オーダーメイド・ロボット
現代に溢れかえる、悲しい事件。
事故、殺人、自然災害。
大切な人を亡くした悲しみから、拡大する鬱病。
そんな現代を救うべくして、誕生したのがこの「オーダーメイド・ロボット」です。
たった一度だけですが、あなたの大切な人に再会できるチャンスです。
どうぞ、少しでも興味を持たれた方はお気軽にご相談下さいませ。
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2040年。
スカイ・カンパニーが開発した「オーダーメイド・ロボット」は、脅威の売り上げを記録した。
決して安いとはいえない金額を支払ってまで、もう一度我が子に会いたい、そう願う親が多いという事であろう。
日本の人口は、年々凶悪な事件により減少している。
「オーダーメイド・ロボット」は、そんな日本の救世主なのかもしれない。
「美咲ちゃん。起きて。」
優しい、女の人の声がする。
私は、ゆっくりと目を開けた。
「美咲ちゃん!!」
目の前に、涙ぐんだ女の人。
「この方が、あなたのお母さんですよ。分かりますか?」
女の人の隣にいる、清潔感が漂うスーツの男の人が話しかけてきた。
私は、ゆっくりと頷く。
美咲の記憶は、全て頭の中にインプットされているから。
私は、7月15日、美咲の誕生日に、生まれた。
ジリリリ…
耳障りな、目覚ましの音。
私はパン!と目覚まし時計を叩き、もう一度心地よい眠りの中に入ろうとしていた。
「美咲ちゃん!早く起きなさーい!」
下から、母のウルサい声が響く。
だってまだ眠たいんだもん。
私はその声を無視した。
「今日から高校生でしょー!!!遅刻したら恥ずかしいわよー!」
ん…??高校生…??
そうだった!!!
私は、ベットから飛び起きた。
今日は高校の入学式。
なんとか頑張って、第一希望の高校に受かったのに、寝坊なんてしてられない。
私は慌てて、洗面台へと向かった。
顔を洗い、髪の毛をブラシでとかす。
今日もばっちり、綺麗なストレートヘアーの出来上がり。
私は部屋へと戻り、長いこと憧れていたブレザーを手に取った。
まだピカピカの新品だ。
チェックのスカートが可愛くて、私は思わず頬擦りした。
ふと、時計を見ると8時10分を指している。
「いけない!本当に遅刻しちゃう!!」
私は制服の感動も満足に味わえないまま、急いで着替え、家を後にした。
「いってきまーす!」
玄関を開けると、眩しいくらいの快晴だった。
「みーちゃん、おはよう。」
通学途中の坂道で、チエに会った。
「おはよう、チエ。制服、似合ってるねー!」
チエは幼稚園からの幼なじみ。色白で、色素の薄い栗色の髪の毛を持つ、透明感のある美女だ。
「みーちゃんの方が似合ってるよう。ねえ、このリボンの結び方、変じゃないかな?」
チエが不安そうに、真っ赤なリボンをつまむ。
私はチエの頭をなでなでしながら、
「大丈夫。すごーく、可愛いよ」
と笑顔で返した。
チエが私を見上げて、へへ、と照れたように笑った。
キーンコーン…
遠くで、学校のチャイムが聞こえる…
「やばっ!!チエ、遅刻だ!!」
「うそお!!みーちゃん、ダッシュだ!!」
私達は、一目散に学校へと走り出した。
私は、一年一組。
チエは、二組。
私達は、静かな廊下を忍び足で進む。
「じゃあ、また放課後ね。」
私はヒソヒソとチエに耳打ちした。
「うん、また放課後ね。みーちゃん。」
チエもヒソヒソと返す。
私達は、そーっと教室のドアを開けた。
恐そうな先生が、出席を取っている。
「坂本。」
「はい。」
「斉藤。」
「はい。」
「ん…?」
ソロソロと気付かれない様に教室内を移動していたのに、どうやら気付かれてしまった様だ。
全身から、イヤーな汗が出る。
「お前。遅刻か。名前は?」
うう。
やっぱり、気付かれてしまった。
「瀬戸美咲です…」
恐る恐る、先生の方を見る。
「後で職員室に来なさい。」
…。
やっぱりか。
「はい…」
私は、見事にひとつだけ空いている席に腰を下ろした。
「入学早々遅刻なんて、やるねえ。」
