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「Every time」

レス62 HIT数 2601 あ+ あ-

♪詞帆♪( 5ZOMh )
08/06/23 22:22(更新日時)

まだまだミクル初心者の詞帆ですが、思い切って小説を載っけようと思います。
これは私が書いている小説のアフターストーリーになります。
分かりにくい部分も多々あると思いますが、お付き合いください。
そして、あなたの心に少しでも生きてくれることを願って――。

No.926277 08/06/15 13:05(スレ作成日時)

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No.1 08/06/15 13:14
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 本当にヤサシイ心はね
 生きるもの全てを慈しむ思いなんだよ
 本当にツヨイ人はね
 勝った人じゃなくってね……

 1

 ――世界は、かつての栄えた時代が夢であったかのように静寂だった。
 荒れ果てた大地に痛々しく刻まれた傷跡も『日常』と成り果てた今となっては、地平線の果てまで建物一つ無い、この枯れた裸の大地の訳を知らない人間も増えてきた――。
 既に千年以上もの歳月が経ち、歴史と化した旧世界で人間は無謀な科学技術により富を――権力を自らの手で失った。『何も失いたくない。全てを、全てを手に入れたい。』
 ――そんな傲慢な願いが、今まで積み上げてきた成果さえ破壊し、破滅させた。 
 それが、決して忘れてはならない人間の罪。
 そして、忘れられてゆく古傷――。
 そして残ったのは、傷だらけの大地と再び花を咲かせてくれる植物と、密かに生息するか人間を食す種族に分かれた動物とほんの少しばかりの人間と、そして……。

No.3 08/06/15 13:19
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

特別変わった所も目印になる物さえない、ただただ広がる荒野の一欠片で、静かに歩を進める人影があった眩しい程の快晴の空の下で、風に激しく靡く漆黒のマントが栄える。
丘のように少し地形が高い所でその人影は立ち止まり、穏便ではない緊迫感を帯びながら、何かを探しているように荒野の先を見渡した。
「この辺り?」 
 体格さえも判別しかねる、身体全体をすっぽり覆うマントの中から女声が聞こえた。
 風が激しく吹き荒れていたが、人影は風に押されることなく、凛とした姿で立っている。
 黒衣が波打ち、その姿とは違和感を覚える程の細い腕が被りを押さえた。
「ええ。近いです」
 もう一つの女性の声は人影の隣で浮いている、コイン程の大きさをした光る球体から聞こえた。
「停止したようですが、距離があります。少し急いだ方が良いかもしれません」
「同感っ」
 黒衣を纏う人影が何処から出したのか、箒に腰掛けると一気に空を駆けた。
 無論、光る球体も共に。

No.4 08/06/15 13:22
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 2
 
 丁度、正午が過ぎた頃、荒野にバギーのエンジンをいじり続ける少年の姿があった。
「ちっ。完全にいかれちまってる……」
 数分も経たずに彼は根を上げ、車内に上半身を突っ込んではリュックに最低限の荷物を詰め始めた。
バギーが故障で動かなくなった今、危険だが徒歩で次の街まで行かなければならない。こんな辺境で運良く人が通りかかるはずも無いし、水や食料にも限界がある。
いつまでも無駄に留まる訳にはいかなかった。
四十度に近い殺人的な炎天下の中、彼の鮮やかな金髪が反射し、煌めいた。汗が額に滲みながらも作業を進め、やり場の無い怒りを紛らすために思ったことを次々に言語化していく。  
「ったく、なんでイルジィファのペテン予言が当たるんだよっ。――お、あったあった」
彼の名はシオン。

No.5 08/06/15 13:23
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

十五歳でチームに入り、二年経った今となれば、単独で仕事を任され、すっかり打ち解けていた。
今回は前の街で受けた運送の依頼を完了して、街を発った。発つ直前に、あのイルジィファと偶然出会ったのだ。
会話か嫌みの言い合いか微妙なところで、別れ際『お前は今日でドカンだな、こりゃ。ああ~、予言ってことでヨロシク。じゃっなぁ~シ・オ・ン』
あれでいて五歳年上で、しかも辺境ではもの凄く名の知れた実力者なのだ。ただ互いに立場を気にしない性格で、遠慮もしない。それでも経験豊富な相手の方が一つ上をいき、からかわれることもしばしば。今回も例に倣っての事だと、そう思っていた。
「……ん? 予言?」
故障したのはチーム入りしてから間もなくだったので、約一年半ぶりだ。そんな低確率が今日に限って当たるはずがない。にも関わらずイルジィファの言うとおり、故障した。           
 ――ということは。
「ああっ! あいつ分かってたのか!」

No.6 08/06/15 13:25
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 記憶が正しければ、確か出発する前に軽く点検をしようとバギーを開いていた最中、イルジィファが現れたのだ。
 おそらくは、その時一目で気が付いたのだろう。
 ――乗り慣れたシオンが気付けなかった欠陥を。
「……にしてもそうならそうと、はっきり言うもんだろ。ふつー」
 嫌っぽく言う内心、驚いても苛立ってもいなかった。なんというか、『実にイルジィファらしい忠告だな』と思う。
 イルジィファがどうこうと言いながら、荒野に一人でいると初めて会ったあの日が思い出された。シオンが初めて体験した本物の恐怖。そして『死』の扉。
イルジィファは普段、楽観主義者のように振る舞っているが(実際そうだが)命がけの仕事を何十回とこなしてきたのだ。その勇ましい姿を目撃した数少ない者の中にシオンも含まれていた。
「まっ、今更クヨクヨ言ってても仕方ねぇよな……」

No.7 08/06/15 13:29
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

次の街までバギーで半日。詰まるところ、野宿は避けられないだろう。
眠らずに夜通しで歩けば明日の昼頃には着くだろうが、夜はかえって動く方が危ない。人間を襲う夜行性生物も珍しくない上に護身用程度の装備しか持っていけない。運が悪ければ御陀仏だろうとはっきり思った。
「どうにかなるだろっ!」
 イルジィファだったらそう言うかな、と少し考えた。

