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『城!!』

その小さな男の子は
自分の名前を呼ばれた瞬間
目を見開いてﾄﾞｱを見つめた

小さな手は汗ばみ
体中が熱くなり硬直する
壁に背中を押し付け
両腕で自分を抱くように
精一杯身構えて…


激しい音と共にﾄﾞｱが開く

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入って来たのは
20歳そこそこの若い両親
外見も派手な顔立ちも目立つ
丸一日入浸ったﾊﾟﾁﾝｺで負けた腹癒せだ

父親は息子を見るなり
『あー居た、疫病神！お前生まれてから勝てねーわﾎﾝﾄ！』
突然柔らかい髪を引っ張り
痩せた腹を蹴倒す
壁に頭を打って倒れた瞬間ﾀﾊﾞｺの煙を吹きかける

城はまだ3歳なのに賢かった
泣けばうるさいと殴られる
大人しくしてればいい
そう思って懸命に堪える

母親はそんな息子を見て
手を叩いて笑う
『ﾏｼﾞ城ｸﾝ面白れぇ顔(笑)！ちょっと、あんまやると虐待とか言われて面倒だしそれだけ気ぃつけてよね(笑)。』
『まーとりあえず死ななきゃいーだろ。』

ぼくのこときらいなんだ

僅か3歳とはいえ
そこだけはよく理解していた…

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ある晩両親が話しているのを
城は聞いていた

『ｱﾀｼさぁ、ﾀｹﾙと居たいんだけどｱﾝﾀも他に女いるなら離婚しない？』

『はぁ？ﾁﾋﾞは？』

『ｱﾝﾀ給料いいんだから育ててよね(笑)。』

『待てって…。母性本能て無いﾜｹ？』

『面倒。ﾀｹﾙ子供嫌いだし。うちの親遠いし…ｱﾝﾀの親は？』

『何だよそれ。俺だって…じゃあまぁ遊びに行ったﾌﾘして実家置いてくか。』

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そして数日後
『城ｸﾝおじーちゃんとおばーちゃんち行くよ！』
作り笑顔で演じる母親

城はﾆｺﾘともせず外を見ている

正直嬉しくて仕方無かった
車で外に出るのも
初めて会う祖父母への期待も
毎日痛い思いをしなくていい事に対しても…

40分位走って着いた一軒家
父親は【良い家族】を演じる為に城を抱こうとした

途端に城は嫌がり
腕を蹴飛ばしてしまった

恐怖でしかなかったから…
酔った時ﾊﾞﾙｺﾆｰから逆さ吊りにされたり
布団に思い切り何度も投げ付けられたり

こないで！

『このｶﾞｷ…！』
父親はｶｯとなり足を引っ張ると
城は悲鳴を上げて泣き叫ぶ

『黙らせて！怪しまれんじゃん！城！静かにしなよ！』
『分かってるって…城！死にたいか！』

…

まだ幼過ぎる城には
この言葉の意味は分からない
ただこれ以上怒らせたらいけない気がして諦めた

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『こんにちはー』
『いらっしゃい』

玄関を開けると真っ先に興奮した犬が駆け付け
後ろから満面の笑みで祖父母が迎え入れる

城は初めて会う祖父母より
父親の足元で飛び跳ねる犬が気になって仕方無い

吠えては鼻を近付けようと必死な姿がはっきり言って怖かった
こんな近くで動物を見るのも初めてだから

『ｵﾗ！これがﾜﾝｺﾛだ！』
突然父親は床に放り出す

自分と同じ位の大きさの犬が喜んで挨拶に来る
驚いた城が叫ぶ
その声に反応したかのように
犬の懐こい顔が急変した

唸り声を上げ牙をむき出す
袖に噛み付き引っ張り出す
その力に負け城は転がる
犬の変わり様に怯え暴れる
犬も負けじと噛付こうとした
鼻面が顔面に当たってひっくり返る…

こわいよ！やめて！
城は両親にすがり付く
しかし2人は
面白がって小突き返し
携帯のｶﾒﾗを構え動画を撮り
手を叩いて爆笑

『ﾔﾊﾞｲ、ﾏｼﾞﾔﾊﾞｲ(笑)！』
『たかが犬だろ、いちいちうるさいｶﾞｷだわ(笑)』

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祖父母が飲物と菓子を持って入って来た

孫と犬を見て
『あらら、うちのﾊｸ(犬)ちゃんは気が強いから。』
『ｷﾞｬｰｷﾞｬｰ何とかならんか、近所に響く。』

そこで父親が一喝
『城！黙れ！殴るぞ！』
母親も続けて
『すいませーん、こいつ馬鹿ですぐ泣くから。大声上げないと黙らないんですよー。ﾊﾞｶﾁﾝ、ｱﾝﾀがお座り(笑)！ﾜﾝちゃんに謝って。』

…ごめ…なさい

祖母は溜息混じりで母親を軽く睨みながら
『もう3歳？…にもなるのに、教育出来てないのね。そんなｷﾝｷﾗｷﾝな頭して肌だして…自分の事しか見てないからよ。』
『…(ｸｿﾊﾞﾊﾞｰ)。』

一時の沈黙の後父親が切り出す
『俺達、離婚するから。』

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祖父母は顔を見合わせた

離婚はいい
元々金遣い荒い嫁が気に入らなかったし
子供が出来てしまったから
籍入れるのは仕方無かったし
ただ…

『城は？』

『それでさ、浅子は経済的に無理だって言うし…俺は仕事で見てられないし。ちょっと家引き払うまでここに置いといていい？』

城は動かず静かに聞いていた
置いてかれる事は分かっていた
そして願っていた

おじいちゃん
おばあちゃん
ここにおいて
ﾊﾟﾊﾟとﾏﾏはぼくをきらうから
ぼくもきらい
だいきらい

『はぁ…いつまで？』
『とりあえず明日から忙しくなるし、一週間くらいかな。』
『一週間も？』
『うるさいなー。可愛い孫が傍に居るだけ幸せでしょ。頼むよ。』
『城ｸﾝ、良かったね！沢山美味しいもの食べさせてもらうんだよ！』
『ｱﾝﾀは黙りなさい！勝手に生んで育てる事も出来ないくせに！』

