長男の嫁
『ただいま帰りました~』
玄関から姑の通う老人ホームの女性スタッフの甲高い声が聞こえた。
同時に愛犬でプードル犬のぷーが吠えながら玄関へ走った。
やっと寝かしつけた生後3ヶ月の茉奈が泣き出す。
『ハァ』
私はため息をつきながら玄関へと向った。
新しいレスの受付は終了しました
『お姉ちゃん、いつも大変なんだから、茉奈、見ててあげるからパチンコでもしてきたら?これから茉奈大きくなったら本当にママじゃなきゃダメになる時が来るよ。そしたら見てたくても見れないんだからさ』
明子は私のストレスを知ってか知らずか、そんな事を言った。
恥ずかしながら、私は茉奈を妊娠するまで、時々パチンコに出掛けていた。儲けや負けに拘るのどはなく、ただ単に何もかも雑音で書き消された、あの空間が好きだった。
パチンコをしてる時は何もかも忘れて居られた。
『そう?じゃ、お言葉に甘えて1時間位行こうかな』
私は近くのパチンコ屋で、1時間強遊んだ。久しぶりの『無』になった時間だった。
タバコも辞めて居たから臭いはちょっときつかったが、とても楽しめた。
明子にお礼と少しのお小遣いを渡し、私は帰ることにした。
『茉奈ちゃ~ん』甥っ子は寂しいのか泣いていた。
(私も帰りたくない。私が泣きたいよ…)
そう思いつつ 自宅へ車を走らせた。
自宅へ着いたのは3時半だった。
茉奈はチャイルドシートでぐっすり眠っていた。
茉奈を車から下ろして、バウンサーに乗せ、ぷーと遊んで居ると、ぷーが吠え出した。
(帰ってきたし…)
ぷーがデイサービスの送迎車の音を聞き付けたのだ。
一気に現実に引き戻された。
今までの楽しかった気持ちが、一瞬にし憂鬱な気分に変わる。
『ただいま帰りました~』
今日は男性スタッフの声だ。
ぷーが吠えた声で目覚めて泣き出した茉奈を抱き、玄関へと向かう。
『お世話様でした~』
私はそれだけ言うと、リビングに戻る。
リビングの扉は曇ったガラス張りだ。
だから誰かが来るとすぐに分かる。
扉に姑の影が写った。
ポックリポックリポックリ
呼吸音を鳴らしながら姑が来た。
『お昼ごはん量が丁度良くて美味しかった』
と言った。
(なんだそれ…私の飯は量が少ないか!?不味いか!?)
姑はそんなつもりじゃ無かったのかも知れないが、頭に来たので私は『あっそ、良かったね』と言った。
すぐに姑は自室に引き返したが、その時いつもの様子と違うのに気付いた。
姑がフラフラと壁にぶつかりながら歩いて居るのだ。
??
よそ見でもしてるのか…その時はそのくらいにしか思わなかった。
夕食の時間、姑は6時と決めていた。
私からしたら茉奈がぐずる時間なので、もう少し遅くしてもらいたかったが、一度主人が『貴子、大変だから時間決めるなよ』と言ったら『何時でも大丈夫』と言ったので、のんびり支度をしたら、6時になったと同時にキッチンを何度も覗きに来る始末で、私は余計に急かされた。
それ以来、どんなに大変でも時間通りに作る方が、精神的に楽なので6時に用意していた。
姑は6時になるとリビングに現れ、我が物顔で自席に着くのだが、今日は6時を過ぎても姑は現れなかった。
(デイサービスで疲れたんだな、寝ちゃったんだろう…)
私は姑の部屋は覗かず、放置していた。
やがて時計は6時半を回り、7時になっていた。
そして主人が帰宅した。
主です。
私も分かっています。誰もが年を取れば出来なくなることもあると。
同じ人間だから優しくしたい気持ちもあります。
ですが、理屈ではどうしようもないこともありますから…
施設に入れる件ですが、それまでの事を書いていますので、ここではお話出来かねます。
それから、小説ですので、100%ノンフィクションではないことをご理解ください。
他の方が見辛くなりますので感想スレありますからそちらにお願いします。
>> 58
主です
