とりかご
あはれに忘れず身にしむは
忍びし折々 待ちし宵
頼めし言の葉もろともに
二人 有明の月の影
思へばいとこそ悲しけれ
身にしみ忘れられないのは
忍ぶ恋の日待つ夕べ
2人で約束した言葉は
夜明けの月に浮かぶ影
思い出すたび
ただ愛しくて
14/11/28 07:36 追記
お気づきの方もいらっしゃると思います。
ベースは、とはずがたりです。
なのでラストは…ハッピーエンドになるかどうか。
そしてやっぱり書き手は、詐欺師つゆりです。
今回は携帯で書きためて投下更新の形です。
14/12/22 12:29 追記
スレもったいないんで黒雪姫と2本立てにしました。
紛らわしくてごめんなさい。
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少子化に拍車をかけたのが同性婚。
偏見が無くなり自由になった同性愛者は喜んだ。
しかし、その数は予想以上に多かった。
それが考慮され性に目覚める前の少女を娶り、多数の妻の1人にする。
少女達の婚姻年齢はわすが15~16歳だった。
有沢由真、14歳。
背中までのサラサラとした黒髪が印象的だ。
くっきりとした二重の大きな目にスッとした鼻筋。
少し気が強そうな口元。
私立の女子中学に通う普通の少女。
友人との話題はもっぱら
「嫁ぎ先が決まったか」
だった。
偏見が無い為かこの年齢で同性愛者もいる。
結婚グループと同性愛グループ。
意見の食い違いもあるがクラスの仲は良かった。
「親の決めた結婚なんて信じられないよ。ときめく気持ちとか経験したくないの?」
饒舌に語るのはクラスメートの神崎リン。
早熟な彼女にはすでに彼女がいた。
「だって親が決めた結婚相手だもの。間違いないじゃない。そして子供を生むのが幸せでしょう?リンだって兄弟16人いるじゃない」
由真は口を尖らせて反論する。
「16人もいるから余計だよ。母親同士はギスギスするし」
「私はきっと大丈夫だよ。あ、リンの彼女来たよ」
嬉しそうに恋人の元へ行くリンを見ながら、由真はまだ見ぬ相手を想像した。
「まーたリンにからかわれてたの?」
クスクスと笑いながら話しかけてきたのは、関口奈緒。
奈緒も結婚グループだ。
「あはは、恋愛は旦那様になる人とすればいいだけなのにね。奈緒はもう決まってるんだよね?」
「うん、斉藤家。卒業までに習い事頑張らなきゃ」
家事は覚える必要は無かった。
求められるのはピアノや琴、生け花や舞いと貞淑さ。
そして健康的な体。
ボタン1つで調理された料理が出てくる時代の中で、少女達だけが時代を逆行していた。
「私も早く旦那様が決まらないかな」
現実を知らない少女らしい無垢さで、由真は呟いた。
「ただいま、11階まで」
自宅のエレベーターパネルに告げる。
ボタンは無く、音声でエレベーターは動いてくれる。
由真の母親と兄弟達は11階のフロアに住んでいた。
父親は最上階。
他の母親や異母兄弟はそれぞれ違うフロアに住んでいるので、あまり顔を合わせる事は無い。
父親はその日の気分により、妻や家庭を選んでいた。
13階建ての自宅には子供が10人。
すでに独立していたり嫁いだ兄姉もいたので少なくなったほうだ。
「由真姉ちゃん、おかえり!」
妹の由香が抱きついてきた。
まだ小学6年生の由香は姉の由真が好きでたまらない。
「ただいま、今日は学校どうだった?」
「んっとね、男性心理学が面白かった!」
小学生から学ぶのは当たり前だった。由真も当然習っている。
「それ段々難しくなるからね。頑張れ由香!」
由真と由香。
名前が似ているのは父親が子供の名前を間違えない為だ。
11階の子供には母親の名前から一文字取り「由」の字がつけられる。
自立した兄は由春という名だった。
自室で着替え、少しテレビを見てから宿題に取りかかった。
【現代房中術】
男女の交わりの教科書だ。
結婚グループにはこういった教科書が配られる。
同性愛グループは進学して、大学に行くので進学に沿った教科書だ。
「なんかこの恥じらいながら慎ましく大胆に、ってわからないな。明日先生に聞かなきゃ」
その時ノックが聞こえた。
ドアを開けると母親の由里が笑顔で立っていた。
他の母親と張り合うせいか、年齢よりもずっと若く綺麗だ。
「今日ね、お父さんうちにいらっしゃるわよ。今日はうちが電気のフロアよ!」
「良かったね、お母さん!じゃあ私も今のうちにお風呂に入ってくるね!」
電気のフロアというのは、夫が過ごすフロア以外は外灯を消す事になっているから。
それが電気フロアと呼ばれるようになった理由だ。
午後8時頃、父親が来た。
「おかえりなさい、お父さん!」
由真と由香は8日ぶりの父の来訪を喜んだ。
母親はオートクックのボタンを押している。いつもより豪華な食卓になりそうで由真はウキウキした。
食事も揃い、食べ始める時に父親が話し始めた。
「実は由真の結婚相手が決まった。由真、嫁いでもイライラしたり他の奥さんに嫉妬したりしないで旦那さんに愛されるようにするんだよ」
「由真姉ちゃん、やったね!おめでとう!」
「嬉しい!お相手はどんな方?」
「いい青年でね、27歳。奥さんは今のところ6人だ」
頑張って愛されるようになろうと、相手が決まった由真は嬉しくてそれしか考えなかった。
その為少し浮かれすぎてしまい、無口になっている母親を見逃してしまっていた。
ベッドに横になり結婚相手の事を考える。年が近い事が安心だった。
うっかり名前を聞き忘れた事に気づいた。
一番重要な事なのに。
まだ父親はリビングにいるだろうから、部屋の自動ドアを開けてリビングに向かった。
「……?」
言い争うような声が聞こえた。興奮しているのは母親のようだった。
「どうして?よりによってなぜ由真をあそこに嫁がせるんですか?」
「由真ならうまくやれる。立花はまだ若いが思いやりのある男だよ。何より立花が望んでの話だ」
「中途半端に優しいから由真が辛い思いをしないか心配なんです」
(立花さん…。会った事もあるし聞いた事もあるけど、嫌な噂は聞かなかった。
お母さんは何を心配してるんだろう…。)
由真がわからないのも無理のない話だった。
昨夜の両親の話を気にしながら登校する。
由真は奈緒なら何か知っているかもしれないと思っていた。不安を消したかった。
教室に入り、奈緒の姿を見つける。
「あ!奈緒ちゃん、おはよう。私も結婚相手決まったよ。立花さんて知ってる?」
「立花さん?若いしいい相手だよ、おめでとう!」
「ありがとう」
ホッとした時。
「花集め…」
「花集めの立花だよ!嫁を集めるのが道楽で花集めって呼ばれてる」
言ったのはリンだった。
「ちょっとリン!本当かどうかわからない話なのに、由真が不安になるでしょう!」
語気を荒げ抗議する奈緒。
「それに奥さんが何人もいて当たり前なんだから、由真!気にしちゃダメだよ」
「…ありがとね奈緒ちゃん。大丈夫、会った事あるけどいい人だったもん」
由真と立花が会ったのはクリスマスパーティーの時だった。
人に酔ってしまい休んでいた時に飲み物を持ってきてくれ、気分が治るまで居てくれた。
だから結婚相手が立花だと知った時、由真は内心喜んでいたのだ。
「はぁ~、やっぱり異性愛者の感覚はわからんわ」
リンの呟きは無視する事にした。
それから15歳の誕生日を迎え、卒業と結婚に向け本格的な準備に入った。
「明日、定期検診に行くわよ。学校はお休みしなさいね」
母親にそう言われ、もう半年たったのかと気付く。
半年に一度の定期検診は義務だ。
病気は無いか、子供を宿す事はできるか、あらゆるチェックを受ける。
とは言っても昔のような辛い検査は無い。
全て血液検査で済んでしまう。
それを知らない由真が採血を嫌がるのは当然だろう。
最も採血もスタンプ式になり、ずっと簡易なものなのだが。
西暦2115年のこの世界では医療にとどまらず、全てが発展していた。
病気の早期発見ができ、平均寿命は延びた。
機械の発達や発明により便利になった暮らし。
高齢化社会となったが尊厳死制度も認められていた。
しかし出生率の下降は止まらない。
病院には由真と同じであろう少女の姿がチラホラ見かけられた。
検査結果が出るまでコンビニで暇を潰す事にした。
欲しい商品のケースにカードを当て、ボタンを押し商品を受け取る。
併設されている休憩所でソファに座り、備え付けの電子書籍を読んでいると声をかけられた。
「その作品好きなの?」
振り返ると同じ年頃の男の子だった。
「かなり昔の話だけど、好きですよ。それが何か?」
「ごめんね突然。心配しないで、俺は付き添いだから」
付き添い、という言葉を聞いて黙ってしまった。
病院に来る人は2種類いる。
由真のように検査に来る人。
早くに体に疾患が見つかり働きに出された人か、所得が少なく結婚できず資産家の家に働きに出ている人。
若さから見ても前者なのだろう。
「付き添い」という事は主人の検査の付き添いだという事だ。
暮らしは便利になったが貧富の差も激しくなり、仕事は機械に取られ働き口を探すのは困難になっていた。
下男、下女といった下働きが最も探しやすかった。
「俺も好きでさコレ。付き添いの時くらいじゃないと見れないから、仲間見つけて嬉しくてつい」
体を動かしているせいかバランスのとれた筋肉質な体。
それに似合わない人懐っこい笑顔が由真の警戒を解いた。
由真が気づかないだけで、付き添いへの無意識の差別もあったのかもしれない。
「ハッピーエンド後の主人公は、どうしてるのかなーっていつも思います」
「そこまで考える?いいじゃん。ハッピーエンドで」
「だってわからないじゃないですか。幸せのままなのか、また問題が起きるのか」
「なるほど…」
一時間程話していると主人に呼ばれたらしく、急いで行ってしまった。
由真の結果もそろそろなので第一待合い室へ行った。
検査結果は問題なかった。
病院で出会った付き添いの事もすぐに忘れた。
結納の代わりに婚約の御披露目が盛大に行われる事になった。
「僕の所に来てくれてとても嬉しいです。由真さん」
立花の誠実そうな対応や物腰に由真は惹かれた。
立花の他の6人の妻からもお祝いを受け、丁寧に挨拶をした。
妊娠中だというのにお祝いに来てくれた妻もいた。
うまくやっていけるだろうと実感した。
「僕の子を3人は産んで下さい。みんなで賑やかに暮らしましょう」
「はい、きっと皆さんと楽しく暮らせると思います」
立花が相手で良かったと心から思っていたが、由真は嫉妬や妬みを感じとるには幼すぎた。
「卒業が待ち遠しいです。立花さん」
無邪気に笑って立花にそう告げた。
卒業式は友人との別れが辛かった。
結婚組と進学組も進路に関係なく別れを惜しんだ。
「リンお医者さんになってね風邪ひいたら行くから。出産も任せちゃう」
「出産以外で診察したくないよバカ。お互い頑張ろ」
色々な友達と別れを惜しんでいると立花が現れた。
泣き顔を見られるのが恥ずかしくてうつむいてしまう。
「お別れは済んだかな?じゃあ明日は結婚式だから、これからうちに帰ろう」
「あの、うちって?私の家ですか?」
立花は由真を抱き上げ笑って言った。
「もう君は立花由真なんだから、帰る家は1つだろう?」
「でも父や母に何も言ってません、心配しちゃいます」
「大丈夫。僕から言ってあるし由真はもう僕の大切な妻だ。これから何も心配する必要は無いんだよ」
そのまま立花の家に連れて行かれた。
由真はこういった形が正式なのかもわからない。
心細さでいっぱいだった。
新居になる立花の家は、由真の実家とは違った。
広さや大きさは充分なのだが、プライベートになる個室はベッドとバスルームだけ。
普段の生活スペースは大広間だった。
全体に絨毯が敷いてあり、円形に段差がついている部分に腰掛けたりソファに座ったり各自くつろいでいる。
「あの、今日からよろしくお願いします」
他の妻達は制服姿の7人目の妻に何故か優しかった。
「すぐに慣れるから大丈夫よ」
「よろしくね、制服懐かしいわ」
その光景を見て、立花は満足そうだった。
「みんな、今までどうり仲良くして欲しい。新しい妻の由真だ」
それだけ言うと1人どこかへ行ってしまった。
由真は1人残され、どうしていいかわからない。
立ちすくみモジモジしていると、綺麗な栗色の髪の女性が話しかけてきた。
「由真ちゃん、私が最初の妻。椿でいいわ」
「椿さん…」
「旦那様には気をつけてね。新婚は多めに見てもらえるけど」
どういう事だろう?
