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不純愛

レス450 HIT数 224980 あ+ あ-

アキ( W1QFh )
13/03/05 23:46(更新日時)

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―この愛は、純愛ですか?



―それとも、不純ですか?

No.1526080 11/02/16 22:04(スレ作成日時)

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スレ主のみ

No.1 11/02/16 22:15
アキ ( W1QFh )

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外の激しい雨が、窓ガラスに無数の雫を流していく。



薄暗い部屋に散らかった衣服を、女は一枚ずつ拾い上げる。

「…帰るの?」



「主人が帰ってくるわ。」


男の問いに、女は妖艶に微笑む。


「あぁ、今日だったっけ?」


男は気だるそうにベッドから起きあがると、そのまま女に抱きついた。

No.2 11/02/16 22:31
アキ ( W1QFh )

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「そう、今日出張から帰ってくるの。
久しぶりに腕を奮って食事を作るわ。
だから離して…シャワーを借りるわね。」


そう言って、女は男の腕からすり抜ける。


「ふぅん…家では相変わらず良い奥様なんだ。」


「そうよ?
夫に従順で淑やかな美しい妻。」


「ふっ…自分で言うか。

そんなお前の表の顔しか知らない旦那が可哀相だな…泣けてくるよ。」


「そうね、貴方だけ…昔から本当の私を知るのは貴方しかいないのよ…孝之。」



そう言って女は孝之と呼ばれた男に甘い口付けを落とした。

No.3 11/02/16 22:49
アキ ( W1QFh )

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「ただいま、清美。」


「あなた、お帰りなさい。

ひどい雨だったでしょう?」


清美は、帰宅した夫の背広を脱がし水滴を払いながら、優しい笑みをこぼした。
「あぁ、季節外れの嵐だな。」


やれやれ…とリビングのドアを開ければ、たちまち夕食の良い匂いが立ち込める。

「うわ~スゴいな。 何かのお祝い?」


夫の問いに、清美は「ふふっ」と微笑む。

「出張で、一週間も居なかったでしょう?
そろそろ、私の手料理が恋しくなってくる頃だと思ってね。」

「ああ、ほんとだ。 外食だかりで飽き飽きしてたし、清美の手料理が恋しかった。」


「でしょー?」


端から見たら仲の良い夫婦。


いや、実際に僕はそう思っていた。

その事に、一切疑いを持った事はない。

No.4 11/02/16 23:24
アキ ( W1QFh )

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清美とは大学の頃に知り合った。

研究生として大学院に残っていた僕。清美は同じ大学の一年生で、僕が公私ともにお世話になっていた坂田教授の一人娘だった。


まだ18歳の彼女は、少女とは言えない程の妖艶な色気を放っていた。

だからと言ってそれが厭らしく見えたとかじゃなくて、なんと言うか…胡蝶蘭の様な凛とした奥ゆかしい美しさがあったのだ。


僕も、他の研究員の連中も清美には儚い憧れを持っていたと思う。


なぜ、儚い憧れなのか…。


―僕らはメガネをかけた、もやしっこだ。

ダサい、面白みもない、そして何より女の子に全く持って免疫がないのだ。


当然、そんな僕らが高嶺の花の清美に話し掛けられるハズもない。


あ……たった、一人を除いて…だ。

No.5 11/02/16 23:56
アキ ( W1QFh )

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孝之…本上孝之だけは、清美と直ぐに打ち解けて会話を弾ませていた。


まぁ、彼は清美だけじゃない。

多分、校内や他校でも女に人気がある。

放っておいても、女の方からやってくる様なモテ男だった。

内心、僕ら冴えない男連中は孝之に計り知れない程の劣等感を感じていた。

No.6 11/02/17 22:26
アキ ( W1QFh )

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「どうかしたの?」

昔を思い出して、ボゥっとしている僕を怪訝そうな顔で清美が問いかけた。


「いゃ、何でもないよ。」


「そう?」

いつの間にか雨が止んで月明かりが部屋を薄く照らしている。


その淡い光りで清美の身体が輝いて見えた。


グラマラスなその身体はガウンを纏っても見事な曲線を描いている。

No.7 11/02/17 22:43
アキ ( W1QFh )

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学生時代、清美は孝之と仲が良かったものの、2人は僕の予想に反して付き合う事は無かった。


それどころか、講義で解らなかった所などを僕に聞きに来るようになった。


教授に直接、聞きに行けば良いなどと野暮な事は言えない。


正直、彼女からの親愛の情を受けられる事が幸せだと感じていたから。


だからと言って僕らが交際へと発展して行く事も無い。



転機が訪れたのは、僕が研究室を出て就職しようとしていた時だ…。

No.8 11/02/17 22:57
アキ ( W1QFh )

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その日、僕は坂田教授に呼び出された。

普段から教授のお宅に伺う事は多かった。


だから、その日も何気ない気持ちでお宅を訪れた。


「来年、清美が卒業したら一緒になってくれないか?」


坂田教授の、唐突に突き出されたその言葉を理解するのに、一体どの位の時間を裂いたんだろう。


「…え?」


困惑する僕に構わず、坂田教授は話を続けた。


「君がバイオ研究員ではなく、高校の教師になってくれるのなら…だがね。」

No.9 11/02/18 22:21
アキ ( W1QFh )

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何故、僕なのだろう。

何故、高校教師なのだろうか。


清美の結婚相手になる男の条件として、選ばれた訳やその理由が全く持って理解出来ない…。



いや…そんな事はさておき、僕にとっては結婚よりも大事な将来の夢…つまり仕事が失われる事の不安が頭をよぎる。


バイオ研究所に入ってカビや、微生物の研究をしたい。


その為に大学院にも入って博士号も取得したのに…。


今更、高校教師になんかなってどうするんだ。

No.10 11/02/18 22:32
アキ ( W1QFh )

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僕は、放心状態のまま色々な事を考えていた。


異様な空気が立ち込む教授の書斎。


先に沈黙を破ったのは教授の方だった。

「理不尽な願いだね…君の目標も、その為の努力も全て、私は側で見て来たというのに。

でもね、清美が私に言って来たんだ。」

「え?」


「結婚するなら、君みたいな相手が良いと…。」

No.11 11/02/18 23:00
アキ ( W1QFh )

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教授の言葉に一瞬、心が弾んだ。


―あの清美が?

結婚相手に孝之みたいな男でなく僕を選んでくれた。

僕は醜くも、初めて優越感を覚えた。


それからは瞬く間に、世界がキラキラと色付いて行く様な心地になった。


将来の夢と、憧れの女性を天秤にかけた僕の浅ましさ。


なんて愚かだった事か…。

No.12 11/05/12 00:37
アキ ( W1QFh )

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その年の10月に僕と清美は結婚した。



都内でも有名な進学校の理科教師になって半年後の事だ。


清美は大学を卒業すると就職も望まずに専業主婦になった。


せっかく大学まで行って、しかも研究室に残れば博士号だって取得出来たかも知れないほど優秀だったのにだ…。



それでも彼女は、「お嫁さんになるのが小さい頃からの夢だったから。」と微笑んでみせた。



何と言うか…清美には執着とか野心みたいな物がない…迷いのない強さがある。

劣等感の塊の様な僕には余りにも眩しい存在。

No.13 11/05/12 00:47
アキ ( W1QFh )

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それから10年。


子共にはまだ恵まれてはいないが、僕らは何ら変わらずに上手くいっていた。




―あの日、この部屋でアイツを見るまでは…。


…いや、もしかしたらそれ以前に…。




―…君と出会わなかったらかも知れない…。

No.14 12/02/20 00:22
ゆい ( W1QFh )

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あの日…桜の雨が降ったあの日。


校舎裏で初めて君を見かけた。


衝撃的な場面―。


男子生徒と若い女性が抱きしめ合っていた。


すぐさま走った違和感。


制服姿の男子なら相手は同じく制服を着た女子ではないか…?普通。


僕は足早にその場を去る。


あぁ…嫌だ。
嫌なもの見た。
保守的な僕だ。


面倒なものに触れるのは嫌だ。


頭をボリボリと掻き毟りながら、ざわつく心に苛立った。

No.15 12/02/20 00:35
ゆい ( W1QFh )

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更に驚いた事が起きた。


新学期の全校集会であの女性が新任の挨拶をしている。


壇上に上がって堂々とした態度で―。


しかも、理科の臨時教員だ。


つまり、会社でいうところの僕の直属の部下になる。


とっさに、朝の光景が蘇った。


(この女…生徒と出来てる)


最悪だ。

どう接すれば良いのか。


頭の中は動揺と怒りと嫌悪感でいっぱいだった。

No.16 12/02/21 01:36
ゆい ( W1QFh )

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1限目の授業を終えて、職員室から準備室へと戻るとそこには彼女の姿があった。

「…―っ。」

息詰まる僕に、彼女は振り返って笑顔をみせる。


「資料、どれも綺麗に整頓されていますね。
うちの大学の研究室とは大違い。」


クスクスと口元を抑えて笑う姿を見て思った。なる程…異性が簡単に落ちやすいタイプの女だ。


一見、清楚な…儚気な美しさのあるお嬢さん。


しかし、新任早々生徒に手を出すアバズレだ―。


見た目とは裏腹の恐ろしい女なのだ。


そう思えば思うほどに僕は彼女を疎遠に扱い、冷たい態度で接した。

No.17 12/03/05 01:49
ゆい ( W1QFh )

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それから2ヶ月ほど経って、一つだけ分かった事がある。


生物学において、彼女はとても優秀で僕よりも幅広い知識があるという事だ。


一昨年、僕はある学会で発表された論文を夢中で読んだ。


「面白い論文を書いた学生がいる。」

そう義理父である教授に渡されて、それに目を通した。


蟷螂についての一説を説いた論文に、僕は時間を忘れて読みふけったのだ。


久しぶりに味わう興奮。


かつての研究者としての血が騒いだ。


その論文を書いたのが彼女だった。

No.18 12/03/05 02:05
ゆい ( W1QFh )

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その事実を知った時には、憧れの人に会えた様な嬉しさと同時に、夢が壊された様な落胆した様な…何とも言えない複雑な気持ちになった。

でも溢れ出る好奇心には適わず、僕は彼女に色々な質問をした。


本来なら僕が彼女に教えてやらなきゃならない立場なのに。

彼女の口から出る物語の様な研究成果を、僕はきっとバカみたいなキラキラとした目をしながら聞いていただろう。


自分のオタク気質にはほとほと呆れる。

「先生って、まるで子どもの様な笑顔。」


「…は?」


夕暮れに染まる窓辺に、彼女の顔が赤らんで見えた。


「先生の笑った顔、初めて見ました。」

夕暮れ…僕は自分の顔が熱くなるのを感じる。


だがそれは、夕陽に照らされて赤く見えるだけだと…それだけなんだと…なぜか言い訳を繰り返す。

No.19 12/03/05 02:16
ゆい ( W1QFh )

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僕と彼女は放課後、互いの時間が許す 限り研究の話をした。

彼女は、僕が学生時代に研究していたカビの話をとても熱心に聞いては深く関心を持ってくれた。


嬉しかった。


この手の内容だと、生徒達には理解不能だし…かと言って清美は結婚後、一切興味を持たなくなっていた。


教師になっても密かに地道な研究をしていた僕に、初めて理解者が出来た。


彼女に対して、確かな親近感が芽生えていた。


それだけだったハズなんだ…―。

No.20 12/03/05 02:37
ゆい ( W1QFh )

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その日、僕は彼女に渡す資料をまとめる為に早朝出勤した。

「待って!」

校舎裏の方から、けたたましい女性の声がした。


こんな時間に…?

