神社仏閣珍道中・改

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2026/02/03 05:07(更新日時)

【神社仏閣珍道中】 …御朱印帳を胸に抱きしめ


人生いろいろ、落ち込むことの多い年頃を迎え、自分探しのクエストに旅にでました。
いまの自分、孤独感も強く本当に空っぽな人間だなと、マイナスオーラ全開であります。

自分は生きていて、何か役割があるのだろうか。
やりたいことは何か。


ふと、思いました。
神さまや仏さまにお会いしにいこう!



…そんなところから始めた珍道中、
神社仏閣の礼儀作法も、何一つ知らないところからのスタートでした。



なにせ初詣すら行ったことがなく、どうすればいいものかネットで調べて、ようやく初詣を果たしたような人間でありました。

そして未だ厄除けも方位除けもしたことがなく、
お盆の迎え火も送り火もしたことがない人間です。


そんなやつが、自分なりに神さまのもと、仏さまのもとをお訪ねしております。

もう何年経ったことか…。

相も変わらず、作法もなっていないままかもしれない珍道中を繰り広げております。


神さま仏さま、どうかお導きください。



No.4141834 (スレ作成日時)

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No.201

どこにその木があるのかわからなくともその香りでその花が咲きはじめたこと、その存在を知ることができる、金木犀の季節がやってきました。

すっかり秋の空です。
色づき始めたもみじ。


毎月八日のお護摩供に足利まで車を走らせて
八月に入院した家人の病の平癒をご祈願していただきました。


秋の日を浴びて気持ち良さそうに破顔される布袋さま。

稚児大師さまもひなたぼっこ。



実りの秋。


お寺さんにも実りが♡



今日のお護摩には
跡取りとなられるお坊さまが参加されました。


うれしそうで誇らしげな奥さまと娘さん。
カメラでその勇姿おさめようと早々とお堂の前でスタンバイされていました。


…すこぉしだけ居心地悪そうなご住職さま。


お寺さんに幸あれ。


そして…。
離れ暮らす家人が寛解いたしますよう、家人一家が幸せに暮らせますように。

No.202

日付が変わって今日は十八日、観音さまの御縁日。


眠れない夜を過ごしている方へご加護をお授けくださいますように…。

No.203

群馬県に【赤城山】という山があります。

なんとこの山、群馬県のかなりの市町村から見ることのできるというお山。
多くの群馬県民に愛される山であります。

ただ、【赤城山】と呼ぶ単体の峰はなく、ひとつの火山帯ではあるのですが複数の山頂を持つ連山の総称ではあります。

標高1800mから1200mの峰々が取り囲んで円頂を構成し、裾野の大きさは、約35kmの富士山に次ぐ日本で2番目の規模であるといわれます。


山岳信仰の対象ともされ、関東一円に約三百社の赤城神社が分布しています。
そのうちの一社がこの赤城山の大沼にある【大洞赤城神社】さま。

こちらにお祀りされる神さまは
【赤城大明神】さま。
女神さまにございます。


この山を訪れると私は、どうにもすぐれなかった体調が良くなるという〝不思議〟が起こることが多く、とはいえ運転がたいそうほにゃららな私、そうそうはこちらのお山に来ることも叶わない。
それゆえ、赤城山の見えるところでは必ず赤城山の神さまを遥拝するのでありました。


きのう夫が赤城山へと連れて行ってくれました。


赤城山は赤城おろしと呼ばれる強い風が吹いてくるお山とされますが、きのうはたいそう優しい、風ともいえぬくらいのやわらかな空気が包んでくれました。

優しくて、人の心配ばかりしている、可愛らしいあの方に、あのきのうの赤城のやわらかな空気が届きますように。



No.204

私が何年も書き連ねてきたこの『神社仏閣珍道中』録。

神社仏閣といいながら、その実態はお寺さんに偏っている自覚はありました。

石仏さまや御仏の尊像が好きなこともありましたし、何よりお寺さんに行くと心が落ち着いたのです。
それは今も変わらない。
…変わらないのだけれど…。




お寺に関われば関わるほど、本来なら僧侶としてはありえない行為を目にすることが多くなり、心が疲れてしまった気がするのです。


ご本尊さまの御前の蝋燭の灯を口を尖らして息で吹き消したり、…そんなことは序の口で。


法具を段ボール箱に投げ入れたり、まるで投げ捨てるかのような勢いで地べたに投げ置いたり。
果ては弘法大師の坐像が必ず手に持つほどの法具でポスターの人の顔、それも目をめがけて突きつけたり。



無住寺であることからお山から住職を言い遣ったお寺が、新住職を迎えるにあたり御本堂を建て替えてまで歓待しようとしていたというのに、
あろうことか、その旧本堂にあった欄間飾りを全て外して、実家の寺の本堂にはめ込んでしまい、しかも、その新しくなったお寺には不在で、実家であるお寺に常在していたり。



檀家でもない私の、目を見て、話が途切れるまで優しく耳を傾け話を聴き、そして心に寄り添うお言葉をおかけくださった僧侶が、思いもよらない形で失脚されたのも、少なからず影響しているかもしれません。




末法思想の、まさに末法。
お釈迦さまの危惧しておられた末法の世にあたるいまだから、いたしかたないことなのかもしれないけど、心は疲弊する。




もちろんそんなことは一切なく、御仏に仕え、仏法に帰依する僧は大勢おられます。


そして。

御仏は変わらない。
いつもそんな世を、見捨てることなく見護ってくださっておられる。



でも今はわたしの心が正直ついていけないのです。
少なくともお寺さんに出向くことが激減している。


毎月、私事で何事もなければ、きまって伺うお寺さんへは今もお参りをしております。


しかしながら、とあるお寺さんで六十年に一度の御開帳が行われる今、行けない状況におかれても、遥拝で全く平気、心が揺らがない。


ある意味ではより仏教に近づいた?

