ため息はつかない!
赤城 沙知 31歳
好きな人がいます
だけど、その人には彼女がいます
残念ながら、略奪する根性は、私にはありません
はぁ
14/10/07 17:34 追記
☆感想スレ☆
よろしくお願いします( ´ ▽ ` )ノ
http://mikle.jp/threadres/2145612/
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「赤城さん、これ注文しといて」
午後4時。外回りから戻って来た黒田さんから、メモを渡された。
私は決まった通りの内容を発注書に書いて、ファックスを流す。
私の職場は建材商社という業種の会社だ。
要は建設関係の材料をメーカーから仕入れて、お客さんに売るのが仕事。
8ヶ月前に派遣社員としてこの会社で事務をするようになって、初めてそんな仕事があると知った。
建材といっても多種多様で、いまだに取り扱う品物のことはとんと分からない。
一応、営業アシスタント的な業務内容となっているんだけど、私がするのは指示通りに発注をかけたり、電話を取り次いだり、あとはコピーやら伝票入力やら、まぁ雑用ばかり。
派遣だし、ルーチン業務ができていれば、派遣会社からもこの会社からも文句は言われない。
さっき私に発注を指示したのは、黒田 謙さんという営業さん。役職は主任。
年齢ははっきりとは知らないけど、多分30代半ばは過ぎてる。
独身ということは、なんとなく分かった。
だからかな、若く見える人だと思う。
身長は私の兄貴と同じくらいに見えるから、多分175cmくらい。
でもメタボ健診に毎回引っかかる兄貴と違って、黒田さんは痩せている。
スーツの上着を脱ぐと、ベルトをした腰周りがスッキリしていて素敵だなぁ、と思う。
黒田さんは一見クールに見える。
顔立ちは平凡なんだけど、顎がスッキリしていて目が切れ長だから、そう見えるのかもしれない。
最近、意外と冗談を言うこともあるんだと知った。
仕事は真面目。几帳面。
私は商品知識がないから、指示のメモは走り書きでも、必要なことは全部書いてある。
経費の清算をするときも、社内ルール通りにきっちり領収書と書類を揃えてくれる。
社内の雰囲気から、黒田さんの営業成績がいいのはよく分かる。
黒田さん宛ての電話の取次ぎも多い。
発注書をファックスして10分くらいすると、電話が鳴った。
「ハイ、A商事です」
『お世話になっております。X機材の白井と申します』
発注をかけたメーカーさんからだった。
この白井さんという女の人は、涼やかな声で話すので覚えている。
「お世話になっております」
『赤城さん、いらっしゃいますか?』
「ハイ、私です」
『あ、失礼いたしました。先程のご発注の件でご確認を何点かいただきたくお電話いたしました。マンホールカバーなんですが、まず一点目、荷重条件が型番と違っておりましたのでご確認です。それと防臭タイプのご指定が……』
ストップストップ!
申し訳ないけど、私には分からない。
黒田さんのメモを丸写ししただけだから。
白井さんに断って、ちょうど手の空いていた黒田さんに電話を代わってもらった。
「はい、電話代わりました、黒田です。あぁ、白井さんか」
黒田さんは白井さんに聞かれたことにスラスラと返し、そのあと「最近どうよ、元気?」とか雑談を少ししたあと、電話を切った。
「赤城さん、ごめん、発注書訂正ね」
黒田さんはまたメモを書いて私に渡した。
「黒田さん、いまのX機材の白井さんですか?」
黒田さんの隣のデスクの若い営業さんがそう言った。
「そうだよ」
「なんか、電話の声聞いてると、美人を想像するんですよね」
「あぁ、わりかし綺麗な人だよ」
「やっぱり!俺も会ってみたいなー」
私もX機材の白井さんを見たことはないけど、なんとなく美人さんなんだろうなー、と思っていた。
X機材というのは、いろんな建材を扱うメーカーで、毎日のように発注をする会社の一つだ。
資料棚にはX機材から今年の春にもらったカタログが3冊置いてあるけど、いろんな人が毎日見るからけっこうくたびれている。
営業マンは私が働いている部署に10人いるんだけど、担当している会社によっては、あまりX機材は使わないらしい。
不思議に思って一度営業さんにそのことを聞いたら、土木系の会社と建築系の会社で使うメーカーが違うんだと教えてくれた。
黒田さんは週に1、2回はX機材に発注をする。
大きな仕事だと、打ち合わせにも行く。
X機材のA商事担当は青木さんという。
そのアシスタントが白井さん。
白井さんはA商事の営業さんに人気がある。
いつもは怖い部長が、白井さんから電話がくると、「白井さん、風邪なんかひいてない?」なんて優しいことを言っている。
でも、白井さんが営業さんたちに人気があるのは、美人さんだからじゃなくて、頼りになるからなんだと思う。
問い合わせをすると、たいていその場で話が済んでしまう。
私はせいぜい誰かに指示されて簡単な問い合わせをしたり、在庫確認をするくらいなんだけど、すぐに的確な返事が返ってくる。
X機材の歩くカタログ
って誰かが言っていた。
黒田さんも白井さんのことを頼りにしているように見える。
羨ましい。
だって私は、黒田さんのことが好きだから。
私が黒田さんを意識するようになったのは、私の歓迎会からだ。
私は今年の3月からこの会社で働いている。
派遣社員になって2年になる。前の会社の契約が切れて、次に紹介されたのがこのA商事だ。
派遣社員だから、歓迎会なんてあると思っていなかったんだけど、私と入れ替わりに退職した妊婦さんの送別会があったので、ついでに歓送迎会になった感じだ。
その席で初めて黒田さんと話した。
歓送迎会まで一週間、引継ぎをされていたんだけど、黒田さんと話す機会はなかった。
それまでの黒田さんの印象は、真面目そうでクール。
それが、お酒の入った黒田さんは、楽しい雰囲気だった。
一番おかしかったのは、黒田さんからペットの小鳥の写真を見せられたことだ。
「綺麗な鳥ですね。なんて種類ですか?」
と聞くと
「ダルマインコ。名前はゆり子」
「ゆり子」
つい爆笑してしまった。
黒田さんはいかにゆり子が可愛くて賢くて、自分がゆり子に愛されているかを熱く語った。
私は真面目そうな黒田さんから想像もつかない「インコのお父さん」ぶりがおかしくてたまらなかった。
単純にも私はそれ以来、黒田さんが気になるようになって、一緒に働くにつれて、好きになってしまった。
だけど、好きだと自覚したところで、私の片思いは強制終了してしまった。
黒田さんに彼女がいることが判明してしまったからだ。
私の実家は東京の国分寺にある。
実家は特に裕福というわけではないんだけど、まだ地価が安かったころに鳶だったお祖父さんが80坪の土地を買って住み始め、いまはその敷地内に私の実家でもある両親の住む家と、敷地内に建てた家にメタボな兄貴とその家族が住んでいる。
私は国分寺で生まれ育ち、都内の短大を卒業してから5年くらいは実家で暮らしていた。
新卒で入社したのは割りと大きな不動産会社で、ずっと新宿の支店勤務だった。
支店は西新宿にある大きなビルの中にあって、そこで損保会社に勤める人と知り合った。25歳のころだ。
1歳年上の彼とはランチで頻繁に通っていたビル内のコーヒー店でよく顔を合わせた。
最初は店の常連同士でしかなかったんだけど、店のマスターから彼が損保会社の人だと聞いて、自動車保険について相談をしたのがきっかけで親しくなった。
まぁ、そこそこ普通の出会いで、そこそこ普通に恋愛して、付き合って数年経ったころには結婚の話もなんとなく出て、まずは同棲しようかという流れになった。
私は不動産会社で水曜と土日のどちらかがローテーション休、彼は基本の週休二日ということもあって、私は不動産会社を退職して、派遣社員になった。
どうせ結婚するんだから、辞めやすい仕事の方がいいだろう。
そんな程度の感覚だった。
ところが彼は浮気をした。
同じ会社の新入社員の女の子に手を出して、妊娠させてしまった。
そのときの修羅場はあまり思い出したくない。
最終的には彼から30万の慰謝料をもらい、私はそのお金で引越しをした。
いま彼は会社の社宅に、妻子と暮らしているんだろう。
で、そんなこんなで私はいま東京23区の端っこ、駅から徒歩11分1Kのアパートに1人で暮らしている。
実家に帰らなかったのは、兄貴がとっくに結婚して敷地内同居をしていたのと、私も30歳近くなって同棲相手に捨てられてノコノコ実家に帰るのも恥ずかしかったからだ。
そして結婚するつもりで始めた派遣の仕事を、仕方なく続けているというわけだ。
気が付いたら年齢も31歳になっていた。
いまの会社に派遣されたのが今年の3月、で、黒田さんを好きだと自覚したのは5月になるころ。
私は5月の連休に気が進まないながら、実家へ帰った。
メタボな兄貴の一番下の男の子の初節句に呼ばれたのだ。
