』って」

白井さんはクスクス笑った。

「藍沢さん、いまは青木さんにご執心だから」

「青木さん、私に『毎日メールがくるんだけど、返事のしようがない』ってボヤいてた」

「らしいですね」

「展示会の日も、彼女暴れたんでしょう?」

「聞いちゃいました?ヤキモチ妬かれて、コーヒーかけられました」

「聞いた聞いた。火傷しなくて良かったけど、あの子は怖い、って青木さん言ってた」

「確かになにやらかすか分からなくて怖いかな。仕事でもそれ以外でも」

「彼女は青木さんの好みじゃないことは確かなんだけどね。若くて可愛いのにもったいない」

「白井さんたら、あんだけ黒田さん絡みで彼女の被害にあったのに、本気で可愛いとか言うー?」

「言うわよ。だって彼女、24か25歳でしょ?ウチの長女、もう高2なのよ。娘と歳が近い女の子だと思うと、可愛いとしか思えない」

No.148 14/11/22 16:47
小説大好き 

「すごーい。赤城さん頼りになる!」

白井さんはメモを取りながら私の話を聞き、ひどく感心してくれた。

「こんなことでお役に立つなら、いつでも呼んで」

「こんなこと、なんて。素人から見れば尊敬しちゃうのよ」

「白井さんが相談があるなんて言うから、どんな大変な話なのかと思ってドキドキしちゃった」

「私にはあんまり悩みなんてないのよ」

うん。
実際白井さんには悩みなんてなさそうに見える。

いつも元気で可愛くて。
離婚した事実なんて白井さんの影にもなってなくて。
きっと家に帰れば良いおかあさんで。
黒田さんみたいな、誠実で素敵な恋人がいて。

でも、それだけじゃないんだ。

白井さんだって、悩みがないわけじゃないんだと思う。
人に見せないだけ。

黒田さんがちょっとこぼしたことだって、白井さんが平気なわけはない。

それでも「そのうちなんとかなる」って笑い飛ばして、ホントにそうなるように努力するんだろうな。

自分を好きでいてくれる黒田さんに、自分も気持をちゃんと伝えて。

藍沢さんに悪い噂をばら撒かれたときだって、動じない。
ホントは辛かったんだろうけど、そんなことには負けないんだって、きっと白井さんは頑張ってたんだ。

私も、白井さんみたいに強くなりたい。

傷付いても、挫折しても、何度でもちゃんと立ち上がって、前を向いて生きていきたい。

白井さんみたいに、どんなことがあっても、誰かを好きだと言える強さが欲しい。

No.147 14/11/22 16:13
小説大好き 

>>相談があるんだけど、飲みに行かない?

そんなメールが白井さんからきた。

白井さんともずいぶん会っていない。
お誘いは単純に嬉しかったけど、白井さんが私なんかに相談したいことってなんだろう、と不思議に思った。

金曜日の夜に、東京駅の八重洲地下街にあるダイニングバーで白井さんと待ち合わせた。

私が先に着いて、軽く飲みながら白井さんを待っていると

「赤城さーん!お待たせ!」

と、白井さんが現れた。

相変わらず元気で綺麗で可愛らしい。

白井さんと何品か料理を選び、飲み物がきたところで乾杯した。

「白井さん、相談って?」

気になっていたので、私は白井さんがビールグラスから口を離したタイミングでそう聞いた。

「うん、実はね、私の妹がアパートの契約更新で、家賃上げるって管理会社から言われちゃったらしくて。2年前も上げたのにまた?って思うんだけど。赤城さん、前に不動産会社にいたんだよね?だからどうしたらいいか聞きたかったの」

そういえば前に会ったとき、昔不動産会社にいたことは白井さんに話したことがあるような気がする。

実は私は宅建を持っている。
働いていた不動産会社では、事務職でも資格手当てがもらえたから、勉強して取ったのだ。
でも営業をしていたわけではないので、実務を全部知っているわけではない。
それでも普通の人よりは不動産業界については詳しいつもりだ。

私は白井さんに、「上手なゴネ方」を教えた。
ついでに、退去するときの敷金の返還や修繕費用についても話した。

No.146 14/11/21 21:55
小説大好き 

私はお茶を出してから仕事に戻った。

30分ほど経った頃に、青木さんが営業部に顔を出した。

「さっちゃん、これ、ウチの新製品のパンフレット。どっかに置いておいて」

「はい」

私はパンフレットをデスクに置いて、青木さんに付いて部屋を出た。

「さっきはありがとうございました」

私がそう言うと、青木さんはうなじをさすった。照れてるみたいだ。

「ホントに火傷、大丈夫なの?」

「はい。制服でよかったです。黒だから染みも目立たないし」

「あの子もなかなかタチが悪いな。さっちゃん、気を付けなよ」

「平気ですよ」

「じゃあまたね」

「はい。失礼します」

青木さんは手を振り、降りてきたエレベーターに乗って帰っていった。

『女の子なのに、火傷の痕が残ったらどうするんだよ』

青木さんが給湯室で言った言葉が耳に蘇った。

もうすぐ32歳になるのに、『女の子』。

照れ臭いような、嬉しいような。

いやいや。
それどころじゃない。

私ったら、青木さんをデートに誘ったんだ。

青木さんは、受けてくれた。
バカにしたり、笑ったりしなかった。

………いいのかな。

私は、青木さんの前で、女の子に戻ってもいいのかな。

10代のころのように、もう一度純粋な気持ちで、好きだと思っていいのかな。

No.145 14/11/20 17:31
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「青木さん、悪かったね」

課長は青木さんにそう言った。

「いいんですよ。僕も彼女がX運送からこちらへお世話になった経緯はちょっと知ってるんです。そもそもウチの関連会社がご迷惑かけてるんですから」

青木さんは快活にそう言った。

普段は「俺」なのに、課長みたいな社外の人と話すときは「僕」なんだな、って気付いて、ちょっと新鮮だった。

「青木さん知ってたんだ。X運送から彼女を頼まれたの、僕なんだよね。X運送の部長が僕の大学の先輩で、ワケアリの子なんだけどよろしくって言われてさ。ウチにきた経緯はまぁいいんだけど、彼女自身がねぇ………」

ワケアリっていうのは、緑さんが言ってた話だな。
藍沢さんが妻帯者にくっついて、って話。
まぁ、それだけならまだしも、彼女の能力と性格に問題があるのは予定外、ってことなのかな。

「なんか藍沢さん、青木さんに馴れ馴れしかったけど、なにか迷惑かけてる?」

「僕は大丈夫ですよ」

「赤城さんにも迷惑かけて悪かったね。赤城さん、青木さんと親しいの?」

「黒田さんのお友達って繋がりです」

「あぁ、黒田くんと青木さんは友達だったね」

課長は藍沢さんの言動から、黒田さんのアシスタントで、青木さんとも親しい私が藍沢さんから攻撃されてる構図が分かったみたいだ。

「あ、お茶淹れ直してきますね」

私がそう言うと、青木さんは「ありがとう」と言った。

No.144 14/11/20 16:55
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「藍沢さん、なんでそんなことしたの」

課長に聞かれて、藍沢さんは上目遣いを返した。

「私、赤城さんのお手伝いをしようと思っただけなんですぅ」

「………けっこう、ヒドいこと言ってるのが聞こえたけど?」

青木さんに言われて藍沢さんは「えー、言ってないですよぉ」と言った。

「誤魔化してもダメだよ。途中から全部聞こえてたんだから」

「赤城さんが言ったんじゃないですかぁ?」

「………藍沢さん、ウチの社員のことも、いろいろ知ってるんだよね?」

あ。
これは白井さんのことか。
ウチの課長も知ってる話だからなぁ。

「え?なんの話ですかぁ?」

藍沢さんはキョトンとした。

これはもしかして。
本当に白井さんの悪い噂をばら撒いたことを忘れているんだろうか。
というより、悪いことをしたとは思っていないのかもしれない。

「藍沢さん、社外の人にまで迷惑かけることが続くと困るよ」

課長は遠回しに言った。

………伝わらないだろうな。

「課長~、誤解ですよぅ」

「………藍沢さん、もういいよ」

課長が諦めた様子でそう言うと、藍沢さんは「はーい」と嬉しそうに立ち上がった。

「でも、戻る前にちゃんと藍沢さんと青木さんに謝って」

課長の言葉に一瞬藍沢さんの顔が強張った。

「だってぇ、わざとじゃないんですぅ」

「それでもやったことは事実なんだから、ちゃんと謝って。それができないなら、今度こそ人事と相談させてもらうよ。X機材さんにも迷惑かけてるんだからね」

穏やかだけど断固とした口調の課長に、藍沢さんは怯んだ。

「……………すいませんでした」

小さな声で、申し訳程度に頭を下げると、藍沢さんは「ぷいっ」という感じで出て行ってしまった。

No.143 14/11/20 14:07
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「アチっ」

コーヒーは保温サーバーから移したもので、煮えたぎってるわけじゃないし、カップから飛び散った一部がスカートと膝から下に少しかかっただけだったので、火傷するほどではなかった。

それなのに青木さんは駆け寄ってくると、

「さっちゃん、早く冷やして!」

と言った。

「青木さん、どうしてここに?」

「んなこたぁいいから早く冷やせ!」

青木さんはそう怒鳴ると給湯室のシンクの水道を開いた。

「大丈夫ですって」

「女の子なのに、火傷の痕が残ったらどうするんだよ」

「分かった、分かりました。冷やすから、青木さんは出てドア閉めてください。スカートだから足上げられないでしょ」

私がそう言うと青木さんは急に毒気を抜かれたような顔になった。

でもすぐに怖い顔に戻ると、横に立っていた藍沢さんを睨んだ。

「藍沢さん、赤城さんにコーヒーかけたね」

「し………、わ、わざとじゃないんですぅ」

「いいからこっちに来て」

青木さんは藍沢さんを引っ張って給湯室から出るとドアを閉めた。

藍沢さん、言いかけた「し」は「知りませぇん」だったんだろうな。
でも、さすがに誤魔化せないから、「わざとじゃないんですぅ」、か。

さすが藍沢さん。

私は水道の水でコーヒーがかかった場所を冷やしながらクスクス笑った。

思った通り、薬や医者が必要なほどの火傷はしていないみたいだった。

2、3分冷やしてみてから私は濡れた膝をハンカチで拭き、とりあえず青木さんを通した打合せブースへ行った。

4人がけのテーブルの片側に課長がいて、その向かいに青木さんが座っていた。
課長の隣には一見しおらしい様子の藍沢さんが座っている。

「赤城さん、大丈夫?」

課長と青木さんの声がハモった。
さすがに青木さんも課長の前だから「さっちゃん」とは言わない。

「すみません、大丈夫です」

私はテーブルの横に立ったままそう言った。

「………大げさなのよ」

低い小さな声で藍沢さんが呟いたのが聞こえた。

No.142 14/11/19 15:21
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「赤城さんたら、自分が青木さんにコーヒー持っていきたいだけなんでしょ」

相変わらず憎たらしい。

「………そうよ。青木さんは営業部にきたお客さんだし、そもそも私は青木さんとは個人的にも友達だから。藍沢さんが持っていく筋合いはないんじゃない?」

ニッコリ笑いながら、ハッキリとそう言ってやった。

「わ、私だって、青木さんとはお友達だもん!」

「そうなの?」

「メールだってしてるし!」

「それで?」

「今度!今度、飲みに行こうって」

「青木さんが言ったの?」

「………!」

藍沢さんは言葉に詰まった。

そりゃそうだ。
藍沢さんのしていることは、一方通行なんだから。

藍沢さんは吊り上った目で私をまた睨んだ。

「ホンット、赤城さんていい人ぶってるクセに性格悪い!だからいい歳して独身なのよ!アンタみたいなオバハン、青木さんに相手にされるわけないじゃない!不細工なくせに!いき遅れのブスは大人しく仕事でもしてなさいよ!」

………いい加減慣れたけど、ホント藍沢さんはアタマ弱いくせに、自分を有利にするための罵詈雑言はツラツラと出てくるな。

男性陣の前では、絶対にこんな低い声で喋らないのに。

でも、今日の私は退く気がしない。

こんなバカ娘と真面目に喧嘩する気はないけど、ため息ついて諦めることは、もうしない。

「うん、営業部のお客さんにお茶を淹れるのは私の仕事だから。そのくらいの仕事は他の部署の人に手伝ってもらう必要ないから」

私は藍沢さんを無視して、来客用のコーヒーをカップにいれた。

「余計なことしないでよ!」

藍沢さんの手が鋭く動いて、台の上に置かれたカップを二つ弾き飛ばした。

淹れ立てのコーヒーが飛び散って、私の腰から下にかかった。

「さっちゃん!」

膝から下に熱さを感じたのと、青木さんの声が後ろから聞こえたのはほぼ同時だった。

No.141 14/11/19 10:56
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青木さんが運転する車がA商事の近くまできた。

「ついでだからお宅の課長に挨拶していこうかな。課長いる?」

青木さんは時計を確認しながらそう言った。

「外出予定は聞いてないんで、今日はいると思いますよ」

青木さんは「そうか」と機嫌よく言って、A商事の駐車場に車を入れ、来客用スペースに駐車した。

なんか、緊張するなぁ。
自分の職場に、他社の人と、しかも自分の好きな人と入っていくんだ。

私は青木さんと一緒に玄関から入り、エレベーターで営業部フロアに上がった。

「あっ、青木さん!」

耳を貫く甲高い声。
お馴染み藍沢さんだ。

ホント鼻が利くのか、なんで見つかっちゃうんだろう。

「あれ、赤城さんも一緒?なんで青木さんと一緒なの」

「そこで一緒になったのよ」

めんどくさい。
このバカ娘に説明したくない。

「青木さん、今日はどうしたんですかぁ?」

「営業部の課長に挨拶にね」

「お茶お出ししますよぅ。コーヒーか緑茶なんですけど」

………なんで総務の藍沢さんがお茶だしするんだ。
この出しゃばり!

「藍沢さん、私がやるからいいよ」

「えー、いまちょうど手が空いてるのに」

毎日空けっぱなしでしょ。
自分の仕事しろって。

付いてこなくていいのに、藍沢さんは青木さんの横にぴったり付いて営業部まできてしまった。

私がロッカーにバッグと上着をしまって給湯室へ行くと、藍沢さんが鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れる準備をしていた。

「ありがとう。あとは私がやるから」

精一杯の作り笑いでそう言うと、藍沢さんが私をギロリと睨んだ。

No.140 14/11/18 16:22
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「青木さん」

無意識に言葉が出た。

「なに?」

「今度………今度」

「今度?」

「デートしませんか」

言ってしまった。

「デート?いいね」

思ったより青木さんが軽い感じで答えてくれたので、緊張して喉が詰まったようになっていたのが、フッと楽になった。

「どこ行きたい?」

青木さんに聞かれて、私は

「サービスエリア巡りしましょう」

と言った。

「ドライブ?楽しそうだな。目的地は?」

「ないです。サービスエリアグルメツアーをしたいんです」

「いいねぇ。俺詳しいよ」

「案内してもらえます?私の車出しますから」

「さっちゃん車あるんだ。でもいいよ、デートなのに、女の子に車出させたりしないよ」

「いいんですか?私のニッサン・ノートちゃんの出番だと思ったのに」

「俺のトヨタ・プリウスちゃんの出番だな」

「プリウス?乗ったことないんですよ」

「運転させてあげるよ。静かだよ」

「嬉しい!」

言葉が滑り出る。

なんだ。

こんなに簡単なことだったんだ。

好意を伝えたいと思う会話って、こんなに簡単にできるんだ。

No.139 14/11/18 12:43
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「せっかく黒ちゃんときたのに、帰りは俺とで、残念だったな」

嫌味な感じでもなく、青木さんはそう言った。

青木さんは、まだ私が黒田さんに片想いしていると思ってるから。

当たり前だよね。

だって、私は自分の気持ちなんて、ちゃんと青木さんに話してないんだから。

黒田さんが言っていたことは、ホントなのかな。

ついこの間まで黒田さん黒田さんって言ってた私が、いまは青木さんを好きだって気付かれたら、やっぱり女はいい加減だって思われないかな。

青木さんの元カノにしても、藍沢さんにしても、ハタから見れば、自分に都合がいいように動いてると思うんだけど、私も同じなんじゃないかな。

………バカだな、私。

陸と別れたとき、ちゃんと自分の気持ちを言えなかった。
黒田さんには彼女がいるからって、最初から諦めてた。
青木さんを好きになったはいいけど、ひとりであぁでもないこうでもない、って空回りしてる。

自分ではなにも言わないで、なにも行動しないで、勝手に落ち込んだりしてる。

そのくせ、青木さんが音信不通になった私を心配してくれたらいいと思ってたり。

もう32歳になるから。
婚約寸前の陸に捨てられたから。
好きな人は違う人がいるから。

いつもいつも、なにか理由をつけて、逃げている。

傷付くのが怖いから。

だけど。

それでいいの?

このままでいいの?

No.138 14/11/16 19:21
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「汚くて悪いけど乗って」

青木さんは助手席から書類やカタログをどかしながら言った。

どこかで見た光景だなぁ、って思ったら、初めて黒田さんの営業車に乗せてもらった時も、黒田さんが同じような感じだったことを思い出した。

あのとき私は黒田さんに片思いしてたんだった。

そしていまは、青木さんに片思いしている。

進歩がないな、私も。

「すみません、よろしくお願いします」

私がそう言って助手席に座ると、青木さんが「お客さん、どちらまでー?」とふざけて言ったので、「沖縄まで」と私が返すと、青木さんは「飛行機の方が早いッスよぅ」と笑った。

車はすぐに首都高に乗り、青木さんは左車線であまり飛ばすことなく車を走らせた。

「さっちゃん」

「はい」

私を呼んでおいて、青木さんはそこで黙った。

「青木さん?」

「………あれからさ」

「あれから?」

「大丈夫?」

「………なんの話?」

「例の」

「例の?」

「………元彼」

「あぁ。ほら、私、スマホ変えたじゃないですか。前の携帯番号とメアド、彼と別れたときのままだったんですよ。忌々しいから、彼と会ったあと、速攻でスマホ買い替えたんです。新規で。だからあれっきり」

「あ、ああ。そうか。それでスマホ変えたんだ」

「そんなことしなくても、彼は連絡してこないと思うんですけどね」

「どうなんだろうな」

青木さんは前方を見たまま笑った。

No.137 14/11/16 13:06
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時計が正午を回ったころ、黒田さんの会社支給携帯が鳴った。

「クレームだ。現場に行かないと詳細が分からない。ゴメン、赤城さん、電車で帰ってもらえる?」

電話を終えた黒田さんはそう言った。

「分かりました。私は大丈夫なんで、早く行ってください」

「ゴメン。青木、またな」

黒田さんはそう言うと足早に会場を後にした。

私は青木さんと2人で残された。

「青木さん、私も会社に戻ります。ありがとうございました」

私がそう言って帰ろうとしたら、

「送ってくよ」

と青木さんが言った。

「えっ。いいですよ、青木さんまだここで用事があるんでしょ?」

「俺は顔出しにきただけだから。お客さんには大体会えたしな。A商事はどうせ通り道だから、乗って行きなよ」

乗って行きなよ、っていうことは、青木さんも車なんだ。

ちょっと待った。
初めて黒田さんの営業車に乗ったときより緊張するんだけど!

「朝から出てきたなら、お宅の課長も昼飯食ってこいって言ってたんじゃないの?飯食って帰ろう」

えっ。
こういう展開?
心の準備が。

結局私は青木さんに言われるまま、駅近くのレストランで青木さんとお昼ご飯を食べた。

食事中は店が混んでいることもあって、展示会の話をサラッとしたくらいで、急いで食事を切り上げて、ビッグサイトの駐車場から青木さんの車で帰ることになった。

No.136 14/11/16 11:03
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東京ビッグサイトに着いた。

展示会は初めてなので、私はキョロキョロ辺りを見回しながら、黒田さんに付いて歩いた。

黒田さんはお客さんや取引先のブースに寄っては、名刺を交換したり、少し話したりする。
私は黒田さんの横で、「この人が××社の○○さんか」とか思っていた。

「黒ちゃん!」

人の多い通路を歩いていたら後ろから声がして、青木さんが現れた。

「えっ、さっちゃん?来てたの?」

離れた所からだと私は青木さんには見えていなかったようで、青木さんはそう言って驚いた。

「青木さん、こんにちは」

「よう。青木も来てたのか」

黒田さんは笑顔になって言った。

「今回、ウチも出展してるからな。本社の連中が来てるから、さっき顔出して来た」

「じゃあ青木に案内してもらおうかな」

「いいよ。赤城さんが来てるって聞いたら、リョウちゃんが羨ましがるな。二次コンさんのブース見たがってたから」

さすが白井さん、相変わらず仕事熱心だな。

青木さんの案内でX機材のブースと、X機材の仕入先のブースも見せてもらった。

私は書類やカタログでしか見たことがなかった製品を生で見られて、感心するばかりだった。
これは確かに白井さんは来たいだろうな。

No.135 14/11/16 10:33
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>> 134 【入力ミス】
>>(誤)だから、最初は黒田さんにも付き合ってることを隠してたのかもしれない。

>>(正)だから、最初は青木さんにも付き合ってることを隠してたのかもしれない。

No.134 14/11/15 18:40
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「青木はさ」

黒田さんは首都高で前を走るタクシーの方を見ながらゆっくり言葉を繋いだ。

「前の彼女と別れてから、女の子の話なんてしたことなかったんだ。それが、赤城さんと仲良くなってからは、よく赤城さんの話をしてる」

………ホントかなぁ

「誤解しないでよ。別に青木が俺になんか言ってるわけじゃないんだ。ただ」

前のタクシーが渋滞を知らせるハザードを出し、黒田さんも緩やかに減速しながらハザード出して、バックミラーで後続車を見た。

「こないだ、赤城さんが元彼に会ったらしい、って心配してた」

「青木さんたら、そんなこと黒田さんに言って」

「赤城さんから連絡きて会った、ってテンション上がってたから、ちょっとクチ滑った感じだったんだ。許してやってよ」

「別に、怒りはしませんけど。青木さんにもちゃんと経緯話したのにな」

「うん。だから、あいつ不器用なんだ。感情隠すの下手だし。でも、ホントいい奴だから、あいつには幸せになってもらいたいんだよな」

………もしかしたら

黒田さんは、青木さんの白井さんへの気持ちに気付いてたのかな。

だから、最初は黒田さんにも付き合ってることを隠してたのかもしれない。

で、さらに黒田さんの言葉の行間を読み取るなら。

青木さんは、少しは私のことを、意識してるって、そう黒田さんは言いたいのかな。

自意識過剰かな。

No.133 14/11/15 18:20
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青木さんの気持ちはよく分かる。

私も陸と別れたとき、自信なくなったから。
男性不信にもなった。

だからいまでも、恋愛を上手にできないのかもしれない。

「黒田さんはいいなぁ。だって昔から好きだった白井さんと付き合ってるんですもんね」

「照れる言い方はやめてくれよ。まぁ、否定はしないけどさ。でも、いいことばっかりでもないよ」

「なんで?」

「リョウちゃんにとこの下の子に嫌われてる」

「どうして?」

「お母さん子でさ。お母さんを俺に取られるみたいに思ってるみたいなんだ」

「中学生でしたっけ?」

「うん、中2になったって。上の子は案外サッパリしてるみたいなんだけどね」

「お年頃ですもんね」

「リョウちゃんはああいう性格だから、『そのうちなんとかなるって』って言ってるけど、やっぱりいろいろ考えるよ」

黒田さんはそう言ってため息をついた。

そうかぁ。
長い年月の想いが実っても、順風満帆とはいかないんだな。

「でも白井さんと別れるつもりはないんでしょ?」

「当たり前だよ。ただ、好きな人の大事な人から嫌われるのは切ないね。いつか許してもらえるといいんだけど」

「彼女の父親に嫌われた彼氏みたい」

「気分的には極めてそれに近いね」

黒田さんはそう言って笑った。

No.132 14/11/15 15:16
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「赤城さん、青木に携帯変えたの知らせてなかったんだって?」

げ。
バレてる。
いや、大した話じゃないけど、なんか私にボロがでそうな気がする。

よく考えたら、あれじゃ「好き避け」だよね。
しかも音信不通になって、気にしてもらいたい感が満載だったし。

「ウッカリ忘れてたんですよ」

そう言いながら、車が揺れたわけでもないのに、私は頭をドアガラスにぶつけた。

「あいつも不器用だよな。心配でしょうがないなら、俺とかリョウちゃんに聞くとかすればいいのに」

「私がウッカリしてたのが悪いんですよ」

「こないだ久しぶりに会ったんだって?青木から電話かかってきてさ。『さっちゃんから連絡きたんだよ』って、嬉しそうに」

黒田さんはクックックと思い出し笑いした。

「はぁ」

「青木、女の子の扱い、苦手だからな」

「そうなんですか?」

「あれでもあいつ、それなりにモテるんだよ。だけど、手酷い失恋してから、ちょっと慎重になってるみたいだな」

そうか。
黒田さんは青木さんが同棲してたことも知ってるんだ。

「青木さんは元カノのこと、そんなに好きだったんですか?」

「結婚するつもりでいたからな。傷ついたと思うよ。俺も信じられなかった。青木の元カノ、別れた3ヶ月後には違う男と婚約したらしいから。メタフレのメガネが似合う、クールな感じの、いかにも仕事ができそうな子でさ。青木がいうにはツンデレ気味だったみたいだけど、それが金持ちと結婚して、あっさり専業主婦になっちゃうんだもんな」

No.131 14/11/15 14:05
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「え?私が?」

ある日、課長に呼ばれたので、なんの話かと思ったら、建材の展示会に行ってみないかと言われた。

「いまなら業務も落ち着いてるし、勉強しておいで。最近赤城さん、随分がんばってるけど、もう少し専門的なこともできるようになりたいでしょ?メーカーさんの新製品とかも出てるから、見てくるといいよ」

「はい」

「お供に黒田くんつけるから」

「はぁ」

そんなわけで、次の日私は黒田さんといっしょに東京ビッグサイトへ行くことになった。

朝出社してから、黒田さんと一緒に営業部をでた。

そのとき、廊下で藍沢さんとすれ違ったら、
「あれー?赤城さん、どこいくの?」
と、やっぱり突っ込まれた。

「展示会」

「テンジカイ?って?」

………相変わらず、バカだ。

「赤城さん、いくよ」

黒田さんが苦笑いしながら助け船を出してくれたので、私は「はーい。じゃね」と、藍沢さんから離れた。

駐車場で黒田さんの営業車に乗せてもらい、出発した。

「彼女も相変わらずだね」

「藍沢さんですか?」

「うん。青木からなにか聞いてる?」

「藍沢さん本人からも聞いてます」

「青木が首傾げてたよ。『なんで毎日メールがくるんだろう』って」

「藍沢さん、積極的だから」

ホントは「図々しいから」と言ってやりたいところだな。

No.130 14/11/14 20:09
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「スンマセン」
男の子は軽く頭を下げて、元気良く階段を下りていった。

「大丈夫?」

なんだか青木さんに抱えられちゃったみたいになって、私はいい歳してドキドキしてしまった。

「ごっ、ごめんなさい」

慌てて青木さんから体を離そうとしたら、靴が片方脱げてまたよろけてしまった。

「なにやってんの」

青木さんは笑いながら私の腕を取って支えると、屈んで靴を寄せてくれた。

「ごめんなさい」

「今日は謝ってばかりだな」

「………だって」

また「ごめんなさい」と言いそうになって、私は口をつぐんで靴を履き直した。

「さっちゃん」

青木さんは私の腕を握ったまま、私を呼んだ。

「?」

「心配してたんだ」

「なにを?」

「リョウちゃんに聞いて、さっちゃんが携帯変えたのは知ってたんだ。それで俺に連絡がこないから、嫌われたのかと思ってた」

「………そういうんじゃ、なかったんです」

青木さんを好きだって思った自分が、なんだか安易に思えて、勝手に自己嫌悪してたから。

それなのに、青木さんを想う気持ちだけが走って行くことが怖かったから。

「さっちゃん?」

まずい。
泣きそうだ。

「もー、青木さんが変なこと言うから」

頑張れ沙知。
笑え沙知。

「帰りましょ」

私はちゃんと笑顔を作って、そっと青木さんの手を腕から外した。

No.129 14/11/14 17:15
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「えっ。さっちゃん、例の元彼と会ったの?」

青木さんはジョッキを口に運ぶ手を止めた。

「会いました。なんか、離婚したから話を聞いて欲しいとか言って。彼と奥さんの性格からして、こんなに早く離婚するなんて思わなかったから、話を聞いてみようかと思ったんです」