…日本仏教ではないかもしれない?




No.205

里の道ばたにおられる石仏さまをお訪ねしました。

道の傍におられる石仏さまは
お地蔵さまや馬頭観音さま、
如意輪観音さま、
そして青面金剛さま
がほとんどなのだけれど…。

時代の流れに合わせて、区画整理をし、道を新たにつくったり、家を建てるべく宅地造成されたりとして、石仏さまは元おられた場を移動されることもしばしばです。


道の傍に小さなお堂があることもあり、今回は薬師如来さまの御像にお会いすることが多かった。


季節の変わり目、そして夏日からいきなり冬のような寒さ。
体調を崩される方も多いかもしれません。

そして、かつては冬だけ、あるいはオリンピックの年にだけ何故か流行った流行病が、もうずっと蔓延状態が続いています。

コロナは型を変え続け一向に収まる気配をみせません。


どうかみなさんが心身の不調無く過ごせますように。
どうぞくれぐれもご自愛ください。

No.206

…書いてはいないけれど、神社さんにもお寺さんにも、なんなら道のはたにお祀りされるお堂にもお参りしてはいるのです。

いろいろあって、ここに書く気力が湧いてこないのです。

…秋だから、ね🍂

メランコリーとか、センチメンタルとか、そんな感傷的な気持ちになる。
私も人間の端くれだから。
そういうことにしておく。


無い頭で無理に分析する必要もない。
殊、自分のことに関しては他人の客観的な目の方が案外正しかったりすることもある。



今、空海の最後の〝作品〟だと称する、そういう表現をされる方が書いた本を読んでいる。

僧ではなく、法学部を出たのち大正大学の仏教学科の大学院に入って博士課程を修了したという経歴の方だ。
たしかにそういった経歴の方であると、仏教であるとか、釈迦であるとか、空海であるとかを僧とは違って客観的に見ることができるであろう。


そしてその書ののっけから、脳天をガツンとやられた。
それは著者に、というよりは他ならぬ空海に、である。
まあ、それを大切な著書である書の冒頭にもってきた著者のセンスもあろう。


これは良い書に出会えたようだ。


とか言いつつ、私の読書は数冊を一どきに虫食いするから、な。

一気に一冊読んでしまうものももちろんある。
そこにある言葉を噛みしめるように一章、なんなら一段落読むような書があるのも確かだ。


でも何より自分の心のありよう、気持ちの有り様で、
(今日はこの本に寄り添ってもらおう)
とその日の気分で読みかけの本が変わるのだ。

本をお書きになられる方には大変失礼かもしれないけれど、何年か前から自然とこういった書物とのふれあいに変わっていた。

…記憶力テストにもちょうど良い。


不思議と前読んだところを忘れていて戻って読み返すことはほとんど無い。
なんなら私は栞を使わない人間だし。


本を開いて(うん、ここ、ここ!ここからここから♪)
再会する。

再開ではない、本に会うのだ。


今何冊の本に寄り添ってもらっているのだろう。


今の空海の本。
森絵都さん
東川篤哉さん
三島由紀夫に
芥川龍之介

その日の気持ちで会いにゆくのだ。


どなたの書とも会えない気持ちの日もある。

それもまた自分。


読書は私の生活であり、人生、なのだろうな。

No.207

…よほど元気がない顔をしているのだろうな。

これは第二の人生で女優を目指すのは無理だということか。


息子が今日、仕事の帰りに電話をくれて、
「今日、買い物に行った?
あ、そう、じゃあちょっと寄り道して帰るから」



…冒険の切符を手に入れました。


神社仏閣ではない旅にでます。



No.208

人生は七転び八起き。


お釈迦さまだって見方を変えたら、親を捨て妻や子を捨て家を出ている。
その時の親御さんや妻の気持ちを考えたら、その立場にたったなら、
やはりその時には人の心を大きく傷つけていたと思う。


お釈迦さまも人、人間です。

人間だもの。



相田みつをさんが言っています。


『つまづいたっていいじゃないか
 にんげんだもの

 くるしいことだってあるさ
 にんげんだもの

 迷うときだってあるさ
 凡夫だもの

 あやまちだってあるよ
 おれだもの

 愚痴こぼしたっていいがな
 弱音をはいたっていいがな
 人間だもの

 たまには涙を見せたっていいがな
 生きてるんだもの』



No.209

再読しました。

時折、軍人さんの墓石を見かけてはあれこれ思いを馳せます。


No.210

No.211



闇があるから
光がある

苦があるから
楽がある

闇を生かせ
苦を生かせ



       〜坂村真民

No.212

いつ何時のことであっても地震はイヤだし、恐いものだけれど。


今ごろの時刻、日が落ちる頃で寒くなってきたし、暗くなってきたし、ちょうどお夕飯のしたくをされている方が多いだろう頃で。


津波まで起きてしまった。


群馬県にある雷電神社の総本社に御鎮座されます神さま方、
どうか彼の地を、彼の地に住まう方々をお護りください。



先日ここに掲載したねこのおきあがりこぼしの御守は
まさにその神社さんでおわかちいただいたものです。


地震の地にある方々はミクルをご覧になられる状況などではないでしょうが、不安に思われしんどい方、あの画像が、あのねこさんが
あなたの心に寄り添えますように


No.213

「亡くなった人を悪く言うものではない」



…そう?

