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不純愛

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アキ( W1QFh )
13/03/05 23:46(更新日時)

―この愛は、純愛ですか?



―それとも、不純ですか?

No.1526080 11/02/16 22:04(スレ作成日時)

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No.201 12/04/07 04:07
ゆい ( W1QFh )


その後、父にも会って話をした。


「そうか、結婚を受ける気になったか。」

「はい、父さん。」

「お前なら、すでに恋人がいるものと思ってたが…いなかったか。」


父さんの問いに、姉さんは薄笑いを浮かべる。


「いますよ。
ちゃんと愛する人が…。
素敵な人です。正直で、誠実で…とても可愛らしい人…でも、父さんは別れろと言うでしょう?
私に恋人がいても関係なく、本上先生と結婚させるつもりでしょう。」


姉さんが涙を浮かべて父さんに放った。

「そうだな。
美桜、お前が愛したその人はきっとお前の言う通りの素晴らしい人なのだろうね…。
なら、お前に未練が残らないように上手く別れる事だ。
最愛の人に微かな期待をも残すな。」


こんな冷酷な男が、俺達の父親だ。


「それから、爽。
お前は、この1週間たらず…家にも帰らないでどこで何をしている?」


「姉さんの所にいます。
結婚したら、もう二度と一緒には暮らせませんからね。」


父さんは、

「…そうか。」
と小さく吐いて手の甲を向けて振った。

これは、父の「下がれ。」という意味でやる癖だ。


俺達は家族だ。


でも…絶対に父さんとは溶け合えない。

血の繋がりだけで保たれた家族。


たったそれだけの、親子だ…。

No.202 12/04/07 21:29
ゆい ( W1QFh )



夜になると、姉さんは夢にうなされる事が多くなった。


兄さんの夢や、

先生の夢だと思う。

一度だけ、姉さんが先生は兄さんに似ていると言った事がある。


俺は全然そんな事ないと否定した。


だが、俺が岡田の家に来る以前の兄は、先生の様に穏やかで笑顔の優しい人だったと…姉さんが寂しがると、いつまでも側にいて遊んでくれたと言った。


俺は、そんな時の兄さんに会いたいと思った。


無理なのは分かっている。


兄さんを変えてしまったのは、紛れもなく俺だったんだから。


姉さんが、兄さんを…

そして先生の名前を呼ぶ…


「会いたい」と手を伸ばす。


本当は、俺が背負うべき罪を…姉さんは未だに一人で抱えている。


先生…


俺は、どうしたら姉さんを救えるのかな…?

No.203 12/04/07 21:53
ゆい ( W1QFh )


幸い、姉さんの体調は順調に回復の兆しをみせていた。


あと、もう少しで危機的な状態から抜けられそうだ。


「吉宗さんに会いたいな…。」


折り紙をおる手を止めて、姉さんは呟いた。


俺は、姉さんが折った幾つかの動物達を眺める。


「これ、カエル?」

「そう、こうして背中を押すと飛ぶのよ(笑)」


ほらと、笑って折り紙のカエルを飛ばす。


「おぉ~すげぇ(笑)!
昔、よく俺に折り紙で色々なの折ってくれたよな。
姉さん動物の事とか詳しいし、上手く作るんだ(笑)
何気に尊敬してたよ。」


「何気に?」


俺の言った事に、姉さんは頬をプゥと膨らます。


「ウソ、かなり(笑)」


「よし(笑)!」


先生に会っても、うまく笑えない…

姉さんはそう言ってた。


どうしても、ぎこちなくなってしまうと。


そして、別れの言葉に詰まる…と。


何度かそれを伝える為に会いに行っても、先生の顔を見ると気持ちが揺らぐ。


「絶対に別れてなんて言えない。
他の人と結婚するなんて言えない。」

そう、むせび泣いた夜もあった。

No.204 12/04/07 22:17
ゆい ( W1QFh )

「姉さんは、先生を美化し過ぎなんじゃない?」


俺は、紙飛行機を作りながら意地悪い口調で言う。


「…え?」

「だってさ、そんなにイケメンって訳じゃないし…顔だけなら本上の方がイケてる。
先生は、まぁ…どこにでもいそうな優男って感じだね。」


多少、先生に対してやきもちを妬いてたから僻みでそう言ったのもある。


「そうね(笑)
でも、多分…あの人って女性にモテるわ。本上先生みたいに危険な香りがしない分、本気で好かれるタイプかな?
それに、可愛いでしょ?母性本能くすぐられちゃうからね。」


あ~あ、完全にノロケを聞かされたな。

頬をピンク色に染める姉さんに、俺は先生は幸せ者だと思った。


「俺、先生に姉さんの好きな所を聞いてみた事があるんだ。」


(何て?)

目を輝かせて身を乗り出す姉さんを見て、俺はしめしめ…と頬を緩ます。


「胸が小さい所だっ…て…うわぁ!」


容赦なく投げられた枕を間一髪でかわした。

No.205 12/04/07 22:47
ゆい ( W1QFh )

そして、その日がやって来た。


朝早くに俺の携帯が鳴った。


姉さんを起こさないように、病室のバルコニーに出て通話ボタンを押した。


「…はい。」

「爽太か?
美桜の携帯が繋がらない。
今、一緒にいるよな?」


電話の相手は本上だった。


「はい、一緒です。」


「今日、ウエディングドレスの試着をさせたいから午後1時に青山に来るように伝えてくれ。
携帯、繋がるようにしとけって言っとけよ。じゃあな。」


通話がプツリと切れて、機械音がツーツーといつまでも鳴っている。


ウエディングドレス…


姉さんは、それを着て何を思うのか。

そんな事を考えた。

妙な胸騒ぎを抱えたまま、俺は姉さんと一緒に指定された青山のドレスショップへと向かった。


大理石に、赤い絨毯が引かれた広いサロン。


アンティーク調の長椅子に座る姉さんの周りを、白い純白のドレス達が囲った。

「なんでお前も一緒に来るんだよ…!」

本上は、俺の肩に腕をのせて耳元で言う。


「今夜、ホテルに連れて行こうと思ってたんだぜ?」


吐き気がした。


「姉さんは、結婚初夜までは嫌だってさ。」


「はぁ?!処女でもないのにか?」


―あの野郎…。


まぁ…当然なんだけど、改めて聞くとやっぱり腹が立つな。

「とにかく、ケジメとしてそうしたいらしいから。
姉さんらしいだろ?」


本上はうなだれながらも頭を掻いて

「まぁな…。」

とため息を吐いた。

No.206 12/04/07 23:49
ゆい ( W1QFh )

円形状の試着室のカーテンが開くと、俺と本上は息をのんだ。


シンプルなオフショルダーの真っ白なシルクのドレスを纏った姉さんに、誰もが言葉を失った。


パンフレットに載った写真のモデルよりも、はるかに姉さんの方が綺麗だった。

不意に、俺の涙腺が緩む。


誰よりも、この姿をあの人に見せてあげたい…心からそう思った。


本上に強い眼差しを向ける姉さんも、きっと俺と同じ事を思っているに違いない。


おれは、涙がこぼれ落ちないようにと唇を噛みしめて外に視線を逸らした。


すると、店のウィンドウ前をあの人が通り過ぎるのが見えた。


「…先生?」


無意識に歩み寄ろうと、足を踏み出したその時…

俺の真横を姉さんが掠めていった。


ドレスの裾を持って裸足のまま、店の外へと出る。


「吉宗さんっ…!」

先生の後頭部を追いかけて姉さんは叫ぶ。


俺は、そんな姉さんの腕を掴んだ。


「姉さん、ダメだ! そんな格好で先生に会っちゃダメだ!!」


俺の叫びに、姉さんは力無く肩を落とす。


静かに店に戻ると、本上が嫉妬に狂った鬼の形相で姉さんの腕を掴み上げた。


「まだ、アイツに未練タラタラなのか!」

「やめろ…!」


店の中が騒然とする。


俺は、姉さんを掴んだ本上の腕を引いた。


本上は、「くそっ!」と舌打ちをして乱暴に姉さんを放した。


その反動で姉さんは、あの長椅子にお腹をぶつけるように倒れ込んだ。


「…うぅ…!」


苦痛に歪む姉さんに、本上は慌てて近寄る。


だが、俺はそれを許さない。


きつく睨みをきかせて、本上に向けた。

No.207 12/04/08 00:14
ゆい ( W1QFh )