いろんな意見、あるとは思いますが、なんだか私自身を批判されてるようで、今までの頑張りが一気に涙に変わってしまいました。
弟夫婦…
みんな、その人の立場に立たないとわからないものです。文を読んだだけで色んなことを思ったり批判することは簡単です。
色んな意見があるので、主さん気にせず頑張ってくださいね✨
- << 63 同意です その立場になってみないとわからない事たくさんありますよ… 私も旦那の義母、義祖母と同居してますがまだ二人とも一応元気です でもいつかは介護状態になるかもしれません その時にその状態を受け止められるか、そして受け止めて優しくできるか…と考えたら全く自信はありません 私は主さんと違い旦那とは全然上手くいってないので(本当の仮面夫婦です)もしかしたら子供を連れて実家(北海道)に逃げ帰ってしまうかもしれません いや、間違いなく帰るでしょう 私はただただ主さんの体と心が心配です 休める時はちゃんと休んでくださいね 何もかもを本当にきちんとやってらっしゃる主さんだからくれぐれも無理をなさらないように…
>> 60
みんな、その人の立場に立たないとわからないものです。文を読んだだけで色んなことを思ったり批判することは簡単です。
色んな意見があるので、主…
同意です その立場になってみないとわからない事たくさんありますよ…
私も旦那の義母、義祖母と同居してますがまだ二人とも一応元気です でもいつかは介護状態になるかもしれません その時にその状態を受け止められるか、そして受け止めて優しくできるか…と考えたら全く自信はありません 私は主さんと違い旦那とは全然上手くいってないので(本当の仮面夫婦です)もしかしたら子供を連れて実家(北海道)に逃げ帰ってしまうかもしれません いや、間違いなく帰るでしょう 私はただただ主さんの体と心が心配です 休める時はちゃんと休んでくださいね 何もかもを本当にきちんとやってらっしゃる主さんだからくれぐれも無理をなさらないように…
『お義母さん、まだ食事に来ないの。寝ちゃってたら起こして来てくれる?』
と主人に言った。
『はいよ』主人は姑の部屋に向かった。
すぐに『お母さん!お母さん!どうした!』と聞こえた。
姑は自室のベット脇にうつぶせに倒れていた。そして姑の頭の回りには水溜まりほどの汗がたまっていた。
自分で起き上がれなかったのか、体を起こすと『大丈夫大丈夫』と話した。
意識もはっきりしていた。
だが、私は気にかかり、救急病院に連れて行った方がいいと主人に言った。
時計は7時半を差していた。
姑のびしょ濡れになった服を着替えさせ、髪を拭いた。
『おかあさん、普通じゃないから病院に行こう』
私は言ったが‘行かない’の一点張りだった。
が、しかし、人間として、ここは連れて行かない訳にはいかない。
強引に姑を車に乗せた。
主人が運転をし、私は茉奈を抱えて病院へ行った。
前もって電話して居たので、割かし早い対応だった。
一通り診察が終わり、医師から受けた診断は熱中症による脱水症状だった。
『とりあえず、点滴をしましょう。それから呼吸音ですが、気管支を見ても肺を見ても異常がみつかりませんね』医師が言った。
私と主人は顔を合わせた。主人も納得がいかない顔をしていた。
医師との話が終わり、先に点滴室に入っていた姑のところへ向かった。
姑は眠っていた。点滴には2時間位かかるので、声をかけずに近くにいたスタッフに『11時に迎えに来ます』と伝えて一度帰宅した。
『先に休んでいいから。あとは俺がするよ』
と主人に言われ、私も茉奈が居るので言葉に甘えて先に休んだ。
休んでいいと言われても…なかなか寝付けない。
(私もまだ思いやれるんだな…失笑)
2階の寝室に横になっていると、主人が出掛ける音が聞こえた。
私は隣でスヤスヤ眠る茉奈の寝顔を見つめて、頭を撫でた。
