とある家族のお話

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2020/05/27 16:47(更新日時)

私はまり。


5年前に離婚し、現在シングルマザーで小学3年生の息子が1人。


父親は肺がんを患い、闘病の末4年前に他界。


母親は精神疾患を患い、現在精神病院に通院中。


遠方に住む兄の亮介と義姉の千佳さん。


中学3年生の姪と、中学1年生の甥がいる。


2つ下に同じ市内に住む弟の圭介。


私と同じくバツイチで、現在は1人暮らし。


息子のよき遊び相手になってくれる。


弟の子供は元妻が引き取っているが、しばらく会っていないそうだ。


私の母親は、多分だがかなり前から精神疾患があったと思われる。


父親が他界してからひどくなった。


病名は「妄想性障害」


特に被害妄想が酷く、妄想で警察を呼んだり近所の方々にご迷惑をおかけしてしまう様になったため、社会福祉の公的窓口に相談し、現在通っている精神病院の先生にお願いし、強制入院に至った。


母親本人はおかしいと思っていないため、入院する時はとても大変だった。


現在は退院している。


入院する時は近所に住む弟と相談し決めたが、母親には未だに恨まれている。


兄夫婦には電話やLINEで伝えていた。


母親は、兄と弟の嫁をいびりにいびった。


弟の離婚は、母親が大いに関係している。


義姉は遠方に住む事で離婚はしないで済んだ。


私達兄弟が母親を何度止めてもいびりは止めない。


母親は悪い事はしていない、私は正しいと、止めれば止める程興奮し罵詈雑言を言い放つ。


妄想が激しいため、妄想で話をするが母親本人は事実だと思っているため、違うんだよ!と言っても聞き入れてくれる事はない。


否定すれば嘘つき呼ばわりするな!お母さんは正しい!と怒鳴る。


仕方なく合わせれば、やっぱりそうだ!と益々妄想が本当の事だと思い込む。


とても難しい。


でも、私の実母である。


父親がいない今、私達兄弟が母親をみなければならない。



こんな家族のお話です。












No.3034511 (スレ作成日時)

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No.351

斎藤くんは、私にも会話がわかる様にスピーカーに切り替える。


雅樹は一瞬の間があり「…お疲れ様」と話す。


「先程、加藤の弟さんから電話がありまして、加藤のお父さんが月曜日の10時にモルヒネを打つ事になったそうなので、離婚を知らない長谷川さんも一緒に来て欲しいという事で、今話せない加藤に代わり、長谷川さんにお話をさせて頂きます」


「えっ?モルヒネ!?」


「はい、緩和ケアに入るみたいです」


電話の向こうの雅樹は無言になった。


「俺が言うのも変な話しですが、長谷川さん、行ってあげて下さい。お願いします。俺は行けないので」


「…斎藤、今加藤さんは?」


「泣いていますが、少し落ち着いたみたいです」


斎藤くんは私を見る。


「優真は?」


「テレビをみています」


「斎藤、ありがとう、今、加藤さんとは電話代われる状態か?」


「はい、代わりますね」


斎藤くんは私に携帯を渡す。


「…もしもし」


スピーカーから普通に戻っていた。


「まり?大丈夫か?斎藤から聞いたよ」


「…うん」


「月曜日、休みを取るから一緒に病院に行こう」


「うん」


「まり、大丈夫だ。泣くな」


「ありがとう」


「じゃあ明日会社でな。支社長には言っておけよ、俺も月曜日休みたいから俺からも言うけど」


「うん、じゃあ明日ね、おやすみ」


「おやすみ」


電話を切る。


優真が「ママ、どうしたの?」と聞いてきた。


「大丈夫だよ!ママね、優真を見たら元気になった!」


残っていたご飯を食べる。


斎藤くんは、私以外の食器は台所に運んでおいてくれた。


翌日。


田中さんに話をする。


「えっ…お父さん、まだ若いでしょ?60代?」


「はい」


「まだまだ若いじゃん!」


「ちょっと前まで嘱託ですが現役で働いていましたから、ショックですよね。あと、離婚と同時期に父親の癌が見つかったので、父親に心配かけたくなくてまだ離婚した事を言ってないんです。だから、月曜日に長谷川さんも一緒に行きます」


「そっか…わかった!少しでもお父さんの側にいてあげて!優真くんを見たら、もしかしたら復活するかもしれないし!」


「ありがとうございます」


私は支社長にも話し、来週いっぱいお休みをもらう事にした。


No.352

月曜日。


父親は個室に移されていた。


目の前には「塩酸モルヒネ」と書かれた札がかけられた機械がある。


どうやら股関節から入れられる様子。


母親、兄夫婦、弟夫婦、私、雅樹が揃う。


優真は幼稚園。


別室に呼ばれ、話をされた。


母親が「主人はいつまで生きれますか?」と先生に聞く。


「何とも言えませんが…10日くらい、と申しておきます」


目の前の卓上カレンダーを見る。


今月で父親とお別れって事?


皆、無言。


雅樹も口をギュッと結んでいる。


先生が席から離れると、母親が看護師さんに「最期まで、家族が一緒に過ごす事は出来ますか?」と聞く。


「ベッド代、1日500円差額はかかりますが、ご了承頂ければ同室可能ですよ」


「はい、大丈夫です」


「では今、同意書持って来ますので、ちょっと待っていて下さいね」


そう言って一旦いなくなる。


母親は、この日から病院に泊まり込む。


父親は、モルヒネのせいか、幻覚を見る様になる。


壁に誰かいる。


天井から何か降ってくる。


お前の背中に針が刺さってる。


雅樹も一緒にお見舞いに行くも「長谷川くんの後ろに誰かいるんだよ…どうして気付かないんだ!」と怒っている。


私が「お父さん、誰もいないよ?」と言うと、天井を見つめる。


父親は横になると膝を立てて寝る。


好きな野球をテレビでみている時は、楽しそうにしている。


お見舞いの帰り、私は泣いた。


雅樹が何も言わずに、背中をさする。


私は毎日、優真を幼稚園に送ってから病院に向かう。


母親が夜通し父親の側にいるため、昼間は私と交代。


母親は一旦家に帰る。


もちろん病院だから、プロの方々はいるが緩和ケアだからか、家族との時間を大事にしてくれた。


父親の酸素濃度は3。


膝を立てて、幻覚を見ながらテレビもみる。


母親が夜に使っている簡易ベッドに腰かけて父親を見る。


「まり、長谷川くんとは仲良くやっているのか?」


「やってるよ」


「そうか、優真は元気か?」


「今日も元気に幼稚園に行って遊んでいるよ」


「優真も来年、小学生だもんな。ランドセルを買ってやる約束をしたから、早く元気にならないとな」


涙をこらえながら「そうだね」と答える。





No.353

日に日に父親の酸素濃度は高くなっていく。


父親が余り膝を立てる事も、好きな野球をみる事もなくなる。


天井をジーと見つめては寝ている。


私が病院に来ると、父親は熱を出したみたいでタオルが父親のおでこに乗っていた。


母親が「まり、お父さんのタオルを取り替えてあげて」と言う。


氷が入っている洗面器にタオルを入れて、軽く洗い、また父親のおでこにのせてあげる。


寝ている父親。


その日は別室に部屋を借りて、兄、弟、私、母親、私の4人でこれからの事を話し合う。


優真は斎藤くんにお願いをした。


もう長くない父親。


明日か、明後日には天国に旅立ってしまいそうな状態。


兄が「明日、葬儀屋に連絡してみる」と言う。


「父さんにはまだまだ生きていて欲しいし、たいした親孝行もしていない。でも、これが現実だ。父さんはもう長くない。覚悟は決めた。加藤家として、恥ずかしくない様にしっかり父さんを見送りたい。母さんも、圭介も、まりも、最期は父さんを天国で不安にさせない様に見送ろう」


母親は泣いている。


圭介も私も無言。


皆で父親の個室に向かう。


「まり、長谷川くんと仲良くするんだよ」


「亮介、圭介、お母さんを頼むよ」


「お母さん、今までありがとう」


これが父親からの最期の言葉になる。


翌日、優真を幼稚園に送ってから父親の病室に向かうと、酸素濃度は8になっていた。


いつもしていた立て膝もせず、下顎で息をする様になっていた。


私は、雅樹にも来て欲しくて、会社に電話をかけると斎藤くんが出た。


「加藤です。お疲れ様です」


「加藤?斎藤です」


「斎藤くん?あのね、もう父親ダメかもしれないの…」


電話の向こうで黙る斎藤くん。


「長谷川さんに電話代わってもらっていい?」


「…はい」


保留音が鳴る。


すぐに雅樹が電話に出た。


「雅樹、お父さん、もうダメかも。これから来れるなら来て欲しい」


「ちょっと待ってて」


雅樹は受話器を置いて、遠くで牧野さんと何やら話している声が聞こえた。


「もしもし!?加藤さん?牧野です!お父さん、どんな感じ?」


「今、酸素濃度は8になってます。下顎で息をしている状態です」


「今、長谷川向かったから!」


「ありがとうございます」


電話を切る。

No.354

兄、弟、私と雅樹、母親が病室に集まる。


酸素濃度は10になる。


母親が父親の隣に座り、下顎で息をする父親の毛が抜け落ち、剥げた頭を泣きながら優しく撫でている。


私達は立って、ただ黙って見ている。


父親の息をする様子が変わる。


看護師さん達が入って来た。


少しずつ遅れて医者も入って来た。


父親の呼吸が、少しずつゆっくりになっていく。


そしてため息の様に「ふぅ」と息をすると、呼吸が止まった。


先生が父親の脈や瞳孔を見る。


時計を見て「15時50分、ご臨終です」と一言。


母親は「お父さん!」と叫び泣いている。


兄と弟は、父親の横に立ち、泣いている。


私はまだ受け入れられずに、呆然としている。


雅樹も泣いていた。


看護師さんが「これから着替えますので、一度ご家族の方は退室願いますか?」と言うと、母親が「追い出すのか!」と看護師さんに怒鳴る。


兄と弟が泣きながら母親を力ずくで部屋から連れ出す。


私は雅樹と一緒に部屋を出る。


私は力が抜けて、その場にへたりこむ。


兄と弟が、どこかに電話をしている。


雅樹が「まり。大丈夫か?」と目を真っ赤にしながら、私を支える。


「あっ…会社に電話しないと…優真の迎えもある…」


私は雅樹と一緒に電話可能な場所に移動し、雅樹が電話をしている私の近くにいる。


会社に電話をかけると、また斎藤くんが出た。


「加藤です。お疲れ様です」


「斎藤です」


「父親が今、亡くなりました」


黙る斎藤くん。


そのまま保留音になると田中さんが出た。


「加藤さん!?田中です!」


「田中さん、すみません、少しお休みもらいます」


「加藤さん…お悔やみ申し上げます。何もしてあげられなくてごめんね…」


「いえ、取り急ぎご連絡しました。また連絡します」


「支社長には私から伝えておくから!あと、可能なら長谷川さんを一回会社に返して。すぐに返すから」


「わかりました。伝えます」


電話を切る。


「田中さん、何だって?」


「一回、会社に長谷川さんを返して、すぐに返すからって言ってた」


「わかった。一旦会社に帰る。またまりに連絡する」


雅樹は一旦会社に帰って行く。








No.355

父親は家には帰らずに、真っ直ぐ葬儀会場に向かう。


葬儀会場で用意してくれた布団に寝かされている父親。


枕元に線香が焚かれている。


兄と弟は、葬儀会場の人と話をしている。


母親は、一旦自宅に帰る。


兄に「お前、優真の迎えとかあるだろ?一旦帰れ。喪服とか用意して、優真連れて戻って来い。とりあえず、長谷川さんは一応身内として親族席にいてもらうしかないから言っておいて」と言われた。


兄も離婚の事は知っている。


私は一旦帰る事にした。


真っ直ぐ優真を幼稚園に迎えに行き、先生に事情を説明、しばらく休む事を伝えた。


斎藤くんに電話をかけると、すぐに出た。


「もしもし、喪服を取りに一旦帰るね」


「加藤、何て言っていいかわからないけど…待ってる」


「ありがとう、とりあえず優真と一旦帰るね」


「わかった」


喪服を取りに帰ると、斎藤くんは神妙な顔をして「おかえりなさい」と言う。


斎藤くんの顔を見ると、泣いてしまった。


斎藤くんは黙って抱き締めてくれた。


優真は泣いている私に「ママ、どうして泣いてるの?」と不思議顔。


斎藤くんが「ジジ、死んじゃったの」と言うと「ジジ、死んだの?」と、まだピンと来ていない様子。


私が少し落ち着いた。


「長谷川さんが一旦会社に帰って来た時に、葬儀会場は聞いた。明日の通夜には顔を出すから。多分、牧野さんや田中さん、渋谷辺りと一緒に行くと思うから、時間がわかったら知らせて」