本上が怯む…。


「姉さん、結婚式のドレスはこれで良いね。」


俺の問いに姉さんは汗を浮かべて頷いた。


(姉さん、もう少しだから頑張って。
しっかりするんだ…。)


姉さんにそう囁いて、気丈に振る舞う。

「美桜ちゃん…?」

心配した本上が姉さんの顔色を伺う。


「平気です…。
着替えをして、今日はもう失礼します…。」


本上は罪悪感からか、それ止めなかった。


姉さんをタクシーに乗せて病院を目指した。


尋常じゃない程の汗が滴る。


顔色が悪くて身体は震えていた。


(姉さんが死んでしまう…。)


そんな恐怖感に襲われて、俺はうちの病院へと向かおとした。

だが、姉さんは頑なにそれを拒む。


どうしたら…


俺は、山城さんに電話して助けを求めた。


山城さんの指示を受けて病院へとタクシーをつけた。


既に、救急車とドクターが用意されていた。


「陽一さん?!」

「爽太さん、早く!」


陽一さんは山城さんの息子さんで、うちの病院で医師をしていた。


数少ない信用出来る人の一人だった。


「美桜ちゃん…なんでこんなっ…!
久しぶりに会えたのに全然、元気じゃないじゃん…!」


陽一さんと、姉さんは幼なじみだ。


彼は、もうすでに意識の無い姉さんに話し掛けながら懸命に処置していた…。

No.208 12/04/08 00:33
ゆい ( W1QFh )



陽一さんと、こっちの医師達のおかげで姉さんは一命を取り留めた。


だが、出血がひどくショック状態が長引いたせいか意識は戻らない。


もう、4日も昏睡状態だった。


このまま意識が戻らなかったら…


そう思うと怖かった。


山城さんにお願いして姉さんのアパートは引き払ってもらった。


先生が訪ねて来たら…多分、もう言い訳やごまかしは利かないと思ったからだ。

俺は休学届けを出ししに重い足取りで学校へと向かった。

No.209 12/04/08 09:19
ゆい ( W1QFh )


理科の授業中、ビーカーを割った生徒の代わりに先生は破片を拾って指を切ってしまった。


「先生…すみません、私のせいで…」

「いや、気にしないで平気さ。
それより伊藤さんがケガをしなくて良かったよ。」


指先を舐めながら先生は笑う。


頬を赤らめる女生徒を見て

俺は姉さんの言ってた事を理解した。


確かに先生はモテそうだな。


姉さん、うかうかしてたら先生は他の女に取られちゃうぞ…?

「ん?どうした?岡田、ぼーっとして。」


思いにふける俺に対して、先生は声をかけた。


「べつに。」

「何だよ…爽太様は、ご機嫌斜めか?」

どこかのお騒がせ女優にかけた冗談に、クラス中の笑いを誘った。


ただ一人、俺だけが笑えなかった。


先生に、姉さんの事を話したかった。


姉さんを、深い眠りから目覚めさせられるのは先生しかいない…


そんな気がしてならなかった…。

No.210 12/04/08 09:31
ゆい ( W1QFh )



先生を訪ねて会った時…どうしても、姉さんの事は言えなかった。


助けて欲しい気持ちと、

姉さんの意志とが入り混じって、言い出せなかった。


結局は、またケンカして出て来てしまった。


俺は、そのまま校長に休学届けを提出した。


そして、職員室の先生のデスクに立ち寄る。


イスに掛けられた青色のカーディガンを取って、代わりに折り紙のカエルを置いた。


(ちょっと、借ります…。)


心の中でそう唱えて、俺は姉さんの待つ病院へと帰って行った。

No.211 12/04/08 10:17
ゆい ( W1QFh )


真っ白な世界…

暖かくて気持ちがいい…。


このままずっと、深い眠りについてしまいたい。


「…お…美桜、美桜。」


名前を呼ばれて、目を開ける。


…お兄ちゃん?


「どうした、美桜。 こんな所で何をしてる?」


「お兄ちゃん…本当にお兄ちゃんなの?」


優しく微笑む兄の顔を触る。


私の手を取って、

「ああ、そうだよ。」
と頷く。


涙が溢れた。

お兄ちゃん…!

会いたかった!
ずっと、ずっと…会いたかった!


兄に抱き付きながら、子供の様に泣いた。


あどけなさの残る兄は、あの時のまま…

今の爽太と同じ、高校生のままだった。

「美桜、ここにいたらいけない。
早く目を覚まして元の場所へ帰りなさい。」


「嫌っ…!
私、ここにいたい! 兄さんと…お母さんの側に居させて?」

私の頬に流れる涙を指で拭って、兄は首を横に振った。


「…どうして?
どうしてダメなの? 私、もう辛くて…苦しくて…っ。」


「爽太が待ってる…。
あいつを一人にしたらダメだよ。
母さんと約束したんだろ?」


「…知ってたの?」

「いや、こっちに来て母さんに聞いたんだ。ひどいだろ(笑)?
美桜、僕が助けてあげるよ…。」


そう言うと、兄は私のお腹に手を当てた。


「…無事なのね?」

無言で微笑む兄に、また涙が流れ落ちた。


「もう、大丈夫…。 行きなさい美桜。
僕の分まで生きて、決して諦める事無く、自分の人生を歩め。」


兄の指差す先に光が見える。


眩しく照らされた一本道を…長い道を歩き出す。

No.212 12/04/08 10:42
ゆい ( W1QFh )



うたた寝した俺の指先に何かが触れた…。

重たい目蓋を上げて、指先を見る。


「…あっ…。」


握られた手…


姉さんの顔を見た。

朝日に照らされて微笑んでいる。


「目が覚めた…!」

涙で霞んだ瞳の先に、姉さんの笑顔があった…。


「…おはよう、爽…。」


俺は、姉さんを抱いて言う…


「おはよう…姉さん!」


泣きじゃくる俺の頭を撫でて、姉さんは
「もう大丈夫。」

そう…繰り返して言った。


医師は奇跡だと言ったが、俺は必然ではないかと思った。


強く願えば、報われる…姉さんにはそんな力がある。

No.213 12/04/08 11:10
ゆい ( W1QFh )



姉さんは見違えるほど元気になった。


退院の日も決まった。


姉さんは、あの青色のカーディガンを羽織ってテラスに出て風を浴びていた。


「寒くない?」

声を掛けると、姉さんはニッコリと微笑む。


「日当たりが良いから気持ちいい!」


「そうだね。」


カーディガンの裾を鼻先に持っていって姉さんは瞳を閉じる。


「これ、吉宗さんのね。」


「パクって来た(笑)」


「ダメね…泥棒よ?」

「代わりに姉さんのカエル置いて来たよ。だから…物々交換!」


先生の方が、高くついたと姉さんは笑う。


それから、昨日学校で先生がPコートを着て来て他の先生に、高校生だとイジられてたと面白おかしく話した。


「それ、見てみたかったなぁ(笑)」

「相当、不機嫌だったよ(笑)」


その日の午後に、山城さんが新しいアパートの鍵を持ってやって来た。


もう引っ越しの準備も済ませてくれていた。


今回の事では、父に気付かれないよう機密裏で俺達を支えて助けてくれた山城さんには頭が上がらないくらい感謝している。


この恩は、いつか返さなければならない。


「退院したら、爽の好きな物作って食べさせてあげる。
なにがいい?」


姉さんの問いに、俺はすかさず

「ハンバーグ!」

と答えた。

しかも…


「「チーズの入ったやつ!」」


二人で声を合わせて言った。

こういうのってハッピーストップって言うんだっけ?


とにかく、俺の好きな物を覚えていてくれて嬉しかった。


「…あの人と同じね。」


懐かしむように姉さんが呟いた。


チッ…!

