『彼女が泣いた夜』
ヲタクな彼女と陸上バカな僕の話。
読んで頂けたら嬉しいです。
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僕が彼女を始めて見たのは、漫画とかドラマみたいな運命的なものではなく、
ただ大学の大講義室でのことだった。
心理学の講義があまりにも退屈すぎて、僕は周囲の人間をぼんやり観察していた。
大抵寝てるか、携帯いじってるか、だな
しかし斜め前の席の女の子は、背筋を伸ばして凜とした姿勢で講義を受けていた。
姿勢の良い人だなぁー
始めは単純にそんなことを考えていた。
けれどやがて僕は彼女から目が離せなくなった。
彼女の暗めの茶色に染めた長い髪と、そこから見え隠れする彼女の横顔に、僕は目を奪われたのだった。
綺麗な人だ。
ありたいていにそう思った。
僕は講義の時間中、彼女の横顔を見つめ続けた。
そして講義が終わったあと、友達と話しながら席を立とうとする彼女が、いよいよこちらを振り返った。
正確には僕の方に振り返ったわけではないのに、僕にはそう見えてしまった。
ーやっぱり綺麗だ。
真正面から見た彼女の顔もやっぱり綺麗で、"美人"という表現より、"綺麗"が一番しっくりくる気がした。
「ハルカー、部室寄っていいー?」
隣の友達がやたらと大声で彼女の名前を呼んだ。
『ハルカ』
それが彼女の名前らしい。
僕は彼女の顔とその名前を頭に刻みつけた。
それから僕は食堂だったり、講義室だったり、自転車置き場だったり、彼女を発見するたび、彼女に密かに視線を送っていた。
ハルカ。名前しか知らない彼女。
ロクに恋愛したことのない僕には、彼女に近付く方法が分からず、正直この状態で満足していた。
「中学生か、おまえは」
と、横でカツ丼定食を食べている矢倉が言った。
矢倉は勘のイイ奴で、僕は彼女の話なんて一切していないのに、ある日突然『あの子のこと見てるだろ?』とニヤニヤしながら聞いてきた。
僕は矢倉の断定的な言い方に驚きつつ、彼女のことを話した。
まぁ話すまでもなく、ただ心理学で見た女の子が気になる、ってだけだけど。
「いい加減、話しかければいいのに」
「話すってどうやって?」
「さりげなく講義の時間に、『ねぇこないだ俺のアパートで君を見た気がするんだけど、もしかして同じアパート?俺はサンビオラってとこなんだけど』とか」
「嘘じゃん」
「嘘の何が悪い!嘘も方便と言うじゃないか!」
「って言ってもなぁ」
「じれったい!お前はこのまま大学生活まで陸上に捧げていいのか!?」
「何だよ、陸上漬けの何が悪い」
僕は少しムッとして矢倉を睨んだ。
「別に悪くもないけどな、陸だって彼女欲しいと思うだろ?」
「まぁそれはそうだけど」
「彼女がいると潤いが違うぞー」
すると最近彼女が出来たばかりの矢倉は嬉しそうに彼女の話を始めた。
僕だって彼女が欲しいとは思う。
昔からかけっこだけは得意だった僕は、中学も高校も部活はずっと陸上部。ひたすら短距離の世界に打ち込んできた。
鷹野陸(タカノ リク)という名前から、"お前の名前はピッタリだ"と何人もの友達から言われてきた。
高2の冬、オフシーズンに一度だけクラスの女子と付き合った時も2か月でフラれた。キスさえしなかった。
その時は告白してくれたその女子にどう接すればいいのか分からなかったのだ。
そんなわけで僕は恋愛に自信がない。
ましてやあんな綺麗な"ハルカ"に気安く話しかけるなんて、僕が二重人格でない限りきっと無理だ。
僕が初めて"ハルカ"を見た日から2か月が過ぎた。
すっかり冬めいてきて、日が沈むのが凄く早くなった。
陸部の練習も冬メニューに移行し、なんだか少しだけダラけた雰囲気が短距離班には漂っている。
そんな練習終わりの金曜日、短距離班の先輩が「プレ忘年会」という名目の飲み会を開催した。
大学ほど近くにある『ゴンガガ酒市場』という変わった名前のこの居酒屋は、チェーン展開の居酒屋より洒落た内装をしていて、
その割に値段も安いし料理もうまい。割と評判のいい店だった。
酒の弱い僕は運ばれてきた梅酒ロックをちびちび飲みながら、先輩の単位取得のコツ話に耳を傾けていた。
「生3つお待たせ致しましたー」
そこでふとビールを持ってきた女性店員に目をやった。
この店で女性の店員はあまり見たことがなかったからだ。
「…あっ!」
"ハルカ"だ。
生ビール3つを運んできたのは紛れもなく"ハルカ"だった。
「あ、有沢さんだ」
僕が"ハルカ"に気が付いてから数秒後、幅跳びの野村がビールを受け取りながらハルカに話しかけた。
「あーはい、えっと…」
名前を呼ばれた"ハルカ"は困ったように苦笑いを作った。
「ごめん、俺野村ー。可穂と同じ高校の。てか話した事ないんだけど、可穂から話聞いてたからさー」
「あー可穂の!」
そこで"ハルカ"もとい有沢さんは納得したように途端に笑顔になった。
かわいい。
かわいすぎる。
「ここのバイトは最近ー?」
「はい先月から。だからまだ分からないことだらけで」
「俺ら陸部、よく来るしまたよろしくねー」
酔っ払っているらしい野村は陽気に有沢さんに手を振り、有沢さんはぺこりとお辞儀して去って行った。
「何だよ野村、あの子めっちゃかわいいじゃん、紹介しろよ」
途端に先輩たちが野村に詰め寄ったが、野村はヘラヘラと
「だから俺だって今初めて話したんすよー紹介なんて無理すよー」
と呂律の回らない口調で言った。
それから有沢さんは何度かアルコールや料理を運んできては、陸部の誰かに絡まれていた。
でも慣れているのか笑顔でそれをやんわり受け流していた。
僕はというと、話しかけることすら出来ないまま、
でもあまり見つめ続けると不審がられると思い下ばかり向いていた。
クソ
僕ってやつは何でこうなんだ
何か、何か話さなければ…
そうやって自分を奮い立たせるものの、結局話すことのできないまま飲み会は終了した。
『ゴンガガ酒市場』を出る間際になって、僕は猛烈に後悔し始めたけれど、何も出来なかった。
そういうわけで僕は初めて"ハルカ"の声を聞き、フルネームを知り得た。そしてアルバイト先まで知ることができた。
そして飲み会の3日後だった。
僕が野村を含む陸部のメンツ5人で食堂にいた時のことだった。
突然野村が声を上げた。
「あー可穂!」
「あ、野村じゃん。久しぶり」
可穂と呼ばれた利発そうな女の子の隣には、まさかの有沢さんが立っていた。
可穂という子が野村の横に座り、有沢さんはその隣に座った。
僕の位置からすれば一番遠い距離だ。
「有沢さんって学部どこ?」
すかさず一番近い距離にいる中澤ことナカちゃんが有沢さんに話しかけた。
「社会学部」
有沢さんは素うどんをすすりながら答えた。
綺麗な有沢さんが素うどん…!!
その光景を見た僕は猛烈に感動してしまい、有沢さんから目が離せなくなった。
「シャガールかぁ…まさしくってかんじ!…てかお昼それだけ?」
ナカちゃんは会話をもたせようと慌ててそう聞いた。
やはりしがない体育会系。僕たちは一様に女子の扱いが苦手な奴が多い。
「うん、お金なくて。ほんとはA定食が良かったんだけど」
「あ、そうなんだー下宿?」
「そう。…えっと」
そこで有沢さんは思案するようにナカちゃんの顔を見た。
「あ、中澤です」
「中澤くんは寮?」
「そーそー。あの陸部の古めかしい春日寮」
「そっかー」
「あ、それでこいつが尾坂で、その隣が…」
ナカちゃんは思い出したように唐突に、僕たちの紹介を始めた。
なんて脈絡のない…!