「わかった」


「長谷川さんが支社長と話していたよ。一応親族として葬儀に出ると、話したみたいだし」


「一応ね。母親の建前ね」


タンスから喪服を引っ張り出す。


黒のハンドバッグと黒の靴を用意するが、黒のパンストがない。


途中のコンビニで買って行こう。


優真も上下黒っぽい服を用意する。


子供なら、これでいいかな。


「父親を見送ったら、また戻って来るから」


「うん、ゆっくり見送ってあげて」


部屋を出る。


雅樹に電話する。


「もしもし、雅樹?」


「まり?今どこ?」


「一旦帰って来て、喪服と会場で着る服を取りに帰って来た」


「そっか」


「兄ちゃんが明日雅樹は、とりあえず親族席に座れってさ」


「気を使ってくれてありがとう」








No.356

ずっとバタバタしていた葬儀。


でも無事に父親を見送る事が出来た。


繰り上げて初七日法要も終わり、父親が自宅に帰って来た。


小さくなってしまった父親。


雅樹との結婚の時を思い出す。


最期まで、雅樹と離婚をしたのを知らないまま、最期に「長谷川くんと仲良くするんだよ」の言葉を遺して天国に旅立った父親。


楽しみにしていた、優真のランドセル姿も見れなかった父親。


父親の遺影を見て、涙が出る。


母親は脱け殻の様になって、黙って父親の前に座っている。


「お母さん、今日泊まっていく?」


「いや、いい。お父さんと2人にさせて欲しい」


兄夫婦、弟夫婦、私と雅樹と子供達は、その言葉を聞き、母親を残してそれぞれ自宅に帰る。


私は、雅樹の家に車を停めていたため、雅樹の車で雅樹の家に向かう。


「少しあがってく?」


「うん」


優真と一緒に、雅樹の家に上がる。


「まり、うちに親父さんが写っている写真が何枚かあったんだ。持っていきなよ」


そう言って、写真を持って来た。


雅樹と私の結婚式の写真や、実家に行った時に撮った写真、笑顔の父親が写っている。


中でも、結婚式の時に、両親2人だけで撮った写真があった。


着物姿の母親と、正装している父親。


この写真の父親の顔が、好きな笑顔だった。


「ありがとう」


雅樹が微笑む。


するとまた涙が止まらなくなり、雅樹の胸で号泣した。


雅樹も涙目で私を抱き締めてくれた。


雅樹と父親の想い出が辛かった。


もう少し、時間が経てば父親の死も受け入れられる様になるのかな。


斎藤くんは普通に仕事。


帰って来るのは早くても18時半過ぎ。


雅樹が「まり、斎藤が帰って来るまで、うちにいれば?」と言ってきた。


「1人よりも、誰かといた方が気持ちも違うんじゃない?」


優真は靴下を脱ぎ、くつろぎ体制に入っている。


「そうしようかな」


雅樹が麦茶を持って来てくれた。


「ありがとう」


「無事に見送れて良かったな」


「うん。雅樹もありがとう」


「俺も親父さんにはお世話になったから、見送れて良かった。お兄さんと圭介くんに感謝しないとな」


「そうだね」


雅樹と久し振りにゆっくり話をする。




No.357

葬儀場で、圭介に呼ばれた。


「ねーちゃん、長谷川さん、俺に色々話していたよ、ねーちゃんの重要性。ねーちゃんとよりを戻したいんだ!って。聞いていて、ねーちゃんへの本気度が伝わってきた。一回の過ちも本当に心から反省したと見た。兄貴とも言ってたんだけど、ねーちゃんが許せるならよりを戻せば?」


「うーん」


「でもねーちゃん、男いるんでしょ?一緒に住んでるんでしょ?一回俺と兄貴に会わせてよ」


「いいけど…どうして?」


「長谷川さんよりねーちゃんの男にふさわしいかどうか面接する」


「面接って…」


「だって長谷川さん、すごく周りに気を使ってくれて、誰よりもこの葬儀で動いてくれている。長谷川さんにとったら、誰なのか全くわからない親戚の人達にもきちんと対応してくれて、俺や兄貴も本当に助かっている。こんな風に出来る人はいないよ?確かに、浮気はひどい裏切りだけど、ねーちゃんが許せるなら戻った方がいいと思う。だから、それ以上の男なのか会わせてよ」


ハードルが高いな。


「相手に話してみる」


「落ち着いた時にでも」


「うん」


こんなやり取りがあった。


離婚したとはいえ、雅樹のご両親もお義姉さん夫婦も、通夜に参列して下さった。


離婚したから関係ないはずなのに。


雅樹は会社でも周りに気を使える人ではある。


仕事も出来る。


見た目も悪くない。


ただ、下半身に問題がある。


私は雅樹に「圭介に私とよりを戻したいって話をしたの?」と聞くと「した」と即答。


「お兄さんも圭介くんも、俺の浮気は許してくれた。あとはまり次第なんだけどなー。いい事を教えてやるよ」


「なに?」


「営業の松田さん、斎藤を狙ってるって聞いた」


「えっ?松田さん?」


営業イチ可愛い子じゃん。


「勝つ自信ある?」


「ない」


「じゃあ戻って来いよ(笑)」


「斎藤くんは、雅樹みたいに浮気しないもん」


「どうかなぁ?」


「やめて」


「とりあえず、今日はそろそろ仕事が終わる時間だから帰んなよ」


「うん」


優真と2人で雅樹を家を出る。


今日は余ったお寿司が晩御飯。


親戚の方々が「ほれほれ!持っていけ!」と言って、余ったお寿司をたくさんくれた。


お寿司と共に帰宅した。








No.358

斎藤くんが「おかえりなさい」と迎えてくれた。


まだ帰って来たばかりなのかスーツ姿。


「ただいま。今日、お寿司いっぱい持って帰って来たから晩御飯で食べよ」


「ありがとう、着替えてくる」


「私も着替える」


お互いに部屋着に着替える。


大きな使い捨て容器に、たくさん入っていたお寿司。


「頂きます」


優真は玉子と納豆巻きとかっぱ巻きとサーモンとホタテが好き。


そればかり狙って食べている。


「斎藤くんって、お寿司で何が好き?」


「俺は、何でも食べるなー」


「好き嫌いがなくていいね」


「加藤は食べられないのあるの?」


「私はしめさばが苦手」


「そうなの?うまいよ?」


「当たってから苦手になって…」


「あー、そういうのあるよね」


優真が、口の回りを海苔だらけにして「ママ!お腹いっぱい!」と言ってきた。


「たくさん食べたね!」


「うん!美味しかった!ごちそうさまでした!」


「優真!お口を拭いて!」


「はーい」


ウェットティッシュで口を拭く。


「遊んでいい?」


優真が持って行ったリュックから携帯型ゲーム機を取り出した。


「あれ?どうしたの?」


「健ちゃんからもらった!」


「健ちゃん?」


私が「兄の子供。新しいの持ってるからって1つくれたの」と言うと、斎藤くんは「良かったなー!楽しいか?」と優真に言う。


「うん!」


優真は夢中にゲームをしている。


子供はこういうのは覚えるのは早い。


もう使いこなしている。


後片付けをして、一息をつく。


シャワーして、さっぱり。


「加藤、お疲れ様」


「ありがとう」


私は今週いっぱい忌引で会社は休み。


優真は明日から幼稚園、斎藤くんは普通に仕事。


雅樹も明日から仕事に行く。


「明日は、優真を幼稚園に送ったら実家行って来るよ」


「わかった。実家でゆっくりしてきなよ」


「ありがとう。ところで斎藤くんってモテるんだね」


「ん?モテないよ?どうして?」


「営業の松田さん、斎藤くんを狙ってるって聞いたよ?」


「前に一回付き合ってって言われた」


「そうなの?」




No.359

「でも、悪いけどあんまり好みじゃないんだよな。あーいう感じの子。顔は可愛いけどね。俺には加藤がいるし」


「珍しいね」


「何が!?」


「松田さんって人気あるじゃん」


「あるみたいだねー」


「10人なら10人、松田さんを選ぶよね」


「物好きもいるんだよ(笑)」


「私がいなくても断った?」


「どうして?」


「いや、どうかなーと思って」


「それはわかんないけど…断ってたかな」


「私みたいなバツイチ子持ちじゃなくても、こんなにこそこそ付き合わなくても、松田さんなら可愛いし、堂々とデート出来るし、斎藤くんと釣り合うと思うんだけどな」


「俺に松田さんと付き合って欲しいの?」


「そうじゃないけど…」


「ヤキモチを妬いてくれているなら大丈夫だよ!心配ないから。加藤、ゆっくり休みなよ。寝ようか?」


「うん…」


「優真くん!明日からまた幼稚園だから寝るよー!ゲームは終わり!」


「えー?」


優真は不満そう。


「あー、そんな事してるなら、お化け来て連れて行かれるよー」


「やだ!寝る!」


優真が走って布団に入る。


私は、優真がやっていたゲーム機を充電し、電気を消して寝室に向かう。


優真を寝かし付ける。


斎藤くんも寝息をたてている。


いつもの日常に戻る。


翌朝、斎藤くんを送り出し、優真を幼稚園に送り、実家に向かった。


圭介がいた。


母親は「まり、おはよう、優真は?」と言って来た。


「幼稚園に行ったよ?今、送り出してきた」


「あら、そうなの。あと、これ、まりに渡しておくよ」


そう言って、茶色い封筒を私に渡して来た。


父親の字で「優真 ランドセル」と書いてある。


「お父さんがね、ずっと優真にランドセルを買ってあげたいんだって言っててね…優真の入学式を本当に楽しみにしていたんだよ」


中を見ると8万円が入っていた。


「お父さん…」


父親の遺影を見る。


「これで、優真にランドセルを買ってあげるからね。優真もきっと喜ぶよ。お父さん、ありがとう」


涙が止まらなくなっていた。








No.360

父親の四十九日法要も終わり、一段落がついた。


土曜日、優真が雅樹のご実家に泊まりに行く事になった。


雅樹のご両親にしてみたら、優真は唯一の孫。


優真の事が可愛くて仕方がない。


仕事が終わってから、優真を幼稚園に迎えに行き、前日に用意していた着替えを入れた仮面ライダーのリュックをもたせて、雅樹の実家に行く。


インターホンを鳴らすと、ご両親ときなこちゃんがお出迎え。


優真もきなこちゃんが大好き。


「優真くん!待ってたよー!」


ご両親は満面の笑み。


優真には離婚してからも会わせていたため、優真も抵抗なく、きなこちゃんと一緒に雅樹の実家に入って行く。


「まりさんも上がって?」


少しだけお邪魔する。


お義姉さんがいた。


「まりちゃん!久し振り!」


「ご無沙汰しておりました」


ご両親とお義姉さんに、改めて父親の通夜に参列して下さったお礼を伝える。


奥で優真は、きなこちゃんと遊んでいる。


「まりさん、遠慮しないで何か困った事があれば私達に言って?」


「ありがとうございます」


本当にいいご両親とお義姉さん。


「明日の夕方に迎えに来ます。それまで優真をお願い致します」


私はお辞儀をし、優真とお別れした。


私からは雅樹にご実家に優真を連れてきている事は伝えていない。


あとはご両親の判断。


私は、斎藤くんが待つ部屋に戻る。


実は今日、斎藤くんと2人で車で1時間程の地元の温泉旅館に一泊する。


「ただいま、優真を預けて来た」


笑顔の斎藤くん。


「優真くん、泣いていなかった?」


「大丈夫!笑顔でバイバイしていたよ」


「なら良かった。じゃあ遅くならないうちに行こうか!」


「うん」


斎藤くんと、初めての一泊。


初めての2人だけの夜。


いつも優真が一緒だったけど、今日だけは2人。


斎藤くんも楽しそう。


旅館に着いてから、部屋に荷物を置いて早速夕食会場へ。


見た目にも華やかな美味しい夕飯。


斎藤くんがカメラで色々撮りまくる。


一緒に売店を見る。


「これ可愛いね」


「ペアで買っちゃおうか?」


お揃いでキーホルダーを買う。


優真へのお土産も2人で選ぶ。


新婚みたいにずっと手を繋ぐ。






No.361

売店からロビーに向かう。


すると、斎藤くんが「加藤、ちょっとこっち来て」と手を引っ張られた。


私は斎藤くんを見ると、ちょっと離れたところにいる1組のカップルを目で追っている。


私も斎藤くんが見ているカップルを見る。


ちょっと強面の男性と腕を組み、男性に笑顔を見せている、背は高めの少しふくよかな茶髪の女性。


「知り合い?」


斎藤くんに聞く。


「元嫁…やっぱりあいつと付き合ってたんだ」


「えっ?元嫁?」


まさかの元嫁。


男も知り合いの様子。


私とはタイプが全然違う。


どちらかというと派手な感じの女性。


気が強いと話していたけど、そんな感じはする。


斎藤くんは、黙って元嫁カップルを見ている。


そして私と繋いでいる手をギュッと握る。


「…加藤、部屋に戻ろうか」


「…うん」


私と斎藤くんは、エレベーターに乗り部屋に戻る。


部屋には布団が2組、並べて敷かれていた。


その隣によけてあったテーブルの座椅子に座る。


「お茶入れようか?」


「ありがとう」


テーブルに置いてあった蓋付きの丸い円柱型の入れ物から、お茶のティーバッグを取り出し、ポットのお湯を入れて、斎藤くんに渡す。


「どうぞ」


「ありがとう」


お茶を飲みながら、ちょっと無言の時間。


私からは何も聞かないし話さない。


私は、普段着から浴衣に着替えた。


斎藤くんが浴衣に着替えた私を見て「風呂入るか!ここデカい露天風呂があるみたいなんだ」と言って来た。


「今日も仕事だったし、ゆっくり入って来ようかな?」


「そうだね。今日は優真くんもいないし、たまにはゆっくり1人で入って来なよ」


2階に大浴場がある。


エレベーターを降りると、左側についたてがあり、有料でマッサージを受けられるスペースが男女別である。


そして、右側にはお風呂から上がった人々が各々くつろぐスペースがあり、その向こうに大浴場があった。


斎藤くんと、くつろぎスペースで待ち合わせをしてそれぞれ大浴場に向かう。


のれんをくぐり、引き戸を開けると広い脱衣場。


洗面台にドライヤーや綿棒、ティッシュ、消毒済みという帯に巻かれたブラシもあった。


浴衣を脱ぎ、お風呂道具を持って大浴場に。


No.362

小さなお子さんから、ご年配の方まで、皆さん温泉を楽しんでいる。


優真くらいの男の子も何人かいた。


今度は、優真も一緒に連れて来ようかな?


