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母は霊能者

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名無し
15/07/19 20:06(更新日時)

金曜日

家から二軒隣の歯科医院は

午後休診だった



No.2178778 15/01/20 16:16(スレ作成日時)

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No.1 15/01/20 16:36
名無し0 

15台ほど停めることができる歯科医院の駐車場

私は小学3年生
友達の佳代ちゃんと真美子ちゃんと自転車に乗りながらおしゃべりをしたり
ボールで遊んでいた

何も悩みがなく楽しい時期だった

No.2 15/01/20 16:48
名無し 

駐車場には一台だけ車が停まっていた

いつも見る院長先生の車とはちがう

形は小さく
色は院長先生はシルバーだがこの車は白

『佐織ちゃんあの車怪しくない?』

『うん ナンバー書いておこう』

一同『うんうん』


3人共ノートと鉛筆を自転車の前かごから取りだし
白い車のナンバーをメモした

その時の私達のブームは探偵ごっこだった



No.3 15/01/20 21:42
名無し 

『商店街まで行こうよ もっと車停まってるよ』少しぽっちゃりで肩まで髪の長さの佳代ちゃんが言った

『うん 行こう 行こう』私とポニーテールで大きい目の真美子がこたえた


3人が自転車のバンドルを握り
駐車場を後にしようとしたところに

一人の男の子が自転車でやってきた

駐車場をぐるぐる周り私の前でブレーキをかけた

『トシくん補助輪取れたんだ』

今月小学校に入学したばかりの敏春に私は声をかけた



No.4 15/01/20 21:53
名無し 

『昨日とれた』

取れたのがよほど嬉しかったのかトシくんは
自転車で駐車場を何周もぐるぐると回った

まだ4月なのだがトシくんの
青色半袖シャツには首まわりに汗がにじんでいた


佳代ちゃんが『行こう』と再び切り出したので

みんな自転車のペダルを踏んだ


『佐織!』やわらかな母の
私を呼ぶ声が聞こえた



No.5 15/01/21 16:44
名無し 

『お母さんっ』

私は自転車に乗り母の元にかけよった

ショートボブにベージュのニット
黒のタイトスカート

いつも仕事の帰りに買い物によるため
スーパーの袋を持っていた

母は皆に笑顔を向けていた

『お母さん 商店街へ行っていい?』

『佐織もう帰らないといかんよ』

『何で?まだキンコンカン鳴ってないよ』

4月の5時前はまだ明るかった

不服そうな私に母は

『雨降ってくるから もうすぐ』

『ちょっとだけダメかな?』

遊び足りない私が言った


No.6 15/01/21 16:53
名無し 

『あんたはすぐ帰れるけど 佳代ちゃんたちは家遠いでしょ
雨に濡れちゃうよ』

私はしぶしぶうなずいた


佳代ちゃんと真美子ちゃんに
もうすぐ雨が降るからと伝え 家の方向に自転車を向けた

『バイバイ』

『バイバイ』

『トシくんもバイバイ』

話を聞いていた敏春も小さな自転車で駐車場を後にした

No.7 15/01/21 17:12
名無し 

家の小さな門扉を開けると 柴犬に似た雑種のエルが私と母を出迎えた

エルは尻尾を振りクゥンクゥンとアピールしてきたが
吠えはしなかった

『散歩は行った?』
『うん行ったよ ご飯もあげた』

『ありがとね』


『ただいま~』

玄関を開けると祖父が帰っていた

祖父は60歳を越えていたが 郵便の配達の仕事をしていた

『おかえり 一緒だったんか~』

祖父は脱いだ靴下を洗濯機の中に放り投げ 100円ライターを片手にタバコを探していた


No.8 15/01/21 21:38
名無し 

祖父はハンガーに掛けてあった上着のポケットに入っていた
タバコを出し一服した

祖父は母の実父だった

母は夕飯の支度をはじめていた

『お母さん 手伝う』
『じゃあ玉ねぎむいてくれる?』

私は台所の籐かごから玉ねぎを出し
母の隣で慣れた手つきで皮をむいていった

東側の窓からザーという音が聞こえた

雨が降ってきた

『お母さん 雨降ってきたね 佳代ちゃんたち大丈夫かな』

『うん 濡れてないよ 』



母は『雨に降られなければいいね 大丈夫かな』
ではなく


『濡れてないよ』と答えた

その頃の私はその言い方をおかしいとは思わなかった


No.9 15/01/22 16:33
名無し 

『おじいちゃん出来たよーっ』

『おう』

毎日3人で夕飯を食べた

私には父がいなかった 両親は私が生まれてしばらくしてから離婚した 父親には別れてから一度も会ってないから 記憶もなかった


夕飯のおかずは味噌汁 肉炒め じゃがいもの煮物

どのおかずにも私が切った玉ねぎが入っていた

学校での出来事や放課後友達と遊んだこと

祖父と母は 私の話をいつもニコニコと聞いてくれた


No.10 15/01/22 16:44
名無し 

私はどこにでもいる昭和時代の普通の子どもだった

小3の平均身長体重
成績も中間
運動神経も悪くはない
黒髪は2つに結び
笑顔が屈託なく
おしゃべりと大好き学校に元気一杯通っていた

そしてとても幸せだった

父親がいなくても
母 祖父 親戚近所の人 友達 エル

沢山の人に見守られ 愛され 子どもらしくすくすくと成長していた


それがいつまでも続くものだと思っていた


食事を終えた祖父は風呂の支度をした

湯が温まるまで昔の風呂釜だから40分位かかった


祖父はテレビのニュースを見ながら新聞を読んでいた

すぐ横で私はピンクレディの振り真似をして遊んでいた

No.11 15/01/22 21:20
名無し 

土曜日
当時学校は半ドン

私は帰宅し
ランドセルから鍵をとり出し玄関を開けた

誰もいない家には
母が朝作ってくれたおにぎりが テーブルの上にラップをかけておいてあった


それを食べると少女漫画雑誌の『なかよし』を読んでいた

土曜日はあまり好きではなかった

理由は2つあった

佳代ちゃんは学校のバスケ部の練習

真美子ちゃんはバレエ教室


仲良しの友達と遊べないのが一つの理由

マンガにも飽きて
仕方ないのでエルの散歩に行こうと ピンク色の網目のサンダルを履き 外に出た


No.12 15/01/22 21:34
名無し 

『エル!』
『ワン!』

元気よくエルは吠えた
私は首輪にリードを付け道路に出た

『エル!!』

後ろから大きな声でエルを呼んだのは
トシくんだった

『散歩 俺も行く!』
トシくんは自転車で 私たちに近づいた

『トシくんひももったらいかんよ 危ないじゃん』

まだ補助輪取れたてで かつ自転車のままリードを持とうと無茶をするトシくんを私は諫めた

No.13 15/01/22 23:17
名無し 

『ダメだってば!』

私はトシくんの手を振りはらい エルと全速力で走りだした

『あー佐織ぃ!』

トシくんは自転車で追いかけくる

小さくても自転車は自転車
すぐ追い付いてしまった

私は走るのを止め
肩で息をした
『ハアハア…』


気がついたらトシくんの家の前だった

といっても 私の家の裏側あたりなのだが
道を半時計回りに周ってきたのであった

もうトシくんは無理やりリードを取ろうとはしなかった

トシくんの家から大きな怒鳴り声が聞こえた

No.14 15/01/22 23:32
名無し 

『うるさいこの馬鹿女!出ていけ!離婚だ!』
『アンタの方が出ていきなさいよ!』

敏治の両親のこの光景は 近所でも有名だった

私とトシくんは怒鳴り声のする家の前を通り過ぎ エルと散歩を続けた

私は『あんたも大変だね』と一人言っぽく声をかけたら

『べっっつに!!』

と答えた敏治であったが
それは誰がみても強がりに見えた


こんなにイガミ合っている夫婦なのに 何で子どもが5人も生まれたのだろうと疑問もったのは

私がもう少し大きくなってからだった


No.15 15/01/23 16:35
名無し 

『トシくん うちで遊ぶ?』

『うん 神経衰弱しよ! 』

トシくんは嬉しそうな顔になった
一人っ子だった私は 少々やんちゃだが敏春が弟みたいに思えて可愛かった

敏春とエルとしばらく神社周りを歩き タバコ屋の角を曲がると家だった

家の前には60代くらいの 品の良い女性がが門の前に立っていた


『こんにちは』
私は挨拶をした

『あのこちら野間さんですよね 今日伺う予定の者ですけど』

『はい ちょっと待って下さい』


おそらく母は帰って来てるのであろう
『お母さん お客さん来たよ』


『はーい』

まだ帰ってきたばかりの母は
訪ねてきた 初老の女性を家にいれた


No.16 15/01/23 22:33
名無し 

家の間取りは四畳半 六畳 六畳で
客は四畳半の部屋に招き入れた

私と敏春は六畳の部屋で トランプをして遊んでいた

最初の方でお経のようなものを読むのが聞こえたが
部屋を一つ挟んでいるので何を話ているのかまでは はほとんどわからなかった


約1時間ほどで客は部屋から出てきた

『ありがとうございました。お邪魔しました。』

心なしか初老の女性の表情が
来た時よりも明るく感じた


私はこの頃になると
母はうすうす霊的な相談を受けているのだなと気付いていた

『俺帰る』
トランプに飽きたのか
敏春が家を出ようとした

母は『トシくん またね ありがとうね』と玄関で手を振った

そして何故か 理解できない行動というか仕草を敏春に向かってしているのを
私はその時初めて見たのだった


No.17 15/01/24 20:41
名無し 

母は 敏春が玄関先から見えるか見えなくなるか位になった時

振っていた手を合わせ
拝むような 祈るような格好をしばらく続けたのだった

それは単に『ありがとうね』の意味を込めただけでなく
何かに熱心に祈るを捧げるようで時間も長かった

私は少し驚いた

家には佳代ちゃんや真美子ちゃんや
他にも友達が来たことはあるのだが

そんな見送り方をしたのは敏春だけだったからだった


私はなぜそんな見送りかたをするのか
聞こうかどうかまよったが 思いきって聞いてみた


No.18 15/01/24 20:51
名無し 

『お母さん何やってるの?』

母は一瞬ビクッとしたがすぐ
『トシくん無事に家に着きますようにって思っただけだよ』

と笑顔で返した

予想の出来た答えだったが まったく納得はしなかった

やっぱり変…あんな長いこと願ったりするかな?

手を合わせていた時間は30秒くらいはあったと思った

釈然としないながらもそれ以上は聞けずにいた

だが私は質問ついでにあまり今まで母に聞かなかった事を問うてみた

『お母さん 今日のお客さんは何の相談だったの?』


No.19 15/01/24 23:20
名無し 

『さっきの方は 旦那様が病気になったり 息子さんが勤める会社が倒産したりで
ちょっと悪い事が続いてるんで
何か憑いてるんじゃないかって相談しに来たんだよ

視たけど心配するものは何もないからって伝えたら
気が済んだみたい』

『そっかー
おばさん帰るとき元気そうだったから良かったね』


母は『私のような所へ来なくても…本当はね…』
と言いかけたが続けるのを止めた


私はやっぱり母は何か違うんだと理解した



No.20 15/01/24 23:33
名無し 

母は相談にお金を請求しなかったが
手土産やお供えはいただいていた

今回のご婦人も持ってきてくれた


『佐織買い物行くよ』

『うん』

もう夕方5時近くになってしまった

二人はいつもの商店街へと向かった

私は本当はバスに乗ってダイエーに行きたかったのだが 客がくるので滅多にいけなくなってしまった

これが私の土曜日が嫌いな理由の一つだった



No.21 15/01/24 23:57
名無し 

皆様
いつも閲覧ありがとうございます

明日25日は都合で更新できませんのでよろしくお願いします

誤字 脱字 読みづらい文章など多々ある事を心よりお詫びいたします(深礼)

では皆様よい日曜日をお過ごしくださいませ…☆


No.22 15/01/26 16:29
名無し 

それから2カ月ほどたったある日の土曜日

いつもの土曜日とはちがい 私はとても楽しみにしていた

母の弟 叔父の修一が来て図書館へ連れていってくれるからであった

私は学校から小走りで 家へ向かった

ランドセルに着けたお守りの鈴の音も
急いている私の気持ちを 表しているようだった

家の前には修一が来ている証の 白い乗用車が止まっていた

『ただいま!』

『おかえり 佐織』

すでに叔父は家にいた
祖父も母もまだ帰ってきていなかった

私は手洗いもそこそこに 急いでおにぎりを口にした

『あわてて食うなよ』と 叔父はにこにこしながら注意した

ガラッ 『すみません~』玄関の開ける音と聞き覚えのある声が聞こえた


No.23 15/01/26 16:56
名無し 

『はい』

私はおにぎりを食べたので 叔父が出てくれた

訪ねてきたのは敏春の母 河村静子だった

『あの うちの敏春がお邪魔してませんでしょうか。』

『いえ 来てませんけど今日は』

『そうですか』

敏春が来てないとわかった静子さんは
軽く会釈をし玄関を閉めて家を後にした

『お兄ちゃん トシくんのお母さん?』

『ああ』

私は叔父の事を 『お兄ちゃん』と 呼んでいた


『お兄ちゃん おにぎり食べたよ もう(図書館)行けるよ』

『おっしゃ 行こうか』

家には自家用車がなかったので
叔父に車に乗せてもらえる事が 私はとても嬉しかった

叔父 秀一はフェンダーミラーで後ろを確かめ
静かにアクセルをふんだ


No.24 15/01/26 21:01
名無し 

6月 初夏の日差しはきつく 車内は独特の蒸し暑さ
叔父はエアコンのボタンを押した

『あっつ~ ねえお兄ちゃん トシくんのお母さん知ってるの?』

『兄ちゃん2年前まであの家に住んどったの 忘れたんか 笑』

『あそっか 綺麗な人だよね トシくんのお母さん』

『ハハ… まあな』


静子さんは今で言うなら仲間由紀恵さんに似た感じの美人

旦那さんであり敏春の父親の 河村博は唐沢寿明に少し似ていて 美男美女のカップルだった

『でもさ 凄いケンカするんだよ あそこのお父さんとお母さん』

『ああ 有名だもんな この辺りじゃ 博も若い嫁さんもらったんだから 大事にすりゃええのに。』

叔父と敏春の父親は同級生だった

『トシくんが可哀想だよ ケンカばっかしてさ。』

『まあな 夫婦ゲンカ犬も食わないっちゅうしな 笑』


車内のエアコンがやっと効いてきた


No.25 15/01/26 21:23
名無し 

(トシくん ちゃんと家に帰ったかなあ 図書館に誘えばよかったかな) と 敏春の事を考えながら 窓から景色を眺めているうちに図書館へついた

一時間半ほど居て『モモちゃんシリーズ』を借り 図書館を出た

『佐織 ダイエー行くか?』

『行く!』

何ヵ月かぶりのダイエーへ行き
ソフトクリームを買ってもらい 家に帰ったきた


母と祖父と叔父と私で楽しく晩御飯を食べ 風呂に入りドリフを見て
疲れた私は すぐに眠りについた

もう敏春の事や いつもの母のお客さんの事はすっかり忘れていた


No.26 15/01/27 16:21
名無し 

日曜日ーー午前中私は書道教室に通っていた

佳代ちゃんや真美子ちゃんは通ってなかったが 同じクラスの子や近所の子がたくさんいて 習字はあまり書かず ほとんど遊んでいるので楽しく通っていた

母は土曜日にお客さんの相談を受けると
とても疲労するので 日曜日はだいたい昼まで寝ていた

だが午後からは気分も良くなるようで
喫茶店に祖父と3人で出掛けた

家に帰って しばらくすると 叔父の修一が玄関をあけ入ってきた

ガラガラ『あ~タバコ忘れてなかったかなあ~』



No.27 15/01/27 16:25
名無し 

『あるよ』
母は叔父にタバコを渡した

『ねえお兄ちゃん エルの散歩いこうよ!』

『散歩かあ~まあたまにはいいかな 笑』

私は叔父が昨日だけじゃなく 忘れ物をとりにきたといえ 今日も家に来てくれた事が嬉しくて もっと居て欲しかった


叔父の 笑うと目元に出来る優しい笑いジワが大好きだった

エルは尻尾を大きく振り リードを着けてもらうと 二三回その場をぐるぐる回ってから歩きだした


道を左に曲がり敏春の家の前に来た

意外にも今日は怒鳴り声はなく静かだった

留守だったのだろうか

No.28 15/01/27 16:32
名無し 

『今日は静かだね お兄ちゃん』

『そう いつもいつもケンカしてないだろ 笑』

叔父はそう言ったが
私がこの家の前を通る時はいつも怒鳴り声がするのだ

敏春の家は自営業で 電気工事業をしてて
夫婦で家にいることが サラリーマンの家庭より多いのもあるかもしれなかったが

『静子さんなんて 姉貴にくらべりゃチョロいもんさ』

『え?』

叔父の言葉を聞いて私はちょっと驚いた

『お母さんは怒鳴ったりしないよ』

『まあ 今はな』

私は意外…としか言い様がなかった

壇ふみのような穏やかさをもち 声を荒げることなどほとんどなかった母だが 昔はそうではなかったというのが信じられなかった


変な気分のまま いつも通り神社の周りを歩きタバコ屋の角を曲がり家へ着いた


エルを柱に繋ぎ

家の中に入ろうとした時

『エル!』
門の外から敏春がエルを呼んだ

No.29 15/01/27 20:59
名無し 

『佐織 もう散歩行ったの?』

『あーもう行ってきちゃったよ』

がっかりした敏春はすぐに帰ろうとした

『遊ぼっかトシくん』

『うん 俺人生ゲームしたい』

家の中で私とトシくんは人生ゲームで遊ぶことにした
修一おじさんも参加したり
お菓子を食べたり
楽しく時間が過ぎていった


ガラッ『こんちは~』

『あっ 父ちゃん!』
敏春はゲームを止めすぐに玄関に向かって駆け出した



No.30 15/01/27 21:05
名無し 

『トシ 帰るぞ~』

敏春の父 博さんは敏春の妹たち
3歳の子の手をつなぎ
1歳の子を 胸の所がバッテンになる おんぶ紐でおぶっていた

トシくんのお父さんとは同級生の 修一おじさんはそれを見て

『男前が台無しだな 笑』といった

『まあこんなもんだよ 笑』

『佐織ちゃん いつも敏春と遊んでくれてありがとね。』

トシくんのお父さんは 少しかがんで私の目線にあわせて お礼を言ってくれた

『うん』

『敏春 いくぞ 母ちゃんが待ってるぞ』

『…………。』敏春はうつむいていた

『ほら 行くぞ』

『やだ!俺…母ちゃんの子じゃないだもん!』

私と修一おじさんはその言葉に唖然とした

No.31 15/01/28 00:05
名無し 

『何言ってんだよ はよ! 帰るぞ ほれ』

『………。』

なかなか帰ろうとしない敏春の背中を押した

顔を真っ赤にした 敏春は何故か 目でなく口元をこすっていた
気のせいか少し赤く腫れたようになっているのに気づいた

『トシくん また来てね』

私と修一おじさんの後ろで母が微笑んだ

『依ちゃん…。』『……。』

※依子は母の名前です


何故か母とトシくんのお父さんとの間に一瞬 間があった

『依ちゃん いつも敏春が……ありがとな…。』

『はやく連れて行ってあげて 』

トシくんのお父さんはうなずき ぐずる敏春と一緒に帰っていった


No.32 15/01/28 00:12
名無し 

『お兄ちゃん トシくん トシくんのお母さんの子じゃないって ほんと?』

『んな訳ないよ 静子さんが敏春を妊娠して デッカイ腹してたたの俺知ってるし。トシの 冗談だよ。』

『そうか…そうだよね…。』

『二人とも 滅多な事外にいいふらすんじゃないよ? 修一 佐織。』

鋭い目で母が私達に釘をさした

修一『わかってます。』
私『うん。』


昨日とはうって変わって 複雑な心情でみんなと晩御飯を食べた

床に入っても トシくんの事やトシくんのお父さんと母の関係が気になりなかなか眠れなかった

(お母ちゃんの子じゃないて トシくん可愛がられてないのかなあ)

私は親の夫婦仲が悪いのだけでなく お母さんにも可愛がられてないなんて ますますトシくんが可哀想になった



No.33 15/01/28 17:03
名無し 

月曜日ーー朝 雨が降っていた

トシくんが学校に来るか心配だったが 通学班の集合場所の公園に すでに来ていた

トシくんは水溜まりを長靴で踏み 水しぶきを飛ばして遊んでいた

元気そうだったので
とくに声もかけず集合登校で学校に向かった


No.34 15/01/28 22:36
名無し 

午後になっても雨は 止まないかった

5時間目は音楽室での授業

声が小さいとか 元気よく とか 細かく注意する 先生

私はげんなりしながら♪は~るの おが~わの♪と合唱をしていた

何度もダメ出しする先生に つまらなさを感じて 隣の席の木村くんとこっそり替え歌にしたりして遊んでいた


私が 教科書に載っている
滝廉太郎人物画の.メガネを塗りつぶしてサングラスにしたり

バッハに角を書いて『ひつじ~』と書いたのを木村くんに見せたら

『ギャハハハハ!!!!』と笑った


『野間さん! 木村くん!』

ヒステリックな担任の加茂先生に叱られた私たちは


音楽室の後ろで 後ろ向きに 立たされた



No.35 15/01/28 22:56
名無し 

みんなの合唱とグランドピアノの伴奏を背に

音楽室の後ろの壁を見つめる私と木村くん

ふと上を見ると ベートーベンの肖像画がこちらを睨んでいた
ベートーベンにまで怒られているようだった

(この人耳が聞こえなかったって本当?)

『佐織!』

『え?』

左側を見ると
廊下側の窓からトシくんが覗いてアッカンベーをしていた

『こら!トシっっ!!!』


『野間さんっっっ!!』


No.36 15/01/29 16:45
名無し 

放課後 加茂先生にコッテリとしぼられ 職員室を後にした
下駄箱に共犯の木村くんが待っていてくれた

『悪い 俺が大声で笑ったから。』

『木村くんのせいじゃないよ トシくんがからかうからさあ。』

『?』

『木村くん トシくん知らないよね。 さっき私の事 呼んだじゃん あの子だよ。』

『さっきって いつだよ?』

『だから 音楽室で…。そうか 木村くん後ろ向いてたからわからなかったよね、トシくんが 私の事呼んだんだよ。』

『へーそうだったんだ だから野間叫んだんだ!』

『そうそう 笑』

『いきなり コラッなんつーから 俺びっくりしたわ。』

『こっちこそゴメンね、 あのさ国語の宿題……』

(結構大きな声で呼んだんだと思ったんだけどな トシくん。)

その時は何も疑問に思わず木村くんと途中まで一緒に帰った
もう 雨はやんでいた
やや大き目の長靴は歩くのに少し重かった



No.37 15/01/29 20:45
名無し 

翌朝 登校班で通学中 敏春に聞いてみた

『トシくん 昨日音楽室に来て あたしにアッカンベしたよね あのあと先生にすごく怒られたんだから!』

『しらねーよ 何それ』

『とぼけたってダメだよ あんな事するのトシくんしかいないもん』

『しらねぇって 俺音楽室 行ったことないし』

トシくんに言われてはっとした

音楽室は3年生からしか使わないんだった

しかも4階にある

一年生の教室は一階で東校舎
音楽室は西校舎だから一番離れている

わざわざ来る理由もない

『トシくん昨日は何時間目で授業終わったの?』

『4時間目だよ』

音楽は5時間目の授業だった

『帰りの会終わってすぐ帰ったんだよね』

『うん 口の湿疹診てもらうから病院行くから 母ちゃんがすぐ帰ってこいって』

『そう ゴメンね 誰かと間違えたみたい』

だとしたら誰だったんだろう…




No.38 15/01/29 20:51
名無し 

学校に着いて 昨日トシくん(と思われる)が覗いたガラス窓近くに座っていた
優等生の松井さんに聞いてみた

『松井さん 昨日音楽室で このへんから男の子が覗いてなかった?』

『え?気がつかなかったけど…野間さんがコラッなんていうからそれにはびっくりしたよ笑 突然叫ぶんだもん 笑』

『誰か呼んだ気がしたんだけど勘違いだったのかな?』

『教頭先生がたまに見てる時あるよ それだったんじゃない?』

『うん…そうかも…』

その場では話をあわせたが

(違う あれは教頭先生なんかじゃない
敏春だよ絶対)

根拠は何も無かったし敏春自身も否定していたが

あの『佐織!』と呼ぶいつもの声とアッカンベの顔が
脳裏に焼き付いていて

あれが幻想だとも
他の人だとも まったく思えなかった




No.39 15/01/30 18:25
名無し 

私はすべて母に話した 母が何というか不安だったが
言わずにはいられなかった


私はトシくんを見てる
でもみんなはわからなかった



『どちらも事実だよ』

こないだトシくんと色々あったから 幻でもみたのだろうか

『逆よ』


母は答えた

  • << 41 『たぶんトシくんが 佐織の事考えてたんでしょう』 『考えてたって?考えてただけで見えちゃうもんなの? 』 『毎度見えるわけじゃないけど見たんでしょう?』 『そうだけど…。』 『気持ちがそっちに行ってたのよ』 母に『見えたんでしょう』と言われてしまうと何も聞き返せなかった 実際あれは敏春だった 『気のせいとか夢でも見てたとかいわれる そういう場合もあるし 幻想っていう病気が原因で見えるケースもある 佐織の場合 気のせいか夢って事で済まされるわね』 夢…夢なんかじゃなかった たしかにあれは…

No.40 15/01/30 18:32
名無し 

皆様いつも閲覧ありがとうございます

風邪をひいてしまいました

インフルエンザの検査をしましたが早すぎて反応がでない可能性もあるので明日再度するそうです

現在38°5分の熱で大変しんどいです

2日3日休ませていただきますのでご了承ください 礼

No.41 15/02/02 16:24
名無し 

>> 39 私はすべて母に話した 母が何というか不安だったが 言わずにはいられなかった 私はトシくんを見てる でもみんなはわからなかった 『ど… 『たぶんトシくんが 佐織の事考えてたんでしょう』

『考えてたって?考えてただけで見えちゃうもんなの?


