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匿名
14/08/18 11:18(更新日時)

過去を振り返って書きます。

14/08/18 06:38 追記
それをみたい。渡辺さんは「中絶してくれ。費用はこっちで出すから。」

「産みたい。」

埒のあかない会話が毎日続いた。

誰かに相談したい。

中学生の時に、部活の顧問だった保健の先生に相談した。

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No.2128165 14/08/17 22:44(スレ作成日時)

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No.1 14/08/17 22:45
匿名0 

両親の離婚

両親が離婚したのは、私が5歳の時だった。
父の愛人に、妹と同い年の隠し子がいたらしい。

伯母が勤めている病院に、愛人と父と二人の間に産まれた赤ちゃんが通院していて発覚したそうだ。

調停離婚だったらしいが、養育費は最初の3ヶ月だけ支払って父とは連絡がとれなくなったそうだ。

こんな黒い話を小学生になる前から聞かされていた。

私は、ある時から大好きな父が帰ってこなくなって悲しかった。

父は、怒鳴らないし抱っこしてくれるし、優しかった。

母親は、父とは逆だった。

無視か怒鳴り声のどちらか。

母親の寝室に行くと「婆ちゃんと寝ろよ」と追い出された。

母親の両腕には幼い弟と妹。

私の入る隙はなかった。

No.2 14/08/17 22:46
匿名0 

そんな生活を送っていて、ある時母親が荷物を持って妹をおぶり、弟と手をつなぎどこかに行く支度をしていた。
「本当はお前を置いていきたいのに、あんちゃ(兄のこと)から“3人連れて出ろ”っていわれたから連れてくけど、お前がいたいならいろ!」なにがなんだか分からなかったが
「置いてかないでー」と叫ぶように泣いた。

気づいたら、度々行っていた祖母の家。
いつもは一泊二日とか二泊三日なのに、一週間二週間‥時間が流れた。

「おうちに帰らないの?」と聞いたら祖母が「ここがおうちだよ」と言った。

No.3 14/08/17 22:47
匿名0 

環境の変化に対応していく過程で、気づかないうちに、ストレスが溜まっていたのだろう。
当時は、弟と喧嘩をしては外に出された。
かまってくれた父方の祖母や腹違いの兄もいない。

「お兄ちゃんに会いたいよぅ」「お婆ちゃんに会いたいよぅ」といつも泣いた。
泣けば、母親から叩かれ蹴られた。

祖母がいると暴力はしなかったが、祖母がいないと息が「う゛っ」と止まるほどやられた。

でも、何でだろ?痛いけど嬉しかった。
いつもは無関心なのに、父方の話をすれば暴力という形であれかまってもらえたからだ。

No.4 14/08/17 22:48
匿名0 

心が歪みはじめた。
暴力されたくて、嘘をついたりわざと弟や妹を泣かせた。

「お前なんかしね!」「お前なんか産まなきゃよかった!」そういう否定の言葉さえ嬉しかった。

それくらい、母親は私に無関心だった。

No.5 14/08/17 22:50
匿名0 

近所に、自分と同い年の子がいることを知ったのは引っ越してきてからすぐだった。

せっちゃんという可愛い女の子だった。
せっちゃんは保育園に通っていたので、日曜日になるとせっちゃんの家に行った。
小学生になると、毎日登下校を一緒にした。

No.6 14/08/17 22:53
匿名0 

しかし、母親の再婚でせっちゃんとは不仲になってしまう。

黒い話を平気でする母親は
「今日、○○屋(小さい地元のスーパー)でNに、金目当ての結婚だと吹聴されていた!」と激怒していた。

母親は、夜になると男の人と出掛け、その人は地元では有名な資産家の跡取りだった。

No.7 14/08/17 22:54
匿名0 

その資産家と母親が結婚することを知り嫉妬したNさんが、母親のことを吹聴していたらしい。

ちなみに、Nさんはさっちゃんの母親。
さっちゃんチに遊びに行くと
「うちのせっちゃんは、あんたとなんか遊びたくないから帰れ!」
と、突然言われた。

ともちゃんという友達ができたが、ともちゃんの母親がそこのスーパーの従業員だったので、私ら一家の悪い噂を聞いたともちゃんママは、ともちゃんと私が遊ぶのを禁じたらしく、遊べなくなった。