旦那様を独占するなという事だろうか?
御披露目の時は優しかった妻達の視線が、立花がいなくなった途端に変わった。
心配しなくていいと言ってくれたのに、いきなり心細い思いをさせられるとは思っていなかった由真。
身の置きどころがなかった。
翌日の結婚式も控えてるので、与えられた自室で休む事にした。
結婚式とは言っても、7番目だからこの家で形ばかりの結婚式だ。
ウエディングドレスを着て祝福を受ける。
そして昔の慣わしに合わせ3日間は由真の部屋に立花が訪れる。
三日夜の餅という慣わし。
由真の母親もそうだったと聞いた。
母親の言葉を思い出す。
『夫に逆らわず嫉妬せず従順で』
不安で寝付けないでいると立花が部屋に来た。
「本当はダメなんだけど由真の顔が見たくて来たよ」
「1人にされて心細かったです…」
そう言いながら立花に抱きついた。
「すまなかった、仕事が立て込んでしまって。もう何も心配しなくていいから」
立花は軽いキスをして出て行く。
由真は明日の式が不安になっていた。
腰に大きなリボンをあしらった純白のドレス、ドレープが幾重にもなったウエディングドレスに由真は身を包んでいた。
ベールをかぶり、他の妻達や来客の前で愛を誓う。
たくさんの祝福を受けたが両親の姿はなかった。
今日から本当に立花由真だ。
不安は祝福で消えた。
心細さももう無い。
来客は口々に幼い妻を褒める。
立花は対応に忙しかったが、そつの無い言葉で返していた。
そんな立花を見て、やはり頼もしいと思ってしまう。
一生尽くさなければ、と改めて思っていた。
宴もたけなわ、由真は貧血を起こしてしまった。
主賓が2人とも消える訳にはいかないので、立花の従者が呼ばれた。
西園 圭。
幼く見えるが十五~二十歳の今まで立花に尽くしてきた青年。
元々は資産家の子息だったが、立花の策略により家が没落した所を立花に拾われた身だった。
立花に言いつけられ、由真を部屋に連れて行く圭。
お互い面識がある事はこの時は気が付かなかった。
一生気付かないほうが良かったのかもしれない。
由真は夜に備えて、貧血で重くなった体を休めた。今夜から3日間は立花が来てくれる。
その後は他の妻達との取り合いだが、母親に言われたようにすれば大丈夫だと思っていた。
立花を愛し始めていた。
若い時は錯覚に陥りやすい。
式やウエディングドレスなどは、幼い由真を恋させるには絶好のアイテムだった。
心細い思いも立花への想いを加速させたスパイスだったろう。
全て立花の思惑だった。
夜になり立花が部屋に来た。
「貧血の具合は?」
「もう大丈夫です。ごめんなさい、お客様に失礼な事をしました」
「いや、それは大丈夫。体調が戻って良かった。せっかくの初夜だからね」
「あ…」
初夜と言われ急に恥ずかしくなった。
照明の明かりが弱くなり、立花が由真に触れる。
鼓動が早くなる。
授業で充分勉強はしてきたが、実際に体験するとなると話は違う。
立花は優しく扱ってくれたが、鮮血と共に破瓜の痛みを知った。
「痛い…」
朝になり目を覚ました時には立花の姿は無かった。
初めて男性を受け入れた痛みは喜びになっていた。
あと2日、夜を過ごせば正式な妻になれる。
今日は部屋でゆっくり過ごそうと思い、クリーンボタンを押してからバスルームへ行く。
壁と天井からお湯とバスソープが噴射され、最後に温風で水分を飛ばしながら乾くのを待つ。
立ったままなので退屈を紛らわす為に液晶画面で流行りの歌を聞いていた。
会えなくて切ないという内容の歌はまだピンとこなかった。
バスルームから出るとベッドメイクは済まされている。
この家のクリーナーは早いなと感じると同時に、実家を思い出してしまい少し実家が恋しくなった。
両親が式に来なかったのは単に知らされてなかったからだ。
立花の家では子供が多い分、家を出たら関心は持たれなくなるのが当たり前だった。
だから結婚式を知らせるという発想が無かった。
そんな事は知らない由真はホームシックになり、それを立花に慰めてもらっていた。
自然と立花への依存も強くなる。
頼る気持ちと恋が混ざり合う。
第三夜には身も心もすっかり立花だけになっていた。
「明日は違う人の部屋に行くんですね」
「しばらくは由真だけだ。他の妻には今まで散々通ったし、妊娠中の妻もいるからね。由真は特別なんだよ」
特別、という言葉が由真は嬉しかった。
。
ただ、立花の言う特別は少し違った。
自分だけを愛し頼ってくれる存在。
由真はうまくそうなってくれた。
立花にとって通算14人目の特別な花嫁。
それからしばらく立花は由真の部屋に通った。
他の妻達は面白い筈もなく、あからさまに由真に辛く当たるようになった。
それに気づいたのは
例の青年、圭だ。
「他の奥様方の不満が溜まってらっしゃいます」
「かまわない。由真を守ってやればいいだけの事だよ、圭」
「お言葉ですが、あまりに差があります。どうかお考えを」
「…どうしたものかな」
由真への当たりが弱くなる方法を立花は考えた。
「すまない、由真。今日からは他の部屋にも行く事にした。少しほったらかしにしてしまったよ」
「はい、わかりました。そうですね皆さん淋しいと思います」
「それで部屋の支度を整えて欲しいんだ。そうだな、アロマや枕の支度を。今夜は椿の所へ行くから」
「それは…」
立花が他の部屋に行くのはわかる。
でもどうして他の妻を抱く部屋の支度を私が?
「夫の言う事がきけないか?」
「…わかりました」
それから由真は他の妻、5人の部屋支度を順番にした。
1人は出産だったので5人で済んだ。
嫁いできたばかりの幼い妻が寝室の支度をする様子は、初めは妻達の溜飲を下げた。
たが泣くのを堪えている15歳の由真の姿は、さすがに他の妻達の憐れみを集め始めた。
「旦那様はあんまりです」
そんな声が出始めた頃、立花は安心したが由真の心は立花を信用できなくなっていた。
愛情はある。
でも本当に自分を特別だと思っていてくれたら、こんな惨めな思いはさせない。
もう信じきる事ができなかった。
庭のベンチに座り、星を見ていた。
結婚は思っていたよりもずっと過酷だった。
母親のように部屋でのんびり夫が来るのを待っていればいいと思っていた。
家に帰りたいけれど、そんな事は許されない。
「奥様、風邪をひきますよ」
あわてて涙をごまかし顔を向けると、圭がいた。
「旦那様が心配します。さあ」
「心配なんかしないわよ。私なんか結局、数いるうちの1人です」
「ハッピーエンドじゃなかったですか?」
「ハッピーエンド?」
「ヒントは病院。忘れちゃいました?」
「あーっ!付き添い!」
「西園 圭です。旦那様の秘書兼雑用係。圭って呼んで下さい、それから人を指差してはダメですよ」
笑いをこらえた圭がいた。
「じゃあ知ってるでしょ?私が今どんな事をやらされてるか」
「はい、でもそれも旦那様の愛情だと思いますよ」
「愛情があったらあんな事させられないわよ。もう飽きられちゃったに決まってる」
「他の奥様達の支度をする。それを見た奥様達はあなたへの嫉妬が無くなる」
「それならもっと違うやり方がある筈でしょう」
「意外と頑固なんですね。旦那様にとっては、たったひとつの冴えたやり方だと思ってる節がありますよ」
くくく、と小さな子供の失敗を笑ってるような圭。
「圭、このまま旦那様の愛情が無くなったらどうなるのかな?」
「それこそいらない心配です。部屋に戻りましょう」
「うん、また話し相手になってくれる?その…この家だと他にいなくて」
周りは愛情を奪い合うライバルだらけ、頼りの夫は他の妻の相手ばかり。
寂しくて話し相手に飢えていた。
「いつでもいいですから、さあ」
「ありがとう、圭。おやすみなさい」
笑って手を振り玄関へと向かう由真を見送る圭。
使用人の自分にお礼を言う由真に少し驚いていた。
大広間に戻ると騒然としていた。
泣いている人も何人かいる。
「何かあったんですか?」
いつも冷静な椿に聞いた。
「妊娠中だった3番目の恵美、出産のトラブルで亡くなったそうよ」
椿は沈痛な面持ちで教えてくれた。
他人事では無い。
この時代の医療は進んだといっても、出産は女にとって命がけだった。
由真は言葉が出なかった。
葬儀はしめやかに執り行われた。
立花は無表情で立っている。
感情は読み取れないが悲しんでいるだろうと思い、声はかけられなかった。
葬儀が終わり数日後、由真の部屋に立花が来た。
「恵美さんの事は何て言ったらいいか…」
「その話はもういい。由真、お前は俺を置いていかないでくれ」
いつもの口調ではなかった。
それだけショックを受けているのだろう。
ショックと共に立花を受け入れた。
それから立花はまんべんなく妻達の部屋を訪れるようになった。
由真の部屋が若干多かったが目立たない程度だ。
由真はどうしても以前のように立花を受け入れる事ができなくなっていた。
信頼が無くなると、嫌でも態度に出てしまう。
「あの時はああするしか無かった、由真の為にした事なんだ」
「わかっています旦那様」
交わりの後、このやりとりを何度繰り返しただろう。
それでも湧いてくる感情は抑えられなかった。
顔を見ないで返事をする事が多くなっていた。
いくら特別とは言われても所詮は数いる中の1人だという事実を痛感してからは、なかなか気持ちが戻らない。
そう感じてしまうのは愛情からだという事には気づいていなかった。
代わりに圭といる時間が楽しみになってしまっていた。
他愛のない話や好きな食べ物や楽しかった思い出話。
いつしか、立花が他の部屋に行く時は圭が由真の部屋に来るようになっていた。
「圭!いらっしゃい、それは何?」
「ジェンガです。これをこう…抜き取って、上に乗せていく。崩したほうが負けです」
「わかった!私から先でいい?」
ゲームに夢中になる2人は一見微笑ましいが、主人の妻と使用人の関係だ。
ジェンガが崩れそうになった時、互いの手が触れた。
手が、離れなかった。
「圭…手を離して」
「崩れて音が響いて人が来ます。すみません、ジェンガは失敗でした」
「じゃあゆっくり、そうっとね」
触れている手が熱い。
「圭…手を動かして?」
「……。」
「けい?」
「嫌です、と言ったら?」
「からかわないで!」
思わず圭の顔を見る。
圭の目はまっすぐ由真を見ていた。
窓の外の雪が目に入る。
――ああ、だからこんなに静かな夜なんだ
ここからは私、由真がお話しいたします。
手が触れたまま圭と見つめ合い、動けませんでした。
「主人の奥様を好きになってしまったら、どうしたらいいんでしょうね」
どこか悲しそうに問いかける圭に、私は答えられませんでした。
「あなたが泣くと苦しいんです。あなたが笑うと嬉しいんです。でも違う顔も見たくなりました」
手は触れあったまま唇を重ねられました。
静かに崩れていく積み木に反比例するように、私達は抱き合いました。
無理矢理ではありません。
どこかで望んで、諦めていたんです。
雪が降る夜。
圭と結ばれました。
圭と罪を作ってしまいました。
それからは旦那様が他の部屋に行く度、私と圭は短い逢瀬を重ねました。
重婚が認められている今、不倫や浮気など都合のいい言葉はありません。
裏切りです。
露見したら圭はもちろん私も罪を問われるでしょう。
引き返す事はできました。
拒絶する事もできました。
でも私はそれを選ばなかったのです。
淋しさからだったのか、圭を好きになったからなのかはわかりません。
ただあの雪の夜に結ばれた事は幸せでした。
旦那様を愛しながら圭に恋をしました。
初めて自然な恋を知った私は夢中になり、恋に溺れました。
そしてお腹に子を宿した事がわかったのです。
旦那様に妊娠を隠せるはずがありません。
妊娠した事を告げました。
「本当か!?由真との初めての子だ、大事にしてくれ。絶対走らないようにな」
とても喜んでくれました。
ですが、情けない事にどちらの子かわからないのです。
安定期に入れば胎児のDNA鑑定は検診の時にされてしまいます。
私は賭ける事にして旦那様にお願いしました。
「初めての妊娠で不安です、安定期まで里帰りをしてもいいですか?」
「淋しくなるけど仕方ないな、つわりも酷かったら無理はしないで。体を休めて母親に甘えるといいよ」
優しい言葉は裏切り者の私に刺さりました。
こうなって初めて自分の過ちの重さに気づきました。
そして旦那様と圭に爪をもらい、実家に帰りました。
