雨が降っていた2
以前「雨が降っていた」を投稿していた者です。
こちらの都合で中途半端になってしまっていました。読んでくださっていた方がいたらごめんなさい。
新たにこちらで続きを書きます。
どうか引き続きよろしくお願い致します。
23/12/14 17:30 追記
感想スレあります ご意見頂けたら嬉しいです
友香の話し方が私の緊張をほぐそうとしているのがわかる。いつも以上に私に気を遣ってくれている。友香のそういう心遣いを感じて、私は次第にリラックスしていった。料理もサービスも一級品で(そして恐らくお値段も)素晴らしいこの空間を、余す所なく楽しみたいと思えるようになっていた。
「今夜のあなた、いつもよりも素敵よ。」私は素直に友香に告げた。「ありがとう、あなたも素敵。」友香の返事に私は笑顔になり、友香も微笑を返してくれた。
コースも滞りなく進み、あとはデザートを残すのみという所で、友香はテーブルの上に小さな包みを置いた。「誕生日おめでとう、琴乃。」そう言って友香は優しい目で私を見つめた。
「お待たせ。もう少し早く来ればよかったね。」男の去っていった方をちらりと見て、私は友香に笑いかけた。「大丈夫だよ、ひたすら無視してたから」そう言って友香は私の腕を取った。「そのマフラー、いいね。凄く似合ってる」「あ、これは麻耶から貰ったの。誕生日プレゼント。」「さすが麻耶だね、あの子センスいいから。」友香の方がはしゃいでいるように見えて、微笑ましく感じる。友香の案内で、私達は目的のお店に着いた。看板も出ていない、普通の大きなお宅のようだ。ここを指定されても、私は辿り着けないに違いなかった。
友香についてお店の中に入ると、タキシード姿の男性がスッと近づいてきて、「お待ちしておりました、高階様」と友香に会釈した。「こんばんは、今日はよろしくお願いします。」友香も会釈を返し、私達はその男性に案内されて個室に通された。お店全体が黒を基調にした高級そうな造りで、置いてある調度品も品が良かった。明らかに高そう、私は少し緊張していた。
誕生日の日、私が早めに帰宅すると友香はまだ帰っていなかった。麻耶にもらったプレゼントを開けると、ブルーのマフラーだった。肌触りがとても良い。私はすぐにお礼のメッセージを送って、出かける準備を始めた。
化粧を直して、もらったばかりのマフラーを手に取る。それにしても友香はまだ帰って来ない。そろそろ帰って来て支度しないと、時間が無くなってしまわないか?と時間を見ようとすると、スマホにメッセージが入った。地図が添付されている。ここで待ち合わせしようと、ただそれだけのメッセージだった。私は時計を見て、まだ充分に時間があるのを確認すると、戸締りをして外に出た。冬の夕暮れは早く、灯りがともり始めた町を楽しみながら私は駅へ向かった。
何とか目を開けて、友香を抱き寄せた。しっとりと汗をかいて、私の手の平は友香の肌に吸い付くようだった。「良かったよ 凄く良かった」私がそう言うと、友香は「私も」と言い私の足に自分の足を絡ませた。ぴたりと肌を寄せて、私達はただじっとお互いを全身で感じていた。
「ねえ」友香に呼びかけられて、我に帰った。このまま眠りに落ちてしまうところだった。
「うん?」改めて強く肩を抱こうとすると、友香はするりと身体を離してベッドに腰掛けた。顔をこちらに向けて「琴乃の誕生日、どうする?」と聞いてきた。
来週は私の20歳の誕生日だった。「どうって、友香と一緒ならそれでいいよ」私は本当にそれで良かった。それ以上のプレゼントなど無い。「私が、何かしたいの。外で食事とかどう?」友香がそう言うのなら、甘えてもいいかもしれない。「いいね、どこにする?」私の答えに友香は微笑んで、「それも含めて私に任せてくれない?」と言う。何だかとても楽しそうだ。もちろん断われるはずも無かった。
言われるままにうつ伏せになると、友香が私の髪を撫でた。そして肩先から舌を這わせ始めた。「好きよ 大好き」「今夜も凄く綺麗ね」友香の囁きを背後から全身に受け、私は身も心もトロトロに溶けていく。背骨を指でなぞられて、「ひっ」と思わず声が漏れてしまう。背中は脇腹と同じくらいに弱いのだ。そして友香もそれを知っている。
「ねえ キスして」私は身体を起こして友香を抱きしめた。友香の唇を貪っていると、友香の指が私の一番触れて欲しい部分に分け入っていった。友香は指の動きと舌の動きの緩急を使い分け、私を確実に快感へと導いてゆく。私が高まってきたのを感じ取り、ついにその部分に舌を付けた。
切ない程の快感が全身を駆け巡っていく。友香の舌の動かし方が、私を頂点まで導いてゆく。私自身も知らない快感のツボを、友香はどうしてこうも容易くついて来るのか。「あっ ああっ いいっ!」私はひときわ高い声をあげて、ついに頂点に達した。目を開けることさえ出来ない。私は目を瞑って肩で息をした。
友香が隣に横になった気配がした。
私は肘をついて上体をおこし、友香を見つめた。ベッドから降りた友香と目が合った。私のローズピンクに塗った爪と、友香の唇の色が重なって、そこから伸びた舌が親指と人差し指の間に柔らかく差し込まれた。感じたことの無い感覚と興奮を感じ、私は思わず大きく息をついた。
友香は私を観察するように見つめたまま、舌を動かしていく。どこまでも柔らかく湿って、ぬるりと温かく、なんて気持ちいいんだろう。友香の私を見る眼差しすら快感に変えて、私も友香から目を離さずにいた。友香は両足の指を舐め尽くすと、キスを今度は上に向かって移動させていった。私の足を愛おしそうに撫でながら、キスを繰り返している。
「ねえ もう・・お願い」
私はたまらなくなって、友香にねだってしまった。もっと確実で強い快感が欲しい。私の中心は友香の愛撫を待ってもう十分に濡れていた。
友香は嬉しそうに笑うと、「まだよ」と短く言い、私にうつ伏せになるように言った。
友香が荒い息をしてぐったりしている。私は唇を指で拭うと友香の隣に横になった。友香が私の肩に頭を乗せた。たまらなく愛しくて、私は友香の髪を撫でた。まだ全然乾いていない。私はタオルを取って友香の髪を包んだ。
友香が頭を上げてキスをせがんだ。軽いキスを何度もかわす。友香が上半身を起こして髪のタオルを取って、手櫛で髪をかき上げた。なんてセクシーなんだろうと私は目を細めて友香を見つめた。友香が再び唇を合わせてくる。今度はじっくり舌を絡めて。友香の指が首筋から胸元を掠めた。思わずびくんと身体が反応する。
友香が耳を噛んだ。右手の指は私の乳首をつまんで優しく転がしている。私は自分の身体が再び熱くなるのを感じた。友香は耳元で「好きよ」と囁く。その唇が下へ降りて、私のもう片方の乳首を咥えた。指とは違う柔らかな感触を感じる。くすぐったいが凄く気持ちいい。私は堪らずに吐息を漏らした。
友香の部屋に入り、ベッドに二人で倒れ込んだ。友香の身体を隠していたタオルを外すと友香も私のタオルを外した。裸の私達は抱き合ってキスを求める。友香に覆い被さると私はキスを下に滑らせていった。胸からお腹に、更にその下へと、丁寧にキスしていく。
私が友香の足を開くと、友香が恥ずかしそうに視線を逸らせた。「可愛いわ、大好きよ」そう言って友香の中心に舌を伸ばした。襞を指で左右に広げ、剥き出しになった小さな突起を舌で柔らかく弾いた。友香が大きく吐息を漏らす。強さと速さを変えてあくまで優しく舐めていると、友香から溢れ出た愛液がシーツを濡らしていた。私はわざと大きな音を立ててそれを吸った。「ああっ」友香の声が大きくなり、私は舌をめちゃくちゃに動かして友香をいかせた。
その夜、私は夕べのように友香と一緒に眠りたかったし、セックスもしたかった。だけど昨日もしたし、今日もしたいと言ったら性欲が強いと思われて引かれたら嫌だな、などと悶々としていた。
友香と日課のストレッチをしながら、誘うなら今かなぁと思っていたら、友香がさらりと口にした。「この後一緒にシャワーを浴びよう」
お湯で煙った浴室に友香と2人で入ると、私達は堪らずに抱き合った。胸と胸が圧迫されるこの感覚はやはり何とも言えず気持ちが良かった。友香が「洗ってあげる」とボディーソープを手に取って、私の背後から抱きつくように私の全身を撫でてきた。私は浴室の壁に手をついて腰がくだけるのを防ぐ。友香は私が背中が弱いのを知っている。背筋をなぞられると「っはあっ」と思わず声が漏れた。
しばらく3人で他愛もない話をしていたが、麻耶が
「ちょっといい?」
と切り出した。少しそわそわしているように見える。
「二人に話さなくちゃいけない訳じゃないんだけど、一応言って置くね。私、昨夜尊流さんにモーターショーに誘われたんだ。」
友香と私は顔を見合わせた。
「なになに?それってデート?」
友香がはしゃいだ声を上げて麻耶の方に身を乗り出した。
「わー!展開早ーい!」
私も友香に合わせてみた。自然と声が浮き立つ。
「そんなんじゃないよ。車の話で盛り上がってたら今度一緒に行かない?ってなっただけ。尊流さんの友達も一緒だし、何なら二人も一緒に行こうよ。」
「なーんだ、つまんないの。」
「私は車に興味も無いし、お断りしておくね。」
「琴乃が行かないのなら私も行かない。」
私と友香はあからさまに興味を無くして麻耶の誘いを断った。兄がどんな友達を連れて来るのか分からないが、兄の邪魔だけはしたくなかった。
「でも摩耶だけ女の子1人じゃ嫌か。逆にお兄ちゃんと二人のほうが良くない?」
私はさりげなく兄をアシストしてみた。我ながら兄思いだと思う。
「それは悪いよ。私は後からメンバーにねじ込んでもらったんだし。」
麻耶は遠慮しているが、もう一押しすればどうにかなりそうだった。
「お兄ちゃんには私が言うよ。」
私は麻耶が何かを言い出す前に兄に電話をして、モーターショーには二人で行くように話をつけた。むしろ兄は私に感謝すべきだと思う。
目を覚ました時はもう朝になっていた。隣にいた友香は既に居なくて、私はそれが少しさみしく感じた。
起き上がって伸びをする。みんなはもう起きているだろうか。
部屋を出るとコーヒーの匂いがした。
「おはよう」
リビングにいた友香と兄に声を掛ける。兄がコーヒーを淹れてくれたみたいだ。
「今起こそうと思っていたんだ。何か食べる?」
先にコーヒーを飲んでいた友香がカップを持って来てくれた。私はありがとうと言って受けとる。隣に腰掛けた友香の腰に手を回しかけてやめた。危なかった、兄がいるんだった。
3人でコーヒーを飲んでいると麻耶も起きてきた。一晩寝てスッキリしたのかいつも通りの麻耶に見えた。兄が朝食の支度をしてくれて、片付けまでやってくれた後に帰って行った。友香と麻耶に好印象を与えたみたいで私は安堵した。家族と大事な人が仲良くなってくれるのは嬉しい。
女子大に進学したいと思ったのは、自分と同じ嗜好を持つ人に出会う確率が少しでも高くなるのを期待したからだった。私を受け入れてくれるなら、外見など妥協したって構わないと思った。なのに、入学式でいきなり私は高嶺の花に心を奪われてしまった。
幸運にも友達になれたけれど、今度は友香に好きな人が出来たらどうしようとそればかりを気にするようになった。麻耶には常に男がいたし、何よりこんなに綺麗な友香を男達が、そして時には女も、ほっとくはずがないと思っていた。
友香と一緒にいる時は嬉しかったり楽しかったりしても、1人になるとため息ばかりついていた。友香が誰かに告られたりした時は尚更だった。友香が男を作らないのは高望みをしているからで、いつかは誰かと付き合うのだと、その時が来るのを恐れていた。
友香は私が出て行った時のまま眠っていた。私は友香の温もりがするベッドに入り込んで、ほっと息をついた。
兄と麻耶はあっさり仲良くなったみたいで、妹としては嬉しい。兄が嬉しそうにしているのが何よりだ。(良かったね、お兄ちゃん) 私は心からそう思った。
ふと隣を見ると美しい寝顔の友香がいる。私は指先で友香の頬に触れた。私、今とても幸せ。こんなに幸せでいいんだろうか?
自分の恋愛傾向についてはっきり自覚した時は絶望した。どうにもならない思いを抱えて泣きたくなった。その時はまだ好きな人はいなかったけれど、いつか好きな人ができたらそれは地獄の日々の始まりなのだと怖くもあった。だって、その恋は叶うはずもないのだから。
「琴乃達はもう寝ちゃったんですか?」
麻耶が水を一口飲んで兄に尋ねた。少しそわそわしているように見えるのは私の気のせいだろうか?