両親も兄貴も兄嫁も、普段から私には優しい。
とくに、婚約して同棲までしていた彼に二股された挙句に捨てられたとあって、憐れみまで感じる。
だけど
もう30歳も過ぎたのに、沙知はこの先どうするのか
会社も辞めて派遣なんて、将来大丈夫なんだろうか
なんて空気が実家にいるとヒシヒシと感じられて、なんとも居心地が悪い。
とりあえず祝いの席には顔を出し、お義理で実家に一泊だけして、午後にはさっさと帰ってきた。
国分寺から中央線に乗って、新宿あたりでデパートでもブラブラしようかと思っていたら、中央線の車内で黒田さんを見かけてしまった。
黒田さんは女の人と並んで座席に座っていた。
私は少し離れたところに立っていたんだけど、幸い車内はほどほどに混んでいて、黒田さんは私に気付いた様子はなかった。
というより、黒田さんが休日に私を一目で見付けるほど、私を意識しているとは思えないから、擦れ違っても気付いてもらえない可能性のほうが高いんだけど。
どうしてその女の人が彼女だと分かったかというと、2人は手を繋いでいたからだ。
膝に乗せた彼女のバッグで隠すように、黒田さんの手が彼女の手を握っていた。
2人は電車内にふさわしい程度の音量でなにか会話をしているみたいだった。
手は繋いでいても、それほどベタベタした感じもなくて、恋人同士というより年齢からして仲のいい夫婦のように見えた。
黒田さんの隣にいる彼女は、黒田さんより少し年下に見えた。
31歳の私と近いか、もう少し年上か。
けっこう綺麗な人だった。
ワンピースにクロップ丈のパンツを合わせた服装が若々しくてよく似合っていた。
か、の、じょ、かぁ
素直に、ガッカリ。
肩を落とす私と黒田さんと彼女を乗せた電車は新宿駅に着き、2人は電車を降りた。
少し離れて私も降りると、黒田さんと腕に手をかけた彼女が階段を降りて行くのが見えた。
独身て聞いてたけど、やっぱりいい歳の男性だもん、彼女くらい、そりゃいるよね………
そんなわけで、私は失恋の痛手からようやく立ち直って恋をした途端に、失恋してしまったらしい。
だけど、そもそも黒田さんと同僚以上の関わりがあったわけでもないし、メールアドレスすら知らない関係だし、激しいショックを受けた、というほどでもなかった。
連休が明けて、また会社で黒田さんと一緒に働く毎日。
やっぱりイイなぁ、黒田さん。
他の女子社員もいるけど、基本的に私が黒田さんのアシスタント。
日中は黒田さんも他の営業さんのように外出しちゃうけど、朝と夕方は会社で接することができる。
ときどき「昨日は残業になって悪かったね」なんて言って、自動販売機で飲み物を奢ってくれたりすることもある。
たまーにだけど、少し余裕があるときに「ゆり子ちゃんは元気ですか?」と話を振ると、「最近歌を覚えたんだよー」なんて言って、スマホの動画を見せてくれながら、「ここでなぜか早口になるんだよ」と目尻を下げる黒川さんのことを「可愛い」と思ったりする。
「赤城さん、お昼行きましょうよ」
そう声をかけてきたのは藍沢さんという、4ヶ月前の7月に契約社員として入社してきた女の子。まだ25歳だ。
さっきのセリフを真似すると、
あかぎさぁん、おひるいきましょーよぅ
みたいな舌足らずな甘えた喋り方になる。
正直言って、いや、ダイレクトに藍沢さんは苦手だ。
初日から「うーん」と思った予想を裏切らず、典型的な同性から嫌われるタイプの女の子。
男性社員には媚を売り、女子社員は利用する。
噂話と陰口が好きなのに、自分は周囲から好かれていると自信満々。
好きになれ、と言われてもちょっと無理。
お世辞にも「悪い子じゃないんだけどね」とも言えない。
仕事面は私も人様にとやかく言えるほど有能ではないけど、藍沢さんは仕事面も残念。
社外の人との電話で「黒田さんはぁ、お出かけですぅ」と言っちゃう程度にビジネス敬語が使えなくて、データの入力ミスは当たり前、簡単なファイリングを頼んでも、わざと間違ってるのかと思うほどにグチャグチャにしてくれる。
営業部事務最古参の50代お局様がいるんだけど、お局様にしては優しいほうなのに、すっかり匙を投げてしまった。
ちょっと事務の人手が足りなくて、取引先の紹介で来たらしいんだけど、多分この調子では1年もたないだろう。
会社が契約を更新しないか、もしくは本人が飽きて辞めてしまうか、そのどっちなのかは分からないけど。
だけど、藍沢さんにとっては、派遣社員で入社も4ヶ月しか違わない私は話しやすい相手らしくて、よく声をかけてくる。
派遣社員という立場上、あまり職場で波風は立てたくないので、ほどほどに付き合っている。
本当のところ、私が藍沢さんを嫌う最大の理由は、藍沢さんも黒田さんのことを好きだからだ。
A商事は東京都心からは離れた郊外にある。
それでも最寄り駅はJRと私鉄の乗換え駅で、周囲は賑やかなので、ランチする場所には困らない。
私と藍沢さんは会社から2,3分の場所にあるファミリーレストランに行った。
「赤城さんはいいなぁ。黒田さんの担当で」
藍沢さんはパスタをフォークに巻きつけながら、なぜか上目使いに私を見て言った。
毎回おんなじことばっか言ってる、っての!
とは言えないので「あぁ、まぁね」と適当に返事をして、自分もパスタを食べることに集中する。
「黒田さんて彼女いないのかなぁ」
「本人に聞いてみたら?」
「聞いたんだけど、『いっぱいいるよ』って誤魔化されちゃったの」
ほぅ。
頭弱いくせに、誤魔化されたことは分かったんだ。
「黒田さんて何歳かなぁ?」
「40歳近いんじゃないのかな?」
「落ち着いてて、なんかステキだと思わない?」
うるさいな、そんなこと知ってるよ!
アンタみたいに喧しくて頭の弱い子とは釣り合わないことだけは確か。
「LINEのIDもメアドも教えてくれないんだもん」
「ふーん」
まぁ、他の誰に教えても、藍沢さんには教えたくないんだろうな。
ハートがいっぱいついたスタンプとか連打されそう。
「赤城さんは彼氏いないの?」
「いまはいないけど」
「やっぱり?」
………喧嘩売ってんのか、この子は
容姿は自分では中の上くらいだと思いたい。
身長158cm、体重48km。体型は普通だと思う。
学生時代やっていたスポーツは陸上、長距離。
顔は、某大量人数アイドルグループのあんまり名前を聞かない誰々に似ているとたまに言われる。
つまり、不細工ではないけど、センターを張れるような飛びぬけた美人ではないということと理解している。
だけどもう30歳すぎ、さすがに20代だったころとは変わってきている。
同級生は30歳前後からパラパラと結婚していった。
結婚していないのは、昔から地味でイマイチだったタイプと、男性並にバリバリ働いている子ばかり。
都市銀行の総合職とか、一流メーカーの広報だとか、すごい子だと証券会社のデイトレーダーとか、仕事も男性並なら給料も男性並。
深く考えずに結婚するつもりで退職してしまった私から見ると眩しい。
それもこれも、元彼に二股かけられてしまったからなんだけど。
「藍沢さんはモテるでしょ?まだ若いし可愛いし」
引きつりながらお世辞を言ってみた。
「そうなんだけど、あんまり子どもっぽい男の人はイヤなんだよね」
やっぱりお世辞とは思わないのか。
アンタから子どもっぽいと言われる男性陣が気の毒だ。
「黒田さんて、イケメンじゃないけど、包容力がありそうだと思わない?」
その評価には同意はするけど、黒田さんを分かったようなこと、藍沢さんには言われたくないな。
「美人の彼女とかいるかもね。女優の○○みたいな感じとか似合いそう」
ちょっと意地悪い気持でそう言った。
適当に女優の名前を入れたけど、見かけた彼女は実際その女優に似ているような気がして、意味もなく凹んだ。
お似合いだったなぁ。
なんていうか、雰囲気が長年連れ添った夫婦みたいにも見えたし、新婚気分が残る仲良し夫婦みたいにも見えたし。
どんなひとなんだろうな。
勝手に喋り続ける藍沢さんに適当な相槌をうちながら食事を終え、貴重な昼休みなのにちょっと疲れた。
その数日後、月曜の朝出社すると、私は営業部長に呼ばれた。
「はい」
「ちょっといい?」
部長は私を連れて、社内の会議室へ行った。
会議室には総務部の課長がいた。
………なんだろう
「実はね、緑さんが年内で退職したいって言ってるんだ」
総務の課長が話し始めた。
「えっ」
「緑さん」とは営業部のお局様のことだ。
お局様は社歴25年、社内では誰からも一目置かれている。
専務や常務も、緑さんを頼りにしているし、用がないときにも雑談しに来るような存在だ。
「まぁ、彼女もここ何年か身体がキツイって言ってたし、持病もあるからね。身体がもつ限りは定年まで働きたいって言ってたんだけど、ご主人と相談して、やっぱりそろそろ引退しようってことになったらしい」
「はぁ」
こりゃ大変だ。
お局様がいなくなって、営業部は機能するんだろうか。
でも。
なんで私にそんな話をするんだろう?