取り返しのつかない過ちを犯していながら、圭の子であって欲しいと願ってしまったのです。
「旦那様が出かけた時を見計らって会いに行くから」
圭との繋がりが消えると思っていた私には、何より嬉しい言葉でした。
両親は温かく迎えてくれました。
結婚式の事を知らされていなかった事はこの時知りました。
「家によって違うから仕方ない」
父親のこの一言で終わりました。
そして旦那様を想い圭を想いながら過ごしていると、以前聞いた歌が思い出されます。
会えなくて切ないという意味が、わかりました。
安定期に入り私は偽って圭の爪を出しました。
親子関係が証明されました。
圭の子ですが、旦那様の子として産まれます。
こっそりと会いに来てくれた圭と喜びました。
旦那様の子だったと言えば良かったのに、更なる裏切りの共犯者にしてしまったのです。
そして旦那様が新しい奥様を迎えた事を聞きました。
安定期も過ぎ旦那様の家に戻りました。
「長く里帰りしてしまいすみませんでした。新しい奥様、おめでとうございます」
責める資格の無い私は笑顔で言えたと思います。
「ありがとう。由真もお腹が目立ってきたな、また賑やかになるのが楽しみだよ」
旦那様の嬉しそうな様子に涙がでそうになりました。
何の価値もない涙は部屋で流す事ができました。
圭は旦那様のスケジュールを管理していましたから、以前のように私の部屋に来るようになりました。
「俺の子なんだ、会うのが今から楽しみだ。本当に」
ふくらんだお腹を撫でてくれます。
2人の男性に待ち望まれるという、我が子の奇妙な状況は愚かな母親が作りました。
そしていよいよ出産になったのです。
初めての出産はとてもつらいものでした。
丸2日かかりやっと産まれた男の子。
旦那様の喜びは表現できません。
不義の子を抱かせる事は想像した罪悪感を遥かに超えました。
「じゃあ、このままナニーに育てさせるから由真はゆっくり休むんだよ」
「どういう事ですか?」
「由真は早く体を回復させて、また子供を産んでくれなければ。わかるね?」
病院から帰り、すぐの出来事でした。
初めての我が子。
圭と私の子供。
立花家のナニーに育てられ、私の手元では育てられませんでした。
それでもたまに会えたのは、まだ幸せだったのかもしれません。
慰めてくれる為に頻繁に来てくれる様になった圭。
それが誰かの目に留まってしまいました。
旦那様の疑いや怒りは静かなものでした。
『妻の寝室に出入りした』
という事で圭は下働きになり、私達は会えなくました。
今でも思い出すと怖くなる旦那様の言葉。
「圭とは残念だったな」
それでも私は離婚はされませんでした。
いっそこの時に捨てられていれば良かったのです。
圭と私の子は2歳で風邪をこじらせあっけなくこの世を去りました。
それから程なく圭が結婚しました。
お相手は同じ下働きの女性でした。
羨みました、どうして私は下働きじゃなかったんだろうと。
旦那様の手が廻ったのかはわかりません。
わかるのは子供がいなくなり圭は結婚し、私は誰からも必要とされなくなった事だけでした。
悪い事は続き、両親が事故で亡くなりました。
兄が葬儀をしてくれたのは覚えています。
私は部屋にこもりがちになりました。
旦那様は同情してくれたのでしょうか。
憐れみだったのでしょうか。
とても優しく慰めてくれるようになりました。
「もう帰る所も無くなった。ここに居て、僕を頼りに生きていけばいい」
繰り返しそう慰めてもらい、私も徐々にその言葉と旦那様に頼りかけていました。
大晦日の夜、旦那様は新たに迎えた奥様と過ごされます。
夜11時を過ぎた頃、部屋のドアが小さく鳴りました。
懐かしいリズムで。
急いで開けると圭がいました。
「圭…」
私は犯した過ちも忘れ抱きつきました。
「今日なら旦那様は絶対にいないと思った、会いたかった」
「結婚したって…子供が…あの子が…ごめんなさい」
感情が高ぶり涙がでて、自分でも何を言いたかったのかわかりません。
「子供の事は聞いてる、色々大変だったな。噂は上から下に流れてくるから、そばに居れなくてごめん」
そして圭に抱かれました。
懐かしい顔に優しい手、柔らかく茶色に光る髪。
全てが愛おしく感じました。
あんなに慰めてくれた旦那様の事も忘れ、圭との触れ合いが楽しく幸せだったのです。
幸せな時間はあっという間に過ぎ去りました。
「じゃあ、また必ず会いに来るから」
そう言って圭は部屋を出ていきました。
立花家の第15子として産まれ、物心がついた時は周りは兄弟姉妹ばかりだった。
たまに会う母は父の関心を得る為に必死で、自分の子供には興味の無い人だった。
認められたくて資格や語学、勉強にのめり込み大学卒業後に勤めた会社を辞め自分の会社を興した。
これで母に認めてもらえると思ったが、無駄な期待だった。
最初の妻は遠縁にあたる椿だった。
椿に愛情は無かったが、ただ愛されたかった。
愛情が欲しかった。
そんな結婚がうまくいく筈も無く、椿は表面の愛情を表すだけだった。
自分を愛してくれる女を求め、次々と妻を迎えたがみんな同じだった。
徐々に愛情も諦め、子供を産んでくれるだけでいいと思うようになっていった。
来客に妻を抱かせる事もしたが、それを喜ぶ妻もいた。
そんな妻はその相手に譲り、仕事は益々順調になった。
気づけば「花集め」などと呼ばれるようになっていた。
愛され方がわからない自分は、ただ子供が残せれば良かった。
仕事の付き合いで有沢家のクリスマスパーティーに行った。
具合の悪そうな少女がいたので、少し心配になり介抱した。
細い体を支えているとお礼を何度も言われ、頼られる喜びを初めて知った。
こういう少女なら自分を愛してくれるかもしれない。
自分だけを頼って甘え、愛してくれるかもしれない。
その少女は有沢家の娘だと名乗り、また礼を言い部屋へ戻っていった。
仕事に忙殺され贅沢だけを望む妻達を抱く毎日に戻り、その少女の事は忘れていた。
ある日、有沢家の少女を見かけた。
綺麗なロングの髪ですぐにあの時の子だとわかった。
制服姿で友人と屈託なく笑う姿を見て、どうしても欲しくなった。
あの少女なら自分を愛してくれる。
捨てきれない幼稚な感情だとはわかっていた。
早々に有沢家に結婚の申し込みに行った。
幸い結婚相手は決まっていなく、有沢氏は快諾してくれた。
愛され、愛する事ができるかもしれないとガラにもなく少し浮かれた。
卒業が待ち遠しかった。
待ちきれなくて卒業式に赴き、そのまま自宅へと連れ帰った。
有沢氏には事後承諾で許してもらえたが、もう自分の妻なんだからいいだろう。
わざと由真を1人にし、不安にさせて自分だけを頼るように仕向けた。
か弱く頼ってくる由真に夢中になっていった。
部屋に行った時の嬉しそうな顔や態度で、やっと欲しいものが手に入ったと思い由真を愛した。
由真ばかりをかまってしまい、他の妻が不満に思っているのは圭に言われてから知った。
仕方なく他の妻の相手もする事にした。
由真はつらいだろうが落ち着けば全てわかってくれると思った。
誤算だった。
由真の態度は固くなり、なかなか理解してもらえなかったが、そんな態度も嬉しく可愛いかった。
出産で死んでしまった恵美の時も、由真がこうなる事が怖かった。
由真を失う事だけを恐れた。
由真が妊娠した時は嬉しくもあり、心配でもあった。
里帰りしたいと言う由真の気持ちもわかるので許した。
無事に子供も産まれ幸せだった。
照れくさかったので由真には内緒で、毎日のように子供に会いに行った。
そんな時、椿に呼び止められた。
「圭が由真ちゃんの部屋に出入りしているようです。まさかとは思いますが、お気をつけ下さい」
圭と由真の密通なんかあり得ない、証拠は椿の言葉だけだ。
だが、嫉妬にかられてしまい圭を降格させた。
辞めさせなかったのは圭の親の会社を潰した後ろめたさからだった。
その罰だろうか。あれほど成長を望んだ由真との子が死んだ。
罪滅ぼしに圭に嫁をあてがった。
由真への愛情から皮肉を言った時もあったかもしれない。
断れない縁談がきて妻がまた増えたが、あまり関心は無かった。
由真の両親が事故で亡くなり、見るからに落ち込んでる姿は放っておけなかった。
もうここにしか居場所が無くなった由真の状況を嬉しくも思た。
これでもう由真はどこにも逃げられない。
ずっとそばにいてくれる。
もし他の男に言い寄られても俺に頼って生きていくしかない、俺の由真。
この鳥籠の中にいて
俺だけを頼りにして
俺だけを愛してくれ
ここからまた由真がお話いたします。
『また必ず会いに行く』
圭のその言葉を希望に、少しずつ元気になり数年が経過しました。
私も24歳です。
圭とはあれから会えていません。
旦那様のパーティーが開かれ、取引先の方を紹介して頂きました。
鷹司(たかつかさ)様という方でした。
40歳くらいでしょうか、とても紳士的な方でした。
一通り挨拶も済み、部屋に戻り汗を流しました。
バスルームから出るとベッドに鷹司様が座っていました。
状況が理解できませんでした。
何故なら部屋のドアは外からでは私か旦那様の音声でしか開かないのです。
「さっきも会ったね由真ちゃん、立花さんからの伝言だ。相手をするようにってね」
微笑みながら、そう言われました。
旦那様がそんな事を言うはずありません。
逃げようとしましたが、すごい力でベッドに押し倒されました。
気持ちの悪い感触が体を這いずります。
ひたすら抵抗しましたが、無駄でした。
心の中で助けを呼びました。
圭の名前を呼びました。
旦那様の名前を呼びました。
長い長い時間が終わり、泣いている私の頭を撫でてから鷹司様は出ていきました。
悪い夢だと思っても体にはしっかり違和感が残っています。
茫然とし、泣きながら体を洗い流しました。
ベッドで泣いているとお酒に酔った旦那様が部屋に入ってきました。
すぐに鷹司様の事を言おうとした時です。
「お疲れ様、由真は喜ばないで泣いちゃったのか」
そして本当に嬉しそうに抱きしめられたのです。
目の前が真っ暗になりました。
仕組まれたんだ、と。
もう私にはそんな価値しかないんだとわかりました。
旦那様を裏切り、圭の子を産んだ女です。
こんな扱いをされても仕方ないのかもしれません。
それでもぶつけようのない思いが湧き上がり、泣くしかありませんでした。
そしてその時にブレス・フォンを渡されました。
腕にはめる通話通信機です。
「常にはめておくようにな、呼んだらすぐに来るんだよ」
それが何を意味するのかわかり絶望しました。
このブレスで何度も呼ばれ、その度に覚悟しましたが大抵は大した事の無い用でした。
…鷹司様の時もありましたが。
広間で次のパーティーの話を聞いている時、目眩がして座るのも辛くなりました。
二度目の妊娠でした。
早速、旦那様に報告しました。
「今回はダメだ」
「…え?」
「鷹司の子の可能性もある。今回は堕ろせ」
全身の血が沸騰しました。
旦那様が仕組んでおいて、という気持ちが強かったと思います。
後先を考えず逃げようとしましたが庭で捕まり、そのまま入院して堕胎する事になりました。
手術の日。
お腹の子に謝りながら意識が遠くなり、麻酔から目を覚ますと懐かしい人がいました。
同級生だった神崎リンが白衣を着て立っていました。
「久しぶり、色々聞いてるよ由真。あんた今幸せ?」
「リンこそ…最近厳しいらしいのに、お医者さんてこんなに早くなれるの?」
白衣姿のリンはとても頼もしく、そして少し怒った顔をして言いました。
「医者不足だし、これでも有能なんだよ」
私は色々打ち上けました。
結婚の事。圭の事。
子供の事。襲われた事。
そして今回の堕胎の事。
「離婚して逃げちゃえばいいじゃない」
「逃げたけど捕まっちゃった。それにあの家を出たら圭に会える可能性が本当に無くなっちゃう。それだけは嫌」
「ふーん、その圭ってフルネームは?」
「西園 圭…」
「わかった。ちょっと色々調べてみるわ」
そう言い残し、リンは白衣を翻し病室を出ていきました。
その後はいなくなってしまった赤ちゃんに謝り続け、タオルが手放せなかった事を覚えています。
旦那様がお見舞いにきてくれましたが、あまり会いたくありませんでした。
「体調が不安定だと聞いたが大丈夫か?由真」
「……あまり」
「体に負担がかかったんだろう。ゆっくり休むといい。帰ってくるのを待ってるから」
…帰る?
…あの家に?
