重い女

レス377 HIT数 920657 あ+ あ-


2012/06/10 20:59(更新日時)

当時は地獄だった…



今はその当時を思い出しても、怒りや憎しみ、それと負の感情は沸かなくなった



裏切られ続けた馬鹿な女の90%実話です。



駄文ではありますが良かったら読んで下さい。



どんな事でもコメント頂けるとありがたいです。

No.1711124 (スレ作成日時)

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No.251



読者の皆様へ


急きょ入院になってしまいしばらく更新する事ができません…


ちょっと長引きそうなので時期は今のところまだわかりませんが、回復してからまた✏したいと思っております。


応援頂いてる皆様に大変申し訳なく思っております
m(__)m


本当にすみません。

No.252



読者の皆様へ


おはようございます✨


皆様に色々心配かけてしまって申し訳ございません。


先週手術を受けて昨日辺りからようやく動けるようになりました。


順調にいけば週末には退院できるとの事なので回復次第また✏します💦


応援して頂いてる皆様に、心配とご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません😢


もう少々お待ち頂けますよう宜しくお願いします。



暖かいコメントありがとうございましたm(__)m

No.253



「彼女に産むように言ったんでしょ?」


「……」


「もう嘘や誤魔化しはきかないから本当の事を話そうよ」



半分も食べてない食事。


夫が煙草に火をつけたところから話し出していた。



「お前は…


どうなった?」



伏し目がちに夫が聞き返してきた。



「彼とはもう連絡は取らない


辛い時は誰だって逃げたくなる


勿論、私も含めて…


それがどれだけ人を傷つける事か…」



一瞬込み上げてきそうな熱いものをぐっと我慢して続けた。



「逃げてるだけでは何も変わらないし、そんな中途半端はもう許されない


それでも欺き通すなら
本当にもう終わりだよ…


私に嘘はひとつもない


それを十分理解して覚悟を持って話してもらいたい」



夫に言ってる自分の言葉が痛かった。


彼に終わりを告げてるようで悲しくて泣き出したかった。


でも、自分が冷静に判断しなければ彼の思いが無駄になる。


夫の真意を知った上で
私はしっかり見極めたい。


人に導かれるのではなく、進むべき道を自分自身で選択し、前を見て歩いていく為にも逃げてはいけないんだ。


だから、どんなに辛くても彼に連絡はしない。



そう固く決心していた。



私の毅然とした態度に
夫の顔も真剣になった。



No.254



「あいつの勢いに負けて…

産んでくれと言ってしまった」


「面倒見るとも言ったんだよね?

どうするつもりで言ったの?」


「ごめん…それもつい…」


「ついって…

ひとつの命がこの世に生をうけるという状況で、その気もないのに言ったという事?」


「……」


「あんたの真意を聞かせて

どうしたいのか、どうしようと思ってるのか、包み隠さず本当の気持ちを話してよ」



夫は椅子にもたれていた上体を起こしてから言った。



「俺は…

家庭は失いたくない

あいつの事もただの遊びで良かった

子供も望んでないんだ

だけど…

あいつに泣いて懇願されたら突き放せなくて、つい…言ってしまった」


「つい、では済まされない問題なんだよ?

こうなったら腹をくくって一緒になって子供を育てていく覚悟はないの?」



「本当にそれはない…

だけど子供の話をしてる時の嬉しそうな顔を見ると邪険にする事もできなくて」



優しさを履き違えている夫に溜め息を覚える。


これ以上は責めるだけになりそうなので少し話題を変えた。



「もうお腹も目立つだろうしどこで会ってるの?」


「あいつ部屋借りたんだ

1人は寂しいから来てほしいとよく言ってる」


「仕事辞めたのに部屋なんか借りて、子供も産まれるのにどう生活していくの?


彼女の親は妊娠の事知ってるの?」


「ああ…


俺が父親だというのも知ってる」



「え?」



「この前母親と会ったから…」





…驚いた。




まさか親に会ってるとは思ってもいなかった。

No.255



「その時の事をきちんと話して」



「日曜日あいつの部屋にいたら母親が突然来た

その時にあいつ
俺が父親だと言って…

家庭がある事も話した」



「お母さんはなんて?」



「由美がもうちょっと若かったら反対してる

だけどこの娘は年齢的にも子供を産む最後のチャンスかもしれない

だから無下に諦めろとは言えない

1日も早くきちんと俺の方を整理して由美と一緒になれって」



「は?」




私は絶句した。



親というものは普通そんな場面では、男を怒り、娘を怒るんじゃないの?



不倫だよ?


その末にできた子供だよ?



それを最後のチャンスとか私達の事はとっとと捨てて娘と一緒になれとか、余りにも非常識では…?



親には会った事はないけれど、この親にしてこの子ありと思ってしまった。



黙ってる私に夫が続けた。



「否定できない状況で、わかりました。と言ってしまったから、俺が離婚して一緒になると2人に思い込まれてしまって…」



………………。



言葉を失うとはこういう事だ…



「お前に男がいるのを知った時物凄くショックだった


全部自分が蒔いた種で自分が悪いのも十分わかってる…

てめぇのいい加減さにマジで嫌気がさした


色んな事考えてたら、もう何もかも嫌になってあんな事をしてしまった…」




一瞬体が身震いする。



あの光景が蘇る。



全て夫の優柔不断が招いた結果であり自業自得。



と思っても



またあんな事をされたら…



強く言う事ができない。



呼吸が乱れる。



落ち着かせてから夫の目を見てゆっくり言った。



「あんたの優しさ残酷なだけで本当の優しさではない


相手にとって、辛い事も言いにくい事も言わないと、誤魔化すだけでは余計に傷つけるんだよ?


その気がないならなおのこと…


それで私もずっと傷ついてきた


あんたはその場しのぎの繰り返しで、結局は自分を守ってるだけなんだよ」



「…そうだよな」



夫は椅子にもたれ掛かり項垂れた。

No.256



お互い無言。



しばらく沈黙が続いた。



私は考えていた。



夫は離婚はしたくないと言う。


彼女とも一緒になるつもりもない。


でも子供は産まれてくる。


西田と母親は私と離婚して一緒になれると思っている。


何も知らない子供達。




こんな状況…


どうやったら解決できるのだろう…


夫が西田と一緒になると腹を決めるのが一番の解決策だと思う。


だけど当の本人がそれを望んでない。


どうしたらいいのか…


私は何を言えばいいのか…



溜め息ばかりが出る沈黙の中で夫が口を開いた。



「俺…ちゃんと言うよ


もう誤魔化したりせず、あいつにきちんと話すから


俺、こんな自分が嫌で嫌でたまんなかった


今まで勝手ばかりして悪かったと心から思ってる


本当にごめん…」



夫は今にも泣きそうな顔をし、私の目を見て言った。



子供の事を思えば片親にする事もなく不安を与える事もない夫の言葉。



私は…


嬉しいとも

悲しいとも

腹立たしいとも



何も感じず

何も響かなかった。



言うならば


夫の言葉は地獄の入口。



西田と別れたところで嬉しいという感情を既に持ち合わせていない自分。




私の意志は通らない。



あの光景が蘇る。



通してはいけない…



私の我慢の上で成り立つ家庭。



もう…



何の感情も沸いてこない。



夫に言う。



「夫婦って…


どちらかに強制されて成り立つものではない


だけど…


私が我慢するしかないでしょ


あんな馬鹿な事して…」



口にした瞬間


泣き崩れた私。




私に選択肢は



ないのだろうか…

No.257



「怜奈背が伸びたね~」


「なっちゃん!怜奈ねもうお母さんより大きいんだよ!」


コーヒーを煎れてる私の横に立ち、嬉しそうに言ってる怜奈。


「本当だ~腰の位置も全然違うじゃん!

足は長いし体の線も細いし怜奈はやっぱ今時の子だねぇ」


「なっちゃん、言い方がおばさんくさっ」


「コラッ!誰がおばさんじゃーい」


「きゃはは!」



土曜日の昼過ぎ。


小学生の頃からの親友で同級生の夏希が久しぶりに遊びに来た。


夏希のところは高校生の息子と娘の4人家族で、夫婦仲は良く家庭円満である。


サービス業の仕事をしている夏希は平日休みが主で、休みが合わなくてなかなか会えずにいたが珍しく土日の連休がとれたからと久しぶりに遊びに来たのだ。


「んじゃ行ってくるね~

なっちゃんまたね!」


「気をつけて行きなよー

暗くなる前に帰ってきなさいね!」


「はいはーい」


「怜奈またね~いってらっしゃい」


「いってきまーす」


怜奈は友達のところに遊びに出かけた。


「ちょっと見ないうちに怜奈ずいぶん大きくなってびっくりしたよ

恵美は今日仕事?」


「うん。土曜日は隔週で、今日は出勤だよ」


「和君は元気?

相変わらずやんちゃしてんの?(笑」



何も知らない夏希はいつも通り何気なく聞いてきた。



「あ、うん…」



「涼子」



一瞬動揺してしまった私を彼女は見逃さなかった。

No.258


「なに…それ」


今まで夫の浮気をある程度知ってる夏希もさすがに驚いていた。


彼以外に初めて今の状況を私は夏希に話していた。


「涼子の悪いとこは何でも1人で抱え込んでしまうとこなんだよ

肝心な時は何も言わずいつも事後報告って悲しくなっちゃうよ」


「ごめん…」


「謝らなくていいの!

私が同じ状況なら間違いなく捨てるタイプだから話を聞いててじれったく思うのも本音

だけど今までの涼子の人生を全部知ってる人間の一人として、涼子が家庭を守ろうと必死になる気持ちも凄くわかるよ

和君、相変わらず良きパパなんでしょ?」


「うん…」


「そっか

だから余計に悩んでしまうんだね

話を聞いてて私が客観的に思ったのは、その女はクセが悪いように見えるけど、必死に和君の言葉を信じて純粋に愛する人の子供を産みたいと思ってる

女の一途で真剣な想いはきっと、本妻以上に不安な気持ちで一杯になってると思うよ

だからって不倫女の苦悩に同情なんかできないけどさ

でもそんな彼女の気持ちを知りながら、その気もないのに曖昧な事を言う和君が一番クセが悪いよ」


「夏希…あのね…」


まだ経緯の途中だったから彼の存在をここで明かした。


「なるほど

あんたがそうなるくらいなんだから、よっぽど辛かったんだね

逃げ道がなかったら、それこそ涼子…

あんたが今いなかったのかもしれないんだね…」


顔が強ばった。


自分も馬鹿な事しようとした、あの時を思い出す。


夏希が続ける。


「不倫ってさ…

心を醜く歪ませたり猜疑心の塊になったり、時にはこっちの人格さえも変えてしまうよね

なのに当事者達は2人の世界に浸り、秘め事を楽しむかのように歪んだ愛を貪り合う宇宙人

そんな宇宙人には正論は愚か言葉すら通じないんだよ

そんな奴らに苦しめられてるなんて馬鹿くさいと思わない?」


「宇宙人って…」


私は少し笑った。


「そうそう!そうやって笑ってやればいいのよ

思いっきり見下してやりな!

その彼にしてもさ

そんな状況だったからこそ巡り会ったんだよ

和君がそこまで酷い裏切りをしなかったら、いつもの日常だったら涼子は絶対に彼を見なかったよ?

