戦う者たち
その世界は荒れていた…。
「ヒヒヒヒヒ…ッ!」
「オラオラ走れ走れギャハハハハ!!」
二台のジープが荒くれ者たちを乗せ荒野を走る。
そのジープの後ろには縄に繋がれた人々が引きずられ、既に声も出せないような者や、涙ながらに助けを求める者たちの姿があった。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
生まれて初めて書きます😃💦
誤字脱字、多々あると思います。
拙い文章でつまらない作品になる可能性大ですが、もしよければお付き合いください🙇✨
挫折だけはしないように頑張ります😣💦
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「だ、誰か…っ!」
車に生身の体を引きずり回され、摩擦の焼ける痛みに気が遠くなりそうな男は、神に祈る気持ちで太陽が照りつける空を見上げた。
この世界の実情とは真逆に、何物にも阻まれずに太陽が眩しすぎる光を放っている。
男は空を見ながら目を細め、絶望に涙が止まらなかった。
が、ふ…と、一瞬影が横切ったように見え、男は瞬きをし、もう一度空を見渡した。
―やはり何もない。
あるはずがない。
今この辺りには影になるような高さのものは何もないのだから。
眼下に広がるのは渇いた土、そして小さな土の山ぐらい…。
それに今太陽はかなり高い位置にある。
―鳥だったのだろうか…?
鳥すらもこの辺りでは最近ろくに見ない。
―鳥にしてはかなり大きかった気がする…。
朦朧とする意識の中、男はそんなことを考えた。
>> 2
「は…ここは?」
男が目を覚ました。
体がとてつもなく痛み、起き上がれない。
「あぁ!気がつかれましたか?無理をしてはいけませんよ。もう大丈夫です、今はゆっくり休んで…。」
そばにいた手当てをしてくれたと思われる女性が男を気遣った。
周りを見渡すと、忙しそうに動く女や子ども、そして男と同じく車で引きずり回されたであろう怪我人が横になっている姿を確認した。
「俺はどうしてここに…?」
そばにいた女に訊ねた。
女は優しい笑顔を見せ、
「運がよかったです。助けられたんですよ、天使様に。」
と言った。
意味がわからず、もっと話を聞きたかったし、手当ての礼も言いたかったが、女は
「横になったまま休んでいてくださいね。水は枕元においておきますから。私は向こうを手伝いに行きます。」
と言い残し、忙しそうに男の元を去った。
>> 3
それから数時間経っただろうか。
男は眠っていたようだが、活気のある話し声で目を覚ました。
「お、起こしちまったかい?すまないな。」
男の目覚めに気付いた若者が話の輪から抜け、男に近寄り声をかけた。
「調子はどうだい?」
「決していいとは言えないが…手当てをしてもらったおかげで命拾いができたよ。」
と、嫌味のない苦笑いをして答えた。
「君たちが助けてくれたのかい?」
「手当てしたのはここの女たちや子どもたちだよ。」
男は後ろを振り返り、女や子どもたちがいる方を見た。
「だけど、君たちをあいつらから解放したのは俺たちじゃない。天使様だ。ここにいる俺たち全員が過去に天使様に救われた身なんだ…。」
若者は遠い目をしながら、優しい笑みを浮かべ言った。
>> 4
助けられた男には、昼間の女性やこの若者が天使様について話す様子を見るだけでも、彼らの天使様に対する感謝や尊敬の念がひしひしと伝わるようだった。
「天使様…か。」
―あの時一瞬見えたあの影はその天使様のものだったのか?
「聞きたいことがありすぎるんだが、天使様って何物なんだい?ここは一体どこで、なんの集まりなんだ?あっ、あと俺の他に助かった人は?!」
いる場所は大きすぎず小さすぎずの洞窟のようだが…。
今はもう日は落ちて夜の時刻だろう。
松明が所々置いてあり、明るさは足りている。
その洞窟にいる者たちは皆、男が今までいた環境では考えられないいい表情をしている。
この世は荒れに荒れ、野放しの族と、そいつらに虐げられる者とに二分され、虐げられる者は毎日怯えてコソコソと暮らし、奴等に捕まれば一生の終わりと言っても過言ではない。
朝から晩まで奴隷としてこき使われ、残虐ゲームの駒にされたり…安らぎなど一切なくなる。
確実に無惨な死が待つのみ…。
そのおかげで人口も減少の一途を辿っているのだ…。
>> 6
―信じられない…。
男は呆然とし、言葉が出なかった。
外の世界にはもはや逃げ場などなかった。
隠れようが逃げようが必ず見つかってしまう。
族は大勢いるのだ。
更には非力な者たちは持っているはずがないジープという移動手段があるため奴等は行動範囲も広い上に、何故か鼻も利く。
『知り合いが連れ去られた。』
『身内が殺された。』
『同じ檻の仲間が殺される…。』
そんな話を聞く度、目の当たりにする度、何度も胸がバラバラになる思いをした。
どんどん胸の痛みが蓄積される中で、今日が自分の死ぬ日になるのだろうか…ということを考えずにすむ日はなく、今日はどんなに辛く苦しいことが待っているのだろうかと、疲労困憊の状態でも恐怖のあまりろくに眠ることさえできなかった。
普通に会話して、笑ったり怒ったり…好きな時に水を飲み、和気あいあいと食料を調達し、皆で美味しく食べる…。
そんな当たり前のことがいつからか当たり前でなくなってしまった。
だが、ここにいればそんな幸せがある…。
―夢のようだ…。
夢じゃないんだろうか…。
>> 7
怪我をしている体だということを忘れ、男は呆然と目を見開いたまま思いきり自分の足をつねった。
「いてぇ…っっ!」
男は涙目になり飛び起きた。
それが怪我に響き、今度は声も出せずうずくまるように痛む体を丸めた。
それを見て若者は
「俺の時と同じリアクションするなよ。」
と笑った。
「あと、連れてこられたのは君を含めて五人だったが、みんなそれぞれ手当てされて休んでるから心配いらない。
俺はアキト!年は多分18ぐらい。
君は?」
―全員生きてる…。
よかった、本当に…。
自分と一緒に『生き残りをかけた引きずり回しギャンブル』の駒にされた者たちの無事を知り、男はホッと胸を撫で下ろした。
「あ…!でも他のみんなは?!同じ檻にいたみんなは?!」
引きずり回しギャンブルにかけられたのは確かに五人。
だが、たまたま檻の中から選ばれたのであって、檻にはまだたくさんの仲間がいたはずだ。
「ここに来たのは間違いなく五人だから、他の者がどうなったか俺たちにはわからないが…多分そいつらも大丈夫だよ。
ここはちょうどこの人数でいっぱいだ。
天使様はそれを考慮して違う場所へ送ってくれたんだと思う。
安心しろよ。」
>> 8
確かにこの場所は今の人数でちょうどいいぐらい。
怪我人は基盤ができている所へ送る方がいいと考慮してくれたのだろうか。
「そっか…それならいいんだ…。」
少し心配は残るようなものの、これだけ信頼を得ている天使様のこと。
現に自分も救われた。
そんな思いでようやく本当に安心して体の力が抜けた。
「あ、ごめん!
