哀れ…

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2013/12/21 05:29(更新日時)

憎しみしか、残らなかったね…

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No.1517561 (スレ作成日時)

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No.219

レスありがとうございます。

この話は、私の知人(男)の経験談を基に私の頭の中で作ったものです。

だから、ホントにあった出来事と、私の想像や作った部分が交わり、この話が出来上がりました。

恥ずかしながら、私には想像力が乏しく、恋愛経験も乏しく(笑)、こういう修羅場チックなことを経験したことも無いので、話をふくらませることができず、最後はガッカリって感じだったと思います。


けど、たくさんの方が読んでくださっていたことはとっても嬉しかったし、感謝しています。


そして、こうして玲子さんのように、わざわざ感想を頂き、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。


今回、まだ見ていてくださってる方々も、本当にありがとうございました。


No.218

長らく愛読してて完成してたのを知らず今日初めて最後まで読みました

これはフィクションでしょうか




いえ小説にしてはあまりにもオチがあっけない気がしたので 小説でなくもしやノンフィクションなのかなと感じました

半ばまでは女性の感じてた世界像がうぃうぃしくよかったのですが終わりは虚しくてリアルさを逆に感じれましたから

遅くなりましたが一言^小説お疲れさまでした☆

No.217

主です。







今日までお付き合いくださいまして有り難うございました。



本当は、もっと丁寧に書きたかったのですが、表現力と想像力、文章力のなさを実感し、限界と判断したので、最後はバタバタと書いてしまいました。




一時期は、自分自身、書いていることを忘れていたこともありましたが、こうして「終」の文字を書けてよかったと思います。



本当に、つたない文章で、お見苦しい内容だったと思いますが、このお話を読んでくださっている、たった一人の方でもいい、お礼がしたくて書きました。



今まで本当に有り難うございました!!!










No.216

彼女からの呼び出しや、束縛は一年近く、ほぼ毎日続いた。



あのいつも頼りなさげで、放っておけない雰囲気の彼女が、変わってしまった。



・・・というか・・・ 俺が変えてしまったんだと、思う。





身体を重ねても、心は満たされないことが解っているのに、彼女は、意地になっていたんだと思う。



何度もこんなことは止めようと言ったが、聞く耳を持たなかったし、揚句には土下座をして、



「私を独りにしないで・・・!!!」



と、言った。







お互いの精神状態も限界に達した。



それから・・・ 








彼女は、突然、姿を消した。


それは、彼女から借りていたお金を返す最後の日だった。





彼女は、いつもの場所には来なかった。




何時間待っても来なかった。



携帯や家に電話しても出なかった。






あんなに毎日鳴っていた着信音も、メールもぱったり無くなった。






今も・・・彼女がどうして突然姿を消したのか



わかっていない





                                終

























No.215

彼は私に言われるがまま、抱くしか道は無いと思ったのだろう。


もちろん、今日のそれは私からしても、心には何も感じるものは無く、ただ時間が過ぎていくだけで、それぞれが自分の欲望を満たすだけの”行為”だった。


けれど、心には何も伝わらなくても、こうして彼の肌に触れていることが私にとって幸せなこと、独りでは無いと言い聞かせていたのかもしれない。




事が終わり、彼はすぐシャワーを浴びに行った。


洗い清めたい・・・そんな感じなんだろう。




「帰るけど・・・?」


「私は居るわ」


「じゃあ・・・」


「また連絡する」



彼は何も言わず、部屋から立ち去った。

No.214

「いつもの所に行って・・・?」



「え・・・?」



「聞いてくれるんでしょ?」




俺は、彼女といつも会う場所・・・hotelに車を走らせた。



着くと、彼女はタッチパネルの前に進み、手際よく部屋を選んでエレベーターのボタンを押した。


いつも俺に任せていた彼女だが、俺の前をどんどん先に進み、部屋にも先に入って行った。






「薫・・・ 俺、そんなことにはなれないよ」


「抱くの。あなたは私に従うの。従うしか無いの」


「・・・・!!!」


「でないと、私・・・」





彼女はさっき俺から奪った携帯を取り出し、操作した。


きっと自分の携帯に嫁の番号を入力したんだろう。電話を掛ける動作をした。





「うわぁ・・・・!!!!!」


俺は今まで出したことのない大きな叫び声をあげながら、彼女をベットに押し倒した。


No.213

私は本気だった。彼がそんなことをさせる筈は無いのも分かっていた。



けど、こう言ったのには理由があった。





「・・・・じゃあ・・・  それ以外の、こと、聞いてくれる?」




彼は一瞬、躊躇したが、唇をかんで頷いた。




「車・・・出して」




私がそういうと、彼の車は公園を後にした。

No.212

彼女の、今まで見たこと、聞いたことのない表情と声に、俺は驚いて声を出そうにも出せなかった。



そして彼女はこう言った。



「返せないなら・・・全額今すぐ返せないなら、別れない!そんな自分勝手、私、許さないって言ったよね?それに・・・」



「こんなことしたくないけど、この事、みんなに話すことだってできるんだから!!!」



彼女の目は今の彼女なら本当に何をしでかすか分からない本気の目をしていた。



「・・・だけど、今の状況のまま、付き合って行っても、俺も、君も何にも良くはないと思う。お金は、今日はこれだけだけど、ちゃんと返す。借用書も書く。だから・・・!!!」




「あなたの・・・あなたの携帯を貸して・・・?」



「・・・!!! 何を考えてるんだ・・・???」



「決まってるじゃない?奥さんに連絡するの」



「・・・・薫・・・!!!」









No.211

彼の車が舗道に横付けされて、私は助手席側のドアに手を掛けた。



彼はいつもならこっちを見て「お疲れさん」と言ってくれるのに、前を向いたまま、表情が硬かった。



「こんばんわ」



「うん」




次に車が止まった少し郊外の公園まで、何にも話さなかった。




・・・というか、話す雰囲気では無かった。




公園の駐車場に車を止めた彼は、タバコに火をつけた。






・・・・長い沈黙の後、声を発したのは、彼だった。




「別れたいって言ったのは、本心なんだ。あれからも考えたけど、君の気持ちにはやっぱり応えられない。俺は、君の思い通りにはならない男だよ」



「・・・・」



「別れても、君から借りたお金は、きちんと返済する。今日は・・・これだけしか用意できなかったけど・・・。ありがとう。本当に感謝してる。けど、まだ全部返せなくてゴメン」



彼は車のダッシュボードから封筒を取り出し、私に手渡した。



見ると5万円が入っていた。







「・・・・全部・・・」



「・・・・え・・・?」



「全部返してよ・・・!」



「・・・・!!!」



「別れるんだったら・・・全部、耳をそろえて、今すぐ返しなさいよ!!!!」



No.210

彼女からのメールが届いたのは、ある日の夕方。



『話があるから、会ってほしいの。8時に〇〇駅の南側で待ってる』




その駅は、地元から少し離れたところで、彼女と何度か待ち合わせした駅だった。




今日はバイトも休み。



彼女に借りたお金のことも話さないと・・・と思ったし、別れる話もちゃんとしないとならないと思ったし、俺は一言『了解』と返信した。




午後8時。



彼女は、現れた。



相変わらず細い身体に、黒い髪が印象的だった。



No.209

絶対別れない・・・




私はまた独りになるのが怖かった。



肉親もいない、友達もいない。仕事先では店長になったとはいえ、やっぱり一人ぼっち。高橋さんも最近無理な要求ばかりしてくる。



売上や仕入れの事を悪く言われるとイライラしてしまい、以前のこの仕事が自分には合っていると思っていた頃の気持ちが消えてしまうほどだった。




今の私には、彼の存在が全て。彼がいないなんて考えられない・・・







しばらく電話を掛けたり、メールを止めていたが、私は彼を追い込む最後のカードを彼に突きつけることにした。

No.208

それから、彼女からの着信やメールは、ピタッと止み、逆に怖いくらいだった。



彼女の事は気になったが、俺は日々の事で頭がいっぱいだったので、彼女が「許さない」と言ったことすら、日が経つにつれ、忘れかけていた。












彼女は・・・本当に許してはくれなかった・・・

No.207

主です。



またまた彼女(高橋)と彼(松田)の場面を交代させるのを間違えてしまいました。



ごめんなさい。



いつものことですが、このまま話を進めます。



それから・・・



長らくレスしなかったので、読んでくださってる方、いるのか分かりませんが、頑張って更新していきますので、よかったらお付き合いください。


No.206

「もしもし・・・?」



「君は、自分が何をしているのか分かってるの?」



「・・・・え・・・?」




「最近の君は異常だよ。メールだって着信だって、俺だって都合がある。仕事してる。だから出られないことの方が多い。君だってそんなくらい分かってるだろう?それに、夜中に電話なんて・・・・」



「私だって我慢しているわ。あなたに私の何が分かるの?独りであなたを待つ私の気持ちなんて・・・・!!!」



「・・・・そういうの、分かってると思ってたよ。君は、そういうのも全て受け入れてくれてると思ってたよ・・・」



彼は、大きくため息をついてこう言った。



「考えてたけど・・・俺と君は今のお互いの状況的に付き合っていくことは、無理があると思うんだ」



それって・・・・   別れ・・・?



「俺は、君の事、本当に好きだった。放っておけなかった。いつも頑張ってる君がいじらしくて。だから、忘れようとしたけど、忘れられなくて、つい会いに行った。けど・・・俺は自分の気持ちに正直すぎたのかもしれない。正直すぎたから、今の状況に君を巻き込んでしまった・・・」



「・・・・いや・・・・   嫌よ!」



「薫・・・」



「そんな自分勝手、許さない!!!」

No.205

彼の驚いた表情。



私は電話を切って彼の居る会社の門に向った。



「やっと・・・ やっと会えた」



「どうしてこんな・・・」



「会いたかったから。あなたに会いたかったからよっ!」



彼は後ろを振り返り、誰もいないことを確認すると



「今は無理。後で連絡するから」



「後って・・・?いつなの・・・?」



「・・・・ここを出たら必ず連絡する」



彼はそういって、会社の中に姿を消した。









一時間くらい経っただろうか。彼からの着信を知らせる音が聞こえた。

No.204

彼女からの着信のすごさに正直背筋が凍るような感覚だった。



さすがに一緒に作業していたパートさんから怪訝な顔をされた。仕事中なので、電源は切れないし、マナーにするとバイブでも作業していると気が付かないので、出来なかった。



俺は、パートさんに断りをいれて、倉庫から離れた場所で彼女からの電話を取った。



「もしもし?」



「・・・どうして出ないの?私って分かってるから?」



「今、仕事中だからだよ。そんなの君だって分かってるだろ?」



「・・・今、あなたの居るところからすぐの場所に居るのよ?」



俺は、今いた場所から入口に向かって走った。



すると、会社の反対側の歩道に彼女が俺の方を向いて小さく手を振っていた。



不敵な笑みを浮かべ、何だか俺の知っている彼女ではないように感じた。



「何してるの・・・?」



そう、電話口に問いかけると



「会いに来たの」



彼女はそう言って、こちらに向かってきた。



No.203

イライラしている自分の感情を抑えきれず、とうとう彼を地獄に陥れることを実行しようとしている私がいた。



それは、私からのメールや着信に無反応な彼に、毎晩、夜中電話を掛けた。



もちろん、家に帰って寝ていることもわかっていたし、着信音が鳴ることで、家族にも不審がられることもわかっていた。



というか、それが目的だった。



彼が夜、アルバイトをしていたことは知らなかったので、当然、家族特に奥さんから何か言われているものだと思っていた。



なのに、相変わらず何の反応も無かったので、私は以前働いていた彼と出会った会社に彼が来そうな時間に行き、道の反対側で待ち伏せした。



しばらくすると、彼の乗った車が会社に入って行った。



つかさず私は彼の携帯に電話をした。



彼は私からの電話だと分かると出なかった。そんな反応をすることは分かっていたから、何度も何度も掛け直した。



仕事中なので、さすがに電源も切れない、マナーにも出来ないことを分かっての行動だった。







・・・・・彼は・・・   出た。







No.202

彼女からの申し出は、正直有り難かった。



だから、有り難く借りた。それくらい精神的に追い詰められていたんだと思う。



「ちゃんと・・・ちゃんと返すから、ゴメン・・・」



「うん。分かってる」




彼女は封筒を手渡してくれた。



金を借りたから、早く返済しないと彼女に迷惑をかける、そう思った俺は、彼女には内緒で夜もバイトをした。



もちろん、昼間は本業に走り回っていたし、夜もそんな感じだったから、彼女からの着信やメールには正直応えることが出来なかった。



そんな暇があるなら仕事をしなければ、そんな時間があるなら眠っていたい、そう思っていた。



そんな俺の状況など知らない彼女は、構うことなく連絡を取ってきた。




No.201

彼は驚いた顔をしていたが、私は何の躊躇も無く、彼にお金を貸すことを了解した。



金額は30万円。




私は彼の力になれることを純粋に喜んだ。



そのときは・・・



本当にその時はそうだった。





彼は、相変わらず私のメールや着信には無視したりしていることが多かったけれど、私は彼の行動や状況を知りたい気持ちを抑えることが出来なかった。



だから、構うことなく、着信履歴を残したり、メールを送ったりしていた。



最初は、私を好きでいてくれ、私を忘れず、あの時雑貨店まで来てくれ、私の気持ちにも応えてくれたことに只々感謝していた。



なのに・・・



少しずつ、彼が私を邪険に扱う様子にイライラが募り、きっと家に帰っている時間であろう時でも構わずメールを送ったりしていた。







No.200

無意識に彼女の前でため息をついていた。いや・・・きっとその時は、自分の置かれている状況を彼女に聞いてほしかった、力になってほしかったんだと思う。



「・・・・金が・・・要るんだ」



「お金・・・?」



実は、そのとき、仕事が上手く行ってなく、金銭的に苦しい頃だった。自分で会社を興し、上手く行っているときは、営業的付き合いは活発だったが、ここ最近は、なかなかそういうものまで回らなくなり、自分の手取りから捻出している状況だった。もちろん、嫁からは嫌味を言われ、毎日頭の中は金のことでいっぱいだった。



「ごめん・・・ 大丈夫。なんとかなるよ。」



「いくら・・・? いくらいるの?」



彼女が俺の顔を覗き込み、聞いてきた。



「冗談だよ。大丈夫。ほら、もう出なきゃ」



「私・・・ 用意できるよ」



「薫・・・」




No.199

ある日、彼と会い、身体を重ねた余韻に浸っていると、隣りで深いため息を吐く彼がいた。



「どうしたの・・・・?」



「・・・ん? あ、ちょっとな」



「気になるじゃない・・・」




正直、最近の私たちはうまくはいってなかった。今日会うのもいつもより間隔が開いていたし、私が少し強引に会う段取りを取った。



彼からのメールが減り、携帯に電話をしても以前のように私の話に合槌を打つのも面倒そうに感じた。



冷静になれば私の異常な行動故のことだと解るのだが、冷静で無い私には、自分が彼を追い詰めているという自覚すら無く、単なる倦怠期などと思い込んでいた。




「うん・・・  ゴメン」



「私で良ければ話を聞くよ?」

No.198

彼女の微妙な変化は、単なる寂しさゆえだとあまり気にはしていなかった。



仕事で責任のある立場にいるから、俺に愚痴の一つでもこぼしたいのに、俺は彼女のそばにいてあげることが出来ない・・・



だから、急に寂しくなって、電話をしてしまったりするんだと思い、出来るだけ電話やメールができるときはしたし、会う回数も増やした。



けど・・・俺の思っている以上に、彼女の行動は徐々にエスカレートしていった。






さすがに、昼間は携帯は鳴らなかったが、彼女の休憩時であろう時間は『今どこ?』『何してるの?』という問いかけのメールが入り、返信が遅れると俺からの返信があるまで、他の従業員の目を盗んで返信を催促するようになった。



俺が 『仕事終わったから』とメールをしようものなら、待ってましたと言わんばかりに着信があり、メールの返信が遅いだの、次は何時会えるだの、次から次に俺の状況を聞いたり催促したりしてきた。


そんな彼女からの攻撃に、さすがの俺も、無視を決めた。


No.197

彼が友達と会っていることは解っている。



解っていても、独りでいることがどうしようもなく切なくて、虚しくて、今の私には彼しかいない・・・と思うと、今まで私の中に隠れていた感情が芽生え始めたようだった。



最初はそういう私の事を大目に見ていてくれていた彼だった。



だから、私が不安にならないように以前よりメールの回数も増やし、状況を報告してくれた。会う回数も増やしてくれた。



けど・・・彼が自分の「もの」で無いことは変わらず、彼は奥さんの「もの」である事実に私は自分自身をもてあましていたのかもしれない。



だから・・・彼の弱みを逆手にとって、私は彼を追い込んでいった。



奴隷・・・みたいに・・・







No.196

それは、ある日のことだった。



彼女が


「今週、会える?」


と聞いてきた。


俺は、友人との約束があったので、


「ゴメン、友達と飲む約束があるんだ。だから、終わったら電話する」


と言った。


彼女は


「うん。待ってる」


と言ったので、俺は約束の日、友人と会った。




友人と久し振りに楽しく飲んでいると、携帯に着信が。


俺は友人に断りをいれ、席を外した。



『もしもし?どうした?』


『今、どこで飲んでるの?楽しい?』


『あ、前に話した焼き鳥の美味しい店。楽しいよ…?』


『そっか。分かった。終わったら電話ちょうだいね?』


『了解。忘れてないから』




そして、また一時間くらい経ったころに、着信が…。


「嫁さん?」


友人が聞いた。


友人は、嫁がこういう時に電話してくるような女ではないことを知っていたので、俺は小指を立てて友人に合図した。


友人は苦笑いし、親指を立て、店の出口を指し「外へ行け」と俺を促した。




『もしもし…?何?どうしたの?』


『うん… まだ…かな…って思ってぇ…』


なんだか酔っぱらっているようだった。


『うん… まだ飲んでる。酔っぱらってるの?眠い?』


『う…ん… 一人で…待ってるの… 寂しいから… 飲んでた…』


彼女はそう言うと、電話を切った。

No.195

私は、恋愛経験が別れた主人としかなく、主人は私に身体を求めることが少なかったし、私もそれが普通だと思っていた。



松田さんは、とってもストレートに私に愛情表現してきてくれるから、それがある意味新鮮だったりして、私は彼にのめりこんでいったのかもしれない。


彼の存在が全てになったのかもしれない。


本当は、仕事も、自分の時間(一人でいる時間)も大人なんだから、上手にやりくりしたり、楽しまないとならなかったのに、私は、出来なかった。


だから…





彼を束縛してしまった。

No.194

彼女は、抱いているとき、何故か泣いた。


「どうして泣いているの?」


俺は、彼女を腕枕しながら聞いた。彼女の髪からは、甘い香りがした。



「もう…後戻りできないんだな…って思って。けど、こんなわたしを必要としてくれて、幸せだとも思ったの」


「戻りたい?好きだとお互い言い合う前に」


「もう… 無理だよ。片思いで苦しいなら、あなたと一緒に苦しむ」


彼女はそういって笑った。



俺は、彼女をもう一度抱きしめ、彼女の白い肌に何度も口づけした。



No.193

そして…



私は… 彼に抱かれた。


 
別れた主人の時は、お互い、何の障害も無く、普通の恋人同士だったから、罪悪感とか、後ろめたさとか、そういうのが無かった。


けど、今は違う。


私は、他の誰にも言えない相手と付き合っているんだ。


罪悪感や、後ろめたさを持ちながら彼と付き合わないとならないんだと思った。 




けれど…



そういう、罪悪感や、後ろめたさを感じたのは最初だけで、徐々に自分が壊れていき、彼を支配し、束縛していくのであった。


No.192

彼女のその一瞬の間が、ずっと俺が自制していた感情に火をつけてしまったようだった。


彼女がその相手とどうなったのかを、俺が望んでいない悪い方に考えてしまって、止まらなかった。


「ちょっと…! ちょっと待って??? 松田さん!」


「どうして…? 君は、俺が嫌い…?」




彼女は自分で倒れたシートを起こしたので、俺は、運転席のシートに体を戻した。


「た… 確かにある人に言われたけど、その人は、私じゃなくて、私に似た人を私に求めていただけなの。今は、その人は自分の思いを貫いて、その女の人を追いかけて行ったわ。それだけ」