そんな状況を強いられて、まともな神経でなんかいられないし、あんたが彼を頼った行動を聞いただけで、ギリギリの精神状態だったってのがよくわかるもん

あんたが落ち込んでても何してても、今現在こうして話してられるのは彼のお陰なのかもね


彼はスーパーマンみたいな人じゃん」


夏希の言葉は突拍子もないように聞こえるが、全てにおいて的を得ていた。


「私…どうしたらいいのかわかんなくて…

またあんな事されたらと思うと強くも言えないし、かと言って今までの事を許す事もできない

彼にも申し訳なくて…

だけど結局は私が我慢するしかないのかなって」


「そんなのおかしいよ」


夏希が煙草に火をつけながら言った。

No.259



「おかしい?」



「うん、おかしいよ


なんで涼子がそこまで我慢しなくちゃいけないの?


涼子の感情は一切無視じゃん


今まで自分がしてきた結果がこうなんだから、本当に悪かったと思うなら、自分の気持ちを押し殺してでも涼子の気持ちを優先すべきでしょ


それを和君はどっちにも無責任な事を言い、どうにもならなくなると自暴自棄になり暴走した


それに怯えてあんただけが我慢したところで、結局は誰も幸せになれないんじゃないかなぁ」



「確かに夫婦としてはもうやり直せないとは思う


だけど少なくても子供らに心配かけないし片親にする事もないから…」


「そんなの…


恵美や怜奈からしたら迷惑な話だよ


好き勝手やってる父親に、自分達の為に耐え忍ぶ母親なんて嬉しいはずない


うちの母親は私が小3の時離婚して中1の時に再婚したじゃん?


今の父親は実の父親同然に思ってるよ


実父は確かに私と妹の前ではいい父親だったけれど女癖が悪かった


私達の前では普通にしていても子供ながらに夫婦の不仲は感じとってたよ


母親が1人で泣いてたのも知ってる


離婚してからの母親は明るくなって生き生き毎日仕事に行き、貧乏でも親子3人で楽しかった


父親がいなくて寂しいとも感じさせなかった


あの時もし、私達の為だと母親が我慢しても本当の幸せはなかったと思う


母親の心からの笑顔が子供を安心させて幸せにするんじゃないかなぁ


まぁこれはうちの場合だから一概には言えないけど、何もかも子供の為とは思わず、やり直すと決めるなら和君にもしっかり言う事は言って、脳ミソを総入替えさせるくらいな勢いで改めてもらわないとだよ?


自分ばかりが我慢してると絶対ストレスになるんだから


言いたい事くらいは我慢しないで、ガンガン上から言ってやりなよ」



「上からって…」



「いいじゃない?


私と別れたくなかったら
肩揉めとかさ(笑」



「なにそれ(苦笑」


「とにかく和君のペースにばかりにならず、涼子もどんどん主張すべきって事


場合に寄っては恵美はもう大人なんだから話してもいいんじゃない?


繕うだけでは誰も幸せになれないと思うからさ」



「うん。そうだね

夏希ありがとね」


「ほーんとあんたって昔から肝心な時には何も言わず1人で考えて自分を追い込むタイプだからさぁ


色んな方法や解決策があるんだから一緒に考えさせてよね


例えその彼を選んだとしても、涼子が悪ではないんだよ?


自分ばかり責めたらダメだからね」



「うん…うん…


本当に…ありがとう」



「ちょ!泣くなー」



夏希の気持ちが、優しさが嬉しかった。

No.260



離婚して子供と三人で苦痛もストレスもない生活を送りたい。


毎日穏やかに笑顔で過ごしたい。


叶うのならば、あっちゃんとはいい距離を保って、ずっと付き合っていきたい。


お互いの子供が独立したら、2人でのんびり暮らすのもいいな。


平凡で幸せな日々…



そんな未来予想図を描いてみる。



…けれど



どんなに考えても堂々巡りだった。



最終的に夫の『あの行動』が私を縛りつける。



私が我慢すれば…幸せになれる。


私が我慢しても…幸せになれない。



必死に守ろうとしてたその家庭が今、元に戻ろうとしている。




戻ろうと…




……………………。




西田が夫の子を産む。



戻れるはずがないんだ。



夫が彼女と別れたとしても無視できる問題ではない。



子供に罪はない…



延々と続くそのしがらみに我慢し続けても……



幸せになれるはずがない。



じゃあ…


どうしたらいいのか…


どう言えばいいのか…




夏希が帰った後、私は1人答えの出ない現実に溜め息ばかりついていた。

No.261



あの『事件』から一ヶ月が経過した。



夫と西田は揉めていた。



子供ができてしまった以上、簡単な事ではないと夫に何度か言ってきたが、予想通り別れ話は難航してるようだった。


夫が話すその過程を黙って聞いてるだけで、私は何ひとつ口を挟まなかった。



何も言う事なんかない…



そんな時に西田からメールが届いた。



―――


お久しぶりです


奥さんに確認したい事があってメールしました


和也さんは子供が産まれる前に離婚して、私とお腹の子と三人で暮らすと約束してくれていました


奥さんには毎月多めの生活費(慰謝料&養育費)を渡す事だけは了承してくれと言ってたんです


そこは私が言える立場ではないので和也さんの意志に任せました


和也さんはうちの両親に、家庭は既に崩壊してるけど整理もあるので子供が産まれる前まできちんとして私と一緒になると言ったんです


ですが、今になって別れたいと言われました


一体どういう事ですか?


奥さんが何かしたんですね?


もういい加減にしてもらえませんか?


私が悪いのは十分わかってますが子供が産まれるんです


もう勘弁して下さい…


謝罪はいくらでもします


慰謝料も払います


お願いします


もう和也さんを解放してあげて下さい


奥さんの辛い気持ちも悔しい気持ちもわかります


本当にごめんなさい…


子供の事を思って勘弁して頂けないでしょうか


和也さんは産まれてくる子との生活を本当に楽しみにしているんです


別れ話しをする和也さんの顔を見てると、本心で言ってないのが私にはわかります


お願いします


もう邪魔しないで…


勝手言ってごめんなさい


ごめんなさい



―――END




久しぶりに自分に感情が戻ったようだった。



ケータイを思いっきり
ぶん投げていた。

No.262



「何??今の音」



ちょうど恵美が帰宅したところだった。



「お…おかえり」


「なんか落ちてきた?」


「あ、うん、大丈夫だよ」


「何これ?!ちょー割れてるじゃん!」



見事に液晶画面が砕け散ったケータイを手に恵美は驚いていた。



「おかー!」


「……」


「お母さん!!」




駄目だ…



もう隠せない…



私は恵美に全てを話した。



「信じらんない…」



最初恵美は、ショックを受けた風でも怒ってる風でもなく、言った言葉のままの表情をしていた。



「お母さん限界を感じてね…

離婚を決意したの


そしたらお父さん…


あんな馬鹿な事して…」


恵美は目を赤くして震える声で話だした。



「何かあるのは何となく気づいてはいたよ


去年お母さん、すごい痩せちゃって見た目からしておかしかった


だからお母さんが飲んでた薬をネットで調べたんだ


精神安定剤だとわかった時、何か心の病気なのかと思った


だからあえて何も聞かず、怜奈も心配してたから私と怜奈は普段通りでいようねって二人で話してたの


お母さんが度々情緒不安定になってるのもわかったから、その方が負担かけないと思ったんだ


でも何ヵ月か前から薬は減ってないから、もう服用しなくて良くなったんだって秘かに喜んでたのに


まさかそんな事になってたなんて…」



私は…


自分が情けなかった。


子供達には心配かけまいと普通にしていたつもりでいたのに…


こんなに心配かけていたなんて…



「恵美ごめん…


心配かけて本当にごめん


お母さん、どうしたらいいのか全然わかんなくて」



「お父さんがそんな裏切りしたなんて本当に信じられない


私、おとーの優しいところしか知らないんだもん…」



矢が突き刺さったかのような胸の痛み。



そう…


子供から見ると夫は良き父なのだ。



恵美は私の連れ子だけれど夫は実子のように可愛がり怜奈が産まれても変わらず二人の娘を慈しみ分け隔てなく接した。



血の繋がりは関係なく本物の家族だったから私も必死だった。


片親にはしたくない。


子供には辛い思いをさせたくない。


幸せだった家族。


私さえ我慢すれば…と
ずっとそう思ってきた。



でも限界だった。



だが、やはり話すべきではなかったのか…


恵美に話した事を後悔に変えそうな時。



「私…


お父さんを許す事はできない


だって…


謝っても済まない事をしたんだもん


なのに逃げようとした


残された私達の事を完全に無視してね


お母さんだってもう…
我慢しなくていいじゃん」




恵美が言った。

No.263



「本当はお母さん、離婚したいよ…


でも怜奈にはまだこんな事話せないし、親の突然の離婚はショックを与えてしまうよね


それに…


またお父さんがあんな事したら…と思うと動けなくなっちゃうんだ」



「おとー…

卑怯だよ

ずるい!!

私は許せないよ」



恵美の表情はいつの間にか怒りに変わっていた。



「こんな話聞かせておいて悪いんだけど、今はまだ恵美は何も知らない事にしておいてくれる?」


「どうして?!」


「恵美に知られた事でまた自分を追いつめるような事されたらさ…」


「うーん…」


「子供が産まれるから二人が別れて済む問題ではないからさ

相手の女ときちんと話そうと思ってる」


「お母さんが?」


「うん

とにかく目の前の問題を片付けていかないと、何も終わらないし何も始まらないと思うんだ」


「お母さんがケータイ壊しちゃうほど非常識な事言う人とまともな話なんかできるのかなぁ」



壊れたケータイを触りながら恵美が心配そうに言う。



「大丈夫

お母さんにある考えが浮かんだから」


「なになに?」


「またそれはあとで教えるよ」


「えー!気になるじゃん」



「じゃあ恵美は今まで通りしてね?

