地獄に咲く花
地球温暖化が進んで人類滅亡も近い世界での、ある子供達の物語。
13/03/21 00:30 追記
※このスレッドは前編となっています。中、後編は以下のURLよりお入り下さい。
中編
http://mikle.jp/thread/1242703/
後編
http://mikle.jp/thread/1800698/
尚、このスレッドはレス263よりサイドストーリーとなっております。もし中、後編を御覧になる場合はこちらも読むことをお勧め致します。
それから僕はルチアと同じ空間に居た。この場所から抜け出すことは、やはり出来ないようだった。だからここが地上だということは多分間違いない。時間の流れも位置も掴めない、今まで以上に異質な場所だ。その中空で浮かびながら、少し遠くに登った彼女の眠る姿をぼうっと眺めていた。
何か考えていたのか呆然としていたのか境目の良く分からない不思議な時間を過ごしていたと思う。よくあることだった…最近この虚無感からは抜け出せていたというのに。多分、この感覚は今までで一番強い。
ある時、僕は世界に疑問を投げかけた。
1人が背負い込むなんて、不可能だ。重荷に潰され、孤独にそのまま消えるしかないなんて、絶望以外の何者でもない。なのに、ルチアも姉さんもどうしてこんなことを強いられなければならないのか。と。
勿論、意地の悪い世界は答えてくれたりなんかしない。そう。僕は今、姉さんが言っていた清い世界というものを疑っていたのだ。いや、『地球』だけの話じゃない。僕らの世界も、また別に世界があるとしても、そうに違いない。どこにだって見えない運命が付きまとっていて、容赦なく僕らに押あらゆることをし付け、弄ぶ。たとえ無慈悲すぎることであろうと。
ぐっと、眉間に力が入る。
ーーこれは、逃避だ。運命を恨む暇があったら、僕に出来ることを探すべきだ。
僕の中にいるもう1人の僕が話しかける。
分かっているさ。分かっているけど、力が沸いてこないんだ…手足を動かそうと思っても、まるで動かないんだ!動かせたとしても、どうせ……いつもみたいに何も出来ないのは分かりきっている。
「どうせ、そうだ。」
自分でそう呟いた時だった。
「ーー」
突如頭に痛みが走った。果たしてそれに痛みという表現が使えるのか少し疑問だけれど…何だろう、強い衝撃を受けたような感じだった。実際に痛いかどうかははっきりしない。
でも、確実に僕の中で何か起こったんだと思う。痛みは一瞬で消え、その後は妙にすっきりとしていたのだった。まるで、誰かに殴られて目が覚めたような。
もしかして、もう1人の僕が殴ったのかもしれない。だって、その後に彼はこう言ったんだ。ーー僕しかいない、と。
「…!」
それきり彼は言葉を発さなかったが、おかげで僕は気が付いたのだった。かなり今さらだったけれど、そんな当たり前のことすら見失いかけていた。
現実的に、この現状を変えるのはどんな形であれ自分しかいないのだ。僕が何もしなければ、ルチアが死ぬだけ。姉さんが本当に助かるのかも、僕には分からない。
だから、より良い方向を目指すとしたら僕がやるしかない。限られた時間と空間のなかで。
お互い、責任の負い合いになるわけか。
…皮肉というか何と言うか。
僕は深く溜め息をついて沈黙した後、開いていた両手をぐっと握りしめるのだった。
前へ1歩踏みしめられる地面もないので、そうやって静かに気合いをいれるしかない。もっとも気合いをいれたって、それをどんな形で発揮すればいいのか今は全く分かっていない。正直途方に暮れている。だからこれは形だけだった。形だけでも迷いを振りきれればいい、というささやかな抵抗でしかなかった。
さあ、どうしよう。
僕の目の前には巨大な壁が立ちはだかっている。普通だったら越えられそうもない、高い壁だ。今の今まで、僕は何度もそれに遭遇しては、屈服し続け諦めてきた。それらが自分の力じゃどうしようもない問題だと思ったからだ。でも本当にそうだったのか?僕は諦めるまでに出来ることをしてきたというのだろうか?