『毎度見えるわけじゃないけど見たんでしょう?』

『そうだけど…。』

『気持ちがそっちに行ってたのよ』


母に『見えたんでしょう』と言われてしまうと何も聞き返せなかった
実際あれは敏春だった

『気のせいとか夢でも見てたとかいわれる
そういう場合もあるし 幻想っていう病気が原因で見えるケースもある

佐織の場合 気のせいか夢って事で済まされるわね』

夢…夢なんかじゃなかった たしかにあれは…



No.42 15/02/02 16:36
名無し 

『そんなに深刻に考えなくてもいいのよ
あ~見えちゃたんだな 位で

みんな見てるんだよ気がつかないだけで
見えたからって
ただそれだけの事
何も心配いらないからね』


母にそう言われて少し安心した

母の話に100パーセントの納得は出来なかったが 深刻に考えるのはやめようと思った


『でもあまり人に言わないようにね
頭変だと思われるから』

そうだよね
信じてはもらえないだろう
そこに関しては全く同感だった

母は食卓の椅子から立ち
夕食の準備をし始めた


それから2週間ほど経った金曜日

敏春は学校を休んだ


No.43 15/02/02 21:16
名無し 

風邪でもひいたのかなと思いあまり気にとめなかった

翌日の夜
『今晩は』
玄関の戸があく音がした

母はお客の相談を受けた後だったので
おじいちゃんが対応に行った

何やら話混んでいたので気になって覗いてみると

両親に連れられて
敏春も来ていた

私は小走りで玄関までいってみると
口の周りを真っ赤にした敏春がいた

『ん~でもなあ…依子はさっきまでお客を見てずいぶん疲れているようなんだ…。』

祖父の言葉でトシくんたちは母にあいにきたのがわかった


『トシくん ひどいね口…真っ赤っかだよ 痛い?』

敏春はだまってうなずいた



No.44 15/02/03 16:42
名無し 

敏春の両親の表情で
何を求めて家に来たのか私は察した

『お母さん!』

私は部屋で横になってる母の元へとんでいった

『お母さん!トシくんが顔が腫れちゃってるの!見てあげて!』

慌てた私は『口が腫れてる』と言うべきところを『顔が腫れている』と言ってしまった

『え?顔が?』母は起き上がって玄関へ向かった


敏春の父と母
博さんと静子さんは母に深々とお辞儀をた

博『依ちゃんゴメン!敏がこんなになっって…どうしたらいいのか…頼む!見て欲しいんだ!』

静子『お願いします!もうこの子ご飯も食べられないんです!』

母親の静子さんは泣いていた


『医者には行ってるよね?』

母は敏春の顔を見た


No.45 15/02/03 17:03
名無し 

静子『もう3週間くらい前からずっと通ってるんです…。一度よくなったんですけどまた酷くなってしまって…お医者さんは,様子を見てって言うだけで,もうどうしたらいいのか…。』

『お医者さん、変えた?』

『はい…変えたんですけど…』

母はしばらく目を閉じて 考えこんでた

『大丈夫 治るから』

『本人ですか?』

静子さんが母にすがるように尋ねた


No.46 15/02/03 17:25
名無し 

>> 45 途中ですみません

↑『本人ですか?』→『本当ですか?』

あまりにも誤字が多く面目ないですm(_ _)m


No.47 15/02/03 21:11
名無し 

たびたびすみませんm(_ _)m次の頁から2~3レスほど 食事中にはふさわしくないレスになりますので閲覧ご注意下さい

No.48 15/02/03 21:20
名無し 

母『きちんとお医者に行って 治療を受けていたら必ず治るわ』

母は言いきった

母『…あとちょっと気になることがあるんだけど トシくん、あのね トイレに何かしたかな?いたずらとかしてない?』

敏春はうつむいて考えてた

『つば…はいた』


静子『唾?はいたの?』
博『いつ?』

敏『毎日…』


静子『毎日ぃ~?』

敏くんはクセでトイレの便器に唾を吐いていたらしい
汚してやろうとかいう悪意な気持ちではないく 単に習慣だったようだ


母『トシくん、トイレは用をたすところだからね つばは吐いちゃいかんよ、あとね、ちゃんと治るから痛いけどお医者さん行ってきちんと治療してね』

母はほほえみながら敏春に言いきかせた

『すみません!!』

博さんと静子さんは深々と頭を下げた


No.49 15/02/04 15:29
名無し 

母『謝らなくていいんですよ、知らずにやってたんだし。』

静子『はい…』

母『あとね、敏くんがちょっと良くなってからでいいから、すこしの間トイレの掃除させるといいと思う。気持ちの問題だけどね』

静子『わかりました させます。』

母『大丈夫。時間はかかるけど治るからね。』

敏春の両親はだいぶ安堵したようだった。

『ありがとうございました。すみませんでした…。』

博さんと静子さんは深々と頭を下げ帰ろうとしたとき
また母が言葉をかけた

『静子さん、博くんを信じてあげてね』

二人はふりかえった


No.50 15/02/04 16:46
名無し 

『色々あっただろうけど 博くんは今静子さんやお子さんのこと一番大事に思ってるから。』

『はい…すみません…ありがとうございました…。』

静子さんは何度も母にお礼を言っていた

『依ちゃん…ありがとう、俺たちが悪かったよ、俺たちのせいで敏春が…』

『誰が悪いというものじゃないけどね、子供のストレスは体に出やすいから。』

『本当にありがとな。疲れてるのに、すまなかった…。』

博さんも何度も母に頭を下げた


敏春は来たときよりすこし明るい表情になり帰っていった

母は両手を合わせて敏春たちを見送った


そしてなだれ込むよう布団に入り横になった



No.51 15/02/04 21:22
名無し 

『お母さん大丈夫?』

私は心配になって声をかけた

『うん 横になってれば良くなるから』

そう話してくれたが翌日 日曜日は夕方まで母は起き上がれなかった

月曜日

母もなんとか仕事に行けたので私は安心した


数日後には敏春も学校に行けるようになり 口の腫れも引いていったように見えた

エルの散歩で敏春の家の前を通った時

夫婦喧嘩も少なくなったと感じた


これは後から聞いた話だが

敏春がすっかり良くなった後に
博さんと静子さんが何度か謝礼を渡しに来てくれたのだが

それは頑として受け取らなかったようだ

No.52 15/02/05 16:04
名無し 

あの時の博さんと静子さんの言動は

以前敏春が『俺は母ちゃんの子じゃない!』
という言葉が 嘘である事を裏付けた

敏春は可愛そうな子供ではなかった

父親にも母親にも
ちゃんと愛情を与えられていたのだ

私は今まで父親を恋しいと思ったことはなかったが

心配している博さんを見て
敏春のことがちょっぴり羨ましかった


そんな事を思いながら
夕方母と一緒に商店街へ買い物に出掛けた

敏春の件で
母の相談する姿を初めてまともに見た私は

お母さんてすごいなと ちょっと誇らしかった

その思いを知ってか

母は

『すごくなんかないよ なんの役にもたたない 私なんかは。』と言った

『?』

意味がわからなかった

トシくんやいろんな人を助けてるのに

謝礼も受け取らず
相談に乗ってるのに

左手で鼻の汗を拭いながら母は呟いた

『私のところになんか 来なくてもいいのに…。』



No.53 15/02/05 21:44
名無し 

私はなんと話せばよいか
後の言葉がみつからなかったのがもどかしかった

二人で歩く
楽しいはずの商店街までの道

日傘で陽を遮った母の顔は
一生忘れられない程

哀しみに曇ってた




~第一章 終~


No.54 15/02/05 23:25
名無し 

5年後 私は中学二年生になった

まったくどこにでもいる普通の中学生だった

髪は二つに結ぶのはやめて 肩すれすれのところに下ろしていた

おじいちゃんと母の三人暮らしも相も変わらずだった

この頃になると
母の相談に対するポリシーというのがわかってきた



No.55 15/02/06 18:05
名無し 

お客の相談は土曜日のみ一人だけ

口コミでの予約で母が相談するまでに3~6カ月くらい待ちがあった


土曜日
今日もお客が母を訪ねてやってきた

年は二十歳位のOL風の女性と
その女性に付き添われた母親らしき人の二人連れ


四畳半の仏壇のある部屋に通して
私は二人にお茶をだした


若い女性が言うには
父親が女の人と一緒に家出をしてしまい
もう半年以上も帰ってこないという事だった


探せるところは探したそうなのだが
見つからない

元気なのか
まだ女性と一緒なのか
帰ってくるのか

二人は憔悴した様子で母に尋ねた


No.56 15/02/07 14:41
名無し 

母は目を閉じ いつものように経を唱えた

その後 ブツブツと何かを呟き 長い時間精神を集中しているようだった

『帰ってきますよ』

静寂を破る一言だった

『あ、そ、そうですか、帰ってきますか?』
母親と思われる年配の女性が言った

『はい。近いうちに。場所はそんなに離れた場所じゃないところに住んでますよ。女性とはもう一緒じゃないですね。』

『そうですか、ああよかった…。』

母『何か 連絡とか来てるんじゃないですか?』

客【娘】『はい、無言電話がここのところ 2回ほど…。』

母『おそらくお父さんですよ』


No.57 15/02/07 17:07
名無し 

客【娘】『あのう、お恥ずかしい話なのですが 父が女性と逃げるのはこれで3度目なんです…。 その度に私たちは心配や嫌な思いをしなければなりません。…何か私達は祟られているのでしょうか?』

母『祟られてる というのではないですよ。ただお父さんの先祖の方でお父さんに考え方も容姿も似ていた方がいらっしゃる

その方は大変面白い方だったようで
自分の思いでまたこの世で遊びたいなと感じてしまうと,お父様に.今回のような行動をそそのかしてしまうようなのですよ。』

客【娘】『そうなんですか…それは治らないんでしょうか…その父に似ているご先祖様をとりはらってもらうことは出来ないんでしょうか?私はともかく、母が可哀想で…。』

No.58 15/02/07 22:49
名無し 

母『一時的に離すことは出来ます
でも自分も気持ちを改めないとまた同じものを呼び込んでしまいますから。 お父様に自覚をしてもらわないと.何度はらっても同じ事なんです。』

客【娘】『 そうですか…。』

母『真から悔い改める気持ちでないと 喉元過ぎればでは意味がないんです。』

客【母】『礼子、やっぱり本人がちゃんとしないといけないんだよ。お父さん帰ってくるって言ってるから、わかったから、もういいよ失礼しよう。』

親子は母にお礼を言い帰っていった


この手の相談は少なくなかった


結局は本人が気付き自覚し行動するしかない事

いつか母が言ってたように自分のような霊能者などに相談する必要はない
私のところになど来なくてもいいのだという
理由がここにあった

それにしても今日のような話を聞くたび

あんな目にあわされながらなぜ離婚しないのだろうと
他人事ながら思ってしまう



No.59 15/02/08 21:21
名無し 

『人の事情や気持ちは本人にしかわからないから たとえ他人がこうしたらいいのにと思ってたとしても決めるのは本人だからね。』

『うん。』

『あのお母さんは 旦那さんが帰ってくるかどうか知りたかっただけみたい。何がついていようか関係ない感じだったわ。娘さんは祓ってほしいようだったけどね。』

『そうなんだ。』

『お母さんの方が、本能で人の生き方というものがわかってるわ。』

私はまだ子どもでその意味がよくわからなかった

『佐織、ダイエー行く?』

『お母さん大丈夫なの?』

いつもお客の相談を受けた後は 横になる場合が多かったので私は驚いた

『大丈夫 早く終わったし そんなに疲れなかったから。』

『本当?じゃあ行く!欲しいものあるんだ』

もうダイエーにも駅前のデパートにも友達や一人でも行けたのだが
母と出かけるのはやはり嬉しかった


No.60 15/02/09 16:25
名無し 

私は急いで支度をして玄関を開けた

私『おじいちゃん鍵もってるかな。』

母『もってないよたぶん 私が家に居ると思ってるから。』

祖父は福祉会館の将棋クラブへ行っていた

私『じゃあ鍵ポストへいれておくね。』

鍵をしまい 出掛けようとしたところ
敏春がやってきた

私『敏くんごめん 今から出かけるんだけど』

敏『いいよ。散歩行って繋いでおくから。』

この頃になるとさすがに6年生の敏春と遊ぶことはなくなったが
彼はエルの散歩にはたまに連れていってくれた


『ありがとね。』

私達はエルを敏春に任せ バス停に向かった


No.61 15/02/09 17:07
名無し 

バスに乗りながら母と話した

母『敏くん T中学を受験するんだって。』

私『え!そうなの?』

T中学は私立で県内でもトップの進学高だった

母『静子さんが言ってたの。合格したら向こうの親戚の家から通うそうよ。』

私『へ~』

(じゃあもうエルの散歩も行ってもらえないんだ…。)

散歩どころかほとんど会えなくなってしまう事に実感がわかなかった

母『5人兄弟の一番上だから 色々考えてるんだね。』


そうだ。私も進路を考えてないといけない。


高校受験はまであと一年だった


No.62 15/02/09 20:59
名無し 

私は早く働いきたい気持ちが強かったので、簿記などの事務資格の取れる商業高校を選んだ

女子が多くのびのびと学校生活を楽しんでいた

高校2年生の夏
おじいちゃんが肺癌で入院した


No.63 15/02/10 17:28
名無し 

おじいちゃんの余命は半年と宣告されたのだった

私は肺炎と聞いていたので、治ったらすぐ退院できると思っていた

薬をいくつか試し
そのひとつが良く効いたようで
おじいちゃんは一時的に退院した


しかし1カ月程たつと体調が悪化し
再び入院する事となった

母、修一叔父さん、私は出来るだけおじいちゃんに会いにいったのだが
日に日に痩せていく祖父を見るのがつらくなってきた

いくら鈍い私でも
おじいちゃんがもう長くはない事は、その状態がら安易に察する事ができた

『おじいちゃん、もうだめなのかな。』

『……。』

返事がないのが答えだと思った


『佐織~ 勉強がんばれよ~。』

そう話した一週間後 おじいちゃんは旅だった


高校3年生の初夏の事だった


No.64 15/02/10 22:15
名無し 

覚悟はしていたものの 祖父を亡くした悲しみは大きかった

葬式を終え
母も誰もいないところで沢山泣いた

死ぬという事は
もう会えない
声も聞けない
そういう事なんだ

(お母さんはおじいちゃんに会えるのだろうか)

そんな考えが頭をよぎった

49日が近づいたある日
私はおじいちゃんの夢を見た



『おじいちゃん、生き返ったの?』

『ああ、そうだよ 笑』

いつものようにニコニコと笑っていた

おじいちゃんはタバコを吸おうとしたので

『だめだよ、死んじゃうよ!』
と 吸うのを止めさせようとすると

『いいんだよ。』と
煙をたくさん吐いた

その煙に紛れ
おじいちゃんは消えてしまった

朝起きて夢だと気が付き 同時に悲しみと喪失感が私を襲ったが

それを振り切るように急いで朝食を食べ、学校へ行く支度をした



No.65 15/02/11 15:48
名無し 

高校三年生の夏休みの土曜日

祖父の入院から、相談を断っていたのだが、またお客がポツポツ母を訪ねてきた

『すみません。』

その男性は40代くらいの細身で、白いシャツにアイロン線があり、身なりもきちんとととのっていた

軽く私に会釈し通り過ぎるとき、ラベンダーのような香りを微かに感じた

と同時に抽象的な表現だが『ランプのような柔らかな明るさ』と『存在感』を醸し出していて、いつも来るお客といい意味で雰囲気が違っていた

私はいつものようにお茶を出した

そしてめずらしくお客の話が気になり、控えめに部屋の隅に座り、話に耳を傾けた


No.66 15/02/11 22:41
名無し 

彼(相談者)は、父親が脳梗塞の闘病ののち亡くなったのだが

最近夢で、真っ黒な人物が何か言いたげにしているのをちょくちょく見るというのだ

その黒い人物は亡くなった父親なのだろうか

父親だとしたら、自分に何かいいたい事があるのだろうか



と いう事を知りたかったのだった

目をふせながら しかし背筋はシャンと伸ばし彼は話を続けた

男性『私には妹がいて、妹と頑張って父の世話をしてきたつもりです。しかし一生懸命やっても 父には伝わらない時もあり、文句を言われたりして、疲れもあり「早く死んでしまえばいい」と本心で思ったり妹に話したりもしてしまいました。
父は私を恨んでいるんだと思います。』

母『いえいえそんな事ありませんよ。』


No.67 15/02/12 18:29
名無し 

母『黒い人はお父様ではありません。お父様はあなたに感謝されてますよ、よくやってくれたって。辛い思いもさせて悪かったと。』

彼『そうですか、本当にそう思ってるんでしょうか…。』

母『お父様の介護は大変だったと思います。辛さのあまり泣きごとを言ったとしても何も悪くありません。あなたはちゃんと最後まで充分なさいましたよ、ご立派です。』

彼『ありがとうございます。そう言っていただいて…』

彼は言葉をつまらせた。

彼『あの私が夢で見る黒い人物は何なんでしょうか?』


母『そうですね…あえていうなら罪悪感でしょう。』

彼『罪悪感…父ではなく私のですか?』

母『ええ。』

彼『……。』

母『お父様があなたを恨んでいないと、承知していただけましたか?』

彼『はい…はい…。』

その後少し話をし、彼は家を後にした

私は祖父を亡くして間もない事もあり、他人事と思えない相談だった


No.68 15/02/13 17:02
名無し 

部屋はまだ先ほどの客が居るような、薄い香と暖かい空気が残っていた

(不思議な人だったなあ)

お盆で茶碗を片付けながら母と話した

『お母さん、さっきの人感じ良かったよね。あったかい感じがしたよ。』

『あれ、あんたもわかるようになったの?』

『誰でもわかるよ。』

『あの人は人を憎んだり恨んだりがほとんどない人だよ、もちろん初めからじゃないけど。』

『でも、介護していたお父さんのこと、早く死んでほしいと思ったんでしょう?』

『それは恨み憎しみからきてる訳じゃないよ。』

『うーんよくわかんないけど。嫌なことされれば恨んだり憎んだりするんじゃないの、憎まない人なんているのかな。』

『居るのよ。すごく珍しいけど。』

『ふ~ん。』

『憎むとかは必ずしも悪い事ではないのだけどね。怒りも。自分を守る感情だから。』

『人間だもんね。』

『白い服に黒い染みがついてしまうと目立つから、悩んでしまったんだよ。夢にまで見るくらいに。』

私はスポンジで茶碗を洗った

『私、こないだおじいちゃんの夢みたよ。』


No.69 15/02/13 22:21
名無し 

『笑ってたよ、おじいちゃん。でもすぐ消えちゃった。』

『そう…』

『もっと会いにいけばよかった。』

『仕方ないわよ。試験もあったんだし。』

やりきれない想いがまたぶり返してきた

私は祖父にかわいがってもらった記憶しかない
なのに私は何をしたというのだろう

祖父の為に何もしていない


育ててもらったのになんの恩返しも出来なかった

そう思うと自分が情けなく
涙が溢れてきた


母は私の頭を軽くたたいた

疲れているのにごめんなさい

そう思ってはいても言葉にならなかった


No.70 15/02/14 17:17
名無し 

それから程なくしてお盆を迎え、修一叔父さんが家にお参りに来た

叔父さんは母の二歳下だが今だ独身である

理由はよくわからない。 しかし修一叔父さんは自分一人くらいの家事は苦にならないようなので 結婚の必要を感じないのかなと、自分勝手に思っていた

『佐織 就職決まったのか?』

『お兄ちゃん 試験は10月だよ。』

『そうか 進学したかったらしてもいいんだぞ、費用はお兄ちゃん出すから。』

叔父は前々から進学を勧めてくれた
その気持ちはすごくありがたかったが家の事も考え、進路に対して気持ちが変わる事はなかった




そして数日後 再びあの人が現れた



No.71 15/02/14 20:14
名無し 

お盆が過ぎたある日の夕方のこと

ピンポン~

女だけの住まいになった為
チャイムをつけ鍵は常時閉めておくことにした

日曜日だったが母は町内会の用事で出掛けていた

『はい。どなたですか?』

『すみません日比野ですが。』

私はすぐにあの柔らかい光の人だと気がついた

『はい、はい、すぐ開けます!』

慌てるとかえってスムーズに鍵は開かないものだ

ガラガラ
『あ、こんにちは。母は今出掛けてるんですけど、何かあったんでしょうか。』

『あ、いえそうですか。お留守なんですね。急に来てしまってすみません。』

『もうすぐ帰ると思うんですけど…』

『いえ、いいんです、あれから夢を見なくなったんで、改めてお礼を言いにきただけなので…杉浦さんには言わないで来てしまい申し訳ありません。』

杉浦さんは母と相談者の仲立ちをする人で祖父の将棋仲間だった


『本当に気が楽になりました。話を聞いてもらって良かったです。お母さんによろしくお伝え下さい。』

『わかりました。』

軽く会釈をしてその人は去っていった

残ったラベンダーの香りが心地よかった

しばらくして母が帰って来て、その事を伝えた


No.72 15/02/14 22:55
名無し 

母『そう、そんな事を言いにわざわざ来てくれたんだ。』

母は町内会の帰りに買い物したそうめんを茹でながら私の話を聞いていた

私『うん、お母さんに会えなくて残念がってたよ。』

母『そっか、もう来てくれないかも。』

…?なんとなく母の様子がいつもと違ってみえた。

母『日比野さんはお母さんの先輩なんだよ、小中学生のときの。』

私『へーそれにしては若く見えるね。40くらいかと思ってた。』

母は46歳だから、日比野さんは47.8歳という事になる

母『お母さんはすぐ日比野さんてわかったけど、日比野さんは私の事なんて覚えていないだろうなあ、習字教室で一緒だったんだけどね。』

母はさいばしで鍋の中の麺をかき回した

私『わざわざ言いに来てくれて、すごく助かったみたいだったよ。』

母『そう、良かった。』

私は母の照れたような、異性を意識した表情を初めて見た気がした

すこし顔が赤らんでいたのは茹で鍋の熱で熱かったのかもしれない

でも日比野さんのような人なら、母が憧れるのも無理ないだろうなと私はちょっと意地悪くふっとほくそ笑んだ


母『佐織、こないだみたいに麦茶と麺つゆ間違えないでよ。』

『……あい。』


No.73 15/02/15 19:39
名無し 

母は私を産んですぐ離婚したと聞いているので
28.9歳位から今までずっと再婚せずにいいた訳だ

彼氏がいたのかどうかは実際のところはわからないが、家に男の人が遊びにきた事は一度もなかった

ひょっとしたら私のために、結婚も恋愛も諦めたのかもしれない

母に女性としての幸せを奪ってしまったのは私かもしれなかった

そう考えると、母に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった


沢山愛情を与えてくれた母には早く楽になって欲しかった

幸せになって欲しかった

おじいちゃんに返すつもりだった感謝の分も母に受け取ってもらいたかった

私は早く一人前にならないといけないのだ



No.74 15/02/15 21:18
名無し 

祖父が入院した頃から
私は出来るだけよい条件の会社に採用されるために、学校の勉強の他にも、資格取得の補習勉強などを懸命に頑張った

高3になった夏休みも毎日企業の求人表を調べ、模擬面接、小論文、あらゆる就職試験対策を積極的に受けた


学校の勉強では概ね10位以内だった

ほとんどいつもトップの成績の子は
同じクラスの篠原芙美子

私の親友だった



彼女は私の事を『野間ちゃん』と呼び、私は彼女の事を『篠(しの)』と呼んだ

篠は大人しく気立てのよい子だった

成績もよく人柄もよい自慢の親友だった

何しろ篠の家も死別だが母子家庭で、親近感も他の友達より沢山感じていた



No.75 15/02/15 21:34
名無し 

皆様いつも閲覧ありがとうございます

誤字脱字読みにくい文章、気をつけてはいますが見落としもあり、申し訳ないですm(_ _)m

私事、勤務シフト時間変更により、更新時間がいつもよりだいぶ遅くなる事を了解願います

1日1レスは更新頑張りたいですが、できなかったらすみません

皆さんの閲覧が心の支えとなっております

未熟な主ですがこれからもご愛顧のほどよろしくお願いします 深礼


No.76 15/02/16 20:55
名無し 

当然 篠はどこの企業でも採用される実力があった

またこういっては何だが、私もまんざらでもない成績だと思っていた

10月

私は大手ゼネコン
篠は現メガバンクの前身であるα銀行を受けた

結果は
篠は採用
私は不採用だった


篠は『野間ちゃんが不採用なのが信じられない。』と言ってくれた

クラスの皆も驚いていた

正直私もわからなかった
ショックより疑問の方に気持ちが行っていた


だが不採用は不採用

変わることはなかった


私の通っていた商業高校は歴史が古く
企業とのパイプもあり就職には強い学校だった

私が受けたゼネコンもそういう学校との縁を疎かにしたくなかったのか、不採用にはなったが人事担当者が別の関連会社を紹介してくれた


No.77 15/02/17 20:19
名無し 

建設会社から紹介されたβ倉庫

ほとんど形だけの面接で採用された


とりあえず就職先がきまり安堵したのだが

落ちついたら、希望の会社に採用されなかったという事実に

就職の為に色々頑張った事が無駄に思え

虚しい気持ちになってきた


幼い頃から今までたいして困った問題もなく
ここまで成長した私の、初めての挫折と言ってもよかった

そしてある疑念が浮かぶ

『母は私が不採用になるのがわかっていたのだろうか』

心の中で疑念を抱いたがすぐにうちけした

母だって物事の全てを予見できるわけではない
それは近くで見ていて感じていたし

仮にわかってたとしてもどうしようもなかったのだろう

私は母が好きで、感謝もしている

疑念を持つ事自体が間違っている



No.78 15/02/17 23:03
名無し 

あまり考えすぎても仕方ないし
就職も決まったことだし
とりあえず車の免許を取り、篠と旅行へ行ったり、違う友達と遊びに行ったりして、高校生活を楽しんだ


そして卒業間近のある日

一生忘れる事の出来ないお客が訪れた


No.79 15/02/18 21:26
名無し 

『ワン!ワン!』

誰が来ても滅多に威嚇しないエルが吠えている

ピンポン~
『すみませんごめん下さい』

『はい。』

玄関の戸を開けると50代くらいの細身の女性と、20代前半で娘さん思われる女性がたっていた

20代の女性はよくある若い子のはつらつさがなく、やつれて目がすわっていた

それとかなりの悪臭を漂わせてる

一目で尋常ではない様子がわかった


母が話をする

『杉浦さんから伺っています。私は医者ではありませんので、娘さんの病気は治す事が出来ません。それでもよろしければ相談を受けますが。』

『はい!構いません。お願いします。』

母親と思われる女性が深々と頭を下げた

No.80 15/02/19 21:36
名無し 

娘の方は歩く足元もおぼつかない様子で部屋にないり、よろよろと座りこむ

母親はそれをささえている

私はお茶を出そうと準備をしていると

『佐織、お茶を入れたら家から出なさい。』

厳しい顔で母が言う

今までこういわれた事は何度かある

『お母さん、大丈夫?』

『大丈夫。』

今回は母親の表情からかなり 大変な状況になりそうだと不安になったが

母に言われたとおり、お茶を入れたら家を出て、エルを連れて歯医者の駐車場でしばらく様子を伺っていた



No.81 15/02/20 21:10
名無し 

エルもそわそわと落ちつかない様子で、クンクン泣いたりしきりに家の方を気にしている
10分ほど経ったころ

『あ゛あああーーーーっ!!!!』

女性の叫び声が聞こえた

窓は閉めてあったのだがハッキリ聞こえた

私は急いで家に向かう
玄関の戸を開けようとしても開かない!