ﾑｯとした母親は
舌打ちをして立ち上がる
『…ﾁｯ。行こ。役所。』
『じゃあまた！浅子の実家には報告しとくわ！』

そして城と
開いた口が塞がらない祖父母は
2人の背中を見つめていた

息子がここに戻る事は
もう無かった…

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：

【新入生の皆さんおめでとうございます】

こんな文字が商店街やｽｰﾊﾟｰの至る所で見られるようになった春先

大きめの制服をぎこちなく着た
まだあどけなさが抜けない顔の中学生達が登校

その中にﾎﾟﾂﾘと
少し目立つ雰囲気の少年

色素の薄い長めの髪と
繊細な顔立ち
平均よりも高い身長

どこか寂しげで
話し掛け難いｵｰﾗを漂わせ
ﾎﾟｹｯﾄに手を突っ込み
面白くなさそうな表情

…城だった

売れないﾓﾃﾞﾙだった
母親譲りの顔
女遊びが盛んな父親譲りの
体格と長身

見た目は悪くなかった為
上級生の女子もﾁｪｯｸ済みだ

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城は学校でｸﾗｽの連中に
距離を置かれている

友達を作る訳でもなく
まず自ら喋らない
成績も良くはない
運動も手抜きだから
出来るか出来ないかわからない
席変えも必ず最後列へ移動
学校へ来たり来なかったり

授業や皆に迷惑をかけたりする事もないから担任もあまり深入りしない

ｸﾗｽの何人かの男子はたまに城と行動してみるが
裏表が無く変わらないから
よくわからないと言う

それをcoolだと言う女子や
逆に面白がって
ﾁｮｯｶｲを出す生徒も居た

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そして事件は突然起きる
入学して半年も経たない時だ

『おはよー、ｻｴｷｾｲ！』

登校時間帯
前方に城を見掛けたｸﾗｽでも人懐い男子が
何気に脅そうと後ろから背中を軽く叩いて名前を読んだ瞬間…

城は容赦なく鞄で殴り付けた
男子の顔に金具が当たり
血が吹き飛んだ

周囲を歩いていた生徒達が
悲鳴を上げて取り囲む

『痛てぇ…何すん…血？おい、やり過ぎだろ！』
自分の額から流れる血に驚き
城に詰め寄る
『お前さぁ、暗いしﾀﾞﾁ居ないし、それもどうかと思って明るく声掛けたのに、何だよ！』

『誰が頼んだ』
城が近寄り胸倉を掴んだ
『誰が構えって頼んだ』

静まり返る

『自己紹介の時言った…名前で呼ぶなって…佐伯城(ｻｴｷｾｲ)でなくｼﾞｮｳって呼べって言っただろうがよ！』
『…そ…だっけ…ごめん…。』

初めて見る城の異常な様子に
どうしていいかわからなくなり
その場に立ち尽くした

『あと俺の背後に近付くな…触るな…死にたいか？』

そう吐き捨てると
城は学校とは別の方向に消えた

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夕方までどこかで時間を潰し
祖父母の家の前に立つ

城は深い溜息をついて
ゆっくりﾄﾞｱを開けた
『…ﾀﾀﾞｲﾏ…』

口から小さな音を出す

『どこかで1万くらいは稼いできたのかい？』
『…？…あぁ…いや…。』

祖母が居間から出て来て
突然意味不明な事を言うが
城は理解するのに時間は掛からなかった

『ﾊｧﾝ。学校行かない、稼がない、飯は食う、金も食う。本当に穀潰し意外の何でもないわ。さっき学校から電話あったの。私達の育て方が問われるわね。今あの人ｱﾝﾀを探しに行ったけどもう帰る頃だから待ってな。邪魔にならない所でね！』

祖母の得意な嫌味が炸裂する

城は反抗する気も見せず
黙って聞き流し
居間の隅に座った
自分の部屋なんて無い

祖父が帰って来たら
何が始まるか予想はついている

反射的な行動とは言え
後悔し続けながら
ただ床を見つめて待った…

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食卓には2人分の食器
夕飯の良い香りが
城の腹を鳴らす
昼飯も食べていない

車が着く音が聞こえた
城は大きな深呼吸をする

ﾊﾞﾝｯと玄関を開ける音と共に
『帰って来たか！？』
足音をﾄﾞﾝｯﾄﾞﾝｯと立てて
50代とは思えない体格の祖父が現れ城を睨み付ける

城は目を合わさず座ったまま
一直線に向かってくる祖父の足元を見ていた

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『学校ｻﾎﾞってどこにいた？』
『…。』
『人に怪我させて学校で問題になって、世間様にｳﾁがどう思われるか考えた事あるか？』
『…。』

周囲の目や
世間体ばかり意識する家
突っ込む所は間違えてはいない
ただ一言余計

そんな事を思いながら
城は顔を近付けて怒鳴る男に
『…ｺﾞﾒﾝﾅｻｲ。』
と小さな音を発する

ﾎﾞﾌｯ！
祖父の蹴りが腹部に入る
前かがみになった城の腕を引っ張り上げる

『ｶﾞｷが！誰のお陰でここまで生きてられたと思ってるんだ！』

城は学年で身長はある方だが
柔道をやっていた祖父は
ｶﾞﾀｲもあり力もある
まだ中1の城よりも高さもある

それに城は空腹で体力も無く
肋骨もはっきり浮きあがるほど痩せていた
抵抗しても敵うはずもない
じっと耐えるしか無い

壁にもたれた孫を
容赦なく殴りつける

頭、腹、太股、背
服さえ着ていれば他人から見えない所を狙って

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『何だその目は！』
手入れの途中だったｺﾞﾙﾌｸﾗﾌﾞを取り何度も振りおろす

『親が親なら子も子だ！』

(ｱﾝﾀらがな…)
城は激痛に耐えながら
時が過ぎるのを待つ

…殺されはしない
…世間体が気になる奴だから
…時間さえ経てば終わる
…こんな事慣れてる
…黙ってりゃ飽きる

祖父母は城が気に入らないのだ
大切な息子を陥れた女
水商売上がりで奇抜な服を纏うﾄﾞ派手な女
近所の人がﾈﾀにする

そして城が生まれた
母親似だった
それでも初孫…
当初可愛いと感じてはいた

息子は結婚する気は無く
遊びたかった
まさか孕ませてしまうとは思ってもいなかった

2人に言った
俺ﾊﾒられたんだ
俺の子じゃないと思う
相手方の事もあるし
一応籍は入れるけど

間違いなく自分の子なのに

その一言だけを受け止めた2人
淫乱な女が他の男と子を作り
面倒見てもらうのに息子を騙して結婚した

城は何の血縁も無い！
可愛くも何とも無い！

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祖母も加わる
『城、何しようと私達関係無いんだけど迷惑なの。義務教育の内は仕方無いわ。卒業したらどこへでも消えて。』
(今すぐ消えたい…)

