(再)ブルームーンストーン
私の勝手でスレを穴だらけにしてしまったものをまた私の勝手であらためて少しずつでも掲載させて頂きたいと思います。
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ジャーンケーン
「ああっ!負けた~」
ユータンが悔しそうに呻く。
だからさあ…パーばっかり出すんじゃねえよ…
「よしっ!ユッキー、俺たち先攻で行こう!」
「よしっ頑張ろ~!」
先攻チームの2人が張り切る。
ズキン。
2人の笑い合う姿を見て、
胸が少し痛んだ。
仲…いいんだな…
あれ?これって…ヤキモチかな…
私は苦笑した。
ユータンはあの2人を見てどう思っているのだろう…
ユータンにチラッと視線を向けると、
「よしっわかったっ!いけっ!
大ちゃん止めて来いっっ!!」
とユータンが叫んだ。
ええええええっ?!
「いやっ、そういう意味で見たんじゃ…」
「早く俺にボールを回せ、自慢のドリブルができない!」
あ、はい、はい。
慌てて大ちゃんに近づくと、大ちゃんの顔が既に爆笑している。
「笑っちゃうから~そういうのやめて。」
こっちだって止めたいよ。
でもそのお陰か大ちゃんの気が緩んだ。
今だっ!
バシッ!!
ボールをカットする。
成功!
転がったボールを急いで拾うと、
「ユータン!」
と叫びユータンにパスをする。
「よっしゃ!」
ユータンがドリブルをしながらゴールに近づく。
うわっ、すっごく上手だ。
「ミューズ!」
ユータンが叫ぶ。
了解!
急いでゴール下に走り、ユータンからパスされたボールをシュート!
入れっ。
ガコン!
は、入ったあ~!
「やったあっ!」
「よっしゃ!」
こんなの初めて。
球技大会ではチームの足を引っ張らないようにする事が精一杯だった私が。
普通の人なら大した事でもない事なのだろうが、私はとにかく嬉しくて仕方がなかった。
そんな私と一緒に大喜びしてくれたユータンとハイタッチをしながら気づく。
あれ?
そういえば誰にも邪魔されてないような。
ふと振り返ると、大ちゃんとユッキーがコートに座り込んで笑い転げていた。
え?なに?え?なに?
呆然とする私に向かって、
「ミューズ、ボールと一緒に俺の手も思いっきり叩いてるし、山田さんはボール持ったまま歩いちゃってるし。」
「で、ファールだよ~って声をかけたんだけど、2人で勝手に盛り上がってシュートまで決めちゃうし。」
大ちゃんとユッキーが口々に言う。
えええっ。
困ってユータンを見るとユータンはニヤニヤしている。
さては気づいてたな…
私だけ必死になってて恥ずかしいじゃないの!
「あ~可笑しい。
本当に2人とも好きだわ。」
ユッキーの言葉に大ちゃんはうんと頷くと、
「さっ、メンバー代えてもう1戦やりましょか。」
と、立ち上がった。
え?
私と大ちゃんが組むの?
性格が真逆同士なのにチームプレイできるのかな?
でもそんな私の不安は杞憂に終わった。
嘘っ?!やりやすい。
ドリブルの下手な私が行き詰まると、パスをもらってくれる。
なるべく私にシュートを打たせてくれようとする。
私を自由に動かせて極力フォローにまわってくれている。
ユッキーとユータンペアの方は?
うん。
何がそんなに面白いのか?と聞きたくなるほど爆笑し合ってて、
ものすごく楽しそうだ。
「あはは、楽しい!」
と大ちゃんが笑う。
「笑い過ぎてお腹痛い。
動くの辛いよ。」
とユッキーが笑う。
うん。
楽しいね。
楽しいね。
性格が違う者同士だから役割も別々で補い合うこともできるのかな。
「あっ…」
ユッキーが大ちゃんにボールをカットされ、大ちゃんがそのままゴール下に向かう。
すかさずユータンがガードする。
来るっ。
大ちゃんが辛うじて出したパスを受け取りシュートをしようとするが、
ユッキーのガード。
大ちゃんっ。
実際に声をかけたわけでもないのに、
苦し紛れに出した私のパスを
察知したかの様に上手く拾い、
大ちゃんが
シュートした。
「じゃあまたね。お疲れ様~。」
タクシー乗り場で
ユータンとユッキーがタクシーに乗り込み私達に手を振った。
次のタクシーはまだ来ていない。
「タクシーで帰るでしょ?
もう少し待ってたら来ると思うよ。」
と、声をかけた私の手を大ちゃんがそっと握ってきた。
「あの…ミューズ…
明日は中番だったよね?」
「あ、うん。」
「俺は遅番。
で…良かったら…泊まらない?」
「え?あ、うん。」
私の返事に、
「あ、あ、良かった。
えと、じゃ、い、行こうか。」
と、妙に緊張した様な声を出した大ちゃんは、手を繋いだまま駅前繁華街の方へ歩き出した。
繁華街を横道に入るとラブホ街がある。
そのうちの1軒に入り、可愛い内装の部屋を選んで入った。
「ミューズ…」
部屋に入るなり大ちゃんが抱きしめてきた。
「んっ?」
なに?と聞きかけた私の唇が塞がれる。
大ちゃんは深くキスをしながら私のスプリングコートのボタンを外し脱がせた。
そうして、
そのまま私のカットソーの中に手を入れて、
「あったかい…」
と愛おしそうに呟きながらゆっくり手を動かした。
「あっ、はぁ…」
恥ずかしいから声を出したくないのに、どうしても声が漏れる。
「んっ?」
満足気に「どうしたの?」
といった感じで大ちゃんが返してくる。
大ちゃんとこうしているとすぐに頭がボーッとしてきて体が痺れた様な感覚に陥る。
そんな私の表情を見ながら、
「お風呂入る?
用意してくるね。」
と、大ちゃんが優しく囁いた。
大ちゃんが離れて少しの間、私はソファに座りボーッとしていた。
はぁ。
何でいつもこんなにボーッとしちゃうんだろう…
何かこのままボーッと座ってるのも落ち着かないな。
ふと見るとテレビのリモコンがある。
何気なくつけた途端、
「はあっ、あん、あん、あん、」
いきなりテレビが大音量で喘ぎ出し、
慌ててチャンネルを変えるも、
さっきの場面がちょっと気になった。
男性と違って、こういう所に来ない限りはなかなか視る機会が無いので、滅多に無いチャンスと言えばチャンスだ。
視たいな。
そうっと浴室の様子を伺う。
浴室からはお風呂掃除をしているらしい水の音が聞こえてくる。
まだ…戻って来ないかな?
テレビがこ難しい世界情勢のニュースを語っている間、しばらく悩んで再びまたチャンネルを変える。
テレビがまた悩ましい喘ぎ声を出した瞬間に、
「お風呂なかなか溜まりそうに無いからシャワーにする?」
と、いきなり大ちゃんが戻ってきた。
??!!
人はあまりにも恥ずかしい出来事に直面すると記憶が飛ぶ。
その後、どうやってお風呂に入ったのかを全く覚えていないが、大ちゃんは何事も無かったかのように優しくしてくれた。
「明日仕事だしもう寝ようか。」
大ちゃんが腕枕をしてくれようとしたが、
「ごめんね、枕が変わると寝られなくて…」
と断り、備え付けの枕もどけて寝た。
「枕が変わると寝られないって…ププッ
俺の腕も枕かよ…」
大ちゃんは可笑しそうに笑っていたが、程なくしてスグにスースーと寝息を立て始めた。
もう寝たのか。
私など、大ちゃんとの初めてのお泊まりで目がギンギンして全く寝られそうな気配がない。
その上、風邪の治りかけで鼻水の症状だけが残り、横になると鼻がつまってくる。
さらに枕をしていない分、余計に鼻が詰まってくるようだった。
あ~苦し。
暗闇の中、時々起き出して鼻をふんふんとかむ。
はぁ、寝苦しい…
何度かゴロゴロしているうちに、
鼻水がどくどくと流れ出してきた。
げげっ、ティッシュ!ティッシュ!
慌てて飛び起き、ティッシュを取り出そうとしている所に、
「寝られないの?」
と、大ちゃんが目を覚ました。
「あ、ごめんなさい。ちょっと風邪が治りきってなくて…」
「え?そうなの?じゃあ何か着ないと。ホテルの備え付けのパジャマ持ってくるよ。」
と、大ちゃんが部屋の明かりをつけた途端、
「うおっっ!!」
と叫んだ。
「え?!なに?なに?」
ビビる私をよそに大ちゃんの視線はベッドのシーツに注がれている。
えっ?
私もシーツに目を落とすと、
シーツが血まみれになっている。
「キャーっ!」
思わず手に持ったティッシュで口元を抑えようとしてふとティッシュを見ると、ティッシュも血で真っ赤に染まっていた。
わわっ!
なに?なに?なに?
何が起こったか分からずに驚く私に大ちゃんは静かに言った。
「ミューズ。
鼻血出てるよ。」
えっ?
鼻血なの?
私の鼻血のせいなの?
まるで殺人現場の様になってしまったシーツを見て私は狼狽えた。
「ど、どうしよう。
シーツ汚しちゃった。洗わなきゃ。」
焦る私に、
「とにかく顔を洗っておいで。
ホラーだから。」
大ちゃんにそう促され洗面所に行く。
鏡を見ると、顔面血まみれで血が胸の辺りまで垂れている。
ホ、ホラー過ぎる。
洗面所ではラチが明かないのでシャワーを浴びて殺人鬼の様な顔や体を洗う。
浴室を出ると、
シャーッ
洗面所で大ちゃんがシーツの汚れた部分を洗ってくれていた。
「ご、ごめんなさい。」
「いいよ。いいよ。それより何か着なよ。」
大ちゃんに優しく言われ慌ててパジャマを着るも鼻血はまだ出ている。
「鼻にティッシュ詰めた方がいいよ?」
と大ちゃんに言われ渋々詰めるも、それを見た大ちゃんの顔は完全に笑っていた。
もうやだ泣きそう。
私がモタモタとその様な事をしている間に、大ちゃんは手早くシーツを洗い濡れている部分をドライヤーで乾かした。
「さっ、これでもう大丈夫!」
大ちゃんがササッとシーツを敷いてくれる。
「あの、ごめんね…」
「いいよ。エロいビデオ見てエロい事したからきっと興奮したんだよ。」
えっ?!
違う~!