隣の男の子が、ヒソヒソと話かけてくる。
ハハハ…と苦笑いしながら隣を見ると、ニヤニヤ笑う美少年がいた。
なんだ、この美少年は。
私があっけに取られていると、美少年は勝手に自己紹介を始めた。
「俺、三島健。皆からけんちゃんって呼ばれてるから、けんちゃんでいいよ。」
「はあ…」
私は上手く返す事ができない。
「よろしくね、みーちゃん」
けんちゃんは、悪戯っぽい笑顔を浮かべて、こう言った。
放課後。
みっちりと担任の先生に絞られた後、ぐったりとしながら靴箱へと向かった。
「あ、みーちゃあーん…」
靴箱には、同じくぐったりとしたチエが。
「もしかして、チエも怒られた?」
チエはこくこくと何回も頷いた。
「入学早々災難だよー。みーちゃん、新しいお友達出来た?」
私はローファーを床にパンと落とし、
「まーねー」
と力なく答えた。
「やっぱりみーちゃんは凄いね。すぐお友達できちゃうね。」
チエは目をキラキラさせている。
私は苦笑いし、
「でも最初の印象が遅刻だからねえ…恥ずかしいよ」
と続けた。
チエは
そうだよねえ…遅刻だもんねえ…
と落ち込んでいる。
そんなチエを見ていると、なんだかかわいそうになった。
「ねえ、チエ。いつもの所、行こうか。」
私の提案に、チエの顔がパっと輝く。
「行こう行こう!」
私達は、学校を飛び出した。
私達は、真っ赤なドアを勢い良く開けた。
チリンチリンと、ベルの音が鳴る。
「またあんた達?」
「また来ました!」
「また来ました!」
私とチエは、声を揃えて元気良く挨拶をした。
ここは、「ストロベリーパイ」という名前のカフェ。
私とチエの共通の友達、鈴が働いている。
鈴はああ、とため息をつき、
「いつものヤツでいーの?」
と、ぶっきらぼうに聞いた。
「もちろん。ねえ、チエ。」
「もちろん。ねえ、みーちゃん。」
私達は、一番日当りの良い窓際の席を占領する。
「はいはい。ちょっと待っててね。」
鈴は手をひらひらさせて、奥へと消えていった。
鈴は私達のお姉さん的存在。
黒髪ロングのよく似合う、凛とした美人さんだ。
「今日もすーちゃん、美人だねえ。」
チエがうっとりとした顔で呟く。
「本当だねえ。」
私もうっとりしながら相槌を打った。
「おまちどおさま」
私とチエの目の前に、ルビーのようなイチゴが乗ったパイが置かれた。
「うはー!美味しそう!」
「いただきまーす!」
私達のお気に入り、鈴のストロベリーパイ。
甘酸っぱくて、それでいて甘すぎない極上のスイーツ。
「幸せだあ」
私とチエが笑顔で食べるのを、鈴は少し嬉しそうな顔で眺めている。
眩しい日光の中で、こうやって皆で過ごす時間は、とても幸せだった。
「そういえば、もうすぐみーちゃんのお父さんの命日だね。」
チエが、ぽつりと言った。
「うん…」
私は、その日が自分の命日でもある事を、誰にも明かしていない。
オーダーメイドロボットは、その存在を家族以外に明かしてはいけないのだ。
例え、どんなに親しい友達だとしても。
「今年も、一緒にお墓参り行こうね。」
チエは寂しそうに呟いた。
「うん。毎年、ありがとうね」
私は微笑んで、チエの頭をくしゃくしゃにした。
「さあて、今日はもう一個食べちゃいますか!」
「食べちゃいますか!」
「鈴、おかわり!」
「おかわり!」
呆れた顔をして鈴がこっちを見た。
「もう!うちは定食やさんじゃないんだからねっ」
私達は顔を見合わせて、笑い転げた。
私は洗面台に向かい、手を洗った後にリビングへ向かった。
テレビのチャンネルを変えながら、床にゴロゴロと寝転がる。
「美咲ちゃん、夕飯並べるの手伝ってー」
「えー面倒くさいよー」
私はブツブツ言いながらも、重い腰を上げた。
サラダに、ビーフシチュー。
ホカホカのご飯。
どれも美味しそうだ。
「いただきまーす!」
お母さんと二人で、手を合わせて食べ始める。
「そういえば。もうすぐ定期検診だから、なるべく早く帰ってきてね」
「はいはい」
私はモグモグしながら返事する。
定期検診とは、私の体を1ヶ月に一回交換する作業の事
