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硝子の中の樹木たち――密やかな会話 n゜2

レス7 HIT数 1892 あ+ あ-

liza( zxWgi )
10/06/23 12:15(更新日時)

*密やかな会話の続きになります。


n1


時計を見ると、深夜の一時を指していた。私はピアノのふたを閉め、キッチンに向かった。
窓を開けると、途端に夜の空気が入り込んできた。夏と言っても、夜はまだ肌寒い。
二匹の黒猫が寄り添う紅茶の缶――すでに中身はダージリンではないが、私はいつもより丁寧に紅茶を淹れた。

No.1346482 10/06/14 13:04(スレ作成日時)

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No.1 10/06/14 13:22
liza ( zxWgi )

どこかの部屋からはヴァイオリンソナタが聞こえる。耳を澄ましていたが、外の音にかき消されてしまった。吊した硝子がチリンチリンと硬い音をたてる。
ステレオをつける。ほどなくして、少女のまだ瑞々しい声が歌い出す。
『メンデルスゾーンの鳩のように飛べたなら』
紅茶を飲み終え、私は思い立って部屋の掃除をすることにした。リビングに寝室を兼ねた練習室、キッチンと、防音がしっかりしてる以外に取り立てて特徴のないマンション。
そもそも、普通のマンションではけむたがれる条件の人間を集めた建物だ。廊下を挟んだ隣は作曲家だ。めったに部屋から出てこないけれど。

No.2 10/06/14 13:31
liza ( zxWgi )

モップに手をかけたときだった。呼び鈴がなった。私は思わず柄を離してしまう。派手な音をたててモップが倒れた。
モニターをのぞくと、雅貴の顔が見えた。
「ちょっと、どうしたのよ」
気持ちを押さえつけるように声が大きくなる。
「助けてくれ」
「何よ」
私はエントランスの鍵を解除し、そのまま受話器を置いた。
玄関に来客を告げるランプが灯るのと同時にドアを開ける。
「びっくりするじゃない」

No.3 10/06/14 15:13
liza ( zxWgi )

「ごめんごめん」
「美沙緒は一緒じゃなかったんだ?」
「途中まではいたんだけど、呼び出されて出かけた」
私は雅貴を抱えるようにしてソファーに座らせ、氷水を渡す。
「よくもまあ、毎日飲むわね」
目を伏せて気だるそうに座る雅貴からは、アルコールが漂っていた。こちらまで酔いそうだ。
「君は飲まないの?」
「そりゃあ飲むわよ。あなたたちほどではないけど、嫌いじゃないもの」
雅貴はまぶたに手首を当てて天を仰ぐ。意外にがっしりした胸が微かに上下している。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
「びっくりしたんだよ。初めて見た時。グラビアでもみてるみたいだった。前髪からすっとした二重の目とが見えて、俺はぽかんとしてしまった」
「何の話?」
「睫があまりに長くて、俺はそればかり見てた」
つと雅貴が腕をはずす。顔をあげると、雅貴がじっとこちらを見ていた。
「ごめん、俺酔ってるな」
「相当ね」
私も口元に笑みを浮かべてみせる。

No.4 10/06/14 15:32
liza ( zxWgi )

「近ごろ、亡霊が見えるんだ」
「何の話よ」
「亡霊かはわからないけど、俺はそう呼んでる」
雅貴はそこまで言って、寝息を立て始めた。
「あーあ」
私はため息とも独り言ともわからない声をあげる。
強い眼差しの少女が一心にピアノを弾いている。少し自意識の強さすら感じる少女。白人の混血と間違われる鼻筋の通った小さな顔。細くて長い手足。
叩きつけるように鍵盤に指を這わせている。
数年前の自分が、真っ白なドレスを着て舞台にいる。
顔をあげると、やや頬の削げた、目だけが鋭い女の顔があった。匂い立つような少女の面影はない。

No.5 10/06/14 19:14
liza ( zxWgi )

私は美沙緒の携帯を呼び出してみた。二回コールしたところで、美沙緒が出た。
「珍しい」
「今、雅貴が来てるの」
「今から行ってもいい?」
「もちろん。彼、相当酔ってたわ。亡霊とか初恋の女の子とか」
「初恋?」
「初めて見て衝撃を受けたって言ってたからそうなのかなと」
「それ、多分広瀬さんだわ。雅貴だけじゃなく、貴志のマドンナ」
「美沙緒よりきれいなの?」
美沙緒が電話口で小さく笑う。
「当たり前よ」

No.6 10/06/14 19:19
liza ( zxWgi )

「ちょっと気になることがあるの。先日のチラシの件なんだけど。あ、今タクシーに乗ったからあと10分くらいで着くわ」
「待ってるわ」
電話を切り、私はリビングに戻った。風でガラスがちりん、となる。
ふと、窓ガラスに映る自分と目が合う。私は息をのんだ。私ではない誰かが、私を見つめていた。

No.7 10/06/23 12:15
lise ( zxWgi )

n2

「毎日、本当に嫌になるわ。嫌な人間ってどこにでもいるのはわかってるけど。苦手を見つけてしまうと、それだけに目が行ってしまうの。どうしたものかしらね」
そう言って、広瀬先生はコーヒーに口を付ける。天井のシャンデリアが透明な黄色の光を投げかける。
懐古、そんな言葉が浮かぶ。
「広瀬先生も好き嫌いがあるんですか?」
「当たり前よ。多すぎるくらい。大人になったらなったで、良識の仮面はかぶらなきゃいけないし。その仮面を間違ったところでつけたりして場が白けたり。言葉はたくさんあるのにね。どうして気持ちは言えないのかしら?」
カップを置く。ことり、と硬い音がする。
「気持ち?」
「ええ。会議してても、その案件はないでしょうとか、嫌いだな、とか好きだよ、とか言わないでしょ。嫌いも好きも、むしろ理由が重視」
「気持ちに沿って俺はいつも会話してるからな。先生は真面目だから理由を説明すると、理由に気が取られるんだろ」

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