No.8 08/06/15 13:30
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「――で。シオンを見捨ててきた訳だ」
戦車の攻撃的な迫力に勝るとも劣らないクラウンのハッチの上から、少年は声を発した。
面倒なので一言にまとめました、とでも言わんばかりの冷めた口調。その容姿は十代前後にも関わらず、とても大人びた雰囲気を持っていた。
「……………」
 クラウンの中の相棒の返事を待つこと十秒程度………。
 そして。
『おいっ! イルジィファッ!!』
 車内の機械を通して大音量で伝えられる。と同時にクラウンが揺れる程にキィィィィィンとハウリングが響くので、ほとんど聞き取れない。正直なところ、車内にいた人はただのいい迷惑だ。
「だぁああああああああああああ!」
 耳が、耳が、という悲鳴。少年はにやりと笑う。
こちらの話にイルジィファが応じなかったために少年は仕方なく強硬手段に出たはずなのだが、別の私的な理由もあるのかもしれない。
数秒後――。
「何のご用でしょうか。クソガキ」
ハッチから上半身を乗り出し、今年で二十三歳になる青年は少し涙目(ハウリングの効果だ)で少年を睨んだ。

No.9 08/06/15 13:33
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

少年がやった行為は少年にしか出来ない高度なことでありながら、少年にとっては手を動かさなくても出来てしまう簡単なこと。
少年はこのクラウンと一体化している。
少年がクラウンの前進指示を出せば前進するように、先程は車内音声モードを大音量で起動させたのだ。
というのもつまり少年は機械知性体――アンドロイドだ。
彼の脳(指令センサー)が指示するままにクラウンが動く。無論、少年に万が一があった時のために、全て手動モードもある。
――このクラウンは少年の手であり足でもあるのだ。
「効果覿面だね」
 人目から見れば明らかに年下の少年の方が、おかしなことに上手だった。機械と言われて疑いたくなる程人間に近いのは、かなりの時間をかけて人間の感情を学んだからだ。             
それも一年、二年の長さではなく、人間の一生分の時間を費やしてゆっくりと。
 因みに少年はイルジィファの二倍の時間を活動している。
 イルジィファが敵わないのも道理だ。
「うっせえよ」

No.10 08/06/15 13:34
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

以前もイルジィファに対応がなかった時、似たような事をやった事がある。その度に鼓膜をやられてイルジィファは無駄にクラウンの中を走り回るのだった。
「身が持たねぇーっての。んで?」
 やっと本題に入る。いつもの通り、長い前置きだった。
「何が予言だよ。シオン、どうするつもりだ」
「ん……ああ」
 曖昧に誤魔化してイルジィファは完全にハッチの上に乗り上げ、そのままクラウンを飛び下りた。
 その軽い身のこなし一つ一つに、彼の熟練した身体能力が映って見える。
 少年も特にそれ以上声を掛けることはしない。イルジィファから切り出すのを待っているのだ。
 ――それだけの長い付き合いだった。
「シオンの例の一件。覚えてるだろ?」

No.11 08/06/15 13:35
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 覚えている――と言うよりは記憶しているといった方が正しい。少年がいらないと判断し、削除しない限り忘れることなどありえない。
 この質問のニュアンスを正しく取れる少年は、既に人間の領域に入っているといっても過言ではなかった。
 ――つまりはシオンが一人前になれたかどうかのテスト。
 イルジィファに会った、会わなかったに関係なく彼は出発した。そこから先は彼が一人で判断し、行動しなければならない苦難である。
単独で依頼を受けたのとは格の違う判断の重み。そこに『死』という恐怖が共に存在するからだ。
 シオンには過去の傷がある。それに飲み込まれず、現実と向き合う事――過去を乗り越えることが出来たなら、シオンにとってこの先、人生の中でも大事な一歩になるのだ。
 でもイルジィファに会ったのと会わなかったのでは大きな違いがある。
「GD〈ジィディー〉、朝イチでクラウン飛ばす。シオンの【com〈コム〉】から現在地追っていてくれ」
――それはイルジィファが事前に事を察しられたということ。
「了解」
そして、彼は多くを語らない人だ。

No.12 08/06/15 13:38
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 
――歌が、聞こえる……――
「………ん、……」
 シオンが目を開けて最初に見えたのは夜空だった。
「…………?」
 今、夜であると理解すると記憶が飛んでいる事に気付かされた。バギーが故障して、やむを得ず徒歩で次の街に向かって……。歩き出して三十分くらいは覚えている。それからがあやふやだった。
「あっ、気が付いた?」
 まだはっきりしない意識の中でその声の主を探すと、シオンの横に来てくれた。
「ここは……? 俺、どうしたんだ……?」
「覚えてない? あなた、この近くで倒れてたんだよ?」
シオンとそう離れていない年頃の黒髪の少女が、落ち着いた口調で話を進めていく。 下ろせば膝まであるだろう綺麗な黒髪を、後ろで高く結んでいた。ニコニコと笑みを浮かべたままの彼女を見ていると、友人と話すような感覚に誘われる。
――ずっと昔に会っているような奇妙な既視感を覚えた。
「多分、脱水症状じゃないかな。微熱もあったけど下がったみたい。起きられる?」
「ああ。……」
 手を突いて上半身を起こした時、シオンは初めて自分の下に敷いていた大きな黒いマントの存在を知った。これが彼女の物である事は考えずとも分かった。

