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重い女

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きら( ♀ sdWbi )
12/06/10 20:59(更新日時)

当時は地獄だった…



今はその当時を思い出しても、怒りや憎しみ、それと負の感情は沸かなくなった



裏切られ続けた馬鹿な女の90%実話です。



駄文ではありますが良かったら読んで下さい。



どんな事でもコメント頂けるとありがたいです。

No.1711124 11/11/28 10:45(スレ作成日時)

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No.1 11/11/28 11:16
きら ( ♀ sdWbi )



この日私は直感した。






「うー今日は寒かったな」


そう言いながら帰宅した夫はストーブに張りつく。


小学6年の娘、怜奈に


「お父さん!寒いからストーブの前に立たないでょ」


「ちょっとくらいいいじゃんか、けちー。もう9時過ぎてるぞ。お子ちゃまは寝ろ寝ろ(笑)」


「お父さんなにそれ?モモヒキ?」


「そうだよ。外での作業は寒いからな」


「だっさ!オヤジくさーい(笑)」


「うっせーそんな事言ってっとー」と靴下を脱ぎ、それを怜奈の顔につけようとして「ぎゃぁー」と笑いながら逃げてる。


そんないつもの2人のじゃれあいを見ながら夫のご飯を温める私。

No.2 11/11/28 11:47
きら ( ♀ sdWbi )

「おとーおかーおやすみ」


怜奈は寝室に入り
夫はご飯を食べだした。



「やっぱだせーよな(汗)」


怜奈にオヤジと言われて
けっこうショックだったらしい


「決してかっこよくはないね」と笑いながら言う私。

「でも寒いんだからそんな事言ってらんないし見えないからいいじゃない」と続けた。



「せめて黒にしなよって言われたんだよなぁ」


「誰に?」

「中井」

「見られたんだ?(笑)」

「靴下上げる時チラ見された」


中井君は夫の部下で若いけどとてもしっかりしていてどんなに仲良くなっても公私混同せずに敬語で話す礼儀正しい青年。


夫はその人の口ぶりのまま話す人だから本当に中井君だったら


「黒にした方がいいっすよって言われちゃったよ」


なんだけど。




こんな小さな事から疑惑を持たれたなんて、この時の夫は夢にも思わなかっただろう。





ふーん…



やっぱあの女か。

No.3 11/11/28 12:00
きら ( ♀ sdWbi )



夫 和也 38歳
妻 涼子 39歳

長女 恵美 21歳
次女 怜奈 12歳


私は再婚で夫は初婚。

長女の恵美は私の連れ子。

怜奈は夫と結婚してすぐ出来た子でもうすぐ結婚13年目を迎える頃だった。

No.4 11/11/28 13:05
きら ( ♀ sdWbi )


食品の製造から仕分け運搬業務を経営する中小企業に夫は勤めており、夫の会社での位置付けは最高責任者でありいわゆる社長の右腕にあたる。


半年ほど前から業務拡大により取引先の運搬全般を請け負う事になって、そこの会社内の敷地に事務所を構えた。


軌道に乗るまでは
夫がそこで指揮をとる。


社員数名が毎日そこに荷物を積みに来て、積み込みから発注伝票に至るまで最初は夫と中井君の2人でやっていた。


仕事量が段々増えていき、終わるのが深夜や朝方にまで及ぶ事も多くなった為、人手不足により倉庫作業兼事務員として1人の人間が配属される。



西田由美 35歳 独身


それまで彼女は本社工場で仕分け作業をしていた。



後に、この女と修羅場を迎える事になる。

No.6 11/11/28 15:00
きら ( ♀ sdWbi )


「西田は本当によくやってくれる」


夫はよくそう言っていた。


男でも根をあげる過酷な業務が続く中、夜中や朝方までかかっても途中で帰る事はなくいつも最後まで手伝う。


「西田、明日も早いから今日はもう上がっていいぞ」と言っても

「所長!そんな言う暇あるなら1分でも早く終わらましょう!」


と嫌な顔ひとつせずに手伝ってくれる。


「あいつ休ませないとな」




この時だったらまだ間に合った?


ううん…違う



あの日曜日。



無理してでも行かせなかったら、こうはならなかったのかな…



その日から2人の関係が
急速に深まったのだから…

No.7 11/11/28 16:08
きら ( ♀ sdWbi )



「なにこれー!おとーへたすぎ(笑)」


「うるせーお父さん本気出すと凄いんだぞ!ドラえもん書いてやる!」


「だめだよ!「た」から始まるの書かなきゃでしょ!」


金曜日の夜。


夫は久し振りに早い帰宅で怜奈と絵描きしりとりで遊んでる。


全くもって絵心のない夫は書く度怜奈に爆笑されて、自分でも大ウケしてた(苦笑)



長女の恵美は仕事帰りに、ほぼ毎日彼氏宅に寄ってから帰宅するから帰りが遅い。



夫は連れ子の恵美も自分の子の様に可愛がり、怜奈が産まれてからも分け隔てなく接し子煩悩な人ではあった。


怜奈が

「お父さん日曜日どっか行こ~!」


「今週お父さん仕事なんだよ。ごめんな。でも怜奈、来週は出かけような」


「えーつまんないのぉ」


ガッカリしながらも誰が見ても猿とすぐわかる絵を上手に書いてる。



「日曜日仕事なの?」


「中井と仕事で使う道具なんかを買いに行かなきゃなんなくてさ」


「道具?会社で注文じゃなく、わざわざおとーが買いに行くの?」


「細々したのもあるから、見に行こうと思って」


と、私から目を外し煙草に火をつけてる。



「早く!次おとーが書く番だよ」と怜奈。


「犬だろ」



「ちがーーう!「さ」から始まるのになんで犬なの!それに口で言わないで絵で書かなきゃだめでしょ!」


「わりぃわりぃ」


「早く早くー」





この時行かせなければ、今また違ってたのかもしれないね…

No.8 11/11/28 20:31
きら ( ♀ sdWbi )

日曜日の朝


ベッドの中でまだボーッとしながら二人で煙草を吸ってた。


「あ~めんどくさくなってきた。やっぱパチンコしてる方が良かったな。ふわぁー」と、大あくびしながら言ってる。


「会社から頼めばいいんじゃないの?休みなんだし、ゆっくりすればいいじゃん」



「やべ…マジでパチ行きてぇ」



夫はパチンコ好き


たまに夫婦で行く事もある。


最近は多忙で全然行けなかったパチ好きの虫が今ちょっと騒ぎつつある夫。



~♪♪♪


受信メール。



その虫は即消え去った。



身支度を済ませた夫が玄関で「んじゃ行ってくるよ」とチュッ。


行ってらっしゃいのキスは未だにしてる私達だったけどこの時の夫の心理は一体どうだったのか今でもわからない。


恐らく夫自身、今後の展開をこの時は想像すらしてなかったんだと思う。



実際、私もまだこの時は
半信半疑ではあったから。

No.9 11/11/29 08:04
きら ( ♀ sdWbi )


『俺について来い』


『俺様』タイプが
私は昔から好きだった。


夫もそのタイプ。
そして行動力もある。



最初、その行動力に
シビレさせられた。



出逢って2ヶ月で入籍というスピード婚の私達。


付き合って1ヶ月過ぎた頃私と長女を自分の両親に会わせ結婚を納得させた。


そこからの彼の行動は早く長女に不便がないようにと小中学校がすぐ近くにあって、3人で生活するのには充分すぎるほど広い間取りのマンションを借りた。


「恵美、春休み終わったら学校変わっちゃうけどごめんな」


「めぐ、ここの広いおうちがいいー!ほらすぐそこにブランコもあるよ!!」


「恵美、乗りにいくかー」


「うん!!!」


新しい場所に恵美は興奮してて夫と楽しそうに会話をしてる。



時季は春。


まだ慣れない苗字を言うのが気恥ずかしくもあり幸せでもあり。


夫と私と恵美。


家族となり、幸せいっぱいで結婚生活をスタートさせた。

No.10 11/11/29 08:27
きら ( ♀ sdWbi )



結婚して半年ほど経った頃私は妊娠した。


夫はすごく喜び
私も嬉しかった。


お腹が大きくなる度に幸せな気持ちも大きくなっていった。


夫と恵美はお腹の赤ちゃんに毎日話しかける。


「男の子かなぁ女の子かなぁ…恵美はどっちがいい?」


「めぐねー妹がいい!」


「お父さんは男の子がいいな」


「え~めぐ女の子!」


「恵美が女の子だから次は男の子がいいじゃん!」


「お父さんが男の子だから女の子がいいの!」




愛する人の子供を産む幸せ。


女性に生まれて良かったと心から思える。



今思えば…



この時が



幸せの絶頂期だったね。

No.11 11/11/29 09:37
きら ( ♀ sdWbi )


夫は今までに何度も浮気してきた。


だいたいは風俗やキャバ嬢といった店の女の子。


それがことごとくバレて
逆に可哀想なくらい(笑)



私はそれだけ夫の事をよく見てたんだと思う。




初めての浮気は怜奈が産まれてすぐの頃だった。

No.12 11/11/29 10:11
きら ( ♀ sdWbi )


その当時、今の夫と同じ立場になる上司がいた。


河原崎さん 34歳


河原崎さんを含む、会社の連中何人かと飲みに行った帰り、河原崎さんのおごりで風俗に。



帰宅した夫に今までとは違う何か違和感のようなのを感じた。


いや…直感だったのかも。


いてもたってもいられず、悪いとは思ってもお風呂に入ってる夫のケータイや財布を見ずにはいられなかった。


財布から、いかにもって感じの名刺が出てきて、場所も今日飲みに行った所のすぐ近く………



一気に怒りのボルテージMAX!



本当に良い上司なら、子供産まれたばかりの部下に早く帰るように言っても風俗おごるなんてありえない!


信じられない!


汚い!最低!


嘘つき!!!



初めて見せた私の般若の如き形相に夫は平謝りだった。


悔しかった。


悲しかった。


約束したじゃん…



No.13 11/11/29 10:36
きら ( ♀ sdWbi )



私は前に結婚に失敗している。


それも二度…



最初の結婚は高校の時付き合ってた5歳年上の仁志。


大好きで大好きで
いつも一緒にいたかった。


高校なんか辞めて今すぐにでも一緒になりたくて仕方がなかった。


そんな時、恵美を身ごもった。



絶対に産む。


仁志も同じ気持ちでいてくれた。


何の迷いはなかった。


親の反対を押しきり入籍。


仁志22歳 私17歳


一緒になれた事に感涙し、若い夫婦は永遠の愛を信じて疑わなかった。

No.14 11/11/29 11:03
きら ( ♀ sdWbi )



恵美が産まれて1年ほど経った頃、仁志の帰りが遅くなる。


その時は仕事で忙しいとしか思ってなかった。


今夜も仁志はきっと遅いし恵美はバーバが連れてちゃったし、たまには真紀の所でも遊び行こうかなぁ


高校の友達と2~3時間喋ってこよ~っと。


原チャを走らせ真紀んちに向かった。





あれ?



田舎の夜は真っ暗だけど、仁志の車は色々イジってあって遠目で一瞬だったが、ライトの光ですぐわかった。



今日は早かったのかぁ

ん?

でも方向ちがくない?

そっち墓地で行き止まりじゃん



どうしたんだろう?



何の疑いもなく私は仁志の行った方向に向かった。

No.15 11/11/29 11:14
きら ( ♀ sdWbi )


墓地の入り口から中を見渡すと、奥の駐車場に仁志の車は停まってた。


でもエンジンは切ってて薄暗い外灯で辛うじてわかる程度でほぼ真っ暗。




明らかにおかしい…


こんな所でエンジン止めて何やってんの?




この時、それがまだ何かわからなかったけど私は嫌な予感を感じてた。


No.16 11/11/29 11:31
きら ( ♀ sdWbi )


原チャを入口に置き、私は静かに静かに車に近寄って行った。


普段だったら墓地の中を歩くなど怖くてできないけどこの時怖さはひとつもなかった。


それよりも心臓の音が車の中まで聞こえるんじゃないかって方が怖かった。



死角からゆっくり近付いて行った。



これ以上近付いたらバレる位置に止まり、中の様子を目を凝らして見てみる。





…………………、



見えない(汗)






ん?


何か動いてる…?



まさか…………




デショ…?






私は意を決して
車の方向に歩いた。

No.17 11/11/29 11:48
きら ( ♀ sdWbi )


車の後方に着く。


10月も終わる肌寒い夜なのに体にじっとり汗をかいている。


スモーク貼りの窓で回りも暗いから、こんなに近付いても中が見えない。




車は動いてない。



でも…




変な声が聞こえる。




いや…



声とは違う…



別の何か。




運転席から中を覗いた。





私…



驚愕。

No.18 11/11/29 12:04
きら ( ♀ sdWbi )



助手席に蛙がひっくり返ったような格好をした女。



その両手は仁志の頭を押さえている。



仁志の頭は横だったり円を描くようだったり不規則な動きをしていた。



女の秘部を一生懸命愛撫してる自分の旦那…




今見てるのは、ここにいる自分ではなく、もう1人の自分がそれを見てるような感覚で現実感が全くなかった。






女と目が合う。

No.19 11/11/29 12:45
きら ( ♀ sdWbi )



目が合ったと言うよりも、覗かれてる事に気付き慌てて起き上がっている。



勿論、仁志も私に気付く。


目が皿の様になるとはまさにこんな顔だと思わせるような驚きぶり。



仁志の口の回りが光ってて気持ち悪かった。



ドンドンドンドンドンドンドン!



ドアは開かず運転席の窓を思いっきり連打した。



「開けろよ!!!」





ブォォーーン!



エンジンがかかる。



同時に物凄い勢いでバックしその場から走り去った。





「いったぁ…」



私は追いかけようとして、つまずき転んでいた。





なんでよぉ…




冷たい砂利の上でしばらく立ち上がれず、また溢れ落ちる涙を止める事も出来なかった。

No.21 11/11/29 14:39
きら ( ♀ sdWbi )


そのまま仁志はいなくなった。


出勤もせず一ヶ月後に解雇。


親戚、友達、知り合い
あたれる所は全てあたった。


捜索願いも出した。



仁志は見つからなかった。




あの女と一緒にいるの?



私より好きになっちゃったの?



それとも何か不満あったの?


私が口うるさいから?


子供みたいなヤキモチ妬くから?


回りの友達は遊んでるのに自分は遊べなかったから?



本当はまだ結婚なんかしたくなかったの?



どうして!


どうして!


なんでなのよ!!!



泣き崩れる日々が続いた。





それから二ヶ月後



宛名も消印もない白い封筒に片方だけサインがしてある離婚届がポストに入っていた…



私は怒りや悲しみよりも、無事でいてくれた事に安堵してる自分に戸惑ってた。



だけど…



離婚届に書かれてる仁志の字を見てたらやっぱり悲しかった。



寂しくて

悔しくて

苦しくて



泣けた…



何が原因だったのかその時は知る術もなく、ようやく離婚届を出す決心がついたのはそれから3ヶ月後。





20歳になったばかりの寒い冬から季節は春に変わってて、恵美と2人、頑張って生きてく事を誓った日でもあった。

No.22 11/11/29 14:48
きら ( ♀ sdWbi )

>> 20 読んでいて胸が締め付けられます…続きをお願いします🙏

桃ちゃんサン

コメントありがとうございますm(__)m


思い出しながら書いてるので話が前後したり読みにくい部分も多々あるかと思いますが今後もお付きあい頂けると嬉しいです😌


頑張って書きます😅

No.24 11/11/29 15:35
きら ( ♀ sdWbi )



特に資格がなく中卒の私が小さな子を抱えて働くには厳しい現実だった。


でも自分に誓ってたのは、夜の仕事だけは絶対やらない事。


職業差別をしているのではなく、自堕落になる自分が容易に想像できたから。


恵美の為にもしっかりした母として頑張らなくてはと昼間の仕事でなるべく収入のいい所にダメ元で面接に行きまくった(笑)



そこで決まったのが
建材屋の事務員。


正社員で手取り16万。


ちょっと厳しいけど、国の母子家庭制度をしっかり使わせてもらって親子2人で生活していけた。




まさかここで2回目の結婚相手と出会うなんて思いもしなかったけど。

No.25 11/11/29 16:09
きら ( ♀ sdWbi )



滝田健一 21歳 運転手


2番目の旦那となった人。


働いて1年近く経った時
健一に告白された。


なんとなくお互い『イイナ』と感じてたから、告白された時は嬉しかったし私達は付き合いだした。


最初はお互いの家を行き来してたけど、うちの方が会社から近いのもあり自然と健一が私の部屋にいる方が多くなってた。


恵美も『お兄ちゃん』ってなついてた。



元々独占的の強い私は健一の帰りが遅いと不安でたまらない。


またどこか行ってしまうのではないかと、いてもたってもいられなくなる。


何回もかけてしまう電話。


「もうちょっとで配車できるからすぐ帰るよ。変な心配すんなー」



安心する。



健一が私のわからない所で行動されるのが嫌で何から何まで聞かないと不安で不安でたまらなかった。



毎日洗脳するかのように、愛情の確認をする。




こんな自分が嫌で泣き、
更に泣いてる自分も嫌だった。


No.26 11/11/29 16:16
きら ( ♀ sdWbi )


「涼子」



呼んだ健一の顔は真剣で
なんだか怖かった。



「…なに?」





「結婚しよう」




付き合って2度目の夏が来る頃、私達は結婚した。



No.27 11/11/29 16:51
きら ( ♀ sdWbi )


「優ちゃん今夜ご飯食べにおいでよ」


「いいんですか?!でも、いつもご馳走になって申し訳ない気もしちゃいます」


「そんな事気にしないの!恵美も喜ぶし~その代わり手伝ってもらうよ!」


「はい!もっちろーん」



結婚後、事務の仕事は辞めパートでファストフードで私は働いていた。


そこで仲良くなった
松井優菜 19歳は、

親元を離れ1人遠い地に来て、いくつもバイトをかけ持ちしながら自分の夢に向かって頑張ってる素直でとてもいい娘。


独り暮らしだからカップ麺ばかりと言う優菜を、何度か夕飯に誘い、健一も恵美も優菜を半分家族扱いにするほど慣れていた。




「優菜!お前肉ばっか食ってないで野菜食えよ!」


「健一さんこそ悔しかったら人参食べてみそー」



今夜はお鍋。



こんな感じでまるで家族のように楽しい食卓を囲んでいた。




この時の私はとても幸せそうに笑ってたね。





寝取られるとも知らずに…

No.28 11/11/29 21:36
きら ( ♀ sdWbi )


健一は結婚する何ヵ月か前に建材屋を辞め、軽ワゴンに営業ナンバーをつけて、実質自営業という形で独立した。


元々健一の父親がそういった仕事をしてるので、そのツテもあり仕事は切れる事なく順調にいってる。


ただ仕事の時間が昼夜問わず不規則で、そこがちょっと不満だったけど頑張ってくれてる健一にそんな事は言えなかった。


ある会社から仕事が貰えるようになり出来高によっては今後専属でやらせてもらえるようになると健一は奮起し益々やる気満々で頑張っていた。


基本そこは昼間がメインだけど週に二度ほど夜間があった。


夜10時頃家を出て
翌日昼頃の帰宅。



「今日も夜間だから」


「え?また??今週4回目だよ」


「できる時やっておかないとよ。仕事薄くなった時大変だし」


「そうだけど…体大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。
とりあえず寝とくわ」



そう言って寝室に行った。




いつもなら昼間でも私が休みで家にいたら自分が寝るまで一緒にベッドに入ってるように言うのに…



じゃれあったりキスしたりするのに…



今日は1人で寝室に入っていった。




疲れてるのかな…




無理やり自分にそう言い聞かせる。





変な胸騒ぎを感じた日。




どうか


気のせいでありますように




必死にそう願ってた…。


No.29 11/11/29 22:00
きら ( ♀ sdWbi )



「行ってくる」


「まだ8時だよ?」


「伝票まだ切ってなくて、やる事も一杯だから」


「…そうなんだ」


「ちゃんと戸締まりして寝ろよ」


「あ、うん。いってらっしゃい」



胸騒ぎを覚えてから
今日でちょうど一週間。


健一は相変わらず
『忙しそう』だった。




なんでそう思ったのかは、わからない。



一言で言えば『女の勘』


それに尽きる。



でも理由を強いて言うならば…



視線。



優菜の健一を見る視線に、直感的な物を感じた。



ただそれだけ…



私の勘なんてくそくらえ!




どうか健一の車が停まってませんように…




深夜1時、結菜のアパートに向かった。

No.30 11/11/29 22:19
きら ( ♀ sdWbi )


ドクンドクンドクンドクン。



心臓がうるさい。



ここを左に曲がれば
優菜が住むアパート。


道路に面して駐車スペースがあり、その脇に2台ほど車が停められる空地がある。



停まっているならその空地。




でも…



そこに健一の車が停まってるなんてありえない事。




私何やってんだろう…




健一は毎日夜中に頑張って仕事してるのに、こんな事する女房なんて最低だね。



ごめんね。健一…。




もうこんな事二度しない。




最後にする!




私はアクセルを踏みハンドルを左に切った。


No.31 11/11/29 22:58
きら ( ♀ sdWbi )



!!!!!!!





瞬時で激昂。




2階に駆け上がる。



何の躊躇もなくインターホンを
鳴らしまくった。



ピンポン!ピンポン!


ドンッ!ドンッ!



回りの迷惑を考える余裕もなければ完全に理性が吹っ飛んでた。



ピンポンピンポンピンポンピンポン




「はい」




インターホンから健一の声。




「何してんだよ!健一あんた仕事じゃなかったの!
開けなよ!!」



「……」




「ふざけやがって!開けろよ!!!」



ドンッ!ドンッ!ドンッ!




「警察呼ぶぞ」




「は?」




ブチ切れ。




ガンガンガンガンガン!!!



ドアを何度と蹴飛ばす。



カチャリ。



玄関が開いた。

No.32 11/11/30 14:20
きら ( ♀ sdWbi )



私は昔少々
ヤンチャな時期があった。



中2の時
彼氏と深夜のカーセックス
不純異性交遊で補導。



煙草。シンナー。暴力。家出。
etc…。



仲間内の何人か小遣い稼ぎでやってた売春。


ダンプの運転手相手に
当時で一回1万。



私はどんな悪さをしても
それだけは絶対にしなかった。



馬鹿でも好きな男には忠実で裏切る事はしたくなかったから。




ずいぶん昔の事だけれど、怒りで興奮状態がMAXになると、知らず知らずに当時の口調に戻るのは未だ難点である(苦笑)

No.33 11/11/30 14:51
きら ( ♀ sdWbi )



右手に小さなキッチン
左手にユニットバスの扉


正面、ワンルームの部屋はレースのカーテンで仕切られ暗い玄関から丸見えだ。



ほんの数秒の静寂。



この部屋の住人のすすり泣く声が聞こえてきた。



てめぇが泣いてんじゃねーよ!!



怒りで靴を脱ぐのも忘れ、土足で部屋に入ってく!



レースのカーテンを引きちぎらんばかりの勢いで開けた時、物凄い力で引っ張られ呼吸が出来なくなった。



「…く…」



健一が私を後ろから羽交い締めにして右腕は首を絞めていた。

No.34 11/11/30 16:07
きら ( ♀ sdWbi )



「いっ!」


その腕は容易に離れた。



暴れて健一の腕を噛みちぎんばかりの勢いで思いっきり噛んだ。



優菜はすすり泣きから
号泣に変わる。



敷かれたシングルの布団に
枕が2つ並べられていた。



その上に散乱している
情事の痕跡。




「なんなんだよこれ…」





フラッシュッバックした。



墓地での光景が甦る。



全身が震える。



鼓動が激しくなり
息苦しい…




助けて!


苦しい!


やだ!やだ!やだ!やだ!




突然の恐怖心。





落ちつかせようとテーブルにある健一の煙草を、震える手で取って吸い出した。




「ご…ヒック…ごめ…ヒックヒックなさ…」



優菜の泣き声に苛々した。




「いつから?」


健一に聞く。



「……」



「いつからなんだよ!」



「…二週間くらい前」



「なんで?」



「…った」



「あ?聞こえない!何?」





「好きになった」





私はこの時、どんな顔していたんだろう…。



全身の力が抜けていく。



また呼吸がしづらい。



何が起きてる……?




静まり返った空間に
優菜の嗚咽が響く。




耳を塞ぎたい。




「帰ろう…健一」




それが精一杯だった。

No.36 11/11/30 22:08
きら ( ♀ sdWbi )



恵美が起きた様子はなく、眠ってるのを確認してドアを閉め煙草に火をつけた。



健一はソファーに座り険しい顔付きで煙草を吸っている。



「どうして?」



「……」



「私を馬鹿にしてんの?」



「……してないよ」



「じゃあなに?どうして
あんな事できんの?」



「………ごめん」



「あれがあんたの答えなんだよね?」



「……」



「黙ってちゃわかんねーんだよ!!」



我慢してた涙が一気に溢れ健一の上着を掴み激しく揺さぶった。



「なんであそこまでするんだよぉ…」



健一の上着を掴んだまま
項垂れ涙が止まらなかった。




ほんの30分前の事―ー




「ちょっと行ってくるよ」


「…ヒック…ウック…」



泣いてる優菜の肩を抱き、頭を撫でながら優しく言ってる健一。



「……」



私は金縛りにかかったみたいに、声も出なければ指先ひとつ動かす事が出来ないでいた。





!!!!!




目を疑った。



優菜にキスをしようとしてる健一。



私の目を気にしてか
それを手で防いでる優菜。



…………………………


……………………


……………



……私




…ミジメだ。

No.37 11/11/30 22:19
きら ( ♀ sdWbi )

>> 35 辛すぎる!その瞬間 あの気持ちは経験者にしか分からない。 頑張って!

ユズさんありがとうございます😌


何年経っても、辛い記憶は鮮明に覚えてるものですね⤵

書いてて、その時の葉っぱの色や空気の冷たさまで思い出します😱


不快な表現があるかもしれませんが、これからも読んで頂けると頑張れます😅


コメントありがとうございました😉✨

No.38 11/11/30 23:27
きら ( ♀ sdWbi )



「誘ったのは俺からで優菜はお前に悪いとよく泣いてたんだ。全部俺が悪いんだ…」



優菜を守る発言に
胸がえぐられる。



「悪い?優奈先週もうちでご飯食べてたよね?よく平気な顔でいられるよね!それで悪いと思ってるって?2人で私の事笑ってたんでしょ!馬鹿にすんな!!」




「今日の事で優奈に俺と付き合えないと言われても、俺は優奈を諦める事はできない。」





痛い…


胸が痛い…




声を振り絞る。




「…私は?

私はどうなるの…?」




「ごめん」





………ごめん?



ごめんで終わるの?



健一いなくなっちゃうの?


嘘でしょ…


やだよ…


やだ…





「私のどこが悪かったの?嫌なとこあったら直すから。ね?健一」



「涼子は何も悪くない。
本当に全部俺が悪いんだ。ごめん」



「ごめんなんていらない!何でも言う事聞くから!健一がしたい事何してもいいから!お願い健一、別れるなんて言わないで!お願い…」



私の方を見ず正面を向いてる健一に、なりふり構わず泣きながらすがった。



「優奈と付き合っててもいい!いつか私のところに戻ってきてくれたらいいから!健一が好きなの!健一がいないと生きてけないの」


どんなにミジメでも良かった。


そんな事も考えられなかった。



ただ、ただ、


健一を失う事が怖かった。

No.39 11/12/01 00:17
きら ( ♀ sdWbi )



「重いんだ…」



「…え?」



「涼子の愛情が重くなった」



「なんで…」



煙草を揉み消し健一は続けた。



「俺の行動を全部把握したがるだろ?たまに仲間と飲みに行っても電話の嵐
いつも監視されてるようだった」



「そんな…健一は心配ならいつでも電話して来いって言ってたじゃない…
それで私が安心するなら、俺はやましい事は何ひとつないから気にしないでいつでもかけて来いって」



「それがきつくなった」



「健一だって私の事すごく束縛してたでしょ?
前の会社は男ばかりだからもう俺の目が届かないから辞めろって言うから従ったし、どこ行くのも何するのも健一も報告しろって言ってたじゃない!」



「もういいから」



「…何?」



「もう好きにしていいから」




ずるい…


ずるい


ずるい!ずるい!






「出来る限りの事はする」




そう言い残して
健一は玄関のドアを閉めた。






時計を見たら4時。



まだ暗くて寒い早朝。



出窓から見える
いつの間にか降ってる雪。



膝を抱えて明るくなるまで泣き腫らした。




入籍してからまだ8ヶ月しか経ってない時の事だった。




そう…



たった8ヶ月で終わった
結婚生活だった。

No.40 11/12/01 01:35
きら ( ♀ sdWbi )



辛かった時期は割愛。





私きっと恋愛体質(苦笑)



好きな人がいないと頑張れないとこがあったりする。



健一に愛情が重いと言われたのは相当なショックだったけど。




結婚はもう無理…


漠然とそう思ってたけど、もう恋愛なんかしたくないとは思わなかった。



だからって遊びの恋ならいらない。



一度好きになったら
常に真剣で全力で愛す。



今はまだ無理だけどいつかまた真剣に好きになれる人が現れる。



この時はまだ若かったのもあり、恋愛に対しては恐ろしいほどポジティブな私だった(笑)




この2年後


現在の夫、和也と出逢い
3度目の結婚をする。



結婚する時に今までの事を全部話し少しだけ臆病になってた私に夫は言ったの。



「俺は絶対浮気はしない。お前が苦労した分、俺が幸せにする。約束するよ」




私って…


男見る目ないですか?


No.41 11/12/01 07:50
きら ( ♀ sdWbi )



夕方6時。



「もしもーし」


電話に出た夫の後ろから
ガヤガヤ聞こえたが外に出てきたようで静かになった。


「今どこ?」


「◯◯で中井と飯食うとこ」


「え~夕飯いらなかったの?」


「わりわりぃ。食ってくからよ」


「もっと早く言ってほしかったなぁ。必要な物は買えたの?」


「おう。だいたいな」


「遅くなる?」


「8時までには帰るよ」


「了解。気をつけてね」






やっぱ私の気のせいだったかな…





「怜奈、お姉ちゃん呼んできて~ご飯だよ」


「ほーい!」




それから8時少し前


夫は帰宅した。

No.44 11/12/01 21:41
きら ( ♀ sdWbi )

>> 42 泣ける…

読んで頂いてありがとうございます✨


それで頑張れちゃいます😉

No.45 11/12/01 21:47
きら ( ♀ sdWbi )

>> 43 私も浮気されて体をこわした事があるから、食い入る様に読まさせて頂きました🙇 愛する人に裏切られるって、凄く辛いですよね😢 続きが気になります…
うさこさんありがとうございます😌


うさこさんも辛い思いされたんですね…。


痛いほどわかってしまう😢


共感して頂ける人がいると最後まで頑張って書こうと思えます。


是非これからもお付き合い下さいm(__)m

No.46 11/12/01 23:04
きら ( ♀ sdWbi )



ふあぁ…と大あくびの夫。


「今日は何気に疲れたな
もう11時か~そろそろ寝るか」


「私これだけ片しちゃうから先にベッド入ってて」


「そんなの明日でいいよ
早く寝るぞ」


「へいへい」



夫はいつも一緒にベッドに入りたがる。


寒くなったらなおの事。


「さみいーー」


腕枕して足を絡ませギューッと強く抱き締めてくる。


「お前って本当あったけーよな」


「おやすみのチューはぁ?」と、私が言うと
必ず「ムリ~」って言う。


「い~よ~だっ」と、ソッポ向くと「チューは?」って言ってくる。


そうやってふざけあって、キスをしてから眠りにつく。



毎朝いってらっしゃいのキスと寝る前のおやすみのキス。


夫が早く帰宅した日は
一緒にお風呂に入る。


休日は家族で出かけて
たまに手を繋いで歩く。



すごく仲がいい夫婦。




…でも





私達夫婦は
もう何年も前からセックスレス。

No.47 11/12/02 00:08
きら ( ♀ sdWbi )



主にキャバ嬢と浮気をしていた夫



数年前。



飲み会から遅くに帰宅した夫が求めてきた。



拒否したが夫は無理やりしてこようとして私は激しく抵抗。



「素直になれって」


と言う夫の言葉に


「本当にやなんだって!
もういい加減にして!!」





………………………。





「本気で嫌がられてるとは思わなかったよ。悪かった」




この日から夫は一切求めてこなくなった。




浮気をする夫を汚いとか、気持ち悪いとかそう思って拒否してた訳じゃない。





比べられるのが嫌だった。





数名の浮気相手は職業柄、若くてそれなりに綺麗だろう…



元々自分に自信がない私はだんだん卑屈になり夫を受け入れる事ができなくなっていた。



今思えばそのセックスレスが夫の浮気に拍車をかけてたように思う。




たまに耳にしても、ずっと他人事だと思ってたセックスレス。



知ったのは…



一度そうなると、そこから脱け出せない難しさだった。





でもいいの。




セックスはなくなったけど、
その他ではスキンシップもありとても仲の良い夫婦だったから…。


No.48 11/12/02 00:50
きら ( ♀ sdWbi )



……スゥ…スゥー…



夫の寝息。



起きないよう静かにベッドから降りリビングに行った。




テーブルの上に夫のケータイ。





――――今朝。



「やべ…マジでパチ行きてぇ」


~♪♪♪


メール着信音


「中井の奴、待ち合わせの場所にもう着いたってよ。はえ~よ」







ふぅぅぅー…



大きく深呼吸をしてから
4ケタの番号を押しロック解除。



受信メールを開く。



おはようございます。
今着きました😄
ちょっと早すぎ(笑)



送り主は


アルファベットの羅列で、
登録されてないアドレス。




一気に心拍数が上がった。




送信メール。



はえーな😅
俺は今家出たよ。
もうちょっと待ってて




はい😄
ついでだから倉庫の鍵
事務所に置いてきたよ👍






西田由美。




確定。

No.50 11/12/02 06:34
きら ( ♀ sdWbi )

>> 49

読んで頂いてありがとうございます✨


更新なるべく間があかないように頑張ります😉

No.51 11/12/02 07:47
きら ( ♀ sdWbi )



ピピピピ…



毎朝5時半に鳴る目覚ましの音にビクッとする。



ほとんど眠ってない。



どうやって夫に聞き出すかずっと考えてた。



以前の私は浮気が発覚した時点で激昂してた。


度重なる浮気で、ある意味免疫がついたのかもしれない。


かと言って、気持ちに余裕など全然なかった。




「ねぇ時間だよ」


トントンと夫の肩を叩く。


「うーーん…ねみぃ…
煙草くれ」


火をつけてから夫に渡す。



「あのさぁ…」


「ん~?」



まだ半分寝てる状態の夫。



「昨日、中井君と一緒ってのは嘘だよね」



「はぁ~?中井だし」




「ふーん…」



夫はまだこの時はあくびをして余裕な態度を見せている。



「私おとーが言ってくれるまで黙ってようと思ったんだけど、やっぱ言うね」



「何?」



目を閉じたまま煙草を吸っている。



「私昨日、◯◯で中井君を見かけたんだけど…おかしいよね?その時間はあんたと一緒のはずなのに」




夫。



完全覚醒。

No.52 11/12/02 08:58
きら ( ♀ sdWbi )



「んな訳ないって。
人違いだろ」



煙草の火種が落ちてるのに何度も灰を落とそうとする仕草で夫の動揺が垣間見れる。



「じゃあメール見せて」


「な、なんでだよ」


「昨日の朝中井君からメールきてたでしょ?」


「……」


「それ見せてくれたら私の人違いだったで納得できるし、逆に見せられないのは怪しいよね」



「……」



「ねぇ…どうなの?」



数秒間見つめ合い
夫の口が開いた。



「仕事の材料を買いに行ったのは本当だから」


「誰と?」


「お前が変に誤解すると思ったから中井って言った」


「だから~誰と行ったの?」





「西田」





やっぱり。




「そうやって隠す方が誤解するし怪しいんだよ?」



「部下でも一応女だしお前が気にすると思って俺なりの思いやりのつもりだったんだ」



「好きなの?」


「は???」


「彼女の事が好きなの?」


「それだけは絶対ない!
あいつを女としてなんか見れねーよ」




確かに…。



妻の私が言うのもおかしいけれど、夫の好みはだいたい知っている。


今まで、浮気相手の写メを何度か見た事がある。


夫は綺麗タイプより、可愛いタイプが好みで飲み屋の女と浮気してる割には派手な子は好きではない。


生意気で、でしゃばる女は大嫌い。



お世辞にも綺麗だと言えない彼女は、容姿に限らず、性格的にも全く夫のタイプではなかった。



「勘弁してくれよ~」


「もう嘘つかないで…」


「ごめんな」




夫は私を抱き寄せ
優しくキスをした。

No.54 11/12/02 17:33
きら ( ♀ sdWbi )



あ~

私の勘違いで良かったぁ

本当私ってお馬鹿さんネ

テヘッ!







なんて
思える訳ないっつーの。





哀しいかな



裏切られ続けた私は、そう簡単に信用する事ができない体質になってしまった。



夫の言葉を素直に信用できなくなってる自分も悲しいけど…。




夫曰く


素人は面倒くせーしキャバや風俗の女はプロで後腐れなく単純に遊び。だから浮気とは言わねーの。



どんな持論ですか(呆)




5年程前。



夫が言ういわゆる『素人』の娘との浮気が発覚。


一時、熱が入った夫は、
「少しの間だけ自由にさせてくれ」と出て行った。



女と対峙。


私圧勝。


夫の家出は3日で終了。




激痩せした私に、


「俺が馬鹿だった。心入れ替える。本当にごめん」



どんなに悲しくても悔しくても、私の選択肢は一つしかないじゃん…



夫を愛してる私は
『許す』しかないんだ。



悔しいけれど


惚れた弱み。


私が我慢すればいいんだから…





朝食の後片付けをしながら、ふと思う。




「西田由美も素人じゃん」



思わず口にして苦笑する。



この時ばかりは、夫のアホな持論に賛同する私がいた。

No.55 11/12/02 17:36
きら ( ♀ sdWbi )

>> 53 な… なける。

読んで頂いてありがとうございます😌


この先もっと辛い事が満載です😣


頑張ります💦💦

No.56 11/12/02 22:00
きら ( ♀ sdWbi )



自分でもわかってる。



私は重くてウザイ女。




好きになるとその人しか見えず、どんな些細な変化にも敏感で常に行動を見ている。





執着。



依存。



泣いた数だけ
重症化してしまった。




子供の笑い声。


愛する人の温もり。


幸せな家族




それをまた失う恐怖。



もう耐えられない。



絶対に手離したくない。




私の執着は加速する。

No.57 11/12/03 06:38
きら ( ♀ sdWbi )



今夜も夫の寝息を確認してから静かにリビングに行く。



ケータイの暗証番号を私が知ってるなんて夢にも思ってないだろうな…



私のやってる行為は
卑劣なんだと思う。



だけど、どうしても
自分を抑制する事ができない。



確認せずにはいられない。




そこに幸せがないとわかっていても…。






受信箱


昨日は買い物に付き合ってもらってありがとです😉
休日なのに家族の方々に申し訳なくてちょっと罪悪感⤵⤵



送信箱


気にすんな😜
俺も楽しかったし😄
今日は忙しいけど頑張ろうな👍




―――


和也さんと1日過ごせて嬉しかったから、今日は由美頑張れちゃう❤

また出かけたいな😍






は?



和也さん?



由美だと?





いい歳して何が由美だよ。罪悪感なんかない癖に!



心の中で悪態をつく。




会社の買い物なんて嘘だった。



西田個人の買い物に
夫が付き合っている。



メールの文面は上司と部下の会話ではない。




肩で息をしながらも、妙に冷静に見てる自分が不思議に感じた。




始まった。



私の地獄。

No.58 11/12/03 09:32
きら ( ♀ sdWbi )



私は苛々してた。




あの日曜日から5日経過。



2人のメールのやり取りは
毎日行われていた。





―――


和也さんの仕事してる姿
超かっこいい😆
ずっと見てたい😍


―――


とか言いながらサボってんだろ😠
ご褒美やらねーぞ😜


―――


今日早く終わりそうだね✌どこか行きたいなんて由美が言ったらイケナイよね😢


―――


飯食いに行こ👍
先にあがってセブンイレブンの駐車場で待ってろ~😁


―――


嬉しい‼‼‼
うん😆
待ってるね❤





確実に2人の距離は縮まっていた。



ケータイを盗み見してる私は、問い詰める事もできず苛々ばかりが募ってく。



土曜日、仕事が終わらないと言う夫は日曜日の昼近くに帰宅した。


一睡もできなかった私。


でも帰宅した夫に笑顔で
「おかえり」


夫は疲れた顔をしてる。




本当に仕事の疲れ?



………。




仕事なんて嘘!


絶対あの女と一緒だったんだ!


嘘つき!!


もう黙ってられない!




その確信が欲しく私はケータイを見る機会を伺った。





そしてこの夜


私は怒り狂う。

No.59 11/12/05 00:20
きら ( ♀ sdWbi )



夕飯を終えたあと
夫は早々とベッドに入った。


はやる気持ちを抑え
夫が眠りにつくのを待つ。



知りたいけど知りたくない。


私の考え過ぎであってほしい。



夫が寝たのを確認して、
祈るような気持ちでケータイを開く。



土曜日、彼女から13時にきてるメールがその日の最後でその内容も仕事に関する事だけだった。




…え?


これだけ?



『どこ行く』『何する』や『楽しかった』等のメールが絶対にあると思い込んでた私は拍子抜け。




電話で話したのか…


いや、仕事中に隙を見て、こっそり約束するくらい出来るはず。


それとも先週の日曜日に、すでに約束してたとか…




(あー!もう…)




疑い深い自分にイラッとする。




「あ。中井君」



いつも見るのは彼女と交わすメールのみだけど、中井君に送信してるメールに気がついた。



―――


お疲れさん。
今終わって事務所閉めたから、お前もそのまま直帰しちゃっていいよ。
俺月曜日は午前中一杯会議で居ないから、休み明けで大変だけど宜しく頼むな。



送信時刻21:01





やっぱ…


終わってるじゃん!




中井君は社外に出ていた。


事務所では彼女と2人きり。


だからメールする必要はなかった。




体温がグッと上がった。


No.60 11/12/05 00:28
きら ( ♀ sdWbi )



夫が乗る車。



ルームランプをつけ、
最初に灰皿を見てみる。



夫のではない、違う銘柄の煙草が何本かあった。



一回り細くてメンソール系の
いかにも女性向けの煙草。



私、スイッチ・オン。



ダッシュボード
サイドボード
ドアポケット



ありとあらゆるところを、何かにとり憑かれたかのように探してる。



ケータイを見た事を言ったとしても特別何か決定的な事があった訳ではなく、部下に飯奢って何が悪いと言うだろう。



それよりもケータイを見ていた事にキレるのが目に見えてわかる。



言い逃げされない為にも、その決定的な証拠を探す事に一心不乱になっていた。





クシュン!


どのくらい時間が経ったのか…。


寒さで身震いする。



昨夜、彼女がこの車に乗ってたのは確実なのに、煙草以外にこれといったのが出てきてくれない。



気がつくと、手が氷のように冷たくなっていた。



12月の冬空。



熱くなった頭も少し冷ましてくれたらいいのに…




ふと見たら後部座席の足元に、くしゃくしゃになった紙袋が置いてある。



手に取り見たら、
ファストフード店の紙袋だった。


中を見ると、ハンバーガーの包みやサラダのカップ等のゴミが入っている。




「これって…」





どれも2個ずつ。




その中にレシートも入ってて、食い入るように見た。



日付は今日。

◯◯店で時間は10:13分


◯◯店は会社とは全く違う場所で、その時間そこにいるのは明らかにおかしい。



しかも2人分。



よく見ると丸められた紙があって、それを伸ばした。




「見つけた!」




なんて思えなかった。




体温は一気に急上昇!



理性が吹っ飛んだ。


No.64 11/12/06 07:47
きら ( ♀ sdWbi )

>> 62 読んでます😄どうなるのかドキドキして💨続き楽しみに待ってます💡

コメントありがとうございます✨


更新遅くなっててスミマセン💦


これからも読んで頂けると嬉しいです😌

No.65 11/12/06 07:52
きら ( ♀ sdWbi )

>> 63 いつも楽しみにして読ませていただいています😃 すごく切なくてやるせない気持ちになりますし、過去の旦那さん方々の気持ちがわかりません…😢 こ…

ありがとうございます✨


信じられませんよね😓


私の好きになるタイプに問題があるのかもしれません💦


これからも宜しくお願いします😌

No.66 11/12/06 07:58
きら ( ♀ sdWbi )



5年前、家を出た夫の行為は私に強い不安感を与えた。



また奪われ去られる恐怖。



あんな思いもう絶対に嫌。



自分の中で苦渋の決断をする。



夫が言う、お金で済む
『後腐れがない』男の遊びを黙認するようになった。



それがギリギリ私の精一杯。



馬鹿でも歪んでいても愛する人を失うよりはいい…



浮気癖さえ抜かせば、夫は優しい人で子供も可愛がり会社では人望もあってみんなから慕われている。



そんな夫を格好良く、誇りに思い、心から愛していた。







だけど…




西田由美はだめ。





会社という私が入り込めない領域で毎日時間を共有し仕事が大変になればなる程お互いが共鳴し合い、そこに錯覚した感情が芽生える。



夫がよく言ってた


「西田は本当によくやってくれる」



仕事がどんなに遅くなっても最後まで手伝うのは彼女はあなたの事を好きだからなの…



夫もまた、仕事を通し、
特別な感情を抱くかもしれない。




私は毎日苛々と不安な気持ちで一杯だった。




そんな時の朝帰り…




仕事から完全に逸脱した
2人の証拠を握り締め、私は夫に馬乗りになっていた。


No.67 11/12/06 08:17
きら ( ♀ sdWbi )



「昨日何してたのよ!!」


夫は尋常じゃない私の行動に驚き、一瞬で目を覚ました。


「なんだよ、どうしたんだよ」


「朝方まで仕事なんて嘘じゃん!あの女と一緒だったんでしょ!」


「何言ってんだよ。仕事に決まってんだろ。てか、何してんだよ、どけよ」



とぼける夫に馬乗りになってる私は、パジャマのボタンが吹っ飛ぶほど激しく揺さぶり興奮して放った。



「ふざけんな!いつもいつも嘘ばっか言ってんじゃねーよ!!!」




夫の顔色が変わる。




「てめぇ…誰にそんな口きいてんだ」




その低音の声に怯む。




生意気な女は大嫌いで未だ男尊女卑の時代錯誤した考えを持つ夫のキレてるとこは本題とはずれている。



だけどそんな夫を知っているから私も今までどんなに喧嘩しても、そんな態度や言動を夫にした事はなく、この時が初めてだった。



「どけ」



こんな時でも夫に従ってしまう自分が情けなかった。




「朝までどこにいたの」


「だから仕事だって言ってんだろ」


「本当の事言って!もう嘘つかないでよ!」


「いい加減にしろよ!明日も朝早いってのにそんなくだらない事で起こしてんじゃねーよ」



横向いて寝ようとする布団を思いっきりはがし私は言った。



「こんな所で仕事するの!!」


くしゃくしゃになっているラブホテルの割引券を夫の前に叩き付けた。



さすがに動揺する夫。




「ち、違うし」


「何が違うのよ」


「これあれだよ、あれ」


頭をフル回転させて、まさに今言い訳を考えてる真最中の夫にだめ出しする。



「11時過ぎまで事務所で寝てたという人が、どうしてこんな時間にこんな場所でハンバーガー買えるの?しかもこれ2人分じゃん」




沈黙。



私は勝ち誇った気分にすらなった。




「言ったらお前が傷つくだけだろ」



心臓が激しく波打つ。



「私の事は気にしなくていい…お願い本当の事言って」




再び数秒の沈黙。




夫は煙草に火をつけ大きく煙を吐き出してから、ゆっくり口を開いた。




「昨日の夜はお前の言う通り仕事じゃなかった」



「誰かと一緒だったんだよね?」



小さく首を縦に振り



「…昨日は」




私は息を飲んで
夫の次の言葉を待った。

No.68 11/12/06 11:07
きら ( ♀ sdWbi )



「昨日は女といた」



わかっていても口に出されるとショックが大きく言いたい事がたくさんあるのに言葉が出てこない…




だけど


沈黙も怖かった。



何か言わなくちゃ…



「どうし…」



言いかけた時夫が遮った。



「西田じゃないから」



「…え?」



「お前は西田との事を疑ってるけど、同じ会社で面倒くさくなるし、あいつを女としては見れないって前にも言ったろ」





彼女じゃない…?




最近は仕事が多忙で飲みには何ヵ月も行ってない。


帰宅も深夜が多く
ご飯とお風呂で即熟睡。


そんな状態で他に女を作る暇なんてあるはずない。



なのに
西田ではない別の女…?



私は混乱しつつも冷静に考えていた。



「じゃあ誰といたの?」



夫は私の顔をチラッと見て



「抜いてきた」



「は?」




「デリだったんだけど俺で最後って言うからそのまま泊まって朝駅まで送る途中でハンバーガー買ったんだよ」


「……」


「こんな事普通言えねーだろ?お前が嫌な思いするんだしよ」


「遊んできたのはマジ悪かったけど、単に男の生理現象だから」


「西田とはありえねーし、お前が心配するような事は一切ないよ」




多弁になる夫。



私は、その夫の顔を物凄く冷静に見ていた。




「…ふーん」



納得いかないような私の態度に夫は



「じゃあ俺はどこで抜けばいいんだよ!」



拒否してレスになった私を責めるかのように若干キレ気味に言った。




それって



逆ギレじゃん…


No.70 11/12/07 12:46
きら ( ♀ sdWbi )

>> 69

はにこさん😄
ありがとうございます✨


私も3番目の旦那の浮気が最高レベルです(笑)


当人でしかわからない辛さだと思うので共感して頂けると、ますます頑張って進めようと思えます👍


これからも読んで頂けると嬉しいです😆

No.71 11/12/07 12:50
きら ( ♀ sdWbi )



夫は嘘をついている。



暗黙の了解となってる風俗を言い訳に出してきた。



数秒の間に必死で考え閃いたその言い訳は、いかにも辻褄が合ってるかのように見える。





だけど…



無理があった。





いつもは堂々と『飲み』に行くと言う夫は、仕事を言い訳にする事はなかった。



ましてや、こんな多忙な時に行くような事もない。



夫もそれは自分でもわかっていて日曜日の件もあり、『飲み』と言うと怪しまれるから今は『仕事』と言った方が自然だと思ったのだろう。





毎日メールをしてる事を言ってしまおうか…




いや…



今言ってもまたうまく逃げられ、ケータイ見た事に逆ギレして暗証番号変えられたらまずい。




夫を見ると、回避できたと思っているのか安堵の表情を浮かべて煙草を吸っていた。




嘘をつく、言い訳をする、という事は家庭を壊してまでとは思っていないはず…



今夜はそれで良しとしておく。



動かぬ証拠がない限りどんなに嘘くさい言い訳でも言い通すだろう




もう少し様子を見よう…




「ボタン2個取れちゃってるよ。ったく、バカ力出しやがって」


「次はアソコちょんぎるよ」


「女になるのもいいなぁ」


「アホか…もう寝る!」


「本当に悪かったよ
ごめんな」


キスをしてこようとする夫を手で払い背中を向けて布団に潜った。



(何考えてんのよ)



私は、旦那の嘘と彼女との妄想に苛々して明け方近くまで眠れなかった。

No.72 11/12/07 12:54
きら ( ♀ sdWbi )



私はどうしていつも愛する人に裏切られるのだろう…




知らないふりをしてれば
良かったのだろうか…




ううん。




そんな事できるならとっくにしてる。




裏切られ続け傷ついてきた私にそんな気持ちの余裕など全くなかった…





常に心の中にある恐怖。




好きなの


愛してるの



お願い…


行かないで…


どこにも行かないで!!






頼りがいも責任感もあり、優しくて冗談を言い合ってよく笑う。



友達に

「涼子の旦那って本当にいい男だねぇ」と言われて、ちょぴり誇らしく思う。



一緒にいると楽しくて
心から幸せを感じられる。





夫しか見えない。



夫を誰よりも愛している。



他の人には絶対渡さない。





家族で幸せだったあの時。



人が羨むほど仲が良く
愛し合ってた私達。




その記憶が鮮明であるほどそこに依存し手放せない。




彼女の存在が明らかになってからの私はどんどん視野が狭くなり、夫の行動に敏感で、夫の言葉に一喜一憂し、ますます夫に執着していく。





私って本当に




重い女なんだ…


No.73 11/12/07 15:18
きら ( ♀ sdWbi )



―――


和也さんが好き…
由美、もうこの気持ち止められない…
わがままは言わないから
和也さんの側に由美を置いて下さい💓

愛してます❤


―――


俺も一緒にいて楽しいよ😉これからもよろしくな✋







「だから違うっつの」



「何がどう違うのよ!好きだの愛しているだのって言葉が出てるじゃん!」




深夜1時。


夫と私は揉めていた。



帰宅した夫がお風呂に入ってる間にケータイを見ようとしたらすでにメール画面になっていた。



閉じ忘れていたのだ。




「てめぇ何勝手に人のケータイ見てんだよ」


「だから、おとーの着信音変えたから、それを聞くのに自分にかけようとしたらメール画面になってたの」


「だからって内容まで見るんじゃねーよ」


「そういうあんただって私のケータイ勝手に開くでしょ」


「俺はいいんだよ!別に疑って見てるわけじゃねーしお前とは違うんだよ」


「なにそれ…」


「それに西田が一方的に言ってるだけで、俺は何とも思っちゃいねぇよ」


「何にもないのに女性があんな風に言う?言うわけないじゃん!」


「んなの知らねーよ」


「あんたもその気になるような事言ってるからでしょ!」


「俺のメール見てみろよ。好きだの惚れただのって一言でも書いてるか?」


「一緒にいて楽しいって言ってるじゃん」


「その程度は言うだろが。仕事も一緒だしやりづらくなるのが一番やだしお愛嬌だっつの」



怒りでなのか悔しさでなのか体の震えが止まらない。





「私、彼女に電話するね」




夫は飲みかけのお茶をこぼした。

No.74 11/12/07 15:20
きら ( ♀ sdWbi )



「勘弁してくれよ」


「妻帯者とわかってるのに好きって言う人は信用できないから」


「だからそれは俺が相手にしなきゃ済む話だろ」


「はっきり断ってないじゃん!あんたはそれでいいとしても中途半端に接してると相手の気持ちはどんどん進むんだよ?」


「わかったよ。ちゃんと言うから」


「じゃあ今ここでメールして」


「こんな時間寝てて迷惑だろうが。明日事務所で言うから」


「言ったかどうかなんて、私にはわかんないじゃん」


「大丈夫だって。ちゃんと言うから心配すんなよ」


「約束できるの?」


「あぁ絶対約束する」


「もし嘘ついたら次はおとーに言わず私彼女に電話するから」


「おう。わかった」



この時は夫を信じようと
必死だった。

No.75 11/12/07 15:31
きら ( ♀ sdWbi )



奇しくも、翌日から仕事が更に多忙になり深夜2時3時に終わる事がザラになる。



家から車で片道1時間ほどかかる通勤は、睡眠時間を考慮して事務所で寝る事が多くなった。



事務所にはシャワーや寝具が
完備されている。



夫が帰宅しない事によって私は悶々とした毎日を過ごしていた。



夜は何度となく夫に電話してしまう。



電話から聞こえる回りの音で本当に仕事してるのがわかると安心した。



逆に静かな時は

「どこにいるの?」

と、つい聞いてしまう。




「事務所でちょっと待機」


「1人?」


「あ、うん。そうだよ」




…近くにいるんだね。


一緒なんだね。


本当にそこは事務所…?




聞きたいけど聞けない。



忙しくて毎日寝不足で疲れてる夫に、そんな煩わしい事を言うのは気が引けたから…



そのあとまた電話した時は作業の音が聞こえてて本当に事務所にいたとわかり、疑う自分を反省した。




次の日の夜11時。



またいつものように
夫に電話をした。



「レーンが故障して今仕分けがストップしちゃってよ」


「忙しい時に大変だね。大丈夫?寝る時間あるの?」


「レーンが復活するまで何もできないし、うちじゃなく向こうの会社の事だから、とりあえず待機だよ」


「そうなんだぁ3人で?」


「いや、あとは指示書と個数の確認だけだから俺1人で出来るし、ずっと遅かったから今夜は2人とも帰らせたよ」


「そっか。そういえば作業着どうしてんの?」


「車に二着置いてたのを着回してるけどくっせーかも。明日は帰らないと」


私はクスクス笑って

「本当に遅くまでお疲れ様。休める時はゆっくり休んでね」


「お前も早く寝ろ~」


「うん。寂しいから明日は帰って来てほしいな」


「俺も帰りたいよ。
少し仮眠でもしとくよ」


「おやすみ」



忙しい夫には悪いけど
私はニコニコ嬉しくなってた。


最近は揉めてばかりだったから久しぶりに普通に会話ができたのと彼女は帰ったって事で夜中なのにテンションが上がってた。




そうだ!



ご飯もコンビニの弁当ばかりって言ってたし、お弁当と作業着持っててあげよう!



今夜は1人って言ってたし突然行って驚かせてやろ~っと!



テンションが上がった私は夫を喜ばせようと夫のいる場所へと車を走らせた。

No.76 11/12/07 16:24
きら ( ♀ sdWbi )



今入ってる会社の敷地内に事務所を構えた日、まだ机やその他の荷物が乱雑になってるって事で私は手伝いに行った事がある。


鍵も一つしかなくとりあえずスペア作るまではドア横にある缶の下に置く事になってた。




夜道は交通量が少ないから40分くらいで到着した。



大きな会社の門を通過する時は、人様の家に勝手に入るようで変に緊張した。



門のすぐ近くに車を停め、その左奥に夫の会社の事務所がある。



正面には大きな倉庫があってそこで24時間体制で作業が行われていた。



私は誰かに会うと気まずいと思い足早に事務所に向かった。



軽く呼吸が乱れてるが
誰にも会わずに済んだ。



事務所の正面はドアだけで窓は反対側にあり、その回りは用水路のようになっている為、中の様子は一切見えない。




静かにドアノブを回してみる。



鍵が掛かってた。



(あれ?仕事始まっちゃったのかなぁ…それとも鍵かけて寝てるのかな)



勝手知ったる私は、缶の下にある鍵を取って静かに開けた。



うるさっ



開けたら正面にあるテレビがやたらと大きな音でついていた。



右側に衝立がありその奥に2畳ほど布団を敷くスペースがある。



机を見ても夫の姿が見えないので私は迷わず衝立の奥に行った。







私はこの光景を
何度目にするのだろう。






男の腕枕に、女は首に腕を絡ませて抱き合うようにして眠っている…。




…おとー……





その脇には怜奈に笑われた白の股引きが脱ぎ捨てられていた。

No.77 11/12/08 11:51
きら ( ♀ sdWbi )



ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…




激しく波打つ鼓動





立ちすくみ体が動かない。






…くっ……



…い…息が…



…苦しい



……けて



…助けて



死んじゃう…



…苦しい



…おとー…



私…死んじゃうよ……




……助けて…



怖い…



怖いよ…



……お願い…




おとー……



……………………………


……………………


……………





いやーーーーーっ!!!





私は衝立を布団に向けて
思いっきり倒した。

No.78 11/12/08 11:53
きら ( ♀ sdWbi )



夫の目は忙しそうに
右に左に動いてる。



右に私。


左に西田由美。




誰も口を開かない。




夫は立て続けに煙草に火をつける。




西田由美も煙草を吸っている。



それは、車の灰皿にあった銘柄と同じ煙草だった。





毎年恒例になってる、夫の会社のBBQに家族で参加した時に、入社したばかりの彼女に一度会っている。



色黒でショートヘアに口が大きい彼女を見た時、申し訳ないけど『猿』を連想させた。



声も大きく新人の割には、回りに指示をしていたり、ちょっと生意気だなと思った印象があった。



全く夫の好みではない彼女だったから、異性と長時間に渡り仕事をするようになっても私は全然心配してなかった。





それが私の誤算。





毎日過酷な業務をこなし、お互い助け合い、忙しければ忙しい程やり遂げた時の達成感を共有する。



まるで、大変な時期を共に生き抜いてきた戦友のような強い絆がそこに生まれたのかもしれない。




悔しい……




私が出来る事と言えば体の心配や身の回りの世話しかない。




私が入り込めない領域で、2人に特別な感情が芽生えたのが悔しくてたまらなかった。





「何考えてるの…」




沈黙を破ったのは私。


No.79 11/12/08 11:58
きら ( ♀ sdWbi )



「よくこんな事できるね」



2人は黙っている。



「ここってラブホ?」



「仕事忙しいって、寝る時間ないって、そう言いながら毎晩毎晩こんな事してたんだ?」



「今日初めてだから」



夫が小さな声で言う。



「私にどれだけ偉そうに言ってた?」


「……」


「言ってたよね?西田は全くタイプじゃないしあの女だけはありえないって」


「……」



「西田さん。あなたは何考えてるの?既婚者だとわかってて平気でこんな事できる人なの!」




「……スイマセン」




顔は神妙にしていながらも爪をいじりながら煙草をふかしている女の態度に私はブチギレた。




ダンッ!!!


机を叩いて立ち上がり



「謝るくらいなら最初からやってんじゃねーよ!!


良識ある人間は既婚者の男に色目使ったりしねーんだよ!


犬猫じゃあるまいし近くにいるものにすぐ手つけて恥ずかしくないの!


あんたは女だったら誰でもいいのかよ!!


大の大人2人が会社でふざけた事やってんじゃねーよ!!!」




もうどっちに言ってるかわからない状態だった。



夫は私の言動に怒らず、
相変わらず目が泳いでた。



激しく肩で息をしてる私は続けた。



「会社の責任者がする行動ではない。


あなたも既婚者とわかっててこんな事して、人を傷つけても何とも思わない人。


こんな事があった以上、
一緒に仕事なんかさせられないから」




「どうするんだよ」



夫の顔は少し赤みがかってて怒りを抑えてるのか動揺してるのかは判断がつかなかった。





「西田さん。




あなた…




会社辞めて下さい」


No.80 11/12/08 13:01
きら ( ♀ sdWbi )



西田由美は動揺も見せず
ただ黙っている。



私は煙草に火をつけ言った。



「黙ってても何の解決にもならないんだけど」



「仕事辞めるのは無理です」


「まだ一緒に仕事しようと思ってるの?」


「……」




「じゃあ…


あんたが辞めてよ」


夫に言った。




「無理だろ」



「じゃあどうするのよ!」




進展しないまま
時間ばかりが過ぎて行く。





私は核心に触れた。




「私と離婚して、この人と一緒になりたい?」




西田は組んでた足を戻し、顔を上げ初めて反応を見せた。




夫は眉間に皺を寄せ、
ジッと一点を見つめている。




時間が止まったかのような沈黙が流れる。





静寂。





たまに何か機械的な音が微かに聞こえてくるだけで、音のない空間は耳鳴りがやけに響き重苦しい空気が漂っていた。

No.81 11/12/09 14:39
きら ( ♀ sdWbi )



握っている手の中は
じっとり汗をかいている。





こんな状況…




二度と経験したくなかったのに…。





前の夫、健一は私の目の前で女をかばいキスまでしようとした。




あの時の屈辱感は今でも忘れない。






怖い…




逃げたしたい…





私は今



また同じ思いをするのだろうか…。





長い沈黙が、自分の言葉を後悔に変えようとしてる時夫は突然立ち上がった。




私の腕を掴み



「帰ろう」



と言った。





限界だった。




匂ってくるような生々しさを感じるこの空間にいる事が…。




私は彼女の顔は見ず、夫に引っ張られるようにして、その場から離れた。

No.82 11/12/09 14:41
きら ( ♀ sdWbi )



くっきりとした月のまわりに無数の輝きを散りばめている冬の夜空。




前を走る夫の車。




どこまでも続く夜空に
テールランプの赤い光が、今日見た光景を何度も浮かび上がらせ、ひどく残酷に私の目に映る。






どうなっちゃうの…?




どうしたいの…?




さっきあの場面で帰ろうと言ったのが答え…?




いや…




あの状況に耐え難かっただけなのかもしれない。





彼女の事が好き…?





抱き合う2人がまた浮かぶ。




私は窓を全開にし吹き込む冷気を全身に浴びながら、喉がつぶれる程大きな声で叫んだ。




「うぁぁあーー!!!!」




嫉妬で狂いそうになる自分を抑える術が他に見つからず、赤いテールランプが滲んで見えた。


No.83 11/12/09 14:45
きら ( ♀ sdWbi )



「こんな状況で、もう嘘は言わないで」



「わかってる」



私達はベッドに腰掛けていた。



「どうしてこんな風になっちゃうの?


同じ会社で、しかも部下だよ?


事務所であんな事して中井君が知ったらどうするの?



どうしてあんな事ができるのよ…



どうして…よ…



どうして…」




涙で言葉に詰まる。




「本当に悪かったと思ってる」


「おとーはいつもそうじゃん…いつも口ではそう言うけど本当に悪いなんて思ってないんだよ」


「思ってるよ」


「付き合ってるの?」


「いや、それはない」


「もう嘘つかないでって言ったでしょ?全部話してくれていいから」


「本当に付き合ってるとかじゃないんだ」


「どういう事?」


「俺が仮眠してた時に西田が戻ってきた。

布団の中に入ってきて…

それで…」




「女のせいにしてずるいよ…

いくら布団に入ってきたとしてもそれを受け入れたのは自分の意思じゃない」


「……」


「初めてじゃないんでしょ?

この前のホテルの割引券。

彼女と行ったんだよね?」




夫は下を向いたまま


「ごめん」




「付き合ってなくてそんな事する?」


「俺は好きだと言った事も付き合おうとは言った事も一度もないんだ」


「なによそれ…」



ずるい夫の言葉に苛ついてくる。



「ただ…


西田の気持ちに正直悪い気はしてなかった。

この前の土曜日。仕事が早く終わって飯食いに行った時、酒飲んだらいい感じで酔った」



心臓がドクドクする。



「それでどうしたの…?」



「西田はタクシーで帰して俺は車で寝ようとしたら、一緒に車で寝ると言った。

俺もすげぇ眠かったから、西田を後ろに寝かせりゃいいと思って寝ようとした時キスしてきて…」



ドクドクドクドク…


耳を塞ぎたかった。



「お前は信じないと思うけど最初はそんな下心はなかった。

これは本当だから。

酒が入り女から来られた事で抑える事が出来なかったのは事実だから言い訳にしかならねぇけど…」




女の行動も許せないが、
夫のずるさに腹がたった。





「それって…


彼女の気持ちを知りながら自分のはけ口で利用してるだけじゃない!!」

No.84 11/12/09 14:54
きら ( ♀ sdWbi )



「そうかもしれない」



夫は下を向いたまま、つけない煙草を指先でずっと回している。



「ひどいね…」


「自分でもそう思う」




夫にはそう言ったが、既婚者にそんな行動を見せる女に同情する気持ちなど更々なかった。




「こんな事があったんだから一緒に仕事はしてほしくない。

彼女が辞められないのなら本社に戻してよ」


「それはちょっと厳しいんだ…」


「どうしてよ!いくらでも代わりの人いるでしょ!」


「今の所は仕事内容が特殊で西田は全部こなせるし、この忙しい時にまた一から人に教える時間もなければ本社も人手不足の状態なんだ。



それに…」



「それに、なによ?」



「中井が来週から本社に戻る」




「え?」




夫の言葉がよく理解できなかった。



「戻るって?今の所に誰か新しく配属されるの?」



「いや…」



「は?どういう事?」



「今の所は西田と2人で回すようになる」




頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。




「仕事辞めるのは無理です」




そう言いきった彼女の言葉に強い意志を感じた理由はこれだったのか…。




「なんでこんな忙しい時に人を減らすのよ!あんたの指示で何とかならないの!」


「規模は小さいが○○社に専属でうちの運送部が入る事になって、人手不足な上に他にできそうなのがいないから中井に任せる事になった。来週から本社で研修が始まる。


こっちも忙しいが、
何とか回すしかないから」



「2人って事は今まで以上に帰りも遅くなるし泊まりも多くなるって事でしょ!


