友達イジョウ恋人ミマン
友達イジョウ恋人ミマン
新しいレスの受付は終了しました
❤1❤
「オレと付き合ってくれる?」
………
……
「…はい」
キャーッ
いつ思い出しても赤くなってしまう。
心臓もバクバク。
私、男の人からこんな事言われたの、生まれて初めてなんだもん。
ホント私って、自分の思った事を口に出して言うのが苦手なの。
いっつもウジウジしてて、男の人と話すらまともにできなくて…
そんな自分が大キライで、なんとかしたくて…
それで、演劇部に入ったの。
な~んて、オカシイよね(笑)
でも、ホントにそうなの。
彼と出会ったのも、それがきっかけ。
❤2❤
「え~っ、演劇部!?あんたがっ!?」
私は早速、親友の良子に演劇部に入る決心をした事を話したの。
そしたらやっぱり、かなり驚いてた💧
「なんで、また!?」
「私、自分を変えたいの…」「は?」
「ほら、私って、結構ウジウジしちゃってて、思った事も言えないじゃない?
…だから、演劇部に入って度胸をつけようと思って…」
良子はマジマジと私の顔を見つめてから、私の手をとると、少し大袈裟に
「まぁ、あんたがそう決めたんなら、せいぜい頑張んな!」
そう励ましてくれた。
それに続けて私が
“出来れば一緒に”と言おうとした瞬間
「では、私も部活に行ってくるわ」
と、手を振って立ち去ってしまった。
あれ、良子、部活なんて入ってたっけ?
「えっ、部活って?」
私がすでに立ち去りつつある良子の後ろ姿に声をかけると
「もち、帰宅部さっ」
良子は後ろを振り向いて、ペロッと舌をだした。
良子らしいや💧
❤3❤
私は仕方なく1人で、演劇部の練習場所である視聴覚室に向かった。
だんだん視聴覚室が近づくにつれ、胸の鼓動が激しくなっていく…
そして、ついにそのドアの前にたどり着くと、もう心臓は飛び出しちゃうんじゃないかってくらい、バクバクしていた。
私は1度、深く深呼吸すると、ドアをノックした。
「は~い」
そう言ってドアから顔を出したのは、サラサラのロングヘアーのよく似合う、綺麗な女の人だった。
靴ひもの色から見ると、3年生らしい。
あっ、うちの学校は、学年によって靴ひもの色が違うんだ。
1年生、つまり私たちは赤、2年生は緑、そして3年生が青。
「何っ?」
私がノックをしたものの、いつまでも何も言わずに緊張して、オドオドしているのを見て、サラサラロングの3年生は、ちょっと顔をしかめた。
「あっ、すいません、あのぉ…入部したいんですけどぉ…」
私は慌ててそう言った。
❤4❤
「な~んだ、入部希望者ね。だったら早くそう言えばいいのに」
私のその1言でサラサラロングの3年生は、笑顔になって
「トモ~、入部希望者だって!1年だよ!」
今度は後ろを振り向いて、トモとかいう同じ3年生に声をかけた。
トモと呼ばれた3年生は、ちょっとポッチャリしてて、胸の辺りまでありそうな黒髪を後ろで1つに束ねている。
「えっ、ホント!?嬉しい~っ。さっ、中に入って、入って」
私はトモと呼ばれた3年生に言われるままに中へ入った。
❤5❤
「私は部長の新谷 友美です。よろしくねっ」
まずそう言って自己紹介をすると、握手をもとめて右手を私の方にさしだしてくれたので、私もそれに応えて
「えっとぉ、あの、私は1年の関口 若菜です。よろしくお願いします」
と右手をさしだし、握手をした。
その後に他の部員の人たちも、それぞれ自己紹介をしてくれた。
初めにドアを開けてくれたサラサラロングの3年生が、副部長さんで川島 礼子さん。
そしてもう1人、3年生がいるんだけど、その人は、茶パツのショートがよく似合う山崎 茜さん。
後は2年生の、やや茶色がかかったセミロングの丸山 絵美さんと、おもいっきり茶パツでフワフワロングの市村 美鈴さん。
以上。
なんと、我が校の演劇部は部員数5名という、とてつもない弱小部だったのだ💧
あっ、私も入れれば6名か…
❤6❤
「関口さん、ちょうどいいとこだった!
今から今年の合同演劇の事について、話すとこだったの!」
「合同、演劇…ですか?」
私にはそれが一体なんの事なのか、さっぱりわからない。
まぁ、たった今入部したばっかりな訳だから、知らなくて当然なんだけど💧
「あっ、関口さんは知らないよね💧
合同演劇っていうのは…」
そう言うと新谷さんは、合同演劇について説明してくれた。
合同演劇。
正式には『上沼 合同演劇公演』というらしい。
それは、この上沼地区にある、小谷西高校(私たちの学校)・小谷高校・掘内高校・塩尻高校・塩尻商業高校全部の演劇部が、みんなで集まって1つの劇を公演するって事で、毎年、ちょうど中間にある『掘内文化ホール』でやってるんだって。
そして、その練習は夏休みにするみたい。
❤7❤
「で、もうすぐ夏休みになるから、その前に今度の日曜にその掘内文化ホールで、初顔合わせ兼掃除があるのよね。
で、早速だけど、その場所わかる?」
新谷さんの説明が終わった後、川島さんに不意にそう聞かれて、私は思わずとまってしまった。
「関口さん?聞いてる?」
川島さんが私の顔を覗き込む。
「えっ、あっ、はいっ!
すいません…💧」
私が慌ててそう言うと
「掘内文化ホールの場所、わかる?って、聞いたんだけど」
もう1度、今度は山崎さん。
「あっ、えっとぉ…わからないです…💧」
「じゃあ、私と一緒に行こう!
え~っとぉ…じゃあ、小谷駅に9時!いい?」
そう言ってくれたのは、新谷さん。
「はっ、はいっ、わかりました」
あちゃあ、情けない…
また、やってしまった…
私って、すぐボーッとして間が抜けちゃう事があるんだよね…
しっかりしなきゃ!
❤8❤
そして、日曜日。
「お~い、こっち、こっち!」
私が駅のすぐ側まで行くと、新谷さんはもうすでに駅へ来ていて、私に向かって手をふっている。
ヤバッ、先輩を待たせちゃった💧
これでも、早く家を出たつもりなんだけど…
「すいませんっ、遅くなりましたっ!」
私は息を弾ませながら、新谷さんの所へ駆け寄った。
「大丈夫だよ。まだ、9時じゃないしっ。」
そう言いながら、新谷さんは駅の時計を指さした。
8時50分。
「さっ、切符買おう!」
私たちは、掘内駅までの切符を買うと、改札口を通った。
❤9❤
掘内駅まで着く間、新谷さんはずっと今までの合同演劇の事とか、とにかく、演劇について話し続けていた。
その時の新谷さんは、目が輝いていて、活き活きしていた。
ホントに演劇が好きなんだなぁって、思った。
改札口を出ると、川島さんと丸山さんが私たちを待っていてくれた。
「文化ホールは、こっから15分ぐらい歩いたとこだよ」そう言うと、新谷さんは先頭にたって歩きだした。
そして、文化ホールに着くまでの間も3人の先輩たちは、演劇についていろいろ話し合っていた。
新谷さんだけじゃなくって、他の先輩たちもみんなホントに演劇が好きなんだ!
私は1人、そんな事を考えながら3人の先輩たちの後をついて行った。
❤10❤
掘内文化ホールは、私が想像していた以上に大きな建物だった。
出入口の所に、2人の女の人が立っているのが見える。
山崎さんと市村さんだ。
「トモたち、おっそ~い!待ちくたびれちゃったよぉ!」
「もう他の学校の人たち、ほとんど来てますよぉ!」
それを聞いた私たちは、慌てて駆け寄った。
「ゴメン、遅くなって!
さぁ、みんな揃ったとこで行きますかっ」
そこから中へ入ると、知らない人たちがいっぱい集まっていた。
あぁ、他の学校の演劇部の人たちだっ!
みんなさっきの先輩たちみたいに、目がキラキラして、活き活きしている!
凄いエネルギーみたいなモノを感じて、私はなんだか圧倒されてしまった…
❤11❤
「あっ、トモ!久しぶりっ!」
突然、ちょっと小柄でカワイイ感じの女の人が、離れた所から声をかけてきた。
「綾ぁっ!元気してたぁ!?」
新谷さんは、その綾とかいう人の所へ走り寄っていってしまった。
「茜さんっ、お久しぶりですぅ!元気でした?」
今度は、これまた小柄で活発そうな女の人が、山崎さんに声をかけてきた。
「おっ、涼子じゃん!?まだ生きてたか!(笑)」
「あったりまえですよぉ。あっ、茜さん、あっちに僚たちいますけど、どうしますぅ(笑)」
「えっ、なに、なにっ、あいつらもまだ生きてたのかぁ!?
よっしゃ、顔でも拝んでやるか(笑)」
2人はこんなふざけたやり取りをしながら、別の所へ行ってしまった。
他の先輩たちもそれぞれ他の学校の友達をみつけると、久しぶりの再会を喜んで話しに夢中になって、散らばっていってしまった。
そして、私は1人、その場に取り残されてしまったの…
❤12❤
やだっ…
どうしたらいいの…
なんで、先輩たちは私を置いてっちゃうの…
紹介とかしてくれたって、いいじゃない…
私はその場にしばらく立ち尽くしていた。
なんだか、自分だけ場違いなとこに来てしまったような気がして、逃げ出したくなってきちゃった…
………
……
…
「お~い!みんな集まったかぁ?
…!?
そんな時、突然どこからともなく男の人の大きな声がした。
それは、掘高演劇部顧問の田中先生の声だった。
最初に聞いた新谷さんの説明だと、それぞれの学校の顧問の先生が、毎回2人ずつ来てくれる事になっていて、初日の今日は、この田中先生と塩尻高の山口先生が来てくれてるみたい。
とにかく、私はその田中先生の大きな声で、その場から救われたような気がした。
❤13❤
「よしっ、とにかく、まずは掃除だ、掃除!」
田中先生はそう言いながら、みんなを引き連れると、ステージのあるホールへ向かった。
……!?
私はホールの中に1歩足を踏み入れたとたん、あまりのスゴさに圧倒されてしまった。
200人は軽く入れそうなぐらい広い観客席!
しかも、後ろの人もちゃんと見えるように階段状になっている。
そして、かなり本格的に整った音響や照明装置。
「さぁ、みんなで手分けして、掃除開始!」
田中先生のその1言で、みんな手に手にホウキや雑巾などを持って、仲のいい友達同士であちこちにちらばり、掃除をやり始めた。
そして、また、私は1人だけポツンと、取り残されてしまったの…
❤14❤
もう、どうしてこうなるの…
やっぱり、私みたいなのが演劇をやろうとした事自体が間違ってたのかも…
ついつい、そんな事まで考えてしまう…
情けないぞ、若菜!
しっかりしろ!
これじゃなんの為に演劇部に入ったか、わからないじゃないかっ!
でも、私にはあの中に飛び込んでいく勇気がないんだよ。
………
……
…やっぱ、帰ろうかな。
なんか、もうここにいるのがツライ。
もう、いてもたってもいられない!
新谷さんに訳を話して、帰らせてもらおうかなぁ…
私が自問自答していると
「あれ?どうした?君、1人?」
ふいに後ろから、男の人の声がした。
誰っ!?
私はおもいっきり振り返った。
❤15❤
すると、そこにいたのは、もうとにかくカッコイイ男の人だった。
山崎さんと同じぐらいの茶パツが、とってもよく似合っている。
男の人、しかも、そんなカッコイイ男の人を突然目の前にした私は、思わず顔がまっ赤になってしまった。
初めにも言った通り、私は男の人が苦手なの💧
「あのさぁ、やる事ないんなら、オレの手伝ってくんない?」
そう言うと、そのカッコイイ男の人は手に持っていた雑巾を1枚、私に手渡した。
「はっ…はっ、はいっ!」
私は言われるがままにそれを受けとると、カッコイイ男の人と2人で、照明器具の拭き掃除を始めた。
私はただでさえ、男の人を目の前にすると、緊張して何も言えなくなってしまうのに、それがカッコイイとなると、またさらにドキドキしてしまう。
やだ…
どうしよう…
私、きっと顔まっ赤だ…
手も少し震えてる…
恥ずかしい…
変なヤツだと思われちゃったかなぁ…
❤16❤
「あっ、名前!」
「…えっ!?」
私はカッコイイ男の人が、突然そう叫んだので、かなりビックリしてしまった。ホントに心臓が飛び出して、落っこっちゃうんじゃないかって思ってしまったくらい。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったよね?」
「そっ、そうですね…」
そこで目と目が合ってしまい、私の顔はさらにまっ赤に、心臓はさらにドキドキになってしまった。
「オレは、塩高2年の真野 僚。よろしくっ」
[まの つかさ]と名乗ったカッコイイ男の人は、照明器具を拭く手を休めず、自己紹介してくれた。
「あっ、えっとぉ…私は…小谷西高1年の…関口 若菜です。よっ、よろしくお願いします」
私は緊張で震える手にグッと力を入れて、雑巾を握りしめた。
とりあえず、お互いの自己紹介が済むと、また私たちは無言で拭き掃除を始めた。
❤17❤
あっ、あれっ!?
[つかさ]??
[つかさ]ってもしかして、ここに来た時、山崎さんと涼子って人が話してた人の事かな?
私はその事を聞いてみようかなぁ?
とは思ったものの、男の人が苦手な私にそんな事、聞けるはずもなく、ただ黙って黙々と拭き掃除をするしかなかった。
私にしてみれば、自己紹介できたってだけでもスゴイ事なんだもの。
でも、なんかそれって、かなり情けないよね…
こんなんで、演劇部やっていけるのかなぁ…
なんだか、とっても不安…💧
「お~い、そろそろ掃除やめて、顔合わせするぞぉ!」
またしても、そんな私を救ってくれたのは、田中先生の大きな声だった。
❤18❤
「あっ、オレ、雑巾かたずけてくるよ!」
真野さんはそう言うと、私の分の雑巾まで持っていってくれた。
「あっ、すいませんっ!」
優しい人だなぁ、真野さんって…
きっと私が1人でいたから心配して声をかけてくれたんだなぁ…
しかも、[超]が付くぐらいカッコイイしっ!
私はさっきの余韻に浸りながら、ゾロゾロと会議室へ向かうみんなの後をついていった。
会議室には今日来ている全員が、びっしり集まっていた。
私が1番出入口に近い隅っこに立っていると、誰かに背中をつっつかれた。
!?
誰っ!?
私がビックリして振り向くと、そこにいたのは山崎さんだった。
なんだか、顔が嬉しそうににやけている。
「若菜ちゃんてば、さっき僚と2人で掃除してたっしょ!
私、見ちゃったんだからぁ」
えっ、やだっ!
私が真野さんを前に緊張して、まっ赤になってるとこ、見られてたんだっ!
しかも、やっぱり山崎さんたちの言ってた[つかさ]って、真野さんの事だったんだぁ。
❤19❤
「どう、僚。若菜ちゃんのタイプ?」
突然そんな事を聞かれて、また私は赤くなってしまった。
相変わらず、山崎さんはニヤニヤしている。
私をからかってるんだ。
ってゆうか、その[若菜ちゃん]って…
いつから、[関口さん]から[若菜ちゃん]になったんだ?
