嬉しい女
短編小説…
悲しい女の第二段です
よろしかったらお付き合い下さいませ
(*^_^*)
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そして臨月に入り出産予定日も近づいたある日曜日
桜吹雪が舞う家の前に両手に荷物をさげた真琴がやって来た…
千恵子達三人は、真琴を出迎え
真琴「初めまして…よろしくお願いします…」
恥ずかしそうに真琴は挨拶をして中へ入った
そしてカノンによろしくと言って握手をした
千恵子「私の服や化粧品も気楽に使っていいからね…」
二階には千恵子達の寝室があり
大きい鏡のドレッサー
女らしい真琴の洋服が並ぶクローゼット
真琴「…すごいね~千恵子、金持ちなんだ…」
千恵子「…そうでもないわよ、今ここは使ってないのよ…階段がしんどくて…子供が生まれて落ち着くまで、三人とも、下の和室で寝てるわ…」
そう言うと、隣の部屋のドアを開けた
そこは将来の子供部屋なのか、六畳ほどの洋間だった
星のついた可愛いカーテンを千恵子がサーッと開けると
そこには桜並木と閑静な住宅街が広がっている
ここが真琴の部屋となった
夜…真琴はさっそく料理を作った
手際の良さとその料理の味付けの美味しさに千恵子達は満足した…
カノンも新しい人物の登場に
いつもよりお利口さんだ…
これなら安心して真琴に任せられる…
そう千恵子は思った…
それから…
朝から晩まで真琴は一日中、甲斐甲斐しく動き回ってくれた
最初はグズグズして言うことを聞かないカノンの扱いにも慣れ
千恵子の負担も日に日に軽くなって行った
そして真琴が来て一週間が過ぎた日曜日…
久々に千恵子家族は真琴と4人でデパートへ出かけた
達郎はカノンにせがまれゲーム・玩具売り場へ
千恵子と真琴はベビー服売り場…
そして下着売り場では、真琴が下着を選んでいる
真琴の下着の趣味はブラジャーもショーツも飾り気のない無難な白…
真琴らしいな~と千恵子は思った
下着売り場の隣りには
可愛い春ワンピースが並んでいた
千恵子「…ね~真琴に似合いそうね!…」
淡いグリーン系のワンピースを手にとり真琴の体に合わせてみた
真琴「…いらないわよ…そんなの趣味じゃないわ…」
千恵子「…そんな事ない!…たまにこんなの着てみなよ……」
真琴「…不細工には似合わないってば…」
千恵子「…飾らなきゃ誰でも不細工なの!ほら着てみなさいよ!…」
しぶしぶ真琴は試着室へ入った
しばらくしてワンピース姿の真琴が現れた…
驚いた…
束ねていた髪をほどき
メガネをはずすと…
まるで別人だ…
首もとが大きく開いたワンピースから
痩せている割に形のいい膨らみのある胸…
引き締まったウエスト
ドキッとするほど女らしい真琴に千恵子は驚いてしまった…
そして
それに会ったサンダルを選び真琴に履かせた…
千恵子「…真琴…素敵!…そのまま着て帰ろうよ…」
真琴は鏡に映る自分の姿を
まるで他人でも見るかのように
不思議そうに見ている
千恵子「…ね~私買ってあげるプレゼントさせてよ……」
真琴は戸惑っていたようだったが
やはり女だ…どこからともなく嬉しさがにじみ出ていた
やがて達郎とカノンがやってきた
ワンピース姿の真琴を達郎が見て
開口一番
達郎「…え?…真琴さん?…まるで女優だ!…へぇ~たまげた」
真琴「…なんか…恥ずかしいです…千恵子に買って貰ったんですよ…ありがとございます…」
そう言うと真琴は慌てて外していたメガネをかけた
思えばこの時からだった…
真琴が新しい自分に気がつき、変わり出したのは…
