初恋の人
マウンドに立つ君を沢山の女子が応援している。
キャーキャー言っている彼女たちはまだ恋に恋するオンナノコ。
でも、あたしもその1人だった。
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★
『日比野って蛍のこと絶対好きだよねー』
友だちの冷やかしに顔が熱くなった。
『そ、そんなことないって』
『嘘だー!だって今日も一緒に帰るんでしょ!?』
『う、うん』
ニヤニヤと小突かれて、思わず頬が緩む。
そうなのだ。
日比野とは毎日一緒に帰っている。
手をつないで、たわいもない話をしながら。
日比野の家は駅近くの商店街にある。
うちは隣町とのちょうど境。正反対だ。
部活で疲れ切っているはずなのに日比野は家の近くまで送ってくれる。
昨日……日比野は別れ際にちゅっとキスしてきた。
そして驚いて固まる私を置いて、慌てて走っていってしまった。
あれから、何も話していない。
『……来たよ、お迎え』
友だちの冷やかす声音に顔を上げると、教室の入り口に顔を赤らめた日比野が立っていた。
☆
寝ぼけたまま枕元を探る。
頭の中がはっきりしない。
特に、こんな朝は。
「……なに、もう朝…?」
隣で宏太が呻いた。
立川宏太は私の彼氏。
もう付き合って四年…もうすぐ、五年になる。
気心なんかとっくの昔に分かり合っていて、お互いの家族にも紹介済みの最愛の彼氏だ。
なのに、こんな朝は。
彼氏のはずのこの人に…嫌悪感を持ってしまう。
私の彼氏は『あの人』なのに?
私の一番大好きな人は………
「まだちょっと早いみたい」と言いながら宏太に背を向けると、後ろから抱き締められる。
眠っているときの宏太は甘えん坊だ。
普段ならそんな彼を愛しく思うはずなのに、今日の私にはたまらなく鬱陶しかった。
☆
もう三年近くになるだろうか。
私はずっと、同じ人の夢を見続けている。
小学校の同級生だった日比野亮。
野球部のエースピッチャーで、運動神経抜群で、爽やかな顔立ち。
案の定彼は学年の女子に大人気で、私も好きだった。
★
男に囲まれて育った私は男子と仲良くなりやすく、日比野とも仲が良かった。
席が近かったこともある。
よく女子に日比野に近づくために協力してと頼まれ、私も日比野と一緒にいたい一心で仲を取り持っていた。
幼かった。
野球好きで男子とワイワイ遊びたいタイプの日比野は、女の子と付き合ったりはしない……小学生の私はそう思っていた。
日比野が選んだ女の子は、おっとりした顔立ちのぶりっこタイプの女の子。
男子には人気の、
女子には不人気の女の子。
がさつで女の子らしさのない私とは全く異なるタイプ。
当時の私は傷付いたんだろうか。
好きだった淡い思い出はあるのに、悲しんだ思い出がないのはなぜだろう。
★
中学校は地元の公立校に進学した。
田舎の庶民には当たり前の選択。
もちろん、日比野も、同級生ほぼ全員も同じ中学に進んだ。
中学生時代は私の性格が一番変わった時期だと思う。
小学校ではバレー部だった私は、練習がキツいのは嫌…という怠慢な理由から吹奏楽を選んだ。
吹奏楽部はオタクや一風変わった人たちばかりの空間だった。
染まりやすい私はアニメにハマり、マンガにハマり、友だちもいつしかオタク友だちばかりになっていった。
今では人権を得ているオタクも、当時は気持ち悪がられる対象でしかなかった。
今でも思う。
あの頃の私に、もっと周りを気にすることが出来たなら。
もっと考える力や優しさがあったなら。
★
中2の終わりくらいに、ふと、このままでは友だちがいなくなる!と気付いた。
無理やりオタク友だちを切り捨て、オタクな会話を止め、他の友だちと連むようになった。
そこからは以前の友だちと仲良く出来るようになったけれど。
きっと今でも当時の友だちはオタク時代の気持ち悪い自分を忘れられないんじゃないかと思うと…卒業後は中学校の同級生には連絡を取りたくなかった。
中学校時代は日比野との思い出は、ほとんど無い。
高校は地元の名門校に進んだ。