まあ、己の生き方を振り返ってみれば、人の悪い所を指摘できるほど人間できてはいないのだから、それは生死に関わらず、であろう。

実際、私はあまり人の悪口を言う方ではない。

職業柄もあり、またそうしたポリシーを胸に自らの職業に臨みたいとずっとそれを心に置いて仕事をしてきた。


仕事の上で人の打ち明け話をお聴きすることもあった。

その内容は人によってさまざまで、本当に苦しくて打ち明けてくださる方もおられれば、呼吸をするかのように人を悪く言うことが日常なのだろうなという方も正直おられた。
そして。
そんなふうに人のことを悪く言うばかりの方であっても、おともだちは多かったりする。

私にはそれが不思議に思えたりもした。

しかしながら、そうやって同僚やご近所の方々と付き合う人もまた、なんだかんだご職場やご近所で必ず孤立するわけではないし、なんならそうやって不思議な絆を築いていくことも多く見てきた。


吸収性に優れたスポンジのようにを心がけお話をお聞きした。




簡単に人を悪く言えない人は、心に抱え、澱を抱える方もいる。溜まってしまった澱が澱んで重くて辛くなってしまうこともある。

それでも上手くは出せない。


辛くなるほど抱えて、積もった澱はどこへ行ける?
ずっとずっと抱えたまま?
己が死ぬまで身のうちに抱えて死んでいくの?




仏教はいろいろなことを教えてくださる。


たとえば、そうした苦しみを抱えて亡くなった人をも救ってくださるのが 仏 であるとか。
…この世は人にとって修行の場、だから、この世では救われないこともある。


それをありがたいことと思う。


でも私は未熟な人間なので、その抱え吐き出せない思いに、往々にして恨みであるとか憎しみであるとか、負の感情が含まれる。

もちろん、誰にも言えない苦しみや哀しみもあるが、それはもう心のどこかが受け止めている。…そう感じることが増えた。


重くて苦しくて辛いのは、私にとっては人に対して抱いた負の感情だ。

恨みとか憎しみとか、抱いていても良いことなどない。
それは頭ではわかっている。



でもね。
私は未熟者だから…。

澱から時々ぷくぷくと泡となって浮かんでくるのだ。



(続きます)

No.214

澱から時々ぷくぷくと泡となって浮かんでくる負の感情。

恨みであるとか憎しみとか。




たとえば…それが亡くなった人へのものであったなら?



ずっと我慢して我慢して、我慢するだけであった関わりの人が亡くなったのち、それでも消せない自分の内に残された負の感情は、一体どこへやればいい?

そうした関係性であった方はもう亡くなられたのだから、もうこれ以上の被害は無い、それは事実だ。



けれども、その深い傷にも似た思いに触れる事象は起こる、…私は生きているから。

そうした時、その澱から浮いて出てくる泡は〝泡〟というには決して〝うたかた〟でなく、なかなか潰れず、…いや潰れるからこそ、その〝負の感情〟が弾けて出て、またその思いに触れてしまうのかもしれない。


あまりにも身近で、支配されてきたその存在。
振り返ってみてその人の良いところを探そうとしても、未熟な私には見いだすことができないでいる。


遺影を見ることすらが苦痛。
位牌ですらがイヤなのだ。


さいわい自宅にはそれは存在しないのだが。




今自分が在ることは命のつながり、関わりがあって、つながりがもたれて、自分が存在できているとはよく言われるし、事実そうである。



…だったら産まれてこなくてよかったのに…。
産まれてきたくなかった、そんな考えに至ってしまう。

産まれてこなければ、出逢うことすらがなかった。



…仏さまであっても救えない魂があるとしたら、私のそれはそうなのであろう。


地獄に堕ちてもいたしかたない。

産まれたことにすら感謝できないのだから。




一休禅師の言葉に

『火の車 作る大工は なけれども
己が作りて 
己が乗りゆく』

というものがある。



まあ、地獄も極楽も見てきた記憶のある人は一人としていないようだから、
私が地獄の責め苦をなめてかかっているところは多分にあろう。

いまの世で辛いなどと思っている人間にはまさに想像を絶する所、それが地獄であるのだというのだから。

もちろん死後の世界などないと、思う考え方もあろう。




今わたしにとって亡くなったら〝仏〟になるという物言いが仏教離れを起こしている。

仏さまのところに行くというのならまだ良い。

誰も彼もが仏になるのか?



だとしたら私はもはや根本から仏教を信じられなくなってしまう。



No.215

今、苦しんでいるのは、私が自分の苦しみに囚われているから。

御仏を、御仏の教えを信じ、その道を学ぶことが、いつの間にか道を外れ救いを求めていたからにほかならない。


そもそもが私は仏教徒ではない。

正しい教えを得るには、僧の導きがあって然るべき、なのだろうが、なかなかそうした道がつながらない。



かつての私は無宗教であるからこそ、さまざまな宗教の教えに縛られることなく、かつ、さまざまな教えを得ることができるではないかと、ワクワクさえしていたはず。
それなのにいつの間にか救いを求めすがるような気持ちになり、さらには失望したりしている。

実におかしなことだ。



未熟だからこそ、救いを求めてしまうけれど、なかなかどうして、それこそ仏教の教え、
人の世も修行である、ということを切に思い知らされるばかりだ。



人が亡くなるとどうなるか。
…誰も知らない。

仏教では宗派によってその考え方が異なる。

御仏の弟子となり仏のもとで修行をすると説いたり、
まさに〝仏になるのだ〟と教えたり。
同じ宗派であってさえ、その導きが異なる。



同じように、亡くなったのちは神のもとへと行くという宗教があるが、この教えから受けるものはまるで違った印象を受ける。
この宗教は宗派がいくつあっても、その教えは変わらない。
ブレない。
そこにはすじの通った救いがあると私には感じられる。



何故仏教では宗派によって違うのだ?



