(再)ブルームーンストーン

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2022/06/06 12:50(更新日時)

私の勝手でスレを穴だらけにしてしまったものをまた私の勝手であらためて少しずつでも掲載させて頂きたいと思います。

No.3549468 (スレ作成日時)

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No.101

「はい、はい、あ!そうなんですか!
いやあ嬉しいです。
ありがとうございます!」

ある日、エリアマネージャーから店長に1本の電話がかかってきた。

当時、新人コンクールというものがあり、店舗に配属された新人達がその対象になった。

新人に発破をかける目的のそのコンクールは4月から8月までの4ヶ月間、販売実績や時折ある研修の成績、店長や地区長の評価等を総合して上位10名が表彰されるのだが、うちの店舗からユッキーと大ちゃんが見事に選ばれた。

数日後に賞状が送られてきて、

「うちの店舗から2人も表彰されるとは僕も鼻が高いよ。
これからも頑張って!」

と店長は誇らしげにそう言いながら大ちゃんとユッキーに賞状を渡して握手をした。

「ありがとうございます。」

ユッキーがにこやかに受け取る。

「え~!同じ紙なら商品券の方が欲しいですよ~」

大ちゃんが悪態をつきながらもその表情はとても嬉しそうだった。

「おめでとう!これからも頑張ってね!」

周りのスタッフが皆で拍手をする。

良かったね。

2人とも優秀だもんね。

私は拍手をしながら心から喜んであげられていない自分に気がついていた。

私は…表彰されなかった…

いつもそうだよね。

私はいつもあの2人には敵わない。

販売能力も研修の成績も上司のウケも外見も何もかも…

その日はユータンは公休だったが、明日出勤したら

「おめでとう!頑張ったね!」

と心から2人のために喜んであげるのだろう。

そんなユータンだって4月に地区長の強い推薦で副店長になってるもんね。

私だけ…

私だけ何もないよ…




私には妹がいる。

しっかりしてて美人で頭が良く異性にもモテる自慢の妹だった。

妹は小さな時から周りに何かと褒められて育ったが、何の取り柄もない私は
お母さんに、

「美優ちゃんは名前の通り優しい子だね。」

としか褒め言葉らしい褒め言葉を言われた事がなかった。

私はいつもそう。

いつも周りの人より劣る。

何の取り柄もない。

泣きたくなった。

せっかくのおめでたい雰囲気を壊したくなく、私はトイレに行くふりをしてそっとその場を離れた。

No.102

今日は幸い早番だからさっさと仕事を済ませて帰ろう。

2人に嫉妬している自分を十分過ぎるほどわかっていた。

卑屈になっている自分を十分過ぎるほどわかっていた。

心の狭い自分を見せたくない。

今日はさっさと早く帰ろう。

しかし、そういう時には必ず大ちゃんは敏感に何かを感じ取って誘ってくる。

仕事の上がり時間になり着替えを終えた私に、

「ミューズ、今日は俺中番だから〇時にいつもの所で待ち合わせしない?
ご飯行こう。」

と、声をかけられた。

「あ、ごめんね。
今日は友達と会うから…」
と、咄嗟に嘘をついてしまう。

いつもなら友達に会うと言って断ると、

「そうなんだ。
じゃあ明日にしようか。」

と、アッサリ引き下がるのに、

「ふ~ん。」

と怪訝な目を私に向けてくる。

「あ、じゃあそろそろ帰るね。
お疲れ様。」

慌てて店内に入り、他のスタッフに挨拶を済まして駐輪場に出ると、大ちゃんがそこで待っていた。

え?
なに?

驚く私に、

「俺、何か変なことしたかな?」

と大ちゃんが聞いてきた。

しまった。
変な誤解をさせてしまった。

慌てた私は掻い摘んで正直に自分の気持ちの事を話した。

話しながら心のどこかで大ちゃんに甘えている自分に今更ながら気づく。

慰めてもらいたい…

優しい言葉をかけてもらいたい…

でも、話を聞き終えた大ちゃんが放った一言は、

「くだらない。」

だった。

えっ?

全身がカーッと熱くなる。

くだらない…

くだらない…

涙がこみ上げる。

「確かに…そうだよね…くだらない…よね…でもそんなくだらない事で悩んでる人間もいるんだよ…」

こみ上げた涙が溢れてきた。
溢れて溢れて
自分の意思では止まらない。

「まだ仕事中でしょ。
もう戻ってね。」

やっとの思いでそう言うと、私は全速力で自転車を漕ぎ駐輪場を後にした。


No.103

泣きながら自宅に逃げ帰った私は
シャワーを浴び、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、
缶ビールをプシュ!ゴクゴクゴク!
ぷはーっ!

この辺りで我に返った。

やってしまった…

でも昔から優秀な妹や優秀な友達に囲まれて、周りに散々比較されて、

「あの妹にあの姉?!」
のあからさまに聞こえる陰口とか、

友達と一緒にナンパされても1人だけ
「圏外」扱いされてた私の気持ちなんか大ちゃんにはわからないよ。

そりゃあさ、必死でダイエットしてオシャレも勉強して外見は昔よりはかなりマシにはなったけど。

中身は相変わらずどこかトボケてるし要領も悪いままだし…

はあ…

私なりに頑張ってたつもりだったんだけどな…

私が必死に足掻いても足掻いても何もかもあの3人の足元にも及ばない…

落ち込む。

よし!そうだ!
気晴らしに妹の優衣に電話をしよう。

私は電話の受話器を取り実家に電話をかけた。

私と妹は仲が良い。

全く何もかも逆な2人で、昔から妹に対するコンプレックス感が強くて仕方がないにも関わらず、何故かウマが合うのか私は妹がすごく好きだったし妹も私に懐いてくれていた。

プルルルル

「もしもし。」

良い具合に優衣が出た。

「私だよ。私。」

今の時代ならオレオレ詐欺級の返しをする私に、

「ああ、美優ちゃん?」

優衣はすぐに気づいてくれる。

「ちょっと聞いてよ。どう思う?」

相手の都合も主語もすっ飛ばした姉の話にも、

「うん?どうしたの?」

優衣はすぐに話を聞くよ的な態度を示してくれる。

我が妹ながらほんとに良い奴…

相変わらず優しい妹の態度に感動しつつ一気に今日あった事を喋りまくった。

優衣はふんふんと聞き終えた後、

「.その大ちゃんって人、私に似てるね。」
と笑った。

No.104

「ええっ?似てるかな?」
と驚く私に、

「うん。私その人の気持ち何となくわかるもん。」

と、優衣が笑う。

「気持ち?
じゃあ優衣もくだらないって思ってるの?」

「う~ん…言葉を悪く言えば…そうなるの…かなあ…」

優衣は私を気遣いゆっくりと言葉を選びながらそう答えた。

「そうなんだ…私やっぱりくだらないのかな。」

軽く凹む私に優衣は慌てた様に、

「いやっ、美優ちゃんが…じゃなくて、悩んでる事の内容がくだらないっていうか…」

「うっ、やっぱりくだらないんじゃん。」

「いや、なんて言ったら良いのかな。
私達は美優ちゃんに自分には絶対に無いものを感じて、ある意味憧れがあるのね。
その憧れの対象が自分に対して劣等感を覚えてなんて、私達にとっては本当にくだらないっていう思いしか持てないっていうか。」

「憧れ?
憧れられる様なもの私は何も持ってないよ?」

「え~とね、ちょっと説明しにくいんだけど、私達のタイプって神経質で人の言動を深読みする、人には裏表あるのが当たり前、人は裏切る生き物だって思って生きてる人種なのね。
でも美優ちゃんは、人の言動をすぐにそのまま信じて、誰の事も疑わず良い面ばかり見ようとして、嫌なことも一晩寝たら忘れて、何でそんな風に出来るんだろう。
すごいな!って。」

………

それ…褒めてます?

褒められ感より貶され感の方が若干強くて仕方がなかったが、

「う、うん。わかった。ありがとう。」

とお礼を言う私に、

「.その大ちゃんって人、多分今頃は美優ちゃんを泣かせてしまった!と秘かにパニックになってると思うから今度会った時は優しくしてあげてね。」

と優衣が優しく言った。


No.105

優衣との電話を切ったと思うとまたすぐに電話が鳴った。

ん?
何か言い忘れた事でもあったのかな?

「もしも~し!」
と、わざとふざけて電話を取る私に、

「あ!やっと…」

と、電話の向こうの相手は少し苛立った声を出した。

げっ。
その声は。

「長い電話。」

電話の相手は淡々と不機嫌そうに言う。

「いやあ、妹と話すとつい…」

と、言い訳しながらも、ちっ友達と会うって言った嘘バレバレだったか…
と思う。

「まあ、いいけど。
今からちょっと出てこれる?
嫌ならいいけど。」

そんな言い方されたら断れませんがな…

「あ、うん。大丈夫。
スッピンだけどいい?」

「何でもいいよ。
じゃあいつもの所で。」

電話が切れた。

急いで着替える。

今日ばかりは待たせると嫌な予感がする。

いつもの駅横のロータリー付近で待っていると、10分ほどしてからその電話の相手が車でやってきた。
うげっ、運転中の顔が怖い。
やだな~。

車は私の待っている場所から数メートル手前に停まった。

「お疲れ様~。」

おそるおそる声をかけながら助手席に乗り込むと、

「うん。どこ行く?
ご飯もう食べた?」

あれ?
声が妙に優しい。

「ううん。ビールしか飲んでない。
大ちゃんは?」

私がそう聞き返すと、

「もしかして食欲なかった?
俺の…せいだな…」

「あ、いや違うよ。
妹と話し込んでたから食べるの忘れてただけ。」

何故かまた必死で言い訳をしてる私に、

「俺、ミューズのこと馬鹿にして言ったつもりなかった。
新人コンクールとか、あんな短期間で誰の何がわかるかって…」

大ちゃんが少しイライラした様に言う。

「あ、うん。
早とちりしちゃったみたいで…
ごめんね…」

「ミューズさ、自分のこと低く思いすぎ。」

「あ、うん…」

ううっ。
頭が上がらない。

ガックリうなだれている私に、

「俺、ミューズの接客のやり方好き。
親切で丁寧でゼスチャーも時々入ってて面白い。
会社よりもお客さんに喜んでもらえてる方がいいんじゃないの?」

大ちゃんは私の頬を軽くつつきながらそう笑った。


No.106

笑いながらわたしの頬をつついていた大ちゃんの手が止まった。

「あれ?ミューズ化粧してない?」

スッピンだけどいいかな?
と聞いたら、何でもいいよと言ってたのはどのお口だ?

さては全く人の話を聞いてなかったな。

「なんか…ミューズ、スッピンだとタヌキに似てる…」

黙らっしゃい!!