鼻水で鼻の中が荒れてるとこに鼻を何回もかんだからだよ~
私の言い訳にも大ちゃんはうんうんわかってるからという風に頷いて、
「さっ寝ようか。」
と明かりを消した。
大ちゃんの寝息を聞きながら私は全く眠れなかった。
ううっ。
絶対もうダメだ。
エッチなビデオ視てるとこ見られて、鼻血出して、シーツ洗わせて、鼻からティッシュぶら下げてる顔見られて…
しかも鼻血の原因がエッチな事で興奮したからだと思われてるし…
確実に…フラれるな。
はあっ、
フラれる理由が「興奮して鼻血」なんて恥ずかしすぎる。
モヤモヤと頭の中に大ちゃんにフラれた理由をユッキーに話す自分の姿が浮かんだ。
「えっ?!どうして?
別れた原因ってなんなの?!」
「うん…
鼻血ブー…」
だあああっ!
嫌すぎる~!
情けなくて悲しくて明け方まで1人もがいていたが、
少しウトウトし目覚めると
鼻血はいつの間にか止まっていた。
「じゃ、また後で。」
電車を降りようとした私に大ちゃんがそう言って軽く手をふった。
「うん。」
私も軽く手を振り返し電車を見送った後、自宅マンションへと急いだ。
どうやらフラれる気配は無さそうだ。
ふ~っ。
良かった~。
ホッとしながらシャワーを浴び着替える。
おっと、もうこんな時間、早く行かなきゃ。
トーストとコーヒーの簡単な朝食を済ませた私は、慌てて自転車に乗ると職場に向かった。
「おはようございます。」
事務所に顔を出し、店長に挨拶をすると、
「おはようございます。
田村さん、いきなりだけど4月に僕の人事異動が決まりまして…」
と、店長が言い出した。
えっ。
聞くと店長もユータンの場合と同じ様に他県に配属される話が来たらしく、3月の末からは会社が用意した住居に引越しをする予定との事だった。
「随分、急すぎませんか?」
「そうだね、まあうちの会社のやる事なんてそんなもんだよ。」
店長は少し笑うと、
「そんなわけで、あと半月ほどの間に色々と準備などをしなければいけなくて、他の社員達にも色々と迷惑がかかるかもしれない。
特に神谷君には負担をかけるだろうからなるべく助けになってあげて欲しい。」
「はい、わかりました。
森崎さんと力を合わせて頑張ります。」
「森崎さんか…」
店長のその言葉がどことなく悲しげに聞こえたのを私は聞き流せなかった。
「森崎さんが…何か?」
「ああ、いや、森崎さんとも会えなくなるんだなって思って…」
店長のその表情は人の心に鈍感な私でさえ、完全に把握できるほどありありと店長の心情を物語っていた。
「あの…店長…」
言いかけた私の後ろで、
「お客さんが多くて忙しい時に、社員が2人揃って何をおしゃべりしてるのよ!!」
と、沖さんのイライラした声がした。
「あっ、すみません。」
慌てる私に、
「田村さん、とっくに出勤の時間過ぎてるでしょ?
着替えもしないで何をやってるの!」
沖さんのお叱りの声が飛ぶ。
「す、すみません!」
慌てて着替えに走り、そのまま店内に入った。
大ちゃんが出勤するお昼頃には忙しさも一段落し、ホッと一息つきながら倉庫作業にまわった私の所に休憩中の店長が近づいてきた。
「さっきはすみません。
沖さんには僕が田村さんを引き止めたからとちゃんと話したから。」
「あ、いえいえ、それよりも、あの…店長…今日良ければ夕飯でもご一緒にいかがですか?」
店長へ誘いの言葉をかけた途端、
あっ。
大ちゃんが倉庫に入って来るのが見えた。
大ちゃんは私達を一瞥したかと思うとすぐにふいっと倉庫を出ていった。
ん?
何しに来たんだ?
「僕は大丈夫だけど。急にいいの?ごめんね。」
出ていく大ちゃんを目で追っていた私に店長が遠慮がちに声をかけてきた。
「あっはい。
ここでは色々と話も出来ませんから。
落ち着いてゆっくり話したいですし。」
私の言葉に店長はニッコリと笑うと、
「僕ね、こういう言い方をしたら失礼だとは思うけど、ずっと田村さんの事をお姉さんの様に思ってしまっていた所があってね、
田村さんにはつい何でも話してしまいたくなるっていうか…」
と、照れくさそうに言った。
「私は店長より2歳上のお姉さんですからね、話して楽になる事は話して下さい。」
私の言葉に、
「ありがとう。
では〇〇でどうですか?」
と、職場から歩いて10分ほどの所にある小洒落たカフェの名前を出した。
「わかりました。
では仕事が終わり次第すぐに行きますね。」
私の言葉に店長は軽く頭を下げると休憩室に戻っていった。
店長が出ていって少しすると入れ替わりに大ちゃんが倉庫に入ってきて作業を始めた。
顔が何だかムスッとしている。
「昨日はありがとう。
疲れてない?」
と、優しく聞いても、
「大丈夫です。」
と素っ気ない。
うげっ、やっぱり昨日のこと思い出して気を悪くしてるのかな?
「あの…昨日は迷惑かけてごめんね?」
「なんの事ですか?
別に迷惑な事なんてされてませんけど。」
さ、左様でございますか…
「な、なら良かった。」
シーン…
うっ気まずい。
黙々と作業を続けるうちに、
「休憩お先でした。
田村さん休憩に行ってね。」
と、店長が倉庫に顔を出しすぐに店内に戻って行ったので、
「あ、じゃあ休憩行って来るね。」
と、倉庫を出ようとした私に、
「今日……」
と大ちゃんがボソッと聞いてきた。
「え?なに?」
聞き返した私に、
「だから今日は会わないの?」
と、大ちゃんが少しイラついた様に聞いてきた。
「あ~ごめんね。
今日は…」
私が言いかけると、
「わかりました。
休憩に行って来て下さいね。」
と、大ちゃんはプイっと先に倉庫を出ていってしまった。
へっ?
なんなんだ?一体。
何をそんなに不機嫌になっているのか本気でわからなかった。
これはまた夜にでも妹の優衣に聞いみよう。
もうそれからは大ちゃんは私に関わって来ようとしなかったのでそれが気になりつつも、私は仕事が終わると急いでそのまま店長の待つカフェに向かった。
カフェに入ると、店長は奥の窓際に座って軽く頬杖をついて窓の外を眺めていたが、私が近づくと気配を察したのかこちらを向いて軽く頭を下げた。
「お待たせしました。」
「いえいえ、それより僕の方こそ田村さんに気を使わせてしまってごめんなさい。」
「大丈夫ですよ。
なんと言ったらいいのか…
いつも店長ってあまり自分の気持ちとか話さない方じゃないですか。
だから…こう…ちょっと心配になったっていうか…」
言葉を必死で選びながらそう言う私に、
「えっ?僕の態度そんなに変だったかな?」
と、店長は苦笑しながらも、
「最近、疲れてるからかな?」
と、独り言の様に呟いた。
店長?
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
カフェの店員さんが水の入ったグラスを置きながら声をかけてきた。
「あっ!え~と、じゃあこのAセットで。」
私が慌てて答えると、
「僕も同じ物で。」
といつもの冷静な顔つきに戻った店長が静かに言った。
それからは何となく店長の話を聞くタイミングを逃してしまい、それからはお定まりの仕事の話や職場での人間関係の話になってしまう。
「僕の後に配属される店長は物静かだけど、仕事もできると評判だし何よりも穏やかな人柄だから、きっとアクの強い神谷君と上手くやっていけると思うよ。」
店長は大ちゃんの日頃の言動を思い出したのかクスクスと可笑しそうに笑った。
「神谷君ってやっぱり…なかなか我が強い…ですよね?」
恐る恐る聞く私に、
「ああ、彼は頑固で我が強いね。
好き嫌いも激しいし。
気に入らないとブロック長にすら噛みついちゃうしね。
実は僕も何回か噛まれたよ。」
と、店長が笑いながら答える。
うわっ、ダメじゃん。
狂犬か、あやつは。
聞きながら顔が引きつるのを必死でこらえる私に、
「でもね、彼は多分伸びるよ。
そういうオーラを持ってる。」
と店長は確信を持った様に言い切った。
「そうなんですか?」
「うん。ただ今の彼はまだまだダメだ。
だから良いフォロー役がいてくれる事が重要になる。
その点では、田村さんや森崎さんがいてくれて良かったよ。」
「森崎さん?」
「うん。
彼女はとても芯がしっかりしている。
感情的になる事もほとんどない。
頭の良いしっかりした人だよ。
神谷君の良い助けになってくれるだろう。
ただね…」
「お待たせ致しました~
Aセットでございます。」
またここで絶妙なタイミングでカフェの店員さん来る。
おい~~っ!
もしかして狙ってない?
またタイミングを逃してしまったか?と私はヒヤヒヤしながら店長の顔を見た。
「森崎さんは…」
私の心配をよそに店長は話の続きをしようとした。
「.はい。」
私は、続きを促すように返事をする。
「彼女はいつもニコニコとして周りへの気配りも完璧な人じゃないですか。」
うんうん。確かに。
「でもね、何と言うか…
僕の勝手な思い込みかもしれないけど、森崎さんはどことなく闇を抱えてそうな気がする…っていうか。」
「闇?!ですか?」
「あ、いや、闇っていうか悲しみというか…」
店長が慌てた様に否定する。
悲しみ?
なんだろう。
いつものユッキーからは想像できないけど、
でも言われてみればユッキーもあまり本音を出さないタイプかも。
「それで、ずっと僕は彼女の事が気になっていて…
それで…いつの間にか…何と言うか…」
店長が言いよどむ。
「そういうことありますよね。」
私が店長の言葉を先回りして言った。
「えっ?
あ~、はは、そうかな。そうなのかな。」
店長が少し気恥しそうに笑う。
その顔は店長と言うよりも、23歳の青年の顔そのものだ。
店長もこんな風に恋をしたりするんだ…
当たり前の事だけど「店長」という役職は店のトップになるわけで、そのせいか何となく勝手に「落ち着いた大人のイメージ」を持ってしまっていた。
そんな私の勝手なイメージを払拭する様に店長が話を更に続ける。
「ま、まあそれで僕が彼女にどうこうという話でもないんだけど…
その、はあ…
森崎さん健気だし、本当に可愛い…」
うっ。
だんだん店長のセリフがアイドルに憧れる中高生男子の様になってきたぞ?