俺、ハル。
多分俺も18ぐらい…かな。
よくわからないんだ。
昔の記憶がなくて…。
…本当に、俺もここにいていいの?」
体の痛みとは別の涙が溢れるのを感じながら、男はアキトを見た。
「当然だ!ハル、宜しくな!」
ハルは初めての笑顔を見せ、二人は固く握手した。
それから、アキトは隠れ家の仲間たちにハルを紹介し、痩せ細っていたハルに食べ物を食べさせた。
>> 9
「なぁ、アキト。天使様の情報ってないのか?ここの仲間30人はいるだろ?」
怪我も良くなったハルは自由時間にアキトと隠れ家の入り口で外を眺めながら座っていた。
「そうだな~、中には姿見た奴もいるけど…って、その内の一人は俺なんだけど。他の奴の証言と違うんだよな~。だから何人かいるのかもしれない。
会話までしたことがあるのは、一人だけ…。
だが子どもの言うことだしよくわからんとこもあるんだよなぁ。
…ただ、まちがいなく俺たちの救世主だ。
そういやこないだ『天使様って何者だ』って質問に答えてなかったな。」
と、たった今その質問を思い出したアキトは『悪い』という手をハルに向けた。
ハルは『気にするなよ』という顔をアキトに返した。
「俺たちにも天使様が何者かはわからないんだよ…。」
「天使様と話したのって誰?」
「アイリだよ。おーい!アイリいる~?!」
洞窟の奥に呼び掛けた。
「いるよ~!なにぃ~?」
すぐさま返事が返り、肩までの長さの茶髪を揺らしながら、10歳前後と思われる愛らしい顔の女の子が二人の元に駆け寄ってきた。
>> 10
「アキト、ハル、何?」
アイリが二人の顔を覗きこむ。
「ハルに天使様のこと話してやってよ。」
アキトがハルに親指を向けアイリに言った。
「天使様?!」
アイリの顔がパッと輝いた。
「アイリが天使様と話したこととか、どんな姿なのかとか、よかったら教えてよ。」
「えっとね、アイリはここに来るまではママとミシンガの族に捕まってて、毎日こわくておなかも減って……嫌だったんだ。」
と、悲しそうな顔をするアイリ。
ミシンガの族…元はミシンガという街があった区域を縄張りにしている族のことだ。
少し前までは縄張りなどなかったが、今では圧倒的な強さと残虐性を見せつけ、族を統制する者がいるらしい…。
「でもある日、ママがあいつらの暇潰しに連れ出されたの…。ママが殺されちゃうんじゃないかって、ホントにこわかった…。」
アイリは泣いてしまった。
ハルは、慌てて
「辛いこと思い出させてごめんよ。天使様のことはもういいよ。その時のことはもう忘れな。」
とアイリの頭を撫でた。
>> 11
泣いてたアイリだが、目に涙を残したまま、またパッと笑顔になり、
「でもね!その時茶色の髪のお姉ちゃんが現れてね!かっこいい銃でバンバンバン!って悪者をやっつけてくれたの!!」
アイリは銃を撃つ真似をして興奮状態だ。
「それでねっ、牢屋の中から見てたアイリに『もう大丈夫だよ。今までよく頑張ったね。今から安全な所に連れて行ってあげるよっ。』って笑って頭撫でてくれたんだ!」
「よかったな…アイリ…。」
この小さな女の子も地獄をくぐりぬけてきたんだと、やりきれない思いがすると同時に、ハルもアキトもこの可愛い天使に明るい笑顔をくれた`天使様´に感謝し、優しい眼差しをアイリに向けた。
「あれ?牢屋にはアイリ一人だったのか?」
普通は集団で押し込まれているはず。
ならば他にもその天使様を見て会話を聞いていた者がいるかも…。
「ううん、いっぱいいたよ。でもあいつらのゲームが始まったからみんな『もう仲間が死ぬ所なんて見たくない』って言って奥の方に隠れてたから、天使様に会ったのはアイリだけなんだよ。」
―なるほど…。
>> 12
「あ、でもそれじゃ移動はどうやって?みんなは姿も見てないんだろ?」
黙って聞いてるアキトの隣でハルが問う。
「それがアイリにもよくわからないんだ。なんだかよくわからない声が聞こえると思ったら、次に気付いたらここだったの。」
今度は名残惜しそうな顔になったアイリ。
「へぇ~…不思議だな…。」
『な?』という感じでアキトがハルに目線を送る。
「アイリ、最後に天使様はどんな姿だったのか教えてくれる?」
「うん!えっとね~、くるくるの髪をこの辺で二つに結んでて、優しい顔してたよ!」
アイリは左右の耳の上にげんこつをのせて見せた。
「そっか、ありがとな!」
ハルはとびきりの笑顔でアイリを抱き寄せ、彼女の頭をくしゃくしゃした。
アイリは照れ臭そうな笑顔を見せ、洞窟の奥へ戻って行った。
>> 13
「な?ここに避難してきた時のこととかはよくわかんなかっただろ?
