元カノ。
ふたりで眺めた景色
ふたりで聴いた音
ふたりで交わした言葉
ふたりで重ねた思い出全てが生きがいでした
哀しいくらい今でもあなたを愛しています
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亜由子の好きなベルギーワッフルを食べに出かけてたあの日。
「亜由子、美味しい?」
愛しい亜由子に俺は優しく聴いた。
亜由子と俺は28歳で同い年。俺が大学時代にしてた洋食屋のアルバイトで知り合った。
亜由子は正社員でフルタイム。
無防備な可愛らしい振る舞いや屈託のない笑顔に強く惹かれ、俺からの告白で交際をスタートさせた。
あれから6年。
俺たちはいつも一緒だった。
好きから愛してるに想いが変わったこともお互い伝えあっていた。
亜由子しかいない。
ずっと大切にしてあげたい。
ずっと共に成長して行きたい。
ずっとずっと一緒にいたい。
そう思っていた。
ベルギーワッフルを半分食べフォークとナイフを皿に置いた亜由子の表情が曇った時、その表情が何を意味するのか分からなかった。
「亜由子、どうした?」
「うん………」
亜由子の表情は益々暗くなる。
視線はテーブルに落としている。
嫌な予感がした。
「亜由子……?」
俺が彼女の名前を呼んだ次の瞬間。
「………敦也、別れてほしい」
亜由子は泣いたような声で言ったんだ。
衝撃の言葉。
勿論、俺は納得しなかった。
亜由子と別れるなんて考えられない。
しかし亜由子の意志は固かった。
他に好きな人ができたらしい。
俺のことを嫌いになったわけじゃないがもう、一人の男としては見られない。とまで言われてしまった。
この上なく哀しい言葉だ。
つい最近まで愛してるって言ってたじゃないか。
ずっと一緒にいようねって約束したじゃないか。
わけがわからぬまま別れを押し切られ、あの日から連絡も拒否られている。
木田 敦也28歳。人生初の大失恋。
しばらくはもぬけの殻。
亜由子を失った朝を迎えることが一番辛かった。
正直、失恋して傷心を乗り越えられないヤツって他にやる事ないのかよ?と馬鹿にしていたが失恋がこれ程苦しいとが思わなかった。
相手が亜由子だからこんなに苦しいのだろう。
俺は寂しさを紛らわすため仕事の帰りは飲み歩いた。
印刷会社の営業課勤務だが仕事も捗らない。
やけになっていた。
ある日同期の岡田と大衆居酒屋で飲んでいた。
「木田さ、女作ったら?」
岡田は鮪の刺身を頬張り、ビールを一口飲んだあとそう言った。
「無理、もう誰も好きになれないし」
「あはは(笑)決めつけんなって。遊びでもいいじゃん。リハビリだよ。誰か紹介してやっからさ」
「いい。他の女に会うと亜由子と比べて更に辛くなるから」
俺が何とも女々しい事を言うと岡田はやれやれと言ったような表情を浮かべた。
自分でもやれやれである。
飲み歩いても意味がないまま、その日も帰宅する。
ドアポストに紙切れがあり難雑に取り出し用紙を見ていた。
・・・・・・・・・
はっ!?
ウソだろ!?
俺は眠たい目をこすった。
脈拍が一気に早くなる。
それは郵便局からの不在伝票だった。
その送り主に茫然とする。
紺野 亜由子
送り主は亜由子だったのだ。
一瞬にして様々な想像が頭の中を駆け巡る。
好きなヤツとダメになったのか?
それとも俺のことをやっぱり……
あれこれ考えながらシャワーを浴び布団に入る。
明日、郵便局に再送してもらうが一体なんなんだ。
食品と記さていた。
食品といえど何故俺に?
その日はあまり眠れず朝を迎える。土曜で仕事は休みだ。
落ち着かないまま時間は流れ、ついに亜由子からの郵便物がクール宅急便にて届く。
俺は一心不乱に包装紙を破いた。
「え……」
中身はチョコレートだった。
俺が好きなトリュフ。
あ………今日はバレンタインか。
そんなことはもうどうでもよかったのに何で?
その時箱の裏に小さな封筒があることに気がついた。
手のひらに乗る小さな白い封筒。
裏の開け口にはグリーンの四つ葉のクローバーのシール。
さりげなく女の子らしい亜由子が選びそうな色合いだ。
胸が高鳴る中、シールを剥がし二つ折の便箋を緊張で汗ばんだ指先で広げる。
*************
あつやへ
元気?
バレンタインのチョコだよ
今年からは義理チョコだから
手作りではないよ!
今度ゴハンでも行こうね
あゆこ
*************
ん……寂しさ半分、嬉しさ半分。だな…
いや、嬉しさの方が勝っているのだろうか。
単なる義理チョコか?
なら何故ゴハンの誘いが?
好きなヤツの相談?
それとも……やっぱりダメになって俺のところへ戻ってくれるのか?
俺は自問自答を繰り返し、考えがまとまらないままスマホを手にしラインを開いた。
以前、何度かラインしてみたもののブロックされてしまっていた。
でも今ならわからない!
