重い女
当時は地獄だった…
今はその当時を思い出しても、怒りや憎しみ、それと負の感情は沸かなくなった
裏切られ続けた馬鹿な女の90%実話です。
駄文ではありますが良かったら読んで下さい。
どんな事でもコメント頂けるとありがたいです。
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「愛人が三ヶ月前に夫の子供を産んだの」
「え?!」
さすがに驚いたようだ。
「会社で噂になってないかな?
知ってる人もいると思ってたけど」
「もしかして…
西田さん…」
彼女は聞いてる風ではなく『まさか…西田?』と信じたくないような言い方をしていた。
「そうなの
西田さんとずっと不倫関係で妊娠しちゃって…
夫はそれでも離婚したくないと、両親も巻き込みそれはそれは大変な思いしたのね」
「……」
「今は別れたけど毎月養育費を払ってるの
あれからまだ半年も経たないのに、また浮気してるようだから本当に許せなくて…」
「奥様はなぜ西田さんの時の事を許せたのですか?!
私だったら絶対に許せないです!」
さっきまで冷静だった彼女が興奮気味に語気を強めて言い出した。
私は哀しみを含んだ声で続けた。
「何度も離婚して西田さんと一緒になるように言ったの…
だけど夫はどうしても離婚はしたくないと言って…
家族が一番大事で、西田はただのはけ口でしかなかったと…
なのにまた浮気だなんて、本当に信じられなくて…」
「……」
絶句してる彼女。
「夫の車に隠してあった二人で撮ったプリクラを見つけて…」
「プリクラ…ですか?」
「うん…
先週の日付になってて髪の毛の短い若い子で、てっきりあなたかと思って電話してしまって本当にごめんなさい」
彼女の顔は夫のケータイで確認済みで、彼女はセミロングだ。
それにプリクラなんてない。
大嘘をついた。
「所長はなんて酷い人なのでしょうか…」
私は笑いを堪えながらトドメを刺す。
「今も必死に隠してるところを見ると、また浮気相手をはけ口としか思ってないんだと思う
愛してるだの、お前だけだの言われて騙されてる相手の女性に申し訳なくて…」
「奥様!一緒に相手が誰なのか探しましょう
もしかしたら会社の人かもしれないですし私も協力します
所長の帰りが遅い時とか私に連絡くれたら会社にいるか情報を流します
本当に会社の人と飲みに行ってるのか、わかりますから遠慮なく言って下さい」
爆笑しそうになった。
存在しない浮気相手を探そうとしてる。
探したいのは私の為ではなく自分の為。
しかも私を利用してなんてこれまた上等。
それに…
私は会社の人と飲みに行ってるなど一言も言ってないのに。
自分からバラしてる事に気づかない程興奮してるのだろうか。
この電話は夫には内緒という事で終えたが、不倫女の言葉は信じたりしない。
プリクラの相手を問い詰めるはず。
西田に子供を産ませた夫の言葉は嘘にしか聞こえないだろう。
電話口で冷笑を浮かべる私。
自分が浮気相手のくせに、平気な顔して協力すると言う厚かましい女と学習能力のない馬鹿な夫には、今の性悪な私がちょうどいい。
翌朝。
「行ってくる」
支度を終えた夫が仕事に出掛けようとした時。
「昨日、相沢香織に電話しといたから」
「なっ!
な、なんでだよ?!」
わかりやすいリアクションの夫に、笑いを堪えるのに必死だった。
「なんでだろうね?(笑)
なんでか聞きたい?」
「な、何勘違いしてるか知らねえけど会社の奴に電話なんかすんなよ」
「ねぇねぇ
勘違いってなに?」
「し、知らねーけど」
私と一切目を合わさずに靴を履いてる夫に笑顔で言った。
「あ、そうそう、西田の事も教えといてあげたからね(ニコッ」
言葉を失い口をポッカリあけ固まってる夫に、私は眉毛を下げ続けた。
「ごめんねぇ
なーんか私、変な勘違いしちゃったみたいね
あんたから彼女に謝っといてよ
あ、洗濯機終わった~
干しちゃうね
行ってらっしゃい」
パタパタと洗濯機へ向かった。
洗面所の前で舌を出す私。
ばーか。
あとは二人で揉めるなり、愛を深めるなり勝手にしてちょーだいな。
玄関のドアが力なく静かに閉じられたのは、それからしばらく経ってからだった。
私が気づいた事を知った二人が今後どうするのか見物でもある。
相沢香織が、これで身を引くのか西田のようにしつこいのか…
どっちにしても不倫の代償は知ってもらうけどね。
どんなにとぼけようが、メールはバッチリ押さえている。
夫と共に沈んでもらいましょ(笑)
どちらにせよ
私にはある考えがあった。
―――
あっちゃん…
勝手承知で言います
かけるって言った電話…
あっちゃんに甘えてしまいそうで怖いんだ…
今、自分自身で乗り越えなければ何も変わらない
だから…
私自身で納得した時
……電話していいですか?
でもその時、あっちゃんの気持ちが変わっていたら電話に出ないで
残酷な優しさを見せない、あっちゃんの最後の優しさだと勝手に思わせといて…
私はその現実を自分でしっかり受け止めるから
勝手ばかりで本当にごめんなさい
今、出口が見えかかって、自分が信じる道にたどり着くまでもうすぐ…
だからこそ
私…
最後までちゃんと頑張りたい
―――END
改めて自分に言い聞かせるかのように、そして奮い立たせる為に仕事に行く前にあっちゃんにメールした。
本当は…
今すぐ声が聞きたい。
顔だって見たい。
…けれど
あっちゃんの笑顔。
張り詰めた糸が切れてしまいそう…
糸の切れた私はふわふわと居心地の良い方に流れてしまうから。
中途半端な自分。
言葉の重みは失われ、夫と同じになるような気がするから…
どこまで伝わるかわからないけれど…
待っててなんて言えないから…
面倒になって嫌われるかもしれない。
でも
でも…
私は
未来を信じたい。
あっちゃんを
信じたい…
―――
迷わず、振り返らず
自分が信じた道を進む
どんなに時間がかかっても構わない
俺が涼子にそう言ったんだよ😄
責任取れない事や出来ない事は言わないタチだから大丈夫
口にしたい言葉は後に取っておくから(笑)
涼子ありがとう
―――END
会社に着く頃に届いた彼からの返信。
心がとても温かくなって、今日からまた頑張れるって思えた。
師走に入り前倒しの仕事内容で忙しかったが、元気いっぱいに出勤しヤル気満々の私は、てきぱきと仕事をこなしていった。
―――――――――
――――――
「変に誤解されたらやだから言っとくよ」
予想に反して早く帰宅した夫が風呂上がりにバスタオルで髪の毛をバサバサ拭きながら『軽め』に言ってきた。
「なんの事?」
とぼけてみせる。
「相沢だよ」
「私の誤解って今朝言ったじゃん」
「ま、まぁそうだけど
一応だよ、一応な」
「別にいーよ」
「なんでだよ」
「もう済んだ話なんだからいいじゃんよ」
「嘘つけ!
お前があんなので納得するはずないだろ」
「なんで?」
「な、なんでってお前…」
「だって誤解なんでしょ?
あ、もしかして言い訳?」
「ちゃうちゃう」
いきなり関西弁(笑)
嘘を聞くのがめんどくさいだけなんだっつーの。
「彼女怒ってたでしょ?」
「いや、怒るはずないよ
なんも関係ないんだし」
「おっかしいなぁ…
間違えられた事に怒るかと思ってたけど」
「あ、ああ、忙しかったし特に話してないから」
「私、なんで勘違いしちゃったんだろうなぁ…」
「寝言だろ?」
「話してんじゃん」
「あ…いや」
基本、わかりやすい夫は、簡単に誘導尋問に引っ掛かる。
その素直さだけは褒めてあげよう(笑)
夫は聞いてもない事を一気にベラベラと喋り出した。
彼女に仕事の事で相談された事があって、会社以外で二回会ったと。
勿論会ったのは外であって例え誘われても自宅には行くはずがないと。
あくまでも会社の上司としてでしかなく個人的な感情は一切ないと。
寝言で言ったのは飲み屋のネーチャンの名前で、いつもそれくらいの事はちゃらけて言ってると。
放っておくといつまでも喋る勢いだ。
はいはい、ご苦労さん。
と思いつつ、少し笑みを浮かべて夫の話を遮った。
「あんたさぁ…」
「な、なんだよ」
「もしこれが全部嘘だったらどうする?」
「嘘じゃねえって」
「わかってるよ
もしだよ、もしもの話ね
もし嘘だったら私が何するか想像できる?」
「何するんだよ」
微笑から真顔に変わる私。
「…壊す」
「こ、壊す?」
「あんたも女も…
とことんぶっ壊してやる」
「はは…そんな事あるはずねえしな」
「それと」
「うん」
「決めるのは私
忘れないで」
「…どういう意味だよ」
「決めた事が何一つ守られず、日常に流されて忘れてるようだからさ」
「またその話か
もう少し時間くれよ」
「これでまた同じ事したら問答無用
こっちの条件は全てのんでもらって離婚
わかってるね?」
「わ、わかってるよ」
「まぁ…自分のケツ持てない事だけはしなさんな」
「おう」
「カラスにだって学習能力あるんだし人間様はそこまで馬鹿ではないよ~」
「早く人間になりたーい
だったか?」
「「あはははは!」」
お互い…
笑ってない目。
夫は汗汗しながら寝室に入ったあと、フル回転の脳は疲れていたのだろう。
数分で休止状態。
寝息を立てた。
私は二人の動向を探るべく夫のケータイを開いたのだった。
―――
深山所長
夕方給湯室で言った通りですので、こうして何度電話してきても私は出ません
会社では普通にし、仕事もきちんとしますのでご安心を
電話をかけてくるのも家に来るのも、もうやめて下さい
―――END
私の誤算。
彼女も遊びだったのか…
自分の一時の感情で、早すぎた彼女との接触を後悔した。
送信メールを見る。
―――
西田は嫌いではなかったが特別好きでもなかった
なのにガキができてしまった
こんな事だらだらメールで言う事じゃねえや
ごめんな
本当に悪かった
お前が給湯室で話した内容によくわかんない事があったし、外でいいからもう一回だけ会ってもらえないか?
