とある家族のお話

レス399 HIT数 7951 あ+ あ-


2020/05/27 16:47(更新日時)

私はまり。


5年前に離婚し、現在シングルマザーで小学3年生の息子が1人。


父親は肺がんを患い、闘病の末4年前に他界。


母親は精神疾患を患い、現在精神病院に通院中。


遠方に住む兄の亮介と義姉の千佳さん。


中学3年生の姪と、中学1年生の甥がいる。


2つ下に同じ市内に住む弟の圭介。


私と同じくバツイチで、現在は1人暮らし。


息子のよき遊び相手になってくれる。


弟の子供は元妻が引き取っているが、しばらく会っていないそうだ。


私の母親は、多分だがかなり前から精神疾患があったと思われる。


父親が他界してからひどくなった。


病名は「妄想性障害」


特に被害妄想が酷く、妄想で警察を呼んだり近所の方々にご迷惑をおかけしてしまう様になったため、社会福祉の公的窓口に相談し、現在通っている精神病院の先生にお願いし、強制入院に至った。


母親本人はおかしいと思っていないため、入院する時はとても大変だった。


現在は退院している。


入院する時は近所に住む弟と相談し決めたが、母親には未だに恨まれている。


兄夫婦には電話やLINEで伝えていた。


母親は、兄と弟の嫁をいびりにいびった。


弟の離婚は、母親が大いに関係している。


義姉は遠方に住む事で離婚はしないで済んだ。


私達兄弟が母親を何度止めてもいびりは止めない。


母親は悪い事はしていない、私は正しいと、止めれば止める程興奮し罵詈雑言を言い放つ。


妄想が激しいため、妄想で話をするが母親本人は事実だと思っているため、違うんだよ!と言っても聞き入れてくれる事はない。


否定すれば嘘つき呼ばわりするな!お母さんは正しい!と怒鳴る。


仕方なく合わせれば、やっぱりそうだ!と益々妄想が本当の事だと思い込む。


とても難しい。


でも、私の実母である。


父親がいない今、私達兄弟が母親をみなければならない。



こんな家族のお話です。












No.3034511 (スレ作成日時)

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.101

日曜日は、朝から雅樹とイチャイチャ。


雅樹が「もう俺達、付き合って結構経つけど、倦怠期っていうのがないね。ずっと付き合いたての時みたいな感覚。不思議だなー」と言う。


「そうだね。雅樹とこうして会う機会が限られているからかな」


「結婚して毎日いても、絶対変わらない自信はあるけどね」


「私も」


「具体的に結婚の話を進めようか?会社に言う時期もあるし、タイミングもあるし」


「うん。結婚しても会社は辞めたくないけど…楽しいし」


「…でも、俺はまりには家にいて欲しいかな?」


「どうして?」


「会社で会えなくなるのは寂しいけれど、俺のために家庭に入って、俺を支えて欲しい気持ちが強くて。あと、会社にバレた後はやりにくいのもあるし…。まりが会社で、一生懸命頑張っているのはもちろん知ってる。田中さん達とも仲良くしてるし…でも、やっぱり家にいて欲しい」


「うーん…考えておく」


「わがまま言ってごめん。でも俺、まりがどうしても会社を辞めたくないって言えば尊重する」


「うん、考える」


「結婚したら、子供は欲しいな。男の子がいいな!でも、女の子も可愛いなー。まりはどっちが欲しい?」


「雅樹との赤ちゃんなら、どっちも可愛いと思う」


「でも、結構子作り頑張っているつもりだけど、なかなか出来ないね。ずっと中に出してるのに。頑張りが足りないのかな?まりへの愛が足りないのかな?」


「余り頑張ると、また腰が痛くなるよ?まだ籍入れてないから、籍入れたらもしかしたら出来るかもしれないし…赤ちゃんがまだ早いよ!って言ってるのかも」


「でも早くまりとの子供が欲しいなー!よし、頑張るよ!まりー、またまりとSEXしたくなっちゃったよ…」


そう言ってまた襲われた。


雅樹と付き合うまで男性経験がなくて、私は多分このまま処女として人生を終えるんだろうな、と思っていた。


雅樹と付き合い、処女を雅樹にあげてからも雅樹は私を変わらず愛してくれる。


事故で怪我が増えても変わる事はない。


本当にこの人と出会えて良かった。


雅樹がいなければ、違う人生だった。


多分、こんな私をこんなに愛してくれる人はいなかったと思う。


雅樹とのSEXは最高に幸せな時間。


ありがとう、雅樹。


私、一生雅樹についていくからね!










No.102

立花さんが復職する事になった。


渡辺さんは、頑張りが認められて、ちょうど空きが出た総務部で社員として働く事になった。


部署は変わってしまうが、同じ会社の一員として、これからも一緒にいられる。


部署が変わってから、時間帯が合わずに以前の様に話す機会は減ったが、それでも時間があれば私や田中さんのところに来てくれる。


少しふくよかになっていた立花さん。


今までの制服が「きついのよ…」と言って、ワンサイズ上の制服を着る。


「妊娠で6キロ太って、生まれたら痩せる!って思って頑張ったつもりだったんだけど…制服は残酷だね」


会社の皆も「立花さん、お帰りー」と歓迎。


立花さんも嬉しそう。


子供さんは保育園に入れて、立花さんのお母さんや旦那さま協力の元、復職した。


渡辺さんが立花さんにご挨拶。


「はじめまして!立花さんがいない間、こちらでお世話になっていた渡辺と申します!」


「はじめまして。話は伺っていました。部署は変わってしまうけど、これからもよろしくね!今度よかったら、みんなで一緒にご飯食べたいね!」」


「はい!田中さんにも加藤さんにもすごくお世話になりました。機会があった時はよろしくお願いいたします!」


ペコリとお辞儀をして席に戻って行く。


田中さんが「すごくいい子なのよ。可愛いし。辞めちゃうのもったいないなーって思ってたから良かったよ。ねっ、加藤さん」と話す。


「そうですね」


私が答える。


また前みたいに隣から椅子ごとスーっと、私の隣に来た。


懐かしく感じる。


「長谷川さんとはうまくいってるの?」


「おかげ様で何とか」


「この感じだと、まだバレずにうまくやっているみたいだね」


「はい!」


「あのさ、これ、どうやるんだっけ?」


「あぁ…これはこうです」


「そうだそうだ!思い出した!ありがとう!」


久し振りの仕事で忘れてしまった様子。


立花さんなら、すぐに思い出すんだろうな。


赤ちゃんか待ってるから、前みたいに仕事が終わってから話す事も少なくなったし、会社帰りにご飯を食べる事もなくなったが、立花さんが復帰して戻って来たのは嬉しい。





No.103

雅樹が風邪を引いて、会社を早退した。


前日から、喉が痛くてだるいと言っていた。


咳をしていたためマスク姿の雅樹。


熱もあるのか、顔が赤かった。


雅樹は喘息の持病を持っている。


風邪を引くと、必ずと言っていい程、喉が痛くなり声がかすれて、変な咳をする。


出勤した時に、辛そうな雅樹に牧野さんと千葉さんが「病院に行け」と言って、半強制的に帰された。


田中さんと立花さんも雅樹の心配をしてくれている。


雅樹にメールをする。


「大丈夫?心配だから、仕事終わってから雅樹のアパートに行くね。何か食べたいものとかあれば教えて欲しい。買って行くよ」


すぐに返事が来た。


「ありがとう。でも、まりに風邪をうつしちゃうかもしれないから悪いよ」


「こんな時は私を頼って!」


「ありがとう」


「何か欲しいものある?」


「じゃあ甘えて。ポカリとゼリーみたいなさっぱりした食べ物が欲しい。希望するなら、ミカンとかの柑橘系がいいな。あとシンプルなバニラアイスが食べたい。それかガリガリ君。お金は後で払うからお願いします」


「お金はいらない。わかった、仕事が終わったら買って行くからね。それまでゆっくり休んで」


「ありがとう。心配かけてごめん。仕事頑張って」


「じゃあまた後でね」


早く仕事を終わらせたい。


それが伝わったのか、田中さんと立花さんも協力してくれて、定時ぴったりに帰宅。


車に乗り込み、雅樹にメール。


「今仕事終わったので、これから買い物をして向かいます」


すぐに返事。


「ありがとう」


私は通り道にあるスーパーに寄り、雅樹が言って来たポカリやゼリー、アイス等を買い急いで雅樹のアパートに向かう。


「アパートに着いたよ」


メールをする。


「鍵は開けてる」


私はそのまま雅樹の部屋に入る。


「お邪魔します」


寝室からマスク姿で、おでこに冷えピタを貼った雅樹が、咳をしながら起きてきた。


「ごめんな、まり」


咳をする。


「辛いなら話さなくていいから!大丈夫。買ってきたやつ、冷蔵庫に入れておくからね!頼まれてないけど、お茶と冷えピタとレトルトだけどお粥も買ってきたから、食べれる時に食べてね」


「ありがとう」


また咳。


ツラそうだ。










No.104

「熱あるの?」


雅樹は話さず、右手の親指と人差し指をコの字を作る。


少し熱があるのか。


首を触ってみる。


かなり熱い。


氷も買って来ていて良かった。


「雅樹はベッドで寝ていて!今、タオルを氷で冷やしてあげるから待ってて!」


雅樹は大人しく寝室に向かう。


洗濯機の横にタオルを置いてある。


その中から一枚タオルを出して、洗面器一面に氷を入れてタオルを濡らし、冷えピタをはがしておでこと目の上に乗せる。


雅樹はかすれた声で「ありがとう」と言う。


「しゃべらなくていいよ。気持ちいいでしょ?」


雅樹は右手をあげた。


「熱計るね」


居間のテーブルの上にあった体温計を雅樹の脇にさす。


39,2度。


「ちょっとじゃないじゃん!薬はあるの?」


雅樹はまた右手をあげた。


おでこに乗せたタオルは、すぐにぬるくなる。


何度もタオルを取り替えた。


雅樹が、うとうとと眠り始めた。


病院に行ったみたいだし、薬が効いているのかな?


私は雅樹に置き手紙をして、合鍵で鍵を閉めて帰宅。


夜中1時過ぎ。


何となく目が覚めた。


トイレに行き、台所で水を飲み部屋に戻る。


携帯を開くと、1時間程前に雅樹からメールが来ていた。


「まり、ありがとう。いつの間にか寝ちゃったみたいでごめん。一眠りしたら、少し楽になって来たよ。まだ喉は痛いけど。着替えてまた寝ます。明日も休むと牧野には伝えてある。明日も休ませてもらって、早く風邪を治すから」


もう寝てるかな。


メールは返さず、そのまま就寝。


翌朝。


雅樹から新たなメールは来ていなかったが、私がメールを送る。


「雅樹、おはよう。具合はどう?熱は下がった?今日も仕事帰りに寄ります。迷惑なら言って下さい」


すぐに返事が来た。


「まり、おはよう!もう少しで出勤時間だね。熱は少し下がってさっき計ったら37,3度だったよ。喉の痛みと咳は変わらないけど。今はまりが買って来てくれたポカリを飲んでる。ありがとう。まりの顔を見たら元気になるかな。待ってる。仕事行ってらっしゃい!」


熱が下がっただけ良かった!


ちょっとだけホッとする。


「行ってきます」


返事を返すと「(^з^)-☆」の顔文字が来た。


ゆっくり休んでね。





No.105

この日も定時ぴったりに退勤。


車に乗り込み、雅樹にメール。


「今終わった!何か欲しいものある?」


「ポカリ飲んじゃったから、もう1本欲しいな」


「買って行くね!」


私はまた昨日寄ったスーパーで、容量が1,5Lのポカリを2本買い雅樹のアパートへ。


「鍵は開けてる」


メールが来ていたため「お邪魔しまーす」と声をかけて部屋に入る。


マスク姿の雅樹が、かすれた声で「お疲れ様」と私のところに来た。


声はかすれているけれど、昨日よりは良さそう。


「熱は?」


私が聞くと、雅樹は首を左右に振る。


「下がったの?」


すると今度は首をたてに振る。


「良かったね!」


すると雅樹は右手の親指を出す。


「まだ喉は痛いんでしょ?」


今度は右手の親指と人差し指でコの字を作る。


咳をする。


まだ出勤は無理だな。


「今日、牧野さんと千葉さんが「長谷川は明日も無理だろうなー。あいつ喘息出たら、いつもツラそうだからな」って言ってたよ。連絡したの?」って聞いたら、また親指を出した。


話すと辛いため、ジェスチャーで答える雅樹。


「明日も休んで、しっかり治してね」


するとかすれた声で「ありがとう」と言って、手を合わせた。


「明日は田中さん、営業に行っちゃうから忙しいの。だから来れないかも知れないけどメールはするから!」


雅樹はマスク越しに笑顔になっているのがわかる。


そして首をたてに振る。


「風邪うつしちゃうかもしれないから」


かすれた声で雅樹が言う。


そして咳。


「もう帰るね。あったかくして寝てね」


また親指を出した。


結果、雅樹は日曜日を含めて4日会社を休んだ。


土日は雅樹に会いに行けなかったが、メールでは現状報告をしてくれた。


「咳と若干の息苦しさはあるけど、月曜日から会社に行くよ。マスクして。多分仕事たまっているだろうし、牧野や千葉達に、これ以上迷惑はかけられないから」


「わかったよ。明日会社でね」


咳が取れるまでは、もうしばらくかかるかもしれないけど、他は落ち着いてくれて良かった。











No.106

月曜日、雅樹が出勤してきた。


かすれていた声は、だいぶ元に戻っていた。


良かった。


牧野さんと千葉さんが雅樹のところに行き、何かを話して咳をしながら笑っている。


私が田中さんや立花さんとの仲がいいみたいに、雅樹は牧野さんと千葉さんと仲がいい。


いい仲間に恵まれている。


ある程度は、雅樹の部署の人達がわかれて、雅樹の分の仕事はしていてくれたらしいが、配車は面倒くさいのか、雅樹が来るまでそのままにされていたらしい。


2週間先までは作ってあったため、雅樹が休んだ時に配車で困る事はなかったが、雅樹が咳をしながらパソコンとにらめっこする。


「やっといてくれても良かったんだぞ?」


雅樹が千葉さんに言う。


千葉さんが「せっかくのお前の仕事、わざわざ残しておいてあげたんだよ。ありがたく思ってくれ!」と言って笑っている。


雅樹が「あー!病み上がり、頭が回らん!」とマスク姿で髪をぐしゃぐしゃとする。


私が好きな仕草。


そして、どっかに消えてまた戻って来た。


また会社に雅樹が戻って来た。


安心する。


やっぱり雅樹の席が空いてると寂しい。


立花さんが、スーっと隣に来た。


「長谷川さん、まだ咳はしているけど復帰して良かったねー。珍しく休んでたから心配したのよ?」


「ありがとうございます」


「早く咳も取れたらいいねー」


「ですね」


「うちの子も鼻垂らしてるの。風邪、流行っているみたいだから、加藤さんも気を付けてね」


そう言って、またスーっと席に戻る。


子供の頃から、余り風邪はひかない。


バカだから?