俺の指先は緊張しながら動き出す。
肩には強く力が入っていた。
【あゆこ?】
ただそれだけを送った。
しばらくスマホの画面を見つめていると既読と記された。
情けないくらい心臓がバクバクする。
勝手な行動は嫌いだが、それも亜由子なら許してしまう。
そして直ぐに返事が来た。
【あつや!久しぶりだね】
返事はまるで何事もなかったかのようなものだった。
好きなヤツとダメになったんだな。そうとしか思えない。
元カレにすがるんじゃねーよみたいなカッコいい頑固さは俺にはない。
むしろ久々の亜由子の言葉に幸福感を感じる。
返事を打つおれの指先は弾んでいた。
【おう、どうしたんだ?好きな人とダメになったんだろ】
【秘密!ねえ、今度会おうよ。焼き鳥食べにいこ♪】
俺は秘密と書かれてあり不完全燃焼だったが、それよりも亜由子に会いたい。
別れて半年。連絡もとれず、ストーカーぽいが亜由子の勤務先に行ったが退職していた。
一人暮らしの亜由子のアパートの鍵も返してと強く言われ別れた日の帰り際に返してしまった。
何で今更とは若干思うが、俺のところへ戻ってくれるなら受け入れると思う。
もしかしたら他の男に抱かれたかもしれない。
それだけが引っかかる。
それはさて置き俺と亜由子は半年振りに会うことになった。
しかも明日だ。
池袋駅に午後6時に待ち合わせ。
夢を見ているような気分だった。
もう亜由子を離さない。
待ち合わせ当日。
俺はブラックジーンズにグレーの長袖のTシャツ、その上には黒とグレーのボダーのカーディガンを羽織った。
亜由子が好んでくれていた組み合わせだ。
いや、これからは俺たちの言葉に過去形はないだろう。そう信じたい。
財布の中身を確認し黒のダウンを羽織り足早に家を出た。
殺風景な男の一人暮らしの部屋にも、また亜由子という華を迎えたい。
18時前に改札口を通ったら、その僅かな先には亜由子が立っていた。
一気に胸が熱くなる。
亜由子はピンクベージュの膝丈のダウンを羽織っていた…去年のクリスマスのプレゼントだ。
「淳也!久しぶり!」
亜由子は以前と変わらぬ笑顔だった。
不自然なくらいに。
「おう…どうしたんだよ。びっくりしたよ」
「まあまあ、固いことは言わないで!いこっ♪」
亜由子から後ろめたさは何も感じなかった。
謙虚で思慮深い亜由子の面影がない。
俺は疑心暗鬼になりながらも焼鳥屋に向かう差中、横にいる亜由子を目に焼き付けていた。
栗色のセミロングの柔らかな髪も黒目がちな二重の大きな瞳も透き通るような白い肌も変わらない。
やがて焼鳥屋につきカウンターの席に案内される。
「さあ、食べよ!淳也はさホンポチ好きだよね。あと軟骨入りつくね!」
「亜由子はなんてたって茄子だろ?肉より野菜だもんな」
「そうそう!」
二人で自然と笑顔を交わした。
気持ちも自然と解れ前向きになる。
「亜由子…」
「なあに?」
俺は亜由子に真相を迫ろうとしていた。
「別れたのにさ、どしたの急に」
「会いたかったの」
会いたかった。この言葉でよりが戻るのが決定した気分になった。
「好きな人は?」
「もう好きじゃない」
「…じゃあ、俺に戻ってくれるんだね」
「友達としてね」
亜由子はシシトウを頬ばりながらあっけらかんと言う。
「友達?」
「うん。淳也のことはもう友達としてとしか考えられないからね」
俺はその言葉で胸の内にあった熱いものが一気に冷めて行くのがわかった。
******************
覚悟を決めたつもりだった。
半年前、敦也に別れを告げた前後の日々は確実に容易な決断ではないと思っていた。
敦也を思い出さず、もう二度と逢わないために大切な職場も離れた。
連絡も取れないようにした。
きっと時間が忘れさせてくれる。
私も、そして敦也もそれぞれの存在が風化して行く。
そういい聞かせていたのに、私、紺野 亜由子は真夜中に一人泣いている。
敦也が恋しくて、そして傷ついている。
自分で自分を傷つけた。
自分で淳也も傷つけた。
最低な女。傲慢な女。そして欲深い女。
自分が大嫌い。
バレンタインは賭けだった。
突然連絡する勇気もなく本当は手作りのチョコと手紙を送った。
‘友達としてならいいよ。うまく操ることができるなら’
そうアイツから許可が出たから。
本当に敦也を想うなら、そんなふしだらな再会なんてしなきゃいいのに。
私は本当に最低だ。
でも逢いたかった。
敦也から【あゆこ?】と連絡が来た時は涙がとめどなく流れ落ちた。
敦也の本心を振り払い、自分勝手に振舞った私。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
どうにもならない気持ちでいるとスマホが鳴った。
アイツからだ。
もう亜由子と木田は解散しただろうか。
丸い黒縁の時計は深夜0時をさしている。友達としてなら会っても良いと亜由子に告げたものの、内心は冷や冷やしていた。
俺、岡田 智樹はスマホのラインを開き亜由子に電話した。
・・・・・
・・・・・
『もしもし…』
掠れた声で亜由子が電話に出る。