―――END
熱をあげてるのは夫の方なのか…
西田の時にはなかった
夫の必死さが垣間見える。
だったら
なぜに離婚を渋るのか…
ますます奴の頭の中がわからない。
相沢と二人でいる部屋に乗り込む。
女の目の前で、離婚届の他に慰謝料と養育費についての誓約書を夫に記入してもらい、勿論女にも慰謝料の請求をする。
ガタガタ言うようなら社長に相談する。
その私の考え企みは計画倒れで終わってしまうのか…
その時メールが届いた。
相沢からだった。
―――
眠れない…
いっぱいいっぱいお酒飲んでるのに眠れない
悔しいよ
こんな男なのに…
自分が悔しくて情けないよ
かーくん
やっぱり私…無理
かーくんがいない生活なんてもう考えらんない
しょうがないよね…
好きなもんは好きなんだから
会いたい…
―――END
思わずガッツポーズ。
たまに寝ぼけて無意識にメールを開く夫の習性(笑)を利用し右手付近にケータイを置いた。
傷心の妻を演じた私。
その妻と直接話した相沢も人の痛みがわからない女であった。
男も女も関係なく、そういう人間だからこそ不倫ができるのだろう。
もし私が未だ夫に執着していたら、暗闇が続く地の底で夫の愛に飢え、喉が裂ける程に夫の名前を叫び続けていたに違いない。
そんな二人に何も遠慮はいらない。
今週末はクリスマスイヴ。
子供に夢を与えるサンタクロース。
クリスチャンでなくとも、聖夜を汚してはいけない。
だから
最後の制裁は
――― サンタクロースが帰ったあと。
「恵美今夜も泊まりなんだけど、怜奈も冬休みで○○ちゃんちに泊まりに行くのね
んで私は会社の忘年会で、恐らくかなり飲んじゃうと思うから帰れないなぁ」
「今夜誰もいないのか?」
「そうなのよ
夕飯用意しとくからさ」
「いいよいいよ
子供らいないんだから家の事は気にせず楽しんで来いよ
今日は忙しいから多分遅くなるし、適当にラーメンでも食って帰るから」
「え~いいの?悪いね」
「じゃ行ってくるよ」
「行ってらっしゃ~い」
夫が出かけるのを見届けてから両手を口にあて思わず笑ってしまう。
昨夜のメールもあり、今夜夫が彼女の家に行くのは予想できた。
でも、もしかしたら私に怪しまれる事を気にして帰宅するかもしれない。
そこで今夜は誰もいないと思わせれば、夫は私を気にする事なく鼻歌でも唄いながら間違いなく彼女の家に行くはずだ。
「怜奈~天気いいし布団干すから起きて起きてー」
「え~まだ眠いよぉ…」
「今起きたら夕飯は怜奈の好きなハンバーグ屋さんに連れてってあげるんだけどなぁ」
「はい!起きました!」
私は夫が確実に彼女の家に行くように仕向けたのだった。
―――22時。
プルルル…
「もしもーし」
10回目のコールで出た夫。
「忙しい時にごめんね
私やっぱ帰れないから
雨戸だけ閉めといてくれる?」
「おう、わかった」
「もう家?」
「いやまだ会社だよ
全然終わんなくてよ」
「そっか大変だね
んじゃ頼んだね」
「おう」
電話に出ないと怪しまれると必死に外に出てきたのだろう。
なるほど…ここか。
○○市××町
メゾンド○○○○
私のケータイに表示された住所。
怜奈のケータイは防犯を兼ねてキッズケータイにしている。
それについてる機能
○マ○ド○サーチ
現在地の住所を表示し細かいところまで地図で示してくれる優れものだ。
その怜奈のケータイを拝借し、夕べ夫の車に仕込んでおいたのだ。
表示されてる場所は会社なんかではない。
会社から30分程の所に位置し、駅近で非常にわかりやすい場所だった。
相沢の住所GET。
準備はできた。
あとはその時を待つのみ。
―――クリスマスイヴ
「恵美~仕事終わったら
まっすぐ店に行く?」
「家と反対方向だしそうしようと思ってるよ
おとーは今夜大丈夫なの?」
「何日か前から今日は早くあがると会社には言ってあるみたい」
「怜奈との約束だもんね~
さすがに破れないか」
「お母さんは作らなくていいから楽でいいけど(笑」
「今のおとーは何考えてるかわかんないけど、とりあえずいつも通りにしとけばいいんでしょ?」
「うん
悪いんだけどそうして」
「おとー、前はあんな人じゃなかったのに、ずいぶん変わっちゃったな…」
「お母さんも本当にそれは感じるよ
何一つ信用できなくなってしまったから」
「それは仕方ないよ
やってる事がデタラメすぎだもん
信用できる方がおかしいって」
「そうだね
今もうまく騙せてると思ってるとこが滑稽だけどさ
おとーと家族として過ごすクリスマスは今夜が最後だから
こっそり送別会兼ねて美味しい物食べてパァーッとしよ(笑)
予約時間は7時だから遅れないでね」
「りょ~かい!」
朝、全ての事情を知る恵美と話し恵美は仕事に出掛けて行った。
―――昨夜
「明日○○○に7時に予約取ってるけど大丈夫?」
「会社に言ってあるから大丈夫だよ
子供らにプレゼント用意した?」
「うん、買ってあるよ」
「あ、そうだ。あさっての25日は○○県の営業所に急に出張になっちゃったよ
明日じゃなくて良かったけどな」
「そっか~
年末に大変だね」
「ったく、社長は何でも俺に言えばいいと思ってるからよ
こっちはたまったもんじゃねぇよ
多分泊まりになるからさ」
「わかった~」
まぁ…
普通に嘘だろうけどね。
―――
かーくん
しばらく泊まりは控えよう
奥様に勘づかれたら今以上に奥様を傷つけてしまう…
バレないのが最低限のルールだよ
まだ傷ついてる奥様の事も大事にしてあげてね
―――
イヴの夜は家族と過ごしていいから、25日は一緒にいたいな…
初クリスマスだから素敵なところに泊まりたい
サンタクロースさん🎄✨
私にかーくんを届けてくれますように💓
―――END
あ゙ーー
やっぱこの女ムカつくわぁ
二人が復活した詳細はわからないが、傷心妻の虚言癖も一緒に夫が復活させたのかもしれない。
羞恥心の欠片もない女は、自分の立場は無視し平気で妻を労る言葉を発する。
言ってる事に一貫性がなく矛盾だらけで虚栄心の塊。
恋愛の駆引きだけは長けているツンデレ女は、強靭な強かさも合わせ持っているようだった。
自分が優位だと勘違いしている女の鼻をへし折ってあげよう。
仕事は定時の5時であがり家路に急ぐ。
アクセルとブレーキを頻繁に踏み、イヴのせいか渋滞気味の道路はなかなか進まなかった。
――相沢香織
ふと脳裏によぎる。
まだ会った事はなく電話で話したのも一度だけだが、西田と違うズルさが見えて仕方がなかった。
西田の事は勿論好きにはなれないが、夫の言葉を信じ夫に従順だった。
私に対してストレートなまでの敵対心を剥き出しにした西田は、自分の愛に貪欲で損得は考えず一途に夫を愛していた。
相沢香織は何かが違う。
夫とやり取りしたメールだけで思う、私の憶測なのかもしれない。
相沢から夫に送信された、今までのメールを思い返してみても…
―――
帰ってから奥様に何か言われなかった?
怪しまれてない?大丈夫?
―――
帰ったら熱上がってきた
○○(娘)は実家に預けてきたよ
奥様にバレないようにして今夜は必ず来てね
ヨーグルト食べたい
―――
離婚は望んでないよ
私のせいで奥様に辛い思いはさせられないから
今のままでいいよ
かーくんが許す少しの時間を私に下さい
―――
今夜も来れないの?
私より飲みの付き合いの方が大事なわけ?
別にいいけど
もう来ないでよ
―――
○○は実家に預けるから
土日は泊まってね
奥様には適当に理由つけちゃいなよ
くれぐれもバレないようにだよ
―――
大の大人がちょっとくらい具合悪くても寝てれば平気だと思うけど?
結局奥様が大事なんだね
寝ずに看病してあげたら?
作ったご飯は今生ゴミに捨てました
―――
かーくんが好きだよ
一緒にいると幸せ
かーくんに触りたいな…
―――END
感情の起伏が激しいように見えるが、単純に嫉妬深いだけに感じる。
何度も出てくる妻の存在。
私に悪いだなんて微塵も思ってないはず。
かと言って、奪い取ってやろうという野心も見えてこない。
妻にバレたら面倒…
そう思っているのか。
相沢香織という人物は、
不倫を楽しむだけの最悪な女なのかもしれない。
♪♪♪♪~
そんな事を考えてる時に
突然鳴ったケータイに驚いてしまった。
夫からだった。
「もしもし?
こんな時間に珍しいね」
「悪い
今日行けなくなった」
「は?」
「○○組合の忘年会に社長が出れなくなって、急きょ俺が出席になってさ」
「クリスマスに忘年会なんかやんの?」
「集まるのは幹部だけで年輩層多いし関係ねぇんじゃん」
「一人12000円のコース料理なんだけど…」
「マジでわりぃ
絶対顔出さないとマズイ忘年会で、社長はてめえが行きたくないもんだから適当な理由つけてまた俺に振ってよ
腹立ってしょうがねえよ」
「ふーん…」
「怜奈には正月休み入ったら好きなとこ連れてってやるって言って謝っといて」
「あんたさぁ」
「あ?」
「まさか…
嘘じゃないよね?」
「んな訳ねえだろ」
「だよね
子供との約束を破るはずないよね~
ごめんごめん」
「あったりめーだろ
今すげえ社長に苛ついてんだからよ」
「しょうがないよ
まぁ、しっかり代役を務めてきて」
「おう、悪いな
行きにスーツ取りに一旦家に寄るけど6時半頃はもう出かけていないか?」
「その時間はもう出ちゃってるよ」
「だよなぁ
子供らにはお前からうまく謝っといてくれな」
「わかった~」
嘘?
本当?
判断がつかなかった。
私との約束は平気で破るけど、子供との約束、ましてやイベント時の約束を破ったりはしない。
それに明日相沢と会う約束もしてるし、夫の言ってる事は本当だろう。
せっかく最後の晩餐だと思って奮発したのに~と思いながらも…
渋滞を抜けた私は、今夜のご馳走を想像しながら鼻歌交じりでハンドルを握っていたのだった。
まさか…
嘘だったとはね…。
子供達と食事をしながら楽しく過ごした。
帰ってからも三人のお喋りは続き、私がお風呂に入りあがってきた時には日付が変わっていた。
子供達は眠り静かな空間。
今夜はけっこう飲んじゃって、時間も遅いしなぁ…
と、思いながらも
体は既に冷蔵庫の前。
もうちょっとだけ!
ワインをグラスに注いだ。
テレビの深夜番組ではクリスマスソングの特集をやっている。
懐かしい曲も流れるその番組を観ながら、一人グラスを傾けていた。
映像では、爽やかな青年が両手を握り、可愛い女の子の前に差し出している。
どちらか選ぶように女の子に言ってるようだった。
流れる曲の中でセリフがないその映像を、ボーッと見つめていた。
期待に胸を膨らませた女の子は、最初右手を選んだが何もなく、左手を選んでも何もなかった。
からかわれたと背中を向けて拗ねる女の子。
後ろから女の子を抱きしめた彼の両手から赤いリボンのかかった小さな箱が現れた。
女の子の耳元で囁く青年の口元が言った言葉。
『結婚しよう』
抱きつき喜ぶ女の子。
キラキラ光るリングに
幸せいっぱいのキス。
幸せそうな二人を見ていたら、少し酔いが回った私は無意識に彼の事を思い出していた。
……………………
「もうすぐ涼子の誕生日だね」
「あぁ…また一つ歳をとってしまう~」
「女性は年齢じゃないよ
色んな事に一生懸命生きてきて歳を重ねてきた女性は、その年齢だからこその美しさや魅力があると俺は思うけどな」
「今こんなスッピンな私でも?」
「そこはノーコメントで」
「あっちゃんひどーい!」
「あはは!冗談だよ
何か欲しいのある?」
「いいよ~気にしないで
何にもいらないよ」
「何かあげたい俺の気持ちだからさ
でも俺…女性が喜ぶのって何かわかんないから言ってもらうと助かる(汗」
「んーそう言われるとなんだろう…
あ!」
「なに?!」
「一緒にいられる時間が少ないから、離れててもあっちゃんを感じられるようなのがいいな」
「む、難しい(汗
具体的には??」
「うーん…
例えば指輪?とか」
「あ~指輪かぁ
いいね!」
「あ、でもファッションリングとか、そんなでいいから」
「ファッション??
実は俺…」
「ん?」
「指輪とかアクセサリーは女性に贈った事がないんだ(汗」
「え??