優真がいないのは、ちょっと寂しい。


露天風呂に入る。


星空がキレイ。


とても気持ちがいい。


癒される。


「はぁー、気持ちがいいな」


少しぬるめのお湯。


私の体が傷だらけだからか、チラっと見ている人もいたが気にしない。


背中には、ダンプの事故で負った無数の傷跡がある。


パッと見は、知らない人は「ん?」と思うかもね。


別にいいの。


仕方がないもん。


化粧も取り、頭も洗い、キレイさっぱり。


お風呂からあがると、もう斎藤くんが上がって、生ビールを一杯飲んでいた。


「加藤!加藤も飲むか?めちゃくちゃうまいぞ!」


「私も一杯だけ飲もうかな?」


私も一杯飲む。


斎藤くんと乾杯。


回りは少し賑やか。


飲み終わり、お酒が弱い私は少しほろ酔い。


部屋に帰って来たら、布団が恋しくなり、浴衣姿のまま布団に横になった。


「あー!何かいいね。気持ちいい!お風呂も最高だったし、今度は優真も連れてみんなで来たいね!」


斎藤くんも気付けば、隣の布団に横になっていた。


「そうだねー!今度は優真くんも連れて家族旅行だね」


家族旅行。


そういえば優真、家族旅行って1度も連れて行ってあげた事がないかも。


遊園地とか動物園とかはあるけど、どっか旅館やホテルに泊まった事はない。


「なぁ、加藤」


斎藤くんが横になりながら私に話しかける。


「なーに?」


「俺、優真くんのパパになれるかな」


「えっ?」


「長谷川さんは本当のパパなんだけど、俺も優真くんのパパになりたい」


「なれるよ」


「加藤、俺、加藤とこうして付き合って、長谷川さんの事でも色々あったけど、やっぱり加藤への気持ちは変わらないんだ。俺はやっぱり加藤が好き。吹奏楽部にいた時からずっと好き」


「斎藤くんはドラムうまかったもんね」


「加藤、パーカッションなのにドラム叩けないって面白いよな(笑)」


「学祭のコピーバンドでドラムやってた時は、女子にキャーキャー言われてたね」


「加藤もギターうまかったじゃん」


ちょっと楽しい昔話。





No.363

「もう高校卒業してから10年以上経つけど…お互い違う相手と結婚して離婚して、今こうして一緒にいるんだよ?絶対運命だって!」


「そうなのかな」


「だって俺、ずっと加藤の事が好きだったんだもん」


「違う人と結婚したじゃん」


「うまくいかなくて別れたじゃん。いいんだよ、あいつはあいつであの元彼とうまくやってんじゃん」


あの強面の人、元彼なんだ。


「高校時代の彼氏だったはず。もう別に関係ないからいいんだけど」


「でも、さっきちょっと寂しそうな顔をしてた」


「気のせいだよ。だって加藤と初めての一泊だよ?優真くんには申し訳ないけど、今日はママは俺だけのものだ」


キスしてきた。


斎藤くんに抱かれる。


こんなに傷だらけの体にも嫌な顔を1つしないで、私を愛してくれる。


いつも優真が隣にいて、起きない様にしていたが、今日は優真はいない。


ずっと愛しまくった。


翌朝。


ちょっと早く目が覚めた。


斎藤くんも起きた。


寝起きに斎藤くんが後ろから抱き締めて、後ろから挿れてきた。


「おはよう、加藤」


「いきなり…?どうしたの…」


「朝から挿れたくなった。だって加藤だって濡れてるじゃん」


朝早くからまた斎藤くんと始まる。


終わってから「俺、幸せ過ぎて死んじゃうわ」と私をまた抱き締めた。


「死んじゃったら嫌だ」


「まだ死なない!ずっとこうしていたいけど…せっかくだし朝風呂行かない?」


「うん」


昨日着ていた浴衣はシワになってしまったため、また新たに浴衣をクローゼットから出す。


朝は男女が入れ替わっていた。


うーん!温泉最高!


お風呂から上がり、待っている斎藤くんに声をかける。


途中にある自販機でお茶とコーヒーを買い、部屋に戻る。


私服に着替えて朝食会場へ。


バイキングだ。


好きなものを取り、朝からたくさん食べる。


私は焼きたての文字に負けてパン。


斎藤くんはパンとご飯、両方持って来ていた。


色々話ながら楽しい朝食。


部屋に帰り、帰る準備。


荷物をまとめて、忘れ物がないか確認。


「また一泊したいね」


「そうだね」


部屋を出る前にキス。


部屋を出て、フロントで精算していると「あれ?智也?と元嫁が声をかけてきた。


No.364

「どうも」


斎藤くんが挨拶。


元嫁が私を見る。


軽く会釈する。


多分、170センチくらいありそう。


軽く見上げる。


「やだー!同じところに泊まってたの!?嘘でしょ?新しい彼女?」


「だったら何?」


「何か冷たいねー、久し振りなんだし、何か優しくしてくれても良くない?」


「…子供達はどうした?」


「2人でちゃんと留守番してるよ?」


「子供達だけで留守番してるのか?」


「もう小学生だよ?2人で留守番くらい出来るじゃん」


「心配じゃないのか?」


「うるさいなー!ねぇ、新しい彼女さん?」


私に話を振る。


「こいつ、本当に口うるさいし、すっごく面倒くさいやつだよ?今だってグチグチグチグチさー。あっ、でもあなた真面目そうだもんね」


「はぁ…」


「部屋が散らかっているから片付けろ、だの、ちょっと子供達と寝てたらグチグチうるさいしさー、子供いるんだもん、仕方ないじゃん!」


「子供達を理由に、何にもしてなかっただけだろ?彼女も子供いて働いているけど、お前みたいなだらしない事はしてないぞ」


「えっ?子供いるの?」


「彼女のな」


「あんたもバツイチなの?」


「はい」


私が答える。


「私のお古で良かったらどうぞー(笑)顔は好きだったけど、顔だけだったなー。私、あの人と再婚するんだー!」


そう言って強面の人を見る。


「子供達は?」


「あー見えて、可愛がってくれているから心配なく。子供達はあんたの事なんて覚えてないわよ。あんたよりあの人に会っている時間長かったし」


黙る斎藤くん。


「おー怖い怖い、怒られる前に行くわー!」


小走りで強面の人のところに行き、旅館から出ていく。


斎藤くんを見る。


唇をギュッと噛んでいるが、すぐに「加藤、俺たちも行こうか?悪いな、見苦しい女で」と言う。


「斎藤くん…」


斎藤くんが「俺には優真くんがいるよ。俺の子供は優真くんだけだよ」と言ってニコっと笑う。


切なくなる。


胸が何かに握り潰されたみたいに苦しくなる。


あんなに「俺に似て可愛いんだ」って言ってたのに。


「いつになるかわからないけど、娘達に会う事があっても恥ずかしくない親父になっていたらいいな」って言っていたのに。








No.365

少し遠回りをして、キレイな景色が見える駐車場に車を停めた。


回りは誰もいない。


斎藤くんが、車から降りて大声で「あぁー!」と叫ぶ。


私は黙って斎藤くんを見ている。


泣いていた。


「子供達はあんたの事なんて覚えてないわよ」


その言葉が、斎藤くんをこうさせてしまっているのはすごくわかる。


会っていない、とは言っていたけど、またいつか会えるかもしれないと思って頑張っていた斎藤くん。


何て言葉をかけたらいいのかわからなかった。


「…加藤、ごめん。せっかくのデートなのに」


「大丈夫」


これが精一杯の言葉だった。


深呼吸をする斎藤くん。


「加藤、空気が美味しいぞ。気分が変わる」


私も深呼吸。


「本当だね」


「ここで嫌な事はリセット」


「うん」


「せっかくだし、何かうまいもんでも食って帰るか?優真くん、待っているし早目に帰ろう」


「そうだね」


私達は、また車に乗り、通り沿いにあったコンビニで飲み物を買いドライブをする。


途中出ていく見つけた山菜料理屋さんに入る。


この辺で採れた山菜を天ぷら等にして出しているお店。


有名なお店なのか、車が何台も停まっていた。


「せっかくだから入ってみようか?」


「そうだね」


店内に入る。


結構混みあっている。


山菜天ぷらそばセットを注文。


お蕎麦も美味しく、お土産用として販売されていたお蕎麦とつゆセットも購入。


優真にも食べさせてあげたい。


夕方、無事に帰宅した。


私は優真を迎えに行く。


斎藤くんは「片付けているよ」と言って留守番。


雅樹の実家に電話。


お義母さんが電話に出た。


「お義母さん、優真をみて頂きありがとうございます。これから迎えに行きますので…」


「あら、まりさん、まだ優真がいれると思って、今お父さんとお姉ちゃんときなこの散歩に行っているのよ。今出掛けたばかりだから、うちで待ってる?」


「わかりました、これから伺います」


私は雅樹の実家に車を走らせる。


まだ散歩からは帰って来ていない様子。


「まりさん!どうぞ上がって!」


「ありがとうございます。お邪魔します」


待たせてもらう事にした。




No.366

優真の荷物は片付けられていて、全てリュックに入っていた。


「まりさん?優真の机は私達が買ってあげてもいいかしら?」


お義母さんが話して来た。


「優真くんが「ランドセルは死んだジジが買ってくれる」って言っていたから…雅樹からも亡くなられたお父様がランドセルを買うのを楽しみにしていた、と聞いたから、お父さんとじゃあ私達は机だね、と話していたの」


「いえ、そんな…」


「だって私達にとっては、唯一の可愛い孫なのよ。私達にも入学祝いさせて欲しいわ」


「ありがとうございます」


話していると、玄関が賑やかになって、優真が「ママ!」と言って走って来た。


お義父さんが居間に入って来た。


「お邪魔してます」


私はソファーから立ち上がりご挨拶。


お義姉さんは、きなこちゃんを連れてお風呂場に直行。


きなこちゃんの足を洗っている。


「ママ!帰るの?」


「そうだよ!帰るよ!」


「パパ来たんだよ?」


「そうなの?」


「きなこと散歩行く前に帰っちゃった」


「パパ、明日からまたお仕事だからね、仕方ないよ」


「うん、そうだね」


「はい、リュック背負って!」


ご両親にお礼を言う。


玄関に行くと、きなこちゃんを抱っこしたお義姉さんが、ジーンズの裾を膝までまくった姿で出てきた。


「あれ?もう帰るの?」


「はい…明日からまた仕事も幼稚園もあるので…」


「そっか。またおいで!優真くん、またきなこと遊んでね!」


「うん!」


きなこちゃんも吠えた。


お礼を言い、斎藤くんが待つ自宅に帰る。


「ただいまー」


「おかえり!優真くん、楽しかった?」


「うん!きなこといっぱい遊んだ!」


「きなこ…?」


私が「飼っているワンちゃん」と答えると「
そうか、ワンちゃんといっぱい遊んだのか!」と笑顔。


「今日はお兄ちゃんと一緒にお風呂に入るか!」


「うん!」


早速、優真と斎藤くんは着替えを持ってお風呂場に行った。


ふとゴミ箱を見ると、斎藤くんの子供達の写真が何枚か捨ててあった。


私は拾って、斎藤くんが開ける事はない私のタンスの中にしまった。


子を思う、親の気持ちは一緒だよ。


会えなくても、斎藤くんの子には変わらない。


私が代わりに大事に写真を持っておくね。

No.367

この頃から、母親のおかしな言動が始まる。


夜中に私の携帯が鳴る。


時刻は夜中の2時半過ぎ。


何事かと飛び起きて、電話に出る。


斎藤くんも起きる。


「お母さん!?こんな時間にどうしたの!?」


すると小声で「今、うちに誰か入って来てるんだよ…」と話す母親。


「えっ!?警察呼べばいいじゃん」


「警察呼んだら逃げちゃうだろう?絶対あのおやじなんだよ…家が欲しいからって嫌がらせばかりしてくるんだよ…」


そう、母親が言う「あのおやじ」とは、実家近くに住んでいる地主さん。


「お母さん、鍵はしてあるの?」


「玄関に、ドアが開くとブザーがなる装置みたいなやつはついている。ビニールテープで部屋に人が入らない様にくくりつけているよ。玄関の電気も、この間圭介に人感センサーがついているやつに変えてもらったのに、それを反応させないで入って来るんだよ…どうやって入って来るんだろうか?」


「本当に誰かいるの?」


「お前はお母さんが嘘をついているとでも言いたいのか?」


「そうじゃない…何か盗られたの?」


「お父さんの写真がないんだよ」


「お母さんが見ていて、どっかに置き忘れたとか?」


「お父さんの大事な写真を置き忘れる訳がないでしょう!」


母親は、物を置き忘れる。


でも、普通なら探すが、この行程が中抜けして「ない=盗られた」になる。


多分、父親の写真もどっかにポンと置いたやつを忘れてしまい、ない=盗られたになっている様子。


明日も仕事。


毎回毎回、こんな感じで夜中に起こされる。


ある日。


会社に電話が来た。


斎藤くんが電話を取る。


斎藤くんが「加藤…警察から、2番」と私に言う。


斎藤くんも、いつも母親の電話で起こされているため、ちょっと寝不足が続いている中での警察からの電話。


斎藤くんには母親の事は話している。


雅樹は、母親の事は良く知っているので、警察からの電話でピンと来た様子。


「はぁ…」


私はため息をついて、警察からの電話に出る。


「加藤千恵子さんの娘さんで間違いないですか?」


「はい」


「私、生活安全課の田沼と申します。ちょっとお母様の事でお話がありますので、署に来て頂く事は出来ますか?」


「…これから伺います」

No.368

田中さんが「警察!?誰か何かあったの?」とびっくりしている。


「ちょっと母親が…警察にいるみたいで。事情は後日説明します。警察に行って来ます」


斎藤くんと雅樹を見ると、小さく頷く。


警察署に着いた。


何も悪い事はしていないけど、ちょっと緊張する。


警察署に入ると、通りがかった制服姿の若い警察官に「どうされました?」と声をかけてきた。


私は事情を説明すると、待っている様に言われて、すぐに電話をくれた田沼さんが来た。


「わざわざごめんなさいね、ちょっとよろしいですかね?」


署内の小部屋みたいなところに連れていかれた。


「早速なんですけどね、お母様がおっしゃっている事は事実なんですかね…夜中に誰かが入って来て、写真を持っていったり、変な液体をつけられたりするからと、被害届を出すと警察署に来ましてね」


「すみません」


「ご自宅にも伺ったんですよ。ですが、玄関ドアにはセンサーもあるみたいですし、あの音を鳴らさずにご自宅に入るには、物理的に不可能なんですよ…窓も壊された形跡もありませんでしたし」


「はい…」


「大変、申し上げにくいんですけど、お母様…そういった機関を受診されるといいかもしれません。被害届は受けずに、お母様にはパトロールを強化しますと伝えてあります。本日はこのままお母様とお帰り下さい」