『今どこよ?』
『家』
『約束は守ったか?』
『…うん』
『だよな(笑)お前の秘密バラされたくないもんな』
俺は亜由子の帰宅を確認し次に会う日を約束し電話を切った。
俺と亜由子は歪な関係だ。
けどお8年前は恋人同士だった。
東京出身の俺と東京に憧れて20歳で上京した亜由子は、ある場所で出会った。
俺の大学の友人に誘われて初めて行ったソープランドでだ。
初めての風俗勤務に全身が硬直してるかのように緊張していた亜由子。
俺が初めての客。
セックスという初仕事を終えた時、亜由子は涙目だった。
きっと今だけじゃなくて哀しく生きてきたような亜由子の雰囲気に俺は惹かれた。
俺も哀しく生きてきたからだ。
その後何度か亜由子を指名してプライベートで会うことにこぎつけた。
既に汚れ始めていた亜由子を風俗の世界から遠のけた。
口説き倒し亜由子と付き合い始め、亜由子は洋食屋で働き出した。
環境って不思議だ。
時期に亜由子の哀しい影は薄れる。
俺と会う時に無防備に振る舞う亜由子がたまらなく愛おしく感じた。
亜由子にとって東京での生活は相当新鮮だったみたいだ。
上京当初は金に困り風俗の世界に足を踏み入れた亜由子だが俺と付き合うようになり、仕事も変え新しい職場も肌にあっていたみたいだ。
俺と見た初めての東京湾の花火、ディズニーシーのパレード、俺と歩いた原宿、銀座、六本木…
どんな時も満点の笑みを浮かべていた。
ただ気に入らないことがあった。
亜由子は喫煙者で、キツいタバコを吸っていた。
俺も喫煙者だが女の喫煙者は好まない。男には勝手な女への綺麗なイメージがある。
しかし亜由子はタバコをやめられず、少し軽めのメンソールのタバコを吸い続けていた。
その点は理想の女と反していたが、そんな部分も結果的には好きになっていた。
でも笑うよな。
木田と付き合った6年間も喫煙者でありながら禁煙者を貫き、生まれて一度もタバコを吸ったことがないと大嘘ついてたなんてな。
亜由子、お前は木田にとって嘘の塊だ。
俺には正直だったが。
別れを告げて来たあの日も職場に好きな人ができたと理由も明確だったよな。
俺は亜由子との思い出や現在の想いに頑なに縛られながら眠りについた。
ー翌日の仕事の昼休みー
「岡田」
俺がオフィスで顧客への企画書を作成していると外回りから木田が戻ってきた。
「おう、お疲れ」
俺は現在、製菓部門の営業だが約1年前までは書籍部門だった。
電子の時代になり書籍自体がマイナスに傾き、製菓部門に移動になったのだ。
この課で木田と親しくなる。
「岡田、一区切り着いたら飯いかない?」
「ああ、もう行けそうだ」
俺と岡田は社員食堂に二人で足を運ぶ。
社員食堂に着き食券を買う。
何気に木田の横顔を見ると浮かない顔をしている。
仕事でトラブルがあっても根性のある木田は激しくは落ち込まない。
やがて社食が乗ったトレーをお互い運び窓際の席に座る。
俺は生姜焼き定食、木田は掛け蕎麦だ。
「おいおい、木田。掛け蕎麦で持つか?」
食欲も落ちているのだろうと察しながらも心配そうに声をかける俺。
「…食欲なくてさ。受注ミスもあって凹んで。ダメだな」
それだけじゃないだろう?
柔らかな切れ長の目に程よく高いスマートな鼻。健康的に焼けた肌の木田はいわゆるイケメンだ。
身長も高くやや細身。
恵まれた容姿の木田は活力がなくても、それはそれで色気に感じる。
俺はキャベツのせん切りを口にしながら木田に悪意に近い眼差しを向けていたかもしれない。
そこは切り替えて木田に偽りの励ましをする。
「失敗は大事だよ。仕事は失敗してなんぼだ。元気出せ」
「…ありがとう。それにな」
「ん?」
「バレンタインにさ亜由子からチョコレートが届いたんだ」
「おお!」
「手紙も添えてあって今度ご飯でもいこうって。…より戻したいのかと思った」
「うん…会ったのか?」
俺は少しばかり緊張していた。
「ああ。焼鳥食いたいって言うから食いに行ったよ」
「良かったじゃん」
「最初は浮かれてた。でもよ。俺のことは友達としか見れないんだと」
「はっ?それなのに誘って来たのか?」
「ああ。今度はドライブに行く約束をした」
俺はその言葉を聞いて少し顔が熱くなった。
聞いてないな。亜由子から。
俺は動揺を隠しまた偽りの会話を続ける。
「木田は、それでも良いのか?友達としてとしか見れないと言われたのに」
俺の言葉に木田は難しい顔付きになる。だが直ぐに難しさは消えた。
「友達って聞いた時は引いたしショックだったよ。亜由子が何を考えてるのか掴めないし」
「そうだよな」
「でもな。それと好きな気持ちは別だし、亜由子に会いたい。会わないって選択肢は俺の中ではないんだよ」
「そうか…都合よく使われてるかもしれないぞ?」
「今は都合の良い男で良いよ。亜由子にならプライドなんて捨てれるし、いつか復縁かもしれないし」
木田は“復縁"という言葉を発した時、表情が和らいだ。
俺は友達としてなら会っても良いと亜由子に許可を出したことを少し悔やんだ。