(茉奈、ごめんね。毎日バタバタして、あなたのお宮参りも100日祝も出来ずに…1歳の誕生日は盛大にやろうね)
気づくと涙が出ていた。
静かな静かな時間。いつぶりだろうか…
自分の呼吸が聞こえる。
(ごめんね。ごめんね。)
私はただただそれだけ思っていた。次第に嗚咽に変わり、訳もわからずに泣いた。
ずっと張り詰めていた心の糸がプチンと切れたように、泣いて泣いて、泣いた。
どれくらいの時間が経ったのだろう…
落ち着いた頃、玄関の開く音がした。
私は出迎えに行こうとしたのだが、思うように体が動かずにそのままで居た。
1階で、『ごはん食べるごはん食べる』と姑が仕切りに言っているのが聞こえた。
『今日は点滴をたくさんしたから大丈夫だよ。もう遅いから休みな』
主人が言っている。
(あ~、ちゃんとやり取りしてる。任せて大丈夫かな~)
考えてる内に眠りについてしまった。
これから長い長い夜が始まる事を知らずに…
『エーン』
茉奈の泣き声で目を覚ました。
携帯の時計を見ると夜中の2時だった。
(ミルクの時間だ)
『ちょっと待っててね』
泣いてる茉奈を置き、1階のキッチンへミルクを作りに行った。
茉奈の様子が1階でも分かるようにモニターを付けて居たので、見ると泣き止み指をしゃぶっていた。
私は欠伸を噛み殺してミルクを作った。
心配だったので、姑の部屋を覗いて行こうと、静かに姑の部屋の扉を開けた。
!!!
姑はまたうつぶせに倒れていた。
遠くで茉奈の泣き声がする。
(どうしよう)
『パパ~パパ~おかあさんが、また倒れてる』
すぐに起きる主人ではない。
『おかあさん!大丈夫?ちょっと待って』
ミルクを置き、おかあさんを起こす。
明かりを付けて見ると、顔にアザが出来ていた。
茉奈の泣き声が一層大きくなる。
『ちょっと待ってて』
それだけ言うと、私はミルクを持って2階に駆け上がった。
階段のてっぺんにぷーが心配そうに座っている。
『ぷー、大丈夫よ。寝てな』
と言い、寝室で高いびきをかいて寝ている主人を起こした。
『パパ!パパ!起きて!おかあさん、また倒れてるの』
主人は飛び起きて1階に行った。
『茉奈のミルクだけ済ませちゃうから』
主人の後ろ姿に言った。
ミルクが済むと茉奈はすぐにまた眠りについた。
すると主人が戻ってきた。
『トイレに行こうとして倒れたらしい』
『そう…眠ったの?』
『うん。寝るって』
主人はまた布団に横になった。
夏休みということもあり、仕事が忙しいので疲れてるのだろう…
私は50cc程ミルクの残った哺乳瓶を洗いに、キッチンへ向かった。
階段を2・3段降りた頃、『ドーン!』凄い音が姑の部屋から聞こえた。
残りの階段を駆け降りる。
『おかあさん!?』
また倒れてる。
『パパ~!またおかあさんが!』
まだ起きていた主人はすぐに降りて来た。
『どうしたんだよ』
主人は姑に聞く。
『セーターが無いの。茶色のセーターが無いの。セーターが無いの』
やっとベットに座らせたのに姑はまた立ち上がる。
するとまた転びそうになり、私達はすぐに支えた。
『セーターなんか明日でいいだろ。具合悪いんだから寝なよ』
主人が言った。
『分かった分かった分かった…』
姑はそう言ってまたベットに横になった。
さすがに目が覚めた私達は1階のリビングで同時にため息をついた。
ハァ…
話もしない内に『ドーン!』また音がした。
行くとまた倒れている。
何度も何度も寝かしては倒れて、気付けば姑は全身あざだらけになっていた。
この時、時間は4時。
『もう、いい加減にしてくれよ~!あんたは何回言ったら分かるんだよ!!おい!聞いてんのか!』
主人の精神が壊れた瞬間だった。
普段、怒鳴ることのない主人にビックリした。
姑はやがて体力も無くなって来ていた。
自力で起き上がれない事を見抜き、私達は床に布団を敷き、姑を寝かせた。