「なんだったの?」

青木さんから聞かれて、私は陸の離婚話の顛末を話した。

「その元彼も、ある意味災難だったな」

「災難ですか?結果だけ見ればそうかもしれないけど、その運命を選んだのは彼だから、私はあんまり同情できないな。彼女の強かさを見抜けなかったのも彼なんだし」

「さすが手厳しいね。で、彼は?さっちゃんとやり直したいとか言わなかったの?」

「言わせませんでした」

「そうか。言わせなかったんだ」

「惨めだから」

「………」

青木さんは少し困ったような顔をした。

そのあとは少し仕事の話をして、あまり遅くならないようにと9時前に店をでた。

店を出て少し歩いて、雑居ビルの入り口から駅への地下道に降りた。

「さっちゃん」

階段を下りかけたときに青木さんが私を振り返ったので、私は立ち止まった。

「はい?」

「今日さっちゃんが連絡くれて、良かったよ」

「………すみません」

「さっちゃんに嫌われたのかと思って、黒ちゃんにもリョウちゃんにも、さっちゃんがどうしてるか聞き辛かったんだよ」

「嫌うとか、理由がないです」

好きです。

そう言えたらいいのに。

後ろで地下への入り口のドアが開いて、若い男の子が小走りに入ってきた。
その男の子が担いでいた大きなバッグが、階段の降り口で立っていた私の腕に当たった。

軽くよろけただけなのに、青木さんが手を伸ばして私を庇ってくれた。

No.128 14/11/14 12:45
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青木さんが連れていってくれた焼き鳥屋さんは美味しかった。

最後に会ったのはお正月で、もう4ヶ月近く会っていなかったから、軽く飲みながら近況を報告し合う感じだった。

青木さんも3月までは忙しかったようで、やっぱりここ最近でやっと落ち着いたそうだった。

藍沢さんからは毎日メールがきているらしい。

「モテてますね」

私が皮肉半分でそう言うと、

「黒ちゃんがダメだから手軽に俺って感じなんだろ。すぐ飽きるんじゃないか?」

と青木さんはあんまり興味なさそうな感じで言った。

内心私は耳が痛い。
青木さんが言ったことは、私にも当てはまっちゃうから。

「藍沢さんはまだ若いですからね」

「24歳か25歳だっけ?俺はもう付いていけないよ」

「私も付いていけないですよ」

「俺より7つも下なのに、そんなこと言うなよ。さっちゃんはもう結婚する気ないの?黒ちゃんはおいといてさ」

そうだった。
青木さんはまだ私が黒田さんのことを好きだと思ってるんだった。

「黒田さんは白井さんがいるから、最初からどうにかしようなんて考えてないですよ。相手がいる人を好きでいても仕方ないし、そうじゃなければ……」

そこでこの間会った陸のことが頭に浮かんで、話そうかどうか迷った。

「例の元同棲相手はバツついた、って泣きついてくるし」

なんかどうでもいいや、って気分で私はそう言った。

No.127 14/11/13 19:54
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「俺と仲良くなって、黒ちゃんに近付きたいのかと思ってたよ」

「それももしかしたらあるかもしれないけど」

「へー。黒ちゃんは若い子にも人気があるから分かるけど、俺はないんじゃない?ただのオッサンだし」

「そんなことは私には分かりません」

「………さっちゃん、なにそんな怒ってんの」

青木さんが私に顔を向けてそう言った。

「怒ってません」

怒ってない。
どんな顔したらいいか分からないだけ。

「携帯変えても連絡ないし」

「………ごめんなさい」

「俺、なんかした?」

「………そういうんじゃないから、大丈夫です」

私がそう言うと、青木さんは安心したようにまた笑った。

「それならよかった。明日も会社だけどまだ早いし、夕飯がてら軽く飲んで帰ろう」

青木さんはそう言うと、私の返事も待たずに立ち上がった。

青木さんは、いつもと変わらない。

友達、なんだね。

こうやって会って、優しい顔を見ると、私1人だけ少し苦しくなる。

「焼き鳥がいいな」

私がそう言うと、青木さんは「汚いけど美味い店があるよ」と言った。

「連れてってください」

私がやっといつもの調子で言うと、青木さんは安心したように見えた。

飲み友達。
藍沢さんよりは、青木さんの近くにいるんだもん。

それで満足しなくちゃダメだよね。

No.126 14/11/13 17:29
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「さっちゃん」

青木さんが言った店のカウンター席でコーヒーを飲んでいると、店に入って10分くらいで青木さんが現れた。

「………どうも。お久し振りです」

青木さんは自分で買ってきたコーヒーを置き、私の隣に座った。

「さっちゃん、携帯変えたの?」

「はい。先月」

「何回かメールも電話もしたんだけど、繋がらないから心配してたんだよ」

「すみません、ちょっとバタバタしてて、忘れてました」

「冷たいなぁ。まぁいいけど」

青木さんは特別気を悪くした風でもなく、笑った。

「で?藍沢さんがどうしたの?」

「藍沢さんが、青木さんと飲みに行きたいから、一緒に行こうってウルサイんです」

「え?なんでそんな話になってんの?」

「違うんですか?」

「藍沢さんから『飲みに行きましょうよ』ってメールがきたときに、『俺の飲み友達は赤城さんだから』って返信したけど、藍沢さんと一緒に飲むとは言ってないつもりなんだけどな」

………でた。
バカ娘の脳内変換マジック。

藍沢さんの脳内では、「赤城さんが一緒ならいいよ」ってなってるわけだ。

「青木さん、藍沢さんが白井さんの噂の主ってことは知ってるでしょ?しかも直接会ってるなら、彼女がどんな子か分かるでしょ?そんな会話の流れに私を出さないで」

「なんで?そりゃ俺は藍沢さんと個人的に仲良くなる気なんかないけど、さっちゃんとは友達だし、実際何度も飲みに行ってるだろ?だからそのまま言っただけだよ」

「青木さんて鈍い?あのね、藍沢さんは青木さんに気があるの。それなのに私をダシにすると、彼女は私に矛先を向けてくるの」

「ちょっと待てよ。藍沢さんて、黒ちゃんのことが好きだから、リョウちゃんの悪口言ってたんだよな?それがなんで俺に気があるって話になるわけ?」

「だから!藍沢さんは脈のない黒田さんのことは諦めて、フリーの青木さんにスイッチしたの!」

なんで青木さんはこんな簡単な図式も分かってないの。

やだやだ。

青木さんに話してると、私が藍沢さんにヤキモチ妬いてるみたい。

No.125 14/11/13 10:11
小説大好き 

「………私が藍沢さんに協力する義理はないから」

「えー、赤城さんヒドーイ。なによ、いつも悟ったような顔しちゃって。そんなだからイイトシしてカレシもいないのよ」

はぁ。
言いたい放題言ってくれるな。

「あんまり、私のこと怒らせないほうがいいと思うけど?」

「な、なによ」

「緑さんから引き継いだのは仕事だけじゃないのよ」

お局様の名前を聞いて、藍沢さんが少し怯んだ。

「なに?なにが言いたいのよ」

「………自分で考えたら?じゃあね」

口を尖らせて黙り込んだ藍沢さんを残して、私は先に店を出た。

藍沢さんにとって、お局様は鬼門だ。
藍沢さんがいくらバカ娘でも、お局様からクギを刺されたことは覚えてるだろう。
スネに傷だらけなんだから。

私は駅に入り電車に乗った。

バッグからスマホを取り出して、アドレス帳を開く。

青木さんの連絡先から、メールを開いた。

>>件名:赤城です
>>メアド変更しました。藍沢さんに迷惑してます。

これだけ入力して、何回かためらったけど送信した。

すると、電車で池袋に着いた辺りで、青木さんから返信がきた。

>>いまどこ?

………これだけ?

>>池袋です

立ち止まって返信すると、すぐに

>>○○○で待ってて

と返信がきた。

時間の指定がないってことは、たぶん遠くても30分以内くらいに池袋に来られる場所にいる、ってことなのかな。
青木さんが指定した店は、池袋駅の中にあるコーヒーショップだし。

それにしても、青木さんらしくない。
私の都合も聞かずに、ただ「待ってて」なんて。

「予定があるから帰ります」とでも返信しちゃおうかと一瞬思ったけど、私の足は自分の乗る路線の改札とは違うほうへ向かっていた。

No.124 14/11/12 19:52
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「赤城さんも誰か男の人紹介してもらえばいいじゃん。もーイイトシなんだからさー。ただ焦ってたってカレシなんかできないよー」

「………余計なお世話」

さすがに黙って聞いてられない。

「やだー赤城さんコワーイ。そんな怒らなくてもいいじゃん」

「藍沢さんが怒らせるようなこと言ってるんでしょ」

「えー、そんな怒ることー?赤城さん、黒田さんにフラれちゃったから、可哀想だと思ってあげてるのに」

………ダメだ、こりゃ。

「とにかく、藍沢さんは自分の好きなようにすればいいじゃない。私を巻き込まないで」

「………だってぇ。青木さんに『飲みに連れてってくださいよ』って言ったら、『赤城さんが一緒ならいいよ』って言われたんだもん」

………青木さん
なに考えてんの。

だから藍沢さんは私と青木さんの関係なんか聞いてきたんだ。

藍沢さん除けに私を使うなんて。

だったら、連絡してきてくれたっていいのに。

あ。
新しい携帯番号もメアドも知らせてないのは、私だ。

でも、白井さんとか黒田さんに聞いてくれたっていいのに!

こんなの、自分勝手なのは分かってるけど。

1人で片思いして

1人で自己嫌悪して

1人で怒って

やだ。

私、ホントに青木さんのこと、好きなんだ。

どうしたらいいの?

No.123 14/11/12 17:15
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その日以来、私は毎日藍沢さんから青木さんの話を聞かされるようになってしまった。

藍沢さんはバカ娘だけど、変なところで鼻が利く。

多分、藍沢さんは私の青木さんへの気持をなんとなく察しているんだと思う。
だから、牽制されちゃったんだな。

藍沢さんはこの間青木さんを紹介してもらったときに、ちゃんと青木さんの連絡先も教えてもらっていた。
青木さんもX運送の先輩とやらの顔を立てて仕方なく、と私は思いたい。

「青木さんね、忙しいみたいなんだけど、たまにメールの返信くれるのよ」

この日もランチに誘われてしまった私は、いつものファミレスで藍沢さんから青木さんの話を聞かされている。

「そんなにしょっちゅうメール送ってるの?」

「えー、1日に2、3通だけど」

ってことは毎日かよ。

「たまにって、どのくらい返事くるの?」

「んー、2、3日に1回くらい?」

青木さんと頻繁にメールのやり取りはしたことないからなぁ。

ただ、白井さんの噂のことがあったときとか、新年会の予定があったときには、すぐ返事をくれたけど。
それは用件がはっきりしてたからかもしれないけど。

………藍沢さんと張り合って、どうする沙知。

青木さんが藍沢さんに靡くとは思いたくないなぁ。

でも、藍沢さんはまだ若いし。バカだけど顔はまぁまぁ可愛いし。

38歳の青木さんから見たら、なんでも許せる若い女の子かもしれない。
白井さんの悪口を言いふらしたことも、笑って許せちゃったら。

なんか、ますます青木さんに連絡取りにくくなったなぁ。

「ねー、赤城さん、青木さんと他に誰か男の人とで飲み会しない?」

「え。私は遠慮する」

「えーなんでー。青木さんも最初は一対一じゃないほうが気楽かもしれないじゃない」

「とりあえず誘ってみればいいじゃない」

No.122 14/11/11 17:20
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結局①しか選べなかった。

「前にも言ったでしょ。黒田さんから白井さんと青木さんを紹介されて、何度かご一緒させてもらったの」

「それだけ?」

「それだけ」

事実はそれだけ。
私が青木さんを好きとかいうことは、話す必要もない。

「だったら、私が青木さんと付き合っても、赤城さんには関係ないよね」

「そうだね」

「じゃあデートに誘ってもらおうっと」

………誘ってもらう、のか。

青木さんがこんなバカ娘とデートするなんて、しかも青木さんから誘うなんて、あり得ない!

………と、思いたい。

私には藍沢さんを嗜める権利も、青木さんにデートなんてしないでと頼む権利も、ない。

「黒田さんは年増の彼女がいるから誘いにくいけど、青木さんは彼女いないって言ってたもんね。年上だから優しくて包容力ありそうだし、青木さんでもいいかなぁ」

いい気なもんだ。

だけど、羨ましいな。

なんで藍沢さんはこうも前向きなんだろう(すんごい周りは迷惑だけど)。

若いから、なのかな。

私はもう、こんな風に思い込んだらマッシグラ、みたいにはできない。

我ながらウンザリするくらい、ウジウジしてるな。

いいんだ。
家に帰って、神様に祈るから。

神様、どうか青木さんが藍沢さんとデートなんてしませんように、って。

No.121 14/11/11 10:44
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「紹介してもらった、って、恋人前提で?」

「っていうかぁ、その先輩に連絡してみたら、青木さんと飲みに行く、って話があるみたいだから、呼んでもらったの。呼んでくれた、ってことはそういうコトだと思うんだよね」

………さすが藍沢さん。
自分に都合よく変換してあるけど、要は青木さんに興味があるから、強引に混ざった、ってトコなんだろうな。
その先輩はともかく、青木さんは藍沢さんが白井さんの噂をバラ撒いた張本人だと知ってて紹介してもらおうと思うわけないし。

「で、楽しくお話してきたんだけど、青木さんが赤城さんの話をしてたから、ちょっと気になっちゃったんだよね」

まさか、黒田さんでも白井さんでもなく、藍沢さん経由で青木さんの話がくるとは。

「青木さん、なんて?」

「んー、別にすごーく赤城さんを気にしてるって感じでもなかったけどぉ、最近赤城さんどうしてる?元気?みたいな?」

「あぁ、最近あんまり話す機会なかったから」

「だから聞いてるじゃん。赤城さんと青木さんてどんな関係なの、って」

………イヤだなぁ。
こんなバカ娘に青木さんについて話すの。

回答の選択肢はいくつかあるけど。

①表面上のことを話す
黒田さんから白井さんと青木さんを紹介されて、友達付き合いしてる。
青木さんとは個人的に会ったこともあるけど、特別な関係ではない、と話す。

②曖昧に話す
うん、まぁね、黒田さん繋がりで、ちょっとね、くらいにぼかす。

③腹を割って話す
選択肢①に加えて、いま青木さんを好きだと打ち明ける。

①だと、藍沢さんは
『えー、じゃあ赤城さんは青木さんとはなんでもないのね。協力して』とか言いそう。

②だと、腹芸の通じない藍沢さんに事細かに突っ込まれて、私がドツボにハマるような気がする。


ありえない。

No.120 14/11/10 19:46
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「ねーねー、赤城さんてX機材の青木さんとはどんなカンケイ?」

席に着くなり、私の向かいに座った藍沢さんが、身を乗り出してそう言った。

「………なんで、青木さん?」

「年末にさ、黒田さんと、黒田さんの彼女のオバサン、えーと何て言ったっけ?」

「白井さん。あのねぇ、オバサンって失礼でしょ」
こないだまで散々悪口言ってたくせに、もう名前忘れてるし。

「そうそう、そのオバサンと、青木さんがいるところで赤城さんに会ったじゃない?」

「会ったけど」
会った、って言うより、藍沢さんが黒田さんの後を付けたんでしょ、とツッコミたかったけど、どうせそれも忘れてるんだろうからやめた。

「あのとき、青木さんのこと、ちょっと気になったんだよね」

「はぁ?」
あんだけ黒田さんを追っかけ回して、白井さんの悪口まで言い触らしてたのに、今度は青木さん?

だけど、なるほど。
それで最近前より黒田さんへの態度が落ち着いたのか。

………って、冷静に考えてる場合じゃない。

またこのバカ娘と好きな人が被るの?

………勘弁してよ。

「ほら、私、A商事に来る前はX運送にいたでしょ?X機材の関連会社だから、X機材から出向してる人で、青木さんの先輩がいるの。その人に頼んで、こないだ青木さんを紹介してもらったのー」

………。

マジでか。

No.119 14/11/10 17:02
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陸と会ってから1ヶ月が過ぎた。
4月には新入社員も入って来た。

営業部にも営業と事務に新人が何人か配属され、私は短大卒の事務の女の子の指導と、黒田さんが指導する大卒の男の子の担当になった。

いままでの業務と合わせて、少しバタバタと忙しくなったけど、ゴールデンウィーク前には少し落ち着いてきた。

その間、青木さんからの個人的な連絡はなかった。

仕事絡みでX機材から連絡がくるのもほとんどが白井さんからで、たまに青木さんから電話があっても、電話を受けたのは他の人間だった。

本当は、黒田さんか白井さん辺りから、青木さんが私と連絡が取れなくなって心配している、というようなことを言われるのを、期待していた。

だけど、黒田さんからも白井さんからも、そんな話はなかった。

そんなことを期待するくらいなら、自分から青木さんに連絡をすればいいんだけど。

落ち込みが軽くなってきた最近になって、青木さんになんて言えばいいのか分からなくなってしまった。

どんな風に連絡をしても、なんか、自分がもの欲しそうになりそうで。

前みたいに、池袋とかでバッタリ、とか会えればいいのになぁ、なんて思っても、そうはうまくいかない。

なんか、1人で空回りしてる。

こういうときになにかしても、たいていうまくいかないもんだし。

なんとなくスッキリしない気分のある日、就業後会社を出て駅へ向かって歩いていると、「赤城さぁん」という声が追いかけてきた。

出た。
藍沢さんだ。

最近は多少以前より大人しくなった感じで、あまり接触する機会もなかったんだけど、テンションは相変わらずみたいだ。

「赤城さん、お茶飲んで帰ろうよ」

「えっ、私」

「いいでしょ~」

これも相変わらずの強引さで、私は駅の近くにあるカフェに引っ張っていかれた。

No.118 14/11/09 17:21
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後悔先に立たず。

自分のした行動で落ち込んでいるんだから、救いようがない。

月曜日にはまた会社。

落ち込んでサボれるような性格でもないので、いつも通りに出社した。

黒田さんが「スマホ変えたの?」と聞いてきたので「最近迷惑メールが多くて」
と答えると、「そうかー」とだけ言った。

電話が鳴って、対応した水野さんが

「黒田さん、X機材の青木さんからお電話です」

と言った。

「はい」と電話に出た黒田さんの横で、私はちょっとドキドキした。
少し後ろめたいような。

………バカみたい

青木さんは、私のことなんて、気にしていないだろうに。

もし青木さんが私にメールを送ったら、送信エラーになって、どうしたんだろうとは思うだろうけど、そうしたらきっと白井さんか黒田さんに聞いてくるだろうし。

そうなったら、忘れていたことにして、私から連絡すればいい。

いまは、自分から連絡しようと思えなかった。

会社にいると、青木さんからの仕事の電話もかかってくるけど、X機材からの電話は会社名が出るし、青木さんの携帯番号は知ってるから、私は忙しいフリをして出ないこともできる。

そこまで避ける必要もないんだろうけど、いつもみたいに明るく対応するのは、ちょっと辛い。

胸を張って、青木さんを好きだと言えない私が嫌だから。

しばらくはこんな辛さから、逃げていたかった。

No.117 14/11/08 18:48
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店を出て、そのまま駅に入ると、私は家と反対方向の電車に乗って、池袋にいった。
駅から出て、ビックカメラでスマホのブースへいき、いま使っているドコモではなく、auで最新のアイフォンを新規契約した。
意外と空いていて、思ったより早くアイフォンを手に入れると、次にドコモショップへいった。

ドコモショップではけっこう待たされて、いままで使っていたスマホを解約した。

用が済んだので家に帰り、パソコンで調べながら、新しいアイフォンの設定をした。

とりあえず、家族と、頻繁に連絡を取り合う友達に新しい連絡先を送り終わると、やっと一息つけた。

多分、こんなことをしなくても、陸はもう私には連絡してはこない。

だけど、陸と付き合っていたころの気配を全部消すために、昔のままだった携帯の番号もアドレスも変えたかった。

私はベッドの上に置いたスマホを手に取った。

青木さんに新しい連絡先を伝えることを、私はなぜかひどく迷った。

黒田さんと白井さんにはさっき送った。

だけど、青木さんには送れなかった。

青木さんに送ったら、普通に返事がくると思う。

だけど、私は青木さんから連絡がくることが怖かった。

これ以上、青木さんを好きになりたくないと思った。

今日、陸に会って、強いフリをしていた私は、自分の心の中が淀んでいたことに気付いた。

バカだ。
意地悪な好奇心で陸に会いにいって。

こんな気持ちで、誰かを好きだなんて

言いたくなかった。

No.116 14/11/08 15:58
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「………やっぱりムシのいい話だったか」

陸はそう言って冷めたコーヒーを口に含んだ。

「なに?もしかして本当にヨリを戻そうとか思ってたわけ?」

「そこまで考えてたわけじゃないけど………。沙知に会いたくなったんだよな」

「ゴタゴタがひと段落して寂しくなっちゃったんでしょ」

「それもあるのかもしれない。……うん、そうなんだろうな。沙知はいまどうしてるんだろう、って思ったら、気になって」

「お陰様でどうにか生きてるよ。ずっと派遣やってたんだけど、最近派遣先で誘われて正社員になったし」

「そうか、よかったな」

「面白いよ。建材商社なんだけど、マンホールだとか、側溝の蓋だとか扱ってるの」

「沙知、変わったな。強くなったのかな」

「………。私は、自分でちゃんと立ち直ったから。だから陸も私に甘えないで」

「………ごめん」

「彼女と子どもは、どうしてるの?」

「実家に帰った」

「彼女は強かだから、どうとでも生きていくわよ。だから陸も、早く立ち直ったら?」

私は財布から1000円札を出してテーブルに置いた。

「沙知、また連絡していいか?」

私が上着を持って立ち上がるのを見て、陸がそう言った。

「もう二度と会わない。さよなら」

私はそのまま陸に背を向けて、店を出た。

No.115 14/11/08 11:09
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陸。

私は、陸のこと大好きだった。

もちろん、打算もあった。

見た目もそこそこカッコよくて、大きな会社に勤めてて、収入も良い、そんな人と結婚できたら、やっぱり安心だと思ってた。

だけど、やっぱり陸のこと、好きだった。

優柔不断で私がイライラすることはあったけど、優しくて、一緒にいて楽しくて、安心できる人だった。

陸と親しくなり始めたころ、そう、損保会社に勤めている陸に、自動車保険の相談をしたんだった。

陸は次に会ったとき、分かりやすい資料をまとめてきてくれて、私にいろいろと説明をしてくれた。
資料と一緒に、会社の販促グッズをくれたっけ。

ありふれた恋だったと思う。

初めてのデートは、陸に誘われて映画を観にいった。

3回目のデートで陸から付き合って欲しいと言われて、初めて陸とキスをした。

付き合って1ヶ月くらい経ったころに、初めて陸に抱かれた。

本当に、普通の恋人同士だった。

だから、陸との付き合いにあんな結末が待っているなんて、思ってもみなかった。

もちろん辛かったし悲しかったけど、私はあのとき、陸への気持を整理するしかなかった。

惨めさも、屈辱も、怒りも、自分の中で消化した。

好きだった。

好きだったからこそ、憎んだ。

好きだったからこそ、頑張って立ち直ったのに。

こんなことになって、ザマーミロ。

そう言えればよかったのに。

No.114 14/11/07 19:06
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イラっとした。

「あのさぁ、いまさらそんなこと言ってどうすんの?あのとき、陸は私じゃなくて彼女を選んだの。子どもが誰の子だって、そんなの関係ない。陸は私への気持ちが揺らいだから彼女と付き合ったんでしょ。彼女と子どもができるようなことしたんでしょ。彼女が妊娠して、私は邪魔者みたいだった。私は陸と別れるしか選択肢がなかったの」

「沙知………」

「まさか、子どもは自分の子じゃなかったし、めでたく離婚もできたから、もう一度私とやり直したいとか言わないよね?」

「………」

「言っておくけど、そんなの絶対にお断り。お陰様で結婚の予定もないし、彼氏もいないけど、いまさら陸のところに戻るような真似だけは死んでもしないから」

「………」

「今日ここに来たのだって、あの強かな彼女がどうして陸と離婚しようと思ったのか、優柔不断な陸がどうして離婚なんてできたのか、それに興味があっただけ」

「………ひどいな」

「ひどくて結構。あのとき引越し代だけもらって身を引いて、他には一切求めなかったし、仕返しだってしなかったことに、少し後悔してたの。だから、今日は面白い話を聞けて、ちょっとだけ気が済んだ」

「………ごめん」

「でもやっぱり、くるんじゃなかった。陸も彼女も、本当にロクでもない。そんな人たちに関わった私が可哀想だって思う」

No.113 14/11/07 12:39
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「ふーん。大変だったんだ。でもそういう場合ってどうなるの?裁判とかするの?」

「………弁護士に頼んだ。DNA鑑定とか、家庭裁判所で調停とか、戸籍訂正したり………。結局子どもは俺の子じゃないってことになって、優美とも離婚が成立した」

「そもそもがデキ婚だもんね。その子どもが他の人の子どもなら、まぁそうなるのが普通か」

「子どもは可愛かったけど、知ってしまったら、知らないことにはできなかった」

「そうなんだ。なんか陸なら知らん振りしてそうな気もしたけどね」

「知らん振り?俺の子じゃない子どもと、他の男の子どもを産んだ優美と家族として暮らし続けるってこと?さすがにそれは無理だよ」

「そう?だって婚約してたも同然だった私がいても彼女を好きになったんでしょ?それだけ好きだったんじゃないの?」

「それは彼女が俺を好きでいてくれると思ったからだよ」

「ふーん。実はそうじゃなかった、裏切られてた、だから離婚した、ってわけね」

「まさか他に男がいたなんて、知らなかったから」

「フリーターと結婚するより、陸と結婚した方がお得だもんね」

「そんな言い方するなよ」

「なんで?実際そうだったんでしょ?」

「それは、そうだけど」

「それに、私にとっては他人事だもん」

「優美が他の男とも付き合ってるって俺が気付いていれば、沙知と別れなくて済んだかもしれない」

No.112 14/11/07 10:16
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俺、ちゃんと母子手帳なんて見たことなかったから、検診とか予防接種のページ見てなんとなく感心したりしてたんだけど、カバーに子どもの血液型を検査した結果の紙が挟まってるの見つけたんだ。

実はさ、俺、ずっとA型って言われてたんだよな。
両親がAだから、俺もAって思ってた。

優美がお産で里帰りしてるとき、暇だったから近くに来てた献血イベントで献血して、初めてO型って分かった。

手術が必要な怪我も病気もしたことなかったから、へー、俺O型だったんだ、って思っただけだったんだけど。

で、優美は正真正銘O型なんだよ。

だけど、子どもの血液型がA型だったんだよ。

知ってるだろ?
O型はOO型、A型はAO型かAA型。
OO型とOO型の両親からはO型の子どもしか生れないんだ。

優美は俺をA型だと思ってた。

どういうことか、分かるだろう?