父の家系の血を継いだのか?なぜか大して勉強していなくとも高成績をとれるタイプだった。
日比野は他の高校に入学。
その高校は中学校から近いところにあり、そこそこのレベルだったため入学する同級生は多かった。
私の幼なじみもそこに入学した。
日比野と中学校時代に付き合っていた女の子。
小学生のときの初カノとは違い、気が強く見た目も中身もギャルな子。
そういえば、中学校時代の日比野は急にモテなくなった。
少女マンガでの正統派美少年よりも、ヤンキーや悪ぶった男子がモテたから。
★
高校進学後も私は相変わらず冴えない見た目だったと思う。
元々そういうことをあまり気にしない性格な上に優等生が多い学校だから他校のように見た目でいじめられるということは全くなかった。
むしろイジメなど全くない高校だった。
もちろん、グループ間での合う合わないはあったけれども、高校生ながら人付き合いの上手い人が多い学校だった。
だから。
他校の友だちと話していたとき「ハブ」という単語に耳を疑った。
「ハブ」という言葉が「省く」=仲間外れにするという言葉だということも知らなかったし、未だにそんなことをする奴がいるのか!と呆れた。
のんびりした学校にいた私には、他校の風潮が全く分からなかった。
そして、日比野もその「ハブ」にされかけていることも知らなかった。
特に女子から疎まれている…ということを。
理由は未だによく分からない。
アイツは性格が悪い、調子に乗っている……と聞いたけれど、私には信じられなかった。
★
高校時代にはそれなりに恋愛もした。
と言っても、今思えばロクな恋愛をしていないけれど……
結構頑張って勉強したために、有名な大学にも入ることが出来た。
なぜかその直後に日比野からメール。
日比野が同じ県にある大学に進むらしい。
誰からアドレスとか進路を聞いたんだろう?
幼なじみには進路のことは何も教えていないのに…?
不思議だったけれど「向こうで遊ぼう」と返した。
軽い約束。
多分、お互い叶えるつもりなんてない。
★
大学で、私はサッカー部のマネージャーになった。
あの蛍がマネージャー!?
私がマネージャーになったことがなぜか高校の同級生の間で有名になったらしい(笑)
確かに私は「先輩頑張って❤」なんてやれるタイプじゃないし、どちらかというと見てるよりはやりたいタイプ。
でも、頑張る人のために頑張るのは…予想していたより、面白くて、やりがいがある!
マネージャーの朝は早い。
六時半までにグランドについて、様々な準備を終わらせて、部員の点呼をする。
練習内容をチェックしたらウォーミングアップ開始!
あまりの面白さに、私はどっぷりとハマっていった。
宏太は一年生部員。
同じ一年生同士、ご飯食べたり食堂でだらだら過ごしたり。
2人っきりで会うことはまずない。
取っ付きにくい印象の宏太にはなかなか話し掛けれず、違う部員とばかり仲良くしていた。
★
急な大雨に降られたある日の練習の後。
仲良い部員の1人の真田がアパートに遊びに来ることになった。
なぜか宏太も来るという。
真田と宏太は仲良しだし……仕方ないかぁ。
「ヤバい、俺今臭いから風呂貸して!」
騒ぐ真田に風呂を貸すと、なぜか宏太も一緒に入る。
ユニットバスではないけれどかなり狭い風呂なのに。
君らはホモか!
風呂場からキャッキャッと騒ぐ楽しそうな声。
うち壁薄いんだけど……まぁ日中だし、この程度なら大丈夫かな?
と思った瞬間。
「やべー!こんなとこにまで毛が生えてる!」
ぎゃはははと大爆笑する真田の声…………
真田のアホ!
シャワーから上がるなり、「やべっ!グランドに鍵忘れたっ」と真田はグランドに戻っていった。
風呂上がりの仲良くない男子と二人きり。
き、気まずい………
「なにか食べる?」
「いや、いいよ」
間が持たない。
元々私は陽気でバカな人と馬が合う。
宏太は男同士ではバカをやるけれど、それまではあまり騒がない無口なキャラだった。
★
なにか話す内容…話す内容……
「あのさ、前から思ってたんだけど」
宏太が口を開いた。
良かった、間が持つ!