でもそれは嘘じゃないんだ。
…会話までしたアイリにも移動の手段はわからないんだよ…。」
アキトは首をかしげ遠くを見た。
「その救世主には不思議な力があるのかもな…。」
ハルも遠くを見た。
ハルは自分でもよくわからないが、なぜか思い出せない小さな頃の記憶を思い起こそうとしていた。
でも思い出せずにいると、
「そういやさ、ここの住人はほぼミシンガから来た奴等なんだ。俺もそうだから知ってるんだが、アイリ、あいつ明るいしお喋りだし、人なつこいだろ?でも、ここに来るまでの檻の中の生活の時は違ってたんだ…。恐怖とか悲しみからだろうな…いつも無表情で、声も出せなかったんだぜ…。」
「アイリが?!」
今のアイリの姿からは想像できない…。
だが、幼い子どもが心を壊されないためには、その防壁が必要なものだったのだと、ハルは瞬時に理解した。
>> 14
「母親を助けてもらい、優しい言葉をかけられたアイリは、いつ以来かの涙を流したんだ。天使様のおかげで表情も声も感情も取り戻せた…。」
自分も死ぬかもしれない所を助けられ、なおかつ安心して生活できる場所をもらったハルだから、天使様の有り難みはよくわかっていたつもりでいたが、アキトの話を聞き、ここでの天使様の重みがもっともっと深く感じられた理由がやっと解った気がした。
「そっか…。そりゃアイリが可愛い皆にしてみりゃ、感謝も倍増だよな…。」
ハルの言葉にアキトが真剣な顔で小さく頷いた。
その後、少し二人は黙ったままだったが、ハルが沈黙を破った。
「アキトが見た天使様はどんな姿だったんだ?」
「おう!えらいべっぴんさんだったぜ。」
ニカッっといつもの明るい笑顔を見せ、なぜか親指を立てて見せた。
>> 15
「でも俺が見たのはアイリとは違う天使様だと思う。ベージュっぽい薄い色したストレートの髪を、後ろの高い位置で一つに束ねてたからな。
白のタンクトップに水色のジーンズって服装だった。
遠目に見ただけなんだが、優しそうで、気品に満ち溢れてる…そんな女だったよ…。
あ、俺はアイリと檻が違ってたんだ。だからアイリが見た天使は視界に入らなかったんだろうな。俺はずっと檻から外を見てたから。
俺が見たその彼女は、俺がいた房の前の丘の上にいた。しゃがみこんで何かしてる雰囲気だった。そして彼女と目が合った次の瞬間、この洞窟で目を覚ました…。」
アキトはいつも明るく、爽やかな笑顔でみんなを元気づけるムードメーカー的存在だ。
かと言って、いつもヘラヘラしているのとは訳が違い、誰かが悩んだり傷ついていれば真剣に話を聞き、相談にのったり、励ましたり…本当に信頼できる男だと、ハルはここに来てからの1ヶ月でそれを実感していた。
>> 16
しかし、アキトは自分自身のことに関しては弱音を吐いたり辛い表情を見せたことがない。
今、そんなアキトの初めて見る切ない表情にハルは少し戸惑った。
ここの仲間はみんな天使様に感謝し、尊敬し、崇拝までしているが、アキトの表情はそれだけではないように感じられた。
正直、気になった。
その表情が何を意味するのか…。
―知り合いだったとか?
何か気になることでもあるのか?
突っ込んでいいものか迷ったが、なんとなく、ハルはアキトから話してくれるまで聞くのはやめておこうと思った。
「…目撃したのは何人かいるんだろ?あとは?」
「あ、あぁ…あと一人もミシンガの連中で、アイリの見た天使様と同じみたいだ。アイリと同じ房にいたみたいで、遠目にアイリの頭を撫でる所を見たらしい。」
アキトはハルの問いでハッっと現実に返った様子で慌てて答えた。
そして思い出したように付け足した。
「そういやハル、お前と一緒に車で引きずられてたサンダーって奴は黒髪の女を見たって言ってたぜ。」
>> 18
「ねぇユーリィ~。次の場所見つかったぁ?」
まだ外見にも内面にもあどけなさの残る少女が、ユーリと言う名の女の顔を覗き込む。
「マリン、もう少しだから…ちょっと待って。」
崖の上に二人はいた。
ユーリは地図を広げ、その上に右手をかざして何かしているようだ。
「…見つけた。ここから北東に約45キロってところね。」
「イェ~イッ☆」
ユーリは拳を高々と挙げた後、ハッと気付いたように人差し指を唇に当て首をかしげた。
「でも次はどこに飛ばす?前んとこはもういっぱいだったよね?」
「そうね…。
前の洞窟の反対側はどうかしら?
あの辺りは自然が豊かだし、しばらくしてから防壁を繋げれば交流もできるようになるかもしれない。」
ユーリは少し考えてからマリンにニコリと笑って答えた。
「それいいっ☆さすがユーリだね!
マイカに教えてくる~!」
>> 19
少女は走り去り、一人になったユーリは地図を丸めて立ち上がり、地平線を眺めた。
―どうしてかしら…あの人の顔が頭から離れない…。
名前も知らない、一瞬目が合っただけなのに…なんだか懐かしい気がするのよね…。
知り合いかしら…?
気のせい?
スッキリしないなぁ…。
一つにまとめた金に近い色のストレートヘアをなびかせて、困った表情を浮かべた。
「だめだめ、ユーリ!今はそんなことに気を取られてる余裕はないのよ…。
しっかりしなさい!」
ユーリは自分に向けて渇を入れ、両手で頬をパンパンッっと打った。
それから、長めのタンクトップにジーンズ姿の彼女は踵を返し、少女マリンの後を追った。
- << 22 ふと光る物に気付き足元に目をやると、砂に埋もれたガラスの破片を見つけた。 母親は、慌ててそれを手に取り、サンバナに向けた。 「そ、その子を離して…!」 震える声でサンバナに要求する母親。 無法者の族たちは、ただ素行が悪いだけではない。 この秩序のない世界では、力がないとただ支配される側になるしかない。 世が荒れてきた頃から、好き勝手したい悪者たちは世界の支配者の座を狙い、腕を磨き始めた。 ガタイも良く、元から暴れていた奴等がそれなりの強さを得るのは容易なことだった。 縄張りのトップということは、全体を見てもなかなかやる方だということ。 女一人が剣を持とうがライフルを持とうが敵うはずはない。 「ギャッハッハ!お前はそんなもんで俺様がどうにかなると思うか?!こっちにゃ剣もあんのによ。」 サンバナはさもおかしなことがあったと下品に笑い倒し、そして急にピタリと止まった。 「おめぇは俺様をなめてんだな?!」
>> 20
「うぇぇ~ん…っ」
「マジでうるせぇガキだ!いい加減我慢の限界だ!殺してやるっ!!」
「そ、そんな…!お、お願いします…!この子はまだ三歳なんです!泣かないよう言って聞かせますから!
