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ぴ~よぴよぴよ( wKwEh )
08/02/27 01:17(更新日時)

最高に安月給なのに転勤命令を下す、最強上司。

転勤先は遥か彼方。
バスと電車と乗り継いで、一時間半…
今までは、仕事場まで徒歩5分だったのに。

新しい職場では、必殺・超絶怪物級人見知り発動。

なかなか馴染めずモタモタな俺。


それでも登り続ける太陽。

廻る季節。


…神様、
もうお家に帰ってもいいですか?

No.1157693 08/02/23 20:20(スレ作成日時)

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No.1 08/02/23 20:56
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

仕事が終わった。

クタクタになって、店を出た。

唖然とした。


― 何 だ こ の 雪 は 。


2月、終わるんじゃなかったのか。
3月、もう来るんじゃなかったのか。

春は何月からだっけな。

それでも気温はいくらか高いらしい。
雪はズッシリ重く、ベタベタしている。

肩にかかった雪が、すぐに水になってコートに消えていった。
この染み込んだ水が、後に急激に体温を奪う。

中途半端な春なんて大嫌いだ。



その時、後ろから明るい声がした。


「タカイシお疲れ、駅まで乗ってく?」


新しい職場の上司だった。

No.2 08/02/23 22:09
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

「いいんスか?」

雪の中でバスを待たなくて良くなった。俺はホクホクと駐車場へUターンした。

車には10センチくらい雪が積もっていた。彼女は後部座席から除雪ブラシを取り出すと

「先になかに入ってて。すぐ終わるから」

と笑った。
これが女友達なんかだったら「いいよ俺が…」とか言って代わるところだが、得意の超絶怪物級人見知りがここで見事に発動し、俺は言われるがままに助手席に座った。


今流行りの、“遠いところからエンジンをかけられる鍵”がついた車のようだ。車内は既に暖かく、音楽がかかっていた。
まるで主人を待つ犬みたいだ、とボンヤリ思った。



甘くていい匂いがした。
座布団もフカフカしている。
隅に控え目に並べられたぬいぐるみ。
アニマル柄のハンドルカバー。
女の子の部屋って感じがした。

音楽だけはよく分からなかった。
うっかり八兵衛戻ってこい~、プードルがど~のこ~の…
聞いてると笑えてきた。
きっとマイナーな曲なのだろうと思って聞いてみたら
「オレンジレンジだよ」
と笑われた。

No.3 08/02/23 22:51
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

気がきいて、優しくて、
そして大雪の夜に車で送ってくれた。

彼女が天使に見えた。
彼女の車がかぼちゃの馬車に見えた。


他愛のない話をしながら、駅に向かって雪でデコボコの道を走る。

途中、ブレーキを踏むと

「きゃー!」

彼女の悲鳴とともに、車の屋根の雪がバサバサと全部フロントガラスに流れ落ちてきた。雪は勢いで横に逸れて、道路に落ちた。

「やっぱり怠けないで、雪全部下ろしとけば良かったぁ」

ペロッと舌を出す。
プッ、と俺も吹き出した。


いい感じだ。
いい雰囲気だ。

駅が近付いてきた。

彼女が言った。

「タカイシ君、実家遠いんだよね?」

No.4 08/02/23 23:08
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

「ええ、JRで5時間くらいですかね」

すると彼女は、きゃ~遠い!と驚くわけでもなく、仕事の顔で言った。

「お正月さ、本店の方は4連休だったでしょ。こっちじゃそんなに連休あげれないけど大丈夫かな?」

「えっ?」







…………




…今、2月ですけど?

全身の血の気が引いた。

No.5 08/02/24 00:45
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

それと同時にあの時の記憶が蘇った。
そりゃあもう、鮮明に蘇った。



…初めに移動を告げられたのは、年明けだった。

正月呆けでダルンダルンだった頭に、バケツで冷水をぶっかけられた気分だった。

「タカイシ。来月いっぱいで寺市支店のヤマグチが辞めることになった。」

「はあ…」

――ビシャアァァァ

「なかなか新しい人が見つからなくてな。もし引っ越しするなら金は出すし、ここから通うなら交通費も出すから、そっち行ってくれないか?」

「…」

――ビシャアァァァ…バラバラ…
氷水だ。

No.6 08/02/27 00:03
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

俺は、給料より夢を選んでこの仕事に就いた。
苦労して専門学校に通い、やっと手にしたその職種は、笑っちゃうほど安月給だった。コンビニのバイトの方がずっとマシだった。