だって…別れた奥さんとか…」
「いや、なんて言うか一人で買いに行った事がないってのが正解
一緒に行って好きなのを選んでもらうって感じかな」
「な~るほど」
「だから涼子も一緒に行って好きなの選んでよ」
ちょっと困ってる彼の顔を見て、ちょっぴり意地悪したくなった私(笑)
「別に指輪が欲しい訳じゃないんだよ」
「ええ?だって今欲しいって…」
「あっちゃんが選んでくれた指輪が欲しいの!」
「あ、うん…そっか
いや、しかし俺一人で行くのはすごく抵抗があるし、涼子一緒に行こうよ(汗」
いつも大人のあっちゃんが子供みたくなってるのが可愛くてますます意地悪したくなった悪魔な私(苦笑)
「だったら、い~らない」
「ええ?!だって見た方が涼子も気にいったの選べるしいいんじゃないかな(汗」
「あっちゃんが選んでくれるから価値があるんだもん」
「あはは…だ、だよね
うん…頑張る(汗(汗」
堪えられなくて笑った私。
「あっちゃんごめんね
そんな無理しなくていいよ
指輪はいいから何か美味しいの食べに連れてって」
「それじゃ何も残らないじゃん」
「あっちゃんがいてくれたら私それで十分だから…」
「涼子…
おいで」
私を抱き寄せて
優しいキスをした。
そんな時を思い出し
切ない気持ちになった。
このすぐあと、夫の自殺未遂行為があり私は奈落の底に落とされたような気持ちになったのを同時に思い出していた。
夫が帰宅したのはクリスマスが終わった26日の夜だった。
「子供らにちゃんと謝っといてくれたか?」
「一応言っといた」
「一応かよ」
「人に頼まないで、自分でメールでもしとけばよかったじゃん」
「暇がなかったんだよ」
「ほんのちょっとの時間もないなんてありえないっしょ」
「うるせーなぁ…いいよ、明日は早く帰れそうだから自分で謝るからよ」
「じゃあそうすればいいんじゃん」
「ったく、何つんけんしてんだか知らねえけど、こっちはみんなが遊んでる時仕事だったんだからよ」
「もう寝れば?」
「言われなくても寝るわ」
ドスドス寝室に入った夫。
呆れて物が言えない。
苛々しながら夫が寝るのを待った。
24日 PM3:30
―――
かーくん
やっぱり今夜は一緒にいたい
じゃないと私、今夜○○君と二人で飲みに行っちゃうよ
さっき誘われたの
かーくんは奥様と楽しむんだから私だって他の男性と飲むくらいいいでしょ
―――
ふざけるなよ
飲みに行ったら駄目だからな
今後は一緒に過ごそう
俺6時にはあがれるから
―――
本当?
本当に本当?!
ありがとう!嬉しい!
その代わり明日は家族と過ごしてあげてね
―――END
25日 PM4:15
―――
昨日はすごく楽しかった💓
○○(娘)のプレゼントまで用意してくれてたなんて本当に感激しちゃった
さすがに今夜は無理だよね
イベントの時に会えないのは愛されてない感じがしてしまう
やっぱり家族が大事なんだと思ってしまうから
家族とはたくさん過ごす時間があるじゃない…
私を真剣に愛してくれてるなら今夜部屋に来て下さい
今夜は○○とケーキ食べるからかーくんも一緒に三人で過ごしたかったから
○○もかーくんが大好きだし
ワガママかな…
―――END
身体中の血液が一気に上昇した。
髪の毛も逆立ってるのではと思うほど。
子供との約束よりも女を優先し、且つ、血の繋がらない浮気相手の子供にクリスマスプレゼントまで贈っている。
自分の子を差し置いて…
だ。
許せない!
許せない!!
私はどんな事されてもいい。
とっくに愛情がなくなった夫が何をしようと私は傷つかずにいられる。
怜奈…
怜奈に対して何とも思わないのか。
もし怜奈がそれを知ったらどれだけ傷つくのか…
もはや、狂った男にわかるはずない。
子供達を裏切り侮辱さえ感じられる二人の行為は絶対に許さない!
あんたら…
死刑だ。
私はその時を虎視眈々と待っていた。
が、しかし、正月休みに入り相沢は年末年始はずっと実家で過ごしてるようだった。
夫の会社は毎年仕事始めは5日なのだが今年は4日からだと言う。
しかも4日は社長と新年の挨拶周りで動き、帰りは絶対飲むから帰宅はできないとも言っている。
4日はまだ休みの会社だって多いはずだし、だいたいそんな事は初めてだ。
その日か…
予想では昼間は初詣やらでどこか出かけるはず。
夜は部屋で過ごすだろう。
4日、夫は相沢と会う。
私はそう確信した。
案の定、前日夫がメールを送っていた。
―――
いい子にしてるか😁
早く香織に会いたいよ❤
明日は楽しもうな❗
―――END
明日…
私も
会いに行きます。
「替刃ねえのか?」
「棚になかったらない」
「見たけどないぞ
ちゃんと買っとけよ」
「電気カミソリ使えば」
「電気は肌が荒れんのお前も知ってんだろ」
「そうだっけ」
「ったく…
使えねぇなぁお前は」
激しい怒りを握りこぶしに何とか納めた。
7時。
早朝から支度をしてる夫。
髭を剃ったあとシャワーを浴びて、ドライヤーで乾かしながらワックスで髪型を整える。
微光沢がある黒の細身のスーツを身に纏い、ネクタイは締めず第二ボタンまで開けている。
ブルガリの香水で
爽やかな香りを漂わせた。
以前の私なら、セクシーに着こなすその出で立ちに、惚れ惚れしながらも他の女性の目を気にしてヤキモチを妬いただろう。
今は女たらしのだらしないクソ野郎にしか見えない。
人間、変われば変わるものだ(笑)
「1日社長と一緒だから、電話出れねえからな」
「うん」
「多分酒飲むし帰れないから」
「うん」
「なんだよ?」
「なにが?」
「なんか笑ってね?」
「別に」
「気持ちわりぃな」
(いけない、いけない)
全てが嘘だと知る夫の言動が滑稽で、つい顔が緩んでしまった。
「まぁ行ってくるわ」
「飲み過ぎないでね」
「おう」
酔っ払いじゃ困るし。
閉じられたドアを見つめ、沸々と沸き上がる憎悪。
許さないからさ…
―――21時
自宅出発。
線路沿いに建ち並ぶいくつかのアパートやマンション。
後方の車やすれ違う車に細心の注意を払いながら、速度を下げて線路沿いに車を進めてた。
左手に小さなクリーニング屋が見えてきて、3台ある駐車スペースに我が物顔で停められていた夫の車を発見。
メゾンド○○○○
そこから一件先にあった。
二階建てのアパートをまず下から見ていく。
4つある内、表札がかかってるのは二部屋だけで相沢ではなかった。
表札がかかってないところを裏手から見ると二部屋共に電気が消えていた。
静かに二階へ上がる。
階段を上がったとこの角部屋201号室。
相沢香織
○○
娘の名前も一緒にドアの前に堂々とかけられていた表札を見た瞬間、一気に気分が高揚した。
時間を確認すると
21:40分。
この時間の訪問者は警戒されるか…
だが、こういう時の私は頭が冴える。
だてに場数を踏んでない
(苦笑)
インターホンにカメラがついてないのを利用した。
ブルッ
武者震い…?
一瞬体が震えた。
よし…
―――ピ~ンポ~ン
「…はい?」
問いかけるような相沢の声がインターホン越しに聞こえてきた。
大きく息を吸い込み、周りの迷惑にならない程度に声のトーンを上げ言った。
「夜分にすみませーん
下の高橋ですけど、郵便物が間違えて入ってみたいです~」
「あ、はーい」
チェーンが外れる音の後にガチャリとロックが外された。
今この中にいる二人…
まるでスローモーションのように、ゆっくりとゆっくりと制裁のドアは開かれた。
写メで見た事はあるが、
実質、初対面の相沢香織。
住人同士の付き合いはないのだろう。
私を見ても不審がらずに、にこやかな顔をして目の前に立っていた。
『男好き』のする女。
瞬間的にそう思った。
とても子供がいるようには見えず、年齢よりも若く見えて可愛らしい顔をしている。
だが、そんな童顔にとても似つかわしくない体が首から下にくっついていた。
体のラインをくっきりと出した黒のニットから、はち切れんばかりの膨らみを惜しげもなく晒している。
細過ぎず太過ぎないムンムンとした足がタイトミニからイヤらしく伸びていた。
――肉欲的。
洞察力とまではいかないがわずか数秒で私はそう感じた。
このギャップに男はそそられるのかもしれない。
「あの…」
黙っていた私に相沢は困惑したような表情を見せた。
「あ、ごめんなさいね
ちょっと失礼します」
「え?!ちょっ!」
私は相沢を退かせズカズカ部屋の中に入って行った。
「かーくん!!!」
背中で叫んでる。
こたつの中で呑気にミカンの皮をむいてる夫がそこにいた。
「…え」
ミカンを持ったまま固まる夫。
「かーくん!!
この人勝手に上がり込んできて変な人!!
何とかして!!!」
私は微笑を浮かべて言う。
「ねぇ、かーくんってあんたの事なんだ?」
「お、おま…な、なん…」
相沢に視線を合わせる。
「どうも。
うちのかーくんがいつもお世話になってるようで
深山の妻です」
ベビーフェイスの相沢の顔がみるみる内に青ざめていった。
「初めましてなのかな?
それとも、この前はどうもが正しい?」
「お…、奥……様…
わ、私…その…あの」
相沢は誰が見てもわかるほどの狼狽ぶりだ。
夫は上下白のスウェットを着て髪の毛は濡れていた。
ここにはしっかり家着もあって、風呂に入りくつろいでいたのか…
「何やってるわけ?」
「……」
「都合悪きゃそうやって黙って、西田の時と全く一緒だね
何一つ教訓になってやしない」
相沢に顔を向ける。
「相沢さん」
「は…はい」
「あんたさぁ
電話で私に何て言った?」
「あ…そ、それは…」
「それは何?」
「あの…時は…」
「あの時は何よ?」
「……す…すみません」
「あれだけ上等な事言っときながら何よこれ?
謝れば済むと思ってんの」
「いえ…あの時は…
傷つけてはいけないと…」
「はぁ?
ねぇ…あんた頭大丈夫?」
「……」
「傷つけちゃいけないって私を哀れんでたとでも?
あんた何様?!
言ってる事とやってる事が違い過ぎるんだよ!」
「そ、そんな意味では…」
「じゃあどんな意味よ?
言ってみなよ」
「それは…」
「それは!何?!」
「……」
「平気で不倫する尻軽女にまともな事が言えんのかよ!」
相沢は口を押さえ激しく肩で息をした。
「あんたはそこで黙って何やってんの?」
次は夫に刃を向けた。
「ボーッとしてないでこの女をかばうとかすれば?
言われっぱなしになってんだよ?
知らん顔してどこまで情けない男なんだよ!」
「…うるせぇな」
「出てくる言葉がそれかよ」
「ガタガタうっせえんだよ
だっせー事すんなよ」
「あんたが今やってる事は?
自分がやってる事はかっこいいとでも言いたいわけ?」
「そうじゃねえよ!
わざわざここじゃなくてもいいだろ!
知ってたら俺に言えよ!」
「言ったじゃん
その時あんた私に何て言った?
口を開けば嘘しか出てこない適当な人間が偉そうに反論してんじゃねーよ!」
「……」
「また黙り?」
相沢はずっと立ったまま激しい呼吸が続いてて、夫も同様に肩で息をしていた。
私も興奮していたので少し落ち着かせようとテーブルにある灰皿を確認して煙草に火をつけた。
大きく煙を吐き出し相沢に聞いた。
「娘は?」
「あ、はい…き、今日は実家…で…」
ホッとした。
こんな修羅場…
子供には見せなくない。
「教えてくんない?」
私は二人に問いかけた。
「女に見境がないオスと、簡単に股を開くメスが自分らの世界に浸って語る愛ってどんな内容?」
二人ともうつむき
何も言わず黙っている。
「その馬鹿な男は家族が一番大事だとほざき、自分をわかってない尻軽女は女房や家族を大切にしろとほざいてる
二人ともよくそんな事言えるよね?
そう思わない?」
「……」
「……」
「口だけの深山和也さん
家族を大事だと思うなら
同じ事は二度としないわ
西田の事があってから
半年も経ってないよ?
子供作って養育費払いながら、また会社の女に跨がって、どの口がそんな事言ってんだよ!」
夫は苦々しい顔をした。
「頭が弱そうな相沢香織さん
妻子ある男に平気で言い寄っておきながら家族を大事にしろと言う
健気さをアピってるつもり?
我の強いあんたが白々しい事言ってんじゃないよ!
あんたさ…
母親じゃないの?