内心そうツッコミつつ、でも自分に置き換えてみたら、きっと僕の方が素っ頓狂なことを口走っていたに違いない。
「…で一番奥が鷹野陸。名前の通り、陸上バカ。Mとしか思えないくらい練習大好きの変人」
「…バカ何言ってんだよっ。Mじゃねーよ!」
紹介されたらきちんと「よろしく」と言おうと思っていたのに、ナカちゃんの余計な説明のせいでツッコんでしまった。
「あ…よろしく」
僕は取り繕うように、できるだけ有沢さんの方をまっすぐ見て言った。
でもとても直視できないほど、僕は緊張していて、有沢さんと目が合うと更に緊張は増した。
僕はすぐ目を逸らそうとしたけれど、有沢さんがじーっと僕の方を見るので逸らせなくなった。
「…ねぇタカノくん。もう1回話してみて?」
「へ!?」
「いいから!じゃぁ出身地と好きな食べ物教えて?」
「え、あー、出身は鳥取で好きな食べ物は…ラーメンかな」
僕が慌てながら、そう言うと有沢さんは大きな目をより一層見開かせた。
「タカノくん、いい声してるね。よろしくね」
そう言って有沢さんは素敵な笑顔でニッコリ笑った。
僕はナカちゃんをはじめ、周りの奴らから「なんでお前なんだよ」的な視線が送られてくるのがヒシヒシと分かった。
「あ、そーだハルカ。今井先生んとこ行かなきゃ」
不意に野村と話し込んでいた可穂という女の子が有沢さんに声をかけた。
「そーだった!」
有沢さんは急いでカバンを手に取り、僕たちに「じゃぁまた」と言って、颯爽と去って行った。
僕は有沢さんが僕に話しかけてくれた内容を反芻しながら、余韻に浸っていた。
よく分からないけれど、この声で良かった、と本気で思った。
「はー彼女は陸みたいのが好みなのかぁ」
ナカちゃんが羨ましげに僕を見た。
「みたいなの、ってなんだよ。失礼な」
「だーって陸は顔は悪くないけど、陸上以外はかわいそうなくらい不器用すぎるし。彼女にはもっと大人な男が似合うだろうにと思うわけで」
ナカちゃんはそう言って長いため息を吐いた。
「悪かったな、まだまだガキで。つーか不器用とかナカちゃんに言われたくないし」
「まっ何はともあれ頑張れよ」
その夜、寮に帰ると隣の部屋の野村がチューハイ片手にやって来た。
「陸、有沢さんに気に入られたんだって?」
「気に入られたっていうか…」
「どうやら可穂に聞いた限りでは、有沢さんは一筋縄ではいかないらしい」
「重い過去があるとか?」
「それは教えてくれなかったけど、とにかく『あの子は難しい』って」
「そうなんだ…」
「ってか彼女かわいかったなぁー。俺もかわいい彼女欲しいなぁー」
「野村は続かないよなぁ」
「俺は運命のヒトを探し求めているのだ!」
「…チューハイ一缶で酔ってるのか?」
僕は呆れつつ、野村を宥めた。
そして昼間食堂で見た彼女の笑顔を思い出していた。
彼女が「よろしくね」っと言って僕に向けた笑顔。
彼女は笑うと目尻が下がって、本当に楽しそうに笑う。
その笑顔のかわいさと整った綺麗な顔つきを持ち合わせた彼女。
あんなに素敵なのだから、きっと彼氏がいるに違いない。
「…有沢さんって彼氏いるのかな」
僕は二缶目を開けようとしている野村に聞いた。
「それがいないらしい。だから陸、頑張ってみろよー」
野村はヘラヘラ笑いながら僕の背中をばしばし叩いた。
そんなことがあった翌々日。
有沢さんに会えないかなぁ、なんて考えていたら、食堂前のベンチに佇む彼女を見つけた。
僕は自分の幸運につくづく感謝した。
神様にありがとうと言いたいくらいだ。
僕が近付いていっても、彼女はぼんやりベンチに座って空を仰いでいた。
僕は思い切って、「有沢さん」と声をかけた。
すると有沢さんは勢いよくこちらを振り返り、僕の顔を凝視した。
「あ、鷹野くんかぁー」
声をかけたのが僕だと分かると、彼女はケラケラ笑った。
ーやっぱりかわいい
「何してんの?」
「んー雲って食べられないかなぁと思って」
「雲?」
「そう。雲がおいしそうに見えて仕方ないんだよね」
「…もしかしてお腹すいてる?」
「…昨日の昼から何も食べてなくって、お腹がすいてるのかどうかさえ分かんないよ」
「え、まじで?大丈夫?今金欠なんだっけ?」
「うん。バイトの給料日までの辛抱なんだけどねー」
彼女は恥ずかしそうに、そう言った。
「なんか奢るよ。俺も今から昼だし、ついでに」
僕はなけなしの勇気を振り絞ってそう言った。
すると彼女は目をパチクリさせて、こっちを見た。
「ほんとに!?いいの?」
パーっと彼女の目が輝いていくのが分かった。
「いいよ。行こう」
「鷹野くんって良い人だねぇー。でも給料日きたら絶対返すね」
そうして僕たちは食堂の席についた。
有沢さんは念願のA定食を、僕は唐揚げ定食を頼んでいた。
こんな所を陸部の奴らに見られたら何て言われるか…
僕は内心ハラハラしていたけれど、表面上は平常心を装って有沢さんに尋ねた。
「有沢さん、仕送りとか貰ってないの?」
「え?貰ってるよー。でも今月はちょっと出費が激しくて。出費のボーダーラインを給料日10日前に越しちゃったの」
「出費のボーダーライン?」
「そう毎月5万以内がボーダーライン」
「へーやっぱり1人暮らしって大変なんだなぁ」
「うーん、私が特別やりくり下手なせいもあるかな。…あ、ねぇ鷹野くんは陸上の専門は何してるの?」
有沢さんはいきなり陸上について聞いてきた。
よっしゃ専門分野!