お願い助けて…っっ!」
他の者たちが忙しく働き、その親子を哀れみの目で見る中、小さな男の子は髪を引っぱられ、皆から引き離され、まもなく殺されようとしているようだ。
その子の母親であろう女が必死に後を追い、助けを乞うている…。
「可哀想に…。」
他の者は涙を浮かべても、止めることはない。
仕方ない。
口を出せば自分も一緒に殺されるだけなのだから。
ここはサンバナという男が支配している土地で、元はエジプタという名で栄えた地だ。
「あなた様の息子ではありませんか…!」
女は必死に泣き叫ぶ。
「ヒャハハ!俺様のガキなら余計にどうしようが俺様の勝手だな!ギャハハハハ!」
「そ、そんな…っ。」
女は息子を助けたい一心で、本当は忘れ去りたい、消し去りたい事実を、勇気を出して口にしたにも関わらず、予想以上に酷い…いや、予想通りの返答に絶望した。
>> 20
少女は走り去り、一人になったユーリは地図を丸めて立ち上がり、地平線を眺めた。
―どうしてかしら…あの人の顔が頭から離れない…。
名前も知ら…
ふと光る物に気付き足元に目をやると、砂に埋もれたガラスの破片を見つけた。
母親は、慌ててそれを手に取り、サンバナに向けた。
「そ、その子を離して…!」
震える声でサンバナに要求する母親。
無法者の族たちは、ただ素行が悪いだけではない。
この秩序のない世界では、力がないとただ支配される側になるしかない。
世が荒れてきた頃から、好き勝手したい悪者たちは世界の支配者の座を狙い、腕を磨き始めた。
ガタイも良く、元から暴れていた奴等がそれなりの強さを得るのは容易なことだった。
縄張りのトップということは、全体を見てもなかなかやる方だということ。
女一人が剣を持とうがライフルを持とうが敵うはずはない。
「ギャッハッハ!お前はそんなもんで俺様がどうにかなると思うか?!こっちにゃ剣もあんのによ。」
サンバナはさもおかしなことがあったと下品に笑い倒し、そして急にピタリと止まった。
「おめぇは俺様をなめてんだな?!」
>> 22
モヒカンの毛を揺らしながら女の方を向いたサンバナの額にはいくつもの血管が浮き出ており、怒り狂った目を女に向けていた。
「ひぃ…っ」
母親は更に青ざめ、ガラスの破片を落としてしまった。
「このガキが死ぬとこをよく見てな!」
男が大きくギラついた剣を振り上げた。
「や、やめてぇ…!」
母親はその場に立ち尽くすしかできずに、思わず顔を覆おうとした。
「次はおめぇだよ!ギャハハ…!…ハ??」
サンバナは『なんだ?!』という顔をし、顔をキョロキョロさせた。
男の剣は降り下ろされず空中で止まったままだったのだ。
「え…?」
少年の母親も目を見開いた。
今しがたまで居なかった女が剣をほんの数本の指で止めていたからだ。
剣の影から、サンバナに対し顔を見せたのは黒髪の若い女だった。
「ななななななんだお前は!!」
サンバナは動揺を隠せない。
「お前が死ぬんだよ。下衆が…」
黒髪の女は冷たく言い放ち、どうやったのか、彼女が指でつまんでいた剣が砕けた。
>> 23
「なっなんだと、この…!」
サンバナは恐怖と怒りで少年と使い物にならなくなった剣の柄をそれぞれ地面に投げ捨て、拳を作り女に向かっていった。
が、その拳は女にはとどかぬまま、ゴ…ッっという音が聞こえたかと思うと、サンバナは地に伏した。
母親の目には、黒髪の女はかるく男の腹部に拳を当てただけのように見えた。
その後、女は気を失って倒れている子供を抱き上げ、恐怖と何が起こったのか状況についていけず動けずにいる母親の元へ連れて行った。
「大丈夫、気を失っているだけだ。すぐに気がつく。
…抱いてやれますか?」
「あ、ありがとう…ございます…っ。」
母親は張り詰めた気持ちの糸が緩んだようで号泣し、息子を抱き締めその場にへたりこんだ。
>> 24
しばらくして、
「さぁ、戻ろう。
仲間が待ってるはずです。」
「あの、待ってください!