「そっか…」


俺は、自分を落ち着かせるために、タバコに火をつけ、一口吸うと窓の外を眺めていた。



「私… 松田さん好きよ。けど、自信無いの」


「自信?」


「そういうことになってしまって、逆に嫌われないかとか…ね…」


「嫌いになんかならないよ。どんな君も好きだから。俺は、今の君が好きだから」



「松田さん…」






俺は、車のエンジンをかけた。

No.191

付き合い始めて半年くらい経っただろうか。


いつものように彼の車でいつものように話をしていた。


いつものように、私の勤めている雑貨店の話。そして、彼の仕事の話。


私は、店長になって、店のすべてを任される立場になっても相変わらずいろんなことに気を遣っていて、へこむ日も多かった。


彼は彼で、忙しさで余裕が無い状態に疲れているようだった。



話が進んでいくうちに、彼が言った。


「あの会社辞めてから、誰かと付き合ったりした?」


「ううん。そんな余裕なかったよ。それに、ずっと松田さんのことを引きずってたし(笑) 」


「じゃあ、誰かに言い寄られたりはしなかったの?」


私は、一瞬、間を開けてしまい、


「ないよ」


と言った。



彼は、その間を見逃さず、私の座っていた助手席のシートを倒した。


「…な、何するの?」


彼は、私に覆いかぶさるような体制でこう言った。


「俺は… 君を… 君を抱きたい」

No.190

しばらくは、そうやって車で話をして、帰るということで良いと思っていたが、俺もやっぱり男。


そして…彼女は、好きな女…



彼女を抱きたいと思う気持ちが出てくるのは当然のことだった。



彼女は、俺にそういう気持ちを持っているのかは分からなかったが、なんとなく、避けているような気もした。


手を車の中で繋いだまま話すことはあっても、キスをするような感じにはならず、そういう雰囲気に持って行かないようにしているようでもあった。




No.189

自分の気持ちを優先させながらも、自分の立場をいつも考えていた。


だから、彼と会うときは、決してわがままを言わず、彼の都合を最優先に…と考えていた。


私は「都合のいい女」でいいと思っていた。


彼が、私の事が好きで、わざわざ私の為に時間を割いて来てくれることが嬉しかったからだ。


そして、心のどこかに、「彼は奥さんがいるから」と思っていたもう一人の自分がいたから。




けど… それも



最初だけだった…

No.188

最初は、彼女は俺に対して、そこまで遠慮しなくても…!と思うくらい、会ったりすることや、電話をすることを彼女からはしなかった。


どうしてか…?と聞いてみたら、


「私は、あなたが会いたくなったり、電話したくなったりした時に一緒に居られればいいんです。だから、気にしないで」


と言う。


「そんなに気を遣わなくても、君が会いたいときは言ってくれたらいいし、電話もしてきたらいいんだよ。もちろん…時と場合があるけどね」


彼女は、何も言わず、笑みを浮かべ、フロントガラスから外を見ていた。




彼女と会うのは、お互いの予定があった時。曜日はばらばらだ。


彼女は、曜日が決まっていると、奥さんが変に思うから、決めないでおこうと言った。


外で会うことや、彼女の家にはいかず、車の中で話して帰ることが多かった。




No.187

彼から告白されてしまった… けど…


「けど」の後についたのは、「彼は既婚者」という事実。


彼と思いが同じだったことには正直嬉しかった。


あんなに苦しかった恋を成就させることができて嬉しかった。


その気持ちを、思いを大切にしたい気持ちが先になってしまい、私は、判断を誤ってしまった…


既婚者と付き合っているという罪悪感を消し、彼への気持ちを最優先させてしまった。



そして…



私は、彼を窮地まで追い詰めるような女になってしまうのだった。



そんなことを今は気付かずに…




No.186

主です。


長い間書いていなかったのですが、久しぶりに自分の書いたものを読み返していると、中途半端に置いてしまっていることが、自分のなかで嫌な気持ちになりました。


それに、やっぱり、初めてこんなに頑張って書きつづってきた物なので、愛着もあり、どんなに時間がかかっても、最後まで書きたい気持ちがふつふつと湧いてきました。


はっきり言って、ホントに文章力はないし、表現力もないです。


ガッカリさせてしまう展開になることも、つまらない終わり方になってしまうこともあると思います。


けど、これが私の今できる精一杯のことです。


良かったら、最後までお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。


こんな読み物に付き合ってくださっている方が、ひとりでもいい。


自分自身と、そのひとりの方のために頑張ります!!!


 


よろしくお願いいたします。


No.185

彼女からは、ちゃんとした言葉はその日もらえなかったが、俺の腕の中で泣いていた彼女を見て、同じ気持ちだと思えた。


俺は、自分の気持ちに嘘はつけなかった。


自分の置かれている立場より、彼女のそばで支えたいと思う気持ちを優先させた。




彼女に、俺の携帯番号を教えた。


「いつでも、鳴らしてくれて良いから。」


「はい。」




この… 携帯電話が、俺を苦しめるアイテムになることを、その時の俺は知るよしも無かった。

No.184

「…!あ…!あのっ!松田さん!」


私は、今、起きていることが唐突すぎて、思わず大きい声を出してしまった。


彼は、私の唇に人差し指を当てた。


「静かにしないと、俺が変な人と思われる(笑)」


私は小声で「ごめんなさい」と言って、彼の腕の中でおとなしくしていた。 




「俺… 君が好きだ。 だから、会いに来た。」
  


「えっ…」


「君の… そのいつも自信無さげな感じ、どうしてもほっとけなくなるんだ。もっと、自信を持てばいいのに、いいところいっぱいあるのに。だから、俺、君を支えたい。    ダメかな…?俺なんか?」


私は、なんて答えたらいいのか分からなかった。


私が、松田さんの事を一方的に好きなんだと思っていたのに、彼も私のことを好きでいてくれたことが、信じられなくて、不思議で…。


「わ… 私… 自分に自信なんてありません。人に好かれるような人間でもありません。もう…誰にも愛してはもらえないと思ってました。」


「君は… 俺が嫌い?」


「… 松田さん…」


「君の気持ちを聞かせてほしい。ちゃんとした言葉で。」


「私…  私も…   あなたが…」


もう…涙があふれて次の言葉が出なかった。


 
そんな私を彼はギュッと抱きしめたまま、髪にそっと口づけをした。





No.183

彼女は、俺が待っている公園まで走ってきた。


さっきまで一つに束ねていた髪もほどいてしまっていて、長い黒髪が月明かりに映えていた。


「待たせて…ごめんなさい…」


「いや。俺が…勝手に待ってるって言ったから。」


「ううん… 私、嬉しかった」



彼女はそう言うと、俯いた。


「今日、あの会社のパートさんが、君のお店の紙袋を持っていたんだ。君が店長だってことを話してくれて…  何か… いてもたってもいられなくなって。  何か… ずっと我慢していたものが、一気に噴き出した感じになってしまって…」


「まさか… まさか私も、こんな形で会えるなんて思ってませんでした。あんな風に辞めてしまって、やっぱり、申し訳なかったし…」


「名前… 変わったんだね?」


「ええ。主人が離婚に同意してくれたんです。 …もう…、私は一人になってしまいました。」


彼女はそう言うと、月を見上げ、涙が零れ落ちないようにしていた。


「けど… オーナーや、橋本さん、お店の人たち、それから、お客さん…、大家の岩崎さんも、私を支えてくれてます。人との別れはあったけど、それ以上に、素敵な出会いを私にくれました。今は、幸せです」


「そっか… 俺とも… 別れたよね…? そういう意味では。」


「松田さん…」


「じゃあ、ここから、もう一回、出会おうか?俺たちも…!」






そう言って、俺は彼女を抱き寄せた。

No.182

「松田さん…」


彼がわざわざ会いに来てくれたことが、とっても嬉しかった。


彼が私を見るまなざしは、一緒に働いていた頃と何一つ変わっていなくて、そんな彼に会えて、今日一日の疲れや、これから店長としてやっていけるのかという不安も吹っ飛んだ気がした。


「高橋さん、もう帰るわよ~!」


「呼んでるよ。行っておいで。俺…待ってるから。」


「あ… じゃあ、この先に公園があるから、そこで待っててください。」


彼は頷くと、私に背を向け歩き出した。







No.181

「やっぱり、らしくないよな…」


俺自身も、そう思った。


こんなに感情的に動く方ではないので、そんなことをしている自分自身が一番驚いている。


「今日、オープンだったんです」


「みたいだね」


「私みたいなのが、店長なんです」


「らしいね」


「知ってるんですね」


「君のことは、何でも知っていたいからね」




No.180

この突然の出来事に私は、すぐには状況が呑み込めないでいた。


きっと、この時の私の顔は、とっても変だったと思う。




「お疲れさま」


その言葉と一緒に向けられた彼の優しいまなざしが、どこか懐かしく思った。


「ありがとうございます」


彼の方へ一歩、歩みを寄せた。


「君に… 君に会いたくて…! らしくないことをしているよね(笑)」


「そうですね… らしくないですね(笑)」







No.179

店から誰かが出てきた。


髪を一つに結んでいた、見覚えのある姿。


そう…





彼女だった…







彼女も、俺に気付いたようで、とても驚いた顔をしていた。







No.178

『お疲れさまでした!』


『橋本さん!』


『今日は大変だったでしょ?けど、何とかこなせたわね』


『私…』


『どうしたの…?』


『むいてますかね…? ここの店長。ただ雑貨が好きで、けど、自分には自信持てなくて… 』


『そんなの、これからでいいんじゃないの?それに、自分一人で頑張ろうとしなくていいんじゃない? 時には、頼る事も必要よ』


『…はい!あ、私、外の物、片して来ます』





私は、外に出していた物を片付けに出た。

何となく、人影を感じ、ふとその方を見ると





そこには…






そこには… 彼が立っていた。






No.177

彼女が店長勤める雑貨屋の支店オープン日は、朝から快晴だった。


夕方、あの会社に行き、荷物を下ろしていたら、昨日、食堂で話していたパートさん達が帰るところだった。


『お疲れさまです』


彼女たちが俺に挨拶していく。ふと見ると、一人の人が、“Ivory ”と書かれた紙袋を持っていた。


『…その…紙袋…』


『え!? あぁ、隣町に出来た雑貨屋さんの袋です。粗品貰ってきたんです』


『…そうなんですか』


『ほら、松田さんが前に一緒に仕事してたパートさん、中村さんって人が勤めてるんですって!』


『あ、そうなんですか…! 』





俺は… もう… 止められなかった!

No.176

作業が終わったのは、もうすぐ日付が変わろうとするくらいの事だった。


店の鍵を閉めて、自転車を置いてある場所に行くと、原田さんがタバコを吹かして待っていた。


『お疲れさまでした』


『いいかな?話』


『はい』


『明日、オープン、成功するといいね』


『緊張します。私が店長なんて、オーナーや橋本さんの気持ちが理解出来なくて』


『俺は、高橋さんしか出来ない事だと思う。君の目を見てるとそう思う。最初入って来た時は、確かに大丈夫かな…って思ったけど、今はいい仕事をしている。そんな君は店長にふさわしいと思う』


『…そんなに誉めても、何も出ませんよ?』


二人で少し笑って、次に原田さんが言った。


『俺… 冴子… つまり、彼女のところへ行こうと思ってるんだ』


『原田さん…』


『やっぱり俺、冴子が好きだ。君に…冴子に似た君に出会って、心が乱れた。君を好きになれば、冴子の事忘れられるかな…って思ったけど、そんなの自分を騙してるだけで、君にも迷惑かける事になった。俺は、最低な奴だ』


『冴子と別れた時、自分の弱さがあった。男のプライドとかが邪魔して、彼女を追いかける勇気も無かった。ホントは彼女の側で一緒に夢を叶えたかったのに…』


だから、今度はちゃんと彼女を追いかけていき、彼女と一緒に夢を叶えると言った、原田さんがとても素敵で、私は羨ましかった。


『君に会えて、君に目を覚まさせてもらった。ありがとう』


原田さんは、そう言って立ち去って行った。


よかった…! ホントにそう思った。

No.175

ある日、彼女が辞めた会社に行き社員の人に誘われて食堂に行くと、パートさんたちが何か紙を広げて話していた。



『明日、三丁目の雑貨屋さんの支店が隣町にオープンするんだって』


『粗品進呈だってさ!あたし明日休みだし行こうかな』


『あの三丁目の雑貨屋って前に此処にいた中村さんが勤めてるんだよね?』


『そうそう!こないだ行ったら、居たもんね』


『あそこのパンも美味しいよね?雑貨も素敵だし』




そういえば、前に桜井さんが、彼女の勤め先を言ってたっけ…?頑張ってるんだな…


『中村さん、新しい店の店長みたいだよ?ほら、挨拶文みたいなの書いてあるじゃん』


『あぁ!ホント!気付かなかった!』





店長…


あの彼女が…


頑張ってるんだな…

No.173

新店舗の責任者に決まってから、私は忙しかった。


新店舗の店内のレイアウトや、雑貨の配置、商品の発注、確認…


家に帰っても、何も手を付ける事無く寝てしまう事が多かった。





そして、オープンの前日、原田さんがパンを持って手伝いに来てくれた。もちろん、中島さんも一緒だった。


『原田くん。ご苦労さま』


橋本さんが原田さんに声をかけていたのが私の耳に入って来た。


私はあれから、原田さんと話す事も無く、ずっと忙しくしていた。私にとってそれは都合が良かった。


『高橋さん!休憩して、原田くんの持って来たパンをいただきましょう!』


『…あ…!はい!』




普通にしようとするとかえってぎこちなくて、それが今の疲れた身体にはかなりキツかった。



『もう、原田くん、荷造りは済んだの…?』


荷造り…?何の事だろう…?


『あと少しです』


『彼女が待ってるから、早く行きたいでしょ…?』


『… 俺、タバコ…!』


その場から逃げるように原田さんは、外に出ていった。


私がキョトンとした顔をして、その様子を見ていたのを中島さんは見ていた。






食べ終わって、作業に戻ろうとした時、原田さんが言った。


『帰り…話があるから…』


私は小さく頷いた。

No.172

主です。






10日前にもう書けないと思って、皆さんにお知らせしましたが、私が初めてこうして長く書き綴ってきた物なので、簡単に状況が変わったからといって、辞めてしまうのは嫌だなと思いました。






もちろん、今の状況は、10日前とは変化ありません。ちょっと…いえ、かなり辛いのですが、私のこのチャレンジを、貫き通す事が、今の私に出来る事と思っています。





変わらず、亀より遅い更新だし、内容的にもつまんない事になるかも知れませんが、もしまだ読んでもらえるなら、どうか宜しくお願いしたいと思います。




ホントに勝手な事ばかり申しましてすみませんでした。



細々と頑張りますm(_ _)m

No.171

主です。



いつもたくさんの方々に読んで頂いて感謝しています。







実は… 私の諸事情により、この続きを書く事が出来なくなりました。









ホントは、頑張って書いて行きたかったのですが、私の状況が変わり、とても書く気持ちにはなれずにいます。




ごめんなさい。



No.170

『お前は、何を聞いてんだよ…!』


『…そういう夢を持つってのも良いかなって思うよ?』


ユカは少し顔を赤くして言った。


『もちろん、夢が叶えば嬉しいけどね?』


ユカは、息子の方にイタズラっぽく笑いながら言った。



『じゃあ、お兄ちゃんは、ユカさんの夢を叶えてあげるためにも頑張らないとね!』


『お前はいちいち煩いし!』




息子とユカが顔を見合わせて笑っていた。


俺はタバコを吸いながらその様子を見ていた。


『ただいま!』


玄関の方から、嫁の大きな声がし、ユカと息子は、荷物を運ぶのに、立ち上がった。


父親と母親、そして、母親と彼氏の様子を目の当たりにしてきた彼女が、結婚という事にどんな思いを抱いているのかと思ったが、案外普通だったので、少し安心した。


俺は… 俺自身は… 結婚は年数が経つと寂しいもんだと思う事が多いなと言うのが実感だ。


彼女は… 寂しい気持ちに終止符を打った。


今は一人でどうなんだろう…?


無性に会いたくなった。

No.169

『高橋さん。ちょっと話があるんだけど』


ある日、橋本さんからそう言われ、2階の休憩室に私は行った。


そこには、原田さんが休憩の為に居た。


『早速なんだけど、再来月新規オープンするお店を、あなたに任せようと思うんだけど』


『…え… 』


『高橋さん?嫌?』


『え?あ? き…急な話で、びっくりして』


『じゃあ、お願い出来るわね?』


『はい。ヨロシクお願いします』


そして、橋本さんは、慌ただしく新店舗に出掛けて行った。




『…嬉しくないの?』


『え… あ…! 私はこのお店が好きなんで、ちょっと寂しいな…って思ったんです。原田さん達の作るパンの匂いも好きだから、私が好きだと思う物からまた離れるのか…って思ったんです』


『…また…?離れる…?』


『え… あ… すみません。何でも無いです』


『高橋さん』


『はい?』


『こないだは… こないだはごめん』


『…あ… 私も… すみませんでした』


『俺の感情を押し付けて、君を困らせるのはダメだよな』


『… 原田さんが好きなのは、私では…無いです。私に似ている彼女が好きなんですよ』


『高橋さん…』


『じゃあ、お店に戻ります!』

No.168

『あれから… あれから君はどうしてるの?両親は…?』


ユカは、ちょっと顔を曇らせたが、俺の質問に答えてくれた。


『私は、父と一緒に暮らしています。父は、迷惑かけたと言って、私を大事にしてくれます。 母は… 母は、彼とは別れました。けど…』


『けど…?』


『母は、父とやっていく事は選びませんでした。母にとっては父はもう過去なんでしょう。だから、母は実家に帰りました。』


『そう…』


『私は、高校を変わりたくなかったし、お父さんはお母さんと三人で一緒に暮らそうと言ってくれました。けど、お母さんは、私に迷惑かけたから、親の資格は無いって泣きました。私にとっては、どんな事があっても大切な親なのに…』


そう言うと、ユカは、息子の方を向いて、涙を拭いました。


『父は、母の気持ちが自分には無いと悟ったようで、母には、また誰かと幸せになって欲しいと言ってます。父は、そんな人なんです』


『ユカさんはお兄ちゃんと結婚したいの…?』


娘は突然そんな事をユカに聞き、息子はびっくりした表情を娘に向けた。

No.167

原田さんが求めているのは私ではない。


彼女の断ち切れない想いを私に重ねているだけ…


私に… 彼女に似ている私に逃げているだけ…




私は…


私は… 好きな人への気持ちから逃げた。




松田さん…




断ち切れずにいる想いが蘇ってきて、私は涙が止まらなかった。

No.166

『あ…こんばんは』


いつもの家の居間とは違う雰囲気――誰よりも明るく笑っている彼女―― 息子の彼女である、ユカが居た。


『パパ、ユカさんだよ!もう忘れちゃったの!?』


『あ… 覚えてるよ。こんばんは』


『すみません。急に、来てしまって』


『いや。構わないよ。お母さんは?』


『ユカさんに夕飯食べさせるんだって、買い物行った。あたしたちだけだったら、適当なのにね(笑)』


『ホントにすみません…松田くんに、今日は辞めておこうって、言ったんですけど…』


『けど、前から、オヤジにお礼言わなきゃって、言ってただろ?だから、別にいいじゃん』


『お礼…?』


『はい… お母さんの彼氏の事で、困ってた時の事です…』


『あ…! あぁ…!!』


『ホントにありがとうございました。お父さんとも連絡取れて、力になってもらえたし、松田くんが高校辞めないで済んだし』


『お兄ちゃんは、バカの一つ覚えみたいに、辞めるばっか言ってたもんね…?ママはキィーキィー煩いし(笑)』


『お前は煩いし!』


『カッコつけ!』


『こらっ!ケンカするな!』


『いいんです。私は一人っ子だから、羨ましいです』


ユカは、そう言って、笑った。

No.165

『そ…そんな事言われても、私… 私には関係のない事ですよね…? 私…やっと自分の好きな仕事に巡り合えたんです。働いてる皆さんとも波風立てないようにしたいんです』


私は、原田さんを真っ直ぐ見て言った。


『…そういう目も… 似てる』


『…原田さん!私は、真剣……』


急に、体が引っ張られて、何処かにぶつかった。そして、私の耳にドクンドクンと、何か音が聞こえた。


『君を困らせようなんて思ってない… ただ…』


気がつくと、そこは原田さんの胸の中だった。
私は、急いでその場から離れないとと思い、その胸を押した。


『…似てるだけで、そんな事しないで下さい! 私は… 彼女の代わりでは無いですから! 原田さん、酔ってるんでしょ?』

『… ごめん… けど、俺…君が!』


『…失礼します! 』


私は、逃げるようにその場から立ち去った。

No.164

俺の周りから、また一人去っていった。


桜井さんも、木下さんも、そして…彼女も…


何だか寂しかった。




今日は特に仕事も急ぎの物も無く、早く帰れた。


寂しい気持ちを押し殺すように、俺はわざと早く家に帰って、いつもと同じように過ごす事を選んだ。


ふと、家の玄関のドアに手をかけると、中から笑い声が聞こえて来た。


『誰か来てるのかな…?』


俺は、導かれるようにその笑い声のする部屋の方に近づいて行った。

No.163

『どうして何も言わないの?』


『中島さんには何も言われてませんし、原田さんを避けてもいません』


『似てるんだよ…!』


『… え…?』


私は原田さんの言っている意味がわからなかった。


『君は… 俺の彼女に… 似てるんだよ!』


『…か… 彼女…?』


ますます意味がわからなかった。原田さんの彼女は、中島さんだと思っていたからだ。


『…もう… 別れてしまって、今は海外で生活しているけど』


『…そうですか… 私は中島さんが彼女だと思ってました』


『あぁ… 今日のやり取りか…? 中島さんは、彼女の友達だよ』


『友達…?』


原田さんの話によれば、原田さんの彼女と中島さんは、同じ専門学校に通っていた同級生で、原田さんは中島さん達の先輩になるらしい。


『君を初めて見たとき、俺も中島さんもびっくりして… 中島さんは、彼女との事を応援してくれてたから、まだ別れた事に納得してなくて、俺が君に話しかけていたのを見て、イライラしてたみたいだ』