そう考えた途端、嘔吐していました。
検査した結果、精神的なものという事でした。
旦那様にも説明が行き、1ヶ月入院できる事になりました。
久しぶりの開放感を味わえました。
人目を気にしなくていい事が、こんなにも心を軽くするなんて。
痛いくらい寒そうな朝、病室の窓から外を見ると雪が降っています。
雪を見ると圭との夜が思い出されました。
こんな寒さで仕事は大丈夫なのか。
風邪はひいてないだろうか。
あれから元気でいるだろうか。
幸せでいてくれているだろうか。
まだ私を覚えていてくれているだろうか。
入院生活にも慣れた頃、泣いている家族らしき人達を見かけました。
「尊厳死で逝かれたんだけど、泣いてくれるご家族がいたなら複雑よね…」
ナースさんの呟きが聞こえました。
尊厳死。
身分証明書と強い希望があれば受けられる制度です。
私はこの時に尊厳死を望むようになりました。
両親も子供もいない、兄弟とも疎遠。
旦那様も今は10人の奥様がいる。
お見舞いには来てくれるけどすぐに忘れるだろう。
圭とはもう会えないのは薄々わかっている。
私が死んで泣く人はいないし、思い残す事もない。
早速リンに相談しましたが、いい顔はしてくれませんでした。
腕のブレスで非合法の尊厳死会社も調べましたが、どれも胡散臭いものばかりでした。
そんな事をしていると仕事帰りなのか、私服のリンが訪れました。
「あんたの西園圭だけど、2年前に離婚して解雇されてる。
行方はわからない。どうする?」
圭のいない家に2年も気づかずにいた事よりも、行方が気になるに決まっています。
「探したい…探して見つけたい」
「資金は?まずはお金が必要になるよ」
「あ…」
そうです。私は不自由なく生活させてもらっていましたが、自分のお金は持っていませんでした。
「そのブレス売りなよ、限定品で機能もいいしまとまった金額になる」
「売れるの?どこで?」
リンは爆笑して
「これだから結婚組は」
と言いブレスを預かってくれました。
そして先払いだと、しばらくは暮らせそうな金額を渡してくれました。
「それにね、これ発信機になってる。手術前に盗聴機能は外しておいたから大丈夫だけど、持たないほうがいい」
発信機に盗聴器。
気がつかない自分に呆れました。
「やる気になってくれて良かったよ。これでまた死にたいとか言われたら、手の打ちようが無かった」
「手の打ちよう?」
「うん、まず由真。
あんたそのお金で尊厳死して別の人間になりなさい」
そしてリンは私でも理解できるように教えてくれました。
尊厳死も犯罪や借金があればできない事。
調べてそれらが無ければ、事前の希望ですぐに火葬もできてしまえる事。
出産を終えてから、重婚制度で苦しんでる妻がそれを利用して尊厳死を選ぶ事がある事。
「だって替わりの遺体は?」
「ここ病院だよ?詳しくは言えないけど、色々な事情の人がいるんだよ」
「そんな事してリンは危なくないの?」
「前に先輩ドクターが事情のある患者さんにやったの見てるから大丈夫」
頼もしいと言うか、不謹慎と言えばいいのかそんな笑顔でした。
そして体調不良を装い入院を続けていると、その日はきました。
リンに連れられた痛々しい姿の女性。
話を聞くと、子供を次々と8人産まされた後に離婚され、身寄りも無く死を選んだと言っていました。
「私はもう帰る所も無いし、疲れてどうでもいいんです。
役に立つなら私の名前を引き継いで下さってかまいません」
そう言われ急に怖くなりました。
本当にこんな事をしていいのか。
いらないからといって、他人の人生をもらってもいいのか。
決心した筈でしたが、いざとなると踏ん切りがつきません。
「あの、でも生きていたらいい事があるかもしれませんよ?」
私の偽善的で無責任な発言でした。
事情を聞いて後悔しました。
大勢いるからといっても、自分の妻にそんなにひどい事ができるのかと言葉に詰まりました。
「割礼ごっこだそうです。これ以上は必要ないからと縫われました、もう男の玩具になるのは嫌なんです」
処女割礼。
聞いた事はあります。
本来は少女に施す、処女性を重視した外国の古い残酷な風習だったと。
そして
『玩具になりたくない』
という言葉は私にも痛いくらい理解できるものでした。
かける言葉が無く、ただ泣いている私はさぞ情けない姿だったでしょう。
肩に手を置かれ、遺言を託すかのように言われました。
「私があなたとして死ねば手篤く埋葬されるでしょう。
だからあなたとして楽に薬で死にたいんです、立花由真さん」
「珍しくないんだよ」
2人になった時にリンがポツリと言いました。
「女を産む機械だと思ってる男ってさ、意外にいっぱいいる。うちの父親もそう。体の傷なら治せるけど、心の傷は難しい。本人が死を望むくらいだから相当な目にあったんだど思う」
飲んでたコーヒーのカップを、力いっぱいゴミ箱に投げ捨ててリンは言いました。
「重婚制度も考えものだよね。一見、効率良く見えても問題は色々あるよ。だから由真、強制はしない。色んな角度から考えて、受け継ぐかやめるかはあんたに任せるよ」
自分で決める。
私は今までそれをした事が無かったのです。
学校や結婚は親任せ。
結婚してからは旦那様任せ。
周りに流されてばかりでした。
そして今、初めて自分の人生を自分決める怖さを知ったのです。
ベッドで膝を抱え色々な事を考えました。
私には小さくもあり、また大きな望みが残っていました。
きっと人には非難されるでしょう。
望みはたったひとつ。
「圭に会いたい」
そんなエゴイストな理由なんですから。
私は書類を書き拇印をして
その女性、佐伯奈々さんに渡しました。
「由真さん、これからの私の人生を自由に使って。できれば幸せな人生にしてやって」
そう言われ抱きしめられた事は忘れられません。
今でも申し訳なさと有り難さと、最期に人に優しくできる彼女に涙が溢れてきます。
立花由真として亡くなった彼女の葬儀に、私は出る事はできません。
佐伯奈々になった私は、泊まったホテルで手を合わせる事しかできませんでした。
葬儀に出席したリンの話では、旦那様は泣き崩れていたそうです。
旦那様なりに少しは情をかけていてくれたのかもしれませんが、もう私の心には響かない話でした。
そして佐伯奈々として圭を探す事にしました。
メインシティのコンピューターで西園圭を調べましたが、身内ではない私では立花家で働いていた経歴までしかわかりませんでした。
そして綺麗だと思っていた街の裏側に驚きました。
路上で生活する人や放置されたままの遺体。
小さな公園に子供の姿は無く、工作したような家が並んでいました。
仕事はなかなか見つからず、立ったままで食事をするという経験もしました。
自分がどんなに恵まれていたのかわかりました。
ちょうど恋人と別れたリンのマンションに居候させてもらえましたが、仕事はなかなか見つかりませんでした。
どこかのお屋敷では顔がわかってしまうかもしれないので、勤める事はできません。
働いた経験の無い私がやっと見つけたのは、ホテルの掃除婦でした。
旦那様が新しい奥様を迎えると聞いた時は、またかと思った。
今いる奥様方も大切にしているように見えて実はそうじゃない。
使用人という立場をわきまえ、口には出さなかった。
新しい奥様は中学卒業後にすぐに迎え入れる予定らしく、それに合わせて準備が行われた。
卒業してすぐに結婚という話は別段珍しくもないので、淡々と準備を行った。
父の会社が潰れなければ俺もこんな風に妻を次々と迎え入れていたんだろうか。
ただ今回迎える奥様の準備はいつもより念入りだとは感じていた。
披露宴、挙式と順調に進んだ。
まだ幼く見える新しい奥様は嫉妬の目には気づいてないようだ。
貧血で具合が悪くなったらしく、部屋まで運んで休んでもらった。
あとは新郎である旦那様の役目だろう。
こんなに幼く見えるのに人妻というのは、幸せなのか不幸なのか。
まあ、俺は今まで通り言いつけられた事をこなせばいい。
ただ旦那様がいつになく新しい奥様に夢中になり、他の奥様方が段々イライラしてくるのがわかった。
わざと足を引っ掛けて転ばされたり、飲み物をかけられたり。
女のやっかみが見ていられなかった。
階段から突き落とされそうになった時は危なかった。
「ありがとう、足がもつれたみたい」
支えた体は小刻みに震えていた、無理もないだろう。
あれ?
間近で見ると病院で会った子じゃないか?
ハッピーエンドがどうとか言ってた…。
すごい偶然もあるものだと思った。
面識があったからじゃないが、旦那様に少し報告した。
「由真を守ればいい」
守れてないから今の事態になってんだよなぁ。
なんとか食い下がり、考えてもらったがどう考えてもうまいやり方じゃなかった。
人の心がイマイチわかってないんだよ、旦那様。
夜の10時頃だったと思う。庭のベンチで夜空を眺めている姿を見かけた。
気持ちはわかるが冷えこんだ外に居させる訳にもいかない。
旦那様の下手なやり方で傷ついているのは容易に想像できた。
ほっとく訳にもいかないので、屋敷に戻ってもらえるように声をかけに行った。
「風邪引きますよ、奥様」
泣いてたんだろうか、強気そうに顔をゴシゴシこする姿を可愛いと思った。
「ハッピーエンドじゃなかったですか?」
少しの期待を混ぜながら問いかけた。
すぐにはピンとこなかったらしく、ヒントを出したらやっと思い出したようだった。
育ちはいいだろうに相当驚いたらしく、指をさしてきたのが面白かった。
屋敷に戻る時にお礼を言われたのは驚いた。
使用人として働いて、お礼を言われたのは初めてだった。
『ありがとう圭、おやすみなさい』
その言葉がしばらく頭から離れなかった。
それからはバッタリ会うたびによく話すようになった。
3番目の奥様の葬儀の時、旦那様の様子が少し変だとは感じた。
あまり悲しんでいるように見えなかったからだ。
それから旦那様は平等に奥様方の部屋に行くようになり、安心したが。
由真奥様だけには難儀をしていたらしいが、旦那様のやり方がまずかっただけだ。
愚痴は適当に聞き流した。
『圭、トランプ持ってる?』
由真奥様に唐突に聞かれたので驚いたが、トランプタワーを作って壊したいと。
それはどう考えても健全じゃないだろ。
砂の城を作るようなものだ。
これはまずいと思い、まずはババ抜きの相手をする事にした。
トランプをしながら好きな食べ物や、遊び。
俺の生い立ちなどを話した。
『もしかしたら俺の花嫁になっていたかもしれない』
そんな事を思ってしまうまで、そう時間はかからなかった。
トランプばかりも飽きるだろうと思い、ジェンガを持っていった時だった。
旦那様は今夜も違う部屋だ。
少しでも慰めになればいいと思った。
『圭、いらっしゃい』
いつものように迎えてくれる由真。
この頃には奥様と呼ばれるのを由真が嫌がるので、2人きりの時は呼び捨てになっていた。
そしてそれは俺も内心嬉しく感じていた。
ジェンガが崩れそうになった時、お互い反射的に支えて手が重なった。
由真の手を包み込んだ俺の手はわざと動かさなかった。
『圭、手を離して』
由真は困っているんだろう。
ただ、この時は止められなかった。
『嫌です、と言ったら?』
真っ赤になった由真の顔が可愛く愛しかった。
身の程もわきまえず大事にしたいと思った。
決していい加減な気持ちではなく、由真を抱いた。
由真を苦しめる結果になる事は、火を見るより明らかだったにも関わらず。
それから旦那様の行動に気をつけながら由真と会い続けた。
年が近いせいもあり、話も尽きなかった。
無駄だとわかっていたのに、由真を自分のものにしたかった。
『圭、私妊娠したみたい』
青白い顔をした由真からそう言われ俺も色々考えた。
連れて逃げようか?