達郎「…似合ってる!…これでメガネじゃなくてコンタクトなら、もっと変わるだろうね~」
すれ違う人が振り返り真琴を見て通り過ぎた…
千恵子「私も早く出産して落ち着いたら、こんなワンピース…着たいなぁ…」
千恵子がそう言うと…
達郎「…アハハハ…今の千恵子は、ペンギンだからな~アハハハ…」
笑いながらそう言うと達郎は真琴の買い物の荷物を
達郎「重いでしょう?持ちますよ」
そう言って真琴から荷物を持ち…
カノンは真琴と手を繋ぎ…
三人は千恵子の前を歩き出した
真琴の料理はバラエティーに富み
特に和食の味付けが上手だった
普段は野菜嫌いのカノンも
ゴボウや人参までモグモグ食べている
達郎「…この煮物美味しいねぇ…千恵子…作り方聞いておけよ…」
千恵子「…ほんとね…真琴…後でレシピ書いてよ!…」
真琴「…いいわよ」
千恵子は顔では笑っていたが…
洋食中心であまり和食が得意ではない自分が
なんだか惨めになった
それとデパートで達郎に言われたペンギンと言う言葉が…
いくら冗談と分かっていても千恵子にはショックだった…
真琴は、達郎のからになったコップに何気なく、ビールをつぎ足した…
それは自然に…
その仕草が妙に色っぽく千恵子には映った
やがて…
台所は綺麗に片付けられ真琴は風呂へ入った
その隣の洗面所でカノンと千恵子は歯磨きを始めたが
棚に置いてある真琴の眼鏡に気が付いたカノンが
珍しいのか自分の顔に眼鏡を掛けたり悪戯を始めた…
止めなさいという千恵子の言う事をきかず
ついにメガネを床に落としてしまった…
慌てて、拾うつもりが
今度はスリッパを履いた足でカノンはメガネを踏んでしまった
千恵子がメガネを持ち上げると
フレームと繋がっっている耳に掛ける片方の部分が
ポトリと落ちた…
千恵子「…カノン!どうすんの!壊れたじゃない!」
カノンは泣き出した
風呂から上がった真琴は
真琴「大丈夫よ…カノンちゃん…泣かないで、明日眼鏡屋さんで直してもらうから…すぐ直っちゃうからね…」
カノンは黙って千恵子の後ろに隠れたままだった…
次の日…
真琴は慌ただしく家事を済ませると
カノンを幼稚園へ送って行き
真琴「なにかあったら電話してね…すぐ帰って来るから…」
そう言い残し壊れたメガネを持って街へ出かけた…
外は春の青空が広がり
ベランダには4人分の洗濯物がキチンとシワが伸ばされ
整然と干されて風に揺れている
…あぁ…早く前の生活に戻りたいなぁ…
大きいお腹を見つめながら
…おい…早く出て来い…
そう呟いた
やがて…お昼近くに帰って来た真琴は…
真琴「ただいま!…」
千恵子「…あら?…真琴メガネは?」
真琴「…この際コンタクトにしたわ…どう?…」
驚いた…
それはメガネをはずした真琴の変身ぶりと同時に
あの恥ずかしがり屋で控え目だった真琴に…
毅然とした気品が垣間見えた事だった…
千恵子「…似合ってるよ…真琴って目が大きかったんだね…」
夜…
達郎「…真琴さん…やっぱりメガネはずしたら、きれいですよ…なぁカノン~」
仕事から帰ってきた達郎が
カノンをだっこしながらそう言うとカノンも
「まこタン可愛いです~」
三人で騒いでいる
真琴は相変わらず家の中ではジーンズだったが
メガネをはずしただけで
真琴は中性から、
見事な女性へと変貌を遂げた…
それは別に構わないのだが
達郎が真琴に急に優しくなったような気がするのは
千恵子の思い過ごしだろうか?
千恵子が真琴を助っ人にと何の躊躇もなく決めたのは
真琴が、中性であり達郎があんな野暮な女を
女として意識しないだろう…
そんな勝手な先入観が心のどこかにあったからだ
だが…
達郎に今の真琴はどう映っているのか?