「なに?」
「うちの部のマネージャーって、仕事あんまりしないよな」
……頭が真っ白になった。
「え………」
「俺さ、高校のとき学生コーチしてたんだ。だからマネージャーの仕事よく見てた。今の部活のマネージャーってちやほやされてるだけじゃん」
「……違うよ!あたし達はあたし達で頑張ってるし、」
「練習の進行とか?そんなの1人でも出来るし、なんなら部員が練習しながら自分たちで声掛けすればいい話だからね」
「…飲料とか、」
「それはありがたいと思ってる。でもさ、もっとマネージャーにやって欲しい仕事っていっぱいあるはずだよ」
苛ついた。
なんでこんな、よく知らない人に……こんな言われなきゃならないわけ?
宏太は淡々と話す。
まるで説教されているような言い方にすごく頭に来たけれど、でも頭のどこかでは否定しきれなかった。
★
準備を一通り終えた後、先輩マネージャーは立っているだけ。
その周りに部員が寄ってきてニコニコと話して、それが彼女の1日の仕事内容。
私たち一年マネージャーも、それを見習っていた。
選手の気持ちを明るくさせれるのがマネージャーの仕事だと……
教えられた必要なこと以外に、自分たちから動いたりしなかった……
俯いた。
頑張る、頑張ってるって…何を頑張ってたんだろう。
「………俺さ、日本一になりたいんだ」
ポツリと宏太が呟いた。
「俺、そこまで上手い選手じゃない。このチームだって今は強くない。それでもやってみたいんだ。日本一のチームには、日本一のマネージャーがいるもんだろ」
その口調の熱さに驚いた。
こんなこと語れる人だって、知らなかった。知ろうとしなかった。
真田が戻ってきた時にはもう元の宏太に戻っていたけれど。
私の中で、宏太の存在が確かに変わった。
★
それからは、ほとんどそばにいた。
行動的?積極的?
…そうかも。
好きな気持ちに逆らえない。
好きだから、そばにいる。
部員のプライベートな集まりや、練習後。
気付くと話し掛けに行ってしまう私の気持ちはもちろん周りにバレバレで。
よく話してみると宏太はユーモアのセンスたっぷりで、頭が良く、大人だった。
話せば話すほど好きになる。
好きになればなるほど、自分の気持ちを抑えきれなくなる。
告白したのは、あの日から2ヶ月後だった。
「好きです、付き合ってください」
頭の中では色々考えていた。
宏太の深く考えているところが好き。
サッカーバカなところが好き。
宏太の目が笑って細くなるところが好き。
言えなかった。
口を開いたらみっともないくらい震えた声しか出なかった。
★
「………ごめん。お前のこと、友だちとしか思えないわ」
宏太の返事もシンプルだった。
正直、私は自惚れていた。
宏太とは毎日メールしていて、メール嫌いな宏太がメールをくれることが好意を持っている証拠だと思っていた。
練習後、宏太とたまに一緒に帰っていることも、もしかしたら……と思わせた。
違っていたんだ。
あたしの、勘違い。
謝る宏太に気を遣わせないように、明るい声を出した。
「……そっかぁ~。まぁ、友だちだもんね。仕方ないよね!」
「ごめんな…」
「いいんだって、気にすんなっ!」
ふざけてみせると、宏太も少し笑ってくれた。
ウソ。
ほんとは泣きそう。
でも泣くなんて、そんなの情けなさすぎる。
もう夜11時近かった。
次の日、私は早朝から遠征。宏太も旅行で朝が早い。
でもこの場を去ったら本当にフられたことが確定する気がして、ここにいたら何とかなりそうな気がして、帰りたくなかった。
バカな宏太は、さっさと帰ればいいのに、私のそばにいてくれた。
★
とはいえ、秋の夜更け、しかも屋外では結構冷える。
思わず腕をさすると、「大丈夫?」と心配された。
くそー!