「ねぇ、ねぇ」
山崎さんはしつこく聞いてくる。
「そっ、そう、です、ね…」
もう私はほとんどうつ向いて答えた。
「そっかぁ、あいつ、結構カッコイイもんなぁ。
それに、優しいし。とにかく、いいヤツだよ」
そういうと、山崎さんはうつむいたままの私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「確かにそうですね」
今度は顔を上げて、自分でもビックリするぐらいはっきりと答えていた。
「ところで、さっき山崎さん、私の事、[若菜ちゃん]っていいましたよね?」
私は、さっきふと思った事を聞いてみた。
「あっ、ゴメン、やだった?私、結構友達とか下の名前で呼ぶ事が多いんだよね」
「あっ、別にイヤじゃないです。ただ、突然でビックリしてしまって…」
❤20❤
「はいっ、皆さん静かにっ!」
今までの田中先生とは違う、女の人の声だ。
多分、塩尻高の山口先生だと思う。
その1言で、今までザワザワしていた部屋の中が静まりかえった。
「今年は、今ここに集まっている皆さんで行います。まず、初めての人もいるかと思いますので、この後それぞれ、自己紹介をして下さいね。
次からは夏休みに入りますが、その時までに各校で1つずつ、やりたい演目を決めてきて下さい。
そして、皆さんで話し合って、その中からどれにするかを決めたいと思います。その時、演出も決めて、キャストか裏方かも分けたいと思っています。
それでは、今日はこれで終わります。
皆さん、お疲れ様でした!」
顔合わせ、というより、山口先生の簡単な説明の後、みんなそれぞれ、自己紹介や挨拶をすると、文化ホールを後にした。
❤21❤
帰る途中、先輩たちはあれがいい、これがいい、など、いろいろな演目を挙げて話し合っている。
そして、私はというと、相変わらず、そんな先輩たちの後をトボトボとついて歩いていた。
私の頭の中は、劇の演目の事より、真野さんの事でイッパイだった。
真野さん、ホント、カッコよかったなぁ…
それに、優しかったし…
もっともっと、いろんな話がしたかったなぁ…
何言ってんのっ!まともに男の人と口も聞けないくせにっ!
うるさいなぁっ!
そんな事、私が1番よく分かってるよっ!
だから、そんな自分を変える為に演劇部に入ったんじゃないっ!
こうなったら、思いきってキャストに挑戦してみようかな?
きっと真野さんも、キャストだよね?
もしかしたら、2人でラブシーンなんかやっちゃったりして…
やだっ、私ってば何考えてんだろう💧
❤22❤
「…………さん」
………
……
「……口さん!」
…
「関口さんっっ!」
…!?
「えっ、はっ、はいっっ!」
「今、私たちの話、全然聞いてなかったでしょっ!」新谷さんは怒りながら、私を睨んでいる。
「すいません…」
恐いよぉ…新谷さん…
「まぁまぁ、誰にでもボーッとしてる事はあるんだから、トモもそんなに怒んないで💧」
そう言って助けてくれたのは、川島さん。
「さっきから、どんな劇がいいか話してたんだよ。
まず、ジャンルをね、決めようって事になって、それを関口さんにも聞いてみたんだけど…」
今度は丸山さん。
「ジャンル、ですか?」
急にそんな事言われても…
「そう、何がいいっ!」
新谷さんは、まだ少し怒っている。
❤23❤
「トモ、静まれ、静まれ。若菜ちゃんがちょっとボーッとしてんのは、しょうがないって。きっと、そうゆう性格なんだから💧」
山崎さんまで、助けてくれる。
「どんなのがいい?ジャンルぐらいなら、言えるでしょ?」
と、市村さん。
「…すいません。それもよく分からないです…」
「はぁ!?それもわかんないのっ!?」
今度は新谷さんは、怒ってというより、呆れながら言った。
はぁ…
ホント私って、情けないなぁ…
自分でも、つくづく呆れてしまった…
❤24❤
ホントはそこで、“恋愛がいいです!”って言いたかったんだよ。
でも、そんな事恥ずかしくって言えないもん…
何が恥ずかしいの!?
恋愛だって、立派なジャンルじゃない!
あんたが恥ずかしいのは、変な事、想像してるからでしょ!
変な事って!?
まぁ、そりゃ確かに真野さんとのラブシーンを想像しちゃったりはしてるけど…
そこでまた、真野さんとのラブシーンが頭に浮かんできて、1人で赤くなってしまった。
「あれっ、若菜ちゃん、何1人で赤くなってんの?」
山崎さんに鋭く突っ込まれて
「なっ、なんでもないですっ!」
私は慌てて、頭に浮かんだ真野さんとのラブシーンをかきけした。
❤25❤
その日の夜、私は早速良子にTELして、真野さんの事を話した。
「えっ、何、何、その真野さんとかいう人、そんなにカッコイイのっ!?」
「うんっ、もう超カッコイイのっ!
私、絶対真野さんとキャストやるっっ!」
私は思わず、携帯を持つ手に力を込めた。
「つうか、まだその真野さんがキャストやるか、わかんないじゃん?」
「絶対、キャストだよっ!だって、カッコイイもん!」
「あのなぁ、カッコイイってのは、キャストをやる理由にはなんないの💧」
「なるのっ!」
「はぁ…」
そこで、いきなり良子がため息をついた。
「どうしたの?」
「イヤ、あんまりあんたがその真野さんとやらにお熱だからさぁ、呆れたの…」 「何よぉ、いいじゃないっ」
「それよりさぁ、私にしてみれば、その真野さんがキャストをやる、やらないは別として、あんたにキャストがつとまるとは思えないんだけど…」
「ゔっ…」
そこで私は言葉に詰まってしまった。
❤26❤
そして、ついに夏休み!
私たちは散々話し合った結果、『夏の日の思い出』を選んだ。
これはホントに現代劇で、少しコメディっぽいとこもある、なかなかやりごたえのありそうな演目だ。
私はまた新谷さんと小谷駅で待ち合わせをして、一緒に文化ホールへ向かった。
その後は、この前と同じ。
掘内駅で川島さんと丸山さんと合流し、山崎さんと市村さんとは現地で合流した。
そして、この前とは別の、もっと広い会議室で、全員で、丸くなってイスに座り、話し合いを始める事になった。
黒板の前には、2人男の先生が立っている。
今日は、谷高の小林先生と塩商の宮下先生だ。
「では、まず、各校で選んだ演目をそれぞれの部長が挙げてくれ。
そのだいたいの内容もわかりやすくな」
式をとるのは、年配の宮下先生だ。
❤27❤
次々に各校の部長さんが、自分たちで選んだ演目を挙げ、簡単にそれがどんな劇なのかを説明していく。
そして、それを宮下先生が黒板に書く。
それから、いろいろ話し合った結果、なんと、みんなが選んだのは『夏の日の思い出』だったのだ。
「よしっ、じゃあオレは小林先生と人数分の台本をコピーしてくるから、少し待っててくれ」
宮下先生はそう言うと、新谷さんから台本を受け取り、小林先生を連れて部屋を出ていった。
その途端、誰からともなく雑談が始まり、いつの間にか部屋の中は賑やかになった。
「私、絶対キャストがいい!」とか
「オレ、とてもキャストなんか無理だろうから、裏方でいいや」とか
「主役ねらっちゃおう」とか「ちゃんとメイクとかもやるんだよね。なんか、楽しみ」とか…
❤28❤
しばらくして、2人の先生は何冊もの台本を手に、部屋へ戻ってきた。
そして、全員に配り終えると
「みんな一通り目を通して、自分が何をやりたいか考えてくれ。
キャストはかぶったら、次回にオーディションだからな!」
えっ、オーディション!?スゴイ、なんか本格的!
全員真剣に、黙って台本を読んでいる。
私が秘かに期待していたラブシーンはないけど、せっかく演劇部に入ったんだもの、キャストに挑戦してみなくっちゃ!
全員が台本から目を上げるのを見てから
「いいかぁ、まず、とにかく演出を決めなきゃならん。誰かやりたい人はいないか?」
宮下先生がそう言い終わると同時に、新谷さんが手を挙げた。
「はいっ!私やりたいです!」
そこで全員の拍手。
これで演出は、新谷さんに決まった。
スゴイなぁ、新谷さん…
しかも、誰の反対もなく、あっさり決まっちゃうなんて…
❤29❤
「じゃあ、こっから先は演出の新谷さんに仕切ってもらう事にしよう」
宮下先生がそう言うと、新谷さんはスタスタと前に出ていって、黒板に台本に出てくる役名を書き始めた。
そして、それぞれやりたい人に手を挙げてもらって、役名の下にその人たちの名前を書きこんでいく。
私は『木下カオリ』という、準主役級の所で手を挙げた。
すると、新谷さんが私の方を見て、一瞬眉をしかめたのがわかった。
多分、“あんたには無理よっ!”って事なんだろうな…
でも、私はやるって決めたんだっ!
ところが、さすがに準主役級だけあって、私の他にも、4人も手を挙げていた。
絶対、負けないもんね!
……
…
負けないといいけど…
相変わらず、弱気な私。
それにしても、どんどん役名が進むのに、真野さんはいっこうに手を挙げる気配がない。
❤30❤
結局、最後の最後まで真野さんは手を挙げなかった。
そんなぁ…
真野さん、絶対キャストだと思ったのになぁ…
「ほとんど全部の役がかぶっちゃってるので、3日後、オーディションをしたいと思います。
各自それぞれ、読みたいセリフを1つ選んで言ってもらいます。
では、次に裏方さんの希望をとります」
新谷さんは、てきぱきと話し合いを進行していく。
「あっ、オレ、音響ねっ!」その時、突然そう言って手を挙げたのは、他ならぬ真野さんだった。
えっ、今、なんて言った?『音響』って聞こえた気がしたけど…
聞き間違えじゃないよね?
「はいっ、じゃあ、真野っち、音響ねっ!」
<音響―真野 僚>
黒板には、はっきりそう書かれている。
「後の人はぁ!」
❤31❤
そんなこんなで、元々裏方希望だった人たちは、それぞれの役割が決まり、残りは、キャストのオーディションで落ちた人がつく事になった。
キャスト希望の人たちは、みんな今からかなり張り切っている。
中には、もう練習している人までいる。
「じゃあ、今日はこれで終わりです。
次は3日後、オーディションの時に会いましょう」
そして、帰り道。
「関口さん、ホントに木下カオリ役、やるつもり?」案の定、新谷さんは私にその話をしてきた。
「はい、やるつもりですけど…」
「よした方がいいと思うよ。こんな事言うのもなんだけど、関口さん、ホントまだ入部したばっかりで、なんにも練習だってしてないじゃない?
どう考えたって、無理だって。今回は裏方にして、演劇がどんなモノかを見てみる方がいいんじゃないかな?考えてみて…」
…………
………
……
❤32❤
家に帰ってもう1度、新谷さんに言われた事をよ~く考えてみた。
確かに、その通りかも…
って、思った。
まだ入部したばっかりで、練習も何もしていない私が、あの大きな舞台でキャストを演じるなんてこと、どう考えたって無理だよね。
ってゆうか、その前にオーディションで落ちるか…
そんな風に考えながら、携帯を手にとると、良子にTELした。
❤33❤
「だから言ったじゃん!
あんたにキャストなんて無理だって!」
「だってぇ…」
「何、しかも例の真野さんだっけ?
キャストじゃなくって、音響なんでしょ?」
「うん…」
「だったら、あんたも一緒に音響やったら?」
「そんなの無理だよぉ。
私、機械ダメだし、真野さんともう2人、友達みたいな人が決まっちゃったしぃ…」
「じゃあ、結局あんたはどうすんの?」
「それなんだよねぇ、いろいろ考えて、1番無難な大道具・小道具にしようかと思ったの」
「そりゃ、名案だ!」
❤34❤
そして、3日後。
またいつもの通り、小谷駅で新谷さんと待ち合わせ。
電車の中で私は早速、キャストを諦めた事を話した。
「そっかぁ、なんかゴメンね。でも、私が言った事は、今日からの稽古を見れば分かると思うよ。
それに、裏方だって大事なんだよ。
だって、キャストだけじゃ演劇はできないもん。
でしょ?」
「はい、そうですね」
そうこうしているうちに、川島さん、丸山さん、山崎さん、市村さんとも合流し、文化ホールに到着した。
❤35❤
「では、早速主役からオーディションを始めます。
主役希望の人は、前に出てきて下さい」
こうしてオーディションは始まったんだけど、私、正直、ホント、諦めてよかったって心底思ったの。
だって、みんな信じられないくらいウマイんだもん。
私、高校の演劇部がここまでスゴイとは思わなかった。
こんな事言ったら怒られそうだけど、小・中学校の学芸会に、毛が生えたようなモノだと思ってたのよ💧
新谷さんが電車の中で言ったのは、この事だったのかって、私は1人で納得していた。
❤36❤
無事すべてのオーディションが終わり、キャストも裏方も役割が決定した。
私は良子にも話した通り、大道具・小道具についた。
そして、もう1人私と一緒に組むのは、塩高2年の峰 涼子さん。
そう、初めてここに来た時、山崎さんに話しかけてきた、あの涼子さんだ。
「私、峰 涼子。よろしくねっ」
「あっ、あのっ、私は、関口 若菜です」
「若菜ちゃんかぁ、何高?」私が、“よろしくお願いします”って言うより早く、峰さんの質問がとんできた。
「あっ、えっと、小谷西…」また、私の“です”より先に
「何年?」
もう、この後もずっとしばらくこんな感じの会話が続いた。
はぁ…
なんか峰さんって、明るいというか、なんというか、ホントよく喋るなぁ…💧
私、ついていけるかな…
なんだか、とっても不安…
❤37❤
その日の夜、また私は良子にTELした。
なんだか、ここんとこ毎日TELしてるような気がする。
「そんなスゴイんだ、その峰さんって人」
「スゴイなんてもんじゃないよ!もう、機関銃みたいに喋るんだもん。ついていけない…」
「そりゃ、ただ単にあんたがトロいだけだって💧」
「ひっどぉい、良子ってば親友に向かって、そんな事言うんだぁ」
「親友だから、言うの!」
「……」
「ねぇ、それよりさぁ、せっかくの夏休みなんだから、どっか遊びに行こうよ!」
「ゴメン、私、合同演劇の稽古で、全然休みがないんだ」
「何それ、ひどくない?」
「でも、早く劇が仕上がれば、休みもとれるらしいけど…」
「いいじゃん、1回ぐらい休んだって!」
「ダメだよぉ」
「もう、全く、あんたはクソ真面目なんだから」
❤38❤
それからは、ホントに休みなく毎日、稽古が続いた。
といっても、裏方の私には稽古はなく、相変わらず機関銃のようによく喋る峰さんと、台本を読みながら、どこでどんな大道具や小道具がいるのかをチェックして、書き出したりしている。
「違うっっ!何度言ったら分かるのっ!もう1回、今のとこからやり直しっ!」 「ゴメン!」
今のは、セリフのタイミングを間違えた、星 綾さんに新谷さんが注意したとこ。
星さんといえば、新谷さんとは仲がいい友達同士で、同じ3年生らしいんだけど、いったん稽古に入れば、2人は演出とキャスト。
新谷さんは、相手が友達であろうとなんであろうと、間違えれば厳しく注意する。
あぁ、キャストの人たち、たいへんだぁ…
な~んて、ノンキに思ってると
「関口さん、ボサッとしてない!」
裏方の私にまで、注意はとんでくる。
❤39❤
新谷さんはキャストばかりでなく、裏方の人たちの方にも度々様子を見にきて、注意をしたり、アドバイスしたりしている。
ホントすごいんだぁ、新谷さんって。
さすが、自ら真っ先に演出を引き受けただけのことはあるなぁ。
「おい、これよかさぁ、さっきのヤツの方がいいんじゃねぇの」
そんな時聞こえてきたのは、真野さんの声。
私がその声の方に目をやると、真野さんがラジカセの前にあぐらをかいて座り込み、他の2人と何やら話し込んでいる。
そんな真野さんの姿は、真剣そのもので、目もキラキラ輝いている。
あぁ、やっぱ真野さん、カッコイイ…
私は隣にいる峰さんの事も忘れて、しばらく見とれてしまった…
❤40❤
「こらっ、関口!何よそ見してる!」
峰さんに丸めた台本で頭をポンと叩かれて、我にかえった私は、思わず慌ててしまった。
峰さんは、さっきまで見ていた私の視線の先を追うと「ははぁん…」
ニヤニヤした。
「関口さん、もしかして、僚の事、見てた?」
ギクッ💧
図星。
「そっ、そんなっ、ちっ、違いますっ」
私は恥ずかしくって、慌てて否定した。
「私が仲を取り持ってあげようか?」
峰さんは、まだニヤニヤしている。
「…!?なっ、何言ってるんですかっ、違いますっ」私がもう1度否定した時
「こらっ、そこの2人、お喋りしてないでちゃんとやって!」
私たちは新谷さんに怒られてしまった💧
❤41❤
新谷さんの厳しい稽古が1週間ぐらい続いたある日、その日の稽古が終わりに近づいた頃だった。
「お~っ、やってるな!」
「久しぶりっ!」
「どんな調子だ?」
突然、知らない男の人たちが3人中へ入ってきた。
3人とも、手にお菓子やジュースが入っているビニール袋をぶら下げている。
「あ~っ、圭輔さん、裕司さん、一真さん!」
真っ先にそう叫んだのは、もちろん(?)新谷さん。
それに続いて、他の人たちも
「やだ~っ、久しぶりぃ!」「どうしたんですかぁ?」
「もしかして、差し入れですか?」
などと騒ぎながら、その3人に駆け寄っていく。
でも、私と他の学校の1年生たちは
“誰??”