No.13 08/06/15 13:39
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「ありがとな。色々世話になったみたいで」
「ううん。私だって、出来ることをしただけだよ」
今の時代、自分の命さえいつ無くなるか分からない。故に、時には他人の命を見捨てなければいけない事もあるだろう。
けれど彼女は優しい心を持ってして必ず救ってみせる。
――俺を助けてくれたイルジィファと同じように。
彼女の笑みはそんな感じだった。
「名前、なんていうんだ?」
「リンス・サークスイット。リンスでいいよ」
「俺はシオン。シオン・ウィレナ」
「……? シオン……って、理想の国や神の国の事を言うんだよね? 確か、もっと北西の方で」
 リンスは口元に手を当て、思い出そうと首を傾げた。
「そうなのか? 初めて知ったけど」
 関心したように聞き返すシオンに、リンスはくすっと笑う。
「そう。………いい名前だね」 
 少し俯いて前髪が瞳を隠した。リンスのその黒瞳が暗く曇る。

No.14 08/06/15 13:39
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「……リンス?」
「! ごめん、なんでもないの。なんでも………。そういえばシオンはこんな所に一人でどうしたの?」
 一瞬だけ彼女が悲しそうな顔をしたような気がしたが、あえて問うのを止めた。
「バギーが故障したんだよ。完全にお手上げだったから置いてきた。リンスは? バギーとか見当たらないけど、リンスも故障したのか?」
「ううん。そういうんじゃなくて、徒歩なの。元から」
「徒歩ぉ!? 一人でか?」
「一人じゃないよ」
リンスは少し右を向く。
「――閃光〈ひかり〉」

No.15 08/06/15 13:40
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 呼んだ先に片手にでも乗るような小さな光輝く物体が、何処からとも無く現れた。炎のような攻撃的な光ではなく、星の瞬きのような静かな暖かさが感じられた。
「この子は閃光〈ひかり〉。一緒に――」
「ってちょっと待てっ! なんでいきなり出て来るんだよっ。何処から、一体どうやってっ……」
 解らない事が頭の中を巡り、シオンは驚きながらも内心ワクワクしながら問い詰める。
「気にしないことをお勧めします。こちらとしても適切な回答を持ち合わせていませんので」
喋ること自体に感動とさらに驚いていると、リンスがズバッとはっきり言った閃光〈ひかり〉に「こらっ」と注意していた。ぱっくり口を開けたままのシオンに、リンスはなんとか補足説明を試みる。
「あ~……、えっとね。ほらっ、『常識離れの生態系』ってこんな時代だといっぱいいるでしょ? 閃光〈ひかり〉もそんなかんじ、……というかそんなかんじと思って欲しいかな……」

No.16 08/06/15 13:41
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

常識離れの生態系はリンスが言う通り、今の時代たくさんいる。珍しいことには変わりないが、それでも噂では空を飛ぶ竜や形を持たない液体生物まで見た者がいるらしい。
そう考えれば、閃光〈ひかり〉はまだ可愛い方なのかもしれない。
「え~と、………シ、シオン?……」
「まあ、とりあえず分かった。で? いくら一人じゃないって言ったって、歩きで何やってんだ?」
 リンスは「う~」やら「あ~」やらで回答を出さない。
出せないのか?
代わりにヘルプサインを閃光〈ひかり〉に出す。
まるで悪い事をして、上手な言い訳を思いつかない少女のようだった。
「旅をしています。あてもない探し物を見つけるために」
 よほどの事かと期待したが、そうでもないらしい。ただ、二人だけということはそれなりの事情があるのだろう。

No.17 08/06/15 13:42
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「へー、探し物ね。お宝なのか?」
「ううん。全然お金にならないよ。もしかしたらもう無いのかもしれないし」
 謙虚に笑うリンス。
「でも探すんだろ?」
『ないかもしれない』可能性の中でそれを探すのは、それに見合う意志があるからである事を、シオンは知っている。
「! ん、……なんで?」
 言葉ではさほど驚いているように聞こえないが、リンスの黒瞳はほんの少し見開いてシオンを捉えた。
「俺もさ、捜してるんだ。小さい時に行方不明になった友達を………。凄い事故だったから生きてるかも分かんねぇけどさ、もっと仕事こなして遠くへも捜しに行きたい」
 無意識にシオンの拳に力が籠もる。
 その強く清らかな意志を、二人は茶化す事なく見守った。
「……………よかった」
 リンスは微笑んでいた。先程までの笑みとは違って、心から嬉しい時にしか見せない優しい微笑み……。
――でも何処か切な気な感じもしていた。
「あなたでよかった……本当に」
 雨音のように小さな言葉がリンスから零れる。次の言葉を聴き取ろうとシオンが振り向いた――刹那。

No.18 08/06/15 13:43
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「――リンスッ!!」
 閃光〈ひかり〉の声とほぼ同時に、空が――いや、シオン達を覆っていたドーム型の何かが凄まじい音と共に砕け、雨のように飛び散った。
「ッッ!!!? ―――」
 シオンは状況が理解出来ず言葉を失う。
(なんだよあれはっ!? あんなもんいつから――)
そして、そのあれを破壊した爆音の正体――。
(もし、あれがなかったら………)
血が逆流するような吐き気と背筋を凍らす寒気が一気に身体を駆け上がってくる。身体に力が入らなくなり、崩れるように地面にしゃがみ込んだ。
(なかったら………)
――死んでいたのだから。

『大丈夫。必ず守ってみせるから――』

そんな頼もしい声が聞こえた気がした。
 

No.19 08/06/15 13:45
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 3

「『星のカケラ』を何処にやった」
 割れた硝子のような破片と共に、殺意に塗れた声が降り注いだ。
 冷たい声だった。
「もうここにあなたの目的の物は無い」
 武装一つしていないリンスはその声に臆することなく立ち上がり、天に勇ましく言う。
 シオンの瞳に凛々しく映るリンスの姿は、見ず知らずの人間に振り撒く笑顔でも、言葉に詰まった苦笑でもない、また別のリンス――。
「ほう、浄化術か……。『聖藍花〈せいらんか〉』を使うのならば同族が次々にやられていくのも理解出来る」
「その死に遭いたくないなら退いて」
「戯言を………」
 放射線のような電気の塊が真上から襲って来る。シオンは今やっと、その爆音の正体を目にする事が出来た。
「護りたまえ――護神花」
頭上寸前で壁に隔てて、完全に遮った。