『経済的にも辛いしねぇ…』
(ﾊﾞｲﾄすら許さないくせに…)

『出るなら出てもいいのよ？』
(捜索願いまで出して無理矢理連れ戻して喚くくせにか…)

『ただ、それで私達育ての親に恥かかせるくらいなら死ねばいいわ。』
(死ねば…楽だよな…)

殴り疲れた祖父が言う
『仕置しても顔色ひとつ変えない、不気味な奴だ。昔みたいに泣いてすがればまだ面白かった。風呂入れ、浴槽には浸かるなよ！3分で済ましてとっとと寝ろ！』
(終わった…今日は割と短かった…)

生々しい傷口が湯にしみる
それより3分で洗うのに必死
ｺﾞｸｺﾞｸとｼｬﾜｰの水で腹を満たす
ﾖﾚﾖﾚのｼｬﾂに着替えて
意識が遠のく様に
居間の隅で眠りについた

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翌朝何事も無かったかのように登校するが
学校はそうはいかなかった

自分のｸﾗｽに入ると
ざわついていた教室が
凍て付いた空気に変わる

自分の席に鞄を放り
気にする事もなく黙って座る城の目前に人影
怪我をさせた男子の
絆創膏顔が視界に入る

『…おはよう、ｼﾞｮｳ君。ｵﾚも悪かったし気にしてないからさ、まぁ仲良くやろ。』

ｸﾗｽﾒｲﾄが興味津津で見ている

『…。』

『…(ｼｶﾄかよっ)。』
ﾊﾞﾝｯ！
彼は城の机を叩いた
『何様？なぁ！普通ならそっちもｺﾞﾒﾝの一言くらいあるはずなんだけど！』

ｸﾗｽがざわめき出す
『謝れー。』
『竹谷ｼｶﾄされてんの(笑)。』
『傷害罪だなっ(笑)。』

ｸｽｸｽと女子の笑い声

『あ～もうﾑｶﾂｸわ。佐伯君！名前を呼ぶなって？ｻｴｷｾｲ君！ｾｲ、ｾｲ、ｾｲ！』

ｸﾗｽ中が爆笑しだした
城も肘を付きながらﾆﾔｯと笑う

『あ、笑った！何だ、笑えんじゃん(笑)！』
『…笑えるよ。』
ゆっくりと立ち上がる

おぉ反応した！
全員が驚いた
次の瞬間…

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ﾁｬｲﾑと同時に担任が入る
40才で口髭を生やした男だ

『席着けー……ん？』
教室の異様な空気を感じ取り
城を見た
『佐伯。HR終わったら来い。』
皆それぞれ自分の席に付く

短いHRの後再びﾁｬｲﾑが鳴り
担任は城に手招きして
職員室へ連れて行った

『昨日家に電話して話したが…家庭訪問の時も今回電話でもしっかりして感じのいい対応だった。問題は佐伯自身か。何が不満か少しでも話して欲しい。小さい時に両親が居なくなって今の祖父母のもとに居るのは聞いてるから。』
（何を急に…知った風な事を）
黙り込む

『今まで見ててもｸﾗｽに馴染めてない、友達も居ない。何度言っても連絡無しで欠席。成績も×。身だしなみも…髪とか。そして暴力。先にも影響するだろう？』

『…放っといて。』
『それが出来ないからこうやって話してるんだ。』
『…。』
『小学校でもそんな態度か？』
(…過去は関係無いだろ)
『不利になると黙るなんて、小学生じゃないんだからな。全く手の焼ける。時間だ、戻りなさい。』
『…話したら解決してくれるの、先生。』
『あー出来る事はする。早く行け。また今度聞くから。』
(何の為の呼び出しだよ…)

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小学校の時の教員達も
心配してます風な口ばかりで
何にも解決出来ない
上辺だけのｸｿばかりだった
誰が話すかよ…

職員室を出ると
両手をﾎﾟｹｯﾄに突っ込み
玄関に向かった

両親に捨てられ
期待した祖父母にも嫌われ
学校に居る人間も
自分に対して
面白半分でしか近付かない

城にはもう人という人全てが
疎ましい存在でしかない

必要とされず
居場所も無く
死ねとか邪魔とか言われ…

(考えるだけ面倒くせぇ…）
人や自分に対して
誰が正しくて何が駄目なのか
感情の感覚も麻痺状態
全てがどうでも良かった

(あ、鞄。まぁ…いいや。何も入ってねーし。)

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どのくらい寝ていたか
もう日が傾き
下校する生徒達の声

その辺をｳﾛ付いて
補導員に捕まると面倒なので
学校に行かない時は決まってこの堤防の橋陰に居る

(ﾔﾍﾞ…帰らないと…)
携帯や時計なんて持ってるはずもなくﾊｯｷﾘした時間はわからない

その時の周りの様子や日の傾きで大体感じ取る

立ち上がった途端
目眩で足元がﾌﾗついた
酷い空腹で吐気もする

学校給食は
皆で食べなければならない事が苦痛だったから最初から頭には無い

今日は飯貰えるかな…
不安をよぎらせ家へ向かった

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家に帰ると妙に静かだった

もしやと思って探すが
誰も居ない
鍵も掛けずに出かけたのだろう

こんなﾁｬﾝｽは滅多に無い

冷蔵庫を開け
昨夜の残物を漁ろうと探す

…期待した自分が馬鹿だった
ろくなﾓﾝが無い
綺麗さっぱり片付いている
溜息しか出ない

ふと電源を入れっ放しの炊飯器が目に入り開ける

…あった！
僅か1合にも満たない程度だが
熱々で少し硬くなった米を手ですくって貪るように食べた

少しの量で充分満たされた

祖母は学校給食があるし金も払ってるからそれで充分
無駄に与える必要は無いと言う

だから晩飯は猫用みたいな小皿に少ししか貰えない

それに体罰を与えられる以外は空気の様な扱いで完全無視

居間の隅に寝転がり
天井を見つめる

今2人が帰って来て
この行動を咎められ
暴行されても構わない
空腹が満たされて幸せだから

『いっそ殺してくれればいい』
そう呟いて目を閉じた

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20時頃車のﾊﾞｯｸ音が聞こえ
城は起き上がった

帰って来たのは祖父一人
城を見て言う
『突然倒れて2、3日入院だ。』
『…原因は？』
『さぁ…明日色々検査してからだ。大した事はないらしい。』
(そりゃ残念)
珍しく普通に会話が成り立つ