大丈夫じゃないっつーの!
………なんて言えるわけもなく。
「ちょっと寒いけど…まあ大丈夫だよ」
「……手、貸して」
ん?と出した手を。
ギュッと握られた。
「手だけでもあったかいよ」
無骨な親指が手の甲をくすぐる。
我慢してたのに、涙が出た。
「え!?泣くほどイヤ?」
「ちが…ちがくて…」
おろおろする宏太。
「あーもー……こんな好きなのに、気持ちなんて諦めらんないよー……ごめん、ずっと好きでいるかも」
「……いいよ。俺のこと好きな人がいてくれるって嬉しいよ」
「でも付き合えないんでしょー……」
「………まぁ」
「優しくすんな~」
「……手、離したほういい?」
「だめ!つなぐ!」
「うん」
結局3時過ぎまで一緒にいた。
★
翌日遠征先に向かうバスの車内で真田にフられたことを報告した。
真田には一番先に気付かれていて、「きっかけを作ったのは俺やな!」なんて冷やかされていたから。
ちゃんと言わなきゃ、って思った。
真田は「………絶対上手くいくと思ったんだけどな」なんて言ってくれて。
不覚にも少し泣きそうになった。
その日は私の誕生日で、みんなからお祝いメールが届いた。
高校の友だち、大学の仲間、家族……
宏太からのメールは夜9時くらいに来た。
……律儀なヤツ。
でも素直に嬉しくて早速メールを開くと、本文なしの写メだった。
知らない男の子2人がピースサインをしている。
2人とも手に火のついたライターを持っているのはなんでだろう???
どう受け取っていいか分からず悩んでいるところに宏太からの着信。
「もしもし?あれ、誰?」
『俺の友だち。今一緒にいる。蛍のこと話したら、誕生日のお祝いしたいって』
ちなみにあのライターはロウソクのつもりだったらしい。
知らない男の子たちの気持ちが嬉しかった。
それ以上に、宏太は私のことなんて話したんだろう?
★
たわいもない話をして宏太は電話を切った。
「誕生日おめでとう」は言ってくれたけれど、「昨日はごめんな」とは言わなかった。
それが宏太らしかった。
いいんだ。
私は宏太の友だちで、宏太は私の友だち。
私たちは、告白する前より仲良くなった。
「お前のことは本当に大事な友だちだと思ってる」と言ってくれた宏太は、その言葉通り、それまでは話してくれなかった色々なことを話してくれた。
人生観。恋愛観。
一生サッカーをやりたいから、将来は学校の先生になりたいこと。
早く子どもが欲しいから大学には嫁探しに来たこと。
私でいいじゃん。
思わず突っ込んだけれど、私が笑っていたから宏太も笑ってくれた。
宏太のいいところも悪いところも、深く知れば知るほど宏太をもっと好きになる。
宏太といるのは寂しくて、辛くて、嬉しくて、少し息が苦しい。
★
その頃宏太は私には悩み事を教えてくれるようになっていた。
宏太は基本的に悩まない性格だ。
悩むくらいなら、解決するための努力をする。
自分の悪いところを人に話しても仕方ない。
改善点は直すし、逆に他人には何も求めない。だから怒りもしないし傷付きもしない。
精神的にストイックで、他人に無関心な人なのだ。
だけど、それでもショックなことがあったら、少しだけ吐き出したくなるみたい。
私には甘えてくれているみたいでなんだか嬉しい。
告白から1ヶ月後。
部活では一年生チームでの大会があったけれど、その初戦のメンバーに宏太は選ばれなかった。
多分宏太はそれがよっぽど悔しかったんだと思う。
何も言わなかったけれど、自主練習の量が格段に増えた。
なんとなくピリピリしているのが感じられて話し掛けにくい。
でもそんな宏太が心配で、黙ってそばにいた。
★
当時私は塾講師のアルバイトをしていた。
ある日、バイトを終えて携帯を見てみると、宏太からメールが来ていた。
「シャンプー切れたから買ってきて」……って、なにコレ!?
電話を掛けると、帰りに宏太の家に寄って欲しいとのこと。
そもそも宏太の家を知らないよ!