不思議に思っていると、営業部長がタイミングよく口を挟んだ。
「赤城さん、来月、12月でまた更新でしょ?」
「はい」
「更新しないで、正社員にならないか?」
「えっ」
要は派遣社員から正社員に変わらないか、ということなんだ。
「総務か経理から人を回そうとは考えているんだけど、業務内容が違うからね。やっぱりちゃんと分かってる人にいてもらわないと困るんだ」
「私なんて……」
そりゃ、一般的な事務ならできるし、指示されたことならできるけど、イチから見積もりまでして、下手すると営業マンの代わりに打ち合わせまである程度しちゃうお局様の代わりはとても務まらない。
「次の更新まで日もあるから、少し考えてみて」
課長が私に労働条件が書かれた書類を渡した。
さっと目を通す。
月の手取りが増える。賞与は前年度実績で年3ヶ月。
派遣では出ない交通費も出る。
精勤手当てに住宅手当。
社会保険に財形。
好きで派遣社員をやっているわけじゃない私にとっては、頭がクラクラするくらい、魅力的な条件だった。
とりあえず、ちょっと考えてみて、と上司2人から言われて、私は席に戻った。
いい話、なんだろうな。
だけど、お局様が辞めると言わなければ、多分なかった話なんだろうと思う。
この会社は大企業ではないけど、そこそこの規模で、毎年新卒入社の社員もいる。
だから、私に正社員の声がかかったのは、他に当てがないから取りあえず8ヶ月働いてる派遣社員でもいい、っていう妥協の選択なんだろう。
直接雇用されているのは例の藍沢さんだけど、どう考えてもいい人材とは言えないだろうし。
午前中の仕事をしながらいろいろ考えていたら、珍しく黒田さんが昼休み近くに戻って来た。
「赤城さん、お昼一緒にどう?」
「は、はい」
うわぁ。
初めてお声がかかった。
一瞬嬉しくて正社員の話も吹っ飛びそうになったけど、冷静に考えたら、多分営業部長から私の話を聞いて、相談に乗ろうと思ってくれた、というのが妥当な線だと気が付いた。
いや、下手すると、部長から「相談に乗ってやって」と頼まれた線のほうが濃いかもしれない。
でも、まぁいいや。
2人でお昼なんて、滅多にない機会。
ラッキーだと思っておこう。
斜め前の席に座っている藍沢さんが、嫌な視線を向けてきているのには気付いた。
目を合わせたら「私も一緒に行っていいですかぁ?」と言われそうなので、知らん顔をして、12時になると同時に「行こうか」と声をかけてくれた黒田さんと一緒に部屋を出た。
「雨降ってるから車で行こうか」
そう言って黒田さんは駐車場に向かった。
車で2人。
緊張するけど、嬉しい。
ま、乗せてもらうのは社名の入った営業車なんだけど。
黒田さんは助手席に置いてあったカタログや封筒をバサバサと後部座席に移して、
「汚くて悪いね」
と言った。
助手席だぁ。
………営業車だけど。
車に乗ると、黒田さんは駐車場から車を出して、国道方面へ向かった。
「○○屋でいい?」
「はい」
車で5分ほどのところにある国道沿いの和食のファミレスに入った。
テーブル席に案内されて、私は黒田さんの向かいに座った。
「カツ煮食べようかな」
黒田さんはじっくりとメニューをめくっていた。
選ぶのが楽しそう。
食べることが好きなのかもしれない。
黒田さんはカキフライ定食とカツ煮定食で迷って、結局カキフライ定食にした。
私は日替わりランチが好物のナスのはさみ揚げ定食だったので、それに決めた。
「もっと高い物でも良かったのに」
遠慮したと思ったのか、そう言われた。
「いえ、ナスが好きなんですよ」
「俺も好きだな。揚げたナスを煮たやつとか」
「あぁ、美味しいですよね。よく作ります」
「自炊してるの?」
「無駄遣いできないんで、なるべくしてます」
「いいことだね」
あぁ、会話が弾んでいるのはいいけど、話題はナス。
片思いなのは分かってるけど、遠いなぁ、色っぽい雰囲気は。
食事が来ると、黒田さんはイソイソと箸を取った。
よっぽどカキフライが好きらしく、「美味いなぁ」と言いながら食べている。
そんな黒田さんも、可愛い。
「部長と総務から話があったんだって?」
食べながら思い出したように黒田さんが言った。
「はい、正社員にならないかと」
答えながら、ちょっとガッカリ。
やっぱりその話をするために誘ってくれたんだ。
もーーーーしかしたら、って、ほーーーーんの少し期待してたんだけど。
「赤城さんがいてくれると、俺も助かるんだよな」
ガッカリ、撤回。
特別な意味はないと分かっていても、やっぱり面と向かって黒田さんからそう言われるのは嬉しい。
「でも、私じゃ緑さんの穴は埋められません」
「それは仕方ないだろ。緑さんは大ベテランだから、なんでも知ってるしな。人員は増やすみたいだから、いまよりちょっと踏み込んだ仕事もやってみて、少しずつ覚えてくれればいいよ」
「そうですね」
「緑さんが辞めると、赤城さん入れて3人だろ?1人は去年入社だからまだまだだし、もう1人は………コメントできないし。赤城さんが辞めると、どうにもならないんだよ」
コメントできない=藍沢さん
のことだよね。
もう1人の子は私よりは長いけど、去年高校を出て就職したばかりだから、社会人経験なら私のほうが長い、ってことか。それでも藍沢さんよりははるかに素直で頑張ってるけど。
「赤城さんもその辺のとこは分かるだろ?ぜひ残ってよ。あ、そうだ」
黒田さんはそう言って脱いで横に置いてあった上着から名刺を取り出して、裏にペンでなにかを書いて私に差し出した。
「なにかあったら相談に乗るから。それ、俺のスマホの連絡先」
携帯のアドレスと、電話番号が書いてあった。
やったー。
プライベートの連絡先、もらっちゃった。
と喜びながらアドレスを見ていた私はつい「ぷ」と吹きだした。
「なに?」
「だって、アドレスが」
「なんだよ、可愛いだろ」
yuriko-chan-0610-×××××@××××.ne.jp
アドレスまで愛するゆり子ちゃんの、黒田さんだった。
その日の夜、実家の両親に正社員に誘われた話を電話ですると、もろ手を挙げて歓迎、という感じだった。
『そんな良いお話、断ったらバチがあたるわよ』
母はそんなことを言っていた。
母の近くにいる父もそんな調子らしい。
これじゃまるで、就職の話じゃなくて、いき遅れている娘に良い縁談があった親の反応みたいだ。
まぁいき遅れは否定しないけど、若干凹んだ。
30歳過ぎて、結婚もできず、派遣で働いている娘が余程心配らしい。
とにかくちゃんとした会社に就職すれば安心、みたいな感じだ。
なんだかこの先もずっと私が結婚に縁がないみたいじゃないか。
いまのご時勢で、結婚したからって専業主婦になろうとは思っていないけど。
でも少なくとも同棲してた彼と結婚していたら、転勤も多いし、ずっと一ヶ所では働けないのは確かだった。
あんな二股野郎のことなんか、もういいんだけどさ。
疲れきって実家との電話を終えると、私は気を取り直してバッグから黒田さんの名刺を取り出した。
黒田さんの書いたアドレスを見ながらメールを打つ。
>>こんばんは。今日はご馳走さまでした。
>>相談に乗っていただいてありがとうございました。よく考えて決めたいと思います。
うん。
図々しくもない、常識的な文面。
昼休みの終わりにちゃんとお礼は言ったんだけど、それで終わりにしたらもったいない。
黒田さんから連絡先をもらっただけで、私のアドレスは知らせてないし、だったらこちらからメールを送れば連絡先が交換できたことになる。
過剰な期待はしてないけど。
少なくとも、この先も一緒に働きたいと言ってくれた黒田さんと、少しでもお近づきにはなりたいと思う。
少しドキドキしながら、送信した。
すると、10分ほどして返信があった。
>>こんばんは。どういたしまして。よく考えてみてね。
その文章の次には
やっぱりゆり子ちゃんの写真が貼り付けてあった。
メールを送ったのは、結果として正解だった。
数日後、黒田さんからメールでお誘いがあったのだ。
といっても、デートではない。
黒田さんのツーリング仲間とやるバーベキューに誘われたのだ。
黒田さんの趣味がツーリングというのも初めて知ったんだけど、そのツーリング仲間の1人がX機材のA商事担当、青木さんだという。
もし私が正社員になったら、X機材との関わりも多くなるから、青木さんと知り合っておくのもいいんじゃないか、ということらしい。
>>白井さんもくるんだよ
例の歩くカタログさんだ。
どうやら、青木さんが白井さんを誘って、女性1人じゃ可哀想だから、他にも女性を呼ぼうということで、私に声がかかったらしい。
>>ぜひ参加させてください♪
黒田さんからの誘いということで、もとより断ることなどないけど、白井さんが来る、というのを聞いて、俄然興味が出た。
美人さんと噂で、有能な白井さん。
会ってみたい、と思った。
翌週の土曜がそのバーベキューとのことで、黒田さんから何回か連絡があった。
当日は、もしかしたら黒田さんが車で送り迎え?なんて思ったんだけど、場所が交通の便の良い葛西臨海公園とのことで、全員電車で現地集合とのことらしい。
そりゃそうだ。
車やバイクで行ったら、アルコールは飲めないもんね。
機材は現地でレンタル、食材はもう分担が決まってるそうで、私は手ぶらでおいで、と言われた。
費用のことを聞いたら、それもいらないと言われてしまった。
どうやら、黒田さんのお友達は全部で男性ばかり5人で、今回は私と白井さんは招待されるということらしい。
手ぶらでタダ、というのも気が引けるので、私は持ち歩ける程度で6本の缶ビールと、乾きもののおつまみを用意することにした。
11月半ばの土曜日。
バーベキューの日は晴天だった。
私は電車を乗り継いで、約束の11時に葛西臨海公園駅に着いた。
改札で黒田さんが待っていてくれた。
「おはようございます」
「おはよう。悪いね、誘ったのに1人で来させて」
「いいえ」
「行こうか」
黒田さんは完全な手ぶらで、どうやら準備で私より先に来ていたらしい。
駅まで迎えに来てもらっただけでも嬉しいかも。
公園内を歩いて、バーベキュー専用のスペースまで行った。
たくさんのグループがバーベキューに来ていた。
「クロちゃん、その子?」
黒田さんに気付いて寄ってきた人がいた。
「そう、ウチの赤城さん。赤城さん、こいつがX機材の青木だよ」
この人が青木さんか。
黒田さんより少し背が高くて、ややガッチリ体型に見える。
ちょっとイカつい顔立ちだけど、目がタレ気味なお陰で表情が柔らかくなっている印象だ。
「お電話では何度も。赤城 沙知です」
「青木 慎一です。黒田がお世話になってます」
「なんだよ、それ」
黒田さんは青木さんを殴る真似をした。
なんか、仲がいいんだなぁ。
昔からの親友みたいな雰囲気。
「そうだ、白井さんが赤城さんに会いたがってたんだ。リョウちゃん!」
青木さんが後ろを向いて呼ぶと、「はーい」と女の人が返事をした。
「X機材の白井 涼です。いつもお電話でお話ししてて、一度赤城さんにお会いしたいって思ってたんです」
ニコニコと笑顔で挨拶する白井さんの顔を見て、私は驚いた。
この人、中央線で黒田さんと一緒にいた彼女………
「あっ、赤城 沙知です」
どうにか取り繕って私も笑顔を作ったけど、軽く頭はパニックだった。
黒田さんは「X機材の白井さんが来る」と言ったけど、「俺の彼女連れて来る」とは一言も言わなかった。
今までの流れからして、白井さんは青木さんの連れ?
