冷蔵庫
19時
「ただいまぁ」
………
まだ帰って来てないのか…
うちの玄関は朝から電気がつけっぱなし
返事のないリビングは真っ暗
エアコンのスイッチを入れながらテレビをつける
ピッピピピッ…
『ママ職場』
プルルルルッ…プルルルルッ…
『もしもし…いつもお世話になってます松下の娘ですが…はい…お願いします』
…お腹空いた
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4月も下旬になり希呼から久し振りに連絡があった……
『もしもし!あい?元気にしてるっ?』
『うん!希呼は?』
『私?元気に決まってるじゃん!あのねっ、ついに諭さんのお店がオープンしたのぉ!女将に頼んで休みが取れたから一緒に行こうよ』
『そうなんだ~分かった!一緒に行くよ』
希呼はかなりテンションが上がっていた
オープンしたんだ…
良かった
これで希呼への秘密がなくなる……
偶然会ったあの日以来、諭さんとは会っていなかったけど…広瀬さんから聴いた話のせいか…諭さんに対して妙な親近感が芽生えいた
諭さんの『過去』を勝手に覗いてしまい…罪悪感に似た気持ちも少しあったけど…
何だろう……
諭さんやあの女性が羨ましい気持ちもあった
あの時の複雑な二人の気持ちに寄り添っていた広瀬さんに……
私の事も知ってもらいたい…
そう思うようになっていた
橋をおり2つ目の交差点手前のマンション1階
お店に看板はなく
入口になっている引戸の磨り硝子に控えめな感じで書かれた
【あい】
白い外壁から少し離れた位置にチョコレート色に塗られた木の板が小さく格子状に張られ
外から中をうかがう事は出来ない
外壁とそのチョコレート色の木の壁の間には白い玉砂利が敷かれ、そこには等間隔に柔らかな光のライトが埋め込まれている
…所々に置かれたオレンジ色の陶器の鉢にはパセリが植えられていた
「オシャレなお店だね」
「さすが諭さん!…でも店の名前が『あい』って所が……」
「偶然だもん!って言うか私の『あい』の方が先なんだからね!」
「あはは、冗談だよ~あぁ~ドキドキするっ!諭さん、暫くうちにも来てないから会うの久し振りなんだぁ」
「…希呼…騒いじゃダメだからね」
「失礼ね!…じゃぁ、開けるよ」
カラカラカラッ……
「いらっしゃいませ」
引戸を開けると店員の女性が迎えてくれた
「いらっしゃいませ。2名様でしょうか?」
「はい」
「テーブル席とカウンター席とございますが、どちらになさいますか?」
「…お忙しいところ大変申し訳ございません。私、夕顔の若女将をしております中野 希呼と申します。お時間を頂けるようでしたら、加藤様にご挨拶をさせて頂きたいのですが」
「…夕顔の中野様ですね。かしこまりました。暫くお待ちください」
店員はそう言うと奥に入って行った
「希呼!何だか…女将さんを見てるみたいだった!大人…みたい」
「…ちゃぁんと挨拶してから入らせてもらわなきゃね。それがこの辺りの筋ですから」
「へぇ~っ…凄いっ」
「お待たせ致しました。…いらっしゃいませ」
私達に頭を下げ諭さんが現れた…
「オープンおめでとうございます」
希呼はそう言うとやっぱり頭を下げた
慌てて私も頭を下げる
「ありがとうございます。その節は夕顔の女将には大変お世話になりました。どうぞごゆっくりお過ごしください」
諭さんは柔らかな笑顔で姿勢良く立っている
あぁ…やっぱり……
諭さんは素敵なんだ
「ありがとうございます。お時間がございましたら是非、夕顔の方へもお立ち寄りくださいと女将が申しておりました」
「はい、今後とも変わらぬお付き合いを宜しくお願い致します」
おぉ~…!
二人の大人な会話に感動してしまう……
希呼は…ちゃんと
若女将になっていってる…
「あいちゃん、来てくれてありがとう」
諭さんが声をかけてくれた
「あっ…オープンおめでとうございます」
「…席は…テーブルが良いね」
「いえっ!是非とも諭さんが見えるカウンターでっ!」
希呼が言った……
「あはは…じゃぁ、カウンターにどうぞ」
苦笑いしながら諭さんは席に案内してくれた
調理場をぐるっと囲むように出来たカウンター席
諭さんは私達が席に着くと直ぐに調理場の中に入った
希呼はうっとりした顔で諭さんを見ている
「希呼、そんなに見たら諭さんが仕事しにくくない?」
「えぇっ!見たいからカウンターに座ったんだもん」
だもんって…
さっきの大人な希呼はどこ行った!?
「えっと…決まった?」
お品書きよりも諭さんに目が行く希呼は注文を決めていない
「ほら、希呼決めなきゃ!諭さんが待ってるよ」
「ホントだ~、困りますねぇお客さん。早く注文してくださいよ」
はっ!?