No.20 08/06/15 13:46
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

大気が揺れ、発生した風にリンスの長い髪が激しく靡いた。真剣に研ぎ澄まされたリンスの黒瞳は天を捉えて離さない。
シオンは訳が分からないこの状況で、立ち尽くすしかなかった。けれど、不意に過去の過ちが脳裏を過ぎる。
(駄目だ……)
 拳を強く握って、鉛のように冷えて重くなった身体を、もう一度立たせる。
(またただ後ろで護られるだけなんて――もうごめんだっ!)
「っ……お……っ! おい! リンスッ!!」
「!? …あ……シオン。ごめん、なに?」
シオンの大声に驚くと同時に先程までのリンスに戻った。その安堵を悟られないようにシオンは声を張り上げる。
「『なに?』じゃねぇ!! こっちの台詞だっ! よく分かんねぇけど命狙われてるのか!? なんなんだ! 声は聞こえてんのに姿は見えねぇし――。最初のアレから、あの閃光〈ひかり〉ってやつも見当たらないし、ああっ!! さっきなんか唱えただろ!!」

No.21 08/06/15 13:48
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 頭に浮かんだ疑問が端から全て、吐き出されていく。
 唐突に詰問されるリンスは苦笑を浮かべた。
「シ、シオン。お落ち着いてぇ~」
「この状況で落ち着いてられるかっ!!」
「とととりあえず、この中なら大丈夫だからっ。さっきのは寒くないように張ったのだったからっ」
質問の答えにはなっていないものの、今度は安全という事は理解出来た。
 ――言われてみれば、あのドーム型の盾……? が壊されるまで風がなかった。
 リンスはそこまで気を回していてくれたのだ。倒れていたシオンが寒くないように。
「今二発もおみまいしてくれたヤツは?」
「あ……て、敵なの。……とりあえず………」
「とりあえずってモロだろ!?」
「あ~…だねぇ……。前言撤回。シオン随分落ち着いてるね。パニックにもならない人なんて初めて会った……」
『リンスは脈拍さえ正常そうじゃねぇか!?』と言い返そうとした寸前、自分の心臓が今にも飛び出そうとしているのに気が付いた。当然だ。今、自分の命がさらけ出されているのだから。

No.22 08/06/15 13:48
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 ――精神面でも成長してきている。昔のトラウマが脳裏を過ぎり、今の状況と重ねて震え上がってしまう事はもうない。
 そう思うと、シオンは声もなく笑った。
「二度目なんだよ。こういう訳分かんねぇ事態」
 そう、一度目――。
 十年前、親のバギーを無断で持ち出し、友達と二人だけで隣の街まで向かった。ちょっとした冒険気分だった。
荒野は何があるか分からないと親に繰り返し言われていたが、自分で見た事があるわけでもなく、万が一何かあっても自分なら何とか出来ると思っていた。
 行きはまだ日が高かったからかもしれない。何事もなく、ただ方角を間違えないように注意するだけだった。
――でも、帰りは違った。

No.23 08/06/15 13:49
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

日が傾き、人間を捕食する動物が活動を始めていたのだ。そんな事は知らずに堂々とバギーを走らせていた。
そいつ等はきっと餌がやって来た合図に聞こえただろう。
 その後はあまりに唐突すぎて記憶が混乱している。はっきりと覚えているのは『次は俺が食われる時』からだった。
 狼の形をした悪魔が、血を欲する目で俺を金縛りにした。
『怖い』の単語が頭を埋め尽くして逃げる事など考えられなかった。声を上げるどころか発する事も出来ず、左腕を噛まれて引き千切られようとする激痛が走った。
――ここで気を失ったら最期だと本能が告る。けれど現実は残酷にどうする事も出来ず気を失う、直前――。
 たまたまイルジィファが通りかかり、助けてくれた。
俺は結局、腕の痛みで気絶したけれど、イルジィファの強くて頼もしかった背中は今でもちゃんと覚えている。
「あいつ、『星のカケラ』って何とかが目当てなんだろ?」
「え! あ、……覚えてたんだ……ね」
 気まずそうに目線を逸らすリンス。シオンの問いは間接的なものに過ぎない。シオンが本当に訊きたい事を理解しているからこそ、リンスは伏せるのだ。

No.24 08/06/15 13:50
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「………」
沈黙が一時訪れた。
 ――自分はリンスから話してもらって何がしたいのだろうか。
 直撃、直撃じゃないを問わずに蒸発させてしまうような放射線の集合を扱う奴と、それに対抗出来る盾を作ったリンス。
(常人離れどころの次元じゃない。本当に――、)

 ―――― 人間 か ?

「っ!!」
 シオンは頭を振った。一瞬でも思ってしまったおぞましい思考を捨てるために。
「シオン。シオンは………。シオンにはちゃんと、……ここでの生活があるんだよね………?」
 笑顔をつくろうとしていながら、それが叶わず、リンスが何か重要な事を訊いているのが伺えた。
「? それがどうした?」
 けれど今のシオンには、そんな余裕などない。リンスの言葉を率直に受けて、当然の言葉を返す。

No.25 08/06/15 13:51
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「……! ―――」
何か言いかけて、リンスは再び頭上を見上げた。真剣な鋭い瞳で。
シオンは咄嗟に口を閉ざす。
五秒と掛からず、前回の倍の規模の放射線が襲ってきた。重力に加算され、大気の重さを痛感する。振動に耐え切れないシオンは耳を押さえた。
「くっ……」
「ごめんね、シオン。もう少しだから頑張って」
「もう少しって……?」
シオンは必死にリンスの声を拾って、返す。
「今、閃光〈ひかり〉がハ……、あいつが何処にいるか捜してくれてる。分かったら反撃出来るからそれまで耐えて」
 リンスは真剣な表情で無駄なく告げた。状況さえしっかり把握出来ていないが、シオンは頷く。
『耐える』。それがリンスの指示したシオンに出来る事だったから。
「………ごめんね」
シオンに淡い笑みを返すと、リンスは地面に膝を立ててそっと手を置いた。
「これ以上は………」
(大地の方が耐え切れない……っ……)
数秒たって大気の揺れが止み、再び視界が開けた。