「本日も異常無しですね。お疲れ様でした。」
私はぺこりとお辞儀をし、部屋を後にした。
秘密厳守な為、待合室にはお母さんが一人だけだった。
「お疲れ様。」
お母さんは私にコートを渡す。
私は受け取り、袖を通す。
「さて、帰ったらお墓参りよ。」
お母さんは立ち上がって、ドアの所まで歩く。
私は後ろから付いて行った。
「みーちゃん。迎え来たよー」
チエが家の前で叫んでいる。
「わかったー!!今行くよー」
私は自分の部屋の窓から顔を出して、叫んだ。
「お母さん、チエ達来たよ」
私はリビングに降り、お母さんを呼んだ。
「はあい、ありがとう。もう準備できたから行こうか。」
お母さんが荷物を持ってやってきた。
私は玄関に向かい、靴ひもを結ぶ。
お母さんが車の運転が出来ない為、チエのお父さんが車を出してくれる。
これも、毎年恒例の事だった。
空は、快晴。
チエが、車の窓から降り注ぐ太陽の光に目を細める。
栗色の髪の毛が、いつも以上に透き通って見えた。
段々と、田舎の風景になってくる。
色鮮やかな緑を見ていると、なんだか悲しくなった。
お母さんがチエのお父さんとお墓の掃除をしている間、私とチエは見晴らしの良い丘の上で他愛もない話をしていた。
「みーちゃん、好きな人出来た?」
チエが私の顔を覗き込みながら言う。
「うーん、今のところまだいないかなあ。チエは?」
話の流れで何となく聞いただけなのに、チエの顔は真っ赤になる。
「いるんだ?!」
私は意地悪な笑みを浮かべて、チエを凝視する。
チエは真っ赤になりながら、
「もうっ!みーちゃんの意地悪っ!」
と言い、私の背中をパカパカ叩いた。
「美咲ちゃん、チエちゃん、お掃除終わったわよー」
遠くから聞こえる、お母さんの声。
「えーっ、いいとこだったのにー」
私はあからさまに嫌な顔。
チエはナイスタイミング!といわんばかりに、笑顔で立ち上がった。
「みーちゃん、お父さんに挨拶挨拶!」
「もう。今度は絶対聞かせてもらうからねっ!」
私達は、同時にプッと吹き出すと、お父さんのお墓まで急いだ。
私達は、綺麗になったお父さんのお墓の前に立ち、手を合わせた。
お父さん。
不運な交通事故だったね。
私達が乗っていた車が崖から落ちていく時、お父さんは必死に私を守ろうとしてくれた。
お父さんに会えないのは悲しいけど、私が死んだのは、やっぱり運命だったのだと思う。
だから恨んでなんかいないよ。
そして私が死んだら、オーダーメイド・ロボットを作る契約までしてくれてたね。
私は、お父さんに二度も命を貰った。
だから、これからも、寿命がくるまで、お母さんや友達を大切にしながら生きていきます。
本当にありがとう。
ずっと見守っていて下さい。
お父さん、大好きだよ。
私の目からは、涙が一筋流れていた。
チエの目にも、涙が浮かんでいる。
一人っ子だった私は、チエと本当の姉妹の様に一緒にいて、お父さんもチエを本当の娘のように可愛がっていたから…
私はゴシゴシと乱暴に涙を拭き、
「帰ろうか。」
と、無理に笑顔を作り、呟いた。
夕食後、自分の部屋に戻り、テレビをつけた。
今から宿題をやっつけなければいけない。
面倒だなあ、と思いつつ、ノートを開いた。
英語って、苦手なんだよなあ…
BGM代わりに聞いていたテレビから、気になる単語が耳に入ってきた。
「次は、オーダーメイド・ロボットに関する事件です。」
私は、ふと手を止めた。
「中学校の同級生に、オーダーメイド・ロボットだと噂されていた坂本啓太君が、今日未明いじめを苦に自殺しました。」
私は呆然とした。
そうなのだ。
オーダーメイド・ロボットは、あまり世間の評判は良くない。
人の命の長さを伸ばす、という行為に嫌悪感を持っている人は沢山いる。
これが、オーダーメイド・ロボットであることを明かせない理由なのだ。
そして、もう一つ。
二度、同じ人間のオーダーメイド・ロボットは作れない。
だから、オーダーメイド・ロボットとしての寿命が、本当の最後になる。
もしも、第三者に、命の長さを宣告されたら?