すでに布団にはたくさんの排尿の後があったが、それどころでは無かった。
『ごめんなさい。お義母さん、こんな風になるなんて思ってなくて、前に使っていたオムツの残りは、この間、被災地に寄付してしまったの』
私は言った。
私は代わりにぷーのトイレシートを何枚か持ってきた。
『とりあえず、これで』
私と主人は姑の尿で濡れたパジャマと下着を脱がし、新しい下着を履かせる時に中に挟んだ。
布団にも何枚か敷いた。
これで倒れることはないと、私達は少し休んだ。
すでに6時だった。
1時間位休んだ。
7時に1階へ降りた。
茉奈のオムツを替えてミルクをあげる。
茉奈がご機嫌な内に姑の様子を見に行った。
床の布団に横になり、姑は下半身裸になってトイレシートをちぎっていた。
アザの色が鮮明になり、痛々しかった。
『トイレ行く?』
姑に聞くが会話にならない。
運良く主人が仕事が休みだったので、主人を起こして、姑の着替えなど手伝ってもらった。
『ごはん食べられる?』私が聞くと、姑は『うんうんパン食べるパン食べる』と言った。
いつものパンとお茶をを姑の部屋に運び、主人が姑に食べさせた。
だが、姑は自分で口に入れてしまう。
『ダメだよゆっくり食べないと』
もうお茶を飲むにも首が上を向かなかった。
姑は次々とパンを口に運ぶ。
嫌な予感がした。
危ない!
そう思った時には遅かった。
姑は顎をガクガク鳴らし、白目を向いて倒れた。
パンが詰まったのだ。
みるみる内に姑の顔色は青白くなっていく。
痙攣が止まらず歯と歯がぶつかってカチカチ音が鳴っている。
『パパ、顔を横にして口の中の物を吐かせて』
すぐに主人は口に指を入れようとしたが、姑の物凄い力でなかなか口が開かない。
やっとの思いで中指だけが入ったが、第一関節までしか入らない。
こじ開けてもこじ開けても姑の力が勝っていた。
『痛い~!おかあさん口を開けろ!』
主人は叫ぶ。
意識が無いのでダメだ。
私はすぐに携帯電話で救急車を呼んだ。
救急隊員からの指示はすでに済んでいた。
救急車を待つ間、『指がちぎれる~口を開けろ~』主人が叫んでいた。
指がやっと抜けた頃、救急車が着いた。
姑はこの時、必死な応急処置でなんとか意識が少しだけ回復していた。
救急隊員の人が3人程、部屋に来た。
長かった。1分間がとてつもなく長く長く感じた。
とにかくホッとした。
姑はこの時下半身はパンツ一枚。隊員には虐待でもしてると思われたろう…
薄いズボンを履かせる。
姑は自力では立ち上がれないのでタンカで運ばれた。
主人と姑が救急車に乗り込む。
『後で連絡する』
そう主人は言って病院へ向かった。
家を出て少し走ると、救急車はサイレンを鳴らした。
サイレンが遠くに行くにつれ小さく小さくなるのを、茉奈を抱えて聞こえなくなるまで聞いていた。
するべき事がたくさんあるのに、体が動かなかった。
ほどなくして我に返った私は、すぐに実家に電話をして事情を話した。
すぐに両親が茉奈を預かりに来てくれた。
両親の顔を見たらホッとして涙が出た。
『気をしっかりね。茉奈は大丈夫よ。落ち着いたら連絡してね。』母が言った。
『お願いします。』また、茉奈と離れるのに寂しくなり涙が出そうになる。
(茉奈、ごめんね。すぐに迎えに行くね)
私は、さっきまで叫び声の飛び掛かっていた姑の部屋に戻り、掃除を始めた。
姑の部屋は尿の臭いと汗の臭いと姑の臭いとが混じり合って、ドアを開けた瞬間吐き気が襲って来た。涙目になりながら、まず尿が染み込んだ布団や衣類を外へ出した。
それから、食べかけのパンやお茶を片付けるが、さっきの恐ろしい光景が脳裏に甦り、身震いがした。
程なくして主人から、家からさほど離れていない病院に運ばれ、しばらく入院になると連絡があった。
