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幸せの選択

レス407 HIT数 166270 あ+ あ-

りのあ( ♀ ij0Bh )
09/09/08 11:05(更新日時)

……今日と明日が辛くても
20年後が幸せならそれでいいじゃない



今は亡くなったおばあちゃんのこの言葉………



……ねぇ



20年後の私




今あなたは幸せですか?

No.1160094 09/05/17 23:46(スレ作成日時)

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No.1 09/05/18 00:11
りのあ ( ♀ ij0Bh )

優しい雨が降り続けてやっと晴れ間がのぞいたあの夕方



私が祐一と初めて出逢った日




『いらっしゃいませ~』


高校を卒業してからいろんなところでフリーターをしていた私が見つけた新しい職場



ガソリンスタンド




私と私の教育係の璃子さんが接客したのは、この近くに会社があるお得意様の跡取り息子の祐一




『なに? 新人?』



祐一は窓から身体を乗り出すようにして
めざとく璃子さんに私の事を聞いてきていた



慣れない手つきで窓を拭く私をタバコの煙を吐き出しながらジロジロ見る祐一




……ホントはね最初の印象


かなり怖かったんだ



まさか今こんな事になるなんて想像すらしなかったんだよ

No.2 09/05/18 00:27
りのあ ( ♀ ij0Bh )

当時私には付き合っている彼氏がいた



高校を卒業して3度目の夏



卒業してからはじめての同窓会



高校の時からずっと憧れていた彼も同窓会に出席していて意気投合した私達はその場で付き合う事になった



…でも遠距離



進学のために都会に出た彼は長期休みの時は地元にしばらく戻ってはくるが
普段は都会で暮らしている



彼にとっては同窓会というお酒の入った席での軽いノリだったのかもしれない



でも私は本当に嬉しかったんだ



【彼女】


なんて素敵な肩書きなんだろう


なんて素敵な呼び方なんだろう



憧れのあの人の彼女になれた
それだけで幸せだった



私から連絡しないかぎり連絡がこなくても…



都会で生活する彼の事をひとつも知らなくても……



私は彼女



それだけで幸せだった

No.3 09/05/18 00:34
りのあ ( ♀ ij0Bh )

彼は地元に戻ってくれば私に優しかった


普段都会にいる時はなかなか連絡がつかなかったり
メールの返事もこなかったり
『今 忙しいから』
そう言って電話を切られたりもしたけれど
地元に帰ってきた時は本当に優しかった


泊まりにも行った


何度もキスしてくれたし
何度も抱いてくれた



『地元妻じゃない?』

そんな意地悪を言う友達もいたけれど
私は平気だった



だって私は彼女だから…………




そんな彼との付き合いはちょうど2年を迎えた



この仕事を始めたのは彼が夏休みを終えて地元から都会に帰っていった次の日




私は彼一色だった

No.4 09/05/18 11:27
りのあ ( ♀ ij0Bh )

小学5年の時


朝学校に行くとみんなの雰囲気が違った


『おはよう』

そう挨拶しても誰も返事はしてくれなかった




当時必ず誰か1人は無視されている子がいた



今考えれば

ただたんに私の順番が回ってきただけ

そう思える事もできたが
あの頃の私にはそんな事はわからなかった



自分の何がいけなかったのか


何か悪い事をしただろうか


ずっとずっと悩んでいた



その無視も気がつけば違う子にターゲットが変わっていたがそれから私は

“みんなに好かれるようになりたい”


それだけに気を遣って生きてきた



……いや


“嫌われたくない”

ずっとずっとその一心だった

No.5 09/05/18 11:37
りのあ ( ♀ ij0Bh )

嫌われないようにするために

いつだって笑っていた


嫌な事やコンプレックスを指摘されてもそれを逆手にギャグにかえた


友達の頼みも必ずきいてあげた


自分の意見と違うと感じても

なるほど なるほど

と相づちをうった



嫌な顔なんて絶対にしたりしない


嫌な態度をとったりなんて絶対にしない


誰かと争うことを極端に避けてきた



嫌われたくない一心でたくさん無理もした



……だから彼氏との関係も常に受け身



彼氏が望む時に逢い
彼氏が望む時に抱かれた



言うことさえ聞いていたら私は彼女でいることができる



嫌われたくない



友達にも職場の人にも彼氏にも
この世の中の誰1人にも嫌われたくなかった

No.6 09/05/18 21:49
りのあ ( ♀ ij0Bh )

彼氏にたいして


もっと愛されたい


普通はそう思うのだろう


でも私は
やっぱり

嫌われたくない

という想いが強かった


アルコールが入っていたからとはいえ、なぜ憧れの彼が特別かわいくもない私なんかと付き合ってくれたのか分からなかった


都会にはもっとキレイな人もオシャレな人もいるのに……



自分に自信がない分だけ不安になり
不安はなおさら
嫌われたくない
という想いを増長させていく



本当は自分らしく
本当の私を愛してくれる人を求めていたのに……



彼女


この肩書きにしがみついていた私には
自分の本当の心の叫びにすら気がつこうとしていなかった

No.7 09/05/18 22:26
りのあ ( ♀ ij0Bh )

私らしさ……


それを引き出してくれたのは
彼氏でもなく
友達でもなく

……それは祐一だった



初めて祐一に出逢った日から
お得意様と呼ばれているだけあって祐一は頻繁にスタンドに訪れていた



原田工業



その名前の入った会社の営業車数台のガソリンを詰めるのが祐一の仕事なのかは分からないが
祐一はほぼ毎日スタンドに来ていた



そしてその度に私を捜してくれた



最初に逢ったあの日
【工藤 沙和】

私の胸につけてあった名札を見て名前を覚えたのか
なにかにつけて私を呼ぶようになっていった



『沙和ちゃん 原田さんからご指名よ(笑)』


先輩の璃子さん達にからかわれたりした事も度々だ



………なんで私なの!?