「俺は100と200」
「あ、思いっ切りショートスプリンターなんだね」
「…有沢さんって陸上詳しいの?」
"ショートスプリンター"とサラリと言う人はそれなりに陸上について知っている人間だ。
「ん?いやーあんまり詳しくはないけど、スポーツ観るの好き。世界陸上とかオリンピックとかは毎回見るよ」
「そーなんだ。じゃあこないだの大阪世界陸上も見てた?」
「勿論!4継の決勝日はチケット買ったくらい」
「え、見に行ったの!???」
「ううん、当日ハプニングがあって行けなくて、泣くほど残念だった」
「えぇ、それは俺も泣くわ。けどあの4継決勝の日本チームはかっこよかったよなぁ!」
「ねー朝原さんも塚原さんもみんなかっこよかった!」
有沢さんは予想外に陸上について熱く語ってくれたので、会話はひょいひょいと進んだ。
「あ、じゃぁ私講義あるから行くね。今日はありがとう」
しばらく話したあと、有沢さんはそう言って席を立った。
「うん、また」
僕もそう言い、有沢さんの背中を見送った。
あ、
アドレス聞いてない
彼女が去ってしばらくしてからそう気付き、少しへこんだ。
「見ーたーぞー」
突然後ろでおどろおどろしい声がして振り向くと、得意のニヤニヤ顔をした矢倉が立っていた。
「うわっ」
「今の"ハルカ"だろ?」
「うん」
「何だよ陸、凄い進歩じゃないか!」
そう言って矢倉は僕の肩を掴んでガクガク揺さぶった。
「…あー、あの笑顔…かわいかったなぁ…」
矢倉の揺さぶりに気にせず、僕がぼんやり呟くと、矢倉は真面目な顔になった。
「おい、まじで惚れちゃった?」
「…うん」
矢倉の指摘通り、僕はすっかり彼女に夢中になっていた。
まだ知らないことばかりだけど、僕はきっと彼女が好きなのだ。
彼女の笑顔をもっと見たい
彼女について知りたい
彼女にもっと近付きたい
そう強く思った
*
それから数日が過ぎた。
もう12月も半ばとなり、街はすっかりクリスマスイルミネーションで華やいでいる。
こんな季節は人肌恋しくなるものだ、としみじみ思う。
「あ、いたいた鷹野くん!」
午前の講義を終えて階段を降りる途中、有沢さんの声がしたので辺りを見回すと、有沢さんは一階上から顔を覗かせていた。
「こないだのお礼したいんだけど、もうお昼食べたー?」
吹き抜けになった階段で、有沢さんの声はよく響いた。
「ちょうど今から食べに行こうと思ってたとこ」
僕が答えると、有沢さんが駆け下りてきた。
「よかった、今日は私におごらせて?」
隣にいる矢倉がニヤついてるのが分かったが、僕は無視して
「でもいいよ。お礼なんて」
と答えた。
「だめ!いいから行こう」
しかし有沢さんは渋る僕をよそに、どんどん食堂に向かって歩き出した。
そんな様子を見て矢倉は「頑張れよ」と一言置いて、食堂とは逆方向に歩いて行った。
食堂に着くと有沢さんは有無を言わせない様子でA定食を二つ頼んで、僕に一つを渡した。
「ありがとう。なんか悪いな」
「いえいえ。食べ物の恩はきちんと返さないとね」
「有沢さんって義理堅いなぁ」
「そう?」
「男友達だったらすぐチャラにする奴多いから」
「あーだめだよ。食べ物がらみの金銭のやり取りはきちんとしないと将来飢え死にするんだよ」
「え、そうなの?」
「嘘」
そう言って有沢さんはまたケラケラと笑うのだった。
そんな彼女の笑顔を見ながら、僕は以前野村が言っていたことを思い出していた。
有沢さんは『難しい子だ』と。
確かにそう言われてから有沢さんを見ると、彼女の心の奥底には何かが秘められているような気がしないでもない。
僕は立ち入れるのかな…?
「あ、ハルちん」
不意に頭上で男の声がした。
見上げると、眼鏡をかけて小太りの理系っぽい奴が立っていた。
なんだこいつは
「あ、栗たん!学校で会うの久しぶりだね」
え?
なんだなんだ?
ハルちん?栗たん?
なんだその仲良さげな呼び名は!
もしや只ならぬ仲!?
いやいやいや彼女には彼氏いないって言ってたし!
「10日ぶりに学校に来たからね。明日は7時でいいんだっけ?」
「うん、大丈夫ー。みんなにも伝えとくね」
僕のパニックをよそに、彼女はいつものように素敵な微笑みを浮かべながら、彼と話している。
いやいつもより笑顔がパワーアップしてるのは気のせいか?
「じゃあまた明日」
そして栗たんと呼ばれた彼は僕の方をチラリと一瞥して、去っていった。
「うんまたね」
栗たんが去ってから、僕は落ち着きを取り戻しながら聞いた。
「有沢さんってサークルか何か入ってるの?」
「うん、日本エンタメ研究会」
「えぇっ!?」
"日本エンタメ研究会"って噂の…!?
オタクによるオタクのための二次元研究会。通称ヲタ部!?
「それってヲタ部のことだよね?」
「そう。さっき話してた栗たんはその中のライダー部部長」
「ライダー部!?」
「知らない?仮面ライダー。私もライダー部なんだ。まぁ色々兼部してるけど」
「い、いや知ってるけど。ライダー部って何するの?」
「んーと、最近は初期の平成仮面ライダーシリーズを鑑賞したり」
「仮面ライダーとか好きなの?」
「あはは、さっきから質問ばっかりだね。うん好き好き」
「ほかにもアニメとか?」
質問ばかりと言われたクセに僕は凝りもせず、また質問をしてしまった。
「うんゲームと漫画とアニメは大好きだなぁ」
有沢さんはそう言って、とても幸せそうな顔をするのだった。
それから有沢さんの話によれば、明日は有沢さんのアパートでみんなで「仮面ライダーアギト」の最終回を見て考察しあうのだそうだ。
有沢さんの家で!?
なんて羨ましい!
僕は有沢さんの趣味嗜好に驚きつつ、それ以上にヲタ部の皆さんを羨ましく思った。
「あ、鷹野くん今引いてるでしょ?」
「いや引いてない引いてない!意外性というかギャップに驚いたけど」
僕が慌てて首を振ると、有沢さんはうつむき加減になり「鷹野くんはオタクに詳しくなさそうだしなぁ」と、とても小さな声で呟いた。
それから数秒間、沈黙が流れ、僕は急いで話題を探し、そして聞いた。
「あ、そういえばさ、アドレス聞いてもいい?」
「え、うん。そーか、まだ交換してなかったか」
彼女は携帯を取り出し、僕らは赤外線でアドレス交換をした。
そうこうしているうちに、僕はA定食をすっかり食べ終え、ふと有沢さんの膳を見るとまだ半分以上残っていた。
「あ、ごめんね。急いでる?」
僕の視線を感じたのか、有沢さんは申し訳なさそうに聞いてきた。
「いやいや急いでないからゆっくり食べなよ」
「ありがとう。実は昨日、一晩中ゲームしてたせいか朝も食欲なくて」
「え、一晩中って…徹夜!?」
「うん。やり出すと止まらなくてついつい徹夜で」
「何のゲーム?」
「三國無双!面白いんだよー」
「あーなんか聞いたことあるな」
「あ、ほんと?割と有名だと思う。戦国無双とかガンダム無双とか、無双シリーズって言われてるゲーム」
そこで有沢さんは「ハッ」とした顔になって、
「ごめんごめん。早く食べなきゃね」
と言って箸を進め始めた。
やっぱり彼女はゲームやアニメの話になると笑顔の輝きが3割増しになる。さらに幾分饒舌になるようだ。
そして僕はもうちょっと彼女のペースに合わせて食べるんだったな、と後悔した。
*
そういうわけで僕は彼女のメルアドを手に入れた。
しかし送るのに適切な用件とメール文章が上手く作れず、メールは結局送れまま、大学は冬休みに突入した。
そして忘年会はてっきり『ゴンガガ酒市場』で開催されると思っていたのに、予約がとれず別の場所になったという悲劇。
あぁこのままだと有沢さんに会えずに2007年を終えそうだ。
それでいいのか?
せめてメールだけでも…
そう思って、何度もアルファベットの羅列を見ては、うじうじと悩む。
まったく男らしくない!
そんな女々しい自分にイライラしながら、僕は地元に帰る電車に揺られていた。安いからという理由だけで鈍行に乗ったものの、帰省ラッシュでやはり車内は混雑していた。
半年ぶりの地元だ。
実家に帰ると、僕は一番に駒王丸に会いに行った。
「よう久しぶり!」
駒王丸は犬小屋から顔を出して、寝ぼけた顔でこちらをうかがっていたけれど、その目はまるで「あなた誰ですか」って顔だった。
まったく薄情な奴め。
しかし僕が駒王丸の背中をわしゃわしゃと撫でてやると、やがて「あぁお前か」とでも言うように尻尾を振って僕の手をペロリと舐めた。
「老犬と言えど、さすがたな、駒!」
僕は親バカ精神丸出しで、駒王を存分に褒めてやった。
「お兄!おみやげは!?」
僕が駒王丸とじゃれていると、妹の恵が立っていた。
「ないよ」
「なんでー!?」
「ごめんすっかり忘れてた」
「はぁ?あほやろ、買って来いよ。大学で何学んでるんよ」
妹よ、その口の悪さは如何なものか。
「また今度な」
「夏休みの時もそう言ったじゃん!」
そう言って、妹は憤慨しながら立ち去って行った。
しかし途中で思い出したように振り返って、
「お兄の原付、健介に貸してるから」
とニヤリと笑って言った。
は?