祖父は制服のﾎﾞﾀﾝを外した城の胸元を見て怒鳴り出す
『そんなだらしない格好で外を歩いてるのか？家では着替えろ。臭いと噂されても困るから風呂入れ。3分だぞ！』
『…ﾊｲ。』

祖母が居ないだけで気持ちが晴れやかになる

城は制服を脱いで足元に置く
祖父の視線をずっと感じる

『…何。』
不審に思ってつい眉間にｼﾜを寄せ咎める
『何だ？生意気な。何でも無い！早く脱いで入れ！』
(何なんだよ…)

先日の祖父による暴行で
痩せて骨張った体中は痣だらけ
傷からもまだ多少出血している

制服を着ていればここまで細いのはわからない
ｽﾞﾎﾞﾝも脱ぎ風呂場に向かう
まだ見てる
『城！…大きくなったな。』

寒気がした
何か様子がおかしい
確かに背は大きくなった
満足そうな笑み浮かべるなんて
まぁ元々おかしい人間か…

ｼｬﾜｰを出していつものようにﾀｲﾏｰをｾｯﾄした

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祖母が突然入院して
一人になった祖父はどこか覇気が無い

所詮偉そうに圧力かけてても
急に孤独になるとそんなﾓﾝか

心の奥でほくそ笑みながら
居間の隅に座る

TVの音だけが響く中
祖父は立ち上がり
寝室へ移動した

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TVのﾁｬﾝﾈﾙを変えても
口うるさい奴がいない

ﾊﾞｽﾀｵﾙを置き着替え
そのまま横になった

21時半をまわって
ｳﾄｳﾄしかけた時
奥の寝室から祖父の呼声

『城！城！こっちへ来い！』

居間以外の部屋へ呼ぶなんて…
不審に思いつつ慌てて向かった

関節照明で薄暗い中
祖父はﾍﾞｯﾄﾞに座りながら
入って来た城を更に呼ぶ

『城、こっちへ来い。』

吐気がする
この寝室がこいつらの部屋
そう思うだけで体が拒否反応

物凄い形相でまくし立てる

『聞こえないか！馬鹿が！早く来いと言っているんだ！！』
(何…するんだ…とうとう俺…殺されるのか)

恐る恐る近付くと
腕と肩を引っ張られ
ﾍﾞｯﾄﾞの脇に膝まづく体制に…

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何が起きたのか
何故こうなったのか
何を求められていたのか
何故生まれなければならなかったのか
俺はわからない

親に褒められたくて
抱き締められたくて
必死だった幼少期

でも自分の存在が
2人が幸せに道の障害物でしかない存在だって事
全て知っていたから…
それが出来なくて
顔色伺って行動して
結局不気味がられていた

祖父母と暮らせば
怖くて痛い思いをしなくていい
何故そう思ったんだろう

俺はあの日まで
祖父母の存在を知らなかった
近くに居ながら
一度も孫に会いに来ない奴等

ここでも
愛されていなかったんだ

学んだ物は何だったか

自分の死を願う人間が居る事
自分の口が性欲処理機だって事
自分の存在が
芸能NEWS並みの面白いﾈﾀとしての対象でしかないって事
人間が糞だって事
自分も糞だって事…

―佐伯城

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：

中学3年の夏
城はすっかり変わっていた

2年になる頃には
家には帰らない日が増えた

それでも執拗に探す祖父母に
何度が連れ戻され繰り返されていた暴行

祖母が友人宅で外泊する度に
祖父は城を寝室で弄んだ

抵抗する体力も力も無く
ただ耐えていた日々

憎しみが殺意に変わっていく

一度寝ている所を
ﾛｰﾌﾟを持って絞め殺そうとした

気付かれずにやり通すのは難しいもので
逆にﾍﾞｯﾄﾞに二日間縛り付けられ更に傷跡が増えた

傷跡が化膿し痣が絶えず
空腹で倒れそうになる度
死の恐怖と闘う日々

死ねば楽になる
そんなのはよく分かっている
ただ…

喜ぶ奴等が居る
…だから死ねない
…死にたくない！


それから学校も
昼時までは欠かさず居る様にしていた
自分を変える為に

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ﾁｬｲﾑが鳴り下校時刻

『佐伯先輩！』
(…？)

振り向くと2年の女子生徒3人が走って来る
『あの、ｶﾜｶﾐｻﾔと言います、あの、あの、とりあえずｺﾚ見てください！』
小さな手紙を城に渡すと
顔を真っ赤にして
緊張して上手く話せないからと
すぐに立ち去った

やったじゃん！と
ｻﾔを囲む2人の友達が褒めてるのが聞こえる

中を開けると
携帯番号とｱﾄﾞﾚｽと一言
佐伯先輩と仲良くなりたいです

無造作に丸めてﾎﾟｹｯﾄへ
『俺、携帯ねぇし。』

元々体さえ見せなければ
容姿は良かった為
先輩後輩から何度かこういう事はあった
同学年では大体が城の評判や態度を知っているので全く無かったが…

20分位歩くと小さな車の整備工場が見えてきた

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社員5人ばかりの小さな工場
城は更衣室でﾂﾅｷﾞに着替え適当に仕事を見付けて手伝う

ﾊﾞｲﾄをやっているなんて学校も祖父母も知らない
去年卒業したﾖｳﾍｲという先輩の紹介だ
中学生がﾊﾞｲﾄなんて世間一般的に許可されるはずもなく特別にだった

…祖父母への殺意が城を変えた
栄養もろくに取れず抵抗する全もないならどうするか？
食べて体質を変え力を付けるしかないだろう

思考を変え給食制に感謝した
必ず昼を食べてｻﾎﾞるか昼には登校する
唯一両親に容姿だけは感謝した
自分で自分をﾓﾃるだなんて高飛車な考えは無い
ただ利用出来た
女子先輩に取り入る
家が極貧で贅沢出来ないと同情を買うと簡単に奢ってくれる

校則で寄道や飲食禁止
それを守る様なお利口さんな生徒達なんかとはつるまない
仲間だと認めてもらい
困った時は利用する
勿論先輩だとか友達だなんて微塵も思わない
猫被りで容赦無い性格

