My Romance
あなたがいれば
他には何もいらない…
月も
海も
星も…
- 投稿制限
- 参加者締め切り
でもなんで私に話すんだろう。黙ってりゃわからないのに…。
『祥子さん、叔母は昔保育士をしていて今はボランティアで児童福祉関係の支援をしているんです』
『はあ…、明るくて面倒見の良い方だなとお話して思いました』
『祥子さん、一時的でも叔母の所で生活したらどうですか?』
『え?』
唐突な申し出で面食らった。
『どういう事でしょうか?話が…心さんの話の意味が見えないんですけど…』
大きな道路は青信号が続く。
心さんは少し間をおいてから話を続ける。
『叔母の家はDV被害者の方たちが一時的に避難する時があるんです。』
『でも、私はDVを受けてる訳じゃないですし…』
そう言うと心さんの顔つきが厳しくなった。
『心さん、私の家の事ご存知なんですか?…』
心さんは何も答えない。
だが表情がいつもの心さんの穏やかさがなく、何かをうったえているようだった。
(知ってる…知ってるんだ心さんは。私の家の事を。)
『どうして私と母があまり良い関係ではないことを心さんはご存じなんですか?』
『祥子さん。私も叔母もいろんな事情の人を見てきました。その中で感じたのは、親から強いストレスを受けて育ってきた人は自己否定感が強くどこか自信なさげで怯えた感があるんです』
『…確かに自分に自信はありませんが』
『私の思い違いならそれでいいんです。でも、こないだ倒れた事といい、今日のやつれ方といい、言わずにおられなかったんです』
『はあ…』
(そうか…あれは親が原因だと思ったのね)
『心さんの気持ちはとても嬉しいです。でも…』
ホームセンターの看板の灯りが見えてきた。
『母との関係が良くないのは本当です。でも私なら大丈夫です。大人ですし働いてますし、いつかは自立する予定で貯金もしてるんです』
車が駐車場についた。
『私も虐待の本やブログ読んだりしましたけど、私はまだ恵まれてる方だと思います。
暴力はなかったですし、学校も専門まで行けましたし…』
『叩いたり殴ったりだけが暴力じゃないんですよ』
『心さん…心さんのおっしゃりたい事わかってるつもりです。けど私なんかよりもっと大変な方がいると思うんです。出来たらその方たちの力になってあげて下さい。私なら本当に平気ですから』
『…』
心さんは何も答えず、私の方も見ない。
車の中から閉店間際のホームセンターの出入口を見つめていた。
『心さんからこんな事言われるなんて思ってもいませんでした。気にかけていただいてありがとうございました』
心さんは相変わらずホームセンターの方を見てて黙って聞いている。
『もう帰りますね。すき焼き美味しかったです。中尾さんとさきちゃんによろしくお伝え下さい』
そう言ってシートベルトを外そうとした、
その瞬間心さんの腕が私の身体を覆った。
その腕に力みはなく、抱き締められるという感じではない。
心さんの頬と髪が私に右頬に触れたのがわかった。
(え?…)
突然の事で言葉も出なかった。
身体が触れあっていたのはほんの5秒位ですぐに心さんは離れてくれた。
『すいません、つい…』
そう言って、
心さんは運転席から降り、助手席のほうに回り、ドアを開ける。
『どうぞ』
『あ、はい…』
『さっきのは気にしないで下さい…。深い意味はないので…。また月曜日、会社で』
小さく会釈して運転席に戻った。
『はい、ありがとうございました』
気にするなと言われても、気にならないわけがない。
戸惑う私は心さんをを乗せた車を複雑な気持ちで見送る。
頬と腕にはまだ心さんの柔らかな感触が残っていた。
徐々に心臓の鼓動が大きくなっていく。
(やだ…今頃ドキドキしてきちゃった)
家に帰り眠ろうとしてもさっき抱擁された事が頭から離れない。
(あれは多分、私の事を憐れんでした事なんだろう。例えて言うなら家を追い出された捨て猫を一瞬抱き上げヨシヨシって
頭を撫でたみたいな…)
男女の恋愛感情のようなものではない、憐れみなのだと私なりの解釈した。
しかし嫌な感じは全くなく
あのふわっと毛布か羽毛布団をそっと肩にかけられたような感覚は
どこか懐かしく
その温かみがまだ頬に.腕に残っている。
随分昔にも同じよな経験をしたような気がする…。