僕の愛車を健介に貸してるだと?
「つーか健介って誰だよ!」
「あたしの彼氏」
僕が叫ぶと妹はまた戻って来て、自慢げに言い放った。
「何お前彼氏いんの?」
「もうすぐ半年だよー。ウチによく来るし。駒とも仲良し」
「聞いてない聞いてない!」
「だって言ってないもん。てゆーかお兄こそ彼女の1人くらい出来たの?」
恵は「いない」と答えるのを想定して聞いているのだと、言い方からヒシヒシ伝わってきた。
だが残念ながら恵の読み通りなのである。
「あいにくモテないんでね」
「お兄はモテないんじゃなくて、足りないのは、絶対"押し"の心と経験値だと思うな。あと視野が狭すぎる。いつも一点集中しすぎなんだよ。"どーんと受け止めてやるぜー"っていう気概が足りないって言うか。女の子目の前にすると挙動不審でそれだけでいっぱいいっぱい。気の利いた言葉の一つも言えない。」
恵の指摘する僕の批評は、まるっきり僕が考える悪い所と同じだったので、僕は思わず「うんうん」聞き入ってしまった。
「何、いつもは怒るくせに。今日はそんな素直に聞いて気持ち悪いなぁ」
「なるほど。妹よ、助言をありがとう」
僕は「ふむ」と頷いて、恵の言葉を反芻した。
恵は尚も不思議そうな顔で僕を見ていたけれど、それ以上言及してこなかった。
こういう所、気が回るんだよなぁ。
僕はこの3つ年下の妹をちょっぴり尊敬しているのだ。
そしてとにかくメールを送ろう、と決めた。
*
そうして30日に実家に帰ってから、大掃除を手伝ったり、実家にあるマンガを読んだりしているうちに、
いつの間にか年が明けて2008年がやってきていた。
僕は有沢さんに当たり障りのない「あけおめ」メールを送った。
返事はなかなか来ず、ハラハラしていたけれど次の日の朝起きたら、メールが届いていた。
僕は一気に覚醒し、ドキドキしながら受信ボックスを開いた。
『あけましておめでとう。今年はいよいよ3回生だね。今日は箱根を見ようと早起きしました。鷹野くんは見る?』
おぉ新しい話題が…!
僕は嬉しくなって、少し返事を悩んでから送った。
『今日は成人式だから途中までしか見れないけど、録画して後から見るよ』
それから僕は箱根に釘付けだったのだが、3区から4区への平塚中継所あたりでメールを受信し意識は携帯の方に向く。
有沢さんかと思い急いでメールを開くと、送信者は高校の陸上部の奴だった。
『今から陸ん家行くからー』
今からだって!?
僕は成人式の準備をまるでしていなかったことを思い出し、慌てて準備にとりかかった。
準備といってもスーツに着替えてしまえば完了だから楽チンだ。
15分後に家のチャイムが鳴った。
出迎えるとワゴン車に久しぶりに顔を会わす陸上部の奴らが乗っていた。
「陸、久しぶりだなぁ!」
「おまえスーツ似合わんなぁ」
「ネクタイいがんどるし!」
いきなり口々に言われ、のっけから奴らはハイテンションだった。
会場に着いてもなおその勢いは衰えなかった。
…成人式のパワーって凄い。
大して親しくなかった奴でも会場で遭遇すると、不思議と懐かしい気分になるのだ。
親しかった奴なら尚更。
やっぱり地元はいい。
僕の地元はド田舎で、スタバもなければタワレコもない。
でもそれでも、生まれ育ったこの場所が僕は好きなのだ。
*
成人式を終え、翌日の3日の朝有沢さんからメールが届いた。
僕は同窓会で強くはない酒をあおりすぎせいか、気分があまり良くなかった。
『良かった!私、箱根大好きなんだけど、周りに見てる人いなくてつまらなかったんだ。また学校で会った時話しましょう。今年もよろしく』
うーむ。
脈あり?
脈なし?
うーん分からん。
…いや脈ないだろ、普通に考えて。メールの返事のスピードといい、内容といい、これはどう見たって言葉通りのメールだよな。うん。
でもまぁいいや。
ゲームが大好きな彼女は箱根も大好きなのだ。
そんな共通点があるだけで、今は十分だ。
「何その中学生並みの純愛。おまえアホだろ」
矢倉は心底『信じられない!』という顔で僕の顔をまじまじと見た。
1月8日。
冬休みが明けて、僕が学校に行くと教室の前で矢倉と会った。こんな休み明けの日に来るなんて珍しいものだ。
「もっと何かあるだろ。遊びとはいかなくても、メシに誘うとか」
「いや、それはまだ早いかと」
「ばっかだなぁー。何でもやってみなくちゃ分からんだろが」
矢倉は呆れたように僕を見ながら言い、そしてその視線はそのまま入り口に向けられた。
「あ、可穂ちゃん」
そこには有沢さんの友達の可穂という子が立っていた。
「あ、矢倉くんだぁ」
可穂という子は矢倉を見てにっこり笑い、僕らの隣にカバンを置いた。
「ん?」
僕は二人を交互に見回した。
「いつのまに仲良くなってんの?」
「それはー誰かさんが俺を放置してハルカちゃんとランチ行ってる間?」
「ランチって…てか放置って」
「偶然見かけたから俺がナンパしたんだ♪」
「ハルカから聞いてるよー。私、下柳可穂」
「あ、よろしく」
「名字嫌いだから絶対下の名前で呼んでね!」
彼女は明るい茶色のロングヘアーにゆるくパーマをあてていて、とてもお洒落で華やかだった。顔立ちもハッキリしていて派手な雰囲気の「美人さん」だった。
そんな彼女をちゃん付けで呼ぶのはなんだか抵抗があったので、僕は聞いた。
「えーとじゃあ可穂さん…?」
「『さん』づけかぁ。まぁいいや。陸くん女の子に免疫ないんだもんね」
「へ!? あ、矢倉何話したんだよっ」
「いや俺は真実しか話してないし」
「お前はいつもいつも俺の話をネタにして!」
「だからネタっつーか、ありのままを話しただけ」
「まぁまぁ心配せずとも大丈夫だよ」
そこで可穂さんがとりなすように会話に入ってきた。
「陸くんみたいなタイプはかわいがられるから大丈夫だよ」
「え、でもかわいがられてもなぁ…どっちかっていうと俺が支えたいし…」
「『ささえる』!? キャーそんなことサラっと言えるとは見直したわ」
そう言って可穂さんは楽しそうに笑った。
「あ、ハルカおはよー」
突然可穂さんが僕の後ろ方向に向かって大きな声で言い、僕が後ろを振り向くと有沢さんが立っていた。
"立っている"というよりは"立ちすくんでいる"という雰囲気で、有沢さんは不安そうにこちらを見ていた。
しかし僕と目が合って、僕が「どうしたの?」と声を掛けると、彼女はホッとしたように「あ、おはよう」と言った。
そして、可穂さんの方を見て
「廊下まで可穂の声が響いてたよ?」
と呆れるように笑った。
「えーだって陸くん面白いんだもん。それにハルカの耳が良すぎるの!」
「でも可穂の笑い声は格別だよ」
「なになに、ハルカちゃんって耳良いの!?」
そこで矢倉がまるで以前からの知り合いのように気安く「ハルカちゃん」と呼ぶので僕は驚いた。
「あ、こいつ矢倉。こないだ可穂さんと仲良くなったんだって」
僕が有沢さんに説明すると、矢倉は
「よろしくー!噂通り美人だね!」
と会釈しながら言った。
すると有沢さんはいつものように素敵な笑顔で、矢倉に
「よろしくね」
と言った。
ーやっぱ綺麗だ、有沢さんの笑顔
久しぶりに見た彼女の笑顔はやっぱり素敵だった。
「そうそう!さっきの質問だけどね、ハルカは耳良いんだよー!ジミー大西が犬並みの嗅覚なのと同レベくらい!」
可穂さんがまくし立てるようにそう言うと、
「ジミー大西には負けるけどね」
と有沢さんは苦笑した。
なるほど。
という事は以前、僕の声に反応していたのはそのせい?