優美は、俺以外の男とも付き合ってたんだ。
その男がA型だったらしいんだけど。

優美は妊娠したとき、お腹の子の父親がどっちなのか分からなかったらしい。

その男は優美と同い年のフリーターで、結婚できるような状況じゃなかった。

だから、優美は俺の子として子どもを産んだ。

元々、結婚相手なら俺、って思ってたみたいだけど、優美が本当に好きだったのはフリーターの男だったみたいだな。

気付かないフリはできなかった。

だから、離婚することになった。

No.111 14/11/06 21:26
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「俺の子じゃなかったんだ」

「………はぁ?」

伏し目がちに話し始めた陸の言葉を聞いて、私は思わず大きな声でそう言ってしまった。

昼時を過ぎて、それほど混んでいない店内に私の声がビンと響いてしまって、私は肩を竦めた。

衝撃の告白の始まりだった。



………いまさら説明するまでもないけど、優美は俺のアシスタントだった。

可愛いと思ったのは確かだった。

俺、別に沙知と結婚したくないとか思ってたわけじゃないんだ。

ただ、優美が明らかに俺を好きだって判る態度だったから、ちょっと気持ちが揺らいだ。

結局、沙知がいたのに、なし崩しに優美とも付き合うようになって、優美が妊娠したから沙知とは別れるしかなかった。

あぁ。
ごめん。
こんな話、聞きたくないよな。
沙知も当事者だったんだもんな。

沙知と別れて、優美と結婚して、子どもが生まれた。

男でさ。
俺、名前付けたんだ。

子どもは可愛かった。

俺、部署変わって忙しくなったけど、家にいるときはできるだけ風呂入れたり、オムツ変えたりしたんだよ。

休みの日に優美がいないときには子守もしてた。

1年前のあの日も、優美が友達の結婚式で出かけてたんた。

子どもはもうすぐ2歳だったかな。

公園行って、飯食って、子どもが昼寝したから、ポストに入ってた郵便物を見ようと思ってハサミを探してて、引き出しの中に母子手帳があるのを見つけたんだ。

No.110 14/11/06 17:29
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店員さんがきたので、とりあえず、チョコレートのパフェとドリンクバーを頼んだ。

「相変わらずチョコレート好きだね」

「まぁね」

そういえば、うまくいっていたころ、陸はときどき私にチョコレートを買ってきてくれた。
デパートの高級チョコレートだったり、コンビニで売ってる期間限定ものだったり。

陸は自分でコーヒーを取ってきていたので、私もドリンクバーへ行き、コーヒーをいれた。

席に戻って座ったけど、なにを話していいか分からない。

陸も話し辛そうにしているし。

しばらくすると頼んだパフェがきたので、私はスプーンを取って食べ始めた。

陸はまだ黙っているので、仕方なく

「で?今日はなに?」

と私から水を向けてやった。

「………うん。沙知に謝りたいんだ」

「別れたときに謝ってたじゃない。いまさら、もういいんだけど」

「それはそうなんだけど。沙知にあんな辛い思いさせて迷惑かけて、優美と結婚したのに、離婚したから」

出た、陸と結婚した彼女の名前。
何年も忘れてたのになぁ。

「そんなの、私には関係ない」

「………そうかもしれないね」

「気が済んだ?だったら私、これ食べたら帰るけど」

「離婚の理由を、聞いて欲しいんだ」

「私には関係ないのに?」

「関係ないわけでも、ないんだ」

………相変わらず、優柔不断だな。
だったらさっさと話せばいいのに。

「話したいなら、元彼女のよしみで聞いてあげるけど」

私がアイスを掬いながらそう言うと、陸は少しホッとしたように話し始めた。

No.109 14/11/05 17:10
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さて。
陸と会うにしても、一緒にお酒を飲みたい感じじゃないな。
楽しく食事、ってはずもない。

話を聞くだけなら………、ファミレスでたくさん。

というわけで、私は

「日曜日の午後2時、○○駅前ロイヤルホスト」

とだけ返信した。

会って話したいと言ってきたのは陸の方だし、それで都合が悪いなら別に無理してまで会う必要もないし。

そうしたら「了解」と返信がきた。

ふーん。

とりあえず、会ってみよう。

そして日曜日。
電車に乗っていると、約束の2時から10分前に陸から「着いたよ」とメールがきた。
そういえば陸は、時間には正確な人だった。

仕事でもプライベートでも、約束の10分前到着が基本。
遅れるときは早めに連絡。

そんな人だった。

電車を降りて駅から出てすぐのビルにあるロイヤルホストに入ると、一番奥の席に陸がいた。

「沙知」

「………どうも。久し振り」

笑っていいのか悪いのか、取りあえずあまり表情を変えずに陸の向かいに座った。

陸は付き合っていたころと、あまり変わらないように見えた。

体型も服の趣味もヘアスタイルも変わってない。

相変わらず、ちょっとカッコイイ、とは思う。

結婚しても、パパになっても

バツイチになっても。

見た目だけならね。

No.108 14/11/05 13:44
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『沙知 元気ですか?』

メールはそんな文章で始まっていた。

『実は俺、離婚した』

「はぁ?!」

私はついメールを読みながら声を出してしまった。

『色々ありすぎて、メールでは報告し切れない』

………別に私に報告してくれなくてもいいのに。

『会って話せないかな』

だから、なんでいまさら。

『沙知に謝りたいんだ』

離婚したことを謝ってもらっても仕方ないんだけど。

最悪の場合、離婚したからヨリを戻したい、そう言われても困るし。

だけど。

よく言えば優しい。
悪く言えば優柔不断。
そんな陸が、どうして離婚を決断できたのか、そこには興味があった。

話し合うために一度だけ会った、陸の相手の彼女。

小柄で童顔で、服の趣味もヘアスタイルも女の子らしい感じだった。
どうしたって彼女に好感なんて持てる立場じゃなかった私だけど、その立場をなくしても、彼女は強かなタイプだと確信できたと思う。

か弱く、守ってあげたいと思わせる雰囲気が武器の女の子。

だからあのとき、なぜか私が悪者になった。

でも、あの彼女は、陸のことを本当に好きなように見えた。
私という結婚目前の彼女から奪ってでも陸を手に入れたかったんじゃないの?

陸はお給料もいい。
会社でもちゃんと評価されて、順調に出世もしている。
陸と結婚したら、専業主婦でもそこそこ裕福に暮らせる。

それなのに、彼女はなんで陸と別れたの?

強かな女なら、陸みたいな夫を捨てるなんて、馬鹿なことはしない。

………。

話くらいなら、聞いてもいいかな。

No.107 14/11/04 18:29
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陸。
別れたのは3年前。

同棲していたアパートを引越しした日に無言で顔を合わせて以来、メールも電話したことはない。

陸の同僚や友達で仲良くしていた人もいたけど、別れた事情が事情だけに、そちらも連絡を取り合っている人はいない。

陸の近況を知ってしまいそうな人や場所には敢えて近寄らないようにしていた。

私と陸の勤め先があった新宿のビル。
2人で時々いった飲み屋やレストラン。
陸の会社の社宅がある駅や沿線。
陸の実家がある駅や沿線。

だから、陸がいまどうしているかなんて、知ろうともしてなかったし、実際まったく知らなかった。

なんで今頃になって、メールなんかくるの?

別れたあと、本当はメアドも電話番号も変えようと思っていたんだけど、もしかしたら事務的なことがあったら困るから、しばらく変えないで欲しい、と陸に言われ、結局は連絡を取る必要もなく、私はそのまま携帯電話を使い続けていた。

スマホの画面を見て、読まずにメールを消しちゃおうかと思った。

だって3年も経って連絡が必要になることなんてそうそうないだろうし、ドラマみたいな展開で想像するなら、結婚生活も倦怠期になった陸が、元カノの私にちょっかい出そうとかいう、ロクでもない展開しか思いつかない。

それでも、削除をためらって、とりあえず私は夕飯に買ったホカ弁を食べることにした。

食べながら考えて、とりあえず読んでみて、ロクなメールじゃなかったら消せばいい、という結論を出した。

No.106 14/11/04 16:59
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お正月休みが終わって、また日常に戻ったけど、幸いなことにあまり落ち込んでいる暇はなかった。

なにしろ建築土木業界は3月までは繁忙期。
もちろん、建材を扱うウチの会社も忙しい。
黒田さんが私が退社する前に帰社することが少なくなった。

それはX機材も同じ。
青木さんも白井さんも忙しいようだ。
2人とは仕事でやり取りすることは増えたけど、雑談している余裕もない。

だから、飲み会なんかのお誘いもかかりそうな雰囲気ではなかった。

それはそれで助かった。

あのメンバーで飲み会をしたら、私はまた余計なことを考えて1人で落ち込みそう。

みんな優しいから。

特に青木さんに優しくされるのは、ちょっと辛くなりそうだから。

仕事はだんだん面白くなってきた。

いろんな製品のこと、取引先のこと、図面や見積もりの見方、分かってくるとやる気も出てくる。

忙しい方が集中できるし、覚えたことがすぐに活かせるのも張り合いがある。

藍沢さんは少しだけ大人しくなった。
とはいっても、みんな忙しくて藍沢さんの相手をしている余裕がないから、藍沢さんも営業部に長居することが少なくなっただけなんだけど。

残業する日も増えて、週末は掃除や洗濯をするのが精一杯。
最低限の家事をしたら、あとはひたすらゴロゴロしているだけ。

何回か青木さんからメールは来たけど、私が忙しいだろうと気遣ってくれるお見舞いみたいなメールだった。

嬉しかったけど、複雑。

3月のある夜、残業してから帰って、お風呂から出ると、スマホにメールがきていた。

久し振りに青木さんかな?

そう思ってメール画面を開くと

「紺野 陸」

と読めた。

浮気して、他の女の子とデキ婚しやがった、忌まわしい元彼の名前だった。

No.105 14/11/02 18:23
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青木さんとの新年会は、楽しい雰囲気で終われた。

でも本当は、途中からあれこれ考え込んでたから、たまに作り笑いになっちゃったけど、頑張って青木さんが気を遣わないくらいの態度ではいられたと思う。

10時におでん屋さんを出て、この間みたいに新宿から池袋まで一緒に電車に乗って、池袋で別れた。

「さっちゃん、また飲もうな」

別れ際、青木さんはそう言って手を差し出した。

「はい、ぜひ。今年もよろしくお願いします」

私はそう言って青木さんと握手した。

「うん、よろしくね」

青木さんは握手した手を軽く上下に振ると、そのまま「じゃあね」と笑顔で私と反対方向へ歩いて行った。

私は乗り換えた電車の中で、ちょっとため息をついた。

楽しかったのに落ち込んでる。

自分の気持ちに自己嫌悪してるのかな。

他の人を好きだという人ばかり好きになる私。

黒田さんがダメだから青木さん、みたいな感じも、なんかイヤ。

でもなぁ。
こんなこと、悩んでも仕方ないし。

あーあ。
予定では30歳まで子どもを産んでる筈だったのになぁ。

青木さんに同棲してた彼の話をしたからか、そんなことを考えた。

別にいま救いようがないほど自分を不幸だとは思わないけど、やっぱりあの失恋は、私の人生にとっては、苦すぎる出来事だったなぁ。

No.104 14/11/02 08:25
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幸せが遠い………。

なんだかなぁ。
真面目に一生懸命生きてるつもりなんだけど、オンナとしての幸せが、遥か遠くにある。

同棲してた彼。
それなりに長い時間を一緒に過ごしていたのに、一緒に歩いていく未来は作れなかった。

黒田さん。
仕事の上司として、同僚として、個人として、信頼できて、男性として魅力がある人。
でも、彼女持ち。
長い年月を経た信頼関係と深い愛。
私の入る余地がまったく見えなかった人。

そして、青木さん。
穏やかで、遊び心もあるけど誠実で、熱さも冷静さもバランス良く持った人。
だけど、親友である黒田さんの彼女に想いを寄せている人。

私に男性を見る目がないってことでもないと思うんだけど。

同棲してた彼には浮気されてフラれたけど、総合的に見たら欠点少なかったし。

もしかして私は、恋愛に不向きな体質なんだろうか。

白井さん。
美人さんで気さくで、仕事も熱心で、芯の強い人。
離婚したって、子どもがいたって、悪い噂をバラ撒かれたって、いつも自分を見失わない強い人。
オンナオンナした雰囲気がなくても、40歳過ぎていても、彼女を知る男性は、彼女に惹かれる。

………。
単に、私にはオンナとしての魅力がナイ、ってことなんだろうか。

それとも、不幸体質なんだろうか。

だって、誰かを想っても、想いは返ってこないんだもん。

31歳にもなって、ダメ過ぎる………。

No.103 14/11/01 20:57
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「青木さんは、彼女のこと恨んだりしなかったの?」

私がそう言うと、青木さんはいつものように笑った。

「恨まないわけないじゃん。あのねぇ、さっちゃん。男は女より潔くないの。ウジウジウジウジずっと一人で恨み言言ってたよ」

「なんか、いまの青木さんからだと想像つかない」

「分かってないなぁ。男はね、潔くないくせにカッコつけたいの。口ではフラれた女に『幸せになれよ』とか言っておいて、陰ではウジウジしてんの」

「でも、いまは平気なんでしょ?」

「さすがに時間が経ったからなぁ」

だから、白井さんを好きになったの?

白井さんには黒田さんがいるって分かってても、まだ好きなの?

そんなこと、聞けるわけもなく。

「………青木さんなら、いい旦那さんになりそうなのに」

私もこんなつまんないことしか言えないな。

「だろ?浮気もしないし、真面目に働くし、深酒もしないし、ギャンブルだって遊び程度。子どもがいたら可愛がると思うんだけどな」

「ですよね」

「だけど、俺もさっちゃんも、なんでそんな目にあってんのに、フリーじゃない相手に惚れたんだろうな」

「要領悪いんですかね」

「かもな」

嘘つきだな。私は。

青木さんに話を合わせながら、私はそう思った。

やっぱり、私は青木さんのこと、好きみたいだから。

青木さんはフリーだけど、好きな人がいる。

フリーでも、ダメじゃん。
ねぇ。青木さん。

No.102 14/11/01 17:39
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そんなの酷い!

とは言えなかった。

だって私も似たようなこと考えてたって、いま言ったばかり。

イヤだなぁ。

幼稚園のころ、「大きくなったらなにになりたい?」って聞かれて、「およめさん」って言ってた私。

10代のころでも、まだ似たようなものだった。

友達に誘われて行った都内の大学の学園祭。

たまたま大学の裏門の近くにいたら、隣の瀟洒なホテルのチャペルで結婚式を見かけた。

ウェディングドレスを着た花嫁さんと、タキシードの花婿さん。
参列者のライスシャワー。

明るい陽射しの中で、幸せな空気が無関係な私にまで伝わってきた。

私もいつか、あんな風に、みんなに祝福されて結婚式をあげるんだ。

いつから結婚が、そんな純粋な憧れではなくなっちゃったんだろう。

31歳にもなると、もう何度となく友達や勤め先の同僚の結婚式に参列した。

もちろん、「○○ちゃん綺麗」「幸せそう」って言葉は飛び交うけど、その陰でこっそりと旦那さんの勤め先のことだとか、妻か夫の実家に同居する予定だとか、もうお腹に赤ちゃんがいるだとか、そんな現実的な話が囁かれることが、年齢を重ねるごとに増えていった。

誰かを好きになって、好きだから結婚する。

それだけじゃ、ダメなんだって、いつの間にか刷り込まれていたような気がする。

好き

その気持ちは変わらないはずなのに。

No.101 14/11/01 15:39
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俺はのびのびと仕事してる彼女が好きだった。

出張とか、泊まり込みもけっこうあったけど、マスコミはそんなもんだろうと思ってた。

だけど34歳のとき、俺が研修で一週間、関西に行ってる間に、彼女はマンションを引き払ってた。

前にも言ったけど、「好きな人ができたので、出て行きます」って置き手紙があった。

なんでそうなるのか、さっぱり分からなかった。

携帯もメールも通じないし。

未練たらしい真似はしたくなかったけど、それにしたって訳が分からないから、共通の友達通して連絡取ってもらった。

そしたら、なんのことはない話だったよ。

彼女は、雑誌の編集なんてもう辞めたかったんだ。

30歳も過ぎて、そろそろ結婚して専業主婦になって、子どもも欲しかったんだ。

だけど、俺の給料だけじゃ、彼女の理想の結婚生活を送るには足りない。

都内の高級住宅街に住んで、子どもは2人か3人、子どもは全員幼稚園か小学校から私立、年に何回かは海外旅行。
自分は趣味で書き物でもできればいい。

知らなかったよ。
知ってても叶えてやれなかっただろうけど。

だから彼女もそんな理想は俺に言わなかったんだろうけど。

彼女は仕事で知り合った、遣り手の経営者と結婚したんだ。

No.100 14/11/01 15:17
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同棲してた彼女は高校の同級生だったんだ。
同級生っていっても、高校時代は同じクラスだっただけで、別に仲が良かったわけでもない。

俺、出身は茨城なんだけど、大学からこっちで一人暮らししてるんだ。
地元の友達も進学とか就職でこっちに出てきてる人間が多いんだけど、そういう連中で時々飲み会したりしてた。

俺が付き合ってた彼女は地元で進学したから、就職してから地元を離れたクチでさ、こっちで何回か飲み会で一緒になって、なんとなく付き合うようになった。

同棲したのも、2人で住めば家賃が楽になるからいいか、みたいな感じでさ。

俺は就職して何年か経ってたから、いつ結婚してもいいと思ってたんだ。

俺が言うのもなんだけど、彼女は優秀な人でね。
就職したのも大手出版社でさ。
雑誌の編集だったんだけど、仕事が面白いのと、キャリアを切らしたくないのとで、結婚はまだ先でいいって言ってた。

付き合い始めたのが25歳だったかな。
27歳のときに同棲して、7年一緒に暮らしたよ。

彼女は仕事が不規則だったからすれ違いも多かったけど、俺はあまり気にしてなかった。

気にしたのは給料かな。
マスコミは給料高いからね。
ウチの会社もそこそこ大きいけど、メーカーとマスコミじゃ勝負にならない。

でも彼女はそんなの気にしない、って言ってたし、俺も気にしても仕方ないと思ってた。

もし結婚しても、彼女は仕事を辞めるつもりなんてないだろうと思ってたし、子どもができたら、俺と協力しながら仕事を続けるんだろうと思ってた。

No.99 14/10/31 19:03
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「うん。なんにもしなかったの。彼が結婚を迷い始めたことも、他に好きな人ができたことも、気付こうともしなかった。付き合いが長いっていう安心感で、彼のこと、ちゃんと考えてなかった。自分に都合が悪いことは、考えたくないから考えなかったんだと思う」

「そんなこと、別に悪いことじゃないだろ」

「そうかもしれない。でもね、友達に褒められる程度にカッコよくて、優しくて、お給料のいい会社に勤めてる彼と結婚したかっただけなのかもしれない。彼のこと好きだって言いながら、彼の気持ちなんて考えてなかったんだもん」

あー。
語ってる語ってる。
こうなるから、あんまり彼のことは考えたくなかったんだよなぁ。

「そんなだから、浮気されちゃったのかもなぁ」

自分で言ってて悲しくなってきた。

「さっちゃんは、真面目だなぁ」

青木さんがそう言った。
私が半ベソに近いから、優しい口調だった。

「ぶきっちょなんですよ」

「それでもいいじゃん」

「まぁ、変わろうとしても、そう簡単にはいかないけど」

「俺だってけっこう悲惨だぞー」

青木さんは笑った。

「悲惨、って、研修中に消えた彼女のこと?」

「そうそう」

「聞いてあげる」

「聞いてもらおうか」

No.98 14/10/31 11:28
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「理不尽だよなぁ。さっちゃんは被害者なのに、なぜか悪者だもんなぁ」

青木さんはそう言って私のお猪口にお酒をついでくれた。

「うん。ずっとそんなこと知らないでいて、彼と彼女サイドで話はどんどん進んじゃって。で、彼は身動き取れなくなって初めてその彼女のことを私に打ち明けたの。もぅ、晴天の霹靂、ってこういうこと言うんだ、って思うくらい衝撃だった。なーんにも考えないで信用してたから。元々疑り深いほうじゃないし、付き合いも長くて鈍感になってたから、彼の様子がおかしいのも仕事が大変なんだろうくらいにしか思ってなくて」

あぁ、思い出したくないのに、記憶が蘇ってきて、どんどん話してしまう。

「そこから大騒ぎ。ウチの両親は当然彼と私が結婚するものだと思ってたから。同棲するときは結婚前提ってことで、お互いの実家に挨拶してたしね。ウチの兄貴なんか怒り狂って、謝りにきた彼に殴りかかろうとしたし。あのメタボな兄貴が私のためにあんなになるなんて、幼稚園のころ以来だったかも」

私はそのときの兄貴を思い出して、そこにだけちょっと笑った。

「私はなかなかそれが現実のことに思えなくて、なんにも考えられなかったんだけど、両親も兄貴も、当然だけど彼を『はいそうですか』とは許さなかったから、彼の両親も呼んで話し合いになって。彼の両親も大変よ。私との同棲は解消してたのかと思い込んでたみたいで。だけど、正式に婚約してたわけでもなかったし、もう私があんまりごちゃごちゃするのも嫌で、引越し費用に30万円もらって終わりにしたの」

「もっとふんだくってやればよかったのに」

「両親と兄貴にもそう言われた。友達にも。だけど私もダメな彼女だったんだな、って思ったから」

「どこがダメなんだよ。さっちゃんはなんにもしてないだろ」

No.97 14/10/31 10:07
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「さっちゃん?」

青木さんが私の顔を覗き込んでいた。

顔!
顔が近い!

別に至近距離だったわけでもないけど、我に返ったら青木さんの顔が目の前にあったような感じで、私は思わず体を引いた。

「今日のさっちゃんは挙動不審だな」

「そ、そうかな?」

私は誤魔化すつもりで、お猪口に口をつけた。

「さっちゃんの元彼って、どんなヤツ?」

むせそうになった。

「………嫌な話、振りますね」

「聞いたらダメだった?」

「もう時間経ったからいいけど。そうだなぁ。まぁまぁカッコよかったと思いますよ。良くも悪くも優しかったかなぁ。優柔不断なところがあったから。だから同棲してたのに、会社の女の子と二股かけるようなことになったんですよ。で、そっちの彼女が妊娠しちゃったのに私になかなか言い出せなくて。私はそんな彼の横で暢気にゼクシィの『海が見える場所で結婚式♡』とか見てたんですよね。30歳までにウエディングドレスが着たいなぁ、なんて」

「切ないなぁ」

「青木さんが振った話でしょ。で、そっちの彼女が悪阻ひどくなって会社休むようになって、彼の会社で話も広まって。彼の周囲では私とは終わってることになってておめでたムードになるし、彼女のご両親は当然結婚するものだと思ってるし。彼女は私がいること知ってたけど、そんなことは人には言わなかったみたいだし」

「強かだなぁ」

「まぁ、私でもそうするかも。強い既成事実作った方が勝ちなんだもんね。片や同棲、片や妊娠。お腹に赤ちゃんいたら向こうは2人、彼が向こうについたら3人。3対1だもん。なぜか浮気された私が邪魔者みたいになるんだよね」

No.96 14/10/30 17:05
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「怖い顔してどうしたんだよ」

青木さんから言われて我に返った。

「なんでもないですよ。あ、ほら青木さん、お銚子空きますよ」

慌ててそう言うと、青木さんがヘンな顔をした。
ヘン、っていうか、不貞腐れたような顔だ。

「なんですか?」

「俺がさっちゃんって呼んでるのに、なんでずっと『青木さん』のまんまなんだよ。敬語も抜けないし」

「別に意味はないんですけど。一応青木さんは年上だし、取引先の人だし、そうそう馴れ馴れしく喋れないかなぁ、なんて」

「オッサン扱いするなよ~。さっちゃんもトモダチって言ってたじゃないか」

「言いましたけど。絡みますね。酔っ払ってるんですか?」

「ちょっと酔ってるかも」

「年だから?」

「喧嘩売ってる?新年だし、さっちゃんと飲んで楽しいから、気持ちよく酔っ払ってんの」

「わかった、わかった。はい、飲みましょう」

私がそう言ってお品書きを渡すと、青木さんは笑った。

………コドモみたい。

だけど、この間の一件でも、ちゃんと私を守ってくれた。

あぁ大変だ。

乙女な沙知が。

でも。

青木さんは、まだ白井さんのこと、好きなんじゃない?












No.95 14/10/30 16:07
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「やっぱり冬はおでんですよね~」

私は好物の大根にからしをつけながら言った。

「プラス熱燗、日本人でよかった、だな」

「あ、青木さんの飲んでるやつも飲んでみたい」

「いいよ。交換ね」

おでんを食べながら、ゆっくりと熱燗を飲んで、いろんな話をする。

お正月に実家にいると、「いい年してまだ結婚しないのかビーム」が飛んでくるとか、「お年玉ちょうだい攻撃」を受けるとか。
だんだん休みの日に遊んでくれる独身の友達が減っていくこととか。

今日は嫌な話題なんか出ない。

中学校時代の話とか、学生時代の専攻のこととか。
退職したお局様の武勇伝とか。

次から次へと話が繋がる。

青木さんと話していると、かっこつけようとか思わなくて済む。

たまに話題が途切れても、気まずくならずに、目を合わせて笑える。

青木さんみたいな人と付き合ったら、幸せなのに。

「そういえば黒ちゃんがさ」

青木さんが黒田さんがツーリングのときにやらかした失敗を話し始めた。

そこで一瞬、軽く正気に返った気分になった。

沙知、沙知。

アンタ、この間まで、黒田さんに片思いしてたよねぇ
黒田さんに彼女がいても、未練たらしくしてたよねぇ
白井さんには子どもがいるから、すぐには結婚しないって聞いて、ホッとしてたんじゃなぁい?

あぁ。
私の中のクールで賢い沙知が、乙女な気分の沙知を嗜める声が聞こえる。

そう。
ついこの間まで黒田さんに片思いしてたくせに、最近青木さんが気になってるのは、どこのアラサーだ?って。

No.94 14/10/30 11:10
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年が明けた。

年末はアパートの掃除をして、大学時代の友達数人と忘年会をした。
メンバーは独身、バツイチ、既婚子ナシ。

あぁ、まだ遊んでくれる友達がいて良かった。

そして気が進まないながらも大晦日には実家に帰った。

元旦にはメタボな兄貴の子にお年玉をあげ、母と義姉が作った御節をいただいた。

相変わらずみんな優しいといえば優しいんだけど、やっぱりどうにもこうにも居心地は悪い。

そう思っていたら、中学のときの友達から初詣の誘いがあった。
その子はバツついて実家に帰ってきたクチだ。
子どもたちがジジババと遊びに行くから暇なのよ、なんて言われてもありがたいばかり。

2日にはその友達と初詣、カラオケ、居酒屋と遊び倒した。

で、3日は午前中に自分のアパートへ戻り、夕方になって新宿まで出た。

青木さんからは元旦に「あけましておめでとう」メールがきて、そのときに待ち合わせの約束をした。
青木さんから「なにかリクエストは」と聞かれたので、おでんをリクエストした。

6時に新宿駅のJR改札で待ち合わせだったので、10分前に着くと、青木さんもすぐに現れた。

「あけましておめでとうございます」

そう言い合って、青木さんの先導で駅を出ておでん屋さんへ向かった。

駅から5分くらいのところにある、古民家みたいな雰囲気の小さなおでん屋さんに入った。

「やっぱり熱燗だよね」

「そうですねぇ」

おでんを何種類かと、料理も2品くらい頼んで、お酒は熱燗をそれぞれ違う銘柄で選んだ。

No.93 14/10/29 11:40
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「ふぅ」

ホームに停まっていた普通電車は空いていたので、私は端っこを選んで座った。

今頃、黒田さんと白井さんは、2人で過ごしているのかな。

なんか、私の黒田さんへの片思いは、本当に落ち着いてしまったみたいだ。

2人はお似合いだとしか思えないし、少し前ならさっきみたいに2人が仲良く帰っていくところを見たら、やっぱりなんとなく胸がチクリとしてたと思うけど、そんな痛みも感じなかった。

青木さんも、私と同じなのかな。

奪うつもりなんか起きない片思い。
嫉妬もできない片思い。

2人のことが好きだから、見守ってあげたいと思う気持ち。

ホント、私と青木さんは似た者同士なのかもしれない。

新年会しよう、って言ってくれたのも、そんな連帯感からくる友情なのかな。

…………。

ホントに、私は、それだけ?

それだけ?

なにも期待してないって、言える?

勝手に青木さんも私みたいに諦めたって思い込んでるけど、どうしてそんなことが分かる?

青木さんは、想いを遂げるつもりはなくても、この先もずっと白井さんを想い続ける覚悟をしてるだけかもしれないのに。

ここ最近会う機会が多かった青木さん。

藍沢さんの件で、こっそり私のこともフォローしてくれていた青木さん。

沙知。

そんな青木さんに、オマエは好意を抱いたりはしていないか?

白井さんという、自分は張り合えない恋人がいる黒田さんはさっさと思い切って、フリーな人に行こう、そんな安易な考えはないか?