中から鍵をかけたのだ

『あ゛ああああー!!!!!』

『き゛ゃあああ゛ーーーー!!!!』

狂ったような叫び声に私は心臓の音がドクドクと鳴った

『お母さん!お母さん!』

何度読んでも返事がない

裏庭の窓へ行っても鍵がかかっている

『ぎゃあああああ!!!!!』』止まる事のない叫び声

浴室の方に回ってみたら窓があいていた

私はよじ登って、人が一人入れるくらいの窓から家に入った

部屋の中に入ると娘さんが張り裂けんばかりに叫び声をあげて、母親が必死に暴れる娘さんを抱き締め押さえつけていた



No.82 15/02/21 15:21
名無し 

『あ゛あああー!!!』
『ぎゃあああー!!!』

耳をつんざくこれ以上聞いた事のない叫び声

取り憑いてるとはこういう事なのか

恐怖、驚きで吐き気と寒気がした

線香で霞みがかった向こう側に母がいる

入ってきた私に気がつき

『佐織!出てきなさい!!』

『ぎゃあああー!!!!』

母は娘さんの頭上の天井に向かい、数珠を投げた

『佐織!外へ行きなさい!』

私は玄関に向かい、鍵を開け出ようとした時、後ろから黒い手がニュッと伸びてきて、私の首を締めた


『ううっ!』


『ぎゃああああー!』

娘さんは母親に押さえつけられたままなのが横目で見える

(この手は何?!)

No.83 15/02/21 21:21
名無し 

黒い手がじわじわと私の首に力を入れていく


『く…息が出来…な…』

(死ぬんだ…私…)

(おじいちゃん助けて!)

『佐織っ!!!』

バン!

母が投げた数珠が体にあたって珠が玄関に散らばった


一瞬呼吸が出来たが腰がくだけその場にへたりこんでしまった

『ぎゃあああー!』

母は部屋中に抹香を投げつけている

『離れなさい!!離れて!お願い!』

『あ゛あああー!!!』

娘さんの周りがどす黒い

『佐織!出るのよ!早く!』



No.84 15/02/21 23:09
名無し 

恐怖で立てない私は四つん這いになりながら戸を開け外にでた

『ワン!ワン!ワン!』

エルの吠えたお陰で意識が少し冴えてきた

『ゲホっ…はあはあ…うう…』
呼吸がなかなか整わない

エルは顔をペロペロと舐めてくれた

『ゴホ…はあはあ…エル おじいちゃん…』

恐怖で身動きが取れない

『お母さん、お母さん…』

力をふりしぼって母を呼んだが返事はなかった

涙と冷や汗の中
気がつくと

あの叫び声は止んでいた



どれくらい経っただろう

救急車のサイレンが徐々に近づいてきた


No.85 15/02/22 20:27
名無し 

救急車が家に着き、救急隊員が車から降り質問する

『あなたですか?容態は大丈夫ですか?』

『いえ、私じゃありません、多分中の女の人です』


救急隊員は家の中に入り娘さんが運びだされた

ストレッチャーに乗せられ、ぐったりとしている
脇には母親が寄り添っている

『γ病院へお願いします。』

救急車はサイレンを鳴らし病院へ向かった

(お母さん!)

心の中で叫びながら家の中へ入る

抹香と護符でめちゃくちゃになった部屋の中で母はぐったりと座りこんでいた

『お母さん!』

『佐織…大丈夫だった?』

『うん…怖かったけど…お母さんも病院行った方がいいよ…』

『大丈夫よ…横になれば治るから』


あまり散らかっていない部屋を選んで布団をひいた



No.86 15/02/23 20:39
名無し 

母はすぐに横になりそのまま眠りについたようだ

部屋の空間を見渡すと嫌な空気は感じられなかった

私はまだ動悸がおさまらなかったが、少し落ちついたので大まかに部屋を片付けはじめる


(こんな事ずっとしてたらお母さんの身が持たない)

そう思いながら、抹香掃き涙を拭う


ふと鏡を見ると首に絞められた跡が残っている


黒い手は憎しみの塊

そしてその憎しみはあの母娘間のものだと
あの場に居た私にはわかった



No.87 15/02/24 20:55
名無し 

γ病院は精神病院である
根深い親子問題、心の問題は霊能力でどうにかしようなど土台無理な話なのだ

しかし人は藁をもすがる思いでやってくる
そこに答えはないとしても



この件を機に母は相談を止めた

予約を取ってあったお客は受けたがそれ以降は受け付けなかった

元々杉浦さんの紛失してしまった、店(酒屋)の権利書を探し当てて、その事を杉浦さんがいろんなところへ触れ回った結果、母の下へ沢山の人が来たのが相談きっかけだった

家に大勢人が押しかけてしまった事に責任を感じた杉浦さんは、自分の負担にならない程度ならという母の相談の、仲介を引き受ける事にかったのだ

少しでも人の役に 立てばと思った母だが

もう限界だと自分でも思っていたようだ

No.88 15/02/24 22:23
名無し 

あの日から一週間後、エルがあの世へ旅だってってしまった

あの件とは関係なく、寿命だと母は話してくれた

火葬場の帰り、我慢出来ずにタクシーの中で泣いてしまった

エルありがとう。

おじいちゃんと一緒にいるのかな

家族を二人も失って淋しいけど泣いている暇はない

3日後私は社会人になるのだから


No.89 15/02/25 21:20
名無し 

卒業式の翌日入社という、余韻に浸る暇もないスケジュール

スーツを着た私は、仏壇に母とおまいりして初出勤

『お母さんおじいちゃんエル、頑張るね』

不安もあったが意欲の方が大きな気持ちだ

β倉庫は中堅どころの物流会社

配属は経理科
同僚も出来、辛い事があっても励ましあって仕事をする日々


相談を止めた母と
休みの日に喫茶店のモーニングにいったり、篠や他の友達と遊んだりして


平穏で楽しい日々を過ごしていた


No.90 15/02/26 21:43
名無し 

特に仕事はあたりまえかもしれないが、熱心に取り組んだ

ちょっと厄介な集計作業や、残業も人一倍頑張った

元来の真面目さが影響しているのかもしれない

誰かと付き合おうと、同世代の男性を紹介してもらった事もあったが

私は包容力のある、かなり年上の人がタイプなんだと、この頃になるとハッキリ自覚できるようになった

だが対象となる包容力のある年代の男性は、当時はほとんどが既婚者であり

なかなか恋愛は出来ないのが実際の所であった


そんな時期が2年ほど続き

会社で柘植尚紀という男性と知り合い

ちょっとしたきっかけで付き合うようになった



No.91 15/02/27 21:56
名無し 

柘植さんは30歳。関東の支社からこちらの地方都市の本社に転勤にになった物流課いわゆる倉庫の現場の人。
温厚な性格で怒ったり嫌み言ったりしたのを見たことがない

休憩室で自販機のカップコーヒーをおごってもらったり、たまにこちらがおごったりして、話しをしてても落ちつくし、柘植の方も同じように思ってくれたのかなんとなく付き合いがはじまったのだ

本格的に彼氏となるのは柘植さんが初めてで気持ち的にかなり舞い上がっていた

会社でもどこでも顔を見ればドキドキし、電話の声を聞くそれだけで心が踊る

逆に顔を見ない日は悲しく、事務的な用件で綺麗な女性社員と話してる所を見かけるだけでも切なくなる

体の関係を持つとよりその気持ちが強くなる

恋をすると誰もがこんな気持ちになるのだろうか


(柘植さんと一緒にいたい離れたくない)

そんな気持ちが日に日に大きくなっていく



No.92 15/02/28 21:16
名無し 

付き合って半年、週末柘植さんのアパートで過ごす時もあったが、夜はどんなに遅くなっても必ず家に帰っていた

母が一人で居る事を考えるとやっぱり帰らなきゃと思ってしまう

柘植さんは無理に引き止めない

『ごめんなさい。親離れしてなくて(笑)』
着替えながら言う

『さおちゃんがお母さん思いなのはわかってるよ、そういうさおちゃんが好きだよ』

私は素直に嬉しかった

家まで車で送ってもらい、鍵を開けて家に入る

『ただいま』

『おかえり~』

母は土曜ワイド劇場を見ている
柘植さんの事は付き合いだしてすぐに話をしたので
会っている事は知っているだろう

『佐織、ティラミスって知ってる?今日修一が会社でもらったから持ってきてくれたんだけど』

『あー何か聞いたことある!嘘、食べるよ食べたい!』

『笑 じゃあお茶入れるね』

柘植さんとの事を細かく聞かない母

娘を持つ親は心配だっただろう
あえて聞かない気遣いがありがたかった

夜11時近かったが少しティラミスをいただいた

ほろ苦さと温かさにに気持ちが落ち着く

明日はいつものように母とモーニングへ行こう


No.93 15/03/01 19:37
名無し 

一番忙しい年末、ほとんど残業続きで中々柘植さんのアパートにも行けなくなっていたそんな時期

仕事を年内に終われるものは終わらせたいので、社員に書類の提出を急かしたり、期限を守らない人に注意をしていたら、社内から『野間さんは厳しい』との声があがっていると、中西課長から言われたのだった

だからどうせよという指導はなかったのだが、私は高圧的に物を言った覚えもないし、元々出すべきものを出さない方がおかしいのになぜこちらが注意を受けなければいけないのか
すごく理不尽さを感じた

しかし不快に思ってる人がいるとの事なので『気をつけます』と中西課長にはお詫びしたが
腹の中は納得していない


お正月になり柘植さんにその事の話をした

No.94 15/03/02 21:09
名無し 

『ハハッ さおちゃんは堅いから、窮屈さを感じてしまう人もいるんだろうね。もちろん期日内にちゃんと提出するのがいいに決まってるんだろうけどな』

『そんなに堅いのかな。自分では当たり前の事言ってるだけだと思うんだけど。』

『いろんな事情で出せない場合もあるからその辺柔軟にって事じゃないかな。さおちゃんは基本的に間違ってないよ。』

『なんか責められるとこっちがおかしいのかなと思ってしまうわ。』

『いや、おかしくはない。本来は期日内に提出するものだからね。』

柘植さんにおかしくないと言ってもらえてちょっと安心した。

青色の作業服がいつも椅子に掛けてあるので、ハンガーにかけ直しフックに吊るした


『初詣にでも行こうか。』
『うん。』

アパートを出て駐車場まで手を繋ぐ

『さおちゃんのお母さんにきちんと挨拶にいくよ。さおちゃんをもらいに。』



No.95 15/03/03 00:15
名無し 

『えっ?』

思いがけない言葉に驚きをかくせなかった

『さおちゃんにはずっとそばにいてもらいたいんだ。だめかな?』

『だめなわけないよ。』

嬉しかったけど戸惑いも大きかった

まだ半年しか付き合ってないのに
私…大丈夫なのかな結婚して…

でも柘植さんは大好き

一生そばに居られるなんて夢のようだ

嬉しさと恥ずかしさと不安な気持ちがごっちゃになって 頭が痛くなってきた

どうしよう…嬉しいのに…

『あの、いつでも家に来て…いいですよ。』

と訳のわからない返事をしてしまった

柘植さんは笑っていた


No.96 15/03/03 22:38
名無し 

そののち冷静になっ考えてみると、

柘植さんの両親はどういう人なんだろうとか

お母さんと離れて暮らすとなると一人ぼっちにさせてしまうなとか

現実的な部分が見えてきた

今の生活が大きく変わったしまうのが結婚なんだと今さらながらの認識にまだまだ私は子どもだと実感した


お正月休みの最後の日
二人で駅前の宝石店前を通りすがろうとしたとき

『さおちゃん、指輪見るかい?』

『いいよ、まだ…。』

本当は見たかったけど、そう言うと図々しく思われるのが嫌で遠慮してしまった

ウィンドーの中を覗くと
若い茶髪のロングヘアーの女性が、一人で指輪を選んでいるようだった

するとなぜか後ろ向きに滑るようにこちらへ近づいてきた

『あっ、ガラス壁に当たる!』

と思った瞬間 フッと女性は消えた


『?…。』

『さおちゃん、どうしたの?中入るかい?』

『ううん、今日はいい…。』

柘植さんには女性は見えていなかったようだ。



No.97 15/03/04 21:45
名無し 

母ほどではないが、小学生の音楽室の件以来
『それ』っぽいもの本当にをたまに見ることがある

なので今度もだだ見えちゃっただけなんだろうなと
何の意味もないのだろうと思っていた


1月下旬
耳がちぎれそうな北風がふく季節

会社から帰った私は、買ったばかりの携帯電話から柘植さんへ電話をしてみた

『もしもし柘植さん?さっき携帯買ったの!あのね、お母さんがいつ家に来てもらってもいいって言ってるよ、柘植さんはいつがいいのかな?』
あれから話がなかったので思い切って聞いてみた

『ごめん、さおちゃん、ちょっといろいろ忙しくて…落ち着いたら伺うよ。』

『そうなんだ、ごめんなさい。急かしてるつもりじゃないんだけど、ただ予定が聞きたくて聞いちゃったんだ。』

『わかってる。ごめんな、必ず連絡するから。』

『うん。』

電話を着る

『必ず家に行くから』

ではなく

『必ず連絡するから。』

と言った事が気になってしまうのは考えすぎなのか

電話を切った後、部屋のストーブの前でしばらく動けなかったのは寒さだけのせいではなかった


No.98 15/03/05 21:27
名無し 

2月になっても柘植さんからは連絡はなかった

会社ではたまに見かけるが、人目が気になりあからさまには声をかけにくい


…トゥルルルルルル…

『柘植さん?忙しいそうだね、寂しいよ…
バレンタインには会えるの?』

『さおちゃんごめん…。』

『私の事嫌いになったの…?』

『嫌いになんかなってないよ!ちょっと…待っててくれないか?』


『何があったの?変だよ柘植さん…。』

『今は言えないんだ…頼む、待っててくれ。』

『わかった。待ってる。』


電源を切った

もうだめなのかもしれない…

心に黒い染みが広がっていく



No.99 15/03/06 22:40
名無し 

(待ってくれっていったって いつまで待てばいいんだろう)

何も話さない柘植さんに不信感が沸き上がる

鬱々とした気持ちのまま一週間が過ぎた

(話が聞きたい。なぜ急に会ってくれなくなったのか)

週末電話せずに何度か柘植さんのアパートへ行ってみたのだが居ない


私は覚悟を決め平日仕事帰りにアパートへ行ってみることにした

定時に退社し柘植さんが帰る頃まで喫茶店で時間をつぶし、JRに乗りアパートの最寄りの駅に着いた
小走りで柘植さんの元へむかう

部屋には明かりが付いていた



No.100 15/03/07 14:32
名無し 

ドクドクと胸の鼓動がする

ドアの横のチャイムを鳴らしたが返事はない

ガチャ
『…さおちゃん。』

柘植さんは少し驚いていた 私がくるのが予想外だったのだろう

『入って。寒かっただろ。』


いつもの優しい言葉
いつもの部屋
いつものソファに座る

『柘植さん、どうして私待たなきゃいけないの、教えて下さい。』

『さおちゃん、ごめん。さおちゃんの事は好きだよ。嘘じゃない、でもC市に離れられない人がいるんだ…。』

『そういう人が居て私と付き合ったんですか。』

No.101 15/03/07 20:58
名無し 

『彼女とはこっちへ来る時に別れたんだ…でも先月連絡があって、話がしたいと…断ったら死ぬって言われて一度だけ話すつもりで彼女の所へ行ってきたら、仕事もしてなくてひどい状態だったんだよ。そしたら別れたくないって言われて…。』

『……。』

『ちゃんと話さなくてすまない…なかなか彼女がわかってくれなくて警察沙汰になったりもしたから話もこじれてしまって…。』

『もうその人と会わなけれいいじゃない、そんなんじゃ柘植さんその人から離れられないよ、私よりその人の事が大事なの?もうC市に行くのはやめて!私のそばにいてよ!』

『……。』

『もうどうだっていいじゃないその人のことなんか!』

『そういう訳にもいかないんだよ、彼女の家庭は複雑で親には頼れないんだ、中学からの付き合いだし、精神的に弱い人だから放ってはおけないんだ…。』


優しさは時に人を傷つける
いっそ嫌いになったと言われたほうが諦めもつくのに



『柘植さんもうC市には行かないで…私ももう家には帰らない 。お願い、彼女には会わないで…私のそばを離れないで、お願い…。』



No.102 15/03/08 20:18
名無し 

『さおちゃん、待ってて欲しい…彼女の状態が落ちつくまで…頼むよ…』

(行かないでって言ってるのに答えてくれないんだ…)

こらえきれず涙がこぼれた

柘植さんの顔が歪んでみえる

彼は私の涙を親指ですくい頬に口付けた

そして私の唇を噛み深いキスをしてくる

哀しいことに私は答えてしまう

柘植さんの手がスカートをまくり上げてくる

『やめて…』

力が入らない



…トゥルルルルルル…
…トゥルルルルルル…


一瞬息が止まる

…トゥルルルルルル…
…トゥルルルルルル…

…トゥルルルルルル…
…トゥルルルルルル…


テーブルの上を見つめる

(出ないで…柘植さん……)

…トゥルルルルルル…
…トゥルルルルルル…



No.103 15/03/09 19:56
名無し 

『もしもし、今帰ったところだよ…』

柘植さんは私から離れた

『ああ…わかってる…ちゃんと行くから…心配しなくていいから…』


スカートを直し部屋にある細長い鏡を見た

鏡に映った私の頭の上に、茶色い長い髪の女性が映っている

哀しい顔をして私を見ている

宝石店で見た女性だ

今の電話の相手だろう

(柘植さん、さよなら…)

部屋のドアを締めアパートを後にした

柘植さんは追いかけて来なかった

もう此処へは来ない

駅に着くと雪が降ってきた


胸が苦し過ぎて寒さも冷たさも感じなかった




No.104 15/03/10 20:43
名無し 

翌日私は会社へ行く事が出来なかった

ほとんど眠れず、何もする気がおきない

入社して初めての欠勤

(神様、明日はちゃんと行きますから今日は勘弁して下さい。)

布団の中で祈る

風邪をひいたと会社にも母にも説明した

『佐織、お母さん行くけど辛かったちゃんと病院行くんだよ。』

母はそう言って出勤した

『大丈夫。』



母には私がこういう状況になるのわかってたんだろうか


聞きたかったけど母を困らせるような気がして聞けない



3日後、篠から結婚披露宴の招待状が届いた



No.105 15/03/11 20:37
名無し 

篠の結婚相手は電機メーカー会社の技術者で

本社からこちらへ転勤で来て
知人の紹介で知り合ったと聞いている

年も10歳上で
私と柘植さんと似ているので篠と会うとお互いの彼氏の事でも話が合った


私は駄目だったけど
篠は恋愛が成就できて良かった

篠は私にとって高校では一番仲の良かった親友であり、資格取得や試験勉強で一緒に頑張った、戦友のような感覚もある

絶対に幸せになって欲しい

返信ハガキの出席に丸をつけ

会社帰りにポストに出した


『披露宴には何を着ていこうかな。』

ちょっと元気が出てきた気がする


No.106 15/03/12 22:42
名無し 

あれから柘植さんからは2度電話があったが私は出なかった

会社でも見かける時があった
その時は気持ちを落ち着かせるのに必死だった

やはり顔を見てしまうと今までの色んな事を思い出し辛い気持ちになる


年度末になりまた仕事が忙しくなってきた

こうやって忙しさに追われていた方が
哀しい気持ちにとらわなくて良いのかもしれない


篠の披露宴は4月下旬ゴールデンウィークの最初の日


よく篠とは連休に旅行したけど、もう行けなくなると思うと寂しく感じた

他の友達も彼氏が居る

私もここ一年近くは柘植さんとばかり出掛けていたので

久しぶりに母とどこかへ行こうかと思いついた

(温泉がいいかな?京都もいいなあ)


(お母さんに話してみよう)


No.107 15/03/13 22:11
名無し 

『ごめん、連休は友達と京都行く予定だわ、ごめんねぇ…』

ちょっと残念。

会社の休憩室で昨日の母とのやりとりを思いだした

連休はひとりぼっちになってしまうけど仕方ない

部屋の片付けしたり映画でも見に行こうとするか

母は年末にも京都へ行かなかったかな?

私とも行くし
よっぽど京都がすきなのだろう


大きく背伸びをてし飲み干したコーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てた

思い出も簡単に捨てられたらな


そう思いながら自分のデスクに戻った



No.108 15/03/14 22:01
名無し 

忙しい年度末、年度末初めが過ぎ、少し落ちついた頃、篠から電話があり近況を話した

年度末多忙だった事や結婚披露宴の事など
篠からは幸せな気持ちが伝わってきた

私は柘植さんと別れたことは言わなかった
式の後で頃合いを見て言えばいいだろう

『野間ちゃんの披露宴も楽しみにしてるよ!』

『まーねーいつになるんだかね。当日楽しみにしてるからね。バイバイ。』


そう言って電話を切った

忙しさが一段落すると淋しさがぶり返すように襲ってくる時がある

心も体も…

いつまでも吹っ切れない自分に哀しさよりも腹が立った


No.109 15/03/15 15:10
名無し 

ゴールデンウィーク初日
篠の結婚式当日、よい天気で神様まで篠の結婚を祝福しているようだ

披露宴はホテルで盛大に行われ、美味しい食事と幸せオーラと久しぶりに会えた級友たちとの語らいの時を過ごす事が出来て楽しかった

何より篠が綺麗で羨ましかった

二次会は少し参加しただけで
もう一人仲の良かった岡島直美と一緒に駅へ向かった

『式良かったね、今度は野間ちゃんの番だね♪』

『別れちゃったんだ。彼氏とは。』

『えっ!そうだったんだ…。ごめん…。』

『ううん。もう吹っ切ったし、大丈夫だよ。ニコッ』

完全には吹っ切れてはいないけど

『岡ちゃん誰かいい人いたら紹介してよ(笑)』

『わかった。任せて(笑)』

少し心の内を話せたことで気持ちもちょっと晴れた

やはり女友達は気が休まる


春の風はまだ冷たくて強く吹きつける。着ているベージュのスプリングコートの裾をまくり上げた

『ひゃ~さむ~!』

慣れないヒールと引き出物の入った紙袋のかさばりに、家へ帰るのがいつもの倍くらいしんどく感じた




No.110 15/03/15 21:21
名無し 

連休の後半
母は友人と京都へ一泊の旅行

私は家で普段出来ない片付けをし
午後からよく行くカフェでお茶を飲みながらゆっくりしていた


(こういう休日もいいな)

いつも母と行く時が多い私はお一人様が新鮮におもえた


1時間ほどゆっくりした後、バスに乗り駅前へ向かいCDショップで買い物をした

カフェでかかっていた曲が気にいったのでピアノ曲のCDを3枚ほど買い、家に帰ってきた


結構好みの曲が多く翌日もCDの曲を流しながら家事をしたり、雑誌を読んだりしていた

(音楽っていいなあ♪)


『ただいま…』

『おかえり~』

何となく元気がない様子の母が夜8時頃に帰ってきた


『お土産の生八ツ橋買ってきたわよ。今食べる?』

『うん、お母さんは?』

『私はいいわ。ちょっと疲れたからお風呂入って早めに寝るわ。』

『うん、沸いてるよお湯。』


いつもならお寺がどうのこうのと話しが始まるのだが
今日はよほど疲れたのだろうか

と思いいつもの調子ではない母をその時は特には気に留めなかった



No.111 15/03/16 22:04
名無し 

それから1ヶ月ほどたった6月の日曜日

私は音楽にハマッてしまい部屋でずっとCDを聴いていた

母は友達と買い物に行っている

少し音量のボリュームを上げ、宝石がこぼれるようなピアノの音色に心を洗われていた

ドンドン!

『依ちゃ~ん!』

ドンドン!

『はあい。』

ドンドン!ドンドン!

チャイムがあるのに玄関の戸を叩く

こんな事をするのはあの人しかいない








No.112 15/03/17 22:13
名無し 

ガラッ

『あー佐織ちゃん、お母さんは?』

やはり杉浦さんだった

『買い物に行ってるんです。』

前にも説明したが杉浦さんは 祖父の将棋仲間で母の相談の仲介をしていた人だ

もう70過ぎなのだが元気がいい

このおじさんは悪い人ではないのだが世話好きというか良くいえば面倒見がよい

悪くいえばお節介

ほんのたまに自分の畑で取れた野菜などを持ってきてくれて
それは有りがたいと思う

今日は梅酒にする梅とぬか漬けの漬物を持ってきてくれた


『いつもすみません、母に伝えますね。』

『いやいや、佐織ちゃん、日曜日なのに家に籠ってんのかい?つまんないねぇそんなんじゃあ。』

(大きなお世話だムカつく…)

『部屋掃除してんですよ、休みの日しか出来ないから。』

『それじゃおばはんじゃないか!そんなんじゃダメダメ!若いうちは遊ばないとダメだよ!彼氏とデートしてきな!』

(その彼氏に振られたんですけど!)


デリカシーのなさは天下一品である



No.113 15/03/18 20:14
名無し 

『お母さんだってデートなんだろ?日比野くんと。』

『え?』一瞬固まった

(は?デートて誰が?日比野くんて誰?)

『知らばっくれちゃダメだよ~買い物なんて言っちゃって。式はしないとか言ってるけどケジメは付けないといかんだろ。依ちゃんは二度目だけど、日比野くんは初婚だからな。』

『式って結婚式ですか?私しませんよ、訳あって別れたんです。彼氏とは。』

最初杉浦さんは私が結婚すると思ってて母と私の名前を間違えて、勝手に式云々と思い込みの話をしているのだと思った

『あんたじゃないよ依ちゃんだよ、お母さん!』


『?!』


今思い出した
日比野さんて昔うちに相談にきた人だ

結婚はおろか付き合ってる事すら私は知らない

(本当に?…)


『佐織ちゃん、あんた反対してんのかい?そういや依ちゃんは結婚にあまり乗り気でない事を日比野君は言ってたな。
佐織ちゃん少しはお母さんの幸せを考えてみたらどうなんだい?今まで再婚もせずに佐織ちゃんの事を一番に考えてきたんだよ、お母さんだって幸せになる権利はあるんだ。それを娘だからといって、お母さんの幸せを奪っちゃいけねぇんだよ。』

私が驚愕のあまり言葉が出ないのをいいことに
杉浦さんは見当ちがいの憶測を

のべつまくなしにまくし立て反論する隙もない


『おっと肝心なものを渡すのを忘れてた。婚姻届。』

『婚姻届ぇ!!??』



No.114 15/03/19 22:18
名無し 

『婚姻届って、母のですか?』

『そうだよ、保証人頼まれたんだ。日比野くんに。ほい。』

杉浦さんから茶封筒をわたされた

『おっと!こんな所で油売ってちゃいかんな。お母ちゃんにおこられる、ハハハッ!佐織ちゃん、いつまでもお母さんお母さん言ってたらあかんぞ!親離れしなな!』

また余計な事を言って杉浦さんは軽トラに乗ってかえっていった


まだ狐につままれた感覚でどう気持ちを整理したらわからなかった

(落ちつけ…とりあえず母の帰りを待とう。)


No.115 15/03/20 16:14
名無し 

>> 114 CDの流れていない家はしんとして
居間の掛け時計の秒針の音だけが部屋に響いている

静寂の中を杉浦さんに言われた事が頭の中を巡っいる

『佐織ちゃん、あんた反対してんのかい?』

(反対も何もそんな話今知ったところだ)

『佐織ちゃん少しはお母さんの幸せを考えてみたらどうなんだい?』

(いつも考えてますよ)

『今まで再婚もせずに佐織ちゃんの事を一番に考えてきたんだよ、お母さんだって幸せになる権利はあるんだ。』

(わかってますよ当然です)

『それを娘だからといって、お母さんの幸せを奪っちゃいけねぇんだよ。』


私がお母さんの幸せを奪っているって?そんな事あるはずがない!