私だったら、マトモでいられない。
いくらロボットだからとはいえ、感情や考え方は、死んだ美咲と全く同じ。
きっと、発狂してしまう。
私は、急に怖くなってきた。
「ちょっと、チエの所行ってくるね。」
私は、リビングでテレビを見ていたお母さんに言った。
「あら、急にどうしたの?」
首だけをこちらに向け、キョトンとした顔。
「宿題で分からない所があってね。教えてもらってくる」
私はノートをヒラヒラさせた。
「お勉強ね。いいことだわ。気を付けていってらっしゃい」
お母さんはニコっと笑った。
「うん、遅くならないうちに帰ってくるから。いってきまーす!」
私はサンダルを突っ掛け、玄関のドアを体で開けた。
ピンポーン。 チエの家のインターホンをならす。 「はーい。あっ、みーちゃんだ」 運良く、チエが出た。 「おじゃましまーす!」 私はサンダルを脱ぎ、 チエの部屋に向かった。 「今ね、テレビ見ながらミステリー雑誌読んでたのー」 チエが伏せていた雑誌を持ち、私の目の前に広げた。 満面の、笑み。 そう、チエはオカルトやミステリーなどが大好きなのだ。 チエが話す怪談話は、洒落にならない程怖い。
「今週もねー、人肉の味、不気味だったよーっ!」
人肉の味、というのはチエが毎月欠かさず買っているミステリー雑誌の連載の事だ。
私も飛び飛びながら、目を通している。
「あ、気になる!見せて!」
私は持ってきた英語のノートを放り出し、雑誌を受け取った。
「著者のスーさんってさ、女の人かなあ??」
一緒に雑誌を覗き込みながら、チエは首を傾げた。
「一人称が私、だから、女の人じゃないの?」
私は読みながら答える。
「うーん。最初ね、ぜーったい男の人だ!しかも美形だ!っていう自信があったんだけどね、最近文章がヤケに女の人くさいの。」
チエは根拠の無い自信を満々にして語る。
まあ…この子は昔から勘の鋭い子だったから、本当に著者が代わったのかもしれない。
「スーさんは、何人もいるのかもしれないよ?」
私はチエに顔を近付けて、ニヤリと笑った。
「みーちゃんもそう思う?!」
チエは興奮して手を叩く。
本当に、何しても可愛いなあ。
「続いて、次のニュースです」
一瞬、エアコンのうなり声も、私達の会話も、周りの音全てが消えた。
その一瞬の静寂に、ニュースキャスターの声が響く。
私達は、無意識にテレビへと目を向ける。
「最近、不特定多数を狙う通り魔事件が相次いでいます。被害者は今のところ七名で、全員の死亡が確認されています。」
被害者の写真が次々に画面に現れ、消える。
まだ、若い人ばかりだ。
「通り魔…みーちゃん、怖いよ…」
チエが私の腕をぎゅっと掴む。
「大丈夫だよ。これからは、明るいうちに帰ろうね。」
私はチエの頭を撫でた。
「うん、明るいうちにすーちゃんの所に寄り道して、明るいうちに帰ろうね!」
「寄り道はするんだー!怖がってたくせにー!」
私達は、いつもの様に笑い、いつもの様に、はしゃいでいた。
「みーちゃん。英語のノート見せて!」
ザワザワとした教室の中、机に伏せて寝ていた私は、けんちゃんに叩き起こされた。
「うー…夢見てたのにー…」
私は開かない目を無理やりこじ開け、机を漁った。
…ない。
昨日、チエの部屋に置いてきたままだ。
「げっ!」
眠気が一気に吹き飛んだ。
「どーした?」
けんちゃんが首を傾げる。
口を開こうとした瞬間、
「みーちゃんー!」