答えは決まっていた。逃げ続けなければ、もっと違う未来が待っていたかもしれない。こんなに追い詰められることはなかったかもしれないのに。心のなかで僕は歯を食い縛ると、今まで手をつけなかった壁を初めて探り始めた。どこか壊せないか、抜け道を見逃していないか。あるいは下を潜れないか…
一番望ましいのは、誰も死なずに互いに幸せを掴むことに決まっている。『流れ』を潤し姉さんを眠りから覚ますこと。ルチアは生きて地球へ帰ること。その両方を叶えることが出来れば。…そんなことが果たして出来るのだろうか?何か、それに通じるようなものはないか?
(ーーそうだ。)
探っている途中で僕は思い出す。1つ、
それはルチアと話をした後僕の中に激しく気になっていた事だ。
それはーーリタという人間の存在だ。
恐らく彼がルチアをここに送り込んだ張本人。僕が始めに思ったのは、彼は彼女の気持ちを理解していたのかということだった。
ルチアがここに来れば行き着くのは死しかないと分かっていた筈だ。何故なら、それが役目なのだとルチアは確信していたから。あの話をする前だって、自分が研究に使われることは分かっていた。それを見越して、彼は必ず迎えにいくなどと言ったのか。
何を言っているんだ、と僕は呆れる。人間だけじゃない、生物と呼ばれるものの肉体はいずれも『流れ』に還元してしまったら消滅してしまう。そのあとには僅かに『流れ』が増えるだけで、何も残りはしない。生じた『流れ』自体も一瞬で霧散してしまうだろう。原型をとどめないどころの話じゃない。そこから甦えらせ『地球』へ帰すなんて出来ると思うか?
…馬鹿げてる。
その事を全部理解していたと言うのなら、彼は一体何を考えていたのか。輪郭が全くといっていいほど見えない。だけどーー何となく、僕は彼を知ることが何かの鍵になるかもしれないと思った。彼が全てを握っている。何故かそんな気がした。
僕は、彼を知る必要がある。彼とルチアを取り巻いていた『地球』での出来事を僕は知らなくてはいけない。
リタに直接問いただせれば一番いいが、やはりそれは今の段階では無理だと思った。この奇妙な空間に来て自分の場所にすら戻れない状態なのに、そんな新たな出口がすぐに見つけられるとは到底思えない。となれば、今のところ思い当たる方法は1つだけだった。
それは『流れ』の記憶を辿ることだ。『流れ』が研究されていたというのなら、それに関することは知っている。…見ている筈だ。僕が干渉して、もう1度見せてくれるかは分からないけど。でも、もう残された時間は少ない。今の僕は前に進むしかないのだ。生命は、皆同じものなのだと。何にも代えられないものだと気付いてしまったから。
(……姉さん。)
記憶を見る間際に響いたあの声を思い出して、また胸の辺りが苦しくなる。僕はその中心をを両手でぎゅうっと握るように押さえながら、祈るように目を閉じた。どうか、もう1度導いてくれるように、と。いつかきっと、あのいつもと変わらない意地悪そうな微笑みを浮かべてくれることを信じて。
(僕は、もう自分から逃げたりしないから。)
生命の有る限り、僕らは無意味な存在なんかじゃない。生きていれば、出来ることは必ずある筈だから。今度は僕がそれをやる番なのだと。何も出来ないなんて事はある筈がないと。
僕は今、そう思うことに決めた。
するとーー僕の両手に光が生まれたのだった。
初めは微かだったがそれは段々と大きくなり、やがて僕の手から溢れだしてきた。僕はそれを中空に差し出すように両腕を伸ばす。…暖かい。そして、その光は僕とルチアも包み込むようにして、空間に大きく広がった。僕達は一瞬光の渦に投げ込まれたのだった。