No.162

『最初は、ホントに軽い気持ちだったんですよ。けど、彼女、一人で色んな事抱えて込んでる感じで、俺…守ってあげたいなって思ったんですよね』


確かに彼女は、木下さんの言う通り、一人で耐えている姿が俺からしても痛々しかった。だから、守ってあげたいって気持ちになるのは、俺にも理解出来た。


『…だから、俺、彼女が辞める日、はっきり言ったんです。付き合って欲しいって』


『… はい』


『… そしたら、彼女、私が誰かを好きになるのは、もうあり得ない事だって』


『………』


『彼女…封印したんだと思います』


『木下さん…』


『その心の鍵を開けてあげられるのは俺じゃ無い』


俺は胸ポケットに入っていたタバコに火をつけた。 何かしていないと、落ち着かなかった。


『じゃあ、松田さん、お元気で!』


『木下さんこそ!身体に気をつけて!』


俺は木下さんに差し出された右手を握りしめた。


木下さんは笑顔だった。

No.161

その日、私は、発注書の整理に時間がかかり、店を出るのが遅くなってしまった。


荷物を取りに休暇室のロッカーに行くと、原田さんが一人、タバコをふかしながら書類に目を通していた。机の上にはビールの缶があった。


『… お疲れさまです…』


私は、伏し目がちにそう言い、荷物を取り、出ようとした。


『… 俺を避けてるの?』


原田さんは私の背中に向かってそう言った。


『… そ…そんな事無いです』


『じゃあ、ちゃんと俺の顔を見て言える…?』


『… 酔ってるんですか…?』


『だったら…?』


『… 早く帰った方がいいですよ。お疲れさまでした』


『… 高橋さん』


『…はい…』


『中島さんに何か言われた…?』


私は黙ってドアのノブに手をかけた。

No.160

ある日、俺は彼女の辞めてしまった会社で荷物を下ろしていた。


『松田さん』


俺は声のする方に目を向けた。木下さんだった。彼は長期の出張で、しばらく見かけなかった。


『あぁ!お疲れさまです。出張終わりですか?』


『いや… 今度は出張じゃ無くて、転勤ですわ(笑)』


『転勤…!?』


『ハハハ。そうなんです。独身は辛いですよ!身軽だから、何処でも飛ばしよるから!』


『何年くらい…?』


『一応3年とか言ってますが、多分、無理でしょう!3年で帰って来た人見たこと無いですからね』


『そうなんですか… 寂しくなりますわ』


『もう、俺も年貢の納め時。あっちで彼女作って、嫁にもらいますわ!』


木下さんは、テンションが高く、こちらが面食らってしまう。


『俺、ようやく諦めましたよ。中村さんの事』


『木下さん…』

No.159

『うわっ!ビックリしたし!』


中島さんは、その言葉に反応すること無く、走り去った。


『今の何なん?』


『…さぁ…?』


そして、原田さんはというと、黙ってタバコを吸っていた。


私の顔を見ると、ちょっと驚いた様子で、そそくさと休暇室を出ていった。


原田さんと中島さんの間には、きっと何かあるんだ…


そんな事は容易に察しがついたけど、私は正直関わりたくなかったし、考えたくなかった。


私は、ひとつ短いため息をついて、持って来たお弁当を食べる事にした。

No.158

主です。


レス156で


…パン部門の人たちが2・3後ろに…


という部分ですが、


2・3『人』←これが抜けておりました💧


大変失礼致しました。


久しぶりにカキコしたら、何たるミス💧


ホントにいつもすみません。





それから…


更新のペースが遅いにもかかわらず、たくさんの方がこの小説とは呼びがたいものを覗いて下さっていること、とても感謝しております。


もちろん、物語のベースになるものはあるのですが、想像でかいている部分も多々あり、人生経験がかなり貧相な私には幼稚な表現しか出来ていないと思います。


もっと色んな言葉を駆使して表現出来れば良いのですが、ホントに心苦しいです。


いつも言い訳ばっかりのコメントでごめんなさい。


もし、気に入ってくださる人が一人になったとしても、その一人の方の為に頑張ってかき続けますので、どうぞヨロシクお願いします。


(もちろん、誰も読んで下さってなくてもかきますよ~(笑))

No.157

確かに俺は彼女に何かあっても飛んでは行けない…


別れた彼女… 癌に侵されていた彼女の事も結局俺は何も出来なかった。


彼女たちは、俺の前から消えていった。


俺に迷惑かけたくないからか…?


それとも…


俺に迷惑かけられたくないからか…?




俺も、桜井さんと同じで、彼女には幸せになって欲しい。


彼女を俺の立場のような人間のところへ引き寄せてはいけないのは重々わかっている。


けど…


俺は


彼女を求めていた。

No.156

中島さんがそんな事を言ってから、私は、原田さんとは極力接しないようにした。


元々、パン部門と雑貨店は仕事内容が違うので、そうしようと思えば幾らでも出来た。


もう…仕事場で誰かと仲良くなるのが怖かった…


『高橋さん、休暇してきて!私見ておくから』


今日は橋本さんが店に居る。


最近は、新しいお店を出店する計画があるそうで、あまりこちらには居ない。


『じゃあ、ヨロシクお願いします!』


私は店の二階にある休暇室に行き、ドアを開けようとした…


誰かと誰かが口論をしていた。


入ってはいけない感じだったので、後退りしていると、パン部門の人たちが2・3後ろに立っていた。


『…どうしたの?』


『…え…あ… ちょっと…』


『入んないの?』


『失礼しま~す!』


誰かがそのドアを開けて入って行った…と思ったら、代わりに誰かがその部屋から出てきた。


…中島さんだった

No.155

『彼女のお芝居に付き合ってあげたのね…?』


『… 桜井さんが言ったんでしょ… けど、俺、彼女に握手求めちゃいました。 彼女、スッと手を差し出してくれました』


『そう。松田さん… 彼女は三丁目の雑貨屋で働いてるの。こないだ偶然通りかかったんだけど、彼女とっても楽しそうだったわ』


『桜井さん…』


『私は、彼女には幸せになって欲しい。それは松田さんもおんなじよね…?』


『もちろん!』


『もし…彼女がつらそうな顔をしていたら、あなた…飛んで行ってあげられる?』


『桜井さん…』


『私が何を言わんとしてるのか、わかるかな?』


『……』


『あなたの立場じゃ、飛んでは行けないよね…?』


桜井さんは、そう言うと急に俺に手を差し出して来た。


『今までお世話になりました!私こそ、松田さんには、色々助けてもらいました。このままもう会う事は無くなるけど、お元気で!』


『…桜井さん…』


『じゃあ、さようなら』


桜井さんは小走りで去っていった。


俺は真っ暗で星がひとつも見えない空を見上げてため息をついた。

No.154

『原田さんはあなたを気に入ったみたいね』


『え…?』


振り返ると、原田さんと同じパン部門で働く社員の中島さんが立っていた。


中島さんは私と同じくらいの年だろうか…?私を鋭く見つめる。


『…あの人、基本無口なのよね。あんな風に話しかけるなんて珍しい』


『…そ、そうなんですか?』


『…原田さんの事、どう思う?』


『…え?? どうって…?』


『あなた、何となくだけど、人の物に手を出す…って感じがするのよね…』


『…っ!! ど、どういう意味ですか!?』


『…じゃあ、 お疲れさまでした』


『…お疲れさまでした』


感じの悪い人だ。そんな風に思った。


人の物に手を出す…


その時思い出したのは彼の顔だった。

No.153

『こんばんは』


『こんばんは。ごめんなさいね、誘って』


『いえいえ。嬉しかったですよ(笑)』


桜井さんは、先に座っていて、俺を待っていてくれた。二人で飲むのは初めてだったけど、気心知れているので、話は盛り上がって、仕事の話や、桜井さんの家庭の愚痴なんかを話していた。


お互い… 彼女の話は避けて…




楽しい時間は直ぐに終わりを告げ、桜井さんはもう帰らないと…という時間になった。


『今日は楽しかったです。ホントにありがとうございました。それから、お疲れさまでした。俺のフォローをいつもしてくれて、桜井さんの存在が俺の支えでした』


『あら、そんな風に言ってくれるなら、私、また仕事しようかしら(笑)』


桜井さんはいたずらっ子のように笑い、俺もつられて笑った。




『松田さん…』


桜井さんは、急に真剣な表情になった。


『どうしたんですか…?』

No.152

『どう?仕事は慣れた?』


パン部門の原田さんが声をかけて来てくれた。


『はい。ありがとうございます。私、この仕事、好きですから、一生懸命頑張ります』


『そう。ま…無理しないように。これ、またよかったら食べて』


『ありがとうございます。新作…ですか?』


『あぁ。ちょっと作ってみたんだけど、ちょっと自信なくてさ。何回も食べてたらわかんなくなった(笑)』


『ふふっ… 原田さん、怖い人かと思ってましたけど』


『俺も人間だし。俺は橋本さんのチェックの方が怖いよ』


『確かに(笑)』


『じゃあ、先にあがるよ。お疲れさま』


『はい。お疲れさまでした』

No.151

彼女があの会社を辞めてからも、俺は相変わらずの生活をしていた。


彼女の事は、心の奥底にしまった


…つもりだった。


だが、街で良く似た人をみかけると、目で追ってしまったり、あの会社に行くと妙に息苦しい感じがしてしまい、忘れるどころか、俺の心は彼女を求めていた。



桜井さんは、あれから、パートを辞めてしまった。


ご主人の親が倒れてしまったらしく、その介護を引き受けなければならなくなってしまったと聞いた。


その辞めてから初めての日曜日、俺は桜井さんに飲みに誘われ、以前皆で飲みに来た(俺は息子の事で来れなかったが…)店に待ち合わせた。

No.150

私があの会社を辞め、雑貨屋さんに勤め始めて暫く経った。


最初は覚える事がいっぱいで、大変だった。


けど、松田さんの事を忘れるのには丁度いい忙しさで、橋本さんの指導のお陰で、パン部門の人達とも仲良くなれた。


私は、中村から、旧姓の高橋に戻り、独りで生きていく事を選んだ。




桜井さんは、あの日… あの会社を辞める日に、自分の自宅の住所と電話番号を教えてくれ、『何かあったら連絡してね!』と言ってくれた。


けど…


やっぱりかける事は無かった。

No.149

主です。


いつも読んで下さってありがとうございます。


小説とは呼べない、グダグダな文章で申し訳無いですm(_ _)m


とりあえず、先程のレスで、一段階終了です。


次は少し時期が開いた場面からのスタートとなります。


ホントは… 最初思っていた展開とは違うところが多々ありまして…


書く度に『こんなんでいいのかな…💧』と思いながら、前に進めて行きました。


ホント、下手な文章で、お恥ずかしい限りです💧


また、頑張って続けて行きますので、宜しくお願いしますm(_ _)m

No.148

残業を嫌な顔ひとつせず、手伝ってくれる彼女と桜井さん。


二人のお陰で、何とか間に合い、納品する事が出来た。


桜井さんは、さりげなく『納品書を木下さんに出してそのままあがるわね』と言い、俺と彼女を二人にしてくれた。


彼女は、『はい。お疲れさまでした』と言い、後片付けをしていた。


俺も『お疲れさまでした』と言い、彼女と後片付けをした。




後片付けが終わり、お互い、帰る…別れの時が来た。


『前に…』


『はい…?』


『前に渡したパン、美味しかったですか?』


『え!あ! とっても美味しかったです。お礼してませんでしたね。すみません』


『あ… よかった! あの中に、発売前のお試しのパンがあったんですよ。お店の人がサービスしてくれて』


『どれも美味しかったです。また…食べたいです』


『…じゃあ…!また、買ってきますね…! 』


『…楽しみにしてます…!』




そして…




『じゃあ…! 私! 時間も遅いので、帰りますね!お疲れさまでした!』


『今日は俺のせいですみませんでした!お疲れさまでした!』


『じゃあ… また明日…!』


『…中村さん…!』


『…は… はい?』


『パンの… パンのお礼…!』


松田さんは、右手を出した。


私は… 私も… 何の躊躇もなく、右手を出した。







サヨナラ… 松田さん。 ありがとう。

No.147

『せっかく、仲良くなれて、仕事も楽しかったけど、中村さんが次の処で頑張ってくれる事を私は願うわ』


『…桜井さん… わ…私…』


『松田さんには…?』


私は首を横に振った。言わない方がいい。黙って去る事がベストだ。


『わかった。 じゃあ、お芝居だね』


『お…お芝居…?』


『そ。最後まで松田さんの前では、気持ちや辞める事を悟られない、お芝居を演じるの』


『…は… はい!』


私は、松田さんに何も伝えないまま去る事を選び、いつも通りに最後の日を過ごす事を決めた。





桜井さんは…私に内緒で、松田さんに辞める事を伝えていたのを知ったのは、後の話…


松田さんが、私のお芝居に付き合ってくれた事を知ったのも、後の話…


けど…


松田さんの“あの行い”が、私のお芝居に付き合ってくれてると何となく感じた…

No.146

桜井さんは、彼女の全てをわかって話している感じだった。


そして…


俺の全てもわかっているような感じもした。


桜井さんが言う『お芝居に付き合う』事を約束した俺は、会社を後にした。


月末まで後、1週間。


複雑な思いで過ごす事になり、仕事でのミスを連発してしまい、彼女がこの会社で過ごす最後の日、一緒に残業する羽目になった。

No.145

『突然、こんな事聞いてごめんなさいね』


『桜井さん…』


『ずっと前から気になっていたんだ… 中村さん、真面目で正直だから…』


桜井さんの言葉の続きには、『判りやすい』という言葉があるのだろう。


『最近、元気無かったけど、やっぱり松田さんの事かしら…?』


私は自分の正直な気持ちを話した。


松田さんを好きになってしまった事。
木下さんから告白じみた事を言われた事。
木下さんから、松田さんは結婚しているからと忠告されて、声を荒げてしまった事。
自分の気持ちを抑えきれない事。
そして… 仕事を辞めようと思ってる事…


桜井さんは黙って聞いていた。


『次のパート先の人に言われたんです。今の状況を解決してから来てって。解決するって…私の気持ちを捨てるって事ですよね… それが出来たら私… 』


『私に話した事で、解決したって考えたらどうかな…?』


『えっ…?』


『あなたは私や木下さんに気付かれて居られなくなったから、辞めた。それでいいんじゃない? 今のあなたは、松田さんと同じ場所に居たら、辛いだけ。そして…ホントにあなたも松田さんもダメになると思うわ』


『桜井さん…』

No.144

辞めるって…?


俺は、その言葉の意味を、すぐ自分の中で、理解することが出来ずにいた。


『桜井さん… どういう意味ですか…?』


『中村さん、前から次のパート先を探してたみたいで、それが見つかったみたい』


『けど、彼女、まだ此処に勤め始めてそんなに経ってないでしょ?』


『自分では、どうする事も出来ない現実ってのがあるんじゃないかな…?それに気付いてしまったら、そこから離れなきゃいけない…』


『桜井さん…』


『私が松田さんに話したって事、内緒ね。彼女… 彼女、きっと自分で言わないだろうから、松田さんには黙って辞めるつもりだろうから…。 松田さん。彼女のお芝居に付き合ってあげて欲しい』


『お芝居…?』


『それが… それが私達に出来る最後の優しさなの』

No.143

私の中で、主人との事が解決した事で、何かわからないけど、終わった気がした。


ホントに独りになった…


そして、私のもう一つの問題…


松田さんへの気持ち…


抑えきれない気持ち…


それは桜井さんに伝わる事となった事により、私に一つの区切りがついた形になった。



『中村さん、帰り、ちょっといい?』


『はい?』


桜井さんは、ちょっと神妙な顔をし、私に話があるから、一緒に帰ろうと言って来た。


普段通りに仕事をこなし、定時に終わり、タイムカードを押し、会社の門を出た処で待っていた。


『ごめんね~!』


『いえ!大丈夫です!』


『歩こうか』


桜井さんの顔から笑顔が消え、少し歩き始めた時、言った。











『中村さん… 聞いていいかな?』


『はい?』















『中村さんは、松田さんが好き…?』


『えっ…?』

No.142

『はい。これ』


顔を上げると、桜井さんが缶コーヒーを目の前に差し出してきた。


『すみません』


『元気ないわね?松田さん。息子さんの事…?』


『そうですか…? 息子の事は解決しましたから、大丈夫ですよ』


『そう、よかった!』


桜井さんは自分の手にしていたコーヒーを空け、一口飲んだ。
















『松田さん… びっくりしないでね』


『はい…?』














『中村さん、今月いっぱいで辞めるって…』


『…えっ?… 』

No.141

主人は少し痩せたように見えた。


けど、私は敢えて気付かないふりをした。


そうしないと、自分の気持ちが揺れてしまうような気がしたから。


もう、前に向かって行く事を決めたのだから、揺れてはいけなかった。



『これ…』


主人の手には白い封筒。直感的に、離婚届だと思った。


『書いてくれたの?』


私はその封筒の中味を確認しながら言った。


『もう、君を俺の戸籍に留めておく理由が無くなったからね』


『…どういう意味?』


『仕事辞めたからさ…』


『…そう… 私はもう用無しなのね』


私はその封筒を主人に返した。


『君は…?どうしてるの?最近』


『…あなたには関係の無いことよ。もう他人じゃない…』


主人は寂しげにフッっと笑い、その後、真顔で言った。


『君には、辛く当たってしまって、申し訳無く思ってる。 あの時、俺は自分の事しか考えて無かったよな』


『……… 』


『じゃあ、明日、役所に出しておくから。出したら連絡するから、番号』


『要らないわ。連絡は。あなたはきっと出してくれると思ってるし。じゃあ』


私は急いで部屋に入った。


何故だか涙が止まらなかった。


今頃、謝るのは… ズルい




そして、私と主人はホントに他人になった。

No.140

自分の気持ちを騙す事の難しさを実感しつつ、俺は仕事に打ち込む事に専念した。


彼女の顔を見ると、切なくなってしまうけれど、俺は決めたんだ…と、自分に言い聞かせていた。


桜井さんは、そんな俺にちょくちょく声をかけてくれた。


桜井さんは… というか、桜井さんも…


俺の変化に気づいていたのかも知れない。


変化というのは、俺が彼女に対する好きな気持ちと、今の素っ気なさ。


桜井さんは、さりげなく優しさをくれる人だった。

No.139

気が付くと、それから、一ヶ月くらい経っていた。


私は…自分の気持ちに蓋をするつもりだった。





…だけど…





私の中で、松田さんは…


自分ではどうする事も出来ないくらい


好きな気持ちが止まらなかった。


以前より、好きな気持ちが強くなったような気がした。








そんな時、主人が私の居場所を突き止めたらしく、アパートの前で待っていた。

No.138

うちに帰り、今日の話し合いの事を嫁に報告した。


嫁は安堵していた。高校を辞めてまで守りたいと思える女の子が出来た事に対しては、母親特有の複雑な気持ちが入り乱れていたようだが、とりあえず、息子がまた高校生活を送ってくれる事がわかり、喜んでいた。



夕飯を済ませ、風呂に入った。


今日の事を思い返していた。


木下さんが彼女…中村さんを好きな事…。


そして、彼女をどう思っているのか、木下さんに聞かれた事…。


彼女を好きなのは、俺の中でハッキリしている。


けど、俺の立場では言えないし、彼女にも迷惑をかけてしまうのは確実だ。


俺は彼女にとって出入り業者。彼女は従業員。そして、桜井さんや木下さんという上司もいて、俺の気持ちが伝わってしまったら、彼女はもちろん、皆に迷惑がかかる。


木下さんには、今の状況なら、何とか誤魔化せる。


俺は決めた。


彼女を、大切な彼女を傷つけたくない!


俺の気持ちを断ち切ろう!