そう言えば、食堂前で声を掛けた時もびっくりしていたっけ…
つまり僕の声は誰かに似てる?
「ねぇ鷹野くん、今年の箱根ハプニング多かったよね?」
僕が考えているといつの間にか僕の後ろに座っていた有沢さんが身を乗り出して聞いてきた。
「あーだよなぁ。あんなに棄権が出るとは思わんかったなぁ」
「私、順天堂の人の時はほんと見てられなかった。あんなひどい脱水症状でもまだ走ろうとするなんて、もーこっちまで苦しくなるっていうか…」
「確かに。見てる方は『もうやめなよ十分だよ』って思うんだけど、きっと意地なんだろなぁ」
「そーだねぇ」
「ほんと長距離やってる人の根性はすごいなと思うよ」
「……鷹野くんも根性あるじゃん
「え?」
「不屈の闘志、持ってるなって思った」
「…え!?」
「こないだ練習してるとこ見たの」
「え!?いつ?」
「秘密」
「なんで?」
「言ったらこっそり見れなくなるじゃん」
「こっそり見なくてもいいのでは?」
僕が口を尖らすと彼女はイタズラっ子みたいに笑った。
「こっそり見ないと楽しくないもん」
そして僕は有沢さんと出会ってからの練習日を思い返していた。けれどそんな根性丸だしの練習をしていた日はあっただろうかと不思議に思った。
「なんか監督の人と話してるのが武田家みたいで面白かったよ」
「タケダケ?」
「戦国BASARAっていうゲームの武田信玄と真田幸村みたいだったの」
「ふーん?よくわかんないけど俺褒められてる?」
「うんとっても」
彼女は満足そうに笑った。
それから有沢さんとは講義で会うとよく話すようになった。
たくさん話してみると分かった。
彼女はとてもユニークでかわいくて、情熱的な女の子だった。僕は彼女の素敵なところを発見するたび、彼女をどんどん好きになっていった。
*
「いらっしゃいませー。…あ」
その日僕が週1,2回バイトしているコンビニに現れたのは、可穂さんだった。
「陸くん、その制服似合わないね」
彼女は来るなり僕を上から下まで一通り見てそう言った。
「言われなくても分かってるよ」
「あ、そう」
「何か買いに来たの?」
「べっつにー」
「…冷やかしかよ」
「あら冷たい。来たのがハルカならニヤニヤへらへらするクセに」
「………え!? 知って…!?」
僕は慌てるあまり陳列していたおにぎりを落としそうになった。
「バレバレだけど」
「え。嘘!」
「顔に出すぎ」
「えぇ!?」
「…ねぇハルカなんてやめてあたしにしない?」
「へ!?」
「あの子オタクだしー、陸くんには合わないんじゃないかなぁ」
「似合わないのなんて分かってるよ」
「あ、分かってるんだ。ならさぁ…」
「それでも俺は有沢さんが好きなんだよ!」
僕が大声でそう言うと、レジにいたもう一人のバイトの奴がこちらを伺うのが分かった。
「だから、その…」
勢い余ってそう言ったものの、どう続ければ分からず僕は言葉を濁した。
可穂さんは僕の大声にきょとん、とした顔をしていたけれど、すぐに笑い出した。
「冗談だよ?」
「へ?」
「私陸くんのこともまぁ好きだけど、ハルカのことが大好きなのよね」
僕が呆気にとられていると可穂さんは尚も続けた。
「大学からの付き合いだけど、ハルカはほんとに素敵な子だから」
「うん」
「だからあの子には幸せになってほしいんだ」
「うん?」
「だから頑張れよ?」
可穂さんは挑むような目つきで僕を見て、僕は思わず「ハイ」と答えていた。
「負けないでね」
「何に?」
「ライバルたち」
「そんなにいるの!?」
「まずは二次元の人たちに…そんであと一人強敵がいるよ」
「強敵って?」
「それはあたしからは言えないけど」
可穂さんはそう言い置いて、コンビニから颯爽と出ていった。
取り残された僕は、最後に可穂さんが残していった言葉が気にかかった。
強敵って誰だ?
やはり有沢さんには何かありそうだ。
僕は聞けずにいることがある。
『僕の声は誰かに似てる?』
何度か聞こうと思ってやめた。
やめた、というより聞けなかった。
それが彼女の過去に関わる何か大事な部分な気がしてならなかったのだ。
バイトを終えて寮に帰ると、自室の電気が点いていた。
嫌な予感がしつつ、部屋に入ると野村とナカちゃんが酒盛りをしていた。
「何してんだよ、人の部屋で!」
「いやー、レポートからの現実逃避?」
既に赤ら顔のナカちゃんが答えた。
「こら陸くん、鍵閉めないなんて不用心だぞ」
野村は雑誌を読みながら顔を上げずに言った。
「まったく。俺レポートしたいんだけど」
「まぁまぁ。明日でいいじゃん。
それはそうとテスト終わったら浜練ばっからしいぞ」
「まじで?やった!」
僕がそう言うと野村は怪訝そうな顔で僕を見た。
「いつもながら陸が何故喜ぶのか不思議でならない」
「俺、浜好きだし。鳥取育ちをなめんなよ?」
「砂丘と海岸は違うだろ」
「同じようなもんだろ」
浜練とは、うちの大学からバスで15分の宮之浜での海岸トレーニングのことだ。
海岸に来ると何故かコーチのドSが倍増されるから、みんな嫌がるけれど僕はこの練習が好きなのだ。
僕たち短距離は冬の間は地道な基礎トレーニングが続く。春からのオンシーズンに向けて筋力増強や体づくりを目的とした、しんどいトレーニングばかりが練習メニューに並ぶ。
僕はこのトレーニングが好きだから、きっと部の連中から『練習バカ』とか『どM』とか言われるんだろな。
そんな風に言われるのは大学に入ってからのことだったから、最初はかなり新鮮だった。
僕は高校時代はハードな基礎練なんてどっちかっていうと苦手だった。つかむしろ嫌いだった。
高校時代、僕はただ人より速く走れる能力があったからって天狗になってた。
100mを10秒台で走れてチヤホヤされていい気になってた。
でも今は
あの頃とは違う
乗り越えなければならない壁がある
今年の春こそは乗り越えたいんだ
絶対
*
目が覚めたらナカちゃんの顔が目の前にあった。
「ぅわ」
僕が思わず小さく叫ぶと、ナカちゃんがうーんと唸って目を覚ました。
「…あ、はよー」
「…あれ?なんでここで寝てんの?」
僕は隣で伸びをするナカちゃんに尋ねた。
「覚えてないのか?」
「うーん。おぼろげにしか」
昨日はたしか…
野村とナカちゃんが持ってきたアルコールを飲んで…飲んで…
そのあと…?
