ナイト・ソルジャー
夜の街を行き交う人々を誘いかける女達と男達。
競い合う視線の先に積み上げられたシャンパンタワーは、誰も支える事はできない。
終わらないビンゴとルーレットは、街のどこかで繰り返される。
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ネオンライトの中を、高級車が行き交っている。
サリーは、セットしたばかりの、ウェイブがかかった髪を揺らしながら、タクシーから降りた。
今日は、遅刻できないーー
携帯を開いて、時間を確認し、店への階段を上がる。
ヒールに付いた汚れを、入口のマットでこすり落とし、自動ドアをくぐり抜ける。
「お疲れ様です」
ドアの向こう側にいた男の子が、すれ違いに声をかける。
「お疲れ」
別の黒服の子が、サリーにタイムカードを持ってくる。
「今日、早出だったんですけど、リューさんたちが同伴が入ったんで、サリーさん、深夜勤、いいですか?」
「、、、、そのつもりで、メール飛ばしたんでしょ?」
「はい。そう聞いてますけど」
サリーは、ラメ入りのショールを黒服に投げつけて、
「レストルーム、3番、誰も入れないで」と、店の奥へと、足早に、ヒールの音を響かせて行く。
まだ薄暗く、オリーブグリーン色に沈んでいる店内で、顔なじみの客が、面白がるような表情をサリーに向ける。
そのうち、サリーのヒールのかかとが、大理石のフロアの上で、止まった。
(マスカラ、忘れた、、)
唇をかみしめて、レストルームのドアを開け、スツールに腰をおろす。バックを放り投げて、ポーチを取り出し、アイペンシルを探す。
鏡に向かって、いつもより濃いめに瞼(まぶた)をなぞり、じっと、瞳を見つめる。
手をのばして、タイムカードを引き寄せ、その横に置いてあるシフト表に目をやる。
女の子たちの名前の一番上に、ミミが載っている。
(また、あの女、、、、)
ドア越しに、最近流行りの音楽が流れてきた。
ラテン系のビートの中で、うるさい常連客たちが奇声をあげているのが、聞こえてくる。
手ぐしで、髪の毛のウェイブを整えなおして、サリーは、ゆっくりと鏡に向かって微笑んで、もう一度、リップグロスの光り具合を確かめた。
濃いレッドのバックを手に取り、レストルームの廊下のロッカーに入れて、ドアの近くにいた黒服の男の子に「フロントに預けておいて」と、手渡した。
店内には、さっき入ってきた時よりも大勢の男たちがいる。
ソファーに座っている男たちの傍(かたわ)らの中には、ネコのように甘え声を出す女の子や、もたれかかる女の子に腕をからませようとしている男もいる。まだ学生のような顔立ちの男の子たちが、タキシードを着て、所狭しと生けられた花々を、さりげなくチェックしている。
歩く時に、枝葉や花粉がドレスやスーツに引っかからないようにだろう。今までに何度も、ドレスの端が破れたとか、スーツにしみができたとか、クレームがついた事があるのだ。
注意を怠(おこた)って、店での立場を悪くするわけにはいかない。
男の子たちが、店内のインテリアや準備に気を配るのは、彼ら自身の身を守るためなのだ。
「サリー」
歩いていると、不意に、後ろから呼びかけられた。
ふり向くと、伸びかけた髪を無造作にセットし、地味なようでしっかり高価そうな濃いグリーンのジャケットを着た男が、サリーに片手を上げている。
「、、、、遅いじゃない」
ソファーに座っている男の所まで引き返し、見下ろしながら言うと、
「店の片付けが、ちょっと長引いちゃって」
と言いながら、男の右手が、テーブルの上のグラスを取る。
「今日はゆっくりできるの?」
「うーん、どうかなあ」
男の胸元には、細い金色のチェーンがかかっていて、その下は、Vネックの白いランニングシャツだ。
「お前はどうなの?調子は」
「私はいつでも絶好調よ」
「ふーん」薄笑いを浮かべながら、見定めるような瞳で、男は、サリーを見つめる。
「ま、せいぜいがんばれよ、サリーちゃん」
「わざわざ冷やかすために呼び止めたの?私だってヒマじゃないんだからね」
「知ってるけどさ」