私ももう社会人だし、お母さんにいい人が現れたら応援するしその為に家を出たって構わない
おじいちゃんとエルと暮らした大切な家だけど…
お母さんが幸せになるなら喜んで出ていくよ

お母さんが私の為にどれだけ愛情を注いでくれたのか、当の私が一番よくわかってるのに!


驚きの感情が段々怒りに変わってきたのが自分でも良くわかってた

No.116 15/03/21 20:37
名無し 

その怒りは母にも向いた

(何で言ってくれなかったんだろう!)

テーブルの上の茶封筒を見つめる

そうっと中身を確かめてみる

『婚姻届』

日比野さんと杉浦さんの署名はあったが
母のはなかった

だから家へ持ってきたのだろうか

まだ午後3時半

母は夕食も食べてくるかもしれないと言っていたので帰りは遅くなるかもしれない

(日比野さんと一緒にいるんだろうか)

(日比野さんが私のお父さんになる? )

いろんな思いが過る
テレビをつけたりCDをかけたりしたのだが頭や耳に入ってこない

自転車で近所のコンビニに出かけ読みもしない週刊誌を買ってみたりして時間が過ぎるのを待った


薄暗くなり初めた午後7時ごろ

『ただいま。』

やっと母が帰ってきた


No.117 15/03/22 21:34
名無し 

『お帰りなさい。昼に杉浦さんが来たよ。婚姻届だってこれ。』

『そう…佐織ごめん…言おうと思ってたんだけど…』

『びっくりしたよ!どうして黙ってたの!そんな大事な話、他人から聞かされてさ!』

私は冷静でいようと思っていたがつい語気を荒げてしまった

『いつから付き合ってるの?』

『家に相談に来て少し経った頃から…最初はお友達としてだったんだけど…』

『相談に来てすぐ?』

日比野さんが初めて家に来たのは私が高校3年の時だ
あれから5年たっている

全く気づかなかった

女性の浮気はバレないというが、母が隠すのが上手いのか
私が相当鈍いのか

『結婚するなら反対しないよ、それでお母さんが幸せなら。私なら大丈夫だよ、もう子供じゃないんだし。』

『本当にごめんなさい…付き合ってる事言おうと何度も思ったけど言いそびれちゃって…こんなに付き合いが続くと思ってなかったから…』

すぐに別れると踏んでいたのか

『お母さん、霊感あるのにそういうことはわからないの?』

『わからないというか、見えてこないのよ。感情が先立つ相手の事とは特に心が乱れてしまうものだから…』

そういうものなのだろうか


『佐織にきちんと話さなかった事はあやまるわ。本当にごめんなさい…日比野さんにも会って欲しいと思ってる。彼もうずっと前から佐織に会いたいって言ってくれてるんだよ。』

『言うタイミングを逃してここまで来たってわけ?』

『そう…ごめんね…。』

もやもやはおさまらなかったが
何度も謝る母の姿に追及するのが可哀想になりそれ以上は突っ込む事が出来なかった

『いつ結婚するの?事によっては私は引っ越すつもりでいるけど。』

『結婚はしないわ。』


『え?そうなの?』



No.118 15/03/23 14:44
名無し 

『何で?日比野さんもお母さんも独身だし何か問題あるの?』

『少なくとも【今】は結婚しない。』

『じゃああれは何なの?』

私は杉浦さんが持ってきたものを指さした

『日比野さんは結婚を望んでいるけど、私は今はする気がないの。あれは日比野さんの気持ちだから持ってて欲しいって。本気だからって杉浦さんに保証人頼んで書いてもらったらしいの。』

『あたしがいるから…結婚しないつもりなの?』

『違うよ!あんたは関係ないわ、自信がないのよ。結婚することに…』

『………。』


バツイチの母には母の考えがあるのだろう


ゴールデンウィークの京都旅行も日比野さんと行って、結婚の事で喧嘩になったらしい


今日出かけた相手は本当に会社の同僚だったらしく、サマーセーターをデパートで買ってきたようだ

ひととおり話を終え、夕食を食べお風呂に入ってからそうそうに自分の部屋へ行った



ヘッドフォンでCDを聴く余裕もでてきたが
母との話でもスッキリしない何かが心に残った


(お母さんに彼が居る事を知っていたなら、私は柘植さんと別れることはなかったのかもしれない。)

母を一人残して外泊するのは忍びなかった

もし母に彼氏がいることを知っていたら、柘植さんと同棲してそのまま暮らしていたかもしれない

あの女の人の元へ柘植さんが行くこともなかったかもしれない……


そんな今さら考えてもどうしようもない事を考えてしまう自分が嫌だった

母を祝福したい気持ちと
日比野さんに愛されている母への嫉妬心と
日比野さんへの母を取られてしまった事への嫉妬と…

いろんな思いで私の頭は整理がつかなかった


しかしある事をしようと決意した





No.119 15/03/23 21:02
名無し 

それから7月のある日

日比野さんが家へやってきた

律儀にスーツを着てきたのを見て私はちょっと笑ってしまった


あれから5年経ってるにもかかわらず日比野さんは相変わらず若々しかった


昔と変わらない柔らかな出で立ちで居るだけでほんわかな気持ちになる


(ひょっとしたら私のお父さんになるかもしれない人なんだ)


母と付き合っている事を今まできちんと話をしなかったお詫びと

ゆくゆくは結婚するつもりで付き合っている事などを話してくれた


『佐織ちゃん、お母さんの事、何も心配しなくてもいいから。』

『日比野さん、母をよろしくお願いします。』

私の事を佐織ちゃんと呼ぶ日比野さんにすこしイラッとした

日比野さんは帰るとき母に上着の袖を通してもらい、母は玄関で日比野さんを見送る

その光景は長年連れ添った夫婦のそれのようだった

(もう私は必要ないのかもしれない)

今まで喜ばしいと思って想像していた出来事だが

実際 母親に彼氏がいるという立場を経験すると、なんだが手放しで喜べない事実に

自分の器の小ささを思いしらされた

(私は嫌な娘だ…)

世の中の私のような立場の人たちは同じ気持ちなんだろうか


『母親思いのさおちゃんが好きだよ。』

そう言ってくれた柘植さんを思いだした


私を認めてくれた柘植さんに会いたかった

話をしたかった


夜になって私は携帯電話を見つめた



No.120 15/03/24 21:51
名無し 

(ダメだダメだダメだあ!)

私は大きくかぶりを振った

携帯の電源を切り梱包に使うビニールのプチプチにくるみ、ガムテープでぐるぐる巻きにして
それを居間の押し入れに入れて目の届かないようにした


(未練がましいもうやだ!)

布団に入って寝ようとしたが暑さで寝苦しいのもありなかなか寝付けなかった



2週間後


『ハハハッ!ガムテープってよくやるねぇ!携帯取り出すの大変じゃなかった?』

カフェで友人の岡島直美と会っていた

『朝必死でカッターで取り出したよ…。』

『別にさあ、柘植さんと会ってもいいんじゃない?甘えちゃえば良かったじゃん。元彼なんだし。』

『やだよ!』

『クソ真面目だねぇ野間ちゃんは(笑)お母さんの事だってんな真剣に考えることないじゃん。恋人出来ました。あそう良かったね。でさ。』

『もう今はそんな気持ちだよ。二人の事だから二人に任せてる。結婚しようがどうしようかもね。内緒にされた事がちょっとショックだっただけだよ。』


『ふうん。で、電話で家出るって言ってたけどもう引っ越し先とか日にとか決まったの?』


『ううんまだ。これから探す。お盆までは家にいるつもり』

『何も今家出なくてもと思うよ~もったいないじゃん、家賃とかさ。お母さんの結婚決まって居づらくなってから出れば?』

『そういうのもなんか嫌なんだ。』

『そんなに気ィ遣うことないのに。』

『性格だから仕方ないよ。』





No.121 15/03/25 21:34
名無し 

>> 120 9月

私は家を出た

効率を考えて会社から自転車で5分くらいの場所に引っ越した

引っ越し屋さんが立ち去ったあと
一人荷造りを解いていた

おじいちゃんとエルが写っている写真をカラーボックスの上に置いた

『さおりがんばれよ!』

おじいちゃんの声が聞こえた

窓を開け実家のある方向に向かい

(お母さん今までありがとう!幸せに!)

と家を出る時に言えなかった言葉を心の中で叫んだ

なぜかわからないが、私は一人暮らしするような気がしていた

それは私の真の気持ちが望んでいた気がする

夕方部屋の片付けが大まかに終わり、とてもお腹がすいたので
会社で評判のラーメン屋でラーメンを食べる事にした

(センチになるのはもう今日限りだ)

そう思いながら熱い麺をすすった


~第2章終~



No.122 15/03/26 20:34
名無し 

2年後

一人暮らしが当たり前に生活する毎日

軽自動車を購入し実家にはちょくちょく帰る時もある

母と日比野のさんはまだ結婚していない

私も彼は居なかった

岡島に紹介された男性と少し付き合ったがなにか気持ち的に合わなくてすぐに別れてしまった

仕事とアパートの往復の毎日だったがそれなりに充実していた


今日はお彼岸で
先にお墓参りを済ませてから実家へ向かう

お墓参りとあともうひとつ
母に聞いてもらいたいことがあったのだ

ガラッ『こんにちわ。』


No.123 15/03/27 17:58
名無し 

>> 122 『いらっしゃい。』

母は笑顔で迎えでてくれた

『佐織ちゃんこんにちは。』

日比野さんは相変わらずアイロンがピシッとかかった開襟シャツを着ている

アイロンは日比野さん自身がかけると母は言っていた

『こんにちは。』

私は愛想笑いで答えた

母にお供えのお饅頭をわたし
仏壇に向かい線香を立ておりんを鳴らし拝む。

『お墓へは先に行ってきたの?』

『うん。』


お茶を飲みながら3人で無難な話題の世間話をする


(どうしようかな、日比野さんが居るとちょっと聞きづらいな…)

今日は母に聞きたいことを話すのを諦めて、そろそろ帰ろかと思ったその時


ドンドン!

ドンドン!

『依ちゃん!』



orz……





No.124 15/03/27 23:47
名無し 

>> 123 ガラッ

『こんちは!あっ佐織ちゃん!ちょうどいい所に来た!こないだの話考えてくれたかい?』

『あの話なら断ったはずですよ、おじさん。』

私はお盆頃に杉浦さんからお見合いを勧められていたのだが断っていたのだった

『そう言ってたけどな、今日は写真を持って来たんだよ。ほらご覧よ~いい男だろ?』

ちょっと気になって見てみた

よくある【お見合い写真】ではなくスナップ写真だった

その男性は釣りをしていて笑顔が爽やかな誠実そうな雰囲気の人だった

『田中佑樹くんていうんだ 母ちゃん(妻)の遠縁の男だけど、佐織ちゃんの話をしたら是非会いたいって言ってな!』

『す…杉浦さん、佐織ちゃんはお見合いはあまりしたくないらしいですよ、本人がその気じゃないのに無理に勧めるのは…』

日比野さんが庇ってくれた

しかし杉浦さんに『佐織ちゃん』と呼ばれても気にならないのに日比野さんに『佐織ちゃん』と呼ばれるのは何か嫌なのは何故だろう


『何言ってんだよ!日比野くん!あんたと依ちゃんもいつまで中途半端な事やってんだよ!きちんと結婚してケジメつけないとあんたの親父さんもシゲ(佐織の祖父)さんも浮かばれないぜ!なあ依ちゃん!』


チ~ン

杉浦さんは仏壇のおりんを鳴らした

日比野さんも母も矛先が自分たちに向かってきたので黙ってしまった


『と、とにかく私はしませんから。せっかくお話持ってきてもらってすいませんけど。』

『おいおいそりゃないだろ、もう会う段取りもしちゃたんだよ。』

『はあ?勝手に何してんの?!』





No.125 15/03/28 16:04
名無し 

『10月の最初の日曜日Mホテルの喫茶店な!』

『行きませんよ!私。』

『佐織ちゃん、あんたもう25だろ?休日シーデーばっかり聴いて引きこもりじゃ結婚できねぇよ!昔でいやー立派な売れ残りだよ。結婚して子供育ててこそ女の幸せじゃないか。シゲさんが見たら泣くぞ!』

チ~ン

【シーデーばかり】【結婚できない】
【売れ残り】
【結婚して子供育てるのが女の幸せ】


(よ・け・い・な・・お・世・話・だっっっっ!!!!!)


『おっとまた長居してまった!母ちゃんにしかられるな。んじゃ、当日頼むよ佐織ちゃん!』

ガラガラッ ピシャン

ブルルル……

『あ、俺もそろそろ帰るわ、佐織ちゃんゆっくりしてってね。じゃ…。』

日比野さんもばつが悪そうに帰っていった

『佐織、会うだけ会ってみたら?せっかくの話なんだし。』



『ゼッタイ イヤ!!』





No.126 15/03/29 19:47
名無し 

>> 125 『そ、そんなに嫌なら行かなきゃいいと思うけどね。』

『うん、そのつもり。お母さんたち杉浦さんに言われ放題で腹立たないの?』

『杉浦さんは人と人との縁を取り持つお役目の使命を持っているのよ。あんたもわかっているでしょうけど。』

それはわかっていた。お母さんと日比野さんも、おじいちゃんとおばあちゃんも杉浦さん絡みで縁を結んだと聞いている

まとめた縁談も数知れず

杉浦さん自身に邪気を感じない
だが悪気はないとはいえ
あの図々しさには嫌気がさしていた


『それよかあんた、何か私に聞きたい事があるんじゃないの?』

相変わらず母は勘がいい




No.127 15/03/29 21:13
名無し 

私はこの間ちょっと気になる夢を見た事を話した

それは一週間ほど前だ

私はゆりかごの中で寝かせられている赤ちゃんだった

周りは夜なのか暗かったが窓から月明かりがさしこんでいた
『佐織、佐織…』

父と思われる人の声が聞こえる


そして二つの影が私の寝ているゆりかごを覗きこもうとしていた

母が私をゆりかごから放し胸の中で抱き抱える

安心感で私はまた眠りに落ちる


という夢だ

あれは私が赤ちゃんだった頃の記憶

『お母さん、覚えてる?』



『う~ん…あまり覚えてないんだけど…。』

『そう…お父さんが私の事を思ってるのかもしれないのかなって…違う?』

『う~ん…。』

いつもとは違う母の歯切れの悪さを感じた

『変な事聞いてごめん。別に知ったからといってどうするつもりでもないから。』

『ただ…あんたの事を想ってる人がいるのはわかるわ。』

『想ってる人?…』

誰?やっぱりお父さん…?

ガラッ

『こんにちは!』

修一叔父さんが来た


No.128 15/03/30 21:19
名無し 

『お兄ちゃん久しぶり。』

『アルトがあったから佐織居るなと思ったよ。』

叔父のわらい皺が少し増えた気がした

仏壇でおまいりをすませた叔父は食卓のテーブルに座った

『なんか飲む?』

『ああ、アイスもらおうかな。』

私は冷蔵庫からアイスコーヒー出しコップに注いだ


『修一、さっき杉浦さんが来てね…』

母は事の詳細を話した


『あれ?いい話じゃないの?会ってきたら?お見合い否定派じゃないだろ佐織は。』

『もちろん否定じゃないよ。杉浦さんのいいなりになるのがしゃくに触るだけ。』

『まああの人強引だからな(笑)俺もさんざん勧められたから参ったよ。でもこの年になったら何も言ってこなくなったな(笑)』

私は覚えていた
まだ叔父がこの家で暮らしていた20年位前、杉浦さんと叔父がよく話していた事を。今から思えばそれはお見合いの話だったのだろう。


『お見合いは佐織に向いてると思うぞ。』

『ええ?何で?今は合コンとかサイトとかあるよ。』

『そういうのもあるけど、昔ながらの見合いは身元が確実だからな。不倫や詐欺の心配はないぞ。』

『そうだけど…』


『親にしてみれば知り合いの紹介て事で安心よね。』
と母が言う

『えっとMホテルだっけ。あそこのロビー、生のピアノ演奏やってるぞ。佐織興味あるんじゃなかったか?』

『え?本当?』

『ああ、この間部下の結婚式に行ったらやってたぞ。日曜日。』

(そうなんだ)

『そういう用事でもないとMホテルなんて行かないじゃない?』

(まあそうだけど…みんなやけに勧めるなあ…)

『そうそう、この人の経歴書を杉浦さんからもらってたんだったわ。』

母は引き出しから茶封筒を取り出し、その中から履歴書よりもう少し簡略された 見合い相手の経歴書を私に見せた

(そうか…この人…。)

経歴書のある箇所が私の目に留まった





No.129 15/03/31 21:42
名無し 

経歴書

田中佑樹

昭和××年○月○日生

××大学経営学部卒業

K建設B支店勤務

趣味……


(K建設…私が不採用になった会社だ。そこに勤めてるんだ。)

何やら因縁めいたものを感じた


『何?』

『ううん、別に…。えっと経歴書なんていただいちゃって、私は渡さなくていいのかな?』

『あれ?ちょっと興味わいてきた?杉浦さんがだいたい話してくれるらしいから大丈夫みたいよ。写真もいいって。堅苦しい見合いじゃないから当日は杉浦は行かないって言ってるし。』

『そうか…。でも私、行きません!て啖呵きっちゃったし今さら…。』

『人の気持ちは変わるものよ。杉浦さんは佐織が来るものだと思ってるからいいんじゃない?』


『ん~…。』

『何でも経験だぞ佐織。』

離婚経験者と結婚未経験者の二人の意見に妙に納得してしまう自分がいた



No.130 15/04/01 20:30
名無し 

教えて&ご相談>教えてご相談総合

見合い話をもってきたのに
No.2222222(365hit)
杉浦幸男(72♂aaabc)
**/04/01 21:46(最終更新日時)

知り合いの25歳の女の子に見合い話をもってきたのに嫌な顔されました。 いきおくれないよう世話してやっているのに何が気に入らないんでしょうか?

タグ 結婚 女の 幸せ

**/04/01 (スレ作成日時)


No.131 15/04/01 21:11
名無し 

No.1 **/04/01 21:15
匿名1(匿名)
本人が嫌がってるのに無理に勧めることもないのでは?

No.2**/04/01 21:25
社会人2(♀匿名)
老害。余計なお世話

No.3 **/04/01 21:15
匿名3(匿名)
いきおくれとかひどい言い方ですね。

No.4削除されたレス

No.5 **/04/01 21:15
杉浦幸男(72♂)
皆さんレスありがとうございます。
佐織には結婚して幸せになってもらいたいと思うワシが間違ってるんですかの。依ちゃんも修一も一人もんのままで、佐織ちゃんにはきちんと家庭をもってもらいたいんだが。シゲさんがもその方が安心するんじゃないかと……


(おじさん!実名はやめてよ!)

『は?』

(杉浦さんてば!)


ピピピ ピピピ
ピピピ ピピピ

朝アラームが鳴っている

私はベッドから起き携帯のアラームを止めた

(何だろう今の夢。何かのホームページかな?杉浦のおっさんが投稿?まさかなあ…)

今日はお見合いの日

午後からなのでまだまだ時間がある

(おじいちゃんは私に結婚してもらいたいのかな…)

エルと写っている写真をみた

今日着ていく服はもう決まっていた

No.132 15/04/02 20:43
名無し 

約束の時間は2時

Mホテルまでは車で30分位だが駅近くなのでバスで向かった

そこへは前に母と北海道バイキングランチに行った以来たぶん5年ぶり位だろう

大きなガラスの回転扉と自動ドアが開く

左にカフェのようなブースある

『杉浦さんてば喫茶店て…このラウンジっぽい所の事だろうな。』


私は見合い相手の田中さんらしき人を探し辺りを見回した

上から水が流れる透明の大きな壁の近くにその人がいる

相手も私に気がついたらしく こちらを見て軽く会釈をした

四人がけのテーブルの椅子に座っていたその人は近づくわたしに
『野間佐織さんですね。はじめまして田中佑樹と申します。 今日はお時間いただきありがとうございます。』と丁寧に挨拶をした。

『はじめまして。野間です。よろしくお願いします。』

椅子に座りコーヒーを注文する

お目当てのピアノの音が聴こえてきた


No.133 15/04/02 22:28
名無し 

皆さんこんばんは
いつも閲覧ありがとうございます

会社繁盛期のため更新出来ない日がある事を了承願います


どうか今年度も皆様が幸せでありますよう(祈.礼)


No.134 15/04/03 21:32
名無し 

田中さんは36歳、身長は170cmあるかないか位で普通の体型
いわゆるイケメンではないがスーツを着てきて挨拶もきちんとしてくれたので誠実さなところが好感を持てた

私はK建設会社を不採用になった事がある話や
今の仕事の事など会話は盛り上がり

結構長い時間田中さん話をしていた
食事はしなかったが帰りは車で送ってもらい、お互い好印象で次に会う約束もした

(礼儀正しくていい人だな。意外とこんなふうに結婚話って進むものだろうか。)

家に帰りお風呂に入りながらそんな事を考えていた

大好きなピアノも沢山聴けたのも気分が良かった

そして田中さんとはその後映画と食事に2回ほどデートをして

付き合ってもいいかなという気持ちになってきた



No.135 15/04/04 20:07
名無し 

10月月末

経理課の前の廊下で

『ちょっと困りますよ。もう締めちゃいましたよ、三島さん。』
私はこの言葉を何度この男に言ったかわからない


三島啓輔、毎度毎度出張費の提出が遅い

『んな事言わないでさあ、頼むよ野間さん~。』

馴れ馴れしく軽い営業課の男。
いっっっつも締切あとにも仮払い請求をだす
こうゆうルーズには私は厳しかった

『知りませんね。来月勘定にしますよ。この分は。』

『あーいかわらず冷たいな!』

『きちんと期日に書類だせばいいだけじゃないですか。こちらが悪いみたいな言い方しないで下さいよ。』

『そんなんじゃ彼氏に嫌わるぞ!』

(杉浦かよ腹立つ)

『いませんよ。彼氏なんて。』

三島さんはすこししゃがんで私に顔を近づけ小声でこう言った

『アンタMホテルでお見合いしただろ。』

思いもよらぬ問いかけに私は驚いた

『何で知ってるんです?見たんですか?』

『あそこでピアノ弾いてたの。俺。』

『!!!』

(だれか嘘だと言って下さい。)

No.136 15/04/06 23:00
名無し 

弾いている人は男性なのはわかったがマジマジ観察した訳ではない
田中さんと話もしていたし、三島さんだとは全く気付かなかった

『え!スゴい、素晴らしい演奏でした!感動しました!』


(あれ?)