って顔して、ポカーンとしている。
❤42❤
「おうっ、かわいい後輩たちに差し入れだっ!」
その3人のうちの1番背が高くて、メガネをかけている人がそう言うと
「よっしゃっ、じゃあ先輩方に免じて、今日の稽古はこれでおしまいっ!」
と、新谷さん。
その途端、みんなはワーッと輪になって、お菓子やジュースを広げ始めた。
さっきまでポカーンとしていた他の1年生たちも、いつの間にか、その輪に加わっている。
でも、相変わらず私だけは、1人取り残されて、ポツンと突っ立っていた。
すると、そんな私を見かねたのか、川島さんが私の側へ寄ってきて
「3人とも演劇部のOBなんだよ。あの中でも1番カッコイイのが、塩商OBの清水 一真さん。で、メガネの人がこれまた塩商OBの倉田 裕司さん。最後が谷高OBの高橋 圭輔さんだよ」
と、教えてくれた。
「さっ、関口さんもこっちきて!」
私は川島さんに連れられて、みんなの輪に加わった。
❤43❤
「何、今年は新谷が演出なんだって!?」
「そうだよ、完成を楽しみにしててよ!」
「どんなのやるんだ?」
「それはいくらOBといえど、秘密です」
「でも、新谷が演出じゃあ、かなり厳しいんじゃねぇ?」
「厳しいすよぉ。もう、鬼ですよ、鬼っ!」
「何それ、聞き捨てならない!」
「そういや、初めてみる顔、結構多いな」
「今年は1年が結構いるんだよ」
「私、初めての参加なんですけど、いきなりキャストで、今から緊張なんです💧」
こんな調子で、話はかなり盛り上がっているんだけど、やっぱり私はその会話の中に入っていけない。
最初は呆気にとられていた1年生たちも、今ではすっかり打ち解けて、話に参加している。
私、1人だけなんか浮いてるよね…
早く帰りたいなぁ…
もう、お菓子やジュースも味なんかわからない…
❤44❤
「あっ、そうだ!初めての人が結構いるから…」
突然、高橋さんがそう言いながら、ズボンのポケットから、茶色い革の手帳を取り出した。
「またか、高橋…💧」
と、倉田さん。
「“また”とはなんだ、“また”とは!オレは、友達になった人には必ず、ここに住所とTEL番号を書いてもらう事にしてるんだ。
オレは、人と人との出会いを大切にしてるんだ」
「はい、はい…💧」
呆れる倉田さんを尻目に、高橋さんは
「1年の子はみんな順番に書いてね」
と、自分の1番近くにいた1年生にその手帳を手渡した。
“人と人との出会いを大切に…”かぁ…
この高橋さんってひと、結構いい事言うなぁ…
❤45❤
「はい」
突然、私の所にその茶色い手帳が回ってきた。
「…えっ!?」
あっ、そうかっ、私も1年だったっけ💧
我ながら間抜けだ…
「はっ、はい」
私は慌ててそれを受けとると、自分の住所とTEL番号を書いた。
えっとぉ…
私が次にその手帳を誰に回せばいいのか、困っていると
「あっ、君が最後」
高橋さんが私に手を差し出した。
高橋さんは私から手帳を受けとると、またズボンのポケットにしまいこんだ。
そうしながらも、みんなお菓子をたべたり、ジュースを飲んだりして、演劇の話で盛り上がっている。
❤46❤
その日の夜、私は相も変わらず、良子の所にTELしていた。
しかし、良子もよくこう毎日毎日私のグチに付き合ってくれたもんだ。
やっぱ、持つべきモノは親友だなぁ。
「へぇ、OBの3人って、カッコイイの?」
「う~ん、1人は真野さんくらいカッコよかったよ。
いやっ、やっぱ真野さんの方がカッコイイ!」
「はい、はい…💧」
「後の2人はねぇ、1人はメガネかけてて、なんだか真面目そうな感じで、もう1人は、フツウかな?」
「なんだ、そのフツウって💧」
「だって、フツウなんだもん。フツウはフツウだよ」
「そんな事より、あんた真野さんとはどうなってんの?」
「どうって?」
「好きなんでしょ?告ったりとかしてないの?」
「…!?なっ、何っ、突然!?」
「好きじゃないの?」
「………」
❤47❤
私、真野さんの事、“好き”なのかなぁ?
確かにカッコイイし、優しいし、ついつい見とれてしまったりするけど…
でも、“好き”かどうかなんて、良子に言われるまで考えてもみなかった。
自分の気持ちなのに、自分でもよく分からない…
真野さんを見てると、顔がまっ赤になっちゃうし、ドキドキもするって事は、“好き”なのかな?
でも、良子に聞かれてすぐに“好き”って答えられなかったし、こんなやって改めて考えちゃうって事は、“好き”じゃないのかな?
じゃあ、“好き”じゃなかったら、この気持ちは何?
ただの憧れ?
よくいう、“恋に恋してる”ってやつ?
あ~っっ、なんで自分の事なのに分かんないのよぉ。
はぁ…
……
…
❤48❤
私、真野さんの事、“好き”なのかなぁ…
次の日の稽古の時になっても、私はまだ1人でその事を考えていた。
その真野さんはというと、相変わらずカッコイイことには変わりもなく、友達と一生懸命に音響さんの仕事に励んでいる。
「こらっ!」
ポン
峰さんに丸めた台本で、頭を叩かれる。
これも、相変わらずの出来事。
「また僚?」
「……」
「好きなの?」
今日の峰さんは、いつもみたいにからかうのではなく、真剣な顔をしている。
私は、昨日からずっと考えている自分の気持ちを、正直に話した。
❤49❤
「とりあえず、友達になってみたら?」
これが、峰さんが私に言ってくれたアドバイス。
「友達、ですか?」
「そう、ただそうやって考えて、グズグズしてたって何の解決にもなんないよ」
「はぁ…」
「何、その間の抜けた返事はぁ」
「なぁ!」
…!?
突然後ろから声をかけられて、私たちはビックリして同時に振り返った。
❤50❤
すると、真野さんがラジカセを持って私たちの後ろに立っている!
真野さんっ!?
やだっ、今の話、聞こえてなかったよね💧
「なんだ、僚かぁ…」
「なんだとは、なんだ。なんだとは!」
「何よ?」
「ちょっと頼みがあんだけどさぁ」
「頼みぃ?」
真野さんは、私たちの目の前に広げてある台本の中程の所を指さして
「ここんとこで使う曲なんだけど、どっちがいいか選んでくんない?
さっきからずっと、森下たちと話し合ってんだけど、全然決まんなくってさ」
そう言うと、ラジカセを側に置いた。
「ふ~ん、どれとどれよ」
峰さんが言うと、真野さんはまず初めの曲を流し始めた。
私はただ黙って、そんな2人のやり取りを見ているだけだった。
私もこんな風に真野さんと話せたらなぁ…
❤51❤
「私はこっち!」
2つの曲を聞き終えると、峰さんは後の方の曲を迷わずに選んだ。
「関口さんは?」
「えっ!?」
えっ、今真野さん、『関口さん』って言ったよねっ?
私の名前、覚えててくれたんだぁ!
なんか、スッゴく嬉しいっ!
「あのっ、どっちがいいか聞いてんだけど…💧」
真野さんにそう言われて、ハタと我にかえる。
そうだ、そうだ、感激に浸ってる場合ではない💧
「あっ、えっとぉ、私も、今のやつの方が…」
私にはこれだけ言うのが、精一杯。
「そっか、サンキュー!」
真野さんは、嬉しそうに森下さんたちの所に戻っていった。
❤52❤
「私も今の峰さんみたいに、真野さんとお話ししたいです!」
私は思わず、峰さんの腕を力一杯つかんで、そう言っていた。
「よっしゃっ、私に任せときっ!」
峰さんは、そんな私の手を握りしめて、そう言ってくれた。
「まず、私にTEL番、教えて!」
「あっ、はい」
私はスケジュール帳のページを1枚やぶると、そこに自分のTEL番号を書いて、峰さんに渡した。
「私たち、結構グループとかで遊びに行くんだけど、関口さん、いつでもOK?」 「はい、あの、あんまり夜遅くなければ…」
「あっ、それは大丈夫。うちら、そんな夜中に遊び歩いたりみたいな事、しないから💧
健全なグループ交際よ(笑)」
「でも、毎日稽古があって、時間ないですよね?」
「まぁ、今はね。でも、多分そろそろ休みがありそうな気がするんだ。
結構みんな頑張って、早いペースで、劇が仕上がってるから…」
「そうなんですか?」
「去年に比べればね。まぁ、またその時んなったら、TELするよ」
「はいっ、ありがとうございます!」
「もし、関口さん1人で心細かったら、友達連れてきたっていいし」
「はい」
その時は、良子にお願いして一緒に来てもらおう。
❤53❤
そのチャンスは案外早く巡ってきた。
あれから2日後。
峰さんが言った通り、稽古が思ったより順調に進んでるので
「明日、1日休みにしよう」と、新谷さんが言ってくれたのだ。
その日の夕方、早速、峰さんからTELがあった。
「関口さん、明日なんだけど、大丈夫?」
「はいっ、もちろん大丈夫です!」
「じゃあ、10時に吉岡駅で待ち合わせという事で!」
「あのっ、他には誰がくるんですか?」
「うんとぉ、男はぁ、ほらっ、僚と一緒に音響やってる2人!」
その2人とは、森下 優希さん(塩商2年)と小島 卓くん(掘高1年)の事だ。
「で、女はぁ、根沢 美雪と佐藤 香織。2人とも、私と同じ塩高の2年だよ」
❤54❤
私は峰さんのTELの後、良子にTELした。
もちろん、明日の事を頼む為に。
やっぱり、あんまりよく知らない人たちと遊びに行くのに、1人では心細いもん。
「明日?私は大丈夫だよ」
「ホント、ありがとう!
助かるよぉ」
「いや、いや、いいって事よ。
ちょうど私も暇で困ってたしっ」
「でっ、10時に吉岡駅で待ち合わせなんだけど…」
「じゃあ、9時に私と小谷駅で待ち合わせでいいんじゃない?」
「うん、わかった」
❤55❤
次の日。
私が小谷駅へ着くと、良子はまだ来ていなかった。
時計を見ると、8時40分。
そして、8時50分。
「ゴメ~ン、遅くなっちゃって!待ったぁ?」
良子は慌てて、走ってくる。
「ううん、大丈夫だよ」
私は吉岡駅に着くまでの間に、真野さんの事や、峰さんの事、演劇の稽古の事などを話した。
「私は早く、その真野さんとやらに会ってみたいわ!」
「もうねぇ、ホント、カッコイイんだよぉ」
「そんなにカッコイイのぉ?あんたの趣味って、おかしいからなぁ」
「ひっどぉい!」
そうこうしてるうちに、吉岡駅に到着した。
❤56❤
改札口を出ると、まだ峰さんたちの姿は見えなかった。
「私たちが1番早かったみたいだね」
「つうか、私はその中の誰も知らないんだからね。
頼むよ」
「あっ、そうか…」
しばらくすると、峰さんが2人の女の人とこっちに歩いてくる。
「あっ、関口さん、お待たせっ!」
そこで、お互い自己紹介。
「何っ、山根さんって、私と同じ名前じゃん!?」
「そうですねっ!私は、良い子の良に、子供の子なんですけどぉ」
「私は、涼しいに子供の子!」
こんなやってお喋りしてると、男3人がやってきた。
私たちはみんな揃って
「おっそ~いっ!」
すると、男3人もみんな揃って
「わり~っ!」
❤57❤
その日の夜。
いつもは私からTELするのに、今日は珍しく良子の方からかけてきた。
「今日、楽しかったねっ!」「うんっ!で、真野さん、どうだった?カッコよかったでしょ?」
「確かに!最初3人揃って来たけど、すぐ分かったもん!他の2人には、悪いけど💧」
「はは…💧」
「でもさぁ、あんなにカッコよきゃ、もう彼女とかいるんじゃない?」
「!?」
…………
………
……
…
「?お~い!もしも~し!聞いてるかぁ!?」
「…えっ?あっ、ゴメン」
「どうしたの?」
「だって、良子が変な事言うから…」
「変な事?」
「…やっぱいるよね、彼女」「あぁ、その事ね…
明日、峰さんにでも聞いてみたら?」
「そうだね…」
❤58❤
私は良子の言った1言で、それまでの浮かれた気分が、どっかに吹っ飛んでしまった。
『彼女』
やっぱ、あれだけカッコよきゃいるよねぇ…
それに、カッコイイだけじゃなくって、性格もいいし…
ホントに明日、峰さんに聞いてみようかな…
あ~っ、でもなんかあっさり“いるよ!”って言われそうでコワイ…
でも、知りたい!
もし、いなかったら…
いなかったら、どうする?
告る?
ううん、そんな勇気ないっ!
じゃあ、いたら?
諦める?
そんな事、無理!
!?
ちょっと待って!
なんで私、真野さんの事、こんなに考えてるのっ!?
『彼女』っていう言葉で、なんでこんなに動揺してるのっ!?
それは、真野さんが好きだから!
そうだっ、私は真野さんがホントに好きなんだ。
今まで分からなかった自分の気持ちが、ようやく分かった。
❤59❤
「私、真野さんの事、好きみたい!」
「はっ!?」
私はあの後、さっき切ったばっかりなのに、良子にTELしていた。
どうしても、今、話しておきたくて。
「何、急にどうしたの?」
「私ねぇ、さっきのTELの後、ずっと考えてて、やっと分かったの。
私、真野さんの事、好きなんだって」
「あんたさぁ…」
「何?」
「アホ?」
「えっ!?」
「今頃自分の気持ちに気付いてんのっ!?
私はとっくに、あんたの気持ち、気付いてたよ💧」
「そっ、そうなの?💧」
「そうなの!」
「私明日、思いきって真野さんに彼女いるか、峰さんに聞いてみる!」
❤60❤
「関口さん、昨日あんまり僚と話してなかったけど、やっぱ緊張してた?」
「そっ、そうですね💧
でもっ、楽しかったです!」
「そっか、そう言ってもらえると、嬉しいよ。
また、次の時も一緒に行く?」
「はい、是非!」
今だっ!
頑張れ、若菜っ!
よしっ!
「あっ、あのっ、真野さんって、かっ、彼女、いるんですかっ?」
うわっ、聞いてしまった…
多分、今の私、超顔まっ赤だ。
心臓だって、バクバクしてる。
「彼女~?う~ん…」
いるっ?
いないっ?
どっちっ?
「ゴメン、私にはそこまで分かんない…」
ガクッ…
「そっ、そうですか。分かりました…」
それから私は、黙ったまま舞台で使う『通知表』を作り続けた。
峰さんも、私に気をつかってか、話しかけてこない。
せっかく勇気を出して、聞いたのに…
❤61❤
「もうこうなったら、直接本人に聞くしかないねっ!」
「えっっ!?」
またしても、良子に報告のTEL。
「そんな事っ、出来ないよぉ」
「思いきって聞いてみなよ!もしかしたら、いないかもしれないじゃん!」
「そりゃ、そうだけどぉ…」
「当たって砕けろ!