No.8 14/08/17 22:54
匿名0 

それでも、せっちゃんチにめげずに行くとNさんの暴力が始まった。

Nさんは終始「この家にはドラキュラがいて、お前を監視している!次に来たら押し入れにとじこめてドラキュラに殺して貰うぞ!」と、ビンタや蹴りをいれられた。
そればかりか、「近所の犬に毒を盛って殺した 」とか「近所の人にねずみ男というあだ名をつけて馬鹿にしていた」などと、小学生じゃできないような犯罪まで吹聴された。

No.9 14/08/17 22:55
匿名0 

学校でも
せっちゃんが「リオ(私)は馬鹿だから遊ばない方がいいよ」と吹聴していた。

それを道徳の時間に先生が話して、聞いた人に挙手させ、せっちゃんを皆の前で謝らせた。

No.10 14/08/17 22:56
匿名0 

せっちゃんと私が校長室に呼ばれ、「仲直りね!」と喧嘩として処理されお揃いのパワーストーンを貰ったのだが、嫌がらせは終わらなかった。

母親が再婚して引っ越すと、Nさんは、私達の引っ越し先の近所の人と仲良くなって私の悪口を吹きこんでいた。

No.11 14/08/17 22:57
匿名0 

そこの近所の人にも同級生がいて、こうちゃんと皆から呼ばれていた。

ある日、学校から帰る時にこうちゃんが「リオさん、最低だね。せっちゃんのお母さんのこと馬鹿呼ばわりするなんて。」

なんのことか分からなかったし、話を聞こうにもこうちゃんは先に帰ったので聞けなかった。

No.12 14/08/17 22:58
匿名0 

母親は、養父との再婚まえNさんに対して怒鳴り込みに行っていたが‥

それは、まるでヤンキーが挑発してるみたいだった。

私のためではない。
自分のストレス解消のためだったんだろう。

今ならわかる。

だが、Nさんがそこまで妬んだ理由や狂言を信じ込ませるテクニックはいまだに分からない。

No.13 14/08/17 22:59
匿名0 

私が8歳になったころ、養父と母親が再婚し、すぐに弟が産まれた。

せっちゃんとも離れて暮らし、少しは変わるはずだった。

しかし、私の性格は、ますます歪んでいった。自覚もないまま‥。
喜怒哀楽を表に出すのを控えるようになった。

環境の変化に対応していく過程に、話を聞いてくれる大人はいないし、悪い噂ばかり流され病んでしまった。
マッチで新聞に火をつけて校庭で遊んだり、蟻を踏みつけて殺す遊びにハマった。

普通じゃなくなっていた。

No.14 14/08/17 23:00
匿名0 

私が10歳のころ、養父が家を新築。
同時くらいに、養父にとっての二人目が産まれた。

この頃から、母親が働きはじめた。
養父方の祖母が弟達をみていた。

母親がいない養父の家‥
養父方の祖母は分け隔てなく躾として叱ってくれたが、母親の無関心さは増していくばかり。

寂しかった。
母親に話し掛けても無視され、あまりにもしつこく呼んだら「小学5年にもなってお母さんお母さんて恥ずかしくないの?いい加減親離れしろよ!」と怒鳴られ、それからは自室に籠もるようになった。

No.15 14/08/17 23:04
匿名0 

私は爆発した。
親の関心が欲しくて、せっちゃん親子にされた仕返しがしたくて町の図書館からさっちゃん名義で本を借りた。
その時は、スカッとした。
しかし、その結果‥自分の首を絞めることにしかならなかった

No.16 14/08/17 23:05
匿名0 

せっちゃん親子は、これまでに自分達のしてきたことを棚にあげて学校に乗り込んで大事にした。。

母親が私を擁護してかまってくれると思ったが「産まなきゃよかった」と見切る発言。

味方のいない学校。そりゃそうだ。
私は悪い子。
嫌われて当然だった。

No.17 14/08/17 23:06
匿名0 

この頃から、家で養父が度々暴れるようになった。
理由は分からないが、母親との口喧嘩で言い負かされるとガラスを割り、テーブルを椅子で叩き、電気も、床もめちゃくちゃ‥

母親のヒステリックのあと、ガシャン!ドカン!パリン!という音が聞こえてきて震えながら泣いていた。

No.18 14/08/17 23:07
匿名0 

居場所を失ったが、家出する場所もなかった。

学校に行けば犯罪者。
家じゃあ厄介者。

母方の祖母宅に行きたかったが、私を見た人がヒソヒソするらしく「来るな」と言われた。
なにが楽しかったろう?