でも、自分の選んだ道だから。
金はよかった。
金だけならよかった。


金だけじゃなかった。



そこは店の人間関係もあんまりだった。

何度辞めようと思ったかわからない。

No.7 08/02/27 00:20
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

>> 6 そんな会社で2年も続けてこれたのは、
ある女性がいたからだった。

彼女の名前は幸村由衣。
俺より1つ年上だった。

特別美人なわけではない。
ダイナマイトぼでぃなわけでもない。

でもある日、彼女が誰よりも輝いてみえた。

俺の見えないところで、俺がミスしそうになったところをサポートしてくれた。
失敗したときに元気付けてくれて、自分が失敗したときは俺を頼ってくれた。
俺を茶化して笑って、
俺もスネたり怒ったフリをして笑った。

心が優しくなった。
自然と笑顔になった。

一緒にいたかった。


彼女が好きだった。

No.8 08/02/27 00:25
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

さて。

俺天使と俺悪魔が、
ここで重りを持って現れた。

俺は、大きな天秤の前に立っている。

片方の皿には

「辞職」

もう片方の皿には

「転勤」

と書いてあった。




そう。
この2択しかないのだ。

No.9 08/02/27 00:44
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

「給料上がるかもしれませんよ」

俺天使が転勤の皿に重りを乗せる。天秤は大きく傾いた。

「一生こんな社長の言いなりなんてゴメンだぜ」

俺悪魔が負けじと辞職の皿に重りを乗せる。

「上の人間に尻尾をふっていたら、きっと良いことありますよ」

―ズンっ

「ここだけが職場じゃねえよ。まだ若いんだ。再就職なんてチョロいだろ」

―ズンズンっ

「己のスキルアップのチャンスじゃないですか!」

―ズンズンズンズンっ

「幸村さんが居ねぇならここにしがみつく意味なんてねぇだろ」

―ズンズンズンズンズンっ

「今まで雇っていただいた恩を返したいとは思わないのですか?」

―グサッ

「働いてやったことに感謝こそされても、恩返しする義理なんてねぇだろ!」

―グサグサッ

「こんなワタシを見たら、幸村さんはどう思うでしょうね!」

―グサグサグサッ

「もう、彼女に会うこともねぇよ!」



ガシャアアアアン…

天秤は支柱からボッキリと折れ、
粉々に砕け散った。



―もう、彼女に会うこともねぇよ…

No.10 08/02/27 00:57
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

俺は、スッと上司に向き直った。

真っ直ぐに相手の目をみる。
幸村さんがポン、と背中を押してくれた気がした。

「僕は、支店で働くことは考えていません。
でも…会社が大変だということもよく解ります。」

口のなかが渇いている。
声を絞りだす感じだ。


「も…もし、次の人が決まるまでの間なら…支店へ行ってもいいと思っています。」

言えた。
言ったぞ。

「―わかった。ありがとう。」

上司も頷いている。


幸村さん…

やった幸村さん…!


俺、必ず帰ってきますね!

あなたに会うために。
あなたと再び一緒に働くために。

一緒に笑い合うために。



必ず…帰ってきますね!!

No.11 08/02/27 01:09
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

ここまでが蘇った鮮明な記憶。


…なんだけど…あれ??

正月って何?

あれ?

あれは夢…?

あれれ?


ハ メ ら れ た ?



いろんな思考が交錯する。

俺悪魔は、だから言ったろ…って顔で力なく首を振った。
俺天使は姿すらみせない。




「はは…」

笑うしかなかった。
まさか、正月までいる気はない!とも言えない。

さっきは天使に見えた彼女の、背中の羽ももう見当たらない。


あぁ…お家に帰りたい…

No.12 08/02/27 01:17
ぴ~よぴよぴよ ( wKwEh )

幸村さんと

働きたい…

そんな僅かな希望を胸に

片道1時間半の職場に通う

タカイシ君の日記帳。


ヘタッピな文章と

優柔不断なタカイシ君に

イライラせずに…





どうか長い目で

細長い目で

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