「うん。二人共眠くなったから寝るって。」
兄としては麻耶との二人きりの時間を少しでも長く引き延ばしたい筈だ。どんな風にして話を続けるのか気になる。
「気分はどう? 俺が強いやつ薦めたのが効いたみたいだよね。ごめん。」
「いえ、私も楽しくてついハイペースになってしまったから・・お兄さんのせいじゃないです。」
「麻耶さんは本当に車好きなんだね。俺の友達より詳しいし。」
「はい。だから車の話が出来て嬉しくなったんです。女友達だと車好きの人ってあまりいないですから。」
よく分からないけれど麻耶と兄の会話はなんだかとてもスムーズに感じた。少なくとも私と友香が友達になった頃よりもずいぶん気心が知れているようだ。兄も麻耶もコミュニケーション能力は高いからそう感じるのかもしれないけど、兄は麻耶が好きなのに少しも照れたり恥じらったりしていないのはさすがだなと変に感心してしまった。
どこかで物音がしたような気がして、私は目を覚ました。目の前には友香の可愛い寝顔がある。いつの間にか二人共眠ってしまったみたいだ。私は友香を起こさないようにゆっくり起き上がって部屋を出た。
廊下に出るとリビングから少しの灯りが見えた。兄が間接照明を付けたまま眠っているのかもしれないとリビングを覗いてみるとリビングのソファに居たのは麻耶だった。兄は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して二つのグラスに注いでいた。2人の位置から私は死角になっていて見えていない。
いけないとは思ったが2人がどんな会話をするのかが気になって息をひそめてしまう。
兄がグラスを麻耶に渡して、「大丈夫?」と声を掛けた。「ありがとうございます。大丈夫です。」答えながらグラスを受け取る麻耶の声が思いの外にしっかり聴こえて私は安心した。
「さあ もう寝よ」
そう言って立ち上がると、私は一旦麻耶の様子を見に自室に戻った。起こさないよう気をつけて様子を伺うと、麻耶はすやすやと寝息を立てて眠っていた。改めて見ると本当に綺麗な顔立ちをしている。こんなに美しくても恋愛に不器用なんて、この世は矛盾に満ちている。
着替えて友香の部屋に戻ると、友香は既にベッドに入っていた。こちらに背を向けている。私は出来るだけ静かに友香の隣に横たわった。友香の体温が暖かくて、何故か嬉しくなった。
友香の体を後ろから抱きしめようとした時、友香が体ごとこちらを向いた。私達は抱き合って静かに唇を重ねた。性的な興奮は起こらない。今夜はできないと思っているから、という意識があるのはもちろんのことだが、これだけで充分満たされてしまっているのだ。
男女のカップルならこうはいかないだろうと思うと、微かな優越感を覚えた。男だったらこんな風に抱き合ってしまったら、最後までいかなくては気が済まなくなりそうだ。彼女がこのままで居たいと思っていても。
私達はそうして何度もキスを交わした。
「もう寝ちゃう?」
「うん」
うんと答えた友香が立ち上がるのを待っていたが、友香は私の肩に頭を乗せたまま動かなかった。私はそれが心地よくて、重ねた指で友香の手の甲を撫でていた。
着替えてベッドに入り、ギュっと抱き合いたいとも思うけれど、こうして寄り添っているだけでなんて心地よいのだろう。
「友香 私、こうしてるだけで幸せ いつまでもこうしていたい」
友香が手を裏返して、手の平を合わせてきた。指を絡ませて握ってくれる。言葉にしなくても、私の言葉に応えてくれて嬉しかった。
きっと付き合いたてならこんな風には思わなかっただろう。言葉には言葉で返して欲しくて、物足りなく思っていた筈だ。
兄が舌打ちしながら通話を終えた後、側にいた私に気付いて決まり悪そうに苦笑いを浮かべた。私は余計な事と知りつつ、声を掛けずにはいられなかった。
「お兄ちゃんさ、彼女にちょっと冷たくない?も少し優しくしてあげたら?」
兄はうんざりだという風に大げさにため息をついた。
「なんだよー。お前まで・・。」
面倒くさいなと言わないあたりが兄の優しさだ。
「うん、お節介かもだけど、彼女と男友達を同列にしたらいけないと思うな。彼女はお兄ちゃんの『特別』でいたいのに、お前も友達も大事、なんて言ったら特別感無くなっちゃうよ。」
「じゃあ何て言えば正解なんだよ。」
「う-ん例えば・・『今回は譲ってくれないか』でいいじゃん。」
「えぇ?男友達と遊ぶのにそんな下から伺い立てなきゃなんねぇの?面倒くせぇ。」
「こんなので面倒とか言っちゃダメだと思うけどなぁ。好きなんでしょ?」
兄は私の『好きなんでしょ?』には答えなかった。くるりと私に背を向けると、
「まぁそう言って機嫌直してくれるんなら言っとくわ-。」
と言ってその場を去った。
兄はそれから一か月くらいでその彼女と別れ、別の子と付き合い出した。その子とも同じような言い合いをしていて、進歩してないなと思った。
今まで兄と恋愛について話をしたりした事がなかったけど、話してみるとこうも面白いものかと思った。
けれど、それは兄の好きな相手が麻耶だからで、私の良く知らない女性ならどうでもいいやってなるのだろう。
「でもなぁ、片想いって思った以上に・・・何ていうか・・・切ないもんだな。」
独り言のように呟いて、どこを見るでもなく視線を漂わせている兄は、初めて見る男の人みたいだった。
兄は家に連れて来るほど仲の良い彼女がいても、その付き合いはどこか冷めているような感じがしていた。妹の私がそう思っていたのだから、当事者の彼女はどう感じていたのだろう。
前に一度だけ、兄が彼女と喧嘩をしている場面に遭遇した。と言っても、兄が電話しているのを聞いてしまっただけだが。電話の内容から察するに、彼女よりも友達との予定を優先させたい兄に彼女がキレたらしかった。
『俺は〇〇(彼女の名前)も大事だけど、同じくらい友達も大事なんだよ。だから次は〇〇(友達の名前)達と遊びたいんだ。お前だっていつも俺だけじゃなくて、友達と居たい時だってあるだろ?』
まだ高校生の兄の言い分は、確かに正論に聞こえたけれど、いつもいつもお前にだけ構っていられるかよ、とも聞こえた。
「お兄ちゃんはさ、麻耶と話してみてどう思った?」
兄にビールを手渡して、私は聞いた。兄は器用に泡を立ててグラスに注ぐ。たっぷり時間をかけて。
キレイに泡立ったグラスから私に視線を移して、兄は私の質問に一言で言い切った。
「ますます、好きになった。」
ニヤッと笑ってビールをゴクリと飲んだ。
思わず友香と顔を見合わせて、二人で満面の笑みを浮かべた。肩をすくめた友香が可愛かった。
「マジであの子がフリーなの、信じられねえわ。あんなに可愛いのに凄え話しやすくて、聞き上手で、素直で、気の利いた受け応えができて、礼儀わきまえてて、それから・・・」
「ちょっと待って、もう分かったから、そのくらいでいいよ。」
いつまでも続きそうな麻耶への褒め言葉の羅列を遮って、私は兄を止めた。
「あ・・・悪い。つい・・。でもとにかく、凄え性格のいい子だってちょっと話しただけで分かったわ。」
友香の登場は救いだった。
「ああ助かった。麻耶が絡んでくるの。助けてよ。」
「ええ?」
友香は信じられないと言うような顔をして麻耶の肩に触れた。
「どうしたの?大丈夫?」
麻耶をベッドに腰掛けさせると、隣に座った。
麻耶はヘラヘラと笑っている。間違いなく酔っ払いの仕草だった。
「知らなかった。麻耶ってば酒癖悪かったのね。」
私は麻耶の背中をさする友香に苦笑いを向けた。
「こんな風になったのは初めてよね?」
私は友香の問いに頷いた。私達は全員飲酒歴は一緒だけど、確かにこんな風になる麻耶は初めてだった。
私は友香に麻耶を頼んで、リビングに戻った。兄はテレビを見ていた。
「お兄ちゃん!麻耶に何かした?」
つい声が荒くなってしまう。
兄は訳が分からないというように眉を寄せていたが、ぱっと顔つきが変わった。
「あー、あれか。さっきコンビニで買った酎ハイの話してたら、2人でフライングして飲みませんか?って誘われて、そこの公園で飲んだんだよ。2人で1本を分け合ってさ。俺としては断る理由は無いし、2人きりの時間が長くなるならな。」
兄はそこまで話して
「もしかして、麻耶さん具合悪くなったのか?」
とソファーから腰を浮かせた。
「具合悪くはなってないけど、なんか変な様子なんだよね。ハイっていうか、絵に描いたような酔っ払いってやつ?」
私は麻耶がそうまでして帰りを遅らせてくれたことに後ろめたさを覚えた。
「いや、俺が強いヤツ薦めたから・・・俺が気を遣うべきだったんだ。お前たちはまだ自分の許容量知らないんだもんな。2人でいられるのに夢中になって、調子乗っちまった。」
兄はコンビニの袋から酔い止めを取り出して麻耶に飲ませるように言った。
友香と二人で片付けをしているうちに、買い物に出ていた二人が戻って来た。
恋愛経験が豊富な(私達よりは)二人に、さっきの私達の行為がバレはしないかと内心びくついていた。バレたら恥ずかしいどころじゃない。
麻耶にどこで眠ればいいか聞かれ部屋に案内すると、意味深な眼差しを送ってくる。
「せっかく2人きりになれたんだから、その時間もちろん有効活用したよね?」
「え?何言ってんの?・・馬鹿じゃない?」
「照れなくてもいいよ。友香に言われて時間作ったんだから、何かあったんでしょ?」
「そんなの言える訳ないよ。ねぇホントどうしたの?やめてよ。」
麻耶がこんな風に絡んでくるのはほぼ初めてじゃないかと思う。だから私はそんな麻耶をどう扱っていいのか分からないのだ。
意味深な表情も片方だけ口角を上げた微笑も、いつもの麻耶とは違い過ぎて私は怖いとさえ思った。
「何してるの?麻耶大丈夫?」
友香が心配そうにドアを開けて覗いた。
あと5分だけ、と私達は抱き合って離れられずにいた。
「今夜はこうして、抱き合ったまま眠りたい。」
友香の言葉が可愛い。
「そうね。私もそうしたい。」
私は友香の鼻先にキスをして、それを機に身体を離した。服を着る私を、友香がじっと見ている。背後からの視線を、振り返らなくてもひしひしと感じる。
下着を着ける私の背中は綺麗だろうか?ブラの跡なんて付いてないよね?
ヒップラインは?
ああ、照明もっと暗くしておけば良かった。
「友香、着替えは見ないで。恥ずかしいよ。」
とうとう我慢できなくなって振り返ると、友香はベッドにうつ伏せになってニヤつきながら私を見ていた。
背中からお尻にかけてのカーブが何度見ても美しくて、その先にしなやかに伸びる脚と共に手を触れたくなってしまう。
「何で?見せてよ。全部着るまで見ていたいの。」
「だから恥ずかしいって言ってるでしょ?嫌よ。」
私は服を手にして下着のまま自室に戻った。さっき履いたばかりのショーツを脱いで新しいものを着ける。
濡れてしまった下着は漏らしてしまったみたいに染みを作っていて、さっきは仕方なく履いたが早く替えてしまいたかった。
今の短い時間の睦み合いも、時間をたっぷりかけてするそれも、どちらも同じように心地よいものだった。むしろ時間がない、兄達が今にも帰って来るかも知れないというスリルは、官能に拍車をかける事はあっても歯止めにはならなかった。きっと友香もそうだったに違いない。
私達は多分いい意味で似てきているのだ。友香に似るのなら、真似ではなく似てきているのなら、それは間違いなく嬉しいと思えるのだった。
私の心臓はもはや早鐘を打っていて、ドキドキとうるさい位だ。
「こ、ここでは嫌・・・今夜麻耶が使うのに。」
ここ以外ならいいと認めたようなものだ。入って来た時とはうってかわって、バタバタと大きな音を立てて友香の部屋に入り、突き飛ばされるように友香のベッドの上に転がされた。
「貴女のキスのせいよ。」
友香の一言で、ひとかけら残っていた理性が何処かにふっ飛んだ。
前歯がぶつかる程に性急なキスのあと、引きちぎるように服を脱ぎ捨ててお互いの身体を引き寄せて抱き合う。
何故今夜なのか、いけないと分かっているから余計に燃えるのか、身体が火照っている訳を、身体の中心が呆れるほどに濡れている訳を、知りたいとも考えたいとも思うのに、今はただこうして抱き合えればどうでも良かった。
私の中心は友香の指をずぶずぶと飲み込み、はち切れる程膨らんだ蕾は友香の指の腹でかするように触れられただけで気持ちが良すぎて、私は思わず目を瞑って天を仰いだ。
友香が一度そこから指を離して、ぬるぬると光る指を愛おしそうに口に含んだ。自らの指についたその液体を舐めとりながら、挑発する様な視線を向けてくる。
私は友香の手首を掴んでその行為をやめさせた。友香の視線を受け止めたままキスをしてお互いの舌を絡める。
私の身体から溢れ出たそれの味がした。思ったよりも塩気も酸味もなく、薄い塩水のようだ。
友香の中心に触れると、友香がしたように指の腹で友香の蕾に触れた。手首を掴んだ私の手を振りほどいて友香の指が再び私の中心を捕らえた。
舌を絡ませたまま、二人で同じような吐息を漏らしていた。友香の指が容赦なかったし、私だってそうだったからだ。
その部分以外の愛撫をほとんどしていない、と気付いたのは、程なく二人で絶頂に達した後だった。
どのくらいの時間がたったのか?と時計を見て、麻耶達が出て行ってからまだ15分も経っていないと分かって思わず笑みがもれた。
二人きりになって、私はなぜか気恥ずかしくなってきた。さっきキスした時の大胆な私はどこかへ行ってしまったみたいだ。
麻耶を泊める為に部屋を片付けてくるね、と私は自室に入って、ドアを閉めるとため息をついた。
お酒のせいではなく、ドキドキしていた。さっきと違って、友香の顔をまともに見られない程に。
やだ。付き合う前みたいじゃない。二人きりになるのがこんなに恥ずかしいなんて。
私はベッドのシ-ツを取り替えたり新しく毛布を出したりしながら、いつもの自分を取り戻そうとした。
コンコンとノックの音がして、友香がするりと部屋に入って来る。
収まりかけた鼓動が、再び大きくなるのを感じた。兄と麻耶が早く帰って来て欲しいような、欲しくないような、妙な気分になる。
「さっきの続き、しよ?」
友香は私を真っ直ぐに見つめて、間を詰めて来る。
「え?ちょっと待って、さ、流石に今は無理でしょ。二人がいつ帰って来るか分かんないよ?」
しどろもどろになって後ずさるものの、狭い部屋では逃げる場所もなくあっという間に友香に抱きしめられていた。
「大丈夫。麻耶にはコンビニ2件回って来てって言っておいたから。すぐには戻って来ない。」
熱い吐息と一緒に友香が耳元で囁いた。
言い終えた途端に耳たぶを唇で挟む。身体がピクンと反応してしまう。
リビングでは兄が、今度は友香を相手に調子良く喋っていた。友香の笑い声はさっきの麻耶を思い出させる。
私はわざと友香に体ごとぶつかるようにして隣に座った。二人の会話が止まって、友香が私の顔を覗き込むように見た。
「おいおい、別に友香さんを口説いてた訳じゃねーよ。何だぁ?焼きもちかぁ?」
いつものように兄はからかってくる。
「そんなんじゃ、コンパとかどうすんだ?いちいち嫉妬してたらストレスになんぞ。」
「琴乃はあまり嫉妬なんてしてくれませんよ。コンパ行って機嫌が悪くなるのはむしろ私ですもん。だから出来るだけ行かないようにしてるんです。琴乃の地元の彼氏のせいにしたりして。」
兄の軽口を友香が受けてくれた。私はやや温くなったグラスを口へ運ぶ。麻耶が言ってた通り、口当たりのいい美味しいワインだ。
麻耶が戻ってきて、泊まるつもりだから一回コンビニに行くと言い出した。
兄は帰るつもりだったみたいだが、私が『泊まってけば?』と言うとすんなり言うことを聞いた。
それなら今夜は飲み明かそう!と誰が言い出したかは定かではないのだがそうい
うことになって、兄は麻耶とコンビニに
お酒を買い足しに行った。
トイレに立った麻耶を追いかけるようにして話しかけた。
「麻耶、よかったら今夜泊まってかない?兄も泊まると思うけど、麻耶は私の部屋使っていいから。」
麻耶は先程兄に見せた笑顔で私を振り返った。
「そうさせて貰おうかな。琴乃のお兄さん、面白いんだもん。話弾んじゃった。」
などと無邪気に言う。
「兄の相手疲れないかな?なんだか今日は余計に喋ってるから、うるさかったら釘刺しとく。」
と気を使うフリをして兄の印象を探ってみた。
麻耶は一瞬だけ『ん?』という表情になって、すぐにまた笑顔になった。
「なんで?凄い楽しいよ。お兄さん、絶対気ぃ使って喋ってると思うよ。」
麻耶はここで急に声を低くした。
「妹の『彼女』に会いに来たんでしょ?心配してさ。気も使うよね。」
そう言って洗面所に消えた麻耶を、私は複雑な思いで見送った。
今話した感じだと、兄の第一印象は悪くはないと確信できた。ただ兄が友香を、こう言ってはなんだけど、<品定め>に来たと思われたのは何だか嫌だった。
「このワイン、凄く美味しいですね。私、まだワインの選び方とか分からなくて、最近は美味しかった銘柄を記録しておいてるんですよ。これも写真撮っておこう。」
兄の選んだワインのボトルを麻耶が写真に撮っている。
「俺だってワインはたまにしか飲まないし、あまり詳しくはないですよ。いつもはチューハイっすから。麻耶さんはワイン好きなんですか?他にどんなやつ写真撮ってます?」
二人で一緒に麻耶のスマホを見たりしている。今日はまずお近付きになろうよって言ってたのに、お兄ちゃんってばグイグイ行き過ぎじゃない?
たまに誘われて仕方なくコンパに行った時も、超絶美人の麻耶には男が群がる。麻耶は嫌な男には容赦が無い。どうせ誘われなくなっても構わないとばかりに冷淡な態度を取るのだ。女の子だったらどんな子にも優しいのに。
もし麻耶が私の兄だから我慢しているのだとしたら、かなりのストレスだろうな。
兄を泊めてもいいと思っていたのに、友香と抱き合いたくて(帰って欲しい)と思ってしまう。
もし泊まるってなったら兄にリビングで寝てもらって、私と友香はそれぞれ自室で寝ると思うけど、我慢出来なくなって夜中に忍んで行ったら兄に気付かれてしまうかなぁ、なんて悶々としていたら友香に小突かれた。
「さすがに今日は我慢だよね?」
なんて横で言われたら『我慢しなくていいですっ』って言いたくなってしまう。
麻耶に泊まってもらえば兄をリビング、麻耶を私か友香の部屋、そして私と友香が残りの部屋、と割り当てられる。
それで行こう!
