帰路
書いてみたくなったので
書いてみます
13/02/21 22:29 追記
高校生の舞台は学校だけじゃない!
木崎明人は、事情がありバイト生活を送っている高校2年生。
毎日でもしたいが、現状は安定しない、呼ばれた時だけバイトだった。
そんな時友人から紹介された店に行くと、そこには極道ぽい男と別種族ではないかと思える程の美人がいた。
さあ、どうなる
新しいレスの受付は終了しました
「明日のバイト無くなっちゃいました。明日もまたこっちに来ます」
そう言うと、美咲さんは満面の笑みを浮かべ、
「にゅふふふ、また私と蜜月な時間を過ごすのね」
「それはないです」
そう返すと、美咲さんは顔を一気に蒼ざめさせて
「ひ、ひどい、私とのことは遊びだったのね?」
「あー非常に面倒くさいんですけど? さっさと店長のところ行きましょう」
俺が冷たく言いながら更衣室を出ると、後ろから美咲さんがぶつぶつ言いながらついて来た。
「素直じゃないな・・・いつになったらデレるのかな?」
昨日の今日でデレてどうするんですか?と言いたくなったが、あえて聞かなかったことにし、店長のもとへ向かう。
携帯を取り出して、店長とメアド交換を済ませた。
メアド交換は店長だけで良いかと思っていたが、美咲さんの無言の圧力に屈してしまい美咲さんとも交換した。
その時の顔が怖かったのは、記憶の底に封印しよう・・・
「店長、明日なんですけど、予定のバイトが無くなったんで、明日も来ていいですか?」
「うちは構わないよ~俺は裏屋にいけるから、来てくれた方が都合良い。」
「では、明日もまたよろしくお願いします。お疲れ様でした」
「はい、お疲れさん」
タイムカードの機械に自分のカード入れて、時間が記入されたのを確認。
美咲さんが言うには、十五分単位で給料は計算してくれるらしく、そこは他のバイトと一緒だった。
俺と美咲さんが従業員用の扉から出ると、美咲さんは鍵を閉めた。
「明人君もここから出入りしてね。出る時は鍵を閉め忘れないようにね」
オーナーから貰った三日月のキーホルダーがついた鍵のことだろう、持ってきてはいるが、今日は入り口から入ったため、一度も使ってなかった。
自分の自転車に荷物を放り込みながら、美咲さんの帰りのことが気になって聞いてみた。
「美咲さん誰か迎えに来るんですか?」
「いいえ? 誰も来ないわよ」
「え? 暗い夜道一人で帰ってるんですか?」
「いつものことだし・・・」
この人自分の顔を自覚してるのか? 普通に考えても美人が一人で町を歩いていたら、声を掛けようとする輩は幾らでもいる。
ましてや夜に一人で歩いていたら、最悪な目にあってしまうかもしれないってのに・・・
「送ります」
「ええ? いいよ! 明人君の方が遠いでしょ?」
「心配なんで送ります。聞いた以上は送らせて下さい。俺は遅くなっても大丈夫なんで」
「明人君ってば、強引なのね。ぽっ」
「てーい! そのキャラやめんかい! いきますよ?」
俺は自転車を押しながら歩み始める。
「でも、ありがとう。嬉しいな。本当は、ちょっと怖かったの」
俺の横に歩み寄ると、美咲さんは言い、
「そりゃそうでしょ、女の子なんだから危ないですよ」
「でも、送りオオカミになったらダメだからね!」
びっと指を立てながら俺に言う
「あほかあああああああああ! そんなことするか!」
俺は、ちょっと早まったことをしたかなと、後悔しつつも美咲さんと帰路へと進んでいく。
その帰り道で美咲さんから、先月までは先輩と一緒に帰ってたことや、その先輩と今でも一緒に暮らしていることを聞いた。
美咲さんの地元はここから遠く、大学に進学しようにも通える距離でなかったが、高校のときからの先輩に同じ大学に通うことを伝えると、自分と同居させてはもらえないかと親御さんを安心させてくれた経緯があるらしい。
その先輩は就職後も、結婚相手が決まるまでは、今のままでいいと言ってくれてるそうなので、言葉に甘えているそうだ。
途中、小さな公園を通り過ぎたとき、ついこの間まで咲き誇っていた桜の話をしてくれた。
その時の美咲さんの表情は、まるではかない精霊のような顔つきで、俺は思わず見とれてしまった。
視線が合ったので慌てて目を逸らしたが、何も言ってはこなかった。
四月も後半に入れば桜も散り、若葉が実る。
段々と季節が変わっていく姿は情緒あるものだと思う。
ただ残念なのは、今の話を聞くまで、桜を愛でようという気持ちを忘れていた自分が悔しかった。
今まで視界に何度も入っていたはずなのに・・・
「あ、はるちゃん、まだ帰ってないんだ・・・」
自分の住んでいるところが見えたのか、美咲さんは見上げながら呟いた。
「あ、明人君、ありがとね、送ってくれて。そこの3階なんだ」
指した指先を見ると、4階建てのハイツがあり、言われた階には電気がついてなかった。
「いえいえ、俺の通り道なのも分かったし、これからも一緒のときは送りますよ?」
俺がそういうと、美咲さんの顔が真っ赤になり、
「でででででで、でも、ま、まいかい、一緒に帰るのって・・・」
「何言ってるんですか? 女の子一人で帰すのなんて出来ませんよ?」
「・・・ぬ~、そっちか~」
照れたような顔をしたかと思うと、急に口を尖らせてぶつぶつ言っている。
相変わらずわけのわからない人だ。
「でも、ありがとう。嬉しいわ、おやすみなさい」
そう言って、自分の部屋へと上がる階段を登っていった。
ガチャっと扉の音が聞こえた後、部屋の明かりがつく。
部屋に入ったことを確認した俺は、さて帰るかと視線を落とそうとした時、電気のついた窓辺に美咲さんの姿が映し出されたのが見えた。
美咲さんは俺が見ているのに気付いたようで、小さく手を振っている。
俺はそれに手を振って答えると、自転車を押しながら帰路へと赴いた。
また、一人の時間がやってくる。
帰りたくもないのに、家に帰る。
・・・こっけいな話だ。
肝の据わった奴なら、不良になるなり、家出するなりできるだろう。
そんな勇気も度胸もない俺は、こうやって足掻いてるだけ・・・
いつか、俺が帰る場所が出来ることを夢見たい。
今の俺にはそれしかできないのだから・・・
火曜日
「あんた誰?」
背後から突然声を掛けられ、一瞬びくっとなるが、聞いたことがない声に、そっちこそ誰だと思いながら、振り返る。
見ると、本来もつり目であろう目を、さらに釣りあがらせて怒ったように見える、パーカー姿のちっこい少女がいた。
髪の両サイドを高めの位置で結わえてあり、その先は少女の腰ほどまでに長い。
いわゆるツインテールとはコレかと、感動していたが、そのことはバレない様に聞き返した。
「君こそ誰だ? 小学生? 中学生?」
「はあ? 頭おかしいんじゃないの? あたしが聞いてんのよ?」
「人に名前を聞く前に自分が名乗るのが普通じゃないか?」
「あんたばか? なんで知らない人間に名前言うのよ?」
どっかの有名なアニメキャラが、使ってそうなセリフを言いながら俺の質問に答えない。
突然、現れた少女に何故か因縁をつけられてしまっている。
おかしい、今日の俺は学校でも、千葉に美咲さんとのことを、いじくられた以外は平和だったし、てんやわん屋に来てからも、美咲さんに何度か、いじくられることはあったが、悪いことなんて何一つしていないはずだ。
あれ? 俺どこでもいじくられてるな・・・いや、今はそれどころじゃない。
店長が表屋に来て、裏屋の人たちを紹介すると言うことで、裏屋に来ただけなのに、何故因縁をつけられる?
てか、この子誰?「ここで待ってて」と言った店長も別の部屋に入ったきり戻ってこないし・・・どうしようか?
「なんとか言いなさいよ! 警察呼ぶわよ?」
少女は携帯を取り出し、有言実行するわよ! とでも言うように叫ぶ。
「あー、ちょっと待った。俺はここでバイトしてるもんだけど?」
「それは嘘だね! あんたなんか知らないわよ!」
「嘘じゃない! 昨日からここでバイトしてる木崎明人ってんだ」
「あんたばか? そんなの知らないって言ってんのよ!」
なんか話が通じてないぞ?もしかしてと思い、言い直す
「あー、えーと、表屋の方で昨日からバイトに入ってるんだけど・・・」
「は? 表? あんた表屋のバイトの子? 何しに裏に来てんのよ?」
「いや、店長に裏屋の人紹介するから、ここで待ってろって言われて」
「だったら早く言いなさいよ! 泥棒かと思ったじゃないの!」
いや、それ君が勝手に思っただけでしょ? しかも俺エプロンつけてるし・・・
「騒がしいと思ったら、やっぱりアリカちゃんかい?」
戻ってきた店長がヤレヤレといった顔で部屋から出てきた。
店長の後ろには3人ほど人がついて来ていて、この人たちを俺に紹介してくれるらしい。
「アリカ~お前うるさくしたら放り出すって言っただろ!」
巨漢というか、お相撲さんのような男がそう言うと、
「ま、前島さん! すいません! 気を付けます」
言われた瞬間蒼ざめ、さっきとは打って変わった態度でペコペコと謝っている。
「まあまあ、アリカも悪気があったわけじゃなさそうだから許してやれよ」
店長よりも年配の風格と職人を感じさせる男がそう言った。
「高槻さんはアリカに甘いんですよ。前島みたいにビシっと言ってやって下さいよ」
最後の一人が苦笑いしながら、高槻と呼んだ男に話しかける。
「まあ、いいじゃねえか。若いうちは誰でもあることだ」
そう高槻と呼ばれた男は笑いながら言った。
「明人君紹介するね~。裏屋の職員さんで高槻さん。俺がいないときは、この人に裏屋仕切って貰ってる。あの体の大きい人が前島君ね、主に修理担当、もう一人が立花君ね、主に買取担当だけど、2人とも他の事もやってるよ。んで彼女がバイトのアリカちゃん、君と同じ高2だよ」
店長の紹介に反応してそれぞれが頭を下げてくれる、だが最後の言葉だけ違う反応をしてしまった。
「え? うそ高2? 誰かの娘さんかと思ってました……小学生か中学生だとばかり」
ギロリと俺を睨んでくるアリカと呼ばれた少女、怖いんで睨まないで下さい。
「どうせ、ちっこいわよ! 悪かったわね! な、何見てんのよ?」
俺は、ついついアリカの全身を眺めていた、どう見てもその小柄な体が、俺と同じ高校生とは思えず、胸は真平らだし、まだ幼児体系を引きずっているような……。
「ちょっと、いつまで見てんのよ! 目がエロいのよ!」
アリカの抗議に、俺は慌てて視線を逸らし、
「昨日から表屋でバイト始めました。木崎明人です。清高2年です。よろしくお願いします」
店長の横に居並ぶ面々に礼をすると、3人はそれぞれに「よろしく」と返してくれた。
「おら、アリカ、相手もちゃんと挨拶してんだ。お前もちゃんと返すのが礼儀だろ」
アリカは前島に言われたからか、少しシュンとした顔をして、
「あいさとかおりです。愛に里、お香の香で愛里香。ここでは、聞いてのとおりアリカって呼ばれてます、澤工通ってる2年です。よろしく」
なるほど、愛里香だからアリカって呼ばれてるのか。
確かにフルネームで書いてあっても、名前だけと勘違いされそうな名前だから納得。
それよりも、彼女の高校を聞いて少し驚いた。
彼女の言う澤工は澤田工業高校の略称で、元々は男子校であり、今でこそ男女共学になってはいるものの、女子率が非常に低く、1学年にいる女子は片手にも及ばないと聞いたことがある。
それだけ澤工女子との遭遇は珍しかった。
「なに? 澤工だからって馬鹿にしてる?」
「馬鹿にしてないよ。男ばっかだろ? 大変じゃないかなって思っただけだ」
「技術に男も女も関係ないわ。技術手に入れたくて澤工行ってんだから」
アリカの前向きな姿勢に感心した。
女子が技術を手に入れたくて、自ら工業高校に進むなんて、余程自分の将来を見据えての行動なのだろう。
今時の女子なら女が少ないってだけで敬遠しそうなものなのに。
「目的があるっていいな」
そう言うと、俺の言葉に何か気が障ったのか、アリカはギロっと睨みながら、
「はあ? あんた目的とか、やってみたい仕事とか無いの?」
言われて少しズキっときた、俺の望む目的は家を出る事であり、将来、何で食べていくかなんて、俺はまだ決めていなかったから……。
「今はまだ無いけど、その内見つけるよ」
「はあ? あんた馬鹿? その内っていつよ? そんな寝言、本気で言ってるの?」
なんで俺がこいつに文句言われてんの? 流石にいらっときたぞ。
「さっきからうるせえよ。なんで初対面の奴に、馬鹿呼ばわりされなくちゃいけないんだ?」
「あんたが馬鹿っぽい事ばっかり言うから言ってやってんのよ!」
「はあ? 目的が無かったら駄目なのかよ?」
「はあ? 当たり前でしょう? あんた典型的な楽観主義者ね」
「誰も楽になんか考えてねえよ!」