かぶんなよ…。

No.214 12/04/09 23:04
ゆい ( W1QFh )


「私…やっぱりもう一度、吉宗さんに会ってみようかな…?」


姉さんは顔を曇らせて言った。


「このまま、黙って去って行くなんて卑怯よね…。」


「別れ話し…出来るの?」


先生は、どうするんだろう…。


姉さんが他の奴と…あの、本上と結婚するなんて知ったら…
悲しむよな。


最悪、駆け落ちか?
まぁ、それはそれで良いか…。


そうしたら何もかも、全て解決だ。


「姉さんは、先生と別れる必要なんて無いよ。」


「…別れるわよ。」
「無理だろ。」


姉さんは、別れられないよ。


「別れるって…。」

姉さんの頬に流れる涙を拭う。


「先生が、離さないよ…。」


あの人はきっと、何が何でも別れを拒む…。


俺には分かる。


姉さんを愛おしいと思う者同士だからさ。


どこまでも…俺達はかぶってるから。


一度だけ見たんだよ。


先生が、授業過程表にこっそりと書いた落書きを。


ヘッタクソな姉さんの似顔絵と


そこには、


「西島 美桜」


って書いてあったんだ。


マジ…乙女か!っつ~の!!


笑えるよな…。

No.215 12/04/12 00:15
ゆい ( W1QFh )

吉宗side~

夢を見た…


美桜が…散った桜の木の下で泣いている夢だ。


僕が駆け寄ろうとしても、その距離はどんどん離れて行く…

彼女に、僕の声は届かない。


まるで…彼女の中に僕など、存在しないかの様に…

No.216 12/04/12 00:36
ゆい ( W1QFh )



深夜に目が覚めて、キッチンへと水を飲みに行く。


コップをテーブルに置いて携帯を取る。

チカチカと、メール受信のイルミネーションが点滅していた。


フォルダーをひらくと、見慣れないアドレスからだった。


「明日の夜7時に、あの観覧車の下で待ってます。―美桜。」

…美桜?


SO-TICK0615.0415@EZweb…


SO?爽太か…?


でも、何で爽太の携帯からなんだ?


ずっと抱えていた嫌な予感が、胸を締め付ける。


彼女の話が僕にとって辛いものになる。

そう、確信した。


携帯のPWRボタンを押して携帯を閉じる。

返信は、返さない。

No.217 12/04/12 00:56
ゆい ( W1QFh )


結局、あれから一睡もしないで夜を明かした。


どうやって彼女に縋りついて、別れ話を回避すればいいのか…そればかり考えていた。


出来れば、約束の時間なんか来ないで欲しい。


それでも、無情に時は迫り来る。


僕は今、彼女と初めてキスをしたあの観覧車の下にいる。


相変わらず人気はなく、海風が容赦なく吹き付けた。


「…さみぃ。」


鼻を啜りながら時計を見る。


PM6:55分


目線を周りの景色に戻すと、キャメル色のショートダッフルを来た女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


だんだんと近づいて来て、それが美桜であると分かった時には、僕はもう走っていた。


白い息を吐きながら、彼女に抱きつく。

久しぶりに感じる柔らかさに、あの香りに…胸がギュッと痛んだ。


「会いたかった…。」

そう言うと、彼女は僕の背中に腕を回して

「私も…会いたかった…。」


と呟くように言った。

No.218 12/04/12 22:23
ゆい ( W1QFh )



…少し、痩せたかな?


肩が更に、華奢になった気がする。


「どうして勝手に居なくなった?」


美桜は僕の顔を見上げた。

揺れる瞳が、何か言えないような事情があると語っているみたいだ。


「美桜、何があった?」


風に煽られた、彼女の髪を撫でて耳にかける。


「どうして、そんなに優しくするの…?」


美桜の瞳から涙が流れ落ちた。


僕は、彼女の頬に手を添えながら親指でそれを拭う。


「…やめて…っ。」

溢れる涙は僕の指にも伝って止まらない。


その涙の理由は、分かってる。


そして、君がこれから言うであろう言葉も…。


それなら…


「やめないよ。」


僕は、君の唇を塞ぐ。


君からのそんな言葉は聞きたくない。


言わせない。


ずっと言えないように、こうして塞いでしまおう。

No.219 12/04/12 22:50
ゆい ( W1QFh )

僕から逃れようと、美桜は暴れる。


息が出来ない苦しみで喘ぐ。


「…大人しくして。」


美桜の身体をキツく抱き寄せて、放された唇をまた奪う。


冷たいコンクリートの壁が、僕達を隠す。


僕らは互いに求め合った。


彼女の首筋へと顔をうずめる。


甘く、温かい…


僕は、彼女に抱かれながら泣いた。


こんなに…


こんなにも好きなんだと…


泣き出してしまうほど、君が愛おしくて
胸が痛む。


彼女に抱き付いたまま、僕は腰から崩れ落ちた。


君を失う喪失感や、絶望感が全身に伝わってもう、立ってなどいられない。


君は、僕をお腹に受け止めて僕の頭を撫でる。


まるで…子どもをあやす母親の様に…。

No.220 12/04/12 23:27
ゆい ( W1QFh )

頼むよ…美桜…

頼むから…何も言わないでくれ。


「…吉宗さん。」


やめろ…


「ごめんなさい…」

言うな…


「私…と…別れて…っ。」


言うなよ…。


「お願いっ…別れて下さい…!」


「…嫌だ。」


「お願いっ…!」


「嫌だ!」


「お願いします…!」


僕は、頭を下げる美桜の肩を掴んだ。


「じゃぁ、何で君はそんなに泣いてる?!
僕への愛情があるからだろ!!
別れが辛いなら、涙なんか流して懇願するなよっ!!」


コンクリートの壁を殴った拳に、電流が走った。


美桜は僕の放った言葉に、唇を噛みしめて涙を止めようとする。


強い眼差しがジッと僕に突き刺さる。


あぁ…君のその瞳は、揺るがない決意の証だ。


そうなんだろ?


どうせ、こうなるって知ってたさ。


どんなに、カッコ悪くて情けなく縋ったところで、君の考えは変わらないんだろ?


君のそんな強さに惹かれて好きになった僕さ…


君が涙を飲んで決めた事なら

従ってやるのが、愛ってやつなのかな…?

美桜…本当に、僕のいない世界で生きて行く事を願うのか?

僕には、君のいない世界なんて考えられないよ…。


No.221 12/04/13 22:12
ゆい ( W1QFh )


「ごめんなさい…。」


美桜は、僕の拳を握って滲み出た血をハンカチで押さえる。

「吉宗さんを傷つけてしまって…ごめんなさい。」


「…謝んなよ。」


僕は美桜の手を振り解くと、彼女に背を向けた。


そして、一歩ずつ歩き出す。


美桜はついて来ない。


僕の背中に抱き付いて…


早く追ってこいと 願っても、


聞こえるのは…遠ざかる美桜のすすり泣きだけ…


僕は振り向かない。

美桜を見ない。


漏れそうになる嗚咽を腕を噛んで堪える。


僕は…


愛する人の手を放してしまった…


あぁ…暗い


暗い道を歩く。


なんの希望も見えない未来を


ただ一人、歩いて行かなければならない…


No.222 12/04/13 22:43
ゆい ( W1QFh )

年明け…僕は、数年振りに実家へと帰省していた。


「お節ちゃんと食べたと?
もっと、しっかり食べんと!」


食欲のない僕に、妹は皿に盛り付けたお節料理を手渡す。


「食べとうよ…。」

「何があったと?
お兄ちゃん…清美さんとの離婚で、もめとうのが相当応えとうと。
あの人も、意外としつこい所があったとね…。」


結婚して家族で実家に遊びに来ていた妹は、当初から清美を嫌っていた。


「悪かは僕の方だ…仕方なか。
あまり、人の悪口ば言わん方がよかよ。」


「悪口なんか言っとらん!
ただ、お兄ちゃんが可哀相か思っただけじゃろう!
本っ当、人の気持ちば分からん人やね!」


妹のキーキー声が響いて、僕は耳を塞ぐ。


「はいはい!
人の気持ちが分からんくて悪かね!
以後気をつけます!これで、良かろう?」


ふてぶてしい態度の僕に、妹はぶぅとほっぺたを膨らます。

「開き直りよったとね。」


小言を避けるように、僕はそそくさと自分の部屋へと逃げ出した。

No.223 12/04/13 23:16
ゆい ( W1QFh )



あれ以来、塞ぎ込んだ日々を送っていた。


実家は、そんな僕を温かく受け入れてくれる優しい場所だった。


中学生の頃から使い続けたベッドに寝そべって、天井を仰ぐ。


ふと、美桜の事が頭に浮かぶ。


美桜には、そんな温かな実家はない。


僕は…甘かったんだろうか。


彼女の事を、きちんと理解してあげられなかったのではないか?