私は自分でも驚いた
本当は
『嘘ばかり言って!』とか『冗談でしょ』とか言うつもりだったのに

あの時聴いた耳心地のよい音色を思い出し、頭で考えるより先に口から本音を言ってしまったのだった

私はしまったと思ったが仕方ない

三島さんは予想しなかった私の言葉に一瞬戸惑っているようだった

『あ、え、そう?ども…。』

三島さんは私がピアノの曲を好きな事を知らない
私の誉め讃える言葉に戸惑うのも同然だ

『じゃあ失礼します。』

私は三島さんの持ってきた仮払い請求をもらい部署に戻っていった

この分はもちろん来月勘定にする


No.137 15/04/08 00:01
名無し 

しかしどうしたものだろうか
あれから
【三島氏がMホテルでピアノを弾いていた】
という事実が気になって仕方ない

いつもMホテルで弾いているのか
どうしてそこで演奏してるのか

聞きたかったが三島さんは営業なので社内でも中々会えずにいた

一週間ほど経ったある日、偶然トイレから出てきた彼を背後から取っ捕まえてたずねた

『あの、いつもMホテルで弾いてるんですか?』

『え!!あーびっくりした…この事内緒だからね大きな声で聞かないでくれる?。』

『すみません。』(大きくないですけど)

『いつもじゃないよ…何?そんなに気にいったの?』

『はい。いけませんか?』

『けんかごしは可愛くないなあ。』

『すみません。是非また聴きたいんです。いつ行けば聴けますか?』

『まだ決まってないんだ。決まったら教えるよ。』

『本当ですか?お願いします。』

私は深々と頭を下げた

『何か調子狂うなあ…。』

『ありがとうございました。では失礼します。』

私は嬉しくなって自然に顔がにやけてしまった

翌日会社の内線電話で三島さんから
再来週日曜日Mホテルでピアノを弾くとの事を知った

『再来週かあ…。』

この日は田中さんと会う約束をしていたのだった






No.138 15/04/10 23:46
名無し 

(どうしよう…断ろうかな…)

二週間後の日曜日は田中さんと××寺まで紅葉見にドライブへ行く予定だった

やっぱり先約を反故にする事は気がひけたのでMホテルへ行くのは諦めた

数日後またトイレから出てきた三島さんを取っ捕まえて

『すみません、日曜日Mホテル行けないんです。せっかく教えもらったのに本当にすみません。』

『いいよいいよ、わざわざ律儀だなあ(笑)』

『あの、これからこちらの方に予定教えてもらえますか?』

私は携帯の番号を書いた紙を渡した

『え?いいの?よほど気に入ってもらえたんだ。ありがとう。』

『はい、素敵な演奏でした。』

お礼を言った三島さんの笑顔に不覚にも少しドキドキしてしまった

田中さんとのドライブよりも三島さんのピアノの方が楽しみなのが偽りのない自分の気持ちだった



No.139 15/04/12 22:03
名無し 

日曜日
予定どおり田中さんと出かける

車で一時間くらいの山中にあるそのお寺は紅葉で有名で

美しい朱の情景に来て良かったと思えた

帰りに寄ったカフェで
改めて結婚を前提に付き合って欲しいと申込まれた

お見合いは元々結婚相手を探すという動機の出会いだ

そう言われるのは意外でもなく嫌でもなかった

田中さんは一部上場企業に勤めてて穏やかで誠実な人だ

結婚相手には申し分ない

何度かデートを重ね気取らない自分もだせるようになってきた

なのに

イエスと即答ができなかった

今日明日に返事はしなくても構わないができれば近いうちには返答してほしいとの希望だ


私は温かい家庭に憧れがある

母子家庭で育って不幸だとは思ってはいない
母は優しいしおじいちゃんもいたし幸せな子供時代だった

だけどやはり
誰かと人生を共にして家族を得たいという気持ちはもっていた

田中さんにアパートまで送ってもらい
お礼を言って別れた

部屋に入りお気に入りのCDを流しながらメイクを落とす


鏡の中の自分を見ながら問いかける

私は田中さんの事を好きなのか


My One And Only love
曲が流れている

…私が愛したただ一人の人



No.140 15/04/13 21:30
名無し 

私の気持ちは田中さんと結婚する方向に傾いていた

現段階では好きとは言い切れなかったが
少なくとも悪い印象ではない

何しろ結婚するには好条件だ

お見合い結婚って多分こんな感じで成立するのではないか

気持ちは決まってきたのに何故かOKの電話ができないまま
3日経ってしまった

木曜日

仕事帰りによく行くコンビニに、朝食用の牛乳とパンを買うために立ち寄った

雑誌などを物色していたら、大学生風の男性が横からこちらをチラチラ見ている

なんだろ気持ちわる…

早々に買い物して帰ろうと雑誌売り場を去ろうとしたら、三島さんが店に入ってきた

『よっ!』

隣の若い男が気持ち悪かったので三島さんが来てくれて少しほっとした


『三島さん、この間はせっかく教えてくれたのに行けなくてすみませんでした。』

『いいっていいって。デートだったんだろ?また予定きまったら電話するよ。』

『はい。ありがとうございます。お願いします。』

『なんかいつも怒られてる野間さんからこうも恐縮されると調子狂うんだよね(笑)…。』

『私怒ってませんよ、注意してるだけです。あの…前から聞きたかったんですけど、どうしてあんなに上手に弾けるんですか?』

『どうしてって…一応ピアニスト目指してたからね。』

(…信じられん…。)



No.141 15/04/16 19:13
名無し 

『何その疑いの眼差しは~(笑)アンタは何でピアノ好きなの?』

『何でって聴いてて 心地よいからですけど。おかしいですか?』

『ほらまた突っ掛かるぅ~』

三島さんは私を指差すのでイラッとした

『突っ掛かかってなんかいませんよ!』

イラッ プラス ムカッ

その後三島さんと言い争いとまではいかないがケンケンガクガクと言いあっていた


『あの…野間さんですよね…』

こちらをチラチラ見ていた若い男が私に声を掛けてきた

(誰?この人…どこかで会ったことあったかな?それともストーカー?キモ…)

警戒しながら返事をする

『はい…あの…どちら様ですか?』


『成田です。』

『え?』(成田?中学の同級生の男子でいたけど…違う人だよな…)

『敏春だよ、覚えてないの?』

『ええ?トシくんなの?』



No.142 15/04/18 15:23
名無し 

目の前の背が高いが、細身で少し猫背で今時の若い子風の男がいた

『トシくん、見違えちゃった…久しぶりだね。』

『うん、久しぶり。俺はすぐわかった。野間さんの事。』


敏治が野間さんって言うなんて…

『誰?この子知り合い?』

三島さんが話に割って入る

『幼馴染みです。大学生だっけ?トシくん。』

『いや。今年就職したんだそこのD社に』
D社は商社で支社の入っているビルがすぐそこにある
敏春のジャケットの下をよく見たらスーツを着ていた

『D社!またすごいところに入社したのね…。』

『いや、別に…。』

子供の頃のやんちゃな部分はなくなっていたがぶっきらぼうな物の言い方は変わってなかった

『あたしもそこのγ倉庫だよ、奇遇だね。でもびっくりした…』

『前から見かけてたんだ…多分野間さんだと思ってた。』

『そうなの?全然きがつかなかった…。』



No.143 15/04/18 19:59
名無し 

『10年?ぶり位?』

『うん。』

トシくんの目元が母親の静子さんを思わせる

『10年ぶりに会ってもすぐわかるなんて、アンタ全く成長してないって事じゃん!』

(うるさいわ、三島)

ピロピロピロ♪

コンビニの自動ドアが開き私達三人に気づいた男がいた

『田中さん…。』

ほんの少し間があった

『野間さん、今帰りですか?』

『あ…はい。』

何も悪い事はしてないのに何となくバツが悪い

『送りますよ。まだ仕事の途中ですけど。』

『いえ、家すぐそこですから…失礼します。』

早くこの場から立ち去りたかった

『トシくんまたね。』

『うん。』

三島さんはいつのまにかドリンク売り場へ行ってしまっていたので声はかけれなかった

何かしら悪さをして母親に見つかってしまったような気持ちだった

まだ田中さんにキチンと返事をしていない

その事は気にかかっていた

はや歩きで10分ほど歩いたらアパートについた

あわててしまって牛乳もパンも買うのを忘れてしまった

後でもう一回コンビニに行かなければ…


No.144 15/04/18 20:17
名無し 

前に聞いたことがある。
田中さんは営業ではないがうちの会社にもたまに社用で来る事があるらしいのだ

別にあわてて帰ることもなかったかもしれない
幼馴染みと同じ会社の人と話てただけなのだから


でも何となくだが田中さんの対応が冷たいような気がした

私の考えすぎなんだろうけど

やはりあの人と結婚する事になるのかな?

結婚する方向で気持ちが固まってきたのがまた不安になってきた


(何か今日はいろんな事あって頭ぐちゃぐちゃだわ…)

私は以前母が言っていた

『佐織の事を想っている人がいる。』

という言葉を思い出した

(お母さんに…聞いてみようかな…)


私は母の携帯に電話をした


No.145 15/04/19 19:14
名無し 

買い忘れた牛乳とパンをコンビニで買い、家に戻ると9時すぎになってしまった

今日は木曜日なのでテレビで渡鬼をやってるから母は見てるだろう

悪いと思ったけど聞きたいことだけ聞いてすぐ終わらせるつもりで母に電話をした

『もしもしお母さん?』

『何?今渡鬼見てんのよ。』

(やっぱり)

『今日、トシくんに偶然会ったよ。』

『あら、へぇ~元気だった?』

『うん。すっかり大人になって見違えちゃったよ。』

『でしょうね(笑)で、私に何が聞きたいの?電話してくるなんて、よほど急ぎなんでしょう?』

『うん…あのね…私田中さんと結婚しようと思うんだけど…。』

『いいんじゃない?杉浦さんには報告した?』

『まだだけど…お母さん、お母さんに聞きたいの、私は田中さんと結婚して幸せになれるの?』





No.146 15/04/20 19:57
名無し 

『そういう事を聞いても私が答えないことはアンタが一番よくわかってるでしょう?』

予想通りの答えだったが今回は食い下がる

『でもお母さんはお見合いを勧めてくれたじゃない、結婚だよ、娘の一大事だよ、助言してくれてもいいじゃない、お願いだよ。なんか不安なんだ…。』

『甘えたら駄目よ。人生の選択は自分で決めなきゃ。』

『わかってるよ!そんなことは!自分で決める!ただ参考にしたいだけなの!』

『いい加減にしなさい。佐織、あなたが柘植さんと付き合う前に【別れる事になるから付き合うのやめなさい】と言われたら付き合ってなかったの?』

『………。』


それを言われたら何も言い返せなかった

私はその時は柘植さんに夢中で誰かに何かを言われたとしても柘植さんと付き合っていただろう

たとえ【別れる運命にある】と言われたとしてもそれを信じはしなかっただろう

『もういい!』

電話を切った
こうなる事は半分予想していたのだが
母にはっきり言われてあきらめもついた

そして田中さんに結婚する意志がある事の電話をしようとしたが、心が落ちつかず出来ないまま
今日が終わってしまった


金曜日

(やっぱり今日きちんとお返事しよう)

会社から帰り夕飯の支度をする


(まだ早いな8時頃電話しよう)


…トゥルルルル…

もやしを炒めていたら携帯が鳴った

母からだった

(昨日後味悪い電話しちゃったから気にしてくれてるのかな)

『はい、何お母さん』




No.147 15/04/21 19:42
名無し 

『佐織ちゃんかい?田中くんが佐織ちゃんとの話はお断りしてくれって言ってきたんだよ、スマン!』

『あ、杉浦さん?』

(そうか、お母さんの携帯を借りてるんだ)

『さっき田中くんの母親から電話で聞いて急いで田中くん家へ行ってきたんだ。田中くんはまだ仕事だから母親と話たんだけど、「うちにはもったいないお嬢さんだから」って繰り返すばかりでな…うまくいってるとばかり思ってたんだが、何かあったんかい?』

『何もないよ、私も受けるつもりでいたんだけど…そうなんだ…断られてしまったんですね。』

『そうか…そうだよなあ…佐織ちゃんに悪いところなんて見当たる訳がない。スマン!本当に申し訳ない!』

『おじさん、いいんですよ、ご縁がなかったんです。』

『親から断りの電話させるなんて、ありゃマザコンだな!佐織ちゃん姑に苦労しなくて良かったかもしれんぞ!次はもっといい男紹介してやるからな!』

『え?いいですよ(笑)色々お世話かけてすみませんでした。』

電話を切るまで杉浦さんは何度も私に謝った

断られた事にショックなのはもちろんだったがどこかホッとしている自分もいた

(田中さん、なんでかな…あまり待たせてしまったからだろうか…それともコンビニの事が理由なの?)

確かめるために田中さんに電話をしようとしたのだが、話をしてももう壊れてしまった縁談が元に戻る気がしなかったのでかけなかった。

その翌日田中さんから連絡がきた

『野間さん、この度は申し訳ない。』



No.148 15/04/21 22:31
名無し 

聴いていたCDを止め携帯電話の会話に集中する

『いえ…でも急にお断りと伺ったので正直こちらも戸惑いました…。あの…ひょっとしてコンビニで会ったあの二人の事誤解してませんか?あの時ちゃんと説明しなくてすみません、幼なじみと会社の人なんです。』

『ええ、幼なじみの方は初対面ですが、ひとりは三島さんですよね。』

『ご存じだったんですか…。』

『店に入る前にお二人が話しているところを見掛けたんです。佐織さんは私には見せた事のない表情をされてましたよ。喜怒哀楽の豊かな生き生きとした表情を。』

『三島さんとは趣味が同じなんです…。その事を話していたからかもしれません…。』

『志を同じにする者同士にはかなわないのですよ。』

『ちょっと待って下さい!勘違いされてますよ、志なんて大げさです。趣味が同じなだけで…私は三島さんには特別な感情はもってないです。あなたからの結婚の申し込みを私は受けようと思ってたんです。私を気にいらなくなったならそうおっしゃって下さい。』

これは本心だった


『…佐織さん、あなたご自身、お母さんの野間依子さんの娘との認識で私の話を聞いてもらえますか?』




No.149 15/04/22 20:03
名無し 

野間依子の娘として聞いて欲しいって、どういう事だろう

『佐織さん、あなたなら信じてもらえるでしょうから言いますが、私は人が放つ気が見えるんです。』

『気?』

『人の感情がその気の出方でわかってしまうんです。楽しそうにしている人でも心からではないと黒い気が覆っているのがわかるんです。他の人が見えないものが見えてしまう。その事で悩み、あなたのお母さんのところへ行きました。わたしが高校生の頃であなたはまだ小学生で可愛らしかったですよ(笑)』

『田中さん…うちへ相談しにきたんだ。』

『お母さんに相談しましたが、見えてしまうことはどうにもならないと言われてしまいした。私は自分では望んでないのに人の本性がわかってしまう事に苦しんでいましたが、その事を信じてくれる人がいて嬉しかったです。』

『そのせいで私はなかなか恋愛もうまくいかず…こんな年になってしまったんですけど(笑)それが先日あなたとの見合い話があり、ご縁を感じお会いしたんです。私は驚きましたよ…。あなたの気が私の気によく似ていたんでね。よく言う相性といわれるものがとても良い事を感じたんです。この人ならと思い、結婚して欲しいと申し込んだんですよ。しかし、あなたは違う人を見てたようです。』

『そんなこと…ありません。』

『私に嫌な感情はないでしょう。しかし好きだという気持ちは薄いのではないですか?他に気になる人が居なかったらそれでもいいかもしれません。でもあなたはそうではない。あの時三島さんといるあなたは輝いていた。私といる時の何倍も…。』

『だから…それは趣味が同じだから…』

『ご自身でもまだ気づいてないのかもしれませんね。ですが私ではあなたをあそこまで輝かすことは出来ないんです。』

『輝きって…わかりません…私には…。』

『佐織さん、結婚は一番好きな人とするものですよ、特に女性は…。でないと色々な事を乗り越えられない。』

『田中さん…私は…』

そのあとの言葉が出て来なかった



No.150 15/04/23 20:22
名無し 

『これ以上言い訳するのもみっともないので…あなたに何も悪いところはありません。一度正式に申し込んどいて後で取り下げた意気地無しな男だと思って下さい。本当に申し訳ありませんでした。』

『いえ…気にしないで下さい。わざわざありがとうございました…。』

そう言って電話を切った

(ごめんなさい…)

何に謝っているのか
自分でもわからなかった


それから一週間たった日曜日
私はこの一件がある前から会う約束をしていた友人の岡島と、カフェで話をした


『も~野間ちゃんは…さっさとやっちゃえば良かったのに!』

『ええ?自分からなんて誘えないよ。』
私はちょっと甘めのカフェラテの泡を口にした

『そんな固いことばっか言ってるからうまくいかないんだよ。男なんて頭んなかエロい事で大半占めてるんだから、ちょっとその気にさせたらすぐ落ちるに決まってんだよ。』

『え~そういうもん?』

『体の関係があったらそう簡単に別れなかったんじゃない?きっと野間ちゃんを離さかったよ。』

『それはそうかもしれないけど…。』


『その会社の人とはどうなの?』

『どうって…何もないよ。』

『何?そっち行くんんと違うの?』

『そう簡単にこっちがダメだからそっちって訳にいかないでしょ、だいたいまだ好きかどうかもわからないのに…』


『も~何?いいじゃん付き合っちゃえばさ、その鍵盤男子もお見合いのやさ男も男なんてみんな一緒なの!やってから考えなよ!』

私はきわどい話に周りを伺った

『…岡ちゃん、表現があけすけ過ぎるわよ。私は頭固いのは自覚あるけど岡ちゃんはちょっと女性としてその言い方どうかと思うわ』

『何いってるの!これくらい普通よ!』

皆自分の価値観が正しいと思って生きている

『今度はすぐやっちゃいなよ!』

ジャニ-さんですかあなたは。



No.151 15/04/24 19:55
名無し 

『それにさ、胎教にも悪いよ、下品な子になっちゃったらどうするの?』

岡島は3ヶ月前に結婚し、今妊娠5か月である アレ?計算が…
彼女は口では男はエロいやつばかりとかちょっと乱暴だが旦那さんとは5年付き合って結婚したわけで本当は一途で辛抱強い子なのだ

私の見合いの話がダメになってしまったのを聞いて元気つけるために少々大げさに言っているのだろう

そんな岡島の心遣いがありがたかった

『ストレスが一番悪いんだから心配ないよ。』

岡島はバナナジュースをストローで飲んだ

『篠の二人目のこどもと同級生になるかな?』

『予定日は4月10日だから、早く生まれれば同級生になるね。』

篠はご主人の転勤で家族で関東へ引っ越してしまったので滅多に会えなくなってしまった

お正月休みはみんなと集まっていたのに今回はそれは叶わないかもしれない

篠も岡ちゃんも他の友達も家庭を持つと少しずつ疎遠になっていくのは仕方ない

今回のお見合いの件でしばらく誰かとお付き合いするのはやめておこうと考えるのだが

家庭をもつ憧れが消えた訳ではなく


皆の幸せな顔をみたり
岡島が愛しそうにお腹をなでたりするのを見ると私も赤ちゃんを抱っこする日が来るのかなとふと思ったりした




No.152 15/04/25 19:57
名無し 

そうこうしてるうちに忙しい年末になってしまった

私は上司から頼まれた書類を作成するため資料室へいかなくてはならなくなった

総務の入社2年目の浅井美香から鍵を預かり資料室へ向かう

資料室のドアノブの鍵を開けて電気を付け、お目当ての資料を調べていると、誰かが入ってきた

ガチャ

『野間さ~ん、いるんでしょ~。』

その声は…。

『いたいた~あのさあ5年前のF社との契約書の原本どこにあるかおせ~てくんない?』

やっぱり三島さんだ奥の方で探している私のそばに来た

『ご自分で探したらどうですか?私だって忙しいんですよ。見たらわかるでしょう?』

『俺さあ、資料室ってどこに何があるかわかんないんだよねー滅多に来ないから。』

『だいたい資料室なんて誰でも滅多にきませんよ。』

『あんた俺のファンでしょ、頼むよ~俺こういう面倒くさい事大嫌い!』

なんという横着さ…
『資料探しだって仕事のうちじゃないですか…。三島さんそういえばもうMホテルで弾かないんですか?』

『ホテルは年末年始はイベント多いから俺の出番ないのよ。あんたこそ彼氏とデートだったりするだろに演奏なんて聞きにこれないだろ?』

『あの話ダメになりました。』

『え?あ…そうなの…ごめん…。』

『別に謝らなくてもいいんですよ。』



No.153 15/04/25 23:45
名無し 

『K建設の田中さんは購買のキレ者で、なんとなくアンタと似てっからお似合いだと思ってたんだけど残念だったな…。』

その理由の一端なのが自分であることをこの男はわかってるんだろうか

『……』

『じゃあさ、俺と付き合ってみる?…』

壁ドンならぬ資料棚ドンというべきか

私は三島さんに後ろからかかえ込まれてしまった
体には触れなかったが両腕を後ろから挟まれ感じだ

顔が近づいてきた

一瞬目をふせ隙を見せるふりをした私は三島さんの右腕を捻りあげた

『痛てぇ!!』

三島さんは膝を床に落とした

『フン!このクソ男がっ!』

バタン!ガチャン

私はそう言い放ち必要な資料を手にし資料室のドアを閉め鍵をかけた

(こんなサイテー野郎に私ったら…)


総務の後輩の美香ちゃんに資料室の鍵を返したら美香ちゃんが

『あれ?三島さんが行きませんでした?資料室の鍵取にきたから野間先輩が今行きましたよって伝えたんですけど。』

『さあ、知らないわ。』


(しばらく反省するがいいわ)

その10分後資料室の前を通りかかった人に彼は鍵を開けてもらった

私は営業部に出向き『ごめんなさい~気がつかなくてぇ~』と他の人の前でわざとらしく三島さんに謝ったが

本音は蹴りを入れたい位腹が立っていた

彼は『いいよいいよ(笑)』
と作り笑い丸わかりで対応した


その夜三島さんから電話がかかってきた


No.154 15/04/26 20:33
名無し 

…トゥルルルルル…

トマトパスタを食べる手が一瞬止まったがシカトした

20分後

…トゥルルルルル…

(もう一度ガツンと言わんとわからんのか!)

『もしもし?』

『ちょっと、やってくれるじゃん?まさかあんたがあんな事するなんて思わなかったよ(笑)』

『私、セクハラと下ネタが大っ嫌いなんです!』

『あんなとこで襲うわけないじゃないか…冗談だよ冗談、酷いな腕捻るなんてよ。』

『どっちが酷いんですか!冗談でもやっていい事と悪い事がありますよ!』

『ごめん…そんなに怒るなよ…。』

『私、三島さんは普段はおちゃらけてるけど、営業成績はいいから有能で仕事はちゃんとやる人だと思ってました。あんな無礼な事する人だとは思いませんでした。見損ないました。』

『…すまない…。調子に乗りすぎたのは謝る。すみませんでした…。』

『もう電話してこないで下さい。もう私に話かけないで下さい。ピアノも聴きに行きません。じゃ。』

『え?ちょ、ちょっと待ってよ!聞いて話!』

『何です?もう用事ないですよ。』

『今あんたの部屋のアパートの下に居るんだよ、降りて来てくれる?頼むよ!』

『やですよ!帰って下さい!』

『ちょっとでいいんだ…すぐ帰るから…』

『警察呼びますよ!』

『かまわない。本当に謝りたいだけだから。』

『……。』

三島さんの口調が真剣なのを感じとった私はアパートの下に降りていった。



No.155 15/04/27 20:01
名無し 

自転車置き場の軒の下に三島さんはいた
寒いのだろう耳を手でふさいでいた

『どうしてここがわかったんですか?』
軒の薄暗い蛍光灯の下.話す息が白くなる

『後つけてきたんだ…。ごめん!冗談とはいえ気分を害する事をしてすんませんでした!』

三島さんは深々と頭を下げた

『もういいですよ…。わかりました。頭上げて下さい。』

ほんのちょっと可哀想になってきたのと、ゴタゴタもめるのも鬱陶しいから謝罪を受け入れた

『じゃあ…もう帰って下さいね。おやすみなさい。』

『あ、あのさ、また演奏聴きに来てくれるのかな?』

『え?年末年始は出番ないって言ってたじゃないですか。』

『Mホテルじゃないんだ。他に弾いてる場所がある。』

『…ラウンジみたいなお店ですか?』

『まあ、そんなようなとこだけど…。来てくれる?』

『今からですか?もう8時過ぎてますよ…。』


『そうだな…明日も仕事あるしな。日曜日はどう?迎えに行くからさ!』

『……。』

私は迷った
ピアノバーみたいなお洒落なお店は行ったことがないから興味があったが
正直今すぐ三島さんの事を信用は出来なかったからだ

『ごめんな、野間さんが俺のピアノ素敵だって言ってくれてすごく嬉しかったんだ。だから甘えちゃって調子に乗ってあんな事をしちゃって…ファンを大事に出来ないなんてサイテーだよな…。』

すごく反省しているようには【見えた】

『…わかりました。行きます。』

『マジ?良かった!』

『何時来るか詳細は電話して下さいね。おやすみなさい。』
自転車置き場を後にアパートの階段を上がろうとした

『え~そっけいなあ~お茶でもどうぞとか言って部屋ん中に入れてくれないの?』

『……。』ジロリ

私はもの凄い眼力で三島さんを睨んだ

『…って言うのは冗談です。ハイ…。』



No.156 15/04/28 17:07
名無し 

『う~寒かった。』

私は部屋に入ってすぐにストーブを付けた

外で話していたのは5分位だったろうが、それでも上着を羽織らなかったので体が冷えてしまった

(私が帰ってきてから1時間位たつ…。三島さんずっと外にいたのかしら…最初にちゃんと電話出れば良かった)

ちょっと申し訳ない気持ちになった

日曜日

私は本音は生の演奏が聴けるのをすごく楽しみにしていたのだった

三島さんは3時に来ると電話で言っていた
客がいない時間の方がいいとオーナーが言ってるらしい

…トゥルルルルル…

髪をコテで巻いていたら電話がかかってきた

『野間さん、着いたよ。下に居るから。』

『はい。今行きます。』

ベージュのカシュクールワンピースに黒のコートを持ち、一年に一度くらいしか履かないビジューの装飾のパンプスを履いて家を出ようとしてドアの前でで立ち止まった

『一応護身用のスタンガンも持って行こう』

スタンガンを鞄に入れ階段の下に降りた

『お待たせしました。』

『よっ!どうぞ、乗りなよ。』

白のセダンの助手席に座ろうとドアを開けた

ガチャ

『?!』

運転席の三島さんの格好に驚いた

彼は紺のナイキの3本ラインの上下ジャージを着ていたのだった

『三島さん、それナイキの…ですよね…。』

『あれ?野間さんはアディダス派?』

(問題そこじゃねぇよ!)



No.157 15/04/29 00:18
名無し 

『あ、プーマ派かな?』

三島さんはミラーで安全確認して車を発進させた

(どれも着ねぇよ!)

『三島さんその格好で弾くんですか?てっきりスーツか何かだと。』

『ジョーダンでしょ!何で休みの日までスーツ着なきゃならんの?』

『Mホテルではよく覚えてないけどカチッとした格好してませんでした?』

『あそこはホテルだからな。うるさいんだよ。ふぁ~眠む…昨日プレステ明け方までやってたから寝たの朝だよ(笑)』

よく見ると無精髭も生えてる…これじゃ休日のお父さんだわ…

いけないいけない
せっかく聴かせて貰えるんだから…

私は以前から聞いてみたい事を質問した

『ピアニスト目指してたって言ってましたけど、何で辞めてしまったんですか?』

『上には上が居るってことさ♪』

その返事は清々しく嫌みは微塵も感じられなかった


20分ほど車を走らせ
環状線沿いにある二階建の建物の駐車場に車を止めた

一階は今風のヘアサロン

二階にもテナントが入っているようだ

『着いたよ。ここの二階。』

どう考えてもバーやカフェの雰囲気ではない

階段を昇るがヒールで昇りにくかった

先を行く三島さんが
『大丈夫?』と気遣ってくれたが手すりがないので彼のジャージの肘の部分を借りて二階まで上がった

ドアの看板に

○○音楽教室
とあった

(え?お店じゃないの?)

三島さんはドアの鍵を開け中に入った

『三島さん、ここお店じゃないんですね。』

『あ、ちょっと想像と違ったかな?でもピアノはガッツリ楽しんで貰えると思うよ!さあ、入ってよ。』

『ちょっとガッカリしました…。格好もジャージだし…。もっとムードのある場所かと…。』

『そう…悪かったね。』

『いえ…。』

『野間さんは音楽楽しむのに服装や場所にこだわるんだね。』

『あ…』

失礼な事を言ってしまった

『三島さん、せっかく誘って下さったのに嫌な事を言ってすみませんでした。今日楽しみにしてたんでよろしくお願いします。』

私は反省して頭を下げた

『ごめん、こっちが迷惑かけたのにな。あんたのそういう素直なところが…』

『素直なところが?』

『…いいと思うよ。さ、入って!』



No.158 15/04/29 22:17
名無し 

教室へ入ると窓は南向きで明るいにも関わらず、彼はすぐに電気をつけた

広さは20畳くらいでグランドピアノ アプライトピアノ エレクトーン オルガン パーカッション類と何故かフラフープのようなものが置いてあった

『たまにここで練習させてもらってるんだよ。』

三島さんはグランドピアノの前の椅子にすわり鍵盤蓋を開ける

『この椅子にかけなよ。』

とパイプ椅子をピアノのすぐそばに置いてくれたのだが

私はそのパイプ椅子をひきずって、入口ドアの近くにおきそこへ座った

『そんなに警戒しなくても…ま、仕方ないっか(苦笑)。野間さん、後でまた人来るかもしれないからあんまりドアの近くじゃない方がいいよ、ぶつかると危ないから。』

私だけ呼ばれた訳じゃないんだ

ほっとすると同時に残念な思いもあり複雑な気持ちを感じながらパイプ椅子をドアから一メートル位離して座りなおした

『さて…
何が聴きたい?超絶技巧の曲以外なら何でもどうぞ。』

♪♪♪♪

アルペジオで指をならしながら彼は笑顔でたずねた

『前ホテルで聴いた曲でもいいんです。素敵でした。』

私は期待に胸を膨らませた

『ん~何弾いたっけかな?ちょっと前だったからな…。とりあえず俺が思っている野間さんのイメージで選ばせてもらうよ。』

一呼吸おいて曲が始まった


ドビュッシーの
アラベスク



No.159 15/04/30 20:36
名無し 

綺麗な小川の水流を思わせる曲

これが私のイメージ?