アイツが敦也に会いたい会いたいと、来る日も来る日も訴えてきて根負けしてしまったのだ。
だが友達以上になれば亜由子の様々な秘密を都合よくばらすし、俺に嘘の報告をしても俺は木田の同僚。すぐにそれはバレる。
亜由子には全てを木田にカミングアウトする勇気はないだろう。
大切な木田を傷つけるもんな。
俺はあれこれ考えながらも木田の意見に尊重した。
心の中では残念だな、と呟きながら。
それにしても驚いたよ。
木田に始めて彼女だと、亜由子の写メを見せられた時は。
まさか俺の元カノが木田の彼女だったとはな。
そして今でも俺は亜由子に惚れている。
だが亜由子の心にある情熱は、木田に向けられている。
きっと今でも木田に変わらぬ温もりを求めている。
俺のことなど厄介者で普通以下の嫌いだろう。
俺は亜由子の全てが欲しい。一番欲しいのはお前の心。
俺は亜由子と居る時だけが満たされているんだ。
時間がかかっても必ず亜由子をものにする。
その日の晩。
俺は350mlのビールを一缶開けたあと亜由子に電話をした。
・・・・・
・・・・・
『もしもし…』
いつもの冴えない声で亜由子が電話にでる。
『おう、何してた?』
『家だよ』
『…お前、木田から聞いたぞ。今度はドライブだって?』
亜由子は黙る。
『ダメだぞ。もう会わせない』
『…いや!』
『ダメだ。調子に乗るな』
『…乗ってない!智樹、誤解してる』
『何が?』
『私は敦也に嫌われるために会うの。その方が吹っ切れるから』
『吹っ切れやしないさ』
『ううん。そんなことない。ね、お願い。友達以上は超えないから。必ず嫌われるから。ね?智樹…お願い』
亜由子がやけに甘く色っぽい声を出す。
結局、俺は根負けするんだ。
馬鹿な男だよな。俺も木田も。
だが俺はほんの少しだけ期待をしていた。
本当の意味で二人が破局することを。
温厚な木田も亜由子の不可解な行動に嫌気がさすかもしれない。
それにしても亜由子。
お前もなかなかふしだらだな。
木田と付き合ってる時も俺に抱かれてよ。
快楽に溺れてたお前の顔。
あの日みたいにまた溺れろよ。
******************
「電話、智樹くんから?」
「うん……」
私は高校時代の友人、高瀬 絵美と私の住む一人暮らしのアパートに一緒にいた。
絵美は4年前に転勤で上京してきた。
友人の少ない私は、誠実で優しい絵美が身近にいてくれることはとても心強い。
「ごめんね、亜由子」
絵美はそう言ったあと唇を噛む。
絵美は今でも自分を責めている。
「やあね。私が悪いのよ。絵美が謝る必要も自分を責めることもないよ。ね?」
「…いや、あの日、亜由子が合コンに行きたいと言っても何が何でも止めれば良かった。そしたら智樹くんになんて再会しなかったのに」
半年以上前に、恋活中の絵美は知り合いの男性と合コンを開いた。
その合コンの日。
やけになっていた私は絵美に話を聞いてもらいたく、電話をした。
すると、今から合コンだと言うのでやけになっていた私は無理矢理合コンに参加させてもらったのだ。
そこで智樹に再会してしまった。
絵美の知り合いの大学の同級生が智樹だったのだ。そしてその後……
「絵美のせいじゃないから。大丈夫だよ」
私は絵美の罪悪感を拭い去ってあげたかった。
それでも申し訳なさそうな表情で絵美は続けた。
「…ねえ、敦也くんに戻ってさ。智樹くんがあれこれ告げ口しても、嘘だよって突き抜けたら?時には嘘も必要だよ」
「…写メとられたから」
「えっ…」
絵美は一瞬目を丸くし視線を左下に落とした。
つられて私も俯く。なんて屈辱的な再会なのだろう。
智樹の問題意外にも、まだ心が痛い現実がある。
それでも逢いたい。敦也に逢いたい。顔が見たい。声を直に聴きたい。話がしたい。
もしも嫌われてしまっても……
それでも逢いたい……
亜由子と再会した日、俺は複雑だった。
一緒にいるのに心の距離が遠くて、亜由子が俺に一線引いてるのも感じ取れた。
友達としか見られないからなのか。はたまた他に理由があるのか。
いくら考えても結論はでない。
ただ、この結論は出た。
友達発言には引いたが、それでも嫌いにはなれない。
変わらず亜由子が好きだ。好きだから、寂しさや理不尽さを感じても、それらは好きという感情には圧倒的に負けている。
今日も亜由子と会う。
亜由子は洋食店を退職した後、カード会社の事務員として働いているらしい。
なので俺と同じ土日が休日のようだ。
なぜ俺を誘うのかは分からないが、いずれ復縁できたらと思う。
亜由子と午前11時に約束してる。その前に車内の芳香剤が切れたのでカー用品店に行くために家を出た。
カー用品店に着き芳香剤があるスペースに行くと、俺は迷わずホワイトムスクの香を選んだ。
亜由子が好きな香りだからだ。
別れて、亜由子との思い出が苦しくて芳香剤の香も変えていた。久しぶりにホワイトムスクの香りを感じ、亜由子との思い出が走馬灯のように脳内を自由に駆け巡る。
香りとは不思議だ。記憶にまで焼きつくんだもんな。
もの思いにふっけていると名前を呼ばれた。
俺は直ぐに振り返る。