不思議と眩しくはないが、成功しただろうか?『流れ』に呼び掛けてはみたものの実際に今何が起こっているのかは全く予測がついていない。この光が収まったら、果たしてどんな光景が待っているのというのだろう。その先を考える間もなくふわり、という何となく体全体に風があたるような感触と共に白みが消えていく。
すると、
「な…!」
その景色は、僕を待ちかまえていた。
場所が変わったような感じはしない。ルチアだってそこにいる。だけど、確かに目に入る景色は全くもって変わっていたのだ。さっきまではよく分からない空間があるだけだったのに、今は思わず後ずさりたくなってしまうほど立体的で巨大な映像が目の前にあって。だけど振り向いてみると、その後ろにもぐるりと映像は広がっていて。
(ーー『地球』ーー)
『鏡』で見るよりも鮮明すぎて、頭がくらくらしてくるほどだった。壁一面に立ち並ぶ重たそうな黒い箱、無機質な鋼鉄で出来た床。それらは『流れ』の記憶で垣間見たものと同じ。…間違えようが、なかった。
狭く薄暗い部屋を、低い天井にぽつりぽつりと粒のように点在する電灯が青白く、頼りなく照らしている。僕は今、その部屋全体を中途半端な高さの位置から眺めていた。もしかして、これがルチアの言っていたことなのだろうか。
「硝子の向こう…。」
その言葉を振り返ってみて、更にあることを思いつく。僕はそれからゆっくりとした手付きで広がる景色に向かって右手を伸ばしてみた。今までの経験からしてみたら、今僕が見ているのはただの幻像だ。だからこんなことをしてもどこにも手が触れることなく、空を掻くだけの筈なのだ。
だがしかし、ーーぺたり、と手のひらに不思議な手触りを感じた。
「!…」
僕は一瞬体を硬直させる。それは透明な壁、物質だった。僕らの世界では物質というものは『鏡』を除いては僕らの望んだものしか具現化することはない。だから僕はその時確信した。これがルチアの置かれている状況、そのものなのだと。
そこまで確認したところで、これは『流れ』の記憶なのか?と僕は疑問に思った。あえて言うとするなら現在進行のものではないのか。それに何かが違うような感じがしたのだ。さっきの『流れ』の記憶は目まぐるしく次々と写し出されていたのに。
(これは、何だ?)
その時ーー
『ドクン』
「、?」
胸の奥の違和感と共に、鼓動が聞こえた。勿論始めは僕のものだと思ったけれど、どこから聞こえたのか気になった。何故なら鼓動は空間一杯に木霊のように深く、重く響き渡ったのだ。まるで体の中でなくて外で鳴った音みたいに。
それに、音がぶれていた。
「!」
僕は宙のルチアの姿を反射的に見上げる。彼女はやはり静かに眠っていて、それだけのはずだった。でも見ていると、不意に彼女を包む光の膜が波紋を生じるように光を四方に放つ。それは重力のように僕にも降り注ぎ、
『ドクン』
また聞こえた。これはーーどうやら、僕とルチアの鼓動が同時に鳴っているらしい。それだけじゃない。今見えている『地球』の景色の揺らぎから『流れ』もまた反応しているように思えた。
(…共鳴している?
『流れ』がルチアに?)
不思議に思った、次の瞬間。
ドン!!
「っ?!」
どこからかの衝撃波にと共に、僕は小さな呻きを上げて喉元を押さえた。激しい、悪心が生じたのだ。さっきまで何ともなかったのに、今では胸の奥の方に熱い何かがどろどろと渦巻いているのがはっきりと分かる。
(何だこれ…っ!…)
僕の意思とは無関係に、体がみるみるくの字に曲がっていく。そして窒息してしまいそうなほどの苦しみに襲われた。僕はしばらくどうしようもなく喘ぐ。だけどその中で、ある時僕ははっとした。
この苦しみ…渦巻いている何かの向こうに、
『気配』を感じたからだ。
(ルチア?)
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