こんな事をしときながら、それを私に認めろって言うの!!」






もう嫌だった…



これ以上傷つくのも
辛い思いもしたくなかった…





あの時…




飛び起きた2人に私はどう映っていたのだろう…



あらわになってる彼女の上半身に急いで布団をかけた夫。



目を当ててられない
その状況に背を向けた私。



急ぎ着替える布の摩擦音にベルトをカチャカチャさせる音が眠る前の2人を連想させいやらしく耳に響き、私の胸をえぐった。





その光景が、この先ずっと私を苦しめる。





この時は




まだ…





序章でしかなかったのだ。

No.85 11/12/10 17:01
きら ( ♀ sdWbi )



カタ…カタ…カタ…



パソコンの画面がやけに眩しく、打ち込む指が思うように動かない。



縦に並ぶ数字が歪んで見え凝視すると吐き気がした。




目を閉じ瞼を指で抑える。




閉ざされた視界はやがて無音となり、私を闇へと導いていく…




…………………………





「涼子!」



ハッとして我に返った。



「どこか具合悪い?」



私の顔を心配そうに覗き込みながら言ってる彼女は、会社の先輩で奈緒美。



小さな建設会社の事務員として勤め出してから奈緒美は7年、私はもうすぐ4年になる。



奈緒美は40歳バツ1で、
中2の女の子を女手ひとつで育てている。



入社したての頃は奈緒美の性格のきつさに困惑しその愚痴を夫に漏らしてた記憶がある。



ちょうどその頃の奈緒美は離婚で揉めてる真っ最中で毎日苛々して刺々しく、右も左もわからない私は新人イビリされてると勘違いしキレてから仲が良くなった(苦笑)



愛人が包丁を持って自宅に乗り込んできて警察沙汰になった事。


夜通し続く嫌がらせ電話にノイローゼになりそうな事。


旦那は逃げてばかりで話しにならない事。



そんな辛い胸の内を話してくれて、私も過去の話しをしてから一気に仲が深まった。




「旦那と何かあった?」



奈緒美の言葉にドキッとする。



夫の浮気をある程度知ってる奈緒美だが、西田の事はまだ話してなかった。



「ううん。なんだか昨日眠れなくてボーッとしちゃった」


「今日めっちゃぶっさいくな顔してんよ~」


「ひっどぉーそんな事より奈緒美、○○工業の見積り今日じゃなかったっけ?」


「あ!いっけね!その前に数量の確認しなくちゃいけないんだった」


慌てて電話した奈緒美は、声のトーンを上げ丁寧に話している。


まさかくわえタバコでかけてるなんて相手は思ってもないだろう(苦笑)



確かに奈緒美の言う通り、朝まで眠れず泣き腫らした私の顔は酷いものだ。



でも奈緒美は余計な詮索はしてこない。



いつも彼女には話すのに、今回ばかりは言えずにいた。



話すとそれが現実だと思い知らされるようで口にするのが怖かったから…。

No.86 11/12/10 17:03
きら ( ♀ sdWbi )



「ただいまー」



もう一人の事務員
綾香 24歳 独身



「おかえり!
今日は忘れ物ないね?」


「完璧ですってばぁ」


袋をガサガサする奈緒美が


「…付箋は?」


「ぎくっ!」


「ギクッじゃないよー!
ったく、エッチばっかしてるから集中力が欠けるんだよ」


「奈緒美さんも少しはしないと干からびちゃいますょ」


「なにぉぉぉお!」




そんな2人の会話に思わず笑ってしまう。



綾香は入社して1年。


明るくて悪びれない態度も憎めなく、いつも回りに笑みを与えてくれる。



今まで何かしら仕事を持ってた私だけど、この時ばかりは専業主婦でなくて良かったと心から思った。



一時でも忘れさせてくれるこの場所は私にとって大きな救いであり、そしてまた同じような経験を持つ奈緒美はありがたい存在だった。



「涼子さん大丈夫ですかぁ?なんだか顔色悪いですょ」


「あ、うん。
大丈夫、大丈夫」


「無理しないで下さいね!涼子さんが倒れたら愛するダーリンも心配しちゃいますょ」


「あんたは人の心配してないで、明日の現場の確認とって○○にさっさとFAX流しちゃいな」


「はーぃ」


「涼子、あんた無理しないで帰ってもいいんだよ?」


「ありがと。心配かけてごめんね。大丈夫だから」



回りに心配かけて申し訳ないけど、今日は無理しても会社にいたかった。



(ホントごめんね…)



~♪♪♪



と、心の中で思った時
メールが届いた。



夫からだった。



No.87 11/12/10 17:06
きら ( ♀ sdWbi )



―――


寝てなかったみたいだし、大丈夫か?

昨日言った事は守るから。

本当にごめん。

何か見つかったか?






「はぁ…」



私は小さく溜め息をついた。




――昨夜



「確かに今まで以上に忙しくなるし帰れない事も多くなると思う。


俺西田にはっきり言うし、どんなに遅くなっても絶対に帰らせる。


誓ってもうあんな事はしない。


今はどんな事言っても信じてもらえないと思う。


お前の気が済む事があれば何でも受け入れるよ。


俺はお前が一番大事だから…」




私はもう言葉が出てこなく沈黙したまま時間だけが過ぎていった。



眠気の限界にきた夫がベッドに横になろうとした時



「シャワー浴びてきて!」



咄嗟に出た言葉に自分でも驚いたが、夫は何も言わず浴室へ向かった。



体を流し戻ってきた夫は、背を向けて布団に入ってる私の頭を撫で



「本当に悪かった」



私は頭まで布団を被り
夫の手をはね除けた。


お互い無言だった。


しばらくして夫の寝息が聞こえてきて、私はあの光景を何度も振り払いながら、布団の中で朝まで咽び泣いていた。





―――


私の気が済む事見つけました。




送信。









本当に



信じていいんだよね…?

No.88 11/12/11 16:51
きら ( ♀ sdWbi )



毎日仕事帰りにスーパーに寄り、夕飯の献立に頭を悩ませながら買い物をする。


家に着くと座る間もなく、そのまま台所に立ち仕度を始める。


「怜奈ー学校からのプリントあったら早く出しなさいよー

あ、それとお風呂よろしく~」


「えー」


「えー言わない。ご飯前に一緒に入ろ!」


「よっしゃー!んじゃ洗ってこよ~っと」


夕飯の仕度の合間に怜奈が取り込んでくれた洗濯物を畳む。


お風呂に入り食卓につく時間はいつもだいたい7時過ぎ。


恵美が早く帰宅した時は、かなり楽なのだが、ほぼ毎日10時頃の帰宅で期待は薄い。


週に何度か好きなビールを呑みながら怜奈と馬鹿話しをして2人で楽しく食事をする。


「おやすみ」と9時過ぎには眠くなる怜奈が布団に入り、私は後片付けを終えてホッと一息つく。


帰宅した恵美と彼の事や仕事の愚痴など色々会話をして、お風呂に入ったあと、恵美は自分の部屋に行く。


私はそのあとだいたいテレビを見たり本を読んだりして、たまに、奈緒美や友達と電話やメールをしたりしながら夫の帰りを待つ。


帰宅した夫がお風呂に入ってる間にご飯を温め、夫の食事中にその日あった事や子供の話、その他、他愛もない会話をして一緒に布団に入りキスして眠る。




それが当たり前の日常。




当たり前じゃなくなったのは、夫が帰宅しないのと、私の執拗な電話だった。


No.89 11/12/11 16:52
きら ( ♀ sdWbi )



「今日も帰れないの?」


「彼女はまだいるの?」


「遅くなっても帰ってきて」


「私、事務所に行くよ?」


「本当は2人で寝てるんでしょ!!」




21時


22時


23時


2時


3時




「今終わった。すげぇ疲れた。眠くて限界。お前も仕事なんだから早く寝ろよ」


「いないっつーの。お前、この前で納得したんだろ」


「いい加減にしてくれ」


「見に来たきゃ来いよ」


「寝るからな。じゃ」




ツーツーツー…




嘘だ…




嘘だ!




嘘だ!嘘だ!嘘だ!!!




私は疑心暗鬼の塊となり、狂ってた。

No.90 11/12/11 16:53
きら ( ♀ sdWbi )



私の気の済む事。




夫のケータイから彼女に電話をした。




「主人はあなたが初めてじゃないの…


今まで何度もこういう事があった。


既婚者の男を好きになるとあなた自身も傷つくよ。


男のずるさに利用されないで。


主人はあなたを愛してないの」



咽び泣く様子が
電話口から伝わる。



「本当にすみませんでした。


和也さ…いえ、所長の気持ちはわかってました。


私は遊ばれても良かったんです…


でも奥様をそこまで傷つけてるとはわからなくて…


今日所長に、今後私的な付き合いは一切しないとはっきり言われました。


私も自分を恥じ反省してます。


今後二度とあのような事はありません。


誓います。


本当に申し訳ございませんでした」





電話を切ったあと夫を責めた。



憎むべき相手だけど彼女に同情し、男のずるさに腹が立ち、2人を傷つけた事が許せず罵倒した。



夫は罪を受け入れるかのように、終始黙って聞いていた。




でも



終わった事に安堵する気持ちも大きかった。




終わったと思ってた…。

No.91 11/12/11 16:54
きら ( ♀ sdWbi )



電話を切ってから30分くらいしてから夫のケータイにメールが来た。




見せてと言う私に、異様なほど拒絶反応を見せた夫。




「お前が嫌な思いするだけだって!」



「いいから見せて…」



「こいつ性格かなり悪いからよ。みんな持て余してんだ」



「見せて…」



「俺、今腹が立ってどうしようもねぇ」



「見せなよ!!!」




―――


ウケル😁


和也さんの奥さんおもしろすぎ(笑)


笑い堪えるのが必死だったよ😆💦💦


まぁいっか😜






なにこれ…

No.92 11/12/12 00:24
きら ( ♀ sdWbi )



「なんだよ。今のは。


笑えるのか?


可笑しいか?


お前…バカにするのもいい加減にしろよ!!」




夫は電話で怒っている。




正直、メールにはショックを受けた。



けど…



ホッする私がいた。




性悪女の正体を知り、すぐさま電話して怒ってくれた夫の行動が嬉しく、もうこれで彼女を相手にする事はないと思った。




終えた夫がまた謝る。




私は胸に顔を埋めた。




「もうやだからね…」



「西田とは仕事以外の話しする事はもうないから」



「…うん。信じる」



優しく頭を撫でられ、私は久しぶりに安心した気持ちになれた。



この時の夫は、私を侮辱した彼女に本気で腹が立ったんだと思う。




この何日か後



仕事が終わりそうにないから事務所で寝ると電話があった。



「…1人?」



「さっき帰らせたよ。心配なら見に来てもいいぞ(笑」


「も~そんな体力ありません」


「お前も早く寝ろよ」


「うん。無理しないで頑張ってね」






「…クシュン」




微かだけど…



確かに聞こえた。



それは電話を切る
本当に刹那の時。



夫ではない別の誰か。




西田はいる。

No.93 11/12/12 00:26
きら ( ♀ sdWbi )



深夜2時



私は事務所の前にいた。


いつもの位置に鍵はなかった。


車に戻り電話をしてみる。



…留守電。



もう寝てるのか…



夫と彼女が停めてるちょっと離れた会社の駐車場に向かう。



夫の車しか停まってなかった。




私の勘違い…?




夫は笑いながら言ってた。


「心配なら見に来てもいいぞ」



本当に一緒にいたら
そんな事言うだろうか…




だけど…



押し殺すようにくしゃみをする『女の声』を確かに聞いた。



でも私の勘違いだとしたら疲れて寝てる夫を叩き起こすなんて出来ない。




一緒にいたとしても…




もう二度とあの光景を目にしたくない。




モヤモヤする気持ちを抑えながら事務所を後にした。




この日から



私は疑心暗鬼に支配されてしまったのだ。

No.94 11/12/12 08:33
きら ( ♀ sdWbi )



「もういい加減にしてくれよ!!」


「あんな事しといて何でそんな事言えるわけ?!」


「このくそ忙しい時にくだらない電話毎日何回も何回もかけてきては同じ事ばかり言いやがって!」


「いくら何でも二週間も帰れないってある?!しかも日曜日もだよ?」


「だから何回同じ事言わせんだ!仕事が詰まってて日曜もやらないと処理できねーんだよ!」


「最近は夜かけても電話出ない事多くなったし全部が全部本当に仕事なの!!」


「何ひとつ仕事の事わかんねーくせしやがって勝手な事言ってんじゃねーよ!」


「そうだね。彼女だったら全部わかるし私なんかよりさぞ理解もしてくれるんだろうね」


「お前と話してると頭がおかしくなりそうだ」


「こっちなんかとっくにおかしくなってるよ!本当はいるんでしょ!毎日一緒に寝てるんでしょ!!」


「マジでいい加減にしろ。もういいわ。そう思いたきゃ勝手に思ってろ!」



「ちょっ…


もしもし?もし…」





日に日に喧嘩は増えていった。




No.95 11/12/12 08:55
きら ( ♀ sdWbi )



疲れてる夫に本当はあんな事言いたくないのに…




いつも遅くまでお疲れ様。体だけは気をつけてね
帰る日は、おとーの好きなオムライス作って待ってるね!




…そう


可愛く言いたいのに…




彼女もいる同じ空間で寝食をし、帰宅しない事で私の不安を煽る。





どうしてもっと気を使ってくれないの?



私と何日も顔合わせてないのに、彼女とは1日の半分以上を毎日一緒に過ごしてるんだよ?



しかも…


あんな事があったその場所で…



ほんのちょっとでも私の為に無理してくれたら許せるかもしれないのに…



少しは安心させてくれたっていいじゃない…



優しくしてくれたっていいじゃない…






私は、自分の事しか考えられなくなっていたのだろうか…





その翌日




夫は半月振りに帰宅した。

No.96 11/12/12 13:51
きら ( ♀ sdWbi )



夫はまっすぐ怜奈の部屋に行き、寝てる怜奈の頭を撫でている。




「お風呂?」


「あぁ」


「ご飯?」


「食う」




なんだか落ち着かず、電話では散々言い争ってたのに顔を合わせると単語のぶつ切りみたいな会話しかできないでいる。



お風呂に入った夫。



ケータイを目の前に、私は見るのをためらっていた。



この中に不幸があったら…



精神力が限界に近く、これ以上の苦痛を耐える自信がなかった。



手にはしてみたものの、
どうしても開く事ができず元に戻した。




ご飯を食べ始める。




沈黙。




その沈黙が何故か私に重くのし掛かる。



激務の日々。



そんな時に毎日疑う私を責めるかのような無言の制裁。



いたたまれなくなった私はただその沈黙を破りたかっただけだった…。




「今日さぁ…」



「もうやめろ。
いい加減にしてくれ。」



「そうじゃなくて…」



「寝る」




寝室のドアが冷たく閉じられた。




まだ湯気の立つ味噌汁を
茫然と見つめてる。





私が悪いの……?




私が……




「…ウッ…ヒック…」





両手で顔を覆い、寝室に届かないよう必死に泣き声を殺した。


No.97 11/12/12 14:03
きら ( ♀ sdWbi )



………………………


………………



夫の寝顔は毎日の大変さを物語っていた。




疑心暗鬼となり醜態をさらした自分を悔い恥じ、また自分自身が情けなくて夫に申し訳ない気持ちで一杯だった。




熟睡している夫に



何度も何度も謝る。




「…ウック…ヒッ…ク…

おとー…ごめんね。

本当にごめんね…ヒック…」




家族の為に、毎日大変な中頑張ってくれてる。




もう疑うのはよそう…


ケータイも見ない。


いつも笑顔でいる。




私は…



夫の…



一番の安らぎでありたい。





本当にごめんなさい…。





ごめんなさい…

No.98 11/12/12 16:36
きら ( ♀ sdWbi )



…夫の背中に寄り添って




いつの間にか眠ってた。





「?」





お腹に回した右手に固いものが触れた。




半分お腹で踏んづけて開きっぱなしになってるケータイだった。




(……もう


見ないって決めたんだ)




体の下になって折れたらいけないと思い閉じて枕元に置こうと思った。







「!!」






……………凍りつく。






日付は3日前




時間は、PM11:14分




男の後頭部が見え女に覆い被さるようにし女の左手は背中にまわってる。




その下で…



目を閉じる女の顔…




夫と西田の唇は重なっていた…




事務所ではない。



白の大きな枕に白のシーツ



ベッドの上には、青く光るパネルに花の形をした電気スタンド。




どこかのラブホテル。




画像は5枚。



どれもこれも
キスしてるのばかり…



事務所で抱き合って


布団で抱き合って


車の中でも抱き合って






キスキスキスキスキス…

No.99 11/12/12 16:38
きら ( ♀ sdWbi )



―――


和也さんのチュー
由美いつも溶けちゃう❤


さっきは仕事中におねだりしちゃってごめんねっ😁


してもしても
全然足りないんだもん😍


好き過ぎて困っちゃう💦


―――


お前といると落ちつくよ。


今日も一緒に寝ような😄



―――


昨日は由美めちゃ乱れちゃってハズカシー😆💦💦


事務所でHって妙に興奮しちゃう❤


今夜もしよ?(笑)


また奥さん乗り込んできたら大変だけど😜


―――


体力持たねー😱


鍵は外に置かないしお前の車も○○に置いてるから大丈夫


腹減った~
早く上がって来いよ‼


昼飯行くぞ👍


―――


今夜は和也さん家に帰っちゃったからすごく寂しい😢


由美ね…
本当に和也さんが好き…


和也さんが仕事してる姿はめっちゃかっこよくて由美のモノ💓って思っちゃう❤


奥さんには悪いと思うけどもう気持ちは止められない


和也さんの全てが好き‼


ずっと由美と一緒にいてね…


―――


由美



愛してるよ







さっき…



寝る前に送ってた



彼女への



愛してるよ



のメール…







「てめぇ…」





突然の夫の声に




一瞬




心臓が




停まった…




「何見てんだよ」




と、思った。

No.106 11/12/13 08:02
きら ( ♀ sdWbi )



おはようございます✨


きらです😉


いつも読んで頂いて
ありがとうございます🍀


一括になってしまって
申し訳ありません💦


人それぞれ色んな意見があると思います。


勿論、批判的な意見も
覚悟はしておりました。


自分が歩んできた人生を客観的に振り返り、当時の事を思い出しながら必死に書いてます😓


暖かい目で見守って頂けたら幸いです。


読んで頂いてる方々が私の励みとなり原動力となって頑張れます。


最後までお付き合い頂けますよう宜しくお願い致します😌✨


感想スレのご意見も頂いたので、なるべく早めに立てますのでそちらも宜しくお願いします😉

No.108 11/12/13 11:01
きら ( ♀ sdWbi )

>> 107

一児の母さん

暖かいお言葉
本当にありがとうございます


おっしゃる通りで傷ついた数だけ、だんだん酷くなってはいきました⤵


話しはまだまだ続きますがこの先も批判的な意見は覚悟の上で自分の人生を振替っていきたいと思ってます。


これからもどうぞ宜しくお願いします✨


ありがとうございました😌

No.109 11/12/13 11:05
きら ( ♀ sdWbi )



書き込みが2つほど削除されてますが、ご自分で消されたのでしょうか💦



ご要望もありましたので、生意気にも感想スレ立てさせて頂きました💡


ここは自スレのみにしましたので何かございましたら次からはそちらでお願いします✨


なるべく間を明けないように更新するように心掛けますので今後ともお付き合いのほど宜しくお願い致します🍀

No.110 11/12/13 17:07
きら ( ♀ sdWbi )



「……ら……だろ」








……遠くで





声がする…






全身の力が抜け




魂が抜けたように




何も映らない瞳は




空中を漂っている。





やがて




静寂の




闇に




引きずり込まれた…





そこは



とても孤独で



示されない道は



とても怖く



前にも後ろにも



進めない。





私は




膝を抱え




震えながら




待っている…





たったひとつの





道標。





救ってくれる





一筋の光を…





闇の中で




孤独に怯え




待っていた…。

No.111 11/12/13 17:11
きら ( ♀ sdWbi )



スカートを止めてた安全ピンを外す。



まとめた長い髪をおろし、洗面台の鏡が私を映す。



覇気のないその顔は、目が窪み、やたらと頬骨が目立っていた。



顔色を誤魔化すメイクは、やつれた顔までは誤魔化してくれない。



会社の制服のスカートはぶかぶかで急激に痩せた私。




こんな私を夫は知らない。




キス画像から今日で3週間。



夫は一度も帰宅していなかった。





「こんな顔…」




強くひねった蛇口から勢いよく水が溢れ出し、両手で顔に叩きつけた。




途端に激しい吐き気。




「オゥェッ――ッ」




洗面台に手をつき胃液を吐く。




あれから毎日…



食べれず


眠れず


吐き気に目眩。




でも…




体の悲鳴は毎日、心の悲鳴にかき消されていく。





明日はクリスマス。



子供達へのプレゼント。





無理に作ってみる笑顔。




それもまた



鏡の中の私は
誤魔化せてなかった…。






夫は明日帰って来る。


No.112 11/12/14 05:31
きら ( ♀ sdWbi )



「お待たせ致しました~
ご予約のお品に間違いございませんか?」



「はい、大丈夫です」



会計を済ませケーキを受け取り、足早に車に戻った。



こんな日に限って会社でトラブルがあり、いつもより帰りが1時間ほど遅くなっている。



~♪♪♪


―――


おかあさんケーキまだ⁉


おねぇちゃんつくり終わったから早くね😆


チキンおいしそうだよ😋




今夜は恵美が彼氏を自宅に呼び、オードブルやその他の料理を作ってくれてた。



その料理を目の前にして、痺れを切らす怜奈を思い浮かべると自然と笑みが溢れる。





信号待ちをしてる時



横断歩道を渡る男性に目がいった。




リボンがかかった有名玩具店の大きな袋を持った男性が足早に渡っている。




家族が待つ家に一刻も早く帰りたいんだろうな…




喜ぶ子供の顔が見たいんだろうな…




そして…




それを見る夫婦は




幸せなんだろうな…





泣き癖がついてしまった瞳は、簡単に涙を落とそうとする。




ブッブーーー




鳴らされたクラクションで我に返り、急いで車を発進させる。




泣かずに済んだ私は子供達が待つ自宅へと急いだ。

No.113 11/12/14 05:33
きら ( ♀ sdWbi )



プルルルー…



繰り返される呼び出し音。



「留守番サービスセンターにお繋ぎ…」



プルルルー…



「留守番サービスセンターに…」



12回目のコールで留守電に切り替わる。



プルルルー…



「留守電サービスセ…」





イヴの夜。



プレゼントを喜ぶ、恵美と怜奈の顔が私に笑顔を与えてくれた。



時折襲ってくる吐き気を誤魔化しながら、恵美が作ってくれた料理を囲んで楽しく過ごした時間は夫がいないまま終了した。





「留守電サービスセンターにお繋ぎします…」




帰宅しない夫に、無表情で何度も電話をかけている。




23:55分



もうすぐイヴが終わる。


No.114 11/12/14 05:35
きら ( ♀ sdWbi )



あの日…





「てめぇ…



何見てんだよ」




「全部…


嘘…だったのね…


私がどんな思いでいたか…


何もわかってくれてなかった…」



「仕事が忙しい今


西田が俺にとって
一番の助けになってる」



「また仕事?


ねぇ…教えて?


これのどこが?


どこが仕事だって言うのよ!!!」




夫のケータイを顔に叩きつけた。




「確かに裏切った俺が悪いけど西田に本気ではない。


別に信用してくれなくてもいいから。


お前にはもううんざりだ。


仕事忙しいし、しばらく帰んねーから必要な時以外は電話もするな」




何を言ってるのか


わからなかった。




夫の声がだんだん遠のく…




最後に聞こえたのは





「もう俺に



執着しないでくれ」





私は



深い闇に堕とされた…

No.115 11/12/14 05:38
きら ( ♀ sdWbi )



「もしもし」



留守電に切り替わる寸前
11回目のコール。



突然聞こえた夫の声に
自分の耳を疑った。



「も…もしもし


今日帰るってメールあったから…


ケーキ…


おとーの分残してあるよ」




つき放される言葉が怖くて様子を伺うように遠慮気味に話した。




「…ごめんな


今終わったとこなんだ


恵美と怜奈にプレゼント買ったんだろ?喜んでた?」



私の予想に反して穏やかな話し方をする夫の声に驚き思わず涙してしまう。




「うん…うん…


おとーがいなくて寂しがってたよ」



悟られないように
普通に話した。



「俺もケーキ食いてぇな」



「帰って……来る?」



「今日も半端ない忙しさだったから今すげぇ眠くて」



「迎えに行こうか?」



夫は笑いながら


「俺の車、けん引してくれんのか」



「あはは…だよね」



本当は聞きたい事がたくさんで不安な気持ちもいっぱいだった。



でもそれを口にすると今のこの穏やかな会話が壊れるのが嫌だった。




「会いたいな…」



思わず出た言葉に焦り、



「夫婦なのに何言ってるのかね~あはは…」





「こんな俺で本当にごめんな…」




胸が痛む。




それは…



彼女との関係を断ち切れない事への謝り…?



それとも
傷つけた私への謝り?




―――バタン




「あれ?車なの??」



ドアを閉じる音がした。



「あ、うん。腹減ったから弁当買ってくるよ。じゃ」



急に電話を切ろうとする夫の態度で容易にわかった。




西田が来たんだ…



車に乗ったんだ。



これから2人でどこか行くんだ!





「帰ってきて…」



「飯食ったら即寝したいからこっちで寝ちゃうよ」



「お願い…


今日は帰って来て!」





私は




抑えきれないほどの激しい嫉妬心がわいていた。

No.116 11/12/14 05:40
きら ( ♀ sdWbi )



過去の夫の浮気を話した友達の何人かは私の事は理解できないと言う。




「私だったら耐えられないし別れるよ~」


「私は離婚届けつきつけちゃう!」


「大変だね。涼子可哀想だね」



自分の身に起きた事がない幸福の上にいる人はそう思って当然だろう…



私だってそう思うかもしれない。




だけど…



失う怖さを一度知ると、
もう二度と手離したくないと強く思う。



裏切り去られた苦しみが幾度となくフラッシュバックする。



幸せであればあるこそ
また失う恐怖に怯える。




守る事はそんなにいけない事なのだろうか…




浮気がばれ、責めてる時は強気でいられる。



それが奪われそうになると途端に弱気になり不安で不安で仕方がなくなる。



どんなに酷い裏切りをされても夫を嫌いにはなれず、私は変わらず愛していた。





「明日帰るよ」


「私が行ったらだめ?」


「いいって。

もう遅いし、お前も寝ろ」




あぁ…

電話が切れちゃう



また繋がらなくなる



焦りから口に出してしまった。




「今…


横に乗ってるんでしょ?」





「………あぁ」




ドクン…




「今夜だけ私のわがまま聞いて…?


今夜はどうしても一緒にいてもらいたいの」




ドクンドクン…




数秒の沈黙が永遠かのように長く感じた。





「今夜は……」




ドクンドクンドクンドクンドクン





「こいつと一緒にいたい





ごめん…」

No.117 11/12/14 16:55
きら ( ♀ sdWbi )



きっと…




西田は今頃…





幸せに包まれている。




妻と話す電話で自分を選んだ優越感に浸りながら…




どうしたら…



どうしたらいいの…



このまま黙って見てろと言うの?





もう私は…




限界だった…

No.118 11/12/14 16:58
きら ( ♀ sdWbi )



何日まともに眠ってないんだろう…



眠気も感じなければ



空腹も感じない。



確実に弱る体力とは反対に頭だけは妙に研ぎ澄まされる。




「今日掃除当番だからもう行くね。早めに帰って夕飯作っておくよ。怜奈ぁー!今なら、学校まで送ってくよ!」



頭を抱えるようにして座っている私に恵美はさりげなく言う。



口に出さずとも
私の変化に気づいてる…



「お姉ちゃん待って待って!もう行くからー!」



怜奈もまた同じだった。



私がいつも飲むドリップコーヒーを、見よう見まねで何やら格闘しながら淹れてくれた。



「気をつけてね。

行ってらっしゃい」



「行ってきまーす!
あ~お姉ちゃん待ってってばぁ!」




私…子供達にまで心配かけてるんだ…




怜奈の淹れてくれたコーヒーは、黒い点が何個も浮かんでた。



それを手に取り一口飲み
思わず笑ってしまう。



「怜奈…


めちゃめちゃ甘いよ…」




次から次へと涙が溢れ出て私は我慢できず大声を出し思いっきり泣いた。






眠れない夜



止まらない吐き気



疑心暗鬼で狂った毎日



胸が引き裂かれた現実



目眩



屈辱感



殺意を覚える嫉妬心



聞こえてきそうな
女の高笑い



敗北感



枯れない涙



裏切り




もう…



いい…





一晩かけて打ったメール。





送信。

No.119 11/12/14 17:05
きら ( ♀ sdWbi )



「おはよ~」



「おはよ!あんたまた今日は一段とぶっさいくな顔で出勤かい」


「これくらいにならないと奈緒美に嫌味でしょ~」



―おとーへ



「あんた今日はやる気だね?」



―毎日毎日苦しかった


おとーがいない寂しさは、私を自由にしてくれなかった。



「あはははは!!」


2人で爆笑。


「涼子!そう来なくっちゃね!」



―彼女といるのを想像し、


嫉妬に狂い、ずいぶん醜態晒したね


私は何も高望みなんかしてなかったんだよ?



「おはーーっす」


「遅刻!罰金100円ね」


「え~まだ1分前ですよー奈緒美さん~朝からたからないで下さいよー」



―おとーと子供達


幸せな家族が私の全てだったの。


それを守るのに必死だった…


失うのが怖かったの。



「本当だよ~朝からイビってないで、まぁコーヒーでも飲も」


「涼子さん女神様!」


「あたし悪者かい」


綾香と声を合わせて
「うんうん」



―おとーが大好きだったから…



誰にもとられたくなかったから…



「あはははは~」



―だけど…




私…





心が折れちゃったみたい…




もう…





頑張れなくなっちゃった…




おとー…




「さてと~
仕事始めるかねぇ」


「奈緒美先輩!本日もご指導の程宜しくお願いしますね!」


舌を出して言う私。


「殴るよ?」




―私ね…




疲れた…




本当に…




疲れちゃったんだ…





もう…





開放してあげる




今まで縛りつけてごめん



うざい私で本当にごめん




私は…




子供達と頑張って生きてくから




おとーは自由になって



幸せを探して下さい




13年の間に色々あったけど


おとーと過ごした日々は


私に一杯幸せをくれました





だからもういいの…





開放してあげたい





離婚届





用意しておきます。

No.120 11/12/15 08:26
きら ( ♀ sdWbi )



一本しかない小道に従って森を歩いていると川を塞き止めている壁が見えた。


よく見ると、その壁は今にも倒れそうになっている。


もし壁が倒れると、勢いよく流れ出す水に足元をすくわれ小道を奪われる。


私はその壁を両手で必死に押さえた。


やがて川は緩やかに、流れる方向を変えてくれるだろう。


どんなに手が痛くてもどんなに痺れても、今はその時をじっと待つしかない。



自分に負けて手を放すと



進むべき道が断たれ



どこに向かえばいいのか
わからなくなるのだから…






お揃いのコーヒーカップに湯気が立っている。




夫は静かに口に運んでる。




私も一口飲んでから




「おとー」




笑顔で呼んだ。

No.121 11/12/15 08:28
きら ( ♀ sdWbi )



13年…




ううん。




もうすぐ
結婚14周年だね。




3ヶ月に満たない2人の関係は、14年積み重ねてきた絆を簡単に壊しちゃうんだね …



出逢った頃の私達は笑顔が一杯で、結婚してからも変わらなかったね。



いつもまとわりつく私に、おとーの顔も幸せ一杯なのに、しょうがねぇなぁって愛情一杯のキスを1日何度も交わしたね。




恵美が夜中に熱出した時、母親の私はこれくらいなら大丈夫と言ってるのもきかず、怒鳴りながら救急病院に走ってた。




怜奈が産まれた時は仕事そっちのけで病院に駆けつけて



「大変だったろ、ごめんなごめんな。俺何にもできなくて」




あの時ね




産まれた後だったけど分娩室に駆け込んで来て、私の手を強く握ってくれてすごく嬉しかったんだ。




浮気は悲しかったけど、
いつも私を一番に思う気持ちを感じる事が出来たから許せてたの…




夫婦であるからこそ乗り越えられた事も一杯あった。




そこにはおとーの責任感の強さと決断力は欠かせなかった。




きちんと謝る事ができるのと「ありがとう」が言えるところも好きだった。




矛盾を言えば



どこか危なかしく、もてるおとーも好きだったりもした。




人に媚びず




瞬間的に熱くなり




どこまでも
俺様的な人だったけど




たまに見せる弱い部分や



可愛いところ



私にだけしか見せない顔も



大好きだった…。




悔しいけれど最後だから
教えてあげる。




おとーは




私の理想の人だったんだ。




幸せ一杯だったから




手離せなかった…




またあの時のように戻れると信じてたから…




だけど…




これ以上




嫌われるのも




傷つくのも




怖かった…




逃げたのは私。




おとーは私に
幸せを一杯くれたの




だから…




気にしなくていいんだよ…





初めて見る夫の涙。





私は静かに語りかけていた…

No.122 11/12/15 17:10
きら ( ♀ sdWbi )



「ちょっと褒めすぎかな」




笑顔で言う。




夫はうつむいたまま
右手で瞼を押さえてる。




「あ~褒められすぎて

感涙してるのね~」




夫の涙に戸惑い



私はおどけて言った。





ガタンッ





急に立ち上がって
私の腕を引っ張った。




息が止まるほど
強く強く私を抱きしめる。




密着する夫の体は




小さく震えてた…





「ごめん…」




もう泣かないって決めたんだ…




「ここまでお前を傷つけて…」




今日は泣かないんだから…




「俺…


お前に甘えてばかりいた。


俺のした事は最低だ…


今更許せなんて言えない」




私はきつく目を閉じる。




「お前を散々傷つけた最低な俺だけど…




俺…




お前がいないと駄目だ」




私は目を大きく見開き、
夫の腕に更に力が入った。




「勝手なのも
最低なのもわかってる。



お前の存在がなくなるなんて考えてもなかった。



甘えるにも程がある。



本当…最低だ。



最低な男の
最後の頼みとして




もう一度だけ




もう一度だけチャンスが欲しい」





あんなに泣いたのに



あんなに傷ついたのに



泣かないと
決めた涙が溢れ落ちる。





私は馬鹿な女。



裏切り、疑惑、不信、嘘、絶望、屈辱、嫉妬、苦痛




そんな事があった中にまた身を投じようとしてる。




素直に…



夫の言葉が



嬉しかった…





手を放してしまった。




小道を失いどこに向かうのかわからない。





信じたかったの…




夫が道標になってくれると。




私を




元の場所に戻してくれると…




倒れた壁から
溢れ出すその流れに





私は身を委ねた。

No.123 11/12/16 08:15
きら ( ♀ sdWbi )



「無理…無理だよ

別れるなんて無理!」



「お前とは将来がない


頭にもなかった


ごめん…」




電話口から漏れてくる
彼女の悲痛な声。




一週間後



彼女を本社に戻した。




―――――ーー


――――



「お待たせしましたぁ!

生ビールお二つになりまーす!」



元気な女性が愛想良く
注文の品を運んでくる。



土曜日の夜。



「乾杯!」



居酒屋なんて
何ヵ月ぶりだろう。



夫と2人で来ていた。



「これ美味しいー」


「だよな!うめぇ」



料理の良し悪しから始まり他愛もない会話を、ずっと笑顔で話してた。




「顔色いいな…良かった」



「誰かさんにとことんいじめられたからね~」



「本当に悪かったと思ってる」



アルコールが入り真っ赤な顔が神妙になっている。



「ねぇ…ひとつだけ聞いていい?」



「なに?」



「彼女の事…

好きだったんでしょ?」



これだけは
どうしても知りたかった。



「それはない…」



「一時でも好きになってたと思うよ?」



「いや…確かに嫌いではなかったけど、恋愛ごっこを楽しんでて本気ではなかった」



「…酷いね」



「マジで最低だよな
俺って男は」



一瞬沈黙。



「ほ~んと!次やったらちょんぎりの刑だからね!」



空気が重くならないように私は笑って言った。



「恵美家にいるんだろ?」


「もちろん!怜奈の事もしっかり頼んできたから心配しないのー!飲も!」




「なぁ…」



「ん~?」



私はメニューに目をやりながら返事をする。



「今夜…




泊まろう」






たぶん



この時の私は



ぽかんと口をあけ



非常に



間抜けな顔だったに違いない。

No.124 11/12/16 14:08
きら ( ♀ sdWbi )



あの晩。




「お前は本社に戻ってくれ

明日その手配をする

このままでは何も変わらないしお前も辛いだろうから…」



「奥さんに言わされてるの?そうなんでしょ?!」





私は夫に右手を差し出し
変わるよう素振りをした。




「西田さん。


私、言ったでしょ?


既婚者を好きになると自分も傷つくしそんな男に利用されないでって。


一番悪いのは主人です。


だけど不倫は一人ではできない。


あなたも同罪です。


人の不幸の上に成り立つ幸せは絶対にない。


私はそう信じてます。


これからは堂々と付き合える恋愛をして幸せになって下さい


後ろで傷つき泣いている人間がいる事だけ今後絶対忘れないでほしい」




「和也さんは奥さんがうざいって言ってた。


私といると落ちつくって。


たまには帰ったら?と言っても私と一緒にいたいって帰らなかった。


付き合おうと言ったのも和也さん。


別にいいです。


私も遊びでしたから。


最初から何も期待もしてなかったし。


せいぜいその家庭を守って下さいよ」





不思議と怒りはなかった。



彼女の最後の強がりと思いそれを受け止めていた。

No.125 11/12/16 14:10
きら ( ♀ sdWbi )



夫はその翌日から毎日帰宅するようになった。


どこかまだぎこちなさを感じてしまうけど、あんな事があったばかりだから今はまだ仕方ないと思った。



それに夫は毎日私に
安心を与えてくれていた。



彼女からのメールを毎日見せる。


毎月のお小遣いを半額にする。


「飯代と煙草代あればいいよ。

金ないと遊びに行けないし悪さできないだろ?

付き合いや飲みがあったらその都度お前に言って貰うから。

お前に嘘ついて女遊びの金貰うのはさすがに俺も良心が痛むしな(笑」



夫の改心が嬉しい…



彼女のメールは私に言った事とは真逆の内容だった。



―ー―


和也さん、どうして?


ずっと一緒にいてくれるって言ったでしょ!


由美はずっと待ってるからね



―ー―


口も聞いてくれないんだね…


寂しいよぉ…


愛してるって言った

大好きだって言った‼

由美は別れないから‼」


―ー―


奥さんなんか死ねばいいのに‼


私の方が絶対和也さんを幸せにできる


会いたいよ😢


声だけでも聞きたいよ…





夫は返信してない。




「もういいよ?見せなくても」


「見ても気分悪いよな…」


「なんだか…

可哀想になってしまう。

私の辛かった時と重なるから…」


「お前がそんな事思う必要ないよ

一番悪いのは俺だし」


「2人を傷つけたんだからね?

もうこんな事しないで…」


「うん…本当に悪かったと思ってるし反省してる」


「明日土曜日だし2人で飲みに行こう!ゴチで許してあげる」


「おいっ、俺金ねーし」


「奢りなさい…」


「はいっ」



2人で笑ってベッドに入った。




深夜1時。



夫のケータイが鳴る。




西田からだった。

No.126 11/12/16 14:11
きら ( ♀ sdWbi )



「もしもし…」



「ふふ…やっぱ奥さんが出ると思ってた」



「なに?こんな時間に非常識じゃない?主人は寝てるよ」



「和也さんではなく奥さんと話したかったんです」



私はリビングに移動した。



「私あなたと話す事ないんだけど」


「私振られました。部署も移動させられました」


「あなたもまだ辛いと思うけど、未来のない関係は自分が傷つくだけだから、もう妻子ある人に近寄ったら駄目だよ」


「余裕ですねぇ」


「何が言いたいの」


「満足ですか?

和也さんが戻ってきて嬉しい?

ちょー笑える」




…なに…この女




「私にはもう和也さんは必要ないです。だから安心してよ」


「なんなの?わざわざそんな事言う為にこんな時間に電話してきたの!」



馬鹿にされてるような気がして爆発しそうだった。



「奥さんの体が心配だったから私の優しさなのに、そんな怒んないで下さいよ~」



「ふざけんなよ…」



「おお~こわっ
夜中に失礼しましたぁ」



「あんたみたいな非常識な女だからまともな恋愛もできないし男に振られるんだよ!」



「あはは!あ~面白い!

愛されてるとでも思ってんの?」



「てめぇ…」



「まぁせいぜい頑張って下さいよ。では~」





私は大きく肩で息をしていた。



ムカつく!!



夫から聞いた事あるけれど性格はかなりきつくて回りとよく衝突し孤立してる。



ちょっと可哀想なところがある奴なんだ…と。




可哀想?



確かに私もメールを見た時可哀想だと思った。



この女のどこが…




撤回!!!


No.127 11/12/16 16:11
きら ( ♀ sdWbi )



私は少し…



いや…



かなり緊張していた。




数年ぶりのラブホテル。



「狭いより広いより落ちついて、こじんまりしていいね」



日本語がおかしい…。



どこに座っていいのかわからず、リモコンいじったり冷蔵庫を開けたりウロウロしてた。



「欲しいのか?」



「え?え?いや、なんか飲みたいと思って」



「それ、おもちゃだぞ」



はっ!



「お、お風呂入るでしょ?お湯入れてくるね」



何を私は動揺しまくってんだ(汗



浴室から戻ると
呑気にAVを見ている夫。



「お~でけぇな」



おい…今は観るな(泣



「風呂入るぞ~」



ビクッ!!


体が必要以上に反応して焦った。


「さ、先入っていいよ」


「一緒に入るぞ~早く来いよ」



マジですか…。



「こっち見ないでよ?

向こう見ててってばー!」



「何今さら照れてんだ?

わかったから早く入れよ」



バスタブで向かい合う。



何故かこの時点で疲れた私はお湯に浸かってたら落ちついてきた。



ちょっとじゃれあう。


自然に唇が重なった。




お風呂から上がり
瓶ビールを2人で飲んだ。




ドキドキドキドキ…



私、腹上死ではなく腹下死するんじゃないだろうか。



そんな言葉ないけど…。




照明を落とす。



優しいキス。


いつも以上にゆっくり時間をかけて…



ドキドキドキドキ…


心臓が口から飛び出そう。



セックスレスになって数年のブランクで私はまるで生娘のようになっていた。



夫の手が私の体に触れる。



しがみつくように背中に腕を回した。



優しく愛撫される体は徐々に反応を見せ、私は幸せな気持ちで一杯になっていく。



夫がゆっくり入ってくる。



「…んっ…ぁ…」



甘い吐息が漏れた。



………………………


……………




私はどう言っていいのかわからなかった…




焦る夫。




「呑みすぎたのか

おかしいなぁ」




夫の『モノ』が途中で元気をなくしてしまった…。



「だ、大丈夫だよ。疲れてるんだよ。気にしない気にしない」



こう言うのが精一杯。



「おっかしいなぁ…ごめんな」



男の人はデリケートなところがあったりするから本当にお酒が入ったから駄目だったのかもしれない。




だけど…



一番最初に西田と寝た時もお酒が入っていた…






私とは…できないんだ…





私じゃ無理なんだ…





何年か振りのセックスは、私の心に深い傷を残した。

No.128 11/12/16 22:28
きら ( ♀ sdWbi )



それから特に何事もなく、以前と同じような生活が戻りつつあった。


あれから西田から電話がかかってくる事もなく、たまに夫のケータイを覗いても彼女からのメールはなかった。


夫がたまに本社に行った時彼女と顔合わせても、挨拶もせずお互い無視状態らしい。


あの夜のショックはまだ残ってはいたが、なるべく考えないようにして毎日を過ごしてた。



今日は日曜日。



久しぶりに家族4人で出掛けた。


場所は食事がついて半日くつろげる日帰り温泉。


お天気も良く海が見える貸切り露天風呂はゆっくりできて身も心も癒される。



「怜奈!足バタつかせないの!」


恵美に怒られている。


「だって~広いから泳ぎたいんだも―ん」


「だめ!!」


「けちぃ」


「あ~お母さんのぼせてきた。先にあがるよ~」


「怜奈もあがるー」





帰りの運転は誰がするか、夫と恵美と私の真剣勝負。



温泉にゆっくり浸かって、これから海の幸が盛り沢山の料理が運ばれてくる。




題して…




生ビール争奪戦!!

No.129 11/12/16 22:32
きら ( ♀ sdWbi )



「俺行きは運転したんだからお前と恵美の2人の勝負だろー」




「却下!」




「…いい?いくよ…」


「おう!」


「おし」




最初はグーッ!

ジャンケンポイ!!






「プハーッ!この一杯の為に生きてるね」




「恵美…

お前はオヤジかっ!」




懐石料理の他に別注した、新鮮なお刺身が美味しそうに輝いている。



負けた夫はうらめしそうな顔で恵美に言ってる。



私は可笑しくなって


「もう~しょうがないなぁハイどうぞ」


「いいよいいよ俺負けたんだし」


「ふ~ん?いいんだぁ

じゃ遠慮なく…」


と、ジョッキを口につけようとしたら


「待てっ!ちょっとだけ…」


「私が運転してくからいいよ。飲んで飲んで(笑」


「も~おとー負けたのにずるいよー怜奈と同じジュースでいいじゃん!」


「うるせ~お子ちゃま怜奈と一緒にするな~」


「あーそんな事言ったら!」


「わ、わ!やめろ~

あははは!」


怜奈が夫をくすぐってる。


「おとーも怜奈もうるさいよ~酒はしみじみだよ?」


「だからお前はオヤジかっ!」




家族の笑い声…



前と全く同じ光景。



本当に元の場所に戻れたんだ…



目頭が熱くなる。



私はとっても幸せな気持ちに包まれていた。


No.130 11/12/16 22:33
きら ( ♀ sdWbi )



広めのワンボックスカーは前でも後ろでもシートを倒しゆったりと眠れる。



怜奈と、ほろ酔いになった恵美は後部座席で爆睡してた。



「おとーも寝ていいよ?」



「まだ大丈夫だよ。今日は久しぶりにゆっくりできたし楽しかったな」



「うん!ありがとね」



日帰り温泉に行こうと
夫が言いだしたのだ。



「今度は泊まりで来ようね

そしたらジャンケンの必要もないし(笑」



「だな。悪かったな~
お前も飲みたかったろ」


「ううん。みんなで楽しく過ごせたから大満足だったよ」



「ごめんな…」



「なにが…?」



「いや…色々とさ」



「もう謝らなくていいんだからね?」



「……うん」





なんだろう…?




なんだかこの時
妙な違和感を感じた。




それが何なのかは、この時はまだわからなかった。




夫が手を繋いできた。




「俺はお前が一番大事だよ」



「な~に?酔ったの?」



「やべ…眠くなってきた」



と、言った瞬間

もう寝てた。



「はやっ」



信号待ちする度夫の寝顔を見る。




(私の気のせいね…)




ずっと手を繋ぎながら今日の事を思い返して、幸せな気持ちで帰路についていた。

No.131 11/12/17 08:25
きら ( ♀ sdWbi )



お正月が終わり1月も半ばを過ぎた頃から夫の仕事はまた忙しくなってきた。



帰れて2時、それ以上遅くなる時は事務所で寝る事もあった。



それでも泊まりは週に1~2回程で夫は毎日疲れた顔をしてた。




「大丈夫?」



「ったく…茂原の奴、要領悪いし仕事は遅ぇし使えねぇ」



茂原とは西田に代わり配属された男性社員で32歳、既婚者。



「てめぇの仕事終わったらさっさと帰りやがるしよ」



(それは彼女の場合、貴方が好きだったから最後までいたんですよ~)



と、心の中で突っ込みを入れる。



「眠い時は無理して帰って事故でも起こしたら大変だから事務所で寝ていいんだからね?」



ほんの1ヶ月半前は
絶対言えなかった言葉。



自然と夫を気遣う言葉が出る事が嬉しい。




「ちゃんと替えたから」



「ん…」



何日か前に夫に新しい布団一式を持たせたのだ。



「限界…ねみい…」



「ちょっ、おとー!ここで寝たら風邪ひいちゃうからベッドベッド!」




来月は14回目の結婚記念日。



去年は色々あったし今年はちょっと特別なお祝いをしたいと考えていた。



今この忙しい時に言えないから、今度の休みの時にでも言ってみよう。




私は1人、何しようどこ行こうと構想を練ってたらなんだか寝そびれてしまった。




目についた夫のケータイをなんとなく開いた。





「…え」





受信メールに西田の名前…

No.132 11/12/17 08:28
きら ( ♀ sdWbi )



――


切れてる??






受信時刻00:48分



夫が帰宅する少し前だ。



送信メールには西田の名前はひとつもなかった。




どういう意味…?



電源が切れてるって事?



いや



夫のケータイの電池残量は今もまだ半分以上ある。



それとも、怒ってる??って聞いてる?



こういう時…



日本語の難しさを恨めしく思う。




どっちにしろ


一言だけっておかしい。



2人にはそれで通じる内容って事だから。



発着信履歴を見てみる。



西田の名前もなければ
消した様子もなかった。



もしかして私にいつ見せてもいいようにメールは全部消してた?!



メールの予測機能を五十音順から全部見てみた。



特に怪しい単語は出て来ない…



間違え?



な、訳ないか…




なんなの…



一体どういう事?





物凄く嫌な予感がする。





また…





またなの…?

No.133 11/12/17 10:19
きら ( ♀ sdWbi )



夫の気持ちが私にないと思い一度は別れようと真剣に思った。



だけど夫の言葉を信じ家庭も以前のように戻り日々の幸せを噛み締めている。



たまに西田との事を思い出し苦しくなる時もある。



でもそれは夫がいなくなり幸せな家庭がなくなる事に比べれたらいくらでも我慢できた。



何よりもやっぱり私は夫を愛してる。



この気持ちはずっと変わらない。





一度壊れかけた形は
変形しもろくなっている。



二度とその形を崩さぬよう強く両手で抱え込み誰にも触らせない。



もし落としでもしたら…



粉々になってしまう。



その恐怖に怯えながら抱える両手は以前よりも増して益々広げられなくなっていく…






私は茫然としていた。





初めて見る




ピンクのケータイ…




たった1人しか登録されてない電話帳。





『由美』





この時から…





西田の異常な程の執念深さを垣間見る。





夫の優しさは単に優柔不断でズルイ男に変わっていった。





そして…




私も変わっていく。






新たな愛憎劇が始まった。

No.134 11/12/17 16:24
きら ( ♀ sdWbi )



2人の専用ケータイ。



夫にメールがなかったのはこういう事だったのか…。



マナーにはなっているが
ロックはされていない。



後部座席のサイドポケットの中にタオルで包まれてたピンクのケータイを見つけた時は愕然とした。



発信は西田1件のみ。


着歴は毎日夜に集中して
一杯になっていた。



受信メールは西田のハートマークがやたらと目立ち、私にはその内容はどれも低能に見える。



その中に、夜中に電話をかけてきた時の、その前に受信されたメールに目が止まる。


―――


奥さん体調どう?

哀れだよね…

そんな事で和也さんを引き止めたと思ってんのかな?(笑)

由美は和也さんに心配かけるような事しないから安心してね😉

今だけ奥さんの側にいる事を許してあげる。

どんなに会えなくても和也さんの愛は由美だけと信じてるから平気なのだ❤

大好きだよ💓





そう言えば…



西田はあの時電話で、私の体調を心配して~みたいな事を言ってた…



その時は彼女の嫌がらせとしか思わなかったけど、夫は私の体調の事話してたんだ…



それが夫を引き止めてる理由だと…?




あ…



愛されてるとでも思ってるの?とも言ってた。




怒りなのか、震える指で送信メールを開いた。

No.135 11/12/17 16:26
きら ( ♀ sdWbi )



――ー


前から言おうと思ってたがお前がうちのヤツの事をどうこう言うな

俺も気分よくねーから。

善悪をつけるなら間違いなく俺とお前が悪なんだしよ



―ー―


会えない寂しさからちょっと意地悪になっちゃっただけなの…

ごめんなさい😢

由美も自分のせいで奥さんを苦しめてる事に胸が痛くて苦しい…

今は奥さんの側にいてあげてね。

そういう優しい和也さんが由美は大好きだから…

でも、奥さんをかばう和也さんはちょっとだけ悲しかった😢





なんて強かな女…



このあと私に電話してきてるくせに。



夫が私をかばうようなメールをした事により、怒りは夫ではなく私に向いたのだろう。



含みのある言い方をして、本当は自分が愛されてると誇示したかったのかもしれない。



遡ってメールを見た。



西田に別れを告げた電話から本社に戻る1日前にこのケータイを持っている。




「この…くそ女」




最初の頃の西田のメールに激しい怒りを覚える。

No.136 11/12/18 08:48
きら ( ♀ sdWbi )



ー―ー


今日から2人を繋ぐホットラインだよ💓


あー

あー


和也さん、和也さん?


聞こえてますかぁ⁉


由美は今日も和也さんが大好きです❤


―ー―


わざわざ無駄に金使わなくてもいいのに。


でも大事に使わせてもらうよ✋


―――


も~和也さんはわかってないなぁ


会社に乗り込んでくるような奥さんだよ?


由美と和也さんが幸せになる為に、まずは奥さんを黙らせとかないとね👍


―――


なんだそれ


―――


あの奥さんの事だもん😱


ケータイチェックは絶対してるよ⁉


ロックしてても文字予測とかで和也さんは必ずボロが出ちゃうと思うんだ


会う時間は減っちゃうけど今は完璧に別れた事にしといた方が邪魔されなくて済むし、その分濃厚に2人の愛を育みたいの💓


―――


わかったよ


余計な心配しなくていいよ


―――


この前のように上から言ってくる人大嫌い‼


妻ってそんなに偉いの?


忙しい時に鬼電してきて、何回も会社に見に来たり、気持ち悪いし、和也さんが気の毒だった


和也さんは由美が守る‼


実際、由美の提案通り、
由美のメール毎日見せたら信じ込んだじゃん(笑)


―――


悪いのは俺だからよ


とりあえずわかったよ


―――


和也さんが大好き!


由美が癒してあげる❤


仕事終わったら電話してね😆


このケータイは自宅に持ち帰っちゃだめだよ?


絶対にばれないようにね!







盗人猛々しいとはこの女の為にある言葉じゃないだろうか…





怒りで体が震えてるのに





なぜか涙が落ちる。





最初から全部嘘だったんだ…



全部……




嘘…


No.137 11/12/18 08:49
きら ( ♀ sdWbi )



「…気をつけて」


「大丈夫か?具合悪そうだけど」


夫が額を触ろうとするその手を反射的に避けた。


「あ、ご…ごめん、頭痛がひどくてちょっと苛々しちゃって」


「無理するなよ。行ってくる」


「…行ってらっしゃい」





夫が西田に別れの電話を入れるのも計画されていたのだろうか…



流した涙も嘘だったのだろうか…



日帰り温泉の帰り


「お前が一番大事だよ」


あれも嘘だと言うの…




最初から



幸せなんてなかったのだろうか…





悔しい…




女に馬鹿にされてるのに



夫もそんな事してるのに




悔しい…





そんな事実を知っても尚、諦められない自分が悔しくて悔しくてたまらなかった。

No.138 11/12/18 10:49
きら ( ♀ sdWbi )



「かんぱ~い!!」


「かー!うめ~」


「ん~んまい!」


今日は久しぶりに奈緒美と2人で居酒屋に来ていた。


「涼子早くね?もう空じゃん」


「喉渇いてたから~今夜は私飲むよ?」


「もち!おにーさーん!
ここ生二つおかわりね!」



最初は気が進まなかった。



「涼子に紹介したい人いるんだ」



と言う、奈緒美の言葉で行く気になった。



夫と西田は相変わらず。



だけど半額に減らした小遣いが災いして、いつも支払いは西田がしてる様子だった。



ホテル代ですら彼女持ち。



そんなのいつまでも続くはずがないと私は静観する事にした。



「奈緒美、紹介したい人って?」



「今日はまだ仕事だから終わったら電話来るからさ」


「な~に?男でしょ?」


「へへ~大野奈緒美!
恋に落ちました!!」


「まじで?どこで知り合ったの?どんな人?」


「実はぁ~○○工務店の坂木さんなのだ!」


「えーー!マジー?!
いつの間にそんな仲になってたのよ」


会社の取引先の人でたまに来社する営業マンだった。


「恋はするものではなく、落ちるものなの…」


「奈緒美…ごめん。

全く台詞が似合ってない」



「あははははははは!!」


「だよね~涼子が銀行に行って綾香も買い出しで、あたし一人だった時に彼が来てね」


「で?で?」


「まぁオーソドックスなんだけど今度食事でもって誘われたわけさ~


男に誘われるのは今までだってあったし涼子も何人かに声かけられた事あったじゃん?」


「なんで坂木さんは行く気になったの?」


「アドレス交換してメールしてくうちに彼の誠実さが伝わってきてね」


「もちろん…独身だよね?」


「あったりまえでしょ!
女房子供がいる奴が声かけてくる時点で却下!そんなヤリチン野郎はいらん!」



サレ妻だった奈緒美は、
女房の苦痛を嫌ってほど知ってるからパートナーがいる人に全く興味を持たず、むしろ声をかけてくる男に嫌悪してた。



そこは私と共通し
私も全く同じ思いだった。

No.139 11/12/18 10:50
きら ( ♀ sdWbi )



「坂木さんっていくつ?」



「むふっ!35歳」


「ちょっとちょっと~
ずいぶん若いじゃないの」


「そうなのよ~あっちの方も強くてた~いへんっ」


「ニヤけながら言うな!」


「あはは!彼は×1なんだけどさ、子供作れない体みたいでさ」


「そうなんだぁ」


「それが離婚の原因みたいよ。あたしはもう産めないからちょうどいいね?なんて言って笑い飛ばしたけどね」


「いいのかそれで(苦笑」



♪♪♪♪♪~


「お!きたきた
もしも~し!」



奈緒美の幸せそうな顔を見てると久しぶりに私も温かい気持ちになれた。


奈緒美もたくさん嫌な思いして苦労してきたから彼女は幸せになってもらいたいと心から思ってる。



程なくして奈緒美の彼
坂木さんがやって来た。



と、もう一人



見知らぬ男性も一緒だった。

No.140 11/12/18 10:57
きら ( ♀ sdWbi )



「今夜早く帰れる?」



金曜日 21:30分



「まだわかんねぇ」


「明日大丈夫?」


「あぁ…行くんだっけ
なるべく早く帰るよ」



明日は結婚記念日。



近場だけど部屋に露天風呂がついていて館内にはレストランや居酒屋等があり、そこに一泊してゆっくり過ごしたいと思っていた。



ある願いを込めて…



夫が帰宅したのは
翌日の昼前だった。



「トラブって最悪だったよ。遅くなったけどチェックイン2時だったろ?」



「……もういいよ」



「本当に悪かったって。
せっかく取ったんだしキャンセルももったいないから早く行こうぜ」



「もういいって!」



「お前が怒るのも無理ないけど俺だって仕事で一睡もしてねぇんだ。そこはわかれよ」




言ってしまおうか…



言ってしまいたい…



だけど…



喉まで出かけた言葉を
必死に堪え飲み込んだ。



――――――――


――――――



夫が運転する車の中は重苦しい空気に包まれていた。



「せっかくの記念日なんだからいつまでもふてくされるのやめようぜ」



「………」



「ほらほら~笑顔笑顔



おかー笑って!」




おかーって…


「ふっ」



「お!今笑ったね?
面白いと思ったろ?」



不覚にも笑ってしまった自分を恨んだ。



「…ったく、もう…」



「その笑顔でいこうぜ」




モヤモヤは残ってたが、
今日は決めた事がある。




気持ちを切り替える事にした。

No.141 11/12/21 17:36
きら ( ♀ sdWbi )



3時頃到着しチェックインの手続きをする。



温泉旅館となっているが、館内は飲食できる施設が充実していて多種類の温泉にプールも完備されており、旅館と言うよりも、ちょっとしたスパリゾートといったところだ。



部屋に入ると8畳程の和室は少々狭く感じたが、掃除が行き届いており清潔な印象を受けた。


磨りガラスになってる引戸の先に露天風呂があり、檜の香りが漂う大きなお風呂は3~4人でも充分ゆったりできそうな程広い。



とりあえず、座椅子に座りお茶を入れ一息ついた。



「ふあぁ~」



あくびを何度か繰り返す夫に溜め息を覚える。



「この中に色々あるんだろ。見に行くか」


「そうだね、行こう」



館内を回ってると群がる人々が目につき近付いてみると、小さなステージの上でピエロの格好をした人が何やらマジックらしき事をしていた。



その向かい側に全体的に赤っぽい色調で裸電球が何本かぶら下がり『古き良き時代・昭和』というコーナーがあった。



チャンネルが回転式のテレビに二層式の洗濯機。


駄菓子に昆虫セット。


傷が目立つ古いちゃぶ台。


黒電話。



どれも昭和チックで指を差しながら自然な笑顔で夫に話しかける。



一通り見終わると特にやる事がなくなってしまい部屋に戻って露天風呂に入る事にした。



相変わらず夫はあくびばかりしてる。




(仕事なんて嘘。




…つまんないんだね)





私は夫との温度差を痛感していた。

No.142 11/12/21 17:37
きら ( ♀ sdWbi )



「…寂しい」




橙色に染まる空を見上げながらお湯に体を沈め思わず口にした。




「あ?なんか言ったか?」



シャンプー中の夫が片目を瞑りながら振り返ってる。



「ううん。何も」






《ねぇ見て見て!


夕陽がすっごく綺麗!》




と……



いつものように言えなかった。




合わすだけの夫の言葉に、きっと今以上の寂しさを感じてしまう…





一緒にいるのに




寂しくて…




一緒にいるのに




独りぼっち…





あまりにも綺麗な夕陽は今の私には物悲しく映り、言い知れぬ寂しさと孤独感を与えていた。

No.143 11/12/21 19:40
きら ( ♀ sdWbi )



18時。



部屋に食事が運ばれる。




軽くお酒を飲みながら
話題が尽きず楽しい食事。







とは、程遠く



テレビを観ながら食べ、合間に出てる芸人やタレントのどうでもいい会話をしていた。




特別感が全くない。




それに『今日この日』と、決めていた事がある。




空気を変えたくて鞄に隠しておいた物を取り出した。





「ねぇ」



「あ~?」



顔はテレビに向けたまま返事をする夫。




「はい、これ」



「お、なんだ?!」



ピンクのリボンがかけられ綺麗に包装された箱を差し出すと夫は驚いていた。




「開けてみて」





「おー!いいじゃんコレ」





ペアのネックレス。



私からのプレゼント。





「俺何も用意してないよ
金もなかったし(汗」



「いいよ
わかってるから…」



「これいいなー!
どうだ?似合ってる?」


「似合う似合うっ
私はどう?」


「お前も似合ってるよ!」



予想以上に喜ぶ夫を見て私も嬉しくなり、ちょっと沈み気味だった気分がいくらか晴れた。




今なら言える。





「あのさ…」




まだ鏡の前で左右に顔を動かしながらネックレスを見ている夫に話しかけた。

No.144 11/12/23 08:49
きら ( ♀ sdWbi )



「私ね


今日の結婚記念日を期に、私達夫婦にとって本当の意味で再出発をしたいと思ってるんだ」



「だな~」



鏡に向かって生返事をする夫にちょっと声が大きくなった。



「大事な事なんだから
ちゃんと座って聞いて!」



「何怒ってんだよ」



怪訝な顔をしながら座った。




「私は本当の意味で前のように戻りたいと思ってるの


そこにもう嘘は絶対にあってはならない」



「嘘なんてないし」



「疑いたくない


傷つきたくないし


もう泣きたくないの…」



「何言ってるんだ?

疑われるような事は何もしてないよ」



「私が問いただすのではなく、おとー自身の口から真実を話してもらいたい」



「だから…」



「どうしたいのか、どう思ってるのかちゃんと聞きたい


じゃないと何も変わらない


おとーにとって、私の声が雑音でしかないのはもう嫌だよ…


言ってる意味…


わかるよね?」



「………」



私の有無を言わせない態度と核心をつく言い方に夫は黙り込んで一点を見つめ出した。




私は息を飲んでじっと待つ。



――――――


――――



「俺…」



観念したかのような目を私に向けてゆっくりと口を開いた。



「自分でもよくわかんないんだ」


「わかんない?」


「西田の事を好きかと聞かれたら考えてしまう。


一緒にいて楽しいけど、うざく感じる時もあるしムカつく時もある


何度もやめようとしたが、一生懸命なあいつの顔を見るとどうしても突き放す事ができなくなる」






「それってさ…





好きって事だよ」

No.145 11/12/25 15:22
きら ( ♀ sdWbi )



お互い視線をそらさず
数秒の時が流れる。




「いや…違う

そうじゃないんだ…」



「もう私に気を使わなくていい


どうしたいのか、正直な気持ちを話してほしいだけなの」




夫の顔が真剣な表情に変わった。




「西田とは終わりにしたいと思ってる


これは本当だ


勝手なのも承知で言う


もう少し待ってもらえないか」



「待つ…って?」



「急に言うとあいつはお前に言わされたと思って絶対納得しない


だから…


少しずつ離していく」



「そんな…」



「本当に勝手だけど離婚はしたくない


もう嘘は言わない


必ず終わらせるからもう少し時間が欲しい」




「本当…



勝手だよ」




「頼む。一ヶ月でいい


必ずケリつけるから」





嘘ばかりで



こんなに傷付けられてるのに。




馬鹿でも何でもいい。



もう一度信じよう…



『離婚はしたくない』



その言葉が嬉しいから。




浮気の真っ只中にいる夫との結婚記念日のプチ旅行。



全て私1人で計画し
プレゼントも用意した。



今夜夫と再出発を誓ったら夫の胸に飛び込むつもりでいた。




虚しい…?



ううん。



全然虚しくなんかない。




だって…



夫は私を選んだのだから。






この時、すでに私の思考回路は正常ではなかったのかもしれない。





始まっていたのだ…





精神崩壊までの





カウントダウン。

No.146 11/12/27 17:01
きら ( ♀ sdWbi )



結婚記念日から二週間ほど経ったある日の朝。



色落ちした作業服をハンガーにかけてみる。



(何着目だろう…)




「はぁ…」




深い溜め息をひとつついて洗濯物を干しながら夕べの事を思い出していた。




――――――――


―――――




「また匂いするよ…」


「気のせいだって」


「気のせいじゃないよ
ほら、嗅いでみて」



夫の脱いだ作業服を差し出す。



「いいよ。今日ちょっと会って話してたからそれでついたんだろ」


「なんで胸に匂いがつくの?抱きしめない限りこんなとこにつかないでしょ」


「そんな事してねぇから
ちゃんと終わらせるから、もうちょっと待ってくれって」



「……」



どんなに遅くなっても夫は帰宅するようにはなっていた。



でも…



夜連絡がとれない時は必ず彼女の匂いをつけて帰ってきた。



「どこで会ってるの?」


「会ったと言っても車でちょっと話しただけだから」


「車には乗せないで!!」


「わ、わかったよ」



結婚記念日の翌日からピンクのケータイはどこを探しても見当たらなかった。


夫のケータイには西田からのメールはない。



警戒したのか…



洗っても洗ってもまとわりつくその匂いに西田のほくそ笑む顔が見えるようで、今日もまた漂白剤をどぼどぼ入れてしまった。




いつになったら
楽に呼吸ができるのか



いつになったら
心から笑えるのか




いつになったら




いつになったら…。

No.147 11/12/27 17:05
きら ( ♀ sdWbi )



「どうなってるの?