「やっぱり敦也くんだ!」
そこには同い年位の細身でショートヘアの女性が笑顔で立っていた。
「あ、わからない?」
女性がイタズラな笑顔で言う。
その時思い出した。
「もしかして、いずみちゃん?」
「うん、そう!敦也くん、変わらないね」
「そう?いずみちゃんは大人っぽくなったね」
俺がそう言うと、いずみちゃんは恥ずかしそうに唇を結び大きな瞳を潤ませた。
突然、俺に声を掛けてきてくれた人物は吉澤 いずみ。
俺には2つ上の姉がいるが、いずみちゃんは姉の幼い頃からの幼馴染みだ。
俺もよく遊んでもらい、中学高校も姉と同じ学校だった彼女は、家に頻繁に遊びに来ていた。
もう俺にとっても幼馴染み同然な感じであったが、大学で上京して以来顔を合わせなくなっていた。
だが彼女、いずみちゃんの結婚式に招待してもらい参列した。
俺が23歳の頃だったよな。
地元、北海道で、いずみちゃんは優しそうな年上の旦那さんと幸せな挙式、披露宴を行った。
年齢よりも幼くお嬢様気質ないずみちゃんを、しっかり受け止めてくれそうな男性だった。
俺も引っ越しをしたりで年賀状のやりとりもしなくなったが、あれから5年か。
そして何故、東京にいるのだろう。
「いずみちゃん、何で東京に?」
「うん、旦那の転勤で」
「おお、そうか」
「でも今は一人よ」
「えっ?」
今は一人と言う言葉に多少は驚いたが、だいたいは察しがついていた。
「去年、離婚しちゃったの」
「…そうか」
「子供はいなかったし、こっちで一人暮らしを始めて今は絵画教室の講師してるんだ。敦也くんは、印刷関係の仕事に就職したんだよね?」
いずみちゃんの旦那さん優しそうだったのにな。
分からないものだ。
だが、いずみちゃんは生き生きしていた。
「ああ、いっぱいいっぱいだけど何とかやってるよ」
「そっか!結婚は?」
結婚の言葉に、瞬時に亜由子の顔が浮かぶ。
「いやあ、まだまだだよ」
俺がそう言うと、いずみちゃんは突然眉間にシワを寄せ神妙な表情を浮かべた。
「結婚はじっくり考えてした方がいいよ。私、早まって結婚して失敗したから」
「…」
いずみちゃんの言葉にどう返して良いか分からず少し黙ってしまった。
すると、いずみちゃんが直ぐに沈黙を破る。
「私、浮気されちゃったんだ。それも本気の浮気。やりきれなかったなあ」
「……そうか」
しんみりとした会話に俺は、どう励まそうか考えていた。
だがやはり、いずみちゃんは直ぐに話を続けた。
「でも敦也くんと再会できて良かったな。あ…志帆から聞いたんだけど仲の良い彼女がいるんでしょう?」
志帆とは俺の姉貴だ。
亜由子を何度か実家に連れていったので、姉貴も亜由子を知っている。
奇遇にも亜由子と地元も一緒で、姉貴と亜由子も話が弾んでいた。
「…それが、ふられちゃったんだ。でもよりが戻りそうなんだけど、分からないな」
いずみちゃんは俺の言葉に目を心配そうに細める。
「…そっか。モヤモヤしちゃうね。…あっ!」
いずみちゃんは何かを思い出したかのようにベージュのショルダーバッグからスマホを出した。
「私ね、最近やっとスマホに変えたの!敦也くんもスマホ?」
「うん、そうだよ」
「ラインやってる?」
「うん」
「じゃあ連絡先交換!えっと…」
いずみちゃんは、大人しそうに見えて行動に移すのが早いのは昔からだ。
どうやらラインにお互いの友達登録が分からないらしく俺が、ふるふる機能とバーコードリーダーのことを教え先導した。
「よし!これで連絡がとれるね!私、こっちに知り合い少ないし心強い!相談もあったらのるからね」
「うん」
「じゃあ急ぐからこれ買って、行くね!またね、敦也くん」
「うん、また」
いずみちゃんも車内の芳香剤を手に持ち、足早にレジに向かい会計を済ませると店内を出た。
俺は小さな溜め息をつき同じくレジで買い物を済ます。
早く、亜由子に会いたいと思っていた。
いずみちゃんはか弱い雰囲気だけど、離婚を乗り越えて元気にしている。
それも浮気だ。
辛かっただろう。
だが亜由子は浮気をしたわけじゃない。
好きな人が出来たことはショックだったが、裏切りではない。
頑張ろう。
俺は、いずみちゃんとの再会で元気を貰え、辛いのは自分だけじゃないと強く思えた。
そして亜由子の住むアパートへ向かった。
新しい芳香剤を車内に設置する。
今までのウッディ系の芳香剤が切れて随分経っていたので、香りは混ざらなかった。
ホワイトムスクの香りが漂う車内にいると、まるで亜由子に包まれているみたいだ。
様々な想いを胸に、亜由子のアパートの近くに着き、車を停車させた。
メゾネットタイプのアパート。
壁の色は優しげなマスカットライトだ。
久しぶりの亜由子のアパートの前に着き、胸が高鳴る中、亜由子に電話をした。
3回目のコールで亜由子が電話に出る。
『もしもーし!』
亜由子の透き通った高い声。
ただただ、胸に突き刺さる切なさや喜びがある。
『もしもし、亜由子?着いたよ』
『はーい!今おりてくね』
何も違和感のない自然な会話。
もしかすると、今日こそは本音を聞かせてくれるのか?