訳が分からないまま取り敢えず笑っていたら、すぐに理由は分かった。
メンバーが揃って乾杯して、早速バーベキューが始まったんだけど、自己紹介の続きみたいな感じで、青木さんと黒田さんが人間関係を説明してくれた。
まずツーリング仲間。
元々はネットの某巨大掲示板のバイク板から始まったらしい。
全国に仲間がいて、ここにいるのは関東組の一部。
年に何回かツーリングやオフ会をして、地方の仲間に会ったりもしているらしい。
で、黒田さんと青木さんが仕事の繋がりがあるのはただの偶然。
7〜8年付き合いがあるらしいけど、最初はお互いの勤め先も知らないまま付き合っていて、5年前に青木さんがX機材のS支店に異動してA商事担当になって、初めてお互いの素性が判明したそうだ。
で、白井さんはというと。
黒田さんとは学生時代のバイト仲間らしい。
なんと、20年くらいの付き合い。
白井さんが大学2年、黒田さんが高校3年のときにバイト先で知り合って、その後もバイト仲間含めて、途中付き合いが薄くなったりもしながらも切れない付き合いが続いている。
中央線で見かけたときは、白井さんが年下に見えたけど、聞いたら黒田さんが38歳で、白井さんが41歳だった。
で、白井さんが仕事を探しているときに、X商事で事務員を募集していて、それを青木さんから聞いた黒田さんが、求人情報として白井さんに教えた。
白井さんがコネはいらない、と言って、あくまでも白井さんは自分で応募して、採用された。
青木さんが白井さんと黒田さんの関係を知ったのは、白井さんが働き始めた後だそうだ。
ちなみに青木さんは黒田さんと同い年、他のお仲間さんは同年代でプラマイ1〜3歳くらい。
話を聞いて、人間関係は理解できたけど、やっぱり仲間内でも白井さんは黒田さんの彼女とは認識されていないみたいだった。
白井さんも今回初参加で、あくまでも青木さんの同僚、黒田さんの昔馴染みとして呼ばれた感じ。
ということは、私は余計なことは言わない方がいいのかな、と判断した。
「ずっと赤城さんとお会いしたかったから、嬉しいです」
並んで座った白井さんが、私にニコニコ笑いかけながら言った。
「あ、私も白井さんとお会いしたかったんです」
「ホント?嬉しい!オバチャンだけど、仲良くしてください」
「オバチャンだなんて。そんな年上に見えません」
「やだー、もー赤城さん、上手なんだから!」
白井さんは空いている手で私をペシッと叩いた。
なんか、気さくで楽しい人だなぁ。
電話で話しているだけのときは、もっとクールな印象だったんだけど、いい意味で予想外だったというか。
なんか、会った印象は、同性としてとても好感を持てる人だ。
変な若作りしてるわけでもないのに、若く見えるのは、動きが全体的に元気で、話し方がハツラツとしてるからなのかな。
中央線で見たときも、けっこう綺麗な人だと思ったけど、近くで見ても同じだし。
「白井さんには仕事のことでいろいろ教えていただきたいです」
「えー。そんな、私なんてまだまだ素人だからダメですよ」
「そんなことないですよ。スゴいな、っていつも思ってるんです」
「いえいえ。私、この業界に入ったの今年の2月だし」
「うそ」
「ホントー。赤城さんは確か3月からいらっしゃったでしょ?だから赤城さんと大して経験変わらないんですよ」
意外。
白井さんはもう何年もあの仕事をしてるとばかり思ってた。
「いやー、この歳になって、初めての業界だから、もー必死。毎日ウチのカタログ見たり、仕入先のカタログ見たりしてるんだけど、歳には勝てない」
白井さんはそう言ってあはははと笑った。
「でもスゴいです。私なんてまだなんにも分かりません」
「こんな歳になってせっかく雇ってもらった会社だから、クビになったら困ると思うと、切羽詰まった感じで頑張れるのよ。娘2人、養わないといけないし」
「そうですか………って、え?お子さんいるんですか?」
「そー。中1と高1」
うそ。
と思ったけど、41歳で既婚なら、その年頃の子どもがいてもおかしくないんだ。
なんか、中央線で見かけたときに、黒田さんより年下だと思い込んでいたから、勝手に独身だと思っていた。
でも、「養う」ってことは、つまりシングルマザーなのかな。
「私も堪え性がないから、まぁいろいろあったんだけど、いい歳して離婚しちゃった」
てへ、とでも言いそうな感じ。
明るいなぁ。
でも、バツイチさんということは、離婚したから黒田さんと恋人同士になったのか、もしくは、黒田さんが原因で離婚……?
そんなこと聞けるわけもない。
だけど、そんな感じには見えないな、黒田さんも白井さんも。
自然な話の流れで、白井さんは黒田さんのことも話してくれた。
白井さん20歳、黒田さん17歳。
大手食品メーカーが郊外に試験的に作ったレストランのオープニングスタッフとして白井さんと黒田さんは出会った。
バイト学生は男女問わず仲が良い、とても雰囲気のいい職場だったそうだ。
「謙ちゃんとは特に気が合ってね。しょっちゅうつるんで遊んでた」
その頃は年上の白井さんに黒田さんが懐いてるような感じだったそうだ。
「2人でパチンコ行ったり、徹夜でカラオケしたり、いやーあの頃は元気によく遊んだな」
で、白井さんが就職でバイトを辞めたあとも、他のバイト仲間も含めてしょっちゅう飲み会やら、たまに旅行やら、付き合いは続いた。
黒田さんが大学にいる頃は、白井さんが就職の相談に乗ったりもしたらしい。
白井さんが結婚して子どもを産んだあたりから、さすがに集まる頻度は減ったらしいけど、それでも白井さんと黒田さんはたまに連絡を取り合っていた。
「謙ちゃんは弟みたいなもんなのよね」
そして、白井さんはいろいろあって、今年の3月に離婚した。
離婚の準備中に就職活動をしていた白井さんに、X機材の求人を黒田さんが教えて、離婚前の2月から、白井さんは働き始めた。
初めての業界、と言っていたが、離婚前はずっと近所の製菓メーカーの工場でパートをしていたそうだ。
ちなみに大学を卒業してからしていた仕事はシステムエンジニアだというから、確かに建設資材を扱う仕事は初めてになる。
「白井さんて面白い人でしょ」
白井さんが腕まくりして焼き方を交替に行ったのと入れ替わりみたいに、青木さんが話しかけてくれた。
ちなみに今日のバーベキューは、女性陣の出番がない。
野菜は男性陣が分担して各自家でカットしてきてくれたらしいし、焼き鳥までメンバーの1人が串に刺して用意してくれていた。
みんなアウトドア派らしくて、準備も焼くのも手際が良くて、白井さんと私はお客様状態だ。
座ってていいよ、と声をかけられたのに、「私も焼きたい!」と張り切ったのは白井さんの方だ。
白井さんはすっかり初対面のメンバーとも打ち解けた様子で、「ぎゃー焦げたー」とか笑いながら肉を焼いている。
「はい、ホント楽しい方ですね」
「社外の人には澄ましてるけど、実は彼女、口が悪くてね。ほら、ときどき厄介なお客さんとかいるでしょ。いちゃもんみたいなクレームでも、ものすごく上手にあしらうんだけど、電話切った瞬間に『クソぅ、いつか殺ス』とか豹変してる」
白井さんのモノマネが上手くて、私は笑ってしまった。
「コドモみたいなとこがあるけど、仕事は頑張ってくれてるんだ。最初はなんにも知らなかったのに、いまは簡単な図面なら自分で見て、拾いの見積もりも挑戦するしね」
……白井さん、スゴい。
「彼女、赤城さんのこと、褒めてたよ。書類とかきちんと整えてくれるし、確認事項もちゃんと連絡くれるから、安心できるって」
褒められて、私は逆に恥ずかしくなった。
だって私は、与えられた指示以上の仕事なんて、しようと思ったことがない。
だからいまだによく扱う製品のこともろくに分かってない。
取り敢えず派遣で繋いで、ぼちぼち正社員探せばいいや。
仕事なんてそのくらいにしか考えていなかった。
「黒田が白井さんのこと慕ってた気持ちもよく解るよ。一緒に働いてても、なんか楽しい人なんだよね。『いつか殺ス』とか言ってても、毒がないっていうか、根が明るいんだよね」
黒田さんは白井さんの方を見ながら、優しい口調で話した。