私は支度をして、入院に必要なものを一通り買い揃え、病院に向かった。
(入院…よかった)
悪いとは思ったが、私の本心だった。
朝の憂鬱な気分が、入院と聞いたら急にウキウキした。
車を降りると、真夏の太陽が眩しかった。
鼻歌まじりで私は病室へと向かった。
病室に着くと姑は酸素マスクをしてベットに横になっていた。
呼吸音も大きさを増し、呼吸をするたびに胸が上下に動いていた。
枕元には痰を吸引する装置があり、すでに吸引したような形跡があった。
吸引した痰には血が混ざっていた。
姑はもう声も出せない状態だった。
『今日はバタバタして寝不足だし、茉奈も迎えに行かないとならないから、荷物だけ整理して帰ろう』
主人が言った。
私は寝ている姑をチラリと見ながら病室を出た。
(なんか、死にそう…)
やっと楽になれる日が来るかも知れないと期待せずに居られなかった。
つい浮かぶ笑顔が主人にバレないように、私はウソの仮面をつけた。主人の前では心配な素振りを忘れなかった。
実家の両親に菓子折りを買い、実家に向かった。
茉奈の顔を見てやっと安心した。
『茉奈~ごめんね』
そういって私は茉奈を抱き締めた。
こうして長い長い1日が終わった。
それきり、姑の病院には行かなかった。
病院へは主人が通った。
私が洗濯した物を主人が届けるの繰り返しだった。
姑が居ない間、私は茉奈と夢のような時間を過ごした。
周りのママたちは普通の毎日のような事が、私にはまるでパラダイスだった。
自由感と解放感で溢れていた。
なにより茉奈がぐずっても、すぐに駆けつけられる事が嬉しかった。
毎日毎日が楽しくて仕形が無かった。
反面、いつこの生活が終わってしまうのかという不安が、1日 1日経つごとに大きくなっていった。
姑の容態は2週間経っても変わらず、やっと主治医から説明があると病院に呼び出された。
茉奈を妹に預けて、私と主人は病院に向かった。
外は雨が上がって蒸していた。
姑には会わず、直接小さな会議室へと通された。
そこには主治医と看護婦1人が居た。
50代になろう看護婦はカルテらしきものを手に持ち、主治医が座る椅子の隣に立っていた。
私達は主治医と向かいあう形で椅子に腰かけた。
古びた椅子がギギッと鳴る。
私はどこかで見たような、はた目には何処にでも居そうなおじいちゃんみたいな主治医を見つめて固唾を飲み込んだ。
主治医の椅子がくるりと回り私たちを見た後、思いもよらない言葉を発した。
『う~ん。実はですね、何度も検査したのですが、血痰も、呼吸音も、原因が分からないんです』
続けてこう言った。
『このままの状態が続くと最悪の場合を考えてください。おかあさまの場合、認知症状がありますし、転院も受け入れが難しいでしょうし、施設にと言っても、医療行為が必要ですから難しいでしょう』
私達は選択肢がなくこのまま今の病院で看てもらう事にした。
(最悪の場合……死)
私はそればかりが頭から離れなかった。
私は自分が死ねばいいのにと思う程、残酷な女だと思った。
ただ 居なくなるなら早く居なくなってくれと…
神様 ごめんなさい。
それからすぐに弟夫婦にそのうまを伝えた。
さすがに慌てたのか、すぐにお見舞いに訪れた。
…が、頻繁にお見舞いに来ていたのも束の間、すぐにぱったりと来なくなった。
と言うよりも、来る必要が無くなったのだ。
主治医から話を聞かされて2週間。
そう…
姑は…
主治医の言葉とは裏腹に、見事に復活した。
スタスタ歩くようになり、呼吸音も、無くなった。
それこそ体重は減ったものの、後は以前と何一つ変わらない、いや、それ以上に元気になってしまった。
そしてもうしばらくしたら退院しましょうと伝えられた。
私は普通なら喜びべき事なのに焦ってしまった。
(また戻る…)
目眩がした。
やっと、やっと平穏な日々を過ごせると思っていた。
どうして?どうして?