「げっ……祐輔」
「こんばんは~」
振り返ると祐輔さんが真後ろに立っていた
「何であんたがここにいるのよっ」
「つれないなぁ希呼ちゃん……諭さん、説明してやってくださいよぉ」
「あはは…ここの工事、祐輔の親父さんに頼んだんだ。ちょっと不具合があったからこいつに直しに来てもらってたとこ」
「分かったぁ?希呼ちゃん」
「ふん…終わったなら帰ればぁ?」
「希呼…ここは夕顔じゃないんだからっ」
この二人は…きっといつもこんな感じなんだろう
「はい、お通し」
諭さんが小鉢を出してくれた
胡瓜と玉葱の和え物
薄く細ぎりされた胡瓜と玉葱が叩いた梅と鰹節で和えてあった
「その梅はうちの母親がつけた梅…どうぞ」
「いただきます」
あっ…美味しい~
「…だからさぁ…何であんたが隣に座るのっ!?」
「だってまだ来ないんだもん」
「まだ来ない?誰が?」
「えっ?啓太さんと尚人さん」
「えっっ!広瀬さん来るんですかっ!?」
「あっ…うん…」
思いかけず出た広瀬さんの名前に声が上ずった
祐輔さんは…ビックリした顔をしている
「あぁ…良かったら同席どうぞ」
「ホントですか!?」
「私はやだ」
「なら、希呼ちゃんは来なくて良いよ。お友達だけで」
「はぁ?!」
「おいおい…祐輔。希呼ちゃんに絡むな」
諭さんが二人に呆れた顔をした
「…奥に個室がひとつだけあるから、そっちに移動したら良いよ」
諭さんはそう言うと店員の女性に目配せした
「ご案内致します。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「あぁ、ごめんな、ゆか」
祐輔さんはその店員さんと知り合いらしく、個室に通された後も部屋の外で話し込んでいた
「あい~、尚人さん来るんだってぇ!良かったねぇ」
「うん…でも…良いのかな…勝手に同席しちゃって」
「諭さんが通してくれたんだもん、良いに決まってる」
「あはは…」
…ビックリするだろうな広瀬さん……
講義が終わるまでは大人しくしてる約束だったけど……
偶然だもん
良いよね?
まだ希呼に話せていない『事情』があったのを…思い出した
また今度…ゆっくり話そう
「さっ、先にビール飲んでようかな。二人は何にする?」
「烏龍茶」
「えっと…私も」
「…ビールがダメなら酎ハイにしたら?」
「…あんたってホントに馬鹿。未成年にアルコール勧めてどうすんの?」
「へぇ~…真面目なんだね二人とも…」
祐輔さんがニヤニヤ笑いながら呼び出しブザーを鳴らした
「生をひとつと烏龍茶をふたつ…後は…諭さんに任せるわ」
「かしこまりました」
店員さんがオーダーを取って部屋から出ようとした時にタイミング良く個室の扉が開いた
「……祐輔?」
「尚人さん、お疲れさまですっ!」
「お邪魔してまぁす」
祐輔さんと希呼が広瀬さんに挨拶をした
「いらっしゃいませ」
店員さんが微笑む
「…今日の約束は…このメンバーだったか?」
「たまたまです!堅い事言わないでくださいよ」
「そっ、偶然だから気にしないで!」
何故か…さっきまで喧嘩していた二人の息が妙に合っていて思わず笑いが出た
広瀬さんと…目が合った
「こんばんは。お邪魔して…ます」
「……はい」
それから…啓太さんが合流し……まるで夫婦漫才のような、祐輔さんと希呼の会話に皆が笑い諭さんが作ってくれる美味しくて楽しい料理に大満足した
私が一番好きだったのは…
『カリパリプチサラダ』
パリっとした細ぎりレタスの上に、貝割れ大根とプチトマト、揚げたての細ぎりジャガイモがのっている
添えられた青じそドレッシングが良く合っていて…すっごく美味しかった
「…お前…良く食うな」
「だってすっごく美味しいだもん!広瀬さんも飲んでばかりいないで、野菜もちゃんと食べてくださいね」
「…そのコロコロしたやつ…何?」
「里芋のコロッケ!中に明太子が入ってて美味しかったですよ」
「もう…食ったのか。…それ取って」
「はい、どうぞ」
「……あのさ…さっきから少し気になってたんだけど…」
啓太さんが遠慮がちに口を開いた
「はい?」
「…尚人と…あいちゃんって…知り合いだったっけ?」
…あっ……
「あっ…えっと…ですね…その……」
何て答えたら良いか解らず広瀬さんを見る
「…別に隠す事ないだろ?」
彼が意味ありげにニヤリと笑った
「えっ!?何?何かあるんですかっ?」
祐輔さんが興味津々な顔で食い付く
「ほら、説明して」
彼が私を見た
「…友達……です」
「ちょっと違う。俺が講師をする事になった看護学校の生徒だ…今は」
「はぁ?」
希呼が驚いた声を上げた
「隠してた訳じゃないの!言うタイミングがなくて…ごめんね希呼」
「いやいや…講師はさておき…友達って何?」
「あぁ…それは……」
「俺の講義が終わったら俺たち友達になるんだよな?」
彼のその言葉に
啓太さんがグラスを倒した……
「…何やってんだ啓太」
「あぁ…いや…ごめん」
希呼が慌ててテーブルを拭いた
「そんなに驚く事か?」
彼はそう言うとグラスに残っていたビールを一気に流し込んだ
「じゃぁ、明日早いから俺は帰るわ」
そう言うと彼は立ち上がった
「えぇ!尚人さん、次、行きましょうよ~」
祐輔さんの誘いに
「どうせお前の『次』はあの店だろ?悪いがあそこの女には興味がない」
と笑い返した……
「啓太これ」
そう言いながら啓太さんにお金を渡す
「……お前も帰るか?」
彼は私を見た
「あっ…はい」
「じゃぁ、帰るぞ。近いから今日は歩きな」
彼は個室から出て行く
「希呼…」
「良いよ!また…連絡するからねぇ」
ニヤニヤ笑う希呼
「啓太さん…お会計…」
私がバッグから財布を出そうとすると
「あいちゃん、尚人からもうもらってるから良いよ」
啓太さんはそう言って笑った
「でもそれは……」
「良いの。ほら行って」
「ありがとうございました!また…」
慌てて私も個室を出た
個室を出ると調理場の諭さんに軽く手を上げた広瀬さんが見えた
「諭さん、ご馳走さまでした!また来ます、必ず来ます!」
「ありがとう、気をつけて帰れよ」
「はい!」
こっちを振り向く事なく表に出てしまった彼
ちょっと、待ってよっ
「ありがとうございました。またいらしてくださいね」
祐輔さんの知り合いらしき店員さんに声をかけられ会釈する
急いで後を追い表に出た
あれっ…?