バカ過ぎて、ひいているのもわからないのかな。


だから、たまに風邪をひくとすごく辛い。


でも、しばらく風邪ひいてないな。


ひかないために、あったかくして休もう。


仕事は繁忙期に入る。


毎日、残業が続く。


立花さんも子供さんのお迎え時間限界まで残ってくれる。


間に合わない時は、おばあちゃんに電話して頼む。


いいママしてるんだろうな、立花さん。


いつも息子さんの話をしてくれる時はママの顔だもんな。


うらやましいな。


さっ、繁忙期。


頑張って乗り切ろう!


No.107

今の職場は大好き。


田中さんや立花さんとも仲良くさせてもらい、一緒にお昼を食べたり、仕事で困ったら相談させてもらってアドバイスをもらったり、誰かが早く帰りたい時の連帯感。


あうんの呼吸で、それぞれの仕事を回していく。


3人で笑ったり、泣いたりした事もあった。


私にとって田中さんと立花さんは、先輩でもあり、お姉さんみたいな存在でもあり。


こんなに恵まれた職場はないと思う。


何より、毎日会社で雅樹の顔が見れる。


でも、今回雅樹が風邪を引いて辛そうにしていた時、雅樹の側にいてあげたい、支えてあげたい。


強くそう思った。


私は立花さんの様に、仕事をしながら家事に育児に、と頑張れる自信がない。


私は、大好きな、最愛の雅樹を支えていきたい。


雅樹の様にマメな性格でもないし、不器用だし、人見知りだし、料理は得意ではないけど、雅樹のために料理も頑張るし、何よりずっと一緒にいたい。


今まで、色んな制限があって、会う時間も限られていたし、私が事故に巻き込まれて入院していた時も、本当は雅樹に側にいて欲しかった。


私が家庭に入れば、雅樹に何かあった時は、ずっと側にいられる。


決めた。


私、結婚したら仕事辞めて家庭に入る。


専業主婦として、外で働く雅樹にとってくつろげる、休まる家庭を作りたい。


平凡でいいから、普通な家庭を作りたい。


今までも何度か雅樹は風邪からくる喘息で苦しそうにしていた事はあった。


でも、いてあげられなかった。


こんな私の事を愛してくれて、大事に思ってくれる雅樹。


雅樹の笑顔が好き。


配車のシフトで煮詰まると、髪をぐしゃぐしゃとする仕草が好き。


エッチしている時に、たまに可愛くなる姿も好き。


細くて長い指も好き。


仕事している雅樹の姿はかっこいい。


ちょっと丸い、雅樹の字も好き。


ちょっと意地悪した時の困った顔も好き。


寝顔も好き。


仕事モード中の「加藤さん」って言っている雅樹も好き。


雅樹の全てが好き。


こんなに好きな雅樹を支えていく決心がついてからは、結婚まで一気に話が進んでいく。












No.108

私の両親に話をする事にした。


日曜日で、父親も休み。


母親が怖かったけど、意を決して、居間でテレビをみていた両親に話し掛ける。


「お父さん、お母さん、ちょっと話があるんだけど…」


母親が「何よ、そんなに改まって」と言う。


「ちょっといい?」


私は、両親の前に座る。


父親がテレビを消した。


私は深く深呼吸。


そして「私、結婚しようと思って」と言う。


両親は私を見て、少し沈黙。


母親が「前に言っていた男か?まだ続いてたのか?」とちょっと声を強める。


父親が「お前、ちょっと黙れ」と母親を制止する。


そして父親が「まりにそういう人がいるのはお母さんから聞いていた。お前も、もう大人だ。ただ、急に結婚したいと言われて「はい、わかりました」とは言えない。相手の人ときちんと話をしたい。どんな人なのか。今日とは言わないが、相手を連れて来い。それならだ」と話す。


「わかった、じゃあ来週の日曜日に連れて来てもいい?」


父親に聞く。


「大丈夫だ」


すると母親が「お父さん、私は反対だよ!どんなやつかも知らない男と…」と言う。


すると父親が「だから日曜日に相手を連れてくるって言ったじゃないか!お前はいちいちうるさい!人の話を良く聞け!」と母親に怒鳴る。


「まり!あんたのせいでお父さんが怒ったじゃないか!謝れ!」


母親が私に怒鳴る。


父親が「お前がうるせーんだよ!」と言って、鍵を持って玄関のドアをバシーン!と強めに閉めて、どっかに出掛けた。


母親が「お前が結婚したいとか言うから、お父さんが怒ったんだ!そんな男になんか会いたくない!」と怒鳴り、両親の寝室に入っていった。


うーん…どうしよう。


父親は多分、近くのコンビニか本屋だろう。


父親は読書が好き。


寝室にも、本がたくさんある。


私も外出し、近くのコンビニに行くも、父親はいなかった。


本屋だな。


本屋に行くと、駐車場に父親の乗用車が停まっていた。


本屋の駐車場で携帯を取り出し、雅樹に電話をかける。


すぐに雅樹が出た。







No.109

「もしもし、雅樹?」


「ん?まり、どうした?」


雅樹は昨晩、牧野さんと千葉さんと、真野さんの後に入った坂田さんと4人で飲みに行っていたからか、寝起きの声だった。


「ごめん、寝てた?」


「ん-、昨日、牧野達とちょっと飲みすぎたのかなー、若干二日酔いで…悪いね」


「じゃあ、後の方がいい?」


「いや、大丈夫だよ。どうした?」


「あのね…」


さっき両親に結婚しようと思っている、という事を伝えた事、来週の日曜日に雅樹を連れていくと言った事、今、両親が言い合って家を出た父親を追いかけて本屋の駐車場にいる事を話した。


雅樹は黙って話を聞いてくれていた。


「わかった。来週、ご両親にご挨拶に行くよ。今、親父さんが本屋にいるんだろ?親父さんとまりと一回ゆっくり話した方がいいね。まり、これから親父さんと二人で話して来なよ」


「…うん。じゃあちょっとお父さんのところに行ってくる。お父さんなら、きっとわかってくれると思う」


「うん。俺は今日、部屋の片付けと洗濯で出掛ける予定ないから、また連絡して」


「うん。じゃあまた後でね」


雅樹と電話を切り、本屋に入る。


父親が立ち読みしていた。


「お父さん…」


父親に声をかけると、父親が振り向く。


「なんだ、まり。来たのか」


「ねぇ、お父さんと2人でちょっと話がしたい」



「結婚の事か?」


「…うん。色々」


「わかった」


父親は読んでいた本を本棚に戻し、車に戻る。


そして「そこの喫茶店に行くか?」と本屋の斜め向かいにある喫茶店を指差した。


「うん」


車を喫茶店に移動。


父親と喫茶店に入る。


「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ」


年配の男性がカウンターから笑顔で迎えてくれた。


一番奥の席に座る。


娘さんと思われる、年配の男性に似た若い女性が、注文を聞きに来た。


父親が「コーヒー1つ」と言う。


「まりは?」


「うーん…じゃあオレンジジュースで」


女性が「コーヒーとオレンジジュースですね!お待ち下さい!」と言って下がる。


女性が水と一緒に持って来たおしぼりでガシガシと顔を拭き、「はー」っと一息つく父親。


いるな-。


おしぼりで顔を拭く人。


そう思って、顔を拭いている父親を見る。






No.110

女性がコーヒーとオレンジジュースを持って来た。


絞りたてジュースの様な、果肉も入った濃いジュースだった。


美味しい。


父親もコーヒーを飲む。


少し無言が続く。


「まり、こうしてまりと2人で話す事って、今まで余りなかったな」


父親が話す。


「まだ子供だと思っていたけど、まりももう20歳越えてるんだよな。結婚してもおかしくはない」


「うん」


「お父さんはずっと仕事人間で生きてきたから、お母さんに家の事やお前達の事を任せていた。でも、お父さんも定年近くになって来て…亮太も結婚して孫も出来て、気付いたら皆大きくなっていた感じなんだよ。まりの話も少し聞いてあげれば良かったな」


「お父さん…」


「あのな、まり。お母さんは昔はあんなんじゃなかった。俺が仕事を理由に、家の事をして来なかったお父さんが悪いんだ。子供達の事で相談があると言われても、余り話を聞いてやらなかった。お母さんは、自分で色々と抱え込んでいたんだな。まり、悪かった。今ならわかるんだよ。もっと家族にも愛情を向けてあげられていたら良かったなと」


「…」


「まりが結婚したいと聞いて、始めは驚いた。まりがそういう話をするのは初めてだったし。まりなりに考えて出した事なんだろうから。でも、親なら娘には幸せになってもらいたい。どんなやつなのか、まりを幸せにしてくれるやつなのか、しっかり目を見て話したい。お母さんはきっと寂しいんだよ」


「…」


何を話していいかわからず黙る私。


普段は余り話さない父親。


無口というのか、寡黙というのか。


その父親が、ずっと話している。


心配してくれている。


両親はお見合い結婚だと聞いていた。


父親が「お母さん、若い時は可愛らしくてな。まりによく似ているよ。まりが生まれた時は朝方でな。亮太をばあちゃんに預けて、お父さんはずっとお母さんについていた。あれからもう26年か。早いな」と懐かしそうに言って少し微笑む。


私は父親の話を黙って聞く。


「今度の日曜日、待っているよ。お前は彼氏のところに行かないのか?俺は家に帰る。行くならお母さんには適当に言っておく。晩飯までには帰って来い。あと、どれくらいお前と一緒に飯食えるかわからないからな」


「ありがとう」


父親と喫茶店の駐車場で別れた。



No.111

喫茶店の駐車場で雅樹に電話をかけた。


「もしもし、雅樹?」


「親父さんと話したの?」


「うん。今日は夕飯までなら父親公認で会いに行けるから、これから行っていい?」


「もちろん!待ってる」


私は雅樹のアパートに向かい、インターホンを鳴らす。


普段着姿の雅樹が笑顔で玄関を開けてくれた。


洗濯直後らしく、部屋の中は柔軟剤の香りがしていた。


「柔軟剤を入れようとしたら、ドバドバって入っちゃって(笑)結構柔軟剤の香りがするけど、どうぞー」


そう言って笑っている。


私もたまにある。


「Yシャツもクリーニングに出したやつを取りに行ったし、洗濯も終わったし、もうどこにも行かないし、二日酔いも良くなったからゆっくりまりといれるよ」


「ありがとう」


雅樹がコップにお茶を入れて持って来てくれた。


「日曜日、緊張するなー。まりのご両親って何が好き?」


「父親はバナナが好き。毎朝食べてるから」


「手土産をバナナっていう訳にいかないじゃん(笑)」


「あっ、手土産ね。普通に好きな物だと思った」


「そういえば、お母さんはカステラ好きだって言ってたよね?カステラにしようかな?」


兄の時を思い出す。


「文句言われるかも…」


「あっ!新しく出来たケーキ屋でバナナのパウンドケーキ売ってたよ?うまそうだったから、それなんかどう?」


「うん…ありがとう」


「親父さんとゆっくり話せた?」


「うん。まりの相手とじっくり目を見て話したいって言ってた」


「緊張するなー」


「私も」


「でも、まりとの結婚を認めてもらいたいし、俺頑張るよ」


「父親は大丈夫だと思うけど、母親が…」


「うーん、でも多分大丈夫じゃないかなぁ?まだお会いした事はないからわからないけど」


「今から謝っておく。多分失礼な質問しまくるし、あり得ない事を言ってくると思う。ごめんなさい」


「大丈夫だって!」


そう言って、私を抱き締めてくれた。


そしてキス。


「今日はしないよ?生理だし」


「えー?(笑)そんなに俺、猿かなぁ?」


「うん(笑)」


2人で笑う。


しばらく雅樹の部屋でゆっくりしていたが、そろそろ帰る時間。


「また明日、会社でね」


キスをして帰宅した。




No.112

月曜日、いつもの会社。


立花さんは、子供さんが熱を出したと休む。


田中さんと立花さんの分も頑張る。


昼休み、田中さんと一緒にご飯を食べる。


「今度の日曜日に、長谷川さんが私の両親に挨拶に来る事になりまして」


「へぇー、いよいよ結婚かぁ。結婚したら会社どうするの?」


「辞めて、家庭に入ろうと思いまして」


「辞めちゃうの?それは寂しい。立花さんみたいに両立したらいいじゃん」


「うーん、この会社好きだから悩みましたけど、この間長谷川さんが喘息が出てツラそうだった時に、側にいたかったんですがいれなくて。専業主婦になれば、長谷川さんに何かあってもずっと側にいられる。その気持ちが強くて。立花さんみたいに両立する自信がないし…」


「そっかー。本当は加藤さんに辞めて欲しくないけどねー。長谷川さんと結婚。いいなー!うらやましい!私も結婚したい!こんな私でも、好きだよって言ってくれる物好きいないかなー」


「田中さんなら、絶対いい人出来ますよ!」


「慰めてくれてありがとー。長谷川さんに聞いてみて?独身のいい男、誰かいない?いたら紹介してって(笑)」


「聞いてみます(笑)」


「絶対聞いてよ!?長谷川さんの友達ならいい人そうじゃん!しばらく男性と手も繋いだ事がないから、心に潤いがなくてね。このまま枯れ果てたくない!愛が欲しいー!しばらくエッチもしていないからクモの巣張りそう(笑)」