いつだったのか思い出そうとしてそのまま
眠りについてしまった。
朝起きた時、昨日はメールをチェックせずに寝てしまったことを思いだして、急いで携帯の電源を入れた。
『うわ』
ヒロさんからの着信とメールが10件以上届いていた。
一瞬入野課長の顔が頭をよぎった。
ヒロさんたらこんなストーカーみたいなことして…。
今日は日曜日。昨日か今日はヒロさんは婚約者と会っているんだろうに、それなのに私にこんなメール送ってくるなんて…。
無性にムカムカしてきて咄嗟に、すべて拒否設定に、してしまった。
いいんだ。これで。
気持ちとは裏腹にまだ思いが振り切れない自分がいた。
月曜日
お昼休憩、急いで搬入口へ行き土曜日のお礼を言った。
『昨日…いえ一昨日はありがとうございました楽しかったです』
『いえ、また来て下さいと叔母も言ってましたよ』
心さんはハグした事など無かったかのように淡々と私に話す。
『はい、色々心配かけちゃたみたいですみませんでした。
あの…心さん、昔私に会った事ありましたっけ』
『え?昔ですか、会ったことないと思いますけど…なにかあったんですか?』
『いいえ、私の勘違いです。ごめんなさい変なこと言っちゃって…』
やっぱり心さんが知ってる訳ないよね、私の記憶なんか…。
あのふわっと抱きしめられた記憶…。
あれは…
思い出そうとしてもなかなか思い出せない。
『なんでしょう?』
心さんは組んでいた足を下ろし背筋を伸ばして私の顔を見る。
『さっきみたいな格好した仏像知りませんか?』
『ぶ…仏像ですか?さあ…ちょっとわからないですね』
『そうですか…』
『その仏像がどうかしたんですか?』
『あの、ちょっと心さんに似てるなあと…』
『私にですか。』
心さんは驚いていたが嫌な感じでない苦笑いをした。
『祥子さんは面白い事言いますね笑。私は知りませんが、川村さんは博識だから知ってるかもしれませんよ』
『川村さん…そうですよね.川村さんに聞いてみます。すみませんでした失礼します』
お辞儀をし、そう言ってその場を後にしようとした時、
『あの祥子さん』
心さんが私を呼び止めた。
『はい?』
『いや、気をつけて』
何を言おうとしたのか気になったが、早くあの正体を知りたかったので急いで川村さんのいる食堂に向かった。
『川村さん、あのこんな格好をした仏像知りませんか?』
私はしかみ像のポーズをしてみせた。
『どうしたのいきなり。まずはお弁当食べたらどう?』
そうだった。焦る気持ちを落ちつかせ、いつもの場所に座りお弁当の包みを開けた。
『なに?仏像って』
西垣さんがたこさんウインナーを食べながら話しかける。
『昔見たんですけどどんなだったか忘れちゃったんで思い出したいんです』
『あーわかる。もやもやするもんね、そういうのって』
『祥子ちゃん、それはみろく菩薩よ、多分』
『え?ミクル菩薩?』
ぷっ
川村さんはお茶を吹き出しかけた。
『何ミクル菩薩て 笑 み・ろ・くよ弥勒菩薩。携帯で検索出来るでしょ』
『そうでした』
急いで携帯を取りだし検索してみた。
(これだわ…)
弥勒菩薩の画像を見て霧が晴れていくように、昔の記憶がだんだんはっきりとしてきた。
『祥子ちゃんどう?』
川村さんはゆっくりお茶をすすりながら私に聞く。
『やっぱりそうでした。この弥勒菩薩を小さい頃見に行ったんです』
『よかったじゃん。はっきりわかってさ』西垣さん。
『はい』
『でもさ、なんで急にその事思い出したの?』
(言えない…心さんにハグされて思い出したなんて)
『さっき心さんと話してたらなんとなく思い出しちゃって』
咄嗟に心さんに言った同じ言い訳をした
『わかるー。心さんて仏つか菩薩様みたいだもんね』
『はい』
自分が誉めらた訳でもないのに何故か嬉しい。
西垣さんが続けて話す。
『私がパートで入ったばっかの時、ちょうど繁盛期でさ、心さんが応援で4階に来たの。そん時すっごく親切に仕事教えてくれたんだよね~。今でも覚えてる』
『そうね。心さんは誰にでも優しいからね』
川村さんの言葉にドキリとした。
そう、心さんは私に限らず誰にでも優しい。
それは彼の良い所なんだけど…。
貧血を起こしたり、心労で痩せてしまったのが私じゃなくて、目の前にいる西垣さんであっても