3年になった時には陰の努力も実って見られても恥ずかしくない体付きになっていた
傷跡から虐待を受けていた事だけは悟られたくないので誰にも見せるなんてのは無いが…

そして何とかﾊﾞｲﾄをして初めて金に触れる所まで辿着いた

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黙々と働く城の評判は良い

久々にﾖｳﾍｲが車で現れる
『ｼﾞｮｳ！元気か？真面目にやってんな(笑)！』
『先輩。ﾁﾜす。』

ﾖｳﾍｲは真っ白で磨き上げた車を停め窓を閉め降りて来た

『え…免許は…。』
『ある訳無い(笑)！兄貴のｸﾗｳﾝ。ちょっと横乗るか？暇だろ今日。ｵﾚが頼んできてやる。』

嬉しかった
車なんて乗ったのは何年ぶりだろう…

ましてこんな高級なｾﾀﾞﾝは初めてだ

ﾖｳﾍｲは中学の時から
自由で勝手で人の心を掴むのが上手く
城の硬い心を解いて許される範囲で面倒を見た

城はそんなﾖｳﾍｲから取り入って
身になる事を学ぼうと近寄った

ﾖｳﾍｲにだけは家事情を
簡単に打ち明けていた
親は居ない
祖父母の家に住んで居るが
上手くいかず
早く家を出たいと…

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『どうやって動かす？』
『ｵｰﾄﾏなんて簡単だ。これでｴﾝｼﾞﾝ。右がｱｸｾﾙ、左がﾌﾞﾚｰｷで…。』

こういった具合で
さり気なく運転の仕方を学ぶ

15分くらい走って戻る覚えのいい城は完全に記憶した

『先輩。俺も車欲い。』
『ｵﾚでも買えないし(笑)。金稼ぐしかないな。ﾊﾞｲﾄ代じゃｷﾂｲだろ。とりあえず中坊卒業しとけ(笑)！それからなら使ってくれる所紹介するからよ。ﾊﾞｲｸなら明日日曜だし教えてやる！頑張れよ。またな。』

(車とﾊﾞｲｸか…。必要不可欠だな。けどまずは金だ。)

ﾊﾞｲﾄを終え
車の資料を掻き集めて帰りたくない家に向かった

• 共感0

家に入る
ﾀﾀﾞｲﾏなんてもう言わない

祖母の第一声
『あら、生きてたの。残念。』
(なら声掛けんな…)

城は制服や下着を全て脱ぎ
洗濯機に突っ込み
ｼｬﾜｰを浴びる

祖父が来る
『誰が勝手にｶﾞｽを使えと言った？育ての親に感謝の足りない馬鹿は水が限度だ！3分！』
(何年も3分3分て…どっちが馬鹿なんだか)

まだ夏場だから水でもいい…
真冬でもｶﾞｽは厳禁だったから

祖母が別部屋へ移動した時
風呂場から出た城は視線を感じ
祖父に面と向かって言う

『ﾊﾞﾊﾞｧには夜の事は言わない。その分…倍にして返すからな。』

城の体格が良くなっているのに祖父は気付いていた
しかしまだ自分に比べれば
細くて頼りない若造
最近調子に乗ってるだけだと思って油断している

『このっ…！』
初めて顔を、他人からも見える部分を殴った
城は裸のまま壁にぶつかりもたれ掛かる

祖母が戻ってくる音が聞こえ
途端に大声で叫ぶ
『ｺﾞﾒﾝﾅｻｲ！言う事聞くからもう寝室はやめて！』

祖父は青ざめた
祖母が入り何事かと問う

部屋に去り行く祖父の背を見て
心の中で笑いながら着替える

• 共感0

ｳ"ｫﾝ…
家の前に派手なﾊﾞｲｸが停まる

音に反応して
祖父母が怪訝そうに窓を覗く

その隙に制服姿で飛び出す城

『まさか…城！！許さんぞ！』
『戻りなさい！』

『早く出して。』
『ｼﾞｮｳ…お前、制服は目立つだろ(笑)』
『構わない。騒ぐなら騒げばいい。どうでもいい。』
『そうか。掴まれよ。』

こんな住宅密集地じゃ珍しいﾄﾞ派手なﾊﾞｲｸが
爆音と共に走り去る
海岸沿いに出て爆走する

今日は快晴
太陽が海に反射して
TVで見るよりもずっとずっと綺麗に輝いている

ｶﾓﾒが頭上ｽﾚｽﾚに飛ぶ
初めて鳥の腹を見た

(凄ぇ…こんな所初めてだ)
感動した

風が気持ちいい
ﾖｳﾍｲのｼｬﾂがなびく…
ふと目に付いた
皮膚に絵が書いてある

人が居ない海の絶景ﾎﾟｲﾝﾄで
ﾊﾞｲｸを停めて休憩

『どうよ、ﾊﾞｲｸ。いいだろ？』
『最高。免許は勿論…？』
『無くても乗れるし(笑)！ここで教えてやる。乗れよ。』

簡単なもんだ
すぐに乗りこなせた

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『ｾﾝｽあるなぁ、一発でそれだけ出来りゃ充分だ。』
『欲しい。』
『金はどのくらい貯まった？』
『ｸｿﾊﾞﾊﾞｧにﾎﾟｹｯﾄに15万隠してたのﾊﾞﾚて没収された。盗んだとか言われて。…だからあまり残って無い。』

部屋も無いし財布も無い
隠す所が無い

『そうか…お前も大変だな。』
『何で皮膚に絵描いてる？』

気になって仕方無かった
刺青ってやつだろう
何となく分かる
ﾔｸｻﾞがする物だと思ってたから

『ﾔｸｻﾞだと思ってﾋﾞﾋﾞる奴もいるんだ。本物ならこんなﾍﾟﾛｰﾝと出す訳ねぇってな(笑)。』
『俺もやりたい。』
『派手にやるなら何度か通うし金掛かるぞ？いいのか？』
『構わない。今の有り金…これで足りるかな。』
『うーん…最初なら。まぁ兄貴の知り合いだし頼んでやるよ。乗れ！ただ、未成年に墨なんて、ﾊﾞﾚたら彫師がﾔﾊﾞｲから気を付けろよ。』