麻耶も楽しそうだし、遅くなったから泊まって行きなよって言えるまでなんとしても引き留めないと。
私は友香に「にっ」と笑いかけた。
「今夜はあまり飲まないでね。」と耳元で囁いて、仕上げた鍋をコンロから外した。
もちろん就活の話ばかりしていた訳はなくて、それ以外の話にも花がさいた。兄がさらりと麻耶の近況など聞いていて、車が好きだという共通の趣味もあって、二人は一気に距離を縮めたようにみえた。
私は下ごしらえしておいた鍋を仕上げる為にキッチンへ戻った。すかさず友香も付いて来る。
「ねっ、私が言った通りでしょ。いい感じじゃない?あの二人。」
「さすが友香。このまま上手く行ってくれればいいんだけどね。」
「大丈夫じゃないかな。貴女のお兄さん、素敵だから。」
私は友香の腕を取って麻耶達の死角に入った。友香が驚いた顔をしている。
「・・・兄に対してでも『素敵』とか言われると妬いちゃうんですけど。」
私は友香の身体を壁に押し当てる形でキスをした。軽くではなく、かなりディ-プなやつだ。
「琴乃はお酒が入ると大胆になるよね。そういうのも好きだけど。」
コンロの前へ戻って、友香が囁くような声で言った。頬が染まっているような気がするのは、お酒のせいか、それともさっきのキスのせいか、私としてはキスのせいであって欲しかった。
最近伸ばしている麻耶の髪が揺れた。兄の話に声をあげて、肩を揺らして笑っている。
「ずいぶん盛り上がってるね。何の話?」
「ん?ああ、ごめん。うるさかったかな?お兄さんの友達の話が面白すぎてつい声が大きくなっちゃって。」
麻耶は目尻に溜まった涙を指で拭った。そんなに面白い話してたのか、お兄ちゃん本気だな。私はとりあえず兄が麻耶に良い印象を与えた事に、素直に喜んだ。
「盛り上がってるとこ悪いけど、ご飯だよ。お兄ちゃん、ワイン開けてくれる?」
声を掛けて私はテ-ブルについた。麻耶はタコを早速取り分けている。ワインのコルクを抜いている兄の前に最初にその皿を置いた。
兄に好意を持ってくれているのか、それともただ単に私の兄だから気を遣っているのか、まだ分からない。
家に帰ると既に麻耶が来ていて、キッチンで友香を手伝っていた。瓶詰めのブラックオリーブをつまみ食いしているちょうどその時に私達が帰って来たので、慌ててむせ返っている。
「早かったじゃない。麻耶。」
声を掛けつつ、買ってきた品物を冷蔵庫に入れていると、麻耶の肩越しから友香が『お帰り』と笑顔で言った。
私も「ただいま」と笑顔でかえし、少しの間二人で見つめ合っていた。
麻耶が「んっ」と咳払いをしてちらっと視線を送る。視線の先には兄が所在なさげに立っていた。
私は兄を丁寧に麻耶に紹介した。兄も麻耶も初対面から如才のなさを発揮して、友香と私がキッチンに立っている間にかなり話が弾んでいる。
「初めて会ったにしては相性良さそうじゃない?」
友香がリビングの二人を見て小声で言った。私も
「そうね。」
と返事をしたが、まだまだ分からない。今日は徹底して兄のサポートにまわるつもりだった。
兄の選んだワインは魚料理に合うらしい、私は名前だけ知っていてまだ飲んでいない銘柄の物だった。
私も友香も麻耶も、まだそんなにお酒に慣れていないし、ここは経験値の高い兄の見せ場だ。せいぜいポイントを稼いでもらおう。
帰り道、私はそれとなくあまり焦らず進めてみてはどうかと進言したが、それは兄の方でも思っていたらしく、素直に肯いていた。
「どっちにしろもう暫くしたら新人研修だからな、恋愛どころじゃないかもしれない。」
そう言って兄は口元を引き締めた。
兄は大手ゼネコンへの就職が決まっていた。街を作る仕事をしたいと以前から言っていたし、都会が好きだとも言っていた。自分のやりたい仕事に就く兄を、私は心から応援したいと思った。
麻耶に連絡を入れて快く返事をもらい、急遽夕食会をすることになった。会と言っても4人だけのささやかなものだ。麻耶が私達と食事をしたり、家に泊まったりするのは割と日常的にあるのだが、今度ばかりは少しだけ緊張してしまう。
私はそわそわし始めた兄を連れて、夕食の買い出しに出掛けた。
「何でもいいから麻耶さんの好きな物だけ作ってくれよ。あ、酒も麻耶さんの好みに合わせて買おうぜ。」
兄は甘やかす親みたいなことを言っている。
「お兄ちゃんに言われなくても麻耶はゲストなんだから最初からそのつもりです。何よ、少し落ち着きなさいよ。」
麻耶の好きなタコをカルパッチョにしようと選びながら、私は答えた。
「お兄ちゃん、白ワイン選んでよ。お兄ちゃんの奢りで高いの買ってくれたら、麻耶にポイント稼げるよー?」
兄は『おお、いいな!』と、小走りで行ってしまった。まったく、こんな兄は今まで見たこともなかった。
「とりあえず、紹介っていう感じじゃなくて知り合いになってみようよ。後はお兄ちゃんの頑張りで何とかしてよね。」
私に出来る精一杯は、今はこれくらいしか無いのが歯痒い。
「それでいいよ。ってか充分だよ。ありがとな。」
兄は正座をして私に頭を下げた。
友香が何か思いついたみたいに『そうだ』と言って私を見た。目がキラキラしている。
「麻耶今から呼ぼうよ。明日ちょうど土曜日だし、一緒にご飯食べよう。お酒飲んでもいいし。お兄さんは予定大丈夫ですか?」
「いや、俺は大丈夫だけど、心の準備が・・・」
兄は明らかに動揺していた。
「何よ、急に怖くなったの?麻耶みたいないい女、明日にでも彼氏できちゃうかもしれないよ。早めに知り合っておかないと、手遅れになっても知らないんだから。」
兄の動揺している姿が可笑しくて、ついからかってしまった。
「どう思う?友香。」
私は友香に水を向けた。
「う-ん・・・なんて言っていいか・・贅沢な悩みですね。」
友香の意見は率直だ。
「でも遅かろうが早かろうが、片想いしてるって気持ちは私も琴乃も理解できるから、紹介する位なら全然構わないと思いますよ。」
麻耶と親友の友香がこう言ってくれるのなら、それでいいと思うけれど・・・。
「今は麻耶もフリーだけど、どうかなあ?私達に紹介されたって簡単に付き合うとかは無い・・と思うよ。」
以前麻耶が言ってくれた恋愛の話を思い出して、おのずと歯切れが悪くなった。今の麻耶が誰かと付き合うなら、自分発進である可能性が高かった。
誰かの紹介で知り合うとか、無いかなと思ってしまう。
かと言って大好きな兄が初めて私を頼ってくれたんだし、初めての片想いをどうにかして成就させてあげたいとも思うのだった。
「でさ、たまに彼女がいる時にちょっといいなっていう子がいたりするだろう?でも俺は彼女がいる訳だからその子とは発展しない。その子だって俺に彼女がいるからもし好意があったとしても諦める。そういうのを何度か経験してみると、あれ?ってなる時があるんだよ。」
兄は冷めた紅茶を一口飲んだ。
「つまりお兄ちゃんは今まで女の子の方から告白されて付き合ってきていて、好きになるかもしれないっていう出会いを
逃していたかもしれないと気付いたんだ。」
「そうだ。お前察しが良いな。」
褒められはしたが、何だか馬鹿にされたような気分だ。
「フリーの時にいいなって思ってる人から告白されたりしなかったの?」
「なかったんだな、これが。そもそもフリーの時がそんなに無かったからな。」
兄に悪気が無くても、何かムカついた。
いやいや・・・お兄ちゃん何考えてんの?
妹に女の子紹介してとかあり得ないから。
「一目惚れって、お兄ちゃん彼女いなかったっけ?」
「いや、1年くらいいないよ。」
中学から常に彼女を切らした事のない兄が1年もフリ-でいたなんて、少し意外だった。
「就活の為に別れたの?」
「いや、そういう訳じゃないけど。」
兄は何とも言えない顔をして、自慢じゃ
ないからな、と言って話をした。
「俺は自分で言うのも何だけど、女の子から告られることがガキの頃から結構あったんだ。中には良く知らない子もいてさ、でも彼女がいないタイミングで、ちょっとかわいいなと思ったら取り敢えず付き合ってみたりして、やっぱ何か違うわってすぐに別れたり、割と来るもの拒まずで今まで来たんだ。」
ふと見ると友香が真剣な顔で兄の話を聞いている。私も兄の恋愛話を聞くのは初めてだったので真面目に聞いてみようという気になっていた。
「琴乃もお茶飲もうよ。お兄さんがお土産持って来てくださったのよ。」
友香が私の為のお茶を煎れにキッチンへ立って行った。私は友香の後をついていき、隣に立った。
「友香ごめん。まさか兄がいきなり来るなんて・・・」
「いいのよ、本当に気にしないで。私は本当にお兄さんに会えて嬉しいの。」
友香の機嫌がむしろ良く見えて、私は安堵した。まったく、兄はもう少し分別のある人かと思っていたのに。電話もせずにいきなり家を訪問なんて、何を考えているのよ。
私は兄の持ってきたケ-キの箱を開けた。私の好物のフル-ツタルトがツヤツヤに光っている。
ま、これに免じて怒るのだけはやめてあげよう。
「で、ここまで何しに来たの?さっき直接言いたいとか言ってたようだけど?」
冷静に考えて、一人で暮らしていた時すら兄は私を訪ねて来たりしなかった。
やはり友香との関係を打ち明けたから・・・?
「私、外した方が良いですか?」
気を利かせて腰を浮かした友香を、兄が慌てて止めた。
「あ、いやいいんです。むしろ居てくれた方が俺は助かるっていうか、居てください。」
兄は咳払いをひとつして、覚悟を決めたように私をみた。
「琴乃、俺に麻耶さんを紹介してくれ。お前のスマホの写真見て、俺は人生初の一目惚れをしたんだ。」
人生初って言ったって・・・
私はあまりにも唐突な兄の告白に、私の頭は真っ白になった。
兄が麻耶に一目惚れ?
私は思わず友香をみた。友香は大きな瞳を見開いて、やはり私を見ていた。
麻耶に相談して気持ちがすっと軽くなって、私は学校から割と上機嫌で帰宅した。
「ただいまぁ〜。はぁ寒かった。」
先に帰宅している筈の友香の返事がなかった。けれども室内は暖かくて、明らかに人がいる気配があった。はっとして足元を見ると、そこには男もののスニーカーがあった。
今まで、この部屋に男の来客は無かった。私は急いで居間に向かった。
「あ、お帰り」
「おう、お帰り」
居間のソファーに座っているのは兄だった。友香と向かい合ってお茶を飲んでいる。
「ちょっと待って、何勝手に来ちゃってんの?っていうか何しに来たのよ。それにもし来るんなら電話くらいして!非常識でしょ。」
「ごめんな、来んなって言われんのヤダから勝手に来ちゃったんだ。どうしても会って言いたかったからな。」
兄は私に謝って、頭を下げた。
「だからって電話くらい出来るでしょ?私一人で住んでるならともかく、彼女にも迷惑よ。」
私はちらっと友香に目をやった。怒ってないといいけど。
「や、まじでごめん。友香さんもすいませんでした。」
兄はもう一度頭を下げた。
「ねぇ琴乃、もういいじゃない。お兄さんだってこうやって丁寧に謝ってるんだし、私はちょっとびっくりしたけど全然平気だし。むしろ貴女の家族に会えて嬉しいのよ。」
友香がやんわりと私をたしなめて、私は少しずつ平常心を取り戻していった。
「ごめんなさい。私達のせいで麻耶にまで心配させて。」
友香にイライラしている麻耶を見るのは初めてだった。友香の幸福を願う、誰よりも優しい麻耶は友香が泣くのは耐えられないのだ。
「ううん。私こそごめん。相談された方がイラついてたら駄目だよね。」
麻耶の顔から尖った気配が消えて、私は密かにほっとしていた。
「ともかく、友香のそれは発作みたいなものだから、琴乃は大変だと思うけど大目に見てあげてくれないかな?大事なのはそうなった時、琴乃に非はないって事だから。友香に対して誠実じゃなかったとか、決してそれは無いから。」
麻耶の言い方が真剣で、私も真面目に聴かなければならないのに、私は知らず知らずのうちに口角が上がっていた。麻耶はやっぱり友香の、そして私の保護者みたいだと思った。
「ねぇ、正直面倒じゃない?友香の恋愛観とか重く感じない?」
「それは今のところ何の問題もないよ。私は束縛キツめの方がむしろ愛されてる実感が湧くの。変かもしれないけどね。」
麻耶は(へぇ)と口に出さずに言って曖昧にうなずいた。
「麻耶?この話が気に障った?なんかさっきからイライラしてるみたい。」
麻耶は私から視線を外して前髪をかき上げた。再び目が合うと「ごめん」と言って軽く笑った。
「友香がさぁ、進歩がないっていうか、学んでないっていうか、こんなにあんたに想われて、前の奴とは全然違う恋愛をしておいて、一体何が不安なんだろ。あたしは友達だからこそ、そんな友香にむかついてんのかもね。」
私が自分のことばかりで友香に不安を感じさせていたかもしれないと思って、麻耶にその旨を相談してみた。
麻耶なら私と友香のどちらも公平に、客観的な意見を述べてくれると思ったからだ。
「それは友香がネガティブ過ぎるよ。もう少し琴乃の身になって考えてあげないと。」
麻耶の長い脚がすっと組み替えられて、険しい表情の筈なのになんて絵になるのだろうと思った。もちろんそんな場合じゃないのだけど。
「だけどね、私だって友香の気持ちに気づいてあげられなかったんだ。私と家族の関係しか考えられなくなってたから。友香がどんな思いで悩む私を見てたのかを考えると堪らなくなる。」
「友香は二度と振られたくないって想いが強すぎるのよ。別れる理由なんて人それぞれなのにさ。琴乃が優しいから収まってるだけで、やきもちとかってレベルじゃ無いね。」
麻耶は今日はずいぶん友香に厳しいな、と思いながら、私が友香に甘いのは優しいからじゃ無くて好き過ぎるからだと考えていた。
私だって友香と一緒で、友香と別れるなんて絶対に嫌だし、もし友香が浮気したって苦しみながらも別れられないんだろうなと漠然と思っていたりする。
両親に絶縁されるのは仕方ないと諦めても、やはり仕送りを止められるのはどうしても嫌だったので兄に言われた通りに今の時点で打ち明けるのは見送りにした。
多少のもやもやした気持ちは残るけれど、一旦こうだと決めてしまったら案外楽になった。
友香は泣いてしまった自分を恥じているようだった。謝罪する友香に私は別に気にしていないから、友香も気にしなくていいと言った。ただ友香の気持ちはきちんと受け止めるから、不安や不満はいつでも言って欲しいとも言った。
友香の気持ちは良く分かったから、と何度言ったって、友香の不安が無くなる事は恐らく無いだろうから、これからも発作のように友香は泣くのだろう。だけど私はその度に誠実に対応していこうと決めていた。
「私が悪かったわ。何でも欲しがっちゃダメよね。貴女さえいてくれたらいいのに。」
私は友香の額にキスして、ギュッと抱きしめた。友香はまだ泣いていた。私の言葉にうなずく事さえなかった。
ひたすら泣き続ける友香を抱きしめて、初めてセックスした時もこんなだったなとぼんやり思い出していた。
あの時も友香は私が離れて行くのが嫌だと泣いていた。永遠など無いと、人の気持ちは変わるものだと泣いていた。
あの時は途方に暮れていただけの私も、今はどうすればいいのか分かっている。大丈夫。私は、私達は、少しづつでも前に進んでいる。友香はきっとこれからも、私と離れるのが怖いと泣くだろう。それは私だってそうなのだから、私は私が言われたら安心する事を言ってあげればいいのだ。
そしてただ側にいて、抱きしめればいいのだ。
>> 78
「聞いて。友香。私が怖いと思うのは親と仲が悪くなることだけじゃないの。私は、前にも言ったと思うけど、私の前に貴女しか居なくなってしまうのが怖いの。貴女しか居なくなって、そして貴女さえ居なくなってしまったら、私はどうなってしまうのかを考えたら怖くて怖くて堪らない。」
「そんなの、私だってそうだよ。」
友香の大きな目から涙が溢れた。そして泣きながら喋り続けた。
「私なんて、もう既に貴女しかいないのよ。私は一人で生きて行かなきゃいけないって覚悟してたのに、貴女が現れて、側にいてくれて、もう貴女無しじゃ生きて行けない。」
横たわったまま泣く友香の涙が、文字通り枕を濡らした。
「琴乃、本当に私を選んでくれるの?もしご両親が本当に縁を切ると言い出したら、それでも私を選ぶ?真剣に考えてみて。」
友香は友香で、私とは違う想いを抱いていたみたいだ。家族への告白を機に、私が友香から離れてしまうのを心配していたのだ。家族と仲が良い私が、友香には理解出来ない感情を持つ私が、友香を捨ててしまうんじゃないかと。
「何を心配してるの?さっきも言ったけど私は家族よりも何よりも、貴女が一番大切なの。そこだけは揺るがないから。」
私は友香の手を握って言った。正直に言ってしまえば、友香への私の愛をそんな風に疑っていたのかと少しがっかりしたのだけれど、それも私への想いゆえだと思って黙って受け止めた。
「分からないわ、私には。」
友香が唐突に言った。
「私には親との絶縁がショックだなんて感情は全くわからないから、琴乃の気持ちは分かってあげられない。ごめんね。」
いつも見ている友香の横顔が、突然知らない人のように感じた。ごめんと言いながら、そこにそんな感情は無いような言い方に違和感すら覚えた。
「謝らなくてもいいわ。私の問題だもの。私こそごめん。もうしないわ。」
私も友香を突き放すような言い方になっていた。巻き込んでおきながら『私の問題』なんて、なんて意地悪な言い方だろうと口に出した瞬間に後悔した。
「シャワー、先に浴びてくる。」
一人になって冷静になろうと、ベッドを出ようとした私を友香は引き止めた。
「待ってよ。今話をやめたら気まずくなってしまうから、きちんと話そう?私の言い方が良くなかったと思うけど、琴乃は前に家族か私かを選ぶなら私を取ると言わなかった?その気持ちが揺らいで来たんじゃないの?」
「そんな事ないよ。私はいつでも貴女が一番大事よ。そこに迷いは無いわ。ただ、今まで当たり前のように享受してきた両親の愛情が変わってしまうのが怖くなっただけ。」
そうだ。私は怖いのだ。
「・・・やっぱりおかしいよ。どうしても欲しくなったからって、私が嫌がってるのにした事なんてないじゃない。」
「そうだったかな?」
友香に言われて自分でもそうなのかな?と思い始めた。今日兄に会って話をして、色々気付かされたり少しだけ傷付いたり、安心したりほっとしたり今日一日だけで色んな感情が吹き出てしまって、それでどうしようもなく友香を求めてしまったのだろうか?