心さんは私と同じように駐車場まで送ったり、ご飯を食べさせたりするだろうし、ハグだってするかもしれない。
そう思うとなぜだか少し切なかった。
『何こっちジッとみてんの祥子ちゃん』
西垣さんの問いかけに我に返った。
『いいえ、別に…』
『わかった!このおかず欲しいんでしょ、も~遠慮しないで言ってよ!』
西垣さんはそう言いながら箸で私のご飯の上におかずを置いた。
『う…』
それは私の嫌いなカボチャの煮物だった。
『心さん前はここの食堂で食べてたんだけどね。いつの間にか来なくなったんだよね』
と、川村さん。
『そうそう、よくここのコーヒー買ってたよね』
西垣さん。
『そうなんですか』
『まあちょっと此処混んでるからね』
(混んではいるが席に座れないほどではない)
好みでないカボチャを食べながら、今度はその話が気になっていた。
『そうですよね、すみません変なこと聞いちゃって』
すぐその場を去ろうとした。
『あ、祥子さん』
『はい』
『お母さんとはその後どうですか』
『はい、まあ…相変わらずです』
(私に関心があるのは母から嫌な事されてないかどうかって事だけなんだろう…菩薩の心さんだもの。それでも十分有難いんだけど…)
『良かったら相談にのりますから。ここでは話にくいでしょうから、電話して下さいね。叔母の所でもいいんで』
心さんは叔母さんの携帯番号を名刺の裏に書いて私に渡してくれた。
『はい』
気持ちがすっきりしないまま名刺を受け取り食堂へ向かった。
本当の事を言うと、母とは、ヒロさんと別れた日にすごいケンカをしてから、
何故か母は少し大人しくなってしまったのだ。
あの時は私もかなりの勢いで母に悪態をついたので、少しは母も堪えたのだろうか。
いやいや。今までが今まで。
反省とは無縁の人だ。
またどんな事がきっかけでヒステリーが起きるかわからない。
これまでと同じよう早く家を出たい気持ちには変わりがなかった。
それから自分なりにアパートニュースを見たりして物件を探したり、引っ越し費用などのお金の算段をして、自立に向けて徐々に準備をしていた。
12月23日の祭日
いつものように母の目を盗んで外出をし、図書館へ行ってから買い物を済ませ夜7時半頃家に着いた。
(早くご飯つくらなきゃ。お母さん怒らないといいんだけど)
車を停めた駐車場からそう思いながら市営住宅のエレベーターに乗り、家のある階に止まった。
家の扉の前に来て、私は固まってしまった。そして少し目眩を感じた。
宅配ヨーグルトの箱の、青い蓋の上に赤いバラと白いカスミ草の小さな花束が置いてある。
(どうして?…こんな事をするのはヒロさんだ)
花束を手に持ちバラの花を見つめる。
メッセージカードのようなものは見当たらない。
でも私がバラの花を好きだって事はヒロさんしか知らない…。
(いつ置いていったんだろう?)
そう思うのが早いか、すぐエレベーターに戻り、↓のボタンを押した。
(ヒロさん、まだ近くにいるの?…)
(早く、早く来て!)
エレベーターの表示は1からなかなか変わらない。
少し経ち、やっとエレベーターが着き開いた扉の中に入り閉と1Fのボタンを連打で押す。
一階に着き扉が開き、急いで建物の外に出た。
駐車場で小声で呼んでみる。
『ヒロさん、いるの?』
胸がドキドキする
『ヒロさん?』
もう一度呼び辺りを見回す。
(いない…もう帰っちゃったんだよねきっと)
(苦しい…
胸が押し潰されそう…
会いたいんだ…私…ヒロさんに…)
バラを見つめながらヒロさんの笑顔が浮かぶ。
公園で私を見守っていてくれた、優しい笑顔が。
必死で涙をこらえながら、駐車場から道に出てみた。
街灯の下で辺りを見回すが
もう暗くてわからない…。
(ヒロさん、いるなら出てきて。会いたいよ!)
『ヒロさん!!』
近くの人が聞こえる位のちょっと大きな声で呼んでしまった。
だが返事はない。
自転車に乗った男子高校生が私の声に反応し、後ろを振り返った。
駐車場に戻り自分の車のシートに座る。花束を助手席に置いたら涙が溢れてきた。
(やっと気持ちが落ちついてきたのに…どうしてこんな事するの?ずるいよ、ヒロさん…忘れようとしてるのに…)
手で涙を拭い、鞄から携帯を取り出した。
着信拒否をしていても履歴は残っている。ヒロさんの電話番号を見つめた。
駄目!