そう言えば
二人目を妊娠してから達郎との肌の触れ合いはない…
それから何日かしたある夕食後
千恵子の体調に異変があり
入院し、すぐに陣痛が始まった…
達郎は出産に立ち会い
真琴はべそをかき寂しそうなカノンの手を引きながら家へ帰って行った
朝方、無事生まれた
達郎「…千恵子…よく頑張ったね…元気な男の子だよ…」
千恵子は元気いっぱいの我が子を見て安心し達成感に満たされていた
千恵子「…うん…早く家へ連れて帰りたいな~」
そう言った
達郎「…あぁ…でも家の事は真琴さんに任せて…ゆっくり休むんだよ…」
千恵子「…ええ…そうする…」
達郎は一度家へ帰り、シャワーを浴びて出勤すると言って帰って行った
千恵子は眠りについた…
ある日曜日のお昼だった
仕事が休みの達郎も一緒に三人が揃って病室を訪れた…
カノンがママーと言って飛びついてきた…
千恵子「…カノン…お利口にしてる?…真琴…いつもありがとう…毎日忙しいでしょう?…」
そう言って真琴を見ると
真琴「…大丈夫よ…カノンちゃんも…達郎さんも……ご飯…」
千恵子はそんな真琴の話しなど耳に入らなかった
真琴は黒い髪の毛をいつの間にか明るい栗色に染め
見覚えのあるマキシワンピースを着て
うっすら延ばしたファンデーション
ピンクの口紅が真琴をよりいっそう可憐に見せていた
そんな千恵子の視線に気がついたのか
真琴は
真琴「…あッごめん…千恵子の洋服借りちゃった…化粧品も…まずかったかな?」
千恵子「…」
達郎「…俺がいいって言ったんだよ…真琴さんすごくキレイだろ~」
千恵子「…え?…そ…そうね…いいのよ使って…使って…」
やがてお昼の病院食が運ばれて来て
三人はランチへ行くと言って…
病院を出た…
…
窓から外を見ると
カノンを間に 達郎と真琴が手をつないで三人が歩いて行く…
この異様な疎外感と焦りはなんだろう…
以前は、猫背で自信なさそうに千恵子の後ろを歩いていたはずの真琴が…
この頃は背筋をピンと張り
口数も増え明るくなったきた
達郎の『綺麗…』という言葉…
それを栄養分としながら、真琴は益々開花して行く
女にとって一番嬉しい蜜な誉め言葉だ
だがその言葉は場合によっては
怪しい自信に繋がる時もある…
千恵子には真琴の姿、仕草、全てが怖い存在に変わっていった…
退院したら、真琴にはもう家政婦は断ろう
下の子が3ヶ月ぐらいになるまで
カノンは幼稚園を休ませればいい
そしてそれから2日後千恵子は
退院した…
赤ちゃんの名前は達郎の一字をとって
「達規 たつき」に決まった
退院して我が家へ着くと
ベビーベッドも組み立てられ
千恵子の布団もキチンと用意されていた
退院したら真琴に家を出て行って貰うはずだったが
真琴のそんな気の利きように
申し訳なくて千恵子はそれを言う機会を逃してしまった…
久しぶりに台所へ行くと…
…?!
その変わりように千恵子は愕然とした…
見慣れない真新しいテーブルクロス…
カフェカーテンはレースだったはずが
ピンクの花柄へ変わっている…
そして…
食器やキッチン用具も大部分が配置を変えてあった…
千恵子「…真琴!…なにこれ?前のテーブルクロスやカーテンは?どうしたの?…」
ちょっときつめな千恵子の言葉に
振り向いた真琴は
真琴「…え?…捨てたわ…こっちの方が可愛くて…達郎さんも…ステキだって言ってくれたし…」
千恵子「…捨てた?!……」
眉間にシワを寄せた千恵子は動揺を隠せない…
真琴「…千恵子なに怒ってんの?…」
真琴の勝ち誇ったニヤケた横顔に腹が立った
千恵子「…私が?喜ぶと思うの?…ここは私の家よ!…どうしてこんな事するの?」
真琴「…あら…千恵子…好きなようにやっていいって言ったじゃない?!…」
達規が泣き出した
千恵子は何も言わず授乳を始めた
…もう嫌だ!
…もう無理!