私は友香にその考えを言ってみた。ついでに兄に両親に言うのは時期をみた方がいいと言われた事と、兄は理解を示してくれて私に恋人ができて喜んでくれた事も話した。
友香は何も言わなかった。話す私に寄り添って、時々労わるように私の髪を撫でていた。
「友香の言う通りかもしれない。私、親に絶縁されるなんて考えてもいなくて、お兄ちゃんに言われてその可能性もあるんだって思ったら怖くて、友香にすがってしまったのかもしれない。」
私は友香に引かれる覚悟で言った。この話には友香を巻き込みたくなかったのに、結局友香にしわ寄せが行っている。私は自分の弱さを悔やんだ。
私は夢中で友香のそこを舐め続けた。いつもより少し汗の様な味がしたけど、そんな事は少しも気にならなかった。それよりも私の愛撫に身を任せて、こんなに愛液を滴らせている友香が愛しくてならなかった。私はどんな友香も受け入れるから、ただ好きなだけ感じて欲しいと思った。
「あ・・もう・・いきそ・う」
友香の切れ切れの声がして、程なくして身体がびくんと跳ねた。
友香が達して、私はティッシュで友香のそこを丁寧に拭いた。ついでに自分の唇も。友香の愛液に浸されてぷよぷよになっている唇を、私はそっと指でなぞった。
「友・・香?・・・怒った?」
半ば無理矢理してしまったくせに、今頃になって友香の反応が気に掛かった。怒らせてしまったのならちゃんと謝ろう。今のはどう考えても私が悪い。
友香が汗まみれだろうが別に構わなかったけれど、本気で嫌がっている友香に無理強いをさせるのは流石に躊躇われた。もし立場が逆だったとしたら私だって嫌がる。
私は「いいよ」と短く言って、まだ不安そうな友香の髪を何度も優しく撫でた。
「無理にお願いしちゃってごめんね。」
続けたい気持ちは我慢して、なだめるようにひたすらキスを繰り返した。
「ううん。まだ身体洗ってないから、臭いとかどうしても気になるし、それで琴乃に嫌われたら・・・」
そんなことで嫌いになる筈もないのに、友香はかわいい事を言う。
私は一旦引いた欲情が再び急速に湧き上がるのを感じた。どうしても・・・したい。
「友香、お願い。友香の全てが今欲しい。臭いとかそんなの、全然大丈夫だから・・・するよ。」
友香の返事も聞かず、閉じた内腿を手で押し広げる。トロトロになったそこに唇をつけた。正直、洗う前のそこを舐めるのは初めての経験だし、少しの躊躇はあったけれど、好きな人のものなら体臭だって体液だって本当に平気だと思った。
友香が声を抑えている。嫌がった手前、感じているのを知られなくないのだろう。そんな所もまた、私にとっては可愛さにしか映らない。
友香の手が私の内腿に触れる。私は友香の手を掴んでそれ以上愛撫されるのを遮った。これ以上続けられたら一気に意識を持って行かれる。友香の愛撫はそれくらいにヤバかった。今はどうしても私が攻めでいたかった。
掴んだ手を口元に持っていき、指を口に含んだ。小指から順に舌で包むように丁寧に舐めていった。全ての指を私の唾液で濡らしてしまうと、手首から腕へ、更に脇へと唇を移動させていき、胸に辿り着く。乳房をきつく吸って友香の白い肌に私の痕跡を残した。
乳首に軽く歯を当てて舌先で転がしていく。片手で友香のショーツを脱がせた。あらわになったその部分に指を当て、円を描くように指を動かしていく。先程の愛撫で友香のそこはじっとりと濡れていて、とろとろに柔らかくて、私の指はずぶずぶとどこまでも沈んでいきそうだった。
友香の声が大きくなっていく。
既に私の身体から手を離し、私の愛撫に身を任せている友香を私は心から愛おしく思えた。
キスする位置を下に移していき、臍あたりまで来た時、友香が私の意図を察して急に身体を起こした。
「口ではしないで。本当に嫌なの。」
抱き合った友香の身体を優しくベッドに横たえる。友香はブラを外そうとした私の手を掴んで
「本当に汗かいてるし、せめてシャワー使わせて。」
と言った。
「ダメ。終わったら一緒に入ろう。」
私は言いながら友香の手を振りほどいて、素早くブラを外した。
尚も何かを言い掛ける友香の唇をキスで塞いで、あらわになった乳首をつまんだ。優しく指先で転がす。
友香は低く呻いて、舌を絡ませてきた。友香の欲情にも火が付いたのを確認すると、私は自分の身に付けていた下着を全部脱いだ。再び友香に覆い被さると、友香が下から手を伸ばして私の胸を掴んだ。
友香の脇腹をなぞり、ショーツを着けたままの陰部に触れた。敏感な部分を触れるか触れないかの微妙な弱さでつつく。友香が吐息を漏らして腰をよじった。起きがけのようなとろんとした目をして、私に微笑みかける。
今度は少しだけ強めに、割れ目をなぞる。何度か続けていると、ショーツが湿り気を帯びてきた。
友香が私の胸を更に強く掴んだ。堪らなくなったように、乳首にむしゃぶりついてくる。吸いながら舌で乳首を転がされ、私はその快感に思わずのけぞった。
唇を離すと今度は友香の方からキスをしてくる。離すとまた私から。そんな甘いキスを何度も何度も繰り返す。友香の吐息が掛からない距離から離れたくなかった。彼女の汗も、息さえも私の中に取り込めたらいいと思った。
「あなたが欲しいの。今すぐ。」
私は哀願するように友香に訴えた。友香の口角が微かに持ち上がって、声に出さずに(いいよ)と言った。
友香の手を引いてベッドに向かう間、私は自分でも自身に起きた激情に戸惑っていた。こんなのは自分らしくない。
それでも私はこの感情に身を任せる喜びも感じていた。剥ぎ取るように服を脱いで下着だけになって、もどかしく抱き締め合っている間も、私はずっと嬉しかった。まるで自分の体温とぴったり同じ温度の水に浮かんで、どこまでも流されていく様な、そんな心地良さを感じていた。
家に帰ると友香は日課のストレッチの最中だった。
「ただいま」
と言った私に
「お帰り」
と半ば素っ気ない返事をしたが、それは多少のわざとらしさが感じられた。本当は気になって仕方なくて、気を紛らわせる為に身体を動かしてしたのだろう。いつもより明らかに汗の量が多い。
私は背後から友香に抱き付いた。友香が驚いたように身をよじる。
「えっ!なに?」
「いいからこのままでいて。」
私は友香の首筋に唇を押し当てた。
「ねぇ本当にやめて、汗かいてるし、恥ずかしいよ・・・」
友香の恥じらいが私の欲情を刺激する。
「友香わざとやってる?そんな風にしたら尚更離せなくなるんだよ?」
私は唇を首筋から肩に滑らせていった。
友香が諦めたのか、ふっと力が抜けていった。首を倒して私を見る。目が合って、私は友香に激しいキスをした。
「お兄ちゃん、それを承知でこんな事言うのもなんだけど、お父さん達に言ったらダメかな?ってか私は言いたいんだ。何だかお父さん達を騙してるみたいで心苦しいんだ。」
兄の理解しているという言葉を信じて言ってはみたが、兄の返事はやはり厳しかった。
「うーん・・・それは止めといた方がいいかもな。お前の心苦しいって気持ちもわからないではないけど、もし、もしもだぞ、親父かお袋が怒って学費と生活費仕送りやめるって言って来たらどうすんだよ。」
「っそれは・・・困る。・・・。」
そんなの考えもしなかった。やはり私は甘かったのかと少しショックだった。
あんなに優しい両親が私にそんな仕打ちをするとは思えなかったのだ。
「お父さん達がそんな事する訳ないよ。自分の娘が同性愛者だからって、そこまでする必要ないし。そこまで分からず屋じゃないと思う。」
「いや、だから、もしもの話だって。俺だって自分の親がそこまで頭固いとは思わないよ。ただ、そうなってからじゃ遅いだろ?予防線は張っておいて損はねーよ。」
「じゃあ、私はずっとお父さん達に秘密にしておいた方がいいって事?」
「ずっとじゃない。お前が一人でも生きていけるようになって、もし親に縁を切られても大丈夫ってなってからでもいいじゃないか。」
「縁を切るって・・・そんな・・・。」
親と縁を切る。口に出してみても実感どころか想像もできなかった。両親は私を肯定こそすれ、否定するなんてあり得ないと信じていたかった。
兄の笑い顔がすーっと真顔に戻った。
「琴乃、分かってると思うけどこの話、誰かに言う時は慎重になった方がいいぞ。」
「分かってる。私達の関係を知ってるのはお兄ちゃんで二人目だよ。さっきの写真の麻耶って子にしか言ってない。私達は二人のこと、秘密にするって決めたんだ。世の中は異性愛が優勢っていうか、それが基本だし、興味本位でいじられたり、叩かれたり、同情されたり、噂されたり、そういうの考えただけで吐き気がする。」
「そうだよな。お前達の場合は理解者よりも圧倒的に敵の数の方が多いからな。面倒なのはそいつらの言い分の方が正論に聞こえてしまう事なんだ。同性愛じゃ子供が産まれないから不毛だとか非生産的だ、とかいう意見な。」
兄は一体誰からそんな意見を聴いたのだろう。少なくとも、兄が過去に誰かとこんな話をした事があるのは確かなようだった。
「この顔・・・楽しそうだな、三人とも。すげぇ可愛くて、見てるこっちも楽しくなる。」
兄は笑いながらスマホを返してよこした。
「本気なんだな、お前。」
「うん。だから、お兄ちゃんに言ったの。私ね、お兄ちゃん、私、自分が恋とか愛とか、そういうの一生無理かなって思い始めてたの。人を好きになったって、辛い思いをするだけだから。だけど友香に出会って、好きになって、この人になら告白して、そして振られたって構わないと思ったの。」
「そうか。お前の勇気が報われて良かったよ。彼女、友香さんっていうんだな。」
「うん。ちなみにもう一人の子は麻耶っていうの。私達を応援してくれてる。」
「そういう子が近くにいてくれるなら、俺も安心できるな。お前はいい友達もいるんだな。」
兄に言われて、私は改めて自分の置かれた状況と、それがいかに恵まれた境遇かを知った。
私は今すぐ友香と麻耶に会って、二人を思い切り抱きしめたいと思った。
「琴乃がどんな恋愛をしようと関係ない。俺は兄として応援しようって決めてたのに、いざとなるとやっぱ慌てるわ。ダメだなー、俺も。」
私は兄の気持ちが嬉しかった。気付いていたなら、兄だって心穏やかではいられない筈なのに、私の心配をしてくれている。
「なぁ、聞いてもいいか?お前のその・・・彼女のこと。」
兄の問いに私は一瞬迷ったが、黙ってうなづいた。打ち明けたのならいずれ聞かれるだろうと思っていたし、友香にも許可は取っていた。
私はスマホに入っていた写真を兄に見せた。一番最近撮ったもので、麻耶も一緒に写っている。私は用心の為に友香とのツーショットは撮らないようにしていた。
「・・・どっち?」
「真ん中の・・・子。」
「・・・・・超可愛いな。」
「うん・・・超可愛い。」
「この子性格悪い?」
「ううん。いい子。」
「わがまま?」
「ううん。気遣いとか普通にする子。」
「気が多い?」
「それは・・・多分無い。」
「頭悪い?」
「ちょっと、止めてよ。失礼な質問ばっかりするの。怒るよ。」
「だってよー、ずりぃよ。そんな完璧な女がいる訳ないじゃん。俺が付き合いてえよ。」
兄は本当に口惜しそうだった。でも顔は笑っていて、私もつられて笑った。
「お前、彼氏できたんだな。それで俺に相談って何だよ。わざわざ会って話したいって事は、それなりに大事な話なんだろ?」
何気ない会話の後に、兄は私に聞いた。
私は兄の顔を見て、大きくひとつ息を吐いた。
「お兄ちゃんの言う通り、私、今付き合ってる人がいる。でも、その人は彼氏じゃ無くて、彼女なんだ。私の好きな人は、女の人なの。」
兄の目がまん丸に見開いた。
「あ?!マジで?!マジか?!あーそうなの?!お前ってそういう・・・あれか?そっちしか受け付けない的な?」
訳の分からない日本語になっている。だけど兄の言いたいことはわかった。
「そうだよ。私は男を好きになれない。多分一生。」
私は務めて冷静でいた。こんな話をされた兄が取り乱しているのも想定内の反応だった。
兄は私を見て、しばらくあーとかうーとかそうかとか独り言を繰り返した。
「びっくりした?」
「そりゃそうだろ。」
しばらくそうしていた兄に聞くと、食い気味に返事が返ってきた。そして一気に話し始めた。
「いや、俺もな、お前はなんつーか、男にモテないわけじゃないのに彼氏とか出来ねーからさ、ちらっとそうなんじゃないかなって思った事もあったんだ。だけ
どただ単に大学入るまでは遊ばないって決めてただけかもしれないし、そんなこと聞いて気まずくなるのも嫌だし、何よりもしそうなら家族にバレるのって本人どんだけキツいんだよって思ったら何も聞けなかったよ。」
兄はそう言って私を見た。
この場所には一人で来て正解だと思った。誰かと一緒だと思う存分絵を鑑賞できなかったかもしれない。この絵に対する私の執着みたいなものを誰にも知られたくなかった。友香にさえ。
美術館を出た後も興奮がなかなか醒めず、顔が火照っていた。それを抑える為にしばらく歩き回っていると、気づけば兄との約束の時間が迫っていた。
夏に会って以来の兄は妙に懐かしく感じた。兄のアパートに来るのは初めてではなかったが、頻繁に来ていた訳でもなかったのでどことなく落ち着かない。しかも今回は理由が理由だけに、私は目に見えてそわそわしていた。
そんな私を見て兄は笑った。
「何だよーお前、東京の人の多さにテンパったか?」
兄には天性のものと言ってもいい程の人懐こさがあって、人の懐にすんなり入れるという特技があった。しかもそれをやろうと思ってやっている訳でもないので、わざとらしい所もない。兄はいつも男女問わず沢山の人に囲まれていて、人が二度見するくらいのイケメンでもないくせに、兄を好きだという女の子は大勢いた。私の友達も兄を「かっこいい」と評価していた。
私はそんな兄を半分誇りに、だけど半分は羨ましく思っていた。兄妹なのに何故こんなに性格が違うのかと、拗ねた事もあった。だけど私のそんな感情さえ跳ね返してしまう位に、兄の人たらしの力は強かった。それは正に神様からのギフトだった。要するに、私は兄が大好きなのだ。
東京に来るのは好きだ。遊ぶなら、ショッピングなら。だけど住むのは・・・できるなら遠慮したい。
兄のアパートで会う約束の時間までにはまだまだ時間があった。
私は以前から楽しみにしていた絵画展を見に美術館に来た。フランツ・ヴィンターハルター展。私はこの画家の描く肖像画が大好きだ。いつか実物を見たいと切望していたのが、東京の美術館に来ると知って驚喜した。
なかでも特に見たかった、憧れの絵も今回は来ている。オーストリア皇妃エリザベートの肖像画。
この絵を初めて見た時、こんなに美しい人がいるのか、いてもいいのか、と思った。それからエリザベートの伝記を読み、ヴィンターハルターの画集を買い、エリザベートの映画も観た。
美しい皇妃に一時私は夢中になっていた。
懐かしい初恋の人に会ったような気がして、私はその絵の前に立った。憧れの人にやっと逢えた、とも思った。人気のある画家だけに、なかなか混雑していたがこの絵の前は特に人だかりが出来ていた。
「もちろん、私の家族が純さんみたいに理解があるとは思えない。それは、私の家族だから、私が一番良く分かってる。だけど、知ってて欲しい。私が、男の人を愛せないって、私の好きになる人は女の人しかいないって、両親には辛い事実だろうけど・・・。」
声が大きくなっていくのが自分でも分かって、喋るのをやめた。ムキになってはいけない。大事なことだから、尚更に冷静でいなくてはならない。
相手が友香なのにこれでは、先が思いやられる。
友香は小さく何度もうなづいて聞いていた。
「琴乃が決めた事だから、何があっても応援する。私は、私だけはあなたの味方だから。」
友香の言葉はいつも暖かい。私の胸を感動でいっぱいにしてくれる。私は肩の力がゆっくりほどけていくのを感じていた。
友香の大きな瞳が恥ずかしそうに伏せられた。友香は私がストレートに感謝の気持ちや愛の言葉を伝えると、未だにこんな風に分かりやすく照れる。そこがたまらなく可愛いのだけれど。
私は友香の頬に手をやり、少し強引に私に視線を向けさせた。私達は何も言わずに長いあいだ見つめ合っていた。私はいつまでもこうしていたいと思った。
いつまでも、ただこうして彼女の美しい顔を見ていたかった。
「琴乃は・・・琴乃はどうして家族に私達のこと、言いたいと思ったの?」
しばらく見つめ合ったあと、友香が言った。私は友香の頬から手を離し、今度は私の方が目を伏せた。
「私・・・友香が羨ましくなったのかもしれない。」
ゆっくり顔を上げて、私は友香の目を見つめた。
「純さんがいてくれていいなぁって、自分の同性愛を理解してくれている家族がいて、いいなぁって思ったの。」
「あ、お兄ちゃん。久しぶり。ちょっと話があって電話したんだけど、今大丈夫?」
私は悩んで悩んで、結局兄に話すことを決めた。
「おう、久しぶりだな。お前から電話なんて珍しいじゃねーか。」
相変わらず兄の声は明るい。私はLineよりも直接電話して良かったと思った。私まで元気が出そうな気がした。