ブスっとして睨みをきかせる私に、

「スッピンの方がいいよ。
俺タヌキ好きだし。」

大ちゃんが真顔で言う。

「ドーベルマンには言われたくないよ。」
と言い返す私に、

「ああ!山田さんが言ってたやつね。
何で俺がドーベルマンなんだろう。」

「さあ?性格的に似てるんじゃない?」

そう返しながら優衣の言葉を思い出した。

大ちゃんって人、私に似てるね…

「あのね、妹に大ちゃんの話を少しした時に妹が大ちゃんと自分は似てると言ってたよ。」

「へえ。妹さんてどんな人?」

「んー。私と真逆?」

「あ~、じゃあ似てるかも 笑」

何じゃそりゃ。

でも優衣はともかく、私と大ちゃんは何もかも真逆と言っていいほど違っていた。

目も顔もまん丸でボケーっとしたタヌキ顔の私、
切れ長の二重で彫りも深くキリッとキツイ顔の大ちゃん、

人の言うことにスグにコロッと騙される私、
人の言うことは深読みしてすぐには信じない大ちゃん、

誰とでも幅広く付き合える私、
気を許した少数の人としか本音の付き合いをしない大ちゃん、

気まずい雰囲気が苦手で曖昧にしてしまいたい私、
気になることはとことん話し合って分かり合いたい大ちゃん、

自分が中心で世界が周る私、
相手が中心で世界が周る大ちゃん、

恋愛相手であっても適度な距離を保って付かず離れずの関係を望む私、
常に激しい愛情を注ぎ相手にもそうしてもらいたい大ちゃん、

私達は何もかもが違い過ぎた。

違い過ぎるから誤解が多く傷つけあった。

違い過ぎるから相手の気持ちがわからず不安になった。

そして、

違い過ぎるから、
私達は互いを激しく求めた。

No.107

8月も終盤に差し掛かり、ユータンの誕生日が近づいてきた。

なるべくユータンの誕生日近くの日のシフトで皆が揃いそうな日を探す。

さてと、どこに行くかな。


「カラオケでいいんじゃないの?」

大ちゃんがアッサリ言うのに対し、

「そうだね~それでいいんじゃない?」

ユッキーも賛成する。

君ら決断早すぎるわ。

「.カラオケもいいけどそれだけじゃちょっと物足りないかなぁ?」

と言う私に、

「じゃあ焼肉は?
ちょっと高めだけど美味しい焼肉屋さん知ってるのよ!」

とユッキーが言い出した。

「おー!たまには贅沢って事でいいんじゃないの?」

大ちゃんが即座に食いつく。

「ね~?たまには贅沢しないとね~」

「だなぁ。俺カルビ好き!食べたい。」

「私も1番好きだよ!美味しいよね。」

この2人本当に気が合うなぁ。

ちなみに私はタン塩やハラミ派。

脂っこいカルビはあまり沢山食べられない…

とりあえずカルビの2人がノリノリでユータンを誘いに行く。

「おー!行くよ!そういうのいいな!」

ユータンが喜んで返事をした。

この2人の誘いなら例えそこらの公園でおにぎり食べるだけでも喜んで行くでしょ。

ユータンはこの2人の事が本当に好きだからね~。

「山田さん!カルビめいっぱい食べましょ。高い店らしいから絶対美味いっすよ。」

俗物的な事を嬉しそうに言う大ちゃんに、

「あ~俺、カルビは脂っこいから苦手。
どちらかと言えばタン塩やハラミが。」

また被ってるよ。

何故、好みや気の合う同士でくっつかないんだろうね私達は。

「じゃあその焼肉屋に決定ね!予約よろしく~!」

「お願いしてもいいの?
ごめんね~」

大ちゃんとユッキーが無邪気な笑顔で私に向かって言う。

はいはい。
私はお母さんだな。

「楽しみだな。」

私の横でユータンおじいちゃんが満面の笑顔でそう言った。


No.108

焼肉当日。

その日休みだった私と大ちゃんは約束の時間までデートを兼ねてユータンのプレゼントを買いに行く事にした。

「あった!これこれ♪」

ユータンへのプレゼントは某有名ブランドのサンダル。
ユータンはきっと喜んでくれるだろう。
まぁ、ユッキーや大ちゃんからのプレゼントならトイレスリッパでも大喜びしそうだけど…

「さてと、プレゼントも買ったし後はどこに行きますか?」
大ちゃんがお兄ちゃんの様な口ぶりで聞いてくる。

大ちゃんは皆の前では私にわざと意地悪を言ったり大して良い扱いをしてくれないのに、2人きりになると何故か優しくてマメに尽くしてくれる。

何でそんなにギャップがあるんだろう。

みんなの前でも2人きりでも全く態度も考えも変わらない私には彼のそういう所が本当にわからなかった。

「大ちゃんの行きたい所でいいよ?」
と言っても、

「ミューズの行きたいとこでいい。」

と返事が返ってくるのはわかりきっている。

自他共に認めるマイペース人間の私にはとっては実はこういう相手の方がありがたい。

そう考えると逆のタイプ同士っていうのも悪くはないのかも。

時間はまだかなりあった。

「ん~。水族館は?」

「わかった!」

大ちゃんはすぐに車を高速乗り口に向かって走らせた。

高速に乗ってしばらく走ると高速から見下ろす景色に海が広がってきた。

「海だ!泳ぎたいな!」

「え?!海で泳ぎに変更?!」

大ちゃんがビビる。

いや、そこまで気まぐれじゃありませんよ…

高速を降りるとスグに水族館に着いた。

「あっ!ミューズ!ミューズがいる!」

「ちょっと!それフグじゃない!」

馬鹿な事を言い合いながら魚を見てまわる。

こういうやり取りって楽しい。

ささやかな幸せを噛み締める私の腰を大ちゃんがそっと抱き寄せてきた。

げっ。

さりげなく離れる。

大ちゃん寄ってくる。

離れる。

「なに逃げてんの。」

「やだよ。バカップルみたいで恥ずかしい。」

「カップルなんだからバカップルでいいじゃない。」

「バが付くのとつかないのでは恥ずかしさが100万倍ちがうんだよ!」

「ふ~ん。」

大ちゃんはつまらなそうに言うとやっと私から離れた。


No.109

水族館を出てもまだ少し時間があった。

せっかくだから海を見て帰ろうということになり、海を見渡せる展望台に上がる事にする。

階段数が結構あるその階段を大ちゃんは軽々とヒョイヒョイと上がっていく。

さすが若いな。

ついていけずノタクタと後を追う私を見下ろして、

「遅いっ!」

と大ちゃんが笑った。

「ちょっと待って。
はあ、ついていけない。」

「やっぱり歳だからじゃない?
オバサンなんだから無理しないでいいよ。」

くっそ!図星つきおって。

「仕方ないなあもう」

負けてなるものかと必死で階段を上がる私の元に大ちゃんが急に駆け下りて来る。

「なに?オバサンの手を引きに来てくれたの?」

「オバサン?誰のこと?」

「なによ~自分で言ったんじゃない!」

顔を上げて文句を言った私を大ちゃんが突然抱きしめてきた。

?!

「本当にオバサンだって思ってたらこんな風に言わないよ。」

えっ?

聞き返そうとした私の耳元で、

「ね…キス…しよ…」

言うが早いか大ちゃんがそっと私の唇に自分の唇を重ねてきた。

?!

えっえっえっ。

思わず周りを見回す。

下の方にいた1組のカップルの男性と目が合う。
もしかして見られてた?!

カアアアアアアア。

下を向き、階段を高速で駆け上がる私を追いかけながら、

「へへっ!バカップルだね~!」

と大ちゃんが嬉しそうに叫んだ。

No.110

「痛~!絶対肩に手の形ついたよ。」

展望台で大ちゃんがブツブツ言う。

「叩かれる様なことするからでしょ!」

「え~!いいじゃない!したかったんだもん。」

ったくこの男は…

私が今まで付き合ってきた男性達はこんなことしたことなかった。

いつも大人の余裕見せてて、人前では絶対こんなイチャイチャした様な事をしてなかったのに、気がつけば深い仲になってて…

ああ、私が深い関係になるのを躊躇しても、
「大丈夫だよ。」
とリードして、そういう事に奥手な私の拒否はいつの間にか上手くはぐらかされてたな。
そして、結局…

嫌な事を思い出した。

「どうしたの?怒ってる?」

大ちゃんが聞いてきた。

「ううん。
あの…私…まだその気になれないとか…ワガママでごめん…」

自分でも何を言いたいのかよくわからなかったがすぐにそれを察した大ちゃんが、

「ん?俺も男だから好きな人とそういう関係になりたくて仕方ないけど、ミューズが嫌がる事をしてミューズに離れていかれる方がもっと嫌だからいいよ。」

と笑った。

こんな事を言われたのは初めてだった。

嬉しさと悲しさが綯交ぜになった何とも言えない感情に襲われて俯いてしまう。

「えっ?!なに?!」

驚く大ちゃんに、

「なんか私、いい歳してこんなんでごめんね。」

と頭を下げた。

「なに言ってんの!そんなミューズだから好きなんだって!」

大ちゃんがわざと元気そうな声を出して言う。

まだ10代なのに無理して我慢してるんだな。
本当にごめんなさい。

「ミューズ!ほら!すごい!」

大ちゃんがそんな私の肩を叩きながら急に興奮した様に海の向こうを指さす。

海の向こうの空には綺麗な虹がかかっていた。

私はこの子が好きだ。

自分からこんなに相手の事を好きだと思った事は1度もなかった。

大好きだよ。
大ちゃん。

私は大ちゃんと一緒に虹を眺めながら、いつまでもこんな時間が続くことをそっと願った。



No.111

「予約していた田村です。」

「お待ちしておりました。」

時間ピッタリに焼肉店に着いた私達はにこやかな愛想の良い女性に案内されて個室に通された。

少し狭めだがなかなか良い雰囲気の部屋だ。

「ご注文はどうなさいますか?」

ユッキー達はまだ来ていないが先に始めていればそのうち来るだろう。

「えっと、タン塩とカルビとハラミと…」

とりあえず少し注文しボチボチ食べながら待つことにする。

焼肉ってそれぞれの個性出るな~と思う。

皆の分もかいがいしく焼く人、自分の分だけをじっくりと好みの焼き具合に焼く人、鳥のヒナの様にボケーッと焼いてくれた肉をただ待って食べるだけの人。

私は勿論鳥のヒナだ。

いや一応言い訳すると、気を利かせて焼こうと最初は頑張るのだが、気がつくといつの間にか焼いてもらっているという….

この日もやっぱり大ちゃんが1人で焼いてくれた。

「ほら、食べごろだよ。」

とお皿にまで入れてくれる。

せっせと焼いて、自分が食べるよりも私のお皿に入れてくれる。

服にタレが飛んだと言えば、おしぼりで叩いて汚れを取ってくれる。

タン塩は焼けるとお皿に取りレモンまで絞ってくれる。

いいお嫁さんになりそうなタイプだな…

何もしないグウタラ亭主の様な私はそんな彼を見ながらつくづく感心した。

……

……


いやっ!
ダメでしょ!
感心している場合じゃない!

私も女らしいとこを見せなくては。

焦った私は大ちゃんの目の前のお肉をひっくり返して上げようと手を伸ばした途端、近くのタレの容器をひっくり返してしまった。

「ああっ!!」

「なにやってんの!大丈夫?」

大ちゃんが慌ててテーブルを拭いてくれる。

…ううっ
肉をひっくり返さずにタレをひっくり返してしまった…

ガッカリしながらテーブルを拭き終えたところに、

「お疲れ様~!
お待たせっ!」

とユッキーとユータンがやってきた。

No.112

「どうしたの?」

ユータンがテーブルの茶色に染まったおしぼりを見て言う。

「ミューズが鈍臭いことしてタレをひっくり返した。」

大ちゃんが笑いながら言う。

えっ。
さっきまでは私の失敗も優しくフォローしてくれてたのに。

「大丈夫?服とかにかからなかった?」
ユッキーが優しく心配してくれる。

「大丈夫だよ。元々服がタレ色だし。」

大ちゃんが代わって答える。

おい。
「タレ色」ってなんなんだよ。
ブラウンにそんなカラーの種類があるって今初めて聞いたよ。
それとも今期登場の新作か?

大体さっきまでは、

「大丈夫?こうやると汚れ取れるよ。」

とか言っちゃって私の服を優しくおしぼりでパンパンしてくれてたのはどこの誰だよ。

「まっとにかく何か頼もうか。
お腹すいたし。」

心の中で突っ込むのに必死で黙りこくっている私を優しく促す様にユータンがそう言った。

色々頼み、新ためて乾杯する。

焼肉は本当にそれぞれの個性が出る。

じっくりと自分の肉を育てるユータン。

「ちまちま焼いてちまちま食べても美味しくないよ!
ガッツリ食べなきゃ!」

と「男らしく」肉をドバーッと焼き網に乗せるユッキー。

「ほら!ミューズ!肉が焦げる!ちゃんとしっかりひっくり返さなきゃ!」

といちいち指図してくる大ちゃん。

あれ?
さっきは黙ってても1人でやってくれてたじゃん…

「大ちゃんの方がお兄ちゃんみたいだね。」

と笑うユッキーに、

「そ~か~?
俺、こういうの面倒くさいし、やってもらわないと~。
ほら!ミューズ!しっかりどんどん焼いて!」

へ?へ?へ?