体中が怒りで震え出した…
やがて
真琴「…カノンちゃん迎えに行ってくるね…」
真琴は鼻歌混じりで玄関を出て行った
千恵子は達規におっぱいをあげながら
さっきの真琴の言葉を思い出していた…
…達郎さんもステキだって言ってくれたし…
達郎が?…
そんな事を?…
達規が乳首を離してスヤスヤ眠り始めた…
ベッドに寝かせ、ゆっくり手を離した…
…
嫌な悪い予感がした
千恵子は二階へ上がって行った…
自分の家なのに
千恵子は恐る恐る寝室の戸を開けた…
カチャ…
そこは入院前と同じだった
ベッドもキレイにキルトカバーがかけられている
ゴミひとつない
…フフフ…
…何を心配していたのだろう…
…バカな私…
…達郎を信じよう
…子供が二人もいるのに
…馬鹿げた事する訳がないじゃない
達郎には 今夜からここで寝て貰うつもりだ…
達規の授乳、オムツ交換で熟睡できないと仕事に差し支えるからだ…
真琴は私達と一緒に下で寝てもらう…
台所の雰囲気が変わっても
真琴がここを出て行けば
後は自分で好きなように模様替え出来るし
自分は出産で情緒不安定だったのだ…
詰まらない事にイライラするのはもうよそう!
さて…カノンも帰って来る頃だ
千恵子は部屋を出た
そして…
愛くるしい達規を中心に
穏やかな何日かが過ぎて行った
ある夜…
みんなが寝静まり
達規に添い寝をしていた千恵子が
ふと目が覚めた
だがカノンの横で寝ているはずの真琴がいない
トイレだろうか?
気がつくとダイニングから光が漏れている
光を覗き込むと
真琴がダイニングテーブルの椅子に座っている横顔が見える…
何をしているのだろう?
角度的に達郎のパジャマの腕だけが見える…
真琴はテーブルに肘をつき
髪をかきあげた手は額で止まっている
その細く長い指の隙間から
艶やかな髪が垂れ下がり
おそらく達郎を見ているであろうその横目は
驚くほど潤んでいる…
千恵子はその異様な雰囲気に声をかける事ができないでいた
だが…
真琴が達郎に近づき顔が消えた…
もしかしてキス?!!
千恵子は思わず
ガラッと戸を開けた!
二人は驚き 千恵子を見上げた…
千恵子「…なにしてるのこんな夜中に!! …ここはキャバクラじゃないのよ!!…」
その言葉は明らかに真琴に対して言い放ったのだが
達郎「…千恵子!どうしたんだ?…真琴さんに失礼だろう!」
達郎は真琴を庇った…
悲しかった
真琴は何も言わずテーブルのコップを片付けはじめた
達郎は千恵子の肩をそっと撫でると
達郎「…俺は寝るからな…」
そう言い二階へ上がって行った
…
朝になった…
達郎は何事もなかったように無言で出勤し
真琴はカノンを幼稚園へ送って行った
千恵子は達規におっぱいを吸わせていた
…
こうしていると
イライラした気持ちが段々落ち着いて行く…
達規の小さい手に千恵子の人差し指を握らせ
もう少しの辛抱だよ…
そう呟いた…
やがて真琴が帰ってきて
真琴「…洗濯物これで全部?…」
いつものように聞いてきた…
千恵子「…そうだ…パパのパジャマベッドの中かな?」
千恵子は達規を寝かせて二階へ上がった…
ベッドの上には脱ぎ散らかしたパジャマがあった…
パジャマをどかし
布団をキレイに直しキルトのカバーをかけた
パジャマを持ち
部屋を出ようとしてもう一度振り返ってベッドを見た
その時だった
ベッドの下になにかが落ちているのに気がついて
千恵子は立ち止まった
なんだろう…
光の陰になっていてよく見えない
近づいて…
よく見ると…
それは白い…ショーツ…
これは!!
まさか真琴のショーツ?!
まさか!!
まさか!!
千恵子は地獄の底に突き落とされた気がして
その場にべったり座り込んだ…
退院して来た日はこんな物はなかった
自分が退院してまだ5日しかたっていない
自分や子供達が下にいる時に
こんな酷い事を!
どのくらい座っていたのか
下から真琴が上がってきた
真琴「…千恵子なにしてんの?達規ちゃん泣いてるよ~」
我に返った千恵子は…
その真琴の顔面を拳で
殴りつけた!!