それは、それこそまさに御仏の教えではないから、なのではないだろうか。

宗教無くしても人は生まれ、人は生き、死んでいく。


すべてが〝空〟であるならば、私の思いなどみな〝空〟、空っぽなのだ。


私のこの重くて腐敗した思いも〝空〟であるならば、
そんなものは誰も訪れない谷底へと堕ちてしまえ。
いやいや、それではそれが浮き出てくる危険をともなうやもしれぬ。
それはおぞましい。


山の上で高く高く飛ばす?
それが風に乗ったなら?



…いや、すべてが〝空〟ということは、
それすらも無いのだ。


己の手で手離す、ただそれだけ、なのだ。





…まぁ、今日も囚われた思いを手放せず苦しみのうちにあるのだが。

No.217

とあるお寺さんで、年に二日だけの御開帳があり、
大好きな阿弥陀如来さまにお会いできると久しぶりにワクワクする気持ちを胸に出かけたところ…
以前とは異なり、夜のイベント開催中のみの御開帳となっていた。

昨年からプロジェクションマッピングなどを始めたようで、趣ある、たくさんの蝋燭の灯りの灯る法会ではなくなっており、それはちょっと…と思ってあえて昼間に参拝したのだが…。


お堂の中の阿弥陀如来さまにそっと手を合わせてトボトボ帰宅した。



御開帳とイベントは別物にはできないのでしょうかね?
これでは信仰心をそぐ気がして…。

拝観料くらいは惜しまないのだけれど、な。
千五百円の拝観料を納めていただくお寺さんの、妙な配慮があるのでしょうか。

普段は決して入れない御本堂が開かれていて、ちょっと嬉しく思ったけれど、
同じ宗派のお寺さんのご住職の作品展が開かれていた。
しかも全てに値段が付いて…。

この日限定の御朱印は三千円。




…儲かりますか?

No.218



夕焼け小焼けで

日が暮れて

山のお寺の鐘が鳴る

おててつないで

みな帰ろ

カラスと一緒に帰りましょ




子どもが帰った後からは

まぁるい大きなお月さま

ことりが夢をみるころは

空にはキラキラ きんのほし



孫をお迎えに行った帰り道
大きな大きなお月さまが
山の上に顔を出しているのを
みました

その神々しさに
言葉をうしなって
ただ 孫の手をとって
見上げていました

アメリカではコールドムーンと呼ばれるようだけれど
日本のお月さまはやさしくあたたかでしたよ

No.219

今日十二月八日は仏教において大切な日。
三仏会と呼ばれる中のの一日でお釈迦さまがさとりを開かれた日であります。


お釈迦さまの人生は【八相成道】と表現されます。


一、降兜率
お釈迦さまは幾世も修行を積み重ね、前世、兜率天という天界で修行をほぼ完成し
最後の生として【仏陀】になるために白像に乗って人間界に降りてきたとされています。
前世から今世への結節点であるとされ下天ともいわれます。

二、入胎
お釈迦さまは自分が生まれるにふさわしい家系はどこかと〝兜率天〟から人間界を見据え釈迦族、摩耶夫人の右脇より胎内に宿ったとされます。

三、出胎
ルンビニーの花園で摩耶夫人の右脇から誕生するとすぐに七歩歩き、右手を天に、左手を地に向けて
「天上天下唯我独尊」
とおっしゃったという話は有名ですが
これは『この世を掌握し自分がこの世の人々の救済をするため生まれてきたことを宣言した』ということを示したのだとされます。

これが四月八日であるとされ、三仏会のうちの【降誕会】にあたります。

四、出家
お釈迦さまの人生においての分岐点【四門出遊】。
城からでようとしたとき東西南北のそれぞれの門の外で人生の現実を目のあたりにされます。
「東門」には力ない老人に、
「南門」ではやつれて苦しんでいる病人に出会う。
「西門」死者の葬列に出会い、
「北門」輝かしい出家者に出会いそこから城を出、出家、修行生活を始められます。
この四つの門でそれぞれ出会ったのはまさに人間が生きる上でさけて通れない生老病死。
こうして二十九歳で釈尊は全てを捨て出家、修行生活を始められます。

五、降魔
釈尊は様々な師の元で修行します。
さらにひとり六年にも及ぶ苦行を行ったが悟りは得られず、極端に偏らない【中道】こそ真理にいたる最善の道だと考えるにいたります。
ブッダガヤーと呼ばれる場所で禅定に入り、そこで、悪魔の誘惑(釈尊は煩悩を悪魔と例えている)と戦い、全てを降伏させたとされます。

これこそが「成道」直前の出来事で悟りを妨げる悪魔を下したと表現されます。


そして
六、成道
三十五歳にして悟りを開かれたのが、今日、十二月八日であると伝えられ、世界中の仏教界において恭敬する仏教行事が営まれるといいます。

No.220

お釈迦さまが悟りを開かれた日、
とは言っても、第二次世界大戦に突入した日でもあったわけで…


そんな昨日に起きた妙義の火災は未だ鎮火のメドが立たないという。


妙義という山は衝立状やろうそく状といったとにかく特異な岩峰群ばかり。
「岩塔」と称されているところあり、大砲岩や筆頭岩など、とにかく奇岩で成り立つ、山という概念を覆すような山で、その姿は見ていて全く飽きないのだ。