胸騒ぎを覚えて声のする方へと向かう。

「離せよ!」


嫌な予感が過ぎる。
ここはあの日、初めて彼女を見かけた場所だった。

そして今、目に飛びこんだのはやはり…彼女と、あの男子生徒だった。


「待って…!爽(そう)、お願いだから話を聞いてっ!」


彼女はそう言いながら、必死に彼の腕を掴む。


「なんの話だよ!あんたこそ、もういい加減…。」


男子生徒がそこまで口ずさむと、僕の存在に気づいて驚きを見せた。


そして、そのまま無言で掴まれた腕を振り解いて去って行った。


すれ違い様に男子生徒は、僕を鋭い瞳で睨み付けた。


あぁ…。


彼には見覚えがあった。

入試で一番を取って総代になった秀才。

(岡田 爽太)だ。


僕は取り残された彼女を見た。


「あの…。」

マズい場面を見られたとばかりに彼女は動揺し、手元が少し震えていた。


何か言いたげだったのだろうが、僕は冷たい視線だけ送ってその場を去った。

No.21 12/03/05 02:47
ゆい ( W1QFh )

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なぜだか無性に苛ついた。


彼女に親近感を持った矢先の出来事。


遠のいていた彼女への嫌悪感を再び抱いた。


良き理解者を一瞬にして失った虚しさ。

いつも笑顔の彼女が見せた必死な顔。


僕には向けられた事の無い…必死な顔。

込み上げる怒りの中で岡田への嫉妬心があった事は否定出来なかった。

No.22 12/03/05 02:52
ゆい ( W1QFh )

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授業以外僕は、理科準備室へは行かずに1日中職員室へと籠もった。


そして、終了時間になるとそそくさと帰宅した。


途中まで仕上げてた彼女への資料は捨てた。

No.23 12/03/05 03:19
ゆい ( W1QFh )

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トボトボと自宅に着くと異変に気づいた。


「あれ…。」


呼び鈴を押しても清美は出てこない。


留守か…。


しかし、カギを開けてもドアが開かない。


チェーンが掛かってる…中に居るのか?

直ぐに庭に回り、桜の木に登る。

うちは周りの家より背が高い。

だから、いつも2階寝室の窓鍵は開いている。


木登りは幼少の頃から得意だ。


しかも、夏場は研究材料の蝉をよく捕まえる為に僕が木登りしているのは近日中が知っていて怪しまれる事はない。



「よっと…!」


一歩一歩、着々と登って二階を目指す。

「はは…まるで猿だ。」


そして、目に入る光景…―。


木漏れ日の光が目に刺さってぼやける視界…。


眩しい…痛い。


目が痛い…。


「な…んで…?」


カーテンの隙間から見える妻の身体。


妖艶に微笑みを浮かべて男の愛撫を受ける。


「…嘘だ…ろ?」


なんで…なんで…なんでだよ?


朦朧としながらさまよい歩いた。


何も覚えていない。

浮かぶのは裸の妻。
あいつの背中。


なんだよ…なんだ…なんで…。


幾つもの「何故」が頭を過ぎる。


「はは…、僕は…僕は何も知らずに…。」

自分でも不気味な笑いが湧きおきた。

No.24 12/03/05 03:22
ゆい ( W1QFh )

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「先生っ…?!」


ぼやける視界から彼女の声がした。


でも僕には彼女の顔が見えない。


「どうしたんですかっ…!」


悲鳴の様な声と共に僕の意識は飛んだ。

No.25 12/03/05 03:35
ゆい ( W1QFh )

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太陽が照りつける…暑いなぁ。


ここは…?

大学の中庭?

懐かしい顔ぶれ。

「ひゃぁ!」

首もとを襲った冷たい刺激。

驚いて振り返ると、学生の頃の清美がアイスキャンディを2つ持って悪戯な笑顔を浮かべていた。


「先輩、はい!」

僕がアイスを受け取ると満足そうに清美は笑う。


あぁ…なんだ、全部夢だ。


嫌な夢を見た。


彼女は、清美はちゃんと僕の隣にいるじゃないか。


そうだよ…はは…、僕は何て馬鹿気た夢を見たんだろう。


「…清美…。」


呟いて直ぐに暗闇に落ちた。

No.26 12/03/05 04:20
ゆい ( W1QFh )

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「ここは…?」


雨の音がする。

微かに甘い桃の香り。
なんて優しい香りがするんだろう…。


「良かった、気が付いた。」


「…誰…?」


視界は未だぼやける。
「篠崎です。 先生、メガネしてないし見えませんか…?」


メガネ……?

顔に触れると確かにしてない。


それに、全身に痛みが走った。


「いっ…て…。」


「あぁ…ダメですよ、腕と足に大きな切り傷と肩は打撲してます。」


そう言いながら、彼女は再び僕を寝かせた。


「あぁ…僕はどうやら木から落ちたらしい…。」


そうか、少しずつ思い出してきた。


あの瞬間、僕は降りようと急いで足を滑らしたんだ。


おそらくメガネはその時に割れた。


「驚きました…先生、帰宅されたと思ったら遅くに傷だらけで学校に来て倒れちゃって…校内は私しか残ってなかったし、先生は酔ってたみたいで帰りたがらないしで結局タクシーに乗せて、うちまで運んだんですよ?」

「…じゃぁ、ここは君の家?」


「はい、ワンルームだし狭いでしょ?」

「いや…見えないし、暗いから正直分からない。」


「ふふっ…視力いくつですか?
メガネないと困りますよね…自宅には予備のがありますか? ご家族も心配してると思うので、お茶飲んだらタクシー呼びましょう。」


自宅…。

改めて他人から聞くと、どこか途方に暮れる…。


帰れる訳がないのだ…。

「篠崎君、悪いけど朝まで居させてくれないか…?
満喫行くにもメガネがないとダメだ。迷惑なのは―」


「構いませんよ。」

彼女のあっけらかんとした返事に面食らった。


「何があったのか分かりませんけど、言いたくない事や、知られたくない事って誰にでもありますから…。」


それは、君と岡田の事なのだろうか…―。


その時、昼間の怒りが僕の心を焦がした。


「…それにしても先生って凄くハンサムなんですね。
メガネない方が良いと思う。いっそのこと、コンタクトにしたらどうです?」

見えなくとも分かる。
彼女は今、あの屈託のない可愛らしい笑みを浮かべているんだ。


女はみんなこうなのか?

その笑みの裏で汚い欲望を抱いている。

刹那―


僕のどす黒い憎悪が渦巻いて、心が壊れた瞬間…


僕は彼女の腕掴んで無理やり押し倒した…―。

No.27 12/03/05 04:36
ゆい ( W1QFh )

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彼女は必死に抵抗した。


足をバタつかせて、「止めて」と叫ぶ。

身体中に痛みが走るのに、それすら感じさせない。


僕は、自分の身体を彼女に押し付けて口元を手で塞ぐ。


「生徒とはデキて、僕とはデキない?」

酷く冷たい口調で放った言葉。


「……………。」


みるみるうちに、彼女の身体から力が抜けた。


僕はそれを確認すると貪る様に彼女の身体を欲した…。


卑怯なやり方。
汚い。

僕はなんて汚い生き物なんだ。


そう自己嫌悪しても、直ぐに「僕だけじゃないだろ!」と肯定するのだ。


弱い人間。


時折、僕の腕や手に彼女の涙が伝った…。


そして、僕も止め処ない涙を抑えられないまま…彼女を汚していった…―。

No.28 12/03/05 04:48
ゆい ( W1QFh )

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翌朝、逃げる様に僕は彼女の部屋を出た。


メガネ屋があくと急いでコンタクトを購入して、新しいメガネを作った。


本当に、しばらくはコンタクトだな。


貯金をおろして、服や下着を買い込んでビジネスホテルに寝泊まりする。



発見した携帯はポケットの中で2つに割れていた。


でも、新しく買い換える気がしなかった。


今は誰とも繋がりを持ちたくないのだ。

彼女は体調が悪いと2日休んでいた。


そんな中、放課後の準備室に岡田が現れた。

No.29 12/03/05 05:14
ゆい ( W1QFh )

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「…ちょっといいっすか?」


彼の、中性的な美しく整った顔に僕は眉を顰めた。


「なんだ?」


疚しさがあるが、冷静を装う。


「あいつ…篠崎。なんで休んでんの?」

「体調不良。」


「あいつ、携帯にも出ねーし。
家にもいねーよ?」

こいつ、僕をナメてんのだろうか?
堂々と何言ってんだ。


「自分の彼女だから心配か?」


僕の問いに岡田は目を丸くした。
初めて見られた表情の変化だ。


「…は?何言ってんの?
あいつ、あんた…いゃ、先生に何も言ってねーんだ?」


「どういう意味だ?」


すると、岡田の口角がニヤニヤと上がって意味深な笑みを浮かべた。


「マジか…!先生さぁ、俺が篠崎と付き合ってると思ってたんだ!ハハっ、ウケる♪」


僕はその時に全身の血の気が引いて行くのを感じた。


「篠崎は俺の姉さんだよ。
先生、とっくに知ってると思ったのに。」


そうか…道理で…。
しっかりちゃんと見れば、分かったじゃないか…彼(岡田)と彼女(篠崎)はよく似ている。

No.30 12/03/05 05:43
ゆい ( W1QFh )

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ガクガクと身体が震えた。


目の前の彼の姿に彼女を重ねる。



僕は何て事をしてしまったのだろうか…!


身の上の不幸を彼女にあたってしまった…。


僕の怒りの矛先を清美でも無く、アイツでも無く…なんの罪もない彼女に向けて傷つけてしまったのだ…!


「先生、新学期の朝さぁ~俺達の事見てたよね?」


「…え?」


「そそくさと行っちゃったから絶対に勘違いしたな~と思ったけどさ。
姉さんが誤解といたとばかり思ってた。 あいつ、鈍臭いから言ってなかったか…。」


頭をポリポリと掻きながら岡田は言った。


「岡田…名字。」


めちゃくちゃな頭で僕はやっと一言発する。


「名字?