「で、どう思う?」
心の中で少し焦りだした私に、
いきなり何の主語もなく店長が私に話を振ってきた。
「えっ?
どう、思う、ですか?」
返事に困る私に、
「いや、森崎さんは何か辛い事とか抱えていたりしていないのかな?」
と、店長が言う。
「いや~どうなんでしょう。
特に何も聞いたことはありませんけど…」
そう答えながらもふとユータンとの事が気になった。
あの2人、昨日も楽しそうに仲良くしていたな。
だから特に問題はないか。
それにユータンはユッキーといずれ結婚したいとまで言ってたしな。
と、するとユッキーの家庭環境?
いやあ、体調不良のユッキーを送っていった時に立派なお家に優しそうな御両親、
特にこちらも問題なさそうだけど?
「ごめん、ごめん、きっと僕の考え過ぎだね。
森崎さんの事が気になりすぎて勝手な想像してたみたいだ。」
考え込む私の顔を見て店長が慌てて訂正をしてきた。
店長。
そんなにユッキーの事が?
「あの…店長?
森崎さんにそのことを、店長の気持ちを伝えるんですか?」
かなり複雑な気持ちだった。
だって…
ユッキーはユータンの事を…
だが店長は静かに首を横にふり、
「いや、伝えない。
これからもずっと伝える気はないよ。」
ときっぱり言い切った。
「何故ですか?」
「僕が気持ちを伝えても森崎さんが困るだけの様な気がするから。
多分ね、そんな気がするから。」
「そうですか…」
頑張って気持ちを伝えましょうよ?
なんてとても言えなかった。
自分が相手を好きになったとしても、相手も自分を好きになってくれるとは限らない。
「そろそろ帰ろうか。
田村さんと話して何だかスッキリしたし。」
店長が伝票を持ち立ち上がった。
「今日はご馳走様でした。」
頭を下げる私に、
「ううん。僕こそ。
今日は本当にありがとう。」
店長は笑顔で軽く手を挙げて帰っていった。
人を好きになるのって難しいな…
店長の後ろ姿を見送り、
私はふとそう思った。
翌日、
「おはようございます。」
早番で入った私に、
「おはようございます…」
同じ早番の大ちゃんのまだ機嫌の悪そうな声。
あ、しまった。
優衣に対処方を聞くのをすっかり忘れていた。
やはり私に近寄って来ようとせず黙々と仕事をしている大ちゃんの姿を遠目で見つつ、
人を好きになるのって本当に難しい。
と、私はため息をついた。
「おはようございます!」
中番のユッキーが出勤してきた。
「おはようございます!
この前はちゃんと帰れた?」
大ちゃんがニコニコとしながらユッキーに話しかけに行く。
あれ?
機嫌良いな。
機嫌が直ったのかな?
ほっとしながら2人が楽しそうに談笑している所に近づくと、
スッ…
大ちゃんが無言でその場を離れた。
あれれ?
遅番の店長が出勤した時も同じだった。
私以外の人とはニコニコと話すが、私が近づくとムスッとした表情で逃げる。
私と話したくないのかな?
仕方がないので相手の希望通りに?その日はなるべく関わりを避けたが、仕事が終わる頃には大ちゃんの私に対する機嫌はますます悪くなった。
う~ん。
よく分からないが何だか面倒臭いタイプだな。
でもいつまでもこんな気まずい空気のままというのも耐え難いものがある。
ここはひとつ仲直りをしなくては。
帰り支度をしている大ちゃんの近くに寄っていき、
「ご飯食べに行こうか?」
と誘ってみた。
大ちゃんはチラリとこちらを見たきり何も言わない。
「いつもの所で待ち合わせね?」
と更に声をかけると、
「気分が乗らないから行かないかもしれませんよ?」
と大ちゃんが言う。
「まあそれならそれでいいよ。
私が行ったときに大ちゃんがいなければ帰るしね。」
と私は笑って先に店を出た。
あまり期待もしていなかったのだが、とりあえず家に帰って自転車を置き、歩いて駅まで向かう。
待ち合わせの場所にはちゃんと大ちゃんの車が停まっていた。
来てるよ、おい。
律儀な性格だなぁ。
こういう所は私にはないなと感心しながら車に近づいた。
「お待たせ!」
と助手席に座ったが、大ちゃんは車を発進させない。
ん?
不思議に思う私に、
「俺って面倒臭いでしょ?」
と大ちゃんがポソリと聞いてくる。
「うん。」
と即座に答えると、大ちゃんの顔色が心なしか青ざめた。
「面倒…臭い…んだ…」
大ちゃんがガックリしながら言う。
ええっ?!
自分で言い出したんじゃな~い。
焦る私に、
「でもミューズだって八方美人だよね!」
と大ちゃんがいきなり反撃をしてくる。
ぐはっ。
気にしている事を…
「私、そんなに八方美人に見える?」
「見える!昨日だって…」
昨日?
あああっ!
あーーーっ!
大ちゃんが不機嫌な理由がやっとわかった。
「だって店長がユッキーの事ですごく悩んでたみたいだし。
そんな話を職場とかでできないでしょ?」
「ユッキーの?
ユッキーがどうしたの?」
「あ~いや、まあ、ね、色々気になる事もあるんでしょ…」
曖昧に誤魔化したつもりだったが、逆に大ちゃんはそれで何となく察した様だった。
「ふ~ん。そうなんだ。」
大ちゃんはさして興味も無さそうに呟くと、
「今日はどうするの?
面倒臭い俺といてもつまらないでしょ?」
とか言い出した。
うっわ~
根に持ってるよ~
こ~ゆ~とこが面倒臭いんだけどな〜
と思いつつも、
「行くよ。行きたいもん。」
と答えると、
「なんで?」
と大ちゃん。
「なんでって…大好きな人とご飯食べに行きたいっていう事に理由あるの?」
カアアアア。
突然、大ちゃんの顔が真っ赤になった。
青くなったり赤くなったりまるで信号機の様な男だ…
「う、嘘ばっかり。」
「は?何でこんな事で嘘つく必要あるのかな?
思った事を言っちゃいけないの?」
「いや、あの、その、」
さっきまでの威勢はどこへやら。
大ちゃんがモジモジしだした。
何かよくわからないが…
勝った。
「何か変なこと言ってごめん。
お腹すいてる?
もし我慢できるなら良さそうな店を見つけたんだけど。」
さっきまでとはガラリと雰囲気の変わった大ちゃんがボソボソと聞いてくる。
「え?
わざわざ調べてくれたりしたのかな?
ありがとう!
行きたい!行きたい!」
私が喜んでそう言うと、
「不味かったらごめんね。」
車のエンジンをかけながら大ちゃんが答える。
「美味しいとか不味いとかじゃなくて、わざわざ調べてくれる気持ちがもう十分ご馳走だよ。」
私が心からそう言うと、
「ホント、ミューズは口が上手いからな~」
と、言いながらも大ちゃんは少しニヤッと笑うと「お店」に向かって車を走らせた。
「1時間くらいかかるよ?
大丈夫?」
大ちゃんが気を使って聞いてくれる。
「大丈夫!大丈夫!
着くまでゆっくり話せるし、それにお腹すかせた方がご馳走もより美味しいしね!」
と、バブル世代ど真ん中の私はウキウキと答え、
どんなオシャレなレストランかな~?
イタリアン?フレンチだったりして~!
と内心ドキドキと胸が高鳴っていた。
それから、大ちゃんの予告通り車はほぼ1時間ほど走り、
「ここなんだけど。」
と大ちゃんが駐車場に車を停めたその先には。
んっ?
こっ、ここは?!
ドーン!
これは一体、築何年なんだ?
思わず聞きたくなるほど、古くて小汚い…
いや失礼、
ものすごく歴史を感じさせる趣きのある建物がそびえ建っていた。
店の入口には、これまた長い歴史を思わせる黒ずんだ赤のれんにラーメンと書いてある。
「ちゅ、中華料理であったか…」
「いや、ラーメンだけど?」
私の呟きを聞いた大ちゃんが訝しげに答えてくる。
そ、そうでございましたな…
「いらっしゃいませ!!」
歴史のあるのれんをくぐり、店内に入った途端、
ズルッ!!
油でコーティングされてるのかと思うほど油ギッシュな床で滑りかけた。
おわっ?!
驚きつつも何とかカウンター席に座ると、テーブル、メニュー全てが油ぎっている。
こいつはすげぇや。
初めての強烈油体験に目を白黒させている私に、
「ここのラーメン本当に美味しいって有名だから!」
と、大ちゃんが嬉しそうに囁いてきた。
「ご注文は?」
「ラーメン2つ、1つは大盛りで!」
大ちゃんが嬉しそうに頼む。
カウンターの向こうの厨房にいるご主人らしきオジサンがムスッとした表情でラーメンを作っている。
こ、怖い…
油とオジサンに密かにビビっているうちに、
「お待たせしました。」
ラーメンが運ばれてきた。
うごっ?!
ラーメンの上には麺が見えない程の大量の背脂が乗っている。
ラーメンまで油ギッシュだよ、おい…
横で嬉しそうにラーメンを食べだした大ちゃんを横目で見つつ、思い切って1口食べてみた私は、
「美味しいっ!!」
と、思わず声を上げた。
「美味しい?ホント美味しいね!」
と、大ちゃんがまるで自分が作ったかの様に喜ぶ。
「うんうん、美味しい!
こんなに脂あるのに全然しつこくなくて醤油のスープが後引く感じで…」
と、食レポみたいな事を言いながら全部ぺろりとたいらげてしまった私に、
「美味しかった?」
と、強面のご主人がニッコリ笑ってくれた。
笑うと少しエクボが出来て、白い八重歯もチラリと見える。
うわっ、オジサン笑うと優しそうな可愛い顔になるんだな。
きっと大ちゃんと同じで見た目で損してるタイプなのかも。
急にオジサンに親近感が湧いてくる。
「ラーメン気に入ってくれたんならこれあげるよ。
期限は無いからまたおいで。」
と、そんな私にオジサンが優しい顔のままサービス券を2人分くれた。
「ありがとう。美味しかったです。
また来ます!」
喜んで立ち上がった私は、
ズルッ!