よりを戻そうと。
亜由子にも罪悪感があって、直ぐには戻れなかったのかもしれない。
俺は、亜由子の今までと変わらぬ口調に期待を抱いていた。
すると亜由子が2階の部屋から出てきて階段を小走りに下りてくる。
そして、俺の車の助手席側のドアを開け、亜由子が助手席に乗る。
「天気いいね!」
本当に何事もなかったかのような口調と表情は変わらない。
「ああ。デート日和だね」
俺は思わずデートと口にする。
「デート…ん、まあデートか!じゃあ今日は浅草に行こう!」
亜由子の言葉にモヤモヤする俺。
デートと言ってくれるならやっぱり?
「…亜由子。俺のこと、どう考えてる?」
浅草より俺らの関係性をハッキリさせたくて気がつけば、単刀直入に聞いていた。
「…どう考えてるって…どういう意味?」
亜由子は不思議そうな表情で俺の目を見つめて言った。
「いや、そりゃさ。デートするなら、やっぱり彼氏でしょ?」
「……うん」
俺の言葉に亜由子は頷いた。
「…亜由子」
彼氏だと認めてくれた喜びが溢れてくるのがわかった。
別れは辛かったけど、戻れたんだ。
自分の想いを曲げないで良かった。本当に良かった。
俺は自然に亜由子の柔らかな髪の毛に触れる。
「…ありが」
“ありがとう”を伝えようとした時、亜由子は俺の手を振り払った。
「亜由子?」
「だってさ、女友達でも仲が良いとダーリンとか彼氏ーとか?言うときあるじゃない?」
「…はっ?」
意外な展開に、俺は瞬きが止まらない。
「女友達ともデートとか言うし!愛犬のことを彼氏と言う子もいるしね。
うんうん。じゃあ、いこーか!」
いこーか!と明るく言われても戸惑いだらけの気持ちが着いていかない。
「…亜由子、何考えてるんだよ?」
「何考えてるって、浅草に行くことを考えてるよ?」
「そうじゃなくてさ。俺はただの友達か?」
「…うん。こないだ伝えたでしょ?あっ。ここにいつまでも車停めれないから、行こう」
本当は、じっくり話したかったが駐車禁止の場所だったので、車を発信させた。
ドライブ中も真相に迫るが、話を反らされる。
「亜由子、話を反らすなよ。あんなにラブラブだったのに、友達かよ」
俺は亜由子の顔を直に見ると、恋心が燃え上がり、やっぱり友達では嫌だと思ってしまう。
「友達が嫌なら……会わなくていいよ」
亜由子は急に弱気な切ない声でそう言った。
会わない…
亜由子に二度と会えない…
それなら友達としてでも会いたい。そう思う。
もう完璧に振り回されている情けない男だ。
「会いたいから会うよ」
俺は、そう言い浅草へ向かった。
浅草周辺の駐車場に車を停め、亜由子と歩き出す。
「久しぶりに来た!」
亜由子は楽しそうだ。
やがて雷門を通り浅草寺で参拝をする。
俺は、仕事のこと。
亜由子と復縁出来ることをお願いした。
「亜由子は何お祈りしたの?」
“敦也とずーっと一緒に居れますようにって”
一年前の亜由子なら、そう言った。
「宝くじ当たりますようにって!」
だが現実はこうだ。
その時、風が吹いて背中が冷たかった。
亜由子の温もりがないと、こんなに寒さは寂しいものなんだな、と痛感する。
その後、浅草名物の焼き煎餅やきびだんごを亜由子と食べる。
「美味しいね~!」
亜由子は満点の笑みで、美味しそうに頬張る。
食べ物を美味しそうに食べるところも好きだ。
そんな愛しい瞬間は、ハッキリしない何かを忘れて俺も幸せを感じた。
別れて気付いたことは、俺は自分で思っていたよりも亜由子を愛している。
これは、この先何年経っても変わらないだろう。
やがて時間は流れ15時になった。
亜由子がまだお腹が空くと言うので、もんじゃ焼きのお店に入る。
俺はお腹も胸もいっぱいだったが、亜由子と一緒にならどこへでも行く。
もんじゃ焼きの店は、亜由子と数回来たことがあった。
亜由子は俺に甘えて“敦也が混ぜたりしてよ”と決まって言うんだ。
なので俺が、もんじゃ焼きの材料を鉄板に流し込もうと手が伸びたその時。
亜由子が手際よく、もんじゃ焼きを作り始めた。
女性らしい気遣いは、本来なら嬉しいものの、俺の心は勝手に失望する。
以前の亜由子と違うからだ。
俺は、もんじゃ焼きを作る亜由子に言った。
「俺がやるよ」
「ん?いいよ!もうすぐ食べれるねえ」
「…」
やはり変わった、目の前の亜由子からの言葉か哀しかった。
「……亜由子、俺は今でも亜由子が好きだよ」
気がつけば、俺は想いを亜由子に伝えていた。
亜由子は、視線を落としているが、冷えきった表情を浮かべている。
「…私は、もう敦也のことは友達としてしか見れないし…もし辛いなら、もう会うのやめる?」
亜由子の口から出た、望んでいない言葉に俺は落胆する。
「…とりあえず、食べよう」
俺はハッキリとしたことを言えぬまま、もんじゃ焼きを食べ始めた。
こんなに不味い、もんじゃ焼きは初めてだった。
亜由子は職場の話や、最近のニュースの話を楽しそうにして俺の顔を見ていた。
一体何なんだ?