俺はバシャバシャと何度も湯で顔を洗った。

No.137

『どうしたの?急に!』


『…すみません… 急に変な事言って』


『別に構わないけど、今のところ、辞めたいの?』


『…色々あって…辞めようかと…』


『… 中村さん。うちは中村さんに来てもらうのはいいけど、それには条件があるわ』


『条件…?』


『次に進む為には、あなたが今抱えている問題をちゃんと解決してからよ! でないと、こちらのスタッフにも迷惑がかかるしね?私はオーナーからあのお店を任されている以上、無責任には雇えないのよ。解るわよね?』


『はい… わかります』


『じゃあ、あなたの心が決まったら、連絡してちょうだい』


橋本さんは、携帯の番号を私に渡して、去って行った。


私はしばらく、その場から動けず、涙が溢れて来た。

No.136

学校の門で、ユカ親子と別れようとしたとき、ユカの父親が息子に言った。


『松田くん。ホントにユカの事、ありがとう。君は、ユカがホントに好きなんだね』


『俺!ユカを大事にします!だから、お付き合いを認めてください!』


『認めるも何も、君がユカの支えになってくれた。とても感謝してるよ。君とユカが良ければ、仲良くしていってくれたらと思ってるよ。宜しく頼むよ』


『はい!』


いつまでも子どもだと思っていた息子が、たくましく思えた。


『松田さん。今日は本当にありがとうございました。感謝しています。そして、宜しくお願いします』


『こちらこそ、でしゃばった事をしてしまいすみませんでした。宜しくお願いします』


俺は息子を車に乗せ、見送るというユカ親子を背に走り去った。


車中、息子が俺に言った。


『今日はありがとう』

No.135

会社からの帰り道、自転車を漕ぐきになれず、押しながら歩いていると、遠くから私を呼ぶ声がした。


その声のする方へ顔を向けると、今朝行った雑貨andパン屋を任されている、橋本さんだった。


彼女は私と松田さんがコンビニで会った後行った雑貨屋の店員さんで、オーナーから店の事を任されていた。


『今、帰り? どうしたの?自転車パンクでもしてるの?』


『いえ… ちょっと色々あって。今朝はオマケして貰ってありがとうございました』


『あれは商品化にする前のやつなのよ。だから、中村さんに食べてもらいたかったの!どうだった?お味は?』


『すみません… 私…食べてないんです。別の人にあげちゃって… だから、また感想聞いておきます』


『どうしたの?じゃあ、お昼食べてないって事?そんなんじゃ、ダメじゃない!』


橋本さんはそう言い、悲しそうな表情をした。


『ごめんなさい… 』


『ホント、どうしちゃったの?私に話せる事なら何でも言ってね?中村さんは私の大切なお客様だし、お友達だしね』


私は、橋本さんに思い切って言った。


『あの…!私をあの店で働かせて貰えませんか?』

No.134

『お荷物なんて思ってないよ!俺はユカの大変さから救ってやりたかっただけ。それだけだよ』



『遅くなりました!ユカの父親です』


応接室の扉の前に、俺より少し年上の男性が立って、深々と頭を下げていた。


お互い簡単に自己紹介をし、父親から母親との話の顛末を聞いた。


母親は今回、彼がユカにそういう事を言っていた事を知らなかった。大変驚いていたようだ。父親は、母親に彼の事をどう思っているのかを聞いた。すると初めは好きだったが、最近は母親に頼る事が多くなり、少し距離を置きたいと考えていたそうだ。娘がそんな事になっている事が解った今、別れようと決意したという。


『彼女をそんな風にしたのは私の責任です。彼女は自分で彼との事を始末すると言ってますが、私も一緒に立ち会いたいと思ってます。ユカは今日から私が預かります。松田さん、先生。ご迷惑おかけしました!』


『お父さん…』


ユカの顔は少し緊張から解き放たれた感じになり、目には涙が溜まっていた。


『よかったな、ユカ』


『うん!』


息子はユカにそう言い、微笑んだ。

No.133

『中村さん… 顔色悪いよ?大丈夫?』


桜井さんの声にビクッとなった。


私は更衣室でボンヤリしていた。


『どうしたの?何かあった?』


私は首を横に振った。


『今度、中村さんのお家に遊びに行ってもいい?』


『え…?あ… はい!まだ片付いて無いですけど』


『じゃあ、今度、ケーキでも持って行くね! 私先に帰るから。お疲れさまでした』


『お疲れさまでした』


桜井さんは、いつも私を気にかけてくれてる。私の感情で、迷惑をかけてはならない。仕事に差し支えてはいけない。


桜井さんの後ろ姿を見ながら、私はある決意をした。

No.132

木下さんの話が気になりながら、俺は、息子の学校へ車を走らせた。


早速、担任の先生と息子とユカの四人で話し合った。
ユカから聞いた話は、息子から聞いた話と同じで、担任も眉間に皺を寄せながら聞き、最後に『ひどい話だ…』と言った。


ユカの父親は、隣町に一人で住んでいて、ユカの今の状況を聞くと、驚いていたそうだ。両親の離婚の原因は、父親の事業の失敗によるもので、今は父親は会社勤めをしながら、少しずつ、借金を返して行っているらしい。
今は、ユカの母親に会いに行っているらしく、ユカの母親も連れて、こちらへ来るという。


『父と母は別に嫌いで別れた訳では無いんです。娘の私が言うのは何ですが…とっても仲が良かった。 けど…あんな事になって… 母は寂しかったんだと思います。 だから、あの人に依存して… けど、今はあの人の方が依存してますけどね…』


『お父さんは、君やお母さんが自分のせいで苦しんでるっておっしゃってたよ。だから、お父さん、お母さんに話してくるって言って… お母さん、彼と別れてくれたらいいんだけど…』


『私… お母さんの気持ち、何となく解るんです。突然ポッカリ空いた穴を埋めるのって、ホント…大変ですから』


『君は何で埋めたの…?』


俺は、彼女に聞いた。


『…私は… 彼です!埋めたっていうか、彼が埋めてくれました!だから、私は毎日家では辛かったけど、彼が居てくれたから、頑張れた。…けど、彼が学校を辞めて、働いて私を守ってくれるって言ってくれたけど、素直にウンとは言えなかった。私は、彼の人生を壊したくなかった。私…彼が好きだから、お荷物にはなりたくなかった…』

No.131

『中村さん』


呼ばれた声の方に向くと、木下さんが立っていた。


その表情は、いつもの木下さんでは無く、ちょっと怖い感じだった。


『中村さん。中村さんは松田さんの事、何も思ってないよね?
俺が土曜日、言った事覚えてるよね?あの人は結婚している、手の届かない人だって』


『…覚えてます』


『俺… あの人には敵わないかも知れない。 あの人は俺よりずっと大人で、俺なんかあの人に比べたらガキかも知れない… けど!』


『木下さんっ!!』


私は木下さんが、この先、言おうとしている事を無意識に止めないと!と思い、彼の言葉を切り捨てた。


『私にとって…松田さんは出入りの業者さん。木下さんは上司。それはこれからも…ずっと…変わりません。 木下さん。もう…この話は辞めてください。松田さんにもご迷惑ですから』


『中村さん…』


私はこの瞬間、自分の気持ちを心のずっと奥にしまいこんだ。


明日から、以前の接し方をしよう。


木下さんには、私の事を忘れて欲しい。
そして…


松田さんには、これ以上、好きにならないよう、心にブレーキをかけよう。



けど…ブレーキは止まらなかった…

No.130

『彼女、土曜日、ずっと松田さん来るの待ってたんですよね…』


『あ…木下さん。 土曜日はすみませんでした』


木下さんは真剣な表情で言った。


『俺… 中村さんを好きになったみたいです』


彼は確か独身。 彼女の今置かれている状況は理解している筈…


けど、彼の真っ直ぐな目は、俺に訴えかけるようだった。


《お前が居ると迷惑なんだ!》




『松田さんは、彼女の事、どう思ってますか?』


『どうって… 』


『好き… ですか?』




俺の胸ポケットから、携帯の着信音が聞こえて来た。


『すみません』


俺は木下さんに断り、電話に出た。


木下さんは俺に一礼すると、立ち去った。



俺は…俺の今の立場からすると、彼女を好きだとは


言えなかった…

No.129

木下さんに飲み会で言われたことを思い出していた。


松田さんが結婚していること。


私の手の届く相手じゃ無いこと。


思わず声を荒げて否定したけど、私の気持ちはもう止まらなかった。


松田さんを好きな気持ちは止められなかった。


けど…


松田さんには伝わらない恋にしないといけない。


秘めた想いにしないといけない。


そう思う私の頬には涙がつたっていた。

No.128

主です。


すみません。お詫びです。


ずっと彼女(中村)と彼(松田)が交代で場面を展開させるようにしてきたのですが、私のうっかりで、彼(松田)サイドが連続になってしまいました。


申し訳ないのですが、このまま進めさせて頂きます。




それから…


いつも私の拙い文章を読んで頂いてること、ホントに有り難く思っています。


表現力も文章力も無いので、小説というものには程遠く、読み返すのも恥ずかしいくらいです。


かなり最近は更新が遅くなってしまってますが、書くと決めた限り頑張りますので、お付き合い頂ければ有難いです。


ホントは…


ホントは読んで頂いてる皆さんに、感想等をお尋ねしたいのですが、やっぱり私にはそんな勇気も無いので、ヒット数を励みに頑張ります。


もうしばらくお付き合いください(⌒~⌒)

No.127

『松田さん!』


声のする方に振り向くと、彼女が手に何かを持って走って来た。


『どうしたんですか?そんなに急いで』


『もう…トラック行ってしまうかなって思って!』


彼女は息を整えながら言った。


『今から出ようかなって思ってたよ』


『良かった!間に合って!』


『どうしたの…?』


『…これ… 食べて下さい』


彼女の手にある袋を受け取った。


『…ん? あ…パン…?』


『近所に私のお気に入りの雑貨屋さんがあって、最近パンも販売するようになって、今朝、買いに行ったんです。けど…食べられなくて… よかったらもらってくれませんか?松田さん、お昼食べてなさそうだし…』


『けど… いいの…?』


『はい!もちろん』


『じゃあ…!遠慮なく! 中村さんの言う通り、お昼食べてないんだ(笑)』


『良かった! じゃあ… 私…行きますね』


『ありがとう』


彼女は笑顔で小さく会釈をし、倉庫の方へ戻って行った。



彼女と代わるように木下さんが俺の側に来た。

No.126

月曜日ー


嫁から携帯に電話が入り、息子の担任が夕方時間をとってくれる事、それから、ユカの父親にも連絡をとってくれる事を聞いた。


今日は締日が近かったので、忙しく、昼ご飯もとらずに取引先を走り回った。


息子の学校には五時半には着かないとならなかったので、余計に時間に追われた。


彼女の会社に着いたのは、3時を少し過ぎていた頃だった。



『こんにちは。遅くなりました!』


『お疲れさまです!』


桜井さんはいつもの笑顔でそう声掛けしてくれた。


彼女は『お疲れさまです』と俯き加減でボソッと言った。



『土曜日はホントにすみませんでした… ちょっと息子の事でトラブって…』


『大丈夫なんですか?』


『えぇ…まぁ… この埋め合わせは必ず!』


『楽しみにしておきますね!』



『中村さん…』


『はい』


『ホントにすみませんでした!』


『いえ…!そんな…! また… 誘いますね』


『はい。喜んで!』


彼女はにっこり笑ってくれた。

No.125

『どうしたの…? そんなに大きな声出して』


桜井さんは松田さんの電話から戻って来た。


『…松田さんは?』


木下さんが聞いた。


『何か急に来れなくなったみたい。すみませんって謝ってらっしゃったわ』


『そうですか…』


『さ、じゃあ、三人で楽しみましょう! 最初はビールでいいわよね? あと、適当に注文してもいいかしら?』


私は桜井さんが努めて明るくしてくれてるのが良くわかったから、暗い顔をするのは辞めた。


せっかく、来たのだから、楽しまないと、桜井さんはもちろん、木下さんにも悪い。


私達はそれから妙にテンションが高く、二時間くらいだったが、あっという間だった。



木下さんがトイレに立った時、桜井さんが言った。


『松田さん、月曜日ちゃんと声をかけてくれるから、心配しないでいいよ』


私はにっこりとして、頷いた。

No.124

【『桜井さんですか?松田です』】


【『松田さん、今何処ですか?遅いから心配してました』】


【『すみません… まだ家なんです… ちょっと訳ありで…』】


【『…来れそうですか?まだ始めてないんです』】


【『申し訳ないですが… 今日は…』】


【『そうですか… わかりました』】


【『すみません… 木下さんと… 中村さんによろしくお伝えください』】


【『あの…』】


【『はい…?』】


【『…中村さん、心配してたから、また月曜日、声かけてあげてください』】


【『… ホントにすみません。じゃあ、月曜日…』】


【『はい。失礼します…』】




『断ったの?』


『あぁ。仕方ないだろ?こんなじゃ』


俺は仕方ないと自分に言い聞かせ、風呂に行った。


中村さんの事が気になったが、彼女の声を今聞いたら、行きたい気持ちになる事が怖かったので、桜井さんを呼んで貰った。


風呂から上がり、冷たいビールをグラスに注ぐと、それを一気に飲み干した。

No.123

席に戻ると、代わるように木下さんが席を外した。


桜井さんは私の耳元で言った。


『松田さんを見に行ったんでしょ?』


『…あ… はい…。 けど、まだでした(笑)』


『そっかぁ…』



『すみません! 桜井さんという方いらっしゃいますか?』


さっきの店員とは違う人が私達の個室に声をかけてきた。


『あ… 私ですが…』


『松田さんとおっしゃる方からお電話入ってます』


『…! あ… はい! 今行きます!』


桜井さんはその店員に付いて部屋を出ていった。


松田さんからの電話…!
とりあえず、連絡があった事にホッとした。


そこへ木下さんが戻って来た。


『あれ…?桜井さんは?』


『松田さんから電話かかってきたみたいで…』


『そう! どうしたんかね? ね? 中村さん、そんなに松田さんが気になるの?』


『え…? いや… 私は別に…』


『…松田さんは結婚してるんだよ? 君の届く相手じゃないよ?』


『… わ… わかってます! そんな事、木下さんに言われなくてもわかってますから!』


私は声を荒げてしまった。らしくない…

No.122

『お前。その子を守りたいのか?』


『うん。』


『けど、お前の考え方は違うぞ。彼女をその家から離す事が解決にはならないと思うな』


『じゃあ、どうしたらいいのさ?』


息子は声をあらげた。


『彼女と担任とお前と俺で先ずは話し合いをしよう。彼女の父親にも協力して貰えるなら協力して貰おう。
お前…一時の気持ちで今、ホントに高校を辞めたら、きっと後悔するぞ。ホントに彼女を守りたいなら、根本的に解決しないと意味がないぞ』


『お母さんもお父さんの意見に賛成よ。担任の先生も心配してらっしゃるし、力になって貰うのがいいと思うわ』


息子は黙って俯いていた。


『おい。担任の先生に連絡して、月曜日時間作って貰ってくれよ』


『あ… 解った。あなたが行ってくれるの?』


『俺が行く』


『解ったわ』


『お前は彼女と学校に残るんだぞ、いいな』


息子は黙って頷いた。




そこで…初めて、飲み会の事を思い出した。

No.121

待ち合わせの時間をもう30分以上過ぎても松田さんはお店に現れなかった。


『中村さん… 松田さん気になる?』


木下さんが私に向かって言う。


『ホントに遅いよね? 何かあったのかしら?』


『待ち合わせの店、間違えてないよね?』


『ちゃんと言いましたよ。』


木下さんと桜井さんのやり取りを遮るように私は言った。


『ちょっと…お手洗い…』


私はお手洗いと言いながら、松田さんを見に外へ出た。


『…連絡つく方法無いしな…』


松田さんは仕事上、携帯を持っていたが、私達はまだ持っていなかった。(まだ飛躍的に普及する前だった)


携帯番号は会社には控えてあるが、個人的にはかける事は無いので、誰も記憶はしていない。


『もうそろそろ戻らないと…』


私は木下さんと桜井さんが心配してると思い、戻る事にした。

No.120

『俺…付き合ってる女のコいるんだけど』


それは先日、息子の長電話の相手をしていた『ユカ』という女のコだという事が頭に浮かんだ。


『…あいつ… 両親が離婚して、ユカはお母さんについて行ったんだけど、ユカのお母さん、彼氏がいて、その彼氏がユカに暴力を振るうらしいんだ』


『暴力…?』


『あいつが暴力を振るわれてるのは、お母さんが夜働きに行ってる間らしいんだけど、ユカのお母さんが彼氏に依存してるらしくて、ユカの言う事を信じないみたいなんだ』


『その彼氏は一緒に住んでるのか?』


『何か、半分居着いているみたい。昼間に来て、帰るのめんどくさくなったら泊まって行くらしい。
何か彼氏、バイトみたいな感じで、その仕事が上手く行ってないらしくて、お母さんにお金せびりに来るんだって。けど、そんなしょっちゅうお金渡せないじゃん?だから、ユカにお前も働けとか、お前が早く自立したらお母さんもっと楽なのにとか、とにかく、あいつが目障りみたいに思ってるみたいなんだ』


『で…? お前、彼女と、一緒に住むって思ったのか?』


『ユカ… あの家には帰りたくないって言うんだ。でも俺…まだこんなんじゃん…?だから、ここに呼んで、彼女と一緒に住みたい。それで、二人で働いて、お金貯めて…』


ここに呼ぶって…
俺は思わず溜め息をついた。


嫁は黙ってドア越しに話を聞いていた。

No.119

『予約してた桜井です』


桜井さんが店員に声をかけてくれた。店員は予約状況の書かれてあるノートを見るとニッコリ笑って、私達を案内してくれた。

この居酒屋に来るのは初めてだった。桜井さんは、他のパートさんと何度か来た事があったらしくて、詳しそうだった。


私達は二階の一番奥の個室に通された。個室といっても、隣とは襖で仕切られただけの、簡単な仕切りで作られた個室だが。


『注文お伺いしますが』


案内してくれた店員が私達に聞いた。


『松田さん…待ちます?』


『今、何時?』


『6時半まわってる』


『あと少し待つ?』


『…すみません。あと一人来るんで、また揃ったら呼びます』


『あ、はい。じゃあ、そのインターホン鳴らして下さいね』


店員はそう言い残して出ていった。


『どうしたんだろね?松田さん』


『もうすぐ来るでしょ?』


私は…桜井さんと木下さんのやり取りをボンヤリ聞いていた。


来てね…松田さん…

No.118

『高校辞めて働きたいんだって?』


俺は息子の勉強机の椅子に腰掛けて、そう問いかけた。
息子は相変わらず俯いたままだ。


『俺はお母さんみたいに頭から反対する気はない。先ずは話を聞かないとな』


男っていうのは、言葉にするのが下手というか、自分の立場が悪い時は黙ってしまうのが得意というか…
時間をかけてゆっくり聞けばいいものを、女は直ぐにまくし立てて、何かを聞き出そうとする。
そんな事をすると、余計に話さなくなるのに…


『…話したくないなら無理に話さなくていい。けど、人の意見を聞くってのも大事だぞ』


俺はそう言い、部屋を出ようとした。


『…俺… 助けたい女のコがいるんだ…』


『…助けたい女のコ?』


俺は息子の方を向いた。息子は俯いていた顔を上げていた。

No.117

私は皆と待ち合わせしている居酒屋へ向かった。
会社の近くの居酒屋だったので、自転車で向かった。


店の前には木下さんがタバコを吸いながら待っていた。


『こんばんは』


『あぁ!こんばんは』


『皆さんまだですか?』


『みたい…だね? ちょっと早かったかな?』


木下さんはいつもの作業袋とは違って、アイロンのかかったストライプのシャツにジーンズ。


『何か…いつもの作業着じゃないから新鮮ですね』


『あぁ…。いつも家ではこんな感じ』


『彼女のお見立てとか…?』


『彼女居ないし』


『えっ?そうなんですか?』


『そうですよ。中村さん…』


木下さんが何か言いかけた時に、誰かが私達の背中を叩いて来た。


『こんばんは!お待たせかな?』


その声の主は桜井さんだった。


『いいえ!私も今来たところですから!』


『松田さんは?』


『まだみたいですね? 今日も仕事みたいだから、遅れるのかな?』


『先に入ります?』


『そうしますかね』


私達は三人で先に店内へ入る事にした。

No.116

飲み会は皆の都合があった土曜日にする事になった。


俺は土曜日も仕事だったが、早めに終わり、一度家に帰ってから電車で行く事にした。


で、帰ると、嫁と息子が言い合いをしていた。


『どうした?』


俺は娘に聞いた。


『お兄ちゃん、やっぱり高校辞めるって言ってるんだよ』


『また…? 理由は?』


『働きたいってさ』


『働くって…』


『だからお母さん理由聞いてるんだけど、言わなくって、さっきからヤバいくらいに怒ってて』


嫁の性格的に、ゆっくりと相手の話を聞くという事はしないだろうと思っていたから、多分、息子にたくさんの言葉を浴びせて息子を追い詰めているに違いないと思っていたので、俺は嫁と息子の間に入る事にした。


『ちょっと… お前も落ち着けよ』


『そんな事言ったって、高校辞めて働きたいって言うのに!』


『お前がぎゃーぎゃーコイツをまくし立てたら、コイツだって何にも言いたくなくなるだろうが。 俺が話を聞くから』


『…わかった』


嫁は息子の部屋を出た。


息子はずっと俯いてベッドに座っていた。

No.115

私は松田さんがまた庇ってくれた事が嬉しかった。


主人は私を庇ってはくれなかった。


庇うどころか、私を責め、逃げた。


なのに、離婚はしない。


私に非が無い訳じゃないけど、主人には愛が感じられなかった。


ホントは最初から無かったのでは…?と思ってしまうくらい…



松田さんがいつも私にそっと手を差し伸べてくれる事が嬉しくて、私は無意識に彼を目で追う事が多くなった。


好きの気持ち?