私…このままこの子を連れてここから逃げようと思うんです。
戻っても地獄だから…。」
息子を見つめながら大粒の涙を流す。
「それなら心配いらない。私の仲間がみんなを安全な所に連れていく。これからは安心してその子と笑いながら暮らせばいい。」
美しい容姿と強さを持つその女性はそう言って母親の肩に手を置いた。
決意に満ちた鋭い表情をしていた彼女に、優しい微笑みを向けられた母親は、何がなんだかよくわからないが、安心を覚え、支えられつつようやく元の道を歩き出した。
「私はルキです。この子はルビ…。本当に有り難うございました。この御恩をどうお返ししていけばいいのやら…」
「そんなこと気にしなくていい…。
あなたもルビも苦しい中、よく頑張ってきた。
生きていてくれて…ありがとう。
私たちはあなたたちが心から安心して暮らせる毎日を必ず取り返す…。
だから、これからも辛いことはたくさんあるかもしれないが、まっすぐに生きて行くことを諦めないで。
さよなら。」
女は立ち止まり、ルキたちには先へ進むよう言った。
>> 25
ルキは檻が近づき、少し足取りが重くなりながらも一歩前へ進んだ。
だがすぐ振り返り、
「あの!あなた様のお名前を教えていただけませんか?!」
白い肌に長い黒髪のその女性は、きりりとした瞳に長いまつげを纏い、その美しい瞳と整った眉の中間辺りで揃い気味の前髪を揺らし、ルキを見送っていた。
鼻筋もすっと通ってその顔立ちはとても美しく、その容姿からはとても想像できない強さを持つ彼女。
だが何か重い物でも背負っているのか、どこか儚く、悲しげだ。
「マイカ…。」
その強く儚い女性はほんの少し口角を上げ、手を振った。
「マイカ様…」
ルキは目に涙を溜めて深々とお辞儀をし、檻へと向かって歩いた。
ルキが檻に近づいた時、光が辺りを包んだ。
そしてそこにいた者たちは皆いなくなった。
「胸が痛い…」
黒髪の女、マイカは左手を胸に当て、空を見上げた。
>> 26
「人数は多かったけど、問題なく移動できたわ。きちんと防壁もつけてきたから安心よ。」
マイカ、ユーリ、マリンの三人はルキのいたエジプタの檻のそばにいた。
「ユーリお疲れさまっ☆あそこは活気づくよ、きっと♪」
「そうだといいな。」
「ここの族はけっこう人数いたよ~!でもやっぱり情報はなし。」
マリンはお手上げと言うように、両手を伸ばし、肩をすくめた。
「ここのボスはマイカが戦った奴でしょ?何か知ってた?」
ユーリがマイカの顔を振り返った。
マイカは言いにくそうに
「ごめん…聞く前に殴った…」
「え~?!なんで?!」
マイカの言葉にマリンが大きなリアクションを取った。
「あんまりムカついたもんだから…ごめん。」
「仕方ないね。あまりに酷い仕打ちを目の当たりにしちゃったら冷静ではなかなかいられないよ…」
ユーリがマイカにフォローを入れた。
「それじゃ駄目だって…身に染みてわかってるんだけど…。」
マイカが申し訳なさそうに言う。
>> 28
マイカたちは長い間旅をし、各地の囚われの身の人々を救い出しながら、この世界の支配者を追っていた。
しかし、どの族に悪の支配者『悪王』について尋ねても、居場所はおろか、その姿を見た者も声を聞いた者もいなかったのだ。
だが以前、数名の族のボスから悪王自身のことではないが、その悪王から『伝令や指令を持ってくる者はいる』という話は聞き出していた。
その悪王の使いの者がやたら強いので言いなりになっているとのことだった。
その悪王の使いはそれぞれ風貌が違い、何人もいるようなのだ。
「でもその使いの名前も何も知らないらしかったよね…。いつも一方的にやってきてすぐに去ってた~…って。」
「厄介よね…きっとそいつらなら悪王の居場所とか色々知ってるはずだけど、いつ来るかもわからない敵を何日も何ヵ月も同じ場所に留まって待つわけにはいかないし…」
う~ん…と三人は頭を抱えた。
>> 29
怪我もすっかり良くなったハルは、突然アキトにこう言った。
「なぁアキト、ここを出ないか?」
「え?」
真剣なハルの顔。
「俺も戦いたいんだ。俺たちを苦しめてるあいつらみたいな奴と…。」
「俺もそう考えてる。…でもここからは出られないんだ。」
「出られない?」
アキトはハルを連れ、森の奥へ向かった。
「不思議なんだけどさ、あの洞窟からある一定の距離まで来ると、ほら、ここみたいに見えない壁に当たるんだ。」
アキトは何もない空中を叩く素振りを見せた。
「?なんだって??」
ハルは訳がわからないという様子のまま両手を前にしてアキトの言う方向へ進んだ。
トン…。
―え?
ハルの両手は何かに触れた。
アキトの言葉は本当だったようだ。
何もないはずの場所に確かに壁のような物がある。
>> 30
「な?わけわからんが透明の壁があるだろ?」
「あ、あぁ…あるな…。」
ハルは戸惑った。
だがそれはその壁を不思議に思う気持ちとは別に、何とも言えない頭にモヤがかかるような奇妙な感覚に襲われたからだ。
―まただ…。
黒髪の女…。
見えない壁…。
なんなんだ?この気持ちの悪い感覚は…?!
そんな思いと共に、ハルはますます『外へ出なければ』という思いが強くなったのだった。
見えない壁の向こう側、森を出ると広がる荒野からアキトに視線を移し、
「アキト…もしここを出ることができるとしたら、一緒に行くか?」
ハルの薄い色の髪を心地の良い森の風がなびかせる。
アキトは片手を壁についたままハルの目を真っ直ぐに見つめ、
「出ることが可能なら勿論一緒に行くさ。
ずっと気になってることもあるんだ…。」
二人はその日から毎日その壁の元へ足を運び、どうにか出れないものかと思案した。
ハルは何故か『出られる』という気がしてならなかった。
>> 31
三人で頭を抱えたあの日から、数日が経った。
「ねぇマイカ、マリン。」
助けを必要とする人々を、『大きな正義を成し遂げるための小さな犠牲』とは考えられなかったマイカたち一行は、この日も悪王の手がかりを求め、地図を広げて族の居場所を探していた。
その中心にいたユーリが唐突に口を開いた。
「なにっ?」
「次、ちょっとドーラに寄っていい?」
「ドーラって確かユーリの故郷だよねっ?」
マリンが口をはさむ。
「うん。ちょっと持って来たい本があるの。ここからはさほど遠くないし、もし二人がよければ…。」
「問題ないよ。…もしかしたらお姉さんに会えるかもしれないしね。」
「うん…ありがとう。」
「ユーリお姉ちゃんがいるんだ~!マリン知らなかったよー?!