「ご迷惑をおかけしました」


私は田沼さんに一礼。


母親が待つ部屋に案内された。


「お母さん、帰るよ」


「あんた、仕事は?」


「抜け出して来たんだよ、帰るよ」


素直に従う母親。


車に乗り込む。


私の運転にケチをつけ、やる事言う事に文句ばかり。


「今、行けたのに」


「そうやって頬を触ってたら、頬の筋肉垂れ下がって不細工になるからやめなさい」


「ほら!タイミング悪いから、赤になっちゃったじゃないの」


ずっと後部座席でグチグチ言う。


悪口が始まった。


「こうしてお母さんがいない間に、あのおやじはうちに入りたい放題」


「そのうちに証拠を絶対掴んでやる」


「うちの権利書が危ない!まり!早くして!」


はぁ…。


ため息をつく私。


これからずっと、こんなのが続くと思うと、おかしくなりそうになる。







No.369

母親を実家まで送り届ける。


「これから、会社に戻るから」


「まり、やっぱりいない間にあのおやじ入って来たんだよ!見なさい!お父さんの写真がこんなところに落ちてた!わざとらしい…」


テーブルの下に父親の写真があった。


「…お母さんが落としたんじゃないの?」


「どうして、大事なお父さんの写真を床に置かないといけないの?あんたも、あのおやじとグルか!出ていけ!」


塩をまかれて追い出された。


疲れた…。


毎回夜中に起こされて、ちょっと一言言ったらこれか。


会社に戻る。


「すみませんでした」


私は抜け出した事を皆に謝る。


田中さんが「加藤さん、大丈夫?何かすごく疲れているみたいだけど…」と言って来た。


「大丈夫です。すみません」


そう言うものの、連日の寝不足と今回の事で疲労困憊の私。


目の前が一瞬、真っ暗になる。


「加藤さん!?」


「…大丈夫です」


ダメかも。


夜中の電話を断ったら「お前はお母さんの事が心配じゃないのか!」と怒鳴られ、出ないと、夜中に雅樹のうちに行ったり、私が出るまでひたすら携帯を鳴らす。


雅樹から夜中に「お母さん、今うちに来てる。圭介くんにお願いするから」とメールが来る。


雅樹にも迷惑をかけている。


目の下にひどいクマが出来ていた。


優真にもつい当たってしまう事もあり、寝た優真に謝る事もあった。


斎藤くんも色々と協力はしてくれるけど、寝不足はきつそう。


「申し訳ないけど、加藤のお母さん、なかなかエグいね」


そう斎藤くんに言わせてしまい、こちらが申し訳なくなる。


雅樹にも「お母さん、相変わらずみたいで」と言わせてしまう。


寝不足で頭は回転しない。


疲れてもいる。


優真にも当たってしまい申し訳ない。


どうしたらいいんだろ。


気付いたら、私は手首を切っていた。


不思議と痛くない。


左手首から流れ落ちる血を黙って見ていた。


斎藤くんが異変に気付き起きてきた。


「加藤!?何してんの!?」


慌てる斎藤くん。


私は、その場に倒れ込む。


気がついたら、左手首に包帯が巻かれて、病院のベッドにいた。
















No.370

斎藤くんと優真がいた。


「ママ!ママー!」


パジャマ姿の優真が泣きじゃくりをしながら泣いている。


斎藤くんが「加藤!?大丈夫か?」と心配そうに優真と手を繋ぎながら私を見ている。


あぁ。


手首を切っちゃった。


現実逃避しちゃった。


斎藤くんも優真もいるのに、自分の事しか考えられなかった。


「ごめんね」


幸い、怪我の程度は生死をさ迷うものではなく、5針縫ったけどそのまま帰宅。


また体に傷が増えちゃった。


タクシーでうちに帰る。


私は倒れたため、斎藤くんが救急車を呼んだらしい。


優真は私から離れない。


私は、優真の頭を撫でる。


斎藤くんは「大丈夫か?」を繰り返す。


心配かけてごめんなさい。


家に着く。


もう朝を迎えていた。


斎藤くんが「今日は、加藤も優真くんも休め」と言う。


斎藤くんは、ほとんど寝ていないはず。


「俺まで休む訳にいかないでしょ。でも、半休取って昼には帰るよ」


「本当にごめんなさい」


「幼稚園にだけは連絡しておいて。加藤の事は田中さんに伝えておく」


「ありがとう…」


「ゆっくり休んでなよ。俺はもう少ししたら仕事行く準備するから」


斎藤くんはそのまま、ほとんど寝ないで仕事に行く。


優真は私の隣でぐっすり寝ている。


「優真、ごめんね」


寝ている優真の頭を撫でる。


涙が出てきた。


私は、何をしてしまったんだろう。


優真に可哀想な思いをさせてしまった。


ママが死んでしまうんじゃないか?と心配で心配で仕方なかったよね。


ママ、優真のためにも頑張らないと。


幼稚園に電話をして、休む事を伝える。


優真の隣でうとうとしていたら、枕元で携帯のマナーモードがブーブーいっている。


見ると母親から。


「もういい加減にして!」


私は携帯をサイレントに切り替えた。


それからうとうとするが熟睡が出来ない。


携帯を見ると、母親からの着信が8件来ていた。


そして、会社から着信。


電話をすると、田中さんが出た。


「加藤です。今日は…」


話している途中で「斎藤くんから事情は聞いた。会社にお母さんから電話が来ていて、今長谷川さんが電話対応中。今日は昼で斎藤くんも帰るから、ゆっくり休んで」と小声で話す。


No.371

精神的に追い込まれていた。


人の事は考えられない母親。


これだけ周りに迷惑をかけていても、自分の欲求を通す。


通らないと罵詈雑言。


父親が亡くなって、1人になって、年金で生活しているから時間は関係ない。


1人で寂しいのはわかる。


心細いのもわかる。


でも、傍若無人で人を近付けない様にしているのは母親。


だから、兄夫婦は母親が簡単に行けない地域まで引っ越した。


弟も結婚してから余り実家に近付かなくなった。


だからなのか、娘である私に異常な執着をみせる。


私がおとなしいから?


黙って、母親の人の悪口や罵詈雑言を聞いているから?


母親の話は、人の悪口か文句しか話さないから全くつまんない。


私が話しても全て否定から入る。


「お前には10年早いからお前にはわからない」


10年経てば「お前も母親になればわかるだろうが、今はわからない」


母親になった。


「お前は子供は1人しか生んでないから、お母さんの苦労はわからない」


こんなんじゃ、一生わかる事はないだろうな。


「あんたに相談がある」


そう言われて話を聞く。


でも、自分が思っている通りの答えが出ないと「やっぱりお前にはわからない」


自分の意見を言うと「一人前な口をきくな」


黙って母親の話を聞くと「やっぱりお前は話がわかる」


相談ではなく、母親の中では決定事項。


ただ、うんうんと聞いてほしいだけ。


そして、やっぱり自分は間違えていないと思いたいだけ。


どんな思い込みでも、妄想であり得ない事を言っていても、自分は全て正しい母親。


雅樹と付き合っていた時も、緊急の時以外では会社に電話をしないで、と言っても会社に電話をかけてきて「帰りに牛乳を買って来て」といった電話をかけてきていた。


母親にとっては、牛乳がないのが緊急だったのかもしれないけど、そういう意味じゃない。


優真が生まれてからずっと伸ばしていて、記念に切った髪の毛は小さな筆にして残しておきたいと考えていたのに、ちょっと私が買い物に行っている間に「伸びていたから」との理由で勝手に切られていて、ゴミ箱に捨てられていた。


文句を言うと「子供の髪の毛を切らないお前達が悪い!」と切れた。


そんな母親、もう嫌だよ。




No.372

斎藤くんが帰って来た。


優真は起きて、ゲームをしていた。


「少しは寝れた?」


「うーん…」


「今日、長谷川さんが、加藤のお母さんと話していたけど、あの長谷川さんでも大変そうだったよ。落ち着いたみたいだけど…」


「本当にごめんなさい」


「加藤は何にも悪くないよ?コンビニだけど、昼飯買って来た。食欲あるか?」


「ありがとう…でも、ごめん、余り食欲ないんだ」


「大丈夫!グラタンだから、お腹空いたら食べて!優真くん!お兄ちゃんとご飯食べようか?優真くんにもグラタン買って来たよ!グラタン好きだよな!?」」


「食べるー!」


優真は笑顔で斎藤くんのところに行く。


「加藤は少し寝なよ」


「でも斎藤くんも寝てないでしょ?」


「俺は大丈夫だから!おやすみなさい」


「よし、優真くん!ママは少し寝るから、静かにしような」


「はーい」


居間では2人でお昼ご飯を食べている。


私はいつの間にか眠っていた。


居間に行くと、斎藤くんもスーツから普段着に着替えて居間でクッションを枕にして寝ていた。


優真は、斎藤くんの隣で静かにゲームをしていた。


優真に「こっちにおいで!」と言って、寝室に呼ぶ。


ゲームを持って、おとなしく私の側に来た。


斎藤くんにタオルケットをかけてあげる。


ぐっすり眠っている斎藤くん。


本当にごめんなさい。


しばらくして「あれ?俺、寝ちゃってたの?ごめんごめん」と言って、斎藤くんが起きた。


「布団でゆっくり寝た方がいいよ」


「大丈夫!少し寝たし!加藤が心配だし」


「ごめんなさい」


「謝らないで!俺は、側にいてやる事しか出来ないから」


その日から、夜中に母親に起こされる事はしばらくなくなる。


雅樹にもお礼を言う。


「前に言ったでしょ?俺、トラブル対応慣れてるって」


笑顔で言ってくれた。


酷い母親に、最初は気持ちが対応出来なかった雅樹も、今回は電話という事もあり、うまく対応してくれた。


ありがとう、雅樹。



No.373

手首の傷は、余り目立たなくはなっていたけど、最初の頃は優真の服を見に行った時に見付けた、可愛いリストバンドをつけていた。


いつもの日常に戻っていた。


ある日、ふとお風呂上がりに鏡を見ると、白髪が増えた事に気付く。


「年とったなー」


もう30代後半に入る。


白髪も増えるよね。


雅樹も40代半ば。


おじさんにはなったけど、体型もちょっとくせっ毛も余り変わらない。


優真が小学生になった。


父親が買ってくれたランドセル。


雅樹のご両親が買ってくれたピカピカの机。


入学式では、校門の前で可愛いスーツ姿でランドセルを背負って、はにかみながらピースで写真を撮る。


「親父さんに見せたかったな」


一緒に来ていた雅樹がボソッと私に言う。


「きっと天国から見ていてくれてるよ」


「そうだな」


体育館で入学式が始まる。


雅樹がビデオカメラを向ける。


6年生に手を繋がれ、大きなお兄さんと一緒に緊張した表情で入場してくる優真。


入場の途中で私達を見つけて、恥ずかしそうに手を振った優真。


幼稚園で一緒だったお友達も何人か同じクラスになり、楽しそうに話している。


入学式が終わり、一旦雅樹の実家に顔を出す。


お義母さんは優真のスーツ姿に「まりさんのお父さんに見せてあげたかったわね」と涙を浮かべている。


お義父さんは「今日から小学生か、いっぱい勉強して、いっぱいお友達作るんだぞ!」と笑顔で優真に優しく話す。


「うん!」


優真も笑顔で答える。


そして、一旦雅樹の家に行く。


雅樹が撮った入学式の様子を、パソコンにおとしてからDVDにしてくれた。


「帰ったら、お兄ちゃんにも見せるんだ!」


「そうか」


雅樹は笑顔。


雅樹は女はいないけど、優真のためにこの家を残すとずっとここに住んでいる。


「一人だと広すぎるんだけど、優真がいずれ大きくなった時に、優真の居場所として思ってもらえれば」


そう言って、頑張ってこの家を維持している。


「まりも、斎藤と喧嘩したら、いつでも来ていいんだぞ?」


しばらく雅樹の家に泊まっていない。


優真に会わす時は、最初に優真が雅樹の実家に泊めてから、ずっとそうしている。


だから雅樹が実家に行って、優真と会っている。





No.374

そういえば、斎藤くんのご家族の話しって聞いた事がない。


「ねぇ、斎藤くん」


「なに?」


「お付き合いさせてもらっているし、斎藤くんのご家族に一応、ご挨拶をさせて頂こうかな?と思って…」


「いや、いいよ」


「どうして?」


「俺、両親いないから」


「えっ?」


「俺、施設育ちなんだ。だから両親の事、写真と名前しか知らないの」


「…ごめん」


「加藤に言ってなかったし、別にいいよ。高校に入ってからの3年間は、おばさん家で居候させてもらったけど、いい人だったから、今でもたまに連絡はする」


「ごめん…」


「おばさんの話だと、俺の両親って俺が2歳くらいの時に自殺したらしいんだけど、よく知らないや」


知らなかった。


高校の時の斎藤くんは、本当に明るくて人気者で、そんな感じは全く感じなかった。


まさか、ご両親がそんな形で他界されてるとは思わなかった。


「おばさんは母親の妹になるのかな?俺、兄貴がいるけど、施設出てから何してるか全然知らないし、連絡も取ってない。だから俺、本当に1人みたいなものだから、挨拶とか全く気にしなくていいよ」


「ごめん…」


「全然大丈夫。ずっとそれが当たり前でここまで来てるし、俺自身余り気にしてないから」


斎藤くんがタバコに火をつけた。


喫煙所は換気扇の下。


「俺さ、前はなんのために生まれて来たのかなーってよく思ってたよ。でも、今は加藤と優真くんと出逢うために生まれて来たんだって思ってる。だから、加藤と優真くんとのこの生活を壊したくないんだ」


「斎藤くん…」


「何があっても加藤と優真くんを守りたいし、ずっと側にいたいし、いてあげたい。加藤も優真くんもずっと側にいてほしい。それが俺が生まれて来た役割かなー?なんてね。だから何でも頼ってほしい。お母さんの事も、一人で抱え込まないで!」