ﾖｳﾍｲに影響されて
どんどん城は変わっていく…

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3日間帰らずに済んだ

彫師に背を見せた時
ﾖｳﾍｲはあまりの生々しい傷跡に驚いていた

祖父に殴られた顔面からも
何となく察知し
深くは追及せず
同情して家に招いた

ﾊﾞｲﾄも直接送迎
飯もしっかり出してくれた

それでも城にとっては
利用価値のある人間程度にしか感じていない

『ｼﾞｮｳ、明日は女が来る。流石に3日以上会わないからうるさいんだ…ｽﾏﾝ！』
『いや、何も謝ること無いし。むしろ色々勉強になったから、ありがたかったすよ。』
『家…大丈夫か？そこが心配なんだよ…。』
『あぁ、もしかして傷？何とも無い。』
『何かあったら連絡しろよ。つーか、携帯持て。連絡取れないじゃん今時！車やﾊﾞｲｸより携帯！ﾊﾞｲﾄ代で支払いも余裕だろ。』
『…考えとく。』
『とりあえず送るから。』

本音は帰りたく無い
けどもう何されても慣れてるし

どうでもいい気分で
玄関を開けた

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18時…
いつもなら晩飯の時間で
ｶﾁｬｶﾁｬと食器の音でもするはずなのに…

『城か！？』
怒鳴り走り寄って来る足音

(まさか…！)
すぐに祖母が外泊なんだと察知し靴を履き直して玄関を出ようとした

が、一歩遅かった
祖父が背後から首に腕を回し
暴れる城を強引に奥の寝室へと引きずって行く

居間では大声を上げられたら外に筒抜けになるからだ

『やめっ…苦しい！』

首にかかった腕を振りほどこうともがく
祖父はいきり立った牛の様な興奮状態で
城をﾍﾞｯﾄﾞに叩き付ける

柔らかいみぞおちを狙い一発
くの字になり咳込む
脇腹へもう一発
ﾍﾞｯﾄﾞから落ちた所に
次は蹴り…蹴り…蹴り

この前啖呵切った後だし
こんな仕打ちは予想内
時間経てば終わる
殺しはしない

いつもなら
こう自分に言い聞かせ続ける

大量に酒が入っているのか
何だか尋常じゃない

『死ぬ…人殺し！』
初めて口に出した
死への恐怖

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『毎晩のようにどこで何して食わせてもらってんのかはわからんが、この前はよくも偉そうに！馬鹿はやっぱり馬鹿みたいな人間としか組めないんだな！変なﾊﾞｲｸに恥ずかしげもなく！暴走族の仲間入か！え？あの後近所に何言われたかわかるか！？』

顔だけは守る
立つに立てない

『人殺しだ？やるならとっくにやってる！お前があの女から生まれ、騙された息子は帰ってすら来ない！いつかは顔を出しに来ると思っててもお前が居るから来ないのかと思うと憎くて仕方無いんだ！』

自分に責任は無いじゃないか
親が悪いじゃないか

そう心で反発しながら
意識も遠のき掛ける

祖父も流石に疲れたのか
ｼｬﾂを引き上げﾍﾞｯﾄﾞへ投付けた
ﾎﾞﾀﾝが弾け飛ぶ

破けようがお構いなしで
脱がせ始めた

『…やめろ！ｸｿｼﾞｼﾞｨ！』
抵抗して殴り返すが
力が出ない

腹に乗っかり片手で首を押さえつける

『嫌だ！嫌だ…！』
城のもがく顔を見て笑う…

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『許して欲しけりゃ、この位は役に立て！口を開けろ！噛んだら…わかってるな！』

頭を掴み無理矢理
自分のﾓﾉを押し入れる

汚ねぇ…！畜生！畜生！
目を硬く閉じ嗚咽を漏らす

満足そうな祖父
かつて祖母が入院した病院の看護士らを見ては
性欲が旺盛になり
若く弱い城を利用した

呑み屋の若い娘達と遊んでは
余韻で城を犯した

次は
もう抵抗する気力もなく
人形のような城をうつぶせに…

城のｽﾞﾎﾞﾝに手を掛けた時
薄暗い部屋の中
驚くものが目に飛び込んだ

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『何だ、これは…。』
右肩から肩甲骨あたりに鳥の様な絵が描いてある

うつぶせに押さえ付けられ
むせ込む城に問う

『これは刺青か…？！もしかして…。』

まだ中途半端ではあるが
まさかこいつが刺青だなんて…
祖父は戸惑う

『ﾔｸｻﾞの仲間入りか！！許さんぞ！こんな物は！』

…ほらな
…刺青ってだけで顔色変えて
…俺がそっち系の奴と繋がってるなんて思い込んでﾋﾞﾋﾞｯてる
…そういう世代なんだ
…怯えればいい

『…そうだ…覚えてろ。必ず復讐してやる…。』

その言葉に血の気が引いた表情

城は内心
勝利を得た気分になり
追討ちの言葉を浴びせる

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刺青くらいでﾋﾞﾋﾞｯてんじゃあ
もうこんな事しなくなるかもしれない
そんな期待もあった