また滑った…
「ミューズがあんなに喜んでくれるとは来た甲斐があったな。」
帰りの車内で大ちゃんが嬉しそうに言う。
「うん。ありがとう。」
お礼を言いながら、私は大ちゃんと出会ってからの事を思い出していた。
花火のケーキ、水族館でのバカップル、ゲームセンター、バスケ、
私が経験した事のないことをいっぱい経験したよ。
ずっとずっとこれからも大ちゃんと色んな経験ができるかな?
楽しかった。
嬉しかった。
忙しくも楽しかった日々があっという間に過ぎ、
1994年初夏。
大ちゃんは20歳になった。
「ミューズと同じ20代になった!
もうオジサンだ~」
大ちゃんがわざと笑いながら言う。
ど~ゆ~意味だよ。
「オジサン、オバサンカップルになって良かったじゃない。」
わざと真顔で答える私に、
「そうだね~年寄りカップル…痛いっ!」
バチーン!
つい条件反射で背中を叩く。
「自分でも言ったくせに、
すぐ暴力ふるうんだから。
絶対背中に手の形ついたよ。」
ブツブツ文句を言いながらも大ちゃんは笑っている。
さてはドMか?こやつは。
でも年寄りカップルの言葉でふと私の頭にある思いが閃いた。
「ねえ、後40年したら大ちゃんも定年退職でしょ?
もしも、もしもね、私達がその時も一緒だったら贅沢旅行をしようよ。」
「贅沢旅行?」
「うん。
豪華な温泉旅館に泊まるの。
そこでご馳走食べて~。」
「ふ~ん。」
「あれ?嫌かな?」
「いや、いいけど。
贅沢旅行って言うより、ミューズの介護旅行になるのかと…痛~!!」
「叩くよ?」
「叩いてから言うなよ~。」
大ちゃんはわたしに叩かれた腕をさすりながら文句を言っていたが、
「ずっとその時まで一緒って事はさ、結婚とかってことかな?」
と言い出した。
「えっ?
そこまで考えてなかったけど…」
私は咄嗟に嘘をついた。
「な~んだ。そっか。」
大ちゃんはすこしつまらなそうに呟く。
「だって大ちゃんまだ20歳になったばかりじゃない!
結婚とか有り得ないでしょ?」
どう返していいのか分からずに少し突き放すように答えてしまった私に、
「だな。俺はまだまだだもんな。」
と大ちゃんは独り言の様にボソッと言った。
この小さなやり取りの小さな亀裂が、
その後の私達の関係において大きな亀裂に発展していく事を、
この時の私は想像すらできていなかった。
「この前4人で遊んでからもう何ヶ月も経ってるし、そろそろまた企画しようか?」
ユッキーと休憩中にランチを食べながらそう切り出した私に、
「あ、う、うん…」
とユッキーは微妙な顔をした。
「どうしたの?」
何気なく聞いた私に、
「うん…実は…
ちょっと生理が遅れてるなと思って念の為に検査したら一応陽性反応が出ててね…」
「ええっ?!
そうなの?あの…ユータン…の?」
「あ、うん。
昨日、検査薬の結果を一緒に見てもらったんだけど、結果判定がね、ギリギリすこし分かるくらいに不鮮明なのよ…」
「うん、あの、それで病院は?」
「まだなんだけど、あまりにも不鮮明だしまだ早すぎるのかなって、もう少し待ってからユータンに付いていってもらって行こうかなって。」
え?
じゃあ、ということは…
「あの…ユータンと結婚…とか?」
「う、うん。
ユータンが凄く喜んでね、ちゃんと病院で診てもらってハッキリとわかり次第、籍を入れようって。」
「すご~い!おめでとう!!」
喜ぶ私に対してユッキーの表情は晴れないままなのが気になった。
「ユッキー?大丈夫?」
「う、うん。
あのね、美優ちゃん。
私の親戚のお姉さんが私と同じ様に陽性か陰性か分からないくらいの状態になった事があって、
どっちなんだろう?と思っているうちに、生理が来ちゃったんだって。
だからまだ完全にそうとは決まった訳じゃないから。」
そうだね。
まだハッキリ分からないうちに
あまりに周りに色々と言われるとプレッシャーになるね。
「そうだね。
先走ったこと言ってごめん。
でもハッキリするまでは身体を大事にするに越した事はないからね。
無理しちゃダメだよ?」
私の言葉にユッキーはようやく少し笑顔を見せると、
「私がママになるとか全然実感できないね。」
と、照れた様に自分のお腹を見下ろしていたが、
その数日後、体調不良を理由に休んだユッキーから電話があった。
「もしもし。」
電話をとった私に、
「美優ちゃん?有希だよ。
あのね、やっぱりちゃんとした妊娠じゃなかったみたいなんだ。
生理が来たから慌てて病院に行ったら、化学的流産っていうのだった。」
手短に説明をしてくれるユッキーに私は、
「体調は大丈夫なの?」
と言うのが精一杯だった。
「うん。この数日間で急に色々あったから、気持ちがついて行く前に終わっちゃって複雑な気分だけど、誰が悪いとか何が悪いとかじゃないからって。
こういう事もたまにあるんだよって先生に言われたよ。」
ユッキー自身が1番戸惑っているのだろう。
何を説明していいのか分からない様子でオドオドと話す声を聞き気の毒になった。
「うん。わかったからね。
後はゆっくり休んで。」
優しく労る様に言った私の言葉に、
「ありがとう。
いつもの生理が少し重いくらいかな?って感じで体調の方は大丈夫だよ。」
ユッキーが少しホッとした様に答える。
「数日中には復帰するから。
迷惑かけてごめんね。」
と電話を切ろうとしたユッキーに、
「今回の事、職場には体調不良になってるんだよね?
私も何も知らない事にしておくから。
何も気を使わずにゆっくりしてなきゃダメだよ?」
思わず声をかけると、
「お姉ちゃんみたいだね。
ありがとうミューズ。」
と、電話の向こうでユッキーの嬉しそうな声が返ってきた。
思ったより元気そうで良かった。
でも、ユータンとの結婚話はどうなっちゃうのかな。
電話を切った後、ベッドにゴロリと寝転がってボーッと考える。
でも仮に今回は無しになったとしても、これで結婚前提のお付き合いになっていくんだろうな。
ふと大ちゃんと自分の事を思う。
私達は…
ユータンとユッキーは24歳同士。
私は26歳、大ちゃんはやっと20歳。
大ちゃんの事を好きという気持ちはあったが、結婚となるとまるで実感が湧かない。
せめてユッキー達みたいに大ちゃんが24歳くらいになったら…
でもその頃には私は30歳。
はあ、30歳か…
何とも言いようのない不安が広がる。
今思えばもっと上手い考え、方法があったのではないかと思う。
でもそれを考える事を思いつかないほど、当時の私は「年齢差」というものに無意識の中でひどくこだわっていた。
ユッキーが職場に復帰して1ヶ月余り。
季節は夏本番。
「暑いな~!冷たいビール飲みに行きたい!」
酷暑の倉庫で作業をしながら大ちゃんが繰り返す。
「大ちゃん、今日早番でしょ?
一旦帰って車を家に置いてきなよ~。
○○駅前ビルのダイニングカフェでも行かない?」
私が笑いながら誘うと、
「わかった!早めに着いたら先に飲んでるよ。」
大ちゃんが嬉しそうに答える。
「いいな~いいな~」
丁度、倉庫に入って来たユッキーが笑いながら茶化してきた。
「参加希望なら来てもいいぞ~」
私も茶化して誘うと、
「あ~、どうしよう。
ユータンと会うんだよね…」
と、ユッキーが少し思案する素振りを見せたが、もう答えは決まった様なものだった。
「は~い!じゃあ、○○駅前ビル5階のダイニングカフェ集合!」
大ちゃんが有無を言わさずに決めてしまう。
「強引だな~、ユータン嫌がらない?」
少し呆れて聞く私に、
「大丈夫だよ。
大ちゃんが会いたがってるよって言えば大喜びでどこへでも会いに行くから。」
ユッキーが笑いながら頷いてみせた。
「じゃあ、先に適当に飲んで待ってるよ。」
大ちゃんがユッキーに声をかけながら倉庫を出て行く。
「うん、わかった。
なるべく早く行くようにするね。」
ユッキーは大ちゃんの後ろ姿にそう声をかけ、大ちゃんの姿が見えなくなると、
「大ちゃん、本当に優しいね。」
とポツリと呟いた。
「え?」
と、聞きかけた私の声を遮り、
「森崎さん!」
と店長が倉庫を覗いてユッキーを呼んだ。
「はい!」
ユッキーは返事をして出口に向かいかけたが、
「また夜にね!」
と振り向いて私に微笑みかけた。
「お先に失礼しま~す!」
中番の私は遅番のユッキーやバイトさんに声をかけた。
「は~い!お疲れ様です!」
ユッキーが「また後で。」という風に頷きながら軽く手をあげる。
さてと、大ちゃんはもう着いてるのかな?
急いで店を出ようとした途端、
プルルルル!
事務所の電話が鳴った。
「はい、お電話ありがとうございます…」
咄嗟に電話をとり、お決まりの電話対応文句を言いかけた私の耳に、
「あ!良かった~間に合った!」
大ちゃんの嬉しそうな声が飛び込んできた。
「神谷さんですか?」
咄嗟に職場モードの話し方になる私に、
「はい、僕です。神谷です。
田村さん、急で申し訳ないですが場所の変更の電話です。
予定していた○○ビルの横に細い路地があるのを知っていますか?
そこを入って2つ目の角を曲がったすぐに良さそうなお店を見つけました。
そこに居ますのでお願いします。」
大ちゃんが可笑しそうに含み笑いをしながら職場モードの話し方で答えてきた。
「はい、わかりました。
森崎さんにも伝えておきます。」
慌てて電話を切ると、ユッキーにその旨を伝え、自転車を家に置きに帰り電車に乗ると○○駅に向かった。
○○駅前ビルの横の路地…
ここかな。
え~と、2つ目の角を曲がると…
ザワザワザワ
人々のざわめき。
いらっしゃいませ~
店員さんの活気に満ちた明るい声。
香しい焦がしバターやガーリックの香り。
角を曲がった私の右側に、いきなり小洒落て明るく活気のある空間が広がった。
そこは1軒の立ち飲み屋であった。
立ち飲み屋というと、その店自慢のオデンをつつきながら日本酒をちびりちびり。
今日もお疲れ様だねぇ。
という、サラリーマンのおじさま御用達の昭和感溢れる立ち飲み屋が思い浮かぶのだが、
そこは小洒落た看板、可愛い文字のメニュー表、テーブルの代わりに大きなビア樽を幾つも置いている見るからにセンスの良さそうな洒落た雰囲気の立ち飲み屋さんだった。
通常多い奥に細く長くの造りではなく歩道に面して横長の造りのその店は、突き当たりがカウンターを挟んでの横長厨房、手前の歩道側が立ち飲みスペース、
外に向かって全面開放されている店内は人で溢れ、その店の人気の高さが伺い知れる。
「お~い!ここ!」
大ちゃんがすぐに私に気づいて手招きをした。
「お待たせ~!