ついこの間もすぐそばまで行って紅葉狩りを楽しんだ、大好きな山なのだ。

ごつごつとした山肌がほとんどの妙義が火事だと聞いて嘘だと思った。


そしてあの山は、天狗さまがお護りくださっておられる。
妙義神社という、行くだけで身が引き締まり、心が清められる神社さまがある。

だからこんなことになろうなんて、正直思ってもいなかったし、いまだに信じられないし信じたくもない。

岩山でこんなにも広がってしまうものなのか。

そんな奇岩ばかりの山だから、消防車での消火活動ができないのはたしかで、ヘリでの消火しかないのだ。



そんなことに心を痛め寝付けずにいた夜中、あのアラートが鳴り響いた。

とりあえずまず周りを見渡し安全確認をし、テレビをつけたところ、
ついこの間りんごをお送りくださった方のおられる青森が震源で震度6強だというではないか。
しかもかなり大きい津波まで!

もう雪が積もるようだと話したばかりであった。

スマホにむやみにメールを入れてもいけないだろうと、手紙を送った。
あちらから連絡をしていただく分には、夜中とてかまわない。



本当に痛みを感じるくらい、落ち込んでいる。


今日この辺りからもヘリが飛んでいく。
少し恐いくらいに大きなプロペラの音がする。


風も強い。
ヘリを運転する人はさぞ恐いだろう。



火災と地震、一刻も早く落ち着いてくれますよう、祈るしかない。
祈るしかできない。

No.221

あけまして
 おめでとうございます


旧年中は私の拙いスレをお読みくださりありがとうございました


iPhoneの最新のバージョンアップがあってから、ミクルにログインされていないと表示される状態になってしまい、パスワードを入力して戻れたかと思いきや、毎回毎回パスワード等を入力しないでは入れない、
そんな状況になってしまって、なかなか来れずにおりました。


時々喘息発作を起こしておりますが、まぁあとは比較的元気に過ごしております。


新年のご挨拶に
先日参拝させていただきました神奈川県に御鎮座されます、
寒川神社さまの門に飾られていたねぶたの画像をお届けさせていただきます。


みなさまがご健康で
良い年でありますよう
お祈り申し上げます。

No.222

新たな年。

ただ一日、日が変わっただけのことではあるのだけれど、
年末、新年に向けてのあれこれでバタバタして身体も心もなんとなく落ち着かないのと、なんやかやと忙しかったので、
新年明けてのご来光はやはり心あらたまるものであったし、神々しくありがたいものだ。

そして…今年もご来光を拝するのはたった一人、氏神さまへとお参りするさなかでのこと。



歳を重ねるごとに頑固になるのは私たち夫婦共にのことだけれど、氏神さまへのお参りも、ご先祖さまへのお参りもイヤではないけど、自発性は全く無い夫と共に神社仏閣へとお参りすることに年々疑問が高まっていくのだ。


夫があちらこちらの神社仏閣へとお参りしたいという気持ちはありがたくも思うし、身体が動くうちに、という焦りもわからないわけではない。

神仏への感謝も私が強くて夫が弱いというものでも無い。
そんな奢りは無い(つもり)。

でも、いつもお参りさせていただいている神社さまやお寺さまの行事を優先したい思いを封印する時、とても虚しくなるのだ。


歩いて二十分ほどの氏神さまへの初詣も彼にとって新鮮味が無くなれば、習慣となることはない。
新車を購入した際お祓いをお願いするようになって数年が経つが、その発案は彼からであったのに、毎年のお詣りにはつながらない。

…私とてさほど熱心にお参りさせていただいているわけではないのだから、そこをどうこう言えるほどの存在では無い。
無いのだけれど、若い方々が小さなお子さんを連れて昨年のお飾りやお札を携えて初詣に訪れる姿を見ると、どこか寂しいし、あちこちの神社やお寺を巡ることなどなくとも、こうしたお参りが習慣化していることのほうがずっと尊いと思うのだ。

あちこちの神社さまやお寺さまを巡ってもその一回こっきりで「次はどこどこへ行こうと思っているんだ」と言われても、そこに信仰心は無いよなと思ってしまう。

神社仏閣を巡ることが好きな私を喜ばせようという考えからなのは承知している。
でも、彼の休みの日に、毎月のお護摩を休んでまで遠くの神社仏閣を巡るのは正直どうかと思ってしまうのだ。


だからといって自分が信仰心が深いわけではない。
神さまやほとけさまという存在にふれたくて、知りたくてもがいているだけ、ただそれだけだから。


ただ…夫との心は離れていく。
それこそが間違っていることと思う。


No.223

群馬県みどり市の光榮寺さまの初薬師護摩修行の前に、東京のお寺からこちらのお護摩のお手伝いにお越しのお坊さまから、思いもかけなかった法話をいただくことができました。