そのときなにかが頭に過ぎった。
青木さんは、きっと白井さんのことが好きなんだ。
なんとなくだけど、でも確信した。
私も片思いしてるから。
だから、分かるのかもしれない。
青木さんは、白井さんが黒田さんと恋人同士だって、気付いてないのかな。
20年の付き合いだっていうから、仲が良くて当たり前だと思ってるのかな。
楽しそうに言葉を交わす黒田さんと白井さん。
大学生と高校生だった頃は、姉と弟みたいだったのは、簡単に想像がつく。
でも大人になって、しかも見た目の年齢は白井さんと黒田さんは逆転してしまって、いまの2人は黒田さんが白井さんを守っているような付き合いなんじゃないかと思う。
白井さんが羨ましい。
でも私は嫉妬より、白井さんという人を、とても好きになりそうな気がする。
恋敵なのに。
「青木さん、赤城さん、焼き鳥!」
白井さんが紙皿に載せた焼き鳥を持って来てくれた。
「リョウちゃん、役に立った?」
青木さんが笑いながら紙皿を受け取った。
「これでも主婦ですから!でもみんな独身なのに手際がいいですね」
「ほら一番若いテツってやつ。あいつだけ生意気にも妻子ありなんだよ」
「みんなバイクが恋人?」
「そうかもな」
最近、アラフォー独身、男女問わず多いな~。
私みたいに想定外の独身と違って、ここにいるメンバーは仕事と趣味に明け暮れて結婚の機会がなかったクチなのかな。
こうやって休日に仲間で集まってれば楽しい、みたいな感じで。
そんな1人の黒田さんは、どんな経緯で白井さんと付き合うようになったんだろう。
20年ずっと友達で、アラフォーになってから恋人同士になるって、そこにはどんなストーリーがあるんだろう。
私は黒田さんを好きになったけど、その20年という時間の長さが、気が遠くなるほどのハンディだと思った。
バツイチで子どもを育てている白井さん。
そんな事情なんて関係ないくらい、黒田さんは白井さんを好きなんだろうから。
青木さんはそんな事情を抱えて入社してきて、子どもを育てるために一生懸命働く白井さんを好きになったというより、白井さんの人柄そのものに好意を持ったんじゃないかな。
私は5月に失恋が判明したけど、まぁホントに好きになってから日が浅かったから、ショックというよりは残念、って感じだった。
だから失恋してからも地味にずっと黒田さんを好きなままでいたんだけど。
白井さん見てると、張り合おうなんて気持にならないのが不思議だった。
「俺が誘ったのにほったらかしてゴメン」
黒田さんが声をかけてくれた。
「楽しいから、大丈夫です」
お世辞抜きで、私はけっこう楽しんでいる。
「白井さんと気が合ってるみたいだね」
「はい。いい人ですねぇ」
「昔から変わりモンなんだよ。優秀なんだか、危なっかしいんだか、分かんない人なんだよな」
悪口言ってるみたいでいて、とても。
白井さんへの愛情が感じられる言い方に聞こえた。
「黒田さん、私、正社員にしていただこうと思います」
「ホント?助かるよ」
「白井さんみたいに、製品に詳しくなって、もっといろんな仕事を任せてもらえるようになりたいです」
「白井さんは金物にずいぶん詳しくなったからね。X機材もいろんな仕入れ先持ってるけど、自社製品と合わせてけっこう勉強したみたいだよ」
「カナモノ?金物屋さんの金物ですか?」
金物、って聞くと昔ながらの町の金物屋さんを想像してしまう。
「そうそう。いつも発注書書いてもらってるじゃん。スチール、鋳鉄、ステンレス、アルミ、いろいろあるけどね。X機材はそういう金属でできた建材の総合メーカーだからね」
「それで金物ですか」
「土木でも建築でも使うからね。金物、っていっても多種多様だから。これも金物」
黒田さんは広場の端にある金属製の蓋を指差した。
「よく見るといろんなところに赤城さんが注文したような金物が使われてるよ。足元とか、壁とか、フェンスとか」
「私、よく分からないまま仕事してました」
「普通に暮らしてたら関わりないものばっかりだからね」
「そうですね」
「白井さんなんかは、街中歩いてると、あれは自分とこのマンホール蓋だ、とか、あの車止めはどこのメーカーだ、とか、いちいちうるさいよ」
デート中に子どもみたいにキョロキョロしている白井さんと、呆れながらそれに付き合う黒田さんの姿が想像できた。
「白井さんが、黒田さんとはよく遊んだって言ってました」
「うん、バイト時代からしょっちゅう遊んでたよ。さすがに子どもが小さいころは大人しかったけど、子どもが大きくなって、パート始めた辺りから、バイト仲間の飲み会にもまた顔出すようになったんだよ。白井さんのことだから、バツイチだって隠してないよね」
「はい、言ってました」
「白井さんもああいう性格だからね。彼女が言うには『私は離婚したくて離婚したんだ』だから。だから、意地でも頑張る、ってとこらしいよ。俺から詳しい事情は話せないけど、結婚してるときも白井さんは頑張ってたよ。まぁそれでも離婚は避けられなかったわけだけど。正直、40歳過ぎて再就職するのも簡単にはいかないだろうから、X機材を紹介しようと思ったんだけど、『コネはいらない!』って、自分でネットから応募して、面接行って、本当に採用されちゃったから、たいしたもんだと思うよ」
「青木さん、白井さんが黒田さんのお友達だって知って、驚かれたでしょうね」
「さすがの白井さんも就職して1、2ヶ月はネコ被ってたみたいだけど、だんだん化けの皮がはがれてね。はがれたころに俺から青木に種明かししたら、「スゴイ生物兵器を送り込んで来たな!」って、なんか知らないけど俺が叱られた」
黒田さんはそう言って笑った。
私は黒田さんの話を聞きながら、白井さんの離婚の原因は黒田さんじゃないんだろうな、と思った。
きっと、ずっと長い間友達でいて、白井さんが離婚して初めて、黒田さんと恋人同士になったんだろうって気がした。
黒田さんは、ずっと白井さんを好きだったんだろうか。
まさか、白井さんを思い続けて、20年彼女を作ったこともない、なんてわけないよね。
そんなはずはない、と思いつつ、もしそんな長い間片思いしてたなら、ますます私の入る隙なんてない。
いや、最初から彼女がいる人を略奪までする根性もないんだけど。
「謙ちゃん、赤城さん、焼きマシュマロと焼き芋~」
鉄板の前にいた白井さんが私と黒田さんを呼んだ。
「俺、マシュマロ!」
そう言って立ち上がった黒田さんの背中を見ながら、私は切ないような、暖かいような、複雑な気分だった。
「赤城さん、正社員になるってホントなんですかー?」
でた。藍沢さん。
こういう話には耳が早いんだから。
バーベキューに行った次の週、仕事の合間に給湯室で洗い物をしてきたら、藍沢さんがわざわざやってきたのだ。
「うん、まぁね」
「えーなんで赤城さんがぁ?」
ホンっっっっっっト、失礼だな。
「さぁ。年末で緑さんが辞めるからじゃない?」
「それは聞いてるけどー」
「私、今月でまた更新だし」
「私も年明けで契約更新なんだけど」
なに?
つまりどうして自分には正社員の話がこないのか、と言いたいのか?
自分の仕事ぶりが正社員に相応しいか、まっっっっったく、解っちゃいないんだな。
正社員どころか、更新されるかどうかも怪しいレベルだっつーーーーの!
でも、こんな子でも、次は更新されるんだろうな。
なにしろお局様が辞めたら、新人を一から教育する余裕なんてなくなるだろうから。
いや、本当はその方がラクかもしれないけどね。
「黒田さんに私も正社員になれないか、聞いてみようかなぁ」
………なんで黒田さんに。
言うなら部長か総務でしょ。
「黒田さんは営業じゃない」
「えー、だからぁ、黒田さんみたいにお仕事できる人が推薦してくれたら、私も正社員になって、私が黒田さんのアシスタントになるかもしれないでしょー?」
仕事はぜんぜん覚えないクセに、変な知恵は回るんだなぁ。
言ってること自体、現実を見てないことばかりなんだけど。
「まぁ、決めるのは上の人だから」
「なんか赤城さん感じ悪ーい。赤城さん、黒田さんのことお気に入りだもんね」
カチン!