♪♪♪♪

(ああ、やっぱりいいな…)

生演奏は心臓にダイレクトに伝わってくる

しばらくピアノの音の気持ち良さに身を委ねていた


演奏が終わり私は拍手をした

『素晴らしいです!
でもこの美しい曲が私のイメージなんて買いかぶりですよ。』

『野間さんはいやらしさがなくて透明感があるよ。ニコ』

『色気がなく頭堅いだけなんですけどね(笑)』

お世辞だとわかっていても誉められると嬉しい

舞い上がりついでに聞いてみた

『…あの、私ビル・エヴンスが好きなんです。』

『ほう、なるほどそっち系ね、OK♪』

滑らかに曲が始まる
これは……私の大好きな曲だ

その曲が半分ほど過ぎた頃

ガチャ

教室のドアが開いた

No.160 15/04/30 21:21
名無し 

>> 159 ※すみません
ビル・エヴァンスです<(__)>


No.161 15/05/01 21:02
名無し 

『先生!』

小学3年生くらいの女の子2人と男の子1人が入ってきた

『お、来た来た。』

三島さんは満面の笑み

『生徒さん達ですか?』

『うん、今は教えてないけどね。ここで弾いてるとたまに来るんだよ。』


『こんにちは。』子供たちは私に挨拶する
『こんにちは。』

今は教えてないのに来るとは先生として慕われているのだろう

『先生、今のディズニーだよね!』

ジャズアレンジだがSomeday My Prince Will Comeはディズニーの曲である

『そっ当たり~!』

『私も弾けるよ!聴いて!』

子供たちは三島さんを取り合うように話かけ、鍵盤に触れる

賑やかな笑い声
窓から差し込む12月の柔らかな日差しとメロディが溶け合い、天国に来たようなハッピーな気分になった

三島さんは皆のリクエストに答えディズニーやジブリ、アニメの曲を演奏し皆を楽しませた

だが子供たちは飽きるのも早く40分ほどで教室から出ていってしまった

嵐が去ったような静かな空間の中に二人

『ひゃ~行った行った(笑)ちょっと休憩しようか。』

三島さんは教室の中にある冷蔵庫を覗いた

『やべ。水ないわ。』

『私買ってきますよ、道路の反対側に自販機ありましたから。』

『いいの?悪いね。』

三島さんはジャージのポケットから財布を出そうとした

『お金なんていいですよ、私出しますから。』
といいながら急いでドアをあけ階段を降りた



No.162 15/05/01 22:24
名無し 

歩道へ出て車道の対面側に自販機があるがもう少し歩くとコンビニへ行けそうだ

信号が変わり横断歩道を渡る


コンビニへ行こうか迷ったが早く戻りたかったしパンプスだったので自販機で水を二本買い、急いで教室に戻った

『はい、どうぞ』

『ありがとう』

三島さんは笑顔で水を受けとる

その後何曲かスウィングを中心に演奏をしてもらい

気がついたら日もとっぷり暮れ、そろそろ失礼しようかと三島さんに声をかけた

『そう?俺はまだいいんだけど、あまり引き留めても悪いから最後にするね。何でも言ってよ。』

『じゃあMy One and Only Loveを…』

『OK』

静かに曲が始まった

私が愛したただひとりの人…

スローテンポで優しく切ないこの曲

私の脳裏に浮かぶのは三島さんでもなく田中さんでもなく

それは柘植さんだった

まだ私は…


素敵な空間のはずなのに心が痛かった


No.163 15/05/02 20:08
名無し 

曲が終わり惜しみなく拍手で讃えた

『今日はありがとうございました。素晴らしかったです。』

『いや、楽しんでもらえたみたいで良かったよ。』

『三島さんまだここで練習するなら私バスで帰りますよ。』

『そんなこと出来るわけないだろ、女性を夜一人で帰らせるなんてよ。』

『ふふっじゃあお言葉にあまえて送って貰えますか?』

教室の鍵を閉めて二人車にのりこんだ
外は暗くヘッドライトを付ける

『また来週良かったら来てよ。練習するつもりだから。』

『そうなんですか?是非来ますよ。ニコッ』

車は駐車場から車道へ

夜になり一段と交通量が増えてきた

『混んでますね』

『ああ』

三島さんの表情が少し固く感じた

『アンタ、まだ柘植の事好きなの?』

『え?なんですか突然。そんなわけないじゃないですか(笑)もう別れて3年も経つんですよ。どんだけ執念深いって話ですよ。どうしてですか?』
どストレートの質問で驚いたが笑いで誤魔化そうとした


『泣いてたみたいだったから。』

車は赤信号で止まった

『え~全然ですよ~ほら見て下さいよ。』

私は三島さんの方を向いて大きく目を見開いた

『涙はないけどな。』

お笑いは通じないようだ



『…もう さすがに吹っ切れてますよ。でも思い出として忘れられないんだと思います。初めて好きになった人ですから…』

『あの曲は振られた時によく聴いて慰めてもらいました(笑)』

信号は青にかわり彼はアクセルを踏む

『誰でも初めての人は忘れられないんじゃないんですか?』

三島さんは言葉を返さず車を走らせている

横顔に笑顔はなかった



No.164 15/05/02 23:28
名無し 

なんとなく気まずい雰囲気に私は左側の窓を見ながら話題を変えてみた

『三島さん生徒さんたちに慕われてるんですね。』

『教えるのは向いてないんだよ。厳しく出来ないからな。子供好きなの?』

『無邪気で可愛いと思いますよ。』

『そう思えるってことはアンタは子供の頃幸せだったんだろうね。』

『そうですね。父親はいませんでしたけど、いろんな人から愛情もらってました。』

『そうか良かった(笑)』

やっと雰囲気がほぐれてきた

『三島さんあの…ずっと気になってたんですけど…私…』

『え?何?(ドキ)』

『お願いきいていただけますか…?』

『お願いって?何の?(ドキドキドキドキ…)』





『私の事アンタって呼ぶのやめてもらえませんか?』


『う…イェッサー!』




No.165 15/05/03 19:52
名無し 

その日の夜は
演奏の余韻にひたりすぎ 興奮してなかなか寝付けなかった

(明日からまた仕事だし 早く眠らないと…)
また来週の日曜日を楽しみに一週間頑張らなきゃ)

そう思いながら
アラームを確認して来週の日曜日を想像しながら眠りについた

それから一週間
年末ということもありかなりの仕事量をこなし、やっとの思いで日曜日を迎えることができた

前日三島さんからまた3時に迎えに行くから という電話をもらい 先週よりはお洒落に気合いを入れず、ラフな白のセーターと茶のパンツという格好で到着の電話を部屋で待っていた

3時10分になったが
まだ電話はかかってこない

(道が混んでるのかな?)

こちらから電話せずもう少し待ってみる

3時20分

(三島さんたらまたゲームのやりすぎで寝坊でもしたのかしら)

3時半

(ちょっと遅くないですか?)

私は三島さんの携帯に発信をする


(繋がらないわ…)



No.166 15/05/03 23:37
名無し 

3時40分になってしまった

(何かあったんだろうか まさか事故じゃないでしょうね…)

(携帯の電源が切れちゃってるだけだわ、きっと…)

アパートを出て大通りまで振り返りながら歩いた

(やっぱり家で待ってた方が良かったかしら…)

考えてみれば私は三島さんの詳しい事をあまり知らない

住んでいる場所も家の電話も、年齢すらも…おそらく柘植さんと同じ位としかわからない

そういえば営業に音大出で途中入社の変わり種がいることを、何年か前に小耳に挟んだことがあったが、当時はそういう話としか聞いてなくてそのまま忘れてしまってたのだった

何度となく電話するが相変わらず繋がらない

(どうしよう…何もないよね…)

ドタキャンならドタキャンでも良かったのだ
急用ということもありえる

何も連絡がない

不安で胸が潰れそうな気持ちでアパートと大通りを行ったり来たりしていた


『佐織!』
後ろから呼ぶ声がきこえた

私は振り返った
(三島さん?)


…ちがう


敏春だ




No.167 15/05/04 21:54
名無し 

『トシ…』


『佐織、顔色悪いよ どうしたの?』

憔悴していたのがわかったのだろうか

『約束した人が来ないから心配してるんだ…何かあったんじゃないかって…携帯繋がらないし…』

『携帯取りに戻ってるんじゃないの?それで遅れてるんじゃない?』

『そうだといいんだけど…』

『待ち合わせは此処なの?』

『ううん、家に迎えに来てくれることになってる』

『じゃあ家で待ってたほうがいいだろ。すれ違いになるぞ』

『だよね…』

敏春は背が高い
おそらく185cmはあるだろう。こんなに顔を見上げて話すのは初めてだ
敏春と二人歩きながら元来た道を戻る

『トシは?何でここに?仕事なの?』

敏春の会社は私の会社と近い。この大通りを歩いて10分位の所だ

『うん。でも打ち合わせだけだからもう終わった。』

『そうなんだ、大変だったね、日曜日なのに…』

会話はしてるが三島さんの事がが気になりまともに頭は働いていない


『じゃあ俺 こっちだから。』

『ありがとう』

敏春のおかげで少し気が晴れてきた
軽く手を振りそれぞれの道を左右に別れる瞬間

『野間さーん!』

前から三島さんが走ってくるのが見えた
(良かった!三島さんだ!)

今まで心を覆っていた厚い雲が晴れていくのを感じた



No.168 15/05/05 20:12
名無し 

『あいつなの?』

『うん、良かった、来てくれた。』

三島さんは息を切らしてこちらまで走ってきた

『ごめんな、携帯忘ちゃって、途中で気がついて取りに戻ったら渋滞に巻き込まれて結局そのまま来たんだ…』

『やっぱりそうだったんですね、事故じゃないかって心配してました。良かったです、何もなくて安心しました。』

『アパートいったら居ないから探したよ、車置いてきたから戻ったら俺来たのわかるかなって…』

『女んとこに居たんじゃないの?』

!!!

思いがけない敏春の言葉に驚きを隠せなかった

『トシってば何言ってるの、失礼だよ。』

三島さんは敏春の方を向き息を整えながら言う

『へー面白い事言うね(笑)前にコンビニで会ったよね、背が高いから覚えてるよ。野間さんの幼なじみだろ。』

敏春は黙ってうなずいた

『良かったら君も一緒に来ない?演奏聴きに。』

『え?』
『え?』

私と敏春は同時に 聞き返してしまった

『野間さん、いいだろ?』

私の方をむいて彼は微笑む

『あ、はい…いいですけど…トシ君、三島さんはピアニストなんだよ。今から演奏してくれるんだけど、良かったらどう?』

平静を保ちながら敏春にに問いかけた

敏春は少し考えている



No.169 15/05/05 23:31
名無し 

『用事あるから帰るよ。じゃあな佐織』

『そう?じゃあまた今度ね。』

私と三島さんは顔をあわせて少し頷きあった

『トシまたね、話聞いてくれてありがとう。』

『ん…』

青信号になり敏春は横断歩道を渡って行った
黒のダウンジャケットの猫背の後ろ姿はこちらを振り帰らなかった

『野間さん、遅くなったけど行こうか。』

『はい。』
時間は4時を過ぎていた

アパートに駐車してあった三島さんの車にのり、私は敏春のことを考えていた


『残念だったね、幼なじみの子』

『誘って下さったのにすみません』

『いやいいんだよ。突然言われて戸惑ってたよな。無理もないさ』

しばらく行くと道が混みはじめた

『こっちの道も混んでるな。横行くか。』
三島さんは左にバンドルをきった

『トシが失礼なことを言っちゃってすみません、女の所にいたんだろなんて。昔はそんなことをいう子じゃなかったんですけど…』

『意地悪言いたかったのかな?(笑)可愛いじゃないか。お姉ちゃん取られたみたいな』

『元々ぶっきらぼうだったんですけど拍車がかかって余計寡黙になっちゃったみたい…』

『ははっいきがってたのかな?佐織なんて呼び捨てにして、何か対抗意識感じたよ』

『そういう年代なんでしょうか』

『かもな。あっ!俺女のとこなんかいってないから!信じてよ!』

『わかってますよ。三島さんは嘘ついてないです。でも…』

『でも?何?』



No.170 15/05/06 19:59
名無し 

『でも、今日は心配しました。』

『ああごめんな!野間さんに怒られるとヒヤヒヤしたよ(笑)』

『怒りませんよ。事故じゃなくて良かったです。安心しました。』

本当はそんな事を言いたいわけではなかった

(でも、女性と会ってたとしても私には関係ありませんから)

と言いかけたがなんとなく誤魔化した

そう 例え誰かと会っていたとしても私にはそれを咎める権利も資格もないのだ

私と三島さんの関係

同じ会社で働いてる

ピアノ演奏者と観客

ただそれだけの関係性


だから三島さんが女性と会っていたとしても私に遠慮する必要などない

なのに敏春の
『女といたんだろ』
の問いかけにこんなにイライラ気にするなんて滑稽だ

おそらく言われた三島さん自身より私の方が気にしている

それはなぜなのかは私は知っている

『やっちゃいなよ!』

岡島の言葉が頭をよぎる

(岡ちゃんの馬鹿!)

『何ブツブツ言ってるの?』

『いえ別に…』

左手にコンビニが見える

『あ、私あそこでお水買ってきますね。』

『お、悪いね』

またジャージからお金を出そうとしたので今度は頂いた


***

やっと教室につく

時間は4時半になっていたが、この間と同じ3人の小学生の子達が教室のある建物の駐車場でしゃべりながら待っていてくれた

『先生遅いよ~』

『ごめんな、ちょっと来るのに手間取ってな。』

私と三島さんは車から降りて皆と一緒に二階へと階段を昇った



No.171 15/05/07 20:31
名無し 

教室に入ったらもう暗くなりかけていた。南側の窓から街灯と沈みかけた夕日が眩しかったのでカーテンを閉めた


『先生、ソナチネのお手本聞かせて。』

女の子からの要望

『もうソナチネやってるの?こんなとこで遊んでちゃ駄目だろレッスンしないと(笑)』

彼は女の子に話しかけながらソナチネの中の最も知られているうちの一曲を弾いた

相変わらず美しく流れるような弾き方だ

(どうしてこんなに上手く弾けるのだろう)

ソナチネが終わり
次はブルグミュラ-の中の貴婦人の乗馬を奏で初めた

私はピアノの音色に心委ね幸せを感じていた

夕日が沈み暗くなってきたなとぼんやりまどろむ


『佐織!』


(え!?トシ?)

私は驚き左右を見回した

三島さんは何事もなく演奏を続け子供たちはそれを楽しそうに聴いている

(誰も聞こえなかったの?)


椅子から立ち上がり教室のドアを開けた

階段の下から黒のダウンジャケットを着た人が建物から外へ出ていくのが見えた?

(敏春なの?)


『トシ!!』

階段を降りながら叫んだ




No.172 15/05/07 23:15
名無し 

建物の外へ出て周りを見回したが敏春はどこにもいなかった
(嘘…今降りてったばかりなのに…)

(空耳だったの?でもあの黒のダウンの人は…)

ピアノ教室の入っている二階建の建物の左右は駐車場と畑になっていて見通しがよく、人が紛れこむ死角などない

今見える視界で居ないとすればもう敏春を探しようがなかった

教室に戻ろうと階段を昇る

ガチャ

『野間さんどうしたの?トイレはそっちだよ』

三島さんはトイレの方向を右手で指差した

『あの今声が聞こえませんでした?誰か来たのかなと思って…』

『え?聞こえなかったし誰も来なかったんじゃない?ドア開ければわかるし、ここ防音だから外からの音聞こえないよ。』

『そうですか…』

『先生、もう暗くなったから帰るね!』

さようならと挨拶をして子供たちは教室を後にした

『野間さん…何かあったの?』

三島さんの声は聞こえていたが返事が出きないでいた

私は昔小学生だった頃音楽室で同じような経験をした事を思い出していた


(でも今度はトシは本当に来たかもしれない)


何故か胸騒ぎがしてならない

(トシ…何か私に言いたい事あるんだろうか…)


『野間さん!さっきからどうしたの?具合でも悪いの?』



No.173 15/05/08 21:19
名無し 

『すみません…私帰ります』

『え?なんで?遅刻したの怒ってるの?』

『違います。遅刻は別に…トシがさっき来たかもしれないんです。私を呼ぶ声がしたんで、下まで見に行ったんですけど居なくて…でも気になるんです』

『トシ君て幼なじみの彼の事?声なんて聞こえなかったけどなあ…電話したら?此所へ来たのか、何か用なのか聞いてみたら?』

『それがわからないんです。携帯番号聞いてないですし、トシの家は私の実家の近所なんで今から行ってみようかと思ってるんです。』

迂闊だった
昼にトシと話した時に携帯番号を聞いておけば良かった

『ん~何を心配してるのかわからないけど、乗せてくよ。もう暗いし。』

『とんでもないです!勝手に帰るんですから送ってもらうなんて申し訳ないです。ここからそう遠くないですし一人で行けますから。』

私はお礼を言い教室から出た

『野間さんちょーと!ストップ~!』

三島さんは慌て私を追いかけきた


『いいから乗って、バスなんて乗り継ぎもあるし時間かかるよ。』

『……』

『今日遅れたお詫びの気持ちだよ、受け取って。な。』

『…ありがとうございます。お願いします。』

そう言い助手席に座り実家までの道を説明した

No.174 15/05/08 22:27
名無し 

それぞれ位置を表すとするならば

私の実家および敏春の家の地点をA

そこから車で南西方向へ車で20分くらいの場所が音楽教室の地点がB

Bの音楽教室から東に20分ほど行った場所が私のアパートの地点C

地図上でA→B→C→Aと結ぶとおおよそ正三角形になる


No.175 15/05/09 21:03
名無し 

ほどなくして敏春の家の前に着いた

『ありがとうございました。』

私は深々とお礼をした

『待ってるから聞いておいでよ。』

三島さんはヘッドライトを消しエンジンを切った

『はい』

敏春の家のインターホンを押そうとした

『依ちゃん?』

敏春の父親の博さんが車庫から声をかけた
バンから機材を片付けようとしていた所だった

『こんばんは。佐織です。トシ君いますか?ちょっと聞きたいことがあって…』

『なんだ佐織ちゃんか、お母さんかとおもったよ(笑)トシ?トシはもうずっとここじゃないよ。佐織ちゃんも知ってるだろ?』

(おじさん…白髪がかなり増えたみたい)

『D社に勤務しているのは知ってます。ここから通ってるんじゃないんですか?』

『違うよ、D社に近い○△町でアパート借りて住んでるんだよ』

『○△町!私のアパートと同じ地域だ』

『佐織ちゃんにこないだ偶然あったような事言ってたけど、連絡先しらないの?』

『はい。確認したい事があるんです。おじさんすみませんがトシと連絡とってもらえませんか?』

『…トシに何かあるのかい?』

『わかりませんが…少し気になったもので…』

『わざわざその為にここへ来たのかい?』

博さんは何かを察したようだった

『わかった、今電話してみるよ』

博さんはポケットから携帯を取り出しキーを押した

『もしもしトシ?今佐織ちゃんが家にきてトシに聞きたい事があるって言ってるんだ。うん、うん、変わるよ』

私は博さんの携帯電話を受け取る

『もしもしトシ?』

No.176 15/05/10 20:28
名無し 

[うん。何?]

『ごめん、変な事聞くんだけど今日東町に来た?似た人みたからトシだったのかなって』

[東町?いや行かないけど。佐織と別れてから西町の図書館へ行ってその後DVD借りて今帰ったとこ]

『そう…わかった。ごめんね変な事聞いて。ちょっと気になったものだから』

[いいよ。別に。何かあったらまた電話して。番号登録しといてよ]

『うん、トシとはまた色々話もしたいから私の携帯番号は***********だから私のも登録しといてね』

[うん]

そう言って電話を切った

『佐織ちゃん、トシ何だって?』

『私の見間違いだったようです。すみませんでした』

『そうか、いや何もないなら良かったよ。佐織ちゃん奴はあんまりしゃべらないから、また何かあったら教えてくれな』
博さんは自分の携帯から敏春の番号を見せてくれたので私はそれを登録した

『はい。突然来てすみませんでした。失礼します』

お辞儀をして車庫から三島さんの車まで小走りで戻った

やっぱり現実のトシは教室に来なかったんだ
ということは…

『お待たせしました』

私は助手席に乗り込んだ

『どうだった?教室まで来たの彼は』

『すみません、私の勘違いだったようです。トシは私たちの所へは行ってないと言ってました』

『そうか。聞いてスッキリした?』

『はい。こんな所まで同行してもらっちゃってすみませんでした』

『いいんだよ。納得できたのなら良かったよ。』

三島さんはエンジンをかけ車を発信させた


No.177 15/05/10 23:34
名無し 

本当は100%納得した訳ではなかったが敏春に何も変わったことがなかったので少しは安心したのは事実だ

小学生の時と同じ…

声も聞こえたし姿も見えた


でも…


あれは現実に居る敏春ではなかった

『あ~何かスッキリしたら腹へったな』

『そうですね、お腹すきましたね。演奏も中止させてしまいましたし…お礼とお詫びににラーメン奢らせくださいね△△軒の』

『え、いいの?あそのラーメン好きだよ』

『じゃあ決まりですね(笑)』

『野間さんさあ、あんまり気にしすぎなんじゃないかな?彼の事とか』

『まあ…でも幼なじみですから…』

三島さんにこの不安の理由を言っても理解してくれないだろう
正直私自身もなぜこんなに胸騒ぎがするのかわからないのだ

『そんなに心配性じゃ将来苦労するんじゃないのかな。旦那の浮気に疑いもったりとか』

私はちょっとイラッとした

『そういう予定まだないですし』

『お見合いもどんどんチャレンジした方がいいんじゃないのかな。もう26なんだろ?』

『26じゃありませんまだ25ですよ!』

(お見合いだなんて…どうしてそんな事いうの)



No.178 15/05/11 20:54
名無し 

何故だか無性にムカムカしてきた

『三島さん人の事いえませんよ。三島さんは年いくつなんですか?』

『四捨五入したら40だよ』

『ししゃごにゅう?!オバサンが年誤魔化す時に使うセリフですよ!男ならズバッと言ったらどうなんです?』

『あ、今おまえ全国のオバサンを敵に回したな!39だよ!』

『は?おまえって言いましたよね、今』

『おまえもダメなのかよ!すぐ怒るよな!短気は損気だぞ!』

『短気は損気?どの口がそれを言いますかね!39歳ならもう少し落ちついたらどうなんですか!』

『可愛くねー!今のアンタはアラベスクじゃなくて禿げ山の一夜だよ!』

(禿げ山って自分の後頭部がヤバくなってる事知らないんですか!)…といいかけたが理性が必死でストップをかけた

身体的問題をあげつらうのは最も恥ずべき事だ

売り言葉に買い言葉

ああ言えばこう言う

『最低だな』
『醜いわ』

『三島さん』

『何よ』

『あそこの信号左折ですよじゃないと△△軒行けませんよ』

『…わかってるよ!』

『でも今追い越し車線走ってますよ』

『うっ…』


『ほら通り過ぎちゃった~』



『……ふっ』

『フフ…』

二人共顔を見合せずに笑った

なぜ言い争いになっってしまうのかわからなかったが

このやりとりが気に入ってるのは私だけではないと思いたかった


No.179 15/05/12 20:29
名無し 

12月の中旬
仕事は相変わらず年末フル稼働で忙しかった

だがボーナスが支給され、私の周りでもクリスマスムードが一気に高まってきた

仕事帰り、ボーナスが入ってちょっぴりテンションが上がった勢いで、久しぶりにカフェによってみた
カフェの大きなテーブルには小さなツリーが飾ってあり親指位の大きさのサンタクロースが可愛かった
コーヒーを飲みながらメールをチェックしたり雑誌をよんでぼんやり考えごとをしていた


今度の日曜日は20日で音楽教室は生徒たちのクリスマス会があるので三島さんは教室には行かないと
昨日ラーメンを食べながら話してくれた

「もっとお見合いチャレンジしたら」

なんて言う位だから私に興味がないんだ ろうしクリスマスに誘われることもないだろう

母は日比野さんと過ごすだろうし
岡ちゃんは家庭持ち
また今年も一人だわ

ちょっと寂しい気もしたけど好きなケーキとDVDで誰にも気を遣うことなく過ごすのも悪くないなと思っていた


No.180 15/05/13 19:52
名無し 

クリスマス直前の日曜日

駅前まで買い物に出かけた

街はイルミネーションで飾り付けられ、買い物客も多くかなりの賑わいだ

ふところも温かいのでヘアサロンでカットとトリートメントをして
デパートでコートを新調した

ぼちぼち掃除もしなければと思い洗剤などを買い揃え家へと戻った

鍵を開けようとノブにキーを差し込んだときいつもとは違う違和感を感じた

『あれ、開いてるの?』

回さないのに鍵を開けた感触だった事に血の気がひいた

(戸締まりしないで外出しちゃたんだ!ヤバい!)

そっとドアを開け、誰もいませんようにと祈りながら中へ入った

一歩二歩…
狭いキッチンをそっと歩くと人影が見える

『おかえり』

『お母さんっ…』


No.181 15/05/13 23:31
名無し 

『どこ行ってたの?買い物?』

涼しい顔をしながら母が訊ねる

『もーびっくりした…来るなら電話かメールしてよね、空き巣かと思ったわよ』母は合鍵を持っていた

『驚かせようと思ってねウフ…』

(ウフ…ってそんなお茶目なことする人じゃないのにな…)

『で、何の用なの?日比野さんとケンカでもしたの?』

お湯を電気ポットで沸かしながら母に聞いた

『あんたじゃあるまいし。最近来ないからどうしてるのかなって』

『それだけの理由?どうって年末だから忙しくしてるけど何も問題ないよ』

『こないだ敏春君家へ行ったんだって?』

(その事か…)

『うん…ちょっと見ちゃったから気になってさ…』

『あんたが心配しなくてもいいのよ。博くんも静子ちゃんも居るんだから』

『そりゃそうかもしれないけどさ、私だって昔よく遊んだからちょっと気になっただけだよ』

『佐織、トシ君家に一緒に来た人とは付き合ってるの?』

(え?本題それ?おじさんがしゃべったんだろうな多分)

『あの人はそういう人じゃないよ。私には全く興味のない人。』

『ふーん』

(ふーんて何なの?)