そんな思いを馳らせる…

が、今となってはそれも無意味だ。


大きく溜め息を吐いて目を閉じる。


下の階で、小学生の甥っ子やまだ幼い姪っ子がキャッキャッと笑い声を立てて遊んでいる。


「落ち着く…。」


賑やかな声が、僕の空虚感で溢れた心を埋めてくれているようだった。

No.224 12/04/14 01:56
ゆい ( W1QFh )



目を閉じて耳を澄ましていると、階段をドタドタバタと駆け上がって来る音がした。


「おいちゃーん、寝とっとー?」


姪っ子の声だ。


「寝らんよー!」


身体を起こして、ドアに向かって返事を返した。


すると、バンと勢いよくドアが開いて姪っ子が満面の笑顔で僕に抱き付いて来た。


「菜奈と遊んで♪」

小さくて、ほっぺたが落ちてしまいそうなくらいプックリとしていて可愛い。


「良かよ(笑)」


僕はぎゅーっと、菜奈を抱きしめて言った。


「苦しかよ!」

「菜奈可愛いけん! 離したくなかー♪」

柔らかいほっぺたに頬擦りする。


「おいちゃんは結婚しとうと?」


菜奈が僕の顔を覗き込んで聞いた。


「うん、しとうとよ?どげんした?」


そう、応えると菜奈はシュンと肩を落とす。


「菜奈…大人になったら、おいちゃんと結婚したか。」


…可愛い過ぎる。

僕は顔をほころばせながら意地悪な質問をする。


「菜奈はパパと結婚しないとや?」


「パパより、おいちゃんの方がカッコ良かもん。
菜奈はおいちゃんがよかと。」


僕は再び菜奈を抱いて、頬にキスをした。


「ありがとう、嬉しかよ(笑)」


くすぐったいとケタケタ笑う菜奈を見て、僕は自分にも子どもがいたら…と思った。


自分や、恋人以外にこんなにも愛おしい存在がある幸せを味わってみたかった。

No.225 12/04/14 02:21
ゆい ( W1QFh )



「吉宗ーっ!」


ベッドの上に寝そべって菜奈と飛行機ごっこをしていると、下から母の呼ぶ声が響いてきた。


「何ー?」


菜奈を下ろして、ドアから顔をのぞかせる。


「電話やけん、早よ出んね!」


電話?


言われるがままに、僕は実家の電話に出た。


「おー、吉宗。本当に帰っとったか?!」

相手は、高校の同級生からだった。


実は、こっちに戻った時に空港で偶然にも高校の時のクラスメートに会った。


そいつから話を聞きつけて、わざわざ連絡をしてきてくれたのだ。


「懐かしかねー!
吉宗ば、全然同窓会にも参加せんもん。 今夜、新年会やるばい!絶対に参加せんね!よかや(笑)?」

僕は、懐かしい顔ぶれを想像した。


「あぁ分かった、よかよか(笑)!」


どんなに辛くとも、笑える自分がいる。

ここ(福岡)でなら、僕は心穏やかに暮らせるんじゃないだろうか…。


いっそうの事、こっちに帰って仕事を探すのもありかも知れない。


そんな考えが頭をよぎった。


No.226 12/04/14 02:36
ゆい ( W1QFh )


準備を整えて、夕方の商店街を突き進む。


「はぁ…寒かね…。」


冷える手に息を吹きかけて温める。


気がつけば、独り言も博多弁に戻っていた。


…美桜は、僕が博多弁を喋るとよく笑ってたな…。


彼女の笑顔を思い出して口元が緩んだ。

でもその瞬間、僕は頭の中から美桜の事を振り払う。


求めても無駄だと言い聞かす。



ガヤガヤと騒がしい居酒屋の前で、僕は息を整えた。


久しぶりだからな…
ちょっとだけ緊張してきた。


引き戸をゆっくりと開ける。


「よーー、吉宗!!」


軽快な声が入り混じってみんなが一斉に僕の方へと視線を向けた。


数人で集まるものと思っていたから、驚いた。


それはほぼ、クラスメート全員が参加している盛大な新年会だった。

No.227 12/04/14 03:20
ゆい ( W1QFh )


手招きされて、僕は広い座敷席へと向かった。


「みんな、久しぶり…!」


「なんね~吉宗、えらい垢抜けよったばい!」


「吉宗は、歳とらんとや?!」


「信じられんね~これが、あのモヤシっ子や?
なに東京に行くと、こげん変わるもんやね?」


次々に肩を叩かれて浴びせられた言葉に、僕は全て苦笑いで返した。


「~そげん事なか…確実に、肉体は老いとっとや。」


肩の痛みに顔を歪ませながら言った。


「肉体って…エロかね~!」


「なんでだよ(笑)!」


「うわっ!東京弁使いよる…いやらしか~(笑)!」


笑い声もお酒も絶えなかった。

ワイワイとした雰囲気は苦手だったはずなのに、この日は楽しく酒が飲めた。


「吉宗君は、結婚したとや?」


僕の隣に座った女性が、そう話しかけてきた。


えっと…えっと…


僕は記憶を探って彼女の名前を思いだそうとする。


あ…確か


「西田さん?
生徒会長やっとったやろ?」


「そう、よう覚えとったね!」


「うん、覚えとう。 名字が一文字しか変わらんから印象に残っとう!
西田と西島やろ(笑)?」


僕は、酔っ払っていたからテンションが高かったと思う。


「…吉宗君って笑うと可愛かね。」


西田さんの頬が赤くなる。


(可愛い…。)


ふと、彼女と美桜が重なった。


もちろん、彼女と美桜が似ている節などはない。


美桜に頭を撫でてもらった記憶が、胸をギュッと掴んだ。


「僕って、可愛いか…?」


「可愛いかよ?」


僕の問いかけに、彼女はにっこりと微笑んで言った。


「…ほんなら、キスしてくれんかや?」

「なに言っとう!
奥さんがいる人に、そげん事出来んよ。」


僕は、出来上がってベロンベロンに酔っ払っている仲間達を見た。


周りは酔いつぶれた屍の山だ。


「僕って、悪い男なんだ。」


僕はそう放つと、彼女の手を引っ張って外へと連れ出した。

No.228 12/04/14 03:50
ゆい ( W1QFh )



店舗と店舗の狭い隙間に入り込んで、彼女を両腕で囲む。


「…何しようと?」

彼女は、睨み付けるように僕を見つめる。


「何しようか?」


おちょくるように、でも目は笑わないで言い返す。


「酔っとっと?」


逃げたければ、いつだって逃げられる…でも、彼女はそうしない。


「あぁ、酔ってるよ。
じゃなければ、こんな事できない…。」

僕は、彼女の鼻先に自分の鼻先をそっと触れさせる。


「吉宗君ってそんな人やったと?」


期待と落胆の混ざったような艶っぽい口元が、既に僕を受け入れてようとしていた。


瞳を閉じて彼女の唇に、触れようとした時…


美桜の顔が浮かんだ。


必死に僕のキスを受け入れていた彼女…

その仕草が可愛いくて、何度も深いキスをした。


互いに苦しくても止められないほどに甘美で…激しいキスだった。


「…ごめん、西田さん。」


僕は、両腕を下ろして彼女を解放した。

彼女の潤んだ瞳を見れば、僕を求めていた事は分かった。


「本当に、すまない…今の忘れて。
酔ってて、どうかしてた…最低だ。」


深々と彼女に頭を下げる。


「な~んだ…もう、酔いが覚めたと?
つまらんね(笑)」


彼女は、クスクスと笑いながら僕の頭を撫でた。


その手が止まると、僕は腰を折ったまま彼女を見上げた。


「吉宗君、良い男になったとね…。」


そう微笑んで、西田さんは店に戻って行った。

No.229 12/04/14 21:16
ゆい ( W1QFh )