無理だ、贅沢に慣れている由真に普通の生活は耐えられない。
旦那様の目を盗んで里帰りした由真の実家近くまで何度か会いに行った。
子供は俺の子だった。
罪悪感よりも喜びが勝ち2人で喜んだ。
『大事に育てるからね』
母親の顔をした由真は幸せそうだった。
由真の体の事もあり、結局いい考えも浮かばず連れて逃げるチャンスは無いまま子は産まれた。
産まれた子はナニーに預けられ、由真は手元で育てられない事を悲しんでいた。
旦那様も同じように育った筈なのに、何故わからないのか不思議だった。
由真を慰めたくて頻繁に部屋に行くようになった。
誰かにそれを見られたらしい。
旦那様に呼び出された。
『圭、来週からオート制御の監視係だ』
クビにならなかったのは不思議だった。
同じ家にいれば由真に会えるチャンスは必ずある。
とりあえず仕事に専念した。
下働きをやって気づいたが、ありとあらゆる噂が流れてくる。
その噂で息子が死んだ事を知った。
あてつけなのか、旦那様に嫁を用意されたが相手も乗り気ではなかったらしく、逆に気が合った。
好きな男がいると言うので、応援して逃亡の手伝いもした。
その後、由真の両親が亡くなった事も知った。
どれだけ悲しんでいるだろうと心配で仕事が手につかなかった。
もうじき大晦日だ。
その夜だけは旦那様は確実に新しい奥様と過ごす。
薄暗い廊下を歩き、部屋のドアを4回ゆっくりと叩いた。
すぐにドアが開き少し痩せた由真がいた。
顔を見るなり由真に泣かれてしまった。
色々あったし当たり前だよな。
そばに居られなかった事が本当に悔しかった。
この時に由真を盗もうと決めた。
生活はゆっくり慣れればいい。
食べていく位ならなんとかなる。
計画を立てて、実行に移すまで時間がかかった。
由真がどんな状況なのかは噂で逐一把握できた。
由真の部屋に行き、ドアを叩くと出てきたのは旦那様だった。
そしてみぞおちへの一撃。
ヒョロいくせになかなかの強さだった。
由真は別の部屋に移されていたらしい。
そういう噂こそ流れてこいよ。
ボロボロにされて立花家を追い出された。
ゴミ捨て場でゴミに囲まれながら思った。
あーヤバい、俺このまま死ぬのか?
最後に由真の顔見たかったなあ……。
**********
掃除婦という仕事を見つけてから、怒鳴られ叱られ仕事に慣れた頃には1年が経っていました。
「おっ奈々ちゃん、お疲れー!」
「お疲れ様です。寒くなりましたね~」
職場で仲良くなったマネージャーさんと休憩が一緒になった時でした。
「奈々ちゃん好きな人は見つかったん?」
「まだなんです。忘れられてたらどうしよう」
笑って答えられるようになっていました。
もう圭には好きな人がいるかもしれない。
結婚しているかもしれない。
不安は当然ありました。
「じゃあさ、やっぱり俺にしちゃわない?」
マネージャーのいつもの冗談です。
最初は返事に困ってしまい、好きな人がいると馬鹿正直に答えてしまいました。
「そうですねえ……。死ぬまでに見つからなかったらお願いします!」
「振られたか…。今夜また枕を濡らすよ」
会えないのに私はいつまで忘れられないのか、考えたりもしました。
でも答はわかりませんでした。
圭が好きで、忘れられない。
それだけでした。
想いが溢れて手のひらが痛くなります。
気持ちが弱ったりすると名前を呟きそうになるけれど、大切な名前を安っぽく呼んだりしない。
そう決めていました。
「マネージャーにまたからかわれたよ、もう完璧面白がられてる~。でもやっと仕事も生活も慣れてきたなあ。んっ、このビール美味しいよ!」
リンと軽くお酒を飲んだ時に笑いながら言いました。
「由真、本当に?」
「うん贅沢できないけど自由だし。もう少しお金貯まったら有料の探偵サイトにも頼むつもり。玉砕したらその時に泣くから胸貸してね、リン。それよりいい加減、由真はやめてよ~」
リンはなかなか新しい名前で呼んでくれません。
「今の生活に慣れたか、じゃあこれ頼もうかな。前のナヨナヨで甘ったれ~な由真じゃ絶対ダメだと思ったからさ」
住所と名前が書かれた紙を渡されました。
「お使いくらいできるよ。なぁにこれ、誰?」
「元患者。そこの桐山祐太って人にコレ届けてくれるかな?私忙しいからさ」
小さな箱を渡されました。
リンのマンションから1時間。
ちょっと治安の悪そうな雑居ビルに着きました。
確かに1年前の私なら怖くて入れない雰囲気のビルです。
「すみません、桐山祐太さんいらっしゃいますか?」
部屋のパネルを押して声をかけました。
「すぐ開けます、ちょっと待って下さい」
機械が古いせいか、雑音混じりのくぐもった声で返事がきました。
リンの患者さんだったらしいし、危ない人では無いだろうと思っていました。
預かりものを渡して帰るだけ。
そう思っていました。
ガチャリ、とドアが開きました。
「すみません、お待たせしました。桐山祐太です。はじめまして」
「…佐伯奈々です、はじめまし…て?」
「待ってた、奈々」
「……なんで?」
そこには探しているはずの圭が笑顔で立っていました。
「圭じゃない、桐山祐太だよ。だから初めまして。
主人の妻を好きになった西園圭は、忍び込む時に見つかって殺されそうになりました。そこを美人な女医2人に助けられて、尊厳死させられました」
シャツをめくってお腹の傷痕を見せて笑ってます。
女医2人って…リン!?
夢でもなかなか会えなかった圭に抱きついた。
圭も痛いくらい抱き返してくれたから夢じゃない。
「どうして、なんで?ずっと探してたのにリン知ってたの?」
「リンさんからは連絡もらってたんだ。
前のお嬢様な由真…じゃなかった。奈々だと生活に慣れるのは難しいから、少し世間に揉ませてみせるからって。
忘れないでいてくれてありがとうな」
確かに1年前の私じゃダメだったかもしれない。
恋愛と結婚は違う。
もし圭と結婚できても環境に馴染めなくてダメになっていたかもしれない。
「それに今なら俺も奈々も独身だ。誰にも何も言われない、手を繋いで外も歩ける」
もう泣きすぎて返事ができない。
顔もぐちゃぐちゃだ。
「俺も内心ヒヤヒヤだった、たまに様子見に行ったりもした。
奈々、色々あったけど今度こそ一緒にいよう」
更に強く抱きしめられて、コクコクと頷くしかできなかった。
やっと私が落ち着いた時、リンから預かったものを開けてみると便箋が一枚入ってました。
―佐伯奈々へ―
黙っててごめん、お探しの人だよ。
他に好きな人ができたり弱音吐いて諦めてたら、この手紙は渡さないつもりでした。
私もそろそろ可愛い彼女作りたいから帰ってこないでね。
あんたを自由にしてくれた恩人、もう1人の佐伯奈々さんを忘れないで。
『恩送り』
わからなかったら調べなさい。
―神崎リン―
やっぱりリンにはかないません。
私は泣き笑いになりました。
恩送り
恩返しをする相手がいない場合は、別の人に恩を返すという意味だったと思います。
私のお話はこの辺でおしまいです。
今は祐太に会えてハッピーエンドだけれど、これから何があるかわかりません。
きっとまた色々な事があるでしょう。
もう流されたり逃げたりせずにちゃんと向き合って、たまにバッドエンドになっちゃっても
ハッピーエンドを上書きして歩いていけばいい。
圭…じゃなかった
祐太と一緒に。
とりかご・終
読んで下さった方、ありがとうございます。
なるべく原作に沿ってアレンジしてと思っていたのですが、途中から圭と由真がどうしてもくっつきたいと主張しだしまして…。
書き手の力が及ばず書いてるこちらが振り回されちゃいまして。
圭の心理描写は慌てて付け足しました。
原作ではあと2人男性が登場するのですが、由真が可哀想になりやめました。
帝と法親王を期待された方ごめんなさい。
それでは
ありがとうございました!
そして
ハッピーエンドを書いたら
バッドエンドも書きたくなります
なるんです
なっちゃうんです
できればマルチエンドで色々書きたくなります
とりかごバッドエンド
1レス劇場~
バッドエンド嫌いな方は次は読まないで下さい
m(_ _)m
ぼんやりと幸せな夢を見ていた気がします。
圭との事が旦那様に気づかれてしまってから、一週間。
私は圭と地下室に幽閉されました。
2人一緒に閉じ込められた事は私には幸福でした。
「圭…お腹はすいてない?」
もう圭の返事はありません。
「寒いね、圭」
圭の頭を抱き寄せました。
ずいぶん汚れてしまった圭の髪を撫で
両頬を支え口づけをし、また抱きしめます。
圭がどんなに汚れても気持ちは変わりませんでした。
そしてまた圭の頭を抱き、私は体を横にします。
旦那様は圭を抱きしめやすくしてくれました。
私の両腕におさまる大きさになった、小さな圭。
抱きしめてもらう事はもう無理だけど、私が抱きしめるから大丈夫です。
大切な圭を抱きながら、私はまた幸せな夢を見てクスクスと笑うのです。
【神崎リンの恋愛事情】
由真が出て行って3ヶ月。
正直、すぐにへこたれると思っていた。
意外に根性あったのには驚いた。
さて、私もそろそろ彼女が欲しいなー。
狙ってるのは新人ナースのリツコちゃん。
どうやって誘おうかな。
ミスして怒られてたから飲みに行って慰めて、そのまま家に連れ込んだ。
これから!って時に
「私、彼氏いますっ」
…部屋まで来といて、そりゃないでしょー。
さすがに落ち込むよ。
ま、しょうがない。
明日は研修医のマナちゃん狙おうっと♪
こっくりさんには感謝だが、やはり疎まれたようだ。
一応は姫だというのに畑仕事、馬の世話、掃除もばっちりこなせるように育った。
城から離れた小屋で寝起きして14年。
気づけば肉体労働のおかげでしなやかな体になっていた。
やはり人間、体を動かすのが一番だ。
そんな事を思いながら採れたてのトウモロコシをかじる。
「黒雪!」
なんか誰かに呼ばれた。
姫をつけろよ、姫を。
今更どうでもいいけど。
「あっちの池にヌシがいた!見に行こうぜ」
なんとヌシとな。
それは是非とも見てみたい。
ちなみにこの少年は同い年のコウヤ。
兄妹のように育ったので、私が姫だという事を忘れている。
っていうか知らないんじゃないのか?と時たま思う。
だって普通は姫に馬糞を運ばせたりしないだろう。
しないんじゃないかな。
多分しないと思う。
コウヤとヌシを見に行った。林の奥にある割と大きな池だ。
エメラルドグリーンの綺麗な色が特長なので、エメラルドグリーン池と呼んでいる。
「やっぱりヌシもエメラルド色なのかな?」
ドキドキしながら聞いた時、ヌシは現れた。
緑色の体、鋭い目つき、頭には皿。
カッパだった。
どう見てもカッパだった。
カッパが聞いてきた。
「キュウリ持ってる?」
伝説どうり、キュウリが好きみたいだった。
伝説ってあなどれない。
急いでキュウリを採ってきて渡した。
自慢のキュウリだ、気に入ってくれるだろう。
「なかなかのキュウリだ、黒姫さん」
ん?なんでこいつ私が姫って知ってる?
そしてコウヤ、こっち見るな。
お前絶対、今知っただろ。
黒雪姫なのにカッパごときに黒姫呼ばわりされるとは。
「キュウリのお礼に教えてやる。黒いのは呪いか呪いがかけられているせいだ」
呪いか呪い?
同じだろ、それ。
「携帯で変換してみろ。まじない、のろい。同じ漢字だ」
あっホントだ!
カッパすごい!
さすが妖怪だ!
でもかっこつけてもカッパだとイマイチ…。
イケメンだったら恋に落ちるシチュエーションなのに。
うーむ、私もたまには姫らしいところを見せよう。
コウヤに思い知らせる為にも。
「カッパ!この呪いか呪いを解く方法を知っているのか?」
あ、ヤバい。
カッパ呼ばわりは不快だったみたい。
こっち見てくれなくなった。
でも他になんて呼べと言うんだ?
漢字で河童とかか?
「クリストファーだ」
ん?
「クリストファー・ウル・ラピュタ。俺の本当の名前だ」
……。
いや、クリストファーは信じてもいいけどウル・ラピュタは嘘だろ。
「で、クリスは何を知っている?」
ちょっとイラッときたので、ラピュタは無視して名前も略してやった。
黒姫呼ばわりだし、おあいこだろう。
「その黒が呪いだった場合は何かから守られてる、解くのは危険だ。呪いだった場合はそのままだ」
あああ、漢字ややこしっ!
どっちがノロイでどっちがマジナイなんだ?
「前者がマジナイで後者がノロイだ。ノロイで黒姫になってるならこれ以上の被害は出ない」
おお、カタカナ便利だな。
グッとわかりやすくなった。
「わかった、クリス。ありがとう」
姫でも感謝した時には礼くらい言う。
コウヤはいつまで固まってるんだ。
わりと面倒くさいやつだな。
さて、そうなると聞く相手はあれだな。
こっくりさんやった人。
たぶん何か知ってるだろう。
あまり気がすすまないが城に行く事にした。
なんとなく懐かしい廊下を歩いて父さまの所へ向かう途中。
「黒雪姫!どれくらいぶり?母さまに顔をよく見せてちょうだい」
不幸設定が早速壊れた。
この過保護さが嫌で早くに自立したのに。
でもせっかくだから不幸そうなほうが、健気っぽく見えて株が上がるじゃないか。
「あらあらあら、姫様お久しぶりです。相変わらず黒いわねぇ」
母さまの後ろからやってきた見知らぬ男性。
オネエ口調が似合っているが、いきなり黒いとか失礼だろう。
「黒雪ったら睨んじゃダメよ、ご挨拶して?母さまのお友達のこっくりさんよ」
え?こっくりさんて名前なの?