もう2ヶ月近く経ってるじゃない」



今夜も夫は『匂い』をつけて帰宅した。



「待ってろって
ちゃんと考えてるから」



夫はケリをつけるどころかまるで公認でもされてるかのように堂々と彼女と会うようになっていた。



「考えてるって?
毎回毎回別れ話するからと会ってはダメだったの繰り返しじゃない」


「本当にちゃんと考えてるから」


「いっその事、社長に全部話した方がいいよ!自分がした事なんだから仕方ないでしょ!」


「言ったところで首になるのは西田だけなんだよ」


「それでいいじゃない!
同じ会社にいるから別れるのが難しいってあんたが言ってたんだから」



夫は大きな溜め息をついてから言った。



「あいつの親父が倒れたんだ」



「だから何よ…」



「母親も入院してるところに父親も倒れて、妹は嫁いでるし今あいつの収入がないときついから会社を辞めさせる訳にはいかない」



「それは…



本当の話なの?」



「こんな嘘つくはずないだろ!」


「じゃあどうするって言うの?実家暮らしの両親が入院して大変なのはわかる。だから別れられない?そんな理由?」


「今は支えが必要だろ!
俺だってちゃんと考えてるって言ってんだろ!」


「考えてるのは私を騙す事ばかりじゃない!!支えって何よ?!あの女の気持ちはわかって私の辛さは何ひとつわかってない!!」


「わかってるからこうして毎日帰って来てんだよ」


「それで私を満足させてる。そう思ってたの?
あんたは小遣い減らされ、彼女も経済的に大変になったから行くとこなくて帰るしかないからじゃないの!」


「とにかく父親が退院するまでもうちょっと待っててくれ」


「なに…それ…

どこに浮気相手の親が退院するまで別れるの待てなんて言う人がいるのよ!

そんなだらしない娘だから両親共に入院しちゃうんだよ!!」




「お前…最低だな」






最低?




私が




…最低?





【大変だね…


両親共に入院だなんて


こういう時は、おとーが側にいてあげなくちゃね】




そう言うの?





私って最低な人間…





なの…?







サイテイ ナ ニンゲン。

No.148 11/12/27 17:17
きら ( ♀ sdWbi )



深夜、夫の車。




どこ?



どこなの?





私は最低…?




夫やあの女がやってる事は?



あたしが異常?



2人が正常?




わかんない!

わかんない!




どこ!


どこなのよ!




………………………




「あった!!」




トランクに積んでた工具箱の中にそれはあった。




ピンクのケータイ。




「ドライバーの袋に入れて一番下に置いてたらわかるはずないよね」



なぜか笑ってる私。



もう普通じゃなかった…



メールを開く。



暗闇にケータイの明かりは眩しくて目が痛かった。




―――


今日の和也さんのチュウ❤優しくてすごく気持ち良かった😆


由美は車でも平気😍


和也さんと一緒にいられたら場所なんかどこだっていいの💓


―――


ごめんな。


もう少し落ち着いたら金前みたいに戻させるからよ


―――


いーのいーの気にしない😜


変に燃えちゃうし😍💦


でも車のシートはちゃんと掃除しなきゃだめだよ?


涼子にバレちゃいますよ(笑)





ほんの何時間か前にやり取りしてるメール。




西田の言う涼子って誰?




私…?




この車で…何?




ルームランプ



一番後ろの座席



いくつかの白いシミ



空のティッシュ箱





「ウプッッ!!」





激しい吐き気に襲われた。

No.149 11/12/27 19:00
きら ( ♀ sdWbi )



「家族の方の連絡先は…


ご主人でいいですから」





家族?




主人?




何言ってるのこの人…




あなた…誰?




カチカチカチカチ…



ボールペンを出したり引っ込めたり



あぁ…



うるさい



「弱ったなぁ…携帯電話見せて頂きますよ」



ケータイ?



私は見てません。



いえ…


ちょっとだけ見ました。



それって罪なんですか?



私は…



最低な人間ですか?




「……すね。お待ちしてます」




綺麗だなぁ。



花瓶に一輪。



なんて花だろう…



きっといい匂いがするんだろうなぁ。




…匂い?




だめだめ!



その匂いは嫌いなの!



漂白剤で消毒しなくちゃ。



なんで取れないの!!


ずっと匂って吐き気がするのよ!




カチカチカチカチ…



もう…



その癖やめてよ。



うるさい…


うるさい!うるさい!




あ。



洗濯物畳まなくちゃ。



怜奈お手伝いしてね。



ズキズキ…



また頭痛。



薬が全然効かない。



そういえば、あの薬剤師やる気なさそうだった…



こんな効かない薬売りつけて最低。




……最低?




誰が最低?




そうだ私。




最低な人間なんだ…




必要ないんだ…





「何やってんだよ!!!」




夫の声に驚いた。

No.150 11/12/28 12:50
きら ( ♀ sdWbi )



おとー…



なんて顔してるの?



「…すみませんでした」



誰に頭下げてるの?



「近所の方から通報がありましてね…

遅くに上半身裸で公園に動かず立ってる女性がいると…」




あ、カチカチが止まって良かったね。



おとー…?



なんで泣いてるの…?




「…から、本当に5分遅かったら奥さん今ここには居なかったですよ」




眠くなってきちゃった…




「自分の洋服を木に引っかけて、そこに首を通してるところを保護し…」




ねむ…




―――――――――


――――――



夢を見た。



どこまでも続く雪景色。



遠くで誰かが手を振っている。



一面真っ白な銀世界は陽射しが眩しくてその手は誰なのか確認できない。



だけど私は知っている。


和也が私を待っている。


早く来いよと手を振っている。



膝まで埋まる足を必死に上げてあと一歩あと一歩息を弾ませ進んでく。




和也が微笑んでいる。



私は思いっきり手を伸ばす。




あぁ…



もうちょっと…




「ぎゃぁぁあああ!!」




体が宙を舞う。



裂けた切れ間の底は果てしない暗闇が広がっている。



その闇に私の体は吸い込まれた。



「助けて!和也!和也!」





絶望の瞬間。





夫と西田…




肩を寄せ合い
2人で私を見下していた。




最後に見たのは…





西田が薄ら笑いを浮かべる顔だった…






「ぎゃああああ!!!」

No.151 11/12/30 15:46
きら ( ♀ sdWbi )



眠剤をちょっと多目に飲んだだけ。



命に別状がないですって。



当たり前じゃん。



眠りたかっただけなのに。



そんな大袈裟にしないで。



本当に眠りたいだけ。



ふわふわ気持ち良くて
もうすぐ桜が咲くんだね。



今年もお弁当持ってお花見しよう。



あぁ、なんて心地よいの。



…イデ



ん?



…オイデ



なになに?



オイデ…オイデ…




そこは居心地がいいの?




ハヤク…オイデ…




こうでいい?


ギュッと結んだよ。



…アト…イッポ…



あぁ


肌をすり抜ける風が気持ちいい…




もう泣かなくていいんだね。



楽になれるんだね。




…ハヤク




オイデ…




うん…行く。






突然の眩しい光。



大きな声のあと
体が一瞬フワッと浮いた。



なに?!



誰?!



怖い…。




カチカチカチカチ…



うるさい音。



どこかで夫の声がする。



あぁ…眠い。



今度はどこ?



白衣を着たおじさん。



やっぱり夫の声がする。



眠い…



私は大丈夫。



本当にちょっと
眠りたかっただけだから…





!!!!!




あの女が…




あの女が…




絶望の淵にいる私を




せせら笑っている。





「ぎゃああああ!!」





見知らぬ天井。




囲まれた薄いカーテンから日差しを感じる。




私は病院のベッドにいた。

No.152 11/12/30 18:35
きら ( ♀ sdWbi )



泣いていた。




「お前が…お前が…」




目を真っ赤にさせて両手で私の手を包みこんで泣いていた。



「ここまで…


お前が苦しんでたと


思ってなかった…クッ…」



まだ朦朧とする頭。



「ごめん…


本当にごめん


ごめん……めん」



体を大きく震わせて
声を殺して泣いてる夫。



私の枯れない涙も
次から次へと溢れ出す。



「恵美…


ヒック…ヒック…


怜奈


ウック


私……なんて事…ヒック」




「子供達には何も言ってない


お前は何も悪くない


悪くないんだ…ウッ」




無機質なパイプベッド。



カーテンで仕切られた誰の気配も感じない病室で二人の嗚咽が響いてた。





「私も…



おとーと一緒…



子供達の辛さを考える事が出来なかったんだから…



自分の事しか考えられなくなっていた…」




「…俺が全部悪いんだ」





「そうだね…




おとーが全部悪いの




でも…




私を生かして



お願い…



生かしてよ…ウック…




だから…



ヒック…




もう




別れよう





離婚して…」

No.153 12/01/05 21:14
きら ( ♀ sdWbi )



「毎日…お前は…

こんな思いしてたんだな…


お前の気持ちを全く考えてなかった


俺……今日…


お前がいなくなる恐怖を初めて知った」




「信じては裏切られての繰り返し…


そのたびに私はボロボロになっていった


私がどんなに叫んでも私の声はおとーに届かなかったの



…声も枯れてしまった



こんな事して


私…


子供達に申し訳ないよ…



もう…いい…



別れよう」




「お前の前でちゃんと言う


本当にそこまでとは思ってなかった


思ってなかったんだ…


ごめん…本当に…本当に」




―――――――――


――――――




「…俺、やっぱり…
家庭が一番大事だから」



2日後の日曜日。



夫と西田が『暮らしてた』事務所に3人でいた。



「…わかりました」



西田由美は冷静な顔で答えた。



「悪かった…」



「悪いのは和也さんだけではないです


奥さんを苦しめてたのは私も一緒なんですから」



西田は立ち上がり
私に体を向け頭を下げた。



「二度と仕事以外で和也さんとは会いません


すみませんでした」



夫は机の上で両手を握り、うつ向いていた。



私は2人を交互に見て、軽く溜め息をついてから言った。





「西田さん」



「はい」




「欲しければ…





あげるよ」

No.154 12/01/05 21:15
きら ( ♀ sdWbi )



夫は何がなんだかわからないといった顔をしている。



西田は怪訝な表情を浮かべてた。



「いくらこんな事しても意味ないよ


あなた達2人はいつもその場を取り繕うだけ


今にしたってそう


別れるフリをしてるだけ


どうやったらバレないか、ごまかせるかの相談をしても、本当に終わらせようなんてハナッから思ってない」



「何言ってんだ?!


俺は本当に…」



「いい加減にして!



もううんざり…



西田さん」



「…はい」



「主人と一緒になりたいのよね?」



「……」



「お前なに…」



「あんたは黙ってて!」



私の気迫に圧倒されたのか夫は口を閉じた。



「正直に言っていいよ


欲しいんでしょ?」



「……」



夫にチラチラ視線を配り、西田はどう答えていいのか戸惑ってる様子だった。



「答えないと言う事はあなたが言った通り、今後二度と主人には会わないって事なのね?


もう嘘は通用しない


本当に会えないようにするよ?」





「…奥さん



私…



和也さんが好きです



本気です…



許されるのであれば一緒になりたい……です」



「あんたはどうなの?」



急に振られた夫は目を白黒させてる。



「お、俺は…家庭が大事だって言っただろ」




「和也さん!!」




西田が大きな声で叫んだ。

No.155 12/01/05 21:17
きら ( ♀ sdWbi )



「和也さん言ったよね?!


由美と、ずっ…」



夫の鋭い視線。


西田の口が急に止まる。



「なんだよ…」



低音で怒りを含んだ夫の声。



西田がそれに怯んでる。



「由美は…



和也さんと一緒に…」




信じられない…



これは…



以前の私。




西田もまた、好きが故に従ってしまう女だったのだ。



夫が許せなかった。



「西田さん


私主人と離婚します


今日来たのはその責任について話し合う為であって、主人と別れてもらうつもりではないの」



「おい!」



「あんた…なんなの?


人の痛みがわからず適当な事ばかり言い、自分を守るのに必死


あんたが大事なのは私でも家族でもなく都合よく帰れる家庭なのよ!」


「違う!俺は家庭を壊すつもりなんてないんだ!」


「まだわかってないの?

とっくに壊れてるでしょ?

もういい加減にしてよ!


とにかく自分がした事の責任はとってもらう


あんたは慰謝料と養育費


西田さんにも慰謝料は払ってもらいます」


「ちょっと待てよ」


「もうそれ以外で話す事はないから


西田さん


あなたが主人と続いてようが別れようが慰謝料はきちんと払ってもらいます


わかるよね?」




「はい…わかってます」





「それさえ約束してもらえればいい



だから



こんな男…



欲しければ



ノシつけてあげるよ」

No.156 12/01/05 22:29
きら ( ♀ sdWbi )



病院から帰宅した時。



テーブルの上に手紙があった。



おかーへ


おはよぅ


おさけのんで、まーた車でねちゃったんでしょ(怒)


怜奈ね目玉やき作ったよ!


おねぇちゃんもおいしいって!イェイ☆


お母さんのもつくったから食べてね


今日算数のテストだょー(泣)


怜奈もがんばるから、おかあさんもお仕事がんばってね☆


いってきまーす!


(目玉やき、一番よくできたのをお母さんのにしたんだょ☆)



丸文字で可愛いイラスト付きの怜奈からの手紙だった。



その脇にラップがかかった一個の目玉焼きがあった。




本当に最低だ…




私は子供達の笑顔を奪うところだったんだ…




自分の愚かさを悔やんだ。




「ック…」




流れる涙は今まで流した涙とは全く違う涙。




私は何をしていたんだろう…



こんなに愛する者が近くにいたのに見えなくなってたなんて…



自分の事で頭が一杯になり愚かな事をし、悲しむ者の気持ちを考える事ができなかったなんて…



私、本当に最低…



「ウック…ごめんね…


おかぁ…


あなた達がいてくれたら


もう何もいらない…」




夫との別れを固めた瞬間だった。

No.157 12/01/06 00:17
きら ( ♀ sdWbi )



夫は黙っていた。



と言うより、
茫然として立っていた。



「責任の詳細については、きちんと調べて手続きを踏み後日連絡します」



「…本当にすみません」


西田は頭を下げる。



「私は先に帰るから


後は2人で話し合ってよ」



そう言い残し
私は事務所を後にした。




閉鎖的な場所から外に出ると、晴れ渡った青空に春の香りを運ぶそよ風がとても気持ち良かった。



構内の道路脇に直線上で植えられた桜の木はいくつか蕾を膨らませ薄く色付いている。



草木は萌え、眠っていた者達が目覚め出す。



うららかな陽射しを浴びながら自分に言い聞かした。





「うん



大丈夫!



私頑張れる!!」





―――春はすぐそこ。

No.158 12/01/06 07:48
きら ( ♀ sdWbi )



「やったーーー!!」



「おぉ!すごいすごい!」



足をピョンピョンさせて喜び、私と恵美にハイタッチする怜奈。



3人でボーリングに来て、ストライクを出した怜奈がはしゃいでいた。



「よーし!お姉ちゃんもストライク出す!」


「んっふふ!出来るものならやってみー」



若干ムキになってる恵美と鼻を膨らませて得意気な顔をする怜奈はとても楽しそう。



「あー!あと1本!」


「おっし~!」



今頃夫と西田はどんな話をしているのだろうか…



もう…


そんな事どうでもいい。



こんなに穏やかな気持ちはいつ以来だろう。



こうして子供達と過ごす時間がとても楽しくて癒される。



これでいい。



これがいい。




―――――――――


―――――――



「あたたた…」


「おかぁも歳だね」


ハンドルを切りながら恵美が言う。


「なんだとぉ~」


「ほーんと!怜奈なんか、まだまだできたよ」



調子にのって3ゲーム投げたら腕がパンパンになってしまった。



「明日はもっと痛むね」


「ばーさん扱いするなっ」


「きゃはは!ばーさんだって」



確かに…


明日はもっと痛むかも(泣)



「夕飯食べて帰ろう


何がいい?」


「怜奈ハンバーグ!」


「お姉ちゃんは中華がいいなぁ」


「えー!」


「じゃんけんね~」


怜奈が私の方を見て


「おとーは?まだお仕事終わらないの?」


「あ…う、うん

今日はお父さん抜き~」


「え~かわいそう

じゃあ、おみやげ買ってってあげようよ」


「そうだね…」


「おし!お姉ちゃん
じゃんけん!」




胸が痛んだ。




何に対してだろう…



何も知らない子供達に対して?



それとも…



父親を取り上げようとしてる自分に?



わからない私は窓に映る自分の顔をジッと見つめていた。




怜奈が勝利でハンバーグ屋さんで楽しく夕食を終え、家に着いたら夫の車があった。



「おとー帰って来てるじゃん!」


怜奈が降りて玄関に急いだ。



夫がいると思うだけで
私の精神が乱れる。



ゆっくり大きく深呼吸をしてから玄関に向かった。

No.159 12/01/07 13:29
きら ( ♀ sdWbi )



「今日ねみんなでボーリング行ってきたんだよ!」


「そっかー怜奈へたくそだからな(笑」


「もー!怜奈ストライク出したもん!」


「お、すごいじゃん!」


「おとーも一緒だったらもっと楽しかったのにー
ね!お母さん!」


「うん、そうだね~」



ソファーに座ってる夫の膝の上に座り今日の事を楽しそうに話す怜奈。



私達夫婦は今までどんなに喧嘩をしていても、それを子供達の前で見せる事は一度もなかった。


喧嘩の最中に子供らの気配を感じると口が止まり自然に接するのがお互い身についている。


だから何も知らない怜奈の前で私も夫もいつもと同じように接していた。



「おとーにハンバーグ買ってきたよ!まだあったかいよ~食べる?」


「食べようかな」


「怜奈出してあげる!」



私と夫の目は合わない。



その不自然さを避けるように


「お母さんお風呂入ってくるから怜奈お願いね~」


「はーい」



こんな時でも身についてしまった悲しい習慣だった。

No.160 12/01/07 13:31
きら ( ♀ sdWbi )



――――――――


―――――



「無理だからよ」



寝室。



ベッド脇に腰掛け、背中を向けてる私に夫が言った。



「離婚なんて無理だし
する気もないから」


「まだそんな事言う?
どこまで勝手?」


「西田とは別れてきた」


「そんな事聞きたくないし、もうどうでもいい」


「愛想尽かされても当然な事をしてきたと思ってる

お前がそういうのも当たり前だとも思う」


「だったら…」


「怜奈はどうするんだ?

子供達をまた片親にするのか?」




…ズキン



ズキンズキン




「本当…あんたって最低…

ずるい…」


「こうなるまでお前の気持ちに気づけなかった俺が一番悪い

だけど子供らにそれを強制するのは親の勝手だろ…」


「そんな事あんたが言う資格なんかない!!」


「わかってる…ごめん

だけど子供らと…」



「もうやめて!

これ以上話したくない!」



頭まで布団を被った。



「本当にごめん…


離婚は考えてない


気持ちも入れ替えた


これからの俺を見てもらえないか


勝手ばかりだけど
俺にはお前が必要なんだ」




うるさい!うるさい!



耳を強く塞いでも
夫の声が離れてくれない。



ズキン。



『子供達を片親にするのか…

親の勝手で…』




なんなのよ!


なんなのよ!



なん…


なのよ……



ズキンズキン



布団を被り、耳を塞ぎ、体を丸めて何時間も咽び泣いていた。

No.161 12/01/07 14:21
きら ( ♀ sdWbi )



私が背けていた一番の問題を夫が口にしたのが腹立たしかった。



決して背けてはならない
子供達の気持ち…



だけど決心した私の気持ちがそこで揺らぎ、また後戻りするのが怖かった。



離婚の現実を形としていく中で子供達に伝えるタイミング。



その機会を待つ…


そう思ってた。



恵美も怜奈も父親を好いている。



言えるのだろうか…


言ったらどれだけのショックを与えるのだろう…


それを見て私はどう思うのか…



私には威張っても、恵美に怒られると素直に謝る夫。


中学生になった怜奈は腕を組んだり手を繋いだり未だに父親ベッタリ。



どうしようもない父親で、子供達も嫌っていたらもっと楽に離婚ができるのだろうか…



答えが出ないまま、いつも通りの生活が継続されていく。



どこかで違和感を覚えながらも、家族は続いていた。

No.162 12/01/07 15:08
きら ( ♀ sdWbi )



「なにこれ?」


「今日本社行ったら俺のメールボックスに入ってた」



開封されてるブルーの封筒。


夫は読むように促す。


西田からの手紙だった。





―――和也さんへ



携帯受けとりました


和也さんと由美のホットライン…


本当に終わりなんだね


由美は最初からわかってた


和也さんが家庭を捨てない事も由美は遊びって事も…


『離婚して』と一度も言った事なかったでしょう?


和也さんに捨てられるのが怖かったから言えなかった


面倒な女だと思われて捨てられるくらいなら遊ばれてもいいから和也さんと一緒にいたかった


由美は本気だったの


本当に和也さんが好きだったの


和也さん…

由美は別れたくない

別れるなんてできない!

全部和也さんの言う通りにする!

離婚してなんて言わない

お金だって由美が出す

やりたい時にだけ呼び出されてもいい

他の女の子と遊んでもいい

どんな扱いをしてもいいの



和也さんの側にいさせて下さい


お願い…


由美を捨てないで…



それすらも叶わないのならせめて由美の気持ちが落ちつくまでもう少しだけ一緒にいて下さい


由美が和也さんを離していくから…


最後の由美のわがまま聞いて下さい


お願いします


和也さん…愛してる



――――由美より




「………」



言葉にならなかった。




西田は…




都合のいい女に成り下がってしまったのだ。

No.163 12/01/07 16:00
きら ( ♀ sdWbi )



「あんたはこれ読んでどう思った?」



「悪い事したと思ってるけど、もう終わった事だし放っておくよ」



「人をここまでの気持ちにさせといて自分は家庭が大事だから切り捨てる


最低だよね?」



「………」



「面倒くさいと思ってるだけで、彼女の気持ちなんか考えてないでしょ?」



「お前の気持ちは考えるけどあいつの事は考える必要ないだろ」



「自分はどこも痛くないからそんな事言えるのよ

人の痛みを考えられないから平気で裏切る事ができるのよあんたって人は!」



「俺にどうしろって言うんだよ」



「私彼女の事嫌いだよ

だけどそんな嫌いな相手でも傷つく気持ちや痛みが私にはわかる

手紙を見せて今は何もない事をアピールしてるようなあんたに人の痛みはわからないのよ!」



「わかってるから俺はこれ以上何も言わないつもりでいるんだよ

中途半端な事言っても相手を諦められなくするだけだから」



「もっと人の気持ちを大事に考えなよ

私の事もどれだけ傷つけたか、あんた自身で気がつかないと同じ事を繰り返すだけで、そんなのもううんざりだから」



「わかってる…」




私はイライラしていた。



都合のいい女に成り下がった西田にではなく夫に対してだ。



あまりにも人の気持ちを軽く考えてるのが許せなく、ずるくてだらしない男に見えてしょうがなかった。



夫は気持ちを入れ替え家庭に戻り、離婚の危機を回避して平和な家庭が戻ってきた。





私が望んでた事。




私が望んでた事?




私が…?





この時すでに歯車は狂い始めていたのだ。

No.164 12/01/08 16:54
きら ( ♀ sdWbi )



ある事を除いてはしばらくは何もなく平穏な日々が続いていた。



ある事とは、夫に届く西田からの毎日のメール。



―――


今夜も眠れません

和也さんに会いたい

会いたいよぉ😢


―――


愛してるって言ったくせに!

待ってろって言ったくせに!

由美は何年でも待つからね!

途中で逃げないでよね!


―――


由美は和也さんがいないと生きていけない…

ほんの少しでいいから和也さんの愛情を由美に下さい😢


―――


今夜も眠れない…

奥さんが羨ましい

無条件で和也さんといられる奥さんが羨ましいよ

由美は和也さんと別れたら何も残らない

そんなの辛いよ…

悲しいよ…





情緒不安定になってるのが伺い知れる一方通行のメール。



夫は彼女にどれだけの嘘を言ってたのか…



そして私にも…



憎むべき相手だが彼女の辛さが痛いほどわかり哀れに思う。



だが、彼女に苦しめられたのも事実。



哀れむ気持ちと自業自得と思う気持ちが交差しつつ読んでた彼女からのメールが急に止まった。



あれだけ毎日送られてきたメールが数週間経っても届く事はなかった。

No.165 12/01/10 07:18
きら ( ♀ sdWbi )



「深山さん…?


深山さんですよね?!」



某大手ドラッグストアの駐車場で突然声をかけられた。



笑顔で立っているスーツ姿の男性。



(なんかこの人見覚えがある…

えーと…んーと)



「金井ですが…

あはは(笑

忘れられちゃったかな」



私は頭をフル回転させた。



「えっと…」


「以前、坂木と一緒に居酒屋に行った者ですが…」


「あーーー!!」


回りの人が振り向く程大きな声が出てしまい恥ずかしかった。


「良かったー

間違えたかとちょっと焦っちゃいました」


「すみません

あの時はご馳走になっておきながら本当にすみません(汗」


「いえいえ

思い出して頂いて良かったです(笑」



前に奈緒美の彼氏、坂木さんを紹介された時に一緒に来た男性だった。


金井 淳史 39歳


坂木さんと同じ営業をしていて、確か怜奈と同じ歳の娘がいると言ってたのを覚えている。


あの時は主に、奈緒美と坂木さんの話題が中心で、飲みすぎた私は先に帰った。


後から奈緒美に金井さんがご馳走してくれたと聞き、坂木さんにお礼を言っておいてもらうように奈緒美に頼んだ。


が、それもスッカリ忘れ、目の前に立たれても気づかず、声をかけられた時に若干怪訝そうな顔をしてしまった私は少々バツが悪かった。


それでも金井さんは気さくに話しかけてくれていたのでちょっと救われた。



「深山さんはこのお近くなんですか?」


「そうなんです

あれ?金井さんも?」


「いえ自分は○○市でさっき娘の父親参観に行って、これから取引先に行くところなんです」


「土曜日もお仕事で、その合間に駆け付けるなんて、とってもいいお父さんですね」


「離れてる分、自分にできる事はしてあげたいので」


「離れてる分?」


「あれ?この前お話しましたよ

けっこう飲まれてたから覚えてないのかな(笑」



金井さんの言う通り
私は全く記憶になかった。

No.166 12/01/10 07:55
きら ( ♀ sdWbi )



「あはは…あの時は飲みすぎてしまってお恥ずかしい」


「いえいえ自分もいいとこ酔っ払いでしたから(笑」


「今頃ですが本当にご馳走様でした」


私は軽く頭を下げた。


「とんでもない

自分も久しぶりに楽しかったし気にしないで下さい」


「本当にありがとうございました」


「ところで深山さん

頭痛薬は何が効くんですかね?

朝から頭痛がしてここに寄ったんです」


「あ、良かったらこれ飲んでみて下さい」


私は買ったばかりの袋を開け何錠か手渡した。


「いいんですか?!」


「この前のお礼です」


「あはは、ありがとうございます

では遠慮なく頂きます」


「お仕事頑張って下さいね」


「あ、深山さん

今後も坂木共々宜しくお願いします」


と、名刺を渡された。


「私ではお仕事のお役には立てないと思いますが頂戴します」


何て事ない会話でお互い軽く会釈をして、その場を後にした。



まさかこの人が、後に私の人生を大きく変える存在になるとはこの時は思いもしなかった。

No.167 12/01/11 11:51
きら ( ♀ sdWbi )



不信感を否めない中でも、なんとなく前のような生活に戻っていった。


休日は夫と私と怜奈の3人で出かけ、映画やボーリング買い物等を楽しむ。


怜奈は相変わらず父親にベッタリで手を繋いで歩いている。


楽しそうな怜奈の顔を見てると、これで良かったのだと自分を納得させた。


どこも出掛けない休日はレンタルDVDを観たりゲームをしたり家族としての時間が穏やかに過ぎていく。


ソファーで無防備に口を開けてうたた寝する夫の顔を見てると、なんだか憎めなかった。


タオルケットをかけた時、私のケータイが鳴り奈緒美からだった。


「休みの日に珍しいね
どうしたの?」


「昨日さ彼と金井さんの3人で飲んだんだけど、あんたこの前金井さんに偶然会ったって言ってたじゃん?」


「うん」


「薬あげたじゃん?」


「うん。頭痛って言ってたから、ちょうど私も買ったとこだったからご馳走になったお礼を兼ねてね」


「金井さん何錠飲んでいいかわかんなくて、もらったの全部飲んだんだってさ(笑」


「えー?!マジで?」


「その後心臓がバクバクして大変だったらしい」


「渡すだけ渡して私すっかり言うの忘れてた…
悪い事しちゃったな(汗」


「それで彼と大爆笑しちゃってさ」


「でも多くて2錠くらいってわかりそうな…」


「元々普段から薬飲まない人らしくて、その頭痛も結局は風邪からきてたらしいよ」


「そうだったんだぁ」


「男の独り暮らしできつかったらしいわ」


「あれ?金井さんて娘さんいたよね?奥さんは??」


「あんたあの時相当酔ってたから覚えてないのねー」



あ…


そういえばこの前ドラッグストアで金井さんに会った時も同じような事言ってたのを思い出した。



「彼、去年離婚して×1なんだよ」

No.168 12/01/11 11:52
きら ( ♀ sdWbi )



『離れてる分、自分ができる事はー…』



なるほど…



だからああ言ってたのか。



事情はわからないが仕事の途中で父親参観に行く金井さんを、純粋にいい父親だなぁと感じた。



その後、奈緒美ののろけ話に30分付き合わされたのである(苦笑




「怜奈~夕飯なんにしよっかぁ」



「何でもいいよ~」



「じゃあ今夜はオムライスでも作るかな」



「怜奈オムライス好き!」



「俺も好き~」



目を瞑りながら手を挙げてる夫。



怜奈と目を合わせ笑った。



「よし!決定~!」




西田からメールがなくなったのは単純に諦めたと思うようにしよう。



実際会ってる気配は全くなくなったのだから…



毎日の西田メールに見兼ねた夫がきっと電話で何か言い彼女を諦めさせて完全に終わらせたと思おう。



色々考えてしまうと許せない事は山程あるけど、こんな穏やかな日々がずっと続いてる。




やっぱり家族っていい。

No.169 12/01/11 11:54
きら ( ♀ sdWbi )



「ねぇ、おとー」


「ん?」


「今まで色んな事あったよね」


「…ごめん」


「ううん。彼女の事だけではなくてだよ?」


「揉め事の大半は俺の浮気だったし」


「くすくす
わかってるじゃん」



ベットの中で2人で天井を見ながら話してた。



「空き巣に入られて大騒ぎした事や、恵美がプチ家出した時も大騒ぎしたね」


「そうだったなぁ」


「怜奈が自転車で車にぶつかった時は心臓が止まるかと思った」


「俺も仕事放り出して病院に駆け込んだ」


「怜奈はピンピンしてたけどおとーは血相変えて病院に飛んできたっけ」


「お前がパニックで何言ってるかわかんないし、車にひかれたなんて言うからだろ」


「あはは、確かに(苦笑
おとーが事故おこして90日免停になって、怪我させた相手の入院先に一ヶ月以上毎週日曜日2人で行ったよね」


「あの時お前も一緒に頭下げてくれて、毎日会社の送迎してくれてたんだよな」


「ほーんと!毎日バタバタで忙しかったんだから~」


「ちょっと考えただけでも色々あったんだな」


「ね…それをひとつひとつ夫婦で考えて支えあって乗り越えてきたんだよ」


「本当そうだ…」


「私は家族を失うのが怖くて、おとーがいなくなるような気がしてとにかく必死だったんだよね」


「何やってたんだか…俺」


「さすがに今回は心が折れちゃったけどね~もうズタボロ!」


「本当に悪いと思ってる

ごめん」


「そう思うならもう泣かせるような事しないで?」


「ああ…」



薄暗い中でも夫の神妙な顔が見える。


「本当にごめんな…」


「もう頑張れないんだからね!次は捨ててやる(笑」


「やっぱ…いいな」


「何がぁ?」


「照れ臭くて言えね」


「なにそれ~

でもね、一番大事な物ってあると気づかなかったりする…
私だってワガママや勝手言う時だってある


だけど…一番大事な物は、お互い忘れないようにしようね」


「うん…ありがとな」


「お礼言われる筋合いはありません(笑」



久々に夫とゆっくり穏やかに語っていたら心地よい眠気に包まれ、夫が私の頬を触ってるのがまた心地よく私は久しぶりにぐっすり眠った。



忘れよう…



今までの事を忘れ夫とまた一からやり直そう。



家族ってこんなに温かい。



自分が幸せになる為にも、忘れる努力をしよう。

No.170 12/01/11 11:55
きら ( ♀ sdWbi )



あれは夢だったのではないかと思える程毎日穏やかな日が続く。



思い出すと胸が苦しくなり涙が出る事もあったが、そんな私を察知すると夫は私を強く抱き締め、



「本当にごめんな」


と、言う。




あぁ…



本当に戻ってきてくれたんだ。



おとーの匂い…



もうどこにも行かないで。




安定剤を飲む回数も減り、夫の胸の中はすごく安心できて私の一番の特効薬だった。




「今年の夏休みの旅行はどこに行こうか?」


夫が言う。


「そうだね~怜奈にも聞かなくちゃね」


「恵美もだぞ?」


「うんうん言っとく(笑」



私の居場所。



心から噛みしめた幸せ。





まさか…



嘘でしょ…?




幸せはほんの一瞬。





数日後




音を立てて崩れ落ちた。

No.171 12/01/11 12:46
きら ( ♀ sdWbi )



―――


初めまして✋

悩み事ですか?

まずは会って話しませんか?


―――


R子チャンてどんな感じかな✨

俺のアドレス貼り付けます✋

いい仕事しますよ⤴


―――


遠回しな言い方しないで、お互い大人の関係しましょ👍

必ず満足させます✌


―――


とりあえず会いませんか?

会って色々話しましょう😄


―――


どんな体位が好み?

コスプレはどう?

いつでも待ってるよ‼

電話してね


―――


体の関係を持ってからの方が真剣な話を聞けるものですよ😄

気軽に連絡下さい。



~♪♪♪

~♪♪♪

~♪♪♪



次から次と止まないメール。



誰でも良かった。


夫の事を未だ誰にも話してなかった私は、私の事を知らない人物であれば誰でもいいから真剣に話を聞いてもらいたかった。



誰かに話したら少しは楽になれるかもしれない。



第三者はどう思うのか、
私はどうすればいいのか、とにかく知らない誰かに話を聞いてもらいたかった。



私は出会い系サイトに生まれて初めて書き込みをした。



◯◯県に住む主婦です。

どなたか私の話を真剣に聞いて頂けませんか?

そんな方を求めてます。


※体の関係目的はお断りします。

そういうのは一切望んでません。


宜しくお願いします。


R子。



吐き気さえ覚える卑猥な内容が多いメールに自分の愚かさを重ね涙が止まらなかった。



こんなとこで話す相手を求めた私。



登録してから数時間後、
契約解除。



今思えばこの時が一番辛かったように思う。





夫と西田




2人は続いていた。

No.172 12/01/11 13:14
きら ( ♀ sdWbi )



あってはならない、あるはずのないピンクのケータイ。



探してなんかない。



暗闇に放つ光が私をそこに導いたのだ。



怜奈の部活に持たせるスポーツドリンクが切れてるのに気づき夜コンビニに行った。



自宅の塀にぴったりくっつけるようにして停めてる夫の車。



私の車は自宅駐車場に停めてるので、いつものように夫の車を左手に見て車庫入れをしてた。



車の鼻先が入る頃、夫の車の左後ろの辺りで何かが光ってた。



「?」



車庫入れしてから近寄った。



大袈裟ではなく全身の血の気が引いていくような感覚。



心臓が激しく波打った。



左後輪の上に返したはずのケータイが乗せられていたのだ。





まさか…




嘘でしょ…?

No.173 12/01/11 14:00
きら ( ♀ sdWbi )



メールの内容は以前より酷くなっていた。



なぜそうなったのか詳細は今でもわからないが都合のいい女になったはずの西田のメールは強気だった。



―――


涼子うざい

気持ち悪い女

そんな女と暮らしてる和也さんはもっと気持ち悪い


―――


あんな性格の悪い女いないよね?

死ぬ気もないのに自殺まがいな事して和也さんにすがって💢

最低な女だよ涼子は


―――


ごめんなさい😢

言い過ぎた…

でも由美の気持ちわかってくれるでしょ?

和也さんは由美だけのモノなんだからね😣


―――


前は由美の前では涼子の電話シカトしたのに最近は涼子涼子って涼子に気を使ってばかり!

ハグしないのも服に匂いがつくからでしょ!

裸になるのも涼子に気を使ってるからでしょ!


和也さんなんか大嫌い!


もう要らない!


―――


やっぱ和也さんがいなくちゃだめ…

和也さんが疲れないようにしなくちゃいけないのに本当にごめんなさい😢

由美から離れないでね…

和也さんを愛してる💓


―――


由美…和也さんの赤ちゃんがほしい…

由美は和也さんに捨てられたら何も残らない…

愛する人の赤ちゃんがいたらきっと強く生きていける

お願い😣


和也さんの赤ちゃん産ませて…






……………赤ちゃん?



冗談じゃない…



夫は…



夫はなんて答えてる…?



同じ日付の送信メールを
目を見開いて探した。



―――


それは無理


俺は離婚はしない


お前も早く新しい男作って幸せになってほしい




西田が送る10通のメールに対して夫は1通程度の返信しかしてなかった。



後は電話で話しているのか…



次に見た西田のメールには腸が煮えくりかえる思いだった。

No.174 12/01/11 14:01
きら ( ♀ sdWbi )



―――


明日から避妊なしでやっちゃお💓


できたとしても和也さんには一切迷惑かけないから✋


由美が一人で育てていくから…


その代わり涼子には産まれてから報告する事


それで月に一度でいいから子供と会う日を涼子に承諾させて?


認知してなんて言わない


和也さんとの確かな絆がほしいの…


決まり⤴⤴


後は中出しでヤルだけ(笑)


頑張ろう👍






馬鹿なのか、本気なのか
さっぱりわからなかった。



夫は拒否してるのにどんどん話が膨らんでいる。



夫は距離を保ちつつも
西田と会っていた。


体の関係も続いてる。


西田の強引さと私を批難する内容。




一体なんなの…




なんなのよ…

No.175 12/01/11 15:58
きら ( ♀ sdWbi )



2人のいい加減さに嫌悪し一度は別れる決心を固めた。



子供の問題で躊躇し不信感を抱きつつも夫との生活は続き、徐々に戻っていく平穏の中でもう一度やり直そうと思った。



この気持ちをまた裏切られるのは前よりも数倍辛く、耐え難かった。




もう嫌だ…




嫌…




誰かにこの苦しい気持ちを打ち明けたい、聞いてもらいたい。



だけど友達にはどうしても話す気になれなかった。



なぜか私はいつも悩みがあるとそれを友達には話せない。



話すとそれを現実として受け入れるのが怖いんだと思う。




だから私を知らない誰かにただ、ただ、苦しい胸の内を聞いてもらいたかった。




出会い系にそれを求めてみたけれど自己嫌悪に陥っただけ。





もう…




本当にやだよ…

No.176 12/01/11 17:58
きら ( ♀ sdWbi )



「はい!金井です!」



明るい声に戸惑い、声が出なかった。



「もしもし??金井ですがどちら様ですか?」




なぜこの時、私は彼に電話したのだろうか…



出会い系を解除したあと、バッグに入れっぱなしになっていた金井さんの名刺に気づいた。



携帯番号も記されている。



なぜだかわからない。




強いて理由をあげるとしたら…



『いい人』



娘の参観日に行って来たと話したあの時の笑顔が印象的で、彼はきっといい人…そう勝手に思い込んだからかもしれない。



「も、もしもし…」


「はい!」


「あの…突然すみません

深山と申しますが…」


「深山さん…?

深山さんて◯◯建設の深山さんですか?!」


「あ、はい…そうです」


「いやー驚いたなぁ

深山さんから電話がかかってくるとは~どうもどうも!」


「すみません(汗

私ってこんな時間に非常識ですね。本当にすみませんでした」


「あはは!こんな時間と言ってもまだ9時半ですよ!

電話貰えて嬉しいです!

と言うか、何かありましたか?」



私は急に緊張してきた。



なんで私は彼に電話したのか、何を話していいのかわからず耳が熱くなり言葉に詰まった。



「深山さん?」


「すみません…

本当にすみません…」



出会い系やったり突然金井さんに電話したり意味不明な自分の行動に嫌気が差し情けなくて泣けてしまった。



本当にもう…



何もかも嫌だった…




「深山さん


俺で良ければ何か深山さんの役に立てる事ありませんか?

この前の頭痛薬のお礼です(笑」




親しい訳でもない人物から突然の電話。



しかも電話口で泣いてる女なんて普通は敬遠されてもおかしくないのに、彼は詮索はせずに私をさりげなく気遣ってくれている。



彼の言葉が痛いほど胸に染みた。




「金井さん…


聞いてもらっていいですか…」




自分でも驚いた…




私は現在までの事を全て話していた。

No.177 12/01/12 08:22
きら ( ♀ sdWbi )



夫が部下と不倫関係になり何度も何度も裏切られた事。


私が馬鹿な事をしてしまった事。


今現在も続いていた事。


女が子供を欲しがってる事。


出会い系をした事。


金井さんに電話してしまった事。



そして誰にも言えなかった事。



彼は何も言わず相槌を打ち私の話しにずっと耳を傾けてくれた。


気づくと1時間くらい経っていた。



「ごめんなさい

こんな話してしまって…」



「深山さん

1人で頑張ってたんですね

辛かったですね…」




十分だった。




そう…



私は頑張ってたの!



辛かったの!




今までの私の行動を否定しない、その言葉に救われた気がした。



余計な事を言わず、ただ、黙って聞いてくれた彼に心から感謝した。




「金井さん本当にすみません

聞いてくれただけで心が軽くなりました」



「頑張り過ぎない

それも大事

疲れたら休めばいいんです」



「ありがとうございます

そう言って頂いて…

私、これからも頑張れる気がします」



「1人はきついですよ

俺で良かったらいつでも使って下さい

休憩所で待機してますから(笑」



私は何度もお礼を言い
電話は終了した。




数分後。




―――


俺のアドレスです。ムカついたら、きつくなったら、いつでもサンドバッグでどうぞ(笑)




金井さんからショートメールが届いた。



くす。



ちょっぴり笑った。




本当にありがたかった…



自分に味方ができた。



そんな気持ちになり、
心強く思えた。



私も丁寧に返信。




今思ってもこの時の自分の行動は本当に信じられない。



気持ちがギリギリでまた壊れるのが怖かったようにも思う。




誰かに聞いてほしかった。



聞いてもらうだけで楽になれる気がした。



救われる気がしたから…。

No.178 12/01/13 09:36
きら ( ♀ sdWbi )



夫の子が外にできる…



怜奈の異母兄弟…?



ありえない。


そんなのありえないよ!



西田が夫の子を産むなんて想像しただけで激しい目眩を覚える。



どんな裏切りをされても
それだけは絶対に許せない。



そんな事したら…



私だけではなく
子供達も裏切る事になる。



自分の知らないところで
兄弟が存在する事実。



そんなの許されるはずがない。




それに…



子供なんかできたら西田の思うツボ。



迷惑かけないなんて嘘。



1人で育てるなんて嘘に決まってる。



【子供ができたら大好きな和也さんと一緒になれるかもしれない】



心のどこかに必ずそう思う気持ちがあるはず。



子供を武器に使ってくると私は確信していた。



幸いと言ったらおかしいが夫はそれを完全に拒否している。



他の送信メールを見ても西田に、早く違う相手を探すように促している内容のものが多かった。




ここでふと疑問に思った。




じゃあ…



なぜ会ってるのだろう?



体の関係も続いてる。



西田の強気な態度はなぜなのか。



いくら考えてもわからない2人の現在の関係。




もう少し時間を置こう…




今言ってもまた前と同じくとぼけるか2人で口裏を合わせるかで話しにならないように思えた。



だから様子をみる。



それに…



まだショックの中にいる私は、十分に戦えるほどの気力が備わっていなかった。

No.179 12/01/13 11:25
きら ( ♀ sdWbi )



金井さんは毎日メールをくれた。



1日一回だけのやり取り。



金井さんのメールに私が返信して、そのメールにまた金井さんが返事をくれる。



その日のメールはそれで終了。



内容は面白い物を見ただとか、お昼ご飯の定食が激旨だったとか他愛のない事。



金井さんのさりげない優しさを感じさせるそのメールは私の癒しになっていた。



私からの返信は一度だけ



1日一度のやり取り。



それがすごく良かった。



メル友のような金井さんとの不思議な関係は私の気持ちを落ちつかせてくれていた。




それはきっと…




逃げ道。




辛くなったら聞いてもらえる相手がいると思うだけで私の精神の安定が図られていた。




だけど…




漠然とこれ以上関わってはいけないと思う自分もいて、それが二度目の返信ができない理由だったように思う。



金井さんは、それに対して何か言ってくる事はせず、しつこくメールをしてくる事もない。




ちょっぴり秘密のメル友の関係は、毎日私の楽しみになっていった。

No.180 12/01/13 11:33
きら ( ♀ sdWbi )



ある日の夜9時。


私はコンビニの駐車場にいた。


右斜め方向に見える門から一時も目を離さずじっと見つめていた。



今夜夫は西田と会う。


そう直感した。



7時頃電話してきた夫。


「今日は本社だったから、久しぶりに中井や会社の連中と飲みに行ってくるよ」



自宅から本社まで車で約20分。



早く帰宅した恵美に後の事を頼み、私は急いで本社の近くにあるコンビニに向かった。


本社に夫の車がまだあるのを確認し、その車が出てくるのを待った。




もう言い逃れはさせない。



現場を抑えて『西田』に言ってやる。



今の私の怒りの矛先は夫ではなく西田だった。



蔑む目に笑みを浮かべながら彼女に言ってやるのだ。



【離婚しないと言ってる男に都合よく遊ばれて可哀想な人】


【主人は私が必要だと言ってるの。いい加減気づいたら?】


【あんたはただの都合良く遊ばれる男のはけ口でしかないんだよ!】


【惨めな女、いつまでもやってなよ。あんたにはそれがお似合いなんだからさ】


…と。




私の心は醜かった。



だけど言ってやりたい衝動をどうしても抑える事ができない。



私は散々あの女に苦しめられ馬鹿にされてきた。



夫をいくら責めてもこの感情はきっと満たされる事はない。




勝ちたい…



勝ち誇って言ってやりたい。



それで私の気が収まるかはわからない。



だけどずっと馬鹿にされ続けた私の心は醜く歪み、西田に対して憎悪の感情のみが剥き出しになった。




この時、夫の事は頭になかった。



標的は西田由美だった。

No.181 12/01/13 16:44
きら ( ♀ sdWbi )



9時半を過ぎた頃、門から白のワンボックスカーが出てきた。


見慣れた夫の車。


コンビニとは反対の方向に走り出す。



やっぱり…。



夫の向かった方向は工業団地が続く道路で、そこを抜けると民家ひとつもなく、おぼろ気な外灯が転々とする山道に差し掛かる。



会社の人達と飲みに行くのなら、私のいるコンビニの前を通り、代行等帰りを考慮して近くにある居酒屋が何軒も密集している所に行くのが自然だ。




西田がどこかで待っている。



確信した私は夫に気づかれず、そして見逃さない程度の距離を保ちながら前を走る夫の車を尾行した。



桜や紅葉の時期に人が賑わう程度で、普段はほとんど閑散としている大きな公園が山間にある。



夫の車はそこに入って行った。



私は少し緊張する。



私の車も入って行ったらバレてしまうのではないか…



入り口から左の方に向かった夫の車を確認して、私は右に入りライトを消した。



驚いたのは、こんな場所なのに何台も車が停まっていた事だった。



これならカモフラージュできると気づかれないように車を近づけると、ちょうどいい所に大型車がエンジンをかけて停まっていた。



地方ナンバーの大型車はフロント部分を覆うようにカーテンがかけられていて仮眠でもしているのだろう。



この大型車が私の車を死角に入れてくれた。



私は夫の車がギリギリ見える後部座席に移動し目を凝らした。



外灯は入り口にしかなく、公園内は真っ暗。



車内のナビの明かりが暗闇の中で2人の顔をくっきり浮かび上がらせていた。



西田の笑っている顔がハッキリ見える。



夫の顔も笑っている…。




ドクン。




やはり2人一緒のところを見ると、心拍数が上がり肩で息をしてしまう。




ドクンドクン。




私は動けず、会話の聞こえない2人をしばらく見つめていた。

No.182 12/01/13 16:55
きら ( ♀ sdWbi )



さっきまでの勢いはどうしたの?!


言うんじゃなかったの?


今まで散々馬鹿にされてきたんでしょ?


今がチャンスじゃない。


言い放った後、一発横っ面でもひっぱたいてやればいいのよ。


ほら、早く言ってやりな!



頭ではなく心の中でそんな声がする。




夫は上着を脱ぎ
Tシャツ一枚になった。




何を躊躇してるんだろう。



和也の笑顔…?



和也は西田にもう冷めていて、お情けで未だに会ってると思ってとこに、2人で見つめあい微笑む姿が仲睦まじく見えたから?



絶対離婚を口にしない和也が、彼女にそんな冷めたメールしてるの見たら自分は愛されてると思っちゃうよね?


強気な態度に出ようと思ったのは、最初から勝ちが見えてたからじゃないの?



今は怖いんでしょ。



言って和也に自分を否定でもされたらと怖くて動けなくなってるんでしょ。



それってずるくない?



たいしたもんだね
女房ってのは。



まるで和也の白血球。



近づく者を攻撃する。



でも残念ながら抗体はできてないみたいだね。



そのうち和也自身も攻撃して殺してしまうんじゃ?



次は心ではなく頭からそんか声が聞こえてくる。



体はまるで金縛りにあったかのように動かない。



寄り添う2人を引き離したいのに目は釘付けのまま動かない。



2人の唇が重なった。



ドクンドクンドクンドクンドクン…



最初に西田で次に夫。



後部座席に移動してから、回りの目を遮断する為のカーテンが引かれた。



消された光と黒のカーテンで、車内は何も見えなくなった。




私も乗る車で…



子供達も乗る車で…




…狂う。




もう




いい加減に…




いい加減にしろ!!!




金縛りは解けた。

No.183 12/01/14 17:42
きら ( ♀ sdWbi )



ロックしてなかった運転席のドアになんだか拍子抜けした。



乱暴にカーテンを引く。



2人は当然驚いている。



良かった…


まだ服着てた…


そんな事を最初に思った。



「何してんの?」



目をまん丸くし、大きく開いた口は、まるで化け物でも見るかのような形相で私を見ている2人。



「ねぇ、何してんの?」



夫は唇を小さく動かすが声が出ないといった感じ。



西田が驚いた顔をしたのはほんの一瞬で、今は鋭い目付きで私を見ている。



その挑発的な目に私はキレた。



「あんたさ…」



西田に向かって言った。



「しつこすぎんだよ

他に男できないからね?

そりゃ一度捕まえたら離せないわ

まるで和也の寄生虫」



次は目をキョロキョロさせてる夫に言う。


「あんたは女なら誰でもいいのかよ

あんな不細工で性格の悪い女に本気になるはずないって言ってたの誰だよ!

そんな女に腰振ってる男はどこのどいつなんだよ!

穴があいてりゃ誰でもいいのかよ!」



もう止まらなかった。



罵倒。


悪態。



次から次へと醜い言葉が噴き出す。



「あんたらは盛りのついた犬猫と一緒

やりたきゃ違うとこでやれよ!

金なかったら犬猫みたいに外でやれよ!

最低限のルールってあるだろうが!

何でもありだと思ってんじゃねーよ!

人間には理性があんだよ!

何とも思わないてめぇらは犬畜生以下なんだよ!」



激しく肩で息をし私は続けた。



「どの口が離婚したくないって言ってんの?

そんなに一緒にいたきゃいればいいじゃんよ

誰も止めてないんだから

あんたが離婚したくないって言ったんでしょうが!


欲望を満たさす為なら家族が乗る車でも関係ない馬鹿な男と、そんなんで優越感に浸る頭の悪い女


どっちも低能な人種


そんな2人は
とってもお似合いだよ」




「フン」



西田が鼻で笑い
小馬鹿にした顔つきで



「気が済みましたかぁ?」



と、放った。

No.184 12/01/15 09:14
きら ( ♀ sdWbi )



「あんた

馬鹿にしてんの?」



「いーえ、別に」



視線を外す事なく私を見ている西田は不敵な面構えをしている。



「さすが図々しい女は違うね

もうちょっと利口になったら?

都合良く遊ばれてる事にいい加減気づけよ」



「別にそんな事どうでもいいし

今日だって会いたいと言ったのは和也さん

うちのは適当に誤魔化すからってね

それでここに奥さん登場

笑えるんですけど」



奥歯がギシッと鳴り体内の血液全てが上に昇ってくような感覚。



怒りで体が震える。



「頭悪いのもここまでくると救えないわ

ここに着いてすぐ始まるようだったし、会いたいは、やりたいって事でしょ

いい歳してまともな恋愛もできず、あんたみたいな女一生結婚もできないね

自分の立場すらわかってない尻軽女がなめた事言ってんじゃねーよ!」



「奥さんは…



欲求不満でしたっけ(笑」




殺意。




…すら覚えた。




存在を忘れていた夫を怒りの眼差しで見る。



夫は頭を抱えるようにしてうつ向いていた。



悔しい…



こんな屈辱はなかった。



浮気する大概の男は女房とはしてないと言うだろう。



だから聞き流せばいいのに私とできなかったあの夜の事が一瞬脳裏に浮かんだ。



沈黙はそれを認める。



私はすぐ続けた。



「どうやらまともに話せる相手ではないみたいね

そんな人にいくら言っても無駄って事がよくわかったわ


あんたを制裁する


離婚しようがしまいが
慰謝料は取れるから


それと社長にも言います」



夫が頭を上げたのが視界に入ったが、何も言わず黙ってた。




西田はまた鼻で笑い言った。



「勘弁して下さいよ~


あ~もしかして夫婦で事前に慰謝料の相談してたり?


だから奥さんここに来たのでは?


和也さんに色々使ったのに奥さんまで私からお金取ろうと思ってんの?


図々しいのはそっちじゃないですかぁ?」




私は絶句した。

No.185 12/01/15 10:29
きら ( ♀ sdWbi )



「まぁ好きにして下さいよ

払えって言うなら払ってもいいし、社長に言いたければ勝手にどうぞ


では失礼しま~す」



西田は車から降り自分の車に向かった。



「ちょっと…待ちな」



「なんですか?

もう話す事ないんですけど、まだ…グッ」



自分でも驚いた。



西田の腹に思いっきり蹴りを入れていた。



うずくまる西田に私は放った。



「なめた事言うなって言ってんだろうが!


私を甘く見るんじゃねーよ!


…とことん追い詰めるから覚悟しときな」



私は夫の車には戻らずそのまま自分の車に乗った。



自分でも予想できなかった行動は、言い表せない程の憎悪の感情が抑えられなくなり西田を蹴り倒した。




それは…



虚勢だったようにも思う。




何を言っても動じず悪びれず人を馬鹿にし続ける態度が悔しくて悔しくて仕方がなかった。




でも震えてる手。



声は震えていなかっただろうか…



顔はどうだっただろう…



車を出すと西田を支える夫の姿が見えた。



張っていた気が緩む。



同時に涙も流れた。



もう本当にだめだ…



別れた方がいいんだ。



だけど…



別れたら
あの女の勝ちになる。



それは我慢ならない。



この時は夫を愛してるのか西田に負けたくないのか、わからなくなっていた。



でもやっぱ…



夫を取り戻したい気持ちの方が大きかったように思う。



私も西田に負けず劣らず
馬鹿な女だった。

No.186 12/01/15 12:13
きら ( ♀ sdWbi )



夫は離婚はしないと言い、西田とは終わりにすると言いながら別れない。



また同じ事の繰り返し。



そしてほぼ公認。



西田と会うとは言わないものの、明らかに会ってるのがわかった。



夫は何がしたいのか…


なぜ西田と終わらせる事ができないのか。


なぜ離婚もしたくないと言うのか。


家庭をキープしておきたいだけなのか。


それにしては度の過ぎてる浮気ではないか。


いくら考えても夫の胸中はわからず、私はやりきれない毎日を過ごしていた。




~♪♪♪



―――


おはようございます✨

土曜日だからお休みかな?

今日は俺も休み✌

朝から気合い入れて溜まった洗濯物を洗って干そうとしたらポケットティッシュが入ってたようで最悪です😫

深山さんは仕事に家事と毎日大変なんですからゆっくり休んで下さいね👍


素敵な週末を過ごして下さい🎵


―――END



いつもの金井さんからのメール。



クスッ。



「ティッシュって…」



金井さんには申し訳ないけどちょっと笑ってしまった。



―――


おはようございます🍀

私も今洗濯機回してるとこです✋

ティッシュは朝から災難でしたね(笑)

金井さんも有意義な連休過ごして下さいね⤴⤴


―――END



~♪♪♪



「はやっ」


と、思ったら夫だった。



―――


急きょ社長と○○県の営業所に行く事になった。

1日かかるから向こうで一泊するから今夜飯はいらないよ


―――END



片道3時間かかる営業所にたまに社長と行く事は今まで何度かあったけど今日土曜日だよ?


明日休みなら泊まりなんてありえないんですけど。



昨日は給料日。



何日か前、西田がメールで言ってたのは本当だったんだ。

No.187 12/01/15 16:05
きら ( ♀ sdWbi )



―――


言ったじゃん✌


由美はどんな事があっても何が起きても和也さんの味方なんだよ?


他を好きになれなんて言うから、この前涼子に意地悪しちゃったんだもん😱


でも本当は、涼子に酷い事言ったけどあれは由美の本心ではなく和也さんを守る為


和也さんが大好きだから、由美は誰がなんと言おうが和也さんの言葉しか信じないから


蹴られてお腹はマジで痛かったけど💢



―――


本当にごめんな


痛かったろ


あいつが悪いわけではなく全部俺が悪いんだよ


自分でも嫌になってくるよ



―――


またそんな事言ってる〰❗

由美は和也さんがいてくれるだけでいいの❗

そりゃ毎日一緒にいたいし和也さんと暮らしたい…

だけど今は無理じゃん⤵

涼子はどうでもいいけど怜奈の事考えて今すぐ離婚できない和也さんの気持ちが由美にはわかるから

だからそれまで待つって何度も言ってるのにすぐ和也さんは由美を切ろうとするんだもん😠

そんな事言ってもムダですよーだ😜

由美はどんな事あっても和也さんから離れないから❤

でも本当に由美を嫌いになったらきちんと言ってね?

和也さんの気持ちは由美にあると思うから我慢もできてるけど、ただのストーカーになりたくないから⤵



―――


ありがとな


俺なんて言っていいのか…


本当にすまない



―――


そんな悪いと思ったら来週給料日だし由美と一晩一緒にいて?


土曜日仕事終わってから、どこか近場でいいから和也さんとゆっくりしたいな💓


温泉なんかいいなぁ


でも涼子がうるさいようだったら無理しなくていいよ😢


―――


泊まりは厳しいかもしれないけどたまに飲みにでも行くか⁉


楽しみにしてるよ😄


―――


由美も楽しみにしてる❤


休憩終わりだぁ😱


午後からもお互い頑張ろうね🎵


―――END



このメールを読む限りでは西田が一方的に言ってるように見える。


文字には見えないが夫が彼女に将来の約束事をしたのもわかる。


だけど夫は子供の事だけではなく私が必要だと言い、離婚はしないと言い通す。



本当に意味がわからなかった。



見慣れた2人のやり取りに怜奈の名前があったのには怒りを覚えた。



あんな女に娘の名前を呼ばれるのが汚らわしく許せなかった。



不思議だったのはいつも読むと胸をえぐられるようなショックな気持ちはなく、あるのは怒りの感情だけだった。

No.188 12/01/15 16:10
きら ( ♀ sdWbi )



~♪♪♪



金井さんから2度目の返信が届いた。



―――


所詮ヤローの家事なんてこんなもんです(笑)


天気も良いし布団まで干しちゃいました✨


午前中に終わらせて好きなツマミでも作って贅沢に昼酒します🍺


休日の醍醐味✌


寂しい中年と思われてしまうかな💦


また月曜日にメールしますね😄✋


―――END



言った訳ではないけど、金井さんは気を使って日曜日にはメールしてこない。



さりげなく気遣いができる人。



私は返信を押す。



初めてする
二度目の返信だった。




―――――――――


――――――



「何でも好きなのどうぞどうぞ」


「そんなとんでもない!
私が誘ったんですから(汗」



午後1時


私は金井さんと和食屋さんにいた。



―――


ご迷惑でなければお昼でもご一緒しませんか?」


―――END


と、

メールしてしまった。



金井さんがよく利用する美味しい和食屋さんがあると言う事で連れて来てもらった。


夜は酒処になるという店内は、全体的に木目調でテーブル席が3つあり、奥に広い座敷があった。



座敷の一番端の席に案内され、障子の下から見える小さな庭は、砂利が敷かれ笹の葉や鹿威し等が店の雰囲気を作っている。


琴の音色と所々にさりげなく生けられてる様々な花に店員さんの和服姿が私の想像と遥かに違っていた。



和食屋=定食屋と思い込んでいたのだ(苦笑)



「深山さん


帰りは代行で送りますのでちょっと飲みませんか?」



「あ…」



驚いた顔をした私に金井さんは焦ったように言う。



「夕方お子さんも帰宅してこれから家事があるんですよね


勝手言っちゃってすみません


気にしないで下さい(汗)


ここのご飯も美味しいですから(汗(汗」




「乾杯しましょう」




私は笑顔で答えた。




金井さんの意見に賛成だった。



この不思議な空間と雰囲気に私は緊張し、少々のアルコールで緊張をほぐしたいと思ってた時に金井さんがタイミングよく言ってきたので驚いたのだった。

No.189 12/01/16 11:23
きら ( ♀ sdWbi )



幾つかの料理を注文して、先に届いた瓶ビールをお互いのグラスに注ぐ。



「乾杯」



緊張で喉が渇いていたせいか冷えたビールは喉ごしが良くとても美味しく感じた。



「突然本当にすみません

びっくりですよね」


「確かに驚きましたよ~

深山さんから2通目のメールに(笑」


「えっ、そこですか?!」


「はい!そこです」



2人で顔を見合わせて笑った。



「部屋で侘しく1人で飲むより全然いいですから気にしないで下さい」


笑顔で金井さんが言う。


「お休みの日はいつもされるんですか?昼酒でしたっけ」


「たまーにです。自分の好きなツマミを作って明るい時の酒は贅沢感たっぷりですよ(笑」



そう言って屈託無い笑顔を見せる金井さんと会話が尽きる事がなく色んな事を話した。



金井さんは料理が得意らしく毎日ほぼ自炊してる事。


行きつけの居酒屋があってたまにそこで1人で飲む事。


怜奈と同じ歳の娘さんがいて月に一度2人で食事をする事。


釣りが趣味で魚に詳しい事。


お酒が好きな事。



「私もお酒大好きで、よく晩酌もしちゃいます(笑」


「それは良かったー旨い肴と旨い酒は最高で、今日はそこに素敵な女性も一緒なので格別に旨い!!」


「さすが営業の方はお口が上手ですね~」


「あれ?バレちゃいました?」


「あーひどーい!落とさないで上げたままにしないとお仕事うまくいきませんよ」


「あはは!深山さんも言いますね!冗談抜きで本当に今日は深山さんのお陰で旨い酒が飲めてますよ」


「クスクス。私も久しぶりに楽しく飲めてま~す」



程よくアルコールが回り緊張も解け、冗談を交えながら楽しい会話が続いた。



「金井さんはどちらのご出身なんですか?」



「深山さん」



金井さんの顔付きが真剣になってる。



「は…はい」



まずい事でも聞いたのかと焦り目が泳いでる私。



「敬語はやめましょう!」



「え?」



「仕事ではないんだしこれからは飲み友達という事で堅苦しい敬語はやめて、自分の言葉で話しませんか?」




そう言って金井さんは笑った。

No.190 12/01/16 11:25
きら ( ♀ sdWbi )



怜奈が部活から戻る前に帰宅しようと代行で5時頃到着。


まだ誰もいない自宅のソファーに腰をおろす。


「ふぅ…」


控えてはいたものの
やはり昼間のお酒は効く。


それに本当に久しぶりに笑いながら楽しくお酒を飲み気持ちも明るくなれた。


バッグからケータイを出しお礼のメールをする。



―――


今日はご馳走さまでした❗


本当楽しくて美味しいお酒だったぁ😆💦


久しぶりに笑った気もします👍


私から誘ったのにご馳走になっちゃって悪いので次は奢らせてね✨


本当にありがとうです⤴


―――END



怜奈にお酒臭いと言われないように歯磨きしてからガムを噛み夕飯の支度に取りかかった。



夕飯を作りながら気づく。



(そういえばおとー
今夜泊まりだったんだ)



初めてだった。



数時間でも夫と西田の事が頭から離れ忘れていたのは…


これには私もちょっと驚いてしまった。



そして思った事。



金井さんに感謝!



「ただいま~!お腹すいたぁ!」



怜奈が帰宅。



「おかえり!夕飯にはまだ早いから、先にお風呂入っておいで~」


「ふぁ~い

おっ!今夜は肉だぁ!」


豚のしょうが焼きを漬けてるボールを覗いて怜奈が喜んでた。


「後はマカロニサラダも作るからね」


「やったぁ!怜奈の好きなのばっかだぁ。お風呂入ってくるー!」


ドタドタしながら浴室に向かい、怜奈がいると一気に賑やかになるのが可笑しかった。



~♪♪♪


―――


俺も楽しかった✌


楽しかった分、いつも以上に独りきりの部屋の寂しさが身に染みるようだよ😢

俺は寝るだけだけど涼子ちゃんは家事があるんだもんね💦

本当に主婦は大変だ😣

無理しないでガンバ❗

また次楽しみにしてる✋

オヤジは一足早く寝ます
(笑)


こっちこそありがとう✨


―――END



涼子ちゃん…?



くすっ



金井さん、けっこう酔ってたからなぁ



―――


いい夢を🎵


おやすみなさい💤


―――END



「さて!マカロニ茹でちゃお」



私は鼻唄を歌いながら
夕飯の準備を再開した。

No.191 12/01/16 11:27
きら ( ♀ sdWbi )



深夜1時。


私は何度も寝返りを打ち、眠れずにいた。


アルコールが入った後はよく眠れるはずなのに、間をあけすぎたのと軽く頭痛がし逆に眠れなくなってしまった。



それに…



やはり夫と西田の事を想像してしまう。



今頃抱き合って眠ってるのか…



それとも…



大きく寝返りを打つ。



考えたくないのに、2人の絡み合う姿が浮かんでは消え、消えては浮かぶ…



私にはしなくなったキス。



腕枕や抱きしめられる事もなくなった。



SEXなんて論外。



夫の愛情表現は全て西田が独占している。



私には何もしてこない…



本当は妬ましかった。



メールの文面からわかる、西田の女の部分が妬ましくて仕方がなかった。



私だって抱きしめられたい!



キスだってしたい!