どこに行った!?
あっ…いた……
彼はしゃがんでオレンジの陶器の鉢に植えられたパセリを…見ていた
「広瀬…さん?」
「…パセリ…好きなんですか?」
「嫌い」
「まじまじ見てるから…好きなのかと思いました…」
「…小学生の時…うちの母親がさベランダのプランターでパセリを育てだしたんだ。『自分で可愛がって成長するのを見れば好きになるはずだから』って言われて水やり係を頼まれた事が…ある」
「毎日、お水をあげても…好きにならなかったんですか?」
「…嫌いだから…わざと水をやらないで枯らした」
げっ……
「あはは……怒られました?」
「…いいや。次は俺の好きなトマトを植えた」
「好きなら水やり…したんですよね?」
「母親がね。…パセリ…水くらいやれば良かったよな」
そう言うと彼はすくっと立ち…寂しそうに…笑った
「帰るか」
「…はい」
マンションまで徒歩15分
とくに何を話す訳でもなくゆっくり歩く
春の終わりの夜風は生暖かく、葉桜になってしまった桜の木の下のアスファルトには、色褪せ茶色くなった花びらがこびりついている
「…広瀬さん、友達って…皆に言っちゃって良かったんですか?」
「良いよ」
「…変に思わなかったですかね…啓太さんや祐輔さん」
「事実なんだし。隠しておく方が変だろ?あっ…もう一度言っておくけど…」
「友達は講義が終わったら…でしょ?」
「それだけ解ってれば何の問題もないよ」
…そう言いながらも
『お前も帰るか』
って言う彼が…
好きです
希呼からそのメールが入ったのは…諭さんのお店に行った日から
3週間が過ぎた雨の日の夜だった
【諭さん結婚したんだって…】
えッ……えぇぇぇぇ!
【誰から聞いたの!?
希呼…大丈夫?今からそっちに行こうか?】
【一緒にお店に行った日…希呼と尚人さんが帰った後に祐輔から聞いたの。心配しないで私は大丈夫だから!】
【…ホントに大丈夫?】
【うん。始めから私みたいな子供…相手にしてくれるとは思ってなかったし…ホントに大丈夫。連休で忙しくてさぁ、連絡するの遅くなってごめんねぇ!また今度遊びに来てよ】
【うん…何かあったらいつでも連絡してよ?
直ぐに行くから!】
【了解しましたぁ!
またね!学校頑張って!】
…希呼……
「麻子、なんか…ニヤニヤしてない?」
「えっ?そう?」
携帯を閉じながら麻子は笑って答えた
「うん、良い事でもあった?」
「えへへ……気になるひとがいるんだけど…もしかしたら上手くいくかも知れない」
「そうなの?良かったね!上手くいったら紹介してよ~」
「あは、その時はね」
最近の麻子は少し変わった気がする
高校の時のような校則がある訳じゃないから当然なのかも知れないけど……
化粧は濃いめ
この前は…3つ目のピアスを開けてきた
学校にはちゃんと来て講義も受けている
でも…いつもひとりで携帯をいじっている
私は…麻子の他にも仲良くなった友達がいて
その子達と一緒にいる事が多くなっていた
学校には来てるし…それにひとは見た目じゃないよね
麻子は私なんかより…ずっと看護師になりたい気持ちが強いんだから
もう…高校生の子供じゃないんだもん
学校の講義はそれなりに面白かった
『未知の世界』を覗いてる気分
勿論…眠たくてたまらない…つまらない講義もあったけど
ヒトって…不思議
生きてるって不思議
純粋にそう思う
明日からいよいよ6月
『薬理学』の講義は
火曜日と金曜日
ドキドキする
考えると
勝手に顔が弛む
最初の講義が終わったら…希呼に報告しなきゃ
希呼は強いから…
大丈夫だよね
きっと頑張って
女将修行してる
学校の帰り
夕飯の買い出しにバイトをしていたスーパーに寄った
「あいちゃ~ん、久し振りだねぇ元気?」
「店長、お疲れ様です」
「学校どう?楽しい?暇ならまたうちでバイトしちゃう?」
「あはは…忙しくしてます」
「そっかぁ残念だな」
店長の丸い肩越しに見覚えのあるひとを見つけた
…塔子…
「店長、また来ますね!失礼します」
彼女から見えない位置に移動しもう一度確認する
あ…れっ?