それは…


ココロの奥にそっとしまい込んでおいたのかも知れない。


そして…約束の飲み会があった。

No.114

『さっきは私を助けてくれたんでしょ?』


彼女は俺の顔をジッと見つめ、そう言った。


『ホント助かりました。いつも松田さんには助けて貰ってばっかり』


彼女はそう言って微笑んだ。


『助けてなんてないよ?思ったことを言っただけだよ。けど、飲みに行く話、ホントは嫌じゃないの?それこそ俺があんな事を言って、雰囲気悪くなったから…』


『いいえ。松田さんが行くならって、最初からOK するつもりでしたからね(笑) さて…あたし、帰ります!』


彼女はそう言って帰って行った。


『また…ズルいよな…』


俺は苦笑いするしかなかった。

No.113

松田さんの声に驚いて、私も木下さんも動きが止まった。


『今日は俺が遅くなってしまったせいで、中村さんや木下さんに迷惑かけてます。それはホントに申し訳なく思ってます。
けど、仕事なんで、そういう話は今は辞めてもらえますか?』


『…すみません』


木下さんは頭を下げた。


『…こちらこそ… 偉そうにすみません』


その後、倉庫には作業の際にでる音だけがして、ぎこちない空気が流れていた。


『あの…』


『ん…?』


『あの…今日、桜井さんに今度飲みに行かないかって誘われたんです。私を元気付けようとしてくださってるようで… 松田さんはご存知ですよね?』


『うん。聞きました』


『で、良かったら四人で飲みに行きませんか? 桜井さんと木下さんと松田さんと私で…! どうですか…?』


『俺は構いませんけど…』


木下さんはOK してくれた。


『部外者の俺が一緒でもいいんですか?』


松田さんはちょっと困惑した表情。


『それは俺の台詞ですよ!松田さん、行きましょうよ』


木下さんの一言で松田さんは頷いてくれた。


私は思わず笑ってしまった。


ぎこちない空気が少し元に戻った。

No.112

今日は他の取引先がトラブってしまった為に俺は彼女の会社に行くのがかなり遅くなってしまった。


もう納品しないといけない時間を過ぎてしまった。
俺は先に事情を電話し、桜井さんと彼女に待って貰う事をお願いした。


『すみません!遅くなって!』


すると桜井さんの姿は無くて、木下さんと彼女がいた。


『あぁ!お疲れさまです!』


木下さんが倉庫に居るのは珍しい。桜井さんの姿が見えないから、手伝いに来たのか…?そう思っていると、彼女が言った。


『桜井さん、急用が出来て、どうしても残れないから、代わりに木下さんがヘルプに来てくださいました』


『いいよ、俺、手空いてるし』


『ホントすみません。荷物下ろしますね』


俺は迷惑をかけているので、早く仕事を済ませようとした。だが、木下さんが彼女に話ながら仕事するので、前に進まない。


彼女は困惑した表情で木下さんの話に相槌をうっていた。


『今度、中村さん俺と飲みに行きましょうよ? 前から中村さんと話してみたかったんだよな~』


『そ…そうなんですか…? でも…』


『だって、パートの人っておばさんばっかだし、社員の女の子は付き合い悪いし!中村さん、今別居中なんでしょ?』


木下さんは彼女の上司だから、今回の事を知っているのは無理ない。だが、そういうのにかこつけて誘うのはどうかと思った。


『木下さん!』


俺は自分でもビックリするような声を出した。

No.111

『引越し、無事に終わった?』


新しい家からの初出勤、朝一に桜井さんが声をかけてくれた。


『はい!お休み頂いてすみませんでした。無事に終わりました。まだ段ボールは開けてないですけど』


『ま、ぼちぼちやればいいわよ。ね?』


『はい』


桜井さんにそう言われると、ホントにそう思えばいいんだと思える。


『あ、そうだ!昨日、松田さんと話してたんだけど、今度三人で飲みに行かない?』


『え?三人で?』


『中村さんの引越し祝いよぉ~ って、私のストレス解消もあるんだけどね?』


『桜井さんにもストレスあるんですか?』


『あるわよ~!旦那は毎晩付き合いとか言って帰りは遅いし、休みって言っても昼までだらだら寝てるし。娘はバイトだ遊びだって帰ってくるの遅いしね。だから私も息抜き』


『そうなんだ。大変ですね…』


『じゃあ、考えておいてね。私着替えてくるね』


『はい』

No.110

息子はその日、夜遅くに誰かと電話していた。


自室に子機を持ち込んでいたので誰なのかはわからない。


嫁は息子の様子が気になるので、そっと息子の部屋のドアの前に立ち、耳を傾けていたが、ボソボソとしか聞こえなかったらしい。


けど、時々『ユカ』という女の子の名前っぽい単語が聞こえたらしく、嫁は相手は女の子ではないかと言っていた。


『あの子、誰かと付き合ってるのかしら?』


『高校生だから、そんな事もあって当然だろ?』


『恋愛に熱中して、高校が面倒になったとか…?』


『んな事あるか?アイツが(笑)』


『わかんないわよ!?』


嫁は色々想像を巡らせて、大きな溜め息をついた。


俺は火の点いていないタバコをくわえたまま、居間の窓から見える三日月を眺めていた。

No.109

私は岩崎さんにお礼を言い、自分の部屋に戻った。


今日からこの場所で生きていく… そう思う事で自分を奮い立たせる。


主人という繋がりは捨てた。
その代わりに、岩崎さんや桜井さん、そして… 松田さんという人たちとの新しい繋がりを大切にして生きたいと思った。


段ボールに詰めた荷物を移動させ、布団が敷けるスペースを確保する。


『はぁ… 疲れたな…』


私は布団を敷き、そこに勢いよくダイブした。


もう、途端…寝入ってしまった… 電気も消さないで…

No.108

嫁の話では、成績が下がって来て、授業中もぼんやりする事が多い事を心配した担任から連絡があったそうだ。


『すみません。お忙しいのに』


息子の担任は嫁にそう言い、着席を促した。


『お電話でもお話しましたが、最近松田君の様子が気になったもので、今日は来てもらいました。 なぁ、松田… お前も今日折角お母さんがこうして来てくださったんだから、思ってる事話してくれんか?お母さんも俺も味方だしな』


『実は先日、学校を辞めたいと言い出して、理由を聞いたのですが、何も言わなくて…』


『学校を辞めたい? 何かあった?』


息子は俯き黙ったままだった。


『黙っててもわかんないじゃない!こうして先生も心配してくださってるのに』


嫁は息子を急かすように言った。だが、やはり俯き黙ったままだった。


『まぁ、お母さん。本人も上手く言葉に出来ないんでしょう…今の気持ちを。 松田。お前にはお前の考えがあるんだろう。退学を口にするのには余程の理由があるんだろう。俺はお前が話してくれるのを待つつもりだよ?ただ、俺はお前が独りで悩んでるなら、俺やご両親が側に居るから、頼って欲しいなと思って、それを伝えたいんだよ。な?話せるようになったら、話してくれるか?』


息子は顔を上げて、担任の顔を真っ直ぐ見て頷いた。


嫁はその様子を見て、担任の気持ちに甘えようと思った。そして、息子が話してくれる事を待つようにするつもりにしたそうだ。


『…そうか。俺もアイツを気にかけるよ』


それにしても、どうしたんだろう?

No.107

『とっても素敵です…!じゃあ、私も癒された一人ですね(笑)』


『それはよかった。中村さん、はじめて見た時の顔と今、違うからね』


『私… 岩崎さんに自分の事話してしまって、後で考えたら、凄く恥ずかしかったです。けど、岩崎さんには自然に話せたというか… 岩崎さんには私の祖母を感じたのかも知れません』


『お茶…入れてこようかね』


岩崎さんはそう言うと、黙って台所の方に向かって行った。


『中村さん』


『はい?』


『もう過去の事は振り向かなくていいんじゃないのかね?もちろん、離婚が成立しないとすっきりはしないだろうけど、もうあんたは前に気持ちが向いてる。そう思うだけで力強く生きていけるよ!応援してるからね』


『はい…!』


岩崎さんと出会えてホントによかった!

No.106

『ふぅ…』


『何があったんだ?』


『あの子、高校辞めたいって』


『は?』


『理由を聞くんだけど、言わないのよね』


『そんなこと言うのはじめてか?』


『うん。 ホント…どうしたんだろ…』


『…ま、もうちょっと様子を見てもいいんじゃないのか?』


『… あなたから話を聞いてあげてよ。男同士の方がいいんじゃないの?』


『… わかった。頃合いを見て話を聞く』


長男はそれから朝まで部屋から出てこなかった。しかし、次の日はちゃんと学校に行った。だから、一時の迷いみたいなもんだろうと思っていた。


しかし、その後… 学校から連絡があった。

No.105

『今日はお疲れさま』


私は夕飯をご馳走になるために、岩崎さんのお家の居間に通された。手伝いをかってでたが、やんわり断られた。


岩崎さんは隣の台所から、大皿に盛られた料理を手際よく運んではテーブルに並べてくださった。
どの料理も馴染みのあるもので、私は祖母が作ってくれた料理を思い出した。


『年寄りが作るものだから、口にあうかどうかわかんないけど』


私は岩崎さんに促されて、一番手前にあった煮物を口にした。味が染みてとっても美味しくて、余計に祖母を思い出してしまった。


『美味しい! 私、こういうおかず大好きです! 私、祖母によく料理を作って貰ったんですが、その味に似ていて、懐かしい!』


『そうかい。それはよかった。遠慮せずどんどんお上がり』


『はい!』


それから、ゴミの日はどこに出すかや、家賃の支払いや、その他注意すること等、話してくれた。


『まぁ、困った事があったら、遠慮せず言ってくれたらいいから』


『はい… あの… アパートの前の花壇…岩崎さんがお世話されてるんですか?』


『そうだけど?どうしたんだい?』


『可愛いなって思って…!あの花壇を見て、決めたんですよね』


『…私はね、花が人間にとって癒しの力があるって思ってるんだよ。世の中にはいろんな人が居て、いろいろな悩みを抱えてるだろ?そんな人間ってどうしても下を向いて歩いてる事が多い。そんな下を向いた人があの花壇が目に入って、可愛いとか、綺麗だと感じて、癒されてくれたらって思って、世話を欠かさないようにしてるの。ま…私の勝手な思いだけどね』

No.104

仕事が終わり、俺は自宅から少し離れた駐車場にトラックを停めた。


そこでタバコを一本吸い、疲れた身体を引きずるように歩き始めた。


玄関のドアを開けると、 嫁と息子の言い合う声が聞こえて来た。


『あ…パパ、おかえり』


娘が俺に気付き、声をかけてきた。


『どうした?お母さん達?』


『あぁ、お兄ちゃんが、またワガママ言ったんじゃないの?興味ないけど(笑)』


『そっか… 』


俺は溜め息を吐き、嫁と息子のところへ行った。


『…ただいま。何があった?』


『おかえりなさい』


『何でもないし』


息子は俺の顔をちらっと見て、バツの悪い顔をしながら自分の部屋へ向かった。

No.103

同じ頃、私は今まで住んでいた家を出ようとしていた。


隣の奥さんは怪訝そうな顔をしていたが、今の私はそんな視線はどうでもよかった。
前向きになりたかった。どこまでやれるかわからなかったが、自分で歩いて行きたかった。




そして、新しい我が家となるアパートに着いた。


荷物を入れていると、岩崎さんが声をかけてくれた。


『手伝う事はあるかい?』


『あ!大丈夫です。ありがとうございます』


『今日は疲れただろうから、家で夕飯食べていきなさい。待ってるし』


『え… あ… 』


『迷惑かい?』


『いえっ! 嬉しくて…!』


『じゃあ、また後で』


岩崎さんはにっこり微笑むと部屋を出ていった。


私は夕方まで出来る範囲内で片付けをする事にした。

No.102

それから、日が経ち、今日は、彼女が引越しをする日だった。


『おはようございます』


『あ、桜井さん。おはようございます』


『中村さん、独りで大丈夫かな?』


『大丈夫でしょ?子供じゃないんだから』


俺は桜井さんが心配している様子を見て、少し笑ってしまった。


『ホントは松田さんも気にしてるでしょ?』


『えぇっ!? まさか!』


『今度、中村さん誘って飲みに行きません?』


『え? 桜井さん、どうしたんですか?』


『新たな旅立ちを祝うって感じですよ!…ま、それは口実で、私もストレス発散したいしね(笑)』


『それが本音ですか(笑)』


『じゃあ、中村さんと日にち決めますね』


『桜井さんのおごりでヨロシクお願いしますね』


俺は桜井さんの肩をポンポン叩いて笑った。

No.101

『桜井さん…!ちょっといいですか?』


『ん?どうしたの?』


私は仕事終わりに桜井さんを呼び止めた。


『再来週、お休み頂きたいんです』


『再来週?木下さんに言ってみたら?いいと思うわよ?』


『私… 主人と別居する事になったんです… だから、引っ越すのにお休み欲しいんです…』


私は桜井さんにも今までの出来事を話した。桜井さんは私の想像以上に悲しげな表情を浮かべ、最後まで聞いてくれた。


『すみません。プライベートな事話して、迷惑ですよね? けど、黙ってる事の方が余計に心配かけるかなって』


『私みたいなおばさんに話してくれてありがとうって気持ちよ。中村さんの最近の様子見てると、ホントに心配だったから… けど、今は吹っ切れたって表情で、安心したわ。これからも大変だろうけど、私でよかったら話してね』


『…ありがとう… ありがとうございます! 松田さんも心配してくださってたし、私、ダメですね』


『松田さんね(笑)』


『どうしたんですか?』


『あの人、興味なさそうな感じにみせてる積もりなのに、顔にはしっかり心配ですって書いてあるんだもん』


『そうなんですか?(笑)』


『ホントに何かあったら、言ってね?』


『…はいっ!』


二人で顔を見合わせて笑った。

No.100

『ズルいよな… あれ』


俺は彼女の後ろ姿を見つめながら呟いた。


『さて!仕事するかな…!』


俺はトラックに乗り、エンジンをかけた。すると、彼女が走って俺の方に向かって来た。


『どうしたの?荷物積み忘れ?』


『はい、お礼』


彼女の手にはあの食堂にある自販機の缶コーヒーがあった。


『ありがとう』


『気をつけて!』


彼女はにっこり微笑むと手を小さく振ってくれた。


俺は短く二回クラクションを鳴らし、門を出ていった。

No.99

『あ…!けど、ホントに大丈夫です!荷物も少ないし!』


私は松田さんの困った顔を見て、余計な事を言ってしまったと後悔した。


『ホント?じゃあ、約束して欲しいんだけど』


『はい?』


『もし… もし、中村さんがこの先、何か辛い事とか、困った事があったら、俺を頼ってよ…』


『松田さん…?』


『一人暮らしだと、色々不便な事もあるだろうからさ! あ…だからって、家には行けないか…!ははは…』


『あ… ふふっ… わかりました。その時は宜しくお願いします』


松田さんは私を元気付けてくれた。だから、私はそれが嬉しくて笑った。
久しぶりに心の底から笑える、そんな笑いだった。


『まだそんなところに居たの?』


桜井さんは私達を見つけて、声をかけてきた。


『ごめんなさい!今、行きます!』


『じゃあ、俺はこれで』


『はい。松田さん…』


『はい?』


『優しさを…ありがとう』


私はそう言って桜井さんの元へ向かった。

No.98

俺が彼女に聞こうと思って呼び止めたのに、彼女の方から話してくれて、正直驚いた。


『ごめんなさい… 泣いたら迷惑ですよね?』


彼女は溢れ出る涙を拭いながら、照れ笑いした。目も鼻も赤かった。


『そんなことないよ』


『昨日、お休み頂いて、次に住む処決めてきました。それから、主人の母に離婚届を渡してきました。けど、主人は離婚するのは自分の立場上不利なので、したくないって言ってて、いつになるかわかりませんが。もう…私達の中に愛は無くなったんです… 』


彼女は遠い目をして、最後は呟くように言った。


『実は、俺、中村さんに聞こうと思ってたんだよね。涙を二回も見せられたら、いくら鈍感な俺でも気になるしね。だから、話してくれてよかった』


『すみませんでした。迷惑かけました。』


『で… いつ引越し?』


『再来週、お休み頂いてみようかと。荷物も少ないし。平日なら引越し屋も安いし。』


『手伝いは?』


『いらないです。って言っても、誰も手伝いには来ませんし、そんな身内も居ないし』


『親は?兄弟は?』


『……… 』


『ごめん!余計な事聞いたよね』


『…いいんです。親兄弟居ないんです。独り…です』


彼女は寂しげに笑った。

No.97

私は松田さんに呼び止められた。


『中村さん、俺聞きたい事あって…』


『松田さん。私、松田さんにお話があるんです』


『え…?』


『こないだ…言いましたよね?私。前向きになれたら話すって。松田さんに言いましたよね?』


『…うん… 言ったよ?』


『私… ずっと、主人と上手くいってなくて、別居しなくちゃならないようになって、こないだコンビニで会った時、不動産屋に行く途中だったんです。あの時おにぎりもらいましたよね?毎日夕飯独りであのおにぎり食べてたの知られたって思って、恥ずかしくなって、逃げちゃった…。けど、松田さん追いかけてくれて、おにぎりくれて、庇ってくれて…嬉しかった。 こないだ泣いてたのは、主人の母が此処に来て、離婚して欲しいって言われて、私…私…』


泣かないつもりだったのに… 松田さんの優しい眼差しが私の涙腺を刺激し、次から次へと涙が頬を濡らした。


松田さんはまるで心の準備が出来ていたかのように、私の話に耳を傾けてくれた。

No.96

次の日、俺は他の仕事を早く終わらせて、彼女の会社に向かった。


倉庫に行くと、彼女はいつもどおり桜井さんと作業中だった。


桜井さんは俺の側に来るとこう言った。


『中村さん…いつもと様子が違うのよ』


『どんな風に…?ですか?』


『ん… 何か吹っ切れた感じっていうのかな…?表情が明るいっていうのか… 女同士に感じる何かっていうの?』


『…けど、桜井さんと彼女、年結構離れてますよね?』


『失礼なっ!年頃の娘が居るから、そういうの敏感なんです!』


桜井さんは怒っていたが、ちょっと安心したような顔をしていた。俺も、そんな話を聞いて、安心した。


『中村さん、先に休憩行ってて。私、お手洗い』


俺は今がチャンスと思い、彼女を呼んだ。


『中村さん、ちょっといいかな?』

No.95

岩崎さんの家を後にした私は自転車に乗り、次の場所に向かった。


『お待たせしました』


主人の母が先に喫茶店で待っていた。


『私もさっき来たところ。何?話って』


『私… あの家を出る事にしました。それから、これ…』


私は鞄から封筒を出し、母の前に差し出した。


『離婚届です。私が書かないとならないところは書きました。あの人… 洋介さんがその気になったら書いてもらってください。その時は連絡ください。』


主人の母は、黙ってその封筒を自分の鞄の中にしまった。


『私は…どうせ助からなかった命なんて思ってません。だから…ずっと、自分を責めて来ました。洋介さんとの子供…欲しかったから…!』


私はそのまま立ち上がり、深々とお辞儀をして、その場を後にした。


涙は…枯れる事を知らないくらい、私の頬を濡らした。


けど、もう振り向かない…。

No.94

とは言うものの、俺も、偉そうな事は言えなかった。


彼女の泣き顔を思い出すと、胸が締め付けられるような気持ちになり、俺は自分の無力さにイライラした。


どうして頼ってくれないんだろう?
どうして大丈夫と言うのだろう?