お母さんもギリギリの行動起こすから、恵美があからさまに嫌な態度すると、またお父さんに馬鹿な事されたら本当にきついからさ


約束できる?」



「う、うん。わかった」



傷ついてるのは私の方…


でもこの時は、夫の行動に敏感になっていた。


まるで腫れ物に触るかのように…



「あのね…」



その時、玄関で鍵を開ける音がした。


恵美と一瞬見つめ会う。


リビングのドアが開けられ夫が帰宅した。



「おとーおかえり」


「ただいま。平日に恵美の顔見るのは久しぶりだな」


「おとーいつも遅いもんね

身体大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。飯もう食ったのか?」


「今日は友達と食べてきちゃった」



キッチンで夕飯を出す準備をしながら二人の会話にドキドキしていたが心配無用だった。


恵美はなかなかの演技派である(苦笑)



私はある決心を固めていた。

No.264



「おい…この辺って」


「なに?」


「い、いや…ここら辺に、お前の知り合いいたのか」


「うん。もうすぐ着くよ」




ある日の日曜日。



引っ越したママ友が出産して、お祝いを届けたいからちょっと遠いしついてきてほしいと夫と私の車で出かけていた。



助手席の夫はなんだかソワソワ落ち着かなくなっている。



(そりゃそうだよね…)



だってこの辺りは…



西田の実家の近くだから。




――数日前。



―――


わかりました


実家の住所です

○○市××町△番地1


私も約束は必ず守ります


宜しくお願いします


―――END



私は西田にメールを送ってすぐ返信がきた。



次の日曜日、第三者を入れてきちんと話がしたいから夫と一緒に彼女の実家に行きたいと送ったのだ。


当日、実家に着くまで夫には内緒にしておくから貴女もそれまで夫には黙っていてほしいと言った。


言い訳を考えさせず、突然の方が夫の真意が見えると思うし、私が何か小細工をして夫に言わせるような事は絶対にしないから信じてもらいたい。


二人が一緒になる事に私は何の異存もなく、むしろそれを望んでいると書き添えた。



いつまでも放っておける問題ではなく、夫に任しておいても何も解決しないと思った。


もしかしたら夫を追い詰める行為かもしれない。


だが、今のままでは夫も私も、前にも後ろにも進めず身動きができない。


きちんと決着をつけなくては何も始まらないと強行したのだ。



私もギリギリの行動だった。




「着いたよ」



「……お前」



『西田』の表札。



夫の顔は強ばっていた。

No.265



「親も交えてきちんと話したいと私が望んだ事なの」


「だったら事前に言ってくれよ」



夫の言葉には答えず私は車から降りた。



助手席のドアが渋々開いた時には、既にチャイムを押し西田が出て来てた。


久しぶりに見た彼女は、長めのTシャツの上に薄手のカーディガンを纏い、下はレギンスといった軽装。


ぴったりとしたTシャツは何かを訴えるかのように、お腹の膨らみを強調させていた。


どこから見ても立派な妊婦に、若干私は複雑な気持ちになる。



「お久しぶりです」


西田が言った。


「こんにちは
ちょっと早かったかな」


「いえ、待ってました

どうぞ」


西田は玄関の方に手を向けつつ、目線は私の肩を抜け後ろに立つ夫に向いていた。



やはり不安なのだろう。



これからどういう展開になるのか全く予想できない。


だが、少なくとも今の現状を変える事はできる。


夫の発言も軽いものではないはずだ。


私は少し緊張していたが、自分を奮い起たせ西田家に足を入れた。



和室に通され敷かれた座布団に夫と並んで座る。


父親は夫の前に座っており、しきりに頭を撫でていた。


西田は父親の横で、母親はその脇に体を斜めにさせて座った。


母親は憮然たる面持ちで、何か言いたそうな顔をしている。



「わざわざ来てもらってすいませんね」



敵意を剥き出しにしている母親と違い、父親は恐縮しそうに言った。

No.266



「こちらこそ、お時間をとって頂きありがとうございます」


私は父親に軽く頭を下げた。


「うちの娘がこんな事になって誠に申し訳なく…「「お父さん!!」」



母親が父親の言葉を切った。


「由美が悪くないでしょ!

家庭があるのに由美に手を出して妊娠させたこの人の方が悪いんだから

謝る必要なんかないわ」



あぁ…


この母親も宇宙人だ。



「何を言ってるんだ

由美も最初からわかってした事じゃないか

まずは家族の方にお詫びするのが…「「お父さんは黙っててちょうだい!由美は女の子なんですよ!」」


頭を撫でまくる父親は常識はあっても、女房に言い切られ黙るところを見ると、夫や父としての威厳は皆無だった。



「あなた由美にずいぶん汚い言葉で酷い事を色々言ったんですってね」


母親が私を睨み付けるような目をして言う。


「酷い事と言うのはどういう事でしょうか


確かに口は悪かったかもしれませんが、私の言動は常識の範疇だと思ってます


それに酷い事をしてるのは夫と由美さんであって、そのような事を言われる筋合いはありません」


「浮気をされるのはあなたに原因があるからでしょ

由美はそれに巻き込まれただけです

だけど子供が出来てしまったのだから話は別

和也君は由美と子供の三人で生活をすると私達に約束しましたよ

気持ちはわからないでもないけど、子供の為に諦めて頂けないかしら」



どうやったらこんな思考が出来るのか、これが人の親なのか…



私は呆れた。



それに何か勘違いしてる。



まるで私が二人を別れさせる為に来たと思い込まれてる。



情けなくも夫は項垂れ黙っている。


西田は夫をチラチラと何度も見ていた。


父親は相変わらず頭を撫でている。


ずっと私を睨むように見ている母親の視線を、私も外さずゆっくりと言った。



「私は夫と由美さんが一緒になる事に何ひとつ異存はありません


今まで何度もそうするように夫に言ってきました


ですが、それを拒否してるのは夫自身なんです


これではいつまでも埒があかないと思い、皆さんがいる前ではっきりさせようと今日伺わせて頂きました」



母親と西田は眉間に皺を寄せ、似たような顔を二つ並べてる。



数分の沈黙の後…



母親が吠えた。



「和也君!!


どういう事なの!!!」

No.267



夫は黙り込んでいる。



「和也君!黙ってないで、あなたの口からちゃんと話しなさい!」



鼻息を荒くしてる母親。



夫は険しい表情を浮かべ、ぴくりとも動かずにいる。



そんな夫にたまり兼ねたのか西田が口を開いた。



「奥さん、和也さんは奥さんにはもう愛情がないんです


子供だけで繋がってる仮面夫婦で、無愛想な女房がいる家に帰ってもつまらない


なかなか別れてくれない奥さんに手を焼いてるけど、さすがに子供が産まれたら諦めて離婚に承諾するだろう


だけど産まれる前に全部片付けるからって、和也さん言ってました


由美と一緒にいたら癒されるし、お腹の子と三人で幸せに暮らそうって約束してくれたもん


でも和也さん優しいから、奥さんに言いにくい…


それに虚言癖のある奥さんの話は全部嘘


ね、和也さん
そうなんでしょ?」




…虚言癖?



なんだ…それ。




「和也君、由美の言う通り言いにくい事でもきちんと言ってあげないと可哀想なだけだわ

いつまでもこんな場は胎教にもよくないから早いとこ終わらせましょう!」



母親は由美の言葉に大きくうなずいた後、付け加えるように言った。



夫は髪を掻き上げるしぐさを何度も繰り返し動揺を見せていた。



「笑っちゃうよ」



そう言った私を西田と母親が怪訝な顔で見た。



「可笑しくないですか?


虚言癖?


そんな馬鹿な話、言う方も信じる方もどうかしてる


嘘ばかり言う男と
妊娠して勘違いしてる女


道徳心が欠如している2人の事は、私には到底理解できません」



「あなた!由美を侮辱するの!!」



怒る母親を無視して私は夫に言った。



「いつまでも逃げてるからこんな事になってるんじゃないの


両親と彼女、そして私の前できちんと話してよ


あんたが望む通り彼女と一緒になったらいいし、私の事は気にしてくれなくて結構


但し
もう嘘は通らないよ


本当の事を話して」



夫は大きな溜め息をひとつついてから、ようやく重い口を開いた。



「俺…


本当にいい加減で…


涼子に虚言癖があると仕立てあげたのは自分の言い訳の為で、むしろ虚言癖があるのは俺の方だった


今までもここでも涼子の言ってた事が全て真実で、俺はとっくに女房に愛想尽かされてた男なんだ…


由美にも悪いと思ってる」



「も、もう~


和也さんってば何言いだすの


アハハ…やだなぁ…もう」



必死に笑顔を作っている西田。



夫は急に座布団を外し



「俺…


家庭を捨てる事はできません


由美と一緒になるつもりもありませんでした


申し訳ございません」




土下座した。

No.268



「きゃあああ!!」



西田の悲鳴に体がビクッとした。



「和也さん何言い出すの!


もう本当の事言っていいんだよ?


何にも気を使わなくていいんだよ?


今本当の事を言えばこの瞬間から楽になれるし由美と子供と幸せになれるんだよ!!


お願い和也さん!


本当の事話して!!」



私は取り乱す西田を呆然と見ていた。



「その場しか考えてない、軽率な言動ばかりだった


酒に酔い自分では覚えてない言葉を、翌日由美に嬉しそうな顔で言われると否定する事ができなかった


度々そんな事を繰り返していくうちに身動きがとれなくなった


涼子に愛想尽かされ本気の離婚が迫った時、俺は激しく動揺し自分のした事を初めて後悔した


自業自得なのもわかっている


俺は涼子に甘えすぎてたんだ…


やっぱ…


一番大事なのは涼子と子供達であり、家族です…


これがずっと言い出せなかった、俺の本当の気持ちです


本当に申し訳ありません」



西田はガタガタ震えてる。



胎教によくない…


私は横になるように勧めた。


母親が睨み付けながら


「あなたに心配されなくても結構です」と、余計な事を言ってしまったと後悔した。


母親は夫に視線を移し言った。



「和也君。


あなた自分がした事わかってないわね


由美はどうするの?


和也君の子供を産む由美を捨てるつもり?


産めと言ったのはあなたでしょ!


今さら無責任な事言わないで!」



「最初は可哀想だけど子供を諦めて欲しいと何度も言ったけど由美は聞き入れてくれませんでした


俺と別れても子供がいたら生きていけると、何度も話し合ったけど産む意志が強かった


酒に酔い、産んでくれと言った言葉は覚えてなく俺は本当に適当でいい加減でした


こんな自分が嫌で嫌でたまらなく酒に逃げ、酔ってまた嘘の上塗りをしてるのすら覚えてない…


由美には本当に悪かったと思ってます」




驚いた…



夫は外では飲むけれど基本自宅では飲まない人だ。


夏場暑い時にビールを1本飲む程度の、その夫が彼女の部屋では酒浸りだったとは…



「和也さんは酔って覚えてないとよく言ってたけど、言った事を確認すると否定しなかったし、抱きしめてくれたじゃない


由美の子供は可愛くないの?


恵美や怜奈の方が大事なの?


由美は和也さんの本当の子を産むんだよ?


子供大好きでしょ?


会いたいでしょ!!」



「そうよ!和也君


上の子は涼子さんの連れ子と聞いてるし、下の子ももう大きいんだから離婚してもそんなに痛手じゃないわ


由美は初めての出産で産まれた子の顔を見たらきっと気持ちが変わるわよ!


それからでも遅くないんじゃないかしら?!」




………………………。



宇宙人…



その言葉は許さない。


No.269


「いい加減にしてもらえませんか?」



同じ顔2つが同じ形相で私を見た。



「あなた方に長女の事を言われる筋合いはなく不愉快です


それと子供の名前を口に出すのはやめてもらいたい


あなたに呼ばれるだけで汚らわしいので


それにどっちが可愛いなど父親が一緒の子供を比較するなんて低次元もいいとこ


そんなだから人のものに手をつけても平気で、自分の立場すらわかってなく馬鹿な発言を繰り返すんでしょう」



挑発的な私の言葉に、母親の顔はみるみる赤くなり牙を剥いた。



「あなた何様のつもり?!


夫に浮気されて鬱病になり惨めにもそれで縛りつけてたんですってね!


だいたい浮気される女の方が悪いのよ


あなたを見てると男が外に逃げたくなるのがよくわかったわ


寝取られる方が悪いんだからいい加減に諦めなさい!