『佐織、何でその人とトシ君んちに来たの?付き合ってもいないのに。日曜日に乗せてきてもらうなんて彼氏だと思うわよ普通』

『違うんだって。ホントに』

私はなぜ三島さんと一緒に敏春の家へ行ったのかを説明した

『じゃあ三島さんと音楽教室からトシ君家へ来たわけね』

『そうだよ。だから彼氏ってわけじゃないの。演奏聴いてただけなんだから』

『その音楽教室どこにあるか教えてくれる?私を送ってくついでに』

母は私がいれた紅茶を飲み苺のショートケーキを一口食べた

『疑い深いなあ~』

それに私が家まで送って行くって事前提なんだ


母親って娘に対して図々しいときがある
勝手に服もってったりとか







No.182 15/05/14 19:11
名無し 

ケーキを食べ終わったら母がお皿を片付けてくれた

『実はね、杉浦さんがお見合いの話をもってきたのよ。』

母は洗ったお皿を布巾で拭き棚に戻す

『また?!もういいよ。懲りないねぇあの人も』

『佐織ちゃんに紹介しろしろって言われて。でも彼氏いるなら杉浦さんも諦めるかなって聞きにきたのもあるの』

『彼氏いるって言っといて。もううるさいから』

『田中さんとの話がまとまらなかったから、次は必ずって張り切っちゃてるのよ』

『お願い、なんとか断って。』

『笑 わかったわ』

その後仕事の事やいろんな話をして気がついたら8時を過ぎていた

『そろそろ帰るわ』

『そう?車出すね』

アルトに母を乗せC→B→Aのルートで帰ることにした

『面倒くさいなあ、遠回りじゃん』

『そう変わらないわよ。』

送ってもらう方が何言ってんだと思いながら車を発進させた

No.183 15/05/15 19:15
名無し 

暖房の部屋から移動したので車の中がとても寒い

『すぐヒーター効いてくるから』

『大丈夫よ』

『ねえ、佐織はその三島さんて人の事好きなの?』

何故か今日は突っ込みが厳しい

『…こっちが好きでも向こうは私に関心がないんだ』

『そうかな?気のない人を誘わないでしょ』

さっきの杉浦さんの話といい結婚や彼氏やらの話に少々うんざりしていた

『お母さん、なぜみんな独身者を結婚させたがるの?』

『結婚はいいものだからよ』

『いいものだ』とキッパリ即答した母にすこし驚いた

『お母さん自分は失敗してるのにいいものだと思うの?』

『思うわ。杉浦さんが佐織に意地悪でお見合いを勧めてると思う?』

『意地悪だとは思わないけど世間体とか気にしくれてるんじゃないかな』

『それだけの理由であんなに親身に手間も時間もかけないよ』

(ただのお節介だと思うけどな)

『ミルクとかいう掲示板でも旦那さんの愚痴ばっかだよ』

『あれはああゆう場所だから。だからと言って独身が悪いわけじゃない。独身だっていいものなのよ。修一見てわかるでしょ』

(確かに修一おじさんは生き生きと生活している)

少し大きめの橋の手前で信号待ちで止まる

No.184 15/05/15 23:25
名無し 

信号が青になった

橋を渡り北側に音楽教室が見えてきた

『あそこだよ、お母さん。あの二階建ての…』


『ああ、あの美容室のある?上?電気が点いてるとこ?』

『あ、うん…』

二階の音楽教室は灯りがついていた

(誰かいるの?ひょっとして三島さん?でも今日は子供たちのクリスマス会だから行かないと言っていた。もう9時近い。いくら何でもクリスマス会はもうやってないだろう)

通りすぎたのと夜で暗いのとで三島さんの車が駐車場にあるかどうかは見逃してしまった

(誰かといるの?)

複雑な気持ちを抱えながら実家までの道を急いだ


家に着き母を降ろす

私は音楽教室へ行って三島さんがいるか確認をしたかった

『じゃあね』

『佐織、お正月は来るでしょう?』

『たぶんね』

『自分の気持ちに素直になる事だよ』

『……じゃ』

車を歯科医院の駐車場で方向変換させ
音楽教室へと走らせた


No.185 15/05/16 20:17
名無し 

住宅街の細い道から環状線を目指す

考えてみれば三島さんは音大へ行ってピアニストを目指していたのだから今位の時間に練習していてもおかしくない

彼があそこにいたとして
私はどうするの


どうにもできる訳じゃないし
何をするつもりもない

だがもし三島さんが教室にいて
練習をしていたとしたら
私はすごい三島さんに対して[思い違い]をしている事になる

その[思い違い]ではないことを

私は願っているのだろう

しばらく走って環状線に出たら少し車が増えてきた

この信号を過ぎたらもうすぐだ

教室が見えてきた
やはり灯りがついている

三島さん…居るの?
やっと教室の駐車場についた

三島さんの白のセダンがある

居るんだ…

私を誘わなかったのは何故?
時間が遅いから?
それとも誰かいるの?

駐車場にアルトを停めたが教室に行こうかしばらく迷っていた

見てはいけないものを見てしまうような気がする

ちょっとだけ…ちょっとだけ会いたい…

想いを抑えきれず意を決して車から降り二階の階段を昇り教室のドアを開けた

No.186 15/05/16 23:16
名無し 

ガチャ…

なるべく音をさせないようにドアを開けた瞬間、私は言葉を失った

リストのマゼッパ


クラシックから少し遠ざかっていたのだが有名な曲なのですぐにわかった

いつもの場所で三島さんが弾いている

いや 弾いているというよりもはや一体化している

激しく体を揺らせ
退けぞらせ
髪を振り乱し汗が飛び散っている

奏でる指使いは素人目にもかなり高度なテクニックを必要とすることがわかる

迫ってくる
激しい旋律と音の洪水

現実とも妄想とも思えない異空間の中

私は神がかった彼と音の空間に心を奪われてしまったことと

同時にとてつもない哀しみにも包まれていることを

感じざるを得なかった


No.187 15/05/17 21:50
名無し 

静かに演奏が終わりいつもの教室の空間に戻る

『野間さん、俺がここに居るのよくわかったね。超能力?笑
誘おうかとも思ったけど時間遅いから遠慮したんだ。嘘ついてごめんな』

三島さんはいつもの三島さんにもどり照れくさそうにペットボトルの水を飲んだ

『用事で前を通りかかったたんです。灯りがついてたんでひょっとしたらと思って…凄い迫力でびっくりしました』

『本当?!俺だってね、やるときゃやっちゃうんだよ 見直した?』

『はい。素晴らしかったです』

造り笑顔も造れないただ棒読みの返事

『どうしたの?何か元気ないね』

『そんなことないですよ』

『そう、まあほんとはミスタッチ多くてまだまだなんだけどな…』

(ミスタッチなんてわからなかった…)

『そうだ、せっかく来てくれたんだから何か弾くよ。野間さんの好きなビル・エヴァンスのアリスとか…』

『いえいいんです!もう帰りますね。突然来てすみませんでした』

『え?ちょっと…』

三島さんは何か言いたそうだったが振り切り教室から出て車に乗った

前を行く車のテールランプを見ながらさっきの演奏を思い出していた


彼の事がただ気になる存在から、考えると胸が痛くなるほど好きになった瞬間

同時に自分は彼には相応しくない人間なんだと思い知らされた
あの演奏に

私と三島さんとでは住む世界が違うんだ

そう思わされたあのマゼッパ…

『佐織、素直になる事よ』


お母さん、素直になんてなれないよ

お母さん!


No.188 15/05/18 20:08
名無し 

翌朝

いつもどおり会社へ行き
いつもどおりIDカードを入り口で通し更衣室で着替える

夕べはわりとよく眠れたのだった。それはこれからの方向性が決まったからだ

『野間先輩おはようございます!』

入社二年目の美香ちゃんだ

『おはよう』

『どうしたんですか?元気ないですね』

『そりゃ月曜日ですもんこんなもんでしょ』

『でも先輩ここんとこ月曜日とかニッコニコだったじゃないですか』

『そうだっけ?いつもと同じだけどね』

やばい…

『もうすぐクリスマスですよね♪先輩は三島さんと過ごすんでしょ?』

小声で話す美香ちゃんの思いもよらない質問にギョッとした

『ええっ?そんな訳ないでしょ。どうしてそう思うの?』

私は他の人がいるのを気にしながら美香ちゃんに聞く

『隠さなくてもいいじゃないですか~二人話してる所みるとらぶらぶモード全開ですよ。 資料室で閉じ込めた頃から怪しいと思ってたんですよ』

美香ちゃんは私の腕を肘でつつく

『ちょっと変なこと言わないでよ。自分が彼氏とラブラブだから他もそう見えるだけで、こっちは業務連絡してるだけなんだから』

『えーそうかなー?』

『そうだよ!馬鹿なこと言ってないで後一週間で正月休みだから頑張るよ!さ、行くよ!』

『はーい。わかりました』

私は黒いハイソックスに伝線があるか気にしている美香ちゃんを急かし、更衣室を後にした

他にも美香ちゃんみたいに思ってる人いるのかな

だとしたら三島さんに迷惑かけてしまう

No.189 15/05/19 19:43
名無し 

昼休み

うちの会社は社食はなく外で食べるかランチルームで食べ物を持ち込むかのどちらかだ

美香ちゃんと他の女の子たちとお弁当を食べ、携帯をチェックしたら三島さんからメールが入っていた

[昨日はどうしたの?来週も来てね\(^-^)/]

という内容に私は頭を抱えた

(フェイドアウトしようと思ったのにどうしよう…)


あからさまにいきなり断るのもなんなのでとりあえず

[ありがとうございます。行けたら行きますね。]

と送ったのだが

\(^-^)/はないだろ
\(^-^)/は

人の気も知らないで…という苛立ちと
やっぱりクリスマスは誘わないんだという落胆の気持ちが交錯する

その後、お互い忙しいせいか、社内では朝一度顔を合わせただけで24日まで何の連絡もなく日が過ぎていった

その日何とか定時で仕事を終わらせ、ケーキと夕食の食材とDVDを借りてきた

小ぶりの鍋でひとりしゃぶしゃぶをこしらえ、DVDをデッキに入れる

今日はピアノを聞くと三島さんを思い出してしまい辛くなるので、『兵隊やくざシリーズ』を借りて大宮二等兵の暴れっぷりでスッキリしたかった



勝新サイコー

…トゥルルルルル…

牛肉を堪能していると携帯がなった

敏春だ…



No.190 15/05/19 22:33
名無し 

『はい、トシ?』

DVDの音量を小さくする

『うん。ごめん、突然』

『いいけど、どうしたの?』

『今どこ?』

『家だよ。ご飯たべてる』

『誰かといるの?』

『ううん、一人だよ』

『…ちょっと話せないかな?』

『え?…トシ、クリスマスなのに誰とも一緒じゃないの?』

『佐織もだろ』

『そうだけど…』

『今スタバにいるんだ』

『そうなんだ…』

この間のこともあり、トシは何か私に言いたいことがあるのか?何か問題をかかえているのか気になった

そして会って話をするのはいい。私もエルや会社の事などトシと話がしたかった。だが、その前に聞いてもらいたいことがあった

『いいけどトシ、あのね…』

No.191 15/05/20 20:25
名無し 

少し慎重に、言葉を選びながら話す

『あたし、トシの事幼なじみと思ってるから。彼女としては付き合えないよ』

ちょっと恥ずかしかったけど心の内を話した

『俺も同じだから』

意識しすぎだと思われただろう

しかしはっきり言っておきたかった

私は敏春を恋愛対象としては見れない
そういった感情はわかない

物心ついた時から小学生までよく一緒に遊んでいたのだ。ほとんど身内の感覚だ

言うなれば修一叔父さんに対してに近いものだ
だから恋人として付き合う事など考えられない

敏春も同じだと聞いて安心した

『わかった。すぐそっち向かうよ』


しゃぶしゃぶの残りの材料を冷蔵庫に入れ、コートを羽織り車で10分くらいの所にあるスタバへ向かった


No.192 15/05/20 23:23
名無し 

アパートと音楽教室の中間あたりにスタバがある

10分ほど環状線を走り車を駐車場に停め、店の中に入った

時間は8時少し前。客席は半分ほど埋まっている
私は注目したラテを手に敏春を探した。
入り口から一番遠い窓際の席に敏春はいた

『お待たせ』

『突然ごめん』

『いいよ。どうせ一人だったんだし』

話し相手がいれば、三島さんの事を考えなくて済む。狡い考えが私の頭の中にあった

『飯は?』

『もう食べたよ』

敏春は会社の帰りの様で、カバンが椅子に置いてあり、サンドイッチが食べかけてあった

『特に用事がある訳じゃなかったけど、今日暇なら話し出来ないかなって』

『笑 お互い寂しい者同士だねぇ。私も前からトシとは話ししたかったんだ』

『うん』

敏春がやっと笑った

私達はエルや昔遊んだ話しや、お互いの仕事の話しで盛り上がった

だが9時近くなった時、やはり考えてはいけない事が頭に浮かんできてしまうのだった

『佐織、聞いてる?』

『あ…ごめん。出張、東京だっけ?』

『ちがうよ…横浜』

『ごめん…』

『……』

『佐織、どうしてここへ来たの?』

『何言ってるのトシ、トシが誘ったからじゃないの、なんで?』

『あいつのところへ行けよ』

『…行けないよ!』

No.193 15/05/21 21:19
名無し 

『だいたいおかしいよ、トシがここへ来るように言っておきながら別の人の所へ行けなんて…どうしてそういう事を言うの?』

『佐織…楽しそうじゃない』

『そんなことないよ久しぶりに話せて楽しいよ』

『前も言ったけど、この町に引っ越してきてからちょくちょく佐織の事を見かけてたんだ。スーパートヨエツのレジで真後ろに並んだこともある。佐織は全然気付かなかったけどな』

『ごめん…』

『謝らなくてもいいよ。コンビニであいつと話してるときは楽しそうでそんでもってすごく…』

一瞬敏春は言いためらったが左の窓の外を見ながら話しを続ける

『綺麗だったんだ。なんかキラキラしてて…あいつが遅刻してきて話していたときも。今とは全然違う』

(田中さんと同じような事言う…)


『駄目だよ…私はふさわしくないんだ。今日だって誘ってもらってないし。私の事なんか眼中にないのよ』

『待ってるよ。きっと。行ったほうがいい』

『拒否られたらどうするの…』

『いいじゃないか!断られたって死なないだろ!何も言わずに終わらせるつもり?』

『人ごとだと思って…』

『早く行けって』

誰かに背中を押されながらじゃなければ行動に移せない自分が情けなかった

椅子に掛けたコートを手に席を立った

『ごめんトシ…ありがとう。でも本当にトシと話しが出来て楽しかったよ』

『…がんばれよ、姉ちゃん』



No.194 15/05/22 22:35
名無し 

勢いで店を出て車を走らせた。だが三島さんが教室にいるかどうかはわからない

居なかったら諦めよう

教室の駐車場に三島さんの車があった

やっぱり居るんだ

前とは違い.自分の車を停めたらすぐに二階へと上がっていった

ドアを開くとAlice in Wonderland が流れていた

『お!来たきた♪』

私の心の葛藤とは関係なくおちゃらけな態度
会社の帰りだからジャージじゃなくてスーツだ

私は三島さんのもとへ、少しづつゆっくり歩き距離を縮める

『クリスマスなのにこんな所で一人で居るんですか?』

すごく会いたかったのに、顔を見たら素直になれない自分がいた

『野間さん来たから一人じゃないよ』

『私が来なかったら一人じゃないですか』

『来ると思ってた』

『誘ってもいないのに…大した自信ですね』

『でも実際来たでしょ、俺の勝ち!』

『小学生じゃあるまいし…』

でも…

でも…

この会話が
心地よい…

『三島さん、私…三島さんのピアノ好きです。とても聴き心地よくて、幸せな気持ちになります』

『やー幸せなんて言ってくれちゃって照れるじゃん』

『私は楽しくても三島さんは楽しくないでしょう…あんな凄い演奏する人の私は何の力にもなれません。…ピアノだって素人だし。…ここへ来るのだって迷ったんです』

『でも来てくれた。それが君の気持ちなんでしょう?』

『……』

今から弾く曲アンタ…じゃなくて、クリスマスプレゼントとして佐織ちゃんにあげるから

(名前で呼ぶの許可した覚えないんですけど)

静かに曲が始まる

この曲は…


エリック・サティ

je te veux ジュトゥヴ
おまえが欲しい



No.195 15/05/23 19:25
名無し 

やっぱり好きなのだ
この人の奏でる音色

速度
緩急
強弱
間合い

すべてが私の五感を刺激させ、心を最高の喜悦へと導く…


おまえが欲しい

曲名が曲名だけにまともに三島さんの顔を見ることが出来ず、鍵盤と指先を見ていた

演奏が終わり、笑顔で私に話しかける

『演奏って誰かに聴いてもらって初めて活きるんだよ。それが好きな人に喜こんでもらえるんだからこっちだって嬉しいんだよ』

『……』

『力になれないとか素人ととか考えなくてもいいのさ』

そう言うと目を伏せていた私のおでこにキスをした

突然の事に驚き心臓の鼓動が一段と早くなる

『佐織ちゃん腕捻んないでよ!』

『そんなことしませんよ!』

三島さんは楽譜を整理しながら話しを続ける

『お袋の田舎へ行った時、よく田んぼでドジョウを捕まえて遊んだんだけどさ』

(は?なぜこのシチュエーションで田舎の思い出話ですか?)

『そのドジョウ、捕まえたと思ったらすぐ手からすり抜けて、また泥に潜っちゃうんだよね~。だか水抜いて待つのが一番なんだよ』


(その例えってまさか…)


No.196 15/05/23 20:23
名無し 

『私…どぜう…ですか。もうちょっっ…といい例えないですか?』

三島さんは(何不満そうな顔してんだ)とも言いたげな表情だ

『ん~鼠』

『却下』

『バッタ』

『ざけんな』

『ん~膝で寝ている仔猫。突然ひっかいたりする 笑 』

『ギリOKです』

『やっと合格か厳しいな』

(どこがだよ!)

ボケてばかりの三島さんに私は思いきってお願いしてみた。

『三島さん、指を見せてもらっていいですか?』

座っているパイプ椅子から身を乗りだす

『あ、うん』

彼はネイリストに見せるように私に手を見せる。

『何のヘンテツもない手だよ』

(いいえ…指が長くて繊細で大きい…ピアニストの指だ…)

『触ってもいいですか?』

『…いいけど、捻らないでよ 笑』

『そんなこと、しませんて』

私は右手で三島さんの左手をそっと握った


No.197 15/05/24 16:32
名無し 

私はその手を自分の右頬へと当て
三島さんのもう片方の右手も私の左手で導き、左頬に触れさせた

意外な私の行動に三島さんはボケる事もなくなってしまった

『俺だって少しは考えたよ。佐織ちゃんは14も年下なんだから、もっと若い奴のほうが似合ってるんじゃないかとか…。おっさんだし後頭部だってちょっとヤバいんだよ…』

(気づいてたんだ…後頭部こと…)

『でも…こんな風に楽しく話せるのは佐織ちゃんしかいないんだよ』

『……』

『ずっと俺のピアノ聴いて欲しい。何か言ったら突っ込んで欲しいんだ』

『はい…』

温かい手に頬を包まれ、うなずいた

三島さんの顔が段々近づいてくる…


『三島さん』

『まだ何かあるんかい!』


No.198 15/05/24 22:41
名無し 

『私、子どもじゃないんです』

『うん?知ってますけど』

『さっきみたいなキスは嫌です』


彼は苦笑いをし、私の唇を親指でなぞった


もう

笑える会話はなく


重ねた唇の感触
熱い舌先

私はこの甘美な時を


ずっと前から望んでいたのだった


No.199 15/05/25 18:05
名無し 

いつも閲覧ありがとうございます。諸事情により3日ほど更新が出来ませんのでご了承願います。毎日お付き合い頂き感謝感謝です。今週も皆様が幸せでありますよう…☆

No.200 15/05/28 22:10
名無し 

お正月休みの半分は三島さんと過ごしていた。

好きな人と過ごすお正月は何年ぶりだろうか。私はその悦びに浸っていた。

明日は6日
会社が始まる。

夜自分のアパートでCDを聴きながら考え事をしていた。
三島さんと付き合えるようになったのは背中を押してくれたトシのお陰でもある。

お礼がてら電話してみることにした。
まだ7時だ。出掛けてなければ出てくれるだろうか

…トゥルルルルル…

[もしもし、何佐織?]

『トシ、クリスマスの時、ありがとうね。トシのお陰で三島さんと付き合えることになったよ。お礼が遅くなってごめんね。』

[良かったじゃん。どうなったかなって気になってたよ。]

『うん。報告遅くなってごめん。』

[いいよ。良かったな。]

『うんトシ、ありがとう…。』

無駄話が一切ないトシの言葉だったがすごく温かかった。


No.201 15/05/29 21:28
名無し 

三島さんとの交際も順調に進み、3月のお彼岸にお参りも兼ねて、実家へ二人で行く事になった。

車を運転しながら三島さんが訊ねる

『お嬢さんを下さいって、お母さんに言えばいいのかな?佐織ちゃん』

『そりゃ日比野のさんに言うのは変ですよ。母でいいんじゃないですか』

『こういう時父親がいないって点は楽かな』

『まあ少しは気が楽かも…』

『緊張するなあ…どんなお母さん?』

『こないだ私のアパートで会ったじゃないですか』

『挨拶だけだろ。まともに喋ってないし』

『優しいけど、厳しい母です。いつもどおりの三島さんでいいんですよ。あ、そこの角左ですよ』

『覚えてるよ。トシ君て子の家に前来たからね』

『そうでしたね』

『あの子のお陰で付き合えたようなもんだから、感謝しないとな。…ん?あの子そうじゃないの?』

敏春の家の横を通りかかった。ちょうど敏春は家に入るところだ。しかしある異変が彼には起こってた。


黒のフリースに細身のGパンの敏春は骨折をした時のように、三角巾で首から左腕を吊るしていた。

(トシ、左腕どうしたんだろう。)

No.202 15/05/30 20:07
名無し 

『トシ、怪我してるみたい』

『そう?チラっと見ただけだったから気が付かなかったな。ほれ着いた』



三島さんと私は結婚前提の交際を母に認めてもらった。

日比野さんも喜んでくれた。

客間でお茶を飲みながら談笑していたのだが、私はさっき見た敏春の事が気になっていた。

『佐織ちゃん、どうかしたの?』

三島さんは私の様子がいつもと違っていたのを感じとって言葉をかけてくれた。

『ちょっと緊張してたから。大丈夫だよ』

お母さんはトシの怪我の事を知ってるかもしれない
後で聞いてみよう

修一叔父さんもお参りに来たので三島さんを紹介し時を過ごした。

夕方になり三島さんだけ帰ってもらって私は家に残ることにした。

日比野さんも帰り、私と母と修一叔父さんの3人になった
私は母にトシの腕の怪我の事を聞いてみた。

『静子さんから聞いたけど、トシくん去年のクリスマスに事故に遭ったらしいわ』


No.203 15/05/31 00:07
名無し 

クリスマスの日って私と会ったあと事故に?

修一おじさんも知っていた様で驚いてはいなかった。

『自転車に乗ってて左折する乗用車に巻き込まれたらしいわ。ヘルメットかぶってたから頭に異常はなかったけど、左腕をかなり損傷してしまったって…』

そうだったんだ…
何も知らなかった…あの日、私と別れた後でトシがそんな事になってたなんて…

『お母さん、左腕の骨折は治るのに時間かかるの?』


『…骨折じゃないみたいよ。神経がほとんどダメになってしまったみたいだって…』

『それってどういう事なの?トシの腕は治るんでしょ?』


『……』

『お母さん?』



No.204 15/05/31 19:42
名無し 

『何回か手術をするらしいけど、元のようになるのは難しいそうよ…』

…信じられない。

『だって、お正月休みの最後の日、私トシと電話したんだよ。元気そうだったし、怪我したなんて一言も言わなかった…』

『おそらく病院から電話したんでしょう。言わなかったのは心配かけたくなかったんでしょう。佐織の事を気遣ってたのよ』

そんな…どうしてトシがそんな目に…

私はショックで頭がガンガンしてきた

『お母さん、トシは、これからどうなるの?こんな目に遭うなんて、ひどいよ、ひどすぎる…』

『トシ君には辛い試練だと思うわ…。でも受け入れ生きていくしかないのよ。』

『そんな!綺麗事だわ!よくそんな事を言えるわね!トシの事を昔からよく知ってるのに…』


『だからといって、私たちに何が出来る訳じゃないでしょう!身内じゃないんだから』

『冷たい…お母さんそんなの冷たいよ…』

『じゃあ佐織はトシ君の為に何が出来るの?』

No.205 15/06/01 00:07
名無し 

私は言葉につまってしまった。

出来ない…私には何も出来ない…

『お母さんの力でなんとか出来ないの?』

無茶な事を言ってるのは自分でもわかっていた

『出来ないわ。こんな力、なんの役にもたたない』

母が言った言葉は私が幼い頃に聞いたことがある言葉だった

『佐織、トシ君の問題は本人と家族が考えていく事なのよ。他人のあんたが口を出すことじゃないわ』

他人…そうだけど…そうなんだけど…

『人によってはヘタに同情される方が辛い場合だってあるのよ』

『……』

『もしトシ君や博君から何か頼まれたら協力すればよいのよ、歯がゆいかもしれないけど』

『……』

『頼まれもしないのになんとかしてやろうと思うのは傲慢なのよ』


冷静な母の考察をいつもは素直に聞き入れていた

今回のトシの問題も理屈からいえばそのとおりなんだろう。

しかし頭では納得してても感情がそれを認めなかった

納得のいかない顔をしている私を母は見て話を続ける

『あんたは三島さんと家庭を持つのでしょう?あなたが考えるのはトシ君の事じゃない。三島さんとのこれからよ』


『お母さん、私はトシの事を考えてはいけないの?』

たまらず母に訴えた

『トシ君は強い子よ…病院からの電話でも怪我をした事を悟られないようにしてたんでしょう、その気持ちを無下にしてはいけないのよ。あの子はきっと乗り越えられる』

『トシ…』

こらえきれず涙が溢れた

『これ!しっかりなさい!あんたはこれから三島さんと所帯をもつのよ、結婚なんてアクシデントだらけよ、人事で泣いてどうするの!』

パン!