エッチだって…



求めてきてよ…




本当はそこだったんだ…




女扱いされない自分が惨めで悔しくて、そこを自分で認めたくなかっただけ。



夫は私を女としてはもう見てない。



『家族』



家族だから大事で



家族だから必要…



女でなくなった私…。



西田に欲求不満と言われて殺意すら覚えたのも、女ではなくなった私を見透かされたようで暴力に訴えてしまった。



認めたくなかったんだ…



私では満たされない部分を夫は西田に求め、それで離れられずにいる。



私はもうとっくに負けてるんだ…



邪魔しているのは西田ではない。



この私…。




布団を被り何時間も泣いた。

No.192 12/01/16 12:23
きら ( ♀ sdWbi )



―――


なんでこうなったんだろうね…


いつからこうなっちゃったんだろう…



あの時、彼女と買い物に出かけなかったら、今また違ったのかな



ううん



遅かれ早かれ彼女とはこうなってた


きっとね…



私おとーに抱かれたかった


だからあの時ショックだった


彼女とはできるのに
私とはできないんだって…


何年振りだったから出会った頃のように緊張もしたし新鮮だった…


でも駄目だった


あの時、ちゃんと私を抱いてくれてたら本当の意味で夫婦の修復ができたのかな


こうしてれば
ああしてれば


そんな事ばかり考えて…



ねぇ…


私どうしたらいい?


おとー…教えて?


夫婦としての機能を失ってる私とはもう無理でしょ?


おとーから見て私は女ではないんだもん


彼女と終わったとしても、また外に目を向けるでしょ…


私馬鹿だから、ここまでされても嫌いになれない



だから…



おとーから私を捨てて下さい



私が諦められる一番の方法だから



中途半端な優しさは見せないで



私を思うならどんな理不尽な事を言ってもいい



汚ない言葉で罵ってもいい



お願いだから
思いっきり捨てて…




嫌いにさせて…



私を楽にしてよ…



私ばかり嫌な女にさせないで



お願い…



私を捨てて下さい



―――END



午前4時。




夫と西田が抱き合い
眠ってるであろう時間。




―――送信。

No.193 12/01/16 13:37
きら ( ♀ sdWbi )



プルルルー…


夫は何度かけても出ない。


西田のケータイにもかける。


…留守番サービスセンターにお繋ぎします…


西田は電源を切ってるのかコールしない。


そのうち夫のケータイも充電が切れたのかコールせず留守番に切り替わるようになった。



私は怒りで気が狂いそうだった。



今朝7時半。


夫からメールが届いた。



―――


干からびる前に死ねば?
(笑)


―――END



西田!!


咄嗟にそう思った。


なんで?!


なんで西田が夫のケータイから返信してくるの?!


夫が見せたの?!


そして返信させたの?!


いくら酷い夫でもそんな事は絶対にしないという確信があった。


長年夫婦をやってきたのだから、それくらいわかる。


それに夫は、(笑) など
一度も使った事がない。



西田も夫のケータイの暗証番号を知ってるのか…



訳がわからず怒りで自分を押さえるのに必死だった。



―――――――――


――――――



夫も驚いていた。



「なんだよこれ…」



やはり夫ではなかった。



「西田に電話して」


と言う前に、夫がもうかけていた。


「お前、俺のケータイ勝手に触ったろ」


西田の声は私には聞こえなかったが、夫の表情でなんとなく会話がわかる。


「てめぇ何勝手な事してんだよ!

そういうの俺が大嫌いなの知ってんだろ!

そんな事する女とは思わなかったし、もう会う気もねーから。んじゃ」



あまりにもお粗末な最後に私は呆気にとられていた。


夫は朝方私のメールで一瞬目が覚めたようだった。


寝ぼけ眼でメールを開き、そのまま又眠ったとの事。


恐らく開きっぱなしになってるメールを西田が見て返信したのだろう。


確かに夫は今までに何度もそんな事があり、昔それで浮気がバレた事もある。



だけど…



あのしつこい女が簡単に引き下がるはずはないだろうとも思ってた。



結局この事件で夫が西田と小旅行してた事は消去され私が朝方送ったメールの事もお蔵入りしてしまったのである。

No.194 12/01/16 16:52
きら ( ♀ sdWbi )



悶々とする日々が続いてた。


夫と西田は『今のところ』別れている。


今まで信じては裏切られての繰り返しだったから脳が学習し、容易に2人を信用してはいけないと指令を出す。


そんな事より西田にメールを読まれた事が私には屈辱だった。


あの女にだけは知られたくなかった夫婦の実情。


浮気男が口にする言葉は信憑性に欠けるが、サレ妻の悲願するようなメールは真実の何ものでもない。


さぞ可笑しかったに違いない。


私とはできなかった事実を知り、優越感に浸って夫の胸に包まれながらほくそ笑んでたに違いない。



ミジメ…



悔しい…



やっぱ



死ぬほど悔しい!



その怒りの矛先は夫に向けるしか他に術がなかった。


No.195 12/01/16 16:53
きら ( ♀ sdWbi )



「もう終わったんだし
いい加減にしてくれよ」


「終わったからって私の傷はまだ癒てえないんだよ?
苦しくて仕方がないんだよ?なんでもっと気を使ってくれないのよ!」


「だから悪かったって何度も言ってるだろ
最初から離婚するつもりもなかったんだしよ」



夫はいつもそうだった。


浮気してもそれが終わったら全てが許されて無かった事にする。


傷付いた私を包み込んでくれたのは過去に数回のみで、今回はもう終わった事だと主張する。


私だって何ヵ月も何年も懺悔しろなんて言ってる訳ではない。


まだ何日しか経ってなく、傷口は開いたままなのに、それを見ようとしてくれない態度に腹が立つのだ。


「私のメール見させて…」


「俺が見せた訳じゃねぇしあいつが勝手に見たのはお前も知ってるだろ」


「仕事だなんて嘘ついて、女と温泉旅行して人のメールをそんな状態で開いて寝るなんて無神経すぎる!」


「じゃあそんな時間にメールしてくんなよ!実際お前だって西田のメール見てた事あったじゃねえかよ」


「…なによそれ

お互い様とでも言いたいの?!私とあの女を一緒にするわけ?!」


「そうじゃねえって
もう勘弁してくれよ
先に寝るからな」


「ちょっと!」



寝室のドアが閉められた。



行き場のない私の怒りや悔しさは西田に向けられた。

No.196 12/01/16 16:55
きら ( ♀ sdWbi )



西田の電話番号を引き出してる時にメールが届いた。



―――


こんな時間にごめんね💦


今日仕事でちょっと遠出して今帰り道なんだけど、とても素敵な夜景があったので涼子ちゃんにも見せてあげたくて👍


でもごめん💧


ケータイの画像ではそんなに綺麗に写らなかった😫


何枚も撮って一番良く撮れたのを送ります✨


努力の結果を見てね(笑)


時間気にしなくていいと言ってたからメールしちゃったけど平気かな?


俺は今から帰ります✋


―――END



金井さんだった。



添付されてるファイルを開くと、確かに金井さんの言う通り夜景と言われたら夜景に見える程度の画像だった。



でも…



嬉しかった。



その画像を見てると涙が溢れた。



こんな優しさに私は飢えていたのだ。



金井さんの明るい声が無性に聞きたくなり、私はコンビニの駐車場に向かった。



「あれ~?涼子ちゃん!
こんな時間に電話なんて珍しいね」



金井さんはちょっと驚いてたけど、いつもと変わらない明るい彼の声を聞くとやっぱり泣けてきた。



「涼子ちゃん?」



「金井さん…私…ヒック」



今までの経緯を泣きながら話し、まさに女に電話しようとしてた時に金井さんからメールがきたとこまで一気に喋った。



「涼子ちゃん


電話なんかしちゃ駄目だよ」



金井さんは静かに言った。

No.197 12/01/16 16:56
きら ( ♀ sdWbi )



私は鼻をすすりながら金井さんの声に耳を傾けた。



「涼子ちゃんの気持ちは痛い程わかる


俺なんかが想像するよりも、もっと辛いと思う


でもね…


道徳がないそういう人間にいくら正論をぶつけても通用しないんだよね


逆にこっちが怒れば怒る程向こうは可笑しくてたまらないもんなんだよ


歪んだ形でしか人の思いや愛情を図れない哀れな人だと思う


そこで涼子ちゃんがまた電話でもしたら、旦那さんと自分の事で喧嘩してる、もしくは涼子ちゃんが苦しんでる


向こうは嬉しくてしょうがないんじゃないかなぁ


俺も聞きかじりだから無責任な事は言えないけど、涼子ちゃんの話を聞く限りでは、その西田さんって人は歪んだ性格の持ち主と思えてならないんだ


よく知りもせず、偉そうな事言ってごめんね」



その通りだと思った。



金井さんの的確なアドバイスとソフトな話し方がまた私の涙を誘った。



「あぁ…ごめんね


涼子ちゃんは涼子ちゃんの考えのままでいいと思うし俺は自分が感じた事を言ったから…うーん」



泣いてるだけの私に金井さんは戸惑っている。



「ううん、金井さん

金井さんの言う通りだと思ったらまた泣けてきちゃって…ごめんね

電話しなくて本当に良かった」



「そっか…俺…


涼子ちゃん泣かせちゃったんだね(笑」



「そうだよ~

責任とってもらいます」



急に無言になる。



「あれ?もしもし?金井さん?」



「俺…


涼子ちゃんの事なら


いつでも責任とるよ」



その声は真剣だった。

No.198 12/01/16 16:58
きら ( ♀ sdWbi )



「ま、またまた~

そうやってまた私をからかってるんでしょー」



なんだか妙な雰囲気に変わった私はそう言い返すのが精一杯。



やっぱり?バレた?(笑)



次はそう言うはずだから。



でも違った。


金井さんの声は真剣なままだった。



「なんで旦那さんはわからないんだろう…


こんな近くに自分の事をこんなに想ってくれる人がいるのに…


どうして大事にしてやれないのか


俺だったらここまで想ってくれる人を裏切るなんて出来ない


俺が幸せにしてやりたいって本当に思う」



「か、金井さん…?」



「ちょっとは気づいてたでしょ?


俺が涼子ちゃんを


好きだって事」



私は一瞬で体が熱くなり、耳までその熱さが伝わった。



好意を持ってくれてるとは思ってたけど、好きとは違う…何か…


言うならば一緒にいて気の合う飲み仲間の位置付け?


いや、それも違う気がする…


じゃあなんだろう…



言葉が出なくて焦ってたら金井さんが続けた。



「変な事言ってごめんね


ただ俺の気持ちを言っただけで、涼子ちゃんは今まで通りでいてくれたらそれでいいから


変に意識しないでね(笑」



「そんな事言っても…」



「涼子ちゃんが旦那さんやお子さんを愛してるのは十分知ってるのに、つい言いたい衝動に駆られてしまって(汗


俺もまだまだ青いな(笑


つい雰囲気で言ってしまったけど俺は人に強制するのもされるのも嫌いだからさ


言ったからってそんな旦那とさっさと離婚して俺のとこ来いなんて言わないし(笑


だから今まで通りでいてくれないと今度は俺が泣いちゃうよ?」



「あはは…じゃあその時は私が責任とらなきゃだね」



「勿論!男が泣いたら、俺お婿に行けなくなっちゃうじゃん?(笑」



2人で笑った。



「辛い時、苦しい時は1人で悩まず何でも話してよ


最初に言ったけど俺は涼子ちゃんのサンドバッグになるからさ


でもあんまり痛くしないでね」



爆笑。



金井さんの気持ちには正直驚いたが全く嫌ではなく、その後の金井さんのフォローも抜群で、今まで通りの関係を保てると思った。




私の怒りや悔しさは
いつの間にか消えていた。

No.199 12/01/16 16:59
きら ( ♀ sdWbi )



私はまだドキドキしてた。


この歳になってしかも結婚してるのに告白されるなんて思ってもなかったから。



私はどうなんだろう…?



金井さんの事は確かに好きではある。



毎日のメールやたまに電話で話したり一緒に飲んでても楽しいけれど…



だけどそれは恋愛感情ではない。



金井さんのお陰で私の精神が保ててる事もたくさんあった。



それって金井さんを利用してるだけでは…?



自分が辛い時泣きつけて、悲しい時に助けてもらう…


今まではそれでも良かったのかもしれないけど、金井さんの気持ちを知った以上私が彼に頼るのはいけないのではないだろうか…



でも今まで通りって約束したし、何よりも金井さんの存在がなくなるのは考えられない。



なんなの私…



彼を自分が辛い時だけの為に都合よく置いときたいわけ?



そんなの奴等と一緒で最低じゃん!



いくら考えても答えが出ず金井さんと私は今まで通りの関係が続いてく。



そしてあの2人も予想通り復活したのだった。

No.200 12/01/18 09:53
きら ( ♀ sdWbi )



地球温暖化だとか環境問題だとかそういった事に疎い私だけど、年々暑さが増しているのはわかる。


ギラギラ照りつける太陽にねっとりまとわりつくような空気。


暦の上では立秋でも、連日の猛暑はその衰えをまだまだ見せない。


そんな中、高地に位置し周りは山に囲まれ比較的涼しい所に毎年恒例になっている家族旅行に私達は来ていた。



観光名所を家族4人で見て回る。



一通り見終えて昼食をとってから、地元の特産品や名産品が売られている店舗と土産屋が建ち並ぶ場所に移動した。



「これ可愛い!」



御当地キティグッズを見つけて目を輝かせてる怜奈。


「怜奈のキティ好きは重症だね」


そう言う恵美も怜奈と一緒になって、これがいいあれがいいと夢中になってた。



私と夫は適当に店内を見て回る。



お互いの距離はあいていた。



―――――――――


――――――



「旅行はやめようよ」


「なんでだよ?もう旅館も予約してるし恵美も怜奈も楽しみにしてんのに可哀想だろ」


「あんたにとって家族旅行って何?

こんな状態で楽しく旅行なんかできると思う?」


「またそれかよ

西田とは本当にもう終わってるんだって」




「じゃあこれは何?」




一枚の紙を夫に差し出した。

No.201 12/01/18 09:59
きら ( ♀ sdWbi )



間取りや家賃等が記載されてる不動産屋の情報紙。


ネットからプリントアウトしている。


右端にメモ書きがクリップで止めてあった。



『ここどう思う?

広さは十分で綺麗なんだけど家賃高いしちょっと厳しいかなぁ…

他にも見てみるね!』



それを見ても顔色ひとつ変えずに夫が言った。



「西田が今年中に家を出たいらしくて、初めての事だから相談にのってるだけだよ」


「あのさぁ…もう少しまともな言い訳してくんない?

普通に考えて終わった相手にこんな相談する?」


「本当なんだって

まずいと思ったら破いて捨ててるよ。何もないから車に置いてたんだよ」


「置いてたって言うか落ちてたってのが正しいけど

あんたの車に忘れ物取りに行ったら後部座席の足元に落ちてた

自分もあった事を忘れてただけでしょ」


「だから本当だって

嘘だと思うなら西田に電話して聞いてみろよ」


「あんたら2人の事なんて信用できるはずないじゃん!

いつまで人を馬鹿にするのよ!

部屋でも何でも借りて2人で勝手に住んだらいいじゃんよ!」


「あほか

住むわけないだろ

本当に相談されてるだけなんだって」


「それが本当の話だったとしても無神経すぎる

散々嫌な思いさせた相手の相談にのるなんて私の事は何も考えてないって事なんだよ」


「あいつ、相談する相手が他にいないみたいで、それで俺に言ってきたんだ

本当それだけだから」


「……」


「確かにお前の言う通りだな…無神経だった。ごめん

もうやめるから」



「勝手にやってよ

もう疲れたから寝るわ」



「旅行は行くからな」



私はそれに答えず寝室に向かった。



西田が部屋を借りようとしてるのはメールを見て本当は知ってた。



それで西田が浮かれてる事も。



―――


独り暮らししたら会う場所ができるね😆💓

夢が膨らんじゃう⤴⤴

でも無理して来てなんて言わないから…

由美までうるさく言わないから😢

和也さんが疲れてる時に来たくなるような、そんな空間を作ってあげたい😌

でも独り暮らしなんて初めてでよくわかんないから、相談にのってね😁

メールボックスにこっそり入れとく✌

頑張って達成させるよ‼

和也が大好きだからゆっくりできる場所を作りたい❤


―――END



いつまでも終わらない2人の関係。



私もこの頃は何を見ても聞いても、またいつもの事と思うようになっていた。



だが、西田が独り暮らしするのは漠然とだが不安な気持ちになる。



今までは外で会うしかなかった2人に帰れる場所ができたら…



一度も口にしなかった離婚の言葉が夫から出てくるのか…




………もう!!!




未だ夫に依存する自分に気がつくと、自分で自分に腹が立って仕方がなかった。

No.202 12/01/18 13:09
きら ( ♀ sdWbi )



そんな状態でも一番に旅行を楽しみにしている怜奈の事を思うと取り止める事はできず、足取りは重いまま旅行は決行されたのである。



「わぁ~おとー見て見て!

すっごく綺麗!

癒されるぅ~」



部屋の窓から見える深緑の山々とその下を流れる川。


遠くには赤色の大きなつり橋が見えるその景観は怜奈だけではなく私も癒された。


広くてゆったりできる12畳の和室で夫と怜奈がはしゃいでる。



「いつも海だけど山は初めてだよね

山菜ばかりだとやだなぁ」



夕飯の心配をしている恵美。



「そこはお母さんが抜かりない事知ってるでしょ(笑

リサーチ済み!楽しみにしてて

温泉入ろう!」


「暑いからなぁ」


「夏場の温泉も気持ちいいじゃないの~

早く行こ行こ!」



みんなで浴衣に着替え
温泉に入る事にした。



―――――――――



四季折々の料理が並ぶ夕食は見た目も味も抜群で心配していた恵美も大満足していた。



22時。



1日歩いた疲れで怜奈は熟睡、恵美もお酒が入り今にも寝そうな顔をして布団の中でケータイをいじっていた。


夫も同じく横になりながらテレビを見てるが、落ちるのは時間の問題といったところ。



私は窓際に置かれた椅子に座り月明かりに反射する川を見ながら煙草を吸っていた。



来たら来たでそれなりに楽しい旅行だけど、前とは明らかに違う私達夫婦。


昼間、買い物した袋をトランクに隠したのは知っている。


西田のお土産だろう。


その行為に溜め息を覚える。



そんな私も金井さんにお土産を買った。



これって2人と一緒?



冗談じゃない!



私と金井さんはそんな関係ではない!



いつもお世話になってるお礼と感謝の意味を込めて当然の行為だ!



そんな言い訳がましい自分にも溜め息が出た。



(金井さんは今頃何してるのかな…)



「…あ」



気づけば金井さんの事を考えてる自分がいて、それを振り払うかのように灰皿の上で煙草を強く揉み消した。

No.203 12/01/18 14:07
きら ( ♀ sdWbi )



自分の気持ちに混乱していた。



私は夫を愛してる?



すぐに答えが出てこない。



なぜ私はこんなに夫に依存してしまうのか…



こんなに酷い仕打ちを受けても尚、なぜ離れる事ができないのか…



裏切られてきた経験が私の依存に拍車をかけているのはわかっている。



だが、ここまでされた事はない。



過去の夫達とは浮気が発覚した時すぐ離婚になった。


浮気ではなく本気だったから離婚に至ったのだとも思う。



おかしな言い方だが潔かった。



別れた夫も確かに自己中だったけれど浮気が発覚して、家庭が大事だのお前が一番だのと中途半端な事は言わなかった。



バッサリ切られ捨てられた。


私がどんなにすがっても駄目だった。



だから…



どんなに辛くても悲しくても前を向いて歩いてくしかなかった。



今の夫は違う。



何度も浮気を繰り返してきたが、必ず私が一番大事だと離婚はしないと言ってきた。



喧嘩はするけれど邪険にする訳ではなく、浮気の最中でも私に優しくする。



これで暴言を吐き続けられたり、あからさまに冷たくされたり、浮気相手の方が大事だと言われたら私もここまで我慢できていないはず…



中途半端な優しさ。


反省を見せる態度。


離婚はしないと言う発言。



それらの事が私の気持ちを縛り付けて離さないでいたのだ…



ずるい…



夫はずるいんだ…



家庭という土台がないと、安心して遊べない人なんだ。



和也を愛してるの?


西田に負けたくないだけなんじゃないの?


若い頃は勢いもあったけどこの歳になっての離婚は大変だと思う気持ちもあるんじゃないの?


経済的に楽だからじゃないの?



金井さん…



金井さんが現れたからではないの…?



でも離婚してまでなんて
思ってないでしょ?



そんなあんたもずるいんじゃないの…?



みんなの寝息が聞こえる中で、私の自答自問は朝方近くまで続いた。

No.204 12/01/18 14:57
きら ( ♀ sdWbi )



会社や実家、友人らにお土産を買い、走行中目についた所に寄りながら帰路についた。



みんな疲れたのか
車内は静かになっている。



答えが出ないまま明け方近くまで起きてた私は、今頃になって眠気が襲ってきた。



怜奈も眠そうにしている。



「怜奈まだ着かないから
眠っちゃえば?」


と、私が言うと大あくびしながら


「ふぁぁ…眠い

もうお姉ちゃん、こっちに足伸ばさないでよぉ!」


既に寝てる恵美の足が自分にかかってるのを怒っている。



「もおぉ!いいよ!
怜奈一番後ろに行く!」




「だめーー!!!」




自分でも驚く程の大きな声だった。



運転してた夫が一瞬ブレーキを踏み、その声で恵美も起きた。



怜奈も驚いている。



「あ…怜奈ごめんね

一番後ろは酔うからやめた方がいいよ」



「うん…わかった」



怜奈はただよらぬ私の言い方が気になったのか後ろの席を覗きつつも素直に聞いた。


恵美は一瞬目が開いたが、またそのまま眠ってた。



夫は無言でいる。



私は助手席から夫を思いきり睨み付けた。



2人の行為が汚らわしく
心の底から軽蔑した。



私の視線に気づいてる夫は真っ直ぐ前だけを見ている。





本当に最低だ…




こんな汚らわしい空間に吐き気がする。




何も知らない子供達にも申し訳なかった。




「あんたがやってる事は
こういう事なんだよ」



私は後ろに聞こえないように小さな声で言った。



夫はやはり無言だった。




本当に最低…




苛つきで眠気は消えていた。




自宅に着くまで私達はずっと無言だった。

No.205 12/01/20 10:15
きら ( ♀ sdWbi )



―――


ただいま😄


夕方自宅に到着して
今夜はもう寝るだけです🎵


ちょっと疲れたけど
楽しい旅行でした😄✌


娘さんとの海は満喫できましたか?😉


釣りはどうだった⁉


モチロン大漁だよね(笑)


お土産買ってきたょ✨


休み明け金井さんの都合のいい時に渡したいです😉


ではでは~お休みなさい💤


PS✨

金井さんからのメールがなくてちょっと寂しかったり…


私💦

何言ってるんだろ😱💦

おやすみなさい💦💦💦


―――END




私は家族旅行。



金井さんは娘と過ごす休暇。




暗黙の了解のようにお互いメールはしなかった。



くるかな?と少し期待してる自分もいた。




好き?



ううん。



これは錯覚でしかない。



一時でも辛さから解放されて笑顔になれる自分。



私を想ってくれる金井さんとの時間は、ふわふわしていて、どこかくすぐったいような感覚。



そこには現実味がない。



だけど金井さんの事を考える日が確実に増えている。



でも私は夫とは違う。



金井さんとは何もない。



辛い時の逃げ道になってくれてる。



彼もそれで納得してくれてる。



何もやましい事なんかない。



自分に言い訳をいっぱい作り金井さんとの付き合いを正当化させる私も、やってる事は夫と変わらないのだろうか…



違う…



絶対に違う!



私は



家庭を必死に守ろうとしてるんだ!



夫とは違うんだ!



だけど…



金井さんとの関係を奈緒美に言えないのは、やはりやましいと思う気持ちがどこかであるのではないか…



好き勝手ばかりして口をポカンとあけ、何も考えてないような顔をして寝てる夫の顔を見てたら無性に腹が立ってきた。



「…ったく」



ムカついたから夫の脛毛を何本か思いっきり引っこ抜いてやった。



悶絶する夫に背中を向けて私は目を閉じた。

No.206 12/01/20 10:17
きら ( ♀ sdWbi )



経済的な理由から西田の独立計画は難航してるようだった。


―――


現実はキビシ-😱

家にお金入れなくちゃならないし、少し貯めないと部屋借りるのきついかも😣

このお盆休みに色々見てたらそう思ってしまった😢

でも由美がんばる⤴


―――END



普通ある程度の予算を準備して、そこから部屋探しじゃないの?


願望と妄想が入り交じった彼女の行動は絵空事に過ぎなかったのか。


ピンクのケータイは見当たらなくなり、メールのやり取りは夫のケータイでしている。


バレバレな状況でもシラを切り通すところから、見つかると言い訳のきかない物理的証拠は抹消したのか…



~♪♪♪



そんな事を思ってたら金井さんからメールが届いた。



―――


おはよう❗


昨日はメールくれてたのにごめんね😫


娘とはしゃぎすぎて帰ってきたらダウンだったよ😅


休みも今日で終わりだね


俺はゆっくりするつもり👍


涼子ちゃんも旅行の疲れをとって✋


俺は近場だったからお土産思い付かなくてごめんね⤵



寂しいと思ってくれてたんだ…


俺もだったよ


涼子ちゃんが困る事はしたくないし困らせる事も言いたくないから我慢してました😣


―――END




なんだろう…



このゾクゾクした感じ。



気持ちが満ちてくような感覚。



決して愛されてる愉悦なんかではない。



もっと純粋な気持ち。



会いたい…



素直に思った。



だけどそれを決して口にしてはいけない。



それはまるで腐食しきった今にも崩れ落ちそうな長いつり橋に足を踏み入れる怖さ。



つり橋の向こう側には自分の知らない世界が広がっている。



真っ青な空。


花々は咲き乱れ小鳥がさえずっている。


そこはきっと辛苦のない楽園。



その場所に行くにはつり橋を渡るしかない。



好奇心で行こうとしたらとんでもない事になるかもしれない。



腐食した木と共に真っ逆さまに堕ちていくかもしれない。



運良く渡りきったとしてもそこは自分が描いてた世界と違い茨の道が待っているかもしれない。



振り返るとつり橋はなく、引き返す事もできない。



自分に渡る勇気などなく、安全圏からそのつり橋を眺めるのが精一杯。



楽園を想像しながら。

No.207 12/01/21 16:54
きら ( ♀ sdWbi )



「今日もあちいわ~」


9月を過ぎても残暑厳しい毎日が続いてたある日の職場。


社用で銀行に行ってた奈緒美がブラウスの襟をパタパタしながら戻ってきた。


「お疲れさま。早かったね~空いてたんだ?」


「うん。今日はラッキーだったわ」



私は奈緒美に麦茶を手渡す。


「ありがと~

あれ?綾香は?」


「○○工業に見積書届けに行ってもらったよ」


「そっか~
げー!!専務の車入って来た。さぼれないじゃん!」



そこですか(笑)



「あれ?

金井さんじゃない?」



「え?!」



ドキッとした。



もう一台会社の前に車が停まり、そこから降りてきたのは紛れもなく金井さんだった。


「か、金井さんが来るなんて珍しいね」


どもってしまった(汗)


「あ~さっき彼が別のとこでトラブルあって急きょそっち行くってメールで言ってたわ。それで金井さん来たんじゃない?新しい現場の打合せでしょ」



「そっか」



専務と金井さんが入って来た。


「お疲れさまです」


「お~ご苦労さん」


専務の後に入ってきた金井さんが明るい声で


「どもども!毎日暑いですね!これ皆さんでどうぞ」


と、アイスがたくさん入った袋を差し出す。


何かを悟るかのようにお互いの視線を絡ませ、私は丁寧にお礼を言い受け取った。



なんだか照れくさいような気恥ずかしいような不思議な感じがした。



奈緒美はかかってきた電話を受けていて笑顔で金井さんに会釈をしていた。



応接セットに座る2人の脇を通ってアイスコーヒーの準備をする。



妙にドキドキしてしまう。



深呼吸してからお盆にのせテーブルの上にそっと置いた。



「ありがとうございます」



笑顔の金井さんに軽くおじぎをして自分の席に戻った。




ひぃー


変な緊張しちゃった(汗)




私の席から金井さんの横顔が見えていた。

No.208 12/01/21 17:18
きら ( ♀ sdWbi )


打ち込みをしパソコンの脇から、チラチラと金井さんの横顔を見てしまう。


いつも笑顔の金井さんが、真剣な顔付きで話し、私の見た事のない表情をしてる彼に、いつの間にか目がくぎ付けになっていた。


当然、奈緒美に指摘される。


ボソボソと小声で

「なにあんた、金井さんに興味でもあるの?」


私は冷静に

「まさか~ゼスチャー多い人だなぁと思っただけ(笑」


「ぷっ!言われてみたらそうだ(笑」



大変良くできました(汗)



本当は



(素敵…)



なんて思ってたりした。



仕事をする金井さんの横顔に見とれていたのだ。


そんな彼と私は誰も知らない2人だけの秘密の関係。


と、言ってもメル友に等しいけど(苦笑)



でもまたもゾクゾクする感覚。



(あ…!)



私はある事に気づいた。



夫と西田。



2人もこんな感じだったのだろうか…



誰も知らない秘密の関係。



2人にしかわからない視線を交わす瞬間は体中がゾクゾクし気持ちが高揚してしまう。



イケナイ遊びのような?



それが2人を燃え上がらせたのだろうか…



そんな事を考えてたら空気を無視した甲高い声が聞こえた。



「だだいまでーす!あっちい~外はマジ死んじゃいますよー!殺人的暑さ…」



「綾香、静かにな」


専務に言われてる。


「あ!すいませーん」


と、舌を出し自席についた。



1時間ほどして専務と金井さんが席を立つ。


「よろしく頼むよ」


「お任せ下さい」



専務に電話が入り金井さんは電話の邪魔をしないように専務に会釈し、私達にもいつもの明るい笑顔で、


「どうもお邪魔しました!
お仕事頑張って下さい」


と言い玄関に向かう。



とその時、綾香が金井さんの背中のシャツを軽く引っ張った。



「ズボンから出てますよ~
入れてあげましょうか?」


綾香がふざけたように笑う。


「とんでもないとんでもない(汗)

教えて頂いてありがとうございます

いやーお恥ずかしい

参ったな、あはは」


と苦笑してる金井さん。


奈緒美に

「金井さんどこかで脱いだんじゃないのォ」と、からかわれている。



私は…



なんだか面白くなかった。



綾香は初対面なのに、彼と楽しそうに会話している。


シャツも引っ張ってた。


私も触れた事ないのに…と、子供みたいな事を思ってる自分に呆れた。



明らかにヤキモチ。




気づいた。



ううん。



本当は前から気づいてる。



認めようとしなかっただけ。



私…



金井さんが好き。



認めるのが怖かっただけ。



でもやっぱ…



つり橋を渡る勇気はない…

No.209 12/01/21 17:31
きら ( ♀ sdWbi )

>> 208
訂正😓



この前の頁の最後の部分。


でもやっぱ


つり橋を渡る勇気はない


は、



かと言って…



つり橋を渡る勇気はない



の間違いです💦💦💦



すみませんm(__)m

No.210 12/01/23 17:45
きら ( ♀ sdWbi )



読者の皆様へ



いつも読んで頂いてありがとうございますm(__)m



更新が遅かったりバラつきがあって本当に申し訳なく思ってます💦


実は年明け早々に転職をし入社したばかりでいっぱいいっぱいな毎日を過ごしております(汗)


めちゃめちゃ言い訳しておりますが😱💦


更新や感想スレのお返事が遅くなって心苦しいのですがご理解頂けるとありがたいです😓


✏できる時はこの時とばかりに一気に書き留めたりしてるのですが最近は全然できずにいます(泣)


応援して頂いてる皆様のお陰で頑張れてるのに本当に申し訳ございませんm(__)m


必ず最後まで書き切りますので、どうぞこれからも宜しくお願い致します🍀



きら✨

No.211 12/01/26 14:12
きら ( ♀ sdWbi )


ーーー


びっくりしたでしょ?

突然行って涼子ちゃんを驚かそうと思って事前にメールしなかったんだ(笑)

大の男がシャツ出してカッコ悪かったけど😫

でも涼子ちゃんの顔が見れたから今日これからも仕事頑張れるよ⤴


涼子ちゃんも頑張って👍


ーーーEND



「そうだ!」


出てからすぐ届いた金井さんのメールを秘かに読んでた時だったから奈緒美の声にドキッとした。



「今夜飲みに行こう!」


「わーい!賛成!」


間髪を入れず返事をする綾香。


「涼子もね」


「また急だね(汗
夕飯の支度してからになっちゃうし、恵美にも早く帰宅してもらわないと厳しいけど…」


「相変わらず過保護チックだね~あんたは(笑)
OK!んじゃいつもんとこに行くから後からおいで。
金井さんも呼んじゃお!
もち彼もだけどね~メールしとこっと!」


「え?」


「こんな暑い日の生ビール美味しいですよね!」


「そうよ!その為にとっとと仕事片付けて定時であがろ!」


「はーい!頑張ります!」



私の小さな驚きは見事にスルーされたが、今夜金井さんに会えるかもしれないと思うと素直に嬉しいと思う私がいた。



金井さんの参加の有無が知りたくて、今夜の事をこっそりメールし返事を待った。



すぐ返事が来た。



ーーー


涼子ちゃんが行くなら俺は勿論喜んで参加するよ😉


楽しみにしてます👍


ーーーEND



恵美にメールし、奈緒美達同様仕事に気合いを入れ出した私だったのである(笑)

No.212 12/01/26 14:14
きら ( ♀ sdWbi )


恵美の帰りを待ってから家を出て、みんなが集まる居酒屋に着いた時は20時を回っていた。


「りょううこしゃん!
まずは一気れすよー」


完全に酔っ払いの綾香。


6人座れるテーブル席に、坂木さんと奈緒美、金井さんと綾香が隣り同士に座っていた。


お互いカップルのような座り位置に一瞬拗ねそうになったが、いくらなんでも大人気なさすぎる。



ので、


「遅くなってごめんねー」


と、私は笑顔で奈緒美の隣に座った。



みんなで乾杯し生ビールで喉を潤す。



「涼子さんどんどん飲んじゃって!今夜は俺の奢り~」


坂木さんが笑顔で言った。


「そんなそんな~割勘の方が気が楽だから気持ちだけで…」


と言ってる途中奈緒美が、
「気にしなくていーの!
今夜はあそこではなく男を立ててあげてよ(笑)
さぁさぁ飲んで飲んで~
生追加~!!」


「ははは!奈緒美の言う通りあっちは奈緒美に立ててもらうから、ここは遠慮なくやってよ」



坂木さん…


奈緒美に感化されましたね
(笑)


気取ってなくお互い自分の言葉で話してる仲のいい2人を見てると微笑ましいのと同時にちょっとだけ妬けてしまった。


「では遠慮なく~!」



ろれつが回ってない綾香は、金井さんに体を向け絡んでるように見えた。


「かなしゃ~ん。営業の人ってお口じょうじゅですよね~そのお口で綾香を口説いてもいいよ~きゃはは」



(綾香あんた酔いすぎですから…金井さんも困った顔してるじゃないの)


なぜか口に出すのは躊躇われて、心の中で突っ込みを入れる。



「そんな事ないんだよ
一生懸命喋るのが仕事だからこう見えて結構必死なんだよ~。な、坂木!」



坂木さんにふった金井さんは、昼間は綾香に丁寧に話してたのに今はタメ口になっていた。


綾香の方が全然年下だし、飲んでる席で打ち解けたらそれが自然かもしれないけど…


席の事といい話し方と言い私は1人でモヤモヤしていた。



ふーんだ!
私も飲んでやる!!



酔っ払い綾香を除いては、みんなでお酒を楽しみ馬鹿話で笑い和やかな雰囲気で時間が流れた。



たまに何か言いたげな金井さんの視線にちょっとドキドキしながら程よく酔いが回った頃にある事が起きた。




泥酔に近い綾香が金井さんに抱きつきキスをしたのだ。



それはほんの一瞬、ほんの数秒だったけど、綾香は唇に吸い付いつき、その音が聞こえてきそうなほど激しいキス。



金井さんはすぐ綾香の両肩を持ち引き離した。



「あんた
何やってんのよ!!」

No.213 12/01/26 14:16
きら ( ♀ sdWbi )


言ったのは奈緒美。


「綾香あんた彼氏いるのにそんな事していいわけ?
判断がつかなくなるまで飲むんじゃないよ!」



「なに怒ってるんれすかー」


「今日はもう帰んな!
相手いるのにそういう事する奴あたし大嫌いだから」



ズキ…



奈緒美の言葉が胸に刺さる。



「綾香ちゃんちょっと飲み過ぎだね~俺は男だから得しちゃったのかな?あはは…」


大人の金井さん。


場の雰囲気を壊さないのと飲み過ぎた綾香を思っての発言だろう。



私は呼吸が少し早くなり、胸の奥がグツグツする。



「ったく…男いてそんな事する奴許せない」



奈緒美の言葉が痛く、いたたまれなくなった私はその場から逃げるようにトイレに立った。



鏡に映る私はアルコールで少し赤みがかった顔をしている。



自分でも予期しない嫉妬の感情に戸惑い、そして困惑していた。


金井さんを想う気持ちは確実なものになっている。


だけど私は夫とは違う。


金井さんとは何もない。


何も…?


何もないとはどういう事?


体の関係?


それがなければ何もないという事?



心の裏切りは体の裏切りより重罪ではないのか…



綺麗事ばかり並べても私の気持ちは既に夫を裏切っている。



私も夫と同じなのだ…



深い溜め息をつきトイレから出たら金井さんが立っていた。

No.214 12/01/28 09:13
きら ( ♀ sdWbi )



「あ…」



私はどういう顔をしていいのかわからなかった。



「大丈夫?」



私に問う金井さんの言葉をどう受け止めたらいいんだろう…



酔いがまわってないかの大丈夫?



それとも…



さっきの…?



わからないのに笑顔を作り口が勝手に動いてしまう。



「大丈夫だよ」



だけど…



「彼女何か嫌な事でもあったのかな?」



頑張る笑顔が歪んでく。



「それとも若い子は気にしないのかな(汗
俺が歳な…

り、涼子ちゃん?!」



私は金井さんの胸にもたれるように額をつけた。



「涼子ちゃん…?」



金井さんの鼓動が伝わる。



「酔ったのかな…?」




ねぇ…金井さん。



私に伝わる鼓動の速さは
お酒だけのせい?



顔を上げ金井さんを見つめる。



「涼子…ちゃん?」




愛してくれますか?




そして…




愛していいですか…





「私…



金井さんが



…好き」




周りの喧騒が消え
ここだけ時間が止まった。

No.215 12/01/28 09:14
きら ( ♀ sdWbi )



「怜奈ー!早くご飯食べないと遅刻しちゃうよ~」



「わかってるよー!」



部活の朝練がないとのんびりし過ぎる傾向にある怜奈が慌てて支度をしている。


「あ!今日塾じゃん
せっかく部活ないのになぁ」


「自分で行きたいって言ったんだからね」


「わかってるよーだ
今日も○○先生だったらいいな」


自宅から5分程の所にあるマンツーマン方式の塾に通う怜奈のお気に入りの先生は大学生のお姉さん。


異性よりも同性の方がいいと思うところはまだまだ子供なのかな(笑)



「行ってきまーす!」



バタバタしながら怜奈が出かけて、私はコーヒーを煎れホッと一息ついてから届いてたメールを開く。



―――


おはよう✨


よく眠れた?


今日は○○県まで行くから、ついでに紅葉でも見てこようかな(笑)


今日はちょっと寒いから、出かける時はちゃんと着こんで風邪ひかないように✋


朝からなんだけど…



涼子愛してる


―――END



―――


おはよ🎵


紅葉かぁ…いいなぁ


って、お仕事だったね😅


気をつけて行ってね❗


あっちゃんに会いたいです


私も大好き💓


―――END




あの居酒屋の時から1ヶ月半。



涼子ちゃんから涼子に。



金井さんからあっちゃんに。



お互い想う気持ちを素直に口にする関係になっていた。



自分が生きてきた中で、生まれて初めて夫となる人を私は裏切っていた。




それは心の裏切り…




罪悪感は全くなかった。


No.216 12/01/28 09:15
きら ( ♀ sdWbi )



だけど…



何かが私にストップをかける。



これ以上はだめ。


進んだら後戻りできない。


堕ちていく…




心の奥底からそう言ってるのはそれもまた自分だった。



つり橋を渡る勇気はなく、ずっと入り口で躊躇している。



それは…



まだ私の心から完全に和也が出て行ってくれてなかったからだろうか。



ずるい自分。



それはきっと彼も気づいてる。



無理に誘ってくる事もしない。



何がしたいのかどうしたいのか自分でもわからない。



未だ逃げ道と思っているのか…



だけど…



彼がいないのはもう考えられない。



なんなの私!!



そんな自分に苛つきを覚えてる時に、ある事が起こった。



それは…



私が一番恐れていた事。

No.217 12/01/29 09:22
きら ( ♀ sdWbi )



―――


自分の人生でこんな嬉しい事は他にはなかった


和也さんが何と言おうと
由美は産みます


授かった命を殺すなんてできない


お腹の赤ちゃんはどんな事があっても絶対に由美が守る


ずっとずっと望んでた
和也さんと由美の絆


こればかりは涼子にも邪魔はさせない


大切にしたいから…


―――END





ついに…



ついに…



いつかはこんな日が来るのではと



そんな日が来たら西田は引くはずがないと



絶対に産むと言い通すだろうと




思ってた事が現実になった。




2人の付き合いを黙認してたはずなのに、ケータイを持つ手が震え呼吸が乱れる。




どうしたらいいの…?



どうなるの…?



おとーはどうしようと思ってるの?




お風呂に入ってる夫があがってくるのを待つ。




聞かなくちゃ



言わなくちゃ



さすがにこれは黙認できない。




2人が付き合いだしてちょうど1年経った頃。




西田は妊娠した。

No.218 12/01/30 10:05
きら ( ♀ sdWbi )



「西田が妊娠した」



溜め息混じりの声で夫の方から言ってきたので驚いた。



「どうするつもり?」



私は動揺を見せず冷静に言う。



「可哀想だけど…




可哀想だけど諦めてもらう」



「お腹の子を?」



「ああ…


産まれても困るだけだ」





なんなのこいつ…


自分でそんな事しておきながら困るだって?



先の事は考えず
その場逃ればかりする。



理性を持たない一時の快楽が招いた結果であっても、何の罪もない命を簡単に殺そうとする夫の発言に軽蔑した。




だけど…



矛盾する自分もいる。



夫の子が外にできるなんて考えられない。



産まれたらどうなるのか…



産んでほしくないと思う自分もいるくせに…




頭の中がぐちゃぐちゃで、何か言おうと思っても声にならない。



本当にどうしたらいいのかわからなかった。

No.219 12/01/30 10:06
きら ( ♀ sdWbi )



「子供は諦めてもらう


これで本当に西田とは終わりにする」



夫の言葉ひとつひとつが、無責任で自分を守る事ばかりに聞こえ、そしてずるい男に見えて仕方がなかった。



「私、彼女と話すよ」



「お前らが話しても揉めるだけだから、俺が言うからいいよ」



「もうそういう問題じゃないでしょ!


あんたはいつもそうじゃない


俺が言う、俺がやるって、何一つ解決しなかった結果がこうなんだよ?


まだ自分の言う事きくとでも思ってるの!


いつまでも女を馬鹿にしてんじゃないよ!!」




夫は何も言い返さなかった。



「とにかく私が西田と話すから


こっちに来ないで」



そう言って私は寝室に入った。



煙草に火をつけ気持ちを落ち着かせてから西田に電話をかけた。

No.220 12/01/30 10:09
きら ( ♀ sdWbi )



「…はい」


怪訝な声色の西田。


「なんで私が電話かけてるかわかるよね?」


「もう聞きましたか」


「西田さん

子供を武器と考えて産むつもりなら、そんな親のエゴで産まれてくる子は可哀想だよ」


「そんな事思ってない

私は一生誰とも結婚するつもりはありません

だけど子供はずっと欲しかった

それが誰の子でもいいと言う訳にもいかない

愛する人の子供が産めたら私はその子を生き甲斐にして頑張れるんです

奥さんには申し訳ないけど」


「1人で子供を育てていくのは本当に大変なんだよ?

そんな甘いものじゃない

よく考えた方がいいと思います」


「認知してほしいとか養育費ほしいとか、そんな事は言わないので安心して下さい。

私の子なんです

私の子供の事を奥さんにとやかく言われたくないのが正直な気持ちかな

そりゃ父親はいた方がいいけど和也さんはどうせ離婚はしないでしょうから

なので私1人で育てていくから心配しないで

和也さんが子供に会いたいと言えば私が拒否する理由はありません

父親なのですから」


「不倫の末にできた子供なのに私の子だって?

和也もあんたも人の痛みは感じず自分の事ばかり

だったら堂々と父親の事を名乗れる人の子供を産めばいいじゃない!

あんたがやってる事は間違いなく後ろ指を指される行為なんだから」


「もういいですよ

何とでも思って

私は和也さんの子を産みます

そこは奥さんにも絶対に邪魔はさせない

いくら言っても無駄ですからもう諦めて下さい

離婚するしないは和也さんに任せるしかないので

私は待つだけです


では」



「ちょっ…」




一方的に電話は終了した。

No.221 12/01/31 18:51
きら ( ♀ sdWbi )



私は彼女に何を言おうとしていたのだろう…



夫と同じく諦めてもらうつもりでいたのか…



ズバリ私がそう言ったところで聞き入れるような相手ではないから、ほのめかす事が言えたんだけど…




彼女はこの時36歳。



焦りもあったように思う。



年齢的にもタイムリミットが近づいてる彼女が我が子を望む気持ちは、悔しいけれど理解ができてしまう。





だけど…



その相手がなぜうちの夫なの…




そんな事が許されるのか。



許していいのか。



一人で育てるとか迷惑かけないとか、そんなレベルの問題ではない。



一人の人間がこの世に生をうけるのだ。



その重みと責任。



本当に理解できてるのだろうか…



『私は和也さんの子を産みます』



西田の言葉に一点の迷いも感じなかった。



私はどうすべきか。



子供達の事を考えたら
簡単に離婚はできない。



かと言って、こんな状況を耐えていけるはずもない。



何をどうしたらいいのか答えが見つからず苦悩が続き時間だけがイタズラに過ぎていった。

No.222 12/01/31 18:53
きら ( ♀ sdWbi )



西田のメールは悲痛だった。



―――


なんでそんなひどい事が言えるの!


赤ちゃんを殺すなんて由美にはできない


もう放っておいて


和也さんが怖い


赤ちゃんを殺そうとする和也さんが怖くてたまらない


由美の事は放っておいて!


―――


無理!


無理無理無理無理!!


絶対産む


由美の赤ちゃんなんだから


由美を選んできてくれたお腹の子は絶対由美が守る


和也さんにも涼子にも邪魔なんかさせない


和也さんの許可なんかいらない


由美が産んで育てるんだから


―――


お願い…


わかって…


絶対和也さんには迷惑かけないから


離婚だって望んでない


無理なのわかってるから


由美の生き甲斐を否定する言葉はもうこれ以上言わないで…


由美は大好きな和也さんとの絆である大事な大事な赤ちゃんを産んで育てる事で強く生きていけるの


もうひとりぼっちじゃないの


迷惑はかけない


わがままも言わない


だけどお腹の子を否定する事だけは言わないで…


聞こえちゃうよ


かわいそうだよ


由美は望まれない子だなんて思ってない!


由美がいっぱい愛して育てる


だからお願いします


これ以上否定的な事は言わないで下さい…


―――END




夫は毎日溜め息をつく。



そんな時に放った夫の言葉で私は完全に冷めた。



「放っておいてと言ってるからそうするよ


今まで本当に悪かった


俺達は頑張って家庭を修復させような」




こんな男…



もういらない。

No.223 12/01/31 18:54
きら ( ♀ sdWbi )



離婚について何度も話し合った結果、怜奈の事を考えて学校を卒業し独立するまで待とうという事になった。


お互い親としてだけの関係で家庭を維持していく。



それなら私も納得できると離婚の先延ばしに同意。



夫はもう西田とは会わないと言ってたが、もうそんな事どうでもいい。



口だけの人間。



信じると馬鹿をみる。



幾度と繰り返された嘘や裏切りから解放される事が私にとって一番重要で必要だったから。




親としての関係でしかない。



そこにはもう愛情がない。




仮面夫婦の誕生。




正直な気持ち、西田のお腹の子はどうなるのか気にはなっていたけど、とにかく私はそんな狂った状況から逃げたかった。

No.224 12/01/31 18:56
きら ( ♀ sdWbi )



「俺が涼子の人生変えようとしてるのかな…」



「あっちゃん


それは違うよ」



私達は小料理屋の座敷に座って話していた。



「今回は私自身でもう無理だと思ったから」


「子供まで…だもんな」


「もっと早く気づくべきだったのかもしれないけど…


勇気がなかった



だけど…」



うつ向き加減の顔をあげ、彼の目を見て言った。



「あっちゃんの存在がなければ、私はまだその狂った中に身を置いてたはず


どんなに辛くても理不尽でも夫を取り返そうと必死な形相で…


1人が嫌で、奪われるのが嫌で、そこにしがみつくしかできなかった


そんな惨めな自分はもう嫌だし、あんな夫いらない…


そう思えようになったのもあっちゃんの存在があったからなんだよね



私もずるいんだ…」



「涼子」


「うん…」



「慣れ親しんだ既存の物を壊すのは勇気がいる


それを壊したのは涼子ではなく旦那さん


多少傷みがあったとしても色んな思いを込めて夫婦で修復していく物だと俺は思う


彼は壊した事にすら気づいてなかったんだ


涼子は崩れたその瓦礫を一枚一枚拾って必死にくっつけようとしてた


しかし一度壊れた壁はもろくて崩れやすい


いつ崩壊するかわからない


そこから逃げるのは当たり前の事だろ?


自分を守る事は悪い事ではないんだよ」



「ありがとう


そう言ってくれて…」



「涼子は頑張ってきた


俺との距離もしっかりとって家庭を一番に考えてたね


だけど報われない頑張りはもうしなくていいと思う


俺は涼子が好きだけど自分の感情や欲目で言ってる訳ではないよ


同じ男から見ても旦那さんは涼子に甘えすぎて幼稚に見えて仕方がない


涼子もいけないんだよ?


風俗は許して浮気は許さないなんて道理があるはずないんだから


あ…ごめん


よく知りもしないで余計な事まで言っちゃったね」



「ううん…


あっちゃんの言う通りだもん


本当にもう疲れちゃった」




しばらく2人共無言になり私はすっかり冷めたお猪口の酒を指先で揺らしてた。

No.225 12/01/31 18:58
きら ( ♀ sdWbi )



「飲もう!


嫌な事は忘れて今夜はパァーッといきませんか?!」



ちょっと落ち込み気味の私を元気づけてくれるかのような彼の笑顔。



「うん…



うん。飲もう!」




色んな話をする中で、何も心配がなく癒される空間。



醜く歪み執着してた自分自身への呪縛が解け、素直に笑い素直に喜べる。



なんて心地好いんだろう…



暖かい気持ちになれて
安らげる彼と過ごす時間。



彼の笑顔は私に元気をくれる。



彼の声は私に安らぎを与えてくれる。



彼の瞳は私を捕らえて離さない。





好き…



心が叫ぶ。




私は素直な気持ちを口にした。



「あっちゃん


私ね…


あっちゃんの事、自分が思ってた以上に好きみたい」



「なんだか微妙な表現だ(笑)


無理しなくていいよ


俺は自分の気持ちを押し付けたりしないし、涼子は自分が思うようにしていいんだから


まぁでも好きと言われたら素直に嬉しいけど(笑)」



「こんな中途半端な私に嫌な顔ひとつせず、いつも付き合ってくれた」



「俺って意外にいい奴でしょ(笑)」



「夫の事で泣いてるのに慰めてくれた」



「俺って健気~」



「いつもいつも甘えてばかりで、あっちゃんにもらってばかりだった」



「涼子…


それは俺が涼子を好きだからだよ


そりゃ俺だって独占したいって気持ちになる事だって正直あったよ


だけどそんな事言ったら困るのは涼子じゃん


困る事はしたくなかった


ん~~~


かっこつけすぎだな


本音は嫌われたくなかったから(汗」



「あっちゃん…」



「俺の前では無理しなくていいし、泣きたければ泣けばいいの


辛い時は辛いって言えばいい


勿論、笑顔の涼子が一番だけどね」



「あっちゃん…



私、お願いがある」



「うん?


俺にできる事なら喜んで
(笑」




「今夜は…




ずっと一緒いたい」

No.226 12/02/01 08:28
きら ( ♀ sdWbi )



殺風景。


それが第一印象だった。


ベッドにテレビに冷蔵庫と小さなテーブル。


ワンルームマンションの一室。



私は彼の部屋にいた。



「暖房が効くまでちょっと時間かかって寒いけど適当に座って」


「う、うん」


ちょっと緊張する。


「涼子なんか固まってない?

とって食う訳じゃなし(笑)
もっとリラックスしてよ


コーヒー入れるからちょい待ってて」


「ありがとう」


テーブルの前に座り、ついキョロキョロしてしまう。


「あんまり見回わさないの(笑)」


「綺麗にしてるね」


「疲れて帰宅してガッカリするの嫌だからね

男の独り暮らしなんて侘しいもんだから、せめて快適な生活が送りたいじゃん」



熱めのコーヒーを2人で飲みながら、また色んな話をした。


彼が離婚に至った理由も初めて聞いた。


そこは彼のプライバシーなので書けないのは残念ですが(苦笑)


緊張してたのが嘘かのように話題が尽きる事はなく、時間が経つのを忘れた。



~♪♪♪


受信メールを知らせる私のケータイ。


顔を見合わせる。


時計を見たら0時を回ってた。


「夫だと思う」


私はメールを開いた。



―――


誰もいねーしどこに行ったんだよ


つか、飯は?


―――END



今日は金曜日。


恵美は友達と飲み会で泊まり。


怜奈は従姉と一緒に私の実家にお泊まりで行ってる。


夕飯の支度もせず、夫には何も言わず出てきてた。


何もなかったかのような当たり前のメールにイラッとする。


返信はせずマナーにしてから閉じた。


「大丈夫?」


「ん?
ぜ~んぜん大丈夫だよ」


心配そうに見つめる彼に笑顔で答えた。



コーヒーカップを包んでる両手に彼の手が重なった。



「俺の前では無理しなくていい

涼子らしくいたらいいんだ」


「うん…ありがとう」


彼の手の温もりが優しく伝わり、自然に唇が重なった。



強く抱きしめられる。



あぁ…



涙が出そう…



ずっと求めてた。



私だけを見てくれる愛情いっぱいの抱擁。



ずっと哀しかった。


ずっと寂しかった。


ずっと…


抱きしめられたかった。



夫に求め何度も歩み寄ろうとした…


愛した分愛されたい。


簡単なようで難しかった。


一方通行の愛情は虚しくて自分を卑屈にさせた。


見返りを求めるのはいけない事なのだろうか…



だけど…



夫に対してそんな気持ちはもう消えていた。



私は自分の人生で初めて、本当の意味で人を裏切った。



心の裏切りと重ね
彼とひとつになった夜。



やはり…



罪悪感はなかった。

No.227 12/02/01 17:41
きら ( ♀ sdWbi )



「怜奈~映画でも観に行こっか」


「今日は穂香と遊ぶ約束してるから無理~」


「えーこの前もじゃん

たまにはお母さんと遊ぼうよ」


「部活が休みの日曜日しか友達と遊べないんだもーん」


「まぁ…そうだよね」


「たまにはおとーと2人で行ってくれば?デートみたいじゃん(笑」


「おとーは映画行っても寝るからもったいないし」



日曜日の昼前。



いつもまとわりついてた怜奈が段々と友達を優先するようになっている。


成長過程で当たり前の事なんだろうけど、ちょっと寂しい母。


そういえば恵美に彼氏ができて、そっちばかり行くようになった時も同じ寂しさがあったっけ…



夫はまだ寝ている。



西田とはどうなってるかはわからない。


あの日から夫のケータイを見なくなった。


だけど週に1度のペースで外泊をしてるところを見たら、続いているのだろう。


産まれてくる子供はどうするつもりでいるのか…


気がかりなのはそこだけであとはもうどうでも良かった。



何も言われなくなった夫自身が一番楽に感じてるのかもしれない。



子供達の前でいつもの夫婦を演じるのも慣れた。




仮面夫婦は確立していた。

No.228 12/02/01 17:43
きら ( ♀ sdWbi )



ーーー


あっちゃんは何してるの?


私は軽く飲んでベッドに入ったとこ✋


もうすぐ桜が咲くんだね


あれから1年


去年の私は壊れてた…


1年後こうしてるなんて
夢にも思わなかったけど😅


なかなかゆっくり会えなくてごめんね😢


いつも心の中にあっちゃんがいます


本当に会えて良かった…


こんな幸せな気持ちにさせてくれてありがとう💓


あっちゃんが好き…


いい夢見てね


おやすみなさい✨


ーーーEND



結ばれた夜から数ヶ月が経っていた。



会う時間が少ない中でも、私達は愛を深めていた。



土曜日、彼の仕事の都合がつく日中の数時間か、今までもたまに飲みに出かけてたから、それを口実に会う時間を作ったりした。


それもまだ数回の事で、少ない時間でも彼と同じ空間にいると心が満たされた。



わかった事は


彼は意外に頑固だった(笑)



彼がよく言う。



『俺は、できない事は最初から言わない』



はっきりした性格の人。



『中途半端な事も言わない


駄目なものは駄目
無理な事は無理


浮気はしない


もし俺がそんな事したら、それは涼子に愛情がなくなったからできるんだ


やるなら隠す気なしで堂々とやる


だからバレて取り繕う事も絶対にしない


涼子がよっぽど豹変しない限り、俺が涼子に冷める事はないから(笑)


できない事は言わない主義だから、俺が自分で決めた事は自分でしっかり守る


浮気はしないと自分が口にした以上、俺は絶対に裏切る事はしない


それにもう…


そんな思いはさせたくないよ』



仕事柄か、いつもニコニコ笑顔の彼しか知らなかった私。



本当の彼は自分に厳しく、はっきり物を言う人。



ちょっとづつ素顔の彼を知っていくのは、プレゼントの箱を開ける時のワクワクした気持ちに似ていた。

No.229 12/02/01 18:26
きら ( ♀ sdWbi )



~♪♪♪



(あっちゃんだ!)



メールを開いて驚く。



西田からだった。



何の用があって私にメールしてくるのか…



その内容に閉口した。



ーーー


今日和也さんが初めて言ってくれました


『元気な子を産んでくれ

俺が面倒みるから』


私…すごく嬉しくて…


5月いっぱいで退職します


経済的にも厳しくなるので和也さんの言葉に甘えてしまう事をお許し下さい


黙っていても金銭が絡むと奥さん抜きでは無理な話だと思い、こうしてメールしてしまいすみません


和也さんに奥さんには言わないように言われたのですが、それはできないと思ったので…


今まで勝手ばかりして奥さんを傷つけて苦しめた事を心からお詫びします


最後は子供まで作ってしまって本当にごめんなさい、ごめんなさい


和也さんはパパではあるけれどお腹の子は私の子なんです


私が愛情持って育てていく


和也さんにはほんの少し頼ってしまいますが、そこだけはどうかご了承下さい


離婚はしなくて構いません


産まれたら月に一度でいいので、パパを貸して下さいませんか?


本当に勝手ですよね💦


今舞い上がってしまって、うまくまとまらないですが奥さんに一言お詫びとお礼が言いたくてメールしました


本当に今まですみませんでした


これからも長い付き合いにはなると思いますが宜しくお願いします


ーーーEND



読み終わって思ったのが…



「は?」



だった。

No.230 12/02/02 00:31
きら ( ♀ sdWbi )



俺が面倒みる?


離婚はしなくて構わない?


長い付き合いになる?



この2人…


本当に冗談抜きで馬鹿なんじゃないだろうか…


面倒みるってどうやって?


離婚しなくて構わないってなんで私があの女に上から言われてるの?


長い付き合いになるって
馬鹿にするのも程がある。


もう本当に勘弁してよ。


2人で勝手にやってよ。


狂った2人に私を巻き込まないでよ。


こんな状況やっぱり無理なんだよ。


いくら子供の為に我慢すると言っても限界がある。


そんな事でいつまでも言い争うのはもう御免だ。



西田のところに行けばいい。


この日を境に、私は具体的に離婚話を夫と毎日のようにするようになる。



夫はこんな状況下でも嘘ばかりだった。



「勝手にあいつが言ってるんだろ

どうやって面倒見るって言うんだよ」


「じゃあ彼女の言ってる事は全部嘘で自分には身に覚えがないと言う事なのね」


「……そうだよ」


「ねぇ教えてくれない?

なんでそんな頑なに離婚しないって言うの?

別れても子供達に会いたかったらいつでも会えばいい

こんな壊れた夫婦関係を維持していくより、彼女といた方があんたもよっぽど幸せになれるよ」


「あいつとは無理だ

一緒になりたいとはどうしても思えない」


「それが離婚しない理由?

西田はだめだけど一緒になりたい人が現れたら離婚を考える

そういう事?」


「そんな訳ないだろ」


「自分がやってる、事の重大さわかってる?

あんたの子が他で産まれるんだよ?

もう嘘で逃げられない問題なんだよ?

いつまでもそんなだらしない態度してんじゃないよ!」



煮え切らない夫と話せば話すほど苛々は募り、話は何一つ進展しないまま5月に入って西田は退職した。

No.231 12/02/02 00:35
きら ( ♀ sdWbi )



世間はゴールデンウィークの真っ只中で、どこもかしこも人で溢れている。



そんな人混みから離れ海沿いにある小さなペンションの一室で絡み合う男女。




「…ん…ぁあ」



「愛してるよ…」



「私も…ぁ…ぁ…ん」



身体中の細胞が歓喜して躍り上がるように満ちていく女の私。



慈しみながら優しく包み込むように、私の全身に舌を這わせる彼の愛撫に素直に反応を示し潤う。



愛されてる実感を身体中で感じ、彼は私の中にゆっくり入ってきた。



お願い…


もっと愛して


もっと私を欲して


もっと強く抱きしめて



突き上げる彼の身体にしがみつき、溢れる蜜で私は溶けてゆく…



涙が出るほど愛しくて…


涙が出るほど幸せで…



何度も何度もキスをした。




―――――――――




「あっちゃん


愛してる」



「俺も愛してるよ


もう離したくないな…」



「私も…離れたくない」



窓を少し開け、壁にもたれて座る彼の足の間にちょこんと座る。



私のお腹に回す彼の手に触れながら2人で波の音を聞いていた。



静かに流れゆく時の中は、愛に満ち溢れていて背中に彼の温もりを感じ幸福に包まれながら、私はいつのまにか眠りに落ちた。

No.232 12/02/02 01:32
きら ( ♀ sdWbi )



目が覚めて時計を見たら深夜の3時。



彼の腕枕で眠っていたようだ。



眠っている彼の顔をしばらく見ていた。



幸せは手に入れると霞んでしまうのだろうか…



なんで私は裏切られてばかりなんだろう…



男にとって私は鬱陶しくなる女なんだろうか…



あっちゃんにもいつかそう思われる日がくるのだろうか…



離婚しても、もう結婚はするつもりはない。



子供もいるしお互いの距離を保ち、ずっといい関係でいたいと思っている。



形には拘らず尊重しあって信頼しあって、お互いを必要としていけるようなそんな関係でありたい。



もし一緒に暮らすとしたら怜奈が独立した後、2人で静かに暮らせばいい。



そんな先の事までぼんやり考えてたら彼の目が開いた。



「どうしたぁ?」



「ちょっと目が覚めただけだよ


明日は早く帰らなきゃだし寝なくちゃね」



「怜奈ちゃんの迎えあるんだよね

ここを8時に出れば間に合うよ

もうちょっと寝よう」



「うん!」



キスをして彼の胸に包まれるとすごく安心して気持ちが落ちつく。



すぐ彼の寝息が聞こえてきた。



(クスッ 本当に一瞬目を覚ましただけだったのね)



ここに着いてから海を歩いたくらいで、あとはずっと部屋の中で2人で過ごしてた。



決めて来た訳ではなくそういう流れになって来た。




怜奈が部活の合宿で1日泊まりでいない為、本当は夜飲みに行くつもりだった。



恵美は連休に入り彼と出かけるから泊まりになるとメールが入り、家にいなくても平気で気兼ねもしなくていい状況になりドライブしながらここにたどり着いたのだ。



夫は知らない。



どこかに出かけて行ったけど、聞きもしなければ私も何も言わずに出て来てる。



そんな事もうどうでもいいのだ。




寝てるのにあっちゃんの腕に力が入った。



幸せいっぱいの中で私も眠りにつく。




あっちゃん



大好きだよ



おやすみなさい


No.233 12/02/03 08:09
きら ( ♀ sdWbi )



5月下旬
ある土曜日の朝。



自分のケータイの送信メールを見て私は愕然としていた。



深夜2時頃に、送った覚えのないメールが5通、夫に送信されている。



必死に夕べの記憶を辿る。



昨日は久しぶりに友達と飲んで23時頃帰宅。


お風呂から上がりベッドに入る頃、夫が帰宅した。


若干酔いが回ってる私は眠かったが、食事だけ出して無言で寝室に入った。


眠い目を擦りながら、おやすみメールを入れようと彼の受信メールを開き…



返信ボタン…?



そこから記憶がない。



夫にバレた…



メールを開きっぱなしで眠ってしまったのだ。



私はひどく動揺した。



夫は、彼からの受信メールは転送していない。



私が彼に送ったメールだけをいくつか抜粋して自分に送信している。



それは私と彼が深い関係である事がわかる内容のものばかりだった。




「あっちゃんどうしよう」



私は彼に電話をしていた。



「どうした?」



私は動揺が隠せずつっかえつっかえ吃りながら経緯を話した。



「俺、旦那さんから電話きたら言うよ」



「だめ!何も言わないで

お願い

電話には出ないで」



私は自分がなぜこんなに動揺しているのかわからなかった。



今思えば…



私の非が見つかると
夫に何も言えなくなる。



離婚もできなくなる。



あの異様な場所にまた戻らなければならない。



そう感じてたように思う。

No.234 12/02/03 08:10
きら ( ♀ sdWbi )



怒りが我慢できない夫の性格上、メールを見た時点で激怒するはずなのに…



てめぇも同じ事してるくせに偉そうな事言ってんじゃねぇよ!