真琴は頬を抑え
口を開けたまま驚いている
その口に千恵子はショーツを押し込んだ…
そして足早に階段へ向かった
すると真琴が追いかけて来て
階段上から千恵子の背中を押した
千恵子の体は階段から落下した
だが…
地面へ叩きつけられるはずの
千恵子の体がフワッと軽くなった
居るはずのない
達郎が千恵子を下から抱き止めた…
達郎「…千恵子…大丈夫か?」
千恵子「…あなた!どうして?…」
達郎「…昨日のあの人の言葉が気になって…今朝…あの人がカノンを幼稚園へ送って行く時からずっと…後をつけていた…
もう止めろ!!…君は狂ってる!…」
真琴「…さんざん人に世話をさせておいて…キチガイ扱いなんて…ひどいわよ達郎さん…」
達郎「…なにが達郎さんだ!…千恵子の為に今まで我慢して調子合わせてきたけど!…もう限界だ…もうこの家から出て行ってくれ!!…」
真琴「…達郎さん…私のこと…キレイだ愛してるって言ってくれたじゃないの!……」
真琴は泣き出した
達郎「…キレイとは言った…女の人はそう言ったら喜ぶと思ったからだ…だけど愛してるなんて言ってない!…勘違いしないでくれ!!…」
千恵子「…止めて!!!…じゃあ…どうして…真琴の下着が…あなたのベッドの下から出てきたの?!…」
達郎に千恵子が詰め寄った…
達郎「…下着?!はぁ?!…まさか!!…なんで?…俺はそんな事はしていない!…」
真琴「…フフフ…アハハ…アハハハハハ…」
真琴は階段の上でけたたましく笑い出した
達郎「…はめやがったな!!…ふざけやがって!」
達郎は腕を振り上げ階段を上りかけたが
千恵子がそれを必死で止めた
千恵子「…真琴は昨日…何を言ったの?」
達郎「…抱いて欲しいって…そうしてくれなきゃ…なにもかもぶち壊してやるって!」
大の男の達郎の体が震えている
真琴「…もういいわよ!…あぁ…面白かったな~…アハハ…」
千恵子「…真琴…どうしてこんな事するの?…私たち友達だったじゃない!…」
真琴「…友達?…親友とかって…ほんとウザッ!…
昔…誰かが言ってたよ…真琴といると自分が引き立つから…千恵子は真琴といつも一緒にいるんだって…」
千恵子「…そんな!…」
真琴「…本当はバカにしてたよね…私の事…母子家庭で貧乏だし…遠足のおやつが買えないからって…私の分まで持ってきて…わざとらしい!…先生に誉められて…さぞ気分良かった?…
なんで?…
なんで千恵子はいつも幸せなの?
こんな贅沢な暮らしして…
そうよ!…なにもかもぶち壊してやりたかったのよ!」
千恵子「…真琴…結婚してるんでしょう?…」
真琴「…あいつは外国ですぐに女が出来て…とっくに別れたわよ!」
真琴は唇を噛み締め
泣きながら荷物をまとめ
やがて出て行った…
千恵子の頭の中は混乱していたが
達規を思い出し、
慌てて乳首を吸わせた…
達規の力強い吸い方に、気持ちが溶けるように落ち着いて行く
終わった…
全て終わった…
もう真琴はいない…
そう達規に呟き
涙がいくつも流れた…
あれから…10ヶ月余りが過ぎた
達規も元気でスクスク育ち
掴まり立ちができるほどになった
また千恵子の家族に笑顔が戻ってきた…
そして真琴の事も忘れかけていたある日…
一枚の葉書が届いた
新生児らしい赤ちゃんの写真つきだった
差出人は
真琴だった…
内容を読むと
…千恵子…皆さんお元気ですか?
その節はお世話になりました
おかげさまで私にもやっと子供が出来ました
可愛い男の子です
名前は
達規と言います…
完
朝…6時
ピピッ…ピピッ…
目覚ましがなった
篤史がベッドから起き上がると
隣で寝ていた妻の多鶴子が目を覚まし
眠そうに
…今朝もジョギングへ行くの?