さっきは店長で良く見えなかったけど…
塔子の左手は小さな男の子と繋がれていた
あの子…誰?
「ねぇ~ママ!お菓子見てきて良い?」
「良いわよ。ちゃんとそこにいてね」
ママ……!?
子供…!?
隠れた私の傍を走り過ぎたその男の子…
4歳くらい?
とても利発そうな子だった
どう言う…事?
塔子は結婚してるの?
頭が軽いパニックを起こした……
見てしまった事実に出せる答えがないか…色々な事を思い出してみる
彼のネクタイを直した塔子
彼を『尚人』と呼ぶ塔子
彼の家に来た塔子
…塔子の手を掴み帰って行った
広瀬さん……
「あら…こんにちは」
ふいに掛けられた声に、はっ…とする
気が付かないうちに私はその塔子に見つかっていた
「あっ…こんにちは」
塔子はやっぱり怖いくらい綺麗だった
「お買い物?」
「はい…」
じっと私を見る彼女
「…髪…生え際と随分色が違うわね。そろそろサロンに行った方が良さそうよ?」
「…分かってます」
「…貴女、尚人と同じマンションに住んでるらしいわね。良かったら送りましょうか?」
「えっ?」
「今から行くから」
今から…行く?
「行くって…広瀬さんの…ところにですか?」
ふっ…と彼女が笑う
「そうよ」
「…結構です。自転車で来てますから」
「あら…そう」
「ママ~ッ!お菓子、これが良いよっ」
さっきの男の子が走って塔子に飛び付く
「良いわよ」
彼女は男の子に柔らかな笑顔を見せその子の髪を細く長い指でかきあげた
「……お子さん…ですか?」
「えぇ。可愛いでしょう?」
「…結婚されてるんですね」
「結婚してたの」
「えっ?」
「シングルよ。この子が生まれてからずっと」
「はぁ…」
「だからこうして尚人の所にも行けるの」
「……」
返す言葉がない
「貴女は尚人の何?ただの…ご近所さん?」
「…友達…です」
言ってしまった
後から広瀬さんに怒られるだろうか…
「ふふ…そう、お友達なのねぇ…」
彼女は長い髪を耳にかけた
「ねぇ~ママ行こうよ」
「はいはい、ごめんねぇ尚哉。行きましょう」
なおや…?
「お友達なら…きっとまたお会いするわね」
そう言って塔子は男の子の手をひきレジに並んだ
『松下家の晩御飯』
カップラーメン
おにぎり
「ちょっと~あい?今日はこれだけ?」
「そっ…これだけ」
「な…何?何か怒ってるの?」
ママが顔を覗き込む
「何でもない……」
ズルズルと麺をすする
ママは物足りないらしく冷蔵庫を開け、何か他の物がないか物色している
「あい~、厚焼き卵食べる?今から作るから」
「いらない」
「あっそ」
ママが卵をかき混ぜる音がする
チャッチャチャッチャッ…
…塔子の自信満々な態度……
やっぱり二人は何かがあるんだ
子供も…家に連れて行ってるんだ
私は今はただの生徒
それが終わっても…
ただの友達
ガラツ…
ざわついていた教室が彼の登場で一瞬にして静かになった…
日直の号令で講義が始まる
「今日から薬理学Ⅰの講義を担当する薬剤師の広瀬です」
私は目が合わないように下を向く
「…出席を取ってから講義に入ります」
彼の低い声が静かな教室に響く
「…松下 あい」
「…はい」
返事をした時に目が合った
銀縁のメガネの奥…
彼の感情は何も映らない
90分の講義は淡々と進められた
黒板に書かれた文字は…彼自身を表しているかのように整然としていた
彼の講義が終わり希呼にメールをする
【元気?今日は広瀬さんの初めての講義でしたぁ~!
…希呼…ホントに元気?】
…送信
暫くして希呼の返信が届いた
【講義どうだった? 厳しそうだよね、尚人さんってぇ!
私はホントに大丈夫だよぉ!
心配してくれてありがとっっ!
またイイ男探すわ】
良かった…
私も『ウダウダ』なんてしてられない
ひとりであれこれ考えたって…答えなんて出ないもの!
…まずは約束通り
ちゃんと彼の講義を受けて………
【塔子に会ったんだって?】
そんな短いメールが彼から届いたのは夜遅くなってからだった
【はい。スーパーで偶然。
あっ!その前は水沢町にあるサロンで会いました】
【何か話した?】
話したけど…
何と言って良いやら…
【まぁ…挨拶程度です】
【…何か言われたんだろ?塔子の言う事は気にしなくて良いから】
気にしなくて良いからってアナタ!
あれは誰だって気になるでしょうが!