そう思ってるに違いないのに。



朝5時頃目が覚めた時
夫の姿はなかった。



仕事で早く出掛けたと思っていたけど、もしかしたら夕べのうちから居なかったのかもしれない。



ずっと言われっぱなしだった夫は今、何を思っているのだろう…



西田。


彼女が知ったらどう思うのか。



自分には何ひとつ非がないような顔をして正論を振りかざしてきた私。



最低。


そう思うだろうな…



私がこうなったのは夫のせいだと、どこかでずっと思っていた。



自分を正当化させないにしても、言い訳には十分すぎる材料だった。



やっぱずるい自分。



後ろめたい気持ちに蓋をして、現実逃避をしていただけだったのか…



私の裏切りを知った夫が、何も言ってこないのが逆に不気味で怖く、私の思考を混乱させていた。

No.235 12/02/03 08:33
きら ( ♀ sdWbi )



コールするが出ない。



夫は仕事中だから、電話は一度だけにして連絡を待つ事にした。



動いてる方が気が紛れると思い、布団を干したり家事をしていたら少し落ちついてきた。



ふと脳裏によぎる。



逆に言えば、これで離婚が一気に進むかもしれない。



自分の事は棚に上げて私の裏切りは許さないだろう。




私は私で浮気相手に子供ができて、それでもいい加減な夫の態度に愛想が尽き、愛情もなくなっている。



好都合ではないか。



だけど…



怜奈の事を考えると胸が痛む。



何も知らない怜奈は父親を慕い、夫も溺愛している。



だから怜奈が卒業して独立するまで離婚を先延ばしにした。



それでもやはりこの状況に我慢の限界を感じた私は、離婚を強く望むようになっていた。



いろんな考えが交差したが最終的には別れるのが一番いいと私は思った。



責められたっていい。



私はもう逃げない。



きちんと離婚に向けて夫と話そう。





振り向いたら




もう




吊り橋はなかった。

No.236 12/02/03 18:11
きら ( ♀ sdWbi )



「俺にお前を責める資格ないよ」



意外な言葉に私は戸惑っていた。



1日連絡がなく23時頃帰宅した夫。



リビングには行かず寝室に入り、夫は煙草に火をつけベッド脇に腰掛けた。




「あのさ…」



私が言いかけた時にそう言ってきたのだ。



「らしくないね

本当にそう思ってる?」



「ショックだった…」



「え?」



「ショックなのが正直な気持ちだ

まさかお前がそんな事するとは思ってもなかった」



なぜだろう…



夫の言葉に痛みを覚えた。



愛情はなくなってるのに、どう思われてもいいはずなのに、体を丸めて煙草を吸う夫の姿が小さく見えたからだろうか…



「言い訳はしない

あんたを裏切ったのは事実だからさ」



「そりゃ誰だって嫌になるよな…

俺のやった事は最低だ

こんな俺は愛想尽かされて当然だよ…」



頭を抱え声もどんどん小さくなり、まるでらしくない夫の態度。



今にも泣き出しそうな顔を見てると、なんだか可哀想になってしまった…



だめだめ!



馬鹿な私はもういないの!



一時の情に流されない為にも、私は気を強く持ち平然とした顔で言った。



「私達…


夫婦として完全に終わったね


もう一緒には暮らせない


ちゃんと別れよう」

No.237 12/02/03 18:13
きら ( ♀ sdWbi )



夫は何も言わずじっと一点を見つめたまま動かずにいる



私はドレッサーの椅子に座り、長い沈黙が続いた。




「俺…」



夫が口を開いた。



「俺本当に別れるから


勿論西田と


だからお前も男と終わらせてくれ」



何言ってんの…?



まだそんな事言ってんの?



言葉にならない私に夫は続けた。



「俺への当て付けだろ?


優しくされて勘違いしてるだけだ


寂しさに付け入り遊んだ事がないお前は男にとっては簡単で騙されてるんだよ


全部お前の勘違いなんだ」




体が…



震えた。




「当て付けで浮気するならとっくの昔にやってる


それで楽になれるんだったらいくらでもやってるよ


私の気持ちなんか何一つわかろうとしなかったくせに


私がどんなに歩み寄ろうとしてもシカトしたくせに!


ねぇ?私が今までどんなに辛かったか惨めだったかわかる?


どれだけあんたを欲してたかわかる?


涙が枯れるほど泣いても、喉から血が出るほど叫んでも、あんたは私を無視してあの女を抱いていた


欲求不満
干からびる前に死ね
産まれてから涼子に言え
長い付き合いになる


どれだけ私が西田から屈辱を受けてきたかわかる?


自分の女房がそんな思いさせられてるのを知っても、西田と別れなかった


人の痛み知ろうともしないで何も知りもしないで勝手な事ばっか言わないでよ!


私の勘違い?


それでも私は彼が好き


本気で好き


笑いたければ笑えばいい


あんたの言う通り騙されてたとしても、こんな地獄にいるより百倍マシ…


西田が言ってたね


お腹の子はあんたにも私にも邪魔はさせないって


私も同じ事言う


彼との事はあんたになんか絶対邪魔させない!


私は彼の言葉を信じる




もう…



あんたなんか



いらない…」

No.238 12/02/04 19:19
きら ( ♀ sdWbi )



エンジンをかける音が聞こえる。



夫は無言で出て行った。



興奮していたのか手のひらが汗でじっとりしている。



私は立ち上がり
大きく深呼吸をした。



これでいいんだ…



浮気相手は夫の子供を産むし、私も夫以外の人を愛してしまった。



私が彼と終わらせ我慢して家庭を維持させたとして、それが子供達にとっていい環境だとはどうしても思えなかった。



産まれた我が子を慈しみ、頻繁に会いに通う夫の姿を想像する。



何も知らない子供達にも今まで通り普通に接する父親の顔。



異母兄弟。



私達親子を無視した
西田の幸せそうな顔。




自分が壊れてゆく恐怖…





離婚しても子供達に会いたければ会えばいい。



大変でも子供と3人で暮らす方が精神衛生上どんなにいい事か…



どう頑張っても夫の言葉が一切信用できないこの状況はもう無理だった。



私を大きく前進させてくれた彼の存在は確かに大きい。



だが…



それを抜きにしたとしても私達夫婦は既に修復不可能なところ迄きていたのだ。




後悔はなかった。

No.239 12/02/04 23:16
きら ( ♀ sdWbi )



日曜日。



朝になっても夫は帰宅しなかった。


西田と一緒にいるのだろう。


夫の外泊はもう当たり前になっていたから気にも止めなかった。



彼に電話をかけた。



「大丈夫?!」



心配する彼の第一声。



「心配かけちゃってごめんね

大丈夫だから」



「俺のところには電話もメールもなかったけど…」



「番号とか控えたと思って夫の性格からして、キレてあっちゃんに電話するかと思ってたんだ」



「昨日話したの?」



「うん…

私の予想に反して自分が悪かったって言ってた

でもその後喧嘩しちゃって出て行ったよ」



「喧嘩か…」



この時、彼に昨日の詳細を言わず喧嘩をしたと伝えた。



「心配かけてごめんね」



「俺はいいけど涼子ばかり嫌な思いさせるのはやだよ

俺が出て行ったらまずいのかな?」



「ごめん…

大丈夫だから」



「…そっか」



しばらく沈黙が続いてしまう。



「あっちゃん今日は何するの?

お掃除の後、昼酒かな?笑)」



私はなんだか重い空気を変えようと、いつも通りの会話にもっていった。



「涼子」



「ん?」



「俺は涼子のただの浮気相手だとは思ってない

そんな軽い気持ちで涼子と付き合ってないから

涼子に負担をかけたくないから今まで言わないようにしてたけど」



「あっちゃん…」



「俺は誰よりも涼子を愛してるし守ってやりたいとも思う

旦那さんにバレて身を潜めるような間男になるつもりもない

俺にその覚悟がある事だけはわかってほしい」




彼の声は真剣その物だった。

No.240 12/02/04 23:19
きら ( ♀ sdWbi )



彼が続ける。



「俺自身、家庭ある女性を好きになるとは思いもしなかった


涼子が器用に遊ぶ女性だったらきっと好きにはなってない


辛い状況でも旦那さんを一途に思う気持ちにいつからか惹かれていた


だから涼子が好きだと言ってくれた時は躍り出したい程嬉しかった」



彼の言葉にじっと耳を傾ける。



「最初は寂しさからそうなったとしても、今は涼子が俺を想う気持ちに嘘はなく真剣だと信じてる


怜奈ちゃんに寂しさを感じさせないように、今までと同じく会う時間が少なくても、そんなのはいくらでも我慢できるし合わせる事もする


だけど旦那さんに振り回される涼子はもう見たくないし我慢できないんだ…」



「あっちゃん…」



「決して焦らせてる訳ではないけど…


俺の本気をわかってもらいたいたかった


だから…旦那さんの事では我慢できなくなってる自分がいて、ついこんな事言ってしまった


今までは負担になると思って言えなかったんだ


俺、涼子と会う前の自分にはもう戻れないな…」




なんだか自分が中途半端な人間に思えて彼に申し訳なかった。



「あっちゃん本当はね…


昨日…」



私はここで昨日の事を話した。



「そうだったんだ…


言ってくれたらいいのに」



「ハッキリしてから伝えたかったから…


今まで色んな事話しても決めても、いつも何かしらでなかった事になったりしてたからさ


だからきちんと形にしてから言いたかったし、そんなんであっちゃんを振り回したくなかった


…ごめんね」



「いや、俺こそごめん


自分の気持ち押し付けないなんて言ったくせにね


ちょっとだけ我慢できなくなってしまった」



「ううん。あっちゃんは本当に大人だよ…


私なんてすぐ感情的になってしまうから…


少し見習わなきゃ」



「俺には暴言吐かないでね?」



「暴言吐かせるような事しないでね?」



2人で笑い、この後少し話してから電話を終えた。





まさか…



あんな事が起きるなんて…



この時は想像すらしてなかった。


No.241 12/02/05 01:01
きら ( ♀ sdWbi )



恵美は外食してくるとの事で怜奈と2人で夕飯を終えた後、テレビを観たり怜奈とふざけたりして過ごした。



怜奈が寝て私がお風呂から上がり22時を回った頃、玄関で鍵を開ける音がして夫が帰って来た。



なんだか夫は疲れた顔をしていた。



洗面所でドライヤーをかけ髪の毛を乾かしてからリビングに行った。



夫はケータイをいじってる。


メールをしてる風に見えた。



堂々とやるって事は腹を決めたのか…



そんな事を思ってたら、夫がケータイを差し出し言った。



「ほら、見ろよ

暗証番号○○○○だから」


「は?なんで?」



夫の意図が何なのか全くわからなかった。


「見ていいから」


「別に見たくないし何言ってんの?

意味わかんないんだけど」



「男とも別れなくていいし付き合ってろよ」



なんなの…



ヤケになってるのか…



「つか、離婚の話


ちゃんと進めたいから」



「明日紙貰ってこいよ

書いてやるからよ」



完全にヤケになってる。


そう感じた。



「そんな態度しないでさ

きちんと向き合うとこは向き合って話さないとだめじゃん」



「どうせ俺が何言っても信用できないんだろ?

俺がどう言ったって無駄なんだよな

その男が好きなんだろ?

だったらその男に面倒見てもらえよ」



駄目だ…



今は話にならない…



ぶつぶつ何やら言ってる夫を無視して私は寝室に入った。



あー!もう!!



なんなのあの態度は!



苛々してなかなか眠れなかったが、色々考えてるうちにいつの間にか眠っていた。

No.242 12/02/05 01:03
きら ( ♀ sdWbi )



朝方4時頃目が覚めた。



夫の姿がなくリビングに行くと明かりはついたままだった。



トイレのドアの小窓から
電気の明かりが漏れている。



人影が見えたので夫がトイレに入ってると思った。




「?」



なんだか小窓から漏れる明かりが不自然な気がして、私はトイレのドアを開けた。





必死だった。






頭で考えるより手が先に出ていた。





本当にそれは刹那的で…




一瞬の事だったのに




スローに感じた。







夫が首を吊った。

No.243 12/02/05 09:17
きら ( ♀ sdWbi )



私は泣きじゃくっていた。



夫の背中を叩きながら
叫ぶように言っていた。



「何してんのよ!


あんたがそんな事していいと思ってんの!


思ってん…のぉ…ウッ…ウウ


わぁあああああ」



夫は顔を真っ赤にして噎せかえり、えずいてはいたが命に別状はなかった。




今思い出しても体が震える光景。




ドアを開けたと同時に夫が上から落ちて来た。



天井の電球のコードにネクタイを巻き付けて首を吊った夫。



体重の重みで伸びた電球のコードを、私は咄嗟的に力任せに思いっきり引っ張った。



それは本当に一瞬の事だった。



よく瞬間的に手が伸びたと本当に本当にそう思う。



多分落ちてきたと同時ほどの早さ。



その一瞬の中でも、白目を剥いた夫の顔は今でも目に焼き付いて離れない。



火花を散らしショートした電球のコードは私の肩位まで伸びきり、夫は苦しさから無意識に掴んだのかドアの上に設置していた棚が落下してトイレの中は散乱した。




私が目を覚まさなかったら…



あと何分か遅ければ…




考えただけでも恐ろしかった。




ガタガタ震える体。




腰が抜けたように、
その場に座り込んだ。

No.244 12/02/05 09:20
きら ( ♀ sdWbi )



「俺なんか…俺なん…か


生きてても無駄な人間だ…


お前に愛想尽かされ…


生きてたって…クッ


ウウ…ウウゥ…」





私がここまで夫を追いつめた…




さっきの光景が目に焼き付いて…



恐ろしくて…



恐ろしくて…



悲しかった。




私が…



私が夫をここまで追いつめてしまったんだ。



今までされてきた事の悔しさから、私はまるで仕返しでもするかのように言い放った夫を突き放す言葉。



裏切られるその辛さは自分が一番知ってたはずなのに…



自責の念にかられる。




私は他に言葉が見つからず泣いてる夫に自分も泣きながら言った。




「もうやめるから!


彼とはもう会わないから!


あんたはどんな事しててもいいから


お願いだから


こんな事しないでよ…


お願い…


しないでよぉ……」




「ごめん…ウッ


本当にごめん…ウウ…」




夫の背中に頭をつけて
2人でずっと泣いていた。

No.245 12/02/05 09:22
きら ( ♀ sdWbi )



私は仕事を休んだ。



夫も休むつもりでいたが、社長から電話がありトラブルもあって行かなくてはならない。



玄関先で夫が言った。



「本当にごめんな…


もうあんな馬鹿な事はしない


俺本当に気持ち入れ替えるから


だから…


とりあえず行ってくるよ」




「気をつけてね

いってらっしゃい」




だから…の、あと




わかってるから…




子供達が起きる前にトイレを片付けた。



延びきったコードはどうする事もできず業者に頼むしかない。



「どうしたのこれ?」



当然不思議に思う恵美に聞かれて、電球が切れて取り替えようとして引っ張ってしまったと誤魔化した。




子供達が出掛けたあと、リビングのテーブルの椅子にもたれ掛かるように座った。



再び恐怖が襲ってきて体が震える。



夫を助けろと何かが私を導くように、あの時間に目が覚め、起き上がったのは不思議に思う。



いつもなら明け方に目が覚めても時計を見る程度で、またすぐ寝てしまうのに。



なぜかさっきはトイレだった訳でもないのに、起き上がったのか本当に不思議だった。




でも…



目が覚めなかったら…



目が覚めたとしても
起き上がらなかったら…



今頃…



激しく頭を振った。




~♪♪♪



「あっちゃん…」



―――


おはよう☀


ぐっすり眠れた?


昨日は旦那さん帰って来たのかな?


何でもそうだけど1人で考えたら駄目だよ✋


涼子はすぐ凹むし(笑)


今日は天気いいね


お互い頑張ろう❗


いつも涼子の事思ってるよ😌


―――END




涙が溢れ落ちる。




あっちゃん!



あっちゃん!



あっちゃんが好き!



誰よりも愛してる!





あっちゃんが…



好き…




でも




ごめん…





こんな私で





ごめんなさい…

No.246 12/02/08 07:37
きら ( ♀ sdWbi )



泣き腫らして放心状態。



気づくとお昼になろうとしていた。



マナーにしたケータイがチカチカ点滅している。



開くとメールマークが表示されていた。



あっちゃんに返信はしていなかった。



きっと心配してる…



なんて返せばいいのか…



ブーブーブー…



急なバイブの音で心臓が止まる程驚いた。



着信を見てまた驚く。



あっちゃんだった。


私が会社を休んでるのは知らないはず。


私の仕事中に電話をかけてくる事も今まで一度もなかった。



ブーブーブー



心配の度合いが伺い知れた。



あっちゃん…




あっちゃんの声が聞きたい!



今すぐにでも会いたい!



そして…



抱きしめられたい…




こんなに彼が好きなのに



こんなに彼を欲してるのに




封印しなくちゃいけないの…?




彼の気持ちは…



私の気持ちは…



どこに持っていったらいいの…




これが罰なのか。



夫以外の人を愛し
弱い自分が招いた罪。




神様…



私はどんな罰でも受けます…



お願いします…



彼を傷つけないで…



私を憎ませて下さい…



最低な女だと心底憎ませたのち、一瞬で私の存在を彼の記憶から消し去って下さい…



私は自分の罰を受け入れます。



地獄の底で、彼を求め想い続ける苦しみこそが…




私の罰…

No.247 12/02/08 07:38
きら ( ♀ sdWbi )



午後3時
ある公園の駐車場。



私は彼の車の助手席に座っていた。



沈黙が続く車内は
重い空気が漂っている。



「旦那さん…」



あっちゃんの声に体が小さく反応した。



「無事で良かったと思う


これが最悪の事態になってたら涼子は今以上に自分を責める


そっちの方が俺は辛い…」



罵倒された方がどんなに楽だろう。



彼の優しさが胸に突き刺さる。



「誰だってそんな場面に直面したら動揺するし、俺も涼子の立場だったら同じ事を言ったかもしれない」



「あんな事するなんて…


一瞬でも、白目を剥き、苦しむ夫のあの時の顔が目に焼き付いて離れない…


あんな…


なんであんな事…」



少しでも思い出すと体が震えた。



「だけど


旦那さんは


ズルいな…」



前を見つめ、いつも冷静な彼が語気を強めて言った。



「どうしてこうなる前に涼子の気持ちに気づいてやれなかったんだ!


どうしてそれでまた涼子が苦しまなくてはならないんだ!


どうして解放してやらないんだ!」



「…ごめんなさい…ウッウッ


本当にごめんなさい」



「涼子が悪いんだったらいくらでも責める事ができるのに…


今腹が立って仕方がない


いくら酷い男でも涼子の旦那さんだから言うのを控えてたけど、旦那さんがずるくて汚い人間にしか見えないよ


言い方悪いかもしれないが俺もそこまでいい人にはなれない」



「あっちゃん…


ごめん…ウッ


ごめんね」



「謝らないでくれないか


謝られると俺との事を否定されてる気になる


俺と涼子は浮気なんかではない…


お互い真剣だったんだ」



「…あっちゃん


あっちゃん…


あっちゃん!」



彼に抱きついた。

No.248 12/02/08 07:40
きら ( ♀ sdWbi )



「あっちゃん怖い…


怖くて怖くてたまらないの


またあんな事されるのも怖い


狂った日常に戻るのも怖い


あっちゃんがいなくなるのが怖い…


どうしたらいいの?


私どうしたらいいのかわかんない…ウウ…」



彼は抱きしめながら
私の頭を撫でてくれた。



数分そうしたのち、迷いを感じさせない声でゆっくりと話し出した。



「現場を目撃してしまったのだから、また同じ事されたらと怖くなって当然だよ


でもその旦那の行動で自分を責めるのは違うよ


涼子の目を他に向けさせたのは、他の誰ではなく旦那自身なんだよ


涼子は旦那を一途に想って家庭を元に戻そうと必死に努力してただろ?


それを見ようともせず傷つけるだけ傷つけておいて、手元から離れそうになると究極の行動を起こした


涼子の幸せは何一つ考えてなく、そういう行動により涼子がどう思うか予測し縛り付ける。


全てが自己中心的


俺と終わらせようとしてるのも涼子の意志ではない


だから腹立たしいんだ


自分を責める必要は一切ないと俺は思う


だけど最終的には涼子自身が考えて決めるしかない


中途半端な事をしても涼子がきつくなるし、それを見てる俺も辛い


俺にとってどんな最悪な結果であっても、それが涼子の意志であるならば、俺はその現実をしっかり受け止め、そして潔く諦めよう」



「あっちゃん…」



「俺は今、無理やり涼子を人生の分岐点に立たせたのかもしれないね


このまま俺と終わるにしても涼子が幸せになるとはどうしても思えなく、だからと言って子供もいるし無責任な事も言えない


だから…


どっちに進むかは涼子が自分で決めるんだ


その代わり選んだ道を信じて進み、もう後ろは振り向かない事


振り向いてたら涼子が幸せになれないから


焦らなくてていい


ゆっくりでいい


だから絶対に後悔しない道を選んでもらいたい」




彼の手を握り私は泣いた。



彼の優しさ強さが身に染みて、どう言葉にしていいのかわからず彼の手を強く握り泣いていた。

No.249 12/02/08 07:41
きら ( ♀ sdWbi )



「どんなに時間がかかってもいいからさ


ゆっくりよく考えて決めて欲しい


こんな状況になってしまったから、今までと同じではケジメがつかないのと中途半端な事もしたくないから俺からは連絡はしない


それは俺が真剣に考えてると取ってもらいたいな…」



「うん


あっちゃん…ありがとう」



「だからと言って辛い時は辛いと吐き出すんだよ?


苦しくてどうしようもなくなったり泣きたい時も一人で抱え込まないで連絡してきて欲しい


俺は涼子に毎日笑顔で過ごして欲しいと思ってる」




あっちゃんはやっぱり大人だ…



彼も辛いはずなのに、
私の気持ちを優先する彼。



私ももう甘えてたらいけないと思った。



自分できちんと考えなくてはいけないと思った。




楽園を信じ橋を渡った先は茨の道だった。



無傷では通る事など出来ない。



傷を追いながらも前に進まなくては、そこから抜け出せない。



抜け出した先にあるのは分かれ道。



どちらの道に進むのか、それを決めるのは彼の言う通り自分でしかないのだ。



後悔しない為にも流されず自分が選んだ道を信じ、振り返らずしっかり前を向いて歩いていきたい。

No.250 12/02/08 17:47
きら ( ♀ sdWbi )



夫は21時頃帰宅。



「おとーおかえり~
今日は早いんだね!

お母さん!お父さん帰ってきたよ~」



洗濯物を室内に干してた私に大きな声で言ってる怜奈。



「今日は早く終わったんだよ。怜奈、日曜日どっか行くか」


「日曜は部活で練習試合あるんだもん

でも3時頃終わるよ!」


「お父さんが送り迎えするから終わったらイ○ンでもブラブラしようぜ~」


「やった!怜奈洋服欲しかったんだぁ」


何事もなかったように父娘は今まで通りの会話を交わしていた。



「先お風呂でしょ?」



私も何事もなかったような顔で聞く。



「うん。入ってきちゃうよ

怜奈お父さんのパンツとパジャマ取ってくれ~」


「やだぷー(笑」


「服買ってやんねーぞ」



いつもは私が当たり前のように出す着替えを怜奈に頼んでる夫。



違和感。



やっぱお互いで感じてる。



夫がお風呂に入ってる間にいつも通りご飯を温める。



「今年の旅行はどこ行こうかな~」


怜奈が言う。


「旅行、行きたい?」


「行きたいよ!美味しい物食べられるし楽しいし~」


「そっか。そうだよね」



怜奈に冗談っぽく聞いてみた。



「ねぇねぇお母さんとお姉ちゃんと怜奈の女3人で行くってどう?」


「ええ!おとーは?
かわいそうじゃん!」


「怜奈はおとーがいなかったかったらやなんだ~」


「嫌に決まってるじゃん

あ~さてはお母さん!

お父さんに何かムカついた事あるんでしょ!

また好きなアイス出せば機嫌直るって!」


「アイスはまだ時期が早いでしょ(苦笑」


「おとーは冬でも食べるじゃん!

お母さん達はいつも仲良しだから、たまに喧嘩もいいね~どっち強いのかなぁ」


「そりゃお母さんに決まってるでしょ(笑」


「わかる気がする~」




こんな状態でも、怜奈から見て両親は仲良く見えてるんだ…



見せてた…が正解か。



はぁ…


温めてるお味噌汁の鍋の前で怜奈に聞こえない溜め息をつく。




まずは話そう…




うん。




きちんと夫と話しをしなくては。

No.251 12/02/13 17:53
きら ( ♀ sdWbi )



読者の皆様へ


急きょ入院になってしまいしばらく更新する事ができません…


ちょっと長引きそうなので時期は今のところまだわかりませんが、回復してからまた✏したいと思っております。


応援頂いてる皆様に大変申し訳なく思っております
m(__)m


本当にすみません。

No.252 12/02/21 08:27
きら ( ♀ sdWbi )



読者の皆様へ


おはようございます✨


皆様に色々心配かけてしまって申し訳ございません。


先週手術を受けて昨日辺りからようやく動けるようになりました。


順調にいけば週末には退院できるとの事なので回復次第また✏します💦


応援して頂いてる皆様に、心配とご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません😢


もう少々お待ち頂けますよう宜しくお願いします。



暖かいコメントありがとうございましたm(__)m

No.253 12/02/26 10:20
きら ( ♀ sdWbi )



「彼女に産むように言ったんでしょ?」


「……」


「もう嘘や誤魔化しはきかないから本当の事を話そうよ」



半分も食べてない食事。


夫が煙草に火をつけたところから話し出していた。



「お前は…


どうなった?」



伏し目がちに夫が聞き返してきた。



「彼とはもう連絡は取らない


辛い時は誰だって逃げたくなる


勿論、私も含めて…


それがどれだけ人を傷つける事か…」



一瞬込み上げてきそうな熱いものをぐっと我慢して続けた。



「逃げてるだけでは何も変わらないし、そんな中途半端はもう許されない


それでも欺き通すなら
本当にもう終わりだよ…


私に嘘はひとつもない


それを十分理解して覚悟を持って話してもらいたい」



夫に言ってる自分の言葉が痛かった。


彼に終わりを告げてるようで悲しくて泣き出したかった。


でも、自分が冷静に判断しなければ彼の思いが無駄になる。


夫の真意を知った上で
私はしっかり見極めたい。


人に導かれるのではなく、進むべき道を自分自身で選択し、前を見て歩いていく為にも逃げてはいけないんだ。


だから、どんなに辛くても彼に連絡はしない。



そう固く決心していた。



私の毅然とした態度に
夫の顔も真剣になった。



No.254 12/02/26 10:21
きら ( ♀ sdWbi )



「あいつの勢いに負けて…

産んでくれと言ってしまった」


「面倒見るとも言ったんだよね?

どうするつもりで言ったの?」


「ごめん…それもつい…」


「ついって…

ひとつの命がこの世に生をうけるという状況で、その気もないのに言ったという事?」


「……」


「あんたの真意を聞かせて

どうしたいのか、どうしようと思ってるのか、包み隠さず本当の気持ちを話してよ」



夫は椅子にもたれていた上体を起こしてから言った。



「俺は…

家庭は失いたくない

あいつの事もただの遊びで良かった

子供も望んでないんだ

だけど…

あいつに泣いて懇願されたら突き放せなくて、つい…言ってしまった」


「つい、では済まされない問題なんだよ?

こうなったら腹をくくって一緒になって子供を育てていく覚悟はないの?」



「本当にそれはない…

だけど子供の話をしてる時の嬉しそうな顔を見ると邪険にする事もできなくて」



優しさを履き違えている夫に溜め息を覚える。


これ以上は責めるだけになりそうなので少し話題を変えた。



「もうお腹も目立つだろうしどこで会ってるの?」


「あいつ部屋借りたんだ

1人は寂しいから来てほしいとよく言ってる」


「仕事辞めたのに部屋なんか借りて、子供も産まれるのにどう生活していくの?


彼女の親は妊娠の事知ってるの?」


「ああ…


俺が父親だというのも知ってる」



「え?」



「この前母親と会ったから…」





…驚いた。




まさか親に会ってるとは思ってもいなかった。

No.255 12/02/26 10:22
きら ( ♀ sdWbi )



「その時の事をきちんと話して」



「日曜日あいつの部屋にいたら母親が突然来た

その時にあいつ
俺が父親だと言って…

家庭がある事も話した」



「お母さんはなんて?」



「由美がもうちょっと若かったら反対してる

だけどこの娘は年齢的にも子供を産む最後のチャンスかもしれない

だから無下に諦めろとは言えない

1日も早くきちんと俺の方を整理して由美と一緒になれって」



「は?」




私は絶句した。



親というものは普通そんな場面では、男を怒り、娘を怒るんじゃないの?



不倫だよ?


その末にできた子供だよ?



それを最後のチャンスとか私達の事はとっとと捨てて娘と一緒になれとか、余りにも非常識では…?



親には会った事はないけれど、この親にしてこの子ありと思ってしまった。



黙ってる私に夫が続けた。



「否定できない状況で、わかりました。と言ってしまったから、俺が離婚して一緒になると2人に思い込まれてしまって…」



………………。



言葉を失うとはこういう事だ…



「お前に男がいるのを知った時物凄くショックだった


全部自分が蒔いた種で自分が悪いのも十分わかってる…

てめぇのいい加減さにマジで嫌気がさした


色んな事考えてたら、もう何もかも嫌になってあんな事をしてしまった…」




一瞬体が身震いする。



あの光景が蘇る。



全て夫の優柔不断が招いた結果であり自業自得。



と思っても



またあんな事をされたら…



強く言う事ができない。



呼吸が乱れる。



落ち着かせてから夫の目を見てゆっくり言った。



「あんたの優しさ残酷なだけで本当の優しさではない


相手にとって、辛い事も言いにくい事も言わないと、誤魔化すだけでは余計に傷つけるんだよ?


その気がないならなおのこと…


それで私もずっと傷ついてきた


あんたはその場しのぎの繰り返しで、結局は自分を守ってるだけなんだよ」



「…そうだよな」



夫は椅子にもたれ掛かり項垂れた。

No.256 12/02/26 10:36
きら ( ♀ sdWbi )



お互い無言。



しばらく沈黙が続いた。



私は考えていた。



夫は離婚はしたくないと言う。


彼女とも一緒になるつもりもない。


でも子供は産まれてくる。


西田と母親は私と離婚して一緒になれると思っている。


何も知らない子供達。




こんな状況…


どうやったら解決できるのだろう…


夫が西田と一緒になると腹を決めるのが一番の解決策だと思う。


だけど当の本人がそれを望んでない。


どうしたらいいのか…


私は何を言えばいいのか…



溜め息ばかりが出る沈黙の中で夫が口を開いた。



「俺…ちゃんと言うよ


もう誤魔化したりせず、あいつにきちんと話すから


俺、こんな自分が嫌で嫌でたまんなかった


今まで勝手ばかりして悪かったと心から思ってる


本当にごめん…」



夫は今にも泣きそうな顔をし、私の目を見て言った。



子供の事を思えば片親にする事もなく不安を与える事もない夫の言葉。



私は…


嬉しいとも

悲しいとも

腹立たしいとも



何も感じず

何も響かなかった。



言うならば


夫の言葉は地獄の入口。



西田と別れたところで嬉しいという感情を既に持ち合わせていない自分。




私の意志は通らない。



あの光景が蘇る。



通してはいけない…



私の我慢の上で成り立つ家庭。



もう…



何の感情も沸いてこない。



夫に言う。



「夫婦って…


どちらかに強制されて成り立つものではない


だけど…


私が我慢するしかないでしょ


あんな馬鹿な事して…」



口にした瞬間


泣き崩れた私。




私に選択肢は



ないのだろうか…

No.257 12/02/27 09:34
きら ( ♀ sdWbi )



「怜奈背が伸びたね~」


「なっちゃん!怜奈ねもうお母さんより大きいんだよ!」


コーヒーを煎れてる私の横に立ち、嬉しそうに言ってる怜奈。


「本当だ~腰の位置も全然違うじゃん!

足は長いし体の線も細いし怜奈はやっぱ今時の子だねぇ」


「なっちゃん、言い方がおばさんくさっ」


「コラッ!誰がおばさんじゃーい」


「きゃはは!」



土曜日の昼過ぎ。


小学生の頃からの親友で同級生の夏希が久しぶりに遊びに来た。


夏希のところは高校生の息子と娘の4人家族で、夫婦仲は良く家庭円満である。


サービス業の仕事をしている夏希は平日休みが主で、休みが合わなくてなかなか会えずにいたが珍しく土日の連休がとれたからと久しぶりに遊びに来たのだ。


「んじゃ行ってくるね~

なっちゃんまたね!」


「気をつけて行きなよー

暗くなる前に帰ってきなさいね!」


「はいはーい」


「怜奈またね~いってらっしゃい」


「いってきまーす」


怜奈は友達のところに遊びに出かけた。


「ちょっと見ないうちに怜奈ずいぶん大きくなってびっくりしたよ

恵美は今日仕事?」


「うん。土曜日は隔週で、今日は出勤だよ」


「和君は元気?

相変わらずやんちゃしてんの?(笑」



何も知らない夏希はいつも通り何気なく聞いてきた。



「あ、うん…」



「涼子」



一瞬動揺してしまった私を彼女は見逃さなかった。

No.258 12/02/27 09:41
きら ( ♀ sdWbi )


「なに…それ」


今まで夫の浮気をある程度知ってる夏希もさすがに驚いていた。


彼以外に初めて今の状況を私は夏希に話していた。


「涼子の悪いとこは何でも1人で抱え込んでしまうとこなんだよ

肝心な時は何も言わずいつも事後報告って悲しくなっちゃうよ」


「ごめん…」


「謝らなくていいの!

私が同じ状況なら間違いなく捨てるタイプだから話を聞いててじれったく思うのも本音

だけど今までの涼子の人生を全部知ってる人間の一人として、涼子が家庭を守ろうと必死になる気持ちも凄くわかるよ

和君、相変わらず良きパパなんでしょ?」


「うん…」


「そっか

だから余計に悩んでしまうんだね

話を聞いてて私が客観的に思ったのは、その女はクセが悪いように見えるけど、必死に和君の言葉を信じて純粋に愛する人の子供を産みたいと思ってる

女の一途で真剣な想いはきっと、本妻以上に不安な気持ちで一杯になってると思うよ

だからって不倫女の苦悩に同情なんかできないけどさ

でもそんな彼女の気持ちを知りながら、その気もないのに曖昧な事を言う和君が一番クセが悪いよ」


「夏希…あのね…」


まだ経緯の途中だったから彼の存在をここで明かした。


「なるほど

あんたがそうなるくらいなんだから、よっぽど辛かったんだね

逃げ道がなかったら、それこそ涼子…

あんたが今いなかったのかもしれないんだね…」


顔が強ばった。


自分も馬鹿な事しようとした、あの時を思い出す。


夏希が続ける。


「不倫ってさ…

心を醜く歪ませたり猜疑心の塊になったり、時にはこっちの人格さえも変えてしまうよね

なのに当事者達は2人の世界に浸り、秘め事を楽しむかのように歪んだ愛を貪り合う宇宙人

そんな宇宙人には正論は愚か言葉すら通じないんだよ

そんな奴らに苦しめられてるなんて馬鹿くさいと思わない?」


「宇宙人って…」


私は少し笑った。


「そうそう!そうやって笑ってやればいいのよ

思いっきり見下してやりな!

その彼にしてもさ

そんな状況だったからこそ巡り会ったんだよ

和君がそこまで酷い裏切りをしなかったら、いつもの日常だったら涼子は絶対に彼を見なかったよ?

そんな状況を強いられて、まともな神経でなんかいられないし、あんたが彼を頼った行動を聞いただけで、ギリギリの精神状態だったってのがよくわかるもん

あんたが落ち込んでても何してても、今現在こうして話してられるのは彼のお陰なのかもね


彼はスーパーマンみたいな人じゃん」


夏希の言葉は突拍子もないように聞こえるが、全てにおいて的を得ていた。


「私…どうしたらいいのかわかんなくて…

またあんな事されたらと思うと強くも言えないし、かと言って今までの事を許す事もできない

彼にも申し訳なくて…

だけど結局は私が我慢するしかないのかなって」


「そんなのおかしいよ」


夏希が煙草に火をつけながら言った。

No.259 12/02/27 09:44
きら ( ♀ sdWbi )



「おかしい?」



「うん、おかしいよ


なんで涼子がそこまで我慢しなくちゃいけないの?


涼子の感情は一切無視じゃん


今まで自分がしてきた結果がこうなんだから、本当に悪かったと思うなら、自分の気持ちを押し殺してでも涼子の気持ちを優先すべきでしょ


それを和君はどっちにも無責任な事を言い、どうにもならなくなると自暴自棄になり暴走した


それに怯えてあんただけが我慢したところで、結局は誰も幸せになれないんじゃないかなぁ」



「確かに夫婦としてはもうやり直せないとは思う


だけど少なくても子供らに心配かけないし片親にする事もないから…」


「そんなの…


恵美や怜奈からしたら迷惑な話だよ


好き勝手やってる父親に、自分達の為に耐え忍ぶ母親なんて嬉しいはずない


うちの母親は私が小3の時離婚して中1の時に再婚したじゃん?


今の父親は実の父親同然に思ってるよ


実父は確かに私と妹の前ではいい父親だったけれど女癖が悪かった


私達の前では普通にしていても子供ながらに夫婦の不仲は感じとってたよ


母親が1人で泣いてたのも知ってる


離婚してからの母親は明るくなって生き生き毎日仕事に行き、貧乏でも親子3人で楽しかった


父親がいなくて寂しいとも感じさせなかった


あの時もし、私達の為だと母親が我慢しても本当の幸せはなかったと思う


母親の心からの笑顔が子供を安心させて幸せにするんじゃないかなぁ


まぁこれはうちの場合だから一概には言えないけど、何もかも子供の為とは思わず、やり直すと決めるなら和君にもしっかり言う事は言って、脳ミソを総入替えさせるくらいな勢いで改めてもらわないとだよ?


自分ばかりが我慢してると絶対ストレスになるんだから


言いたい事くらいは我慢しないで、ガンガン上から言ってやりなよ」



「上からって…」



「いいじゃない?


私と別れたくなかったら
肩揉めとかさ(笑」



「なにそれ(苦笑」


「とにかく和君のペースにばかりにならず、涼子もどんどん主張すべきって事


場合に寄っては恵美はもう大人なんだから話してもいいんじゃない?


繕うだけでは誰も幸せになれないと思うからさ」



「うん。そうだね

夏希ありがとね」


「ほーんとあんたって昔から肝心な時には何も言わず1人で考えて自分を追い込むタイプだからさぁ


色んな方法や解決策があるんだから一緒に考えさせてよね


例えその彼を選んだとしても、涼子が悪ではないんだよ?


自分ばかり責めたらダメだからね」



「うん…うん…


本当に…ありがとう」



「ちょ!泣くなー」



夏希の気持ちが、優しさが嬉しかった。

No.260 12/02/28 09:09
きら ( ♀ sdWbi )



離婚して子供と三人で苦痛もストレスもない生活を送りたい。


毎日穏やかに笑顔で過ごしたい。


叶うのならば、あっちゃんとはいい距離を保って、ずっと付き合っていきたい。


お互いの子供が独立したら、2人でのんびり暮らすのもいいな。


平凡で幸せな日々…



そんな未来予想図を描いてみる。



…けれど



どんなに考えても堂々巡りだった。



最終的に夫の『あの行動』が私を縛りつける。



私が我慢すれば…幸せになれる。


私が我慢しても…幸せになれない。



必死に守ろうとしてたその家庭が今、元に戻ろうとしている。




戻ろうと…




……………………。




西田が夫の子を産む。



戻れるはずがないんだ。



夫が彼女と別れたとしても無視できる問題ではない。



子供に罪はない…



延々と続くそのしがらみに我慢し続けても……



幸せになれるはずがない。



じゃあ…


どうしたらいいのか…


どう言えばいいのか…




夏希が帰った後、私は1人答えの出ない現実に溜め息ばかりついていた。

No.261 12/02/28 20:01
きら ( ♀ sdWbi )



あの『事件』から一ヶ月が経過した。



夫と西田は揉めていた。



子供ができてしまった以上、簡単な事ではないと夫に何度か言ってきたが、予想通り別れ話は難航してるようだった。


夫が話すその過程を黙って聞いてるだけで、私は何ひとつ口を挟まなかった。



何も言う事なんかない…



そんな時に西田からメールが届いた。



―――


お久しぶりです


奥さんに確認したい事があってメールしました


和也さんは子供が産まれる前に離婚して、私とお腹の子と三人で暮らすと約束してくれていました


奥さんには毎月多めの生活費(慰謝料&養育費)を渡す事だけは了承してくれと言ってたんです


そこは私が言える立場ではないので和也さんの意志に任せました


和也さんはうちの両親に、家庭は既に崩壊してるけど整理もあるので子供が産まれる前まできちんとして私と一緒になると言ったんです


ですが、今になって別れたいと言われました


一体どういう事ですか?


奥さんが何かしたんですね?


もういい加減にしてもらえませんか?


私が悪いのは十分わかってますが子供が産まれるんです


もう勘弁して下さい…


謝罪はいくらでもします


慰謝料も払います


お願いします


もう和也さんを解放してあげて下さい


奥さんの辛い気持ちも悔しい気持ちもわかります


本当にごめんなさい…


子供の事を思って勘弁して頂けないでしょうか


和也さんは産まれてくる子との生活を本当に楽しみにしているんです


別れ話しをする和也さんの顔を見てると、本心で言ってないのが私にはわかります


お願いします


もう邪魔しないで…


勝手言ってごめんなさい


ごめんなさい



―――END




久しぶりに自分に感情が戻ったようだった。



ケータイを思いっきり
ぶん投げていた。

No.262 12/02/29 00:25
きら ( ♀ sdWbi )



「何??今の音」



ちょうど恵美が帰宅したところだった。



「お…おかえり」


「なんか落ちてきた?」


「あ、うん、大丈夫だよ」


「何これ?!ちょー割れてるじゃん!」



見事に液晶画面が砕け散ったケータイを手に恵美は驚いていた。



「おかー!」


「……」


「お母さん!!」




駄目だ…



もう隠せない…



私は恵美に全てを話した。



「信じらんない…」



最初恵美は、ショックを受けた風でも怒ってる風でもなく、言った言葉のままの表情をしていた。



「お母さん限界を感じてね…

離婚を決意したの


そしたらお父さん…


あんな馬鹿な事して…」


恵美は目を赤くして震える声で話だした。



「何かあるのは何となく気づいてはいたよ


去年お母さん、すごい痩せちゃって見た目からしておかしかった


だからお母さんが飲んでた薬をネットで調べたんだ


精神安定剤だとわかった時、何か心の病気なのかと思った


だからあえて何も聞かず、怜奈も心配してたから私と怜奈は普段通りでいようねって二人で話してたの


お母さんが度々情緒不安定になってるのもわかったから、その方が負担かけないと思ったんだ


でも何ヵ月か前から薬は減ってないから、もう服用しなくて良くなったんだって秘かに喜んでたのに


まさかそんな事になってたなんて…」



私は…


自分が情けなかった。


子供達には心配かけまいと普通にしていたつもりでいたのに…


こんなに心配かけていたなんて…



「恵美ごめん…


心配かけて本当にごめん


お母さん、どうしたらいいのか全然わかんなくて」



「お父さんがそんな裏切りしたなんて本当に信じられない


私、おとーの優しいところしか知らないんだもん…」



矢が突き刺さったかのような胸の痛み。



そう…


子供から見ると夫は良き父なのだ。



恵美は私の連れ子だけれど夫は実子のように可愛がり怜奈が産まれても変わらず二人の娘を慈しみ分け隔てなく接した。



血の繋がりは関係なく本物の家族だったから私も必死だった。


片親にはしたくない。


子供には辛い思いをさせたくない。


幸せだった家族。


私さえ我慢すれば…と
ずっとそう思ってきた。



でも限界だった。



だが、やはり話すべきではなかったのか…


恵美に話した事を後悔に変えそうな時。



「私…


お父さんを許す事はできない


だって…


謝っても済まない事をしたんだもん


なのに逃げようとした


残された私達の事を完全に無視してね


お母さんだってもう…
我慢しなくていいじゃん」




恵美が言った。

No.263 12/02/29 13:17
きら ( ♀ sdWbi )



「本当はお母さん、離婚したいよ…


でも怜奈にはまだこんな事話せないし、親の突然の離婚はショックを与えてしまうよね


それに…


またお父さんがあんな事したら…と思うと動けなくなっちゃうんだ」



「おとー…

卑怯だよ

ずるい!!

私は許せないよ」



恵美の表情はいつの間にか怒りに変わっていた。



「こんな話聞かせておいて悪いんだけど、今はまだ恵美は何も知らない事にしておいてくれる?」


「どうして?!」


「恵美に知られた事でまた自分を追いつめるような事されたらさ…」


「うーん…」


「子供が産まれるから二人が別れて済む問題ではないからさ

相手の女ときちんと話そうと思ってる」


「お母さんが?」


「うん

とにかく目の前の問題を片付けていかないと、何も終わらないし何も始まらないと思うんだ」


「お母さんがケータイ壊しちゃうほど非常識な事言う人とまともな話なんかできるのかなぁ」



壊れたケータイを触りながら恵美が心配そうに言う。



「大丈夫

お母さんにある考えが浮かんだから」


「なになに?」


「またそれはあとで教えるよ」


「えー!気になるじゃん」



「じゃあ恵美は今まで通りしてね?

お母さんもギリギリの行動起こすから、恵美があからさまに嫌な態度すると、またお父さんに馬鹿な事されたら本当にきついからさ


約束できる?」



「う、うん。わかった」



傷ついてるのは私の方…


でもこの時は、夫の行動に敏感になっていた。


まるで腫れ物に触るかのように…



「あのね…」



その時、玄関で鍵を開ける音がした。


恵美と一瞬見つめ会う。


リビングのドアが開けられ夫が帰宅した。



「おとーおかえり」


「ただいま。平日に恵美の顔見るのは久しぶりだな」


「おとーいつも遅いもんね

身体大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。飯もう食ったのか?」


「今日は友達と食べてきちゃった」



キッチンで夕飯を出す準備をしながら二人の会話にドキドキしていたが心配無用だった。


恵美はなかなかの演技派である(苦笑)



私はある決心を固めていた。

No.264 12/03/01 09:24
きら ( ♀ sdWbi )



「おい…この辺って」


「なに?」


「い、いや…ここら辺に、お前の知り合いいたのか」


「うん。もうすぐ着くよ」




ある日の日曜日。



引っ越したママ友が出産して、お祝いを届けたいからちょっと遠いしついてきてほしいと夫と私の車で出かけていた。



助手席の夫はなんだかソワソワ落ち着かなくなっている。



(そりゃそうだよね…)



だってこの辺りは…



西田の実家の近くだから。




――数日前。



―――


わかりました


実家の住所です

○○市××町△番地1


私も約束は必ず守ります


宜しくお願いします


―――END



私は西田にメールを送ってすぐ返信がきた。



次の日曜日、第三者を入れてきちんと話がしたいから夫と一緒に彼女の実家に行きたいと送ったのだ。


当日、実家に着くまで夫には内緒にしておくから貴女もそれまで夫には黙っていてほしいと言った。


言い訳を考えさせず、突然の方が夫の真意が見えると思うし、私が何か小細工をして夫に言わせるような事は絶対にしないから信じてもらいたい。


二人が一緒になる事に私は何の異存もなく、むしろそれを望んでいると書き添えた。



いつまでも放っておける問題ではなく、夫に任しておいても何も解決しないと思った。


もしかしたら夫を追い詰める行為かもしれない。


だが、今のままでは夫も私も、前にも後ろにも進めず身動きができない。


きちんと決着をつけなくては何も始まらないと強行したのだ。



私もギリギリの行動だった。




「着いたよ」



「……お前」



『西田』の表札。



夫の顔は強ばっていた。

No.265 12/03/02 09:03
きら ( ♀ sdWbi )



「親も交えてきちんと話したいと私が望んだ事なの」


「だったら事前に言ってくれよ」



夫の言葉には答えず私は車から降りた。



助手席のドアが渋々開いた時には、既にチャイムを押し西田が出て来てた。


久しぶりに見た彼女は、長めのTシャツの上に薄手のカーディガンを纏い、下はレギンスといった軽装。


ぴったりとしたTシャツは何かを訴えるかのように、お腹の膨らみを強調させていた。


どこから見ても立派な妊婦に、若干私は複雑な気持ちになる。



「お久しぶりです」


西田が言った。


「こんにちは
ちょっと早かったかな」


「いえ、待ってました

どうぞ」


西田は玄関の方に手を向けつつ、目線は私の肩を抜け後ろに立つ夫に向いていた。



やはり不安なのだろう。



これからどういう展開になるのか全く予想できない。


だが、少なくとも今の現状を変える事はできる。


夫の発言も軽いものではないはずだ。


私は少し緊張していたが、自分を奮い起たせ西田家に足を入れた。



和室に通され敷かれた座布団に夫と並んで座る。


父親は夫の前に座っており、しきりに頭を撫でていた。


西田は父親の横で、母親はその脇に体を斜めにさせて座った。


母親は憮然たる面持ちで、何か言いたそうな顔をしている。



「わざわざ来てもらってすいませんね」



敵意を剥き出しにしている母親と違い、父親は恐縮しそうに言った。

No.266 12/03/02 13:12
きら ( ♀ sdWbi )



「こちらこそ、お時間をとって頂きありがとうございます」


私は父親に軽く頭を下げた。


「うちの娘がこんな事になって誠に申し訳なく…「「お父さん!!」」



母親が父親の言葉を切った。


「由美が悪くないでしょ!

家庭があるのに由美に手を出して妊娠させたこの人の方が悪いんだから

謝る必要なんかないわ」



あぁ…


この母親も宇宙人だ。



「何を言ってるんだ

由美も最初からわかってした事じゃないか

まずは家族の方にお詫びするのが…「「お父さんは黙っててちょうだい!由美は女の子なんですよ!」」


頭を撫でまくる父親は常識はあっても、女房に言い切られ黙るところを見ると、夫や父としての威厳は皆無だった。



「あなた由美にずいぶん汚い言葉で酷い事を色々言ったんですってね」


母親が私を睨み付けるような目をして言う。


「酷い事と言うのはどういう事でしょうか


確かに口は悪かったかもしれませんが、私の言動は常識の範疇だと思ってます


それに酷い事をしてるのは夫と由美さんであって、そのような事を言われる筋合いはありません」


「浮気をされるのはあなたに原因があるからでしょ

由美はそれに巻き込まれただけです

だけど子供が出来てしまったのだから話は別

和也君は由美と子供の三人で生活をすると私達に約束しましたよ

気持ちはわからないでもないけど、子供の為に諦めて頂けないかしら」



どうやったらこんな思考が出来るのか、これが人の親なのか…



私は呆れた。



それに何か勘違いしてる。



まるで私が二人を別れさせる為に来たと思い込まれてる。



情けなくも夫は項垂れ黙っている。


西田は夫をチラチラと何度も見ていた。


父親は相変わらず頭を撫でている。


ずっと私を睨むように見ている母親の視線を、私も外さずゆっくりと言った。



「私は夫と由美さんが一緒になる事に何ひとつ異存はありません


今まで何度もそうするように夫に言ってきました


ですが、それを拒否してるのは夫自身なんです


これではいつまでも埒があかないと思い、皆さんがいる前ではっきりさせようと今日伺わせて頂きました」



母親と西田は眉間に皺を寄せ、似たような顔を二つ並べてる。



数分の沈黙の後…



母親が吠えた。



「和也君!!


どういう事なの!!!」

No.267 12/03/03 10:30
きら ( ♀ sdWbi )



夫は黙り込んでいる。



「和也君!黙ってないで、あなたの口からちゃんと話しなさい!」



鼻息を荒くしてる母親。



夫は険しい表情を浮かべ、ぴくりとも動かずにいる。



そんな夫にたまり兼ねたのか西田が口を開いた。



「奥さん、和也さんは奥さんにはもう愛情がないんです


子供だけで繋がってる仮面夫婦で、無愛想な女房がいる家に帰ってもつまらない


なかなか別れてくれない奥さんに手を焼いてるけど、さすがに子供が産まれたら諦めて離婚に承諾するだろう


だけど産まれる前に全部片付けるからって、和也さん言ってました


由美と一緒にいたら癒されるし、お腹の子と三人で幸せに暮らそうって約束してくれたもん


でも和也さん優しいから、奥さんに言いにくい…


それに虚言癖のある奥さんの話は全部嘘


ね、和也さん
そうなんでしょ?」




…虚言癖?



なんだ…それ。




「和也君、由美の言う通り言いにくい事でもきちんと言ってあげないと可哀想なだけだわ

いつまでもこんな場は胎教にもよくないから早いとこ終わらせましょう!」



母親は由美の言葉に大きくうなずいた後、付け加えるように言った。



夫は髪を掻き上げるしぐさを何度も繰り返し動揺を見せていた。



「笑っちゃうよ」



そう言った私を西田と母親が怪訝な顔で見た。



「可笑しくないですか?


虚言癖?


そんな馬鹿な話、言う方も信じる方もどうかしてる


嘘ばかり言う男と
妊娠して勘違いしてる女


道徳心が欠如している2人の事は、私には到底理解できません」



「あなた!由美を侮辱するの!!」



怒る母親を無視して私は夫に言った。



「いつまでも逃げてるからこんな事になってるんじゃないの


両親と彼女、そして私の前できちんと話してよ


あんたが望む通り彼女と一緒になったらいいし、私の事は気にしてくれなくて結構


但し
もう嘘は通らないよ


本当の事を話して」



夫は大きな溜め息をひとつついてから、ようやく重い口を開いた。



「俺…


本当にいい加減で…


涼子に虚言癖があると仕立てあげたのは自分の言い訳の為で、むしろ虚言癖があるのは俺の方だった


今までもここでも涼子の言ってた事が全て真実で、俺はとっくに女房に愛想尽かされてた男なんだ…


由美にも悪いと思ってる」



「も、もう~


和也さんってば何言いだすの


アハハ…やだなぁ…もう」



必死に笑顔を作っている西田。



夫は急に座布団を外し



「俺…


家庭を捨てる事はできません


由美と一緒になるつもりもありませんでした


申し訳ございません」




土下座した。

No.268 12/03/03 12:05
きら ( ♀ sdWbi )



「きゃあああ!!」



西田の悲鳴に体がビクッとした。



「和也さん何言い出すの!


もう本当の事言っていいんだよ?


何にも気を使わなくていいんだよ?


今本当の事を言えばこの瞬間から楽になれるし由美と子供と幸せになれるんだよ!!


お願い和也さん!


本当の事話して!!」



私は取り乱す西田を呆然と見ていた。



「その場しか考えてない、軽率な言動ばかりだった


酒に酔い自分では覚えてない言葉を、翌日由美に嬉しそうな顔で言われると否定する事ができなかった


度々そんな事を繰り返していくうちに身動きがとれなくなった


涼子に愛想尽かされ本気の離婚が迫った時、俺は激しく動揺し自分のした事を初めて後悔した


自業自得なのもわかっている


俺は涼子に甘えすぎてたんだ…


やっぱ…


一番大事なのは涼子と子供達であり、家族です…


これがずっと言い出せなかった、俺の本当の気持ちです


本当に申し訳ありません」



西田はガタガタ震えてる。



胎教によくない…


私は横になるように勧めた。


母親が睨み付けながら


「あなたに心配されなくても結構です」と、余計な事を言ってしまったと後悔した。


母親は夫に視線を移し言った。



「和也君。


あなた自分がした事わかってないわね


由美はどうするの?


和也君の子供を産む由美を捨てるつもり?


産めと言ったのはあなたでしょ!


今さら無責任な事言わないで!」



「最初は可哀想だけど子供を諦めて欲しいと何度も言ったけど由美は聞き入れてくれませんでした


俺と別れても子供がいたら生きていけると、何度も話し合ったけど産む意志が強かった


酒に酔い、産んでくれと言った言葉は覚えてなく俺は本当に適当でいい加減でした


こんな自分が嫌で嫌でたまらなく酒に逃げ、酔ってまた嘘の上塗りをしてるのすら覚えてない…


由美には本当に悪かったと思ってます」




驚いた…



夫は外では飲むけれど基本自宅では飲まない人だ。


夏場暑い時にビールを1本飲む程度の、その夫が彼女の部屋では酒浸りだったとは…



「和也さんは酔って覚えてないとよく言ってたけど、言った事を確認すると否定しなかったし、抱きしめてくれたじゃない


由美の子供は可愛くないの?


恵美や怜奈の方が大事なの?


由美は和也さんの本当の子を産むんだよ?


子供大好きでしょ?


会いたいでしょ!!」



「そうよ!和也君


上の子は涼子さんの連れ子と聞いてるし、下の子ももう大きいんだから離婚してもそんなに痛手じゃないわ


由美は初めての出産で産まれた子の顔を見たらきっと気持ちが変わるわよ!


それからでも遅くないんじゃないかしら?!」




………………………。



宇宙人…



その言葉は許さない。


No.269 12/03/03 15:33
きら ( ♀ sdWbi )


「いい加減にしてもらえませんか?」



同じ顔2つが同じ形相で私を見た。



「あなた方に長女の事を言われる筋合いはなく不愉快です


それと子供の名前を口に出すのはやめてもらいたい


あなたに呼ばれるだけで汚らわしいので


それにどっちが可愛いなど父親が一緒の子供を比較するなんて低次元もいいとこ


そんなだから人のものに手をつけても平気で、自分の立場すらわかってなく馬鹿な発言を繰り返すんでしょう」



挑発的な私の言葉に、母親の顔はみるみる赤くなり牙を剥いた。



「あなた何様のつもり?!


夫に浮気されて鬱病になり惨めにもそれで縛りつけてたんですってね!


だいたい浮気される女の方が悪いのよ


あなたを見てると男が外に逃げたくなるのがよくわかったわ


寝取られる方が悪いんだからいい加減に諦めなさい!


あなたがうちの由美を侮辱するなんて許さないわ!」



私は母親に言い返す。



「何か勘違いされてませんか?


私は伺ってから夫と別れてほしいとは一言も言ってませんし、さっき夫の話を聞いてなかったのですか?


私は夫が由美さんと一緒になる事に異存はないと言ったはずです


それを拒否してるのは夫であって私ではありません


言ってる事があまりにも乱暴すぎませんか?


由美さんのお母さん


私も人の親です


確かに我が子は可愛いですが、時には心を鬼にして言わなくてはならない時だってあるのではないでしょうか


子供が間違えた事をしたら叱り、正して教えるのが親ですよね


うちの娘が由美さんと同じ事をしたら私は間違いなく叱り、手を上げるかもしれません


それを全て相手のせいにして自分の娘は悪くないと主張するのは間違えてます


なので、私はあなた方親子の発言は理解に苦しみます


こんな年下の私が生意気な事を言って申し訳ないですが、はっきり言って二人とも非常識です」



今度は西田が怒りを剥き出しにして言ってきた。



「でも私は和也さんの子を産むの!


酔ってようがなんだろうが和也さんは産んでくれと言った


その責任はとってもらうから


女として終わってるただの家政婦の奥さんとなんて、どうせうまくいきっこない


和也さんも赤ちゃんの顔をを見たら絶対気持ちが変わる!


由美は和也さんそっくりの赤ちゃんを産むの!


だからずっとずっと待ってるから


奥さんになんか邪魔されない!」



「由美…なんて可哀想な…うぅ…」




なにこれ…



あほか。



そう思ってる時、夫がはっきりとした口調で言った。



「由美にはもう二度と会いません


産まれてくる子供にも会うつもりはないし認知もできません


子供の責任は別の形でとります


それは今ここでは決められないので後日連絡します


本当にすみませんでした」



何ヵ月も見てなかった夫の毅然とした態度に、私はちょっと驚いた。

No.270 12/03/06 09:20
きら ( ♀ sdWbi )



母親は怒りに満ちた顔で頭を下げてる夫を見ていた。



西田は両手で口を抑え体を震わせている。



たった今、不幸のどん底に落とされた身重の彼女を見ても、同情する気持ちは一切沸いてこなかった。



…痛い?



私に視線を移した西田の表情は、一切の遠慮がない憎悪の感情を剥き出しにしていた。



夫ではなく憎いのは私?



でもあなたの大好きな和也さん。


あなたではなく私だって。


悔しいよね。


心が醜くぐちゃぐちゃになるでしょ。



悪魔の私が心の中で話しかける。



でもさ…


私もずっとそうだった。



二人には侮辱され、惨めで悔しい思いを幾度となく味あわされてきた。



ちょっとくらい同じ気持ちになってくれなきゃ。



まずはあなたから



痛み



わかってもらいます。




「子供の責任、後ではなく今ここで決めましょう」



私は口角を上がり過ぎないように気をつけながら言った。

No.271 12/03/07 02:32
きら ( ♀ sdWbi )



「決めるって…お前」


「どうせなら皆さんが居るところで話した方がいいじゃない」



頭を上げ情けない顔をして言う夫に、西田親子に目をやりながら私は言った。




「さて…

どうしましょうか」




西田の悲痛な叫びが響いた。



「産まれるまで待って!


赤ちゃんの顔見たら絶対変わるよ?!


和也さんお願い…


赤ちゃんの顔見るまで待って…お願いだから…」



私は夫に問う。



「彼女の言うように子供の顔を見てからでもいいんじゃない?


てか、それまで待たなくてもいいけど


一緒になるのが一番いい責任の取り方だし、そうしたら?」



夫は声は出さずに首を横に振っている。




嬉しい…




本当の意味で私のところに戻ってきてくれた夫…




なんて思うはずはない。



嬉しいのは西田を拒否する夫の『態度』



この時の私は夫を利用し、心の中はどす黒く歪む悪魔だった。



「夫にその気がないんだから諦めた方がいいみたい


胎教にも良くないし、早く決めて終わらせましょう」



さっきの母親と同じ事を言ってやった。



「他にどう責任とると言うのかしら?」



その母親がわざとらしい顔をして聞いている。



「わかってらっしゃいますよね?

お金しかないんじゃないんですか?」



これまたわざとらしく
咳払いをしている母親。



「夫が父親なのは事実なのですから、その子に対しての責任はあります


あ~、回りくどいのはやめて単刀直入に言わせて頂きますね


払いますよ


養育費」




母親の目が一瞬キラッと光った…



ように見えた。

No.272 12/03/07 02:41
きら ( ♀ sdWbi )



「お金なんかいらない…」



うつむき加減で言う西田。



妻の私から養育費を払うと言われる心境は?



やっぱ悔しい?



私が言った養育費は、和也と完全な別れを意味するもんね。



まだまだこれからだよ。




「どうして?


あなたにではなく、子供の為に払うと言ってるの


以前、似たような事を私に承諾するようにとメールしてきたじゃない


無理し…」



言ってる途中、西田が豹変した。



「金なんかいらないって言ってんだろ!!


ふざけんな!


もう子供が産めない腐った女が偉そうに能書きたれてるんじゃねえよ!


旦那に触ってももらえない欲求不満のキチガイ女のくせしやがって!!


お前が和也さんから離れろ!


いつまでもしつこいのはお前なんだよ!糞女!」



夫は目を丸くしていた。



これがこの女の本性なのか。



やけに冷静な母親が不自然だった。




そんな西田に瞳を据える。





上等。





「必要がないと言うなら別にいいし、こっちから頭下げて頼む事ではないから、お好きにどうぞ」



母親が急に慌て出した。



「由美落ち着きなさい!

冷静に考えなくては駄目じゃないの

今は子供を第一に考えて、しっかり現実を見ないと厳しいわ

短気おこしちゃ駄目!」



「だってママァ

こんなの酷すぎる!!

由美やだよ!!」



戦意喪失を狙ってるのか?とさえ思える西田の幼稚さに呆れてしまう。




目が合い、ゾクッとした。




あれだけ敵意を剥き出しにしていた母親が、不気味な笑顔を私に向けていた。

No.273 12/03/07 12:16
きら ( ♀ sdWbi )



「あの…やはり養育費は毎月という形なのかしら…?」


「どういう事ですか?」



態度を変え笑顔で揉み手をしながら聞く母親。



「最初に少しまとめて頂けると助かると言うか…

出産は色々と入り用ですものね」



漫画に出てくる『オホホ』みたいな変な笑い声をたてている。



「…ママやめて」



「何言ってるの

子供の事を第一に考えなくちゃ駄目でしょ

せっかくこう言ってもらってるんだから」


「やめてったらやめて!

和也さん!!!

本当にこれでいいの?!

由美と赤ちゃんを捨てるの?!

養育費なんかいらない!

由美はそんなものより和也さんが欲しい!


お願い和也さん…


考え直して…ウッウ」



西田は夫の横に行き激しく服を引っ張っている。



それを手で退けてる夫。



いい頃合い。


私は西田に言った。



「うちの方から毎月養育費として○万円支払います


これはきちんと調べた上での、現在相場の金額です


いいよね?」



夫に確認した。



「ああ。悪いな」



「和…也…さん」



西田は顔をぐちゃぐちゃにさせて絞り出すような声で夫の名前を呼んでいる。



「さて次ですが…


私に謝罪して頂きます


勿論、言葉だけではありませんよ」



母親の顔は一瞬で笑顔が消え、眉間に皺を寄せ怪訝な表情を浮かべた。




「慰謝料の請求をします」




西田は殺意すら感じさせる憎しみがかった眼差しで私を見ていた。

No.274 12/03/08 10:22
きら ( ♀ sdWbi )



「離婚しないのに慰謝料なんて取れるわけないでしょ!!」



母親が語気を強めて言った。



「不倫は立派な不法行為です


離婚はしなくとも、不法行為に対して精神的苦痛についての慰謝料請求は民法に定められてますよ


ご存知ありませんでしたか?」



わなわなと体を震わせてる母親と、睨みつける西田を交互に見ながら私は続けた。



「ここで話し合いがつかなければ調停で話し合ってもいいですし、場合に寄っては民事訴訟を起こします


その際、確実な証拠が必要となってきますが、立証の品は数知れず


一番は産まれてくる子が生きた証拠ではないでしょうか


間違いなく勝つのは私です


裁判は慰謝料の他に莫大な費用がかかるかもしれません


それを払うのも確実に負ける由美さんです」



「それじゃまるで由美だけが悪いみたいじゃない!


和也君だって同罪なはずよ!」



「これは私が由美さんから受けた精神的苦痛の損害賠償請求ですから、他の事はご自分で調べるなりして下さい


浮気相手が夫の子を妊娠し出産するという事態に、私が受けた精神的苦痛は計り知れません



ですから慰謝料として
○○○万円を請求します」



母親は目を皿のようにさせて言う。



「○○○万円ですって?!

冗談じゃないわ!」



私は相場の最高金額を口にしていた。



そんな金額取れるはずがないし、目的はお金なんかではない。



自分がした事の責任と私が受けた苦痛を味わってもらいたかった。



「ですから、お互いギリギリ納得できるとこまで話し合いましょうよ


あ、そうだ由美さん


誓約書、書いてもらうね」



睨みつける西田の視線に、私も目を据えて言う。



「夫に二度と会わないと、誓ってもらいますよ」




点けられた導火線がゆっくりジリジリと火花を散らすかのようなにらみ合いはしばらく続いた。




終息は間近―――。

No.275 12/03/08 15:45
きら ( ♀ sdWbi )



「母さんも由美も、もうやめないか

涼子さんてやらの言う通りだ

また前のようになったら、それこそ大変な事になる」



存在すら忘れていた父親が突然声を発した。



「前の事…?」



思わずつぶやく。



「お父さん!余計な事は言わなくて結構ですよ

黙っててちょうだい!」



母親は苛立っている。



「勝手に話せばぁ?フフフ」



西田は片方の口角を上げ、目は据わっている。



不気味…



だった。



「由美!
しっかりしなさい!

お父さんもそんな昔の話、この人達には関係ないでしょ!」



何がなんだかわからなかったが、妊婦の西田にさすがにこの状況はきつかったようだ。


腹の張りがひどくなり少し横になると母親に支えられ二階に上がって行く。



父親と夫の3人になり、頭を撫でる音が、静かになった空間にやたら響く。



私は気になって仕方がなかったので聞いてみた。



「さっきのお話、差し支えなければ聞かせて頂けませんか?」



父親は一瞬二階の方を気にしてから

「8年も前の事ですが…」と、躊躇する事なく話し出した。



「由美はその当時も配偶者のある方と付き合ってたんです。ええ、ええ


本当に申し訳ない事をしました。ええ」



撫で癖の次は、語尾に
『ええ』をつけるのが口癖の父親だった。



「ある時、由美は妊娠したんです


相手の奥さんは子供が出来づらく治療をしてるところだったそうで…ええ


そこに由美は奥さんに妊娠した事を言い離婚するように迫ったようです。ええ」



ひどい…



その時の西田の顔が容易に想像できてしまう。



腹立たしかった。



「なんだかその辺りはよくわからんのですが、向こうの奥さんが話がしたいと喫茶店で待ち合わせたようです。ええ


そしたら店が一杯だから、向かい側にあるコーヒー屋にしようと奥さんが言いだし移動中に歩道橋の階段の上から由美は突き落とされたそうです


手首を骨折して、子供も駄目になりました。ええ…



その奥さんは…



その先にあるビルの屋上から飛び降り、亡くなりました」



私は両手を口に当てていた。



あまりにも壮絶過ぎて声にならなかった。



夫を見ると私と同じく声にならないといった表情をしていた。



なんて女なんだ…



子供ができない辛さは同じ女ならわかるはずなのに。



浮気相手に妊娠を告げられた奥さんの絶望的な気持ちが痛い程わかった。



子供は絶対に産ませたくない、死をかけた奥さんの最後の抵抗で訴えだったのだろう。



許せない!