っていうか、どうしたの?ここ。
すごく良い感じじゃない。」
感心する私の言葉に、
「山田さん達と飲むのも久しぶりだから、どうせなら面白い店がないかな?と思ってブラブラと探し回った。」
まるで100点をとって褒められた子供の様に、大ちゃんがへへっと嬉しそうに笑う。
「うん、うん、いいね!
ユータン達も喜ぶよ。」
口ではブラブラと言っているけど、皆を喜ばせたくて必死で探し回ったのであろう大ちゃんの優しさに心が和みながらメニューを眺めた。
フードメニューは豊富で多岐にわたっていたが、メインはイタリアンという感じで、○○のオリーブ焼きとか、○○の香草焼き等、
ブラーヴォな名前がずらりと並んでいてなかなか良い感じだ。
う~ん!
トレビア~ン!
あ…
これはフランス語だわ。
心の中での1人ツッコミもすみ、
とりあえずビールを頼む。
ブラーヴォだろうが、トレビアンだろうが、
とりあえず冷たい生中は外せない。
ちょっぴりイタリアを気取ってみました、フフッ
な、お店もそこの所はよく理解しているらしく、流石にジョッキではないが、細長い洒落たグラスに注がれた冷たい生ビールが2つテーブルに運ばれてきた。
カンパ~イ!
2人で乾杯をする。
うん!美味しいっ!
「このビール美味しいね!
イタリアのビールなのかな?」
そう聞いた私に大ちゃんが、
「これは、
サン=トリーモ=ルツだよ。」
とサラッと銘柄を言い当てた。
「えっ?えっ?そうなの?
すご~い!
何でわかったの?」
感心しきりで聞く私に、
「コップに書いてある。」
と、大ちゃんが事も無げに答える。
よく見るとグラスの側面に、
「SUNTORY モルツ」
と書いてあった。
サントリーモルツであったか…
う~っ
モルツモルツモルツモルツ
モルツモルツモルツモルツ
美味いんだなこれが。
プレミアムモルツに取って代わられ、今では飲めなくなってしまったモルツの味が懐かしい…
口当たりが良く喉越しの良いモルツを飲みながら、オリーブオイルの風味豊かなトマトとモッツァレラのサラダやカリッと焼かれたクリスピーなピザを頂く。
「この若鶏のグリル、ローズマリー風味っていうの美味そう!」
「イタリアのチーズも色々あるみたい。
え~とこのパルミジャーノ・レッジャーノって何かな?
やたら名前が長いんだけど。」
「山田さん達も来るし、気になる料理を頼んでおけばいいんじゃない?」
「そうだね、そうしようか。」
2人であれこれメニューを覗きながら吟味する。
過去に付き合った彼氏たちはバブルという時代もあってか羽振りが良く、ディスコに行って遊んだ後は大人のムード漂うBARでカクテルを飲んだり、
価格の書かれていない小料理屋さんで贅を凝らしたお料理を希少な日本酒と共に頂いたり、本格的なフランス料理のフルコース等、その他あれこれ食に関しては贅沢をさせてもらった。
とても優しくもしてもらった。
今でもそれは感謝している。
でも、彼らと付き合っていた私は、「私」でいられなかった。
「大人」の彼らに合わせようと無理をして背伸びをしている自分に常に違和感を覚えていた。
「自分が自分でいられる相手」と数百円のツマミを真剣に選び、舌鼓を打つ。
それは今まで食べたどんなご馳走よりも素晴らしい。
私達が幾つかメニューを注文し終えた頃、
「お待たせ~!」
ユータンとユッキーが到着した。
「こっちだよ~」
軽く手を挙げて呼ぶと、
「お~っ久しぶり!」
ユータンがニコニコしながら近づいてきた。
「あれ?ユータン痩せた?」
童顔で丸顔気味のユータンの頬が少しこけかけている。
「え?ああ、仕事が忙しいからかな。」
曖昧な笑顔で答えるユータンに、
「山田さん、乾杯しましょうか。」
大ちゃんがドリンクメニューを差し出しながらそう言った。
「よし、乾杯しようか。」
車で来たユッキーはジュース、残りの3人はビールのグラスを持ち、いざ乾杯をしようとした時にふと大ちゃんが呟いた。
「イタリア語で乾杯ってどう言うんだろう。」
えっ。
なんて言うんだろう。
「チンチンだよ。」
ユッキーがサラッと答える。
えっ?
「ええっ?マジで?」
大ちゃんが何故か喜びを露わにしながらユッキーに聞き返す。
「うん、確かグラスを合わせる時にチンッて音がするからだとか…」
ユッキーが大真面目に説明する横で、
「ミューズ!ミューズ!ミューズもちょっと言ってみてって!」
イタリアン風乾杯由来説明をすっ飛ばし、はしたなく大喜びする大ちゃん。
小学生男子か君は…
あれ?
いつもなら一緒になって大笑いするユータンの笑い声が聞こえない。
ユータンの方に目をやると、ユータンはうつむき加減で真っ赤な顔をしていた。
へえ。
これが私が言ったんならきっと爆笑してたんだろうに…
好きな人が笑われて恥ずかしくなったのかな?
本当にユッキーのこと好きなんだね。
微笑ましくなり、まだ笑っていた大ちゃんのグラスを取り上げ、
「ほらっ!乾杯するよっ!」
と皆に促した。
「うん、チンチーン!」
グラスを軽く合わせると、
グラスは「チーン!」と
軽やかな音を立てた。
乾杯を終えたタイミングで頼んでいた料理が運ばれてきた。
「うわあ、美味しそう!」
喜ぶ私達の目の前に1cm角の物体が幾つか並べられている皿が置かれた。
「この石鹸みたいなの…なに?」
ユータンが不思議そうに覗き込むと、
「パルミジャーノレッジャーノでございます。」
店のお姉さんが笑いを堪えながら答えた。
「誰だよ?こんなの頼もうって言ったのは。」
と大ちゃんがパルミジャーノレッジャーノをつつきながらブツブツ言う。
あんただよ…
後日知ったのだが、パルミジャーノレッジャーノを名乗るためには数々の厳しい条件をクリアせねばならず、
彼は言ってしまえば選び抜かれたエリート中のエリートチーズ、
イタリアチーズの王様とさえ言われるやんごとなき身分の御方であった。
「ふふん、パルミジャーノ様よ?
そこいらのプロセスチーズとは格が違うのよ?
ひれ伏せ!愚民共よ!!」
と、意気揚々と登場したパルミジャーノ様であったが、いかんせん相手が悪かった。
パルミジャーノ様を存じ上げない愚民of愚民に罵倒され、つつき回され、
「もうやだ…イタリアに帰りたい…」
と、彼は粉をポロポロと落としながら嘆くのであった。
そんなパルミジャーノ様の嘆きを知らない愚民共は、とりあえず食べてみましょうということで各自口に入れてみる。
ん?
んんっ?
こ、これは!
「あっ!」
とユータンが声を出す。
「ミートソースの上にかかっているアレだ!!」
そう。
パルメザンチーズ。
パルミジャーノ様とは似て非なる物。
主君と影武者の様な物だが、
愚民の味覚等しょせんこんなものである。
余談だが、年齢を重ねて今ではデパートに行く度に、ブルーチーズやウォッシュタイプチーズ等色々なチーズを買い込む程のチーズ好きに成長したが、パルミジャーノレッジャーノだけは何回食べてもあの時の
「ミートソースの上にかかっているアレ。」
が脳裏に浮かんで離れない私は、今だ愚民のまんまである。
「これワインに合うと思うよ」
のユッキーの言葉に3人がワインを頼む。
ワインを飲みながら色々食べてまた飲んでを繰り返しているうちに、立ち飲みというのもあってか酔いがかなりまわってきた。
「やばっ、調子に乗りすぎた。
立っているの辛い…」
その場に座り込みそうになりながら訴えた私に、
「大丈夫?そろそろ出ようか。」
と、強制的にお開きモードになり、私達は店を出た。
「ごめんね。」
謝る私に、
「いいよ、いいよ、それより車に乗れそう?
今、乗ると悪化するかな?」
ユッキーが優しく声をかけてくれる横で、
「カラオケボックス行こうか。
そこで水でも飲んで横になってたら?
俺達は勝手に歌ってるし。」
大ちゃんが少しぶっきらぼう気味にそう言う。
げっ。
冷たっ。
コノヤロー!と思いはすれど、早く横になりたい私は、
「うん。そうする。」
と答え、私達は近くのカラオケボックスに向かった。
「パーティールームなら1つ空いてるんですが…」
「いい、いい、空いてるなら高くてもそこでいいよ。」
受け付けから少し離れたソファにぐったりと目を閉じて座っていた私の耳に、受け付けのお姉さんと大ちゃんのやり取りが聞こえてきた。
パーティールーム?
ユッキーに支えられながらよろよろと部屋に入った私は目を向いた。
広っ!!
そこはパーティールーム(大)
20人は入れるだろうスペースの真ん中に長テーブルがドンっと置かれ、テーブルの周りにこれまた長いソファが幾つも置かれていた。
「すごいな。」
ユータンや大ちゃんが笑っている声を聞きながら、カラオケの機械から1番離れている壁際のソファに横になる。
「ミューズ、烏龍茶でいい?」
大ちゃんの声に、
「うん、お願いします。
みんな何か歌っててね、それを子守唄にして少し寝ます。」
そう答えながら目を閉じた私に、
「冷えるといけないからこれ掛けてて。」
とユッキーが私の体に何かを掛けてくれた。
エアコンの程よく効いた広くて開放感のある空間で横になっているうちに気分がぐっと良くなってきた私は、1曲目のユータンの歌を聴いているうちに本当にぐっすりと眠り込んでしまった。
フワッ。
頭に何か当たる感触がして目を覚ました私の横に大ちゃんが座っていた。
「気分はどう?」
「うん、寝たら良くなった。」
「そう?良かった。
すぐに家に帰してあげなくてゴメン。
今日はあのまま解散しちゃいけない気がして…」
「うん。私のせいですぐにお開きになったら、せっかく集まった皆に悪いしね。」
起き上がりながらそう言う私に、
「いや、そうじゃない。
ミューズのせいとかじゃなくて…
何か、今日の山田さんはほっとけない気がするっていうか…」
大ちゃんが歯切れ悪く説明するのを聞きながら部屋を見渡した私は、ユータンとユッキーの姿が見えない事に気がついた。
「あれ?2人は?」
「山田さんはタバコ買いに行った。
ユッキーはトイレ。」
「そうなんだ。」
返事をしながら烏龍茶を取りに行こうとして立ち上がった私を、大ちゃんが不意に抱きしめてきた。
「どうしたの!?」
「あのさ、あの2人…」
コンコン!