私は神様を憎んだ。
次の日には、早くも役所に介護度再認定手続きを申し込んだ。
ベットに座って、オムツをしてる状態での認定をして貰いたかったからだ。
とにかく介護度をあげないと、サービスが受けられないのだから先が思いやられる。
しかも、入院中の姑の様子を全く把握して居ないから余計に不安だった。
2日後に認定者が病院に来ることになった。
認定には主人が付き添う事になった。
朝から私は
『いい?ちょっと大袈裟に話してね』
『なるべく介助がないと無理って言ってね』
など口うるさく言って聞かせた。
退院まで10日。
その10日をどれだけ有意義に過ごすか…
昼寝をしている茉奈は、夢でもみてるのか、ニヤリと笑ったり、しかめっ面をしたりしている。
またこんな寝顔もゆっくり見られる日が少なくなるな…
私は茉奈のほっぺたを両手で優しく包んだ。
茉奈が首をすくめる。
茉奈 茉奈が居るから大丈夫よね。ママ頑張れるよね…
時計を見ると1時だった。認定が始まった頃だ。
私は心配な気持ちを振り切り、部屋の掃除を始めた。
それから10日午後、姑は退院した。
主人と一緒に帰ってきた姑は玄関に入るなり
『ただいまただいまただいまただいま…みんなに会いたかったみんなに会いたかった』
としつこく繰り返し泣いていた。
私はこんな姑を見ても、悪い事をしたな…とかこれからは優しくしようとか、そんなことも思えない程に、心が荒んでいた。
思いたい、思ってあげたいのに、どうしても思えなかった。
(なぜ死んでくれなかったんだ)
そればかりを思った。
姑は以前のように繰り返し質問を繰り返した。
この頃の私は夜中に姑の声が耳元で聞こえるようになり、何度も夜中にうなされて目を覚ました。
持病のパニック発作も回数は増え、毎回夜中に決まって吐くようになった。
怖くてたまらなくなり、頓服薬を飲んでテレビを付けて朝まで過ごす日がほとんどになった。
茉奈は寝返りを完璧にマスターし、離乳食も始まり、ますます手がかかるようになった。
『はい、アーン』
茉奈は離乳食もすんなり受け付け、スプーンを片付けると泣く程に食べる事が好きだった。
どんなに姑の事で苛々しても茉奈に当たることは無かったし、茉奈の事で手を抜くのは絶対にイヤだった。
それ以上に茉奈が可愛かったし、茉奈に接したり茉奈のことに精を出している時だけが幸せだった。
茉奈の好きな曲を唄い、絵本も読んであげる。
『キャハハ』
茉奈は天使だと思った。
『貴子さん貴子さん、鍵が無くなっちゃったんだけど』
また姑が現れた。
さっき袋に入れて取り付けてあげたばかりだった。
もう何度目だ…
そんな時私は茉奈と遊ぶフリをして姑を無視した。
それでも引き下がらないときは寝たフリをしてしのいだ。
そんな日々が続いたある日、やっと市役所から介護認定の決定通知が届いた。
ぷーがクンクンと封筒の匂いを嗅ぐ。
茉奈は昼寝をしていた。
姑は運良くデイサービスに出かけている。
静かな静かな時間だった。
時計の秒針だけがチクチクと鳴っている。
私は書類に目を通した。
目は最早『2』という数字だけを先読みしていた。
やったやったやった!
1から2になった!