新人のくせに客に取り入るのは上手



先輩達にそう思われてないか不安で
祐一がスタンドに現れるのが本当は少し苦痛に感じていた

No.8 09/05/18 22:48
りのあ ( ♀ ij0Bh )

それでも祐一は大切なお客さま


しかもお得意様の原田工業の跡取り息子……


私ごときの新人が失礼な事をするのは許されない……



先輩達への申し訳なさもありながらも
私は祐一に精一杯の愛想をふりまいて接客していた



私が愛想をふりまけば祐一は喜んだ




工藤ちゃん



その呼び方から



沙和



になるにはそう時間はかからなかった



……そして私も



いつの間にか祐一がスタンドに来るのを待つようになっていた

No.9 09/05/18 23:06
りのあ ( ♀ ij0Bh )

祐一との他愛もない会話はすごく楽しかった



ガソリンを入れ終わるまで



そんな時間の限られた短い間だからなおさら楽しかったのかもしれない




本当に最初は

お得意様だから失礼があってはいけない

それだけだった



なのに私はどんどん

嫌われたくない


その感情に支配されていった



祐一に見せる笑顔


これはいつからか営業スマイルではなく 1人の男に見せる1人の女としての笑顔になっていった



嫌われたくない


その感情は本当だ


……でも


祐一が私に好意を持っているのも気がついていた



知らないフリをしていただけ



……求められる快感を私は覚え始めてきていたのだ

No.10 09/05/18 23:21
りのあ ( ♀ ij0Bh )

『今さらだけどコレ(笑)』


祐一が差し出したのは破ったメモ帳に書かれた祐一のアドレス



『絶対メールしてこいよな(笑)』


私の目をまっすぐに見て笑う祐一



私も笑顔でうなずいた



特徴はあるけれど男性にしてはキレイな字



アドレスは祐一の頭文字と後は誰かの頭文字が

“and”

でつながれている………



………彼女!?



心をギューッと握りつぶされたような感覚……



……胸が苦しいよ



………嫉妬?



その後仕事が全然手につかなかった



笑顔も無理矢理作ってた



認めたくなかったけれど
こんなに凹んで
こんなに落ちている自分自身に言い訳はできない



……そう私はあの時初めて
自分が祐一に恋をしている事に気がついたんだ

No.11 09/05/19 19:00
りのあ ( ♀ ij0Bh )

仕事を終えると私はすぐに祐一にメールを打った



【工藤です 】



………その後が続かなかった



メールしたい事はたくさんある



……でも万が一彼女が見たりしたら?



祐一の立場が悪くなるかもしれない



【いつもお世話になっています】



仕事上の付き合いのような感じで
固い文面を打ってみるがそれもしっくりいかない……



でもあまり固い文面でもおかしいような気がした



………どうしよう




いろいろなパターンでメールを打っては消去したりして
私はどうメールをするべきなのか
いつになく真剣に悩んでいた




2時間程携帯をいじりながら
結局


【工藤です アドレスありがとうございました 私の携帯番号です 】


と絵文字も無難なものを選び
携帯番号を記したそれだけのメールを送信した

No.12 09/05/19 22:35
りのあ ( ♀ ij0Bh )

それからすぐに祐一から電話がきた



『なんだよ あのメール(笑) 素っ気ねーな(笑)』



祐一はもっと違うメールでも期待していたのだろうか



あのアドレスのことさえなければ
もしかしたら私も普段祐一と話す感じのままでメールできたかもしれない



でも彼女がいるのかどうかも分からない状態で
アドレスからして彼女がいる可能性の方が高い状態で
祐一が期待するようなそんなメールを送れるわけもない



『アドレス見たら…… 彼女いるのかな、と思って。 私なんかのことで誤解されたりしたら申し訳ないし……』



そういう私の心は嫉妬で少しだけチクチク痛んでいた



祐一に一体どんな返事を求めているのだろう……



『彼女いるんでしょ?』


ストレートに聞けない自分がすごく弱く感じた

No.13 09/05/19 22:44
りのあ ( ♀ ij0Bh )

『彼女…… まぁいるといえば… いるな』


祐一のその言葉からは


あまりうまくいってない状態


それが伺えた



もっとも
自分からアドレスを渡しておきながら


彼女大好き
彼女とはすごくうまくいってる


そんな事を言う人の方が稀なのかもしれないが……



『いいんですか? 私にアドレスなんて教えちゃって(笑)』


やっぱり彼女がいたんだ

そんなショックはやっぱりあって
だけどそんな態度を見せたくない自分がいる


そして
祐一の口から


『うまくいってないんだ』


その言葉を聞き出したい………




仮にその言葉が嘘だったとしても
祐一がその言葉を言った瞬間だけは
私の方が彼女よりも愛情をうけているような気がするから……

No.14 09/05/19 23:04
りのあ ( ♀ ij0Bh )

『怖いんだよ(笑) あいつ。 “俺と別れるくらいなら死ぬ”って包丁だしてきたりするんだ 』


祐一は本当にうんざりした感じでそう言った




……あぁ 一番卑怯なタイプね



そんな彼女を持つ祐一にひどく同情した


『あぁ… じゃあ彼女は戦闘タイプなんだ(笑)』


さすがにいくら人の彼女とはいえ

卑怯な女

そんなヒドイ言葉は私は言えない



私が祐一に好意を持っていればなおさらだ



だからあえて


戦闘タイプ


その言葉を使った



『戦闘タイプ!? なんだそれ(笑)』


初めて聞く言葉なのか祐一はやけに食いついてきた



『戦闘タイプっていうのは…… いつも自分の愛を剣にして彼氏の愛を盾にして戦ってるタイプのことですね。』



私のその言葉は祐一には理解できなかったらしい



『……だから彼氏の愛っていう盾がないと剣の矛先が自分自身に向いちゃうタイプなんですよ。』



祐一は


なるほど~


と妙に感心して私の話しを聞いていた

No.15 09/05/19 23:17
りのあ ( ♀ ij0Bh )