【はぁい、気にしません!】
【講義しっかりついてこいよ。赤点採ったら追試に2千円かかるらしいからな】
【絶対に払いませんっ】
【まっ頑張って】
…広瀬さん……
ホントはね…
講義よりも聴きたい事がたくさんたくさんあるんだよ
学校と家を往復するだけの単調な毎日
勉強は…不思議と面白い
と言っても、テストの成績は真ん中辺り
『普通』ってとこ
そろそろまたバイトでも始めようかな……
スーパーでバイトしていた時の貯金は、働いてないんだから減る事はあっても増える事はない
それでも…うちの冷蔵庫…『金庫』に入れてある通帳と印鑑は絶対に遣わない
新しい洋服も欲しいなぁ……
そんな事を考えてる時…
麻子がバッグから出したブランド物のお財布とキーケースが目についた
「麻子、何かバイトしてるの?」
「えっ…?してないけど…何で?」
「うぅん。バイトしないと欲しい物も買えないなぁって思って。そのお財布可愛いね」
「あぁこれ?自分で買ったんじゃないよ」
「そうなの?えっ…もしかして彼?」
「うん」
麻子は照れくさそうに笑った
「上手くいってるんだぁ!良いなぁ羨ましいっ!どんなひとなの?」
「う~ん…普通のひとだよ…」
「歳はいくつ?」
「ん…ちょっと年上」
「へぇ~、じゃぁ、仕事してるひとなんだ!そうだよね、そんな可愛いお財布プレゼントしてくれるんだから」
「うん」
…?
何だか…麻子の態度に歯切れの悪さを感じ私はそれ以上話を聞くのを止めた
7月に入ると
麻子は学校を休みがちになった
「セフェム系抗生物質はペニシリンとよく似た化学構造をしていて、便宜上第1第2第3世代にわけられる……第1世代は……」
広瀬さんの頭の中は一体どうなってるんだろ…
教科書を延々読み続ける講師
プリントをやらせて終わる講師
雑談が殆どの講師
色んな講師がいる中で彼は必要以上に教科書を読まない
「教科書何ページの何段目にライン」
彼がそう言ったそれは…
テストや国家試験に良く出される箇所
…だそうだ
最初は緊張した彼の講義も、回数を重ねるうちに彼の声や立ち振舞いを楽しむ余裕すら出てきた
パコッ…
痛っ……!
気がつくと…隣に彼が立っていた
「…随分と余裕がありますね。65ページから読んでください」
慌てページを巡る
すみません…
寝てました
【今日は…すみませんでした】
一応…謝りのメールを送っておく
ピロピロピロッ…
直ぐに返信がきた
【テストが楽しみだな】
きゃぁぁ~っ
【大丈夫!絶対に赤点は採りませんから!】
【まぁいい…ところで聞きたい事があったんだけど、蒲田って子がいるだろ?
暫く講義の欠席が続いてるんだけど】
…気付いてたんだ
【広瀬さんの講義だけじゃなくて…学校自体を休む事が多くて…】
【そうか…俺の講義が面白くないのかと思ってた】
あれっ…あれれ?
そんな事を気にするひとなんだ…
意外…!
【大丈夫ですよ!広瀬さんの講義は解りやすくてすっごく面白いです!】
ちょっと励ましてみる
ピロピロピロッ…
【でも寝るんだな】
………
だから謝ってるでしょうが!
でも…そんな事を気にする『普通』なところに安心してしまう
…可愛い
「夕べさぁ…蒲田さんを見かけたんだよねぇ」
一限目が終わった休み時間…結子が口を開いた
「えっ…?」
結子は週末、居酒屋でバイトをしている
「うちの店の場所知ってる?3つ先の交差点を左に曲がったらホテル街なんだけど…」
「う…ん」
「あそこを通った方が家まで近いんだ。で……23時過ぎに通った時にホテルに入る蒲田さんを見たの!」
「…彼氏いるみたいだし…別に良いんじゃない?」
私は結子にそう返した
「彼氏!?あれが?」
「あれがって?」
「どう見てもオヤジ!親子くらい離れてるよっ!」
「…」
…『ちょっと年上』
と…歯切れ悪く答えた麻子の顔を思い出した
「あれは援交か出会い系に違いない!あり得ない組み合わせだったもん」
興奮気味に顔を紅潮させる結子…
「そうと決まった訳じゃないから…色々詮索しない方が…」
そう言ったけど…
一緒にこの話を聞いていた子達は勝手な想像を膨らませ…笑っていた
…麻子……?
『で……こんな夜中に…俺にどうしろって言ってるんだ?』
…時刻は24時35分
非常識な時間だとは重々承知してます……
『広瀬さんじゃなくて…私はどうしたら良いんでしょう?』
麻子の事を考えてたら眠れなくなった
…彼女が講義を欠席している事を気にしていた広瀬さんに…思わず電話をした
『どうしたら良いんでしょう?って……お前にどうにか出来るのか?…放っておけ』
『えっ…友達なんですよ!?放っておけなんて…』
『…本人が何も言って来ないんだろ?…いくら友達でも他人だ。踏み込んで良い事とそうでない事とある』
『…皆が噂してる事が本当なら…止めさせなきゃ』
…そうしなきゃ
麻子はきっと学校を辞めてしまう……
看護師になりたかった彼女の気持ちを…私は知ってる…
『お前は…他の奴らと同じ目で見てるのか?まぁ…話だけを聞けばその可能性は高いけど』
『私はちょっと…違う。その…援交や出会い系がどうのより麻子が看護師になりたがっていたのを私は知ってるから…それがこのまま叶わなくなるのが本当に良いのかなぁ…って』
『…それなら待て』
『えっ…?』
待てって…待っててどうなるの!?