男は、ビンテージ物らしいジーンズのポケットを探る。タバコを取り出すためだろう。サリーは、冷ややかな視線を男に向けて、「じゃ、また後で」と、その場を立ち去る。
「あ、サリー来てるじゃん」という声と、華やかに肌を露出した色とりどりのドレスの女の子たちの一瞥(いちべつ)が飛んでくる。
さりげないロココ調のカウンター付近で、何か準備しているリーダー格の男の子に、サリーは近づいていく。
「お疲れ」
「あ、サリーさん、お疲れ様です。今日もよろしくお願いします」
「あのさ、ミミって、もう入ってるの?」
「ミミさんですか。今日は、ダブル同伴ですね」
ダブルで同伴というのは、この店では、かなりトップクラスの客を持ってないとできない事だ。
「、、、、また?あの娘(こ)、最近店でちゃんと仕事してるの?」
「指名は、ダントツですね。サリーさんに、迫っちゃってますね」
ウェイブがかかった髪をかき上げて、かすかに眉をしかめ、サリーは、ルームに向かう。
ルームの中は、猫足の長いソファーが何台か置いてあり、指名を待つ女の子が数人、しゃべったり、ネイルのケアをしながら座っている。
一番奥のソファーにサリーが座ると、ルームの中に、かすかな緊張が漂(ただよ)った。
一瞬の後に、女の子たちは、再び客のうわさや、最近はまっているアーティストたちのことについて、しゃべり始める。
「こんばんは」
サリーがあいさつすると、男性は、頬をゆるめた笑い顔になった。
「うわさのサリーちゃんかあ、、素敵な人ですね。社長さんの好みにピッタリじゃないですか」
「そう。俺も、いろんな店まわってきたけどさ、このサリーちゃんが、すごいのよ、指名のサービスが。120点プラスかわいい女の子もついてくるからね。仕事抜きで飲みたいんだけど、これでまた、ガードが固いったら」
「やあだ、私、かるい女じゃないんですよ」
「また、そんな事言って、、、、夜遊びしてるの知ってるんだよ、いろいろとこっちにも情報が入ってくるんだから」
そう言うと、社長の顔が、わずかにくもった。
「あれ、あのグラスないの?」
「これですか?」ヘルプの女の子が、小首をかしげて、キラキラと光るネイルの手でシャンパングラスを差し出した。
「いやいや、そんなんじゃなくてさ、、、、輸入物のグラス、あったじゃん、あれ、他のテーブルで使ってるの?」
「このあいだ、ドンペリ飲んだ時のですか?」
「ごめんね、社長サン、今、ちょっと出払ってるみたい」
「出払ってるって、あのグラス?サリーちゃん、このあいだ、オレとカンパイしてくれたじゃない、仕事の成功を祝ってって」
社長がタバコを取り出し、ヘルプの女の子が黙って金色のライターを差し出す。
「うーん、そうなんだけどお、でも、あのグラス使いたいって人、他にもいるのよね」
「サリーちゃん、オレが来ない間に、浮気してるんだ?」
「えー?浮気してんのは、社長サンのほうでしょー?このあいだ、他の女の子と歩いてるの見たわよー?」
「うーん、わかった。じゃ、ジャンケンしよう。オレが勝ったら、席替えして、サリーちゃんと、そっちのかわいい彼女の間ね」
ジャンケンは、グー対パーで、サリーが勝った。女の子たちが、歓声をあげる。
「うわー、すごーい、ちょっと開けていい?」
「どーぞ」
テーブルの女の子たちが、じっと、包装紙をガサガサと開くサリーの手元を見つめている。
中から出てきたのは、ブランド物の財布と、香水だった。
「、、、、ありがとう、えー、でも、もらっちゃっていいの?だいぶ元手(もとで)がかかってるんじゃない?」
「いや、そーでもない。今回は、楽勝だったし。ついてる時って、何やってもついてるんだよね。今度はスロットやってみようかな」
「スロットねぇ、いいじゃん。わー、でも、この、プレゼントをくれる気持ちが、うれしいよねえ」
「うん。今日、ミミちゃん来てないみたいだし。サリーちゃんなら、大事に使ってくれるんじゃないかなぁと思って」
サリーは、ちょっと眉をしかめた。あきらかに、ミミとサリーのどちらがNo.1になるか競わせて面白がっているパチプロ男に、微妙にイラついた。