とっさに友人の美由紀に発信をしてしまったが留守電の案内が流れた。
(そうだよね。美由紀は彼氏と一緒にいるんだし…)
どうしたらよいかわからない気持ちを誰かに聞いてもらいたかった。
(心さん…、居るかな)
(駄目だよ、もう、心さんに迷惑ばっかかけてるんだから)
ハンドルに突っ伏し、色んな思いが頭の中を巡っていた。
このままではヒロさんに電話をしてしまいそう…。それだけは避けたかった。
(ごめんなさい…心さん…。もし、もし電話に出てくれたら…少しだけ話を聞いて下さい…)
財布の中から心さんの名刺を取り出し、画面のキーを叩いた。
トゥルルルルルルル…
【はい。広田です】
『もしもし…安藤です』
【祥子さん?今晩は】
『こ…今晩は…すみません忙しいのに電話してしまって』
【いいえ。どうかしましたか?】
胸が一杯で言葉が出てこない。
【お母さんと何かあったんですか?】
(違う…違うの…)
『わたし…』
【はい】
『…っと、心さん何してるのかなって…ちょっと電話してみただけなんです。ごめんなさい、何でもないんです』
やはり言えない…。
こんな事は自分で気持ちを立てなおすものだもの…。
【祥子さん】
『は、はい切りますね、ちょっと声が聞きたかっただけですから。すみません、失礼しました…』
【待って 祥子さん】
『はい…』
【明日、会えますか?会社が終わってからですが】
『え?でも…』
『クリスマスからお正月にかけては予定があるって言ってませんでしたか?』
【明日の用事はそんなに遅くならないと思いますから。大丈夫ですよ】
(じゃあ、デートで忙しいんじゃないのかな…)
【祥子さん、あなたが電話かけてくるなんて、よほど私に何か話したいんじゃないですか?】
いつもと変わらないヒロさんの淡々とした口調。
図星
『いえ、あの…母の事ではなくて…』
【あっとすみません、またこれから行く所があるんで。明日8時に駅で待ってて下さい。じゃ】
ガチャン
『え、え?あ、切っちゃた…』
心さんて意外と強引なんだ…。
すき焼きの時もそうだった。
けどやはり心さんの声を聞いたら大分気持ちが落ちついてきた。
(よかった…何とかヒロさんに電話しなくても済むわ。なんか心さんを利用してしまって申し訳ないな
明日…いいのかな…
どうしよう…)
ため息をつきながら助手席のバラの花束を見つめた。
翌日
仕事は定時に上がらず、心さんとの待ち合わせに合わせて7時まで残業してから駅に向かった。
8時ちょっと前に少し遅れるから駅前のマクドナルドで待ってて下さいと彼から電話をもらい、ポテトとコーヒーを頼み席で心さんを待ちながら、窓の外の行き交う人々を眺めていた。
去年のクリスマスはヒロさんと一緒ににP広場のイルミネーションを見に行った事が思いだされる。
(また…思い出しても仕方ないのに…)
8時半すぎ、心さんが慌てた様子で店に入ってきた。
『すみません、お待たせして』
紺色のジャケットを羽織った心さんは息を切らしている。
『いいえ、昨日は変な電話しちゃってすみません、本当に何でもないんです。心さん忙しいのに…』
『いや、いいんですよ。じゃ 行きましょうか』
『え?行くってどこへですか?』
『この近くに私がよく通うお店があるんです。知り合いもいるので』
『友達が来てるんじゃ私遠慮しますよ、申し訳ないです』
『いや、彼はやることありますから』
『?』
『と、とにかく行きましょう』
心さんにせかされ、すぐベージュのダウンを羽織りマックを出た。
(お店って、ラーメン屋さんかしら…知り合いってそこの従業員かな)
心さんの役所感漂う風貌からの精一杯の私の推察だった。
『笑 んな訳ないでしょう 笑 本当にボケますね。祥子さんは』
『すいません…』
(私だって違うと思ったけど一応聞いてみただけなんだけど)
『ヴィレッジヴァンガードというのは元々ニューヨークのジャズクラブの名称なんですよ』
『そうだったんですか、知りませんでした』
『知らなくて当然ですから。気にしないで。さて入りましょうか』
扉を開けるとそこはまさしくドラマで見るような、間接照明でムードのあるバーだった。
(嘘、すごい。心さん見かけによらずこんなシャレオツなお店に通ってるんだ)
客は8割ほどの中、カウンターに座り、チラと心さんの方を見る。
『私の事だから王将にでも連れて行くと思ったでしょう 笑』
『いえ…あの…』
図星
二人とも車で来ているのでアルコールは避け、心さんはジンジャーエール、私はアップルティを頼んだ。
『で、このあいだの電話で何が話したかったんですか?』
『はい…』
ヒロさんの顔が浮かんだ。
昨日、別れた彼が家に花を置いていった事、もう会わないと決めたはずなのにその時は胸が一杯になって彼を探し回ってしまった事を話した。
『こんな情けない話で昨日は電話しちゃってすみませんでした。でもお話してスッキリしました。もう大丈夫です』
『う…ん、祥子さんはまだ好きなんでしょう、彼の事が』