でも実際戦闘タイプの女性はそう悪いイメージばかりではない



情熱的な面は男性を惹き付ける魅力になる


男性だってそこまで愛されたら男冥利に尽きるだろう



ただ
死ぬ気もないのに死ぬを連発するのはいただけないと思う



祐一にはあえて言わなかったが
祐一の彼女は

見習い戦士タイプ

だと思う



一流の戦士はそんな軽々しく【命】を武器に戦ったりしない


命を軽々しく武器にする祐一の彼女はやっぱり


見習い戦士


でしかない




『じゃあさ オマエは何タイプなんだよ?』


戦闘タイプの話しに異常に関心をもって
妙に納得した祐一は
今度は私のタイプが気になったのだろう



『………私? 私は農民タイプ…かな(笑)』



戦闘タイプに農民タイプ



まったく正反対のタイプに祐一はさらに興味を示して
農民タイプの説明を求めてきた

No.16 09/05/20 13:47
りのあ ( ♀ ij0Bh )

農民タイプの私



コツコツ少しずつ愛という畑を耕していく


太陽の光
恵みの雨


それを与えてくれるのは愛する人……



受け身であり続けた私にはピッタリはまる



……でも自分で耕した畑が悪ければ
それは相手の天候ひとつで脆く崩れていく



『へぇ~ じゃあ…… 俺は?』


祐一は興味深々だ



『よくわからないけど…… 遊牧民…タイプ…… かな?』



『遊牧民!? なんだそれ(笑) 』


遊牧民タイプと言われた祐一は大爆笑していた

No.17 09/05/20 14:06
りのあ ( ♀ ij0Bh )

遊牧民タイプの祐一


まだ深くは祐一の事は知らないけれど
多分恋多き男だろう


彼女がいても飽きてしまえばすぐに乗り換えるような……



でも遊牧民タイプはたくさんの恋を経験している分だけ魅力的に感じる



私が祐一に惹かれてしまうのも
コツコツその場所で畑を耕す私には
いろんな場所を経験している祐一がなんだか眩しかったんだ……




『おもしろいな。そのタイプ判断』


祐一と私はその話しだけで一時間以上盛り上がっていた




『オマエって彼氏いないの?』



祐一のふいの質問



聞かれる事は覚悟していた




部屋に飾ってある彼氏と私の写真を横目に


『……一応いるよ 遠距離だけどね』



少し気まずそうに
流す程度にそう答えた



“一応”

“遠距離だけどね”


この言葉を言ってしまう時点で私は
祐一がむける私への関心を失いたくなくなかったのだと思う



なんにも気持ちのない異性に同じことを聞かれたら


『彼氏いるよ~ すっごいかっこいい彼氏がね』



間違いなく自慢気に答えていたと思うから……

No.18 09/05/20 17:05
りのあ ( ♀ ij0Bh )

別れられない彼女がいるためなのか
祐一は彼氏との事はそれ以上聞いてはこなかった




そして
その日を境に私と祐一は毎日のようにメールや電話をするようになった




スタンドでも毎日のように逢っていた



友達以上
恋人未満



まさにその言葉が当てはまっていた




毎日祐一がスタンドに来るのを楽しみで仕事も楽しかった




電話で話せば話すほど
私の中での祐一の存在は大きくなっていく



祐一の事をもっともっと知りたい




そしてその気持ちは次第に




祐一を独占したい




そんな気持ちに変わっていった

No.19 09/05/20 22:05
りのあ ( ♀ ij0Bh )

そんな日々が2ヶ月続いた



気がつけばあれほど好きだった彼のことも
日に日に彼の存在は間違いなく薄くなっていた



彼とは祐一と連絡をとり始めてからの2ヶ月間一度も連絡をとっていない



私から連絡しなければ彼から連絡がくることもなく
そんな現実にようやく私は

彼にとって都合のいい女

それに気がついた

No.20 09/05/20 22:18
りのあ ( ♀ ij0Bh )

都合のいい女



本当はとっくに気がついていた



認めたくなかっただけ



遊ばれていてもそれでも良かった



彼女という肩書きが続くのなら

彼と逢えるのなら



私はそれで良かった ……



彼氏という名前の彼をいつも見上げていた


届きそうで届かない


彼のためにたくさん背伸びもしたし
たくさん無理もした


彼が私を少しでも求めてくれるのならば
私はそれだけで良かった




……でも今は違う



祐一との毎日の楽しいやり取りを知ってしまった今



憧れは憧れのままが一番美しい



それを知った



私は夢を見ていただけ



祐一になら本当の私を見せられる



それに気づいた私はその週末
携帯番号を変えた

No.21 09/05/20 22:33
りのあ ( ♀ ij0Bh )

携帯番号を変えたところで
彼がもしも私を必要としていれば卒業アルバムの名簿から調べて自宅に電話をかけてくるだろう



そうは思っても
私から別れを告げることはやっぱりできない



それに別れを告げた時
彼があっさり承諾するのを見るのも今はまだ辛かった



だから携帯番号もアドレスも変えた




“繋がらない携帯に彼は何を感じるのだろう”



そう思って
私なりの逃げ道を作りたかった




そしてそれが私なりの彼との終わらせ方 だった

No.22 09/05/20 22:56
りのあ ( ♀ ij0Bh )