そう聞いてきた
篤史「…あぁ…来週…社内検診だから~俺がメタボだったら、社長になにを言われるか…」
多鶴子「ホントね~お父さんはあなたには、厳しいんだから…」
篤史「…一時間ほどで帰るから…まだ寝てていいよ…」
多鶴子「…行ってらっしゃい」
そう言うと多鶴子は目を閉じてまた眠ったようだ
…
今朝も早くから河川敷では
犬の散歩をする人や、ゴルフの素振りをする人など…
平和な朝の光景があった
すれ違う人と挨拶を交わしながら
遊歩道を爽快に走り出した
川の上流へ向かい20分近くも走ると
急に人の姿はなくなり
鉄橋にさしかかった
篤史は走るのを止め、そのガード下へ姿を消した
コンクリートの太い柱の下に置いてあったスコップで
穴を掘り始めた…
穴を掘るのは今日で三日目である…
なんとか今日で完成させたいと篤史は思った…
ひたすら掘る…
汗が滴り落ち…
痛くなった腰を、時々逆 くの字に伸ばしては
また掘った…
…
加藤篤史(35)
…
ジョギングを終え家に戻りシャワーを浴びると
キッキンから珈琲のいい香りが漂っている
珈琲を入れる多鶴子が付けっぱなしにした
リビングのテレビ画面に目を止めると
美人のお天気お姉さんが今朝も優しく微笑んでいる
…今日のお天気は…日中曇り…夕方から雨…所により強く降るでしょう…
多鶴子「…あなた今夜なに食べたい?…」
篤史「…なんでもいいよ…」
いつもの朝
いつもと同じような他愛のない会話をし…
篤史「…行ってきます」
多鶴子「…行ってらっしゃい」
いつものように出社した…
そして、その帰り…
夕闇がせまる頃
あのガード下に篤史は立っていた…
…
時々電車の通過する激しい音に耳をふさぎながら
篤史は何度も腕時計を覗いている
とうとう雨が降り出した
やがてあたりを見回すとどこからともなく
男が現れた…
男は篤史に気が付くとにこりと微笑み
ツカツカと近寄ってきた
男の名前は山根達也 32歳
篤史と同じ会社の後輩だった
…
山根「すみませんお待たせしちゃって…」
山根は篤史にさも親しげに話しかけたが
篤史は山根とは目も合わせず返事もしない
山根のジャンバーには雨の雫がキラキラ光っている
篤史はジャンバーのポケットから膨らんだ白い封筒を取り出し
山根に渡した
山根は封を開け
片目でチラッと中身を覗き込み
こっくり頷くとジャンバーの内側ポケットへゴソゴソ押し込んだ
…
篤史「…なぁ山根…もうこれっきりにしてくれ…」
山根「…分かってますって!…加藤さん…お互いの幸せの為ですからね…」
篤史「…なにが幸せの為だ?…お前のしている事は、脅迫だ…まるでダニじゃないか!…」
篤史が吐き捨てるようにそう言うと
山根「ハイ…ハイ…なんとでも言ってくれて結構です…」
篤史「…もう200万もだぞ…俺がどんな思いでこの金を貯めたと思ってる!…これが最後だ!…」
山根「…なに言ってんですか…加藤さんは将来…大山建設の社長じゃないですか…500万やそこら…小さい…小さい…」
篤史は苛立ち山根を睨みつけ
グッと唇を噛み締めた
…
山根「…加藤さん…俺に見られたのが運のツキ…ですよ…」
篤史「…あの女とはもう別れた…だから…もう…」
山根「…だから…だからなんです?社長令嬢と結婚しといて、若い女とも仲良くしようなんて…この事実はこの先も…消える事はないでしょう?…」
篤史「…山根…お前まさかこの先もずっと…俺から金をむしり取るつもりじゃないだろうな?!…」
山根「…フフ加藤さんはね~俺の…金のなる木ですよ…ははは…んじゃ…これで…また連絡しますから」
山根は篤史に背を向け来た方向へ歩きかけた
…
だが…
山根は急に足を止め
山根「…あれッ…なんだ…この穴は?…」
不思議そうに立ち止まった
篤史「…それはお前を入れる穴だ……」
その言葉に驚き、振り返り山根が最後に見たモノは
スコップを振り上げた篤史の黒いシルエットだった
ガツン!ガツン!ガツン!………
…
…
人の世には
存在してほしくない!…
消えて欲しい!