No.19 14/08/17 23:08
匿名0 

楽しい事なんてなかった。

否定の言葉を聞く度「必要のない人間」の自覚が芽生えた。

中学生になってからは、自殺を考えるようになった。

「生きていても楽しくない。」制服のスカーフで首を締めても意識を失うだけ。
薬箱を漁って風邪薬を一瓶飲んでも、意識を失うだけ。

何時間後には意識が戻っていて泣いた。

No.20 14/08/17 23:08
匿名0 

友達という枠に入ることもなく、親の目を盗んでタバコを吸ったり、酒を買って飲んだりしていた。

毎月の小遣いはストレス解消の為に消えた。

中2の時にピアス開けたけど、痛くてすぐに外した。

1人でいる時間は、空虚感を膨らませた。

No.21 14/08/17 23:11
匿名0 

この頃、誰かが私の部屋の机を漁っては金を盗んでいた。
酒が買えない。タバコが買えない。
イライラした。

頭は子ども。
養父に相談した。

養父が家族会議を開いたが、そこで養父がいったのは驚く言葉だった。

「お姉ちゃんの机から、お金がなくなりました。お父さんは犯人探しはしない。何故なら、盗まれる方にも原因がないとは言い切れない。
分かりやすい場所に置いた人にも非がある。」だった。

絶句した。この家には味方がいないんだ‥
そういえば、6年の時に初潮がきて
鍵付の引き出しに使ったナプキン隠してた。
母親に話し掛けても無視され、言い出せず‥
汚物入れに捨てればバレるから。
怖くて言えなかった。

それなのに「生理きたんだろテメーは!」と、急に怒鳴られた。
もしかしたら、机から、お金を盗んだのは母親だったかもしれない。
養父はいつも母親を擁護していた。

中学になると、周りの子はブラジャーをしている。
生理になれば、ナプキンがどうっていう話してたけど、無関心な母親は「身体の成長は、与えた小遣いのなかで対処しろ!親に甘えるな!」
だった。