No.26 08/06/15 13:53
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「……………」
 複雑な趣でリンスは立ち上がる。
「……随分シンプルみたいだけど続けるつもり?」
「我を見つけられぬか、法人よ。ならばせめて楽しませてもらうぞ」
奴の言葉が聞こえると、『護神花』と呼ばれる盾の外側に沢山の人間が現れた。
「――――」
 リンスの目の色がさらに鋭く変わる。
現れた人達は全員、銃や剣――武器を持っていたからだ。
「お前を襲うなどといった安易な事はしない」
 老若男女様々に掻き集められた人達は操り人形のようにぎこちなく動き出す。銃を持っている者は自ら脳天に銃口を向け、剣を持っている者はその切っ先を左胸に突き刺そうと構える。
「人質だ。そこから出ろ、精霊庭の名を持つ少女よ。さもなければこやつらは――。……理解しているだろう?」
 見えない声は笑う。殺意に溺れ、血に飢えた声で。

No.27 08/06/15 13:55
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

そしてリンスがゆっくりと一歩、踏み出した――。
刹那。
この空間を埋め尽くす程に、鋭利な糸が月明かりに煌めいた。光を反射するピアノ線程の細い糸は、この場にいる全員の武器に絡み、見た目の細さとは別物の頑丈さで動きを封じる。……そして、その糸が集う――リンスの十本全ての両指が静かに弧を描くと、操られる人達の手元の焦点で武器だけが糸の餌になり、破壊された。
――これで操り人形は価値を失った。
「なっ!?」
 敵の小賢しい攻撃とは違ってリンスは大胆とも言えた。
 昼間はカードの裏のように他に紛れ本質を隠し、夜は持ち前の数字を披露し、本当の力を発揮する――。
リンスの背景に映える月明かりがこの上なく眩しかった。

No.28 08/06/15 13:56
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「――――――? ??」
 シオンの意識とは別に右手がぎこちなく、腰に携えている短刀を握ると自らの左腕に……突き刺す。
「う………、うわああああああああああっ!!!」
「!? ――カイトッ!!」
 リンスはシオンの叫びに振り返り、短刀を無理矢理抜いて奪い取る。その線を鮮血が追った。
身体を燃やすような激痛が左腕から全身に駆け巡り、呼吸が苦しくなる。血の臭いが合わさって、意識が遠くなった。
倒れ込むシオンをリンスが支え、必死に叫ぶ。
「カイトッ! しっかりしてっ! 惑わされないでっ!! ――カイトッッ!!!」
 シオンの衣服が紅に染まっていく。
リンスの叫びは空しく、シオンは痛みに歪みながら目を閉じた。

No.29 08/06/15 13:57
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「ふはははははははは!! 憎いか!? 怨めしいか!? 殺したいかっ!! 我を恐れろっ!! 偽善者めがっ!!」
リンスは声を絞り出し、奴の名を呼ぶ。
「……………ヴァリス・ハーレン」
 完全に気を失ったシオンをそっと横に寝かせ、ハーレンに背を向けたままリンスは立ち上がった。   
「――世界に君臨せし 大いなる精霊よ
   天より授かる奇跡を ここに示せ
   咲き誇れ 夢幻花ッッ!!」
 場の雰囲気が一気に変わる。
リンスの足元から出現した蒼白の円が、花開くように広がり、この空間を包んだ。
 シオンから溢れていた紅も傷も、綺麗に消え去っていた。
「こんな児戯の幻術で……精霊庭三の名を授かった『小さき魔術師〈リトル・ヴィザード〉』を騙せると思ったか……」

No.30 08/06/15 13:58
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 ――そう、一撃目の攻撃を受けた時から、既にハーレンの術中だった。今のようにハーレンの幻術よりも強力な魔法で打ち破る事は苦ではない。けれど閃光〈ひかり〉に任せ、閃光〈ひかり〉自身もハーレンの隙をついて倒す、僅かな時間差でリンスが実行したまでだった。
 全ては、シオンに気付かれないように。
 最低限しか教えなくていいように。
 ……明日にでも、忘れてもらうために。
(でも………もういい)
「――私を殺してみろ。ハーレン」

No.31 08/06/15 22:18
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

前半をバーっと載せました☀
でもPCでやったのは失敗でした🙇
文字がずれて読みにくいですよね、ごめんなさい⤵

よかったら感想をください💖
足跡でもうれしいです🎵

正直、私のなんか載せてよかったのか心配です…(^。^;)

No.32 08/06/16 16:12
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 4

「――私を殺してみろ。ハーレン」
一点の曇りもない氷のような瞳の中で、静かに蒼い炎が燃え、隔てるものなく一人のハーレンを射る。
幻術を破られたハーレンは、リンスから二十メートルも離れていない、すぐ近くに立っていた。
「………言われずとも、お前は殺す! 『星のカケラ』を浄化しようとお前の心臓を喰らえば済むからなッ!!」
人の形からすれば異常な長さの両腕を高々に揚げ、纏う炎が龍となってリンスを襲いに向かう。
「――――」
細さなど、もはや関係ない力強いリンスの隻腕が炎龍を弾き飛ばすように見えた。実際には最小限の盾を作り、防いだのだ。避ける事が最も効率が良かったが、そうする訳にはいかなかったから。
ハーレンが次を仕掛ける僅かな隙に、箒と同様、何処からか出現した刀を携えてハーレンの懐に一気に飛び込む。コンマもない時間で、リンスは十分だった。この速さが生来からのリンスの武器であり、絶対の自信。
刀の鞘を支える左手の親指が刀の柄を弾き、裸身の刃が煌めいた、刹那。