と、チエの声。
「英語のノート、うちに忘れてたの持ってきたよー!」
「ナイスタイミング!」
私はチエの元に走り、ノートごとチエを抱きしめた。
「わっ!」
「ありがとう、チエ!」
私はチエの頭に頬擦りする。
「もー。みーちゃん、びっくりしたよー。ついでに宿題も終わらせておきましたからねっ!」
私の顔が分かりやすくにやける。
「本っっ当にありがと!」
「ストロベリーパイ、一個分ね!」
「奢らせていただきますっ!」
私達の隣にけんちゃんが割り込む。
「じゃあ俺も着いていくっ!」
ニコニコしながらひょいとノートを奪った。
「なんでけんちゃんも一緒ー?」
私はブツブツと文句を言う。
「行きたいから。ね、お願い」
けんちゃんは手を合わせて、陽気なお願いのポーズをした。
「あっ、みーちゃん。今日ね、ミステリー研究会の集まりがあるから、放課後ちょっと遅れるかも。けんちゃんと一緒に待ってて、お願いっ」
今度はチエのお願いポーズ。
ていうか、ミステリー研究会ってナンだろう。
また怪しげな…
「じゃあ決まりだ!チエちゃん、放課後この教室で待ってるからね」
私の返事も聞かず、勝手に約束を決めてしまうけんちゃん。
まあ、いいか。
「はあい!また放課後ね。ばいばい、みーちゃん、けんちゃん。」
チエは小さく手を振って、教室を後にした。
放課後。
オレンジ色の夕日が、教室を染めていく。
いつも、おちゃらけているけんちゃんも、黙って夕日を浴びる姿はとてもキレイだ。
あ、目が茶色。
けんちゃんのガラスみたいな目を見ていたら、バッチリ目が合ってしまった。
慌てる私。
けんちゃんは私の様子に気付かずに、普段よりもゆっくりめなペースで話し出した。
「最近の若者ってさ、気持ちの先読み機能がついてないよね。」
「先読み機能?」
私は、けんちゃんの言う「先読み機能」の意味が分からない。
何かの例え…だろうか?
「んまあ、詳しく言うとさ、自分の行動によって、相手に危害を加えたり、不快な思いをさせるって事を予想できない人達のこと。」
ああ…。
けんちゃんの言葉を聞いて、昨日のニュースを思い出した。
いじめや、通り魔。
きっと、彼等に「先読み機能」がついていたら。
こんな事件なんて、起きないのかもしれない。
「みーちゃんは、ちゃんと先読み機能がついてる。だから大好きだよ」
いつものけんちゃんを装ってるけど、何か違う…
大好きって言葉を意識してしまい、鼓動が早くなる。
「け、けんちゃんっ…」
私が言葉を発するのとほぼ同時に、廊下からパタパタパタ…と小さな足音が聞こえた。
私は慌てて口を噤む。
足音は、教室の前で止まり、ほぼ同時にドアがガラッと開いた。
「ごめんね!お待たせっ」
ハアハアと、肩で息をしているチエ。
「遅いよおー!お腹ペコペコだ!」
私は、恥ずかしさを紛らわす為に、わざと明るい声を出した。
「早く行こ行こ!」
チエの腕を引っ張り、カバンを持ち上げる。
「んん?みーちゃん、カバンぺちゃんこだ」
チエが不思議そうにカバンを叩く。
「本当だ」
けんちゃんも、叩く。
「教科書全部置いてるもん」
私は机を指差した。
「おやおや。みーちゃん、お忘れですねえ。」
「ですねえ。」
チエと、けんちゃんがニヤニヤ笑う。
な、なんだよっ
まだ「??」状態の私に、二人は顔を見合わせて言った。
「もーすぐ期末テストだよっ」
…
…
…!
てっ、テストお!?
やばいっ、本気で忘れてた!