祖父が手を放し
寝室を出て行く

城は起き上がり
もう1枚の制服のｼｬﾂを着ようと
ﾍﾞｯﾄﾞを降りた

とりあえず家を出よう
裸では目立ち過ぎる…

ﾌﾗﾌﾗだった
痛いなんてもんじゃなく
体中がきしむ
ﾄﾞｱまで遠く感じる

足音が近付く
何かを持って戻って来た

(嘘だろ…)
祖父の脇をすり抜けて逃げるつもりだったが
あまりにもﾀﾞﾒｰｼﾞが大きい…
前へすら進めない

馬鹿力で首元を掴まれ
再びﾍﾞｯﾄﾞに押戻され
城の腰にﾄﾞｶｯと座る
左手で頭が動かない様に
渾身の力でねじ伏せる

右手に持っている物を傾ける…

右肩に強烈な激痛が走る
悲鳴にならない悲鳴を上げ
初めて許しを乞う

『熱ｯ…！熱い！！許して！！やめて…！！』

…熱湯だった

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酒に酔い
感情のままに動く祖父

どんなに叫んでも
頭さえ布団に押付けてやれば
外には聞こえない

刺青のあった場所が
赤く膨れ上がり
皮膚がめくれている…

全て注いだ後
ﾌﾝと鼻で笑いながらﾍﾞｯﾄﾞを降りて吐き捨てる

『寝るなら居間で寝ろ！』

…移動しなきゃ…
…また怒られる…
…熱湯かけられる…

でももう動けない

つい最近NEWSで
熱湯風呂に入れられ
虐待死した子供の話を聞いた

肩だけでも酷い痛みと恐怖で
気が狂いそうなのに
まだ皮膚が硬い俺の歳でさえ
こんななのに…
可哀相な事を…

…虐待…？
俺【虐待】されているのか…？
他人に可哀相だって思われる【虐待】…？

薄れ行く意識の中で
初めて自分が置かれた状況を認識し深い眠りに落ちた…

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俺 何したかな

母さん
一番古い記憶は
城ｸﾝ城ｸﾝと可愛がり
抱きながらｷｽをしてくれた母
父の乱暴な性格や悪戯を
よく止めて守ってくれていた

だからｼｮｯｸは大きかった
男優先で俺の存在を
『面倒』の一言で済ませ
否定したあの日…

父以外に男が出来てから
確実に変わって行ったんだ
邪魔なｶﾞｷでごめんな


父さん
遺伝て凄いよ
爺ちゃんにそっくりな人間に育ったように
俺もｱﾝﾀそっくりな人間になるのかな

だって俺は
間違いなくｱﾝﾀの血を受継いでいるんだから
見え透いた自己中な作り話を信じる辺りも
ｱﾝﾀの親だと思うよ

…冗談じゃない
こんな血一生呪ってやる

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ばあちゃん
まだ若くして孫が出来て
複雑な気持ちだったろ

俺のｲﾒｰｼﾞ…祖父母ってのは
ｼﾜｼﾜで小さくて白髪で弱い人
だから初めて見た時は
ｼﾜの少なさに正直驚いた

一番俺を守ってくれそうな
そんな予感がしていた

俺の何が気に食わないのか
小さ過ぎてわからなかったし
鋭利な言葉のﾅｲﾌは
精神的致命傷を負わずにはいられなかった

ひとつ聞きたい
母さんという人間の行いと俺は関係あるの？
馬鹿息子に騙された事に気付けよな

俺、ｱﾝﾀの愛しい馬鹿息子の正真正銘の子なんだ
言いたくないけどさ


じいちゃん
思い通りにならないと力ずくで周囲を押さえ付けて
何かがｽﾞﾚると
慌てて周囲に弁明して
体裁を守る

人間全てに好かれようなんて
貪欲過ぎなんだよ
だから上手くいかない

ｾｲって怒鳴られる度
恐ろしかった
だからその名前は封印

俺、ｱﾝﾀから一番学んだ
くだらない事をな
ｱﾝﾀら親子に似たくないから
自分で歩いて行くけど
ｱﾝﾀにも質問

世間てそんな大事？
俺一人殺せないの？


―佐伯城

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…夢か
目が覚めて見回すと
居間のいつもの場所にいた
祖父が運んだんだろう

時計を見る
8時…
家にいるのは嫌だ
外は雨が降りそうだ…
学校行くか
家よりはﾏｼだ

頭が痛い…体も痛い…
右背肩が痛い…
体中が熱い…

洗面台へやっとの思いで辿着く

自分の体を見る
後ろを向き
熱湯を掛けられた場所を見る…

『ｳｯ…。』

あまりのただれ具合に
傷に…痣に言葉が出ない

涙が出た
泣いたのは10年振りだった
声は出ない

(俺、化物みてぇだ…)
ｻｯと制服を着る
ｼｬﾂが擦れて血が滲むから
真夏なのに上着も着て外へ飛び出した

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ｶﾞﾗｶﾞﾗｶﾞﾗｯ…

授業は始まっていて
皆が一斉に振り向き
城を見て驚いた顔をした

『佐伯…。遅刻だな。』
(そんなのわかってる)

数学の担当教員の言葉も無視
自分の椅子に座る

『…あー、続ける。みんなこっち見て…。』

久々の授業
内容は全くﾁﾝﾌﾟﾝｶﾝﾌﾟﾝ
でも殴り掛かってくる奴はいないから
心底安心出来た

何より傷口がよろしくないのか
酷い痛みだった
化膿して熱っぽい

眉間のｼﾜを周りに悟られない様
うつぶせになって寝る

隣りの席の女子が
何故か怯えている様に見える

でも誰も何も言わない
これでいい…

安心ついでに空腹に気付く
腹鳴りそうだ…
胃に力を入れる

つい小さく口走る
『腹…減った…』
ﾊｯと気付いた時には遅かった

隣りの席の女子は
ﾌﾌｯと笑いながら
ｶﾛﾘｰﾒｲﾄをこっそり机に置いてくれた

『…どうも。』

3年になって初めて
ｸﾗｽﾒｲﾄに感謝した

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時間が経つに連れ
痛みが更に増し
黙っていられなくなった

昼は何とか口に入れた
何しに来たんだと罵られながら
午後の授業も寝ながら耐えた
放課後職員室へ来いと担任に呼び出されたが
行く気も無い

ｼｬﾂが貼り付いて
動くと皮膚もめくれていくのがわかる

病院にかかる金も保険証も無い
保健室へ行くのも騒ぎになるから無理だ
ﾊﾞｲﾄ先の人間に言うのも却下
この歳で虐待されてるなんて知られたくない

そうだ…先輩なら…

でも連絡手段が無い
番号も聞いてない

誰もいない…
家には絶対戻りたくない

雨も降り出し途方にくれた

こんな怪我で
こんな人生で終わりたくない
高熱からくる寒気が体力消耗に拍車をかける

何か温かい物を買って…
薬屋で薬とｶﾞｰｾﾞと包帯…

目の前にｺﾝﾋﾞﾆが見えた
入口しか目に入らず
ﾜｺﾞﾝ車が車道から入ってくるのは全然見えていない

ｷｷｰｯ！とﾌﾞﾚｰｷ音を立て停まる
間一髪だった…

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驚いて倒れた城は
うめきながら体を起こす

(痛てぇ…立てねぇ…)

『当てたか！？』
『いや、ｷﾞﾘだったと…』
ﾜｺﾞﾝ車から4、5人降りて来て城を囲む

【〆〆〆建業】
頭にﾀｵﾙを巻いたり
ﾀﾞﾎﾞﾀﾞﾎﾞの汚れたｽﾞﾎﾞﾝ
建設現場で働く男達だ

『おい、大丈夫か？どこに当たった？！』
城は首を横に振る
皆安堵の溜息をつく

『ぶつかってない？良かった…。立てるか？悪かった。』
運転していた男が言う

目立ってしまう…そう思って
必死に立ち上がろうとするがまた膝を付く

『おいおいおい…、本当に大丈夫かよ。』
『当たったんじゃね？』
『顔色悪いぞ。』

人を恐怖に感じた
通行人の何人かも見ている

『当たってない…放っとけよ…いいから！』

全員がｶﾁﾝときた
赤っぽい髪型の男が前に出て来て言う

『いや、お前立てねーんだろ？放っとけはねぇだろ。どっか打ったんじゃないかって心配してんだよ。あ？わかるか？ﾎﾞｰﾔ。おい、沢、とりあえず車入れろ。』
『うぃす。』