もう…彼女を想う気持ちでいっぱいだった気がする。


俺は自分を落ち着かせる為に、トラックを路肩に止め、そばにあった自販機に向かい、コーヒーを買おうした。
コインをポケットから出し、それを投入口から入れ、ボタンを押そうとして、ふとその並びを見ると、レモンティーが目に入った。


『今日はレモンティーにするかな…』


ボタンを押すと、激しい音と共に、レモンティーの缶が落ちてきた。


俺は取り出し口に手をのばし、缶を握り締めた。


『ははっ…! バカだろ、俺!』


俺は彼女に明日、聞く事にした。あの涙の訳を。

No.93

私は、その日、こないだ見つけたアパートの隣にある、岩崎さんの家の前に居た。


岩崎さんはにっこり微笑むと家の中へ入るように言った。


『…名前…聞いてなかったよね?』


『…中村です。』


『中村さん、決めたんだね?』


『…はい。宜しくお願いします』


『こちらこそ。何時から住むつもりだい?』


『この後、主人の母に会って話しますので、そこからになります。あちらの片付けもあるので、また連絡してもいいですか?』


『うちは不動産屋みたいに、手付金とかは貰うつもりはないから、そっちの都合でいいよ。じゃあ、電話番号教えるから、連絡くれるかい?』


『… はい。あの…私…離婚してほしいって言われました。主人の母に。以前、流産して、それを主人や母に責められてしまって…。私の不注意があった事は認めます。けど…私だって、主人との子供欲しかったし、気付いた時は嬉しかったし…。だから…自分を責めました。私が全て悪いと思いました。』


岩崎さんは黙って聞いていた。


『私…母に『どうせ助からなかった命と思ってるんでしょ』って言われたんですけど、そんなの思った事無いんです。ずっと、ずっと、自分を責めてました。あの時ああすれば、あの時こうすれば…って…。だから、毎日その子に『ごめんね』って手を合わせてるんです… なのに…なのに…私…』


『…辛かったね… もう、楽になればいいんじゃないのかい? あんたは十分苦しんだ。ホントは旦那も一緒に苦しみを分かち合ってやるのが普通なんだけどね。逃げちゃったんだね』


私は頷き、泣き崩れた。

No.92

『ね…松田さん』


『はい?』


俺は桜井さんに誘われて食堂に居た。彼女は休みを貰っていて、今日は居なかった。


『中村さん…健気過ぎて、何か見てられないわ』


『……… 』


『事情はわからないし、こっちから聞く訳には行かないし…』


桜井さんはホントに心配しているようで、そんな桜井さんが逆にかわいそうに思った。


『… 中村さんには中村さんの事情と考えがあって、俺達には話せないんだと思いますよ。けど、もし、頼ってきたら、しっかり受け止めてあげましょうよ』


俺は桜井さんに言いながら、自分自身に言い聞かせていた。そして、残っていたぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。

No.91

倉庫に戻ると、桜井さんが心配そうに私に近づいて来た。


『すみませんでした。』


『ううん、こっちは大丈夫だけど… 中村さん、大丈夫?』


『え…! は…はい! 大丈夫です。ホントにすみません』


『中村さん、言いたくなかったら言わなくてもいいけど…、我慢しなくていいんだからね』


私は溢れ出しそうな涙を桜井さんに見せたくなくて、桜井さんに背を向けて『大丈夫です』と答え、仕事に戻った。


後で聞いた話だけど、社員の木下さんの計らいで、その日の主人の母の訪問は事務所の人達からは口外されて無くて、誰からもあの日の事を聞かれる事は無かった。


ホントに有難い事だった。その後、桜井さんも普段通りに接してくれたし、松田さん…彼は心配そうな顔をしていたが、普通通りに接してくれていたことが有り難かった。

No.90

『…じゃあ、俺行きます』


『ご苦労さまでした!』


俺は次の取引先に向かうために桜井さんに挨拶をして、トラックを停めているパーキングに向かった。


トラックに荷物を積み終わり、運転席に乗り込もうとした時に、彼女が俯きながら歩いているのを見た。


『中村さん!』


俺はたまらず声をかけた。気になって仕方なかったからだ。


『… 松田さん…』


彼女の目は真っ赤だった。一目見て、泣いた事が判る。


『… 大丈夫?』


『… また泣き顔見られましたね… 松田さんに…』


『… いいよ… そんなの。大丈夫?』


『… あ… 恥ずかしい… すみません。仕事に戻らないと!』


『中村さん!』


『はい!』


『我慢しなくていいし… 俺で良かったら話聞くし!』


『… はい!』


彼女は今にも泣き出しそうな笑顔でそう答えて立ち去った。

No.89

『お母さん』


『…ここまで来て申し訳無いわね。けど、電話も出ないし、家にも日中居ないし。近所の方に聞いてここを知ったのよ』


確か、隣の奥さんには此処で働いてるの知られてたな… 私はぼんやりそんな事を思い出していた。


『…で… 何か?』


『あ… あなた、これからどうするの?あの子は離婚しないって言ってるんだけど、私はこのままズルズルとは行って欲しく無いのよね』


母の目は冷たく、私を見下した感じだった。


『孫の顔を見るの楽しみにしてたんだけど、あんな事になって、あの子はそれ以来、あなたとの子供は作りたくないって言い張るし… 私もあれはあなたに落ち度があったと思うのよね?』


『………』


『ま…あなたは病院の先生の仰った『どうせ助からなかった命』と思ってるんだろうけど、私はあなたに責任があると思ってるわ。 だから…離婚してちょうだいな。』

『…お母さん…』


『今日はそれを伝えたかっただけ。私はあの子を毎日説得しているの。あなた…まさか離婚したくないって思ってるの?』


『… もう少し… 時間ください。』


『じゃあ、来週、また会えないかしら?その時にあなたの返事を聞きたいわ』


『…連絡します…』


主人の母は何も言わずその場を立ち去った。


涙が自然に溢れてきた。

No.88

『他の作業のヘルプですか?』


桜井さんは俺の質問に困惑した表情をしながら答えた。


『…社員の木下さんから内線で、中村さんに来客が来てるから、少し離れるって。けど直ぐ戻って来るから、一人で宜しくって』


『…来客?』


『うん。私からはそれ以上は聞けないから、わかりましたって返事しといたんですけどね』


『…直ぐ戻って来るんなら、たいしたこと無いんじゃないですかね?』


『…そうですよね…? あ、松田さん、今日の荷物なんですが…』


桜井さんは仕事の話に戻していた。俺も、桜井さんにつられて、仕事に頭を切り替えていたが、何処かでは彼女の事を気にしていた。

No.87

私は事務所から呼び出された。


『あの…中村ですけど…』


私は事務所の社員さんに声をかけた。すると、一人の女性が私の方に近づいて来た。


主人のお母さんだった。


『…すみません。』


私はその社員さんにそう言うと、主人のお母さんに『ここでは皆さんの迷惑になるので、外で待ってて貰えますか?』とお願いした。


彼女は頷き、事務所を出ていった。


『…お騒がせしました。すみませんでした』


そう言って、私は事務所から出ようとした…その時


『中村さん。今日はもういいよ、早退しても』


私と桜井さんの上司にあたる社員の木下さんが声をかけてくれた。


『…ありがとうございます。けど、桜井さんに迷惑がかかるので、そういう訳には行きません。なので、直ぐ戻ります。ほんの少しだけ時間ください。お願いします』


『じゃあ、俺から桜井さんには伝えとくから』


私は頷き、深々と礼をして、お母さんの元へ向かった。

No.86

俺は、いつものように、彼女の会社に向かった。


いつもの場所にトラックを止め、行き交う社員やパートさんに挨拶をしながら、いつものように桜井さんや彼女が作業している倉庫に向かった。


すると、そこには桜井さんしか居なかった。


確か、今日は彼女は出勤のはずなのに、桜井さんしか居ないのが不思議だった。


『おはようございます。』


『あ、おはようございます。』


桜井さんはにっこり笑って挨拶してくれた。


『あれ?今日、中村さん休みですか?』


俺は、聞かないつもりだったが、そんな気持ちとは裏腹に、口からはしっかり彼女の事を聞く言葉が出ていた。


『… 中村さん、来てますよ? 来てるんだけど… 』


桜井さんはそこから黙ってしまった。


俺は意味がわからなかった。

No.85

私は家に戻り、今日の出来事を思い返していた。


松田さんに出会った事…
松田さんにおにぎりを貰った事…
そして、松田さんの前で泣いてしまった事…


それから…不動産屋に行くのを辞めて、前から気になっていた雑貨屋さんに行き、箸置きを買った事…
その帰りに妙に惹かれるアパートを見つけた事…
そこで、岩崎さんという女性(おばあさん)に出会って、自分の身の上をした事…



私は松田さんから貰ったおにぎりを一口かじって、自分が居るこの家を見渡した。


『何にも…ないじゃない…』


私には、この家を離れがたく思う気持ちがあると、昨日までは思っていた。主人と結婚し、毎日お弁当を作り、朝と夜は一緒にご飯を食べ、1つの布団に眠る… その何気ない生活の中で、お互い愛はあった。口に出さなくても、幸せだと思っていた。


けど…歯車が狂い始め、今、私達の中にあるもの…


そんなもの… 何もない…
何もない事に気付くのが怖かっただけかも知れない。


私は、その日、自分の左手の薬指に鈍く輝く結婚指輪を外した…

No.84

『パパはママと結婚して良かったと思ってる?』


娘の問いかけに飲んでいた水を吹き出しかけた。


『何だ、急に?』


『うーん、聞いてみただけ。前にママに聞いたら、『どうかしらね~』ってはぐらかされたから』


俺はその話を聞いて、アイツらしい答え方だなと思って苦笑いしてしまった。


『パパの初恋って、ママ?』


『イヤ、違う。』


『ママの初恋はママのパパだってさ(笑)』


俺は嫁のお父さんとは会った事が無い。嫁は高校生の時に両親が亡くなり、親戚の家にお世話になっていたから、俺は結婚の許しを嫁のおばさん夫婦にもらいに行ったのだ。


『へぇ~ そんなの初めて聞いた。』


『あたしの初恋も、じゃあパパかな(笑)』


『ありがとな(笑)』


娘と笑い合いながら残りのラーメンをたいらげた。

No.83

『住みやすい感じでいいですね…』


私は独り言のように呟くと、その女性は優しく微笑みながら頷いた。


『私… 実は、主人と別居する事になって… 部屋を探してるんです。 なかなか気に入るのが無くて…』


私は初対面の人なのに、何故か身の上話をしている自分の今の状況に驚いた。その女性は私の話に黙って耳を傾けてくれていた。


『…ずっと、私、自分の中で迷うというか、今の状況を変えるのが怖かったのかも知れません。私、両親も兄弟も居ないし、主人と離れたらまたひとりぼっちになってしまう… そう思う自分の弱さが次の一歩を邪魔してたのかも知れません。
けど… それじゃあ、前には進めないんですよね? もう…二人の間には…愛は…無いんだから…』


『私は、ここの大家の岩崎といいます。もし…ここに住む気になったら、このアパートの横の私の家に寄ってちょうだいな。人生は一度きりしかないから、後悔の無いようにね』


岩崎さんはにっこり微笑むと部屋から出ていた。


私も後を追うように部屋を出た。

No.82

主です。


× つたないを


○ つたない文章を


訂正します。 おっちょこちょいですみません。

No.81

主です。


いつもつたないを読んでいただきありがとうございます。


更新が遅れてしまいすみません。


昨日、起こった地震では、被害状況が次々とテレビから映像で流れ、この日本の中で起きている言い表せない惨状に涙が溢れてしまいました。


私は関西に住んでいますので、私自身は無事なのですが、気持ちの中で、この話を前に進める事を躊躇ってしまってます。


なので、またちょっとお休みさせていただきます。
何度も中断させてしまい、申し訳ありません。

No.80

『お腹空いたな。好きなの頼めよ』


娘はチャーシュー麺を、俺は味噌ラーメンを注文し、餃子も頼んだ。


『パパ、ありがとね』


『あぁ、全然。たまにしか出来ないからな。で、部活はどうなんだ?』


『うん、まぁまぁ。上手くなれなくて、ちょっと焦ってる。 友達なんか、次の大会レギュラーに入れるみたいで、羨ましいよ』


『そっか。小学校からやってても、上には上がいるのか』


娘は、小学校からそのスポーツをしていて、中学ではちょっと有利かも知れないと思っていたようだが、他の小学校からも来ている子供もいたので、なかなか大変なようだ。


『パパは? 最近仕事どう?』


『俺? ま、今は順調だな。ママ、最近文句言わないだろ?』


『うん。確かに(笑)』

No.79

私はそのアパートの前でしばらくの間立っていた。自分ではそんなに長くはないと思ってたのだけど、そんな私に声をかけてきてくれた人がいた。


『このアパート、興味あるのかい?』


私はちょっとびっくりしてしまい、慌ててその声の方に顔を向けた。


その声の主は、70代くらいの優しそうな女性で、私ににっこり微笑みかけていた。


『あ… すみません… ちょっと…』


『お部屋を探してるのかい?』


『え… あ… そんなところです…』


『よかったら見ていくかい?』


私はその女性に促されて、1つ空き部屋になっている一階の左隅のドアの前に立っていた。


『ここは、こないだ空いたところだから、掃除もしたばかりだし、日当たりもいいし、私のおすすめだよ。』


鍵を開けてもらうと、小さなキッチンが直ぐ目に入った。それから、奥に進むと、六畳くらいと、四畳半くらいの部屋が二つ、襖で仕切られていた。


その奥に小さいベランダがあって、南向きで日当たりも良さそうだった。

No.78

薬指の事は、さすがに聞けなかったし、あれからすぐの出来事だったので、余計に気にはなったけど、彼女が言った『前向きになれたら話す』の言葉を思い出し、彼女から話してくれるまで俺は見守る事にした。


家に帰ると、娘が玄関で出迎えてくれた。


『おかえり。』


『ただいま。』


『今日、ママ飲み会行くって。』


『あぁ、何か言ってたな』


『何か食べに行く?』


『アイツ(息子)は?』


『友達と食べるって』


『じゃあ、行くか。そういえばお前、部活で要る物あるとか言ってたな? それもついでに買うか?』


『いいの?』


『あぁ。お互い忙しいだろ?(笑)』


俺は娘と久しぶりに出掛ける事にした。可愛い娘の頼みだから、疲れたとかそんな事は言ってられない。


車を走らせ、娘がよく行くスポーツ店に行き、古くなっていたシューズと、Tシャツを買い、夕飯はラーメンが良いと言うので、馴染みのラーメン屋へ行った。

No.77

あの後すぐ、(おにぎり事件)私は気晴らしに遠出しようと、自転車をとばして、前から気になっていた雑貨屋さんに行く事にした。


そこは、私が好きなナチュラルテイストな雑貨があり、地元のフリーペーパーに載っていた。


店に入ると、私より少し年上の店員さんがにこやかに『いらっしゃいませ』と声をかけてくれた。


私は久しぶりに癒される空間に来た思いがして、嬉しかった。
店の雰囲気も手伝って、私はかなりの時間、そこに居た。


私は、気に入った箸置きがあったので、無意識に二個、手にし、レジへ向かった。


『ありがとうございます。ずいぶん気に入ってもらえたご様子ですね?』


『ええ。とっても。 ついつい長居してしまって…、すみません。』


『いえ!自分のお家みたいにくつろいでくださったなら、私も嬉しいですわ!』


自分の家…
私の家は… 本当にくつろげる家は何処にあるんだろう…


『ありがとうございました!また来てくださいね!』


私は店員さんに微笑み、その店を後にした。


自転車をしばらく押していると、ふと目に入るアパートがあった。第一印象は懐かしい…という感じがした。アパートの前には小さい花壇があり、キレイに手入れされていた。外観もちょっと古いけど、メンテナンスがちゃんとされている感じがした。


丁度部屋が空いている…

No.76

おにぎり事件後に初めて彼女と会った時、彼女は何も無かったように挨拶をしてきた。 俺も、そんな彼女に合わせることにし、いつもどおり挨拶を交わした。


もちろん、桜井さんは俺と彼女との間にそんな事があったとは知るよしも無かったが、彼女の方を見て、ボソッと言った。


『中村さんの薬指の指輪が無いわ…?』


俺はその言葉に反応して、彼女の左手を見た。


彼女は荷物を上げ下ろししながら忙しく動いていた。華奢な腕とその重そうな荷物はある意味不釣り合いだ。その荷物を大事そうに持つ手… 左の薬指…


確かに… 無い。


『…ほら、こういう荷物を持ったりすると、邪魔になったり、知らず知らずのうちに怪我したりするかも知れないから、きっと仕事の時だけ外してるんじゃないんですか?』


俺は、興味無いという感じの言い方で、桜井さんにそう言った。


『… そうね。私なんか、手が浮腫んじゃって入らなくなったもんね(笑) だから娘から笑われちゃったもん』


桜井さんはそう言い、作業に戻った。






けど、彼女の薬指にはもう、あの指輪が戻る事は無かった。

No.75

私は、松田さんの気持ちがとっても嬉しかった。


…けど… 甘え方を知らなかった。


私の事を心配してくれて、私に主人との事を話すきっかけを作ってくれたのに…


私は… 松田さんに甘える事が出来なかった。


ずっと両親にも甘えられず、もちろん、主人にも甘えた覚えが無くて、ずっと我慢する事の方が多かった私だったから、彼のように、私を気にかけてくれても、甘える事が出来なかった。


けど… ホントに彼の気持ちは嬉しかったし、その日以来、彼を意識し始めたのかも知れなかったし。


私は、主人との事を前向きに考えられるようになったら、松田さんに一番に聞いて貰おうと思ってあんな事を言った。


迷惑だろうから、彼の返事は聞かなかったけど…

No.74

『中村さん、何か今、悩みでもある…?』


彼女はゆっくりと俺の方を向いた。


『俺さ、中村さんの事、あんまり知らないし、何を今、抱えてるのかはわかんないけど、気になるんだよね。最近の中村さん見てると。』


『…ごめんなさい… 』


『いや、謝らなくていいよ。ただ、何か俺が聞ける範囲内の事なら、聞いてもいいかなって思ってるだけでさ… 別に俺に言いにくかったら、桜井さんに話してもいいと思うし。 あの人なら、力になってくれると思うよ。』


『…松田さん… 』


『ごめん。何処かに行く予定だったんだよね?泣かした上に、足止めして、すみません。』


『ありがとうございます。…私、大丈夫ですから!もし…』


『もし…?』


『私が…私が、前向きになれたら、その時は聞いてもらえますか…?』


彼女はにっこりと笑って『じゃあ!』と言い、自転車に乗って行ってしまった。


『俺、返事してねぇ~ぞ!』





もう… その時から、彼女を特別な感情で見てたのかな…?

No.73

びっくりしたんじゃない…
嬉しかったんだ…


彼が私の為にわざわざ追いかけて来てくれた事がとっても嬉しかった。


彼にはもちろん、深い意味なんて無いのは解ってたけど、人の優しさに触れた気がして、感情が溢れ出てしまった。


そして、彼は私を庇ってくれた。働く主婦に、よくあることだと、庇ってくれた。


…けど、…


ホントは違うんだと…
ホントは私はひとりぼっちなんだと…


それが言えないので、私は俯くしかなかった。

No.72

俺は、彼女を泣かせてしまい、どうしていいのかわからなくて、途方に暮れてしまった。


彼女は肩を震わせ、声を殺して泣いていた。そんなに哀しげな姿の女性を見たのははじめてだった。


『あ…あの…、俺、 余計な事したよね?』


俺がおにぎりなんか持って追いかけて来たから泣いたんだ…、美味しかったから、ついつい彼女にまた食べて貰おうと思ったからだったんだけど… ホントに余計な事をした…


『…い、いえ… 私… 私… びっくりしたんです!』


真っ赤な目をした彼女は、俺の顔を見てそう答えた。


『私… 松田さんにダメな嫁と思われたかな…って、夕飯にコンビニのおにぎりなんて主人に食べさせてるって思われたかな…って… だから…まさか、追いかけてくれるなんて、思わなくて…』


『そんなこと思ってないよ。毎日仕事して、疲れてる時もあるし、たまにはコンビニのおにぎりの時もあるって!うちの嫁さんも、仕事で疲れてる時、できあいの物買ってくるよ!』


彼女はちょっと笑ったけど… すぐにまた困った顔をして、俯いた。

No.71

夕飯にコンビニのおにぎりを食べてるなんて変に思われるじゃない…!!