「そうねぇ、、どれにしようかな、一番かわいいのがいい!」
キラキラと輝くリボンや、チョコレート色の長方形の箱、淡い色のセロファンでくるまれた包み、そういう物の中から、青いワイシャツの男は、真っ赤なラッピングの正方形の箱を取り上げて、サリーに軽く放り投げた。
「はい。どーぞ」
「ねえ、あたしは?」ヘルプの女の子が、よく響く甘えた声で尋ねる。
「どれでもいいよ。どれが一番好き?」
「あ、私もそれがいい!」
「こっちに色ちがいでもう一個あるから」
隣のテーブルの喧騒を横目に、サリーが、「開けちゃっていい?」と、パチプロ男に聞いて、包みを開くと、箱の中には、薄い水色の綿に埋もれた金色のネックレスが入っていた。
「また、貢ぎ物が増えたねえ」
グラスをかたむけながら、パチプロ男が言う。サリーは箱を閉じ、「おうちに持って帰って、大事な宝物にするの」と、笑った。
もうすでに何杯もあけているような男は、全く酔ってない表情で、チラチラとサリーとミミのテーブルを見ている。
「、、、なんか、盛り上がらないよねえ、もうちょっと、派手にやろうよ!」
「ミミの所は、豪華な顔ぶれだよなあ」
「そう?私、あの子のやり方って気にくわない。No.1なんてどうだっていいんだけどさ、なんか、プライドみたいなものがないような気がする」
「またそんなわかったような事言って。お前だって入ってすぐの頃は、あの手この手で指名取りまくってたじゃん」
「私は私なりのプライドがあるわよ。人の客に手を出さないとかね」
男は、黙ってタバコを取り出し、サリーはライターでそれに火をつけた。
「ほら、イッキ、一気!」
甲(かん)高い声で、男たちがはやし立てる。若い男の子が、ネクタイをゆるめながら、グラスの酒を飲み干している。
大きな拍手と歓声の中で、ミミは、嬉しそうに、隣に座っている男に向かって笑いかけている。
「あの娘(こ)、一点物のダイヤ買ってもらったらしいね、羽振りいいよなあ」
タバコの煙を燻(くゆ)らせながら、男が言う。
サリーは、「IT企業が何よ。ブランドのメーカーしか英語がわからないやつに、酒の原価がわかるかっつーの」
と、つぶやき、イライラして、「ちょっと!誰かいないの!」と、男の子を呼ぶ。
グリーンのジャケットの男は、タバコを灰皿でもみ消した。
「何?お前、もう酔いが回ってんの?で、いったいどうしたいんだよ、言ってみろよ」
「、、、、もうちょっと、ここで様子見てる」
サリーは、シャンパンを一息に飲む。
今夜、No.1になれるかどうかわからない。でも、戦いは続いている。
いつか、この世界も崩れていくことは、なんとなくわかっている。こんな、熱気の渦の中の浮かれ騒ぎが、いつまでも続くはずはないから。
それでも、やっぱり負けられない。まだ、引いてしまうわけにはいかない。
男は、じっと、グラスをかたむけながら、サリーがどう出るかを待っている。
ミミが、ゆっくりと立ち上がり、男たちに酒を注いでまわり、ふと、サリーに気付いて、笑いかけてくる。
サリーは、動じない。じっと、向こう側のテーブルを見据えながら、以前一緒に飲んだ男たちの酔い様を眺めている。
横に座っている男が、片手を上げて、黒服を呼んだ。やがて、サリーのテーブルに、二本目のドンペリが運び込まれる。
かたわらの女の子たちは、ドンペリをあけながら、ちらちらとサリーを見つめている。
負けられないーー サリーは、自分に言い聞かせる。
髪をかき上げて、グラスを手に取る。
「乾杯しようか」
男が、じっと、サリーの指先を見つめながら、言う。
はしゃぎ始めた女の子たちが、「サリーさん、カンパイしましょう!」と、次々とグラスを手に取り、キラキラと瞳を輝かす。
サリーは、にっこりと笑って、「じゃあ、このお店に来てくれたお客さん達に、愛を込めて、乾杯!」と、グラスを上げる。
ざわめきの中で、ふと、ミミの鋭い視線が飛んできた。
夜の宴(うたげ)は続く。女の子たちは、みんな、ほろ酔いの中で、戦いの行方を見つめている。
〈END〉
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