そんな奴が一人くらいはいるものなのだ
…
山根はうつ伏せに突っ伏し動かなくなった…
雨はシャワーのように降り続き
頭上を電車がゴーゴーっと通り過ぎて行く…
山根をひっくり返しジャンバーの内ポケットから
さっき渡した金と携帯を抜き取った
山根は完全に息絶えたのか強い雨に顔を打たれても
ピクリとも反応しない
篤史は山根の両足を持ち上げ
河原の石の上をズルズルと引きずり
穴へ入れた…
サイズはピッタリだった
堀り溜めた土砂を再び穴に戻し
山根を埋め終え
その上に重い石を幾つも積み重ねた…
まるで山根をこの世から封印するように
…
そして篤史は朝のジョギングコース
その帰り道を走り出した
途中で山根の携帯とスコップを川へ向かって投げ捨てた
…
多鶴子「…あなたどうしたの?ずぶ濡れじゃないの?」
多鶴子が篤史を上から下まで眺めて言った
篤史「…酷い雨だったけど…駅からジョギングして来たんだよ…俺も随分長く走れるようになったもんだ…」
多鶴子「…可笑しい人ね~すぐお風呂入って、風邪ひくわよ…」
篤史「…うん」
シャワーを頭からかぶると
全て流してくれる気がした…
外は雨…
激しい雨は血液を流し
二人の足跡も消してくれるだろう…
篤史は心地良いシャワーにぐったりと酔いしれた…
…
山根が消えてから2日が立つと
さすがに社内では山根の行方不明の噂で持ちきりとなった
そして私服の刑事が度々社内を出入りするようになり
山根の交流関係の聞き込みをしているようだ…
大谷「山根は…かなり借金があったみたいだよ…競馬、競輪、パチンコとか…」
昼休み、社員食堂で同期の大谷と向かい合って定食を食べながら
どこから聞いたのか大谷はそんな噂話しを持ち出した
篤史「…へぇ…借金残して蒸発か?…」
…俺の金は、ギャンブルや借金返済に消えたのか…
高い授業料だったがそれより
もうこの先山根にゆすられる事もない
自分の不倫をバラされる心配もない
そんな安堵感の方が何倍も価値があった
あと数年もすれば俺はここ大山建設の次期社長…
将来は安泰に暮らせるのだ…
あとは山根の遺体が出て来ない事を願るだけだが…
あんなに石を積み上げてきたから
カラスや野良犬に掘り返される事はまずないだろう…
大谷「…蒸発かな?…もしかして殺されてたりして……」
一瞬ドキリとしたが
篤史「…えッ?…殺された?…どうしてそう思うんだい?…」
オーバーに驚いてみせた
大谷「…なんとなくだよ…世間には蒸発する人間なんか…沢山いるだろ…だけど中には殺されていて…ただ…発見されていないだけって人間もいるんじゃないか…」
篤史「なるほど…だけど…山根を殺して得になる奴なんて…いるのか?」
食べ終わった茶碗をお盆に乗せ
横に寄せてお茶をすすりながら篤史は言った
大谷「…そんなの端の人間には分からないよ…殺した本人にしか…」
…こいつ なにか知ってんのか?
ただの一般論なのか?
篤史「…まさかお前が山根を殺ったんじゃないだろうな?…」
篤史は笑いながらわざと大谷を刺激してみた
大谷「…俺があいつを?…アハハハハ…な…なんで?…なんの為に?…」
大谷の顔つきが変わった
意外な展開になってきた…
山根を殺してもいないのに
殺した本人にそんな事を言われて
焦っている
これは一体どうした事だろう
篤史「…たとえば…あいつを殺してやりたいと思っていたとか?…」
音こそ聞こえなかったが
大谷は確かに生唾を飲み込み
喉仏が大きく動いた…
そして
手に持っていた空の湯のみをテーブルに落とした
かなり動揺しているようだ…
大谷「…実は……いや…なんでもない…」
篤史「…お前…まさか…あいつに…脅迫されていたとか?…」
篤史の話の途中で大谷はお盆を持ちすっと立ち上がった
大谷「…またな…」
そう言っていなくなった
…大谷も山根に脅されていたのか?