あなたがうちの由美を侮辱するなんて許さないわ!」



私は母親に言い返す。



「何か勘違いされてませんか?


私は伺ってから夫と別れてほしいとは一言も言ってませんし、さっき夫の話を聞いてなかったのですか?


私は夫が由美さんと一緒になる事に異存はないと言ったはずです


それを拒否してるのは夫であって私ではありません


言ってる事があまりにも乱暴すぎませんか?


由美さんのお母さん


私も人の親です


確かに我が子は可愛いですが、時には心を鬼にして言わなくてはならない時だってあるのではないでしょうか


子供が間違えた事をしたら叱り、正して教えるのが親ですよね


うちの娘が由美さんと同じ事をしたら私は間違いなく叱り、手を上げるかもしれません


それを全て相手のせいにして自分の娘は悪くないと主張するのは間違えてます


なので、私はあなた方親子の発言は理解に苦しみます


こんな年下の私が生意気な事を言って申し訳ないですが、はっきり言って二人とも非常識です」



今度は西田が怒りを剥き出しにして言ってきた。



「でも私は和也さんの子を産むの!


酔ってようがなんだろうが和也さんは産んでくれと言った


その責任はとってもらうから


女として終わってるただの家政婦の奥さんとなんて、どうせうまくいきっこない


和也さんも赤ちゃんの顔をを見たら絶対気持ちが変わる!


由美は和也さんそっくりの赤ちゃんを産むの!


だからずっとずっと待ってるから


奥さんになんか邪魔されない!」



「由美…なんて可哀想な…うぅ…」




なにこれ…



あほか。



そう思ってる時、夫がはっきりとした口調で言った。



「由美にはもう二度と会いません


産まれてくる子供にも会うつもりはないし認知もできません


子供の責任は別の形でとります


それは今ここでは決められないので後日連絡します


本当にすみませんでした」



何ヵ月も見てなかった夫の毅然とした態度に、私はちょっと驚いた。

No.270



母親は怒りに満ちた顔で頭を下げてる夫を見ていた。



西田は両手で口を抑え体を震わせている。



たった今、不幸のどん底に落とされた身重の彼女を見ても、同情する気持ちは一切沸いてこなかった。



…痛い?



私に視線を移した西田の表情は、一切の遠慮がない憎悪の感情を剥き出しにしていた。



夫ではなく憎いのは私?



でもあなたの大好きな和也さん。


あなたではなく私だって。


悔しいよね。


心が醜くぐちゃぐちゃになるでしょ。



悪魔の私が心の中で話しかける。



でもさ…


私もずっとそうだった。



二人には侮辱され、惨めで悔しい思いを幾度となく味あわされてきた。



ちょっとくらい同じ気持ちになってくれなきゃ。



まずはあなたから



痛み



わかってもらいます。




「子供の責任、後ではなく今ここで決めましょう」



私は口角を上がり過ぎないように気をつけながら言った。

No.271



「決めるって…お前」


「どうせなら皆さんが居るところで話した方がいいじゃない」



頭を上げ情けない顔をして言う夫に、西田親子に目をやりながら私は言った。




「さて…

どうしましょうか」




西田の悲痛な叫びが響いた。



「産まれるまで待って!


赤ちゃんの顔見たら絶対変わるよ?!


和也さんお願い…


赤ちゃんの顔見るまで待って…お願いだから…」



私は夫に問う。



「彼女の言うように子供の顔を見てからでもいいんじゃない?


てか、それまで待たなくてもいいけど


一緒になるのが一番いい責任の取り方だし、そうしたら?」



夫は声は出さずに首を横に振っている。




嬉しい…




本当の意味で私のところに戻ってきてくれた夫…




なんて思うはずはない。



嬉しいのは西田を拒否する夫の『態度』



この時の私は夫を利用し、心の中はどす黒く歪む悪魔だった。



「夫にその気がないんだから諦めた方がいいみたい


胎教にも良くないし、早く決めて終わらせましょう」



さっきの母親と同じ事を言ってやった。



「他にどう責任とると言うのかしら?」



その母親がわざとらしい顔をして聞いている。



「わかってらっしゃいますよね?

お金しかないんじゃないんですか?」



これまたわざとらしく
咳払いをしている母親。



「夫が父親なのは事実なのですから、その子に対しての責任はあります


あ~、回りくどいのはやめて単刀直入に言わせて頂きますね


払いますよ


養育費」




母親の目が一瞬キラッと光った…



ように見えた。

No.272



「お金なんかいらない…」



うつむき加減で言う西田。



妻の私から養育費を払うと言われる心境は?



やっぱ悔しい?



私が言った養育費は、和也と完全な別れを意味するもんね。



まだまだこれからだよ。




「どうして?


あなたにではなく、子供の為に払うと言ってるの


以前、似たような事を私に承諾するようにとメールしてきたじゃない


無理し…」



言ってる途中、西田が豹変した。



「金なんかいらないって言ってんだろ!!


ふざけんな!


もう子供が産めない腐った女が偉そうに能書きたれてるんじゃねえよ!


旦那に触ってももらえない欲求不満のキチガイ女のくせしやがって!!


お前が和也さんから離れろ!


いつまでもしつこいのはお前なんだよ!糞女!」



夫は目を丸くしていた。



これがこの女の本性なのか。



やけに冷静な母親が不自然だった。




そんな西田に瞳を据える。





上等。





「必要がないと言うなら別にいいし、こっちから頭下げて頼む事ではないから、お好きにどうぞ」



母親が急に慌て出した。



「由美落ち着きなさい!

冷静に考えなくては駄目じゃないの

今は子供を第一に考えて、しっかり現実を見ないと厳しいわ

短気おこしちゃ駄目!」



「だってママァ

こんなの酷すぎる!!

由美やだよ!!」



戦意喪失を狙ってるのか?とさえ思える西田の幼稚さに呆れてしまう。




目が合い、ゾクッとした。




あれだけ敵意を剥き出しにしていた母親が、不気味な笑顔を私に向けていた。

No.273



「あの…やはり養育費は毎月という形なのかしら…?」


「どういう事ですか?」



態度を変え笑顔で揉み手をしながら聞く母親。



「最初に少しまとめて頂けると助かると言うか…

出産は色々と入り用ですものね」



漫画に出てくる『オホホ』みたいな変な笑い声をたてている。



「…ママやめて」



「何言ってるの

子供の事を第一に考えなくちゃ駄目でしょ

せっかくこう言ってもらってるんだから」


「やめてったらやめて!

和也さん!!!

本当にこれでいいの?!

由美と赤ちゃんを捨てるの?!

養育費なんかいらない!

由美はそんなものより和也さんが欲しい!


お願い和也さん…


考え直して…ウッウ」



西田は夫の横に行き激しく服を引っ張っている。



それを手で退けてる夫。



いい頃合い。


私は西田に言った。



「うちの方から毎月養育費として○万円支払います


これはきちんと調べた上での、現在相場の金額です


いいよね?」



夫に確認した。



「ああ。悪いな」



「和…也…さん」



西田は顔をぐちゃぐちゃにさせて絞り出すような声で夫の名前を呼んでいる。



「さて次ですが…


私に謝罪して頂きます


勿論、言葉だけではありませんよ」



母親の顔は一瞬で笑顔が消え、眉間に皺を寄せ怪訝な表情を浮かべた。




「慰謝料の請求をします」




西田は殺意すら感じさせる憎しみがかった眼差しで私を見ていた。

No.274



「離婚しないのに慰謝料なんて取れるわけないでしょ!!」



母親が語気を強めて言った。



「不倫は立派な不法行為です


離婚はしなくとも、不法行為に対して精神的苦痛についての慰謝料請求は民法に定められてますよ


ご存知ありませんでしたか?」



わなわなと体を震わせてる母親と、睨みつける西田を交互に見ながら私は続けた。



「ここで話し合いがつかなければ調停で話し合ってもいいですし、場合に寄っては民事訴訟を起こします


その際、確実な証拠が必要となってきますが、立証の品は数知れず


一番は産まれてくる子が生きた証拠ではないでしょうか


間違いなく勝つのは私です


裁判は慰謝料の他に莫大な費用がかかるかもしれません


それを払うのも確実に負ける由美さんです」



「それじゃまるで由美だけが悪いみたいじゃない!


和也君だって同罪なはずよ!」



「これは私が由美さんから受けた精神的苦痛の損害賠償請求ですから、他の事はご自分で調べるなりして下さい


浮気相手が夫の子を妊娠し出産するという事態に、私が受けた精神的苦痛は計り知れません



ですから慰謝料として
○○○万円を請求します」



母親は目を皿のようにさせて言う。



「○○○万円ですって?!

冗談じゃないわ!」



私は相場の最高金額を口にしていた。



そんな金額取れるはずがないし、目的はお金なんかではない。



自分がした事の責任と私が受けた苦痛を味わってもらいたかった。



「ですから、お互いギリギリ納得できるとこまで話し合いましょうよ


あ、そうだ由美さん


誓約書、書いてもらうね」



睨みつける西田の視線に、私も目を据えて言う。



「夫に二度と会わないと、誓ってもらいますよ」




点けられた導火線がゆっくりジリジリと火花を散らすかのようなにらみ合いはしばらく続いた。




終息は間近―――。

No.275



「母さんも由美も、もうやめないか

涼子さんてやらの言う通りだ

また前のようになったら、それこそ大変な事になる」



存在すら忘れていた父親が突然声を発した。



「前の事…?」



思わずつぶやく。



「お父さん!余計な事は言わなくて結構ですよ

黙っててちょうだい!」



母親は苛立っている。



「勝手に話せばぁ?フフフ」



西田は片方の口角を上げ、目は据わっている。



不気味…



だった。



「由美!
しっかりしなさい!

お父さんもそんな昔の話、この人達には関係ないでしょ!」



何がなんだかわからなかったが、妊婦の西田にさすがにこの状況はきつかったようだ。


腹の張りがひどくなり少し横になると母親に支えられ二階に上がって行く。



父親と夫の3人になり、頭を撫でる音が、静かになった空間にやたら響く。



私は気になって仕方がなかったので聞いてみた。



「さっきのお話、差し支えなければ聞かせて頂けませんか?」



父親は一瞬二階の方を気にしてから

「8年も前の事ですが…」と、躊躇する事なく話し出した。



「由美はその当時も配偶者のある方と付き合ってたんです。ええ、ええ


本当に申し訳ない事をしました。ええ」



撫で癖の次は、語尾に
『ええ』をつけるのが口癖の父親だった。



「ある時、由美は妊娠したんです


相手の奥さんは子供が出来づらく治療をしてるところだったそうで…ええ


そこに由美は奥さんに妊娠した事を言い離婚するように迫ったようです。ええ」



ひどい…



その時の西田の顔が容易に想像できてしまう。



腹立たしかった。



「なんだかその辺りはよくわからんのですが、向こうの奥さんが話がしたいと喫茶店で待ち合わせたようです。ええ


そしたら店が一杯だから、向かい側にあるコーヒー屋にしようと奥さんが言いだし移動中に歩道橋の階段の上から由美は突き落とされたそうです


手首を骨折して、子供も駄目になりました。ええ…



その奥さんは…



その先にあるビルの屋上から飛び降り、亡くなりました」



私は両手を口に当てていた。



あまりにも壮絶過ぎて声にならなかった。



夫を見ると私と同じく声にならないといった表情をしていた。



なんて女なんだ…



子供ができない辛さは同じ女ならわかるはずなのに。



浮気相手に妊娠を告げられた奥さんの絶望的な気持ちが痛い程わかった。



子供は絶対に産ませたくない、死をかけた奥さんの最後の抵抗で訴えだったのだろう。



許せない!