絶対に許せない!!



また既婚者に近づき同じ事を繰り返し、亡くなった人の思いが伝わってない西田に憎悪と憤りを感じた。

No.276 12/03/08 22:18
きら ( ♀ sdWbi )



「我が娘ながら情けなくて涙が出てきますよ

子供の頃から勝ち気で
人一倍負けず嫌いな子で

学校でも会社でも周りとの衝突が多く、由美が友達を自宅に招いたのは一度もないのですよ…ええ

可哀想な子で…

本当にこんな事になってしまい申し訳ないですね」



情けないのは娘ではなく、お父さん、あなたです!


と、思ったが口には出せなかった。


人の痛みや思いやる気持ちは家庭の中で育まれるものだと思う。


子供を叱る事ができない親の元で育つと、あのような人間が形成されてしまうのだろうか…



それにしても西田にそんな過去があったなんて…



人一人が自分のせいで命を絶った…


自分が犯した重大な過ちと重大な責任。


一生背負う十字架は身動きが取れなくなる程ずしりと重いはずだ。


いくら彼女でも何も感じないわけがない。



「その後の由美さんはどうだったんでしょうか?」



聞かずにはいられなかった。



「ええ、ええ…

相手の男性は奥さんを自殺に追い込んだのは由美のせいだと怒鳴り込んできました

奥さんは浮気には気付いてなかったようで…

由美はそれよりも流産した事に相当なショックを受けましてね」



「は?それよりも…?」



「いやはや…

由美は相手の男性に、奥さんがいなくなったのだから何も問題なく一緒になれるだろうと、あの時もここで話したのですが、それはそれは家内となだめるのが大変で…ええ」



怒りで体が震える。


そんな重大な罪を犯した時でさえ、娘に何も言えない両親。


自分の過ちで人が亡くなっても、自分の事しか考えない西田。



何に対しても自分が基準の彼女は、元々罪悪感など持ち合わせてない人間だったのだ。



そんな奴にまともな話など通じる訳がない。



母親が降りてきた。



「今日は帰ります」


「そうね。由美の体にも負担をかけてしまうわ」


「二週間後またお伺いしますので、話し合いがつくまで養育費も保留します

なるべく大事にしたくないので、よく考えて頂けますよう由美さんにお伝え下さい

お邪魔しました」



不満そうな顔をする母親に軽く頭を下げ、西田家を後にした。

No.277 12/03/09 08:47
きら ( ♀ sdWbi )



無言が続く車中。



西田の過去は衝撃が大きく脳が対応しきれない。



幸せな日常から突然絶望の淵に突き落とされた奥様はどんな思いで亡くなったのか…



未来が見えなく現実に打ちひしがれ、西田を階段から突き落とした亡き者の叫びが聞こえるようで胸をえぐられた。



やるせない思いに
憤りを感じるばかり…



「俺…」



何か言おうとしてる夫に、返事はせず耳だけ向けた。



「俺…


とんでもない事してた…」



渋滞する交差点付近。


歩行者用の青信号が点滅している。


足早に渡る人々。


煙草に火をつけ窓を少し開けた。



「お前もそんな事しようとしたから…」



返事はせずアクセルを踏む。



私はひどく疲れていた。




だが…



何も考えられない中で思っていた。




【次はあんた…】





制裁―――。

No.278 12/03/10 15:17
きら ( ♀ sdWbi )



汗ばむ陽気が続く中、宵の口から降り出した雨が火照った空気を冷やす。



森林の香りを漂わせ、透き通った緑色のお湯にゆっくり体を沈めた。



「ふぅぅ…」



梅雨明けしてない少し肌寒い夜に、ぬるめのお湯が心地好かった。



何も考えたくない。



疲れた心に
ほんのちょっとの癒し。



無心になりたくて目を閉じ雨音に耳を傾けてみる。



けれど…



瞼の裏側では今日の事が駆け巡る。



何をどうやったところで、西田由美という人物は人の痛みや辛さがわかるような人間ではなかった。



彼女が一番辛い事…


和也との別れ。


それが一番苦しく辛いだろう。


かと言って、自分の辛さから人の痛みを学び改める人間ではない。



もういい。



そこまであの女に立ち入る必要はない。


亡くなった人の思いも一緒に、『私達』が強いられた同じ苦痛を与えるだけでいい。



西田への制裁は出来上がっていた。



次は夫。



いくつもの嘘を重ね、何度も繰り返された裏切り。


惨めなまでに夫の愛を求める私は無視され続け、狂ったかのように情事を貪っていた二人。



どんなに言っても届かない。

どんなに言っても伝わらない。



血の涙を流し
心が粉々に破壊された。



忘れない…


屈辱的で惨めだった自分。


絶対に忘れられない。



夫も西田同様、絶対に許さない。


私は沸々とその方法を考えていた。

No.279 12/03/10 17:27
きら ( ♀ sdWbi )



冷蔵庫から缶ビールを取りそのまま一気に半分ほど飲んだ。



上気した身体に染み渡る。



さっきまで降っていた雨がいつの間にか止んでいて、みんな眠りについてるリビングは静まり返っていた。



ソファーにドサッと座りもたれ掛かかる。



大きな溜め息をひとつついてから、そのまま固まったかのように一点を見つめていた。




どのくらい時間が経ったのかわからない。




こんな事があった日だからなのか、たった一本のビールのせいなのか…




思い出すのも避けていたのに…




涙が頬をつたっていた。




我慢できなくなる自分が怖くて、あれ以来封印している心。




弱音を吐くと全てが飛び出しそうで、幾重にもかけた心の鍵。




毎日どうしてる?




息づかいを感じられるほど近くにいたくて、息が止まるほど抱きしめてもらいたい…




溢れる涙は想いを流してはくれなかった。




弱い自分に負けない為にも封印の鍵を解いてはいけない。




私…



頑張ってるよ



一人で落ち込んでなんかいないよ



あれから二ヶ月




今、何を思っていますか?




私は…




私は…




変われるはずがないから




ずっと愛してる




あなたはどうですか…?





会いたいよ……





あっちゃん…

No.280 12/03/14 08:44
きら ( ♀ sdWbi )



「おかぁー
歯みがき粉ないよ!」


「棚に新しいのあるから出して~」


「ないってばぁ」


「もう~ちゃんと見てから言いなさいね」


フライパンの火を止めて、パタパタと洗面所に急ぎガサガサ棚を探す私。


「あれ?確か買い置きあったはずなのに……って


ないね(汗」


「だからないって言ってるじゃん!」


ふてくされる怜奈。


「大丈夫!ほら歯ブラシ出して!まだ出るよ」


「昨日の夜も絞り出したからもう出ないってばぁ」


「まだまだ!」


チューブを丸め必死に絞り出す。



「ふわぁぁ~私のバッグに会社用の歯磨きセットあるからそれ使えば~?」



あくびしながら首をコキコキさせて恵美がトイレに入った。



怜奈とぽかんとする。



目を合わせて笑った(笑)



「さっ!早く顔洗っちゃって!ご飯だよ」



今日もいつもの朝がやってきた。



テーブルに朝食を出してから庭に出る。



今日も暑くなりそうな朝陽を全身に浴びながら、パンパンと音を立てて洗濯物を干していく。



子供達が出かけてから自分も軽く朝食を取り、後片付けを終えたあと、鏡の前でメイクをし制服に着替える。




いつもの日常――。




鏡の前で笑顔を作り声にした。



「よし!頑張るよ!」



気合いを入れて家を出た。



好きなCDを聴きながら
軽快に車を走らせる。



二時間くらいしか眠ってなかったけど元気だ。



いつも通る大きな橋は今日も渋滞していた。



下を流れる川は、陽の光を反射させキラキラ水面を輝かせている。



青い空と川面の輝きは、寝不足の頭でも清々しい気持ちにさせてくれた。



動かない橋の上で、その輝きをしばし見つめる。




今まで…




たくさん泣いて
たくさん悩んで
たくさんもがいてきた。





鋭い棘を突きだし絡み合う蔓が無数に生い茂る。



必死に掻き分け、道なき道を傷を負いながら進んできた。



その蔓の隙間から見えてきた眩い光。



もうすぐだ。



もうすぐここから抜け出せる。



抜けた先に二本の別れ道。




信じて進むんだ。




もう振り返らない。




進むべき道は決まった。




自分を信じよう…




前進あるのみ!




頑張るよ…私。

No.281 12/03/15 08:14
きら ( ♀ sdWbi )



「綾香、○○工業の解体分は別に伝票起こして○○さんに渡してね

あと××組は中止分があるから、しっかり確認してから明細のFAX流して」


「了解です」


プルルップルルッ


「あ~私出るからFAX急いで


おはようございます
○○建設の深山です

いつもお世話になっております~…」



受話器を肩に挟みながら、私の両手は忙しく伝票を仕分けていた。



奈緒美はキーボードを激しく叩き、眉間に皺を寄せ険しい顔で黙々と仕事を進めている。



綾香は数字の最終確認で取引先にFAXを流したり伝票の付け合わせをしたりと、バタバタ動いていた。



請求書作成日は毎度目が回るほどの忙しさで、殺気立つようなこの雰囲気はもう慣れっこだ。



各自そつなく、てきぱきと仕事をこなしていく。




――――――――――


―――――――




「終わったー!」


「お疲れ~」


「お疲れ様で~す」


「コーヒー飲もう~」


「綾香入れてきまーす」



午後3時。


忙しい時間が終わり
3人でホッと一息ついた。


「これ飲んだら郵便局行って請求書出してきますね」


「よろしくねぇ」


綾香の言葉にケータイを開きながら奈緒美は疲れた声で頼んでいた。



その奈緒美の次の言葉に、私は息が止まりそうになる。



「彼がもうすぐここに書類届けに寄るって~


あら…


今日は金井さんも一緒にいるんだ」




動揺しないように平然としているものの、カップを持つ手は揺れていた。





会いたい…




あっちゃんに会いたい。





なのに、私の口は――




「郵便局、私が行くよ

ちょっとその先の銀行に行きたいんだ」




嘘をつく。

No.282 12/03/15 08:17
きら ( ♀ sdWbi )



会社から出ようとしたら左方向に見覚えのあるバンが見え、私は急いで右折し反対方向に車を走らせた。



その見覚えのあるバンが会社に入ってくのをバックミラー越しに確認した。



あっちゃん…



私の車に気づいただろうか…




本当は会いたいけど…



顔だけでも見たいけど…



会ってしまうと溢れ出しそうで…




怖かった。




逃げてる訳ではない。



避けてる訳でもない




中途半端な自分は
もう見せたくないから。




会うならば



笑顔で会いたい。




今は…



あなたを近くに感じられるだけでいい。



彼の想いを信じて
自分の想いを信じて…




どうか…




通じてますように。

No.283 12/03/18 16:34
きら ( ♀ sdWbi )



夕飯を終えた夫は、何事もなかったかのような顔をして煙草を吸いながらテレビを観ている。



その横でガチャガチャと音を立てて食器をさげる私。



耳障りなはずなのに何も言ってこないのは、やはり何も思ってない訳ではないようだ。



洗い物を済ませてから
夫の向かい側に腰掛けた。



煙草に火をつけて話しかける。



「あのさ」


「ん?」


「もう適当な事できないのわかってるよね?」


「ああ…

昨日の事があってから俺、自分がとんでもない事してたとマジで思った」


「そう。じゃあ今はまともに話ができるのね」


「…俺おかしくなってたもんな」


「そうだね、狂ってたわ」


「悪かったと思ってる…」



反省を見せつける夫の顔を見ながら、私は煙草を揉み消して言った。



「そんな顔すれば済むと思ってんだ?」


「え?」


「え?じゃなくてね

悪かったなんて安っぽい言葉で済ませようと思ってんの?」


「そうじゃないけど本当に悪いと思ってるし後悔してるよ」


「後悔?何を後悔?」


「西田と付き合って子供もできてしまった事だよ…」


「もっとうまくやっとけば良かったね」


「うまく…?」


「考えなしの一時の欲望で西田が妊娠したのは失敗だったね

恋愛気分を味わいながら性欲も満たされ、お金まで出してくれる都合のいい女が良かったんだから」


「嫌な言い方だな…」


「西田と更々一緒になる気がなかったあんたは、飽きたら戻れる場所は確保しておきたかった」


「違うって

俺は本当に家庭の大事さに気づいたから」



私は鼻で笑った。



「気づいた?


じゃあ気づかなかったら離婚して西田と一緒になる気でいたとでも?


笑わせないでよ


どうやら自分の事まだわかってないようだから私が教えてあげようか?


あんたは本気になったら
家庭を捨てる人なの

西田にはそこまでの強い想いがなく遊びで良かった

だから帰れる家庭は必要だった


それが正解ね」


「……」


「そのくせ、その気もないのに無責任にその場しのぎの事を言ってきた


その結果がこうで困り果ててる


人の痛みには鈍感なくせに自分の痛みは過剰なほどに敏感なあんたは、自分の気持ちが何よりも最優先で、一番大事なのも自分って事なのよ」


「確かに俺はいい加減な事ばかりしてきたから、そう言われるのも信用されないのもわかる

だけど本当なんだ

本当に今は自分の過ちを後悔して、俺にとって大事なものがわかったんだ」



「あんたは…


やりすぎたのよ」



私は冷ややかに言った。

No.284 12/03/18 16:48
きら ( ♀ sdWbi )



「あんたから浴びせられた言葉


二人から受けた屈辱


忘れたくたって忘れられない」


「本当に悪かったと思ってるんだ

あいつには二度と会わないし子供にも会うつもりはないよ

これからの俺を見てくれないか?」


「自分は痛くないからね

簡単にリセットできちゃうよね

まだわかんない?

私の苦痛はあんたと一緒にいる限り取り除かれる事はないのよ」


「どういう事だよ…

西田のとこに行ったのは、ケリつけてやり直す為じゃないのか?」


「子供が産まれるのにいつまでも中途半端にいられるはずがないでしょ

あんたに任せていても何ひとつ進展しなければ解決もしない

だから私が動いたのよ

あんたが西田と一緒になると言わなかったのは私の誤算だったけど」


「養育費払うって言ってたじゃねえかよ

どういう事なんだよ」


「養育費払うのは私ではなくあんた

私が貰うのは慰謝料だよ」



夫は片手で頭を掻きむしり苛つき気味に煙草に火をつけた。



「それだけじゃないだろ…」


「どういう事?」


「正直に言えよ


男と一緒にいたいからそう言ってんじゃねえのか」



椅子の背もたれに体を預け煙を吐きながら上目遣いで聞く夫に溜め息を覚えた。



「あんたと一緒だと思われるのは心外だから言っとく

あの時言ったようにあれから彼とは一切連絡とってないし勿論会ってもいない


だけど…


気持ちは置き去りにされたまま、あそこで止まってる


強制的に止められたと言う方が正しいけど」


「俺のせいとでも言いたげだな」


「何かまた自分の思い通りにならない不都合が起きたら死ねばいいとか思ってない?


そんなあんたの軽卒な行動に私はずっと怯えて生きてかなきゃならないの?


身勝手なあんたと私の気持ちを殺して続ける家族が幸せになれると思う?」


「あの時はどうかしてたしもうあんな事しねえよ


勝手だがお前が裏切るなんて考えた事なかったから…

それだけショックが大きかったんだ

俺マジで変わるから

本当に悪かったと思ってるから」



「だったら…


何もなくあんたが大好きだった頃の私に戻してよ!


家族みんなで笑って過ごしたあの日に戻してよ!


私がどんな思いでいたか…


絶対に許せない


あんたといる限り私は苦痛をずっと背負って生きていかなくてはならないの


もう勘弁してよ…


お願いだから…解放してよ」


「お前がそう言うのも当然だ…

だけど最後のチャンスくれないか…頼む」



「おとー…」



「う、うん?!」




「あんたの言葉には重みが全然感じられないんだ



もうさ…



私に




執着しないで」

No.285 12/03/20 08:37
きら ( ♀ sdWbi )



言ってやった…



胸がスッとした。



以前、夫に言われた言葉。


『俺に執着しないでくれ』


言い放たれた瞬間
暗闇に突き落とされた私。



まさか同じ事を夫に言う日がくるなんて思いもしなかった。



言われた夫は
肩で息をしている。



私は…



「また馬鹿な事でもしてみる?


言っとくけどそんな事しても、そこまで卑怯な男に成り下がったあんたの十字架なんて…私は絶対に背負っていかない


逃げたあんたを恨むだけ


二人に何度も心を殺された私は、今の自分に後悔したりはしないから」




『平気』な顔を見せる。




情に流される私の性格を熟知している夫の心理を逆手にとり、何でもない顔をする方が効果的だと思った。




本音はやはり怖い…




馬鹿な事だけはしてもらいたくないから。

No.286 12/03/20 08:41
きら ( ♀ sdWbi )



つけっぱなしになってるテレビは、天気予報を映し、梅雨明けの予想日を伝えてた。



夫はテーブルの先に目を落とし、ずっと考え込んでいる。



眼鏡の予報士が今夏は去年同様、厳しい暑さが予想されると伝え、夏に弱い私は今から憂鬱になリつつ煙草を燻らしていた。



「俺…」



考え込んでた夫が口を開いた。



「本当に変わるから


一年…いや、半年でいい


頼む

最後のチャンスが欲しい


変わった俺を見てもらって、それでもお前の気持ちが変わらなかったら諦めるから」



夫の顔は真剣そのものだ。



だけど…



何も響いてこない。



「無駄だと思う


だって…


もう


愛してないんだから」



夫の顔が情けない表情に変わっていく。



「それでもいいから…


とにかく変わった俺を見てから、もう一度判断してほしい


頼む…」



こんな事を言う私は…



「言ったでしょ?


あんたから言われた言葉はどんなに時間が経ったところで忘れる事ができないの


だからやり直すなんて考えられないから


離婚するまでに色んな手続きがあるし、時間も要すると思う


その期間を半年とするならいいよ」



冷酷なのだろうか…



「俺はそれだけの事をしてきたんだから


それでもいいから」



「ならいいけど


それと西田の件は全て私に任せてもらうよ」


「わかった」



今さらながら、もっと早く気づいてほしかったと思う気持ちは否めない。



でもそれは、過去としての感情でしかないけれど。




夫と別れる事が苦痛の西田。


家庭を失う事が苦痛の夫。




自分勝手で歪んだ愛情。




二人のリセットボタンは今私の手の中にある。




制裁なのか…



復讐なのか…




それとも



未来への解放なのか…





そのボタンを押すのは私。

No.287 12/03/20 12:33
きら ( ♀ sdWbi )



それからの私は家事や仕事の合間に離婚の準備を進めながら、約一ヶ月西田親子と戦った。



散々揉めたが夫に二人の前で、最初から彼女の事は好きではなく遊びだった事実を告げさせた。



養育費は払うが認知はしない。



慰謝料は分割で毎月支払う形で落ち着く。



誓約書に、今後二人は関わらず一切の縁は切ると書き添えた。



絶望の表情を浮かべ、人目をはばからず号泣しながら夫にすがった彼女。


その隙間から憎悪を剥き出しに睨み付ける西田の視線に、今まで抱いてきた私の負の感情は払拭されたのだった。



「不倫に未来はないのよ」



冷笑を浮かべた私。



夫と西田は完全に終わった。




それから一ヶ月後
西田は男の子を出産。



母親から養育費開始の連絡を受ける。



「由美は子供を見ながら、未だに和也君を忘れられず毎日泣いてる」と補足をつけて。



夫は子供に会いには行かなかった。



毎日帰宅し、当然外泊は一切なくなった。



だが、目も合わせず最低限の会話。



歩み寄らない私と、一方だけの努力でうまくいくはずがない。



それは二年に及んだ西田との裏切りで、私が嫌ってほど味わってきた無駄な努力と虚しさ。



不倫相手に子供まで産ませただらしない夫。



その報われない虚しさを思い知ればいい。

No.288 12/03/20 23:35
きら ( ♀ sdWbi )



この頃になると私は信用のおける友達にだけ状況を話していた。


その中に奈緒美も入っている。


「ったくさぁ!
何よそれーー!!」


奈緒美は怒っていた。


「ちょっときつかったからさ…ごめんね」


今まで黙っていた事に怒っていたのだ。


「あたしって涼子にとってそんなに頼りない存在なのかよー」


「ごめん…」


ひたすら謝る私。


「瞼腫らしたり落ち込んでたりおかしいとは思ってたけどさ…

まぁ…あんたのそれは今に始まった事じゃないんだけどやっぱ腹たつー!」


そう言いながら梅干し入りのチューハイを飲み干す。


「ごめんね
言えない自分にも疲れちゃうんだけどね」


「厄介な性格だよ本当に~

とりあえず…
チューハイおかわりね!」


「はいはい(笑」



行きつけの居酒屋。
飲み物とおつまみを追加した。



「それにしても旦那はありえないね

子供まで作っときながら離婚はしたくないだなんて、それが通ると思ってるとこが図々しいよ」


「私も今まである程度の事は目を瞑ってきたのが悪かったのかも…

内心は嫌なくせに男の遊びに理解あるような顔してきたからさ

どんな事でも許してくれると思ってたとこはあると思う」


「そうよ~男ってすぐ調子に乗るんだから、締めるとこはがっちり絞めないと」


「でもやっぱ口うるさくて必要以上に言ってしまう時もあった

特に西田の時は本当に醜態晒したからさ

目を血走らせて待ち構えてる女房がいる家には帰って来たくないよね(笑」


「涼子、あんた…

本当に吹っ切れたんだね」


「え?なんでなんで?」


「笑って話してるから

まだ悩んでたらそんな顔できないでしょ」



奈緒美に言われて迷いのない自分に改めて気づいた気がした。



「そうだね

こうなるまで本当に大変だったけど…

あのね奈緒美…」


「ん?」


躊躇しながら彼の事を奈緒美に話した。


「まじ…?」


「うん…」


きっと怒られるだろうな…と思った時、奈緒美が急に泣き出した。



「ヒック…ウッ…」


「な、奈緒美?」


「会いたきゃ会えばいいじゃん!

かっこつけんじゃないよ」


「え…?」


「金井さんがいてくれなかったら、あんたどうなってたのよ…

浮気でも不倫でもない!

金井さんは命の恩人なんだから会って何が悪いのよ!」


「奈緒美、それはちょっと違うような…」


「ちがくない!!

そんな地獄の中から救いだしてくれたんでしょ!

もういいじゃん…

我慢しなくたっていいんだよぉ…ウック」


「奈緒美…」


なんだか私も泣けてきた。


40過ぎた女二人が泣きながら梅干し入りのチューハイを片手に語る姿は怖いだろう(苦笑)


その後、マスカラが落ちて目の下が黒くなった奈緒美の顔で笑いこける私達は、誰も近づけなかったに違いない(笑)

No.289 12/03/20 23:38
きら ( ♀ sdWbi )



「よし!!」


奈緒美が何やら思い立ったような声をあげた。


「金井さんを呼ぼう!」


と、ケータイを出した。



「奈緒美やめて!!」



「どうしてよ?

金井さんだってきっと待ってるはずだよ

もう気にしなくてもいいじゃない」



「お願い…やめて」



「涼子、あのね…」



奈緒美の言葉を遮って私は言った。



「今はまだ駄目なの…

次会う時は心から笑って会いたいから

中途半端な自分ではなく、堂々と胸張って会いたいんだ…」



「そんな無理しなくても…」



「私…頑張ったよって、言いたいの


ちゃんと自分の足で歩いて来たよって


会いたくて会いたくて
たまんなかったよって


本当は…ちょっと怖い


気持ちが変わってたらどうしようとも思う


でも…


私はずっと
好きだったよ…って


そう言いたいの」



「涼子…」



一度止まった涙が再び大粒となってポタポタ落ちた。



「奈緒美…

彼には何も言わないでね

お願い約束して…」



「もう…わかったよ!

ホントあんたって変に固いとこあるんだから

もっと楽に生きればいいのにさ」


「甘えた自分はもう嫌なんだ…

もう同じ事も繰り返したくないから」


「金井さんは真面目で自分の意見をハッキリ言う人だって彼から聞いた事ある

けっこう頑固なとこもあるらしいよ」


「知ってるもん」


「あ~そうですかぁ

大きなお世話しちゃって
失礼ぶっこきました!」



二人で笑った。



「あんたも幸せにならなくちゃね…涼子」


「ん…ありがと」



「てか、涼子…

あんたもマスカラ落ちてるぅ~あははは!」


「えーー!!」



あっちゃん…


私、少し強くなったよ



「きったねー顔!」


「奈緒美だって相当なもんですからー!」



何をしていても
あなたを想う私がいる…



「うける~」


「あははははは!」



今この瞬間も


あなたを想って…



あっちゃん



もうすぐ会えるね…




「今夜は飲もう!」


「おー!」


「「ここ、チューハイ
おかわりーー!!」」



久々に遅くまで、奈緒美と二人で飲んだ夜だった。

No.290 12/03/22 09:05
きら ( ♀ sdWbi )



どこまでも澄み渡る空の下で、木々は色づき、秋桜が美しく咲き乱れる。


高い高い空と爽やかな風が私の一番好きな季節の到来を告げる。



―――秋



鈴虫の鳴き声が心地好い音色を奏で、美しい月が夜空を照らす。



なのに私は…



いつもこの秋の夜長に
どこか物悲しさを感じてしまう。



月夜の空に想う。



どのくらいの涙を流したのだろう…


出会った頃は幸せな未来しか見えなかった。


ぐいぐい引っ張ってくれる強引なあなたが大好きで、笑顔が眩しかった。


どこかに行ってしまいそうなあなたの背中を、いつも必死に追いかけていた私。


『馬鹿だな

心配するなよ

お前は俺とずっと一緒にいるんだぞ』


そう言ってポンと頭に手を乗せ抱きしめてくれた。



つまらないヤキモチもいっぱい妬いた。


過去に縛られ、常にあった不安な気持ちから幾度となく言ってしまった重い言葉。



まるで片思いをしてる中学生のように夫婦になっても私はあなたに恋してた。



あなたしか見えなくてあなたが全てだったあの頃。


笑顔が溢れ家族で過ごした幸せな時間。



ほんの少し前の事なのに…



遠い昔のように感じる。




あなたを信用する事ができなくなってごめん…



一生愛すると誓ったのに、愛せなくなってごめん…




おとー…







もう醜い女にはなりたくないんだ。



大嫌いな自分もやだよ。




傷つけ合うのは終わりにしよう…



互いに解放して
別の道を歩んで行こう。




私の未来予想図に
おとーはもういないから…




夫との決別を、秋夜の月を見ながら固く決心した私。




和也…




他の人を愛して




ごめん…

No.291 12/03/24 08:56
きら ( ♀ sdWbi )

>> 290

数えきれない嘘と裏切りを重ねてきた二人の事だから誓いなんて簡単に破ると思っていた。



けれど…



彼女が出産して二ヶ月経過したが、夫は彼女と子供に会う事はなく、西田からの接触も一切なかった。



誓約書通り。



不倫を繰り返してきた女の結末。



二人は完全に終わった。



西田は今、毎日何を思い、どんな気持ちで我が子を見ているのだろうか…



決して許されない歪んだ形ではあったけれど、彼女の愛は真剣で、愛する気持ちは一途だった。



そんな西田に、私は願わずにはいられない。



かけがえのない存在と無償の愛を知った彼女が、我が子を慈しみ育てていく中で過去の過ちを悔い恥じて、反省できる母親になってもらいたい。



彼女の背中を見て育つ子供を不便にさせない為にも、人を傷つける恋愛はもうしてはいけないのだ。



子供と一緒に母として成長していけるように願って止まない。



こう思えるようになった私は、約二年に渡り続いた西田との戦いに本当の意味で終止符を打つ。




一方、夫はと言えば―。



最初こそしおらしいような顔をしていたものの、いつものように終わった事だと悪びれない態度で何かを忘れている。



だが、仕事が早く終わっても真っ直ぐ帰宅せず飲みに行く回数が増えたのは、私から切り出す言葉を避けてるかのようだった。



そんなある日の日曜日。



土曜日の夜、また会社の連中と飲みに行くと連絡があり、翌日の昼近くに帰宅した夫はまだ酒臭くそのまま夕方まで爆睡。



逃げてる夫に苛々しつつも、その寝顔はとても疲れていて急に歳をとったかのように見える。



こんな状態


いつまでも続けられるはずないのに…


もがく夫を少し哀れに思った。



夕方5時頃


寝起きでボーッとテレビを見ている夫のケータイが鳴った。



着信を確認するものの
電話に出ない夫。



「なんで出ないの?
うるさいから早く出てよ」


「会社から…面倒くせぇ」


「日曜日のこの時間に?」


「決算近くて、今日事務員4人出てるから」


「なんかトラブルあったんじゃないの?」


「何でも俺に言われても困るし、よっぽどの事があったらまたかけてくるだろ」



「あそう」





そこがあんたの甘いとこ。




ナメない方がいい。




私の直感。




またですか…




そして




最終局面を迎える。

No.292 12/03/25 00:11
きら ( ♀ sdWbi )



静かな寝息が聞こえる。



何も気づいてないであろう夫はぐっすり眠っていた。



相手を確認すると反射的に私を見た夫。


だがその視線は即座に外され、鳴り続けるケータイに気だるそうな表情を見せた。



何も疑うところはない。




でも…



ほんの一瞬の表情を、
私は見逃さなかった。



片方の口角がひきつり持ち上げられた頬が目尻を細め、いかにも不都合とわかる顔。


一瞬でもまずい表情をした事の焦りから私を見たのか、疚しさから見たのかはわからない。



どちらにしろ
私の直感が働いたのだ。



夫のケータイを躊躇なく開いた。



こういう勘だけは鋭く働く自分に思わず失笑しそうになる。



ビンゴ。



―――


電話まずかったですか?


所長、昨日けっこう酔ってたから心配になって電話してしまいました


すみません


昨日は楽しかったです🎵


今度は二人で行きたいな


なーんて
冗談、困りますよね😅


ではまた明日です✋


―――END




何か始まる匂いがプンプンするメールの内容。



しかもまた会社の女。



夫は数ヶ月前から本社に戻り、本社には10人の事務員がいる。



その中の一人で、入社して1年になる事務員。



相沢香織 31歳


5歳の娘と二人暮らしのバツイチ。



西田とケリがついて、まだ半年も経ってないというのに、さすがの夫もそこまで馬鹿ではないだろうと思った。



だが…



この二人がくっつけば
即離婚のチャンスだ!とも思った私。



女から言い寄ってくる
いつものパターン。


相沢香織はユッキーナ似で西田とは全く違って可愛い顔をしている(苦笑)


可愛い系が好みの夫の理性は猿並みだ。


出来上がるのは時間の問題だろう。



私はそれまで見守る事にした(笑)



本気になったらそれでいい。



でも、もしそうなったら、自分の子を産んだ西田が哀れではないか。



そんな事をぼんやり考えていた。




いつも裏切られるのは秋から冬の寒い季節に重なる。



奇しくもまた始まりが冬の入り口。




後に知る。




相沢香織という人物は西田の比ではない強かさを持ち、汚い女だった。

No.293 12/03/25 11:00
きら ( ♀ sdWbi )



なんてわかりやすいのか…



夫の外泊が始まった。



西田の時とは違い、アパートに暮らす相沢とは会う場所に困らないだろう。



だが、子供がいて安易に部屋に入れるだろうか…



夫の仕事が終わるのは早くて9時頃。


遅い時は日付を越える時もある。


それから会うとして5歳の子供を置いて外で会うのはありえないし、連れて外で会うのにも限界がある。


夫が部屋に行くのが自然。


だが、まだ始まったばかりで子供からすると見知らぬ男性。


それを平気で部屋に入れ、そこで一緒に寝る相沢という女の『程度の低さ』が伺い知れた。



何よりも…


ああ


我が夫よ…




家庭が大事?

大切なものに気づいた?

これからの俺を見てくれ?



あんたは私に自分の恋愛事情を見てほしいんですか…



舌の根も渇かぬうちに、また同じ事を繰り返す自分を恥ずかしいと思わないのですか?



それに…


我が子を放って他人の子と過ごすあんたに、もう子供の事は言えないです。




嫉妬心など微塵も沸かないし、今さら道徳心も求めたりもしない。



西田の時にあれだけ大変な思いをして、子供まで産ませ養育費を払ってる現状。



何の教訓にもなってない夫に、男としてではなく人として無性に腹が立つ。



こんな男に我慢してきた自分にも腹が立って仕方がなかった。




私は冷静に証拠集めに徹していた。

No.294 12/03/25 12:20
きら ( ♀ sdWbi )



―――


かーくん


会いたい❤


鍵あけておくね


―――END



鼻からコーヒーが出そうになった。


かーくん…


痛すぎる(笑)



―――


今夜は仕事が終わらなくて遅くなるから行けないよ


ごめんな


―――


あっそ


―――


明日行くからよ❤


いい子で寝ろよ


―――


もう来なくていい


―――


その代わり明日一杯愛しちゃうぞ❤


今夜はぐっすり眠って体力つけとけよ😜


―――


も~ばか(笑)


わかったぁ


かーくん愛してる?


―――


愛してるよ❤


―――


名前はぁ?


―――


香織愛してるよ❤❤


―――


大変よくできました😆


かーくん私もよ❤


おやすみなさい💤


―――END



読んでて寒かった(笑)



どうしても比較してしまう西田に申し訳ないが、彼女の時とは明らかに違う。



夫がハートマークを乱用している(笑)



それに相沢はツンデレ。



そのせいか夫が追いかけてるように感じた。



それにしてもだ…



5歳の娘が眠る同じ部屋で、お互いの体を貪り合う家畜の二人。



子供を哀れに思う。



私は自分のケータイにそれを納めた。




かーくん…………




だめだ…




横腹が痛すぎる(笑)

No.295 12/03/25 14:38
きら ( ♀ sdWbi )



「許せないです!!!」



私と奈緒美は驚いて同時に体がビクッと動いた。



上役はゴルフで不在、社員も夕方まで戻らずで比較的に暇な事務所に綾香の声が響いた。



机を両手で叩いて突然立ち上がった綾香。



「もう!びっくりしたじゃんよ

あんたが興奮してどうすんの」


奈緒美が灰皿に煙草の灰を落としながら言った。



綾香が怒ってる原因は夫だった。



この頃は我が家の恥を晒すが如く、若い綾香にもそれとない事情を話していた。


て言うか、奈緒美と会社でもその話題になる事が多かったから必然的に綾香にも知れたのだ。


私と奈緒美が『かーくん』で笑ってたとこに、綾香が急に怒りだしたのである。



「旦那さん何考えてるんですか?!

涼子さんはなんでそんな笑ってられるんですか?!

旦那さんにガンガン言ってやって下さいよ!!」



目が三角になってる綾香に私は諭すように言った。



「そりゃあ私だって許せない気持ちだよ

だけどね、言っても無駄なのよ」



「無駄?」



「そう無駄ね…


色んな事において、自分の過ちで辛さや悲しみを知り本当に反省した人間は、言われなくとも二度と同じ事はしないはずだよ


上っ面だけの反省で、人の痛みを感じない奴には言うだけ無駄って事よ」



「あぁ…なるほど」



口をポカリと開けたまま、着席した綾香に奈緒美が言った。



「まぁ反省は猿でもできるしね~」


「なんですかそれ…?」


「あれ?知らないの?」


「何がですか??」


「奈緒美…ちょっと古くない?」


「え?反省猿ってそんな昔だっけ?!」


「…みたいね」



あはははははは!!!



「え~なんですかぁ?!」



一世を風靡した反省猿を知らない綾香に年代の差を感じ、なぜか奈緒美と私は爆笑した。



それから綾香は奈緒美に頼まれた書類を届けに得意先に向かった。



門から一台の車が入って来たのが見えた。



「奈緒美~坂木さん来たみたいよ」




次の瞬間。


息が止まりそうになる。




(……あっちゃん!)



私は奈緒美を見た。


ニッコリ微笑んでいる。



「どうしよう」


と、言っても何も言わず
微笑んでいる奈緒美。



どうしよう

どうしよう


一人でテンパってる私。



車から降りるあっちゃんの姿が見える。



とりあえず私は給湯室に走った。



「金井さんいらっしゃい」


「あ~どもども」



ドキドキドキ…



久しぶりに聞くあっちゃんの声。



奈緒美が信じられない言葉を放った。



「涼子~あたし銀行に行ってくるからあとはよろしくね~」

No.296 12/03/25 17:28
きら ( ♀ sdWbi )



ドキドキドキドキ



私は給湯室で固まっていた。


顔が熱くて耳まで熱くなっている。



すぐそこにいる彼に、最初どう話しかければいいのかわかんない。



どうしよう…


どうしよう………




「深山さん」




ドッキーン!!!




呼ばれて全身が一気に熱くなった。



もう10分以上経過している。



いい加減出ていかないと
心配して彼から来そうだ。



私はソロソロと給湯室から出て彼が座ってるソファーの近くまで行った。



「誰もいないのかな?」



「あ、はい…」



答えるが彼の顔を見る事ができず、うつむいたままの私。



「深山さん…」



会社ではそう呼ぶ彼。



「えっと…専務は…」



私は顔を上げた。


およそ半年振り。


久しぶりに見る彼の顔。



「やっと見てくれた(笑)


専務はまだ戻ってないのかな?」



「今日は専務、ゴルフでいないけど…」



「あれ?専務が訂正したい書類があるから2時頃来れるかって奈緒美さんからメールきてたんだけど…」



奈緒美は専務が不在なの知ってるし、そんな書類の事も聞いてない。




奈緒美め。



気を回したんだ…




不思議に思う彼に奈緒美に私達の関係を話した事情を彼に簡潔に説明した。




「それは…大きな変化があったんだね」



「うん…

思いっきり…」



「そっか…

いい方向なのかな?

それとも…」



「ただいまーっ」



話してる途中で綾香が帰って来た。



「おかえり早かったね」



「道めちゃ空いてましたもん

金井さんこんにちは!」



綾香と挨拶を交わした後、席を立つ彼と玄関まで一緒に行った。



「お気をつけて」



「どうもお邪魔しました」



ドアを閉める寸前
彼の小さな小さな声。




「俺…


変わってないから」




そう言って
ドアは静かに閉じられた。




奥を覗くと綾香は電話を取っている。




私は外に駆け出し、車に乗り込もうとしてる彼に言った。




「あっちゃん!


今夜電話してもいい?」




変わらない優しい笑顔を見せてくれる彼。




「待ってるよ、涼子!」




私も笑顔になり小さく手を振って彼の車を見送った。

No.297 12/03/27 22:18
きら ( ♀ sdWbi )



「おとー
なんか久しぶりだね」


「だな~
最近忙しくてなぁ…」



珍しく早く帰宅した夫が怜奈と話していた。



「ねぇ、おと!
もうすぐクリスマスだよ」


「何か欲しいのあるか?」


「うん!」


「ちょっと待て~
お父さんが当ててやる!」



どんな心境で娘と会話してるのか、頭をかち割って見てみたいものだ。



当然のようにくつろいで、怜奈と話す夫に苛立つ。



「片付かないから早く食べちゃってよ!」



夫がいると自分のテンションがどんどん下がった。



なんで帰って来るのか…


なんでここにいるのか…


新しい女の存在。


理解不能な夫の行動。




言い訳なんかさせない。


もう少しだ…




「お母さん!」


怜奈の声にハッとする私。



「クリスマスは外食する事に決まったよ!」


「そ、そう」


「楽しみ~!!」



怜奈の事はやはり可愛いのか…



気づくと無意識のうちに、時計を見ていた。



こんな日に限って早く帰宅するなんて、どこまでも自己中なヤツ。



と、さえ思ってしまう私は全く夫に愛情がなくなったのを再認識していた。

No.298 12/03/30 10:19
きら ( ♀ sdWbi )



夫が入浴してる時
あっちゃんにメールした。



―――


ごめんなさい


遅くなりそうで…


明日でも大丈夫ですか?


―――END



すぐに返信が来た。



―――


涼子の都合がつく時でいいんだから😄


俺はいつでも構わないから無理だけはしないようにして✋


―――END




振り回したくないのに…


申し訳ない気持ちになる。




ソファーに投げてある夫のケータイを見てイラッとした。



放置してるケータイは、何もないと思わせる為の演出なのか…



学習もしなければ、何事においても我慢ができず自由にしてる夫に腹が立って仕方がなかった。



折ってしまいたい衝動を抑え、乱暴にケータイを開きメールを見た。



―――


ねぇ…かーくん


私は奥様を傷付ける事をしてるのよね…


一緒にいたいなんて言ってはいけないね


ううん


初めから好きになってはいけない人だったのに…


奥様に申し訳なくて胸が張り裂けそう


だけど…かーくんがいない人生なんて考えられないほど愛してしまったの


毎日一緒にいてなんて言わない


ほんの少しの時間を私に下さい


今は一緒に過ごせる時間を大切にしたい


―――END




こういうのが一番苛つく。



自分には良識があるとアピールしつつ、男心をくすぐる甘く切ない言葉にも抜かりがない。



どうせ計算。



そう思わせる数日前のメール。



―――


頻繁に家を空けられないってハッキリ言ったら?


疲れた時、奥様の方が癒されるんでしょうから


別に無理して来なくていいし、かーくんの気分で来られても困るしね


どうぞご自宅でくつろいで


んじゃまた明日


―――END



メールの内容から、今日は行けないと言った夫に苛つく女が想像できる。


このどこに私に悪いと思う気持ちがあるんだか…


不倫に狂う人間は言ってる事が利己的で矛盾だらけ。


この日帰宅してない夫は、いそいそと彼女のご機嫌を取りに眠い目を擦りながら行ったのだろう。




ふん…



馬鹿くさい。


二人とも不倫の底無し沼にどっぷりはまって溺れてしまえばいい。




そう思う私の心は醜いのだろうか…

No.299 12/03/31 09:47
きら ( ♀ sdWbi )



プルルル…プルルル…


コールが続く。



時計は23時を回ってる。



夫は風呂からあがってすぐに寝た。



こんな状況でも夫はやりたい放題で、我慢するのは私ばかり…



あまりにも理不尽ではないのか…



苛々が募る。



あんたらばかり好き勝手しやがって…



私の心に悪魔が宿った。



二人の仲をぶち壊してやりたい。



なぜ身勝手な二人が、楽しそうに幸せな時間を送るのか。



なぜ、私はそんな夫に我慢してるのか。



夫に愛情はなくとも既婚者に平気で近付く女は許せないし、離婚の話を聞き入れない夫の勝手過ぎる行動も許せない。



そんな二人が笑顔でいる事事態が許せなかった。




知らない番号だから出ないのか、寝てるからなのかコールが続いている。



非常識なんてお互い様。



私は相沢香織に電話をかけていた。



「…はい」



一旦切ろうかと思った時、聞こえてきた彼女の声。



「相沢さんですか?」



「…どなたですか」



初めて聞く声でも、不審が入り交じった不機嫌な声だとわかった。



「深山の妻ですが」



一瞬、彼女は黙った。



が…



「このような時間に所長の奥様が私に電話してこられる理由は何ですか?」



堂々たる言い振りだ。



「それはあなたがよくわかってるでしょう」




こいつも宇宙人なのか…




この電話で相沢の強かさを知る。

No.300 12/03/31 13:01
きら ( ♀ sdWbi )



「単刀直入に言わせてもらいます

夫と仕事以外の付き合いしてるよね?」


「あの…おっしゃってる意味がわかりませんが…」


「私の妄想でこんな時間に電話かけたりしないけど?」


「失礼ですが奥様

何を根拠にそのような事を言われてるのですか?」




根拠…



メールの事をここで言うのは躊躇われた。



それに妙に落ち着き払った彼女の話し方が鼻につく。



「夫の嘘はすぐわかるの

こんな事あなたが初めてではないし、今まで何度とあったので」


「それがなぜ、私だと思うのですか?

所長がそう言ったのですか?」


「言ってないよ

だからそれは…」



私の言葉を遮り相沢が言った。



「奥様、私そんな疑いかけられてとても迷惑です

今そこに所長はいらっしゃいますか?」



夫はもしかして万が一の時の為にケータイの登録名は変えてる?!


と、錯覚してしまうほど強気で且つ、冷静に否定する彼女。



『香織、愛してる』と
夫は何度もメールで言っている。



間違いなんてあるはずがないのだ。


ここで私一人が熱くなったらきっと馬鹿をみる。


メールを暴露するのも今ではない。



とぼける彼女に
私もとぼけてみせた。



「夫はもう寝てます

最近外泊が多くなっておかしいと思ってたら、この前寝言で香織愛してるよって言ってたの」


「はあ…」



とぼけかたが上等。



「香織って名前はあなたしかいなかったから私の勘違いだったみたい

ごめんなさいね」


「いいえ

誤解が解けて安心しました

それにしても所長はそんなに浮気する方なのですか

あっ

傷付いてる奥様にこんな事聞いたら失礼ですよね

すみません」



やっぱりそうきたか…



好きな男の浮気癖は聞き逃せるはずがない。



「こんな事あなたに言う事ではないんだけど…」



私は傷心の妻を演じて見せた。

No.301 12/03/31 14:39
きら ( ♀ sdWbi )


「愛人が三ヶ月前に夫の子供を産んだの」


「え?!」



さすがに驚いたようだ。



「会社で噂になってないかな?

知ってる人もいると思ってたけど」


「もしかして…

西田さん…」



彼女は聞いてる風ではなく『まさか…西田?』と信じたくないような言い方をしていた。



「そうなの

西田さんとずっと不倫関係で妊娠しちゃって…

夫はそれでも離婚したくないと、両親も巻き込みそれはそれは大変な思いしたのね」


「……」


「今は別れたけど毎月養育費を払ってるの

あれからまだ半年も経たないのに、また浮気してるようだから本当に許せなくて…」


「奥様はなぜ西田さんの時の事を許せたのですか?!
私だったら絶対に許せないです!」



さっきまで冷静だった彼女が興奮気味に語気を強めて言い出した。



私は哀しみを含んだ声で続けた。



「何度も離婚して西田さんと一緒になるように言ったの…

だけど夫はどうしても離婚はしたくないと言って…

家族が一番大事で、西田はただのはけ口でしかなかったと…

なのにまた浮気だなんて、本当に信じられなくて…」


「……」



絶句してる彼女。



「夫の車に隠してあった二人で撮ったプリクラを見つけて…」


「プリクラ…ですか?」


「うん…

先週の日付になってて髪の毛の短い若い子で、てっきりあなたかと思って電話してしまって本当にごめんなさい」



彼女の顔は夫のケータイで確認済みで、彼女はセミロングだ。


それにプリクラなんてない。


大嘘をついた。



「所長はなんて酷い人なのでしょうか…」



私は笑いを堪えながらトドメを刺す。



「今も必死に隠してるところを見ると、また浮気相手をはけ口としか思ってないんだと思う

愛してるだの、お前だけだの言われて騙されてる相手の女性に申し訳なくて…」


「奥様!一緒に相手が誰なのか探しましょう

もしかしたら会社の人かもしれないですし私も協力します

所長の帰りが遅い時とか私に連絡くれたら会社にいるか情報を流します

本当に会社の人と飲みに行ってるのか、わかりますから遠慮なく言って下さい」



爆笑しそうになった。


存在しない浮気相手を探そうとしてる。


探したいのは私の為ではなく自分の為。


しかも私を利用してなんてこれまた上等。



それに…


私は会社の人と飲みに行ってるなど一言も言ってないのに。


自分からバラしてる事に気づかない程興奮してるのだろうか。



この電話は夫には内緒という事で終えたが、不倫女の言葉は信じたりしない。


プリクラの相手を問い詰めるはず。


西田に子供を産ませた夫の言葉は嘘にしか聞こえないだろう。



電話口で冷笑を浮かべる私。



自分が浮気相手のくせに、平気な顔して協力すると言う厚かましい女と学習能力のない馬鹿な夫には、今の性悪な私がちょうどいい。

No.302 12/04/03 08:32
きら ( ♀ sdWbi )



翌朝。



「行ってくる」



支度を終えた夫が仕事に出掛けようとした時。



「昨日、相沢香織に電話しといたから」



「なっ!

な、なんでだよ?!」



わかりやすいリアクションの夫に、笑いを堪えるのに必死だった。



「なんでだろうね?(笑)

なんでか聞きたい?」



「な、何勘違いしてるか知らねえけど会社の奴に電話なんかすんなよ」



「ねぇねぇ

勘違いってなに?」



「し、知らねーけど」



私と一切目を合わさずに靴を履いてる夫に笑顔で言った。



「あ、そうそう、西田の事も教えといてあげたからね(ニコッ」



言葉を失い口をポッカリあけ固まってる夫に、私は眉毛を下げ続けた。



「ごめんねぇ

なーんか私、変な勘違いしちゃったみたいね

あんたから彼女に謝っといてよ

あ、洗濯機終わった~
干しちゃうね

行ってらっしゃい」



パタパタと洗濯機へ向かった。



洗面所の前で舌を出す私。



ばーか。



あとは二人で揉めるなり、愛を深めるなり勝手にしてちょーだいな。



玄関のドアが力なく静かに閉じられたのは、それからしばらく経ってからだった。



私が気づいた事を知った二人が今後どうするのか見物でもある。



相沢香織が、これで身を引くのか西田のようにしつこいのか…



どっちにしても不倫の代償は知ってもらうけどね。



どんなにとぼけようが、メールはバッチリ押さえている。



夫と共に沈んでもらいましょ(笑)




どちらにせよ



私にはある考えがあった。

No.303 12/04/03 22:16
きら ( ♀ sdWbi )



―――


あっちゃん…


勝手承知で言います


かけるって言った電話…
あっちゃんに甘えてしまいそうで怖いんだ…


今、自分自身で乗り越えなければ何も変わらない


だから…


私自身で納得した時
……電話していいですか?


でもその時、あっちゃんの気持ちが変わっていたら電話に出ないで


残酷な優しさを見せない、あっちゃんの最後の優しさだと勝手に思わせといて…


私はその現実を自分でしっかり受け止めるから


勝手ばかりで本当にごめんなさい


今、出口が見えかかって、自分が信じる道にたどり着くまでもうすぐ…


だからこそ


私…


最後までちゃんと頑張りたい


―――END



改めて自分に言い聞かせるかのように、そして奮い立たせる為に仕事に行く前にあっちゃんにメールした。




本当は…



今すぐ声が聞きたい。



顔だって見たい。




…けれど



あっちゃんの笑顔。



張り詰めた糸が切れてしまいそう…



糸の切れた私はふわふわと居心地の良い方に流れてしまうから。



中途半端な自分。



言葉の重みは失われ、夫と同じになるような気がするから…




どこまで伝わるかわからないけれど…



待っててなんて言えないから…



面倒になって嫌われるかもしれない。




でも




でも…




私は




未来を信じたい。




あっちゃんを




信じたい…

No.304 12/04/04 13:04
きら ( ♀ sdWbi )



―――


迷わず、振り返らず
自分が信じた道を進む


どんなに時間がかかっても構わない


俺が涼子にそう言ったんだよ😄


責任取れない事や出来ない事は言わないタチだから大丈夫


口にしたい言葉は後に取っておくから(笑)


涼子ありがとう


―――END



会社に着く頃に届いた彼からの返信。



心がとても温かくなって、今日からまた頑張れるって思えた。



師走に入り前倒しの仕事内容で忙しかったが、元気いっぱいに出勤しヤル気満々の私は、てきぱきと仕事をこなしていった。



―――――――――


――――――



「変に誤解されたらやだから言っとくよ」



予想に反して早く帰宅した夫が風呂上がりにバスタオルで髪の毛をバサバサ拭きながら『軽め』に言ってきた。



「なんの事?」


とぼけてみせる。


「相沢だよ」


「私の誤解って今朝言ったじゃん」


「ま、まぁそうだけど
一応だよ、一応な」


「別にいーよ」


「なんでだよ」


「もう済んだ話なんだからいいじゃんよ」


「嘘つけ!

お前があんなので納得するはずないだろ」


「なんで?」


「な、なんでってお前…」


「だって誤解なんでしょ?

あ、もしかして言い訳?」


「ちゃうちゃう」



いきなり関西弁(笑)



嘘を聞くのがめんどくさいだけなんだっつーの。



「彼女怒ってたでしょ?」


「いや、怒るはずないよ
なんも関係ないんだし」


「おっかしいなぁ…
間違えられた事に怒るかと思ってたけど」


「あ、ああ、忙しかったし特に話してないから」


「私、なんで勘違いしちゃったんだろうなぁ…」


「寝言だろ?」


「話してんじゃん」


「あ…いや」



基本、わかりやすい夫は、簡単に誘導尋問に引っ掛かる。



その素直さだけは褒めてあげよう(笑)

No.305 12/04/04 17:09
きら ( ♀ sdWbi )



夫は聞いてもない事を一気にベラベラと喋り出した。



彼女に仕事の事で相談された事があって、会社以外で二回会ったと。


勿論会ったのは外であって例え誘われても自宅には行くはずがないと。


あくまでも会社の上司としてでしかなく個人的な感情は一切ないと。


寝言で言ったのは飲み屋のネーチャンの名前で、いつもそれくらいの事はちゃらけて言ってると。



放っておくといつまでも喋る勢いだ。



はいはい、ご苦労さん。
と思いつつ、少し笑みを浮かべて夫の話を遮った。



「あんたさぁ…」


「な、なんだよ」


「もしこれが全部嘘だったらどうする?」


「嘘じゃねえって」


「わかってるよ

もしだよ、もしもの話ね
もし嘘だったら私が何するか想像できる?」


「何するんだよ」



微笑から真顔に変わる私。



「…壊す」



「こ、壊す?」



「あんたも女も…

とことんぶっ壊してやる」



「はは…そんな事あるはずねえしな」


「それと」


「うん」


「決めるのは私

忘れないで」


「…どういう意味だよ」


「決めた事が何一つ守られず、日常に流されて忘れてるようだからさ」


「またその話か
もう少し時間くれよ」


「これでまた同じ事したら問答無用

こっちの条件は全てのんでもらって離婚

わかってるね?」


「わ、わかってるよ」


「まぁ…自分のケツ持てない事だけはしなさんな」


「おう」


「カラスにだって学習能力あるんだし人間様はそこまで馬鹿ではないよ~」


「早く人間になりたーい
だったか?」



「「あはははは!」」




お互い…



笑ってない目。




夫は汗汗しながら寝室に入ったあと、フル回転の脳は疲れていたのだろう。



数分で休止状態。



寝息を立てた。



私は二人の動向を探るべく夫のケータイを開いたのだった。

No.306 12/04/05 12:31
きら ( ♀ sdWbi )



―――


深山所長

夕方給湯室で言った通りですので、こうして何度電話してきても私は出ません


会社では普通にし、仕事もきちんとしますのでご安心を


電話をかけてくるのも家に来るのも、もうやめて下さい


―――END




私の誤算。



彼女も遊びだったのか…



自分の一時の感情で、早すぎた彼女との接触を後悔した。



送信メールを見る。



―――


西田は嫌いではなかったが特別好きでもなかった

なのにガキができてしまった

こんな事だらだらメールで言う事じゃねえや

ごめんな

本当に悪かった

お前が給湯室で話した内容によくわかんない事があったし、外でいいからもう一回だけ会ってもらえないか?


―――END



熱をあげてるのは夫の方なのか…



西田の時にはなかった
夫の必死さが垣間見える。



だったら
なぜに離婚を渋るのか…


ますます奴の頭の中がわからない。



相沢と二人でいる部屋に乗り込む。


女の目の前で、離婚届の他に慰謝料と養育費についての誓約書を夫に記入してもらい、勿論女にも慰謝料の請求をする。


ガタガタ言うようなら社長に相談する。



その私の考え企みは計画倒れで終わってしまうのか…



その時メールが届いた。



相沢からだった。



―――


眠れない…


いっぱいいっぱいお酒飲んでるのに眠れない


悔しいよ


こんな男なのに…
自分が悔しくて情けないよ


かーくん
やっぱり私…無理


かーくんがいない生活なんてもう考えらんない


しょうがないよね…


好きなもんは好きなんだから


会いたい…


―――END



思わずガッツポーズ。



たまに寝ぼけて無意識にメールを開く夫の習性(笑)を利用し右手付近にケータイを置いた。




傷心の妻を演じた私。



その妻と直接話した相沢も人の痛みがわからない女であった。



男も女も関係なく、そういう人間だからこそ不倫ができるのだろう。



もし私が未だ夫に執着していたら、暗闇が続く地の底で夫の愛に飢え、喉が裂ける程に夫の名前を叫び続けていたに違いない。



そんな二人に何も遠慮はいらない。



今週末はクリスマスイヴ。



子供に夢を与えるサンタクロース。



クリスチャンでなくとも、聖夜を汚してはいけない。





だから




最後の制裁は




――― サンタクロースが帰ったあと。

No.307 12/04/05 15:42
きら ( ♀ sdWbi )



「恵美今夜も泊まりなんだけど、怜奈も冬休みで○○ちゃんちに泊まりに行くのね

んで私は会社の忘年会で、恐らくかなり飲んじゃうと思うから帰れないなぁ」


「今夜誰もいないのか?」


「そうなのよ
夕飯用意しとくからさ」


「いいよいいよ

子供らいないんだから家の事は気にせず楽しんで来いよ

今日は忙しいから多分遅くなるし、適当にラーメンでも食って帰るから」


「え~いいの?悪いね」


「じゃ行ってくるよ」


「行ってらっしゃ~い」



夫が出かけるのを見届けてから両手を口にあて思わず笑ってしまう。



昨夜のメールもあり、今夜夫が彼女の家に行くのは予想できた。


でも、もしかしたら私に怪しまれる事を気にして帰宅するかもしれない。


そこで今夜は誰もいないと思わせれば、夫は私を気にする事なく鼻歌でも唄いながら間違いなく彼女の家に行くはずだ。



「怜奈~天気いいし布団干すから起きて起きてー」


「え~まだ眠いよぉ…」


「今起きたら夕飯は怜奈の好きなハンバーグ屋さんに連れてってあげるんだけどなぁ」


「はい!起きました!」



私は夫が確実に彼女の家に行くように仕向けたのだった。





―――22時。




プルルル…


「もしもーし」


10回目のコールで出た夫。


「忙しい時にごめんね

私やっぱ帰れないから
雨戸だけ閉めといてくれる?」


「おう、わかった」


「もう家?」


「いやまだ会社だよ
全然終わんなくてよ」


「そっか大変だね
んじゃ頼んだね」


「おう」



電話に出ないと怪しまれると必死に外に出てきたのだろう。



なるほど…ここか。



○○市××町
メゾンド○○○○



私のケータイに表示された住所。



怜奈のケータイは防犯を兼ねてキッズケータイにしている。


それについてる機能
○マ○ド○サーチ


現在地の住所を表示し細かいところまで地図で示してくれる優れものだ。


その怜奈のケータイを拝借し、夕べ夫の車に仕込んでおいたのだ。


表示されてる場所は会社なんかではない。


会社から30分程の所に位置し、駅近で非常にわかりやすい場所だった。



相沢の住所GET。





準備はできた。





あとはその時を待つのみ。

No.308 12/04/06 05:47
きら ( ♀ sdWbi )



―――クリスマスイヴ



「恵美~仕事終わったら
まっすぐ店に行く?」


「家と反対方向だしそうしようと思ってるよ

おとーは今夜大丈夫なの?」


「何日か前から今日は早くあがると会社には言ってあるみたい」


「怜奈との約束だもんね~

さすがに破れないか」


「お母さんは作らなくていいから楽でいいけど(笑」


「今のおとーは何考えてるかわかんないけど、とりあえずいつも通りにしとけばいいんでしょ?」


「うん

悪いんだけどそうして」


「おとー、前はあんな人じゃなかったのに、ずいぶん変わっちゃったな…」


「お母さんも本当にそれは感じるよ

何一つ信用できなくなってしまったから」


「それは仕方ないよ

やってる事がデタラメすぎだもん

信用できる方がおかしいって」


「そうだね

今もうまく騙せてると思ってるとこが滑稽だけどさ

おとーと家族として過ごすクリスマスは今夜が最後だから

こっそり送別会兼ねて美味しい物食べてパァーッとしよ(笑)

予約時間は7時だから遅れないでね」


「りょ~かい!」


朝、全ての事情を知る恵美と話し恵美は仕事に出掛けて行った。




―――昨夜



「明日○○○に7時に予約取ってるけど大丈夫?」


「会社に言ってあるから大丈夫だよ

子供らにプレゼント用意した?」


「うん、買ってあるよ」


「あ、そうだ。あさっての25日は○○県の営業所に急に出張になっちゃったよ

明日じゃなくて良かったけどな」


「そっか~
年末に大変だね」


「ったく、社長は何でも俺に言えばいいと思ってるからよ

こっちはたまったもんじゃねぇよ

多分泊まりになるからさ」


「わかった~」



まぁ…


普通に嘘だろうけどね。



―――


かーくん

しばらく泊まりは控えよう

奥様に勘づかれたら今以上に奥様を傷つけてしまう…

バレないのが最低限のルールだよ

まだ傷ついてる奥様の事も大事にしてあげてね

―――


イヴの夜は家族と過ごしていいから、25日は一緒にいたいな…

初クリスマスだから素敵なところに泊まりたい

サンタクロースさん🎄✨

私にかーくんを届けてくれますように💓


―――END



あ゙ーー


やっぱこの女ムカつくわぁ



二人が復活した詳細はわからないが、傷心妻の虚言癖も一緒に夫が復活させたのかもしれない。



羞恥心の欠片もない女は、自分の立場は無視し平気で妻を労る言葉を発する。



言ってる事に一貫性がなく矛盾だらけで虚栄心の塊。



恋愛の駆引きだけは長けているツンデレ女は、強靭な強かさも合わせ持っているようだった。



自分が優位だと勘違いしている女の鼻をへし折ってあげよう。

No.309 12/04/06 12:44
きら ( ♀ sdWbi )



仕事は定時の5時であがり家路に急ぐ。


アクセルとブレーキを頻繁に踏み、イヴのせいか渋滞気味の道路はなかなか進まなかった。



――相沢香織



ふと脳裏によぎる。



まだ会った事はなく電話で話したのも一度だけだが、西田と違うズルさが見えて仕方がなかった。


西田の事は勿論好きにはなれないが、夫の言葉を信じ夫に従順だった。


私に対してストレートなまでの敵対心を剥き出しにした西田は、自分の愛に貪欲で損得は考えず一途に夫を愛していた。



相沢香織は何かが違う。



夫とやり取りしたメールだけで思う、私の憶測なのかもしれない。



相沢から夫に送信された、今までのメールを思い返してみても…



―――


帰ってから奥様に何か言われなかった?

怪しまれてない?大丈夫?


―――


帰ったら熱上がってきた

○○(娘)は実家に預けてきたよ

奥様にバレないようにして今夜は必ず来てね

ヨーグルト食べたい


―――


離婚は望んでないよ

私のせいで奥様に辛い思いはさせられないから

今のままでいいよ

かーくんが許す少しの時間を私に下さい


―――


今夜も来れないの?

私より飲みの付き合いの方が大事なわけ?

別にいいけど

もう来ないでよ


―――


○○は実家に預けるから
土日は泊まってね

奥様には適当に理由つけちゃいなよ

くれぐれもバレないようにだよ


―――


大の大人がちょっとくらい具合悪くても寝てれば平気だと思うけど?

結局奥様が大事なんだね

寝ずに看病してあげたら?

作ったご飯は今生ゴミに捨てました


―――


かーくんが好きだよ

一緒にいると幸せ

かーくんに触りたいな…


―――END



感情の起伏が激しいように見えるが、単純に嫉妬深いだけに感じる。


何度も出てくる妻の存在。


私に悪いだなんて微塵も思ってないはず。


かと言って、奪い取ってやろうという野心も見えてこない。



妻にバレたら面倒…
そう思っているのか。



相沢香織という人物は、
不倫を楽しむだけの最悪な女なのかもしれない。




♪♪♪♪~




そんな事を考えてる時に
突然鳴ったケータイに驚いてしまった。




夫からだった。

No.310 12/04/06 14:44
きら ( ♀ sdWbi )



「もしもし?
こんな時間に珍しいね」


「悪い
今日行けなくなった」


「は?」


「○○組合の忘年会に社長が出れなくなって、急きょ俺が出席になってさ」


「クリスマスに忘年会なんかやんの?」


「集まるのは幹部だけで年輩層多いし関係ねぇんじゃん」


「一人12000円のコース料理なんだけど…」


「マジでわりぃ

絶対顔出さないとマズイ忘年会で、社長はてめえが行きたくないもんだから適当な理由つけてまた俺に振ってよ

腹立ってしょうがねえよ」


「ふーん…」


「怜奈には正月休み入ったら好きなとこ連れてってやるって言って謝っといて」


「あんたさぁ」


「あ?」


「まさか…

嘘じゃないよね?」


「んな訳ねえだろ」


「だよね

子供との約束を破るはずないよね~

ごめんごめん」


「あったりめーだろ

今すげえ社長に苛ついてんだからよ」


「しょうがないよ

まぁ、しっかり代役を務めてきて」


「おう、悪いな

行きにスーツ取りに一旦家に寄るけど6時半頃はもう出かけていないか?」


「その時間はもう出ちゃってるよ」


「だよなぁ

子供らにはお前からうまく謝っといてくれな」


「わかった~」




嘘?



本当?



判断がつかなかった。



私との約束は平気で破るけど、子供との約束、ましてやイベント時の約束を破ったりはしない。


それに明日相沢と会う約束もしてるし、夫の言ってる事は本当だろう。



せっかく最後の晩餐だと思って奮発したのに~と思いながらも…



渋滞を抜けた私は、今夜のご馳走を想像しながら鼻歌交じりでハンドルを握っていたのだった。





まさか…





嘘だったとはね…。

No.311 12/04/07 15:46
きら ( ♀ sdWbi )



子供達と食事をしながら楽しく過ごした。



帰ってからも三人のお喋りは続き、私がお風呂に入りあがってきた時には日付が変わっていた。



子供達は眠り静かな空間。



今夜はけっこう飲んじゃって、時間も遅いしなぁ…



と、思いながらも
体は既に冷蔵庫の前。



もうちょっとだけ!



ワインをグラスに注いだ。



テレビの深夜番組ではクリスマスソングの特集をやっている。



懐かしい曲も流れるその番組を観ながら、一人グラスを傾けていた。



映像では、爽やかな青年が両手を握り、可愛い女の子の前に差し出している。



どちらか選ぶように女の子に言ってるようだった。



流れる曲の中でセリフがないその映像を、ボーッと見つめていた。



期待に胸を膨らませた女の子は、最初右手を選んだが何もなく、左手を選んでも何もなかった。



からかわれたと背中を向けて拗ねる女の子。



後ろから女の子を抱きしめた彼の両手から赤いリボンのかかった小さな箱が現れた。



女の子の耳元で囁く青年の口元が言った言葉。



『結婚しよう』



抱きつき喜ぶ女の子。



キラキラ光るリングに
幸せいっぱいのキス。




幸せそうな二人を見ていたら、少し酔いが回った私は無意識に彼の事を思い出していた。

No.312 12/04/07 15:49
きら ( ♀ sdWbi )



……………………



「もうすぐ涼子の誕生日だね」


「あぁ…また一つ歳をとってしまう~」


「女性は年齢じゃないよ

色んな事に一生懸命生きてきて歳を重ねてきた女性は、その年齢だからこその美しさや魅力があると俺は思うけどな」


「今こんなスッピンな私でも?」


「そこはノーコメントで」


「あっちゃんひどーい!」


「あはは!冗談だよ
何か欲しいのある?」


「いいよ~気にしないで
何にもいらないよ」


「何かあげたい俺の気持ちだからさ

でも俺…女性が喜ぶのって何かわかんないから言ってもらうと助かる(汗」


「んーそう言われるとなんだろう…


あ!」


「なに?!」


「一緒にいられる時間が少ないから、離れててもあっちゃんを感じられるようなのがいいな」


「む、難しい(汗

具体的には??」


「うーん…

例えば指輪?とか」


「あ~指輪かぁ

いいね!」


「あ、でもファッションリングとか、そんなでいいから」


「ファッション??