「俺どんだけ飲んだっけ?」
「結構。珍しくハイペースで。でいつの間にやら酔っ払い」
「え、何、俺何か言ってた!?」
「言ったっていうか…まぁ結論はあれだな。陸は酒が弱い!!! そんで色々気にしすぎ!!」
「え?」
「みんな陸の膝の事知ってるわけで、陸がプレッシャーに感じる必要はないと思うよ、な?」
ナカちゃんがえらく真剣な顔で言った。
僕が言葉を返せずにいると、ナカちゃんは「気楽にいこうぜ~」といつものヘラヘラ顔に戻って言った。
…いい奴なんだ、ホント。
それから数日が経ち、いよいよ試験の到来が迫りつつあった。
普段は出席率の低い講義もこの時期になると、皆が出席しだす。
その日僕が1限の宗教学にギリギリで登校すると、いつも早く来ている有沢さんの姿がなかった。
「あれ?有沢さんは?」
「おまえ、開口一番がそれかよ」
驚きを思わず口に出すと矢倉は口を尖らせた。
「いや宗教学に来てないなんて珍しいなぁと思って」
有沢さんは宗教学の講義が大好きだと言う稀少な人で、必ず毎回出席、ノートもバッチリ、を貫いていた。
なおかつ今日は講義時間中にレポートを書いて出席代わりとする、と前々から先生が公言していた日だ。
つまり今日休むと宗教学の出席点は貰えない。
「遅刻なんじゃね?なぁ可穂ちゃん」
矢倉が可穂さんに話を振る。
「あー…うん。今日はねぇ…来ないと思うなぁ。この雨だし」
可穂さんは窓の外をチラッと見て言いづらそうに言った。
「雨?」
確かに今日は朝からザーザー降りの大雨で、歩いているだけで服も靴もびしょ濡れになった。
「うん、あの子ね…。いや、あ、そうそうメール来てたわ。風邪だって」
可穂さんは何か言いかけて少し慌てて言い直した。
「え、風邪なの?」
何かあやしい。
「風邪風邪。昨日から調子悪そうだったし。そーだ陸くん、お見舞い一緒に行こうよ」
「お見舞いって…有沢さん家に?」
「そうそう。今日部活ないんでしょ?」
「ないけど。でも俺が行っていいのかなぁ」
「大丈夫大丈夫! 女の子は弱ってる時に優しくしてくれたら嬉しいものよー」
可穂さんは意味ありげに笑った。
…明らかに思惑を感じるんだけども。
でも協力してくれるのは有り難い。
「そういうもの?」
「そういうもの!よし決まり!」
可穂さんは言い切ってそれ以上口を挟ませなかった。
「何か緊張するなぁ」
放課後
可穂さんと連れ立って有沢さんの家に向かう。
と、その前に
「手土産買ってこうか」という可穂さんの提案で、近くのスーパーに寄る。
僕はてっきり果物なんかを買うのかと思っていたのに、可穂さんは鮭とばやチーズたらなんかを次々カゴに放り込んでいく。
「あれ?それつまみ?」
「何、チーズたら嫌い?」
「いやそーじゃないけど。有沢さん風邪なんだろ?」
「……」
「…?」
「あれ、嘘。ほんとは、風邪じゃない」
「そうなの!?」
「ハルカはねぇ…冬・雨・朝の三拍子が揃うと引きこもるんだよねぇ」
「引きこもる?なんで?」
「…聞きたい?」
そう言って可穂さんは挑むように僕の方を見た。
試しているような鋭い眼光。
試されてんのか?僕。
「…うん、知りたい。でも、いつか本人に聞くよ」
僕がそう言うと可穂さんは納得したように微笑んだ。
買い物を終えてしばらく歩くと、いよいよ有沢さんのアパートに到着した。
「な、なんか緊張してきた」
ためらいもなくドアベルを鳴らす可穂さんを尻目に僕の手はかなり汗ばんでいた。
あぁドキドキする。
女の子の家に行くなんて久しぶりすぎる。
やがてドアが開く音がして、有沢さんが顔を覗かせた。
「入って入ってー!…て高野くん!??」
僕に気付くなり有沢さんは驚いた様子で目を見開かせた。
想定外の反応。
「メール入れたでしょ~。また携帯放置してるんだから」
「…え!ほんとに?見てなかった、ごめん」
「…俺、来たらマズかった?」
恐る恐る僕が尋ねると、
「違う違う!そうじゃないんだけどホラ私こんな小汚いカッコだし」
「小汚いとか、いやいやそんな」
確かに有沢さんはスウェット上下に厚手のウォーマー靴下を履いていたけれど、それでも十分素敵だった。
…なんて思うのは僕だけじゃないと思う。確実に。
「ホラとっとと靴脱いで!」
可穂さんにせかされ、僕は「お邪魔しまーす」と言って、何故だか忍び足で部屋に入る。
そうして初めて入った有沢さんの部屋は…
不思議の国だった。
正確には違う表現も出来ると思うけれど、語彙力のない僕はそういうしかない。
部屋に入ってすぐ目についたのはめちゃめちゃデカいプラズマテレビ。
そして大量の漫画とDVDの集団とゲーム機と箱入りフィギュア。
そして壁にはたくさんのポスターと風景写真。
に加えてベッドの上にはドデカいぬいぐるみ二体。
更には床に転がるビールの空き缶たち。
こ、これがヲタクというものなのか!?
僕は不躾にもかなりキョロキョロしていたと思う。有沢さんが照れた顔で僕を見た。
「居心地悪いくらいごちゃごちゃでごめんね?」
「え?いやごめん。そんなことない。フィギュアなんて初めて見た」
慌てて答えた。
「あぁそれカッコイイでしょー!!」
「これガンダム?とあとは…」
「FFのプレイアーツ! ザックスとセフィロス。私ザックス大好きなんだぁ」
彼女は「ザックス」を愛おしそうに眺めながら、それはそれは生き生きとして答えるだった。
そしてその後見舞いに来たはずなのに、有沢さんと可穂さんの勢いに押され、何故か飲み会が始まった。
有沢さんは既にだいぶ飲んでいるようで、僕たちの買ってきたチーズたらを嬉しそうにほうばっている。
僕は女の子の部屋で女の子2人と飲むなんて人生で初めてで、少しテンパっていた。
気が付いたらいつも以上のペースでビールを飲んでいる。やばいかな、これ…。
そう思いながら、僕は有沢さんをチラリと見た。
可穂さんいわく朝と雨と冬に弱いと言う彼女は予想していたよりずっと元気に見えるけれど、カラ元気なようにも見える。でも可穂さんは何も聞かない。
なんでだろう?
「大丈夫?」の一言もないなんて。
僕は考えようと、頭を働かせようとしたけれど どうも上手くいかない。
頭がボーっとしている。
飲みすぎ?
もう?
「陸くん!」
「…へ?」
「信じらんない、寝てるなんて。聞いてた? 今から迎えに行ってくるから」
誰を?と聞こうとしたけれど、僕がのそのそと尋ねる前に可穂さんはさっさと出て行ってしまった。
可穂さんが出て行って、なんだか突然部屋の空気がシンとなった。
外から聞こえる雨音と、でっかいプラズマテレビから流れるガンダムらしきアニメが急に鮮明に聞こえ出した。
そこでようやく僕は気付いた。僕は今、この部屋に有沢さんと2人きりなのだ。
その事実に気付き、急に酔いが抜けていくのが分かった。
「大丈夫?」
僕が口を開く前に有沢さんが沈黙を破った。
「あ、うん。平気。…ゴメン。可穂さんは誰を迎えに行ったの?」
「やっぱ聞いてなかったんだぁ。矢倉くんだよ。バイト終わったらしいから」
「え?こんな時間に?雨も強くなってきたのに大丈夫なのかなぁ」
僕がそう言うと有沢さんは窓の外に目をやった。
「ほんとだね。雨、強いね」
有沢さんは既に気付いていた事を、今気付いたかのように、その事実を踏みしめるようにそう言った。そして小さく呟いた。
「雪にならないかなぁ」
その声はあまりに小さかったのに、何故かハッキリ届いた。僕は「そうだね」とも「なんで?」とも言えずに、ぼんやりと窓を眺める有沢さんの横顔を見ていた。
しばらくしたあと有沢さんは急にこちらを振り返った。
「ね、ゲームやらない?」
「ゲ、ゲームっすか?」
「ゲ、ゲームっすよ!」
先程の横顔とは打って変わって満面の笑みで彼女はゲームを並べ始めた。僕はその切り替わりの早さにたじろいでしまう。
「やっぱアクションか格ゲーがいいかなぁ。好きなの選んで?」
目の前に広げられたたくさんのゲームたち。
「あたしトイレ行くから選んでおいてね」
彼女はそう言い置いて、立ち上がった。
有沢さんがトイレかぁ…
……
いやいや今はそんなことはどうでもよくて!