田中さんもアラサー。


いい人なのにな。


面白いし。


今度、雅樹に聞いてみようかな。


その日の夜。


仕事帰りに、母親からお使いを頼まれたため、帰り道にあるスーパーに寄った。


頼まれた物を見ていると、反対側から歩いて来た見た事がある人が視界に入った。


「あれ?」


そう思い振り返ると、真野さんの件で解雇された福田さんが、派手な格好をした女性といちゃつきながら買い物をしていた。


女性は細くて、パンツが見えそうな超ミニスカートに胸が半分見えている様な体の線がはっきりわかる服。


福田さんも茶髪のチャラ男みたいになっていた。


会社にいた時は黒髪でビシッとスーツを着ていたのに。


人って、こんなに変わるんだ。


私には気付いていない。


元気そうで何より。























No.113

日曜日。


雅樹が私の両親に挨拶をする日。


前日、仕事が終わってからちょっとだけ雅樹のアパートに寄った。


「明日11時に予定しているから、10時半位に来るね」


「わかった。やべー、緊張するー!服はやっぱりスーツなのかな…固いかな」


雅樹はクローゼットを開けて、服を物色し始めた。


引っ張り出しては、首をかしげてまたしまう。


「やっぱりスーツかなぁ?」


「結婚の挨拶だから、スーツでもいいとは思うけど…私は雅樹のスーツ姿は見慣れているし、長谷川さんモードに切り替えやすいから、私はスーツを推す!」


「じゃあそうする。気に入っているスーツがあるんだ。これにしようかな?ネクタイはどうしよう」


今度はネクタイを選び出した。


一緒に悩んでネクタイを決めた。


手土産は雅樹が仕事帰りに、言っていたバナナのパウンドケーキを買ってきてあった。


雅樹のアパートに来る約束の時間である10時半。


インターホンを鳴らすと、前日一緒に選んだスーツとネクタイを着用し、緊張した顔をした雅樹が玄関を開ける。


「長谷川さん、おはようございます」


私が言うと、雅樹は「まりー!変じゃない!?大丈夫?」といつもスーツ姿では絶対言わない言葉が返って来た。


何か新鮮。


「かっこいいですよ!長谷川さん」


私は笑顔で答える。


「長谷川さん…切り替えはやっ!待って、待って!ヤバくない!?」


緊張からテンパっている様子。


「私も雅樹のご両親にご挨拶に行った時はそうだった。雅樹のお姉さんが言ってたよ。はい!深呼吸!」


「…少し落ち着いた」


「そろそろ行こうか」


「そうだね。よし、加藤さん、行こうか」


雅樹と一緒に自宅に向かう。


玄関前に着いた。


雅樹に「私が今、先に入るから」と言うと、雅樹は真顔で頷く。


ドキッ。


何か、かっこいい。


今まで見た事がない表情。


私も頷き、玄関に入る。


「お父さーん!お母さーん!長谷川さんを連れてきたよ!」


居間から父親が玄関に来た。


雅樹を見て「まりの父です。いつもまりがオセワニなって…」と挨拶をする。


「初めまして。まりさんとお付き合いをさせて頂いております長谷川と申します」


雅樹は深々とお辞儀をする。


それを雅樹のとなりで見ている私。

No.114

父親もちょっと緊張しているのか、お世話にを噛んだ。


「どうぞ上がって下さい」


父親が雅樹に声をかける。


「お邪魔致します」


雅樹が靴を揃えて父親に続く。


私は雅樹のすぐ後ろについていく。


母親が台所で、出してくれるお茶の準備をしていた。


雅樹が「初めまして。まりさんとお付き合いをさせて頂いております長谷川と申します」と母親に挨拶をする。


母親は「どうも。あなたがまりと付き合っている長谷川さんなのね。話は伺っております」と真顔で答える。


そして、雅樹を上から下までじっと見ている。


雅樹が「つまらないものですが、よろしければ…」と隣にいた父親にパウンドケーキを渡す。


父親は「お気遣いなく」と受け取り、母親に「せっかくだから皆で頂こう」とお菓子の箱を母親に渡す。


すると母親は「本当につまらないものね」と一言。


雅樹の顔を思わず見るが、表情は変わらない。


すぐに父親が「せっかく頂いたのに、何を言ってる!」と母親に言うと、母親はおとなしくなった。


母親がお茶を持って来た。


「どうぞ」


母親が仏頂面で雅樹にお茶を置く。


雅樹は「ありがとうございます」と頭を下げる。


ちょうどここで遅れると連絡があった兄と弟が一緒に来た。


雅樹は兄と弟にも丁寧な挨拶。


兄と弟が席に座るないなや、雅樹に質問をしては見下す事を言う。


雅樹は、ずっと表情は変わらないが、テーブルの下の握りこぶしに力が入っているのはわかった。


母親が暴言を吐く度に、父親と兄と弟と私で母親を制止するが、そのうちにヒステリックになり、もうお手上げ状態。


罵詈雑言の嵐になり、父親が母親をひっぱたき、寝室へと連れていく。


寝室から、両親の怒鳴りあっている声が聞こえる。


兄が「わざわざ来て頂いたのに申し訳ありません。今日はちょっと、母親の虫の居所が悪かったみたいで…」と雅樹に謝罪。


続けて弟も「母親はこんなんですが、姉の事は嫌いにならないで下さい。俺、長谷川さんの事を勝手にお兄ちゃんみたいだなと思って、今までも何度かお会いしていましたが、今日お会いできるのを楽しみにしていました。母親が本当にすみません」と謝罪。


雅樹は「いえ…お気になさらず」と言って兄と弟に頭をあげる様に声をかける。


最悪だ。









No.115

兄が「帰るなら今のうちです。まり、長谷川さんと一緒に一旦出ていけ。あとは俺らに任せろ。とりあえず行け!」と私と雅樹の背中を押す。


弟も雅樹に頭を下げながら「また連絡させてもらいます」と言って「ねーちゃん!早く!」と私と雅樹を玄関まで行く様に促す。


私と雅樹はとりあえず玄関の外に出た。


中からは、怒鳴り声がする。


近所迷惑にならなければいいけど。


「ごめん、雅樹。本当にごめんね」


私はひたすら雅樹に謝罪。


雅樹は「うーん。想像以上だったかな?でも、まぁ…何て言ったらいいのかわからないけど…とりあえずお会い出来て良かった」と話す。


表情は少し固い。


本当に申し訳ない。


「でも、まりを愛している気持ちは変わらないよ!大丈夫!」と笑顔を見せてくれた。


「とりあえず、俺んちに行かない?」


「うん」


2人で歩いて雅樹のアパートに向かう。


雅樹は無言。


泣きそうになる私。


部屋に入る。


「雅樹、本当にごめんね」


我慢していた涙がこらえきれなくなってしまった。


「まり、泣かないで!大丈夫だから」


雅樹は箱ティッシュを私に渡して来た。


そのティッシュで涙を拭きながら泣いていると、後ろから抱き締められた。


「まり、一緒に住もうか?」


「えっ?」


「今日、ご挨拶をさせてもらってそう思ったから。とりあえずここに来る?そして新居を一緒に探そう。大丈夫。俺は何があってもまりを守るし、まりの側にいるって決めたんだ」


「雅樹…ありがとう」


「こんな事を言うのは、ちょっと心苦しいけれど…まり、少しお母さんと離れた方がいいかもしれない。まりがお母さんを見る顔…お母さんが色々言って親父さんやお兄さん、弟さんが止めてくれていた時の顔、能面の様に表情が全くなくて、ちょっと心配になっちゃって」


そんな顔をしていたのか。


「俺は専門家でも医者でもないから詳しいのはわからないけど、まりはお母さんと離れた方がいい。このままなら、いつかまりは壊れる」


「…」


「まり、一度親父さんと話す機会が欲しい。作ってくれないか?いつでもいい。都合は親父さんに合わせる。平日でも時間は作る」


「…わかった」


「まり、大好きだよ」


更に雅樹は私を後ろから強く抱き締めた。







No.116

しばらくして、私の携帯が鳴る。


兄からだった。


「お母さん、とりあえず落ち着いた。まりは、もう少し長谷川さんといた方がいいかも。今、長谷川さん、近くにいる?いるなら代わって欲しい」


「わかった」


雅樹に「兄ちゃんが代わって欲しいって…」と伝えて、携帯を雅樹に渡す。


「お電話代わりました。長谷川です」


雅樹は「はい」とか「いえ…」とか言っている。


そして雅樹の携帯番号を聞かれたのか、雅樹の携帯番号を教えている。


そして私に「まりに代わってだって」と言って、携帯を渡して来た。


「もしもし」


「まり、とりあえず長谷川さんとしばらくいろ。また連絡する」


「わかった」


そう言って電話を切る。


雅樹が「お兄さんも弟さんも、みんなまりの事を大事に思ってくれているんだね。いい兄弟!俺も兄貴が欲しかったなー」と言って来た。


「兄ちゃんと何を話したの?」


「うん?まとめると、今日は本当に申し訳ない。まりの事をよろしくお願いいたします。電話番号聞いてもいい?の3つかなぁ?」


「そうなんだ」


「あともう少し、まりの側にいてあげて下さいって言われた」


「そっか」


「なー、まり」


「なーに?」


「先に婚姻届書いちゃおうか」


そう言って、雅樹は婚姻届を出してきた。


「いつ用意してたの?」


「この間」


「ドラマとかでは見た事があったけど、初めて本物見た!」


「俺も。これ、市役所に出して受理された瞬間からまりは長谷川まりになるんだよ」


「そうだよね…大事だね。長谷川まりか。何かいいな」


雅樹が婚姻届に名前を書く。


続けて私も名前を書く。


「あれ?印鑑?まり、持ってる?」


「仕事用のカバンだから、多分印鑑入ってる。ちょっと待って」


カバンを探すと、三文判が出てきた。


「あった、仕事用のやつだけど」


「俺も仕事用のやつならある」


次々にお互いに空欄を埋めていく。


書き終わる。


最後にお互い印鑑を押す。


雅樹の丸い文字。


読みやすい丁寧な字。


私は、角張った字。


何か対照的な2人の字。


「保証人はどうしようか?」


「普通は誰何だろ?親?」


「わからない」


保証人以外は完成した婚姻届。


2人で笑い合う。










No.117

再び、兄からの着信。


「もしもし」


「まり、もう帰って来ても大丈夫だ。明日からまた仕事だろ?」


「うん。今、お母さんって何してるの?お父さんは?」


「母さんは風呂に入って、父さんは今、会社の人と電話で話してる」


「そっか、あのね。兄ちゃんに頼みがあるの。長谷川さんが、一度お父さんと会う機会が欲しいって言ってるの。日時はお父さんの都合に合わせるからって。兄ちゃんからもお父さんに言って欲しくて」


「あっ、今父さん電話切ったから代わるわ」


「うん」


電話の向こうで兄が「まりから」と言うのが聞こえた。


「もしもし」


「お父さん、私。まり」


「今、長谷川さんと一緒か?」


「うん、お父さん、あのね、長谷川さんが一度お父さんとお話をさせて下さいって言ってるの。一度でいいから長谷川さんに会って欲しくて。お父さんの都合いい時でいいから」


そう言って、思わず雅樹を見る。


雅樹は手を合わせて、お願いします!と口パクで伝えて来た。


「…わかった。火曜日はどうだ?」


雅樹を見て「火曜日!」と口パクをする。


雅樹は手で大きく丸を作る。


「大丈夫だって。何時に?」


「仕事終わってからにするか?じゃあ19時に駅前の居酒屋前で待ち合わせよう。伝えておいてくれ。お前も来るのか?」


「まだわからない」


「わかった。そろそろ帰って来い」


「うん」


兄の携帯だけど、そのまま切る父親。


雅樹に「明後日火曜日の19時に駅前の居酒屋前で待ち合わせようって言ってた」と伝える。


雅樹は「火曜日の19時ね、ありがとう!」と早速手帳を出して記入している。


「お父さんにお前はどうする?って聞かれたんだけど、私はどうしたらいい?」


「一緒に行こう!」


「わかった。そろそろ帰って来いって言われたから、今日は帰るね。今日は本当にありがとう」


「いやいや、こっちこそ機会を作ってくれてありがとう!じゃあまた明日、会社で」


キスをして帰宅。


母親がちょうどお風呂から上がった時だった。


「…ただいま」


「おかえりなさい、ご飯あるよ?」


「うん、食べる」


母親の機嫌は悪くない。


晩御飯はカレーライス。


兄と一緒に食べる。


弟はもう自分のアパートに帰宅していていなかった。




No.118

兄は、今日はうちに泊まって、明日の朝早くに帰るらしい。


私が心配なんだと言っていた。


兄ちゃんは私の部屋に寝る。


嫌だ、と言ったが、ベッドの横に布団を敷かれた。


自分が使っていた部屋は物置になっているため、片付けるのが面倒だ、と言うのが理由。


兄はいびきがうるさい。


しかも寝付きが素晴らしくいい。


だから、兄より先に眠りにつくためには30分は早くベッドに入らなくてはならない。


一緒に寝ると、どう頑張っても、兄より先に寝付くのは不可能。


布団に入ると、瞬時に眠れる特殊な能力を持っている。


私は結構、布団の中でウダウダしているタイプ。


うらやましい。


寝る前に兄と少し話す。


「長谷川さん、いい人だね。父さん言ってたよ。いい男だって。俺もそう思う。芯があるというか、母さんがあんな暴言を吐いても、取り乱す事なく、真っ直ぐ親を見て、しっかり話してくれる。いい男をつかまえたな」


「ありがとう」


「まりはおとなしくて人がいいから、変な男に引っ掛かるんじゃないかって思っていたよ。さすが俺の妹だ。でも俺、兄貴だけど年下になるのか。何て呼べばいい?」


「何でもいいよ」


「下の名前何だっけ?」


「雅樹」


「じゃあ、雅樹さんかなぁ?嫌かなぁ?」


「いいと思うよ」


「弟になるのに年上って、何か変な感じがする」


「そのうちに慣れるよ。千佳さん元気?」


「元気だよ!まりによろしく伝えてって言ってた」


「なかなか会わないからね。うちに来たくないだろうし」


「そうなんだよな。仕方ないけど。でも俺が一人で来る分には文句は言われないからまだいいけど」


「あのね、私、ここを出て、長谷川さんと一緒に住もうと思って」


「ああ、いいと思うよ。長谷川さんち、近いんだよね?でも、一緒に住むなら、ちょっと離れた方がいいぞ」


「うん。そうする」


「明日早いから、そろそろ寝るわ」


「あっ、待って!私が寝るまで待って!」


「何でだよ」


「兄ちゃん、いびきうるさいから!」


「じゃあ、今すぐ寝ろ!俺は寝る」


電気を消された。


あー。


間に合わなかった。


もういびきかいて寝てるよ。


でも、兄ちゃん、色々ありがとう。


おやすみなさい。



No.119

火曜日。


朝、父親が母親に「今日はまりとご飯を食べて帰る。たまには親子でゆっくりさせてくれ」と話していた。


事情を知る兄が母親の気を引くため、今日は子供達を連れて、うちに来ると言っていた。


もちろん、千佳さんの協力もある。


母親は「今日は亮介が子供を連れて一緒に来るから、私は孫達と遊んでいるから、ゆっくりして来たら?」と話す。


いつも通り仕事をし、就業時間になる。


定時少し過ぎ、雅樹は帰り支度を始めていた。


牧野さんが「長谷川、帰るのか?」と声をかける。


「悪いな、今日ちょっと用事があって。これ、明日の朝一でやるから、ここに閉まっておいてくれないか?」


「わかったよ、お疲れ」


「頼むわ。悪い。お疲れ」


そう言って雅樹は退社した。


私はもう一息。


立花さんは「ごめんね、子供の迎えの時間があるから帰るね!」と言って帰り支度をしていた。


「大丈夫です。お疲れ様でした」


立花さんは田中さんにも声をかける。


田中さんも笑顔で「お疲れ様!」と言って手を振る。


終わったー!