おい大輔!
その多重人格か?と思わせる程の豹変っぷりはなんなんだ??

呆気に取られる私をよそに、

「大ちゃんはクールなタイプだし、亭主関白っぽいよなぁ。」

とユータンがうっとりした様に言う。

クール?!
数時間前には、

「バカップルだね~!」

とヘラヘラ笑ってたこのお方がクール?!

頭の中が?でいっぱいになったが、

「あ~!はいはい!いっぱい焼くからね~!」

と、とりあえず話を合わせる。

こうして?だらけの焼肉ナイトはそれでもそれなりに結構楽しく過ぎていった。

No.113

焼肉をたっぷり堪能して大満足した私達は店を出た。

「じゃ、カラオケでも行きますか。」

大ちゃんの一声に皆が賛成する。

「カラオケ久しぶりだな。」

と笑うユータンの足元には私達がプレゼントした真新しいサンダル。

案の定、ユータンは大喜びして私達に何度も何度もお礼を言ってくれた。

ここまで喜んでくれるとプレゼントした甲斐が有ると言うよりも少し気恥しいがやはりとても嬉しいものだ。

カラオケでまずは主役のユータンに歌ってもらおうということになった。

「じゃあ、ちょっと古いけど…」

とユータンが恥ずかしそうに歌った曲はマッチこと近藤真彦。

うわあ懐かしい!
というかユータンの声がマッチにそっくりで驚愕する。

普段の声は似てないのに、歌うと本人かと思うレベルで、モノマネ大会があったら絶対優勝間違いないといった高クオリティだった。

「すごいね~!上手いね~!」

ひとしきり感心する私に、

「マッチファンだったの?」

と、ユータンが笑う。

「ううん。好きだったのは吉川晃司だったなぁ。」

「ああ、人気あったね~。」

「でしょ?本人も良いけど特に曲が好きだったんだよね~」

とユータンと2人で話している横で大ちゃんが入れた曲が始まった。

あれ?
この曲は。

吉川晃司と布袋寅泰がユニットを組んでいたCOMPLEXの曲の
「恋をとめないで」

大ちゃんが歌い出す。

うわっ、めちゃくちゃかっこいい。

曲と大ちゃんの声がマッチしててすごくかっこいい。

「すご~い!大ちゃんってやっぱりかっこいいね!」

私の気持ちをユッキーが先に言った。

「確かに。
俺…惚れそうになってる。」

ユータンが本気っぽくて何だか怖い。

「大ちゃんって吉川晃司とか歌うんだね。初めて聞いたよ。」

ユッキーの言葉に、

「吉川晃司の曲は特に好きじゃないから歌わない。
今、初めて歌った。」

と大ちゃんが笑って答える。

「あ…もしかして…私が吉川晃司の曲が好きだと言ったから歌ってくれた?」

少し嬉しくてドキドキしながら言う私に、

「え?別に。
何となく目についたから入れただけ。」

大ちゃんが何故か目を逸らしながら言う。

なんだ…

私の勘違いか。

内心かなりガッカリしていると、ふとユータンと目が合った。


No.114

ニッタァ~!

え?
なに?
その笑顔怖いんですけど。

ユータンは少し意味ありげにチラッと大ちゃんを見て、またすぐに私に視線を戻してまた二ターッと笑ったかと思うと、

「.ユッキー!デュエットしようか?」

と大ちゃんの隣で話していたユッキーを手招きして呼んだ。

「うん?何歌おうか~?」

ユッキーがユータンの横に座り2人で仲良くカラオケの本を覗き込む。

今の時代はリモコン1つで選曲や注文もできるが、当時は分厚い曲本を見てそこのコードを入力する。

1冊の本を2人で仲良く覗き込むカップルの姿は実に微笑ましく私の好きなシチュエーションの1つでもあった。

ユータンの横でニヤニヤしながら2人の様子を見ていた私に、

「ちょっとミューズ、ここに3人も座ってないで大ちゃんの隣に行って2人も何か曲を決めてきなよ。」

とユータンがまたニヤッと笑って言う。

「.あっ!そだね。」

慌てて大ちゃんの横に座り、

「ね、何かデュエットしよ?」

と大ちゃんに話しかける私に、

「え?俺デュエット曲とかあんまり知らないし。」

「あ、そうなんだ…」

「ちょっと貸して。」

ガッカリする私の手から本を奪い取った大ちゃんが何やら曲を入れた。

え?と思う暇もなくその曲が始まる。

中山美穂&WANDSの
「世界中の誰よりきっと」

「これ歌える?」

と大ちゃんが私にマイクを渡しながら言った。

「あ、うん。」

私が歌い出してすぐにWANDSがハモリを入れてくるパートになり、
WANDSならぬ大ちゃんが歌に入ってきた。

「うわあ!上手~い!」

ユッキーが拍手をしてくれる。

「なかなかいいね~」

ユータンがニヤニヤする。

ハモりが上手な人と歌うと自分の歌が格段に上手くなった様な気がしてとても気分が良い。

歌い終わり大ちゃんに、

「ありがとう。」

とお礼を言うと、

「.いや、俺が歌いたかっただけだし。」

と大ちゃんが少し素っ気なく言う。

ふと視線を感じて前を見ると、ユータンがまたニッタァ~と笑ってこちらを見ていた。

No.115

カラオケはとても楽しかったが、その日はかなり混んでいるという事で2時間しか時間を取れなかった。

楽しい2時間はあっという間に過ぎる。

「これからどうしようか。」

と思案する私達に、

「花火があるから河川敷に行ってやらない?」

と大ちゃんが言い出した。

BBQの時に例のケーキに刺す用を含めて他にも色々買っていたらしいが、結局花火をすることが無かったため車にずっと積んでいたらしい。

「そんなに沢山はないけどこのままずっと持ってても仕方ないし。」

大ちゃんの言葉に車で少し走った先にある河川敷に向かった。

4人で子供の様にはしゃぎながらそれぞれ花火を手に持つ。

花火をケーキに刺した時にはひどい目にあったなぁ。

でも楽しかったな。

私は花火を眺めながらその時の事を思い出してひそかに笑った。

と、

バチッ!!

と突然火の粉が爆ぜる音がして、

「あっつ!」

とユッキーが花火を落とした。

「どうした?」

ユータンが即座に駆け寄る。

「あ、うん。
大きな火花が腕に飛んできて…
熱かったぁ。」

ユッキーが苦笑いをしながら腕をフーフーしていると、

「見せてみろ!」

と、いつになく厳しい声のユータンがユッキーの腕を取った。

「大丈夫だよ。」

照れ笑いをしながら腕を引っ込め様とするユッキーに、

「来い!冷やさなきゃ!」

と、ユータンはユッキーの反対側の手を掴んで引っ張った。

「あの橋の下を超えた辺りに簡易トイレありま~す!
その横に水道あったはずっすよ~」

大ちゃんがのんびりと教える。

「うん!」

ユータンは短く答えるとユッキーの手を握ったままユッキーを引っ張る様にして走って行ってしまった。

No.116

うっわ~

ユータンってば。

いつもと違うユータンの姿にこちらがポーっとして恥ずかしくなってしまった。

「何か…ユータン男らしかったね?」

「好きな人が怪我や火傷したら誰でもそうなるでしょ。」

大ちゃんが当たり前の様に言う。

私がケーキの花火の火の粉で大騒ぎしてた時に地べたに転がる勢いで笑ってたのはどなた様でしたっけ?

どの口が言うかね?
全く…

心の中でツッコミながらユータンやユッキーが向かった方向を見る。

直線距離だがなかなか遠そうだ。

戻って来るのもしばらく時間がかかるだろう。

「山田さん達が戻って来たらそろそろ帰るだろうし残りの花火やっちゃおうか?」

大ちゃんが残りの花火が入った袋を持ち上げて見せる。

「うん。そうだね。」

私達は並んで花火に火を点けた。

シューッ!パチパチパチ
音と煙を伴いながら花火が様々な綺麗な光を放つ。

「カラオケもうちょっとやりたかったね。」

花火を見ながらそう言う私に、

「何かもっと歌いたい曲あった?」

と、大ちゃん。

「ううん。
歌いたいっていうより歌って欲しい曲はあったよ。」

「なに?」

「ミスチルの抱きしめたい。」

「そっか。」

大ちゃんは燃え終わった花火を火消し用の空き缶に突っ込むと低く静かな声で
「抱きしめたい」を歌い出した。

川からの風は涼しく、対岸の遠くの方に街の明かりが煌めいて見える。

ロマンチックで気持ち良い空間の中に大ちゃんの静かな歌声が心地よく響いた。

No.117

夏が終わり、秋が過ぎ、何となく人恋しくなる冬が来た。

「おはようございます。」

その日、遅番だった私が出勤するといつも元気に挨拶を返してくれるバイトさん達の元気がどことなく無い。

バックヤードに入ると店長とユッキーが真剣な顔をして話し込んでいた。

「おはようございます…」

おそるおそる声をかけると、

「ああ、田村さん。
山田さんね辞めるんだって。」

ユッキーが寂しそうにポツリとそう言った。

えっ?

「あの…すみません。
どういう事ですか?」

私は店長の方に向かって聞いた。

「うん。実はね、うちの会社が今どんどん他県に出店しているのはみんな知っての通りだけど、〇〇県に行ってもらう優秀なスタッフの数が足りないんだ。
で、山田君に店長として行ってもらうという話が前々から出てたんだけど、彼がそれを頑なに拒んでね…」

店長が淡々と答える。

「はい…」

「確かに〇〇県に勤務するには遠すぎるから向こうに住んでもらう事になるし何かと負担もかかる。
だから1度目は他の店舗から何とか別の社員に行ってもらう算段がついたが、また2度目の話がきた。」

店長はここで言葉を切った。

「で、また断ったんですね。」

私が代わりに答える。

「ああ。
それでもうこれ以上自分のワガママで他に迷惑もかけられないから辞めると言ってきた。」

「そうですか…」

「引き留めたんだけど、他にやりたい仕事もあるからと、どうやら辞める気持ちは前々からあったみたいだね。」

「そうなんですか…」

店長が店内に行った後に、

「知ってた?」

とユッキーに聞いてみた。

「他にもやりたい仕事が出来たとは聞いてたよ。
でもこんなに急に辞めるとかは聞いてなかった。」

ユッキーが戸惑った様に言う。

「そか。
1番ビックリしたのはユッキーだったね。ごめんね。」

私はユッキーの肩を軽く叩くと店内に入った。

No.118

その日はあまり仕事に身が入らず、私はボーッとユータンの事ばかりを考えていた。

うちの会社にいる限りは転勤は避けられないんだよね…

特に特別な事情もない独身者なら余計にね…

わかっていた。

わかってはいたけれどモヤモヤは拭えなかった。

ユータン。

転勤の話に応じてたら間違いなくトントンと出世コースだったよ?

転勤がそんなに嫌だった?