「そうだね、あのねお兄ちゃん、私今度東京に行くんだけど、その時に会えないかなぁ、今付き合ってる人のことで聞いて欲しい話があるんだ。」
「ん?俺はお前の都合に合わせられるよ。お前はいつこっちに来るんだ?」
私達は会う時間と場所を決めて、詳しい話は会った時にと言って電話を終えた。短くあっさりした電話だった。
スマホを置くと、思わず深く息をついていた。意識していなかったつもりでも緊張していたみたいだ。顔を上げると何か言いたげにしている友香と目が合った。
「どうしたの?友香。」
「うん、随分緊張しているみたいだったから、大丈夫かなって。」
私は友香に近づいて唇にキスをした。
「大丈夫。心配してくれてありがとう。優しいのね。」
「琴乃は家族を大切にしているのよね。私と違って。大事だから傷付けたくない。だから悩むのよね。」
友香は私を背後から抱きしめて、優しく髪を撫でてくれる。
友香の白く艶やかな腕が私の視界の下半分を隠した。こうしていると友香にすっぽりと包まれている気分になる。
家族に私の話を聞いてもらうとなると、必然的に友香も巻き込んでしまう。私のパートナーが気にならない筈がないからだ。もしかしたら友香のせいで私がレズビアンになったと思うかもしれない。
「やっぱり言わない方がいいのかな。」
ため息まじりに言うと、友香はさらにギュッと抱きしめてくれた。何も言わないでそうしてくれる事が、今の私には何よりも嬉しかった。慎重になるのも思い切るのも、私が思う通りにしていいんだと背中を押してくれているみたいだった。
私は考えに考えて、兄に間に入ってもらうのはどうかと思い付いた。兄には迷惑かもしれないけど、断られるかもしれないけど、話だけでも聞いて欲しい。
その前に、友香に私の決意を聞いて欲しいと思った。
そもそも、友香は純さん以外の家族には自分の事を打ち明けているのだろうか。
「私は言って無いわよ。言うつもりもないしね。もし両親にバレたらその時はあっさり認めるつもりよ。」
友香の返事は冷めていた。
「もしかしたら父が政略結婚的なお見合い相手を押し付けて来るかもしれないけど、それは断ってしまえばいいの。母は多分私が結婚しようがしまいが、気にしないと思うし。自分の仕事の邪魔をされなければ、どうでもいいのよ。」
いつものことだが、友香は両親の話をする時とても冷徹になる。好きとか嫌いとか、そんなのはもはや存在せず、そこには他人を客観的に見ているかのような、うすら寒い関係が出来上がってしまっていた。
私にとっての一大決心が、友香には些細な事だったのだ。私達に違いがあるとすれば、家族との距離が一番の相違点だった。
私は家族に反対されても友香との関係を続けて行きたいと思う反面、家族と気まずくなるのは避けたいという想いが日に日に強くなっていた。
私を理解して欲しいなんて、そんなのは欲張りだと充分に知っていた。だからこそ、必要以上に良い子を演じているのだ。多分。
いつまでも黙っていようか、仕事が一番大事だってフリをして、仕事しているうちに婚期も逃しちゃってましたーって15年後に笑って言ってしまおうか。
うん、それも悪くはないと思う。だけどあと5年もしたら母あたりが要らない世話を焼いてきて、顔を合わせる度に近所の誰が結婚しただの、子供産んだだの、お見合いしろだのと言い出すに決まっている。
だったらいっそのこと、近いうちに家族に全てを打ち明けて、信じられないくらいの修羅場を経て、変にスッキリして友香だけになって、本当に友香だけになって、生きて行くのはどうだろうか。
もしかしたら私の家族は意外に物分かりが良くて、友香の事もすんなりと受け入れてくれて、今まで通りに家族仲良く過ごしていける。なんてのはあまりに都合のいい話なのだろうな。
私はいつからか、家族になるべくダメージを与えずに打ち明ける方法を考え始めていた。
修羅場なんて、考えたくもない。
母への後ろめたい気持ちも手伝ってか、私の両親への態度はあからさまに良くなっていた。
家にいた頃もそれなりに手前のかからない、反抗期なんてのも無い子供だった筈なのだが、それは私の主観で両親が本当はどう思っていたのかはわからない。
母は私を家から通える大学に行かせたがっていたから、一人暮らしをさせて良かったと思って欲しくて、率先して家事を手伝った。
私が作った料理を『美味しいわねー』と言いながら食べる母と、『悪くはないな』と言いながら残さず食べてくれる父。
私は、自分が両親のようにはなれないけれど、それでもあなた達に育てて貰って、本当に感謝しているしすまないと思っていると、何らかの形で表したかった。
>> 48
母は帰る度に綺麗になったね、と私を褒めてくれた。
「美人の友達と一緒にいるとこっちも意識が高くなるの。」
そう言って友香と摩耶との写真を見せた。母には友香と一緒に暮らしている事は言っていたが、写真を見せるのは初めてだった。
(お母さん、この人が私の好きな人なの。)
写真を見て目を細める母を見て、私は心の中で言った。ごめんね、私、お母さんにウエディングドレスも、孫も見せてあげられない。その人と生きて行きたいの。
母は、「家族が一番大切!」を豪語する人だった。女は結婚をして、子供を産んで家族を作る。それこそが幸せだと信じていた。だから、娘である私にもそうであって欲しいと思っている事は、母から直接聞かなくても察しがついていた。
地元の写真館で撮った成人式の写真が送られてきた。自分一人のものと、母と一緒に撮ったもの。
「随分良く撮れてるから、お見合い写真にも使えるわねー。」
電話してきた母の冗談がチクリと胸を刺した。
「凄い綺麗に撮れてる!何時間でも見てられるよ。」
見せてとせがんだ友香がはしゃいだ声を上げた。
さすがプロと言うべきか、その写真の仕上がりは確かに素晴らしかった。自分でもかなり良い出来だと思った。
「そこはプロだからね。綺麗に撮るのが仕事だもん。」
友香に褒められて素直に嬉しかった。友香と一緒に暮らすようになってから、私は以前よりもスタイルが良くなっていた
。友香と一緒だとストレッチや筋トレも一人の時よりも楽しくできるし、ちょっと面倒くさくても誘われるのでサボれない。
スタイルについては実家に帰った時も母に褒められていた。
私は友香の目を見た。
「あなたが好き。私にはあなただけなの。」
ありきたりな言葉で友香にすまないと思いつつ、それでも言わずにはいられなかった。私が友香だったら、こう言われたいと思ったのだ。友香の瞳に明らかに安堵の色が浮かぶ。
それを合図に私は友香を押し倒して、愛撫していた部分に唇を付けた。友香はほんの一瞬だけ抗うそぶりをして、それでも私の愛撫に身を任せてくれた。
「ああ・・琴乃・・気持ちいい・・・愛してるわ。」
友香の身体が仰け反った。顔を上げると友香は目を瞑って肩で息をしていた。
友香の隣に寝そべると友香は薄く目を開いて私を見た。腕を伸ばして肩を抱き寄せられた。
「琴乃、ありがとう。」
友香のありがとうが何に対してなのか、私ははっきりとは分かっていなかった。それでも私は小さく頷いた。それで良かったのだ。なんであれ、私が友香に感謝されているということだけで。
友香は私が告白されると決まって不機嫌になった。口では大丈夫と言っていても、いつもより素っ気ない態度で私に接した。そのくせその夜は激しく私を求めた。
「眠れないの。」
友香はそう言って、私のベットに潜り込んだ。私が何か言う前に、唇が塞がれる。そんな時友香は挑発的な下着を身に
着けていて、私の体温はあっという間に上がった。
私は友香の下着をずらして胸に触れた。
友香が吐息を漏らし、うっとりした目で私を見た。私の体温は更に上る。
激しくキスをしながら友香が私を裸にしていく。そして自分も裸になった。私は友香の裸の胸に唇を付けた。友香の腕にしっかりと抱き寄せられ、更に優しく髪を撫でられた。愛おしくて眩暈がしそうだ。
口に含んだ乳首を舌先でゆっくり転がす。そのまま上体を起こすと唇が離れた。髪を撫でていた友香の手が肩先を掠めて私の胸で止まった。指先で乳首を挟まれ、私はくぐもった声が漏れた。
「素敵よ、可愛いわ。」
友香が耳元で囁く。指先をクリクリと動かして私の乳首をせめている。
「あ、友香・・・」
何か言いたいのにうまく言葉が出てくれない。
友香の唇が弱い光に濡れて光っていた。艶めかしく魅力に溢れている。思わず指でなぞった。
胸にあった友香の手が、徐々に下に移動していった。私が一番触れて欲しい部分に。
再びベットに横たわると、友香の指がためらいなく私の亀裂に滑り込んできた。快感に鳥肌が立った。
「あっ」
思わず高い声が出てしまう。
私も友香のそこに手を伸ばした。もう何度も触れて、唇を付けた部分。私達は見つめ合いながら、ひたすら指先を動かした。
友香と一緒に住むようになって、私達はお互い二度づつ告白をされていた。
私達は必ずお互いに報告した。私も友香もその度に嫉妬心を掻き乱されたし、優越感なんて感じられる余裕もなかった。
それでも私は恋人には誠実でありたかった。大丈夫と言いながら不機嫌になる友香が可愛かった。
意外だったのは友香があまり告白される事に慣れていないという事実だった。
「中学からずっと女子校だったからかな?私あまりモテない子だよ。」
友香はそう言って笑った。嘘でしょと思いつつなんだか安心した。
私は初めて女の子から告白を受けた。
相手は友達の友達で、何人かで話したりする時にたまに一緒になるくらいの関係の人だった。要するにただの知り合い。自分もそうだったけれど、同性に告白するのは凄く勇気がいる。私は地元に彼がいるからと、ありきたりだけど丁寧に断った。
「私の事変だと思う?」
彼女は最後に私に聞いた。
「ううん。私はそんな風に思わないよ。強い人だなって思っただけ。」
私の答えに、彼女は涙目で笑顔になった。友香には言っていないけど、可愛い笑顔だと思った。
彼女は私を好きになって良かったと言ってくれた。彼と幸せになって欲しいと言ってくれた。私はチクリと胸が痛んだ。
(私もあなたと一緒だよ。女の子に恋してしまったの。)
そう言えたらどんなに楽だろうと思った。
同居を始めたばかりの頃で、どうしても私に他人を近づけたくなかったのだという。たとえそれが男の人でも、私の好みじゃなくても。
奇妙な気持ちだった。私にと託された手紙を私に断わりもなく処分するという友香の行動を少し怖いと思いながら、それが私への嫉妬ゆえだと思うと嬉しくもあった。
「今言うのはずるいよ、友香。可愛い子からの告白を断ってくれたってほっとした時にそうきますか。」
正直、そんな手紙を貰っても面倒だと思うばかりで嬉しくはないだろうと思った。どうやって断わろうかと悩むのだろうとも。
「どんな内容だった?」
一応聞いてみた。
友香はきょとんとした顔で私を見た。
「見てないよ、だからどんな内容かは分からない。琴乃は地元に彼がいるからって先輩に頼んで遠回しに断ってもらっただけ。」
「そう、なんだ。だけど、これからはやっぱり私に言って欲しいな。断わるにしても、私は自分のことを好きになってくれた人には誠実でいたい。」
さっき面倒だと思ってしまった自分を反省しながら言った。
「うん、ごめんね。もうしない。」
また俯いてしまった友香の顔を上げさせ、私は友香の目を見て微笑んだ。
その夜私はいつもより丁寧に友香を愛撫したのだった。友香もいつもよりたくさん『愛してる』と言ってくれた。
「信じてるけどさ、心配はするよ。あなたがあんまり綺麗だから。誰もがあなたを欲しがるんじゃないかって思うもの。」
友香が耳まで真っ赤になって顔を伏せた。
「琴乃って真面目な顔してたまに凄い事言うよね。」
「嫌だった?」
「ううん。・・・好き。」
友香が顔を上げた。私達は少しの間見つめあって、唇を重ねた。
「琴乃に話しておく事があるの。」
唇を離した後友香の胸元に入れようとした私の手を止めて、友香が言った。
「琴乃に渡して欲しいって預かった手紙、握り潰した事があるの。」
真面目な顔して凄い事言うのは友香の方だと思った。
「え?それはちょっと、・・・引くよ。」
「だよね。ごめんなさい。どうしても琴乃の目に入れたくなくて、勝手に断った。」
話を聞くと、友香の先輩の友達が私に興味がある素振りをしていて、ルームシェアしてる友香に手紙を託したらしいのだ。
「ねぇ、今日一年の子に告白されちゃった。」
ある日、私が帰って来た途端に友香がにやにやしながら言ってきた事があった。
「へぇ。」
私は動揺しつつも何とか平静を保とうとして素っ気ない返事をした。
「・・・つまんない、聞かないの?」
友香がちょっとだけ唇を尖らせた。
「聞く。その前に着替えてくる。」
私は自室に入ると部屋着に着替えた。友香の様子を見る限りでは、私の耳に入れても構わない話なのだろうけど、それでも心穏やかではいられなかった。
リビングに戻ると友香は紅茶を入れてくれていた。
「はい、どうぞ、話して。」
何気に急かしてしまう。
「うん、帰りがけに呼び止められて、それで告られた。もちろん断ったよ。」
「どんな子だったの?」
「どんな子って、可愛かったよ。真っ赤な顔して、涙目で。必死になってた。」
「・・・あなたって女の子にもモテるのね、今更だけど。」
友香と歩いているとナンパなんて当たり前にあるし、男の目線が友香に注がれるのも何度も見ているのに、いざ告白されたとなると憂鬱になる。
「琴乃、もしかしてヤキモチ焼いてる?」
「焼くよ、だって可愛かったんでしょ?友香の気持ちがグラついたらどうしようって思うよ。」
友香が複雑な表情をする。眉間に皺を寄せながら、それでも口角は上がっていて、にやにやを我慢しているのか。
「やだ嬉しい。琴乃がヤキモチ焼いてくれてる。」
友香が抱きついてきた。
「私はあなたのものだから、心配しないで。」
私の耳元で囁いて、頬にキスをした。
純さんの家を辞したのはそれから2日後になった。私達は執事の辻岡さんの運転する車で家まで送って貰い、辻岡さんは必ずまた来て欲しいと言い残して帰って行った。
思いがけない程長く休暇を取ってしまったけれど、こんなに素晴らしく意味のあるお休みは初めてだと思った。
冬季休暇はあっという間に終わる。とはいえ普段の生活に戻るのは苦ではなかった。大学は好きだし、何より私は今の生活に満足していた。
私達は家事をするのにこれといって当番などは決めていない。私も友香も、お互いの共同スペースを綺麗に保つのは当たり前の作業であって、それを苦に思う方が不自然だと思っていたし、ご飯は早く帰って来た方が作っていた。
私が食事の支度をしていると、帰って来た友香は必ず私を後ろから抱きしめる。柔らかく包むように私の腰に腕を回し、首すじに軽くキスをする。私は「危ない」などとたしなめつつ、友香のその仕草が嬉しくて堪らない。
家事が苦ではないのなら、日々の生活が楽しいのは当たり前だった。
>> 38
「私もね、あなたに会うのは緊張したのよ。私の印象で友香が嫌われてしまわないか、とか、あなたが男性にも女性にもモテていて、何人かいるお相手の一人が友香なんじゃないか、とか随分余計な心配をしていたの。あなたみたいな人が友香のお相手で本当に良かったと思っているわ。友香のこと、これからもよろしくお願いします。」
純さんは立ち上がって私に深々と一礼した。
「そんな、こちらこそよろしくお願いします。」
私も立ち上がって頭を下げた。純さんの言葉が嬉しかった。
「友香には今日の話はきつかったでしょうね。。・・・ショックを受けていたようだった?」
「そうですね。平気には見えませんでした。亡くなったお祖父様が可哀想だとも言っていました。でも、純さん達を理解しているようでした。お二人がどんなに辛くて切ない思いをされたか、痛いほど分かっていると思います。今は眠っています。私は友香さんが目を醒ます前に部屋に戻って、それからずっと友香さんに寄り添っていたいと思います。」
「ありがとう。そうしてくれたら嬉しいわ。あの子は強いけれど繊細な部分もあるから。私にとって今はあの子が一番大切な存在なのよ。側にいて守ってあげたいけれど、それは無理なのは分かっているわ。だから、くれぐれもあの子の事、よろしくね。」
純さんはもう一度、私に向かって頭を下げた。
「友香から何か言われた?」
「・・・この家に連れて来てくれた意味を、友香さんから聞きました。」
純さんが納得したようにうなづいた。
「それは友香の意思であって、友香自身の心の在り方を私に示してくれたのよ。あなたが友香にとってどれ程大切な人なのかを私に教えてくれたの。私があなたをどう思おうが、関係ないと思うのだけど。」
「・・・関係なくありません。私にとっても友香さんは大切な人です。愛する人の大切な家族に気に入られたいと思うのは当然です。」
「・・・友香を愛しているのね。」
「愛しています。だから・・・私のせいで友香さんが家族と険悪になってしまうのは嫌なんです。特に・・・友香さんは純さんが大好きだし、そんな人に良く思われないのは嫌です。」
純さんは少しだけ驚いたようだった。でもその後すぐに可笑しそうに笑った。
「あなた・・・真面目な人なのね。私の事なんて気にせずに、もっと恋愛を楽しめばいいのに。せっかく両思いなんだから。」