絶対に許せない!!



また既婚者に近づき同じ事を繰り返し、亡くなった人の思いが伝わってない西田に憎悪と憤りを感じた。

No.276



「我が娘ながら情けなくて涙が出てきますよ

子供の頃から勝ち気で
人一倍負けず嫌いな子で

学校でも会社でも周りとの衝突が多く、由美が友達を自宅に招いたのは一度もないのですよ…ええ

可哀想な子で…

本当にこんな事になってしまい申し訳ないですね」



情けないのは娘ではなく、お父さん、あなたです!


と、思ったが口には出せなかった。


人の痛みや思いやる気持ちは家庭の中で育まれるものだと思う。


子供を叱る事ができない親の元で育つと、あのような人間が形成されてしまうのだろうか…



それにしても西田にそんな過去があったなんて…



人一人が自分のせいで命を絶った…


自分が犯した重大な過ちと重大な責任。


一生背負う十字架は身動きが取れなくなる程ずしりと重いはずだ。


いくら彼女でも何も感じないわけがない。



「その後の由美さんはどうだったんでしょうか?」



聞かずにはいられなかった。



「ええ、ええ…

相手の男性は奥さんを自殺に追い込んだのは由美のせいだと怒鳴り込んできました

奥さんは浮気には気付いてなかったようで…

由美はそれよりも流産した事に相当なショックを受けましてね」



「は?それよりも…?」



「いやはや…

由美は相手の男性に、奥さんがいなくなったのだから何も問題なく一緒になれるだろうと、あの時もここで話したのですが、それはそれは家内となだめるのが大変で…ええ」



怒りで体が震える。


そんな重大な罪を犯した時でさえ、娘に何も言えない両親。


自分の過ちで人が亡くなっても、自分の事しか考えない西田。



何に対しても自分が基準の彼女は、元々罪悪感など持ち合わせてない人間だったのだ。



そんな奴にまともな話など通じる訳がない。



母親が降りてきた。



「今日は帰ります」


「そうね。由美の体にも負担をかけてしまうわ」


「二週間後またお伺いしますので、話し合いがつくまで養育費も保留します

なるべく大事にしたくないので、よく考えて頂けますよう由美さんにお伝え下さい

お邪魔しました」



不満そうな顔をする母親に軽く頭を下げ、西田家を後にした。

No.277



無言が続く車中。



西田の過去は衝撃が大きく脳が対応しきれない。



幸せな日常から突然絶望の淵に突き落とされた奥様はどんな思いで亡くなったのか…



未来が見えなく現実に打ちひしがれ、西田を階段から突き落とした亡き者の叫びが聞こえるようで胸をえぐられた。



やるせない思いに
憤りを感じるばかり…



「俺…」



何か言おうとしてる夫に、返事はせず耳だけ向けた。



「俺…


とんでもない事してた…」



渋滞する交差点付近。


歩行者用の青信号が点滅している。


足早に渡る人々。


煙草に火をつけ窓を少し開けた。



「お前もそんな事しようとしたから…」



返事はせずアクセルを踏む。



私はひどく疲れていた。




だが…



何も考えられない中で思っていた。




【次はあんた…】





制裁―――。

No.278



汗ばむ陽気が続く中、宵の口から降り出した雨が火照った空気を冷やす。



森林の香りを漂わせ、透き通った緑色のお湯にゆっくり体を沈めた。



「ふぅぅ…」



梅雨明けしてない少し肌寒い夜に、ぬるめのお湯が心地好かった。



何も考えたくない。



疲れた心に
ほんのちょっとの癒し。



無心になりたくて目を閉じ雨音に耳を傾けてみる。



けれど…



瞼の裏側では今日の事が駆け巡る。



何をどうやったところで、西田由美という人物は人の痛みや辛さがわかるような人間ではなかった。



彼女が一番辛い事…


和也との別れ。


それが一番苦しく辛いだろう。


かと言って、自分の辛さから人の痛みを学び改める人間ではない。



もういい。



そこまであの女に立ち入る必要はない。


亡くなった人の思いも一緒に、『私達』が強いられた同じ苦痛を与えるだけでいい。



西田への制裁は出来上がっていた。



次は夫。



いくつもの嘘を重ね、何度も繰り返された裏切り。


惨めなまでに夫の愛を求める私は無視され続け、狂ったかのように情事を貪っていた二人。



どんなに言っても届かない。

どんなに言っても伝わらない。



血の涙を流し
心が粉々に破壊された。



忘れない…


屈辱的で惨めだった自分。


絶対に忘れられない。



夫も西田同様、絶対に許さない。


私は沸々とその方法を考えていた。

No.279



冷蔵庫から缶ビールを取りそのまま一気に半分ほど飲んだ。



上気した身体に染み渡る。



さっきまで降っていた雨がいつの間にか止んでいて、みんな眠りについてるリビングは静まり返っていた。



ソファーにドサッと座りもたれ掛かかる。



大きな溜め息をひとつついてから、そのまま固まったかのように一点を見つめていた。




どのくらい時間が経ったのかわからない。




こんな事があった日だからなのか、たった一本のビールのせいなのか…




思い出すのも避けていたのに…




涙が頬をつたっていた。




我慢できなくなる自分が怖くて、あれ以来封印している心。




弱音を吐くと全てが飛び出しそうで、幾重にもかけた心の鍵。




毎日どうしてる?




息づかいを感じられるほど近くにいたくて、息が止まるほど抱きしめてもらいたい…




溢れる涙は想いを流してはくれなかった。




弱い自分に負けない為にも封印の鍵を解いてはいけない。




私…



頑張ってるよ



一人で落ち込んでなんかいないよ



あれから二ヶ月




今、何を思っていますか?




私は…




私は…




変われるはずがないから




ずっと愛してる




あなたはどうですか…?





会いたいよ……





あっちゃん…

No.280



「おかぁー
歯みがき粉ないよ!」


「棚に新しいのあるから出して~」


「ないってばぁ」


「もう~ちゃんと見てから言いなさいね」


フライパンの火を止めて、パタパタと洗面所に急ぎガサガサ棚を探す私。


「あれ?確か買い置きあったはずなのに……って


ないね(汗」


「だからないって言ってるじゃん!」


ふてくされる怜奈。


「大丈夫!ほら歯ブラシ出して!まだ出るよ」


「昨日の夜も絞り出したからもう出ないってばぁ」


「まだまだ!」


チューブを丸め必死に絞り出す。



「ふわぁぁ~私のバッグに会社用の歯磨きセットあるからそれ使えば~?」



あくびしながら首をコキコキさせて恵美がトイレに入った。



怜奈とぽかんとする。



目を合わせて笑った(笑)



「さっ!早く顔洗っちゃって!ご飯だよ」



今日もいつもの朝がやってきた。



テーブルに朝食を出してから庭に出る。



今日も暑くなりそうな朝陽を全身に浴びながら、パンパンと音を立てて洗濯物を干していく。



子供達が出かけてから自分も軽く朝食を取り、後片付けを終えたあと、鏡の前でメイクをし制服に着替える。




いつもの日常――。




鏡の前で笑顔を作り声にした。



「よし!頑張るよ!」



気合いを入れて家を出た。



好きなCDを聴きながら
軽快に車を走らせる。



二時間くらいしか眠ってなかったけど元気だ。



いつも通る大きな橋は今日も渋滞していた。



下を流れる川は、陽の光を反射させキラキラ水面を輝かせている。



青い空と川面の輝きは、寝不足の頭でも清々しい気持ちにさせてくれた。



動かない橋の上で、その輝きをしばし見つめる。




今まで…




たくさん泣いて
たくさん悩んで
たくさんもがいてきた。





鋭い棘を突きだし絡み合う蔓が無数に生い茂る。



必死に掻き分け、道なき道を傷を負いながら進んできた。



その蔓の隙間から見えてきた眩い光。



もうすぐだ。



もうすぐここから抜け出せる。



抜けた先に二本の別れ道。




信じて進むんだ。




もう振り返らない。




進むべき道は決まった。




自分を信じよう…




前進あるのみ!




頑張るよ…私。

No.281



「綾香、○○工業の解体分は別に伝票起こして○○さんに渡してね

あと××組は中止分があるから、しっかり確認してから明細のFAX流して」


「了解です」


プルルップルルッ


「あ~私出るからFAX急いで


おはようございます
○○建設の深山です

いつもお世話になっております~…」



受話器を肩に挟みながら、私の両手は忙しく伝票を仕分けていた。



奈緒美はキーボードを激しく叩き、眉間に皺を寄せ険しい顔で黙々と仕事を進めている。



綾香は数字の最終確認で取引先にFAXを流したり伝票の付け合わせをしたりと、バタバタ動いていた。



請求書作成日は毎度目が回るほどの忙しさで、殺気立つようなこの雰囲気はもう慣れっこだ。



各自そつなく、てきぱきと仕事をこなしていく。




――――――――――


―――――――




「終わったー!」


「お疲れ~」


「お疲れ様で~す」


「コーヒー飲もう~」


「綾香入れてきまーす」



午後3時。


忙しい時間が終わり
3人でホッと一息ついた。


「これ飲んだら郵便局行って請求書出してきますね」


「よろしくねぇ」


綾香の言葉にケータイを開きながら奈緒美は疲れた声で頼んでいた。



その奈緒美の次の言葉に、私は息が止まりそうになる。



「彼がもうすぐここに書類届けに寄るって~


あら…


今日は金井さんも一緒にいるんだ」




動揺しないように平然としているものの、カップを持つ手は揺れていた。





会いたい…




あっちゃんに会いたい。





なのに、私の口は――




「郵便局、私が行くよ

ちょっとその先の銀行に行きたいんだ」




嘘をつく。

No.282



会社から出ようとしたら左方向に見覚えのあるバンが見え、私は急いで右折し反対方向に車を走らせた。



その見覚えのあるバンが会社に入ってくのをバックミラー越しに確認した。



あっちゃん…



私の車に気づいただろうか…




本当は会いたいけど…



顔だけでも見たいけど…



会ってしまうと溢れ出しそうで…




怖かった。




逃げてる訳ではない。



避けてる訳でもない




中途半端な自分は
もう見せたくないから。




会うならば



笑顔で会いたい。




今は…



あなたを近くに感じられるだけでいい。



彼の想いを信じて
自分の想いを信じて…




どうか…




通じてますように。

No.283



夕飯を終えた夫は、何事もなかったかのような顔をして煙草を吸いながらテレビを観ている。



その横でガチャガチャと音を立てて食器をさげる私。



耳障りなはずなのに何も言ってこないのは、やはり何も思ってない訳ではないようだ。



洗い物を済ませてから
夫の向かい側に腰掛けた。



煙草に火をつけて話しかける。



「あのさ」


「ん?」


「もう適当な事できないのわかってるよね?」


「ああ…

昨日の事があってから俺、自分がとんでもない事してたとマジで思った」


「そう。じゃあ今はまともに話ができるのね」


「…俺おかしくなってたもんな」


「そうだね、狂ってたわ」


「悪かったと思ってる…」



反省を見せつける夫の顔を見ながら、私は煙草を揉み消して言った。



「そんな顔すれば済むと思ってんだ?」


「え?」


「え?じゃなくてね

悪かったなんて安っぽい言葉で済ませようと思ってんの?」


「そうじゃないけど本当に悪いと思ってるし後悔してるよ」


「後悔?何を後悔?」


「西田と付き合って子供もできてしまった事だよ…」


「もっとうまくやっとけば良かったね」


「うまく…?」


「考えなしの一時の欲望で西田が妊娠したのは失敗だったね

恋愛気分を味わいながら性欲も満たされ、お金まで出してくれる都合のいい女が良かったんだから」


「嫌な言い方だな…」


「西田と更々一緒になる気がなかったあんたは、飽きたら戻れる場所は確保しておきたかった」


「違うって

俺は本当に家庭の大事さに気づいたから」



私は鼻で笑った。



「気づいた?