翌朝、酷い頭痛と吐き気に襲われて僕はベッドから起き上がれない。


「吉宗おいちゃーん、お昼ご飯やとー。」


「ん~…昼飯ばいらん…。」


甥っ子の大きな声が、ガンガンと頭に響いて枕を被った。


「お兄ちゃん!
いつまで寝とっとや?!
しゃんとせんね!!」


妹は僕の布団を剥ぎ取る。


「…やめぇよ~…
具合が悪かと…。」

「飲み過ぎなだけばい!!
龍馬、吉宗おいちゃんをちぃとばかし懲らしめちゃれ!」


嫌な予感…


「ん゛ーーっ!」


甥っ子の龍馬が、僕の背中に飛び乗って上下に揺さぶる。


「ほらほら、吉宗おいちゃん早よ起きんさい♪」


ゲラゲラと楽しそうに僕の上で遊び出す。


げ…限界…


「ぅおえっ!!」


「「ぎゃーーっ!」」


妹と龍馬は悲鳴を上げた。


「何?!どげんしたと!!」


二人の悲鳴を聞きつけて、お袋が血相を変えながら駆け付けた。


「お…おいちゃんが吐きよった~。」


涙声で状況を説明する龍馬の下で、泣きたいのは僕の方だと思った。

No.230 12/04/14 21:38
ゆい ( W1QFh )



「あ~あ~、いい歳して何しとんの?あんたらはっ。情けなかね…!」


僕の粗相を片付けながら、母は不出来な子ども達にボヤいた。


「「すいません…。」」


二人で肩を落として謝るが、妹はギロリと僕を睨んで

「お兄ちゃんが悪かと!」
と囁いた。


「…なんだよ!」


僕も負けじと、妹の鼻をピンとはじいた。


「なんばしよっと!!」


ついには、取っ組み合いのケンカに発展しそうになる。


「いい加減やめんね!!」


が、母の雷が落ちて事なきを得た。


久しぶりに怒られたな…


落ちつきを取り戻して、僕は1階の居間へと下り立った。


ぐつぐつと煮え、煙を放つ鍋を目にする。

「昼からモツ鍋って…。」


こみ上げる胃のムカつきに、僕は胸をさすった。

No.231 12/04/14 22:26
ゆい ( W1QFh )


冷蔵庫から炭酸水を取り出して、縁側へ向かった。


すでに、そこで新聞を読んでいる親父の隣に腰掛けた。


缶の蓋を開けるとプシュッと圧が抜ける音がした。


僕はそれを無言で飲んだ。


「吉宗、お前…これからどげんすると?」


新聞をガサッと捲りながら親父が聞いてきた。


僕は、もう一口だけ炭酸水を飲んで庭先のパンジーに目を向ける。


「…清美と別れたら、こっちで仕事探そうと思うちょる。」

「戻ってくるとか?」


親父もまた、視線を活字から動かさない。


「うん。」


「離婚の原因は、お前の浮気やと聞いとっとが…それは間違いなかや?」


「浮気…。
そうやね…そうかも知れんね。」


親父の新聞を握った手が震えた。


ガサガサと小刻みに音を立てる。


「本気…やったとやろ?」


「…え?」


血走った目を向けて、親父は俺の胸ぐらを掴む。


「本気やったから清美さんを捨てようとしたんやろ?あ?
なら、男らしくケジメば付けてしゃんとせんね!!
浮気ば言われて腐るなやっ!!」


僕は親父に焚き付けられて庭に放り投げられた。


「お前が本気やったなら、わしら親は息子が可愛いけん…東京の清美さんにも親子さんにも頭ば下げて土下座しちゃるばい!!
お前が…っ
お前がそこまでしても好いちょる女がいるなら貫き通して生きんね!!」


はぁはぁ…と息を切らして訴える親父に、僕は自然と涙を流した。

本来なら、最低な馬鹿息子だと殴られて勘当だってされてもおかしくないのに…

それなのに…親父は、見方でいてくれると言った。


「ごめん、親父…っ。
僕は、彼女を…美桜って女性を…本気で愛してます…っ。」

滴る涙が、土に吸い込まれて行く。


「その言葉ば…早よ言いんしゃい…!」

親父は、鼻を啜って目頭を押さえながら足早に去って行った。

No.232 12/04/15 01:41
ゆい ( W1QFh )



「お兄ちゃんも、バカやね…。」


妹は僕に手を差し伸べて言う。


その手をとって起き上がると、スエットについた砂埃を払った。


「せからしか…。」

腕で涙をグイッと抜いながら、僕は妹にそう言い返す。


「可愛げなかね…。」


「よう、可愛いって言われようもん。」

ティッシュに鼻をかんで、僕は縁側に腰掛けた。


「彼女に言われたと?
なぁ、彼女ってどんな人?可愛いか人? 歳は幾つね?」


妹は隣に座って、質問を投げかける。


「言わん。」


「言うてよ!」


袖を引っ張ってしつこく揺さぶる妹に、僕は根負けする。


「すっげ、可愛いか娘ばい!
ミス博多も負けようね。」


妹は、そんな僕の言葉に疑いの目を向けた。


「歳は?」


「25歳。」


「25!?嘘やろ?
私より8歳も年下やけん!!
お兄ちゃん、最低…ロリコンやったと?」


ロリコンって…


今時、珍しくともなんともないだろ。


「声がデカか!」


「ね、ね、写真とかなかや?
そげん人が本当にお兄ちゃんなんかと付き合うもんやろうか?」


妹の挑発的な態度に、僕は携帯の画像を見せた。


「…世も末ばい…。 お兄ちゃん、これって隠し撮りやなか? ストーカーなんぞ、しとらんよね?」


「お前、失礼やぞ!」


僕は、妹の手から乱暴に携帯を奪い取った。


「やけん…あんな美人がお兄ちゃんと? 信じられん…。」


確かに…今にして思えば、美桜は僕なんかの何が良くて好いてくれてたんだろう。


あんなに、求めてくれていたんだろう…

「清美さんと離婚しよったら、この人と一緒になるとや?」

僕は、首を振った。

「なら、どうするとや?」


美桜の画像を見る。

そっと、写真の彼女を撫でた。


「もう…振られたばい。
やけん、一緒にはならん。」


目頭が熱くなる。

空を仰いで僕は涙を堪えた。


No.233 12/04/15 02:16
ゆい ( W1QFh )



冬の澄んだ空に、二羽のスズメが仲良く飛び交っている。


自由で良いな…


僕と、美桜もそうなれたら良いのに…


「なぁ、お兄ちゃん…まだ彼女の事を愛しとっとやろ?」


妹は僕の背中に手を添えて言った。


「あぁ…まだ愛してるさ。」


「うん、そんなら彼女を信じて待ってみんしゃい!
私はそれが出来んやったけん…本当に好きな人とは結ばれんかった。
でも…お兄ちゃんはそれが出来る人ばい…だから、頑張れ(笑)!」


僕の背中をバシンっと叩いて妹は立ち上がる。


「寧々(ねね)!
お前…今、幸せか?」


背を向ける妹に僕は慌てて問いかけた。

妹は、過去に辛い恋の経験があった。


今の旦那は、それを含めて妹と結婚したのだ。


つまりは、心底望んでした結婚とは少し違う。


僕は、ずっとその事が気になっていた。

妹の気持ちが聞きたくても、なかなか言い出せなかったのだ。


「幸せに決まっとうよ!
可愛い子ども達と、優しい旦那に恵まれてこれ以上の幸せなんてなか!
どうや、羨ましかろ(笑)?」


振り向いて満面の笑みを零す妹を見て、僕は心から良かったと思った。


「あぁ、羨ましかよ!」


僕も笑う。


「うん、本当やけん…お兄ちゃん可愛いかね♪
チューばしちゃる♪」


駆け寄って来た妹をよけながら、グルグルとテーブルの周りを回って逃げた。


僕らの笑い声に釣られて、子ども達も加わる。


お袋は

「せからしか!」

と一喝したが、楽しい場の空気に顔を綻ばせていた。


この人達が、僕の家族で良かった。


それだけで、僕は幸せ者だ…。

No.234 12/04/15 22:14
ゆい ( W1QFh )