あぁ…違うって事? 姉さん、中学ん時に母さん側の叔母さん家に養女に入ったんだよ。」


「養女?」


「そう、俺のせいでね。
それから姉さんと会ったのは10年ぶりのあの日の朝。
そして、感動の再会を果たして今に至る。」


10年ぶりの再会…。

「…ごめん、岡田! 僕行かなきゃ!」



「え?おいっ…!」

僕は無造作にカバンを手に取ると急いで学校を後にした。

No.31 12/03/05 06:09
ゆい ( W1QFh )

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正直、この時点で僕の頭の中から清美は消えていた。


あれだけ、憎くくてそれでも尚、愛おしい彼女を切り捨てた。


そうしようと意識してしたのではなく、ただもう…僕は彼女に会いたかった。



会って謝りたい。
心から謝罪をして、そして僕を憎んで欲しい。


罵倒して、どうか警察に突き出してくれ。



僕を許さないで…。

No.32 12/03/05 06:41
ゆい ( W1QFh )

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息を切らして彼女のアパートを訪ねた。

呼び鈴を鳴らしても、ドアを何度叩いても彼女は出ない。


やはり留守のようだ。


ドアの前にしゃがみ込んで、僕は彼女に対する償いを考えた。


―ふとあの甘い香りが鼻を擽る。


「先生…?」


顔を上げると彼女がいた。


困惑した様子の彼女を僕は抱き寄せる。

強張る彼女の身体に僕がした事の罪深さを思い知る。


「ごめんっ…!」


堪らなくなって離す。

「僕は君に最低な事をしてしまった。
どれだけ君を傷つけたか…本当に申し訳ない!
どうか、僕を訴えてくれ!
どんな社会的制裁も甘んじて受ける!」

僕は深々と頭を下げた。


クスっ…と聞こえた声に僕は彼女を見た。


いつもの調子で彼女は微笑んでいた。


「篠崎君…?」


「中…入りませんか?」


そう言って彼女はバックから鍵を取り出すと慣れた手付きでドアを開けた。


僕は、そんな彼女の態度に拍子抜けしてしまった。


小さなテーブルに運ばれた紅茶を口に含む。


そしてゆっくりと話し始める。

No.33 12/03/05 07:18
ゆい ( W1QFh )

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「どうか、僕を許さないで。
一生憎んで欲しい。」


すると、彼女は首を横に振った。


「ずるいのは私です。先生の弱さに漬け込んで…ああなる事を望んだんですよ。」


「…え?」


「先生の事、ずっと好きでした。」


―僕は困惑した。


「ずっと…って?
君が赴任した時から?」


更に彼女はフルフルと首を振る。


「大学の研究室にあった先生の論文や研究記録を見ました。こんな凄い人がいるんだ…なんて憧れました。学校に入ったのは、先生の元で学べると思ったからです。会ってしまったら、好きな気持ちが膨れてしまって…でも、先生には家庭があるから諦めようとしました。
幸い、先生は私が嫌いでしたでしょ?
諦められると思ってました。」


僕は、彼女の告白に戸惑っていた。


「…それでも、僕のした事は許される事じゃない。」


「それなら、私も同罪です。」


「違う…そうじゃないんだ…あの日…本当は…っ」


僕の固く震えた拳に彼女が手を添えて言った。


「良いんです。
言わないで…、愛されていない事も分かってます。
あの日、私達の間には何も生まれていない。
だから、何もなかったのと同じです。
先生は、奥さんの所へ帰ってちゃんと幸せになる方法を二人で見つけ出して下さい。」

No.34 12/03/05 07:22
ゆい ( W1QFh )

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彼女の言葉に目が覚めた様な気がした。

彼女のアパートを出て僕はそのまま、自宅へと戻った。



僕等にとって長く険しい道が…ここから始まる。

No.35 12/03/05 16:03
ゆい ( W1QFh )

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たった数日なのに家が見えてくると、もの凄く懐かしく思えた。


高校教師が一生かけても建てられそうにないこの家を用意してくれたのも教授だ。


「僕の物なんて元々、何一つ無いじゃないか…。」


虚しさからポツリと呟く。

カギを取り出そうとポケットを探る。


すると、カチャリとドアが開いた。


しわくちゃの白いシャツを着たアイツだった…。


皮肉な笑みを浮かべる男。


「孝之……!」


「まぁ、入れよ。
自分家だろ?」


殴りつけたい衝動を抑えて僕は中へと入った。


まず、室内の荒れ果てた光景に驚愕した。


もはや絶句だ…。


リビングの床に、スリップ一枚でペタリと座り込む清美を見つける。


「お前が出て行った後、大変だったんだぜ?」


背後から孝之が言った。


「…は?」


「は?じゃねぇよ…言い訳も聞かず、泥だらけの血だらけでフラフラ出て行ったまま携帯にもでねぇ。
あいつ(清美)その後、暴れて酒浸りでさ。そんなん放って俺も帰れねーしよ。」


僕は、清美にそっと寄って落ちていたガウンを彼女の肩に掛けた。


酷く顔色が悪いが、怒りに満ちた彼女の顔にゾッとした。

No.36 12/03/05 16:21
ゆい ( W1QFh )

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彼女はガウンをそのまま僕へと投げつけた。


「~なんで!!
どうして何も言ってくれないのっ!!」

「…清美?」


「どうして怒ったり、罵倒したりしてくれないのっ…!!
あなたは…私を愛してないの…?」


取り乱して彼女は僕の胸元を掴みとった。


その衝撃で、Yシャツのボタンがはじけ飛んだ。


叫び泣く彼女を胸に受け止めて、僕は言う。


「…僕は、家を出るよ。
君を愛していたから…だから、君の裏切りを許せない。」


顔を上げた清美の瞳は子どもの様に澄んでいた。


ただ…僕を見つめる大きな瞳。


「別れよう。」


そのまま僕は、ゆっくりと彼女の身体を離して寝室へと向かった。

No.37 12/03/05 16:52
ゆい ( W1QFh )

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クローゼットを開けて、旅行用のボストンバックに荷物を詰める。


ふと、窓辺に目を向けた。


窓から見える桜の木。


結婚祝いにと教授がわざわざ、京都から持って来て移植してくれた立派な大木だ。

「流石にあれは持って行けないか…。」

苦笑いを浮かべる。

「吉宗、本気か?」

名前を呼ばれて我に帰る。



「離婚なんてしたら、教授が黙ってないぞ?」


腕組みをしながら孝之は壁に寄りかかった。


「…いつから?」


僕は静かに問いかけた。


孝之は質問の意味を察した様に答える。

「お前らが結婚するずーっと前から。」

本当はもう分かっていた。


清美の身体を、僕よりも慣れた手付きで抱いていたあの光景―。


あんな風に、快楽に溺れる彼女を僕は知らない。


今なら分かる。

なぜ、僕らに子どもが出来なかったのか…。


君は、最善の注意を払っていたんだ。


確かに、父親がどちらか分からない子どもは産めないよな…。


ドレッサーの引き出しを開けて化粧ポーチを探る。


予想通り…小さな処方袋と、知った名前の薬を見つける。

No.38 12/03/05 20:40
ゆい ( W1QFh )

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僕は、深い溜め息を吐いて引き出しを閉める。


孝之の前を通り過ぎ、ボストンバックを手に持つと階段を下りる。


玄関先には清美が立っていた。


僕は、息を整えて彼女に最後の質問をする。


ずっと、聞きたかった事だ。


「なぜ、僕と結婚したんだ?」


彼女は、フッと小さな笑みを浮かべる。

「だって、あなたは父のお気に入りだったから。」


僕は無言で小さく頷いた。


「そうか…。」


「何よ?」


「いゃ…、君は最初から僕を愛してなんかいなかったんだね。」


一瞬、彼女の瞼が揺れた。


「…でも、感謝はしているわ。
あなたは、父の呪縛から私を救い出してくれた。
父も研究も大嫌いよ!あなたなら…何も疑わずに私を受け入れてくれると思ってた。」


彼女が、父である教授を嫌っていたなど微塵も思っていなかった。



昔から僕はこの親子を見てきたけれど、寧ろ親子関係は良好に見えた。


だから彼女の告白は、どこか信じがたい。


でも、理由はどうであれ彼女が僕を利用したのは事実。


今更、そんな事実を突きつけられても僕は痛みを感じなかった。


正確にはもう…痛みに慣れてしまって何も感じなかったんだ。

No.39 12/03/06 11:25
ゆめ ( ♀ iX28h )

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面白く引き込まれる、とても上手な文章に更新楽しみにしております。
頑張って下さい。

No.40 12/03/06 20:37
ゆい ( W1QFh )

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>> 39
ゆめさん、ありがとうございます😊
読んで頂けて嬉しいです✨
更新がんばろう✌🎵

No.41 12/03/06 20:38
ゆい ( W1QFh )

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⚠次のページから本編になります🙇

No.42 12/03/06 21:07
ゆい ( W1QFh )

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僕は今一度、玄関先から家の中を見渡した。


10年だ…そんな長い月日を此処で清美と共に過ごしてきた。

平凡な生活だが、その日々は幸せだった。


もう二度と戻る事はない。


…急に喉や目頭が熱くなる。


いけない…早く立ち去ろう。


「離婚届は後で送る…僕の荷物は処分してくれて構わないから…。」


震えた声だったかも知れない。


「分かったわ…。」

溜め息と一緒に清美が応える。


「教授にもお詫びをしに行くよ。」


清美は首を振るった。


「父には、落ち着いたら私から言っておくわ…。」


僕は少しホッとした。


「そうか、すまない。でも…助かるよ。」


心なしか、重たいドアを開く。


すると、夏の生暖かい風がまとわりつく。


僕は、振り返らずにそのまま歩いた。


汗ばむ身体と頬を伝う涙が気持ち悪い。


誰にも会うまいと、足早にホテルへと向かう。


明日からは忙しい。

やる事は、山積みの筈だ…。

No.43 12/03/06 23:19
ゆい ( W1QFh )

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―パタリ…と静かに閉ざされたドアの向こう側で、清美は静かに涙を流した。


「これで良かったのか?」


彼女に歩み寄りながら、孝之は言う。


「…あの人は戻って来るわ。」


キリリと強い眼差しで、清美は孝之を見る。


「お前も不器用だな…素直にさ、吉宗に縋れば良かったじゃん。」


「嫌よ。」


流れる涙を拭いながら、清美は強い口調で言った。


「私が縋らなくても、吉宗は自分から戻って来るもの。
必ず…だから…っ。」


清美は孝之を見上げ、そっと指先で彼の唇をなぞる…。


「―だから?」


孝之もまた、彼女の腰に大きな腕を回した。



「絶対に離婚なんてしないわ。」


そう言葉を放った二人は、激しく互いの唇を合わせた。

No.44 12/03/07 01:44
ゆい ( W1QFh )