…………。

自問自答。

私は自分に明確な返事をすることが、できなかった。

だって、電車が温かくて、途中で眠ってしまったから。

No.92 14/10/28 18:48
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「やっぱり、黒田さんと白井さん、お似合いですね」

空いていた座席に青木さんと並んで座り、私はさっきの2人を思い返しながら言った。

「リョウちゃんは若く見えるからな」

「美人さんだしね」

「だからさっちゃんも十分可愛いって」

「気を遣ってくれなくてもいいのに」

私はそう言って笑った。

池袋に電車が着いて、ホームから階段を降りると、私は

「楽しかったです。青木さん、良いお年を」

と言った。
青木さんは私とは違う路線の電車に乗るから、ここでお互い反対方向に行く。

「さっちゃん、正月休みはなにしてんの?」

青木さんからも年末の挨拶が返ってくるかと思ってたのに、そう聞かれた。

「えーと、大掃除して、友達と忘年会して、元旦はとりあえず実家に顔出します」

地元の友達は既婚者が増えてきて、独身でも彼氏彼女がいる人も多くて、年明けは暇な誰かから声がかかるまでは、なーんにも予定がない。

そういえば、クリスマスもなーんにもなかったなぁ。
一緒に過ごす相手がいないことを悲しむことすらなくなってしまった。

「新年会しようか」

「今日の面子で?」

「いや、俺とさっちゃんで」

青木さんと2人で新年会。

「青木さんは帰省しないの?」

「するよ。でも2日の夜にはこっち戻ってくるから、3日とかは?」

「わかりました。じゃあ3日に」

「じゃあ、良いお年を」

「はい。良いお年を」

No.91 14/10/28 16:23
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「ホントですね。あのバイタリティは羨ましいけど。そのバイタリティ、少しでいいから仕事に回してくれたらいいのに」

「さっちゃんだってまだ若いのに」

青木さんにそう言われた。

「微妙ですよ。オバサンって言われると腹が立つし、かといって女の子扱いされるような歳でもないし」

「やだ、赤城さんがそんなこと言ったら、私はどうしたらいいの。最年長なのよ」

「白井さんはいいの。黒田さんと青木さんより年上には見えないもん」

「ヒドイなぁ、赤城さん。俺と青木をオッサン呼ばわりだ」

「黒ちゃんはオッサンかもしれないけど、俺はまだお兄さんで通るはずだ」

「2人とも似たようなもんじゃない?」

白井さんに冷たく締められて、黒田さんと青木さんは不貞腐れてしまった。

「元気だしてくださいよ」

私がそう言って慰めると、青木さんが

「さっちゃんは優しいなぁ。大丈夫、さっちゃんは俺から見たらまだまだ『女の子』だよ」

と言った。

「青木さん、私はー?」

白井さんがそう言うと、青木さんは「そういうことは黒ちゃんに言ってもらいなさい」と真面目くさって返した。

結局この日は割りと早くから飲み始めたので、10時くらいに店を出た。

駅に着くと黒田さんと白井さんは、2人で同じ改札に入って行った。
私は青木さんと2人で手を振って2人を見送った。

青木さんも私も取りあえず山手線だったので、一緒に電車に乗ることになった。

No.90 14/10/28 15:57
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「とにかく今日は帰りなよ」

私はまだぶぅぶぅ言っている藍沢さんをその場に残して店内に戻った。

「お疲れ様」

席に戻ると白井さんがさもおかしそうにそう言った。

「ホント、疲れました」

「ほら、ビール頼んでおいたよ」

ちょうど店員さんが中ジョッキを4つ持ってきたので、私も座り、みんなで「今年もお疲れ様でした」と言って乾杯した。

「藍沢さん、どうした?」

黒田さんがそう言ったので、私はジョッキから口を離した。

「帰ってもらいましたよ。黒田さんを見かけて、私もきたから声かけてきたみたいですけど。いくらなんでもあんなことがあったのに………」

とりあえず、藍沢さんが多分黒田さんをつけてきたことは黙っておいた。
一応本人は否定してたから、あんまり言うと私が悪口言ってるみたいになるし。

「謙ちゃん、モテるねぇ」

白井さんは茶化すようにそう言った。
白井さんの場合、本当に面白がっていそうなところがスゴイ。

「リョウちゃんほどじゃないよ」

あ。
黒田さん、前はみんながいるところでは「白井さん」って呼んでたのに、いまは「リョウちゃん」に変わってる。
もう青木さんにも隠す必要なくなったからなんだろうな。

「あの子、よっぽど黒ちゃんのこと好きなんだな」

青木さんがそう言った。

「そうみたいですね。まったく相手にされないから悔しいのかも」

私がそう言うと、白井さんが

「若い女の子は元気だね」

と感心したように言った。

No.89 14/10/27 18:55
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「ちょっと、藍沢さん!こっち来て!」

気づいたら私は立ち上がって、藍沢さんをお店の外まで引っ張り出していた。

「ちょっと、なによぅ」

「また黒田さんの後つけたんでしょ!」

ビルとビルの間の窪みまできて、私はそう言った。

「偶然だってばー」

「嘘。今日は池袋で友達に会うって、給湯室で水野さんに話してたじゃない」

「えー、そんなこと言ったかなぁ」

あぁ。
ホントにこの人は馬鹿だ。
馬鹿だから、いつもこんなとぼけ方が通ってしまう。

「自分が言いたい放題言ってた白井さんがいるのに、よく平気で声かけられるよね」

「だって、黒田さんがこのお店に入ったと思ったら、すぐに赤城さんもきたからさ。赤城さんがくるなら、私がきたっていいじゃない」

「私はもう何回か白井さんにも青木さんにもあってるの!だから呼ばれたの!藍沢さんは呼ばれてないじゃない」

「そうだけどさぁ、赤城さんとはトモダチだし、黒田さんとも仲良しだし、だったら混ぜてもらってもいいかなぁ、って」

いつ
私が
トモダチに?
黒田さんと仲良しに?

……疲れる

「とにかく、藍沢さんは遠慮しなよ。みんな藍沢さんが白井さんの悪口言い触らしてたこと知ってるんだよ。どう考えても場違い!」

「赤城さんだけズルーい」

………ダメだ、こりゃ

No.88 14/10/27 16:44
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「赤城さん!」

黒田さんからのメールにあった串揚げ屋に入ると、白井さんが席を立って手を振ってくれた。
白井さんの隣に黒田さんがいて、その前に青木さんがいた。

「お疲れ樣です。来ちゃいました」

みんなに勧められて青木さんの隣に座った。

「待ってたよ、なに飲む?」

青木さんからドリンクメニューを渡され、選んでいると、私の目の前に座った黒田さんがなんとも言えない表情をしているのに気付いた。

「どうしたんですか?」

私がそう言ったのと同時に

「わぁぁ、偶然~。黒田さんじゃないですかぁ」

という、脳天を突き抜けるような声が後ろから降ってきた。





振り返ると、まさかまさかの藍沢さんが立っていた。

「………なんで藍沢さんがここにいるの?」

私が言うと

「あ。赤城さんもいたんだ。お疲れ樣」

と、シレっと返された。

「謙ちゃん、この間銀座で会った方よね。藍沢さん、って仰ったかしら。こんばんは」

白井さんが澄ました顔でそう言った。

白井さんも藍沢さんが噂の元凶なのは知っているはずなのに、そんなことは微塵も感じさせない。
さすが、肝が据わってる。

「こんばんは。私もお友達とここに来ようと思っててぇ、偶然ですねぇ」

絶対、嘘だ。

No.87 14/10/27 12:19
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懲りないなぁ。
と、藍沢さんを見ていて変に感心する。

黒田さんの大事な人をさんざん馬鹿にして悪い噂をばら撒いて、あれだけ派手にやったのに、そんなことはカケラも悪いと思っていないように見える。
黒田さんはあからさまに嫌な顔をしたりしないけど、どう見たって拒絶の空気が漂ってるのに。

藍沢さんは本当に悪いことをしたとは思っていないんだろうか。

思ってないんだろうな。

でも、私には「御守り」がある。

お局様が最後の出勤日に私にくれた、USBメモリ。
藍沢さんがちょろまかした備品のリストや、私物を買った領収書のPDFが記録されている。
御守り代わりに持っておきなさい、お局様はそう言っていた。

まぁ、いくら藍沢さんがあんなでも、この「御守り」をチラつかせるような真似はしたくないんだけど。

そして仕事納めの日。

取引先もウチの会社も、たいして業務はないから、大掃除をする。
営業部は太っ腹な部長がお寿司とパーティー用オードブルとビールを買ってくれるので、2時くらいからみんなで飲んで、私は他の女性陣と簡単に後片付けをしてから会社を出た。

駅に向かいながらスマホをチェックすると、黒田さんからメールがきていた。

>>新宿で青木と白井さんとで忘年会。都合よかったらおいでよ

都合もなにも、帰ってゴロゴロするだけの私。

>>行きます♪

白井さんに、会いたい。
藍沢さんが噂を撒き散らすのを止められなかったことを謝りたい。

きっと、白井さんは「赤城さんが謝ることないわよ!」と言ってくれるだろうけど。

策士の青木さんは、どんな顔をするかな。

ちょっと楽しみだった。

No.86 14/10/26 20:28
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12月。
仕事納めの一週間前、お局様は最後の出勤を終えて、有休消化に入った。
有休が消化し切れないので、在籍は1月の半ばまでだけど、もう出勤はしないらしい。

お局様の送別会を兼ねて、今年の営業部の忘年会は豪華に都心のホテルの宴会場を借りて行われた。

常務や専務まで顔を出していたので、多分役員たちが緑さんのためにポケットマネーから資金提供したんだろう。

改めて緑さんの影の実力者ぶりがよく分かる。

営業部の忘年会だから、藍沢さんは呼ばれなかった。
お陰で楽しい忘年会だった。

黒田さんと話す機会もあった。
この間の一件以来、噂もひと段落して、黒田さんは楽しそうにお酒を飲んでいた。

ご機嫌な黒田さんに
「黒田さんは白井さんとゆり子ちゃん、選ばなくちゃいけないってなったら、どっち選びます?」
と、ふざけて聞いたら、
「う〜〜〜〜ん」
と本気で悩むので、私は大笑いしてしまった。
きっとそこに白井さんがいたら、やっぱり大笑いするんだろうな、って思った。

会社では、お局様の言葉が効いたのか、藍沢さんも多少大人しくなったように見えた。

それでも、黒田さんが外出から戻る時間をチェックしているらしく、わざとらしくその時間に黒田さんに渡す書類を持ってきたりする。

忙しい黒田さんの隙を狙って話しかけたりしているけど、黒田さんは適当にあしらっている。

No.85 14/10/26 16:28
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「あの、黒田さんは、白井さんと結婚とか考えないんですか?」

「そりゃ、したいよ。でも、年頃の娘さん2人いて、いきなり知らないオッサンが一緒に暮らすなんて無理だろ」

黒田さんも白井さんが言っていたのと同じことを言った。

「じゃあ、あと何年か待つんですね」

「そうだな、下の子が中1だから、最低でもあと6年くらいは無理だろうな」

「愛ですねぇ」

「だからやめろって」

黒田さんは照れ隠しなのか、ふざけて私を殴る真似をした。

黒田さんと別れたあと、私は一人で電車に揺られながら、ぼんやり考えた。

黒田さんは何年か待ってでも、白井さんと一緒に生きることを選ぶんだろうな。
白井さんがどんなに若く見えても、白井さんとの赤ちゃんは望めないと思うんだけど、他に若い女の子を探そうなんて、カケラも考えないんだろうな。

私もそこまで深く、誰かに思われたいな。

………ん?

なんか、変だ。

黒田さんは相変わらず素敵だ。
あの白井さんへのブレない思いも、カッコいいと思う。

少し前の私なら、白井さんと張り合うつもりはなくても、どこかで自分が黒田さんからそう思われることを夢見ていたところがある。

でもいまは、黒田さんと白井さんの絆の深さに憧れはしても、それ以上自分の気持ちをそこに重ねていない気がする。

まぁ、最初から諦めてたし。

叶わない片思いを続ける元気もなくなったのかな。
もう若くないんだし。
そういう意味じゃ、あそこまで黒田さんに執着して頑張る藍沢さんのバイタリティが羨ましいかもしれないな。

No.84 14/10/26 16:06
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「赤城さん、悪かったね」

その日会社帰りに黒田さんからお茶に誘われ、スターバックスに寄った。
席に着くと、黒田さんにそう言われた。

多分、お局様からざっくりと今日の顛末を聞いたんだろう。

「いえ、私が口を出していいのか迷って、ずっと黙っているしかなくて、黒田さんや白井さんに申し訳ないって思ってました」

「そんなことはいいんだ。赤城さんが不愉快な思いをしたんじゃないかと思ってさ」

「緑さんが助けてくれたから大丈夫です」

「らしいね。藍沢さんも緑さん相手じゃ勝負にならないだろ」

黒田さんは楽しそうに笑った。

「面白おかしく噂されて、黒田さんの方が不愉快だったでしょ」

「俺は平気だよ。最初から人からなにか言われることは想定内だったから。さすがに藍沢さんに会っただけで、ここまで色々言われたのには驚いたけどね」

「緑さんがガツンと締めてくれたから、噂も落ち着くと思いますよ」

「まぁね、俺のことはいいけど、白井さんが悪く言われるのはやっぱり気分が悪いからな。でも、彼女から『絶対に騒がないで!』って釘刺されてたし」

「………黒田さん、本当に白井さんのこと、大事にしてるんですね」

私は両手で包んだカップの熱を感じながら言った。

「面と向かってそんなこと言わないでくれよ。照れるから」

黒田さんはそう言って笑った。

No.83 14/10/26 11:39
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「赤城さん、これで問題が解決したわけじゃないから、この先も少し大変かもしれないけど、よろしくね」

「はい。緑さんの代わりが務まるとは思ってませんけど、頑張ります」

「赤城さんなら大丈夫よ。あなたは良くも悪くも、社会の厳しさを知ってる。正義感だけじゃ上手くいかないし、正義感がなくてもダメ。清濁併せ呑むことができない人間は、私は信用しないの」

「そんな大人じゃないんですけどね」

「青木さんだって、赤城さんを心配してたでしょ。人徳だと思っていいんじゃない?」

「人徳ですか」

青木さんがこっそり手を回してくれてた。

この間会ったときはなにも言ってなかったのに。

青木さんは案外策士なのかな。
もしかしたら、X機材の方でも、角が立たないように手を打ってるのかもしれない。

大人、なのかな。

白井さんのために、口さがない人間を、片っ端から殴ってやりたいって思ってもおかしくないんだろうけど。
そんなことしたって、状況が好転しないのを良く分かってるんだ。

親友の恋人を好きになってしまった青木さん。

それはきっと、他の人には悟られないようにしてるんだろうな。

私は感づいちゃったけど。

なんだか、あのいかついのに穏やかで、暢気なことばかり言っている青木さんが、男らしく感じられた。

No.82 14/10/26 09:50
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「青木さんですか?」

「そう。実はね、青木さん、大学の後輩なのよ。年が違うけど、ゼミが同じでね。それで青木さんの就職活動のときに知り合って、彼には貸しもあるけど、大きな借りもあるの」

青木さん、そんなこと言ってなかったな。

「で、連絡がきたのよ。『黒田のこと、助けてやってくれ』ってね。赤城さんのことも言ってたわよ。『そろそろキレそうだから、フォローしてやって』って。自分は他社の人間だから、手を出せないから、って」

青木さんがそんなことを。

「私も退職する前に藍沢さんのことはどうにかしたいとは思ってたの。私がいなくなったら、赤城さんたちがもっと大変になるのは分かっていたから」

「緑さん」

「もう少し早く手を打つべきだったかしらね。私も体調が悪いのと、退職の準備とでそこまで気が回らなかったわ。ごめんなさいね」

「そんな」

「青木さんから頼まれたから口を出したんじゃないのよ。私は赤城さんのこと買ってるの。だから赤城さんの昇格を上に進言したのよ」

そうだったんだ。

「それにね。個人的に藍沢さんの言動には我慢の限界だったのよ」

「噂話が嫌いだからですか?」

「違うわよ。私もバツイチなの。いまの旦那は一回り年下。子連れ再婚組なのよ」

ひっ
ヒエーーーー

そりゃ、藍沢さんが言う白井さんの悪口は、同じ立場の人間からしたら不愉快だろう。

藍沢さんはそんな地雷を踏んでたんだ。

No.81 14/10/26 09:16
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「藍沢さん、イケナイ恋、でもしてたんですか?」

「いまと似たような感じよ。妻帯者に猛アタックしちゃったの。相手もよせばいいのに、ちょっと遊んじゃったの。奥さんはOGだったからすぐにバレてね。大変だったみたいよ」

なるほど。
それで藍沢さんがA商事に来たんだ。

「どうして緑さんがそんな話知ってるんですか?」

私がそう言うと、緑さんはイタズラっぽく笑った。

「ダテに長く働いてるんじゃないのよ。この業界なら顔は広いの。学生時代の友達もいろんな業界でそれなりに出世してるしね。情報は私が黙ってても入ってくるの」

お局様ははっきり言わなかったけど、お局様は有名な大学の出身で、A商事にくる前は大企業でバリバリ働いていたらしい。

「藍沢さんも少しは懲りて大人しくなるかと思ってたんだけど、ちょっとオイタが過ぎたわね。落ち着いてくれたら、あんなこと持ち出さなくて済んだんだけど」

こ、怖い。
お局様は、お局様にしては優しいと思ってたんだけど、名実共に陰の実力者だったんだ。

道理で常務やら専務やらがご機嫌伺いにくるはずだ。
お局様は社内にも業界にも、他の業界にもコネがたくさんあるんだから。

こんな人を敵に回したら………

「X機材の青木さんがね」

お局様の口から意外な言葉がでた。

No.80 14/10/25 22:35
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いつも、なにを言われてもどこ吹く風だった藍沢さんの顔色が変わった。

モノローグをつけるなら「やべっ」てとこか。

「……そんなの、知りません」

それでもお得意のセリフが出た。

「そう?じゃあ私の勘違いかしらね?」

「そう、ですよ!」

「じゃあ、あのことも私の聞き間違いかしら」

「こっ、今度は、なんですか?」

藍沢さんは動揺しているみたいだ。

「大した話じゃないわ。X運送の○○主任が……」

X運送?藍沢さんが前にいたX機材の関連会社だけど。
藍沢さんの目が泳いだ。

「きっ、聞き違いですよ」

「そうね。えっと藍沢さん、私たちいまなにしてたかしら」

「え、えっと」

「仕事の息抜きに、ちょっとみんなでお喋りしてただけよね?」

「そっ、そうですよぅ」

「そろそろ藍沢さんは総務に戻った方がいいわね」

「はい、そう、そうです。戻らないとですね」

藍沢さんは社内便の箱を抱えて、慌てた感じで出て行った。

「緑さん、申し訳ありませんでした」

私が頭を下げると、お局様は私を手招きして部屋から出て、休憩室へ行った。

「少しは効いたかしら」

お局様は自動販売機で私と自分の分のコーヒーを買うと、椅子に座り笑った。

「最後のあれ、なんの話なんですか?」

私はお局様の横に座って聞いた。

「ふふふ、想像つくでしょ?藍沢さんがX運送からウチに紹介されたのは、トラブルがあった厄介払いだったの。○○主任は、妻帯者。それで分かるでしょ?」

つまり、不倫かなにかのトラブル、ってことなんだろうか。

No.79 14/10/25 18:26
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パシッ!

鋭い音に私は一瞬驚いた。

だって私はまだ藍沢さんを殴ってないから。

「いい加減にしなさい」

お局様だった。

「仕事中に多少息抜きでお喋りするくらい、私もなにも言いません。でも、他社の方や、ましてや同僚のことまで悪し様に罵られて、もうこれ以上黙っているわけにはいきません!」

藍沢さんは一瞬呆然としたあと、「わっ」と言って両手で顔を覆った。

「ひどい!殴らなくたっていいのに!」

………アンタ、いつか誰かに刺されるよ

「医者に行きます!診断書とって、警察に行きます!」

「どうぞ。私はどうせもう退職だから」

あぁ。お局様は、私の身代わりになってくれたんだ。

「治療費と慰謝料もらうから!」

「あげるわよ。ちゃんと領収書を忘れないようにね」

「脅しじゃないのよ!」

「だからどうぞって。私も兄に相談するから」

「兄ってなによ!」

「弁護士よ。兄に相談して、あなたのオイタも会社に相談するわ」

「なにが言いたいのよ!」

「USBメモリ3本。CD-ROMはもう10枚以上。消耗品のお使いのときに紛れて買ったハンドクリーム、デコレーションシール、サプリメント、その他色々。藍沢さんが会社の備品をくすねたり、お使いのついでに私物を買ってたことくらい、私は知ってたのよ。ただ、あまりにも金額が小さいし、藍沢さんもちゃんと隠蔽してたから、深く追求しなかっただけ。いくら仕事ができなくても、本気で調べたら即クビだから、可哀想だと思ったのよ」

No.78 14/10/25 18:01
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「どうして赤城さんが気分悪いとか言うわけ?だって白井さんがバツイチなのも子持ちなのもホントのことじゃない」

「それこそそんなこと、藍沢さんには関係ないでしょ。それともなに?白井さんになにか恨みでもあるの?」

藍沢さんはちょっとだけ言葉に詰まった。

「そ、そりゃ私は白井さんなんて知らないけど!でも、バツイチがいい気になってる話聞いたら、キモチ悪いと思うのが普通でしょ」

………アンタの思考回路は普通じゃないんだって

「白井さんは綺麗な人だよ。仕事もできて、人の悪口なんて言わない、気持ちのいい人だよ」

「なんで赤城さんにそんなこと分かるのよ」

「会ったことがあるからよ」

「なんで赤城さんが白井さんに会うの?違う会社じゃない。赤城さんは外回りはしないでしょ」

「黒田さんに紹介してもらったの!」

「へえぇぇぇ。黒田さんがバツイチ彼女とデートするのに、ノコノコ付いて行ったんだ」

「他の人もいたの!」

「あーあ。婚期遅れてるから、オトコ紹介してもらったんだ。必死〜〜〜。そりゃ焦るよねぇ。お気に入りの黒田さんは自分より年増のバツイチとデキてるしねぇ」

ああ言えばこう言う。
最早憎まれ口というより、私は完全にバカにされ、侮辱されている。

もうダメだ。

いままで何度も殴ってやろうと思っては堪えてきた。

もういい。
沙知、殴ってよし!

No.77 14/10/24 18:44
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青木さんのお陰で気分は少し晴れたけど、藍沢さんは相変わらずで。

月曜日の昼近くに郵便物を持ってきた藍沢さんは、いつものように空いている席に座り込んだ。

その席がたいてい黒田さんの席なのも微妙に腹が立つ。

「バツイチってさー、人間としてケッカンがある人が多いんだってねー」

おいおい、「欠陥」って漢字、知らないだろ。

「バツイチのくせに、よく恥ずかし気もなく彼氏とか作れるよね〜」

私やお局様が相手にならないのを知っている藍沢さんは、いつも一番若い水野さんに話しかける。

水野さんは「へー」とか「そうなんだ」とか当たり障りない返事をする。

「藍沢さん、戻らなくていいの?忙しいんじゃない?」

お局様がやんわりたしなめる。

「はーい」

一応藍沢さんもそう返事はするけど、もうすぐ退職するお局様は殆ど諦めているし、藍沢さんもそれを分かっているみたいで返事だけで席を立とうとはしない。

「白井さんてさ、大きい子どももいるんだって。それなのに彼氏とか作って浮かれてるなんて、みっともないよねぇ」

毎日繰り返される白井さんの悪口。
黒田さんのことまで侮辱していることに気づかない藍沢さん。

「いい加減にしなよ」

私はついにそう言った。

「なーに?赤城さんには関係ないでしょ」

「毎日そんな話聞かされて、気分悪いのよ」

藍沢さんはバカにし切った顔で私を見た。

No.76 14/10/24 17:10
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私は笑いすぎてお腹が痛くなってしまった。

「ねぇ、青木さん。どうしてそんなに平気そうにしてられるの?好きな人が親友の彼女で、その彼女は悪い噂をされてて。私はいろいろ複雑。白井さんと張り合うつもりはないけど、だからって『片思いやーめた』なんてできないし、白井さんや黒田さんがなにも知らない人から面白おかしく噂されるのも腹が立つ」

「平気なわけじゃないよ。俺だって本当は似たようなもんだよ。でも、黒ちゃんがリョウちゃんのことずっと好きだったのは解るし、黒ちゃんはホントにいいヤツだしな。噂は当人たちが一番辛いんだと思えば、当人たちが静観してるのに俺が騒いでも仕方ないと思ってるしな」

「私はそんな風に悟れない!何度藍沢さんをボコボコにしてやろうと思ったことか」

「それは黒田も同じなんじゃないか?アイツ、本当は短気だからな。はらわた煮えくり返ってるはずだよ。それでも若い女の子相手に本気で怒るのも大人気ないから、静観してるだけだと思うけどな」

「そうかぁ」

青木さんと話しているうちに、だんだん気分が落ち着いてきた。

やっぱり年上なだけあって、私より大人だな。

「でも私、そのうち藍沢さんにガツンと言っちゃうかも。黒田さんを好きだからっていうより、毎日他人の噂話を聞かされるのは耐えられないから」

「お、戦う気だね」

「いままでは職場で波風たてるのめんどくさくて、当たり障りなくしてたんだけど、なんかそれじゃいけないような気がして」

「リョウちゃんに影響されたかな。彼女は他人にどう思われようと、自分が正しいと思えば突き進むタイプだから」

「そうかもしれない。私、白井さんのこと大好きだから」

「頑張れ。俺、そういうさっちゃん、好きだよ」

「青木さ~ん」

「だから『慎ちゃん』だって」

「慎ちゃんね、了解」

青木さんと話してると、本当に楽しい。
この間も、今日も、青木さんと会う前と後じゃ、全然気分が違ってる。

青木さんと知り合えて、良かったなぁ。

No.75 14/10/24 11:59
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「黒田さん、青木さんにも打ち明けてなかったのに」

「男同士なんてそんなもんだよ。隠すわけでもないけど、わざわざ言って回ったりもしない、ってだけだったんだから」

なるほど。
女同士だとすぐに「隠してたなんて水臭い!」とかなりそうだけど、男同士だとそんな感じなんだ。

「男前ですねぇ」

私はタン塩の後に焼き始めた牛ロースを網から取りながら呟いた。

「黒ちゃんが?」

「黒田さんはもちろんカッコイイですけど、白井さんが。なんか強いなぁ」

「そうかもな。リョウちゃんは強い人だよ。自分の弱さもちゃんと知ってるから、強いんだと思う。黒ちゃんも同じだよ。リョウちゃんと長い付き合いで、いろんな事情を承知の上で付き合うようになったんだから」

青木さんは、白井さんのことも青木さんのことも、人として信用してるんだなぁ。

「青木さん、白井さんに惚れ直しちゃうね」

「惚れ直したところで、脈はないけどな」

「それは私も同じ」

私と青木さんは顔を見合わせて笑った。

「でもなぁ、あのバカ娘には腹が立つなぁ」

「放っときゃいいよ。その手の人間はそのうち自滅するから」

「そうかなぁ。誰になに言われたって『えー、私そんなこと言ってませぇん』って泣きますよ。だいたい、自分が変な噂流したせいで黒田さんまで悪く言われてるのに『バツイチ女のせいで、黒田さん可哀想~』とか私に言ってくるんだから」

「さっちゃん、モノマネ上手いね。俺、その子に会ったことないのに、どんな子なのかすんげーよく伝わる」

「真面目に、彼女には会社から消えて欲しいですよ」

「そのうち『私そんなこと知りませぇん』じゃ済まないようなこと仕出かすって」

「やだ、青木さん、いまのモノマネ上手かった。気持ち悪っ」

No.74 14/10/23 19:26
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「ほら焼けたよ」

青木さんは上手に焼き上がったタン塩を私のお皿に入れてくれた。

「いただきまーす。……って、青木さんは心配じゃないんですか」

私はそう言ってレモン汁をつけたタン塩を口に入れた。
やっぱりこんなときでもタン塩も美味しい。

「だってさ、黒ちゃんだって気にしてないだろ?」

「……そう、見えます」

「リョウちゃんも同じだよ。リョウちゃんも噂が流れてることはもう知ってるけど、動じてない」

「だって、あんなヒドいこと……」

「覚悟してたんだってさ。離婚して間もないのに彼氏がいるって分かったら、色んなこと言われるだろうって」

「確かに白井さんならそう言いそうだけど」

「だろ?リョウちゃんは、子どもに顔向けできないようなことはしてないから、それでいいんだってさ。離婚する前から黒ちゃんのことを好きだったのも確かだけど、離婚したダンナにはもう何年も気持ちはなかったから、それを自分と黒ちゃんさえ分かってればいいって」

「でも……」

「ここで当人たちが躍起になって弁解したからって、噂はなくならない。普通にしてれば、そのうち噂してる人間も飽きるだろうってことなんじゃないの」

「それはそうかもしれないけど」

「そもそも、そんな噂が怖かったら、もっと人目を気にして行動してるはずだろ。それだけ、本気ってことなんだよ、リョウちゃんも黒ちゃんも」

No.73 14/10/23 13:17
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「青木さん!」

青木さんの顔を見た瞬間に、目がウルっとしてしまった。

藍沢さんが噂を撒き散らし始めてから半月、私はどうにもこうにも、いても立ってもいられない気持ちが限界になり、青木さんにメールをした。
メールでする話でもないし、「黒田さんのことで相談があります」とだけ送ったら、「焼肉でも食べようか」と暢気な返事が返ってきた。