戦国無双
三國無双
ガンダム無双
デビルメイクライ…
メタルギア…
フロントミッション…
鉄拳
スーパーロボット大戦…
だいたい聞いたことがあるようなタイトルだけれど、よく分からない。どれがいいのだろう? まぁパッケージ見て考えたらいいかな。
戦国無双
三國無双…
僕がもう一度ソフト達とにらめっこし始めた時、急にスゴい音がした。
雷だ。
どこかに落ちた。雨も強くなってる。
…またソフトに目をやる。
ガンダム無双
『ガンダムで一騎当千が実現!爽快感がたまらない!』
あ、これ面白そう。確か矢倉が好きな奴だ。
遊ぶゲームが決定したので、僕は改めてギッシリと並ぶゲームソフトを眺めた。
すごい量だ… 男友達が持っているであろう平均ソフト数を軽く凌駕している…。 しかもかなり男臭いゲームばかりだ。基本渋い。こういうのが好きなのかな?
一通り眺め終わり、手持ち無沙汰になった僕はガンダムらしきアニメを見始めた。恐らくガンダムに乗った少年パイロットが叫びながら氷の上で戦っている。どっちが味方でどっちが敵?
…あ、撃墜された。
『キラ―!!!!』
落とされたガンダムに乗っていた彼が「キラ」らしい。
そして切なげな音楽が流れエンディング曲に入る。もしかして死んだ? 今の大事な場面?
にしても有沢さん遅すぎやしないか? 一体何分たったんだろう。
外は相変わらず雷がゴロゴロ鳴っているし、雨も強いままだ。
唐突に僕は不安になった。
雨と朝と冬が駄目らしい彼女。
でも…
そして勢いでトイレの前まで駆け込むと、床に座り込んだまま苦しそうに息をする有沢さんがいた。
「大丈夫!?」
過呼吸?
いや違う。
息、吸えてない。
何かの発作?
彼女は床にぺたりと座り込んだまま、両手で耳を塞いで小刻みに震えていた。
僕は考えるよりも先に彼女の肩に手をかけ、背中をさする。
「…ゆっくりでいいから。ゆっくり吐いて吸えば大丈夫だから」
「大丈夫、な」
僕の言葉に彼女は首を縦に振って、そしてすがるように、救いを求めるように、僕にしがみついた。
少しのアルコールの匂いと、彼女の柔らかな髪の匂いが鼻をかすめる。
「…俊ちゃん…」
彼女は絞り出すようなほんとに小さな声で、その名前を呼んだ。
「苦しいよ、俊ちゃん…」
瞬間、分かった。
彼女が助けを求める誰か。
僕と声が似ている誰か。
それは僕ではない。
でもそれでも。
「うん、大丈夫だから。ここにいるから。」
彼女がSOSを求める相手はいないけれど、僕は精一杯「俊ちゃん」になろうと思った。
なおも震える彼女の背中をさすりながら、僕はひたすら「大丈夫」と繰り返した。
それしか言えなかった。
どうか早く治まりますように。
そう思って僕は大丈夫、と言い続けた。
「…それで?」
「それでって…、そのあとは別に…」
「そのまま押し倒し、ムリヤリ…」
「な、わけねーだろ!!!」
矢倉がひどい冗談を言うので、僕は思わずデカい声を出してしまった。
「そのあとは、ただ…」
「あーもーいじらしいな。俺は可穂ちゃんから特命授かってんの。あのあとお前が逃げるから、可穂ちゃん、俺に飛びかかってくんの。『アイツ一体何したの!?』って鬼の形相で。怖いのなんのって。
当のハルカちゃんはいつもの調子で『なんでもない。ちょっと立ち眩みして』とか言うけど、あなた明らか泣いた後でしょ、ソレ!って感じで。
だから何があったか聞いてこいってしつこーく言われてんだよ。」
矢倉はそうまくし立てると、一息ついてビールを飲んだ。
そうなのだ。
僕は逃げたのだ。
言い逃げしたのだ。
あのとき、思わず僕は口走っていたんだ。
「大丈夫。僕が守るから」
「…1人にしないから」
肩越しにそう言ったあと、有沢さんと目が合って、彼女は「…鷹野くん」と僕の名前を呟いた。
それと同時に矢倉たちが帰ってきたのだ。
途端に僕は恥ずかしさから、その場から立ち去りたくなった。そして2人に入れ替わるように、僕は駿馬のごとく逃げ出したのだった。
「…まぁ、いいや。つまりまとめると突然ハルカちゃんが発作を起こし、それを陸が宥めてたってことだろ」
「うん、そういうことになるかな」
「…発作、かー。……心配?」
「当たり前だろ。凄い苦しそうだったんだから」
「ハルカちゃん、陸にお礼が言いたいって言ってたから近いうちメール来るかもよ」
「え!?マジで!?」
お礼?お礼されるようなことをしたんだろうか…。ていうか僕の気持ちバレてるよな、バレ…ああ。
「なかなかいい感じなんじゃん?」
矢倉はそう言ってニヤニヤ笑ったけれど、それは違う。
彼女にはいるのだ。想いを寄せる誰かが。
それなら僕は、このまま彼女を好きでいていいのだろうか。 この気持ちを、彼女に伝えてもいいのだろうか。
距離が近付いた分だけ怖くなる。彼女のことをもっと知りたい。
でも、知りたくないーーーーー
*
結局、数日経ってもメールは来ず、勿論電話もなかった。
僕から送るにしても、試しに書き並べた言葉はどれも陳腐なもののように感じて、送れなかった。
だって「元気してる?」なんて、そんなの
、馬鹿みたいだ。何か、もっと別の、彼女にかけるべき言葉はほかにあるんじゃないか。
そう思った。
でもだからといってウダウダ言ってられない。
僕は考えを振り払った。
そう、そんな事を考えている場合ではないのだ。今僕が立ち向かうべきはこの言い様もない苦しさだ。
『おら!!ラスト3だぞー!気ぃ抜くなぁー!!』
遊佐コーチがそう叫んだ。
コーチは奮い立たせるつもりで言ったんだろうけど、逆効果だ。
まだ3本もあるのか…
恐らく、全員がそう思ったはずだ。
2月の海風吹きすさぶ、この砂浜で僕ら短距離班は過酷メニューに取り組んでいた。
200m×15本=計3000m
やべぇ、苦しい。
振り払いきれなかった雑念からか、前半はオーバーペース。そのツケが回って後半はぐだぐだ。1本走りきるのがやっとという情けない状態に持って行ってしまった。最悪だ。
200mペース走はいつもならこんなにも苦しくないのに。
『陸っ!身体沈んでるぞ!』
名指しで叫ばれた。コーチの言ってることはよく分かる。でも身体が思うように動かない。足が、腕が、腰が、言うことをきかない。あぁ駄目だな、こりゃ。重てぇな。
息苦しさの中で、瞬間、彼女の泣き顔が脳裏に浮かんだ。
彼女の白い肌に流れる涙。
救いを求めるように空虚を見る彼女の瞳。僕ではない、誰かを呼ぶ、彼女の声。
何故僕は、こんな時まで彼女のことを思い出しているんだろうーー?