東京に戻ると、急に寂しく虚しい気持ちになった。


外の乾いた空気に、部屋の静けさ…


あまり甘えてもダメだなと思い、早めに帰っては来たが…もうちょっと実家にいれば良かったと後悔した。


(ピンポーンー…)

マグカップにコーヒーを注いでいると、家のインターホンが鳴った。


僕はポットをテーブルに置いて玄関先へと向かう。


「…誰だろ?」


スコープを覗くと、思いもしない人が立っていた。


僕は、驚きながら鍵を開けた。


「久しぶりね…。
明けましておめでとう。」


「清美…どうして?」


清美は「新年の挨拶よ」と笑って、ズカズカと部屋の中に入って来た。


「へ~、シンプルでなかなか素敵な部屋ね。」


部屋の中を見渡して、持っていた荷物をダイニングテーブルに置く。


「お節料理作ったの。
最近は、ロクに食事もしていないんでしょう?
それ以上痩せたら魅力なくなるわよ?」

彼女は、風呂敷をほどいてお重箱を開ける。


豪勢な食材を使った立派なお節だ。


「どうして来た?」

「落ち込んで塞ぎきってるんじゃないかと思ってね。」


「…え?」


図星だ。

だが、なぜ清美がそんな事を知っているのか?


疑問符ばかり浮かぶ。


「あなた、あの娘と別れたんですってね。」


「なんで、知ってる?」


僕は、清美がその事を知っているのと同時に、彼女の身に纏う空気の軽やかさが不思議でならなかった。

No.235 12/04/15 22:33
ゆい ( W1QFh )

「孝之から聞いたからよ。
孝之、あの娘と結婚するんですって。」

美桜が結婚…?

しかも、孝之と…?

頭を鈍器で殴られた様な衝撃だった。


思考が遠のいていく。


「いつ…?」


やっとの思いで一言だけ発した。


「今年の4月って言ってたわ。
信じられる?
彼ったら、私達を式に招待するって言うのよ?」



4月…あと、3ヶ月しかないじゃないか。

僕は、痛む頭を抱えてダイニングテーブルのイスに腰掛けた。


「まさか…あなた、知らなかったの…?」


美桜は別れの際に、その理由を言わなかった。


なんで…

その理由が、結婚なんだよ…


美桜。


君は、好きでもない人と結婚するって言うのか…?


僕には


そんなの耐えられない…


君が、他のだれかのものになるなんて


耐えられないよ…っ!

No.236 12/04/16 10:15
ゆい ( W1QFh )


「ひどいのね…あなたに、何も言わないなんて…。」


清美が僕の肩を抱く。


「ねぇ…吉宗。
私達、もう一度最初からやり直さない?」


「…え?」


「私、あなたの子どもを産むわ…ずっと欲しがっていたでしょう?」


そう囁いて、彼女は僕の首筋にキスをする。


僕は清美に直接、子どもが欲しいなんて言った事はない。


「あなた…私と一緒に出掛けて子連れの家族を見かけると、いつも微笑ましそうに見つめてたわ。」

「…そんなこと…」

「あるわよ。
姪っ子の菜奈ちゃんが産まれた時も、嬉しそうに抱いてたわ…吉宗なら良い父親になるって、そう思ってたのに…私の醜いエゴのせいで叶えてあげられなかった。
本当に、ごめんなさい…。」


僕の背中に抱きついた清美の手を握る。

彼女の…僕の子どもを産まなかった後悔が、ひしひしと伝わる…。


その後悔が嘘ではないという事が、よく分かった。


「…いいんだ。
どちらにせよ、僕達はうまくいかない。 君と僕とでは、違い過ぎる…元々、無理のあった結婚だ。
やり直しても、君はまた苦しむ。
僕では、君を幸せには出来ないよ…。」

「ずるい人ね…。
私、心ではあなたを裏切った事なんて一度も無いのよ?
でも、あなたは心まで私を裏切った…その事が、どうしても許せなかったわ。
その心を奪ったあの娘を憎んで、簡単に奪われたあなたを憎んで…どうにもならなかった…。」


彼女のすすり泣く声に、僕は思わず振り向いて彼女を抱きしめた。

No.237 12/04/16 10:48
ゆい ( W1QFh )


多分…これが、最後の包容だ。


「あなたって、温かいのね…吉宗。
どうしてもっと、あなたを大切にしなかったのかしら…。
バカね…今頃になって、こんなにもあなたを愛するなんて…。
吉宗…私、あなたを愛してる。」


清美の言葉に、僕は腕に力を込める。


今の彼女を愛おしいと思った。


やっと、素直な彼女に出会えたような気がした。


「ありがとう…清美。
そして、君を傷つけてすまなかった…君を理解しようとしなかった事も、全ては僕が至らなかったせいだ。
本当に、ごめんな…。」


僕らは互いに、抱き合ったまま泣いた。

二人共もう、元に戻る事はないと分かっていた…。



どのくらいたったのだろう…


しばらく泣きはらして、落ち着くと

僕達は顔を向き合って、はにかんだ。


クスクスと笑って互いに、鼻水を拭いたり涙を拭った。


そんな清美の笑顔に、大学生だった頃の彼女の面影が重なる。


「久しぶりだな…。」


清美はきょとんとした瞳で僕を見た。


「君の、屈託のないその笑顔。」


「吉宗…私、あなたと結婚して良かった。
大好きよ…。」


そう言って、清美は僕にそっと触れるだけのキスをする。


「だから…離婚してあげたわ…。」


僕は、清美からのキスと後に付け加えられたセリフに戸惑った。

No.238 12/04/17 00:02
ゆい ( W1QFh )

今…離婚したって…

「離婚届けを出したのよ。
12月28日が私達の最後の記念日…。
だから、調停も早いうちに取り消してね…。」


呆然としている僕に、清美は言った。


「どうして急に…?」


信じられなかった。
あんなにゴネていた清美が、離婚届けを出したなんて…


「孝之見てたらバカらしくなったの。
今の彼は彼女を愛するって事よりも、あなたへの勝ち負けにこだわって自分が見えていないわ。
そんなのって哀れよ…でもね…結局、私も同じだった。
よく、人の振り見て我が振り直せって言うでしょ?
まったく、その通りよね…。」


そう失笑しながら、清美はお節料理を振り分けた。


「美味しいはずよ?たくさん食べてね。」


「…頂きます。」


僕は、こぶ巻きを口に運んだ。


「…うまっ!」


相変わらず、清美の料理は美味しかった。


清美は満足気に微笑む。


「当然よ♪」


「天才的だよ。
清美って本当になんでも出来るよな…。」


お世辞じゃない。


彼女は才色兼備で家事だって手際良くこなす。

「そう?
なら、もう一度私と結婚してみる?」


「ごほぉっ!」


冗談とも取れない彼女の冗談に、僕は伊達巻きをのどに詰まらせた。


「失礼ね…!」


背中をさすられながら、ほんの少しだけ惜しい人を失ったと思った。

No.239 12/04/17 00:28
ゆい ( W1QFh )


このところ食事も喉を通らなかったが、清美のおかげで久しぶりにまともに食べる事が出来た。


「うん、良し!
ちゃんと食べられたじゃない。
コーヒーでも入れるわ。」


「いや、それなら僕が入れるよ。」


席を立とうとする清美を座らせて、僕はメーカーに溜められたポットをカップに注いだ。


「それで?
吉宗はこれからどうするの?
結婚式にでも出て、彼女を攫う?」


…本心ではそうしたい。


いや、式を挙げる前に攫いたいさ…


でも…美桜の事だ。

結婚を選択したのだって、逸れなりの理由があるはず。


僕の手を取るとは考えられない…。


「あなたの悪い癖ね…。」


「え?」


「相手の気持ちとか、ごちゃごちゃと色々な事を考えているんでしょ?
あなたのそういう優しい所は大好きよ? だけど、そんなの全部取っ払って自分本位に動いても良いと思うわ。」


清美には全部お見通しだ。

一生、彼女には適わないな…。


「美桜は…どうして孝之と結婚しなきゃならないんだ?」


僕には、その接点が分からない。


爽太の過去をネタに脅されている…?