聞いてみるとうちの最寄りの駅の隣。しかも駅から歩いて二十分。
どう考えてもオカシイ。
何か話したいことがあるのかな。
心配になって、今から行くと即答したのはいいけれど……夜11時過ぎに知らない地区を歩くのは怖い。
結局駅まで宏太が迎えに来てくれることになった。
二十分後。
駅に立っていた私がシャンプーを持っているのを見て、宏太は爆笑していた。
失礼なヤツ。
でもあんまり悩んでいなさそうな表情に少しだけホッとした。
★
初めて入る宏太の家…
案外、スッキリしている。
キッチンが汚いのはなんか男の人って感じがした。
何より自分の部屋とは違う匂いにドキドキした。
男らしい匂い。
2人でテーブル代わりのコタツに入る。
「このテレビ見やすくていいね」
「だろ!俺家電とか好きでこだわりあるんだよね」
「ふーん。あたし全然家電分かんないや」
「女はそんなもんだろ」
たわいもない話をしているうちに夜が更けていく…。
なぜ私を呼んだの?
なんて聞けないまま、もう2時近くになっていた。
「あ、もうこんな時間」
「泊まっていけば?これから帰るの大変じゃん」
「うーん……じゃあそうしちゃおっかな」
コタツで寝ようとしたら「コタツで寝させらんないって!」とベッドを譲ってくる。
でもそれこそ宏太を床に寝かせてまでベッドを使えない。
押し問答の末、2人でベッドに寝ることになった。
ドキドキドキドキ……
鼓動が激しくて、宏太に聞かれちゃいそう。
★
「……あのさ」
「………ん?」
「俺さ、ホント今更なんだけど…蛍のこと彼女にしたい」
「え………」
「蛍って俺のこと大好きじゃん。こんなに俺のこと好きになってくれる女って他にいないと思う。俺、それが嬉しくてさ」
「友だちって言ったよ……?」
「うん言った。ごめん。俺、蛍が好きだ」
ぶわっと涙が出た。
肩を揺らす私を宏太が抱き寄せてくれる。
がっしりした腕に抱き締められて、幸せを噛みしめた。
「お前さ、そういうとこかわいいんだよ。普段全然女っぽい感じしないのにさ。……俺そういうギャップに弱いんだって」
宏太が頭を撫でてくれる。
宏太との初めてのキス。
何度も何度も唇を重ねて、間に「ホントにあたしでいいの?」と気持ちを確かめた。
そのたびに宏太は「お前がいいの」と笑ってキスをくれた。
そのうち、お互いキスだけでは我慢できなくなって。
私たちは身体を重ねた。
★
宏太は私に沢山の幸せと心の安定をくれた。
付き合って2ヶ月で「老夫婦のノリだよね」と言われるほど2人とも落ち着いていたけれど、宏太のそばにいるのは一番楽しくて一番落ち着いた。
もちろんケンカもした。
基本的に怒るのは私。
心の広い宏太は滅多なことでは怒らない。
宏太が怒るのは、私が授業をサボったとき・部屋がずっと汚かったときくらい。
修羅場もあった。
宏太の浮気未遂……。
この時ほど『女の第六感てホントにあるんだな』と思えたことはない。
でも別れようとは思わなかった。
宏太と離れるより、そばにいる道を選んだ。
むしろそれしか考えつかなかった。
だから私は宏太に提案した。
「浮気とか、ちょっと気になる人が出来ることって人間誰もがあると思うの。私たち長く付き合ってるし。
だから、浮気をするなとは言わない。お願いだからやるなら私に徹底的に隠して。私と別れたくないなら、私にバレないようにすることが愛情だって思うの。バレたからって別れたりしないけど、多分毎日毎日気が狂うほど責めちゃうだろうから覚悟して」
★
それを聞いて宏太は泣いていた。
付き合ってから初めて知ったことだけれど、宏太は案外泣き虫だ。