もし、砕けた時は私が慰めてやるよ」
「良子ぉ…」
「だから、頑張れ!」
「……よしっ!明日、本人に聞いてみる!」
❤62❤
昨日、ああは言ったものの、いざとなったらなかなか、切り出せない。
ただでさえ、まともに話しできないのに、“彼女いますか?”なんて、聞ける訳がない。
しかも、今日から、ステージを使っての通し稽古だし…
キャストは実際に衣装を着て、メイクしてステージに立つ。
照明や音響は、実際に装置を使ってやってみる。
それ以外の裏方は、本番では黒子になるので、それもその通りやってみる。
一体全体、こんな状況の中で、どうやって聞きゃあいいのよぉ。
❤63❤
今までバラバラにやっていたので、なかなかそれぞれのタイミングが合わない。
演出の新谷さんは、台本片手にあちこち動き回り、指示をする。
各校の先生たちも、観客席から見ている。
真野さんの事で頭が一杯の私は、何度もミスをし、新谷さんや先生たちに叱られた。
❤64❤
真野さんだって見てるのにぃ…
(しかも、音響装置は観客席の上のかなり高い所にあるので、よく見える💧)
恥ずかしい…
こんなんじゃ、例え彼女がいなかったとしても、ダメだよね…
はぁ…
「………さん!」
……
「…関口さんっっ!」
…!?
「…はっ、はいっっ!」
「はいじゃないでしょっ、いつまでそこに立ってんの!もう次のシーンに入ってるでしょっ!」
私は慌てて、袖に引っ込む。
「そっちじゃないっ、逆っ!」
「すっ、すいませんっっ!」
…あちゃあ💧
また、やっちゃった…
こりゃダメだ…💧
❤65❤
はぁ…
ど~んと、自己嫌悪…
私って、なんでこんなに情けないんだろう…
一通り稽古が終わった後、私は新谷さんに、こっぴどく叱られた。
私が1人で落ち込んでいると
「どうした?なんか、考え事でもしてた?」
真野さんだ!
“あなたの事、考えてたんです!”
な~んて、とても言えない…
「たっ、ただボーッとしてただけです…」
…………
………
……
私は恥ずかしくて、真野さんの顔をまともに見る事ができず、うつむいた。
❤66❤
「ボーッとねぇ…
まぁ、今はいいけど。な~んて言ったら、新谷さんに怒られるけど。
とにかく、本番はボーッとしないように頼むぜ」
そう言うと、真野さんは私の頭をなぜてくれた。
うわっ、なんか超嬉しいんだけどっ!
もしかして、これって脈ありかもっ!?
ちょうど今、ここにいるのは私たちだけ!
聞くなら今しかないっ!
頑張れっ、若菜っっ!
当たって砕けろっ!
いっ、いや、砕けたらイヤだ…💧
……
え~いっ!
「あっ、あのっっ!」
❤67❤
「あっ、そうだ!関口さん!」
「えっ!?」
私が聞くよりも先に、真野さんが口を開いた。
「今、誰もいないから、ちょうどいいや」
えっ!?
え~っっ!?
これって、もしかして!?
真野さんも私の事?
なんだか期待してしまう。
「なんかすっげぇ、恥ずかしいんだけど…」
あっ、やっぱり!
やった~っ!
私は1人で、喜んでしまう。
だって、だって、これってどう考えても“愛の告白”ってやつじゃないっ!
❤68❤
「あのさ…」
「はい」
ドキドキ
ドキドキ
「この前みんなで遊びに行った時、一緒に来てた関口さんの友達、山根さん、だっけ?」
…えっ!?
良子!?
なんで、ここに良子が出てくんの!?
「そっ、そうですけど…」
何、何、一体なんなのっっ!
「オレさぁ…」
まっ、まさかっ!?
いやっ、その続き、聞きたくないっ!
やめて~っ!
❤69❤
「オレ、山根さんに一目惚れってゆうか、そのぉ…」 「……」
「TEL番、教えてもらえないかな?」
サイアク…
真野さん、良子の事、好きになっちゃったんだ…
良子、かわいいもん。
性格だっていいし…
私、まさかこんな展開、想像してなかった…
1人で勘違いして、舞い上がっちゃって、バカみたい…
「…?関口さん?」
…はっ!?
「あ~っ、良子だったら、もう彼氏いるんでダメですよぉ」
ウソ。
良子に彼氏なんて、いない。
それは、私だって知ってる。
良子が真野さんの事、ちょっと気に入ってるのも知ってる。
だけど…
❤70❤
「もう、ラブラブなんですよぉ」
真野さんの顔が一瞬、歪んだ。
良子に彼氏がいるって聞いて、ショックだったみたい。
でも、私の方がもっと、もっと、も~っとショックなんだよ。
「そっ、そっか…それなら、仕方ねぇな…諦めるか…いきなり失恋とは、カナシイけどな」
ゴメン、真野さん、ゴメンナサイ。
私、ウソついて…
でも、2人が付き合うのなんて、絶対イヤだっ!
…だけど、こんな私はもっとイヤだ。
❤71❤
「あっ、そういえば、関口さんもオレになんか用があるんじゃなかった?」
「えっ!?」
「さっき何か言いかけたじゃん」
「あっ…」
もう、それはいいんです…
「なっ、なんでもないです」
「そっか、じゃ、みんなんとこ戻るか!」
「そうですね…」
私は真野さんの後を少し離れて、ついていく。
なんで、良子なの?
なんで、私じゃないの?
かわいくないから?
ボーッとしてるから?
私、当たる前に砕けちゃったよ…
はは…
なんだか、悲し過ぎて涙もでないよ…
❤72❤
いつもは、必ずといっていいぐらい良子にTELするのに、その日の夜はなんだかTELするのがイヤで、部屋の電気もつけないまま、ベッドにねっころがっていた。
すると、こういう時に限って向こうからかけてくるんだ。
私は暗がりの中、バックから手探りで携帯を取り出すと、TELにでた。
「どうしたの?」
「どうしたって、何が?」
つい、つっけんどんな言い方になってしまう。
「いや、珍しくTELしてこないから、何かあったのかと思って…」
そうだよっ、おおありだよっ!
「別に…」
「そう…
ねぇ、真野さんに聞いてみた?彼女の事」
………
……
「それがさぁ、やっぱ聞けなかったんだ。
どうしても、勇気がなくって…」
「え~っ、じゃあ、どうすんのぉ?」
「……あっ、ゴメン!
なんか、お母さんが呼んでるみたいっ!じゃあねっ!」
「えっ、ちょっ…」
ピッ…
私はもうこれ以上、真野さんの話をするのがツラくて、ウソついてTEL切っちゃった。
なんか今日の私、ウソついてばっかりだぁ…
携帯を閉じて、握りしめる。
すると、自然と涙が込み上げてきて、次から次へとこぼれ落ちた。
❤73❤
次の日、私はカゼだとウソをついて稽古を休んだ。
真野さんに会いたくなくて…
良子にもあれ以来TELしていないし、かかってきても無視している。
良子はなんにも悪くない…
それは私だって、分かってる…
これがたんなる当て付けだって事も…
でも、分かってはいても、どうしたらいいのか分からない…
真野さんにもウソついちゃったし…
なんか、自分で自分がイヤんなっちゃった…
こんな私、サイテイだよ。
このままじゃイケナイよね?
じゃあ、どうすればいいの?
真野さんに謝って、良子のTEL番教えて。
それで、良子にも謝って、真野さんの事、話すの?
そしたらきっと、2人は付き合うよね?
私はそれを見てるだけ?
…!?
イヤッ!
やっぱり、そんなのイヤだっ!
このまま黙っていよう!
私が話さなきゃ、2人には分かんないし…
❤74❤
あれからずっと悩み続け、結局私は、2人には黙っている事にした。
今日はちゃんと稽古に行こうと家を出ると、なんと、そこには良子が立っていた。
「良子…」
「あんた、昨日のTELの時なんか様子おかしかったし、何度TELしても出ないから、心配で…」
チクッ!
私の良心が痛む。
良子はこんなに私の事、心配してくれているのに、私はそんな良子にウソをついてる。
「ゴッ、ゴメンッ。ちょっとカゼひいてて…
でっ、でも、もう大丈夫っ!」
また、ウソ…
「そっ、そっかぁ、なら良かった。これから、稽古?」
「うん…」
ズキン!
今度は、かなり胸が痛む。
「頑張ってね。本番、必ず見に行くから」
ズキズキ!
ホントにこれでいいの?
…………
………
……
…
❤75❤
「あっ、関口さん、もうカゼは大丈夫なの?」
みんなが私の事を心配してくれる。
ウソなのに…
ここでもまた、胸がズキズキ…
なんか、ここにいるのがツライ…
自分がウソなんてつくから、いけないんじゃん!
分かってるよっ!
でも、どうしようもできないんだよっ!
「…はい。大丈夫です」
そう言うと、自分の持ち場につく。
とにかく今は、稽古に集中しなくっちゃ!
❤76❤
そう思えば思うほど、集中できなくなる。
と、当然ミスをしてしまう。
新谷さんに叱られるっ!
ところが、意外にも新谷さんは
「関口さん、まだ具合悪いんじゃない?ホントに大丈夫?」
と、優しい言葉をかけてくれた。
どうやら、私がまだカゼで具合が悪くて、ボーッとしてると思ったみたい。
そう思った瞬間、何やら熱いモノが込み上げてきた。
「……っ!?」
私はとっさに、その場から逃げ出した。
「関口さん!?」
後ろから新谷さんの声がする。
涙が次から次へと溢れてくる。
私って、サイテイだっ!
「うっ…」
廊下のつきあたりにつくと、その場にしゃがみ込んでしばらく泣いていた。
❤77❤
「関口さん…」
新谷さんが、後を追いかけてきてくれたみたい。
「一体どうしたの?何かあったの?」
そう言いながらハンカチを差し出してくれる。
私はそれを手に取り、涙を拭くと、思いきって新谷さんに話してみようと思った。
私は、何もかも話した。
私が真野さんを好きな事。
でも、真野さんは私の友達が好きな事。
それで、嫉妬して2人にウソをついてしまった事。
それから、昨日のカゼは仮病だった事も…
❤78❤
新谷さんは、そんな私の話を最後まで真剣に聞いていてくれた。
私が話し終えると
「やっぱり、その2人にホントの事、話した方がいいかもね」
静かにそう言った。
「ですよね…」
私は自分でも、そう思う。
「2人とも、きっと分かってくれるよ」
「はい…」
なんか、新谷さんに全部話したら、気持ちが楽になった気がする。
良子には夜TELするとして…
真野さんには、稽古が終わったら話さなきゃ!
んっ、稽古!?
やだっ、そういえば今、稽古中じゃなかったっけ!?
❤79❤
「すいません、新谷さん、稽古中に…」
私がそう謝ると
「えっ、そういえば、そうだったっけ?忘れてた…💧まぁ、平気、平気!」
新谷さんはそう言って、私の背中をバシバシ叩いた。
新谷さん…
……
こうして私たちは、みんなの待つホールへ戻った。
「ゴメン、ゴメン!
さぁっ、稽古開始!最初っからね!」
新谷さんは、思いっきり元気な声でそう言った。
「すいませんでした」
私も謝ると、自分の持ち場に戻った。
まるで何事もなかったかのように、稽古は進んでいった。
私、もう大丈夫!
だって、決めたんだもん!ちゃんと2人に謝って、ホントの事、話すって!
そして、真野さんの事は諦めるってね。
……でも、それはちょっと自信ないなぁ…
諦められるかな…
……
…
❤80❤
そしてついに、稽古が終了した。
音響室の出入口の所で、真野さんが出てくるのを待つ。
深呼吸をする。
落ち着け、落ち着け…
自分に言い聞かせる。
しばらくすると、他の2人と一緒に真野さんが出てきた。
「すいません、真野さん。ちょっといいですか?」
「えっ、いいけど、何?」
「あっ、あのぉ…ここじゃ、ちょっと…」
私が他の2人をチラッと見ると、その2人も察してくれたらしく
「じゃ、オレらは先に行ってるわ」
と、私たちをその場に残して、立ち去っていった。
❤81❤
「あのっ、私、真野さんに謝らなきゃいけない事があるんです!」
「えっ、何っ、突然!?」
私はそこで、軽く深呼吸すると、後はもう一気に話し出した。
「私、ウソついてたんです。良子に彼氏がいるって。ホントは、彼氏なんていないんです。
それに、良子、真野さんの事、カッコイイって言ってました」
「!?」
真野さんは、あまりにも突然な言葉に、何がなんだか分からないといった顔をしている。
しばらくして
「なんでまた、そんなウソを!?」
今度は、怪訝そうに眉を少ししかめている。
私はその先が言えなくなってしまい、真野さんの顔もまともに見る事ができず、うつむいてしまった。
❤82❤
「関口さん、ちゃんと訳を話してくれないか?」
真野さんにせかされて、私はうつむいたまま
「…っ、私、真野さんの事が、好きだったんです。
いっ、いえっ、今、今も好きです…」
小さく震える声で、やっとの思いでそう言った。
「……ゴメン。オレ、なんにも知らなくて…
ゴメンな、ホントにゴメン…」
なんでっ!?
謝らないでよ!
余計、せつなくなるじゃない…
謝られれば謝られるほど、自分の失恋が確かなモノになっていくようで、涙が溢れてくる。
でも、思いきって顔をあげて
「これ、良子のTEL番です。きっと、喜ぶと思います」
上着のポケットから、小さなメモ用紙を取り出すと、真野さんに手渡した。
❤83❤
今度は、良子に謝らなくっちゃ!
大丈夫、真野さんにだって言えたんだから、良子にも言えるはず!
でも、そう思いながらも、少し手が震えてしまう。
「…っ、良子っ、ゴメン!」私は、良子がTELにでるのと同時に、すぐさま謝った。
「なっ、何っ、急にっ!?」当然の事ながら、良子は驚いている。
ゴックン…
ツバを飲み込む。
「じっ…」
「真野さんの事でしょ?」
「!?」
「実はついさっき真野さんからTELがあって、あんたの事全部聞いたんだ」
え~っ!?
私、真野さんより先に良子にTELして、全てを話さなきゃって思ってたのに!
予想以上に真野さんのTELが早いのに、驚いた。
「…そいゆう事なの…ゴメン。怒ってる…よね?」
「あったりまえでしょっ!」「ホント、ゴメンナサイ…」「まぁ、あんたの気持ちも分かるから、特別に許してあげよう」
「良子ぉぉ」
❤84❤
「私、まだそんなにすぐには真野さんの事、諦められないと思うけど、別に2人の仲は邪魔しないから」
「何、2人の仲って?」
「何って、良子と真野さんの…」
「ちょっと待った。あんた、なんか勘違いしてない?」
「えっ?」
「私“真野さんからあんたの事を聞いた”とは言ったけど、“真野さんと付き合う”なんて、1言も言ってないぞ」
「…えっ!?何、それ、どうゆう事ぉ!?
だって、良子、真野さんの事、カッコイイって言ってたじゃん!?」
「確かにカッコイイとは言った。それは認める。
でも、付き合うつもりはない」
「やだ、良子。私に気なんて使わなくっていいのに…」
「だから、そうでなくって。私には、他に好きな人がいるの…」
「えっ、聞いてない!」
「今、言った!
とにかく、そうゆう事」
「……!?」
私は、しばらく何も言えなかった。
❤85❤
「じゃっ、じゃあ、良子、真野さんをふったのっ!?」
「まぁ、そうゆう事になるわな」
「え~っっ!?」
「でも、私真野さんに、“友達としては、またみんなで一緒に遊びに行ったりしたい”って、言ったの」
「そしたら、真野さん、なんて?」
「えっ、“友達じゃイヤだ”って…」
「そりゃ、そうでしょ💧」
「でも、私には他に好きな人がいるからって、言ったら…」
「言ったら?」
「“じゃあ、その中間にしてくれ!”って。
変なの。ねぇ?」
「はは…なんか真野さんらしいっ」
「だねっ」
「ってゆうか、そう言えば、良子の好きな人って誰なの?」
「えっ、言わなきゃダメ?」「ダメ!」
「…和也さん」
「…?和也さんって?」
「もぅ、あんたのお兄さんっ!」
「へっ!?」
そうなの、なんか今さらだけど、私には3つ上の兄貴がいるのだ。
まさか、良子の好きな相手か兄貴とは…💧
❤86❤
「関口さん、昨日の話なんだけど…」
真野さんの方から、話しかけてきてくれた。
「あっ、はい。良子から、聞きました」
「なんか、オレの方が先にTELしちゃったみたいでさ💧てっきり関口さんから、オレの話がいってると思ってたから、焦っちまったよ」
「私も、まさか真野さんの方が早くTELしてるとは思わなくって、ビックリしました」
「はは…山根さんも最初、かなりビックリしてたよ」 「でしょうね…💧」
「…山根さんからみんな聞いた?」
「あっ、はい、一応…」
「じゃあ、オレがフラれたって事も…?」
「そっ、そうですね、はい…」
「そっかぁ。なんか山根さん、好きな人がいるらしいんだよね…」
「はぁ…そっ、そうみたいですね💧」
まさか“それは私の兄です”なんて、とてもじゃないけど、言えない…💧
❤87❤
私はあの後も、何度か真野さんや峰さんたちと遊びに行ったりして、そのお陰でなんとか男の人とも、普通に(?)話せるようになってきた。
演劇部に入って良かった!