突然現れた知らない男と同じ布団にいる母親を見て、幼い子がどう思うか考えた事ないのかよ!」
「こ、子供には会わせてません…から」
「あんた…この馬鹿と一緒でとことん嘘つきだね」
私はケータイを出し
二人の前で読み上げた。
「かーくん、○○は隣の部屋に寝かせておくから
いっぱいエッチしよ」
「○○が、なんでママとかーくんはいつも裸で寝てるの?って聞いてきたよ(笑)」
「昨日のママをいじめないで!は笑ったよね
子供にはいじめられてるように見えるのかなぁ
○○はディズニーのあのDVDは見飽きちゃってるから新しいの見せとけば、昼間でもこっそりできるよ」
「い…い……い…
いゃあああああ!!」
相沢が両手で耳を塞ぎながら叫んだ。
「お願いします!
もうやめて下さい…」
私は冷酷な視線を相沢に向けた。
「読まれて恥ずかしい?
穴があったら入りたいね
だけど間違いなくあんた達がやってる事だよ
幼いながらにママをいじめないでと庇う娘を、なんで笑う事ができんの…?
哀れだよ…
こんな母親でも必死に庇い慕う、あんたの娘が哀れでならないよ!」
相沢はしゃがみこみ耳を押さえ、異常なほど体を震わせた。
「てめぇ…俺のケータイ見たのか」
睨み付けながら言う夫。
「何を的外れな事言ってんの?
今そんな問題じゃないじゃんよ!
あんたもこの女と同じ!
自分の欲望に狂い良し悪しの判断もつかない下劣な人間
うちの子達もあんたみたいな父親で可哀想だ…
子供らが犠牲になってるのもわからず、自分達の欲を優先するあんたらは犬猫以下で最低な奴ら
てめえらみたいな人間…
心の底から軽蔑する
気持ちわりいんだよ!!」
ハァハァ…
自分が思ってた以上に興奮して言った私。
煙草に火をつけた。
バッグから封筒を取り出し中から緑の紙と白い紙を出してテーブルに置いた。
「今すぐ記入して」
―離婚届
―誓約書
夫の眼が見開いてゆく。
相沢はずっと口に手をやり小刻みに震えている。
西田の時とは全く正反対で反論してこなければ泣きわめく事もしない。
ただ、ただ、この状況に怯えてるようだった。
そんな顔したって許さない。
不倫がどれだけ人の道から外れてるか、それをわかってもらう。
「相沢さん」
「は、はい」
急に話しかけられて驚いたのか、大げさなほど体を動かした。
「西田にも同じ事言ったけど、不倫は一人ではできないの
あなたも同罪です
然るべき責任はとってもらう
言ってる意味わかるよね?」
「い…慰謝料です…か?」
「そういう事」
「私…母子家庭で…」
「あなたのせいで私も母子家庭になるんだけど?」
「私…離婚は望んでるわけで…は…」
蚊の泣くような小さな声でボソボソと責任逃れをするかのような相沢の発言に、私はハッキリとした口調で言った。
「あ、そう
だったら、あなたの実家のご両親に話をさせて頂きます
お父さん、学校の先生なんだってね?
自分の孫がそんな扱いを受けてると知ったら、お父さんどう思うんだろうね
まぁ、どっちにしてもご両親には話すつもりでいたけど」
「奥様!!
親には、どうか親にだけは言わないで下さい!!
お願いします
どうか奥様…
お願いします!!」
今までおとなしかった相沢が、この時ばかりは間髪を入れず激しい口調で懇願してきた姿に、一瞬私も動揺してしまった。
相沢は土下座のような格好をし床に頭をつけて震えてる。
電話ではあれだけ強気だったのに、現場では震えて怯えるばかりで何ひとつ言い返してこない。
泣きもしない。
と思ったら、自分の不都合に対しては大げさなまでの反応を示した。
この女はよくわからない。
「人の苦痛は関係なく、自分が困る事はしてほしくないんだ
それって不公平だね」
「…お願いします
お願いします…」
呟くように繰り返す相沢。
「もうやめろよ」
夫が声を発した。
「やめろ?何をやめろ?」
「もういいだろ…
俺がこれを書けばそれでいいんだろ
お前の望み通りにしてやるよ!」
この態度に私はキレた。
「あんた何様?
野良犬のように女の匂い嗅ぎ付けるのだけは上等で、てめえのケツも拭けない下半身野郎が偉そうに言ってんじゃねーよ!
私の望み通りだって?
笑わせんな
この状況が耐えらんなくてまたお得意の逃げじゃねーかよ!!」
「……」
「あんたら許さない…
絶対に許さない」
睨み付ける夫に震える相沢。
「社長に話すよ
西田の時から全部ね
会社の最高責任者が社内の女に次々手を出してる現実を社長に知らせる方が親切ってもんだよ
相沢さん、あんたも自分がどれだけの事をしたか知ってもらう
今後の為にも同じ事繰り返さない為にも、あんたが泣こうがわめこうが親には話するから」
「てめえ…きったねぇな」
「は?汚い?」
「こっちが不利になる事言えばおとなしくなると思いやがって」
「何言ってんの?
おとなしくなってもらおうなんて思ってない!
あんたらがどれだけ適当な事してきたか教えてあげてんだよ!
自分らだけ何も罰せられず痛みもわからずなんて甘いんだよ!!」
「奥様!」
相沢はいつの間にか立ち上がってて、私の目の前に立っていた。
「……なによ」
体の震えが止まってる相沢は、私の目を真っ直ぐ見て言った。
「奥様、私が言う事でないのは十分承知してます
深山所長と個人的に二度と会いません
約束します
ですから…
離婚はしないで下さい
お願いします…」
さっきまでの怯えた彼女は消えていて顔つきが真剣だった。
「実家に連絡されるのが相当嫌みたいね
それとも慰謝料払いたくないから?」
「違います…
私のせいで家庭が壊れるのが…耐えられません
本当に本当に耐えられません」
相沢は本心で言っている…
と、私は感じた。
だが…
その意味合いは違う。
そこまで夫に本気ではない相沢にとって、離婚など重いだけで嬉しくも何ともない。
そう感じ取れた。
傷つく者の気持ちを考えず人の痛みも感じずに、ただ不倫を楽しんでいた…
なおのこと許せない感情が沸きだす。
「生活があるので、会社で所長と顔を合わせる事だけはお許し下さい
仕事以外で所長と話したりしません
もし所長が強引に言ってきたとしても誘いにのりません
その時は奥様に連絡入れます」
私に協力して夫を売る。
本当に相手を想うなら絶対に出ない言葉だ。
必死に自分を守るズルイ女。
全くもって夫と同じ人種。
…許すはずないでしょ。
「あんた振られたね
どうするよ?」
夫は頭を垂らし、煙草の煙をやたらとモクモクさせていた。
「めんどくせぇ」
夫は煙が目に入ったのか、片目を瞑り煙草を揉み消しながら言った。
「めんどくさい?」
「もうどうでもいいし
好きにしろよ」
「またそれ?」
「いいからペン出せよ
書いてやるからよ」
私はバッグからボールペンを差し出した。
「かーく、あ、所長!!
待って下さい!」
相沢がボールペンを取ろうとした。
「うるせえよ…
てめえは黙ってろ」
夫の目は据わっていた。
またヤケになってるのか…
瞬間、相沢が吠えた。
「かーくん!!
夫婦仲は冷めてて私に迷惑はかからないから大丈夫だって言ってたじゃない!!
これって迷惑じゃない?!
離婚したって私は知らないからね!!」
すぐさま私を見て続けた。
「奥様!
本当に奥様に申し訳ない事をしたと思ってます
心の底から謝罪します
ですが、奪うとかそんな気持ちは一切ありませんでした!
今私が、かー…いえ、所長に言った事が私の気持ちで私は何度も家に帰るように言ってたんです
正直に言います
しょっちゅう部屋に来られて私も迷惑してました!」
バッシーンッ!!!
相沢はよろけて壁に手をついた。
手を上げたのは…
私だった。
今さら夫の浮気相手が何を言おうと嫉妬心など微塵も沸かない。
だが…
相沢自身が来ない夫に苛立ったり、無理に部屋に呼ぶメールを何度も目にしている。
少なくとも、二人で楽しい時間を過ごしていたのだ。
それを全て相手のせいにし堂々とした嘘に自分を擁護する発言。
許せなかった。
何の覚悟もなく遊び感覚で既婚者と付き合い、責任転嫁をする相沢のズルさに激しい怒りを覚え、思わず平手打ちをしてしまった。
壁に肩をつき頬に手をあててる相沢は信じられないといった顔つきをしていた。
その光景に唖然としてる夫を見て更に腹が立った。
西田の事が決着してから、何一つ向き合わずのらりくらりと離婚をはぐらかしてきた夫。
そして今、私はまたこんな場面にいる。
傷つく者の痛み辛さを知ろうとせず、自分の欲のままに生きる人間。
もうウンザリだ…
私は軽蔑の眼差しで二人を見て言った。
「あんたら…似た者同士で見下げた奴らだ…
嘘つきにはやはり証人が必要みたいなので、共通の第三者として明日社長に相談します
勿論実家にも連絡させてもらうので宜しく」
「奥様、奥様!
お願いします!!
うちの親は真面目で厳しくて、こ、こんな事を知るととんでもないんです
奥様!本当にすみません
謝ります
どうかどうか親にだけは言わないで下さい
お願いします!!」
必死に懇願してくる相沢の形相に恐怖すら覚える。
「不倫は非道だという
自覚はあるみたいね」
「は、はい…
奥様を傷つけてるとわかってながら自分の甘さに負けてしまいました
本当に申し訳なく思ってます
すみませんでした!!」
深々と頭を下げる相沢。
「あんたが今下げてる頭は私に悪いと思ってるのではない
親に言われないように形振り構わず必死になってるだけ」
「ち、ちが…」
「違わない!!
世の中には謝って済む事と済まない事があるの!
あなたは人の道に外れた事をした
しかも…
ただの遊び感覚でね…
自分がどれだけの事をしたか、今後あなたが繰り返さない為にもしっかりわかってもらう
不倫の代償を思い知りなさい!」
相沢は壁に背中をつけて、へなへなと崩れた。
「早く書いて」
夫は我に返ったかのようにハッとして私を見た。
「名前だけでいいから早く書いてよ」
夫は用紙を数秒、ジッと見つめてから自分の名前を記入した。
私はそれを丁寧に封筒に入れ、無言で二人を見てから部屋を出た。
鼻の奥がつんとする寒い夜で、空にはたくさんの星が輝いていた。
去年も一昨年もこの綺麗な夜空を見上げてた。
あの頃は涙で滲んで見えなくなったっけ…
あれ…
なんでだろう…
また滲んでる。
でも
違うんだ。
長い戦いの終わり…
ちょっと感傷に浸ってるだけ…
見上げながら歩いた夜空。
頬を伝う涙を
私はゴシゴシ拭いた。
――翌日
相沢宅から出勤したのかは不明だが夕べ夫は帰宅しなかった。
「おかぁ、なぁ~に?
なんか怖い顔してるょぉ」
朝9時。
「怜奈…
大事な話があるんだ」
三人で朝食を終えた後
私は怜奈に言った。
恵美には夕べ帰宅してから全てを話していた。
「あのね…」
怜奈は、いつになく真剣な顔で話しかける私に瞳を大きくしていた。
「お父さんとお母さん
離婚する事になったんだ」
「ええ?!」
更に瞳を大きくして驚く。
「お父さんと喧嘩が多くなってしまったのね
お父さんもお母さんも
毎日苛々しちゃうんだ
これ以上一緒にいるとお互いに大嫌いになるから別々に暮らそうってなったの」
「なんでそんなに喧嘩多くなっちゃったの?」
「ん~色んな事かな…
お父さんやお母さんが憎しみあうと怜奈悲しいでしょ?」
「うん…」
「だからそうなる前に、
お互い離れて暮らす事にしたんだ
勿論、お父さんはずっと怜奈のお父さんなんだから、いつでも会えるからね」
「喧嘩だけで離婚になっちゃうの…」
「本当…毎日喧嘩ばかりでね…」
怜奈の瞳を落とし哀しそうな顔が、私の胸に突き刺さる。
親の突然の離婚で傷つく怜奈に本当の事は言えなかった。
父親が大好きな怜奈は離婚の理由は大人になってからでいいと思った。
「おかぁ…
怜奈だってもうわかるよ」
言ったのは恵美。
「恵美、あんた…」
私はダメダメと恵美に目配せをした。
「お母さん、私だったら言って欲しいし隠される方がやだよ
怜奈だってもうそういうのわかるんだから
話してそれを受け止めさせないと、今後怜奈がお父さんと接してく中で離婚した疑問が取れないままで余計に辛いよ」
「そんな事言っても…」
「怜奈!あんたも本当の事聞きたいよね?