「じゃあ、聞くけどさ? 1度でも1つでも何かの職業に就きたいと思ったことある?」
ズキっとした、正直考えた事なんて無かった。
「さ、サラリーマンとか……」
「何その曖昧な答え? サラリーマンって言っても何々を売るとかあるでしょ?」
「そんなもん、今考えなくてもいい事だろうが!」
「だから楽観主義者だって言ってんのよ! あんたみたいなのはね、明確なビジョンも持たないで、相手から提示されるのを待って、自分が気に入らなくなれば、違う職業が良かったとか言い出すのよ」
「そんなもん持ってる高校生なんて、ほとんどいねーよ!」
「あんた本当にそう思ってるの? やっぱり馬鹿ね」
「マジでそこまで先の事考えながら、やってる奴なんていないだろ?」
「あんたさ、何のために勉強してる?」
「そりゃ……将来の選択肢増やすためだな」
「また曖昧ね」
また俺の心がズキっとした、なんて直球ばっかりぶつけてくるんだこいつ。
「お前! 俺がさっき、お前の事、小学生とか言った事、根に持ってるんだろ?」
「関係ないじゃない! 訳分かんないこと言ってんじゃないわよ! ばーか」
「訳分かんないこと言ってんの、そっちだろうが!」
「ちょっと脳に糖分足りないんじゃないの?バナナ食べなさい、バナナ」
「バナナ関係ないだろが!」
「はあ? バナナの効果も知らないなんて、ほんとにあんた馬鹿ね」
「……お前ら、いい加減にしろや? マジで外に放り出すぞ? あ?」
前島さんのドスのある声がしたと思った瞬間、俺の頭とアリカの頭は前島さんの大きな手に抑え付けられて、指には徐々に力がこめられていた。あひ、痛い。
「すすす、すいません!」
と俺、とっさに謝る。
「あわわわわわわわ、ご、ごめんなさい~」
一瞬で顔が青ざめ謝るアリカ、おそらく俺も青ざめているに違いない。
「いやっはっはっはっはっは、離してやれ前島」
高槻さんが笑いながら言うと、前島さんの手が緩み俺たちは解放された。
「初対面でここまで喧嘩できるとは仲がいいじゃねぇか。」
「「よくないです!」」
なぜかハモる。
「はっはっは、ほれみろ。馬が合ってんだお前ら」
「「そんなことないです!」」
またハモる。
「喧嘩もできねえ奴に比べりゃマシだ。坊主気に入ったぞ。明人だったな、これからもよろしくな」
「は、はあ? ありがとうございます」
高槻さんに何が気に入られたのか良くわからんが、とりあえずお礼を言っとこう。
他の二人はやれやれと言った顔をしているが、なんか俺の印象悪くなったような気がするんだけど……。
「二人とも仲良くできそうだね~。明人君、この中の誰かに言えば、表に出す商品出してきてくれるから。んじゃそれぞれ仕事場に戻ろうか」
店長は何を見て、俺達が仲良く出来そうと言ってるのか分からんが、俺はもう一度みんなに頭を下げると表屋へと足を進めた。
後ろから、前島とアリカの話し声が聞こえる。
「アリカお前もうちょい女の子らしい態度とらねえと、男できないぞ?」
「男に興味ないって言ってるじゃないですか。前島さん勘弁してくださいよ」
「ほんとにお前は、そんなんだから色気が足りないって言われんだ」
「色気なんかより腕が欲しいんです。今日はこの間の続きやらせてくださいよ」
「まったく、仕事バカは俺と高槻さんだけでいいっつの」
このやり取りを聞くだけで、アリカはここで可愛がられているんだなと思う。
裏屋は裏屋で楽しそうな職場だと感じつつ、俺は表屋へと戻った。
さっきの喧嘩で、俺はアリカの問いに全く答えられなかった。
目的とかやりたい仕事なんて考えた事もなかった。
周りの奴は俺が知らないだけで、実はちゃんと目的に向かって行動してるのだろうか。
だとしたら、俺はアリカの言うとおり楽観過ぎる『バイトしてるから社会に通じてるぜ!』なんて、いきがってるだけのただの馬鹿じゃないか。
いい機会だから考えてみよう。
馬鹿にされたままってのも悔しいし、俺にも何か見つかるかもしれない。
……でも、俺に何ができるんだろう? わからないことだらけだ……。
裏屋から戻った俺が目にしたものは、レジのイスに座りながら、にへら~としまりなく笑ってる美咲さんだった。
ちょっと怖いですよ? 美咲さん?
あなた顔は綺麗なんですから、もっと上品に笑いましょうよ?
「おそかったね?」
アリカと喧嘩してて時間がかかったなんて、とても言えない。
「ちょ、ちょっと店長に待たされちゃって、どうしたんです?」
「え? なにが?」
「なんか、にやついてますよ?」
そう言うと、美咲さんは待ってましたと言わんばかりに、イスから立ち上がり俺を指差しながら、
「明人君が帰ってきたからって、喜んでるんじゃないんだからね!」
「はいはい、そのツンデレはもういいです」
「いやーん、明人君つめたーい」
「いやいや、そのツンデレもう3回目ですから慣れましたよ。いい加減」
俺が冷めた感じで答えると、美咲さんは俺の顔をじっと見つめて
「ん~? 明人君何かあったの? なんか雰囲気が違うような?」
「え?」
アリカに言われたのを気にしていた事が、ばれるほど顔に出てるのか?
美咲さんは、はっと何かに気付いたような顔をすると、顔を真っ赤にしてモジモジと、
「あ! だ、だめだよ? まだ私達、そ、その……」
「美咲さん?」
「ほら、まだ、し、知り合って、そ、そんなに経って無いじゃない?」
「あの? 美咲さん?」
「た、確かに恋に落ちるのに、時間なんて、か、関係ないかもだけど…」
「ちょ? 美咲さん?」
「わ、私にも心の準備ってものがね、その、いるじゃない?」
「どこまでひっぱるんじゃああああああああああああい!」
「ふへ? ち、違うの?」
後ずさりながら、驚愕の顔を浮かべる美咲さん。
「ちがうわい! どういう思考してんだ? あんた」
「くっくっくっ、知りたくば、わしの屍を超えてゆくのじゃ」
「だあああああああ、超えても何も出ないだろうが!」
駄目だ、アリカと口喧嘩した時より疲れる……。
さっきまでアリカに言われた事、焦って考えてたのが馬鹿らしくなってきたな。
いや、考えなくちゃいけない事だけど、焦らずに考える事にしよう。
「そういえばさ、明人君アリカちゃんにあった? 今日は来てるはずだけど」
「あ、会いましたよ。」
会って、おもいっきり口喧嘩してきましたけど。
「あの子可愛いでしょう? なんかお人形さんみたいで」
「そうですか? 良い様に見すぎじゃないですか?」
「あら? 明人君アリカちゃん好みじゃないの?」
「俺はロリコンじゃないんで、あーいうのはちょっと」
確かに顔は可愛いかったような気がするけど、怒った顔ばっかり見てたからな。
「こっちこそ、願い下げよ! ばーか」
裏の扉から聞こえた声は、噂の張本人のもので、手には荷物を持っている。
「げ、お前なんで表に来てんだよ?」
「人がいないと思って、好きな事言ってくれんじゃない? あんた最低ね」
「へ? へ? え?」
俺とアリカの顔を交互に見ながら慌てる美咲さん。
「さっきだって、お前から喧嘩吹っかけてきたんだろうが」
「あんたがつまんないこと言うからでしょ? 美咲さん、はい、これ店長から」
俺に文句を続けながら、荷物を美咲さんの前に降ろすと、俺に振り向き、
「それより陰口だなんて、情けない男ね」
「陰口じゃねーよ! 見たまんま言ってるだけだろ!」
「あー! ちょっとまって! まって!」
慌てた美咲さんが、俺たちの間に割って入り、俺を指差し、アリカを指差し、そして何を思ったのか、腕を交差させ、
「ファイト!」
「「ファイトじゃない!」」
突込みがハモった……煽ってどうするんだ、美咲さん。
この状況でそれができるあんたが凄いわ……。
しかも何? その、『私は見事成し遂げました』みたいなドヤ顔は?
「んも~、美咲さんのせいで気がそがれたわ。ごめんね、美咲さん驚かせちゃったね」
素直にあやまるアリカ。
「わ、私は大丈夫だけど、ちょっとだけ、びっくりしちゃった」
「すいません。美咲さん」
一応、俺も謝る。そりゃ目の前でいきなり喧嘩始めるの見たら、誰だって驚くよな。
「知らなかった、2人がこんなに……仲がいいなんて!」
「「よくないし!」」
高槻さんといい美咲さんといい、どこが仲良く見えるんだ? こんな口の悪い女とどうやって仲良くなれって言うんだ。
「まあ、用事が済んだから戻るわ。またね、美咲さん。お騒がせしました」
美咲さんに頭を下げると、踵を返してきた扉へと向かっていく。
「本当にお騒がせな野郎だ」
俺がボソッと呟くと、その声が届いたのかアリカは俺をチラリと見ると、中指を立てて無言で扉から出て行った。
むかつく奴だ。
「アリカちゃん野郎じゃないわよ?」
いや美咲さん、そこは突っ込むところが違うと思う。
しかし、これから先、アリカと顔を合わせることを考えると、喧嘩ばかりしてるわけにもいかない。
せっかく見つけたバイトをこんなんで潰したくないし。
「私、アリカちゃんがあんな感情的になるの初めて見たな~」
美咲さんは少し悔しそうな口ぶりで言う。
「美咲さんの前では、猫かぶってただけでしょ?」
「えー? でも明人君の前じゃ初対面で出したんでしょ?」
「俺があいつの事、小学生とか言ったからですよ、それで怒ってるんですよ」
「あは、それは明人君が悪いわね」
外見だけで勝手に思い込んだのは確かに俺だから、返す言葉も無い。
「あいつ裏屋長いんですか?」
「んーと、去年の8月の終わりからかな? どうして?」
「いや裏屋の人たちとは仲良さそうだったから長いのかなって思って」
「気になる?」
「い、いや、そういう訳じゃないですけど。一応同じ店で働くわけですから、喧嘩ばっかりも良くないかなと思ってですね。あいつの事知っとこうかなと」
「ほほ~?」
美咲さんの目がやけにニヤニヤしてるのが気になる。
「そっか~、明人君はアリカちゃんと仲良くしたいんだね。ハッ! それだと私とアリカちゃんと明人君が三角関係に……そしてここを舞台に、ドロドロの恋愛模様が繰り広げられていくんだわ! そうなると、私と明人君が……ライバル?」
「ちょっとまった! 全てがおかしい!」
「え? 違うの?」
「違う!」
この人の思考回路が分からん。
一緒に暮らしてるという先輩を尊敬したくなってきた。
「俺が言いたいのはですね、あいつの事少しでも知っとけば、喧嘩の種を無くす事も出来るんじゃないかと思ったからですよ」
「おー! 明人君、大人な意見だねー。私じゃ思い浮かばないよ?」
「いや、あなた仮にも成人なんだから、そういうの考えてください」
「でもヤラハタよ?」
「それは関係ねえ!」
前の時もそうだったが、この人言葉の意味分かってるのか? 聞かされたほうが顔が赤くなるわ。
「ん~、私が知ってる範囲って言っても前島さんがオーナーに紹介した経緯かな?」
あの怖い前島さんがアリカをオーナーに紹介したのか。
「澤工って澤工祭準備を夏休み前からやってるらしいんだけど、前島さんは澤工OBで毎年そのお手伝いで澤工に行ってるそうよ。前島さん澤工では有名人みたい」
なんか俺の中のイメージしてた前島さんとは違うな。どっちかっていうと、バイクを爆音立てながら走り回ってる様なイメージが似合う。
「んで去年の夏休みに澤工行ったらアリカちゃんがいて、色々教えてるうちになついちゃったらしくて、何度かここにアリカちゃんが前島さんを尋ねて来た事もあったわ」
「へー。なんかどっちも想像できないんですけど」
「アリカちゃん行動力が凄いわよね? んで困った前島さんが店長経由でオーナーに相談したら『雇えば良い』ってなったんだって、その後からバイトとして来てるわ」
「雇えっていうオーナーもオーナーですね」
「その後は一緒に仕事してるわけじゃないから、詳しくわからないけど、良い子なのは分かるわね。それに可愛がられてるのも分かるわ。だって可愛いし」
「可愛いですかね? 生意気な奴だと思いますけど」
「可愛いでしょう? ツインテールよ生ツインテール! しかもあの、ちっこさ! あ~もうなんていうのかしら? つかまえて『ぎゅ~っ』てしたくなるのよ」
美咲さんは顔を赤くして鼻息を荒くしながら自分で自分を抱きしめながら言っている。
正直怖いです。
「美咲さん…それ病気ですね。」
ジト目で美咲さんを見やると、
「だって可愛いんだもん! 可愛いは正義よ!」
何言っても無駄な気がしたので、放置することにした。
視線を移したとき、美咲さんの手前に置いてある荷物が気になる。
アリカがさっき持ってきた箱だ。
「美咲さん、これ何ですかね? 商品?」
「店長からって言ってたわね。多分そうだと思うから開けて見て」
箱の中を見てみると石? 表面がピカピカに磨きぬかれた石材と添付書が入っていた。
複数の形が入っているが、組み立てものか?