最初は、なかなかみんなの中に入っていけなくて、辞めてしまおうとさえ思ったくらいなのに、今では、楽しくて仕方がない。
でも、どんどん日にちが過ぎ、合同演劇の稽古も、残すところ後わずかになってきた。
こうやってみんなで、ワイワイ騒ぐことも、本番が終わってしまえばできないんだよね…
❤88❤
「お~い、みんな、差し入れだぞぉ!」
いよいよ明日にリハーサルを控え、少しずつみんなの中に、緊張感が漂い始めている時、前にも差し入れを持ってきてくれたOB3人がやってきた。
「わ~い、ありがとう!」
「やった~!」
みんなで3人に駆け寄り、早速お菓子やジュースを広げ始めた。
今度は私もちゃんと、仲間入り。
この時、それまでのみんなの緊張感が少し、ほぐれたような気がした。
「いよいよ明日、リハーサルなんだって?」
「そうなの」
「オレらも見に来ていい?」「別にいいけど、その代わり、本番もちゃんと見に来てよ」
「もちろん」
と、これは高橋さんと新谷さんの会話。
そう、明日はリハーサル!ミスしないようにしなくちゃね!
❤89❤
「明日リハーサルなんだけど、なんだか今から緊張してきちゃったよぉ」
「なんで、あんたがそんなに緊張するのよ💧」
「だって、一応、私だって舞台にでるんだよぉ」
「黒子で、でしょ?」
「そうだけど…」
もうほとんど、毎晩の恒例になってしまっている、良子とのTEL。
「本番、見に来てくれるんでしょ?」
「うん。あんたの立派な黒子姿を、よ~く見ててあげる(笑)」
「何それ~(笑)」
「ねぇ、もちろん和也さんも見にくるんでしょ?」
「“オレは勉強があるから、行かない”だってさっ」 「え~っ、残念…」
「ねぇ、良子、ホントにあんなのがいいの?
あんなの、『勉強が趣味』みたいなクソ真面目なヤツだよ💧」
「何言ってんの!そこがいいんじゃない!」
「そうかぁ?…」
私にはどう見ても、真野さんの方がよく見えるんだけどなぁ…
う~ん、人の好みは分からない…
❤90❤
次の日。
「いい、みんな。今日はリハーサルだけど、本番のつもりで、気を引き締めてやってね!」
「はいっ!」
まず、新谷さんがみんなに気合いをいれる。
観客席には、各校の顧問の先生の他に、昨日来てくれたOBの3人も座っている。
そして、リハーサルが始まった。
ヤバイ、みんな緊張しているせいか、小さなミスが目立つ。
私も1回、セットの配置を間違えてしまった。
「ダメだっ!もう1回最初から、やり直しっ!
そんなんでどうするっ!
もう明日は本番なんだぞっ!しっかりしろっ、しっかりっ!」
ついに見るにみかねた宮下先生が、私たちを怒鳴りつけた。
他の先生や3人のOBたちも、不安そうに見ている。
そして、2回目。
なんとかミスもなく、最後までやりとげた。
ふぅ…
明日もうまくいくといいけど…
❤91❤
そして、ついに本番当日。
まだまだ開演前だというのに、それぞれの家族や友達たちが、続々と集まってきた。
広い観客席は、段々うまっていく。
「若菜っ!」
良子だっ!
「頑張ってね。私、見てるから」
「うん、ありがとう」
良子は、峰さんや真野さんたちにも挨拶すると、ホールに入っていった。
峰さんの友達(もう私の友達でもある)、根沢さんと佐藤さんも来てくれた。
もちろん、あのOB3人組も…
「さあっ、みんな、いよいよだ!もう、ミスは許されない!いいねっ!」
「はいっっ!」
新谷さんもみんなも緊張のせいか、それからは誰も口をきかなかった。
ただ黙々と、最終チェックをする。
開演5分前。
そして、開演のブザーが鳴り、舞台の幕が開く…
❤92❤
「お疲れさまでした~っ!」
本番は見事に大成功。
観客席からは、割れんばかりの大拍手。
そして、今から打ち上げ。
ホントは、ここでビールでも飲みたいとこだけど、一応そこはまだ未成年だという事で、仕方なくジュースで乾杯!
なんか、長かったような、短かったような…
もうこれで、他の学校のみんなと会えないのかと思うと、少し悲しくなる。
「3年はこれが最後だけど、2年と1年!また来年も頼むぞ!」
新谷さんがそう言うと、森下さんが
「じゃあ、先輩たちは、差し入れお願いしますねっ」と、言ったからみんな大爆笑!
ホントにこれで終わりなんだね…
❤93❤
「若菜っ、お疲れさん!」
「どうも」
「なかなか立派な黒子姿だったぞ」
「なんかそれって、嬉しいのか嬉しくないのか、微妙…💧」
「もうすぐ夏休みも終わりだね」
「げっ、宿題全然やってないっ!」
「あっ、私も…」
「明日から一緒に頑張ろうか…」
「じゃあ、若菜んちでやろう!」
「なんで?」
「決まってるじゃない。
和也さんに会えるからよっ」
「絶対良子、趣味悪い」
「何よぉ。でもホント、あんた私が言うまで気付かなかったの?
私、もう結構前から、和也さんの事好きだったんだけど…」
「全然そんな事、夢にも思わなかったよ」
「まぁ、とにかく、明日10時に若菜んち行くから」
「わかった。待ってるね」
❤94❤
ピンポーン
次の日、良子は10時きっかりにやってきた。
玄関のドアを開けて中へ通すと、ちょうどそこに兄貴が現れた。
「おっ、良子ちゃん。いらっしゃい」
「お邪魔しま~す!」
良子ってば、声裏返ってる💧
2階へ上がり、私の部屋へはいると
「やっぱ、和也さんカッコイイ!」
良子の目はウルウルしている。
「そうかなぁ?」
まぁ、私は妹だから、そう思うのだろうけど、確かに、兄貴はあれでも(?)結構もてるのだ。
でも、当の本人は前にも言った通り、『勉強が趣味』みたいな真面目人間だから、女にはあまり興味がないらしい…
あっ、だからって『あっち』って訳じゃあないのよっ!(ちなみに…)
コンコン
「は~い」
ドアを開けると、兄貴がおぼんにジュースを2つのっけて立っている。
「母さんがジュースだって」「あっ、ありがとう」
私はそれを受けとる。
❤95❤
「良子ちゃん、もし分かんないとこあったら、教えてあげるから」
「えっ、ホントですかっ!ありがとうございます」
何よっ、それ!妹の私には全然教えてくれないくせに!
「私、全部教えてもらおうかなっ!」
良子はまた、目をウルウルさせている。
「あのね…💧そんな事したら、良子がただのオバカだと思われるだけだよ」
私が呆れながら、そう言うと
「そっかぁ。じゃあ、自分で頑張ろう」
良子は早速、テーブルに宿題のプリントを広げ始めた。
❤96❤
私たちはなんとか、兄貴に頼らずに宿題を終わらせる事ができた。
ただし、答えがあってるかどうかは別として…💧
「じゃあ、次は学校で会おうね!」
「うん、そうだね」
私は良子を玄関まで送る。
「お邪魔しました!」
良子はそう言うと帰っていった。
と、ほぼ同時に兄貴がやってきた。
「全然オレんとこに聞きにこなかったけど、ちゃんとできたのか?」
「あったりまえでしょ」
私は胸を張る。
「ふ~ん」
兄貴はそれだけ言うと、なんだか自分が頼られなかったのが少し不満げな顔をする。
良子はこれがいいのか…
私は思わず、兄貴の顔をマジマジと眺めた。
「なっ、なんだよ!?」
「別に」
「変なヤツだなぁ💧」
❤97❤
そして、ついに2学期が始まった。
クラスのあちこちで、夏休みにあった出来事などをそれぞれでお喋りしていて、クラスの中はとっても賑やか。
中には
「夏休みの間中、部活だったから、どこにも遊びに行けなかった」
と、不満を言う人もいる。
私と良子が真野さんや峰さんたちと遊びに行った事や、合同演劇の事などを話して、盛り上がっていると、クラスの中でも割りと仲のいい3人が走り寄ってきた。
土屋 明美、山本 和美、大橋 玲奈だ。
「ねぇ、ねぇ、2人とも夏休みどうだった?
彼氏とかできた?」
「できないよぉ」
私と良子は、同時にそう答える。
「あんたたち、できたの?」と、良子が逆に聞き返す。
「まぁね!」
今度は、3人が同時にVサインを出した。
「え~っ、いいなぁ」
と、私と良子。
「へっへ~」
彼氏かぁ…
私にもできるのかなぁ…
❤98❤
2学期最初の部活の日。
私が視聴覚室へ行くと、もう先輩たちは集まっていた。
「すいません。遅くなりました」
「いいって。それより、合同演劇、お疲れさん!」
新谷さんがにこやかに、そう言ってくれた。
「あっ、お疲れさまでした」私もペコッと頭をさげる。
「で、次は文化祭なんだけど…」
「文化祭、ですか?」
「そう、今度はその練習を始めないとね」
「でも、この人数じゃ…💧」
私はつい、思った事を口に出してしまった。
「そうなのよ。だから、いつも音響や照明は、他の友達にお願いしてるの。
なんか、情けないけどね💧」
と、川島さん。
「で、何をやるか、今から考えるとこなの」
今度は、山崎さん。
すると、丸山さんが
「先輩たちは、もうこれが最後になるから、何かおもしろい劇にしたいなって、思ってるんだよね」
続けて市村さんも
「そうそう、思いっきり笑えるヤツねっ」
❤99❤
「喜劇、ですか?」
私が聞くと
新谷さんが
「そうだね。できれば、みんなを笑わせられるようなのがいいよね。
で、当然だけど、関口さんもキャストだからね」
と、私の肩を叩いた。
そして
「まぁ、合同演劇に比べりゃ、小さなもんだけど、それでもしっかり、発声練習をしてもらうからね」
と、続けた。
そういえば、私、入部していきなり合同演劇に参加する事になって、しかも、裏方だったから、発声練習とかって1回もした事がないんだった。
「発声練習って、“あめんぼ あおいな あいうえお”とかってやつですよね?」
私は、そんなのをどっかで聞いた事があるのを思い出した。
「まぁ、それもあるけど、後、活舌や腹式呼吸の練習とかもあるね。
どう、早速少しやってみる?」
そう言うと新谷さんは、私の為に黒板に活舌で言う言葉を書いて、説明してくれた。
❤100❤
ある日の日曜日。
私は、良子に買い物に付き合ってほしいと頼まれて、吉岡まで行く事になった。
いつものように小谷駅で待ち合わせすると、良子は、約束の10分前にやってきた。
私たちは、電車に揺られ、吉岡駅に着いた。
「ところで良子、一体何買うの?」
「うん、洋服とか」
「洋服かぁ。私も少し買おうかなっ」
私たちが洋服やかわいい小物などを見ながら、ブラブラしていると、突然、すれ違った男の人に後ろから声をかけられた。
「あれっ、確か、関口さんだよね?」
私がビックリして振り返ると、どこかで見た事のある男の人が立っている。
誰だっけ?
「オレだよ、オレ。覚えてない?合同演劇の…」
相手がそこまで言いかけた時、はっと思い出した。
❤101❤
何度か差し入れを持ってきてくれた、3人のOBのうちの1人、高橋さんだっ。
「あっ、えっとぉ、高橋さんですよね?」
「そうそう、覚えててくれたんだぁ。良かった」
「どう、あの後も部活頑張ってる?」
「はい。今は文化祭の練習をしています」
「そっかぁ。まぁ、頑張って!」
「はいっ、ありがとうございます」
高橋さんが軽く手をあげて立ち去ってしまうと、良子が私の腕をつかんで
「ちょっと、今の人、誰よ!?」
と、興奮して聞いてくる。
「うん、谷高演劇部のOBで、高橋さんっていうの。
合同演劇の稽古の時に、何度か差し入れを持ってきてくれたんだよ」
「へぇ~」
「高橋さんってねぇ、初めて友達になった人には、まず必ず手帳に住所とTEL番を書いてもらうんだって。“人と人との出会いを大切にしてるんだ”って言ってね」
「なんか、オモシロイ人だね」
❤102❤
その日の夜。
あっ、TELだっ。
良子かな?
携帯を手に取ると、見た事のない番号だった。
誰?
イタ電?
私は、出ようかどうしようか迷った。
そのうちにTELは切れた。
でも、またしばらくして、同じ番号からかかってきた。
「もしもし…」
私は恐る恐る、そのTELにでた。
「あっ、オレ、高橋だけど…」
「えっ!?」
「突然ゴメン。あの、関口さん、だよね?」
「そっ、そうですけど…」
なっ、何で、高橋さんからTELがっ??
「あのさぁ、関口さんの彼氏って、どんな人?」
「はっ!?」
「彼氏、いるんでしょ?」
「いっ、いませんけど…💧」
「ホント、やった~っ!」
なっ、何なんだ一体…💧
❤103❤
私は何故だか、高橋さんの告白に“イエス”の返事をしていた。
何でだろう?
よく分からない…
生まれて初めて、私の事を好きになってくれた男の人だから?
それで、舞い上がってつい「はい」
って言ってしまったのかな…
この私の事、『かわいい』って言ってくれた。
『好きだ』とも…
なんだか、夢みたい…
別に高橋さんの事、意識してた訳じゃないのに、そんな風に言われて、胸がドキドキしちゃったの。
きっと顔だって、まっ赤っ赤…
つっ、ついに、私にも春が来たんだっ!(ちょっと古い?💧)
しばらく私は、携帯を握りしめたまま、余韻に浸っていた。
あっ、そうだ!
私はスケジュール帳をバックから取り出すと、次の日曜のところに赤いペンで『デート』と書いた。
それを見てると、なんだか顔がにやけてしまう。
あっ、良子に報告しなきゃ!
❤104❤
「何よ、それっ!?
何で、好きでもない人と付き合うのっ!?」
やっぱり良子は、かなり驚いている。
だよね💧
本人の私でさえ、その事に驚いてるんだから…
「でもね、何でだか分かんないけど、スッゴくすんなりと“はい”って答えてたの。
イヤな気も全然しなかったし、むしろ、嬉しくって浮かれてしまったくらい」
「それは、ただ単に初めての告白だったから、浮かれちゃってただけでしょ?」
「まぁ、それもあるかもしれないけど、ホントにイヤだったら、ちゃんと断ると思うんだよね」
「…はぁ…これはあんたの事だから、もう私もとやかくは言わないけど…
でもさぁ、真野さんの事はどうすんの?」
「えっ…!?」
そういえば、最近の私、真野さんの事、あんまり考えてなかった!
さっき高橋さんから告られた時も、これっぽっちも頭の片隅に浮かんでこなかった!
❤105❤
きっと真野さんは、もう私にとっては『友達の枠の中』に入ってしまった存在なんだろうな。
今、こうやって改めて真野さんの事を考えても、もうドキドキしないもん。
あ~っ!
やっぱ、真野さんは『友達』じゃないよ!
それ以上だ!
真野さんじゃないけど『友達と恋人の中間』ってやつ。
真野さんにとっての私も、その『中間』であってほしいな。
なんか、私って結構『熱しやすく冷めやすい』のかも…
んっ!?
って事は、高橋さんの事もすぐ冷めちゃうって事?
つうか、まだその前に熱してもないような気もするけど…💧
『今から熱します』っていう状態かな?
❤106❤
そして、そして、ついに初デートの日。
あ~っ、何を着ていこうかなぁ?
髪型はどうしようっ!