急に大ちゃんの言葉を遮る様にノックの音がして、大ちゃんは慌てて私から離れた。
「お待たせ致しました。
ハイボール2つとオレンジジュースでございます。」
店員のお兄さんが淡々と事務的な口調でそう言いながら飲み物をテーブルに置き、空いたグラスを素早く回収して部屋を出て行った。
「ビックリした~。」
大ちゃんが後を追うようにドアを見つめる。
私もつられてドアのほうに目をやると、ドアの向こうに人影が映り、
ガチャッ。
「あ、起きてた?
気分はどう?」
ユータンとユッキーが2人で揃って部屋に戻ってきた。
「うん、もうすっかり大丈夫だよ。
ありがとう。」
お礼を言いながらふと自分が寝ていたソファに目をやると、そこには数枚の服が散らばっていた。
拾い上げてみると、パーカー、サマーニットのカーディガン、チェック柄のシャツ。
3人がそれぞれ羽織っていた上着だ。
ユッキーはこれを掛けてくれてたのか…
何故だか不意に涙が溢れてきた。
嬉しいのか悲しいのかわからない。
ただひたすら高ぶる感情を抑えきれなくなり、私はトイレに行くふりをして部屋を出た。
部屋出ちゃったけど、どうしよう…
ここに立ち止まっているのも変だよね。
とりあえずトイレ方面までブラブラ歩いて戻って来るかと歩きだした途端、
「ぎゃはははは!」
隣の部屋から出てきた男の子と思いきりぶつかりそうになった。
「おい!前!」
その子のすぐ後ろにいた別の男の子に声をかけられ、
「あっ!すいません!」
慌てて謝る男の子。
「すいません。」
後から出てきた2人の女の子達もぺこりと会釈をしてくれ、
「あ、いえいえ。」
と、私も慌てて頭を下げた。
20歳前後?
学生さんかな?
「それでね〜…」
楽しそうに笑い合いながら歩いていく4人の後ろ姿をぼーっと眺めながらそんな事を考えてみた。
楽しそうだな。
この頃って何のしがらみも無く、ただ目の前の楽しい事にだけ夢中になってた様な気がする。
微笑ましさと羨ましさが混ざった何とも言えない複雑な感情に襲われたが嫌な気持ちは全くしない。
さて、そろそろ戻るか。
私の大好きな仲間たちの所へ。
ねえ、私にもあなた達と同じように笑い合える仲間がいるんだよ。
もうとっくに姿も見えなくなったさっきの子達に心の中でそっと語りかける。
ずっと、ずっと、いつまでも仲良く一緒にみんなで笑い合いたいね。
ガチャッ。
「お帰り。もう遅いしそろそろ終わろうか。
ユッキーに送ってもらってくれる?」
ドアを開けた私の耳に大ちゃんの声が飛び込んできた。
「えっ?大ちゃんたちは?」
「うん、ここフリータイムで借りてるからもう少し山田さんとゆっくりしていくよ。
俺は明日休みだし。
ミューズとユッキーは仕事でしょ?」
大ちゃんが何とも言えない微妙な顔つきで答える。
えっ?
私も残りたい…
私がその言葉を口に出す前に、
「帰ろうか。酔いはもう大丈夫?」
とユッキーが私の荷物を手渡してくれた。
「あ…うん、じゃあまたね。」
曖昧な笑顔で挨拶をする私に、
「気をつけて!」
大ちゃんがニッコリと手をふり、
ユータンは無言で優しく微笑んでくれた。
「今日は迷惑かけてゴメンね。」
帰りの車内で謝る私に、
「いいよ、いいよ、ミューズがあんなに酔うなんて珍しいね。」
とユッキーが優しく笑う。
「ユータンも久しぶりに会ったのにほとんど話せなかったよ。
謝っておいてね。」
私の言葉にユッキーの顔から急に笑顔が消えた。
「美優ちゃん。」
ユッキーが静かに改まった声を出す。
ユッキー?
なんで、美優ちゃんなんて呼ぶの?
やめて、変だよ?
「ごめんね、私たちは…」
何言ってるの?
やめて、いつもの冗談だよね?
頭が真っ白になった私には、その時ユッキーが話してくれた内容の記憶があまり残っていない。
ただ、ユータンのお母さんのこと、
ユッキー自身の家の事情、
互いの家の事情の問題などで色々と揉めて悩んでいる所に、例の妊娠騒動。
「妊娠したかもってなった時に本当は複雑な気持ちしかなかった。
それでその妊娠が間違いだってわかった時に、心のどこかでホッとしている自分に気づいてしまったの…」
そんな様な事を話していたような気がする。
「へ、へえ、本当は違うでしょ?
ユータン変な人だもんね~、あれにはなかなかついていけないよね。
パルミジャーノ・レッジャーノを石鹸?とか言っちゃう人だよ?
恥ずかしいったら。」
何を言っていいのかわからない。
話されている事の内容が頭に入ってこない私は無理に茶化して笑う。
「そうそう!あれ恥ずかしかったね~!」
ユッキーも笑う。
「ほんと馬鹿だよね~、なのに何かいっつも私をライバル視してるみたいなとこあるし!」
「うんうん、ユータンは美優ちゃんにはムキになるとこあったよね。」
「そうそう!身の程を知れっていうの!」
「あはは!ほんとだよね~。」
「うん。でも…ごめん…」
胸が苦しくなった。
「それでも…私は…大切な友達として…ユータンが好きなんだ…ごめん…」
やっとの思いの私の言葉に、
「うん…私も好きだよ…」
ユッキーがポツンと答える。
「そか…」
「そだ…」
なんでこんなに不器用なんだろう。
ただお互いに好きというだけじゃダメなの?
本当にいいの?
考え直す余地はないの?
頭の中でそんな言葉がグルグル回る。
「いつか…また…4人で…」
見当違いの言葉を言いそうになり、
途中で切った私の言葉を引き継いだかのように、
「また、いつかきっと…」
と、ユッキーが答えた。
ユッキー達が別れた詳しい理由は結局分からなかった。
ユッキーはあまりそういう話をペラペラ話すタイプではなく、私も人の奥底に踏み入るのが苦手なため、その話はウヤムヤなまま終わってしまったが、
その数年後に風の噂でユータンが結婚したと聞いた時、
「あのお母さんと上手くやっていける人なのかな…」
と、ユッキーが呟いた一言に何となく納得した気持ちを覚えた。
この時ユッキーは既に結婚して半年程の新婚だったが、数年後に理由あって離婚する事になる。
すると、その半年後くらいにユータンも離婚したという話が流れてきた。
その情報源は私達が入社して最初にお世話になったあの店長だったのだが、
店長が赴任していた店舗の近くにたまたまユータンが住んでいたらしく、時々買い物に来ては雑談等をしていたという。
おそらく店長はユータンの方にもユッキーの近況を話していたりしたのではないだろうか。
ユッキーの結婚に続き、ユータンも結婚。
ユッキーの離婚に続き、ユータンも離婚。
単なる偶然の一致だよね?
でも、ユータンはユッキーの結婚を知った時どんな気持ちでいたのだろう。
ユッキーの離婚を知った時どんな気持ちでいたのだろう。
もしかすると…
ユータンはユッキーがフリーになった事を知ってまたユッキーと…
私はとんでもない事を想像していた。
でも私のそんな想像を裏切り、ユータンがユッキーとよりを戻そうとする動きは2度と無く、
それどころか、
ユータンはその離婚の話を最後に消息自体が全く掴めなくなった。
「引越しをすると言っていたけど特に連絡先も交換してなかったから…」
店長もその言葉を最後に遠くの県に転勤移動していった。
もうその頃には携帯電話が急速に普及しだしていたが、
私達4人が最後に集まった1994年にはまだ私達の誰一人携帯電話を持っていなかった。
連絡は固定電話。
遠方への引越しなどで電話番号が変わるともうわからない。
ユータンはユッキーと別れた後、すぐに引越しをしたらしいが新しい連絡先を私達の誰にも教えてくれずに行ってしまった。
そう。
大ちゃんにさえも。
そうしてやっと店長を通じて所在が少し掴めたかと思うと
またどこか遠くに行ってしまった。
店長に無理矢理にでも頼んでユータンの携帯電話の番号を聞いてもらっておけば良かった…
ふとそう思ったが、ユータンにその気があるのなら自分から連絡をしてくるだろう。
それが無いということは…
ユータン…
ずっと仲良くしようって言ったのに…
無理な願いだとわかっていても寂しかった。
でもユッキーの事を思うと、出しゃばった様な真似をする事もできず、
ひたすらユータンからの連絡を待ってみたが、ユータンからの連絡は遂に来ることは無かった。
人との出会いも別れもちょっとしたきっかけや偶然で起こるんだ。
今まで何人の人との出会いや別れを経験してきたのだろう。
サヨナラは別れの言葉じゃなくて
再び会うまでの遠い約束…
ふっとそんな歌詞が頭に浮かぶ。
これ何だったっけ。
ああ、薬師丸ひろ子さんのセーラー服と機関銃だ。
可愛かったな。
あの曲好きだったな。
ユータン。
また会おう。
前に言っていた様に50歳、100歳になるまでにまた。
忘れないでいればまたきっと会える。
また以前の様にみんなで笑い合える時が来る。
そんな何の根拠も無い思いにかられ、
私はユータンの事を決して忘れないとそっと心の中で誓った。
話は1994年の夏に戻る。
ユータンとユッキーが別れたと聞いてから私達は4人で会うことは無くなった。
大ちゃんはあの最後の日、ユータンに
「今の職場はかなり遠いから近くに引っ越そうかと思っているんだ。」
と聞かされていた。
「また連絡するよ。」
のユータンの言葉に、落ち着いたらまた連絡が来るだろうと呑気に構えていたらしい。
しかし、ユータンから連絡が来ることは無かった。
その辺りから私と大ちゃんの歯車も少しずつ狂い出す。
元々喜怒哀楽が激しく、私に対してストレートにその感情をぶつけてくる大ちゃん。
それがますます強くなり、私はそんな大ちゃんの心を読めず、自分なりに大ちゃんの機嫌を取る。
それが空回りして大ちゃんが余計に不機嫌になる。
もう嫌われたのかと思い距離を取る。
ますます不機嫌になる。
私は恋愛相手に関して、昔から考え込んで発した言葉であまり良い結果を得られた事が無かった。
何も考えずにぽっと発した言葉の方が真実味があるのか相手にも伝わりやすく納得してもらえる。
でも、一旦関係の歯車が狂うと焦り、空回りした自分をフォローすべく余計に空回りを続けてしまう。
もうどうしていいのかわからなかった。
今までの私なら妹の優衣やユッキーに相談して何とか対応してきたものも、
その頃、新しく持ち上がった企画の仕事のことで余裕が無くなっていた私には、もうそういう事をする気力も無くなっていた。
疲れた…
もうこういうの嫌だ…
元々かなりマイペースの私はこんな関係に心底疲れかけていた。
そして、1994年秋。
大ちゃんに隣の県に出来る新店舗への転勤移動。
私には前々から打診されていた新しいプロジェクトのため、本社への移動辞令が降りた。
「やった!家賃会社持ちで一人暮らしできる!」
大ちゃんが妙にはしゃぐ。
「はあ、私はギリギリダメだ。
今までよりかなり早く起きなきゃ。」
私はため息をついた。
私の住む場所から本社までの距離は会社の規定する距離に足りないため部屋を借りてもらうことができず、
自腹で借りようにも本社の周辺はとにかく高い。
「じゃあさ!会社に移動願い出して俺のとこ来る?」
「えっ?どういうこと?」
「だから~、本社なんか行くのやめて俺と一緒に来たら?