ふと事務所にある時計を見ると18時15分。


まだ全然間に合う。


まだ仕事をしていた田中さんに声をかける。


「帰りますね!」


「お疲れ様!私、明日から営業でしょ?これ終わらさないと地獄が待っているから、今日ちょっと頑張ってから帰る。気を付けてねー」


田中さんは笑顔で手を振る。


更衣室に戻り着替えて、メイクを少し直す。


車に乗り込み、携帯を開くと雅樹からメールが来ていた。


「先に行っているから」


返信をする。


「今から行きます」


「了解」


すぐに返信。


待ち合わせ場所の居酒屋に向かう。


駐車場に入ると、雅樹の車がある。


隣に停める。


雅樹の姿は車にいなかった。


出入口を見ると、スーツ姿の雅樹がいた。


すると、ちょうどスーツ姿の父親が雅樹の元に向かっていた。


雅樹は父親にお辞儀をする。


私も慌てて2人のところに行く。


「ごめん!」


すると父親が「まり、俺も今来たんだ。入るか」と言う。


雅樹が入り口の扉を開けてくれる。


掘りごたつの個室に通された。


少し賑やかな店内。


私と雅樹が横並び、父親が正面に座る。


No.120

3人共、車で来ているため、皆お茶を頼む。


「長谷川さん、楽にして」


父親が言うと「ありがとうございます」と言うけど、余り動かない。


とりあえず、お茶で乾杯。


「お疲れ様でした」


何か、会社の上司と来たみたい。


適当に父親にお任せで頼んだ食べ物が来た。


「長谷川さん」


父親が言う。


「はい」


「先日はうちの家内がご迷惑をかけてすまなかった」


「いえ…」


雅樹が緊張しているのが伝わる。


「私も、長谷川さん、あなたとゆっくり話をしてみたかった。私は会社で部長として、色んな人達を見てきたつもりだ。長谷川さん、あなたはきちんと相手の目をしっかり見て話してくれる。家内があの様な状態になった時も、真面目に対応してくれた。若いのに、しっかりとした青年で、大したものだ」


父親は雅樹を見てゆっくり話す。


「会社で見ていても、今の若いのは根性がないやつが多い。ミスを叱ると、会社に来なくなる、言い訳ばかりする。でも、その中でもしっかりしてるやつ、根性あるやつが残る。長谷川さんみたいな人が、私の部下なら信頼出来るだろうと。そう思うよ」


雅樹は黙って父親の話を聞いている。


「まりが、結婚したいと言った時は驚いたよ。今まで、男の気配が全くなかったからな。家内からは聞いてはいたが、長谷川さんには悪いが、まりが騙されているのではないか?と思った。でも、長谷川さんを連れてきた時に、子育ては間違えてなかった、男を見る目は正しい子だと安心したんだよ」


「ありがとうございます」


雅樹が緊張しながらも返事をする。


「まりは、子供の頃から大人しく、余り自分の気持ちを言わない、親である私も、娘が何を考えているのかわからない様なちょっと難しい子だけど、本当にうちの娘でいいのか?」


雅樹にきく。


「はい。私はまりさんの全てを愛しています。一生をかけて守ります。まりさんが会社の事故に巻き込まれた時、ずっとまりさんの側にいてあげられなかった事、近くにいたのに助けてあげられなかった事は、今でも悔やんでいます。まりさんと結婚したら、どんな
事があってもまりさんを守ります。お願いします。まりさんとの結婚を許して下さい!」


雅樹は少し下がり、その場で土下座をする。


私は、2人の会話を聞くしか出来なかった。








No.121

それを見た父親。


「長谷川さん。頭を上げて下さい」


雅樹は正座のままゆっくり起き上がる。


そして「結婚しても、喧嘩する事もあるだろう。生活をしていく上でお互い不満に思う事もあるだろう。子供が生まれたら、2人だけの生活とは違い子供優先の生活に変わる。結婚しても日々変化はある。俺は仕事を言い訳にして家内に家庭の事、子供の事を任せっぱなしになっていた。苦労させてしまった。若い頃は、まだ遊びたい気持ちもあった。

結婚をすると言う事は、相手を思いやり、助け合い、お互いに成長しあって1つの家族を作る。それだけの責任がある。まりはまだ夢見心地なところはあるが、しっかり長谷川さんがまりをうまく引っ張って行って欲しい。私みたいにならない様に、しっかり頑張って欲しい。話し合いは大切。まりの話も聞いてやってな。娘の事をよろしくお願いいたします」


父親はそう話すと、雅樹に頭を下げた。


「お父さん…」


雅樹は「いやいや、お父さん!頭を上げて下さい!」と慌てて父親の元に行く。


それから、近いうちに一緒に住もうと思っている事や、結婚したらこうしたい、とかの話をした。


父親は理解してくれた。


父親の気持ちも聞けた。


余り話さない父親が、ゆっくり言葉を考えながら、真剣に話してくれた。


雅樹の真剣さも父親には伝わった。


兄も弟も、雅樹の事は気に入ってくれた。


問題は母親。


前に父親と2人で話していた時に、母親は寂しいんだよ、と言っていたけど…。


確かに母親は誰かに依存する傾向がある。


性格が災いして友人が1人もいない。


父親が仕事でいなかったから、私達子供が拠り所になっていたのかも。


だから、全てを知りたくて、全てを支配したくて。


逃げない様に。


自分の近くに置いておきたくて。


でもいて欲しいのは、母親の言う事を聞く人形の様な存在で、反抗する人はいらない。


ただ、話を聞いて、うんうんと頷いているだけの人が欲しくて。


都合いい人が欲しくて。


だから子供の頃からいつも「お母さんの言う事を聞け!うんうんと聞いて、素直にしていればいいんだ。反抗するな。お母さんを否定する人は許さない!」と言われて育ったんだ。


父親はそんな母親を見て、俺のせいだと後悔しているのかもしれない。












No.122

お開きになり、私と父親は一緒に帰宅。


雅樹とは、居酒屋の駐車場で別れた。


帰宅すると兄と一緒にまだ小さかった姪がいた。


父親を見ると、「じじー」と言って、姪が父親のところに走って来た。


父親は一瞬で、さっきまでのまりの父親からじいじに変わる。


「おー!まだいたのかー!」


デレデレになっている。


子供の成長って早いね!


しばらく見ないうちに、こんなに大きくなっちゃって。


まりおばさんも嬉しい。


姪は私の事は「まり」と言う。


多分、兄がそう言うからだと思うが、おばさんと言われるより名前の方がずっといいから、そのままにしてある。


「まりも、おかえりー!」


姪が私の方にも来てくれた。


「ただいまー」


やっぱり私もこの笑顔にデレデレになる。


少し姪と遊ぶ。


「もうそろそろ帰るかな?こいつ眠そうだし」


そう言って、兄は姪を抱っこする。


ちょっと眠そうになっている姪。


もう21時だもんね。


眠たいね。


遅くまでありがとね。


「まり、バイバイ」


眠そうにしながらも手を振ってくれる。


可愛い。


母親は上機嫌。


孫といっぱい遊んで楽しかったらしい。


「まり!お父さんが出たら、さっさとお風呂入っちゃいなさい!」


「うん、入る」


私は部屋着に着替えて、軽くメイクを落とす。


携帯を開くと、雅樹からメールが来ていた。


「今日はありがとう。親父さんと色々話せて良かった。いいお父さんだね」


「こちらこそ、時間を作ってくれてありがとう。牧野さんがやってた仕事、明日の朝一の会議で使うやつでしょ?間に合うの?」


「多分大丈夫!だって、まりのお父さんと話す時間の方が大事だったの!ある程度は会社でやって、残りは持ち帰って来たから、これからちょっとやっちゃうよ。明日、牧野に昼飯でもおごる(笑)じゃ、また明日!」


「おやすみなさい。私はこれからお風呂入って寝ます」


「(^-^)/」


携帯を閉じ、お風呂に入る。


今日はゆっくり入ろう。


気分が晴れやか。


ぐっすり眠れそう。













No.123

私と雅樹は、本格的に一緒に住む方向で話を進める。


父親は了承してくれたが、渋る母親。


「まりまでいなくなったら、子供ら誰もいなくなる!せっかく育ててやったのに、まりまでいなくなるのか!何か欲しい物買ってやるから、うちにいなさい!」


父親が制止するが、相変わらずどんどんヒステリックになる。


「あんな男なんかより、お母さんの方が大事なんだよ?まりは母親を捨てるのか!男に狂ってはしたない!」


「まりは、そんな子じゃない。あの男がまりに入れ知恵をしているだけなんだ!目を覚ませ!」


「結婚なんて反対だ!ここにあの男を連れてこい!まりに近寄るなって説教してやる!」


「どうしても男と住みたいなら、合鍵は寄越しなさい!まりが住むなら娘の部屋だ!合鍵を渡すのは当たり前だ!」


こんな感じで、何を言っても聞いてくれる事はない。


父親は「彼は、いい男だ!許してやれ!」と言うが、「お父さん!あの男にいくら積まれたんだ!」と聞く耳持たず。


ため息しか出ない。


全然私の話を聞いてくれず、勝手に思い込みで話をしては、その話がヒートアップし、ヒステリックになる。


母親の頭の中で、雅樹は私をいい様に騙し、たぶらかす、ろくでもない男になっているみたい。


挨拶まで来てくれたのに。


何度も話し合いをしようとしたけど、毎回ヒステリックに終わるため、疲れてしまった。


父親が「まり、お母さんには俺が説得する。まりは、長谷川さんとうまくやりなさい」と言って終わった。


日曜日。


引っ越しの話や、これからの事を話すため、私は雅樹のアパートへ。


「まり、ここを引っ越して、新しく部屋を借りようか?ここだったら多分…毎日お母さん来るよ?」


「…うん」


「一昨日の仕事帰りに、コンビニで賃貸の雑誌買って色々見ていたんだ。そしたら、結構良さそうなところがあったんだ」


そう言って雑誌を開く。


間取り図と外観写真がたくさん載っている。


会社の近く、街の近く、雅樹の実家がある隣町、色んな地域があるが、うちの近くはあえて避ける。


「今度の休み、この不動産屋さんに行ってみない?実際、色々見てみない?」


雅樹が雑誌に載っていた不動産屋さんを指差す。


「うん」


「よし、決まり!」


次の休みに不動産屋さんに行く約束をした。






No.124

翌朝、当番のため、早目の出勤。


すると、事務所の隣にあるトラック乗務員の休憩室の前に救急車が停まっていた。


同じく当番だった田中さんと一緒に様子を見に行く。


社長と奥様も、心配そうに様子を見て、トラック運転手さんと何か話している。


既に出勤していた、他の従業員も皆救急車の方を見ている。


すると、トラック運転手として永年勤務していた50代の宮原さんという方が、苦しそうにしながらタンカーに乗せられていた。


田中さんが「宮原さん、苦しそうだけど大丈夫かな…」と小声で私に話しかけて来た。


「ですね。心配…」


同僚の橋本さんと、社長と話していた久保さんが一緒に救急車に乗って病院に行った。


私達の後ろに、牧野さんと雅樹がいた。


「シフト変わるな。宮原さん、今日どこ便だっけ?」


「橋本さんと久保さんは定期便。宮原さん、今日から地方便じゃなかったか?」


2人で話している。


「牧野、時間間に合わないから、とりあえずお前、地方便頼むわ。俺は定期便、至急組み直す」


「オッケー」


そう言って、慌てて席に戻りシフトを直し、乗務員の休憩室と事務所を往復している。


救急車で運ばれた宮原さんも心配だけど、トラックを待っている取引先に迷惑はかけられない。


後に出勤してきた千葉さんも含め、3人で忙しそうにしていた。


千葉さんと目が合う。


「加藤さん!悪い!これ、向こうに持ってってくれる!?」


雅樹がざっと手書きしたシフト表を渡された。


「わかりました!」


私はシフト表を乗務員の休憩室に持って行く。


「お疲れ様です。シフトです」


入ってすぐにあるホワイトボートに、雅樹が書いたシフト表を磁石でくっつける。


既に出払った人達もいたけど、残っていた乗務員さん達が、一斉にシフトの前に集まる。


少し遅れて、田中さんが「地方便のシフトです!変更になった方もいると思いますが、今日はこれでお願いします、との事です!」と言って、牧野さんが手書きしたシフト表をホワイトボートに張り付けた。


運転手さん達が「あー、俺こっちかー」「やべー、俺もう行かなきゃ間に合わないじゃん!」とか言いながら各々急なシフト変更にも対応してくれた。


宮原さん、大丈夫かな。
















No.125

雅樹達の部署は、朝からずっとバタバタとしていた。


田中さんが電話を取る。


そして「牧野さんか長谷川さん!久保さんから電話です!3番です!」と取り次ぐ。


牧野さんが電話に出た。


電話を切ってから、牧野さんと雅樹と千葉さんの3人で何やら話している。


牧野さんが席を離れ、それまでのんびりしていた坂田さんが急に忙しそうにする。


雅樹が部長と何か話している。


立花さんがスーっと横に来た。


「宮原さん、大丈夫だったのかな」


小声で話す。


「心配ですよね」


「何でもなかったらいいね」


「そうですね」


宮原さんが運ばれてからしばらくしてから話を聞いた。


宮原さんは心筋梗塞だった。


幸い、異変が起きてからすぐに救急車を呼んだ事で命は助かったけど、しばらく入院するという。


助かって本当に良かった。


しばらく休んで、また元気に会いたい。


健康診断は毎年行う。


でもやはり、年一回の健康診断だけではなかなか病気も見つかりにくい。


前回の健康診断は問題はなくても、その後に問題が出る可能性はある。


おかしいな、と思ったら、すぐに病院に行った方がいいと思った。


医者に問題ないと言われれば安心する。


その日の夜。


雅樹にメール。


「今日はお疲れ様。宮原さん、無事で何より」


すぐに返信。


「宮原さんには色々わがまま聞いてもらったり、無理を言ったりして迷惑をかけて来たけど、いつもいいいよいよって快く仕事を引き受けてくれて感謝しているんだ。本当に無事で良かった」