私は、朝からずっとそんな感じでバタバタしている。
あ~んっ、早くしなきゃ約束の時間に間に合わないよぉ💧
「今度の日曜に小谷駅で9時ね」
高橋さんの声が、ふと頭をよぎる。
時計を見る。
8時40分。
ヤバイ!間に合わないっ!
私は慌てて、カガミの前で最終チェックをすると、小谷駅へ急いだ。
なんとか、ギリギリ9時には間に合った。
高橋さんも、それからすぐにやってきた。
「ゴメン、待った?」
「いっ、いえっ。私もたった今来たとこです」
「あのさっ、急で悪いんだけど、ちょっと吉岡まで一緒に来てくんない?」
「えっ?べっ、別にいいですけど…」
私が吉岡までの切符を買おうとすると、高橋さんはすかさず、私を手でとめながら、すばやく切符を2枚買うと、そのうちの1枚を私にくれた。
「すっ、すいません💧」
高橋さんは、急ぎ足でサッサと改札口を通っていく。
私も慌てて後を追った。
❤107❤
電車の中で高橋さんは、何故そんなに急いで吉岡に行かなきゃいけないのかについて、説明してくれた。
「オレさぁ、カッコわりぃけど、今、吉岡にある予備校に通ってんだよね」
「えっ?」
「浪人生ってやつさ」
「どこ狙ってるんですか?」
「北大!」
「えっ?」
『北大』
正式には『北川大学』っていうんだけど、実は、うちの兄貴もそこに通ってんだよね💧
しかも、かなりレベルの高いとこなのよ…
「でさぁ、急にちょっと予備校に顔出さなきゃいけない用事ができちゃってさ」 「はぁ…」
「でも、すぐ済むから」
「はい…」
そこで会話は途切れ、その後は吉岡駅まで、お互い無言のままだった。
❤108❤
吉岡駅の改札口を出ると、高橋さんは、また早足で、私の知らない方に歩いていく。
予備校に行くって言ってたから、今はそこに向かっているんだろうけど、それにしても高橋さん、歩くの早すぎ💧
そんなやって行くうちに『吉岡予備校』という、看板が見えてきた。
「ゴメン、ちょっと待ってて」
高橋さんはそう言うと、その建物の中に入っていった。
その日は結構暑かったので、私はちょうど側に立っている木の木陰に入って、待っていた。
それからしばらくして、高橋さんは戻ってきた。
「ゴメン。さぁ、行こう」
そう言うと、また早足で歩き始めた。
私が、やっとのことでついてきている事にようやく気付いてくれたらしく
「ゴメン。オレ、よく歩くの早いって言われるんだよね。関口さんも言ってくれればいいのに…」
そう言って、ペースを落としてくれた。
それでやっと、私は高橋さんと並んで歩く事ができた。
「どっかで、何か飲む?」
「えっ、あっ、そうですね」
「あっ、あそこにちょうど喫茶店があるから、あそこでいいか」
私たちは、その喫茶店の中へ入っていった。
❤109❤
「オレ、アイスコーヒー。関口さんは?」
「あっ、えっとぉ、同じので…」
「はい、少々お待ち下さい」若いウェイトレスさんが会釈して、立ち去る。
私たちは、1番奥のテーブルに向かい合って座る。
「あのさぁ」
「はい?」
「オレたち、付き合ってんだから、名前で呼んでいいよね?」
「あっ、はっ、はい」
私は、あまりにも高橋さんが私の顔をマジマジと見つめるので、まっ赤になってうつ向いた。
やっぱり、心臓もドッキドキ。
私、男の人とこんなやって2人っきりで向かい合うの、初めてだし…
「お待たせしました」
さっきのウェイトレスさんが、アイスコーヒーを運んできた。
私たちの前にそれを置くと「ごゆっくりおくつろぎ下さい」
定番の挨拶をして、去っていった。
「若菜、この後どうする?」
…!?
わっ、若菜っ!?
あっ、そっ、そっかぁ、さっき名前で呼ぶって言ってたもんね。
それに、私たち付き合ってんだから、当然よね💧
でも、男の人からそんな風に呼ばれた事ないから、さらに、まっ赤っ赤のドッキドキ!
❤110❤
「お~い、わっかなちゃんてば、聞いてる?」
…はっ!?
「あっ、はっ、はい。聞いてます!」
私は慌てて顔をあげた。
「この後、どっか行きたいとことかある?」
「え~っとぉ…」
きっ、急にそんな事聞かれてもぉ…
「まっ、いっか。適当にその辺、ブラブラするかぁ」そう言うと高橋さんは立ち上がって、レジへ向かう。
「はっ、はい!」
私も後に続く。
「ありがとうございました」
私たちは、喫茶店を出た。
どこに行くという訳でもなく、私たちは並んでブラブラする。
「おっ、この店、なんか面白そうなの売ってるぜ。入ってみよう」
「はい」
私たちは、そのお店に入った。
「おっ、見てみ。なんかこれ、若菜に似合いそう」
そう言って高橋さんが手にしたのは、フエルトでできたクマさんの首飾り。
「あっ、かわいい」
「買ってあげるよ」
「えっ?すっ、すいません」
❤111❤
「値札とってもらってもいいですか?」
高橋さんは、レジのお姉さんに値札をとってもらうと、早速私の首にかけてくれた。
「似合う、似合う」
「あっ、ありがとうございます」
しばらくブラブラした後
「そろそろ帰るか。あんまり遅くなると、困るだろ?」
「はい」
私たちは駅で切符を買うと、ホームでベンチに座り電車がくるのを待った。
「あっ、あのっ、高橋さん、今日はとっても楽しかったです」
私は、照れてうつ向きながらもそう言った。
「その、高橋さんはよそうよ。オレたち、付き合ってんだぜ。名前で呼んで、名前で。
それから、敬語もよしてくんない?
てな訳で、はい、言い直し」
…!?
えっ、え~っ!?
「あっ、えっ、えっとぉ、けっ、圭輔さんっ、きょ、今日は、とっても、たっ、楽しかっ、たよ…」
「よし、上出来」
❤112❤
そして、帰りの電車の中。
2人で並んで座ると、高橋、じゃなくって、圭輔さんは私の肩に手を回してきた。
…うっ、うわっ!?
私は当然こんな事、生まれて初めてで、思わず緊張して、硬直してしまった。
「あのさぁ、なんかイヤがってない?」
圭輔さんは、私の顔を覗きこむ。
「いっ、いえ、そっ、その、初めてで…緊張して…」
私は、やっとの思いでそう言った。
「まず、肩の力を抜いて」
圭輔さんに言われるがままに、フッと肩の力を抜く。
「そう、そうして、もっとこっちに寄りかかる」
また、言われた通りにする。
「よし、それでいい」
私は自分の肩に圭輔さんの暖かさを感じながら、幸せをかみしめた。
❤113❤
「どうだった?初デートは?」
家へ帰るとすぐ、良子からTELがきた。
「うん、なんか超緊張しちゃって、全然しゃべれなかったよぉ」
「もう、キスとかしたの?」
…!?
「なっ、なによっ!いきなりっ!」
「だって、普通するでしょ?付き合ってりゃ」
「でも、今日が初めてだったんだよぉ」
「じゃあ、なんもなし?」
「う~ん、電車の中で肩に手を回された」
「それだけ?」
「後、クマさんの首飾りを買ってもらった」
「へ~っ。ねぇ、お互い何て呼んでんの?」
「向こうは若菜って呼び捨てだし、私は、下の名前にさんずけ…」
「いいなぁ、彼氏かぁ…」
「…兄貴に話してあげようか?良子の事」
「えっ、だっ、だって、もう彼女とかいるんでしょ?」
「いないと思うよ」
「えっ、ホント!?でっ、でも、恥ずかしいよぉ」
いつも冷静な良子が、こんなに取り乱すなんて珍しい。
ホントに兄貴の事、好きなんだ…
「よしっ、いつもは私が良子に助けてもらってるから、今度は私が助けてあげる!」
❤114❤
そうと決まれば、早いほうがいい。
私は早速、兄貴の部屋へ行った。
コンコン
「兄貴、今ちょっといい?」
「いいけど。なんだ、珍しいな、お前がオレの部屋に来るなんて」
「うん、ちょっとね…」
私は中へ入ると、ベッドに腰をかける。
兄貴は相変わらず(?)机に向かっている。
部屋の中も、なんだか難しそうな本が一杯並んでいる。
「あのさぁ、兄貴、今、彼女っていないよね?」
「あぁ…」
「じゃあ、好きな人は?」
「なっ、なんだよっ、突然っ!?」
本から顔を上げた兄貴は、なんと顔がまっ赤だった。
う~ん、すぐ照れて赤くなるのは私と一緒だ。
さすが、兄妹だ。
などと感心している場合じゃない💧
「実はさぁ、私の友達で兄貴の事、好きだって子がいるんだけど…」
「えっ…!?マジで!?」
またさらに、兄貴は赤くなった。
❤115❤
「良子なんだけどさ…知ってるでしょ?兄貴も」
「あぁ、よくうちに遊びに来る、良子ちゃんだろ?
あの良子ちゃんが、オレの事?」
「そうらしい。私も最初聞いた時は、信じられなかったんだけどね…で、どう?」
「う~ん…べっ、別にいいけど…」
「マジ!?」
「おっ、おう…💧」
「サンキュー。じゃ、早速良子にTELするね」
私は急いで自分の部屋へ戻ると、良子にTELした。
「あっ、良子?あのさぁ、兄貴OKだって!」
「なっ!?あんたホントに話したのっ!?」
「当たり前じゃん!」
「や~っ、超嬉しい!ありがとう、若菜っ!」
「いえ、いえ。でも、なんか自分の親友の彼氏が兄貴ってのも、複雑な気分だね💧」
「へっ、へっ~っ、もしかしたら私、あんたのお義姉さんになるかもよっ!」
「…!?」
それだけは勘弁…💧
❤116❤
今は放課後。
部活の時間。
私が視聴覚室へ行くと、珍しく先輩たちはまだ来ていなかった。
しばらくすると、新谷さんがやって来た。
「おっ、今日は関口さん、早いね!」
「はいっ!」
「なっ、何だかいやに嬉しそうだけど、なんかいい事でもあった?」
「えっ、私、嬉しそうに見えますぅ?」
「うん…なんか顔がにやけてる…💧」
「じっ、実は、彼氏ができたんですっ!」
「ほぉ~。何、この学校の人?」
「いいえ。全然違います。でも、新谷さんも知ってる人ですよ」
私がそう言うと、新谷さんは少し、ニヤッとした。
…?
「当ててあげようかぁ?」
新谷さんはニヤニヤ。
「えっ!?」
「圭輔さんでしょ?」
…!?
「なっ、何で、知ってるんですかっ?圭輔さんに聞いたんですかぁ!?」
「いや、聞いてはないよ。でもね…」
❤117❤
「圭輔さん、ちょくちょく裕司さんと一真さんと、差し入れを持ってきてくれてたじゃない?」
「はい」
「その時ねぇ、圭輔さん、私のとこに来て、関口さんの事、“あの子カワイイね”って、何度も言ってたんだよ」
「えっ、そっ、そうなんですか?」
やっ、やだ、なんか恥ずかしい…
「ほら、関口さん1回稽古休んだ事あったでしょ?
あの日にも来てね。辺りを見渡しても、関口さんがいないもんだから、ま~た私のとこに来て、“おい、あのカワイイ子は!?”って言うんだよね。で、“なんかカゼで休みみたいだよ”って言ったら、すんごくショック受けてたしね💧」
カ~ッ
私は一瞬にして、耳までまっ赤になってしまった。
知らなかった…
圭輔さん、そんな最初の頃から私の事、見ていてくれてたんだ…
「だから、私はそうかなぁって、思ったの」
と、そこへ川島さんと山崎さんが登場。
「何、2人して楽しそうに話してんのぉ?」
「それがねぇ…」
「やっ、新谷さんっ、恥ずかしいからやめて下さいよぉ」
「実はねぇ…」
「イヤ~ッ!」
ちょうどそこへ、丸山さんと市村さんも入ってきた。
「何、何、一体何の騒ぎ!?」
❤118❤
あの後、結局新谷さんが他の先輩たちにも話してしまったお陰で、私はかなりみんなにひやかされてしまった。
圭輔さん…
私が、この前貰ったクマさんの首飾りを眺めていると、なんとタイミングよく、圭輔さんからTELがきた。
「もしもし…」
「あっ、あのさぁ、これから学校終わった後とかにも会わない?」
「…はっ、はい。っじゃなくって、う、うん…」
「よし、そうそう。エライ、エライ(笑)」
「……」
私は思わず、新谷さんから聞いた話を思い出して、まっ赤になってしまい、ただでさえうまく話せないのに、さらに何も言えなくなってしまった。
「明日、部活?」
「うっ、うん…」
「じゃあ、何時頃終わる?」
「…18時頃には…」
「じゃあ、その頃校門の前で待ってるわ」
「うん…」
「じゃ、そういう事で」
❤119❤
あれっ?
珍しく良子、TELに出ないなぁ。
いつもなら、かければすぐ出るのに…
何故か何度かけても出ないの。
しばらくして、良子の方からかけてきた。
「もう、良子ってば、何度かけても出ないんだもん。何してたの?」
「ゴメン、ずっと和也さんとTELしてたの」
「へっ!?」
何~っ、兄貴とTEL!?
あっ、そっかぁ、2人は付き合ってるんだっけ💧
自分で仲を取り持っておきながら、今さらながら驚いてしまう💧
それにしたって…
時計を見る。
私が最初に良子へTELしてから、1時間は経っている。
「よくそんなに、話す事があるね…」
「あったり前じゃん!あんただって、彼氏とTELぐらいするでしょ?」
「そっ、そりゃあ…」
5分くらい、ね…
やっぱ、普通は1時間ぐらいはお喋りするのかなぁ?
でも、みんな一体何をそんなに話すんだろう…?
それはそうと、あの兄貴が長TELねぇ。
どうせ、良子のお喋りの聞き役にでもなってんだろうな💧
なんとなく、想像つくわ…
❤120❤
次の日。
部活が終わったのは、18時ちょうど。
「お疲れさまでしたぁ!」
私は先輩たちに挨拶すると、急いで校門へ向かった。
すると、圭輔さんがズボンのポケットに両手を入れ、校門に寄りかかって立っている。
「ゴッ、ゴメン、遅くなって…」
「いや。部活、お疲れ」
「……」
「この近くにオレのよく行く、喫茶店があるんだ。そこ行って何か飲むか?」
「うん」
私は、圭輔さんの隣に並んで歩き出した。
「あのさぁ、若菜ってこうゆう時、手をつないだり、腕くんだりしたい方?」
とっ、突然そんな事聞かれてもっ💧
「はっ、はぁ…」
ふっ、普通は恋人同士って手をつないだり、腕くんだりして歩くんだよねぇ?
「オレさぁ、あんましそうやってベタベタしながら歩くのって、好きじゃないんだけど…」
「えっ!?」
そっ、そうなんだぁ…
私、そうゆうのに憧れてたんだけどなぁ…
❤121❤
「あっ、ここ、ここ。この建物の2階にあるんだよ」
それは下が美容院になっていて、螺旋階段を昇った2階が喫茶店になっているといった、なかなかおしゃれな建物だった。
螺旋階段を昇ると、ドアに『スプーンハウス』と書いてある。
なんか、カワイイ名前!
ドアを開けて中へ入ると、圭輔さんは右側の1番奥の窓側の席についた。
「ここ、オレがいつも座るとこなんだ」
私も圭輔さんの向かいに座る。
「ここ、コーヒーが結構ウマイんだけど、それでいい?」
「うん」
「すいません、コーヒー2つ」
「は~い」
奥から女の人の声がする。
しばらくして、コーヒーが運ばれてきた。
コーヒーのいい香りがする。
カップも結構おしゃれでカワイイ。
「……………」
「……………」
やっ、やだっ、会話が思い付かない。
圭輔さん、なんか言ってくれないかなぁ。
なんか、気まずい…
お互い、ただ黙ってコーヒーを飲んでいる。
なっ、なんか、話題ないかなっ💧
“趣味は?”
いや、こっ、これじゃ、お見合いみたいじゃん💧
「……………」
「……………💧」
❤122❤
その日の夜。
私は、良子にああゆう場合一体何を話題にお喋りすればいいのか、聞いてみようと思って、TELしたんだけど、やっぱり出ない。
さては、また兄貴とくっちゃべってるな!