じゃあ気づかなかったら離婚して西田と一緒になる気でいたとでも?


笑わせないでよ


どうやら自分の事まだわかってないようだから私が教えてあげようか?


あんたは本気になったら
家庭を捨てる人なの

西田にはそこまでの強い想いがなく遊びで良かった

だから帰れる家庭は必要だった


それが正解ね」


「……」


「そのくせ、その気もないのに無責任にその場しのぎの事を言ってきた


その結果がこうで困り果ててる


人の痛みには鈍感なくせに自分の痛みは過剰なほどに敏感なあんたは、自分の気持ちが何よりも最優先で、一番大事なのも自分って事なのよ」


「確かに俺はいい加減な事ばかりしてきたから、そう言われるのも信用されないのもわかる

だけど本当なんだ

本当に今は自分の過ちを後悔して、俺にとって大事なものがわかったんだ」



「あんたは…


やりすぎたのよ」



私は冷ややかに言った。

No.284



「あんたから浴びせられた言葉


二人から受けた屈辱


忘れたくたって忘れられない」


「本当に悪かったと思ってるんだ

あいつには二度と会わないし子供にも会うつもりはないよ

これからの俺を見てくれないか?」


「自分は痛くないからね

簡単にリセットできちゃうよね

まだわかんない?

私の苦痛はあんたと一緒にいる限り取り除かれる事はないのよ」


「どういう事だよ…

西田のとこに行ったのは、ケリつけてやり直す為じゃないのか?」


「子供が産まれるのにいつまでも中途半端にいられるはずがないでしょ

あんたに任せていても何ひとつ進展しなければ解決もしない

だから私が動いたのよ

あんたが西田と一緒になると言わなかったのは私の誤算だったけど」


「養育費払うって言ってたじゃねえかよ

どういう事なんだよ」


「養育費払うのは私ではなくあんた

私が貰うのは慰謝料だよ」



夫は片手で頭を掻きむしり苛つき気味に煙草に火をつけた。



「それだけじゃないだろ…」


「どういう事?」


「正直に言えよ


男と一緒にいたいからそう言ってんじゃねえのか」



椅子の背もたれに体を預け煙を吐きながら上目遣いで聞く夫に溜め息を覚えた。



「あんたと一緒だと思われるのは心外だから言っとく

あの時言ったようにあれから彼とは一切連絡とってないし勿論会ってもいない


だけど…


気持ちは置き去りにされたまま、あそこで止まってる


強制的に止められたと言う方が正しいけど」


「俺のせいとでも言いたげだな」


「何かまた自分の思い通りにならない不都合が起きたら死ねばいいとか思ってない?


そんなあんたの軽卒な行動に私はずっと怯えて生きてかなきゃならないの?


身勝手なあんたと私の気持ちを殺して続ける家族が幸せになれると思う?」


「あの時はどうかしてたしもうあんな事しねえよ


勝手だがお前が裏切るなんて考えた事なかったから…

それだけショックが大きかったんだ

俺マジで変わるから

本当に悪かったと思ってるから」



「だったら…


何もなくあんたが大好きだった頃の私に戻してよ!


家族みんなで笑って過ごしたあの日に戻してよ!


私がどんな思いでいたか…


絶対に許せない


あんたといる限り私は苦痛をずっと背負って生きていかなくてはならないの


もう勘弁してよ…


お願いだから…解放してよ」


「お前がそう言うのも当然だ…

だけど最後のチャンスくれないか…頼む」



「おとー…」



「う、うん?!」




「あんたの言葉には重みが全然感じられないんだ



もうさ…



私に




執着しないで」

No.285



言ってやった…



胸がスッとした。



以前、夫に言われた言葉。


『俺に執着しないでくれ』


言い放たれた瞬間
暗闇に突き落とされた私。



まさか同じ事を夫に言う日がくるなんて思いもしなかった。



言われた夫は
肩で息をしている。



私は…



「また馬鹿な事でもしてみる?


言っとくけどそんな事しても、そこまで卑怯な男に成り下がったあんたの十字架なんて…私は絶対に背負っていかない


逃げたあんたを恨むだけ


二人に何度も心を殺された私は、今の自分に後悔したりはしないから」




『平気』な顔を見せる。




情に流される私の性格を熟知している夫の心理を逆手にとり、何でもない顔をする方が効果的だと思った。




本音はやはり怖い…




馬鹿な事だけはしてもらいたくないから。

No.286



つけっぱなしになってるテレビは、天気予報を映し、梅雨明けの予想日を伝えてた。



夫はテーブルの先に目を落とし、ずっと考え込んでいる。



眼鏡の予報士が今夏は去年同様、厳しい暑さが予想されると伝え、夏に弱い私は今から憂鬱になリつつ煙草を燻らしていた。



「俺…」



考え込んでた夫が口を開いた。



「本当に変わるから


一年…いや、半年でいい


頼む

最後のチャンスが欲しい


変わった俺を見てもらって、それでもお前の気持ちが変わらなかったら諦めるから」



夫の顔は真剣そのものだ。



だけど…



何も響いてこない。



「無駄だと思う


だって…


もう


愛してないんだから」



夫の顔が情けない表情に変わっていく。



「それでもいいから…


とにかく変わった俺を見てから、もう一度判断してほしい


頼む…」



こんな事を言う私は…



「言ったでしょ?


あんたから言われた言葉はどんなに時間が経ったところで忘れる事ができないの


だからやり直すなんて考えられないから


離婚するまでに色んな手続きがあるし、時間も要すると思う


その期間を半年とするならいいよ」



冷酷なのだろうか…



「俺はそれだけの事をしてきたんだから


それでもいいから」



「ならいいけど


それと西田の件は全て私に任せてもらうよ」


「わかった」



今さらながら、もっと早く気づいてほしかったと思う気持ちは否めない。



でもそれは、過去としての感情でしかないけれど。




夫と別れる事が苦痛の西田。


家庭を失う事が苦痛の夫。




自分勝手で歪んだ愛情。




二人のリセットボタンは今私の手の中にある。




制裁なのか…



復讐なのか…




それとも



未来への解放なのか…





そのボタンを押すのは私。

No.287



それからの私は家事や仕事の合間に離婚の準備を進めながら、約一ヶ月西田親子と戦った。



散々揉めたが夫に二人の前で、最初から彼女の事は好きではなく遊びだった事実を告げさせた。



養育費は払うが認知はしない。



慰謝料は分割で毎月支払う形で落ち着く。



誓約書に、今後二人は関わらず一切の縁は切ると書き添えた。



絶望の表情を浮かべ、人目をはばからず号泣しながら夫にすがった彼女。


その隙間から憎悪を剥き出しに睨み付ける西田の視線に、今まで抱いてきた私の負の感情は払拭されたのだった。



「不倫に未来はないのよ」



冷笑を浮かべた私。



夫と西田は完全に終わった。




それから一ヶ月後
西田は男の子を出産。



母親から養育費開始の連絡を受ける。



「由美は子供を見ながら、未だに和也君を忘れられず毎日泣いてる」と補足をつけて。



夫は子供に会いには行かなかった。



毎日帰宅し、当然外泊は一切なくなった。



だが、目も合わせず最低限の会話。



歩み寄らない私と、一方だけの努力でうまくいくはずがない。



それは二年に及んだ西田との裏切りで、私が嫌ってほど味わってきた無駄な努力と虚しさ。



不倫相手に子供まで産ませただらしない夫。



その報われない虚しさを思い知ればいい。

No.288



この頃になると私は信用のおける友達にだけ状況を話していた。


その中に奈緒美も入っている。


「ったくさぁ!
何よそれーー!!」


奈緒美は怒っていた。


「ちょっときつかったからさ…ごめんね」


今まで黙っていた事に怒っていたのだ。


「あたしって涼子にとってそんなに頼りない存在なのかよー」


「ごめん…」


ひたすら謝る私。


「瞼腫らしたり落ち込んでたりおかしいとは思ってたけどさ…

まぁ…あんたのそれは今に始まった事じゃないんだけどやっぱ腹たつー!」


そう言いながら梅干し入りのチューハイを飲み干す。


「ごめんね
言えない自分にも疲れちゃうんだけどね」


「厄介な性格だよ本当に~

とりあえず…
チューハイおかわりね!」


「はいはい(笑」



行きつけの居酒屋。
飲み物とおつまみを追加した。



「それにしても旦那はありえないね

子供まで作っときながら離婚はしたくないだなんて、それが通ると思ってるとこが図々しいよ」


「私も今まである程度の事は目を瞑ってきたのが悪かったのかも…

内心は嫌なくせに男の遊びに理解あるような顔してきたからさ

どんな事でも許してくれると思ってたとこはあると思う」


「そうよ~男ってすぐ調子に乗るんだから、締めるとこはがっちり絞めないと」


「でもやっぱ口うるさくて必要以上に言ってしまう時もあった

特に西田の時は本当に醜態晒したからさ

目を血走らせて待ち構えてる女房がいる家には帰って来たくないよね(笑」


「涼子、あんた…

本当に吹っ切れたんだね」


「え?なんでなんで?」


「笑って話してるから

まだ悩んでたらそんな顔できないでしょ」



奈緒美に言われて迷いのない自分に改めて気づいた気がした。



「そうだね

こうなるまで本当に大変だったけど…

あのね奈緒美…」


「ん?」


躊躇しながら彼の事を奈緒美に話した。


「まじ…?」


「うん…」


きっと怒られるだろうな…と思った時、奈緒美が急に泣き出した。



「ヒック…ウッ…」


「な、奈緒美?」


「会いたきゃ会えばいいじゃん!

かっこつけんじゃないよ」


「え…?」


「金井さんがいてくれなかったら、あんたどうなってたのよ…

浮気でも不倫でもない!

金井さんは命の恩人なんだから会って何が悪いのよ!」


「奈緒美、それはちょっと違うような…」


「ちがくない!!

そんな地獄の中から救いだしてくれたんでしょ!