『え?えっと…正直よくわからないんです…』
『あなたの家に花を置くとか、彼の方も同じ気持ちだと思いますよ。一旦冷静になって考えてあらためてお互いが必要な存在だと気付いたのなら、ヨリを戻すのは何の問題もないと思いますよ』
心さんは菩薩の微笑みで話す。
『ヨリなんて…戻す気ないです。彼はひどい事したし…なのに会いたいと思ってしまった自分が悔しいし悲しいんです』
『ひどい事って何です?事と次第によっては黙っておられませんよ私は』
(あ、心さんDVだと思ってるみたい。どうしよう違うのに)
心さんの顔つきが鋭くなった。
(この人に誤魔化しは通用しない。
私の話を聴いてどうしたら良いのか真剣に考えてくれている。包み隠さず話さないと、聴いてもらってるのに失礼だわ)
カウンターの中の店員が気を聞かせて後ろを向きグラスを整理している。
『ちょっと言いにくいんですけど…』
私はヒロさんは他に付き合ってる人がいて、その人とは婚約している事。にもかかわらず私との関係は続けたいと言われた事を話した。
心さんに話すとまたその時の気持ちを思い出し、辛く悲しかった。
『祥子さんはその要求を断ったんでしょう?』
『もちろんです』
『それが当然だと思いますよ。彼の方はまだ諦められないようですが、祥子さんから連絡取らなかったのは賢明です。辛かったでしょうけど』
『心さんのお陰です。心さんの声を聞いて私は落ち着けましたから』
『いや…私は別に…その彼、早々に諦めてくれれば良いんですけどね。もし余りにしつこくされたらまた言って下さい』
『ありがとうございます』
♪♪♪♪
アプライトピアノの生演奏が聴こえてきた。
この曲
随分昔に見ていたアニメのエンディング曲だ
確かエヴァンゲリオンだったと思ったけど…。
Fry me to the moon…。バラード調のアレンジだ。
心地よい音楽の中、私は話を続ける。
『ストーカーとか、そこまでタチの悪い事をする人ではないと思うんです。彼には感謝してる部分もありますし。彼のお陰で私、少しですが明るくなれましたから』
それは本心だった。
心さんはグラスを手に持ち見つめながら、私の話を黙って聞いていた。
『その時はかなり落ち込みました…母とも喧嘩してしまいましたし、世の中終わりみたいな…』
『まあ、わかりますよ』
『今だに何故あんな事を言ったのか、彼の気持ちがわからないです。男の人って…』
『男の自分にもわからないですね。ただ…』
少し考えてから心さんは話を続ける。
『家庭を得ながらでも他に異性を求める人は男女問わず居ます。彼は悪い意味で自分に正直だったんでしょう。結婚相手も貴女も失いたくないと、エゴを貫こうとした。貴女の気持ちより自分の気持ちを優先させた』
『……』
心さんの言うとおりだと思った。
結局ヒロさんにとって私って何だったのだろう。
あんな事を言って私が受け入れるとでも思ったのだろうか。
だとしたら私は…随分と甘く見られていたのだろうな…。
そう思われた私ってやっぱり魅力のない女なのかと
こんなにお洒落なお店に居るのに
心さんだって隣いてくれるのに
素敵な空間のはずが、私の心は虚しさを感じていた。
『心さん』
うつむいたまま、また涙を堪えながら隣にいる心さんに訊ねた。
『どうしたら忘れられるんでしょう?』
『難しい質問ですね…。月並みですが、時間でしょうか』
『…』
他の人もそう言ってたけどやはりそれしかないのだろうか。
皆はどうやって失恋の哀しみを乗り越えてきたのだろう。
あまちゃんな私は乗り越えたであろう皆さんを尊敬する。
『自分がいやになります…いつまでもグズグズしちゃって…』
『自分を責めてはいけませんよ。辛いものはどれだけ時間が過ぎても辛いものです。相手の事を真剣に好きだったからこそ簡単に忘れられないんですよ。グズグズなんて思いません、誰も祥子さんを軽蔑なんかしませんよ』
『う……』
心さんの言葉を聞いて、涙がこぼれてしまった。
『あ…えと…ハンカチ』
心さんはジャケットのポケットの中を探す。
『私、持ってますから…あれ?』
鞄の中を探しても見当たらない。
(仕事エプロンのポケットの中に忘れちゃったのかな?)
『あ、ありました祥子さん』
心さんはズボンのお尻のポケットから取り出したのは
ハンカチではなく
機械を拭くウエスだった。
『あ…(汗)』
『うふ…』
二人顔を見合せて笑っていたら
店員がおしぼりを出してくれた
トゥルルルルル…
『ちょっと失礼』
心さんは携帯をジャケットのポケットから出し、店の外へでた。
私はおしぼりで瞼を拭い、残り少ないアップルティーを一口飲んだ。
『お嬢さん』
細身のスーツ姿のその人は、私に声を掛けながらヒロさんの座っていた席に腰かけた。
『何かリクエストしてもらえませんか?』
若くはないが、笑顔がさわやかな人にそう話かけられた。
気付けばピアノの音がしない。
(この人、さっきまでピアノ弾いてた人なの?)