それでまたこの間と同じく、池袋で待ち合わせをして、週末の仕事が終わった金曜の7時、いけふくろう前に青木さんが現れたのだ。

「お疲れ~。なんだよー、こないだ『慎ちゃん』って言ってただろ。てか、なにそんなショボくれた顔してるの」

メールと同じく、青木さんは暢気極まりない感じだった。

「あぁもう!呼び方なんてどうでもいいでしょ。てか、こんなとこじゃ話もできないから、焼肉でも焼き鳥でもいいからどっか落ち着きましょう」

「なんだよ、怖いな。腹減ってんでしょ。やっぱ焼肉だよな」

青木さんは私の袖を引っ張るようにして駅の外に出ると、賑やかな表通りから少し入ったところにある焼肉屋に入った。

「小さい店だけど、安くて美味いんだよ。とりあえずビールとキムチかな」

青木さんの言う通り、狭い店だけど、店内は小奇麗で、テーブルにはちゃんと無煙ロースターがついていた。

「さっちゃんお疲れ~」

「お疲れ様です」

とりあえずこの間と同じく中ジョッキで乾杯して、私は一気に半分以上飲んだ。

「あぁ、こんなときでも美味しい」

「なんだよ、こんなときでも、って。で、黒ちゃんがどうしたって」

私はもう一回ジョッキに口を付けてから、青木さんにA商事の中で黒田さんと白井さんの歪んだ噂話が流れた経緯を話した。

「多分、その藍沢さんって子の繋がりで、X機材でも白井さんの噂が流れてると思うんです。白井さんは大丈夫ですか?」

私は一息に話し終えると、ジョッキに残ったビールを飲み干した。

「噂ね。ウチでもコソコソ話してる人間がいるね」

青木さんは店員さんが持ってきたタン塩を網に乗せながら言った。

No.72 14/10/23 12:05
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白井さんはA商事の社員ではないから、噂が原因で仕事に支障がでているわけではない。

白井さんは現在独身なんだから、同じく独身の黒田さんと恋人同士であっても、なんの問題もない。

それでも、藍沢さんが飽きもせず白井さんの悪口のような噂をしていけば、社内中の人にその噂は耳に入っていく。

藍沢さんは白井さんに嫉妬して、貶めたかったのかもしれないけど、結果として黒田さんにとって悪い話も流れていく。

黒田さんは優秀な営業マンだ。下の人にも、上の人にも信頼されている。
いままで、それを尊敬され、尊重されこそすれ、やっかむ雰囲気は見えなかったのに、噂が原因で陰口のような声も聞こえるようになってしまった。

「モテないわけじゃないのに、あの歳で独身って、やっぱワケアリだったんだな」
「学生時代から知り合いって、ずっとそういう関係だったわけ?それもスゴイな」
「仕事がデキる男は、女にも気が長いんだな」

面と向かってではなく、喫煙所で、休憩室で、駅から会社への道で、黒田さんに直接聞こえないように、社内の人の話す声が私にも聞こえた。

白井さんは、どうしてるんだろう。

藍沢さんのような人に噂を流すくらい軽率な人がいるなら、X機材でも悪い噂が流れているんだろうか。

白井さんは、傷付いていないだろうか。

黒田さんは。

まったく変わらない。

面と向かって黒田さんに噂のことを聞く人はさすがにいないだろうけど、それでも藍沢さんがあれだけ盛大に噂を撒き散らせば、黒田さんの耳にもなにかしら入っているはずだ。

それでも黒田さんは、以前と同じように出社し、朝礼や打ち合わせをし、書類やカタログを持って外出し、夕方に戻ってくる。

白井さんから問い合わせの電話も入る。
いままでと同じように、仕事の話を簡潔に的確にし、「今日寒いよなぁ。じゃ、また」と白井さんと軽く雑談までする。

黒田さんに白井さんからの電話が入った瞬間に、部屋の空気が好奇の色に変わっても、黒田さんの周囲だけはなにも変わらない。

黒田さんの周りだけ、汚い空気をブロックするバリアが張ってあるみたいだ。

No.71 14/10/22 19:25
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藍沢さんは目をギラギラさせている。
まんま、獲物を見つけた野生動物だ。

「なんか、バツついたのも最近みたいだって。それってさー、白井さんって黒田さんと不倫してたのかな。聞いたらさ、黒田さん、X機材の青木さんと親しいらしいじゃない?白井さん、黒田さんを利用してX機材に潜り込んだんじゃないのー?」

うわ。






のパターン。

「そんなの、本人に聞かないと分からないんだから、あんまり想像だけで話さない方がいいんじゃない?」

「フツーに考えたら、誰だってそう思うよ。可哀想、黒田さん、バツイチ女にいいように利用されちゃったんだね」

「だからやめなって。黒田さんにも白井さんにも失礼じゃない」

「そぅお?」

藍沢さんはどこ吹く風、という感じだ。

私には藍沢さんを止められない。

もともとひとの話なんてまともに聞かないタイプなんだから。

予想通り、藍沢さんが噂を撒き散らしたようで、白井さんと黒田さんが付き合っていることは、あっという間に営業部に広まった。

ご丁寧にも、藍沢さんは前いた会社の人にも言い触らし、X機材の中でも、噂が広まった。

噂を広めた張本人が、白井さんにも好意的ではないから、話は大きく歪んで広まっていた。

No.70 14/10/22 15:15
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「うっそ。そこまでする?」

「だって、気になるじゃない。それに私も乗換えだったし。ついでに確かめてみようかな~、って」

さすが。
藍沢さん、思考回路が普通じゃない。

「でね、黒田さんは銀座で降りたんだけど、数寄屋橋で女の人に会ってたの。ほら、この人」

「写メ撮ったの?」

「えー、こういうときのための写メじゃない」

黒田さん、白井さん、気の毒に。
相手が悪すぎる。

藍沢さんが見せてくれた写メには、遠目だけど白井さんが写っていた。

「それからどうしたの?」

「『こんばんは』って声かけた」

「そしたら?」

「黒田さん、驚いたみたいだったけど、『X機材の白井さんだよ』って紹介してくれた」

………まぁ、その状況ならそうするしかないだろうな。

「で?」

「『彼女ですか?」って聞いたら『昔馴染みだよ』って」

それは本当だ。

「それでね、次の日、その写メを水野さんに見せたのよ。そしたら、水野さんも『多分この人だったと思う』って」

「昔馴染みで仲がいいなら、おかしくはないんじゃない?」

「あれは彼女でしょ。だって私が声かけるまで腕組んでたもん」

あぁ。アウト。

「でね、私、前の会社の男の子にも聞いてみたの」

藍沢さんは取引先の紹介でA商事にきた人だ。
今にして思えば、藍沢さんが前にいた会社でもこの人には困っていて、体のいい厄介払いだったのかもしれないけど。
で、その前の会社はX機材の関連会社と聞いている。

「その子、白井さんのこと知ってた。バツイチで、41歳だって。黒田さんと昔馴染みっていうのは本当みたい」

No.69 14/10/22 12:39
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藍沢さんが配置転換されて以来、仕事はうんと楽になった。
翌週から来た派遣さんも普通の人だし、水野さんはきちんと教わった通りに仕事をしてくれてるし。
総務から来てくれた人も営業事務経験者とあって、要領がいいし。

ただ、誤算だったのが、藍沢さんがしょっちゅう営業部に顔を出すことだ。

郵便物や書類を持って来たりで、一日に何回もやってくる。
他の人がきていたときは、用が済んだらさっさと戻っていたのに、藍沢さんは課長や部長のいない隙にきては、誰かと喋っていく。

私にも嫌味を言ったことなんてすっかり忘れたみたいに、相変わらず「お昼いきましょうよぅ」とか声をかけてくる。

その日も断りきれずに藍沢さんといつものファミレスへいった。

「ねーねー、赤城さんに教えてあげたい話があるの」

日替わりランチを食べながら、藍沢さんは目を輝かせた。

「なに?」

「黒田さんの彼女のこと!」

「えっ?」

私はランチスープでむせそうになった。

「水野さんが彼女みたいな女といるところを見た、って言ってたじゃない?確かめたの」

「確かめた、って、どうやって?」

「簡単よ。尾行したの」

得意気な藍沢さんの言葉に、私は驚いて今度はフォークを落とした。

「尾行って、いつ?」

「先週の金曜日。帰りに黒田さんと同じ電車だったんだけど、黒田さんがいつもと違う駅で乗り換えたから、『デートかもしれない』って思ってこっそり付いていったの」

No.68 14/10/21 19:26
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藍沢さんには腹が立ったけど、相手にするのはやめた。

言い返したら、黒田さんは白井さんと付き合ってることや、白井さんが本当に綺麗で黒田さんにお似合いの彼女だって言っちゃいそうだった。

黒田さんが公表してないことを私がバラすわけにはいかないし。

藍沢さんが私はともかく、白井さんまでバカにするのは腹が立つけど、藍沢さんなんか白井さんには逆立ちしたって敵わないことを知ってるんだと思えば、少しいい気味だとも思える。

とりあえず明日からはこのバカ娘に振り回されることもなくなるし。

「そういえば、私、黒田さんが女の人と一緒にいるところ見ましたけど」

えっ?

それまで黙っていた水野さんがそう言った。

「うそー、どこで?」

「池袋で。彼女かどうかは分からないけど、女の人と一緒にヤマダ電機で買い物してた」

「ホントー?」

「見間違いかなぁ。雰囲気的には妹さんとか友達みたいな感じにも見えたかなぁ」

あぁ。
それはきっと白井さんだ。

「なにー?赤城さん、ショック?」

私が少し驚いたのを藍沢さんは見咎めて言った。

「そんなことないよ。彼女かもしれないね」

「強がっちゃって」

黒田さんに彼女がいたら悔しいのはアンタも同じでしょ。

でもまぁいいや。
水野さんもはっきり見たわけじゃないみたいだし。

とりあえず藍沢さんも部署が変われば、少しは大人しくなるだろう。

No.67 14/10/21 10:00
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青木さんと同志の友情を深めた翌日、私はお酒も残らず、爽やかな気分で出社した。

昨日の発注ミスの処理はひと段落していたけど、部長、課長、お局様が打ち合わせをして、業務体制の見直しが決まった。

私は今まで通り黒田さんと他2人の営業さんのメイン担当。
お局様の退職後は私と総務にいる営業事務経験者の女の子で分担して業務を管理し、水野さんが私と一緒に発注業務を担当する。
総務部と営業部には派遣社員をひとりずつ入れて、当面の人手不足を補う。

藍沢さんといえば。
総務へ配置転換された。
課長とお局様が彼女には営業事務は無理と判断したのだ。

総務なら内向きの仕事が多いから、今回みたいな騒ぎはないだろうけど、総務は経理・人事・庶務に分かれていて、藍沢さんは差し当たり庶務に行くらしい。
一番対外的な仕事が少ないから、ということらしいけど、大丈夫なんだろうか。

営業部としては藍沢さんがいなくなると、とても楽にはなるんだけど。

藍沢さんは部長たちに呼ばれて、配置転換を伝えられたらしい。
席に戻ると、デスクの私物をまとめ始めた。

「あーあ。赤城さんの思い通りになっちゃった」

これ見よがしに藍沢さんが言うのが聞こえた。
取りあえず無視。

「婚期遅れてるからって、若い子に嫌がらせするなんてサイテー」

無視無視。

「水野さん可哀想。私がいないと、赤城さんに意地悪されちゃうかも」

「そんなことないですよー」

まだ20歳の水野さんの方がよっぽど大人だ。

「黒田さんは優しいじから、年寄りに親切なんだよね。ほら、あのX機材の事務の人。黒田さん黒田さんってしょっちゅう電話してきてさ。年増は機嫌取らないと怖いから優しくしてるだけなのに、赤城さんもあの人も勘違いしてて笑えるよね~」

いまの時間、上の人も営業さんたちもいないから、藍沢さんは言いたい放題だ。

殴りてぇ。と思う。

No.66 14/10/20 15:25
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「そんなこと言うなよ~。赤城さんは赤城さんだろ。赤城さんだって十分可愛いし、黒ちゃんやリョウちゃんが誉めるくらい仕事も頑張ってるんだろ?」

「でも、もう31歳ですよ。なんか最近、このまま一生結婚できないような気がしてきました」

「じゃあ俺なんかどうしたらいいんだよ。赤城さんはまだアラサーだけど、俺もう38歳、アラフォーなんだぞ。誰だよな~アラサーだのアラフォーだのって括り作ったの」

「そうそう、そんな括りは必要ないです!青木さんも私も同じ、30代。片思い仲間!仲間ですよ、トモダチです」

………どうも、私も酔っ払ってきたらしい。
言ってることが支離滅裂でお馬鹿なことばかりになってきた。

「赤城さんはいいヤツだなぁ。下の名前はなんていうの?」

「忘れちゃったんですか?沙知です。あ、でも私も青木さんの名前知らない」

「記憶した。さっちゃんね。俺は慎ちゃん。慎一だよ」

「慎ちゃんね。慎ちゃんもいいヤツ!」

「でもな~、俺も今回失恋確定だしな。あいつら、付き合い通算20年だぜ。割り込む隙がないよなぁ」

「親友の彼女だしねぇ」

「苦しいとこだよなぁ」

「分かりますよ~」

そんな風に時折愚痴を言い合いながら、不思議と明るい雰囲気で、私は悪酔いすることもなく、青木さんと気持ちよく飲んだ。

帰りがけに連絡先を交換して、最後は池袋の駅でお互い「バイバーイ」と手を振り合って別れた。

お陰で、会社での嫌なことは、すっかり遠くへ行ったような気がした。

また明日も頑張ろう。

No.65 14/10/20 14:47
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「なんか黒ちゃんはモテるんだよな~。赤城さんはどこがいいと思った?」

追加で頼んだ3杯目の中ジョッキがくると、青木さんがそう言った。

「そうですね~。仕事熱心なところはもちろんですけど、見た目のクールさと中身のギャップとかですかね。知ってます?インコのゆり子ちゃん」

「あ、俺、ゆり子と仲いいよ。賢いんだよな、俺見るとちゃんと『あおき』って言って飛んでくるんだ」

「いいなぁ。多分私は一生黒田さんちになんて行く機会はないですよ」

「そんなことないだろ。赤城さん、リョウちゃんと気が合ってるみたいだし、そのうち一緒に遊びに行く機会もあるんじゃないの?」

青木さんは酔ってきたのか、「白井さん」が「リョウちゃん」に変わっている。

「青木さん。好きな人の家に、その彼女さんと行って、私はなにが嬉しいんです?」

「ま、そりゃそうだ」

「青木さんこそ、白井さんのどこ、好きになったんです?」

「なんだよー、もうちょっとオブラートに包んだ言い方してくれよ」

「青木さんがしょーもないこと言うから!で?どこが好き?やっぱり美人さんだから?」

「赤城さんもだんだん本性出てきたなぁ。わかったよ、言うよ、おっかねーなぁ。まぁ、リョウちゃんは綺麗な人だし、最初は大人しかったし、普通に第一印象はいいだろ。でも意地っ張りなんだよ。離婚もそうだろうけど、仕事でもなんでも、自分で決めたらとことん、みたいなとこは、ハタから見ると助けてやりたくなるっつぅか」

「………いいなぁ」

私がお皿に残っていたバンバンジーサラダをつつきながらそう言うと、青木さんが「うん?」という感じで私を見た。

「白井さんは、バツついたって、美人さんだし、仕事はできるし、明るくて楽しい人だし。それで黒田さんからも青木さんからもモテて、羨ましい。悔しいけど、私も白井さんのこと好きなんですよ。張り合う気にもなれないです。あんな人になりたいな、とは思うけど」

No.64 14/10/20 11:41
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「あぁ、もうヤケクソです。そうです、私、黒田さんのこと好きでした。でも偶然白井さんとデートしてるとこ見ちゃって、即失恋しました。バーベキューのとき、勘ですけど、青木さんも白井さんのこと好きなんじゃないかって思って、それ以来勝手に片思い仲間だ、って親近感持ってました」

一気に吐き出してしまった。

青木さんは目がテン、という感じで私を見ている。

そして、「ぷ」と吹き出した。

「本当に赤城さんは面白い人だな」

「そうですか?タダの失恋女です。結婚しようと思って同棲してた彼は浮気相手とデキ婚しちゃうし、そのあと好きになった人には逆立ちしても張り合えない彼女がいるし」

私は続けて喋りながらジョッキを空けた。

「俺も同じだ。俺も同棲してたんだけど、他に好きな人ができたって、俺が研修に行ってる間に置手紙残して消えた」

「青木さん!最初から青木さんは親しみやすい人だと思ってたけど、同じ私と同じ境遇だったからなんですね!」

「情けないけどな」

「そんなことないです!青木さんはカッコイイと思います!その彼女に見る目がないんですよ!」

感極まった感じで私は青木さんの手を取った。

「嬉しいこと言うなぁ。赤城さんだって、十分可愛いと思うよ。そんな手の早い男、別れて正解だったんだ」

青木さんも「ガシッ」という感じで、私の手にもう片方の手を被せてきた。

なんというか。
どうも体育会のノリみたいだけど。

連帯感みたいなものが、私と青木さんの間に生れていた、ような気がする。

「とりあえず、お酒のお代わり、しましょうか」

私がそう言って「に」と笑うと、青木さんも笑ってくれた。

No.63 14/10/19 22:49
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「なんだー、私てっきり青木さんは白井さんのこと好きなんだと思ってましたよー」

青木さんはなんのこだわりもなさそうなので、思った通りにそう言うと、青木さんの顔色が変わった。

不愉快になる意味じゃなくて、いわゆる赤面だ。

「え?あ、もしかして、ホントは、そう、だった?」

ヤバイ。
調子に乗りすぎた。
酔ってるのか?私。

「参ったなー」

口元に手を当てて青木さんは天井を見上げた。

これは肯定かな。
青木さんのことをほじくり返すつもりじゃなかったのに。

「ごめんなさい、あの、勝手にそうなのかなー、って思ってて、なんか親近感持っちゃってて」

「親近感?」

うわ。
私は今度はなに口を滑らせてるんだろ。
私はこんなに口が軽い女だったのか。

「いえいえ、なんでも………」

「親近感……もしかして赤城さん………黒ちゃん?」

あぁ。
意地悪したしっぺ返しみたいになってる。

今度は私が赤面する番だ。

「………その、通りです」

たいして飲んでるわけでもないのにな。

青木さんは危険だ。

なぜか青木さんと話していると、緊張感がなくなる。

そもそも今日は最初から愚痴を聞いてもらってるし。

この一見いかついけど柔らかい雰囲気が、一緒にいる人間の警戒心を解いてしまうんだろうか。

No.62 14/10/19 11:24
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「ところで赤城さん、なにがあったの?」

「……オフレコにしてもらえます?」

中ジョッキが2杯目になったところで、私は少し迷ったけど青木さんに今日のことを話した。
本当は社内のことだから、社外の人、しかも取引先の人に言う話ではないと思うんだけど、我慢できなかった。
なんとなく、黒田さんや白井さんを通じて、青木さんには友達みたいな感覚もあるから、まぁいいか、って感じで。

「発注ミスか、大変だったね」

「油断しました。こんなことになるなんて」

「誰でもミスはするもんだけどな。想定外の要素が入ると、たまらんな。その暴走娘、黒ちゃんのこと好きなんだろ?黒ちゃんが前に『しつこくて困ってる』って言ってたよ」

「本人は気づいてないみたいですけど」

「黒ちゃんに認めてもらいたくて先走ったって思えば可愛いともいえるけど、仕事はちゃんとしてもらいたいよなぁ」

「そうなんですよ。まったく、会社になにしにきてるんだか」

「でもあいつには白井さんがいるだろ」

「そうなんですよね………って、え?青木さん、知ってたんですか?」

「まぁね。話してりゃ分かるよ。白井さんが離婚する前から好きだったんだろ?前に酔ったときに『昔から好きな女がいる』って言ってたからな。白井さんが昔馴染みって分かったとき、すぐに彼女のことだったって気づいたよ」

No.61 14/10/18 20:02
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「はい、じゃあお疲れ様〜」

青木さんは私が「中華幕の内」と言っていたからか、中華メニューの多いダイニングバーへ連れてきてくれた。

とりあえず2人とも中ジョッキを頼んで乾杯。

「あーっ、美味しい!」

「赤城さん、いい飲みっぷりだね」

あ、いけない。
ついまるっきり素の私だった。
ストレスマックスだったからなー、ビールが嬉しくて、一気に半分以上飲んでしまった。

「この間の飲み会のときは、飲み方も控え目だったよね」

「あー、ちょっと遠慮がちでしたね」

「自分で遠慮がちって言うかぁ?」

なんだか青木さんも前よりくだけた感じになっている。

そうか。
今日は黒田さんがいないからかもしれない。

無意識だったけど、やっぱり黒田さんの前だと、自分をよく見せたいって思っちゃうのかも。

それだけじゃないかな。
青木さんの雰囲気が、あまり他人を緊張させないんだ。
だから、バーベキューのときも、この間の飲み会のときも、疎外感を感じないで楽しめたのかもしれない。

「ま、ま、気持ちよく飲んで、嫌なこと吐いて吐いて」

「はーいー」

「ほら、赤城さんが食べたかったエビチリとイカシューマイも来たよ」

「わーい」

なんだかテンション上がってきた。

ひとりで帰らなくてよかった。

No.60 14/10/18 16:09
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疲労感と藍沢さんとの会話で生じた不快感を消せないまま電車に乗り、池袋で私鉄に乗り換えようと思ったところで、やっぱりホカ弁はやめて、デパ地下で高級店のお弁当を買おうと思い直した。

たまの贅沢で買う、有名中華料理店の中華幕の内を買おうと思い、改札口からデパートの入り口へ向かおうとしたら、後ろから肩を叩かれた。

「赤城さん、いま帰り?」

X機材の青木さんだ。
スーツ姿でビジネスバッグを持っているので、退社後なのか、営業先から帰社する途中なのか分からない。

「こんばんは。青木さんもお帰りになるところですか?」

「うん、池袋のお客さんと打ち合わせして、今日は直帰するところなんだ。赤城さんは買い物?」

「はい、ちょっと会社で腹の立つことがあったんで、贅沢して○○飯店の中華幕の内を買って帰ろうと思って」

「腹が立つことがあったから高級中華弁当?赤城さんは面白い人だね」

青木さんはそう言って笑った。

「そうですか?会社のストレスは家に持って帰りたくないんで、代わりに大好物をテイクアウトしたらいいかと思って」

私がそう言うと、青木さんは更に笑い、「腹いてぇ」とまで言った。

嫌味がなくて、本当に楽しそうに笑うので、私までおかしくなってしまった。

「あ、赤城さん、笑った。赤城さん、ひとり暮らしだったよね。1人で中華弁当食べるんなら、一緒に食事して帰らない?俺で良かったら話を聞くよ」

一瞬迷った。
青木さんとは仕事では電話で何度も話しているけど、プライベートで会ったのはまだ2回。
まだ親しいとまでは言えない人に誘われて、気軽に食事なんてしてもいいんだろうか。

でもなぁ。
どうせひとり者だし。
男の人と食事して文句言う彼氏もいないし。
青木さんはいい人だと思うし。
多分だけど、青木さんは片思い仲間だし。

「いいんですか?じゃあ、ちょっと飲んで帰りたいです」

「いいよ、行こう」

第一印象でいかついと思った青木さんの顔が、思いの外柔らかく思えた。

No.59 14/10/18 15:05
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なんて叫んでやったら、さぞかしスッキリするんだろうと思ったけど、気力で堪えた。

だって、周りの人は私を評価してくれている。

黒田さんも、私を信用してくれた。

こんなバカ女と同じレベルで喧嘩するのは、私までそのレベルになってしまうような気がする。

ダテに30歳過ぎまで生きてきたわけじゃない。

「そうね。私もいい人がいたら早く結婚したいな」

おぉ。
ニッコリ笑って余裕のあるセリフを言えた。

「強がっちゃって」

藍沢さんに鼻で笑われても、大丈夫。

「30過ぎるとね、強がってでもいないと、生きていけないのよ。藍沢さんも私の年になったら解るかもしれないね」

「私は赤城さんみたいにずっと独身なんて耐えられな~い。黒田さんみたいに仕事ができて、素敵な人とちゃんと結婚するもん」

「そう。頑張ってね。お疲れ樣」

私は支度を終えると、バッグを持って更衣室から出た。

あンの、バカ女!

なかなか思うようにクールには振舞えないもんだな。

あー、もう!

そういえばお昼食べ損ねて空腹通り越してるし!

今日は自炊やめた!

ホカ弁とビールとお菓子買って帰ろ。

やけ食いやけ酒だ!

No.58 14/10/18 13:25
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ふっっっっっざけんな!

アンタみたいに自己中でアタマ悪くて常識のない人間にバカにされる謂れはない!

そりゃ私はもう30歳過ぎたよ。
オトコに浮気されて捨てられたよ。
結婚の予定どころか、彼氏もいなくて、片思いの相手には彼女がいるよ。

そんでもなー

毎日真面目に一生懸命生きてんだよ!

確かにこないだまでは仕事に対する姿勢も適当だったよ。

でも、給料分は責任持って働いてたって自信はあるよ。

アンタみたいに、若い女の子なら仕事できなくても座ってるだけで許されて、男からチヤホヤされて、給料ももらえると思うような思考回路は!

あいにく持っちゃいないんだよ!!!

消えて失せろ!

この!

バカ女!