「石灯篭かしら? 落とすと割れるかもしれないから気をつけてね」
「これ中出して飾ったほうが良くないですか?」
「そうね……奥のオブジェコーナーにでも組み立てて置いとこうかしら?」
「んじゃ、運びますよ?」
「あ、お願い」
その荷物を持とうとするが、思った以上に重かった。
何これ重すぎだろ? これアリカはさっき軽々と持ってたぞ。
重たそうな雰囲気なんか全く感じなかったのに。
「おもてえ……しかも中のバランスがおかしい」
俺は今まで力のいるバイトもやったことがあったから、運べないことは無い。
そんなに非力でもないし、がしかし、予想以上の重さと箱のバランスの悪さに苦労した。
これを軽々と運んできていたアリカはどんだけ力強いんだ。
予想外の重さに苦労しながら箱を運び、床に置いて中身を丁寧に1つずつ取り出し、美咲さんと一緒に、添付してあった図面通りに組み上げていく。
組み上げるのに思ったよりも苦労したが、完成した形を見ると、よく時代劇なんかで出て来そうな石灯篭だ。
表面は鏡面磨きされていて、うっすらながら俺の姿を反射している。
「……こんなの買う人いるんですか?」
「正直わからないわね。お金持ちが道楽で買うかもしれないわね。値段も高いのか安いのかわからないわ」
添付してあった図面には付箋メモ用紙が付けられていて、価格4万5千円と書いてあった。
この値段で販売しろと言う意味らしい。
「売れない商品はどうするんだろ?このまま、たまっていくだけじゃ」
独り言を呟いていると、
「それ私も昔思ったんだけどね。ここにある商品はネットとかにも出してて、一応、そこそこ売れたりしてるみたいなの。発送とかは、オーナーが手配してるから良くわからないけど、おそらくオーナーの関連会社の人だと思うわ」
「意外と手広くやってるんですね」
「そうね。日本だけじゃなくて海外も相手にしてるようだから、一応グローバル企業なのよ。」
「それは大げさなような」
「ふふ、それもそうね」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら美咲さんは言った。
グローバルと聞くと、この間、授業中に教師が語っていたことを思い出す。
『都会に比べると小さな街だが、この小さな街でも世界の商業とつながりを持つグローバルポートのひとつであることには変わりない』
『世界の流通はネット社会の普及とともに大きく変動し、いまだに安定しない世の中になっている』
『昔の商業は現地に赴き交渉し、仕入れ、卸、仲介、販売が主流で、その中でマージンをそれぞれ得ていくのが主流だった』
『当然、その過程には副産物がつきものであり、輸送や仕分け、交渉の場の食事や宿泊そういった産業や観光業界もまた、その恩恵を受けていた時代である』
『時代の流れか文明の進化か、今となってはネットを利用した交渉や購入で簡単に進められていく』
『現地に行かなくても、その土地の特産品を購入できたり、動画や画像で知ることが出来たり、ある程度の満足感は得ることが可能なのである』
『不必要な物がどんどんと合理化されて、削減されていき、グローバルな視点によって築かれた世界は、他者よりも優位に立とうとした者たちで溢れかえり、それは強者と弱者を更に加速させた』
『強者はより多くの報酬を得て、弱者は少ない報酬を分かちあうわけである』
と、教師は授業そっちのけで熱く語っており、そのときは『うざい。早く終われ』としか思っていなかったのだが、教師の言ってる事に間違いは無かった。
俺たち生徒に世の中の現実を教えてくれるのはいいが、その対策について聞いてみても、口を揃えて勉強して良い大学に入り、一流企業に就職する事や一級公務員を目指すことだと言う。
なんと門戸の狭い対策か。
あふれ出た弱者はどうすればいいのだろう?
競争に負けた者は、妥協と折り合いを付けているのが現実なのは分かるが、目的の無い者は目的が見つかるまで、どうすればいいんだろう?
アリカにも言われた事は俺自身がわからないから知りたい。
何をどうすればいい?
今の俺の目的は家を出ることそれ以外思い浮かばない。これは目的か?
「………!……と君! あーきーと君!」
美咲さんに大声で呼ばれて我に返る。しまった、いつのまにか考えにふけこんでていた。
「あ、すいません。ぼーっとしてました」
「難しい顔してたよ?」
美咲さんは心配そうな顔で俺を見ている。
どうやら自分が思っている以上に、アリカから受けた言葉はインパクトが強かったようだ。
「ちょっと考え事してました。」
俺は恥ずかしさの混ざった笑顔で返す。
「あ、その気恥ずかしそうな笑みは! どうやってアリカちゃん口説くか考えてたわね!? ずるいわよ!」
ずるい? そこ意味わかんないぞ?
「いや、そうじゃなくて……」
「心配して損したじゃない。こうなったら私もアリカちゃんをどうやって落とすか妄想を……うへへへへ」
言うや否や、涎が出そうな勢いで顔がだらしなくなる。
「瞬間で妄想に入るな! こええよ! もうアリカ落ちてるだろそれ?」
「ぬ!?」
いや、もう、なんていうか、その、疲れました。
この後、相変わらずの美咲さんの暴走を何度か相手にしていたら、てんやわん屋の店じまいの時間が近づいていた。
客は相変わらず少なかった……いいのだろうか、これで。
俺と美咲さんは分かれて店じまいの準備をし始めると、裏の扉から店長が昨日と同じように清算をするためか、現れた。
「あ~、明人君お疲れ様。もう少しかかりそうかな?」
「お疲れ様です。あと少しで終わりますよ」
「んじゃ、レジだけ先に締めちゃうね」
店長はそういうとレジを操作し始め、現金のチェックにうつった。
美咲さんが離れているうちにと思い、俺は店長に歩み寄り、
「あの店長、今日は目の前であいつと、その、格好悪いところ見せてすいませんでした」
「ははは、気にすること無いよ~。格好悪いだなんて思ってないし」
「あんなことで喧嘩なんて格好悪いですよ」
「明人君、俺はそれくらいが普通だと思ってるよ? まあ確かにアリカちゃんと比べると君は本音言えて無かったかな?」
ズキッっときた。
店長には、俺がアリカの問いにどう答えていいか分からなかったのが、バレバレだったようだ。
「アリカちゃんみたいな子は確かに少ないからね。あの子は逆にもう少しゆるく考えていい。自分に厳しいから人にも厳しいんだ」
軽くため息を吐きながら、薄ら笑いを浮かべる。
「あの後少しやりあったでしょ? アリカちゃん戻ってきたとき怒ってたよ」
「す、すいません。あいつの文句言ってる時にちょうど来ちゃって、それ聞かれました」
「君も間が悪いね~」
店長はいつも浮かべる薄ら笑いよりも、ニヤニヤと笑って言った。
「まあ、アリカちゃんはいい子だから仲良くしてやってね。明人君もそれはわかってるみたいだしね?」
昨日もそうだったけど、店長と話していると妙に落ち着くのはなんだろう?
他のバイト先の店長とかと何か違う。
時間が、こう、ゆっくりと流れているような錯覚すら起こす。
分かれて店じまいをしていた美咲さんが戻ってきた。
「美咲ちゃん今年のGWはどうするのかな? 俺ちょっと5月3日から5日まで休みたいんだ。いざとなったらオーナーに言って、店閉めとこうかなとも思うんだけど」
「私は今回、家には戻らないんで、開けてても大丈夫ですけど、他の人は?」
「高槻さんは任せろって言ってくれてるね~。みんなでまとまって休むのも有りなんだけど」
「店長普段用事があるときしか休まないんだから、ゆっくり休んで来て下さいよ。家族サービスもあるでしょ?」
「そうかい? 明日オーナーが来る予定だから相談してみるよ。多分俺が言ったままになると思うけど」
「は~い、大丈夫です」
こういう時、歯がゆい気持ちになる。
手助けしたい気持ちはあるのだが、他のバイトがどうなるかもわからないし、高校生の俺が何か言ったところで当てになるわけじゃない。
分かっていても手助けしたい、でもやっぱり言えない。ジレンマだ。
「明人君。変に考えなくていいよ~? 美咲ちゃんいるし」
店長は薄ら笑いのまま、俺が考えてることを見透かすかのように言った。
「二人とも、もう上がっていいから準備しておいで」
俺達は店長に促されて更衣室に入り、それぞれ準備にかかった。
いつものように携帯をチェックしてみるも、今日は田崎さんからメールが来ていない。
今回は無しってことが確実だ。
「美咲さん、俺、他のバイト減らそうかなって思うんですけど」
「お? そ、それは、な、なんでまた?」
なぜか顔を赤くしながら慌てているが、俺へんな言い方したか?
「他が安定しなさすぎなんですよ。確定なの土曜日だけなんですよね」
「ぬ~……うちは毎日でもいいけど、明人君それでいいの?」
なんか途中で表情切り替わったけど、まあ気にするのはよそう。
「俺としては毎日のほうがいいんですよ」
「明人君がよければいいんじゃないかな? お金貯めてやりたいことでもあるの?」
「俺高校を卒業したら家を出たいんですよ。自立したいっていうか」
「へー? 私そんなの考えたこと無かった。大学に通うのも怖かったのに」
「まあ事情があって出たいんです。」
「うん? う~ん…深くは聞かないけど、そのうち明人君が話せるようになったら教えてね」
「ありがとう、美咲さん。」
「ともかく、明人君がこっちのバイト増やすの。私は大歓迎よ」
美咲さんは優しい笑顔でにっこりと答えてくれた。
俺と美咲さんが帰る準備をして店長のところへ向かうと、
「そういやね、高槻さんが今度てんやわん屋でバーベキューでもしないかって言ってたんだけど。その時は君たちも参加ね」
「バーベキュー? いいですね。さすが高槻さんいい企画出してくれるわ」
美咲さんは話を聞いてやけに喜んでいる。肉が好きなのだろうか?