いつまでも子供扱いされるのやだよね?」
恵美が怜奈に言った。
「う、うん!
お母さんなに?!
怜奈にちゃんと教えて!」
躊躇う私を二人が見つめる。
怜奈の真剣な眼差しに私は重い口を開いた。
「お父さんね…
他に好きな人ができちゃったみたい
お母さんがね…
口うるさかったから
お父さんもそれが嫌になったんだと思う」
だめ…
だめだめ!
怜奈に話すその現実に瞼が熱くなり、必死に涙を抑えた。
「それでいっぱいいっぱい喧嘩しちゃったんだ
だからね…これ以上嫌いにならない為に離婚するの」
怜奈を見ると瞳にいっぱい涙をためている。
それを見た瞬間、抑えていた涙が溢れ落ちた。
「ごめんね…怜奈」
「お母さん…」
怜奈も大きな瞳から涙が溢れていた。
さすがに子供が産まれた事は言えなかった。
それと父親だけを悪者にするのも避けた。
私には最悪な夫でも
怜奈にしたら最愛の父。
母親の口から大好きな父の悪態を聞かされる怜奈の心のダメージは計り知れない…
『大嫌いになりたくないからお父さんと離れて暮らそうって決めたんだよ』
そう言うのがギリギリ精一杯だった。
恵美は唇をいじりながら、小さくコクコクと頷いていた。
その瞳から涙が溢れそうになるのを我慢してるのがわかった。
しばらく泣いていた怜奈が顔を上げた。
「お父さんとはこれからも会えるんでしょ?」
「もちろんだよ」
「うん…わかった!
お父さんは、いつも遅くてなかなか会えなかったし、離れてもたまに会えるんだから今までと同じだと思えばいいんだもん
それに怜奈…
お母さんと一緒がいいから大丈夫だよ!」
本当は寂しいはず…
悲しいはず…
目をゴシゴシ拭きながら笑顔で言った怜奈の言葉は、私を思いやり気丈にも見えるその姿に、情けない母は大粒の涙を落とした。
「も~~~
おかぁ泣きすぎ!!」
そう言った恵美も我慢していた涙をボロボロ流してた。
「これからは女三人で頑張ってくんだから泣かないの!」
立ち上がり腰に手をあてて怜奈が言った。
私と恵美は目を合わせ
その姿に笑った。
「も~泣きながら笑わないでよ!怖いよ!!」
朝から女三人で顔がぐちゃぐちゃで、私と恵美は泣き笑いした。
「うん!頑張ろう!!」
恵美
怜奈
こんなお母さんでごめんね…
お母さんね…
あなた達がいてくれたら頑張れる
産まれてきてくれて
お母さんのところに来てくれて
ありがとう
――正午少し前。
プルルル…
私は少し緊張していた。
「はい。○○です」
「社長お久しぶりです
深山です
夫がいつもお世話になってます」
「おやおや、涼子さん
珍しい人からの電話で驚いたよ(笑)
久しぶりだね」
BBQ等、会社の行事に子供らと何度も参加しており、社長とは顔馴染みだ。
「社長…
今、お時間頂いても大丈夫でしょうか?」
「午後の会議に合わせて社に行くから今は空いてるけど、どうしたのかな?」
「お忙しい時にすみません
家の恥も一緒に晒す事になり大変お恥ずかしく申し上げにくいのですが…」
私は西田から相沢までの過程と現況を社長に話した。
「……何やってんだ」
社長は怒ると言うより
呆れたような口調だった。
「西田に腹の父親はどんな人物か聞いたら笑って誤魔化したから、何か事情があると思ってたが、まさか父親が深山だったとは…」
今更ながら、なぜか胸の奥がチクチクした。
理由はわからない。
友達に話すのと訳が違うからだろうか…
「相沢の面接をした深山が、子供が小さいから残業や繁忙期の休日出勤は厳しいから不採用と言ったのを、本人のヤル気をかって多少の事は周りでカバーしてやれと私が言って採用したんですよ
だから最初はそんな気はなかったんだろうが…
信じられんよ…」
社長は一つ一つ思いだすよいに話す。
「申し訳ございません」
「いや、涼子さんは謝らなくていい
それよりも離婚は回避は難しいのかい?」
「はい
もう限界でしたので…」
「そうか…
社内でそんな事をしてたのだから、私から二人にきつく言います
特に社で一番の責任者である深山には厳重に言わせてもらうよ」
「首もあるって事ですか…?」
「涼子さん
それはちょっと厳しいかもしれんな
仕事が早くて正確で且つ、的確な指示を出す深山は、非常に優秀で社には必要な人材だから簡単に首にはできない
仕事も回らなくなる
相沢に関しては私が知った以上、いられなくなって自ら退職すると思うが…」
「…そうですか」
もっと怒る事を期待していた私だが、経営者として損得を優先する言葉に聞こえガッカリした。
「だが、深山が自分の立場に甘んじる態度と、それ相応の処分を真摯に受け入れられないようであれば、私も気が長い方ではないので彼次第で解雇もあるかもしれんよ」
私は決して首を望んでる訳ではなかった。
サレ妻の言葉は蜜の味。
不倫という行為において、今まで本人や浮気相手にいくら言っても伝わらない事が多かった。
第三者で、しかも社長に言ってもらう事で自分らの犯した罪や恥に気づいて欲しかったのだ。
私は社長にお願いした。
「社長、二人を思いきり叱って頂けませんか」
―――
今、電話にて
社長に全てを話しました
―――END
社長と電話を切ったあと夫にメールした。
夫から即着信。
「嘘だろ?」
「そんなバレバレな嘘をつくのはあんただけだよ
電話で言いました」
「社長はなんて?」
「もう少しで来るでしょ
自分で聞いたら?」
「本当に言ったのかよ
めんどくせえ事しやがって
ったく…どうすんだよ」
「身から出た錆って事ね
んじゃ」
電話は私から一方的に終了した。
――なんもわかってない。
実際社長に言うのはやり過ぎかと躊躇し、かける時はかなりドキドキしたけれど夫の『めんどくせえ』発言でやはり言って良かったと思った。
社長からは厳重に注意され相沢は三ヶ月、夫は六ヶ月の減給処分を受けた。
夫から私が社長に話したのを知らされた相沢の行動は早くて強かだった。
社長が出社した時
即座に社長室に行き、自ら夫との関係を社長に明かしたそうだ。
そして、自分の過ちを認め後悔と反省の弁を涙ながらに語ったと言う。
その後、10人いる事務員を仕切るお局的存在のAさんを始め、古株の事務員に夫との関係を暴露し"自分は遊ばれた"的な発言をし、最終的には事務員全員を自分の味方につけた。
夫は事務員から総スカン。
当然社員の噂の的になり、仕事もやりにくくなる。
夫一人が悪者になった。
私が社長に言ってから一週間。
夫はみるみる内に憔悴していった。
そんな中、夜中の3時に電話が鳴った。
――相沢からだった。
「……もしもし」
「奥様!助けて下さい!」
相沢の叫ぶような声に私は驚いた。
「なに?どうしたの?」
「今所長が部屋の前にいるんです!
いくら帰るように言っても帰ってくれなくて…
私奥様を傷つけた事に反省してます!
だから所長とはもう二度と個人的に会うつもりはないんです」
息もつかずに一気に話してる相沢は興奮状態だった。
「夫はなんて言ってるの?」
「とにかく中に入れろと
私が無理だと言っても帰ってくれないのです
奥様…
私はどうしたら良いのでしょう…
もう嫌だぁぁ…」
突然、泣いてるようにも聞こえた彼女の声色が、強い口調に変わった。
「奥様!
夜中に何度もインターホン鳴らされたりドア叩かれたり本当に迷惑なんです!
警察に電話してもいいですか!!」
ちょっと待ってよ。
なによこれ
まるでストーカーじゃないの…
いや…でも…
「私から夫に電話してみるから、ちょっと待っててくれる?」
「はい…お願いします」
夫ばかりを悪者にする相沢に怒りを覚えてはいたが、それよりも夫の行動に驚きを隠せなかった。
絶対にそんな事しないタイプだったから…
浮気に関しては、来る者拒まず去る者追わずの夫が、嫌がる相手に無理強いはしないはず…
何かあるのではないかと、それが気になった。
私は夫に電話をかけた。
電話に出なかったら相沢に出るように伝えてもらうつもりでいたが2コールめで夫は出た。
「あんた…
何やってんの?」
「はぁ…」
深い溜め息を吐く夫。
「相沢から電話かかってきてるんだけど?」
カツカツと階段を降りるような音が聞こえてきた。
「ねえ?
どうしたって言うのよ」
寒そうにハァハァ息を吐きながら、次は車に乗り込みエンジンがかかる音が聞こえた。
「ねえ…?」
しばらく沈黙が続いた後に夫がようやく口を開いた。
「あいつ…昨日
妊娠したかもしれないと言ってきたんだ」
「また妊娠?」
何も考えずつい口から出てしまった。
「できてたとしても産めないから、もしそうだった場合、手術の費用は少し援助してくれないかって
胃がムカムカするし飯も食えないって」
この後、夫の話で半狂乱のようになって電話してきた相沢のズルさを知る事になる。
「それがなんで相沢はこんな時間に興奮して私に電話してくるわけ?」
「体調も悪いって言うし、妊娠は俺に責任があるから謝りたいと思って電話したら出なかった」
「うん」
「仕事終わったのが12時頃で何となく直接行ってみようと思った
妊娠してたら責任はとるからと伝えて玄関先で謝って帰ろうと思ったんだ」
この時は、責任とる相手も謝る相手も順番が違うだろ!と思ったけど我慢した。
「それで?」
「そしたらあいつの車がなくて実家かと思い、引き返そうとしたらあいつの車と代行車がアパートの前に停まった
具合悪いって言ってたくせに酒飲んでたのかって腹が立って謝る気も失せたから帰ろうと思ったんだ
そしたら…」
夫は一瞬黙った。
私は何も言わず耳を澄ませ次の夫の言葉を待った。
「うちの会社の杉浦知ってんだろ?」
「あ、うん
工場長の杉浦さんでしょ?」
「ああ…
あいつと杉浦が車から二人で降りてきた」
「え?」
「フラフラの二人は明らかに酔っ払ってて、そのまま二階に上がって行ったんだよ」
「部屋の前まで送ったとかじゃなくて?」
「俺も最初そうかと思ってしばらく車の中から見てたけど、代行は去ってタクシーを呼ぶ気配もないまま、部屋の電気が消えたんだ」
私は震えていた。
怒り……で。
工場長の杉浦さんは35歳。
…既婚者だった。
まだ一週間も経ってないのに…
相沢は自分の保身ばかりで何も感じなければ何ひとつ学んでなかったのだ。
「俺は男だから社内で俺が悪者になるのは我慢した
なのに、てめえの事ばかりで、具合悪いだの妊娠だの言いながら男を連れ込んでるあいつに馬鹿にされたようでキレたんだよ」
「杉浦さんの事は言ったの?」
「いや、言ったら開けないと思ったから言ってない
あの女がどうしようが構わないが、誰が父親かわかんねぇガキの責任なんかとれねぇって言ってやるつもりだった」
だからか…
だから相沢は必死だったのだ。
夫に杉浦さんとの事がバレると自分に不都合だから。
軽い女に見られるのも嫌だったのかもしれない。
社長に言った事で、相沢の実家に連絡するのを先送りにしていた事を後悔した。
許せない思いでいっぱいだった…。
「俺さ…
自分が悪くて全部自分が蒔いた種なのはわかってる
でも、社長には事ある毎にいちいち言われるし、職場は針のムシロだし、あんなくそ女には馬鹿にされるし女房にも愛想尽かされてるし
可笑しいだろ
いい様だよな
何やってんだか…
もう…
疲れちゃったよ」
私は…
やり過ぎたのだろうか。
この電話を最後に
夫の行方がわからなくなった。
――失踪。
去年の1月の事だった。
――翌朝8時30分
♪♪♪♪♪~
呼び出す私のケータイの相手は社長だった。
こんな時間にどうしたのだろうと思いながら電話に出た私。
「涼子さん!