「宮原さん、優しいもんね」


「ちょっとシフト焦ったけど、何とか回せて良かったよ。乗務員みんなにも感謝」


「雅樹も牧野さんもかっこよかったよ」


「ほめてくれてありがとう(笑)大変だったんだぞ?」


「お疲れ様でした」


「落ち着いたら、宮原さんのお見舞いに行って来るよ」


「うん。ゆっくり休んで、また戻って来て欲しいね」


「そうだね」


雅樹とのメール。


今日は本当にお疲れ様でした。











No.126

この日は平日ど真ん中の祝日。


会社は休み。


雅樹は、雅樹の実家に行くと行っていた。


うちは父親も休み。


のんびりとした時間が流れていた。


昨日、私も仕事帰りにコンビニで賃貸の雑誌を買って来た。


ベッドの上で見てみる。


結構、色んな部屋があるんだなー。


でも田舎だから都会に比べると、家賃は安い。


新築2LDKで7万円~8万円くらい。


田舎者の感覚では、家賃8万円は恐ろしく高く感じる。


部屋を見回す。


そして、絶対持っていきたいもの、そうじゃないものを頭で考える。


私は雅樹の様に荷物が多い訳ではない。


小さい頃からの部屋だから、雑多に物はあるけど、持っていくとしたら、多分そんなに多くない。


大きな物は、気に入ってずっと使っている鏡台と、タンスくらい。


ベッドはどうしようかな。


雅樹と相談かな。


今日は洗濯。


天気もいいから、ベッドカバーと枕カバーも洗おう。


洗い終わり、ベランダの物干し竿にベッドカバーと枕カバーを干す。


すると母親が「お父さんと買い物に行って来るから」とスーパーに向かう。


「いってらっしゃい」


見送ってから部屋に戻ると、雅樹からメールが来ていた。


「まり!おはよう!今、実家にいるんだけど、まりと一緒に住みたい話をしたら、親父が保証人になってくれるって言ってたから、安心して部屋を探せるよ!」


「おはよう。ありがとう。お父さんにお礼をお伝え下さい」


「まりは今、何してるの?」


「洗濯してた。親は買い物に行ったから、今は一人で部屋にいる」


「そっか。まりに会いたいけど、日曜日まで我慢だね。楽しみにしてるから!今日は俺、実家で飯食って帰る」


「わかったよ!私も今日は部屋を片付けたりしているよ。そうだ、私のベッドってどうしたらいい?新居に持ってく?」


「一緒に寝るからいらないでしょ?俺は今のベッド、実家に置いとくし。新居に引っ越したら、ダブルベッド買おうか(笑)」


「オッケー(笑)」


「じゃあまた後でね!」


ますます、一緒に住むのが楽しみになった。


部屋が決まったら、カーテンとかベッドとか、雅樹と見て歩こう。


一緒に選んで、素敵な部屋にしたい。


くつろげて、楽しい空間にしたい。


夢は膨らむ。











No.127

日曜日。


約束の10時に雅樹のアパートに向かう。


徒歩2分の距離だけど、母親の目があるため車で来た。


いつものところに車を停める。


雅樹は駐車場で待っていた。


「おはよう!早速行こうか?」


「うん」


雅樹の車の助手席に乗り込む。


不動産屋に到着。


「いらっしゃいませ!」と若い女性が迎えてくれた。


「こちらで少しお待ち下さい!」


奥のカウンター席に案内される。


すると、入れ替わりで、40代位の男性が笑顔で出てきた。


名刺をくれる。


店長と書いてある。


雅樹が「雑誌を見て来たんですが…」と言って買った雑誌を持って来た。


店長さんは「はい!ありがとうございます!2LDKのお部屋をお探しなんですね?恐れ入りますが、こちらにお名前、ご住所、電話番号をお願い出来ますか?」とB4サイズの用紙を雅樹に渡す。


雅樹が名前や住所等を書く。


その間に店長さんが、雅樹が書いた紙を見ながらパソコン作業。


書き終わると、店長さんが「ありがとうございます!」と言って、用紙を改めて見る。


「お2人でご入居ですね?ご結婚ですか?」


「その予定です」


「おめでとうございます。新居ですからね。お2人の新しい生活のお役に立てる様に、私も全力でお部屋探しのお手伝いをしますので、何でもおっしゃって下さい」


店長は笑顔。


「ありがとうございます。今日、中とか見たいんですが大丈夫ですか?」


「全然大丈夫ですよ!他にも条件ぴったりなところがあるんですが…一緒に見てみます?」


そう言って店長さんが何枚か間取り図を書いた、部屋の詳細が書かれた紙をカウンターに出して来た。


「ここなんかどうでしょうか?近くにスーパーもありますし、長谷川さんの会社も近そうですし便利な場所ですよ」


「そうですねー。悩むなー。まりはどうする?」


「これ、全部中見れますか?」


私が店長さんに言う。


「大丈夫ですよ!じゃあ、早速ご案内しますね。準備しますので少しお待ち下さい」


店長さんは一旦裏に入り、部屋の鍵とファイルを持って出てきた。


「私の車でご案内します。どうぞこちらへ」


裏の駐車場に行く。


高そうな乗用車。


私と雅樹は後部座席に乗り、1つ目の物件に向かう。



















No.128

1日で4部屋を案内してくれた。


雑誌に載っていた物件以外も見た。


その中でも築浅で、オートロック、駐車場はちょっと狭いけど、3階建てのマンションの2階の一番奥の角部屋にひかれた。


街から少し離れているが、私の自宅からは全くの反対側、会社からは近いところ。


あと雑誌で見た、リビングが16畳もある広い部屋。


ここは街からも近くて便利な場所。


オートロックのところに比べれば古いけど、内装はしてあるため部屋はとてもキレイ。


雅樹が店長さんに「一旦、持ち帰っても大丈夫ですか?」と話す。


店長さんは笑顔で「大丈夫ですよ!ただ、結構人気の部屋なので、出来れば早目にお返事下されば助かります」と答える。


雅樹は「今日か明日までには連絡します」と返事。


店長さんに見送られ、雅樹の車に乗る。


ちょっと離れた公園の駐車場に移動。


車の中で話をする。


「まりは、どの部屋が良かった?」


「私は、このオートロックか、このリビングが広いところ」


「同じだね。オートロックの方がセキュリティは安心だよね。でもリビング広いのもいいなー。この部屋は、全体的に広いんだよなー。悩むなー」


「そうだね。でも場所的にはオートロックの方がいいと思う。うちからちょっと距離はあるし、会社近いし」


「そうだよなー。会社まで2~3分くらい?通勤楽でいいよなー。オートロックの方にする?」


「オートロックの方がいいかもね。母親の事も考えて…」


「確かに。じゃあオートロックの方にしようか?キレイだったしね。でも駐車場狭くなかったっけ?」


「私の車は軽だから問題ないけど、雅樹の車は大きいからね。ちょっと狭いかもね。でも寄せれば2台停められると思うけど…」


私は車種とかいわれても詳しくないけど、雅樹はRV車に乗っている。


「オートロックにしよう!よし、そうと決まれば、不動産屋さんに戻ろう!」


決断が早い。


でも私に無理矢理押さえ付ける訳ではなく、意見をきちんと聞いてくれる。


不動産屋さんに戻ると、ちょうど店長さんがいた。


「オートロックの部屋に決めます!」


店長さんは「早いお返事ありがとうございます。ではこちらへ」とカウンター席に案内してくれた。














No.129

敷金や仲介料とかの入居に伴うお金は2人で折半で礼金はなし。


保証人は雅樹のお父さん。


部屋の借り主は雅樹。


この日、不動産屋さんから真っ直ぐ雅樹の実家に向かう。


不動産屋さんから「これから、まりを連れてくー。保証人の件で!」とご実家に連絡。


ご両親と、きなこちゃんが出迎えてくれた。


今日はお姉さんは来ていない。


雅樹が不動産屋さんからもらった間取り図をテーブルに出して、オートロックの部屋の説明をしている。


ご両親はうんうんと聞いている。


そして、保証人の欄にお父さんが署名、捺印。


住民票とかの必要な書類は、明日用意してくれると言って下さった。


まだ緊張する雅樹の実家。


きなこちゃんはテーブルの周りをぐるぐると回りながら、たまに吠える。


可愛い。


時刻は16時過ぎ。


ご両親が「晩御飯一緒にどう?」と誘って頂いたが、雅樹が「今度またゆっくり来るよ」とお断り。


見送ってくれたご両親にご挨拶をして、雅樹の車に乗り込む。


「まり、そろそろ帰らないとお母さん心配するだろ?」


「うん、心配っていうか…うるさくなる?」


「とりあえず、帰ろうか」


「うん」


「いよいよ、まりとの新居だなー。今の部屋ともお別れとなると、ちょっと寂しいなー。結構まりとの思い出もあるしね。たくさんまりと過ごした部屋だし。あっ!そうそう、明日は仕事終わったら親父の書類を取りに実家行くよ。で、明後日ちょっと会社抜け出して、不動産屋さんに行って来る」


「私は、どうしたらいい?」


「まりは会社で真面目に働いていてくれればいいよ(笑)」


「お金はどうしたらいい?」


「うーん、とりあえず俺が一括で不動産屋さんに払うから、まりはいつでもいいから俺にちょうだい!本当は、俺が全額払いたいんだけどなー。貯金頑張って来たし」


「ダメ!私の部屋でもあるんだから、私も払うの!そこはしっかりしておかないと!雅樹ばかりに負担をかけられない!」


雅樹にそこまで甘える訳にいかない。


ここはきちんとしたい。


雅樹のアパートに着いた。


「じゃあ、また明日会社でね!」


車を降りる前に車内でキスをして帰宅。


No.130

母親が入浴中、父親に新しく部屋を借りた事を伝えた。


「そうか。まりもとうとう家を出るのか。寂しくなるが、長谷川さんなら安心だ。今度、長谷川さんのご両親にもご挨拶をしたいと思っている」


「長谷川さんに聞いてみるよ。すごくいいご両親だよ。お姉さんもいい人で…」


「長谷川さんと話していると、しっかりとしたご両親なんだろうとわかるよ」


「うん」


「部屋の鍵をもらったら、一度部屋を見させて欲しい。まりの新居だからな」


「うん」


「まりも結婚か」


寂しそうに笑う父親。


母親がお風呂から出てきた。


「まり、いいわよー!」


頭にタオルを巻いてパジャマ姿の母親。


変なスイッチが入らなければ、いい母親だと思う。


料理は上手だし、小さい頃は、私のワンピースを作るくらい裁縫上手だし、それなりにキレイ好きだから、部屋も余り散らかっている事もないし、ちょこちょこ良く動く。


老眼になってからは、裁縫は少し遠退いたが、私の服のちょっとしたほつれ直しとか、サイズ直しは老眼鏡をかけながらやってくれていた。


洗濯もアイロン掛けも今は私自身のものは、自分でやるが、アイロン掛けを教えてくれたのも母親だった。


私が働く様になってからは「社会人なんだから、自分の弁当くらい自分で作れ」と作ってくれなくなったが、高校卒業までほぼ毎日作ってくれた。


出産以外で入院した事がない事が自慢の母親。


ぎっくり腰と風邪以外で寝込んでいる姿は余り見た事がない。


いざ、母親と離れて暮らすとなると、当たり前だった事が当たり前じゃなくなるんだな。


帰宅したらご飯が出来ていて、お風呂が沸いていて。


今更ながら、母親に感謝。


これからは私が雅樹のために、一生懸命頑張る番。


しばらくは仕事をしながらになるけど、雅樹との生活を大事にしていきたい。


翌朝。


「まりー!遅刻するわよー!」


化粧がうまくいかず、まだ鏡とにらめっこしている私。


「気に入らない」


「まりー?なにしてんのー?」


「今行くー」


準備をして玄関に行く。


「遅かったじゃないの」


「化粧が気に入らなくて」


「そんなの自己満足だよ。他人は誰も気付きやしないよ。はいはい、いってらっしゃい!」


「…行ってきます」


いつもの朝。



No.131

今日は大雨。


朝の情報番組で、雨は昼前には止むと言っていたが、信用出来ない位、ザーザーとすごい勢いで雨が降っている。


車のワイパーを一番激しく動かしても、意味がない位。


ここ最近、晴れが続いていたから畑には恵みの雨かもしれないが…一気に降りすぎ!


いつも寄るコンビニに着いた。


駐車場から店までのちょっとの距離でもかなり濡れてしまう。


雨が激しくアスファルトに打ち付け、靴も濡れてしまう。


お昼のお弁当と、お茶2本とグミを買う。


会社に着き、駐車場から走る。


従業員の出入口に入った瞬間、ツルン!と滑り、すぐ前にいた坂田さんに思いっきり体当たり。


坂田さんは、いきなり後ろから体当たりを食らった状態になり、2人で出入口で派手に転ぶ。


「坂田さん!ごめんなさい!すみません!大丈夫ですか?」


私はすかさず坂田さんに近付く。


坂田さんは足をさすりながら「大丈夫です!大丈夫です!」と言っている。


「本当にすみません!」


坂田さんのスーツが濡れてしまった。


本当に申し訳ない。


後ろから、千葉さんが「加藤さん!派手に転んでたねー(笑)大丈夫?坂田も大丈夫か?」と言って笑っていた。


すぐ後ろにいた雅樹も「大丈夫?膝、血出てるよ?あーあ、加藤さんのお弁当、すごい事になってるよ」と、転んだ拍子にぶっ飛び、ひっくり返してしまったお弁当を拾ってくれた。


出勤してきた他の部署の人達何人かにも見られて恥ずかしい。


「すみません!ありがとうございます!」


私は雅樹からお弁当をもらう。


大丈夫。


見た目はぐちゃぐちゃだけど全然問題ない!