「そんな訳にはいきません。将来を考えるなら、尚更です。それに・・・私だって純さんが大好きになったんです。私の事を、認めて欲しいんです。」
「ふふふ・・・。正直ね。それに欲張りだわ。反対されたら家族から奪ってでも一緒にいたい癖に、少しでも理解のある私には嫌われたくない。そうなんでしょう?」
悔しいけどその通りだった。理解者は多い方がいい。私は黙って深くうなづいた。
「・・・気に入ったわ。結論を言うなら、あなたは合格。可愛い孫娘が選んだ人なら、私はどんな人でも構わないと思っていたけれど、やっぱり気になるものね。あなたが友香をどれ程大事に思ってくれているか、良く分かったわ。友香だってあなたを見た目だけで選んだ訳ではないとはっきり分かったわ。あの子ったら、電話でもあなたの事ばかり話すのよ。べた惚れなのが丸わかり。」
純さんはさも可笑しそうに口に手を当てて笑った。
>> 36
私は泣き疲れて眠った友香の深い息を確認すると、そっと部屋を出た。
どうしても純さんと二人で話をしたかった。純さんはあの部屋で一人で居るはずだという頼りない根拠にすがってここに来てしまったけれど、小さくノックした後に『どうぞ』という声が聞こえた時は心底ホッとした。
「眠れない?」
静かに部屋に入ったまま、ドアの前で立ち尽くした私に純さんが声を掛けてくれた。
「いえ・・・どうしても今日中に言いたい事があって、ここへ来ました。少しお時間を頂けないでしょうか?」
「いいわ。私も今夜は眠れそうもないし、さっきは随分と重い話をしてしまったんだもの、次はあなたの話を聞きましょう。」
純さんの柔らかな声が私を落ち着かせる。自分でも分からないうちに随分と緊張していたみたいだ。
私はさっき座った位置に腰を下ろした。
「純さん。率直に言ってください。私は友香さんの側にいる資格はありますか?私は友香さんのパートナーとして、純さんから及第点を頂けますか?」
純さんは不思議そうな顔で私を見た。
「何を言っているの?もし私がダメだと言ったら、あなたは友香を諦めるの?」
私は唇を噛んだ。
「無理・・・です。その場合、友香さんは私か家族か、どちらかを選んで貰わなければならなくなります。」
純さんは私を見つめた。
その瞳からは何の感情も読み取れない。
友香がぽつぽつと話し始めた。
「私が男の人を好きになれないとおばあちゃんに打ち明けたのは、13歳の時だった。おばあちゃんは最初びっくりした様子だったけど、少し困った顔をして
『それは大変だね』
って言っただけだった。」
「・・・正直拍子抜けした。私、てっきり怒られるか、たしなめられるか、呆れられるかだと思っていたから。私が相談相手におばあちゃんを選んだのは、どうせそのどれかの対応をされるなら、おばあちゃんなら我慢出来そうだったからなの。」
「その時は、おばあちゃんも私と同じ理由で悩んでいたなんて思いもしなかった。ただ、おばあちゃんが『そんなのは気のせいだ』とか、『もう少し年を取れば変わる』なんて月並みな事を言わなかったのが嬉しかった。」
「それでね、その時に言われたの。私が心から好きだと思った人が居たら、おばあちゃんの家に連れて来なさいって。もしその人が女の人でも、おばあちゃん気にしないからって。心のままに人を愛しなさいって言ってくれた。」
友香が私を見た。私も友香を見た。私は友香を抱き寄せて『ありがとう』と一言言った。
「おばあちゃん、嬉しかったと思う。史織さんとの事を聞いて私、はっきり分かった。おばあちゃんは私が心から愛する人に巡り会えた事を凄く喜んでくれてる。」
純さんはきっと、友香が自分と同じ辛い想いをするのを知っていた。でも全く同じっていう訳じゃない。時代も環境も、何より自分という相談相手がいる。純さんはそれに賭けた。だから、友香に心のままに生きるように言ったのだ。
愛する人がこうして側にいるのが、奇跡みたいなんだと今夜改めて思った。そしてこうしていられる時間は、私が思うよりも短いのかもしれないとも。
今日はこうしていられても、明日のその保証はどこにもありはしない。私の心が何度も叫んでいた。
だから、今を大切にしなければ。
愛する人を、大切にしなければ。
友香を、大切にしなければ。
私は友香を抱き寄せた。
「私の肩で泣いて。胸に飛び込んでって言いたい所だけど、あなたの方が背が高いから、肩で我慢してね。」
優しく髪をなでると、友香の泣き声に笑いが混ざった。
「友香・・・私達、ずっと一緒にいましょう。・・・純さんと史織さんの分まで。」
友香の嗚咽が強くなった。そして何度も頷いた。
「愛しているわ。何度でも言う。あなたは私にとって最高のパートナーよ。」
私の言葉が友香のなぐさめになればいいのだけど、それは期待出来そうもなかった。だけど今夜それを言わずにいたら、私は友香の恋人失格だ。今の友香に寄り添えるのは、私しかいないのだから。
「私も、聞きたいです。もっともっと、純さんと史織さんの話を、聞きたいです。」
声を出すと涙が出そうになる。
「ね、おばあちゃん、いいよね?」
純さんは何度も頷いた。
「あ・・りが・・と・うね。」
しゃくり上げながら、それでもお礼を口にする純さんを、私はやっぱり好きだと思った。
純さんが泣き止んで、私達が部屋に戻ったのは真夜中を過ぎていた。
書斎を出る時にはもう落ち着いた様子の純さんだったが、一人になったらまた何か考えてしまうのだろうと思った。
私は窓のカーテンを開け、真冬の澄んだ夜空を見上げた。綺麗だった。
こんな心中で眺めているのにも関わらず、雲のない月の明るい夜空はとても綺麗だった。
「何を見ているの?」
友香が隣りに立った。
「うん・・・月を見てた。」
「そう・・・」
友香はそれ以上何も言わなかった。
「純さんの話、切なかったね。」
「うん。」
「史織さん、素敵な人だったね。」
「うん。」
「純さん、私達をどんな思いで見てたんだろう。」
「・・・琴乃」
「・・何?」
「・・・泣いてもいい?」
「・・いいよ。」
友香のしゃくり上げる声が、徐々に大きくなっていった。私はあえてそちらを見ず、手探りで友香の手を掴んだ。友香は指を絡めて私の手をしっかり握った。
友香の泣きかたは純さんと似ていた。それに気付いて、私はより一層友香を愛しく思った。
純さんの一途な片想いの行方が哀しい結果に終わったからこそ、私は友香を出来るだけ笑顔にしたいと思った。それは決意のようなものになって、私の心に刻まれた。
見上げている月がいびつな形に滲んでいた。そっと目を閉じると、涙が一筋頬を伝っていった。
再び目を開けると、月はさっきよりはまともな輪郭に見え、私は友香の手を強く握り返した。
身体を震わせて、哀しみを吐き出すように号泣する純さんを私はただ黙って見ていた。
それは愛する人を亡くした者の、正しい慟哭に思えた。
「おばあちゃん、こんな風に泣いた事あった?」
友香の問いかけに、純さんは頭を横に振った。
「そっか・・・」
友香は純さんの背中をさすり続けた。
純さんはきっと、史織さんへの想いを終わらせる為にこんな風に泣く事が必要だったのだ。なのにそれをしないで、今日まで長い間いたずらに時を重ねてしまったのだろうと思った。
違う。そうじゃない。しなかったのではなくて出来なかったのだ。
純さんの涙を受け止める人間がいなかったのだから。今日までは。
「おばあちゃん、私達明日帰るのやめるね。おばあちゃんが落ち着いたら、また明日史織さんの話聞かせて欲しい。」
友香は私に顔を向けて、声を出さずに口だけ動かした。
『ごめんね。』
私は微笑んで首を左右に振った。
私もこのまま純さんを残して明日帰れないと思っていた。
「・・・おばあちゃん・・・」
友香は何か言いかけて、でも結局それしか言わなかった。
「私は幸せに今までの人生を送って来られたと、大抵の人は思うのでしょうね。実際、幸せだったのだし。だけどね、心の中に澱のように何かが溜まっているの。・・・いいえ、何かじゃないわね、それを口に出すのは怖いから普段考えないようにしているのだもの。」
「・・・一旦考え出してしまうと、私にもっと勇気があったらなんて、思っても仕方のない後悔ばかりしてしまう。」
純さんは目を瞑った。瞼がひくひく震えている。涙を堪えているのが伝わって、私の目頭も熱くなった。
「ただ、史織に・・私も愛していると・・言いたか・・った。史織を抱き締めて・・・その・・頬に・・触れたかった・・・」
純さんの閉じた目から、涙がこぼれ落ちた。
私は純さんに掛ける言葉も無くて、でも純さんの哀しみややるせない悔しさも、何となく分かってしまった。史織さんに伝えたくて出来なかった言葉が、抱き締めたくて広げたその腕が、行き場を無くして純さんの心の中に澱として残っている。
友香が純さんの隣りに行き、純さんを抱いた。純さんは友香の肩に額をつけて、友香に背中をさすられるまま、身体中を震わせて泣いていた。
「おばあちゃん・・・誰かに話したかったんだね。おばあちゃんと史織さんの事を、今までずっと言えなかったんだね。おばあちゃん、辛かったよね。史織さんと気持ちが繫がっていたのに、史織さんに言えないまま、永遠に会えなくなってしまったんだもんね。」
友香の声の優しさに、私は胸が詰まった。そうだ。純さんはずっと誰かに言いたかったのだ。愛する史織さんを無くして哀しいと、愛していると打ち明けたら受け入れて貰えたのに、それを言えなかったのが悔しいと、ずっとずっと言いたかったのだ。
「あれはきっと恋だと、今でも言い切れる。私の生涯において、たった一度の真実の恋。」
純さんは淡々と語った。史織さんと離れたくなくて、四年間寮に住み続けた事、就職後も結婚後も、親友として交友関係を続けた事、史織さんがアメリカに行ってしまってからは、一度も会えないままだった事・・・
「亡くなった主人には、感謝しているわ。私に娘を・・・家族を与えてくれたし、なに不自由ない生活をさせてくれた。だから、私の生き方が不幸だったとは決して思わない。」
「世の中には愛し合って伴侶になった夫婦も、もちろんいると思うけれど、それはほんの一握りの人達なの。大抵は打算なり諦めなり、妥協なりが働いて結婚に到るものよ。愛さえあれば、なんてのは通用しない。こと結婚に関しては。」
純さんは5歳年上のご主人が、どうして自分を結婚相手に選んだのか、結局分からなかったと言った。聞いたことさえなかったという。自分が史織さんとの恋を諦めて結婚は条件のみで決めたのだから、ご主人がどんな理由で結婚しようが構わなかった、と純さんは言い切った。
ご主人との結婚生活は、純さんが史織さんを忘れることができなかったせいでどこか一線を引いたままだったという。いつまでも自分に心を開かない純さんに、ご主人は業を煮やしたらしい。浮気をするようになってしまった。
それでも純さんはご主人に嫉妬したりしなかった。娘も産まれ子育ても忙しかったし、なんなら夜の生活から開放されると不謹慎にも少しほっとしたらしい。
浮気をしていても、ご主人の態度は紳士だった。子供も可愛がっていた。常に家族と仕事を第一に考えていたから、浮気相手には割り切って付き合える女しか選ばなかった。
それだけでもありがたいと純さんは静かに笑った。自分のせいで浮気をさせてしまったのだから、家庭を壊さないだけでも立派だと妙な褒め方をした。
「史織さんを好きだって気付いたのはいつからなの?」
「史織と同室になって、仲良くなった私達は何でも話したけれど、不思議と男の子の話はしなかったの。ある時その事に気がついて考えてみたんだけど、二人で居るのが本当に楽しくて、どうせ年頃になったらお見合い結婚をするんだから、今恋をしたって仕方ないと思っていたの。きっと彼女もそうだろうと思っていたわ。」
「・・・あれは、入寮して半年経ったある秋の夜だった。大きな台風が来て、雷が酷くて・・・私は小さい頃から雷が苦手で、怖くて怖くて耳を塞いでガタガタ震えていた。そのうち停電もあって、あの頃は頻繁に停電していたの。・・・その時だった。史織が私を抱きしめて、『大丈夫、私がここにいるから』って言ってくれたの。二人で頬を寄せて、固く抱き合って、いつもよりずっと強く石鹸の香りがした。胸が圧迫されて、私の鼓動が史織に聞こえているかもしれないと思った。時々青白く光る稲妻が私達を照らして、その時だけ史織の顔が見えた。彼女は私をずっと見ていてくれたわ。とても優しい、美しい表情をしていた。大嫌いな雷が、永遠に鳴り止まなければいいとさえ思った。私は・・その時から史織を意識するようになったの。」
「おばあちゃん、雷が怖くてドキドキしていただけとは考えなかったの?」
「もちろん考えたわよ。何度も何度も。あれは史織の優しさであって、恋愛感情を抱く私がおかしいのだと。史織はああやって震えていたのが私じゃなくても、きっと同じようにするのだと自分に言い聞かせた。だけどね、何度考えても、あの夜の史織の肌の感触も、香りも、私が感じた胸の高鳴りも、全てが素敵に思えた。」
「おばあちゃん・・・私は色々聞きたい。おばあちゃんがおじいちゃんとどんな風に結婚したとか、どんな生活をしていたのかとか、史織さんの事とかを聞きたい。」
友香は真っ直ぐ純さんを向いた。
「いいわ・・・どんな質問にも答える。私にはそうする義務があるもの。」
純さんも友香を真っ直ぐに見つめた。
「史織さんとは学生寮で一緒だったのね。」
「そうよ。私も史織も女子大の寮生だったの。史織は東北の裕福な医者の娘で、地方出身なのに訛りが全然ない子だった。控えめな性格で優しくて、いつもおろしたての石鹸みたいな匂いがしていた。」
純さんは机の引き出しの奥から一冊のアルバムを取り出した。
そのアルバムは予想通り、純さんと史織さんが写っていた。
純さんが華やかな美人なのに比べて、史織さんのイメージは一言で言うと清純だった。肩の上で切り揃えられた真っ直ぐな髪が真面目な印象を与えていた。ページをめくるたびに髪形が変わる純さんとは違い、彼女はいつも同じ。それが彼女をより若く見せていた。
「素敵な二人ですね。」
私は率直な感想を言った。写真の中の二人は笑顔が輝いていたし、何よりも二人共美しかった。
「ありがとう。あなたたちも素敵よ。」
「あっ・・ありがとうございます。」
私は思わずぺこりと頭を下げた。純さんがうふふと笑った。
友香が咳払いをした。
「あっ、ごめん。」
私は話が逸れてしまった事を謝り、純さんの話の続きを待った。
「墓地へ行ってみると、そこには葛城さんが居たわ。連絡もしていない私が現れて、彼は驚いていたようだった。私が手紙を受け取った事を伝えると、彼はただ『そうですか』と言ったきり黙ってしまった。私、何だか妙な気持ちになってしまってね。史織について沢山聞きたい事があるのに、葛城さんにはどうしても聞けないの。打ちのめされた彼の姿が、史織をどんなに愛していたのかを明確に表していたからね。史織が伴侶として選んだ人と、どんな顔をして彼女の話をすればいいのかわからなくなって、花を手向けてお別れをして、すぐに立ち去った。だけど、その場を離れようとした時、葛城さんがぽつんと言った。『妻は、ずっと誰かを待っていたような気がしたけど、きっとあなたを待っていたんですね。』って。」
純さんは目尻を拭った。
「今でも涙が出るわ。ああ、この人はどこかで気づいていたのかと思った。だから、咄嗟に嘘をついてしまった。『私達、親友でしたから。』
そう言って、私はその場を離れた。
あれが優しさなのか、残酷なのか、あれからずいぶん経ったけれど、今でもわからない。」
純さんはまた涙を拭いて話を続けた。
「私はずっと、葛城さんが羨ましかった。史織を手に入れた彼に、ずっと嫉妬していた。だけど、彼の一言で彼を羨ましく思っていたのが間違いだったと気づいたの。彼は彼なりに苦しんだのかもしれないと。」
「私は帰る飛行機の中で、ずっと黙ってついていてくれた辻岡に全てを話した。話し終えると、辻岡は一言だけ言った。『皆さん、お優しいですね。本当に、お優しい。』私は辻岡だって相当優しいと思った。そして私は帰国して、史織の願い通りに家族を大切にしようと誓った。史織を失った悲しみを癒してくれたのが家族だった。特に友香、あなたの存在が、私には救いだったわ。」
純さんは友香を優しく見つめた。
「おばあちゃん、これは・・・?」
友香の声が震えていた。
「驚いたでしょう。私もそうだった。」
純さんは友香を労わるように言った。
「おばあちゃん、返事を書いたの?」
純さんは静かに首を振った。
「いいえ。」
「そんな・・・この人は死期を悟って勇気を出したのよ。もう二度と会えないなら、返事くらい・・・」
「待って、友香。」
私は純さんにくってかかる友香を止めた。
「今は純さんの話を最後まで聞きましょう。純さんは差し出し人が捨ててもいいと言った手紙を大切に取っていたのよ。何か理由があるのよ。」
純さんはありがとうというように私を見た。
「私はね、友香。この手紙を受け取ってすぐ、史織の所へ行ったの。・・・私も史織を、愛していたから。」
純さんは・・・この人を・・・?