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家を出てからの僕は、予想通りの忙しさを味わっていた。


学校が終わると、直ぐに不動産屋巡りをする。


3件目の不動産屋で、小世帯向きのマンションを借りた。


久々の一人暮らしはそこそこ快適だったが、毎晩夜遅くまで学校に残っている為、洗濯物が間に合い事も多々あった。



食事もインスタントや、コンビニ弁当ばかりになった。


いつも清美が僕の身の回り事をしてくれた事に、今更ながら 頭の下がる思いがした。


「…自炊くらいしないとな。」



誰も居ない部屋にポツリと呟く。


カップラーメンに湯を注いで3分待つ間に、(金魚でも飼おうか…)などと思うのだ。



部屋の時計は午前1時を指している。


僕は、役所から受け取って書いた離婚届に捺印を押す。


すっかりキツくなった指輪を無理やり外すと、それと一緒に封筒に入れた。


そして、何事も無かったかの様に麺を啜るのだ。


「…旨い。」


田舎の両親には、また明日にでも連絡しよう。


きっと、落胆させてしまうのだろうな…。


年老いた二人の事を想うと心がチクリと痛む。



「もう、37だぞ?」

40手前の息子を未だに、心配しなくてはならないなんて気の毒過ぎる。



情けなくて、我ながら嫌になった。

No.45 12/03/07 02:01
ゆい ( W1QFh )

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翌朝、学校へ向かう途中のポストに例の封筒を投函した。


カタンと軽い音をたてて落ちていく。


「呆気ないもんだな。」


僕は、肩の力を落として先の道を急いだ。



サンサンと照りつける太陽が憎らしい。


元気な蝉の声に、入道雲。


もうすぐやってくる夏休みに浮き足立つ、若い生徒達。



何もかもが眩しくて 妬ましい。


「夏期講習のスケジュールびっしり立てて、遊ぶ時間もなくしてやる。」



笑顔溢れる若者に対して、こんな意地の悪い考えを思い立つ。



「今に見てろ!」


大人気ないが、仕方ない。


これは、生徒の為だ。

No.46 12/03/07 02:28
ゆい ( W1QFh )

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「こんなにタイトなスケジュール組んで大丈夫なんですか? 化学式と、実験教室…。準備だけでも相当、大変ですよ?」


早速、僕の地獄プランを篠崎君に見せた。


彼女とは、あの一件が嘘だったかの様に以前の僕らに戻っていた。


「夏休み返上作戦!(笑)」



こんな冗談も言って、笑える様にもなった。


ガラにもなく、おちゃらける僕を見て彼女も笑う。



―変化は確実にあった。


僕は、彼女のそんな顔を見つめる。


そして思う…。


愛おしいと…。



ずっと、そう微笑んでいて欲しい。


彼女の柔らかく、そして優しい笑顔に僕は満たされていた。


君の、その細く美しい髪に触れたい。



華奢な腕を引っ張って抱き寄せたい。


こんな事を思うのだ。


しかし、僕にそんな資格などない。


だから、ずっと心にカギを掛けて閉まっておこう。


初めて抱いた、淡い恋心だ…―。

No.47 12/03/07 02:55
ゆい ( W1QFh )

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ふと彼女と目が合った。


僕は慌てて、視線を逸らす。



「先生?

やっぱり、一人じゃこれの準備大変ですよ。」


「え?」


一人… ?


その瞬間、僕は大切な事を思い出した。


「あっ!そうだ…篠崎君、夏休みは大学に戻るのか!」


「忘れてました…?」


あぁ…そうか、そうだ、しまった。


しかしもう、校長にはプランを通してしまったし…。


しかも、やる気を見せて喜ばせてしまった。そんな今更、断れないよな…。


「参った~…。」


頭を抱えて、うなだれる。
そんな僕を見かねた彼女が、思い立つ様に言った。

「よし!じゃあプリントは全部、私が大学で作って来ます!」


「いや、それはダメだよ!
君だってやらなきゃいけない課題があるんだろ?
僕のミスなんだし、自分で何とかするよ。」


すると、彼女は拳を胸にポンと当てて言う。


「大丈夫!

私、優秀ですから(笑)その代わり、夜遅くまで研究室に缶詰め状態だから先生が大学まで取りに来て下さい。」



彼女が天使に見えた。


「勿論、僕が取りに行くよ!…ありがとう!」


一命を取り留めた気分だ。

No.48 12/03/07 03:36
ゆい ( W1QFh )

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それでも、なるべく彼女に負担をかけない様にと、着々と準備を進めていった。

終業式の夕方、職員の打ち上げの飲み会に参加する為、僕らは急いで資料を片付けていた。



間もなく、いつも陽気な体育教師が僕達を迎えに来た。


一班と二班組に別れて、駅の反対側にある少し離れた繁華街へと向かう。


その間中にも体育教師が、彼女に対して「彼氏はいるの?」だとか
「初めて異性と付き合ったのは幾つの時?」
などと下らない質問を繰り返していた。

挙げ句、「俺なんかどうかな?」なんて言い寄る。


彼女はそんな体育教師に、茶を濁す様な受け答えばかりで正直、腹が立った。


(ハッキリ「困る」と言って断れば良いじゃないか。)


僕が焼く資格もないのだが、堪らなく嫌だった。


プンスカとふてくされていると、僕の周りが急にザワついた。


立ち止まって周りの様子に目を配ると、

「あれって…西島先生の奥様ですよね…?」


反対車線の通りで、清美が男と腕を組んで歩いているのが見えた。


サングラスを掛けているが、背丈からして相手の男は孝之だと分かった。


「え?なに?なに? うそ、西島先生の奥さん?」


周りがヒソヒソとざわついて、僕は気まずさから身体が動かなくなっていた。



「…っ!

痛い…痛たた!」


重たい空気を打ち破ったのは、腹を抱えてしゃがみ込んだ彼女だった。



驚いて皆が彼女を囲んだ。


僕だけ取り残された。


「西島先生!

すまないが篠崎先生をタクシーで送ってやってくれないか!」


教頭に言われて僕も急いで彼女の元へ走り寄った。


「どうした!?」


顔を歪ませて、腹痛を討ったえる彼女を支えて僕は大通りに出た。


タクシーを捕まえ彼女を先に座らせ、心配そうな表情の皆に挨拶を済ませると急いで一緒に乗り込んだ。

No.49 12/03/07 03:51
ゆい ( W1QFh )

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「運転手さん、近くの病院行ってくれ!」


そう言うと、彼女は僕の腕を取ってペロリと舌を出した。


呆気に取られた僕をよそに、運転手に向かって飄々と

「葛西に向かって下さい。」


そう言った。


「お腹痛いんじゃないの…?」


驚く僕に、彼女は気まずそうな顔をした。


そして僕は、彼女が芝居を打った理由に気がついた。


「皆の注意を僕から自分の方に引いたんだな。」


僕のムスっとした態度に、彼女はしょんぼりと肩を落とした。


「ごめんなさい…。」



ああ…神様、このまま彼女を連れ去りたい。


こんな仕打ち、あまりに残酷じゃないか。




無言の僕達を乗せてタクシーは走る。



夕暮れの薄暗い道をひたすら…―。

No.50 12/03/07 04:18
ゆい ( W1QFh )

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ただ広い場所に、巨大な観覧車が立ち尽くす。


まるで、そこに取り残されたみたいに。


その姿を圧巻だと感じるのか、寂し気だと感じるのか…。



僕らは乗客の少ない観覧車に乗って空中散歩をしていた。


観覧車なんて小学生以来だ。


「凄い!街が米粒みたいに見えますよ!」


彼女はハシャいで、ドア付近にへばり付きながら外を眺める。


「まるで、子どもだな。」


思えば、彼女とは一回り近く歳が離れているのだ。



僕がそう思うのは当然だった。


「だって私、観覧車とか初めてだし…。」


「ええ~?!マジ?」


僕が驚くと彼女は笑って答えた。


「マジ♪」


そのイタズラっぽい笑顔が岡田と重なる。


やっぱり…姉弟だな。


「遊園地とかってさ、初デートとか、グループデートみたいなので行かなかった?」


言った後で後悔した。


(グループデートって古いか…。)


世代の違いが…。


「ないですよ。

そもそも、デートってした事ないです。」


「えぇーーっ?!」

更に、驚愕な答えが返ってきた。


そして、僕の中である疑惑が湧いた。


指先が冷たくなっていく。


確信に振れたくないのに、僕はそれを確認しなければならない。


知らなくてはいけない事実だとしたら…余計だ。

No.51 12/03/07 05:40
ゆい ( W1QFh )

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喉がカラカラに乾いた。


「今まで…異性と付き合った事ないの?」


神妙な顔で尋ねる僕に、彼女は俯いてコクリと頷いた。


「キスした事はある?」


すると今度は、虫の鳴く様な小さな声で「ないです…。」
と応えた。


僕はゴクリと生ツバを飲む…。


もう全身が冷たくなっていた。



「…じゃぁ、セックスは?」



彼女の身体が震え、顔が赤くなるのが見えた。


「…あっ……。」


彼女の小さな声を抑える様に、僕は彼女の唇を自分の唇で塞いだ。


…もうダメだと思った。



初めてだったのにもかかわらず、あんな僕を受け入れてくれた事。


僕の、あんな自分よがりな乱暴な行為を受けても…まだ僕を守ろうとしてくれた事。


そんな彼女のいじらしさに僕は、もう自分の気持ちを抑える事は出来なかった。


彼女への愛情が溢れて…彼女の全てが欲しくて…もう、止められない。


呼吸をするのも忘れてしまいそうな位、長いキス。


涙が出そうだ…。


こんなにも人を好きになった事などあっただろうか…?