私は嬉しくてぷーを抱き上げた。
ぷーは嫌がって両足で踏ん張り私の腕から抜け出そうと必死だ。
ぷーにキスをして放してあげた。
私はすぐさまケアマネージャーに電話をし、来月からのサービス回数を増やす手続きをした。
ケアマネージャーさんとうまく話もつき、姑は月に2週間程のショートステイに入れることになった。
ついでに、私は特別養護老人ホームへの入所申し込みも同時に申請した。
いずれ入所になるだろうし、入所待ちしてる人たちはたくさん居る。
待っても2、3年はかかるはず。
その間は私が面倒を見るのかと、先が長く感じられたが、それでも家に居る時間が減ることを考えたら、頑張ろうと思えた。
姑はショートステイに行く度に泣くようになった。
行くときも帰って来たときも泣いている。
気持ちが不安定になっているのか、質問を繰り返すことも、回数が増え、今伝えたことも次の瞬間には忘れていた。
自分の世界だけが見えていて、回りは一切見えて居ないようだった。茉奈が泣いても気にならないのか、私に必要に物事を押し付けるようになった。
このころから姑は自分1番じゃないと居られなくなっていった。
姑はいつも気に掛けてもらいたいという思いがヒシヒシと身体中からオーラとして出ていた。
まるで子供のように。
時には鼻をティッシュで押さえて鼻血が出た振りをした。
嘘を見抜いて知らんぷりしてると、本当に鼻血が出るまで鼻をほじっていた。
『大丈夫?』と聞くと次からはその行為は無くなる。また気に掛けてもらいたいと繰り返す。
そんなのはしょっちゅうだった。
だが、そんなのは可愛いもんだったのだ。
今
今 思えば…
季節も変わり、茉奈もハイハイをし出すようになった。
ある日、2階のベランダに洗濯物を干しに行こうと階段を上り、吹き抜け部分から茉奈が遊ぶ部屋を覗いた。
お気に入りのテレビを真剣に見ていた。
私は5分程で干し終わりまた1階を覗いたのだが、茉奈がいない。
『茉奈ー?茉奈ちゃん?』
部屋は扉がしまって居る。茉奈は自分で開けられない。
私は慌てて階段に向かった…
その時 ドドドドドドドン と階段から音がした。
茉奈が階段下倒れ、頭から血を流し微動だにせずに横たわっていた。
茉奈の元に着いたとき、姑の部屋がすっと閉まるのを私は見逃さなかった。
意識のない茉奈を抱き寄せ声が渇れるまで名前を呼んだ。
救急車…呼ばなくちゃ…動揺と焦りで上手く話せない。
『娘が…娘が…動かなくて…うっうっ』
それしか話せなかった。
救急車の音がだんだんと近づいてくる。
私は胸に茉奈を抱えてただただ泣いていた。
このときすでに茉奈の呼吸は止まっていた。
『茉奈ちゃん茉奈ちゃん』
救急医のいる病院へと運ばれたが、その甲斐虚しく茉奈はわずか8ヶ月でこの世をさった。
主人に電話をしなければならない。
だけど、私の頭は思考が停止し、思い浮かぶのは茉奈が産まれてから今までの、たった8ヶ月だけど、山のような思い出が走馬灯のように巡り、茉奈の遺体の隣で『茉奈ちゃん茉奈ちゃん』と繰り返し溢れても溢れても止めどなく流れる涙で何をすることもできなかった。
茉奈が救急車で運ばれる最中、姑は自室から出てこなかった。
本来なら娘の心配が第一なのだろうが、私の頭は(あいつがやったに違いない)と、鬼の形相だっただろう。
茉奈はハイハイは出来ない 階段まで上がれない。家に居たのは私と姑と茉奈だけ…
怒りで全身が小刻みに震えていた。
救急車の中で茉奈が処置してる姿をじっと見ていた。
まだ夢なんじゃないかと思った。
信じたく無かった。
耳に聞こえるのは、救急救命士さんの『輸血』とか『脈拍』とかそんな単語が聴こえていた。
病院に着いたとき、すでに茉奈は心拍停止状態。
時間差で病院についた旦那が茉奈にしがみついた
『茉奈~なんでだよ』『パパとディズニーランドいくんだろ?』
私はその時になって走馬灯のように、茉奈を子の手に抱いた瞬間から、ミルクを飲ませてる愛しさ。私だけにみせた笑顔。テレビに釘付けになる姿… 思い出せばきりながい、感情が溢れだし、始めて声をあげて泣いた。
『茉奈ちゃん茉奈ちゃん茉奈ちゃん…』
冷たくなったお手てを握ってたくさんたくさん泣いた。
やっとやっと会えたのに、もうさよならなの?
元に 戻して…
神様。私の生き甲斐を天使を…返して。
最悪の娘、茉奈は8ヶ月という短い命でこの世を去った。
私はどんな風に葬儀を行なったのかも全く分からなかった。
毎日、生きてるのか死んでるのか分からない時を過ごした。
茉奈がこの世に居ないなど信じられずに居た。
定時には茉奈に離乳食を準備し、居ないのだとまた実感した。
夜になるとぽろぽろと涙が溢れだし、茉奈の笑顔や泣き声や笑い声が脳裏に浮かぶ。
茉奈 茉奈 茉奈…
寂しいよね?