実は俺…」


「ん?」


「指輪とかアクセサリーは女性に贈った事がないんだ(汗」


「え??

だって…別れた奥さんとか…」


「いや、なんて言うか一人で買いに行った事がないってのが正解

一緒に行って好きなのを選んでもらうって感じかな」


「な~るほど」


「だから涼子も一緒に行って好きなの選んでよ」



ちょっと困ってる彼の顔を見て、ちょっぴり意地悪したくなった私(笑)



「別に指輪が欲しい訳じゃないんだよ」


「ええ?だって今欲しいって…」


「あっちゃんが選んでくれた指輪が欲しいの!」


「あ、うん…そっか

いや、しかし俺一人で行くのはすごく抵抗があるし、涼子一緒に行こうよ(汗」



いつも大人のあっちゃんが子供みたくなってるのが可愛くてますます意地悪したくなった悪魔な私(苦笑)



「だったら、い~らない」


「ええ?!だって見た方が涼子も気にいったの選べるしいいんじゃないかな(汗」


「あっちゃんが選んでくれるから価値があるんだもん」


「あはは…だ、だよね

うん…頑張る(汗(汗」



堪えられなくて笑った私。



「あっちゃんごめんね

そんな無理しなくていいよ

指輪はいいから何か美味しいの食べに連れてって」


「それじゃ何も残らないじゃん」


「あっちゃんがいてくれたら私それで十分だから…」


「涼子…


おいで」



私を抱き寄せて
優しいキスをした。



そんな時を思い出し
切ない気持ちになった。



このすぐあと、夫の自殺未遂行為があり私は奈落の底に落とされたような気持ちになったのを同時に思い出していた。

No.313 12/04/07 16:49
きら ( ♀ sdWbi )



夫が帰宅したのはクリスマスが終わった26日の夜だった。



「子供らにちゃんと謝っといてくれたか?」


「一応言っといた」


「一応かよ」


「人に頼まないで、自分でメールでもしとけばよかったじゃん」


「暇がなかったんだよ」


「ほんのちょっとの時間もないなんてありえないっしょ」


「うるせーなぁ…いいよ、明日は早く帰れそうだから自分で謝るからよ」


「じゃあそうすればいいんじゃん」


「ったく、何つんけんしてんだか知らねえけど、こっちはみんなが遊んでる時仕事だったんだからよ」


「もう寝れば?」


「言われなくても寝るわ」


ドスドス寝室に入った夫。




呆れて物が言えない。



苛々しながら夫が寝るのを待った。




24日 PM3:30


―――


かーくん


やっぱり今夜は一緒にいたい


じゃないと私、今夜○○君と二人で飲みに行っちゃうよ


さっき誘われたの


かーくんは奥様と楽しむんだから私だって他の男性と飲むくらいいいでしょ


―――


ふざけるなよ

飲みに行ったら駄目だからな

今後は一緒に過ごそう

俺6時にはあがれるから


―――


本当?


本当に本当?!


ありがとう!嬉しい!


その代わり明日は家族と過ごしてあげてね


―――END



25日 PM4:15



―――


昨日はすごく楽しかった💓

○○(娘)のプレゼントまで用意してくれてたなんて本当に感激しちゃった

さすがに今夜は無理だよね

イベントの時に会えないのは愛されてない感じがしてしまう

やっぱり家族が大事なんだと思ってしまうから

家族とはたくさん過ごす時間があるじゃない…

私を真剣に愛してくれてるなら今夜部屋に来て下さい

今夜は○○とケーキ食べるからかーくんも一緒に三人で過ごしたかったから


○○もかーくんが大好きだし

ワガママかな…


―――END




身体中の血液が一気に上昇した。



髪の毛も逆立ってるのではと思うほど。



子供との約束よりも女を優先し、且つ、血の繋がらない浮気相手の子供にクリスマスプレゼントまで贈っている。


自分の子を差し置いて…



だ。



許せない!


許せない!!



私はどんな事されてもいい。


とっくに愛情がなくなった夫が何をしようと私は傷つかずにいられる。



怜奈…



怜奈に対して何とも思わないのか。



もし怜奈がそれを知ったらどれだけ傷つくのか…



もはや、狂った男にわかるはずない。



子供達を裏切り侮辱さえ感じられる二人の行為は絶対に許さない!



あんたら…



死刑だ。

No.314 12/04/07 17:34
きら ( ♀ sdWbi )



私はその時を虎視眈々と待っていた。



が、しかし、正月休みに入り相沢は年末年始はずっと実家で過ごしてるようだった。



夫の会社は毎年仕事始めは5日なのだが今年は4日からだと言う。



しかも4日は社長と新年の挨拶周りで動き、帰りは絶対飲むから帰宅はできないとも言っている。



4日はまだ休みの会社だって多いはずだし、だいたいそんな事は初めてだ。



その日か…



予想では昼間は初詣やらでどこか出かけるはず。



夜は部屋で過ごすだろう。



4日、夫は相沢と会う。



私はそう確信した。



案の定、前日夫がメールを送っていた。



―――


いい子にしてるか😁

早く香織に会いたいよ❤

明日は楽しもうな❗


―――END




明日…




私も




会いに行きます。

No.315 12/04/08 11:16
きら ( ♀ sdWbi )



「替刃ねえのか?」


「棚になかったらない」


「見たけどないぞ
ちゃんと買っとけよ」


「電気カミソリ使えば」


「電気は肌が荒れんのお前も知ってんだろ」


「そうだっけ」


「ったく…
使えねぇなぁお前は」




激しい怒りを握りこぶしに何とか納めた。




7時。


早朝から支度をしてる夫。



髭を剃ったあとシャワーを浴びて、ドライヤーで乾かしながらワックスで髪型を整える。


微光沢がある黒の細身のスーツを身に纏い、ネクタイは締めず第二ボタンまで開けている。


ブルガリの香水で
爽やかな香りを漂わせた。



以前の私なら、セクシーに着こなすその出で立ちに、惚れ惚れしながらも他の女性の目を気にしてヤキモチを妬いただろう。



今は女たらしのだらしないクソ野郎にしか見えない。



人間、変われば変わるものだ(笑)



「1日社長と一緒だから、電話出れねえからな」


「うん」


「多分酒飲むし帰れないから」


「うん」


「なんだよ?」


「なにが?」


「なんか笑ってね?」


「別に」


「気持ちわりぃな」



(いけない、いけない)



全てが嘘だと知る夫の言動が滑稽で、つい顔が緩んでしまった。



「まぁ行ってくるわ」


「飲み過ぎないでね」


「おう」




酔っ払いじゃ困るし。



閉じられたドアを見つめ、沸々と沸き上がる憎悪。




許さないからさ…





―――21時




自宅出発。

No.316 12/04/08 12:53
きら ( ♀ sdWbi )



線路沿いに建ち並ぶいくつかのアパートやマンション。



後方の車やすれ違う車に細心の注意を払いながら、速度を下げて線路沿いに車を進めてた。



左手に小さなクリーニング屋が見えてきて、3台ある駐車スペースに我が物顔で停められていた夫の車を発見。



メゾンド○○○○
そこから一件先にあった。



二階建てのアパートをまず下から見ていく。


4つある内、表札がかかってるのは二部屋だけで相沢ではなかった。


表札がかかってないところを裏手から見ると二部屋共に電気が消えていた。



静かに二階へ上がる。



階段を上がったとこの角部屋201号室。



相沢香織
○○


娘の名前も一緒にドアの前に堂々とかけられていた表札を見た瞬間、一気に気分が高揚した。



時間を確認すると
21:40分。



この時間の訪問者は警戒されるか…



だが、こういう時の私は頭が冴える。



だてに場数を踏んでない
(苦笑)



インターホンにカメラがついてないのを利用した。



ブルッ



武者震い…?


一瞬体が震えた。



よし…



―――ピ~ンポ~ン



「…はい?」



問いかけるような相沢の声がインターホン越しに聞こえてきた。



大きく息を吸い込み、周りの迷惑にならない程度に声のトーンを上げ言った。



「夜分にすみませーん

下の高橋ですけど、郵便物が間違えて入ってみたいです~」


「あ、はーい」



チェーンが外れる音の後にガチャリとロックが外された。



今この中にいる二人…



まるでスローモーションのように、ゆっくりとゆっくりと制裁のドアは開かれた。

No.317 12/04/08 17:51
きら ( ♀ sdWbi )



写メで見た事はあるが、
実質、初対面の相沢香織。


住人同士の付き合いはないのだろう。


私を見ても不審がらずに、にこやかな顔をして目の前に立っていた。



『男好き』のする女。


瞬間的にそう思った。



とても子供がいるようには見えず、年齢よりも若く見えて可愛らしい顔をしている。


だが、そんな童顔にとても似つかわしくない体が首から下にくっついていた。


体のラインをくっきりと出した黒のニットから、はち切れんばかりの膨らみを惜しげもなく晒している。


細過ぎず太過ぎないムンムンとした足がタイトミニからイヤらしく伸びていた。




――肉欲的。




洞察力とまではいかないがわずか数秒で私はそう感じた。



このギャップに男はそそられるのかもしれない。



「あの…」



黙っていた私に相沢は困惑したような表情を見せた。



「あ、ごめんなさいね
ちょっと失礼します」


「え?!ちょっ!」



私は相沢を退かせズカズカ部屋の中に入って行った。



「かーくん!!!」



背中で叫んでる。



こたつの中で呑気にミカンの皮をむいてる夫がそこにいた。



「…え」



ミカンを持ったまま固まる夫。



「かーくん!!
この人勝手に上がり込んできて変な人!!

何とかして!!!」



私は微笑を浮かべて言う。



「ねぇ、かーくんってあんたの事なんだ?」



「お、おま…な、なん…」



相沢に視線を合わせる。



「どうも。

うちのかーくんがいつもお世話になってるようで



深山の妻です」




ベビーフェイスの相沢の顔がみるみる内に青ざめていった。

No.318 12/04/09 06:26
きら ( ♀ sdWbi )



「初めましてなのかな?

それとも、この前はどうもが正しい?」


「お…、奥……様…
わ、私…その…あの」



相沢は誰が見てもわかるほどの狼狽ぶりだ。



夫は上下白のスウェットを着て髪の毛は濡れていた。


ここにはしっかり家着もあって、風呂に入りくつろいでいたのか…



「何やってるわけ?」


「……」


「都合悪きゃそうやって黙って、西田の時と全く一緒だね

何一つ教訓になってやしない」



相沢に顔を向ける。



「相沢さん」


「は…はい」


「あんたさぁ

電話で私に何て言った?」


「あ…そ、それは…」


「それは何?」


「あの…時は…」


「あの時は何よ?」


「……す…すみません」


「あれだけ上等な事言っときながら何よこれ?

謝れば済むと思ってんの」


「いえ…あの時は…
傷つけてはいけないと…」


「はぁ?

ねぇ…あんた頭大丈夫?」


「……」


「傷つけちゃいけないって私を哀れんでたとでも?

あんた何様?!

言ってる事とやってる事が違い過ぎるんだよ!」


「そ、そんな意味では…」


「じゃあどんな意味よ?

言ってみなよ」


「それは…」


「それは!何?!」


「……」


「平気で不倫する尻軽女にまともな事が言えんのかよ!」



相沢は口を押さえ激しく肩で息をした。



「あんたはそこで黙って何やってんの?」


次は夫に刃を向けた。


「ボーッとしてないでこの女をかばうとかすれば?

言われっぱなしになってんだよ?

知らん顔してどこまで情けない男なんだよ!」


「…うるせぇな」


「出てくる言葉がそれかよ」


「ガタガタうっせえんだよ

だっせー事すんなよ」


「あんたが今やってる事は?

自分がやってる事はかっこいいとでも言いたいわけ?」


「そうじゃねえよ!

わざわざここじゃなくてもいいだろ!

知ってたら俺に言えよ!」


「言ったじゃん

その時あんた私に何て言った?

口を開けば嘘しか出てこない適当な人間が偉そうに反論してんじゃねーよ!」


「……」


「また黙り?」



相沢はずっと立ったまま激しい呼吸が続いてて、夫も同様に肩で息をしていた。


私も興奮していたので少し落ち着かせようとテーブルにある灰皿を確認して煙草に火をつけた。



大きく煙を吐き出し相沢に聞いた。



「娘は?」


「あ、はい…き、今日は実家…で…」



ホッとした。



こんな修羅場…



子供には見せなくない。

No.319 12/04/09 06:35
きら ( ♀ sdWbi )

>> 318

訂正m(__)m


×子供には見せなくない


○子供には見せたくない


すみません💦💦

No.320 12/04/09 12:48
きら ( ♀ sdWbi )



「教えてくんない?」



私は二人に問いかけた。



「女に見境がないオスと、簡単に股を開くメスが自分らの世界に浸って語る愛ってどんな内容?」



二人ともうつむき
何も言わず黙っている。



「その馬鹿な男は家族が一番大事だとほざき、自分をわかってない尻軽女は女房や家族を大切にしろとほざいてる


二人ともよくそんな事言えるよね?


そう思わない?」


「……」

「……」



「口だけの深山和也さん


家族を大事だと思うなら
同じ事は二度としないわ


西田の事があってから
半年も経ってないよ?


子供作って養育費払いながら、また会社の女に跨がって、どの口がそんな事言ってんだよ!」



夫は苦々しい顔をした。



「頭が弱そうな相沢香織さん


妻子ある男に平気で言い寄っておきながら家族を大事にしろと言う


健気さをアピってるつもり?


我の強いあんたが白々しい事言ってんじゃないよ!


あんたさ…
母親じゃないの?


突然現れた知らない男と同じ布団にいる母親を見て、幼い子がどう思うか考えた事ないのかよ!」



「こ、子供には会わせてません…から」


「あんた…この馬鹿と一緒でとことん嘘つきだね」



私はケータイを出し
二人の前で読み上げた。



「かーくん、○○は隣の部屋に寝かせておくから

いっぱいエッチしよ」


「○○が、なんでママとかーくんはいつも裸で寝てるの?って聞いてきたよ(笑)」


「昨日のママをいじめないで!は笑ったよね

子供にはいじめられてるように見えるのかなぁ

○○はディズニーのあのDVDは見飽きちゃってるから新しいの見せとけば、昼間でもこっそりできるよ」




「い…い……い…

いゃあああああ!!」



相沢が両手で耳を塞ぎながら叫んだ。



「お願いします!


もうやめて下さい…」




私は冷酷な視線を相沢に向けた。

No.321 12/04/09 17:01
きら ( ♀ sdWbi )



「読まれて恥ずかしい?


穴があったら入りたいね


だけど間違いなくあんた達がやってる事だよ


幼いながらにママをいじめないでと庇う娘を、なんで笑う事ができんの…?


哀れだよ…


こんな母親でも必死に庇い慕う、あんたの娘が哀れでならないよ!」



相沢はしゃがみこみ耳を押さえ、異常なほど体を震わせた。



「てめぇ…俺のケータイ見たのか」



睨み付けながら言う夫。



「何を的外れな事言ってんの?

今そんな問題じゃないじゃんよ!

あんたもこの女と同じ!

自分の欲望に狂い良し悪しの判断もつかない下劣な人間

うちの子達もあんたみたいな父親で可哀想だ…

子供らが犠牲になってるのもわからず、自分達の欲を優先するあんたらは犬猫以下で最低な奴ら


てめえらみたいな人間…
心の底から軽蔑する


気持ちわりいんだよ!!」



ハァハァ…


自分が思ってた以上に興奮して言った私。


煙草に火をつけた。



バッグから封筒を取り出し中から緑の紙と白い紙を出してテーブルに置いた。


「今すぐ記入して」


―離婚届


―誓約書



夫の眼が見開いてゆく。



相沢はずっと口に手をやり小刻みに震えている。


西田の時とは全く正反対で反論してこなければ泣きわめく事もしない。


ただ、ただ、この状況に怯えてるようだった。



そんな顔したって許さない。


不倫がどれだけ人の道から外れてるか、それをわかってもらう。


「相沢さん」


「は、はい」


急に話しかけられて驚いたのか、大げさなほど体を動かした。


「西田にも同じ事言ったけど、不倫は一人ではできないの

あなたも同罪です

然るべき責任はとってもらう

言ってる意味わかるよね?」


「い…慰謝料です…か?」


「そういう事」


「私…母子家庭で…」


「あなたのせいで私も母子家庭になるんだけど?」


「私…離婚は望んでるわけで…は…」


蚊の泣くような小さな声でボソボソと責任逃れをするかのような相沢の発言に、私はハッキリとした口調で言った。



「あ、そう

だったら、あなたの実家のご両親に話をさせて頂きます

お父さん、学校の先生なんだってね?

自分の孫がそんな扱いを受けてると知ったら、お父さんどう思うんだろうね

まぁ、どっちにしてもご両親には話すつもりでいたけど」



「奥様!!


親には、どうか親にだけは言わないで下さい!!

お願いします

どうか奥様…

お願いします!!」



今までおとなしかった相沢が、この時ばかりは間髪を入れず激しい口調で懇願してきた姿に、一瞬私も動揺してしまった。

No.322 12/04/10 08:28
きら ( ♀ sdWbi )



相沢は土下座のような格好をし床に頭をつけて震えてる。


電話ではあれだけ強気だったのに、現場では震えて怯えるばかりで何ひとつ言い返してこない。


泣きもしない。


と思ったら、自分の不都合に対しては大げさなまでの反応を示した。



この女はよくわからない。



「人の苦痛は関係なく、自分が困る事はしてほしくないんだ

それって不公平だね」


「…お願いします
お願いします…」



呟くように繰り返す相沢。



「もうやめろよ」


夫が声を発した。



「やめろ?何をやめろ?」


「もういいだろ…

俺がこれを書けばそれでいいんだろ

お前の望み通りにしてやるよ!」



この態度に私はキレた。



「あんた何様?

野良犬のように女の匂い嗅ぎ付けるのだけは上等で、てめえのケツも拭けない下半身野郎が偉そうに言ってんじゃねーよ!

私の望み通りだって?

笑わせんな

この状況が耐えらんなくてまたお得意の逃げじゃねーかよ!!」


「……」


「あんたら許さない…

絶対に許さない」



睨み付ける夫に震える相沢。



「社長に話すよ

西田の時から全部ね

会社の最高責任者が社内の女に次々手を出してる現実を社長に知らせる方が親切ってもんだよ

相沢さん、あんたも自分がどれだけの事をしたか知ってもらう

今後の為にも同じ事繰り返さない為にも、あんたが泣こうがわめこうが親には話するから」



「てめえ…きったねぇな」


「は?汚い?」


「こっちが不利になる事言えばおとなしくなると思いやがって」


「何言ってんの?

おとなしくなってもらおうなんて思ってない!

あんたらがどれだけ適当な事してきたか教えてあげてんだよ!

自分らだけ何も罰せられず痛みもわからずなんて甘いんだよ!!」



「奥様!」



相沢はいつの間にか立ち上がってて、私の目の前に立っていた。

No.323 12/04/10 11:29
きら ( ♀ sdWbi )



「……なによ」



体の震えが止まってる相沢は、私の目を真っ直ぐ見て言った。



「奥様、私が言う事でないのは十分承知してます

深山所長と個人的に二度と会いません

約束します

ですから…

離婚はしないで下さい

お願いします…」



さっきまでの怯えた彼女は消えていて顔つきが真剣だった。



「実家に連絡されるのが相当嫌みたいね

それとも慰謝料払いたくないから?」


「違います…

私のせいで家庭が壊れるのが…耐えられません

本当に本当に耐えられません」



相沢は本心で言っている…


と、私は感じた。



だが…


その意味合いは違う。



そこまで夫に本気ではない相沢にとって、離婚など重いだけで嬉しくも何ともない。



そう感じ取れた。



傷つく者の気持ちを考えず人の痛みも感じずに、ただ不倫を楽しんでいた…



なおのこと許せない感情が沸きだす。



「生活があるので、会社で所長と顔を合わせる事だけはお許し下さい

仕事以外で所長と話したりしません

もし所長が強引に言ってきたとしても誘いにのりません

その時は奥様に連絡入れます」




私に協力して夫を売る。



本当に相手を想うなら絶対に出ない言葉だ。



必死に自分を守るズルイ女。


全くもって夫と同じ人種。




…許すはずないでしょ。




「あんた振られたね

どうするよ?」



夫は頭を垂らし、煙草の煙をやたらとモクモクさせていた。

No.324 12/04/10 16:32
きら ( ♀ sdWbi )



「めんどくせぇ」



夫は煙が目に入ったのか、片目を瞑り煙草を揉み消しながら言った。



「めんどくさい?」


「もうどうでもいいし
好きにしろよ」


「またそれ?」


「いいからペン出せよ
書いてやるからよ」



私はバッグからボールペンを差し出した。



「かーく、あ、所長!!
待って下さい!」


相沢がボールペンを取ろうとした。


「うるせえよ…

てめえは黙ってろ」



夫の目は据わっていた。



またヤケになってるのか…



瞬間、相沢が吠えた。



「かーくん!!

夫婦仲は冷めてて私に迷惑はかからないから大丈夫だって言ってたじゃない!!

これって迷惑じゃない?!


離婚したって私は知らないからね!!」



すぐさま私を見て続けた。



「奥様!

本当に奥様に申し訳ない事をしたと思ってます

心の底から謝罪します

ですが、奪うとかそんな気持ちは一切ありませんでした!

今私が、かー…いえ、所長に言った事が私の気持ちで私は何度も家に帰るように言ってたんです


正直に言います


しょっちゅう部屋に来られて私も迷惑してました!」









バッシーンッ!!!





相沢はよろけて壁に手をついた。





手を上げたのは…






私だった。





今さら夫の浮気相手が何を言おうと嫉妬心など微塵も沸かない。



だが…



相沢自身が来ない夫に苛立ったり、無理に部屋に呼ぶメールを何度も目にしている。



少なくとも、二人で楽しい時間を過ごしていたのだ。



それを全て相手のせいにし堂々とした嘘に自分を擁護する発言。



許せなかった。



何の覚悟もなく遊び感覚で既婚者と付き合い、責任転嫁をする相沢のズルさに激しい怒りを覚え、思わず平手打ちをしてしまった。



壁に肩をつき頬に手をあててる相沢は信じられないといった顔つきをしていた。




その光景に唖然としてる夫を見て更に腹が立った。



西田の事が決着してから、何一つ向き合わずのらりくらりと離婚をはぐらかしてきた夫。



そして今、私はまたこんな場面にいる。



傷つく者の痛み辛さを知ろうとせず、自分の欲のままに生きる人間。




もうウンザリだ…




私は軽蔑の眼差しで二人を見て言った。




「あんたら…似た者同士で見下げた奴らだ…



嘘つきにはやはり証人が必要みたいなので、共通の第三者として明日社長に相談します


勿論実家にも連絡させてもらうので宜しく」

No.325 12/04/11 08:26
きら ( ♀ sdWbi )



「奥様、奥様!

お願いします!!

うちの親は真面目で厳しくて、こ、こんな事を知るととんでもないんです

奥様!本当にすみません

謝ります

どうかどうか親にだけは言わないで下さい


お願いします!!」



必死に懇願してくる相沢の形相に恐怖すら覚える。



「不倫は非道だという
自覚はあるみたいね」



「は、はい…

奥様を傷つけてるとわかってながら自分の甘さに負けてしまいました

本当に申し訳なく思ってます


すみませんでした!!」



深々と頭を下げる相沢。



「あんたが今下げてる頭は私に悪いと思ってるのではない

親に言われないように形振り構わず必死になってるだけ」


「ち、ちが…」


「違わない!!

世の中には謝って済む事と済まない事があるの!

あなたは人の道に外れた事をした

しかも…

ただの遊び感覚でね…

自分がどれだけの事をしたか、今後あなたが繰り返さない為にもしっかりわかってもらう


不倫の代償を思い知りなさい!」



相沢は壁に背中をつけて、へなへなと崩れた。



「早く書いて」



夫は我に返ったかのようにハッとして私を見た。



「名前だけでいいから早く書いてよ」



夫は用紙を数秒、ジッと見つめてから自分の名前を記入した。



私はそれを丁寧に封筒に入れ、無言で二人を見てから部屋を出た。





鼻の奥がつんとする寒い夜で、空にはたくさんの星が輝いていた。



去年も一昨年もこの綺麗な夜空を見上げてた。



あの頃は涙で滲んで見えなくなったっけ…




あれ…



なんでだろう…



また滲んでる。




でも




違うんだ。




長い戦いの終わり…




ちょっと感傷に浸ってるだけ…




見上げながら歩いた夜空。





頬を伝う涙を
私はゴシゴシ拭いた。

No.326 12/04/12 08:47
きら ( ♀ sdWbi )



――翌日



相沢宅から出勤したのかは不明だが夕べ夫は帰宅しなかった。



「おかぁ、なぁ~に?

なんか怖い顔してるょぉ」



朝9時。



「怜奈…
大事な話があるんだ」


三人で朝食を終えた後
私は怜奈に言った。


恵美には夕べ帰宅してから全てを話していた。



「あのね…」



怜奈は、いつになく真剣な顔で話しかける私に瞳を大きくしていた。



「お父さんとお母さん

離婚する事になったんだ」


「ええ?!」



更に瞳を大きくして驚く。


「お父さんと喧嘩が多くなってしまったのね

お父さんもお母さんも
毎日苛々しちゃうんだ

これ以上一緒にいるとお互いに大嫌いになるから別々に暮らそうってなったの」


「なんでそんなに喧嘩多くなっちゃったの?」


「ん~色んな事かな…

お父さんやお母さんが憎しみあうと怜奈悲しいでしょ?」


「うん…」


「だからそうなる前に、
お互い離れて暮らす事にしたんだ

勿論、お父さんはずっと怜奈のお父さんなんだから、いつでも会えるからね」


「喧嘩だけで離婚になっちゃうの…」


「本当…毎日喧嘩ばかりでね…」



怜奈の瞳を落とし哀しそうな顔が、私の胸に突き刺さる。


親の突然の離婚で傷つく怜奈に本当の事は言えなかった。


父親が大好きな怜奈は離婚の理由は大人になってからでいいと思った。



「おかぁ…

怜奈だってもうわかるよ」



言ったのは恵美。



「恵美、あんた…」



私はダメダメと恵美に目配せをした。



「お母さん、私だったら言って欲しいし隠される方がやだよ

怜奈だってもうそういうのわかるんだから

話してそれを受け止めさせないと、今後怜奈がお父さんと接してく中で離婚した疑問が取れないままで余計に辛いよ」


「そんな事言っても…」


「怜奈!あんたも本当の事聞きたいよね?

いつまでも子供扱いされるのやだよね?」


恵美が怜奈に言った。


「う、うん!

お母さんなに?!

怜奈にちゃんと教えて!」


躊躇う私を二人が見つめる。


怜奈の真剣な眼差しに私は重い口を開いた。


「お父さんね…


他に好きな人ができちゃったみたい


お母さんがね…
口うるさかったから


お父さんもそれが嫌になったんだと思う」



だめ…


だめだめ!



怜奈に話すその現実に瞼が熱くなり、必死に涙を抑えた。



「それでいっぱいいっぱい喧嘩しちゃったんだ


だからね…これ以上嫌いにならない為に離婚するの」



怜奈を見ると瞳にいっぱい涙をためている。



それを見た瞬間、抑えていた涙が溢れ落ちた。



「ごめんね…怜奈」


「お母さん…」



怜奈も大きな瞳から涙が溢れていた。

No.327 12/04/12 12:47
きら ( ♀ sdWbi )



さすがに子供が産まれた事は言えなかった。


それと父親だけを悪者にするのも避けた。


私には最悪な夫でも
怜奈にしたら最愛の父。


母親の口から大好きな父の悪態を聞かされる怜奈の心のダメージは計り知れない…



『大嫌いになりたくないからお父さんと離れて暮らそうって決めたんだよ』



そう言うのがギリギリ精一杯だった。



恵美は唇をいじりながら、小さくコクコクと頷いていた。


その瞳から涙が溢れそうになるのを我慢してるのがわかった。




しばらく泣いていた怜奈が顔を上げた。



「お父さんとはこれからも会えるんでしょ?」


「もちろんだよ」


「うん…わかった!

お父さんは、いつも遅くてなかなか会えなかったし、離れてもたまに会えるんだから今までと同じだと思えばいいんだもん


それに怜奈…


お母さんと一緒がいいから大丈夫だよ!」




本当は寂しいはず…



悲しいはず…




目をゴシゴシ拭きながら笑顔で言った怜奈の言葉は、私を思いやり気丈にも見えるその姿に、情けない母は大粒の涙を落とした。



「も~~~


おかぁ泣きすぎ!!」



そう言った恵美も我慢していた涙をボロボロ流してた。



「これからは女三人で頑張ってくんだから泣かないの!」



立ち上がり腰に手をあてて怜奈が言った。



私と恵美は目を合わせ
その姿に笑った。



「も~泣きながら笑わないでよ!怖いよ!!」



朝から女三人で顔がぐちゃぐちゃで、私と恵美は泣き笑いした。



「うん!頑張ろう!!」





恵美



怜奈




こんなお母さんでごめんね…




お母さんね…




あなた達がいてくれたら頑張れる





産まれてきてくれて





お母さんのところに来てくれて





ありがとう

No.328 12/04/13 08:44
きら ( ♀ sdWbi )



――正午少し前。



プルルル…



私は少し緊張していた。



「はい。○○です」


「社長お久しぶりです

深山です

夫がいつもお世話になってます」


「おやおや、涼子さん

珍しい人からの電話で驚いたよ(笑)

久しぶりだね」



BBQ等、会社の行事に子供らと何度も参加しており、社長とは顔馴染みだ。



「社長…

今、お時間頂いても大丈夫でしょうか?」


「午後の会議に合わせて社に行くから今は空いてるけど、どうしたのかな?」


「お忙しい時にすみません

家の恥も一緒に晒す事になり大変お恥ずかしく申し上げにくいのですが…」




私は西田から相沢までの過程と現況を社長に話した。




「……何やってんだ」



社長は怒ると言うより
呆れたような口調だった。



「西田に腹の父親はどんな人物か聞いたら笑って誤魔化したから、何か事情があると思ってたが、まさか父親が深山だったとは…」



今更ながら、なぜか胸の奥がチクチクした。


理由はわからない。


友達に話すのと訳が違うからだろうか…



「相沢の面接をした深山が、子供が小さいから残業や繁忙期の休日出勤は厳しいから不採用と言ったのを、本人のヤル気をかって多少の事は周りでカバーしてやれと私が言って採用したんですよ

だから最初はそんな気はなかったんだろうが…

信じられんよ…」



社長は一つ一つ思いだすよいに話す。



「申し訳ございません」


「いや、涼子さんは謝らなくていい

それよりも離婚は回避は難しいのかい?」


「はい

もう限界でしたので…」


「そうか…

社内でそんな事をしてたのだから、私から二人にきつく言います

特に社で一番の責任者である深山には厳重に言わせてもらうよ」


「首もあるって事ですか…?」


「涼子さん

それはちょっと厳しいかもしれんな


仕事が早くて正確で且つ、的確な指示を出す深山は、非常に優秀で社には必要な人材だから簡単に首にはできない

仕事も回らなくなる

相沢に関しては私が知った以上、いられなくなって自ら退職すると思うが…」


「…そうですか」



もっと怒る事を期待していた私だが、経営者として損得を優先する言葉に聞こえガッカリした。



「だが、深山が自分の立場に甘んじる態度と、それ相応の処分を真摯に受け入れられないようであれば、私も気が長い方ではないので彼次第で解雇もあるかもしれんよ」



私は決して首を望んでる訳ではなかった。



サレ妻の言葉は蜜の味。



不倫という行為において、今まで本人や浮気相手にいくら言っても伝わらない事が多かった。



第三者で、しかも社長に言ってもらう事で自分らの犯した罪や恥に気づいて欲しかったのだ。



私は社長にお願いした。



「社長、二人を思いきり叱って頂けませんか」

No.329 12/04/15 20:46
きら ( ♀ sdWbi )



―――


今、電話にて
社長に全てを話しました


―――END



社長と電話を切ったあと夫にメールした。



夫から即着信。



「嘘だろ?」


「そんなバレバレな嘘をつくのはあんただけだよ

電話で言いました」


「社長はなんて?」


「もう少しで来るでしょ

自分で聞いたら?」


「本当に言ったのかよ

めんどくせえ事しやがって

ったく…どうすんだよ」


「身から出た錆って事ね

んじゃ」



電話は私から一方的に終了した。



――なんもわかってない。



実際社長に言うのはやり過ぎかと躊躇し、かける時はかなりドキドキしたけれど夫の『めんどくせえ』発言でやはり言って良かったと思った。



社長からは厳重に注意され相沢は三ヶ月、夫は六ヶ月の減給処分を受けた。



夫から私が社長に話したのを知らされた相沢の行動は早くて強かだった。



社長が出社した時


即座に社長室に行き、自ら夫との関係を社長に明かしたそうだ。


そして、自分の過ちを認め後悔と反省の弁を涙ながらに語ったと言う。


その後、10人いる事務員を仕切るお局的存在のAさんを始め、古株の事務員に夫との関係を暴露し"自分は遊ばれた"的な発言をし、最終的には事務員全員を自分の味方につけた。



夫は事務員から総スカン。



当然社員の噂の的になり、仕事もやりにくくなる。



夫一人が悪者になった。



私が社長に言ってから一週間。



夫はみるみる内に憔悴していった。



そんな中、夜中の3時に電話が鳴った。




――相沢からだった。

No.330 12/04/15 22:48
きら ( ♀ sdWbi )



「……もしもし」



「奥様!助けて下さい!」



相沢の叫ぶような声に私は驚いた。



「なに?どうしたの?」


「今所長が部屋の前にいるんです!

いくら帰るように言っても帰ってくれなくて…

私奥様を傷つけた事に反省してます!

だから所長とはもう二度と個人的に会うつもりはないんです」



息もつかずに一気に話してる相沢は興奮状態だった。




「夫はなんて言ってるの?」



「とにかく中に入れろと

私が無理だと言っても帰ってくれないのです

奥様…

私はどうしたら良いのでしょう…


もう嫌だぁぁ…」



突然、泣いてるようにも聞こえた彼女の声色が、強い口調に変わった。



「奥様!


夜中に何度もインターホン鳴らされたりドア叩かれたり本当に迷惑なんです!


警察に電話してもいいですか!!」



ちょっと待ってよ。



なによこれ



まるでストーカーじゃないの…



いや…でも…



「私から夫に電話してみるから、ちょっと待っててくれる?」


「はい…お願いします」



夫ばかりを悪者にする相沢に怒りを覚えてはいたが、それよりも夫の行動に驚きを隠せなかった。



絶対にそんな事しないタイプだったから…



浮気に関しては、来る者拒まず去る者追わずの夫が、嫌がる相手に無理強いはしないはず…



何かあるのではないかと、それが気になった。



私は夫に電話をかけた。



電話に出なかったら相沢に出るように伝えてもらうつもりでいたが2コールめで夫は出た。



「あんた…

何やってんの?」


「はぁ…」



深い溜め息を吐く夫。



「相沢から電話かかってきてるんだけど?」



カツカツと階段を降りるような音が聞こえてきた。



「ねえ?

どうしたって言うのよ」



寒そうにハァハァ息を吐きながら、次は車に乗り込みエンジンがかかる音が聞こえた。


「ねえ…?」



しばらく沈黙が続いた後に夫がようやく口を開いた。



「あいつ…昨日

妊娠したかもしれないと言ってきたんだ」


「また妊娠?」



何も考えずつい口から出てしまった。



「できてたとしても産めないから、もしそうだった場合、手術の費用は少し援助してくれないかって

胃がムカムカするし飯も食えないって」



この後、夫の話で半狂乱のようになって電話してきた相沢のズルさを知る事になる。

No.331 12/04/16 00:49
きら ( ♀ sdWbi )

「それがなんで相沢はこんな時間に興奮して私に電話してくるわけ?」


「体調も悪いって言うし、妊娠は俺に責任があるから謝りたいと思って電話したら出なかった」


「うん」


「仕事終わったのが12時頃で何となく直接行ってみようと思った

妊娠してたら責任はとるからと伝えて玄関先で謝って帰ろうと思ったんだ」



この時は、責任とる相手も謝る相手も順番が違うだろ!と思ったけど我慢した。



「それで?」


「そしたらあいつの車がなくて実家かと思い、引き返そうとしたらあいつの車と代行車がアパートの前に停まった

具合悪いって言ってたくせに酒飲んでたのかって腹が立って謝る気も失せたから帰ろうと思ったんだ


そしたら…」



夫は一瞬黙った。


私は何も言わず耳を澄ませ次の夫の言葉を待った。



「うちの会社の杉浦知ってんだろ?」


「あ、うん

工場長の杉浦さんでしょ?」


「ああ…

あいつと杉浦が車から二人で降りてきた」


「え?」


「フラフラの二人は明らかに酔っ払ってて、そのまま二階に上がって行ったんだよ」


「部屋の前まで送ったとかじゃなくて?」


「俺も最初そうかと思ってしばらく車の中から見てたけど、代行は去ってタクシーを呼ぶ気配もないまま、部屋の電気が消えたんだ」



私は震えていた。



怒り……で。



工場長の杉浦さんは35歳。



…既婚者だった。



まだ一週間も経ってないのに…



相沢は自分の保身ばかりで何も感じなければ何ひとつ学んでなかったのだ。



「俺は男だから社内で俺が悪者になるのは我慢した

なのに、てめえの事ばかりで、具合悪いだの妊娠だの言いながら男を連れ込んでるあいつに馬鹿にされたようでキレたんだよ」


「杉浦さんの事は言ったの?」


「いや、言ったら開けないと思ったから言ってない

あの女がどうしようが構わないが、誰が父親かわかんねぇガキの責任なんかとれねぇって言ってやるつもりだった」



だからか…


だから相沢は必死だったのだ。


夫に杉浦さんとの事がバレると自分に不都合だから。


軽い女に見られるのも嫌だったのかもしれない。


社長に言った事で、相沢の実家に連絡するのを先送りにしていた事を後悔した。



許せない思いでいっぱいだった…。



「俺さ…


自分が悪くて全部自分が蒔いた種なのはわかってる


でも、社長には事ある毎にいちいち言われるし、職場は針のムシロだし、あんなくそ女には馬鹿にされるし女房にも愛想尽かされてるし


可笑しいだろ


いい様だよな


何やってんだか…


もう…


疲れちゃったよ」





私は…



やり過ぎたのだろうか。



この電話を最後に



夫の行方がわからなくなった。





――失踪。




去年の1月の事だった。

No.332 12/04/16 00:56
きら ( ♀ sdWbi )

>> 331

訂正m(__)m


×まだ一週間も経ってない


○まだ一週間『しか』経ってない


の、間違いです💦


何度も意識を失いつつ✏してたのですみません💦💦


ダウンです💤


おやすみなさいませ🌃✨

No.333 12/04/16 21:50
きら ( ♀ sdWbi )



――翌朝8時30分



♪♪♪♪♪~



呼び出す私のケータイの相手は社長だった。



こんな時間にどうしたのだろうと思いながら電話に出た私。



「涼子さん!

深山は自宅にいるか?!」



「え?いませんけど…

会社じゃないんですか?」


「会社に車もケータイも置いて、出社してないんだ」



「え?!」



「私の机の上に、お世話になりました。と一言だけ書いた置き手紙があると事務員のAから連絡があって」



普段使用してたケータイは社用で、個人のケータイも持ってはいたが使ってなく電源はずっと落としたまま引出しの片隅にしまってある。



車も社用車で燃料カードも会社から支給されていて、ほぼ自分の車のように使っていた。



その車もケータイも置き、足もなく連絡がとれない状態で夫は消えた。



今まで具合が悪くても高熱があっても仕事を休んだ事のない夫が、仕事を放置し突然いなくなった事に私はひどく動揺していた。



「何かあったのかい?」



社長の声で我に返った。



「い、いえ…特に…」



なぜか夕べの事は言い出せなかった。



夫の名誉の為…



なんて考えてた。



私は仕事を休み、夫の友人や行きそうなところで見当のつくところを全て手当たり次第あたった。




嫌な予感…




またあの時の光景が蘇る。




私は自分の行動を悔いていた。




胸のざわざわが取れなく、夫を見つけられないまま夜を迎えた。




♪♪♪♪♪~




私は食い入るようにして
着信相手を確認した。





……相沢からだった。

No.334 12/04/17 12:57
きら ( ♀ sdWbi )



「…はい」


「奥様…あの…

所長はまだお戻りではないですか?」



相沢の声を聞いた瞬間、
一気に頭に血が昇った。



「なんであなたにそんな事聞かれなきゃならないの?

どの面下げて私に電話してきてんのよ!」


「すみません…

所長がいなくなって社内は大変混乱してまして仕事にも支障が出てます

何とか連絡つかないかと思いまして…」


「あなた何様?

社長にならともかく新人で一事務員のあなたに、なんでそんな事言われなきゃならない?

上司と不倫関係にあったからって、自分も偉くなったと勘違いしてるんじゃないの?」



相沢



突然の号泣。



「私やめたじゃないですか!

奥様に言われて所長とは終わらせたんです!

なのに所長はしつこく夜中に何度もインターホン鳴らしてドア蹴ったり迷惑だったんです!

また奥様に誤解されるのが嫌だから奥様に電話したんです!!


なのに…なのに…


このタイミングでいなくなるなんて…ウック


ずるい…ヒック」




多分…



目の前にいたら
ひっぱたいてただろう…




全て自分の為。



会社で悪者だった夫。



たかが遊びで失踪までするはずがない、そこまで悩んでいたのかと、社員からぽつぽつと同情の声があがっていると、今日何度も話した社長から夕方聞いた。



傷ついた自分を演じてる相沢。



夫の失踪により、みんなの矛先が自分に変わり白い目で見られるのが怖いのだ。




「あんた…最低だね…



昨日…誰といた?」



「昨日は子供と寝てました


そしたら突然所長が来…」



相沢の言葉を遮って私は吠えた。



「いい加減にしなよ!!


どこまで嘘つきなんだよ!


あんた昨日杉浦さんと一緒だったからドア開けられなかったんだよね?


杉浦さんも既婚者なの知っててまた同じ事やってんのかよ!!


…何一つ懲りてない


夫に妊娠の心配を投げ掛け、その日の夜に一週間前まで夫と寝てた場所に平気で他の男を連れ込むその神経が信じられない



絶対に許さない



あんたみたいな淫乱女…


母親になんかなってんじゃないよ


娘が可哀想すぎる…」



ここまで言われても尚、嘘で固め、自分の身を必死に守る相沢。



「私は、私は…

本当に反省してるんです

杉浦さんには相談にのってもらっただけで、酔ってしまいうちで寝てしまったけど深い関係ではないんです


本当にすみません


奥様…


本当に本当に申し訳ございません…ウック」



「自分の保身ばかり


何の覚悟もなく傷つく者の気持ちも考えず、自分の欲だけで同じ事を繰り返す…


そんな奴に何を言っても通用しない


あんたには社会的制裁を受けてもらう」




顔面蒼白になってる相沢の顔が電話口から見えた。

No.335 12/04/17 17:12
きら ( ♀ sdWbi )

夫は何故いなくなったのだろう…


相沢の事がショックだったのだろうか…


いや…


自分を悪者にして、他の男とよろしくやってる相沢に馬鹿にされてると激怒し、あのような行動に出たのだろう。


我が身可愛さに先手を打った相沢が二人の関係を暴露し夫一人を悪者にした。


社員に指示をし全てを取り仕切る夫の立場上、夫を見るみんなの視線に仕事がやりづらくなり耐えられなくなったのだろうか…


私は西田の時から続く社内の乱れた秩序を正す意味でも社長に話し二人にきつく言ってもらいたかった。


私ではない第三者、それも二人が一番知られたくない社長からなじられ叱られて自分達の不道徳を恥じて欲しかった。


夫を晒し者にするつもりなど毛頭なかったのに…


だが…


私が社長に話した事によって、こんな事態を招いてしまった。



夫は今、何を思い
どこにいるのだろうか…


自暴自棄になり、また馬鹿な真似でもしたら…


胸のざわつきと鼓動がどんどん激しくなる。


目眩…


今日一日走り回ってて、
何も口にしていなかった。


暖房をつけ忘れてる寒い寝室なのに額に汗が滲んでる。


ふ…と数分
意識を落とした。



………――――…――



待って…


待って!!


ハァハァ…


必死に追いかける背中に
手が届きそうで届かない。


ハァハァ…


待ってよ



仁志!!



一番最初の夫、仁志は一度も振り返らず暗闇に消えていった。


その消えた闇から
女の笑い声が響いてる。


仁志が現れる事は二度とないと、頭でわかってるのが不思議だった。



『何やってんだよ

帰るぞ』


座り込む私の腕を掴み
立ち上がらせてくれた。


『おとー』


『何て顔してんだよ

ほら行くぞ』


手を繋ぎ暗闇の中を二人で歩いた。


歩いても歩いても
出口も光りも見えない。


だけど大好きな夫と一緒だから安心だった。



何時間、何十時間
歩いたのだろう…



『なぁ…


俺、もうだめだ』


『私も辛いよ…

もう足も上がらない

でも必ず出口を見つけられるから一緒に頑張ろうよ』


『ごめんな…

お前にばかり迷惑かけて…

俺…本当にもう無理だ…』



だめ!


そこに見える赤い光は地獄の入口…


堕ちたら二度と上がって来れない。



『おとー!!!!』



赤い光の中に姿を消した。



わなわなと震えながら駆け込み中を覗き込む。



焦げ茶色でとぐろを巻く枝が夫の首に幾重にも絡まっている。



下から噴き上がる炎に苦しみ悶える夫の顔が照らされた。



!!!!!!




――数分の悪夢。




震える指でなんとか三桁のボタンを押す。



「夫を探して下さい!

今すぐ!お願いします…」



警察に電話をした。

No.336 12/04/18 12:04
きら ( ♀ sdWbi )



電話では捜索願いは受け付けられないと、夫の直近の写真を何枚か持参して警察署にて手続きをするように言われた。



向かう途中、激しく波打つ鼓動と、凍りつくような冷たさを額に感じてた。



夫の生年月日、年齢、容姿等の特徴や、失踪した動機、その他の事を詳しく聞かれた。



カチカチカチ…



「…と他に、何か気がかりな事はありますかね」




口に出したら…



現実になりそうで…



怖くて…



怖くて…



躊躇いながら



絞り出す



震える声…




「以前にも…


一度あったんです…


お願いします


どうか、どうか…


見つけて下さい…


お願いします…


自殺を考えてるかもしれないんです…


夫を助けて下さい…


ウッ…ウック…お願いします」




カチカチカチ……



奇しくも担当の警察官は、私が保護された時にペンをカチカチさせていた、あの警察官だった。





――――――――




捜索願いを出してから5日経過したが、未だ夫は発見されていなかった。



私の会社にはしばらく親の介護が必要になったと嘘を言い、およそ二週間の目安で休みをもらった。



奈緒美には事実を話し
心配して励ましてくれた。



夫の会社の社長も気が気じゃないのか、何か変化があればこちらから連絡を入れると言っても、毎日のように電話がきた。




家の電話やケータイが鳴る度にビクビクする。



玄関で物音がすると、もしかして帰って来た?!と、投げ込まれた郵便物を目にガッカリする。



ニュース番組にも怯えた。



心配と不安で生きた心地がしなく、神経がすり減っていく毎日だった。



また玄関でガッカリしてた時、茶封筒で送り主が記載されてない私宛の郵便物があった。



開封しなくともすぐにわかる。



夫の筆跡…



消印を見ると自宅から車で3時間ほどの場所で、昨日投函されていた。



「こんなとこで何やってんのよ…」



まだ開封してない茶封筒を手に、我慢していた涙が一気に溢れ出した。

No.337 12/04/18 18:26
きら ( ♀ sdWbi )



――涼子へ



突然いなくなってごめん


色々と大変な事になってるのは想像がつく


先に、消えたのがあの後だから誤解がないように言っておく


俺の行動と相沢は全く関係ない


だが、あの女の事だ…


自分の事で俺が消えたと勘違いして、お前に電話してないだろうか


また適当な事を周りに言いふらしてるかもしれない


だが、そんな事はもうどうでもいい


社長から電話きてるだろ


会社には戻れないし戻るつもりもないが、迷惑をかけて悪い事をしたと思ってる


お前は…どうだ?


俺にキレてるか


違うな


昔から度がつく心配性のお前は、こんな俺の事でもきっと心配してるだろう


そういう奴なんだよな…


俺が何をしても最終的には許してくれるお前の愛情の上にあぐらをかき、馬鹿にしてるつもりはなくても、お前にとったら馬鹿にされてると思って当然だ


本心で悪いと思ってる


今さらだけど…
俺は結婚に向いてない


子供達は愛しく、かけがいのない存在で、お前の事も気持ちでは大事に思ってる


だが、目を細めて子供達の成長をお前と茶でもすすりながら願い、のほほんと暮らす生活が俺にはどうしてもできない


家事や育児は女の仕事だと全てお前任せで、仕事優先自分優先が常だった俺は家庭に落ち着けない男なのに家族は大事だったんだ


わけわかんねぇな


結婚しても自由が当たり前な俺で、お前もずいぶん我慢したと思う


そんな俺が言える事ではないが、色んな事に疲れ放棄して一人になりたかった


家庭も仕事も何もかも忘れ一人で考えたい


今までの自分を見つめ直したい


どこまでも自己中で勝手で本当に悪いと思ってる


俺は大丈夫だから
心配しないでくれ


本当に今まで悪かった


ごめんな


離婚届は出して
子供達と頑張って欲しい




――深山和也





読み終えて…




ただ…ただ…




無事でいてくれた事に安堵した。

No.338 12/04/19 13:01
きら ( ♀ sdWbi )



担当の警察官に手紙が送られてきた事と消印が押された場所を伝えた。



その後、手紙にホッとしたのか、急激な睡魔に襲われ夕方まで眠った。



目が覚めたら頭がズッシリと重く、耳鳴りもして体調の悪さに顔をしかめる。



ベッドから起き上がり、
だらしなく頭を左右に振りながらリビングに行った。



ダイニングテーブルに
起きっぱなしのケータイ。


着信とメールを知らせるイルミネーションが忙しなく交互に点滅していた。


着信を見ると毎日かかってくる社長や義母で、昼に奈緒美からも着信があったようだ。


メールを開く。


心配してくれてる友達何人かと、電話に出なかった奈緒美も心配する内容のメールが入っていた。


その中にあったショートメール。



――相沢香織



なんだよ…こいつ…



重い頭がより一層重くなった。



―――


所長から連絡ありましたか?
今日社長がバタバタしてたので、もしかして連絡ついたのかと思ったのですが、社長には聞きにくいので…


―――END



この文面をそのまま受け止めると、私には聞きやすいって事なのか…



馬鹿か。



普通の神経の持ち主なら、社長より私に聞きにくいだろうが。



自分はもう関係ないとアピールしてるつもりなのか…


どういった心理で、こんなメールをしてくるのか私には理解不能だった。



義母に電話をした後、
社長にも電話を入れた。



「そうか…そんな所で何やってるんだあいつは…

どこかに泊まってるのなら警察もすぐに見つけられそうだが…

事件性がないと動きも鈍るのかもしれんな」



「社長…夫はしばらく戻って来ないと思うんです…

仕事にも支障が出てるようですし…その…」


「深山は、どんなにハードでも今まで一度だって仕事に対して無責任な事はした事がなかった

何でも深山に頼り過ぎていたし、重責のストレスもあるのだろう…

少し長い休暇と思ってるから涼子さんは心配しなくていい」


「ありがとうございます

それで社長…彼女は…

相沢さんは普通に出勤してきてるんですか?」


「普通に来てるよ

昨日は事務員のAと工場長の杉浦と相沢の三人で食事してたようだし、相沢はあっけらかんとしたもんだ」


「相沢さんが社長に言ったんですか?」


「いや、Aに会議の書類の事で昨夜電話してAから聞いたんだがね

杉浦と相沢は酒飲んだから代行呼んでる間にAは先に帰ったそうだ」



本当に懲りてない…



反省もしてない。



やっぱり…許せない。




重い頭にしかめっ面の私はメモに書かれた電話番号を押していた。

No.339 12/04/20 12:52
きら ( ♀ sdWbi )



「はい

相沢でございます」



品の良い落ち着いた声の女性。



「相沢香織さんのお母様でいらっしゃいますか?」


「はい

さようでございますが…」


「最初に、突然お電話でのご無礼お許し下さい

私、深山涼子と申します

香織さんの勤め先で上司をしている者の妻です

今日はお母様に聞いて頂きたい事がありましてお電話させて頂きました」


「はい…」


「これから私が話す内容はお母様にとって辛く信じ難い事です

ですが、私の話に誓って嘘はありません

聞いて頂けるでしょうか」


「はい…あの…

うちの香織が何か…」



母親は困惑した様子で応えた。



「ありがとうございます


実は…」



私はあえて淡々とした口調で二人の事を一部始終話した。



「上司という立場でありながら、軽率な行動をとった夫が一番悪いと思っております」



絶句する母親に続けた。



「昨日お孫さん、ご実家にお泊まりですか?」


「ええ…

香織は仕事で遅くなる事が多いものですから、私が保育園に迎えに行きそのまま泊まる事もよくあります

昨日も仕事が終わらないとの事で家で寝かせました

まさか…そんな事に…」


「実際、特定の方を除いて事務員はほぼ毎日、定時の5時半で仕事は終わってるようです

申し上げにくいのですが…

昨夜もご実家に娘さんを預け、香織さんは既婚者の男性と一緒に夜を過ごしていたと思います」


「おぉ…なんて事…」



突然娘の醜態を聞かされ、ショックを受けている母親に、これ以上は言うのは躊躇われた。



「お母様にとても残酷なお話をして申し訳なく思っております」


「いえ…とんでもございません

お詫び申し上げて済むような問題ではございません

どうしたら良いのでしょう…

娘が…香織が…そんな事をしていたなんて…」



私はホッとしていた。


相沢母は宇宙人ではなかった。



その相沢母がしっかりとした口調で言う。



「最近孫の様子がおかしかったのも、娘が原因だと今わかりました」


「お孫さん…
どうかされたのですか?」


「孫が最近イヤらしい事ばかり口にするようになったんです…」


「え?」



母親の話は、とても5歳の女の子が口にする内容ではなく、私は驚愕したと共に激しい怒りを覚えた。



「香織さんの事を悪く言うつもりはありません

ですが、今まで奥様がいる方との付き合いを繰り返してきたように思います

子供にDVDを見させて、すぐ隣の部屋で真っ昼間から体を重ね、夫と切れてからわずか一週間で、また別の既婚者の男性を部屋に泊めてます

これでは男性ばかりが悪いとは言えません…

母親を忘れ我が子にそんな事を口にさせ、自分の欲だけで不倫を繰り返す香織さんを私は許す事はできません」



少し興奮したせいか、頭の右側にズキズキと激しい痛みを感じてた。

No.340 12/04/22 11:40
きら ( ♀ sdWbi )



しばらく沈黙したのち
母親は静かに話し出した。



「主人は…

あの娘の父親は…

躾や教育に非常に厳しく、香織は幼い頃から一度も父親に口答えをした事がない娘でございました

ですが…

どうやら私達は育て方を間違えていたようです…

子供の責任は親の責任でございます

人道に背き、人様に苦痛を与えるような事をしていた娘を親としても許す訳には参りません

未だ娘にとって怖い存在である主人に相談し、娘には然るべき措置をとり、その後主人からも謝罪をさせて下さい

先ずは、至らない母の私から、我が娘の不誠実な行いを心よりお詫び申し上げます

誠に…誠に…申し訳ございませんでした」




申し訳なくて胸が痛む。



娘の悪行を知り
ショックなはずなのに…



決して親のせいではないのに、謝る母親に恐縮した。



こんなに誠実な両親から、相沢のような人間形成が出来上がったのが信じられない。



厳格な父。


相沢にとっては、窮屈で、親元を離れて弾けてしまったと言うのか。



それでも、未だに怖い存在である父親に知られるのが相沢にとって一番の恐怖で異常な迄に両親に話される事を拒んだ理由が今はっきりわかった。



「お母様にこのような事を話さなくてはならなかった私自身、今とても心苦しいです


本当にすみません


私が一番心配なのはお孫さんです…


香織さんが母親として改心してくれる事を強く望みます


そしてこれ以上同じ過ちを繰り返さないように願ってます


どうか…どうか


宜しくお願い致します」




電話を切ったあと…




足を投げ出しソファーに横になった。




虚脱感。




ぼんやりと天井を見つめる。




私も相沢の両親に苦痛を与えている。




もういい…




これ以上



人に傷つけられたり…



それによって誰かを傷つけたり…




もう嫌だ…




憎んでいては誰も幸せになれない。




解き放とう…




夫の帰りを待ち




全てを終わりにしよう。

No.341 12/04/23 08:55
きら ( ♀ sdWbi )



今でも記憶している。



この日の夕飯はオムライスだった。



頭の重みが頭痛に変わり、体もだるく体調がすぐれない私は、買い物に行くのが億劫だった。



冷凍庫を開けると、鶏肉とミックスベジタブルが目につき、迷わずオムライスに決めた。




オムライス…



おとーも好きだったな…




思い出すも…



既に過去形。



それに少し哀しみを感じたのを覚えている。



出逢って愛し合って
幸せな家族は確実にいた。



こんな事になるとは想像すらしてない過去の私が、幸せいっぱいの顔で笑っている。



もし…




巻き戻しができるのなら…



タイムマシンがあったなら…



あの頃に戻って私達夫婦に忠告してあげたい。



和也さん

あなたの火遊びは家族をも巻き込んで全焼し、跡形もなく消えてしまいますよ。

気をつけて下さいね。



涼子さん

常に浮気を疑って旦那様の行動を逐一つつき、口うるさくしていると、旦那様は窮屈に感じ、よけい外に目を向けてしまいますよ。


過去の不安から解放されて大きな心でいましょう。




もう…



元に戻れない家族。



そんな事を思い感傷に浸りながら作ったオムライス。



夫が好きなオムライス。




この日作ったのは、偶然ではなかったのかもしれない。




――夜中の2時



知らない番号からの着信。



嫌な予感が走った。



恐る恐る電話を取る。



「深山和也さんのご自宅でしょうか?」


「はい、そうですが」


「こちら○○署の私○○という者ですが、奥さんですかね?」



心臓が激しく音を立て出す。



「実はご主人…


……る処で……


…血まみれ…発見……


どう……自殺……され


……………、………」




この人…



何言ってるの…



やめてよ…



夜中にそんな冗談…



やめてよ



やめて!




「ゴホッ!ゴホッ!!」




自分の呼吸が止まってるのさえ気づかず、苦しさで咳き込み我に返った。

No.342 12/04/23 22:36
きら ( ♀ sdWbi )



ためらい傷はなかった…




覚悟を持って一気に切ったようだと聞かされた。




左手首の傷は骨が見える迄の深さに達していた。




発見された時。



刃物と酒瓶が
脇に転がっていたという。




昼間でも誰も来ないような寂れた公園。




寒い夜。




その片隅…




落書きで埋め尽くされ
薄汚れた公衆便所の一室。




意識を朦朧とさせた夫が発見された。





何を思い…





どんな覚悟で…





そんな場所で最後を遂げようとしたと言うの…




首輪が外れて逃げてしまった犬を探していたご夫婦。



愛犬の身を案じ必死に探し回っていた旦那様が、何かに導かれるように暗闇にほんの少しの明かりを灯す、その場所に行ったのが不思議だったと後から聞いた。



ドアの隙間からじわじわと流れる赤い液体を目にした時、二人で声をかけたが反応がなく、恐怖で開ける事もできずに警察に通報。






点滴に酸素マスク。




心電図モニターの音がやたら耳に響く。




血の気のない夫の顔を黙って見ていた。




神経が切断され後遺症は残るものの、発見が早かった為に命に別状はなかった。




それはまるで奇跡…




朝まで発見されなければ、間違いなくこの世にいなかった夫が、誰も来ないような場所で発見されたのは、偶然ではなく奇跡としか言いようがなかった。




昏々と眠る夫の顔はやつれていた。




その頬に触れると温かい。




ちゃんと血が通っている。




「何やってんのよ…」




口にした途端、溢れる涙。




「おとー…



助けられたのはね…



おとーに…



生きる使命があるからなんだよ」




時間は朝の9時を回っていて、看護師さんの声があちこちで聞こえる。




私は…




ベッドの布団に顔を押し付けて泣いていた。




No.343 12/04/24 13:52
きら ( ♀ sdWbi )



―――――………



「え?子供いるんだ?」


「YES!可愛い女の子の母してまーす(笑」


「いや…独身だって聞いてたからさ」


「子供いても独身ですが
何か?(笑」


「あ……あーー!

そういう事(汗)

嫌な事聞いちゃってごめん(汗(汗」


「何焦ってんの?(笑)

離婚歴二回だけど特に隠してないから気にしなーい」


「え?!二回も?!」


「深山君…今『も』がついたね?

そこ素直過ぎ
あー傷ついた

罰金だなぁ…(笑」


「あ、やべ(汗)つい…」


「あはは!冗談だってば

はい、伝票お待ちどう様

これから○○県まで大変だね

気をつけて行ってらっしゃい」


「あ、あのさ」


「ん?」


「今度飯でも行く?」


「(クスッ)

それって聞いてるだけ?

それとも誘ってんの~?」


「誘ってんの!