って音がしたかと思った。
ホント、この子にこんなこと言われる筋合いないし。
黒田さんのこと好きなのは当たってるけど、私は藍沢さんみたいに公私混同はしてないし。
「黒田さんはステキよね。黒田さんから推薦してもらえるように頑張ってみたら?」
おぉ。私、大人~。
ちゃんと笑顔で言えた。
黒田さんの恋人はX機材の白井さん。
私と変わらないくらい、まだこの業界に席を置いてから日がないのに、努力している人。
この間のバーベキューの日から、私は仕事に対する意識が変わった。
白井さんみたいに、頑張ろう。
白井さんのように、社内からも社外の人からも頼りにされるような人になりたい。
白井さんは暇があるとカタログをめくっていると言っていた。
過去の発注履歴を見て、その図面や見積書を探し、どんなときにどんな製品が使われるのかを見る。
仕入れの金額、売りの金額、業界の慣習。
「この年になって、初めて知ることがいっぱい。なかなか頭に入らなくて失敗ばっかりで大変だけど、なんか知らなかったことが分かってくると楽しいよね」
白井さんはそう言っていた。
楽しい。
そう言える白井さんをスゴイと思う。
私は仕事のことをそんな風に考えたことがなかった。
白井さんみたいになれば、黒田さんから好かれる、なんて馬鹿なことを考えてるわけじゃない。
黒田さんのことは、今でも好き。
だけど、恋敵だと分かっていても、私は白井さんのことを好きになってしまったみたいだ。
その日、夕方割と早めに帰社してきた黒田さんから、また発注の指示があった。
いつもなら右から左にファックス流して終わりなんだけど、
「黒田さん、お時間あるときに内容教えていただいていいですか?」
と言ってみた。
「お、白井さんやる気だね。じゃあちょっとあっちのテーブル行こうか」
黒田さんは打ち合わせ用のテーブルに書類を広げた。
「J社さんの案件なんだけどね。これが一覧の見積り。で、ウチで発注かけるのは印がついてるとこで……」
黒田さんは図面やカタログを見せながら、一つずつ建材について説明してくれた。
「あ、ここ図面と仕様が違うな。確認しとかないと……。赤城さん、やってみる?」
黒田さんに言われて、私は「はい」と答えた。
いま一通り説明してもらった製品だから、確認するポイントはなんとなく分かる。
私は近くの電話を借りて、お客さんに電話をかけた。
「A商事の赤城と申します。黒田のアシスタントなんですが……」
途中でちょっと黒田さんに助けてもらいながら、どうにかちゃんと確認ができた。
「ちゃんとできたね」
電話を切ると、黒田さんがちょっとからかうような口調で言った。
「なんかイマイチよく分かってないからドキドキしました」
「そう?なかなか堂々としてたよ」
誉められちゃった。嬉しい。
私はそのあと発注手配を済ませてから、教わったことをノートに整理した。
今週に入って、お局様からも引継ぎのような形でいろんな仕事を教わっている。
庶務的なこと、営業的なことを分けてノートに書いておけば、自分用の営業事務マニュアルが完成する。
私はいま俄然やる気になっている、と思う。
白井さんと会ったことが刺激になってるのは確か。
ただ、私の業務内容が増えつつあるからか、部長やお局様からは私がいままでやっていた業務の一部を少しずつ藍沢さんに移行していくように言われている。
私が庶務的なこと以外で担当していたのは黒田さんと他の営業さん2人の発注業務や見積もりの清書などなんだけど、藍沢さんに頼むと大変なことになる。
藍沢さんがやったことを、まず私がチェック、次にお局様か担当営業がチェック、それから部長の承認、となって、初めて書類が社外へ出せるんだけど、なにしろミスが多い。
私がチェックした時点で必ず1つか2つミスが見つかるから、藍沢さんへ戻す。直した書類を再チェックすると、また間違ってたりする。また戻してチェックして、やっとお局様に渡す、ということが、ほぼ毎日。
私がやれば10分で終わる仕事が、藍沢さんに頼むと30分以上かかる。
毎回毎回同じようなミスだし、指摘しても「えー、赤城さんこうやれって言ったじゃん」と言い返されるし、説明しても話は聞いてないし、正直言ってストレスが溜まって仕方ない。
藍沢さんが言うには、エスカレーターで名門私立の小学校から女子大まで行って、新卒で都市銀行に就職したそうだ。
だけど「つまんないから1年で辞めちゃった」と言っている。
銀行みたいな職場でこの調子で仕事していたのだとしたら、さぞ周囲は苦労しただろう。
私は完全にナメられているようだけど、どうにかやっていくしかない。
幸い黒田さんも、他の人も上の人も、藍沢さんのことは分かっているみたいだから、そのうち契約も終わらせてくれるんじゃないかと思う。
「青木と白井さんと明日飲みに行くんだけど、赤城さんも行かない?」
黒田さんがそう声をかけてくれたのは、その週の木曜日朝だった。
「え、私も行っていいんですか?」
私はそう言いながら、つい辺りを見回した。
藍沢さんがいたら面倒だと思ったからだ。
幸い彼女はまだ出勤していなかった。
「うん、ストレスたまってるみたいだから」
気のせいか、黒田さんもチラッと周囲を見た。
多分、黒田さんも私が藍沢さん相手に四苦八苦しているのを分かってくれているんだろう。
「お邪魔じゃないなら伺いたいです」
「うん、白井さんに赤城さんが頑張ってるって言ったら、飲みに誘って欲しいって。なんか白井さん、赤城さんのことすごい気に入ってるよ」
「えっ、嬉しいです」
そう言ったときに、相変わらずご機嫌な藍沢さんが出社してきた。
「あっ、黒田さん、おはようございますぅ」
「おはよう。じゃ、赤城さんよろしくね」
黒田さんはそう言って自席に戻っていった。
「赤城さん、黒田さんとなに話してたの?」
ホント、鼻が利くなぁ。
「ん?見積りのことで、ちょっと」
「ふーん」
藍沢さんはそれで興味をなくしたように自分の席にバッグを置くと、トイレかなにかなのか、部屋から出て行った。
また黒田さんからお声がかかった、と喜びたいところだけど、白井さんに誘われたようなものなんだな。
それも嬉しい。
でも待てよ?
黒田さんは白井さんとほぼ確実に付き合ってるんだよね?
で、この間の私の勘が確かなら、青木さんも白井さんのことが好きなんだよね?
そんな3人が揃った席に、黒田さんに片思いしている私がノコノコ行くって、どうなの?
うーん。
そんな風に考えると、惨めなような気もするんだけど。
でも、負け惜しみでも無理してるわけでもなくて、ホントにこの間のバーベキューは楽しかったんだよね。
黒田さんと青木さんは、他のメンバー含めて、すごく仲がいいのが分かるし
白井さんはホントに楽しくていい人だったし
初めて参加した集まりだったのに、疎外感なんて殆ど感じなかった。
黒田さんも、私に気を遣ってたくさん話しかけたりしたりはしなかったけど、それも気にならないくらい、あんまり気を使わずに楽しめた。
なんていうか、私も前からメンバーだったみたいな雰囲気で。
白井さんも一緒に初参加だったからかもしれない。
黒田さんと白井さんが恋人同士だろうと、青木さんが白井さんに片思いしてようと、私はあの人たちの輪の中に入りたい。
なんでか分からないけど、すごくそう思う。
でもよく考えると、あの3人の中に、黒田さんに片思いしている私が加わると、三角関係が四角関係になるのかな?
いや、三角関係の頂点が白井さんで、私は黒田さんに片思いだから、四角にはならないか。
そんな風に多少考えたりはしたけど、約束通り次の日の夜、私は飲み会に参加することにした。
場所は池袋だった。
X機材のS支店と、A商事のちょうど中間くらいになるからだ。
私は定時で仕事を終わると、黒田さんより先に会社を出た。
電車で池袋まで行って、洋服を見たりして時間を潰してから、7時に待ち合わせ場所の銀行の前まで行った。
「赤城さーん」
私を見つけた白井さんが子どもみたいに大きく手を振っていた。
「こんばんは。声かけてもらったんで、来ちゃいました」
「また会えて嬉しい~。謙ちゃんが赤城さんが大変そうだって心配してましたよ」
「引継ぎはそうでもないんですけどね」
「あれでしょ?あんまり仕事熱心じゃない女の子がいるんでしょ?」
「黒田さん、そんなこと言ってました?」
黒田さん、藍沢さんの愚痴でもこぼしたのかな。
「謙ちゃんは会社の愚痴なんか言わないけど、私が誘導尋問したの。ねぇ、赤城さん、その人って謙ちゃんのこと好きなんじゃない?」
「えー、図星です」
「なんか、赤城さんの言うこと聞かなくて困ってるっていうから、話聞いてたんだ」
「まぁ、誰の言うことも聞いてくれないんですけどね」
そのとき、私と白井さんが手にしていたスマホが同時に鳴った。
「あ、青木さんだ」
「黒田さんです」
2人ともいまから会社を出るとのことなので、先に適当な店に入っていてくれ、というメールだった。
「赤城さん、先に行ってよう」
「はい」
「もー、仕事じゃないんだから、敬語やめよ」
「え、じゃあ、ちょっとずつ」
今日行くお店は和風ダイニングバーだった。
席に案内されると、白井さんと2人で飲み物と少し食べ物を頼んだ。
「お疲れ様~」
2人でそう言い合って生ビールで乾杯した。
「白井さん、今日お子さんはどうしてるの?」
「今日は2人とも元亭主のとこに行ってるから」
「へー、お子さんたち、おとうさんと仲がいいんだ」