ママに会いたいでしょう?
ママも ママも 茉奈に会いたい。
ママも、もうこの世に居る意味が無くなってしまったよ。
パパと別れるのはツライけど、茉奈が居ない日々がママには耐えられないの。
茉奈が居たからママも頑張れたの。
だから、茉奈待っててね。ママにはもうちょっとお仕事があるから…
茉奈が死んでから半月、私はようやく話す事が出来るようになったが、事故の詳しい内容は語らなかった。
姑はもう忘れているだろうし、主人に話した所で、所詮認知症の姑と娘の監視をしてなければならないのは私だったのだ。
主人には私が茉奈を抱きながら階段でつまづいて転んだと話した。
主人はそれでも私を責めようとはしなかったが、やはり落ち込みはひどく痩せていった。
私にはそれでも姑の食事だけは毎食用意していた。
これは私のプライドなのか意地なのか、わからないけれど、それだけはどれ程に姑が憎くとも、長男の嫁である私の勤めだと思っていた。
私は姑を殺そうと思っていた。
そして私も死のうと思っていた。
1日もでも一秒でも早く茉奈に会いたかった。
会いに行きたかった。茉奈を抱き締めて、あの笑顔が見たかった。
たまらなく辛かった。
茉奈を奪った姑への憎しみで、私は姑を茉奈と同じ目に合わせたいと、茉奈が死んでからずっと考えていた。
今までの私のこの苦労や苦悩と一緒に一思いに階段の一番上から突き落とそう。
そして私は笑うんだ。
やっとやっと茉奈に会えると。
私は最早元の私では無くなっていた。
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神社仏閣珍道中・改
(続き) 死後の裁きといえばたいていの人が思い浮かべる方がおられ…(旅人さん0)
222レス 7570HIT 旅人さん -
猫さんタヌキさんさくら祭り
そこで、タヌキさんの太鼓よくたたけるよう、太鼓和尚さんのお住まいのお寺…(なかお)
1レス 53HIT なかお (60代 ♂) -
ゲゲゲの謎 二次創作
「幸せに暮らしてましたか」 彩羽の言葉に、わしは何も言い返せなか…(小説好きさん0)
12レス 120HIT 小説好きさん
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🌊鯨の唄🌊②4レス 112HIT 小説好きさん
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人間合格👤🙆,,,?11レス 124HIT 永遠の3歳
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酉肉威張ってマスク禁止令1レス 126HIT 小説家さん
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今を生きる意味78レス 511HIT 旅人さん
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黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 950HIT 匿名さん
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🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 112HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 124HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 126HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1392HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 511HIT 旅人さん
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コンビニ店員、怖い
それは昨日の話 自分は小腹空いたなぁとコンビニに行っておにぎりを選んだ、選んだ具材はツナ おにぎ…
30レス 769HIT 張俊 (10代 男性 ) -
ディズニーの写真見せたら
この前女友達とディズニーに行って来ました。 気になる男友達にこんなLINEをしました。ランドで撮っ…
51レス 1572HIT 片思い中さん (30代 女性 ) -
ピアノが弾けるは天才
楽譜貰っても読めない、それに音色は美しい 自分はドレミファソラシドの鍵盤も分からん なぜ弾けるの
20レス 485HIT おしゃべり好きさん -
既読ついてもう10日返事なし
彼から返事がこなくなって10日になりました。 最後に会った日に送って、1週間後に電話と返事欲しい旨…
23レス 735HIT 一途な恋心さん (20代 女性 ) -
娘がビスコ坊やに似てると言われました
5歳の娘が四代目のビスコ坊やそっくりだと言われてショックです。 これと似てるって言った方も悪意…
18レス 569HIT 匿名さん -
一人ぼっちになったシングル母
シングルマザーです。 昨年の春、上の子が就職で家を出て独り立ちし、この春下の子も就職で家を出ました…
12レス 296HIT 匿名さん - もっと見る