「ありがとう…」


「なぁ、加藤。籍を入れるのはいつでもいいから、ずっと側にいてよ」


「ずっといる」


「俺、加藤といたら今まで感じた事のない安らぎがあるんだ。こんなに家に帰るのが楽しみな時間って、今までなかったから幸せなんだよ」


「ありがとう」


「これからも仲良くやっていこうな」


「そうだね」


抱き締められた。


ずっと側にいさせて下さい。




No.375

2週間に1回の土曜日、優真は雅樹の実家にお泊まりに行く。


雅樹が、実家に行く事もあるし、雅樹の家で優真と2人で一緒に寝る事もある。


優真が泊まりに行く時は、笑顔で優真を送り出してくれる。


この日は、私は斎藤くんとデートをする。


優真がいたら行けない、斎藤くんのご友人がやっている飲み屋さんに行く。


「おー!智也!久し振りだな!」


カウンターから、俳優さんに似た爽やかなイケメンが斎藤くんに声をかける。


カウンターだけの小さな店だけど、落ち着いた雰囲気のお店。


「なかなか来れなかったけど、今日は彼女を連れて来たんだ。加藤さん」


一緒にいた私を友人に紹介。


「はじめまして!俺は智也とは小さい頃からの友人の飯田って言います。よろしく!」


そう言って、お店の名刺をくれた。


同じ施設にいたみたいで、年も一緒で仲が良かったらしく、唯一今でも施設時代からの付き合いがある友人だと話していた。


カウンターを挟んで、2人で楽しそうに話をしている。


「加藤さんだっけ?ごめんね、智也、俺とばかり話しちゃって。お詫びで好きなの一杯ごちそうするよ。何がいい?」


「いえいえ、お気になさらず。私は2人の会話を聞いているだけでも楽しいですから!」


「はじめましてのご挨拶!同じやつでいい?」


斎藤くんも「こいつの気が変わらないうちに飲んでおきなよ」と話す。


「あっ…じゃあ、同じので」


友人は「はいよ!」と言って、同じカクテルを作ってくれた。


「ありがとうございます。ごちそうさまです」


友人は私を見て「こいつから話を聞いてるよ。同じ高校の同級生なんだって?」と聞かれて「はい」と答える。


「こいつ、ずっと加藤さんの話をしていたんだよなー。覚えてるか?卒業式の日に「告白しとけば良かったー!」って言って俺ん家に来た事(笑)」


斎藤くんに話を振る。


「覚えてるよ(笑)でも、今こうして俺の彼女なんだよ。人生って何があるかわからないよな」


「いいよなー。俺は工業高校だったから、女子余りいなかったもんなー。むさ苦しい高校生活だったよ…野球部だったから坊主だったし(笑)」


思い出話で盛り上がっている。






No.376

「加藤さん、こいつの事、お願いしますね!本当にいい奴なんですよ!」


「こちらこそ」


楽しい時間を過ごさせてもらう。


お店を出る。


久し振りにお酒を飲んだ。


斎藤くんも、余り飲まない。


手を繋ぐ。


30代半ば過ぎた2人が手を繋いでデートとか、ちょっと恥ずかしいけど、お酒が入っているから気にしない。


少し街中を歩く。


泥酔してフラフラしている人、盛り上がっている団体、キャッチの人、色んな人がいる。


「こうして、加藤と飲みに来る事なかったもんなー。でも、あいつには加藤を紹介したかった」


「楽しい人だったね」


「唯一、気が合うやつでね。あいつがいてくれたから施設でも楽しかったんだ。喧嘩もしたけど、今となればいい思い出だよ」


斎藤くんは笑顔で話す。


そして、そのまま街外れにあるラブホテル街に行く。


カップルがすれ違う。


みんなイチャイチャしている。


ホテルの前で、我慢しきれなくてチュッチュしているカップルもいる。


「たまには…ね?場所を変えて加藤を抱きたい」


「…うん」


斎藤くんとラブホテルに来るのは初めてかもしれない。


小綺麗なホテルに入る。


土曜日という事もあり、部屋も高い部屋が2つしか空いていなかったけど、思い切って空いている部屋のパネルのボタンを押す。


自販機の様に、パネルの下から鍵が出てきた。


部屋は5階。


エレベーターで5階に行く。


一番奥の部屋の明かりがついている。


部屋に入る。


結構広くてキレイな部屋。


すると斎藤くんが抱き締めて来た。


無言のまま、抱き締めてくれる。


しばらくそのままでいる。


「加藤…愛してる」


胸がキュンとする。


キスをされた。


そして、一旦ソファーに座る。


「今日は楽しかった」


「私も」


そう言いながら、斎藤くんはタバコに火をつける。


斎藤くんがタバコをふぅーと吐き出す。


「タバコ、やめようかな」


「そんな簡単にやめれるものなの?」


「やめられない。でも加藤は吸わないじゃん?」


「私は気にしないから大丈夫だよ?」


「だって、キスをしたらタバコ臭いじゃん」


「大丈夫」


2人で笑う。


静かだけど、2人だけのゆっくりとした時間。



No.377

斎藤くんがタバコを消して立ち上がり、部屋の冷蔵庫を開ける。


「何か飲む?俺はコーラ飲むかな?」


「私は、水でいいよ」


フリードリンクで入っていたペットボトルの水を取り出す。


「水でいいの?お茶もあるよ?」


「水で大丈夫」


「何か加藤のそういうところ好き」


「ありがとう」


斎藤くんは、コーラを引き抜き持って来た。


一口飲んでから、お風呂を見に行く。


広い。


「ねぇ、聞いていい?」


斎藤くんが言う。


「なに?」


「長谷川さんと一緒にお風呂って入った事ある?」


「えっ?どうして?」


「いや、どうなのかなーと思って」


「斎藤くんは、元奥さんと入った事はあるの?」


「ないよ?」


「本当に?」


「うん、ない。加藤は?」


「…ある」


「今日は俺と一緒に入ってみない?広いし、2人一緒でも大丈夫そうじゃない?いつも優真くんと入っているから、今日は加藤と俺と一緒に入ろうよ」


「恥ずかしいよ…」


「長谷川さんとは入れて、俺とは入れないんだー」


「入ります!入るから!」


「じゃあお湯ためてくるね!」


斎藤くんは浴槽の蛇口を開く。


「たまるまで時間かかりそー」と言いながら戻って来た。


テレビをつけると、まだ以外に早い時間だった事がわかる。


「まだ11時前なんだね」


「飲みに行くのが早かったからね」


斎藤くんがリモコンで色々チャンネルを切り替えていたら、アダルトチャンネルが入った。


ちょうど最中の場面。


斎藤くんが「こういう女性って、いくらぐらいもらってるのかなー」とボソッと言う。


「やっぱり結構もらっているんじゃないかなぁ?」


私が答える。


「やっぱり斎藤くんも、こういうの見るの?」


「男だからねー、興味はあるよ?前は持ってたし」


「だよね」


「でも、画面越しの知らない女の子じゃなくて、加藤のこういう姿をリアルにモザイクなしで見れるから、それで俺は満足(笑)」


「やだ…やめて」


恥ずかしくなる。


あははーと笑う斎藤くん。


「お湯見てくる!」


斎藤くんはお風呂場に行く。


「だいぶたまったよー!入ろっか!」


「…はい」


私もお風呂場に向かう。




No.378

何度も斎藤くんに裸は見せているが、やっぱり恥ずかしくなる。


斎藤くんは全く気にせずにそのまま裸で洗い場に向かう。


細マッチョの体。


私は少し太ったし、年齢と共に色んなところが重力に勝てなくなって来ているたるんで来た体。


やっぱり恥ずかしい。


「電気、消すね」


「いいよ」


消しても薄明るい。


私は先に化粧を落とし、体を洗いっこする。


ボディーソープのヌルヌル感がちょっとエッチな感じになる。


「俺の触って」


斎藤くんの反応している物をボディーソープがついたまま触る。


「あぁ…」


どんどん反応していく。


「しばらく加藤としてないもんな…」


「うん…」


斎藤くんも私を触って来る。


泡だらけで斎藤くんに抱きつく。


洗い流し、洗い場で立ちバック。


やっぱりこうなるよね。


「ヤバい、いつもより興奮する。俺、もう出ちゃうよ。どうしたらいい?」


「任せる」


斎藤くんは外に出した。


「中は、あとでのお楽しみ」


一緒に浴槽に入る。


向かい合わせで座る。


私が恥ずかしくて下を向いていると「加藤のそういうところ可愛いよね」と言って笑っている。


上がってから、体を拭いて、裸のままそのままベッドに行く。


部屋の電気を消す。


枕元のパネルの明かりのみになる。


お酒のせいもあり、斎藤くんとやりまくる。


斎藤くんはSEXしている時だけ「まり」と呼ぶ。


私も「智也」と呼ぶ。


終わってから腕枕をしてくれる。


翌朝。


寝起きにいきなり襲われる。


「今日は優真くんがいないから!」


そう言って、後ろから攻めてくる。


時間ギリギリまで部屋にいる。


朝、シャワーをして化粧をして、着ていた服を着る。


精算し、人気のいない出口から外に出る。


いい天気。


昼間の飲み屋街は余り人がいない。


朝昼兼用で、近くのファーストフード店に入りハンバーガーを食べる。


斎藤くんが大きなあくび。


ボソッと「昨日、加藤と頑張り過ぎたかなー」と呟く。


「そうかもね」


2人で笑う。


タクシーで家に帰り、優真を迎えに行く準備。


優真を迎えに行く。


斎藤くんは留守番。




No.379

今日の迎えは雅樹の家。


雅樹は「優真、今昼寝しちゃってるんだよ。どうする?起こす?」と聞く。


私が迎えに行く前に、きなこちゃんと雅樹とお義姉さんと優真と一緒に公園で遊んだらしい。


「もう、結構寝てるの?」


「1時間までは経ってない。40分くらい?」


「起きるの待ってるかな」


「わかった。これ、優真の荷物。全部入れてあるから」


雅樹は優真のリュックを私に渡す。


「ありがとう」


「優真、学校楽しいんだって。先生大好きなんだって。色々学校の事を話してくれるよ」


「そっか」


「まりってさ、優真が俺のところに来てる時って何してるの?」


「ゆっくりさせてもらってるよ?」


「まぁ、たまにはそういう息抜きは必要だよね」


「ありがとう」


「斎藤とやりまくってるとか…?」


「…もう若くないからね、そんな事もないよ?」


昨日、やりまくったクセに嘘をつく。


「ふぅーん。斎藤はいいよなー。帰ったらまりも優真もいて、まりの飯も待ってるんだからなー」


「今度、優真がお泊まりの時に、何か作って持って来てあげるよ」


「まりも一緒にうちに来ない?」


「何にもしない保証ないもん」


「だって俺、しばらくしてないもん」


「しばらくって?」


「前にまりとして以来。俺、女はいらないって言ってたじゃん。もう前みたいなのは無理だなー」


「落ち着いたんだね」


「まぁね。大人になったんだよ」


「…ママ?」


優真が起きた。


「優真?起きた?ママと帰ろう!明日からまた学校あるから、帰ったら準備しないと」


「そうだね、ママと帰る」


優真が起きて、私達の方に来た。


「またパパと遊ぼうな!」


「うん!」


雅樹に見送られ、自宅に帰る。


「ただいまー!」


「優真くん、おかえりなさい!楽しかったか?」


「うん!きなことパパとお姉ちゃんと一緒に遊んだよ!」


「そっか!良かったな!」


雅樹のお義姉さんは「お姉ちゃん」と呼ばせている。


いつもの賑やかな夜。


斎藤くんが「今日は早く寝ようねー」と優真に言っている。


昨日、余り寝れなかったもんね。


やっぱり35歳を過ぎてくると、夜はしっかり寝ないと次の日は結構辛くなる。


若い頃は寝なくても全然大丈夫だったのに。



No.380

翌日。


激しい雨が降っていたため、優真を学校に送ってから出勤。


道路が混んでいたのもあり、会社に着くのがギリギリになってしまった。


更衣室から事務所に行くと、事務所の奥で斎藤くんが松田さんを始め、若い営業の女性社員何人かに囲まれていた。


田中さんが近寄る。


「私もさっき出勤したら、あんな状態だったんだよね。まさか告白されてるとか?」


「前に断ったって言ってましたけど…」


「断れない様に、仲間を引き連れてるとか?私、支社に来てから、滅多に営業に行かなくなったから彼女達と接点ないしなー。聞くのもおかしいしねー」


もやもやする。


始業時間になり、斎藤くんが席に戻って来た。


斎藤くんにメールをしてみる。


「何かあったの?」


「後で話す」


気になるから、今聞いたのに。


昼休憩。


松田さんが、斎藤くんの席に1人で来た。


そして小声で斎藤くんに耳打ち。


雅樹は黙って聞き耳を立てている。


斎藤くんと松田さんは、2人でどっかに行った。


田中さんも2人を目で追っている。


「付き合っちゃうとか?」


「…斎藤くんが松田さんを選ぶなら、それはそれで彼が選んだ事なので、私は身を引きますよ」


私みたいなバツイチ子持ちより、若くて可愛い松田さんの方が絶対いいに決まってる。


会社にいるため、気が張っているからか涙は出ないが、もやもやは収まらない。


田中さんとご飯を食べていても、田中さんの話が入って来ない。


もし、斎藤くんと松田さんが付き合うなら、引っ越さなきゃな。


私は住まわせてもらっている身。


斎藤くんに懐いている優真には可哀想な思いをさせてしまうけど、一生懸命優真をフォローしなきゃ。


顔に出まくっていたのか、田中さんが「加藤さん、まずは夜にでも斎藤くんに話を聞いたらいいよ」と言って来た。


「そうですね」


斎藤くんが戻って来た。


私を見る。


私は下を向く。


「加藤、大丈夫。夜に詳しく話をするから」


斎藤くんからのメール。


「わかりました」


もやもやしたまま仕事をする。


斎藤くんは普通に仕事をしている。


仕事が終わり、優真がいる学童まで迎えに行き、晩御飯の材料を買い帰宅。


斎藤くんも帰って来たばかりでスーツ姿で部屋で待っていた。


No.381

帰宅し、着替えて早速晩御飯の準備に取り掛かる。


「加藤、何か手伝おうか?」


「大丈夫、昨日ある程度準備してあるから、優真見てて」


「いつもありがとな」


御飯を作りながら「ねぇ、斎藤くん、今日は何があったの?」と聞く。


「たいした事じゃないよ。付き合ってって言われたから断った。そしたら、お昼を一緒に食べてくれたら諦めますって言われたから一緒にお昼に行っただけ」


「本当にそれだけ?」


「うん、お昼に隣で食べたいって言ってたから、いいよって言ったら、手を握って来た。でもお昼食べにくいから「手をよけて」って言ったら泣いちゃった」


「営業の人達に囲まれていたけど…」


「女って、あーいうの面倒だよね。周りが「こんなに斎藤さんの事好きなんだよ?」とか「付き合ってあげなよ」とかうるせーし、「彼女いるから」って断っても「その人より、絶対松田さんの方がいいって!」って、何を根拠に言ってるのか知らないし、もうあーいうの嫌だわ。俺の気持ちなんて完全無視じゃん。無理だな」