こんなにも苦しくなる程、誰かを欲しいと思った事なんかない…。



「君を…愛してる。」


彼女の頬を撫でる。

瞳に溜まった大粒の涙が彼女の頬を…僕の指に伝わると…僕はもう一度、彼女に口付けした…―。

No.52 12/03/07 06:13
ゆい ( W1QFh )

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ホテルのベットに、彼女の身体をゆっくりと倒す。


固く閉じた瞳に優しいキスを落としていく…。


続いて、頬や…首筋にも唇を伝わす。


甘い香りのする髪に、しなやかでスルスルとした柔らかい肌に埋もれて…。

僕はもう、どうにかなりそうだった…。

大切にしたいのに、優しく扱いたいのに…そう思えば思うほど、僕は彼女を強く抱いてしまうのだ。

苦痛に歪む彼女を見つめても僕は止まらない。


汗ばむ僕の額に、彼女の手が伸びる…。

僕はその手を取って握り締め、最後の時を迎える…―。


ふと、見えた自分の左手の薬指には、クッキリと白く残った指輪の後。


幸せに満ちた中で、妙な胸騒ぎをおぼえた…。

No.53 12/03/07 17:50
ゆい ( W1QFh )

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「…先生?大丈夫ですか?」


白くなった指の痕を、なぞる様に彼女の指が触れた。



この大丈夫…?は、僕があの時、清美と孝之の姿を見たからだと分かる。


「あぁ…大丈夫だよ。今はもう、気にしていない。」


寧ろ、あの二人が長い年月を経てやっと結ばれたんだと思えば、僕は救われた。


「あのさ、思ったんだけど…。」


僕は照れくさくて、口ごもる。


「何ですか?」


「…名前。

そのさ、下の名前で呼んでも良いかな…?」


年甲斐もなく、恥ずかしさが溢れる。


実は、彼女の名前を初めて活字で見た時から好きな名だと思っていた。


それは、あの論文に記されていた。


(Mio Sinozaki)


教授に聞けば、漢字で書くと

(篠崎 美桜)

だと教えてもらえた。


美桜…僕はその字を指でなぞる。


「君の好きな花の名前だな。」


教授はそう言って笑ったが、いつか自分に子どもが出来て、それが女の子だとしたら名付けたいな…と密かに思っていた。


そのくらい、気に入った名前だった。

No.54 12/03/07 18:16
ゆい ( W1QFh )

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「…吉宗。」


彼女からの返事を期待していたが、予想に反して出た言葉は、僕の名前だった。

「良い名前ですよね…かっこいい。」


父親が、歴代の徳川将軍の中でも震いの吉宗ファンだったから僕に名付けたのだ。


でも、西島 吉宗って言いにくいし、僕自身はあまり気に入ってない。


滑舌も悪いから尚更。


「私も先生の事、吉宗って呼ぼう。」


ニコリと笑って見せた彼女の顔に、登った朝の光が照らされて眩しかった。



こんなに、美しい光景を見たのは生まれて初めてだ。


美桜…僕の好きな花。


願わくば、どうかずっと僕の側で美しく咲き誇ってくれ…。

君だけは、何があろうと放したくない。

一生に一度の願が叶うのなら、僕はそう切に願う…―。

No.55 12/03/07 21:10
ゆい ( W1QFh )

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夏休みに入ると、僕は夏期講習に追われ、美桜は課題研究に追われて互いに会えなくなった。


彼女に会えないと寂しくて辛い。


今にして思えば、ハードなスケジュールを組んだ自分を誉めてやりたい。

学生達は大変だが、理数系の強みになりそうな僕の講習は、評判が良かった。


その中には、岡田の姿もあった。


彼は、流石だ。


僕の用意した無理難題もただ一人、易々と解いてみせた。


おまけに、実験後の面倒な片付けも進んで手伝ってくれる。

相変わらず、ぶっきらぼうで可愛気のない態度だが、なかなか嫌な奴でも無さそうだ。


「先生さ、篠崎の事どう思う?」


午前中の講義が終わって、二人で昼食をとっている時だった。


唐突な質問に、僕はコロッケパンを詰まらせた。


「ゴホゴホっ…!!」


「~…大丈夫かよ?」


彼は、少し呆れ顔で僕にペットボトルのお茶を差し出す。


僕はそれを一気に流し込んだ。


「…何て?」


そして今一度、彼に質問の意味を聞きなおす。


「姉さんだよ。
あいつ、自分の事とかあんまり話さないし…何て言うか、自分の気持ちを伝えたりとかすんのが苦手なんだよな。

だから、先生にとったら篠崎ってもしかしたら一緒に仕事し辛いタイプなんじゃないか?って…。」

…何だ、仕事の心配か。


僕はホッと胸を撫で下ろした。

No.56 12/03/07 21:28
ゆい ( W1QFh )

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僕は、じっと彼を見た。


「何だよ。」


「岡田…お前って、姉さん想いだよな。」

僕の一言に彼は、真剣な眼差を向けた。

「当たり前だよ。」

「シスコンだな(笑)」


「ハァ…、勝手に言ってろよ。」


軽い冗談だったが、彼には通用しなかった様だ。


軽く吐き捨てて、不機嫌な態度で準備室を出て行ってしまった。


「なんだ…あいつ。」


取り残された僕は、ポツリと呟いた。


でも確か、前にも岡田はあんな風に思い詰めた顔で言ってたな…。


(俺のせいで…。)

岡田と彼女に何があったのか…。

なぜ、彼女は叔母の養子に入ったんだ?

そしてなぜ、弟である彼と10年もの間会えずにいたのか…?

僕は二人の関係性が気になって、職員室の資料を漁った。

No.57 12/03/07 21:59
ゆい ( W1QFh )

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岡田の調書を見れば、何か分かるかも知れない。


学校の機密コードからアクセスして、岡田の顔写真が載った調書を見つける。


家族構成が記されている所を読む。


しかし、そこには父親の名前しか載せられていなかった。


つまりは、家族が父親しかいないという事だ。


更に、父親の勤務先に「岡田総合病院」の名が載っていた。

という事は、彼の父親がこの界隈でも大の有名病院の院長で、彼はそこの御曹司なるのか…?


僕はそのまま、パソコンをGoogleに繋いで、「岡田総合病院」を検索した。

No.58 12/03/08 00:37
ゆい ( W1QFh )

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至って普通の、ホームページが出て来た。 医院長の顔写真や経歴を見る。


医院長の「岡田 章一(しょういち)」は 、美桜や岡田を思わせる様な顔立ちで、確かに親子なのだと感じさせた。


ここには何も無いかと、ホームページを閉じようとした時だ。


病理の医師名に、よく知った名前が目に入った。



「孝之…?」


え…?医師って、医者に転職!


いつの間に?


…ってか、あれ(大学院卒業)から医学部に入ったって言うのか?!


「また、どうして…。」


てっきりあのまま卒業して、研究所に入所したかと思っていた。


よりによって岡田総合病院…いったい、なんの因果なんだ?

これが只の偶然だとしたら、どんだけ世間は狭いんだよ。


恐ろしくなって、僕はページを閉じた。

No.59 12/03/08 00:55
ゆい ( W1QFh )

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他に、手掛かりになりそうな物はないか?


暫くパソコンのトップページとにらめっこをして、掲示板みたいなスレをはどうかと考えた。

出来れば、噂話みたいな、嘘か真実か分からないような掲示板は避けたかったが、何の情報も掴め無いよりはマシだと思った。


「岡田総合病院」

「岡田 章一」

「子ども」


これらのワードで再び検索した。


すぐに、「岡田総合病院の黒いウワサ」というスレが見つかる。


僕は、マウスのカーソルを合わせてクリックした。

No.60 12/03/08 02:22
ゆい ( W1QFh )

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No.248>医院長が政界と繋がっていて、金を受け流している。


No.351〉(`ε´)

No.349〉待ち時間4時間、診察3分。もう二度と行かない。

No.619〉↑予約入れろよ!
No.267〉外科の看護師の平均年齢が低い。

No.668〉内科は逆だぞ。

No.657〉医院長ってイケメソだよね。
オヤジだけど、子どもいるなら期待できそう。

No.498〉独身だろ。 ×1だっけ?
子どもいんの?

No.668〉〇〇高校の二年に息子が通ってるww
たまに、病院内を闊歩してるw
坊ちゃんって言われてんのウケるよ(爆)
No.657>〇〇高ってめちゃめちゃ頭いいじゃん!でも、どうせメガネのダサ男だな(笑)


いくら読んでいっても、こんな下らないやり取りばかりだ。

諦めかけたその時、あるスレが僕に飛び込んできた。


No.108〉10年前の岡田総合病院の長男、朋樹(ともき)さん自宅で事故死ってあり得んwww



…長男、事故死?


10年前…。


あまりにも衝撃的だった。


恐ろしくも、想像してしまうのだ。


最悪…美桜の兄の死に彼女自身が関わっていたとしたら…?

僕は、頭の中の考えをふるい落とす。


そんなハズない!


美桜の儚げな顔が浮かんだ…。

No.61 12/03/08 02:41
ゆい ( W1QFh )

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美桜と爽太には、誰にも言えない秘密がある。


ただ…爽太に関しては、いつも僕に何か言いた気だった。


美桜は違う。

全てを受け入れて、何かを悟った様な穏やかさがあった。


そんな彼女の雰囲気に実際、僕は癒やされていたし…。


どちらかと言えば、爽太の怯えてる様な態度の方が不自然だ。


あの、強がりな態度が弱さを隠す為だとしたら…。


どちらにしても、爽太を捕まえて聞き出さなくては。


ネットや、過去の新聞を調べ上げた所で事実はあの二人しか知り得ないのだ。

No.62 12/03/08 09:15
ゆい ( W1QFh )

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彼なら、午後の数学講習にも出席するはずだ。


それを待って、誘い出そう。


僕もこれから講習だし、終わってからダッシュで迎えに行けば爽太を捕まえられるだろう。


No.63 12/03/08 09:44
ゆい ( W1QFh )

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夕方、講習を終えると僕は、3Fの理科室から反対校舎1Fの講堂に急いだ。


滅多に走る事のない僕は、それだけで息が切れた。


「と…遠っ…!」


血相を変えて突然現れた僕に、爽太は少しばかり驚いたようだ。


「…どうした?先生。」


「ハァ、ちょ…ちょっと、付き合って…ハァ…。」


「…キモっ!!」


「……~(怒)!!」


イラッとしたが、確かにこの状況だと“キモイ”よな…。


明らかに怪訝そうな顔の爽太を見て、僕は苦笑いを浮かべた。

No.64 12/03/08 10:10
ゆい ( W1QFh )

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学校を出ると、僕は彼を連れて自宅へ招いた。


そして、不慣れな料理をする。


「すぐだから、もうちょっと待って。」


キッチンから爽太に声を掛けるが、彼は僕の化学の資料や、書物に夢中になって空返事だ。



集中すると、口元に指を添える癖。


それが彼女とまったく同じで、僕はクスリと笑った。


「面白いか?」


フライパンをガタガタと振いながら、爽太に言う。


「ああ。」


彼は、本に目線を向けながら返事だけ返した。


No.65 12/03/08 10:33
ゆい ( W1QFh )

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小さなダイニングテーブルに、肉野菜炒めと、大根の味噌汁を並べて二人で食べる。


はっきり言って、お粗末な夕飯だった。

それでも、爽太は文句を言わずに全て平らげてくれた。


人に、手料理を用意したのは久しぶりだ。


綺麗な皿を前に、僕は素直に感動した。

食事を終えると、すぐさま彼はまた本を読み続ける。


「その本、気に入ったならあげようか?」


すると彼は、素っ気なく「いらない。」と答えた。


頭を指差して「もう。ほとんどココに入ってる。」…そう言うのだ。


「へぇー…すげぇな(笑)」


僕が、あの本の内容を理解したのはつい最近だ。


天才には勝てない。

No.66 12/03/08 10:47
ゆい ( W1QFh )

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食後のコーヒーを出すと、爽太はパタリと本を閉じた。


僕が、彼を此処に連れて来た理由が分かっているようだった。


だから、僕は迷わずに聞く。


「10年前、君の家族に一体何があった?」


爽太は、戸惑い震える瞳を僕に向ける。

しかし、意を決めたかの様に、一呼吸置くとゆっくりと話し始めた…。



時間が、10年前へと遡る…―。


No.67 12/03/08 11:23
ゆい ( W1QFh )

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俺は…、父親と、その愛人との間に産まれた子どもだった。


母親は、俺が4歳のときに交通事故で亡くなった。


それからすぐに、俺は岡田家へと引き取られた。


父さんには他に、大きな家と、二人の子どもがいた。


その事を知ったのは、この時が初めてだった。


今まで住んでいた狭いアパートとは違い、広過ぎる家が僕には居心地が悪かった。


この家には、父さん・兄さん・姉さん、それからお手伝いさんが住んでいた。


父さんの本当の奥さんは、3年前に病気で亡くなっていたそうだ…。


父さんは、兄弟の中でも俺を一番に可愛がった。


そんな俺を一番上の兄は、毛嫌いして邪険に扱った。


時に、父さんのいない所で暴力を振るう事さえあった。


No.68 12/03/08 11:45
ゆい ( W1QFh )

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「クソガキっ!!