坂田さんは「加藤さんは大丈夫ですか?膝、出血してますよ?ちょっとびっくりしただけですから。僕は本当に大丈夫ですから!」と言って、血が出てしまった膝を見ている。


そして「ちょっと待っていて下さい!絆創膏持ってるんで!」と言って、坂田さんのカバンから絆創膏を何枚か出して私にくれた。


「ありがとうございます。早速貼って来ます!本当に朝からすみませんでした!」


「気にしないで大丈夫ですよ!」


坂田さんは笑顔。


坂田さんにお辞儀をして更衣室に直行。


膝に絆創膏を貼り、破れてしまったパンストを取り替える。


朝からやらかしてしまった。







No.132

事務所に入ると、坂田さんが私のところに来た。


「さっきは本当にすみませんでした」


私が坂田さんに再び謝罪。


「本当に大丈夫ですからね!あの、俺も良く指を切ったりとかちょっとした怪我、良くするので絆創膏を持ち歩いていて、たくさんあるので、少し加藤さんにお渡ししようかと思いまして」


坂田さんがまたふと私の怪我した膝に目をやる。


絆創膏から血がにじみ出していた。


「そんなにいっぱい…坂田さん、困りませんか?」


「大丈夫です!まだあるので。あっ、手のひらも血がにじんでますよ?気を付けて下さいね」


「あっ、本当だ!気付かなかった。ありがとうございます!」


坂田さんは会釈をして席に戻る。


雅樹がパソコン越しに、私達をジーっと見ているのがわかった。


その様子を見ていた立花さんが、スーっと隣に近付き「長谷川さん、ヤキモチ?長谷川さんの目、怖いよ」と言って来た。


「いやいや、そんなんじゃないですよ」


「転んで、坂田さんに体当たりしたんでしょ?不可抗力とはいえ、若い独身男性と密着していたら、ヤキモチ妬くよねー(笑)」


「やめてくださいよー」


「坂田さん、優しいのね。たくさん絆創膏もらったんだから、また転んでも心配ないね(笑)」


そう言って笑いながら席に戻った。


雅樹を見る。


目はモニターを見ているが、口元が笑っている。


お昼。


ひっくり返してしまったお弁当。


袋の中で汁漏れしていたが、美味しく頂いた。


田中さんが「あー!見たかったなー!加藤さんが転んだところ!ちょうど給湯室の物置にいて見れなかったー!」と悔しそうに言う。


立花さんが「私も奥にいて見れなかったー!残念!」と言って笑う。


2人共当番だったため、ちょうど掃除をしていた時間だった。


慰めてくれているのだろう。


「膝、しばらく痛いかもねー」


田中さんが言う。


「そうですね。仕方ないです」


昼休憩終了前に携帯を開く。


雅樹からメールが来ていた。


「膝、大丈夫か?坂田とずいぶん仲がいい様で(-_-)」


やっぱりヤキモチ妬いてたの!?
















No.133

夜は雅樹はご実家に引っ越しの書類を取りに行く。


晩御飯も実家で食べてくるらしい。


私は真っ直ぐ帰宅。


母親がすぐに膝の怪我に気付いた。


「まり、膝どうした?」


「今朝、会社で転んじゃって」


「気をつけなさいよ!ご飯出来てるよ!お父さん、残業だって」


「そうなんだ。着替えて来るよ」


着ていたスカートが少し汚れていた。


良く見たら、ブラウスの袖の部分が破れていた。


転んだ時に破ったのかなー。


部屋着に着替えてから「お母さん、ブラウス破っちゃった」と破れた部分を見せる。


母親は「どれ」と言って、ブラウスを見る。


「こんなのすぐ直る。あんたはご飯食べちゃって!その間に直しておくから」


そう言って、ブラウスを持って寝室に入っていった。


テレビをみながら、ひとりでご飯。


今日は煮魚と野菜炒めと豆腐の味噌汁。


あと、塩辛とかのりの佃煮とか、ご飯のお供がある。


テレビはクイズ番組が入っていた。


食べ終わり、茶碗や食器を台所に持って行き、自分で自分の分を洗う。


洗い終わり、冷蔵庫に入れておいたペットボトルのお茶を出して飲む。


「ふぅ」


一息つくと母親が「ほら、直ったよ」とブラウスを持って来た。


破れたところがわからなくなっていた。


「ありがとう」


「ブラウスもスカートも洗っておきなさい。」


「うん、そうする。気にいってるし」


お風呂に入る前に洗濯機を回す。


お風呂に入ると、膝がしみる。


お風呂から上がると、洗濯が終わっていた。


部屋に干し、髪を乾かしているとメールの着信音。


雅樹からのメール。


「帰宅した!親父からもらって来たよ!明日は午前中、ちょっと会社抜けるからね!明日は転ぶなよ(笑)」


すぐに返信をする。


「お疲れ様でした!明日は多分大丈夫。今、お風呂に入ったら膝がしみて痛かった。でも坂田さんからもらった絆創膏がいっぱいあるから大丈夫(笑)」


「(`ω´)」


顔文字が送られてきた。


「私は雅樹だけだよ」


「知ってる」


「また明日ね!おやすみなさい」


「おやすみ、愛してるよ!(^з^)-☆」


私はまだ、顔文字の使い方が良くわからない。


雅樹は良く使う。


何か可愛い。


無事に1日が終わる。








No.134

無事に新居の鍵をもらった。


大家さんのご厚意で今月分の家賃は無しだと不動産屋さんの店長さんが言っていた。


色々とご協力をしてくれた店長さんには感謝。


おかげで素敵な部屋を借りる事が出来ました。


仕事が終わり、雅樹と一緒に部屋を見て回る。


まだ何にもない部屋だけど、これから雅樹と一緒に作り上げていきたい。


10畳の居間にカウンターキッチン。


居間を挟んで左右に6畳の部屋が2つ。


1つの部屋は、一面押し入れがあり、もうひとつの部屋には壁の半分がクローゼットと2面に大きな窓。


脱衣場は広い。


両手いっぱい広げても届かない。


洗濯機置き場と洗面台と洗面台の横に扉つきの棚がある。


お風呂は普通のユニットバス。


トイレはシャワートイレ。


ベランダもあり、そこそこ広い。


ベランダからは、隣の家の屋根が見える。


オートロックのため、まずマンションの扉を開けたら鍵がある。


来客は部屋番号を押す。


すると、うちのインターホンが鳴る。


インターホンの隣に、扉のドアロック解除ボタンがあり、それを押すと扉の鍵が開く。


万が一停電の時の手動切り替えも教えてもらった。


階段を上がり、一番奥が私達の部屋。


雅樹が今使っている冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、テレビ、電子レンジ、ソファー、テーブル等はそのまま使う。


カーテンはサイズが違うため買い換える。


居間に敷くラグマットも買いたい。


雅樹が「日曜日、見に行って見ようか?」と嬉しそうに話す。


「うん。そうだね」


「俺とまりの部屋だー!」


「うん!楽しみだね!」


物が何もないため、声が反響する。


日曜日。


家具屋さんをのぞく。


ダブルベッドに興味津々の雅樹。


「まりと一緒に寝るなら、この位あればゆっくり寝れるね!」


そう言って、ダブルベッドに腰掛けた。


「ちょうどいい固さだよ?でも高いねー、15万もするよ?」


「高っ!まだ向こうにもあるよ?見てみよ!」


さすがにベッドに15万円も出せない。


マットも合わせて7万円というベッドを見つけた。


「さっきの半分の値段だよ?何が違うのかな」


雅樹はまたベッドに腰掛けた。


「うーん、良くわかんないや」


そんな感じで2人で見て歩くのも楽しい。






No.135

雅樹が今のアパートの期限が今月中のため、先に引っ越しをする事になる。


雅樹は仕事が終わってから荷造りをする。


お姉さん夫婦が手伝いに来てくれて、着々と荷造りをする。


退去の日。


雅樹は有給休暇を取り、朝から荷物を運び出す。


自分の会社を使う辺りが雅樹らしい。


雅樹もトラックの運転は出来る。


以前に「こう見えて、トレーラーもバスも運転出来るんだぞ!」と言っていた。


トラックだけ借りて、運び出すのは自分達。


今回はお姉さん夫婦と圭介が手伝ってくれた。


私はこの日は普通に勤務。


前日に圭介から聞いた。


圭介から私の携帯に電話があった。


「ねーちゃん、長谷川さん明日引っ越すんだろう?俺、手伝いに行くから」


「えっ?何で知ってるの?」


「俺、長谷川さんと結構連絡してるんだよ。知らなかった?」


「そうなの!?全然知らなかった」


「ねーちゃんが入院した時から良くしてもらってたんだ。兄貴より兄貴らしいよ(笑)」


「びっくり」


「長谷川さんのお姉さん夫婦も来るって言ってたー」


「うん…」


「いつも良くしてもらってるから、せめてものお礼に手伝いに行くよ。ねーちゃんの時も俺、手伝いに行くから!ねーちゃんが長谷川さんの引っ越しの手伝いに来れない事情も聞いてる。俺に任せろ!ねーちゃんの分も頑張るから!」


「ありがとう」


雅樹と圭介、仲良かったんだ。


雅樹も何も言ってなかったし、全然知らなかった。


兄貴より兄貴らしい。


確かにそうかも。


圭介なら、お姉さん夫婦ともうまくやってくれそう。


私、まだお兄さんに会った事がないのに、先に弟が会うって…。


雅樹がいない会社。


今頃、引っ越し頑張っているのかな?


昼休憩。


雅樹からメールが来た。


「今頃、3人でご飯かな?弟さんが来てくれて本当に助かった。ありがとう」


「いつの間に圭介と仲良くなってたの?知らなかったよー」


「まりに言ってたと思ってた(笑)一段落ついたから、俺らも昼食うよ。仕事頑張って!」


「うん。雅樹も引っ越し頑張って!」


立花さんと田中さんが「ラブラブだねー」と冷やかしてきた。


「そうですよー(笑)」


「うわー、急に暑くなったわ(笑)」


そう言いながら3人で笑う昼休み。

No.136

私も引っ越しに向けて、着々と準備をする。


この頃には母親も、私の引っ越しに渋々ながら了承してくれていた。


私の車に詰められるちょっとしたものは仕事が終わってから、ちょこちょこ運んだ。


既に新居にいた雅樹も手伝ってくれた。


日曜日。


いよいよ、部屋の大きな物を運び出す日が来た。


兄と弟が手伝いに来てくれた。


兄が軽トラックを借りてきてくれた。


持って行く荷物も、軽トラックで十分なくらいしかない。


ずっと使っているお気に入りの鏡台と、タンスとチェスト、あと、みかん箱程度の大きさの段ボールが15個くらい。


細かいものは私の車に積む。


荷物を乗せてブルーシートを上からかけて、きつくロープで縛る。


兄が「男3人ならすぐに終わる」と余裕の表情。


兄と弟が軽トラックに乗り、私は自分の車に乗り、実家を後にした。


両親は寂しそうに見送ってくれた。


新居に着くと、雅樹も加わり、どんどん荷物をおろしていく。


そして、私が言った場所に荷物を置いてくれる。


「まり、ここでオッケー?」


「うん、ありがとう」


荷物を下ろし終わる。


雅樹が「一緒にご飯どうですか?」と手伝ってくれた兄と弟に声をかける。


兄が「そうですね、一緒に食べましょう!俺、ラーメンがいい!」と言うと、弟も「兄ちゃん!気が合うねー、俺もラーメン食べたかったんだよ」と話す。


私も久し振りにラーメンが食べたい。


雅樹が笑いながら「じゃあラーメン屋に行きましょう!俺、車出しますね」と車の鍵を持ち外へ。


雅樹が運転、私は助手席、兄と弟は後部座席に座る。


兄が「いい車ですねー」と雅樹に話しかける。


「いえいえ、もう結構長く乗っているので、あちこちガタ来ていて」


「キレイにしてる!俺の車なんて、恥ずかしくて人乗せられないよ」


「誰乗せるんだよ(笑)」


弟が突っ込む。


「千佳と子供だよ」


「ふぅーん」


「何だよ」


「千佳さん以外の女じゃねーの?」


「いる訳ねーじゃねーか」


後ろがうるさい。


何か懐かしい。


雅樹は笑いながら話を聞いて運転している。


ラーメン屋さんに到着。






No.137

兄と弟と雅樹は、ラーメン以外にライスと餃子付き。


私はラーメン単品、雅樹の餃子を1個だけもらう。


良く食べる男3人。


それだけ頑張って手伝ってくれたって事だよね。


ありがとう。


男3人で楽しそうに話ながら食べている。


兄が「まりのどこが良かったんですか?」と雅樹に聞く。


「全部です」


「まり、小さい頃から冷めたやつなんですよ。俺とこいつが部屋でゲームやって騒いでたら「うるさい!」の一言を言うために、わざわざ来る様なやつですよ?」


「だってうるさかったんだもん」


「兄ちゃんの声がでかいんだよ」


弟が言う。


「お前に言われたくねーよ」


兄が言う。


兄と弟で、子供の頃の話をする。


雅樹は笑顔で話を聞いていた。


「男兄弟っていいですね。俺は姉しかいないからうらやましいです」


兄が「俺は兄貴が欲しかったです。無い物ねだりですよね」と言って笑う。


弟が「俺はもっとかっこいい兄ちゃんが欲しかったなー」と言うと、兄が「悪かったな」と突っ込む。


そして「俺、長谷川さんが兄になってくれるの嬉しいです。うちの兄ちゃんよりかっこいいし」と雅樹に言う。


兄は「否定はしない。俺、年下だけど一応兄貴になります。こんな兄貴ですが、よろしくお願いしますね」と言う。


雅樹は「いいお兄さんですよ!こちらこそよろしくお願いいたします」と答える。


兄が「何て呼んだらいいんでしょうね」と雅樹に聞く。


「雅樹でいいですよ」


「雅樹!いや、なんか抵抗があるな…雅樹さんだな」


弟が「まーくんでいいんじゃね?」と言って笑う。


雅樹は「じゃあまーくんで」と答える。


楽しい食事も終わり、車に戻る。


ラーメン代は手伝ってくれたお礼に私が支払う。


帰って来た。


兄が「じゃあ、俺達帰ります。まり、また何かあればいつでも言ってくれ!雅樹さん、まりの事、よろしくお願いいたします」と雅樹にお辞儀する。


弟も「俺、明日仕事終わったら実家行くから、一緒にねーちゃんの部屋の掃除を手伝うわ。運び出したままだろ?」と私に言う。


「ありがとう」


母親からの防波堤になってくれる様子。


兄と弟は軽トラックに乗って帰って行く。


私と雅樹で見送った。









No.138

部屋に戻る。


「楽しくていい兄弟だね」


「うるさくてごめんね、あの2人揃うとずっとあんな感じなの。特に圭介!お調子者だから…」


「楽しかったよ。仲良くしていきたいし」


「私もお姉さんと仲良くしたいもんね」


「ねーちゃんもうるさいよ?ずっとしゃべってるし(笑)」


2人で笑う。


「今日からまりとの生活かー!よろしくね」


「こちらこそ」


「とりあえず、明日の仕事に困らない程度に片付けようか?」


「そうだね」


雅樹と2人で黙々片付ける。


気付いたら18時半を過ぎていた。


「結構頑張ったんじゃない?だいぶ部屋らしくなって来たよ?」


「そうだね」


「まだご飯作れる状態じゃないから、飯食いに行かない?」


「そうだね」


簡単に晩御飯を食べて帰宅。


とりあえずまだベッドがないため、シングルの布団を2組並べる。


「今日は疲れたから、お風呂に入って早目に寝ない?ある程度、困らない程度には出したし」


「そうだね」


そして、夜は雅樹に抱かれる。


久し振りの雅樹とのSEX。


「これからは毎晩まりを愛せるね。愛してるよ、まり」


「私も…」


まだ段ボールだらけの部屋で愛し合う。


1週間も経つと、段ボールはなくなり、部屋も人様の家の様な感覚から、自分の家だという感覚になって来る。


カーテンもラグマットも買い、買ったダブルベッドも届いた。


田中さんと立花さんから、引っ越し祝いで玄関マットとキッチンマットをもらった。


雅樹も「いいじゃん!」と喜んでくれた。


おしゃれで可愛い柄に、私もすぐに気に入る。


もう少しで付き合って4年が経つ。


雅樹が私に告白をしてくれた日。


この日に入籍しようと決めた。


入籍となると、会社にも報告をしなければならない。


私の退社も伝えなければならない。


バレてしまう瞬間だけど、逆に今までバレてない事がある意味奇跡。


入籍する日まで黙っておく。


入籍してから退社する事を伝える事にした。


田中さんと立花さんには報告。


入籍を喜んでくれたと同時に、退職には寂しそうにしていた。



















No.139

一緒に住む様になって、1ヶ月が過ぎた。


毎日が楽しかった。


部屋もすっかり片付いた。


雅樹が「ただいまー」と帰宅。


私が「おかえりなさい!」と迎える。


場合により、逆もある。


朝、出勤前に米を炊飯器にセット、18時に炊き上がる様に予約。


料理のレパートリーは少ないため勉強中。


失敗も多かったが、雅樹は文句を言わずに食べてくれた。


たまに、雅樹が早く帰った時は晩御飯の準備をしてくれた。


この日はお互い仕事で遅くなり、仕事帰りにスーパーで待ち合わせて、一緒にスーパーを見ていたら、後ろから「長谷川と加藤さんじゃね?」と言われて、2人一緒に声がした方を振り返った。