もういいじゃん…

我慢しなくたっていいんだよぉ…ウック」


「奈緒美…」


なんだか私も泣けてきた。


40過ぎた女二人が泣きながら梅干し入りのチューハイを片手に語る姿は怖いだろう(苦笑)


その後、マスカラが落ちて目の下が黒くなった奈緒美の顔で笑いこける私達は、誰も近づけなかったに違いない(笑)

No.289



「よし!!」


奈緒美が何やら思い立ったような声をあげた。


「金井さんを呼ぼう!」


と、ケータイを出した。



「奈緒美やめて!!」



「どうしてよ?

金井さんだってきっと待ってるはずだよ

もう気にしなくてもいいじゃない」



「お願い…やめて」



「涼子、あのね…」



奈緒美の言葉を遮って私は言った。



「今はまだ駄目なの…

次会う時は心から笑って会いたいから

中途半端な自分ではなく、堂々と胸張って会いたいんだ…」



「そんな無理しなくても…」



「私…頑張ったよって、言いたいの


ちゃんと自分の足で歩いて来たよって


会いたくて会いたくて
たまんなかったよって


本当は…ちょっと怖い


気持ちが変わってたらどうしようとも思う


でも…


私はずっと
好きだったよ…って


そう言いたいの」



「涼子…」



一度止まった涙が再び大粒となってポタポタ落ちた。



「奈緒美…

彼には何も言わないでね

お願い約束して…」



「もう…わかったよ!

ホントあんたって変に固いとこあるんだから

もっと楽に生きればいいのにさ」


「甘えた自分はもう嫌なんだ…

もう同じ事も繰り返したくないから」


「金井さんは真面目で自分の意見をハッキリ言う人だって彼から聞いた事ある

けっこう頑固なとこもあるらしいよ」


「知ってるもん」


「あ~そうですかぁ

大きなお世話しちゃって
失礼ぶっこきました!」



二人で笑った。



「あんたも幸せにならなくちゃね…涼子」


「ん…ありがと」



「てか、涼子…

あんたもマスカラ落ちてるぅ~あははは!」


「えーー!!」



あっちゃん…


私、少し強くなったよ



「きったねー顔!」


「奈緒美だって相当なもんですからー!」



何をしていても
あなたを想う私がいる…



「うける~」


「あははははは!」



今この瞬間も


あなたを想って…



あっちゃん



もうすぐ会えるね…




「今夜は飲もう!」


「おー!」


「「ここ、チューハイ
おかわりーー!!」」



久々に遅くまで、奈緒美と二人で飲んだ夜だった。

No.290



どこまでも澄み渡る空の下で、木々は色づき、秋桜が美しく咲き乱れる。


高い高い空と爽やかな風が私の一番好きな季節の到来を告げる。



―――秋



鈴虫の鳴き声が心地好い音色を奏で、美しい月が夜空を照らす。



なのに私は…



いつもこの秋の夜長に
どこか物悲しさを感じてしまう。



月夜の空に想う。



どのくらいの涙を流したのだろう…


出会った頃は幸せな未来しか見えなかった。


ぐいぐい引っ張ってくれる強引なあなたが大好きで、笑顔が眩しかった。


どこかに行ってしまいそうなあなたの背中を、いつも必死に追いかけていた私。


『馬鹿だな

心配するなよ

お前は俺とずっと一緒にいるんだぞ』


そう言ってポンと頭に手を乗せ抱きしめてくれた。



つまらないヤキモチもいっぱい妬いた。


過去に縛られ、常にあった不安な気持ちから幾度となく言ってしまった重い言葉。



まるで片思いをしてる中学生のように夫婦になっても私はあなたに恋してた。



あなたしか見えなくてあなたが全てだったあの頃。


笑顔が溢れ家族で過ごした幸せな時間。



ほんの少し前の事なのに…



遠い昔のように感じる。




あなたを信用する事ができなくなってごめん…



一生愛すると誓ったのに、愛せなくなってごめん…




おとー…







もう醜い女にはなりたくないんだ。



大嫌いな自分もやだよ。




傷つけ合うのは終わりにしよう…



互いに解放して
別の道を歩んで行こう。




私の未来予想図に
おとーはもういないから…




夫との決別を、秋夜の月を見ながら固く決心した私。




和也…




他の人を愛して




ごめん…

No.291

>> 290

数えきれない嘘と裏切りを重ねてきた二人の事だから誓いなんて簡単に破ると思っていた。



けれど…



彼女が出産して二ヶ月経過したが、夫は彼女と子供に会う事はなく、西田からの接触も一切なかった。



誓約書通り。



不倫を繰り返してきた女の結末。



二人は完全に終わった。



西田は今、毎日何を思い、どんな気持ちで我が子を見ているのだろうか…



決して許されない歪んだ形ではあったけれど、彼女の愛は真剣で、愛する気持ちは一途だった。



そんな西田に、私は願わずにはいられない。



かけがえのない存在と無償の愛を知った彼女が、我が子を慈しみ育てていく中で過去の過ちを悔い恥じて、反省できる母親になってもらいたい。



彼女の背中を見て育つ子供を不便にさせない為にも、人を傷つける恋愛はもうしてはいけないのだ。



子供と一緒に母として成長していけるように願って止まない。



こう思えるようになった私は、約二年に渡り続いた西田との戦いに本当の意味で終止符を打つ。




一方、夫はと言えば―。



最初こそしおらしいような顔をしていたものの、いつものように終わった事だと悪びれない態度で何かを忘れている。



だが、仕事が早く終わっても真っ直ぐ帰宅せず飲みに行く回数が増えたのは、私から切り出す言葉を避けてるかのようだった。



そんなある日の日曜日。



土曜日の夜、また会社の連中と飲みに行くと連絡があり、翌日の昼近くに帰宅した夫はまだ酒臭くそのまま夕方まで爆睡。



逃げてる夫に苛々しつつも、その寝顔はとても疲れていて急に歳をとったかのように見える。



こんな状態


いつまでも続けられるはずないのに…


もがく夫を少し哀れに思った。



夕方5時頃


寝起きでボーッとテレビを見ている夫のケータイが鳴った。



着信を確認するものの
電話に出ない夫。



「なんで出ないの?
うるさいから早く出てよ」


「会社から…面倒くせぇ」


「日曜日のこの時間に?」


「決算近くて、今日事務員4人出てるから」


「なんかトラブルあったんじゃないの?」


「何でも俺に言われても困るし、よっぽどの事があったらまたかけてくるだろ」



「あそう」





そこがあんたの甘いとこ。




ナメない方がいい。




私の直感。




またですか…




そして




最終局面を迎える。

No.292



静かな寝息が聞こえる。



何も気づいてないであろう夫はぐっすり眠っていた。



相手を確認すると反射的に私を見た夫。


だがその視線は即座に外され、鳴り続けるケータイに気だるそうな表情を見せた。



何も疑うところはない。




でも…



ほんの一瞬の表情を、
私は見逃さなかった。



片方の口角がひきつり持ち上げられた頬が目尻を細め、いかにも不都合とわかる顔。


一瞬でもまずい表情をした事の焦りから私を見たのか、疚しさから見たのかはわからない。



どちらにしろ
私の直感が働いたのだ。



夫のケータイを躊躇なく開いた。



こういう勘だけは鋭く働く自分に思わず失笑しそうになる。



ビンゴ。



―――


電話まずかったですか?


所長、昨日けっこう酔ってたから心配になって電話してしまいました


すみません


昨日は楽しかったです🎵


今度は二人で行きたいな


なーんて
冗談、困りますよね😅


ではまた明日です✋


―――END




何か始まる匂いがプンプンするメールの内容。



しかもまた会社の女。



夫は数ヶ月前から本社に戻り、本社には10人の事務員がいる。



その中の一人で、入社して1年になる事務員。



相沢香織 31歳


5歳の娘と二人暮らしのバツイチ。



西田とケリがついて、まだ半年も経ってないというのに、さすがの夫もそこまで馬鹿ではないだろうと思った。



だが…



この二人がくっつけば
即離婚のチャンスだ!とも思った私。



女から言い寄ってくる
いつものパターン。


相沢香織はユッキーナ似で西田とは全く違って可愛い顔をしている(苦笑)


可愛い系が好みの夫の理性は猿並みだ。


出来上がるのは時間の問題だろう。



私はそれまで見守る事にした(笑)



本気になったらそれでいい。



でも、もしそうなったら、自分の子を産んだ西田が哀れではないか。



そんな事をぼんやり考えていた。




いつも裏切られるのは秋から冬の寒い季節に重なる。



奇しくもまた始まりが冬の入り口。




後に知る。




相沢香織という人物は西田の比ではない強かさを持ち、汚い女だった。

No.293



なんてわかりやすいのか…



夫の外泊が始まった。



西田の時とは違い、アパートに暮らす相沢とは会う場所に困らないだろう。



だが、子供がいて安易に部屋に入れるだろうか…



夫の仕事が終わるのは早くて9時頃。


遅い時は日付を越える時もある。


それから会うとして5歳の子供を置いて外で会うのはありえないし、連れて外で会うのにも限界がある。


夫が部屋に行くのが自然。


だが、まだ始まったばかりで子供からすると見知らぬ男性。


それを平気で部屋に入れ、そこで一緒に寝る相沢という女の『程度の低さ』が伺い知れた。



何よりも…


ああ


我が夫よ…




家庭が大事?

大切なものに気づいた?

これからの俺を見てくれ?



あんたは私に自分の恋愛事情を見てほしいんですか…



舌の根も渇かぬうちに、また同じ事を繰り返す自分を恥ずかしいと思わないのですか?



それに…


我が子を放って他人の子と過ごすあんたに、もう子供の事は言えないです。




嫉妬心など微塵も沸かないし、今さら道徳心も求めたりもしない。



西田の時にあれだけ大変な思いをして、子供まで産ませ養育費を払ってる現状。



何の教訓にもなってない夫に、男としてではなく人として無性に腹が立つ。



こんな男に我慢してきた自分にも腹が立って仕方がなかった。




私は冷静に証拠集めに徹していた。

No.294



―――


かーくん


会いたい❤


鍵あけておくね


―――END



鼻からコーヒーが出そうになった。


かーくん…


痛すぎる(笑)



―――


今夜は仕事が終わらなくて遅くなるから行けないよ


ごめんな


―――


あっそ


―――


明日行くからよ❤


いい子で寝ろよ


―――


もう来なくていい


―――


その代わり明日一杯愛しちゃうぞ❤


今夜はぐっすり眠って体力つけとけよ😜


―――


も~ばか(笑)


わかったぁ


かーくん愛してる?


―――


愛してるよ❤


―――


名前はぁ?