こんなはずじゃない。
こんなの、おかしい。
今は走ることだけ考えればいいはずだろ?
ほかのことなんて、考えられる余裕僕にはないだろ?
『おーし。ラスト1本ー!! 死ぬ気でいけーーー!! 最後まで残ってた奴、3本追加なー』
遊佐コーチがガラガラ声でそう言い、隣にいる野村が「…殺す気か」と呟いた。
野村の呟きをよそに、僕はその場に倒れ込んだ。
視界一面、空が見えた。
空が、青い。
やっぱり青い空がいい。
こんな空の下、MAX速度で空気を切るように走れたら最高だ。
そうだ、それが気持ちいいんだ。まるで空を早送りするように走れる100Mがいいんだ。
走らなきゃ。
遠くで、コーチが笛を吹くのが聞こえた。
「おら、行くぞ」
野村が声を掛けてくれたので、僕は残りHPを振り絞って跳ね起きた。
よっしゃ!!
そこからどうやって走りきったのかはあまり覚えていないけれど、とりあえずゴールした時に前に誰もいなかったのは確かだ。
でもコーチ曰く、「短距離選手として最悪な走り方だった」と言われた。
「むしゃくしゃしてんなー。今日は、ダメダメだな」
コーチは倒れ込む僕を見下ろしながら言った。
「…はい」
「…溜まってんのか?」
「は…いえ!」
何を言うかこの人は。
「反省点は?」
「…前半、オーバーペースでした」
「違うだろ。陸上を八つ当たりに使うな、それだけだ」
「…八つ当たり」
「思い当たるんだな? まぁラストだな、あれは、まだ気持ちの入った走りだったな」
「はい、すみませんでした!」
僕は思わず飛び起きて頭を下げていた。コーチはそんな僕を一瞥して、最後にゴールした1年の波岡に制裁を加えに行った。
*
「はい、解散!」
ダウンを終えて、一同解散となった。
「陸ぅー疲れたーお腹空いたーなんか食べたいーけど炭水化物食べたらガチ吐くー」
ナカちゃんが間延びした声ですり寄ってきた。僕はアミノ酸飲料を口にしまま答えた。
「これ、いる?」
「いらねーよ。俺はお好み焼きが食べたいんだって!」
「うわ、キツ。食ったら吐くんだろ?」
「食って吐くからいいんだよ。ほかの奴には断られたから、あとお前しかいないんだよ。な、行こや」
「…アホだろそれ。てかわり。俺、もうちょっと走ってから帰るわ」
「げ、マジ?」
「マジ」
「…さすが体力馬鹿。アホだろ…」
「軽くだよ、軽く」
駄文
長らく停滞してましたが、ぼちぼち更新したいな、と思います。読んでくださってる方がいるのかも分かりませんが、日陰に自己満足を綴ります。
自分の文を読み返すと うわ何だこれ… となるのはデフォですね。初っぱな漢字間違いが痛々しい。
半ノンフィクションでいこうと思っていたのに、いまや完全なるフィクション。あちゃー。
少しだけ赤く染まった空を仰ぎ見る。
さすがにもう止めにしよう。コーチに言われたことを噛み砕きながら、何かを確かめるようにゆっくり走った。何で僕は走ってるんだっけ?っていう根元的な何か。
凪のように静かな水平線を背に走っていると、何か掴めるような気がしたけれど結局得たのは大きな疲労感と小さな満足感。
分かったことは別に走る理由なんてないのだということ。登山家が口にするソレと同じ。「そこに陸上があるから」だ。僕が陸上を選んだわけじゃない。そこにあるのだから、走らなくてどうする!
それでいいじゃないか。
呼吸を整えてから座り込む。そして飲料水がもうないことに気付く。くそ。
「喉…渇いた」
買いに行くのも何だか面倒でそのまま砂の地面に倒れ込むと、もう空は茜色だった。卵の黄身みたいな太陽が海面に溶けていく様をぼんやり見ていると、突然目の前を覆う影。
差し出されたのは、反射されて微かに揺れるペットボトル。
差し出したのは、困ったような顔して小さく笑う天使みたいな彼女。
一瞬、幻覚かと思って瞬きを繰り返したけれど、幻覚は消えることはなかった。
「はい」
彼女が発した声で我に返った。僕は慌てて起き上がり、促されるままペットボトルを受け取る。
「なんで、ここに?」
いつから。どこで。でかかった質問をギリギリのところで抑える。
「ここ、よく来るの。知らなかった?」
悪戯っ子のように、へへへと笑う。
「…知らなかった」
「いっぱい走ってたね」
僕は見られていた、といういまだ残る恥ずかしさで曖昧に頷き、貰ったスポーツドリンクで喉を潤した。
「こないだ、ありがとう」
有沢さんはよっこらせ、と言いながら僕の隣に腰を下ろす。
「鷹野くんのおかげでね、すごく楽になった」
「え?」
「最近、夢見なくなったの。いつも見る夢。雨が鉛のように重くて、いつも歩けなくなって途方にくれてたんだけど、雨降らなくなった」
「うん」
「だから、ありがとう」
言葉通りとれば、喜ぶべきことだ。でもニッコリと微笑む彼女は何故だか泣きそうな顔をしていたから、嬉しい気持ちはポンと弾け飛んだ。
「って、何言ってんだろ私。ごめんね」
「俺の方こそ、ごめん」
「何が?」
「聞いたんだ。可穂さんから。ごめん」
瞬間、分かりやすいくらい彼女の瞳はたじろいで、でもすぐに息をついて態勢を取り戻した。ように見えた。
「全部?」
「少しだけ」
可穂さんには口止めされていたというのに、僕はなぜ馬鹿正直に白状しているんだろう。自分の口からするりと出た言葉に自身が一番驚いていた。多分きっと拭いきれない罪悪感をどうにかしたくて、許されたくて謝っているのだ、僕は。
「ごめん。少しだけ話聞いて、有沢さんは俺といるとツラいんじゃないかと…そう思ったけど」
「そんな」
ほとんど被さるように彼女が言った。
「そんなことない。ツラくなんかない」
「本当に?」
「私が勝手にあなたを巻き込んで、勝手に妄想して、落ち込んだり嬉しくなったり、それだけだよ」
「も、妄想?」
「そう、つまりは自演乙★なわけ」
だから平気だよ、と彼女は笑う。
そう言った彼女の横顔は凛として、揺るがない強い意志を思わせ、それが弱さを見せない強いフリにも見えた。
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🔥理沙の夫婦生活奮闘記😤パート2️⃣😸ニャ~ン
🎊パンパカパーン🎉 🎉パパパーパンパカパーン🎉(*≧∀≦*)ヤホーイ😸ニャー …
322レス 3144HIT 理沙 (50代 女性 ) 名必 年性必 -
初めて会った彼に体型の事を言われました、、、
初めてマッチングアプリで会った彼に、今でマックスだねと体型のことを言われました。 私は153セ…
9レス 206HIT 恋愛好きさん (20代 女性 ) -
結婚=子供では勿論ないけれど…
今の時代、結婚=子供ではありません。 DINKSでいることも夫婦両方の意志なら自由で、他人がとやか…
9レス 233HIT 匿名さん ( 女性 ) -
仕事を辞めると言う時期
皆様相談に乗ってください。 仕事を初めて1週間ですが、もう辞めたいです。 研修期間が2ヶ月なので…
7レス 177HIT 相談したいさん ( 女性 ) - もっと見る