「いつやるんです? 俺、日によっては参加できない場合あるんですけど」
「そこは俺が調整しよう。いざとなったら仕事を早く止めてからでもいい。明日オーナーと一緒に、はるな君も来るって聞いてるから、参加できる日確認するね。企画は伝えておくよ」
店長は薄ら笑いを浮かべながら、楽しそうに言ったが、なんではるなって人がオーナーと一緒に来るんだろう? 帰りに美咲さんに聞いてみようか。
「あは、はるちゃん来るんだ。明人君の歓迎会も合わせてできるね」
美咲さんは楽しそうに笑いながら言っていたが、俺は戸惑っていた、今まで高々バイトに入ったくらいで歓迎会なんざ開いてもらったことなんて無い。
「え? 歓迎会なんていいですよ!」
「私の時も、アリカちゃんの時もやったから、それは駄目!」
「美咲さんやあいつも? まじですか?」
「ははは、うちはね。オーナーがそういうの好きなんだ。今回の事が無くても近々やるつもりだったよ? 前までは男ばっかりだったけど、はるな君以降は華があって俺は嬉しいね~。可愛い子ばっかりだし」
「あら、やだ店長。正直すぎます」
いや、そこは謙遜しようよ美咲さん。
「おっと遅いことだし、この話はまた明日にしよ~」
店長が時計をちらっと見て、解散を促した。
「お疲れ様でした。また明日もきます」
「店長お疲れ様でした、お先です」
俺と美咲さんが口々に店長に礼をし、
「はいはい。お疲れ様。帰り気を付けて」
いつもの薄ら笑いの表情のまま、店長は見送ってくれた。
俺は愛用の自転車に荷物を入れ、じっと俺を見つめていた美咲さんに昨日と同じように声をかける。
「美咲さん送っていきます。行きましょうか」
「う、うん。本当に毎回送ってくれるの?」
少し恥ずかしそうに言っている美咲さんは、いつもと少し違って見えた。
「言ったでしょ? 一緒の時は送るって」
「う、うん。ありがと……んじゃ、いこか」
顔を赤らめたまま、コクンと頷き、くるりと帰る方向に向き直り歩き始める。
隣で歩く美咲さんに、店長が言ったことで気になることを聞いてみた
「さっき店長がオーナーとはるな君が一緒にって、言ってましたよね?」
「うん、言ってた。だって、はるちゃ……先輩はオーナーの下で働いてるもん」
俺が「言い換えなくていいですよ?」と笑って言うと「う、うん」と小さく笑った。
「そうなんですか? なんで一緒に来るんだろうと思ってですね」
「はるちゃんは、オーナーの秘書見習いやってるの。最近、秘書検定とかいうの勉強してるよ」
「へー、秘書も検定あるんですか?」
「私も知らなかったんだけど、あるみたいね」
「そのはるなさんから、来ることは聞いてなかったんですか?」
「はるちゃん昨日は遅かったみたいで、帰ってきてたみたいだけど、朝起きたらもういなかったわ。だから話はしてないの」
「忙しいんですね」
「はるちゃん、まだこの春から勤め始めたばっかりだから、たくさん覚えなくちゃいけないことあるみたい。てんやわん屋辞めてからは初めてお店にくるわね」
少し寂しそうな顔で呟く。
「そうですか……社会人になると大変なんですね……」
「でも、はるちゃん活き活きしてやってるから、私は心配してないよ?」
「それだったらいいですね」
「うん」
その後、俺の他のバイト話をしているうちに、美咲さんの家にたどり着いた。
まだ、その先輩のはるなさんは帰ってきていないのか、部屋の明かりは消えたままだった。
「明人君ありがとうね。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。美咲さん」
そう言って、美咲さんがハイツのほうに入り、階段を登っていき、がちゃっと扉の音がした後、彼女達の部屋の明かりがついた。
また、明かりのついた窓辺に美咲さんの姿が見え、小さく手を振っている。
俺はそれに答え手を振ると、我が家への帰路に足を進めた。
さっきまで美咲さんと二人だったから忘れられていたことが、今の夜の静寂のように俺にのしかかってくる。一歩また一歩と家に近づくにつれ、陰鬱な空気は俺の体にへばりついてくるようにも感じる。
俺に何が出来るのだろうか? アリカに言われた目的を持つこと、俺が見つけなければいけない目的それは何だろう?
今の現状を打破する方法も思い浮かばないのに、そんな先の事考えられない。
一人の時間は嫌いだ。嫌でも色んな事を考えさせられてしまう。毎日毎日同じ事を考えては、繰り返してる。これじゃ成長なんて出来ずに立ち止まっているだけだ。
でもどうすればいい? 俺はいつものように、何度も何度も自問を繰り返し、結局答えを出せずに、自宅への道のりを歩んでいた。
水曜日
水曜日は授業のコマ数が1時間短い変わりに長いホームルームの時間が設けられていて、イベント行事や試験の説明等にも利用されている。
うちの担任は説明が下手で、長々とホームルームをやるので、クラスでは不評だ。
説明下手なのは他のクラスでも有名だが、サバサバした性格は妙に好感度が高く、教師としての人気はそれほどでも悪く無い。
今日のお題はGW中の注意とGW後に行われる中間試験についてだったが、そんなの現役高校生がGW前の浮かれる状態で熱心に聞く訳がない。
あっちこっちで好き勝手に騒いでる状態だ。
「では、本日のホームルーム終了します。みんな注意をよく守るように。はいさよなら」
言いたいことだけ言って、うちの担任さっさと教室から出て行く。
帰り支度を済ませていると、千葉が俺の机にやってきた。
「木崎さっき思い出したんだけどよ。今日、俺もてんやわん屋だっけか? ちょっとついていくわ」
「は? 何か買うのか?」
「いや、母さんが朝、俺が出る直前に、店に来いって叔父さんから連絡があったって、言ってたんだよ」
「オーナーから? そういや今日オーナー来てるはずだぞ」
「あ? そうなのか? まあ、話はわからんが、今日遅刻しかけてて、今の今まで忘れててさ。」
「おとぼけ野郎だな」
「うるせえよ」
「一緒に行く分には、俺は構わないけど。行けるなら行くぞ?」
「ああ、わかった。すぐ用意する」
千葉は自分の荷物を取りに戻り、元々用意できていたのか、それほど待たずにやってきた。
俺と千葉は駐輪場からそれぞれの自転車を引っ張り出し、学校を後にした。
学校から帰るときに千葉と一緒になるのは久しぶりだ。
俺がバイトばっかりしているからって言うのもあるが、家の方向が真反対に位置しているため、学校帰りに遊んで帰るとき意外は一緒に帰ることがそもそも無いからだ。
「時間の余裕あるから大丈夫だ。てか、そもそも時間が決まってない」
「おー、そっか。しかし、叔父さんが俺に用事って何だろな?」
「俺が分かるわけないだろ。お前も働けって言われるかもな」
「えー。金は無いけど、俺は遊んでいたいぞ」
堕落しきってるな、お前……。
「お前GW中どっか行くの?」
千葉に問うと、いくつか思い浮かべたような顔をして
「高校生にもなると親と一緒になんかするってのはあんまり無いけど。妹をアニメのイベントに連れて行かないかん。約束させられた」
「妹、中3だっけ? アニメ好きなのか? 可愛いもんだ。兄ちゃんは大変だな。」
「えー、可愛くねえよ! すぐ俺に甘えてくるし、親にチクるしよ~」
千葉は複雑な顔を浮かべたまま、俺は仕方なしに付き合ってるんだって顔で言う。
「甘えくらいだろ? その歳の子が一緒に行動してもらえるだけ奇跡と思えよ」
「妹は性別女だけど、俺にとっては女じゃねえよ!」
俺はそりゃそうだろと思ったが、あえて口に出すことは止めた。可愛がるだけならいいが、病気的な発言が出ないように祈っておこう。
もし千葉が『俺シスコンで妹マジラブだから』とか言ってたら、マジでどん引きする自信がある。
一人っ子の俺には兄弟姉妹はいつもうらやましく思う。兄さんがいたら、姉さんがいたら、弟や妹がいたらと何度も思ったことがあるからだ。
今の俺みたいにならなかったんじゃないかと考えた事すらある。
現実に目を向けてないだけかも知れないが。
千葉と雑談を交えながら移動しているとあっという間にてんやわん屋についた。やはり一人で黙々と移動するよりも早く感じる。
俺はいつものように、自転車を店の横の邪魔にならない場所に置くと、千葉もそれに習って自転車を置いた。
今日は千葉を連れているので、横の扉から入らずに正面入り口から入った。
「いらっしゃ……あ、明人君。来たわね。さあ! 私の胸に飛び込んでらっしゃい!」
美咲さんはレジカウンターにいつものように座っていた。俺たちを客だと思ったようだが、俺を視認すると両手を広げて言った。
「ちょっ!? あんた! いきなり何言ってんだ?」
千葉が一緒にいるからマジで止めて欲しい。ちらっと千葉を見ると目を丸くして驚いている。そらそうだよな……顔見た途端胸に飛び込んで来いって……いかん、恥しい、顔が熱くなってくる。
「ぬ! これも違うか?」
美咲さんは美咲さんで反省の色を違う方向にぶつけているようだ。
「お前いつもあんな事言われてんの? 死ねばいいのに」
千葉は心底羨ましそうに俺に囁く。
「お前なあ! 俺からかわれてるだけなんだぞ?」
俺は千葉に羨ましがっているがそんなにいいものじゃないと切実に言いたかった。
「な、なあ、木崎あの人誰よ? むちゃくちゃ美人じゃねえか」
「は? お前見たことあるだろ? この人が美咲さんだよ。」
「え? 俺、前来た時こんな人いなかったぞ」
「え? んじゃ、お前誰の事言ってんだ?」
千葉は美咲さんのことを言っていたのでは無かったのか? 美咲さん以外の女性って?
「あれ? 明人君そちらお友達?」
美咲さんは俺と千葉が話をしてると興味があるのように聞いてきた。
「あ、そです。こいつ俺の友達でクラスメイトです。あの言ってたオーナーの甥っ子ですよ。千葉太一です」
「あ、彼が甥っ子さんなんだ。初めまして、藤原美咲です」
客に向けるような飛び切りな笑顔で挨拶する。(わー破壊光線出たー)
「あ、ど、どうも。ち、千葉 た、太一です」
美咲さんの笑顔を直視するとどうなるかは、俺も体験済みなので、おそらく千葉も心臓をやられているに違いない。それにしても、初めまして? 美咲さんも千葉に会うのは初めてのようだ。千葉が言ってる話と辻褄が合う。
「今日は太一君を連れてどうしたの?」
もう名前で呼んでる。おいおい名前で呼ばれたからって感動するな千葉。
今にも踊りだしそうだぞ、お前。いや、俺を見なくていいから、見た? 聞いた? って顔するな、きもい。
「いや千葉が言うには、今日オーナーに店に来いって言われたそうなんですよ」
「あら、そうなんだ。オーナーは3時くらいに一旦出て行ったわよ? また戻ってくるって言ってたけど。ちょっと待ってて貰いましょうか。太一君大丈夫かな?」
「はい!お、お、俺は全然大丈夫です。はい」
名前を呼ばれる度に浮かれている千葉を尻目に
「美咲さん、俺ちょっと着替えてきますね」
「はいはい、待ってるわ。早く来てね。」
いや、余計なこと言わんでいいから、お願いだから千葉の前だけでも止めてください。
俺は更衣室に入り、素早く着替え、ロッカーに荷物を置いて更衣室を後にする。
戻ってみると、千葉と美咲さんが世間話で盛り上がっていた。
「えーそんなに明人君って無愛想なの?」
「無愛想なんてもんじゃないですよ。俺に対する態度改めるように美咲さんから言ってください」
おいこら、お前ら。人がいない間に俺の話で盛り上がってんじゃねえよ。てか千葉、お前も軽々と美咲さんって呼んでんじゃねえ。
「誰が無愛想だ? 誰が? いったい、何の話してるのかな? 君達は? ん?」
千葉をじろりと睨みながら言う。
「え? 私が知らない明人君の学校生活聞いてたのよ」
「余計なこと言ってないだろうな?」
俺は千葉に顔を近づかせ威圧的に聞く。
「木崎がいつも俺に無愛想な態度を取るって言っただけだ」
いつものようにヘラヘラと笑いながら返す
「あれ? 二人ともそう言えば名前で呼び合ってないね? 友達なんでしょ?」
「別に名前じゃなくても……なあ?」
俺が千葉に同意を求めるように視線を送ると、
「俺は名前で呼んだほうがいいと思ってるんですけど、こいつがねー」
裏切りやがった。こいつ絶対美咲さんの前だからって調子に乗ってるな?