お前なんか生まれて来なけりゃ良かったんだっ!」


そう、罵りながら腹や背中を蹴られる度に俺は兄さんを憎んだ。


中学3年生の兄は、幼い俺にとっては立派な大人で、とても刃向かえる様な相手ではなかった。


そんな俺をいつも庇ってくれたのが、姉の美桜だ。


姉さんは優しい。


保育園に通う俺の送り迎えも、姉さんが自ら望んでしてくれていた。


手を繋いで二人で歩く。


姉さんは、紺色のランドセルをカタカタ揺らして踊ったり、歌ったりして俺を喜ばせた。


俺が笑うと、姉さんは嬉しそうだった。

姉さんが居たから…俺は兄の、日々エスカレートしていく暴力にも耐えられた。

事件が起きたのは、それから更に3年後の事だった。



今からちょうど…10年前。


No.69 12/03/08 12:04
うん ( ♀ gNmfi )

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>> 68
一気に読みました。
楽しみです。

No.70 12/03/08 12:07
ゆい ( W1QFh )

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その日、兄さんは高校の全国模試で前回の順位を大幅に下げて凄く不機嫌だった。


家中を荒らしまくった。


止めに入る家政婦に対しても、暴言を吐いた。


高校に入学してから、兄は段々と不安定になっていたのだ。

その様子に父さんも、手を拱いていた。

そんな父さんの態度で、兄さんは益々おかしくなった。



悪循環だった。


一通り暴れ倒すと、兄さんは部屋に籠もった。


怯えた俺達は、途方に暮れながら、荒らんだリビングを片付けた。


姉さんと家政婦は泣いていた。


姉さんのすすり泣く姿を見て俺は、湧き上がる怒りを覚える。


落ちたガラスの破片を拾ってポケットに忍ばせた。


「爽…お兄ちゃんを許してね…。

父さんの期待や重圧を背負って辛いのよ…。」


姉さんは言う。


俺を抱き寄せて言う。


あの人を許してと泣くのだ…。


No.71 12/03/08 12:20
ゆい ( W1QFh )

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一通り片付け終わると、今度は兄さんの部屋からガラスの割れる大きな音がした。


ただ事じゃない!と俺達は、2階の兄の部屋へ急ぐ。


「お兄ちゃん!!」

姉さんの声で、バットを持った兄が不気味な顔で振り返った。


俺の身体は、恐怖で硬直していた。


ジリジリと不気味な笑みの兄が俺に迫って来る…!


「…お兄ちゃん?」

異様な雰囲気を纏った兄に、姉さんが詰め寄る。


「どけっ!」


姉さんを払い避けると、俺の頭上にバットが振り落とされた…。


No.72 12/03/08 12:37
ゆい ( W1QFh )

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殴られるっ…―!


そう思って目をギュッと瞑る。


今度は本気で殺される…!


そう…覚悟を決めたが、鈍い音を立てて倒れ込んだのは姉さんだった。


俺に覆い被さる様に、背中でバットを受け止めた。


目線を上げると、苦痛に顔を歪ませる姉が居た…。


「あ…あ…!」


そんな姉さんを俺は、嗚咽を漏らして見つめていた。


大切な人を傷つけられた痛みが体中に走る…。


「…無事で…良かった。」


姉さんが安堵の表情で言った。


俺は姉さんの肩を抱いたが、すぐに剥がされる様に離された。


「お前…ジャマするなっ!!」


兄が、姉さんの胸ぐらを掴んで引っ張っる。


姉さんの制服のリボンが、俺の目の前にポトリ…と落ちた。

家政婦の悲鳴が響いた時、誰かが階段を駆け上がって来る音がした。


No.73 12/03/08 12:57
ゆい ( W1QFh )

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息を切らして来たのは、姉さんの家庭教師だった。


異様な光景に酷く驚いた様子だった。


「おい!止めろ!!」


姉さんを殴りつける兄に対して、家庭教師は身体を使って止めに入る。


羽交い締めにされながらも、兄は姉さんを蹴りつけた。


「よせって!!」


背中を強打された姉さんは動けないでいた。


俺は、ポケットの上からガラス破片を確認する。


暴れる兄を必死で抑え込む家庭教師を見て、僕は今がチャンスだと思った…。


ポケットからガラス破片を取り出して兄に向かう。


その光景を姉さんだけが、見ていた…―。

No.74 12/03/08 13:24
ゆい ( W1QFh )

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「爽っ…!ダメっ!」


兄さんのとこまで後少しという所で、姉さんは俺の腕を掴んだ…。


俺は泣いた。


―だって…なんで止めるのさ…。


ここで殺らないと、いつかは僕が…。

そして…お姉ちゃんが、アイツに殺されるかも知れないのに…。


俺は、破片を伝う真っ赤な血液を見て驚き、手を離した。


姉さんの手には深い傷が付て、血が流れていた。


「美桜ちゃんっ…!」


家庭教師が姉に気を取られてた一瞬…、兄は呪縛を解いて、家庭教師を殴りつけた。


家庭教師が倒れて、兄さんは俺の髪を掴んだ。


「出てけ…!」


俺を引きずりながら部屋を出る。


俺は、痛みで足をバタつかせる。


その後ろを姉さんが、ボロボロの身体で追いかけて来た。


階段にさしつかると、髪を引っ張ったまま俺は宙に浮かされた。


「お兄ちゃん…!

嫌、やめて~っ…!」


姉さんは、兄さんの腕を掴んで食らいついた。


その衝動で俺は解放され…逆に、姉さんと兄さんはもつれる様…勢いよく共に、階段を転げ落ちて行った…ー。


No.75 12/03/08 13:54
ゆい ( W1QFh )

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グルグルと景色が回る…―。


スローモーションみたいにゆっくりと。

目の前に気を失った妹の顔が見える…。

「美桜……。」


僕は、いつからこんなに狂ってしまったの…?


あいつ…、爽太が家に来てから僕は毎日の様に怯えていた。

父さんの愛情が…関心が、全てあいつに向けられているのを見ていた。


僕は、こんなにも頑張っているのに…。
ただ、愛されたくて…振り向いて欲しくて…。

美桜…何故、お前はそんなに強い?


なんでそんなに真っ直ぐでいられるんだ?


僕は…ダメだったよ…。
弱くて…お前まで傷つけてしまった。


母さんとの約束も守れなかった…。


ごめん…。


美桜…ごめんな。


階段の縁に頭が当たる度に、鈍い痛みが走った…。


その痛みを感じる度、僕は幸福感に満たされていた。


これで…やっと楽になれる…。


美桜…たった一人だけ、お前だけが僕を愛してくれたから…。

本当はもう、それだけで満足だったのに…。


僕は、妹の頭をしっかりと両腕に抱えて落ちていく…。


美桜…幸せになれ。
いつか、愛する人と一緒になって…

必ず幸せになるんだ。


僕が、叶えてやるから…な…。


僕は瞳を閉じる…。

暖かな温もりを感じて妹の幸せを願った…―。


No.76 12/03/08 14:51
ゆい ( W1QFh )

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階段から落ちた時…兄さんが、姉さんの身体を守る様に抱えていてくれたお陰で、姉さんは奇跡的に軽傷で済んだ。


―だが…兄は全身を強く打って亡くなった。


その後、警察の事故検証で家の中が騒がしくなった。


割れた窓ガラスや、血痕の付いた破片。

負傷した家庭教師と姉…。


壮絶な…家庭内暴力の末の、大事故として処理された。



しかし、父さんは見抜いていた。


不自然な、あのガラス破片を取りだしてと姉と僕に、突きつけた。


「朋樹に対して殺意があったのか?」


鋭い口調だった。


父のあんな顔を見たのは初めてだった。

俺は、握りしめた拳を小さく振るわせた…。


その様子を父が見逃すはずなかった。


「爽…―「「私です!」」

父の声に被せて、姉さんは言った。


「暴れるお兄ちゃんを止めたくて…でも、どうしたらいいか分からなくて…だからっ…。」


「だから、これで刺そうとしたのか?」

父さんの、姉さんを見る目は氷の様に冷たかった。


こんな目線…俺には耐えらない。


「こんな事までマスコミに知られたら、うちの病院はお終いだ。」



俺は、父さんの言葉に自分の耳を疑った…。


「今度の事件で、只でさえ世間を騒がしたっていうのに…。」


頭を抱える父の姿に俺は、失望した。


(この人は…自分の子供達よりも、自分の病院の方が大切なんだ。)



この人に報いろうと苦しんだ兄を、今更ながらに哀れんだ…。


「美桜…お前は、この家にもう必要ない。」


父さんは姉さんに、眉一つ動かさないでそう告げた…。


No.77 12/03/08 15:14
ゆい ( W1QFh )

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姉さんもまた、凛とした態度で父さんを見つめていた。


「…家業を継いで、医師を志す人間が、簡単に人を殺めようとするなんて背筋が凍るよ。

そんなお前を…父さんは軽蔑する。」


「……はい。」


姉さんは呟く様に返事を返すと、そのまま父の書斎から出て行った…。


荷物を詰める姉さんに、俺は何度も「行かないで!」と泣いて頼んだ。


姉さんは何時もの様に優しく笑って、

「大丈夫、いつか必ず会える日が来る。」


そう繰り返して言った…。


そして…、

(父さんを頼む…)

とも…―。


姉さんは、秋田に住む自分の母親の妹の家に養子に入った。


父さんは、岡田の家から完全に姉さんを消したのだ…。


俺は…自分のせいで、誰よりもかけがえのない人を無くしたんだ。


父さん以上に…俺は俺を許せなかった。

No.78 12/03/08 15:47
ゆい ( W1QFh )