「私も愛していると言いたくて、何より病気で苦しんでいる史織を何とかしてあげたくて、私は身重の娘も主人も放って史織のもとへ行った。主人は黙って行かせてくれた。英語の堪能な辻岡も付けてくれた。ありがたかったわ。」
「史織さんは喜んだでしょうね。」
黙ってしまった友香の代わりに私が聞いた。それはそうだろう。祖母に祖父より好きな人がいたのだ。複雑な気分になって当然だ。
「・・・間に合わなかった。史織は私が着くより早く、死んでしまったの。」
「「そんな・・・」」
私と友香は同時に声を発した。
「多分この手紙は時間をかけて書いたのでしょうね。それと人に託したのが遅かったのよ。私が着いたのは彼女の葬儀の翌日だった。
真っ先に病院に行って、そこで史織が亡くなったのを知った。でも史織に手紙を出すのを頼まれた看護士に会えたの。史織は容態が悪くなってからその看護士に手紙を渡したみたいだった。」
私には史織さんの気持ちが分かるような気がした。最後まで親友のままでいようかと、葛藤があったのだろう。この手紙は告白でありながら、純さんへの気遣いで溢れていた。純さんの気持ちを考えて、出すか出すまいか迷ったのだ。
「私は呆然と彼女の埋葬された墓地へ行った。辻岡がせめて墓参りをしてはどうかと言ってくれたから・・・私一人だったら頭が回らなかったでしょうね。」
『拝啓 純さん
お元気ですか?季節はすっかり夏ですね。純ちゃんは初めての孫が生まれるのを今から楽しみにしているでしょうね。あなたの嬉しそうな顔が目に浮かびます。
純ちゃん。突然ですが、これは私の別れの挨拶になります。
私は癌に侵されてしまいました。今は入院中です。抗がん剤治療をしてもらっていますが、あと二か月くらいだそうです。
あと二か月で、私は死にます。
その前にどうしても伝えたい事があって、ペンを取りました。あなたは驚くでしょうね。
純ちゃん。私は、あなたが好きです。
学生寮で同室だったあの頃から、ずっとずっと、一人の女性としてあなたを愛していました。
今まで黙っていたのは、あなたを失いたくなかったから。親友だったら、ずっと繋がりを持っていられるからです。
23年前に嫁ぎ、夫と一緒に海外に来てしまえばあなたを忘れられると思っていたけれど、私が甘かったわ。あなたを忘れた日なんて、一日たりともなかった。
あなたの好きなもの、嫌いなもの、少しでも目につくと、いつもあなたを思い出した。あなたが送ってくれる手紙や写真が、あなたの幸せな生活を物語っていたから、私はあなたが幸せならば、それでいいと自分に言い聞かせて毎日を過ごしていました。
だからといって、私が不幸だった訳ではないの。私の夫は、何一つ文句の付けようもない人でした。私は夫に愛されていたし、私も夫を信頼していました。この人と結婚して良かったと、感謝していると、何度も思いました。
だから、きっとこれで良かったと思うの。あなたの幸せを祈る時、あなたの幸せを確認できた時、私はとても嬉しかったから。
私はもういなくなってしまうけれど、これからも変わらずあなたの幸せを祈ります。
何も変わらない、ただ祈る場所が変わるだけです。
今まで仲良くしてくれて、本当にありがとうございます。
もし最後の最後に、あなたに不快な思いをさせたなら謝ります。この手紙はご家族の目につかないうちに、破り捨ててください。
今度生まれる時は、振られてもいいからあなたと違う性に生まれたい。だって私はきっと、来世でもあなたを愛してしまうだろうから。
それでは、さようなら。どうか、ご家族を大切になさってください。
敬具 』
純さんの家で過ごすお正月はあっと言う間に過ぎて、いよいよ明日は帰るという夜、私と友香は純さんの書斎に呼ばれた。
書斎は古書に囲まれていて、重厚な造りの机や古くてかつ豪華な調度品がまるで古い洋画のセットのようだった。今にも部屋のドアが開いてパイプを咥えた探偵が入って来そうだ。
ゆったりとしたソファに友香と並んで座ると、その向かい側に純さんが座った。
「二人共お正月を一緒に過ごしてくれてありがとうね。今日呼び出したのはどうしても聞いて欲しい話があったからなの。」
聞いて欲しい話、という純さんの言葉に僅かに緊張が緩んだ。もしかしたら私と友香の付き合いについて何か聞かれるのではないかと思っていたからだ。
「この話は先代の辻岡しか知らない話よ。家族の誰にも話していないの。・・・いえ、出来ないの。だからこれは私達だけの秘密よ。」
私達は黙ってうなづいた。純さんは私達に一通のエアメールを渡した。受取人は純さん、そして差し出し人は『Shiori Kathuragi』となっている。日付は今から、20年前だ。
「葛城史織は私の親友。その手紙は私が最後に受け取ったものよ。」
「おばあちゃん、これ、読んでいいの?」
純さんは微笑んでうなづいた。優しい目をしていたけど、何か寂しげな眼差しだった。
「琴ちゃんも読んでちょうだい。」
私達は身体を寄せて手紙を読んだ。
全身が痙攣するみたいにヒクヒクしている。友香はそんな私を再び抱き締めて、耳元で囁いた。
「琴乃は詰めが甘いわね。」
私は訳が分からないまま、友香の背に腕を回した。
「私が泣いたのはね、気持ち良かったからよ。あなたの表情も言葉も、
愛撫も全てが良すぎて、恥ずかしい筈なのに感じ過ぎて、涙が出たのよ。」
友香の囁きは止まらない。
「私を思うようにしたいなら、いつでもして良いのよ。だって私はあなたの虜なんだもの。使役するように、私を弄んでも構わないの。だって、私もそれに喜びを感じてしまったのだから。」
「そんな・・・」
そんな事は出来ないと言えなかった。
「琴乃だって、愛撫もされていないのに凄く濡れてた。私を縛って、恥ずかしい格好をさせて、エッチな言葉を言って、それが快感だったんでしょう?あなた、楽しくて仕方がないって顔してた。私の事、好きとか綺麗とか言ってくれた。だから、こういうプレイがしたくなったらいつでもしてくれて構わないのよ。」
私は友香をきつく抱いた。恥ずかしさで友香の顔が見られない。
「だから、私の弱みにつけ込んだなんて思わなくていいの。あなたは私に酷い事をした訳じゃない。私達は新しいセックスの形を試みただけ。そしてそれが思った以上に良かっただけ。私が泣いちゃうくらい。」
私達はゆっくり目を合わせた。そして二人同時に照れ笑いを浮かべた。
「良かった。友香を泣かせてしまったと思った。自分の欲求だけを優先して、友香を傷付けたと思った。」
「だから、琴乃は詰めが甘いって。優しいのよ、結局。私はもっと激しくされても平気だよ。痛く無ければね。」
友香は私のおでこにキスをした。
「でも、そんな優しいあなたが大好きよ。」
私達はもう一度抱き合った。
いつの間にか年が明けていた。新年を祝う花火が上がって、雲のない冬の夜空を明るく染めた。
抱き合ったまま、私達は花火を見た。そして時々見つめ合った。
好きな人と過ごす初めての新年を、私はこうして迎えた。
静かに指を滑らせるだけで、友香は甘い吐息を洩らした。
「気持ちいいの?」
聞かなくてもいい事を敢えて聞く。友香がコクンとうなづいた。
「もう、イきそう・・・」
「じゃあ、イって。」
私は指の動きを早めた。友香の弱い部分を重点的に責めると、友香はいとも簡単に達した。声だけはかろうじて抑えた。
「友香のイく時の顔、凄くエロい。ますます好きになっちゃう。」
私は指を動かすのを止めなかった。イった後のそこがどんなに敏感になっているか知っていて、敢えて止めなかった。
友香は脚を閉じようとしたが、私はそれを許さなかった。
「こんな目に遭わされても、私を愛してる?」
友香の目を覗き込むように、私は囁いた。
「愛して・・いる・・・わ」
友香が切れぎれの声で答える。友香も私の目を見続けていた。
「嫌いに・・なれるの・・なら・・・なりた・・いのに・・・どうし・・ても・・・できない・・」
友香の目から遂に涙が溢れた。
私は指を離し、友香の手首の紐を解いた。もういい。私こそ、友香に謝らなくてはいけない。
友香が私にした行為より、遥かに酷い事を私はしてしまった。
手が自由になった友香は、私をきつく抱いた。
「友香・・・ごめんね。私は・・・友香を許していないふりをした。あなたを、私の思うがままに抱いてみたくて、それに夢中になりすぎた。もう二度としない。許して。」
友香は無言で私を押し倒した。
そして私にキスをして、唇を下に移していった。
私の熱く濡れた亀裂に友香の唇が吸い付いた。愛撫もされていないのに
、私のそこは太腿に伝う程濡れていた。
友香が舌の動きを速めると、私はいつも通り、短く声を洩らして絶頂に達した。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、友香はベッドに入って待っていた。
私が裸になって隣に滑り込むと、待ちきれないとばかりに抱きついてきた。
友香が私の手を取って自分の亀裂に誘った。
「ねぇ、早く・・」
友香のそこは暖かく湿っている。私はすぐに指を離した。友香が明らかにがっかりした顔になった。
「友香、手を縛っていい?痛くしないから、それだけは約束する。」
友香は訳が分からないというように首を傾げて、『えっ⁈』と短く言った。
私は『大丈夫大丈夫』と言いながら隠していた紐を取り出し、友香を後ろ手に縛った。
私は友香の胸にむしゃぶりついた。両手の自由を奪われた友香はたまらなくセクシーだった。
「可愛いわ、大好きよ。」
身体中をさする。腰のくびれや太腿の白さを、ここぞとばかりに堪能する。友香の意思など関係なく、私の思うがままの行為がこんなに興奮するなんて。私の言いなりになっている友香にもいつも以上の愛しさを感じた。
「琴乃・・・もう許して・・・」
友香の声がかすれている。
「いいわ、どこをどうして欲しい?」
私の声は気味が悪い程優しい。なのにその言葉は全く優しくなかった。
「私の・・・アソコを指で弄って・・・舌でイかせて欲しい。」
友香の羞恥心も薄れてきたようだ。
私はにやにや笑いが止まらない。楽しくてたまらない。
「それと、手を解いて・・・琴乃を抱きしめたい。」
「それはだめよ。でもそれ以外ならしてあげるわ。」
私は足下から徐々に手を滑らせ、ついに友香のそこに触れた。そこはもう愛液でヌメっていて、私の指を難なく呑み込んだ。
「ダメよ。さあ、自分でそこを広げて。私にもっと見せて。」
「えっ、そんなこと・・・出来ない・・・」
「そう・・・なら仕方ないわ。服を着て。もう寝ましょう。」
私は友香に背を向けた。
「・・・琴乃、そんな事言わないで。私、とても眠れそうにない。」
私は黙り続けた。友香に背を向けて、その時を待った。
「こっちを見て。」
少し経って、友香が私を呼んだ。思った通りだ。(やっぱり。)私はゆっくり振り向いた。
友香がこちらに脚を向けて、指で自分の亀裂を押し広げていた。濡れたその部分が弱い光を受けて光っている。背中がぞわぞわした。エロいなんてものじゃない。友香の顔は見えなかった。恥ずかしさにこちらを見られないのだろう。私はその部分に顔を近づけた。
「キレイよ、とても。さっきより、更に濡れているみたい。」
私が囁くと、友香は手を離して両手で顔を覆った。
「もう、許して。恥ずかしくて死にそう。」
そう言いつつも、脚を開いたままだ。触って欲しいのだ。
(ヤバい、すっごい楽しい、コレ。)
私は自分でも気が付かないうちに薄く笑っていた。乱暴とも言えるこんな衝動が、自分の中で眠っていたなんて考えもしなかった。
「じゃあそろそろシャワーを浴びましょうか。私も我慢出来なくなったから。友香、先に使って。」
友香はすぐにシャワー室に消えた。
私は完全に箍が外れていた。
今夜は普通のセックスをするつもりなどなかった。急いでスーツケースの中からパーカーを取り出し、フードの紐を外した。そしてその紐をベッドのマットレスの下に隠した。
(ああ、ヤバいくらいワクワクする。)
友香と入れ違いに入ったシャワー室で、私は興奮のあまり眩暈がしそうだった。身体を濡らす前に大事な部分に触れると、そこは友香のそれと同じように濡れていた。
服をすべて脱ぎ終えると、友香はこちらに身体を向けた。私は相変わらず何も言わず、その素晴らしいプロポーションを眺めていた。
「琴乃・・・私は何をすれば・・」
「いいから、黙って。もう少しそうしていて。」
自分でも驚くけれど、私は冷静だった。身体は熱く火照っているのに、頭の芯がどこか冷たく冷えていた。
私は黙ったまま、しばらく友香の裸身を眺めた。
友香が恥ずかしそうに俯いている。手も触れず、抱き締めもせず、キスもせず、私が何をしたいのか分からずに戸惑っているようだった。
しばらくそうした後、私は友香にベッドに上がるように言った。
「仰向けに寝て、脚を開いて。」
友香の目が大きく見開いた。
「え・・・」
「見せて、私に。あなたのそこが今どうなっているのか、じっくり見せてよ。」
自分がどんなに意地悪な事をしているか、私には分かっている。私が以前友香にされたより、もっと酷く私は友香を辱めている。
でも、私は別の事も分かっている。私は友香にああされて、凄く、凄く感じた。今でもあの夜が最高だったと思っている。
だけど今は、あの夜を越えられる予感がしている。私はその予感に身体がゾクゾクした。
友香はベッドに仰向けになり、膝を立てて脚を開いた。胸が大きく上下している。潤んだ瞳は相変わらずだ。
(分かるわ、友香。恥ずかしいんでしょう? でも・・・感じているのよね。)
友香のそこは予想通り濡れていた。
手を触れようとしてやっぱりやめた。まだだ。まだ触れてはいけない。
「友香・・・あなたの・・・凄く濡れてるわ。いつからこんなになっているの?」
「琴乃・・・お願い。私・・・我慢出来ない。琴乃も脱いで・・・」
友香が手を伸ばして私に触ろうとする。私は友香から少し離れた。
「いいよ、もう気にしてない。だから友香も謝らないで。」
私は友香が口火を切ってくれてほっとしていた。自然と穏やかな声になっている。涙目の友香が泣き出さないように、自分でも分からないうちに宥めようとしたのかもしれない。
やっぱり恋人だから、友香に泣いて欲しくない。友香の涙はとても綺麗だけど、好きな人には笑っていて欲しい。今年最後の日なら尚更だ。
「許して・・・くれるの?」
友香の声が震えている。もう泣き出しそうだ。
「こっち、おいでよ。隣に来て。」
友香はおずおずと私の隣に座った。
「許すとか、そこまで怒ってないよ。私は怒っていたら明るく振る舞えたりしないもの。そんなに器用じゃないの、あなたも知ってるでしょう?」
私は友香の頭を撫でた。
友香が抱きついてきた。
「それでも、あなたの口から許すと言って欲しいの。その為なら何でもするわ。私を許すと言って。」
『許しているわよ、もう。』
喉まで出かかった言葉を、それでも言わなかったのは私を急に襲った、ある思いからだった。
それは、ひらめきのような、天啓とも言うような、私が今まで考えた事も無い思いつきだった。
「じゃあ、服を脱いで。」
友香が驚いたように私を見た。
私は立ち上がり、遮光カーテンを開けて部屋の電気を消した。
友香が立ち上がり、私に近づいてきた。
「待って、そこで止まって。」
友香が私を見ている。ここで引いたり照れたりしてはいけない。
「そこで服を脱いで。」
薄明かりが差し込む中、私の顔は逆光になっていて、友香に表情は見えない筈だ。
友香は何も言わず、私に背を向けてゆっくり着ている物を脱いでいった。私も黙ってそれを見ていた。友香の白い背中が、薄明かりの中露わになっていく。私は窓にもたれて、その冷たさで身体の熱を冷まそうとしていた。
この家は主人である純さんの他に三人の使用人という構成だが、純さんの三人に対する接し方は決して主人と使用人という感じではなかった。どちらかと言うと同居人のような、気の置けない仲間同士に見えた。
それでも三人の純さんへの言葉使いや態度は、明らかに尊敬と礼儀が感じられたし、それは友香や私に対しても同じだった。楽しくお喋りをしていても、自分達の立ち位置をわきまえて決して羽目を外さない。
「素敵な人達だね。」
小さな声で友香に言うと、友香は
「そうなの。この家の人達はみんな素敵なの。」
そう言ってにっこり笑った。
楽しい夕食の後、私と友香も片付けを手伝った。長谷川さんと金井さんは最初遠慮したが、是非にとお願いしてやらせてもらった。
女四人でお喋りしながら、賑やかに片付けは終わった。
長谷川さんはまた明日と言って、辻岡さんの運転する車で家に帰って行った。時間はまだ10時にもなっていなかったが、純さんははしゃぎ過ぎて疲れたと言って、金井さんと自室に戻ってしまった。
いざ二人になると、何だか気まずい空気が流れた。みんなのおかげで普通に振舞えていたのだが、間に入る人がいないととたんに無口な二人になった。
「部屋、行こうか?」
遠慮がちに友香に声をかけられ、私は素っ気なくするつもりなんて無いのに何故か素直になれず、黙ってうなづいた。
部屋に戻っても二人で話す訳でも無く、でも私はこんな雰囲気のままで新年を迎えたくなくて、何かきっかけを探して気ばかり焦っていた。
沈黙を破ったのは友香だった。
所在無くソファに座っていた私の前に立ち、頭を下げた。
「さっきは本当にごめんなさい。私が調子に乗りました。でも夕食ではみんなににこやかに接してくれてありがとう。」
顔を上げた友香はまた涙目になっていた。
友香に案内されてダイニングに入ると、大きなテーブルの上には既にたくさんの料理が並んでいた。
キッチンから大皿を運んで来た女性が、友香を見て目をまんまるに開いて笑顔になった。多分彼女が長谷川さんだろう。
「友香さん!お久しぶりでございます。まあまあお綺麗になられて!」
「お久しぶりです。長谷川さんも元気そうですね。」
友香が卒なく笑顔になっていたのが私を安心させる。さっきまでの顔が嘘のようににこやかだった。
こういう所が女のいい所であり、時として悪い所でもある。自分の感情を悟られないように、目に見えない仮面を被る。それを巧妙に、瞬時に出来るのが女なのだ。
女は噓が上手い生き物だ。
私も長谷川さんに挨拶をした。友香が誰かを此処に連れて来たのが初めてだったようで、いつもより大分気合いを入れて作ったと長谷川さんは言った。