「転勤が嫌と言うより辞める気持ちの丁度いい後押しになったという方が正解かな。」

翌日、同じ早番出勤だったユータンが私の問いにそう答えた。

「辞める気持ちの後押し?」

「そう。1度目の時はいつ辞めるかもしれない俺が会社の大事な企画に中途半端に参加出来ないと思い断った。
でも2回目ともなるとね、もう断り切れないし、ゴリ押ししても他の店舗にも迷惑かけるしね。
そろそろ潮時かなって。」

「もともと辞めようって思ってたんだ…」

「うん。
もっとちゃんと気持ちが固まってからみんなに伝えようと思ってたんだけど…
何か急でごめん。」

ユータンは申し訳なさそうに言うと頭を下げた。

寂しさがこみ上げてくる。

涙が溢れてきた。

そこに、

「おはようございます。」

と遅番の大ちゃんが入ってきた。

大ちゃんは気まずそうにしているユータンと半泣き顔の私を瞬時に見て、
無言で私の腕を引っ張り店舗の裏口から外へと連れ出した。

店舗の裏側は広い畑が広がっており、そこで作業をする人以外は普段は全く人気のない場所だった。

「ここで頭を冷やしてから戻っておいで。」

大ちゃんは先生の様な口調で事務的にそう言うとサッサと中に入ってしまった。

何か冷たい…

ひどいよ…


あの頃の私はあまりにも幼稚で人の気持ちや立場が何も分からないお子様だった。

私は寂しさと悲しさで少しの間こっそりそこで泣いた。

No.119

「〇月✕日 神谷大輔を副店長代理とする。
その後、副店長研修等を経た後、副店長に任命する。」

ユータンが正式に退職願いを出すことになり、ユータンの後任として大ちゃんが抜擢された。

人手不足とはいえ、入社して一年未満の10代の子が副店長に抜擢されるのは他の店舗にもまだ例は無く珍しい事だった。
それだけ期待もされていたのだろう。

大ちゃんと同期でしかも歳上の私やユッキーは大ちゃんが「上司」になることについて勿論何の異論も無かったが、「副店長の山田さん」が居なくなる事に寂しさと不安というマイナス感情がどうしても拭えなかった。

大ちゃんはユータンが退職するまでの1ヶ月半、副店長研修を受けながらユータンから引き継ぎをする事になる。

「急な事で悪いな。
でも後任が神谷君で良かった。
よろしくお願いします。」

微笑みながらそう言うユータンに大ちゃんは黙って頷いた。

No.120

「これから1ヶ月の間は神谷君が本社研修等で居ない日が多くなります。
今までよりシフト的に厳しくはなりますが、山田君が抜けても人員の補充が無いのでこれからはずっと社員4人体制でやっていくことになりますし、この期間は言わばそれの慣らし期間だと思って下さい。」

店長が私とユッキーにそう告げる。

「わかりました。」

揃って返事をする私達に店長は軽く頷くと、

「神谷君は肩書きは副店長になりますがまだまだ山田君の様には出来ない事も多いです。
僕もなるべくフォローしますがそれでも限界はあります。
そこで、」

と、一旦言葉を切った店長がじっと私を見つめる。

「田村さん。」

「はい。」

「神谷君の助けになってあげて下さい。」

「はい、私がですか?」

「はい。彼のフォローを田村さんにもお願いしたいのです。」

「わかりました。何ができるかはわかりませんが私なりに彼を支えられたらと思います。」

私の言葉に店長はにこやかに頷くと、

「それと彼のフォローはパートの沖さんも申し出てくれています。
沖さんはご婚約をされて今でこそパートの立場になられましたが、社員としての歴は僕の倍以上ありますからね。
何か分からない事があったら沖さんにも聞いてください。」

沖さん…

一気に気持ちが沈んでいくのを感じた。

沖さんは…ちょっと苦手…かも…

ちらっとユッキーの方に目をやるとユッキーが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。

ダメだ。
ダメだ。
ちゃんとしっかりしなきゃ。

「はいわかりました。
何かありましたら店長や沖さんに頼らせて頂きます。
神谷君の力になれる様に私も頑張ります。」

「はい、頼りにしてます。
あ、それと、」

店長は私とユッキーの顔を見回しながら、

「神谷君は副店長という立場になります。
仲良くなるとつい気が緩んで君付けで呼んでしまいがちですがお客様の目もあります。
新ためて店内ではさん付けの徹底をお願いしますね。」

「はいわかりました。すみません。」

そう言いながら、ユータンが居なくなる不安と大ちゃんに対する得体の知れない距離感で私の心は不安でいっぱいになっていた。

No.121

「神谷君、これなんだけどこうした方が良くないかな?」

沖さんの「フォロー」が早速始まった。

今まで新人ということで沖さんに鼻もひっかけられなかった大ちゃんだが、役職がつくことで今までとは扱いがガラリと変わる。

「ああ、でもこの方が合理的じゃないですか?」

「そうなの?まぁ神谷君がそれでいいならいいんだけどね。」

2人のやり取りが近くで仕事をしていた私の耳にも入ってきた。

大ちゃん頑張ってるな。
あの沖さんに対して1歩も引いてないし、むしろ沖さんを納得させている。

沖さんは大学を卒業してから8年間社員として働き副店長も務めた事がある、当店舗では圧倒的に社歴の長いベテランさんだった。

沖さんはその経験とやや勝気な性格で誰も何も逆らえない雰囲気を出しており、それでも店長だけはいつも沖さんとそこそこ激しい攻防戦を繰り広げていた。


ユータンはその甘い外見と穏やかで憎めないキャラで沖さんのお気に入りだったが、よく観察してみるとユータンは実に沖さんの扱いを心得ていて
いつも上手く付き合っていた。
ユータンがいる日はいつも沖さんの機嫌が良かった。

そんなユータンが居なくなったらどうなるんだろう…

「ちょっと!田村さん!」

ボーッと考え込んでいた私は、いつの間にか真横に来ていた沖さんの声に驚いて飛び上がった。



No.122

「はい!すみません。」

驚きのあまり思わず謝る私に沖さんは、

「この子大丈夫?」

というような表情をチラリと浮かべたが、

「これ、やり直してくれるかな?」

と先程大ちゃんがやった仕事を私に渡してきた。

「え?でも…
これは確か神谷さんが…」

ボソボソ言う私に、

「うん、確かにこのやり方は一見合理的だけどズバリ言ってしまうと雑なのよ。
だからほら…
こうした方が良く見えるでしょ?」

なるほど。

確かに沖さんのやり方の方が良い様にも見えた。

「じゃあ私はお昼休憩に行ってくるからお願いね。」

沖さんはそう言うと出ていってしまった。

残された私はとりあえず沖さんの言う通りにやり直しの作業にかかったが、沖さんのやり方は確かに時間がかかりあまり合理的とは言えない。
しかも改めて実際に大ちゃんのやり方と結果を比べてもそこまで大きく変わる訳でも無かった。

大ちゃんに…断ってからやった方が良かったかな…

今更ながら後悔し始めた私の所に大ちゃんが来た。

大ちゃんは私の手元を見るや否や物凄く険しい顔つきになり、

「僕はこれのやり直しを頼んだ覚えはありませんが。」

ときつく言い放った。

「あの…すみません…」

「誰かに頼まれたんですか?」

「あの…はい…沖さんが…」

「田村さんは沖さんに言われれば僕に何の断りもなく勝手な事をするんですね。」

確かにそうだ…

沖さんに言われたからといって大ちゃんに何の断りもなく勝手にやったのは私自身だった。

「いいですか?このやり方は本社からの伝達で全店共通になった事です。
沖さんには朝に伝えたのですがどうも納得してもらえていなかった様ですね。

田村さんにはお昼の休憩が終わってから伝えるつもりでしたが…」

大ちゃんは言葉を切ると私がやり直したものを更にやり直しし始めた。

敬語を使う大ちゃんは昔の大ちゃんに戻った様でどことなく近寄り難く怖かった。

しかも今叱られているし…

「すみません…」

「田村さん。」

シュンとうなだれる私に大ちゃんが声をかけてきた。

「手伝ってもらえますか?」

「あ!はい!わかりました!」

慌てて手伝いを始めた私を見て大ちゃんが少し微笑んだ。

No.123

「お先でした。」

沖さんが休憩から戻ってきた。

沖さんは早速私たちのしている事に気づき表情を曇らせた。

「結局このやり方でやるんだ。」

「沖さん、これは本社からの指示です。
色々あるでしょうけどこのやり方以外は認められない事になりましたので、これでお願いします。」

大ちゃんが丁寧に、でもキッパリと言い切った。

うわっ、沖さんにここまでキッパリ言い切る人初めて見た…

店長ですら沖さんの顔色を伺いつつ、押したり引いたりなかなか苦労しながらやってるのに。

これは…

私はちらっと沖さんの様子を伺った。

荒れそうだ…

案の定、大ちゃんが立ち去った後に沖さんが私の横に寄ってきた。

「田村さん。神谷君ていつも黙々と仕事してたから大人しいのかと思ってたけど、結構キツイ言い方する子なのね。」

はい!
来た~!!

ううっ。
沖さん、気に入らない事があるとその相手の愚痴を言いに来るんだよね。
しかも大声で言うからどうしようかいつも困るんだけど…

どうやって沖さんの愚痴から逃げようかと身構える私に沖さんは続けて言った。

「私より一回りも歳下なのに随分偉そうな口をきいてきちゃったりして!
ホント神谷君たら。」

…はい?

最後の神谷くんたらのたらの後が随分嬉しそうに聞こえたのは気のせいかしら?

恐る恐る沖さんの顔を見ると、沖さんは明らかに嬉しそうな顔をしていた。

「私、いつも周りに気を使って話されるからあんなに偉そうに言われたの初めてなのよ。全くもうっ!」

うん。
明らかに喜んでいる。

でも…
と私は沖さんの気持ちを想像した。

沖さん、周りにちょっと腫れ物扱いされてて寂しいと思ってた所あったんだよね。

大ちゃんと沖さんが仲良く仕事を出来る様に私も応援しよう!

3人で力を合わせて頑張るぞ~!

私は心の中で大ちゃんと沖さんにエールを送った。

だがしかし。

この考えが非常に甘かった事をこの時の私はまだ知る由も無かった。

No.124

今更言うのもなんだが…
大ちゃんは我が強い。

そして沖さんも我が強い。

私は世の中出来れば平穏無事に暮らしたい。

性格的にも大ちゃんは短気だ。

沖さんも短気だ。

そして私はのんびりしている。

大ちゃんは頭の回転が早い。

沖さんも早い。

そして私はボーッとしている。

大ちゃんはテキパキと仕事をこなす。

沖さんはテキパキと人の仕事に口を出す。

そして私は…トロい…

強烈な2人に挟まれて、私にとってまるでサンドイッチ状態の様な日々が続いた。

でも、サンドイッチって中の具を引き立てるためにパンの存在は少し控えめにしなきゃだよね?

パン達の個性が強烈だったら中の具はまるで役に立たない所か邪魔ですらあるよね?

私は強烈に味が濃くしかも不必要なまでに熱々のパン達に挟まれたしなしなのレタスの様な存在だった。

「田村さん!ちょっとこの仕事を手伝ってもらえます?」

パン男が私を呼ぶ。

でも、手伝うも何もパン男の仕事のスピードは早い上に的確で余裕で私の倍のスピードで仕事をこなしていく。

「あら~また田村さんを助手にしてるの?神谷君1人でも出来るんじゃないの?」

パン子さんが嫌味を言う。

そしてパン子さんは私の横に張りつき、ここはこうした方が良い等とパン男のやり方と違うやり方を指示してくる。

耐えきれなくなり
「すみません。そろそろ休憩の時間ですので…後は休憩が終わってからやります…」

と逃げるようにその場を離れ、休憩から戻ってみるとパン子さんがパン男の隣で私のやりかけの仕事をやっていた。

うっ…

神谷君1人でも出来るんじゃないのぉ?

と言ってたのは確かアナタでしたよね?

引きつるしなびれレタスの目の前でパン達は仕事を終わらせた。


No.125

「あ…終わった…んですね…」

モゴモゴ言う私に、

「田村さんが中途半端に放り出して休憩行くから沖さんが見兼ねてやってくれましたよ。」

大ちゃんが少しぶすっとした様に言う。

え…
はい…
一応、キリをつけて、沖さんにも言ったんですけどね。
なに?
その様子だと何も聞いていらっしゃらない?
ちゃんと直接言うべきでしたね。
そらどうも失礼致しました…

心の中でモゴモゴ言いながら別の仕事にうつる。

くっそ。どうせ
「沖さんに言いましたよ。」

と言ったって、

「僕に直接言って下さいと前にも言いませんでしたか?」

と言われるのは目に見えている。

くっそー!