「今日勉強する教科書選ぶから、ちょーっと待ってねっ」
青くなった私を、二人はケラケラ笑いながら見ている。
悔しい。
数学か古文かで悩んでいると、ガラッと教室のドアが開いた。
ドアに目をやると、同じクラスの不思議少年が現れた。
「お、電波くん」
けんちゃんが右手を上げると、電波くんはぺこりと会釈した。
電波くんっていうと、悪いあだ名みたいに聞こえるけど、親しみを込めて付けられたあだ名だ。
頭脳明晰、パソコンなんてお手の物な彼は、常に成績がトップ。
背はちょっと低めで、人見知りな電波くんは、けんちゃんとしか話している姿を見た事が無い。
「もしかして、電波くんもミステリー研究会?」
チエと電波くんが同時に頷く。
「…忘れ物、取りに来た」
電波くんは、机から手のひらサイズのパソコンを取り出した。
…どうやって使うんだ、アレ…
「そだ、電波くんも今から一緒に寄り道しない?」
けんちゃんがいつもの笑顔で誘う。
「いいね、私も電波くんと話してみたいし」
私も同意する。
チエはどうかな…と、
チエの方を見ると、真っ赤な顔して何回も頷いている。
んん…?
…もしかして、チエの好きな人って…
電波くんは無表情にみんなの顔を見比べて、コクリと頷いていた。
チリンチリン。
「こんにちはー!」
私達はゾロゾロと、ストロベリーパイへやって来た。
「あら、今日はいつもより人数が多いね。」
クールな鈴が出迎えてくれる。
「高校のクラスメイトだよん」
私は窓側の席に自分のカバンを投げ込みながら言った。
ちゃっかりチエも窓側キープ。
笑いを堪えながら、けんちゃんが私の隣に座り、電波くんがチエの隣に座った。
鈴が4つ、水を持ってきてくれる。
「いつものやつ、4つでいいのかな?」
「もちろん!」
私とチエは、男の子達の返事も待たずに即答した。
けんちゃんは相変わらず笑いに堪えるのが苦しそう。
電波くんは、やっぱり無表情。
「電波くんってね、凄いんだよー!」
突然、チエが話出した。
チエが言うには、電波くんには霊感というものがあるらしい。
なるほど、ミステリー研究会だもんねと一人で納得していたら、電波くんが口を開いた。
「厳密に言うと、霊感では無い。一般人よりも勘が鋭いだけ…」
それだけ言い、一口水を飲む電波くん。
「んーん、あれは絶対霊感だよっ!凄かったもん、電波くん!」
チエは頬をピンク色に染めて、電波くんが如何に凄い事を披露してくれたかを力説。
私には聞き慣れない言葉の羅列でサッパリだったが、電波くんも心なしか嬉しそうだったのでよしとする。
そうこうしている内に、ストロベリーパイが運ばれてきた。
相変わらず絶品のストロベリーパイを頬張りながら、私達はお喋りを楽しんだ。
「そういえば、電波くんの妹、占い出来るらしいね?」
けんちゃんが言う。
電波くんの妹の占い…
何だかとてつもなく当たりそうな予感。
「えっ!そうなの?占ってもらいたいなー!」
チエが目を輝かせる。
きっと恋占いがしたいんだろうな、とニヤニヤしながらチエを見た。
目が合う。
チエは私の心を見透かした様に、ぷうと頬を膨らませた。
「…占い、の類かな…。巫女だから、ちょっと違う感じもするけど」
「へえー!電波くんの妹は、巫女さんなんだ?」
私は驚いた。
具体的に巫女さんってどんな人か分からないけど、何か凄い!