お金が無くてどうすることもできなかった。

 中学2年の時には、三番目が産まれた。多感な時期にはキツい事実だった。可愛かったけど。

No.22 14/08/17 23:13
匿名0 

生理がくると、ナプキンを買うお金がないのでトイレットペーパーを重ねてナプキン代わりにした。

下着は、いとこのお母さんが買ってくれた。

母親は、最低限の物(制服、ジャージ)以外は自分の金で買え!だった。

No.23 14/08/17 23:14
匿名0 

母親は無関心。養父は酒乱だし、母親を擁護。
兄弟の前で私の黒い話を母親からされ兄弟は慕うどころか私を見下す。

本当に、「何で生きてるんだろう?」って毎日思ってた。

そのくせ死ねないヘタレだった。

No.24 14/08/17 23:15
匿名0 

中学三年になるとクラスが受験モードになった。
「高校出たら家を出る。」それが目標だった。

特に勉強もせず受けた農業高校だったが、勉強しなくてもいい点とれたし、友達もできて、それなりに充実していた。

家にも帰りたくなくて、わざと遅い電車で帰ったりした。

No.25 14/08/17 23:16
匿名0 

高校生活に慣れてきた頃、高校入ってからほとんど口をきかなかった母親から「高校の入学費返せ」と言われるようになった。

無視をすると「さっさと30万返せよ!返さねーなら追い出すぞ!」
入学費は養父がはらったくれたはず。

めったに帰ってこない仕事をしていた養父
母親を擁護する養父に相談などできなかった。

No.26 14/08/17 23:19
匿名0 

夏休みになると「払え」を一日中言われるようになった。

言い返しても、養父にねじ曲げた事「リオから殴られた」など言われ‥
養父からの暴力が怖くて、母親の言いなりになった。

実際、養父からは殴られたことがあった。

昔はしてほしかったけど、この頃はフラバするようになって

手を振り上げる動作だけで心臓のバクバクが早くなった。

No.27 14/08/17 23:20
匿名0 

夏休み開け、登校しなかった。
「高校辞めて、入学費稼ぐ‥」
ために。

母親は喜んだ。喜んで「早く退学届書け!」
退学届を出しに行ったら先生からは「休学扱いにするから、来年からおいで」と言われた。
半年もあれば30貯まる。貯まったら戻ればいい。

それが間違いだった。何故、先生に相談しなかったんだろう?

No.28 14/08/17 23:21
匿名0 

周りが楽しそうなのを見ると胸が締め付けられた。

アルバイト‥しなくちゃ。

高校に進学せず、就職した同級生がいてその子に紹介してもらった職場に面接に行った。

よほど、人手が足りなかったらしくすぐに採用された。

No.29 14/08/17 23:23
匿名0 

3か月も経つと、母親に20万円近く渡せていた。あとは10万‥

そんな目標の為だけに頑張ってたんだけど、事件が起きた。

ある時、平岡さんという上司が私を家まで送ってくれることになった。

家とは違う方向に進む車。
嫌な予感しかしなかった‥

山の人気がない駐車場につくと、いきなりやられた。

処女だったのに

No.30 14/08/17 23:24
匿名0 

抵抗した。泣いた。
だけど、適わなくて‥最後までされた。

怖くて悔しくて悲しかった。「なんでこんなことしたの‥」怯えながら聞いたら「お前が俺に惚れてるって、職場内で噂になっていたし、母親から子ども作ってでも嫁連れてこいと言われたから。」
全く意味の分からない理由で、こんなことされるなんて‥

家まで送って貰ったが、その日はなみだが止まらなかった。

No.31 14/08/17 23:26
匿名0 

それ以来、会社をやめた。

同じ目に合うのが怖くて、ぼーっとしているばかり。

母親は「さっさと行けよ」とか養父は「何もかも中途半端なやつは要らない」とか言ってたけど、本当‥どうでもよくなった。

大人はいざって時に助けてくれない。
話も聞いてくれない。
慰めてくれない。

命令とか、押しつけばかり‥

No.32 14/08/17 23:27
匿名0 

仕事に行かなくなってからは家事手伝いしながら、一番下の弟の面倒をみていた。
仕事に行かなくなって1ヶ月経つと、母親が「お前は実父のところに帰れ!最初から連れてきたのが間違いだった!お前みたいなくずでも、向こうは可愛がってたからな!」
ひきづられるように車に乗って片道小一時間の実父宅に。

実父宅は空き家だった。
実父も、祖母も兄も…誰も居なかった。

No.33 14/08/17 23:28
匿名0 

誰も居ないのが分かると、また小一時間かけて帰宅。

母親の無関心が始まった。
レイプされてからというもの、本当に何もかもどうでもよくなった。。

弟が保育園に行くようになって、時間ができた。
出会い系に登録しては割り切りの相手とやった‥

例え割り切りでも、必要とされたことに満たされた。

ただ、帰宅したあとの空虚感はハンパなかった。

誰にも相談出来ず、出会い系で相手を探しては身体を安売り

No.34 14/08/17 23:30
匿名0 

母方の祖母が倒れたのはその年のこと。
倒れて半年で帰らぬ人になった。

馬鹿な私は恩を忘れ、葬式当日に泣いただけ‥

No.35 14/08/17 23:31
匿名0 

相変わらず…私には何かが抜けていた。
出会い系をやめなかったのだ。
(寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい)
心の中で、何回叫んだだろう?

声に出せたら、どれだけ楽だっただろう?