護摩修行に参列するにあたっての心構えをお話しくださり、それはとても心に残るものでありました。



「参列されておられる方々、それぞれお薬師さまに叶えていただきたい願い事があって参列されていると思います。

お護摩の炎に自分の身につけるものを翳してもらって、一年の無事を祈ってもらうものと思っておられる方もいるかと思います。

それは実はちょっと違います。
光榮寺さんのお護摩は『修行』です。

修行という言葉を聞くと、例えば滝に打たれるとか、何か大変なことをするよう思いがちでしょうが、決してそうではありません。


この護摩修行を受けることで、お薬師さまが功徳をお授けいただくご縁を授けていただいたと思っていただきたい。

その功徳を受けとれるような…器のようなものを自分の内に置くようなイメージをしてください。

その器が小さければ、せっかくお薬師さまが功徳をお授けくださってもその全てを受け取ることができません。

器が曲がって傾いていれば、お授けいただいた功徳が溢れてしまいます。

自分の内に、大きくてどっしりと安定した器が常にあるよう努めていれば、自然お薬師さまが功徳をお授けくださり、それをしっかりと自分のものにできるのです。

それがこの修行と思っていただいてよいかと思います。

器が常に自分の内にあるように意識して、
その器の大きさや容量が小さくなったりしないよう、
傾いてしまったりしないよう、
意識していただいて、
どうかお薬師さまのお授けくださる功徳をもらさぬようしっかりと受け止めてください」

言葉や表現は、お坊さまのお話そのものではありません。



このお話がストンと私の心に入ってまいりました。

心が、そして身が引き締まるような思いもいたしましたし、器という例えにワクワクもいたしました。


私の器だから、そんなに大きくはないだろう。
両手でそっと持てるくらい、そんなものだろうな。
安定性もあまり良くはないだろうけれど、傾いたら、整える。


私だけの器を
お坊さまに授けていただいた気がいたします。
それはいかようにもなる器です。

No.224

とある僧の言葉 覚書



『心を病む人は過去や未来を考え過ぎです
人生は「今を生きる」の積み重ねなのに
もっと今に目を向けて過ごしてください
人生は「今を生きる」の積み重ねなんです

「あの時こうすればよかった」
「この先どうなってしまうんだろう」
そうやって思考を回すほど、
心はどんどん疲れていきます

でも、よく考えてみてください
過去はもう消えた出来事
未来はまだ来ていない想像
現実があるのは、
いつだって“今”だけなんです

仏教では「一瞬一瞬を生きる」と言います
呼吸を感じて、光を見て
今ここで生きること
それが本当の意味での「人生」です

未来を案じるのは悪いことではありません
けれど、未来は“今”の延長線にしかありません

だからいちばん大切なのは
今この瞬間を丁寧に生きることです

禅では「只管打坐(しかんたざ)」といいます
ただ座る。ただ呼吸する
何かを変えようとせず
今ある自分をそのまま受け入れる
そこに、心の静けさと力が戻ります

あなたが疲れているのは
生きること自体ではなく
過去と未来を考えすぎた“時間の旅”です

一度、今に戻ってください
深く息を吸って、ゆっくり吐く
それだけで頭の中の嵐が少し静まります

今を生きる人は自然と明日に強くなる
なぜなら未来は今の積み重ねだからです

今日の一呼吸が
きっと明日のあなたを少し軽くします

だからどうか焦らずに
「今」に帰ってきてください
あなたはもうこの瞬間をちゃんと生きています

それに気づいたとき、
きっと心が少し明るくなるはずです』





…軽く、明るくなればいい。

とりあえず
深呼吸、深呼吸。



No.225

『叫びたい』



このフレーズから思い出すのは

♬きみが好きだと
叫びたい



…ベタですね。





でも今 タイムリーなのは


『だらくそがぁ!』

ですよね 




だらくそがぁ〜!

叫びたいことが…
叫びたいヤツが
いたりする
未熟者の私です。


作り笑いで過ごさなければ
ならない状況が
悔しくて
切なくて

ここですら書くことが出来ない
悔しさ
哀しみが
ずっと心を塞いでいます。


だらくそがぁ!

なんて良い言葉を
教えてもらえたのだろう。


ああ、
おばさんが
今流行りの言葉を使ってる 笑

仮に本当に言葉に出して言っても
そう
思われて終わる


相手に向かって言えやしない
心の叫びを

こうすれば良いのさ

と 
教えてくれたのは
朝ドラ【ばけばけ】




…やっぱ、さ

こういうの
海に向かって叫びたいよね。


でもかなしいかな
群馬には海はないんだ。


ならば川はどうだ? 

川は今
熊さんの移動経路だからな…。



そんな
おばさんが
叫ぶとしたら


くるま
…だなぁ。



だらくそがぁ〜!! 

…群馬県で 
対向車のおばさんが
なんかでかい口開けて
叫んでるっぽいと思ったら

私かもしれません 笑 


でも 
どこにも言えない
誰にも言えない思いを
車で呟く人、
叫ぶ人は 
案外他にもおられるかもしれません。


共に叫びましょ


だらくそがぁ〜っ!!

意味がわからない方は
ごめんなさい。 

きっとネットが教えてくれます。

No.226

栃木県足利市には虚空蔵尊大祭である【まゆ玉市】の開かれるお寺さんがあります。


初虚空蔵の日となる一月十三日、
足利のまちに号砲が鳴り響き、まゆ玉市の開催が知らされます。

曜日に関わらず、虚空蔵菩薩さまの御縁日に開催されるため、今年のように平日であることも多々ありますが、平日であることを忘れてしまうほど多くの人が参拝に訪れていました。


まゆ玉市の開かれるお寺さんは
【行基山 徳正寺】さん。


天平三(731)年、行基上人が六十二歳のとき、足利の山中に草庵をむすび、そこに自らの手で造られ、諸国行脚の際背負って歩いた虚空蔵菩薩さまの像をお祀りしたといいます。