「明人君照れ屋さんだからね。私のことも名前で呼ぶの嫌がったもん」
「名前ちゃんと呼んでるじゃないですか! 美咲さんって」
「んじゃ、太一君のことも名前でいいじゃない」
どういう理論なんだ。美咲さんの名前呼んだのだって、名前じゃなきゃ返事しないって、自分が脅かしてきたからだろうに。
「……た、太一がいいなら、それでいいけど」
俺が言った一言に、一瞬二人とも目を丸くしたが、ニヤリと笑って、
「「明人(君)がデレた!」」
いやそこ、ハモらなくていいから、恥しいから止めろ。
「やー、学校とは違う明人が見られてよかったぜ。来て良かったわ」
「私もいつもと違う明人君見れたから良かった。太一君のおかげね。む~しかし、デレるとああなるのか……これは精進せねば」
口々に好きな事言うのはいいが、餌食にされた俺は悔しいじゃないか。
でも、ちょっと俺も千葉から太一って呼び方変わっただけで、より親しくなったようで、なんか気分が少し良い。太一は自然に明人って呼び捨てしてたな。
「あ、明人。俺店の中で待っとくていうの邪魔にならねえか?」
太一がちょっと心配そうに聞いてきた。相変わらず気遣いが早い。
「それは大丈夫だけど。本人的には、いたたまれないわよね」
美咲さんは太一の心情がわかったのか、ちょっと困った様子で言った。
「一応、美咲さんと明人仕事中だからね。邪魔かなって思って」
「太一はそういうところ気がきくよな」
「うるせえよ」
「うふふ、太一君もいい子なのね」
言われた千葉は耳まで真っ赤にしながら黙り込んだ。わかる、わかるぞ太一。美咲さんの無意識な褒め言葉をくらったらそうなるのはわかるぞ。
「大丈夫よ、一人くらい。客がレジに来た時以外は問題ないわ。バイト希望の子が見学してるようなもんだと思えばいいのよ」
「お手伝いできることがあれば手伝います。ここ叔父さんの店だし」
「お客さんの少ない時間帯だから、大丈夫。イスにでも座って待ってて」
太一は、美咲さんに、にっこり言われて顔を赤くして頷いた。
「明人……お前なんて毎日幸せに生きてるんだ? やっぱ爆発しろ」
「いや、これを幸せというなら、お前の幸せ、どんだけ小さいんだよ」
「いやー、バイトって楽しそうだな~。でも叔父さんの店だからな~、遊びたいしな~」
変な葛藤と戦っているのはわかるが、声に出すのは止めてくれ。
ヤレヤレといった顔で美咲さんを見ると、楽しげにしてたので、まあ良いかなという気分になった。
少しばかり、美咲さんと太一の雑談話になったものの、気がつけば話の中心は俺の話題が多く、太一が余計なこと言いかけるのを何度も止める羽目になってしまい、美咲さんはそんな俺らのやり取りをとても楽しそうに見ていた。
話をしていると裏屋に続く扉が開いた。そこから店長とオーナー、そして一人のパンツスーツ姿の女性が入ってきた。
女性の髪は腰元まで届くほど長く、背の高さも店長と並んだ感じから察するに、俺よりわずかに低く、美咲さんよりも高い感じがした。顔つきも目つきが柔らかい美咲さんの綺麗さと違って、目つきが鋭くそれでいて妖艶な雰囲気をもった美人だ。同じ美人でも種類が違うといった感じで驚きだ。
手足も体つきも細く、スタイル抜群で美人しかも、乳がでかい。完全無欠じゃねーか。
「あ、明人。あの人だよ。俺が言ってた綺麗なねえちゃん」
太一が俺にそっと囁いた。そうか、この人の事を言ってたのか。
「はるちゃんがどうしたの?」
その声が聞こえたようで、美咲さんが俺たちに聞いてくる。
「はるちゃん? あの人が、はるなって人なんだ」
話には何度も出ていたが、実物を見てとんでもない生物が、まだ世にいることを思い知った。
「明人君こんちわ。美咲ちゃん、オーナー帰ってきたよ~。おや彼は?」
店長は俺に挨拶をした時に、視界に入った太一を見て顔を傾げた。
「…甥だ」
うは、久しぶりに聞いたけど。オーナーの声やっぱ怖い。
「あ~彼が千葉太一君ですか。明人君連れてきてくれたんだね」
「あ、いえ。本人が俺に言ってついて来たんです」
「あ、こっちも紹介するね。こちら以前ここで働いていた牧島はるなさん」
そう言うと、横に立っていた女性を示した。
「牧島はるなだ。美咲から少し聞いてるよ。よろしく明人君」
何か男みたいな口調だけど、なんて落ち着いた声なんだ。大人って感じがものすごくする。何だろう。美人だということもあるけれど、凄く気後れするというか、緊張するというか、まともに目が見れない。
はるなさんはそんな俺を見て、クスっと笑うと、そっと俺に近づき耳元で、
「緊張しなくてもいいぞ。明人君、後でいい事、教えてあ・げ・よ・う・か?」
いい事って何だろうと思う前から耳どころか、全身が熱くなるのを感じた。
「てええええええい! はるちゃん! 明人君困ってるでしょうが!」
俺に近づいたはるなさんとの間を、割って入ってきたのは意外や意外、美咲さんだった。
「おや? 残念。美咲が明人君のりがいいって言うから試したのに」
試されてたのか。危険すぎるから止めてくれ。毛穴という毛穴が開きそうだったぞ。
「はるちゃんのは大胆すぎるの! 明人君ゆでたこみたいじゃない」
ゆでだこって、俺そんなに赤いの?
「可愛いね。美咲が気に入るのもわかるよ」
「明人君もいやらしいこと考えたんでしょ?」
俺を睨みつけるように寄ってくる。
「ち、違います。あんな綺麗な人に近寄られたら誰だって赤くなりますよ」
はい、いい訳です。はっきり言えます。これはいい訳です。
「何? 私だったらどうなのよ?」
え? 美咲さん何か怒ってらっしゃるのでしょうか? 美咲さん、そんなに近寄らないで下さい。
「え? 美咲さんが同じ事したらですか? 同じだと思いますが……」
「罰です。ハグしなさい」
「ちょっとまてい! なんでハグなんだ!」
「なるほど……こういった反応するわけか。こりゃますます美咲が気に入るわけだ」
ふむふむと納得いったような顔で、はるなさんは俺を見る。
いや、はるなさん、こうなったのあなたのせいでしょ?
何を観察してるんですか?
「え~と。そろそろ本題に入っていいかな~?」
俺達のやり取りを傍観していた店長の一言で、美咲さんたちは我に返ったように落ち着きを取り戻した。助かった。さすが店長、恩にきます。
「すいません。話が全然進みませんね」
はるなさんが申し訳なさそうに言う。
太一も俺たちのやり取りを呆気に取られたのか、呆けながら眺めていたようだ。
「太一君も呼んだ理由のひとつでね。今度やるバーベキューに太一君も招待しようって事になったんだ。他の人の家族も来るから招待するのは太一君だけじゃないんだけどね」
「え? 何で俺招待されるの?」
「君がきっかけで、明人君が俺らの仲間入りしたからね~。オーナーの甥っ子さんだし、明人君も入って間が無いから友達が一緒のほうが気が楽かなと思ってね。」
「はあ」
「いきなり当日に呼ばれても困るだろうって事で、今日は身内が全員揃う日でもあるから、わざわざ来てもらったんだ。顔見せも兼ねてね」
「叔父さん。俺呼んだのって、顔見せの事だったの?」
「……この件だ」
「な、なんだ。それならそうと言ってくれればいいだけなのに。何かあるかと思って構えてたじゃん。」
太一よ。今少し声が上ずってたぞ? 気持ちはわかるがお前の身内だ。
「……別の話もある」
「え? そ、そうなの? 何?」
「……後で裏に来い」
太一……お前何やったんだ? あのセリフって、お前この後コンクリ詰めでもされるのか? だからこっち見るな。俺に助けを求めるな。
『俺、何かやった?』みたいな悲しい瞳をするな。後で骨だけ拾ってやる。
「と、ところで叔父さん。この間の電話と話し方全然違うんだけど?」
え? 太一この話し方聞いた事無いのか。電話だと違うってどういう意味だ。
「……変わらんぞ」
太一はどうやら頭を悩ませてるようだが、俺の知ってるオーナーは今と同じ話し方だから、何がどう違うかわからない。
「……太一ちょっと来い」
そういうとオーナーは踵を返して奥の扉に向かっていった。
太一は悲壮な表情を俺らに向けると、小さく手を振って『行って来る』とだけ呟いた。
オーナーと太一が裏の扉から出て行くと、店長は場の空気を変えようとしたのか、身振りを大きくし話し始めた。
「とりあえず、話進めるね~。バーベキューね、今度の日曜日が他の人の達都合が良いみたいなんだけど。明人君の予定はどうかなと思ってね」
なるほど、俺は他のバイトもしてるから俺次第って事なのか。
「あ、その件でしたら、日曜でも大丈夫です。俺バイトは、もうここだけにしようかなって考えてて」
店長と美咲さんは少し驚いたような顔をして
「明人君はそれでいいのかい? 俺は、明人君が来てくれると助かるけどね」
店長は薄ら笑いを浮かべながら聞いてきた。
「元々、俺は毎日でもバイトできれば良くて、日数稼げないから掛け持ちでやってただけだから、この事を店長に相談しようか迷ってたところだったんです」
美咲さんを見ると嬉しそうにしていて、歓迎されていると思うと俺も少し嬉しい。
「でも、俺まだ辞めてないからですね。世話になった人もいるんで、けじめは着けてきます」
「そうか。明人君がここに毎日来たいなら来ればいいけど。俺としては太一君とかね。彼ら友達との時間も取ってもらいたいと思ってるよ。そういう時は相談すればいいから」
店長は俺を諭すように優しく語り掛けてくる。
「はい、ありがとうございます。他のバイトは連絡が前日に来ることになってるんで、明日ちょっと時間貰って全部周って辞める事言ってきます。その後こっち来ていいですか?」
「ああ、いいよ~。明人君の用事が終わったら来たらいい。んじゃ、日曜日はバーベキュー決定って事で。時間は店を夕方に閉めてからやるってことにさせてもらおう。美咲ちゃんもその方がいいでしょ? 」
店長は美咲さんを見ながら、話を振ったが、美咲さんは何も言わず頷くだけだった。
「おやおや、店長は相変わらず誰にでも優しいね。変わってなくて何よりだ」
はるなさんが昔を懐かしむように言った。
「そんなこと無いよ~。俺もまだまだ修行中の身だからね」
店長は深い笑みを浮かべながら、いつもと同じ抑揚の無い声でそう答えた。
「んじゃ、俺はオーナーに話してくる。太一君もあの様子じゃ緊張してるかもしれないから助け舟出してあげないとね。はるな君もゆっくりしていきな~」
店長は片手を挙げて、みんなに手を振ると裏の扉から出て行った。
「俺、最初店長の事誤解してたけど、いい店長ですよね」
「ああ、店長格好がだらしないからね。口調もああだし、動きも緩慢だから誤解は受けやすいだろうね」
はるなさんの言う店長の印象は、俺が初めて店長を見たときの印象をそのまま言い当てていた。
「もしかして店長って、ずっとあんな感じだったんですか?」
「私の知る範囲では、変わらないね」
自分の過去を見ているのか、はるなさんは少し遠くを見ているように見えた。
さっきから美咲さんが無口なのが気になる。いつもなら俺の発言に絡んできても良さそうなのに、そこにいる美咲さんは何だか目が虚ろになっているようにも見えた。
「美咲さん? どうかしたんですか?」
「え、何にも無いよ? バーベキュー楽しみだなって思ってただけだよ」
声をかけると、何かを誤魔化したような気がしたが、深く追求するのも気が引け、そのまま流す事にした。
「美咲は食いしん坊だから、当日、目を離すとお肉無くなるぞ」
「ちょっと! はるちゃん。私そこまで食いしん坊じゃない」
「いや美咲さんもはるなさんも、スタイル良いからそんなに食べないような気が」
「あら? 私これでも着やせするタイプなのよ? は! 明人君もしかしてデブ専?」
「いや! それ絶対違うから!」
何故、俺の会話から、その方向性を打ち出せる。
「おやおや、明人君はお世辞上手だね。私の太っているここ見てみるかい?」
はるなさんはそう言うと、自分の豊か過ぎる胸を指しながら言った。
「ちょちょちょ、どこ指して言ってるんですか! そこ胸じゃないですか」
指されたはるなさんの胸を見て、心臓を中心に体全体が熱くなっていく。顔から火でも出たんじゃないかと思うくらい顔が熱い。
「はるちゃんが言ったらエロいから駄目! 私よりおっぱい大きいからって自慢しないでよ」
美咲さん頼むからおっぱいって単語は言うな。その単語は初心な青少年には聞くだけで余計に恥しい。
美咲さんの申し立てに、はるなさんは悪びれることなく、
「育っちゃったものは仕方ないだろう。男に揉まれたからか?」
はるなさんは自分の豊満な胸に手を当て、もにゅもにゅと揉んだ。揉まれた胸は、沈み込む指を見るからに柔らかそうなのと同時に弾力性がある事を示していた
うん。そろそろ限界です。鼻血出そうな位興奮してます。目線が胸に釘付けです。
「もー! はるちゃん! 明人君には刺激が強い! 明人君もどこ見てんの!?」
「おや? すまない。明人君わざとだわざと」
はるなさんはニヤリと笑うと悪びれもせず言った。
「か、勘弁してください」
ただでさえ、美咲さんの暴走で精神的に疲れるのに、はるなさんのは精神的にも肉体的にもダメージが蓄積する。恋愛経験すらまともにない俺には刺激が強すぎる。今夜は眠れない夜になりそうで心配だ。
「はは、美咲も明人君もからかい甲斐があって楽しいね」
俺は美咲さんが難儀な性格をしているのは、この人の影響を受けたと確信した。この人と一緒に暮らしてたら突然キャラチェンジする暴走位可愛いような気がする。
前にこの美咲さんと暮らしているなんて凄いなと尊敬の念を覚えたが、それは間違いだったようだ。
「うん。でも明人君を見て安心した。美咲が気に入ったのもわかるよ」
はるなさんは笑いながら、美咲さんの頭を撫でそう言った。撫でられてる美咲さんは気持ち良さげな顔をしている。
「ところで明人君、君童貞だろ。いつでも来なさい、相手するよ?」
俺への攻撃はまだ終わってなかった!?