じゃ早速行こ~☆」
マリンは少し口を膨らませた後いつもの陽気さで二人を引っ張った。
三人は円になり、光に包まれた。
>> 32
―…ドーラ
「ここがドーラかぁ…。なんだか寂しい所なんだね…。」
乾いた砂が舞う中に三人は降り立った。
人っ子一人いない…。
僅かに残る建物もかなり寂れている。
ここがユーリが生まれ育った街。
この街は、昔から魔法と呼ばれるものが扱われてきた土地である。
遠い過去には気味悪がられて弾圧された歴史もあるが、暖かい街並みと、心優しい住民がほとんどだったこの街は近隣の街の人々からも愛され、とても平和だった。
今ではユーリとその姉しか力は扱えない。
壊滅するまでにいたドーラの住人でさえもそのことは知らなかった。
知っているのは、ごく一部、知る人のみぞ知る…という具合だ。
だからドーラは魔法のイメージはあるものの、ユーリが生まれた頃にはその存在はドーラの住民でさえも信じている者すらほとんどいなかった。
…にも関わらず、イメージだけで、今後世界の脅威にならぬようにと、ドーラの人々を殺しにやってきた者たちがいるのだ。
>> 34
*―…10年前のドーラ
「おじいちゃんっ、今日はどんなこと教えてくれるの?」
笑顔が眩しい純真無垢の姉妹、モネとユーリがその祖父の前に顔を覗かせた。
「おぉ、来たか。」
嬉しそうな祖父、シーフ。
もう魔法が受け継がれているのはこのシーフの一族だけだ。
だがシーフの息子や娘には魔力がなかったため、とうとうシーフの代で魔法は途絶えるかと思われた。
しかし、彼の娘の子供たちに不思議な力があることに娘が気付き、父親であるシーフに魔法の手ほどきを受けさせていたのだ。
「あ、ママがこれおじいちゃんに、って!」
モネが木のかごを手渡した。
「おぉ、今日はアップルパイじゃな。フォフォフォ。あとでみんなでいただこうかの。ママにお礼を言っておいておくれ。」
かごの中は姉妹の母親の手作りアップルパイだった。
家族みんな仲が良く、いつも愛情たっぷりのお土産を持たせるのが習慣だった。
>> 35
「さて、では今日は物を瞬間移動する術に挑戦してみようかの。」
お手本でおじいちゃんが床に円陣を書く。
そこへお土産のアップルパイのかごを置いた。
そして呪文を唱える…。
するとアップルパイのかごは姿を消し、二人がキョロキョロと部屋中を見渡すと、テーブルの上にそれはあった。
「わ~すごい!!」
目を輝かせる姉妹。
「さぁ練習じゃ。」
シーフは顔中の深い皺をさらに深く刻み、優しい微笑みを向け二人の肩を抱いた。
「おじいちゃん見た?!」
しばらくしてモネが林檎を少し移動させることに成功した。
「お姉ちゃんすごい!」
尊敬の眼差しをモネに向けるユーリ。
「えへへっ。ユーリももう少しだよ!頑張ろうねっ。」
三つ年上だということもあるかもしれないが、いつもモネが先に習得する。
でも威張ったりせず、いつも明るく優しい、魔法の才能にも長けた面倒見のいい姉のことがユーリは大好きだった。
そんな風に二人が一生懸命に円陣を書いていると、突然外が騒がしくなった。
>> 36
「全員外へ出ろ!!抵抗すれば容赦なく撃つ!」
「な、なんだろ…?おじいちゃん…。」
ユーリは怯えて祖父を見た。
シーフは目を見開き、鋭く険しい表情をしていた。
そんな祖父の表情を見るのは初めてのことだった。
「二人とも、静かに…。」
シーフはそう言うと一瞬で円陣を書き、唱えたのかわからぬ程の速さで呪文を唱えた。
モネとユーリの二人の孫を連れたシーフは彼女たちの家にいた。
「ママやパパは…?!」
慌てて家中を探し回る二人。
「遅かったか…。」
窓の外を眺め、シーフは苦く悲しい顔をして小さく呟いた。
「パ、パパぁ…っ!」
「ママ…!!」
姉妹は息を呑んだ。
庭で血を流し倒れる両親の姿を目にしたのだ。
こちらを背にしている軍人らしき人間も二人見える。
あちこちで銃声や悲鳴が聞こえる。
何が起こっているのかわからない。
現実なのかどうかさえ…。
ただ両親の亡骸を目にした二人は、とてつもない恐怖と、深い深い悲しみ、そしてどうしようもない怒りを感じていた。
>> 37
そんな二人をシーフはそっと抱き締め、
「二人とも、見るでない。
悲しくて悔しい気持ちは痛いほどわかる…。
だが、今そばへ駆け寄ればお前たちまで死んでしまう。
おじいちゃんの言うことを聞いて静かについて来るんじゃ。」
二人はシーフに連れられ、二階へと上がった。
「どうするの…?おじいちゃん…。」
震える体で問うモネ。
「お前たちはここにいなさい。この家は壊れない。ここにいれば安心じゃ。」
シーフは二人がいる部屋の奥に二重に防壁を作り、自らは再び階段の方へ向かった。
「大丈夫じゃ、お前たちはわしが守る。」
そう言っていつもの優しい微笑みを二人に向け、階下へ降りていった。
「おじいちゃん?!どうするつもり?!一人じゃ危ないよ…!お願い戻ってきて!」
「おじいちゃ~ん…!」
追いかけたくても見えない壁が二人を阻んだ。
二人は祖父の姿が消えた階段の方を向いて見えない壁を叩き、泣き叫んだ。
両親の死と、おじいちゃんの安否を思うと二人ではとても耐えられなかった。
>> 38
どれぐらい経っただろうか…。
いつの間にか日は変わり、部屋に朝日が差し込んでいた。
「あ…出れる…。」
モネは見えない壁が消えたことを確認した。
そしてユーリに声をかける。
「ユーリ、ユーリ!」
「う~ん…お姉ちゃん…?」
「疲れていつの間にか眠ってたみたいね。
外の様子を見に下へ降りてみましょう…。」
モネの言葉で昨日の出来事を思い出す。
「夢じゃなかったの…?」
恐る恐る一階へ降り、悪い夢だったとの僅かな希望を胸に窓の外を見る。
夢ではなかった。
ママとパパの姿は昨日あの時見てから変わっていない…。
変わったと言えば軍人がいなくなっていること。
言葉を失い、改めて恐怖と哀しみにくれながら二人は外へ出た。
辺りには見知った顔の人々が傷を負い、息絶えていた。
「ひどい…。」
ユーリの目には涙が溢れて止まらない。
必死に涙を堪えていたモネがハッとした。
「おじいちゃんは?!」
>> 39
二人は走り回っておじいちゃんを探す。
ここには可愛いレンガの家がたくさんあったはずだ。
でもそんな面影はたった一日で凄惨なものに変わっていた。
花壇の花も荒らされ、元気がない。
ボロボロになった家がたくさんある…。
きっと精一杯抵抗し、戦ったんだろう…。
いつも平和で、皆心優しいこの街の人々は戦う術などろくに持ち合わせていなかっただろうに。
街中を走りながら、この街に生まれて来てからのことをたくさん思い出していた。
―優しいパパとママ…よく果物をくれたお隣のおばさん、いつもおまけをくれる本屋のおじさん、小さな学校の唯一の先生だった若い先生ナタリー、年は違ってもいつも皆で仲良く遊んでたたくさんの友達…。
みんな、みんな本当にもういないの…?