その草庵がお寺となり、それゆえ行基山と号するといいます。

その後山中にあった寺は火難消滅を恐れ、宝永七(1710)年に麓の現在地に新たに御本堂を建立したといいます。


このお寺では開山以来、この虚空蔵菩薩さまがまつられてきました。 


元文四(1739)年に虚空蔵堂を改修したのを機に、新年最初のお縁日「初虚空蔵」の市が立つようになったと伝わります。


足利というまちは古来、養蚕や機業が盛んで、縁起物としてまゆ玉が売られるようになったといいます。

足利では今はもう養蚕業は絶え、繊維関係の会社も減ったといいますが、年に一度この市で多くの参拝者が今でも「まゆ玉」を買いに訪れています。



木の小枝に「まゆ」を模した丸い玉や縁起物をさげた「まゆ玉」かざりを売るのは、今は群馬県邑楽町の女性が一年かけて作ったものを売る露店が一軒だけになっています。

以前は三軒くらいはあったと記憶しているのですが…。

やはりコロナ禍がここにも大きな影響を残したということ、なのでしょうね。


虚空蔵菩薩さまは惜しみなく智恵をお授けくださる仏。

「人並みくらいに賢くなれますように。
ボケませんように」

虚空蔵菩薩さまをお祀りする御本堂前、手を合わせて祈る私。



しかしながら。

虚空蔵菩薩さまは、広大無辺な虚空へ災いや厄難を消し去ってくださる仏さまでもあります。



『災難が除かれ、世界が平和となりますように』

祈りを重ねます。



今日は観音さまの御縁日。
初観音です。


観音さまのご利益がすべての人に注ぎますように。

No.227

本日二十二日は【如意輪観音】さまの御縁日。

年明け初の御縁日ですので、初如意輪観音、となります。


岩場で蓮台に座る、六本の腕をお持ちになる如意輪観音さま。
【如意】は如意宝珠(にょいほうじゅ)、
【輪】は法輪(ほうりん)を意味し、
輪廻(りんね)する衆生(しゅじょう)を苦から救い、利益を与えるとされます。


すこし首を傾け、右手の一番上は頬に添え、二番目は胸の前で宝珠を、三番目は数珠を持ちます。

左手の一番上は手元の補陀落山(ふだらくせん)につけ、二番目はひじを曲げて輪宝(りんぽう)を指にのせ、三番目は胸の前で蓮華の茎をお持ちです。

意の如く願いを叶える『如意宝珠(にょいほうじゅ)』と煩悩や災いを滅する『法輪(ほうりん)』の御力が強い観音さまといわれます。


輪王座という独特な座り方をしていますが、一説には足の裏と裏を合わせて足で合掌している姿とも言われています。



この如意輪観音さまは月待ちの女人講の本尊で、特に女性を守る観音さま、女性の願いをよく聞いてくださるとされています。


煩悩を滅してくださり、
災いを滅し、願いをもかなえてくださるという如意輪観音さまの御利益が
悩めるすべての人々のもとにそそがれますように



No.228

気持ちがふさいだまま迎えた新年でありました。


この気持ちをなんとか鎮め前に向かおうとするたび、
目の前にあるトラップに
また心乱されてしまう日々でありました。


まあそれは一生もの。

上手く立ち回らなければならない。


それも無理なのが現実だからきびしいといえば限りなく厳しい。


昨年来、
心がそこから離れないし、
また離れてはならないし、
離れられない。

それはどこかへ出かけるにしても。


何をしても心がはずまない。



今年の目標など建てられない現実と、
己の思いと…。


そういえば昨年は
【比企を攻める】って目標だったな。

一度しか行けずに一年を終えることになってしまいました。




そんな日々のなか。

週末に
息子に連れられてうかがった神社さまで
心惹かれる狛犬さまに出会えました。


この狛犬さまを彫らせていただこう。


小さな、だけれど心がはずむ目標がもてました。




No.229

心の
奥の深いところが揺れる…


人として生まれたさだめなのかもしれないけれど つらいことです。



心の奥深くにあるものすらも
抑えて鎮めてくださりそうな
大いなるお力の神さま方の祀られる
神社を詣でる機会を得ました。




あたたかな風が
悩める方々すべての心に吹いて
その心を癒してくれますように




地震を鎮める神さまのお姿を表した尊像を


No.230

目が覚めて、
眠れないままスマホを開く。

ふと目にした法話が私の心に響く。




『あるご夫婦がおりました。
そのご夫婦はとても仲が悪く、
顔を見ればすぐに口喧嘩をしてしまいます。

そこで、旦那さんが思いつきます。
「それなら、これからは筆談にしよう」

さて、それからというもの、
奥さんがメモを旦那さんに渡します。
「ご飯の支度が出来ました」

ある時は、旦那さんがメモを渡します。
「今日は仕事で遅いので、食事はいらない」

ざっと、そんな調子です。

そして、ある時、
旦那さんが奥さんにメモを渡します。
「明日はゴルフで朝が早いから、5時に起こしてくれ」
奥さんがメモを渡します。
「わかりました」

さあ、翌朝です。
旦那さんは起きて、びっくりしました。
もう5時半になっています。
旦那さんは怒って、奥さんにメモを渡しました。
「どうして起こさなかったんだ!」

旦那さんは怒り心頭でしたが、
旦那さんがよく見てみると、
旦那さんのまくらの周りには、
たくさんのメモが落ちていました。

「5時です。起きて下さい」
「5時です。起きて下さい」
「5時です。起きて下さい」
「5時です。起きて下さい」
「5時です。起きて下さい」

 ・・・・・・・・・・・・・』




…仮に私がこうした状況に置かれたら、なかなかここまで徹底できない。
できないから伝わらない?