「はるちゃあああああああああああああん!」
美咲さんはさっきまで撫でられて大人しくなってたのに火がついたように怒って言った。
「冗談に決まっているだろう。美咲も真剣に取るな」
美咲さんの怒りを静めようと肩をポンポンと叩きながら、平然と何事も無かったかのように笑って言うはるなさん。
はるなさん……あなた俺を苛めに来てるでしょう?
もう何か、はるなさんを見る自分の目が恥ずかしくて耐えられなくなってきて、ああ、生まれて来てごめんなさい。
はるなさんは俺らを見て『フッ』と軽く笑うと嬉しそうに
「今度から、ここにオーナーが来る時は、一緒に来る事になったから」
それを聞いた美咲さんは嬉しそうに飛び上がってはるなさんに抱きついた。
「やった! はるちゃん、ここにまた来てくれるんだ」
やれやれといった顔で、はるなさんは美咲さんを抱きとめ
「オーナーと一緒だから、長い時間じゃないけど来れるよ」
美咲さんの頭を撫でながら、優しく笑って言った。
この二人の間には、一緒に暮らしている事だけでなく、何か固い絆があるような気がした。美咲さんは高校の頃からの旧知の間柄と言っていたが、それだけでは説明できない事がこの二人から感じ取れる。でも、今はそれを聞く時期じゃないような気がして俺は聞けずにいた。
美咲さんがはるなさんから身を離すと、はるなさんはてんやわん屋での昔話をしてくれた。今年の3月まで約3年間ここで働いていた事。その間にいた何人かのアルバイトの人達との話や店長や高槻さんに非常に世話になった事を掻い摘んで話してくれた。
今度の日曜日にやるバーベキューに参加できる事は、懐かしさもあってとても嬉しいようだ。
「まだ、私をここの一員で置いてくれているようで私は嬉しいよ」
はるなさんはしんみりと俺達に微笑みかけた。
「はるちゃんは、私にとって家族と一緒なんだし、ここに来たって問題ないよ。オーナーと一緒に仕事してるんだから、ここの一員だよ」
美咲さんは自分をよそ者のように言うはるなさんに、ムッとした顔をしながら言うと、
「ははは、美咲が家族だから余計に気を使いそうだよ」
からかうように笑って言ったが、その目は美咲さんに感謝しているように見えた。
「さて、ところで明人君。美咲との進展はどうかな?」
俺をちらりと見ながら、はるなさんは真顔で聞いてきた。
「はい?」
言ってる意味がわからない。美咲さんも目が点になってるようだ。
「若い男女がこうも同じ時間を過ごしているんだ。お互い気になってるんじゃないか? 私は心配してるんだよ。美咲は顔は良いのに男の影が全然見えなくて、大学でもおとなしいらしいし、そんな時に明人君の話を美咲の口から耳にしてね。私は期待してるんだよ」
はるなさんは本当に、美咲さんの事を心配しているような顔で言っているが、俺は美咲さんを恋愛対象としてみた事も無いし、想像ですら考えたことも無いから、どうしていいか分からない。
「はるちゃん! 明人君はただの一緒のバイトの子だよ? まだ高校生だよ?」
美咲さんも我に返ったのか、慌てて赤面しつつも異を唱えていた。
「いやいや、歳の差なんて関係ないよ。要はお互いの気持ちだ。それに一昨年まで美咲だって高校生だ。美咲は大学生なのに、私から見たら成長してるように見えないぞ?」
美咲さんの物言いなどまるで戯言を返すように言う。
「あの、俺そういう風に考えたこと無いんですけど。そ、そりゃ美咲さんは綺麗だと思いますけど」
俺の申し立てに何故か美咲さんが睨んできたので、ついお世辞が口に出た。
「ふむ。そうか、まだそういう気持ちは無いのか。美咲もそんな感じだな。私の思い違いにしておこう。それは残念でもあるが、私にとってはチャンスか」
言いながら顎に手をやると俺の全身を値踏みするかのようにじっと見つめてきた。はるなさんは何を伝えようとしているのか、俺には理解できない。
「私は年齢なぞ気にしないぞ? 自分で言うのも何だが体は良い感じに仕上がっている。私なんてどうだ? 今は男もいないしな。」
そう言いつつ真剣な表情のまま、自らを指差した。
すいません。全く考えがまとまりません。
俺は今何を言われてるんでしょうか?
俺、はるなさんに口説かれているのか? こんな美人に誘われているのか?
「ほ、ほへえええええええええええええ?」
俺は自分でも驚くほど素っ頓狂な声があげていた。
美咲さんはまるで蝋人形のように俺を見つめたまま硬直している。
俺がなんと答えるか見定めようかとしているようにも見える。
俺がどう答えていいかわからずにしていると、
「ははは、冗談だ。二人とも本当にからかい甲斐があるな」
はるなさんはおどけて言い、俺と美咲さんは全身の力が抜けた様にカウンターに突っ伏した。
俺達は、はるなさんの手の平で遊ばれていただけのようだ。
本気と冗談の境目が全くわからないから対応できる気がしない。
「まあ君達が仲良くやっていける事に期待しているのは事実だ。これからも美咲をよろしく頼むよ。帰り道のナイトさん」
そう言ってはるなさんは軽くウインクする。
俺たちがはるなさんに遊ばれていると、太一がオーナーと一緒に戻ってきた。
表情を見るからに、叱責や文句を言われたような感じは見えず、どちらかというと楽しい事を見つけたように戻ってきた。
太一は俺達を見やると、
「話終わったから俺そろそろ帰るわ。美咲さん、俺、日曜日楽しみにしてますね。今日はありがとうございました」
そう言って美咲さんに頭を下げた後、店の入り口から出て行ってしまった。
「やけにあっけらかんとしてたな太一。何の話したんだろ?」
「そうね。怒られた様子じゃないわね。あの感じだと」
俺と美咲さんが頭を傾げながら太一が出ていった入り口を見ていると、自転車に乗った太一が外から手を振ってきたので、手を振り返した。
「……そろそろ出るぞ」
相変わらずの迫力のあるオーナーの声に、「はい、わかりました」と短く応答するはるなさん。
はるなさんは俺達に軽く手を振ると、そのままオーナーについて、裏の扉から出て行った。
「「はあ」」
どちらからともなく、大きなため息が漏れる。
「何か今日は濃いわ。濃すぎるわ」
美咲さんが珍しくげんなりした顔で呟く。
いつもの美咲さんに加えて、太一と強力キャラのはるなさんまで、巨大な嵐のごとく俺を乱していき、非常に疲れた1日に感じた。
でも嫌な気はしなかったのは、一緒に過ごした楽しい時間だったからだ。
「……本当にはるちゃんたら、適当な事ばっかり言うんだから」
ぶつぶつと、はるなさんの文句を言っている。
「美咲さんの事、大事にしてるのは分かりましたよ?」
美咲さんは少し恥ずかしそうに、
「うん。大事にしてくれてる。はるちゃんいなかったら、今の私と違うと思うもん」
そう言う美咲さんを俺は微笑ましくも、また羨ましくも思った。
今は美咲さんにも疲労の色が見える、いつものように俺を慌てさせるような暴走を起こす事も無く、静かに緩やかに時間は過ぎていく。
客足も相変わらず乏しいものだったが、来店した客のそれぞれが商品を購入していったので、俺がここで働いてからの売り上げでは、一番多い日になった。
店終いの時間も近付き、俺達は分担して片付けを始める。
俺が入り口付近の片付けをしていると、レジ脇に置いてある表屋と裏屋の連絡用インターフォンの呼出音が鳴った。
レジ周りの掃除をしていた美咲さんが「私が出るね」と言って受話器を取ると、何かの用を言いつけられているのか、何度か頷いてから「わかりました」と受話器を置いた。
「店長よ。今日は用事でこっちに来れないから、レジの清算終わらせて上がってくれだって。ちょっと私レジの清算するね」
そう言いレジに入ると締め作業に移る。
俺が店の中の掃除を終え、表に出してあった看板を片付けた所で、美咲さんの所に行くと、レジの集計もちょうど終わっていた。
いつもレジ下に入れてある黒い手提げ鞄に、プリントアウトされた用紙とレジの中の残金をすべて入れると、「金庫に放り込んでくる」と言って、裏の扉から出て行く。
美咲さんが行っている間に、帰り支度でも進めようかと、更衣室の扉に手をかけた時、美咲さんが戻ってきた。
「早いですね? さっき行ったばかりじゃないですか」
「入れて閉めたら、鍵が掛かるタイプだからすぐよ。そのうち明人君も頼まれると思うよ」
「え? 金銭関係を高校生の俺がやっていいんですか?」
「店長がいない時は、殆ど無いから大丈夫だけど、今日みたいな時もあるからね」
「はあ、何か怖いな。でも店内に金庫って泥棒とか心配ないんですか?」
「セキュリティの会社と契約してるみたいだし、保険にも入ってるようだから大丈夫じゃないかな?」
「てんやわん屋って、そういうのはしてるんですね」
「オーナーの本業はどっかの社長だからね。会社運営の一環じゃないかな?」
俺達は帰り支度を済ませると、店内の内側すべての施錠確認をし、電気を消す。
電気の消えた店内は今までとは異質な空間をかもし出し、飾られたオブジェがその雰囲気を余計に引き立たせていた。
俺達は従業員用の扉から出て三日月のキーホルダーが付いた鍵で施錠した。
自転車に荷物を放り込み、自転車を押しながら美咲さんのもとへと向かう。
「美咲さん行きましょうか。」
「うん。ありがと。いつもごめんね」
美咲さんはまだ慣れないのか申し訳なさそうに言う。
「そういうの止めにしましょう。俺の通り道でもあるんだから」
「う、うん。そう言って貰えると嬉しいかな」
俺の言葉をそのまま受け止めたのか、美咲さんは振り返り帰路へと足を進めた。
「今日は何かいっぱいあった感じがするね」
今日の出来事を振り返るように、美咲さんはしみじみと言う。
「そうですね。俺もそう思いますが、この店に来てから俺は毎日そんな感じですよ」
俺がそう返すと、美咲さんは「何で?」って顔で俺を見ている。
「美咲さん毎日暴走するから俺大変なんすよ?」
「えええ!? もしかして嫌?」
「いや、そりゃたまに勘弁して欲しいときあるけど、基本楽しいですから」
「うう、ちょっと控えめにする」
「いやいや、それはいいですよ。本当に楽しいから。美咲さんには救われてるし……」
「私何にもしてないと思うけど?」
美咲さんは俺が何を言いたいのか良くわからないようだった。
「気にしないで下さい。ありのままの美咲さんでいいって事ですよ」
「……ありのままの私か」
そう言うと、少し目線を下げて何かを考え始めていた
「美咲さん?」
「え? あ、何でも無いよ。 何でも無い」
この人はたまに俺を誤魔化すことがあるが、深入りしていいものか、俺にはまだその勇気が足りない。
しばらく無言のまま足を進めていた俺達だったが、沈黙を嫌ったのか思い出したかのように美咲さんは笑って言った。
「ふふ、今日の明人君、慌て方半端なかったね。はるちゃんが調子に乗りすぎだけど」
「あれは男なら誰だってなりますよ。俺女の子と付き合った事無いから、免疫ないし」
「あ、そうなんだ。中学のときも無かったんだ?」
「中学の時は仲のいいグループで遊ぶのはありましたけど、特定の子はいません
でした。高校入ってからはバイト三昧でそんな余裕もありませんでしたし」
「あら? 恋愛には全く興味ないの?」
「え……き、興味はあります。でも今の環境考えると彼女作るのは難しいと思います」
「そっか。明人君も複雑なんだね。よし私の胸を貸してやろう! 揉むのは駄目よ?」
「いやいや、そんな、え? 揉む? いやいやいや! 揉みません!」
俺の慌てる姿を見ると、美咲さんはいたずらっ子みたいに「ふふふ」と笑った。