「ああ、若い人達が増えると賑やかで良いわね。」
友香の祖母がテーブルについて、私達も辻岡さんに椅子を引かれて席に着いた。
「我が家では大晦日にご馳走を食べて、一年の労をねぎらうのよ。今年は特別なゲストもいるし、長谷川さんも張り切ったようね。」
友香の祖母はそう言って私に向かって片目を瞑ってみせた。私と友香の関係を知っていると思うと、やはり恥ずかしく思えて、私はきちんと目を合わせられなかった。
全員が席に着き、友香は私を改めてゲストとして紹介した。そして辻岡さん、金井さん、長谷川さんという順番に紹介された。
会食が始まり、みんなで賑やかに食事を楽しんだ。長谷川さんの料理の腕は一流で、それもそのはず長谷川さんは以前ホテルの厨房で働いていたらしい。
友香の祖母は私に自分の事は名前の『純』(すみ)で呼ぶようにと言い、私の事は『琴ちゃん』と呼んだ。今日初めて会った私はすぐに純さんが大好きになった。
「わからない?さっき友香がお風呂で私にした事よ。」
「え?嫌だったの?気持ち良く無かった?」
「・・・そういう意味じゃなくて。」
思い出して顔が赤くなる。
「自分だけ一方的に責めて、その後さっさと出て行っちゃって、私、友香が凄く身勝手に感じた。ああいうのは好きじゃない。」
友香は目に見えて狼狽えた。
「え?身勝手?違っ、ごめん。そんなつもりじゃ無かったの。ただあのままだったら私、琴乃にもっと色々したくなって、自分が押さえられなくなりそうで、だから急いで出たの。」
「そんなの、やっぱり勝手じゃない。私だって、友香に触れたいと思った、だけど友香は私のそんな気持ちなんか無視したんでしょう?此処は自分のホームだからって、何をしてもいいってものじゃ無いわ。」
私の言葉に、友香はもう泣きそうだ。
「ごめんなさい。キスした時から琴乃に触れたくて、琴乃の裸を見たら我を忘れてしまったの。自分勝手だったと思う。反省しています。ごめんなさい。」
真摯に謝る友香に、そういう事情だったのかと少し納得もしたが、私はすぐに『分かった』とは言わなかった。もう少し時間が必要だった。
「もうすぐ夕食よ。あなたのお祖母様を待たせたら悪いわ。仕度して行きましょ。」
友香は目を伏せてうなづいた。涙が一滴落ちたが、私はそれに気付かないふりをした。
浴槽にへたり込んでしまった私を置いて、友香は自分だけさっさとシャワーで身体を流して
「私、先に出てるね。」
と出て行ってしまった。
私だけイかされて、その後特に絡みもされず、友香に触れる事も叶わず、初めて訪れた家の浴室に一人残され、私は急に不安を感じた。
まだふわふわする身体を熱いシャワーで流していると、今度は訳のわからない寂しさに襲われた。
(泣くもんか)
涙を流すのは堪えられたが、友香が何を考えているのかさっぱりわからない。その事も酷く寂しい気持ちにさせられるのだった。
愛のないセックスとはこれに近いものなのだろうか。どちらか一方だけが肉欲を満足させる為に、もう一方の気持ちなどお構い無しに性行為を行う。もちろん、私は友香の愛撫にもの凄く感じたし、容易く絶頂に達した。
だけど・・・私だって友香に触れたかった。友香の愛液を啜り、いつものように友香にも絶頂に達してほしかった。
脱衣所では友香が既に着替え終わって私を待っていた。
「友香、先に部屋で待っていて。」
裸を見られるのは多少慣れてしまっても、着替えを見られるのは未だに恥ずかしい。それに、今は友香の顔を見たくないと思った。
「うん、じゃあ先に行ってるね。」
友香が出て行った。いつもと何も変わらない様子。私の考え過ぎなのか。急いで着替えをして部屋に戻る。
「お風呂、どうだった?私はこの家でお風呂が一番のお気に入りなんだ。」
友香が無邪気な笑顔で聞いてきた。
「お風呂は良かったよ。けど友香、さっきのアレは何なの?」
友香はきょとんとした顔で私を見た。
ドアがノックされた。
「はい。」
友香が返事をして、ドアを開けに行く。私は急いで窓際に移動した。冬の早い日暮れが、窓の外の景色を茜色に染めていた。
ドアの前には金井さんが立っていた。バスタオルを二枚、手に持っている。
「奥様が夕食までにお風呂を使ってはいかがかとおっしゃっていますが、どう致しますか?」
金井さんは私達に丁寧に対応してくれる。言葉だけでは無くにこやかな態度もプロの客室係のようだった。
「ありがとう金井さん。すぐに仕度していきます。」
友香は金井さんからバスタオルを受け取った。
「夕食は六時半だそうですよ。楽しみにしていて下さいね。」
金井さんはドアを閉めて階下に降りて行った。
「お風呂は地下にあるの。大きいから二人で入れるよ。」
「二人一緒は・・・」
言いかけてやめた。普通にしてと言われたばかりだ。変に気を使うのは止めよう。
家の地下にあるお風呂は温泉が引かれていて、個人のお宅でこんなに大きな浴槽を私は見た事も無かった。
「ここに来てから『すごい』しか言ってない気がする。」
顎までお湯に浸かり、私は大きく息を吐いた。友香が笑って私の隣りに移動してきた。
「さっきの続き、しよっか?」
なんだろう。麻耶以外に事情を知る人なんて初めてだから、どんな風に接していいのか分からない。
しかも、それは友香の祖母なのだ。
「普通にしてて。」
友香が私の心を見透かしたように言った。
「難しいかもしれないけど、普通にしてくれないかな?みんなで楽しく、新年を祝いたい。琴乃が嫌なら部屋も別々にしてもらう。変にベタベタもしない。だから・・・」
友香は必死だ。可愛い。友香はきっと大事だから、おばあちゃんも私の事も、大事だからこんなに必死なのだ。
「分かった、分かったよ友香。私、器用じゃないから、ボロボロかもしれないけど、私だって楽しくしたいもん。友香のお祖母様と仲良くしたいもん。部屋だって、このままでいいよ。せっかく夜を二人で過ごすチャンスを、逃す手はないよ。」
にやっと笑いかけると、友香も笑顔になった。
「それにしても・・・この部屋もホントにホテルみたいだよねー。」
キョロキョロと部屋を見回してしまう。ベッドが二つ、テーブルにソファー、シャワー室にトイレまである。完全にツインの部屋だ。
「おばあちゃんがホテルみたいな家に住みたいって言ったら、おじいちゃんがこういう作りにしちゃったんだって。おばあちゃん、愛されてるよねー。」
愛していても、してあげられる事には限界がある。友香の祖母が自分と同じ待遇を私が友香に与えられると思っていたら、そんなのは無理だ。
友香の祖母が、そこまでを理解してくれているのならいいのだけれど・・・。
不安を払拭するように、友香を引き寄せてキスをした。
私の大胆な行為を、友香は戸惑いつつも受け入れた。
長いキスの後、見つめ合って笑う友香はいつものように美しかった。
荷物を置いて金井さんが去って行くと、私は気になっていた事を友香に聞いた。
「友香、二人一緒の部屋はマズくない?さっきはつい大丈夫とか言っちゃったけど・・・」
「大丈夫だよ。だっておばあちゃん知ってるもの。」
「???何を?」
「だから、私達の関係。」
「ええ⁈‼︎‼︎‼︎」
今年最後にこんなに驚く出来事があるなんて、想像すらしなかった。
「友香の一番の理解者ってこういう意味だったのね・・・。」
何も知らずに顔を合わせてしまった私は、今更ながらに恥ずかしさで顔が赤くなっていた。
「それなら言っておいてよ・・・。」
思わず手で顔を覆う。ベッドに座り込んでしまった。
「だって、言ったら琴乃、来ないでしょ。琴乃をおばあちゃんに会わせたかったの。私が世界で一番大好きな人を、見て欲しかったのよ。」
そうか・・・家族が理解してくれているなんて、嬉しいよね。だから、会って欲しいって思ったんだよね。
「そう・・・そうだよね。確かに私、それを聞いてたら来なかったよ。心の準備が必要だからね。」
「ごめんね。」
友香が私の隣りに腰かけて、そっと肩に手を置いた。
「いいよ、もう。来てしまったし、挨拶だって無事に終えたしね。それより、そんなに年配の方が私達を理解してくれている事の方が驚きだよ。」
家族が同性愛を理解してくれる。それは私の憧れであり、理想だ。
私は友香が羨ましくなった。そんな理想を容易く手に入れた友香を。
「お祖母様、私をどう思ったかな?友香に相応わしくないと思われたらどうしよう。」
「大丈夫だよ。おばあちゃんは気に入らない人にはあんなにフレンドリーに接したりしないもの。」
友香の祖母の笑顔を思い出した。とても柔和な表情、私は気に入って貰えたのか?
伊豆にある友香の祖母の家は、小ぶりな洋館程の佇まいだった。
「凄っ!ホテルみたい。」
私は呆気に取られてその建物を眺め、その後でちらっと友香に目をやった。この子、どんだけお金持ちの家の子なの?
車で迎えに来てくれた執事の辻岡(つじおか)さんが荷物を出してくれていた。執事までいるなんて・・・私はもの凄く気遅れを感じ始めていた。
「どうぞ、入って。」
友香が先に建物の中に入って行く。
私は軽く深呼吸をして後に続いた。
居間に通されると友香の祖母が私達を温かく迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい。寒い中よく来てくれたわね。」
「初めまして。宗河琴乃といいます。友香さんと仲良くさせてもらっています。本日はお招きいただきありがとうございます。」
一息に言って頭を下げた。顔を上げると、柔らかな笑顔を浮かべる老婦人が私を見ていた。若い頃の美貌の残滓がいまだに残る顔、背筋の伸びたしなやかな立ち姿、優雅な物腰。
黒目がちの大きな目と、唇の形が友香に似ていた。
「お招きだなんて、そんなに身構えなくて良いのよ。今年は友香と琴乃さんが居てくれて、賑やかに新年が迎えられそうだわ。」
人懐こい笑顔も友香に似ている。
友香がこの人を大好きと言った理由が一目でわかった。
「まずは荷物を置いて来るといいわ。部屋は一つでいいと友香に聞いていたのだけど、琴乃さんはそれでいいの?」
何も聞いていなかった私は隣にいる友香に目をやった。友香は軽くうなづいた。
「あ、は、はい。私は構いません。ありがとうございます。」
「そう。じゃあそうして頂戴。金井さん、二人の部屋に案内してあげて。」
金井さんと呼ばれた中年の女性が、私達の鞄を持って二階に案内してくれた。この家にはさっきの辻岡さんと友香の祖母の世話をする金井さん、それから料理とガーデニング担当の長谷川さんがいた。長谷川さんは通いで、辻岡さんと金井さんは住み込みで働いていた。
お正月は実家には帰らない予定になっていた。成人式に合わせて帰るつもりだからだ。母はやっぱり文句を言ったが、帰らない訳ではないと言ったら納得してくれた。
「お正月、私とおばあちゃんの家に行かない?」
友香から誘いがあったのは、クリスマスの次の日だった。
「母方の祖母なの。伊豆の家におじいちゃんと住んでいたんだけど、おじいちゃんが亡くなって今は一人だから、お正月くらい一緒にいたいと思って。」
「友香のお母さんは行かないの?」
「母は行事とか関係なく行っているの。忙しい人だから、自分の体が空いた時じゃないと駄目なのよ。」
それもそうか。母親も一緒なら私を誘ったりしないだろう。
「私が行ったらお邪魔じゃない?家族水入らずなのに。」
「いいの。私とおばあちゃんだけだし、おばあちゃんはお客さん大好きだから。凄く優しい人よ。私の唯一の理解者でもあるの。」
友香の家族に会うのはやっぱり気が引ける。だけど、夏に約束していた旅行も引っ越しなどに追われて行けなかったし、クリスマスは私に合わせてくれたのだから、今回は友香に合わせるのもいいかもしれない。
「じゃあ、お邪魔じゃなかったら一緒に行きたいな。」
友香はホッとしたように、弾けるような笑顔になった。
友香は私のプレゼントを気に入ってくれたようだ。目をキラキラさせて、私を見た。
「ありがとう!欲しかったの、これ!」
「良かった。友香が先に自分で買っちゃわないかハラハラしたよ。」
友香がメッセージカードを開けた。裸を見られるよりも恥ずかしかった。もっとも、友香には何度も裸を見られているので少し慣れが生じたのかもしれなかった。
『 メリークリスマス
初めてのクリスマスですね。これからも、ずっと一緒にいたいです。
色んな記念日を、二人で過ごしていこうね。
琴乃 』
私のカードを読み終えた友香が、飛びつくように抱き付いてきた。
「もちろんよ。ずっと一緒よ。私、あなたともう離れられないんだから。」
「私もよ、友香。愛しているわ。」
友香の瞳が潤んでいる。見つめ合った私達は静かに唇を重ねた。触れるだけの、優しいキス。何度も味わったはずなのに、いつも蕩けるような快感をくれる、至福の時。
押し倒してしまいたいのを堪えて、一旦身体を離した。一緒に暮らすようになってから、性急なセックスは減っている。行為自体は濃密であることに変わりはないけれど、シャワーも浴びずに交わる事は無くなっていた。
「ね、早くお風呂入ろう。」
急かす友香が可愛くて、また押し倒してしまいたくなった。
しばらく抱き合った後で、着替えをしようと自分の寝室に入ると、ベッドの上に大きなクマのぬいぐるみが置いてあった。背中を壁に押し当てて組んだ前脚の上にラッピングされた箱が置いてあった。
思わず笑顔になって、クマの持っていた箱を取り上げた。ぬいぐるみの頭を撫でる。それは友香が大事にしていて、実家からわざわざ持って来たものだった。
箱のラッピングを丁寧に解くと、箱の中には石(多分ダイヤ)の付いたピアスが入っていた。メッセージカードもついている。
「すごい・・・キレイ・・・」
思わず声とため息がもれた。友香のセンスは本当に良い。
メッセージカードを開く。何だかドキドキした。メッセージカードなんて、貰うのは初めてだ。
『 メリークリスマス 琴乃
あなたと一緒にいられて、私はとても幸せです。
愛しています。心が痛い程に愛しています。
友香 』
私はカードを胸に押し当てた。静かな感動にも似た感情が、身体の内側から湧き上がってくる。
クマのぬいぐるみを抱き上げて、友香の寝室をノックした。
「友香、今日はありがとう。私の我がままに付き合ってくれて。」
帰り道で並んで歩きながら、私は友香に感謝を伝えた。
「いいの。私もこういうのに憧れてたから。クリスマスに好きな人と一緒にお出かけなんて、嬉しいじゃない。」
そう言う友香はニコニコしていて、確かに嬉しそうだった。
「え?だって・・・」
美咲とはどこかに行かなかったの?
なんて言えない。口ごもってしまった私に友香は微笑みかけた。
「あの人とは一緒に出かけたりしなかったもの。ごはんを食べに行ったり、お茶さえ飲んだこと無いのよ。だから私もこうしていられて嬉しいの。」
「そっか、ならいいんだ。」
何となく優しい気持ちになった。二人の目が合って微笑む。マンションに着くまで、口数は少なくなったけれどその分幸せな空気が増した気がした。
マンションに着くと、正直ほっとした。コートも脱がないうちに友香が手を繋いで指を絡ませてくる。
「二人で出掛けるのはいいけど、手も繋げないのは切ないよね。」
耳元で囁きかける友香の声が、香りが、私の思考を痺れさせていく。私は友香を抱きしめた。
「だから、こうしていられることがこんなに嬉しいんだよ。」
友香は抱き合ったまま何度もうなづいた。
ホテルのフレンチレストランは恋人達や夫婦に見えるカップルで溢れていた。女性二人組の私達は少し浮いている。
でも流石はクリスマスイブの夜だ。みんな二人だけの甘い世界に浸りきっていて、私達に視線を送る人なんていない。おかげで友香と素敵なディナーを楽しむ事が出来た。
普通の恋人達なら、この食事の後にホテルの部屋でロマンチックな夜の締めくくりが出来るのだろう。
もちろん、私達だってそうしたければそうしたって構わないのだ。
だけど明日の朝、チェックアウトの際に周りを意識せずにいられるだろうか?
『あの人達、夕べ二人でここに泊まったの?クリスマスイブに?』
そんな声が聞こえて来そうな空気に耐えられるだろうか?
それに大学の子がいるかもしれない。食事をしただけなら何とも思われなくても、クリスマスイブにホテルに二人で泊まったとなると噂の的にされかねない。
二人が穏やかに暮らして行く為には、どんな小さなリスクも冒せないのだ。
私はそれでも全然平気だ。今この場でプレゼントが渡せなくたって、ホテルの部屋に泊まれなくたって、友香とこうしてここにいる事が私にとってどれ程幸せな事だろうか。
しかも今は一緒に帰る家まである。プレゼントの交換も、ハグもキスもセックスも、二人のあの部屋で思う存分に堪能できる。
その日から私達は一緒に暮らし始めた。新たな住まいを決めてからにしようと思っていたけれど、友香が『もう離れたくない』と言い出して家に帰ろうとしなかったし、私も友香を帰したくなかった。
二人で家を探して、家具や食器も買い足して、麻耶に手伝ってもらって引っ越しも済ませて、そのどれもが楽しかった。
お嬢様育ちの友香に家事が出来るのかと心配したものの(何せ家には通いの家政婦さんがいたらしい)それは杞憂に終わった。友香がその家政婦さんに家事を教わっていたからだ。留守がちの母親よりもずっと親切に教えてくれたと、友香は笑いながら言った。
新しいマンションで、友香とずっと一緒にいられて、唯一の不安材料の美咲も目の前から消えてくれて、最高の気分のまま季節は冬に移っていった。
意外にも美咲は約束を守って、二度と私達に関わって来なかった。引っ 越しに追われている最中に、光流から美咲が夫について上海に行ったと聞いた。その話を友香にすると、彼女は私を抱き締めて言った。
「もう何も心配要らないね。」
その時の友香の笑顔に、私は心の底からほっとした。
クリスマスを恋人と過ごすのが夢だった私は、小さな子供みたいにその日を楽しみに待った。帰るのが一緒の家でも、オシャレをして外で待ち合わせをして、気取った店で食事をして・・・
そんなクリスマスに憧れていると話したら、友香はそういうクリスマスにしようと言ってくれた。
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