私が彼と終わった事を告げた時から
祐一もまた彼女との本格的な別れを考え始めたらしい



命を武器に祐一との別れを拒否する彼女


今の彼女と付き合う前に祐一は長年付き合った彼女との大失恋を経験していた



失恋の痛みを知る祐一は
どんなに別れたくても彼女に冷たくできなかったのだ



祐一は祐一なりに悩んでいた



『別れたい』


そう祐一が彼女に告げた時
ある時は包丁を自分の首にあてて自殺をほのめかし

またある時は60㌔以上のスピードが出ている祐一の車の助手席から飛び降りようとしたり



……ことごとく命を武器に祐一との別れを拒絶していた




その話しを聞くたびに
口にこそしないものの私は激しく苛立つ


一体どこまで祐一を苦しめたら気がすむのか……と。



そして


祐一はどこまで彼女の身勝手に付き合うつもりなのか……と

No.23 09/05/20 23:28
りのあ ( ♀ ij0Bh )

私のそんなストレスは家族へと向かう



嫌われたくない


それは他人にだけ



絶対に私を見捨てたりしない


絶対的な信頼がある血の繋がった家族にだけは
私はありのままを見せられた



もちろん暴れたりするわけではないが
不機嫌な感情を家族の前では抑えたりはしない



『姉ちゃん生理?』

妹は私が機嫌が悪いと必ずそれを言う



『どうせ彼氏だろ』


兄は私が機嫌が悪くても
いつもの事だと気にもとめない



『近所の中村さんがねぇ』


母はいつものように自分の事ばかりしゃべっている



父はテレビのニュースに夢中だ



私が機嫌が悪くても
顔色ひとつ変えない家族だからこそ
私はありのままでいられるのかもしれない

No.24 09/05/21 00:01
りのあ ( ♀ ij0Bh )

夕食を終えるといつもならば私は部屋へと戻るのだが
機嫌の悪い時は必ず居間にある3人掛けのソファーを独り占めして横になりテレビを見る



私がそうすると
家族のお茶入れ係であるおばあちゃんが私のためにお茶をいれてくれる



『沙和ちゃん お茶飲みな』


おばあちゃんはいつもニコニコしている


小さくて
腰が曲がっているからまんまるで
漫画に出てくるようなかわいいおばあちゃん



おばあちゃんのいれてくれるお茶は本当に美味しい



『沙和ちゃん 何か嫌な事でもあったんかい?』



穏やかな表情で
優しく優しく私に聞いてくる



幼い頃からいつもそう



幼かった時は
嫌だった事をひとつひとつ泣きながら説明したけれど
大人になってからはいちいち説明なんてしなくなった




『今日や明日は辛いかもしれないけど
20年後幸せならそれでいいじゃない』



本当に悩んでいる時

本当に辛い時


おばあちゃんには私のそれが分かるらしい



だからそういう時
必ずその言葉で優しく私を包んでくれていた

No.25 09/05/21 00:14
りのあ ( ♀ ij0Bh )

その言葉に私は幼い頃からどのくらい慰められただろう


どのくらい希望を持っただろう



友達に無視された時もそうだ



学校から泣きながら帰ってきた私の背中をなでてくれた



『20年後 今沙和ちゃんに意地悪するお友達が沙和ちゃんの近くにいると思うかい?』


『20年後も沙和ちゃんは今のお友達に意地悪されていると思うかい?』




おばあちゃんの言葉はいつだって私に未来を与えてくれた




久しぶりに聞いたおばあちゃんのこの言葉……




今日や明日が辛くても
祐一を信じて頑張れば
必ず祐一と一緒になれる日はくる





おばあちゃんが煎れてくれたお茶を飲みほす頃には
また自然と笑顔になれていた




おばあちゃん……



あなたの言葉は



私の一生にいつだって光を与えてくれていたよ………



それは私の大切な大切な宝物……



今でもね………

No.26 09/05/21 11:34
りのあ ( ♀ ij0Bh )

祐一の彼女は別れをかたくなに拒否していた



彼女は祐一のひとつ年下だから28歳



祐一とは2年の付き合い

付き合った当初から結婚を強く望んでいたらしい




祐一といえば
昔の長年付き合った彼女にフラれた時に今の彼女に出逢い
寂しさを埋めるために付き合ったようなもの



祐一は最初から彼女との結婚は考えていなかった



結婚したい女

そんな女との結婚を考えられない男



それはいつまでも永遠に交わることのない線……



それでも冷たく彼女を突き放せないのは
失恋する痛みを祐一は痛いほどに分かるから

No.27 09/05/21 12:21
りのあ ( ♀ ij0Bh )

彼女の気持ちも私は少し理解できる



結婚するために尽くしてきた相手に突然別れを告げられたら……



『幸せになってね』


そんな事は口が裂けてもいえない



相手にすがるか
泣く泣く相手をあきらめるか
それはその人次第かもしれない



嫌われたくない
ずっとそう生きてきた私は
たとえ別れてしまってもただ嫌われたくないがために泣く泣く相手をあきらめていたが
もし私が違う人生を歩んできていたら
もしかしたら祐一の彼女のように
相手にすがりついても離れなかったのかもしれない……




彼女にほんの少し同情しつつも
それでも
【別れてくれない彼女の存在】
という障害に私達の恋はさらに激しく燃え上がっていった




いつからか電話やメールだけでなく
仕事が終わってから毎日夜中まで私達は一緒に過ごすようになった




とどまることをしらない
彼女からのメールの嵐



それはさらに私達の愛を燃え上がらせる



こんなに激しく私を愛してくれる人はいないと感じ

こんなに深く愛せる人はこの人以外にはいないと強く強く想った



どうして人は障害があればあるほど燃え上がってしまうのだろう……




……

No.28 09/05/21 21:57
りのあ ( ♀ ij0Bh )