広場へ出ると小さな影が…。
それは誰よりモネとユーリを愛し、たくさんのことを教えてくれた祖父シーフだった。
横たわり、皆と同じように、もう息をしていなかった…。
「うっ…うっ…」
二人は声を殺して泣いた…。
そして二人は何日もかけ、愛するこの街の人々をたった二人の力で埋葬した。
ようやく埋葬を終えた二人は、シーフの家にいた。
>> 40
「おじいちゃん、一度家に戻ったんだね…」
テーブルには二人に宛てた手紙があった。
『愛するモネとユーリへ。
おそらく、この手紙を二人が読んでいるということは、わしはもう生きていないだろう。
二人に魔法の書を残すため、この家には防御の魔法をかけておく。
お前たちはどちらも驚く程に魔法の才に愛されておる。
もうわしがいなくとも、その力は伸ばしていけるじゃろう。
ここにある書斎は好きにして良い。
ただ一つ、お前たちには要らぬ心配だろうが、その力を悪用しないようにだけ注意しておく。
魔法は人の役に立つためにある。
お前たちが道を間違えないよう信じておるよ。
話しは変わるが、今日襲ってきたのは世界政府だ…。
今世間では力と欲望に任せて世界を支配しようという動きが多々見られるらしい。
政府は少しでもその危険分子を取り除いておきたい腹だろう。
少し前に信頼できる友にそんな話を聞いた。
いいか、力を使えるなどと公言するんじゃないぞ。
要らぬ争いに巻き込まれるからの。
それから、この騒動が収まればここを去るのじゃ。
>> 42
どれくらいたったか…泣き腫らした目でモネが突然立ち上がった。
「世界政府…」
そう呟いたモネの顔は険しく、憎しみに満ちた表情だった。
「お姉ちゃん…?」
そんな姉を見てユーリの心は不安に駆り立てられる。
嫌な予感がする。
「ユーリ、この街の食料はまだまだ持つ。あんたはここでしばらく過ごして、もう少し大きくなれば街を出てしっかり生きていきなさい。私は仇打ちに行く。」
「そんな…おじいちゃんの手紙にもあるでしょ。魔法で誰かを傷つけちゃいけないよ!二人でみんなの分まで生きていこうよ!」
「わかってる…やり返したところで、みんなが戻るわけじゃないことも、そんなことしちゃおじいちゃんたちが悲しむことも…。
でも…私たちの苦しみはどうしたらいいの?」
哀しく笑ってユーリを見た。
「ユーリはいつまでもみんなが愛してる優しいユーリのままでいてね。できるなら、恐ろしい出来事は全部忘れて、幸せに生きて。」
モネは瞬間移動の円陣を書いた。
「待って…!お姉ちゃん!!」
ユーリは慌てて手をのばしたが、モネの手を掴むことはできず、
「一人にしてごめんね…」
というモネの声だけが後に残った…。
>> 43
あれからすぐにユーリはモネの後を追おうか考えた。
だが自分は瞬間移動の術もできなければ、行き先の見当すらつかない。
とりあえずこの街で一人、魔法の習得に励むことに決めた。
『お姉ちゃんなら大丈夫…いつか必ず見つけ出して見せる。』
そう自分に言い聞かせて、毎日を過ごしていた。
動物の言葉がわかる魔法を習得したユーリは街の外の情報を集め始めていた。
『各地で世界政府に反発する動きが強まる。』
『老若男女問わず、拉致、暴行、多数の被害が発生中。』
新聞には物騒な話題ばかり。
「ありがとう、また捨てられてるのを見つけたらお願いね。」
ユーリは新聞を届けてくれたカラスの頭をなで、お礼に果物を渡した。
>> 44
そんなある日、
『ドーラの仇と言いながら世界政府に押し入った少女を捕まえたらしい。ドーラを壊滅に追いやったのが政府だという噂は、事実だったのか?!』
という内容の新聞が届いた。
「まさか、お姉ちゃん?!」
慌てて関連記事を探す。
次のページに
『政府の信用を落とすような根も葉もないことを公言した罪で少女は三日後処刑されるということだ。』
―処刑?!
ユーリの顔から一気に血の気が引いていく。
―三日後…!
この日付は?!
なんと四日前のものだった…。
「そんな…!じゃぁもう…?!」
新聞を持つ手が震える。
ユーリはその場に崩れ落ちた。
翌日、元気のないユーリの元にいつものカラスが新聞を持ってやってきた。
「ユーリ、ユーリ。」
窓を嘴でつつき、机に顔を伏しているユーリに声をかけるカラスのクロ。
「…クロ…。ごめんね、寝ちゃってたみたい。昨日ほとんど寝れなくて…」
そう言いながら窓の戸を開けた。
「大丈夫かい?ほら、今日のは新しそうだよ。」
クロが届けた新聞はまだ皺もなく、とても綺麗な状態だった。
>> 45
「いつもありがと。」
姉が処刑されたと考えると、ユーリは今とても笑える状態ではなかったが、感謝の気持ちを込めて無理に笑ってみせた。
「礼なんていらねぇよ。俺とお前の中だろ。」
クロは心優しいユーリに心を開き、ドーラが壊滅してからのこの1年、ユーリの良き話相手であり、一番仲良しの大切な友であった。
「それより、お前の姉ちゃん、生きてるかもしんねぇぞ!」
「えっ?」
驚いてクロを見た。
「街中で噂になってたんだ。処刑される予定だった少女がどうやったのかわからないが逃げたって!」
「ホント…?」
涙が溢れるのを感じる。
「とにかく新聞読んで見ろよ。俺、人間の話してる言葉はわかるが字は読めねぇからな。」
「そ、そうだね!逃げたら記事になってるよね!」
不安と期待に胸をドキドキと鳴らしながら新聞を広げ、一人と一羽はそれを覗き込んだ。
―日付は今日…。
トップニュースは世界政府の重要な位置にいる人間が多数殺されたという事件。
次のページには、
『処刑予定の少女が脱獄。役人が殺されたこととの関連は?!』
と、あった。
「ホントだ!モネ、生きてるかもしれない!」
溢れた涙が頬を伝う。
>> 46
「でもどうやって…」
ユーリの元を去って、一年が経ってから世界政府に出向いたということは、この一年、モネもどこかで魔法の上達に励んだに違いない。
元からすごく才能があり、習いたての瞬間移動も両親と祖父の死の後、一気に自分自身を飛ばせるような姉のことだから、ものすごくレベルが上がったんだろう。
だがそれでも、あっさりと捕まってしまった16歳のモネが、世界一厳重で、腕の立つ軍人がいる世界政府の檻から逃げ出せるものだろうか?