自分の落ち度なので自分に怒るしかない。

モヤモヤを抱えたままバックヤードに行くと、

「このダンボール固い~!なかなか潰れない!」

と、ユッキーがやたらと丈夫なダンボール相手に苦戦していた。

「このダンボール潰して捨てるの?」

「うん。でも分厚いからやたら丈夫で潰れないの。」

と、ユッキーが困り顔で言う。

「分かった。私がやってあげる。
ちょっと離れてて。」

ユッキーが2~3歩下がったのを見届けた私は、

「おりゃ~!!!」

とダンボールを思いっきり足蹴にした。

怯むダンボール。

怯んでクタッとなった所をとどめを刺すかの様にこれでもかと両足で踏みつけた。

「おりゃ!おりゃ!おりゃ!」

「すご~い!ダンボールが一瞬で潰れたよ!ありがとう。」

ユッキーの声で我にかえるとダンボールは完全に敗北宣言をし、ぐったりと私の足元に横たわっていた。

ふぅ。
ちょっとスッキリしたぜ。

「助かった~本当にありがとね。」

感謝の心を全面に押し出して喜ぶユッキーに、

「いや、こちらこそありがとう。」

と、ユッキー側からすると意味不明な感謝の言葉を吐きつつ私はそのまま隣の倉庫へと入っていった。

No.126

さてと…

気持ちを切り替え倉庫で作業を始める。
冬の倉庫は寒い。
と言って夏の倉庫は酷暑なんでまだ冬の方がマシと言えばマシかな?

は、はっくしょん!

ズビ…

うっ、寒い。
鼻水出てきた。
あまりの寒さにプルプル震えながら仕事をしていると、

「上着着れば?」

突然、後から声をかけられ、ビックリして振り向いた私の後に大ちゃんがニヤニヤと笑いながら立っていた。

「び、びっくりした!なに?なに?なに?」

「いや、何って。
商品を取りに来ただけだけど。」

「そ、そうなんだね。」

何となくモヤモヤがスッキリしきれていない私はすぐに商品棚の方に顔を向けると商品チェックしているふりをした。

そんな私に構わず大ちゃんは私の後ろ姿に話しかけてくる。

「今日さ、仕事終わってからご飯食べに行こうか。」

聞こえないふり。

「何か食べたいものある?」

聞こえないふり。

「聞こえてないのかな?」

そうです。
全く聞こえていません。
だから早く立ち去って下さい。

「あっ!!汚っ!!鼻水垂れてる!!」

「えっ?!嘘っ?!」

思わず顔を隠した私に、

「聞こえてるんじゃない。」

大ちゃんはニヤリと笑いながら私の頭を軽くこずいた。

「返事しないけど、今日はご飯食べに行きたくないの?」

えっ…
いや…だって…

「何か怒ってるの?」

「え…いや…だって…パン子さん…」

「は?パン粉?」

しまった。
私の心の中限定のあだ名を出してしまった。

「あ、いやっ!パン粉はいいね。食べたいね!」

「は?
俺今まで19年間生きてきてカツが好きという人はいくらでもいたけど、パン粉が好きと言う人初めてなんだけど?」

私だって初めてだよっ。

「あ、え~と、トンカツ!トンカツが食べたい。」

こうしてその日の夕飯はトンカツに決定した。

大ちゃんオススメのお店のトンカツは肉が柔らかくジューシーでとても美味しかったが、なんといってもその店のこだわりの「パン粉」が肉の味を見事に引き立てていた。

パン粉万歳。

No.127

大ちゃんの研修がスタートした。

それに加え、社員が入院し人手が足りなくなった店舗へ応援に行くことも急遽決定してしまった。

本社へは車で1時間ほどかかるのだが、その店舗は更にまた1時間ほどかかる。
道が混むと更にまた時間がかかる。

負担がかかるであろうとの事で、会社が大ちゃんのために本社とその店舗の間の地域にウィークリーマンションを用意してくれた。

大ちゃんは週に1~2日くらいはユータンからの引き継ぎのためうちの店舗に顔を出すが、シフトが見事に私と入れ違いになってしまった。
でも翌日また早くから研修や応援に入る大ちゃんにこちらに来て仕事をした後に会おうとはとても言えなかった。

頼みの綱だった休みの日も全く合わない。

しばらく会えないな…

ふっと寂しくなる。

大ちゃんが行ってしまってからは時々電話で話したが、当時固定電話でその距離の通話料は高い上に電話の向こうの大ちゃんはいつもとても疲れていて気を使った私は電話もし辛くなり、私達は何となく少し疎遠になっていた。

ある寒い日、朝から雪が降っていた。

「わあ、寒いわけだ。
今日は歩いて行かなきゃ。」

急いで支度をしようとした私を強烈な寒気と倦怠感が襲った。

あれ?
何か嫌な予感…

案の定、熱を計ると39度もあった。

うわっなにこれ。

不思議なもので39度という具体的な数字を目の当たりにすると何も知らなかった時より具合の悪さがいきなり一気に加速する。

立っていられなくなった私は這うように電話の所にたどり着くと何とか電話をかけた。

今日は幸い私の他にユッキーが早番で入っていたはずだ。

ユッキーまだ家にいるかな?

プルルルル。

「はい、森崎でございます。」

早めの時間だったため、出勤前のユッキーが出てくれた。

「ユッキー?私…美優…ごめん今日熱があって…」

私の辛そうな声を聞いたユッキーは、

「大丈夫?行けそうなら病院行ってちゃんと寝ててね。
お店は大丈夫だから。」

とすぐに察してくれた。



No.128

「何かいるものない?
休憩時間に差し入れ持って行こうか?」

心配そうなユッキーの言葉に、

「うん。大丈夫。
食べるものあるし。ゆっくり寝るよ。ありがとう。」

と心配をかけたくなく強がりを言い電話を切った。

電話を切った後、なんとかまたベッドまで這い戻り、少し寝ようと横になるが身体の節々が痛みだし寝られない。

寒気はどんどん強くなり布団を頭まで被っても震えが止まらなくなった。

痛いよ。
寒いよ。
辛いよ。

大ちゃん。
寂しいよ。

大ちゃん。

寒気と心細さが容赦なく襲って来る。

私は布団を被り震えながらシクシク泣いた。


No.129

ようやく寒気が治まったかと思うと今度は急激に熱くなる。
熱を計ると39,8度。

私の平熱は36度なのでこれはかなりキツイ。

病院にはとても自力で行けそうにない。
解熱鎮痛剤を飲み無理矢理にでも目を閉じる。

しばらくすると大量の汗をかき熱が39度まで下がる。

少し楽になる。

だがまたすぐに強烈な寒気に襲われ出し熱が上がり始める。

寒い。
苦しい。

大ちゃんに会いたかった。

でも何度も繰り返すがその頃は私達はまだ携帯電話というものを持っていなかった。
電話をするとすれば家か職場の固定電話になる。
連絡するのは無理だね。
それにもし連絡出来たとしても
頑張っている大ちゃんに迷惑はかけられない…

でも…声だけでも聞きたいな…

いやいやダメだ。

こんな状態の声を聞かせたら心配させる。

私は、自分の気持ちを押し殺す事が相手への思いやりだと思っていた。

我慢する事が相手への愛情だと思っていた。

だって、元来はマイペースで自分の思うようにしたい私がそれをするのは相当の努力がいるから。

それに….
1番の理由は、
私が会いたいと言えば大ちゃんは無理をしてでも来てくれるって分かっていたから。

余程の事でないと自分を犠牲にしてでも私の頼みを断らないから。

こう言うと私がかなり自惚れの強い女に思えるが本当に大ちゃんはそういう人だった。

おそらく私だけでなく、自分が気を許した人にはそういう態度を示すのだろう。

でも私は自分のために大ちゃんが無理をするのは嫌だった。

自分のために無理をさせない事が相手への愛情だと思っていた。

その気持ちが大ちゃんにとっては1番「嫌がる事」だということを当時の私は全く気づいていなかった。

No.130

プルルルル!

交互にくる寒気と熱さに苦しみながらうつらうつらとしていた私は電話の音で起こされた。

大ちゃん?!

フラつく身体を引きずりながら受話器をとる。

「もしもし。」

「具合はどう?仕事終わったから今からちょっと行っていいかな?」

電話の相手はユッキーだった。

いつの間にか夜になっており、部屋の中は薄暗い。

「あ、うん。」

明かりをつけ
汗まみれのパジャマを脱いで部屋着に着替えユッキーを待つ。

大ちゃんはこの事を知らないのに心配してかけてきてくれるわけないじゃない。
ハハッ。

私はそのままベッドに倒れ込むと少し寝てしまった。

ピンボーン!

チャイムの音
私は慌てて飛び起きた。

ガチャ。

「ちょっと!美優ちゃん、病院は行けたの?」


ドアを開けた瞬間にユッキーが質問してくる。

「えっ、ううん。
辛くてとてもじゃないけど…」

「だと思った!
保険証持ってきて!今から病院行くよ!」

「えっ?!でも…」

「早く!車で来てるから今すぐ行こう!」

ユッキーは両手にぶら下げていた大きな買い物袋を私に手渡しながらそう言った。

中には大量のスポーツドリンクやゼリー、お粥など…

「これユータンから。
何も気にしないでゆっくり休んでね。
お大事に!だって。」

「ありがとう。」

2人の優しさが本当にありがたかった。

病院で診てもらうととりあえずただの風邪らしくはあったが、何分高熱なので下がっても1日くらいは大事を取り休んだ方が望ましいだろうとの事だった。

その旨の伝言を店長宛にユッキーに託した。

「ミューズは後はもう何も気にしないで休むこと!」

ユッキーはホッとしたのか私の呼び方を美優ちゃんからミューズに戻していた。

心配させてたんだな。

「ごめんね。ユッキー。ユータンにも謝っておいてね。」

「ううん、謝らないでね?
悪いと思うなら早く元気になること!いい?」

ユッキーはそう笑いながら、
「お大事に!」
とやさしく付け加えると帰っていった。

ありがとう。

玄関のドアを閉め、そのままキッチンに向かい冷蔵庫のドアを開ける。

そして差し入れのスポーツドリンクを取り出し口に含んだ。

美味しい。

冷たいスポーツドリンクが体中に染み渡っていく感覚に浸ると共に、私は心も体も癒されていくのをゆっくりと感じていた。

No.131

「ご迷惑をおかけしました。」

数日ぶりに出勤した私は店長に頭を下げた。

「病み上がりですからあまり無理をせずボチボチとやって下さい。」

そんな私に店長は優しく声をかけてくれる。

「お!おはよ!」

その日、遅番出勤だったはずのユータンが中番の私と同じくらいの時刻に出勤してきた。

「おはようございます!
ご迷惑をおかけしました。
って、あれ?
随分早くないですか?」

「ああ、もうそろそろ日も迫って来たから早めに来て片付けとかしようと思って。」

ユータンが静かにそう言った。

あ…
そうだったね…

大ちゃんに会えていないという事以外はいつもと変わらない日常で、ユータンが居なくなるという事がまだ実感できていなくて…

涙が出そうになり、慌てて私は更衣室に向かった。

着替えて戻るとユータンが事務所で黙々と書類などの片付けをしているのが見えた。

ユータン…

分からない仕事をいつも優しく教えてくれたね。

沖さんに色々と言われた時はさり気なく笑いをとって場を和ませてくれたね。

大ちゃんと気持ちがすれ違って気まずくなった時は「気にするな!」っていつも笑顔で言ってくれたね。

ユータン。

「どうした?」

私の気配に気づいたのかユータンが後ろを振り向いた。

No.132

「ユータン…」

「なに?大ちゃんに会えなくて寂しいの?」

ユータンがわざと茶化してくる。

「ち、違うよ。」

「そうなの?電話とかしてあげてる?」

「ううん。だっていつもすごく疲れてる感じで、電話するのも悪いかなって…」

「優しい言葉の1つもかけてあげなよ。喜ぶから。」

「う、うんそうだね。」

って、何か…

大ちゃんの話を出して上手くはぐらかされてしまった。

大ちゃんか…
電話は気を使うし他の気楽な方法ないかな?