「そうなんだ…」


「前にも言ったけど、あんまり好みじゃないんだよな、松田さん。何で俺なんだろ?松田さんなら、他にも若いのいるだろうし…不思議だ」


斎藤くん、私も不思議だよ。


別に可愛くもない、地味なアラフォーバツイチ子持ちの私のどこがいいんだろう。


しかも、元旦那が隣の席で上司とか、やりにくいだろうし、斎藤くんならもっといい人いるんじゃないかなと思う。


でも、こんな私でも好きでいてくれている。


優真の事も可愛がってくれている。


私も斎藤くんが好き。


「なぁ、加藤」


「なに?」


ご飯の後片付けをしている私に、斎藤くんが話し掛ける。


「優真くんが寝たら、ちょっと話があるんだ」


「…わかった」


何だろ。


斎藤くんは、優真と一緒にお風呂に入る。


私は、片付けも終わり、優真のランドセルを開けて、ファイルに挟まっている学校からのプリントや優真が学童でやってきた宿題を見る。


「参観日かー」


参観日の案内のプリント。


午後から半休を取るしかないかな。


宿題を見る。


漢字がすごい事になっている。


何となくの形は出来ているけど、上下が逆だったり、出るところが出ていなかったり。


お風呂から上がったらやり直しだな。

No.382

優真と斎藤くんがお風呂から上がった。


優真が早速ゲームをしようとゲーム機を取る。


「優真!宿題間違いだらけだよ?やり直し!」


私が言うと「えー?」と不満そうな返事。


「算数は合ってるんだけど、漢字が違うよ?良く見て書けば間違いにわかるよ、頑張ろ!」


「だって、漢字嫌いだもん」


「嫌いでも頑張らないと!はい!」


私は宿題のプリントと筆箱をテーブルに置く。


「終わったら、ゲームやっていい?」


「9時にちゃんと寝ると約束する?」


「する!」


「じゃあ、宿題ちゃんと直してからならいいよ」


「うん!」


優真は素直に宿題の間違えたところを直していく。


「ママ!終わったよ!」


近くにいた斎藤くんが見てくれる。


「うーん、これだけ違う!これ、上と下が逆だな。良く見てごらん?」


「あっ!本当だ!」


優真はまた消しゴムで消して書き直す。


「これでいい?」


「これで100点!」


「やった!じゃあゲームをやっていい?」


「ちゃんと片付けてからね」


「はーい」


プリントをファイルにしまい、ランドセルを片付けて、ゲームを始める。


斎藤くんが「1年生だからまだわかるけど、もう少し難しくなると、教えられる自信がない。もう少し勉強しておけば良かったよ(笑)」と言う。


「私も!因数分解とか訳わかんなかったもん」


「俺も(笑)」


「吹奏楽部の2人だから、音楽は大丈夫だな」


「そうだね(笑)」


2人で笑う。


「優真!そろそろ寝る時間だよー!」


「はーい!」


約束の時間になる。


まだ私が一緒じゃないと眠れない優真。


でも、兄に似たのか、寝付くのは早い。


「優真寝たよ」


換気扇の下でタバコを吸っていた斎藤くん。


「おー、相変わらず早いな」


タバコを消して、こっちに来た。


「話しってなに?」


私が聞く。


「今日って何の日か知ってる?」


「えっ?今日?」


ごめん、わからない。


黙っている私に、斎藤くんが「加藤は知らなくて当たり前なんだけど、実は今日、俺の両親が命を絶った日なんだ」と言う。


「…えっ?」


「そう、命日。記憶にないからね、そんな重い感じではないんだけど」


黙る私。











No.383

「高校生の時に、おばさんから聞いた。俺、両親の愛情って知らないんだよ。記憶もないし。だから、父親って何をするのかわからなかった。前は父親になりきれずに終わったし。でも優真くんと一緒にいて、息子への気持ちってこんな感じだったのかなーって思ってた」


何て言えばいいんだろう。


「何で2人揃って自殺なんてしたんだろうなー。俺は絶対優真くんを残して死ねないよ」


「斎藤くん…」


「何かさー、俺、優真くんに色んな事を教えてもらっている気がするんだ。まだ行事とかは行った事はないけど、楽しそうに話す優真くんを見てね、父親ってこうなんだよって事とか色々教わっているよ。血の繋がりはないけど、本当の父親も知っているけど、俺は優真くんの父親になった気でいるんだ。だから、今度、加藤の家族に会わせてよ」


「弟ならすぐにでも…」


「いいよ。弟さんに都合合わすからいつでも」


「わかった。近いうちに連絡してみる」


「あとさ、こんなの買ってみたんだけど…」


そう言って、仕事用のカバンからちょっとシワになった小さな紙袋を取り出した。


「開けてみて」


小さなダイヤがついたネックレスだった。


「俺、女の人にプレゼントってどんなのがいいのか良くわからないんだよ。元嫁はブランド品ばかりだったし、こういうプレゼントをした事がなくてね。でも、加藤ってネックレスをしているイメージがあって選んでみた」


「ありがとう…」


「俺、両親に「俺はまりと優真っていう大事な人も出来た。天国か地獄かはわからないけど、お前らの息子は幸せになってやるからそこから見てろよ!お前らの分も生きてやるからな!」って意味で、今日プレゼント。つけてみて」


早速つけてみる。


「おっ!似合うじゃん!やっぱり俺、センスいいなー(笑)」


「ありがとう…嬉しい」


「長谷川さんみたいに、女の子の事をわかっていれば苦労しないんだけど、俺、こう見えて一途なんだよなー」


「結婚したじゃん」


「元嫁との話しは話すと長くなるんだよ。でも俺はずっと加藤と優真くんだけを愛していくんだ!」


「私も…ネックレス、大事にする」


「優真くんにはこれ」


そう言って、前から欲しいと言っていたゲームソフト。


「優真、喜ぶよ」


斎藤くん、ありがとう。



No.384

優真の参観日。


半休を取り、私だけ学校に行く。


すると、帰りに同じクラスの女の子のお母さんが話しかけて来た。


「優真くんのお父さんって、カッコいいですよね」


「そうですか?ありがとうございます。優真が聞いたら喜びます」


「あんなにカッコいいお父さんなら、自慢じゃないですか?」


何だろ、この人。


今まで余り話した事がないのに、急に話しかけて来たと思ったら雅樹の話し。


離婚している事は、先生にしか言ってないから夫婦だと思って話している。


「うちの結愛も、優真くんのお父さんの事をカッコいい!って気に入っちゃって。ほら、私、離婚してるじゃない?」


「はぁ…」


「たまに遊びに行かせてもらってもいいかしら?」


「はい?」


うちは斎藤くんと住んでるエリアの小学生で、雅樹が住んでる家は学区が全く違う。


何を言ってるんだろ。


「ちょっとそれは…」


「いいじゃない!ちょっとお邪魔してお話しするだけよ。子供同士も遊べるし。そうと決まれば、今晩お邪魔していい?うちから近いよね」


「いや、困ります」


本当に困る。


「どうして?」


「いや、普通に困ります」


「とりあえず、今日行くから!じゃあ!」


お母さんはそのまま子供を連れて、急ぎ足で帰って行く。


いや待て。


来られるのは非常に困る。


そもそも何なの?


本当は、優真と帰る予定だったけど、優真には学童に行ってもらう事にして、私は学校から少し離れたコンビニの駐車場に移動して、斎藤くんにメールをする。


「仕事中ごめん。さっき優真の同級生のお母さんに、優真のお父さん(長谷川さん)に会いたいから、今晩お邪魔しますっていきなり言われて非常に困っているんだけど、どうしたらいいと思う?」


すぐに返信。


「ごめん、何か意味が良くわからないから、5分後に電話をする」


「はい」


動揺していて、意味がわからないメールになってしまった。


斎藤くんからの電話を待つ。


5分後ぴったりに電話が来た。


「仕事中、ごめんね。今はどこ?」


「車の中」


「あのね、早速なんだけど…」


さっきあった事を話す。


斎藤くんは黙って聞いている。

No.385

「何だ?そのお母さん、ヤバくね?」


「そうなの。どうしよう」


「来たら、俺が対応してやるよ。一応、加藤と優真くんは隠れていなよ」


「ありがとう」


「一応、ヤバいお母さんがいるっていう事を長谷川さんに言っておけば?優真くんに何かあっても嫌だし」


「そうだね」


「今、事務所に帰ったら、長谷川さんに加藤に電話する様に伝えておくけど?」


「斎藤くんがいいなら」


「いいよ。じゃあまた後で」


斎藤くんと電話を切ってから10分後に、今度は雅樹から電話が来た。


「まり?どうした?」


「ごめんね、仕事中」


「いいよ、ちょうど一区切りついたし。斎藤が「加藤が連絡ほしいそうです」と言って来たから、何かあったのかと思って。今日、参観日だったんだろう?」


「うん、実はね…」


ヤバいお母さんの話をした。


すると雅樹が「あー」と言う。


「知っているの?」


「やたら俺の事を見てくるお母さんがいたんだよなー、多分あの人かなぁ?」


「最初の参観日?」


「そう、優真の一番最初の参観日、日曜日だったから俺も一緒に行った時。あの時に「よろしくお願いしますね」って声をかけられたから、優真の同級生のお母さんだからと思って「こちらこそ」って返した」


「どんな感じの人だった?」


「うーん、余り覚えてないけど、茶髪のパッと見は派手な感じの痩せてる人」


「そう、その人」


「いやー、何か怖いね。今日、うちに避難する?」


「でも…」


「優真だけでも避難させる?今日金曜日だし、明日学校休みだよね?俺は仕事だけど、仕事中は優真を実家に預けてもいいし。仕事終わったら、まりが優真を迎えに行けばいいよ。俺は斎藤の家には行けないから、斎藤に対応してもらうのは申し訳ないけど…」


「わかった」


「優真に変なトラブル見せたくないし、そうしなよ。とりあえず仕事終わったら連絡する」


「ありがとう」


「何なら、まりも優真と一緒に泊まってもいいんだぞ?」


「やめとく」


「そんな即答じゃなくて、もう少し考えてくれてもよくない!?」


「変に期待させてしまうと申し訳ないからね」


「冷たいなー。まぁいいや。じゃあまた後で」


「うん」


電話を切る。



No.386

斎藤くんにメール。


「今、長谷川さんと話をして、優真に変なトラブルを見せたくないって事で優真だけ長谷川さんのところに避難させる事にしました」


すぐに返信。


「わかった。対応は俺に任せて!」


「ありがとう」


今ならまだ来る事はないよね。


私は一旦帰宅し、優真の荷物をまとめていつものリュックに入れる。


晩御飯の準備をする。


お礼に雅樹の分も作る。


そろそろ学童に優真を迎えに行く時間。


雅樹と優真の分の晩御飯をタッパーに入れて、優真のリュックと一緒に持って行く。


優真を迎えに行き、雅樹の家に着くと同時に雅樹から電話が来た。


「まり?今どこ?」


「今、雅樹の家に着いた」


「俺も今終わったから、これから行くから。斎藤も一緒に会社出たよ」


「わかった」


優真に「今日はね、パパのうちにお泊まりだよ?」と言う。


「ママは?」


「ママは帰る」


「どうして?」


「ママはちょっと用事があるんだ」


寂しそうな優真。


雅樹が来た。


優真は「パパ!」と笑顔で雅樹のところに行く。


「ごめんね、これ、優真の荷物と…優真と一緒に食べて」


雅樹に優真のリュックとタッパーに入った晩御飯を渡す。


「晩御飯作ってくれたの?」


「急いで作ったから、ちょっと味がまとまってないかもしれないけど」


「まりが作ったやつは何でもうまいよ!ありがとう!」


喜んでくれた。


「とりあえず、私行くね。また後で連絡する」


「わかった、優真の事は任せておけ!本当は俺がしっかり対応したいんだけど…」


「仕方ないよ、大丈夫。じゃあ」


私は家に帰ると、スーツ姿の斎藤くんがいた。


「今、優真を長谷川さんのところに預けて来た」


「本当に来たらヤバいからね」


「優真はちょっと寂しそうな顔をしていたから申し訳なくて」


「仕方ないよ」


斎藤くんと話していると、部屋のインターホンが鳴った。


インターホンを見ると、本当に優真の同級生のお母さんが来た。


かなり露出した服を着ている。


「加藤、奥の部屋に行け。姿は見せるな」


「わかった」


私は奥の部屋に隠れる。


斎藤くんがインターホンに出る。


「長谷川さーん?私ですー!古川結愛の母ですー」






No.387

斎藤くんが「すみません、うちは長谷川ではないのですが」とインターホン越しに話す。


すると「えっ…?」と言って黙るお母さん。


「いや、そんなはずはないです。この部屋に優真くんとお母さんが入るのを見ましたから」


「人違いでは?」


「そんなはずはないです。とりあえず開けてもらえませんか?」


「開けません。騒ぐなら迷惑なので警察呼びますけど」


「いや、絶対に長谷川さんちです!」


斎藤くんは無言で玄関を開ける。


「…あれ?」


私は様子を奥の部屋からバレない様に覗く。


「だからうちは長谷川ではないです」


「…すみませんでした」


そう言って、お母さんは斎藤くんをじっと見る。


そして、結愛ちゃんを連れて帰って行った。


斎藤くんがドアを閉める。


「あっさり帰ったね」


「ありがとう」


するとまたインターホンが鳴った。


見ると、結愛ちゃんのお母さん。


「まだ何か?」


斎藤くんが対応する。


「あの…」


「はい」


「もう一度だけ、顔を見せてもらってもいいですか?」


「嫌です」


「何か、カッコいいなと思いまして…また来ていいですか?」


「お断りします。今度来たら警察呼びますけど?」


「…失礼します」


今度は本当に帰って行く。


「…怖いね」


斎藤くんが呟く。


まさかとは思うけど、今度は斎藤くんを狙ってる?