「うん。私と元亭主は夫婦としてはやっていけなくなったから離婚したけど、子どもたちには関係ないことだから。月に1度か2度は向こうで遊んできてる」
「そういうもの?」
「人それぞれじゃないかな。ウチは子どもが大きくなってから離婚したし、元亭主も私もそこまで憎み合ってるわけでもないから」
「へー」
身近に離婚経験者なんていないせいか、いまひとつよく分からない。
少なくとも白井さんは、なんのわだかまりもないように見える。
「いい人がいたら、再婚、とか、考えない?」
恐る恐るそう言ってみた。
プライベートに踏み込みすぎた質問だと思うけど、こんなこと、男性陣が来たら聞けないし。
「いまは絶対しない。そうだなー、再婚するとしたら、早くても下の子が大学生くらいになってから。思春期の娘2人連れて再婚はできないよ」
なんの迷いもなく、白井さんはそう言った。
ということは、白井さんは黒田さんと付き合ってはいても、すぐには再婚しない、ってことか。
う。
こんなこと考えるなんて、私ズルイな。
そりゃ黒田さんのことは好きだけど、これじゃ2人の隙をうかがってるみたい。
「謙ちゃんのこと、聞きたいの?」
「!!!」
なんでもないような口調で白井さんから聞かれ、ジョッキに口をつけていた私は思い切りゴホゴホとむせてしまった。
「ほらほら、おしぼりおしぼり」
白井さんが私の前にあったおしぼりを笑いながら取ってくれた。
「な、な、なんで、そんなこと」
私は受け取ったおしぼりで口の周りを拭きながら、目の前でニコニコしている白井さんに言った。
「赤城さん、××のリュック持ってるでしょ?こないだのバーベキューで背負ってたやつ。黒と白のツートンで可愛いの」
「あ、うん、持ってる」
「5月頃、あれ背負って中央線に乗ってなかった?」
「………乗ってた」
「へへーん。やっぱり。あのね、ウチの娘が同じリュック持ってるの。あれ、目立つでしょ?限定品だったし。それで電車で『あー』って思ったんだよね。それに赤城さん、一瞬謙ちゃん見て驚いたような顔してたから、謙ちゃんの知り合いかと思ったんだけど、一瞬だったからなにも言わなかったの」
「そんな前のこと、よく覚えてたね」
「うん。なんかしらないけど、バーベキューの日に家に帰って娘のリュック見て思い出しちゃった」
なるほど。
まぁ、私だって白井さんの顔、ちゃんと覚えてたんだから、お互い様か。
「白井さん、黒田さんと付き合ってるんだよね」
「お恥ずかしい」
白井さんはそう言って「へへ」と頭をかいた。
「そのこと、隠してる?」
「隠してるわけじゃないけど、なにしろ私、バツついてまだ1年経ってないから、まぁあんまり大きな声では言いたくない感じかな」
「いつから付き合ってるの?」
「んーとね、離婚届出したのは、2月なの。でも、離婚するって決まったのはその半年前。なにしろ、上の娘が受験だったでしょ?終わるまではあんまり環境変えたくなかったから。3学年差だから、小学校も中学校も卒業式で、両方済んだところで、やっと引越ししたんだ。で、謙ちゃんと付き合い始めたのはその直後」
「こんなこと聞いていいのかな。20年間友達だったんでしょ?それで離婚してすぐ付き合うような感じってなる?」
「そうだよねー、普通はそう思うよね」
白井さんは特に気を悪くした様子もなさそうに、黒田さんとの馴れ初めを話してくれた。
………謙ちゃんとはホントこないだ話した通り、ずっと友達だったんだ。
だからバイト卒業しても、就職しても、結婚して子ども産んでも、ずっと付き合いが続いてた。
バイト仲間と集まるのが多くて、2人で会うこともたまーにあったけど、たいてい謙ちゃんに悩み事があったり、私が愚痴言いたいときだったり、ホント、ぜんぜん色っぽい関係じゃなかった。
私が結婚したのは24歳のときなんだけど、ずっと元ダンナとは仲が良かったの。
だけど、離婚する5年前かな。どうしても解決できないことがあって、そのことを私と元ダンナは解決できなかった。
そのときから私は元ダンナのこと、嫌いになっちゃって。
それでも離婚しようなんてそのときは思わなかったから、私もやり直すために頑張ったつもりなんだけど、噛み合わなくてね。
で、最終的には決定的なことがあって、私も「もう限界!」ってなっちゃって。
あ、元ダンナの名誉のために言うけど、別に女関係とかじゃないから。
謙ちゃんはそんな私の愚痴をずっと聞いてたわけ。
謙ちゃんは私の友達だったから、優しかった。
正直いって、多分私が先に謙ちゃんを好きになったんだと思う。
それでも、やっぱり離婚しようなんて思ってなかったし、謙ちゃんとどうこうなろうなんて思ってなかった。
あとから聞いたら、謙ちゃんも多分同じくらいの時期から、私のこと好きかもしれない、って思ってたらしいのね。
謙ちゃんも、不倫なんてしたくないし、私は離婚する気配はないし、やっぱりずっと友達だったから、なにも言わなかったみたい。
でも、なんとなくそういう気持って伝わるじゃない?
だからかな。
私がもう限界、離婚しよう、って思うきっかけがあったとき、逆に謙ちゃんには相談しなかった。
謙ちゃんには相談しちゃいけないんじゃないか。
そう思ったの。
幸いっていうか、そのころ謙ちゃん仕事で忙しかったしね。
結局謙ちゃんに離婚のことを話したのは、離婚することが決まってからだった。
そのときもまだ私は謙ちゃんに気持ちはなんにも伝えてなかったし、謙ちゃんもなんにも言わなかった。
「そのときなんて言ったんですか?」
私が口を挟むと、白井さんは肩をすくめた。
「私は『離婚することになった』って。謙ちゃんは驚いて『そうか、大変だな』って」
………で、それから私は離婚の準備をして、そのときに謙ちゃんがX機材の求人を教えてくれたわけ。
離婚届を出して、私は前のパートを辞めて、X機材で働くようになったの。
3月に娘たちの卒業式が終わって、すぐ引越しして、取り敢えずいろんなことがひと段落したときに、やっと謙ちゃんに会った。
そのときかな。
謙ちゃんが気持ちを伝えてくれたのは。
で、付き合うようになったわけ。
正直言って、離婚してすぐ昔馴染みと付き合うって、体裁悪いじゃない?
かなり前から私は元ダンナに気持ちはなかったし、ちゃんと離婚したから悪いことしてるわけじゃないんだけど、世間はどうしたって悪く思うでしょ?
普通に考えたら、好きな人ができたから離婚した、って見られるし。
私は別に謙ちゃんと付き合いたくて離婚したわけじゃないから。
それでも、好きだから付き合っちゃった。
コソコソするつもりもないけど、今の時点じゃわざわざ自分から付き合ってることを言うこともないかな、って感じ。
白井さんの話を聞いて、なんとなく、ホッ。
白井さんの離婚の原因が黒田さんだったら、やっぱりイヤだなぁ、って少し思ってた。
黒田さんが不倫なんてしてたら、やっぱり幻滅しちゃいそうだから。
どっちにしろ失恋は揺るがないんだけど、私は今でも黒田さんが好きだから、せめて普通の恋愛をしてて欲しいというか。
「そういうことだから、とりあえず青木さんには内緒にしといてね」
白井さんは私に言った。
「了解。でも、私に言っちゃっていいの?見間違いとは思わなかった?」
「うーん、赤城さんのこと覚えてたから、隠しても仕方ないかなって思ったのが一番だけど、なんか、赤城さんになら言ってもいいかなって思って」
「なんで?」
「赤城さんのこと好きだからかな。なんか、バーベキューのとき、友達になりたいって思ったんだよね」
「私も、白井さんと仲良くなりたいって思った」
「ホント?気が合うね」
白井さんはそう言って笑った。
そうなんだ。
私は電車で見かけた黒田さんの彼女が、白井さんみたいな人で良かったって思ってる。
本当なら悔しいとか嫉妬とか、そういう気持ちがあってもおかしくないと思うんだけど、なんか白井さんにはそういう気持ちが湧かない。
まぁ最初から略奪するような根性も持ってない上に、白井さんと張り合えるとも思ってないんだよね。
「あ、謙ちゃんと青木さん来た!」
白井さんが手を振ったので振り返ると、スーツ姿の2人がいた。
「楽しそうじゃん」
青木さんは脱いだ上着を店のハンガーにかけながら言った。
「なんか変に気が合ってるね」
黒田さんは自分の上着を青木さんに投げた。
私と白井さんは向かい合っていたから、後から来た男性陣はどう座るんだろう、ってちょっとドキドキしてたんだけど、普通に入ってきた順に青木さんが白井さんの隣に座って、黒田さんが私の隣に座った。
「変に、って何よ」
白井さんは黒田さんを睨んだ。
この間も思ったけど、白井さんは黒田さんに遠慮がない。
なんでもズケズケ言う感じ。
ホント、見るからに長い付き合いなんだなぁ、と感じる。
白井さんは青木さんとも親しそうなんだけど、やっぱり20年の付き合いとは違うみたい。
会社では上司と部下なんだろうし。
多分、関係としては私と黒田さんの関係に近いんだろうな。
私の勘が正しいなら、青木さんは白井さんを好きで、私は黒田さんが好きで、片思い同士。
そう考えると、青木さんに対して勝手な親近感が湧く。
だけど私は白井さんが黒田さんと恋人同士だって知ってるけど、青木さんは知らない。と思う。
青木さんがそれに気づいたら、どうなるのかな。
黒田さんと青木さんの付き合いも7〜8年と短くない付き合いなんだけど、そこに白井さんのことが絡んだら………。
男の人同士って、その辺はどうなんだろう?