『あの…私あまりジャズとかってわからないんです…』
『ジャズじゃなくてもいいんですよ、ジブリとかディズニー…痛てぇ!』
ラメのネイルをした白く細い指が、その人の耳を引っ張ってる。
『また、あなたったら!可愛い子見るとすぐこうなんだから!』
そう言っている女性は黒のニットワンピースを着て、耳を引っ張っていない左手は腰に当てて、仁王像のようだった。
『佐織ちゃん…』
『お嬢さん、このオッサンに変なことされませんでした?』
『ご、誤解だよぉ~リクエスト聞いてただけなんだから、ね、ね!』
その人は必死で私に同意を求めている。
『はい、そうです。何かリクエストはって…』
『この人は心さんのお連れさんなんだよ、ね!』
『はい…』
『まあ、心さんの?珍しいわね、女性連れて来るなんて』
佐織という名の女性は幾分か安堵した表情になった。
『佐織ちゃん、今日は来ないって言ってたのに…瑛子は?』
『お母さんに預かってもらったのよ。あなたを驚かそうと思って…なのに!』
『だ、だから誤解だってば!』
『何いつまでも其処に座ってるのよ、早く持ち場にもどりなさいよ』
『はい…』
その人はすごすごとピアノの椅子に座った。
『心さんたら、こんな可愛い人と付き合ってるなんて、全然知らなかったわ』
佐織さんは私の方を見て意味ありげに微笑む。
『いえ、ただ同じ会社なだけです。付き合ってなんか…』
『あらそうなの?心さんは、自分は恋愛しないって言ってたから、やっぱりそれは冗談だったのかって思ったんだけど』
『え?』
(恋愛はしないって心さんが?)
『三島さん、今晩は』
電話を終えたようで心さんが戻ってきた。
『ああ、心さん今晩は。いつもありがとうございます』
♪♪♪
曲が始まった。
『じゃ…』
佐織さんは私と心さんに笑顔で軽く会釈し、ピアノの一番近くのテーブル席に着いた。
『すみませんでした。席外して。何かありましたか?』
『いえ…リクエストはってあちらのピアニストさんに訊かれたんですけど』
『ああ(笑)』
ピアノの方へ目を向ける。
♪♪♪
あらためてピアノに耳を傾けると、すごく聞き心地がよい。
このバーの雰囲気にぴったりだ。
『素敵な演奏ですね、なんて曲名なんでしょうか?』
頬杖をついたまま心さんに訊ねた
『…これは
My Romanceです』
マイ・ロマンス
私の
恋
……
ピアニストと佐織さんは時折目を合わせ
お互い微笑みを交わす。
談笑や食器の片付けの
適度な雑音のするバーの中
二人の周りは柔らかで温かな月の光にも似た
輝きを放っているのを感じた。
『素敵なご夫婦ですね』
私は二人を見つめながら心さんに話しかけた。
『ええ。三島さんは恐妻家でもあり愛妻家でもあるんですよ』
納得。
そのあと
心さんには自立の為にアパートを探している事など話し、不動産屋さんの情報をもらったり会社の話をしてその店を後にした。
店の近くに車を停めた心さん は、駅の北口の駐車場に車を停めてしまった私を歩いて送ってくれた。
『今日はありがとうございました。素敵なお店に連れてってもらえて楽しかったです』
『いいえ。大したことも出来なくて』
(また心さんと行きたいなあ)
そう思ってはいたが、なかなか口に出せないでいた。
(もう駐車場に着いてしまう…。早く言わないと…)
『あの…また連れてってもらえますか? すごく素敵なお店だったんで、また行きたいです』
『いいですよ』と、菩薩顔の心さん。
(やった!)
やがて駐車場に着くと何事もなく、『じゃあまた会社で』
と言って別れた。
以前のようにハグをちょっぴり期待していた私は複雑な思いだった。
寒い冬空の下
走らせる車の中で、佐織さんが言った
『心さんは恋愛をしない』
という言葉を思い出していた。
それは本心なの?…
だとしたら、なぜ…
慌しく年末が過ぎ
年が明け、お正月
母は兄の所へ行っている。
兄は恋人と同棲をしているのだが、お正月は彼女が田舎の実家に帰っているので、そのあいだ母が遊びに行っているのだ。
母のいない家はとても快適で
久しぶりにゆっくりと過ごすことができた。
昼下がりに正月番組を観ていたら、携帯が鳴った。
トゥルルルル…
心さんからだった。
『あけましておめでとうございます』
どちらからともなく新年の挨拶をかわす。
『祥子さん、お願いがあるんですが…』
心さんが私に頼み事?