祐一のこととなると自分を見失ってしまう彼女



そんな彼女から私を守るため
祐一は別れの理由に私の事は一切話さなかった



愛情がなくなった



結婚するつもりはない



早くいい相手を見つけた方がオマエのため



そんな理由を別れの口実にしていた



でも彼女の答えは



祐一でなければ私は幸せになれない



この一点張り




そんな話し合いは3ヶ月も続いた



その間にはクリスマスもあった


お正月もあった



祐一はそんな時も私と一緒にいた



彼女はその時どんな思いで
その大切な日を1人過ごしていたのだろうか………



今となれば彼女の気持ちは痛いほどわかる



でも……
その時は私も祐一もお互いの愛を確かめあう事に必死だった


求めて求められて
そんな激しい情熱にお互い身を焦がしていた



それは彼女という
障害があったからこそ



その障害がなければ
私達はもっと冷静にお互いを見極められたのかもしれない………



そうすれば
この先私が進む人生はもっと違うものになっていたかもしれない

No.29 09/05/21 22:07
りのあ ( ♀ ij0Bh )

頑なに別れを拒否する彼女に疲れはてた祐一は



『好きな女ができた』



最終的にそれを彼女に告げた



彼女は半狂乱になっていたらしい



ただ祐一の彼女への優しさももうその頃には限界だった



彼女が自分を見失えば見失うほど
祐一の彼女を思いやる気持ちは冷めていく



そしてその分
私への愛情は深く強くなっていく




………そんな彼女を説得させて
彼女に別れを決断させたのは意外な人だった



スタンドの先輩



……璃子さん

No.30 09/05/21 22:31
りのあ ( ♀ ij0Bh )

璃子さんの元カレ


それは祐一の友達



まだ祐一が彼女と仲良くやっていた頃
璃子さんと彼氏
祐一と彼女
この4人でよく遊んでいたらしい



璃子さんが元カレと別れてからも
璃子さんと彼女の仲は続いていた



しかも璃子さんは祐一に大失恋を経験させた昔の彼女とも中学からの友達……



璃子さんの顔が広い

という事よりいかに世間は狭いかという事をその時すごく思い知らされた




璃子さんは27歳



すごく美人でスタイルもいい



お客さんに璃子さんのファンも多い



そんな璃子さんが近くにいながら
なぜ祐一は私なのか

そんな二人の関係をまだ私が知らない頃に一度だけ祐一にそれを聞いたことがある




『璃子? あいつは確かにイイ女だけど、気質は男だからな(笑) 俺は気質も顔もかわいい女がいいんだ(笑)』



祐一に

気質は男

そう言われる璃子さん




璃子さんは


彼女のことは大切な友達

私のことは大切な後輩


だからきちんとケジメだけはつけるようにと祐一に言っていたらしい

No.31 09/05/21 22:48
りのあ ( ♀ ij0Bh )

『失恋の痛みを知ってる? だからって情だけでキッパリ突き放せないのは優しさなんかじゃない』



祐一が璃子さんに言われた決定的な言葉




『自分に気持ちがない男にすがりついて何が幸せなの? いい加減そろそろ本物の幸せを探したら? (彼女には)誰かに愛される権利があるんだから。』



彼女が璃子さんに言われて別れを決意した決定的な言葉




二人が別れられたのは璃子さんのおかげと言っても過言ではない




璃子さんのおかげで私達が付き合えることになった時
私は初めて璃子さんに祐一への想いを伝え
璃子さんにお礼を言った



『別に沙和ちゃんのためじゃないよ。勘違いしないでね。私はあの子に違うホントの幸せを見つけて欲しかっただけだから。』



そんな冷たい言い方をする璃子さんの表情は
そんな言葉とは対称的にとてもあたたかかった




祐一と頑張れ




そう言ってるかのように……

No.32 09/05/22 12:44
りのあ ( ♀ ij0Bh )

実際私と祐一が付き合うようになってからも璃子さんは優しかった



私の事を本当にかわいがってくれた



祐一との話しも聞いてくれた



『そんなにいいオトコかねぇ(笑)』



璃子さんのお決まりのセリフ



あの言葉をもっともっと深く考えていたら………





……でももうあの時には引き返せなかったんだ



引き返せない理由





付き合って2ヶ月後
私が祐一の子供を妊娠したから……




もしもあの時に妊娠しなければ
情熱期が終わり
冷静に祐一という人間を見極めながら
きちんと付き合っていたら
もしかしたらこんな結末にはなっていなかったかもしれない




情熱は全てを見失わせる



周りがまったく見えなくなる




なんて危険なんだろう……



……今ならそれがどれほど危険なのかわかるよ

No.33 09/05/22 16:37
りのあ ( ♀ ij0Bh )

彼女から解放されてからの日々



私と祐一が待ち焦がれていたその日々




彼女と別れたことで私はやっと祐一の自宅に入ることができた



大きな敷地に昔ながらの日本家屋



その敷地内に離れが建っている



その離れに祐一と祐一の弟が住んでいる


離れは祐一の部屋と弟の部屋
そして台所にトイレ


お風呂だけは母家に入りにいくらしい



『いずれは母家で同居するの?』



立派な母家を離れから眺めながら祐一に聞いた



『同居!? するわけねーじゃん。俺次男なのに』



……次男!?



『……え!? 次男!?』


3人兄弟なのは知っていた



『うちは3人とも野郎だから』



と祐一も言っていた


祐一



その名前だけで私は勝手に長男だと勘違いしていたのだ



いや……
この名前だけを聞けばほとんどの人が祐一を長男だと思うだろう


その事を言うと



『兄貴は賢太郎。 弟は孝太郎。 確かに誰が長男だかわかんねー名前だな(笑)』



祐一も笑ってた



『俺が自分で俺の名前つけたわけじゃねーからな(笑)』



確かにそうだ(笑)

No.34 09/05/22 20:01
りのあ ( ♀ ij0Bh )