どうせ大したことするわけでもないんでしょ?」
軽い調子でふざけた様に言う大ちゃんに私はカチンときた。
「何言ってるの、行くわけないでしょ。
通勤は大変だけど、新プロジェクトのメンバーに選ばれたんだもん、こんな名誉ないもん。」
普通に言ったつもりの言葉だったが、イライラが出ていたのだろう、
私の言葉に大ちゃんは少しポカンとした顔をしたがすぐに、
「新プロジェクトと言ったって会社のいつもの気まぐれプロジェクトでしょ?
やってみてダメだったら、はい!おしま~い!ってなるじゃん。
そんなに気合い入れたってガッカリするだけじゃないの?」
と嘲笑うかの様に嫌味な笑いを浮かべながら言い返してきた。
は?
あまりの言い様に返す言葉が出て来なかった。
そのプロジェクトは今までに無い新しい試みで、確かに上手くいくかどうかはやってみないとわからない。
でもだからこそ、それなりに会社に認められたメンバーで構成するのだと聞かされていた。
辞令が出た時には自分が会社に期待されている様な気持ちになって嬉しかった。
コンプレックスの塊だった私が初めて掴んだ名誉。
なのに、なのに…
「わかりました。」
と私は一言答えた。
その声は自分でもゾッとするほど静かで冷たい声だった。
「はあ、疲れた…」
帰宅した私はすぐにベッドに倒れ込んだ。
本社勤務になって1年半が経過しようとしていたが毎日こんな調子の日が続いている。
休みの日もここ半年は遊びに出かけた記憶が無い。
大ちゃんとも連絡を取り合っていたのは最初の僅か1~2ヶ月。
電話で話してもお互い疲れた、疲れたの言葉の繰り返しで特に話が盛上がることも無い。
大ちゃんの事を嫌いになったわけではない。
好きか嫌いかと問われれば、迷わず好きとも言えた。
ただ、心身共に疲れていた私には「大ちゃん」を受け止めてあげられるほどの余裕が無かった。
何となく会うのをやめた。
何となく電話するのをやめた。
大ちゃんと全く繋がりが無くなって1年程経ったある日、
大ちゃんが年下の可愛い女の子に告白されたという話を、私達2人の共通の知り合いから聞かされた。
「みんなで海に遊びに行った時、2人で水をかけ合ったりしてじゃれ合ってて可愛かったよ。
すごくお似合いの2人って感じだった。
若いっていいね。」
私と大ちゃんの過去を知らないその人は、微笑ましくて仕方ないといった様子で事細かに私に大ちゃんの事を話した。
「そう…ですか。友達を作るのが下手な子だったから心配してたんですけど、あちらで上手くやっているようで安心しました。」
無理をして笑顔を作る。
「仲良しのグループで色々遊びに行ってるみたいだよ。
僕も時々参加させてもらうけど、夏にはBBQしたりして盛り上がってなかなか楽しかったな。」
楽しんでるんだ…
良かったね。
結局、私はあなたに寂しい思いをさせたまま終わってしまったけど、
あなたの幸せを願う事が私の最後の愛情なのかな?
胸が締め付けられる様な感覚に陥った。
心が寒くて仕方なかった。
でも、そう仕向けたのは私。
我慢しなきゃ…
我慢しなきゃ…
我慢…
……
ピリリリリ!!
?!
突然鳴り響いた枕元の携帯電話の着信音で思わず飛び起きた。
び、びっくりした~
いつの間にか寝てしまっていた様だ。
大ちゃん。
あれから半年経ったのか…
今も年下彼女さんや向こうの仲間たちと楽しく過ごしてる?
ピリリリリ!
ピリリリリ!
携帯電話が早く出ろ!と催促せんばかりに鳴っている。
「あ!もしもし!」
私は慌てて電話に飛びついた。
「もしも~し!元気にしてる~?」
ユッキーからだった。
「お~、毎日クタクタだよ。」
「疲れてるみたいだね。
ねえ、私今度の日曜日休みなんだけど、土曜の夜から泊まりに行っていい?」
外泊が苦手なユッキーにそんな事を言われるのは初めてで、私は驚いた。
「へえ珍しいね。
予備の布団はあるから大丈夫だけど、ご飯はどうする?
2人鍋パーティーでもする?」
「おおっ!いいね~。
じゃあ私は飲み物買って行くから悪いけど用意お願いできる?」
「わかった。じゃあ土曜日仕事終わったら適当に来て、待ってるよ。」
「は~い!久しぶりだからいっぱい喋ろう!
寝かせないよ?」
ユッキーはおどけた様に言うと電話を切った。
ユッキーと会うのも久しぶりだな。
気分が少し高揚して久しぶりにウキウキした。
土曜日の夜、
ピンポーン!
「こんばんは~お世話になります!」
ドアを開けた私の目に、両手に大きなビニール袋をぶら下げたユッキーが立っていた。
「…大荷物だね。」
「うん、今夜は飲んで喋って飲むからね。」
ユッキーは私にビニール袋を渡しながら笑った。
ビニール袋を受け取り中身を冷蔵庫に入れながら、
あれっ?この場面は前にもあった様な…
と思い出す。
「ねえ、私が寝込んだ時もこうやって差し入れくれたよね。」
「ああ!あの時はユータンからの差し入れだったけど。」
ユッキーも思い出したのか少し懐かしそうに笑う。
「そうそうユータンからだったね。
あの…ユータンから連絡とかは?」
「ないよ。一体どこで何してるんだろうね。」
「そっか。まあ多分元気にしてるんだろうとは思うけど…」
「多分、きっと元気だよ。
そういえば大ちゃんはどうなってるのかな?
連絡し合ってる?」
「ううん。全く。」
「そうなの?してあげたら?
寂しがってるんじゃない?」
「ううん。なんかさ聞いた話だと年下の可愛い彼女できたみたいよ。
もう寂しくないんだよ。
だからもう会うことも無いと思う。」
私の言葉に、
「えっ?ふ~ん、何か意外だね。」
とユッキーが少し首を傾げる。
「意外って何が?」
「いやミューズと大ちゃんって絶対切れない関係って気がしてたから。
ちょっと違和感がね。」
絶対に切れない…か。
その言葉で、
私は以前、学生時代からの友人に言われた話を思い出した。
その友人は昔から少し不思議な雰囲気を持つ男性だった。
「俺ね、ある有名な先生について占いの勉強してるんだ。」
大真面目に語る彼に、
えっ?
占いの勉強?
そんな勉強ってあるの?
と不思議に思ったが、特にその場は何も無くその話もそれきりで流れていった。
その数年後、私と大ちゃんが付き合い出して少し経った頃に、ちょっとしたミニ同窓会的なものがあり、久しぶりに再会した彼と懐かしい話題に花が咲いたのだが、
その時、彼が副業的に占い師をやっていることを聞かされた。
「へえ、儲かるの?」
「いや半分趣味みたいなものだから。
それに人をみさせてもらう事も修行の1つだと思ってるからほとんどタダみたいなもんだよ。」
「へえ、私の事もわかっちゃったりするのかな?」
「俺はまだまだ修行中だけど一応プロだし、大体はわかると思うよ。」
「相性占いは?」
「それ得意。」
彼はニッと笑うとジャケットの胸ポケットから小さな手帳とペンを取り出した。
「ここに自分と相手の生年月日を書いて。簡単で良ければざっと占ってあげるよ。」
「え?お金とる?」
「とらね~よ!」
彼は笑いながら持ってきていたカバンから何やら細かい字の書いてある分厚い計算表?らしきものを取り出した。
「なにそれ?」
「商売道具。」
「え?いちいちそんなの持ち歩いてるの?」
「ひと仕事した後にここに来たからっ…て、いちいちうるさいな!