あ、ちなみに、夫婦間の悩みは永遠に尽きないものではありましょうが、それは今さほどの悩みではありません。

心を揺るがして心を枯らすかの悩みは、自らの手では何もできない、変えられないこと。



人の世は人の世で修行。

輪廻の輪にあっては、良い転生であるのだけれど。


「あっという間だよ。
だから今を丁寧に真剣に生きなさい」
とおっしゃってくださった尊僧は
今病と闘っておられる。

丁寧に真剣に


尊僧のこのお言葉、
今こそ心の引き出しから出しておこう。

No.232

先日 思ってもいなかった東国三社をお参りさせていただく機会を得ました。


もはや
ご縁をお授けいただいたとか、
ましてや
お導きいただいたとか
思うことすらもったいない
ありがたい参詣でありました。


いつかここに
それを綴ることができますよう、
我がことながら祈るのであります。





その帰り道
夕焼けの空の中に
御仏がおられ思わず目をこすりました。


それは驚くことなど何ひとつない
かの有名な
牛久の大仏さまのそばを通っていた
ただただそれだけのこと。


ですが…。


私の心には
まるで
光がさすかのように
そのお姿が映ったのです。


その御手の
お美しいことといったら…。


御仏は
その御手で
衆生にさまざまなことを
お伝えくださいます。




この御手は
お導きの手


人の目には
見えないけれど

そこに
御仏はおられます。

その御手を差し伸べてくださる
御仏がおられます。



一方で
私たちの手は小さくて
持ちきれないもの
持ちきれないこと
がたくさんあります。


…時には手離して良いと思うのです。
手離しても縁があるものは必ずまたその掌に戻ると、わたしはそう信じます。



心がいっぱいになったなら
いろんなことを手離して
自分の心を
自分の心だけをその掌にのせてあげて
優しく撫でてあげて良いのだと


私たちは
人間だから
大きさの差こそあれ
その掌に乗るものは限られている。


それで良いのだと思うのです。


人間だもの。


No.233

【息栖神社】さま

前日の夜、急遽決まったお参りでありました。

発案してくれた息子はもしかしたらテレビで紹介されていた二社を
想定していたのではないか…

真意は今もわからないまま、なのですが…

ノリノリの夫は鹿島神宮さまの参拝のあと、
「次は息栖神社さまへ」
と、宣言するのです。

「ここから二十分くらいなんだ〜♪」


泊まりがけでないと無理だと
何年も参拝しなかったのは…
だれ?
なぜ?


すこぉしばかりモヤモヤとする私。
それがすぐ鎮まったのは
こちらが近づいていたから、
なのでしょうか。

それとも
鹿島さまから
息栖神社さま
そして
香取神宮の三社がつくる
三角形の内は
すべて神域、なのでしょうか。


息栖神社さまの鳥居が見えたとき、
とても晴れやかな気持ち、
おだやかで
それでいてはずむような気持ちで…

なったというよりは、
そんな気持ちで車の窓からこちらを見上げておりました。


決して大きな鳥居ではないのです。

ですがその鳥居からすら神さまのその偉大なるお力を感じる気がいたしました。


優しくて
おだやかで
よく来たなと
頭を撫でてくださるような…
そんな大いなるお力を感じました。


心がはずみます。

早くお参りしたいような、
ゆっくりといつまでもこの空間を
味わっていたいような…
とにかく心地良いのです。


手水舎は人だかりができて
途切れることがありません。


朱の、
新しい、
心が明るく清められるような神門です。

朱は新しく塗られておりますが、門自体は弘化四年に建てられたものだと御由緒書にありました。



(続きます)

No.234

息栖神社さまのお話の途中ではありますが、節分なので節分のお話を少し。


節分とは 立春・立夏・立秋・立冬の前日を意味し、中でも立春の前日の節分が有名です。

豆まきが広く行われることからでしょう。


この豆まき、中国の風習を由来とする平安時代の追儺(ついな)、
鬼遣(おにやらい)と呼ばれた宮中行事を元としているとされます。


一般的には「鬼は外、福は内」と声を出しながら福豆(煎り大豆)をまくもの。


この時期はまだまだ寒く、季節が移ろう時期は体調を崩しやすいものです。
かつてはちょっとした風邪から大病につながったり、深刻な病をもたらしました。
そんな病魔を、人々は 鬼、あるいは疫鬼として恐れました。


この豆まき、室町時代に豆をまくようになったとされ、
これは『魔滅(まめ)』に由来するとされます。
鬼の目である「魔目」(まめ)を滅ぼす力を持つ「魔滅」がすなわち「豆」だとされたのです。

単なる駄洒落ではありますが、
日本人は古来言霊の存在を信じ、言葉に霊力と意味を与えてきました。

それに加え 豆は【五穀】(米、麦、ひえ、あわ、豆)のひとつ。
これら五穀は大きな力を持つものとされ、今でも神事にも仏事にも使われています。


そんなこともあり、また比較的安価で手に入りやすいこともあって『豆まき』は定着し今に残ると考えられています。



ところで。

鬼は「遠仁(おに)」とも書くといいます。

仁とは簡単に言うならば〝他の人を思いやる心〟
その人間の心に遠いのが〝鬼〟
「自分さえよければ他人はどうなっても構わない」


節分で豆をまき払うとされる鬼はさきほども書いたように疫病をもたらす『疫鬼』、なのかもしれません。

鬼滅の刃に出てくるような強力な鬼は到底豆などでははらえない。


でもこの内なる鬼は?

遠仁は己がはらうと強く思い、常に心がければ豆をまかずしてもはらえる鬼なのかもしれない。


まぁ、私の内なる鬼はけっこう根深いヤツだけれど 笑


鬼は〜外!
遠仁は〜外!!

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