何をおいてもきかなけばならないでしょう。
『はい、何ですか?』
ドキドキ胸が高鳴るのがわかる。
『えっと、実はですね…』
心さんから話を聞いて、私は心さんの叔母さんの家へと車を走らせた。
玄関を開けると
心さんとさきちゃんとワンコが出迎えてくれた。
『いらっしゃい、すみません新年早々呼びつけてしまって』
心さんは恐縮していた。
『いいんです、全然ヒマなんで笑』
中尾さんは外出しているようだ。
『さきちゃんが、祥子さんと遊びたいと、うったえるものですから…』
当のさきちゃんは心さんの後ろに隠れている。
けれど
そんな風に思ってもらえてすごく嬉しかった。私でも役に立つことあるのかな。
秋に来た時と同じように、ボールで遊んだり、さきちゃんが持ってきた本を読んだりしていた。
心さんは、夕食の鍋の用意をしているようだったので、今度は手伝った。
夕食を食べ終わり、本の続きを読んでいたら、さきちゃんはソファで眠ってしまったので心さんはリビングの隣の畳の部屋に、布団を敷いてさきちゃんを寝かせた。
すぐ横のクッションの上にリンが来て、体を丸めていた。
まるでさきちゃんのボディーガードのように。
『うふ…可愛い…』
私と心さんはさきちゃんが眠ったのを見届け戸を閉めた。
私と心さんはキッチンに戻り洗いものの続きをした。
『年末にかけてずっと私とばかりといるのでさきちゃんも飽きてしまって…。本の読み聞かせとか上手に出来ないんで、さきちゃんは怒るし参っていたんです。いや、本当に助かりました』
心さんは食器を洗ったスポンジを手でぎゅっと絞った。
『そうでしたか、お役に立てて嬉しいです』自然と笑顔になる。
布巾で拭いたお茶碗。どこに片付けるかわからないのでとりあえず
テーブルの上に置く。
『もう気づいてるかもしれませんが、さきちゃんは叔母の子ではないんです。事情があり少しのあいだここで預かっているんです』
『そうなんですね…』
何となくだがそんな気がしていた。
『さきちゃん最初は情緒も安定しなくてたいへんでしたが大分落ち着いてきたんですよ』
さきちゃんの事を話す心さんは慈愛に満ちていてまさしく菩薩のようだ。
だが、年末年始このような過ごしかたされてるとしたら、なかなか女性とはご縁がないなのかもしれない。
だから恋愛しないのかな。
でも恋愛《出来ない》
ならわかるけど、しないっていうのはどうなんだろう。
片付けが終わり、心さんとはテーブルを挟み、住宅情報誌などで物件の相談をしてもらっていた。
だがやはり
佐織さんのあの
『心さんは恋愛をしない』
の一言かひっかかっていた。
そのもやもやに辛抱が出来ず
とうとう聞いてしまった。
『心さん』
『はい?』
『心さんはDTなんですか?』
『ち、違いますよ!』
即答された。それに何故か怒ってるわ。なんで。
『ダメですよ、うら若き乙女がDTなんて口にしては(汗)』
『じゃあ何て言えばいいんですか?これでもオブラートに包んで言ったつもりなんですけど。ハッキリ童貞って言ったほうがわかりやすいですよね、やっぱり』
『祥子さん、わかりやすいとかの問題ではなくて…ええと』
『人づてに心さんは恋愛をしないと聞いたものですから…DTかなと…』
心さんは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し一口飲む。
『今迄恋愛経験無かったわけでないんですよ。ただ、叔母の手伝いや色々してると彼女に恋人らしい事がしてあげられなくて、随分寂しい思いをさせてしまいましたから』
『だから最初から恋はしないと決めてるんですか?』
『…好きな人を不幸にしてしまうのは本意ではありませんから』
心さんは
何かを思い出すよう表情をしている。
『でも…でも…
恋って、しないと決めてそれで済むものですか?
決めたら好きな人って
出来ないんですか?』
心さんは返事をしてくれなかった。
『お茶入れますね』
和室から戻った心さんは、電気ポットをセットする。
『私、やります』
『いえ、座ってて下さい』
いつもの菩薩顔で
立ち上がろうとした私を手で制止する。
(普段の心さんに戻ってしまったわ…。続きはない…のかな)
『祥子さん』
『はい』
ドキドキがやっと落ち着いてきた。
『私が叔母に育てられた事は以前話しましたよね』
『はい、聞きました』
『両親に捨てられた私を叔母は引き取り可愛がって育ててくれました。だから今叔母が私を必要としているのならば、出来るだけ応えたいんです』
『…』
『祥子さんは若いしお綺麗です。
あなたを好いてくる人は沢山いるでしょう。しかし叔母の助けになる人物は私とか、あとは限られた人しかいないんです』
心さんはお茶が入った湯のみを私の前に置いた。
『今もこれからも、叔母の手伝いをやめる気はないんです』
私は
出された湯のみ茶碗から立ち昇る湯気を 、ぼんやりと見つめていた。
(だから…何だと言うの?自分の事は好きになるなと?)