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僕は、爽太の話を通して彼女の孤独に触れた…。


彼女が…あれだけ慈悲深く、僕を受け入れてくれたのは、兄の事があったからなのだと理解できた。



傷付いて荒れている僕に、兄の姿を重ねたのだ…。


「爽太…大丈夫か?」


辛い記憶を探って、語った爽太は酷く疲れていた。


夜も更けていたし、僕は爽太をこのまま泊める事にした。


彼にベットを譲って、僕は床に寝袋を敷いて眠った。


「…先生って結婚してないの?」


暗闇の中でポツリと爽太が言った。


「バツイチだよ。」

僕は目を瞑ったまま答えた。


「だせぇな…(笑)」


「あぁ…だせぇよ(笑)」


いつか、爽太にも言える時が来るだろうか…。


僕が、君の姉さんを愛している事…。


一生、彼女を守って生きて行きたいと思ってる事…。



その日の為に、僕も少しは身体を鍛えておくよ…。


おそらく君は、僕を殴るだろうから。


No.79 12/03/08 18:40
ゆい ( W1QFh )

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⚠こちらは本編ではございません。


うんさん、レスありがとうございます✨ 楽しみだと言って頂き、とても嬉しいです☺


良かったら、「不純愛・感想スレ」もありますので遊びに来て下さい🙇✨
待ってます🎵


次ページより本編を再開いたします🙇💦

No.80 12/03/08 19:06
ゆい ( W1QFh )

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夏休みも、もう半分が終わろうとしていた。


僕は、美桜からのメールを受けて大学へと向かっていた。


懐かしいキャンパスに、僕の顔が綻んだ。


「久しぶりだなぁ~。」


美しく整えられた緑の芝生に、講堂より高くそびえ立つ時計台…。


あの頃と何も変わらない風景が、とても心地良かった。


休暇中の大学には学生が少ない。


僕は、在学中によく通ったカフェテラスに足を運んでみた。

「…さすがに休みか。」


closeと書かれた、立て看板にしょぼくれる。


「吉宗…?」


名前を呼ばれて振り向くと、そこには白衣を着た孝之が立っていた…。


No.81 12/03/08 19:44
ゆい ( W1QFh )

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孝之は僕の顔を覗き込むと、マジマジと見つめてから「ぷぷっっ…!」と吹き出して笑った。


「何だよ!」


僕は、そんな孝之の態度にイラつきながら問いた。


「すまん(笑)いゃさ…お前って歳とんないなぁ~って思って!

後ろ姿、普通に学生だと思ったし。」



よく学校でも、他の職員に同じ事を言われた。


なんていうか…僕の雰囲気は大学生みたいだと。


「童顔なんだよ、ほっとけ。」

僕はそれがコンプレックスだった。


若々しいとか言うなら嬉しいが、おそらく皆が言うのは、そういった意味ではないから。


「…で?お前、こんな所で何してんの?」


「助手に仕事を頼んでたから取りに来たんだよ。」


僕は足場に立ち去りたかった。


正直、孝之と世間話をするなんてゴメンだ…。


「吉宗って見掛けによらず、人使いあらいよね~。」


わざと、早足で歩いているのに皮肉を言いながら、孝之は付いて来る。


「悪かったな。

~ってか、付いてくんなよ!」


「―助手って、美桜ちゃんだろ?」


孝之の口から、彼女の名前が出ると僕はピタリと足を止めた…。

No.82 12/03/08 20:16
ゆい ( W1QFh )

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「…何で知ってんだよ?」


孝之は意味深な笑みを浮かべて


「あの高校に送ったの、俺だから。」


確かに、そう言った。


「…そっ…」


孝之に問いただそうとしたその時、僕の携帯が鳴った。


液晶画面に美桜の名前が載っている。


僕は横目で孝之を気にしながら携帯をでた。


「もしもし、先生?」

電話の先で、軽快な美桜の声が聞こえた。


「ああ…僕だ。」


通話している間、真面目な顔で視線を送ってくる孝之が気になって仕方なかった。


「…分かった、すぐ行くよ。」


電話を切ると、僕は美桜の待つ正門へと向かう。


すれ違い様に僕は孝之を見た。


真剣な顔をして彼もまた、僕を見ていた。


「彼女に手を出すなよ。」


背中に彼の言葉を受けて、僕は振り返る…。


その一言に、どんな意味が込められているのか分からないほど、僕は鈍感じゃなかった。


だから、僕は言う…


挑むような気持ちで …。

「もう、遅いよ。」

孝之は驚いた様子を見せた。


僕は、彼を置いて彼女の元へと急いだ…。


No.83 12/03/08 23:03
ゆい ( W1QFh )

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「せーんせいっ!」

手を振る彼女の姿が見えた。


僕は駆け寄り、たまらなく愛おしい彼女を抱きしめた。


「…人に見られますよ?」


美桜は僕の腕を解こうとするが、僕は一層と力を入れて強く抱きしめる。

彼女の髪に顔を埋めて、(何度も…君は、僕の物だと心の中で唱える。)



「…会いたかった。」


そう…君の耳元で囁く。


「ヨシヨシ、吉宗君は甘えん坊ですね~。」


彼女は茶化した口調で、僕の背中をポンポンと優しく叩く。

「雰囲気でないな(怒)」


そう突き放して、僕は、彼女の手からプリントを奪い取る。

「怒った?」


クスクスと笑いなが彼女は、僕に詰め寄った。


その上目使いが可愛い過ぎて、どうしようもないのだ。


「…怒ってないよ。」


「良かった(笑)!」

僕は、彼女の頭をクシャクシャと撫でて笑う。


そして、二人で少し歩きながら、互いに会えなかった間の近況を語らうのだ。


時に…じゃれ合いながら微笑みを交わす。



―そんな僕らを嫉妬と、憎悪で満ちた瞳で見つめる存在になど気付きもしないで…。


No.84 12/03/09 13:33
ゆい ( W1QFh )

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誰かの視線を感じて、僕は後ろを振り返る。


しかし、人影は見当たらない。


「どうかした?」


美桜が不思議そうに、僕の顔を伺った。

「いや…何でもない。」


気のせいか…。


いま一瞬、悪寒が走ったんだよな…。


「変なの!
先生、今日はちょっと可笑しいね(笑)」

「そうか?
久しぶりに会ったからかな?」


はぐらかしながら、僕は笑う。


すると、彼女は急に顔を曇らせた。


「…今日ね、坂田教授の娘さんがいらしてたの。」


僕は足を止めた。


「吉宗の奥さんだった人でしょ?

まさか、先生が坂田教授の娘婿だったなんて驚いた…。
世の中狭いんだな~って。」


そう、無理に笑おうとしている彼女の手を取る。


「…僕にとっては、もう過去の事だよ。」


彼女は僕を見つめて
「うん。」と

小さく頷いた。


No.85 12/03/09 15:06
ゆい ( W1QFh )

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安堵の表情を浮かべる美桜に、僕も聞きたい事を聞いてみる。


「美緒、本上孝之とは知り合いなの?」

「本上先生は研究室のOBだけど…。
たまに、坂田教授の助手のアルバイトもしてるみたい。
遅咲きの研修医だから貧乏暇なしなんだって(笑)
??吉宗とも知り合いなの?」


なるほど…今日は、坂田教授も大学の研究室か。


僕にとっては、会いたくない、都合の悪い3人がいるんだな。


「君がうちの学校に新任されたのは、本上の推薦か?」


「うん、そうよ…爽の…、弟のいる学校に臨時教員の空きが出ると教えてくれて推薦してもらった。…でも、どうしてそんな事聞くの?」


「君とはどんな関係なんだ?」


詰め寄った様な言い方しか出来なかった。


「…え?」


明らかに困惑している彼女を見れば、彼女と孝之に深い関係など無いのは分かっている。


でもそれは、君が知らないだけだ。


「なにも…昔からお世話になってる、お兄さんみたいな存在で…」


「君の家庭教師だったんだろ?」


僕の一言に、美桜は目を見開いた。


…何で知っているの?


そう思っているんだろう?


No.86 12/03/09 15:53
ゆい ( W1QFh )

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「ごめん、美桜…。 爽太から聞いたんだ、君と家族の事…。 10年前の不幸な事故の事も…。」


「爽から?
あの子…話したのね。」


彼女は、うっすらと微笑んで涙を浮かべた。


「…え?ごめん!本当は、君から話しを聞くべきだったんだよな…!」


彼女の涙を見て、僕はオロオロと慌てふためく。


すると彼女は、涙を白衣の袖で拭いながら、「嬉しい」と言った。



美桜は美桜で、弟の爽太をずっと心配していたのだ。


久しぶりに再会した弟は、自分の殻に閉じこもったまま、誰にも心を開けなくなっていた。


美桜に対しても、どこか避けるような態度だったそうだ。


それは、爽太の意志では無く心がそうさせたんだろう…。


深い悲しみの中で、一人だけ取り残された子供が、自分を守る為に必死で殻に閉じこもったのだ…。

「爽が、誰かに心を許せるようになって嬉しいの…。
そして…その相手が先生で良かった。」

悲しいほど、不器用なこの姉弟は…


悲しいほど、僕の心を痛めつける…



こんなに優しい痛みがある事を、僕に教えてくれたのは君達だから…僕は強くなる。


そう決めたんだ。


No.87 12/03/09 22:48
ゆい ( W1QFh )

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時計台のアラームが午後5時を告げる。


美桜が研究室に戻る時間だ。


「さっきの…本上先生の事だけど。」


(うん。)と頷いて僕は、気まずそうな彼女の頬に触れる。


「…大丈夫。
何でもないよ、彼と僕とは同級なんだ。 だから、君とも関わりがあったと知って驚いただけ。 それだけだから。」


「そう…そっか。」

僕の手に、彼女の手が重なる。


そのまま微笑んだ彼女に、僕は軽くキスをした。


真っ赤な顔して、周りをキョロキョロと伺う彼女に、僕は意地悪く「誰にかに、見られたかも!」と笑ったが、本当は誰に見られても良いと思っていた。


疚しさなんてない。

堂々とした態度で、君を愛したいから。


君に出逢って、僕は変わった。


誰かの為に心から強くなりたいと思った。

だから、弱虫だった自分にはもう…戻らない。


No.88 12/03/10 00:53
ゆい ( W1QFh )

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孝之side~


「吉宗と一緒にいる、あの女(コ)誰…?」


清美が俺に聞く。


静かな口調だが、怒りに満ちていた。


それは、俺だって同じだ。


目の前で、二人がキスしている所を見たんだから


冷静でいられるハズがない。


「まだ、私と別れてから2ヶ月も経ってないのよ?」


「男と女の関係に、時間なんて必要ないだろ。」


「止めて!!」


彼女は、俺の言葉に耳を塞いだ。


「吉宗は…あなたとは違うわ!」


清美の言い分に、俺は鼻で笑う。


「同じだよ…あいつだって男なんだ。
あんな可愛いコが寄って来たら喰うだろ?」


不意に、頬に痛みが走った。


清美からの鮮烈な平手打ちだ。


「ふざけないで!」

大真面目だ。


いつもの調子で、おちゃらけて言ってる訳じゃねぇ。


冗談じゃない


自分の誤算に、煮え返りそうなくらい腹が立ってるんだ…!