あ!そうだ!

私はメモ用紙に大ちゃん宛にメッセージを書き折りたたんだ物を大ちゃんのロッカーの扉にマグネットで留めた。

内容は大ちゃんの研修&応援期間が終わったらまたいつもの4人で食事に行こうということと、「頑張ってね!」
という応援メッセージだった。

後日、その手紙を見た大ちゃんから電話があった。

「何か手紙ってもらう事ないからこういうのいいね。」

と嬉しそうな大ちゃんに

「ユータンとの食事会の事も決めたいしまた書くね。」

と返事をし、約束通り大ちゃんが研修を終了するまで何通か「手紙」を書いた。

後に大ちゃんが私に

「あの時もらった手紙は大事にとってあるんだ。」

と言った事があった。

嬉しいというよりも気恥ずかしかった私は、

「やだもう!恥ずかしいから捨ててよ!」

と何回も言ってしまった。

あの時、何で素直に喜べなかったのか…
何故捨てろと言ってしまったのか…
今でもその事を少し後悔している。

No.133

ユータンが辞める日が近づき、辞めてからしばらくはなかなか時間が取れないというユータンの都合で職場全体の送別会は少し早めに行われた。

私達4人の送別会はなんとかユータンの最終日に予定を組むことが出来たため、その日休みだった私とユッキーは早番だったユータンと3人で早めの時間から呑み始め中番の大ちゃんを待つ事にした。

今日はいつもよりも更に楽しく盛り上がって過ごそう。

ユッキーと私の共通した思いがユータンにも伝わったのか、ユータンも終始ニコニコと楽しい話題をふってくれ、私達3人は本当に楽しいひと時を過ごした。

これで後は大ちゃんが合流すれば…

ユータンは本当に大ちゃんの事を弟の様に可愛がっている。

その可愛がりというか愛し具合は溺愛に近いもので、ある意味ではユッキーより愛されていたのではないかと本気で思わせた。

「お疲れ様。」

お待ちかねの大ちゃんがようやくやってきたがあからさまに機嫌の悪そうな顔をしている。

「どうしたの?
顔色少し悪いよ?」

ユッキーの言葉に、

「うん。
昨日深夜までテレビ視てたし、酒も呑みすぎたし。」

大ちゃんが少し照れた様にユッキーに答えるのを聞いて、

「大ちゃん、今日は黙々と仕事してたから疲れてるのかな?心配してたよ。
大丈夫か?」

ユータンも心配そうに大ちゃんの顔を見る。

私は3人のやり取りを見て少しモヤモヤしていた。

なんで、今日はユータンの送別会だって分かりきってるのに前日に夜更かしや深酒するかな…

別に夜更かしも深酒も自由だが、主役に気を使わせるほど体調不良になるなんて私からしたら信じられない。

「とりあえず大ちゃんも何か注文しなよ!
お腹すいたでしょ?」

ユッキーが優しく大ちゃんにメニューを手渡そうとしたが、

「あ~ごめん。
胃の調子が悪いのか食欲ないんだよね。
残り物を適当につつくから大丈夫。」

大ちゃんは少し素っ気なく断り、
自分でウーロン茶を注文すると他には何も手をつけずウーロン茶のみを飲み続けた。

No.134

私達3人が楽しく談笑している横で大ちゃんはずっと黙々と不機嫌そうにウーロン茶を飲んでいたが、遂には壁にもたれて俯くと目を閉じてしまった。

え?

「大丈夫か?大ちゃん。」

ユータンが優しく聞く。

「すみません。」

大ちゃんはそう言いながらも顔を上げようとしない。

仕方ないので3人で最後まで話したが、帰りのタクシーの中でも「大ちゃんの具合」は全く良くならず、俯きながら時折肩や首の後ろを触る。

「どうしたの?痛いの?」

思わず触ろうとした私の手を、

「やめて!」

と大ちゃんが払い除けた。

「えっ?!なに?」

大ちゃんは返事もせずにまた俯く。

それまでモヤモヤとしていた思いが怒りへと変わった。

せっかくのユータンの送別会に自分勝手に体調崩してやって来て、ずっと雰囲気悪くした挙句に八つ当たり?!

ユータン今日で最後なんだよ。

辛いのは自業自得でしょ?
笑って楽しく見送れないの?

ユータンがあんなにいつも大ちゃんの事を気にかけて可愛がってくれたのに
そのお返しがこれなの?!

大ちゃんのせいで何もかもぶち壊しだよ。

私は喉元まで出かけた言葉を何とかぐっと飲み込んだ。

幸い助手席に座って運転手さんと話してしたユータンには私達のやり取りは聞こえていないようだ。

ここでつまらない喧嘩をしてユータンに気を使わせてはいけない。

私の服の裾が軽く引っ張られた。

そちらを見るとユッキーが優しい目で私を見ながら軽く頷く。

私は小さく深呼吸をして気持ちを整えたが、大ちゃんに対する不満はいつまでも消えることはなかった。

No.135

いつまでも消えることはなかった…

いや。
違う。
正確にはやっと、やっと分かったよ。
大ちゃん。

あの日の前日、本当は悲しくて寂しくて眠れなかったんだよね?

顔を見たら声を聞いたら寂しい思いが募るから黙々と仕事に打ち込んで、
送別会には参加したものの、泣きたくなって、でも泣いたらユータンに気を使わせるからと我慢してじっと耐えて。

馬鹿だな。

そんな痩せ我慢なんて誤解を生むだけで何の得にもならないよ?

寂しかったら寂しいって言えばいいんだよ。

泣きたいなら泣いていいんだよ。

でもそうなんだよね。

本当は繊細で寂しがり屋で泣き虫で、
誰よりも愛情に飢えてて深い情を持つ大ちゃん。

それらを全部「強がりのバリア」で包んで。
でも不器用だからそれが「感じ悪い態度」にしか見えなくて。
そんなんじゃ人生損するよ?

ああ。
だから君には敵が多かったね。

でも、
君の味方はとことん君を好きだよね。

君が後に「強いカリスマ性」を持つと言われて、激しく恐れられたり慕われたりしていたのはそういう所から来てるんだねきっと。

でも君はきっとそういうややこしい事を望んでいるんじゃない、
君はただ、そんな不器用な自分を受け入れてもらいたいだけ。
優しく包み込んでもらいたいだけ。

あの時わかってあげられなくてごめんね。

まだ10代だった君を包んであげられなくてごめんなさい。

No.136

「あっ!」

2月に入りバレンタインデーも近づいて来た頃、
いつもの様に出勤して、髪をシュシュでまとめた私は自分の耳を見て「しまった!」と思った。

昨日大ちゃんとデートしたので、付けていったブルームーンストーンのピアスを外すのを忘れていた。

職場はアクセサリー類は一切禁止だ。

朝、鏡を見てメイクまでしたのに…
髪が耳を隠していたので気づかなかった…

「外さなきゃ。
でも失くしたら嫌だなぁ。」

憂鬱な気分になりながらもピアスを外し、事務所の机に放置されていた小さな袋に入れるとカバンの内ポケットにそっと入れた。

仕事が終わり、ピアスの安否確認をしようとした私はピアスを入れていた袋を手に持ったまま凍りついた。

袋が破れてる…
袋の側面にスッと亀裂が入っておりピアスはその隙間からこぼれてしまったらしかった。


慌ててカバンの中身を全部出しカバンをひっくり返して探す。

片方はすぐに見つかったが何故かもう片方はどんなに探しても出てこなかった。

どうしよう。
大ちゃんが一生懸命選んでくれたプレゼントだったのに。
特別なものだったのに。

大ちゃんに、ピアスを失くしたとはとても言えなかった私は、翌日の休みの日に姑息にも同じ物を購入しようとそのピアスのブランドのお店に行った。

「申し訳ありません。
こちらは限定品でしたので、当店では完売致しております。」

ショップの店員さんが丁寧に頭を下げて謝ってくれる姿を私は呆然と眺めていた。

「他に!他に店舗はありませんか?」

「はい。この近辺ですと私〇〇店と✕✕店がございます。」

店員さんが丁寧にそのショップの最寄り駅まで教えてくれた。

「ありがとうございます!」

お礼を言うとすぐにその2店のショップに向かった。

が、結果はどこも同じだった。

どうしよう…

散々悩んだが、考えてみれば大ちゃんを騙す事はやはり良くない。

大ちゃんに謝ることにした私は
その夜、会った大ちゃんに、

「せっかくくれた大切なピアスを失くしてしまいました。
ごめんなさい…」

頭を下げた。


No.137

どうしよう。
どうしよう。
絶対ガッカリされるよね。

大ちゃんは短気ですぐにムッとした顔をする事が多く、その顔を見るのは嫌だったのだが、ガッカリした顔を見るのはもっと嫌だった。

大ちゃんは私の話を聞き終えると、

「なんだ~そんな事だったのか。」

とホッとした様に笑った。

「えっ?…怒らないの?」

「ん?なんで?」

「だって…
あれ高いのに無理して買ってくれたでしょ?なのに…」

「あのさ、形あるものはいつか壊れるんだよ。
失くなる事もあるでしょ。
だからいいの!」

「でも…」

「いいって!いいって!
すごく深刻な顔をしてたから大変な事があったのかと心配したよ。
そんな小さな事なんか忘れて!
ほら~笑って笑って!」

大ちゃんは私の両頬をつまんで軽くグ二ーっと引っ張った。

「ごめんね…」

「だからもう謝らない!
この話は終わり。
あ、そういえば山田さんとまた会いたいな。
ユッキーに伝言頼んどいてよ。」

大ちゃんはわざと他の話題をふってきた。

「うん。わかった。
大ちゃんの誘いならユータンすぐに都合つけるんじゃないの?」

私も笑いながら返し、
ピアスの話はこれで終わりになった。




2月14日。
バレンタインデー。

「ほらこれ!」

大ちゃんが綺麗なリボンの付いた箱を私に渡す。

開けてみると小さな宝石のピアス。

ブルームーンストーン。

それは…
それは私が失くしたピアスと同じデザインの物だった。

No.138

「これ?!
どうしたの?!」

「えっ?
え~と、ミューズがピアスを失くしてすごく気にしてたから…
たまたま近くのそのブランドの店に行ってみたらたまたま同じのかあったんで…」

「なんで?…なんで?…」

「えっ、いや、その…
ほらバレンタインデーだしプレゼントにちょうどいいかなって。」

「違う。違うよ…」

「あっ、プレゼントはホワイトデーだったな。ハハッ。」

照れ笑いをする大ちゃんの腕を私は軽く掴んだ。

「私…ごめんなさい…
本当はあの時、代わりのピアス買おうとして探し回ったんだよ…
でも限定品だからどこも売り切れてて…
だから…近くにたまたまあるなんて…
絶対にありえ…ない…」