『その子が…本気でそう思ってたら…まだその気が残ってるなら…そのうち何かしらサインを出してくる』
『サイン?』
『お前には看護師になりたかった理由を話したんだろ?』
私に語りかけるように話す広瀬さんの声は…諭すような穏やかな声だった
『彼女がお前の力を必要とするならきっとサインを出す。お前はそれを見逃さなければ良い…でも彼女が看護師になる事を辞めたなら…それも彼女の道だ。お前とは別の道だ』
『明日も早い…もう寝るぞ』
…そう言って電話を切られました
広瀬さんは臨時講師なので本業の薬局での仕事の合間を縫って講義に来てくれてます……
「サイン…ねぇ」
麻子にメールをしてみようかと思ったけど…
広瀬さんの言葉を信じて待ってみようと思い直しました
麻子がまだ看護師に成りたいなら…
私の力が必要なら…
【サイン】が出る
あぁ…もう1時
私も寝ます
「手伝って頂きたい事があります。今日の日直はどなたですか?」
薬理学の講義前
広瀬さんが教室を覗いて言った
「はい、私です」
…私ですよ広瀬さん
「配っていて欲しい資料があります。コピー室までお願いします」
「分かりました」
そのまま教室を出て彼の後ろを歩く
コピー室に着くと5つのコピーの束が置いてあった
「講義が始まるまでに一枚ずつ配ってください」
「はい」
そのコピーの束を交互に重ね部屋を出ようとした
「…今日も欠席か?」
麻子の事…
「はい…まだ来てません」
そう答えると彼は鞄から一枚の紙を出し束の一番上に乗せた
「他の教科の事までは把握してない…これは薬理学だけの分だ」
紙を見ると…麻子の今までの薬理学の講義の出欠と…
これからの講義予定が書いてあった
「*印がある分は…講師として絶対に外して欲しくない講義だ。単位が欲しいなら…その子が欠席出来るのは今日を含めてあと4回」
広瀬さん……
「…これ…昨日の電話の後に作ったんですか?」
そう聞きながら私は彼を見た
「講師として俺が出来る事だ。こっちは真剣に講義をしてる。欠席を理由に単位を落とされるのは俺としても不本意だ」
「広瀬さんって…なんだかんだ言って…優しいですよね」
「…夜中にあんな電話を受けるのもご免だ。ほら、配る時間がなくなるぞ」
そう言って彼は先に部屋を出て行った
私はコピーの束を机に置き直し彼から預かった紙を四つ折りにしスカートのポケットにしまった
厳しいような…意地悪な言い方も全部彼の照れ隠し…
私の【迷いのサイン】をちゃんと受け取ってくれた
そう…思っても良いよね…?
広瀬さんっ
>> 236
『松下家の晩御飯』
豚こまと長芋のオイスター炒め
トマトと豆腐の肉味噌サラダ
玉子スープ
ご飯
…結局…今日も麻子は学校に来なかった
薬理学が休めるのはあと3回…
それとなく私も先生に聞いてみた…
今のところ『薬理学Ⅰ』が一番単位数が少ない…
単位を落としても来年度、その教科だけ別枠で講義を受ける事も可能らしいけど……先生が言うには
『単位を落とした理由にもよる……』
と言う事だった
『出席日数不足』
の生徒の大半は…そのまま学校を辞めてしまうらしい
ザァッ…………
「あぁ~良いお風呂だったわぁ~ビール、ビール」
風呂上がり…そのまま冷蔵庫を開けビールを取り出すママ
オヤジだわ…
んっ……?
「ママ、もしかして洗濯してるの?」
「うん、明日は天気が悪いらしいから夜のうちにしておくわ」
「ふ~ん」
………
「あぁぁぁっ!!」
あの紙!
スカートのポケットに…
入れっぱなしっ!!
バタバタバタバタッ…
…水で少し濡れてしまったあの紙に…
ドライヤ‐をあて…
優しく優しくアイロンをかける
…危なかった
『洗濯しちゃいましたぁ!』
なんて広瀬さんに言ったら…
アイロンでほんのり温かくなった紙…
彼なりの優しさの温度を感じる
「なんなの…その紙と…あなたのにやけた顔は……」
ママが不審そうに私を見た
「べ…別に何でもないよっ!」
「100点でも採った大事な答案用紙かなぁ~?」
ママが意地悪な顔をした
ふんっ!
プルルルルルッ…プルルルルルッ…
私の携帯が鳴る
…知らない番号
誰…だろ?
知らない番号に出るのを躊躇った…
最近…ちらほら聞く 『ワン切り』詐欺
悪徳業者が電話に出たりかけ直してきた事をいい事に……
色んな『請求』をしてくる…恐ろしい電話
私にかかって来たその電話は…
『ワン切り』ではなく
5回程コールが鳴ったあとに切れた
「出なくて良かったの?」
携帯を見つめる私にママが聞く
「う~ん…知らない番号からだったんだよね…」
「あら…変な電話じゃなきゃ良いけど。ママの職場のひとにもね………」
それからママは
私が躊躇った理由と同じ被害に遭いかけた同僚の事を延々と話し出した
「本当にあいに用事があったならまたかかってくるわよ」
「うん、そうだね」
…結局…その夜は
その番号からの電話がかかってくる事はなかった
「麻子ちゃんから借りてた本を返したくて電話したんだけど…なんか番号変わってるみたい」
偶然にもそんな会話が聞こえてきたのは翌日の教室
「え~そうなの?私も知らなかった!」
「…このまま学校…辞めちゃうのかな?」
クラスメイトのそんな会話を聞きながら私は課題のプリントを仕上げていた
あれ……?