美咲さんに少し元気がなくなっていたように見えてたから、俺は安心した。
歩みを進めているうちに美咲さんのハイツが見えてくる。
「あ、はるちゃん帰ってるんだ」
美咲さんの目線を追うと、今日は部屋の明かりが点いていて、美咲さんの言うように、先にはるなさんが帰ってきているようだ。
「明人君ありがと。んじゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい。美咲さん、明日は少し遅れますんで」
美咲さんは「うん、わかった」と言って階段を昇っていった。
扉の開く音がして、美咲さんの「ただいま」と声が耳に届き、扉の閉じる音が聞こえた。
少しだけ待って窓を見上げると、窓辺には美咲さんとはるなさんが立っていて、二人は俺に小さく手を振ると俺も応えて手を振った。
視線を落として自転車を押しながら帰路へと足を向ける。
今日は恥しい事や慌てた事が多かった日だけど、それでも楽しかった。
美咲さんを家まで送る間の時間は、俺に一人で考え込む時間に猶予を与えてくれているようで、美咲さんに救われていると思うのは、それがあるからだ。
電柱の電灯に照らされて後方に伸びる俺の影は、一人になって寂しくなった俺を癒そうとしているのか、それとも、あざ笑おうとしてるのか、後方にいた影が真下に映り、その影はやがて大きく前方に伸びて、電灯の届かない範囲になると、また俺を一人にさせた。
この時間はいつまでたっても好きになれない。
美咲さんは家に入る時に「ただいま」と言っていたが、きっとはるなさんも「お帰り」と彼女を温かく迎えただろう。
たったそれだけの事が、俺には羨ましかった。
木曜日
昨日の出来事は、俺には刺激的だったようで、悶々としてなかなか寝付けず、気が付けばアラームの鳴る音で自分が寝落ちしたと気付いたが、睡眠不足のせいか体がだるい。
洗面所で洗顔をすませると、キッチンに向かい昨日の夜に作って置いておいた、肉の少し入った野菜炒めとインスタントの味噌汁で朝食をすませた。
広いテーブルに一人でぽつんと食べる朝食は、味気も何も無いが、1日のリズムを作るためには、できるだけ欠かさないようにしている。
いつか一人で暮らすときに、この事が役に立つことがあるだろう。
学校に行く支度を済ませ、俺は荷物を手に玄関に向かう。
玄関から一歩外に踏み出した時、俺に覆いかぶさっている陰鬱な空気が、ひとつ取れたような気がする。
自転車のかごに荷物を入れ、学校目指してゆっくりと漕いで行く。
学校に近付くにつれて、ひとつ、またひとつと、俺の体から陰鬱なモノが剥がれていく感じがした。
学校に入ると、今まで俺を覆っていたものは、殆ど感じなくなっていた。
自転車を駐輪場に置いて、下駄箱で靴を履き替える。
下駄箱の周辺では、仲の良い友達同士が、朝の挨拶や昨日見たテレビの話をして、小さな社交場と化していた。
二階の教室に足を踏み入れると、気付いた太一が挨拶をしてくる。
「明人、おはよーさん。昨日は邪魔したな」
朝からヘラヘラとしているが、太一らしくてなんか落ち着く。
「おはよう。別に気にするな」
俺が挨拶を返すと、太一は美咲さん達を思い出したのか、
「あれから美人二人と一緒だったなんて、明人が羨ましいぜ」
「確かに美人だけど。羨ましい事なんて何も無いぞ?」
「だって同じ空気吸って、あのナイスバディ間近で見れるんだぞ? 」
一緒にいると同じ扱いされそうだからちょっと離れたくなってきた。
「帰る前に会ったアリカちゃんも可愛かったしな~」
「あれ? お前あいつと会ったの?」
太一の口からアリカの名前が出たので、少し驚いて聞いた。
「あ、言わなかったっけ? 俺がつれいていかれた後さ、叔父さんと店長が話してるときに店長を呼びに来たんだよ」
そういえば、店長が昨日は全員揃っているとか言ってたな……。
「あのちっこさにツインテールなんて、俺ロリコンでもいいやって思ったぞ」
誰か来てくれ。ここに将来を棒に振りそうな犯罪予備軍がいる。
「なんか噛み付かれなかったか?」
「は? なんであの子が噛み付くんだよ?」
太一は俺の言ってることを飲み込めない様子だ。
「俺あいつに、初対面のときに散々文句言われたんだよ」
散々馬鹿にされた事を思い出すと、少しムカついた。
「お前がつまんないこと言ったんじゃねーの?」
太一は目を細めて疑いの目を俺に向けてくる。俺は外見の事、アリカに悪気があって言った訳じゃない。他の事は何であいつが怒ったのか、俺にも分からない。
「言ってねえよ。あいつが勘違いしたのもあるんだよ。それに、お前も美咲さんも、あいつの事可愛いとか言ってるけど、あいつ可愛いか?」
「無茶苦茶可愛いじゃねーか。お前美咲さん見てるから、目が肥えすぎなんだよ」
太一よ、それは違うだろう。毎日美咲さんを見てると、可愛い女の子は気にしなくなるものなのか?
太一による『アリカのここが可愛い』を俺は嫌々聞かされ、途中『はるなさんのここがエロイ』に話が変わり、太一は悦に入ったのか、チャイムが鳴っても話続け、担任が教室に入ってきて、ようやく口が止まった。
「はいはい、しゃべくってないで自分の席に座る。さっさとホームルームやるよ」
担任に席に着くように言われて、太一は慌てて席に座り、俺は太一から開放されて面倒くさそうに席に座る。
普段と変わらぬ学校の始まりに、何故か少しほっとした。
学校の一日はいつも早く終わるように感じる、休み時間や昼休みは太一達と話していることが多いので時間が経つのは早い。
睡眠不足のだるさや春の陽気に誘われて眠気を覚えることは時折あっても、勉強自体元々嫌いじゃない俺には、授業は苦痛でも無い。
この事を太一に言うと、授業とか勉強が好きな奴は頭のどこかがおかしいと、真面目な顔で言っていたが、周りの奴から『お前は勉強嫌いだもんな』と笑われていた。
帰りのホームルーム中、辞めるバイト先をどうやって回ろうかと順番を考えていた。
ファミレスがてんやわん屋に一番近いから最後に回るとして、本屋と皿洗いをやってた居酒屋は、お互いの店の距離は近いが、学校を中心に考えるとファミレスとは真反対に位置している。
四月になってから、一度もお呼びがかかっていないし、挨拶も短時間で済みそうなので、先に回ったほうが良さげだ。
本屋から居酒屋へ行って、卸会社を回り、最後にファミレスの順番が手短で済むかもしれない。
帰りのホームルームも終わり、帰る前に太一に声をかけておこうと思ったら、珍しく太一がクラスの女子達に何やら話しかけられていた。
あいつにとって至福の時だろうから邪魔しては悪いと思い、教室から出るときに「じゃあな太一」とだけ声をかけ、太一が返事代わりに手を挙げたのを見て、教室を後にした。
学校から出た俺は自転車を漕いで清和駅を目指していた。
清和駅周辺は繁華街にもなっていて、清和市では賑やかさを誇っている。
俺のバイトしていた本屋と居酒屋は、その繁華街の一角に位置していた。
目的地周辺に着き、本屋と皿洗いをしている居酒屋に辞める事を伝えると、両方ともあっさり了承され、少しくらい何か言われるかと思っていたので拍子抜けした。
来た時よりも人の増えた繁華街の主要道路は避けて、極力人の少ない路地を選んで次の目的地に向かう。
その選択は正しかったようで、混雑の影響も受けずに二十分ほどで卸会社に辿り着いた。
倉庫の奥にある事務所に行くと、田崎さんがデスクワークをしていた。
事務所に入ってきた俺に気付き、田崎さんは声をかけてくる。
「あれ? きっざき君、今日バイトの連絡してないよね?」
「あ、バイトで来たんじゃないんです。俺、長期のバイトが決まったんで、ここを辞めようと思ってきたんです」
「ええ! 辞めちゃうの? それはちょっとあれだな。でも無理は言えないよね」
少しだけ残念そうな顔をして、田崎さんは言った。
「田崎さんには本当にお世話になりました。これからも頑張って下さい」
俺が挨拶すると、田崎さんは頷き、少しだけ田崎さんと新しいバイト先の話をした。
話が一通り終わった後、他の人にも一通り挨拶し会社を出て行こうとした時、
「今までありがとう。君も新しい所で頑張るんだよ。何かあったら話くらい聞くからね」
田崎さんは会社の前まで見送りに来て、最後の最後まで優しく俺を送り出してくれた。
この会社のバイトで、田崎さんと組めた事は良かったと心から思った。
卸会社で少し長居をしてしまったので、俺は自転車の漕ぐ速度を速めていた。
自転車を漕ぎ進めていると、自転車を押している制服姿の女の子がいた。
その制服姿で、俺と同じ学校の子だとわかる。自転車に乗らず押して帰るなんて、俺と同じで何かあるのかなと少し気になった。
追い抜きざまに、その子の押している自転車のチェーンがだらりと垂れ下がっているのが見えた。
チェーンが外れてしまったから押して帰っているのか。
俺と同じ境遇なんて、そういるはずも無いのに、無意識とはいえ同類を求めたことを恥じた。
小さな罪の意識からか、俺は自転車を止めて彼女に声をかけた。
「同じ高校の子だよね。自転車のチェーン外れてるけど、良かったら見てみようか?」
「え、あ、いいです。自転車屋さんまで押してくから、いいです」
声をかけられた彼女は、驚き慌てて、首をぶんぶんと振りながら言った。
遠慮する彼女の背丈は美咲さんと比べると少し低い位で、高くも無いが低すぎでもなく、それでも何故か彼女を見ると、小動物や愛玩動物を思い起こさせる。
顔をよく見ると、白い肌に頬がほんのりと赤く、まだ幼さの残った可愛い顔立ちをしていて、『これが可愛いって子の姿』だと、太一に見せてやりたくなった。
目尻は少し下がり目だが、それがまた彼女の可愛さを引き出しているようで印象的だ。
美咲さんと同じくらいの長さの髪は、サイドテールで束ねてられていて、白いシュシュがよく似合っていて可愛さを引き立てている。
この幼さの残る顔の割には、はるなさんに匹敵する位の大きい胸をしていて、そのギャップに目を見張るものがあった。
着用している制服が真新しい感じなので、彼女は入学してきたばっかりの一年生だろう。
目線を彼女の顔に戻し彼女に言う。
「遠慮するな。それに、この近くに自転車屋なんか無いぞ?」
「え? そ、そうなんですか?」
少しぶっきらぼうな言い方をしてしまったが、彼女は気にした様子もなく答える。
「チェーンが外れただけだろ? それなら大丈夫だ」
そう言って俺は、彼女の自転車のスタンドを立てると、しゃがみこんで彼女の自転車の状態を調べ始めた。横に立つ彼女は、期待と遠慮が同居しているような複雑な顔で、その様子を眺めていた。
彼女の自転車は変速付きで、ハンドルの所を回すと変速するタイプだった。彼女が言うには変速させた時、突然チェーンが外れてしまったらしい。
俺は何度かギヤに外れたチェーンを咬ませながら、ペダルを回しながら色々試してみると、チェーンがギヤにするっとはまり、ギヤとチェーンがスムーズに回転し始めた。
それを俺の横で見ていた彼女は小さく「あ」と小さく呟いた。
念のためペダルを回して変速させてみたが、変速してもチェーンは外れることが無く、どうやら上手く直ったようだった。
「これで大丈夫だろ。外れることは無いと思うけど、後でちゃんと見てもらったほうがいいね」
「ありがとうございました。助かりました」
「大した事じゃないよ。んじゃ」
ファミレスに挨拶に行く途中だったので、足早に立ち去ろうとした。
「あ、あの……」
彼女が何かを言おうとして、よく聞き取れなかったが、気にせず道を先に進めた。