私の場合だと、白井さんに嫉妬はあんまりない。
でもそれは「黒田さんのこと好きかも」って思った途端に彼女持ちって判明しちゃって、出鼻を挫かれたからだと思う。
おまけに白井さんとお近付きにになりつつあるいま、白井さんのこと好きだと思うし。
白井さんが仕事で優秀なのも知ってるし、見た目も綺麗だし、気さくで楽しい人だし、なんか私が白井さんに勝てるのは年齢だけのような気がする。
しかも私だってもう31歳。
若いわけでもないし。
あー、でも間違いなく藍沢さんにはムカつくな。
藍沢さんが黒田さんから相手にされてないのは見ていて分かる。
私は黒田さんのアシスタントで、今回は正社員になることも後押ししてもらってる。
だから藍沢さんなんて気にしなくていいはずなんだけど、目障りなんだよな。
でもそれは、黒田さんのことがなくても、あんまり変わらないか。
「いつから正社員になるの?」
とりあえず4人揃ったので乾杯したら、青木さんにそう聞かれた。
「年明けです」
「クロちゃん、良かったな。これでX機材も主が消えても安泰だ」
主、っていうのは、やっぱりお局様のことかな。
「緑さんの抜ける穴はデカいけど、赤城さん頑張ってくれてるからね」
やっぱり黒田さんからこう言われると嬉しい。
そのあと仕事の話を少しした。
聞いていると、白井さんは男性2人の話す内容にちゃんと付いていけている。
どこかの現場で使ったなにがどうとか、どこのメーカーの製品がどうとか。
私は、なんとなく聞いたことがあるな、って程度にしか理解できない。
私も白井さんも同じような時期に初めての業界に入ったのに、この差。
どれだけ私が適当に仕事を流してきたのかを痛感する。
与えられた指示を右から左に流すだけだった私と、仕事をしながら内容を理解するために努力していた白井さんと。
いやいや。凹んでる場合じゃない。
いまからでも努力すれば、私も白井さんみたいになれる筈。
「仕事の話なんかしててもつまんねーな」
すっかり聞き役になっていた私に気づいてくれたのか、青木さんがそう言って、話題は青木さんや黒田さんのツーリングのことになった。
元はネットから始まった繋がりということで、日本全国に仲間がいるので、まとまった休みには地方へも行くそうだ。
特に東日本大震災のとき。
さすがに直後は身動き取れなかったけど、震災後のゴールデンウイークには被災地へ有志で行ったそうだ。
バイクなので持っていける物資も限られていたけど、都合のついた関東以西の仲間10人くらいで、被災地入りした。
「見舞いのつもりだったのにな」
「仲間連中に会ったら、みんなボランティアやってて、俺たちも休みまるまる手伝いになったな」
幸い、黒田さんたちの仲間で命を落とした人はいなかったそうだけど、機動力のあるバイクは、被災地ではかなり役にたったらしい。
そんな感じで、その後も被災地の混乱が落ち着くまでは、黒田さんも青木さんも連休になると被災地へ行ってはボランティアをしていたそうだ。
「俺たち身軽だしな。バイク転がして誰かの役に立つならって感じで、けっこう嬉しかったな」
青木さんが当時を思い出すようにそう言った。
「青木が言い出しっぺだったもんな。宮城の中学校だっけ。青木、モテモテだったよな」
「ちびっ子とばーちゃんにな」
へー。
青木さんって行動力あるんだな。
私は震災のときはなにしてたんだろ?
募金したくらいしか覚えてないな。
「青木さんは仕事でもそんな感じですよね。細かいところまでよく面倒見るから、お客さんにも頼りにされてる」
「俺、要領が悪いんだよな」
白井さんから褒められて、青木さんは照れ臭そうだけど、やっぱり嬉しそう。
これはやっぱり、「青木さん白井さん好き説」は当たってるかもしれない。
黒田さんは、心配にならないのかな。
だけど、この間のバーベキューでも、いまのこの雰囲気でも、黒田さんと青木さんは親友同士という感じで見ていて気持ちがいい。
黒田さんは白井さんのことも、青木さんのことも、信用してるんだろうな。
なんだか本当に羨ましい。
私も仕事を頑張れば、黒田さんから信用されて、いまよりもっと近い存在になれるのかな。
白井さんを押し退けて彼女になりたいなんて思わないけど、やっぱり好きな人からは良く思われたい。
そのくらいなら望んでも、バチはあたらないよね
楽しい飲み会だった。
バイクの話、黒田さんと白井さんの昔ヤンチャした話、いろいろだったけど、私が疎外感を感じることもなくて、居心地のいい空気で楽しく飲んだ。
10時半に店を出て、池袋の駅で路線が違う青木さんとは別れた。
黒田さんと白井さんと、私と。
えーと。
私はお邪魔虫かな。
ここは私が気を利かせて消えるべきだろうか。
黒田さんと私は途中までは同じ路線なんだけど、白井さんはどの電車?
まだそんなに遅い時間でもないし、きっと黒田さんと白井さんは2人になりたいよね。
駅の人混みの中で私がごちゃごちゃと考えていたら、
「じゃあ、私今日は実家行くから」
と白井さんがJRの改札口の前で言った。
「あぁ、気をつけてな」
黒田さんもあっさりとした感じでそう言った。
「赤城さん、今日楽しかった!ぜひまた一緒にね」
白井さんは私の手をぎゅっと握ると、「バイバーイ」と手を振りながら改札に入って行った。
「さて、帰ろうか。それともお茶でも飲んでいく?」
白井さんに軽く手を上げて見送っていた黒田さんは、白井さんが見えなくなると振り返ってそう言った。
えー、いいのかな。
と、ちょっと白井さんに悪いなと思いつつ、「コーヒー飲みます?」と言ってしまった。
駅の中にあるコーヒーショップに入った。
「内輪話ばっかりだったけど、赤城さん楽しかった?」
黒田さんはアイスコーヒーを飲みながらそう言った。
嬉しい。
気を遣ってくれるんだ。
「楽しかったです。特に黒田さんと白井さんが仕事中にビール盗み飲みした話とか」
「あれは白井さんが俺をそそのかしたんだよ。俺、高校生だったのに」
黒田さんは楽しそうに笑った。
「白井さんから飲み会の最中にLINEが来たよ。『赤城さんにはバレてるよ』って」
ガッカリ。
黒田さんはその話がしたかったんだ。
まぁなにか期待できるようなことなんてないのは分かってたけど。
仕方なく、5月に偶然黒田さんと白井さんとニアミスしていたことを話した。
「俺、全然気が付かなかったよ」
まぁ普通はそうだろうな。
私は黒田さんを好きだからすぐ気付いたんだし、白井さんは私のリュックが娘さんとお揃いだったから思い出したんだし。
「誰にも言ってないですよ」
とりあえず、あんまり本人たちが公言していないことだから、そう言った。
「別に隠してるわけでもないんだけどね。白井さんは離婚して日が浅いから、やっぱりちょっと言いにくいみたいだから」
あーあ。
言葉の端々に白井さんへの愛が溢れてるように感じるのは、私の僻みだろうか。
当然だけど、黒田さんは私なんか眼中にないんだろうな。
「まぁ、好きな人ができから離婚した、って思う人もいるかもしれないですよね」
ヒネた気分のせいもあって、つい意地悪なことを言ってしまった。
「そう思われても仕方ないよね」
「もしかして、黒田さんは昔から白井さんのこと、好きだったんですか?」
お酒が入ってるせいもあるのか、黒田さんが特に気を悪くした様子もなさそうなのをいいことに、私は図々しくそう聞いた。
「昔から、ってバイト時代からってこと?うーん、それはどうなんだろうな。最初は俺が高校生で彼女は大学生だったから、そういう雰囲気じゃなかったよ」
いまの白井さんから想像すると、きっと20歳くらいの白井さんはチャキチャキした姉御みたいな女の子だったんだろうな。
黒田さんは生意気そうな高校生で。
ふざけたり、じゃれ合ったりしているところが目に浮かぶ。
「いつから白井さんのこと好きだったんですか?」
よせばいいのに、私は更に突っ込んでしまう。
「いつからかなぁ。昔からっていえば昔からなんだろうな。俺が大学生になれば、彼女はすぐ就職しちゃったし、俺が社会人になれば、彼女は結婚しちゃったし。ずっと付き合いは続いてたけど、追いつけそうで追いつけない人だった」
「白井さんのこと好きだったから、ずっと結婚しなかったんじゃないんですか?」
「いくらなんでも、そこまで一途じゃないよ。学生時代にも、就職してからも、彼女はいたことあるからね。結婚しなかったのは、ただ単にうまく行かなかったからだと思うけど。だけど、4、5年前くらいかなぁ。白井さんが家庭のことで悩み始めたころ、俺は彼女のことずっと好きだったのかもしれない、って思った」
「白井さんが離婚したら、とか考えてました?」
「考えなかったとは言えないけど、白井さんは離婚を口にはしなかったからね。実際最後まで離婚しない努力はしてたと思うよ。それでも結局離婚することを決めて、俺も初めて『離婚することになった』って聞いたんだ。そのときは驚いたけど……」
言葉を切った黒田さんは、白井さんが目の前にいるような表情をした。
「もう俺は誤魔化さなくていいんだ、って思った」
ずっと。
好きだった。
結局、そういうこと、なんだ。
20年。
白井さんを追い続けてた、片想い。
気付かないフリをしていた、気持ち。
黒田さんは、白井さんが結婚しても、自分に彼女がいても、多分ずっと。
白井さんが一番大事な人だったんだ。
なんて静かに、ずっと繋いできた想いなんだろう。
ついこの間、黒田さんと同じ職場にきたばかりの私なんて、天地がひっくり返っても、入り込む隙間なんてない。
同じ片想いでも、こんなに違うなんて。
会社で見る黒田さん。
スーツの上着を着た背中が素敵だと思った。
一見クールに見えるのに、目尻を下げてダルマインコのゆり子ちゃんの話をするところが可愛いと思った。
そして、ずっと静かに白井さんを想ってきた黒田さん。
バカみたい。
バカみたいだけど。
そんな黒田さんを、いままた素敵だと思う。
好きになっても、私の想いは届かないのに。
「赤城さん?」
黒田さんが訝しげに私を見ていた。
「ボーッとしてました」
私は笑顔を作ってそう言った。
「遅くなる前に帰ろうか」
「はい」
黒田さんには彼女がいる、最初から分かっていたのに、今日改めてもう一度失恋してしまったような気分だった。
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