切れ切れの私の言葉に大ちゃんは観念した様に笑うと、

「ごめん。
実はかなり遠くまで行って探し回った。
でも見つけたから良かった。
もうこれでミューズは何も気にしなくていいよ。」

と優しく言った。

胸がいっぱいになり苦しくなる。

何と言ったらいいのか苦しくて言葉が上手く出てこない。

「…なんで?
なんでそこまでしてくれるの?」

「なんでって言われても…
あの時ミューズが落ち込んで少し泣きかけてたから。
だから泣いて欲しくなくて…うおっ!」

大ちゃんは途中で言葉を切った。

自分があげたピアスのために私が泣くのを見るのが嫌だから。

自分の事が原因で私を泣かせたくないから。

なのに、
今、目の前で
「.自分のせいでミューズが号泣している」姿を目の当たりにした大ちゃんは少なからず狼狽えた。

「ミューズ?ミューズ?どうした?ミューズ?」

慌てる大ちゃんの腕を掴んだまま、

「.ありがとう。
ありがとう。
大ちゃん…」

と、私はしばらく泣いた。

大ちゃんはもう何も言わず、そんな私の頭をずっと撫で続けてくれた。


No.139

2月も終わりを迎える頃、

「何とか落ち着いたからみんなでまた会おうよ。」

と、ユッキーを通じてユータンから連絡があった。

じゃあどこかユータンの希望のとこにでも行かなきゃね。

ユッキーにユータンが何処に行きたいか聞いてもらおうとすると、

「みんなと一緒ならどこでもいいってきっと言うよ。
だから私達で決めてから誘っていいよ。」

ユッキーが笑って言う。

その姿がもう恋人というより奥さんといった感じで2人の親密さをうかがわせた。

こんな感じいいなぁ。
もしかすると、
もう深い関係になっちゃったりしてるのかなぁ。

勝手に想像してみる。

私と大ちゃんは初めて知り合った期間も含めるともう1年近くにもなるのにまだ身体の関係は無かった。

過去に付き合った人達は長くて半年後、短くて3ヶ月後にはそういう関係になっていたので、1年はとても長い。

最長記録更新だな…

大ちゃんは私が何回かそういう関係を拒んでからはあからさまには誘って来なくなった。

それどころか、2人で車中やカラオケ等の二人きりの空間でまったりとしている時には決まった様に、

「こうやって2人で過ごしているだけでいいね。
イチャイチャしなくても楽しいね。」

と言った。

「男の本音」+「男の痩せ我慢」というものに全く疎かった私は、

「そうだよね。
下手に深い関係になったら破綻する日が近づくだけだしね。」

と、とんでもないことを言ってしまい、大ちゃんをますます「我慢」の世界に押し込めていた。

今思うと気の毒な事をしたものだ。

さて、ユータンとどこに行こうかと私達3人は相談し合ったがその場にいないユータンの事を弄ってみたりふざけてばかりでなかなか決まらない。
でもそんな時間が1番楽しかった。
大ちゃんやユッキーもきっとそう思っていてくれただろう。
他愛もない話で笑い合える事が1番楽しい事だとあの頃の丁度倍の年齢になった今本当にそう思う。

No.140

店長が研修や連休等で私と大ちゃんの連勤が続き、その加減で珍しく2人の休みが同じになった。

滅多にない事にウキウキして朝から遠出をする。

「この近くに日帰り温泉があるんだって!寄って行こうよ!」

私の言葉に大ちゃんが、

「いいけど。混浴じゃないでしょ?
別々に入っても面白くないよ。」

と笑って返してきた。

「一緒に入りたいの?」

「そりゃあね、背中ながして欲しいし。」

「え?お客さん、お背中流しましょうか?って感じで?」

「それそれ!ってかなんでお客さんお背中流しましょうか?になるのかわからないけど。」

大ちゃんが可笑しそうに笑う。

大ちゃんは整ったきつい顔立ちなので黙っていると怖い雰囲気だが、こうして笑うと無邪気さがよく出て、私は大ちゃんの笑顔が大好きだった。

大ちゃん。
好きだよ。

大ちゃんの笑顔を見ながら私はとうとう思い切って返事をした。

「いいよ。」

「えっ?」

「お背中流してもいいよ。」

「えっ?えっ?」

大ちゃんが戸惑うのを見た私は慌てて、

「いや、あの、嫌ならいいけど…」

「えっ?あっ!嫌じゃない!嫌じゃない!
えと、どこがいいのかな?
今から混浴できるお風呂探すの時間かかるし…
ミューズのとこは女性専用マンションだし…」

大ちゃんはそのまま黙り込んだ。

「あの…とりあえず適当な場所で…」

言ってはみたものの、だんだん恥ずかしくなってきてボソボソと提案する私の言葉に、

「そ、そうだね。
あの、ごめん。
適当な場所あったら入って…いい?」

大ちゃんが何故か申し訳なさそうに聞いてくる。

「あ、あ、うん。
えと…お風呂の湯加減も任せて下さいお客様。」

「お、おうっ、お客様はお湯加減には厳しいからな。」

もはや温泉旅館ごっこになっている。

「適当な場所」が見つかるまでの車内は気恥ずかしくて気恥ずかしくて、2人の「温泉旅館ごっこ」はずっと続いた。

No.141

田舎の国道を1時間くらい走った所に、ポツンと「適当な場所」が現れた。

見るからに古そうな建物で
正に文字通り「適当な場所」だったが、このままいくと気恥しさで決心が鈍りそうだった私は、

「あ…あそこでいいかな?ごめんね。ごめんね。」

とボロいラブホの存在をまるで自分の罪の様にやたら謝る「お客様」に

「だ、大丈夫です!」

とOKを出した。

駐車場に車を停めて、
「適当に部屋を選び」入る。

ドキドキドキドキ。

心臓破裂しそう。

今までは何となく相手に自然にそういう流れに持ってこられて相手任せだった私は、今までこんなに緊張したことは無かった。

とりあえずボスっとソファに座る。

と、お客様が突然抱きついてきた。

「あ、あ、お風呂、お風呂、」

緊張の中でも、そんなイチャイチャムードの中でも使命感を忘れない「旅館従業員」に、

「あ、そだった。みてきます。」

と、お客様が慌ててお風呂の方に行った。

しばらくして、戻って来るや否や、

「少し熱めに設定しておいたけどいいかな?」

とお客様。

「あ、うん。何か緊張して口の中がカラカラだよ。」

「あ、お茶入れるよ。」

と、お客様。

逆にもてなされている…

そうこうしているうちに、

「お風呂そろそろだから先にどうぞ?」

と、お客様。

「あ、うん。」
と入ったはいいが、

しまった。
バスタオルってどこにあるんだろう。

すると浴室の外から、

「あの、バスタオルここに置いとくんで…」

と、お客様。

立場が完全に逆転している…

私がお風呂から出ると、次に大ちゃんが入り、その後は互いに緊張を隠すように抱きしめあった。

体の相性ってあるんだよ。

どこかで聞いた言葉を思い出す。

本当に相性の良い相手っているんだな…

こんなこと思ってるの私だけかな?

そう思いながら横にいる大ちゃんの方を見ると、

「俺、本当にやばい…
離れられなくなる…」

と、大ちゃんが照れた様に笑った。







あ…お背中流すの忘れてた…


No.142

「久しぶり!」

ユータンがにこやかに手を挙げる。

「ユーターン!」

思わず駆け寄る私にユータンは、

「相変わらず元気そうだね。」

と優しい目を向けてくれたが、

「山田さん、仕事はどうなんすか?」

と大ちゃんが嬉しそうに声をかけると、

「おう!大ちゃんの方こそどう?
何か困った事はない?」

と直ぐにそちらに意識が行ってしまった。

やれやれ。

「山田さん営業やってるんですか?
営業なんてできるんですか?」

無邪気にわざと憎まれ口を叩く大ちゃん。
彼流の精一杯の甘え方だ。

「ああ、何とかね。
一応これでも上からは有望視されてるよ。」

そんな小憎らしい愛情表現の大ちゃんを可愛いヤンチャな弟を相手するかの様に、ユータンは以前と変わらないのんびりとした優しい口調で返す。

「この間には入れないな~」

笑いながらユッキーにそう言うと、

「ユータンね、ああ見えても意外とドライな性格してるのよ。
そのユータンが無条件に大ちゃんの事は可愛くて仕方ないみたい。」

ユッキーもふふっと笑いながらそう返してきた。

「なんでだろうね。」

私の問いに、

「もしかしたら大ちゃんが自分の事を本気で慕ってくれてるのが分かってるからかもしれないね。」

そう答えるユッキーの横で、

「山田さ~ん。
あまり近くに寄って来ないで下さいよ。
キモイっすよ。」

「いやあごめん。つい。」

……

あ、うん…

とりあえず聞こえなかった事にしておこう…

「大ちゃんはツンデレタイプだからねぇ。」

今のやり取りが聞こえていたらしいユッキーがほのぼのとした表情で2人を眺めながら呟く。

ツンデレ…

ツンデレっていうのは素っ気なくツンツンしたかと思えばデレデレもあるんだけど…

デレるのか?

あの大ちゃんがユータンにデレるのか?

「ほら!山田さん!いつまでもこんなとこで喋ってないで早くお店に行きましょ!
山田さんの好きそうな店を予約しときましたから。」

大ちゃんがニコニコとしながらユータンを軽く促した。

そういえば大ちゃんは口では憎たらしい事を言っていてもユータンと話す時はほぼ笑顔だ。

ああ、これが大ちゃんのデレなのかな?

「ほら何してるの!行くよ?」

大ちゃんが手招きをする。

「あ、待って!」

私達は先に立って歩く大ちゃんとユータンを慌てて追いかけた。

No.143

ユータンのために予約したお店は居酒屋とダイニングカフェの中間の様なお店で、ざっくり言えばおしゃれな雰囲気の居酒屋といった感じだった。

カクテルの種類も豊富でそのお店オリジナルのカクテルも何種類かあり、その1つ1つに「魅惑の〇〇パッション」
というような長い名前が付いている。

面白いのでとりあえずはそれぞれ自分のイメージに合う?名前のカクテルを頼んでみようという事になった。

「俺これね!」

大ちゃんが嬉しそうに選んだのは、

「✕✕の夜のダークネス」

とかいうような何だか中二病っぽい名前のカクテル。

「これどんなんだろ~」

の自分のイメージというより物珍しさでのユッキーさんセレクトは、

「オーバーザレインボウ」

ある名曲の曲名そのままパクリやないか~いな名前のカクテル。

海が好きな私は、

「カリブ海のフルーツシャワー」

的な名前のカクテルを注文する。

「ユータンはどうするの?」

ドリンクメニューを真剣にながめているユータンに促す様に聞くと、

「この小悪魔カシスベリーにする!」

と言い出した。

No.144

えっ?!

小悪魔なの?
小悪魔なのね?
小悪魔かよ?

3人がじーっとユータンを見つめると、

「何だよ~?小悪魔いいじゃない。
小悪魔な女の子に騙されてみたいな感じ?へへっ」

と、ユータンが1人でにやける。

うん。
小悪魔みたいな…じゃなくても貴方は十分騙されるタイプですからそこは大丈夫ですはい。

注文を済ませ少しするとユータンのポケベルが鳴った。

「あ~会社からだ。
ちょっと電話してくる。」

ユータンは席を立つと店の入口付近にある公衆電話に電話をかけに行った。

ユータンが席を立ってすぐに、

「お待たせしました。」

と、カクテルが運ばれてきた。

大ちゃんのダークネスはダークチェリーのリキュールをベースに炭酸水で割った物なのか?シャワシャワしてて何だか黒い。

私のカリブ海はグレープフルーツやライム等の柑橘類ベースの味で青い海を思わせる色だった。

ユッキーのレインボウは比重の異なるリキュールを交互に重ねて注いだ物で、グラスの中でくっきりと色の層が別れており、今で言うなら「インスタ映え」しそうな綺麗なカクテル。

で、ユータンの小悪魔は赤いドリンクの底に色んなベリー類が沈んでいる、女の子っぽいカクテルだった。

「これがユータンを騙す小悪魔かぁ。」

3人で小悪魔を覗き込む。

「ちょっと飲んでみよっと。」

ユッキーがいきなりごくごくと小悪魔を飲む。

「うん。カシスソーダだね。」

ユッキーの分析に、

「どれどれ。」

と大ちゃんも飲む。

「これがカシスソーダって言うのか。」

初めてのカシスソーダの味に頷きながらグラスを私にまわしてくる。

「あ~カシスソーダだね。」

私も飲んで納得した所で気がついた。

「ねぇ、残り半分くらいになっちゃったよ?いいのかな?」

私の言葉に大ちゃんがにやりと笑うと、

「じゃあ足しておこう。」

と、自分のダークネスをユータンのグラスに注いだ。

No.145

「ええっ?!」

驚く私に、

「小悪魔とダークネスだから相性はいいでしょ。」

と、大ちゃんが意味不明な理屈をこねる。

小悪魔にダークネスが加味されて悪女になってしまった…

「私も飲んだから返しておこうっと。」

ユッキーも自分のレインボウをものすごい勢いで混ぜてドクドクと悪女に注ぎ入れた。

わぁ。

「ミューズも飲んだから返さないとね。」

有無を言わさず大ちゃんが私のカリブ海も続けて投入。

「小悪魔」から
「カリブ海で虹を眺めながらくつろぐ悪女」に変貌を遂げ、
「爽やかなカリブ海」と言うよりは、「呪われた沼」みたいなおどろおどろしい色になってしまったそのカクテルは静かにコポコポと炭酸の泡を上げながら生贄の男が帰って来るのを待った。

「ごめん。ごめん。おまたせ。」

やっとユータンが戻ってきて、

「乾杯しようか。…多っ?!」

ユータンの小悪魔改め悪女は無計画に入れられた虹と、海と、闇のせいで溢れんばかりになっている。

「ごめん。グラス持てないからちょっと先にすするよ。」

全く謝る必要が無いのに謝りながらグラスに口をつけてすするユータン。

チラッと大ちゃんとユッキーの顔を見ると、2人とも笑いをこらえすぎて、大ちゃんは眉間にシワを寄せ厳つい表情に、ユッキーに至っては目があらぬ方向に泳いでいた。

この小悪魔どもめ。

と、突然ユータンが、

「うおっ!これ!」

と、声を出した。

「美味しい!」

えっ?