No.33 08/06/16 16:14
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

――一線の軌跡がハーレンの身体に描かれ、当の彼女は既に間合いをとっていた。
「ぐがッ!!」 
軌跡の跡から沸き出す生命の紅。それでもハーレンは戦う事を望み、リンスからさらに後退する。
「……………」
空を斬って、刃に付いた鮮血を振り払い、静かに刀を鞘に収める。
再びハーレンを見る瞳は、蒼い炎も冷徹の氷も宿してはいなかった。
「……私は貴方もハーレンも、……怨んでなんかいない。憎いとも思ってない」
夜空色のその瞳には僅かに宿る思いが映し出されていた。
――シオンもハーレンさえも知りえない、この世界の真実。そしてリンスの存在意義。
「私は救いたい……。ハーレンの本当の願いを叶えてあげたい。法人も人間もハーレンも共存出来る『敗者の出ない選択肢を掴み取る』。それが本当の強さだと知ったから……。私はそのためにこの力を受け入れた……。この……破壊の力を………」

No.34 08/06/16 16:15
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

自分だけが生き残る『勝者』が持つ強さは良くも悪くも『敗者』を生み出す。戦いは意思の、そして信念のぶつかり合い。互いに譲れない願いがあるからこそ、無理矢理相手を潰し、己の願いのみを叶えようとする。
――それしか、選択肢を持っていないから。
だがもし、三つ目の選択肢を持つ者が現れたら、二人の願いを叶え『敗者の出ない』誰も傷つかないようにしてくれる。
――それは簡単で難しい事。
例えば、一つしかないお菓子を巡って二人がジャンケンを始める。どちらかが食べられないけれど、食べるからには一つ食べたい。
そこで第三者である誰かかがもう一つお菓子を持ってきてくれたなら、どちらも我慢しなくて済むのだ。
けれど世界はそれほど甘くはない。『敗者の出ない』選択肢はそう簡単には見つからないし、生み出せないし、掴み取れない。
それでも一歩ずつ、確実に成長して前に進んでいればいつか叶うと、そう信じて――。

……今は、自分に出来る事をしよう。カイトもハーレンも救える『敗者の出ない』選択肢を、私は持っているのだから。それを掴み取る事に、今は集中しよう……。

No.35 08/06/16 16:15
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「世迷言を………。笑わせる……」
「………そうだね、甘い考えに聞こえるかもしれない。でも、……だからこそそんな選択肢を掴むのがどれほど大変な事か解るでしょ?」
「ほざくなッ!! お前如きにっ、法人にハーレンの何が解るッ!!」
「本当はっっ!!! ―――」
 間髪入れず、ハーレンの怒声よりも大きい、リンスの真剣な声が響いた。
「本当はただ、……人として認めてもらいたいだけなんだよね…………」
 手をそっと、ハーレンに伸ばした。不幸を取り除いてあげるために。
――幸せを与えてあげるために。

No.36 08/06/16 23:43
I'key ( 10代 ♂ GDnM )

こんばんわ、I'keyです。早速小説読みました。


いい感じですね。疾走感のある文体で、いきいきした作風が出ていると思います。詞帆さんはライトノベル向きですね。
バトルシーンも速度があっていい。私はそういうの不得手なんで……
これは別の作品のアフターストーリーなんですよね?そういった作品を単体で載せるのであれば、展開の順序は一考の余地があるかもしれませんね。いきなりメインのストーリーに持っていくより、前段階に導入的な小さなエピソードを入れた方が読者には分かりやすいかもしれません。



あと、これは内容とは全然別の話なんですが、三点リーダ(…)とダッシュ(―)は二連続のみ使うのが小説のルールだそうです。
発表用の作品で「…………」みたいに長く使っていたら直した方がいいかもしれませんね。(知ってたらすいません……)


長々失礼しました。

No.37 08/06/16 23:49
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

>> 36 そうなんですか⤴❓
ありがとうございます🎵
勉強になります⤴
さっそく直しますね⭐
みんなキャラや台詞ばかり見てて、こういうこと言ってくれる人がいなかったら、I'keyさん、ありがとうございます❗

No.38 08/06/19 16:27
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

氷点下に近い夜空の下、静寂の中にリンスはいた。
「行ってしまいましたね………」
一つとなった影の背が、淋しそうに感じられた。
「うん……。マナが良いようにやってくれるよ」
リンスの声はすぐに消えてしまう程、小さくて。
天井のない満天の星空を、二人はずっと眺めていた。
心に真っ直ぐ注がれるこの輝きがあるから、夜が耐えられる。果てしない漆黒の闇に囚われたりしない……。
「本当は人として認めてもらいたいだけ、………か」
同じ法人として生を宿しながら不幸にも魂が割れ、身体に残ることも出来ず、誰にも気付かれないで、ただただ世界を漂う日々を………こんな人生を嘆き、幸せに生きる人々を恨み、憎む。……自分よりもっともっと苦しめばいい。そして、生まれてきたことを後悔するまで絶望して死ねばいい。
――そうして、ハーレンは生まれた。
「なんでそんな……、当たり前の願いが叶わない世界なんだろうね。ハーレンを生んだのは、私達、人なのに……。私達の罪なのに……。人間も法人も……、その欲望で自らの世界を壊している事に、なんで気付いてくれないんだろう……」

No.39 08/06/19 16:33
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

法人が欲するままに欲情を剥き出しにして、解を得るために何人もの犠牲者を出した。それで尚、心満たされない過ちからハーレンが生まれ、犠牲者に加えた卑劣な行いが自らの身に帰ってきた。
この星がここまで衰退したのもまた、人の上に立ちたい人間同士の欲情のぶつかり合いだった。
……ならば、欲する気持ちが罪なのだろうか?
「宿命〈さだめ〉……なのかもしれません」
人は――明らかに他の生物とは異なった存在。
動物であっても植物であっても必ず、生まれながらにして本能を持っている。けれど人は本能を持たず、まったくの無知で生まれた――いわば試された生物。この世界で生き残るために、人はありとあらゆるものを吸収し、時に自らが培ってきた知性で新たな扉を叩く事もあった。初めはただ、試行錯誤に未来を探していただけだった。
それが私達――人の欲情の始点。
「………それを代表するのが創造主〈わたし〉、……なんだよね」
リンスの希望〈ひかり〉を映さない黒瞳に、傷だらけの心が表れているようだった。