No.57 14/10/18 11:59
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「やっぱり黒田さん素敵~」

終業後、更衣室で着替えていたら、先にいた藍沢さんがノーテンキな口調で私に言った。

「はぁ?」

今日のあの話の流れで、どうしてまだそんなノーテンキなことが言えるんだろ。
黒田さんは藍沢さんを完全に見限ってしまったのに。

そもそも部長に呼ばれたときも、そのあとも、藍沢さんは私に対してはもちろん、営業部の誰に対しても一切謝罪の言葉を口にしていない。
最後まで「知りませぇん」だった。

「黒田さん、私のこと庇ってくれたし」

藍沢さんは得意気にそう言った。

「庇った?」

「だって、私のこと叱らなかったし、私が仕事で辛い目に遭ってる、って言ったら、仕事を変えてくれるって言ったじゃない。それって、私が赤城さんから意地悪されてるのが可哀想、って思ったからでしょ」












「………私が、いつ、藍沢さんに、意地悪、した?」

再び殴りたくなる気持を抑えてそう言うと

「だってぇ、私が黒田さんの担当をやりたいって言ってるのに、全然黒田さんに言ってくれないし。それって、私にヤキモチ妬いてるから嫌がらせしてるんじゃない」

勝ち誇ったようにそう言う。

どうして、そういう思考回路になるんだ。

「仕事のことは、課長と緑さんが決めてるんだけど」

「だからぁ、赤城さん、課長と緑さんに私の悪口言ってんでしょ」

「言ってないよ」

言わなくたって、アンタのバカぶりはみんな分かってるっての。

「こう言ったらナンだけど、赤城さんはもう33歳?だっけ?黒田さんが独身だから、狙ってんじゃないの?それで私が目障りなんでしょ」

33歳じゃない、まだ31歳。と突っ込みを入れる気にもなれない。

「焦ってるからって、私に意地悪しないで欲しいんだよね」

No.56 14/10/17 16:45
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「俺の日報ファイル」

日報は営業さんが作ってプリントアウトしたら、課長と部長が見たあとにファイルすることになっている。

社外に出ない書類なので、日報のファイリングは藍沢さんの仕事になっていた。

黒田さんはファイルを開いて、右上の角を藍沢さんに指差して見せた。

「これやめてね、って言ったよね」

なんのことかと思って見ると、右上の角が少し蛇腹に折れている。
全部同じところが折れているので、ファイルされた日報は右上の角だけ他の角より膨らんでいた。

「藍沢さん、これクセなんだよね。客に渡す見積もりも請求書も、触ると全部ここいじって折るだろ。俺、何回か注意したよな」

そして問題の発注ミスが起きた発注書。
同じように右上の角が折れた跡がある。

「これ、藍沢さんが折った跡じゃないの?」

「知りません」

藍沢さんはまだ否定する。

「赤城さんは藍沢さんが毎日ミスするから困ってはいるけど、わざとミスしてそれを藍沢さんに濡れ衣着せるような下らない真似はしない。そもそも赤城さんは故意に会社に損害を与えるような人間じゃない」

黒田さんは感情を抑えた感じで話した。

「私だってそんなことしませんよぅ」

藍沢さんはまた頬を膨らませた。

黒田さんは無表情に藍沢さんを見てから、部長の方へ顔を向けた。

「部長、今後発注手配は水野さんにやってもらうことにしましょう。それといままで通り赤城さんで。課長もその方がいいと言ってました」

水野さんは営業部の一番若い事務の女の子のことだ。
年齢は若いけど、藍沢さんよりは遥かにしっかりしている。

「その方がいいわね。藍沢さんの担当業務は、私と課長で考えてみるわ」

お局様が疲れきった口調で黒田さんに同意して、部長も「任せるよ」と2人に言った。

私は怒りと呆れと、そして黒田さんが私を信用してくれた嬉しさと、ごちゃ混ぜな感情の中で、藍沢さんを殴らなくてよかった、と思っていた。

No.55 14/10/17 16:17
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「藍沢さん、部長が呼んでる」

私が営業部に戻ってそう言うと、藍沢さんは頬を膨らませた。

「えー、なんで」

「今日の発注ミスのこと」

「私、知らないよ」

「いいから」

渋る藍沢さんを促して、部長の前に戻った。

「どうして誰もチェックしてないまま発注をかけたの?」

部長の前でお局様にそう聞かれても藍沢さんは動じない。

「そんな発注、私、知らないんですけど」

「でも藍沢さんの判が押してあるのよ」

「えー。でも知らないんですぅ」

「じゃあ誰がこの書類を作ったったのかしら」

「赤城さんじゃないですか?黒田さんの担当なんだから」

「赤城さんは自分で処理したら自分の判を押すわよ。どうして藍沢さんの判を押す必要があるの?」

「こんなこと言いたくないんだけど………。赤城さん、なんかぁ、普段から私に冷たくて………。嫌がらせみたいなこともあるんで………。一方的にライバル視されてるのかなぁ………」

急に口調が弱々しくなった。
そしてお局様じゃなくて、黒田さんをチラチラ上目遣いで見る。

私は、呆気にとられていた。

この子のこと、バカだバカだと思っていたけど、ここまでだったとは。

ルール無視で暴走、自分が原因で騒ぎになっていてもずっと知らん顔。
私とお局様が昼休み返上で走り回っていたのに、藍沢さんは普通に昼休みには消えていた。

本当に自分のミスだと思っていないのかもしれない。
本気で私が嫌がらせをしたと信じているのかもしれない。

怒りを通り越して、呆れるしかできない。

ずっと黙っていた黒田さんが、スッと部長に会釈して出て行った。

そしてすぐに戻ってくると、藍沢さんにファイルを差し出した。

No.54 14/10/17 15:47
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多分、今回のミスは、藍沢さんの暴走が原因だと思う。

私の離席が多かったあの日、お局様もその分雑用が増えて忙しかったと思う。

そこへ来た発注書のファックス。
それを手にした藍沢さん。
黒田さんのアシスタントをやりたがっている藍沢さん。

チェック体制を全て無視して、自分で手配の書類を起こしてしまったんだろう。

発注書には課長の判がついてある。

課長のところへ書類がいくときはいつもチェックが済んでいるから、まさか課長もノーチェックだとは思わなかったんだろう。

そしてそのまま手配がかけられた。
故意かどうかは分からないけど、いつも進んでファイリングなどしない藍沢さんなのに、そのファックス済みの発注書は、ファックス後に入れる「手配済み」の書類ボックスには入れられず、手配済みファイルへと綴じられてしまった。

そこで私やお局様が書類を目にする機会がなくなってしまった。

私もお局様も、発注があったこと自体分からないまま、間違った手配が進んでしまったのだ。

黒田さんもお局様も、事情は察しがついているに違いない。
だから私を責めたりはしないけど。
最終的には責任者の判をついた課長の責任になるんだけど。

私の考えが甘かったのかもしれない。

どんな簡単な仕事を任せても、必ずといっていいほどまともに仕上げられなくて、黒田さん絡みの仕事に手を出したがったり、藍沢さんが「かっこいい仕事」と思っている仕事をさせてもらえないことを不満に思っていたり。

そんな藍沢さんが、チェック体制が甘くなっていた隙をついて、ルールを無視した行動をする可能性までは考えていなかった。

黒田さんとお局様と一緒に部長の前に行ったけど、事態の説明は主にお局様がしてくれた。

いつ 誰が なにを なぜ どうした

私が説明したら、藍沢さんへの非難になりそうな内容を、お局様が事実だけを淡々と話してくれた。
合間に黒田さんが客先とのやり取りを補足して説明した。

「藍沢さんを呼んで」

一通り話を聞いた部長が、私にそう言った。

No.53 14/10/17 12:39
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それからはバタバタだった。

連絡を受けた黒田さんは外出先からそのまま現場へ向かい、私はお局様と一緒に対応に追われた。

幸い、といっていいのか、この現場は納期に少し余裕があり、製品自体も再加工可能なものだった。
今日中にメーカーの工場に戻して、再加工の手配をして、納期を調整して……。

もしキャンセル扱いになったら、A商事が損失を丸被りすることになってしまっていたけど、今回の損失はオーダーミス品の往復の運賃、再加工料と、どうにか最低限で収めることができた。

それでも、損失は損失。
客先は現場で工期の調整を余儀なくされた。
この客先は、黒田さんの客先の中でも、取引量も多く、付き合いも長い、大事な客先だった。

黒田さんは客先からの信頼が厚いので、今回のことで取引停止になることは避けられたけど、こんな単純なミスで大きな迷惑をかけ、信用に傷がついたことは確かだ。

「ただいま」

夕方になって黒田さんが戻ってきた。

「お疲れ様です。いかがでしたか?」

「とりあえず来週納品でなんとかなったよ」

「黒田さん、申し訳ありませんでした」

私は頭を下げた。
多分、私には責任のないミスだと思う。
それでも、ルーチンワークのどこかでチェックが漏れたことは確かだ。

「部長に報告に行くから、緑さんと来てくれる?」

「はい」

お局様を呼びに行く私の横で、恐らく今回の騒動の張本人と思われる人間は、他人事のような顔をしていた。

No.52 14/10/16 22:22
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ウチの発注書と一緒に綴じてある、客先からの発注書を見る。

988と書いてある寸法が、998と入力されている。
単純な、入力ミス。

藍沢さんが作る書類は、全部私がチェックしている筈。

なのに、どうして?

必死に記憶を辿る。

この日、私はなにをしていた?

そう。
正式に正社員になることが決まって、部長と一緒に総務へ行って、営業担当の常務にも挨拶して……。

午前中いっぱいほとんど席には戻れなかった。
だから、午後からは午前中にたまっていた仕事を急いで片付けて……。

「精査印がない……」

「え?」

私が藍沢さんに頼んだ書類をチェックしたら、必ず藍沢さんの判の下に私の精査印を押している。

客先名、金額、商品名にはシャープペンでレ点のチェックも小さく入れる。

精査印も、レ点も、ない。

「あ、本当だ」

お局様は毎日私がチェックした書類を見ているから、すぐに分かってくれた。

「私がチェックし忘れた……?」

「違うと思うわよ。赤城さんはこういう別注品の時は、自分で処理しても必ず金額チェックしてる。藍沢さんが処理したら、尚更忘れる筈がないわ」

良かった。

と一瞬思ったけど、そんな場合じゃない。

寸法がオーダーより大きいということは、現場で設置できないということ。

「黒田さんに連絡します」

私はお局様にそう言って、黒田さんの携帯電話を鳴らした。

No.51 14/10/16 20:36
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家に帰って、若干凹んだ。

だけど、酔って調子に乗って、聞かなくていい話をわざわざ黒田さんから掘り出して、失恋にトドメを刺したのは私だから、自業自得だ。

だから、週明けまでにはどうにか気分を立て直して、いつも通り出社した。

黒田さんは、こっそり「金曜はお疲れ様」と声をかけてくれたので、単純にも私はその「こっそり感」にちょっと気を良くした。

その週の水曜日には、総務から言われて入社前健診に行った。
お局様がいなくなる前に健診を済ませておけ、ということらしい。

朝出社してすぐ、会社から歩いて10分のところにある総合病院へ。

病院はそこそこ混んでいて、8時半に行ったのに、終わったのは11時だった。

ちょっとくたびれて会社に戻り、営業部に入ると、なんだか騒がしかった。

「どうしたんですか?」

電話を置いたお局様に声を掛けると、ちょっと怖い目をしたお局様が振り返った。

「赤城さん、これ覚えてる?」

お局様から書類を渡された。

発注書だ。

「今日現場納品だった分なんだけど、寸法が違うって連絡が来たのよ」

見ると、黒田さんのオーダーで、藍沢さんの担当印が押してある。

日付を見ると7日前。
藍沢さんに仕事を振り始めた日だ。
でも内容に見覚えがない。

私は胃が飛び上がるような気分で書類をめくった。

No.50 14/10/15 18:41
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ずっと。
好きだった。

結局、そういうこと、なんだ。

20年。

白井さんを追い続けてた、片想い。

気付かないフリをしていた、気持ち。

黒田さんは、白井さんが結婚しても、自分に彼女がいても、多分ずっと。

白井さんが一番大事な人だったんだ。

なんて静かに、ずっと繋いできた想いなんだろう。

ついこの間、黒田さんと同じ職場にきたばかりの私なんて、天地がひっくり返っても、入り込む隙間なんてない。

同じ片想いでも、こんなに違うなんて。

会社で見る黒田さん。

スーツの上着を着た背中が素敵だと思った。

一見クールに見えるのに、目尻を下げてダルマインコのゆり子ちゃんの話をするところが可愛いと思った。

そして、ずっと静かに白井さんを想ってきた黒田さん。

バカみたい。
バカみたいだけど。

そんな黒田さんを、いままた素敵だと思う。

好きになっても、私の想いは届かないのに。

「赤城さん?」

黒田さんが訝しげに私を見ていた。

「ボーッとしてました」

私は笑顔を作ってそう言った。

「遅くなる前に帰ろうか」

「はい」

黒田さんには彼女がいる、最初から分かっていたのに、今日改めてもう一度失恋してしまったような気分だった。

No.49 14/10/15 15:54
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「まぁ、好きな人ができから離婚した、って思う人もいるかもしれないですよね」

ヒネた気分のせいもあって、つい意地悪なことを言ってしまった。

「そう思われても仕方ないよね」

「もしかして、黒田さんは昔から白井さんのこと、好きだったんですか?」

お酒が入ってるせいもあるのか、黒田さんが特に気を悪くした様子もなさそうなのをいいことに、私は図々しくそう聞いた。

「昔から、ってバイト時代からってこと?うーん、それはどうなんだろうな。最初は俺が高校生で彼女は大学生だったから、そういう雰囲気じゃなかったよ」

いまの白井さんから想像すると、きっと20歳くらいの白井さんはチャキチャキした姉御みたいな女の子だったんだろうな。
黒田さんは生意気そうな高校生で。

ふざけたり、じゃれ合ったりしているところが目に浮かぶ。

「いつから白井さんのこと好きだったんですか?」

よせばいいのに、私は更に突っ込んでしまう。

「いつからかなぁ。昔からっていえば昔からなんだろうな。俺が大学生になれば、彼女はすぐ就職しちゃったし、俺が社会人になれば、彼女は結婚しちゃったし。ずっと付き合いは続いてたけど、追いつけそうで追いつけない人だった」

「白井さんのこと好きだったから、ずっと結婚しなかったんじゃないんですか?」

「いくらなんでも、そこまで一途じゃないよ。学生時代にも、就職してからも、彼女はいたことあるからね。結婚しなかったのは、ただ単にうまく行かなかったからだと思うけど。だけど、4、5年前くらいかなぁ。白井さんが家庭のことで悩み始めたころ、俺は彼女のことずっと好きだったのかもしれない、って思った」

「白井さんが離婚したら、とか考えてました?」

「考えなかったとは言えないけど、白井さんは離婚を口にはしなかったからね。実際最後まで離婚しない努力はしてたと思うよ。それでも結局離婚することを決めて、俺も初めて『離婚することになった』って聞いたんだ。そのときは驚いたけど……」

言葉を切った黒田さんは、白井さんが目の前にいるような表情をした。

「もう俺は誤魔化さなくていいんだ、って思った」

No.48 14/10/14 19:14
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駅の中にあるコーヒーショップに入った。

「内輪話ばっかりだったけど、赤城さん楽しかった?」

黒田さんはアイスコーヒーを飲みながらそう言った。

嬉しい。
気を遣ってくれるんだ。

「楽しかったです。特に黒田さんと白井さんが仕事中にビール盗み飲みした話とか」

「あれは白井さんが俺をそそのかしたんだよ。俺、高校生だったのに」

黒田さんは楽しそうに笑った。

「白井さんから飲み会の最中にLINEが来たよ。『赤城さんにはバレてるよ』って」

ガッカリ。
黒田さんはその話がしたかったんだ。

まぁなにか期待できるようなことなんてないのは分かってたけど。

仕方なく、5月に偶然黒田さんと白井さんとニアミスしていたことを話した。

「俺、全然気が付かなかったよ」

まぁ普通はそうだろうな。

私は黒田さんを好きだからすぐ気付いたんだし、白井さんは私のリュックが娘さんとお揃いだったから思い出したんだし。

「誰にも言ってないですよ」

とりあえず、あんまり本人たちが公言していないことだから、そう言った。

「別に隠してるわけでもないんだけどね。白井さんは離婚して日が浅いから、やっぱりちょっと言いにくいみたいだから」

あーあ。
言葉の端々に白井さんへの愛が溢れてるように感じるのは、私の僻みだろうか。

当然だけど、黒田さんは私なんか眼中にないんだろうな。

No.47 14/10/14 17:30
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楽しい飲み会だった。

バイクの話、黒田さんと白井さんの昔ヤンチャした話、いろいろだったけど、私が疎外感を感じることもなくて、居心地のいい空気で楽しく飲んだ。

10時半に店を出て、池袋の駅で路線が違う青木さんとは別れた。

黒田さんと白井さんと、私と。

えーと。
私はお邪魔虫かな。
ここは私が気を利かせて消えるべきだろうか。

黒田さんと私は途中までは同じ路線なんだけど、白井さんはどの電車?
まだそんなに遅い時間でもないし、きっと黒田さんと白井さんは2人になりたいよね。

駅の人混みの中で私がごちゃごちゃと考えていたら、

「じゃあ、私今日は実家行くから」

と白井さんがJRの改札口の前で言った。

「あぁ、気をつけてな」

黒田さんもあっさりとした感じでそう言った。

「赤城さん、今日楽しかった!ぜひまた一緒にね」

白井さんは私の手をぎゅっと握ると、「バイバーイ」と手を振りながら改札に入って行った。

「さて、帰ろうか。それともお茶でも飲んでいく?」

白井さんに軽く手を上げて見送っていた黒田さんは、白井さんが見えなくなると振り返ってそう言った。

えー、いいのかな。

と、ちょっと白井さんに悪いなと思いつつ、「コーヒー飲みます?」と言ってしまった。

No.46 14/10/13 11:48
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「俺たち身軽だしな。バイク転がして誰かの役に立つならって感じで、けっこう嬉しかったな」

青木さんが当時を思い出すようにそう言った。

「青木が言い出しっぺだったもんな。宮城の中学校だっけ。青木、モテモテだったよな」

「ちびっ子とばーちゃんにな」

へー。
青木さんって行動力あるんだな。

私は震災のときはなにしてたんだろ?
募金したくらいしか覚えてないな。

「青木さんは仕事でもそんな感じですよね。細かいところまでよく面倒見るから、お客さんにも頼りにされてる」

「俺、要領が悪いんだよな」

白井さんから褒められて、青木さんは照れ臭そうだけど、やっぱり嬉しそう。

これはやっぱり、「青木さん白井さん好き説」は当たってるかもしれない。

黒田さんは、心配にならないのかな。

だけど、この間のバーベキューでも、いまのこの雰囲気でも、黒田さんと青木さんは親友同士という感じで見ていて気持ちがいい。

黒田さんは白井さんのことも、青木さんのことも、信用してるんだろうな。

なんだか本当に羨ましい。

私も仕事を頑張れば、黒田さんから信用されて、いまよりもっと近い存在になれるのかな。

白井さんを押し退けて彼女になりたいなんて思わないけど、やっぱり好きな人からは良く思われたい。

そのくらいなら望んでも、バチはあたらないよね

No.45 14/10/13 10:00
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そのあと仕事の話を少しした。

聞いていると、白井さんは男性2人の話す内容にちゃんと付いていけている。
どこかの現場で使ったなにがどうとか、どこのメーカーの製品がどうとか。

私は、なんとなく聞いたことがあるな、って程度にしか理解できない。

私も白井さんも同じような時期に初めての業界に入ったのに、この差。

どれだけ私が適当に仕事を流してきたのかを痛感する。

与えられた指示を右から左に流すだけだった私と、仕事をしながら内容を理解するために努力していた白井さんと。

いやいや。凹んでる場合じゃない。
いまからでも努力すれば、私も白井さんみたいになれる筈。

「仕事の話なんかしててもつまんねーな」

すっかり聞き役になっていた私に気づいてくれたのか、青木さんがそう言って、話題は青木さんや黒田さんのツーリングのことになった。

元はネットから始まった繋がりということで、日本全国に仲間がいるので、まとまった休みには地方へも行くそうだ。

特に東日本大震災のとき。
さすがに直後は身動き取れなかったけど、震災後のゴールデンウイークには被災地へ有志で行ったそうだ。

バイクなので持っていける物資も限られていたけど、都合のついた関東以西の仲間10人くらいで、被災地入りした。

「見舞いのつもりだったのにな」

「仲間連中に会ったら、みんなボランティアやってて、俺たちも休みまるまる手伝いになったな」

幸い、黒田さんたちの仲間で命を落とした人はいなかったそうだけど、機動力のあるバイクは、被災地ではかなり役にたったらしい。

そんな感じで、その後も被災地の混乱が落ち着くまでは、黒田さんも青木さんも連休になると被災地へ行ってはボランティアをしていたそうだ。

No.44 14/10/11 07:44
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男の人同士って、その辺はどうなんだろう?

私の場合だと、白井さんに嫉妬はあんまりない。
でもそれは「黒田さんのこと好きかも」って思った途端に彼女持ちって判明しちゃって、出鼻を挫かれたからだと思う。

おまけに白井さんとお近付きにになりつつあるいま、白井さんのこと好きだと思うし。

白井さんが仕事で優秀なのも知ってるし、見た目も綺麗だし、気さくで楽しい人だし、なんか私が白井さんに勝てるのは年齢だけのような気がする。
しかも私だってもう31歳。
若いわけでもないし。

あー、でも間違いなく藍沢さんにはムカつくな。

藍沢さんが黒田さんから相手にされてないのは見ていて分かる。

私は黒田さんのアシスタントで、今回は正社員になることも後押ししてもらってる。

だから藍沢さんなんて気にしなくていいはずなんだけど、目障りなんだよな。

でもそれは、黒田さんのことがなくても、あんまり変わらないか。

「いつから正社員になるの?」

とりあえず4人揃ったので乾杯したら、青木さんにそう聞かれた。

「年明けです」

「クロちゃん、良かったな。これでX機材も主が消えても安泰だ」

主、っていうのは、やっぱりお局様のことかな。

「緑さんの抜ける穴はデカいけど、赤城さん頑張ってくれてるからね」

やっぱり黒田さんからこう言われると嬉しい。

No.43 14/10/10 21:37
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「あ、謙ちゃんと青木さん来た!」

白井さんが手を振ったので振り返ると、スーツ姿の2人がいた。

「楽しそうじゃん」

青木さんは脱いだ上着を店のハンガーにかけながら言った。

「なんか変に気が合ってるね」

黒田さんは自分の上着を青木さんに投げた。

私と白井さんは向かい合っていたから、後から来た男性陣はどう座るんだろう、ってちょっとドキドキしてたんだけど、普通に入ってきた順に青木さんが白井さんの隣に座って、黒田さんが私の隣に座った。

「変に、って何よ」

白井さんは黒田さんを睨んだ。

この間も思ったけど、白井さんは黒田さんに遠慮がない。
なんでもズケズケ言う感じ。

ホント、見るからに長い付き合いなんだなぁ、と感じる。

白井さんは青木さんとも親しそうなんだけど、やっぱり20年の付き合いとは違うみたい。
会社では上司と部下なんだろうし。

多分、関係としては私と黒田さんの関係に近いんだろうな。

私の勘が正しいなら、青木さんは白井さんを好きで、私は黒田さんが好きで、片思い同士。

そう考えると、青木さんに対して勝手な親近感が湧く。

だけど私は白井さんが黒田さんと恋人同士だって知ってるけど、青木さんは知らない。と思う。

青木さんがそれに気づいたら、どうなるのかな。

黒田さんと青木さんの付き合いも7〜8年と短くない付き合いなんだけど、そこに白井さんのことが絡んだら………。

No.42 14/10/10 21:05
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白井さんの話を聞いて、なんとなく、ホッ。

白井さんの離婚の原因が黒田さんだったら、やっぱりイヤだなぁ、って少し思ってた。

黒田さんが不倫なんてしてたら、やっぱり幻滅しちゃいそうだから。

どっちにしろ失恋は揺るがないんだけど、私は今でも黒田さんが好きだから、せめて普通の恋愛をしてて欲しいというか。

「そういうことだから、とりあえず青木さんには内緒にしといてね」

白井さんは私に言った。

「了解。でも、私に言っちゃっていいの?見間違いとは思わなかった?」

「うーん、赤城さんのこと覚えてたから、隠しても仕方ないかなって思ったのが一番だけど、なんか、赤城さんになら言ってもいいかなって思って」

「なんで?」

「赤城さんのこと好きだからかな。なんか、バーベキューのとき、友達になりたいって思ったんだよね」

「私も、白井さんと仲良くなりたいって思った」

「ホント?気が合うね」

白井さんはそう言って笑った。

そうなんだ。
私は電車で見かけた黒田さんの彼女が、白井さんみたいな人で良かったって思ってる。

本当なら悔しいとか嫉妬とか、そういう気持ちがあってもおかしくないと思うんだけど、なんか白井さんにはそういう気持ちが湧かない。

まぁ最初から略奪するような根性も持ってない上に、白井さんと張り合えるとも思ってないんだよね。

No.41 14/10/09 19:04
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幸いっていうか、そのころ謙ちゃん仕事で忙しかったしね。

結局謙ちゃんに離婚のことを話したのは、離婚することが決まってからだった。

そのときもまだ私は謙ちゃんに気持ちはなんにも伝えてなかったし、謙ちゃんもなんにも言わなかった。

「そのときなんて言ったんですか?」
私が口を挟むと、白井さんは肩をすくめた。

「私は『離婚することになった』って。謙ちゃんは驚いて『そうか、大変だな』って」

………で、それから私は離婚の準備をして、そのときに謙ちゃんがX機材の求人を教えてくれたわけ。

離婚届を出して、私は前のパートを辞めて、X機材で働くようになったの。

3月に娘たちの卒業式が終わって、すぐ引越しして、取り敢えずいろんなことがひと段落したときに、やっと謙ちゃんに会った。

そのときかな。
謙ちゃんが気持ちを伝えてくれたのは。

で、付き合うようになったわけ。

正直言って、離婚してすぐ昔馴染みと付き合うって、体裁悪いじゃない?

かなり前から私は元ダンナに気持ちはなかったし、ちゃんと離婚したから悪いことしてるわけじゃないんだけど、世間はどうしたって悪く思うでしょ?

普通に考えたら、好きな人ができたから離婚した、って見られるし。

私は別に謙ちゃんと付き合いたくて離婚したわけじゃないから。

それでも、好きだから付き合っちゃった。

コソコソするつもりもないけど、今の時点じゃわざわざ自分から付き合ってることを言うこともないかな、って感じ。

No.40 14/10/09 15:41
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………謙ちゃんとはホントこないだ話した通り、ずっと友達だったんだ。

だからバイト卒業しても、就職しても、結婚して子ども産んでも、ずっと付き合いが続いてた。

バイト仲間と集まるのが多くて、2人で会うこともたまーにあったけど、たいてい謙ちゃんに悩み事があったり、私が愚痴言いたいときだったり、ホント、ぜんぜん色っぽい関係じゃなかった。

私が結婚したのは24歳のときなんだけど、ずっと元ダンナとは仲が良かったの。
だけど、離婚する5年前かな。どうしても解決できないことがあって、そのことを私と元ダンナは解決できなかった。
そのときから私は元ダンナのこと、嫌いになっちゃって。
それでも離婚しようなんてそのときは思わなかったから、私もやり直すために頑張ったつもりなんだけど、噛み合わなくてね。

で、最終的には決定的なことがあって、私も「もう限界!」ってなっちゃって。

あ、元ダンナの名誉のために言うけど、別に女関係とかじゃないから。

謙ちゃんはそんな私の愚痴をずっと聞いてたわけ。

謙ちゃんは私の友達だったから、優しかった。

正直いって、多分私が先に謙ちゃんを好きになったんだと思う。

それでも、やっぱり離婚しようなんて思ってなかったし、謙ちゃんとどうこうなろうなんて思ってなかった。

あとから聞いたら、謙ちゃんも多分同じくらいの時期から、私のこと好きかもしれない、って思ってたらしいのね。

謙ちゃんも、不倫なんてしたくないし、私は離婚する気配はないし、やっぱりずっと友達だったから、なにも言わなかったみたい。

でも、なんとなくそういう気持って伝わるじゃない?

だからかな。
私がもう限界、離婚しよう、って思うきっかけがあったとき、逆に謙ちゃんには相談しなかった。

謙ちゃんには相談しちゃいけないんじゃないか。

そう思ったの。

No.39 14/10/09 14:27
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「赤城さん、××のリュック持ってるでしょ?こないだのバーベキューで背負ってたやつ。黒と白のツートンで可愛いの」

「あ、うん、持ってる」

「5月頃、あれ背負って中央線に乗ってなかった?」

「………乗ってた」

「へへーん。やっぱり。あのね、ウチの娘が同じリュック持ってるの。あれ、目立つでしょ?限定品だったし。それで電車で『あー』って思ったんだよね。それに赤城さん、一瞬謙ちゃん見て驚いたような顔してたから、謙ちゃんの知り合いかと思ったんだけど、一瞬だったからなにも言わなかったの」

「そんな前のこと、よく覚えてたね」

「うん。なんかしらないけど、バーベキューの日に家に帰って娘のリュック見て思い出しちゃった」

なるほど。
まぁ、私だって白井さんの顔、ちゃんと覚えてたんだから、お互い様か。

「白井さん、黒田さんと付き合ってるんだよね」

「お恥ずかしい」

白井さんはそう言って「へへ」と頭をかいた。

「そのこと、隠してる?」

「隠してるわけじゃないけど、なにしろ私、バツついてまだ1年経ってないから、まぁあんまり大きな声では言いたくない感じかな」

「いつから付き合ってるの?」

「んーとね、離婚届出したのは、2月なの。でも、離婚するって決まったのはその半年前。なにしろ、上の娘が受験だったでしょ?終わるまではあんまり環境変えたくなかったから。3学年差だから、小学校も中学校も卒業式で、両方済んだところで、やっと引越ししたんだ。で、謙ちゃんと付き合い始めたのはその直後」

「こんなこと聞いていいのかな。20年間友達だったんでしょ?それで離婚してすぐ付き合うような感じってなる?」

「そうだよねー、普通はそう思うよね」

白井さんは特に気を悪くした様子もなさそうに、黒田さんとの馴れ初めを話してくれた。

No.38 14/10/09 13:11
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今日行くお店は和風ダイニングバーだった。

席に案内されると、白井さんと2人で飲み物と少し食べ物を頼んだ。

「お疲れ様~」

2人でそう言い合って生ビールで乾杯した。

「白井さん、今日お子さんはどうしてるの?」

「今日は2人とも元亭主のとこに行ってるから」

「へー、お子さんたち、おとうさんと仲がいいんだ」

「うん。私と元亭主は夫婦としてはやっていけなくなったから離婚したけど、子どもたちには関係ないことだから。月に1度か2度は向こうで遊んできてる」

「そういうもの?」

「人それぞれじゃないかな。ウチは子どもが大きくなってから離婚したし、元亭主も私もそこまで憎み合ってるわけでもないから」

「へー」

身近に離婚経験者なんていないせいか、いまひとつよく分からない。
少なくとも白井さんは、なんのわだかまりもないように見える。

「いい人がいたら、再婚、とか、考えない?」

恐る恐るそう言ってみた。
プライベートに踏み込みすぎた質問だと思うけど、こんなこと、男性陣が来たら聞けないし。

「いまは絶対しない。そうだなー、再婚するとしたら、早くても下の子が大学生くらいになってから。思春期の娘2人連れて再婚はできないよ」

なんの迷いもなく、白井さんはそう言った。

ということは、白井さんは黒田さんと付き合ってはいても、すぐには再婚しない、ってことか。

う。
こんなこと考えるなんて、私ズルイな。
そりゃ黒田さんのことは好きだけど、これじゃ2人の隙をうかがってるみたい。

「謙ちゃんのこと、聞きたいの?」

「!!!」

なんでもないような口調で白井さんから聞かれ、ジョッキに口をつけていた私は思い切りゴホゴホとむせてしまった。

「ほらほら、おしぼりおしぼり」

白井さんが私の前にあったおしぼりを笑いながら取ってくれた。

「な、な、なんで、そんなこと」

私は受け取ったおしぼりで口の周りを拭きながら、目の前でニコニコしている白井さんに言った。

No.37 14/10/08 15:39
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そんな風に多少考えたりはしたけど、約束通り次の日の夜、私は飲み会に参加することにした。

場所は池袋だった。
X機材のS支店と、A商事のちょうど中間くらいになるからだ。

私は定時で仕事を終わると、黒田さんより先に会社を出た。
電車で池袋まで行って、洋服を見たりして時間を潰してから、7時に待ち合わせ場所の銀行の前まで行った。

「赤城さーん」

私を見つけた白井さんが子どもみたいに大きく手を振っていた。

「こんばんは。声かけてもらったんで、来ちゃいました」

「また会えて嬉しい~。謙ちゃんが赤城さんが大変そうだって心配してましたよ」

「引継ぎはそうでもないんですけどね」

「あれでしょ?あんまり仕事熱心じゃない女の子がいるんでしょ?」

「黒田さん、そんなこと言ってました?」

黒田さん、藍沢さんの愚痴でもこぼしたのかな。

「謙ちゃんは会社の愚痴なんか言わないけど、私が誘導尋問したの。ねぇ、赤城さん、その人って謙ちゃんのこと好きなんじゃない?」

「えー、図星です」

「なんか、赤城さんの言うこと聞かなくて困ってるっていうから、話聞いてたんだ」

「まぁ、誰の言うことも聞いてくれないんですけどね」

そのとき、私と白井さんが手にしていたスマホが同時に鳴った。

「あ、青木さんだ」

「黒田さんです」

2人ともいまから会社を出るとのことなので、先に適当な店に入っていてくれ、というメールだった。

「赤城さん、先に行ってよう」

「はい」

「もー、仕事じゃないんだから、敬語やめよ」

「え、じゃあ、ちょっとずつ」

No.36 14/10/08 12:33
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でも待てよ?