―――


香織愛してるよ❤❤


―――


大変よくできました😆


かーくん私もよ❤


おやすみなさい💤


―――END



読んでて寒かった(笑)



どうしても比較してしまう西田に申し訳ないが、彼女の時とは明らかに違う。



夫がハートマークを乱用している(笑)



それに相沢はツンデレ。



そのせいか夫が追いかけてるように感じた。



それにしてもだ…



5歳の娘が眠る同じ部屋で、お互いの体を貪り合う家畜の二人。



子供を哀れに思う。



私は自分のケータイにそれを納めた。




かーくん…………




だめだ…




横腹が痛すぎる(笑)

No.295



「許せないです!!!」



私と奈緒美は驚いて同時に体がビクッと動いた。



上役はゴルフで不在、社員も夕方まで戻らずで比較的に暇な事務所に綾香の声が響いた。



机を両手で叩いて突然立ち上がった綾香。



「もう!びっくりしたじゃんよ

あんたが興奮してどうすんの」


奈緒美が灰皿に煙草の灰を落としながら言った。



綾香が怒ってる原因は夫だった。



この頃は我が家の恥を晒すが如く、若い綾香にもそれとない事情を話していた。


て言うか、奈緒美と会社でもその話題になる事が多かったから必然的に綾香にも知れたのだ。


私と奈緒美が『かーくん』で笑ってたとこに、綾香が急に怒りだしたのである。



「旦那さん何考えてるんですか?!

涼子さんはなんでそんな笑ってられるんですか?!

旦那さんにガンガン言ってやって下さいよ!!」



目が三角になってる綾香に私は諭すように言った。



「そりゃあ私だって許せない気持ちだよ

だけどね、言っても無駄なのよ」



「無駄?」



「そう無駄ね…


色んな事において、自分の過ちで辛さや悲しみを知り本当に反省した人間は、言われなくとも二度と同じ事はしないはずだよ


上っ面だけの反省で、人の痛みを感じない奴には言うだけ無駄って事よ」



「あぁ…なるほど」



口をポカリと開けたまま、着席した綾香に奈緒美が言った。



「まぁ反省は猿でもできるしね~」


「なんですかそれ…?」


「あれ?知らないの?」


「何がですか??」


「奈緒美…ちょっと古くない?」


「え?反省猿ってそんな昔だっけ?!」


「…みたいね」



あはははははは!!!



「え~なんですかぁ?!」



一世を風靡した反省猿を知らない綾香に年代の差を感じ、なぜか奈緒美と私は爆笑した。



それから綾香は奈緒美に頼まれた書類を届けに得意先に向かった。



門から一台の車が入って来たのが見えた。



「奈緒美~坂木さん来たみたいよ」




次の瞬間。


息が止まりそうになる。




(……あっちゃん!)



私は奈緒美を見た。


ニッコリ微笑んでいる。



「どうしよう」


と、言っても何も言わず
微笑んでいる奈緒美。



どうしよう

どうしよう


一人でテンパってる私。



車から降りるあっちゃんの姿が見える。



とりあえず私は給湯室に走った。



「金井さんいらっしゃい」


「あ~どもども」



ドキドキドキ…



久しぶりに聞くあっちゃんの声。



奈緒美が信じられない言葉を放った。



「涼子~あたし銀行に行ってくるからあとはよろしくね~」

No.296



ドキドキドキドキ



私は給湯室で固まっていた。


顔が熱くて耳まで熱くなっている。



すぐそこにいる彼に、最初どう話しかければいいのかわかんない。



どうしよう…


どうしよう………




「深山さん」




ドッキーン!!!




呼ばれて全身が一気に熱くなった。



もう10分以上経過している。



いい加減出ていかないと
心配して彼から来そうだ。



私はソロソロと給湯室から出て彼が座ってるソファーの近くまで行った。



「誰もいないのかな?」



「あ、はい…」



答えるが彼の顔を見る事ができず、うつむいたままの私。



「深山さん…」



会社ではそう呼ぶ彼。



「えっと…専務は…」



私は顔を上げた。


およそ半年振り。


久しぶりに見る彼の顔。



「やっと見てくれた(笑)


専務はまだ戻ってないのかな?」



「今日は専務、ゴルフでいないけど…」



「あれ?専務が訂正したい書類があるから2時頃来れるかって奈緒美さんからメールきてたんだけど…」



奈緒美は専務が不在なの知ってるし、そんな書類の事も聞いてない。




奈緒美め。



気を回したんだ…




不思議に思う彼に奈緒美に私達の関係を話した事情を彼に簡潔に説明した。




「それは…大きな変化があったんだね」



「うん…

思いっきり…」



「そっか…

いい方向なのかな?

それとも…」



「ただいまーっ」



話してる途中で綾香が帰って来た。



「おかえり早かったね」



「道めちゃ空いてましたもん

金井さんこんにちは!」



綾香と挨拶を交わした後、席を立つ彼と玄関まで一緒に行った。



「お気をつけて」



「どうもお邪魔しました」



ドアを閉める寸前
彼の小さな小さな声。




「俺…


変わってないから」




そう言って
ドアは静かに閉じられた。




奥を覗くと綾香は電話を取っている。




私は外に駆け出し、車に乗り込もうとしてる彼に言った。




「あっちゃん!


今夜電話してもいい?」




変わらない優しい笑顔を見せてくれる彼。




「待ってるよ、涼子!」




私も笑顔になり小さく手を振って彼の車を見送った。

No.297



「おとー
なんか久しぶりだね」


「だな~
最近忙しくてなぁ…」



珍しく早く帰宅した夫が怜奈と話していた。



「ねぇ、おと!
もうすぐクリスマスだよ」


「何か欲しいのあるか?」


「うん!」


「ちょっと待て~
お父さんが当ててやる!」



どんな心境で娘と会話してるのか、頭をかち割って見てみたいものだ。



当然のようにくつろいで、怜奈と話す夫に苛立つ。



「片付かないから早く食べちゃってよ!」



夫がいると自分のテンションがどんどん下がった。



なんで帰って来るのか…


なんでここにいるのか…


新しい女の存在。


理解不能な夫の行動。




言い訳なんかさせない。


もう少しだ…




「お母さん!」


怜奈の声にハッとする私。



「クリスマスは外食する事に決まったよ!」


「そ、そう」


「楽しみ~!!」



怜奈の事はやはり可愛いのか…



気づくと無意識のうちに、時計を見ていた。



こんな日に限って早く帰宅するなんて、どこまでも自己中なヤツ。



と、さえ思ってしまう私は全く夫に愛情がなくなったのを再認識していた。

No.298



夫が入浴してる時
あっちゃんにメールした。



―――


ごめんなさい


遅くなりそうで…


明日でも大丈夫ですか?


―――END



すぐに返信が来た。



―――


涼子の都合がつく時でいいんだから😄


俺はいつでも構わないから無理だけはしないようにして✋


―――END




振り回したくないのに…


申し訳ない気持ちになる。




ソファーに投げてある夫のケータイを見てイラッとした。



放置してるケータイは、何もないと思わせる為の演出なのか…



学習もしなければ、何事においても我慢ができず自由にしてる夫に腹が立って仕方がなかった。



折ってしまいたい衝動を抑え、乱暴にケータイを開きメールを見た。



―――


ねぇ…かーくん


私は奥様を傷付ける事をしてるのよね…


一緒にいたいなんて言ってはいけないね


ううん


初めから好きになってはいけない人だったのに…


奥様に申し訳なくて胸が張り裂けそう


だけど…かーくんがいない人生なんて考えられないほど愛してしまったの


毎日一緒にいてなんて言わない


ほんの少しの時間を私に下さい


今は一緒に過ごせる時間を大切にしたい


―――END




こういうのが一番苛つく。



自分には良識があるとアピールしつつ、男心をくすぐる甘く切ない言葉にも抜かりがない。



どうせ計算。



そう思わせる数日前のメール。



―――


頻繁に家を空けられないってハッキリ言ったら?


疲れた時、奥様の方が癒されるんでしょうから


別に無理して来なくていいし、かーくんの気分で来られても困るしね


どうぞご自宅でくつろいで


んじゃまた明日


―――END



メールの内容から、今日は行けないと言った夫に苛つく女が想像できる。


このどこに私に悪いと思う気持ちがあるんだか…


不倫に狂う人間は言ってる事が利己的で矛盾だらけ。


この日帰宅してない夫は、いそいそと彼女のご機嫌を取りに眠い目を擦りながら行ったのだろう。




ふん…



馬鹿くさい。


二人とも不倫の底無し沼にどっぷりはまって溺れてしまえばいい。




そう思う私の心は醜いのだろうか…

No.299



プルルル…プルルル…


コールが続く。



時計は23時を回ってる。



夫は風呂からあがってすぐに寝た。



こんな状況でも夫はやりたい放題で、我慢するのは私ばかり…



あまりにも理不尽ではないのか…



苛々が募る。



あんたらばかり好き勝手しやがって…



私の心に悪魔が宿った。



二人の仲をぶち壊してやりたい。



なぜ身勝手な二人が、楽しそうに幸せな時間を送るのか。



なぜ、私はそんな夫に我慢してるのか。



夫に愛情はなくとも既婚者に平気で近付く女は許せないし、離婚の話を聞き入れない夫の勝手過ぎる行動も許せない。



そんな二人が笑顔でいる事事態が許せなかった。




知らない番号だから出ないのか、寝てるからなのかコールが続いている。



非常識なんてお互い様。



私は相沢香織に電話をかけていた。



「…はい」



一旦切ろうかと思った時、聞こえてきた彼女の声。



「相沢さんですか?」



「…どなたですか」



初めて聞く声でも、不審が入り交じった不機嫌な声だとわかった。



「深山の妻ですが」



一瞬、彼女は黙った。



が…



「このような時間に所長の奥様が私に電話してこられる理由は何ですか?」



堂々たる言い振りだ。



「それはあなたがよくわかってるでしょう」




こいつも宇宙人なのか…




この電話で相沢の強かさを知る。

No.300



「単刀直入に言わせてもらいます

夫と仕事以外の付き合いしてるよね?」


「あの…おっしゃってる意味がわかりませんが…」


「私の妄想でこんな時間に電話かけたりしないけど?」


「失礼ですが奥様

何を根拠にそのような事を言われてるのですか?」




根拠…



メールの事をここで言うのは躊躇われた。



それに妙に落ち着き払った彼女の話し方が鼻につく。



「夫の嘘はすぐわかるの

こんな事あなたが初めてではないし、今まで何度とあったので」


「それがなぜ、私だと思うのですか?

所長がそう言ったのですか?」


「言ってないよ

だからそれは…」



私の言葉を遮り相沢が言った。



「奥様、私そんな疑いかけられてとても迷惑です

今そこに所長はいらっしゃいますか?」



夫はもしかして万が一の時の為にケータイの登録名は変えてる?!


と、錯覚してしまうほど強気で且つ、冷静に否定する彼女。



『香織、愛してる』と
夫は何度もメールで言っている。



間違いなんてあるはずがないのだ。


ここで私一人が熱くなったらきっと馬鹿をみる。


メールを暴露するのも今ではない。



とぼける彼女に
私もとぼけてみせた。



「夫はもう寝てます

最近外泊が多くなっておかしいと思ってたら、この前寝言で香織愛してるよって言ってたの」


「はあ…」



とぼけかたが上等。



「香織って名前はあなたしかいなかったから私の勘違いだったみたい

ごめんなさいね」


「いいえ

誤解が解けて安心しました

それにしても所長はそんなに浮気する方なのですか

あっ

傷付いてる奥様にこんな事聞いたら失礼ですよね

すみません」



やっぱりそうきたか…



好きな男の浮気癖は聞き逃せるはずがない。



「こんな事あなたに言う事ではないんだけど…」



私は傷心の妻を演じて見せた。

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