寂しいと言えないのが未練だった

No.36 14/08/17 23:32
匿名0 

元いた職場には渡辺さんという上司がいた。

渡辺さんは20歳も年上。
私が仕事に行かなくなった理由を聞きたいからご飯行く?みたいなキッカケだった。

車中、今までのこと私の感情を、すべて聞いてくれる人だった。

それは、生まれて初めてだった。

No.37 14/08/17 23:33
匿名0 

渡辺さんと食事に行ったりする内、すきになっていた。

まるで、実父に似ていた。制服の匂いも雰囲気も‥実父と重ね合わせていた。
お父さんに甘えるよう甘えた。

No.38 14/08/17 23:34
匿名0 

渡辺さんは、結婚しているという噂だったので、単刀直入に「奥さんに、バレませんか?」と聞いたら
「結婚してないよ」という返事。

結婚してる噂は嘘だった。

No.39 14/08/17 23:37
匿名0 

「親なんて私に無関心。私のこと何にも知らないし、知ろうともしない。」
「じゃあ、親には内緒で会うか」
秘密にしていた。

高校には戻らず、18まで家事手伝いをしていたが、養父に「免許を取ってコンバインとかトラクター乗れるようになれ。免許があれば仕事も見つけやすくなるから。」
就活もしていなかった。

No.40 14/08/17 23:39
匿名0 

親の言いなりではあったが、自動車学校に通えることになった。

まみちゃんという同級生の友達もできた。
仕事していなかったので、免許はすぐ取れた。

No.41 14/08/18 06:36
匿名0 

親の言いなりではあったが、自動車学校に通うようになった。

まみちゃんという同級生の友達もできた。
仕事していなかったので、免許はすぐ取れた。

No.42 14/08/18 06:37
匿名0 

免許を取ってすぐ、生理がこないことに気付いた。

渡辺さんが買ってくれた妊娠検査薬を試すと…

陽性。

どうしよう?親には言えない。

No.43 14/08/18 06:40
匿名0 

公園の駐車場で待ち合わせて、先生の車でレストランに入った。
「相談てなに?」
「実は、妊娠しました。産みたいけど、相手が中絶しろと…」
先生はしばらく考えたあと
「リオは産んで育てたいの?色々大変よ‥」
と言った。
「エコーをみたら、可愛くて愛おしくて‥」泣いた。
「わかった。お母さんに言いにくいから、私に相談してくれたんでしょう?」
「はい。」
「じゃあ…私からお母さんに言ってあげる。まずは、お母さんと話し合わなきゃ。」

No.44 14/08/18 06:41
匿名0 

「中絶してくれ。費用はこっちで出すから。」

「産みたい。」

埒のあかない会話が毎日続いた。

誰かに相談したい。

中学生の時に、部活の顧問だった保健の先生に相談した。

No.45 14/08/18 06:42
匿名0 

先生は、母親の職場に電話をかけてくれた。
母親が帰宅すると、殴られるのか?暴言はかれるのか?想像していた。

帰ってきた母親が「ちょっと」と私を呼び出した。

No.46 14/08/18 06:42
匿名0 

車に乗るよう言われ、スーパーの駐車場につくと、「電話で先生から聞いた。産みなさい。相手と結婚して、自立しなさい。」
だった。

え?それだけ?

No.47 14/08/18 06:43
匿名0 

次の日、出血と下腹部痛があり病院へ行った。
「切迫流産です。すぐ入院して、安静にしなければ赤ちゃんは助かりません。」
入院する事になった。

私が入院中、渡辺さんが私の家にいき話し合っていたらしい。
電話番号は没収された携帯から探したみたいだった。

No.48 14/08/18 06:44
匿名0 

入院3日目。
渡辺さんの父親が来た。
「息子が、中絶してほしいと言ってる。かかる費用と、慰謝料はこちらが持つからすぐにでも中絶してほしい。」
頭が真っ白になった。

No.49 14/08/18 06:45
匿名0 

「私は、渡辺さんと結婚出来なくても、認知してもらえなくても、家を追い出されても、この子を生みます。」
渡辺さんの父親は「覚悟はあるのか」と言った。

「あります。」

No.50 14/08/18 06:46
匿名0 

その時、10周目で「もう、中絶するかしないかの猶予はない。」と医者から言われ「生みます」と誓った。

養父は休みの日に病院に来て泣いていた。
「リオ、俺はリオが相談出来ないような親だったんだな。何もかも。お父さんのせいで、情けない。俺は情けない‥」

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