(いいから行けよ！)
段々苛々してきて
また立ち上がろうとするが背に激痛が…

『痛ｯ…！』

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赤い頭の男は言う
あまりにも様子がおかしい城が気になる

『…転んだだけでそこまで痛むかよ。こっちも人身事故かどうかの判断で警察の絡みもあるからさ。本当に当たってないんだな？』
『…無い。構うな。』

また全員ｶﾁﾝとくる
心配して大人な対応してるのにこのｶﾞｷは…

『構うな？口のきき方ってあるだろ坊主。』
『中学か？高校か？』
（どうでもいいんだそんな事！早く解放しろ！）

城は無言でやっと立つ
赤い頭はしつこかった

『おぅお前ら！ちょっとこいつ車に乗せて休ませろ(笑)。』
『うーす。』

『誰も頼んでない！』
城は怒鳴った

『俺が皆に頼んだ(笑)。』
そう言って赤い頭はｺﾝﾋﾞﾆに入って行った

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男達の何人かはｺﾝﾋﾞﾆで立ち読みを始めた

車に無理矢理乗せられる
『痛てぇだろ…！』
城は彼らの強引なやり方が気に食わない

『まぁ、落ち着け。ｷｮｳさん悪い人じゃないし。周りの目を気にしただけだから。な？』

城は黙った
何よりもう動きたくない
だるい

ｷｮｳと言う赤い頭の男が買い物を済ませて戻って来た

『おら、とりあえずこれで落ち着けよ。何もしねーから。』
ｼﾞｭｰｽとﾌﾗﾝｸﾌﾙﾄを差し出す

『どこが痛む？』

知らない奴だし
見られてもいいとは思った
そして早く解放して欲しい

『背中…。』
『背？』
『だから…当てられてない…元々怪我してた所打っただけ…だし。』

顔が赤く息を切らせる
ｷｮｳは鋭かった

『お前…今熱あるんじゃないか？背中打ったなら見せてみ。一応確認するから。でなきゃ俺らも安心出来ないから。』
『…汚い…から。あまり見られたくない…。』
うつむいて呟く

『汚い？(風呂入ってないとかかな)…関係ねぇ。ちょっとでいいから。てかこの暑い夏に上着かよ。』

上着をゆっくり脱ぎ始める

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『…！』
上着を脱いだだけで普通じゃない事を悟る

『ｳﾜｯ…お前、これ…血じゃないか…。』
『…ｼｬﾂは触らないで…火傷もあるから…皮膚はがれるから…。』
『火傷？何で病院行かない？送ってやるから行け！腐るぞ…。』
『行けるなら行ってる…行けないからこうなった…もういいだろ！降ろして。ご馳走さま！これ以上関わるな。』

城は上着を着て車から降りた
歩くのもやっとで
ｺﾝﾋﾞﾆの脇に座った

丁度立ち読みを終えて出て来た男達が車に乗り込む

『凄げぇﾓﾝ見ちゃった。』
『え、何？あいつが何かあったの？』
『いや～…血だらけ。』
『は？』

そんな会話を尻目に
ｷｮｳはｻｯと車を降りて座り込む城に近付き
何か語りかけ
すぐ車に戻った

『ｷｮｳさん何話してきたの？大丈夫？あいつ…。』

ｷｮｳは何か考え込んで黙り込む
ﾜｺﾞﾝ車はｺﾝﾋﾞﾆを出て
会社へと帰って行った

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貰ったｼﾞｭｰｽとﾌﾗﾝｸﾌﾙﾄを口にしながら先の事を考える

これからどうするか…

多分今頃車に乗って自分を探し回っているはず
下手にｳﾛつけない

ﾊﾞｲﾄで稼いだ金は20万位ある
けどまだ未成年で簡単に仕事を得られない先を考えると
派手には使えない額だ

やっぱり先輩に連絡付けて
何か方法を…
でも家は遠いし場所がよくわからない

もういっそ警察や病院に転がり込んで事実をﾊﾞﾗしてしまうか
未成年には甘い世の中なのは
TVのNEWSでよく分かった

いや駄目だ
俺は【可哀相】な人間じゃない
同情されて生きて行くなんて真っ平だ

行き詰まる…
面倒臭くなってきた

今はこの痛みとだるさを何とか出来ればいい
(そういやさっきの奴…薬持ってくるって言ってたのに…苛々して言い返したけど貰っときゃ良かったな…。)

一時間近く経った頃
そろそろ移動しようとゆっくり立つ

突然ﾊﾟｯｼﾝｸﾞして
真っ黒い車がｺﾝﾋﾞﾆに侵入する
中も見えない

城の場所を覆う様に停め運転席が開く

(何だ？)

『おぅﾎﾞｳｽﾞ！偉い！待ってたか(笑)！』
さっきのｷｮｳと呼ばれる赤い頭の男だった

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『…待ってない。今移動しようとしてた。これ以上関わるなって言った。』

つくづく自分のひねくれた性格に飽きれ返る

『関わるつもりねーし。絡んでんだ(笑)。』
『…薬でも持って来たの。』
『いや無い。』
『…。』

何だこの男
さっき言ってたじゃないか
少しﾑｯとした顔をする

『だってお前さっき余計な事すんなつったろ？俺ぁ悪くねーよ？』

(本当に絡みに来ただけかよ。)
城はﾌﾟｲｯと向きを変え無視して歩き出した

『まぁまぁまぁ！そう怒るなって。からかってる訳じゃないんだ。気になって一応寄ったらまだ居たからよ。なぁ、ちょっと乗れ。ﾜｹ有りっぽいし、傷だけ何とかしねーと。薬屋ならまだ開いてるし。』

それは助かる
薬屋がどこかも定かじゃない
そのまま先輩の所まで送ってもらえばそれで良しだ
お人好しっぽい男だからな

城は黙って乗り込んだ

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