母は両手で私の頬を叩いた

『姉ちゃん、そんな何回も叩かなくても…』

ずっと黙っていた修一叔父さんが庇ってくれた


No.206 15/06/01 21:10
名無し 

『帰ります…』

鞄を手に食卓の椅子から立ち上がった。

『何佐織、飯食ってかないの?久しぶりに佐織に会えたのにな』

修一叔父さんは残念そうだった。

母を前にご飯を食べる気がしない。

『送るわ。』

ソファーに座っていた叔父さんは腰をあげた。
母はもう何も言わなかった。

母に 叩かれた頬を手でさすりながら修一叔父さんの車に乗り込んだ。

『ほっぺ痛い…』

『だろうな、相撲取りみたいに顔叩いてたもんな姉貴 笑』

敏春の家の前を通り過ぎた。

『まああれだな。姉貴は姉貴なりに10年以上相談受けて上での見解なんだろうな。俺も博にチラッと聞いたけど、トシは元気にしてるからって言ってたけどな…何もできない佐織の気持ちはわかるよ』

『お兄ちゃん、トシ大丈夫かな…』

『気になるなら連絡すればいいさ。姉貴はああ言ったけど、様子聞くくらいはいいと思うよ。佐織は佐織の考えで動けばいい』

だが母の言っている事も頭ではわかっていた。

『式はいつなんだ?』

『まだ、これから決めるの』

『三島さんにあまり心配かけるなよ』

『わかってる…』


昼間実家へ向かう気持ちとは全く違う気持ちでアパートへと車は向かっていた。

No.207 15/06/02 20:53
名無し 

翌日

今日も祝日で休みだ。
母から余計な事をしないよう進言されたが、敏春に電話する事にした。

聞いたからには知らぬ顔はできなかった。

お節介だと疎まれても、嫌われてもいい。

自分の我であることも充分承知だ。

それでもトシの声が聞きたかった。

お昼に自宅から携帯を発信した。

…トゥルルルルル…

[はい。何?佐織]

いつもと変わらない抑揚のトシの声。

『もしもしトシ?久しぶり』

[うん。何?]

『あのね…母から聞いたんだけど…』

そこまで聞いただけで敏春は自分の状態の事で電話をしてきたのだと察しただろう。

[ああ、腕の事?手術したけど治らない可能性が高いそうだ。でも元気だから。]

何故だかわからないが
淡々と自分の状態を話す敏春が私にはほんの少し無理をしているように思えた

『私にできることがあれば言って。大した事は出来ないけど…』


[…あいつと別れて俺と一緒になってくれる?]

『え…』

[冗談だよ。こんな冗談言える位だから大丈夫だよ]

『……』

[あいつとは上手くいってるの?]


No.208 15/06/03 20:17
名無し 

『うん…来月には入籍しようかと思ってる』

『そうか、良かったな』

『トシ…何もできないのに電話してごめん…』

『佐織は心配して電話してくれたんだろ。ありがとな。』


表情は見えなかったが敏春はきっと笑ってくれているだろう

その後休職中の事など少し話て電話を切った。

[あいつと別れて俺と一緒になってくれ]

重いこの言葉が本音だとは思いたくなかった


私がトシに電話をしたのは正しかったのか、間違ってたいたのか…


ただ電話をしたことへの後悔はなかった


敏春を傷つけてしまったとしても




No.209 15/06/03 23:22
名無し 

落ち込んでいても、年度末の忙しさは容赦がなかった。

今週は祝日もあったので余計に仕事も溜まってしまい、金曜日の今日までずっと残業続きだった。

なんとか仕事を切り上げたが退社時刻は8時過ぎになってしまった。

大急ぎで買い物を済ませ、アパートに帰り買ってきた惣菜で晩ごはんを食べようと支度をはじめる。

そういえば慌ただしすぎてメールをチェックしてない。

携帯を開いたら日比野さんからの着歴が10分ほど前にあった。

『しまった。消音のままだった』
日比野さんからなんてめずらしいな。

唐揚げを電子レンジに入れボタンを押し、日比野さんの携帯に発信した。


『もしもし、佐織です』

[佐織ちゃん、遅くに悪いんだけど、ちょっと家まできてもらえないかな]

『どうしたんですか?』

[お母さんが会いたがってるんだ…]

『…母に替わってもらえますか?』


No.210 15/06/04 20:02
名無し 

『寝込んでしまってるから電話できないんだよ』

『そんなに悪いんですか?インフルエンザが何かですか?』

『とりあえず来てもらえないかな、僕も困っててね』

何か変な感じがしたが、母が気になるし明日は土曜日で会社は休みで夜遅くてもいいだろうと.実家に向かう事にした。

(だいぶ具合わるいのだろうか。病院には行ったのかな?)

環状線は空いていて、すぐに実家に着いた。

『こんばんは』

キッチンへ行くと日比野さんと母が食卓の席についていた

『ああ、ごめんね佐織ちゃん』

日比野さんは席を立った。

『あっ!佐織だ。ん~?何しに来たの?』

母は酔っていた。

『日比野さん』

私は日比野さんをチラ見した。

『ごめん…酔っぱらってる位じゃ佐織ちゃん来てくれないと思って…』

『来なくていいのぉ!智(さとる)さん余計な事しないでよぉ~!』

母はコップのお酒を飲みながら叫んでいる。
私の知らない母の姿にどう対応したらよいかわからなかった。

『いつもこうなんですか?』

日比野さんに目配せする。

『まさか。日曜日に佐織ちゃんが来てからちょっと荒れちゃってね…』

『何二人でコソコソ話してんのぉ~!』


No.211 15/06/04 23:19
名無し 

『お母さん、飲み過ぎだよ、日比野さん困ってるよ、もう止めなよ』

母の持ってるグラスを取り上げようとしたら強引に持っていかれそれを飲み干した。

『なあに偉そうにぃ!親に説教するなんて100万年早いっちゅうのぉ!』

母と一緒に住んでいた頃も晩酌はしても、すこし饒舌になるくらいでここまで酒グセの悪い母を見るのは初めてだ。

『もういい加減にしなって。部屋に布団敷いてあげるから休んだほうがいいよ』

『まだまだこれからだって!あんたトシ君とこ電話したでしょ!も~ほんっと言う事聞かないんだからあ!それにさ、嘘もついたでしょ!』

『嘘って?人ぎきの悪い事言わないでよ何?』

『三島さんは彼氏じゃないって言ったくせにさあ~』

(ああ、そういえばクリスマス前に私のアパートへ来た時そんな事を…状況が変わったんでね)

『あの男は佐織には合わないわ』

(え?)

『昼は会社の仕事、夜はピアノじゃ佐織を構ってる暇ないじゃないのよぉ!』

(まあ事実それでほとんど彼女が出来なかったと三島さんは言っていたが)

『お母さんが心配しなくてもいいんだよ、ほら、もう休も』

母の腕を持って寝床へと連れて行こうとした。

『だいたい[お嬢さんを下さい]なんてこの平成の時代によく言えたもんだよ!何が悲しくて40男に娘を盗られなきゃいかんの?オッサンじゃないのオッサン!佐織が可哀想だよ、騙されてるんだよ!

頭ハゲてるし、調子のいい事ばっか言うし、大事な娘を…佐織を幸せにしなかったら承知しないから!』

母はそれだけいうと上体をテーブルに伏した。

『散々な言われようだな…』
日比野さんは私の顔を見て呟いた。


(お母さん、三島さんはハゲてはいないのよ、薄いだけ)



No.212 15/06/05 22:01
名無し 

私と日比野さんは母を支えながら寝床へと連れていった。

『着替えさせなきゃね』

『そこまでしなくていいですよ、酔っぱらいに。起きたら反省してもらわないと』

『厳しいね、佐織ちゃんは』

母に掛け布団をかけ襖を閉めた。

『日比野さん、母がご迷惑をかけてすみません』

テーブルの上のグラスやつまみを片付けながら日比野さんに話しかける

『いや、今回は敏春君の事もあるし、こないだ佐織ちゃんと言い合ったのとあわせてかなり参ってたみたいだったよ』

『そうでしたか…』

『淋しいんだよ、依子さんは』

『でも、日比野さんいるじゃないですか』

『俺なんか…。娘がただ彼氏と付き合ってるのと嫁に行くのとでは気持ちが全然ちがうみたいだよ』

お酒に酔ってでしか本心を言えない母の弱さを見て、意外に不快ではなく人間らしさを感じた。


『お母さんはいつも佐織ちゃんの話しをしてるよ』

『……』

『進学させてあげられなかったことや、母子家庭で苦労させた事とか申し訳なく思ってるみたいだ』

『苦労なんてしてないのに…』

『佐織ちゃんはお母さんによく似てるよ』

『ああ、すこし前ですけどトシのお父さんに母に間違えられました 笑』

『顔立ちもだけど、中身もだよ。生真面目で頑固で』

『日比野さん、誉めてないですよね、それ 笑』

『でもそんな真っ直ぐなところに惹かれたんだけどね。おそらく三島さんもそうだと思う』

『日比野さん』

『母をよろしくお願いします』

以前家を出る時にも日比野さんにお願いしたが、形として言っただけだった。
しかし
今の言葉は日比野さんを信頼した上でのお願いであった。

『籍入れる事の承諾をずっと待ってるんだけどね』

日比野さんは苦笑いをした。

時刻はもうすぐ11時になる

日比野さんは自宅に帰り

私は今日は実家に泊まることにした。

No.213 15/06/06 21:03
名無し 

食器を片付けシャワーを浴び、布団を用意しようと元の自分の部屋の押し入れを開けた。

以前私が使っていた布団が古びた感じがせず、カバーもセットして枕の上においてあった。

定期的に干したりして手入れしてあるのがわかる。

母はどんな思いで干したりしているのだろう

さっき日比野さんに言われた事があらためて見に染みた。


翌日

『おはよう』

母は9時頃起きて来て野菜ジュースをコップについで一口飲み私に話しかける。

『なんか…迷惑かけちゃったみたいね…』

『ひどい荒れ様だったよ』

『ゴメンね…』

『シャワーでも浴びて来たら?スッキリするから』

『そうするわ』

これは母と娘、立場逆の会話ではなかろうか

まあいいけど

母はお風呂に入って少ししたら気分もよくなったようだ。


No.214 15/06/06 21:20
名無し 

皆様いつも閲覧ありがとうございます。

また3日ほど留守に致しますので了承願います。

もうお気付きとは思いますが話も終盤です。
決して意図して引っ張ってる訳ではなく、この時期出張が多くてどうしてもレスが出来ないのです。

申し訳ありませんが、ご理解の程宜しくお願いします。<(__)>


明日もよい日曜日でありますよう…☆


No.215 15/06/09 19:59
名無し 

『んじゃあ私帰るわ』

『ええ?もう帰るの?』

髪をタオルで拭きながら母は訊いた

『あたしだって色々やる事があるのよ』

『わかったわよ…気をつけて帰ってね。昨夜はほんと悪かったわ』
母は私に手を合わせた。

『あんまり飲みすぎないでよ、日比野さん心配してたんだかから』

『謝っとくわ…』

『お母さん』

『ん?』

『私自分が苦労したなんて思ってないから』

『知ってる』

『早く子離れして』

『生意気に…泣いて帰ってきたって知らないからね』

『ないわそんな事は』

『わからないよ。男なんてみんな隙あらばって思ってるんだから』

『お母さん、視えるの?』

『一応警告ね』

『また含みを持たせていやらしいんだからさ!』

『佐織、あんたはトシくんのお姉さんじゃないのよ』

『わかってるってば。電話したからもうしつこくしないよ、おじさんたちもいるし、余計なおせっかいはしないよ』


『そういう意味じゃなくてね…ま、もう行きなさい。ありがとね』

母はシッシッと手で何かを追い払うような仕草をした

『そういう意味じゃないってどういう意味なの?』

ピ~ピ~♪


洗濯終了の音が会話を遮った。

使った布団カバーを干してからアパートへと向かった。


母は霊能者

だが普通の母親とはなんら変わりない。

大きくなった子どもと大人げなくケンカをし

酒に酔って悪態をつく。

それでも
我が子の幸せを望み願っている。


自分のもつ霊能力が無力なものである事を
受け入れ生きている。

そんな母を


愛している。


No.217 15/06/10 12:20
名無し 

車で敏春の家の前を通りすぎる。

これからトシをどれだけの苦難が待っているのか
私は想像が出来ない。

トシは姉ちゃんと言ってくれたけど
私は姉ちゃんなんかじゃない。

トシにとっては何も出来ない立場の人間なんだ。

トシごめん。

あなたが幸せでいられるよう
祈ることだけ許して下さい。

そしてまた縁がある日がくるならば

その時はまた姉ちゃんと呼んで下さい。

またね

トシ。


No.218 15/06/10 12:24
名無し 

216は余りに文章が酷いので217に書き直しましたのでご了承下さい。
<(_ _)>

No.219 15/06/10 20:07
名無し 

翌週日曜日
夜私と三島さんは音楽教室にいた。

トシの事故と母の酔っぱらった話を電話では大方伝えたが
会って詳しく話すのは今日が初めてだった。

『そうか…敏春くんそんな事になってたんだ。なんて言っていいかわからないな…』

『うん…』

『でも佐織ちゃんは出来る事あるなら言ってって伝えたのならそれでいいと思うよ。あとは敏春君が考えるだろうし』

敏春のあいつと別れて一緒になってくれ云々のくだりは三島さんには言ってない。

『あのね、トシは…』

『何?』

『何でもないです』

『気になるじゃんよ、言いかけて…佐織ちゃんの事好きだとか言うたの?』

『いいえ、言いませんよ』

厳密にいえば好きだとは言ってはいない。

『だろーな。こんなじゃじゃ馬で気が強くて石頭の女、好きになるの俺位なものだもん』

『どうしてそうカンに障る事ばかり言うんです?』

『え?どこが?』

『もういいです』

『しかし、片腕使えなくなるって俺だったらピアノ弾けなくなるって事だよな。想像したくないな』

『ピアノが弾けなくても三島さんは三島さんです。そうなってもずっと側にいさせてもらいます。嫌がられても』

『嫌がられるって… 笑』

『トシはきっと耐えてくれると思ってます。無責任な考えですけど…』

『だな…』


♪♪♪

三島さんがゆっくりと曲を奏でる。

チャップリンのモダンタイムスで流れる曲

Smile


トシも…
人生捨てたもんじゃないって

思える出来事がありますよう



静かに曲が終わり、三島さんが私にちょっと真剣な眼差しで聞いてきた。

『佐織ちゃん、こないだの件、本気なの?』

『こないだの件て?』

『式の事だよ』




No.220 15/06/10 23:52
名無し 

『三島さんも承知したじゃないですか。式は挙げないって事で』

『やっぱりまずいんじゃないのか?男の俺はともかく、佐織ちゃんはやっぱり夢とかあるでしょうが』

『ないと言ったら嘘になります。でもそれよりも優先したい事があると、二人で話あって納得したはずですよ』

『でもなあ…うちの親父がそれでは面目ないし、あちらのお母さんにも申し訳ないって…』


『わかりました。私もお父さんに説明します』

『う~ん…』

三島さんは困ったようすで目をギュッと瞑った。



No.221 15/06/11 20:12
名無し 

三島さんの実家はK建設の孫請け規模の建設会社を経営していて長男のお兄さんが後を継いでいる。

次男のお兄さんもそこで働いている。

三男の三島さんだけがうちの物流会社をコネで中途入社したわけで
いわゆるボンボンである。

1ヶ月ほど前結婚前提の交際の報告という事で家を訪問したのであった。

お母さんは2年前に他界され、実家にはお父さんと長男夫婦が住んでおり、40になってやっと身を堅める末息子または弟に家族は安心し、私は婚約者としてえらく歓迎された。

お父さんは隠居し悠々自適な生活で

性格も温和な方だった。

少し話しただけだったが知性的な部分も感じられ、結婚式をしない理由をちゃんと話せば理解してくれるように私にはおもえた。


三島さんの実家はいわゆるお金持ちの部類なのだろうが、三島啓輔本人はそうではない。

結婚するにあたり、将来について色々話をしていて彼の貯金額を聞き私は唖然とした。

ほとんど無いのだ…。

『俺?食事はほとんど外食だし。車は2年ごとに買い替えるし、ピアノはもちろんオーケストラは聴きにいくし、旅行はするし…』

頭が痛くなってきた…


No.222 15/06/11 22:44
名無し 

『どうして?そんな早くに家が欲しいんだよ』

三島さんはジャージ姿で腕を組みピアノに向けてた体を私に向ける

『こないだ話たじゃないですか?ちゃんと聞いてないんですね、もう。 いつまでも此処で弾かせてもらってちゃいけないでしょ!』

『ああそうだっけ。でもなんで?別にいいじゃん、ここの音楽教室で。親父のコネで借りてるんだし』

(コネコネコネコネコネコネ…仔猫じゃあるまいし!)

『結婚してまで此処で演奏聴くのなんか落ちつきません。』

『まあそりゃそうだろうな…』


『ピアノを入れるなら防音のある部屋じゃないといけないわけですし、費用もかさみます。今すぐは購入出来ないけど出来るだけ早くピアノを置けるマンションか家が欲しいんです。そこで思いきり三島さんにピアノ弾いて貰いたいんです』

『佐織ちゃんの気持ちはありがたいけど、だからといって結婚式をしないというのもな』

『私、三島さんが思ってるほど式とかウェディングドレスにはこだわりはないんです。
指輪だってサン宝石とか三日月モモコのでもいいんです。
それより1日も早く防音の家を購入するのが私の望みなんです』


『佐織ちゃんのお母さんや友達は?肩身狭くなるよ』

『母はわかってくれました。友達も挙式しないくらいで私に対して態度が変わる子はいませんから』

『あ~親父が結婚式の費用出すって言ってるんだけど…』

『それに甘えるのはいけないですよ』


No.223 15/06/12 21:11
名無し 

『お父さんは実質長男のお兄さんにお世話になっているんです。同居している.お兄さん夫婦にとっても費用の問題は無関係ではありません。

そりゃあ親のする事にあからさまに意見はしないでしょうけど私達の結婚式の費用を出す事は.お兄さん夫婦にとっては心情的に複雑だと思います』
私は頬に手を当て、予想できる事を話してみた。

『そこまで気ぃ遣うかな?』

『三島さんが無神経過ぎなんです』


『あーあ、ちゃんと貯金しておけばよかったな。もう俺結婚なんかしないと思ってたから』
三島さんはぽりぽりと顎のあたりを掻く。

『後の祭りです』

『甲斐性なしで悪いね…』

『これから二人で造っていけばいいんです』

『佐織ちゃんは変わってるよな』

『また頑固者とか言うんでしょう?聞きあきました』

『いや…』




No.224 15/06/13 00:08
名無し 

『今まで付き合った女は俺が金持ちのお坊っちゃんだとわかると、あれが欲しいだの、これが食べたいだの、そんな事言う女ばかりだった。

佐織ちゃんみたいに、今まで俺の為に何かしようとか考える、そんな事いう女は居なかったな』

『すみません…いらないお世話でしたか?でも本当に挙式は乗り気じゃないんです…』

『いやいや、誤解しないでよ。嬉しいんだよ、そんなに思ってくれている事がさ』

三島さんはこれ以上ない笑顔を私に向けてくれる

私はとても愛しさを感じ幸せな気持ちになった。


『おいでよ』

三島さんは両手を軽く広げて私を招く。

いつものように彼の膝の上に座り、キスを受ける。

初めは軽く、二人とも笑いながらふざけながらじゃれあい、徐々に感じるキスへと移行していく。

だんだん激しさを増す。私を抱きしめる腕の力ががいつもよりずっと強い。そして長い。

苦しい…

『三島さん…痛い…です』

『結婚して良かったと思ってもらえるようにするからね、佐織ちゃん』




『でも浮気したら私、離婚しますよ』


『エエッ!?』

あっという間に腕の力が抜けた。

『ええって何ですか!ええって!』



No.225 15/06/14 20:35
名無し 


お母さん


私の未来が視えますか?


何に喜び悩むか先の事がわかりますか?


結婚して私は幸せになれるの?


前は聞きたかった


未来に起こる悪い出来事を避けたかった


でも今はそんな事は思わない


傷つき悩み世を恨むような事があったとしても


受け止め私はこの人と共に生きて行くから


生きて行く

生きて行く


私の愛する唯一の人と
My One and Only love…



No.226 15/06/15 22:03
名無し 

18年後




『佐織ちゃん、こんなとこまで来て膨れっ面しなさんなよ』

『あなたったらよくそんな呑気な事言ってられるわね。男親なら怒らないかしら普通』

『しょうがないでしょうが事情が事情なんだからさ』

夫はジャージ姿で腕を腰に当て、諦めの表情をしている。

『お母さん、どお?』

娘の瑛子は試着室から扉を開けてマーメイドスタイルのウェディングドレスを試着したのを私にみせる。

ここはブライダルドレスのショップである。白を中心に華やかウェディングドレスが店内にならんでいる。

瑛子は17歳にして嫁ぐのであった。

『私に聞かないで旦那さんに聞いたら?』

『似合うよ』

隣で瑛子の婚約者が微笑む。

ちらほら白髪があり銀縁の眼鏡をかけ、背が高く、左腕を首からの布で吊っている。

『トシ、もうちょっと何か言ってあげなさいよ!全くいつもいつも口数少ないんだから何考えてるかわかりゃしない』

『すみません…さお…お義母さん』



敏春は5年前に会社を辞め、家庭教師の派遣の会社を立ち上げ色々あったが今は軌道にのり代表取締役の立場だ。

会社を立ち上げる前から瑛子の家庭教師をお願いしていたのでいわば生徒第一号である。

その敏春と瑛子が結婚をする。

瑛子は今妊娠4カ月であり、先月その話を聞いて私は腰を抜かした。

二人が付き合ってたことさえ知らなかったからだ。

学校はもちろん休学だ。

授かった命を闇に葬る事は二人は考えてなかった。

必然的に結婚となる。

私はたった17歳で私の下を去ってしまう寂しさと、未成年なのに子供が出来てしまうような付き合い方をする敏春を最初はどうしても許せなかった。

だが反対しても何も変わる訳でもない。
敏春の辛い事も受け止め前向きに生きる人間性を知っている。

夫も
『許してやりなさい』
との助言もあり渋々ながらも認めたという訳だ。


No.227 15/06/16 20:20
名無し 

『こんな体のラインが出るデザイン駄目よ!お腹おっきいんだから』

鏡に映る瑛子は親バカなんだろうけども、アイドルの様に美しく感じた。

『え~これ可愛いのに~』

はあ…娘のドレスを買いに行けるっていうのはなんだかんだ言っても幸せなんだろう。

私は母を思い浮かべた。

結局母にはウェディングドレス姿を見せてあげる機会はなかった。

いくら自分が決めたことだとはいえ、こうして娘のドレス姿を見ると親不孝だっただろうなと思わざるを得なかった。

お母さんも試着してみれば?

『え?冗談やめてよ、馬鹿馬鹿しい』

『だってさ、お母さん式挙げてないんでしょ。あっちのレンタルの方のドレス試着してみればいいじゃない。店員さんに頼んでみる!』

瑛子はマーメイドスタイルのウェディングドレスのままスタッフのところへ聞きに行った

『瑛子!走ったら危ないから!』

敏春が瑛子の後を付いていく。

『お母さん!この店でウェディングドレス買うからって言ったらオッケーだって!』

『やだっつってるのに!』

『試着してみなよ佐織ちゃん。俺もウェディングドレス姿見たいよ』

『お義母さん着てみてよ』




『……』
(まったくどいつもこいつも!)


私しつこく勧めるのに嫌気がさし、そのショップから一人、脱兎のごとく逃げ出し、皆を置き去りに一人車で家に帰った。


『お母さん!』

『ちょっと佐織!』

『お義母さん!』

皆が呼び止める声を振り切って。



No.228 15/06/16 22:40
名無し 

家に帰り、リビングのソファーでぼうっとしていた。

6月の日は長く5時でもまだ明るい。

南側の窓を眺めながら結婚した当時の事や、瑛子を産んだことや瑛子の幼稚園、小学校.中学校、今までの事が思い出された。

どれくらい時間がたったのだろう。

夫が帰ってきた。

『佐織、怒ってる?』

『お帰りなさい』

『瑛子も敏春くんも無理強いして悪かったって伝えてくれってさ』

『そう…』

『本当にさ、佐織ちゃんは予想外の事するよね。こうゆう場合はウェディングドレス試着して

あー綺麗 とか言って俺と写メとって

めでたしめでたしで終わるでしょうが』

『そんなキャラじゃありませんから私は。瑛子は?トシのマンション?』

『ああ』

『まったく!これだもの。』

『もう許したんだろ?瑛子は敏春くんに託したんだ。見守るのみだよ』

わかってる事をあらためて言われると悔しい。特に夫には。

『愚痴くらい言ってもいいじゃないのよ。まだ心の整理がつかないのよ…トシが瑛子に…』

裏切られた気持ちは否めなかった。

『佐織ちゃん』

『何?あなた』



No.229 15/06/17 22:01
名無し 

『前の状態に戻るだけだよ』

『前って?』

『二人きりの生活に戻るだけなんだよ。』

『……』

『いつまでも怒ってばかりの佐織ちゃんじゃ、瑛子も…俺も辛いよ』

『ごめんなさい…』

『また二人だけになっちゃったけど、仲良く暮らそうな』

『はい…』

『おいでよ』

ソファーの横に座った夫は手を広げる。

『え?あなたったら本気?』

『昔はよく来てくれたでしょ』

『恥ずかしいわ…いい年して…』

『いいからおいでって』

『はい…』

私は夫の腕の中に体を委ねた。


『笑ってよ、佐織ちゃん』

『無理いわないで』

『ほらほら~』
夫は私の頬を手で横に広げる。

『学級文庫って言ってみて』

『もう!』

私は頬をつねってるてをはねのけた。


『あなた…』

私は微笑み夫からのキスを受けた。

やはり夫にはかなわない。

尻に敷かれてるようで本当は霊能者以上に何もかも見透かしている。

私は夫に幸せにしてもらった。

ずっと愛していきたい…


ずっと…


ずっと…






No.230 15/06/17 22:35
名無し 

瑛子



私は母のような能力はないけど


ずっとあなたを見守る気持ちは変わらないから


そう

愛する唯一人の人と一緒にね


敏春


瑛子



おめでとう

幸せに…




    ーENDー


No.231 15/06/17 22:47
名無し 

皆様『母は霊能者』長らくご愛顧くださりありがとうございました。

沢山の誤字脱字、読みづらい文章等お詫び申し上げます。礼

皆様の閲覧が有り難かったです。感謝しかありません。

次作の構想は有りますのでまたお目にかかかれたらと思います。

それではまた…


No.232 15/07/19 20:06
名無し 

皆様今晩は

ハンネSylvia(シルビア)で
『My Romance』

書きはじめました(^^)

よかったら閲覧下さいませ♪(*^o^*)


主人公が少し歪んでる設定なので
笑いは少なめですが

よろしくお願いします(*^_^*)



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