個人名?
10円玉使うやつじゃないの?
「こっくりよ、よろしくね」
女より女らしい仕草が眩しかった。
「私の黒は呪いか、呪いか。それを聞きにきました」
多分この後は物語的になんか試練とかあるんだろう。
じゃなきゃ話が進まないしな。
「ああ、そういう事ね。じゃ、こっくりさんで調べるから1万円になりまぁす」
は?1万円?
こっくりさんで1万円?
「こっくりさんも占いなの。タダじゃないのよ」
聞けばこのこっくりさんはこっくり検定7段。
こっくりのプロらしい。
どうしてこんな胡散臭い友人がいるんだ、ママン。
とりあえず1万円は後払いにしてもらった。
だって私の1ヶ月のお小遣いだよ、1万円。
そして始まったこっくりさん。
YES/NOとひらがな。
鳥居のマーク。
うん、正統派のこっくりさんだ。
誰にでもできそうなくらいの正統派だ。
こっくり野郎がますます胡散臭く見えてきた。
「こっくりさん、こっくりさん。この子の黒は呪いですか?呪いですか?」
10円玉が動く。
の・ろ・い
のろいか、これまた正統派だな。
姫と呪いは1セット。
そこに王子様が現れてフィナーレだ。
なんだかこっくり野郎の様子がおかしい。
指が離れないらしい。
なかなか細かい演技に感心していると、10円玉がみるみる黒くなる。
ブスブスと崩れていく10円。
少しずつ文字が無くなっていく紙。
残った文字は
「ほ」「び」「く」「ろ」「の」「ろ」
アナグラムか。
色々組み合わせてみると2種類できた。
ほろびのくろ
くろのほろび
どちらにしろ穏やかじゃ無くなってきた。
こっくり野郎は泣いている、男が簡単に泣くな。
こんな時は笑えばいいと思うよ。
「まあ、呪いでも今とは変わらないんだしさ」
別に今のままでいい。
兄さまがいるから跡継ぎとか関係ないし。
こっくり野郎を慰めてマイホームへ戻ろうとした時、目の前がキラキラ光った。
窓ガラスが割れたんだと理解した時は、お腹が熱く濡れていた。
なんだこれ?
お腹も視界も
赤い朱い紅い
真っ赤な世界で気が遠くなった。
あれ?
お腹撃たれてどうしたんだっけ?
あ、こっくり野郎がまだ泣いてる。
それよりお腹が熱い。
体も熱出てるな、これ。
痛みを通り越すと熱いって本当なんだ。
冷えピタ取り替えてくれたこっくり野郎。
ちょっといいヤツかもしれない。
弱ると人の優しさがしみると知った14歳の夜。
「黒雪姫はしばらく預かり、森で暮らします」
あ、やっぱり男が優しい時って下心があるんだな。
貞操の危機も感じた14歳の夜。
お腹を誰かに撃たれてから2ヶ月、やっと動けるようになった。
犯人は捕まってないらしい。
あれからこっくり野郎は毎日来てくれた。
女に産まれたかったカミングアウトされたり、おしゃれの仕方とか流行りのお菓子だとか
すごくマメに来てくれた。
警備が厳重な今、コウヤは門前払いされたらしい。
不憫なやつめ。
そして今日、こっくり野郎と森への引っ越しだ。
何故か髪を巻いてヒラヒラのスカートという出で立ち。
街ならまだしも森だし、無駄じゃないか?
ただやはり私も女の子だ、ちょっと嬉しい。
くるくる回ってスカートがぶわーってなるの楽しい。
髪の毛がくるんくるんしてるの嬉しい。
少し浮かれて足取りも軽い。
元気に両親に手を振って
レツゴー森。
「で、森のどこに何しに行くんだ?」
「黒雪ちゃんたら聞いてなかったのお?」
ここ2ヶ月で呼び方がすっかり黒雪ちゃんになった。
人目が無いせいか、こっくり野郎はワンピースだ。
仕草もまるで女そのもの。
ああ、こんな風に自然に女らしくなりたいなあ。
「知り合いのね、くぉびとの森小屋に行って色々とやるからねっ」
小人か、だんだん白雪姫っぽくなってきた。
リンゴに気をつければいいんだな。
読んでて良かった白雪姫。
到着した、らしい。
森小屋って言ったよね?
こびとの森小屋って。
目の前に現れた看板
【咎人の森小屋】
とがびとの森小屋?
「これから黒雪ちゃんには7人の咎人達を更正させてもらいますっ☆」
7人とか…
話が長くなるだろうが…
年末忙しいのはみんな一緒。
そして明日はクリスマス。
どうか逃亡というオチになりませんように、とサンタとチキンに祈ろう。
「来たね、こっくり!!待ってたよ」
「シロー!久しぶりっ」
はたから見るとカップルっぽい。
なんでもサウナで知り合ったとか。
あまり聞きたくない情報だった。
シロー
(サウナマニア。独身♂40)
はサウナ好きのマッチョでここの番人らしい。
それは置いといて、上半身には何か着て欲しい。
筋肉はわかったから。
目に焼きついたから。
とりあえずメール飛ばしてきて
「体が潤う文章書いて返信しろ」
とかやめろ。
でだ、何の目的があるのか説明を求めた。
目的もわからずにやる馬鹿はいないだろう。
シロー(サウナマニア)
から返ってきたのは
「咎人を更正させれば黒いのも減る」
という意味のわからないものだった。
だって別にこのままでいい。
B'zだって言ってる。
いーじーかむ、いーじーごー。
それを告げると、こっくり野郎は頭を抱え込んでしまった。
何が悪いのか。
「黒雪ちゃん、よーっく聞くのよ?黒いまんまだと、悪役と間違われてまた狙われるの!病気の時だって顔色がわからない。日焼けブームはもう過去なのよ…」
全く説得力の無い説得が1時間。
そんな説得じゃネコバスだって動いてくれやしないよ、こっくり。
シロー手作りのタンドリーチキンが出来たところで説得は中断された。
まさかタンドリーチキンとは、やるなシロー。
片思いの相手はバラさずにいてやろうと考え直した。
【お知らせ】
一身上の都合で更新が止まります。
ごめんなさい!
とりあえず3週間の入院生活楽しんできます
✨メリークリスマス✨
来年があれば、健康をサンタさんに頼もうと思います。
途中放棄ごめんなさい
m(_ _)m
「黒雪姫、このままじゃいけないと思うんだ」
タンドリーチキンを食べながらシローは話しだした。
「お前は体調不良をいい事に逃亡しようとしている。しかし他人様のスレで遊んでいる。それは果たしていい事か?」
何を言いだすのだ、このマッチョは。
「最後まで書ききる。未完の名作より駄作の完結だろうが」
はっ!
体調云々は知らんが、ここまできて何もしないとは末代までの恥。
「わかったよシロー。私やる」
「わかってくれたか、じゃあ説得料として黒の下着でいい。
ガーターなんかあると更にいい、これは純粋な約束だ」
「ごめん私、下着はつけない派なんだ」
危なかった。
サウナ好きマッチョはゲイ、という認識を変えなければ。
でも自分で着たかったのかもしれないから、今度買い物に誘ってみよう。
森の奥にキノコ狩りに来た。ちょっとしたハイキングだ。
「わー!見て、こっくり。きのこがいっぱい」
「はひ…ハァッ、ゼハーゼハーッ、ヒュー…」
「本当に体力無いな」
少しの坂道でこれだ。
ビリー○ブートキャンプとかやったほうがいいと思う。
私が毒キノコを避け、食べられるキノコをカゴに集め入れているというのに
こっくりは横になったままだ。
こいつの取り得は本当にこっくりさんだけだな。
いっそ魔法でも使えればいいのに。
「使えるわよ、魔法」
心を読まれた。
どうせ使えるって言ってもマジック程度だろ。
「今はこれが精一杯」
落ち葉を両手でバラまいてきた。
ルパンか?ルパン気取りか?
こんなんじゃ私のハートは盗めないぞ。
「黒雪ちゃんさぁ、実際なんでお城出たの?まだ子どもなのに」
「んー?だから過保護がすごくて……?」
本当にそうだっけ?
過保護くらいで子どもが親から離れるかな?
何か忘れてる気がする。
何か何か何か何か何か
「さ、キノコも集まったし今日はキノコのシチューにしましょ」
呆けてた頭を軽く叩かれ正気に戻った。
その晩のシチューはおいしかった。
キノコはほとんど私が集めたものだったけれど。
朝だ。何やら騒がしい。
まだ眠い目をこすりリビングへ行くと、こっくりとシローがケンカしてた。
たまにはこんな事もあると思い、ミルクを飲みながら眺めてた。
小鳥のさえずりが耳に心地よい。
「だぁから、もっと女の子らしくさせなきゃ意味ないでしょっ」
「本人の資質の問題だろうが」
「そこを頼まれてんのよ私はっ!」
こっくりはすっかり女だなあ。
待てよ、もしかしてコイツ初めから女だったんじゃないのか?
ベル薔薇のアンドレみたいな感じで…。
「黒雪ちゃんっ!」
「はいっ?」
やばい、また心を読まれたか?
「あんたブラジャーのサイズいくつ?」
ニヤニヤしているシローは蹴っておいた。
- << 113 ベル薔薇はオスカルですよねー なんで間違えたんだ
結局3人で街まで買い物に行く事になった。
番人の役目はいいのか?と聞いたら、大丈夫らしい。
うん、それならいいだろう。
ただ移動が自転車ってどうなのかな。
物語の世界観とか考えてないよね。
街に一件だけある下着屋についた。
実はブラジャーなんて初めてだ。
ちょっとドキドキする。
店を見渡してみると可愛い下着がたくさんある。
白、ピンク、ブルー、黒、紫。
その中から画期的なパンツを見つけた、さすがだ私。
「こっくり、これ見て!穴があいてるからパンツ脱がないでトイレできるぞ!」
却下された。
何故だ、あんなに便利な下着なのに。
無難に白とピンクを買う事になった。
寸法をはかるというので店員さんに測ってもらってから、こっくりが口をきいてくれなくなった。
Fの65とは悪いサイズなのだろうか。
シローもこっくりを慰めていた。
その日のこっくりはいつもより酒を飲み、暴れて泣いていた。
しまいには「黒乳!」と敵意丸出しだった。
牛みたいな呼び方やめろ。
「こっくりは胸が欲しかったんだよ」
とシローがこっそり教えてくれて納得した。
ははーん。
嫉妬?嫉妬か?嫉妬なのか?
ははははは!愉快愉快!
さて、風呂にでも入って寝るかと廊下に行ったらシローが追いかけてきた。
こっくりから逃げてきたか?
「あのさ、胸ってほぐすといいらしいから、見本でほぐしかた教えてやるよ!」
爽やかな笑顔の右を殴っておいた。
―――雪だ。
「こっくり、シロー雪っ!雪降ってる!」
「そーねえ…」
「ちょ、寒いから早く閉めろ」
大人はこれだから嫌だ。
雪降ったら遊ぶのがデフォだろ。
雪合戦!
雪だるま!
かまくら!
だらけた大人はほっといて、完全防備で雪を踏みしめる。
サクサク、ザクザクこの感触がたまらない。
雪だるまの頭を転がしていたら足にぶつかった。
見上げると少し年下くらいの女の子。
「お姉ちゃんあそぼっ」
おお、雪遊び仲間ができた!
「じゃあ顔作るから葉っぱ探してきてくれる?」
「うん!」
~♪
仲間もできたし、今日は思い切り遊べそうだ。
「お姉ちゃん、はいっ」
「ありがとう…?」
葉っぱ、石はいいとして花?
花なんか咲いてたかな?