「楽しそうな話してるね!私も混ぜて!」
鈴が興味深々な顔で見ている。
私は、鈴が占いに興味を示した事が意外だった。
今まで以上に親近感が湧く。
私達5人は大いに盛り上がり、テスト明けの日曜日に、電波くんの妹に会いに行く約束をした。
キーンコーンカーンコーン…
期末テスト最後のチャイムが鳴る。
私はぐったりして机に頭を乗せた。
みんなの様子を観察する。
けんちゃんは…
相変わらず元気。
電波くんは…
無表情。
多分余裕だった…はず。
私は自分の頭の悪さに心底悲しくなった。
赤点、なかったらいいなあ…
放課後、みんなで集まって「いつもの所」へと向かった。
「みーちゃん、テストどうだった?」
チエが屈託のない笑顔で言う。
「うう…あまり聞かないで…」
私の反応にけんちゃんはケラケラと大笑いし、
「まあまあ。落ち込むな落ち込むな」
と、私の頭をクシャクシャにした。
「そうそう、みーちゃん。落ち込むな落ち込むな」
チエまで私の頭を撫で回す。
「ああっ!もうっ!」
私がプンプンと怒ると、一瞬だけ電波くんが笑った。
「あっ!電波くん笑ったあ!」
チエが嬉しそうに叫ぶ。
けんちゃんも
「笑った!笑った!」
と、大はしゃぎ。
みんなに注目された電波くんは、無表情だけど、顔がほんのりピンク色になった。
照れてるのかな?
なんだか可愛くなって、私もつられて笑った。
今日はストロベリーパイを5人で食べた。
久しぶりに鈴の両親が店番をするみたいだ。
鈴を加え、お喋りがまた加速する私達。
「もうすぐ約束の日曜日だねー。」
チエが嬉しそうに言う。
鈴も
「占ってもらいたい事をリストアップしてるんだよね。早く電波くんの妹に会いたい!」
と、心底待ち遠しいみたいだ。
「そいや、妹さんの名前何ていうの?」
私はイチゴをモグモグ食べながら聞いた。
「…葵。目が見えない。」
電波くんはポツリと呟いた。
詳しく聞くと、生まれつき盲目だった葵ちゃんだが、生活に支障が出ないくらい勘が冴えているらしい。
「…両親も最初は本当は見えているんじゃないかって、疑っていたらしい」
不思議な感じがまた魅力的で、私は葵ちゃんに益々早く会いたくなった。
「じゃあ、そろそろ暗くなってきたし、お開きにしましょうか」
鈴がそう言うと、みんな頷きそれぞれ椅子から立ち上がる。
すると、伝票をパッと取り、みんなの分を支払うけんちゃん。
私は慌ててけんちゃんの所へ走った。
「いいよっ、自分で払うよー」
焦って財布を取り出した私の前に、右手をヒラヒラさせてけんちゃんは
「テストお疲れ様って事で、俺からのプレゼント」
と言った。
けんちゃんって、こんなに気前良かったっけ…?
日曜日。
張り切った私達は、午前中に
「ストロベリーパイ」
へと集合した。
けんちゃんはカジュアルな格好。
電波くんはちょっと高そうな服。
チエは薄いピンクのワンピース。
鈴は赤のタートルネックが良く似合っている。
「…じゃあ、行こうか」
電波くんの合図で、私達は出発した。
セミが鳴いている。
焼け付くアスファルトに、サワサワと心地良い音で揺れる木の枝。
空には真っ白な入道雲が浮かんでいる。
「もう、夏だねえ。暑い暑いっ」
チエがパタパタと手を扇ぐ。
「もうすぐ夏休みだもんねえ。早いなあ。」
私は日焼けしないように、手で顔に影を作った。
「私ノースリーブ選んで正解だったかも。」
鈴が勝ち誇った顔で言う。
「でもタートルネックじゃーん。暑そう暑そう」
私はべえっと舌を出し、いやーな顔をした。
「暑そう暑そうっ!」
チエも続く。
「なんだあ、その顔はっ!」
鈴はムッとして、私達の頭をぐしゃぐしゃにした。
「きゃははは!痛い痛いっ!」
あまりの力にしゃがみ込む私達。
「こらこら。じゃれあってないでちゃんと付いて来いよー!」
遠くで、けんちゃんの声がした。
畳が永遠と続く様な気がする、広い部屋の中へ案内された。
普段は襖で仕切られている様だ。
一枚の襖が、私達の前に現れた。
電波くんを先頭に、私達は立ち止まる。
「葵。入るよ。」
「…いいよ。」
小さく、可愛らしい声が返事をした。
いよいよ、葵ちゃんとご対面だ。
畳の部屋の真ん中に、黒々とした艶のある長い髪の女の子がいた。
髪の毛は、畳の上に広がるほど長かった。
そして彼女の目は、一点を見つめたまま動かない。
「はじめまして。」
これが、葵ちゃんとの出会いだった。
私達は、お土産に持ってきたお茶菓子を食べながら、しばらく話をした。
葵ちゃんはまだ13歳。
基本的に無口なのは電波くんにそっくりだけど、時折見せる笑顔がとてもかわいい。
私とチエがふざけて、けんちゃんや鈴をからかっている時もクスクス笑っていた。
大分打ち解けてきた頃に、葵ちゃんから切り出してくれた。
「多分、みなさん一人一人と話をした方が良いと思うので。1人ずつ、順番に奥の部屋へ来てもらえますか?」
私達はそれぞれ頷く。
それが見えているかのように、葵ちゃんは立ち上がり、奥の部屋へと消えていった。
まずは、鈴から。
残った私たちは、電波くんの持っていたトランプで遊んでいた。
最初に神経衰弱をしたのだが、電波くんの一人勝ち。
電波くんに順番が回ってくると、その時点で終了となる…
チエは、すごーい!すごーい!を連発しながら喜んでいたが、私とけんちゃんはムスっとしていた。
「電波くん凄すぎてつまらなーい!」
畳に寝転がる私。
けんちゃんも
「つまらなーい!」
を連発し、畳にゴロゴロ転がっていた。
そんな事をしているうちに、鈴が戻ってきた。