「イヤだ!俺絶対蛍を苦しませたくないから、浮気はしない!」
「そう?ありがと。でも要は、宏太も浮気していいけどあたしも好きなように浮気するからねってことだからね」
「え😨」
「まあ本命はお互いなんだから、息抜きくらいアリでしょうってことで!」
「蛍!?なんか変な風に吹っ切れてない!?」
「べっつにー」
「蛍ホントごめん!!」
基本的に私たちは束縛しあわない。
異性の友人も、それぞれの飲み会も、特に制限をかけたりしない。
だからこそ起きた浮気未遂だったけれど、その後もお互いの緩いスタンスは変わらなかった。
いつの間にか半同棲が始まり、毎朝毎晩宏太の顔を見る。
バイトから遅く帰宅すると、大体宏太はゲームをしていて、それに横槍を入れて邪魔をする。
バイトがないときは晩御飯を作って宏太の帰りを待つ。
時には波風を起こしつつも、2人の時間はゆる~く流れていった。
★
今となっては最初がいつなのか分からない。
気付いた時には当たり前になっていた。
一定の頻度で、誰か男の子の夢を見ている………。
内容は全く同じではないけれど、
決まっていつも制服姿。
私も彼も中学生か高校生で、両思いなんだけれど付き合ってはいない。
もしくは、限りなく上手くいきそうな片思いという状況。
初めてそれに気付いた時は、少女マンガかと自分で自分に突っ込んだ。
そういう正統派の恋愛漫画はあまり好きじゃなかったけれど今度読んでみようかな、なんてのんきに考えていた。
★
『あ、もしかして日比野ここの席?』
『そ。蛍が前の席で良かった。俺寝てるとき隠してな』
『ヤだよ(笑)まぁよろしくね』
『授業中後ろからつつくから』
『やめてってば(笑)プリント回さないよ?』
『ごめん、ウソウソ。蛍さま、私にお情けを下さいまし』
『良かろう』
『コラッ!そこうるさいっ!』
『『はーい』』
『日比野のせいで怒られたじゃん』
『最後は蛍の言葉だったけどな』
『だって日比野が変なこと言うんだもん』
『でものってくれたじゃん』
『そこ~~~!💢💢💢』
『『はいッッッ』』
★
起きてから、しばらく思い出に浸っていた。
夢の中の男の子は日比野だったのか。
懐かしいな。
今まで全く思い出さなかったけれど、なにやっているんだろう。
元気かな。
携帯の紛失で新しく買い換えた時に日比野のアドレスもなくなっていた。
あれからメールも来ない。
とっくに忘れられているだろう。
★
にしてもなぜ今さら日比野?
小学校時代は確かに好きだったけれど、中学生のときは大して接点もなかったし。
他に好きな人もいたし、そもそもすごく好きだったって訳でもない。
少し気になったけれど、日が高くなるにつれてそんな夢の内容なんてすっかり忘れ去ってしまった。
このときの私は、まさかこの夢に悩まされることになるなんて思っていなかったから。
夢は一度では終わらなかった。
必ず登場人物は私と当時の同級生と日比野。
逆にどんどんリアルさと甘さが増していく夢に、1日引きずってしまうこともあった。
とは言っても、忘れっぽい私のこと。
夢を見た日は日比野のことを考えていても、それ以外で思い出すことはないし、特別気にしてもいなかった。
所詮夢だ、と思っていた。
★
ある朝、また日比野の夢を見て目が覚めた。
いつもより格段に甘い夢。
隙間なく身体を寄せた日比野に、ドキドキが止まらない夢…。
キスをする寸前なのにしない、という状況に、余計興奮した。
もっと夢を見ていたかった。
日比野のそばにいたかった。
だからなのか。
いつもなら夢だと割り切っていたのに、現実との境がつかなくなっていた。
横に眠っている知らない男。
この人誰?