黒田さんは白井さんとほぼ確実に付き合ってるんだよね?

で、この間の私の勘が確かなら、青木さんも白井さんのことが好きなんだよね?

そんな3人が揃った席に、黒田さんに片思いしている私がノコノコ行くって、どうなの?

うーん。

そんな風に考えると、惨めなような気もするんだけど。

でも、負け惜しみでも無理してるわけでもなくて、ホントにこの間のバーベキューは楽しかったんだよね。

黒田さんと青木さんは、他のメンバー含めて、すごく仲がいいのが分かるし
白井さんはホントに楽しくていい人だったし

初めて参加した集まりだったのに、疎外感なんて殆ど感じなかった。

黒田さんも、私に気を遣ってたくさん話しかけたりしたりはしなかったけど、それも気にならないくらい、あんまり気を使わずに楽しめた。

なんていうか、私も前からメンバーだったみたいな雰囲気で。

白井さんも一緒に初参加だったからかもしれない。

黒田さんと白井さんが恋人同士だろうと、青木さんが白井さんに片思いしてようと、私はあの人たちの輪の中に入りたい。

なんでか分からないけど、すごくそう思う。

でもよく考えると、あの3人の中に、黒田さんに片思いしている私が加わると、三角関係が四角関係になるのかな?
いや、三角関係の頂点が白井さんで、私は黒田さんに片思いだから、四角にはならないか。

No.35 14/10/07 19:05
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「青木と白井さんと明日飲みに行くんだけど、赤城さんも行かない?」

黒田さんがそう声をかけてくれたのは、その週の木曜日朝だった。

「え、私も行っていいんですか?」

私はそう言いながら、つい辺りを見回した。

藍沢さんがいたら面倒だと思ったからだ。
幸い彼女はまだ出勤していなかった。

「うん、ストレスたまってるみたいだから」

気のせいか、黒田さんもチラッと周囲を見た。
多分、黒田さんも私が藍沢さん相手に四苦八苦しているのを分かってくれているんだろう。

「お邪魔じゃないなら伺いたいです」

「うん、白井さんに赤城さんが頑張ってるって言ったら、飲みに誘って欲しいって。なんか白井さん、赤城さんのことすごい気に入ってるよ」

「えっ、嬉しいです」

そう言ったときに、相変わらずご機嫌な藍沢さんが出社してきた。

「あっ、黒田さん、おはようございますぅ」

「おはよう。じゃ、赤城さんよろしくね」

黒田さんはそう言って自席に戻っていった。

「赤城さん、黒田さんとなに話してたの?」

ホント、鼻が利くなぁ。

「ん?見積りのことで、ちょっと」

「ふーん」

藍沢さんはそれで興味をなくしたように自分の席にバッグを置くと、トイレかなにかなのか、部屋から出て行った。

また黒田さんからお声がかかった、と喜びたいところだけど、白井さんに誘われたようなものなんだな。

それも嬉しい。

No.34 14/10/07 17:31
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※感想スレ※
たてさせていただきました。
よろしかったらお立ち寄りください
( ´ ▽ ` )ノ
http://mikle.jp/threadres/2145612/

No.33 14/10/07 16:15
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誉められちゃった。嬉しい。

私はそのあと発注手配を済ませてから、教わったことをノートに整理した。
今週に入って、お局様からも引継ぎのような形でいろんな仕事を教わっている。
庶務的なこと、営業的なことを分けてノートに書いておけば、自分用の営業事務マニュアルが完成する。

私はいま俄然やる気になっている、と思う。

白井さんと会ったことが刺激になってるのは確か。

ただ、私の業務内容が増えつつあるからか、部長やお局様からは私がいままでやっていた業務の一部を少しずつ藍沢さんに移行していくように言われている。

私が庶務的なこと以外で担当していたのは黒田さんと他の営業さん2人の発注業務や見積もりの清書などなんだけど、藍沢さんに頼むと大変なことになる。

藍沢さんがやったことを、まず私がチェック、次にお局様か担当営業がチェック、それから部長の承認、となって、初めて書類が社外へ出せるんだけど、なにしろミスが多い。

私がチェックした時点で必ず1つか2つミスが見つかるから、藍沢さんへ戻す。直した書類を再チェックすると、また間違ってたりする。また戻してチェックして、やっとお局様に渡す、ということが、ほぼ毎日。

私がやれば10分で終わる仕事が、藍沢さんに頼むと30分以上かかる。
毎回毎回同じようなミスだし、指摘しても「えー、赤城さんこうやれって言ったじゃん」と言い返されるし、説明しても話は聞いてないし、正直言ってストレスが溜まって仕方ない。

藍沢さんが言うには、エスカレーターで名門私立の小学校から女子大まで行って、新卒で都市銀行に就職したそうだ。
だけど「つまんないから1年で辞めちゃった」と言っている。
銀行みたいな職場でこの調子で仕事していたのだとしたら、さぞ周囲は苦労しただろう。

私は完全にナメられているようだけど、どうにかやっていくしかない。

幸い黒田さんも、他の人も上の人も、藍沢さんのことは分かっているみたいだから、そのうち契約も終わらせてくれるんじゃないかと思う。

No.32 14/10/07 12:52
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その日、夕方割と早めに帰社してきた黒田さんから、また発注の指示があった。

いつもなら右から左にファックス流して終わりなんだけど、

「黒田さん、お時間あるときに内容教えていただいていいですか?」

と言ってみた。

「お、白井さんやる気だね。じゃあちょっとあっちのテーブル行こうか」

黒田さんは打ち合わせ用のテーブルに書類を広げた。

「J社さんの案件なんだけどね。これが一覧の見積り。で、ウチで発注かけるのは印がついてるとこで……」

黒田さんは図面やカタログを見せながら、一つずつ建材について説明してくれた。

「あ、ここ図面と仕様が違うな。確認しとかないと……。赤城さん、やってみる?」

黒田さんに言われて、私は「はい」と答えた。
いま一通り説明してもらった製品だから、確認するポイントはなんとなく分かる。

私は近くの電話を借りて、お客さんに電話をかけた。

「A商事の赤城と申します。黒田のアシスタントなんですが……」

途中でちょっと黒田さんに助けてもらいながら、どうにかちゃんと確認ができた。

「ちゃんとできたね」

電話を切ると、黒田さんがちょっとからかうような口調で言った。

「なんかイマイチよく分かってないからドキドキしました」

「そう?なかなか堂々としてたよ」

No.31 14/10/07 10:57
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仕事はぜんぜん覚えないクセに、変な知恵は回るんだなぁ。

言ってること自体、現実を見てないことばかりなんだけど。

「まぁ、決めるのは上の人だから」

「なんか赤城さん感じ悪ーい。赤城さん、黒田さんのことお気に入りだもんね」

カチン!
って音がしたかと思った。
ホント、この子にこんなこと言われる筋合いないし。
黒田さんのこと好きなのは当たってるけど、私は藍沢さんみたいに公私混同はしてないし。

「黒田さんはステキよね。黒田さんから推薦してもらえるように頑張ってみたら?」

おぉ。私、大人~。
ちゃんと笑顔で言えた。

黒田さんの恋人はX機材の白井さん。

私と変わらないくらい、まだこの業界に席を置いてから日がないのに、努力している人。

この間のバーベキューの日から、私は仕事に対する意識が変わった。

白井さんみたいに、頑張ろう。
白井さんのように、社内からも社外の人からも頼りにされるような人になりたい。

白井さんは暇があるとカタログをめくっていると言っていた。
過去の発注履歴を見て、その図面や見積書を探し、どんなときにどんな製品が使われるのかを見る。
仕入れの金額、売りの金額、業界の慣習。

「この年になって、初めて知ることがいっぱい。なかなか頭に入らなくて失敗ばっかりで大変だけど、なんか知らなかったことが分かってくると楽しいよね」

白井さんはそう言っていた。

楽しい。

そう言える白井さんをスゴイと思う。

私は仕事のことをそんな風に考えたことがなかった。

白井さんみたいになれば、黒田さんから好かれる、なんて馬鹿なことを考えてるわけじゃない。

黒田さんのことは、今でも好き。

だけど、恋敵だと分かっていても、私は白井さんのことを好きになってしまったみたいだ。

No.30 14/10/06 20:05
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「赤城さん、正社員になるってホントなんですかー?」

でた。藍沢さん。
こういう話には耳が早いんだから。

バーベキューに行った次の週、仕事の合間に給湯室で洗い物をしてきたら、藍沢さんがわざわざやってきたのだ。

「うん、まぁね」

「えーなんで赤城さんがぁ?」

ホンっっっっっっト、失礼だな。

「さぁ。年末で緑さんが辞めるからじゃない?」

「それは聞いてるけどー」

「私、今月でまた更新だし」

「私も年明けで契約更新なんだけど」

なに?
つまりどうして自分には正社員の話がこないのか、と言いたいのか?

自分の仕事ぶりが正社員に相応しいか、まっっっっったく、解っちゃいないんだな。

正社員どころか、更新されるかどうかも怪しいレベルだっつーーーーの!

でも、こんな子でも、次は更新されるんだろうな。
なにしろお局様が辞めたら、新人を一から教育する余裕なんてなくなるだろうから。

いや、本当はその方がラクかもしれないけどね。

「黒田さんに私も正社員になれないか、聞いてみようかなぁ」

………なんで黒田さんに。
言うなら部長か総務でしょ。

「黒田さんは営業じゃない」

「えー、だからぁ、黒田さんみたいにお仕事できる人が推薦してくれたら、私も正社員になって、私が黒田さんのアシスタントになるかもしれないでしょー?」

No.29 14/10/06 16:23
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「白井さんが、黒田さんとはよく遊んだって言ってました」

「うん、バイト時代からしょっちゅう遊んでたよ。さすがに子どもが小さいころは大人しかったけど、子どもが大きくなって、パート始めた辺りから、バイト仲間の飲み会にもまた顔出すようになったんだよ。白井さんのことだから、バツイチだって隠してないよね」

「はい、言ってました」

「白井さんもああいう性格だからね。彼女が言うには『私は離婚したくて離婚したんだ』だから。だから、意地でも頑張る、ってとこらしいよ。俺から詳しい事情は話せないけど、結婚してるときも白井さんは頑張ってたよ。まぁそれでも離婚は避けられなかったわけだけど。正直、40歳過ぎて再就職するのも簡単にはいかないだろうから、X機材を紹介しようと思ったんだけど、『コネはいらない!』って、自分でネットから応募して、面接行って、本当に採用されちゃったから、たいしたもんだと思うよ」

「青木さん、白井さんが黒田さんのお友達だって知って、驚かれたでしょうね」

「さすがの白井さんも就職して1、2ヶ月はネコ被ってたみたいだけど、だんだん化けの皮がはがれてね。はがれたころに俺から青木に種明かししたら、「スゴイ生物兵器を送り込んで来たな!」って、なんか知らないけど俺が叱られた」

黒田さんはそう言って笑った。

私は黒田さんの話を聞きながら、白井さんの離婚の原因は黒田さんじゃないんだろうな、と思った。

きっと、ずっと長い間友達でいて、白井さんが離婚して初めて、黒田さんと恋人同士になったんだろうって気がした。

黒田さんは、ずっと白井さんを好きだったんだろうか。

まさか、白井さんを思い続けて、20年彼女を作ったこともない、なんてわけないよね。

そんなはずはない、と思いつつ、もしそんな長い間片思いしてたなら、ますます私の入る隙なんてない。
いや、最初から彼女がいる人を略奪までする根性もないんだけど。

「謙ちゃん、赤城さん、焼きマシュマロと焼き芋~」

鉄板の前にいた白井さんが私と黒田さんを呼んだ。

「俺、マシュマロ!」

そう言って立ち上がった黒田さんの背中を見ながら、私は切ないような、暖かいような、複雑な気分だった。

No.28 14/10/06 15:05
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「俺が誘ったのにほったらかしてゴメン」

黒田さんが声をかけてくれた。

「楽しいから、大丈夫です」

お世辞抜きで、私はけっこう楽しんでいる。

「白井さんと気が合ってるみたいだね」

「はい。いい人ですねぇ」

「昔から変わりモンなんだよ。優秀なんだか、危なっかしいんだか、分かんない人なんだよな」

悪口言ってるみたいでいて、とても。

白井さんへの愛情が感じられる言い方に聞こえた。

「黒田さん、私、正社員にしていただこうと思います」

「ホント?助かるよ」

「白井さんみたいに、製品に詳しくなって、もっといろんな仕事を任せてもらえるようになりたいです」

「白井さんは金物にずいぶん詳しくなったからね。X機材もいろんな仕入れ先持ってるけど、自社製品と合わせてけっこう勉強したみたいだよ」

「カナモノ?金物屋さんの金物ですか?」
金物、って聞くと昔ながらの町の金物屋さんを想像してしまう。

「そうそう。いつも発注書書いてもらってるじゃん。スチール、鋳鉄、ステンレス、アルミ、いろいろあるけどね。X機材はそういう金属でできた建材の総合メーカーだからね」

「それで金物ですか」

「土木でも建築でも使うからね。金物、っていっても多種多様だから。これも金物」

黒田さんは広場の端にある金属製の蓋を指差した。

「よく見るといろんなところに赤城さんが注文したような金物が使われてるよ。足元とか、壁とか、フェンスとか」

「私、よく分からないまま仕事してました」

「普通に暮らしてたら関わりないものばっかりだからね」

「そうですね」

「白井さんなんかは、街中歩いてると、あれは自分とこのマンホール蓋だ、とか、あの車止めはどこのメーカーだ、とか、いちいちうるさいよ」

デート中に子どもみたいにキョロキョロしている白井さんと、呆れながらそれに付き合う黒田さんの姿が想像できた。

No.27 14/10/06 12:44
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「青木さん、赤城さん、焼き鳥!」

白井さんが紙皿に載せた焼き鳥を持って来てくれた。

「リョウちゃん、役に立った?」

青木さんが笑いながら紙皿を受け取った。

「これでも主婦ですから!でもみんな独身なのに手際がいいですね」

「ほら一番若いテツってやつ。あいつだけ生意気にも妻子ありなんだよ」

「みんなバイクが恋人?」

「そうかもな」

最近、アラフォー独身、男女問わず多いな~。

私みたいに想定外の独身と違って、ここにいるメンバーは仕事と趣味に明け暮れて結婚の機会がなかったクチなのかな。
こうやって休日に仲間で集まってれば楽しい、みたいな感じで。

そんな1人の黒田さんは、どんな経緯で白井さんと付き合うようになったんだろう。

20年ずっと友達で、アラフォーになってから恋人同士になるって、そこにはどんなストーリーがあるんだろう。

私は黒田さんを好きになったけど、その20年という時間の長さが、気が遠くなるほどのハンディだと思った。

バツイチで子どもを育てている白井さん。
そんな事情なんて関係ないくらい、黒田さんは白井さんを好きなんだろうから。

青木さんはそんな事情を抱えて入社してきて、子どもを育てるために一生懸命働く白井さんを好きになったというより、白井さんの人柄そのものに好意を持ったんじゃないかな。

私は5月に失恋が判明したけど、まぁホントに好きになってから日が浅かったから、ショックというよりは残念、って感じだった。

だから失恋してからも地味にずっと黒田さんを好きなままでいたんだけど。

白井さん見てると、張り合おうなんて気持にならないのが不思議だった。

No.26 14/10/05 18:22
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だって私は、与えられた指示以上の仕事なんて、しようと思ったことがない。

だからいまだによく扱う製品のこともろくに分かってない。

取り敢えず派遣で繋いで、ぼちぼち正社員探せばいいや。

仕事なんてそのくらいにしか考えていなかった。

「黒田が白井さんのこと慕ってた気持ちもよく解るよ。一緒に働いてても、なんか楽しい人なんだよね。『いつか殺ス』とか言ってても、毒がないっていうか、根が明るいんだよね」

黒田さんは白井さんの方を見ながら、優しい口調で話した。

そのときなにかが頭に過ぎった。

青木さんは、きっと白井さんのことが好きなんだ。

なんとなくだけど、でも確信した。

私も片思いしてるから。
だから、分かるのかもしれない。

青木さんは、白井さんが黒田さんと恋人同士だって、気付いてないのかな。

20年の付き合いだっていうから、仲が良くて当たり前だと思ってるのかな。

楽しそうに言葉を交わす黒田さんと白井さん。

大学生と高校生だった頃は、姉と弟みたいだったのは、簡単に想像がつく。

でも大人になって、しかも見た目の年齢は白井さんと黒田さんは逆転してしまって、いまの2人は黒田さんが白井さんを守っているような付き合いなんじゃないかと思う。

白井さんが羨ましい。

でも私は嫉妬より、白井さんという人を、とても好きになりそうな気がする。

恋敵なのに。

No.25 14/10/05 18:11
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「白井さんて面白い人でしょ」

白井さんが腕まくりして焼き方を交替に行ったのと入れ替わりみたいに、青木さんが話しかけてくれた。

ちなみに今日のバーベキューは、女性陣の出番がない。
野菜は男性陣が分担して各自家でカットしてきてくれたらしいし、焼き鳥までメンバーの1人が串に刺して用意してくれていた。
みんなアウトドア派らしくて、準備も焼くのも手際が良くて、白井さんと私はお客様状態だ。

座ってていいよ、と声をかけられたのに、「私も焼きたい!」と張り切ったのは白井さんの方だ。

白井さんはすっかり初対面のメンバーとも打ち解けた様子で、「ぎゃー焦げたー」とか笑いながら肉を焼いている。

「はい、ホント楽しい方ですね」

「社外の人には澄ましてるけど、実は彼女、口が悪くてね。ほら、ときどき厄介なお客さんとかいるでしょ。いちゃもんみたいなクレームでも、ものすごく上手にあしらうんだけど、電話切った瞬間に『クソぅ、いつか殺ス』とか豹変してる」

白井さんのモノマネが上手くて、私は笑ってしまった。

「コドモみたいなとこがあるけど、仕事は頑張ってくれてるんだ。最初はなんにも知らなかったのに、いまは簡単な図面なら自分で見て、拾いの見積もりも挑戦するしね」

……白井さん、スゴい。

「彼女、赤城さんのこと、褒めてたよ。書類とかきちんと整えてくれるし、確認事項もちゃんと連絡くれるから、安心できるって」

褒められて、私は逆に恥ずかしくなった。

No.24 14/10/05 17:15
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自然な話の流れで、白井さんは黒田さんのことも話してくれた。

白井さん20歳、黒田さん17歳。
大手食品メーカーが郊外に試験的に作ったレストランのオープニングスタッフとして白井さんと黒田さんは出会った。

バイト学生は男女問わず仲が良い、とても雰囲気のいい職場だったそうだ。

「謙ちゃんとは特に気が合ってね。しょっちゅうつるんで遊んでた」

その頃は年上の白井さんに黒田さんが懐いてるような感じだったそうだ。

「2人でパチンコ行ったり、徹夜でカラオケしたり、いやーあの頃は元気によく遊んだな」

で、白井さんが就職でバイトを辞めたあとも、他のバイト仲間も含めてしょっちゅう飲み会やら、たまに旅行やら、付き合いは続いた。

黒田さんが大学にいる頃は、白井さんが就職の相談に乗ったりもしたらしい。

白井さんが結婚して子どもを産んだあたりから、さすがに集まる頻度は減ったらしいけど、それでも白井さんと黒田さんはたまに連絡を取り合っていた。

「謙ちゃんは弟みたいなもんなのよね」

そして、白井さんはいろいろあって、今年の3月に離婚した。
離婚の準備中に就職活動をしていた白井さんに、X機材の求人を黒田さんが教えて、離婚前の2月から、白井さんは働き始めた。

初めての業界、と言っていたが、離婚前はずっと近所の製菓メーカーの工場でパートをしていたそうだ。

ちなみに大学を卒業してからしていた仕事はシステムエンジニアだというから、確かに建設資材を扱う仕事は初めてになる。

No.23 14/10/05 16:52
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意外。

白井さんはもう何年もあの仕事をしてるとばかり思ってた。

「いやー、この歳になって、初めての業界だから、もー必死。毎日ウチのカタログ見たり、仕入先のカタログ見たりしてるんだけど、歳には勝てない」

白井さんはそう言ってあはははと笑った。

「でもスゴいです。私なんてまだなんにも分かりません」

「こんな歳になってせっかく雇ってもらった会社だから、クビになったら困ると思うと、切羽詰まった感じで頑張れるのよ。娘2人、養わないといけないし」

「そうですか………って、え?お子さんいるんですか?」

「そー。中1と高1」

うそ。
と思ったけど、41歳で既婚なら、その年頃の子どもがいてもおかしくないんだ。
なんか、中央線で見かけたときに、黒田さんより年下だと思い込んでいたから、勝手に独身だと思っていた。

でも、「養う」ってことは、つまりシングルマザーなのかな。

「私も堪え性がないから、まぁいろいろあったんだけど、いい歳して離婚しちゃった」

てへ、とでも言いそうな感じ。
明るいなぁ。

でも、バツイチさんということは、離婚したから黒田さんと恋人同士になったのか、もしくは、黒田さんが原因で離婚……?

そんなこと聞けるわけもない。

だけど、そんな感じには見えないな、黒田さんも白井さんも。

No.22 14/10/05 16:35
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「ずっと赤城さんとお会いしたかったから、嬉しいです」

並んで座った白井さんが、私にニコニコ笑いかけながら言った。

「あ、私も白井さんとお会いしたかったんです」

「ホント?嬉しい!オバチャンだけど、仲良くしてください」

「オバチャンだなんて。そんな年上に見えません」

「やだー、もー赤城さん、上手なんだから!」

白井さんは空いている手で私をペシッと叩いた。

なんか、気さくで楽しい人だなぁ。
電話で話しているだけのときは、もっとクールな印象だったんだけど、いい意味で予想外だったというか。

なんか、会った印象は、同性としてとても好感を持てる人だ。

変な若作りしてるわけでもないのに、若く見えるのは、動きが全体的に元気で、話し方がハツラツとしてるからなのかな。

中央線で見たときも、けっこう綺麗な人だと思ったけど、近くで見ても同じだし。

「白井さんには仕事のことでいろいろ教えていただきたいです」

「えー。そんな、私なんてまだまだ素人だからダメですよ」

「そんなことないですよ。スゴいな、っていつも思ってるんです」

「いえいえ。私、この業界に入ったの今年の2月だし」

「うそ」

「ホントー。赤城さんは確か3月からいらっしゃったでしょ?だから赤城さんと大して経験変わらないんですよ」

No.21 14/10/05 08:27
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で、白井さんはというと。

黒田さんとは学生時代のバイト仲間らしい。
なんと、20年くらいの付き合い。

白井さんが大学2年、黒田さんが高校3年のときにバイト先で知り合って、その後もバイト仲間含めて、途中付き合いが薄くなったりもしながらも切れない付き合いが続いている。

中央線で見かけたときは、白井さんが年下に見えたけど、聞いたら黒田さんが38歳で、白井さんが41歳だった。

で、白井さんが仕事を探しているときに、X商事で事務員を募集していて、それを青木さんから聞いた黒田さんが、求人情報として白井さんに教えた。
白井さんがコネはいらない、と言って、あくまでも白井さんは自分で応募して、採用された。

青木さんが白井さんと黒田さんの関係を知ったのは、白井さんが働き始めた後だそうだ。

ちなみに青木さんは黒田さんと同い年、他のお仲間さんは同年代でプラマイ1〜3歳くらい。

話を聞いて、人間関係は理解できたけど、やっぱり仲間内でも白井さんは黒田さんの彼女とは認識されていないみたいだった。

白井さんも今回初参加で、あくまでも青木さんの同僚、黒田さんの昔馴染みとして呼ばれた感じ。

ということは、私は余計なことは言わない方がいいのかな、と判断した。

No.20 14/10/05 08:07
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「X機材の白井 涼です。いつもお電話でお話ししてて、一度赤城さんにお会いしたいって思ってたんです」

ニコニコと笑顔で挨拶する白井さんの顔を見て、私は驚いた。

この人、中央線で黒田さんと一緒にいた彼女………

「あっ、赤城 沙知です」

どうにか取り繕って私も笑顔を作ったけど、軽く頭はパニックだった。

黒田さんは「X機材の白井さんが来る」と言ったけど、「俺の彼女連れて来る」とは一言も言わなかった。

今までの流れからして、白井さんは青木さんの連れ?