まあ髪飾りにできるし可愛くなるから、いいか。
「名前はなんていうの?」
「りりん」
「へー可愛い名前だね、お姉ちゃんは黒雪だよ」
「黒い雪って変なのー!」
ケタケタ笑うりりんに雪玉をぶつけておいた。
それからりりんと小さなかまくらを作った。
かまくらの中ってあったかい。
りりんの手を握ったらビックリする程、冷たかった。
「りりん、お家はどこ?」
「あっちー」
上を指差している。
まあいいか。
「お父さんとお母さんは?」
「いなーい」
思わずりりんを見たけど、暖かそうな服をちゃんと着てる。
なんだ冗談か。
「お姉ちゃんお腹すいてきたから、そろそろ帰るよ」
「まだダメー」
「りりんも帰りな」
「もっと遊ぶ!」
立ち上がったりりんは怒った顔をしていた。
出口に立たれて出られない。
「また明日、あそぼ?」
りりんの頭に手を触れた瞬間、世界が白くなった。
気がついたらベッドだった。
崩れたかまくらの中で倒れていたらしい。
「…りりんは?女の子いなかった?」
「りりん?誰もいなかったけど?」
シローが反応した。
「そりゃ雪わらしだ、昔からこの辺にいるんだよ。連れて行ってもらえば白くなれたのにな!」
なんでも雪わらしの家に連れていかれると、真っ白な肌になるらしい。
ちっ、惜しかった。
「まあ、凍死で白いって事だけどな!」
…危なかった。
姫を預かってて呑気に笑ってんなよ、シロー。
でも楽しかった。
結局は連れて行かれなかったし。
次の日、りりんと遊んだ場所にお菓子を置いておいた。
また遊べたらいいな、と少し思った。
眠れない夜がたまにある。
やはり王族としての責任とプレッシャーが……。
まだあんまり無かったわ、うん。
まあ眠れない時は眠りたくないんだな、と思いテレビを見に行った。
さすが森小屋。
なんっにもやってないので適当に本を読んだ。
……ふむ。
赤ちゃんはコウノトリが届けてくれるのではない事を知った。
重要部分に赤ペンで線を引き、寝ているシローのベッドに置いておいた。
朝になって悶えるがいい。
そういえばこっくりって、どうなんだろう?
男だけど最近は女にしか見えないし。
シローと恋人同士に見えなくもない。
むしろお似合いだ。
イタズラ心が芽生えた。
朝になり、朝食を作っているこっくりに話しかけてみた。
「ねえねえ、こっくりー?最近、私の部屋がなんか怖いんだよね…。今日の夜さ、部屋取り替えてくれないかな?こっくり霊感あるんでしょう?」
こっくりは料理の手を止め、私の顔をのぞきこんできた。
「んーそう?別に嫌な感じはしないけど、寝不足そうねぇ。じゃあ取り替えてみる?」
「ありがとう、お願い!あ、シローにはナイショにしておいて、またからかわれるしさ」
よし、こっくりはこれでオッケーだ。
あとはシロー。
シローは夜でいいかな?
こっくり、シローとの想いが実るチャンスだよ。
うまくいったら私を恋のキューピットとあがめてもいいぞ。
***夜***
こっくりは眠そうだ。
今夜のサラダは
『レタスの芯サラダ』
レタスの芯は眠くなる作用があるのだよ、やってて良かった農業姫。
よし、シローがいない今のうち…。
「こっくりー眠れば?お肌に良くないよ?」
「いっけない、そうだった!じゃあ先に寝てるわ」
「そうしなよ。あ、今日は私の部屋だからね。変な事あったらお願いね」
眠いせいか、こっくりの仕草が色っぽい。
これならシローも簡単だろう。
こっくりが私の部屋に行ってから、外で何やら作業しているシローに声をかける。
「ねえ、シロー。この間の胸の話だけどさ…本当?ちょっとこっくりにナイショで相談あるんだ。肩がこるからマッサージの仕方教えて欲しいの」
「マジか?」
「うん…。あ、でも恥ずかしいからこっくりにはナイショね?部屋で待ってるから、こっそり来てね!寝てたら起こしてね」
「おっ、おう!」
いいぞ、いい展開になってきた。
こっくり、シロー。
私は応援するよ。
愛に性別は関係ないっ!
「じゃあ待ってるから」
そうシローに言って足早にこっくりの部屋に向かった。
都合良く隣だから様子もバッチリ。
壁に耳あり障子に目あり、だ。
昔の人はいい事を言うな。
パタン
早速シローは動き始めたか、そうそうそのままくっついちゃいなよ。
……ん?
「こっくり…お前…な……して…」
「シロー…あんた……ん……んっ」
ひゃああああ!
何これ実際に聞くと恥ずかしいっ!
シローの本は読んだけど、実際の声ってこんななの?
どうしよう。
何か変な気分になってきた。
体がおかしい。
「こっ……どう…見え……」
「感度はい……まっ……あっ…そろそろ……かも」
もうダメ、聞いてて我慢できない。
トイレに駆け込み、吐いた。
**こっくり&シロー**
「こっくり、どうだ?その手鏡で見えてるのか?」
「感度いいわよ、バッチリ見える。そろそろ黒雪ちゃんの反応が…」
「…吐いたな」
「吐いたわね。まったくオコチャマなんだから!こんな手に引っかかると思ったのかしら」
「"色欲"の採点は?」
「興味はあるけどまだ受け入れられないって事で、△かしら?」
「お前の秘密バレてるんじゃないか?
それより色欲は興味ないほうが問題だと俺は思うんだ、こっくり」
「やだちょっと、シロー?やめっ…」
七つの大罪「色欲」
全員"保留"
今朝はちょっと遅めにリビングへ行った。
やっぱり昨日あんな声聞くとどうしても顔を合わせづらい。
「黒雪ちゃんおはよう。部屋はヘンな気配は無かったわよ?」
「そう、こっくりありがとうね」
別の意味で変な気配を感じたよ、私は。
「じゃあ私は掃除でもしてくるから」
こっくりの顔がやけにツヤツヤしてるのは、見なかったふりをした。
「黒雪ちゃん!掃除なんて姫がするもんじゃないわよ?」
「うん、でも何かやらないと落ち着かないんだ。掃除は前からやってたし」
「貧乏性ねぇ、それより化粧の仕方とか覚えない?教えてあげるから!」
グラついた。
うん、化粧もそろそろ覚えても罰はあたらないだろう。
魅力的になって女子力も身につけたいってもんだ。
「じゃあ、掃除終わったら教えて!急いで終わらすから!」
こっくりは苦笑いだ、全く失礼な。
「黒雪ちゃんは貧乏姫に名前変えてもいいかもねっ♪」
何なんだこの扱いは。
黒雪呼ばわりの次は貧乏姫。
いじめ、かっこ悪い。
とにかく掃除を終わらそう。
よくよく見ると結構汚れてる。
天井の隅なんか蜘蛛の巣だらけだ。
掃除は驚いた事に丸1日かかった。
みんなが嫌がる黒いヤツ、G。
Gの墓場のような場所があったのには驚いた。
数え切れないほどのGの死骸。
しかし!農業姫を甘く見るなよ。
虫相手には強いのだ。
ただやっぱり精神的ダメージが大きかった為、夕飯は食べられなかった。
なんか手も臭い気がするし。
今日はせっかくカレーだったのに…。
たまには掃除しろよシロー…。
その日の夜はGに襲われる夢にうなされた。
***こっくり&シロー***
「まぁこれはね、軽くクリアすると思ってた」
「俺は掃除してもらえて助かったしな」
「ところでシロー、あのGはわざとでしょ?」
「いや?なんかほっといたら湧いて困ってた」
七つの大罪「怠惰」クリア
よく晴れた午後、こっくりが聞いてきた。
「黒雪ちゃんはお兄様の事はどう思ってるの?」
実は兄さまとの記憶は曖昧だ。
仲良かった気もするし、そうじゃ無かった気もする。
城を出てからほとんど会ってない、兄さま。
「それがよく覚えてないんだ、こっくりさんでそういうのってわかるかな?」
「うーん、忘れた記憶はそのままのほうがいい場合もあるけど?」
しつこく粘って占ってもらえる事になった。
だって過去とか気になるし。
「ただし占いはこっくりさんじゃなく、夢占いになるわよ。いいわね?」
「じゃあリラックスする為にベッドで横になりましょ」
私の部屋へ移動し、ベッドで横になった。
こっくりのひんやりとした手が額に当たると、途端に眠くなった。
「頑張るのよ」
こっくりがそう言った所で私は眠りに落ちた。
「あれ?」
気がつくと城だった。
えーと、確かこっくりと…
「姫様!またおサボりですか!」
教育係のカナンだ、厳しいから苦手なんだよなぁ。
「もう5歳なんですから、庭で眠ったりしないで下さいね!お兄様はあんなに出来がよろしいのに」
5歳?バカな。
ああ、でもまた言われた。
いつも比べられる。
いつもいつもいつも。
――兄さまと
「全く、お兄様は5歳の時には3ヶ国の言葉を話せてらっしゃいましたよ」
腰に手をあて説教をするカナン。
その言葉は俯いている私の心を傷つける。
私とお兄様は違うのにどうして比べられるのか。
どうしてどうしてどうして
「さあ、ピアノのレッスンです」
ぐい、と腕を引っ張られた時だった。
「黒雪、お前また叱られてんのか」
お兄様が現れた。
「お前は本当にダメだな。まあ俺がいるから心配しないで適当にやれよ」
嘲笑と共に吐かれるいつもの言葉は、私の心の傷を更に深く抉る。
期待される兄。
落胆させる私。
なんでもできる兄。
なにもできない私。
誰にでも愛されてる兄。
気を使われ過保護な私。
そんな兄さまを嫉妬の眼差しでしか見れない私。
――嫉妬から逃げたくて、この時に城から出たんだった
「…ちゃんっ?黒雪ちゃん!」
こっくりに揺り起こされ、目が覚めた。
そうだった、私は兄さまへの嫉妬から逃げたくて、城を出てコウヤの家で暮らすようになったんだ。
コールタールのようにべっとりと心に張り付いた嫉妬と悲しみ。
「泣いてるわよ、ほらタオル」
タオルを受け取り顔に押し付けた。
思い出したくない嫌な気分に飲み込まれたまま、なかなか抜けだせない。
「こっくり、私は兄さまに嫉妬していたの。殺したい程に」
こっくりは兄妹仲を知っていたんだろうか?
「兄さまはみんなに期待されてて…」
「期待されるプレッシャーってすごいわよ?」
「何でもできて…」
「最初からできる人なんていないわよ?努力を見せないだけで」
「みんなに愛されて…」
「そりゃ次期国王だもの。表面上ではみんながチヤホヤするでしょうけど、淋しく感じる時もあるんじゃないかしら?」
まだ私にはよくわからない。
私にとっては羨ましく妬ましい兄さま。
兄さまがいなければ、と何度思ったか。
そして同じ事を兄さまも思っていたと知るのは、もう少し後だった。
***こっくり&シロー***
「こっくり、姫さん大丈夫なのか?」
「じかにトラウマに触れちゃったのよね、失敗したなぁ」
「でも嫉妬ってなんで罪なんだ?生きてりゃ羨ましく思ったり嫉妬したりするだろ?」
「嫉妬から生まれる行為が罪にあたるんだと思うわ。だから原因となる嫉妬も罪」
「で、姫さんは?」
「嫉妬はしたけど違う行動をとった。また△ね」
七つの大罪「嫉妬」保留
ネガティブだ。
自分の汚い感情を思いだしてからというもの、ロクな事がない。
トイレットペーパーは私で終わるし、シャンプーも切れている。
ワサビ抜きの刺身は不幸としか言いようがない。
つくづく人間は感情に支配されるな、と悟る聡明な私。
「黒雪ちゃん、大変大変っ」
物思いにふける事すら許されなかった。
「どしたのー? こっくり」
「ホテルのディナーバイキング招待券が当たったのーっ!今夜はご馳走食べ放題よ!」
ネガティブな気分が一気に晴れた。
嗚呼、素晴らしきかなご馳走。
今からそわそわ落ち着かない。だってご馳走ってどんなのなんだろう?
私の普段の食事はパン、スープ、ミルクに野菜。
質素この上ない。
ローストビーフとかあるのかな?ビーフシチューとかあるのかな?
せっかくだから肉食べたい、肉。
あと憧れのチョコレートフォンデュ!
溶けて流れるチョコレートつけるとか、すごすぎる。
チョコバナナは絶対やろう。
期待に胸ふくらませすぎて夜が待ちきれない。
「シローと3人で行くからね」
こっくりの言葉は耳に入らなかった。
待ちに待った夜だ。
ご馳走が私を待っている!
ふと、シローを見るとボロボロのジーンズにヨレヨレの黒いシャツ。
「こっくり、シローのあの格好って…」
「しーっ!言っちゃダメ!あいつドレスコードとか知らないのよ。いくら言ってもダメだった」
今日行くホテルは一応一流ホテルだ。
世界的歌手も泊まったとか泊まってないとか…どっちだ。
そんなホテルにシローが入れると思えない。
「ねえ、シロー。その服もいいけど、たまにはオシャレして食事を楽しもうよ」
「メシ食うのに服は関係ねえだろ」
ダメだ。全く気づかない。
「だから言ったでしょ、黒雪ちゃん。断られたら2人で食べましょうよ?」
うーん、でも1人だけ仲間はずれにするのもなあ…。
待ちに待った夜だ。
ご馳走が私を待っている!