跡取り息子
そうスタンドの人達に聞いていたが
実際はお兄さんがすでに会社の専務として跡を継いでいる事もこの時知った



祐一はお兄さんの補佐として
将来はお兄さんが社長
祐一が専務として兄弟経営をしていくらしい



事務も祐一のお母さんとお兄さんの奥さんの二人でやっているそうだ



祐一が次男だと知って
正直私はホッとした



次男だからといって責任がないわけではないが
長男よりは背負うものが少ないと感じたから……




その日
他にも祐一の家族のことをたくさん教えてもらった




時々スタンドにも来ていたお母さんやお父さん




私と最近付き合い始めた事も祐一は話したらしい




祐一の家族



私がもっとしっかり
次男の嫁として祐一の家族と付き合っていけてたなら
こんな苦しい状況は変わっていたのかな………

No.35 09/05/22 21:31
りのあ ( ♀ ij0Bh )

付き合って2ヶ月後



私は妊娠した



お互いにあまりにも予想外だった妊娠



避妊といえないような避妊をしていた私達



だから
妊娠してもおかしくはなかった



考えが甘すぎるといえば甘すぎたのかもしれない



……でもやっぱりどこかで

妊娠しないだろう

そんな考えがあったのは事実だ



それは祐一も同じ



まさかの妊娠



どうしよう……



その思いだけだった



……でも
中絶なんて考えられなかった



いくら望んだ妊娠ではなくても
お腹の子供は確実に私の中で命を育んでいる



私の中で

中絶

そんな選択肢はなかった

No.36 09/05/22 21:57
りのあ ( ♀ ij0Bh )

祐一は私以上に動揺して悩んでいた



……正直そんな姿は見たくなかった



妊娠してもなんら不思議ではない避妊法なのに


『(この方法で)妊娠した女は今までいなかったんだけどな…』


そう不思議がっていた



祐一のその言い方は
私の浮気を疑っているような言い方ではなかったが
私にとってはやはりいい気はしない



妊娠した不安に加えて
祐一のその態度



悲しかった



中絶という選択肢はなかったが

“1人でも産む”

そんな強い思いも
そんな勇気も
私にはなかった……



……そんな私は弱くて最低な母親だと思う




……でも私には
祐一に頼らなければ産んで育てることのできない現実も見えていた





“……どうしよう”


妊娠した時に最初にそう思われた赤ちゃん



“嬉しい!”



最初にそう思われた赤ちゃん



その時点で赤ちゃんのスタート地点が違う
そんな話しを何かで聞いたことがある



“そんなことあるわけない”


それは今でもそう思うが
もしもそれが本当だとしたら……



……ごめんね 赤ちゃん



……ごめんね 私の赤ちゃん




………

No.37 09/05/22 22:34
りのあ ( ♀ ij0Bh )

判定剤での妊娠がわかってから3日後


悩んで考えた祐一が出した答え




結婚




嬉しかった



本当に嬉しかった



祐一とこれからずっと一緒にいられる喜び



お腹の赤ちゃんの母となれる喜び



不安な気持ちは一変して幸せな気持ちで心は満たされていく



覚悟を決めた祐一は今までよりもさらに優しくなった



産婦人科に一度も行ったことのない私のために
評判のいい女医さんがいる病院を探してくれた




祐一と一緒に病院へ行くと
妊娠6週と告げられた


心臓はまだ確認できない



心拍が確認できた時点で
地区事務所で母子手帳を受け取るための妊娠証明書を発行しましょう

そう言われた




すでに出産した友達に聞いたところ
私達の住む町では母子手帳の発行は地区事務所で月に一度行われるという



それまでに入籍しておかないと
地区事務所の人が母子手帳に書き込む母親の氏名の欄
それが旧姓のままで母子手帳を受け取ることになるから早く入籍した方がいいよ



そんな事も教えてくれた



でき婚のその友達は入籍後
修正液で旧姓を消して新しい姓に変えたから
でき婚がバレバレだと笑っていた

No.38 09/05/23 18:00
りのあ ( ♀ ij0Bh )

結婚が決まった安心感からか
その頃からつわりが始まった



全身がただダルくて気持ちが悪い



身の置き所のない辛さ



祐一も私を心配してくれていた



あまりの辛さに仕事にも行けなくなった私は仕事を辞めた



お互いの親へも報告した



もう30歳にもなる祐一に祐一の親がいろいろ口を出してくるはずもなく
祐一の両親は私との結婚を了承してくれた



賛成とか反対とかそんなではなく
認めざるを得ない状況



お互いの両親がそんな感じだった



祐一の両親は私の事は顔しかしらない



私の両親も結婚の挨拶の時に初めて祐一に逢った



そんな状況で
しかもお腹に子供がいるとなれば
認めざるを得なかったのだろう



『おめでとう』



普通なら祝福の言葉のひとつもあるのだろうが
私達の場合は

ただ認めてもらった


……そんな感じだった

No.39 09/05/23 19:59
りのあ ( ♀ ij0Bh )

結婚を認めてもらった私達



つわりの辛さはありながらも
私はこれから訪れるであろう幸せを夢見ていた



小さくてもかまわないから結婚式をあげたい



幼い頃から憧れた純白のウェディングドレス



祝福の鐘の前
友達に祝福してもらい
次に幸せになる人へのブーケトス



………



……



でも現実は違った




祐一は

結婚式は挙げない

そう宣言した



たった1日
しかも数時間
そんな事のために何百万というお金を遣うのはもったいない


結婚式なんて所詮自己満足の世界




祐一のその考えは私がどんなに結婚式を挙げたいと懇願しても聞き入れてはもらえなかった




その数百万を頭金にマイホームを建てた方がどれだけ有意義か



結婚式なんて終われば一瞬
マイホームは永遠




……説得されたのは私の方だった




祐一の考えは変わらない



私がここで折れなければ
入籍すら難しくなるような雰囲気に
私が折れる以外なかった

No.40 09/05/23 20:45
りのあ ( ♀ ij0Bh )