なんか、浮かない表情。
「どーした?近々太りますよーとか言われた?」
けんちゃんがふざけて言った質問にも、
「ちょっと違う…かな」
と、いつもの調子じゃない。
首をかしげながら、次はけんちゃんが奥の部屋に向かった。
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君は私のマイキー、君は俺のアイドル9レス 159HIT ライターさん
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タイムマシン鏡の世界5レス 137HIT なかお (60代 ♂)
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運命0レス 82HIT 旅人さん
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九つの哀しみの星の歌1レス 91HIT 小説好きさん
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夢遊病者の歌1レス 94HIT 小説好きさん
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私の煌めきに魅せられて
「あ、まだ残って居たんですね、歌和井玲香さん」 警備の人,,,よ…(瑠璃姫)
70レス 825HIT 瑠璃姫 -
神社仏閣珍道中・改
月の精である兎は勢至菩薩さまの使いとして信仰されるといいます。 …(旅人さん0)
295レス 10254HIT 旅人さん -
パンツパーク引きこもるの術!!
どうせ批判されるなら自分の正義を貫き通せ!!(ムーニーマン)
40レス 1669HIT パンツパーク -
名前のないお話
さびれた民家は壁や屋根が崩れていて、人の気配を感じる事は出来なかった。…(あずき)
51レス 2009HIT あずき -
喜🌸怒💔哀🌧️楽🎵
今日もまた… 嫌いな自分 閉じ込めて 満面笑みで …(匿名さん0)
40レス 899HIT 匿名さん
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🌊鯨の唄🌊②4レス 144HIT 小説好きさん
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人間合格👤🙆,,,?11レス 151HIT 永遠の3歳
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酉肉威張ってマスク禁止令1レス 154HIT 小説家さん
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今を生きる意味78レス 526HIT 旅人さん
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黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 982HIT 匿名さん
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🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 144HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 151HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 154HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1411HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 526HIT 旅人さん
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雨の日のメリットや良い点は何があります?
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42レス 708HIT 恋愛初心者 (20代 女性 ) -
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この子めっちゃ女前じゃないですか かわいいです~
45レス 1372HIT 恋愛好きさん (30代 男性 ) -
夫が毎週、高齢の母の家へ。何だか嫌な気持ちに…。改善策は?
夫は、夫の父が亡くなってから毎週末、夫の母とご飯を一緒に食べるために実家に行きます。 高齢で心…
10レス 463HIT 結婚の話題好きさん (40代 女性 ) -
家の鍵をかけない人いますか?
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22レス 665HIT おしゃべり好きさん -
新生児の泣き声にイライラ
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10レス 245HIT プレママさん (20代 女性 ) -
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