やはり戸惑いは募る一方。
一緒にいれる喜びと、不安要素が入り混じる中、亜由子は、もう帰らないと行けないと言うので、家まで送った。
助手席に乗る、亜由子の右手首には、パワーストーンブレスがあった。
薄いピンクと水色とクリスタルの石が交互にあるストーン。
去年のホワイトディに俺が亜由子にプレゼントしたものだ。
今でも身に付けているブレスを見ると、何とも言い難い気持ちになった。
だんだん車内も、寂しい雰囲気に包まれ俺は亜由子に話しかけた。
「…亜由子はさ、浅草は昔から詳しかったよね。その前に友達と来てたんだっけ?」
俺が話しかけるも、亜由子は俺に背を向けて外の景色を見ている。
「ううん……。元カレと来たのよ…」
元カレ。
軽くしか聞いたことがない。
同い年で当時は大学生だったと。
「…そっか。元カレはどんな人だったの?」
俺の問いかけに亜由子は数秒黙る。
「自己中で、束縛が激しくて、気持ちが病んでいて……嫌い」
亜由子の声は憔悴しきるように、だんだん枯れて行った。
俺は過去には嫉妬しないが、もし今現在、亜由子が憔悴しきるような男と一緒にいるのなら、嫉妬を通り越し、その男を恨み亜由子を何が何でも奪うだろう。
そんなことを考えていた。
その日は帰り際も次の約束もなく、亜由子は素っ気なく車をおりた。
俺は出口の見えないトンネルに閉じ込められている気分だった。
もう会わない方がいいのか……?
~月曜日~
昼休憩に、また岡田と社員食堂で飯を食っていた。
「木田、カツ丼食ったし食欲出てきたんだな?」
「…食欲というか、やっぱ体がもたないからね」
「うん、そうだよ。ふー…食った。あ、俺、一服してくるわ」
「ああ」
岡田は中華丼を食い終え、スボンの左ポケットからタバコのラッキーストライクを取りだし、喫煙所へ向かった。
岡田はクールだ。
タバコもよく似合う。
顔立ちも、ややつり目の一重の目が鋭さを感じ、あまり笑わないからなのか、冷たさが漂う。
だからと言って背は高くがっちりしてるのでひ弱さもなく、仕事も一挙一動がパワフルに感じる。
一色で塗りつぶせない魅力的な男だと、俺は思う。
そう思いながら、不意に床を見るとストーンブレスのような物が落ちている。
岡田の?
俺は席を立ち、ストーンブレスを拾う。
えっ?
俺の胸はチクリとした。
そのストーンブレスは亜由子のブレスと全く同じデザインだったからだ。
*****************
久しぶりに乗った敦也の車。変わらぬホワイトムスクの香り。
傍で見る、敦也の横顔。
胸がギューッと苦しくて、油断すると涙がこぼれ落ちそうだった。
もんじゃ焼きのお店で見た、敦也の当惑を隠しきれない表情。
私何をしてるんだろう?そう自分を責めていた。
好きだから会いたい。
敦也への募る想いに負けて、行動に移したけど、もうできない…
敦也を苦しめるだけ。
好きだけど会わない。好きだから会えない。
私の想いは日々の空のように変化していく。
叶わない願いは、いずれ雨となり流れ落ちて消えて欲しい。
けど雨により花は咲くだろう。
その花が私なら、哀しい面影を残し不安定に咲いていると思う。
そして風が吹くままに、私はなびく。
風に逆らうことは決してない。
風が吹く方向に私も吹かれていく。
今は風が嫌い。
私の風は智樹だから。
智樹に縛られ、不安を煽られ支配されている。
ある時は身体も求められれば、拒んでも私の気持ちなんて無視をして、私の身体を智樹が自由に弄ぶ。
アクセサリーも全て強引に外され、痛いほど乱暴に私を抱く。
このまま生き人形になるのだろうか?