ふと、シローを見るとボロボロのジーンズにヨレヨレの黒いシャツ。
「こっくり、シローのあの格好って…」
「しーっ!言っちゃダメ!あいつドレスコードとか知らないのよ。いくら言ってもダメだった」
今日行くホテルは一応一流ホテルだ。
世界的歌手も泊まったとか泊まってないとか…どっちだ。
そんなホテルにシローが入れると思えない。
「ねえ、シロー。その服もいいけど、たまにはオシャレして食事を楽しもうよ」
「んあ?メシ食うのに服は関係ねえだろ」
ダメだ。全く気づかない。
「だから言ったでしょ、黒雪ちゃん。断られたら2人で食べましょうよ?」
うーん、でも1人だけ仲間はずれにするのもなあ…。
目的のホテルに着いた。なにこれすごい!
大きさもそうだが、建物がアップライトで更に荘厳に見える!
噴水なんか色付きのライトで、思わず触りたくなる綺麗さだ。
農業姫だったからこんな所に慣れてない私は、こっくりの後をちょこまか着いていく。
私達を見たホテルマンが一目散に走ってきた。
やっぱりシロー、お前だよ…。
だから言っただろう着替えて出直してこいよ…
「お待ちしておりました!」
え?
姫を差し置いて、どういう事?
私の説明が正しければ、ホテルマンはシローに挨拶していた。
「久しぶり、ちょっとメシ食いにきたよ」
「本日は個室ですか?」
「んにゃ、そこの女の子にバイキング食べさせようかと思ってさ。何階でやってんの?」
「ご案内致します」
(ちょっとこっくり、これどういう事?)ヒソヒソ
(実はシローってさ…)ヒソヒソ
「置いてくぞ!」
シローの声でこっくりとの会話は中断された。
シロー、何者なんだお前は。
案内され到着したレストラン。
広い!天井高い!
「食べ残さないように、好きなもん好きなだけ食え」
悪目立ちするシローはほっといて、ローストビーフを切ってる料理人の所へ行った。
「いらっしゃいませ」
ニッコリ笑って肉を2切れスライスして皿に乗せてくれた。
足りない。
「もっと下さい、10枚くらい」
驚きを隠しつつ10枚くれた。さすがプロ。
さて席に戻ろうかと思ったら、イクラとウニの丼という夢の饗宴!
これは逃せない。
そんなこんなでテーブルにたどり着いたら、こっくりに怒られた。
「レディがそんな盛り盛りの皿にしちゃダメでしょっ!」
「だって今を逃したらご馳走なんて食べられないんだもんっ」
「不敏な子。一応は姫なのにねえ…」
そんな様子をゲラゲラ笑っているシロー。ビールですでに出来上がっているようだ。
「ねえねえ、こっくり。シローって何者?」
「シローは少し離れた国の王子よ、境遇は黒雪ちゃんと一緒。黒雪ちゃんみたいな外見で生まれる筈なのに金髪碧眼で生まれちゃったのよねー」
ええっと?
それサラッと言っちゃっていいの?
「そうそう、ただ俺は城に戻るのが嫌になって森小屋の番人になったけどな」
お酒をごくごく飲みながら笑って言うシロー。
「城には戻らないの?」
「城ぉ?あーもうムリムリ。今の生活のほうが面白い」
その日は、ローストビーフをメインにほぼ全ての料理を堪能した。
機械が壊れていて、チョコレートフォンデュが無かったのが残念だったけれど。
***こっくり&シロー***
「これは判断つけづらいわー…。毎日ああじゃないし」
「普段は質素だしな」
「どう思う?」
「どうも何も、バイキングブッフェ行ったら大抵みんなああなるだろ」
「じゃあ…」
七つの大罪「暴食」クリア
なんだかんだでもう春だ、花見とかしたい。
お酒飲んで弾けたいなあ。
ところで、いつまでここにいなきゃならないんだろう私。
更正させる筈の咎人やらも見かけないし。
散歩のつもりが足をのばしすぎたようだ、湖まで来てしまった。
そして懐かしい声がした。
「キュウリ持ってる?」
緑色の懐かしいヤツ。
クリストファー・ウル・ラピュタがいた。
「クリス!?」
「久しぶりだな、黒姫さん。やっぱりまだ黒いな?こっくりは何もしてこないか?」
「こっくりのところにはいるけど、安全性の為だよ。お腹撃たれちゃって、ほら」
クリスは怪訝な顔になった。
「何かやらされてないか?あの魔女に」
「なんか最初はそんな事言われたけど日々楽しんでるよ。自由にさせて貰ってる」
「気を抜くな、気を許すな。お前のマジナイがとければ、きっと変化が起こる」
じゃあな、と言いクリスは行ってしまった。
マジナイ?これは黒のノロイじゃないの?
まじないだったの?
クリスは何か知っている。
とにかく、まずはこっくりに聞かなくちゃ。
走って走って森小屋に着いた。
洗濯物を干しているこっくりの姿が見える。
私は一緒に暮らしているこっくりを、それなりに信用している。
こっくりが私を騙すはずがない、と思っている。
「こっくり、話というか聞きたい事がある」
走ったおかげで肺が痛いけどなんとか聞けた。
「こっくり、私を騙してないよね?」
「…あらバレちゃったぁ?」
期待とは違うコトバがこっくりの口からこぼれた。
「どうして…?」
こっくりの言葉に力が抜ける。
嘘だ、信じたくない、否定して欲しい。
「だってこうでもしないと黒雪ちゃん、ここに来ないでしょ?」
言葉が見つからない私を置き去りにして、こっくりは言葉を続ける。
「アナグラムで残った文字、くろのほろび、おかしいと思わなかったの?ろ、が2つある事に」
「じゃあ、こっくりさんで占った私ののろいは?」
「"のろい"は呪いじゃなかったの、準備が遅いって意味だったのよ。ショックで泣いちゃったわ」
嫌だ、信じたくない、聞きたくない。
私の心の叫びは届くはずもなくこっくりは続ける。
「体よく城から離す為には必要だったのよ、ただちょっと遅かったからお兄様に撃たれちゃったけどね。それは謝るわ」
「…兄さまがどうして話に出てくるの?」
瞬間、こっくりの表情が固まった。
「……黒雪ちゃんを撃ったのがお兄様って事を知ったんじゃなかったの?」
知らない、そんなひどい話は。
それからこっくりにちゃんとした説明をしてもらった。
この森小屋は王位継承者の資格があるかどうか、テストする場所だという事。
兄さまは私より先にここに来ていて、テストには受からなかったらしい。
つまり王になる資格を永久に失った。
そして八つ当たりと言っていいだろう。私を恨んで撃った。
少しだけおかしいとは思っていた。城の中で撃たれたのに犯人が捕まってない事に。
こうなる事を危惧して母さまは、こっくりに頼んで生まれたばかりの私にまじないをかけたらしい。
生まれながらに問題がある妹ならば、敵対心も持たずに兄として優しく接するだろうと。
実際は優しく接するどころか見下し馬鹿にし、それによって私が城を出てしまった事。
兄さまは森小屋でもかなり傲慢な振る舞いだったらしい。
「継承権なんていらないのに…」
「それは黒雪ちゃんが決める事じゃないのよ」
何も言えなくなった。
そしてもう一つ、まじないを施された裏の理由がある。
おそらく真の理由と言えるだろう。
この国の王妃になるという事は初夜を迎えた翌日、シーツの公開がある。
純潔の証の公開という訳だ。
女王には夫という存在はいない。
子ができるまで顔を隠した男達に代わる代わる抱かれるだけだ。
そして出産も人々に見守られながら。
見守ると言うよりも好奇の眼差しの中の
「出産イベント」
と言ったほうが正しいだろう。
女王の責務という理由からだ。
まさかそれらが自分の身に降りかかるとは思いもしなかった。
握り締めた手に力が入る。
「こっくり助けて、私は継ぎたくない!」
真剣な顔をしたこっくりが答える。
「そうね、王妃ならまだしも女王は酷だと思うわ」
じゃあ…
「でもね黒雪ちゃん、国と個人の気持ち、どちらが大きいと思う?」
「知らない!そんなの、嫌なものは嫌だ!」
「国家100年の計も考えずに我を通す?」
「女王なんて生け贄みたいなものじゃないか!」
「そうよ?国民の為の生け贄よ?」
「こっくり…」
でも私は…。
「今までも自分を犠牲にして耐えた女王はいる、そしてそれがあなたに繋がっている。その責任を放棄するの?」
「兄さまは…」
「彼は傲慢すぎた、資格はないわ」
「少し、考えさせて」
一人、部屋で考える。
我慢した女王がいた。
耐えた女王がいた。
私の、番なのかな…。
こっくりに頼んでもダメだったじゃないか、母さま!
黒いままでいいから、女王になるのだけは嫌だ。
まじないじゃなく呪いのほうがマシだった。
シローならわかってくれるだろうか?
王族なんて捨ててもいい。
シローの部屋に行き、扉の前で絶望した。
「なんで説明しちゃったんだよ、嫌がるに決まってんだろ」
「説明なしでまじない解いて、恨まれるのやあよ」
味方はいなかった。
朝を待ちこっくりの家を出た。
家出ではなく、目的の場所があったからだ。
しばらく歩いてその場所に着いた。
「クリス!クリスいるんでしょう?」
「来ると思ってたよ、黒姫さん」
緑の異形の者。クリス。
私は彼に会いに湖に来た。
朝日を受けキラキラと光る湖面から、クリスは上半身を出していた。
「困り事か?」
わかっているだろうに聞いてくるクリスに少し苦笑いだ。
「女王にならなきゃいけないかもしれない」
「そりゃまたかなりキツいな。なりたいのか?」
私はここで確信した。女王になる事の意味をわかってるのは、一握りの人間だ。
「クリスはどうして今の姿になったの?元は普通の人間だろう?それも貴族クラスの」
「バレたか、本来なら城に住んでたな。黒姫とも一緒に育ってたと思うぞ。俺まだ18歳だし」
「えええええーっ!?」」
「まあ聞け。俺は生まれつき体が特殊でな、常に水の中にいるしか生きられる術がなかった」
「ふうん…あれ、でもそれって…」
「そう!人の姿のままプールに浸かってるだけでも良かったんだよ!それをあの魔女が面白がって!」
……こっくり、それはあんまりだ。
隣に座ってきたクリスに聞いてみた。
「じゃあクリスもマジナイなの?」
「ああ、そろそろ効き目も薄れると思う」
効き目が薄れる…
それって…
「またマジナイかけてもらわないと、クリス死んじゃうんじゃないの!?」
「あー、それはないない。子どもの頃を乗り切れば大丈夫な筈だから。それより黒姫どうすんだよ?女王の話は」
こっちが聞きたいくらいだ。本来、政略結婚なんて当たり前。
このまま自分の意志どうりに生きられるとは思ってはいない。
ただ、女王になるのだけは嫌だ。
「こんな話がある」
突然クリスが語り始めた。
∞∞∞∞∞∞
むかーし昔、王と王妃には姫1人しか生まれなかった。
悩んだ結果、その姫を女王にした。
何も知らされず女王になった姫は、まず初夜で驚いた。
そして続く辛い夜、とうとう気が狂い暴れ始めた。
仕方なく薬を飲ませられおとなしくさせられ、なんとか出産。
玉座の女王はそのまま薬漬けで短い一生を終えました。
∞∞∞∞∞∞
「あまり知られてないが、そういうケースもあるってこった」
ゾッとした。
そんな人生絶対に嫌だ。
「ますます嫌になる話をありがとう」
「だからさ、お前俺と結婚すればいいじゃん」
カッパが何かのたまった。
「はーい、そこまで」
振り返るとこっくりとシローが揃って立っていた。
クリスが私の前に立ち、身構える。
「命の恩人にずいぶんね」
まずい、そう思った時にはクリスは倒れていた。
何が起こったのかさえわからない。
シローに腕を締め上げられ、身動きが取れなくなった私の口に何かが入れられた。
体に力が入らなく、クリスの無事を確認する事すらできない。
「シロー、黒雪ちゃんは小屋まで運んでちょうだい。クリスはどうしようかしらねえ」
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「それで黒雪姫はどうなったの?お母さん」
「魔女と取引したのよ」
「取引?」
「そう。黒いままでいいから、クリスのまじないを解いてやってとお願いして、女王になったらしいわ」
「じゃあ幸せにはならなかったんだ?」
「それは誰にもわからないの。黒雪姫は女王になってからは一度も話す事なく亡くなったそうだから。クリスを助けて幸せだったのか、後悔したのかは誰にもわからなかった」
「ふうん、なんだか中途半端な話だね」
「ふふ、そうね。そろそろお父さんがプールから帰ってくるわよ」
「ごはんの準備しなきゃね!私、手伝う!」
「ありがとう、キュウリのサラダはお父さんの席にね」
「わかってる!」
黒髪、黒い瞳、褐色の肌の母子は笑いながら食事の支度を始め父親の帰りを待ち始めた。
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