―瞬間移動も、書くものがなかったり、腕が使えなかったり、口が聞けないだけでも、使えないはずだよね…。
世界政府の監獄と言っても、実はけっこう甘い所なのかな?
「とにかくよかったじゃねぇか!生きてるんだ!」
「そうだよね!生きてるんだ…よかった、本当によかった…お姉ちゃん…。」
嬉し泣きなど、いつぶりだろうか…。
今まで一切情報を得ることができなかった姉の安否…今どんな気持ちで、どこでどうしてるのかもわからないけれど、ただ生きてるということを信じられるニュースに一人と一羽で喜んだ。
>> 47
「本当に酷いね…。
ユーリ、辛かったんだね…。」
ユーリの話を聞き、マリンが目に溢れんばかりの涙を浮かべている。
「それで、お姉ちゃんは今どうしてるの?」
マリンはユーリに顔を近づけ尋ねた。
ユーリは少し驚いてマリンを見た後、下を向き、
「わからないの。あれっきり行方が掴めなくて…。」
「え、そうなの?!
あ…、だから『もしかしたらドーラでお姉ちゃんに会えるかも』って言ってたんだね…。」
マリンはしゅんとして、なんと声をかけていいのかわからない気持ちになっていた。
「あっ!あれは?!探知の魔法!いつも族の居場所を見つけてくれるアレ!」
マリンは『これがあるじゃん!』と気付いたようで、目的の本を探そうと屈んだユーリの顔を覗き込んだ。
>> 48
「それがね…あの魔法を習得してから何度も試みたんだけど、見つけられないの。
探知できないようにする魔法を使ってるんじゃないかと思う…。
実はここで一人で暮らしてる時、何度か本がなくなって、しばらくしたらまた本棚に戻る…ってことがあったの。
多分お姉ちゃんが持ち出してたんだと思う。
だから一緒に習わなかった魔法でも、もうほとんど使えるんじゃないかと思うの。」
「でもどうして…?
世界政府はもう壊滅しちゃったのにお姉ちゃん帰って来ないなんて…。」
マリンにはわからないことだらけ。
ユーリの言いづらそうな話し方からあまり良くない感じを受け、聞いていいのか咎めたが、素直に尋ねるしか他にかける言葉がなかった。
「一つは、もうどこかで死んでしまったか…。」
それまで黙って聞いていたマイカがユーリの代わりに口を開いた。
「ユーリを一人置いて復讐なんかに出て行ったことを申し訳なく思って顔を会わせづらいからか、或いは今現在ユーリに顔を会わせられない、見つけられちゃ困ることをしてるからか…のどれかだろうな。」
>> 49
「なるほど…。
でも最後のって…。」
三人の顔が険しくなる。
「そう…最悪、悪王に関わっている可能性もあると思う。
理由はわからないし、信じたくもないけど…可能性はあるわ。」
重く苦い顔で、ユーリが答えた。
「もしそうなら…ユーリ、お姉ちゃんと戦えるの?」
心配そうなマリン。
「勿論…戦うわよ。
何があったのかはわからないけど、お姉ちゃんが道を外したのなら、悪の道から連れ戻すのは私の役目だと思うから。」
心の痛みに耐え、力強く笑うユーリがいた。
「ユーリ~…。」
自分のことのように悲しみで顔をくしゃくしゃにするマリンに対し、
「実際どうかはわからないし、うじうじしてても仕方ないからね。元気出して前向いて行かなきゃ!ね?!」
とユーリはマリンの肩を優しく叩いた。
マリンにはユーリが無理して笑っているのだと感じた。
いつも優しく冷静で、芯が強いユーリ。
でも心の中にはたくさんの辛い出来事を抱えてた。
マイカは知ってたようなので、マリンは自分だけが何も知らなかったことを寂しく思った。
そして悪王との戦いの重さを軽く見ていたつもりはなかったが、何故か心苦しくなり、いつも能天気な自分に腹が立った。
- << 51 「うん。 ごめんね、辛いこと話させちゃって…。」 マリンは涙を堪えて苦笑いした。 「マリンはある意味お嬢の世間知らずだからな。」 マイカがそう言って笑った。 「んも~マイカってば!」 口を膨らませてマリンもいつもの調子を装った。 「マリン、ありがとね。いつか聞いてもらおうと思ってたんだ。 マリンはいつも明るいけど、根が優しすぎるから深く捉えすぎて引きずるんじゃないかと思ってなかなか話せなかったの。」 マリンの心を見透かすようなユーリの言葉にまたマリンの目頭が熱くなる。 「気持ちをわかってくれてありがとう。 辛い過去だけど、過去は過去だからね。 だから、深く考えすぎずにいつものマリンでいてね。 元気なマリンがそばにいてくれるから、私たちまで元気になれるの。」 「ユーリの言う通りだ。 マリンはいつものように思いきり泣いて笑って考えすぎないのが良いんだ。 変に落ち込むなよ。」 ユーリがいつもの優しい笑顔でマリンの頭を撫で、マイカも珍しく白い歯を見せて笑っていた。
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