書いたの?」
口調とは裏腹に優しい顔で笑っている彼に、
「これ。相手は結構年下なんだけど…」
と慌てて2人の生年月日を書いた手帳を渡す。
「ふ~ん、どれどれ。」
彼はパラパラと計算表らしきものをめくり、2人の生年月日の横に何やら書き込んでいく。
「これ、なかなか面白い相性だね。
こんなに強い関係珍しいよ。
よく言えば切れない強い絆、悪く言えば腐れ縁になりやすい関係だね。」
「それと~」
更に彼は何かを書き込みながら呟く。
「面白いくらい力関係がハッキリしてる。
これは片方が完全に振り回されてるんだろうな。」
「当たってる!当たってます!」
思わず出した私の大声に、周りに座っていた男女数人が驚いた様に私の顔を見た。
「え?なに?食いつくとこそこ?」
彼も私の大声に驚いたのか少し体が引き気味になっている。
「そこでしょ!だって、本当に何を考えてるのかわからないから凄く疲れる時あるもん。」
カッ!と目を見開き食いつかんばかりに答える私に、彼は更に身を引きながら、
「あの、ごめん。
振り回されてるっていうのは相手の方だよ。」
と、持っていたペンで「大ちゃんの生年月日」を軽くトントンとつついた。
ええええ!?
「.ええっ?何でよ?いつも喧嘩になっても私の方が折れてるんだよ?
絶対に私の方が悪くなくてもごめんなさいって言わないと長引くし。」
「いや、なんだろうな。
そういう表面的なのじゃなくて、
う~ん、2人の関係性をわかりやすく例えると…
外灯と蛾?みたいな…」
すごい例えを出してきたなおい。
「外灯と…蛾?」
「うん、タムランは黙って立ってるだけでも何か強く光る物を相手が感じてるんだね、
で、ついついフラフラと寄っていってしまうんだけど、そのうちに飛び疲れてパタッと落ちるっていうか…」
ダメじゃん、蛾。
余談だが、私の昔のあだ名はタムランだった。
ミューズといい、タムランといい、微妙なあだ名しかつかない私のキャラって…
「外灯ってさ自分では動かないじゃん。
だから蛾だけが必死で外灯の周りを飛び回ってるとこを想像してもらうといいかな?と。
占いでみた2人の本質はこういう感じかな。」
「う、う~ん。
じゃあ外灯は蛾に対してどんな態度を取っていけばいいの?」
「ありのまま…かな。
動くはずのない外灯が変に動いたらおかしいでしょ?
蛾が勝手に飛び回るのは気の毒だけど蛾の性質。
だから蛾が疲れた時には優しく包んであげるといいよ。」
そうなのか~。
「ありがとね。とりあえず頑張ってみる。」
お礼を言う私に、
「かなり強い縁だからお互いにとってきつく感じる事もあるかもしれない。
でも2人の関係の形がどんな形になろうとも切れにくい縁の糸を感じる。
結局その縁の鍵を握るのはタムランの方だと思うけどね。」
と友人は笑い、私の肩を軽く叩いた。
「面白いね~。」
缶ビールを飲みながら私の話を聞いたユッキーが笑う。
「う~ん、外灯と…蛾…だからね。」
「例えがわかりやすいし面白いよね。
私も占ってみて欲しかったなあ。」
「そ、そう?」
私は内心焦った。
実はユータンとユッキーの事も少し占ってもらっていたからだ。
「この2人の関係性は何になるかな?」
「う~ん、わかりやすく例えると…
花とミツバチかな?
需要と供給がマッチしてて対等に付き合えるけど、恋人よりも友人関係の方が上手くいく相性。
女の子単体だとハエ取り草の方がしっくりくるけど。」
はい?
「この女の子は異性にモテる星の下に生まれてる。
結構男が寄ってくると思うよ。
恋愛をして別れたとしてもその恋愛を肥やしにする力も持ってる。
男という虫を捕まえて上手く自分の養分にできるんだね。
恋愛をすればするほど魅力に磨きがかかるタイプだ。」
へえ。
解説をされると何となく納得はできるんだけど、
蛾だのハエ取り草だの、もうちょっとマシな物に例えられないのかこの男は。
ビールでほろ酔いになりご機嫌状態のユッキーに、
「あんた、ハエ取り草だよ?」
とは口が裂けても言えない。
「あ、完全に酔っちゃう前にお風呂入ってきたら?
お風呂上がりにゆっくり飲み直そうよ。」
私は慌てて立ち上がり、食器を片付けだした。
「私も手伝う~」
ユッキーも立ち上がり2人で食器を洗って片付けた。
「たまにはこういうのも楽しくていいね。」
とユッキーが笑いかけてくる。
「うん。」
私も笑顔で返す。
「今日はいっぱい話そうね。」
「うんうんわかった。
だからまずお風呂入ってきなって。」
「ミューズはやっぱりお姉ちゃんみたいだね。」
ユッキーは嬉しそうにそう言いながら甘える様に私の腕を軽く掴んだ。
その仕草や表情が大ちゃんと被って見えて私は少し胸が苦しくなるのを覚えた。
「お先でした!」
ユッキーがお風呂から出てきた。
うっっ、肌キレイ。
「メイク落としても全然変わらないね。ファンデいらないんじゃない?」
「そんなことないよ。細かいソバカスとかあるし、油断するとシミもできそうだから外出する時はガッツリ塗らなきゃ。」
「そうなんだ、意外と苦労してるんだね。」
その話を皮切りに色んな話に花が咲く。
女子トークの定番、オシャレの話、グルメの話、そして恋バナ。
話の流れはいつの間にかまた大ちゃんの話に戻っていた。
「で、大ちゃんとはどうするの?」
「どうするもこうするも…
御両親との仲もあまり…で家を早く出たがってたし、こっちにはもう帰って来ないんじゃないかな?」
「そっか~、こっちから遊びに行くのは?」
「いやいや、私が行っても迷惑でしょ。」
「そうなのかな~?」
「そうだよ。私車無いし100km以上の距離を電車乗り継いでわざわざ嫌な顔されに行くほどの勇気はないよ。」
「ん~。」
ユッキーはまだ腑に落ちないといった様子の表情を浮かべていたが、
「そうだね。ミューズの気持ちが1番だね。
もしもその占いが当たってたらきっとまた何かの縁があるかもしれないしね。」
と1人納得した様に頷いた。
いや…いきなり外れてると思うんだけど…
私と大ちゃんはあまりにも違い過ぎた。
占いが当たっているとすれば、大ちゃんの気持ちを全く理解できなかった私に大ちゃんが疲れてしまったということなんだろう。
それでもね…
それでも、楽しかったよ。
大ちゃんと出会えて良かった。
「美優ちゃん…」
ユッキーが私にそっとハンカチを差し出す。
私の両方の目からはいつの間にか涙が溢れ流れていた。
ユッキーからハンカチを受け取った私は泣いた。
泣いて、泣いて、やっと気持ちも少し落ち着きを取り戻した私に、ユッキーは今度は缶チューハイを開けて渡してくれた。
「ありがと。私…馬鹿だよね。」
「うん馬鹿だね。」
「ええっ?即答?!
そこはもうちょっと時間空けない?」
「だって馬鹿だもん。
大ちゃんも馬鹿、ユータンも馬鹿、
そして私も大馬鹿だよ。」
言いながらユッキーは自分も缶チューハイを開け、「乾杯しよ?」と言う風に軽く缶をこちらに傾けた。
「カンパ~イ!」
何の?
「私とミューズのこれからの友情に!
50歳になっても100歳になってもずっとずっと仲良しでいられますように!」
「100歳は….ちょっと厳しくない?」
「あはは!もうっ現実的なんだから!
じゃあとりあえず50歳ね!」
「まだ20年以上あるよ?」
「もうっ!大丈夫だよ~!私はミューズから離れたくないから大丈夫!」
「うん、わかった。
私も50歳になってもユッキーとこうやって一緒に飲みたい。
私も約束する。ずっとずっと…ね?」
「うん、約束。
じゃあ約束の乾杯!」
私達はもう一度、缶チューハイを掲げ約束の乾杯をした。
時は流れ、
2018年初夏。
「やばい!迷った…飲み会幹事が遅刻なんて…」
私は焦っていた。
行ったこともないお店に決めるんじゃなかった…
「ねえ、そのマップアプリちょっとおかしくない?」
外野が横で口を出すため余計に焦る。
「ううっ、わからない…
ちょっと代わりに調べてみて。」
丸投げして代わりに調べてもらう。
「あれ?おかしいな…
マップだと目的地はここのはずなんだけど…」
言われてその店の看板を見上げてみれば、「熟女パブ」と書いてある。
「ちょっと~ここで働くつもり?」
文句を言う私の視線の先には、
「あははは!」
と20代の頃から変わらない笑顔で楽しそうに笑うユッキーの姿があった。
「どうしよう、もう30分も遅刻だよ。」
「う~ん。あ、LINE来てる。」
ユッキーの言葉に慌てて私もLINEを開けると、LINEのグループチャットに
「着きました。」
「先に飲んでます。」
とグループメンバーのトークが入っている。
「うわっ、とりあえず返信しとかなきゃ。」
慌てて、
「すみません。道に迷って熟女パブの前にいます。」
と送ると、
「え?面接でも受けに行くんですか?」
と直ぐにトークが入る。
なんでだよっ!
「いや、残念ながらさすがにアラフィフではもう厳しいかと思われます。」
「そうですか(笑)
目的地は多分その近くだと思うので周りを見てください。」
周りを見回す。
あ…反対方向にあった…
「もう、やだ、美優ちゃん。」
ユッキーが爆笑する。
おいっ!間違えたのは誰だよっ!
ユッキーとは初めて出会ってから約25年間ずっとこんな調子でやってきた。
大切な友達。
これからもずっとずっと一緒に…
「ほら!早く行こう!」
ユッキーが笑いながら私に催促する。
「あ、うん。」
私はユッキーに続き、慌ててお店に入った。
「遅かったね心配してたよ。」
「熟女パブの面接はうかった?」
待たされ組からの声が飛ぶ中、謝りながら席に着く。
「お待たせしました。」
私達が席に着くと、待ちかねていた様にオードブルが運ばれて来た。
予約時に頼むと、黒の大皿に少しのオードブル、残りの余白にマヨネーズでメッセージを書いてくれるサービスがある。
なかなかのサプライズ効果があり、
案の定黒の大皿がテーブルにドン!と置かれると、
「わあっ!」
とみんなが感嘆の声を上げた。
「へえ、こんなサービスもしてくれるんだね。」
ユッキーが感心しながらお皿を覗き込む。
「え~と。」
お皿を覗き込んだユッキーの表情に満面の笑みが浮かぶ。
笑顔を浮かべたままユッキーはゆっくりとお皿のメッセージを読み上げた。
「お久しぶりの飲み会です。
すっかりオジサン、オバサンになりましたが
これからもよろしくね。
ユッキー、ユータン、大ちゃんへ。
ミューズより。」
ブルームーンストーン前編
(完)
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