分からない……
~月曜日~
絵美と仕事帰りに食事をすることになった。
絵美とは職場が近い。
イタリアンのお店に入店し、パスタを食べていた。
「…ねえ、亜由子、写真まだやってるの?」
私は、写真を撮るのが好きだ。
植物の背景をぼかしてみたり、空を鮮明に撮ってみたい…カメラを始めた理由は、そんな単純な理由だった。
「最近はやってないな…。久しぶりにやろうかな」
「そっか。あのね、私、趣味で集まるサークルを立ち上げたの。カメラが好きな人で集まるの。ネットでも募集してる。…亜由子も入らない?」
私と同様、絵美もカメラにハマっている。
趣味で集まるサークルか。
気晴らしにいいかも。
「…うん、楽しそうだね」
「でしょ?あとさ、敦也くんも誘っていい?連絡先知ってるし」
「敦也を?」
「うん!敦也くんもカメラ好きじゃない。それで人数は締め切るから、外部には内密にしてもらうの。
そしたら智樹くんにも伝わらないし、亜由子と敦也くんは自然と顔を合わせられるでしょ?」
突然の絵美からの提案に、私の胸は自然と高鳴っていた。
仕事の昼休みに、木田と飯を食ったあと俺は喫煙ルームでタバコを吸っていた。
木田は飯は食っていたが、今一つ元気がない。
亜由子からも、次に会う予定はないと聞いている。
二人の中で何か決着や諦めがついたのだろうか。
でも油断は出来ない。
俺はタバコを2本吸ったあと、社員食堂にいる木田のところへ戻った。
何だか、木田は椅子に座り俯きながら何かをいじっている。
「おう、木田………」
俺は木田の手元を見た時にヒヤリとした。
亜由子のブレスを木田が握っていたからだ。
昨夜、亜由子を抱いた。強引に強く激しく。
その時にアイツが身に付けていたアクセサリーを全て外し、アイツはブレスを俺の部屋に忘れていった。
今朝気づき、何気にスーツのポケットに入れ、さっきタバコを取り出した弾みでブレスが落ちたのだろう。
木田は懐疑的な表情を浮かべている。
「木田、どうした?」
「…ん?ああ、これさ、岡田の?」
木田は、まだ椅子に座らず立っている俺に向かい手を伸ばしブレスを見せてきた。
「…えっ?……ああ!こないだ、ちょっと遊んだ年下の女のだ。ははっ、預かるよ」
俺は咄嗟に嘘をつき、木田からブレスを奪った。
「……そうか。いや、何かさ。それ、亜由子のブレスと全く同じなんだよ」
木田は一瞬、ドキッとする言葉を口にしたが俺に対し疑いなど微塵もない様子だ。
ただ、不思議でならないのだろう。
それに、まさか俺と亜由子が繋がってるなんて思ってないだろう?
木田が不思議に思う事柄の真実は、アイツ、亜由子の裏切りなんだからな。
「そうなのか?まあ、似たものだったり全く同じのでも、他人がもっていてもおかしくないさ」
俺は平然とした態度を装い、軽く交わした。
「…ああ、そうだよな」
木田が納得している。
木田は平和主義で善人だ。
だから早く亜由子のことは忘れてくれ。
木田にはアイツは似合わない。
アイツは、ろくでなしの娘。
平気で犯罪さえも犯す男の娘だ。
そして俺も、ろくでなしの男と女の息子だ。
分かるか、亜由子。俺達みたいな似た者同士がな、お似合いなんだ。
背伸びしたって、いつか無理がたたるんだよ。
俺は仕事を終え、一人暮らしのマンションへの帰路を運転する。
営業職は残業が多い。
今日も22時を回っていた。
マンションの駐車場に車を停め、亜由子に電話した。
・・・・
・・・・
『もしもーし』
珍しく、亜由子が元気の良い澄んだ声で電話に出た。
『おう、…珍しいな。元気そうな声で。…木田と連絡とったのか?』
『ううん。とってない。…もう取らない…』
『嘘ついてもバレるぞ?』
『…嘘じゃない』
もしかして吹っ切れたのか?
俺は期待からか大きく息を吸い込んだ。
『やっと諦めたのか?』
『…』
亜由子は黙る。
そうだと言ってくれ。
『…どうよ?俺と正式に付き合う決意はしたか?』
『…』
『黙ってねーで、何とか言えよ!』
『……それは、出来ない』
『…まだ、木田が好きなのか?』
『……うん。でも、もう会わない』
『はっーー…』
会わないと言われても、まだ亜由子の気持ちは木田にある。
俺は期待を直ぐ様裏切られ、電話をぶち切りした。
その後、真っ暗で寒い、寂しさしかない部屋に入る。
どうにもならない孤独感が俺にのし掛かる。
愛情なんていらねえと思ってたのに、こんなにも亜由子が欲しいなんてな。
自分でも呆れる時がある。
俺は、自己愛の塊の両親に育てられた。
アイツらは自分らが良ければそれでいい。
俺は単なる邪魔者に過ぎなかった。
そう。
俺は昔から邪魔者だった。
俺の母親は、俺が5才の時に離婚をし2年後に商社マンである男と再婚した。
俺にとって父親なのかもしれないが、一度も父親だと思ったことなどない。
母親は無類の男好きで、再婚してからも、浮気ばかりしていたと思う。
毎度、違う男と最寄の駅で手を繋ぐ姿を目撃したし、再婚した男が居ない間に家に男を連れ込み寝室でセックスしていたのも知っている。
再婚した男も母親と同類の浮気が趣味のような男。
だから母親のような、男にだらしない女の方が自由に気の向くままに遊べて好都合だったのだろう。
ある程度年齢が高くなると、独身でいるよりも既婚者の方が仕事では信頼を得る。
母親は金目的だろうな。
強かな男と女。
そんな二人の間には新たに男の子供が誕生していた。
どうしようもない二人だが異父兄弟の俺の弟には優しかった。
何でも買い与え、頑張った時は褒め称え、悲しいときは慰め、楽しい時は一緒に笑っていた。
だが俺には真逆だ。
母親には、はっきりと「失敗した男との間にできたお前なんて邪魔なんだよ」と何度も言われた。
再婚した男には何度も殴られ「邪魔者は生ゴミと燃えろ」と罵られ続けた。
食事だって3人は贅沢なものを食べ、俺だけ自分の部屋でパンの耳やご飯に醤油をかけたものばかりだ。
動物以下の扱いだったと思う。
漸く俺も大人になり、アイツらとは縁を切り自分で働き大学に進学した。
楽しいとか、嬉しいとかそんな感情も知らず生きることに、無気力な俺の心を動かしたのが亜由子だった。
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