『心さん、さっきのは…』
『あ…あれは、祥子さんがあまり無邪気だから、ついからかってしまったんです。申し訳ない…。
あなたに、良からぬ事をしようなんて、思ってませんから安心して下さい』
(それって、ちょっとひどくないですか?あんなにドキドキしたのに…)
すこし気分を害したのが心さんにはわかったようだ
『すみません、怒っちゃいましたか?』
『いえ、そんなことないです。えと、そろそろ私帰りますね』椅子から立ち上がる。
『祥子さん…』
心さんはバツがわるそうな顔をしていた。
からかっただけって本当なの?
わからない、心さんの気持ちが…。
カバンを持ち玄関に向かう
『今日は来てくれて本当にありがとうございました。あ、来週の土曜日の件また連絡しますから』
来週土曜日、物件を一緒に見に行く約束をしたのだった。
『こちらこそ、またご馳走になっちゃって、叔母さんとさきちゃんによろしくお伝え下さい』
『わかりました。さっきは本当に失礼な事を…』
『謝らないで下さい。私、心さんが思っているほど…』
『はい?』
玄関で靴を履き、お辞儀をした。
いつもの菩薩顔で微笑む彼だったが
見慣れたその顔よりも
つい5分前に私を見つめた
あの瞳が忘れられなかった。
もう一度あの瞳で見つめて欲しい…。
そう感じた瞬間、
持ってたカバンが手から落ち、心さんの頬に両手をあて
自ら唇を合わせた。
その温もりを感じたのは0.何秒。
ほんの、ほんの一瞬の出来事で
頭で考えてした事ではなく、体が意識する間もなく動いてしまったのだった。
『…ただ、からかっただけです。
ごめんなさい。でもこれであいこですよね』
『…』
捨てセリフのように彼に言うと急いで玄関を出て、車を発進させた。
車の中で私は、超高速の心拍と羞恥を感じながら
黙って私を見つめる心さんの
あの吸い込まれそうな瞳を思い出していた。
正月休みが終わった。
物流センターの休みは短く、出荷の都合で4日から出勤である。
心さんとどんな顔して会えばいいんだろう….。
今更ながら自分がとんでもない事をしてしまったと自覚した。
『祥子ちゃん、あけましておめでとう、今年もよろしくね』
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』
社員、パートの方と新年の挨拶を交わし、いつものように仕事を始めた。
いよいよ昼休憩になってしまった。
ダウンを羽織り、エレベーターを降りて外に出る。
搬入口に行かないのも、余計に意識しているみたいで、またやっぱり心さんが気になりいつもの場所へ足を向かわせた。
(あれ?いないわ….。逃げちゃったのかしら)
搬入口付近を見回した。
『あ、いた…ん?』
心さんは倉庫の中でフォークリフトに乗り、年配の男性と話込んでいた。
私にも気付いていないようだ。
(取り込んでるみたい…。今日は話しかけないほうがいいな)
話かけずそのまま食堂に向かう。
『祥子ちゃん、えらく早いじゃない。心さんいないの?』と、西垣さん。
『どなたかと話し込んでるみたいだったから遠慮しました』
『今日は初出荷だから仕方ないわ。久しぶりに会えたのに残念だったわね。』と、珍しくコンビニ弁当の川村さん。
『あ、はい』
本当はこないだ会ったばかりなんだけど…。
『今年は家出られそう?』
川村さんが、心配そうに私に聞く。
川村さんと西垣さんには、おおよその家の事情は話してあった。
『はい、近々物件見に行く予定なんです』
『そう…私も知り合いに不動産屋さんいるから、もし良かったら紹介するから言ってね』
川村さんも心さんも私のために申し出てくれて、すごくありがたかった。
(そうだ…家を出るのは私の長年の夢だったんだ。色恋の事ばかり考えてないでもっと自立にむけて頑張らなきゃ)
来たるべき自立する日を想像し、箸をぎゅっと握りしめながら私は気持ちを奮い起たせた。
『いいえ、広田さんはお見掛けしてません。あの、橋本さん、私がアパート探していること広田さんから聞いたんですよね…』
『ええ。あなたが流通センターに異動になったとき、心くんにあなたの事、頼んでおいた訳だし。あら、この話ししなかったっけ?』
『え?』
『橋本さん!』
村井部長が奥の営業部からやってきた。
『はい、部長今行きます。
ごめんなさい、安藤さんまたね』
橋本さんは村井部長と話ながら奥へと行ってしまった。
玄関フロアで一人たたずみ考え込んでしまった。
橋本さんから
【困ったことがあったら広田さんに相談するといい】
と言われたことは覚えている。
だが橋本さんが心さんに、私の事を頼んでおいたとは聞いていない…。
心さんは橋本さんから私の事を頼まれ、それを承知したってことなの?
じゃあ…
入口自動ドアか開いた。
『あ、祥子さん』
スーツを着た心さんがこちらを見て
いつものように微笑む。
私は軽く会釈をし、無言ですぐ
その場を後にした。
立ち去る背中に心さんの視線を感じていた。
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