深山は自宅にいるか?!」
「え?いませんけど…
会社じゃないんですか?」
「会社に車もケータイも置いて、出社してないんだ」
「え?!」
「私の机の上に、お世話になりました。と一言だけ書いた置き手紙があると事務員のAから連絡があって」
普段使用してたケータイは社用で、個人のケータイも持ってはいたが使ってなく電源はずっと落としたまま引出しの片隅にしまってある。
車も社用車で燃料カードも会社から支給されていて、ほぼ自分の車のように使っていた。
その車もケータイも置き、足もなく連絡がとれない状態で夫は消えた。
今まで具合が悪くても高熱があっても仕事を休んだ事のない夫が、仕事を放置し突然いなくなった事に私はひどく動揺していた。
「何かあったのかい?」
社長の声で我に返った。
「い、いえ…特に…」
なぜか夕べの事は言い出せなかった。
夫の名誉の為…
なんて考えてた。
私は仕事を休み、夫の友人や行きそうなところで見当のつくところを全て手当たり次第あたった。
嫌な予感…
またあの時の光景が蘇る。
私は自分の行動を悔いていた。
胸のざわざわが取れなく、夫を見つけられないまま夜を迎えた。
♪♪♪♪♪~
私は食い入るようにして
着信相手を確認した。
……相沢からだった。
「…はい」
「奥様…あの…
所長はまだお戻りではないですか?」
相沢の声を聞いた瞬間、
一気に頭に血が昇った。
「なんであなたにそんな事聞かれなきゃならないの?
どの面下げて私に電話してきてんのよ!」
「すみません…
所長がいなくなって社内は大変混乱してまして仕事にも支障が出てます
何とか連絡つかないかと思いまして…」
「あなた何様?
社長にならともかく新人で一事務員のあなたに、なんでそんな事言われなきゃならない?
上司と不倫関係にあったからって、自分も偉くなったと勘違いしてるんじゃないの?」
相沢
突然の号泣。
「私やめたじゃないですか!
奥様に言われて所長とは終わらせたんです!
なのに所長はしつこく夜中に何度もインターホン鳴らしてドア蹴ったり迷惑だったんです!
また奥様に誤解されるのが嫌だから奥様に電話したんです!!
なのに…なのに…
このタイミングでいなくなるなんて…ウック
ずるい…ヒック」
多分…
目の前にいたら
ひっぱたいてただろう…
全て自分の為。
会社で悪者だった夫。
たかが遊びで失踪までするはずがない、そこまで悩んでいたのかと、社員からぽつぽつと同情の声があがっていると、今日何度も話した社長から夕方聞いた。
傷ついた自分を演じてる相沢。
夫の失踪により、みんなの矛先が自分に変わり白い目で見られるのが怖いのだ。
「あんた…最低だね…
昨日…誰といた?」
「昨日は子供と寝てました
そしたら突然所長が来…」
相沢の言葉を遮って私は吠えた。
「いい加減にしなよ!!
どこまで嘘つきなんだよ!
あんた昨日杉浦さんと一緒だったからドア開けられなかったんだよね?
杉浦さんも既婚者なの知っててまた同じ事やってんのかよ!!
…何一つ懲りてない
夫に妊娠の心配を投げ掛け、その日の夜に一週間前まで夫と寝てた場所に平気で他の男を連れ込むその神経が信じられない
絶対に許さない
あんたみたいな淫乱女…
母親になんかなってんじゃないよ
娘が可哀想すぎる…」
ここまで言われても尚、嘘で固め、自分の身を必死に守る相沢。
「私は、私は…
本当に反省してるんです
杉浦さんには相談にのってもらっただけで、酔ってしまいうちで寝てしまったけど深い関係ではないんです
本当にすみません
奥様…
本当に本当に申し訳ございません…ウック」
「自分の保身ばかり
何の覚悟もなく傷つく者の気持ちも考えず、自分の欲だけで同じ事を繰り返す…
そんな奴に何を言っても通用しない
あんたには社会的制裁を受けてもらう」
顔面蒼白になってる相沢の顔が電話口から見えた。
夫は何故いなくなったのだろう…
相沢の事がショックだったのだろうか…
いや…
自分を悪者にして、他の男とよろしくやってる相沢に馬鹿にされてると激怒し、あのような行動に出たのだろう。
我が身可愛さに先手を打った相沢が二人の関係を暴露し夫一人を悪者にした。
社員に指示をし全てを取り仕切る夫の立場上、夫を見るみんなの視線に仕事がやりづらくなり耐えられなくなったのだろうか…
私は西田の時から続く社内の乱れた秩序を正す意味でも社長に話し二人にきつく言ってもらいたかった。
私ではない第三者、それも二人が一番知られたくない社長からなじられ叱られて自分達の不道徳を恥じて欲しかった。
夫を晒し者にするつもりなど毛頭なかったのに…
だが…
私が社長に話した事によって、こんな事態を招いてしまった。
夫は今、何を思い
どこにいるのだろうか…
自暴自棄になり、また馬鹿な真似でもしたら…
胸のざわつきと鼓動がどんどん激しくなる。
目眩…
今日一日走り回ってて、
何も口にしていなかった。
暖房をつけ忘れてる寒い寝室なのに額に汗が滲んでる。
ふ…と数分
意識を落とした。
………――――…――
待って…
待って!!
ハァハァ…
必死に追いかける背中に
手が届きそうで届かない。
ハァハァ…
待ってよ
仁志!!
一番最初の夫、仁志は一度も振り返らず暗闇に消えていった。
その消えた闇から
女の笑い声が響いてる。
仁志が現れる事は二度とないと、頭でわかってるのが不思議だった。
『何やってんだよ
帰るぞ』
座り込む私の腕を掴み
立ち上がらせてくれた。
『おとー』
『何て顔してんだよ
ほら行くぞ』
手を繋ぎ暗闇の中を二人で歩いた。
歩いても歩いても
出口も光りも見えない。
だけど大好きな夫と一緒だから安心だった。
何時間、何十時間
歩いたのだろう…
『なぁ…
俺、もうだめだ』
『私も辛いよ…
もう足も上がらない
でも必ず出口を見つけられるから一緒に頑張ろうよ』
『ごめんな…
お前にばかり迷惑かけて…
俺…本当にもう無理だ…』
だめ!
そこに見える赤い光は地獄の入口…
堕ちたら二度と上がって来れない。
『おとー!!!!』
赤い光の中に姿を消した。
わなわなと震えながら駆け込み中を覗き込む。
焦げ茶色でとぐろを巻く枝が夫の首に幾重にも絡まっている。
下から噴き上がる炎に苦しみ悶える夫の顔が照らされた。
!!!!!!
――数分の悪夢。
震える指でなんとか三桁のボタンを押す。
「夫を探して下さい!
今すぐ!お願いします…」
警察に電話をした。
電話では捜索願いは受け付けられないと、夫の直近の写真を何枚か持参して警察署にて手続きをするように言われた。
向かう途中、激しく波打つ鼓動と、凍りつくような冷たさを額に感じてた。
夫の生年月日、年齢、容姿等の特徴や、失踪した動機、その他の事を詳しく聞かれた。
カチカチカチ…
「…と他に、何か気がかりな事はありますかね」
口に出したら…
現実になりそうで…
怖くて…
怖くて…
躊躇いながら
絞り出す
震える声…
「以前にも…
一度あったんです…
お願いします
どうか、どうか…
見つけて下さい…
お願いします…
自殺を考えてるかもしれないんです…
夫を助けて下さい…
ウッ…ウック…お願いします」
カチカチカチ……
奇しくも担当の警察官は、私が保護された時にペンをカチカチさせていた、あの警察官だった。
――――――――
捜索願いを出してから5日経過したが、未だ夫は発見されていなかった。
私の会社にはしばらく親の介護が必要になったと嘘を言い、およそ二週間の目安で休みをもらった。
奈緒美には事実を話し
心配して励ましてくれた。
夫の会社の社長も気が気じゃないのか、何か変化があればこちらから連絡を入れると言っても、毎日のように電話がきた。
家の電話やケータイが鳴る度にビクビクする。
玄関で物音がすると、もしかして帰って来た?!と、投げ込まれた郵便物を目にガッカリする。
ニュース番組にも怯えた。
心配と不安で生きた心地がしなく、神経がすり減っていく毎日だった。
また玄関でガッカリしてた時、茶封筒で送り主が記載されてない私宛の郵便物があった。
開封しなくともすぐにわかる。
夫の筆跡…
消印を見ると自宅から車で3時間ほどの場所で、昨日投函されていた。
「こんなとこで何やってんのよ…」
まだ開封してない茶封筒を手に、我慢していた涙が一気に溢れ出した。
――涼子へ
突然いなくなってごめん
色々と大変な事になってるのは想像がつく
先に、消えたのがあの後だから誤解がないように言っておく
俺の行動と相沢は全く関係ない
だが、あの女の事だ…
自分の事で俺が消えたと勘違いして、お前に電話してないだろうか
また適当な事を周りに言いふらしてるかもしれない
だが、そんな事はもうどうでもいい
社長から電話きてるだろ
会社には戻れないし戻るつもりもないが、迷惑をかけて悪い事をしたと思ってる
お前は…どうだ?
俺にキレてるか
違うな
昔から度がつく心配性のお前は、こんな俺の事でもきっと心配してるだろう
そういう奴なんだよな…
俺が何をしても最終的には許してくれるお前の愛情の上にあぐらをかき、馬鹿にしてるつもりはなくても、お前にとったら馬鹿にされてると思って当然だ
本心で悪いと思ってる
今さらだけど…
俺は結婚に向いてない
子供達は愛しく、かけがいのない存在で、お前の事も気持ちでは大事に思ってる
だが、目を細めて子供達の成長をお前と茶でもすすりながら願い、のほほんと暮らす生活が俺にはどうしてもできない
家事や育児は女の仕事だと全てお前任せで、仕事優先自分優先が常だった俺は家庭に落ち着けない男なのに家族は大事だったんだ
わけわかんねぇな
結婚しても自由が当たり前な俺で、お前もずいぶん我慢したと思う
そんな俺が言える事ではないが、色んな事に疲れ放棄して一人になりたかった
家庭も仕事も何もかも忘れ一人で考えたい
今までの自分を見つめ直したい
どこまでも自己中で勝手で本当に悪いと思ってる
俺は大丈夫だから
心配しないでくれ
本当に今まで悪かった
ごめんな
離婚届は出して
子供達と頑張って欲しい
――深山和也
読み終えて…
ただ…ただ…
無事でいてくれた事に安堵した。
担当の警察官に手紙が送られてきた事と消印が押された場所を伝えた。
その後、手紙にホッとしたのか、急激な睡魔に襲われ夕方まで眠った。
目が覚めたら頭がズッシリと重く、耳鳴りもして体調の悪さに顔をしかめる。
ベッドから起き上がり、
だらしなく頭を左右に振りながらリビングに行った。
ダイニングテーブルに
起きっぱなしのケータイ。
着信とメールを知らせるイルミネーションが忙しなく交互に点滅していた。
着信を見ると毎日かかってくる社長や義母で、昼に奈緒美からも着信があったようだ。
メールを開く。
心配してくれてる友達何人かと、電話に出なかった奈緒美も心配する内容のメールが入っていた。
その中にあったショートメール。
――相沢香織
なんだよ…こいつ…
重い頭がより一層重くなった。
―――
所長から連絡ありましたか?