スーツ姿の牧野さんがいた。


牧野さんも仕事帰りに、晩酌用のお酒とつまみを買いに来ていた。


雅樹は無言で牧野さんの側に行き、牧野さんの肩を抱き、こそこそと何かを話す。


牧野さんは「うんうん」と頷いている。


私は何となくいちゃいけない気がして、押していたカートと共に、ゆっくり2人から離れる。


すると、雅樹が私に手招きをしている。


私は牧野さんに軽く会釈をしながら、カートごと2人の元に戻る。


「牧野さん、お疲れ様です」


「お疲れ様!という事で加藤さん!」


「…はい?」


「これからご自宅にお邪魔しますよー!明日は休みだし(笑)」


バレたか。


「俺、独身彼女無しの寂しい一人暮らしなの」


「はあ…」


「突然ごめんねー!飲もう!酒とつまみを買って行こう!」


そう言って、牧野さんが買おうとしていた発泡酒の6本セットを3つ、チューハイ、惣菜コーナーで適当につまみやおかずをかごに入れる。


牧野さんが、レジで財布を出そうとしている雅樹の財布を雅樹から奪い、雅樹の上着ポケットに勝手にしまい、雅樹がしまわれた財布を出すも、その間に牧野さんが自分の財布からクレジットカードを出し会計をしてしまった。


「牧野、俺が出すよ。この間も飲み代出してくれただろ?」


「俺からの引っ越し祝いだよ。遅くなったけど」


「…悪いな」


「その代わり、今日はゆっくり話をしよーぜー」


そのまま牧野さんはうちに来た。













No.140

「お邪魔しまーす!おー、いい部屋だねー」


牧野さんはキョロキョロと見ている。


私はそのまま台所に行き、買って来たものをお皿に取り出したり、箸やグラスを用意する。


「加藤さん!そんな気を使わなくていいよ!いきなりだったし、ごめんね」


牧野さんがネクタイを緩めながら、台所にいる私に声をかける。


「牧野、スーツこれに掛けろ。そして、これ着ろ。スーツがシワになるぞ」


雅樹がハンガーと雅樹のTシャツとジャージを持って来た。


「悪いね、加藤さんの前で着替えるのは申し訳ないから、奥の部屋借りていい?」


「こっち来い」


雅樹が奥の部屋に連れていく。


着替えた2人が出て来た。


私はその間に、テーブルにお酒やつまみを準備する。


私もブラウス、スカートの通勤服から、ジーンズとTシャツに着替える。


牧野さんが「加藤さんのジーンズ姿って初めて見た!新鮮!」と何故か喜んでいる。


牧野さんが「では、2人を祝して乾杯!」と発泡酒が入ったグラスを上げた。


何かテンションが高い牧野さん。


雅樹も発泡酒、私はお茶。


牧野さんはこのまま泊まりだな。


来客用の布団、後で敷いておこう。


牧野さんと話している雅樹は、長谷川さんなんだよなー。


「会社で2人の事、知ってる人いるの?」


牧野さんが言う。


私が「同じ事務の田中さんと立花さんは知ってます」と答える。


「加藤さんと2人、仲良いもんね。長谷川は?」


「…俺は誰にも言ってない」


「俺には言ってくれたって良かったのにー」


「お前が1番危ないんだよ!」


「そんな事ないぞ!俺は約束を守る男だ。いやー、俺、ずっと長谷川と毎日仕事してたのに全く気付かなかった!すげーなお前ら」


感心された。


「いつから付き合ってんの?」


「もう少しで4年になります」


「4年!?マジかー。すげー!で、どっちから付き合ってって言ったの?」


興味津々な牧野さん。


雅樹が照れ隠しで「そんな事はどうでもいい。飲め」と牧野さんに発泡酒を注ぐ。


「加藤さん!長谷川はいいやつだよ!ずっと一緒に働いて来て、長谷川がいたから俺も頑張って来れたんだよなー。でも、色々あったなー」


「まぁな」


雅樹が相づち。











No.141

「俺、長谷川の前の彼女も知ってるけど、加藤さんと対照的だもんな」


雅樹は「前の彼女の話はいいから!」と止めるが、牧野さんは構わず話す。


「加藤さん、ごめんね。俺、加藤さんと余り話した事ないけど、真面目で一生懸命頑張ってる子だなーって思ってたよ。長谷川の彼女が加藤さんで良かったと思ってる。だから…俺も何か嬉しいよ。結婚式呼べよ」


牧野さん、ありがとうございます。


聞いてみる。


「長谷川さんの前の彼女さんってどんな感じの方だったんですか?」


牧野さんは「気になる?」と聞く。


私は「はい!」と即答。


「見た目は可愛い子だったよ?名前はえみちゃんって言ったっけ?」


雅樹は諦めたのか、黙って発泡酒を飲んでいる。


えみちゃんって言うんだ。


写真では見たけど、確かに可愛い。


「加藤さんがうちの会社に入った時にバーベキューしたの覚えてる?あの時いたんだよ?」


「そうなんですか!?」


「バーベキューの後半に「雅樹を迎えに来ましたー!」って言って、それからずーっと雅樹にくっついて離れなかった(笑)」


「同じ会社の方だったんですか?」


「全然?普通にいたけど(笑)」


「知らなかったです」


「毎日、彼女が会社まで送り迎えしてたんだよ。退社時間になったら、彼女の車が来るから「長谷川!お迎え来たぞー」って言われてた」


「へぇー」


「だから、なかなかこいつを飲みに誘うとか出来なくて、たまに誘うと一緒についてきちゃう様な子だったんだよ」


「そうなんですね」


「あと、結構な頻度で目の下にクマ作って出勤してたんだ。気になるじゃん?聞いたら「昨日寝てないんだよ」と言って、昼休みに昼も食わないで良く休憩室で寝てたわー。俺、いつも長谷川を起こしに行ってた。で、また退社時間に彼女が迎えに来るっていうね」


あー。


前に雅樹が言っていたことがわかった。


だから、仕事とプライベートの区別をはっきりしたかったのか。


入社した時の雅樹は、確かにいつも顔色悪かった記憶はある。


「だから俺、てっきり長谷川は女に懲りて彼女いないもんと思ってた。だからびっくりしたんだよ。まさか加藤さんと付き合ってたなんて」


「そうだったんですね」


雅樹は無言のまま。



No.142

「最初は、彼女が会社に来たりした時は冷やかしたりしたよ。でも、長谷川を見ていると心配になるくらいだんだん疲れきっていったんだ。多分だけど、こいつ優しいから強く言えなかったんじゃないかなぁ?」


「…」


何て言っていいかわからない。


「でも、今は加藤さんっていう彼女がいるし、加藤さんは、そんな感じじゃないし、だから安心したよ」


「…ありがとうございます」


「長谷川、知ってるか?総務部のやつ、加藤さんを狙ってるぞ(笑)」


雅樹は「知ってる。聞いた事ある。でも俺の彼女だ!誰にも渡さない!」と言ってグラスに入った発泡酒を一気に飲み干す。


牧野さんは「いいねー!飲め飲め!」と言って、発泡酒を雅樹のグラスに注ぐ。


私は一旦、食べ飲み終えたお皿や発泡酒の缶を下げに台所に行く。


新しいグラスとお皿、冷蔵庫に入れておいた買って来た惣菜をお皿に移して持って行く。


牧野さんも雅樹も結構飲んでるな。


でも、何か楽しそう。


仲いいもんね。


下げてきた食器を洗いながら2人を見る。


牧野さんが「何かごめんねー!手伝う?」と聞いてきた。


「大丈夫ですよ!ゆっくり飲んでいて下さい!」


「ラブラブの2人の部屋にお邪魔しちゃって悪いとは思ってるんだよー」


結構酔ってるな、牧野さん。


布団、敷いてくるか。


私達の寝室ではない部屋に布団を敷く。


私がテーブルに戻る。


「加藤さん!俺も千葉と同じく彼女いないんだよー!誰か紹介してくれよー!2人を見ていたら羨ましいなって来たー!」


「残念ながら…」


「俺も結婚したいよ。仕事終わって帰っても、誰もいないし暗くてさ。何の楽しみもない。テレビ見て、飲んで、シャワーして寝るだけの毎日だよー?俺、このまま死んでいくのは嫌だよー」