私の彼氏じゃない……。
慌てて布団から出た。
キモチワルイ。
服を着ている最中でふっと思い出した。
違う。
今私は大学生で、日比野なんてそばにいなくて、この人は私の彼氏。
最愛の人。
ホッとして……それから物凄い罪悪感に駆られた。
自分の彼氏が分からなくなるなんて。
宏太に申し訳なかった。
同時に初めて夢が怖くなった。
このあたりから、夢は急速に私の生活に影響を及ぼすようになる。
★
始めは1ヶ月に1回見るか見ないかだった。
いつの間にか、1週間に1度以上は見るようになっていた……。
夢の内容もどんどん濃くなり、日比野の些細な表情も、息遣いも、身体の温かさも、はっきり感じていた。
夢の中の私はどんな時も好きな人……日比野のことを想っている。
現実の私は好きな人……宏太の顔を直視出来ない朝が増えていく。
夢に振り回されているなんて周りの友だちには言えなかった。
他の人はどうなんだろう?
昔好きだった人の夢を現実が分からなくなるくらい見ることがあるのかな?
聞いたところで、きっとどんな答えにもショックを受けるだろうと思った。
★
大学四年の夏。
帰省した私は久しぶりに幼なじみの沙耶に会った。
私の幼なじみは2人いる。
1人が沙耶、もう1人が由岐子。
日比野と昔付き合っていた方が由岐子だ。
沙耶はシングルマザーとして男の子を育てていた。
沙耶にそっくりな色白でぷっくりした頬の男の子。
子どもをあやしながら昔の話をする沙耶は、私なんかよりずっと大人に思えた。
だからかな。
ずっと誰にも言えなかった、日比野の夢のことを話してしまっていた。
「なんで日比野?蛍って日比野のことそんな好きだったっけ」
開口一番に言われて考えた。
好きだったけど。
まぁ、小学生だからどれだけ本気か分かったもんじゃないよね。
でも確かに十年以上経ってこんなに悩むくらい深く好きだったとは言えないような気がする……
★
「昔やり残したこととか、気になってることがあるんじゃない?それか一回日比野の夢を見たから知らないうちに日比野のことを考えちゃってるとか」
「そうなのかな…」
「蛍は頭いいくせに変に不器用ってか鈍感だからね。昔悩んでることに気付かないまま胃に穴開けてたじゃん」
「た、たしかに!さすが幼なじみ!」
「まぁ気になるんならさっさと解決したら?大学卒業したら宏太くんと結婚するんでしょ?」
「それはまだ分かんないけどさ。とりあえず、夢のほうはなんとかしてみる」
「うん。宏太くん大事にしなよ!うちと元旦那みたいなことになるなよ(笑)」
「なんないから(笑)」
沙耶の元旦那は浮気・借金・虚言………。
様々な問題を起こすだけ起こして、沙耶をとことん苦しめた。
沙耶の元旦那の話を聞くたびに、私が宏太に対して持っている不満は大したことじゃないんだとしみじみ実感するくらい。
そうだよね。
私の彼氏は宏太!
宏太のことを考えて生きよう!
★
心構えが出来たからか。
一時期あんなに見ていた夢も、次第に元の月1程度に落ち着いていき。
私は日比野のことにも夢にも執着しないようになっていた。
そして3月が来る。
大学卒業後、宏太は夢を叶えて教師に。
私は就職に失敗し、大学院に進む道を選んだ。
地元に帰ってしまう宏太とは遠距離になる。
不安は山ほどあった。
メールも電話も嫌いな宏太が連絡をくれるだろうか。
ずっと一緒に暮らしてきたのに、明日からは1人。
寂しさに耐えられるだろうか。
この頃よく聴いていたのはレミオロメンの「ビールとプリン」。
同棲カップルの歌は、まさに今の私たちだと思った。
僕らはいつまでも 僕らはいつまでも
笑い合っていたいと 願うけれど
旅立つ日がくるならば せめてこの時間よ
止まれとは言わないよ ゆっくり進め
★
新生活が始まった。
やっぱり宏太は連絡をくれなくて、でも社会人だから仕方ないかと自分に言い聞かせた。
すごくやりがいがあるらしく、宏太の電話はいつも楽しそう。
でも、いつも話したいことを話し終えると黙り込んでしまう…。
本当に電話が苦手な人なのだ。
不満は積もり積もっていく。
何よ、私が寂しい時にそばにいないくせに!