美桜が自分の身を削るとしたら爽太が絡んでいてもおかしくない。

No.240 12/04/17 01:07
ゆい ( W1QFh )

「吉宗、(本上 聡)を知ってる?」


ほんじょう さとる?

「参院議員の?
元、厚生労働省にいた人だっけ?」


「孝之のお父様よ。」


本上 聡が、孝之の父親だって?


「それって…。」


「あの娘の病院と、医療献金の疑いがあるわ。
いいぇ、疑いじゃないわね…事実よ。
孝之はそれを揺さぶって、彼女との結婚を申し込んだの。
分かるでしょう?」

「あぁ…分かるさ。」


それが公になれば、病院は終わり…爽太の継ぐ席は無くなる。


そういう事か…


美桜…やっぱり君は、爽太を守ろうとしたんだな。


「いい、吉宗?
孝之の目的はそれだけじゃないわ…。
ゆくゆくは、病院の院長の座も狙ってるのよ。
彼は、あの病院でその事実を曝して役員会を開くわ。
岡田院長を失脚させて自分が就くシナリオを描いてる。」


そんなっ…!


それじゃ、美桜が犠牲になった所で無駄じゃないか!!


それに…


「あいつは、自分の父親も切り捨てるって言うのか…?」


僕の問いに、清美はゆっくりと頷いた。

「彼にとったら、父親なんて捨て駒にしか過ぎないのよ。」

「バカなっ!
そんな訳あるか!」

「本当よ…彼は、父親を恨んでる。
私と一緒なの…!
温かい家庭に生まれ育ったあなたには、理解出来る訳ないわ…。」


僕には理解出来ない…?


そんな事…理解したくないさ!


ダメだ…美桜。


君は、そっちに行かないで…


一筋の希望の光も用意されていない道に

行ってはダメだ…!

No.241 12/04/17 01:54
ゆい ( W1QFh )


冗談じゃない…!


そんな下らない野望の為に、僕の愛する人を道具にするのか…?


孝之…っ!


何がお前をそんな人間にしたっていうんだ!!


僕は抑えきれない怒りを胸に、乱暴にコートを手に取った。

「ちょっと…吉宗、どこに行くのっ!?」


「岡田病院だよ!」

「待ってよ!
三が日はお休みよ…!」


慌てて僕を追いかける清美の言葉に
(あぁ…そうか!) と足を止めた。


「待って…」


清美は、なにかを紙に書いて僕に手渡す。


「彼の部屋よ。
多分、家にいると思うわ。」


彼女から、慣れたように「彼の部屋」と放たれた時、僕の胸が少しだけチリリと焦げた。

「すまない。」


「鍵はポストに入れて置くわね…。
あ、それと大切な事!
あなたからの慰謝料等は全て受け取らないわ。
私達の結婚生活をお金で清算されたくないから。」


僕は清美を抱きしめる。


「ありがとう…清美。
君はやっぱり、僕の気高き最愛の妻だったよ…。」


「バカ…!」


あぁそうさ…

僕は、大バカ者だ。

美桜と出会っていなかったら、君が例え孝之と深い関係にあったとしても、僕はきっと許していた…。


ただ…僕は、彼女に出会ってしまった。

もの凄い勢いで彼女に惹かれて恋をして …

愛してしまった。


真実の愛を知った後に気がついた…


その罪の深さに…


だから僕は行くよ


燃える心で


彼女の元へと…


No.242 12/04/17 09:17
ゆい ( W1QFh )



清美の書いた地図に記された場所。


僕は、そのタワーマンションの下から上を見上げる。


(インターンの貧乏暇なしって言うのは嘘だな…。)


政治家の親の金か?

それとも、岡田院長からの援助か?


確かに、孝之は昔から僕らとは違って身のこなしもスマートだったし、オシャレな感じだった。


田舎から上京した連中とは、比べものにならないほど眩しい存在だ。


「53階って…。」


コンシェルジュ付きの広いエントランスを抜けて、エレベーターボタンを押す。

大物有名人や芸能人が住んでいそうな佇まいのマンションに僕は緊張していた。

ロビーに出て、孝之の部屋の前で足を止めた。


(美桜が一緒にいたらどうしよう…。)

急に、そんな不安に駆られる。


もう、生活を共にしていたら…?


もしくは今…


変な想像を、僕は必死で振り払う。


それでも襲ってくる(もしも)に、インターホンを鳴らす指が震えた。

No.243 12/04/17 10:23
ゆい ( W1QFh )


バクバクと破裂しそうな心臓をおさえながら、ドアが開くのを待った。


カチャリとオートロックが施錠されて、中から孝之が気だるそうに顔を出した。

「よぉ、吉宗。
直接対決に来たか?」


口角を上げて孝之は、僕を招き入れる。

玄関には女物のパンプスが置いてあった。


心臓が止まりそうだ。


「だぁれー?」


半分ドアの開けられたベッドルームから、女性の声がする。

自然と声のする方へと視線を向けた。


全裸の若い女性が、僕と目があって慌ててブランケットに身を隠す。


僕もすかさず目線を逸らして孝之を見た。


彼はニヤニヤと、そんな僕を見て笑う。

「純情だな。」


「婚約中に浮気か?」


孝之を睨みつけながら言った。


彼は無言でベッドルームに行くと、さっきの女性に何か耳打ちする。


ふてくされる様に身支度を整えると、女性は僕の前に立った。


「…今度、先生には内緒で私とデートして下さいね♪」


そう、微笑んで僕のジャケットに紙切れを入れた。


「沙羅ちゃーん、吉宗をタラしこむなよー?」


孝之に施されると、彼女は僕に舌をペロリと出す。


「吉宗さんね…正直、先生よりアナタの方がタイプかも♪」

耳元でそう囁かれる。


(…苦手。)


僕は率直に彼女に対してそう思った。


「本上せんせーい、またねー!」


孝之は、手だけをリビングから出して彼女へとヒラヒラと振る。


「こっち来いよ、吉宗。」


今度は取り残された僕に、手招きする。

リビングから一望出来る景色に息をのんだ。


すると突然、目の前に孝之が立った。


「お前、美桜をどこへやった?」


間一髪…孝之は僕にそう、問いかけた。

No.244 12/04/17 10:46
ゆい ( W1QFh )


美桜をどこへやった…?


孝之の真剣な眼差しからして、彼と美桜が会っていないのが分かった。


僕は胸をなで下ろした。


そして次の瞬間思った…美桜は今どこに?


「吉宗、どうせお前が囲んでるんだろ?いい加減、早く俺に引き渡せ。」


「美桜とはいつから会ってない?」


僕の言葉に、孝之は怪訝そうな顔を浮かべた。


「いつって…ドレスの試着以来だから1ヶ月近く会ってねーよ。
お前の差し金だろ? 式の準備も全部人任せにして、自分は式の当日に来るって言い張ってるよ。」


1ヶ月近く…

僕と別れたのはその後だ。


つまり…あれ以来、君は孝之にも会っていない事になる。


「いいか、もう一度聞くぞ?
吉宗…美桜はどこだ?」


孝之をごまかせるなら、美桜を捜す時間が出来るかも知れない。


「今は、教えない。」


「あ?」


孝之が僕を睨みつける。


「孝之…お前が本当に、美桜が欲しいと願うなら。
彼女だけを愛していくと誓うなら…
病院の事から手を引け。」


胸ぐらを掴む孝之の手を振り払って僕はそう放った。


No.245 12/04/17 23:39
ゆい ( W1QFh )


