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あの日の私へ…震災からの日記

レス2 HIT数 2277 あ+ あ-

理人( 30代 kGEIh )
10/01/15 05:43(更新日時)

さっきNHKで「かみさまのいじわる」という震災特別番組をしていた。

当時二年生だった少年の叫びのような作文。

その言葉に

治ったとおもっていた心の傷はまだかさぶただったようで、端から血がにじんできたのが分かる。


あの日
倒壊した民家や
真ん中が折れて鉄筋がむき出しになった高速の橋桁の下を
泣くのを我慢しながら必死で自転車をこいでいた私へー…

No.1222241 10/01/14 23:08(スレ作成日時)

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No.1 10/01/14 23:30
理人 ( 30代 ♀ kGEIh )

訪問いただいた皆様へ

こんばんは
はじめまして理人です。


時として災難は
多かれ少なかれ人の心に重くて暗い陰をおとします。

十年近く地震の記憶に振り回され、押し込めるようにして生活してきた私ですが
昨年息子が生まれ、孤独感が薄らいだのか
やっとあの日からのことに向き合える気がしてきました。


1日1レスぐらいのペースかも知れないけど、書きます。


依然として心の傷は完治しきれていないため、中傷批判などはお控えいただけるとありがたいです

No.2 10/01/15 05:43
理人 ( 30代 ♀ kGEIh )

地震の前日まではよく覚えている。

地震以降、もやがかかったように記憶が鮮明ではない。
それは今でも続く。


5日前―…。


交換留学生のジャネットと共にスキー旅行から戻る。

雪を知らない彼女はとても満足したようだ、
現地での交友も都会とは違う新鮮さがあり、
楽しかった話を帰りの雷鳥の中で寝ずに話し続けていた


神戸に戻った夜、高校の友人と留学生仲間の4人で近所の居酒屋で飲む。

その当時、飲酒ルールに寛大だった日本では高校生だった我々でも制服でなければ堂々と飲めていた。
新長田という下町の繁華街に住んでいた私は、普段から毎晩のように外食をかねて家族で居酒屋ディナーを楽しんでいた。
小店は山のようにあった…
同じ業種でも何店舗もあって、その日の気分や腹具合で寿司脳なら寿司、お好み腹ならお好み、うどん舌ならまたうどん、とハシゴしたりもしていた。


個性がどこにいてもいい、許容量のある、町だったー…

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