「牧野さんなら、いい人すぐに見つかりますよ!」


「だといいけどねー」


雅樹が「お前、彼女といつ別れた?」と牧野さんに聞く。


「半年くらい前?いや、もっと前かな」


「頑張れ!」


「おう、頑張るよ!誰かいないかなー」


田中さんも、いつも「誰かいないかなー」って言っている。


「田中さんとかどうですか?」


「田中さんかー。悪くないけど、何かずーっとしゃべってるイメージ(笑)」


確かに。







No.143

時刻は夜中0時半を過ぎた。


牧野さんって、結構お酒強いんだ。


酔ってはいるけど、比較的しっかりしている。


雅樹はちょっと眠そう。


「牧野さん、今日泊まって行きますよね?こっちに布団敷いてありますので、自由にこっちの部屋、使って下さいね」


「加藤さんは気が利くなー!優しい!ありがとー!」


「いえ…」


「俺の彼女だもん。気が利いて優しいのは当たり前じゃないか!なっ、まり!」


「お前、加藤さんの事をまりって呼んでるの!?」


「だって、加藤さんの下の名前、まりだもん」


会社の人の前で、初めて名前で呼ばれた。


ちょっと嬉しい。


「私、ちょっとシャワーしてきます…」


寝る前にシャワーだけでもしないと気持ちが悪い。


「ごゆっくりー」


牧野さんが私に手をふる。


シャワーして、化粧も落としさっぱり。


シャワーから出ると、まだ2人は飲んでいた。


雅樹が「先に寝てても大丈夫だよ。俺は牧野ともう少し飲む」と眠そうな顔をして言って来た。


「飲みすぎない様にね」


「加藤さん!ごめんね。もう少しだけ長谷川借りるね」


「どうぞごゆっくり。私は寝ますね。おやすみなさい」


「おやすみー!」


雅樹と牧野さんがハモった。


翌朝。


雅樹はクッションを枕にして、牧野さんと敷いた布団で一緒に寝ていた。


2人は爆睡中。


時刻は朝8時少し前。


牧野さん、朝御飯食べるかな。


一応、作っておこう。


しばらくして、雅樹が起きてきた。


「おはよう」


「おはよう!二日酔いではない?大丈夫?」


「大丈夫だけど、酒が残っている気がする」


「昨日、結構飲んでたからね。何か飲む?」


「お茶が欲しい」


私はカウンターキッチンの前に立っている雅樹にグラスに麦茶を入れて渡す。


一気に飲み干す。


「軽くシャワー入って来るわ」


そう言って、替えの下着を持って行く。


雅樹がシャワーをしている間に、牧野さんが起きてきた。


「おはようございます」


「あっ、加藤さんおはよう」


まだボーっとしている。


「何か飲みますか?」


「コーヒーとかあれば…」


「インスタントコーヒーであれば用意出来ますよ」


「ありがとう」


牧野さんは、ソファーに座る。










No.144

「お待たせしました」


コーヒーを牧野さんに持って行く。


「ありがとう、加藤さん」


ボーっとしながらコーヒーを飲む。


「長谷川さんはシャワーしてます。良かったら、牧野さんも入っていきますか?」


牧野さんに声をかける。


「ありがとう。借りようかな?」


「わかりました。タオルとかは用意しておきますね」


「加藤さんはいい奥さんになりそうだね。長谷川の同僚として、友人として、長谷川の事…頼むね」


「こちらこそ」


「昨日は突然だったのにごめんね」


「いえ…私も楽しかったです。今まで余り牧野さんと話した事がなかったので、お話出来て良かったです。またいつでも遊びに来て下さいね」


「ありがとう」


雅樹がシャワーから上がった。


「牧野、おはよう」


「おはよう、加藤さんの許可を得たから、俺もシャワー借りていいか?」


「いいよ。使って。あっ、俺の新品のパンツ出しておくか?サイズMだけど入るか?」


「悪いな、大丈夫、俺もMだから」


「後で持ってく。ジャージとかはそのまま着ていけ」


「すまないね、じゃあ借りるよ」


私は、予備で買っておいた歯ブラシを牧野さんに渡す。


牧野さんがお風呂に入っている間に、バスタオルとパンツを用意しておく。


「雅樹、ご飯用意してあるけど、牧野さん食べるかな?」


「3人で食うか。今日はゆっくりしような。色々やってくれてありがとう。まりは良く気付き動いてくれて嬉しいよ」


「牧野さんには私もお世話になっているし、たいした事は何もしていないけど、雅樹の彼女として、出来る事をしただけだし」


牧野さんがシャワーから上がった。


「お前、早いな」


「そうか?でもちゃんと洗ったぞ?」


「加藤さんがご飯作ってくれたけど食べるか?」


「加藤さんの料理食べられるの!?食べない理由はないよね?」


「じゃあ準備しますね」


焼き魚と、卵焼きと、ほうれん草のおひたしと、ミニトマトと豆腐の味噌汁とご飯と麦茶。


「たいしたものではありませんが」


牧野さんが「いいなー。こういうの」とご飯をみて呟く。


「いただきます!」


3人で朝食。







No.145

色々話ながらの朝食。


牧野さんが「加藤さん、長谷川と結婚したら辞めちゃうんでしょ?」と聞いてきた。


「はい、その予定です」


「辞めちゃうなんてもったいないね。いればいいのに」


すると雅樹が「俺の希望でもあるんだよ。それを加藤さんが受け入れてくれたんだ」と話す。


「そうなんだー。寂しくなるね。でも加藤さんに会いたくなったら、遊びに来るわ」


「いつでもどうぞ(笑)」


「…あー。それ、ペアなんだ。似た様なのつけてんなーって思ってた」


雅樹のネックレスを見る牧野さん。


「いいだろ(笑)」


「いや、羨ましくなんかない!」


3人で笑う。


ご飯を食べ終わってからも、しばらく牧野さんはうちにいて、雅樹と仕事の話とかをしていた。


13時過ぎ。


「そろそろ帰るかなー。お邪魔しました!ジャージとTシャツは今度会社に持って行くわ。ありがとな!」


「おう、パンツはやるから大事に履いてくれ」


「宝物にするよ。加藤さんもありがとう。また明日会社で」


「はい!」


玄関先で牧野さんを見送る。


スーツを抱えて帰って行った。


「まり、牧野のやつ、前の彼女の話とかしてたけど…ごめん」


「ぜーんぜん!だって聞きたかったし。聞けて良かった」


「まぁ、何だ。色々あったんだよ」


「そうみたいだね。だから雅樹が仕事とプライベートはしっかり線引きしたかったんだなーと納得した。聞いていい?何故、寝ないで会社行く事になったの?」


「…うん、色々」


「色々?」


「まぁ、うん。色々(笑)」


「あー。朝までずっと彼女と一緒にいて、朝まで抱いてっ!とか?寝る時間があったら私といて!とか?何かあったら朝までギャーギャー言われたり?」


「…まぁ、そんな感じ」


少し困った顔の雅樹。


「だって、1番最初に雅樹とホテルに行った時に、慣れてるなーって思ったから。その元彼女さんって左利きだった?」


「何で知ってるの?」


「なんとなく。私も雅樹も右利きだけど、左側から来る事が多いから。クセになってるくらい元彼女さんとやってたんだなーと思って」


「今も?」


「うん」


「意識した事がなかった。ごめん」


「大丈夫。ただそう思っただけだから」


牧野さんの話で、色んなものがつながった気がした。



No.146

その日の夜。


雅樹は昼間、私が言った事を気にしていたのか、いつもと違うSEX。


「気にしなくていいのに。何かごめんね。そんなつもりで言ったんじゃないの。私はいつもの雅樹が好きだよ」


「いや!直す!もう一回やる!」


またキスをしてきた。


雅樹は正常位で挿れている時に、私の左手をギュッとするくせがある。


それで、もしかしたら元彼女さんは左利きなのかな?と思っていた。


でも今回はそれがなかった。


終わってから「クセに気付いた。だからなくした!」と言ってギュッと抱き締めてくれた。


翌朝。


いつも通り会社に雅樹とは時差出勤。


今日は当番のため、私の方が先に出勤。


スーツ姿の雅樹に見送られる。


「いってらっしゃい!今日は俺が晩御飯作るよ」


「いいの?」


「うん。大丈夫。だから真っ直ぐ帰っておいで」


「ありがとう!行って来ます。また会社でね」


「行ってらっしゃい!」


今日は立花さんと一緒に当番。


牧野さんが出勤してきた。


「あっ、加藤さんおはよう!」


いつもの牧野さん。


「おはようございます」


「今日も頑張ろうねー!」


そう言って、私の肩をポンポンと叩いた。


「はい!」


続いて雅樹も出勤。


「加藤さん、おはよう」


「おはようございます」


ニコッと笑って事務所に入って行く。


掃除も終わり、立花さんと一緒に事務所に戻る。


先に事務所にいた田中さんが「おはよー!」と私達に声をかける。


「おはようございます」


「おはよー!」


すると牧野さんがこっちを見た。


一昨日、田中さんとどうですか?と言ったからなのか、田中さんを見ている。


「あー、月曜日ってダルいよねー。彼氏でもいれば張り合いがあるのになー。昨日、母親と銭湯に行ったんだー!久々に広い風呂で気持ち良かったよ!」


田中さんがデスクで伸びをしながら話す。


私は牧野さんを見る。


牧野さんと目が合う。


牧野さんはニコッと笑って席に戻る。


もしかして、牧野さん、田中さんを狙ってる?


それなら、全力で応援しますよ!









No.147

その日の夜。


雅樹が親子丼を作ってくれた。


とても美味しい。


味噌汁はインスタントだけど、作ってくれた事に感謝。


インスタントの味噌汁、美味しいし。


牧野さんは会社でも普通に接してくれた。


ご飯を食べながら「あのね、牧野さんって、田中さんを狙っているのかな。今日、田中さんの事を見てたけど…」と雅樹に話し掛ける。


雅樹は「そうみたいだね。まりが言ってから意識し出したみたい。今日言ってた」と話す。


「田中さんと牧野さん、お似合いだと思うけどな。雅樹はどう思う?」


「似た様な感じだから合うかもね」


「今度、セッティングしてみない?」


「楽しそうだね。いいね!」


雅樹も乗り気。


翌日。


立花さんに「実は…」と、土曜日の夜にスーパーで買い物中に牧野さんとばったり会って、2人の関係がバレた事、うちに来て泊まっていった事、牧野さんが田中さんを狙っている事を話す。


そして雅樹の前の彼女の事も聞いた事も話した。


立花さんは前の彼女の事を覚えていたみたいで「忘れていたけど…いたねー!そうそう!毎日長谷川さんを迎えに来ていたわ。見た目も派手な人だったから、最初、加藤さんの事を聞かれた時はびっくりしたんだ。長谷川さんって、派手な感じの人が好きなんだって思ってたからねー」と話す。


「そんな事よりも…牧野さん、田中さんを狙ってるの?いいじゃん!私もセッティング協力する!」


すごく乗り気な立花さんと一緒に飲み会をセッティング。


参加者は、私と立花さんと田中さんと、雅樹と牧野さん。


立花さんはこの日は、旦那さんに息子さんを預ける。


旦那さんも「たまには息抜きしておいで」と快くオッケーしてくれたと言っていた。


今週末の土曜日に、飲み会を開く事になった。


一旦帰宅後の19時半からの飲み会。


飲み会当日。


私と雅樹は一緒にタクシーで待ち合わせ場所の居酒屋前に向かう。


私達が1番乗り。


店の入口で待っていたら、立花さんが旦那さんに送ってもらっていた。


運転席にいる旦那さまに会釈をすると、旦那さまが笑顔で運転席から助手席の窓を開けて「いつもお世話になっています」と会釈をしてくれて帰って行く。


少し後に田中さんと牧野さんもそれぞれタクシーで来た。


そして皆一緒に店内へ。




No.148

「いらっしゃいませー!」


元気に若い男性店員さんがお出迎え。


「予約していた加藤なんですけど…」


すると男性店員はレジにあるバインダーを見て「はい!加藤様、お待ちしておりました!ご案内致します!」と言って、1番奥の個室に案内してくれた。


自然に、女性チーム、男性チームに別れて向かい合わせで座る。


男性店員さんが「お先にお飲み物をお伺い致します!」と注文を取る。


男性2人と田中さんは生ビール、私と立花さんはカクテルを頼む。


そして、男性チームと女性チームに別れてメニューを見る。


田中さんが「お腹すいた!いっぱい食べる!これ美味しそう!あっ、これも良くない?」と言いながら、メニューを決めていく。


飲み物も来て乾杯。


「お疲れ様でしたー!」


牧野さんが「ぷはー!うまい!だから仕事終わりの一杯がやめられないんだよなー!」と言っている。


ジョッキを見ると、もう半分飲んでいる。


田中さんも「わかりますー!最高ですよね!」と言って、牧野さんを見る。


「今日、飲み会があるから頑張ったんだよねー!」


牧野さんが言う。


雅樹が「いつもあんな感じで頑張れば、シフトも楽なのになー」とぼやく。


「俺、いつも頑張ってるぞ?ねっ、女性陣!」


すると田中さんが「牧野さん、頑張ってますよー」と棒読み。


「何だよー、俺働いてないみたいじゃん(笑)」


「そんな事ないですよー!」


田中さんが言う。


いつも率先立って話に入る田中さん。


食べ物も来て、飲み物もおかわりが来て、盛り上がって来る。


田中さんが「今日いるメンバーが1番楽しい!また是非皆で飲みましょー!でも、加藤さんいなくなるのか…でも、呼ぶからねー!」と言いながら、私の背中をとんとんと何度か叩く。


そして小声で「牧野さんって2人の事、知ってるの?」と聞いてきた。


私も小声で「知ってます、全部」と答えると「あっ、良かった。ヤバい!余計な事言っちゃった!と思って焦った!」と話す。


「大丈夫です」


すると牧野さんが「あれー?田中さんと加藤さん、何を話しているのかなー?」と聞いてきた。


田中さんが「牧野さんの悪口です(笑)」と冗談を言って笑う。


「えー?俺の悪口?俺、悪いところないからなー」


そう言って笑っている。









No.149

田中さんが「牧野さんって独身ですよね?彼女いるんですか?」って聞いた。


牧野さんは「いないよー?寂しい一人暮らしだよ?」と言う。


「私は寂しい実家暮らしです(笑)立花さんも加藤さんも落ち着いちゃったので、もう羨ましくて(笑)」


「俺もだよー、長谷川の野郎、いつの間にか加藤さんと付き合ってるし。知ったの先週だよ?びっくりしたわ」


私と立花さん、雅樹は黙って2人の会話を聞いていた。


そして「田中さん、俺と付き合ってみない?」とさらっと告白。


田中さんが「…えっ?今何と?」と聞き返す。


「俺の彼女になってくれない?最初はお試しでいいから」


田中さんが軽くパニックになっている。


隣にいた私に「ねぇ、今牧野さん、私に彼女になってくれないって言ってた?それとも、私の耳がとうとうおかしくなった?」と言って来た。


「耳は正常です。みんな彼女になってくれないか?と聞こえてます」


「えっ!えっ!?今日ってエイプリルフールでしたっけ!?それともどっきり!?」


そう言って、変な格好のままフリーズした。


私も立花さんも雅樹も、そんな田中さんを見て顔がにやけている。


牧野さんが「そんなに嫌かなぁ。傷付くなー」とボソッと言う。


田中さんは「いやいやいやいやいや!牧野さん好きです!大丈夫です!全然大丈夫です!」とよく分からない返事。


立花さんが「田中さん、ちょっと落ち着こうか」と言って、ビールをすすめた。


ジョッキ半分あったビールを一気飲み。


ふぅ。


田中さんが一息つく。


「牧野さんってデブ専ですか?私、デブだし、可愛くないし、何にも出来ないですよ?」


「田中さんは全然デブじゃないよ?明るいし、一緒にいて楽しそう。寂しい俺を慰めてよ」


「やだ、ちょっと夢みたい!本当に?加藤さん本当?これ現実?」


「現実です」


「…でも私、長谷川さんと加藤さんみたいにうまくやる自信ないけど…」


「俺は別にバレても仕方ないかな?と思ってる。こいつらが上手すぎなんだよ」


そう言って、私と雅樹を見る。


雅樹は下を向いて笑っている。


立花さんが「じゃあカップル成立って事でカンパーイ!」とグラスを掲げる。


「カンパーイ!」


戸惑う田中さんは、乾杯の様子を黙って見ていた。













No.150

田中さんは、結構酔っ払っている。


牧野さんが「大丈夫?」と寄り添う。


「いいじゃない。何か、牧野さんかっこいい」


立花さんが、田中さんを介抱する牧野さんを見て感心している。


雅樹は「牧野って、不器用だけど、好きな女は大事にするよ」と2人を見ている。


「田中さん、前の彼氏にフラれてから、ずーっと誰かいないかなー、寂しいなーって言ってたから、牧野さんと幸せになって欲しいですね」


私が言う。


立花さんが「そうだねー。今度は牧野さんとの、のろけ話を聞きたいね(笑)」と言って笑う。


3人で、田中さんと牧野さんを見守る。


飲み会もお開き。


立花さんは「私はそろそろ帰るわ!今日は楽しかった!また機会があれば、このメンバーで飲みたいね!じゃあまた会社で!」とタクシーに乗って帰って行く。


田中さんの酔いが少しさめた様子。


「大丈夫ですか?」


私が田中さんに聞く。


「ごめーん、飲みすぎちゃった!でも大丈夫!」


牧野さんが「送る!」と宣言する。


私に「田中さんちってどこ?」と聞いてきた。


「西町です。ボーリング場の裏の方です」


「うちからそんなに離れてないな。今日はこんないい機会を作ってくれてありがとう!田中さんを送ってくよ。じゃあまた会社で!」


そう言って、客待ちで停まっていたタクシーに乗り込む。


2人が乗ったタクシーを雅樹と2人で見送る。


田中さんにはサプライズ状態になった飲み会。


楽しかった。


田中さんと牧野さん、うまくいくといいな。


月曜日。


当番だった立花さんと田中さんが奥で話している。


「おはようございます!」


私が挨拶。


すると立花さんが「加藤さん!来て来て!」と手招き。


そして、給湯室に入る。


立花さんが「正式に牧野さんと付き合う事になったんだって!」と嬉しそうに話す。


「おめでとうございます!」


私も嬉しい。


そして田中さんが恥ずかしそうに「あの飲み会の後にタクシーの中で、手をギューっ!とされてキュンキュンしちゃって、真っ直ぐ牧野さんちに行っちゃった!」と話す。


立花さんが「という事は…?」と言うと「やっちゃった」と照れる田中さん。


展開早いなー。





投稿順
新着順
主のみ
付箋
このスレに返信する

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