「吉宗、お前そんなに美桜が俺のものになるのが嫌か?」

「ああ、嫌だね。」

互いに譲らない強い眼差し。


「俺もだよ。
美桜も病院も、両方手に入れたい。」


「欲深いな。」


「そうだな。
でも、お前ほどじゃないぜ?吉宗。」


僕が、欲深いって?
僕が欲しいのはたった一つさ。


だから、僕は孝之に問う。


「それは、どういう意味だ。」と…


「俺の欲するものを全て、片っ端から手に入れて来たんだよ、お前は。」


孝之の顔がもの寂しげに見えた。


「僕が?
それは違う…僕の大切な人達を奪ったのはお前の方だろ!」

罵倒する僕に、孝之は含み笑いを浮かべる。


「そうだよ…。
だから奪ってやったんだよ。
お前の絶望を望んでな…。
さっさと、モヤシらしく腐ってくれれば良かったのに。
しぶとく伸びやがって…!」


だから奪った…

一体、何の事なのか…


「気づかないよなぁ?常に、一番でいられる人間は後ろを見なくて済むんだから。
お前さえいなければ俺は、研究室でも学会でも一番だったはずだ!」


一番…。


孝之が口にしたフレーズに、僕はこらえ切れなくて笑い声を上げた。


「…くだらねー!」

「何?」


孝之が僕に怒りの憎悪を向ける。


それでも、僕は笑いを抑えられない。


人は、こらえようのない怒りを感じると笑うものなのだと初めて知った…。

No.246 12/04/18 22:56
ゆい ( W1QFh )


「孝之、お前はそんな下らない理由で僕をやっかんでいたのか?」


「やっかむ?」


「そうさ…一番って…お前は、そうなる為の努力をしたのかよ!
いつもやる気がないとスカしておいて、周りで寝る間を惜しんで勉強してる奴らを馬鹿にしてたんだろ?」


学生の頃、研究課題のチームを抜けた孝之の埋め合わせを、僕らは必死になってやった。


他のチームが順調に研究を進めているのを横目に、1週間近く風呂にも入らずに徹夜した。


孝之は、いつも単独行動さ。


正直、彼がちゃんといてくれたらもっと素晴らしい結果を出せていたと思う事も多々あった。


口惜しい思いを抱えてやったんだ。


それを今更…!


「お前に、俺の何がわかる?」


「分からないさ!
人を妬んで、陥れて簡単に傷つけようとする…そんなお前を一体、誰が理解してくれると思うんだよ!」


僕はそう言いながら孝之を殴り飛ばした。


初めて人を殴った…。


No.247 12/04/18 23:25
ゆい ( W1QFh )



彼を殴った右手が痛む…。


それと同時に心も痛んだ。


「…だから、美桜が欲しいんだ。
美桜は…俺の光。 あの娘だけが、俺を真っ当な人間にしてくれる…。
頼むよ…吉宗。
美桜を、俺に返してくれ!」


孝之は顔を覆って震えた声で言う。


肩が震えていた。


泣いてる…?


あの、孝之が?


「お前…そんなに美桜の事…」


「愛してたさ…
お前が、彼女を愛するずっと昔から!
今だって、狂おしいほど彼女を愛してる。」


美桜…どうしたら良い…


孝之を暗い闇から救えるのは、君だけかもしれない。


だけど…僕だって君が必要なんだ。


どうしたら…


「美桜を、引き渡したら…病院は爽太に継がせる様にして欲しい。
それが、彼女のたった一つの願いだ。」

「美桜を諦めてくれるのか…?」


顔を伏せたままの状態で、孝之は呟くように言った。


「僕との約束は絶対だ。
そうすれば、美桜は必ずお前と結婚するよ…。」


それだけ言うと、僕は孝之の部屋から出て行った。


ポケットから、あの紙切れを取り出してビリビリと破く。


紙吹雪が、まるで本物の雪のみたいに舞う…。


深いため息を吐いて、僕は美桜のウェディングドレス姿を想像した…。


No.248 12/04/19 00:35
ゆい ( W1QFh )


一旦、自宅に帰って僕は荷物を詰めた。

美桜を捜すために、彼女が住んでいた秋田に向かう。


彼女が、僕に話した数年間を過ごした場所…爽太とも連絡がつかない今、そこにしか手掛かりはない。


東京駅から切符を買って、新幹線のホームへと出る。


Uターンラッシュの中、僕のいるホームだけが静けさに漂っていた。


世の中は、明日から仕事って人もいるよな…。


教師だと、正月休みと冬休みが重なるから少しだけ人よりも長く休みが取れる。

毎年、この時期は優越感に浸っていたもんだ…。


なんだか、遠い昔の事に感じる。


美桜といた半年は、僕の人生の全てだ。

色濃く鮮やかで、幸せな毎日だった。


美桜…今、僕は君に会いたい。


君の顔に触れて

髪に触れて

キスをして

抱き締めたい…


そして、伝えたい


愛していると…


君の望みを叶えたい

君が、揺るぎない気持ちで孝之と結婚すると言うのなら

君の言葉で聞きたい。


その言葉を聞いたら

僕は、君を手離せるから…


さよならを言えるから…


No.249 12/04/19 09:31
ゆい ( W1QFh )


秋田県の内陸北部にあり、青森県と隣接した町。


美桜が高校生活を過ごした場所…。


駅に降り立って感じる、突き刺すような寒さ。


僕は、福岡と東京以外の冬を過ごした事がない。


取り立て寒さに弱いのだ。


「忠犬ハチ公…?」

町のシンボルになっている忠犬ハチ公に僕は、渋谷じゃないのか?と疑問を浮かべた。


よくよく読んでみると、忠犬ハチ公は秋田犬で元の故郷がここなのだと書いてある。


「へぇ~、知らなかった…。」


いかに、文芸に疎いか分かってしまう。

これからは、小説も読もう。


新年の目標が出来た。


そして、次に目に飛び込んで来たのは巨大な、きりたんぽ鍋のオブジェ。


「デカっ!」


これが本物なら一体何人分になるのか。

きりたんぽの発祥地 かぁ…。


「面白いなぁ。」


すっかり観光客と化してしまいそうなくらい、僕は色々なものに興味を示す。


いやいや、いかん。

遊びに来たんじゃない。


ハッと思考を変えて、僕は携帯を取り出した。


(爽太元気か?
僕は今、美桜を捜して秋田に来ています。ここにはいないかも知れないが、他に宛もない。美桜と一緒にいるなら、どうかもう一度だけ彼女に会わせて欲しい。 お願いだ爽太。
西島)


そう、爽太のメルアドにダメ元で送った。

No.250 12/04/19 10:05
ゆい ( W1QFh )


風情のある古民家と、真新しい新築の家が立ち並ぶ。


不思議な町並みだ。

はたして美桜は、叔母さんの家にいるのだろうか?


そもそも住んでいた地域と、「篠崎」の姓だけで叔母さんの自宅を探し当てられるのかも不安だ。


「でも、この辺だと思うんだけどな…。」


交番で「篠崎さん宅」を調べてもらったら該当する家は3軒しかなかった。


その1件目の場所を探す。


それにしても…雪が深くて靴がグショグショだ。


冷たくて指の感覚がない。


お巡りさんから貰ったメモを片手に持って寒さに震える。


「…どうかしました?」


身体をさする僕に、通りすがりの女性が話かけて来た。


「あの、この辺に篠崎さんというお宅がないか探してまして…。」


ガチガチと歯を震わせて言った。


「篠崎…?」


女性が近寄って、僕のメモに目をやる。

しばらくじっとそのメモを見ながら、僕の顔を見た。


「これって美桜の…あなた、もしかして吉宗さんですか?」

女性の口から(美桜)と出た時、僕は思わず彼女の肩を掴んだ。


「美桜を知っているんですか!」


彼女も、美桜と同じくらいの歳だろうか。


少し驚いた様子で…でも、フフっと小さく微笑む。


「美桜は私の親友ですよ。
そっか、あなたが噂の吉宗さん!
本当、美桜の言った通りの人ね。」


噂…?


「あのっ…!」


美桜が来ていないか?と尋ねるつもりが、その間も無く彼女は僕の腕を引っ張った。


「立ち話もなんだから、家に寄って下さい。すぐ、そこなんで♪」


「えっ?ちょっと…」


グイグイと引っ張られて、雪が跳ねた。

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