あっ、そうだっ!
私はある考えを思い付くと、自分の部屋を出た。
そして、兄貴の部屋をノックする。
「あっ、ゴメン。ちょっと待ってて」
と、兄貴の声。
やっぱり!
「なんだよ。オレ今、TEL中なんだけど」
兄貴はそう言いながら、ドアから顔を出す。
「その相手って、良子でしょ?」
私は勝手にドアを開けて中へ入った。
「まっ、まぁな…」
「私、良子と話したい事あるから、ちょっと代わって」
「はぁ!?」
私は、何がなんだか分からないといった顔をしている兄貴の手から携帯を奪うと
「もしもし、良子?私ぃ、若菜。ゴメン、邪魔して。ちょっと聞きたい事があるんだけど、私、この後、自分の携帯からかけなおすから、待ってて」
そう言うと、携帯を切って兄貴に返した。
「お前なぁ…💧」
❤123❤
「もう、なんなのよっ!せっかく盛り上がってるとこ邪魔して!
いくら彼氏の妹だからって、あんたにそんな権限ないのよっ!」
「ホントにゴメンてばぁ」
「でっ、何?そこまでして、聞きたい事って?」
「うん…実は…」
私は、今日の圭輔さんとの事を詳しく話した。
「まぁ、手をつないだり、腕をくんだりするのがイヤだっていうのは、仕方ないんじゃない?
私もあんまり好きじゃないし」
「えっ、そうなの?」
「うん、和也さんもねぇ、あんまりそうゆうの好きじゃないみたいだから、私たちはちょうど良かったんだよね」
「…私、恋人同士ってみんな手をつないだり、腕をくんだりするのかと思ってた…」
「やっだぁ。そんな事ないんだよ。それは、そのカップルによってだよ」
「……」
「でも、何にも会話がないってのはねぇ…」
「私、やっぱりまだ男の人と話すの、苦手みたい💧
なんか、喋らなきゃ、喋らなきゃって思うんだけど、そう思えば思うほど、頭の中が真っ白になっちゃって…」
❤124❤
土曜日。
私が授業を終えて、玄関を出ると
(土曜日は部活なし!)
校門の所で、圭輔さんが待っていてくれた。
「よぉ!まず、昼メシ食いに行くか?」
「うん」
私たちは、スプーンハウスへ行った。
あれからここは、私たちのデートスポットになっている。
そして、やっぱり会話が、ない💧
……………
……………
「あのさぁ、ホントにオレの事、好き?」
「えっ!?」
「だってなんか、ちっとも楽しそうじゃないし、ずっと黙ってるし。
たまにオレが何か言った事に返事するだけでさぁ」
……っ!?
「ちっ、違っ!そんな事ないよっ!
私、男の人とお付き合いするの、ホント初めてで、それで、緊張しちゃって、それで、それで…」
私はそれだけ言うのが、やっとだった。
「…そっか、ならいいけど…」
“ホントに好きなの?”
“楽しそうじゃない”
そんな風に見えてたんだね、私…
❤125❤
その日の夜も、私は良子と兄貴の邪魔をしてしまった。
「ゴメンね…」
「別にいいけど。どうせまた、あんたからかかってくると思ってたし」
「私ね、圭輔さんに“ホントにオレの事、好きなの?”って、“一緒にいても楽しそうじゃない”って、言われたの…
全然、そんな事ないのに。私は、ただ緊張しちゃってるだけなのに、圭輔さんにはそんな風に見えてたんだなぁって、思って…」
「…あんた、私に“それを直す為に演劇部入る”って言って、演劇部入って、実際ちゃんと真野さんや森下さんたちと普通に話してたじゃん。
なのに、なんで、どうしちゃったの?」
「ホント、どうしちゃったんだろう…ダメだなぁ、私…
きっと、友達としてなら話せるけど、彼氏となると、ダメなのかも…」
「…ところでさぁ、あんたたちって、もうキスくらいした?」
「なっ、なにっ、突然っ!?」
「いや~、どうなってるのかなぁって思ってさ」
「…まだ、だけど…」
「…!?これだけ付き合ってて!?何もないのっ!?」
「何よぉ、そんなに驚く事ないでしょ!」
「だってさ、普通ありえない…」
「……💧」
❤126❤
『キス』かぁ…
私は、良子とのTELの後もその言葉が頭から離れなかった。
“これだけ付き合ってて、何もないの!?”
普通、付き合ってこれくらい経つと、みんなそれぐらいするものなのかなぁ…
って事はっ、良子と兄貴もっ!?
“夏休みに彼氏できたんだよ!”って、嬉しそうに話してた明美、和美、玲奈もっ!?
……
圭輔さんだって、きっとした事ある、よね?
私にはいつ、してくれるんだろう?
確か、『キス』する時って、目を閉じるんだよね?
よく、ドラマやなんかで見ると、みんなそうだもん。
そういえば、明日もデートなんだよね…
もしかしたら、もしかするかも…
やっ、やだっ、想像したらドキドキしてきちゃった💧
私は、そんな事を考えていたら、圭輔さんの言葉にショックを受けていた事なんて忘れてしまっていた。
❤127❤
今日のデートは、小谷公園をブラブラ。
私は、圭輔さんとの『キスシーン』を想像して、1人でまっ赤になってしまった。
しかも、『公園のベンチで…』なんて、それこそドラマみたいでいいじゃない?
その時、圭輔さんがタイミングよく
「ちょっと座って休もうか?」
なんて言ったもんだから、私のドキドキだった心臓が、飛び出してしまいそうになった。
つっ、ついに…
考えると、緊張して肩に力が入ってしまう。
2人で並んで、ベンチに座る。
私は、ギュッと手を握りしめた。
ドキドキ…
ドキドキ…
えっとぉ、目を閉じて…
「あのさぁ、若菜」
「…はっ、はいっ!?」
突然、圭輔さんが話しかけるもんだから、思わず声が裏返ってしまった💧
❤128❤
「ゴメンな…」
「えっ!?」
なっ、何、いきなり“ゴメン”って…
まさかっ、もう私に飽きちゃったとかっ!?
そりゃそうだよね…
こんな私と一緒にいたって、つまんないもんね…
バカみたい、1人で『キスシーン』想像して、舞い上がっちゃって…
「オレ、金なくてさ💧」
「へっ!?」
おっ、お金!?
???
「オレ、浪人じゃん?だから、バイトもろくにできなくてさぁ。ホントは、もっといろんなとこに若菜を連れてってやったり、いろいろプレゼント買ってやったりしたいんだけど…
ゴメンな…
親には、こうやって若菜と会ってるって事も内緒なんだぜ」
「えっ?」
「“浪人の身分で彼女なんかっ!”って、怒るんだよね、うちの親。なんか、情けねぇよなぁ…」
「なっ、なんだぁ…」
私は、一気に身体中の力が抜けてしまった。
てっきり、ふられちゃうのかと思ったよぉ💧
私の事、親には内緒っていうのはちょっと悲しいけど、仕方ないよね…
「私、全然そんな事気にしてないよ。デートの場所なんてどこでもいいし、プレゼントも別にいい。
ただこうやって、一緒にいられるだけで十分」
あれっ、私珍しく、ちゃんと喋れてる!
自分で自分にビックリ!
「若菜…」
❤129❤
私たちは、お互い他の用事がない時は、ほとんど毎日会っていた。
今日は金曜だから、部活が終わってから。
いつも決まって圭輔さんは、この時間になると校門の前で待っていてくれる。
「おまたせ!」
「おう!」
そして、スプーンハウスへ行ってコーヒーを飲む。
「そういやぁ、もうすぐ文化祭だな。演劇部は何やるんだ?」
「私たちはねぇ、シンデレラをやるの。それも、『喜劇』の」
「はっ!?なんだ、『喜劇のシンデレラ』って!?」
「えへっ、内容はヒミツ」
「見てからのお楽しみってやつか(笑)」
「そう」
コーヒーを飲み終わり、会話も一段落すると、私たちは店を出た。
螺旋階段を降りる。
そう、それはいつもと同じ。
でも、突然圭輔さんが途中で立ち止まる。
…!?
「どうし…」
“どうしたの?”って聞く前に、くちびるをふさがれてしまったの…
そう、キス…
私が夢にまで見たキス…
私にとってはもちろん、ファーストキス…
『公園のベンチで…』ではなかったけど、『螺旋階段で…』だってかなりいい感じだよね…
突然だったので、目を閉じる間もなかったのだけど、少ししてから、ゆっくり目を閉じた。
❤130❤
「え~っ、ホント!?やったじゃん!」
「まさか階段を降りる途中でされるとは思ってなかったから、かなりビックリしちゃったよ💧」
「でっ、でっ?」
「でっ?って、何が?」
「もうっ、その後よ、その後!」
「後はぁ、普通に帰ってきた、けど…」
「何よっ、もう!ホントにキスだけなんだぁ」
「…っ、あっ、あったりまえでしょっ!」
「つまらん…」
「……💧」
私は、またまた良子と兄貴のお邪魔虫。
でも、その口調からして、良子と兄貴はもう、それ以上の関係って事だよね…?
やっ、やっだぁ…!?
おっ、思わず想像しちゃった…💧
そして、よくドラマで見るベッドシーンが頭に浮かぶ。
それに自分と圭輔さんの顔が重なる。
うっ、うわぁっっ💧
私は、それを慌ててかき消した。
❤131❤
次の日。
私は、圭輔さんの顔を見た瞬間、昨日のキスの事を思い出してしまい、ちょっと赤くなってしまった。
しかも、その後にドラマのベッドシーンまで頭に浮かんできてしまって、もうまともに圭輔さんの顔を見る事ができなかった。
今日もホントは、公園をブラブラする予定だったんだけど、あいにくの雨で予定変更。
小谷市にある資料館の中で、お喋りする事にした。
中へ入って、一通り歩いてまわった後、自販機でコーヒーを買うと、イスに座る。
資料館の中は、ガランとしていて、ほとんど人がいない。
「若菜…」
「……」
私たちは、キスをした。
今度は、ちゃんと目を閉じた。
…!?
かと思ったら、圭輔さんが顔を離す。
「キスってゆうのはねぇ…ちょっと軽く口を開いてごらん…」
私は目を閉じると、言われるままに少し口を開けた。
…!?
圭輔さんはさっきのようにキスをしたかと思ったら、なんと今度は、舌を私の口の中に入れてきた!
これってもしかして、ディープキスってやつ!?
今初めて私は、ディープキスをした。
私の口の中で、お互いの舌と舌が絡み合う。
なんだか、体が熱くなって、とろけちゃうような気がした。
❤132❤
最近あまりにも私が良子と兄貴の邪魔をするものだから、2人はTELの時間を少し早くしたようだった。
2人とも、ゴメンナサイ💧
「今日ねぇ、初めてのディープキスってゆうのしたんだ…」
「おっ、やっと少しずつ進展があるって事だね」
「なんだか体が熱くなって、とろけちゃいそうだったよ。最初は、何かと思ってビックリしたけど」
「あんたは、ホントに全てが初めてなんだもんねぇ💧」
「えっ、良子は違うの?」
「まっ、まぁね…」
「えっ、そうなのっ!じゃあ、最後も…?」
「…そりゃ、あるよ。でも、和也さんとはまだだよ」
「え~っ、全然知らなかった…」
「中3の時なんだけどね。でも、そいつとはすぐダメになっちゃったんだよね」
「中3!?すっご~い、良子!」
「別にすごかないって。今、早い子はもっと早いよ。あんたが遅れてるだけだって💧」
「そっ、そうなのっ!?私ってやっぱ、遅れてるんだぁ」
「でも、別に早きゃいいって訳でもないけどね」
❤133❤
そして、文化祭。
圭輔さんには、私たち演劇部の出番の前には来てねって言ったんだけど…
まだ、来ない。
遅いなぁ。劇、はじまっちゃうよぉ。
そんな時、ポケットの中で携帯が鳴った。
圭輔さんだ!
「もしもし」
「わりぃ、遅くなって!もうすぐ着くから」
「分かった。でも、私もう劇の準備しなくちゃいけないから…」
「分かった、劇見てるから、頑張れよ。って、その前に何の役やるんだ?」
「へっへ~、主役だよ」
「喜劇のシンデレラ!?」
「そうだよ、楽しみにしててね」
「おう!」
私はステージ裏へ急ぐと、衣装に着替えて、メイクをした。
メイクは初めてだったので、新谷さんが手伝ってくれたの。
そして、舞台は大成功!
観客みんなが大笑い!
衣装を脱いで、メイクも落とした私は、圭輔さんと一緒にあちこち見てまわった。
そして、なんとっ、あの兄貴が良子の為に文化祭にやってきたのだ。
合同演劇の時は、“勉強があるから…”なんて言って、来なかったくせにっ!
❤134❤
日曜日。
いつものように公園をブラブラした後、スプーンハウスへ行ってお昼を食べた。
「あのさぁ」
「うん」
「オレ、北大受けるんだけど、受かったらアパート借りるつもりなんだよね。そしたら、一緒に住まない?」
「えっ!?」
私はあまりにも突然なので、食べていたピラフを喉につまらせそうになってしまった。
そっ、それって、同棲って事だよね?
「イヤ?」
「ううん、まさかっ。嬉しい、そう言ってくれて」
「そっかあ、よしっ、勉強頑張るぞ!」
「でも、私とこんなに毎日会ってて、勉強する時間あるの?」
私は思った事を、素直に口にした。
「それは大丈夫。ちゃんとやってるから」
「自信あるんだっ!」
「う~ん、自信はぁ…あまりないけど💧
なんたって、北大はレベルが高いからなぁ。できるだけ、頑張ってはみるつもりだけどね」
確かに、北大はレベルが高い。
兄貴はもともと出来がよかったので、なんとストレートで入ったのだが、私なんて到底無理なとこ。
圭輔さんも受かってくれるといいな。
そうなれば、一緒に暮らせるんだもん。
同棲だよ、同棲!
❤135❤
「え~っ、同棲!?」
「まっ、まだ決まった訳じゃないけどね。
でも、北大受かったらアパート借りて、一緒に暮らそうって言ってくれたんだよ」
「いいじゃん」
「でっしょう!」
「でもさぁ、こんな事言っちゃあなんだけど、あんたの彼氏ってホントに受かりそうなの💧」
「えっ、だっ、大丈夫なんじゃないかな…」
「ふうん。でもいいなっ、同棲なんて…」
「兄貴と同棲する?」
「それより、家に押し掛けちゃおうかな(笑)」
「それはやめて…💧」
「そういやあんた、前にデートの時、会話がないって言ってたけど、それはもう大丈夫なの?」
「う~ん。前より少しは喋れるようにはなったと思うけど、でも、まだ沈黙があるね…
TELだって、良子たちみたいに1時間もなんて話してないし…」
「えっ、どれくらいなの?」
「5分か10分くらい…」
「何それ?ホント、用件だけってやつ?」
「うん」
❤136❤
センター試験が近づいてきたある日。
私と圭輔さんは、いつものようにスプーンハウスにいた。
なんだか圭輔さんの表情が、いつもより暗く感じる。
何かあったのかな?
「あのさぁ、オレ、北大諦めたんだ」
「えっ!?」
なんで?
あんなに行きたがってたのに…
「どっ、どうして?」
「やっぱオレの頭じゃ、無理だって思ったんだ…
だから、長大に行く事にした」
「長大って?」
「『長山大学』県外だよ」
「えっ、県外!?」
やだ、そんなの!
北大受かったら、同棲しようねって言ったじゃない!
県外なんて行ったら、遠距離になっちゃうじゃん!
「だから、あんまり会えなくなる…」
「わっ、私、遠距離なんてイヤ!」
「若菜…仕方ないだろ。分かってくれよ…」
「…ゴメン」
「若菜もさ、高校終わったら長大に入ればいいよ。そうすれば、いつも一緒にいられる」
「分かった。私、おバカだから高校終わったら就職するつもりだったけど、頑張って長大に行く!」
❤137❤
そして、あれから数日後。
私は、期末テストが近いので珍しく机にむかっていた。
頑張って私も、長大に行くんだもん!