私は自分の不注意さに嫌気がさした。


ダメな嫁と思われた…?それとも、あの人ならあり得る…なんて思ったかな…


私は途中で自転車を漕ぐのを止めた。


そうしたら、短く二回クラクションが鳴った。


振り向くと、彼のトラックだった。


『中村さん… これ。』


彼の手にはさっきのおにぎりがあった。


『今日の夕飯にどうぞ。』


『…あっ… うっっ…』


私は泣き出してしまった。


バカだ…私…、何で泣いてしまったんだろ…。
松田さんに迷惑かけるだけなのに…

No.70

『…こんにちは』


彼女は自転車にまたがったまま、俺に挨拶してくれた。


『…あ、こんにちは。 買い物?』


『…いえ… ちょっと用事があって』


彼女はちょっと困った顔をしながら答えた。


『…そう。』


『今日もお仕事ですか?』


『そう。急ぎの納品があって、今日も仕事。貧乏暇なしだよ』


俺は苦笑いした。彼女も笑ってた。


『あ… そのおにぎり、美味しいですよね…?』


彼女は俺がさっきコンビニで買って、無造作に助手席に置いたレジ袋から出ていたおにぎりを見て言った。


『え?あ…? よく知ってるね?俺、このおにぎり前から気になってて、今日やっとゲットしたの』


『私、こないだ初めて食べたら、病み付きになって、昨日も晩ごはんに…!あっ…』


彼女は下を向いた。


『じゃあ…急ぎますので…』


彼女は俺から逃げるように去っていった。

No.69

それから、私は毎日夕方まで仕事をこなし、休みの日は不動産屋へ手頃な物件を探しに出掛ける日が続いた。


主人はたまに帰って来る。
すると決まって嫌味を言う。もう聞き流そう…と思うのだけど、やっぱり精神的に辛い。


それに、最近は義母からも電話があり、早く離婚してほしい。けど、あの子(主人)がしないと言い張るので困っている…という内容だった。


最初は義母のいう事を黙って最後まで聞き、自分が我慢すればいいんだと思っていたが、さすがに回数が重なって来ると、しんどかったので、電話も出なくなっていた。




休みの日、また不動産屋へ行こうと自転車に乗り、向かっていると、見覚えのあるトラックがコンビニに止まっていた。


そのトラックの主は、レジを済ませ、小走りに車まで来て、ドアに手をかけようとした…


…その時、その人は私に気付いた。

No.68

『そうなんだ…! けど、今は松田さん、仕事順調なんでしょ?』


『ま… 苦労は在りますけど、今のところは有難い事に、順調ですね』


ホントに有難い事に、最近は、取引先も増え、体がもう1つ欲しいくらい、仕事は切れ目無くあり、俺は、嫁に文句を言わせないくらいの給料を渡していた。


けど、嫁は嫁で、自分の仕事にやりがいがあるのか、そのまま契約社員として、毎日働いていた。


『あの… 』


『何?』


彼女はうつ向き加減で、桜井さんに話しかけた。


『この会社、契約社員とかにはなれるんですか…?』


『え…? あ、あぁ、一年くらい続けたら、申請はできるけど… どうしたの…?』


『あ、いえ… そうですか…』


彼女はそう言い、少し考え込んでいた感じだった。


その後、たわいない話をし、俺は次の取引先に向かう為に、会社を後にした。


少し、彼女の様子が気にはなったが…

No.67

私達は手にした缶をグラスに見立て、乾杯をした。


缶は渇いた音がして、これがホントにグラスで、ワインかシャンパンが入っていたら素敵だっただろうが、私は、桜井さんの心遣いが嬉しかった。


プライベートが行き詰まっている今、誰かの優しさに触れると、とても有り難く思い、心がほんわかと暖かくなった。


『中村さんは毎日だし、慣れない仕事だったから、疲れがたまってたんじゃない?』


『そうですかね…?けど、桜井さんの足手まといになってますよね…』


『んな事ないよ? ね?松田さん』


彼は缶コーヒーに口をつけかけたのを辞め、頷いた。


『…けど、毎日入って、ご主人何か言わない?』


『…え? …あ、 主人は理解してくれてますから…』


私は動揺したが、今の状況を悟られないように答えた。


『今は共働きの夫婦が増えてるもんね。松田さんところも、奥さん働いてるんですよね?』


『うちは俺が脱サラしたから、パートから契約社員になりましたもんね』


と言い、苦笑いしていた。

No.66

食堂に着くと、何人かのパートさんと、社員の人が休憩していた。


俺は、挨拶して彼女と窓際のテーブルに座り、桜井さんを待った。


彼女は俺の斜め向かいに座り、窓の外を見つめていた。
横顔が何となく寂しげだな…と思った。
何かを考えているような感じがした。


『お待たせ!』


桜井さんの明るい声に俺と彼女は現実に引き戻された。


『適当に買ってきたよ。中村さんはレモンティーね』


『え?コーヒー飲めないの?』


『はい… 飲めないんです。変わってるでしょ?』


『ううん、あたしの友達にもいるよ。…じゃあ、ま…中村さんも仕事に慣れてきたし、松田さんにはこれからも宜しくお願いしますって事で、乾杯』


『コーヒーで、ですか?』


俺は、桜井さんのそういう気の利くところが好きなんだけど、可笑しかったので、思わず聞いた。


『嫌ならいいですよ! ね、中村さん?』

彼女は笑いを堪えながら頷いていた。

No.65

桜井さんがお財布を取りに行く間、私は彼と二人で食堂へ向かう事になった。


私は彼の少し後ろからついて行く。


彼の後ろ姿をまじまじと見たのははじめてだった。
背は175くらいかな…?身体細いなぁ…。ちょっとがに股かも…(笑)


…そんなことを思ってると、松田さんは私の方に振り向いた。


『風邪… もういいんですか…?』


彼から急にそんな事を聞かれたのでびっくりした。


『…あ! はい! ゆっくりしたので、何とか!』


最初の『あ!』の声が、ちょっと裏返った。


『また… 緊張してる?』


彼はちょっと笑ってた。


『いや… 風邪の事いきなり聞かれたから…』


『うん、あの日桜井さんが言ってたからね。ほら、中村さんが帰るときに俺、居たし。』


そう言えば、桜井さんが私に声かけてくれてた時、松田さん居たよね…

No.64

『あ!松田さん。お疲れさまです』


桜井さんは俺にそう声をかけ、また作業に戻った。


ひととおり作業が終わると、桜井さんが言った。


『松田さん、今日急ぎます?』


『え?どうして?』


『今から休憩入るんです。よかったら、コーヒーおごりますよ?』


その時、彼女を見ると、笑顔で俺を見ていた。


『…あ、じゃあ、遠慮なく!』


『じゃあ、先に食堂に行っててください。中村さんもね。』


俺と彼女は顔を見合わせ、『じゃあ、お先に!』と桜井さんに言った。

No.63

いつももう少し遅い時間に来るはずの彼が居たのにはちょっと驚いてしまい、声をだしてしまった。


私に気付いたのは彼も同じだったようで、ほぼ同時に声に出したようだった。


今は… 今は仕事を頑張らないと。桜井さんや彼に迷惑はかけたくない… そう思って、努めて平静を装った。


彼は何かを言いたそうだったけど、私は先に荷物を持って、倉庫へ向かった。


桜井さんは一人で作業をしていた。


『あ!すみません!やりますっ!』


彼は後でこう言っていた。


『あの頃のお前は、無理に笑ってた』と…

No.62

トラックから出て、荷物を下ろしていると、彼女が小走りで倉庫に向かってきた。


『あっ…』


俺も、彼女も、ほぼ同時に声に出した。



『おはようございます。ご苦労さまです』


俺に話しかけて来たのは彼女が先だった。


『おはようございます。』


俺は、挨拶のあと、体調の事を言おうかと思ったが、何となく…言えなかった。


『それ、手伝います!』


『あ、すみません。お願いします。』


彼女は荷物を台車に運ぶと、先に行ってしまった。

No.61

『おはようございます。』


ロッカールームで桜井さんに挨拶した。


『あっ!中村さん!おはよう。大丈夫?』


桜井さんは、私の顔を見てホッとした表情でそう言った。


『はい!お陰様で!ご迷惑をおかけしました』


私も桜井さんの表情に応えるような笑顔でそう言った。


『よかったわね!ご主人の看病がよかったのかしら?(笑)』


桜井さんのこの言葉に私は無言で笑った。もしかすると、寂しい笑顔だったかもしれない…


『今日からまた頑張りますね!』


私は自分の今の気持ちを吹き消すように、そう言い、着替え始めた。


桜井さんは笑ってロッカールームを出ていった。

No.60

主です。


この話を見て下さってる方がこんなに増えてる事に、正直驚いてます。


こんな文才の無い私が書いてる話なのに、いいのかな…💧と、かなり焦っています。


で、ひととおり読んでみたところ、恥ずかしながら、話につじつまの合わないところを発見しました。


No.5の部分、『両親はそんな彼をとても気に入り』ですが、『私』の両親は父は愛人と出て行き接点は無いし、母は他界したので、ここは忘れてください。


ホントに突っ込みどころ満載の話ですみません。


まだもう少し続きを書くのは無理なのです。ホントに申し訳無く思ってます。


けど、いざ書き始めると『こんなに引っ張ったくせに、続きつまんないじゃない!』って激怒されそうですが、わたしなりに頑張ります。


ホントに、こんなつたない文章を覗いて下さって、ありがとうございます。


毎日、ヒット数増えてる事に感謝してます!


ではでは…

No.59

主です。


いつも、つたない文章を読んで戴く事になっており、申し訳無く思ってます。


ここでお断りです。


私の今のおかれている状況により、この話の続きを書く事が少しの間、出来なくなりました。


もちろん…私の状況が改善し、また、この話が書けるようになれば、必ず続けます。


せっかく、読んで下さる方が少しずつ増えて来て、私としては、夢のような事なのですが、(現在、ご期待に応えてるか…、これからもそうなるかは『??』ですが…)今の私の気持ちをご理解ください。


勝手な事ですみません。


ホントすみません。

No.58

昨日は遅くまで友達と飲んでいたため、朝は辛かった。


俺は重だるい身体を引きずり、家を出た。


今日は朝一、あの会社から呼び出しを受けたので、俺は車をその方へ走り出した。


カーラジオからは、人生相談のコーナーが始まった事を知らせるタイトルコールが聞こえ、俺は耳を傾けた。


最近、夫の浮気や、離婚問題、あと、嫁姑問題が、ヘビロテでやって来る。


毎日聞いているけど、皆何かしら問題を抱えながら生きているんだなぁと実感する。


此処に相談するのはそんな人達のほんの一握りだけで、後は、相談出来なかったり、一人で思い悩んだり、一人で解決しようとしたり、皆それぞれの形で悩みに向かってるんだろう。


悩みなんか無い人になりたい…




そうこうしているうちに、あのいつもの門が見えてきた。

No.57

風邪は、何とか休み中に治す事が出来た。桜井さんに迷惑をかけないで済むと思い、ホッとした。


でも、また新たな問題が…


主人から言われた事… 私はこの家を出ないとならない。


そうすると、今以上にお金を稼がないとならない。


独身の頃の貯金は少しあったが、出来たら手をつけたくなかった。


これはホントに何かあった時の為に使いたかった。


私はため息を吐き、家を出た。

No.56

次の日


俺は桜井さんに言われた通り、急ぎの仕事を取りにあの会社へ早めの時間に向かった。


彼女… 中村さんの事を急に思い出した。


『そういえば、中村さん、大丈夫かな…』


俺はトラックを降りて倉庫へ。桜井さんが一人で作業していた。


『あ、松田さん。ご苦労さまです。』


『一人で大変ですね。手伝います』


桜井さんは『お願いします』と言い、二人で荷物を運んだ。


『ありがとう!ホント助かりました~。ホントは今日、中村さんの代わりにヘルプの人お願いしてたんだけど、トラブって、そっちに人をとられちゃって…』


『そうだったんですか。お疲れさまでした。』


『月曜日は中村さんに頑張って貰わないとねっ』


『風邪大丈夫なんですかね?』


『心配?』


『心配というか、中村さん居ないと、桜井さんが大変でしょ?』


桜井さんは『まぁね!』と言い、笑った。


『じゃあ、急ぐんで!』


俺は会社を後にした。

No.55

誰か解らないけど…


その大きな手は、私の手を握っていた。


その手から感じる温もりは


今まで感じた事が無いくらい


優しくて…


その手の主からは、微かに


甘く柔らかい匂いがして


その匂いは


何処かで香った匂いに似て


私は…


『好き…』


と、相手が男性か女性かわからないのに、そんな言葉を口にして、深い眠りについた…







《ピピピピ…!》


携帯電話の目覚ましの音で私は目覚めた。

No.54

こんなに寝付けないのは、久しぶりだった。


彼女を思い出したからか、それとも…他に何か理由があったのかは解らないけど。


窓から見える三日月をぼんやり見ていた。


月を見たのは…月をこんなにゆっくり見たのは何時からだろう。


何となく寂しげで、哀しげで、ちょっと今の自分に重なる。


『はぁ… 明日も頑張るかな… 』


タバコの火を消しながらそう呟き、俺は三日月に見守られながら、少しずつ、眠りの世界に誘われていった。

No.53

私は… 愛されたかった…


頭を優しく撫でて、そっと抱き締めて欲しかった…


母や、父や、…そして、主人に…


辛かったね、けど、一緒に乗り越えよう


そう言ってくれたら、私は救われたのに…

あの時、主人は冷たい目をしていた。


そして、私に手を差し伸べてはくれなかった。


私には…あなたしか頼るところが無いのに…



私は…私の身体をギュッと両手で抱き締めながら、目を瞑った。


夢を見た…

No.52

もう、何年も前から夫婦別室で寝ている。

少し前までは娘が一緒に寝ていた。


パパのお嫁さんになりたい― そんなことを言ってくれた時もあったな…


一人で眠る布団は何となく寂しい…


ボンヤリ天井を見つめていると、彼女… 癌と闘っているであろう、年上の彼女を思い出した…


彼女と居た頃の事を思い出した。
笑顔が優しい彼女、俺の事を母のように包んでくれた…


既に愛の無い状態の嫁…
けど、娘や息子にはまだまだ親としての責任がある…


俺は、ふっ…っとため息をついた。


彼女に急に会いたくなった…


無理だけど…

No.51

私は… 両親に愛された覚えがない…


遠い思い出だけど… 私は母に叩かれたりしていた…


父は… 仕事を理由に家庭を顧みず、…浮気していた…と子供ながらに理解していた。


母の暴力がエスカレートし、私は母方の祖母の元に逃げた。


おばあちゃんは『お母さんがあんなでごめんよ…』と口癖のように言っていた。


母が私に暴力を振るった理由は、今でもよく解らない。


その母も、祖母も… 他界した…


父は…愛人と一緒に出ていったと、祖母に母が泣きながら話していたのを聞いた…


だからこそ… 主人とは、温かい家庭を作りたかったのに…


流産という出来事が、一気に歯車を狂わせた…


けど… ホントにそうなのかな…?


私を大切に思ってくれてたら、私を気遣い、また次頑張ろうと言ってくれる筈なのに…!

No.50

風呂に入ってると、入口のすりガラスに、人影が見えた。


『…パパ? おかえり』


『…ん? あぁ… ただいま』


娘だった。歯を磨きに来たのかな…?


『何か疲れてんね…?』


『ん… まぁな… けど、大丈夫だ』


『そっか… 来月さぁ、買い物付き合ってよ』


『うん、いいけど。何か欲しいのか?』


話を聞くと、部活で要る物があるらしくて、嫁には言いにくいらしい。


『了解。 早くおやすみ』


『うん、ありがと。おやすみ』


ま…物をねだられるだけのパパだけど、ちゃんと俺の事を気遣ってくれる、可愛い娘だ。

No.49

風邪で寝込んでいただけなのに、あんな風に誤解されて…


それに、離婚は自分の都合でしない、けど、お前はここを出て行け…


ホントに自分勝手、ホントに曲がった考え方…


情けなくて、悔しくて、腹立たしくて、涙が止まらなかった。


また…あたし…ひとりぼっちだね…

No.48

『今日も疲れたな…』


家に帰ると、嫁が、夕飯の後片付けをし始めていた。


『おかえり。』


『ただいま。』


俺は手を洗い、冷蔵庫からビールを出す。ダイニングテーブルの上の、冷めた料理をただ、黙って口に放り込む。


テレビから聞こえてくるつまらないお笑いタレントのうるさい声をボンヤリ聞きながら、ビールをグラスに注ぐ。


『…明日は、あたし早出だから。』


『…ん。おやすみ。』


嫁は、早出と遅出のある仕事で、早い時は4時に起きて子供たちのお弁当を作ってから仕事に行く。


必要最低限の会話にも慣れた。


子供達も高校生と中学生。父親なんて面倒なだけなようで、上の息子は俺と目も合わせない。


幸い、下の娘は俺になついているので、まだ学校の事など話してくれる。


『さて… 風呂でも行くか…』

No.47

この家に黙って入って来るのはあの人しかいない…


『… おかえりなさい。』


彼は無言で寝室に入って来た。私は布団の中から言った。


主人は私の方をちらっと見て、言った。


『へぇ… 今頃から布団! 何ていいご身分なんだろな!』


『ち、違うわっ!私、熱があって、さっき仕事から帰って来て寝てただけよ!』


『うるさいっ!! お前は俺に口答えするのか! ははぁ~ん、お前、もしかして、仕事って、ここに誰か連れ込んで!!』


『…えっっ! あなた、何言ってるの!?』


私は主人の言葉に愕然とした。


『…ま… お前が何しようと勝手だけど…。 あ、お袋がお前と離婚しろってうるさいんだよな。 ま、離婚しても良いんだけど、俺、仕事で大変でさ、今、離婚すると何かと面倒だから、離婚はしない。ただ、お前は此処から出て行けよ!』


そう言い残して、寝室のドアを強く閉めて行った。


私は…泣いた…。

No.46

『明日から彼女お休みだから、ゆっくり寝たら治るでしょ…? 』


桜井さんはそう言って、倉庫に入って行った。


『彼女って、フルタイムですよね?疲れでも出たのかな…?』


『うん、詳しい事は知らないけど、家に居てもつまんないから、フルで働きたいって言ったらしいよ。』


『彼女、独身でしょ?』


『ううん、結婚してるみたいよ。左の薬指見てみたら?』


『俺、そんなとこ見ないですよ(笑)』


『松田さんの奥さんもしてるでしょ?』


『うちは最初から無いです。あっても、もう外してるでしょうね、仲悪いから(笑)』

桜井さんもつられて苦笑いしていた。
じゃあ、旦那さんに看病してもらえるんだ…と思い、俺は桜井さんに挨拶をして、会社を後にした。

No.45

『ふぅ… やっぱり辛いな…。』


家に帰って熱を計ると、38度近かった。私は、薬箱から風邪薬を出し、菓子パンを一口無理矢理食べてから、薬を飲んで寝る事にした。


『…松田さん… 来るの遅かったな… 』


私はボンヤリ思った…


…どれくらい、時間が経っただろう…


遠くで、ドアの開く音がした。

No.44

今日は他の取引先との商談が長引いたので、この会社に来るのが遅くなった。


会社の門をくぐり、いつも停めているパーキングにトラックを入れ、車を降りると、彼女の後ろ姿が見え、ある建物へと消えていった。


俺は別に気にも留めずに、遅れた分を取り戻す為に荷物を下ろしていたら、桜井さんが声をかけてきた。


『今日は遅かったのね?』


『あぁ… すみません。』


『いいのよ。今日の分少しだし。明日は早く来て貰わないと納期が急ぐ分だから。』

『了解しました。 …さっき中村さん、あそこに入って行くの見たんですけど?』


『あぁ、中村さん、風邪みたいで早退。』

『そうなんですか…?』


『今日は仕事早く終わるっぽかったから、無理しないようにね。あ…!中村さん、お大事にね!』


彼女はその建物から出てきたところを桜井さんの声に反応して、何度も頭を下げていた。

No.43

ある日、ちょっと体調が悪かった。風邪をひいてしまったみたいだった。


桜井さんや他のパートさん、もちろん社員さんが風邪をひいてはいけないと思い、マスクをしていた。


『中村さん、今日はちょっと仕事に余裕あるから、早めに帰ったら?ゆっくり家で休養した方がいいよ?明日は休みだし。』


『…ゴホッ…! すみません… 』


私は桜井さんのお言葉に甘えて早退させてもらった。


いつも作業をしている倉庫をから外に出ると、とっても寒くて、身震いした。


私はロッカー室に向かおうとしたら、丁度見覚えのあるトラックが門から入って来るのが見えた。


…松田さんのトラックだった。


今日は何時もより遅いなぁ…と思いつつ、ますます辛くなる身体に耐えられず、私はその場を後にした。

No.42

彼女は俺が後ろから声をかけると、かなり驚いていた。


桜井さんと一緒だと思っていたが、一人で作業していたので、思わず声をかけた。


彼女に俺と話す時、声が上ずる事を聞いたが、彼女は返答にまごついていたので、ま…いいか、と思い、桜井さんの元に行くことにした。


『ね?桜井さん?』


桜井さんが、俺の方に向いた。


『中村さんって俺に緊張してんのかな?』

桜井さんは、ブッと吹き出し


『松田さんって、不機嫌に見えるからじゃないの?あたしもそうだったしね、最初!』


『不機嫌って… 仕事の事が必死になるとそうなるんだって!』


桜井さんは、また笑っていた。

No.41

『中村さん。おはようございます』


『ま…松田さん…!』


後ろから声をかけられたのでびっくりした。ちょっと…いや、かなりビクッとなっていたと思う。


『中村さんって、俺と話すとき声が上ずるよね?緊張してんの?』


彼は荷物を運びながら聞いてきた。


『え… あ… すみません。 そんなつもりは…!』


『別にいいけどね(笑) あ、桜井さんは?』


私は、あっちの倉庫です、と言ったら、彼は桜井さんの方に向かった。


声が上ずってるんだ… 急に恥ずかしくなった。

No.40

彼女は俺と話す時、声が上ずる。


俺って、そんなに怖いかな…?と思う時もあった。


一緒に仕事する事になった以上、お互い、嫌な思いしないようにしないと…と思っていたが、彼女は桜井さんの補助だったから、直接話す事は無いに等しかった。


彼女はホントに大人しくて、何処と無く影があるような感じがしたし、仕事もまだ研修期間中だから、ちょっと頼りなさげにかんじたから、こちらから話すのはちょっと気が引けた。