No.40 08/06/19 16:37
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

過去を、未来を、存在意義さえも消し去った絶望。この世の全ての過ちを背負い、死という逃げ道さえ選ぶ事の出来ない、生き地獄での償い……。
引き裂かれたリンスの心に希望〈きぼう〉が射した事は一度もありはしなかった。
「! すみませんっ。そういうつもりではなかったのですが………」
リンスは静かに首を横に振る。
「閃光〈ひかり〉の言う通りなんだから。……でもね、カイトを――ううん、シオンを見てて……思ったんだよ。『生きる』って事は『いつか死ぬ』事だから、一日一日を精一杯一生懸命、生きてるんだ、って。だから、昨日より今日を、今日より明日をもっともっと良くしていこうとするんだなって」
星の瞬きがリンスに温もりをくれた――そんな気がした。
「失敗や後悔は生きていれば絶対するものだから。それでも頑張っているから、この星に――この宇宙に今があるのかな……って。私も、……少し前向きになれたかな……?」
切なげに笑う十七歳の少女。

No.41 08/06/19 16:37
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

自分という存在の罪を知ったその日から、自分自身を否定し、人柱のように沢山の他人を助けてきた。そしていつか、誰かを救って死ねたなら………。それで良いと、……それが一番良いと思っていた。
「――ええ。すごく………」
――それでも、朝が来ない夜は無いのだから。
 
 5
 
十時間前。
陽射しが真上から少し落ち始めた荒野に、空と混ざらない黒衣を身に纏ったリンスが箒に乗って飛行していた。
無論、荒野の真ん中で人に会う確率は無いにも等しく、目撃される心配は無用。一応、注意は怠らないが。
「――あっ。あの人で間違いない?」
上空の激しい風で被りが乱れる中、リンスは荒野を自らの足で進む一人の少年に目を向ける。リンスと長い付き合いならば見分けられる、緊迫感がそこにあった。
「ええ、感じます。『星のカケラ』を」
「ん。じゃあ――」
縦にした手を顔の前に出して、小さく謝る。リンスの性格か、小さな事でも罪悪感を感じずにはいられないらしい。
――すると、その矛先にいる金髪の少年が突然倒れた。

No.42 08/06/19 16:38
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

焦ることはしないが、あまり余裕も無い。完全に少年が気絶した事を確認すると、どちらからともなく少年に近づく。地に足を着けるとリンスは箒を降り、出した時同様、一瞬で何処かへ仕舞った。
「――、………?」
不意に、『星のカケラ』を持つ少年の後ろ姿に妙な既視感を覚える。
「――っ!!! カ、……カイトッ!!?」
喉を鳴らし、息を呑む。
閃光〈ひかり〉でさえも我を忘れて目を見開いた。
「どうしてっ!? なんでっ!? カイトが地球〈ここ〉にいるの!? ………っ、どうして………」
声が蚊の鳴く程小さくなり、目頭が熱くなった。やがて、透明の液体がリンスの頬を伝った。
悲しくなどなかった。嬉しくて嬉しくて、言葉では表現の仕様もない喜びが涙となって表れる。
 その横で、申し訳なさそうに閃光〈ひかり〉が割り込む。
「…………リンス。間違いなくこの人はカイトです。けれど、それは魂だけの話です。人間として生まれ、今日まで生活してきたのなら………、月での事も、私達の事も……覚えては……」
閃光〈ひかり〉は、そこまで口にして言葉を躊躇った。それは涙するリンスに、あまりにも辛い言葉だったから。

No.43 08/06/19 16:39
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「『ない』んだよね……。カイトであって、私達と一緒にいたカイトじゃないんだよね………。わかってるけど、……わかってるんだけどっ………」
いつの間にか、リンスの涙は悲しみの涙に変わっていた。
リンスも頭では、……理屈では解っている。でも、感情は簡単に着いてきてはくれないのだ。
涙と一緒で、押さえられないものなのだから……。
それを知っているからこそ、閃光〈ひかり〉は真剣な趣になる。
「――リンス。カイトを護りましょう。私達の手で」
真っ直ぐにリンスの瞳を見た。この思いが、そして私達がカイトにしてあげられる最大限の事が何か、見失わないでほしいから。
「!! ………そ、……そうだよね! 護ってみせる。絶対に、今度こそっ!!」
強い意志を込めて――。
瞳に残った涙を拭き取り、輝きを取り戻していく。

No.44 08/06/19 16:39
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

 
「――舞い上がれ 聖藍花〈せいらんか〉っ!」
カイトでありシオンである少年の身体に、リンスが触れると蒼白に輝いた。シオンから光る粒子が飛び交い、ゆっくりと彼の右胸の辺りに集う。集まれば集まるほど少しずつ形を現していった。やがて無数の光は一つとなり、完全にシオンから分離された。リンスは手を伸ばし、光の物体に触れる手前に緋色の魔法陣をつくる。舞が終曲するように、魔法陣が強く光ると光の物体は再び粒子となって散っていった。
風に乗って……、空へ消えていく。
「………………」 
リンスは少しの間、ただただ見届けた。
一つになると気付けない。集まらないと気付いてもらえない。そんな光達を、……人〈わたしたち〉に重ねながら。
 