雅樹にメールをする。


「本当に来て、今帰った」


「マジかー。電話は無理?」


「別に構わないけど」


すぐに電話が来た。


斎藤くんが「長谷川さん?」と聞いて来たから「そう」と返事。


「出なよ」


「うん」


電話に出る。


「どうだった?」


「斎藤くんが対応してくれたから、すぐに帰ったよ」


「そうか、騒がれたりとか被害はなかった?」


「大丈夫だったよ」


「なら良かった」


「優真は?」


「今、ゲームをしてる」


「そっか」


「優真はこのまま俺が見るから大丈夫。明日、出勤前に実家に連れて行くから」


「わかった。おやすみ」


「じゃあ明日な!」


電話を切る。


でも、これで終わらなかった。




No.388

翌日、仕事に行こうと、斎藤くんが先に玄関を出たら「おはよーございまーす!」と玄関前の廊下から声がした。


斎藤くんが、声の方を振り返ると、結愛ちゃんのお母さんが笑顔で立っていた。


私は思わず、玄関からすぐ横にある物置に逃げ込む。


斎藤くんは困惑。


「あの…ご用件は?」


「これからお仕事なんですか?」


「そうですけど、何か?」


「あのー、やっぱりカッコいいですね!一目惚れしちゃいました。付き合って下さい」


「お断りします。あの…急いでるんでいいですか?」


私は出るに出れない。


「そんな事言わないで下さいよー!付き合えば私の良さがわかりますからー!」


とりあえず、斎藤くんが玄関の鍵を閉めて駐車場に歩いて行く。


この時、優真がいなくて良かったとホッと胸を撫で下ろす。


結愛ちゃんのお母さんの声が聞こえなくなった。


除き穴から様子を見る。


すると、反対側からいきなり目が見えてびっくりする。


会社に行けない。


このままなら遅刻しちゃう。


郵便受けを外から開ける音がする。


でも、カバーがついているため、中の様子は見れない。


ドアと郵便受けをずっとガチャガチャしている。


どうしよう。


すると、誰かが来た。


「何をしている?」


「彼氏の家なんですけど…」


「ちょっと来てもらっていい?」


除き穴から様子を見ると警察の方だった。


斎藤くんが呼んだ様子。


結愛ちゃんのお母さんが何かを言いながら、警察に連れて行かれる。


声がしなくなり、私は玄関から出る。


周りを見渡す。


誰もいない。


私は、玄関に鍵を閉めてダッシュで駐車場まで行くと、斎藤くんが警察の方と話をしていた。


私は、雅樹に電話をする。


すぐに雅樹が出た。


「ごめん、今日ちょっと遅れるかも」


理由を話す。


「わかった。時間差で出勤してこい。後はこっちでうまくやっとく」


「ありがとう」


結局、私は30分遅れ、斎藤くんは1時間遅れで出勤。


田中さんに事情を説明。


「そのお母さん、ぶっ飛んでるねー!先生にも一応、言っておいたらいいよ」


「はい、そのつもりです」


朝から面倒なトラブルに巻き込まれた。





No.389

その日の昼休み。


携帯に何かあった時のために、と思って登録しておいた担任の先生に電話をかける。


「いつもお世話になっております、長谷川優真の母です」


「優真くんのお母さん、こんにちは!何かありましたか?」


昨日と今日あった事を話す。


先生は「いやー…大変でしたね。わかりました、ご連絡ありがとうございます。ちょっとお時間頂けますか?学校でも対応しますので」と言って頂いた。


その日の夜も、優真は雅樹のところにお泊まり。


斎藤くんが今日も優真はうちに来ない方がいいと言ったから。


幸い、その日から結愛ちゃんのお母さんは来る事はなかった。


いつの間にか、転校していった。


もう来る事はないだろうけど、結愛ちゃんがちょっと可哀想に思う。


平和な日常が戻る。


ある土曜日。


圭介から電話が来た。


「ねーちゃん、今大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「いきなりだけど、俺も離婚した」


「えっ!?どうしてまた…」


「ちょっと会って話したい。明日は時間ある?」


「あるけど…」


「明日、ねーちゃんちに行っていい?あっ、でも男がいるのか」


「ちょっと待って」


近くにいた斎藤くんに「弟から電話で、明日うちに来ていい?って言ってるけど…」と言うと「いいよ」との返事。


「いいって言ってる。ちょうどこっちも圭介に会いたいし、おいでよ」


「わかった。明日の11時頃は大丈夫?」


「大丈夫」


「じゃあ明日」


電話を切る。


斎藤くんが「俺も弟さんに会いたかったし、ちょうど良かった」と笑顔。


優真はお泊まりには行かずに、家でゆっくりしている。


「優真!明日圭介兄ちゃんが来るって!」


「やったー!」


優真は、いつも遊んでくれる圭介が大好き。


翌朝。


圭介が来る前に、軽く部屋を片付ける。


時間より、少し早目に圭介から電話。


「ねーちゃんちって、ここでいいの?」


「今降りる」


駐車場に行くと、圭介の車があった。


車を停める場所を教えて、一緒に部屋に行く。


「斎藤くん!弟来たよ!」


玄関から呼ぶと斎藤くんが玄関に来た。


「初めまして。斎藤といいます。どうぞ上がって下さい」


「初めまして。弟の加藤圭介といいます。お邪魔します」


挨拶をして部屋に入る。

No.390

「圭介兄ちゃん!」


「おー!優真!ちゃんと勉強頑張ってるか?」


「頑張ってるよ!」


「そうかー、優真は偉いなー」


「今日、めぐちゃんとみなみはいないの?」


「いないんだー、ごめんなー」


優真と圭介が話をしている。


私が、斎藤くんと圭介に麦茶を出す。


優真はゲームに夢中。


私は、斎藤くんの隣に座る。


圭介が黙って斎藤くんを見ている。


「どっかでお会いした事あります?」


圭介が斎藤くんに聞く。


「どっかで見た事あるんだよなー…」


しばらく無言。


斎藤くんも黙って圭介を見ている。


「あっ!もしかしたら久保田さんの…」


圭介が言う。


斎藤くんが「そうだ!思い出した!前の会社の取引先の加藤さんだ!」と圭介を見る。


「やっぱり!その節はお世話になりました」


圭介が言う。


「こちらこそ」


斎藤くんが言う。


どうやら斎藤くんが前の会社で、圭介と接点があったみたいで、それがわかってからお互い緊張が少し和らいだ様子。


「いやー、まさか姉の彼氏とは。あの時って結婚されてませんでした?」


「してました。既に別居してましたけど」


「そうだったんですね」


何か話がよく見えないけど、仲良く話し出す2人。


「ねーちゃん、彼氏知ってたわ。世の中狭いね」


「そうだね」


「すごく感じいい人だったんだよなー。斎藤さんかー、いいんじゃない?でも、こんな事を言うのは申し訳ないけど、長谷川さんと何となく雰囲気似てるね」


「そう?」


「顔とかは全然違うけど、何ていうか…雰囲気
だね」


「俺、長谷川さんと似てるのかなー」


斎藤くんが言う。


「あー、そっか、同じ会社だって言ってたもんね。やりにくくないんですか?」


「俺は全然、席隣だし」


「マジっすか!?席隣とか、俺が彼女の元旦那が隣とかなら嫌だなー」


「なかなか楽しいですよ(笑)」


斎藤くんが言う。


仲良くなってくれて良かった。


「ところで、圭介。離婚したって…あんなに仲良かったのに…」


「…母さんなんだよ。母さんさ、一回病院に連れて行かない?絶対おかしいよ。父さんが死んでから、輪をかけて酷くなって…」








No.391

「斎藤さんの前で話すのは申し訳ないんだけど、長谷川さんとねーちゃんの離婚も、母さんが理由もあるでしょ?」


「…まぁね」


「俺も同じなんだよ。母さんが突撃してきては、めぐみを苦しめた。俺が仕事に行っている間にうちに来ては、タンスの中を片っ端から開けて見て歩き「やめて下さい」とめぐみが言えば罵詈雑言、子供の名前は勝手に決めてきては、その名前で子供を呼んだり、勝手に部屋の模様替えしたり…」


「あー。うちも似た様なもんだったわ。それで一旦、長谷川さんの気持ちが離れてしまい、女に走ったんだよなー」


斎藤くんが「そうなの?」と私を見る。


「そうなの。母親が全てかき回したの」


「俺もそうなんだ。そんな母親にめぐみが拒否反応を起こす様になって、家のチャイムが鳴っただけで呼吸困難みたいに苦しくなる様になっちゃって…みなみを連れて、実家に帰った。何度かめぐみとみなみに会いに行ったんだけど、俺を見ると母さんを思い出して苦しくなるからって言われて、離婚届けが送られて来たよ。この間、出して来た」


「そっか…」


「俺は2度と結婚もしないし、女も作らない。仮に次に付き合うとしたら、母さんが死んでからかな。もう、めぐみみたいに大事な人を苦しめたくない。俺、本当にめぐみとみなみが大事だったから、離婚届が送られて来た時はショックが半端なかったよ。守ってやれなくてごめんなって」


「離婚前に、うちに来なくなったと思ったら、圭介のところに行ってたのか」


「長谷川さんにも申し訳ない事をしたと思ってる。斎藤さん、ごめんね。俺、ねーちゃんと長谷川さんをずっと見てきて、母さんがあんなんじゃなかったら、多分ねーちゃんと長谷川さんはまだ夫婦だったかもしれないと思ってさ。だからといって浮気はダメだけど」


斎藤くんは黙って話を聞いている。


優真は相変わらずゲームに夢中。


「で、ねーちゃんに相談」


「なに?」


「この間、兄貴とも話してたんだけど、母さん、一回精神科に連れて行こうと思って」


「素直に病院に行くと思う?」


「行く訳ないじゃん。だから色々兄貴と調べたんだよ。そしたら市役所に社会福祉協議会っていうところがあって、相談に乗ってくれるって。ねーちゃん、一回一緒に母さんの事を行ってみない?」


No.392

「圭介と休み合わないじゃん」


「合わないんじゃなくて、合わせるんだよ。ねーちゃん、いつなら休み取れそう?」


私は斎藤くんを見る。


「木曜日は?うるさい部長いないし」


圭介が「木曜日なら、俺も大丈夫。ねーちゃん、木曜日に市役所行こう!」と言って来た。


「わかった。明日会社に聞いてみる」


「頼むよ。ねーちゃん」


「兄ちゃんは?」


「兄貴、来月まで長期出張中らしいんだよ」


「そうなんだ」


「親父も、こんなに早く逝かなくても良かったのにな」


斎藤くんが「お父さんが「俺の事をいつまでも悲しむな」って言ってるのかも。お母さんも、もしかしたら苦しんでいるかもよ?自分の中で、おかしいと思っていても、どうしようもないのかもしれない。だから、きっとお父さんが遺した試練なのかも。乗り越えろって。」と言う。