訳が分からないまま取り敢えず笑っていたら、すぐに理由は分かった。

メンバーが揃って乾杯して、早速バーベキューが始まったんだけど、自己紹介の続きみたいな感じで、青木さんと黒田さんが人間関係を説明してくれた。

まずツーリング仲間。
元々はネットの某巨大掲示板のバイク板から始まったらしい。
全国に仲間がいて、ここにいるのは関東組の一部。
年に何回かツーリングやオフ会をして、地方の仲間に会ったりもしているらしい。

で、黒田さんと青木さんが仕事の繋がりがあるのはただの偶然。
7〜8年付き合いがあるらしいけど、最初はお互いの勤め先も知らないまま付き合っていて、5年前に青木さんがX機材のS支店に異動してA商事担当になって、初めてお互いの素性が判明したそうだ。

No.19 14/10/05 00:00
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11月半ばの土曜日。
バーベキューの日は晴天だった。

私は電車を乗り継いで、約束の11時に葛西臨海公園駅に着いた。
改札で黒田さんが待っていてくれた。

「おはようございます」

「おはよう。悪いね、誘ったのに1人で来させて」

「いいえ」

「行こうか」

黒田さんは完全な手ぶらで、どうやら準備で私より先に来ていたらしい。
駅まで迎えに来てもらっただけでも嬉しいかも。

公園内を歩いて、バーベキュー専用のスペースまで行った。

たくさんのグループがバーベキューに来ていた。

「クロちゃん、その子?」

黒田さんに気付いて寄ってきた人がいた。

「そう、ウチの赤城さん。赤城さん、こいつがX機材の青木だよ」

この人が青木さんか。

黒田さんより少し背が高くて、ややガッチリ体型に見える。
ちょっとイカつい顔立ちだけど、目がタレ気味なお陰で表情が柔らかくなっている印象だ。

「お電話では何度も。赤城 沙知です」

「青木 慎一です。黒田がお世話になってます」

「なんだよ、それ」

黒田さんは青木さんを殴る真似をした。
なんか、仲がいいんだなぁ。
昔からの親友みたいな雰囲気。

「そうだ、白井さんが赤城さんに会いたがってたんだ。リョウちゃん!」

青木さんが後ろを向いて呼ぶと、「はーい」と女の人が返事をした。

No.18 14/10/04 16:55
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メールを送ったのは、結果として正解だった。

数日後、黒田さんからメールでお誘いがあったのだ。

といっても、デートではない。

黒田さんのツーリング仲間とやるバーベキューに誘われたのだ。

黒田さんの趣味がツーリングというのも初めて知ったんだけど、そのツーリング仲間の1人がX機材のA商事担当、青木さんだという。

もし私が正社員になったら、X機材との関わりも多くなるから、青木さんと知り合っておくのもいいんじゃないか、ということらしい。

>>白井さんもくるんだよ

例の歩くカタログさんだ。

どうやら、青木さんが白井さんを誘って、女性1人じゃ可哀想だから、他にも女性を呼ぼうということで、私に声がかかったらしい。

>>ぜひ参加させてください♪

黒田さんからの誘いということで、もとより断ることなどないけど、白井さんが来る、というのを聞いて、俄然興味が出た。

美人さんと噂で、有能な白井さん。

会ってみたい、と思った。

翌週の土曜がそのバーベキューとのことで、黒田さんから何回か連絡があった。

当日は、もしかしたら黒田さんが車で送り迎え?なんて思ったんだけど、場所が交通の便の良い葛西臨海公園とのことで、全員電車で現地集合とのことらしい。

そりゃそうだ。
車やバイクで行ったら、アルコールは飲めないもんね。

機材は現地でレンタル、食材はもう分担が決まってるそうで、私は手ぶらでおいで、と言われた。

費用のことを聞いたら、それもいらないと言われてしまった。
どうやら、黒田さんのお友達は全部で男性ばかり5人で、今回は私と白井さんは招待されるということらしい。

手ぶらでタダ、というのも気が引けるので、私は持ち歩ける程度で6本の缶ビールと、乾きもののおつまみを用意することにした。

No.17 14/10/04 14:12
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その日の夜、実家の両親に正社員に誘われた話を電話ですると、もろ手を挙げて歓迎、という感じだった。

『そんな良いお話、断ったらバチがあたるわよ』

母はそんなことを言っていた。

母の近くにいる父もそんな調子らしい。

これじゃまるで、就職の話じゃなくて、いき遅れている娘に良い縁談があった親の反応みたいだ。

まぁいき遅れは否定しないけど、若干凹んだ。

30歳過ぎて、結婚もできず、派遣で働いている娘が余程心配らしい。
とにかくちゃんとした会社に就職すれば安心、みたいな感じだ。

なんだかこの先もずっと私が結婚に縁がないみたいじゃないか。

いまのご時勢で、結婚したからって専業主婦になろうとは思っていないけど。
でも少なくとも同棲してた彼と結婚していたら、転勤も多いし、ずっと一ヶ所では働けないのは確かだった。

あんな二股野郎のことなんか、もういいんだけどさ。

疲れきって実家との電話を終えると、私は気を取り直してバッグから黒田さんの名刺を取り出した。
黒田さんの書いたアドレスを見ながらメールを打つ。

>>こんばんは。今日はご馳走さまでした。
>>相談に乗っていただいてありがとうございました。よく考えて決めたいと思います。

うん。
図々しくもない、常識的な文面。

昼休みの終わりにちゃんとお礼は言ったんだけど、それで終わりにしたらもったいない。
黒田さんから連絡先をもらっただけで、私のアドレスは知らせてないし、だったらこちらからメールを送れば連絡先が交換できたことになる。

過剰な期待はしてないけど。

少なくとも、この先も一緒に働きたいと言ってくれた黒田さんと、少しでもお近づきにはなりたいと思う。

少しドキドキしながら、送信した。

すると、10分ほどして返信があった。

>>こんばんは。どういたしまして。よく考えてみてね。

その文章の次には

やっぱりゆり子ちゃんの写真が貼り付けてあった。

No.16 14/10/04 13:31
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「部長と総務から話があったんだって?」

食べながら思い出したように黒田さんが言った。

「はい、正社員にならないかと」

答えながら、ちょっとガッカリ。
やっぱりその話をするために誘ってくれたんだ。
もーーーーしかしたら、って、ほーーーーんの少し期待してたんだけど。

「赤城さんがいてくれると、俺も助かるんだよな」

ガッカリ、撤回。
特別な意味はないと分かっていても、やっぱり面と向かって黒田さんからそう言われるのは嬉しい。

「でも、私じゃ緑さんの穴は埋められません」

「それは仕方ないだろ。緑さんは大ベテランだから、なんでも知ってるしな。人員は増やすみたいだから、いまよりちょっと踏み込んだ仕事もやってみて、少しずつ覚えてくれればいいよ」

「そうですね」

「緑さんが辞めると、赤城さん入れて3人だろ?1人は去年入社だからまだまだだし、もう1人は………コメントできないし。赤城さんが辞めると、どうにもならないんだよ」

コメントできない=藍沢さん

のことだよね。

もう1人の子は私よりは長いけど、去年高校を出て就職したばかりだから、社会人経験なら私のほうが長い、ってことか。それでも藍沢さんよりははるかに素直で頑張ってるけど。

「赤城さんもその辺のとこは分かるだろ?ぜひ残ってよ。あ、そうだ」

黒田さんはそう言って脱いで横に置いてあった上着から名刺を取り出して、裏にペンでなにかを書いて私に差し出した。

「なにかあったら相談に乗るから。それ、俺のスマホの連絡先」

携帯のアドレスと、電話番号が書いてあった。

やったー。
プライベートの連絡先、もらっちゃった。

と喜びながらアドレスを見ていた私はつい「ぷ」と吹きだした。

「なに?」

「だって、アドレスが」

「なんだよ、可愛いだろ」

yuriko-chan-0610-×××××@××××.ne.jp

アドレスまで愛するゆり子ちゃんの、黒田さんだった。

No.15 14/10/04 11:42
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>> 13 横レスすみません 続き楽しみです 応援しています! 玲子さん、初めまして♪
ありがとうございます
楽しんでいただけるように頑張ります
よかったら今後もお付き合いくださいね( ´ ▽ ` )ノ

No.14 14/10/04 11:39
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黒田さんは助手席に置いてあったカタログや封筒をバサバサと後部座席に移して、
「汚くて悪いね」
と言った。

助手席だぁ。

………営業車だけど。

車に乗ると、黒田さんは駐車場から車を出して、国道方面へ向かった。

「○○屋でいい?」

「はい」

車で5分ほどのところにある国道沿いの和食のファミレスに入った。

テーブル席に案内されて、私は黒田さんの向かいに座った。

「カツ煮食べようかな」

黒田さんはじっくりとメニューをめくっていた。
選ぶのが楽しそう。
食べることが好きなのかもしれない。

黒田さんはカキフライ定食とカツ煮定食で迷って、結局カキフライ定食にした。
私は日替わりランチが好物のナスのはさみ揚げ定食だったので、それに決めた。

「もっと高い物でも良かったのに」

遠慮したと思ったのか、そう言われた。

「いえ、ナスが好きなんですよ」

「俺も好きだな。揚げたナスを煮たやつとか」

「あぁ、美味しいですよね。よく作ります」

「自炊してるの?」

「無駄遣いできないんで、なるべくしてます」

「いいことだね」

あぁ、会話が弾んでいるのはいいけど、話題はナス。

片思いなのは分かってるけど、遠いなぁ、色っぽい雰囲気は。

食事が来ると、黒田さんはイソイソと箸を取った。
よっぽどカキフライが好きらしく、「美味いなぁ」と言いながら食べている。

そんな黒田さんも、可愛い。

No.13 14/10/04 11:13
玲子 ( ♀ y9SM )

横レスすみません


続き楽しみです

応援しています!

  • << 15 玲子さん、初めまして♪ ありがとうございます 楽しんでいただけるように頑張ります よかったら今後もお付き合いくださいね( ´ ▽ ` )ノ

No.12 14/10/04 11:01
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とりあえず、ちょっと考えてみて、と上司2人から言われて、私は席に戻った。

いい話、なんだろうな。

だけど、お局様が辞めると言わなければ、多分なかった話なんだろうと思う。
この会社は大企業ではないけど、そこそこの規模で、毎年新卒入社の社員もいる。
だから、私に正社員の声がかかったのは、他に当てがないから取りあえず8ヶ月働いてる派遣社員でもいい、っていう妥協の選択なんだろう。

直接雇用されているのは例の藍沢さんだけど、どう考えてもいい人材とは言えないだろうし。

午前中の仕事をしながらいろいろ考えていたら、珍しく黒田さんが昼休み近くに戻って来た。

「赤城さん、お昼一緒にどう?」

「は、はい」

うわぁ。
初めてお声がかかった。

一瞬嬉しくて正社員の話も吹っ飛びそうになったけど、冷静に考えたら、多分営業部長から私の話を聞いて、相談に乗ろうと思ってくれた、というのが妥当な線だと気が付いた。
いや、下手すると、部長から「相談に乗ってやって」と頼まれた線のほうが濃いかもしれない。

でも、まぁいいや。
2人でお昼なんて、滅多にない機会。
ラッキーだと思っておこう。

斜め前の席に座っている藍沢さんが、嫌な視線を向けてきているのには気付いた。

目を合わせたら「私も一緒に行っていいですかぁ?」と言われそうなので、知らん顔をして、12時になると同時に「行こうか」と声をかけてくれた黒田さんと一緒に部屋を出た。

「雨降ってるから車で行こうか」

そう言って黒田さんは駐車場に向かった。

車で2人。
緊張するけど、嬉しい。

ま、乗せてもらうのは社名の入った営業車なんだけど。

No.11 14/10/04 10:23
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その数日後、月曜の朝出社すると、私は営業部長に呼ばれた。

「はい」

「ちょっといい?」

部長は私を連れて、社内の会議室へ行った。

会議室には総務部の課長がいた。

………なんだろう

「実はね、緑さんが年内で退職したいって言ってるんだ」
総務の課長が話し始めた。

「えっ」

「緑さん」とは営業部のお局様のことだ。
お局様は社歴25年、社内では誰からも一目置かれている。
専務や常務も、緑さんを頼りにしているし、用がないときにも雑談しに来るような存在だ。

「まぁ、彼女もここ何年か身体がキツイって言ってたし、持病もあるからね。身体がもつ限りは定年まで働きたいって言ってたんだけど、ご主人と相談して、やっぱりそろそろ引退しようってことになったらしい」

「はぁ」

こりゃ大変だ。
お局様がいなくなって、営業部は機能するんだろうか。

でも。
なんで私にそんな話をするんだろう?

不思議に思っていると、営業部長がタイミングよく口を挟んだ。

「赤城さん、来月、12月でまた更新でしょ?」

「はい」

「更新しないで、正社員にならないか?」

「えっ」

要は派遣社員から正社員に変わらないか、ということなんだ。

「総務か経理から人を回そうとは考えているんだけど、業務内容が違うからね。やっぱりちゃんと分かってる人にいてもらわないと困るんだ」

「私なんて……」

そりゃ、一般的な事務ならできるし、指示されたことならできるけど、イチから見積もりまでして、下手すると営業マンの代わりに打ち合わせまである程度しちゃうお局様の代わりはとても務まらない。

「次の更新まで日もあるから、少し考えてみて」

課長が私に労働条件が書かれた書類を渡した。

さっと目を通す。

月の手取りが増える。賞与は前年度実績で年3ヶ月。
派遣では出ない交通費も出る。
精勤手当てに住宅手当。
社会保険に財形。

好きで派遣社員をやっているわけじゃない私にとっては、頭がクラクラするくらい、魅力的な条件だった。

No.10 14/10/03 16:50
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容姿は自分では中の上くらいだと思いたい。
身長158cm、体重48km。体型は普通だと思う。
学生時代やっていたスポーツは陸上、長距離。
顔は、某大量人数アイドルグループのあんまり名前を聞かない誰々に似ているとたまに言われる。
つまり、不細工ではないけど、センターを張れるような飛びぬけた美人ではないということと理解している。

だけどもう30歳すぎ、さすがに20代だったころとは変わってきている。

同級生は30歳前後からパラパラと結婚していった。
結婚していないのは、昔から地味でイマイチだったタイプと、男性並にバリバリ働いている子ばかり。
都市銀行の総合職とか、一流メーカーの広報だとか、すごい子だと証券会社のデイトレーダーとか、仕事も男性並なら給料も男性並。
深く考えずに結婚するつもりで退職してしまった私から見ると眩しい。

それもこれも、元彼に二股かけられてしまったからなんだけど。

「藍沢さんはモテるでしょ?まだ若いし可愛いし」

引きつりながらお世辞を言ってみた。

「そうなんだけど、あんまり子どもっぽい男の人はイヤなんだよね」

やっぱりお世辞とは思わないのか。
アンタから子どもっぽいと言われる男性陣が気の毒だ。

「黒田さんて、イケメンじゃないけど、包容力がありそうだと思わない?」

その評価には同意はするけど、黒田さんを分かったようなこと、藍沢さんには言われたくないな。

「美人の彼女とかいるかもね。女優の○○みたいな感じとか似合いそう」

ちょっと意地悪い気持でそう言った。
適当に女優の名前を入れたけど、見かけた彼女は実際その女優に似ているような気がして、意味もなく凹んだ。

お似合いだったなぁ。
なんていうか、雰囲気が長年連れ添った夫婦みたいにも見えたし、新婚気分が残る仲良し夫婦みたいにも見えたし。

どんなひとなんだろうな。

勝手に喋り続ける藍沢さんに適当な相槌をうちながら食事を終え、貴重な昼休みなのにちょっと疲れた。

No.9 14/10/03 15:07
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A商事は東京都心からは離れた郊外にある。
それでも最寄り駅はJRと私鉄の乗換え駅で、周囲は賑やかなので、ランチする場所には困らない。
私と藍沢さんは会社から2,3分の場所にあるファミリーレストランに行った。

「赤城さんはいいなぁ。黒田さんの担当で」

藍沢さんはパスタをフォークに巻きつけながら、なぜか上目使いに私を見て言った。

毎回おんなじことばっか言ってる、っての!

とは言えないので「あぁ、まぁね」と適当に返事をして、自分もパスタを食べることに集中する。

「黒田さんて彼女いないのかなぁ」

「本人に聞いてみたら?」

「聞いたんだけど、『いっぱいいるよ』って誤魔化されちゃったの」

ほぅ。
頭弱いくせに、誤魔化されたことは分かったんだ。

「黒田さんて何歳かなぁ?」

「40歳近いんじゃないのかな?」

「落ち着いてて、なんかステキだと思わない?」

うるさいな、そんなこと知ってるよ!
アンタみたいに喧しくて頭の弱い子とは釣り合わないことだけは確か。

「LINEのIDもメアドも教えてくれないんだもん」

「ふーん」

まぁ、他の誰に教えても、藍沢さんには教えたくないんだろうな。
ハートがいっぱいついたスタンプとか連打されそう。

「赤城さんは彼氏いないの?」

「いまはいないけど」

「やっぱり?」

………喧嘩売ってんのか、この子は

No.8 14/10/03 13:34
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「赤城さん、お昼行きましょうよ」

そう声をかけてきたのは藍沢さんという、4ヶ月前の7月に契約社員として入社してきた女の子。まだ25歳だ。

さっきのセリフを真似すると、

あかぎさぁん、おひるいきましょーよぅ

みたいな舌足らずな甘えた喋り方になる。

正直言って、いや、ダイレクトに藍沢さんは苦手だ。
初日から「うーん」と思った予想を裏切らず、典型的な同性から嫌われるタイプの女の子。

男性社員には媚を売り、女子社員は利用する。
噂話と陰口が好きなのに、自分は周囲から好かれていると自信満々。

好きになれ、と言われてもちょっと無理。
お世辞にも「悪い子じゃないんだけどね」とも言えない。

仕事面は私も人様にとやかく言えるほど有能ではないけど、藍沢さんは仕事面も残念。

社外の人との電話で「黒田さんはぁ、お出かけですぅ」と言っちゃう程度にビジネス敬語が使えなくて、データの入力ミスは当たり前、簡単なファイリングを頼んでも、わざと間違ってるのかと思うほどにグチャグチャにしてくれる。

営業部事務最古参の50代お局様がいるんだけど、お局様にしては優しいほうなのに、すっかり匙を投げてしまった。

ちょっと事務の人手が足りなくて、取引先の紹介で来たらしいんだけど、多分この調子では1年もたないだろう。
会社が契約を更新しないか、もしくは本人が飽きて辞めてしまうか、そのどっちなのかは分からないけど。

だけど、藍沢さんにとっては、派遣社員で入社も4ヶ月しか違わない私は話しやすい相手らしくて、よく声をかけてくる。
派遣社員という立場上、あまり職場で波風は立てたくないので、ほどほどに付き合っている。

本当のところ、私が藍沢さんを嫌う最大の理由は、藍沢さんも黒田さんのことを好きだからだ。

No.7 14/10/03 12:55
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か、の、じょ、かぁ

素直に、ガッカリ。

肩を落とす私と黒田さんと彼女を乗せた電車は新宿駅に着き、2人は電車を降りた。

少し離れて私も降りると、黒田さんと腕に手をかけた彼女が階段を降りて行くのが見えた。

独身て聞いてたけど、やっぱりいい歳の男性だもん、彼女くらい、そりゃいるよね………

そんなわけで、私は失恋の痛手からようやく立ち直って恋をした途端に、失恋してしまったらしい。

だけど、そもそも黒田さんと同僚以上の関わりがあったわけでもないし、メールアドレスすら知らない関係だし、激しいショックを受けた、というほどでもなかった。

連休が明けて、また会社で黒田さんと一緒に働く毎日。

やっぱりイイなぁ、黒田さん。

他の女子社員もいるけど、基本的に私が黒田さんのアシスタント。

日中は黒田さんも他の営業さんのように外出しちゃうけど、朝と夕方は会社で接することができる。

ときどき「昨日は残業になって悪かったね」なんて言って、自動販売機で飲み物を奢ってくれたりすることもある。

たまーにだけど、少し余裕があるときに「ゆり子ちゃんは元気ですか?」と話を振ると、「最近歌を覚えたんだよー」なんて言って、スマホの動画を見せてくれながら、「ここでなぜか早口になるんだよ」と目尻を下げる黒川さんのことを「可愛い」と思ったりする。

No.6 14/10/03 11:37
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いまの会社に派遣されたのが今年の3月、で、黒田さんを好きだと自覚したのは5月になるころ。

私は5月の連休に気が進まないながら、実家へ帰った。
メタボな兄貴の一番下の男の子の初節句に呼ばれたのだ。

両親も兄貴も兄嫁も、普段から私には優しい。

とくに、婚約して同棲までしていた彼に二股された挙句に捨てられたとあって、憐れみまで感じる。

だけど

もう30歳も過ぎたのに、沙知はこの先どうするのか
会社も辞めて派遣なんて、将来大丈夫なんだろうか

なんて空気が実家にいるとヒシヒシと感じられて、なんとも居心地が悪い。

とりあえず祝いの席には顔を出し、お義理で実家に一泊だけして、午後にはさっさと帰ってきた。

国分寺から中央線に乗って、新宿あたりでデパートでもブラブラしようかと思っていたら、中央線の車内で黒田さんを見かけてしまった。

黒田さんは女の人と並んで座席に座っていた。

私は少し離れたところに立っていたんだけど、幸い車内はほどほどに混んでいて、黒田さんは私に気付いた様子はなかった。
というより、黒田さんが休日に私を一目で見付けるほど、私を意識しているとは思えないから、擦れ違っても気付いてもらえない可能性のほうが高いんだけど。

どうしてその女の人が彼女だと分かったかというと、2人は手を繋いでいたからだ。
膝に乗せた彼女のバッグで隠すように、黒田さんの手が彼女の手を握っていた。

2人は電車内にふさわしい程度の音量でなにか会話をしているみたいだった。

手は繋いでいても、それほどベタベタした感じもなくて、恋人同士というより年齢からして仲のいい夫婦のように見えた。

黒田さんの隣にいる彼女は、黒田さんより少し年下に見えた。
31歳の私と近いか、もう少し年上か。

けっこう綺麗な人だった。

ワンピースにクロップ丈のパンツを合わせた服装が若々しくてよく似合っていた。

No.5 14/10/03 10:55
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だけど、好きだと自覚したところで、私の片思いは強制終了してしまった。

黒田さんに彼女がいることが判明してしまったからだ。

私の実家は東京の国分寺にある。
実家は特に裕福というわけではないんだけど、まだ地価が安かったころに鳶だったお祖父さんが80坪の土地を買って住み始め、いまはその敷地内に私の実家でもある両親の住む家と、敷地内に建てた家にメタボな兄貴とその家族が住んでいる。

私は国分寺で生まれ育ち、都内の短大を卒業してから5年くらいは実家で暮らしていた。

新卒で入社したのは割りと大きな不動産会社で、ずっと新宿の支店勤務だった。

支店は西新宿にある大きなビルの中にあって、そこで損保会社に勤める人と知り合った。25歳のころだ。
1歳年上の彼とはランチで頻繁に通っていたビル内のコーヒー店でよく顔を合わせた。

最初は店の常連同士でしかなかったんだけど、店のマスターから彼が損保会社の人だと聞いて、自動車保険について相談をしたのがきっかけで親しくなった。

まぁ、そこそこ普通の出会いで、そこそこ普通に恋愛して、付き合って数年経ったころには結婚の話もなんとなく出て、まずは同棲しようかという流れになった。

私は不動産会社で水曜と土日のどちらかがローテーション休、彼は基本の週休二日ということもあって、私は不動産会社を退職して、派遣社員になった。

どうせ結婚するんだから、辞めやすい仕事の方がいいだろう。
そんな程度の感覚だった。

ところが彼は浮気をした。
同じ会社の新入社員の女の子に手を出して、妊娠させてしまった。

そのときの修羅場はあまり思い出したくない。

最終的には彼から30万の慰謝料をもらい、私はそのお金で引越しをした。

いま彼は会社の社宅に、妻子と暮らしているんだろう。

で、そんなこんなで私はいま東京23区の端っこ、駅から徒歩11分1Kのアパートに1人で暮らしている。
実家に帰らなかったのは、兄貴がとっくに結婚して敷地内同居をしていたのと、私も30歳近くなって同棲相手に捨てられてノコノコ実家に帰るのも恥ずかしかったからだ。

そして結婚するつもりで始めた派遣の仕事を、仕方なく続けているというわけだ。

気が付いたら年齢も31歳になっていた。

No.4 14/10/02 22:08
小説大好き0 

黒田さんも白井さんのことを頼りにしているように見える。

羨ましい。

だって私は、黒田さんのことが好きだから。

私が黒田さんを意識するようになったのは、私の歓迎会からだ。

私は今年の3月からこの会社で働いている。
派遣社員になって2年になる。前の会社の契約が切れて、次に紹介されたのがこのA商事だ。

派遣社員だから、歓迎会なんてあると思っていなかったんだけど、私と入れ替わりに退職した妊婦さんの送別会があったので、ついでに歓送迎会になった感じだ。

その席で初めて黒田さんと話した。

歓送迎会まで一週間、引継ぎをされていたんだけど、黒田さんと話す機会はなかった。

それまでの黒田さんの印象は、真面目そうでクール。

それが、お酒の入った黒田さんは、楽しい雰囲気だった。

一番おかしかったのは、黒田さんからペットの小鳥の写真を見せられたことだ。

「綺麗な鳥ですね。なんて種類ですか?」

と聞くと

「ダルマインコ。名前はゆり子」

「ゆり子」

つい爆笑してしまった。

黒田さんはいかにゆり子が可愛くて賢くて、自分がゆり子に愛されているかを熱く語った。
私は真面目そうな黒田さんから想像もつかない「インコのお父さん」ぶりがおかしくてたまらなかった。

単純にも私はそれ以来、黒田さんが気になるようになって、一緒に働くにつれて、好きになってしまった。

No.3 14/10/02 21:42
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私もX機材の白井さんを見たことはないけど、なんとなく美人さんなんだろうなー、と思っていた。

X機材というのは、いろんな建材を扱うメーカーで、毎日のように発注をする会社の一つだ。
資料棚にはX機材から今年の春にもらったカタログが3冊置いてあるけど、いろんな人が毎日見るからけっこうくたびれている。

営業マンは私が働いている部署に10人いるんだけど、担当している会社によっては、あまりX機材は使わないらしい。

不思議に思って一度営業さんにそのことを聞いたら、土木系の会社と建築系の会社で使うメーカーが違うんだと教えてくれた。

黒田さんは週に1、2回はX機材に発注をする。
大きな仕事だと、打ち合わせにも行く。

X機材のA商事担当は青木さんという。
そのアシスタントが白井さん。

白井さんはA商事の営業さんに人気がある。

いつもは怖い部長が、白井さんから電話がくると、「白井さん、風邪なんかひいてない?」なんて優しいことを言っている。

でも、白井さんが営業さんたちに人気があるのは、美人さんだからじゃなくて、頼りになるからなんだと思う。

問い合わせをすると、たいていその場で話が済んでしまう。

私はせいぜい誰かに指示されて簡単な問い合わせをしたり、在庫確認をするくらいなんだけど、すぐに的確な返事が返ってくる。

X機材の歩くカタログ
って誰かが言っていた。

No.2 14/10/02 19:00
小説大好き0 

発注書をファックスして10分くらいすると、電話が鳴った。

「ハイ、A商事です」

『お世話になっております。X機材の白井と申します』

発注をかけたメーカーさんからだった。
この白井さんという女の人は、涼やかな声で話すので覚えている。

「お世話になっております」

『赤城さん、いらっしゃいますか?』

「ハイ、私です」

『あ、失礼いたしました。先程のご発注の件でご確認を何点かいただきたくお電話いたしました。マンホールカバーなんですが、まず一点目、荷重条件が型番と違っておりましたのでご確認です。それと防臭タイプのご指定が……』

ストップストップ!
申し訳ないけど、私には分からない。
黒田さんのメモを丸写ししただけだから。

白井さんに断って、ちょうど手の空いていた黒田さんに電話を代わってもらった。

「はい、電話代わりました、黒田です。あぁ、白井さんか」

黒田さんは白井さんに聞かれたことにスラスラと返し、そのあと「最近どうよ、元気?」とか雑談を少ししたあと、電話を切った。

「赤城さん、ごめん、発注書訂正ね」

黒田さんはまたメモを書いて私に渡した。

「黒田さん、いまのX機材の白井さんですか?」

黒田さんの隣のデスクの若い営業さんがそう言った。

「そうだよ」

「なんか、電話の声聞いてると、美人を想像するんですよね」

「あぁ、わりかし綺麗な人だよ」

「やっぱり!俺も会ってみたいなー」

No.1 14/10/02 17:21
小説大好き0 

「赤城さん、これ注文しといて」

午後4時。外回りから戻って来た黒田さんから、メモを渡された。

私は決まった通りの内容を発注書に書いて、ファックスを流す。

私の職場は建材商社という業種の会社だ。
要は建設関係の材料をメーカーから仕入れて、お客さんに売るのが仕事。

8ヶ月前に派遣社員としてこの会社で事務をするようになって、初めてそんな仕事があると知った。

建材といっても多種多様で、いまだに取り扱う品物のことはとんと分からない。
一応、営業アシスタント的な業務内容となっているんだけど、私がするのは指示通りに発注をかけたり、電話を取り次いだり、あとはコピーやら伝票入力やら、まぁ雑用ばかり。

派遣だし、ルーチン業務ができていれば、派遣会社からもこの会社からも文句は言われない。

さっき私に発注を指示したのは、黒田 謙さんという営業さん。役職は主任。
年齢ははっきりとは知らないけど、多分30代半ばは過ぎてる。
独身ということは、なんとなく分かった。
だからかな、若く見える人だと思う。

身長は私の兄貴と同じくらいに見えるから、多分175cmくらい。
でもメタボ健診に毎回引っかかる兄貴と違って、黒田さんは痩せている。
スーツの上着を脱ぐと、ベルトをした腰周りがスッキリしていて素敵だなぁ、と思う。

黒田さんは一見クールに見える。
顔立ちは平凡なんだけど、顎がスッキリしていて目が切れ長だから、そう見えるのかもしれない。
最近、意外と冗談を言うこともあるんだと知った。

仕事は真面目。几帳面。
私は商品知識がないから、指示のメモは走り書きでも、必要なことは全部書いてある。
経費の清算をするときも、社内ルール通りにきっちり領収書と書類を揃えてくれる。

社内の雰囲気から、黒田さんの営業成績がいいのはよく分かる。
黒田さん宛ての電話の取次ぎも多い。

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