今日社長がバタバタしてたので、もしかして連絡ついたのかと思ったのですが、社長には聞きにくいので…
―――END
この文面をそのまま受け止めると、私には聞きやすいって事なのか…
馬鹿か。
普通の神経の持ち主なら、社長より私に聞きにくいだろうが。
自分はもう関係ないとアピールしてるつもりなのか…
どういった心理で、こんなメールをしてくるのか私には理解不能だった。
義母に電話をした後、
社長にも電話を入れた。
「そうか…そんな所で何やってるんだあいつは…
どこかに泊まってるのなら警察もすぐに見つけられそうだが…
事件性がないと動きも鈍るのかもしれんな」
「社長…夫はしばらく戻って来ないと思うんです…
仕事にも支障が出てるようですし…その…」
「深山は、どんなにハードでも今まで一度だって仕事に対して無責任な事はした事がなかった
何でも深山に頼り過ぎていたし、重責のストレスもあるのだろう…
少し長い休暇と思ってるから涼子さんは心配しなくていい」
「ありがとうございます
それで社長…彼女は…
相沢さんは普通に出勤してきてるんですか?」
「普通に来てるよ
昨日は事務員のAと工場長の杉浦と相沢の三人で食事してたようだし、相沢はあっけらかんとしたもんだ」
「相沢さんが社長に言ったんですか?」
「いや、Aに会議の書類の事で昨夜電話してAから聞いたんだがね
杉浦と相沢は酒飲んだから代行呼んでる間にAは先に帰ったそうだ」
本当に懲りてない…
反省もしてない。
やっぱり…許せない。
重い頭にしかめっ面の私はメモに書かれた電話番号を押していた。
「はい
相沢でございます」
品の良い落ち着いた声の女性。
「相沢香織さんのお母様でいらっしゃいますか?」
「はい
さようでございますが…」
「最初に、突然お電話でのご無礼お許し下さい
私、深山涼子と申します
香織さんの勤め先で上司をしている者の妻です
今日はお母様に聞いて頂きたい事がありましてお電話させて頂きました」
「はい…」
「これから私が話す内容はお母様にとって辛く信じ難い事です
ですが、私の話に誓って嘘はありません
聞いて頂けるでしょうか」
「はい…あの…
うちの香織が何か…」
母親は困惑した様子で応えた。
「ありがとうございます
実は…」
私はあえて淡々とした口調で二人の事を一部始終話した。
「上司という立場でありながら、軽率な行動をとった夫が一番悪いと思っております」
絶句する母親に続けた。
「昨日お孫さん、ご実家にお泊まりですか?」
「ええ…
香織は仕事で遅くなる事が多いものですから、私が保育園に迎えに行きそのまま泊まる事もよくあります
昨日も仕事が終わらないとの事で家で寝かせました
まさか…そんな事に…」
「実際、特定の方を除いて事務員はほぼ毎日、定時の5時半で仕事は終わってるようです
申し上げにくいのですが…
昨夜もご実家に娘さんを預け、香織さんは既婚者の男性と一緒に夜を過ごしていたと思います」
「おぉ…なんて事…」
突然娘の醜態を聞かされ、ショックを受けている母親に、これ以上は言うのは躊躇われた。
「お母様にとても残酷なお話をして申し訳なく思っております」
「いえ…とんでもございません
お詫び申し上げて済むような問題ではございません
どうしたら良いのでしょう…
娘が…香織が…そんな事をしていたなんて…」
私はホッとしていた。
相沢母は宇宙人ではなかった。
その相沢母がしっかりとした口調で言う。
「最近孫の様子がおかしかったのも、娘が原因だと今わかりました」
「お孫さん…
どうかされたのですか?」
「孫が最近イヤらしい事ばかり口にするようになったんです…」
「え?」
母親の話は、とても5歳の女の子が口にする内容ではなく、私は驚愕したと共に激しい怒りを覚えた。
「香織さんの事を悪く言うつもりはありません
ですが、今まで奥様がいる方との付き合いを繰り返してきたように思います
子供にDVDを見させて、すぐ隣の部屋で真っ昼間から体を重ね、夫と切れてからわずか一週間で、また別の既婚者の男性を部屋に泊めてます
これでは男性ばかりが悪いとは言えません…
母親を忘れ我が子にそんな事を口にさせ、自分の欲だけで不倫を繰り返す香織さんを私は許す事はできません」
少し興奮したせいか、頭の右側にズキズキと激しい痛みを感じてた。
しばらく沈黙したのち
母親は静かに話し出した。
「主人は…
あの娘の父親は…
躾や教育に非常に厳しく、香織は幼い頃から一度も父親に口答えをした事がない娘でございました
ですが…
どうやら私達は育て方を間違えていたようです…
子供の責任は親の責任でございます
人道に背き、人様に苦痛を与えるような事をしていた娘を親としても許す訳には参りません
未だ娘にとって怖い存在である主人に相談し、娘には然るべき措置をとり、その後主人からも謝罪をさせて下さい
先ずは、至らない母の私から、我が娘の不誠実な行いを心よりお詫び申し上げます
誠に…誠に…申し訳ございませんでした」
申し訳なくて胸が痛む。
娘の悪行を知り
ショックなはずなのに…
決して親のせいではないのに、謝る母親に恐縮した。
こんなに誠実な両親から、相沢のような人間形成が出来上がったのが信じられない。
厳格な父。
相沢にとっては、窮屈で、親元を離れて弾けてしまったと言うのか。
それでも、未だに怖い存在である父親に知られるのが相沢にとって一番の恐怖で異常な迄に両親に話される事を拒んだ理由が今はっきりわかった。
「お母様にこのような事を話さなくてはならなかった私自身、今とても心苦しいです
本当にすみません
私が一番心配なのはお孫さんです…
香織さんが母親として改心してくれる事を強く望みます
そしてこれ以上同じ過ちを繰り返さないように願ってます
どうか…どうか
宜しくお願い致します」
電話を切ったあと…
足を投げ出しソファーに横になった。
虚脱感。
ぼんやりと天井を見つめる。
私も相沢の両親に苦痛を与えている。
もういい…
これ以上
人に傷つけられたり…
それによって誰かを傷つけたり…
もう嫌だ…
憎んでいては誰も幸せになれない。
解き放とう…
夫の帰りを待ち
全てを終わりにしよう。
今でも記憶している。
この日の夕飯はオムライスだった。
頭の重みが頭痛に変わり、体もだるく体調がすぐれない私は、買い物に行くのが億劫だった。
冷凍庫を開けると、鶏肉とミックスベジタブルが目につき、迷わずオムライスに決めた。
オムライス…
おとーも好きだったな…
思い出すも…
既に過去形。
それに少し哀しみを感じたのを覚えている。
出逢って愛し合って
幸せな家族は確実にいた。
こんな事になるとは想像すらしてない過去の私が、幸せいっぱいの顔で笑っている。
もし…
巻き戻しができるのなら…
タイムマシンがあったなら…
あの頃に戻って私達夫婦に忠告してあげたい。
和也さん
あなたの火遊びは家族をも巻き込んで全焼し、跡形もなく消えてしまいますよ。
気をつけて下さいね。
涼子さん
常に浮気を疑って旦那様の行動を逐一つつき、口うるさくしていると、旦那様は窮屈に感じ、よけい外に目を向けてしまいますよ。
過去の不安から解放されて大きな心でいましょう。
もう…
元に戻れない家族。
そんな事を思い感傷に浸りながら作ったオムライス。
夫が好きなオムライス。
この日作ったのは、偶然ではなかったのかもしれない。
――夜中の2時
知らない番号からの着信。
嫌な予感が走った。
恐る恐る電話を取る。
「深山和也さんのご自宅でしょうか?」
「はい、そうですが」
「こちら○○署の私○○という者ですが、奥さんですかね?」
心臓が激しく音を立て出す。
「実はご主人…
……る処で……
…血まみれ…発見……
どう……自殺……され
……………、………」
この人…
何言ってるの…
やめてよ…
夜中にそんな冗談…
やめてよ
やめて!
「ゴホッ!ゴホッ!!」
自分の呼吸が止まってるのさえ気づかず、苦しさで咳き込み我に返った。
ためらい傷はなかった…
覚悟を持って一気に切ったようだと聞かされた。
左手首の傷は骨が見える迄の深さに達していた。
発見された時。
刃物と酒瓶が
脇に転がっていたという。
昼間でも誰も来ないような寂れた公園。
寒い夜。
その片隅…
落書きで埋め尽くされ
薄汚れた公衆便所の一室。
意識を朦朧とさせた夫が発見された。
何を思い…
どんな覚悟で…
そんな場所で最後を遂げようとしたと言うの…
首輪が外れて逃げてしまった犬を探していたご夫婦。
愛犬の身を案じ必死に探し回っていた旦那様が、何かに導かれるように暗闇にほんの少しの明かりを灯す、その場所に行ったのが不思議だったと後から聞いた。
ドアの隙間からじわじわと流れる赤い液体を目にした時、二人で声をかけたが反応がなく、恐怖で開ける事もできずに警察に通報。
点滴に酸素マスク。
心電図モニターの音がやたら耳に響く。
血の気のない夫の顔を黙って見ていた。
神経が切断され後遺症は残るものの、発見が早かった為に命に別状はなかった。
それはまるで奇跡…
朝まで発見されなければ、間違いなくこの世にいなかった夫が、誰も来ないような場所で発見されたのは、偶然ではなく奇跡としか言いようがなかった。
昏々と眠る夫の顔はやつれていた。
その頬に触れると温かい。
ちゃんと血が通っている。
「何やってんのよ…」
口にした途端、溢れる涙。
「おとー…
助けられたのはね…
おとーに…
生きる使命があるからなんだよ」
時間は朝の9時を回っていて、看護師さんの声があちこちで聞こえる。
私は…
ベッドの布団に顔を押し付けて泣いていた。
―――――………
「え?子供いるんだ?」
「YES!可愛い女の子の母してまーす(笑」
「いや…独身だって聞いてたからさ」
「子供いても独身ですが
何か?(笑」
「あ……あーー!
そういう事(汗)
嫌な事聞いちゃってごめん(汗(汗」
「何焦ってんの?(笑)
離婚歴二回だけど特に隠してないから気にしなーい」
「え?!二回も?!」
「深山君…今『も』がついたね?
そこ素直過ぎ
あー傷ついた
罰金だなぁ…(笑」
「あ、やべ(汗)つい…」
「あはは!冗談だってば
はい、伝票お待ちどう様
これから○○県まで大変だね
気をつけて行ってらっしゃい」
「あ、あのさ」
「ん?」
「今度飯でも行く?」
「(クスッ)
それって聞いてるだけ?
それとも誘ってんの~?」
「誘ってんの!