なんて、嫌なことを考えてしまう………。
宏太が好きだから、宏太にもっと構って欲しい。
部活を担当することになった宏太は休みが全くなくなった。
土日も祝日も部活。
平日はもちろん朝練と放課後練習。
せっかく遊びに行っても宏太といられるのは夜だけ。
疲れきっている宏太は短いエッチのあとすぐに寝てしまう。
なのに、私と会うとすぐにエッチしたがる……。
不満をぶつけると、宏太は反省して直してくれる。
でもそれが嫌だった。
私に言われて直すのではなくて、宏太の意志で直して欲しい。
不満だけがどんどん溜まっていった。
★
また、夢の存在が大きくなっていく。
夢の中の私はただ純粋に恋していて日比野が大好きで。
目が合うだけで嬉しくて、話し掛けてもらえたらそれだけで死んでもいいくらい。
そばにいれるだけで満足で、ただすれ違うだけでキャーキャー騒いでいたあの頃。
あぁ小学生のときはこんな恋だったな…
恋に恋していた。
少女マンガのような恋に憧れていた。
そんな恋が、自分が、たまらなく羨ましくなった。
そんなある日。
幼なじみの由岐子からメール。
「お盆帰ってくる?」
「お盆帰るよ!久しぶりに会おうよ」
メールを打ちながら、地元のこと……日比野のことを思う。
…………聞くなら今だ。
「ところで日比野のアドレス知ってる?」
………送信。
★
「知ってるよ!
******@***.ne.jp
なんかあったの?」
「ちょっと聞いてみたいことがあって。ありがとー!」
どうしよう。
聞いてしまった……
日比野のアドレス。
ついつい(彼女の名前は入ってるかな?)なんてチェックしてみたり。
最後にメールしたのは大学入学前。
今更、何のようだって思われるのは分かってる。
私だって今更何したいのって自分でも思う。
でも、なんでもいいからスッキリさせたいんだ。
ずっと見続けている夢も。
上手くいかない宏太との遠距離恋愛も。
そんなことで揺らいでしまう自分の心も……。
悩んで、迷って、でも結局は我慢出来なかった。
あれこれ考えた文は最終的にはものすごくシンプルになった。
『件名:お久しぶり!
本文:中学校で一緒だった蛍だよ!覚えてる?』
★
送っちゃった……
胸が激しくドキドキしている。
どうしよう、覚えているかな!?
返事来るかな!?
冷たく返されたらどうしよう、なんて返そう?
返事が来るのがひたすら長く感じられる。
仕事中かも知れないし、そんな早く来るわけないよね。
それでも携帯をずっと握りしめて、鳴ってもいないのに何度も開く。
~♪
『日比野亮』
来たっっっ!!!!
慌てて開く。
『件名:久しぶり
本文:覚えてるよ😃』
ど、どうしよう……!?
覚えてるのは助かったけど、次なんて返せばいい!?
そう。
長いこと1人の人と付き合っていて出会いも何も必要なかった私は、いつの間にかメールスキルが全く無くなっていたのだった……(泣)
『良かった~覚えててくれた😃
今なにやってるの?』
『今は○県で会社員やってるよ。仕事しんどくて転職考えてるけど😭』
『そうなんだ!社会人になったんだね』
★
自分の送るメールも、日比野から来るメールも何度も読み返す。
これで大丈夫かな?
絵文字もっと使ったほうがいいのかな?
女の子らしくかわいい文面にしたほうがいいよね。でも長いとくどくないかなぁ!?
まるで高校生かと思うくらいに、たかがメール1つでそわそわしてしまう。
私らしくない。
もっとどーんと構えていればいいのに、携帯を手放せず日比野の返事ばかりを気にしてしまう。
携帯が鳴ってドキドキして受信箱を見るとメルマガ。
無性にイラッとする。
早く、返事が来ればいいのに。
~♪
『蛍ってなにやってるの?良かったら番号教えて。俺からかけるから』
電話!?
どうしよう、心の準備が出来てないよ!
返事をしてから慌てて発声練習をする私は、多分、いやかなり、変な人だったと思う。
携帯が鳴る。
電話の着信。
正座して電話に出た。
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小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
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酉肉威張ってマスク禁止令
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