ば、番号教えてよ」




眠ってる夫の顔を見ながらずいぶん昔の事を思い出していた。




当時、私が事務員として勤めていた会社と、今夫が勤める会社で取引きがあり、まだ運転手だった夫が週に何度かうちの会社に荷物を積みに来ていた。



顔を合わせてくうちに仲良くなり、そして付き合うようになった。



夫は常に、恵美も楽しめるデートプランを考えてくれた。



遊園地や動物園に水族館。



デートと言うより、恵美と三人ですでに家族のような付き合い方だった。



恵美が夫になつく迄
そう時間はかからなかった。




―――――………



「そっか…

そんな事があったんだ」


「すでにこの歳で波乱万丈してるでしょ私(笑」


「俺なら…」


「ん~?」


「俺ならそんな辛い思いはさせないのに…」


「あーでたでた(笑)

男の人は最初みんなそう言うんだよね~」


「本気で言ってるのに茶化すなよ」



言葉の通り真剣な眼差しに私も真剣に答えた。



「ねぇ…和哉

私ね、和哉と結婚は望んでないよ

私は今のままで十分幸せなの

だから私との事はそんなに重く考えないでほしい…

和哉は未婚なんだからさ
重荷にだけはなりたくないから

それに焦ると私のように失敗しちゃうよ(笑」



急に体を引き寄せられ
強く抱きしめられた。



「俺は絶対に浮気はしない

涼子が苦労した分、俺が幸せにするよ

約束する

もう何ひとつ不安にはさせないから

俺が守るから…


だから…結婚しよう」



不安少々。幸せいっぱい。



お互いの未来を信じ交わした長い長い口づけ…




起きたら言ってやろう。




だから焦っちゃいけないって言ったでしょ!って…




そしたらあんたも…




こんな思いしなくて済んだのに…って。

No.344 12/04/24 16:44
きら ( ♀ sdWbi )


定期的に看護師がバイタルチェックをしていた。



『ご主人はもう安心ですよ

奥様もお疲れのようですから、どうぞ休憩室を使ってお休みになって下さいね』と、チェックの度に優しい声をかけてくれた。



午後3時。


夫の緊急手術を行った執刀医がそのまま担当になり、夫に声をかけて起こす。



「深山さん、深山さん
少し目を開けてもらえますか」


「…う…う…」


「どうです?気持ち悪くはないですか?」


「…は……い」



先生の呼び掛けに薄目に、か細い声で答える夫。



「ちょっと傷口診ますよ」



看護師が慣れた手付きで、手首に巻かれた包帯を外していく。



11針縫合したその部位は、異常なまでに腫れ上がり、とても直視できなかった。



「痛みはどうです?」


「…い……す…」


「ふむふむ…点滴にもう少し強い痛み止め入れておきましょう」



傷口を見るのが怖くて、カーテン越しから聞こえる会話は先生の声だけで、夫の声は聞き取れなかった。



その後先生に呼ばれ、傷の事と後遺症についての説明を詳しく聞かされた。


神経と腱が切断されていて指の麻痺や痺れ等の後遺症が残る事。


リハビリによってある程度の回復が見込まれるが元に戻るのはまず難しいと言う事だった。


リハビリ期間を入れて
全治四ヶ月と診断された。



先生の回診のあと、HCUより一般病棟に移された。



重い足取りで個室のドアを開く。



心電図モニターと酸素マスクが外され、点滴のみになったのを見て少しホッとした。



夫はまた眠ったようだ。



傷口を目にしたからか、
さっきよりも痛々しく見える夫の寝顔。



立って見ていたら軽く目眩がした。



ひどく疲れている自分に気づく。



椅子に腰掛け、ベッド脇に肘をつき両手で額を押さえるようにして目を閉じた。



耳鳴りがひどく、目を閉じても頭の中がぐるぐると回ってた。




深い眠りのあと…




目が覚めたら…




全てが夢…




だったらいいのに…




誰も傷つかなくて



誰も傷つけなくて



長い長い夢の終わり……





「…涼…子」




夫の声にハッとして顔を上げた。

No.345 12/04/25 07:29
きら ( ♀ sdWbi )


「おと…」


「俺…随分寝てたんだな」


「そうだね…具合はどう?」


「頭が痛い…」


「まだ眠った方がいいよ」


「うん…そうする」




今はまだ…



触れてはならない…



そう感じた。



夫もまた、別の意味で
感じてたに違いない。



寝息を立てたのを確認してから一旦外に出た。



恵美に怜奈と家の事をお願いするメールをしてから、義母と社長に電話を入れた。



義母にはショックを与えない為に、今回の事は言わず居場所がわかりそこに来ているとだけ伝えた。



社長には事実をありのまま話した。



初めは馬鹿な真似をした夫に激怒していたが、それは心配の裏返しだと怒りながらも安堵を伺わせる社長の言葉からひしひしと伝わってくる。



夫の精神的な事を考慮し、今は何も言わずに黙視すると社長は言った。



温情こもった言葉に感謝し涙が出る思いだった。



夫に代わり改めてお詫びとお礼を言い電話を切った。




誰もいない喫煙所の冷たいベンチに腰掛けて、白い息と煙草の煙を交互に吐く。



寒さに震えながら空を見上げた。



西の彼方に姿を消しかける太陽が辺りを朱色に染める。



刹那的で



美しいその冬空は…



私の瞳に哀しく映る…



薄明はやがて、その姿を闇夜に変え、永遠に続くとも思える漆黒の世界に堕とされそうで…



怖かったから…



そんな思いを振り払うかのように勢いよく立ち上がり煙草を強く揉み消した。



しかめっ面で空を仰ぐ。



寒さに鼻を啜り、白のダウンのポッケに両手を突っ込んで、よろける体で病室に戻った。



さっき担当医師と話した時に、入院は2~3日程度で紹介状により、地元のリハビリ可能の病院に転院する事になっている。



退院までは私が付き添う事になった。



夕食の時間になったが、夫も私も全く食欲がなかった。



精神的な疲れからなのか、点滴のせいかはわからないけれど、夫は手付かずの食事を下げるとまたすぐ眠った。



私もとにかく休みたかった。


体がギシギシと音を立てているようで本当に疲れきっていた。



看護師さんが用意してくれた簡易式の折り畳みベッドを広げて横になった。



すぐに眠りに落ちた。




―――――――…



深夜1時。



ん…



瞼の裏に眩しさを感じ、
必死に片目を開けて見た。



備え付けのライトを点灯した夫が、ベッド脇に座って私を見ていた。

No.346 12/04/25 15:16
きら ( ♀ sdWbi )


「どうしたの?」



すぐに開かない目を擦りながら夫に問いかけた。



「少し前に目が覚めちゃって…」


「具合は?痛みはどう?」


「うん…大丈夫…
痛みは我慢できるけど
なんだか手の感覚がおかしくて…」


「あぁ…

後遺症が残るって先生が言ってたから…」


「うん…

自分でやった事だから仕方がないよ…」



まるで毒が抜けたように、包帯で巻かれた手首を見ながら夫は言った。



私はボーッとする頭を片手で支えながら仰向けになった。



シーンとした静けさの中に時折、誰ともつかない足音が遠くの廊下で聞こえていた。



「俺…夢見てさ…」



夫もベッドで仰向けになりお互い天井を見て話した。



「なんの夢?」


「ん…あそこで見た夢か…それともここに来て見た夢かは判断はつかないんだけどさ…」


「うん」


あそことは…
あの薄汚れた場所だろう…



「凄く不思議な場所なんだ…

一面に菜の花が咲き黄色い絨毯が綺麗だと最初に思った」


「へぇ…いい景色だね」


「それが周りをよく見ると木は赤や黄色に色づく紅葉でさ…


遠くの山は真っ白な雪に覆われてるのに、その周りはもくもくと重たくて今にも落っこちそうな積乱雲


紋白蝶が舞っているのに、赤トンボが飛んでたり、鮭が飛び跳ねる流れは明らかに川なのに、たまに海のような大きな波と飛沫を上げるんだ」


「なんだそれ(笑

四季折々で贅沢な夢だ」


「うん…でも、そこは凄く気持ちが良いところで…


体がふわふわとして
心がワクワクしてるんだ


周りには人がたくさんいて誰しもが笑ってる


知らない者同士が笑顔で会話する」



穏やかに話す夫の声。


呟くように出た私の言葉。



「…楽園」



「うん。まさにそれ

楽園だったと思う


じゃあ…あれは…」


「ん?あれって?」


「三途の川だったのか…」


「なにそれ…こわっ」


私はあえて明るく言った。


「誰かに呼ばれた訳ではなく、何故か無性に川の向こう側に行ってみたくなった


流れは穏やかだが、深いのか浅いのかわからなくて、躊躇っていた


ふと見ると、一人の老婆が腰まで水に浸かりながらもその川を渡って行った


それを見て安心した俺は、川に足を入れようとした瞬間、すごい力で両腕を引っ張られたんだ」



夢の話なのに私はドキドキしながら聞いていた。



「振り返ると…



幼い頃の娘達…



全然歳が違うのに、恵美も怜奈も小学校低学年くらいで二人とも俺を見て怒っている



でも…すぐに笑顔になって恵美はこんな俺の頭を撫でてくれて、怜奈は俺の背中に回って後ろから抱きしめてくれたんだ…」




――しばしの静寂。




熱くなった瞼から流れるものを抑える事ができずに、お互い無言で滲む天井を見つめていた。

No.347 12/04/26 08:58
きら ( ♀ sdWbi )


「…ごめん」



少し声を震わせ、ぽつりと言う夫。



私は目の上に腕を置き
流れる涙を押さえた。



過去や未来を行き来させ、沈黙は色んな思いを巡らせた。



流した涙は計り知れないけれど、泣いた数だけ強くなり、泣いた数だけ優しくなれた。




悪い事ばかりではない。



無駄に生きてきた訳でもない。



経験は財産となり頑張るエネルギーとなって私を成長させてくれた。



悲しい思いは涙で流して、明日からまた頑張ればいい。




経験に無駄な事なんてない。



人が成長する為の試練。



それを乗り越えるのは自分でしかない。



逃げていては同じ事を繰り返すだけだから…




「おとーはさ…


生かされたの


生きてく使命があるんだよ


だからね…


そこから逃げちゃ駄目なの…」




私はある願いを込めて
ゆっくりと話だした。

No.348 12/04/30 10:39
きら ( ♀ sdWbi )


「3年前のあの時…


おとーのあの病気は…


試練だった」



詳しくは書けないけれど、夫は過去に大病を患った事がある。



医学の進歩により早期発見の場合、完治が可能になったとは言えど…



その病名を聞かされた時、目の前が真っ暗になった。



医者が…先生が…


何を口にしてるのかわからなかった。



うちに限ってそんな事…



まさか…嘘でしょ…



絶望すら感じた病名に、
私と子供達は不安と心配で眠れない夜を過ごした。



だけど…



信じたんだ…



おとーがこんな病気に負けるはずがない。


絶対に治る。


乗り越えられる!って。



毎日病院に通い
夫を励まし支えた。


家族がひとつになり、
みんな願いは同じだった。



そんな私達家族に神様は微笑んでくれたのだ。



定期的に検査は必要だが、術後の治療は必要なく、ほぼ完治だった。



「あの時は本当に嬉しかったなぁ…

おとーの病気が治った事ですごーく明るい未来が見えて、今までの事なんて全然ちっぽけに思えた」


「俺もお前や子供らがいなかったら、もっときつくて辛かったと思う」


「あれはさ…

たまに家族を放置して自由にしてるおとーと、いつも口うるさい私

そんな私達夫婦に神様が与えた試練だったんだよ」


「試練…」


「うん…そう、試練ね


試練って、それを乗り越えられる人にしか与えられないって聞いた事がある


おとーは家族ってこんなにありがたくて大事なんだなって言ったし、私も生きてくれてる事にただ、ただ感謝した


改めて家族の大切さを知りあの時はその意味をわかったはずなのに…」


「なんもわかっちゃいねぇ俺が馬鹿なんだよ…」



夫は溜め息混じりの声で言う。



「私が止めてもきかなくて退院後すぐ仕事に復帰したじゃない?」


「あの時は事業拡大に向けての大事な時だったから、一刻も早く会社に戻りたかったから…」


「体もまだ完全じゃないのに、相変わらず仕事人間のおとーに苛ついたけど、いつも通りの日常が戻って喜ぶ矛盾する私もいた


まさかそれから半年後…


最大の試練が待ち構えてるなんて、あの時は思いもしなかったけどね…」



「西田…か」


「うん…」



しばらく沈黙が続いたのち、私は自分にも言い聞かせるように言った。




「同じ事を繰り返すおとー…


責めるばかりの私…


あの時の意味を忘れてしまったから…


今…


こうなってるんだよ



きっと…



神様



怒っちゃったんだね」

No.349 12/04/30 10:40
きら ( ♀ sdWbi )


「3年前のあの時…


おとーのあの病気は…


試練だった」



詳しくは書けないけれど、夫は過去に大病を患った事がある。



医学の進歩により早期発見の場合、完治が可能になったとは言えど…



その病名を聞かされた時、目の前が真っ暗になった。



医者が…先生が…


何を口にしてるのかわからなかった。



うちに限ってそんな事…



まさか…嘘でしょ…



絶望すら感じた病名に、
私と子供達は不安と心配で眠れない夜を過ごした。



だけど…



信じたん

No.350 12/04/30 10:55
きら ( ♀ sdWbi )

>> 349

お詫びm(__)m


投稿の際に📱の電波状況のせいなのか、応答がないと表示されたので連続投稿したら、こんな事になってしまいました💦


消すとペナルティがつくみたいなので削除できず読みづらくて申し訳ございませんが、ご理解の程宜しくお願い致しますm(__)m💦


No.351 12/04/30 21:41
きら ( ♀ sdWbi )


「なんで私ばかり…って、常に思ってた私は、あんたの非を責めてばかりいた

私が他の人に目がいってしまったのも、あんたのせいにして、私は何も悪くないとさえ思ってたんだ…」


「お前は悪くないよ

俺がだらしないから…」


「私がこうなったのは
おとーのせい


全部全部おとーが悪いんだ


私は悪くなんかない…


そうやって思い込む事で
自分の気を楽にしていた


辛い現実から目を反らし、逃げた私もおとーと一緒…


そして…
やった事は私も同じ


だから…


そんな私達に怒った神様は、きついきつい罰を与えたんだよ」


「罰か……罰なら…

俺だけでいいのに…」


「確かに、人を傷つけ苦しめる事を繰り返したおとーは悪いよ


だけど…


その全てをおとーのせいにして、自分を正当化させるのは間違ってる


相手のせいにばかりしていたら、絶対に同じ目線で話す事なんてできない


責めるだけの言葉しか出てこなかった私も、今は反省してる…」


「涼子…」


「ごめんね…

行動には必ず原因があるのに、全てを一緒くたにして責めてばかりいた


優位に立ったような顔をして、なんでそうなるのか、ちゃんと聞こうとしなかった…


それでは何も変わるはずがないのにね…


本当にごめん」


「そんな風に…

そんな風に言わないでくれ…

お前は何も悪くないんだ

本当に悪くないんだよ


お前が一生懸命になればなる程、ウザく感じてた事だってあったんだよ


お前が泣いてる陰で俺は楽しんで、家庭におさまる事も、お前を手離してやる事も俺はできなかった


そんなてめぇが嫌だった


嫌で嫌で…本当に嫌で
たまらなくなった


自分に心底愛想が尽きて
抹消してしまいたかったんだ


こんなだらしない野郎
責められた方がまだ楽だ


お前にそんな風に言われると俺…きついよ…


開き直る事もできねぇじゃんか……」




私は起き上がり夫の顔を見て言った。




「おと…


開き直ってよ


理不尽に怒鳴ってもいい


暴言だって許す


自分の愚かさを嘆いてもいい



言いたい事
伝えたい気持ち



今ここで話してる私達



それは生きてるからこそ
相手に伝えられるんだよ



それだけは…



本当にわかって…」




瞳を赤くした夫は、下唇を噛み締めて、必死に涙を堪えているようだった。

No.352 12/05/01 08:09
きら ( ♀ sdWbi )


時計を見ると2時を回っていて、夫は涙を隠すように瞼の上に腕を置いたまま黙っている。


私はベッド脇にあるパイプ椅子に座って、巻かれた包帯を見ていた。



その指先にそっと触れる。



腕の隙間から覗いた夫は黙ったままで、私は優しく指先をなぞった。



「この痛み…

絶対に忘れたらダメだよ」



一旦引っ込んだ涙が
また溢れそうになった。



「ああ…

今、考えてたんだ…

さっきお前が言った、
生かされたってのは、
その通りだと俺も思った」


「そなたにはまだまだ修行が足りない

この世でもっともっと沢山の修行を積みなさいって、怒った神様が言ってるの

与えられた試練は乗り越えてこそ意味があり、自分を成長させていくものだと思う

それをわかっていながら、現実から目を背ける弱い心の隙間に死神は入り込んでくるの

だからどんなに辛くても、絶対に逃げてはいけない

これはおとーにだけではなく私自身にも言い聞かせる言葉だから…」


「俺よりお前の方が…

全然強いな」


「強くなんかないよ

いっぱい泣いて
いっぱい悩んで
いっぱいもがいた

あ、言うならば…

私なりの修行の成果かな?(笑」


「大半は俺がお前に試練を与えてたようなもんだ…」


「あんたはいつから"神"になったのよ(笑」


「夢に出てきた幼い時の娘達…


子供らの笑顔を奪うような事だけはしたらダメだ…


だからもう二度と馬鹿な事はしない


マジで誓う…」


「おとーがそう思ってくれてすごく嬉しい

本当に…本当に嬉しい」


「いっ…」


夫が眉間に皺を寄せた。


「痛むの?」


「本当はけっこう…
いや、かなり痛みはある」


「大丈夫?!
看護師さん呼ぼうか?」


「ううん…いい

この痛み…
しっかり覚えておくよ」


「ん…

まだ夜中だし、今は何も考えず休んで…」


「お前こそ休んでくれよ

きっとお前の事だから飯も食わず寝てないんだろ…

ぐっすり眠って

俺も寝るよ」


「…寝よっか

何か欲しかったりしたら声かけてね

おやすみ…おとー」


「うん、おやすみ」




こんなに穏やかに夫と話したのはいつ以来だろうか。


夫に対して…


優しい気持ちを忘れてた。


思いやる気持ちを忘れてた。



そんな私に夫が心を開くはずなどなかったのだ。




神様…



助けて頂いただけでは足りずにまだ願う、欲深い私をお許し下さい…



神様…お願いします



夫を戻して…



どうか…あの頃の…


誠実で責任感が強く優しい笑顔を見せるあの頃の…、出会った頃の夫に戻して下さい



私…本当はわかってた…



神様…



私の思い…



それも試練だと言うのでしょうか…

No.353 12/05/02 22:47
きら ( ♀ sdWbi )



わかってたんだ…




何をしても最終的には自分の味方…




夫にとって私は…




母親的存在だった事を。




そうさせたのは




私自身であったと言う事も…




今ならわかる。




家族…




手離せなかった夫の気持ちも…




神が与える試練と言うのならば




夫の為




私の為




覚悟は




できてるから…




私にもう




迷いなどないから…

No.354 12/05/03 13:14
きら ( ♀ sdWbi )



――翌日



諸々の事を済ませ、夫は昼近くに退院。



病院を出ると瞳に眩しい程の快晴。



私の車で帰路につく。



澄み渡った青空の先に雪化粧をした富士山が望めた。



助手席に乗る夫も見ているであろう、その景色はとても幻想的でお互い言葉にならなかった。



高速を一時間程走って、
サービスエリアに車を停めた。



「コーヒーでいい?」


「うん」



私は自販機で温かい缶コーヒーを二本買い、足早に車に戻った。



すぐには発車せず、缶コーヒーを一口飲んでから煙草に火をつけた。



隣で夫も吸っている。



車中ではほぼ会話はしていなかった。



かけっぱなしのCDは、何が流れてるのかさえわからず音量はずっと消されたまま。



その存在をアピールするかのように、イコライザーが次から次と忙しく鮮やかな光を放っていた。



私はそっとボリュームを上げた。




~♪私は今どこに在るのと 

踏みしめた足跡を何度も見つめ返す

枯葉を抱き秋めく窓辺に 
かじかんだ指先で夢を描いた

翼はあるのに飛べずにいるんだ

独りになるのが恐くて辛くて

優しいひだまりに肩寄せる日々を越えて僕ら孤独な夢へと歩く


サヨナラは悲しい言葉じゃない

それぞれの夢へと僕らを繋ぐYELL

共に過ごした日々を胸に抱いて飛び立つよ 

独りで未来の空へ


僕らはなぜ 答えを焦って宛の無い暗がりに自己を探すのだろう

誰かをただ想う涙も
真っ直ぐな笑顔も
ここに在るのに

本当の自分を誰かの台詞で繕うことに逃れて迷って

ありのままの弱さと向き合う強さをつかみ僕ら初めて明日へと駆ける


サヨナラを誰かに告げるたびに

僕らまた変われる強くなれるかな

たとえ違う空へ飛び立とうとも

途絶えはしない想いよ
今も胸に

永遠など無いと気づいた時から

笑い合ったあの日も歌い合ったあの日も

強く深く胸に刻まれていく

だからこそあなたは
だからこそ僕らは

他の誰でもない誰にも負けない

声を挙げて私を生きていくよと約束したんだ 

ひとりひとつ道を選んだ


サヨナラは悲しい言葉じゃない

それぞれの夢へと僕らを繋ぐYELL

いつかまためぐり逢うそのときまで

忘れはしない誇りよ
友よ 空へ

僕らが分かち合う言葉がある心から心へ言葉を繋ぐYELL

共に過ごした日々を胸に抱いて飛び立つよ

独りで未来の空へ~♪




夫も私も大好きな曲。



無言で耳を傾け聴いた
いきものがかりのYell。



歌詞が胸に染み渡り涙を誘う。



今の私達夫婦の胸に突き刺さった。



夫は顎に手をやり肘をついて、顔を窓の外に向けていた。



私は悟られないように
そっと涙を拭う。



「なぁ…」



窓の外に目を向けたままの夫が話しかけてきた。

No.355 12/05/08 00:52
きら ( ♀ sdWbi )



「俺……俺は…」



夫はゆっくり声を出す。



「お前に…どれだけ
酷い事をしたのか…」



私は冷めかけた缶コーヒーをゴクリと飲んでから言った。



「私が全てにおいて見て見ぬふりしてたら、うまくいってたのかな?」


「どうだろ…

沈黙は逆に怖かったかもしれない…」


「他の女性と愛して合って帰宅したおとーに笑顔でおかえりなんて言えなかったから」


「当然だよ…」


「私達は…

ずいぶん前から夫婦の間に温度差が生じて噛み合わなくなっていたのよ…」


「温度差?」


「例えば…恵美や怜奈

すごくすごく悪い事をしたらどうする?」


「そりゃあ…叱るだろ」


「だよね…

でもどんなに感情的になって叱ったとしても、憎しみを持って怒る訳ではない

その時は心を鬼にして
突き放したとしても…

見離したり見捨てたりはしない


でしょ?」


「当たり前だろ」


「我が子に捧ぐ無償の愛


それと同じ感覚で
おとーにとって私は…


妻でもなく


女でもなく


何をしても自分の味方で、全てを受け止めてくれる


母親みたいなものだった」


「母親って…お前…」


「愛欲は外に求め
私を抱けないでしょ…」


「それは…」


「口うるさくもあったけど自分を理解し許し続ける母親のような女房は…


いなくなると困るから…


いなくなると不安だから…


その結果が…今こうなってるんだと思わない?」


「……」


「夫として父親として、そして男としておとーを見てた私と、母親に近い感覚で私を見てたおとー…

求めるものが違うんだもん

噛み合わなくなるのは必至」


「俺は女房としてお前を見てた」


「贅沢だったのかな…

私が黙っていればこうはならなかったのかもしれない

だけど私をどんどん卑屈にして惨めにしたのは私を女として見ないおとーの行動だったんだよ」


「涼子…」


「私を本当に女として見ていたのなら…

少なくても繰り返さなかったはず」



話す声が詰まる。



「こんな事言ってる私も現実から逃げ出して、それを全てをおとーのせいにしたズルイ女だったけどね…」


「お前は自分を責めないでくれ…悪いのは俺だ…」



私は大きく深呼吸をしてから言った。



「怖いんだ…


一生消えないその左手首の傷…


その行動は私だけではなくどれだけ子供達を傷つけ悲しませるか、本当に本当に心の底からわかってもらいたい」


「ああ…今は申し訳ない気持ちでいっぱいだから…」



私は言う。



「ねぇ…おとー


私達…


もっと楽に生きよう


子供達の為にも笑顔でいようよ」

No.356 12/05/08 21:05
きら ( ♀ sdWbi )



「すごいな…」


笑顔を私に向ける夫。


「ん?何が?」


「以心伝心か?

夫婦ってすごいと改めて思ったんだよ」


「だから何が??」


「同じ事思ってたから」


「同じ事?」


「うん

お前の言うように笑って過ごしたいと思ったから

俺が言う事ではないかもしれないが…」


「ううん

そう思う事が大事だよ

なぁ~んにも贅沢なんていらないの

笑顔で過ごす毎日こそが、一番の贅沢で幸せなんじゃないかなぁ


あ…」



夫が私の手を握った。



「仕事に家事に育児…
お前はこの手で一生懸命やってた

なのに俺は、毎日忙しい、男と女は違うと、家の事は全てお前任せで俺は自由にしてきたな…」


「怜奈を出産してからさ、自分の好きで仕事に復帰するんだから文句言われないように、仕事と家事の両立は絶対にする!って私は私で肩肘張ってたなぁ

正直きつい時もあったし、朝からバタバタで忙しかったけど毎日が充実してた

それはさ、おとーと子供達家族の笑顔があったから、私も頑張れてたんだよ」


「家族はあって当たり前だと思い、お前の努力は無視して自分勝手な事ばかりしてきた

馬鹿がつくほど一途に想うお前を鬱陶しく思う事もあった


こんな俺…


今まで何を偉そうにしてきたんだろうな…」


「浮気を繰り返したおとーはさ、器用にやってるつもりでもすごく不器用だったよ

嘘もヘタだし(笑)

不思議と浮気をしていても私を一番に感じる事ができてたから許せてたんだ…

西田と付き合うようになってからおとーは変わっていった


でもね…


私が乗り込んだ修羅場で、おとーは相手の女をかばって私を蔑む事は一度もしなかった


ギリギリの精神状態で
それは救いだったなぁ…


おとーは…
元々優しい人だからさ」


「そんな事言うなよ

言ったろ

責められる方が楽だって」


「確かにおとーは自分勝手だったけど、ちゃんと家族の事も考えてくれてたよ

思いやりもあって優しいところもいっぱいある

そんなおとーだからこそ私、しがみついて離れなかったんじゃない」


「そんな言うなって…」



夫はシートに頭をつけて、目を閉じた。



そのまましばらく沈黙。



なんとなく窓を開けると、冷たい空気が社内に吹き込んで、

「さぶっ」と肩をすくめる夫の仕草に笑い、冬の風が重くなりつつある空気を変えてくれた。



「俺達さ…」



シートに頭をつけたまま窓から空を見ながら夫が言った。



「やり直そう…」

No.357 12/05/08 21:17
きら ( ♀ sdWbi )

>> 356

訂正m(__)m


×社内


○車内


誤字多くてごめんなさい
😱💦💦

No.358 12/05/09 07:57
きら ( ♀ sdWbi )



そのまま時が止まったかのような沈黙が続いた。



『やり直そう』



そう言った夫の顔は真剣だった。



やり直す…



頭には全くなかった。



否定したら、
夫はどうするのだろう…


受け入れたら、
私はどうなるのだろう…



決心したのに…



左手首に巻かれた包帯が
私の心の声を奪う。



それを振り払うが如く
今一度、過去の記憶に答えを求めた。



風俗や、キャバクラ嬢との交遊は数知れず。


私の車で女とTDLに行き女房の車でイチャついてた夫。


次の浮気相手の時はプチ家出。


大病を患って家族で心配した時も、退院から半年後に西田と不倫関係になった。


不倫相手が夫の子を産んだ現実。


その西田と決着がついて僅か数ヶ月で今度は相沢と不倫関係に…



数えきれない裏切り…



終わると一時は改める夫だけれども長くは続かない。


私の執着が不幸を呼んだのかもしれない…


長い年月を過ごしてきた
私達夫婦の在り方…



この人は私といると駄目になる。



私の事も駄目にする。



だから…



無理なんだ。



ちゃんと言わなくちゃ


ちゃんと伝えなくちゃ



もうリセットが利かない事を…



フロントガラスの先にあてていた視線を夫に戻した。



(…え?)



「何悩んでんだよ」


「あ…いや…うん」



穏やかな表情に笑顔を浮かべる夫に私は戸惑った。



「やり直そうよ」


「あのね…おとー」



夫は私の頭に手を置いて、優しい笑顔で言った。



「俺は俺、お前はお前

別々の人生をやり直そう」


「え?」


「その方がお互いの為だと思う


俺はそのうちまた
お前に甘えてしまう


もう辛い思いはさせたくないから」


「おとー…」


「別れても子供らは一生俺の娘に変わりはない

お前とも離れた方がいい関係でいられると思う


お前もそう思ってるだろ?


これも以心伝心か(笑」


「お…とー…」



何故だか涙が出てきた。



もしかしたら…



私がYESと返事をしていたら、夫は夫婦をやり直したかったのかもしれない。



悩む私の顔で即座に切り替えたのかもしれない。




相手を思う気持ち…



夫の最後の優しさ…



涙が止まらなかった。



不自然な程に首を曲げて
窓の外を見る夫。



その肩は小刻みに震えていた。



おとー…



ありがとね…

No.359 12/05/10 22:04
きら ( ♀ sdWbi )



その夜
自宅に社長が来た。


私は席を外そうとしたが、社長に同席を求められて、和室で夫と並んで座った。


夫は辞職せず復帰する事になった。


仕事は今まで通り幹部としてやってもらうが、後遺症を考慮し、これからは現場等には入らなくて良し。


その分、今まで以上に社の運営に努めてもらいたいとありがたい言葉を頂いた。



「あー相沢なんだが…」



お茶をすすりながら言った社長の言葉に私は驚く。



「本日付けで解雇したよ」



夫は平然としている。



「昨日私が社にいる時に、杉浦の女房が怒鳴り込んできて、それはそれは大変な騒ぎだったんだ」


「ええ?!」


私は思わず声が出てしまった。


「亭主を寝取った相沢香織はどの女よ!!と、大声でひどく興奮状態で事務所に入ってきてな」


沈黙する夫を横目に私は聞かずにはいられなかった。


「それでどうなったのですか?」


「どうもこうも…

相沢は知らぬ存ぜぬの一点張りで、興奮状態の女房は相沢をひっぱたき、工場からすっ飛んできた杉浦は女房を殴り、いやはや大変なもんだったよ」


その場で杉浦さんは社長に土下座して謝ったとの事だった。



奥さんが理性を失い激昂する気持ち…


裏切られ深く傷ついた心…


私には痛い程わかってしまう。



またもや何の覚悟も持たずに、バレると我が身が一番の相沢に怒りを覚えた。


何も身になってない人間は同じ事を何度も繰り返す。


西田にしても相沢にしてもどれだけ痛い目に合えばわかるのだろうか…


痛い目に合ったとしても
わからないのだろうか…



やりきれない思いに私は、奥歯をギシギシと噛み締めた。



「相沢は依願退職という形の実質解雇だが、杉浦は家を建てたばかりで無職になる訳にいかないから解雇以外の処分は何でも受けると土下座しおったよ」



家族の笑顔が溢れ、幸せを信じて建てたマイホーム。


浮気を知った瞬間から、夫を信じ笑って過ごした日常に二度と戻れなくなる奥さん。


なぜ、一番大切なものが
わからないのだろう…


杉浦夫妻にできた溝は埋まるのだろうか…


改めて不倫の悲劇が見えるようだった。



帰り際、社長が私に

「涼子さん

深山も十分反省してる


もう何も心配する事はないのだから、考え直してみたらどうかね?


いやいや

他人が夫婦の事に口を挟んではいかんな


深山、明日病院終わったら電話くれよ


じゃあ涼子さん、お邪魔したね」



夫と私は深々と頭を下げ、社長は帰って行った。



肩が重いような、嫌な気分が残った。



「おと~さん、おか~さん

社長さまさま帰った~?」



リビングのドアからひょっこり顔を出し、おどけたような笑顔を見せる怜奈は、まるで天使のようで、重い気持ちを吹き飛ばしてくれた。

No.360 12/05/11 22:51
きら ( ♀ sdWbi )



「怜奈まだ起きてたのか」


怜奈の頭をポンポンさせて夫が笑顔で話しかける。


「まだってまだ9時じゃん!
もうそんな子供じゃないよーだ」


「そうだっけ?(笑)

でもお姉ちゃんが上がってきたら、一緒に風呂入るだろ?」


「入んないし!!

おとーの変態!」


「ちょっと前までは一緒に入るって騒いでたくせに、今は変態扱いかよ(泣」


「だって去年、お父さんと一緒にお風呂入ってるって友達に言ったら、ありえない!って引かれたんだもん

あ!!お父さん…

その腕どうしたの?!」



上着で隠していた袖口がずれて手首の包帯に気づいた怜奈。


勿論、その理由は怜奈に言えるはずなどない。



「ちょっと転んで怪我しちゃってな」


「転ぶなんてお母さんみたい(笑)

痛い?だいじょぶ?」


「大丈夫だよ

でも、う○こしたら怜奈拭いてくれ」


「げっ!サイテー

おとーセクハラだぁぁ!」


「お前はOLかよ(笑」



まるで離婚する事が嘘のように、和んだ空気でふざけあう父娘。



もしかしたら…


怜奈は気を使ってくれてるのかもしれない…



「おとー、お湯熱めがいいんでしょ~?」



恵美が洗面所から夫に声をかける。


全てを知る恵美もまた、
私達が帰宅してから何事もなかったかのように普通に接してくれていた。


ここ数日で心身共に疲れていた私は、今この空間はとても心地よかった。



「怜奈、今夜はお父さんと一緒に寝ようよ


また変態扱いか…?(汗」


「しょうがないなぁ~

今日だけだよ?(笑」


「おう、今夜だけな(笑

んで、ついでたから風呂入るの手伝って」


「全然ついでじゃないじゃん!

でも濡れないようにしないとだね

お母さん、ビニール袋で巻けばいいの?」


「それはお母さんがやるから、怜奈はシャワーかけてあげてね」


「わかった~!

でも、おとーなんだか…

介護だね!キャハハ!」


「うるせー(笑」



楽しそうに話ながらも怜奈を見つめる夫が寂しそうに見えるのは、私の思い過ごしなのだろうか…



いや…



寂しいのだ…



その寂しい気持ちを胸に
後悔と懺悔を繰り返す。



だからこそ今、この瞬間。



家族の大切さを



家族の幸せを



胸に刻み忘れずにいよう…



そうすれば…



本当の幸せがわかるから



本当の幸せがやってくるから



その為の試練…



必ず乗り越えて欲しい。



父である貴方は…



生きる使命があるのだから。



そして私は自分に思う…

No.361 12/05/12 22:59
きら ( ♀ sdWbi )



愛する者の裏切りに辛苦の涙を流すも、大切なものを信じて守る為…



徒(いたずら)に欲望を弄ぶ者や略奪を目論む者に立ち向かい、私は幾度となく戦った。



乱れた心を悟られまいと
虚勢を張るが如く、向かった敵に言葉の刃を振りかざす。



引く事を知らない猪突猛進の戦士は、己を守る術も知らずにひたすら突き進む。



纏っていたのは
ガラスの鎧だった。



敵は見透かし嘲笑う。



繊細な鎧はよこしまな刃に砕かれて、散った破片が我が身に降り注いで全身を突き刺した。



悶え苦しむ悲痛な叫びは
愛する者には届かない。




身も心も満身創痍。




負を認め引く勇気。



降参…



白旗を挙げる勇気が私にあったなら…



こんなにも傷つけ合う事はなかったのかもしれない…




戦うが故に傷ついた心。




もう…




繰り返してはいけない。




行動には必ず原因がある。



自己の正論ばかり述べていては何も見えない。



その正論は時には刃となって、相手を追い込む事もあるのだ。



なぜそうなったのか



なぜそうなるのか



相手の目を見て



自分を知って



心の声を聞く。




一緒にいる事だけが愛ではない。



我慢するばかりが愛ではないのだ。




とことん向かい合って



それでも
歩み寄れなければ



その時は潔く



お互いを解き放とう。




色々な事があったけれど…



巡り逢って愛し合って一緒に過ごした日々に後悔はない。



勿論…憎しみもない。



子供にとってはいつまでも優しい父親。



どんな事があったにせよ、憎み罵る発言は子供達を悲しませ、私自身も解放されない。



ずっと変わらない最愛の父を、私の感情だけで傷つけてはいけないから…



いっぱい泣いたけれど
幸せもいっぱいだった。



大好きだった和也。



貴方の幸せを心から願わずにはいられない。



そう思える自分の事を好きになろう。




―――――――――


――――――



それからしばらくして
バレンタインデーの日。




私達は正式に離婚した。




『離婚記念日』


「…だな」

「だね!」


なんて、笑いながら。




二人で決めた2月14日




その日を忘れないように…




胸に深く刻んで




私達は




別々の道を歩み出した。

No.362 12/05/13 16:13
きら ( ♀ sdWbi )



「昼過ぎに電車で行くね」


「え?行けるの?!

お母さん仕事から帰ったら送ってあげるよ

それとも迎えに来てもらうとか…」


「もぉぉ!

怜奈もうすぐ中2だよ!

電車で二駅のとこなんだから行けるってばぁ!」


「あはは!ごめんごめん

気をつけて行きなさいね
着いたらメールしてよ」


「わかった~!」



3月に入って第一土曜日。



怜奈は父に会いに行く。



今日は通院で早退するから泊まりがけでおいでと昨夜、父娘はメールで約束をしていたようだ。



元夫、和也は隣町にアパートを借りて暮らしていた。



荷物を運ぶ時に子供達と行ったその場所は、駅から徒歩5分の所に位置していて一度行けばすぐに覚えられる場所だった。



家を出る時。


家族で暮らした家の鍵を私に渡したあと、何かあったらすぐ来られるようにと、恵美と怜奈に自分の部屋の合鍵を渡した和也は優しい父の顔だった。



転院先ではリハビリに励み手の感覚がおかしくてまだまだこれからだけど、経過は良好で、動かないと言われた指はゆっくりと少しずつ動くようになり、車の運転ができるまでに回復していた。



怪我だと思い込んでる怜奈は、色々と不便を感じてるのではと、常に父親の心配をしていた。



和也が家を出てから
まだ二週間程度だったが


『会いたい時はいつでも会えるし会っていいんだよ』


そう言った私の言葉を素直に受け止めた怜奈は早速会いに行く(笑)



―――


怜奈が電車で行くって言ってるからよろしくネ👍


リハビリ頑張ってね⤴


―――END



~♪♪♪



―――


了解✌


今日は冷えるな


お前はすぐ体調崩すから
無理するなよ👍


―――END




離れてからお互いを気遣えるようになった。




和也との連絡は子供が絡んだ時だけだが、素直に聞けて素直に言えるようになった。




子供の親としての関係。




この距離感。




これがいい…




罵り合う事はもうないのだから…





「お母さん、これ私のとこに混ざってたよ~ふぁぁ」



二階から降りてきた恵美があくびをしながら私に渡した。



深山涼子様



白い封筒に、とても達筆な字で私の名前が書かれていた。




裏を見ると…




相沢義雄




相沢の父親からだった。

No.363 12/05/15 08:28
きら ( ♀ sdWbi )



急啓


ご報告をさせて頂きます。


娘は今後私どもの元で、
自己の過ちの責任と共に、娘を戒め不心得を厳しく諭していく所存でございます。


親の私どもが至らない由、誠に申し訳ない事を致しました事を、今一度深くお詫び申し上げます。


末筆で恐れ入りますが、
先般、孫を案じる言葉と私どもにご配慮頂きました事を心より感謝申し上げます。


先ずは取り急ぎご報告まで。


草々


平成23年2月○日


相沢義雄





白い便箋に縦書きで達筆な文字で書かれた父親からの手紙。



和也が退院してから一週間ほど経った頃、相沢の父親から私のケータイに電話があった。



声からも厳格な雰囲気が伝わる父親は、娘の不始末に立腹する様子が伺えた。



だが、こちらの非を一切責める事はなく、娘の不道徳を私に詫び父親は言った。




「失礼を承知で申し上げます

決して金銭で償えるものではございませんが、親の責任として、そのような形で謝罪させて頂きたいと思っております」



私は丁重にお断りした。



「こちらにも責任がございますのに、そのようなお言葉を頂き心より感謝致します。

ですが、親御さんからは受け取れません」


「不品行に育ってしまった娘の責任は親の責任でありますので、是非謝罪の形を取らせて下さい」


「私と致しましては香織さん自らが反省し、二度と繰り返さないように改心して頂く事を強く望みます

その意味をわかってもらう為に、謝罪は香織さんにして頂きたく思います」



父親の小さな溜め息が電話越しから聞こえる。



娘に落胆する父親が不憫に思えた。



「あの…


出過ぎた事を言って大変申し訳ございませんが…


お孫さんがとても心配です


できましたら香織さんとお孫さん、ご実家で暮らされるのがよろしいのではないでしょうか…」



その後、父親は再び謝罪の言葉を述べてから電話を切った。



以前母親とも電話で話したが、良識ある両親の元で育った相沢は、なぜあのようになってしまったのか…



厳しかった父に対して一度の口答えもなかったと母親は言ってたが、相沢からすると押さえ付けられ我慢してきたと言うのか…



改めて子育ての難しさに
溜め息を覚えた。



その後相沢は、親の監視の元、親戚が営む小さな会社で事務員として働き出したようだった。



西田からの慰謝料は何度も滞りながら、今でも少しずつ、少しずつ支払われていてるが、相沢は今まで一度も滞った事はない。



このままいくと西田より先に、今年の9月で相沢は慰謝料の支払いが終了する予定(苦笑)



杉浦さんの方はどうなっているのか…



慰謝料が支払われているのかは、私の与り知るところではなかった。

No.364 12/05/16 22:00
きら ( ♀ sdWbi )



夜…


ベッドに入ってから時々、妙な不安感に襲われる事があった。


片親になった気負い?


先々の不安?


それは何なのか、漠然としていてわからなかった。


だがその不安は、朝目覚めると同時に忙しい日常に打ち消され、子供と三人笑顔で穏やかな日々を過ごしていた。



そんな中、私は…



あっちゃんに連絡できずにいた。



何故だろう…



何かに申し訳ない気持ち…



それもまた、漠然とし過ぎてわからないまま時間だけが過ぎていった。



――――――――



その日…



私は社用で外出していた。



国道付近の交差点がいつも以上に渋滞していて、仕事が詰まり一分でも早く帰社したい私は渋滞に苛々していた。




それは…




あまりにも突然で…




何が起きたのかわからなかった。




目に飛び込む光景が信じられない…




道路脇に建ち並ぶ民家の瓦屋根が凄い勢いで落ちてゆく。



すぐ横のガソリンスタンドでは、天井から吊るされた照明が次々と落下して音と共に飛散した。




――大地の怒り。




平成23年3月11日
東北地方太平洋沖地震。




未曾有の大震災は、関東に住む私もその恐怖を体験した。



生まれて初めて体験する震度6近いその揺れに、私はたちまち恐怖のどん底に突き落とされた。



パニックで状況が判断できず、過呼吸気味になり頭が朦朧としたのを覚えてる。



「電話……携帯!!」



我に返った私は子供達の事が頭に浮かび、ガタガタと震える手でバッグをひっくり返していた。



♪♪♪♪♪~



突然鳴ったケータイに心臓が止まりそうになった。



「大丈夫か?!!」


和也だった。


「すごい揺れたよ!!
何が起きてる?!
どうしちゃったの!!
恐い!」


私は支離滅裂な発言をし、とにかく子供らの無事を確認すると和也に話してる途中で電話が切れた。



それからケータイは
一切繋がらなくなった。



会社にも連絡ができず、
私は子供の身を案じ独断でまずは学校に向かった。


大きな余震に何度も車を停めて、ディスカウントショップの大型駐車場には人々が群がっていた。


店の大きな看板が傾いて、今にも落下しそうになっている光景が更に恐怖を煽った。


ケータイの電波は遮断されたまま繋がらず、恵美とも連絡がつかず、恐怖と焦りで私は気がおかしくなりそうだった。


学校近くまで行った時ママ友にクラクションを鳴らされ、その車に怜奈も乗っていた。


車から飛び下り、手を取り合った私とママ友は半泣きだった。


お礼もそこそこに、怜奈を私の車に乗せて恵美の会社に向かった。

No.365 12/05/16 22:46
きら ( ♀ sdWbi )

>> 364

お詫びm(__)m



東北地方で被災された方がもしもこれを読んでいて、不快な表現があったり思い出される事を深くお詫び申し上げます。



あの時の恐怖と多くの方が犠牲になった辛さは、私も絶対に忘れる事はできません。



亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

No.366 12/05/19 08:38
きら ( ♀ sdWbi )



「お父さんとお姉ちゃんは大丈夫かな?!

おじいちゃん達も!」


車に乗ってすぐ怜奈が聞いてきた。


「さっきお父さんからは連絡あったし、お姉ちゃんもおじいちゃん達も絶対大丈夫だから!」


私は自分にもそう言い聞かせるように、若干語気を強めて答えた。


「そうだよね…大丈夫だよね!!

怜奈今日掃除当番で、教室掃いてる時にすっごい揺れて怖かった!

校門の所に穂香のお母さんがいて怜奈も早く乗って!って焦って―!…!…!」


興奮してその時の状況を話す怜奈に相槌を打ちながらも、連絡がつかない恵美の事が心配で私は気が急いていた。



~♪♪♪



メール?!



急いで車を停めた。



―――


お母さん大丈夫?!

怜奈は?!

私は大丈夫だから心配しないで!

すぐ帰るから


―――END



私の心配を察し届いたメールに感謝して、そして恵美の無事に安堵した。


それから同じく心配する恵美に何度返信しようとしても


『しばらくお待ち下さい』


と表示され送信できなかった。



根気よくかければ繋がるかもしれないと思った私は、うちの実家と和也の実家、それと会社に電話した。


何十回とかけて、ようやく全てに連絡がつき皆の無事にホッとして自宅に戻るとちょうど恵美も帰って来たところだった。



家の中は、食器や小物類が落下して辺りに散乱。


テレビやその他の家具も倒れていた。


電気もつかなければ水も出ずに、家の中は薄暗くて、止まない余震に怯えた私達はその日、車中で一晩過ごす事にした。


近くのコンビニ行くと5台ある駐車スペースが既に満車状態で、停めてるのは皆近所の人で、やはり誰もが同じ考えのようだった。



トイレ等を考慮しコンビニの駐車場が一番いいと思い、そこからちょっと離れたコンビニに車を停めた。


そこは停電はしてなかったので、その明るさに安心し、その明るさがありがたかった。


食べ物や飲み物を買い込みシートをフラットにした。


私の愛車は○産のキュ―○で、フラットにしても三人ではやはり窮屈だったが、持ち込んだ毛布等で少しでも快適になるように寝床を作った。


今日の事を三人でめいめいに興奮気味に話す。



~♪♪♪



私のケータイにメールが届いた。



―――


俺も娘も大丈夫だよ❗


涼子もお子さんも無事で安心しました


涼子からはメール届くのに俺は何度やっても送れなくて遅くなってごめんね


メールありがとう!


―――END



あっちゃんからの返信。



私は夕方、あっちゃんにメールを送ってた。


―――


大丈夫ですか?!


娘さんも大丈夫だよね?!


私は娘共々無事です


―――END



この時送ったメールは一度で送信されたので驚いた。



あっちゃんの無事も知り
私は安堵感に包まれた。

No.367 12/05/23 08:33
きら ( ♀ sdWbi )



長い夜が明けると――…



スーパーやコンビニでは、カップ麺やレトルト食品、缶詰やパン類の棚がスカスカで、中でも極めて水が入手困難になった。



石油コンビナートが火災し、それによって多くのガソリンスタンドが閉店を余儀なくされる。



燃料単価は高騰し給油量が制限されながらも、営業している数少ないスタンドのどこもは、車が長蛇の列を作っていた。



連日報道される悲惨な状況に胸が痛み、たくさんの悲しみと不安を抱えてながらも皆、日常を取り戻す事に必死だった。




―――――――――



――――――




「涼子さ~ん」



「うん?」



――4月。



平常勤務に戻っていた会社に私と綾香の二人だけで、この日奈緒美は休みをとっていた。



「奈緒美さんと坂木さん…

残念だったですね」


「あぁ…うん…

仕方ないよ

まさかこんな事態が起きるなんて思いもしなかったんだから」



相変わらず余震は止まず、倒壊した家屋や倒れた電柱等、まだまだ震災の爪痕があちこちに残っていた。



誰しもそんな恐ろしい天災が待ち構えているなど予想もつかなかった2月下旬。



奈緒美と坂木さんは入籍し夫婦になった。



『あんたが離婚記念日ってあっけらかんと言うから、んじゃあたしは結婚記念日にしてやったのさっ(笑』



豪快に笑いながら言った奈緒美の彼女らしい気の使い方だ。



そんな奈緒美を祝福したくて、気の知れた仲間だけで3月13日(日)に小料理屋を貸切り二人の結婚祝いをする予定だった。



「涼子さんと綾香の二人で、お祝いしてあげませんか?!

奈緒美さんにはいつもお世話になってるから何かしてあげたくて…」



いつも奈緒美に怒られふて腐れている綾香だが、ちゃんと奈緒美の気持ちが伝わっててちょっと嬉しくなった。



「そうだね

今はまだ色々落ち着かないから、来月あたりで考えてみよっか」


「はい!」


「綾香ありがとね

私一人じゃ全然頭回らなかったから」


「綾香が言わなくても奈緒美さん、自分から催促してきそう(笑」


「確かに~!!」


「「あははは!」」





――あの日の夜。



余震と窮屈な車内で私は眠れずにいた。



外に出て煙草を吸いながらケータイを開く。



無事を知らせるあっちゃんからの返信メール。



このたった一通のメールを読み返していたら、急に私の心を寂しさで一杯にした。



離婚してから連絡できずにいた事に申し訳なく…




―――


遅くにごめんなさい


先月の14日に正式に離婚しました。


もっと早くに連絡すべきで、しかもこんな時に言う私をお許し下さい


―――END




数日経過しても…




あっちゃんからの返信はなかった。

No.368 12/05/25 09:11
きら ( ♀ sdWbi )



ゴールデンウィークが過ぎ、奈緒美が社用で外出していた時。



綾香がメモに書かれた人数を数えながら言った。



「12…13…15と

えっと~、結局いい人数になっちゃいました(笑」


「あんたがちゃっかりと色んな人に声かけたからでしょ」



二人でお祝いの計画を立てていたが、綾香が少しずつ声をかけていたようで、気づくとまとまった人数になっていた。



その中にあっちゃんもいた。



「宴会場所だけ涼子さんに任せていいですよね?」



「綾香…


宴会じゃなく、
お祝いだよ!お祝い!


主役は奈緒美と坂木さんの二人で、飲み会じゃないんだからね!」


「わかってますってば~

その他の事はお任せ下さい!」



ニタニタと嬉しそうな顔をする綾香。



たまにとんでもない事をしでかす綾香に若干の不安を感じつつ、前と同じ小料理屋が通常営業していたので難なく予約がとれた。



二人の結婚祝いは、5月の最終日曜日に決まった。




その日はあっちゃんも来る。



あの時の返信はないまま…



以前。



あっちゃんの気持ちが変わっていたら、私の電話には出ないで欲しい。



それを最後の優しさだと思うから。



…そう言った。



返信がないのは…



あっちゃんの答えなのだろうか。



去年、彼と車で話したのを最後に、あれから一年が経とうとしていた。



一度奈緒美が気を回して、会社で彼と顔を合わせて、その夜電話をしようとしたけれど結局はできず、それから一度も連絡はとっていなかった。



私が離婚してからも連絡ができずにいた。



なぜだろう…



何かに申し訳なくて躊躇する気持ち。



その何かとは…



子供達に対する想い…



離婚は決して幸せな結果ではない。



顔に出さなくとも親の離婚は確実に子供達を傷つけたろう。



両手を上げて喜ぶ事ではないから。



そんな思いから連絡ができずにいた。





そんな私は



どこまで…



彼に甘えていたのだろう。




夜…



ベッドに入るとメールが届いた。



あっちゃん…



そのメールを読んで



涙した。





―――


俺の心も折れたようです



涼子の幸せを願ってます


―――END


No.369 12/05/26 22:03
きら ( ♀ sdWbi )

――――――……


「…ん」


頬に温もりを感じて目が覚めた。


「私…寝ちゃったんだ」


「すごく気持ち良さそうに眠ってたよ」



――和也が自宅トイレで事件を起こす少し前の記憶…


ある土曜日の昼下がり。


お互いの休みが合って怜奈が部活から戻る迄のわずかな時間。


あっちゃんの部屋で穏やかな時間を過ごしていた。


休みでも仕事の電話がよく鳴る彼のケータイ。


手帳を開きメモを取る彼の背中に、耳をあてるようにもたれると何だかとても落ち着いた。


急に振り向いた彼に引き寄せられる。


電話の邪魔をしてはいけないと離れようとして、その腕に力が入った。


ストンと彼の膝枕。


私の頭を撫でる手を触りながら目を閉じると、話す彼の声にとても安心した。


抱っこの赤ちゃんがゆらゆら揺られながらママの声を聞く安心感はこんな感じかな…


そのまま私は眠ったようだ。


「一時間も寝てたんだ
ごめんね足痺れてない?」


「大丈夫だよ
それより涼子…寝言すごいね(笑」


「あーそうなのよ
私寝ててもうるさいみたいで(汗」


「人参残すなーって怒ってたけど怜奈ちゃんにかな?(笑」


「あぅ…怜奈人参嫌いで…

てか、恥ずかしーっ」


「あはは!
俺的にはもっと聞いてたかったけどね~」


「あっちゃんの悪趣味!」


ちょっと拗ねた私の頬に手をあてる。


「涼子…俺達さ、どんな事があっても気持ちは繋がっていようね」


「どんな事って…」


「変な意味じゃないよ

お互い無理な事を求めすぎないって事かな

深いところで繋がって信じあえれば気持ちは満たされる

会う時間の長さではないよ

ほんの少しでも一緒に過ごす時間は大切にしよう」


「あっちゃん…

うん…


ありがとね」


「え?ありがとう?」


「んーわかんないけど
ありがとなの!」


「なんだそれ(笑」


こうしていつもさりげない彼。


子供優先で、なかなか会う時間が取れない私に気を使わせない為の彼の気遣い…


「涼子といると優しくなれる俺が俺は好きだ(笑」


「そんなあっちゃんが私も好きだ(笑」



……――――――



あっちゃんの気持ち…



待つ側の気持ち…



わかってたようでわかっていなかった…



『心が折れました』



すごく…



すごく胸が痛んだ。



悲しくて申し訳なくて…



いつも私の事を一番に考えてくれていた彼。



言葉には重みがあった。



そのあっちゃんが出した答え…



軽くない発言。



受け入れるしかないから…



明日は奈緒美の結婚祝い。



私…



笑えるだろうか…



ううん



笑顔でいなくちゃ。



でも…



今夜だけは泣かせてね…

No.370 12/05/31 13:00
きら ( ♀ sdWbi )


「…では、坂木正人さんと大野奈緒美さんのご結婚を祝して~~乾杯っ!!」



「「「乾杯!!」」」



パチパチパチパチ~~…



とても幸せそうな二人に、私も自然に笑みが溢れた。


声をかけた者同士が他に声をかけたり、奈緒美を祝福したい社員や関係者が集った。


坂木さん側は奈緒美もよく知るという坂木さんの友達と会社の同僚数人。



その中に…彼もいた。



開始直前に来た彼は周りに会釈しながら後方の席に座った。


私は奈緒美達のすぐ横に座っていた。



長いテーブルの端と端。



絡んだ視線は一瞬で
即座に外したあっちゃん。



ズキ…



やはり悲しかった。



「坂木さん、奈緒美さんに脅されたんすか?(笑」


社員の一人が冗談を言っていた。


「誰が脅すんじゃー!」


「あはは!
確かに奈緒美は怒ると怖いけど、二人の時は甘ったれですよ」


「ちょ!!!」


真っ赤な顔をした奈緒美を周りが冷やかし、それに奈緒美は吠えていた(笑)


二人を中心に和やかな雰囲気で、私はお酒が進んだ。



でも飲むほどに…
何度と彼に向く視線。


変わらない笑顔で周りと話す彼を見たらなぜだか悲しくて…


勿論、周りに気づかれないように悲しさは隠す。


また視線を向けると、
彼がこちらに向かってきた。


焦った私は気づかないふりで隣と話す。



「坂木、奈緒美さん
おめでとう」


二人に酌しながら談笑を始めた。


勘違いした自分に苦笑。



「涼子~」


何も知らない奈緒美は気を回したのか私を呼んでいる。


気まずくて嫌だったけど、場を考え酒の勢いも借りて私は明るく振る舞った。



「金井さん
飲んでますかぁ?」


「うん飲んでるよ

でも深山さんはちょっとハイペース過ぎだなぁ

そんな飲み方じゃ潰れちゃうよ」


(…え?)


「金井さん!
涼子は強いから全然問題なし!(もし酔ったら襲っていいよ?ボソ)あはは!」


苦笑する彼。



始まってから酌し酌され、どんどん飲んでた私。



あっちゃん…



見てくれてたの…?



「体の事も考えて、これは30分かけて飲む事(笑)
はいどうぞ」



空のグラスに注がれてゆくあっちゃんの気遣い。




なんでよ…



だめじゃん



そんな優しくしたら…



私…



我慢してるんだから



ほら…



泣いちゃうんだ…



「り、涼子?」



奈緒美が驚く。



「嬉しくて…
奈緒美が幸せなのが、私はめちゃめちゃ嬉しいの!」




ごめん…奈緒美。





伝えられない想いが




悲しくて…




ほんとごめん




今はこうさせて




誤魔化す私を許して…

No.371 12/06/01 22:12
きら ( ♀ sdWbi )


和気あいあいと楽しい時間が過ぎていく中…


「坂木さ~ん!

誓いのキスなんてどうですかぁ?

永遠の愛を君に捧ぐとか…

きゃあ素敵~!!」


突然、綾香が大きな声で言い出した。


「ばばば、ば、馬鹿じゃないの!

あんたっていつも急に訳わかんない事言うんだから!

ま、全くもう…やめてよね(汗」


動揺する奈緒美の姿が可愛かった。


「それいい!」

「いいね~」

「みんなの前で誓ってもらいましょう!」

「ヒュ~」


綾香に賛同する声が響き、立ち上がった坂木さんが奈緒美に手を差し出す。


「もー…綾香の馬鹿っっ!(汗」


二人は向かい合い、赤い顔した奈緒美の両手を坂木さんが握る。


「奈緒美が側にいてくれだけで俺は幸せです

一生の愛と奈緒美と◯◯を幸せにする事を誓います」


「あ…あたしも…」



永遠の愛を誓う幸せいっぱいのキス…



……パチ


パチパチパチパチ!!



「「おめでとう!!」」



「あ~恥ずかしい!」



そう言った奈緒美の瞳からは、うっすらと光るモノが見えた。


その幸せそうな顔を見てると胸がいっぱいになり今度は本当に嬉し涙が流れた。



良かったね…奈緒美。



絶対幸せになるんだよ。



祝いの宴も終盤に近づいた頃、綾香が二次会の参加者を集い出した。


奈緒美達は娘が部活の合宿から戻る前に帰宅したいとの理由で不参加。


周りに執拗に誘われていたあっちゃんは参加するようだった。


私は適当な理由で二次会は不参加にして、奈緒美達が帰ったあと、私もみんなにお礼を言い帰る事にした。


出口近くに座っていたあっちゃんと目が合い、軽く会釈してその場を後にした。



―――――――――


――――――



帰りはタクシーを利用するつもりだったが、最寄りの駅まで歩く事にした。


日中は暑くてジメッとした空気だったが、夜は火照った顔を冷やしてくれる涼しい風が吹いていた。



空を見上げ…



拳を掲げてみた。



今この瞬間から私の新しい人生が始まるんだから…


全てがリセット。


何も悲しい事なんかない。



鼻歌でも歌おうか。



そんな自分が可笑しくて、ちょっとよろつく足取りで夜道を歩いた。



もう泣きたくない。



絶対に泣かない。



自作の妙なハミングで
自分を誤魔化す。


「喉渇いたぁ」


自販機の前に立ち止まって財布の小銭を探る。



――ジャラジャラ



「もう…」


散乱した小銭。


地べたに座り、冷たいコンクリートに両手をついた。


「……もう」


泣かないと決めたばかりなのに…



次から次と溢れ出す涙。



「お飲み物は何がご希望ですか?」



その声に振り替えると…




彼がいた。

No.372 12/06/05 13:12
きら ( ♀ sdWbi )



「…あっちゃん」



しゃがんで小銭を拾い出す彼。



「そんなフラフラになるまで飲んだら駄目じゃないか

危ないだろ」



そう言ってあっちゃんは、手のひらに小銭をのせる。



私は慌てて財布にしまい、自販機に手をつき立ち上がろうとしたらよろけて彼に支えられた。



やだよ…



酔っ払い女が地べたに座り込んで泣いてる。



見ないで…



こんな姿恥ずかしくて…
ミジメだった。



彼の腕を振り払う。



「ごめん…

大丈夫だから…


じゃ…ね」



フラつかないように足元に意識を集中させて歩く。



「涼子」



後ろの声に振り向かず
真っ直ぐ歩いた。



「涼子!」



彼が私の腕を掴んだ。



「…なに?」



なんでだろう…



「離して

もう終わったのに…

こんなのあっちゃんらしくないよ」



素直になれなくて…



「確かめたいんだ」



意地を張ってないと



また泣いちゃうから…



「確かめるって何を?

私があっちゃんに甘え過ぎてたんだよ

一年も…

そして最後あなたを傷つけた

嫌な女だね…私」



彼はなんだか哀しそうな顔をして話し出した。



「離婚したとメールをもらった時

既に一ヶ月経過していたのに、何故涼子が言えなかったのかずっと考えてた

整理できてない事があったからなのか…

それとも…

俺が必要でなくなったのか…」


「それは…」


「最後まで聞いて

もしそうだったら、涼子の性格からして俺に悪くて言い出せない

だけど無視もできないから、あの日の夜に紛れてメールした

そう思ったんだ

どんな結果であろうとも、自分で決めた道は後悔せず信じて進んで欲しいと言ったのは俺だ…

だから敢えてあんなメールをした

だが、今日…

何も食わずに飲んでばかりの涼子の姿は、とても幸せそうには見えない


…なぜだ?


俺の勘違いなのか?」




そうだった…



これが彼なのに…



気遣い…



いつも私の事を考えてくれてたのに…



あのメールも私に負担をかけない為だったんだ…



なのに私は…



自分の思いだけで連絡せずに、この状況にいじけて…




最低だ。




申し訳なくて…



今にも溢れだしそうな涙を我慢して肩が震える。



「涼子ごめん

本当は俺……俺は…」


「あ…」



後ろから、ぎゅっと強く抱きしめられた。



「押し付けでも…


今言わないともう言えないような気がするから…


涼子…俺は…



ずっと愛してる」

No.373 12/06/05 16:29
きら ( ♀ sdWbi )


――ある土曜日の午後。



「ごめーん!

事故でめちゃめちゃ渋滞してて…ハァハァ」


「涼子、走ったらまた転ぶよ(笑」



優しく微笑むあっちゃんがそこにいた。



「もう大人ですから転びません!!」


「そうだっけ?(笑」


「あんまり時間ないのにごめんね

あっちゃん何にする?」


「俺パスタはナポリタンって決まってますから~」


「あっちゃんこそ子供みたいじゃーん」


彼の仕事の合間にパスタの美味しい店で待ち合わせた私達。


お昼時を過ぎた店内は空いていて、注文を済ませてから水を一口飲んでやっと落ち着いた。



「あっちゃん、最近忙しそうだけど体は大丈夫?

ちゃんとご飯食べてる?」


「大丈夫!
俺は丈夫だからさ(笑」


「そっか~
でも無理はしないでね」


「それよりも涼子
誕生日おめでとう」


そう、この日は私の誕生日だった。


「また歳をとってしまったぁぁ」


夜は子供達がお祝いしてくれる事になっていて会えないから、彼が昼間時間を取ってくれた。


「俺…よくわかんなくて…
めちゃ悩んだんだけど…」


「え~?」


「…これ」



可愛い小さなビニールの包みを差し出した。



「これは…?」


「開けてみて」



テープを外し取り出した。



プラスチック製の黒いリング…


しかも値札がついた状態
(汗)


630円(汗(汗)



以前、指輪は自分で買った事がないと言ってはいたものの…


正直一瞬リアクションに困った。



だけど
その気持ちは嬉しい。



「ありがとう」



私は笑顔でお礼を言った。



「涼子…

チッて思ったね?」


「えーーっ!
思ってない思ってない!」


「わかりやすっ」


「本当だってばー(汗

贈り物は値段じゃなく
気持ちだよ!気持ち!!

その気持ちが嬉しいの」


「あぁ…言われれば言われるほど情けない俺…

マジでわかんなくてさぁ

本当に困ったんだ」


「い、いや…だからその…
そうじゃなくて…」


『え?』と、一瞬でも顔に出てしまい猛烈に焦る私。



「はい」


「へ?」



それは四角くて赤のリボンがかかった小さな箱。



「あっちゃん?」


「余興があった方が盛り上がるかと思って(笑)

開けてみて」



中には、花びらをモチーフにキラキラ輝くプラチナのリング。


「やだ…あっちゃん
もぅぅ…」



右の薬指にはめてくれた彼。



「誕生日おめでとう

涼子、これからも無理せず焦らずでいこう」


「うん…うん

ありがとうあっちゃん」



なんだかくすぐったさを感じる薬指。



あっちゃんの笑顔と重ね、何度も見ては顔がほころんでしまう。



幸せな気持ちが広がっていった。

No.374 12/06/06 12:37
きら ( ♀ sdWbi )



「あはははは!

しっかし馬鹿だねぇ

あんたもさぁ飲み屋の姉ちゃんにちょっかい出してないで、いい加減真面目な恋愛しなさい?

私を見習って~あはは!

うん、うんうん

わかった~
子供らに言っとくよ

明日は私行かないけどよろしくね

あいよ~じゃあね」



別れた夫、和也との電話。



彼との付き合いも話してて知っている。



お互いの恋愛事情が話せるほど、別れてからは本当にいい関係になっていた。



子供達と月に一度のペースで食事をする父子関係が定着し、たまに私も顔を出す事がある。



「お母さ~ん
替えのボディソープとってー」


「はいは~い
ちょいお待ち~」



子供らは彼の存在は知らない。



多感期の怜奈にとって、
母親の恋愛に嫌悪感を抱く事を懸念して。



その彼と会うのは月に一度あるかないかだけれど、お互いそれで納得している。



無理な事を求めすぎない。


会う時間の長さではない。


お互いを必要とし、お互いを尊重しあえる仲でいよう。


そんな彼の寛大な心に包まれながら、二人の気持ちは強く繋がっている。



お互いの子供が独立したら、残りの余生は二人で細々暮らそうか(笑)



そんな老後の目標(笑)



「ただいま~

今日外回りだったから
超汗かいて気持ち悪ーい

先にシャワー浴びる~

あー怜奈入ってるのかぁ」


「おかえり

もう10月になるってのに、まだまだ暑いもんね

乱入しちゃえば?(笑」


「うん!そうする(笑」



私の前で躊躇なく脱ぎ出す恵美(苦笑)



「あ~お姉ちゃーん!
怜奈が使ってたのにいぃ」


「すぐ終わるから~」


「も~~~!」


「わっ!停電?!」



浴室の電気を消して笑いを堪える私。



「「お母さん!!」」


「あんた達うるさいよ?

あーおかしい(笑)」



昔母から、女三人寄ればかしましいと聞いた事があったけれど、まさにその通りで毎日が賑やかだった。



時には喧嘩もするけれど、すぐに仲直り。



そんな子供達とじゃれあい笑顔に癒されて、穏やかに過ぎていく日々に私の心は満たされていた。

No.375 12/06/06 12:45
きら ( ♀ sdWbi )



過去の自分。



疑う心は底無し沼で…



そこに沈むと這い上がれず泥々とした暗闇の中でもがき苦しんだ。



数本垂れてる糸のうち、
私には一本の糸しか見えず必死にしがみつくも、ことごとくその糸は切れた。



もがけばもがくほど苦しくて、また垂れてきた同じ糸に手を伸ばす。



その糸だけを信じ泣きながら掴むも幾度となく裏切られ、堕ちゆく沼に溺れていった…




――――――――……




流した涙は数知れず。



けれど…



泣いた数だけ強くなり
泣いた数だけ成長できた。



ただ、信じればいい。



それは決して、見て見ぬふりや自分を誤魔化す事ではない。



妻だから、彼女だからと、当然の権利のように相手の全てに踏み入っていいはずなどないのだから。



もしかしたらそうする事によって、相手が拒否反応を示しそこから疑惑が生まれたら…



再び底無し沼に足を取られてしまう。



相手に執着し、自分自身を縛りつける愚かな私はもういない。



相手を思いやり尊重して、信じる心が大事なのだ。



もう過去の自分に苦しんだり泣いたりはしない。



今の私に幸せを与えてくれる大切な人達を否定したくはないから…



それよりも今
大きな声で言いたい!



子供達の笑顔


彼の優しさ


心から笑える自分



私………



とっても幸せです!!



と。



この先も色んな事があると思う。



けれど、ひとつひとつ乗り越えていこう。



悪い事ばかりじゃない。



泣いた数だけ幸せになれるんだ…



神様はきっと見てるから。




~♪♪♪



―――


涼子見て見て!


今日行った現場脇の雑草の中で見つけちゃったよ😆


幸せのお裾分けしちゃおう(笑)


一緒に幸せになろうな👍


涼子今日も愛してる😜


―――END



添付ファイルを開くと…



あっちゃんの手のひらに
一枚の四つ葉クローバー🍀



「クスッ



ありがとうあっちゃん



私も愛してます」




未来は…



キラキラと輝いている。





―――――完―――――

No.376 12/06/06 13:01
きら ( ♀ sdWbi )



読者の皆様へ🍀


『重い女』
今日完結を迎える事ができました。


半年以上お付きあい頂き、読んで頂いた全ての皆様に心から感謝致します。


ありがとうございました
m(__)m


今ここが会社でなければ、だぁー泣きしそうなくらい感極まるものがあります😫


この小説を書いてる間に、転職や手術等色んな事がありました。


更新がなかなかできなかったり、すぐ凹んだりで迷惑かけましたが、皆様のあたたかい言葉に支えられて書き切る事ができました。


本当に感謝感謝です😫💦


終わってみると
めちゃめちゃ寂しい…


あーだめだめ
ここは会社だった😱💦


あっちゃんとは今も仲良くしています😉


会うのは月に一度あるかないかですが、毎日のメールやたまに電話で話したり、大人な?付き合いです(笑)


今は怜奈と二人暮らしなので寂しい思いはさせたくなく、それは彼もわかってくれてます。


あっ‼

実は皆さん💦💦


この小説あっちゃんも読んでます(笑)💦


こうやって文字で見ると俺っていい奴だなって言ってました(笑)


彼と離れていた一年の間に起きてた出来事を、ここで新たにじっくりわかったから良かったかも~と言ってましたが💦💦


話がそれてすみません😱


全ての皆様に感謝して
全ての皆様の幸せを願っています💕


最後までお付きあい頂き
ありがとうございました✨


また会う日まで…🍀✨✨



🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀


✨きら✨

No.377 12/06/10 20:59
きら ( ♀ sdWbi )



皆様こんばんは🍀


ここで自分の半生を書き始めた時、読んでくれてる人いるのかな…と最初はドキドキでした。


書き綴っていくうち応援して頂いてる多くの皆様に励まされて無事に完結を迎える事ができました。


本当にありがたく
心から感謝しております
m(__)m✨


ありがとうございました🍀


突然ですが…


私から重大発表?をさせて頂きたく✏しました💦💦


この小説を違う場所で投稿してみようかと思っております。


生まれて初めて書いた自伝。


もし…


これを読んで何かを感じて頂ける事ができるのであれば、もっと多くの方に読んで頂きたい欲にかられてしまいました😱💦💦


この実話を元に、多少の加筆、訂正、そしてアレンジを加えて小説として投稿してみようと思い立った次第です。


サイト名や投稿の時期等は申しあげられませんが、どこかで私を見かけた時は、どうぞ温かく遠い目で見守ってやって下さい😱💦


投稿の範囲が広がり、もしかしたら当事者の目にもつくかもしれませんね(笑)


それはそれで全然🆗です😜


それよりも私の異常なまでの執着と、またあっちゃんの事で誹謗中傷の嵐で凹むかもしれません⤵⤵


おこがましいですが、同じ苦しみに立つ方々にほんの少しでも何かを感じて頂ける事ができたらと思い奮い起った次第です。


独りよがりかもしれませんが😱⤵⤵


登場人物の名称や年齢等、その他アレンジする予定ですが、見かけてあれ?と思った方は私ですので宜しくお願いします(笑)


読んで頂いた皆様、本当に今までありがとうございました💕


心より皆様の幸せを願ってます🍀🍀🍀


ありがとうございました✨

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