「これ見た目も深い赤で綺麗なんだけど、とにかく美味しいよ!」

「えっ?この沼色が綺麗?!
いやっ、ゴホゴホ、ごめっ、
とにかく、ちょっと飲ませて!」

ユータンの手から「悪女」を半ばひったくるようにして飲んでみた。
うわっ確かに美味しい…

カシスをベースに色んなフルーツの味が散りばめられていてとにかくトロピカル。

他の2人も、

「うっそ!」
「うまっ!」

と感嘆ひとしきり。

やはり、男性をハマらせる技に長けるのは悪女様、小悪魔ごときでは太刀打ち出来ないなと感じた至極の1杯で、
その後もあの味を求めてみるも、
「悪女カクテル」は2度ともう再現不可能な幻のレシピになってしまった。

No.146

おしゃれ居酒屋でたっぷり飲み食いを堪能した私達は、

「この後は軽くカラオケでも行こうか?」

となり、近くにあったカラオケ店に向かった。

「すみません。
混みあっておりまして1時間ほどお待ち頂かないといけないのですが…」

受付のお姉さんの言葉に、

う~ん。
1時間か、ここで待つには少し長いしどうしよう。

考え込んだ私の横から、

「あ、じゃあ1階のゲーセンで時間潰してきます。」

大ちゃんがテキパキと返事をした。

「ゲーセン?」

少し躊躇する私に、

「わあ!行こう!ゲーセンは高校生の時以来だよ。
ね?ミューズ!」

ユッキーが嬉しそうに私の手を取りエレベーターの方に誘導した。

「私、家がそういうのに厳しくて…実は…ゲーセンとかほとんど行ったことないんだけど…」

「ええっ?!ミューズどれだけお嬢様育ちなんだよ?!
まさかゲーセン行ったら不良扱い?!」

大ちゃんがわざと茶化した様に驚く。

「えっ…あ…うん…」

「えええっ?!」

驚く3人を目の前にして私は恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じていた。

ううっ、言わなきゃ良かった…

「よしっ!なら今日はミューズの不良デビューの日にしよう!
高校デビューじゃなくて25歳デビューだな!」

大ちゃんが大きな声で言うと、

「ブッハア!!」

ユータンが真っ赤な顔をして吹き出した。

バ、バカヤロー!

みっともなくて顔から火が出そうな「25歳デビュー人」を引き連れた一行はとにもかくにも意気揚々とゲーセンに乗り込んだ。

No.147

ビルの1階のフロアを全部使ったゲーセンは広かった。

今まで小さなゲームコーナーで遊んだ事はあったが本格的なゲーセンで遊ぶのは初めてで、ドキドキした私は設置してあるゲーム機等を珍しげに見て周った。

「ミューズこれやろ~」

ユッキーに呼ばれて目をやると、4人まで対戦可のレースのゲーム機のそれぞれのシートに既に大ちゃんとユータンが座り、

「もう1台空いてるから。」

とユッキーが私を空いているゲーム機のシートに座らせてくれた。

「えと、これどうやるのかな?」

「ここに簡単な操作方法書いてあるよ。」

ユッキーに言われて操作方法を読む。

「要は4人でカーレースするだけってこと。準備はいい?」

大ちゃんが笑いながら聞いてくる。

「えっ?えっ?えっ?」

焦る私の横から、

「そうだ!最下位は罰として次のカラオケ奢りって事で~」

ユータンがノリノリで提案してきた。

「ちょっとそれは可哀想だよ。
チーム戦にしよ?
ペアの順位の合計点で決めようよ。
1番上手そうな大ちゃんとミューズがペアでどう?」

と、ユッキーが提案してくれたが、

「え?でも…それだと大ちゃんが絶対1位取らないと負けちゃうよ?
私、たぶん最下位だし…」

と、プレッシャーでますます不安になる私に、

「大丈夫!お遊びだから。
それに俺が1位取ればいいんでしょ?」

と大ちゃんは軽く笑い、

「じゃあスタートしましょか?」

と他の2人に声をかけた。

No.148

ピッピッピッ
ポーン!

スタートの合図が鳴り響き、
ヴォォォー!
と各自スタートする。

うわっ

ハンドル操作が思うように上手くいかない。

痛いっ!壁に激突した。

本当に痛いはずは無いのに何故だか
「痛い」
とつい言ってしまう。

体制を整えモタモタと再スタート
走るうちに前をヨロヨロと走る車を追い抜かした。

「よし!ユッキー抜かしたね。」

大ちゃんが横目で私を見ながら教えてくれる。

「え?何でわかるの?」

「画面の上の方を見て?」



画面の上を見ると小さく全体のコースが出ており、そこにみんなの車の印がモソモソと動いていた。

その横に自分の現順位が大きく出ている。

あ、3位だ。

ちょっと嬉しくなったが喜んだのも束の間、

あれ?

呆気なくまた抜かれてしまい順位を表す数字が4になる。

う~っ。

もう他の順位を気にする余裕はない。

必死で画面を見つめハンドルを握る。

「はいっゴール~」

隣で大ちゃんの余裕の声。

「ええっ?!もうゴール?!」

焦る焦る。

「ミューズその調子、頑張れ頑張れ。」

大ちゃんに声をかけられながらやっとゴール。

「おめでとう。2位だよ。」

大ちゃんがハイタッチをしてきた。

「え?あれ?」

横を見ると、

「うわっ、よりにもよってミューズに
負けた~。
ミューズにだけは勝てると思ってたのに。」

と失礼なセリフを言いながらユータンが苦戦する横で、

「ちょっとユータン笑わさないで。
運転できない。」

とユッキーが笑いながら3位で入った。

悔しそうなユータンがやっとゴールしたのを見届けて、

「そろそろ時間なんで行きましょうか。」

大ちゃんがみんなに声をかけると、

「じゃあ、カラオケ代は俺出すよ。
本当はミューズが負けて、俺が出してやるよとカッコよく決めるつもりだったのに、くっそ、よりにもよってミューズに負けるとは。」

とユータンが悔しそうに言う。

おいおい、さっきから失礼が過ぎるぞ。

「じゃあ私も出すね。」

ユッキーが横からそう言い出したが、

「いやいいよ。
元々本当は俺が出すつもりだったから。」

ユータンがやんわり断る。

「何言ってるの?
私達はチームでしょ?」

ユッキーはユータンの肩を軽く叩き、
私達の方を見ると、

「さっカラオケ行こっ。」

と楽しそうに笑った。

No.149

「えっ?!1時間なんですか?!」

カラオケの受付でいきなり時間制限の事を聞かされ困惑した。

「はい。本当に申し訳ありません。
週末のこの時間帯は非常に混み合いますので、先程お伝えさせて頂いた様に1時間でお願いしていまして…」

んっ?

先程お伝え?

聞いて…ない…ぞ?

記憶の糸を必死で手繰り寄せる。
え~と
確か私は1時間待ちだと言われた後にすぐユッキーとエレベーターに向かってと…

で、そこに大ちゃんがくっついてきて…

すると残りは…

「あ、ごめん。言うの忘れてたヘヘッ」

やっぱり…

「もうっユータン!」

ユッキーが軽くユータンを叩く。

「いや1時間でちょうどいいよ。
ちょっと覗いてみたいとこあったし。」

大ちゃんがサクサクと受付を済ませて、早く行こう!と私達を促す。

1時間おしゃべりもせずに曲を入れまくり、それなりにガッツリ歌って満足した私達は大ちゃんの後に続いて1階に降りた。

「ここ。」

大ちゃんが指した場所は、

「えっ?さっきのゲーセンだよね?」

「うん。ミューズが25歳デビューした場所。」

それはもうええっちゅーねん!

軽く睨む私に構わず大ちゃんは嬉しそうにゲーセンに入る。

「さっき来た時に見つけてさ、この奥なんだけど。」

と、大ちゃんに案内されて奥に進むと、

「わあっ!」

ガラス張りのドアの向こうに幾つかの3on3のコートがあった。

ナイターの様にしっかり証明に照らされたコートは真昼の様に明るく、見ていると何だか胸が弾んでウキウキとしてきた。

「ちょっとやらない?」

と大ちゃんが聞いてくる。

3月の夜はまだかなり寒いが、3つあるうちの2つは既に他のグループが使っており、1つだけ辛うじて空いている状態だった。

「やろう!ほら!早くしないと他の人が入っちゃうよ!」

ユッキーの言葉が引き金となり、私達は慌ててそのコートの申し込みに行った。

No.150

「よしっ!じゃあ2対2に別れるか。
男と女でジャンケンね。」

大ちゃんが言い出す。

うっ。
嫌な予感…

ジャーンケーン
ポン!

また負けた…

そして…

「俺たち負け組みだな。ふふっ」

ユータンがニヤリと笑う。

「ちょっとユータン!負け過ぎでしょ!」

「そう言うミューズも負けてんじゃん。手の内読まれてるんじゃないの?」

うっ。

「そう言えば私はグーを出す癖があるかも…
ジャンケンの手で性格が出るって聞いたことあるけど当たってるのかな?」

ボソボソ言う私に、

「ほら~やっぱりね!
グーを出すとかって何か頑固者ってイメージあるよね。
その点、俺はパー派だから。」

ユータンが勝ち誇った様に言う。

……

それも手の内読まれとるがな…

しかも、パー派ってなに?

そんなマヌケな響きの派に属する事に何の恥ずかしさもないのか君は。

私達が早くも仲間割れ?しかけているのをよそに、横では大ちゃんとユッキーがドリブルやシュートを決めたりしていた。

うっっ。
2人とも上手く…ないか?!

「ちょ、ちょっとユータン!
ユッキーってあんなにバスケ上手いの?」

「うん?ユッキーは運動神経いいよ。
見た目が女らしくて大人しそうだから運動苦手と思われる事が多いらしいけどね。」

うん。
正にそう思ってたよ…

ダメだ。
事実を知ったらますます不利になってしまった。

「どうするの?
私達ド下手ペアなのに恥ずかしいよ。」

「ド下手言うな。
せめて下手っぴと言え。」

……
あまり変わりませんがな…

「そろそろ始めましょか?
4人しかいないしルールは無用で、とりあえず先に得点を入れた方が勝ちって事で。」

大ちゃんの声がかかる。

「ミューズ。」

ユータンが低く私に囁いた。

「なるべく俺に合わせろ。
俺は…ドリブルが上手い。」

そう言うとユータンは颯爽と先攻後攻を決めるジャンケンの場に赴いた。

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