結婚式を挙げない事に
私の両親も祐一の両親も反対しなかった


もともと兄の結婚式を半年後に控えていたこともあり
私の両親からしたら私達が結婚式を挙げない方が好都合だったのかもしれない



兄には優しい母



妹には甘い父



真ん中の私は幼い頃から特に手をかけられずに育ってきた



よく言えば



自主性を尊重してくれる両親



悪くいえば



私に関心のない両親 ………




結婚式を挙げない事は私にとっては不本意だが
それは祐一と決めたこと



裕福とは決していえないうちの家庭
兄の結婚を控えているというのに
私の結婚にまでかけるような経済的な余裕はうちにはない



だから


『あんた達が決めたことならそれで構わない』



……私の自主性を尊重しているふりをして
本当はホッとしていたのだろう



私の自主性と
両親の利害が一致しただけのこと



両親は私が気がついていないと思っているだろうが
そんな事私はちゃんと知っている



幼い頃からずっと……

No.41 09/05/23 21:46
りのあ ( ♀ ij0Bh )

祐一の両親は結婚式を挙げない事に関して反対はしなかったようだが
私の両親の事を気にしていたらしい



祐一が私の両親も結婚式を挙げない事に同意していると答えたら

『工藤さんのご両親がそれでいいならば うちは構わない』


と言っていたようだ



祐一と私が良ければそれでいい



その考えは私の両親と一緒だ



そして祐一が以前言っていた言葉



母ちゃんは兄貴



親父は孝太郎(弟)



俺ばっかりいつも放っておかれた




祐一と私は同じ環境で育ってきたのだとその時すごく感じて共感できた



だから祐一の両親が結婚式を挙げない事に反対しなかった時も私にとっては

やっぱりな……

そんな感じだった



ただうちの家庭とひとつ違うのは経済的な面



結婚式をあげないのなら
そう言ってマイホームを建てるための頭金の500万を出してくれることになった




結婚式を挙げない事は私にとっては不本意だが
それ以外に関しては全て順風満帆にいっていると思っていた



……あの日までは



……

No.42 09/05/24 08:10
りのあ ( ♀ ij0Bh )

入籍までちょうど2週間を控えたその日



私は産婦人科に2度目の受診をした



前回の診察から3週間が経っていた



今日心拍が確認されれば
母子手帳をもらうための妊娠証明書がもらえる



母子手帳



たかが小さな手帳



でも私には憧れの手帳



お腹の子供が確かに私の中にいると証明する手帳



すごく楽しみにしていた



でも………



お腹の赤ちゃんの心臓は動いていなかった



もう9週になるというのに
心拍は確認できなかった



私に見えるものは
この前見たものと同じ
ただの丸い赤ちゃんの姿



『……来週もう一度診察にきてください。』



先生はもし来週も同じ状態ならば
赤ちゃんが育たずに流産の可能性が大きいことをゆっくり教えてくれた



つわりもまだあるのに……?



『つわりがキツイのは赤ちゃんが元気な証拠だよ』



おばあちゃんもそう言っていたのに………?



何かの間違い



次の検診までそう言い聞かせていなければ
私は平静を保っていられなかった



祐一も同じ



そう思っていた…………

No.43 09/05/24 08:55
りのあ ( ♀ ij0Bh )

次の週



まだ私は希望を持って病院へと向かった


お腹の大きな妊婦さん



私もこうなりたい



赤ちゃんは絶対に大丈夫



数ヶ月後の自分のお腹の大きな姿を想像して
まだ少しもふくらんでいないお腹を優しくなでていた



お腹の大きな妊婦さん



なんて眩しいんだろう



幸せに満ち溢れているようなその姿
輝いてみえて
本当に眩しくて
どれだけその姿に憧れたことか……




………でも希望なんて所詮希望でしかない



数十分後
私は現実を突きつけられた



流産



その悲しい現実



『来週手術をしましょう』



ちょうど来週のその日は入籍予定日



……流産という現実に
私は頭も心もついていかなかった




どんなに泣いてもお腹の赤ちゃんは戻ってこない



初期の流産は母体よりも胎児そのものに異常がある場合が多い


そう先生は教えてくれたが
私にはそれはどうでも良かった



ただ赤ちゃんが亡くなったことが辛い



それだけだった

No.44 09/05/24 19:56
りのあ ( ♀ ij0Bh )

翌週



入籍予定日



私は流産の手術を受けた



手術の前に念のためもう一度エコーを見る



………何かにすがりつくような希望はエコーを見た時点で消えた



そして手術………




本当なら今日私は

原田 沙和

になるはずだった



こんな悲しい日になるなんて
ほんの少しも予想していなかった



入籍予定日に流産手術………



一生忘れられない悲しい日……




……今思えば
お腹の赤ちゃんは命がけで
私にもう一度祐一との事を考える時間を与えてくれていたのかもしれない



……ごめんね



でも……あの時はもう引き返せなかったんだ



あなたの命
無駄にしちゃったね………



ママを幸せにしたかったんだよね……?



あの時あなたのメッセージにちゃんと気がついていたなら
あんなに苦しい日々を送らないですんだのに………



引き返せなかった



メッセージに気がついてあげられなくてごめんね……



本当にごめんね………



ごめんね……



……

No.45 09/05/24 22:14
りのあ ( ♀ ij0Bh )

流産手術を終えた私


『残念だったね』



私の親も
祐一の親も
そう言った



残念



その言葉を言うお互いの両親の顔に小さな命を失った悲しみはない



残念ではあるけれど
悲しいというほどではない

そんな感じをうけた


待ちに待った妊娠ならば
きっと……私の悲しみとまではいかなくとも
孫の死を悲しんだのかもしれない



出来婚、しかもスピード婚
賛成してくれたわけでもなく反対されたわけでもない
認めざるをえない状況で認めてもらっただけの結婚と妊娠なんて
流産したところで親にとっては