ふと…夕べかかってきた知らない番号からの電話を思い出す
もしかして
麻子?
ポケットから携帯を取り出し着信履歴を見る
………
『サインを見逃さなければ良い』
あの時の広瀬さんの言葉が頭に響いた
ガタッ……
「あいちゃん、ちょっと…どうしたの!?」
急に立ち上がった私にビックリした友達が言った
「ちょっと急用!」
そのまま私は携帯を握りしめ学校の非常階段に走った
非常口を開けて階段に出るとむっとした湿度の高い風が吹き上がる
照りつける日射しを避け影になっている場所に腰掛けた
もう一度着信履歴を開く
麻子でありますように…
ダイヤルボタンを押した
プルルルルルッ…プルルルルルッ…プルルルルルッ…プルルルルルッ………
何度かコールが鳴り
電話は留守電に切り替わった…
私は…メッセージを残さずそのまま電話を切った
麻子だったら…
私の着信を見てまたかけてきてくれる
…そう信じて
額にうっすらとかいた汗を拭い
目下に広がる真夏の街並みを暫く眺めていた
🍀お知らせ🍀
キキです🙊
『冷蔵庫』を読んでくださっている皆様
『冷蔵庫の部屋』に来てくださっている皆様
いつも本当にありがとうございます🙈✨
…私事ではありますが病気療養の為
暫く本編の更新をお休みさせて頂く事になりました🙉⤵
元々…持病があり内服で治療していましたが…検査の結果、手術が必要となりました🙉💦
ちょっと入院してきます🙈💨
本編はゆっくり丁寧に書きたいのでひとまず休載させてください🙈💧
『冷蔵庫の部屋』はこのまま皆様の交流の部屋としてお使いくださいね🙈✨
キキも…遊びに行きますので……
皆様❗
再開出来たその時は…また宜しくお願い致します🙊🎵
あい🍏尚人🍏キキ🙊
「あいちゃん、急に飛び出して…どうしたの?」
「あっ…うん。ちょっと電話しなきゃいけなかったのを思い出して……」
プルルルルルッ…プルルルルルッ…
ジーンズのポケットの中で携帯が振るえる
慌てて取り出しディスプレイを見た
あの番号!
教室の時計は次の講義の始まりを知らせようとしていた
「あいちゃん!?」
「ごめん!次の講義無理!」
「無理って!?」
隣の席の由美の驚いた声を聞きながら
私はまた教室を飛び出した
教室のドアを閉めながら鳴り続ける携帯を開き通話ボタンを押す
『もしもし…!?』
携帯を耳にあてながら…またひと気のない非常階段に向かった
『…もしもし!?』
返事のない携帯に向かって呼び掛ける
『……麻子?』
迷いながらも彼女の名前を呼んだ
『………うん…あい…元気?』
『元気だよ。何してるの?…携帯変えたんだね』
『うん…ごめんね。ずっと連絡しなくて』
麻子の携帯から…賑やかなひとの声と何かのアナウンスが聞こえてくる
『麻子、今どこにいるの?…誰かと一緒?』
『…一人だよ。今ね駅』
『駅って?』
『あいちゃん頑張って看護師になってね』
『えっ…?』
『もう時間がないから…私、今から大阪に行くの。学校も辞める』
『大阪!?麻子…?』
『あい、電話…私からって…解ってくれてありがとう。落ち着いたらメールするね』
『ねぇ!どうしたの?何があったの?』
『心配しないで!私が自分で選んだ事だから。もう…行かなきゃ』
麻子の後ろで電車の出発を知らせる音が響いている
『あい、またね!』
プーッ…プーッ…プーッ…
7月…
こうして麻子は理由も言わず…さよならも言わず…学校を辞めてしまいました
それから…
麻子が学校を辞めた事を担任から聞かされると、例の噂話に火がついたけど…短い夏休みを挟むと、みんな何事も無かったかのように…最初から麻子は居なかったかのような…変わらない毎日が過ぎて行った
テストや課題提出に追われながらもそれなりに楽しい学生生活
そんな中でも私は
ふと…麻子の事を思い出す事があった
長い付き合いの友達ではなかったけど
電話で話したあの時に麻子は本当は何が言いたかったのか…
私がもっと早く連絡しておけば何かが変わったのか
『落ち着いたらメールするね』
秋の入り口…
麻子からのメールはまだありません
【講義お疲れ様でした!】
11月
広瀬さんの『薬理学Ⅰ』の講義が終わった
『麻子の事…学校を辞める事になってごめんなさい。単位の事や講義の予定も教えてくれてたのに…』
気に掛けてくれていた広瀬さんに言った
『彼女が決めた事だろう?どうしてお前が謝るのか…俺にはさっぱり解らない』
広瀬さんはそう言って笑った
ピロピロピロッ…
メール受信
【講義は終わったがテストはまだだ
俺が追試験を作らなくて済むようにしてくれ】
あはは……
【もし…この私が良い点数をとれたとしたら…何かご褒美なんかありますか?】
ピロピロピロッ…
【その時は考えてやっても良いぞ。まぁ…追試験を作る確率の方が高いけどな】
まぁ!ご褒美あり!?