そう自分に言い聞かせて、頑張っている。
すると、携帯が鳴り出した。
見ると、圭輔さんだ。
「もしもし」
私はシャープペンを机の上に置くと、TELに出た。
「…若菜、あのさ…」
「何?」
なんか、声の感じがいつもと違う。
「オレと別れてくれない?」
「えっ!?」
なっ、何っ、突然。
訳分かんないよ。
「何で?」
「……」
「この前、私に高校終わったら長大にこいって。そしたらずっと、一緒にいられるって。そう言ったじゃない!」
「オレだって、別に若菜の事、キライになった訳じゃない。
今でも、好きだよ」
「だったらなんでっ!」
「だからなんだ…」
「何、それっ。なんで、好きなのに別れなきゃなんないのっ?」
「オレさぁ、結構女と遊んじゃう方なんだよね。
だから県外なんて行ったら、絶対浮気とかして、若菜を悲しませると思うんだよ。だから、そうなる前に別れようって思ってさ」
「今だって、十分悲しんでるけどっ!」
「とにかく、そういう事だから」
圭輔さんは、そう言うとTELを切ってしまった。
❤138❤
“オレと別れてくれ”
その言葉がずっと頭から、離れない。
何で?
好きなのに別れるなんて、おかしいよ!
“浮気して悲しませたくないから、別れる”なんて聞いた事ないし、そんな理由普通ありえない!
今の私は、勉強どころじゃない。
ふられた事に対しての悲しみよりも、訳分かんない理由で一方的に別れを告げられた事に対しての怒りの方が、強かった。
せっかく長大に行こうと思って、頑張って勉強してたのに。
なんだか、勉強を再開する気になれなかった。
ふと、初めてのデートの時に圭輔さんから買ってもらったクマさんの首飾りが、目にはいった。
それを手に取ると、突然悲しみが込み上げてきて、涙がポロポロこぼれ落ちてきた。
圭輔さん…
いつもなら良子にTELするとこなのに、何故か今日はそんな気にもなれない。
私はベッドにうつ伏せに寝転ぶと、声をころして泣き続けた。
❤139❤
「ちょっと若菜っ!?あんたどうしたのっ、その顔っ!?」
次の日の朝、教室へ入ると良子は驚いた顔をして走りよってきた。
私は昨日あれからずっと泣き続けていたので、まぶたがまっ赤に腫れてスゴイ顔をしていたの。
学校来る前に、蒸しタオルを当ててみたんだけど、ダメだったの…
「うん…実はね、昨日圭輔さんにふられたの…」
「えっ!?何でっ」?
「なんかねぇ、北大諦めて県外の長大ってとこに行く事にしたんだって」
「うん、うん、それで」
「それで…自分は絶対浮気して私の事悲しませるから、そうなる前に別れようって…」
❤140❤
「はっ、何それっ!?
そんな信じらんない理由で、ふられたのっ!?」
「私だって、納得いかなかったよ。
でも、それだけ言うとTELを切られちゃって…」
「かけなおせばよかったのに!」
「その時は、そこまで頭が回らなかったのよぉ」
「それで泣き続けて、そんな顔になっちゃったのね…」
「ホントは休んじゃいたかったんだけど、家に1人でいる方が、また悲しくなっちゃうかなぁって…
…っ!?」
そこまで言うと、今まで堪えていたモノが一気に込み上げてきて、涙が溢れてきた。
良子はそんな私を、ギュッと強く抱き締めてくれた。
「良子ぉ」
私はチャイムがなるまで、ずっと良子の胸を借りて泣き続けた。
❤141❤
私は、なんだか胸にポッカリ穴が開いてしまったような気がした。
勉強も部活も、何も身が入らない。
何をやっても、上の空。
家族と話す時も、良子とTELする時も。
私は、一体どうすればいいの?
圭輔さんの事、忘れればいいのかな?
でも、そんな簡単に忘れるなんて出来ないよ。
良子だけでなく、明美や和美、玲奈たちも私の事を心配してくれた。
“男、紹介してあげようか?”とも言われたけど、断った。
今、他の男の人とお付き合いする気になんてなれないもん。
期末テストも明日から始まるのに、あれから全く勉強してない。
しても、全く頭に入ってこない。
別にもう進学する必要がないんだから、いいや!
な~んて、なげやりにもなってしまう。
赤点さえ取らなきゃいいんだもん。
❤142❤
そして、私はそんな状態のまま期末テストに挑んだ。
前からテスト用紙がまわってくる。
「はいっ、始め!」
先生の合図とともに、みんな一斉に問題を読み始める。
私も。
でも、なかなか集中できない。
問題読んでても、答えを書いてても、頭に浮かぶのは圭輔さんの事だけ…
私にとって、圭輔さんってこんなに大きな存在だったんだね。
別れて初めて気が付いた。
付き合っていた頃は、いて当たり前みたいな気がしてたんだ。
ヤダッ、また涙が…
ポタッ…
テスト用紙の文字がにじむ。
いけない、いけない。
今は、テスト中!
ここで赤点取るわけにはいかないんだ!
テストに集中しなくっちゃ!
と、思ってはみても、やっぱり手は動かない。
❤143❤
その日の放課後。
私は“用があるから…”とウソをついて、部活を休んだ。
とても、部活なんてやる気になれない。
「ねぇ、若菜、たまにはどっかでお茶しない?」
珍しく良子が、そんな事を言ってきた。
きっとこんな私に、気を使ってるんだろうな。
ありがとう、良子。
「うん、そうだね。たまにはね。どこ行こっか?」
「う~ん…スプーンハウスは?私、1度行ってみたかったんだよね」
「あっ、ゴメン。そこ、圭輔さんとよく行ったとこだから…」
「えっ、あっ、ゴメン。じゃあ、どっか別のとこ探そう」
私たちは、しばらくブラブラした後、1件の喫茶店を見つけ、そこへ入った。
「若菜さぁ、まだなかなかふっきれないみたいだね。まぁ、無理もないけど…」
「うん…私も、忘れなきゃ忘れなきゃって思うんだけど、まだやっぱり、ね…」
「そうだよね…」
「お陰でテストも最悪だったよぉ。
これでダブったら、圭輔さん、絶対恨んでやるっ!」
❤144❤
それから月日は流れ、私たちは2年生になった。
つまり、私もなんとかギリギリ進級できたって事。
良子とも、また同じクラスになれたしねっ!
部活では、新谷さん、川島さん、山崎さんが卒業し、今度は丸山さんが部長になった。
ただでさえ弱小部だったのが、さらに少なくなってしまい、存続が危なくなってきた。
そこで私たち3人は、1年生勧誘に励んだ。
そのかいもあってか、4人入部してくれた。
ついに、私も先輩になったって訳よ。
圭輔さんの事も、もうふっきれた。
ポッカリ空いていた穴は、良子を初めとする友達や、部活の先輩や後輩たちが埋めてくれていた。
やっと私も、心の底から笑えるようになってきた。
早く新しい彼氏を見つけなきゃっ!
今度は、同じ歳か、年下にしよう!
❤145❤
そして、夏休み。
また、合同演劇の時期がやってきた。
私たちは、4人の1年生を連れて、掘内文化ホールへ向かった。
去年3年生だった人たちがいない。
各校もそれぞれ1年生を連れて来ていた。
そこで1年ぶりに真野さんと再会した。
もちろん、他の人たちにも。
峰さんや真野さんたちとも、圭輔さんとお付き合いするようになってからは、全然遊ばなくなっていたのだ。
もう、あれから1年も経つんだね。
真野さんがカッコイイのは相変わらず。
でも、不思議と今はあの時みたいにドキドキしない。
私、今度はキャストに挑戦するつもり。
ちなみに、今年の演出は峰さん。
そして、なんと真野さんはまた音響。
よっぽど音響が好きなんだね💧
たまに、新谷さんや星さんたちが差し入れを持ってきてくれる。
❤146❤
今日は、合同演劇が休みの日。
私は良子と吉岡へ買い物にでかけた。
2人で、会話に夢中になりながら歩いている時だった。
1人の男の人とすれ違った。
……………!?
…………!?
……いっ、今のっ!?
まさかっ!?
でも、見ま違えるはずないっ!
けどっ、県外にいるじゃない?
それとも、今夏休みだから、帰ってきてるのかもっ!
「………!」
……
「…なっ!」
…
「若菜ってばっ!」
…はっ!?
「ゴッ、ゴメン。何っ?」
「何?じゃないわよ!
どうしたの?ボーッとして」
❤147❤
「えっ、圭輔さんっ!?」
「…うん。今、すれ違った男の人、間違いないよ」
「だって県外の大学に行ってるんじゃないの?」
「夏休みだから、戻って来てるのかも…」
…………
………
「ゴメン、良子っ、私、どうしても気になっちやって仕方ないのっ!」
「いいよ、私は」
どうか、TEL番が変わっていませんようにっ!
私は、圭輔さんのTEL番をまだ覚えていた。
そんな自分に、自分でビックリ!
❤148❤
ずっと呼び出しているのに、なかなか出ない。
「もしもし」
出たっ!
この声、なんだか懐かしい…
「あっ、あのっ、突然ゴメンッ。私っ、若菜、だけど…」
「………」
「あっ、あのさぁっ、さっき私とすれ違ったの、分かった?」
「…あぁ、まぁ…」
「ねぇっ、あのっ、久しぶりに話がしたいんだけど…」
「いいよ、別に」
「今、どの辺?」
「駅の前」
「じゃあ、私、今からそこ行くから」
そう言うとTELを切った。
「ゴメンネ、良子ぉ」
「いいって。私、その辺ブラブラしてるから、話終わったらTELして!」
❤149❤
駅へ着くと、すぐに圭輔さんはみつかった。
「久しぶりだね」
「おうっ。どっか喫茶店でも入るか?」
「そうだね」
私たちは、近くにある喫茶店に入った。
「今夏休みで、こっち帰ってきてんでしょ?」
「まぁな」
「どう、大学って楽しい?」
「あぁ、結構楽しいよ」
「私はなんとか2年にはなれたけど、進学は無理だから、就職するつもり」
「そっか」
「あっ、そうだっ。今、合同演劇の稽古も始まってるんだけど、今年は峰さんが演出なの。私もねぇ、今年はキャストに挑戦するんだよ。結構、峰さんも新谷さんに負けず、厳しくってね、私なんて怒られっぱなし。そうそう、新谷さんっていえばねぇ、たまに星さんたちと差し入れ持ってきてくれるんだよ。あっ、差し入れっていえば、去年圭輔さんたちもちょくちょく持ってきてくれたよね」
「…………」
❤150❤
「そういえば、後で新谷さんに聞いたんだけど、圭輔さん、私の事、“カワイイ”って言ってくれてたんだってね。私、男の人からそんな風に言われた事なかったから、すっごくビックリしたけど、でも嬉しかったよ」
「……お前、よく喋るな💧」
「…えっ?」
「確かオレと付き合ってた時って、もっと無口だったよな?」
「あ~っ、そういえば、そうだったっけ?確かあの頃は、緊張しちゃってて何にも喋れなかったんだよね。あれっ、でも、なんでだろう?今はこんなに普通に、ペラペラ喋れる!?」
「オレとしては、あの頃これぐらい楽しく話してほしかったな…」
「ねぇ、今、彼女とかいるの?」
「女友達は結構いるけど、彼女はいない。今さらだけど、若菜と別れなければよかったって思うよ。今こうして話してて、ホントそう思った…」
❤150❤
「そういえば、後で新谷さんに聞いたんだけど、圭輔さん、私の事、“カワイイ”って言ってくれてたんだってね。私、男の人からそんな風に言われた事ないから、すっごくビックリしたけど、でも、嬉しかったよ」
「……お前、よく喋るな💧」
「…えっ?」
「確かオレと付き合ってた時って、もっと無口だったよな?」
「あ~っ、そういえば、そうだったっけ?確かあの頃は、緊張しちゃってて何にも喋れなかったんだよね。あれ、でも、なんでだろう?今はこんなに普通に、ペラペラ喋れる!」
「オレとしては、あの頃
これぐらい楽しく話してほしかったな…」
「ねぇ、彼女とかいるの?」
「女友達は結構いるけど、彼女はいない。今さらだけど、若菜と別れなければよかったって思うよ。今、こうして話しててホントそう思った…」
❤151❤
「それは、それは」
「もう、オレの事キライ?」
「まさかっ。キライだったら、こうやって話なんかしないよ」
「なんかすっげ~勝手なんだけど、もう1回付き合わない?無理かな?」
「それは無理というか、なんていうか、やめた方がいいと思う」
「なんで?」
「私が今こうやって、ペラペラ普通に喋れてるのって、圭輔さんが彼氏じゃないからだと思うの。
彼氏だと、つい変に意識しちゃって喋れなくなっちゃうと思うんだよね。
だから、このままでいようよ」
「このまま、友達で?」
「ううん、友達じゃないよ。でも、彼氏でもない」
「なんだ、それ!?」
「だからぁ、『友達イジョウ恋人ミマン』ってやつよ」
― END ―
新しいレスの受付は終了しました
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
- レス新
- 人気
- スレ新
- レス少
- 閲覧専用のスレを見る
-
-
タイムマシン鏡の世界4レス 109HIT なかお (60代 ♂)
-
運命0レス 68HIT 旅人さん
-
九つの哀しみの星の歌1レス 79HIT 小説好きさん
-
夢遊病者の歌1レス 92HIT 小説好きさん
-
カランコエに依り頼む歌2レス 95HIT 小説好きさん
-
神社仏閣珍道中・改
(続き) この日、お宮参りの赤ちゃんとそのご家族がみえました。 …(旅人さん0)
274レス 9563HIT 旅人さん -
私の煌めきに魅せられて
私の初恋の続き、始まったかもしれません。。。 「それにしても玲ち…(瑠璃姫)
55レス 602HIT 瑠璃姫 -
北進ゼミナール フィクション物語
勘違いじゃねぇだろ飲酒運転してたのは本当なんだから日本語を正しく使わず…(作家さん0)
15レス 194HIT 作家さん -
仮名 轟新吾へ(これは小説です)
想定外だった…て? あなた達が言ってること、 全部がそうですけ…(匿名さん72)
196レス 2929HIT 恋愛博士さん (50代 ♀) -
タイムマシン鏡の世界
そこで、私はタイムマシン作ること鏡の世界から出来ないか、ある研究所訪ね…(なかお)
4レス 109HIT なかお (60代 ♂)
-
-
-
閲覧専用
🌊鯨の唄🌊②4レス 137HIT 小説好きさん
-
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?11レス 142HIT 永遠の3歳
-
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令1レス 152HIT 小説家さん
-
閲覧専用
今を生きる意味78レス 523HIT 旅人さん
-
閲覧専用
黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 974HIT 匿名さん
-
閲覧専用
🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 137HIT 小説好きさん -
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 142HIT 永遠の3歳 -
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 152HIT 小説家さん -
閲覧専用
おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1405HIT 檄❗王道劇場です -
閲覧専用
今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 523HIT 旅人さん
-
閲覧専用
サブ掲示板
注目の話題
-
専業主婦の日常をどう説明したらいいか
子無し専業主婦です。 会う人、会う人に「いつも何やってるの?」と聞かれます。 なんて答え…
25レス 530HIT 匿名さん -
🔥理沙の夫婦生活奮闘記😤パート1️⃣😸ニャン
きゃは(*≧∀≦*) 結婚生活のスレットからこちらにお引っ越し💨 皆さん初めまし😊 結…
349レス 3999HIT 理沙 (50代 女性 ) 名必 年性必 -
子供を作る事は親のエゴ?
という言葉をたまに聞きますが、 どう思いますか?? 子供にとっては 勝手に作っておいて、産…
10レス 268HIT 育児の話題好きさん (40代 男性 ) -
彼女が欲しかったな…
出会いがないから諦めるしかないのかな。
10レス 274HIT 恋愛したいさん (30代 男性 ) 名必 年性必 1レス -
牛乳嫌いの我が子に困っています。
フルーツ全拒否、しかも牛乳を飲んでくれない2歳の娘に困っています。 いちごミルクとかにしてもダメで…
15レス 280HIT 匿名さん (30代 女性 ) -
何のバイトが向いてるんだろう…
お悩み解決掲示板でも同じスレを立てました。こちらでも意見を聞きたいと思って同じスレを立てました。何回…
9レス 218HIT おしゃべり好きさん - もっと見る