No.89 12/03/10 01:16
ゆい ( W1QFh )

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美桜ちゃん…君と初めて会ったのは、君が中学生になったばかりの頃だ…。


「初めまして!」


よく笑う、可愛いらしい女の子だと思った。


俺が24歳で、君は12歳の子供だ。


小さくて、弟の面倒見が良くて、とても素直な子だった。


政治家である親父の意向に逆らい、理学部に入学・大学院に残った事で、一切の学費を出してもらえなくなっていた俺は、当時バイトに明け暮れてた。


家庭教師はその一つで、一番高額なバイトだった。


特に、美桜ちゃんの父親は羽振りが良かった。


お陰で、幾つかのバイトも辞めれたし、遊ぶ時間も出来た。

No.90 12/03/10 01:51
ゆい ( W1QFh )

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美桜ちゃんは、物覚えが良いし、理解力が半端なかった。


優秀な生徒を持った俺は、更に暇な時間が出来た。


研究もバイトも、そこそこに俺は女と遊びまくった。


親父とのしがらみも、将来の事も考えたくなかった。


その時々が楽しければ満足だ。


「…私と結婚してくれない?」


ベットの中で清美が唐突に言った。


「…ハァ?」


俺は、呆気に取られて動くのを止めた。

「大学を卒業したら、結婚して家を出たいの。」


めんどくせぇ…。


正直、萎えた。


結婚とかって、俺には有り得ない。


大体、清美は俺の女でも何でもない。


それは、彼女自身もよく知っている事だ。


No.91 12/03/10 22:52
ゆい ( W1QFh )

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俺は、ベットから出て冷蔵庫から水を取り出すと、一口だけ飲む。


「嫌…?」


縋る様な清美の瞳に、俺は困惑した。


「家なら別に、結婚しなくても出れるだろ?」


実際、大学に通う大多数が一人暮らしだ。


「父が許さないわ。」


「あのジジィ、どんだけ過保護なんだよ…。
大体、何で俺なの?」


「それは…。」


黙り込む彼女に苛立つ。


「どうしても結婚したいなら、吉宗にでもしてもらえよ。」

…悪質な冗談だった。

「西島先輩に?」


この面倒な状況から逃れたい一心で言った、最低な冗談。


「あいつ、お前の事好きだぜ?
それに、吉宗なら教授にも気に入られてるし…お前との結婚も反対しねーよ。」


…嘘だった。
吉宗が、清美に憧れを持っていたのは確かだが、惚れている訳じゃないのは百も承知だ。


教授が、吉宗を気に入ってるのは、研究チームとして一番の手柄を立てるから。


優秀な飼い犬が、自分の手を離れて手柄を立てるのとは、また意味が違う。


あのジジィは、吉宗の才能に嫉妬している。

本当は、最も憎らしい相手なんだ。


No.92 12/03/10 23:14
ゆい ( W1QFh )

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悔しいが、俺もジジィ寄りの人間だ。


俺はずっと、理数系では誰にも負けた事が無かった。


大学に入って、直ぐに敗北感を味わってからは、どこか全てにおいて投げやりになった。


それでも…親父の手前、大学を辞める事は出来ない。


どうしようも無いジレンマ…。


近付いて来る女を、片っ端から抱いても満たされない欲望。

誰のせいでもねぇ…

全て、俺のせい。


そう…分かっていても、吉宗を妬んでしまう。


あいつも、いつか俺の様な敗北感を味わえば良い。


そう、思っていた。

No.93 12/03/10 23:47
ゆい ( W1QFh )

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…沸々とした毎日を過ごしていたが、家庭教師の仕事の方は佳境を向かえていた。


この時…俺は、ほとんど美桜ちゃんの専属になっていた。

彼女が、受験生になったからだ。


「…ここは、こうすると簡単に体積が求められるよ。
こっちのが、解るかな?」


いつも通りの、変わりない授業だ。


勉強机に座る、彼女の身体を囲う様な体制で俺は、ノートに計算式を記す。


(コレって、結構な密着度だよな。)


ほんと、いつもならそんな事は思わない。


変化は突然にやってきた。


ふと、そんな風に思ったら妙に意識してしまった。


ポニーテールで上げられた髪。


美桜ちゃんの、白くて綺麗なうなじに、ドキッとなる。


今まで、意識した事は無かったけど、この2年で彼女は随分と女性らしくなっていた。


No.94 12/03/11 21:49
ゆい ( W1QFh )

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十代の儚い美しさとでも言えば良いのか…。


普段、大人の女ばかり相手にしてるから、少女の透き通る様な魅力に憑かれたんだな。


そう考えれば、何となく…ロリコンの気持ちも分からなくはない。



う~ん、でも…やっぱ無理!

幾ら何でも、中学生は性の対象にはならない!


どうやら俺は、変態野郎では無かったようだ。


相変わらず、俺の頭の中はこんな事ばかり。


変態野郎ではないが

最低野郎なのは自覚している。


だから…美桜ちゃんみたいに、汚れのないものに憧れるんだな。


日陰の雑草にも太陽が必要な様に、俺には屈託の無い笑顔の君が必要だった。

No.95 12/03/11 22:18
ゆい ( W1QFh )

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そして…あの悲劇の日がやってきた。


彼女の家の前に着いて、呼び鈴を鳴らそうとした時だ…。


ガラスの割れる音と共に、上からキラキラと無数の破片が降り注いできた。


穴の開いた窓は…朋樹の部屋だ。


俺は急いで、塀を乗り越えて、家に侵入出来る場所を探す。

すると、一階のリビングのドアガラスが割れていた。


(ここも…?)


人影は無く、異様な空気が漂う中、家政婦の悲鳴が聞こえた。


「…美桜…。」


俺は、胸騒ぎを覚えて朋樹の部屋へと急いだ。



目の前の光景に息を飲む…。


美桜は、朋樹に何度も頬を叩かれていた。


足元では、爽太が泣きじゃくっている。

何ていうことだ…。

俺は必死に朋樹を抑え付ける。



もう…何が何だか分からない。


気づけば、美桜ちゃんの腕からは大量の血液が流れていた…。


彼女に握られた、大きなガラス破片。


…そこで、俺の記憶は途切れる。


No.96 12/03/11 22:54
ゆい ( W1QFh )

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覚えているのは、階段下に倒れ込む二人を見た事…。


朦朧とした意識で、二人の元へと駆け下りる。


「大丈夫か…!」


美桜も朋樹も、意識は無かった。


俺はすぐさま、美桜の頸動脈に触れる。

(…良かった…生きてる…!)


―しかし、朋樹は心配停止状態だった。

俺は、彼の軌道を確保して心臓マッサージを開始した。


「…戻って来い!」

(朋樹、戻って来い!)


何度も何度も、願いを込めて心臓を押し続ける。


(ダメだ…朋樹。
まだ、死んだらダメだ…!)


どのくらいの時間が経ったのかは分からなかった。


救急車のサイレンが鳴り響く。


「…もう、充分だ。」


そう言って、静かに俺の手を止めたのは、朋樹の父親だった。


「…なぜ?」

(あなたの息子なのに…。)


「…肋が折れてる。」


岡田医院長は、胸ポケットからペンライトを取り出して、朋樹の瞳孔が開いているのを確認した。


次に、腕時計に目を向け時間を見る。


よく、テレビドラマとかで見掛けるあの場面だ…。


「午後、17時23分。 …死亡確認。」


それだけ言うと…医院長は、朋樹を抱き上げて嗚咽を漏らしながら泣いた…。


悲痛な父の叫びだった…。


No.97 12/03/11 23:19
ゆい ( W1QFh )

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朋樹の葬儀が終わると、俺は医院長に呼び出された。


(あの日、何があったのか教えて欲しい。)


そう、聞かれた。


俺は、知っている事の全てを話した。


美桜が、ガラス破片を持っていた事も。

もしかしたら…二人はもつれ込んだ結果、階段から転落したのでは無いかと。


「…美桜が?」


「いえ…これはあくまで仮定です。」


眼鏡の奥に光る瞳が、恐ろしく冷たい人だと思った。


「そうか…分かった。
ありがとう。」


俺は、一礼して部屋を出ようとした。


「あぁ、それから…あの事件の事も、今の話も他言無用で頼む。」


そう言う院長に、俺は無言で頷いた。



大病院の弱みを握ってしまったようで、ものすごく跋の悪い思いがした。

No.98 12/03/12 02:15
ゆい ( W1QFh )

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その翌日、院長の秘書が、わざわざ俺を訪ねてきた。


「契約書?」


差し出された用紙には、幾つかの項目が記されていた。


基本的に、昨日の約束を全面に出した内容だ。


ただ、理解出来なかったのは…


「この、将来的約束っていうのは?」


「本上さんの望む職業を、斡旋するという事です。」


秘書は淡々と答えた。


つまり…口止め料って事か…。


それなら…。


「医者になって、あなた方の病院に就職させてもらおうかな?」


権力を使って、人を動かせるほどの地位ってものが、如何なるものなのか…


俺は、興味を持った。


「医学部に編入する…という事ですか?」


「はい。言っておきますが、自信ならありますよ?」


秘書はしばらく考えて頷いた。


「良いでしょう。
学費は全て、当院で負担致します。
しかし、医師になっても院長のお役に立てなかった場合は…逸れなりの覚悟をしておいて下さいね。」


それって、脅しか?

…ったく。


俺の周りは、寄ってたかって、性根の腐ったヤツらばかりだ。


類は友を呼ぶか…?

あんなに嫌った、親父と同じ道を歩んでいく事になろうとは……


俺は、契約書にサインをして秘書に跳ね返した。


No.99 12/03/12 02:25
ゆい ( W1QFh )

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子供の頃から見て来た、汚い大人達の権力争い…。


「他人は、利用する為ある。」


俺の親父の、口癖。

ウンザリだった。


(政界に入って、地位と名誉を手にしろ。)

(私の後継ぎとして、恥ずかしくない息子になれ。)


もう…たくさんだった。


親父のいいなりになったら、俺はロクな大人になれない。


だから…反対を押し切って家を出た。


それなのに…結局はこの様だ。


血は水より濃い…と、よく言ったもんだ。


No.100 12/03/12 02:48
ゆい ( W1QFh )

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契約書のチェックを終えると、秘書は席を立ち去ろうとした。


「あの…その後、美桜ちゃんは?」


すかさず、秘書に問いた。


兄を失った美桜ちゃんは、酷く嘆き悲しんでいた。


葬儀の時も、声を掛ける事は出来なかった。


「…お嬢様の事は、お気になさらずに。 家庭教師の方も、もう無用です。」


「え?でも彼女、もうすぐ受験でしょ?」


「ですから、お嬢様の事に関してアナタ様は、既に無関係なのです。
余計な詮索はお控え下さい。」


契約書をピラピラと振りかざして、秘書は言った。


足早に去る秘書に対して、俺は無力感を感じた。


美桜は、どうしているだろうか…。


まだ、家で泣いているはずなんだ…。


気になってはいたが、岡田家の出入り禁止を言い渡された今…美桜の様子を知る術は無かった。


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