「斎藤くん、ありがとう」


「俺、家族がいないから、家族で悩むって事がないからね。よくわからないところはあるけど、俺が出来る事は何でも協力するよ」


圭介が黙って斎藤くんを見ている。


「そろそろ昼だし、何か食べませんか?この間、宅配弁当のチラシが入ってたんで頼んでみません?」


斎藤くんが圭介に聞く。


「前にここ、頼んだ事ありますけど、まあまあ美味かったですよ!」


「じゃあ頼んでみようかな?優真くん!お弁当、何がいい?」


ゲームをしてる優真を呼ぶ。


「うーん…」


悩んでいる優真。


「これ!チーズハンバーグ!」


「優真くんはこれだな!加藤は?」


私と圭介が反応する。


「あっ!そうだった、加藤がもう1人いた!」


そう言って笑う。


「ねーちゃん、加藤さんに戻ったの?」


「違うの、斎藤くんとは同級生だから、ずっと加藤って言われているの」


「そうなんだ、加藤さん」


「あんたも加藤さんでしょ?(笑)」


「何かいいねー、姉弟って。面白いよ。顔も似てるし。ねっ、加藤さん(笑)弁当選ぼうや」


各々選んで電話をする。


30~40分位でお届けしますと言われたので待つ事にした。


待っている間は、たまに圭介が優真にちょっかいをかけている。


ゲームの邪魔をされて怒る優真。


「たまには勉強しろよー、優真!」


「してるもん!」


楽しい時間になる。




No.393

しばらく圭介はうちにいた。


「俺、引っ越そうと思って」


「どこに?」


「まだわかんないけど…また遊びに来てもいい?」


「もちろん!ね、斎藤くん」


「いつでも歓迎するよ!」


「俺、1人だから寂しいんですよ。斎藤さん、今度飲みません?ねーちゃん、今度斎藤さん借りていい?」


「どうぞー」


「優真!お兄ちゃん帰るからな!」


「帰るの?」


「今度、ゆっくり遊ぼうな!」


「約束だからね!約束は守らないとダメなんだからね!」


「ねーちゃんに口調そっくり(笑)じゃあまた!弁当ごちそうさま!」


圭介が帰って行く。


斎藤くんが「何か、いい弟さんだね。顔は似てるけど、タイプ違うね」と言う。


「そうなの」


「でも会えて良かった!今度は機会があればお兄さんにも会ってみたい」


「そうだね」


「弟さんは、長谷川さんと仲良かったの?」


「良かった」


「結構、長谷川さんの事を話していたからね、そうかな?と思って」


「今でも、たまに連絡は取っているみたい。友人としては楽しいらしい。10歳も歳が離れているのに」


「友人として仲良くするのはいいんじゃない?」


夜、布団に入ってから、雅樹との結婚生活を色々回想していた。


すると斎藤くんが「加藤、起きてる?」と聞いて来た。


「起きてるよ」


「加藤としたい」


「えっ?」


「ダメ?」


斎藤くんが体を私の方に向きを変える。


私を抱き寄せる。


「今、長谷川さんの事を考えてなかった?」


「何でわかるの?」


「聞こえたから」


「口に出てたの?」


「口に出てないけどわかるよ。結構、加藤ってわかりやすいから」


私の髪を撫でる。


キスをしてきた。


「俺だけ見ていてよ」


斎藤くんの真っ直ぐな眼差し。


斎藤くんが私を激しく抱く。


良くしゃべる斎藤くんが余りしゃべらない。


息づかいだけが聞こえてくる。


「智也…」


「まり…愛してるよ…はぁ…出していい?」


私の繋いでいる手をギュッとしてから、中で出した。


その後「ごめん、ヤキモチ」と言って、私をギュッと抱き締めた。


「好きなのは斎藤くんだけだよ。もう長谷川さんとは何にもないし」


「俺のまりだ!」


斎藤くんの腕枕で就寝した。

No.394

木曜日。


斎藤くんと優真を送り出してから、食べ終わった朝食を片付けて、掃除機をかけてから市役所に行く準備をする。


圭介とは市役所に10時に待ち合わせ。


9時50分くらいに市役所に着いたけど、圭介はまだ来ていない様子。


自販機でペットボトルのお茶を買い、一口飲むと圭介が来た。


「ごめん、ねーちゃん!ちょっと遅れた!」


「大丈夫、私もさっき来たから。圭介も飲む?」


もう1本買ったペットボトルのお茶を渡す。


「ありがとう!ちょうど買おうかと思ってたんだよ」


そう言ってお茶をごくごく飲む。


市役所の1階奥にある、社会福祉協議会と書いてあるエリアに着いた。


圭介があらかじめ連絡をしていてくれていたらしく、吉川さんという40代くらいの女性が担当になった。


母親のこれまでの言動を、事細かに私と圭介で説明。


吉川さんは、聞いた事を丁寧に書いていく。


正直、精神科の門を叩くのは若干抵抗があった。


でも、この社会福祉協議会を通じて、地元でも大きな精神科を紹介してもらい、吉川さんも一緒に一度精神科の先生とお話をする機会を作ってくれる事になった。


その入り口として、65歳以上の独り暮らしの方を対象とした、福祉の取り組みがあり、それを理由に吉川さんが母親と会うという事になった。


私か圭介が、何か適当な理由を作って実家に行き、その時間に合わせて吉川さんが自宅を訪問。


まずは母親にバレない様に、吉川さんが母親と面会をする事になった。


ここで変に母親に構えられてしまうと、精神科の受診が難しくなる。


母親本人は何ともないと思っているため、警戒心を和らげる意味もある。


私より圭介の方が性格的にいいだろう、という判断で後日、圭介が実家に行き吉川さんを待つ形にした。


実家に行く日にちは、ちょうど1週間後の来週の木曜日の午後2時。


最近の私はは、特別な用事がない限り母親と連絡もしていないので、私から気付かれる心配はない。


圭介なら、実家に行ってもうまくやってくれそうだし。


きっとうまくいく。


母親をだます形になり心苦しいけど、こうしないと母親は一生このまま過ごす事になる。


少しでもいい方向に行ってくれれば…。







No.395

翌週木曜日、私まで実家に行くと母親に怪しまれるため、私は午後から半休を取り自宅で待機していた。


圭介から連絡があれば、すぐにでも実家に行ける様に。


15時半過ぎに、圭介から電話が来た。


「もしもし、ねーちゃん?」


「圭介、どうだった?」


「母さん、吉川さんに妄想話をしていたよ」


「そっか」


「吉川さんは、決して母さんを刺激する事はなく、うんうんって話を聞いていた。話を合わせて「防犯カメラつけてみたらどうでしょうか?」とかって言ってた」


「お母さんは何て?」


「地主のオヤジが実家の鍵を持っているから、夜な夜な入って来るから、まずは鍵を変えるんだって。盗聴もされているから調べてもらいたいと。携帯から変な電波が出ていてオヤジに家を調べられているから、携帯は持ち込まないで欲しい、警察に相談しても何もしてくれない。人をキチガイ扱いする、と言う事を言っていた」


ため息が出る。


「あと、めぐみや長谷川さん、千佳さんは実家の財産を狙っているよそ者、うちの子達は皆騙されているとも言っていた。だから、俺が離婚した事を言ったら「やっと目を覚ましてくれたか!」と喜んでいたわ」


実家に財産なんてない。


父親もご先祖様も一般庶民。


父親の方の祖父は旧国鉄職員、祖母は専業主婦だった。


母親の実家は米農家。


ごくごく普通の農家。


母親の兄が農家を継いでいて、たまにお米とか自宅で作っているトマトやほうれん草等を送ってくれるけど、決して富豪ではない。


父親の生命保険が入ったけど、何千万と入った訳ではない。


母親の貯金は知らないけど、誰も親のお金はあてにもしていないし、もらう気もない。


でも何故か母親はそう思っている。


「吉川さんに母親の妄想話は聞いてもらえたし、俺も吉川さんも実家を出て、近くの公園の駐車場でちょっと話した。後日、俺の携帯に吉川さんから連絡が来るから、来たらねーちゃんにも連絡する。一応、兄貴にも夜にでも連絡しておくわ」


「わかった。ありがとう」


圭介との電話を切る。


とりあえず、吉川さんに任せてみよう。


色んな方々とお会いしている分、母親への対応もうまくしてくれるはず。


でもプロである吉川さんでも苦戦する。


自己防衛、正当化するために必死の母親は一筋縄ではいかなかった。

No.396

仕事は幸い閑散期だったため、比較的休みがとれやすい。


田中さんには事情を説明。


渋谷くんも協力してくれて、圭介と市役所に行ったり、吉川さんと話したりの日々。


火曜日の午後に、精神科の先生と吉川さんと精神保健福祉士の方と病院で話す事になった。


吉川さんと病院の駐車場で待ち合わせて、吉川さんと圭介と私の3人で病院内に入る。


精神科って、ちょっと独特の雰囲気。


ご年配の方の認知症病棟と一般病棟に別れていた。


病院奥にある、3畳程の個室に案内された。


精神科の先生と精神保健福祉士の方に、母親の事を話す。


認知症と統合失調症を疑われた。


この頃の母親は、家の権利書や実印等の大事なものを地主のおやじに狙われていると言って、圭介に預けていた。


冷蔵庫の食べ物や、通帳、インスタントラーメンまで「変な液体を入れられて苦くなるから、家に置いておけない」と言って、旅行カバンに入れて、常に持ち歩くためいつもすごい荷物になっていた。


味覚障害もありそう。


話し合いの結果、本人の同意なしで家族の同意で入院出来るシステムを選んだ。


医療保護入院となる。


強制的に母親を車に乗せて、強制的に病院に連れてきて入院する事になる。


来週の月曜日、母親は入院する形になった。


直前まで母親には伝えない。


その日はどうなるかわからなかったため、優真の学童の迎えは斎藤くんにお願いをした。


斎藤くんに話をする。


「お母さん、入院って結構大変なの?」


「話し合いの結果、そうなった」


「優真くんの事は、俺に任せて!加藤は、お母さんの事に専念しなよ」


「ありがとう」


「色々大変だと思うけど、無理しないで。何でも言って!」


「ありがとう」


斎藤くんに少し甘える事にした。


正直、気持ちがいっぱいいっぱいだった。


優真の事、仕事、母親の事、1日24時間では足りないくらいの毎日だった。


圭介や兄と電話したり会って話したり。


お父さん。


天国から見守っていてね。


子供達3人で、母親を助けていくからね。





No.397

母親が入院する前日の日曜日。


圭介がうちに来た。


斎藤くんと優真も出迎えてくれる。


圭介が優真にお菓子とジュースを買って来てくれた。


喜ぶ優真。


早速お菓子を食べる。


他に私達にもパウンドケーキを買って来てくれた。


月曜日の10時に、精神科のワゴン車で先生と看護師さん、吉川さんが一緒に実家に来て、言い方は悪いけど母親を拉致する形で病院に連れていく。


母親の気持ちは全く無視だけど、こうするしかなかった。


私も圭介も仕事は休む。


この日は私も圭介と一緒に実家に行く。


私も圭介も不安な気持ちはあるし、母親に罪悪感はある。


でも、こうするしかないと圭介と2人でお互いに言い聞かせた。


月曜日。


出勤前に斎藤くんに「何かあれば、すぐに連絡して。携帯にはすぐに出れる様にしておくから」と言ってくれた。


優真も斎藤くんと一緒に登校。


「優真、今日の学童のお迎えはお兄ちゃんが行くからね」


「うん!」


「今日、プリントちゃんと先生に渡すんだよ!」


「知ってるー」


「じゃあ、行ってらっしゃーい!」


「行って来まーす!」


優真とハイタッチ。


すっかりお兄ちゃんになった優真。


たくましく感じる。


2人を見送り、朝御飯の片付けをして、実家に行く準備をする。


緊張してきた。


少し早目に家を出て、圭介に連絡をする。


ちょうど圭介も家を出るところだった。


実家で待ち合わせる。


一緒にインターホンを鳴らすと、鬼の様な形相をした母親。


「あのオヤジがまたお父さんの物を持って行った!お父さんが大事にしていた時計がないの!」


そう言って大騒ぎをしていた。


圭介が「探したの?」と言うと「探したわよ!」と怒鳴る。


「あと、まり!あんた、お母さんの財布からお金抜いたでしょ!返しなさいよ!お母さんは知ってるんだから!早く返しなさいよ!」


心当たりが全くない。


そもそも滅多に実家に来ない。


理由を聞く。


「前にうちに来た時にお母さんのカバンを触ったのを見た!」


「あー、ちょっと邪魔な位置にあったからよけただけだよ」


そう説明しても聞き入れてもらえず、それが母親の中でカバンを触る=財布からお金を盗んだに変換されていた。


No.398

外で、精神科の先生を始め、男性看護師さんや吉川さん達6人が大きなワゴン車で待機しているのがわかった。


私がお金を盗ったと思っているので、私に対して罵詈雑言を言い放つ。


圭介が、母親が私に攻撃している間に、精神科の方達を自宅に招き入れた。


驚く母親。


「あんた達は誰?」


「精神科の医師の平内と言います」


「精神科!?呼んでないわよ!」


暴れる母親。


「私はどこも悪くない!お前は何でもない私をキチガイ扱いにして、金儲けをしたいだけだろ!?」


男性看護師さん2人が、暴れている母親を落ち着かせる様にするも更に暴れる母親。


母親からしてみたら、突然現れた人達。


そりゃ、びっくりするのはわかる。


でもこうしないと絶対、入院は無理なのがわかっていた。


私と圭介は、その様子を黙って見ているしか出来なかった。


母親が「圭介!まり!あんた達からも何か言いなさいよ!お母さんは何でもないからって!」と怒鳴るが、黙る私と圭介。


そんな私達を見て「お前らもグルか!」と怒鳴る母親。


ごめんなさい。


こうするしかなかったの。


私も圭介も、悩んで考えて相談した結果、これが最善の方法だったの。


兄も賛同してくれている。


私も圭介も兄ちゃんも、もうこれ以上、お母さんの妄想に、罵詈雑言に、巻き込まれたくないの。


しばらく暴れていた母親だった。


近くにいた男性看護師さんは、母親に爪で引っ掛かれたり叩かれたりしていたけど、痛がる素振りもなく、淡々と母親を落ち着かせる。


母親は諦めたのか、大人しくなった。


「わかったわよ。行けばいいんでしょ?でも私は何でもないから、すぐに帰って来るから!」


そう言って、精神科の車に乗り込んで行く。


吉川さんが「一緒に病院に来て下さい。自家用車で構いませんので。病院で待ってます」と言って、ワゴン車に乗り込み、車が発車。


私と圭介は、自宅の鍵を閉めて、圭介の車で病院まで追いかけた。


病院に着くと、受付の女性に確認。


2階のナースステーションに行く様に言われる。


2階に上がると、扉があって隣にインターホンがある。


インターホンを押すと看護師さんが対応してくれた。


「あの、今入院した加藤千恵子の息子なんですけど…」


「今、鍵を開けますね」








No.399

看護師さんに鍵を開けてもらい、ナースステーション内に入る。


ガラスの向こうに、閉鎖病棟に入院されている方々が廊下を歩いていたり、雑談をしているのが見える。


看護師さんが入院同意書を持って来た。


圭介が書く。


母親が着ていたパーカーは返された。


紐がついているから、が理由。


色々説明を受ける。


お見舞いも可能だけど、持ち込んではいけないものもたくさんある。


帰る前に母親と会わせてもらう。


ナースステーションの隣に扉があり、看護師さんに鍵を開けてもらう。


4畳半程の広さの部屋の隅に、丸見えのトイレがあるくらいで何もない部屋。


病院のパジャマの様な服を着て布団に横たわる母親。


圭介が「気分はどう?」と母親に問いかける。


すると母親は「気分悪い。あんた達の顔も見たくない」と言って背中を向けた。


圭介と目を合わせる。


「今日は帰るね」


私が母親に声をかけた。


入院の手引きに書いてある、入院に必要なものを取りに一旦実家に帰る。


多分、長い入院になる。


父親のお仏壇も掃除しないと。


冷蔵庫に入っているものは、賞味期限がヤバいものは持ち帰った。


着替えとかを持ち、再び病院に行く。


今回は面会はしないで、荷物だけを看護師さんに預けた。


母親はこれから色々検査があるみたい。


後日、診断の結果は「妄想性障害」


完治はする事はないけれど、少しでも落ち着いてくれる事を願って…。


その日は、圭介と2人でちょっと遅めのお昼ご飯をファミレスで食べた。


私も圭介も余り話さない。


複雑な気持ちは一緒。


圭介は今回、色々やってくれた。


圭介自身も離婚直後で大変な時だった。


でも、合間を縫って母親のために色々動いてくれた。


ありがとう。


母親がアポなしで突撃してくる恐怖は入院中はない。


圭介にとって、それだけでも気持ちが休まる。


離婚してからも雅樹の家に行っていた母親。


雅樹にも迷惑をかけた。


このまま穏やかに日々が過ごせるといいな。


圭介とファミレスで別れる。


緊急連絡先は圭介になっている。


もし何かあれば、病院からの連絡は圭介に入る。


「何かあったら連絡するわ」


そう言って圭介は帰って行く。



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