No.45 08/06/19 16:40
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

「ハーレンはどう? 軌道を変えた様子とかは?」
「速度を上げてこちらに向かっています。『星のカケラ』が無くても戦う気でしょう」
「そっか……。わかった」
リンスは何処となく悲しそうに俯いた。
「リンス、…………」
俯くリンスにそっと声を掛ける閃光〈ひかり〉。その声にリンスは我に返り、心配を掛けてしまった事に気付く。閃光〈ひかり〉に隠し事は通用しないのだ。
「………大丈夫、ごめんね。……私、この期に及んでまだ未練あるみたい。……カイトといた私の記憶をあげたら、カイトの頃を思い出してくれるんじゃないかなって。……そんなこと思っちゃう」
「…………」
二人にしか解らない、二人だけが知っている事。故に二人にしか、この苦しみも悲しみも辛さも解らない。
閃光〈ひかり〉はリンスが抱える傷を知っている。リンスが皆の辛ささえ自分の牲だと背負い込んだ優しさも、少しでも償えるように、この世界に尽くしてきた事も全て知っている。
今言った言葉もリンスの本心というだけで、絶対にリンスはこの少年にそんな事はしないのだ。

No.46 08/06/19 16:41
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

陽が傾き始め、冷たくなりつつある風が吹いた。この星のこの場所が夜を迎える仕度を始める時間……。
「風、……冷たくなってきたね。………」
リンスは風に触れようとするようにそっと右手を上げた。
「……誘え 千鳥……」
横切っていた風がリンス達を包み込む。やがて風は完全に止み、風の姿も見えなくなった。
空が落ち着くとリンスは、『星のカケラ』を持っていた少年に視線を落とす。
「…………カイト」
……この少年が。
このまま朝まで眠っていてくれたら――。
せめて、ハーレンの事を知られなければ――。
……この少年を他人として見られるだろう。
そうすれば、未練なく明朝に別れられる。
……違う、絶対に別れるんだ。
自分にそう言い聞かせながら、静寂の時に近づく空に思いを響かせた。果てのない空の向こうまで――。
 
何処か淋しげな歌を―――。

No.47 08/06/19 16:41
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )


 
ぴくっと目蓋が動いた。
「…………ん、」
徐々にシオンが持つ碧眼が開かれていく。
「あっ、気が付いた? もうすぐ夜が明けるよ」
リンスの顔が視界に入ってきた。思考が働かない中、リンスを擬視すること数秒――。
一部始終を思い出して飛び起きる。
「あいつはっ!? ――って、あれ、傷は?」
自分の手で自分に刺したはずの怪我は嘘のように消えていた。鮮血で染まったはずの衣服も、短刀の跡もなかった。まるでそこには元々、傷など無かったかのように。
「えっとね、シオンが負った怪我は幻。ハーレンも、もういなくなったから大丈夫だよ」

No.48 08/06/23 17:41
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

リンスが相変わらずの微笑を浮かべる一方、シオンは安堵した後にムスッとリンスを擬視した。その意図を理解したリンスは苦笑する。
「話してくれないか、………?」
顔に似合わない弱い声だった。
……正直、シオンがもっと軽く問いかけてきたなら、負けないくらい軽く受け流そうと考えていた。
けれどシオンの碧眼はいつもより濃く映り、この上なく真剣だった。
……シオン。――この少年は巻き込まれた被害者だ。事の訳を知る権利がある。それを私の都合で奪うのは……。
「………少し長くなるけど、いい?」
迷った末に、リンスはシオンに話すと決める。シオンも真剣な趣のまま頷いた。
「――今から千年以上も前、この地球で人類が最も栄えていた時代があったの」
この星が今の姿を見せたのが千年前――。宇宙の歴史から言えば昨日のように近く、人間の寿命から言えばあまりに遠い過去。

No.49 08/06/23 17:42
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

その時代、人間は地球上で最も優れ、栄えた生物として全生物の頂点に君臨していた。それは人間が、今では信じられない程の科学技術を持っていたから。
ナノテクノロジィと呼ばれる分子機械。科学兵器。……。
人間だけが、……人だけが優越を欲し、他者より上であるおごりにしゃぶり付いた。
『人は独りでは生きていけないのに――』
それに気付く事が出来なかった人間は、大戦を防げなかった。今まで積み上げてきた技術を全て費やして内戦を行ったのだ。
――結果は視えていた。けれど皆、視えない振りをし続けた。今更誰かが何かを言っても、もう既に遅かったから。
ただただ、破壊への道を辿った。その時ようやく気付いたのだ。人間が一番浅はかな生物だった、と。この世に一つしかないこの星の上で、共存を選べなかった愚かな人類の醜い姿の表れだった。
シオンは、なんて膨大な話をしているのだろうと気が遠くなった。けれど同時に、聞き届けなければいけない気がした。人間の、人類の一人として。 
「大戦の最中から、地球は何度も大地震を起こしていたんだって。それがこの星の大爆発の予兆だった。だから少数の人間は科学技術を基に他の惑星に生き延びた………」

No.50 08/06/23 17:43
♪詞帆♪ ( 5ZOMh )

『少数』――。なら大多数は大戦と共に散っていった事を語っていた。その少数に入ろうと我先に逃げたに違いない。
「結果として人類の内戦――大戦の終止符として大爆発が起こった。その大規模な放射線は、科学技術の密集したナノテクノロジィで、生き残った人間達はその光を直接浴びてしまったの。栄えた時代の栄えた科学技術はその人間達の中で生きた――。それが私やハーレンが使ってた不思議な力の正体」
この力の根源も効果も驚愕の破壊力だったため、いつしか『悪魔の定めた法則』という意味を籠めて『魔法』と呼ぶようになった。おごり高ぶった人の末路として悪魔が取り付いたのだと。その罪の重さゆえ、ただ破壊する事しか出来ない生き物に成り下がったのだと。
やがて魔法を扱う人々を『法人』と定め、地球との接触を遮った。破壊の力をもう一度人間に渡すと、悲劇の繰り返しになってしまうと解っていたからだ。人々を統一する存在の許で、戒律を守って静かに暮らしてきた。
「…………表では」

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