残念

それ程度の感情なのか……




もちろんお互いの両親が私の身体の心配はしてくれた



……でも私は亡くなった赤ちゃんの事の方を気にかけて欲しかった

No.46 09/05/24 23:05
りのあ ( ♀ ij0Bh )

『入籍はどうするの?』



お互いの両親だけではない
友達にも必ず聞かれた



妊娠したから入籍を急がなければならないのであって
流産してしまった今
そんなに急ぐこともない
みんなそう思っていたのかもしれない



『入籍はどうするの?』



その質問をされるたびに悲しかった




『結婚を白紙に戻さないの?』



そう聞かれているような気がしたから……




結婚のきっかけが妊娠なのは確かだ



でも私は祐一と一緒にいたい



祐一だってそう思っているハズ



結婚を白紙に戻すなんてあり得ない



友達にも親戚にもみんなに結婚する事を伝えたのに
流産したからといって今さら白紙になんてできないし
どうして白紙にする必要があるというのか……



世間体


そしてまだ情熱期だった私達




……引き返せなかったんだ



引き返すつもりもなかった……



その先にあるのは


幸せ


そう信じていたから………




バカみたいだけど
あの頃は


私達は必ず幸せになれる


そう信じて疑わなかったんだ……

No.47 09/05/25 17:21
りのあ ( ♀ ij0Bh )

そして2週間後



私達は入籍した



……でもきちんと決まった新居がない



家を建てる土地



それすらまだ決まってなかった



売り出し中の土地を何件か見てまわったものの
決断するまでにはいたらなかった



家の間取りについては
オーソドックスかもしれないが1階はリビングに和室、台所、浴室、トイレ

2階は洋間3部屋にトイレ




そんな感じで大体は決まっていたし
知り合いの工務店に設計をお願いしていた



ただ気にいった土地がない



私からすれば住みやすいところであればどこでも良かったが
祐一には祐一なりの譲れない部分があったのだろう




祐一の気にいった土地がやっと見つかったのは
入籍してから2ヶ月後だった



市の中心部から車で一時間もかかる田舎


近くの小学校までは歩いて40分もかかる



お互いの実家にも
祐一の職場にも遠い



スーパーなんて歩いていける距離にはひとつもない





……ここの何がいいのか分からなかった

No.48 09/05/25 22:45
りのあ ( ♀ ij0Bh )

祐一の選んだ土地に不満はありながらも
私は何も言えなかった



家を建てるための頭金の500万を出すのは祐一の両親



私じゃない



お金を出さない私に
口を出す権利はない



だけど
どんな土地であろうとも
とりあえず家が建つメドがついた事は嬉しかった




入籍してから今までの2ヶ月間
私達は祐一の実家の離れに住んでいた



まだ建ってから2年も経たない離れはキレイだったし
普通の一軒家とたいして変わらなかった



ただ……
祐一の弟もそこに住んでいる



私が祐一の弟に気を遣うように
祐一の弟もまた私に気を遣っていた



祐一の弟が私に気を遣えば遣うほど
私も申し訳なくてさらに気を遣う



お互いに無理をしている



私は祐一の弟にも


“嫌われたくない”


その感情はある



だから嫌われないように頑張る



それが祐一の弟にもかえって気を遣わせる事になった



嫌われたくない


この思いはいつだって必ず相手との距離に一線をひいてしまう



嫌われたっていいじゃん


そんな風に踏みこめていれば
祐一よりも歳が近い私達
もしかしたらもっと仲良くなれていたのかもしれない

No.49 09/05/26 15:05
りのあ ( ♀ ij0Bh )

祐一の弟よりも気を遣うこと



それは母家へお風呂に入りにいくこと



母家は祐一の両親と兄家族が住んでいる


『加奈(祐一の兄の奥さん)には気をつけろよ』



祐一と加奈さんは仲が悪い



祐一が言うには
加奈さんはともかく表裏の激しい人だと聞いていた



『加奈の言うことは全て嫌味だと思った方がいい』



祐一にそこまで言わせる加奈さん



できれば関わりたくない相手だった



……でも母家に加奈さんは住んでいるし、顔を合わせないようにと思っても無理なこともある



『母ちゃんと親父に気にいられる奴は必ず加奈のイジメの対象になる』



祐一のこの言葉

……きっと祐一の過去の彼女達と加奈さんの関わり方から出た言葉だろう



祐一の言葉の裏をかえせば

祐一の両親に嫌われていれば
加奈さんからの嫌味はない

という事だ



私だって祐一の家族と仲良くやっていきたい



お義父さんとも
お義母さんとも
お義兄さんとも


……本当は加奈さんとも



みんなと仲良くしたい



……でもそんな思いとは裏腹に私がとった行動は


波風たてないために極力祐一の家族と関わらないこと


だった……

No.50 09/05/26 16:13
りのあ ( ♀ ij0Bh )

極力祐一の家族との関わりを避けた私



母家へお風呂に入りにいくのも夜遅い時間を選んだ



離れからはお風呂の窓は見えないため
母家に行かなければお風呂が空いているかは分からない



誰も入っていないであろう時間を狙っても
誰かが入っていることは度々あった



お風呂からあがった時に
リビングの明かりがついていれば加奈さんがいるのではないかと身構えたり
何も悪いことはしていないのに
私はいつもビクビクしながらお風呂のために母家へ通っていた



私はもう原田家の家族の一員となったのだから

『お風呂お借りします』

そう明るく言って
もっと堂々としていたら良かったのかもしれない



コソコソとお風呂に入りにいく日々



さっさと身体と髪を洗い
湯船にさっと浸かって
誰にも逢わないように離れへと戻る



……なんでこんなコソコソしなきゃいけないんだろ



堂々とできない自分が情けなく思った事は何度もあった……


でも………
やっぱり毎日コソコソお風呂に入っていた



私は一体この家のなんなのだろう



居候のように肩身の狭い日々




………早く家を建ててここから出たい



その一心だった

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