篤史は食堂の中を見渡した
この大勢の中に俺のように山根に脅迫されている人間が
他にもいるのだろうか?
まさかな…
篤史は食器を片付け仕事場に戻った…
それ以来大谷は山根の話しをする事はなかったが…
ある日思いつめたように
大谷「加藤…今夜一杯やろう…付き合ってくれ…」
そう誘ってきた
篤史「…おう…」
会社の帰り駅前の居酒屋へ二人は行った…
そこは個室で会話が外へ漏れる事はない
落ち着いた感じのいい部屋で
壁には額に入ったモナリザが微笑み
テーブルには胡蝶蘭が小さく飾ってあった
中居が料理とビールを運んできた
篤史「…とりあえず乾杯だ…」
2つのジョッキーがカチンと音を立て
大谷は上手そうに飲み始めた…
篤史「…なぁ…お前…なんか隠してるだろう…」
大谷「…俺は…俺は何もしてない…」
篤史「…していない?…その言い方は可笑しいだろ…それじゃ…まるで山根を殺してない…みたいな言い方に聞こえるぞ…」
大谷「…あッ…そうだよな…」
篤史「…山根は蒸発したんだ…いなくなったんだ!そうだろ?」
大谷「…」
篤史「…はっきり言えよ…なにがあったんだ?」
大谷「…山根…あんな奴…殺されていればいいのに…そう思ったんだ…」
篤史「…どうしてだよ?…」
大谷「加藤…頼む!…これから俺が言う事を…誰にも言わないでくれ…」
篤史「…言わないよ…」
篤史は緊張し体がブルッと震えた
…
大谷「…俺…山根に脅されていたんだ…」
篤史「…?!!やっぱり…」
大谷「…俺…たまに風俗へ行っていたんだ…店から出てきた所をあいつに見られて…それを…女房にバラすって…あの野郎…」
大谷はよほど悔しかったのか
涙目になっている
篤史「…いくら?…何回ぐらいやられた?…」
大谷「…一年間で…三百万ぐらいかな?…」
篤史「…」
大谷「…あいつ…殺されていればいい!…このまま姿を表さないで欲しい…」
大谷は泣き声になった…
…
大谷「…俺…またあいつが現れるんじゃないかと思うと夜も眠れない…もう金はないし…子供は可愛いし…家庭壊したくないよ!…」
大谷はかなり憔悴しきっているようだ
篤史「…」
大谷「…今度…また脅してきたら…ぶっ殺してやる!!…」
…今の大谷はついこの間の自分のようだ
篤史には大谷の気持ちがよく分かった
…
篤史「…大谷…心配ないよ…あいつはもういないよ…」
大谷「…そんなこと分からないよ…あいつはダニだ…また…ひょっこり…俺の前に……」
篤史「…いや山根はもう出て来れないから…」
大谷「…そんな気休め言うなよ!…なんでお前にそんな事が分かるんだよ!」
篤史「…大谷…誰にも言うなよ!…」
大谷「…ああ…言わないよ」
篤史「…あいつは穴の中にいる…」
大谷「…はぁ?…」
篤史「…アハハハハ…俺がスコップで山根の頭をかち割ったのさ!!…アハハハハ」
大谷「…?!…」
下を向いて泣いていたはずの大谷が
いきなり頭を上げ不気味な笑いを浮かべた…
すると…
個室の襖が一斉に開き
刑事が数人雪崩れ込んで来た
「加藤篤史…山根達也殺人重要参考人として…署まで…」
隣の部屋には暗闇のモニター画面にこの部屋の内部が映っている
モナリザの瞳にはカメラが
胡蝶蘭にはゴマ粒のようなマイクが仕掛けてあった
大谷を見ると
大谷「…俺が疑われてんだよ…勘弁してよ…加藤…喋り過ぎだよ…自分から脅迫なんて言うから…ピンときたぜ…」
篤史は両腕を刑事に抱えられた
篤史「…う…嘘だろッ…」
完…
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