けど、ちょっとしたタイミングで、彼女が俺に自分の今の仕事への意気込みを言ってくれたから、思わず笑ってしまった。


…明日は俺から話そうかな…

No.39

仕事する…といっても、私は桜井さんの補助だから、桜井さんが彼と話す事がほとんどで、私はそれを横で聞いているだけなので、やっぱり彼との距離は相変わらずだった。


彼は、不機嫌な表情が多かったので、私はいつも緊張していた。 人見知りするから、余計に辛かった。


笑った顔は私が見たのはあの食堂で担当の社員さんと話していた時だけ。


男の人が笑うと、少年の頃のように無邪気な顔になるけど、彼も笑うとそんな感じがしたので、時々あの笑顔がみたいな…って思いながら、仕事中、彼の横顔を見たりしていた。


『中村さん。』


私は彼に呼び止められた。


『これ、伝票ヨロシク。桜井さん居ないから渡しといて。』


『…あ、わかりました。 あ… あのっ!』

私は何か話したい!と急にそんな気持ちになり


『あたし、足手まといにならないよう頑張ります!』


うわぁ~!何喋ってんだろ~と頭の中、パニックになってしまった、その時、


『大丈夫!頑張って下さいね!』


彼はニッコリ笑ってくれた。

No.38

その日、俺はその会社にいつも通りに行くと、パートの人に呼び止められた。


『忙しいところ悪いけど、ちょっといいかな?』


その人はかなり仕事が出来る人で、社員の人からも一目おかれてる人。断れるわけない。


呼ばれて行くと、俺の担当の桜井さんと、…彼女が立っていた。


今日から桜井さんの補助に入るらしく、挨拶をされた。中村とかいう名前だった。


彼女はとっても大人しく見えた。ちょっと暗い感じにも見えた。華奢で、会社から貸し出された作業用の服がブカブカっぽかった。


独身…だと思っていたが、結婚している事を後で知った。


俺は軽く挨拶して、急いでいたのですぐに車に乗り込み、会社を後にした。

No.37

当然ながら、仕事での接点がなかったので、挨拶以上に彼と接する事がない。彼も忙しいのか、倉庫内をせわしく動き回っていた。


『あ、ちょっと来て!』


『明日からあなたはこの人の担当の補助になるから。』


私は別のパートさんと、…彼を紹介された。


『こちらは今日からあなたの指導係の桜井さん。』


『ヨロシクね。何でも聞いてね』


桜井さんはふっくらとした、見た目とっても優しそうなお母さんって感じの人。大学生の娘さんがいるらしい。


『それから、この人はうちの出入り業者さんの松田さん。こないだ、食堂で見たよね?』


『宜しくお願いします。 じゃあ、俺急ぎますから…!』


『あ…! 宜しくお願いします!』


『ホント…落ち着きないよね~(笑)』


桜井さんはクスッと笑い、彼を見送った。

『じゃあ、桜井さん、宜しくね。 中村さん、頑張って。』


肩をポンと叩かれ、指導係のパートさんは行ってしまった。


私はこれから、彼と仕事することになった。

No.36

彼女達が入ってきたのはわかっていたけど、担当の人の話が面白くて、ついつい話し込んでしまった。


俺は、彼女を見たのは初めてだったが、また機会が有ればおばちゃんパートさんから紹介があるだろうと思って、そこにいたパートさんみんなに挨拶をして立ち去った。

俺は、外に出ると、荷物を積み込み、従業員の人とパートさんに挨拶して、車に乗り込んだ。


その日から、彼女と挨拶を交わすようになった。


ホントに…最初は何にも感じなかったけど、この後、彼女が俺を苦しめる事になる人物になるとは知るよしもなかった…

No.35

彼とうちの会社の人が楽しそうに話しているのが目に入ったので、ちょっと見つめてしまった。


『あぁ、あれ、うちにきている業者さん。』


先輩パートさんがそう教えてくれた。


『そうですか…。楽しそうなので、つい…』


自動販売機で買ったホットレモンティーを両手で包みながら言った。


『どう?もう慣れた?』


そのパートさんはとっても面倒見がいい人で、私はとってもやり易かった。


『はい。丁寧に教えていただいてるので。』


『そ、よかった(笑)』


私もつられて笑顔になった。


しばらく… 笑うという事を忘れていたので、久しぶりという感じだった。


彼は私達に気付いて『いつも、どうも!』と声をかけてきた。そして、外へ出ていった。


『じゃあ、あたし達も仕事もどろうか!』

『はい!』


その日から、彼を見かけると挨拶をするようになった。

No.34

俺はその日、その取引先から呼ばれていた。 どうやら、新商品の企画が通ったらしく、もし製品化されたら、俺のところに仕事をまわすという。電話では何だから、よかったら立ち寄ってくれという事だった。

俺は丁度手が空いたので、その会社へ車を走らせた。


『こんにちはっ!!』


『あぁ! こっち!』


担当の人はそう言いながら立ち上がり、『彼にコーヒーお願い』と事務の女の子に声をかけながら、俺を食堂に案内してくれた。


『今日は部長が居るから空気が重くて(笑)此処でもいいか?』


その人の気持ちがよくわかったので、俺は『いいっすよ』と返事した。


…一通りの話が終わり、世間話に花が咲いていた時、何人かのパートさん達が休憩に入ってきた。


その中で、見かけない顔があった。


…そう… 彼女だった。

No.33

やっと見つけたパート先。


そこは私より年上のおばさんが多かった。子育てが一段落してからパートに来たという人や、学費を稼ぐため、生活に追われている人… ホントに様々な感じだった。


私は若いけど、生活に追われてるのはおばさん達と変わりなかったので、早く仕事を覚えて、足手まといにならないようにしたかった。


ここは、よくトラックが出入りする。だから、うちの食堂兼休憩室には、出入りの業者さんが休憩しながら商談したり、お喋りしたりしていた。


私は、たまたま私に仕事を教えてくれる指導係のパートさんと休憩をとるために食堂に来た時に、初めて彼に会った。

No.32

俺の心には、自分が感じるより以上の穴が空いた。


彼女の存在の大きさを改めて感じた。


けど…
何時までも立ち止まってはいられない。


俺は今以上に仕事に明け暮れた。


暇があると彼女の事を考えてしまうのが怖かったので、許容範囲以上の仕事を引き受け、忙しさで自分の心を誤魔化した。

No.31

私は生活の為に仕事を探した。


何時までも立ち止まってはいられない。主人には何も期待出来ない。


そして…


私は彼と出会った、あの会社にパートで勤める事になった。

No.30

『俺と… 俺と別れたいのか…?』


『ううん…! 違う! それは違うわ!』

俺は安心した。嫌われた訳じゃ無いんだとわかって安心した。じゃあ…、どうしてなんだろう…?


俺は彼女にその疑問を投げ掛けようとした…その時…


『…あたし… 実は… 癌なの… 』


俺は自分の耳に聞こえた彼女からの言葉がすぐには理解出来なかった。


『… 今ね… 実家の方に戻ってるの。 実家の近くの病院に入院する事になって…
もう…このまま実家に住むと思う。
…あなたには… あなたには… もう… 』

彼女は泣いてそれ以上言葉が出てこなかった。


俺も…泣いた。


これが彼女の声を聞いた最後だった。


その後聞いた話だけれど、彼女は手術をして、今は通院しながら、癌と闘っているらしい。


もう…彼女とは会えないけど… 俺がホントに好きだった女性だった…

No.29

『淫乱女かぁ…』


私は主人に言われた言葉を思い出しては、悔しくてよく泣いた。


時にはお酒の力も借りた。


だけど、一時その苦しみから解放されるだけで、何も解決しないし、余計に辛くなったのも事実だった。


私が流産した事がこの今の状況を引き起こしてしまったなら、私は今の状況を受け入れないとならない…


私は自分を責めることを辞めなかった。

No.28

彼女と、しばらく連絡がとれなくなった。

彼女も結婚していたので、いつも俺の携帯電話に彼女から連絡が来ていたので、俺からは連絡出来なかった。


彼女は、もう俺と付き合いたくなくなったのだろうか? ご主人にばれたのだろうか? 何か事故にあったのだろうか? …考えれば考えるほど辛くなって、仕事に身が入らなくなった。


…そして… 携帯が鳴った。


知らない番号からだった。


『… もしもし…?』


『… あ… 〇〇?』


彼女からだった。


『…どうしたん!? 連絡無いから心配してたんだけど!』


『うん…』


『どうしたん…? 何かあった…?』


彼女は何も言わずにずっと黙っていた。

No.27

私は、義母からの電話に正直、参っていた。


今回流産した為に、義母の孫への想いが拍車をかけたのだろう。 しかし、日に日に度が過ぎてくると、ホントに辛かった。


私は主人に相談することにした。


『…お袋がそういうのも無理ないんじゃないのか? お前があの時早く病院に行っていたら、こんなことにならなかったんじゃないのか?』


『私だってそれは責任を感じているわ。けど、あの場合、早く病院に行ったとしても…!』


『じゃあ、お前は俺に種馬のように毎日頑張れって言うのか!?』


『…そ …そんな事は言ってないわ!ただ、お義母さんに電話の事を言ってくれたら…!』


『お袋の言うことなんか適当に聞き流しておけよ! そんなくらい出来るだろう!?』


主人は重ねてこうも言った。


『お前、何時まで仕事しないで居るんだ?お前は毎日子作りの事ばっかり考えてるのか?この淫乱女!俺はお前が楽するために働いてるんじゃないんだよ!だから、さっさと働け!』


それから、主人は私とは一切話さなくなり、挙げ句に週のほとんど帰って来なくなった。


また、生活費も出し惜しむようになり、私は仕事を探した。

No.26

俺にはその時付き合っていた女性が居た。


俺より少し年上で、とっても優しい人だった。


俺は甘えん坊なところがあって、彼女に仕事の愚痴を聞いてもらっていた。彼女はそういう時は口を挟まず最後まで聞いてくれ、


『そう… けど、あなたはすぐ無理するから… だからちょっと心配』


と言い、俺を母の様な眼差しで見つめる。

もちろん、言い訳にしかならないが、彼女が居たから俺は頑張れたし、嫁に言われることにも耐えられたのかも知れない。


けど… 別れは突然来た…

No.25

この一件から…


主人の私への態度が少しずつ変化してきた。


私と以前のように話をしたりするのも億劫に見えたし、一緒に出かけたりするのも何かにつけて断ってきたし。


それから、義母からの電話が辛かった…


『早く孫の顔が見たいわ。もう、お医者さんから許可が出たんでしょ? 』


確かに、次の生理が来たら妊娠を望んでも良いとは言われたが、私自身、そんな気にならなかったし、主人は残業と言い、毎日帰って来るのが遅かったので、そんなふうな状況にはならなかった。


私は徐々に精神的に追い込まれて行き、仕事も休むようになり、会社から、遠回しに退職を告げられた。

No.24

得意先から取引を断られたけれど、俺はそれをバネにしてまた新たな得意先を開拓したり、既存の得意先を大切にしようとして、今まで以上に頑張った。


時には家庭を顧みないと嫁に言われたが、俺は、仕事をして、軌道にのせて、自分自身が楽になりたかった。


…嫁からの暗黙のプレッシャーから…


おかげで俺は、順調な日々を送ったし、取引を断られた先から、少しずつだけど仕事を回してもらえるようになった。

No.23

主人は私に言った。


『どうして早く病院に行かなかったの?』

私は、何も言えなかった。 私の無知さと、考えが甘かったのは否定出来なかったから。


けど、手術後の医者からの話では、元々育たなかった命であって、出血して直ぐに病院に来たとしても、同じ結果になっていただろう、という事だった。


主人も一緒に聞いていたのに…


義母も私を冷たい目で見つめていた。


『ご…ごめんなさい…』


私はその言葉をやっとの思いで吐き出した。

No.22

嫁は俺の仕事内容や、取引先の数、どれくらいの儲けがあるのか…などには無関心だった。


ただ、毎月最低限の給料を家に入れないと機嫌が悪かった。


1年待ってもらう約束だったので、1年経つと容赦なく生活費を請求してきた。


俺は、嫁の稼ぎが幾らくらいか知らなかったのだが、洋服や下着を見ていると、余裕があるように感じた。


けど、俺の勝手で脱サラした訳だから、言えなかった。

No.21

処置して貰った日…


主人と義母は私のベッドサイドに居た。


処置後の痛みと、麻酔が覚めきっていない為、しばらく病院で休む事にした。


看護士さんが私の様子を頻繁に伺いに来てくれる。ただでさえ忙しいのに、私を気遣ってくれる、そんな優しさが有り難かった。


ホントはそういう優しさを主人に求めていたが、主人は眉間にシワをよせたまま、義母と何かひそひそ話していた。


痛い下腹部をさすってくれる訳でもなく、『大丈夫か?』などという言葉掛けもない。


私は虚しい気持ちでいっぱいだった。

No.20

明日からどうするか…


そんな事を延々考えると悪い方に考えが止まらなくなったので、友達を呼び出し、愚痴を聞いてもらった。


『お前、確かにそれは腹立たしい事だけど、ある意味、お前の仕事ぶりを認めて貰ったという事だぞ。ま…くさらず、地道に頑張るしかないんじゃないか?ピンチはチャンスって言うしな!』


正直、俺が一番、言って欲しかった言葉だった。


誰かに背中を押して欲しかったんだ。


お前は迷わずに自分の信じる道を行け、と言って欲しかったんだ。


俺は、また前に進む決意をした。

No.19

仕事をしていても、やっぱり集中出来る訳でもなく、小さなミスを連発した。


パートの先輩には
『今日はどうしたの?』
と言われ、苦笑いするしかなかった。


昼休み…


私はトイレに行き、用を済まそうとした…

…と…その時…








その時の記憶はまだらで…


私は…流産した…

No.18

『え…?どういう事ですか…?』


その言葉は俺の頭の中で、ぐるぐる回っていた。 だから、無意識に出た。


『ここだけの話だけど、君の仕事ぶりが面白くないと思っている会社があってね、うちもそこを無視して君に仕事を回すのは立場上出来なくなってね…。 申し訳ないんだが、しばらく我慢して貰えないかな…?もちろん、このまま君を放置するつもりは無いんだ。時期を見て君とはまた取引したいんだ。だから、すまん!』


その人は俺に頭を下げてくれた。


『そうですか…。 残念ですけど、また声をかけて貰えるまで待ちますので、宜しくお願いします…!』


俺もその人に頭を下げた。


明日からどうするかな…


そんな事を考えながら、車を走らせた。

No.17

私は、いつものように主人を送り出し、洗濯物を干そうとベランダに出た。


その時… 私は違和感を感じた。


痛みとかそういうのは無かったが、トイレに行くと、出血していた。


私は、来週病院に行くつもりにしていたし、自分の中で妊娠してると思っていたので、敢えて妊娠検査薬を試してはいなかった。


今思えば、自分が無知なばかりに、直ぐに病院に行かずに様子を見る事を選んでしまった。


私は、生理の時のように手当をし、そのまま会社に向かった。

No.16

仕事が軌道にのってきた頃、俺は辛い目にあった。


… それは、ある同業者からの嫌がらせを受けた。


俺はいつも通り得意先である、ある会社に行った。


いつも通り作業をしていると、担当の人が難しい顔をして俺に近寄ってきた。


『…すごい、言いにくい事なんだけど…』

俺は顔を上げてその声のする方に視線を向けた。


『…申し訳ないんだけど、しばらく君のところに仕事を回すわけにいかなくなったんだよ…』


意味を理解するのに時間がかかり、俺は一瞬意識が飛んだような気がした。

No.15

主人には何も言わずに、ハッキリとした事が判ってから報告するつもりでいた。


次の週は病院に行けそうになかったので、その次の週の月曜日に休みをとって行く予定にした。


…そして…


悲しい出来事が起きた。

No.14

1年で軌道にのせる…


そう嫁と約束したので、俺はツテを頼って色んな会社へ行き、仕事をもらえないか、もしその会社がダメなら、別の会社を紹介して貰えないかと言い、朝から夜まで車を走らせた。


幸いな事に、得意先と呼べる会社を何社か確保し、仕事をまわしてもらった。


信用を積み上げないとならないので、最初はなかなか大変だったが、サラリーマン時代に経験した事を生かしたので、徐々に軌道にのってきた。


だから、嫁は何も言わなかった。

No.13

単調だけど幸せな毎日から1年が過ぎた頃、私に変化が見られるようになった。


私は… 妊娠した!


ほぼ予定通りに来る毎月のものが遅れていたし、女の勘というのか、予感する自分がいた。


私は仲良しのパート仲間の人にそれとなく話してみた。


すると
『良かったじゃん! おめでとう!』
と、とても喜んでくれた。


で、病院に行きたいのだけど何処がいいのかを尋ねると、彼女のお姉さんが通っていた産婦人科を紹介して貰った。


『来週、時間をつくって行ってくるね』


そういうと、彼女は微笑んでうなずいた。

No.12

俺は、毎日がむしゃらに働いた。


脱サラすると決めた時、嫁に相談したら
『あなたは私が反対しても、もう決めたんでしょ?その代わり、生活レベルをさげるような事はしないでね!』
…と言われた。


ま…ある程度予想がついていたけど、やっぱりため息が出た。


『それは判ってる。けど、軌道にのるまでは我慢してもらわないと…』
と言うと、キッと俺を睨み付け、
『だったら何時まで?』
と聞かれた。


『…1年… 1年待ってくれ。』
俺は嫁の顔を真っ直ぐ見て答えると
『…わかった…』
嫁は一言そう答えた。


確かに俺のワガママで家族を路頭に迷わす訳にはいかない。だから、嫁の気持ちはわかりすぎる程わかった。


けど…
これまで感じていた嫁との距離がまた広まった気がした。


俺はそれに気付きながら、仕事に打ち込む事で曖昧にしていた。

No.11

私は単調だけど、それなりに幸せな日々を送っていた。


毎日6時に起きて、主人と私のお弁当を作る。


主人は玉子焼きが好きで、私は義母に味付けを聞き、主人好みの玉子焼きを作る事に努力していた。


二人で食卓を囲み、主人が出かけた後に洗濯物を干してから、自転車を走らせパート先に向かう。


5時にパート先を後にして、近くのスーパーに立ち寄る。


レジの人と顔見知りになり、『明日は卵が安いからね』と言われ、明日は立ち寄らないつもりだったのに、『じゃあ、明日も来ますね』と思わず言ってしまった。


8時に主人が帰宅し、二人でまた食卓を囲み、日付が替わる頃にベッドに潜り込む。

主人の寝息を子守唄にしながら…

No.10

俺にとって嫁は、その頃はもう、ただの同居人だった。


結婚してすぐ子供が授かり、生まれ、手がかからなくなってきた頃だったから、お互いの存在意味は、子供が繋ぎ止めているという感じだった。


子供は無条件でかわいい。


けど、嫁は働きに行く事で自分の世界を作り、俺の事はあまり興味が無い様子だった。


俺は、それがある意味心地良いと思っていた。

No.9

私は結婚してしばらくは二人で過ごしたいと思ったので、主人に『子供はまだ要らない』と言った。


主人は、私の気持ちを受け入れてくれて、『いいよ』と言ってくれた。


だから、私はパートに出ることにした。


それにも主人は賛成してくれた。

No.8

俺は、見た目『遊んでそうな男』に見えたらしい。


だから、会社の飲み会や、友達と息抜きする為に遊びに行くと、良く女性が近づいてきた。


ある時は酔っ払って眠ってしまい、散漫な意識の中で誰かが俺の唇に触れていた事もあった。


けど…


俺の中では、幾ら言い寄られても、誰とでもそういう関係を持つ事はしなかった。


自分に『好き』という感情が無い限りは無理だった。


だから、食事だけの付き合いの女性もいた。


浮気…なんだけど、そこだけは俺の中で貫いた事だった。

No.7

私は、主人以外にお付き合いしたことが無かった。


だから、初めての事が多くて、いつも新鮮だった。


異性と一緒に何処かに遊びに行ったりすることや、食事したり、手を繋ぐことや、キスをするのも、もちろん…


…もちろん、そういう事をするのも、主人が初めてだった。


仕事が忙しい彼だったから、私はワガママを言わないように、彼からの連絡を待っていた。

No.6

俺は、かなり若くで結婚をした。


当時付き合っていた女性との間に子供が出来、俺は迷わず結婚を決意した。


けど…ホントは若かったし、もう少し遊びたかった。


だから…
俺は、結婚してから、何人もの女性と付き合った。

No.5

私は、25で結婚をした。


主人とは友達の紹介で付き合うようになった。


私より2つ年上で、大人しくて、仕事熱心な人だった。


両親はそんな彼をとても気に入り、私もこの人となら、幸せになれる…
そう信じていた。


けど…

No.4

俺は、脱サラする前はある工場に勤めていた。


そこでは何十人ものパートさんを束ね、仕事を振り分け、指導をしていた。


皆、俺よりずいぶん年上のおばちゃんばかりだったので、おばちゃんと話すのは平気だったのだが、彼女のような俺より年下の女性はどうも苦手だった。


…と言うか… 彼女を見ていると、何だか頼り無さそうで、あの頃の俺は、気持ちに余裕も無くて、ついつい必要最小限になってしまっていたのだった。

No.3

私は、彼が私に対する様子が、何となく他のパートさんとの違いに気付いていた。


一応は、笑顔で挨拶してくれるのだけれど、直ぐに別のパートさんの方に行く。


私が彼に用事があり、話かけても、用件をお互い伝え合うだけで、
『わかりました』
と言って、車に乗り込んで行ってしまうという感じだった。


私は人見知りする。
それに、大人しく見られる。


彼と話す時、何となく顔がひきつってるのかも知れない…


何故かため息が出た。

No.2

俺が彼女と出会ったのは、俺が脱サラして自分で会社を興してから2年くらい経った頃。


俺が初めて『得意先』として開拓した会社に彼女がいた。


彼女の存在は…
はっきり言って、あまり目立たない感じだったので、最初は挨拶するくらいで特に印象にも残らなかった。


それに…
何処と無く、影があるような感じで、ちょっと近寄りがたかった。

No.1

私が彼と出会ったのは、私が昔、パートで勤めていた会社。


もうかれこれ15年前くらいになる


彼はその会社に出入りする業者で、週2、3回は顔を合わせていた。


見た目はちょっとやんちゃな感じで、いつも私よりずっと年上のパートのおばちゃん達に話しかけられていた。


私はその様子をいつもずっと遠くから眺めていた

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