少し時間を使ってしまったが、最初の予定より十分程度の遅れですんだ。
ファミレスにたどり着いたが、混雑しておらず俺としては助かった。
余り時間をかけたくないので、店内に入り、店長の中村さんに声を掛けた。
突然の来訪に中村さんは怪訝そうな顔で俺を見つめている。
中村さんに単刀直入に辞めることを伝えると、中村さんは少し驚いて、残念そうな顔をしたが、考えがあったみたいで言いにくそうに口を開いた。
「辞める事は分かったわ。木崎君にも事情があるでしょうから、しょうがないわね。でも今度の土曜日を最後にお願いできないかな? そこ木崎君抜けると穴埋めが出来ないからきついのよ。勝手な言い分だけど、土曜日で最後にして欲しいの」
こちらからも急に辞めると言い出したので、無下に断るのも悪いと思い承諾した。
「ありがとう木崎君。最後の最後までごめんね」
「いえ、ここは長い事お世話にもなってたんで、最後のご奉仕って事でちゃんとやります。最後だからって手抜きはしませんよ」
店長の申し訳なさそうな態度に、俺は笑って答える。
「では土曜日で最後ということで、今日は今からバイトなんで失礼します」
俺はそう言って足早に店を後にした。
てんやわん屋に着くと、いつもの邪魔にならない場所に自転車を止め、鞄から三日月のキーホルダーを出して、従業員用の扉を開けて中に入った。
「あ、明人君来たねー」
レジの椅子に座っていた美咲さんが立ち上がり、俺に向かって手を振りながら言う。
「こんちわー、予定より遅くなりました。すぐ入りますね」
俺が言うと、美咲さんは「はいはーい」と笑顔で言った。
更衣室で手早く着替えて荷物をロッカーにしまいレジに向かった。
「お待たせしました。挨拶済ませてきましたよ」
「もうちょっと遅いかと思ってたよ」
思っていたよりも早く来たからか、ご機嫌そうな顔で言う。
「バイトに遅く入るの嫌だったんで、少し急ぎましたから」
「む! それは私に会いたかったからだね?」
このパターンで慌てると美咲さんの暴走に巻き込まれる。冷静に対処しよう。
いつまでもその手に引っ掛かる俺ではない。
「それはないですけどね?」
「明人君は正直じゃないね」
俺の冷静な対応にあてが外れたのか、少しむくれたような口ぶりで言う。
「意味わからんです」
美咲さんの流れに持っていかれないよう慎重に言うと、美咲さんはエプロンのポケットから、何かを取り出し俺に渡してきた。
「これあげる。明人君が来るまでやってたの」
手渡された物は梱包などに使われるビニールの緩衝材だった。俺はこれをプチプチと呼んでいる。
十センチ位の正方形のプチプチは、感触が『ぷにぷに』として気持ちいい。
空気玉の部分を押してビニールを破くと『プチ』と鳴って暇潰しにもってこいなのだが、これはある意味、究極に暇な時にやる行為だろう。
渡されたプチプチは丁寧に端っこから順番に潰してあって、半分まで到達している。
「こんな物こうしてやる!」
俺は手渡されたプチプチを雑巾のように絞ると、プチプチから『プチプチブチブチ!』と一斉に弾ける音がした。
「ああああああああ!? 私の成果が一瞬で!」
美咲さんはムンクの叫びのように頬に手を当て、俺が最後にギュッと一絞りすると、小さく『ビチ』とあまりいい音じゃない音がして、プチプチは沈黙した。
美咲さんは肩を落とし、俺の手に握られたプチプチを名残惜しそうに見つめていた。
「うう、明人君にいじめられた……あら何この感覚? 少し快感?」
おい、変な方向に目覚め始めるな。
なに体を震わせて恍惚そうな表情を浮かべて言ってるんだ。
そっちに行っては行けない、引き返せ。
「待て! 美咲さん。それ目覚めかけてるだろ!」
俺の一声で正気に戻ったのか、はっとした表情を浮かべると俺を睨んできた。
「は! 危ない。明人君の罠に引っ掛かるところだった」
「いや、俺罠なんて仕掛けてませんけど? 勝手に俺のせいにしないで下さい」
「明人君がいじめるから目覚めかけたんじゃない! どうしてくれるのよ!」
今度は逆切れですか? 自分で目覚めかけたって言わないで欲しい。
「なに逆切れしてんすか!? そもそもプチプチを潰してるからでしょう!」
「そこにプチプチがあるからよ!」
おいちょっと待て。そのセリフは登山家とかが使ってる有名な奴のパクリだ。
プチプチなんぞに使うセリフじゃないぞ。
「暇だからって何もプチプチで時間潰さなくても……」
冷ややかな目で美咲さんを見つめながら言うと、
「……やりだすと、つい」
美咲さんも言ってることの馬鹿さ加減に気が付いたのか、しゅんとして言った。
退屈だからといって、店員がプチプチで時間を潰す……自由すぎるだろ。
店長も最初に会った時は、ここで雑誌を読んでいたが、店長からして自由すぎる。
確かに来客が少ない店に一人でいると、実際やる事がなく時間を持て余してしまう。
俺は働き始めたばかりで緊張感もあるし、美咲さんと一緒に過ごしているからか、時間が短く感じられていたが、慣れて一人になった時はきっと退屈するだろうなと思う。
「確かに一人だと退屈ですよね。掃除とか棚の整理も限りがあるし」
「そうなのよね。私はお客さんがいない時レポートとかやってるわ」
「え? やってて怒られないんですか?」
それは羨ましい。いや、けしからん。
「全然、はるちゃんがここで働いてた頃から推奨されてるわ。店番してる時、やる事なくて暇だったら自分の勉強とかしなさいって、オーナーに言われたんだって」
「ええ!? オーナーがそんな事言ったんですか?」
経営者がそんなこと言うなんて、オーナーは外見どおりの悪魔か?
店員を堕落させる気か?
「私もここで勤め始めた時、びっくりしたんだけど。はるちゃんが目の前で課題とかやってて、店長に課題の相談したりもしてたよ。答えてる店長にも驚いたけど」
「店長も公認ですか。……これで給料貰っていいんですかね?」
「オーナーが良いって言ってるからいいんじゃない? 明人君も学校の課題とかあったらやっててもいいよ。お客さんが入って来るのだけは気にしといてね」
今まで寝る前に学校の課題をやっていて、寝る時間が遅くなる事も度々だから、家で課題をやらなくていいなら、俺は非常に助かる。気乗りはしないが……。
「よっぽど暇だったらですけどね」
「それって毎日じゃ?」
それを言ったらお終いだろう。ここは話題を変えてやろう。
「あ、そうだ。ファミレスのバイト土曜日で最後になったんですよ。だから土曜日はこっちに来れないです」
「えー、そうなんだ。まあ急な話だから向こうも困ったでしょうしね」
仕方ないかといった顔で答える美咲さん。
「ええ、実際俺のわがままですから、それくらいはしないと罰当たります」
「そっか~。土曜日明人君来ないのか。……退屈だな」
うんざりとした表情を浮かべながら言う。
「店長は土曜日いるんですか? この間は休み取ってたみたいですけど」
「今度の土曜日はいるわ。連休で休み取るから、それまで取らないみたい」
店長は全然休んでいないみたいだが、家族の人とか困らないのだろうか。
「この間家族サービスって言ってたけど。ご家族大丈夫何ですか?」
「あー、明人君聞いてないんだね。あんまり店長と一緒にいないから、しょうがないか。店長はずっと前から別居中なの。理由は私も聞いてないけど」
あの優しい店長が別居してるなんて正直驚きだ。
てっきり幸せな家庭を築いていると思っていたが、やはり家族や夫婦の関係は、はたから見ても分からないものなのか。
「店長も色々あるんですね……」
「でも仲いい感じなのよね。あの夫婦」
「へ? 別居してるのに? てか、会った事あるんですか?」
美咲さんの話に脳がついていかない。別居なのに仲がいい?
「うん。前にもバーベキューやった事あるんだけど。奥さんと娘さん来たのよ。仲睦まじい感じで、別居じゃなくて実は単身赴任じゃないかと思ったくらいだもん」
別居してるのに仲が睦まじいなんて意味が分からない。
「何で別居してるんですか?」
「理由は聞かなかったの。さすがに聞きづらくて」
なにか別居になるほどの理由が出来たのだろうか。
「美咲さんは、何で店長が別居中なの知ってたんですか?」
俺は疑問に思ったことを口にすると、
「店長から直接聞いたもの。嫁とは別居中で娘に寂しい思いさせてるって」
美咲さんは同情した表情を浮かべながら言ったが、それは店長か娘さんか、誰に対しての同情だろうか、俺には分からなかった。
「今度のバーベキューも来てくれるといいですね」
「そうだね。日曜日だから来てくれるといいわね」
ささやかな祈りではあるが、店長の家族がどうか来てくれますようにと願った。
店じまいの時間が近付き、今日もお客は乏しかった。数点の商品が売れただけで、たいした稼ぎにはなっていないだろう。
途中、美咲さんがウンダバウンダバと口ずさみ始めたときは、とうとう壊れたかと心配した。
よく聞くと有線放送や街中で流れていた曲だったが、歌詞を覚えていなかったようだ。せめてワンフレーズくらい覚えろと言いたい。
よりによって、なぜウンダバに変換されたのだろう。
「そろそろ片付け始めようか。明人君は、また表をお願い」
「はい、わかりました」
二手に分かれて、片付けを開始する。
俺は表周りを軽く掃除して、表に出してある看板や入り口付近の物を片付ける。
美咲さんはレジ周りの掃除をしながら、箒と一緒にダンスのようにクルクルと回っている。俺が見ていることに気が付いたのか、動きがピタっと止まった。
視線鋭く俺を睨むと箒をぎゅっと胸に抱いて言った。
「相棒は渡さないからね!」
「………………いらん」
奪いませんから掃除の続きをやってください。
流されたと思ったのか、美咲さんはしゅんとうなだれて箒で掃き始めたが、その姿はちょっと可愛いかった。
入り口周りも片付き、正面の電気を消すと、その時奥から店長が現れた。
「はーい、お疲れさん。片付けはもう終わりそうだね~」
「この時間に表屋に来るの初めてだわ」
店長の影に隠れていて見えなかったが、アリカが後ろからついてきていた。
「あら、アリカちゃんどうしたの?」
美咲さんの質問にアリカではなく店長が答え始めた。
「アリカちゃんにね~、表屋もやってもらおうかなと思ってね。オーナーとも話したんだけど。今後は明人君とアリカちゃんは、表も裏もやって貰おうかと」
「ええ! 私の時そんなの無かったじゃないですか?」
美咲さんは自分の時と違う対応に驚きのようだ。
「別のところで働いてもらうのは、一日のうち一,二時間程度お手伝いにいくだけさ。明人君もこの間、裏屋の話したときに興味あるような顔したから、丁度いいんじゃない? 裏屋側は何も問題ないって話になってね」
裏屋の仕事に興味はある。特に修理している現場を見てみたい。
俺はかまわないが、アリカにとってはどうなんだろう?
表情をうかがってみると、店仕舞いした状態が珍しいのか、まだ店の中をキョロキョロと見ている。その姿が余計に子供っぽく見えるが、言うと怒りそうなのでやめておこう。
「アリカちゃんも接客をして貰う事になるけど。何分表屋は客足が乏しいから、その機会の時は逃さないようにしてね~」
「高槻さんと前島さんに言われたんじゃ仕方ないわ。接客も知らないって言われたくないし」
高月さんらに言われて話に乗ったようだが、本人はやけくそのような気概を感じる。
俺がアリカをじっと見てると目が合った途端、アリカは攻撃的な表情になる。
俺まだ何もしてないぞ。
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