【頑張りますっ!】
そう言えば…暫く希呼に会ってないなぁ…そう思い電話をしてみた
『希呼~元気?』
『うん、元気だよ~ちょうど私もあいに連絡しようと思ってたところだったんだ』
『そうなの?…え~希呼…何かあった?』
『あはは…会って直接話したいからさぁ…時間作れる?』
『あ…うん、分かった』
私のテストが終わる週末に諭さんのお店で会う事になった
希呼にしては珍しく歯切れの悪い電話
気になりつつも…会って話したいと言う彼女の意思を尊重する事にした
諭さんの結婚以来
『平気!』
と、明るく振る舞っていた希呼を…私もずっと気になっていた
諭さんの事でまだ落ち込んでいるとも思えないけど
悪い話じゃなければ良いな……
ん……?
諭さんのツレだったあの女性は…今…どうしてるんだろう
「はぁ~っ!?」
「えっ………」
「…マジかよ……」
「……」
ここは諭さんのお店
【あい】の個室
今日は何故か
私、広瀬さん、啓太さん…そして諭さんが…目の前に座っているこの二人にお呼ばれしていた
「まっ、そう言う事なんで宜しくお願いします!」
私達に明るく無邪気に挨拶する祐輔さん…
その隣には恥ずかしそうに希呼が座っている
「…女将さん…なんだって?」
諭さんが恐る恐る口を開いた
「喜んでくれましたよ」
祐輔さんが笑顔で答えた
「親父さんは?」
啓太さんが心配そうに言った
「軽く殴られましたけど、あれくらいなぁんて事ないですよ」
「…その頭の弛みが無くなるくらい殴ってもらえば良かったのにな」
広瀬さんが呟いた
「希呼…おめでとう!」
「ありがとう、あい!」
希呼と祐輔さんが結婚します
夏には希呼はママになります
あぁ…ビックリ……
「でもね、でもね、こう言ったら何だけど…どうしてこうなったの!?」
すっかり酔っ払ってワイワイしている男性陣を横目に希呼に聞いてみた
「あはは…きっかけはね、諭さんが結婚した事なんだよねぇ。祐輔がさぁ…やけに私の事を心配してくれて。自分ではそんなに落ち込んでたつもりはなかったんだけど…妙に優しく構われちゃって」
あの…あの希呼がはにかみながら話す
「もっと早く言ってよぉ…!水くさいなぁ」
「だってほら…諭さんの事をきゃあきゃあ言ってた手前、言いにくくて…軽いなぁって思われたら…」
「えぇっ!私は希呼の事、そんな風に思ったりしないよっ!」
「うぅん…私じゃなくて祐輔。祐輔が…落ち込んでる私につけ込んだんだって…皆に思われたくなかったんだ」
そう言って祐輔さんを見る希呼の目はとても優しかった
「それにさ、あんなに喧嘩して仲が悪い印象しか与えてなかったでしょ?自分でもビックリよ!ホントに不思議」
希呼がおどけて見せる
「希呼…私が知ってる中で一番良い顔してるよ」
私はそう言いながら涙が止まらなかった
ちょっと生意気で少し大人びてて…でも思った事は言いたい放題の希呼が…
自分の事よりも何よりも…先ず『祐輔さん』の事を心配してた
きっとね、そう言う気持ちを…『本物』って言うんだよ、希呼
「さぁ、あと残ったのは尚人さんだけっすね!」
「…何がだ」
希呼と二人で抱き合いながら涙してる時だった
「ほら、俺もこうして結婚する訳だし」
「余計なお世話だ」
広瀬さんは無表情だった
「いつまで独身貴族でいるつもりなんすかぁ?」
「祐輔、飲み過ぎ」
啓太さんが割って入った
「啓太さん、この人は、はっきり言ってあげないと分かんないんですよ!いつまでもそんなんだから良からぬ噂だってたつんだし」
「良からぬ噂?…あぁ、あれか」
「あれか?はぁ?あんな噂たてられて腹がたたないんすか?こっちは先輩を心配して言ってんのに」
祐輔さんが笑った
「ちょっと祐輔…」
希呼が祐輔さんの腕を掴んだ
「それは有難い話しだな…まぁそれ以上に迷惑な話しだが」
広瀬さんが祐輔さんに冷たい視線を向けた
「尚人も…よせよ」
啓太さんがオロオロしている
「希呼ちゃん、こんな単細胞の後輩を貰ってくれてありがとう。俺、明日も早いから失礼するね」
そう言うと広瀬さんは祐輔さんの方を見ずに個室から出て行ってしまった
「俺が貰われたんじゃねぇ!俺が希呼を貰ったんだよっ!」
立ち上がり個室のドアに向かって叫ぶ祐輔さん
広瀬さんと入れ違いに料理を運んで来た諭さんがキョトンとしていた……
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