ば、番号教えてよ」
眠ってる夫の顔を見ながらずいぶん昔の事を思い出していた。
当時、私が事務員として勤めていた会社と、今夫が勤める会社で取引きがあり、まだ運転手だった夫が週に何度かうちの会社に荷物を積みに来ていた。
顔を合わせてくうちに仲良くなり、そして付き合うようになった。
夫は常に、恵美も楽しめるデートプランを考えてくれた。
遊園地や動物園に水族館。
デートと言うより、恵美と三人ですでに家族のような付き合い方だった。
恵美が夫になつく迄
そう時間はかからなかった。
―――――………
「そっか…
そんな事があったんだ」
「すでにこの歳で波乱万丈してるでしょ私(笑」
「俺なら…」
「ん~?」
「俺ならそんな辛い思いはさせないのに…」
「あーでたでた(笑)
男の人は最初みんなそう言うんだよね~」
「本気で言ってるのに茶化すなよ」
言葉の通り真剣な眼差しに私も真剣に答えた。
「ねぇ…和哉
私ね、和哉と結婚は望んでないよ
私は今のままで十分幸せなの
だから私との事はそんなに重く考えないでほしい…
和哉は未婚なんだからさ
重荷にだけはなりたくないから
それに焦ると私のように失敗しちゃうよ(笑」
急に体を引き寄せられ
強く抱きしめられた。
「俺は絶対に浮気はしない
涼子が苦労した分、俺が幸せにするよ
約束する
もう何ひとつ不安にはさせないから
俺が守るから…
だから…結婚しよう」
不安少々。幸せいっぱい。
お互いの未来を信じ交わした長い長い口づけ…
起きたら言ってやろう。
だから焦っちゃいけないって言ったでしょ!って…
そしたらあんたも…
こんな思いしなくて済んだのに…って。
定期的に看護師がバイタルチェックをしていた。
『ご主人はもう安心ですよ
奥様もお疲れのようですから、どうぞ休憩室を使ってお休みになって下さいね』と、チェックの度に優しい声をかけてくれた。
午後3時。
夫の緊急手術を行った執刀医がそのまま担当になり、夫に声をかけて起こす。
「深山さん、深山さん
少し目を開けてもらえますか」
「…う…う…」
「どうです?気持ち悪くはないですか?」
「…は……い」
先生の呼び掛けに薄目に、か細い声で答える夫。
「ちょっと傷口診ますよ」
看護師が慣れた手付きで、手首に巻かれた包帯を外していく。
11針縫合したその部位は、異常なまでに腫れ上がり、とても直視できなかった。
「痛みはどうです?」
「…い……す…」
「ふむふむ…点滴にもう少し強い痛み止め入れておきましょう」
傷口を見るのが怖くて、カーテン越しから聞こえる会話は先生の声だけで、夫の声は聞き取れなかった。
その後先生に呼ばれ、傷の事と後遺症についての説明を詳しく聞かされた。
神経と腱が切断されていて指の麻痺や痺れ等の後遺症が残る事。
リハビリによってある程度の回復が見込まれるが元に戻るのはまず難しいと言う事だった。
リハビリ期間を入れて
全治四ヶ月と診断された。
先生の回診のあと、HCUより一般病棟に移された。
重い足取りで個室のドアを開く。
心電図モニターと酸素マスクが外され、点滴のみになったのを見て少しホッとした。
夫はまた眠ったようだ。
傷口を目にしたからか、
さっきよりも痛々しく見える夫の寝顔。
立って見ていたら軽く目眩がした。
ひどく疲れている自分に気づく。
椅子に腰掛け、ベッド脇に肘をつき両手で額を押さえるようにして目を閉じた。
耳鳴りがひどく、目を閉じても頭の中がぐるぐると回ってた。
深い眠りのあと…
目が覚めたら…
全てが夢…
だったらいいのに…
誰も傷つかなくて
誰も傷つけなくて
長い長い夢の終わり……
「…涼…子」
夫の声にハッとして顔を上げた。
「おと…」
「俺…随分寝てたんだな」
「そうだね…具合はどう?」
「頭が痛い…」
「まだ眠った方がいいよ」
「うん…そうする」
今はまだ…
触れてはならない…
そう感じた。
夫もまた、別の意味で
感じてたに違いない。
寝息を立てたのを確認してから一旦外に出た。
恵美に怜奈と家の事をお願いするメールをしてから、義母と社長に電話を入れた。
義母にはショックを与えない為に、今回の事は言わず居場所がわかりそこに来ているとだけ伝えた。
社長には事実をありのまま話した。
初めは馬鹿な真似をした夫に激怒していたが、それは心配の裏返しだと怒りながらも安堵を伺わせる社長の言葉からひしひしと伝わってくる。
夫の精神的な事を考慮し、今は何も言わずに黙視すると社長は言った。
温情こもった言葉に感謝し涙が出る思いだった。
夫に代わり改めてお詫びとお礼を言い電話を切った。
誰もいない喫煙所の冷たいベンチに腰掛けて、白い息と煙草の煙を交互に吐く。
寒さに震えながら空を見上げた。
西の彼方に姿を消しかける太陽が辺りを朱色に染める。
刹那的で
美しいその冬空は…
私の瞳に哀しく映る…
薄明はやがて、その姿を闇夜に変え、永遠に続くとも思える漆黒の世界に堕とされそうで…
怖かったから…
そんな思いを振り払うかのように勢いよく立ち上がり煙草を強く揉み消した。
しかめっ面で空を仰ぐ。
寒さに鼻を啜り、白のダウンのポッケに両手を突っ込んで、よろける体で病室に戻った。
さっき担当医師と話した時に、入院は2~3日程度で紹介状により、地元のリハビリ可能の病院に転院する事になっている。
退院までは私が付き添う事になった。
夕食の時間になったが、夫も私も全く食欲がなかった。
精神的な疲れからなのか、点滴のせいかはわからないけれど、夫は手付かずの食事を下げるとまたすぐ眠った。
私もとにかく休みたかった。
体がギシギシと音を立てているようで本当に疲れきっていた。
看護師さんが用意してくれた簡易式の折り畳みベッドを広げて横になった。
すぐに眠りに落ちた。
―――――――…
深夜1時。
ん…
瞼の裏に眩しさを感じ、
必死に片目を開けて見た。
備え付けのライトを点灯した夫が、ベッド脇に座って私を見ていた。
「どうしたの?」
すぐに開かない目を擦りながら夫に問いかけた。
「少し前に目が覚めちゃって…」
「具合は?痛みはどう?」
「うん…大丈夫…
痛みは我慢できるけど
なんだか手の感覚がおかしくて…」
「あぁ…
後遺症が残るって先生が言ってたから…」
「うん…
自分でやった事だから仕方がないよ…」
まるで毒が抜けたように、包帯で巻かれた手首を見ながら夫は言った。
私はボーッとする頭を片手で支えながら仰向けになった。
シーンとした静けさの中に時折、誰ともつかない足音が遠くの廊下で聞こえていた。
「俺…夢見てさ…」
夫もベッドで仰向けになりお互い天井を見て話した。
「なんの夢?」
「ん…あそこで見た夢か…それともここに来て見た夢かは判断はつかないんだけどさ…」
「うん」
あそことは…
あの薄汚れた場所だろう…
「凄く不思議な場所なんだ…
一面に菜の花が咲き黄色い絨毯が綺麗だと最初に思った」
「へぇ…いい景色だね」
「それが周りをよく見ると木は赤や黄色に色づく紅葉でさ…
遠くの山は真っ白な雪に覆われてるのに、その周りはもくもくと重たくて今にも落っこちそうな積乱雲
紋白蝶が舞っているのに、赤トンボが飛んでたり、鮭が飛び跳ねる流れは明らかに川なのに、たまに海のような大きな波と飛沫を上げるんだ」
「なんだそれ(笑
四季折々で贅沢な夢だ」
「うん…でも、そこは凄く気持ちが良いところで…
体がふわふわとして
心がワクワクしてるんだ
周りには人がたくさんいて誰しもが笑ってる
知らない者同士が笑顔で会話する」
穏やかに話す夫の声。
呟くように出た私の言葉。
「…楽園」
「うん。まさにそれ
楽園だったと思う
じゃあ…あれは…」
「ん?あれって?」
「三途の川だったのか…」
「なにそれ…こわっ」
私はあえて明るく言った。
「誰かに呼ばれた訳ではなく、何故か無性に川の向こう側に行ってみたくなった
流れは穏やかだが、深いのか浅いのかわからなくて、躊躇っていた
ふと見ると、一人の老婆が腰まで水に浸かりながらもその川を渡って行った
それを見て安心した俺は、川に足を入れようとした瞬間、すごい力で両腕を引っ張られたんだ」
夢の話なのに私はドキドキしながら聞いていた。
「振り返ると…
幼い頃の娘達…
全然歳が違うのに、恵美も怜奈も小学校低学年くらいで二人とも俺を見て怒っている
でも…すぐに笑顔になって恵美はこんな俺の頭を撫でてくれて、怜奈は俺の背中に回って後ろから抱きしめてくれたんだ…」
――しばしの静寂。
熱くなった瞼から流れるものを抑える事ができずに、お互い無言で滲む天井を見つめていた。
「…ごめん」
少し声を震わせ、ぽつりと言う夫。
私は目の上に腕を置き
流れる涙を押さえた。
過去や未来を行き来させ、沈黙は色んな思いを巡らせた。
流した涙は計り知れないけれど、泣いた数だけ強くなり、泣いた数だけ優しくなれた。
悪い事ばかりではない。
無駄に生きてきた訳でもない。
経験は財産となり頑張るエネルギーとなって私を成長させてくれた。
悲しい思いは涙で流して、明日からまた頑張ればいい。
経験に無駄な事なんてない。
人が成長する為の試練。
それを乗り越えるのは自分でしかない。
逃げていては同じ事を繰り返すだけだから…
「おとーはさ…
生かされたの
生きてく使命があるんだよ
だからね…
そこから逃げちゃ駄目なの…」
私はある願いを込めて
ゆっくりと話だした。
「3年前のあの時…
おとーのあの病気は…
試練だった」
詳しくは書けないけれど、夫は過去に大病を患った事がある。
医学の進歩により早期発見の場合、完治が可能になったとは言えど…
その病名を聞かされた時、目の前が真っ暗になった。
医者が…先生が…
何を口にしてるのかわからなかった。
うちに限ってそんな事…
まさか…嘘でしょ…
絶望すら感じた病名に、
私と子供達は不安と心配で眠れない夜を過ごした。
だけど…
信じたんだ…
おとーがこんな病気に負けるはずがない。
絶対に治る。
乗り越えられる!って。
毎日病院に通い
夫を励まし支えた。
家族がひとつになり、
みんな願いは同じだった。
そんな私達家族に神様は微笑んでくれたのだ。
定期的に検査は必要だが、術後の治療は必要なく、ほぼ完治だった。
「あの時は本当に嬉しかったなぁ…
おとーの病気が治った事ですごーく明るい未来が見えて、今までの事なんて全然ちっぽけに思えた」
「俺もお前や子供らがいなかったら、もっときつくて辛かったと思う」
「あれはさ…
たまに家族を放置して自由にしてるおとーと、いつも口うるさい私
そんな私達夫婦に神様が与えた試練だったんだよ」
「試練…」
「うん…そう、試練ね
試練って、それを乗り越えられる人にしか与えられないって聞いた事がある
おとーは家族ってこんなにありがたくて大事なんだなって言ったし、私も生きてくれてる事にただ、ただ感謝した
改めて家族の大切さを知りあの時はその意味をわかったはずなのに…」
「なんもわかっちゃいねぇ俺が馬鹿なんだよ…」
夫は溜め息混じりの声で言う。
「私が止めてもきかなくて退院後すぐ仕事に復帰したじゃない?」
「あの時は事業拡大に向けての大事な時だったから、一刻も早く会社に戻りたかったから…」
「体もまだ完全じゃないのに、相変わらず仕事人間のおとーに苛ついたけど、いつも通りの日常が戻って喜ぶ矛盾する私もいた
まさかそれから半年後…
最大の試練が待ち構えてるなんて、あの時は思いもしなかったけどね…」
「西田…か」
「うん…」
しばらく沈黙が続いたのち、私は自分にも言い聞かせるように言った。
「同じ事を繰り返すおとー…
責めるばかりの私…
あの時の意味を忘れてしまったから…
今…
こうなってるんだよ
きっと…
神様
怒っちゃったんだね」
「3年前のあの時…
おとーのあの病気は…
試練だった」
詳しくは書けないけれど、夫は過去に大病を患った事がある。
医学の進歩により早期発見の場合、完治が可能になったとは言えど…
その病名を聞かされた時、目の前が真っ暗になった。
医者が…先生が…
何を口にしてるのかわからなかった。
うちに限ってそんな事…
まさか…嘘でしょ…
絶望すら感じた病名に、
私と子供達は不安と心配で眠れない夜を過ごした。
だけど…
信じたん
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